注意事項
・このSSは、魔法少女まどか☆マギカとマテリアル・パズル(無印のみ)のクロスSSとなります。
・舞台は見滝原、マテパの方の時間軸はメモリア魔方陣開幕前となっております。(っていうかここ以外ねじ込める空白時間がない)
・ちょっとゆっくりめの更新となるかと思います。週1~2程度できれば御の字ですかね。
・なんか甘党の高校生とか他にもいろいろ出ます。
ぼくは またこの板の前に立っている
この物語を綴るために――
この物語の向こうには――――
この物語の向こうには
この物語の向こうには……!
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1349879118
立て直しました。では、再開です。
第1章:見滝原の魔法少女達
第1話 お菓子の魔女とあめ玉の魔法使い
「急がないと……不味いわね。行きましょう、鹿目さん」
「はい、マミさんっ!」
そこは不可思議な空間だった。
辺りを見渡せば、そこにあるのは色とりどりのお菓子の山。
けれどそれは人の食欲を刺激する類の物ではなく、むしろどこか毒々しく、禍々しさすら感じさせる色合いで。
そんな空間を、二人の少女が歩いている。
先頭には黄色い髪の少女が立ち、油断無く辺りを見渡しながら慎重に、けれど迅速に奥へ奥へと進んでいく。
そんな少女に手を引かれ、桃色の髪の少女が後に続く。
黄色い髪の少女の名は巴マミ。魔女と戦う魔法少女。
そして桃色の髪の少女の名は鹿目まどか、今はまだただの少女。
けれど、魔法少女となる素質をもった少女。
魔法少女。それは願いと引き換えに、魔女と戦う定めを負う事となる少女。
まどかと、その友人である美樹さやかの二人は共に魔法少女としての素質を秘めていた。
そして魔法少女の事を知るために、契約によって魔法少女を生み出す生物、キュゥべえとマミに導かれ
魔法少女の敵である魔女退治に付き合うこととなるのだった。
そして今、病院に発生した魔女の生み出した結界に囚われたさやかを救うため
二人は結界の中へと突入していた。それが、この不可思議な空間であった。
「もうそろそろ美樹さんのところに着くはずよ、急ぎましょう」
まどかの手を引き、歩き出そうとするマミ。
けれどまどかはどこかを見つめたまま、動こうとはしなかった。
「……鹿目さん?」
訝しげに問いかけたマミに、まどかは我に返ったように振り向いた。
「ご、ごめんなさい。マミさんっ」
「何かあったの、鹿目さん?」
「……もしかしたら、私の見間違いかも知れないんです。でも、今……そこに女の子がいたような気がして」
お菓子の山の向こうを指差して、まどかが不安げに言った。
その声にマミもまた息を呑む。
もしそれが魔女の結界に囚われてしまった一般人なのだとしたら、助けないわけにはいかない。
マミは立ち止まり、軽く目を伏せた。
――キュゥべえ、聞こえる?
――マミ?もう近くまで来ているのかい、こっちは今のところ大丈夫だよ。
それは所謂テレパシーというもので。
マミの声は魔女の結界の最深部にて、さやかと共に二人の到着を待つキュゥべえの元へと届けられた。
――そう、それなら今のところは一安心ね。キュゥべえ、もしかしたら他に結界に囚われてしまった人がいるかもしれないわ。そっちで何かわからないかしら?
――なんだって、それは本当かい?……確かに、マミ達とは別の反応があるね。でも、この魔力は……。
テレパシーを介したキュゥべえの言葉を告げられるより早く、二人の前に少女が現れた。
黒い長髪に細身の身体、どこか冷たいを宿したその瞳には、ありありと焦燥の色が浮かんでいた。
「……そう、貴女だったのね。暁美ほむら」
その姿を認めて、マミの表情からは緊迫の色が消えた。
代わりに浮かんできたのは、あからさまな警戒と、敵意の色だった。
暁美ほむら。彼女もまた魔法少女であった。けれど、その行動には多くの謎がある。
あたかもそれは、新たな魔法少女が生まれることを阻止しようとしているように見えた。
魔女を退治することにも非協力的で、それがマミに不信感と敵意を抱かせていた。
「言ったはずよね。二度と会いたくないって」
その不信感と敵意を隠そうともせずに、棘のある口調でマミが言う。
「今回の獲物は私が狩る。貴女たちは手を引いて」
ほむらもまた、冷たくそう言い放つ。
睨み合う二人の間には、凍て付くように冷たく、そして張り詰めた空気が漂いはじめた。
「わざわざ付け回すような真似をして、そうしてまで獲物が欲しいのかしら?
でも今回だけは駄目よ。美樹さんとキュゥべえを迎えに行かないといけないもの」
一瞬、ほむらの表情に怪訝そうな色が浮かぶ。けれどそれもすぐに、冷たい色に塗りつぶされてしまって。
「そんなことをしていたつもりは無いわ。それに、その二人の安全は保証する」
「信用できると思って?」
酷薄な微笑を浮かべてマミは答え、ほむらはぎり、と小さく歯噛みした。
「残念だけど、貴女にこの場を任せることも、貴女と協力することもできないわ」
時間が惜しい、とばかりにマミは言葉を打ち切る。そしてほむらが動くより先んじて、その手から光を迸らせた。
それはすぐさま黄色いリボンへと変わり、ほむらの全身を拘束した。
「馬鹿っ……こんなことやってる場合じゃ!」
ほむらは必死にもがいたが、その拘束はまったく緩まる気配を見せなかった。
「大人しくしていれば、帰りにはちゃんと解放してあげる。……行きましょう、鹿目さん」
「っ……あ、はい。マミさん。……ほむらちゃん、ごめんね」
呆気に取られていたまどかもマミの声に我に返り、拘束されたほむらを申し訳なさそうに見つめた。
そして、名残惜しそうにしながらもマミの後を追うのだった。
(あの時見えた女の子、本当にほむらちゃんだったのかな。もうちょっと、小さかったような……)
内心の悩みと不安を抱えつつ、それでもまどかはマミの手を取り、結界のさらに奥へと向かうのだった。
「なんだったんだろうね、今のは」
少女の声。
それは先ほどの三人のものと同じか、もしくはもっと幼いかもしれない声。
魔法少女同士の交錯の一部始終を見届けて、声の主は訝しげに呟いた。
「気がついたら変なトコに飛ばされてるし、おまけに妙なガキどもまで出てくるしさ。どーしたもんかね」
その口調は途方に暮れたようでもあり、そんな状況ですら楽しんでいるようでもあった。
「とりあえず、ちょっとちょっかい出してみるかな」
そう言うと、少女は肩にかけたバッグに手を差し入れ、小さな何かを取り出した。
包み紙に包まれたそれは所謂あめ玉という奴で。包み紙を解くと、綺麗な水色のあめ玉がころりと転げ出た。
それをひょいと口の中に放り込み、軽く噛み締めて、少女は不敵な笑みを浮かべた。
そして、今尚もがき続けるほむらの元へと歩き出すのだった。
「っ……こんなところでこんなこと、してる場合じゃないのに」
ほむらの表情は焦燥と苦悶に歪んでいた。
どれほどもがいてもマミによるリボンの戒めは解ける事は無く、この状況を打破する術を
今の彼女は何一つとして持ち合わせてはいなかった。
「巴マミが、ここまで性急に仕掛けてくるなんて……このままじゃ、まどかが」
脳裏に最悪の光景が浮かぶ。それを現実にさせるわけには行かない。
だが、焦る心と裏腹に、状況は一切の変化を許しはしない。
「随分と、面白い格好をしてるね、あんた」
それは少女の声で、唐突に投げかけられたその声にほむらは驚いたように、どうにか動く首を巡らせた。
辛うじて見えたその姿は、黒いローブを纏った小さな人影。その姿は、小柄なほむらよりもさらに小さい。
「っていうか、あんたらはこんなとこで何してるのさ。
急にこんなわけわかんないところにつれてこられて、こちとらめちゃくちゃ困ってるんだけど?」
その少女の放つ声には、興味深げな様子とどこか刺々しい感じとが入り混じっていた。
「……まさか、美樹さやか以外にも、巻き込まれた人間がいたなんて」
その事実もまた、ほむらを驚愕させた。
「ちょっとー、あたしが質問してるんだけど?ちゃんと答えて欲しいんだけどー?」
そんなほむらの様子に気分を害したのか、少女の声の刺々しさが更に増す。
状況はよいとは言えない。だが、ほむらにとってはこれは好機でもあった。
「わかったわ。事情を説明するから、まずはこれを解いてくれないかしら」
この拘束さえ解ければ、直ぐにでも魔女を倒して脱出できる。
努めて冷静にほむらはその少女に声をかけた。けれどその少女は、一つ不満げに鼻を鳴らして。
「やだね、先に何がどうなってるのかを話しな。でなきゃ解いてやらないよ」
と、どこかおどけるような、嘲るような言葉を返すのだった。
「悠長に事情を説明している余裕はないの!ここは危険なのよ!」
魔女は魔法少女にとって倒すべき敵。けれどその魔女は、人間の命を刈り取る化け物でもあった。
そしてその眷属たる使い魔もまた、魔法少女にとっては取るに足らない相手だが
ただの人間にとっては恐るべき存在なのだ。
今はまだ魔女は目覚めてはいないのか、使い魔の動きも大人しい。だが、それはいつ牙を剥いてもおかしくない。
だというのに、まるで危機感のないその少女の言動は、さらにほむらを苛立たせた。
「危険?ここが?……確かにちょっと気味の悪い場所だけどさ、どこが危険だってのさ」
少女はそれを鼻で笑った。
けれど、そんな少女の背後に一匹の使い魔が忍び寄っていた。
少女はそれにまるで気づいていないかのように、バッグをごそごそと探り、そこから棒のついたあめ玉を取り出していた。
「いいから早く解きなさいっ!このままじゃ、貴女も危険なのよ!」
魔女も使い魔も、普通の人間には知覚する事が出来ない。それが出来るのは、魔法少女とその素質を持つものだけ。
それ故に目の前の少女は、自身に迫る危機を理解してできていないのだとほむらは推測していた。
この状態では使い魔の相手すらも難しい。とにかく是が非でもこの拘束を解かなければならない。
ほむらの声にも、焦燥の度合いが強まっていた。
だが、そんな必死の叫びを嘲笑うかのように使い魔はその牙を剥き、少女へと飛び掛る。
凄惨な光景を予期して、ほむらの表情が強張った。
「――だから、何が危険だってのさ?」
迫り来る見えざる脅威に。
否、脅威と言うにはあまりにも貧相なそれに、少女は不敵な笑みを浮かべて
その手に握った棒付きあめを軽く振った。
直後。少女に襲い掛かろうとしていた使い魔が、爆ぜた。
「え……っ!?」
予想外の光景に、再びほむらは驚愕する。
ほむらの知る限り、目の前の少女は魔法少女ではない。もしそうであれば、すぐにわかるはずなのだ。
だとすれば彼女は何者なのか、ほむらの思考は、たちまちのうちに疑問で埋め尽くされた。
「ったく、これじゃ埒が明かないね。まあいいや、向こうの二人に聞いてみようっと」
少女はほむらに興味を失ったかのようにふい、と視線を奥へと移し、そのまま歩き出してしまう。
「っ!待ちなさい、貴女は一体何者なの!?」
それを捨て置けるはずも無く、ほむらは少女に呼びかける。
少女は振り向き、ほむらに小さく舌を突き出して、意地悪そうに笑みを浮かべて。
「教えてやーらない♪」
とても楽しそうに一言そう言って。
「……本当に危険だってなら、さっさと帰んな。ガキの出る幕じゃないよ」
更に一言冷たく言い放ち、今度こそそのまま歩いて去っていった。
「……この時間軸で、何が起こっているというの」
少女の姿が見えなくなると、ほむらは力なく項垂れ呆然と呟いた。
その視線の先で、何かがきらりと小さく光る。
「あめ玉?」
あの少女が落としたのだろうかと、疑問を抱いたその刹那。そのあめ玉が光を放ち炸裂した。
「ぐ……っ」
強烈な閃光と衝撃が走る。けれど、熱さは感じない。
それらが過ぎ去った後には、ほむらを戒めていたリボンはボロボロになっていた。
これならば、もがけばどうにか抜け出せるだろう。
「……とやかく言っても始まらないわ。とにかく、急がないと」
状況は混迷を極めていく。
それでも彼女のやるべきことは、如何なる時においても変わりはしないのだから。
魔女の結界の最奥で、それは静かに脈動していた。
それはグリーフシードと呼ばれる、魔女を生み出す漆黒の種子。
その様子を、青い髪の少女と奇妙な白い生き物が緊張した面持ちで、遠巻きに見守っている。
彼女こそが美樹さやか、そしてその傍らの生物こそが契約によって魔法少女を生み出すもの、キュゥべえ。
「マミさん……まどか、まだ来ないのかな」
魔女はまだ目覚めていない。けれどその目覚めは近い。
それが分っているからこそ、さやかの声は極度の緊張で張り詰めていた。
「近くまでは来てると思うよ、後は魔女が目覚める前に、マミが間に合ってくれるといいんだけどね」
この様子なら恐らく間に合うだろう。キュゥべえもそう考えていた。
「でも、この魔力の反応は……」
付け加えるように呟いた言葉は、何か気がかりな事があるような口調で。
「魔女でも、魔法少女とも違う……」
「ちょっと、キュゥべえ!あれ、何か動き出してる」
キュゥべえの呟きを遮ってさやかが叫ぶ。
グリーフシードは今にも何かが湧き出て来そうなほどに、禍々しく脈打っていた。
「まずいな、魔女が出てくるよ!」
グリーフシードが姿を変える。そこにあるのは、巨大なお菓子の袋のようなもの。
それは内側から食い破られるようにして裂け、そこから何かが現れた。
ともすれば、愛くるしい姿のぬいぐるみのようにも見える。
けれどそれは遂に目覚めてしまった魔女であり、恐るべき敵。
お菓子の魔女――シャルロッテ。
お菓子の魔女は、まるで赤子のように頼りなく周囲を見回した後
物陰に隠れて様子を伺っていたさやかとキュゥべえへと視線を向け、その唇を軽く吊り上げた。
「……さやか、願い事は決まったかい?」
マミは未だ現れず、まさに絶体絶命の危機。
キュゥべえはさやかに決断を促した。願いと引き換えに契約し、魔女と戦う定めを背負う。
魔法少女になるという決断を。
「流石に、もう迷ってなんていられないか」
魔女の姿を見つめて、震える声でさやかが言う。
その愛くるしい姿を見ても、さやかの表情には一欠けらの余裕も見られなかった。
さやかは今までに数度、マミの魔女退治をその目で見ている。
それ故に、魔女の恐ろしさを彼女は身をもって理解していた。
「あたしの願いは……」
「駄目よ、そんな簡単に決めたりしちゃあ、ねっ」
その声は、閃光と共に舞い降りた。
「マミさんっ!」「マミ、間に合ったんだねっ!」
その声は、まさしく希望そのものだった。
「ええ、どうやらギリギリ間に合ってくれたみたいね」
それまでの制服姿ではなく、魔法少女の服装に身を包んだマミは
その手のマスケット銃から矢継ぎ早に閃光を放ち、そのままさやか達の側へと降り立った。
「さやかちゃんっ!よかった、無事で……」
マミと共に降り立ったまどかは、すぐさまさやかに飛びついた。
「さあ、速攻で片付けるわよ!」
自らを鼓舞するようにマミはそう叫ぶ。
そして魔法の弾丸に射抜かれ、地面に縫い付けられた魔女に向けて駆け出した。
マスケット銃の銃身を握り、まるでゴルフクラブか何かのように銃床を魔女に叩き付ける。
壁際にまで吹き飛ばされた魔女に、続けざまに魔法の弾丸を撃ち込んでいく。
だが、魔女もただ黙ってやられはしない。
使い魔達がその射線に飛び込み、自らの身をもってその弾丸を遮った。
それのみならず、更に数に任せてマミへと殺到する。
「あんなに沢山。いくらマミさんでもあれじゃあ……」
不安げに声を漏らすさやか。
マミはそんなさやかに軽く視線をやると、大丈夫とでも言うかのように力強い笑みを浮かべた。
マスケット銃を握った両手をそのまま左右に払う。するとそれは何本にも分裂し、マミの周囲を取り囲むように展開した。
マミはまずその一丁を手に取ると、迫る使い魔の群れの先頭に魔法の弾丸を叩き込む。
その隙を突いて迫る使い魔には銃床を叩き付け、撃ち終えた銃を放り投げると同時に次の銃へと手を伸ばし
そしてまた撃ち放つ。まるで踊るような仕草で、魔法の弾丸と銃床を叩き込み、次々にその数を減らしていった。
「すごい……マミさん」
「さっすがマミさん、いいぞ、そのままやっつけちゃえーっ!」
その動きにすっかり魅了され、圧倒されている二人。だが、歓声を上げる二人の眼前にも使い魔が迫っていた。
「うわわっ!?こっち来るなーっ!!」
マミの戦いに見惚れていた二人は、逃げるのが僅かに遅れてしまった。
その僅かな時間は間違いなく、致命的な隙だった。
マミにもまた危機は訪れる。次々に押し寄せる使い魔の群れに、遂に銃も全て撃ち切ってしまった。
武器を失ったマミに、頭上から新たな使い魔が襲い来る。
そんな危機的状況にあっても、マミは静かな笑みを絶やさなかった。それは、絶対の自信からなるもので。
「甘いわよっ!」
牙を剥き、喰らいつこうとした使い魔の側面を、高く蹴上げたマミの左足が捉えていた。
そのまま右足を軸にし身体を回転させると同時に、その勢いも乗せて使い魔を蹴り飛した。
蹴り飛ばされた使い魔は、見事にまどかとさやかに迫っていた使い魔にブチ当たり
二体まとめて吹き飛ばされて、その姿が掻き消えた。
「もう少しの辛抱よ、すぐに終わらせるからっ!」
二人に言葉をかけると同時に、使い魔の群れを引き寄せてマミは跳躍する。
空中で再びマスケット銃を生み出し、使い魔の群れへと向けて撃ち放つ。
使い魔を打ち砕き、地面に無数の弾痕が刻まれる。だが、その全てを撃破するには至らない。
「まずは邪魔な使い魔から。一気に片付けるわよ!」
だがその弾痕から生じた光の帯が、群れ為す使い魔を戒め、縛り、一所へと押し固める。
狙い通り、とマミは更にその笑みを深くし、着地すると同時に手にした銃を巨砲へと作り変えた。
その巨砲から、今までのそれとは比べ物にならない威力を帯びた弾丸が放たれ、押し固められた使い魔の群れを根絶した。
「さあ、後は魔女だけね」
巨砲を通常の銃へと戻し、マミは鋭く魔女を見据えた。
使い魔を悉く撃破され、その力に魔女も恐怖したのだろうか、まるで逃げるかのようにその身体が宙を漂い始めた。
だが当然、マミはそれを逃さない。
「これで終わりよっ!」
魔女を追って跳躍。そのまま魔女を跳び越し、落下の勢いを乗せて銃口を突き刺すように、激しい突きを叩き込んだ。
急速に落下する中、押し付けた銃口から二発、魔法の弾丸が魔女の身体に食い込んでいく。
そして地面に落下し、その衝撃に地は砕け、あたかも土煙のようなものが沸きあがる。
それすらもマミが手を払えば、まるで風にさらわれたかのように掻き消えていく。
魔女の身体に埋め込まれた弾丸から、再び光のリボンが生じ魔女の身体を空中に拘束する。
最早魔女に抵抗の術は無い。後はただ、とどめの一撃を叩き込むだけだった。
再びその掌中の銃が巨砲へと変わる。十分に魔力を高め、必殺を期してそれは放たれる。
「ティロ・フィナーレ!」
放たれたのは必殺の弾丸。
撃ち貫くと同時に光の帯で捕縛し圧殺する、マミの最大の一撃だった。
その弾丸は確実に魔女の胴体を射抜き、更に生じた光の帯がリボンと化して、頭を残して魔女の全身を拘束した。
後はそのまま、押し潰すのみ。
「やったぁ!」「さっすがマミさんっ!」
マミの勝利を確信し、二人が歓声をあげる。
マミもまたそれに答えて二人を見つめ、自信気な笑みを浮かべた。
勝利の余韻と安堵、そして新たな魔法少女となるかも知れない仲間を、守り抜くことが出来たという喜び。
それがマミの心を埋め尽くしていた。今度こそそれは、余りに致命的過ぎる隙だった。
捕縛され、圧殺されるのを待つばかりであったはずの魔女。
だが、その口の中から何かが溢れ出た。それは奇妙に姿を変え、肥大化し、一気にマミへと迫る。
気を緩めていたマミは、それから逃れることはできなかった。
悪趣味な化け物、そう言うより他にないそれは、巨大な顎を開き、濡れた牙を覗かせた。
そしてそのまま、目を見開き硬直したマミの身体に喰らいつく。
その直前。マミの視界に、何か小さく光るものが見えた。
「マミさ……っ、うわぁぁぁっ!?」
魔女の変貌と、マミの窮地にさやかが悲鳴を上げる。
けれどそれは、突如として巻き起こった激しい爆発によって遮られた。
「これは……一体?」
突如としてマミと魔女との間に発生した、激しく迸る光の炸裂。
それはこの場にいた誰にとっても予想外のものだった。
キュゥべえもまた、その表情に驚愕の色を張り付かせて言葉を放った。
「何……何なの、これ?」「そうだ、マミさんはっ!?」
迸る光が収まり、激しい光に焼かれた視界がようやく戻る。
そこにはマミの姿も魔女の姿も無い。二人が慌てて周囲を探ると、すぐにそれは見つかった。
見つかったのだが。
「……えーっと。マミ、さん?」
マミは突然の爆発に吹き飛ばされ、床へと叩きつけられていた。
それだけならまだ二人も純粋に心配できたのだろうが、その状況は到底そうすることを許さなかった。
「「犬○家!?」」
吹き飛ばされたマミはそのまま頭から地面に落ちた。
丁度そこはケーキのように柔らかな場所だったのだろう。
完全にその身体は地面に埋もれ、足先だけが突き出ていたのである。
実にスケキヨである。
「何か勝手に死にそうだったし、手ぇ出させてもらったよ」
声と同時にケーキの高台の上に現れたのは、ほむらの前に現れたのと同じく、黒いローブを纏った人影だった。
(女の子の、声?)
その声は少女のそれで、その姿にまどかは見覚えがあった。
「あれは……あの時の」
ほむらと出会う直前、まどかが垣間見た人影とその姿はよく似ていた。
その人影は高台から飛び降り、まどか達の側へと降り立って。
「あんた、一体誰なの?もしかして、また新しい魔法少女の登場ってわけ?」
驚きと不安、そして多少の怯えを帯びた声で、さやかが問いかける。
「魔法少女?そんな可愛らしいもんじゃないよ。あたしは……」
ローブの少女は振り向いて、僅かにさやかに視線を向けると。
「――魔法使いって奴さ」
言葉と同時に、轟音が鳴り響いた。
吹き飛ばされ、文字通り目をぐるぐると回していた魔女が目を覚まし
瓦礫やお菓子の破片を吹き飛ばしながら起き上がる。
魔女は、新たに現れた脅威であるローブの少女を視界に捕らえると、瞳に怒りを宿し再びその牙を剥いた。
「ふん、化け物の癖に生意気だね。あんたらは離れてな、巻き添え食っても知らないよ」
少女は尚も強気に言葉を告げる。
ローブの端から覗いた口元には、不敵で余裕の笑みが浮かんでいた。
「なんだかよくわかんないけど、行こうまどか!マミさんを助けないと」
「っ、うん!」
まどかは心配そうに少女を見つめ、それでもさやかに続いて駆け出した。
再び魔女が動き出す。
どんなものでも噛み砕いてしまいそうな鋭い牙を構えた顎が、少女を噛み砕かんとして迫る。
「そんなに食いたきゃ、これでも食ってろ!」
迫り来る魔女に、少女は何かを放り投げる。
魔女はそれを意にも介さず飲み込み、更に少女目掛けて突き進む。だがその直後、再び激しい爆発が生じる。
それは魔女の体内より生じたもので、内側から光に焼かれ、魔女の表情が苦悶に歪む。
だが、それでも魔女を倒すには至らない。
魔女はまるで蟲が脱皮するかのように傷ついた身体を脱ぎ捨て、一回り小さくなった姿で更に少女へと迫った。
「しぶといね、ったく」
小さく呟き、少女は矢継ぎ早に何かを放り投げる。
それは次々に爆発し、光の炸裂を生み出していく。だがそれは、魔女を捉えるには至らない。
身体が小さくなった事で機動性が増したのか、魔女は続けざまに生じる爆発を全て回避していた。
「ふん、面倒臭いね。……丁度いいや、こいつで一気に決めるよ」
苛立たしげに鼻を鳴らし、少女は魔女を睨み付ける。
けれどその視界の端に何かを見つけて、その唇が吊り上った。
突如として少女は走り出す。
爆発の雨が止んだことで、余裕が出来た魔女も少女の後を追う。
爆発に煽られ傷ついた身体を今一度脱ぎ捨て、更に一回り小さく、そして速くなる。
恐るべき速度で魔女は迫り、その牙は今にも少女を噛み砕こうとしていた。
だがそれに先んじて一歩早く、少女はそれを掴み取った。
それは人の頭ほどもある巨大なロリポップ。
血の色のような赤と、目に痛々しい蛍光色の青の混じったそれは、とてもではないが食欲をそそられるようなものではない。
けれど、少女にはそれで十分だった。
「ぶっ……壊れなぁっ!!!」
握り締めたそれを、少女はすぐ背後にまで迫っていた魔女に叩き付けた。
巨大なロリポップが魔女の顔面にめり込み、そして一際大きな爆発が巻き起こった。
「マミさん!大丈夫ですか、マミさんっ!」
「……ええ、みっともないところ、見せてしまったわね」
どうにか掘り起こされ、スケキヨ状態から抜け出したマミとまどか達の元へも、その光の余波が吹き荒れた。
「何が……きゃぁぁっ!?」
光に目を焼かれ、吹き荒れる衝撃に吹き飛ばされそうになりながら
三人は互いに身を寄せ合い、身を屈めて必死に耐えるのだった。
そしてその光の爆心地で全身を光に焼かれ、魔女がその存在を失っていく。
その光が収まると、爆心地には魔女の姿は一片たりとも存在せず。そこにはただ、無傷の少女の姿だけがあった。
纏っていたローブは、衝撃に煽られ吹き飛ばされていて。
その下には、得意げな表情で笑みを浮かべる、小さな黒髪の少女の姿があった。
「――キミは、一体何者なんだい?」
その戦いの一部始終を見届けて、キュゥべえは少女に問いかけた。
それは彼女が、キュゥべえによって生み出された魔法少女ではないということを、言外に示しているようなもので。
その声に、少女は振り向いた。そして。
「あたしはアクア。大魔導士アクア、よろしくね」
核たる魔女を失い急速に崩壊していく結界の中で、少女――アクアは名乗った。
あたかもそれは、世界に自らの存在を知らしめるかのように。
魔法少女マテリアル☆まどか 第1話
『お菓子の魔女とアメ玉の魔法使い』
―終―
【次回予告】
魔法少女と魔法使いは出会った。出会ってしまった。
ありえるはずのない出会いは、小さな歪みを生み出した。
生まれた歪みは、少女達の運命さえも揺るがしていく。
けれどこれはまだ、その序章に過ぎないのだ。
「別の世界からやってきた、ってこと……なのかな?」
「こんなの、普通じゃ考えられないわ」
出会ってしまった少女、アクアは自らを魔法使いと名乗った。
「結構面白いね、こっちの世界も」
「家に……来るしかない、わよね。やっぱり」
それぞれの目的のため、同じく魔法の名を冠した少女達は結託する。
「あんたらにはあたしに協力してもらう。嫌とは言わせないよ」
「貴女となら、獲物の取り合いになる心配はなさそうね」
「アクア?しっかりして、アクアっ!!」
「まさか、この反応は……」
次回、魔法少女マテリアル☆まどか 第2話
『魔法少女ともう一人の魔法使い』
きょうはここまで、つづきはまたあすにでも
うぼぁ
乙です
では、本日も参りましょうかな。
投下します。
第2話 魔法少女ともう一人の魔法使い
魔女の結界が砕けると、そこに広がっていたのは夕暮れ時を通り過ぎた暗闇で。
そしてその暗闇の中で、白い建物が明かりに照らされていた。それは病院。
この魔女は、病院をその巣として取り込もうとしていたのだ。
魔女は通常であれば結界から出る事は出来ない。
故に、不幸な人間が結界の中に迷い込みでもしない限り、魔女が直接人を害する事はまずないと言ってもいい。
だが、魔女は人を操りその心を蝕む。それは不安や猜疑心、そして絶望という形を成して人の心に去来する。
そしてその絶望に飲まれた者は、やがて遠からずその命を絶つこととなる。
故に魔女は人の天敵で、心身の弱った人間の多い病院に発生すれば、多くの犠牲を生みかねない。
だが、魔女は討たれた。それを討つべき魔法少女ではなく、突如として現れた謎の魔法使い、アクアによって。
兎にも角にも、危機はひとまず去ったのである。
「どーやら、ちょっとはまともな場所に出たみたいだね」
少女――アクアは、辺りの景色ぐるりと眺めながらそう言うと。
「……でも、やっぱりメモリアとは違うね」
と、小さな声で呟いた。
「ええと、それで……アクア、さん?」
なにやら物思いに耽っている様子のアクアに、マミが静かに声をかけた。
「……ああ、そうそう。そういやこっちの話もまだだったね。
そう、あたしはアクアだよ。名乗ってやったんだから、あんたらも名乗りな」
「そうね、私は巴マミ。見ての通り……とは言えないけれど、魔法少女よ」
既にマミの服は魔法少女のそれではなく、彼女らの通う見滝原中学校の制服へと変わっていた。
結界が解ければそこはもう日常の世界。魔法少女の姿のままでは、いささか目立ってしまう。
「あ、あたし……美樹さやか。一応魔法少女……見習い、って感じかな」
「私は、鹿目まどか。えと、同じく魔法少女見習い……かな?」
未だ緊張の抜けない表情で、さやかとまどかもそう答えた。
とは言えその緊張の理由は、魔女との戦いによるそれというよりは
恐るべき破壊を生み出したアクアの存在によるところが大きかった。
「で、なにこの妙な生き物。あんたらのペット?」
「ペット扱いは心外だな、ボクはキュゥべえって言うんだ。よろしくね、アクア」
「あ、喋った。動物なのに喋るなんて、面白いねー、うりうり」
今更ではあるが、キュゥべえは見た目自体は愛くるしい生き物である。
よくできたぬいぐるみのようにも見える、その見た目がえらく気に入ったのか、アクアはキュゥべえに手を伸ばした。
撫でてみたり持ち上げてみたり、耳を軽く引っ張ってみたり、アメ玉を食らわそうとしてみたりと
その後はもうやりたい放題である。いい加減に辟易した様子のキュゥべえが
マミに助けを求めるような視線を送った。
「アクアさん、そのくらいにしておいて話を続けましょう。貴女に色々聞きたいのだけど……」
「待った、質問はあたしが先だよ。こちとらわからない事だらけで頭がこんがらがってるんだ。
まずはその辺どうにかしてくれないと、答えようにも答えらんないね」
言葉を続けようとしたマミの機先を制して、アクアがずいと手のひらを突き出して言った。
「わかったわ。でも、私もこの状況に戸惑っているのは事実だから
何でも答えられるわけじゃないけど、それでもよければ」
「そ、じゃあ色々聞かせてもらうよ」
そう言ったきり、アクアは軽く目を閉ざす。そして、とん、と軽く指でそのこめかみを突いた。
何をしているのかとマミ達が訝しげな表情を浮かべ、問いかけようとした時に
アクアは小さく一つ頷いて、目を開いて話し始めた。
「質問の数は、6つ」
その口調は、まるで誰かに言われたことをそのまま言っているような、少しばかりの違和感を感じる口調だった。
「あの化け物は何だい?」
「魔法少女ってのは何なのさ?」
「あんたの他にも、魔法少女ってのはいるのかい?」
「あんたらが使ってる魔法ってのは、一体何なんだい?」
「ここは一体どこだ?」
「アクロア大陸、メモリア王国、マテリアル・パズル、大魔王デュデュマ。この中に聞き覚えのある言葉はあるかい?」
その全てを言い終えて、アクアは一つ大きな吐息を漏らした。
対するマミは、どこか困惑した表情を浮かべたままアクアの問いに答えた。
「ほとんどの質問には答えられると思うわ。でも、多分かなり時間がかかると思う。
だから、一度場所を変えないかしら。私の家なら人目にもつかないと思うわ」
「……なるほどね、おおっぴらには出来ない話ってわけだ。いいよ、案内してよ」
アクアもそれに頷いた。
マミは、どうも話についていけない風のまどかとさやかの二人の方を向き。
「彼女の話は私が聞いておくから、今日はもう帰ったほうがいいわ。
随分と遅くなってしまったし、明日にでもまた来てくれたら、その時にわかった事は説明するから」
そう言われ、二人は不安げにマミとアクアの顔を交互に見つめて。
「……わかりました、マミさん。でも明日の朝一番で行きますから、ちゃんと事情、教えてくださいね」
「私も、明日必ず行きますから。……それじゃあマミさん、アクアちゃん。また……明日」
それでも意を決したようにそう言うと、二人は互いに寄り添いあったまま、ゆっくりと家路を辿り始めるのだった。
魔女との戦いに巻き込まれた疲れが、今になってどっと押し寄せてきたのだろうか。
その歩みは、どうにも頼りないものだった。
「二人はボクが送っていくよ。マミ、後でボクにも話を聞かせてほしいな」
「ええ、しっかり頼むわよ、キュゥべえ」
そしてそんな二人の後を、キュゥべえが追いかけていた。
「あんたも送って行ってやったほうがいいんじゃないの?」
どうにも頼りない二人の様子を見て、アクアはマミにそう言った。
けれどマミは何も言葉を返すことはなく、そのままその場に蹲ってしまった。
「――っ、ァ。はぁ……ッ、く、う、うぅ……」
「ちょっと、おい。あんた……しっかりしなよ、ほら」
漏れ出したのは嗚咽。
蹲り、食いしばった歯の隙間から、消しきれない声が漏れていた。ガチガチと歯の根の震える音と共に。
その姿にアクアは事実を悟る。
魔法少女と呼ばれるそれは、魔法の力を持つそれは、例えその力がどれほど強力であろうとも
精神まで人間離れしてしまったわけではないという事を。
事実、恐怖に震えて必死に嗚咽を噛み殺しているマミの姿は見た目相応……
というにはいささか幼い気もするが、ただの少女としては当然の姿にしか見えなかったのだから。
だからこそ、アクアはそんなマミに手を伸ばした。
膝を抱えるその手を掴み、無理やりにでも立ち上がらせた。
「ごめんなさい……でも、今頃になって、足が震えてきちゃって……笑っちゃうわよね」
手を引かれて立ち上がるも、その足はガクガクと震えていて。
自嘲気味にそう言うマミの姿は、先ほどまでの魔法少女の姿から見ればあまりにも頼りなく見えた。
「ったく、泣き言言ってんじゃないよ。これでも食ってな」
嗚咽交じりの息を漏らしたマミの口に、ひょいと何かが放り込まれた。
舌先に甘みを感じたのも一瞬。マミはそれをそのままごくりと飲み込んでしまった。
「んぐ……けほ、ちょっと、一体何を飲ませたの!?」
「ん?アメ玉」
「えっ」
その言葉に、元々青白かったマミの表情が更に白く、いっそ蒼白といえるほどに変わる。
一瞬の交錯であるとは言え、マミもまたアクアの戦う姿を目撃していた。
彼女が武器に使っていたものが何であるかを見てしまっていた。
それ故に、ある程度の予測は立てていた。
お菓子を武器にする魔法少女……ならぬ魔法使い。
それはそれで可愛らしくていいものだが、故にこの状況は実に不味い。
「ちょっと、そんな……冗談じゃっ」
足の震えも忘れて立ち上がり、一気にアクアに詰め寄るマミに。
「さっさと立って案内しな。でないと、内側から爆破しちゃうよー」
にんまりと、実に愉快といった感じの笑みを浮かべてアクアは言い放った。
マミはといえば、驚愕が呆然とした表情に変わり、それがすぐさま引き攣って。
「……わかったわよ、さっさと行きましょう」
諦めたように吐息を漏らして、足早に歩き始めるのだった。
けれどその足は、もう震えてはいなかった。
(まったく、お菓子の魔法使いなんて可愛いものかと思ったら、とんでもない子だったわ)
内心に嘆息と、大きな不安を抱えていたとしても。
彼女――暁美ほむらは、その一部始終を病院の屋上から眺めていた。
「今回は、巴マミが生き残った。でも、あの状態の巴マミが、一人であの魔女を倒せるとは思えない。
だとしたら魔女を倒したのは……」
マミの拘束魔法より逃れ、ようやく結界最深部へと到着したほむらがその時見たものは
激しい光の炸裂の中に消えていく魔女の姿。そしてその光の中心に立つ、一人の少女の姿。
「新たな魔法少女だとでも言うの?今までにこんな事は無かった……一体、何者なのかしら」
呟きながらも思考は巡る。けれど、今のほむらはそれに対する答えを見つけられずにいた。
「考えていても仕方ないわ。何にしてもこれで、巴マミは生き残った。
けれど、彼女と協力関係を結ぶのは難しい。……だとすれば、やはりアレを倒すためには彼女の力が要る」
何事かを話しながら、ゆっくりと遠ざかっていくマミとアクアの姿を見つめて。
「巴マミ。今しばらく、見滝原は貴女に任せるわ。そして、まどかも」
言葉と同時に、ほむらの姿は虚空に消えるのだった。
かくして、魔法少女と魔法使いは連れ立って帰路を辿る。
だが、アクアにとってここはまるで見知らぬ地である。当然大人しくいていられるわけもなかった。
「ねえねえ、マミ。ありゃ何だい!?」
遠くに見えるビル街を見て、可愛らしい装いのファンシーショップを見て
なんだかんだとアクアはマミに尋ねるのである。
当然、いちいち足止めを喰らっては帰宅が捗るはずもなく
気づけばあたりはすっかり暗くなってしまっていた。
「はぁ……一体どこまで付き合わせるつもりなのかしら。
アクアさん、あんまりゆっくりしていると、帰って話す時間も――」
今度は野良猫(ねこではない)を見つけて、物珍しそうに追い掛け回しているアクアに
もううんざりといった様子でマミは声をかけた。否、かけようとしたのだが。
「ねー彼女、ちょーっといいかな?」
横合いからかけられた声が、それを遮ったのだった。
声の主は、金髪に右耳だけのピアスをつけ
サングラス越しで目元は伺えないが、それなりに整った容姿の男だった。
そんなマミよりも頭一つ半ほど高い背丈の男が、いきなり眼前に躍り出てきたのである。
流石のマミも驚いて、思わず一歩後ずさりながら。
「……なんですか?今急いでいるので、ごめんなさい」
こういう手合いは、さっさと話を打ち切って逃げるに限る。マミは言葉少なにその場を立ち去ろうとしたのだが。
「あー、ちょっと待って待って。そりゃいきなりこんな事言われたら怪しがるのはわかるけどさ
まずは名刺だけでも見て頂戴よ、ね?」
けれど男も中々にしつこく、横をすり抜けようとしたマミの前に更に立ちふさがって、懐から慌しく名刺を取り出した。
そしてその浮ついた容姿とは裏腹に、どこか人好きのするような笑みを浮かべるのだった。
「鴻上……プロダクション?」
「そ、要するにタレントをプロデュースしてる事務所、ってわけ」
その名刺には、確かに鴻上プロダクションという社名に加えて、なにやら男の名前らしいものが書かれていた。
けれど今のマミには、それ以上の情報はただの文字の羅列としてしか認識できていなかった。
呆然と目を見開いて、名刺と男の顔を交互に眺めるマミの様子に何がしかの手ごたえを得たのか
男は更に言葉を続けた。
「沢宮エリナちゃんって知ってる?」
沢宮エリナ。彼女はここ最近ブレイク中の高校生タレントである。
魔法少女の戦いに勤しむマミも、その名前くらいは知っていた。
曖昧に頷いたマミの様子に、更に男は笑みを深めて。
「あの子もうちのプロダクションの子でさ、こーやってスカウトされた子なわけよ。
あ、そしてこれは俺の直感。君も絶対エリナちゃんみたいなアイドルになれるっ!」
指輪のはまった指先を突きつけ、自信たっぷりに男は告げた。
男の審美眼もあながち間違っているとも言えない。
マミのスタイルは女子中学生のそれというにはあまりにも大人びている。
それでいて、無駄に背ばかり高いということもない。
そして間違いなく、磨かずとも光る何かをその身の内に秘めている。
とは言えそれは、芸能の才などではなく戦う力だったのだが。
「そういうわけだからさ、俺の事務所と契約して、アイドルになってみない?」
困惑しきっているマミに、どこかキュゥべえのそれを思わせるような口調で男は告げた。
マミは思わず胸元を手で押さえ、どうにか返す言葉を捜しているようだった。
魔女と戦う運命を背負い、戦い続けた長い日々。
そんな日々に突然差し込んだ、光の差す場所への誘い。それを嬉しく思う気持ちも、確かにあった。
けれどそれを受けられるはずも無い、魔法少女という存在の重さを、マミは良く知っていた。
それでも、どうしても迷ってしまう。
「なーにやってんのさ、マミ。そろそろ行くよ」
そんな迷いを、アクアの声は容赦なく打ち砕くのだった。
「ん、あの子は友達か何か?うーん、あの子も顔立ちは悪くないけど、ちょっと目つきがきつすぎるかなー……」
物理的に。
「いきなり何を抜かす、失礼な」
不機嫌そうに顔を歪めたアクアが男に向けてアメ玉を放り投げると、それは小さく炸裂した。
「ぶぇーーっ!?」
相手はただの一般人である。当然耐えることもよける事もできず、炸裂に飲まれて吹き飛ばされた。
奇声をあげながら吹き飛んだ男は、そのまま壁に激突しぐったりと動かなくなってしまった。
「ちょ、ちょっとアクアさ……アクアっ!一般人相手に魔法を使うなんて……っ!」
いくらなんでも、マミにとってそれは見過ごせない。
魔法の力は魔女を倒すために使うものであって、一般人相手に振りかざすものではない。
どんな理由や事情があるにせよ、許されてはならない事だった。
「別に死んじゃいないよ。ちょっと邪魔だから吹っ飛ばしただけさ」
悪びれもせずにそう言うアクアに、マミは咄嗟に手を伸ばした。
服の襟元をぎゅっと握って、そのままアクアを睨み付けて。
「もう絶対にこんな事はしないで。それが出来ないなら、貴女は魔女と同じよ。私が貴女に話すことは何も無いわ」
これだけは譲れないと言わんばかりに、マミの語勢は強かった。
アクアもまたマミの視線を真正面から受け止めて、僅かにその目を細め、好戦的な色を浮かべていた。
睨み合う両者、その間には一触即発の、緊迫した空気が流れていた。
「……ま、いきなり右も左もわかんないような場所で、ドンパチやらかすのも不味いか。
わかったよ、普通の奴には魔法は使わない。それでいいんでしょ?」
やがて、アクアは根負けしたかのように軽く鼻を鳴らしてそう言うと、マミの手を振り払った。
「……信じるわよ、その言葉」
一抹の不安は感じつつも、それでもマミはアクアの言葉に頷くのだった。
「それじゃあ私はこの人の治療をしていくから、アクアは少し待ってて頂戴」
いかなる心情の変化があったのか、いつの間にやらマミはアクアを呼び捨てにしていた。
マミはそう言い残し、壁にもたれてばっちり気絶している男の元へと向かった。
「……今更、選べないわよね。そんな道」
どこか、寂しげな呟きを残して。
――今のは君が悪かったと思うよ、アクア。
「……わかってるよ、とりあえず今は大人しくしとく」
アクアは電柱に背を預け、軽く目を伏せそう呟いた。
身の内から湧き上がる、その声に応えるようにして。
「――ティトォ」
その呟きは、誰の耳にも届く事は無く。
「やっと着いたわね」
その後の道中は比較的穏やかに、といってもどうにも緊迫した空気のままで帰路は進み
ようやく二人はマミの家へとたどり着く事ができた。
「ふぃー、歩き通しで疲れちゃったよ。勝手に邪魔させてもらうよー」
マミが鍵を開け、扉を開くや否や、アクアはその中へと飛び込んだ。
「はぁ、本当に落ち着かない子ね。ちょっと待って頂戴。お茶とケーキくらいは用意するから」
奥から帰ってきた、子供そのものの元気な返事。それに苦笑しながら、マミはアクアの後を追うのだった。
(こうしてみるとまるで子供ね、でも……)
内心の疑念は拭えない。けれどそれは、きっとこれから解明されるのだろう。
「んー、お茶もケーキも美味しいじゃん。これ、マミが作ってるの?」
ケーキを一つ、二つと平らげて、紅茶で喉を潤して。満足げにアクアが言う。
「ええ、お口に合ってくれたようで何よりよ。……さあ、そろそろ本題に入りましょうか。それと、これ」
向かい合って座るマミが、黄色の刺繍の入ったハンカチをアクアに手渡しながら言う。
「ここ、クリームついてるわよ」
苦笑交じりに言いながら、マミは自分の頬を指で指した。
「ああ、こんなもんこうしちまえば、ほら」
アクアはそれをけらけらと笑って、親指でそのクリームを拭ってそのまま舐め取ってしまった。
「もう、子供じゃないんだから……まあいいわ、今度こそ本題に入りましょう」
食器を片して、今度こそマミはアクアに呼びかけた。
「ん、じゃあそうしようか。……まずは、あたしの質問に今度こそ答えてもらうよ」
「答えられるところといえば、これくらいね」
先のアクアの質問を思い出しながら、マミは静かに口を開いた。
人の世に災いと絶望をもたらす存在であり、結界に潜み、今尚多くの人の命を脅かしている存在である、魔女。
そしてその魔女と戦うために、キュゥべえと契約する事で生まれる存在。救いと希望をもたらす魔法少女。
「なーんか、胡散臭い話だね。希望や願いをちらつかせて、人を戦わせるだなんてさ」
アクアはなぜか不機嫌そうな表情で、鼻を鳴らしてそう言った。
「確かにそう見えるかも知れないけど、その願いで救われた人もいるのよ。
その結果、魔女と戦う定めを背負う事になったとしても」
「あんたもそのクチ、ってわけ?」
その言葉にマミは一瞬言葉に詰まる。それでもすぐに言葉を次いで。
「……否定はしないわ。話を続けましょう」
「そう言うわけだから、魔法少女は一人や二人じゃないの。
今この時も、世界中で魔女が人々に害を為している。それと戦うために、世界中に魔法少女が存在しているの。
……なんて、これはキュゥべえの受け売りなのだけどね」
「なるほどね、くぁ……ふ。こっちも随分物騒なわけだ」
さほど興味はない、といった様子でアクアは欠伸をかみ殺しながら答えた。
けれど、続く言葉にその目の色を変えた。
「そして、これが魔法少女の証であるソウルジェム。
魔法少女の願いによって生み出される、魔法少女に魔法の力を与えてくれるものよ」
マミが手にはめていた指輪が小さく輝くと、その後には綺麗な装飾を施された卵のような宝石がその手の内に生じていた。
「それがあれば、何も知らない小娘でも魔法が使える。そーゆーことかい」
アクアは一瞬目を見開いて、ソウルジェムを睨み付けた。
「誰でもって訳じゃないわ、あくまで素質のある少女だけ。
でも確かに、逆に言えば素質さえあれば誰でも、キュゥべえと契約して魔法少女になることが出来る」
「……なるほど、ますます気に食わないね」
相変わらず顔を顰めたまま、アクアはソウルジェムから視線を反らした。
それを見届けて、マミも再びソウルジェムを指輪へと戻して。
「それで、あとの二つの質問だけど……これについては、こう答えたほうがよさそうね」
今までのやり取りで、既に何かの確信を得ていたのだろうか。マミは静かに言葉を続けた。
「ここは地球という星の、日本という国。その中にある、見滝原という街よ。
多分、聞き覚えのある名前じゃないんじゃないかしら?」
「んなこったろうと思った。確かに、全然知らない名前だね」
アクアも一つ頷いて、二人は同時に言葉を放った。
「ってーことは」「と、言う事は」
「あたしは、別の世界からここに来ちまった……ってこと、なのかね?」
「貴女は、別の世界からやってきた、ということ……なのかしら?」
それぞれにとって、衝撃的な事実を。
所変わって。
「おかしーですねぇ」
一人の男が、不審げに声を漏らした。
そこは不可思議な空間。とは言え魔女の結界ほどに理不尽な空間というわけでもなく。
殺風景で真っ白な空間が、どこまで続いているような場所。
その只中に立てられている柱も地面に突き立てられているわけでなく、中空に浮いたまま固定されていて。
男はその柱の上に座って、頬杖をつきながらなにやら手元の機械を操作している。
「奴等の反応が消えやがりました。今更奴等がメモリアを離れるとは思えねーんですけどねぇ?」
長い銀髪を揺らし、その青白い顔を怪訝そうに顰めた。大きく開けたその額には、不可思議な模様が刻まれていて。
「仕方ありませんねぇ。直接聞いてみましょうか」
諦めたように吐息を一つ吐き出して、男は再び手元の機械を操りだした。それをまるで携帯電話かのように耳元にあて、そして。
「聞こえてやがりますか、コルクマリーさん?」
――ああ、聞こえてるよ。大体用件もわかってる。
「そりゃ何よりですが、いちおー伝えておきます。奴等の反応が消えました。メモリアの方に何か動きはありやがりますか?」
――メモリアも同じだよ。突然彼らが姿を消したらしくて、城内は大騒ぎだ。
機械越しに、コルクマリーと呼んだ相手と言葉を交わして、男は首を傾げた。
「もしかすると、メモリアにとっても予想外の何かが起こりやがったのかも知れませんねぇ。
何が起こるかわかんねーですし、貴方は引き続きメモリアの監視を続けていてください」
――いいのかい?彼らがいないなら、今は仕掛ける絶好のチャンスだと思うけど。
「ええ、メモリア魔方陣はどーしても開幕してもらわなけりゃなりませんからねぇ」
――そうだったね。わかったよ、また連絡する。
「頼みましたよ、それじゃあまた」
会話が打ち切られ、その手の機械を下ろした男の背後には、別の人影が浮かんでいた。
「……アダラパタ」
それは小柄な人影で、ローブを着込み、仮面をつけている。故にその姿形、顔立ちさえもうかがい知る事はできない。
ただその声が、歳若い少年のそれであることだけはわかった。
「おや、貴方から話かけてくるなんて珍しーこともあるもんですねぇ、クゥさん」
背を向くこともなく、アダラパタと呼ばれた男は答えた。
「ああ、そうそう。貴方達にも知らせておこーと思ってたんですよ。奴等が……」
「わかってる、彼等が消えたんだろう」
クゥと呼ばれた少年の声は、歳不相応なほどに落ち着いていて、どこか底冷えのするような声だった。
「おや、もう気づいてましたか。そーなんですよねぇ、奴等はメモリアから消えてしまいやがりました。
一体何があったんでしょうねぇ?」
「メモリアから、じゃない」
感情を一切見せないその声に、アダラパタは訝しげに振り向いた。
「この星から、彼等の反応が消えたんだ」
「なん……だと?」
そして、その目を見開き驚愕した。
そして再び、話はマミの部屋へと戻り。
「それで大体納得がいったよ、道理で何もかも見たことが無いものばかりなわけだ」
異世界に来てしまったのだという事実。その衝撃から立ち直り、ようやくアクアは小さく頷いた。
「私達の知らない魔法、そして、まったく知らない大陸や国の名前。これはもう定番ってものじゃない!」
「……そういうもんかね?」
合点が行き過ぎて、なにやら興奮している様子のマミに、アクアは冷ややかな視線を向けて。
「そう言うものよ、おかげでアクアの正体も大体わかったわ。
アクアは世界を脅かす大魔王デュデュマと戦う正義……っていうのはちょっとアレだけど、そういう魔法使い。
どうかしら、結構いい線行ってると思うんだけど?」
一体何が琴線に触れたのか、マミは爛々と目を輝かせてアクアに詰め寄った。
「……それじゃ0章じゃん」
マテリアル・パズル第0章。ゼロクロイツ全9巻、現在好評発売中である。絶版はまだ無いはずである。多分。
メタい話はさておいて、アクアは呆れたように息を吐き出して。
「大外れだよ。大魔王デュデュマってのはね……おとぎ話さ。
あたしらの世界じゃ誰だって知ってるおとぎ話。それを知ってりゃ、少しは話が通じるかと思ってね」
「そうだったの……ちょっと残念ね」
あからさまに落胆し、それでもマミはさらにアクアに問いかけた。
「さあ、これでそっちの質問には答えたわよ。今度は私の質問に答えて頂戴」
「あー、ケーキだけじゃなんかやっぱ腹は膨れないよねー、何かお腹空いちゃったよ。何か無いの、マミ?」
そんな言葉に耳も貸さずに、アクアはひょいとソファーに飛び乗り、クッションに顔を押し付けたまま横になった。
「ちょっと、アクア!」
「腹が膨れたら話すよー」
咎めるマミの声にも、ひらひらとその手を軽く振るだけで。
「わかった、わかったわよ!すぐに用意するから、食事を済ませたらしっかり話してもらうわよ」
ぎりぎりと歯噛みするものの、力押しで事情を聞ける相手でもなくて。
疲れたような表情で、マミはキッチンへと向かうのだった。
マミの姿がキッチンに消えたのを確認して、アクアはクッションから顔を上げた。
その顔は朱に染まっていて、額には汗が浮いていた。
いっそそれは病的で、アクアは苦しげに息を吐き出して。
「……丁度いい、や。説明するの、苦手なんだよ。後、頼むね……ティトォ」
何かしらを呟いて、その身体がクッションに突っ伏した。
「アクア、貴女何か食べられないものとかって……アクアっ!?」
そんなアクアの様子を、マミは見てしまった。
「ちょっと、どうしたの……アクアっ!?」
思わず駆け寄り、その額に触れる。思わず熱さを感じるほどにその身体は熱を帯びていて。
「酷い熱……一体どうしてこんな、っ。まさか!」
それを見たのは何かの映画だったろうか。地球に訪れた異星からの来訪者。
けれど彼らに待っていたのは、恐るべき死の定めだった。
地球ならばどこにでもいる風邪のウィルスであれど、彼らにとっては未知の病原体である。
それに対して一切の抵抗力を持たなかった彼らは、地球の土を踏むことなく潰えてしまったのである。
同じ事が、アクアの身にも起こっているのではないか。そう危惧したマミは、すぐさまその身を魔法少女のそれに変えた。
「しっかりして、アクア。今治療するから……っ!」
ぎゅっとアクアの手を握り、光のリボンでその身を包み、内部を魔力で洗浄した。
そうして出来た即席の無菌室で、アクアに癒しの魔法を振りかけた。
マミは癒しに特化した魔法少女ではない、けれどその魔法は、僅かにアクアの表情を和らげる事には成功していた。
「……ぁ、っ。は……ぁっ。いいよ、マミ。そんなこと……しなくて」
額に汗を浮かべ、ぎゅっとアクアの手を握るマミ。アクアは弱弱しくその手を振り払おうとして。
「バカ言わないで、このままだと貴女、死んでしまうわよ」
「死なない、さ。っ……あたしは、不老不死…なんだから」
途切れ途切れの苦しげな声で、それでもどうにか口元を笑みの形に歪めてアクアは言った。
「こんな時まで冗談言わないで!……回復魔法もほとんど効き目が無い。どういうこと?」
どれだけ回復魔法を注ぎ込んでも、すぐさまアクアの身体は死へと向かって滑り落ちていく。
まるでその身体には、元から抵抗力や免疫の類がまるで備わっていないかのようだった。
「だから、いいんだって、マミ。……説明できる奴に、換わるだけ…だ、か……ら」
そう力なく笑って、弱弱しくマミの手を握り返していたアクアの手から、力が抜けた。弱弱しく上下していたその胸が、吐息が、止まった。
「え………嘘、よね」
震える手を口元に添えて、マミは呆然と声を放つ。離されたアクアの手は、力なくだらりと垂れ下がって。
「死ん……だ」
魔法少女は常に死と隣り合わせである。それは自分の死でもあり、他人の死でもある。
それでもそれらは全て魔女の結界の中でこそ起こるべきことで、こんな場所で起こっていいものではなかった。
「何が、どうなってるのよ……本当に」
呆然と呟くマミのすぐ側で、それは起こった。
息絶えたはずのアクアの身体が、光を放って宙に浮く。
その手が、足が、身体中が光の中で、ばらばらに分解されていく。
同時に生じる、恐ろしい程の魔力の奔流。
「きゃっ……何、この…魔力はっ!?」
迸る魔力に弾き飛ばされ、マミは驚愕の声を上げる。
その間にも、事態は次々に進行していった。
ばらばらに砕け、小さな光の欠片と化したアクアの身体。それが再び渦を巻き、何かの形に作りかえられていく。
即席の無菌室を作り上げていた、マミのリボンを巻き込みながら。
その魔力の波動はマミの部屋のみならず、どこまでも広く伝播していく。
それを感じ取れる者はほとんどいないだろう。
だが、それを感じ取れる者にとっては決して見逃すことの出来ないものだった。
「……何なんだい、今の魔力の波動は」
「私にもわからないわ。けれどきっと只事では済みはしない。未来が大きく歪むのが視えるわ」
大気を響かせ、肌をぴりぴりと震わせるその波動に、落ち着かない様子の黒い少女。
その少女に、険しい目つきで椅子に座った白い少女が話しかけていた。
「なんだか、今日は大気が騒がしいね。やっぱり、今日はやめとくべき?」
震える魔力の声無き声が、少女の鼓膜を震わせた。
耳障りなその声に顔を顰めながら、少女は眼下に並んだ少女達を睨み付ける。
彼女達も同じように、耳鳴りを堪えるように耳元を抑えていたそれは。
「いいや、もう待てない。時間が無い。始めるよ――プレイアデス」
憎悪と狂気をその声に秘めて、彼女は眼下の少女達へと襲い掛かった。
まどかとさやかを送り終え、工事現場のタワークレーンの頂上から街を眺めていたキュゥべえにも
その魔力の波動は伝わった。
「尋常じゃない魔力だ。でも、これはやはり魔法少女のものでも魔女のものでもない。そしてこの反応は……星の」
呟く声とともに、その赤い眼が見開かれた。
「間違いない、彼女は……」
崩れたアクアの欠片が、別の形に再構成されていく。
それは質量保存を無視するかのように膨れ上がり、再び人の形を取った。
その形が定まっていくにつれ、光と魔力の奔流は収まっていく。そして遂に、一つ大きな炸裂と共に消失した。
後に残されていたのは、マミよりも少し背の高い少年の姿。
「あ………あぁ」
その少年は軽く辺りを眺めてから、呆然と立ち尽くすマミに小さく笑みかけて。
「はじめまして、ぼくはティトォ」
そう名乗るのだった。
そこは寂れたゲームセンター。今や訪れる人もなく、古びた筐体が寂しげに佇んでいる。
その中で唯一つ、光を放つ筐体があった。
三枚の液晶を抱えた、横長の筐体に備え付けられた長椅子に座っていた少女は
握っていたレバーから手を離すと、後ろに振り向き口を開いた。
「今のとんでもない魔力の波動、あんたの仕業?」
その赤い長髪を揺らし、好戦的な笑みを浮かべて、少女――佐倉杏子は問いかけた。
「いいえ、私にもわからないわ。……本当に、色々な事が起こるものね」
その声に、一つ小さな嘆息を漏らしてから、暁美ほむらは答えるのだった。
魔法少女マテリアル☆まどか 第2話
『魔法少女ともう一人の魔法使い』
―終―
【次回予告】
アクアの死と共に現れた少年は、自らをティトォと名乗った。
彼の口から語られる、異世界の魔法使いの真実。差し迫る事情を背負った彼らは、元の世界へと戻るために動き出す。
「それが、その力が……魔法(マテリアル・パズル)」
「ぼく達には、あまり時間は残されていないんだ」
そしてそんなイレギュラーを抱えつつ、物語はあるべき姿へと進んでいく。
「二週間後、見滝原にワルプルギスの夜が来る」
「じゃあ、まずは実力を見せてもらおうじゃないの」
そして再び少女達に危機が迫ったその時。
「仁美ちゃん……どうして?」
「これが……貴方の、罪?」
もう一つの魔法が、眼を覚ます。
「――マテリアル・パズル、ホワイトホワイトフレア」
次回、魔法少女マテリアル☆まどか 第3話
『たい焼きとハコの魔女』
実は地味に修正してたりします。
アイドルネタは完全に思いつきですが、うっかり出せたら面白そうだなあという思いも。
>>22-23
ありがとうございます。
これからも笑いと感動に溢れたのんびりほのぼの熱血青春ギャグラブコメディーを書き続けて行きたいと思います。
甘党の高校生から一言。
『騙されるな!!これはひどい詐欺だ!!!』
彗龍一本乙
俺得マテパSSだ
おもしろい!
神無神無を待ちながら楽しませてもらっています
0章終わってたのか
なら本編が始まるな、長かった
久しぶりにガンガン買うかな
乙!面白かった
途中に色んなキャラが出てきてワクワクしたわ
あとQBの目的とか考えるとどうなるんだろうな…
そして甘党の高校生にはパン屋さんの作ったクリームパンをあげよう
>>53
作者が入院したりもしててまだ4章は始まってない
でもBBBも面白いよ
乙!
