スレ立て代行です ID:A0NhMMmI0
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代行ありがとうございます
放課後。古典部の部室には、わたし一人でした。
わたしは、花瓶に花を活けていました。
昨日、部室を整理していると、可愛らしい花瓶が出てきたので、ちょっと思い立ったのです。
花は、今朝家から持ってきたものです。これで部室も華やぐでしょう。
える「フ~ンフフ~ン♪ フフフフフ~ンフフ~ン♪ フフ~ン♪」
気付けば、鼻歌まで口ずさんでいました。
なにしろ今日のわたしは、ご機嫌なんです。
だって昨日は……、昨日は……。
いけませんいけません! 自分でも、顔がだらしなくにやけているのがわかります。
こんなところ、とても他人様にはお見せ出来ません。
でも……、でも……。
……今日は一日、これを抑えるので精一杯でした。
える「はぁっ」
花が形になったので一息吐き、窓の方へ向かいます。
窓を開けると、爽やかな春の風が舞い込んできました。
あまりの心地よさに、しばらく身を任せていると、突然部室のドアが開きました。
摩耶花「おーす、ちーちゃん。元気~?」
える「あ、摩耶花さん。こんにちは。はい、元気ですよ」
そして机の上の花に気付くと、言いました。
摩耶花「わぁ~、綺麗。ねぇねぇ、どうしたの?」
える「はい、昨日部室の整理をしていたら、この花瓶が出てきたんです。
それで、花でも飾ろうかってことになったんです」
摩耶花「そっかそっか。うんうん、やっぱこういうのがあると、部室も華やぐってものよね」
摩耶花さんは椅子に腰掛け、足をぶらぶらさせながら、しばらく花に見蕩れているようでした。
やがて、指先で花びらを突付きながら、いたずらっぽく笑ってこう言いました。
摩耶花「ま、いくら綺麗な花を飾っても、あの朴念仁には猫に小判よね」
朴念仁。言うまでもなく、折木さんのことです。
摩耶花さんや福部さんは、時折こうして折木さんのことを、悪し様に言うのです。
える「ふふっ。いいえ、摩耶花さん。最初に花を飾ろうって言い出したのは、折木さんなんですよ」
摩耶花「ええ~~~っ!? あの折木が!? あ、あり得ないわまさかそんな……。
ねぇ、冗談なんでしょ? 冗談って言ってよちーちゃん!」
摩耶花さん、いくらなんでもうろたえ過ぎです。
摩耶花「! まさかこの花も折木が!?」
える「いえ、それは今朝、わたしが……」
摩耶花「そ、そうよね。流石にそれは冗談が過ぎるってもんだわ……」
摩耶花「にしても、折木がねえ……。やっぱり信じらんない」
流石は摩耶花さん。もう落ち着きを取り戻した様子で、続けます。
摩耶花「これは天変地異の前触れに違いないわっ!」
える「そんな……、大げさですよ。花瓶を見たら、花を活けようと思うのは、ある種当然の成り行きです」
摩耶花「そりゃそうなんだけど……。な~んか、腑に落ちないのよねえ」
そこで会話は途切れ、しばしの沈黙が訪れました。
沈黙を破ったのは、摩耶花さんでした。
摩耶花「ねえ、ちーちゃん」
える「はい」
摩耶花「昨日さ、何かあった? ……その、折木の奴と」
今度はわたしが驚く番でした。
える「えぇっ!? どどどど、どうしてですかっ!?」
声が裏返ってしまいました。
でもでも、摩耶花さんが来てからは、ニヤニヤしたりしてませんでしたし、気取られるようなことはしてないはずですっ!
そういえば以前、折木さんに言われたことがあります。
『お前は、思ってることがすぐ態度に出やすい』
昨日のことも、全部わたしの顔に書いてあったりしたんでしょうか?
摩耶花「やっぱり。て言うか落ち着いて! ちーちゃん」
摩耶花さんは、慌てふためくわたしを、必死になだめようとしてくれます。
そうです。とにかく落ち着かないと。
こういうときは、深呼吸です。
すぅーーー、はぁーーー、すぅーーー、はぁーーー、すぅーーー、はぁーーー。
摩耶花「どう? 落ち着いた?」
はい、何とか。
それでも、その言葉は声にはなりませんでした。
える「……あの、摩耶花さん」
摩耶花「ん?」
える「どうして……、わかったんですか? わたし、そんなにわかりやすい性格してるでしょうか……」
摩耶花さんはニヤリと笑うと、うーん、と唸って天井を見上げました。
摩耶花「……何となく、ね」
える「え?」
摩耶花「ほんとに何となくなんだけどね。今日のちーちゃん、折木のことを話すとき、何だか熱の篭ったしゃべり方だったから」
える「……」
摩耶花「あとは、折木が『花を飾ろう』って言ったってのも、ポイントかな?