1人ずつしか出られないTAPを展開の速いまどマギのストーリに
どううまく絡めていくのか楽しみにしてます。
>>54
冒険王ビィトの二の舞にならなければいいが・・・・・
マテリアルはフェアリーテイルとも相性良さそう。魔法の原理はまったく違うけど・・・・・
さて、本日も投下します。
またしても今更ですが、このお話はバトルが多めです。
そして今回は、完全に趣味回です。
では、参りましょう。
第3話 『たい焼きとハコの魔女』
「それで、一体あたしに何の用なんだい?あたしの縄張りを分捕りにでもきたってわけ?」
傍らの袋からたい焼きを取り出し、それを頭から頬張り杏子は言った。
ちなみに、基本的に筐体では飲食は厳禁である。よい子のみんなは絶対に真似をしないように。
「そのつもりはないわ。佐倉杏子」
杏子の鋭い視線を真っ直ぐに受け止め、表情を変えずにほむらは答えた。
対して杏子の顔に浮かんだのは、疑念と不信。
「……どこかで会ったっけ?名乗った覚えはないんだけどね」
訝しむ杏子の様子を気にもかけずに、ほむらは更に言葉を続けた。
「二週間後、見滝原にワルプルギスの夜が来る」
ほむらの言葉に、杏子はたい焼きに伸ばしていた手を止めて。
「なんでそんな事がわかる?ってゆーか、それをあたしに知らせてどうする?見滝原は巴マミの縄張りだ」
そう、この街は見滝原ではなく、その隣街の風見野で、この街は既に杏子の魔女狩りの縄張りとなっていた。
「理由は秘密。そして、巴マミではワルプルギスの夜を倒す事はできない」
「で、あんたは一緒にワルプルギスの夜を倒そうって、わざわざあたしを誘いに来たわけかい?
巴マミに唆されてさ」
不信感を滲ませていた杏子の表情に、確かな不快感と怒りの色が混じった。
その表情は、彼女と巴マミとの間に何らかの確執があることを明確に示していた。
「それも違うわ、私はただ奴を倒したいだけ。その為には、貴女の力を借りるのが一番確実と判断したまでよ」
相変わらずほむらの表情は揺るがない。そんな様子に杏子は、小さく一つ鼻を鳴らして。
「巴マミだって、魔法少女としてはベテランだぜ。あたしに勝るとも劣らねぇ」
「よく知ってるわ。それでも、貴女と手を組むのが一番いい」
軽く眼を伏せ、ほむらは更に言葉を続けた。
「ワルプルギスの夜は結界で身を隠す事なく、直接見滝原に現れる。
間違いなくその戦いでは街に大きな被害が出る。それを無視して戦えるほど、巴マミは非情にはなりきれない」
「……本当に、いろいろよく知ってやがるんだな」
杏子は驚いたように眼を見開いて。
「でも、絶対に巴マミはちょっかいを出してくるぜ。ワルプルギスの夜と巴マミ、三つ巴なんてのは御免だよ?」
「彼女には、私が話をつける」
そして、どちらもぱたりと言葉が途切れ、睨み合う両者。
やがて杏子は一つ、納得したように頷いてから。
「大体の合点はいった。あたしはワルプルギスの夜のグリーフシードさえ手に入ればそれでいい。
あれだけの魔女だ、さぞかし溜め込んでるだろうしな」
再びたい焼きに手を伸ばし、それを頬張りほむらを睨み。
「でも、あたしはまだあんたを信用できない。だからさ」
キン、と一つ小さな澄んだ音。
それは杏子の指に弾かれた硬貨の音で。くるくると宙を舞うそれを掴み取ると、背後の筐体の投入口へと叩き込んだ。
「腕を見せてもらおうじゃないさ」
始まったのはゲームではない。その筐体が、内側から裂けるようにして割れた。
そしてその中へと、ほむらと杏子は吸い込まれていった。
そう、それは魔女の結界。杏子がここにいたのも、この筐体だけが動いていたのも偶然ではない。
全ては魔女の存在あってのことだったのだ。
♪
♪
♪ ah ah
ah
――ah― ah――ah ah――
ah ♪
♪
「歌?……海で歌たぁ、さしずめここの魔女はセイレーンってとこか?」
「恐らく、そんな可愛らしいものではないわ」
聞こえてくるのは歌うような、独特の戦慄の声。それは微かな女性の声で。
そこは四方を透明な壁に囲まれた空間。その壁の向こうには、青く透き通った水が広がっている。
そしてその中を、魚の様な姿をした使い魔が泳いでいた。
魚の様とは言いもするが、その下半身は人間のそれに近く、泳ぐといってもバタ足なのだから格好がつかないものである。
「ここの魔女を倒せば、私を認めてくれるのかしら?」
「ああ。と言っても、あたしもみすみす獲物を逃すつもりはない。
足手まといにならない程度に使えてくれりゃあ、一応信じてやるよ」
杏子の姿が魔法少女のそれとなり、その手に真紅の槍が生じる。
それを頭上でぶんと一振りし、そのまま真下に突き立てた。
その場所から足元の壁に、そして周囲を取り巻く壁全体に、ひび割れが広がっていく。
「それなら話は早いわ。さっさと片付けましょう」
ほむらの姿が変わると同時に周囲を覆う壁が砕け、大量の水が流れ込んできた。
その勢いに流され、押され。それでもすぐさま体勢を整えると、二人は迫る使い魔の群れを視界に捉えた。
「お……っせーんだよぉっ!」
その水は実際のそれはと違うようで、呼吸や言葉を妨げはしない。
ただその動きを妨げるには十分で、足場のない場所では、接近戦が主体の杏子には不利にも見えた。
だが魔法少女の持つ力は、その程度の不利を難なく覆す。
魔法によって生み出した足場を踏みつけ、勢いをつけて跳ぶ。
足場はそのまま真下から迫る使い魔を防ぐ壁として、振りかざした槍で頭上から迫る使い魔の群れを薙ぎ払った
「まとめて捌いて下ろしてやるよ、どんどんかかって来な!」
そしてほむらは、水中に静かに浮かんで佇んでいた。
それを格好の獲物と見たのか、使い魔達が群れを為して襲い来る。
その群れをギリギリにまで引き寄せて、ほむらの姿が掻き消えた。
直後、使い魔の群れの中心で起こる巨大な炸裂。破片や熱によるダメージは水に遮られて完全に減殺されている。
しかしその衝撃は大気中よりも疾く水中を駆け抜け、殺到していた使い魔の群れを打ち砕いた。
「この状況では重火器の類は使えない。それでも、戦うには十分よ」
その炸裂の範囲外で、ほむらは魔力で防水加工を施した銃から弾丸を放ち、撃ちもらした使い魔を撃ち抜いていく。
「あらかた片付いたか。さて、そろそろ魔女のお出ましか?」
半魚人とでも言うかのような使い魔の群れをねじ伏せ、杏子は更に結界の奥へと視線を向けた。
それは更なる深みへと続いていて、見通す先では光も薄く、暗闇の海が広がっていた。
「いいえ、まだよ」
その仄暗い水の底から、高速で少女達に迫る影。それは無数の節からなる身体を持った異形の海蛇。
それはまさしく水中を滑るように駆け抜け、二人の頭上を追い越した。
「かなり速いな。ちぃっ、突っ込んでくる気かっ!」
頭上を通り越した海蛇はそのまま旋回し、自らの身体を弾頭と化して杏子に迫った。
回避も困難。迎え撃つしかないと覚悟を決めた杏子の眼前で、海蛇の周囲で無数の爆発が巻き起こった。
激しい水泡が湧き上がり、その中に海蛇の姿が消える。そして再び、離れた場所にほむらの姿が現れた。
「あんたの仕業?不思議な技を使うもんだね」
「信用する気になったかしら?」
「さあ、どうだかね?」
不敵な笑みを浮かべ、杏子がそう言った直後。
水泡の渦を貫いて、全身に無数の傷を刻んだ海蛇が、杏子目掛けて再度突撃を敢行した。
水泡にその視界を遮られ、杏子の回避は一瞬遅れた。その一瞬が命取りとなる。
海蛇は杏子を掠めるように突撃し、そのままその長い身体で杏子の身体を絡めとり、締め付けた。
「がっ……は、ぁ」
全身を恐ろしい力で締め上げられ、杏子の口から苦悶と共に水泡が漏れた。
「杏子っ!」
ほむらの顔にも焦りが見える。杏子が囚われたままでは、先ほどのような爆発による攻撃は行えない。
「……へっ、心配すんなっての。あたしが、このくらいでくたばるかよ」
みしみしと悲鳴を上げる身体、それでも杏子は握り締めた槍を離さなかった。
堅く強く握り締められたその槍は、その柄を無数の節へと分割させた。
分割された節の一つ一つが、まるで意思を持っているかのように分たれ、そして動き。その槍の穂先を幾重にも翻らせた。
一閃。そしてまた一閃。光が通り過ぎて一秒の後。
杏子の身体を締め付けていた海蛇の身体が、その節ごとにばらばらに切り刻まれて消えていった。
――Close your eyes――
蒼海の最中、大気中よりも遥かに響くその歌は続く。
――Close your head――
その歌をBGM代わりにして、二人の魔法少女が魔女の生み出した海の、更なる深みへと潜っていく。
「そろそろ最深部へ到着するわ。気をつけて」
「わかってるよ、この魔力のでかさ、かなりの大物だな」
そして迫り来る使い魔を次々に打ち倒し、遂に二人は魔女の結界の最深部へと到達する。
いつしか水ばかりであった周囲の景色も、ごつごつとした岩場へと変わっていった。
突如として鳴り響く警告音。それと同時に赤き光が海を照らし、蒼海を血の如く朱に染める。
「何か来るな。……こいつは」
せり上がってきたのは、まるで液晶の画面のような何か。
そしてそこに浮かび上がってきたのは、水の揺らぎに奇妙に歪んだような文字。
+
マテパとはまた珍しいものをwwwwww
テンションあがってきたぜぇえええええええ
―――THE WHICH OF RUMBLING SEA―――
G.N.CLARISSA
―――IS APPROACHING FAST!―――
現れた文字の、その画面の裏側を。巨大な何かが横切った。
「来るわ」
「ああ、わかってるっ!」
それは画面の向こうで深海を優雅に回遊していた。
この海には、それを邪魔する者は誰もいないはずだった。けれど今、恐るべき侵入者がこの静寂の海に侵入している。
平穏と静寂、それを乱そうとする侵入者を排除せんがため、魔女がその巨躯を翻した。
再び画面の向こうに映る巨大な影。遂にそれは、画面を打ち破り現れる。
『ユオ゛オ゛オ゛オ゛ォォォォォォン!!』
異形なる雄叫びと共に現れたそれは、巨大な鯨。海鳴の魔女『グランデ・ノワール(大いなる漆黒)・クラリッサ』の姿であった。
そしてその出現と共に、朱に染まった海が漆黒のそれへと姿を変えていく。
「デカブツが、さっさと切り身に……してやるよっ!」
魔法で生み出した足場を踏みつけ加速して、杏子は一気に魔女との距離を詰める。
そして気合一閃。魔女の鼻先に鋭い槍の一撃が突き刺さる。
「……こいつっ!?」
だが、その一撃をものともせずに魔女はその身を翻す。
その勢いに負け、魔女の身体より槍は振りほどかれ、その勢いのままに杏子の身体が投げ出された。
吹き飛ばされた先には鋭く尖った岩塊。直撃すればただではすまない。
「っ……舐めんなぁっ!!」
言葉と同時にかざした手から、生じたのは真紅の帯。
それは真っ直ぐに岩場へと伸び、そして絡みつく。更に杏子の身体を絡めとり、その勢いをどうにか減殺した。
だが、その頭上に迫る巨大な影。魔女がその巨躯を弾頭と化して、杏子を押し潰さんと迫っていた。
だが、その眼前で生じる無数の爆発。それも一つや二つではない。
同時にいくつも生じたその爆発が、魔女の虚を突きその動きを押しとどめた。
「油断しないで、奴の相手は一筋縄ではいかない」
そしてそれと同時に、ほむらの姿が杏子の側に現れた。
「どうやら……そうらしいな」
体勢を整えると同時に帯をかき消し、再びその手に槍を構えて杏子が吼える。
対する魔女は当然のように、水泡の中から再びその巨躯を見せる。そしてその大口を開き、再び咆哮した。
「余裕ぶってんじゃねぇっ!!」
杏子は再び跳躍し、魔女へと踊りかかる。
ほむらの姿はそのまま掻き消え、次いで魔女の周囲で再び無数の爆発が巻き起こる。
湧き上がる水泡の向こうに僅かに見える魔女の姿を目掛けて、再び杏子は槍を振りかざした。
切り結ぶこと数十合。
杏子は魔女に肉薄し、その巨躯による突進や口から吐き出される衝撃波や
体内で生成された追尾性能を持つアンカー状の弾丸といった攻撃を、どうにか回避しつつ矢継ぎ早に魔女に斬撃や刺突を加えていく。
ほむらもそんな杏子の意を察し、巻き込む危険のある爆発による攻撃は避け、銃撃を加えていく。
即席とは言え、そのコンビネーションは悪くはない。というよりも、杏子が銃の使い手と共に戦う方法を熟知している。
そしてほむらもまた、杏子の戦い方を熟知している。
お互いがお互いの戦い方をよく知っているがため、自然にそうなっているようでもあった。
「このまま削りきれば……なんとかなるかね。
ったく、これでグリーフシードもいいのをくれなけりゃ、割に合わないってもんだね」
「……望み薄だと思うけど」
「やりきれねぇ……なぁっ!!」
振りかぶった槍で深々と魔女の背に大きな裂傷を刻み込み、そのまま魔女の身体を蹴飛ばし、距離を取りなが杏子が叫んだ
戦況は始終二人に有利に進んでいる。このままいけば、時間はかかれど押し切る事は出来るはず。杏子はそう確信していた。
だが、魔女もそうは甘くない。
『ユオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ォォォォン!!』
全身に無数の傷を刻まれ、そこから漆黒の血を流しながら、再び魔女は咆哮した。そしてその鼻先にぽっかりと大きな穴が開く。
「何しようってんだか知らないけど、そろそろ終わりにさせてもらうよっ!」
動きの鈍った魔女を目掛け、杏子は渾身の一突きを叩き込んだ。
しかしその一撃は、その穴から吐き出された何かによって食い止められていた。
渾身の一突きでも貫く事のできない、堅く鋭いそれは。
「ドリ……ル?」
そう、ドリルである。正確にはその弾頭をドリルと化したミサイルのような物、ドリル弾とでも言うべきだろうか。
ドリルであれば当然それはそのエッジを高速回転させるもので、食い込んだ槍の穂先を巻き込んで、エッジの回転が始まった。
「なっ……うぁぁっ!?」
咄嗟に槍を放すのも敵わず、その回転に巻き込まれて杏子の身体がぐるぐると振り回され、そのまま吹き飛ばされてしまう。
放たれたドリル弾はそのままほむら目掛けて飛んでいく。
「あれは……っ」
ほむらの顔にも焦りが浮かぶ。それと同時にその姿が掻き消え、遥か遠くにその姿は移動していた。
同時にいくつも放たれる銃弾がドリル弾に喰らいつく。けれどそのどれもが高速回転を続けるエッジの前に阻まれて。
阻止することも敵わず直進を続けたドリル弾は、一際巨大な閃光と衝撃を伴い爆散する。
その衝撃は、離れた場所にいたはずのほむらにまで到達し、激しい衝撃が彼女の身体を揺さぶり、そして吹き飛ばした。
盛大に沸き立ち、狂ったように暴れる漆黒の海。その只中で。
『オ゛オ゛ォォォン……』
勝ち誇るかのように、魔女は短く咆哮した。
だがその声が海の最中に消え行くより早く、超高速で射出されたそれが魔女の顔面に突き刺さり、再び大きな爆発を巻き起こした。
「備えあれば、ね。まったく」
纏わりつく水泡をまとめて払い、その身に少なからぬ傷を負いながらほむらはそう呟いた。
「でも、まだ足りない」
再び沸き立つ漆黒の海。水泡の壁の向こうで、巨大な影が蠢くのが見えた。
それはまだ、魔女は力尽きてはいないということで。
「今度は何しやがったんだ、あんた」
圧し掛かっていた岩をまとめて吹き飛ばし、ようやく再起した杏子が尋ねる。
これまでの戦いを経てほむらの戦い方をある程度理解し始めていた杏子にとっても、今の一撃は予想外に強烈なものだったのだ。
「魚雷よ。一応用意しておいたのだけど、まさか役に立つとはね」
「……どっから持ってきたんだよ、それ」
「それも秘密」
相変わらずの態度のほむらに、杏子は呆れたように一つ息を吐き出して。
「何にせよ、そろそろ決めないとまずいね。……あんた、今の魚雷はもう打ち止めかい?」
「何をする気?」
「決まってんだろ、叩っ斬んだよ」
槍をぎゅっと握りなおし、その穂先を水泡の向こうへ向けて、不敵に笑って杏子は言った。
魔女はその身を一度大きく旋回させると、その身がその尾が視界を覆う水泡を打ち払う。
そしてその先にいる敵の姿をその視界に捉えた。
その魔女の巨躯からすれば、相対する少女の存在はあまりに矮小。
そんな矮小な存在に、ここまで自分が追い詰められているという事実。それは魔女にとっては耐えがたきものだったのだろう。
激昂し、咆哮と共に迫り来る。それは杏子にとっては絶好の好機だった。
「一発勝負だ、後は任せな」
ほむらがその手についた盾をかざすと、どこからともなく再び魚雷が現れた。
魔法によってその機能を強化された魚雷は、すぐさま超高速で魔女へと向かっていくだろう。
その直前に、杏子はそれに飛び乗った。更に赤い帯で、その足を魚雷に固定した。
直後魚雷は放たれる。猛烈な加速度が衝撃となり、杏子の身体を襲った。
「上……っ等ぉぉぉっ!!」
全身にかかる衝撃でその身がみしみしと軋む、それでも杏子の表情にあるのは、純粋に戦いを楽しむ不敵な笑みだった。
一直線に迫る魔女へ向け、魚雷は一直線に打ち出された。このままそれが炸裂すれば、杏子ともども粉微塵である。
そして当然、そうはならない。
正面から衝突するはずだった魚雷は、不自然にその軌道を捻じ曲げる。
そして丁度魔女の横を擦過するかのようなコースをとった。急な動きに魚雷も杏子の身体も、共にみしりと悲鳴を上げる。
それでも杏子は、手中の槍を握り締め、振りかざし、そこに更なる魔力を込めた。
込められた魔力の量に比例するかのように、その穂先が巨大な刃と化して、音速に近い速度を持って魔女の身体に食い込んだ。
「お……っらぁぁぁぁッ!!」
『ユオ゛オ゛オ゛オ゛ォォォォォン!!』
杏子の怒号と、魔女の苦悶の声が交差する。
そのあまりの衝撃に、槍の柄が、穂先がひび割れそして砕けていく。
その一片までもが粉微塵に砕けようとするその瞬間に。
赤い閃光が一筋、魔女の身体を両断して駆け抜けた。
『ユオ゛……オ、オォォォ』
両断され、多量の漆黒の血をブチ撒けながら、力を失った魔女の体が沈んでいく。
「ったく、手間ぁかけさせやがって」
魚雷から飛び降り、槍を振るって岩場に降り立ち、杏子は吐き捨てるように言った。
乗り捨てた魚雷は遥か彼方へと飛んでいき、そして炸裂する。
まるで水槽のガラスが割れたかの様に、漆黒の海を構成していた液体が流れ出していく。
魔女が潰えたことで、その結界もまた終わりを迎えたのだった。
漆黒の海は全て流れて消え去り、そこには再び朽ち果てたゲームセンターの景色が戻ってきた。
先ほどまで唯一動いていた三画面の筐体も、その内に巣食う魔女が失われた事により、その機能を失った。
最後に一度、その画面にでかでかと『GAME OVER』という文字を残して、その画面から光が消えた。
「……ほんと、割に合わないね」
機能を停止した筐体の、そのコイン返却口に突き刺さるようにして収まっていたグリーフシードを摘み上げて
うんざりしたように杏子が呟いた。
そのグリーフシードは、あの魔女の手強さからすればあまりにも物足りないものだった。
魔法少女がその力を行使する時、その代償としてソウルジェムは穢れを溜め込む。
それはまるで煤のようにソウルジェムの内に溜まり、その輝きを鈍らせる。それのみならず、生み出される魔力さえも減じてしまう。
魔女を生み出す卵であるグリーフシードは、それであると同時にその穢れを除去するためのものでもあったのだ。
そして今生み出されたグリーフシードは、今回の戦いで消費した魔力を補うには、あまりにも不十分なものだったのである。
「一応、山分けってことにしとく?」
指先で摘んだグリーフシードを、ほむらに見せ付けるようにして杏子が言った。
「いいえ、それは貴女がとっておけばいい」
「……ま、これじゃ山分けするにも物足りねえか。じゃあこのまま使わせてもらうよ」
そっけないほむらの言葉に、小さく鼻を鳴らして杏子はグリーフシードをしまいこみ、そして。
「あんたが何を考えてるかはともかくとして、腕は確かみたいだね。
あたしとあんたの二人がかりなら、確かにワルプルギスの夜でも倒せるかもな」
見定めるように、それでいてどこか面白そうにほむらを見据えて、杏子は唇の端に不敵な笑みを浮かべた。
「それは、こちらの提案を呑む、ということでいいのかしら?」
「そういうことだな、っと。それじゃ流石に名前も知らないままってのは不便だ。
あんたが何であたしの名前を知ってるのかは知らないけどさ、今度はあんたの名前、聞かせてよ」
杏子の言葉に、ほむらは肩にかかった髪を払って静かに一言。
「暁美ほむらよ。ほむらでいいわ」
「そうか、じゃあよろしくな、ほむら」
杏子はその唇の笑みを深くし、筐体におきっぱなしになっていたたい焼きの袋を掴み取り、何かに気づいたかのように顔を歪めた。
「あんたも食うかい……って思ったけど、さすがにあんな魔女とやりあった後で、これを食うってのも何だな」
軽く肩を揺らして苦笑する杏子。そんな杏子を尻目に、ほむらは真っ直ぐその手を伸ばし。
「いいえ、頂くわ」
無造作に袋の中に手を伸ばすと、たい焼きを一尾掴み取り、その頭から齧りついた。
恐らくすっかり冷めていて、お世辞にも美味しいとは言えないであろうそれを。
「……へっ」
そんなほむらの様子を見て、杏子はその笑みを更に深めるのだった。
では本日の更新はここまでということで。
気がついたらTAITO回でした。
杏子とほむらの共闘とかも書いてみたかったところもあり、ですかね。
マテパドコーなお話でした。
>>51
貴方にとっても私にとっても得な話になりますように。
そう願って書いていこうと思います。
>>52
正直これが終わるまでに何らかの情報が出てくれれば……と本気で思います。
>>53
54さんが代弁してくださいましたが、正直そう言うことです。
未だに4章の音沙汰はありません。一応清杉ろ6巻でちょこっと情報は出ましたがね。
>>54
第1章の内は出来るだけ登場キャラを絞っていきたいとは考えています。
それでもいろんなキャラを匂わせておくと、後々思わぬところで拾えそうなのです。
ふふふ、それはもちろん色々と考えておりますとも。QBもなにやら思うところはあるようです。
ああ、清村くんがすごいいい笑顔でクリームパンにぶっ飛ばされてる姿が見える。
>>55
色々考えてはおります。そしてそれゆえのバトルバトルまたバトルなお話になりそうな予感もします。
>>56
土塚さんのご健康をお祈りしております。マジで。
>>66
今回はマテ……パ?な回でしたが
次回更新はちゃんと話が動いてくれると思います。ご期待ください。
もう立て直してたのか
乙
>>66をみて思ったが
ドルチルが魔法少女になったら
魔女化させるのも永遠にさせないのも自由自在な気がする
乙です。
マテパが大好きなので応援してます。
眠い、けど今が投下するチャンスだ!
いきます。
「ティ……トォ?」
アクアの死と共に、入れ替わるようにして現れた少年――ティトォに、マミは呆然と言葉を放つ。
それから数秒の後、ようやく我に返ったようにティトォに詰め寄った。
「一体何がどうなっているの?貴方は誰なの?アクアは一体どうしたの!?」
その剣幕に、ティトォは少し困ったように苦笑して。
「あー……ちょっと、待ってくれるかな」
詰め寄るマミを手で制し、とん、と指先を軽く自分のこめかみに当てる。
何事かを思索するかのような顔をして、それから軽く頷いて。
「……うん、なるほど、そう言うことになってたわけか」
神妙に呟くと、ようやくマミへと視線を向けた。
「待たせてごめん。巴マミ、だったよね?」
出会ったばかりの少年が、自分の名前を知っている。驚き僅かに眼を見開くマミに、ティトォはそのまま言葉を続けた。
「まずはアクアの事だけど、それなら大丈夫だ。
アクアは今ぼくの中で眠っているだけだから、また後で会えるよ。だからまずは、落ち着いて話を聞いて欲しい。
アクアの代わりに、ぼくが君の質問に答えるから」
落ち着かせるような口調のティトォに、マミの表情から少しだけ不信と驚愕の色が薄れた。
それを見て取って、ほっとしたようにティトォは息を吐き出して。
「長い話になるけど、大丈夫かな?」
「それじゃあ、先に腹ごしらえを済ませてしまいましょう。元々そうするつもりだったの。
ティトォは、何か食べられないものとかあるかしら?」
そうと決まれば行動は早い。マミは早速中断していた料理の続きにとりかかろうとしていた。
「……なんだか、いきなりお世話になっちゃってるね、ありがとう。
特に食べられないものはないから、気にしなくていいよ」
「わかったわ、それじゃあ少し待っていてね」
そしてキッチンに消えたマミの姿を見送って、ティトォは改めて部屋の中を見渡した。
可愛らしい小物やインテリアの多い、実に女の子女の子した部屋である。
つい先日作者が劇場版を見ていなければ、きっとこの部屋はもう幾分か閑散としていた事だろう。
「……なんか、落ち着かないな」
そんな部屋で、椅子に腰掛けティトォは呟いた。
そして思いついたかのように、アクアが下げていたバッグから何かを取り出した。
「うん、やっぱりこういう時はこうするに限るや」
などと呟いて取り出したそれは、紙とペン。辺りを見渡し、壁際においてあったくまのぬいぐるみをその視線に捉えると。
そのまま紙になにやらペンを走らせ始めた。
熱中する事十数分。手早く二人分の食事の用意を済ませてマミが戻ってくると、そこには。
「……うん、できた。結構いい出来なんじゃないかな」
なにかしらを書き上げて、自信気にそれを見つめているティトォの姿があった。
その姿はまるで子供のようで、自分よりもいくつかは歳が上であろうティトォのそんな様子に、思わずマミは小さく笑みを浮かべた。
「何を書いていたのかしら?ティトォ?」
「うわっ!?……あ、ごめん、マミ。ちょっとね、絵を描いてたんだ。ただ待ってるだけってのも退屈だしさ」
「絵を描くのが趣味なのかしら。上手く描けてる?」
ひょい、と覗き込もうとしたマミの視線を遮るように、ティトォがノートに覆いかぶさった。
「あー……うん、気にしない気にしない。そんなことより早く食事を済ませて、本題に移ろう」
その口調は、どう見ても誤魔化そうとしている魂胆が見え見えである。当然、マミにもそれはわかっていて。
「ええ、そうね。でも……その前、にっ!」
一度テーブルに皿を置き、離れるようなふりをして。一気に距離を詰めてそのノートに手を伸ばした。
「あーっ!?だ、ダメだってそれはまだ書いてる途中で……」
ノートを取られたティトォが、すぐさま慌てて取り返そうとするけれど、時既におすし。いや、遅し。
そこに描かれたなにかしら、恐らくぬいぐるみであろうそれを見て、マミの表情が固まった。
「ティトォ?これ、何かしら。魔女?」
「……うん、わかってるんだ。やっぱり上達しないんだよなあ」
そこに描かれていたのは、身体のバランスがどえらく崩れ、なぜか右手だけが異様に大きな奇妙な生き物。
おまけに顔はなぜか全てのパーツがえらく中央に寄っている。
とてもではないが、くまというにも無理がある。マミが魔女と間違えたのも無理からぬ出来であった。
ティトォもそれを理解していたようで、諦めたような、哀しそうな笑みを浮かべて呟くのだった。
「……えっと。何か、ごめんなさい。さ、さあ。食事にしましょう、ね?」
「あ、うん。そうだね……」
なんとなく空気が重いなか、いただきますの声が二つ重なった。
食事は何事もなく、どこか重い空気を引きずったまま終わる。
けれど腹もくちくなれば、自然とそんな空気も吹き飛んでしまうもので。
「ごちそうさま。……さて、それじゃあそろそろ本題に入ろうか」
幾分か緩んでいた口元を正して、ティトォがそう切り出した。
「それで、マミは何が聞きたいんだい?多分、大抵の事なら答えられると思うけど」
切り出したティトォに、マミは先に食器を片付けようかと考えたけれど、ひとまずそれは思い直して。
「そうね、聞きたいことは沢山あるけれど、とりあえず4つくらいかしら」
軽く息を整えて、続けざまに問いを投げかけた。
「まず一つ、貴方達は何者なの?アクアはどうしたの?」
「二つ、魔法使いといったけれど、それはどういうものなの?私達魔法少女とは違うようだけど」
「三つ、貴方達は何故、この世界に来てしまったの?もしかしたらこれは、貴方達にもわからない事かもしれないけれど」
「そして四つ……簡単なものだけだったけれど、お口にあったかしら?」
最後に一つ、冗談っぽく付け加えてマミは笑った。混乱は過ぎ去り、その表情にも幾分かの余裕が見て取れた。
そんなマミの言葉をひとしきり聞き終えて、ティトォは軽く頷くと。
「それじゃあ、まずはぼく達の話からしようか。
……簡単に言うと、ぼく達は一つの身体に三つの魂を共有している。ぼくとアクア、そしてもう一人。
そしてぼく達は死ぬたびに表に出てくる魂が入れ換わるんだ。さっきみたいにね」
「一つの身体に魂が、三つ。ちょっと俄かに信じられない話だけど……でも、目の前で見せられたのも事実なのよね」
魂、という言葉にもいまひとつピンと来ない。
今のマミには少なくともそうで、どうにも釈然としない表情でそう返すのだった。
「信じられないのなら、今すぐここでもう一度換わって見せてもいい。
少なくともこれを信じてもらわないと、この先面倒なことになりそうだからね」
対してティトォは事も無げにそう言うと、静かな瞳でマミを見つめた。
その瞳は人形のようで、そこには感情らしい色はあまりにもおぼろげにしか見て取る事ができなかった。
けれどその瞳は、言葉以上に雄弁にそれが事実なのだ、とマミに訴えかけていた。
「……それって、死ぬってことでしょう?さっきのアクアの時みたいに。
たとえ換わるにしても、目の前で人に死なれるのは気分が悪いもの。信じる、ということで話を進めましょう」
そんなティトォの口ぶりに、ぞくりと背筋に嫌なものが走るのを感じながらも、マミは努めてそれを表に出さないようにした。
「でも、死ぬたびに入れ換わっているんじゃ、まるで死なないみたいじゃない」
ふと、頭に浮かんだ疑問をマミが口にすると。ティトォは少しだけ眼を細め。
「その通り。三人で一つの身体を共有するようになってから、ぼく達は不老不死になった。
歳を取る事もなく、死にながら、入れ換わりながら生き続けているんだ」
小さく息を呑む声が聞こえて、そして。
「……一体、どれだけの時間を、そうして過ごしてきたの?」
恐る恐ると、マミは問いかけた。
「大体百年くらいかな。三人で過ごすにしても、長い時間だったよ……って、マミ?」
僅かな感慨を込めて呟いたティトォだったが、マミの表情に思わず訝しげな声をあげた。
その表情は、なんというか。
「……え、あ、いえ。なんでもないのよ。百年も生きてるなんて、確かにすごいわね。
別に何千年とか何万年とかかと思ってたから、ちょっと拍子抜け……なんてことはないのよ、ええ」
微妙、な感じであった。
今日び物語を漁ればいくらでも不老不死の話は出てくるのである。それこそ何千何万という恐ろしい単位の話だっていくらでもある。
それに比べてティトォの語る、百年という時間はどうにも現実味があるようで、微妙に物足りなさを感じる年月であったのだ。
というか、三等分すれば33年とちょっと、別に大したことでもないのでは、とうっかり思ってもいたらしい。
「え、ええと。話を続けましょう。それで、一体何でそんな不思議な身体になってしまったのかしら。
当然、何か理由があるはずよね?」
取り繕うように曖昧な笑みを浮かべてマミが言う。ちょっと調子が狂うな、と苦笑しながらティトォは答えた。
「それを説明する前に、マミ。この世で一番強い魔法って、何だと思う?」
「それは、何かこの話と関係があるのかしら?……そうね、一番強いとなると何かしら。
一切の攻撃を封じる盾とか、なんでも切り裂く剣だとか。
ああ、でも時間を操作したり、いっそ概念を操作して世界を変えてしまうなんていうのも……」
あれやこれや、マミは最強の魔法とやらを考えているようで。なにやらメタい話まで出始める始末である。
そんな様子に更に苦笑を深めながら、ティトォはそれを遮って。
「この世界ではどうかはわからないけど、ぼく達の世界では存在魔法、それが何より強い魔法なんだ」
「存在魔法?」
「そう、草にも木にも、鉄にもアメ玉にも、そして大地にも、あらゆる物に魔力が宿っている。
大地がその存在を許しているから、ぼくらはここに存在していられる。それが存在魔法」
表情に困惑を浮かべ、首をかしげているマミに、ティトォは更に言葉を続ける。
「昔、ぼく達は死にかけたことがあったんだ。でも、ぼく達はまだ死ぬわけには行かなかった。
だから、あらゆるものの存在を司る力。その結晶体に、三人の魂を移したんだ。
そうすることで、何とかぼく達はその命を繋ぎとめることができた」
何故だかいつしか、マミは眼を輝かせて話に聞き入っていた。その手の話が好みなのだろうか。
「だけど、その代償としてこの死ねない身体が残されてしまった。
そして、この存在の力を狙う敵と戦う運命を背負うことになったんだ。
ぼく達が使う魔法は、そういう敵と戦うために生み出した力なんだ」
ティトォが語るその言葉、そして彼らの背負った運命は、マミに魔法少女のそれを想起させるには十分すぎるもので。
「貴方達にも敵がいるのね。私達と同じように、戦うべき、敵が」
境遇は違えど、背負った運命は戦いのそれ。
近しき運命を背負った相手に、何かしらの親近感を抱き始めていたのだろうか。
「うん。そしてぼく達には、あまり時間は残されていないんだ。
どうにかして元の世界に戻って奴らを止めないと、ぼく達の世界は大変なことになってしまう」
とは言え、戻る方法など思いつきもしない。内心の焦りを堪えつつ、ティトォはマミにそれを告げた。
その言葉を聞き終え、噛み締め。マミは一度瞳を伏せてから、小さく頷くと。
「私に何ができるかわからないけれど、私にも協力させてもらえないかしら」
決意をその瞳に宿して、マミはそう言葉を放つのだった。
「いいのかい?もちろん、助けてくれるのは嬉しいけど……マミも、魔女との戦いがあるんだろう?」
「もちろんそれはあるわ。でも、たとえ違う世界でも、そのために戦っている人を放ってはおけないもの。
……でも、もしよかったらだけど、ティトォ達が一緒に魔女退治に付き合ってくれたら、私も助かるわ」
その瞳に浮かんでいたのは使命感。そしてその奥に密かに隠された、孤独。
マミはずっと一人で戦い抜いてきたのだろうか。見た目はともかくまだ幼いはずの少女には、それは過酷でないはずがない。
放っておけない。マミが言ったその言葉と同じ気持ちが、ティトォの胸中にも確かに存在した。
「……わかったよ、マミ。こっちの世界で行動するにしても、頼れる相手がいるのは都合がいい。
それに、魔女が人を襲うというなら、ぼくもそれを放ってはおけない」
とん、と一つ指先でこめかみを突いて、ティトォははっきりとそう言った。
その言葉に、マミの表情がぱっと明るくなり、そして。
「決まりね。いつか貴方達が、元の世界に帰れるようになる日まで。一緒に戦いましょう、ティトォ」
その手を、差し出した。
「ああ、よろしく頼むよ、マミ」
伸ばした手と手が、結ばれた。
「さあ、それじゃあ話の続き……と行きたいところだけど、もうこんな時間ね」
随分と話し込んでいたようで、すっかり夜も更けていた。
「続きはまた明日、鹿目さんと美樹さんが来てからにしましょう。今日は色々あったし、ちょっと疲れたから」
手早く食器をまとめて抱え、マミはそのままキッチンへ向かう。
「そうだね、じゃあ続きは明日だ。……っと、じゃあぼくはこのままソファーで寝かせてもらうよ。
毛布か何かあればいいんだけど」
実際の年齢はともかく、見た目は若い少年少女である。当然何もする気はないが、離れて寝るに越した事はない。
ごくごく自然に寝床を用意しようとするティトォに、マミはキッチンから僅かに顔を覗かせて。
「来客用の布団くらい用意してるわ。……使ったことがないから、ちょっと奥の方にしまってあるけど。
それを出すから、そこで寝てちょうだい」
途中で一瞬、その表情が曇ったような気もするが。それは気のせいだろう。ううん、知らないけどきっとそう。
「じゃあ、お休み。マミ」
「ええ、お休み、ティトォ」
寝室。ベッドにはマミが、そして床の布団にはティトォが寝ることとなった。
明かりが消え、静寂が満ちる寝室。互いの吐息の音だけが、微かに聞こえてくるだけで。
(初めてね、誰かを家に泊めるのなんて)
知らず緊張しているのだろうか、いつもならすぐに訪れるはずの眠りが、今日はどうにも訪れてはくれない。
マミは、一つ小さな吐息を漏らして。
「……ティトォ、まだ、起きているかしら?」
「どうしたんだい、マミ?」
返事はすぐに返ってきた。どうにも寝付けないから、マミは少しだけ話をしようと切り出した。
「一つだけ、聞かせて。……ティトォ達が、そんな身体になっても生き延びようとした理由。それは何なの?」
戦いの運命を背負ってでも、その命を繋ごうとした理由。単に死にたくないというだけかもしれない。
けれどティトォならば、何か違う答えを持っているのではないかと、そんな淡い期待も抱いていた。
ティトォはそんなマミの問いかけに、僅かな沈黙の後に答えた。
「ぼく達は罪人なんだ。……だからその罪を償うまでは、絶対に死ぬわけにはいかなかったんだ」
「罪……?」
ティトォは、それ以上を黙して語ろうとはしなかった。
マミもまた、それ以上を問い詰めることはできず。再び暗闇に静寂が戻った。
そしていつしか、意識も眠りへと落ちていくのだった。
説明する事が多くてにんともかんとも、もう少し早めに動かせたらよろしいのですがね。
どうもティトォの口調とQBの口調が被って困る。
>>77
>ドルチルが魔法少女
待て、その理屈はおかしい。
まさか実はアレ女……いやいやいやいやないないないない。
まあギャグキャラなら、基本的に大体どうにかなりそうな気はしますけどね。
>>78
応援ありがとうございます。
まだまだゆっくり進行ですが、そろそろ話も動かせるようになるんではないでしょうか。
乙!
お互いの世界の説明は必要だけどちょっと面倒だよねー
それはそうとマミさんの料理はおいしかったのだろうか?
乙首卍龍
ドルチルはお母さん似で女装もいける、つまり魔法少女としてもいける
それにしても流石におめんは被せられないか
さて、今日もなんだかんだで落ちてたらしいですね。
それはそうと、劇場版前後編とTDSを見終わりました。
何これ超滾る。
というわけで今日も投下です。
朝、早朝というには遅くもあるが、人々の動き始める時間にはまだ少しだけ早い。
そんな時間に、マミの家の前には二人の人影があった。
「本当に朝一番に来ちゃったね。マミさん、迷惑しないかな」
その一人であるまどかは、苦笑交じりにそう呟いて。
「あたしはちゃんと、朝一番に行きますからねーって行っといたからね、きっと大丈夫大丈夫。
それに気になるでしょ、あの子の事。魔法少女でもないみたいだしさ」
そしてさやかがそれに答えて、その瞳に好奇心の色を覗かせながらそう言った。
「でも、後で学校で聞けばよかったんじゃあ……」
「はいはい、もうここまで来ちゃったんだからそういうこと言わない!」
まどかの言葉を遮りそう言うと、さやかは呼び鈴を鳴らした。
「あら、こんな時間に誰が……ああ、鹿目さんと美樹さんね」
鏡台の前に座って、巻き毛のセットをしていたマミが、来客に気づいて扉の方に視線を向けた。
その視線の先にあるリビングでは、ティトォが興味津々といった様子でテレビの画面に食いついていた。
どうやら、ティトォ達のいた世界は地球ほど文明が発達していないようで
朝起きてからというもの、ティトォはこちらの世界の文明の利器に、何から何まで興味津々といった様子なのである。
けれどもその使い方を教えるよりも早く、ティトォはほとんどのものの使い方や構造を把握してしまっていた。
それにばかりは、マミも随分と舌を巻いているようだった。
「ティトォ。お客さんが来たみたいなの。今手が離せないから、ちょっと出てきてくれないかしら」
マミのトレードマークとも言うべき所謂ドリルロール的な髪型は、当然セットをするにも時間がかかる。
毎朝ちょっとした大仕事であるが故に、今は手を離すことができなかった。
「わかったよ、ちょっと行ってくる」
テレビを見つめていたティトォは立ち上がり、玄関の方へと向かっていった。
「ふふ、なんだかこういうのも悪くないわね」
その後姿を見送りながら、マミはなにやら嬉しげに笑った。
そしてその直後、自らの失策に思い至り、その表情が硬直した。
「っ!ちょっと待って、ティトォっ!!」
髪のセットも放り出し、ブラシやらなにやらをその髪につけたまま、マミはティトォを静止しようと飛び出した。
けれど、それは遅すぎた。
「いやー、マミさんもすみに置けませんなぁ~、魔法少女は恋も遊びもしてられない
なんて言って、こっそり彼氏さんと同棲してるだなんてねぇ」
そこで繰り広げられていた光景は、ティトォと、慌てて現れたマミの姿を交互に見つめながら、思いっきり顔をにやつかせるさやかと。
「しかも年上だよ……マミさん、大人だなあ」
手で顔を覆って、けれどその隙間から赤らんだ顔を覗かせているまどかの姿だった。
「ちっ、ちちち違うのよ、これはそういうアレとか同棲とかそう言うのじゃなくって……
ああもうっ!貴方からも説明してちょうだい、ティトォっ!」
頼れる先輩、というイメージを極力保とうとしていたマミには、それは随分と致命的な一撃だったようで。
すっかり取り乱してしまって、ティトォとさやか達の間に割り込んだ。
「わ、もう呼び捨てにするような間柄なわけ!?それに名前からして外人さん?さっすがマミさん、進んでるなあ……」
けれど、それこそまさに逆効果。マミももはや言葉も告げず、口をぱくぱくとさせることしかできなくて。
「っと、じゃああたしたち、もう帰りますね!ほら、二人きりの時間とか邪魔しちゃあれですし。
あ、でも昨日の事はちゃんと学校で聞かせてくださいよ。それと、彼氏さんのこともですよっ!」
もはやにやけ顔を隠そうともせずに、さやかはそう言い駆け出そうとする。
「なんだか……ごめんなさい、マミさん。それじゃ、また学校で」
まどかもそんなさやかの後に続いた。
逃すわけには行かない。ここで誤解を解いておかなければ、後で何を言われるか分ったものではない。
マミの頭の中を、その一事が完全に支配した。
「わっ!?」
「きゃっ!?」
駆け出した二人の身体を、柔らかな黄色のリボンが繋ぎ止めていた。
その元を辿れば、マミの掌中のソウルジェムからそれは生じていた。
「あ、あのー……マミ、さん?」
手足を絡め取られ、全く動けない状態でどうにか首だけを巡らせマミの方を向き、恐る恐るさやかは尋ねた。
「中に入って頂戴。とにかく事情を説明するから。……ね?」
最後の『ね?』に有無を言わさぬ重さを乗せて、マミはその表情に焦りを浮かべてそう言った。
セット途中の髪は随分乱れてしまって、頼りになる先輩像も既に大分形無しになっている感はあるのだが
それでもこのまま行かせてしまうよりは、ずっとマシだと考えたのだろう。
そして、なんとなく気まずい雰囲気の漂う中、二人はマミの家へと連れ込まれていくのだった。
「つまりそういうことよ……事情は、大体わかってくれたかしら」
紅茶のカップがテーブルに四つ。流石に朝からケーキは控えたようで。
少女が三人に少年が一人、テーブルを囲んでなにやら話し込んでいた。
「えっと、要するにティトォさんは別の世界から来た魔法使いで、アクアが変身した姿……てことだよね」
なんだかますますファンタジー染みて来たぞ、と困惑と好奇心を半々くらいに混じり合った表情のさやかが、確認がてらにそう言った。
「変身、っていうのとはちょっと違うけど……大体そんな感じでいいと思うよ」
ミルクティーに軽く口をつけ、僅かに口元を綻ばせてティトォは答えた。
「なんだ、それじゃやっぱり彼氏さんってわけじゃなかったんだ。うーむ、残念なようなほっとしたような……」
さやかは納得したようなそうでないような、どうにも微妙な表情を浮かべていた。
「ってことは、ティトォさんも魔法使い……なんだよね?男の人でも、魔法が使えるんだね」
どうにも落ち着かなさそうにしていたまどかも、ようやく少しは事態を飲み込む事ができたようで。
魔法少女とは異なる魔法使いというものに、なにやら興味を抱き始めたようだった。
「そうそう、その事も今日はちゃんと聞いておこうと思ってたのよね。ティトォ。
そろそろ貴方達の魔法について、教えてくれてもいいと思うのだけど?」
渡りに船、とばかりにその話題にマミが飛びついた。
これ以上甘酸っぱいような話題を穿り返されては、完全に先輩イメージが崩壊してしまうからである。
「そうだね。じゃあそろそろ、ぼく達の魔法のことについても説明しようか」
とん、と軽く指でこめかみを突き、軽く三人を見渡して。ティトォは静かに話し始めた。
「マミには昨日話したよね、ありとあらゆるものに魔力が宿っているっていう、存在魔法のことは。
ぼく達の使っている魔法は、そのものに宿る魔力、それを分解して、別の形に作り変える。
そうすることで、魔法としての力を発揮させているんだ」
「たとえばアクアなら、アメ玉に宿る魔力を変換して、あらゆる物を破壊するエネルギーへと変換する魔法
『スパイシードロップ』を持っている。他にも水の魔力を変換して自分の力に変えたりだとか
風の魔力を変換して羽を作り出したりだとか、魔法の種類は千差万別だ」
「ただ、マミが使っているソウルジェムを介した魔法のように、それ一つで何でもできるわけじゃない。
あくまでも新しい法則を生み出し、その法則に従った力を発揮する事ができるというだけなんだ」
ひとしきりの事を話し終え、ティトォは三人の反応を待っていた。
けれどやはりどうしても、まるで理の違う世界の話である。そう易々とは理解できない様子で。
「要するに、この世に物からある何かを、まったく別の何かに作り変えてしまう。
それもこの世に存在するはずもないものに。……そんな感じでいいのかしら?」
いまひとつピンと来ないながらも、それでも魔法少女として長い経験を積んできたマミには
辛うじてそれがどういう力なのかを理解する事ができていたようで。
「ああ、大体そんな認識で問題はないと思う。もう一つこっちの魔法と違うことといえば
ぼく達はソウルジェムのように、魔法を使うのに特別な道具を必要とはしない。
魔法の構築は、長い知識と経験によって生み出される技術のようなものなんだ」
もっとも……と、何事かを付け加えようとして、その言葉は途中で遮られてしまった。
「ってことは、魔法少女にならなくても、あたしらだって練習次第で魔法使いになれちゃうかもしれない、ってことなわけ?」
ずい、とテーブルに身を乗り出して、さやかが興味深げに言葉を放った。
ティトォはその剣幕に、思わず僅かに身を反らしながら。
「不可能じゃない……とは思うけど、そういう風にして魔法が使えるようになる人間なんて、すごく稀なんだ。
素質を持った人間が何十年も修行して、それでやっとなれるかなれないかってレベルにね」
「……なんだ、それじゃもし使えるようになったとしても、その頃にはすっかりよぼよぼのおばあちゃんじゃん。
残念だな。って、それじゃあティトォ達は一体どうやって魔法使いになったのさ?」
「それは……」
知れず、マミとティトォの視線が交差する。どちらとも無く小さく頷くと、ティトォは自らの身に秘める事実。不老不死のそれを打ち明けた。
「いや、流石にそれはびっくりだわ……マジ話ですか、それ?」
「そんなの、普通じゃ考えられないよね……不老不死、なんて」
当然、二人は目を丸くして驚くのだった。
「それはともかく、アクアがそうであったように、ティトォも何かの魔法が使えるってことなのよね。
どんな魔法なのか、教えてもらえないかしら。一緒に戦うんだもの、それくらいは教えてくれてもいいでしょう?」
驚く二人はさておいて、マミは軽く首を傾げてティトォに尋ねた。
「一緒に戦う……って、魔女と?」
その言葉を聞きとめて、さやかが今度はこっちに食いついた。
「ああ、元の世界に帰る方法が見つかるまでの間、マミには色々とお世話になりそうだからね。
恩返しってわけじゃないけど、魔女退治につき合わせてもらおうと思うんだ」
ちょっと気は引けるけど、と苦笑交じりにティトォは言うが、どうやらその言葉は相当にさやかを驚かせたらしい。
「ま、まままマジですかーっ!?それってほんとにマジで同棲しちゃうってことなんじゃないんですかーっ!?」
「だ、大丈夫なんですか、マミさんっ!?」
さやかどころかまどかまで、マミに詰め寄る始末である。
これにはマミもティトォも困ってしまって、僅かに顔を見合わせてから。
「信じてくれ、と言って素直に信じてもらえるとは思わないけど、それでも言わせてもらうよ。
マミはぼく達にとって、右も左もわからないこの世界で唯一の頼れる人だ。わざわざ彼女の気分を害するようなことはしないよ。
……それに、多分ぼくの力じゃマミをどうこうってのはできないと思うしね」
苦笑交じりにティトォが言うが、二人の不安げな眼差しはやはり和らぐ事は無く。
「それじゃあつまり、貴方の魔法は……」
その言葉に、マミが何かを思い至ったその時である。
「わわっ!?マミさん、さやかちゃん!時間、大変だよっ!」
まどかの声に、二人が同時に時計を見つめる。
丁度時計の時刻は、走ってぎりぎり学校に間に合うかどうかというくらいの時刻を指していた。
「うっわ!ほんとにやばっ!急がないと遅刻だぁーっ!!」
それまでの話題もどこへやら、あたふたと鞄を掴むと、まどかとさやかは動き出す。
「ええと……ゆっくり話してる時間はないみたいね。学校から戻ったら、また話の続きをしましょう。
鍵は置いていくから、外に出るなら夕方までには家に戻ってきてね」
そう言い残し、マミもまた外へと急ぐ。手入れ途中の髪はさっさと、魔法で整えてしまったらしい。
「あー、マミ、ちょっとだけいいかな?」
「どうしたの、ティトォ?」
「今日は図書館に行こうと思うんだ、こっちの世界の情報も仕入れたいからね。それで、多分一日ずっと向こうに缶詰めになってると思うから、学校が終わったら直接図書館で合流できないかな?」
申し訳なさそうに、それでいてどこか好奇心をその瞳に覗かせて、ティトォは軽く片手で拝むようにしながら言った。
「それは構わないけど、道はわかるのかしら。図書館は結構遠いわよ?」
マミの問いに、ティトォは自信気に笑みを浮かべ、軽くこめかみを指で突き。
「大丈夫だよ、この街の地図はもう、頭の中に叩き込んでおいたからね」
「……それならいいのだけど、もし迷ったりしたら、その時は誰かに頼んでこの番号に電話して頂戴、携帯番号、置いておくから」
さらさらとメモに番号を残し、マミは二人と連れ立ち学校へと向かうのだった。
さて、とティトォは一人ごちた。静かな室内、誰もいない。ゆっくりと考え事をするにはもってこいの時間である。
とは言え図書館に行くという用事もある。あまり時間をかけてはいられない。
眼を伏せ、考え事をするときの癖である、指先でこめかみをつつく仕草を繰り返しながら、ティトォは思考へと没入していく。
まるで知らない世界。魔女という正体不明の敵。
それと戦う魔法少女、魔法少女の力の源であるソウルジェム。
いずれもわからない事だらけだ。
そもそもにして、なぜこのような事になったのか。ティトォはその原因たる事象に思いを巡らせる。
「あれは確か、マジックパイルの実験をしていた時のことだ。
それなりに実験は上手くいっていて、メモリアの外で一度実験してみようって事になったんだ」
眼を伏せ、とんとんとこめかみをつつきながらティトォは呟き続ける。だんだんと、その記憶が蘇ってくる。
「そうだ、確かあの時、マジックパイルが暴走して……
でも、いくらなんでもそれで世界を飛び越えて、別の世界に行ってしまうだなんてこと……起こり得るのか?」
何にせよ、思い当たる節などそれくらいしかない。
だとすれば、それと同じ力があれば、再び世界の壁を越える事ができるのだろうか。
「試してみる価値はある。だけど、それは今じゃない。今はこの世界についての情報が圧倒的に足りない。
それを仕入れてからでも、遅くは無いはずだ。メモリア魔方陣の開始まで後三ヶ月はある。大丈夫、時間はあるはずだ」
自分に言い聞かせるようにしてティトォは呟き、閉ざした眼を開いた。
「とにかく動こう。今は立ち止まっている場合じゃないんだ」
意を決し、鍵と携帯番号の書かれた紙を服のポケットに突っ込むと、足早に、振り向くことなくその場を後にするのだった。
説明終わらNEEEEEE!
一応今更ながらですが、この話はある程度両方の作品を知らなくても読めるように書いています。
書いてしまっています。説明が多少増えるのはしかたないですが、よもやここまでとは。
>>90
上記の事情により、やはりどうしても説明が増えてしまうようです。
そろそろバトルモードに以降できそうなのですが。
そしてマミさんの料理は言うまでも無くおいしかったはずです。
>>91
となると一体何で契約しやがるんでしょうね、あのバカは。
今度は豚丼か何かでしょうか。
多分現行の流れだとコクマ絡みの願い事でしょうが。
残念ながらおめんは持ち合わせがありませんからね。
おめんの魔女とか出てきたらきっと嬉々としてつっこんでいくのでしょうが。
乙!
バトル展開期待してるぜ
乙
WWFさんが色々と活躍する予感
BB…いやなんでもない
乙
プリセラは原作的に強いからほぼ出番ないだろうなぁ・・・・・
オレのイメージでは12人のかずみクローン相手でもお釣りが来るレベル
マテリアルパズルを日5あたりでアニメ化してくれないかなー
バンブレの劇中CMを見てから、ずっと待ち望んでいるんだよね
プリセラさんは強いけど、強さだけじゃなく魔法少女のメンタルケアもできそうなとこに期待したいな
>>106
子供にもかなり受けそうな雰囲気の漫画なんだけどね。
今日は早めに投下するぞぉぉぉぉー、という訳で投下です。
「それで、マミさん。今日はこれからどうするんですか?」
夕暮れ時、三つの影が連れ立って歩いていた。
「そうね、ティトォは図書館に居ると言っていたから、まずは彼を迎えに行って、それからまた魔女退治、かしらね」
さやかの問いに、マミは唇に手を当て、考え込むような仕草をしながら答えた。
とは言えこのまま歩いていけば、図書館に着く頃にはそろそろ暗くなるころだろう。
そんな時間までずっとティトォはいるのだろうか。そんな微かな疑問を抱きながらも、その歩みは止まらない。
「………」
「どうかしたのかしら、鹿目さん?」
そんな三人の内、一人。まどかの表情だけが、僅かに陰りを帯びていた。
それを見とめてマミが問いかけると、まどかは心配そうな口調で答えるのだった。
「ほむらちゃん、今日学校来てなくて。大丈夫かな……って」
そう、その日学校にほむらは姿を表す事はなかった。急な風邪だと、担任の教師である早乙女はそう言っていた。
けれどそれは本当なのだろうか、まどかには不安でならなかった。
実際のところは、ほむらはその頃まだ杏子と共に風見野にいただけなのだが
その事実を知らないまどかは、どうしてもその不安を拭い去る事ができなかったのだ。
「転校生のこと?確かに……そりゃちょっとは心配だけどさ、あいつも魔法少女なんだよ。
わざわざ心配してやるような相手じゃないって」
「そう、なのかな……でも、やっぱり心配だな、って」
「風邪だって言ってたということは、きっと連絡は入れられる状態なのだと思うわ。
美樹さんの言うとおり、彼女も魔法少女なのだし、そう滅多な事にはならないはずよ」
俯きがちなまどかを安心させるように、マミは優しく声をかけた。
「きっとまた魔女が現れれば、いやでも彼女は姿を表すと思うわ」
できればもう、会いたくは無いのだけど。そんな呟きをまどかの耳に届けるわけにも行かず、マミはその言葉を飲み込んだ。
そして再び連れ立って、三人は図書館への道を辿るのだった。
図書館とは、本来静謐であるべき空間である。
けれどその日、見滝原中央図書館は、静かなざわめきに満ちていた。
そのざわめきの中心にあるのは、読書スペースとして用意されていた一つのテーブル。
その上には所狭しと本が積み上げられており、その本の山の中で
一人の少年が一心不乱にページをめくり、その文面に目を走らせていた。
少年――ティトォはぱらぱらと手早くページをめくり、一気に本を最後まで見てしまうと
すぐさまその本を脇によせ、次の本へと取り掛かった。そんな事が、昼前からずっと続いているのである。
それほどの速さで読んでちゃんと文面を理解できているのだろうか、だとか。
食事も取らずに一心不乱に、一体何が彼をそこまで駆り立てているのか、だとか。
いつしか周囲の好奇の目線を一身に集めながら、それを一顧だにすることなくひたすらにティトォは文面を追う作業を続けていた。
テーブルの上に並んだ本が全て片付くと、ちょっと危うい仕草でそれを抱え、また元の場所へと戻していく。
かなりの量だというのに、ほとんど見知らぬ場所だというのに、全く迷う様子は見られなかった。
外はそれなりに暗くなってきた頃。そろそろこの恐るべき本の虫を、司書の誰かが止めに入るだろうと思われたその時に。
「……まさか、一日中そうしてたの、ティトォ?」
呆れたような驚いたような、マミの声が飛び込んできたのだった。
「ん……マミ?もう学校は終わったのかい、随分早いんだね」
声に気づいて本を置き、マミ達の方を向いてティトォはそう言った。
「いや、全然早くなんかないでしょーが、あれ、見てみなさいっての」
最早呆れるより他にない、といった様子でさやかは言うと、壁にかかった時計を指した。
時計の針は、随分と長い時間、ティトォがそこにいたことを示していて。
「あー……そうか、もうこんな時間だったのか」
「もしかして、ずっと本を読んでたの……?」
時計を見つめて驚いたようにそう言うティトォに、呆けたようにまどかが呟くのだった。
「そういうことなら仕方ない、この世界の事も大体はわかったからね、今日はここまでにしておこう」
立ち上がり、手早くほんの山を片付けて。
「それで、これからどうするんだい、マミ?」
人々の注目を集めながらも図書館を後にし、夜道を四人で歩きながら、ティトォはそう問いかけるのだった。
「これから、早速魔女退治……と行きたいところだけど
ティトォ、貴方もしかして、食事もロクに取らずにずっと本に噛り付いていたんじゃない?
腹ごしらえくらいは、済ませておいたほうがいいんじゃないかしら?」
呆れ顔は相変わらずで、マミはそう問いかけた。
目的に向けて全力で動き続けようとするティトォの姿は、それ自体は凄いとは思うけれど
どうしても危うくも見えてしまっていた。
「それなら問題ないさ、ちょっとくらい食べなくても……」
なんて言おうとしたティトォの言葉を、盛大になった腹の音が遮った。
「……問答無用ね。美樹さんも鹿目さんも、ちょっとだけ寄り道、いいかしら?」
軽く鼻を鳴らして、マミは二人に振り向いて。
「わかりました、マミさん。それじゃあちょっと、家に連絡しておきますね」
「あー、そっか。あたしも家に連絡しとかないとだ」
これ以上長居をしては、帰りが遅くなってしまう。
魔法少女やそれに関わる者と言っても、彼女達はまだ中学生なのである。
一人暮らしのマミならばともかく、まどかとさやかの二人には、その帰りを待つ家族がいる。
そんな二人の様子を、少しだけ羨ましそうにマミは眺めていた。
帰るべき場所に、迎えてくれる家族がいる。それがどれだけ尊い事であるのかを、彼女はよく知っていた。
軽く食事を済ませ、マミ達がようやく魔女探しに乗り出した頃。
あたりは既にすっかり暗くなってしまっていて、魔女探しへと乗り出すのもかなり遅れてしまっていた。
「見つけたわ。魔女の反応よ」
その手にかざしたソウルジェムが、魔女の反応を感知した。
けれど、直後に感じた反応に、マミの表情が険しくなる。
「まずいわね、既にかなりの人が、結界の中に取り込まれている」
ぎり、とマミは小さく歯噛みした。結界の中に取り込まれてしまえば、普通の人間に助かる術は無い。
時間を食ってしまった事が、まさかこんな結果に繋がってしまうとは。
「そんな、じゃあ中の人達は……」
「いいえ、まだそうと決まったわけじゃないわ。今すぐ行って助ければ……きっと!」
驚愕と絶望に飲まれ、呆然と言葉を放つさやか。そんな彼女を勇気付けるように
そして自らにも言い聞かすように、マミは力強くそう言い切った。
「行きましょう、ティトォ。……それと、美樹さん、鹿目さん。今回はここで待っていてちょうだい」
「マミさん……それは、やっぱり」
間に合わないかもしれない。その考えはやはり、マミの胸中を渦巻いていた。
そこにいるのが如何なる魔女かはわからない。けれど、もし助けられないのだとしたら
そこでは人の死を見ることになる。できることなら見せたくは無い。
そんなマミの思いを知ってか知らずか、まどかは思い悩むマミの顔を見つめてそう言った。
「……こういう事を言いたくはないけれど、多分あの中にいる人達は、助からない可能性のほうが高いわ。
貴方達に、できれば人の死ぬところを見せたくはないの」
伏し目がちにそう言うと、マミは目の前のシャッターに視線を向けた。
そこは打ち捨てられた廃工場で、その内部から魔女の気配が放たれていた。
「待ってください、マミさん」
そんなマミの手を掴み、まどかは真っ直ぐマミを見つめていた。
「鹿目さん……?」
「私も、連れて行ってください」
「まどかっ!?」
さやかもマミも、共に驚いたような声をあげた。
「確かに、人が死ぬのを見るのはいやです。
でも、それって魔法少女になったら、いやでも見なくちゃいけないこと……なんですよね」
片手はマミの手を掴み、もう片方の手で胸元を押さえながら
途切れ途切れに震える声で、それでもまどかはそう言った。
「昨日の戦いで、マミさんが死にそうになって、すごく怖くて
私も魔法少女になったら、そんな風になるんじゃないかって思ったら、怖くてしょうがないんです。
でも、だからこそ、ちゃんと見ておきたいんです。いつか本当に叶えたい願いが見つかったときに、迷わなくてすむように」
決意というにはまだ弱い、けれどその瞳には、確かな意思の輝きがあった。
「あたしも行くよ。まどかだけを行かせるなんてこと、できないし。
……それに、あたしももしかしたら、叶えたい願い事、見つかったかも知れないんだ」
マミとまどかの重なる手と手に、さやかが更にその手を重ねてそう言った。
「美樹さんまで……ちゃんと覚悟を決めているなら構わないけれど
今回はちゃんと守りきれるかどうか、わからないわよ?それでもいいの?」
マミの脳裏に浮かぶのは、昨日の苦い敗北の記憶。
恐らくアクアがいなければ、あの場で自分は死んでいただろう。そうなれば、彼女達を守れるものは誰もいない。
守りながらでも戦える。先輩として、それに恥じない戦いをしてみせる。その自信は、今はもうそのナリを潜めてしまっている。
だからこそマミには、二人をこれ以上魔女退治に付き合わせる事はやめたほうがいいのではないかと、そう思い始めていた。
「……仕方ないわね。それじゃあ、一緒に行きましょう。ティトォ、貴方もそれでいいかしら?」
「ぼくとしても、できれば来るべきじゃない……とは思うけど、そう言うことなら二人はぼくが見ておくよ
ぼくの力でも、二人の身のの安全位は守れると思うから」
少女達の幼い決意。それに彼は何を思ったのか、その表情に苦笑じみたものを浮かべて、ティトォはそうマミに告げた。
「そういうことなら、貴方の力も見せてもらうわよ、ティトォ。……行きましょう」
かざしたソウルジェムが、更にまばゆく光を放つ。すると閉ざされたシャッターに、魔女の結界をあらわす紋様が現れた。
その光の中にまずマミが飛び込み、続いてさやかが、そして僅かに躊躇ってからまどかが飛び込んだ。
その全てを見届けて、ティトォもその光の中へと飛び込んだ。
「っ……これは」
「なんて……こと」
まず最初に感じたのは、なんともいえない息苦しさ。そしてまるでプールの水のような塩素の臭い。
そして次に飛び込んできた光景は、まさに地獄のような光景だった。
倒れ付し、身動き一つしない無数の人々。
それを囲んで、踊っているかのように動き回っている、出来損ないの天使のような、魔女の使い魔たち。
「これは……塩素ガスか。なるほど、これが魔女の手口か」
その臭いの源たる有害ガス、その正体をすぐさまティトォは把握して、口元を押さえながら油断無く、周囲に視線をめぐらせた。
一方すぐさまマミは動き出す。その瞳には怒りの炎を滾らせて。
「はぁっ!!」
ソウルジェムをかざすと、激しい光と共に突風が吹き荒れ、その場に充満していた臭いの源である塩素ガスを吹き飛ばした。
そして光の収まった後には、魔法少女へと姿を変えたマミが立っていて。
そのまま手をかざすと、迸る黄色の光が、人々を囲む使い魔の群れを撃ち払った。
「お願い、間に合って……っ」
祈るようにマミは言い、そして倒れた人々の下へと駆け出した。
三人もそれに続いて駆け出したのだが、すぐにその足は止まる事になる。
正確には、まどかとさやかのその歩みは、無常な現実によって押しとどめられる事になった。
「嘘……そんな」
「嘘…だよね、仁美ちゃん」
倒れ伏す人々の中には一人、見滝原中の制服を纏った姿があった。
そしてそれは、まどかとさやかにとってはよく知る人物。彼女達の友人である、志筑仁美の姿であった。
魔女に惑わされ、既に全身を毒に侵されてしまったのだろう。
その顔色は病的なほどに青く、まったくと言っていいほど生気が感じられなかった。
「そんな……いや、仁美ちゃん、起きて、目を開けてよ、仁美ちゃんっ!!」
そのまま崩れ落ちてしまいそうになる足にどうにか力を込めて、まどかは仁美の身体に縋りつき、抱き上げた。
その瞳は虚ろに見開かれたままで、抱き上げればがくりと、力なくその首が垂れ下がった。
「……あたし達が、間に合わなかったから。だから、仁美がこんな……あぁ、あああ」
さやかは最早立っていることすらままならず、その場にへたり込んでしまう。
驚愕に表情は染め上げられ、呆然と放たれた言葉は絶望の色に染まっていた。
それだけの絶望を前にしても、マミの行動は早かった。
その衝撃からいち早く立ち直ると、その手を伸ばして仁美の首筋に触れた。
弱弱しくも、まだ小さく脈打つ感触を感じる。まだ、辛うじてその命は現世に繋ぎとめられていた。
けれどその小さな命の灯火は、まさに風前の灯、今にも消えてしまいそうなほどに弱弱しい。
このまま捨て置けば、そう遠からずその魂は魔女の虜となることだろう。
「マミさん……お願いです、仁美ちゃんを助けて!」
まどかはぽろぽろと涙を零しながら、マミの腕を掴んで懇願した。
「大丈夫よ、この子はまだ死んではいないわ。でも……」
恐らくは、ここに倒れ付している人々も皆同じ状態なのだろう。
だとすれば、やはり彼らも助けなければならない。けれど、彼ら全てを助けている時間はあるのだろうか。
そもそもにして、それだけの魔力を消費した上で、魔女を倒すことなどできるのだろうか。
お菓子の魔女との戦いで感じた、死の恐怖。それが再びマミの心を縛る。
挑むのならば万全に、これだけの人を守りながら戦おうなどと考えてしまえば、きっと自分が殺されてしまう。
けれど、逃げたくないという気持ちもある。魔女から人々を守るために戦う魔法少女。
その旗を掲げて戦う事を誓った自分を捨てられない。そんな自分を尊敬してくれる後輩を、裏切るような真似はできない。
「マミさん……助けられるんですか、仁美は?」
絶望に打ちひしがれ、それでもほんの僅かな希望に縋り、マミを見つめるさやかの姿。その姿が、マミの心を決めた。
「ええ、大丈夫よ。全員救って見せるわ。魔女が来る前にまずは、みんなを治してしまいましょう。
ティトォ、貴方も協力してくれるわよね?」
その言葉に、それまで無言で人々の様子を見ていたティトォは、立ち上がりそして答えた。
「いや、ここはぼくに任せて欲しい。マミは、魔女を倒してきてくれないか?」
その瞳には怒りの炎が燃え滾り、拳は堅く握り締められていた。
「ティトォ。助けられるの……この人たちを」
「助けるよ。ぼくの魔法なら、それができる」
堅く握られていた拳が開かれる。握られていたのはライターで、そこから炎が噴き出した。
けれどその炎は赤々と激しく燃えているわけでも、静かに青く燃えているわけでもない。
白い炎が、ライターの先からあふれ出し、きらきらと輝いていた。
「それが…貴方の魔法?」
マミの言葉に、ティトォは険しい顔で一つ頷いて、その手に白い炎を宿したまま仁美の側へと近づいた。
そして、白い炎を仁美に触れさせた。炎はすぐさま仁美に燃え移り、彼女の身体を包み込む。
「っ、ちょっと、あんた何やって……っ!」
「そんな、やめてよ、ティトォさんっ!」
一見すればその光景は、魔法で仁美を焼き尽くそうとしているようにも見えた。
それを止めようとした二人だったが、そこで起こった光景が二人の動きを再び押しとどめていた。
「これは……回復魔法?」
白い炎に包まれた仁美の、その病的に青い顔に血の気が戻っていく。
ピクリとも動かなかった身体が、酸素を求めて呼吸を再開させていた。
彼女の身体を蝕む毒が、その影響のすべてが、僅か一瞬で治癒されていたのである。
「これがぼくの魔法。炎の魔力を変換し、回復のエネルギーに作り変える魔法。
こうして生み出された炎は、もう何も燃やす事はない」
仁美の状態が安定したと見るや、ティトォはその手を離し、再びその手に炎を戻らせて。
「――マテリアル・パズル、活力の炎(ホワイトホワイトフレア)。それが、ぼくの魔法の名前だ」
そしてティトォはすぐさま次の人のところへと向かい、魔法での治療を続けながら。
「ここの人達はみんなぼくが助ける。でも、ぼくの魔法がこんなのだからね、直接魔女と戦えるような力は無いんだ。
だから、マミ……魔女を頼む」
その言葉を聞き届けて、マミは一つ大きく吐息を漏らした。
誰も見捨てずに済む、死なせずに済む。マミには、ただただそれが嬉しかった。
となれば後は、魔女を倒せばすべてが丸く収まる。そこから先は、自分の仕事だ。
「任せて頂戴、鹿目さん、美樹さん。貴女達はその子の側にいてあげて。……それじゃあ、行ってくるわね」
生気を取り戻した仁美の身体にすがり付いているような二人にそう言い残して、そしてティトォの顔を見つめて、小さく一つ頷いて。
マミは、結界の奥へと向かっていくのだった。
やっと……バトルが、見えて、きたー!
テンション上がってくるかなー?
>>102
その期待にこたえられるほどのものが書けるかどうかはわかりませんが、精一杯腕と筆を振るっていくつもりです。
>>103
当然これから大活躍ですとも、いろんな方面で活躍してもらう予定ですから。
そしてバンブーブレードも面白かったじゃないですか。え、そっちじゃないって?
>>104-105
さてどうでしょう、肉弾戦では無類ですが、魔法少女も魔女も一筋縄では行かない相手です。
もちろんめちゃくちゃに強いのは事実なのですが。
全画消去はチート、これだけは認める。
>>106
やってくれると本当に嬉しいのですけどね、正直望み薄でしょう。
というか、今はまず神無が始まってくれればそれで十分です。
きっと、きっとそこで人気が出れば更なるメディア展開ががが。
>.107
知名度的には微妙でしょうが、なんだかんだで土塚さんの名前だけは色々広まってるんじゃないでしょーか。
ここは概ね普通にマテパが好きな人の集まる場所だとは思うのですが。
>>108
いろんな意味でマミさん以上にベテランですからね。
その辺りの話もうまいことやってやりたいものです、本当に。
乙
乙
まずは順当にお披露目だなWWF
さやかちゃんもばっちり目撃したし
先が気になるところだ
やっぱティトォ好きだなあ、三人組の中で特に。
毎回楽しみにしています!
乙ドゥーブル
キュウべぇとアダさんってどっちのほうがより外道なんだろう
人の弱みに付け込んで、ってあたりは同じか
自分が役に立たないと思った相手は容赦なく殺害するしね。
キュウべえは人間の善悪や感情がわかってないからやってるけど、アダさんは悪いとわかっててやるのも悪質。
ただ三十指より戦う事を常に考えていかなきゃいけない魔法少女の方が辛そうに感じる。
まどマギでは強い運命や因果を背負った少女ほど強い魔法少女になれるらしいけど、
そしたらミト様とかはまどマギ世界でもものすごい事になっちゃうな…
うえきの法則のうえきだったら切れているレベル
うえき「アダラパタ・・・・隠れていないで出て来い!オレが相手になってやる!」みたいな
では、今夜もいよいよ投下です。
そこは不思議な球状の空間。青々と透き通った水が、その中にはなみなみと湛えられていて。
その中で、水の揺らぎに身を任せるように揺らぎ、漂う出来損ないの天使達の姿があった。
そこは魔女の結界の最奥、押し寄せる使い魔の群れをなぎ倒して、マミは一気に結界の最深部へと到達していた。
背中を任せられる、というにはいささか語弊はあるが、それでも後ろに頼もしい仲間が居るという事と
これ以上の被害を気にする必要はないということ。
その事実が、マミに更なる力を与えていた。何一つ気負うことなく、望むがままに戦える。それ故に、今のマミは強かった。
「久しぶりね、こういう感覚も」
知れず、その唇の端に笑みが宿る。かつての仲間の事を思い出し、ほんの僅かに胸中に宿る郷愁の念を振り切って。
マミはその水中へと飛び込んでいった。
やはりそれは魔女の生み出すものであるがゆえに、その身体を濡らしはしない。
ただ纏わり着くような水の感触に、多少動きが鈍くなるだけで。けれどそれさえも、マミの前では意味を成さない。
「退きなさいっ!!」
その手のマスケット銃から放たれる弾丸は、水中でさえもその威力と速度を減じることなく、次々に迫る使い魔を打ち砕いていく。
頭上から奇襲を仕掛けた使い魔もまた、放たれたリボンに絡め取られ、そのままバラバラに引き裂かれてしまう。
最早、使い魔程度では相手にもならないといった勢いである。
「さあ、このままじゃあ貴女の可愛い使い魔は全滅よ。出てきなさい――魔女!」
叫ぶと同時に、被っていた帽子を手に取り、さっとその手を払う。
するとその帽子の中から、無数のマスケット銃が生み出され。更にマミは、その手に握った銃の銃口を、真上へと向けた。
そして放たれる、無数の黄色の閃光。
それは次々に水中を突き進み、その外側にある"何か"に突き刺さっていく。それは、この場所に水を湛えさせていた障壁。
その障壁に無数の弾丸が突き刺さり、見えない壁にひびが広がり、そして砕け散る。
大量の水が流れ出し、そのまま何処とも無く消えていく。
マミはふわりとスカートを揺らして地面に降り立つと、油断無く辺りを見回した。
刹那、周囲で激しい殺気が弾けた。ちりちりと肌を灼くそれに、マミは反射的に手を動かす。
無数の銃を再構成し、四方から迫る使い魔の群れへと撃ち放つ。
それでも止まらぬその勢いを、渾身の力を込めて振り回した銃床で打ち払い、更に追撃を加える。
次々に使い魔を打ち砕きながら、それでもマミは周囲への警戒を怠らない。
魔女は必ず、この結界のどこかで様子を伺っているはずなのだ。
今度こそ、遅れを取るわけには行かない。
「っ!?」
急速に飛来する何か。その反応を知覚し、マミはその反応の元へと視線を巡らせた。
視界を塞ぐ様に飛び来る使い魔を蹴り飛ばし、開けた視界の先に見えたそれは、パソコンのモニターだった。
それは左右に黒髪を垂らし、恐るべき速度でマミの元へと肉薄したのだった。
ハコの魔女――H.N.Elly(Kirsten)
使い魔の相手に一瞬反応が遅れたマミの眼前に
虚ろな砂嵐と、そこに映った歪な笑みを張り付かせながら、魔女の画面が押し寄せる。
あたかもそれは、マミを飲み込もうとでもするかのように。
――マミの表情が、驚愕のそれに染まった。
「ふぅ……ひとまずはこれで大丈夫かな」
倒れ伏す人々、その全員が纏っていた白い炎が掻き消えた。
額にびっしりと浮いた汗を拭って、ティトォは深く息を吐き出した。
「みんな……治ったの?」
仁美の手を握って、その手に戻った暖かさに涙していたまどかが、そんなティトォの様子に気づいて問いかけた。
「うん、身体の中に入った毒は取り除いたし、治療も済ませたよ。
これ以上続けると、みんな目を覚ましてしまいそうだからね。後は放っておけば目を覚ますよ、もう大丈夫さ」
そんなまどかに振り向いて、ティトォは疲れた笑みを漏らした。
「大丈夫、ティトォさん?」
当然まどかもそれに気づく。心配そうに声をかけると。
「……大丈夫だよ。魔力を消費したから、ちょっと疲れただけさ」
呼吸を整え、ティトォはゆっくりと立ち上がって。
「さて、と。そろそろ行かないとね」
「行くって、マミさんのところへ?」
上着を丸めて、枕代わりに仁美の頭の下に差し入れて。さやかはティトォを見つめて尋ねた。
そんなさやかに、ティトォは疲れた表情で、それでもどうにか笑みを浮かべて。
「行くよ。ここの魔女がどんな相手かわからないけど、女の子を一人で戦わせる訳には行かないしね」
少しだけ照れくさそうにそう言って、ティトォは結界の奥へと視線を向けた。
「この部屋はマミが守ってくれているらしいから、二人はここで待っていてくれ。必ず、一緒に戻るから」
二人を安心させるように小さく笑って、ライターを握り締めティトォは歩き出した。
まどかは、そんなティトォの背を見て思う。
(きっとこの人は、すごく優しい人なんだ)
自分の身を削ってでも、見ず知らずの人を守ろうとしている。
そして今もまた、そんな理由でマミを助けに行こうとしている。
その魔法が戦いに向かないであろう事は明白であるはずなのに。それでも。
ティトォが何者なのか、それはまだまるでわからない。それでもきっと信じられる。
これだけ優しくて、みんなのために戦える人ならば、きっと。
まどかはそんな風に考えている自分が居る事を、その時初めて自覚したのだった。
そして、さやかは。
「凄い……本当に、みんな治ってる。これなら、もしかして……」
煌く白い光を見つめ、その光の残滓にそっと手を伸ばした。
それは僅かにさやかの手のひらの上で燻り、そして霞んで消えていった。
「あの力が……あれば」
その手を堅く握り締め、結界の奥へと向かうティトォの背を見つめ。
「………助けられるかな、恭介」
そして彼女は、幼馴染の少年の名を呼んだ。
「……なんて、そう何度も同じ手に、引っかかってたまるもんですか!」
マミの眼前にまで迫った魔女は、そこで動きを止めていた。否、止めさせられていた。
幾重にもその身を縛る、黄色に輝くリボンによって。
「さあ、行くわよっ!!」
その手に生み出したマスケット銃、その銃床をまずは魔女の顔面、恐らく画面に叩き付ける。
画面にみしりとひびが走り、そのまま魔女の身体が吹き飛ばされていく。
逃しはしない、反撃の隙すら与えはしない。吹き飛ばされ、壁に激突した魔女へ向けて、魔弾が更なる追撃を行う。
はずだった。
「何……これ、は」
放たれた魔弾は、あらぬ方向へと消えていった。そしてマミは、自らに起きた異変を自覚する。
視界が揺らぐ、ぼやけて、薄れて、変わりに見えてきたものは。
――黒煙と業火に包まれた地獄。
――狭く、苦しい場所。
――ぽたり、ぽたりと垂れているのは、赤黒いナニか。
――肉の焼ける臭い、そして血の臭い。
――何より強く感じるのは、死の臭い。
――微かに覗く光。それを唯一の希望と信じて、伸ばされた手。
―――その伸ばされた手の先で待つ、赤い光が、二つ。
「っ!?あ……っ」
マミの口の端から、掠れた声が漏れた。その目は驚愕に見開かれ、けれどそこには何も映る事はない。
そこに映るべき光景は、宿るべき光は全て、魔女によって奪われてしまっていた。
心の奥に潜むトラウマ。それを直に抉り出し、その心を蝕む。
マミが魔女に痛烈な一撃を叩き込むのと同時に、魔女もまたマミに対して精神攻撃を仕掛けていたのだった。
――仕方ないよね、巴さんはいつも忙しそうだし。
――魔法少女は、みんなライバルみたいなもんでしょー。
――一緒に戦う?そんな世迷言、本当に信じてたんだとしたらお笑いだね。
――彼女は、いつも独りだった。
「やめ……て」
――雪の混じった冷たい雨が、頭上から降り注ぐ。
――雨に濡れ、寒さに凍え。打ち棄てられた身体が横たわる。
――それは、初めて死の恐怖を感じた日の記憶。
「嫌……いや」
――ふらり、ふらりと揺れる綱。
――そしてその下に繋がる、人の重さと形をしたモノ。
――それはかつて、ヒトであったモノ。
――救う事のできなかった、名前も知らない誰か。
「助けたかったのに、私……私っ」
――赤い髪の少女が、彼女に穂先を突きつけていた。
――違えてしまったその道は、再び交わる事は無く。
――守ろうとすればするほど、求めれば求めるほど。
――望んだすべてが壊れて砕け、零れ落ちていく。
「ああああああァあぁアアぁぁあぁァあぁあぁあッ!!」
自分の喉が、まるで自分のものではないかのような奇声を上げるのを、マミはどこか他人事のように聞いていた。
目を押さえた手は、そのまま眼球を抉り取るかのように皮膚に突き刺さる。
けれどその眼を閉ざしても、例えその眼を抉ったとしても、その光景が消える事はない。
完全に彼女の精神が焼き切れ、その生命が果てるまで、その悪夢は終わらないのだ。
けれど、それは救いだったのかもしれない。
先ほどの強打の衝撃より立ち直った魔女が、マミに止めを刺さんと迫っていた。
その心を抉られ、戦う力を失ってしまったマミには、最早抗う術も無く。
ひびの入った画面より、魔女は再び無数の使い魔を生み出して。それは明確な死の形を成して、マミの頭上に降り注ぐ。
絶体絶命の窮地。その抗い難い死の定めを――白い炎が打ち砕いた。
迸る白い炎が、押し寄せる使い魔の群れの前に立ちふさがる。
その炎を纏った拳が使い魔を吹き飛ばし、迫り来る魔女の顔面に突き刺さった。
その拳の主は、手で眼を押さえ、声にならない呻きを上げるマミの側にしゃがみこむと。
「……助けに来たよ、マミ」
――と、力強く囁くのだった。
恐怖と狂気に染め上げられたマミの視界が開けると、そこには柔らかな白い光が煌いていて。
その中で手を差し伸べる、ティトォの姿があった。
「ティトォ……どうして」
その目元から血を流し、それでも驚愕に眼を見開いて、マミはティトォにそう問いかけた。
そんなマミに、ティトォはしっかりと一つ頷いて。
「治療はもう終わったよ。みんなもう大丈夫だ。だから……君を助けに来た!」
新手の登場に警戒しているのだろうか、少し離れた場所で使い魔を生み出しながら様子を伺う魔女。
その異貌を睨みつけ、力強くそう告げた。
辛い過去に、孤独な境遇に心を切り裂かれ、傷ついていたマミには、その姿がとても頼もしく見えた。
(今度は、信じてもいいのよね。……信じさせて、ティトォ)
祈るように念じて、マミは再び立ち上がる。傷口から溢れる血と、その眼から溢れる涙とまとめて裾で拭って
そして再び、その瞳に闘志を宿す。
「……本当に助かったわ、ティトォ。ありがとう」
一つ、大きく息を吐き出して。ざわめく心を落ち着けて。マミは差し伸べられた手を取った。
そして、様子を伺っていた魔女が再び動き出す。しかし、その行動はいままでのそれとは異なっていた。
二度に渡る殴打によって、その画面に無数のひびが刻まれて
無数に分たれたその画面の一つ一つに、まるで怒った顔のような映像が映される。
ぐるり、と魔女がその身を旋回させる。すると背後に巨大な画面が現れて、そこに映像が映し出された。
その映像はあまりに信じがたいもので。それはマミを再び驚愕させた。
「これは……一体。っ!?」
驚愕の最中、マミはその手が強く握り締められるのを感じた。思わずその手の主を見ると。
「――――っ!」
眼を見開き、歯を食いしばり。その映像を食い入るように見つめている、ティトォの姿があった。その尋常ならざる表情は、マミの脳裏にある記憶を鮮明に想起させた。
"ぼく達は罪人なんだ。……だからその罪を償うまでは、絶対に死ぬわけにはいかないんだ"
「まさか……これが」
震える声で、マミは呟いた。
「――貴方達の、罪?」
魔法少女マテリアル☆まどか 第3話
『たい焼きとハコの魔女』
―終―
【次回予告】
少女は彼らの罪を知る。それは重く、決して許されざる罪。
その重さに、その業に、彼女は何を思うのか。
「何なの、これは……っ!?」
「まさか、こんな事が起こるだなんてね」
そしてその戦いの裏側で、暗躍する陰。
「ボクと取り引きをしないかい、暁美ほむら?」
「……本当に、そんなことが?」
思惑は交錯し、更なる戦いの気配が迫る。
「貴女には、彼女の相手を任せたい」
「本気、なんだな?お前」
熾烈さを増し、混迷を極める状況に、更なる波紋が投げかけられる。
「ちょっと、行ってきやがって下さい」
「お土産もよろしくね♪ね♪」
「………駄目、か?」
「姉様……はぁ」
次回、魔法少女マテリアル☆まどか
『彼らの罪と命の砲撃』
乙。今回も満足でした
そして次回予告で……テンションあがってきたぜえぇぇぇぇっ!!
乙
姉様はきゅうべえ好きそうだなww
>>120
ありがとうございます。
3話はびっくりするほど伸びました。
>>121
この辺りは大体予想の範疇でしょうね。
さやかちゃんの反応も大体皆様予想できてたんじゃないでしょうか。
どうしても最初の方はテンプレ展開にならざるを得ないのが心苦しいところです。
>>122
土塚さん曰く、主人公中の主人公らしいですからね。
なんだかんだで色々活躍してもらう予定です。
>>123
ありがとうございますズラ
>>124-125
どちらも人の希望を食い物にしてることには変わりありませんね。
とはいえ、あの両者は人の感情を理解しているか否かという点で決定的に異なっていると思います。
アダさん平常運行だと、多分上条君の右腕は極楽連鞭でズタズタにされてたんじゃないでしょうかね。
>>126
一応三十指に関しては、魔法の使い方自体は自分で選べましたからね。
とは言え最終的には奴等の言いなりになるか死か、ですから
正直どっちもどっちな感じでいっぱいです。
ミト様はなあ……契約するまでもなく本物の魔法使いですから。
契約するとしてベルジの死亡後くらいしかタイミングがなさそうですね。
>>127
残念ながらうえきもよくわかりませんのです。
とは言えアダさんはマリーさんくらいぶっとんでないと気が合わないんじゃないでしょーか。
乙
エリー強いな
慎重派ほど様子見でドツボにはまるな
あ、別にさやかちゃんがイノシシだって言ってる訳じゃry
TAPが動かなければ一生パン屋やってそうな三十指も居ましたよね
乙、そしてエリー強っ!
まぁ、まどマギ世界で精神攻撃とか本来なら反則の域だもんね
そして次回予告コレ来た!特に不憫な弟さんはアダさんなみに好きだから期待してるぜーー!!!
乙
エリーは精神系統だから強い。あすみも同様
アダさんは、同じガンガンキャラで見るとエドとは相性×
典型的な少年漫画主人公とは本当に対立関係なんだよな。、アダさん
乙
マテパSSとか初めて見た
しかも俺得なクロス
更新楽しみにしてるよ
乙!今回も面白かった。
ティトォは女の子と戦うのを嫌がったりリュシカを戦わせたがらなかったり
フェミニスト入ってるからかマミさんみたいな女子には相性いいのかもなぁ
助けに来たシーンがヒーローすぎてこういうのもいいかもって一瞬思ってしまった…。
ティトォ達の罪はまだ明かされてない部分があるから、SS書こうとするときにネックになるね。
そして次回予告に姉様来たー!姉様!姉様かわいいよー!姉様ー!
しかしこの精神攻撃の強さだと太陽丸の修羅万華鏡が怖いな。相手の記憶から映像作れるし。
アダさんとキュウべえってどっちもあくどい事やってるはずなのに、視聴者や読者からは
キュウべえの方が蛇蝎のごとく嫌われててアダさんはむしろ人気あるんだよな…。
>>147
アダさんには人間臭さがあるからじゃないかな?
甘いものが好きだったり、アニマルと戯れてたり、他者が自分の予想を上回った時にはむしろ嬉しそうだったりとか
ふと思ったが、存在変換で魔法少女から魔女になったり戻ったりは出来るんだろうか
なぜかこの期に及んでまどポを買いました。
……多分その内やると思います。
では、投下しましょうか。
第4話 『彼らの罪と命の砲撃』
それは、見知らぬ国の情景。
見知らぬ街の風景、そこを歩く人々もまた、見知らぬ姿をしていた。
そこは小さな島国で、故に外から訪れるものはほとんどなく、島に住まう者達は昨日も今日も、変わらぬ平和を謳歌していた。
そして、それが明日も続くものだと信じきっていた。
楽しそうに他愛ない世間話に花を咲かせる人々、器用に飴細工を作っては、互いに見せびらかしあう少女達。
食卓には大振りな海産物をふんだんに使った料理が並び、雄雄しく踊る男達が、艶やかに踊る女達が、宴に華を咲かせていた。
だが、崩壊は突然に訪れる。
それは、大地の底から現れた怪物。
地表を薙ぎ払い、人々の営みを粉砕し、其処に住まう全ての命を地の底へと引きずり込んでいった。
それは光り輝く龍にも似た、神々しさと禍々しさを同時に纏わせて
まるで神罰を下す神であるかの様に、遍く破壊を繰り広げ、全てを無へと還していった。
その日、その平和な国は。ドーマローラと呼ばれたその国は、完全に消滅した。
――たった、三人の生存者を残して。
「これが――貴方達の、罪?」
その一部始終を見届けて、震える声でマミは呟いた。
その呟きは、確実にティトォの耳にも届いていた。ティトォは握っていたマミの手を離し、再びその手を堅く握った。
白い炎の中でさえ、その血の気が失せるのが分かるほど、堅く強く。
「そうだ、これが……ぼく達の罪だ」
そして食いしばった歯から、搾り出すような声でそう答えるのだった。
「……どうして、こんな」
弾かれるように後ずさりし、マミはティトォから距離を置いた。
彼らの罪を知った今、その張り詰めた表情が、まるで人形のように感情の読めない瞳が、マミにはやけに恐ろしく見えた。
「それは……話せない。ごめん、マミ」
ティトォはすぐに気づいてしまった。自分とマミとの間に生まれた、決定的な溝の存在に。
今までならば、共に手を取り戦えただろう。けれど、彼女は自分達の罪を知った。
それがどれほどの罪で、どれほどの犠牲を生んだのかを知ってしまった。
知ってしまえば、もう今までどおりではいられない。
「言い訳はしないよ。確かにあれは、ぼく達が原因で起こってしまったことでもあるんだ」
その言葉に、マミの顔が更に強張るのが分かった。
その表情に浮かんでいた疑問の色が、曖昧な敵意へと変わるのを、ティトォは見抜いていた。
「黙っててごめん。……マミ、最後に一つだけ頼んでもいいかな」
今尚収まらぬ大破壊。その映像をバックに、使い魔の群れを引き連れる魔女を見据えて、ティトォは。
「あの魔女はぼくが相手をする。君はそのまま戻って、まどかとさやかを、他のみんなを助けてくれないかな」
最後にちら、とマミの方を振り向いたその表情は、やけに寂しげで、それで居て優しい笑みを浮かべていた。
マミは悩んでいた。どうしても、その悩みは拭えなかった。
人々を守るために魔法少女として戦うマミにとっては、ティトォ達が起こしてしまったその罪は、決して許せるものではない。
けれど、その事実を語るティトォの表情はあまりにも痛切で、自分を戦わせまいとするその行動は、あまりにも優しかった。
だから、信じたかった。けれど、彼らの犯した罪はあまりにも重すぎた。
結局マミは、迷いを胸に抱えたまま、まどか達の元へと走り出すのだった。
その姿が見えなくなるのを確認して、ティトォは魔女を睨み付けた。
「何一つ、忘れたつもりはなかったんだけどね。こうしてまざまざと見せ付けられると、改めて思い知らされるよ」
その身に纏う白い炎が、その輝きを増していく。
「ぼく達は、こんな所で足止めを喰らってる余裕はないんだ。お前を倒して、ぼく達は……帰る!」
再び降り来る使い魔の群れに向け、ティトォはその拳を握りこんだ。
「……どうして、どうしていつも、こうなっちゃうのかな」
走り始めていたはずが、いつしかそれは早足になり。そしてそれはただ歩きへと変わり、遂にはその足が止まる。
マミは、震える声でそう言いながら立ち止まり、天を見上げた。
そうしなければ、零れ落ちてしまいそうだったから。
「信じたいのに、信じさせて欲しかったのに」
それでも、堪えきれない雫がマミの頬を伝った。
「今度こそ、一緒に戦えるって思ったのに」
零れた雫を拭おうと、マミは目元に手をやった。
涙の雫が手にほろり。けれどそこには、それ以外の何の色も無かった。
自ら傷つけたはずの傷は、いつの間にやらきれいさっぱり消えてしまっていたのだ。
もちろん、マミが自ら治したわけではない。そんな事ができる相手が、いるのだとしたら。
「……ティトォ」
その名を呼んで、涙を払ったその手がだらりと垂れ下がった。
マミは、更に深く思考に沈み、思い悩む。
ティトォの魔法――ホワイトホワイトフレアは、確かに素晴らしい回復魔法ではある。
魔法少女の、それこそ治癒の魔法に特化した魔法少女の魔法にも引けを取らないほどだろう。
けれど、それは直接敵を倒す力とはなり得ない。そこまで考えて、今朝のティトォの言葉がマミの脳裏に蘇った。
"それに、多分ぼくの力じゃマミをどうこうってのはできないと思うしね"
それは即ち、ティトォの持つ能力が回復に特化しているという事なのではないか。
だとしたら、どうしてそんな能力の持ち主が単身、魔女に抗することができるのだろうか。
その事実に思い至り、マミは反射的に元来た道を引き返そうとした。そして、その足が止まった。
彼らが犯した罪。その事実が、やはり今もマミの心に根強く残っていた。
いっそ否定してくれたのなら、それを信じて眼を瞑ることもできたのに。ティトォは全てを認めていた。
だからこそ、その罪を償うためにああまで頑なに誰かを救おうとしているのだろうか。
だからこそ、不老不死になってまで誰かを助けるために生き続けて、死に続けているのだろうか。
そう考えると、胸の奥がズキリと痛むのをマミは感じていた。
助けたい。そう思う気持ちもまた、マミの偽らざる心情だった。けれど、あれだけの罪を犯したものを許すことなどできはしない。
矛盾する心が、マミの胸中で揺れていた。
「っ……こ、のぉっ!!」
白い炎を纏った拳が、使い魔の顔面を打ち砕いた。
だが、それと同時に四方から襲い掛かっていた使い魔達が、その手でティトォを殴打した。
腕に、脇腹に、顔に、出来損ないの拳が突き刺さる。
「ぐ……っ、はぁぁっ!」
痛みに顔を歪めながらも、ティトォは身の内より白い炎を吹き上げさせる。
その炎で使い魔を吹き飛ばし、どうにかその身に拳を叩き込んでいく。
けれど、戦況はなんら変わりはしない。
頭上からは魔女が生み出した使い魔が再び降り注ぎ、何度でもティトォに襲い掛かっていた。
「これは……ちょっと、まずいな」
息を荒げ、顔を歪ませティトォは呟いた。戦況は極めて悪い。
いかにホワイトホワイトフレアが優れた回復魔法であれど、所詮それだけなのである。
敵を攻撃する能力がないわけでもないが、魔女の結界の中ではそれもたかが知れている。
ましてや使い魔の群れが相手の消耗戦は、最も相性の悪い戦いと言えた。
「アクアに換わるか……いや、ダメか」
存在変換を行うことも考えたが、その間は完全な無防備となる。
その間に使い魔からの攻撃を受ければ、ひとたまりもない。
今はまだ、傷と体力を回復させつつ戦いを続ける事ができている。
けれど魔力にも限りがあり、それが尽きるのも時間の問題と言えた。
対して魔女は、それこそ無尽蔵に使い魔を生み出してくる。
一度に作れる数は知れているのだろうが、総数で言えばまるで底なしなのである。
やはり、状況は悪かった。
「使ってみるしか、ないかな」
周囲を取り囲む使い魔を睨みながら、苦々しい顔でティトォは呟いた。
その表情を歪めていたのは、苦々しい苦悩のそれと、隠しきれない恐怖のそれで。
「外で使うには、まだ全然安定してくれないけど……使うしか、ない」
言葉と同時に懐から取り出したのはタブレットケース。その中からいくつかの薬を取り出した。
果たして何をしようとしているのか、その行いの結果すら見届けようとすらもせず、使い魔達は次々にティトォに襲い来る。
最早、躊躇っている余裕は無い。
「行くよ。……アクア、プリセラ」
ティトォもその窮地に覚悟を決め、その手に握った薬を飲み込もうとして。その頭上を埋める、黄色の光に気がついた。
それは光の帯を為し、次々に使い魔に絡みつき打ち砕いてく。そしてその光の射手は、ふわりとティトォの隣に降り立った。
その、姿は。
「――マミ、どうして」
呆然と問うティトォに、マミはその手の銃を放り投げて振り向いた。
「なんで、かしらね」
困ったように苦笑して、それでも、その表情には最早迷いの色はなく。
「ただ……そう、もし立場が逆なら、貴方はきっと助けようとするだろうなって思ったの」
言葉を紡ぎ、その手は無数の魔銃を呼び起こしながら。
「だから、ちゃんと説明して頂戴。あの光景が何だったのか、あの化け物が何だったのか。
貴方達が、一体どんな罪を犯したのか。貴方達をどうするかは、それから決めるわ」
踊るようにステップを踏み、その銃に手を伸ばす。そして尚も迫る使い魔へと目掛け、その魔弾を叩き込んでいく。
「それまでは、私は私のやりたいようにする。……私は、貴方を助けたい。
貴方と一緒に戦いたいと思っているのよ、ティトォ」
そして今度はマミが、ティトォに手を差し伸べた。それはあたかも、ティトォがマミを助けた時とはまるで逆のようで。
「一緒に、戦ってくれるんだね?」
その眼をわずかに見開いて、マミの顔を見つめてティトォは問う。
「貴方はみんなを助けてくれたわ。そんな貴方を、今度は私が助けたいの。
後の事は……その時に考えればいいわ」
たっぷりと茶目っ気を乗せて、手を差し伸べたままマミはそう言った。
たとえこの先真実を知り、互いの道が違える日が来るとしても。今だけは手を取り合える。
不確かな未来に眼を塞ぎ、耳を塞いだ一時だけのことだけれど、それがこのまま続かないとも限らない。
少なくともマミ自身は、そうあることを望んでいる。
(今度は、絶対に離さない)
苦い過去、決別の記憶を経てようやく今、再び得られたのかもしれない仲間。
今度こそ信じたい。自分の信じられる、ギリギリのところまで。
マミはもう、その心を決めていた。
「本当なら君を巻き込みたくは無い。でも、ぼく達にはこうするしか手段が無いみたいだ」
ティトォは真っ直ぐにマミの顔を見つめると。
「――ぼくと一緒に戦ってくれ、マミ!」
白く輝くその手で差し出された手を握り、力強く言うのだった。
いろんな意味でこの時期にTDSが出たのは僥倖と言えるでしょう。
>>140
もっとサティスファクションいていただけるように頑張りたいものです。
そしていよいよマテパ勢にも動きが出てくるようです……が、もう少しだけお待ちください。
>>141
きっと好きになりそうではありますが、見た目だけなら。
多分普通に喋って動いたりしたら、結構ポイと行きそうな気がします。
>>143
エリーに関しては公式で何も考えずにブン殴れ!でしたからね。
プリさんが相手だと多分秒殺されるレベル。
そんな子が今じゃなんだかんだでタナトスですよ。
一体何がどうなってるんだか、早く続きが読みたいものです。
>>144
私もあの妹弟は大好きです。
やってる事が事なだけに、救われちゃいけない人達ではあるんですが。
>>145
というかアダさんは本当に誰からも嫌われるタイプでしょう。
ただ上手い事安全圏に身を置くのが本当にお上手なようで。
というか敵ですし、いろんな意味で影の主人公ですし、表の連中と馴れ合われても困るでしょう。
>>146
ありがとうございます。思っていたよりも反響が大きく、私としても実に助かっております。
今後もこんな調子で、ちまちま更新していくのでどうぞお楽しみに。
>>147
やはりティトォとマミさんは相性はいいだろうなぁと思います。
っていうかなんかティトォの口調が微妙にQBと被ったりするんですよね。
そのあたりもなんだかんだでこの二人が出てきちゃう理由でしょうか。
彼らの罪については、断片的な描かれ方しかしてないのでアレなんですが
多分ほとんど全ての事情はこれまでの本編中に語られていると思います。
そういう体で話を進めております。
そして今回、いよいよ本格的に共闘が始まります。
魔法少女と魔法使いが、手を取り合って魔女に挑む。
いよいよ本格的に物語も動き出します、乞うご期待!
>>148-149
あの二人で何が違うかと言えば、自分が悪ってことを自覚してるかどうかってのもあるでしょうし
アダさんは実に楽しそうに、生き生きと動き回ってくださってます。
それを見てると私達も、実に楽しくなってくるじゃないデスか。
まあ強烈な個性と行動をしでかすヒールってのは結構人気が出るもんです。
どっかの蝶☆サイコーな人然り。
乙
改めて考えると
シャル戦後マミさんがメイン張るのもなかなか貴重なSSだ
その分ほむほむが空気だが、まあそのうち出てくるでしょ
もっと続けろください
ティトォもマミさんも、すべてを失ってなお戦うことを選んだところも似てるのか
そこまでの経緯は大分違うけどさ
>>158
月丸、太陽丸の姉弟にはバンブーブレードBで救済が与えられているよ
乙!
バトルも気になるがそろそろキュウべえも気になるな
ティトォと話したらボロがどんどん出てきそうだし
乙!
そういえばこの時期のティトォは仲間にすら自分の罪のこと話してないんだね
確かにあの頃の思い詰め具合だとこうなるか…。
キュウべえは物語の立場的に『悪役』ではないから余計イライラさせられるのかもな
ティトォの時にキュウべえとほむらが絡んできちゃったら狙いとか全部読まれちゃいそうだ
投下だ、とにかく投下だー。
その手が握られたその瞬間、白い炎がマミの身体を包み込む。
当然熱くはない。けれど、奇妙な感覚をマミは感じていた。
「これは……力が、溢れてくる」
魔法少女へと変身した時に感じる、全身に漲る強い力と万能感。
マミにとってそれは慣れ親しんだ感覚であるが故に、この時感じたそれに違和感を覚えていた。
それこそ一切魔力を温存せず、全魔力をつぎ込んで戦ったとしても、これほどの力を得ることはできないだろう。
それほどまでに今、マミの身体に漲る力は強大だった。
原因にはすぐに思い至る。白い炎に包まれたまま、マミは驚いた表情でティトォを見つめた。
「これは、貴方が?」
「ああ、ぼくのホワイトホワイトフレアには、もう一つの能力があるんだ」
自信気な笑みを浮かべて、ティトォは更に言葉を続ける。
「傷を癒すだけじゃない、ドレスのように全身に纏わせることで相手の力を引き出し、強化する事ができるんだ」
「なるほど、そう言うことね」
マミもまた、納得したという風に頷いて。それから小さく苦笑を浮かべると。
「本当に、貴方の力は誰かと一緒に戦うためのものなのね」
呆れと関心の入り混じったような表情でマミはそう言うと、再び魔女を睨み付けた。
「どうやら、ぼくにはこういう魔法の方が性に合ってたみたいでね。でも、ぼくの魔力が持つ限り、この炎は消える事はない。
全力できみをサポートする、どんな傷もすぐに直す。だからマミ、きみは魔女の相手を頼む!」
力強く頷いて、そしてティトォも魔女を睨みつけた。
「ええ、任せて。今なら負ける気がしないわ!」
絶体絶命の状態から再起した二人。どちらも更なる力を滾らせている。
その勢いに魔女も臆したのだろうか。大量の使い魔を生み出し、それと同時に逃亡を図った。
いつもならば、そのまま逃がしてしまっていたかもしれない。けれど今は、逃す気も負ける気もまるでしない。
する、とマミは首元のリボンを解く。それはすぐさましなやかな刃と化して、その手の内で舞い踊る。
少しだけ名残惜しそうにしながらも、握ったティトォの手を離し。
「砕け散れっ!!」
跳躍。けれど二重の魔力によって強化されたそれは最早飛翔にも似たそれで。
マミの身体は猛烈な勢いで、魔女へと向けて突き進んでいく。
その行く手を阻む使い魔の壁に、マミは勢いを落とすことなく突っ込んでいく。その最中、無数の黄色い閃光が煌いた。
直後、無数の炸裂音。刃と化したマミのリボンが、片っ端から行く手を阻む使い魔を打ち砕いていく。
最早マミの行く手を阻むものは何も無く、そのままマミは魔女へと突撃する。
けれど魔女とてただでやられはしない。再びその能力を用い、マミの精神を冒そうとする。
――迫り来る魔女の異形。
――その大顎が、死を為して彼女に「今更……効くもんですかっ!!」
精神を冒す幻を打ち破り、その瞳に文字通り炎を宿らせマミは叫ぶ。
そして手にしたリボンを、魔女の側面に思い切り叩き付けた。
魔女はそのまま吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。
さらにそのまま反動で跳ね返り、今度は床へと打ちつけられた。その姿を見つめ、マミは空中で勝ち誇る。
「今の私には、一緒に戦える仲間が居る。今度こそ、私は信じ抜いて見せる。もう迷わない。もう何も……怖くないっ!」
飛び切りの笑顔で、最大限の力を込めて、リボンが魔銃へと変化する。
その巨砲にありったけの力を込めて、狙いを魔女へと定め。そして。
「今度こそ終わりよ。ティロ……っ!?」
とどめの一撃を放つべく、魔女へと向けられたその砲門が激しく振動する。
見れば、前進に宿る白い炎が、今はその砲門に集中しているのが見えた。
二つの魔力は共鳴し、増幅しあい、恐ろしいほどに膨れ上がっている。マミですら、それを御しきることは不可能だった。
「何なの……これはっ!?あ……あぁぁぁっ!!」
激しく振動する砲門は、そのまま極大の白い閃光を吐き出した。
けれどそれは一切の制御を失っており、倒すべき魔女を飲み込むどころか、あらぬ方向へと打ち放たれてしまう。
そして着弾、激しい衝撃と共に、膨大な破壊を振りまき炸裂したのだった。
その反動は大きく、空中でそれを打ち放ってしまったマミは、遥か後方へと吹き飛ばされてしまうのだった。
「マミっ!?」
「大丈夫……大丈夫だけど、一体何が起こったのかしら、今のは」
吹き飛ばされながらもどうにか体制を整え、マミはどうにか軟着陸を成功させると、駆け寄ってきたティトォに問いかけた。
「止めをさそうとした瞬間よ、急激に魔力が膨れ上がって、まったく制御が利かなくなってしまったのよ。
貴方の魔法って、そういうこともあるの?」
暴れる砲身を押さえつけようとした反動で、まだ痺れている手をどうにか動かしながら、マミは言葉を続ける。
ティトォはいつもの仕草で考え込むと、一つ頷いて。
「ぼくもマミがさっきの一撃を放とうとした瞬間、魔力が膨れ上がるのを感じたよ。
あれは多分……ぼく達の魔力が共鳴して、そして増幅された結果なんだと思う」
「そんなことって、ありえるの?」
驚きながらのマミの言葉に、ティトォは首を横に振りながら答える。
「いいや、普通じゃありえない。でも、心当たりはある」
とん、と一つ指でこめかみを突き、ティトォは更に言葉を続けた。
「この世界で始めて存在変換をしたとき、マミはアクアの周囲に魔力のフィールドを展開していただろう?
そのフィールドを、存在変換の際に取り込んでしまった。だから今、ぼくの体の中にはマミの魔力が残っていて
それがぼくの魔力と融合しているんだと思う。だから今も、同じ事が起きた。
そしてこれほどまでに、魔力を増幅する事ができたんだ」
と、一気に捲し立てたのである。
普通であれば面食らい、頭にハテナの一つも浮かべることだろう。
けれどそこは巴マミ、ベテランの魔法少女である。ティトォの言葉の意するところを即座に察し。
「要するに、二人の魔法が合わさって最強に見える!そういうことね」
と、なにやら自信気に言うのである。
「ま、まあ……間違ってないんじゃないかな」
「でも、今はなんとも無いじゃない。どうして大技を撃とうとした時だけ、なのかしらね」
「それもきっと、共鳴が起こるにはそれだけの強い魔力が必要ってことなんだろうね。さっきの時みたいに」
ティトォの言葉に、マミは納得したように頷いた。けれどすぐにその表情が困ったような顔になり。
「大体納得できたけど、これじゃ参っちゃうわね。大技を使おうとするたびに暴走なんて……」
マミは考える。その暴走のわけは、大きすぎる魔力を上手く放出できないのが問題なのだろう、と。
だとすれば、解決する方法もあるのではないだろうか。
魔力を放出する口を大きくすれば、要するに生み出す銃を大きくすればいいのではないだろうか。
けれどそれはそれで取り回しが難しくなる。隙も大きくなって、当てるのも難しくなる。
考えてばかりもいられない。相当手酷くやられたと見て、魔女は遂に逃げを決め込むことにしたようで。
その小さな画面から、驚くほどに大量の使い魔を生み出し始めた。
そして自らは一人、結界の出口へと向かっていく。
「まずい、魔女が逃げるっ!」
「逃がすもんですか、向こうには鹿目さんや美樹さん達がいるのよっ!」
再び白い炎を纏い、マミは真っ直ぐに使い魔の群れに突撃していく。
いつもであれば距離を取り、敵を近づけさせないような戦い方が主体のマミであるが
この期に及んでそのスタイルを貫く余裕は無い。
そして、そんながむしゃらな戦い方ですら余裕を感じさせるほどに、ティトォの魔法による強化は絶大だったのだ。
至近距離から撃ち放たれた銃弾は使い魔をまとめて貫通し、振り払われたリボンの刃は、横一線に全てを両断した。
蹴上げる足ですらも、一撃の下に粉砕せしめるほどの威力を持って。
最早、今のマミに敵はいない。だが、少々数は多すぎる。
一瞬でも足止めを食っている内に、魔女はどんどんと逃げ去ってしまう。
激しい乱戦の最中、マミの脳裏を何かがよぎる。
あれだけ小さな魔女から、これだけ大量の使い魔が生み出されている。
今更不思議に思うでもないが、それは如何なる理屈で為されているのか。
たとえばそれが、押し固めて圧縮されて、出番を待っているのだとしたら。
「いけるかしら。……いいえ、やって見せるわ」
使い魔を全て片付けた頃には、魔女の姿は遠くへ霞んでしまっていた。
このままでは見失ってしまう。そうなる前に、ケリをつけなければ。
「マミ、早く魔女を追わないと、みんなが危ないかもしれない!」
ティトォの声にも焦りが浮かんだ。そんなティトォに振り向いて、マミは静かに告げる。
「試してみたいことがあるの、協力して。上手くいけば、あの魔女を倒せるはずよ」
言うや否や、マミはその手を堅く握り、魔力をその掌中に集中させる。
内なる魔力の高まりに応じ、ホワイトホワイトフレアがそれに共鳴する。
激しい魔力が掌中で吹き荒れる、手が吹き飛びそうになる衝撃をぐっと堪えて、マミはその手を堅く握り締めている。
「これは……魔力を凝縮させているのか」
ティトォもまた、ホワイトホワイトフレアを使用し続けた事による魔力の消費は少なくなく、額には汗が滲んでいた。
それでも目の前で起こる現象への興味は隠せないようで。
「そう言うこと、元々私の魔法はこういうことの方が向いてるから、きっとできるはずよ」
全身を覆う白い炎は、今やマミの掌中に完全に集約されていて
激しい光が明滅を繰り返し、魔力の振動が結界をぐらりと揺さぶった。
そして、マミはその手の中に確かに何かの感触が生まれたのを感じて、その手を広げた。
生まれたのは、胡桃ほどの大きさの小さな球体。その表面には、マミのマスケット銃とよく似た意匠が施されている。
「できた……っ!さあ、今度こそこれで終わりよっ!!」
喜色を浮かべてマミが叫ぶ、そしてその掌の球体を掲げた。
同時にもう片方の掌に生じるマスケット銃が一丁。マミはその銃口に、生み出した球体を放り込んだ。
マスケット銃、それは本来であれば前装式の銃、すなわちその銃口から銃弾を装填し放つものである。
故にそれは、マスケット銃本来の使い方に相違なく。マミはその銃弾を飲み干した銃口を、魔女の逃げた方向へと向けた。
魔力で強化を施した視覚には、一目散に背を向けて逃げる魔女の姿がはっきりと映し出されていた。
その背中目掛けて狙いを定め、そして。
――撃ち放つ。
白い炎を封じた魔弾が、魔女を目掛けて飛来する。
放たれた魔弾は過たない、それは確実に遥かな距離を越え、逃走を図る魔女の身体に突き刺さった。
そして、炸裂する。
その銃弾の内に蓄えられた、膨大な魔力を帯びた炎が吹き荒れる。
傷つき、消耗した魔女にはそれを凌ぐ術など何一つ残されてはいない。
故に魔女は、激しく迸る白い炎の奔流の中にその身を没し、跡形もなく焼き尽くされてしまうのだった。
遠めでも分かる、激しい光の炸裂。それは苛烈に、されど美しく魔女の結界を照らした。
その光景を見ながら、マミは呟いた。
「活力の炎と、私の一撃。……そうね、決まったわ」
その一撃がもたらした成果を見つめ、それからティトォに振り向いて。
「"ボンバルダメント・ウィータ" この技は、そう名付けましょう。私と貴方の、合体技よ」
飛び切りの笑顔で、そう宣言するのだった。
ちょっと短め更新ですが。
>>159
そのあたりに関してはあまり捻らずに話を広げております。
シンプルにマミさんに活躍してほしかった。
ほむら及びQBの活躍はこれからです。活躍ってか暗躍ですが。
>>160
そのあたりはティトォが対メイプルソン後に放った言葉に全て集約されているような気がします。
斎村姉妹……?いや、うん、言われてみれば確かにそんなような気も……。
天然気味な姉に振り回される弟ポジとか、近いといえば近いような……。
ヤマさんくらい分かりやすければよかったんですけどね。
>>161
確かにティトォも長い時を生きて来ていますが、彼らもまた長い時間を積み重ねています。
果たして、そう簡単にいくのでしょうかね。
>>162
なんだかんだで彼らが本当の意味で仲間になったのは、第二章の終わりになってようやく
なのかもしれませんね。
乙!
エリー戦も終わったし次回あたりからさやか関連の話に入っていくのかな
まぁキュウべえと魔法少女システム周りの話は簡単にはいかないよね
それだけにどんな結末になるかは期待してるよー
それとBBBの斎村姉弟とマテパの暗殺姉弟は誕生日が同じらしい
乙
それにしてもこの魔法少女ノリノリである
>>170
乙
斎村姉弟はモチーフが月と太陽で、誕生日まで月太姉弟と同じ
最後の言葉の「生まれ変わったら本当の姉弟になろう」と姉が全力で弟へ愛を注いでいる様子に
ちょっとほろりと来たよ
乙
魔法少女が持つとnukeとbuffがあわさり最強に見えるが
魔女が使うと頭がおかしくなって死ぬんですか
乙
マミさん生き生きしてるなあ
乙!
そういえばQBには感情がないから思考が読めない可能性はあるか…
しかし合体技先に出されちゃってリュシカが膝抱えてるかも
マミさんはスタイリッシュでかわいいなぁ
>>173
あれは太陽丸の台詞じゃなかったかと思ったけど、よく見たら>の位置的に月丸っぽいか?
血が繋がってなくてもちゃんと姉弟だったのに、生まれ変わったら本当の姉弟になりたいっていうのがな…
ひゃあ、我慢できねえ、投下だー
魔女の結界が崩壊し、平穏を取り戻した廃工場。その中から出てきた人影が四つ。
三つは小柄な女性のそれで、最後の一つはそれより頭一つほど大きな男性のそれだった。
四人は連れ合い、何事かを話し合いながら帰路を辿っていく。
その内容は聞こえないが、彼女らの様子からはそれがとても楽しげな何かであるということは見て取れた。
「あーあ、あんなにぞろぞろと引き連れやがって」
魔法で作った双眼鏡越しに、そんな様子を工場地帯に隣接するビルの屋上から眺めていた杏子は、忌々しげに呟いた。
「ってゆーか、あの男は何なのさ。男連れで魔女退治たぁ、どんだけ腑抜けてやがるんだか」
さく、と小気味よい音をさせて片手に握ったお菓子を齧ると、杏子は背後の人影に振り向いた。
「……さあ、私にもわからないわ」
その視線の先で、ほむらは髪を軽く払いながらそう答えた。
「ったく、確かにあんな体たらくじゃあ、このままこの街を任せとくってのも考えもんだな」
杏子にとっては当然に、そしてほむらにとっては意外なことに、この状況は実に予想外なものだった。
「彼のことが気になっているのかい?」
「……何か知ってるのかよ、キュゥべえ」
突然に投げかけられた声、その声に振り向きもせず、杏子はそう答えた。声の主たるキュゥべえは、ちらとほむらの方を向く。
ほむらはそんなキュゥべえに一度睨むような視線を向けたが、すぐにふいとあらぬ方を向いて。
「ボクにも、そこまで詳しいことがわかっているわけじゃない。それでも、今分かっている限りの事は話すよ」
「じゃあ、聞かせてもらおうじゃねーか」
言いながら、杏子はゲームセンターで倒した魔女の残したグリーフシードを放り投げた。
それを背中で受け止め、飲み込み。満足げな声を一つあげると、キュゥべえは静かに話し始めた。
「結論から先に言ってしまえば、彼もまた魔女と戦う力をもった存在だ。あえて言うなら、魔法使いってところかな」
「んだよ、それ。その魔法使いってのも、あんたと契約したってこと?」
杏子が眉をひそめて問う。ほむらもその話には興味があるのか、距離を置いたままキュゥべえの話に耳を傾けていた。
「いいや、僕が契約できるのはあくまで少女で魔法少女だけだ。
多分彼は……いいや、彼らは、こことは別の世界からやってきた存在なんだろうね」
眼を伏せ、何かを考えながらキュゥべえは言い。
「なんだよそりゃあ、いよいよもってわけがわからねぇ」
「ボクにもわからないことばかりだ、でも彼は、当面はマミと行動を共にするようだよ。
キミ達が見滝原の縄張りを奪おうとするなら、きっと大きな障害になるだろうね」
目論みを見透かされていたことに、そしてその前に更なる障害が現れたことを知り、ほむらは僅かに顔を顰めた。
杏子もまた、苦い顔で思考を巡らせていた。巴マミは間違いなくベテランの魔法少女である。
それを倒すとなれば、今の自分でよくて五分。数の上での有利があってこそ、勝算を持って挑む事ができるだろう相手である。
けれど、数の上での有利は消え去った。挙句相手の能力は未知数と来ている。まともにぶつかるのはあまりにも分が悪い。
「確かに、こいつは随分面倒になってきやがった。……どーするよ?」
今度こそほむらの方を振り向き、杏子は問いかけた。
対してほむらは、予想外の状況に苦々しく顔を歪め、何事かを考えているようだった。
「……決めるなら早めにしときなよ。無茶を承知で仕掛けてみるか、それともワルプルギスの夜はあいつらに任せるか。
ま、あたししちゃあワルプルギスの夜とあいつらをぶつけて、残ったほうを頂く…ってのでもいいけどね。じゃあ、またね」
そんなほむらの様子に杏子は一つ小さく溜め息をつくと、そのままビルの屋上から飛び降り姿を消してしまった。
残されたほむらは、未だ苦々しく脳裏を支配する思索から抜け出せずにいた。
そんなほむらに、キュゥべえは唐突に言葉を告げるのだった。
「やっと二人で話ができるね、暁美ほむら」
呼びかけられて向けた視線は、むき出しの敵意と不信の混ざったもので。
「お前と話すことは何も無いわ」
答えを聞くこともなくそう言い切ると、ほむらもまた屋上を去ろうとした。
けれどそんなほむらの足を、更なるキュゥべえの言葉が押しとどめた。
「ボクと取り引きをしないかい、暁美ほむら?