わたしには、折木が花瓶を見ただけで、『花を飾ろう』なんて言う奴には思えないんだ。
ここは折木の奴にも、何らかの心境の変化があったと見たわけね。
例えばだけど、照れ隠しに言った、とかいうなら、わからなくはないから」
……そう、そうです。確かに昨日、折木さんが花を飾ろうと言ったのは、その……、事後、でした。
流石は摩耶花さんです。よく人を見ています。
摩耶花「で? で? 何があったの? まさか折木の奴に告白されたとか!?
……いやそれはないか。あの省エネ主義者が進んで色恋沙汰に精を出すわけないもんね。
え? 何? じゃあちーちゃんの方から迫ったの!? きゃーーー!!」
あの……。
摩耶花「……あ。ゴ、ゴメンね。何か白熱しちゃって。ちーちゃんが言いたくないなら、言わなくていいのよ。
無理には、訊かない」
そう言って摩耶花さんは、バツが悪そうに笑います。
わたしは、昨日のことを、摩耶花さんに話そうと思いました。
昨日、折木さんとしてから、わたしの胸の中に、かすかな“痛み”が同居を始めました。
嬉しくて、幸せで仕方ないのに、痛いんです。
放っておけば、忘れてしまいそうなくらい、小さなものでしたが、わたしはそれが、気になりました。
摩耶花さんに話すことで、少しは和らぐかもしれない。そんな期待がありました。
それに、摩耶花さんは自分の好奇心より、わたしの気持ちを優先してくれました。
『この人に話したいな』そう思わせてくれたんです。
わたしと摩耶花さんは、並んで椅子に腰掛けました。
える「昨日の放課後は、部室にはわたしと折木さんの二人だけでした。
わたしが来たときは、既に折木さんがいて、いつも通り折木さんは、椅子に座って本を読んでいました」
摩耶花「いつもの光景ね」
える「はい。それでわたしが、たまには部室の整理をしようと言い出したんです。
折木さんは、最初は嫌がっていましたが、最終的には渋々ながらも、手伝ってくれたんです」
摩耶花「あいつもものぐさだからねー。ま、腰を上げただけでも上出来ね」
える「そのときに、この花瓶も出てきたんですよ。折木さんが見付けたんです。
そして整理整頓が終わって……。実は恥ずかしながら、そのあと何を話したのか、詳しくは覚えていないんです。
他愛のない、とりとめのない話をしました」
摩耶花「ふふっ。わかる。ちーちゃんたち、いつもそんな感じだもん」
える「そ、そうでしょうか。それで例によって、何か気になることがあったんでしょうね。
わたしが折木さんに、詰め寄ったんです。顔をこう、近づけて……。
最初折木さんは、文庫本に目を落としたまま、気のない返事をするばかりでした。
でもやがて、わたしのしつこさに観念した様子で、やっとこちらを向いてくれたんです」
摩耶花さんは何がおかしいのか、笑いを噛み殺した様子で、わたしの話を聴いています。
える「そこからです。何だかいつもと調子が違ったのは。
そうです。折木さん、いつもはわたしの方を見ても、チラチラと視線を外すことが多いんですが、そのときは……」
摩耶花「?」
える「その、真っ直ぐわたしの眼を見つめて、話をしてきました。よっぽど自信があったんでしょうか。
とにかく、わたしも負けじと、折木さんの眼を見つめ返しました。気迫だけでも、負けてはいけないと思ったんです。
やがて折木さんの話は終わりましたが、わたしたちは、見つめ合ったままでした。
いえ、にらみ合っていた、といった方が正しいかもしれません。そうしてしばらく経ちました」
わたしは、話のラストスパートに向けて、ほうっ、と息を吐きました。
摩耶花さんも、もう笑うこともなく、真剣に話を聴いてくれています。
える「だんだん頭がぼうっとしてきました。多分折木さんもそうだったと思います。眼が虚ろでしたから。
何分くらい、そうしていたでしょうか。5分? 10分?