これは君にとっても、鹿目まどかにとっても悪くない取り引きのはずだよ」
その言葉が口から放たれるや否や、ほむらは半ば反射的に振り向いて。
「……今度は何を企んでいるの、お前は」
と、冷たい声を投げかけるのだった。
「企む、なんていい方は酷いな。ただボクは、君に一つ提案がしたいだけなんだ」
その声の冷たさにも、眼光の鋭さにも一切動じることはなく、変わらぬ調子でキュゥべえは答えた。
それはまるで、機械かなにかのように。
「キミは鹿目まどかを魔法少女にしたくないんだろう?なら、この提案は君にとっても悪い話じゃないはずだよ」
僅かな沈黙。その後に、ほむらは小さく吐息を漏らして強張った表情を緩め。
「……話しなさい」
と、静かに言うのだった。
「ったく、マミの奴……楽しそうにしやがって」
ビルから飛び降り、夜闇に紛れて繁華街へと潜り込み、夜空を見上げながら杏子は呟いた。
双眼鏡越しに見えたマミは、それはもう生き生きと笑っていた。
はしゃいでいたと言ってもいいのかもしれない。そんなマミの姿を見るのは、随分と久しぶりだった。
そう考えて、杏子の口元に苦笑が浮かんだ。
「……直接顔を拝むの自体、いつぶりだって話だよ。でも、そっか……見つけられたんだな、新しい仲間」
知れず、口元に小さな笑みが浮かんだ。それを自覚して、慌てるように杏子は無理やり口元をへの字に曲げて。
「あの男が何者なのかはわかんねーけど、これで状況は五分。
無理につっかかって奪いに行かなくても、風見野でもそれなりに魔女は狩れる……よな」
その言葉は、まるで自分に言い聞かせているかのようで。
「……別に、無理して縄張りを奪ってやることもねぇ。
ワルプルギスの夜だって、一人じゃないならどうにか出来るかもしれないしな」
決めてしまえば、胸の奥に痞えていた何かはふっと消えてしまった。気分もなんだか軽くなる。
「そうしよう、ほむらの奴は何か色々考えてるみたいだけど、そこまで付き合ってやる義理もなけりゃあ義務もない。
……ああ、それがいいさ」
意を決して踵を返す。このまま風見野へ戻ろうと、そしてもう二度と会うまいと、そんな決意を固めて。
けれど、周り始めた運命は彼女を逃しはしない。
「……お前、何だよ、追いかけてきたのか?」
帰路を辿ろうとした杏子の目の前には、ほむらが立っていた。
どれだけ急いでここへ来たのだろうか、肩を上下させながら、荒い呼吸を繰り返していた。
「わざわざ追いかけてきたとこ悪いけど、あたしはこれで降りるよ。
わざわざでかいリスク背負ってまで、ここの縄張りを奪いたいってわけでもないからね」
そんなほむらの様子に異様なものを感じながらも杏子は言い放ち、ほむらの脇を通り過ぎようとした。
けれど、ほむらは杏子の手を掴み、それを妨げた。
「……ったく、ワルプルギスの夜の相手は付き合ってやるから、ここの縄張りの事はあんた一人で」
言葉を告げ、手を振り払おうとして。その手が更なる力で握り締められ、放たれた言葉が杏子の言葉を遮っていた。
「力を貸して。どうしても、貴女の力がいる」
「……今度は、何だってんだよ」
鬼気迫る、といった様子のほむらに、杏子は僅かに気圧されたように答えるのだった。
「貴女には、巴マミの相手を任せたい」
込み入った話をするにはということで、人通りの無い場所へと移動して、開口一番ほむらはそう言った。
「おい、お前……あたしの話を聞いてなかったのか?あたしは降りる、やるならあんた一人でやれよ」
杏子もまた、僅かに表情と口調に怒気を孕ませそう答える。
「そもそも、マミはあんたが何とかするって言ったからあたしは手を貸したんだぜ。
それじゃあ話が違うじゃないか。マミが相手じゃ、あたしも容赦や出し惜しみはできねぇ。
魔法少女同士の揉め事に使い潰せるほど、グリーフシードにも余裕は……」
杏子の言葉を遮って、澄んだ音がいくつか生まれた。それは、床に何かが落ちた音。ほむらの手から零れ落ちたそれは。
「お前……それは」
「グリーフシードが必要なら、いくらでもあげるわ。だから、お願い」
それはまさしくグリーフシード、一つ二つ、そして三つと地面に零れ落ち。
「本気……なんだな、お前」
グリーフシードをまとめて摘みあげ、未だ疑問の抜けない表情で杏子が問う。
「ええ、本気よ」
瞳を輝かせ、得体の知れない何かを秘めてほむらが答える。
「でも、マミに手を出せばあの男も黙っちゃいないだろ、2対1じゃあ流石にきついぜ」
「問題ないわ。あの男は――私が潰す」
そう言い放つほむらの瞳には、深くて昏い輝きが宿っていた。
「これが、奴等のいる星に繋がるゲートか」
それはまさしく門のようであった。絡み合う樹木がアーチを築き、その下の空間は捻じ曲がりそして歪んでいる。
その先に見えるはずの景色もまた、奇妙に歪んでいる。
「はい、彼らの反応を辿り、どこでも木の実とマザーを併用することでゲートを作りました。
まだ不安定ですが、一度くらいは使えるはずです」
話をしているのは一組の人影、方や派手な衣装に身を包んだ、大柄で髪にパーマを効かせた女。
恐らく女性。
そして方や仮面の少年。それはかつて、アダラパタがクゥと呼んだその少年で。
そこは『女神の国』と呼ばれる場所の最深部。そしてその女はこの国の主、女神ことグリ・ムリ・ア。
「これを使えば奴等の下に行けるのだな。
奴等が別の星に消えた時は、どうなる事かと思ったが……却って好都合というものだ。
別の星でなら、三大神器を投入しても、デュデュマが反応することはないのだからな」
そのゲートを見つめ、グリ・ムリ・アは満足げに笑い、そして。
「さあ行け、三大神器よ!今度こそ奴等を滅ぼし、星のたまごを手に入れるのだ!」
その声が、高らかにこだました。
沈黙。痛いほどの沈黙。誰一人何も語らず、誰も動こうとはしない。
「どうしたんだい、クゥ、舞響大天もブライクブロイドも」
そんな沈黙に業を煮やしてか、グリ・ムリ・アは女神らしい態度を取り繕うことも一瞬忘れて
奥に控えていた二人にも声をかけた。
そこにいたのは大柄な男と、なにやら鐘のようなものを頭から被った女。
いずれも三大神器と呼ばれる、強大な魔法をその身に秘めた魔法使い。
男の名はブライクブロイド、女の名は舞響大天。
そしてもう一人、グリ・ムリ・アの側に控えるクゥもまた、三大神器の一人であった。
「ごめんねー、グリちゃん。どうやらそのゲートはまだ不安定みたいなの。
私達みたいな大きな魔力の持ち主が通ったら、一発でパンクしちゃうのよ♪」
歌うような口調で、舞響大天が答え。
「五本の指クラスでもきついらしいぜ。ま、送れて三十指が一人か二人ってとこだとよ」
どこか残念そうに、ブライクブロイドが言葉を続けた。
「それじゃ意味が無いじゃないか、今更三十指の一人や二人でどうにかできる相手でもあるまいし。
おまけに向こうの星がどうなっているのかも分からないときているし……」
その事実に眼を見開き、グリ・ムリ・アは忌々しげに言う。
「ですから、一度誰かを偵察に向かわせればよいかと。その者に彼らの所在と、あちらの星の情報を探らせましょう」
クゥがそう言うと、グリ・ムリ・アは眼を伏せ、何かを考えるようにして。
「できればメモリアにいる者たちを戻したくはないが……かといってエル・ボーイは頼りにならんし
キル兄弟は暗殺以外には不向きだ。……仕方あるまい」
一つ、大きな溜め息を吐き出してから。
「舞響大天、アダラパタに月丸と太陽丸を呼び戻すように伝えるのだ」
「あら、あの子達を送るのね♪のね♬それじゃあ、伝えておくわ♪」
そして、数日の後。
「それじゃあ、ちょっと行ってきやがって下さい。月丸さん、太陽丸さん」
ゲートの前に立つアダラパタと舞響大天。そしてその二人の前にもまた一組の男女がいた。
頬に月の模様が描かれ、そして耳にも月のピアスをつけ、身体のラインを強調するような服を纏った
妖艶でどこか危うげな雰囲気すら感じさせる女。
そしてそれとは対象的に、頬とピアスに太陽を描き、女の方と比べればどこかまだ落ち着いた雰囲気を持つ男。
女神の尖兵たる魔法使い、女神の三十指が二人にして、女神直属の処刑人。月丸、太陽丸の姉弟であった。
「納得できません。俺達にはメモリア攻略の任が与えられていたはずです。
なぜこんな事に借り出されなければならないのですか」
アダラパタの言葉に、憮然とした表情で太陽丸が答えた。
「メモリア魔方陣の開催までまだ三ヶ月以上はありやがります。
その間にちゃちゃーっと行って片付けてくれば済む話ですよ。これは女神様の命令なんですよ。
まさか、拒むわけじゃあないでしょうねぇ?」
さも面白い言った風に口元を歪め、アダラパタは言う。
「案ずるな、太陽丸。我らならば見知らぬ世界であれど、遅れを取ることなどあろうはずがない。
必ずや、奴等から星のたまごを奪い取って見せよう」
拳を握り、どこか狂気染みたものをその表情に滲ませて、月丸が力強く言う。
「さ、決まりです。行ってきて下さい。いちおー不定期ですが、極楽連鞭で連絡ができるよーにはするつもりです。
いい報せを、待ってますよ」
そしてアダラパタは、ゲートへ向けて手を差し伸べる。
「二人とも、お土産よろしくね♪ね♬」
変わらず歌うような調子で、舞響大天が言うと。
「はい、お任せください舞響大天様っ!
お側を離れるのは寂しいですが、必ず月丸は任務を終えて戻りますから、吉報をお待ちください!」
先ほどまでの様子はどこへやら、甘えるような声で月丸は言うのだった。
「姉様……はぁ」
一方、そんな姿をどこか呆れた様子で見ている太陽丸であった。
そして、二人は異世界への門を――超えた。
魔法少女マテリアル☆まどか 第4話
『彼らの罪と命の砲撃』
―終―
【次回予告】
分たれたはずの道が、今再び交差する。
それはどちらも譲れぬ道で、激しくぶつかり火花を散らす。
「腕が鈍ったんじゃねぇのか、マミっ!!」
「佐倉さん……貴女、なんてことをっ!」
そして、戦いの影に蠢く異星の徒。その策謀。
「貴方には、ここで死んでもらう」
「なるほど、だとすればあの能力は……」
狂乱と闘争に揺れる街。
人知れぬはずのそれは、今やその姿を隠す事も無く振るわれる。
最中、舞い降りるはもう一人の……。
「これは、絶好の好機と見るべきかな」
「誰……なの、あなたは?」
次回、魔法少女マテリアル☆まどか
『戦いと戦い、そして戦い』
専ブラだと舞響さんの音符が文字化けしやがります。
なかなかに困りモノですね。
>>171
さやかちゃんだと思った?残念またバトルでしたっ。
……ええ、なんだかまた不穏な気配が漂ってきております。
誕生日までは見てなかったですなー、単行本ではちゃんとBBBも追ってたはずなのですが。
しかしハルポリとBBBの展開がだだ被りなのは一体どうしてしまったのか。
>>172
マミさんは何かノリがよくなってしまいました。
もしかしたら超覇導天武刻輪連懺吼あたり使ってくれるかもしれません。
……全部フランス語あたりに変換して。
>>173、177
ああ、そう考えますとたしかにあの二人も大分報われてそうですね。
しかし本当に弟のほうが太陽だとは思いませんでした。
やっぱりヤマさんぐらいわかりやすけれb(ry
>>174
魔女が使うと頭がヒットして火達磨になってアワレにも結界の中でひっそりと幕を閉じる事になるあるさま
やはりWWFは格が違った!
ええ、うっかりと変な言葉がでてきてしまいました。
>>175
久しぶりにできた仲間、ですからね。
魔法少女でないだけに、グリーフシードを取り合う必要も使い魔を見逃す必要も無い。
ある意味理想の仲間ではあるのでしょう、その罪を知った時、何を思うのかという話ですが。
>>176
今のところメモリア勢は出番がありませんからね、きっとリュシカはパン神光臨の儀式でもやってるんではないでしょうか。
そして月丸太陽丸の最後の台詞についてですが
個人的にはあの二人はもともと姉弟でもなんでもなかったんじゃないでしょうか。
舞響の仕業で二人きりになって、姉弟として育てられてしまった、みたいな感じで。
乙!
一瞬マジで三大神器来るのかと思ってビビったwww
そしてやっぱりキュウべえはそう来たか、バトル展開が熱くなりそうでテンション上がって来たぜー!
ほむらの能力はプリセラさんならごり押しできそうというか、近代兵器が効く気しないけど
ティトォだとほむらが何秒時間を止められようと関係のない方法を思いつくしかないのか……あっ
乙
QBは何言ったんだろ…
星のたまごの事とかなぁ?
乙
QBとしては存在目的上星の卵を横からかっさらうつもりなのは想像がつくとして、
ほむほむはワルプルだって倒さにゃならんし共闘を見切るには早い気がするが
代わりにどんな条件が提示されたのやら
TAPとほむほむの戦闘相性とか考え出すと妄想が逞しくなるな
乙!
マミさんかわいいよマミさんと思ってたら今度は杏子かわいいよ杏子状態だ
あとかっこつけても誰にも尊敬されてないからしまらないグリさんがなんかかわいく見えてきた…。
星のたまごがあればたぶん一生魔女狩りしなくてすむね!いや問題はそこじゃないんだろうけど
ほむらちゃんがほむほ・ムリ・アになってしまう…
>>190
>今のところメモリア勢は出番がありませんから
今のところ…?
しかし山ごもり中修行中のミカゼとジルさんはともかく、グリンやリュシカはTAPいなくなるとかなり動揺してそう
あれは月丸太陽丸にとって血の繋がりはそれくらい欲しかったものなのかな、とそういう意味でした。
正直アクアの戦い方見た杏子の反応がものすごく怖い
TDS読んだが、杏子の頭の中がさやかとマミさんのことばっかでワロタ
実際思い入れが強いんだろうな・・・
では、本日も参りましょう。
第5話 『戦いと戦い、そして戦い』
「それで、話っていうのは何だい、さやか」
ハコの魔女を倒した翌日の放課後、学校の帰り道。
いつもの道を少し逸れたわき道で、ティトォとさやかの二人が向き合っていた。
少し話がしたいからと、マミとまどかには先に魔女探しに向かってもらい、こうして二人で話を始めたのだった。
「あー……えっと、さ。その……」
自分から呼び出したというのに、さやかはどうにも歯切れが悪い様子だった。
それでも何度か口ごもった後、ようやく話を切り出した。
「こういうのお願いするのって、きっと良くない事だって思うけど……ティトォさん。
あたし、ティトォさんの魔法で治して欲しい人がいるんです」
胸元に寄せた手を、ぎゅっと握って。さやかはティトォを真っ直ぐ見つめてそう言った。
ティトォは僅かに驚いたように眼を見開いて、それでも落ち着いた調子で言葉を返した。
「それは要するに、魔法でも使わない事には助けられない相手、ってことなんだね?」
その言葉に、さやかは小さく頷いた。
「上条恭介、あたしの幼馴染なんだ。……バイオリンが上手くてさ、天才ヴァイオリニストなんて言われてた。
でも事故にあって、手に酷い怪我を負って。もう、動く見込みは無いって言われてるんだ」
思い出すだけで胸が締め付けられるような悲しみに襲われて
さやかは顔を顰めながら、静かに一つ一つ、言葉を紡いでいく。
「昨日のティトォさんの魔法を見て、死にかけてた仁美が、何事も無かったかのように登校してくるのを見てさ
これならもしかしたら、って。そう思ったんだ。勝手なお願いだってのは分かってる。
でも、あたしはどうしても恭介を助けたいんだ」
その声に、瞳に、表情に揺れているのは、純粋に恭介の回復を願う想い。
そして、その奥に見え隠れしているそれは。
「確かに、できないことじゃないかもしれないね。でも、それが君の心からの願いなら
それを叶える方法は、ぼくに頼らなくても存在しているはずだ」
その人形のような瞳で、真っ直ぐにさやかを見据えながら、ティトォはそう問いかけた。
さやかの心の奥に存在している、もう一つの感情。
それは恐らく戦いの定めに自らの身を投じる事への、恐れや躊躇といったものだったのだろう。
言外にそれを言い当てられたような気がして、さやかは小さく息を呑んだ。
「……っ、それ、は」
たった一言で、さやかは何も言えなくなってしまう。
恭介の手を治したいのならば、自分で願えばそれで済む話なのだ。
その願いの代わりに、戦いの定めを受け入れなければならないというだけで。
それが怖いから、嫌だから、それ以外の方法があるから、それに縋って頼ってしまう。
そんな自分をさやかずっと自覚していた。そしてティトォの言葉にそれを言い当てられたような気がして
どうしようもない嫌悪感を感じてしまっていた。
「……ごめん、今のはちょっと言い方が意地悪すぎたね。
それに、あんな魔女と戦うなんて、本当は女の子がするようなことじゃないよ。迷うのも、怖いのも当然だ」
小さく息を吐き出して、ティトォは俯くさやかにそう告げた。
「でも、奇跡を起こすっていうのはそういうことだ。それに見合った対価や、覚悟が必要になる。
……さやか、君にその覚悟はあるかい?」
投げかけた言葉に、さやかは暫し無言で佇んでいた。
その胸中には、かつて同じようなことをマミに相談した時に言われた言葉が去来していた。
"貴女は、その人の夢を叶えたいの?"
"それとも、夢を叶えた恩人になりたいの?"
――と。
自問する。
一体自分はなぜ、自分の運命を投げ打つような真似をしてまでも、恭介の事を助けたいと願うのだろう。
もう腕は治らないのだと、絶望に打ちひしがれるその様子が、あまりにも痛々しかったからだろうか。
一体自分は何を望んでいるのだろう。奇跡で恭介を助けて、ありがとうって言ってもらいたいのだろうか。
そして、それ以上の関係になりたい。そう思っているのだろうか。
そんな気持ちは否定できない。そう考えてしまっている自分が、たまらなく嫌だった。
でも、本当にそれが恭介の手を治そうとする理由なのだろうか。
考えて、考えて。考え抜いたその時に、不意にその音は記憶と共に蘇ってきた。
それは遠い過去、さやかがまだ幼い少女であったころの事。
幼いながらもステージに立ち、皆の視線を一身に受け止めながら、その小さな手で美しい戦慄を奏でる恭介の姿。
その姿が、そのメロディが不意に、そして鮮明にさやかの中に蘇り、そして彼女は思い出すのだった。
恭介の奏でる音楽が好きだった。
その音楽を、もっと沢山の人に聞いてもらいたいと思った。
そんな素敵な音を奏でることのできる恭介が――好きだった。
ううん、今でもそれが好きだっていう気持ちは変わりはしない、揺らいだりもしていない。
だから。
俯いていた顔を上げて、さやかはティトォの視線に答えて。
「覚悟があるかどうかなんて、あたしにはわからないんだ。
でも、あたしは恭介の奏でる音楽を、もっと沢山の人に聞いてもらいたい。
それがあたしの本当の願いなんだ。……あはは、なんでこんな事忘れてたんだろ」
その表情には、やけに晴れ晴れとした色と、それでも隠しきれない不安と苦悩の色が見え隠れしていた。
「うん、ありがとティトォさん。おかげで……ってわけかどうかは分からないけど、本当にやりたいこと、見つけられたよ」
そんなさやかに、ティトォは小さく笑みを浮かべて。
「……わかったよ、じゃあ、行こうか」
と、その手をさやかに差し伸べるのだった。
「行くって、どこに?」
「当然、恭介って人のところにだよ」
訝しげに問いかけたさやかに、さも当然と言った風にティトォは答えた。
「でも、それはあたしが……」
「ぼくはただ、覚悟はあるかいって聞いただけだよ」
唇の端に笑みを浮かべたままティトォは言葉を続ける。。
「治すとなれば、直接ぼくが魔法を使うしかない。見知らぬ人間がそんな事をすれば
そして治る見込みのない患者がいきなり治ったりしたら、 きっと凄く面倒なことになるだろうね。
ぼく達はこの世界の人間じゃないから、あまり深くは関われない。だから、そう言う面倒を全部背負い込む覚悟。
それがあるかいって、そう聞いただけだよ。そして覚悟があるなら、ぼくにはそれを拒む理由は無い」
言葉が続く度に、訝しげだったさやかの表情には、だんだんと喜色と笑みが戻ってきて。
「……それに、やっぱり女の子が戦うっていうのは、あんまり見たくないからね」
そんなさやかを尻目に、ティトォは最後にそう呟くのだった。
「そういうことなら、早速行こう!場所は……えっと、前にアクアと一緒に居た病院、わかるかな?」
「ああ、それならちゃんと覚えてる、道も頭に叩き込んでおいたからね」
すっかり元気を取り戻したさやかが、ティトォを先導するように歩き出した。
「さあさあ、それじゃ早速行っちゃおうじゃないのーっ!」
「ああ、そうだね」
そしてティトォも、その後に続いて歩き出した。
――ちょっと甘やかし過ぎなんじゃないの?
そんなティトォの身の内で、アクアが小さくぼやいた。ティトォは立ち止まり、思わず小さく苦笑してしまった。
「ティトォさん?……どうか、しました?」
「あ……いや、なんでもないよ」
振り向き問いかけたさやかに、ティトォは浮かべた苦笑をかき消して、その後に続くのだった。
「……恭介、入るよ」
病室の前で、緊張した表情でさやか言うと、その扉を開いた。
病室の中には様々な生活用品や調度品が置かれ、そこにいる人物が長らくここで生活をしているのであろうことを示していた。
部屋に備え付けられた大きなベッドの上では、一人の少年が伏していた。
線の細い印象を受けるその相貌に、どこか暗い色を覗かせて。
「さやか……」
恭介は、そんなさやかにちらと視線をやると、すぐにばつが悪そうに俯いてしまった。
無理もない、それはつい先日のことである。
さやかはほぼ毎日のように、恭介の元にお見舞いに来ていた。
けれど一向に改善しない状態に、日々焦燥は募っていた。
そしてある日、その手はもう動かないと告げられて、彼はさやかにその憤りをぶつけてしまっていたのだ。
随分と酷いことを言った、もう来ないだろうとさえ思っていた。
その矢先の訪問である。いつもどおりに接することなど、当然できるはずもなかった。
「昨日は……ごめんね、恭介」
後ろ手にゆっくりと病室に足を踏み入れながら、様子を伺うように、恐る恐るとさやかは声をかけた。
「どうして、君が謝るんだい。……謝るのは僕の方だ。ごめん、さやか」
「あんな事があったんだもん、怒るのだって、当然だよ」
重苦しい空気の中、さやかは極力いつもどおりに話をしようとした。
けれどそんな努力も空しく、病室の中には同じく重苦しい沈黙が立ちこめてしまうのだった。
胸が痛くなるような沈黙。思わず気力も萎えそうになる。
このままじゃいけない、一体何のためにあたしはここに来たんだと、自分のやるべきことを思い出して。
「ね、恭介。ちょっと……外に行かない?今日は天気もいいしさ、気分転換にはもってこいだと思うよ」
ベッドの側に近寄って、さやかが元気付けるようにそう言った。
「……今は、そんな気分じゃないんだ」
けれど恭介は静かに首を振り、すぐにまた視線をベッドに落としてしまう。
このままじゃいけない。さやかは手を伸ばし恭介の手を掴むと、鬼気迫る勢いで詰め寄った。
「実は、さ。大事な話がしたいんだ。だから、恭介。一緒に……来てくれないかな」
そのただならぬ様子には恭介も驚いたようで、しばらく渋ったものの、やがてはその首を縦に振るのだった。
車椅子に乗り、恭介はさやかに押されて病院を出た。
外に出ると、確かに晴れ晴れとした青空に、沈みかけた太陽が浮かんでいた。
そんな空の色があまりにも眩しくて、恭介は僅かに目を細めた。
「それで、話って何だい、さやか」
空を眺めていると、何故だか涙が零れてしまいそうだったから。その視線を地に落として
恭介は尋ねた。さやかはしばし口ごもり、一つ喉を上下させてから。
(覚悟、決めたんだ。今更……迷ったりするもんか)
自分に言い聞かせて、そして頷いて。ようやくその口を開くのだった。
「魔法、なんてものが……本当にあるんだとしたら、恭介は……信じてくれる?」
他に誰もいない庭の中に、ざわりと風が吹き抜けた。
「何を……言ってるんだ、さやか?」
突然のさやかの言葉に、恭介は訝しげに問いかけた。
「恭介の腕、普通じゃあ治らないんでしょ。だったらもう、魔法でも奇跡でも、何でも縋ってみるしかない。
……それでさ、あたしは見つけたんだ。本当の魔法、本当の奇跡っていうのを」
けれどさやかは止まらない、こうと決めたら曲がらない。
「ちょっと待ってよ!一体さやかは何を言っているんだ、君は僕をからかっているのかい!」
「違うよ!あたしは、あたしは恭介を助けたいんだよ……だからお願いだよ、恭介。
今だけでいいから……あたしを、信じて」
声を荒げた恭介に、同じくさやかも声を荒げて言葉を返す。
「間違いなく、恭介には信じられないことだと思う。……でも、これから起こる事は全部、本当の事なんだよ。
だから……お願い、ティトォさん」
そしてさやかは、その名を呼んだ。
当然あるべきことを当然のように書き綴る作業がえらく捗りません。
>>191
来たらこの話は終わってしまいますからね。
果たしてキュゥべえは何を企みほむらと接触したのか、ほむらもまたそれに何を思うのか。
戦いの気配は迫っておりますが、今はひとまずその前置きです。
>>192
それもまた、おいおい明らかになることでしょう。
>>193
まどかの契約を阻止する、ワルプルギスを倒す。
両方やらなきゃいけないのがほむらの辛いところです。
果たして誰が如何なる戦闘を繰り広げるのか、乞うご期待といったところです。
>>194
舞響とブライクとグリ公の関係は、単純な手下とか言うのとはちょっと違いますからね。
仲間というのか、百年単位の腐れ縁というのか。そんなわけだから気楽なものです。
メモリア勢は出ます、出ます……が、相当先の事になりそうかな、と思っております。
>>195
TDS中巻はこの話を書き終えるまで封印しております。
ネタ被りとかあったら困りますので。
でもまどポやってるとそれだけでもうそんな感じで困る。
乙
果たしてティトォに恭介を治せるのか
…さやかちゃんが契約しないSSだってあるし
大丈夫だよね?
でも公式じゃ、上条の神経は繋がっていないらしいよ
強化した生命力を腕の回復/再生に作用させる、って感じ?
即死攻撃くらったり死にかけている人間も全快できるんだ、それぐらいは余裕でやってくれそう
魔法効果が及ぶ範囲や規模も操作できるっぽいし
乙
ここで引っ張るとかあんまりだよ!
でも治せたら治せたでさやかちゃん空気になちゃうよね
乙
こういう話だとむしろ空気の方が幸せなんじゃないかなぁと思わんでもない…
治せなかったらアレだから魔法に関するフォローはしっかりして欲しいところ
今マミさんとまどかが別行動だから杏子に襲われてるかもな。
しかしほむらにTAPが殺せるのか。あの兵器に魔翌力って付与されてたっけ
作品を知ってれば最初の展開は誰にでも想像はつくだろうが、
予想はほどほどにしておきなされ
書きづらくなるかもしれんから
ではでは、本日の投下でござい
「もうちょっと……こう、なんとかならなかったのかな、説明とか」
そんなやり取りを陰から眺めていたティトォは、苦笑しながら二人の前に姿を表した。
「こんにちは、上条恭介君……だよね」
そんな困ったような表情のまま、どちらかといえば開き直った様子でティトォは切り出した。
「さやか、この人は?」
「ティトォさん。恭介のこと、助けてくれる人だよ」
「この人が……そうか、こいつがさやかを」
言葉を交わす内、恭介の瞳に宿ったのは明確な敵意。
「貴方が、さやかを誑かしてるんだね」
静かな口調で、けれど強い敵意と怒りを込めて、恭介はティトォに言った。
「えっ」
「えっ」
対する二人は絶句である。思わず顔を見合わせる。
そんな間にも、恭介は更に畳み掛けるように言葉を続けた。
「貴方は最低な人だ。さやかの弱みに付け込んで、取り入って、一体さやかに何をさせるつもりなんだ。
おまけに魔法だなんだって、訳の分からない霊感商法みたいなことまで吹き込んで!」
どうやら、すっかり勘違いしてしまった様子である。
「くしゅんッ!」
遠い星、遠い場所で誰かが一つ大きなくしゃみをした。
「風邪か、アダラパタ?」
そんな彼に向けて、隣に並んだブライクブロイドが声をかけた。
「いーえ。もしかしたら誰かが、ボクの話でもしてるのかもしれませんねぇ。クキャきゃキャキャ」
振り向きながら、小さく肩を竦めて。アダラパタは耳障りな笑い声を上げるのだった。
「ちょっと、落ち着こうよ恭介。……そりゃ、まああたしの言ってることは普通に考えたら胡散臭い霊感商法とかに騙されてる人だけどさ」
「……そんなに胡散臭いかな、ぼくって」
若干、ティトォの顔が引き攣っていた。
「さやかもさやかだ!こんなのに騙されるだなんて、どうかしてるよ」
「いや、あの恭介……ちょっと落ち着いて」
その剣幕にはさやかも驚くばかりで、どうにか恭介を落ち着かせようとするのだが。
「違う……さやかじゃない……」
「えっ」
突如身を震わせて、恭介はなにやら愕然とした表情で言葉を放つ。
「さやかはもっとしっかり自分の考えを持った子だったはずだ
その後から周りとか失敗することも多かったけど、こんな事に騙されるようなキャラじゃなかったはずだ!」
「……ここって一応喜ぶところなわけ?」
あんまりと言えばあんまりな様子に、思わずさやかは口をあんぐりとさせてしまって。
「みちこ!さやかを出せ!さやかに換わるんだ!!」
「いやいやいやいや、勝手に人を多重人格にして名前までつけないでよ」
なんだかおかしな具合である。
「……論より証拠、かな」
そんなどたばたというかボケとツッコミに、ティトォは小さく溜め息をつくと、懐からライターを取り出した。
「上条君」
そして、あーだこーだとやりあっている二人に向けて呼びかけて。
「きみが怪しむのは当然だと思う。でも、ゆっくりじっくり説明しても、多分分かってもらえないとは思う。
……だからちょっと、強攻策を取らせてもらうよ」
そのライターに火を灯す。するとその火はすぐさま白い炎と変わる。それは活力の炎。癒しの炎。
「な……何を、するんだ」
それは明らかに尋常ならざる光景で、恭介も驚きと恐れの混じった震える声を放つ。
けれど、手も足も満足に動かない状況とあっては逃げることもできず。
「……大丈夫だから、恭介。お願いだよ、信じて」
「っ、すっかり操られてるじゃないか。さやかを元に戻せ、みちこっ!」
「だから誰がみちこかぁっ!」
べし、と一発いいのが恭介の後頭部にヒットした。
「あ、やっば!恭介…ご、ごめんっ!」
思わずツッコんでしまったが、流石に過ちに気づいたさやかだった。
「ほんと、きみ達は仲がいいね。きっとこんな事になってなければ、いつもこんな感じだったのかな」
いっそ微笑ましくもある光景に、ティトォは僅かに笑みを浮かべた。
友人とのじゃれあいのようなやり取り。それがなんだか懐かしくもあり、羨ましくもあった。
「恭介君。きみが信じようが信じまいが、ぼくはこれからきみを治す。さやかがそれを願っているからね」
けれど、これ以上続けていても埒が明かない。ティトォは白い炎を身に纏わせると、そのまま恭介に手を伸ばした。
「何するんだ……や、やめっ」
その手が掴んだのは、包帯が巻かれた腕。動く事も、痛みを感じる事もできないほどに酷く傷つけられてしまった腕。
逃れようともがく恭介を制するように、その腕を強く掴み。
さやかもまた、車椅子から転げ落ちそうになる恭介の身体を支えた。
「うわぁぁぁっ!あ、熱……く、ない?」
その腕に燃え移る炎、けれどそれは熱さを伝えては来ない。
腕の感覚がないからという理由ではない。何も燃えてはいないのだから。
むしろ、何か暖かさのようなものすら感じている。何も感じることのないはずの、腕に。
逃れようともがいた腕に巻かれた包帯の中で、何かが動くのを感じた。
「……え、これは。腕が……僕の、腕が」
それはあまりにも久方ぶりの感触で、それが自分の身に起こっていることだと自覚することができなかった。
それでももう一度、ゆっくりとその手を握ろうとした。
包帯の下で、確かにその腕は――動いた。
「そんな、どうして……これは」
慌てた様子で、腕に巻かれた包帯を解く。その下には、生々しい事故の傷跡と、真新しい傷が一つあるはずだった。
けれど、そこにあったのは。
傷跡は完全には消えていないものの、それでもほとんど変わりのない腕だった。
「なんで……どうして、こんな」
呆然と、まるで夢を見ているかのように呟いて。恭介は何度も手を握っては開いてを繰り返していた。
「……よかった、本当によかった、恭介」
もう大丈夫だろう、と手を離し、少しだけ離れた場所でさやかは、恭介の手の動く様子をじっと見つめていた。
そうして見つめているだけで、胸の奥から熱いものがこみ上げてきて。
それはそのまま、二つの瞳からぽろぽろと零れ落ちた。
「よかった……よかったよぉ……っ」
ずっと心の奥に抱えていた悩み、自分の命をかけてまで、叶えようとすら思っていた願い。
それが、こんな簡単に叶ってしまった。とはいえ拍子抜けするような心の余裕は無かった。
ただたださやかの胸中は、どうする事もできない喜びと、安堵に満たされていたのだから。
「貴方は……一体、っ。そうだ、僕……ごめんなさい、酷い事を言ってしまって」
我に返り、恭介は信じられないものを見るかのようにティトォを見つめ、それから先の非礼を詫びた。
「ただの魔法使いだよ。さやかに頼まれてきみを助けた。……流石に、もう信じてくれるよね?」
魔法使い。そんな言葉を信じられるはずもないが、今目の前で起こったのはまさしく魔法なのである。
信じられないわけが無く、恭介は呆然と頷いた。
そしてティトォは、恭介とさやかの二人を交互に見つめて。
「今まで動かなかった腕が急に動くようになったんだ、きっと間違いなく騒ぎになると思う。
でも、ぼくはそこまで助けてあげる事はできない。奇跡は一度きりだ。
だからこの先は何が起ころうと、きみ達自身の力でどうにかするしかない。二人で協力して、ね」
とん、と指で軽くこめかみを突くと、ティトォは意味深気にさやかに視線を送る。
それに気づいてさやかは、ぽろぽろと零れる涙を手で拭って、それから恭介に向かい合って。
「そうだよ、恭介。大変なのはこれからなんだから。
……でも、大丈夫。さやかちゃんが、ばっちり恭介をサポートしちゃうんだからね!」
溢れる涙は笑顔に変えて、さやかは最高の笑顔で恭介に言うのだった。
「あ、そうそう。上条君」
最後にティトォは、付け加えるようにこう言った。
「今度機会があったら、きみのヴァイオリンを聞かせてくれないかな。
クラシックをやってくれると、ぼくとしては嬉しいな」
先ほどまでの落ち着いた態度とは一変して、どこか好奇心めいた、子供のような笑みを浮かべて。
恭介は一瞬だけ呆気に取られたようにして、それでもすぐに、その瞳に強い意志と自信を輝かせて。
「はい、必ず!勘を取り戻せたらすぐにでも。……本当に、ありがとうございました。ティトォさん」
それを見て、ティトォは満足げに頷くのだった。
――なるほどね、それが目当てだったわけだ。
――まったく、ティトォらしいよ。
アクアがそれ見て呟く。そしてそれにもう一人、女の声が加わっていた。
「……これくらいの役得は、見過ごしてくれたっていいだろう?」
と、ティトォはその身の内からの声に応えるのだった。
「さて、と。あんまりマミ達を待たせるのもまずいし、そろそろぼくは行くよ。さやか、彼の事を頼むよ」
為すべき事は為した。言うべき事も言った。ならばもう、これ以上ここにいる理由はない。
なによりも、今の二人を邪魔したくはないという気持ちもあって。
ティトォは二人にそう告げると、踵を返して歩き始めた。
「ティトォさん。本当に……本当に、ありがとうございました」
その背中に、さやかは深く頭を垂れた。
「ありがとうございました、ティトォさん。必ず、最高の演奏をしてみせます」
そして、恭介もまた。
ティトォはそんな二人に少しだけ振り向いて、嬉しそうに笑って小さく手を振った。
そして、マミの元へと向かうべく歩き出すのだった。
歩きながら、ティトォは思う。
救えてよかった、と。そのために、この力を使う事ができてよかったと。
不用意に魔法の、奇跡とも言うべきその力を晒してしまった事は、やはり無用心だったとは思うけれど
それはきっとさやかがどうにかしてくれるだろう。
二人のあの笑顔が見られただけでも、きっと十分に意味はあったのだ。
空っぽの希望に踊らされた笑みではなく、本当の希望が生んだ、輝くようなあの笑顔を。
考えながらも、その足は着実にマミ達との合流地点へと向かっていく。
日が沈み始め、薄暗くなってきた人気のない通りを、足早に通り抜けていく。
――その、刹那。
「ぐ……っ、ぁ?」
脚に、腹に、そして胸に重い衝撃が三つ。ぐらりとティトォの身体が揺れた。
撃たれた。誰に、何故。どこから。その明晰な頭脳が状況を把握しようと思考を巡らせるよりも早く。
「そん――な」
激しい爆発と、吹き荒れる爆炎がその場を埋め尽くし、ティトォの身体を飲み込んだ。
予定調和を予定調和で書くのもアレなので、ちょっとだけ遊んでみました。
>>205-206
どうやら無事に助ける事ができたようです。
元々何かの魔法だとか呪いだとかいうわけでもないですし、どっかの世界じゃ手術で治るような怪我です。
ティトォにかかればお茶の子さいさいってなもんでしょう。
>>207
いやあ、魔法っていうのは本当にいいものですよねえ。
実際問題ぶった切られた腕だって余裕で繋いじゃうレベルなので、それくらいは治せちゃうのでしょう。
>>208
月花ヨマ戦辺りは明らかに無茶しすぎなレベルで頑張ってましたね。
ジルさんだけでもひーこら言ってたはずなのに。
>>209
無事に、極めて無事に治ってくれました。
とは言え今度はティトォがピンチです、さてはてどうなりますやら。
>>210
その後のフォローについては完全にブン投げてしまいました。
いくらティトォでも見知らぬ地で色々弁明弁解に追われるのは厄介だったのでしょう。
こんな大きな秘密と奇跡を抱えてこれから何とかやっていく覚悟。
それが、ティトォがさやかに問うたことでもあります。
>>211
しかし予想できる展開をがっつりと裏切ってこその土塚漫画。
こちらもそんな感じで行きたいものです。本当に。
乙です。
正直、恭介がみちことか言いだした瞬間、「あれ……もしかしてアダラパタの野郎、なんかしやがったか」と警戒してしまった……。
あいつは色々、あくど過ぎるから、つい。
そしてラストの衝撃的シーン。……一体何者なのか。
乙!
無事に治ってよかった、恭介くんのボケ倒しには少し焦ったけど
唐突にギャグ入れたくなる気持ちはイチ土塚ファンとしてよくわかるし
いいぞもっとやれといっておくぜ!
乙
謎の襲撃者…いったい何者なんだ(棒)
予備知識がなければ不意打ち成功率100%だが
純粋物理弾なので存在変換によりキャンセルされる
ここまでは予想の範疇
ここからの展開が問題であり楽しみなところだ
乙!
もし治らなかったらさやかがうそつき呼ばわりされるんじゃないか…みたいな不安があったのにみちこwwwwwwww
最初にみちこ言いだした時はリアルで「!?」って顔になったよ。カイザートさんの恋人のうちの一人だったな…
予想と不安を裏切ってくれてありがとう!
TAPは存在変換中無事でいられるのか…?
たけふみかwwww
捗る、捗るぞぉー
でも微妙にまどポに時間を食われ気味だったりもします。
では、投下行きましょう。
「何かあったのかしらね」
ティトォを飲み込んだその爆発と爆音は、公園にてティトォを待つマミとまどかの元へも届いていた。
「これって魔女の仕業…なんでしょうか」
爆発という、想像はいくらでもできるものの、実際に眼にする事などない現象に、驚いたようにまどかが尋ねた。
「魔女にしてはちょっとやり方が派手すぎるとは思うけど……とにかく、様子を見に行ってみましょうか」
「はい、マミさんっ!」
そして二人は足早に歩き出した。この爆発である、恐らくすぐに人が駆けつける事だろう。
魔女の仕業だとしたら、そうなる前に結界に入り込まなければならない。
そうでなければ、そこに集まった人たちまでもが魔女の餌食になりかねない。
二人の足は公園を抜け、そのまま路地を抜けていく。日はだんだんと傾き始め、夕日が二人の目を差した。
そんな二人の眼前に、夕日の朱より尚赤いものが立ちはだかっていた。
「――佐倉、さん」
「よう、久しぶりだな、マミ」
それは、佐倉杏子の姿だった。
「え……マミさん。この人、知り合いなんですか?」
なにやら見知った二人の様子に、まどかが疑問の声を上げた。
マミは杏子から視線を反らさず見つめたままで、その言葉に答えた。
「ええ、彼女は佐倉杏子。魔法少女よ」
「ってことは、仲間ってこと……ですよね」
その言葉に、安堵の表情を浮かべたまどかであったが
「違ぇよ、あたしらはもう仲間でもなんでもない」
杏子は、冷たくそう言い放ち。
「……ええ、そうだったわね」
その言葉に、マミもどこか諦念染みた表情を浮かべて答えたのだった。
「それで、一体どういう風の吹き回しかしら。貴女がこっちにまで出張ってくるなんて」
二人の間の漂う空気はあまりにも冷たくて、それを肌で感じてまどかが一歩後ずさる。
そんなまどかを守るかのように、マミは杏子との間に立ちはだかった。
「それはこっちの台詞だ、マミ。一体どういうつもりだよ、魔法少女でもない奴をぞろぞろ連れて魔女退治、なんてさ」
強い口調でそう言うと、杏子はまどかを睨みつける。気圧されたように、まどかは更に一歩、後ずさる。
「この子には魔法少女の素質があるわ。そして私の可愛い後輩でもある、あまり脅かさないでくれるかしら。
……用がないのなら、そこを通してくれないかしら。今急いでいるの」
「そりゃあ無理な話だね。あたしは、あんたに用があって来たんだからね」
言葉と同時に、その身体が赤い光に包まれる。一瞬の後、そこには魔法少女姿で槍を構えた杏子の姿があった。
「そんな腑抜けたあんたに、こんな絶好の狩場を預けとくってのも癪だからさ。
この街、あたしが貰ってやろうと思ってね」
唇の端に凶悪な笑みを浮かべて、その槍をマミに突きつけ杏子が言う。
「本気で、言ってるのかしら」
マミの瞳に冷たい輝きが宿る。その口調も同じく凍て付いて。
「試して、みるかい?」
その笑みを更に深め、杏子はぐっと膝に力を溜める。まさしく一触即発、戦いの空気が路地に立ち込めていく。
「そんなの駄目だよ、魔法少女同士で戦うなんて、おかしいよ」
けれどまどかは、そんな臨戦の場へと踏み込んだ。
「鹿目さんっ!危ないから離れていて」
「マミ、お前一体こいつに何を教えてんだよ」
マミは焦ったようにそれを制し、対して杏子は苛立ちを抑えきれないといった表情で毒づいた。
「まさかさぁ、みんなを守るとか、正義のために戦うとか、そんなことを教えてるわけじゃないよね」
ぶん、と一度頭上で槍を振りかぶり、その狙いをまどかに、そしてマミへと定めると。
「奇跡も魔法も、どこまでも自分のためだけに使うもんさ。
それが理解できねぇってなら、魔法少女だろうとそうじゃなかろうと、真っ先に死ぬぜ」
その身の内に秘した静かな殺気が、一気に膨れ上がった。
放たれたのは赤い閃光。それを為す切っ先が、恐るべき速度でまどかの喉元へと迫った。
「ひ……っ!」
「鹿目さん、離れてっ!!」
眼前に迫る圧倒的な死に、全身を竦ませて立ち尽くすまどかのその手をマミが引き。
それと同時に黄色の閃光が弾けた。
「佐倉さん……貴女、なんてことをっ!」
突き出された切っ先をマスケット銃の銃身で受け止めながら、マミは怒気を孕んだ声で杏子に叫んだ。
「はっ、ちょっと脅してやっただけだろうが。
そんなことで頭に血が上るなんて、先輩さんは随分と過保護じゃないか、えぇっ!」
確かにそれはマミにも分かっていた。この間合いで杏子が本気でまどかに槍を繰り出せば
マミと言えどもそれを防ぐことは困難で。それを容易に防ぎ得たということは即ち
今の一撃に限っては杏子は本気ではなかった。その事実を示してはいた。
けれども、魔法少女ではないただの一般人にその穂先を向けた、杏子の行動をマミは許せなかった。
「どうやら、話し合いで済むような状況じゃないようね」
ぎりぎりと、穂先と銃身を押し付けあいながら、マミはあたかも宣言するかのように冷徹にそう言い放つ。
「元からそのつもりだよ、やっとあんたもやる気に……っ!?」
直後、杏子の背筋に寒気が走る。
それは恐らく、経験によって積み重ねられた直感に根ざしたもので、杏子は咄嗟に飛びのいた。
刹那、先ほどまで杏子が立っていた場所から、黄色い光のリボンが湧き出した。
あのままそこに立っていれば、拘束され、身動きが取れなくなっていた事だろう。
気づけばマミの姿もまた、魔法少女のそれへと変わっている。
距離を置き、マミは尚も杏子を睨みつけたまま、腰を抜かしたように地面にへたり込むまどかに声をかけた。
「鹿目さん。動けるかしら?」
「は……はい、何とか」
恐怖がまどかの身体を縛る。それでも震える足で、まどかは立ち上がった。
「そう、よかったわ。鹿目さん、今すぐここを離れて。ティトォを呼んできて」
「え……ティトォさんを?」
まどかが垣間見たマミの横顔に浮かんでいたのは、後悔とも焦りとも言えるような、深い憂いを湛えた色。
その横顔に、まどかは悟ってしまう。
佐倉杏子という魔法少女は、恐らくマミでさえも一人で立ち向かうには分の悪い相手なのではないか、と。
「わかり……ました、すぐティトォさんを連れてきますから、それまでちょっとだけ待っててください!」
「頼むわね、鹿目さん」
そして、まどかは震える足でどうにかその場を去っていく。
その気配が遠のくのを感じて、改めてマミは眼前の杏子へと意識を集中させるのだった。
「やっとこれで、心置きなくやりあえるね、マミ」
再び槍を頭上で回し、それをマミへと突きつけ、杏子は好戦的な笑みを浮かべる。
そんな杏子に、マミは憂いを込めた視線を向けると、静かに問いかけた。
「本当に本気なのね、佐倉さん」
「ああ、そうさ。だからあんたも本気で来な。くっだらない仲間だの後輩だの気にかけてたら、死ぬよ」
杏子は迷わずそう答えた。その内心はともかくとして、その言葉はマミに一つの決意を固めさせるのだった。
一度眼を伏せ、そして再びそれを開く。マミはどこまでも冷たい視線で杏子を射抜き、そして。
「グリーフシードのために人を見殺しにする。それはまだ理解できないわけじゃないわ。
……でも、自分の目的のために、邪魔な人間を害しようとする。一般人にさえ魔法の力を向ける。
それを平気でできる貴女は、もう魔法少女じゃない」
そして、続けて放たれた言葉は。
「貴女はもう、魔女と同じよ。――佐倉杏子」
決定的な決別を意味する、言葉だった。
マミの言葉に、杏子の表情が硬直した。
蘇るのは、記憶。
大好きだったあの人に、魔女と呼ばれて蔑まれ。
そんな自分の存在が、あの人の全てを、そして私の全てを壊してしまった。
あの時の言葉が、今も耳を付いて離れない。
"そんなお前を、魔女と呼ばずに何と呼ぶんだ"
そしてまた、今も。大切だったあの人が、忘れられないあの人が、私を魔女と呼んで蔑んだ。
もう嫌だ、たくさんだ。
「あんたまで、あんたまで……あたしを魔女と呼ぶのか、巴マミぃっ!!」
メリッ。と、何か嫌な音がした。杏子は叫び、目を見開き、唇を噛み締めた。
「ああぁぁァァぁぁアっ!!!」
そして激しい雄叫びと共に、触れるもの全てを打ち砕く赤い閃光と化して、マミへと迫るのだった。
唐突の爆発が、そして激しい戦いが街を振るわせる。
そんな戦いからは遠く離れて、見滝原中の制服を纏い、肩ほどまでの黒髪を揺らした少女が一人
高みより街を見下ろしていた。
彼女は一度街の状況を俯瞰すると、快活そうなその表情に、くすりと満足気な笑みを浮かべて呟く。
「厄介な守護者は、他の魔法少女と交戦中。
得体の知れないイレギュラーは、これまた得体の知れない敵にやられてる。
おかげで彼女は孤立した」
その細やかな指先を、軽く唇に滑らせて。ほんの僅かに考えるような仕草をしてから。
「これは、絶好の好機と見るべきかな」
ぎらりと歯を覗かせ、凶悪な笑みと共に言葉を放つのだった。
「よし、決めた。刻もう。世界のために、彼女のために」
最後に自らに言い聞かせるようにそう言って、彼女の姿が――消えた。
「さやかちゃんのところにもいない……となるとティトォさん、どこに行っちゃったのかな」
まどかは走っていた。ティトォの姿を探して走っていた。
まずはさやかに連絡を取り、恭介の腕が治った事を喜んだ。
そしてティトォの居場所を尋ねたのだが、その時既にティトォはさやか達の元を離れていた。
爆発の現場にも向かったが、そこはもう既に野次馬でごった返しており、その中からティトォを見つけることはできなかった。
だとすれば、後はどうすればいいのだろう。まどかは途方に暮れて足を止めた。
「はぁ……はぁっ、こんなことなら、ティトォさんにも携帯、持ってもらえばよかったのかな」
思い出す、いつでも連絡が取れるようにと、ティトォに携帯を持ってもらうことにしようかと、そんな話をしていたことを。
けれどティトォは、携帯電話そのものには興味を示したものの
何か嫌なものを思い出したかのような顔でそれを拒んだのである。今更ながらにそれが悔やまれてしまう。
とにかく急いでティトォを見つけなければならないと、まどかは荒い息を整える間もなく再び走り出そうとした。
けれど、そんなまどかの眼前に一人の少女が現れた。
「きゃっ」
「おっと、失礼」
それは見滝原中の制服を着た、肩ほどまでの黒髪を垂らした少女の姿で。
「ご、ごめんなさいっ。今急いでるから、それじゃっ!」
けれどまどかはそれに構っているような暇はない。その少女に小さく頭を下げると、再び走り出そうとした。
「待ってよ。見たところ、きみは何かを探しているみたいだけど……何か困りごとかい?」
けれど少女はそんなまどかの手を掴んで引きとめ、少女はどこか芝居がかったような口調で話しかける。
「え……う、ううん。大丈夫だから」
一瞬迷って、けれどこんな事に巻き込むわけにはいかないと、まどかは小さく首を横に振った。
「そう遠慮をする事はない、今の私は実に気分がいいんだ。
ずっと探していたものが見つかった。だから、今日の私は優しいんだ」
掴んだその手は存外に強く、まどかは振り払う事ができずにいた。
そんなまどかの様子を気にもせず、まるで独白するかのように少女の言葉は続く。
「やっと見つけた。やっと掴んだ。最悪の災厄の魔女。鹿目まどか」
その声は、熱に浮かされているかのようで。
「どうして、私の名前……それに、魔女って。まさか……貴女は」
その言葉は、まどかに困惑と疑問を抱かせる。そして少女は、すぐにその答えを提示した。
「ご明察っ!私の名前は呉キリカ。魔法少女だ」
言葉と同時に、その身が光に包まれ、変わる。
片目を眼帯で覆い、タイトな黒いコートのような衣装を身に纏い。
その変貌は、その姿はまさしく魔法少女そのもので。
突然の魔法少女の登場に、逃れようとすることも忘れ、眼を見開き呆然としているまどか。
そんなまどかを尻目に、キリカはにっこりと笑うと、その手を軽く上にかざして。
「はじめまして。そしてさよなら、鹿目まどか」
手の先に鉤爪のような光の刃を生じさせ、それを振り下ろした。
急転直下の状況ですが、こういう状況だと色々と捗るものもあります。
>>221
アダさんはいまのところ女神の国とメモリアを往復する日々のようです。
果たしてこちらに来ることはあるのでしょうか。来たら来たで面倒しか起こさない連中ですが。
そしてティトォの今後についてはまた次回以降ということで。
>>222
どこかにギャグを入れなければ、やはりマテパでも土塚作品でもありません。
とは言えあまりギャグ向きではない人間なので、どうにも苦労している現状です。
>>223
はたしてティトォはいかにして謎の襲撃者を退けるのでしょうか。
そしてマミさんと杏子の勝負の行方は、まどかの安否は。
風雲急を告げる見滝原市の、そして魔法少女達の明日はどっちだ!
てな具合に一つ。
>>224
治すところについては色々捻ろうかとも考えましたが、今後の展開的にすっぱり治っていただきました。
ティトォのクラシック好きという設定もありますし、結構気になっていたところもあるようですし。
みちこは確かにカイザートさんの恋人の一人でしたね。
もしかしたらクレアだったりジェニファーだったりするかもしれませんが。
しかし勇者カイザートの冒険は本当にやらかすんでしょうか、土塚先生。
>>225
たけふみなのです。
元ネタが分からない人は清村くんと杉小路くんよの2巻を読みましょう。
>>227
それはじかいのおたのしみです(首カクカク
乙!
おりキリ来たー!でもここに最低でも暗殺姉弟混じるとかハードすぎる……
でもやっぱ外道展開じゃないとマテパっぽくないしまどマギっぽくないから仕方ないね
大丈夫、きっとティトォがぜんぶ何とかしてくれるさ、よくわかんないけど!
乙
おりキリ参戦とは驚いたぜ
乙
アダさん思い出すからって便利ツール拒むティトォワロス
そういう辺りは実利主義的かと思ってたが
おりキリも参戦とは予想外
先がどうなるか目が離せないな
乙
そういえばアダさんは主人公勢全員から嫌われてたよなww
アダさんはゲスキャラなのになぜか憎めないタイプ。ただのクズじゃないだからだろうか……
そしてかずみキャラもでるのか?出たら風呂敷がたためなくなりそうだ……
アダさんが人気なのは清々しいまでの「外道」だからじゃない?
自分が悪だという事を自覚して嬉々としてやっているから
むしろ「クズ」「外道」とか言う言葉はアダさんにとって褒め言葉
それに、どの作品でも清々しい外道は得てして人気が高いもんさ
JOJOのDID様、幻想水滸伝Ⅱのルカ様、ヘルシングの少佐しかり、からくりサーカスのフェイスレス、同じ雑誌のハガレンのエンヴィーとかな
逆に自分のやってる事に無自覚な奴は嫌われる
じゃ、烈火の炎の森光蘭は無自覚ってこと?
アイツは分かっていてやってそうだけど……
>>244
あいつも「外道」だけど、美学とかカリスマもなくて、その実はただの小物だから
追い込まれたら、醜態さらしまくりだし
だからそこまで人気もないというか・・・すごく俗っぽいけどね
それから付け加えるなら森光蘭と同じカテゴリに入るのは
ダイの大冒険のザボエラとかじゃないかと思う
小物で自己保身のためだけに周りを使い捨ての駒にするとことか
読者から嫌われてるのも同じだし
さあさあ皆さん、かんけーない漫画の話はそれくらいにしやがりなさい。
今日も投下を始めやがりますよ。ケキャきゃキャキャ。
時は僅かに遡る。
それは、ティトォを襲った謎の爆発の直後。
そこから少し離れた建物の屋上に、一人と一匹の影があった。
「ちょっと強引過ぎやしないかい?暁美ほむら」
「無駄に手間をかけるほうが面倒よ。決められる時に、一気に片をつけたほうがよほどいい」
湧き上がる爆炎を眺めながら、暁美ほむらとキュゥべえが言葉を交わしていた。
「貴方には、ここで死んでもらう。そして、星のたまごを渡してもらうわ」
炎に巻かれ、その身を焼き尽くされているであろうティトォに、ほむらは冷たくそう言い放つ。
「よろしく頼むよ。キミの為にも、鹿目まどかの為にもね」
キュゥべえもまた、その炎の渦に視線を向けてそう言った。
「……燃え尽きたりはしないわよね、星のたまごとやらは」
その炎は激しく燃え盛っている。もしやすると延焼でもしているのかもしれないと思わせるほどに。
その勢いの強さに僅かに不安を感じて、ほむらはキュゥべえに問う。
「キミはあれを何だと思っているんだい。あれは星が生み出したエネルギーの結晶体だ。
そう簡単に損なわれるような代物じゃあないさ」
「そう、じゃあ行ってくるわ」
ほむらは左手の盾に手をかざし、炎の奥を見据える。
その奥で朽ち果てたであろうティトォから、星のたまごを奪い取る。そのために。
だがほむらが動き出すよりも早く、渦巻く炎はその容貌を一変させた。
「これは……炎が」
そう、全てを焼き尽くすはずのその炎は、その色を白へと変えていた。
ティトォのホワイトホワイトフレアが身を焼く炎を変換していたのだった。
「これが、奴の魔法……っ!」
詳細はともかくとして、その事実にはすぐに思い至る。
言葉と同時に、ほむらの姿がかき消えた。けれど直後、再びほむらの姿はそこに現れて。
「どうしたんだい、ほむら」
訝しげに尋ねたキュゥべえに、ほむらは苦い顔で首を振り。
「……逃げられた」
と、呟くのだった。
「どうにか逃げられた、かな」
地の底で、そこに漂う臭気に眉を顰めながらもティトォは呟いた。
突然の狙撃を受け、さらには爆発に巻き込まれた直後。
ティトォは即座にホワイトホワイトフレアを発動させた。
身を焼く爆炎はそのまま癒しの炎へと変換され、突然の攻撃による傷を癒していた。
けれどそれでは、すぐに追撃を受けることになるだろう。
敵はこんな街中ですらも平気で攻撃を仕掛けてくる相手。まともに立ち向かっては、一般人への被害は計り知れない。
そう言う意味では、魔女以上に厄介な相手であると言えた。
だからこそ、ティトォが選んだ選択は逃げる事だった。
傷を癒し、さらには炎を目晦ましとして、すぐにティトォは近くのマンホールの中へと逃げ込んでいた。
街の地下に網目のように張り巡らされた下水道。その存在も、ティトォは既に把握していたのだ。
頭上ではかなり人が集まっているようで、騒ぎが大きくなり始めている。
恐らくもう、謎の襲撃者もこの場を離れている事だろう。
とは言え同じ場所から出たのでは衆目を集めてしまう。
少し離れたところから、地上へと戻ろうと考え歩みを始めた。
下水道の中には、有害ガスが発生している場合もある。
流石に街の直下でそれは考えづらいが、念のためホワイトホワイトフレアは身に纏ったままにしておいた。
「しかし……一体誰が、こんな事を」
歩きながら考える。一端思考に没入すると、もはや臭気のことも忘れてしまう。
今の敵のやり口は、結界の奥に潜んだ魔女のそれとは大きく異なる。
周囲の被害を一切考えない行動はむしろ、彼らの敵である女神の、そして三十指のそれに近い。
「まさか、奴等がこの世界に……だとしたら」
最悪の想像が脳裏によぎる。この世界は魔法というものはないものと見なされている。
そんな世界で、奴等が容赦なくその力を振るえばどうなるか。
「少なくともこの街は崩壊だ。そんなこと、させるわけには行かない」
険しい顔で呟くティトォ。けれどその思考の片隅には、もう一つの疑問が宿る。
「けれど、女神の手の者だとしたら何故、魔法でぼくを攻撃しなかったんだろう」
そう、先ほどほむらの仕掛けた攻撃はあくまでなんらかの銃器による射撃と、爆発物による攻撃でしかなかった。
それではティトォ達の不死を打ち破ることはできない。
女神の手先であるのなら、それを知らないはずは無いというのに
なぜそのようなものを使ったのかがティトォには疑問だった。
「これはぼく達への警告?それとも……敵は魔法使いじゃない、のか?」
推理するにも情報が足りなさ過ぎる。それでもわかったことはある。
「どちらにせよ、この世界でもやはりぼく達は追われる立場……っていうことだね。
やっぱり、長居はできないみたいだ」
小さく嘆息し、ティトォは上を見上げた。出口が見える、ここから出る事にしよう。
梯子を上り、マンホールの蓋を押し上げる。やけに重い。
「……あれ?」
もう少し力を込めてみる。するとぐらりと蓋が揺れた。
それでもまだ開かない。けれどこれなら、もう少し力を込めれば開きそうだ。
「ぬ……こっ、のぉぉぉっ!!」
ティトォ自身は腕っ節には自信はない。けれどホワイトホワイトフレアで身体能力を強化
更に勢いをつけて押し上げることで、見事その蓋を押し上げる事に成功した。
「はじめまして。そしてさよなら、鹿目まどか」
言葉と同時に振り下ろしたその爪は、確実にまどかの身体を引き裂くはずであった。
けれど、そうはならなかった。キリカの身体は足元から競り上がる何かによって持ち上げられ
その拍子に掴んでいたまどかの手さえも手放してしまったのだ。
「うぁ……っ、え?」
キリカは驚いて自分の足元を見た。
「きゃっ……えっ?」
まどかもまた、急に手を振り払われた事で尻餅をついてしまい
低くなった視線に映ったその人物の姿に、驚いたような声を上げた。
「ティトォさんっ!?」
「まどか?何で君がこんなところに……」
そう、キリカの足元にはマンホールがあり、それをティトォが震える腕で押し上げていたのだ。
それがまどかに振りかざされた、致死の一撃を遠のけていたのだった。
「まったく、一体何がどうなってるんだいっ!」
足を取られてバランスを崩し、咄嗟にキリカは後ろに飛びのいた。
頭上の重しがなくなったことで、ティトォはどうにかマンホールの蓋を放り投げ、そのまま外へと飛び出した。
先ずは一つ新鮮な空気を肺いっぱいに吸い込んでから、ティトォはまどかとキリカを交互に眺めて尋ねた。
「とりあえず、君はまどかを殺そうとしている。そういうことなのかな」
その手に鉤爪を携え、油断無くこちらを見ているキリカの姿。
それはおおよそ常人のそれではなく、恐らく魔法少女であろうとティトォは推測していた。
とん、とまた一つこめかみを指でついた。
「……どうやら、思わぬ邪魔が入ったようだね」
キリカもまた、突然の乱入者を油断無く睨んでいた。
突然足元から出てきたということも、ティトォが未だホワイトホワイトフレアを解いていなかったことも
そしてどうやら鹿目まどかの知り合いらしきことも。
その事象のすべてが、キリカに目の前の男が只者ではないという事を知らしめていた。
(彼が織莉子の言っていたイレギュラー、迂闊に仕掛けるのは危険かな。でも、この好機を逃す手は……ないッ!)
――この身はただ、為すべき事を為すために。救世のため、彼女のための刃たれ。
そんな覚悟と決意を胸に抱き、キリカは再び全身から激しい殺気を迸らせる。
「あの子……魔法少女だって、言ってた。それで、私を殺すって。私が……最悪の魔女になるから、って」
怯えたように身を竦ませながら、まどかは震える声でそう言った。
「まどかが、魔女に?……どういうことだ」
マミから聞いた魔女の話とは、それは大きく食い違う。
希望から生まれる魔法少女、呪いから生まれる魔女。そう言う話だったはずなのに。
「きみ達は何も知る必要は無いよ。ただ何も知らず、私と彼女の世界の為に、切り刻まれてくれればいいんだッ!」
生まれた疑問と巡る思考。その全てを断ち切るかのように、キリカは叫ぶと地を蹴って跳ぶ。
空中で大きく両手を振りかぶり、勢いもそのままに、鋭い鉤爪を振るった。
「くっ、問答無用……だなっ!」
回避するにも、まどかを巻き込む危険が高い。
敵の狙いがまどかであるなら尚更で、ティトォは咄嗟に先ほど放り投げたマンホールの蓋を掴んで持ち上げると
それをそのまま、迫り来る爪に対して盾のように掲げた。
白い閃光が三条、そしてほぼ同時にもう三条。
「な……っ」
まさに一閃である。硬質な金属でできているはずのその盾がまるで紙切れか何かのように寸断され
それを掲げたティトォの腕にも、浅くは無い裂傷が刻まれていた。
「く……このぉっ!」
「あははははっ!遅い、遅すぎるよきみはっ!
わざわざ魔法を使うまでもない、そのまま微塵に刻まれ、果てろッ!」
キリカはあまりにも早かった。対してティトォは多少の心得はあるものの、所詮それは凡人の域を出ない。
ホワイトホワイトフレアで強化した拳で殴りかかるが、それはまるで掠りもせず。
返す刃で翻るキリカの双爪が、見る間にティトォの全身を傷で埋めていく。
「ティトォ……さんっ」
そんな凄惨な光景に、まどかはただ身を声を震わせ、立ち尽くすことしかできなくて。
「はぁ…っぐ、ぁ。まどか、君は逃げるんだ。このままじゃ二人とも殺される。だから、きみだけでも……」
「でも……ティトォさんが」
互いに互いを気にかける。けれどそれは致命的な隙を生む。
「拍子抜けだね、イレギュラー。先ずはきみから、微塵に刻んで撒いてあげるよっ!!」
その隙を突き、キリカが猛然と迫る。
回避をしようとしたティトォだが、無数に傷を刻まれた身体は限界だった。
足は動かず、そのままがくりと膝をついてしまった。
そして動きを止めたティトォの身体を――白い閃光が貫いた。
三対の爪が深々とティトォの腹部を貫き、そのまま身体を持ち上げる。
ぼた、と血の塊が流れ落ち、キリカはそれを満足気に見つめると、ティトォの身体をそのまま放り投げた。
「うん、どうやら刻む価値もなかったようだね。私の前に立たなければ、もっと長生きできたのにね」
打ち棄てられたまま動かないティトォを一瞥し、キリカは凄惨な笑みを浮かべた。
そして今度こそ逃さないとばかりに、鋭い眼光でまどかを射抜いた。
「嘘……だよね。ティトォさん」
「きみは自分の目で見たものすら信じられないのかい?そんな愚かな瞳は、私が抉ってあげようじゃないか」
血塗れて朱く染まった爪を、キリカはまどかに突きつけた。
「さあ、それじゃあ今度こそさよならだ。……?」
そしてキリカはその手を振り上げる。振り上げようとした。だが、その身体はぴくりとも動かない。
「なんだ、これは……」
その表情が驚愕に染まる。目を凝らし、何事かとその腕を見ると、そこには無数の細い何かが絡み付いていた。
「糸?何で……こんな物にッ!?」
それは細く、けれどいくら力を振るっても千切れることはなかった。
「蜘蛛の糸を強化して吐き出させたんだ、その糸は、そう簡単には切れやしない」
地に伏し、息絶えたはずのティトォが、その血まみれの顔に笑みを浮かべ、辛うじて身を起こしてそう言い放つ。
「ティトォさんっ!」
まどかの表情に希望が戻り。
「イレギュラー……まさか、あの傷で生きていられるはずが」
そしてキリカの表情には、驚愕と共に焦りの色が浮かぶ。
「ぼくの魔法は強化と癒しの魔法だ。この程度の傷、塞ぐことはわけないさ」
ティトォは余裕ぶってそう言った。けれど。
「でも、ティトォさん……ぁ」
その身体は傷だらけで、腹の傷すら辛うじて塞がれているだけだった。
そんなティトォを気遣うように声をあげようとして、ティトォがしぃ、と口元に指を寄せるのに気が付いて
まどかはその口を閉ざした。
「まどか、今の内に逃げよう」
「う、うんっ!」
「待て、逃がすもんか……く、このっ!」
未だ動けぬキリカの姿を恐る恐る見つめ、それでもどうにかその脇を抜け、ティトォの元へと向かう。
「行こう、まどか。とにかく今は……奴から、離れるんだ」
「……うん。でも、大丈夫なんですか、ティトォさん」
「いいから、急いで!」
ティトォの声は、負っているはずの深手を感じさせないほどに力強い。
その声に背を押されるように、まどかは駆け出した。ティトォもそれに続き、よろよろと駆け出していく。
ある程度距離を置き、その姿が見えなくなった頃。
「ティトォさん……その傷、本当に大丈夫なんですか」
今も尚ぽたぽたと血は流れ続けている。まどかはそんなティトォの身を案じずにはいられない。
「大丈夫……じゃ、ないかな」
その言葉に答えながら、力尽きてしまったかのように、ティトォの身体がぐらりと揺らいだ。
そしてそのまま、壁にもたれて倒れてしまう。
「ティトォさんっ!ひどい傷……魔法で治せないんですか、その傷は」
「今はもう、無理だ。昨日の今日でこれだからね、どうやら魔力が尽きてきたみたいなんだ」
掠れた声でティトォが呟く、その表情には血の気が一切見られなかった。
「そんな……それじゃあティトォさん、このままじゃ死んじゃうよ」
その姿が、まどかに殊更に死を意識させる。
「そうだね。それにここでぼくが死ねば、あいつがまた解放されてしまう。
そうなったら君も助からない。だから――」
一度目を伏せ、その内心で覚悟を決めて。
「――換わるしか、ない」
そう、呟いた。
ん 終わりかな?
>>238
ティトォだけではどうにもなりませんでした。
正直なところティトォ一人で戦うにはあまりにも分の悪すぎる相手です。
>>239
おかげでこの話が何週目かは定かではなくなってしまっています。
おりキリはちょっとだけ迷いましたが、ここは出すべきということでご出演いただく運びとなりました。
>>240
そして徹底的にボコられるティトォです。
幾重にも傷を刻まれ、魔力すらも尽き。いよいよ存在変換です。
携帯電話についてはまあ、持たせると話にならないという理由m(ry
>>241
見る限りTAPにミカゼ、月丸にまで嫌われているアダさん。さすがです。
>>242
大体243さんの言ってる感じでいいんじゃないでしょうかね。
私も面目レス…じゃなくてフェイスレスさんは大好きですし。
かずマギは……なんかそろそろ終わりらしいし、出せるものならって感じですが。
>>243
そういう悪役論を色々考える中では、個人的なことですが。
ガン×ソードのカギ爪の男は悪役としてもかなり異質だったんじゃないかなあと思います。
クズと言うには善人すぎて、恐らく無自覚でやっているわけでもない。
なんともいえない気分になったのを覚えています。
以下、とりあえず別の漫画の話には触れない方針で。
>>256
おわりでございます
乙です
ここで出るのはプリセラかな。アクアじゃ速さに対抗できるかどうか微妙だし
乙!
クモの巣トラップは時間操作系の二人には有効すぎる戦略だよね、ほむら相手に使うと思ってた
そしてまだわからんがこれはおそらくプリセラさんフラグ!
まどかたち相手ならメンタル面でもティトォより頼りになりそうだし最強妊婦さんの活躍に期待してます。
というか大魔王アクアさま降臨しちゃったら、最低でも戦闘範囲すべてが焦土になちゃいそうだしね
乙
交換条件はやっぱまどかの安全の保証かね(契約的な意味で)
明確に星のたまごを意識してる辺り、三十指がQBに接触済み?
乙!
魔翌力切れそろそろ来るかなとは思ってたけどこのタイミングか。
クモの巣トラップ…そういえばそういうこともやってたな。
あと彩光少年で出てきた龍油で瞬間的な高火力も魔法に変換してる描写があったし、
そういうティトォのスペックをSS内でフルに使っててすごいわ。
アクアは『素粒子レベルでの分解』っていう魔法の性質上対人戦に向かないからなぁ。
一応原作でも銃弾に対応してたし、それくらいの反応速度や能力はあるんだけどね。
乙
まだ切り札を幾つか残しているとはいえ、直接戦闘ではさすがに分が悪かったか
星のたまご(の欠片)やマテリアル・パズルって使うだけでエントロピー超越しまくってるよね
乙
プリセラさんは早すぎるような……まどマギじゃ勝てる相手がいないぞ!
プレイアデス星団は星のたまごの力を知ったら狙いそうだな……
乙
襲撃者はほむらだったのか…
しかし、魔法攻撃がほぼないほむらじゃ一人相撲じゃねぇかwwwwww
>>265
『存在変換中は無防備』っていう設定があるから、物理攻撃のみでもどうにかできるかもしれない…
って言っても実際作中で存在変換してる間に手を出されたことがないから詳しくは分からないんだよね
ちょっと間が空きましたが、今日の投下を始めましょう
「腕が鈍ったんじゃねぇのか、マミっ!」
苛烈な砲火の雨をすり抜け、杏子はマミに肉薄する。
「く……このっ!」
マミもまたそれを迎え撃ち、次なる魔銃を生成し構える。
けれどそれに一拍先んじて、杏子は左手に握った槍でその銃身を打ちつけた。
その槍は通常のそれではなく、柄の短い、ともすれば剣のようにも見えるような槍で
それゆえにその一撃は鋭く疾く、マミが掲げた銃身を弾き飛ばした。
「きゃ……っ!」
放たれた魔弾はあらぬ方へと消え、その掌中より弾かれた魔銃もまたくるくると宙を舞う。
マミの表情に一瞬焦りの色が浮かび、そして。
「終わりだっ!!」
杏子の右手に握られた追撃の槍が、マミを貫かんと迫っていた。
回避は困難、無理やり避けたところで、それで追撃の手を緩めるほど杏子は甘い相手ではない。
「甘く……見ないでっ!!」
咄嗟にマミはその手を胸元に伸ばし、刹那。
黄と赤の閃光が交差した。
「ぁ……ぐ」
突き出された槍は、マミの肩口を深く抉り。
「ちっ……やりやがるな」
刃と貸し、打ち放たれた刃は杏子の首筋を掠めていた。
マミの傷は浅くは無い、けれど杏子とて、反応が一瞬遅れていれば喉を掻っ切られていただろう。
「だが……」
「でも……」
そんな交錯を経ても尚、二人の戦いは終わらない。
「「まだまだぁっ!!」」
即座に杏子は再びマミの懐に飛び込んでいく。
距離をおいての射撃を得意とするマミを相手取るには、危険を覚悟で懐に潜り込むしかない。
マミもそれが分かっているが故に間合いを取ろうとするのだが、速さという点においては杏子に分があった。
「こいつで……ちっ」
一本に束ねた槍を両手で握り、そのまま渾身の刺突を叩き込もうとして
何かに気づいたように杏子は舌打ちし、すぐさま背後に飛びのいた。
直後、黄色いリボンがつい先ほどまで杏子のいた場所へと降り注いだ。
「その手は食わねぇって言ってんだろ、相変わらずしつこいね、マミ」
飛びのいて直後、油断なく槍を構えて杏子は叫ぶ。
「本当に、悔しいくらいによく避けてくれるわね。ちょっと自信をなくしちゃうわ」
切り裂かれた肩口に手を当て、傷を塞ぐだけの簡単な治療を施しながらマミはそれに答えた。
そう、マミの魔法の最大の脅威、それは正確無比な射撃でも、必殺の威力を秘めた一撃でもない。
一度囚われてしまえば逃れる術の無い拘束魔法こそが、マミの最大の脅威であると杏子は認識していた。
リボンで拘束するのみならず、銃撃の弾丸や必殺の一撃までも恐るべき拘束具へと変わってしまう。
それを知らずにマミと対峙すれば、撃ち放たれる銃弾の雨を回避することに注力するあまり
背後や足元に忍び寄る魔法のリボンに絡め取られてしまう。
それがわかっているからこそ、杏子は常に放たれた弾丸の所在と、それが放つ魔力の波動に注視し続けていた。
故に今も尚、一度としてマミのリボンは杏子を捕らえることができずにいた。
マミ自身、自分の魔法に少なからぬ自信を抱いていたのだが、この結果はそれを揺るがしていたよようだった。
(強がってみたけど、やっぱり手強いな。……でも、勝てないわけじゃない。
グリーフシードにもまだ余裕がある、マミの魔力切れまで粘れば、勝てる)
杏子は、この戦況をそう判断する。
実際のところ、杏子にも余裕があるとは言いがたい。魔力だけならば、グリーフシードに余裕がある分杏子に分はあるだろう。
そして実際の戦闘においても、決して杏子はマミに引けを取っていない。
(もっと、ずっと届かない相手だと思ってたんだけどな)
かつての先達が、決して及ばないと思っていたその相手が、今では自分の手の届くところにいる。
それがどうにも落ち着かない、奇妙な感情を杏子に与えていた。
それは言葉にするのなら、嬉しさと寂しさの混じったものと言えたのかも知れない。
(それだけ、強くなったってことかな)
それでも杏子はそう言って、無理やり自分を納得させた。
事実、杏子は強くなったのだ。かつての離別のその日から。
けれどこうして有利に戦闘を進める事ができていた理由は、杏子がマミの戦い方を熟知していたという事が大きい。
マミの戦い方は、かつて杏子が共に戦っていた頃には既に完成されており、今尚大きな変化は見られていない。。
そして決して短くない期間、杏子はマミのすぐ隣でその戦いを見続けていた。
その経験が、杏子をマミの戦術に対応させていた。
(強い。……本当に、強くなったのね、佐倉さん)
驚愕と焦り、そして心のどこかに安堵を感じている自分を、マミは自覚していた。
かつての仲間であり、今は道を違えてしまった杏子が、今もこうして魔法少女として生きている。
そしてこれほどの力を手にして、自分の前に立っている。それ自体は喜ぶべきことではないはずなのに。
それでもマミには、かつての後輩の成長を、心のどこかで嬉しく思ってしまっていた。
(なのに、どうして……その力をこんな事に使ってしまうの)
魔女を倒すための力であるはずの魔法少女の力を、こうして同じ魔法少女同士の潰し合いに使ってしまうだなんて。
それがどうしても、マミには我慢がならないことで。
(それにしても、こちらの手の内がほとんど読まれている……本当にやりにくいわ)
そう、杏子はマミの手の内のほとんどを知っている。だからこそこうも攻めあぐね、劣勢を強いられてしまっているのだ。
何か別の戦い方でも考えておけばよかったのだろうかと、後悔するのは遅すぎた。
(幻惑の魔法を使ってこないのも気になるし、ティトォが早く来てくれればいいのだけど)
魔法少女の持つ魔法は、大まかに二つに大別される。
一つは魔法少女であれば誰でも使える基本的な魔法。そしてもう一つが、願いに応じて生まれる固有魔法。
マミにとっては協力な拘束魔法こそが、その固有魔法であった。
そしてマミが知る杏子の固有魔法は幻惑で、それは分かっていても対応することが難しいほどのものである。
今尚それを使わない理由はわからなかったが、やはり依然として状況は悪いと言えた。
二人の思惑が、そして視線が交差する。
再び空気は緊迫の度合いを強め、溢れる殺気がちりちりと二人の背を焦がす。そして、再びそれがぶつかるかと思われたその時。
戦いによって研ぎ澄まされた二人の神経が、強大な魔力の震えを察知した。
「これは……」
杏子は驚愕し、そして思い出す。
「まさか、これは」
マミもまた驚愕し、そしてすぐにその原因に思い至る。
「あの時と同じ魔力の波動だ、一体何が……」
「ティトォっ!」
それはかつて、アクアがティトォへと存在変換を遂げたときに感じたものと同じ魔力の波動。
すなわちそれは、今再び存在変換が行われつつあるということで。
マミにとってそれはティトォの死を、本当の意味では死ではないだろうが
何かしらの危機がティトォの身にも迫っている事を知らせていた。
故に、マミは即座に駆け出した。その瞬間だけは、眼前の杏子の存在もすっかり頭の中から失念させて。
ただただティトォの元へと向かうために、半ば衝動的に動き出していたのだった。
けれどそれは、戦いにおいては致命的過ぎる隙。当然杏子は、それを見過ごしはしない。
駆け出したマミの背後を、白い光が駆け抜けた。それはバラバラの節に分解させた多節槍。
それを飛ばし、脇目も振らずに走るマミの足を絡め取る。
「きゃっ?!」
動きを遮られ、そのままバランスを崩して転倒するマミの全身に更に節を絡め、硬く締め上げ拘束し。
「余所見してんじゃ……ねぇっ!!」
杏子は槍を抱えた両手を大きく振り下ろした。その動きはそのまま、マミを絡め取る節にも通じ。
マミの身体はまるで吊り上げられるように高く持ち上げられ。
受身も防御も一切取れぬまま、猛烈な勢いを伴い地面へと叩き付けられてしまった。
「がッ……ぁ、かふ」
あまりの威力に地面が砕け、その亀裂の中心にマミの身体は投げ出されている。
全身がバラバラになりそうな衝撃がマミの身体を襲う。
骨の一つも折れて刺さったのだろうか、喉の奥から鉄の味と同時に血がこみ上げてきて、咳き込むと同時に口から零れた。
「う……っぐ」
形勢は一気に傾いた。魔法少女にとっては、これほどの傷でさえも致命傷には程遠い。
けれど傷を負えばそれだけ動きは鈍る。魔力で補うにも限度がある。ほんの一瞬の油断が、一気に状況を変えてしまった。
「なるほどね、あのバカみたいにでかい魔力は、あんたの新しい仲間だったってわけだ」
ただならぬマミの行動に、杏子もそれを悟る。
「くっだらないね、他人の心配ばっかして、勝手に散漫になってさ。
仲間だなんだって言って、結局足の引っ張り合いじゃねぇか」
どうにか身を起こそうとしたマミに槍の穂先を突きつけて、杏子は嘲るようにそう言った。
「挙句全員死んでちゃ世話ねぇな。全く、馬鹿らしくてしょうがないよ」
「どういう……こと、佐倉さん」
杏子の言葉は、暗にティトォの身にも危機が迫っていることを証明している。
そしてティトォの能力は、1対1に向いているものではない。魔法少女が相手となれば、まず間違いなく敗れてしまう。
その事実が、マミの焦燥を駆り立てる。それに駆り立てられるように、震える声でマミは問う。
「あんたらが二人がかりだってのに、あたしがわざわざ一人でつっかかると思うかよ。
今頃、あの野郎もこんな風になってる頃なんじゃない?」
「そんな……」
マミは目を見開き、その心を打ちのめす驚愕に震えた。
「ま、あたしの場合は仲間って柄じゃないし、単なる利害の一致って奴だけどね。
魔法少女にはそれくらいが丁度いいんだよ。仲間だなんだって馴れ合ってたら、揃って死ぬ羽目になる。あんたらみたいにね」
杏子は頭上で一度大きく槍を振りかぶり、それをマミへと突きつける。
「さあ、そろそろ終わりにしようぜ、マミ」
内心蠢く複雑な心情はすべて、酷薄な笑みの下に押し殺して。とどめの一撃を繰り出さんと杏子は槍を振り上げた。
魔法少女マテリアル☆まどか 第5話
『戦いと戦い、そして戦い』
―終―
【次回予告】
魔法少女の、そして魔法使いの戦いは、更に激化の一途を辿る。
そしてついに現れるのは、三人目の。
「最っ…強ぉぉぉっ!!」
「私の魔法が、通じない……」
それぞれの思惑が蠢き。そして遂にその戦いは決着の時を迎える。
「これが、仲間の力よ」
「下らねぇ、これで終わりだよっ!」
「……狙い撃つ」
「何かあったのかな。なんだか街が騒がしいけど」
そんな騒乱の最中でも、それは陰より忍び寄る。
「そんな…嘘、これって」
次回、魔法少女マテリアル☆まどか 第6話
『三人目の魔法使いと傷だらけの勇者』
レス返しはまた後日にしたいと思います。
本日はえらく疲れておりますのでorz
三人目…一体何者なんだ…
乙
ほむら杏子オワタ
乙
三人目が負けるビジョンが見えない
乙
TDSの下巻と読んだ直後に来たから切なさがやばい
乙
もうそろそろ来る、来いと思ってたけど本当に来ると感じてしまうこの戦慄…!
三人目は流石だな
地味に月花ヨマの台詞が混じっててにやりとした
乙
どっかで聞いた台詞と思ったら仲間のくだりはヨマだったのか
さあ、6話も揚々と参りましょう
第6話 『三人目の魔法使いと傷だらけの勇者』
「さあ、それじゃあしっかりと、聞かせてもらうわよ」
それは街が激戦に揺れる日の前日。ハコの魔女を倒し、マミとティトォが帰宅を終え、ようやく一息ついた後の事だった。
三角形のテーブルを挟んで、マミは少し険しい表情でティトォにそう告げる。
「……そうだね、約束だからね」
ティトォもまた、険しい表情でそれに答え、そして。
「まずは……そうだね、ぼく達の身体のことについて、もう少し詳しく話をすることにしようかな」
「それは関係のあることなの?貴方達の……罪と」
そう、これから語られるのは彼らの罪。ハコの魔女との戦いの最中、マミに話すと約束をしていたことだった。
「ああ。そもそもぼく達がこんな身体になってしまったのも、その時に起こった出来事が原因なんだ」
そう言うとティトォは一度目を伏せて、軽くこめかみを指で突くいつもの仕草をすると、やがて静かに話し始めた。
「だから、まずは聞いて欲しい。ぼく達の事を、星のたまごのことを」
「星の、たまご?」
いくつものモニターのようなものが浮かんだ真っ白な部屋、備え付けられた椅子に座って
怪訝そうな声でほむらはキュゥべえの言葉に問い返した。
「そう、星のたまごだ。ボクはそれを手に入れたい。だからそのために、キミにも手を貸してほしいんだ、暁美ほむら」
その白い尾をふわりと揺らし、赤い瞳を煌かせ、ほむらの眼前に座るキュゥべえはさらに言葉を続ける。
「もちろんただ手を貸してもらおうとは思っていないよ、もちろん見返りはある。
キミが首尾よく星のたまごを手に入れることができたのなら、ボクは鹿目まどかとの契約を諦めてもいい。
それはキミの望みのはずだろう?」
キュゥべえの言葉が静かに響く。ほむらはその内心はともかく
一切表情を変えることなく暫し押し黙り、それでもやがて再び口を開くと。
「……お前が嘘をつかないのは分かるわ。でも、それでも素直に頷けるほど、私はお前を信じていない。
星のたまごとは、一体何なの?」
その胸中に揺れるのは色濃い不信の色。そして、淡い期待の色。
そんな心の濃淡を瞳に揺らがせ、ほむらは更に問いかける。
「別に、詳しい説明をしなくとも問題はないだろう?ボクは星のたまごを手に入れる。
キミは鹿目まどかの契約を阻止できる。お互い損をする話じゃないはずだよ」
事も無げにキュゥべえはそう言うが、その言葉はどうやらほむらの警戒を強める結果にしかならなかったようで。
ほむらは更に表情を険しくし、さらにキュゥべえを問い詰める。
「話さないということは、何か知られては困ることがあるのね。ソウルジェムの事だとか、魔法少女と魔女のことのように」
「キミは……そこまで知っているなんて、一体何者なんだい。いや、でも知っているなら逆に話は早いかもしれないね」
その言葉が意するところは明白で、キュゥべえは少し驚いた様子で、けれどすぐに考え直して言葉を続ける。
「最初に聞かせてもらうよ、暁美ほむら。キミは一体どこまで知っているんだい、魔法少女のことも、ボク達のことも」
「全てよ、インキュベーター」
ともすればそれは本当に射抜いてしまうのではないかと思うほどの殺気すらも込めて、ほむらはキュゥべえを睨みつける。
インキュベーター。その呼び名もまた意するところは明白で
キュゥべえはそんな殺気も受け流して、その表情に小さな笑みを浮かべた。
「そうか、そこまで知っているのなら、キミには全てを話してもよさそうだ」
さらにキュゥべえは言葉を続ける。その告げられる内容は、ほむらでさえも知らぬことで、そして驚愕に値することだった。
「マミには前に話したよね。ぼく達の身体がとても大きな存在の力を秘めた結晶体でできている、という話は」
頷くマミに、ティトォは言葉を続ける。
「その結晶体こそが星のたまご、その力があったからこそぼく達は三つの魂を一つの器に収めることができたし
こうして不老不死でもいられるんだ」
そう、そこまではマミも既に知っている事実。
ただその存在の力とやらを宿した結晶体が、星のたまごと呼ばれるものであるということが新たに分かったに過ぎない。
本題はこれからなのだろう。マミは一度姿勢を正すと、続くティトォの言葉を聞き逃さぬよう耳を済ませた。
「星のたまごは、数千万年、もしかしたら何億年かも定かじゃないような長い時間をかけて
大地の奥の奥の奥で作られるものなんだ。そして星のたまごは何かの拍子に地中で弾けたり
地表にばら撒かれたりすることがある。そのエネルギーが星全体に広がることで
大地が、そしてそこに生きる生命そのものが潤い、次の段階に進化する」
だとすれば、星のたまごとはまさに文字通り、星の命を育むたまごなのだろう。
確かにそれほどの力を秘めたものならば、人一人、否、三人を不老不死にするくらいはわけないだろう。
恐らくそれは、魔法少女の奇跡ですらも及ばないほどの大きな力。その力の大きさを想像し、マミは僅かに身震いした。
そんな様子を知ってか知らずか、ティトォの言葉は更に続く。
「そうして生まれた生命は、海に山に、遍く場所に広がって、再び大地を温める。
そ のエネルギーが再び大地の奥に集まって、長い時間をかけて新たな星のたまごになる」
星に生まれた生命が星を温め、そうして生まれたエネルギーが星の中で集まり星のたまごとなる。
星のたまごは新たな命を生み、新たな命は新たな星のたまごを生む。
それはまるで、終わることなき命の螺旋。食物連鎖の頂点でさえ、最後は朽ち果て地に還る。
そして再び命の苗床となる。そんな命の循環と、まるで同じものであるかのように見えた。
「……途方も無い話だわ。まるで、星そのものがひとつの大きな生き物のようね」
まるでどこかのSF小説のようだと、呆気に取られたようにマミは呟いた。
「そうだね、これは生命の循環システムと同じ、星の循環システムと言ってもいい」
ティトォは、そう答えた。
「星の循環システム……」
聞きなれないその言葉を、ほむらはもう一度繰り返して言った。
「そう、星の循環システムだ。星とそこに生きる生命すべてが、一つの大きな生命体であるかのように循環していく。
それが星の循環システム。ライフストリーム、なんて言い方をされることもあるね」
僅かな沈黙。ほむらは思わず目を瞬かせ。
「……大丈夫なの、その。名前とか」
躊躇いがちに、切り出した。
「問題ないさ、今やスクウェア・エニックスだからね」
一体何を言っているのやら。
「さて、話を戻そうか。ボク達が宇宙のエネルギー問題を解決するために
魔法少女と契約を交わしていることは、キミはもう知っているよね。
でも、魔法少女の感情を利用したシステムを生み出すまでには、様々な試行錯誤が繰り返されていたんだ」
「その一つが、星の循環システムだったということね」
話を戻せば、すぐさまキリっとした顔でやり取りを始める一人と一匹である。
「察しがいいね。今説明した通り、星の循環システムによって星のたまごは生み出される。
そしてその星のたまごを使うことで、宇宙のエネルギー問題を解決できるんじゃないか
ボク達はそう考えたんだ。そして、それを実行した」
けれど全ては過去の事。今こうして魔法少女を生み出し続けているという事は即ち、その目論見が失敗した事に他ならない。
(だとしても、星のたまごがそれほどの力を持っているのなら……)
キュゥべえの言葉に耳を傾けつつも、ほむらは考える。
「星の循環システムの存在する星を見つけ、そこから星のたまごを収穫する。
更に星のたまごが生まれやすい環境を整え、安定した生産を可能とする。
そんな計画がかつて進められていたんだ」
「でも、それは失敗したのね。……それは何故?」
星のたまごは、インキュベーターの手にすらも余る存在だったのだろうか。
だとすれば、それを一個人が扱うことなどできるのか。そしてそれを為しえている彼らは一体何なのか。
ほむらの思考に疑問は尽きない。
「星の循環システムが存在する星には、例外なく守護者がいたんだ。
星のたまごを守るために生み出された、星の守護者。そういえば、ウェポンなんて呼ばれ方をしているところもあったね」
「……だから、そういう危ない話はやめなさい」
「星の……守護者?」
聞きなれない単語に、そしてなんだかちょっと心惹かれるその響きに、マミは実に興味深そうにその名を繰り返した。
「――そう、星のたまごを悪用しようとするものが現れたとき、大地に代わってそれを裁き
星のたまごを再び大地へと回収する。大地の分身であり、大地の底から現れる。それが……」
ティトォは一度目を伏せた。瞼の裏に映るのは、かつて彼が見た光景
そしてつい先ほどハコの魔女が映し出した光景。
突如現れた光の龍によって、跡形も無く消し飛ばされた島国、ドーマローラ。
その、光の龍こそが。
「魔女の結界の中で見た、ぼく達の故郷、ドーマローラを滅ぼしたもの。星の守護者――デュデュマ」
「それがティトォの言っていた、大魔王……デュデュマ」
呆然と呟くマミに、ティトォは小さく頷いた。
あまりに壮大すぎる話だが、それでもマミはどうにかその内容を理解できていた。
理解できたからこそ、気がかりが残る。
「それじゃあつまり、貴方達はかつて星のたまごを使おうとした、そして星の守護者
デュデュマによって国ごと滅ぼされた。そういうことなの?……それが、貴方達の罪なの?」
だとしたら、それは到底許される罪ではない。
どんな理由があるにせよ、自分達の目的のために国一つを滅ぼしてしまうことなど、決して許されてはならない。
少なくとも、マミはそれを許せない。
「違うっ!」
「っ、ティトォ……?」
声を荒げて、その表情を怒りで一色に染め上げて、ティトォはそれを否定した。
ティトォがここまで感情を露にしたところを、マミはこれまで見たことがなかった。
「……違うんだ。それは、違うんだ」
身の内より湧き上がる感情を抑えるように、ティトォは拳を握り締め、歯を食いしばり身を震わせた。
ともすれば弾け飛んでしまいそうなほどの感情が、ティトォの中で
そしてその身の内にいるであろう二人の中で渦巻いているのが、マミにはよくわかった。
だからマミは思わず身を乗り出して、そんなティトォの震える手を握った。
「ぁ……マミ?」
「落ち着いて、ティトォ。……ごめんなさい、貴方達を疑うような事を言ってしまって」
すまなさそうにそう言って、小さくマミは頭を垂れた。
触れ合う手からは、どちらとも言えぬ暖かさが伝わってきて。それがどうにも気恥ずかしくて、どちらともなく手を離し。
「……ありがとう、マミ。そうだね、じゃあ話の続きをしようか」
「え、ええ。お願い…するわね、ティトォ」
マミは何故だか微かに頬を染めて、ティトォの手を握っていたその手を、ぎゅっと両手で握りこんだ。
その手の中にはまだ微かな温もりが残っていて、それがどうにもマミの心をそばだてるのだった。
今回はここまで!
説明回の再開です。
三人目の活躍はもう少しお待ちください。
前回の分もまとめてレス返ししていきます。
>>259
さて、果たして彼女に出番はあるのでしょうか。
色々とバランスブレイカーなお人ですからね、彼女。
>>260
今のところほむらは完全に不意打ちオンリーです。
相手の力を図るという意味もあったのかもしれません。
そのままワンチャン死んでくれたらラッキーですし。
一応これ、街の近くでやりあってるんですよね……
アクアが出たらえらいことになりそうだ。
>>261
キュゥべえはキュゥべえで既に星のたまごを知っていました。
恐らくは女神よりも先に、です。
>>262
ただ、ティトォのスペックをフルに使うとなると、後一つだけ出ていないものがあります。
ちょっと話の展開を弄ったら出す予定だったのが出せなくなっt(ry
一応魔力が高ければガードはできるようなので、魔法少女や魔女ならば耐えることはできそうです。
威力もそれなりに自由自在に調節できるようですしね。
>>263
だからこそキュゥべえもそれにエネルギー問題の解決を望んだのでしょう。
あえなく失敗したようですが、それでも今ここにフリーの星のたまごがあるのですから、狙わない理由はありません。
>>264
ふふふ、果たしてどうなりますやら。
プレイアデス勢は星のたまごを狙う組とそれを阻止する組、そして両方止めようとするかずみでもうぐちゃぐちゃになりそうです。
>>265
純粋な物理攻撃ならそうですが、多少なりとも魔力を込めれば十分に致命傷を与えられます。
だから魔力で操作したタンクローリーとかでぶちこめば(ry
>>266
基本敵がいなけりゃ変換しないですからね。
自然死とかはそういう干渉がおき難い状況でしょうし。
>>276
さあ、いったいダレナンデショウカ(首カクカク
>>277
まだまだ終わったとは限りませんとも、どちらもまだ遭遇すらしてませんしね。
>>278
でもうまいこと嵌められればワンチャンある相手ではあります。
真正面から挑むのは完全に無理ゲですが。
>>279
TDSはこの話が終わるまではネタ被りが怖いので封印です。
ああ、でも続きが気になってしょうがない。
>>280
登場を予感させるだけでこの反応、さすが姐さん。
ちょうどしっくりきそうだったので入れちゃいました。
でも個人的には死神ゆまとかのネタがのやりたかったり……入れられるかな。
>>281
そゆことです、いろんなところにちょくちょくネタを混ぜていけば少しは土塚作品らしくなるのではないでしょうか。
乙
FFⅦネタかよwwww
あれも色々言われたけど、いいゲームだったよな。伏線の張り方が絶妙だった
それから、マミさん。これ、もしかしなくてもティトォに・・・
まどポのマミ√やTDSとか見てると、マミさんは側にいてくれる人に依存するからなぁ
境遇ゆえに仕方ない事なんだけどさ・・・それが原因で嫌な方向に向かわなきゃいいんだが
乙
くう、三人目の登場は次回におあずけか
そういやまず最初に相対するのはキリカだった
乙!
シュウガはマザコンだけじゃなくQBの母星も一緒にぶったぎっておけばよかったかもね。
FFネタだったのか…しかしメタい。
>>291
相手の感情や発想を取り込む必要があるのでアレは魔女相手には難しそう
乙
不意打ちでギャグ混ぜんなww
吹いちまったww
この説明だと星のたまごが
エントロピーを凌駕できるのかはちと疑問が残るかな?
魔法少女システムが熱力学を覆すのは感情をエネルギーに変換するからで
星のたまごが自然界のサイクルで生まれるまっとうな産物なら
宇宙のエネルギーの増大には寄与しない気がするし
逆に増大するならほっといたって宇宙は滅びないような
まあとにかく期待
乙
なんていうか、たまごが育むってのは変な感じだな
乙!
今やスクエニ糞ワロタwww
>>298と同じこと考えたけどマテパとのクロスだから
虹やグラウンドゼロ操っていた様な文明が“飛び火”でそういう星滅ぼしまくってるわけで
そうなら星ごとの自然な増大じゃ追いつかないっていうのも納得っできるかな?
まぁQBの目的が自分の種の延命で宇宙の寿命うんぬんがその手段に過ぎないだけかもしれんが
前々からFF7と話は似てると思ってたんだよな
少し影響受けたのかもしれないね
投下だ、行くぞぉぉぉっ!
「……まだ長い話になりそうだし、何か飲み物でも用意するわね。ミルクティーでいいかしら」
「ああ、頼むよ」
マミは立ち上がり、キッチンへと消えていく。
残されたティトォは荒げた吐息をどうにか押さえ、その手で胸元を押さえた。
その手の下で、ドクン、と心臓が脈打つのが聞こえる。
かつての記憶、故郷を失い、三人が共に生きる事となったあの日の始まりの記憶。
思い出すだけでその記憶は、否応無くティトォの感情をかき乱す。
湧き上がる感情は怒り。けれど百年の時を経て、無数の戦いを、出会いを経て。
今尚それは怒りだけなのだろうか。少なくとも、アクアにとってはそうではないだろう。
何せ、彼女の妹は……。
(大丈夫だよ、ティトォ。あたしは……大丈夫)
巡る思考に飛び込む声。アクアの声が、その脳裏に響き。
「……ああ、そうだったね」
小さく笑って、ティトォはそう呟いた。
一方マミは、火にかけたやかんをどこかうわついた様子で見つめながら、小さな吐息を漏らしていた。
じっと見つめた手にはもう、先ほどの温もりは欠片も残っていない。
「ティトォは一緒に戦ってくれた。みんなを、助けてくれたのよね。悪い人じゃない、一緒に戦えるはず……よね」
思い出すのは絶体絶命の窮地。
無慈悲な魔女の手によって、身も心もバラバラに砕かれようとしていたあの時。ティトォは手を差し伸べてくれた。
白い炎に輝くその手はあまりにも神々しくて。それはまるで、物語の一遍であるかのように美しくて。
今尚その姿は脳裏に焼きついて離れない。
それを離したくないと願う。ずっと一緒に戦っていきたいと、ずっと一緒にいたい、と。
「っ、あ……何考えてるのかしら、私は、もう」
なにやら思考が妙な方向に迷走してしまって、思わずマミは苦笑した。
「らしくないなぁ、もう」
口元の笑みは、いつしか微笑に変わっていて。けれど口調はどこか呆れた風に呟いた。
その言葉は、まるで自分に向けられているかのようで。
ベテランの魔法少女で、頼れるみんなの先輩で。そんな風にマミはあろうとしていた。
けれどどうにもアクアが、そしてティトォがやってきてからは、そんな自分であることができずにいる。
昨日の朝のことといい、調子を狂わされてばかりなのだ。
「でも、ティトォは魔法少女じゃない。だとしたら私も、先輩ぶる必要なんてないのかしら」
先輩としてなどではなく、ただの魔法少女として、一人の女の子として、対等に。
そう考えると少し恥ずかしくもあったけれど。
「……ふふ、いいな。そういうのって」
唇から零れた言葉はやけに柔らかで、そして嬉しげだった。そんな言葉をかき消すように、やかんがぴぃと音を鳴らした。
「っと、いけないいけない」
その甲高い音に、思考の糸をぷつりと打ち切られてしまって。マミは慌てて紅茶の用意にとりかかるのだった。
「話は大体わかったわ。でも、まだ気になることがある」
ひとしきりキュゥべえの話が終わると、ほむらはすぐさまキュゥべえに問いかける。
「何が気になるんだい、暁美ほむら」
「まず一つ。星のたまごを使えば、一体なにができるの。お前達はそれを使って、一体何をしようとしているの」
ほむらは一切の表情を変えず、冷ややかな表情で問いかけた。
「ボク達はただ、星のたまごをエネルギーに変換して宇宙の維持に使う。ただそれだけだ。
でも、星のたまごはありとあらゆる存在を司る力の結晶体だ。もしそれを何らかの目的で使うのだとすれば」
キュゥべえの言葉は続く。けれどその最中、ほむらの表情には僅かな変化が現れていた。
僅かに目が見開かれ、少々の険しさが滲み出す程度の、僅かな変化ではあるが。
「時空間やエントロピーを超越し、ありとあらゆる存在を生み出す事ができるだろう。
この世界にあらたな存在を生み出すも、過去に失われたもの復活させるのも思うがままだ。
その力を自由に扱えるのなら、それはもう神と言っても過言じゃないだろうね」
「……もう、一つ。奴等からその力を奪う方法は」
先だって告げられた事実は、ほむらにとってどれほどの衝撃だったのだろうか。
その声は強張り、そして震えていた。
「恐らく彼らは、星のたまごを器にして、そこに複数の魂を収めているのだろうね。
そして表に出る魂を入れ替えることで、その姿と戦い方を変えているんだろう。
事実、それと似た戦い方をする魔法少女も存在しているからね」
「ということは、あの二人以外にもまだ何かしらの力が存在している」
「可能性はあるね。そして、彼らから星のたまごを奪い取る方法は簡単だ。
ただ彼らの身体から魂を引きずり出せばいい。一番簡単な方法としては、彼らを殺せばいい」
そんな冷酷な手段を表情一つ変えずにキュゥべえは言う。
そんなキュゥべえの本質を、ほむらは既に知っているようで。同じように顔色一つ変えることなく。
「そう、なら話は簡単ね」
と、答えるのだった。
「気をつけたほうがいい、彼らは恐らく皆魔法の力を持った魔法使いだ。
複数の魔法使いの力を自由自在に入れ替える相手となれば、きっとかなり手強いはずだよ」
その力の本質はいまだ知れずとも、情報の断片からでもある程度の事象を推し量ることはできる。
キュゥべえもその程度の推測は立てていたようで。
「……問題ないわ。ただ殺すだけなら、何の問題もない」
けれどほむらは、唇の端に笑みすら浮かべてそう答える。その表情は雄弁に、絶対の自信があるということを示していた。
「そういうことなら、期待しているよ。暁美ほむら」
ミルクティーの柔らかな香りの漂う部屋で、再びマミとティトォは向かい合っていた。
間にテーブルを挟んで、そのテーブルの上にはミルクティーのカップを乗せて。
「……随分機嫌がよさそうだけど、何かあったのかい、マミ?」
そうして向かい合うマミの表情は、なんというか僅かににやけていた。
不思議そうにティトォが問いかけると、思わずマミは頬に手をやって。
「え、えっ!?そんな……にやけてたりしたかしら、私」
恐らく羞恥からであろう。頬に朱を差し慌てたように顔を手で隠すマミの姿は、まるで歳相応の少女であった。
それがなにやらおかしくて、小さく笑ってティトォは頷いた。
「もう……あまり笑わないで、ティトォ。ただ……そう。
今日の紅茶は自信作だから、それでちょっと嬉しかっただけなんだから」
その言葉は恐らく照れ隠し。けれど漂う紅茶の匂いは当然のように芳しくて。
「あはは、そういうことならまずは紅茶をいただこうかな」
笑みをかみ殺しながらティトォは、ティーカップに手を伸ばして一口呷った。
「……うん、美味しい」
そして、満足げに頷いた。そんな姿を見ていると、やはりどうしてにやける頬を隠しきれないマミだった。
さすがに天丼をやるつもりもなく、ティトォはそれをスルーした。
「それじゃあそろそろ話そうか、ぼく達の敵のことを」
神妙な顔つきでティトォは言い、マミは一つ喉を鳴らして頷くのだった。
「クゥ、月丸と太陽丸はまだ着かないのかい?」
女神の国で、グリ・ムリ・アはどうにもそわそわした様子でそうごちた。その様子からして実にそわそわとしている。
何せようやく作ったゲートも、切り札たる三大神器や五本の指は通れないと来ている。
しかたなく呼び寄せた三十指も未だ到着していない。急ぐことではないのだが、どうにも気をもんでしまっているのだった。
「アダラパタからの連絡がありました。到着は明日になる、とのことです」
その側に傅くクゥが、苛立つ様子のグリ・ムリ・アに答えた。
「む……そうか」
その言葉に、グリ・ムリ・アはこれ見よがしに嘆息した。
「どうか、今しばらくお待ちください。グリ・ムリ・ア様」
と諌められ、ようやく彼女も落ち着きを取り戻したようだった。
「ドーマローラの二の舞を踏むわけにも行かぬからな、どうにか向こうに奴等がいる内に、星のたまごを手に入れなければ」
それでもまた、未練がましく低い声を漏らした。
そう、彼女は女神を名乗る者。ティトォ達の敵にして、星のたまごを狙う者。
百年前の惨劇を引き起こした張本人でもあったのだ。
事の起こりは百余年の昔。彼女は一度星のたまごを手に入れようとした。
その為に研究を重ね、一度はそれを手に入れた。
思い出す。研究に明け暮れる日々の中、同志としてその研究に力を貸してくれた少年の存在を。
今や彼は、彼女の目的の前に立ちふさがる厄介な敵だった。
その少年の名は――ティトォ。
ドーマローラの惨劇から百余年。
雌伏の時を過ごしながら、再び星のたまごを手にし、失ってしまった物を取り戻すための準備を進めてきた。
古来の伝承にある女神を名乗り、素質あるものに魔法の力を与え、女神の三十指を生み出した。
その目的のため、陰から世界に手を加えてきた。
そして長い時の果て、ついに星のたまごを持つティトォ達を見つけることができた。
後は彼らを殺して、星のたまごを奪うのみ。
女神の三十指は、いずれも魔法の力を修めた特A級の戦闘員。負けるはずなど無いと思っていた。
けれど彼らもまたこの百年、戦いの準備を進めていたようで。
彼らが生み出した力と仲間の前に、あるものは敗れ、そしてあるものは彼女の元を離れていった。
「待っているがいい、このゲートが完成した時が、お前達の最後なのだからな」
だからこそこの状況は、ティトォ達がこの星を離れたという状況は、彼女にとってはチャンスだった。
強大無比な三大神器の力は、この世界で使うには強大すぎる。
それはデュデュマの覚醒を促してしまいかねず、星のたまご奪還は、三十指に委ねられていた。
けれど、別の星であれば状況は大きく変わる。
デュデュマが存在しなければ、三大神器を投入して確実に星のたまごを奪うことができるだろう。
それを確信しているからか、グリ・ムリ・アは自信気に低い笑い声を漏らすのだった。
「それが、貴方達の敵。……女神、グリ・ムリ・ア」
長い話が終わった。
すっかり冷めてしまったミルクティーで喉を潤すティトォを呆然と見つめながら、マミはそう呟いた。
「そして貴方の罪、それはグリ・ムリ・アの研究に加担してしまったこと。
その結果として、あの惨劇を引き起こしてしまった事……なのね」
ティトォは、それを否定も肯定もしなかった。
(ぼく達の罪はそんなことじゃないんだ。でも……)
それを知らせるためには、もっと沢山の言葉を必要とした。その全てを語ることは、今のティトォにですらできないことで。
「ティトォ」
思考に没入しようとしたところを、マミの言葉が呼び止めて。
「……マミ?」
視線を向け、その声に応えると。マミは再びティトォの手を取って。
「貴方達は、罪人なんかじゃない」
握る手は柔らかで、力強く。その瞳はうっすらと涙に濡れて。
「貴方達は、守ろうとしているだけじゃない。貴方達の星を、大地を。
過去の惨劇を繰り返さないために、命をかけて戦っている」
その姿は、まさしくマミの理想だった。だからこそ言葉を告げるマミの表情は、感極まったかのように歪んでいて。
「貴方達は、私達よりもずっと大きなものを抱えて戦っている。尊敬しちゃうわ」
「あ……はは、そんな、立派なものじゃあ」
その剣幕に気圧され、苦笑気味に答えるティトォ。そんな様子もお構いなしに、マミはどこか上気した表情で言葉を続ける。
「私は貴方を信じる。だから、貴方と一緒に戦う。……いつか、貴方が元の世界に帰ることのできる時まで」
その言葉には、一片の偽りもなく。どうやら信じてもらえたようだと、ティトォは安堵の表情を浮かべ。
「ありがとう。これからも一緒に戦おう、マミ」
握ったその手に、どちらともなく力を込めた。
「……ティトォ。貴方に何かが起こっているのなら、私は絶対に貴方を助けるわ」
時は現在に戻る。杏子の一撃によって地に叩き付けられ、深い傷を負い。
今まさにとどめの一撃を放たんとしている杏子を前にして。マミは静かにそう呟いた。
助けなければならない。彼らが死ねば、もっと多くの人が死ぬ。
彼らを助けることは、多くの人を救うことになる。
だとすればそれは、正義の魔法少女足らねばならないマミにとって、絶対に守らなければならないもの。
例え、自分の命を懸けたとしても。
そんな献身じみた思想すら、マミの胸中には芽生え始めていた。
「これで、終わりだよっ!」
杏子の怒号と共に、赤い槍が振り下ろされる。
「終わらない。終わらせ……ないっ!!」
全身から響く鈍い痛みには目を瞑り。動かぬ体を無理やりに動かして、全身に魔力を滾らせマミはそれを迎え撃つ。
閃く一閃。マミは咄嗟に立ち上がり、僅かにその身を反らした。
たったそれだけの動きでは、その一閃をかわすことなどかなわない。
けれど致死の一撃を遠ざけることだけはできた。鋭い一閃はマミの腹部を抉るのみに留まり。
「っぐ……捕まえたわよ、杏子っ!!」
その槍の柄を、抱え込むように腕で押さえ込んだ。同時に一歩、踏み込んで。
「ちっ、だが、次は外さね……っ!?」
魔法少女の武器は、魔力さえあればいくらでも生み出せる。
わざわざ槍に固執する必要も無く、杏子は槍を手放し飛び退こうとした。
けれど、マミの踏み込みはそれに一歩先んじて。
マミの放った体重を十分に乗せた右ストレートが、杏子の頬骨に突き刺さっていた。
「ぐ……っぁ」
思わずよろめき、杏子は2、3歩後ろに下がり。呆然とその頬に手を当てて。
「殴っ……た?っ、はは。随分必死じゃねぇか、マミ」
どこか信じられないものを見るかのように、頬に手を当て杏子はマミを見つめる。
それでもすぐに気を取り直して、いつもの軽口を一つ叩いたのだが。
「杏子。私は、貴女を倒すわ。そしてティトォを助けに行く」
マミは既に覚悟を決めていた。為すべきことを、拾うべき命を選択していた。
最早その瞳に一切の情の色は無い。ぞくりと、杏子の背が震えた。
「は、ははっ……そんなに、あの男が大事かよ」
「ええ、大事よ。私の命なんかよりも、ずっと」
迷うことなく答えるマミに、ますます杏子の苛立ちは募る。
「なんでだよ、なんでてめぇはそんなにも、誰かの為に命を投げ捨てられるんだ。信じらんねぇよ」
「貴女には分からないわ。……そして、それを知る機会はもう、ない」
底冷えのする声。
(来る……ッ!)
杏子の背筋に戦慄が走る。最大の一撃が来る。
(でも、そいつを凌げば……あたしの勝ちだ)
油断無く身構え、再び槍を生み出し構えた。
「終わらせるわよ、杏子」
言い放ったマミの手のひらの上には、クルミほどの大きさの球体が乗せられていた。
三人目の活躍はまだお預けです。
>>293
です。結構前からこのネタを放り込もうというのは考えておりました。
そしてマミさんが今回抱いた感情は、恐らく男女の恋愛感情的なものとは違うのでしょう。
より大きな正義に身を殉じる覚悟。方向性は違えど、キリカの織莉子への盲信に近しいものなのではないでしょうか。
>>294
いよいよ次回、激突です。
うわー、かてるかなー、きりかはきょうてきだぞー(棒
>>295
メタいのもある程度やってくれるのが土塚さんです。
ジャンプの読みきりで自分の作品を宣伝するのは後にも先にもあの人くらいでしょう。
そしてアレですが、まあその内出番も来るだろうと信じて突き進む事にします。
>>296
ふふふ、吹いていただけたのなら僥倖。
まあ星のシステムの中で生み出されるものですし、もしかしたら星の循環システムのある星自体は
エントロピーを凌駕するものなのかもしれません。ただそれは星の中でのみ循環し、宇宙に還元されないというだけで。
外に出そうとするとデュデュマとかウェポンだとかががおー、と襲ってくるわけですし。
>>297
あまり上手い事説明できなかったのもありますね、今回は。
正直かいててどう説明しようか本気で悩んだ回でした。
ぶっちゃけマテパ読んでない人はここを見たりしないから、かくかくしかじかでよかったのかもしれないけどね!
>>298
結局インキュベーターにとっては、星のたまごを奪うことで星の正常な発展が妨げられようと
それで宇宙が延命されればいいわけです。
もし星のたまごの収穫が上手くいっていれば、いまごろ宇宙のあちこちに星のたまごを生み出す産卵場が作り出されていた事でしょう。
>>299
どうでしょうね、土塚さんは学生時代からこの話を考えていたようですが。
発売当時の7はほんとにセンセーショナルな内容でしたし、色々と影響はあったのかもしれませんね。
乙カレー
わかってはいたが・・・うん。すごい危ういバランスの上に成り立っているな<<マミさん
嫌な言い方だが、建前が正当化される理由もできちゃったし
これで、もしティトォ達が帰る事が確定したら・・・
まあ、らしいちゃらしいんだけどさ
魔法少女の真実も含めて、それを振り切れるほどに成長してくれる事を願う
乙
なんか女神となんら変わらないこと考えてそうだなほむら
いやーしかしそれなら何を復活させるつもりなんだー(棒)
乙
>>312
全てを失ったマミさんに残された唯一のものが「魔法少女としての使命」だからね・・・
彼女にとってはまどポ番外ストーリーの選択が正解のような気がしないでもない
ほむらも相当やばいな
もはや、まどかを守るためなら、どんな犠牲を出そうが厭わないみたいだし
外伝勢も含めてだが、まどマギの魔法少女は病的に何かに依存する子が多すぎる
乙
QBそこまでわかってんのならもっと重要な情報を教えてやれよ
[ピーーー]だけなら問題ないって、ほむほむが把握してない致命的な情報があるやん
本編ではうまくやれば埋まりそうだった魔法少女間の亀裂がえらい勢いで広がってんな
非情になろうとしてなりきれいほむほむも
マミさんを心の底では慕ってる杏子も
TAP絡みで一線を踏み越えちゃってるというかマミさんが許してくれそうにない件
こういうのはクロス先キャラを媒介として和解するのが基本じゃないんですかー
乙!
まどマギ的な展開になってきたなぁ……うん、ゼロクロ的よりかはマシと考えよう
大丈夫、プリセラさんがみんなまとめて快心させてくれる
空っぽになったマミさんの元に颯爽と現れるアダラパタ
とりあえずキリカちゃんの怪我は俺がペロペロしておくわ
ゼロクロは憂鬱展開の宝庫や……個人的にはメガネさんは死んでほしくなかったな……
乙!