もっと長かったような気もしますし、本当はもっと短かったのかも知れません。
そして、わたし達は……」
摩耶花「ゴクッ……」
える「どちらからともなく、顔を寄せ合って、そ、その……。くち、唇と唇を、重ね合わせたんです……」
こうして改めて思い返すと、顔から火が出そうです。多分今、わたしの顔は真っ赤でしょう。
える「その後は至って普通でした。そんなことがあったのに、わたしも折木さんも、何事もなかったかのように振舞いました。
帰り際、折木さんが言いました。そのときの会話だけは、何故だかよく憶えています。
『なあ、さっき花瓶が出てきただろ。あれに花でも活けたらどうだ?』
『いいですね。折木さん、どんなお花がいいですか?』
『千反田に任せる。俺は花に詳しいわけじゃないからな』
『わかりました。明日早速持ってきます。楽しみにしててくださいね』」
以上です。小さく言うと、摩耶花さんは。
摩耶花「そっか」
同じく小さく呟きました。
摩耶花「ちーちゃんは、折木のことが好きなのね」
える「……」
……そう、なんでしょうか。いえ、そうなんでしょうね。
折木さんとキスをしたことが嬉しくて、舞い上がってしまったわたし。
もとより客観的に見れば、明らかなことでした。
摩耶花さんにお話ししたことで、わたしの、折木さんへの気持ちが、はっきりと、形を成していくようです。
と、同時に、胸の痛みが大きくなっていって……、わたしは……。
摩耶花「ちーちゃん? 泣いてるの?」
泣いてません。返事は、嗚咽で言葉になりませんでした。
える「ふっ、ふえええぇぇっ、うわあああぁん」
摩耶花さんは、黙って肩を抱いていてくれました。
える「おっ、お見苦じいところを、ひくっ、お見せしましたぁ」
摩耶花「ううん。ほら、涙拭いて」
そう言って、摩耶花さんは、ハンカチを差し出してくれました。
ありがとうございます。―――――ちーーーん。
える「………………、ふぅ」
泣いたことで、わたしの心は晴れやかでした。いつの間にか、胸の痛みも消えていました。
える「すみません、摩耶花さん……。ハンカチ、洗ってお返ししますね」
摩耶花「落ち着いたみたいで、よかった。どう? スッキリしたでしょ」
える「はい、とても」
摩耶花さんは、優しい笑顔を向けてきました。わたしも、笑顔で応えました。
わたしは、折木さんのことが、好きです。
昨日のことは、わたし、一生忘れないでしょう。そして、今日のことも。
摩耶花「……さてと、それじゃ、わたしそろそろ」
える「え、もうお帰りですか?」
摩耶花「うん。このまま折木が来たら、なんか色々言いたくなっちゃいそうだし。それに……」
える「?」
摩耶花「ううん、何でもない。それじゃあね、ちーちゃん!」
える「さようなら、摩耶花さん」
そうして摩耶花さんは、元気よく部室を出て行きました。
……と思ったら、ヒョイと顔だけ覗かせて。
摩耶花「……あいつも、ちーちゃんのこと、好きだと思うな。言っとくけど、気休めじゃないから。じゃ、頑張ってね」
わたしは、自分の頬が染まるのがわかりました。
その日の放課後、俺は図書室にいた。
といっても、特に用があったわけではない。何となく、古典部には足が向かなかったのだ。
……いや、何となくではないな。俺は自嘲気味に笑う。
決まっている。原因は昨日の千反田とのことだ。
バカなことをした、とは思わないが、何であんなことをしたのか、とは思う。
俺は百科事典のページを繰った。
……昨日。俺は、二人きりの部室で、千反田とキスをした。
千反田が迫ってきたわけではない。かといって、俺から求めたわけでもない。
何故だかそんな雰囲気になったので、どちらからともなく、というのが正しい。
昨日の、その後の様子から察するに、千反田は別に怒ったり、悲しんだりはしていないだろう。
というか、いつも通りだった。まったくいつもと変わることなく、俺と接していたのだ。
そのことが、今になって、俺の心をざわつかせている。
いや、でもそれは、俺の望むところではないのか?