確かに溝がどんどん広く深くなってゆく感じだね、
プリセラさんならいい緩衝材になりそうだと思うけど。
杏子とかはアクアに似てるところあるからプリセラさん的にほっとけないタイプだと思う
魔法少女は何かに依存する子が多いけど、結局そうできないと
さやかみたいに精神的に行き場がなくなってしまうんだと思う。
あとマテパも依存型のキャラは執着・傾倒系のキャラに隠れて目立たないだけで多いと思う。グリンとか
>>319
レオドリスさんはむしろ死ぬからこその死に様がかっこいいキャラだと思う
レオドリスはあのアースカルフが素直に賛辞を送った一人だからねぇ
もっとも、アースカルフはちょっと捻くれているだけで仲間思いないいやつだったりするが
(仲間の三十士に影響されたのかもしれないけど)
最近のレスのつき具合には驚くばかりです。
どうにか今日も寝る前には投下できそうだー、ということで投下です。
「解け……たっ!」
キリカはその身を縛っていた蜘蛛の糸が緩むのを感じ、思い切り両手を振り上げた。
その手に生じる魔法の爪が、鋭く無数の軌跡を描く。
次の瞬間には、キリカの全身を縛る蜘蛛の糸は、その悉くを断ち切られていた。
「解いたということは……逃げ遂せたってこと、かな」
動けぬままで固められていたからか、僅かに違和感の残る体をほぐすように動かしながら、キリカは静かに呟いた。
「……拙いな、まさか私が仕留めそこなうなんて」
その表情は苦々しく歪んでいる。自分の存在が露見するリスクを覚悟で仕掛けたのだ
それは必勝必殺を期したはずだった。けれど、イレギュラーの存在がそれを覆した。
「織莉子の言っていた通りだ。あのイレギュラーの存在は、織莉子の未来を歪めてしまう。邪魔な、存在だ」
まだチャンスはある。次こそは必ず刻んで見せよう。胸の奥でそう誓い、一つ大きく息を吐き出した、その時である。
キリカの知覚が、迸る強大な魔力の気配を感じた。肌が泡立つようなその感触は、前にも覚えがあった。
「そうだ、この……魔力の感触。間違いない、奴だ。イレギュラーっ!」
その表情に浮かぶは歓喜と狂気。それを一切隠そうともせず、キリカは猛然と走り出す。
「近い、すぐそこだ!奴がいるなら鹿目まどかもそこにいるっ!今度こそ、刻むっ!!」
跳ぶ様に、否、まさしく跳びながら走る。走りながら跳ぶ。
タタン、とニ、三歩地を踏みしめて跳躍、その身体が弾丸のように跳ね上がり、再び地に触れてはまた跳躍する。
恐るべき勢いの疾走。そしてその足は、すぐさまその魔力の源へと辿りつく。
「見つけた。鹿目……まどかぁッ!!」
そこにはまどかの姿があった。そのすぐ側には激しい光の渦が広がっている。
それはまるで小さな光がいくつも寄り集まって、何かの形を作ろうとしているかのようであった。
けれど、そんな尋常ならざる事象でさえも、今のキリカには些事に過ぎない。
「何も言わない、何もさせない。今すぐ……散ねぇぇェッ!!」
その手の鉤爪は、禍々しい狂気を体言するかのようなおぞましい形状を為し
恐らくそれは掠っただけでも致命傷に等しい傷をまどかに与えるだろう。
そして更に速度を上げたその疾駆は、まどかに何一つ行動を起こす暇すらも与えなかった。
それはまさしく、全てを切り裂く漆黒の旋風。
一陣の風が、まどかの身体をすり抜け、微塵に切り刻もうとした。
けれどその直前に、それは光を纏って割り込んできた。
激しい光と漆黒の旋風が、驚愕と恐怖に目を見開き、立ち竦むまどかの眼前で交錯した。
乾いた音が、三つ。
「な……ぇ?」
そして続いて同じく三つ。それは全て、キリカの手に宿した鉤爪が砕ける音で。
その音を信じられないような表情で見つめながら、ぐらりとキリカの身体が揺らいだ。
全身が痺れたかのように動かない。
苦しげに開いた口は、まるで一切の酸素を取り込む事を拒絶したかのように
掠れた声を上げる以外の役割を一切果たそうとはしていなかった。
何一つ分からぬまま、意識が白く沈んでいく。
あまりの気だるさに、そして息苦しさに意識を放り投げてしまいそうになって、ようやくキリカの意識は覚醒した。
「――――ッ!!」
歯を食いしばり、倒れそうになる身体を無理やり引き戻した。
地につく足の感触をしっかりと確かめ、踏みしめ。そして蹴り飛ばす。
後方へ跳躍。ぶれ続けていた視界が、そこでようやく確かな像を為した。
「っ!ぜ……ッ、ぁ。は、ハァ……っ!?」
動きを止めると、息苦しさが再び再起し、キリカは苦しげに吐息を漏らしながら、眼前に現れたその相手を睨み付けた。
「何だ……お前っ!!」
敵意と殺意が半分、そして残りの半分に、困惑をたっぷりと詰め込んで。
それは女性の姿をしていた。細身だが引き締まった長身に、まどかのそれに似たピンクブロンドの長髪。
首筋から胸までを覆うだけの服を纏った、露出の多い上半身。
特に目立つむき出しの腹部には、『檻』という字が刻まれている。
「貴女……は」
まどかもまた、突如として現れたその人物に疑問の声を漏らす。
その女性はまどかの方を振り向いて、にこりと柔らかな笑みを浮かべると。
「始めまして。私はプリセラ。魔法使いの三人目、だよ」
そう言って、お茶目にウインクなどしてみせた。
その仕草はまるで親しい友人と話しているかのように朗らかで、その落ち着きようはあまりにも、この戦場には不釣合いだった。
その事実は、更にキリカを苛立たせる。
「私を……無視っ、するなぁぁっ!!」
そう叫び、キリカは再び鉤爪を構える。そしてまどかの方を向いたプリセラの背中に、猛然と突撃をしかけるのだった。
「プリセラ……さん、危ないっ!!」
気づいたまどかが悲鳴を上げる。一方プリセラは、どこか呆れたような溜め息をついて。無造作に、その腕を軽く振るった。
「ぇ……?」
がくり、と何かが地に落ちる音がした。それが自分の体だと気づくのに、キリカは僅かな時間を要した。
視界は先ほど以上に激しく揺れている。
分が倒れているという事実に気づいて、立ち上がろうと伸ばした手にもまるで力が入らない。
視界に移る全てのものが、二重三重にぶれている。
「何……を、したん、だ」
口すらも上手く回らない。掠れて、途切れ途切れの声が漏れた。
何かの魔法だろうか。だとすればそれは、他者の感覚を乱す魔法。幻術の類か。
だとすれば自分は既に相手の術中に嵌ってしまっている。状況は実に拙い。
「ちょっとこめかみの辺りを小突いただけだよ。さっきのはお腹。
頭の中もうぐらぐらでしょ。気絶しなかっただけでも大したものだよ」
いつしか振り向いていたプリセラが、キリカを見下ろしそう言った。
腰に手を当て、余裕すら見せて更に言葉を続ける。
「しばらくは動けないはずだ。そのまま大人しくしてれば、これ以上は何もしないよ。後で話は聞かせてもらうけどね」
「ふ、ふふ。そうか、そういう……ことか」
けれど、帰ってきたのは不敵な笑い声。側頭部に打撃を受け、脳が揺らいで立てるはずが無い。
だというのに、キリカはぐらぐらとその頭をゆらしながら、ゆらりと立ち上がった。
「魔法じゃないなら、肉体に起こっているだけの現象なら、いくらだって無視できるさ」
項垂れたままの首がぐらりと廻り、揺らぐ視線の焦点が、ぴたりとプリセラの姿を捉えていた。
魔法の力が肉体の損傷を、脳への衝撃によるダメージを即座に修復している。
その回復力こそが、魔法少女の強みの一つである。
「徒手空拳とは珍しい。それに、どうやら相当疾いらしい。
わざわざその姿に換わったあたり、私を相手にするにはいい選択だね」
既にキリカは、目の前のプリセラなる女が先に対峙したイレギュラーと同一の存在であるのだろうと推測していた。
姿を変え、戦い方を変える敵。確かにそれは難敵だろう。
だが、それでも負けはしない。キリカの表情にも余裕が戻った。
「あまり、抵抗して欲しくないんだけどな。やっぱり、女の子を殴るっていうのは気が進まないし」
対してプリセラもまた、余裕といえば余裕であろうが
ともすればそれはまるで、目の前の相手を脅威として認識していないかのような口ぶりだった。
やはりそれは、どこまでもキリカの精神を逆撫でする。
もとより、彼女は極めて短気である。
「そうやって余裕ぶっていればいい。その顔ごと刻んであげるよ」
そう言うと、キリカは再びその手に鉤爪を作り出す。そしてその両手をだらりと垂らした。
僅かに膝を曲げ、身を屈めるようにしてその身に力を溜め込んでいる。今までの戦い方とは、明らかに異質の戦闘スタイル。
キリカの纏う空気が変わる。肌がざわめく。何かが、起ころうとしている。
プリセラの表情から、余裕の色が消えた。
「きみがどれだけ疾くても、私の前では意味が無いという事を、教えてあげるよ」
限界まで張り詰めた空気が、ぷつり、と断ち切られた。
「さあ、散ね、散ねぇぇっ!!」
怒号と共にキリカが駆ける。同時に更に姿勢を落とし、両手の鉤爪がアスファルトの地面を抉った。
「ほぉら、これでっ!!」
その手をぶんと振り上げる。切り裂かれ、砕けたアスファルトの破片が。
そして同時に巻き上げられた砂利や土砂が、弾幕が如くプリセラに殺到する。
さらにその手を振り上げると同時にキリカは跳躍した。土砂を目隠しにし、頭上からの強襲をしかけたのだった。
「終わり……」
「うん、終わりだね」
振り上げた腕を叩き付け、交差する三対の刃で敵を微塵に切り刻む。
そうなるはずだった、そうするはずだったキリカの耳に飛び込んできたのは、やけに穏やかな女性の声。
同時に、強い力で後頭部を掴まれる。
そのままその手が前に押し出されると、無理やりに下を向けられたキリカの視界には
切り刻まれて隆起したアスファルトの残骸が、落下の速度そのままに迫っていた。
「まさか、そんな」
刹那の後に待ち受ける未来。あのアスファルトの残骸に、顔面を思い切り叩き付けられるという未来。
それを想像して、遂にキリカも恐怖を覚えた。思わず目を閉ざし、やがて来るであろう衝撃に備えた。
けれど、その瞬間は一向に訪れることは無く。
恐る恐るキリカが目を開くと、アスファルトの残骸からほんの僅か数ミリの距離で、キリカの頭は押しとどめられていた。
「流石に、女の子相手に顔を潰すような真似はしないよ。
でも、そろそろわかったでしょ。あんたじゃ、私には勝てないよ」
そう、プリセラは目晦ましを放つと同時に跳躍したキリカに先んじて、さらに上空へと跳躍していた。
さらにはそのまま地面に叩き落すこともできたというのに、わざわざ地上すれすれでその身体を受け止めていたのである。
「な……ぁ、そん、な」
怪我一つ無く、そっと地面に下ろされたキリカ。あまりの衝撃に、更なる攻勢に移ることすらままならず。
「私の魔法が、通じない……」
愕然と、そう呟いた。
「魔法……ね。多分それは、相手の動きを遅くする類の魔法なんだろうね。大丈夫、ちゃんと効いてたよ」
事実、それはキリカの魔法の一面を正確に捉えていた。時間遅延。それがキリカの固有魔法である。
それが効いているのだとしたら何故、こうも一方的な戦いを強いられなければならないのだ。
「じゃあどうして、どうしてきみは遅くならない……そんなに、疾いんだ」
そう、魔法の力を行使して尚、キリカはプリセラの動きを一切捉えることができずにいた。
魔法が効いているのなら、そんなことはあるはずが無い。
「簡単だよ。あんたがその魔法を使っても、それでも」
プリセラは柔らかな、それでいて自信に満ちた笑みを浮かべると。
「それでも、あたしのほうがずっと疾い。それだけのことだよ」
告げられたのは何の捻りも小細工もない、極々単純な事実だった。
「そんな……そんな、バカな」
全身を奮わせるのは戦慄。表情を強張らせるのは恐怖。
ようやくキリカは理解する。今対峙している相手が、自分とはまるで別次元の力を持った存在なのだ、と。
震えるキリカに、プリセラは握った拳を突き出して。
「じゃあ、選ぼうか。このまま続けるか否か。
断言してもいいけど、頼みの綱の魔法も通じなかった今、あんたに私を倒す事はできないよ」
口調は優しく、けれどその薄皮の下には有無を言わさぬ圧倒的な力が秘されていて。
対峙するキリカは、ガチガチと歯を震わせて立ち尽くしていた。
最初はそれが自分の歯が鳴らす音だと気づけないほどに、キリカの精神は恐怖によって覆い尽くされていた。
レス返しは次回に、今日はもう限界です
おやすみなさいませ
さすがジール・ボーイを真っ向正面からボコボコにした女
乙
相変わらず恐ろしい
シンプルに強すぎる
乙
本当プリセラさんは強いな!
そしてやっぱり女の子にあんまり強く当ることもしないか、色々と安心した。
キリカはなんていうか、月丸みたいなところがあるよなと思ったり
乙
キリカ「もう駄目だぁ…おしまいだぁ…」に見えてきた
プリセラさん、この調子で杏子とマミさんの戦いを仲裁してくれ
乙
ああ…次はほむほむの腹パンだ…
現実的にはまどかの無事を確信できれば
とっとと逃げるだろうがな
乙
プリセラさんはたとえ速さを落とせたとしてもまだ
最新兵器の集中放火をワンパンが超えちゃう攻撃翌力と
城一つの消し飛ばす程の魔法を正面から受けられる防御力と
杏子とさやかが五十歩百歩に見えるであろうレベルの戦闘技術と
マミさんと同格かそれ以上のスタイルがあるからね
ほむほむ一人じゃまったく勝ち目無いな
強すぎワロタ
乙です。
プリセラさん初登場時のインパクトは凄かったもんなあ……
マテリアル・パズルの強さ議論スレがあったらほぼ上位にいるレベル。プリセラさんは
勝てる魔法少女はカンナぐらいじゃね?あとあすみ?
乙
プリセラはその身体能力がファンタジーだよね
しかしプリセラの登場は案外早かったな
100話ぐらい引っ張るかと思ってたぜ
では、投下です
マミがその手にしていたのは、活力の炎を宿した弾丸。
マミとティトォの魔力が混ぜあい、恐るべき破壊力を持つ白い炎を宿した弾丸で。
その弾丸を、片手に宿したマスケット銃の銃口へと投じて。
「何を……しようってんだ、マミ」
背筋に走る嫌な予感は、さらにその色を深めて。杏子はマミに問う。マミは答えず、銃口を杏子に突きつけた。
(あれを貰ったら……まずいっ!)
これから放たれようとしている一撃は、間違いなく必殺の一撃だろう。
けれどそれは杏子の知る、巨大な砲身から放たれる一撃ではない。
巨大な砲身から放たれる必殺の一撃は、威力は大きいが隙もまた大きい。
故にその一撃を回避する事ができれば、それは大きなチャンスとなる。
けれど今、マミが生み出した銃は通常のそれと大差ない。
もしそれが、大きな隙を作ることなく必殺の一撃を放つ事を為しえたものだとすれば……。
ぞくりと杏子の背が震える。思考は刹那、そして続く行動もまた刹那。
杏子は身を屈め、下からすくい上げるように槍を突き出しながら、更にマミへと肉薄した。
「撃たせるかぁっ!!」
「くっ……このっ!」
マミの攻撃は未知数である。安全策を取るのなら、距離を置いて出方を見るべきだろう。
だが、それでも敢えて杏子はマミの懐深くに飛び込むことを選んだ。
勝負を焦ったわけではない。ただ、杏子には奇妙な確信があった。
今のマミには一切の容赦がない。攻め手を緩めれば、一手を与えてしまえば、喰われる。
かくして再び杏子はマミへと肉薄し、マミもまたそれを迎え撃つ。
新たなマミの必殺の一撃たる"ボンバルダメント・ウィータ"は、一度放ってしまえばその炸裂を抑える術は無い。
無論、こんな至近距離で放てば自分まで巻き添えを食ってしまうだろう。
図らずも杏子の行動は功を奏し、マミはすくい上げるように繰り出された槍を、銃身で受け止めるより他になかった。
槍を受け止めた銃身がみしりと軋む、そこでマミも杏子の狙いに気付く。
(武器破壊……っ!)
必殺の一撃が放たれるより早く、その一撃を放つべき砲身を破壊する。
杏子の狙いはまさにそれで、銃身ごと叩き折らんとばかりに槍を握る手に力を込めた。
みしみしと、銃身が嫌な音を立てる。
最早猶予は無い。マミは冷静に、かつ冷酷に次の為すべき手を決めた。
圧力を増し、みしみしと押し迫る杏子の槍に、マミはそれを受け止めていた銃身から手を離した。
「何っ!?」
急に相手を失い、勢いを殺しきれずに杏子の槍が振り抜かれ、その勢いのままに弾かれた銃身はくるくると宙を舞う。
マミは身を反らして突き出された槍を回避すると。
「退きなさいっ!!」
一歩踏み込むと同時に、鋭く疾く、その右足で蹴り上げた。美しい脚線美がしなり、唸りを上げて杏子に迫る。
「っぐ!」
咄嗟に腕を交差させ、杏子はその蹴撃を防ぐ。けれどその威力の前に、杏子の身体がそのまま宙に浮く。
「随分と、お行儀の悪い戦い方をするように……っ」
空中で体勢を整え、軽口の一つも叩こうとした杏子に更なる攻撃が迫る。
今や杏子は身動きの取れない空中にある。追撃を叩き込むのなら、まさしく今は絶好の好機。
跳ね上げられたマスケット銃が、空中でぴたりとその動きを止める。
まるで見えない射手が狙いを定めるかのように、その銃口が杏子の姿を捉え。
「――ボンバルダメント」
恐るべき業火を秘めた魔弾が、放たれた。
(アレを喰らったら、終わるッ!)
杏子の表情が焦りに歪む。杏子は咄嗟に真下に向けて、槍の穂先を突き立てた。
アスファルトを砕いて穂先が地面に食い込み、杏子の身体を吹き飛ばした勢いを減じた。
さらにはまるで何かの曲芸かのように、その石突を片手で掴み、見事な一点倒立をやってのけた。
吹き飛ばされた杏子の軌道を計算し、それを狙って放たれた射撃は
勢いを殺し、更に体勢を大きく変えた杏子には掠りもせずに、虚空を貫くのみだった。
「残念だったな、マミ」
身体をしならせ槍を手放し、体勢を整えて着地。同時に槍を引き抜き振りかざし。
「今度こそ、終わりだ」
マミへと向けて駆け出した。踏み出した足に力を込め、一気にその身を加速させ、神速の打突を放たんとして。
「そうね」
それでも尚、マミの表情は冷たく揺るがずに。
「貴女がもっと周囲に気を配れていたら、結果は変わっていたと思うわ」
「な……」
言葉と同時に気付く、背後に渦巻く魔力の気配。
振り向けばそこには、マミの放った黄色のリボンが幾筋も、杏子の背後の建物と建物の間に張り巡らされていた。
先に放った業火の魔弾をリボンは柔らかく絡めとり、その衝撃を吸収した。
魔弾を受け止めたリボンは引き絞られ、貫く魔弾の力と、抗するリボンの弾力が完全に拮抗し、そして。
言うなればそれは子供の玩具のパチンコが如く、リボンは自らが受けた衝撃をそのままに魔弾を弾き、射出した。
杏子が振り向いた時には既に、魔弾は眼前に迫っていた。回避など、最早望むべくもなく。
「――ウィータ」
魔弾が杏子の身体を貫く。直後、夜闇に染まり始めた街の片隅で、白い光が炸裂した。
(何だ、こりゃあ。白い……光、が)
魔弾に身を貫かれ、さらには湧き出る白い光が杏子の身体を灼いた。
(全身が、焼け……)
それはただの光ではなく、白く燃える炎。本来のそれは何一つ燃やすことはなく、あらゆる物に浸透する。
この炎もまた、それと同じ性質を持っていた。あらゆる物に浸透し、全てを内から焼き尽くす。
まさしくそれは、受けたものに地獄の苦しみを与える業火だった。
ほんの一瞬、身の内より湧き上がる白い炎は思いがけなく美しく。
すぐさまそれは、杏子の全身を焼き尽くした。
「ぎゃぁぁあァッ!!」
断末魔の悲鳴をあげる喉からも、顔を抑えたその手からも
全身至るところから白い炎が噴き出して、杏子の全身を焼いていく。
痛くて、熱くて。炎に全身を巻かれて、杏子の意識すらもが白い炎に溶けていった。
「さよなら、佐倉さん」
マミが手をかざすと、白い炎が解けて消えた。その中心にはもう、何も残されてはいなかった。
「さあ、ティトォ達のところに行かないと」
そこに残る焦げ跡に、ほんの少しだけ心は揺らいだけれど。
それでもマミは心を埋める正義と、今助けるべき仲間の為に、振り返ることなく駆け出すのだった。
「はぁ……は、ァっ」
表情を歪ませ、キリカは荒い呼吸を繰り返していた。
恐怖に駆られた身体は、やけに息苦しさばかりを伝えてくる。
その眼前ではプリセラが、拳を突きつけたまま立っている。
(勝てない……)
速度低下の魔法を以って尚、さらにキリカの上を行く速さ。まるで付け入る隙がない。
敗北することが怖いのではない、死ぬことが怖いのでもない。
ただ、目の前のプリセラの存在が信じられず、恐ろしかった。
まるで別次元の強さ。どれほどの魔法や知略を駆使したところで
全てを打ち砕かれてしまうだろうという確信すらも、キリカの中で芽生えていた。
「大人しく全部話してくれるなら、これ以上手荒な真似はしないよ。……さあ、どうするんだい?」
何より恐ろしかったのは、命を懸けた戦いの最中だというのにプリセラの表情には常に安らかで
穏やかな笑みが湛えられていたことだった。
それはまるで、彼女にとってこれはまるで取るに足らぬことなのではないかと
戦いとすら思われていないのではないかと、キリカには思えて仕方なかった。
それほどまでに圧倒的な力の差を、戦いの最中に感じ取ってしまっていた。
逃げることすらできはすまい、あらゆる術は、あらゆる希望は打ち砕かれて、キリカの心を容赦なく、恐怖と絶望が苛んだ。
「く……ククっ」
けれど、キリカの口から零れたのは恐怖の悲鳴でも、降伏の言葉でもなく。低く震えた笑い声だった。
「これだ……この、恐怖だ」
いつしか俯いていたキリカは、その視線を真っ直ぐプリセラへと向ける。
その表情には、恐怖と狂喜がせめぎ合いながら同居していた。
「この血が凍りつくような恐怖は、私への試練だ。私の愛を試してくれる、私の覚悟を試してくれる」
ぞくぞくと身を震わす感情は、恐怖。そして愉悦。その異様に、プリセラも僅かに表情を堅くして。
「きみには感謝しなくてはいけないね。きみのおかげで、私は愛の強さをより自覚することができた」
口元には引き攣った笑み、がちがちと、歯の鳴る音は止まらずに。
「私は愛に殉じる。その為なら、きみにだって立ち向かえる。
愛は、彼女は、いつだって私に全てをくれるんだ。だから、私は――」
その身を蝕む、恐怖の全てが吹き飛んだ。目を見開き、凄惨な笑みを浮かべ。
「――私はまだ、戦える」
言葉と同時に、キリカは駆け出した。
プリセラの側をすり抜け、後方で様子を見つめているまどかの元へとひた走る。
彼女さえ殺すことができたのなら、目的はそれで達せられる。
「させない……っ!?」
けれど当然、プリセラはそれを許さない。再三の言葉を無視し、それでも尚襲い来るというのなら
最早容赦は無用。叩きのめして動けなくして、話はそれから聞けばいい。
そう決めて、すぐ脇を通り過ぎようとしたキリカを止めるべく、そのまま打ち倒すべく拳を振るった。
けれど、その拳の動きは酷く緩慢だった。それこそ常人が拳を繰り出す速度と、ほぼ変わりはないほどに。
「私のぜんぶを、ぶちまけてやる」
すれ違いざま、キリカはそう呟いた。そしてそのまま、まどかを目指して駆けていく。
「まさか……ここまで強力な魔法が」
プリセラはすぐにそれを理解した。自らの身体に生じた異変を通じて、理解する事ができた。
それは先に行使されたキリカの固有魔法、速度遅延と同じもの。
けれどその対象を限りなく限局し、さらに膨大な魔力を注ぎ続ける事で
ほんの僅かな時間ではあるが、プリセラの恐るべき速さを封じることに成功していた。
今の今まで、キリカにはそんなことはできなかった。
これほどまでに範囲を限局することも、これほどの魔力を振り絞ることも、今まではできなかった。
絶対の恐怖を抱えたギリギリの精神状態において、それを受け止め、尚立ち向かおうという覚悟が
そのために、我が身を擲たんとする強い意志が、キリカの魔法を飛躍的に進化させていた。
無論、これほどの魔法を長時間維持することなど叶わない。
それでもほんの数秒あればいい、キリカの凶刃が鹿目まどかを切り裂くまでの、ほんの数秒があればよかった。
そして、それは成し遂げられようとしていた。
「まどか、逃げてっ!」
すぐさま振り向き、プリセラはキリカを追いかけながら叫ぶ。
けれどその動きはどうしようもなく緩慢で、プリセラはただ、猛然とまどかに向かうキリカの背中を見つめることしかできなかった。
「逃がさない、きみはどこへも逃がしはしない。刻まれ果てろっ!鹿目まどかっ!!」
「ひっ……ぁ、あぁっ」
死を恐れて、尚それを踏み越えるほどの気迫。
まどかは圧倒され、逃げるどころか動くことすらままならず。キリカは遂に、まどかをその刃の射程に捉えた。
再びその手に生じた爪は、速度遅延に魔力を消費しすぎたおかげでたった一本、それも酷く弱々しい。
だが何の問題もない、心臓を一突き。それで終わりだ。
「終わりだ、今度こそ」
「まどか、まどかぁぁぁっ!!」
重い音が二つ、響き渡った。
さあ、今日もドえらいレス返しの時間ですヨー
なんか私が話を書くとおリキリは優遇されがちです、なんでかな。
>>312
今のマミさんは、何を差し置いても彼らを助けることを優先してしまうでしょう。
彼らが救おうとしているのは、マミさんがいる世界ではないということも
彼ら自身がそもそも正義のためなんかに戦っているわけではないことも、全てに目を閉ざして、です。
恐らくティトォもその危うさには気付いていたでしょう、けれど、今はそれに頼るしかなかった部分もあります。
>>313
ほむらはほむらで何かたくらんでいるようです。
……まあ、このほむらさんも目的のために全力で動いていらっしゃるようです。
正直この話はかなりほむらの外道成分多めになりそうな予感がします。
>>314
まどポはいまだ杏子編の最初で止まっております。
その内ちゃんと番外まで進めるんだ、ほんとに。
>>315
人気の少ない場所とは言え、街中で爆破を起こしたわけです。
相当なりふり構わない状態ではあるのでしょう。
そうやって縋っていたものが無くなった時、奪われた時、背後にあの耳障りな笑い声が響いてくるのであります。
ケキャきゃキャキャ。
>>316
そもキュゥべえも彼らの事をほとんど知りません。
彼らの身体の秘密も、ほとんど推測で話しているに過ぎないわけです。
気が付いたらえらい有様になってました。
ここまで人間関係こじらせるつもりは無かったというのに。
でも面白そうなのでもっとぐりぐりとやっていくことにします。
>>317
ゼロクロはなんだかんだで結局しっかり終わってくれたので、後味自体はそこまで悪くはないんですよね。
バンバン人死ぬけど、それでも死ぬなりにちゃんと見せ場はありますし。
そして早速遅れを取ったプリセラさんです。
>>318
はたして一体どうすれば空っぽになるんでしょうね、彼女はここから。
>>319
痕が残るような怪我はほとんどさせてないんですけどね、プリセラさん。
レオドリスさんは最初はただのイヤなキャラでヘタレのかませかと思ってました。
それがどうしてああなった。格好良すぎて泣けます。
>>320
マミさんがこれでもかってくらいに覚悟完了しちゃっているので、どうにも溝は深まるばかりです。
魔法少女達が次々に対立するなか、果たしてそれを打開するのは誰なのでしょうか。
そしてグリンはただ友達や家族とずっと一緒にいたいという、それだけの事すら叶わぬ哀しい子です。
長い時を生き続けるのも辛いでしょうが、一人だけ時から置いてけぼりにされるのは
果たしてどれほど寂しい事でしょう、辛い事でしょう。
>>321
パイ(未読者への配慮)を使ってる時点であいつは熱い奴です。
あの仲間達に出会うまで、彼について来られる人物が一人もいなかったというだけで。
力を認めた相手のことは、しっかりばっちり信じる子です。
>>331
ジルさんも出ますよ、その内、その内ね。
いつになるかな、ほんとに。
>>332
シンプル過ぎて逆にあまり紙面を割けないという罠があったりなかったり。
>>333
プリセラさんはやっぱり女の子にはあんまり手酷くできないと思います。
実際女の子と戦った事はないのでなんともいえませんが。
多分月丸くらいぶっ壊れてたら容赦なくボコりそうですが。
そして執着具合といい壊れ具合といい、確かに似ているあの二人ですが
全てを失ったからそれを縋るしかなかった月丸と、全てを棄てて彼女に尽くすキリカとでは
やはり決定的なところで大きな隔たりがあるんじゃないかと思います。
>>334
そこで折れないのがキリカのいいとこです。
そして杏子は燃えました。残念ながら。
>>335
最初の襲撃以来姿を見せないほむらですが、恐らく様子を伺っているのでしょうね。
もっとも、この状況をただ見ていられるかというとまた別問題ですが。
>>336
チャンスはあるでしょう、チャンスは。
ワルプルにぶつけたくらいの飽和火力を叩き込んでやれば。
でもあの人、多分爆風より早く動けるんじゃないかな。
>>337
強すぎでしょう?でもこの人、まだ50%なんだぜ(戸愚呂弟的な意味で)
>>338
まさかまさかの完全純粋肉弾キャラですからね
直前までジルさんの強さをありありと見せ付けていたところでの逆転劇ですから
本当に盛り上がった記憶があります。
>>339
かずマギは単行本派なのでどうも詳しくはわかりません。
あすみんは言わずもがなです。最初公式の何かなのかと思ってました。
>>340
多分普通に聖杯戦争とかに殴り込みをかけても大丈夫なレベルでしょう。
最初はそっちのクロスも考えてました。zeroじゃない方で。
zeroとのクロスやってる人、見てますから更新頑張りやがってくださいね。ケキャきゃキャキャきゃ。
>>342
流石にそこまで行くまでにこの話も終わりますわ。
ブラックねこ二回分とは……。
乙
魔法少女達全員が危ういなあ
杏子がどうなったか知らないが、生きていたらこの一件がすごく尾を引きそうだな
マミさんの盲目的な正義もそうだが、ほむらのまどかを守るためなら手段を選ばない姿勢も拙い
これから先、女神側の介入も当然来るだろうし
ティトォ達が緩和剤になって、魔法少女達をいい方向に導いてくれる事に期待したい
乙
マミさん杏子にここまでやってしまった以上は
TDSの様に自分の正義が建前である事に気付けない、いや例え気付いたとしても認めないだろ。これ
本当に取り返しがつかない事になってしまった気がする
乙!
やられっぱなしで終わらないキリカがかっこいいけど
まどマギ世界でレオドリスさん並みの死亡フラグはさすがに暴挙……
プ、プリセラさんが何とかしてくれるよね!
あと、zeroとのクロスやってる人は頑張りすぎて体壊して寝込んでるんじゃないかな(カクカク)
乙
うわああああ杏子おおおおおぉぉぉぉぉ!!!
マミさんの精神面はひたすら危ういなぁ。わかってたけどさ…
なんかどんどん救いのない展開に転がってきてないかこれ…
>>357
あんまりバレバレの嘘ついてるとアダさんに舌を引っ張られてしまいますよ
乙
試練とか言い出したキリカはジョジョに登場できそうな気がした
まどかのピンチだけどほむほむがかばうでしょという安心感
杏子がどうなったのかの方が気になるなー
やべぇほむらさんが止まらない。
投下です。
その刹那、まどかの視界に映っていたのは信じがたい光景だった。
言葉一つ放つ間もなく、キリカの身体が破裂するように吹き飛んだ。
まるで潰れたトマトの様に、真っ赤な絵の具がまどかの眼前にブチ撒けられた。
「え……何、が」
結果からすればそれはあまりにも凄惨な光景。
けれど、そもそもにして今のまどかには、一体何が起きたのかを理解する事ができなかった。
眼前に迫った恐るべき敵が、突然にその姿を消した。真っ赤な何かを大地に撒き散らして。
事実としてそれを認識することはできたが、それが一体何を意味しているのかはわからなかった。
「プリセラさん……なの?」
何をしたのかは皆目見当も付かない。けれどそんな事ができるとすれば、恐らくそれはプリセラだろう。
故にまどかはプリセラに呼びかけた。けれど、プリセラの姿もまたその場所から消えていた。
「……終わったわ」
遥か遠い高みから、スコープ越しに着弾を確認し、ほむらは安堵の吐息を一つ漏らした。
そして伏していた身をゆっくりと起こし、両手で抱えるようにして構えていた、その巨大な銃器から手を離した。
ほむらの身長以上の大きさのそれは、魔法によって生み出されたものではなく
明らかに人類の手によって作られたものであることが見て取れた。
それは長大な射程と、秒速1kmを超えるほどの弾速
人体に対して使用するには、オーバーキルとしか言いようのない破壊力を備え持つ重火器。
アンチマテリアルライフル、所謂対物ライフルと呼ばれるものだった。
「危なかったね、後ちょっと遅ければ、鹿目まどかは死んでいたよ」
その横に佇み、同じくその銃撃がもたらした成果を見つめてキュゥべえが言う。
「そうね。あの女の力も見ておきたかったけれど、それでまどかを危険に晒していては、本末転倒もいいところだわ。
……間に合ってよかった」
軽く胸元に手をあて、思いがけなく事態に高鳴っていた心臓の鼓動を手のひらに感じながら
ほむらは安堵の表情を浮かべて呟いた。
そう、ティトォが行った存在変換。その際に生じる魔力の奔流は、当然のようにほむらの知るところとなっていた。
けれどそれは即ち、彼らがまた別の存在へと変換された事に他ならない。
先の奇襲でも、相手の力を探ることなく強行したがために、仕損じる結果となってしまった。
同じ轍を踏まぬために、ほむらはしばし様子見に徹することにした。
けれど、呉キリカの存在は大きな誤算だった。そしてそれ以上に、プリセラの持つ力の強大さは、大きすぎる誤算だった。
速度遅延をものともしない身体能力、あのキリカを歯牙にもかけない戦闘技術。
それを併せ持つプリセラは、まともに立ち向かえばほむらと言えど分が悪い。
こちらの敵意を悟られてしまえば、勝算は限りなく薄い。ほむらですらもそう考えていた。
「それだけの大掛かりな武器を一度に2連射、それも別々の対象にだ。
今までのキミの戦い方からしてもそうだ。ようやく、ボクにも分かってきたよ。キミの魔法の正体がね」
それでもプリセラがキリカと交戦を行う最中、決定的なチャンスがほむらに訪れた。
進化を遂げたキリカの魔法が、完全にプリセラの動きを封じた。今ならば撃てる。
けれど、ピンチはチャンスと同時に訪れる。キリカが振り上げた凶刃の向かう先は、当然まどかの元だった。
もちろんほむらは、それを見過ごすことなどできはしない。
「時間操作の魔法だね。キミは時間を止めて、呉キリカとあのイレギュラーを同時に狙撃した。そういうことだろう?」
確認するように問いかけたキュゥべえに、ほむらは黙して答えない。
けれどその沈黙こそが、その推測が正しい事を明確に示していた。
時間操作、正確に言えば時間停止。それこそが、ほむらの持つ固有魔法であると。
「何にせよこれで終わりよ。このまま星のたまごを回収するわ」
「ああ、頼んだよ。暁美ほむら」
まどかに迫る敵は排した。星のたまごを持つ女も始末した。勝負は決した。
後は勝利者の権利を行使するのみ。曰く、思うがままに奪い、望むがままに貪るそれを。
だが、そう。本当に彼女が勝利者ならば、それも思うままだったのだろうが。
「ぁ……っ!?」
刹那、ほむらの背筋に震えが走った。それはあまりに一瞬で
けれどそれは先にキリカが感じたものと同種の、恐怖というべきものだった。
その恐怖生まれるのとほぼ同時に、何かが砕ける轟音が一つ。
同時に彼方より飛来する何かの気配を感じ、ほむらは咄嗟に右手の盾に手をかざす。
世界が色を失い、あらゆる時間が停止する。
全てが止まった世界でほむらはそれを視認し、その表情が、驚愕の色に凍りつく。
「そんな、馬鹿な」
世界に色があるのなら、それは流れるピンクブロンドの弾丸だったのだろう。
恐るべき速度でほむらのいる方向へと跳躍したそれは。
「これでも、通用しないというの?」
――プリセラの、姿だった。
(勝てない。今の私じゃ、あいつは倒せない)
ほむらは直感的にそれを悟る。彼女に敵として認識されてしまえば、恐らく逃げ遂せることすらも困難だろう。
撤退の期は、今この瞬間しかなかった。
ほむらは対物ライフルを片手で抱え、それを盾の中へと収納した。恐らくはそういう魔法も持っているのだろう。
決して四●元ポケットだとか月衣だとか言ってはならない。
さらにそのままキュゥべえに手を伸ばし、片耳を鷲掴みにした。
「……なるほど、やっぱりキミの魔法は時間を止める魔法というわけだ。
そして、キミに触れている間はそれが解除される、ということか」
その瞬間、キュゥべえの時も動き出す。すぐさま自分のおかれた状況を理解し、納得したように頷いた。
けれど、迫るプリセラの姿を知覚すると。
「まさか、あの一撃ですら倒すことができない相手とはね。これは、かなりやっかいそうだね」
流石にその表情を歪め、困ったように言うのだった。
「今のままでは火力が足りない、奴を倒すなら、それ相応の策が必要になるわ。……だから、今は退く」
ほむらはキュゥべえの身体を鷲掴み、そのまま隣の建物の屋上へと跳躍した。
それを何度も繰り返し、プリセラの姿がほとんど見えなくなる程にまで距離を置いて
ようやく、屋上から路地の暗がりへと舞い降りた。
これだけの距離を置き、魔力の反応を断ってしまえばまず気取られる事は無いだろう。
そう確信し、ほむらは時間停止の魔法を解除した。
キリカの背を、酷く緩慢に追うプリセラ。
(このままじゃ間に合わない。……削るしかないか)
ぎり、と歯噛みし、『檻』の書かれた腹部に手を伸ばす。けれどその瞬間、プリセラはそれを知覚する。
彼方より超音速で飛来する、大口径の弾丸の存在を。
そこに最早思考の挟まる余地はなく、プリセラは反射的に迫り来る弾丸に向けて手をかざした。
一秒の半分にも満たない時間の後、その手のひらに膨大な運動エネルギーを込めた弾丸が突き刺さる。
キリカを追いかけるために全力で走っていたプリセラは、それを受け止めることはできたものの、体勢を崩して吹き飛ばされてしまう。
廻る視界の片隅で、恐らく同様の攻撃を受けたのであろうか、キリカの身体が爆ぜるのが見えて
それがまたプリセラの表情を驚愕と怒りに染めた。
そして、衝撃。激しく壁に叩きつけられ、全身が弛緩する。
弾丸を受け止めた手がひりひりと痛む、全身がみしりと小さく軋んだ。
それほどの衝撃、それほどの一撃でさえも、ものの数秒彼女の時間をとどめることしかできなかった。
射手のいるであろう方角に視線を向け、一足飛びにプリセラは跳躍した。
まどかのことも、キリカのことすらも気がかりだった。
それでも今は、恐らく先にティトォを襲撃し、今もまたプリセラを狙撃した謎の敵。
その正体を暴くことが、もっとも優先するべきことだった。
「いない。逃げられたかな」
けれど、ほむらの姿はすでにそこには無い。
ただ色濃く残る硝煙の匂いだけが、つい先ほどまで謎の射手がこの場にいたであろうことを証明していた。
いかなプリセラとて、これほどまで距離を置かれてはほむらの存在を見つけることもできなかった。
「……何を考えてるんだ、こいつは。私だけじゃなくてあの子まで」
視界の端に見えたキリカの最後。恐らくあれでは、自分が死んだということすらも認識できまい。
それは僥倖だったのかもしれないが。
「こんなの絶対おかしいよ。あんな子供が戦って、あんな死に方するなんて。
絶対に間違ってる。……止めなくちゃね」
受け止めた銃弾を握ったままの手が、ぎゅっと握り締められる。
一体どれほどの力が込められているのか、銃弾はまるでアメ細工か何かのように容易く形状を歪め
プリセラの拳のなかで圧縮されていく。
その手が開かれた時には、ビー玉ほどに圧縮された金属の塊が一つ、残されているだけだった。
「とにかく、まどかのところに戻らないと」
これ以上は探したところで無駄足だろう。それよりも、まどかを一人にしておく方がよほど危ない。
何よりも、あの凄惨な光景の意味をまどかが理解する前に、この場所を離れたほうがいい。
そう判断し、プリセラは尚呆然したままのまどかの元へと向かった。
かくして、見滝原を騒然とさせた一つの大きな戦いは、終わりを迎えるのだった。
「はぁ……っ、ぁ。ぅぐ」
戦いの気配が過ぎ去り、幾許かの時が過ぎた。
街は既に闇に染まり、人気の無い暗いトンネルの中に、苦しげな吐息が漏れていた。
こつん、こつんと地面を付く音と、何かを引きずるような音が互い違いに響いていた。
吐息の主はその手の槍を杖にして、危うげな歩みを続けていたが
やがてトンネルの壁に身を預けて、ぐったりとした様子で蹲った。
全身にいくつもの熱傷を刻み、纏った真紅の衣装すら、黒く焼け焦げ煤けていた。
「……ちきしょう。何が、仲間だよ」
悔しげに、忌々しげに。佐倉杏子は呟いた。
「グリーフシードも、全部使っちまったし。……それでも、このザマだってんだから笑っちまうよ」
自嘲気味に笑い、力なくその肩を揺らす。
マミの必殺の一撃を受けたあの時、杏子はありったけの魔力で身を守りながら
炸裂する白い炎の奔流に紛れて、どうにか身を隠すことに成功していた。
けれどその代償は大きい。前金代わりにほむらから渡されていたグリーフシードも
元より杏子がもっていたものも全て使い切ってしまっていた。
あの炎の中から逃れるために、そして、全身に負った熱傷を回復させるために。
最早今の杏子には、これ以上傷を癒す余裕すらもなかったのだ。
(後はどうにか自然に傷が癒えるのを待って、魔女の一匹でも、倒してやらなきゃな)
そう、どうにか命は拾うことができた。となれば次に考えるのは、その命を繋ぐこと。
(……でもきっと、マミの奴もしゃしゃり出てくるよな)
けれど、その思考に思い至ればすぐに、杏子の表情は暗澹に沈む。
(あいつは全く躊躇わずにあたしを殺そうとした。きっと、次に会ってもそうなる。
……その時、あたしはマミを殺せるのか?)
できるはずが無い。心の奥の素直な部分が、そう声を張り上げていた。そして今だけは、杏子もその声に従った。
(できるかよ、そんなこと。なのに、何であたしはあんなことしちまったんだろうな)
後悔が、じくりと胸を締め付ける。これが本当に自分のやりたかった事なのだろうか。
ほむらの言葉に乗せられてしまった自分に、後悔ばかりが募っていく。
「はは。はは……は。もう、合わせる顔もねぇな」
乾いた笑みが唇の端から零れた。思い出すのはかつての記憶。
マミと共に正義の魔法少女を目指して戦っていた日の記憶。けれどその理想は折れて燃え尽き、二人の道は違えてしまった。
あの日違えてしまった道は、もう戻す事はできないのだろう。自分だって、それでいいと思っていたはずなのに。
久々に訪れた見滝原。そこは懐かしい場所。
待っていたのは、懐かしい仲間。
だけど……
……なぜ?
「なんで、なんで……こう、なっちまったのかな」
ぽた、と。頬を伝う雫が、手のひらに落ちた。一度零れ落ちてしまえば、それは止め処なく流れ続けて。
「う、ぐ。えぐ……っ、ひく、あぁぁ」
嗚咽が、止められない。手で目を覆い、嗚咽と涙を零し続けていた杏子は。
「うぅ……っ!」
そこに現れた足音に、人影に、咄嗟に目元を拭って視線を向けた。
「ほむら……」
そこにいたのはほむらだった。暗がりに立つほむらの表情は、杏子からは見えなくて。
「その様子では、どうやら失敗したようね」
冷たい、底冷えのする声でほむらは言う。
「ああ、すっかりやられたよ。このザマだ。そっちは上手くいったのかよ」
どうにかいつもの調子を取り繕って、杏子はそう言葉を返す。
「いいえ、こちらも上手くはいかなかったわ。奴等は想像以上に手強い。真正面から戦って倒すのは、難しい」
「そうかい。でも、あたしはもう降りるよ。……もうゴメンだ、こんなの」
吐き捨てるように杏子が言う。ほむらは、暗がりから一歩、杏子に向けて歩み寄り。
「そう、なら好都合ね。ここから先は私一人でやる。貴女がいては、足手まといになるだけだから」
「けっ、言ってくれるじゃねーか。……でも、確かにそうかもな」
零れたのは自嘲気味な笑み。また一歩、ほむらが歩み寄る。
薄い明かりに照らされて、その表情が露になる。そこには一切の感情の色は無い。
「けれど、貴女を捨て置くこともできないわ」
「別にいいよ。自分の面倒くらいは自分で見るさ。ワルプルギスの夜が来るまでには、どうにか調子を戻して――」
不器用に自分を案じようとでもしているのだろうか。
そんなほむらの言葉ですらも、ほんのわずかに嬉しいと思ってしまって。どれだけ人恋しいのかと杏子は苦笑した。
けれど、そんな杏子の言葉を遮って。
「違うわ。貴女は多くを知りすぎている。今はまだ、私の敵意を奴等に気取られるわけには行かない。だから」
そして更に一歩。ほむらが踏み込んだ。ようやくぼんやりとほむらの姿が見えてくる。
その手に握られている、黒光りする拳銃が。
――音も無く、火を噴いた。
「なっ――」
銃弾は杏子の胸を貫き、その瞳が驚愕に、そしてすぐさま苦悶に見開かれた。
「残念だけれど、情報が漏れる恐れがある以上、貴女を捨て置くことはできない。
それに、全てが首尾よくいったなら、貴女がいなくてもワルプルギスの夜は越えられる」
引き金を引く。闇を一瞬光が照らし、杏子の腹部に銃弾が突き刺さる。
「て……めぇっ!」
けれど杏子も、ただ黙って死を受け入れはしない。尽きかけた魔力を、闘志をかき集め、瞳に怒りの炎を灯す。
その手に真紅の槍を生み出し、ほむら目掛けて突き出そうとして。再び放たれた銃弾が、その手の甲を貫いた。
「っぎ、ぁぁぁぁッ!」
からん、と乾いた音を立てて、槍が地面に落ちた。
「さようなら、佐倉杏子。もう二度と、会うこともないはずよ」
一切の抵抗の力を失い、苦悶の声と共に蹲る杏子。
ほむらは最早それを一顧だにせず振り向くと、足早にその場を去っていく。
「待て、まだ……死んでねぇ、ぞ」
搾り出すようにその背に声をかけた杏子に、ほむらは振り向きもせずにこう言った。
「いいえ、もう終わりよ」
杏子の足元で、小さな電子音が鳴った。視線を下ろすと、そこには得体の知れない筒状の物体がある。
その正体に杏子が思い至るとほぼ同時に。
衝撃と、炎が。杏子の身体を飲み込んだ。
背後で起こった爆発に耳を澄ませ、背後から吹き抜ける風にはためく長髪を払って、ほむらは。
「これでもう、引き返せないわね。……今度こそ、全てを終わらせてやる」
瞳に昏い決意を宿し、力強くそう宣言するのだった。
どうしてこうなった!
最初の想定ではもうちょっと軟着陸する予定だったんですけどネ。
>>355
どっこい生きてた杏子に、追撃のほむら。
流石にそろそろ死んだんじゃないでしょうか。
というか本当にほむらがガチ外道になりつつあります。
おかしい、こんなはずじゃあ。
>>356
マミさんが踏みとどまれるかどうかは、まだ今後の展開にかかっているはずです。
しかし気がつけばここまでドロドロになってしまっています。
果たして一体どうなることやら。
>>357
キリカ、死因は射殺でした。
なんだかんだであんまり活躍できないプリセラです。
どっちかと言うと今の展開のがzeroっぽくて困っております(がくがく
>>358
おかしい、まだ序盤のはずなのに、月太すらでてこないのに絶望的過ぎる。
一体どうなってしまうのでしょうか。
>>359
なんだかんだでキリカはやっぱりいいキャラです。
そして当然のように助けてくれるほむら。ですが。
庇う?いいえ、射殺します。なほむらだったのです。
本編からもう何百周かくらいしてそうなほむらじゃのう
ブラボー!外道なんてとんでもない。尊敬するよ
それにしても改めてプリセラ人間じゃねー
乙
対物ライフルなんかで撃たれたらそりゃ粉々になっちゃうよなぁ…キリカぁ…
そろそろ死んだとか言いつつ杏子は生きてるんだろ?
だって外伝キャラのキリカはともかくこの時点で杏子が退場して、
さやかは今のところ魔法少女になる動機がなくなってると考えると、
本来のまどマギ世界を廻せる中心人物が三人+一匹しかいない状態じゃないか…
プリセラさんは本当人間じゃねえや!!
乙
プリセラさんはターミネーターより怖い
才能ないとか言ってるけど実質肉体強化魔法の使い手だろ…
白い炎だったからもしくはと思ってたのにマミさんも[ピーーー]気満々だったみたいだし
ほむほむに至っては口封じしちゃうし
とどめは確認しておけよとは思うが、これで生きていられても死ぬ死ぬ詐欺だし
第一陰惨な復讐劇にしかなりようが
うむむ…さよならキリカ&杏子ってところなのかー
乙
対物ライフル使うとかえぐ過ぎワロタwwwwww
俺なら人が目の前で弾けるとかトラウマだわ…
なんとういう外道
キリカァァァァァァァァァァ!!!合う場所や時間が違ったらマミさんと競演できるような正義の魔法少女になった子なのに……
織莉子は未来予知はちゃんとできなかったんですかねぇ……
あとほむらはここまで外道じゃないと思うの……あんなやさしくってかわいかったメガほむ時代はどこにいった……
最後にプリセラさんは禁書のアックア(全盛期)と一方的にボコボコにしそう(>>1が禁書を知らなかったらここは無視して)
夜馬「ひでぇ事しやがるな……」
マリー「人の命を何だと思ってるんだ!」
アダ「魔法を使う資格ないですねぇ」
オメーらだけはその台詞言っちゃなんねえ!
しかし、ほむら……大丈夫かよ、色々と
今日は短め更新でございます。
「あはは、なんだかすっかり話し込んじゃったね」
日が沈み、すっかり夜の帳は下りて。さやかはベッドに腰掛けている恭介に、とても嬉しそうにそう言った。
「そうだね。これからの事とか色々話してたら、もうこんな時間だ」
外の暗さを見つめて、驚いたように恭介もそう言った。
「そろそろ帰らないとな。……ちょっと、残念だけど」
さやかは座っていた椅子から立ち上がり、一歩恭介に詰め寄って。
「じゃあ恭介、後は打ち合わせ通りに頼むよ。……明日から、結構忙しくなっちゃいそうだね」
そう、ここまで長々と話し込んでしまった理由は、そのほとんどがこれからの事を相談していたからなのである。
ティトォの魔法により、恭介の腕は完全に回復を遂げた。
それどころか気がつけば、足の怪我まで治してくれていたようで。今や恭介の身体はすっかり健康体なのである。
だとしてその事実をどう説明するか、納得させるか。
あーだこーだと考えたものの、そもそもにして魔法の所業。奇跡としか言いようのないことなのである。
結局落ち着いた結論としては、全てを奇跡の所業にしてしまうことだった。
朝目が覚めたら、すっかり手も足も治っていた、と。
もちろん疑われるだろう、怪しまれるだろう。衆目を集めることにもなろう。けれど、それが何だというのか。
まさか本当に魔法が存在するなどと、奇跡が起こったなどと信じる者がいるはずもない。
知らん振りして白を切り通せば、その内人の噂も減るだろう。ただ、それまでは随分大変な日が続くだろう。
恭介一人だけならば、それを抱え込むのは困難かもしれない。
「大丈夫だよ、恭介。あたしがちゃんと恭介の側にいてあげるからさ。
同じ秘密を抱えちゃった訳だしさ、その辺はやっぱり、ちゃんと助けたげないとね」
そんな恭介に、さやかははにかむようにそう言って。
「それに、ティトォさんとも約束したんだ。魔法の力を借りるのは一度だけ
その先の事は全部、あたしらが自分でどうにかするんだ、ってさ」
力強く頷いて、恭介に視線を送る。恭介もまた、それを真っ直ぐ受け止めて。
「ありがとう、さやか。……色々頼っちゃうかもしれないけど、よろしく頼むよ」
そして、そっと恭介はその手を差し出した。
「な、何さ恭介、今更そんな改まっちゃったりして……でも、うん。さやかちゃんに任せなさいっ!」
少しだけ驚いたようにして、それでもすぐに調子のいい笑顔を取り戻して、さやかは恭介の手を取った。
確かに握ったその手は暖かくて、それは幻でもなんでもなくて。
(どうしよう、あたし今、本当に幸せだ。……ありがとう、ティトォさん)
暖かいものが、さやかの心に満ちていた。
「じゃあ、また明日も来るからさ。きっと大騒ぎしてるだろうけどね」
「わかったよ。じゃあまた明日。さやか」
二人は最後にもう一度だけ、互いの顔を見合わせて笑った。
冷たい夜風が通り過ぎていく。普段なら寒ささえ覚えるはずのそれも、火照った身体には心地よかった。
「……なんだか、まだ夢見てるみたい」
思わずにやける顔を抑えながら、さやかは帰路を踏みしめていた。足取りは軽く、どこかふわふわとした様子で。
「明日になったら、魔法が解けて……なんてこと、ないよね」
口に出したら不安になりそうで、そんな嫌な想像を振り払うように、ふるふると小さく首を振った。
「何かあったのかな。こんな時間だってのに、やけに街の方が騒がしいけど」
さやかの辿る帰路は街から外れた道で。故にさやかは、つい先ほどまで街中で起こっていた騒ぎについては知らずにいた。
無論街にいた人々も、それが魔法を操る者同士の戦いであるなどとは知る由もない。
ただ、戦いの跡や爆発の跡は、消えることなく刻まれている。
何らかの事故か、はたまた事件か。はたしてそれはもう終わってしまったのか、まだ続いているのか。
定かならぬ事態に、ようやくこの街の警察も重い腰を上げたらしい。
さやかのいる場所からでも、街から響くサイレンの音を聞くことができていた。
「……もしかして、魔女の事件とか、なのかな」
結局今日、さやかはずっと恭介と共にいた。
それ故に、この日マミ達が何をしていたのかも、何と戦っていたのかも知る由もなかった。
途中で一度だけ、なにやら慌てた様子でまどかからティトォの居場所を聞かれたことを思い出す。
もしかしたら本当に、何かが起こっているのかもしれない。
考えながら、さやかの足は細い路地へと分け入っていく。
いつもならば、こんな道は通らない。そもそもにして、帰路を辿るのにこんな道を通る必要はないはずなのに。
気づけばさやかの足は、延々と続く路地をひた歩いていたのだった。
「あれ、なんであたし……こんなとこに」
それに気づいて引き返そうとした。けれど、振り向こうとして気づく。壁に描かれた意味不明の絵。
まるで子供が描いた落書きかのようなそれは、見ているだけでさやかの心を不安にさせた。
よく見れば、その絵の一つ一つがざわざわと蠢いているようにも見える。
「そんな、まさか」
さやかは、それを知っている。知っているからこそ、その事実は酷く彼女を打ちのめす。
「嘘、でしょ」
「ブゥゥ~ン」
さやかの呟きは、背後からの声にかき消された。その声は、やけにテンションの高い子供のそれで。
弾かれるようにさやかは振り向いた。
落書きに埋め尽くされた路地の中、そこにいたのもまたできの悪い落書きのような代物で。
その姿を視界に捉え、さやかの瞳が見開かれた。
「使い……魔」
直感的に、それが使い魔であるとさやかは悟る。
魔女ではない、魔女の持つ、あの圧倒的な威圧感は感じられない。
それでも例え使い魔とて、魔法少女でないさやかには、恐るべき相手であることは間違いない。
それは落書きの飛行機。継ぎ接ぎだらけの色を纏ったその機体から、再び耳障りな子供の声が響き渡る。
「に、逃げなきゃっ!」
脱兎。まさしくその言葉に相応しくさやかは駆け出した。
どこまでも続く真っ直ぐな路地を、落書きの使い魔が生み出した結界の中を、使い魔から逃れるために走り出した。
「ブゥゥ~ン、ブン、ブゥゥ~~ンっ!」
使い魔も丁度いい遊び相手が来たとでも思ったのだろうか、さらに声を高く張り上げて、さやかの後を追いかけ始めた。
「逃げないと、逃げないと……っ、はぁっ」
走る、走る、走る。終わりも無いほどの長い路地を、ただひたすらに走り続ける。
けれどどれだけ速く走っても、使い魔は付かず離れずの距離を保って追いかけてくる。
さやかは知っている。
魔女や使い魔が生み出した結界から逃れるためには、結界を生み出した相手を倒すしか方法は無い。
だからいくら逃げたところで、それは根本的な解決にはなりえない。
それでも、さやかは走り続けた。諦めてたまるかと、歯を食いしばって走り続けた。
「助けて……助けてよ。マミさん、ティトォさん……誰かっ!」
叫ぶ声は、誰にも届く事はなく。
今回はここまで。
>>372
今回のほむらは完全に容赦レスです。
一体何が彼女をそうさせたのか、概ね星のたまごのせい。
>>373
人間ですよ。プリセラさんは誰よりも人間です。
人間らしく、強く生きようとしております。
人間離れしてるのは当然ですが。
>>375
そしてさらにさやかちゃんが脱落しそうなふいんき(なぜかry
上げて落とすのは基本ですね、本当に。
>>376
ターミネーターは液体金属な奴だと、あれは物理が通るのかどうかわからないんですけどね。
常日頃からの鍛錬は大事だということです、もしかしたら百年くらい鍛えたらあんなふうになれるかもしれませんよ(カクカク
全体的にどいつもこいつも容赦がありません。
容赦の無い話ばっかり書いてましたが、リアル人間同士になると本当に洒落になりません、ほんとに。
>>377
そも何が起こったのかをまどかは理解できませんでした。
理解できたらえらいことになると思います。
>>378
キリカはどうかなあ。あの性格も魔法の為せる業でしょうし。
織莉子との出会いがなければああはならないでしょうし、織莉子と出会ってしまえばこんな風になってしまいます。
なんだかんだであの二人は、あのままの関係なのかなあと思ってしまいます。
メガほむは死にました。今の彼女は鉄の女・ほむほむです。
>>379
杉小路「まったく、なんて酷い事をするんだ。人間の所業じゃないよね」
>>380
自分でも言っている通り、もはや彼女は引き返せません。
業務連絡です。
自宅の引越しが決まりまして、引越し作業やネットの契約など諸々の事情から、更新が1~2週間程度遅れます。
ええ、ボクとしてもひじょーに残念なんですよぉ。
まさかこんないいところで、皆さんをお待たせしなけりゃならねーだなんてね。
でも、こればっかりは仕方ありやがりませんからね。
精々気長に続きを待っていやがりなさい。なあに、神無よりは早く戻ってくるでしょうよ。
それでは、また後日にお会いしやがりましょう。ケキャきゃキャキャきゃきゃキャキャきゃ。
乙
WWFのおかげで魔法少女にならずに願いが叶ったから
このSSのさやかちゃんは幸せになれる
そう思っていた時期が私にもありました
ほむほむもだがこのSSも色々と引き返せなくなった感
そしてここでまさかの生殺し
投稿できない間に書き溜めて怒濤の更新をしてくれるに違いない(願望)
乙です。
さやかの安否を気にしつつ、続きを楽しみにしています
乙!
まぁ、ある意味当然の流れだよね
魔法少女たちがこれだけの地獄絵図になってる外道展開で
よりにもよってさやかちゃんが蚊帳の外なんてあるはずがない!
あぁ、最初からわかっていた事だ(泣)!
さやかちゃんが最後にはミト様ぐらいには幸せになれると信じて
次回の更新をのんびり待ってるよ
んー…ハッピーエンドにはならなそうだなこりゃ
乙
次回も楽しみにしているぜ
>なあに、神無よりは早く戻ってくるでしょうよ。
これは先に神無が開始されるフラグ・・・!!
>>1さんはまどポをそろそろクリアした頃だろうか・・・
かみんぐすーん
……恐らく二、三日中には投下を再開できるかと思います。
どうかそれまでお待ちください。ではでは。
復活!復活!復活!!
ようやくネット回線が大復活しました。
というわけで、早速投下を再開しちゃいましょう。
どいつもこいつも落ちるとこまで落ちました、となれば後は?