今どき、キスひとつで、惚れた腫れたでもあるまい。
何より俺は、自分の信条として、省エネ主義を掲げている。その心は。
『やらなくてもいいことなら、やらない。やらなければいけないことなら手短に』
キスしたからといって、何か変わらなきゃいけないことも、しなけりゃならないことも、ないのだ。
それは千反田だって同じだ。千反田は俺のように、省エネ主義を信奉しているわけではない。
だが、世間一般的に言っても、それは同じことだろう。
人は、変わりたければ変えようとするものだし、きっかけがあれば、変わっていくものだろう。
同じように、きっかけがあっても変わらないことも、いくらでもあるのだ。
千反田の態度は、そのことを雄弁に物語っている。
俺はまた笑った。
俺は変わりたいのか? 何かを変えたかったのだろうか?
神山高校に入学して、俺は古典部に入り、千反田と出会った。
それ以来、いくつかの事件に遭遇し、自分で言うのもなんだが、俺はそれらの事件の解決に、主導的な役割を果たした。
それらは、まったく、やらなくてもいいことに違いなかった。
結果だけ見れば、俺は自分の主義に、大いに反し続けている。
だが事件の陰には、いつも千反田がいた。
不思議なことだが、千反田がいたから、もっと言えば、千反田の為に俺は事件に挑み続けたのだろうか。
顔を上げ、息を吐くと、里志と目が合った。
奴は、頭を掻き、ニコニコ笑みを浮かべて、近づいてくる。
こいつ、さては今まで、俺を観察していたな?
里志「やあ、ホータロー。辞典を眺めながら、独りでニヤニヤするのは、いい趣味とは言えないね」
奉太郎「やっぱり見ていたのか……。お前こそ、趣味が悪いな」
里志「ゴメンゴメン。悪いとは思ったんだけどね、面白かったんで、つい、ね」
まったく、見世物じゃないぞ、と呟きながら、ふと、さっき思ったことを訊いてみる気になった。
奉太郎「なあ、里志。お前はこの一年で、俺が何か変わったと思うか?」
里志は、一瞬きょとんとしたが、すぐに元の顔に戻って言った。
里志「う~ん、正直ね、この一年で、ホータローに意外と思わされたことは何度かあったよ。
でもホータローはやっぱりホータローだよ。基本的には変わってないね」
奉太郎「そうか……」
里志「何だい? 千反田さんと何かあったのかい?」
ぐっ、鋭い奴め。
奉太郎「いや、何かってわけじゃない……」
あいまいな返事をする。
奉太郎「お前はこれから古典部に?」
里志「いや、今日は別の用事があるんだ。と言っても、急ぎじゃないから、親友の生態観察に勤しんでいたわけさ」
奉太郎「お前は、伊原の観察でもしてろよ」
里志「ハハハ、それは勘弁。そう言うホータローこそ、部活には行かないのかい。
外はこんなに晴れてるのに、帰りもせず、部活にも行かないなんて、ホータローらしくないじゃないか」
奉太郎「たまには、蓄えられた知を取り込む行為も、悪くないと思ってな」
里志「そうかい。ま、したいことをするのが、一番いいよ。
それじゃ、僕はそろそろ行こうかな……」
見送ろうと、手を上げようとすると、思い出したように里志が言った。
里志「そう言えば登校するとき、千反田さんを見かけたんだけど、手に花束を持っていたな。
あれ、どうしたんだろう」
ああ、それはな、と言いかけたところで言葉を飲み込む。
本当に持ってきたのか。確かに、今日持ってくると言っていたが……。
いや、千反田はちょっとしたことでも、いい加減なことを言う奴ではない。
今日持ってくると言ったら、最初からそのつもりだったのだろう。
里志は、そんな俺の様子を見ていたが、やがて言った。
里志「じゃ、行こうかな。ホータロー、考え事もいいけど、たまには自分の思う様生きてみるのもいいんじゃないかな。
それじゃあね!」
奉太郎「ああ、じゃあな」
どうやらお見通しだったようだ。俺も、人のことは言えないかも知れないな。
奉太郎「さて、どうするか……」
とは言ったが、答えはもう、決まっているようなものだった。
古典部に行こう。
……もう少し、自分の考えをまとめてから。
里志はさっき、『自分のやりたいことをやれ』というような意味のことを、言った。
やりたいこと。
俺の生活信条には、登場しない言葉だ。
しかしだからといって、俺は全ての事柄を、やらなくていいことか、やらなければいけないことか、で処理してきたわけではない。
伊原や里志が、よく俺のことを、『何の趣味も目的もない、つまらない男』のように言うことがあるが、それは全面的には正しくない。
ちなみに里志の場合は、半分冗談だが、伊原は本気で言っているかも知れない。
だが俺とて、人生に何の楽しみも感じていないかといえば、そうではない。
趣味は強いて言えば、読書がそうだと言えるだろう。
テレビや映画は観るし、音楽だって聴く。
それに学校で、部活動にも入っている。
美味いものを食べれば、美味いなと思うし、四季の移り変わりや、風景に趣を見出したりもする。
この一年で関わった事件だって、千反田のせいにするのは簡単だが、最終的には俺がそうしようと思ったから、関わったのだ。
昨日のことだってそうだ。多少雰囲気に流された感はあるが、俺は千反田と、キスがしたいと思ったから、した。
そう。やりたいことだったから、やったのだ。
そして今、俺は千反田に会いたいと思っている。千反田は、まず部室にいるだろう。ならば俺も、部室に行けばよい。
しかしそこで、俺の心は再びざわついた。
その正体に、俺はもう気付いていた。
俺が、いくら千反田とキスをしたいからといって、いくら会いたいからといって、千反田にその気があるとは限らない。
昨日は偶然そうなっただけだ。現に昨日の、その後の千反田の態度は、芳しいものではなかった。
あれは、俺と気まずくなるのを避けていたのだろうと思える。
俺はみたび笑った。
ここまで来ると、もう認めざるを得ないだろう。
俺は、千反田えるのことが、異性として気になっているようだ。好きと言っても、いいかも知れない。
だから千反田に、そのことで拒絶されるのが、怖かったのだ。
けど、別にそれでいいじゃないか。
千反田が、俺のことをどう思っていようと、俺が千反田に会いたいと思うことには、何の関係もない。
もちろん、千反田の意思を無視してまで、自分を押し通すことはしないが。
千反田は、いつものように、接してくれるだろう。
俺は百科事典を、元の棚に戻してくると、カバンを肩に掛けた。
確かに、千反田が俺の気持ちを受け入れてくれるなら、それはどんなにか嬉しいことだろう。
しかしそのためには、兎にも角にも、千反田に会わなければ始まらない。
幸い俺は、千反田に会いたいと思っている。ならばもう、迷うことは何もない。
自分のしたいことを、するだけだ。
そうして俺は、この後千反田に会ったときの会話を、頭の中でシミュレートするのだった。
お終いです
支援してくれた方々、ありがとうございました
最後まで貼れてよかった
すいませんこんな時間になってしまいまして
いつの時間帯が良かったですかね
ガラガラ
部室のドアを開けると、千反田はそこにいた。
少しホッとする。
だが千反田は、俺がドアを開けると同時に、顔を背けて窓辺の方に行ってしまった
なんだろう? と、少しいぶかしげに思うが、俺の目はそこで机の上の花瓶と、それに活けられた花に向く。
奉太郎「へえ、いいじゃないか」
える「えっ?」
奉太郎「花、飾ったんだな」
える「あ、ああ、そうですね。ありがとうございます」
千反田は、顔を窓の外に向けたまま、答えた。
なんだ? やっぱり様子がおかしい。
……昨日のことを、気にしてるのか?
奉太郎「なあ、千反田」
える「はい」
千反田は、やはり顔を俺の方に向けることなく、答えた
……何てこった。
昨日あの後普通だったから、大丈夫だと思ってたのに。
千反田は明らかに機嫌を損ねている。
おれは、暗澹たる気分になった。
とりあえず、いつもの椅子に腰掛ける。
正直、どうしていいものか、分からなかった。
それにしても、千反田に冷たくされるのが、こんなに堪えるとは思わなかった。
謝るべきだろうか?
奉太郎「あ、あのな……」
ダメだ! 声が震えているのが自分でも分かる。
だが言わねば。
奉太郎「昨日は、その、なんと言うか、す、すまなかった」
える「……」
奉太郎「突然あんなことされたら、そりゃお前でも怒るよな。
俺がバカだったんだ。こんなこと言うのはムシが良すぎると、自分でも思う。
昨日のことは忘れて、その、今まで通りに振舞ってくれないか?
もうあんなことはしない。約束する」
える「!」
言ったぞ。これで許してくれるかは、千反田次第だが……
千反田の方を向くと、肩が震えている。
何だ? 笑っているのか?