もう這い上がるだけです。
「ぁ……ぅ、ぐ」
崩落したトンネル。降り積もる土砂や瓦礫の奥から、微かな声が響いた。
その声の主は、声を出す事ができたことでどうにか、まだ自分が生きている事を認識した。
「へ……へへ。悪運だけは、強ぇな……あたしも」
全身にずきずきとした痛みと、猛烈な圧迫感を感じながら、杏子は力なく呟いた。
そう、杏子は生きていた。ほむらによる爆撃は確かに杏子の体を飲み込み、その存在を消失させた。
けれどそれは、杏子が生み出した幻影だったのだ。
いち早くほむらの冷徹な殺気を察した杏子は、その攻撃の矛先を、自らの幻影へと向けさせていた。
それは咄嗟のことで、杏子自身ですらできるとは思っていなかった。
それでもその時、確かに杏子の固有魔法、幻惑の魔法は発動していた。
彼女の命を繋いだのは、飽くなきまでの生への意志。
どうしようもなく死に惹かれたその瞬間にこそ、彼女の命は激しく燃えていた。あらゆる生への術を模索した。
そして導き出された、生存のための最適解。それはかつて失った魔法の力。
幻影による目晦ましの隙に、どうにか杏子は逃げ出した。
けれど爆発の衝撃は想像以上に強大で。崩落したトンネルが生み出す大量の土砂や瓦礫が彼女の身体を押し潰した。
それでも彼女は、どうにか命を繋ぐ事ができていた。爆風に身を焦がし、瓦礫の下に身を伏せて。
それでも尚彼女は生き延びていたのだ。
無論、その代償は決して小さなものではないが。
「足一本、か。……まあ、命の代えにしちゃあ、安い代償か」
瓦礫を押しのけ、這うようにしてその場を離れ、壁に背を預けて杏子は、どこか他人事のようにそう言った。
全身に刻まれた無数の熱傷、打撲。そして何よりも痛々しく刻まれたそれは――
――膝から下の全てを失った、右足だった。
不思議な事に、血はそれほど出ていない。これだけの傷だ、まともに出血していたら今頃とっくに出血死だろう。
不思議には思うが、生きていられるのなら言う事はない。
「しくじったなあ。本当に」
冷たい壁に背を預け、それが身体に伝わったかのような、酷い寒気に襲われながら。
小さく身を震わせて杏子は呟いた。
その表情に浮かんでいたのは、自嘲を既に通り越し、全てを諦めてしまったかのような、乾いた笑みだった。
「誰かを信じるから、こうなっちまうんだ。分かってたはずなのにな」
吐き出す息が白く見えるほど、自分の体が冷え切っているのが分かった。
それは果たして本当に身体が冷えているのか、それとも、凍て付いているのは自分の心、なのだろうか。
「誰かを信じるから裏切られる。何かを期待するから失望させられる。
だからあたしは、どこまでも自分勝手に、自分の為に生きようって決めてたんだ。そのはず……だったのにな」
手で目を覆い、俯いて。食いしばった唇の端から、零れたのは言葉と、涙。
「なのに、何であたしはあいつを信じちまったんだ。なのに、何であたしはマミに会いに行ったんだ。期待しちまってたんだ」
ぽたり、ぽたりと頬を伝う雫。凍て付いてしまった杏子には、その雫でさえも冷たくて。
そう、信じたかったのだ。
信用できない相手であるとは分かっていても、それでも利害の一致という名目で、同じ目的を共有できる。
その為に力を合わせられる。信じたかった、ほむらの事を。
期待していたのだ、今はもうあの時とは違う、一人前の魔法少女になった。
そんな自分がマミと出会えば、もしかしたら何かが変わるかもしれない。
力を尽くしてぶつかり合って、その先に何か見えるものがあったのかもしれない。
心のどこかでそれを期待していた。
けれど、向けられたのは絶対的な殺意と敵意。
少なくとも杏子の知るマミは、正義の魔法少女であろうとしていた。
けれどその為に、自分の全てを投げ出すほどではなかったはずだ。
自身の、それとも他の誰かの正義の為に、それにそぐわぬ者をあそこまで冷酷に排除するような
そんな恐るべき討手ではなかったはずなのだ。
けれど彼女の期待とは裏腹に、投げかけられたのは旧友への言葉でも、強敵として認め合う関係でもなく
ただ敵を無慈悲に排除する、恐るべき白い炎の炸裂だった。
そして信頼に与えられたのは背信。
身勝手な裏切りと、傷ついた彼女に追い討ちが如く振り下ろされた、死神の鎌。
「……分かってるんだよ、そんなこと」
失った足の代わりに、槍を杖にしよろよろと立ち上がる。
ところどころ焦げ付いた髪が、はらりと肩から零れ落ちた。
「それでも、あたしは信じたかったんだ。こんなあたしに、一緒に戦おうって言ってくれた奴を。
あたしと一緒に戦ってくれた、いろんなことを教えてくれた奴を」
はらりと垂れた髪が、杏子の表情を覆い隠す。
だから誰も彼女の表情が見えない。誰も彼女の言葉を聞いてはいない。
だからこそ、強がりと独り善がりで心の奥に秘し伏した、本当の想いが口をついて出た。
不恰好に歩きだす。足と槍を交互に前に突き出しながら、ゆっくりと。その姿はあまりにも頼りなく、危うげで。
「でも、やっぱり駄目だったな」
行くあてなどはあるはずもなく、それでも杏子は歩き始めた。
歩かなければ、動かなければ、ぽきりと折れてしまうから。
折れてしまうのは心か、それとも。
「どうするかな、これから」
考えるのはこれからの事、未来の事、明日の事。一秒でも先の事を考える。
そうしなければ、振り返った過去はどこまでも暗いから。
(人目に付かないところに避難して、傷を癒して、どうにかグリーフシードを手に入れて……)
やるべき事は、いままでやってきた事と変わらない。
大丈夫だ、問題なくやれるはずだ。こんな傷くらいどうにか治せる筈だ。心の中の強がりが、いくつもいくつも言葉を放った。
けれど、今はどうしてもそれが現実になるとは思えなかった。
心の奥にどんよりと積もった重たい何かが、その身に刻まれた無数の傷以上に杏子の力を奪っていた。
あてどなく彷徨い続ける。このまま人目についてしまえば、間違いなく騒ぎになることだろう。
いっそのこと、そのまま病院の世話になるのも悪くないかもしれない。
傷が癒えたところで逃げ出せばいい。面倒な説明なんて全てはぐらかしてしまえばいい。
病院なら、魔女が生まれる可能性だって高い。考えれば、それは存外悪くないような気もしたのだが。
「こいつは……使い魔か」
ソウルジェムが使い魔の反応を捉えた。
「……大分、濁ってるな」
手のひらにかざしたソウルジェムはもうすでに、本来の燃えるような赤を失っていた。
そこに浮かんでいたのは。まるで静脈血のように濁ったドス黒い赤。
ソウルジェムが穢れきってしまえば、魔法はもう使えない。
今の杏子のソウルジェムの状態は、最早ほとんど魔法は使えないという事実を示していた。
それでも相手が使い魔ならば、恐らく敗れはしないだろう。
とは言え、グリーフシードを落とさない使い魔を相手にする理由は、杏子にはなかった。
「まあ、丁度いいか」
例え使い魔を倒す理由がなくとも、結界に踏み込む理由はある。
使い魔とは言えそれが生み出した結界は、外界とは隔絶された閉鎖空間。
人目を離れ、傷を癒すには絶好の場所であると言えた。
無論、それは衆目に触れることない代わりに、魔法少女の知るところとなる可能性は高い。
そして今、見滝原にいる魔法少女は全て彼女の敵なのだ。
「ほむらの奴は、わざわざ使い魔まで潰しにゃこないだろ」
けれど、そういう確信もあった。
ほむらの行動原理は全くもって知る由もないが、いちいち丁寧に使い魔を潰すような相手には思えない。
「マミの奴は来るだろうけど……でも、あいつになら、いいさ」
口元に小さな笑みを浮かべて、杏子は結界の元へと向かう。
「あんたに助けられた命だ、あんたが欲しいって言うなら、いいよ」
全てを諦めきったような顔で、そう呟いて。
「お待たせ、まどか」
状況が理解できず、完全に硬直していたまどかの元に、ふわりとそれは舞い降りた。
「プリセラ……さん」
我に返ったかの様に、まどかはプリセラにそう答えた。
「一体、何があったんですか。あの子は、どこに行っちゃったんですか?」
我に返ると、戦いの気配が去ったのを肌で感じているのか、まどかの表情から警戒の色が僅かに薄れた。
逆に浮き彫りになったのが、純粋な疑問。きっともうすぐ、まどかは答えに行き当たることだろう。
火薬の匂いで薄れてはいるが、キリカであったものからは既に鉄の匂いが漂い始めている。
プリセラは、深刻な表情で問いかけるまどかの頭に軽く手を乗せて。
「後でちゃんと説明するから、まずは一回ここを離れよう。
これ以上ここにいると騒ぎになって、面倒なことになりそうだから、ね」
戦いの余韻も、胸の奥からこみ上げる吐き気を催すような怒りも、全てを腹の内に飲み込んで。
プリセラは努めて穏やかにそう言った。そんな様子にまどかも少し躊躇いながらも、やがて小さく頷いた。
「よし、じゃあ行くよ。しっかりつかまっててね」
「えっ?」
まどかが聞き返す間もなく、プリセラは所謂お姫様抱っこの要領でまどかの身体を抱き上げると。
「さあ、行くよっ!」
直後である。まどかは、自分の体が空に向かって打ち上げられていくような
まるでエレベーターの下りの時の感覚を、何百倍も強くしたような浮遊感に襲われた。
事実、その通りであった。プリセラはまどかを抱えたまま、恐ろしい速度で真上に向かって跳んだ。
まどかの視界はめまぐるしく変わり、やがて街の遥か上空で静止した。
「これ……凄い」
眼下には、見滝原の街が、概ね夜景と言っても差し支えないであろうそれが映し出されていた。
自分の住んでいる街を、こうして遥か高みから見ることなどそうありはしない。
ましてや、それが建物の上からではなく、本当に空中からとあれば尚更である。
「とりあえずマミを見つけて、合流しよう。……上は寒いから、しっかり抱きついてるんだよ」
まるで空を飛んでいるかのような跳躍の最中、まどかの身を案じてプリセラが声をかける。
まどかの身体はしっかりとプリセラに支えられている。例えまどかが手を離していようと、落ちる事などありえない。
それでもこれだけの高度で、これだけの速度で跳べば当然夜風も冷たく厳しくなる。
そんな夜風からも守ろうとしてくれているのだとわかって、まどかは少し恥ずかしそうにしながらプリセラの細い首筋に手を回した。
抱きしめた身体は柔らかくて。これほどの険しい夜風の中だというのに、とても暖かかった。
風にはためき激しく流れる長髪と、ぱっちりと大きく開いた青い瞳。
そして触れ合わずとも分かる、触れ合えば尚良くわかる、恐らくマミにも劣らぬであろう女性らしい体つき。
その全てが、力強さと美しさを兼ね備えていて。そんなプリセラの姿は、何故だかまどかに自分の母の姿を彷彿とさせるのだった。
空に打ち上げられた身体が、重力に辛め取られて落ちて行く。
身体の中を風が駆けていく。きっと普段なら、例え問題はないと分かっていても、恐怖の悲鳴を上げていただろう。
けれど今、プリセラの腕に抱かれて、まどかは恐怖を感じる事もなく、どこか穏やかな感覚に身を委ねていた。
別の建物の屋上に降り立ち、再び跳躍。二人の身体が空に打ち上げられる。
「プリセラ、さん」
息が詰まりそうになりながら、それでもまどかは心の内に生じたその疑問を投げかけた。
「ん、どうしたの?もしかして辛かった、まどか?」
「ううん、それは大丈夫なんです。ただ、ちょっと聞いてみたくて」
言葉の途中で急降下、舌を噛んでしまいそうになって、慌ててまどかは口を噤んだ。
「そっか、じゃあ…ちょっと落ち着けるとこで話、しようか」
着地、そして今度は短い跳躍。降り立ったのは、一際高いビルの屋上。ここならば、人目に付く事もないだろう。
「それで、話ってなんだい。まどか」
抱かかえていたまどかを下ろし、夜風はやはり冷たいから
軽く肩を触れ合わせ、地上の景色を眺めながらプリセラが切り出した。
「大したことじゃないんです。ただ、プリセラさんの事をもっと知りたいなって、そう思っただけで」
「え、私の事?」
まどかの言葉に、きょとんとした顔で首を傾げるプリセラ。
「プリセラさんは、すごく強くて、格好よくて。会っていきなりこんな事言うのも
おかしいかなって思うんですけど……すごいなって、尊敬しちゃうなって、思ったんです」
寒さからだろうか、それともまた何か別の物からだろうか、まどかの頬は僅かに上気していて。
「あはは、流石にそこまで言われるとちょっと……照れちゃうかな」
「だから、教えて欲しいんです。一体どうしたらそんなにすごくなれるのか。
やっぱり、プリセラさんも魔法使いだから……なんですか?」
強くて、優しく、見目麗しい大人の女性。
それはまどかの理想だった、母の姿を重ねてしまえば、その理想と憧れはやはり強くなる。
プリセラの在り様と立ち振る舞いを見て、まどかが受けた衝撃はそれこそ
マミが彼女に与えたものにも劣らぬものだったのだろう。だからこそ知りたいと思った。
マミは魔法少女となったことで、今のようにあることができている。
だとすれば、プリセラをそうたらしめているものは、一体何のだろう、と。
「やっぱり、気になる?」
「はい、とっても」
目をきらきらとさせて見上げるまどかの様子に、プリセラも少しおかしそうに笑って。
それから何かを懐かしむように、静かに目を細めた。
「私にはね……ん、あれ、あんなところにマミがいるね」
言葉が出かけたその時に、眼下の街並みにマミの姿を見つけてプリセラが声を上げた。
「えっ、どこですか?」
言葉につられて、まどかも眼下を見下ろした。
けれどそこに見えるのは街の灯りばかりで、その中で蠢く人の姿など、一人一人の区別は到底かなかった。
「ほら、あそこ。……見えないかな。とにかくマミも見つかったし、一回合流しよう。話はまた後で、ね」
そう言うと、プリセラは有無を言わさず再びまどかの身体を抱き上げた。
同じく身体が宙に打ち上げられる感覚が走り、再び二人の身体が宙に舞った。
「ティトォ、鹿目さん……無事でいて」
街に蠢く戦いの気配は既に遠く。それはマミにすべての決着が付いてしまったのだということを知らしめていた。
けれど、最後に残った勝者が誰かという事まではわからない。
故にマミはその表情に焦燥の色を滲ませたまま、二人を探して走っていた。
丁度その時である、マミの頭上に二人の人影が現れたのは。
「なんとか見つけられたね、よかったよ」
「マミさん、無事だったんですね!」
ふわりと、まるで重力を感じさせないかのような動きで舞い降りたのは、まどかとプリセラの二人。
その二人の取り合わせに、マミは僅かに困惑した。
(姉妹……かしら?でも、そんなわけないわよね)
髪の色は似ているけれど、流石にそれでそう考えてしまうのは安直に過ぎる。
ティトォから詳しい話を聞いていたマミは、すぐにその答えに思い至った。
「まどか……そして、貴女が三人目の魔法使い、なのね」
ならば即ち、ティトォは無事ということなのだろう。安堵の吐息を漏らしてマミはそう言った。
「そういうこと、私はプリセラ。よろしくね」
「ええ、よろしく頼むわ。プリセラ」
どちらともなくまず握手。ようやく一息ついてから、プリセラはまどかとマミの二人に言った。
「マミ、まどかの事、後は任せていいかな。私にはまだちょっとやらなきゃいけないことがあるから」
「それは構わないけれど、一体何があったの?ティトォも、まどかも」
マミの言葉に、プリセラの表情が僅かに険しくなる。
「敵が現れたんだ。それも多分一人じゃない。私らを狙ってる敵と、まどかを狙ってる敵がいるんだと思う」
まどかの表情にも、あの時の恐怖が蘇る。マミもまた、驚愕から小さく息を呑み。
「それも、まどかを狙った敵は魔法少女だ」
続く言葉に、マミの眼が見開かれた。
「どういう、ことなの」
呆然と呟くマミ。
「私にも何がなんだか分からないんです。でも、あのキリカっていう子は私に言ったんです。
"最悪の災厄の魔女"って。私の事を、そう言ったんです」
恐怖の記憶は、思い出そうとするだけでまどかの心を蝕んだ。胸元を手で押さえて、小さく震えながらまどかは呟いて。
「この後も何が起こるかわからない。マミは、まどかと一緒にいてあげてほしいんだ」
「貴女はどうするの、プリセラ」
マミの言葉に、プリセラは少しだけ口を閉ざしてから。
「後始末をする。それから……責任を、取りに行くんだ」
何かを決意したような表情で、そう呟くのだった。
「行っちゃうんですか……プリセラさん」
頼りない様子で、不安げにまどかが呼びかける。
プリセラはそんなまどかに振り向いて、もう一度その頭にそっと手を乗せて。
「ごめんね、まどか。でも今の私には、やらなきゃいけないことがあるんだ。
全部片付けてまた会おうよ。その時にはさ、しっかりばっちり話してあげるから」
優しく微笑んで、その視線を空へと向けて。
「頼んだよ、マミ」
「ええ。でもちゃんと説明はしてもらうわよ」
最後にそれだけ言葉を交わして、再びプリセラの姿が空へと消えた。
――どうするつもりさ、プリセラ。
「私はさ、女の子が死ぬのを見るのは嫌なんだ。助けられるなら助けたい。まだ、間に合うなら」
街の空を飛び行きながら、プリセラは内なるアクアの声に応える。
ティトォの魂はまだ深く傷つけられていて、目覚めてはいないようだった。
――正気かい?あいつはティトォやまどかを殺そうとしたんだよ?
「わかってる。わかってるけどさ……それでも、私は耐えられないんだ」
――そりゃあわかるよ。わかるけどさ。
アクアの声も、どうにも歯切れが悪いもので。
「とにかく、私は私にできる事をするんだ。これ以上、私らの巻き添えで誰かを傷つけるのは、嫌だから」
歪んだ口元に浮かぶのは、怒りと無力感に苛まれて生まれる苛立ちだった。
落書きでできた結界。時折聞こえる耳障りな声すらも、その時の杏子にはやけに遠く聞こえていた。
「……ちょうど、いいや。ここでちょっと……休んでいくか」
袋小路に疲れ果てた身を預けて、杏子は深く吐息を漏らした。
身体の中に溜まった嫌なものを吐き出すように、長い長い溜め息だった。
失ってしまった足を、膝を抱えて蹲る。小さく縮こまるようになった杏子の身体を、湧き出た赤い帯が覆った。
それは杏子の結界で、少なくとも使い魔からの干渉くらいは防ぐことができるだろう。
それはまるで真紅の卵のようで、薄ぼんやりとした赤い光がその殻の内から零れていた。
膝を抱え、文字通り卵に眠る胎児のような格好で。杏子の意識はまどろんでいった。
思い出すのは、過去の事。ゆっくりと流れる、記憶の河。
幸せの記憶。優しい父と母と、可愛い妹と、何不自由なく暮らしていた日々の記憶。
(ああ、やばいな。……何、振り返っちまってるんだよ。あたしは)
けれど、閉ざした瞳の瞼の裏に映っては消えるその記憶は、確かに彼女にとって幸せな記憶だった。
だからこそ、もう何も見たくないと思う。幸せなのは今だけだから、後はもう、辛い現実ばかりなのだから。
それでも、記憶の河は澱むことなく流れ続ける。
苦難の記憶。幸せを願い、その想いを説き始めた父の姿。
それを誇りに思いながら、それに耳を傾けない人々を怨みながら、悔やみながら
いつしか、ただ生きることすらも困難になっていく。
(駄目だ。そんなこと、してちゃ駄目だよ。親父……母さん、モモ)
見たくはないと思っていても、流れる記憶に心も揺り動かされてしまう。
どうにか彼らの苦境を救いたくて、杏子は家族の姿を求めた。
邂逅の記憶。
彼女はそれを願ってしまった。奇跡は、願いを叶えてしまった。
人々はこぞって父の言葉に耳を傾け、父の声は遍く場所へと広まっていく。
あの時の父は、まさに光の中にいたのだろう。そんな光の裏側で、闇に潜んだ魔女を狩る。
光と闇で、表と裏で世界を守る。そんな自分を誇っていた。
けれど立ち向かう魔女は手強く、一人では立ち向かうのは困難だった。
そんな彼女の前に現れた、魔法少女の先達の姿。
彼女はマミと出会い、共に願った正義の為に、魔女に立ち向かって行った。
(きつかったし、痛かった。死に掛けたことも何度もあったな。
……でも、楽しかったなあ。あの時は本当に楽しかったんだ、嬉しかったんだ)
目を背けたかった。幸せな日々は、その後に来る絶望の前菜でしかない。
分かっていても、流れる記憶は留められない。
喪失の記憶。
父は全てを知ってしまった。
自らを照らす光は神の光などではなく、娘の翳す偽りの光でしかない事を知ってしまった。
受け入れ難い事実は、父の全てを壊してしまった。
壊れた父は、自分の残骸を一片たりともこの世に残す事を望まなかったのだろう。
母を、妹を、全てを巻き添えにして、父は炎の中に潰えた。
残されて、考える。
何故遺していったのか。なぜ連れて行ってくれなかったのか。
答えはすぐに見つかった。きっともう、自分は父の娘ではないのだろう。
魔女と呼ばれて蔑まれた、忌むべき存在に過ぎないのだろう。
(………………………)
思う事すら許されない。圧倒的な絶望の記憶が、再び杏子の心を襲った。
彼女を包む卵の殻が、真紅の色を纏ったそれが、底からじわりと、赤黒い色に染まり始めた。
これが完全に黒く染まりきった時、その卵の中から生まれ出でるのは何なのだろうか。
離別の記憶。
信じた正義は裏切られた、潰えてしまった。それに縋れば自分も潰れる。
だから彼女は正義を棄てた。
だからもう、マミとは一緒にいられない。道は分たれ、彼女は遂に独りになった。
(どうして、あいつはあんなになっちまったのかな)
久方ぶりに出会ったマミは、相変わらず正義に殉じる魔法少女だった。
けれど、その思いはあの時よりも遥かに頑ななものになっていた。
(そうじゃないだろ、あんたの正義は、そんなに冷たくないはずだろ?……もしかして、あたしのせいなのかな)
じく、とまた胸の奥に嫌なものが込み上げる。卵の殻が、更に黒に近づいた。
(あたしは、あんたを尊敬してたんだ。あたしだって、そんな正義の魔法少女でいたかったんだよ)
込み上げるのは苛立ち。憧れの存在が、ああまで歪んでしまった事への苛立ちだった。
(それが、このザマか。……もう、笑えもしないよ)
けれど、我が身はどうだろう。
正義どころか独り善がりと自分勝手にどっぷりと浸かり、挙句かつての憧れにすら刃を向けた。
その結果の敗北と裏切り。まったく自業自得もいいところだ。
(それでも、さ。あたしは心のどこかでずっと思ってたはずなんだ……)
後悔の念が、更に彼女の心を黒く染めた。もう、卵の殻もほとんど黒に染まりきっている。
更に記憶は巡る。
その先はもう、語るべく価値もない記憶ばかりだった。記憶はついに今に至り、そして、全ての記憶が閉ざされる。
――その、直前に。
"助けて、誰か……誰かっ"
助けを、救いを求める声が響き、彼女の心を揺るがした。
「はぁ、はぁ……は、ぁッ!」
果てなく続くかと思われた路地。
それを抜けた先に広がっていたのは、見慣れた街角の風景などでは当然なく。そこもまた使い魔の結界の中で。
その中を、さやかは尚も逃げ続けていた。
いつしか彼女を追う使い魔の姿は一匹が二匹、二匹が三匹と増えていき。
耳障りな無数の子供の声が、さやかの背後を追っていた。
(遊んでるんだ、あいつら)
息を切らせてさやかが走る。恐らく本気で追い詰めようとしていれば、今頃とっくに命はないはずだろう。
そうでないということは、きっとそう言うことなのだ。
弄ばれているのは当然気分がいいはずもない。
けれどそれでも、少なくともその間は命を繋ぐ事ができる。
その間に誰かの助けが来てくれれば、まだ望みはあるはずなのだ。
けれど、救いの手は訪れることはなく。さやかの体には着実に疲労が蓄積されていく。
それが遂に、彼女の運命を決した。
走り続けようと振り上げた足は、思ったほどには上がってくれず。
引きずるように足がもつれて、ぐらりとさやかの体が傾いた。
「あっ……ぐ、ぅ」
全身に衝撃が走る。息が詰まり、肺が酸素を求めてズキズキと痛んだ。
それでもここで足を止めるわけには行かない。手をつき身体を無理やり起こした。そんなさやかの眼前に。
「ブゥゥ~ン♪」
酷く上機嫌な声を上げる、使い魔の姿があった。
「ひっ!」
弾かれるように手をついて後ずさる。けれどその背後にも、また別の使い魔の姿があった。
「あ……あぁ、あ」
掠れた声が唇の端から漏れる。
気がつけばもう、さやかは完全に使い魔に取り囲まれてしまっていた。最早逃れる術はない。
諦めが、さやかの心を埋め尽くす。
(これは……きっとあたしへの罰なんだ)
全身から力が抜ける。そのまますとんと、さやかの腰が地に落ちて。
(あたしが、自分で願わなかったから。ティトォさんに押し付けちゃったから、きっと罰が当たったんだ)
自ら願いを叶えていれば、こんな未来はなかったはずだ。戦う力はこの手にあったはずだったのだ。
(恭介……もう、会えないのかな)
恐怖に竦んだ心の奥で、さやかは迫り来る死を垣間見る。
(嫌だよ、そんなの嫌だ……誰か、助けて)
「助けて、誰か……誰かっ」
その死に目を塞ぎ、祈るように手を重ねて。さやかはあるはずのない救いを願った。
けれどそんな願いを、使い魔の魔の手は容易く引き裂いてしまう。
遊びも飽いてしまったのだろうか、使い魔がついにさやか目掛けて殺到する。
形を成した絶望が、さやかの全てを消し去ろうとした。
吹き抜けたのは、一陣の紅い風。
力強く何かを打ち据える音。何かが砕けて消えていく音。
来るべき最後は、絶望の最後はなぜか訪れない。不思議に思って、さやかはうっすらと目を開く。
そこには痛々しい紅が、傷だらけの勇者の姿があった。
「あんたは運がいい。……大丈夫、あんたは助かるよ」
力強く、優しい声が聞こえた。
ぼろぼろの紅衣を纏い、全身に無数の傷や火傷の痕を負い。
一体どれほどの戦いを潜り抜けてここに至ったのだろうか、地を踏むべき彼女の足は、その片方が失われていた。
そう、その場に現れたのは杏子だった。
使い魔を捻じ伏せ、さやかの命を力強くすくい上げながら、杏子は尚も残る使い魔を睨みつけた。
(きっとあたしは、これで最後だ。最後なら……最後くらい、本当にやりたい事をやってやろうじゃねぇか。
本当はあたしもまたこうやって、誰かを助けて戦いたかったんだ)
先の一撃、分裂させた槍による範囲攻撃によって使い魔は既にその数を減じている。
けれど杏子の限界は近い。否、もはや限界であると言っても過言ではない。
それでも杏子は、片手の槍を杖に雄雄しく立ち。もう片方の腕で槍を振り上げ、使い魔へと突きつけた。
「……貴女、は?」
その姿は、さやかにはあまりにも眩く見えた。
どれほどの傷を負っても尚引かず、敵に立ち向かうその気高い姿。
それはまさしく物語の英雄のような、傷だらけの勇者であるかのように見えたのだった。
だからさやかは、降って沸いた救いに目を潤ませて、縋るように問いかけた。
そんな様子に杏子も少しだけ気をよくして、こう答えるのだった。
「――通りすがりの、正義の味方さ」
突如現れた邪魔者に、いきり立って叫ぶ使い魔達。それを一度鋭く睨み、杏子は槍を振り上げ声を張り上げる。
「さあ、来いよ。一人ぼっちは寂しいからさ、あんたらにも、地獄への連れ合いになってもらうぜっ!!」
どうしようもなく死に惹かれ、抗いがたい絶望に飲まれ。
それでも最後の瞬間だけは、望んだ自分の姿を貫こうとして。使い魔に挑む杏子の瞳は、爛々と強い輝きを放っていた。
魔法少女マテリアル☆まどか 第6話
『三人目の魔法使いと傷だらけの勇者』
―終―
【次回予告】
少女は命を燃やしつくし、戦いの中でその火を消した。
その燃え殻に触れる者。その燃え殻を掬う者。
既に奇跡は起こっている、少女は奇跡を手にしている。だとすれば今、起こっているのは奇跡ではなく必然。
「あたしは……死んだのか」
「ここはね、私の夢の中」
夢に根を張る大樹の上で、二人の少女は再会を遂げる。
むき出しにされた心と心は触れ合って、小さな何かが生まれて落ちた。
「ごめんね、マミさん」
「私は……間違っていたのね」
それはきっと、本物の奇跡。小さな小さな、一つの奇跡。
夢で生まれた小さな奇跡は、現実に確かな芽を宿す。
奇跡をみつめる三つの魂。夢の樹に集うは彼ら。
多くの事実を受け止め、飲み込み。彼らは遂に決意する。
「決めたよ。もうこれ以上、誰も死なせやしない」
今、大きな物語の歯車が廻りだす。
次回、魔法少女マテリアル☆まどか 第7話
『夢の樹と仲直り』
落とすだけ落としたので、後は持ち上げるだけの簡単なお仕事です。
そう思っていた時期が私にもありました。
我慢しきれなくなってTDS中下巻を読みました。なんだろうこの展開の被りよう。
読んでよかったのか悪かったのか微妙な感覚です。
>>389
幸せになれるかどうかはわかりませんが、二人の出会いはこんな感じになってしまいました。
書き溜めはそれなりにできてはいましたが、やはり反響なしに描き続けるのはちょっぴりしんどかったです。
概ね7話の中ごろくらいまでは書いてる感じですので、明日以降また順次投下していこうかと。
>>390
ここから急激に巻き返しに入りますので、どうぞお楽しみに。
>>391
ミト様くらいって言ったらどっちみち恭介(ネタバレ)しちゃう上にさや神様爆誕じゃないですかー、やったー!
>>392
わたし は ごつごうしゅぎしゃ です(カクカク
>>393-394
神無もそろそろ始まって欲しいとこなのですけどね、清杉ハルポリ終わったしそろそろいいじゃないですか、土塚先生!
あとガンガンの編集部!
>>395
さやかシナリオで思いっきり心を抉られて結局杏子編の最初でストップ喰らってます。
その内ちゃんとやらねばとは思っているのですけどね。
乙
この時間軸のマミさんがちょろすぎたり、ほむらが冷徹すぎるけど杏子ちゃんはどこでも変わらないな
個人的には死んで欲しくないタイプ。クロス先的に死ぬ可能性が高いけど……
復活きたか乙
いよいよTAPが本格的に動きだすか
ただ頭脳派のテイトォが深い眠りについてるんで、そのせいで後手に回らなきゃいいんだが
「仲直り」か・・・杏子の真意を知ったらマミさんが深い罪悪感に苛まれそうだが
ほむらはどうすんだろうなあ。ここまでやっちまった以上、和解はもう絶望的な気が・・・
それから、このssでほむらがここまで冷徹なのって何か理由があったりするのか?
まどかを守るために「星のたまご」を手に入れる事での恩恵を考慮しても、あまりにも行き過ぎてる
>>420
>この時間軸のマミさんがちょろすぎ
これに関してはいつも通りな気がするなあ
まどポじゃ、ほむら√でほむらに助けられてから急激にデレはじめたし
傍にいてくれて依存できるなら誰でもいいというのはまどポやTDSでも描かれていたしね
うおおおおお!!!ヒーロー 参上!
テンション上がってきたぜー!そして乙!!
TAPとほむらが協力できたら他の魔法少女の問題も大体解決できてしまう可能性があるし、おりこ組も脅威にはなりえない
ワルプルもBBJでいけるんじゃねって感じだからほむらが敵に回らないと上手く行き過ぎるんだろうなぁという気がする
しかし味方に出来たらTAPくらい頼りになる面子もそうそういないんだが…
ほむらはかなりもったいないことをしてるなぁ
書き溜めがある程度ある内は、さくさく投下していくことにしましょう。
では、朝投下です。
第7話 『夢の樹と仲直り』
「……どこだ、ここは?」
どこまでも続く純白の空間。その只中で、杏子の意識は目覚めた。
「なんだって、あたしはこんなとこに……」
その空間はどこまでも広がっているようで、他に目に映るものといえば、足元に広がる樹の枝のようなものばかり。
その枝は空間の至るところにその身を伸ばしており、杏子の身体はその中でも一際太い枝の上に横たわっていた。
まるでこの世のものとは思えない風景を、ぼんやりと寝ぼけた頭で見つめていると
杏子の脳裏にだんだんと記憶が蘇ってくる。最後の戦いの記憶が、せめて最後くらいはと
正義の味方を気取って挑んだ戦いの記憶が。
「そうか……あたしは」
あまりにも現実離れした場所に、杏子は。
「あたしは……死んだのか」
何の感慨もなく、そう呟いた。
先制攻撃によってある程度使い魔の数を減らす事には成功したが
それでもまだ少なくない数の使い魔が杏子の眼前に立ちふさがっていた。
対する杏子は最早魔力も底を尽き、先ほどのように槍を分解して叩き付けるだけの
単純な攻撃を行う余裕すらも残されていなかった。
この状態でできることはたった一つ。その槍でもって、ただひたすらに敵を貫き続けるしかない。
けれど杏子の右足は失われ、戦況は絶望的だった。
それでも杏子は戦い続けた、幾度となく使い魔の攻撃がその身を貫き、その度に意識を手放しそうになりながら。
少しでも気を抜けば、即座に死の暗黒に滑り落ちてしまうような戦いを繰り広げていた。
機を伺い、隙を狙い。狙い定めた真紅の槍が光の軌跡を描く。
その度に、使い魔が貫かれては消えていく。気が遠くなり、自分が何をしているのかさえも定かではなくなってくる。
それでも杏子は、ただひたすらにそれを続けた。やがて使い魔も最後の一匹を残すのみとなり。
それすらも、満身創痍ながらも異様な気迫を放ち続ける杏子の姿に臆したのか、背を向け逃亡を始めた。
「逃がす……かよ」
その背に、杏子は両手に握った槍をぶんと振り上げ、投擲した。
右足の代わりに杖として身体を支えていた槍を失い、杏子の体がぐらりと崩れ落ちる。
それでも、どんどんと高度を下げ、直に床に叩き付けられるであろう杏子の視界の端で
踵を返して逃げ出した使い魔を、二条の赤い閃光が貫くのが見えた。
「へっ……ざまあ、みや…が」
その先は最早言葉にもならず、杏子の意識はするりと解けて消えていった。
ただその直前に、柔らかな何かに抱きとめられたような、そんな気がしただけで。
「そうか、あたしはあの時……死んだんだな」
ぼんやりとした調子もすっかり抜けて、はっきりと杏子はそう呟いた。
「にしても、ここはどこなんだろうね。まさか天国なんて行けるわけないだろうし、地獄にしちゃあ殺風景過ぎる」
周囲を見渡してみても、見えるのはどこまでも純白の世界と、果てしなく伸びる木の枝ばかり。
天国の門どころか、地獄の獄吏の姿も見えなかった。
「あいつ、ちゃんと助かったかな。……助けられたかな」
考えてもどうにもならないことは、ひとまず思考から追いやってしまって。
杏子は使い魔の結界に囚われていた少女の事を、さやかの事を思う。
「使い魔は全部やっつけたはずだ。きっと大丈夫だとは思うけどね。
……はは、でもきっと、あたしの死体抱えて相当途方に暮れた事だろうな」
杏子は再び枝に身を預けて、そのまま仰向けに寝転がる。
そこは純白の空間かと思いきや、上を見上げれば空のような青さも広がっている。雲のようなものも見える。
「ほんっと、どこなんだよ、ここは」
ぼんやりと流れる雲を眺めながら、どうにも暢気に杏子は呟いた。けれど今度はどうやら、その呟きにも答える声があったようで。
「ここは、私の夢の中よ」
それは聞き覚えのある声。その声に、杏子の表情が硬直した。
ゆっくりと首が廻り、視線が廻り。その先に見えたのはやはり見覚えのある姿。忘れようのない姿。
「………マミ」
巴マミが、そこにいた。魔法少女のそれではなく、見滝原中の制服を身に纏った姿で。
「また会ったわね、佐倉さん」
けれどその表情に浮かんでいたのは、冷たく揺ぎない敵意ではなかった。
そこに浮かんでいたのは、迷いと戸惑い。そして何か信じられないものを見ているかのような、そんな感情だった。
「わけがわかんねぇ。何がどうなってんだよ。あたしは、あんたは何でこんなところにいるんだ。
夢の中?それこそ寝言は寝て言えよ」
理解不能な事情の連続。もはや自分も死んだ身だろうと
杏子は一切の事情を理解する事を放棄して、投げやりにマミの言葉に答えた。
そのまま不貞腐れたように、マミの顔を睨みつけると。
「……なんてツラしてんだよ。もしかして、あたしを殺した事を後悔でもしてんのかよ」
その言葉に、マミもなにかしらの思うところがあったのか。目を見開いて杏子を見つめると。
「そうね、今は悔やんでるかもしれないわ。貴女ともっとよく話をしておかなかったことを」
目を伏せて、そう呟くのだった。
「妙にしおらしいじゃんかよ。……気にするこたないよ。単にあたしがあんたより弱かったってだけさ。
勝った方が正しい、シンプルだけどそれでいいだろ」
よくよく考えれば、自分はもう死んだのだ。だとすればこれ以上、余計な意地を張る事もない。
マミが夢だなんだと言っていたのは気になるが、それもこの際どうでもいい。
これが最後だろうから、きっともう会えないだろうから。言いたい事は言ってしまおう。
「本当はさ、あたしは縄張りなんてどうでもよかったんだ。もう一度あんたに会いたかった。
会って話がしたかった。一人でもこんなに頑張ってるんだって、見せたかった。強くなったねって、褒めてもらいたかった」
ぽつりと、心の奥から言葉が口をついてでた。いつもならば気丈で身勝手な仮面を被せて
完全に覆い隠していたはずの言葉が、今はそんな仮面を無視して零れ出る。止まらない。
「ああやって仕掛けて見せたのだって、あたしの力を見て欲しかっただけなんだ。
幻惑の魔法が使えなくなって、それでもあたしはこれだけ戦えるんだって
あんたに負けないくらい強くなったんだって。見せてやりたかっただけなんだ」
杏子はひょいと上体を起こすと、マミに背を向け座り込む。このままマミの顔を見つめていたら、涙が零れてしまいそうだから。
「ほんと、どこで何を間違えちまったんだろうな。最初からこうやって素直になれてたら
ひょっとしたら何かが変わってたのかもな」
マミは何も答えず、静かにその場に立ち尽くしている。
背を向けている杏子からは、その表情は窺い知れない。果たしてマミは何を思っているのだろう。
この身勝手な告白をどう受け止めているのだろう。
憐れんでくれるだろうか、それとも今更何を勝手なと、憤っているのだろうか。
気にはなるけれど、顔を合わせることなどできそうにない。
顔を合わせた瞬間に、きっとこの素直な自分は吹き飛んでしまうだろうから。
「……こんな事言ったら、あんたは怒るかもしれないけどさ。
あたしは今でも、正義の魔法少女って奴に憧れてたんだ。強くて素敵で、みんなを助ける正義の魔法少女。
そんな風になりたいって、心のどこかで思ってたんだ」
声が震える。思わず俯いて、膝を抱えて顔を隠した。ぽたりと熱い雫が頬を伝い、白い枝の上に落ちていく。
「でも、できなかったんだ。……怖いんだ。 誰かを助けるために魔法を使って、また裏切られたらどうしようって
助けた事が巡り巡って、もっと悪い事に繋がったりしたらって。そう思ったら……怖くて怖くてしょうがないんだよ」
誰かと共にいれば別れが怖い。だから孤独を友とした。そうすればもう、離別の辛さを知る事はない。
誰かを助けようとして、助けられないことが怖い。だから自分の為だけに力を振るった。
そうすればもう、自分のせいで誰かを失う事はない。
けれど彼女は知っている。信頼を寄せ合える仲間がいることの心強さを
誰かを信じられることで、誰か自分を信じてくれることで、どれほどの恐怖が和らぐのかという事を。
誰かを助けられたとき、胸の内に込み上げる暖かな感情。
自己満足だと言われても、それがとても尊いものである事を、彼女はやはり知っている。
だからこそ、常に心は苛まれ続けていた。孤独に、無力に。
そんな痛みを、恐れを全て、強がりの仮面の下に押し殺して、今日まで彼女は戦い続けていた、生き延びていた。
「あたしは、それを貫き通してるあんたを尊敬してた。だからあたしも、最後くらいは正義の魔法少女……
みたいなことをしてみたいって、柄にもなく思っちまったんだ」
言葉が途切れた。マミは静かに一つ吐息を漏らすと、静かに杏子に呼びかけた。
「だからあなたはあの時、美樹さんを助けたのね」
「知り合いだったのか?」
「ええ、私の知り合いで、魔法少女になれる素質のある子なのよ、彼女は」
その言葉には、杏子もちょっと意外そうな顔をして。口元に寂しげな笑みを浮かべて言葉を続ける。
「そりゃよかった、あんたの知り合いを、未来の魔法少女を死なせることにならなくて。
あたしの最後の仕事としちゃあ、なかなか上出来って感じじゃないかな」
空元気でどうにかそれを言ってのけた杏子は、背中に何か暖かなものが触れるのを感じて、小さく身を震わせた。
背中に触れていたのは同じくマミの背で。背中同士を触れ合わせながら
互いの姿を見ることだけはせず、マミは杏子の背後に腰を下ろしていた。
「貴女は、何も覚えていないのかしら?……まあ、無理もないことなのかもしれないけれど」
その口調は、どこか呆れている風でもあった。
「何だよ、まだ何かあたしはしでかしてたってのか?」
「いいわ、聞かせてあげる。あの後何が起こったのかをね」
「何かあったのかしら、美樹さん?」
それはマミとまどかがプリセラと別れ、一旦マミの家へと戻ろうとしていた時の事。
まどかの携帯が不意に着信を告げた。そこから聞こえてきたのは、なにやら切羽詰った様子のさやかの声で
マミがいるなら代わって欲しいとまどかに話した。
すぐさま携帯はマミの手に渡り、さやかは焦った様子で言葉を続ける。
使い魔の結界に囚われてしまったこと、魔法少女が助けに来てくれたこと
けれど彼女は酷い怪我を負っていて、このままでは命が危ないという事を。
「わかったわ。すぐに向かうから少しだけ待っていて、美樹さん!」
この街に他の魔法少女がいるなどという話は聞いていない。
それにさやかの言うほど酷い怪我を負っているのだとしたら、もしかしたらなりたての魔法少女なのかもしれない。
見捨てるわけにはいかない。今度こそ、ちゃんと助けてみせる。
それでこそ正義の魔法少女なのだと、マミは決意も新たにさやかの待つ場所へと急いだ。
もちろんまどかを連れていて、おまけにそこは結界の中でもないので、あくまで常識的な速度の範疇で、ではあったが。
そこでマミを待ち受けていたのは、右足を失い、血の気のない真っ白な顔で
さやかの腕の中に力なく横たわっている、杏子の姿だった。
それを見た瞬間、マミの思考は赤熱した。即座に銃を生み出すと、その銃口を杏子に突きつけ冷たく言い放つ。
「美樹さん、そいつから離れなさい」
「な……何言ってるんですか、マミさんっ!この子はあたしを助けてくれたんですよ!
マミさんと同じ、正義の味方の魔法少女なんです。こんなボロボロになるまで戦い続けて
それでもあたしを助けてくれたんですよ!」
当然、さやかにはマミの思考が理解できない。身を挺して杏子を庇うように、マミとの間に立ちふさがった。
「違うわ、美樹さん。その子は正義の味方なんかじゃない。
私利私欲のために魔法を使って、人を傷つけることすら厭わない魔法少女。魔女も同じような存在よ」
思いもよらない冷たい言葉に、さやかは思わず息を呑む。
その瞳に迷いが揺らぎ、マミの冷たい表情と、杏子の顔とを交互に見つめた。
「私の言う事が信じられないの、美樹さん」
マミの語勢が強くなる。その姿は、さやかの心に恐怖を抱かせるには十分すぎるもので
今のマミの姿は、さやかが憧れていた正義の魔法少女の姿とはかけ離れていた。
一体なぜそうなってしまったのか、腕の中の少女とマミとの間に、一体何があったのか。
さやかにはまるで知る由もない。けれどそんなマミの頑なな態度に、さやかは意を決したようで。
「信じたいよ、マミさんの言ってることなら信じたい。でも、この子はあたしを助けてくれたんだ。
正義の味方だって、そう言ってたんだ。あたしはそれを疑いたくないんです」
杏子の身体を抱き留めたまま、さやかはマミにそう告げる。
もちろんマミの事を疑いたくはない。それでも命懸けで自分を助けてくれた相手を見捨てることは、さやかにはどうしてもできなかった。
そんなさやかの頑なな態度が、今度はマミを苛立たせる。
「……その子は、私の敵なのよ。それに、彼女は鹿目さんを殺そうとしたのよ」
だからこそマミは、恐らくさやかにとっては決定的であろう事実を告げた。
最早今のマミにとって、杏子は倒すべき敵。魔女にも等しい存在でしかなかったのだ。
「本当……なの、まどか?」
震える声で、さやかが問う。
マミの後ろに隠れるようにして立っていたまどかは、怯えたように身を竦め、それでもどうにか前に出ると。
「……それは、本当だけど。でも、きっと何か事情があったんじゃないかなって、思うんだ」
躊躇いがちに、震える声でそう呟いた。
「鹿目さん……貴女、分かっているの?彼女は貴女に刃を向けたのよ」
マミは信じられないものを見るかのような、鋭い目つきでまどかを睨んで。
「それはわかってます。……でも、さやかちゃんを助けてくれたっていうのも、本当なんだって思うんです。
だから、きっとこんな風になっちゃったのも、何かの事情があったからで……」
「いい加減にして!貴女達の事を心配して言っているのが分からないの?
この子は危険なのよ、今すぐ倒さないと、大変なことに……」
かつての仲間は倒すべき敵と化し、大切な後輩達はいずれもその敵の肩を持っている。
何故なのだろう、自分は正しい事をしているだけなのに。
それがますますマミの苛立ちを煽る。知れず、マミは声を荒げてしまう。
その苛立ちもそのままに、銃口を杏子へ向けて突きつけた。
「お願いだよ、やめてよマミさん。あたしはただ、命を救ってくれた恩を返したい
命の恩人を助けたいってだけなんだ。これって、間違ってることじゃないはずだよ!」
さやかは尚も身を挺し、突きつけられた銃口に身をかざす。
「やめてよ、マミさん!どうして……どうしてこんな事するんですか。今のマミさん、何か変ですよ!」
まどかまでもがマミの手に縋りつき、突きつける銃口を下げさせようとする。
恐らくそれは、さやかの身を案じてという理由が最も大きなものではあったのだろうけれど。
マミの表情が更に引き攣った。
このまま二人を無力化し、その後で杏子に止めをさすことは、マミにとっては容易い事である。
けれどそうしてしまったら、今二人との間に生まれつつある亀裂は、きっと決定的なものになってしまう。
そんな事をした自分を二人はもう、正義の魔法少女とは見てはくれないだろう。
それでもいい、それで正義が貫けるなら。
例えどれだけ謗りを受けても、殉じるべき正義が今のマミにはある。
冷徹な心が引き金を引く刹那、マミの心が小さく揺らいだ。
一体どんな気まぐれからか、それでも誰かを救おうとして、事実救って力尽きた杏子。
そんな杏子に止めをさそうとしている自分。必死にそれを止めようとする少女達を、捻じ伏せそれを為そうとする自分。
果たしてそれは、本当に正義の魔法少女なのだろうか。
(本当にこんな私が、胸を張って先輩だなんて言えるのかしら)
そんな思いが、不意にとても強くマミの心を揺さぶるのだった。
それはきっと、正義の仮面の下に隠された、本当の思いだからこそ。
(こんな私と、彼女達は一緒にいてくれるのかしら)
答えは、尋ねるまでもなく明白で。
マミは目を伏せ、静かに吐息を漏らすと銃を掲げた手を下げた。するとその銃身は、解けるように虚空に消えて。
「……わかったわ。貴女達がそこまで言うなら、一体その子を連れて行きましょう。
このままにしては置けないし、私の家に行きましょう」
観念したような声で、マミは静かに呟くのだった。
「ありがとう、マミさんっ!……わがまま言って、ごめんなさい」
さやかは安堵の表情を浮かべ、それからすぐに、ばつが悪そうに小さく頭を垂れた。
「……よかった、マミさん。でも、この子は一体何があったんだろう」
まどかもまた安堵の表情で、それでも気忙しげに杏子の表情を見つめていた。
(よかった……のよね、これで)
そんな二人の様子を見れば、マミの心に確信めいた思いが宿る。きっと今は、こうする事が正しいのだ、と。
ひとまずここまで、ということで。
一波乱ってレベルじゃなかったけど何とか丸く収まりそうで良かった
あとは赤い水たまりになったキリカちゃんを救うだけだね!
乙
マミさん仮にも元弟子の仲間だったのに情の一つもねえのかよ
乙
まさか本当に生きのびさせるとは……ほむほむ詰んだなこれ
それともごつごうしゅぎしゃなら折檻して説教して仲間入りとか
そこまでやっちゃってくれるのかな (カクカク
乙
けど死ぬしかないじゃないの例もあるしなあ
乙
正直言って思い込みの激しさはさやかとどっこいどっこいと言うか…まぁこの年齢ならしゃーないが
ついげきの投下で更にスレの勢いは加速した。
行きます。
「じゃあ……あたしは」
短くはない話が終わり、杏子は驚愕交じりに呟いて。
「そう、貴女はまだ生きている。……でも、どうして私の夢の中にあなたがいるのか、それは分からないのだけれど」
マミはなにやら複雑な表情を浮かべて、背中合わせの杏子に言う。
(ってちょっと待て、じゃああたしはまだ生きてて、なのにマミにあんなことをベラベラと……)
だとしたら、恥ずかしいことこの上ない。羞恥がかぁ、と杏子の表情を朱に染めた。
背中合わせだったのはきっと幸いだったのだろう。そんな表情すらも見せることはなかったのだから。
「……ってことは、もしかしたらこれはあたしの夢かも知れないぜ。
あんまりあんたが恋しいもんだから、夢にでも見ちまったのかもな」
照れ隠しをしようにも、夢の中ではそれもできない。
今ここにいるのは、強がりの仮面なんて纏えもしない、むき出しの心一つだけなのだから。
冗談めいて言葉を放った杏子に、マミもまた笑み交じりの声で答えるのだった。
「ええ、そうかもしれないわね。……でも、私はこうも思うの。
もしかしたら、私達の夢が繋がってしまったんじゃないか、って」
「そんなことが起こるのかよ?」
「分からないわ。でも、魔法少女だもの、これくらいの不思議なことは起こってもいいと思わない?」
その口調はどこか楽しげで、つられて杏子の口元にも笑みが浮かんで。
「はは、違いねぇ。……でも、本当にここがあたしらの夢の中なら
あたしはここでマミに会えてよかったと思うよ。きっとここで会えなかったら
あたしは素直になんてなれなかっただろうからさ」
不思議なほどに、杏子の心は落ち着いていた。ずっと心の奥に溜まっていた蟠り。それがすっきり晴れてしまった。
「正直に言うとね、私は今でも、これが私の夢だと思っているわ。
貴女がこんなに素直に自分の気持ちを打ち明けてくれるだなんて、ありえないことだもの」
対するマミの口調は、まるで皮肉っているかのようで。
「酷いなあ、マミ。信用ねぇのな、あたしも。……まあ、無理もないけどさ」
杏子は苦笑し、少しだけマミの背に身を預けようとした。
けれど預けていたマミの背はふわりと消えた。支えを失い、杏子はころんと仰向けに転がってしまう。
そんな杏子の視線の先では、マミが優しい笑みを浮かべて立っていた。
「でも、今言った事が本当なのだとすれば……私は、あなたに謝らなくちゃいけないわ」
マミは再び、枝の端から足を垂らすようにして座り。
立ち上がろうとした杏子を制すると、その頭をひょいと持ち上げて、膝の上に乗せた。
所謂膝枕という奴だろうか。
「なっ……マミ、何すんだっ!?」
流石に杏子もこれにはたまらず、跳ね起きようとするけれど。
「今はこのままにさせて。……ダメかしら?」
小さく首を傾げてマミが問う。杏子は少しだけ迷ってから、照れくさそうに僅かに視線を反らして。
「……別に、嫌じゃ、ない」
口元に浮かんだ笑みを気取られないように、口元は手で覆ったままで呟いた。
「だから、一つテストをしましょう。これがどちらかの都合のいい夢じゃないかどうかを確かめるの」
膝にかかる重さを心地よく感じながら、杏子の髪をそっと手で梳いて。マミは悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「テスト、って。一体何をするのさ、マミ」
髪を縛っていたリボンは、いつの間にやら外れていて。
ふわりと広がった髪を、ゆっくりと手で梳かれるのはなにやら無性に心地よくて。
夢の中だというのにどこか夢見心地で、僅かに目を細めて杏子は答えた。
そんな杏子の視界の中で、マミの顔がだんだんと近づいてくる。
一体何をしようというのか、思わず細めていた目も見開いて。
「ちょっ、マミ……おまっ、何するつもり……ぁ」
慌てる様子も露知らず、更にマミの顔が近づいて。こつん、と額が触れ合った。
触れ合う額から伝わる、少し固い感触と確かな暖かさ。
言葉もなく、目を見開いたままの杏子に、マミはくすりと微笑を浮かべて身を離すと。
「目が覚めたら、もう一度こうしましょう。……それが、これがただの夢じゃないっていう証拠。
もしそれができたらその時は、もっといろんな話をしましょう」
「……ったく、驚かせやがって。でも、わかったよ。続きは目が覚めたら、だな」
そして、どちらともなく笑みを浮かべて。杏子は瞳を閉ざした。
すると、その体が静かに薄れていく。やがてその姿が虚空に溶けるように消えていった。
それを見届けて、マミも静かに目を伏せた。そして同じく、マミの姿も掻き消えた。
「……上手く仲直り、できたみたいかな」
そんな二人を遠目に眺めて、プリセラは満足げに一つ頷いた。
「覗き見なんて、あんまりいい趣味じゃないね」
プリセラの背後には、アクアの姿があって。
「それはわかってるけどさ、やっぱり気になるじゃない。あの二人の事。
……なんだかただならぬ仲、って感じだったしさ」
振り向いて、小さく髪を揺らしてプリセラは答えた。
「知ったこっちゃないさ。あいつらの事なんてね」
そっけなく答えるアクアだったが、その口元に小さな笑みが浮かんでいるのをプリセラは見逃さず
つられるように小さく笑みを浮かべたのだった。
「……でも、一体どうして彼女達がここに来られたんだろう。それも気になるな」
と、その場に飛び込むもう一つの声。声の主はティトォ。
ティトォは高い枝の上に座って、なにやら思案顔でそう呟いた。
一つの身体を共有し、決して同時に存在する事のできない三つの魂。
それが今この場においては、同時に存在する事が許されている。
ここは彼らの夢の中、唯一彼らが同時に存在する事のできる場所。
夢の樹と、彼らはこの場所をそう呼んでいた。
「ティトォ、身体の方は大丈夫?」
プリセラが、そんなティトォに気忙しげに問う。
「大丈夫だよ、そこまで心配する事じゃないさ」
小さく首を振りながらティトォはそう答えたが、続く言葉には少なからぬ不安の色が混じっていた。
「……ただ、少し魔力を使いすぎた。しばらくぼくは出られないと思う」
「ごめん、ティトォ。私がわがまま言ったからだね」
無理がかなりたたっているのだろう。プリセラは申し訳なさそうにそう言うと、小さく俯いた。
「いいや、きみが気にする事じゃない。それに多分、あの時ぼくが出ていたとしてもきっと、同じ事を考えてたと思うよ」
再び時は遡り、そこは再び夜の街。
闇夜を駆ける一つの影。まどか達と別れてすぐの、プリセラの姿である。
――わかったよ。プリセラがそこまで言うってなら、あたしももう止めないよ。
「ありがと、アクア」
嬉しそうに笑い、プリセラはビルの屋上に降り立った。
かと思えば再びその姿が空へと跳ね上げられる。幾度かの跳躍の末、プリセラはようやくその場所へと辿りついた。
そこは先の戦いの舞台。謎の魔法少女とティトォが、そしてプリセラが戦いを繰り広げていた場所だった。
その戦いは、無慈悲な横槍によって強制的に終わらされてしまったが
それでもまだこの場所には、恐らくあの魔法少女がブチ撒けたのであろう多量の血痕が残されていた。
「……」
それを見れば、到底人が生きていられる程度の出血とは思えない。
やはり無駄だろうかと、小さくプリセラは嘆息した。
「それでも、亡骸くらいは弔ってあげなきゃね」
彼女が何を思ってまどかの命を狙ったのか、そしてこうして敵対する羽目になったのか。
何一つとして分からないままに全てが終わってしまった。
もしもちゃんと話をすることができていれば、こんな事にはならなかったのではないだろうか。
あんな女の子が戦うような事に、死ぬようなことにはならずに済んだのではないだろうか。
そんな思いがどうしようもなく去来して、胸の奥をぎゅっと締め付けた。
夥しい血痕の残るその場を離れ、プリセラは辺りを探り出す。
あの狙撃よって吹き飛ばされてしまったのだとすれば、どこかにまだ身体は残っているかもしれない。
それを探して、せめてちゃんとした形で葬ってあげたかった。
けれど頭の片隅には、跡形もなく吹き飛んでしまったのではないだろうかという、嫌な想像が浮かんでしまう。
プリセラは、それをどうにか振り払う事に終始していた。
そんな最中、それは見つかった。
「血の痕だ。……こっちに向かってる」
アスファルトにべっとりと残されたそれは、夜の闇の中で判別する事も困難であった。
それでも人智を遥かに逸するプリセラの知覚は、それが血痕であることに気がついた。
その血痕はまるで引きずられるかのようにずっと続いている。それは何故か、考えるまでもない。
「きっと、この先にあの子はいる」
確信を込めてプリセラは呟く。
果たして一体どんな姿でいるのだろうか、考えれば気分が悪くなりそうで、そんな考えは極力外へと追いやって。
引きずられて残る血の痕を、慎重にかつできる限りの速度でプリセラは追う。
遠からず、プリセラはそれと出会う事になる。建物と建物の間の僅かな隙間。
そこに身を滑らせて、まるで眠っているかのように動かずにいる、一人の少女と。
ここまでの距離を、這ってどうにかたどり着いたのだろう。漆黒の衣装も血と土に塗れ、赤黒い汚れに染まっていた。
「なんて、酷い……事を」
あまりに凄惨な光景に、プリセラは思わず目をそらして唇を噛み締めた。
建物の隙間に入り込み、そこで力尽きたキリカ。
あの時の攻撃によって失われてしまったのか、それともその後に千切れてしまったのか
今のキリカには、下半身と呼べるものが何一つとして存在していなかったのだ。
血を流しつくしたのだろう。もはやその身体からは一滴の血すらも流れることはなく。
棺と呼ぶにはあまりにも無機質な建築物に囲まれて、キリカの身体は眠っていた。
それは恐るべき敵だというのに、それでもプリセラはひどく辛そうな表情を浮かべて
そんなキリカの亡骸に手を伸ばし、そっと頬に触れた。
「これ……は」
どくん。触れた指先に、脈打つ何かが触れた。
もちろんそれは、本来あるべき肉体の鼓動などではない。
数奇な身体を持ってしまった彼女だからこそ分かるその感触は、キリカの魂がまだ生きている事を示していた。
ありえない。普通であればそんなことはありえない。
肉体が死ねば、魂もそのまま消失してしまう。けれど今、キリカの魂は生きている。
今もこの肉体に宿ったままで、生きている。
傷ついた肉体さえ癒すことができれば、再び息衝く魂がその肉体を突き動かすだろう。
プリセラは、迷うことなくその名を呼んだ。
「ティトォ!お願いだよっ……この子を、助けてあげて」
ティトォは深く傷ついて、魔力さえも底をついた状態で命を絶ち、プリセラへと変換している。
ただの傷ならばまだ、再度変換する事で回復する事もできるだろうが、今回ばかりは事情が違う。
その傷はキリカの魔法によって刻まれたもので、どうしても治癒には時間がかかる。
まさしく満身創痍のティトォにもう一度変換し、さらに魔法を使うということは、あまりにも酷な選択だった。
プリセラも、それはよくわかっていた。けれどそれでも、今尚脈打ち生きようとしている、その魂を見捨てることはできなかった。
きっとそれは、ティトォにとっても同じ事だったのだろう。
言葉はなくともその身の内で、ティトォが小さく頷くのをプリセラは感じた。
「ありがと、ティトォ。……ごめん」
小さく呟いて、プリセラは懐から薬のカプセルを取り出した。
それは強制的に存在変換を発動させる魔法の薬。言ってしまえばただの劇毒。それをプリセラは、迷うことなく飲み込んだ。
再び存在変換が起こる。けれどそれは、先ほどまでの大気を揺るがすほどの魔力の渦を生むことはなかった。
今までの二回の存在変換は、いずれもティトォとプリセラという存在を、新たにこの世界に産み落としていた。
二人はいずれもこの星には存在していない人物である。
先に生じた魔力の渦は、新たに生まれた存在を、この星に刻み込むために生まれたものだった。
故に今、既にこの星に刻まれたティトォという存在を生み出す上では
先の存在変換のような激しい反応は起こらなかったのである。
「……っぐ、やっぱり、ちょっと厳しいか」
かくして、ティトォは再び世界に現れた。見た目の上では傷はすっかり癒えている。
けれどその魂には、キリカの魔法による傷が痛々しく残っていた。
魔力にも余裕はあまりない。だからこそ、やるべきことはすぐに済ませてしまわなければならない。
ティトォは死んだように眠るキリカを見つめると、取り出したライターに火を付けた。
書き溜めがある内は、それなりにサクサクぬるぬる投下していきましょう。
では、レス返しのお時間です。
>>420
確かにその二人に関してはちょっと僅かにかわってしまった感もあります
が、まあここまできてしまったので、どうにかこうにか書いていくことにします。
そして安定の杏子。なんだかんだで動かしやすくていい子です。
とりあえず一命を取り留めたようですし、まだまだ活躍してもらいたいところです。
>>421
果たして動き出すのはTAPだけなのでしょうか。
何にせよこの話で魔法少女達のごたごたはある程度ケリが着いてくれるはずです。
どんな形かどうかはともかく。
そして本当に容赦の無いほむら。
果たして彼女の目的は、本当にまどかを守ることなのでしょうか。
もしかすると……だめだ、これはまだ私の口からは言えない。
>>422
ヒーロー杏子は書いてて本当に楽しかったです。
何か一つが掛け違っていれば、こういう未来もきっとあったのでしょうからね。
そういう一面もなきにしもあらず、でしょうかね。
流石に魔女とばっかり戦ってもらうわけにも行かないですし。
ワルプルさんはまあ、そう遠からず参上してくださるのではないかと。
そしてほむらは彼らの能力をほとんど知らない状態ですからね。
おまけにこの期に至っては、下手に接触することもできない状態です。
>>436
当然救いますとも、彼らはここで起こった全ての犠牲が、自分達に責任があると考えてしまっています。
見過ごすことはできません。
>>437-439
当初の予定よりかなり頑なになってしまったマミさんです。
ですが書いてしまったものは今更どうにもならないので、そう言う方向で話は進んでいきます。
本当にこの時期にTDSがきたのはよかったのやらわるかったのやらです。
公式で色々掘り下げられるとどうしても矛盾も出てきますしね。
>>440
状況は圧倒的不利。それでもまだほむらはほむらで、キュゥべえを味方につけているアドバンテージもあります。
まあ、ほむらがアレを味方とみなしているかどうかは甚だ疑問ではありますが。
>>441
今はまだそれなりに安定してます。
魔法少女じゃないけど共に戦える仲間がいるということもあり
また、彼らがマミを頼るしかないということから、頼られていることの充実感なんてのもあるのかもしれませんね。
>>442
あれでも中学生なんですよねえ、彼女達は。
やっぱりマテパの少年少女勢と絡ませてあげたいです。ネタだけはあるんだ!
乙!
キリカちゃん助かりそうで良かった
自分はマテパ勢で絡ませるならむしろおっさんとからませたい
クライムが杏子にチョーうぜーとか言われたり
マミさんがカイザートと強大な敵に立ち向かう未来を見たり
メイプルソンの変装をティトォ張りに見破るキリカとかさ
……ネタはあるけどそれだけじゃSSにならないんだ!