と、突然千反田は、振り向きざま俺の横を、走ってすり抜けようとする。
奉太郎「まっ、待ってくれ!」
俺は反射的に、千反田の手首を掴んだ。
える「離して! 離してください!」
違う
今分かったが、千反田は笑っていたのではなかった。
千反田は泣いていた。
奉太郎「な、何で泣くんだ」
える「……折木さんには関係のないことです」
奉太郎「ばっ、関係ないことあるか! 俺が……、俺が昨日バカなことをしたから……」
千反田は俯いたまま、かぶりを振る。
える「それ以上言わないでください……」
奉太郎「と、とにかく俺の話を聴いてくれ!」
える「ごめんなさい、ダメなんです」
奉太郎「分かった、分かった。とりあえず涙を拭いてくれ。
それと、頼むから逃げないでくれ。
お前が俺の話を聴きたくないっていうなら、俺がお前の話を聴くから」
える「うっ、うっ、うわあああん」
千反田はその場に泣き崩れてしまった。
俺はその様子をただ呆然と、見ていることしか出来なかった。
ひとしきり泣いて、千反田は少し落ち着いたようだった
それにしても、この場に里志や伊原がいないで良かったと思った
まるで痴話喧嘩だ。何を言われるかたまったもんじゃない。
える「……その、ごめんなさい。取り乱してしまって」
奉太郎「いや……、いいんだ。悪いのは俺だからな」
える「いいえ、折木さんは何も悪くありません。
全てわたしの問題ですから」
そういうと、千反田は、今日初めての笑顔を俺に向けた。
だが、その表情は相当無理をしているのがありありだった。
そしてそのまま、しばしの沈黙が訪れた。
沈黙を破ったのは、千反田。
える「その、どこから話したものか……」
奉太郎「なあ、千反田。俺にはよく分からないんだが、お前の問題とはどういうことだ?
お前は、昨日のことで怒ってたんじゃないのか?」
千反田は一瞬きょとんとして、言った
える「いいえ、怒っていませんよ。そもそもあれは、折木さんが一方的に、無理やりしたことではないですから」
確かにそうだ。だが怒ってないって?
奉太郎「じゃ、じゃあ何でさっき俺が部室に入ってきたとき、俺にそっぽを向いてたんだ?
俺は、てっきり……」
そう言うと、千反田は俯いた。
える「……わたしの身勝手で、折木さんを傷つけてしまっていたんですね。
本当に、ごめんなさい」
はあ? ますますわけが分からない。
千反田はかすかに頬を染めて言った。
える「その、さっき折木さんの方を向かなかったのは、な、泣きあとを見られたくなかったからです!
どうして泣いていたかについては、すみません、黙秘させてください」
ペコリと頭を下げる千反田。
奉太郎「え? 泣いていたのは、今だろう?」
すると千反田は、ますます頬を染めた。
える「いえ、その、さっき折木さんが来る前に少し泣いていたんです……
あの、これ以上は……」
ああ、そういうことか。千反田は俺が来る前に泣いていて、俺が来たときにはまだ腫れていた泣き顔を見られたくなかったということか。
それで俺の方を向かなかったのか。
やっと得心する。
すみませんちょっとご飯食べてきますので、よろしければ保守しててください
いや、まだだ。まだ最大の謎が残っている。
奉太郎「それじゃあ、最後の質問だ。
どうして俺が昨日のことを謝ったら泣き出したんだ?
正直わけが分からなくて、戸惑ってるんだ」
いつの間にか、俺が千反田を問い詰める形になっているが、気にしない
俺は真実が気になるのだ。
千反田はそこでまた、顔を曇らせた。
胸が少し、チクリと痛んだ。
える「それは……。
あの、どうしても言わなきゃダメですか?」
俺は黙って頷く。千反田には酷な話なのかもしれないが、このままにはしておけない。
千反田は諦めたように溜め息を吐くと、言った。
える「わかりました。お話します」
生唾を飲み込む。二人の間に緊張が走る。
える「わたしが泣いたのは……、わたしが折木さんのことを好きだからです。
折木さんの言葉が、悲しかったからです!」
千反田はまた泣いていた。
える「……バカなことじゃ、ないです。わたし、折木さんとキスしたことが嬉しくて、
ひくっ、それなのにもうしないって言われて、悲しくて、我慢できなくて、
うううっ」
俺は今度こそ自分の愚かさを呪った。
何てことだろう。俺は自分のことしか考えていなかった。
決して望んだことではなかったのに。
俺がしたことは、目の前の少女を泣かせ、あまつさえ、秘めていた心の内を白日の下に曝け出すことだった。
なんて馬鹿野郎なんだ、なんて……。
俺は泣きじゃくる千反田と向き合って、呆然とすることしか出来なかった。
10分ほど経った。
俺はまだ呆けていた。
千反田は既に泣き止み、今は鼻をかんでいた。
その表情がどこか晴れやかだったのがせめてもの救いだろうか。
千反田は俺に向き直ると、今度は明るい笑みを浮かべて言った。
える「あの、折木さん。本当に折木さんが気にすることはないんですよ。
最初からわたしの心の問題なんですから。
ちょっと悲しかったけど、もう大丈夫です。
ですから、その、わたしと今までと変わらず接してくれませんか。
この上他人行儀になられては、それこそわたし、立ち直れなくなっちゃいますから」
あくまで冗談めかして言う千反田。
俺は……。
奉太郎「すまん、千反田。やっぱり俺は馬鹿だった」
える「折木さん、それは……」
奉太郎「いや、言わせてくれ。本当に自分でも呆れるくらいなんだ。
折木奉太郎は大馬鹿野郎だ。それこそ里志なんか足下にも及ばないほどだな」
おどけて言ったので、千反田はクスリと笑う。
える「はい、そういうことにしといてあげます」
奉太郎「さっきお互い、今まで通り付き合おうって言ったな。
あれは無しだ」
途端千反田の顔が曇る。
ここからが肝要だ。
奉太郎「いや、そんな顔をするな。今までの付き合いを基に、新しい関係を築こうって言ってるんだ」
千反田が首を傾げる。
える「あの、それはどういう……?」
奉太郎「本当はお前に言わせるつもりはなかったんだけどな。
俺の話も聴いて欲しい。
千反田、俺はお前が好きだ。よかったら俺の彼女になってくれないか」
千反田は首を傾げたまま固まった。
奉太郎「その、な。俺のような馬鹿な男に愛想が尽きていなければ、の話だが」
見ると千反田は深呼吸をしている。
何やってるんだ、と言おうと思ったら千反田が先に口を開いた。
える「本気、ですか?」
奉太郎「冗談でこんなことは言わない」
すると千反田の瞳が見る間に潤んで……。
困った。千反田は目の前で泣いている。
これは嬉しくて泣いているんだよな?
そう訊くこともできず、俺はオロオロする。
本当なら、胸でも貸すべきなのだろうが、それはすごく照れ臭い。
ええい。俺は千反田の両肩を掴んだ。
奉太郎「ちっ、千反田! その、俺は……」
千反田は泣きながら、何度も頷く。
よかった。拒絶されてるわけではないようだ。
そう思うと肩の力が抜け、俺はごく自然に千反田の肩を抱いた。
しばらく経って、千反田は泣き止んだが、まだ俺の腕の中にいた。
このまま放してしまうのは、何だかもったいない気がする。
俺は少し千反田を抱く腕に力を込める。
すると千反田もその腕を俺の胴に回してきた。
ううっ。女の子と抱き合うってのはこんなにゾクゾクするものなのか。
俺達はしばらくそのままで、夕暮れの部室に佇んでいた。
そろそろ下校しようかというときになって、千反田が言った。
える「ねえ、折木さん。キス、しませんか?」
奉太郎「はあっ!?」
思わず声が上ずってしまった。いきなり何を言い出すんだ、こいつは。
える「いやですか?わたしは、したいです」
いやではない。決していやではないのだが。
奉太郎「夕日が綺麗だな」
える「折木さんっ!」
千反田が上目づかいで睨んでくる。
奉太郎「分かった、分かったよ。じゃあしようか」
千反田が嬉しそうに忍び寄ってくる。
俺はエネルギー消費の少ない人生に心の中で敬礼した。
二度目のキスは、涙の味がした。
今度こそお終い
稚拙な文章に付き合ってくれた方々に、敬礼!
即興で文章書くのって大変ですね
このSSまとめへのコメント
ほうえるは王道でいい、つまりこういうのでいいと思います
何で評価低いのかわからんけど俺は好き