乙
キリカも助かったのか
このSSにこびりついた陰惨なイメージを改める必要がありそうだ
あとTAPは助けた責任とってちゃんと見張っとけよ
名前を間違えるリュシカ
「ありがとうございますデミさん」
グリンはしょうがないと思うけどなぁ……かわいそうな気がするけどね。本人的には同情してほしいわけじゃないけど……
あと織莉子はここまで未来予知してキリカを送ったのかな……クロス先的にあやしいけど…
さあ、行こうか。
投下です。
「はぁ……っ、キリカ、キリカ……キリカっ!」
少女は走っていた。その身には、闇に溶けるような濃紺の制服を纏って。
それ故に、走る少女につられてはためく長い銀糸は、より鮮やかに夜闇に映えた。
少女の名は美国織莉子。呉キリカにまどかの抹殺を命じた主でもある。
彼女もまた魔法少女であり、その力は未来を見通す力であった。
その力がキリカにまどかの抹殺を為すための好機を示し
彼女の未来には、確実にまどかを貫くキリカの刃が視えていた。
けれど、それは覆る。存在変換が巻き起こす、膨大な魔力の渦と共に。
この段に至り、ようやく織莉子は理解する。この魔力の渦は、彼女の未来を覆すものであると。
存在変換が起こるその時、彼女が視ていた未来は――変わるのだと。
新たに織莉子が視た未来。そこには鮮明に、キリカの敗北と死が刻まれていた。
そんな未来を認めてはいけない、覆さなければいけない。
幸いなことに、彼女の視た未来は絶対不変のものではない。
未来を識るものが、それを覆さんという意志の元に行動を起こせば、未来を変えることも不可能ではなかった。
だからこそ織莉子は走っていた。キリカの元へ、キリカのために。
けれど二人の間に横たわる距離の隔たりはとても大きく、一足飛びに超えられるほど、魔法の力は万能ではなかった。
だからこそ走る。力の限りに息を切らせて走り続けた。
ようやくキリカの元へとたどり着いた織莉子が見たもの、それは。
傷一つない姿で、まるで眠っているかのように横たわっているキリカの姿だった。
「キリ……カ?」
果たして本当に死んでいるのだろうか。恐る恐ると織莉子は呼びかけた。
するとどうしたことか、キリカはむくりと起き上がり、小さく欠伸を一つした。
それからきょろきょろと辺りを見渡し、織莉子の姿を見つけると。
「やあ、おはよう織莉子。……どうしたんだい、そんな悲しそうな顔をして。それじゃあ私まで悲しくなってきちゃうよ」
小首を傾げて、ぴょんと飛び起きキリカは織莉子に駆け寄った。
その姿はあまりにも、いつも通りの変わらぬ姿だった。
そんな姿に織莉子は一つ、大きな安堵の吐息を漏らして、そして。
「よかった。無事でいてくれて……キリカ」
今はただ、ただその身の無事が嬉しくて。織莉子はぎゅっとキリカの身体を抱きしめるのだった。
「織莉……子。はは、何を言っているんだい。私は見ての通り、ピンピンして……ぁ」
抱きしめられるのは嬉しくて、キリカの顔が綻んだ。
けれど順調に巡り始めたその思考は思い出してしまう。あの時我が身に起こったことを。
「そうだ……私は、私は」
声が、身体が震えた。
突然の強襲を受け、身体の半分を吹き飛ばされた。
それでもどうにか魔力を振り絞り、安全な場所へと逃げ延びた。けれどそこで力尽き、眠るように意識は落ちていった。
恐らくもう目覚める事もあるまいと、半ば絶望に沈みながら瞳を閉ざした。そのはずだった。
「そうだ、私はあのまま力尽きて。そのまま死んでしまうかもしれなかったのに。
……これってもしかして、愛の奇跡……って奴なのかな?」
何にせよ、今生きているならそれでいい。今はこうして織莉子といられる、その時間さえあればそれでいい。
あっさりすっぱりと思考を切り替えて、キリカは織莉子に笑みかけた。
「もう、キリカったら……」
織莉子もまた、今はキリカが生きていた以上に考えることなどないようで
困ったように笑って、抱きしめる手に力を込めた。
いつしかキリカが纏った衣装も、魔法少女のそれから見滝原中の制服へと変わっていて。
抱きしめた拍子に、その制服のポケットの中で、何かがくしゃりと音をたてた。
「あら、これは……」
ポケットに手を差し入れ、取り出したのは一枚の紙。折りたたまれたそれを開くと、どうやら何かのメモのようで。
「キリカ、これは貴女が書いたもの……じゃあ、ないわよね」
「ああ、私はこんなものは知らない。何だろうね、これは」
二人は一度目配せし、その文面を目で追い始めた。
「織莉子、これは」
「……ええ、これは」
読み進めていく内に、二人は互いにまた目を合わせ、どちらともなく頷いて。
「――私達への、メッセージ」
「こっちの意思は伝えた。後は彼女が……彼女達が、どう動くかだ」
閉ざしていた瞼を開き、ティトォは静かに呟いた。
あの謎の黒い魔法少女、キリカの背後には何者かの意志が存在している。
キリカの言動から、ティトォは既にそれを察していた。
もちろんそれが織莉子という魔法少女であることや、彼女の持つ能力については知る由もない。
それでも、キリカに残したあのメッセージはまず間違いなく、彼女を通じて織莉子の元へと届く事だろう。
果たして、何らかの反応を得ることができるだろうか。
「何にしても、しばらくはまどかから目を離さないほうがいいだろうね」
一度は退けたが、それでも彼女を狙う敵があれだけとは限らない。
そして魔法少女が持つ魔法の力というものは、こちらの世界の魔法使い達が持っていたものと同様に
十分に彼らにとっても脅威足り得るものなのだ。
油断はできない。あのプリセラでさえ、直接的にではなくとも遅れをとったのは事実なのだから。
「……大丈夫だよ、あの子は私が守ってみせる。もう、あんなヘマはしないよ」
拳を堅く握り締め、険しい表情を浮かべたプリセラが言った。その表情に浮かんでいたのは、一つの決意。
「決めたよ。もうこれ以上、誰も死なせやしない。
あんな子供が死ぬのを見るのは、殺し合いなんてするのを見るのは、やっぱり嫌だからね。
何が何でも止めてみせる。私にできるギリギリのところまで」
相手が本気で殺しにかかってくるのなら、こちらもそれ相応の覚悟を負って戦わなければならない。
たとえどんな相手であろうとも、それを忘れてしまえば喰われかねない。
それを理解して尚、プリセラは自らに誓う。
この拳と、その力の及ぶ限り。その命の続く限り、ギリギリの所まで不殺を貫くという覚悟。
プリセラにもまた、決して死ねない理由がある。
だからこそ、どうしても命を奪わねば止められない相手が現れたのならば
それが魔法少女であるのなら――それは全て、自分がこの手で始末をつけるのだ、と。
「……プリセラ。あんたがあの子達を、って言うか魔法少女って子達の事を気にかけるのは、よくわかるよ」
そんなプリセラの覚悟に、割って入ったのはアクアだった。
その表情にはいつもの勝気そのものの笑みはなく、どこか悩んでいるような様子で。
「でもね、あの子達をあんまり子供扱いしないほうがいいと思うよ。
きっと、本当のあたしと同じくらいの歳だ。確かに子供だけど、子供扱いばかりしてていい歳でもない」
アクアには、それが気がかりでならない。プリセラが彼女達のことを気にかけるのは良くわかる。
百年余りの長い付き合い、今更分からないほうがおかしい。
「魔法少女になることを選んだのは、あいつら自身だ。
その結果あたしらに食って掛かってくる事になったとしても、それは自業自得って奴さ」
けれど、魔法少女となったのはすべて自分で選んだからだ。奇跡を望んでしまったからだ。
それと引き換えに背負う事になってしまう戦いの運命も、その力をどう使い、どう生きるのか。
それは全て自分の責任の範疇であるともいえる。
その責任をまるで背負いきれないほどに、彼女達が子供であるとはアクアには思えなかった。
そこだけは、プリセラにも履き違えてほしくはなかった。
けれど、それでももちろん。
「……もちろん、奇跡と引き換えに力を与えて、それで戦えなんていう奴は
あたしはもっと気に食わないけどね。やり口があいつらによく似てるよ」
不敵に勝気に、そして幾分かの苛立ちも交えて唇の端を歪めて、アクアはそう吐き捨てた。
「そうだね、確かにその辺りも気になるところだ。魔法少女とは一体何なのか。
ぼくの考えが正しければ……あれは」
とん、と指はいつもの仕草を辿り、ティトォは思索を巡らせる。
思い出すのは戦いが終わったその後の、後始末を付けるべく臨んだ夜の事。
キリカを見つけたプリセラは、すぐさまティトォへと存在変換した。
そして再び現れたティトォは、なけなしの魔力を振り絞り、ホワイトホワイトフレアを発動させた。。
とは言え、下半身が完全に吹き飛んでいるのである。
それほどの損傷を即座に修復できるこど、ティトォの魔法も万能ではない。
傷を癒すことはできても、失われた体を修復させるとなればそれ相応の時間と魔力が必要だった。
だからこそ今のティトォにできることは、最低限の治療を行い彼女の命を繋ぐ事だけで
そうすれば少なくとも、すぐにキリカの魂が消える心配はないだろうと、そう思っていた。
けれど、そんなティトォの見立てをキリカは覆す。
ホワイトホワイトフレアに触れたキリカの身体は、まるでその身が魔力を喰らうかのように、白い炎を飲み込んだ。
その、刹那である。失われたはずの下肢が、急速に再生を始めたのである。
いっそおぞましくも見えるほどの速度で、その衣服までもが再生を遂げていた。
それに伴い簒奪されるティトォの魔力。
慌ててホワイトホワイトフレアを解除したティトォの眼前には、傷一つない姿のキリカが横たわっていた。
表情には血色が戻り、息すら吹き返したのか、胸が静かに上下していた。
「身体そのものが、別のものに変換されてしまっている。
……いいや、そんなんじゃない。あれはむしろ……」
身体がどれほど傷を負っても、魂とその器たる星のたまごさえ無事ならば、何度でも蘇る事ができる。
そんな自分たちのありようと、あの時視たキリカのありようは、どこか似通ったものをティトォに感じさせる。
「どれほど身体が傷を負っても、魂だけは無事に保たれる。
そして魔力さえあれば、いくらでも身体の傷を癒して再び戦う事ができる。
……確かにそれは、戦うための存在としては、この上ないほどに優秀だ」
だとしたら、尚も疑問は募る。
魔法少女の身体の核たるその魂は、果たしていかにして守られているのだろうか。
考える。魔法少女だけが持ちえている何か、それは何かと自ら問えば、自ずと答えは導かれてしまう。
「ソウルジェム……まさか、アレが」
導き出された一つの推論。魔法少女の身体の特性、それを僅かに垣間見ただけで
ティトォの頭脳はそれほどまでの推論を弾き出していた。
「だとすれば、彼女達が夢の樹に導かれたのも納得がいく。
彼女達の魂は、既に肉体を離れてしまっている。だから呼び寄せやすくなってしまっていたんだろうな」
「やれやれ、また始まったね」
「ほんと、こうなるとティトォは長いからね」
と、そんな様子を苦笑交じりに眺める女性陣であった。
「とにかく一度、確かめてみる必要はありそうだ。
マミや他の魔法少女に、そして魔法少女を生み出す、あのキュゥべえとか言う生き物にもね」
これ以上は考えたところで何もわかりはしない。
ティトォは思索を打ち切ると、これから為すべきことへと言葉を向けた。
「そして、魔女も倒さなきゃいけないし、まどかの様子もちゃんと見ておかないとね。
あの子がそう簡単に諦めたとは思えないし、こっちのメッセージに答えてくれるかもわからないからね」
ティトォは魔法少女の真実へと注意を向ける。
プリセラは、魔法少女とそれに巻き込まれてしまった少女達の身を案じる。
そしてアクアは、そんな二人に小さく鼻を鳴らして。
「何か忘れてないかい。確かにここの世界で色々やるのも大事だろうけどさ
あたしらがほんとにやらなきゃいけないことはなんだい?元の世界に帰ることだろ。
その為の方法も、どうにか見つけてやらないとね」
それもまた道理。ティトォ達にも元の世界でやるべき事が沢山ある。
女神を倒す、星のたまごを守る。そんな大きな目標だけではない。
メモリア王国に眠る禁断魔法"命七乱月"を賭けた、魔法使い同士の戦いであるメモリア魔法陣。
それに出場し、命七乱月を手に入れる事。更に激化するであろう戦いに備え、新たなる力を磨く事。
いずれも急務であり、どれ一つとして諦めるわけにはいかないことだった。
「そうだね、何にせよそう長居はしていられない。……本当に、やることは山積みだね」
難題ばかりの課題の山に、途方に暮れたようにティトォが小さく嘆息する。
それでも、たとえどれほどの難題が待ち構えていようとも、一つ一つ片付けていくより他に術もない。
「とにかく、今はぼく達にできる事をやっていこう。
あの子達のことも、こうやって関わってしまった以上は、どうにかしなくちゃいけないしね」
いずれ必ず別れの日はやってくる。そうでなければ困る。
その日までに、一体自分達は彼女達に何をして上げられるのだろう、何を残せるのだろう。
答えはまだ、無い。
「決まりだね。とりあえず当面は、私がまどかや他の子達の様子を見てるよ。
ティトォが回復したら、またその時に換わるからね」
プリセラもまた内心の思いはさておき、今するべきことをその心に刻む。応じてティトォも頷いた
。
「当面の問題はあれだね、正体不明の敵って奴。あいつをどうにかしないと、おちおち外も出歩けりゃしないよ」
未だもってその正体も、姿すらも見えない謎の敵。
プリセラの追撃すらも振り切って見せた敵の存在を、アクアもまた大きな脅威として認識していた。
「そうだね、確かにそれも問題だ。今までの攻撃の仕方から見るに
多分敵は女神の手の者じゃない。この世界の住人の可能性が高い」
「なんだってここの世界の奴が、あたしらの事を狙ってくるんだろうね。
姿が見えない分、尚たちが悪いよ」
ティトォもアクアも、困惑の色は隠せない。
元の世界ですら、不老不死の力を持った彼らはいつも追われる身であった。
それは女神の手の者だけではなく、不老不死の力を求める人々が、常に彼らを追っていた。
メモリア王国にたどり着き、国王であるバレットと親交を持つまでは、彼らは常に逃亡と放浪を続けていたのだ。
この世界に来れば、誰も自分達のことを知らないこの世界に来れば
少なくともしばらくは追われる心配もなくなるだろうと、そう思っていた。
だというのに、敵の影はこの世界にまで迫っている。女神の手の者ではなく、この世界の敵が。
その事実が、どうしても腑に落ちない。
「……それに、あの敵はほとんど見境なしだ。街中だろうが平気で攻撃してくるし
その結果誰を巻き込んだとしても、平気な顔をしてるんだ。許せない。許しちゃいけないよ、こればっかりは」
強張った表情に、色濃く怒りの感情を浮かべて、プリセラが言う。
「次は必ず、見つけだしてブッ倒してやんないとね。いつまでも嘗められたままじゃやってらんないしさ」
アクアもプリセラと共に、怒りをその目に燃やしていた。
けれどそんな二人から離れ、ティトォは一人考える。
(恐らく、佐倉杏子は敵と何らかの繋がりがある。魔法少女に接触できる相手なんて
それこそ同じ魔法少女くらいのものだ。だとしたら、あの敵は……)
考えたくは無い。けれど敵が魔法少女と考えれば、納得できないこともない。
(ぼく達を危険視して排除しようとしているのか、それとも本当に
星のたまごを奪おうとしているのか……でも、やっぱり引っかかるな)
だとすれば何故、あの敵は魔法に頼らず通常の火器による攻撃を仕掛けてきたのだろうか。
今までのマミの戦い方を見ていれば、魔法少女の扱う魔法は多岐に渡り、当然攻撃にも使えるものだということは分かる。
できないのだろうか、それともまだ魔法を使っていないだけなのか。
どうにも情報は不足していた、今のままでは、これ以上の推測はできそうもない。
それぞれが思いに耽る中、ゆっくりと夢の樹の輪郭がぼやけていく。目覚めの時が近づいているのだ。
「目が覚めたら、また忙しくなりそうだね」
アクアが。
「ほんと、こっちに来てからずっと忙しい日が続いてるもんね。そろそろ、ゆっくりできるといいんだけど」
プリセラが。
「そうだね、ぼくもまだ、この世界の事をいろいろと見てみたいし。少し落ち着いたら、そうしようか」
そしてティトォが、三人が一つ頷いて。
夢の樹は、消失した。
今回はここまで!
>>.453
そしてそんな魔法少女の秘密についても気付き始めているティトォです。
果たしてこの事実は、物語をどう転がしていくのでしょうか。
>>454
おっさん勢は……うん、確かにネタがないことはありませんな。
織莉子とブライクさんとか。
そして死亡フラグの塊にさらにフラグを盛るのはやめてくれませんかね。
おちおちアメ玉も舐められませんよ、ほんとに。
>>455
本当はね、あそこまで極端にマジべこみする予定はなかったんです。
つい本性が……ではなく興が乗ったということで。
ここからはようやく平常運行です。すこしずつほのぼのできればいいのdすが。
>>456
もしくは病ミさんで一つ。
かまどちゃんとかさかなちゃんとかあんこちゃんとか色々いけそうですな。
あの子は。
ちゃんと出番も用意してますよ、後で。
>>.457
あっさり復活のキリカです。ホワイトホワイトフレアが万能というよりは、単純に魔力さえあれば修復できる
魔法少女の身体との相性が良かっただけのことです。身体の相性がいいとかなんか卑猥です。
いい意味で王道全開まっすぐ少年のミカゼ君は、さやかにはいい影響を与えてくれそうです。
グリン王子はね、うん。はやく出したい。頑張って書いていこうと思います。
>>458
そして織莉子についても今回のでちゃんと説明が入りました。
要するに存在変換が起こるとTAPに関わる未来はまるで変わってしまうわけです。
そりゃあある瞬間急に当事者が別の人物になるわけですから、未来も変わろうってもんです。
乙!
やっぱ面白いわ、次回も期待してるよ!
さて、自分も寝かしてるプロット起こしてさっさと書き始めようかな……
乙
なるほど、存在変換すると未来が書き換わるのか
納得は行くしいい発想だがおりこ涙目ww
そしてまどかを狙ってたのにキリカをリリースしたのかよ
どんなメッセージ握らせたのかまだわからんけど
無責任というかみくびってんのかな
乙
俺の嫁が生きていて良かった……
てか、これからもっと増えるのかよ!てっきり、マテパはあの姉弟と主役3人だけ出ると思った……
これはあっちの世界にまどか達が行くフラグ?
乙!
キリカちゃんリリース!
キリカを助けたことでちょっとは敵意も和らいでくれるといいんだが。
おりキリとの協力は無理でも不干渉の意志が得られればかなり状況は楽になるんだけどな
杏子がほむらに言われたワルプル襲来予報も結構重要だから、
ちゃんとおりキリと杏子、ティトォそれぞれの情報を突き合せられれば…
マミさんが「みんな死ぬしか(ry」状態にさえならなければいける!
と思ったけどしかしほむらだけじゃなく月丸太陽丸の姉弟もいたか。太陽丸がとにかく厄介だな…
そしてグリンこっちに来るのかな?
時止め能力のせいで撤退が早く捉えにくいほむらをプリセラさん以外に捕まえられるとしたらグリンなのかも
まだ書き溜めブーストは生きてます。
では、投下です。
「ぁふ……ぅん」
眠りに沈んだ意識が、ゆっくりと浮かび上がってくる。
けれどまだ、全身を埋め尽くすまどろみの勢力は強く、その誘惑は抗いがたい。
寝ぼけたような声を上げて、杏子は軽く寝返りを打った。
ここはとても暖かい。ここはとても柔らかい。瞳を開かずとも分かるほどに、ここは安らぎに満ちている。
ここは天国なのだろうか。そう思わせるほどに、ここは優しく穏やかだった。
もっとまどろんでいたい。このままずっと、この安らぎに浸っていたい。
けれど、いつまでもこうしてはいられない。
杏子は思い出していた。意識が途切れるその寸前、自分が何をしていたのかを。
そしてまどろみの向こう、あの不可思議な夢の中で一体何を見ていたのか、話をしていたのかを思い出していた。
「…………ぁ」
ゆっくりと瞼を開く。まず目に入ってきたのは、白。シーツと布団の色の白。そして、次に杏子が目にしたものは。
「マミ………さん」
「おはよう、佐倉さん」
同じ布団に包まって、添い寝をしているマミの姿だった。
解かれた金糸が、窓から差し込む朝の日差しに照らされて、きらきらと輝いていた。
まるでマミ自身が光を放っているのではないかと思うほどに、その姿は美しく見えて。
未だ定かにはならず、霞んでぼやける視界の向こうで、マミの表情が確かに綻ぶのが見えた。
どちらも二の句は告げずに押し黙る。静かで、優しい沈黙が流れて、やがてどちらともなく、互いの顔が近づいて。
こつん、と。軽く額が触れ合った。
――おかえり、佐倉さん。
――ただいま、マミさん。
言葉ならぬ声が、確かに二人の心を揺らした。
「ここ、そっか。……懐かしいな」
暖かい布団と、マミと寄り添って眠ることの誘惑はたまらなく強かったけれど
このままでは気恥ずかしさで顔から火が出かねない。杏子はそっと身を起こすと、部屋の中を見渡しそう言った。
そこは杏子にとっても馴染み深い場所。
少なからぬ昔、幾度となく通っては、マミと言葉と時間を交わした場所。マミの部屋だった。
「って、あれ……怪我が、治ってる?」
失ったはずの右足はそこにあり、動かした身体は多少のぎこちなさはあるものの、一切の痛みを伝えることはなかった。
あれほどの傷を負ったのだ、そう易々と治るはずはない。
もし仮にマミが治療をしたのだとしても、回復魔法に特化していないマミでは、完全な回復など望むべくもない。
だというのに、何故。
「ティトォが、貴女を治してくれたのよ。あんなにボロボロになっていたのに、それでも」
その疑問に答えたのは、同じ様に身を起こしたマミの声で。
「そのティトォってのが、あんたの新しい仲間って奴かい?」
ティトォなる男の存在を、杏子は遠目にしか見ていない。
果たしてどんな人物なのかもわからず、マミとよろしくやっていることには
少なからずの嫉妬のようなものも抱えていたりして。知れずその声には、小さな棘が混じっていた。
「ええ、でも。今はもういないわ。……貴女を治した後、力を使い果たして」
「まさか……死んじまったのか?」
弾かれたように振り向いて、問いかけた杏子に静かにマミは首を振った。
「色々と話さなくちゃいけないことがあるわ。ティトォ達の事も、今の私達のことも。
そして聞きたい事も沢山ある。貴女の事、貴女が一体今までどうしていたのかも」
「そうだな、確かにあたしも、話したいことが沢山ある。聞きたい事も沢山ある。
……本当はここに戻ってきたのだって、こうやってもう一度話をしたかったからなんだ」
そう言うと杏子は立ち上がり、改めて自らの身体を見つめる。
確かに失ったはずの足は取り戻されていた。けれど、それよりなにより気になることがあった。
「……なあ、マミ」
「何かしら?」
再び杏子は振り返り、軽く両手を広げて見せると。
「これ、あんたがやったのか?」
その姿は、魔法少女姿でもいつもの杏子の服装でもなかった。
杏子が纏っていたのは、その身の丈よりは一回りも大きな服で。
余った袖から指先が覗き、特にその胸元はスカスカで、それがマミのものであることを雄弁に杏子に知らしめていた。
「ええ、服も血や泥ですっかり汚れていたから、勝手に着替えさせてもらったわ」
「……マジ、かよ」
かぁ、と杏子の頬が赤くなる。身体が汚れていないということは
恐らく身体まで綺麗にされてしまったのだろう。要するにどういうことかといえば。
(全部……見られたってこと、かよ。うあぁ……)
込み上げてきた羞恥が、更に杏子の頬に朱を入れる。
いっそ髪の色にも近しくなりそうな顔色で、俯き震える杏子の姿。そんな杏子に、マミは小さく笑って声をかけた。
「大丈夫よ、全部魔法で済ませておいたから。……でも久しぶりね。佐倉さんのそんな可愛いところを見たのは」
「そ、そうかっ!……いや、なら…いいんだけど、さ」
ほっとしたように、小さく安堵の吐息を漏らした杏子。マミも同じく立ち上がり、そんな杏子の側に寄り。
「まずは朝ごはんにしましょう。積もる話はその時に、ね」
優しく微笑み、そう言うのだった。その姿はあまりにも、杏子の知るかつてのマミの姿によく似ていた。
とてもよく似た、優しい姿だった。
(……あたしの知ってるマミだ。じゃあ、昨日のアレは何だったんだろうな)
思い出すだけで杏子の背筋に寒気が走った。絶対的な敵意と殺意、完全なる拒絶。
あの戦いの最中、マミが見せたあまりにも冷徹な一面。
今こうして優しく微笑んでいるマミと、ああして冷徹な殺意を向けてくるマミが
本当に同じ人間なのだろうかと、杏子には疑問でならなかった。
「……佐倉さん?」
真っ赤な表情を一変させ、ふいに押し黙ってしまった杏子に、マミは不思議そうに尋ねた。
「あ……ああ、じゃああたしも何か手伝うよ、マミ」
その声に弾かれるように顔を上げ、杏子はマミの後を追うのだった。
「……はぁ」
早朝。まどかはベッドの中で小さく嘆息した。今日は休日である。
本来ならば、少し遅い時間までゆっくりと睡眠をとり、それから楽しい一日が始まるはずだった。
けれどまどかの一日は、どうしようもなく憂鬱な幕開けとなっていた。
その原因は当然、昨日の出来事に起因する。
まどかの命を狙って現れた、キリカという謎の魔法少女。
一度は退けたとは言え、その事実は重くまどかの心に圧し掛かっていた。
果たして彼女は何故自分を狙ってくるのだろうか。考えたところで答えは出ずに
また別の魔法少女が自分を狙ってくるのではないかと、そんな危惧すらも抱えてしまっていた。
当然、家族にもそれを話せるはずもなく。
話せる相手であろうマミやティトォ、プリセラは杏子の世話に追われていた。
故にまどかはそれを誰にも打ち明けられず、眠れぬ夜を過ごしてしまった。
今にもこの窓を突き破って、誰かが襲ってくるのではないか。
そう考えると、どうしようもなく恐ろしくて、布団を被ってベッドの中で、まどかはずっと震えていた。
夜が深まってようやく、疲労がまどかの意識をまどろみへと突き落とした。
けれど張り詰めたその精神は、睡眠という休息すらも満足に受け付けることはできなかったようで。
夜が明け、空が白み始めればすぐに、まどかの意識はまどろみから引き上げられてしまった。
「……やっぱり、マミさんやティトォさん、プリセラさんに相談したほうがいいよね」
そうするしかない。そうでなければ、きっと耐え切れずに壊れてしまう。
既に恐怖はまどかの心を壊し始めている。そんな心を自覚して、まどかは助けを求めていた。
そんな時、小さな音がまどかの鼓膜を振るわせた。その音の主は、部屋の窓から聞こえているようで。
「っ!……だ、誰なの?」
窓にかかったカーテンの向こうには、確かに誰かの人影が見えた。
まさか、本当に誰かが襲いに来てしまったのだろうか。まどかの表情が恐怖に強張る。
コンコン、と。誰かが窓を叩いている。それを聞いて、恐怖に埋め尽くされたまどかにまともな思考が戻ってくる。
もし誰かが自分を殺そうとしているのなら、わざわざこんな悠長なことはしないはずだ。
だから、もしかしたらそれは。
まどかはよろよろとベッドから起き上がると、ライトスタンドを片手に握った。
魔法少女を相手にするには、あまりにささやかな武器ではあるが
それでもまどかは意を決して、カーテンを引いた。
「や、おはよう。まどか」
そこに立っていたのは、すっと軽く手を上げて、気さくな笑みを浮かべたプリセラの姿だった。。
「プリセラ……さん」
その姿を見た途端、まどかの心に張り詰めていた恐怖が瞬く間に氷解する。
張り詰めていた身体から力が抜け、すとんとその場にへたり込んでしまうのだった。
「ちょ、ちょっとまどか、大丈夫!?」
「あ……はい、大丈夫です。安心したら、気が抜けちゃって」
それでもどうにか立ち上がり、まどかは窓の鍵を外す。
早朝の冷たい風を纏って、ピンクブロンドの髪を揺らして、プリセラは静かにまどかの部屋に降り立った。
「可愛い部屋だね、まどかに良く似合ってる」
「あはは……ありがとうございます。プリセラさん」
部屋を見回し、プリセラは一つ頷いて。まどかが壁に手をつき、どうにか立っているのに気づいて。
「……あんまり眠れてないんでしょ。私の事はいいから、無理せず横になってていいよ。
本当は、昨日の夜からでも一緒にいられたら良かったんだけどね。ごめんね、まどか。怖かったよね」
優しく、けれどどこか悔いるようなプリセラの言葉は、強くまどかの心を揺さぶった。
実際辛かったのも本当なので、言葉に甘えてまどかはベッドに腰を下ろした。
プリセラも、その隣に腰を下ろした。ふかふかの布団が、ふわりと二人の身体を受け止めた。
「そういえば、またプリセラさんに戻ってるんですね」
プリセラの存在が、まどかの緊張をいくらか和らげたのだろうか。
少しだけ眠たそうにしながら、まどかはプリセラに尋ねた。
昨夜、深く傷ついたキリカと杏子を救うため、プリセラは再びティトォに存在変換を行っていた。
けれど二人を治した時点で、ティトォの魔力は完全に底を尽き、再びプリセラへと戻ってしまっていたのだった。
「ああ……うん。みんなを治療した後さ、ティトォも力尽きて、ぽっくり死んじゃってさ……ぁ」
思わずそんな言葉が口をついて出て、プリセラは咄嗟に口を噤んだ。
けれど、飛び出してしまった言葉は元には戻せないのが世の常で。
「死んだ……って、どういうことなんですか、プリセラさん?」
驚愕に目を見開き、信じられないものを見るような目でプリセラを見つめるまどかに
プリセラはすっかりと困りきった表情を浮かべた。
まどかは、否、マミ以外の何者も、彼らの身体の本当の秘密を知らずにいた。
死ぬたびに入れ替わり、終わることなき命を生きるという、呪いにも似たその秘密を。
それをうっかりと口にしてしまって、それはまどかにとっては間違いなく衝撃的な事実であったようだった。
「やっちゃったな。できれば、話すつもりはなかったんだけど」
とは言え、今更隠すことはできないだろう。
できれば聞かせたくはないが、知ってもらう事自体はきっと悪い事ではない。
そう自分に言い聞かせて、プリセラは静かに話し始めた。
「……とまあ、そんな具合でさ。私達はそうやって死にながら生き続けてる。
だから、別にどうしたってわけでもないんだ。こういうことは、私達には良くあることだからさ」
気負わせるようなことはしたくなくて、プリセラはできるだけ軽い調子で言葉を終えた。
けれどやはり、話を聞き終えてプリセラを見上げるまどかの瞳は、確かに潤んで揺れていた。
「じゃああの時、ティトォさんは……私を助けるために」
声が震えた。その事実がまどかの心の内に、大きな衝撃と共に染み込んでしまうよりも早く。
「はい、そこまで」
「ふぇっ!?」
ふわりと、プリセラの両手がまどかの頬を包んでその言葉を遮ってしまった。
「私達にとっては、死ぬ事の意味も、命の意味も、普通のそれとは違うんだ。
だからね、心配する必要はないんだよ」
それから、困ったような笑みを唇の端に浮かべて。
「って言っても、きっと心配しちゃうよね。……ごめんね、本当はこんな事、知らせるつもりはなかったんだ。
戦いにだって巻き込むつもりなんてなかった」
ぐ、と拳を硬く握って、憂いを声に表情に滲ませながら、プリセラはそう言った。
そうまでして自分のことを気にかけてくれる、そんなプリセラの姿に
まどかの心に宿った不安や恐怖は静かにその身を潜めていった。
そして代わりに、なにやら暖かな感情が胸に満ちてくる。
まどかは思う。プリセラもまた、ティトォと同じく優しい人なのだと。
強く優しく、そしてどことなく、自分の悩みや迷いも全て受け止めて、受け入れてくれるような懐の大きさを感じて。
(……本当に、お母さんみたいだな)
まどかはそんな風に思いながら、プリセラとはまた違ったタイプの強い女性である
母の事を思い浮かべていた。知れずその口元には、小さな笑みが浮かんでいて。
「大丈夫です。プリセラさんとティトォさんのお陰で、みんな助かったんですから。
逆に私がお礼を言わなきゃいけないくらいで……あふ」
心の緊張がほぐれると、どうにもその隙間に眠気が滑り込んできて、言葉の途中で小さな欠伸が飛び出した。
まどかは慌てて口元を押さえて、それでもどうにか言葉を続ける。
「……プリセラさん。昨日の続き、聞かせてくれませんか?」
心の奥に引っかかっていた気がかりを、それを取り除くための言葉を。
「昨日の……って、ああ。そっか、そういえばあの時は、途中でマミを見つけてそれっきりだったもんね」
すぐにプリセラもそれに思い至り、小さく頷いた。
「そんなに気になるんだね、私の事。うん、それじゃあ続きの話をしようか」
どこか遠くを見つめて、懐かしむようにその口が、静かに言葉を紡ぎだす。
それは穏やかで優しく、どこか謳うような響きすらもあって。その声は、まどかの鼓膜を優しく振るわせた。
聞こえる声は優しくて、まるで子守唄か何かのようで。
そもそもにして、恐怖と不眠に苛まれていたまどかの精神自体が、既に限界を迎えていたようで。
プリセラが話を始めると、まどかの意識はするすると夢の中へと滑り落ちていった。
「だからさ、私はずっと身体を……って、あら?」
不意に、まどかはプリセラに寄りかかるようにして身を預けてきた。
不思議に思ってプリセラがまどかの様を向くと、そこには。
「すぅ……くぅ……」
とても安らいだ表情で、静かに眠るまどかの姿があった。
安心しきっているのだろう、きっといい夢でも見ているのだろう、その口元には、幸せそうな笑みが湛えられていた。
「……やれやれ、人に話をさせておいて、いきなり寝ちゃう子がありますか」
困ったように、けれどどこか嬉しそうに、笑み交じりにそんな言葉を囁いて。
プリセラは、寝息を立てるまどかの身体を優しく抱え上げた。
そのまままどかをベッドに寝かせて、しっかりと布団もかけてあげてから。満足げな笑みを浮かべて頷いて。
「続きは、また今度だね。……お休み、まどか」
そっと手を伸ばし、まどかの顔にかかった髪を払って。再びプリセラは部屋の窓を開いた。
既に外に流れる空気は朝のそれで、プリセラは注意深く周囲を見渡し
衆目を避けるようにしてその窓から飛び出した。文字通り、一気にその身体が空へと打ち上げられていく。
後には再び閉ざされた部屋と、幸せそうな笑みを浮かべて眠る、まどかだけが残されていた。
幾許かの後。
「まどかー、起きてるかい?」
部屋の扉が開くと同時に、控えめな声量で女性の声が部屋の中に飛び込んだ。
声の主はまどかの母、バリバリのキャリアウーマンにして鹿目家の大黒柱でもある、鹿目詢子その人だった。
彼女もまた、昨夜のまどかの不調にすでに気付いていた。
そしてまどかが眠れぬ夜を過ごし、夜更け過ぎに喉を潤すために、こっそりキッチンに来ていたことを今朝知った。
原因までは分からないが、いつまでも娘の不調を放っておける彼女ではない。
声をかけ、そっと扉を開いて部屋の中へと潜りこんだ彼女が見たものは
幸せそうな笑みを湛えて、安らかに眠るまどかの姿だった。
その寝顔には、やはり眠れぬ夜を過ごしたことによる疲労の色は見えていた。
けれど、今はこうして安らかに眠れている。
「……どうやら、私の杞憂だったかな」
ならばまだ、親のお節介の出る幕ではないようだ。
「今日はゆっくり寝てな。パパにもそう言っとくからさ」
にこりと笑って、詢子はそっとまどかの髪を撫で。そして部屋を出て行った。
まどかの新たな一日の幕開けは、もう少し先の事になるようだ。
怒涛のフォロー展開。これでひとまずまどかも大丈夫でしょう。
>>472
ようやく本格的にプリセラが話に絡み始めます。
いろんな意味でお騒がせなこの人ですが、果たしてどうなりますやら。
そして応援感謝です。そちらも是非とも頑張ってくださいな。
書けたら宣伝してもいいんじゃよ(チラッ
>>473
未来が変わることへの伏線自体は最初の存在変換の時に打ってあったりします。
あの時の織莉子の台詞にご注目です。
実際余裕がなかったというのもあるんですよね、あの時は。
うっかり目覚めるまで治療しちゃったらそのまま返り討ちですし。
かといって織莉子が来たら来たでまた面倒なことになるのは確実です。
果たしてこの行動がどんな展開に転がるかは、また次のお話です。
>>474
奇跡的に誰も死ぬことはなかったようです。
次の話くらいからぽつぽつ登場人物が増えていくのではないかと思います。
未だにメモリア勢の描写0ですしね。今頃大騒ぎでしょう、彼らも。
>>475
なんだかんだでまだ人間関係がそれなりに修復できたというだけで
魔法少女のこともワルプルのことも元の世界に戻る手立てもなにも解決していません。
多分展開的にはここいらあたりで第一章前半が終了するような感じだとは思いますが
果たして次はどうなることやら、です。
グリン王子はどうかな、流石に一国の王子がそうそう国を空けられますまい。
まああの子国務とかとはまったく無縁に育ってそうですが。
バレット王が奥さん一筋だからよかったものの、妾の子とかが生まれてたら大波乱ですよね。
乙
織莉子とほむほむはいったん仕切り直しとなると
そろそろマテパ側の動きもあるかな?
やばいもう書き溜めなくなった。
というわけで次回からは低速更新で行く事になるかと思います。
何はさておき、さあ、行こうか。
ハムエッグにポテトサラダ、お皿には綺麗に切られたりんごを盛って。
どちらかといえばチャイにも近い、甘めに仕立てたセイロンティーを沿えて。
マミはさっくりと焼き上げたトーストを齧り、杏子はお茶碗に盛られたご飯を頬張った。
「……久しぶりね、こうやって、一緒にご飯を食べるのも」
「そう……だね、いつぶりだろう、こんなの」
離れ離れの時間は決して短くは無い。けれど、長すぎるというほどでもなかったはずなのに。
どうしようもない懐かしさが、杏子の胸に込み上げていた。
何から話せばいいのだろう。
話してしまえば、この穏やかな朝食の空気が霧散してしまうのではないかと
そんな予感を感じてしまって、どちらともなく押し黙ってしまう。
それでも今話さなければ、もうきっとこうして話ができる機会はやってこないだろう。
そもそもにして、あれだけ激しく戦った相手と、今こうして穏やかに食事をともにできている。
この事自体が、最早奇跡のようなものなのだから。
だから杏子は、意を決してマミに話しかけた。
「なあ、マミ」
「何かしら、佐倉さん?」
まずは紅茶で喉を潤して、少し過ぎるくらいの甘さが、今はどこか心地よくて。
杏子はマミを真っ直ぐに見据えて、少しだけ険しい表情で言葉を告げる。
「……あたしは、あんたが分からないんだ。昨日戦ったときのマミと、今ここにいるマミ。
あたしには、それが同じ人間だとは思えない。……もちろん、あたしにだって原因はあったのわかってるんだけどさ」
マミの表情に、微かに陰りが見えた。
「そりゃあさ、あたしが悪かったってのはわかるよ。
あんな風にいきなり仕掛けたり、魔法少女でもない奴を脅すような真似をしたりしてさ。
……でも、それでもやっぱりあたしには信じられなかった。あたしの知ってるマミは、ああまで冷徹じゃなかったはずだ」
一度口にしてしまえば、その言葉は止まらない。止められない。
杏子は自らの胸中に秘した、ひどく残酷な考えを打ち明けるしかなかった。
「……あたしのせい、なのかな。あたしがあんたを裏切っちまったから。あんたを傷つけちまったから。だから……なのかな」
口にすればそれだけ、やりきれない思いが杏子の胸に込み上げてくる。
杏子は裏切ってしまったのだ、ずっと一緒に戦っていられるはずだった、大切な仲間を。
正義のために、みんなのために戦おうとしていた、強くあろうとしていたマミを、身勝手な都合で裏切ってしまったのだ。
きっと、ひどく怨んだ事だろう。
離別の苦痛が杏子を苛んだのと同じように、否、それ以上にそれはマミを苛んだ事だろう。
それがマミを変えてしまったのではないだろうか。守るためにかざしていたはずの手を、敵を倒すためのそれに
胸に宿したひたむきな正義を、頑なに敵を倒そうとする覚悟へと変えてしまったのではないだろうか。
考えれば考えるほど、杏子の顔は苦痛に歪んだ。
「それは、違うわ」
沈んだ声が、同じく沈みきった杏子の心に染み入るように響いた。
「違う……違うの」
それは杏子に、そして自分自身に言い聞かせるような言葉で。
マミは首を横に振りながら、何度も違うという言葉を繰り返した。
「……マミ?」
ただならぬマミの様子に、心配そうにマミを見つめて杏子が問いかけた。
「確かに貴女がいなくなってしまった時、とても辛かったわ。悲しかったわ。
どうしてあの時もっと引き止められなかったんだろうって、今でも悔やんでいるくらいだもの」
「それは……ごめん、マミさん。……ぁ」
思わず口調が昔に戻ってしまった。気を抜くと、本当にあの頃に戻ってしまいそうで。
それだけはしたくない、今の自分は、あの時とはもう違うのだと、杏子は自分に言い聞かせた。
「でも、だからって貴女を殺すほど怨んだつもりはないわ」
「じゃあなんだって、あそこまで容赦なく殺しに来たんだよ。正直背筋が凍りそうなくらい、怖かったんだぜ」
それが本心かどうかは分からないが、だとすれば尚の事納得がいかない。
唇を尖らせながら、不服そうに杏子が返す。
「私はね、もっと大きな、大切な正義を見つけたの」
「は?」
思いがけない言葉が飛び出して、杏子は口をあんぐりとさせた。
そんな杏子の様子に構わず、マミはどこか熱の篭った口調で言葉を続ける。
「彼らはね、私なんかよりもずっと、もっと大きなもののために、それを守るために戦っているの。
彼らが負けてしまえば、彼らの世界そのものが大変な事になってしまう」
「え、え?いや、何の話だよ、マミ?」
当然、事情の一つも知らない杏子である。わけも分からず呆然とするばかり。
「私は、そんな彼らに憧れているの。だから彼らと一緒に戦いたい。
そのためには、私は絶対に負けるわけにはいかなかったの。だから、許せなかったのよ」
杏子は気づく。マミが帯びた雰囲気が、言葉と共に凍て付いていくのを。
マミは再びその表情を凍て付かせ、杏子をじっと睨みつけていた。
「そういえば、この事を聞くのを忘れていたわね。杏子、貴女は知っているのよね
ティトォ達を殺そうとした敵の事を。……そして貴女は、その敵に加担している。
私は何より、それが許せなかったのよ」
ようやく杏子も合点が行った。一体何がマミをそこまで冷徹にさせていたのか。
それはほむらがティトォを殺そうとしていたから、そして杏子がそれに加担していたからなのだと。
(……なんだよそりゃ、結局全部あたしの勘違いかい)
そう思うと、人事ではないはずなのだが、どうにも杏子は脱力してしまうのだった。
「教えて……くれるわよね、杏子?一体誰なの?誰がティトォ達を殺そうとしていたの?知っているのでしょう、貴女は」
当然、杏子はそれを知っている。だが。
(悪いけど、そいつはまだ話せないよ。あいつは、ほむらはあたしを随分とコケにしてくれやがった。
あいつには、あたしがこの手で落とし前を付けさせるんだ)
今なおほむらの能力は未知数。勝てる確証などはない。
けれど、やられっぱなしで黙っていられるほど、彼女はおとなしくはなかった。
そしてその心の奥には、それを話してしまえばまた、マミが自分の敵になってしまうという嫌な予感があった。
故に杏子は、偽りを一つ抱え込む。
「……く、くくッ」
だから杏子は、肩を揺らしてさもおかしいといった様子で笑うのだった。
「何がおかしいのかしら?」
当然マミはさらに気色ばみ、テーブルに身を乗り出して杏子に詰め寄った。
杏子は極力いつもの自分を装って、切り分けられたリンゴをしゃくりと一口齧り。
「ああやってけしかけてやればさ、あんたも本気でかかってきてくれるかなって、そう思ったんだよ。
でも、まさかあんたがここまで本気で怒るだなんてね。あの時の言葉、本当だったんだな」
「……ブラフだったの?」
「そう言うこと、まあ誰かが襲われてるってのは分かってたし、あんたの様子から見れば
当たらずとも遠からずかな、とも思ってね。まあ、こんなことになっちまうだなんて……流石に思いもしなかったけど」
吹き上げる怒りを煙に撒かれてしまって、拍子抜けしたかのようにマミは乗り出していた身を下ろした。
「……そう、貴女も知らなかったのね。残念なような、ほっとしたような、不思議な気分だわ。
正直肝も冷えたし。そういうのはもう、二度とやめて頂戴ね」
「わかってるよ。こんな勘違いのすれ違いで殺し合いをやるだなんて、あたしだって二度とゴメンだ。悪かったよ、マミ」
こう殊勝に謝られると、マミも少なからぬ負い目を感じてしまう。
完全な勘違いにすれ違いで、マミは杏子を本当に殺そうとしてしまったのだから。
「私の方こそごめんなさい。生きていてくれたからいいものの、私はあの時
本当に貴女を殺してしまうところだった。こんな事、私が言うのはおこがましいってわかっているんだけどね」
俯いて、まるで泣き出してしまいそうな声で。
「貴女が生きていてくれてよかった。貴女を殺してしまわなくて、よかった……っ。本当に、そう思うわ」
純粋に生きていてくれたことが、長らくの誤解がようやく解けたことが嬉しくて。
そしてもう一つ、自分の過ちが彼女の命を奪ってしまわなかったことに、マミはひどく安堵した。
そんな身勝手な心を自覚して、ちくりと自己嫌悪が胸をついた。
「……まあ、大体事情はわかったし、殺されかけた事だってお互い様だ。
これ以上、あたしがグチグチ言うつもりはねぇよ」
杏子もまた、この関係が一つの偽りによって成り立っていることに罪悪感を
薄氷を踏むような、危うさを秘めている事に危機感を感じながらも、それを胸の奥に押し込めて。
「じゃあ……色々あったけれど、ここまでにしましょうが。
いがみ合ったり怨みあったり、ましてや殺しあったりするのなんて、これで終わりにしましょう」
「ああ、そうだな。これで手打ちって事にしとこう。……じゃあ、まあ。改めて」
互いに後ろ暗い感情を秘しながらも、それでも今は、共にいられる時間を選んだ。争うことなく、共にいられる道を選んだ。
杏子は照れくさそうに髪を掻き毟りながら。
「ただいま、マミ」
マミもまた、どこか恥ずかしそうに笑いながら。
「おかえりなさい、佐倉さん」
かつて分たれた二つの道は、今、一つに重なった。
「ところで、そのティトォって奴は何者なのさ?魔法少女でもないのに魔法を使いやがるし
おまけにあんたも随分と入れ込んでるようだしね。もしかして、惚れたのか?」
「ぶっ……ば、バカな事言わないで頂戴。もう……貴女まで美樹さんと同じ事を言うのだから」
思わず紅茶を噴き出しかけて、慌てて口元を拭ってから、マミは。
「貴女にも、ちゃんと話しておかなくちゃね。彼らは――」
言葉と共に、穏やかな午前の時間は流れていくのだった。
魔法少女マテリアル☆まどか 第7話
『夢の樹と仲直り』
―終―
【次回予告】
魔法少女達の諍いは、ひとまずの終着を迎えた。
無論、それで全てが終わったわけではない。むしろそう、まだ始まってすらもいないものがある。
今日この日、もう一つの物語が動き出す。それがもたらすものは新たな戦いか、それとも、更なる混沌か。
「……どうやら、このままでは目立ちすぎるようだな」
「面白いな、この世界は」
「よくお似合いですよ。彼女さんも、ほら」
「ば、ばばっ、馬鹿を抜かすな!彼女などとっ!」
異世界の姉弟が織り成す、異界情緒溢れる新感覚浪漫活劇、堂々開幕!
読者諸君!剋目してこれを見よ!
「百円玉でだッ!!!」
「はッ、相手見てから喧嘩売りなよ」
「うまっ!!!」
「姉様ーッ!!」
まあウソなんすけどね。
「丁度いい……こいつにコンティニューだ!」
次回、魔法少女マテリアル☆まどか 第8話
『月丸さんと太陽丸くんと』
というわけでようやく次回からはあの姉弟が動き出す……はずです。
長らくお待たせいたしました。本当に。
>>490
というわけでいよいよマテパ編の開幕です。
どうぞお楽しみに。
乙
マミさんが病んでる…
後で落とすための仕込みに見えるのは心が汚れているせいということにしようそうしよう
乙
そういえば土塚先生がまた新しい連載始めるよー
なお神無ではない模様
乙
土塚先生の新作はラブコメだっけ?ホントなんでもやる人だな
そしてようやく姉弟登場か。楽しみだ
次回予告のノリが良いなwww
では、8話行きましょう。
第8話 『月丸さんと太陽丸くんと』
――が始まると思った?残念、魔法少女の出番はもう少し続くんじゃ。
という訳で、二人の活躍が気になる方はもうしばらくお待ちいただきたい。
「……なん、っか。今変な言葉が聞こえたような気がするんだけど」
首を傾げて、訝しげに杏子が言った。
「気のせいじゃないかしら、私は何も聞こえなかったわよ?」
その隣でマミが、僅かに緊張した面持ちで目の前の空間を見つめて答える。
眼前には、大きな塀で囲まれた屋敷がある。その塀の一角には、まるで大きな口のような紋様が描かれている。
言うまでもなく、魔女の結界である。
「ここに……魔女の結界があるんだ。そしてこの中に魔女がいる。そういうことだね」
そこにいたのは二人だけではなかった。
怪訝そうな表情で壁を見つめながら、確認するように言葉を口にするプリセラの姿がそこにあった。
「……頑張ってね、みんな」
プリセラの隣には、まどかの姿もある。
都合四人の人間が、その実二人の魔法少女と、一人の魔法使いと、一人の少女が立っていた。
時刻は既に夕刻、目を指す夕日も届かぬような暗がりに、魔女の結界は広がっていた。
朝食の後、マミと杏子は今後の事について話し合っていた。
その中で杏子の口から飛び出した、伝説級の強大な魔女"ワルプルギスの夜"
その存在と接近は、マミにとっては相当衝撃的なことだったようで。
杏子との戦いで消耗した今の状態では、到底勝てる相手ではない。
恐らく万全の状態であったとしても、一人で立ち向かえる相手ではないだろう。
そしてそれは、杏子にも同じことが言えた。むしろ杏子の方が状況は悪いと言ってもいい。
魔力はほとんど使い果たしており、このままでは戦うことすらままならない。
普通の魔女と戦うことすらできないだろうと、マミは推測していた。
だからこそ、マミは杏子に共同戦線を持ちかける。
未だ互いの胸の奥には、消す事のできないわだかまりがある。
絶縁状態からは回復できたにせよ、この先もずっと一緒に戦って行けるかと言えば、やはり難しい。
だからこその共同戦線。ワルプルギスの夜を撃破するその日までの間だけ、力を合わせて戦おうと
その日に備えて準備を進めよう、と。マミはそう杏子に提案したのだった。
杏子にしてみれば願っても無いことではある。けれど、その胸中にはやはり暗い影が宿る。
ほむらの裏切りは、どうしても拭い去る事のできない不信を、杏子の心に植え付けていた。
マミはほむらとは違う。
それは分かっていても、それでもマミとて杏子に銃を、殺意を向けていたのは事実である。
何の拍子にそれが再来するかなど、分かったものではない。
だとしても、今の杏子には他に頼れる相手がいないというのも事実であった。
だからこそ杏子は、マミの提案を受けたのだった。
(でも、今度は油断はしねぇ。あたしらは仲間じゃない。ただ、目的が一緒だからつるんでるってだけなんだ。
……信じられるのは、自分だけだ)
信じたい。信じあってまた共に戦いたい。
そんな思いは確かにあるのだが、あまりにも痛い教訓が、杏子の心の奥底に焼きついていて。
それが杏子の思考を追い詰めてしまうのだった。
それでも、二人の共同戦線は無事締結されることとなる。
グリーフシードは平等に分けるという事と、それぞれに区域を決めて街の見回りを行う事
魔女には極力二人で立ち向かう事、その三つが取り決められた。
敢えて使い魔の処遇を明言しなかったのは、それを言ってしまえば確実に二人の間に再び亀裂が生じてしまう。
その事を、どちらもが良く知っていたからで。
結局それは問題の先送りに他ならないけれど、それでもワルプルギスの夜が来るその時まで
この関係を維持できればいい。その後の事は、その時に改めて考えればいい。
どうしようもなく後ろ向きではあるが、それでもそれが、二人の可能な限りの妥協点だった。
午前の時は速やかに流れ、午後から二人は魔女探しへと乗り出した。
途中でプリセラとまどかが合流し、そして時は現在に至るのである。
魔女の結界を前に、いよいよ持って空気が張り詰めていく。
マミと杏子の二人にとっては、久方ぶりの共同戦線。
さらにはグリーフシードを手に入れられるかどうかの大事な一戦である。
兎にも角にもグリーフシードがなければ、魔力を回復させることができないのである。
否応なく、二人の緊張は高まっていた。
そんな空気を知らず知らずの内に感じ取って、まどかもまた緊張した面持ちで佇んでいた。
「ってゆーかさ。あんたらも着いてくるのな」
今更ながらに、まどかとプリセラを見つめて杏子は言う。その口調には、隠し切れない不信と不安の色が滲んでいて。
「着いて行かせて貰うよ。今の二人だけじゃあ、危なっかしくて見てられないからね。
それに、まどかを一人にしておくわけにはいかないからね」
小さく一つ頷いて、プリセラは一歩杏子に向けて踏み込んだ。
実力を疑われているのだろうと、プリセラは思う。
それも当然、未だプリセラはその力をほとんど見せてはいない。ほんの僅かな片鱗を、まどかに垣間見せただけなのだから。
「悪いけど、あたしらにもお守りをしてやれる余裕はないんだ。
もしあんたやまどかに何かがあったとしても、助けられる保障はない。っていうか、多分助けられない。
……それでも来るってのか?」
その言葉には、プリセラも僅かに目を丸くした。
プリセラの見立ては間違っていた。プリセラの力が信用できないという理由も、もちろん少なからずはあったことだろう。
それでもその言葉を放った杏子の心を占めていたのは、二人の身を案じる気持ちも確かにあったのだから。
そしてそれを守ることができない自分の不甲斐なさに、どこか苛立っているようにも見えたのだから。
「……行くよ。まどかも、あんた達も絶対私が守ってみせる。だから、大丈夫だよ」
(きっとこの子はいい子だ。……死なせたくない。死なせない)
拳を握り、夢の中で誓った決意を思い出しながら、プリセラは真っ直ぐ杏子を見つめて言葉を放つ。
「言ってくれるね。別にあたしまで守れとは言わないけどさ、そいつを連れてくなら、そいつだけはしっかり守りなよ」
ひとまずは納得したようで、杏子は軽く鼻を鳴らして再び結界に向き直るのだった。
「さあ、それじゃあそろそろ行きましょう。鹿目さんは、プリセラさんの側を離れないようにね」
ひとしきり話がついたところで、マミがそう切り出した。
「は、はいっ」
まどかもそれに答え、壁に刻まれた顎門の紋様へと向き直る。
「じゃあ……行くか」
誰に言う風でもなく杏子は言い、その掌にソウルジェムをかざした。
赤黒く、鈍い輝きがソウルジェムから漏れ出して、魔女の結界の扉が開かれる。
口のような紋様はそのまま口のように開かれて、中に広がるのは毒々しい赤。
その中へと、杏子は先陣を切って乗り込んでいく。
杏子の姿が結界の中に消え、続いてマミが、そして僅かに躊躇った後、まどかも結界の中に身を躍らせた。
三人の姿が消えたのを見届けて、プリセラは僅かに顔を歪めると。
「……本当に、この中に?」
その表情は、まるで信じられない何かを見るようで。それでもやがて、恐る恐る手を差し伸べる。
その手は当然のように、開いた口に飲み込まれ。結界の中へと消えていく。
「実際に見てみるとどうにも驚いちゃうね。……さて、じゃあ行きますか」
プリセラも一つ頷いて、結界の中に身を投じるのだった。
異形の口に飲み込まれ、彼女達は結界の中へと潜り込む。
まず最初に少女達が感じたのは、乾いた風の感触。静かに息をするだけで、喉が渇きにひり付くようで。
足元に感じるのは硬質の感触。まるで磨き上げられた大理石に似た何かで。
床のみならず壁もまた、その硬質の物体で構成させられていた。
「魔女の結界にしちゃあ、随分と殺風景なところだね」
「ええ、そうね。でも油断は禁物よ、佐倉さん」
「へっ、誰に言ってんのさ」
かつん、と乾いた足音が二つ。そして続いてもう一つ。少し遅れて、もう一つ。
「……なるほど、こんな風になってたんだね。って、なんだかここ、ちょっと乾燥しすぎじゃない?」
プリセラは結界の中に入るや否や、そんな風に切り出した。
「参ったな、これじゃお肌が荒れちゃうよ。保湿液でも持ってくればよかったな」
そんな風に言う様は、とてもこれから恐ろしい敵との戦いに向かうようには見えなくて。
「んなこと気にしてる場合かっての」
「気にするよ、っていうか気にしなきゃだめでしょ、女の子なんだから」
呟く杏子に、びしっとプリセラは指を突きつけた。
「死んでからじゃ、お洒落も何もねぇだろうが。……ほら、さっさと行くぞ」
そんな様子に面食らったかのように、一瞬だけ杏子は目を見開いて。
それでもすぐに身を翻し、結界の奥へと歩を進めるのだった。
「ったく、相も変わらず趣味の悪い場所だぜ」
槍を片手に、辺りを油断無く眺めながら、杏子は吐き捨てるようにそう言った。
結界自体は、どこまでも続く大理石の回廊。それ自体はさほど気味の悪いものでもない。
けれどその中に立ち並ぶ、無数の歪なオブジェ。
辛うじて人の形をした、それでいてとても人とは思えない、人のなりそこない。
使い魔かと思えばそうでもなく、彫刻のようにも見えるそれは、触れた側からさらさらと崩れていく。
どうやらそれは彫刻などではなく、砂を押し固めて象られたものらしかった。
そんな気味の悪いオブジェがいくつも立ち並び、まるで悪趣味な美術館の様相すら呈する結界の中を、四人は静かに歩いていた。
耳を澄ませばさらさらと、何かが流れる音が聞こえる。
それが水ならば、この乾ききった空気を少しは潤す事もできるのだろうが。生憎な事に、流れているのは砂だった。
乾ききった空気は、容赦なく四人の喉を苛んだ。
魔法少女である二人や、尋常ならざる身体を持つプリセラはともかくとして
ただの少女に過ぎないまどかにはひどく辛いもので、呼吸の度にしくしくと喉が痛んだ。
「……大丈夫、まどか?」
その様子に気付いて、プリセラがまどかに呼びかけた。
「だいじょう…けほ、こほ。……大丈夫、です」
言葉を返そうとして、ひり付く喉の痛みに咳き込んでしまって。それでもどうにかまどかは言った。
「……やっぱり、今からでも帰らせたほうがいいんじゃねぇのか?」
やはり、杏子はそれを捨て置けない。
けれど。
「どうやら、そんな事を言っている暇もないみたいよ。来るわ!」
回廊の奥。暗がりの向こうを見据えてマミが叫んだ。
どすん、どすんと重い音が幾度も響く。その度に、何かが近づいてくるのが分かる。
敵が来る。
マミは片手に銃を携え、杏子は暗がりの向こうに槍を向け、迫る敵に備えた。
暗がりの向こうから現れたそれは、その姿は。まさしく巨大な両足だった。
それはまるで歩いているかのように、互い違いに地を踏みしめながら迫ってくる。
「使い魔、だな」
「ええ、そうね」
マミと杏子の二人の超えた、戦いの予兆に張り詰めて。そしてその実凍て付いていく。
油断も慢心もなく、戦うための力を振るう存在へと、二人を変えていく。
重い音をいくつも響かせ、彼女達を押し潰さんと迫る異貌の両足。
ぎらりと瞳を光らせて、二人は同時にそれを睨んだ。
「あたしは右だ」
「じゃあ、私は左ね」
短い言葉でそれぞれの獲物を選び、そして。
「行くぜっ!」
「ええ!」
掛け声も短く、二人は同時に飛び出した。杏子は一直線に敵に向かい、マミは敵の側面へと回りこむ。
接近戦を仕掛ける杏子に、誤射の危険を少しでも減らそうとしていた。
まともな打ち合わせもなくこれだけの動きができるのだから、やはり二人のコンビネーションは中々に洗練されていた。
まどかを守りながら、プリセラは二人の戦う姿を見つめてそう考える。その表情に、隠しきれない訝しさを残しながら。
魔力不足から来る身体の重さをどうにか堪え、杏子は頭上から踏みつける使い魔の攻撃をひらりとかわすと
丁度そのくるぶしの部分を両断するように、横薙ぎに槍を振り払った。
同時にマミもまた、杏子を蹴り飛ばそうとその身を振り上げた使い魔の、丁度小指の部分を狙って魔弾を放った。
よりにもよって小指である、当たれば実に痛いことだろう。
どちらの攻撃も違わず使い魔を捉え、かたや槍の一閃の前に両断され
かたやマミの射撃によって動きを止めたところを、杏子の追撃によって止めを刺されることとなった。
僅か一呼吸の間に、二体の使い魔が寸断されて形を失っていく。
(なんとかなった……か?)
ひゅん、と槍を振って肩にかけ、一息ついた杏子であった。しかし、背筋を走る嫌な予感に、咄嗟にその場を飛びのいた。
直後である。寸断された二体の使い魔の身体が、砂の塊と化していく。
二つの砂の塊は混ざり合い、一つの形を再び成した。今度は一つの巨大な手。
その掌を大きく広げ、杏子を押し潰さんと迫っていた。
咄嗟に飛びのいていなければ、今頃杏子は押し潰されていた事だろう。
「攻撃が……効いてないのか!?」
倒されて尚蘇り、再び襲い来る使い魔の脅威に杏子は悪態を吐き出した。
「きっと、敵はあの砂そのものなのね。身体のどこかに核があるのかしら。
それとも砂そのものが使い魔なのだとしたら……ちょっと厄介ね」
核を潰せばいいのならば、多少面倒ではあるがそれでケリはつく。
だがもしも、あの微細な砂粒の一つ一つが使い魔なのだとしたら、完全に倒しきるのはかなりの手間である。
普段のマミであれば、その魔法で拘束し、必殺の一撃でまとめて吹き飛ばすこともできるだろう。
けれど今は、使い魔相手にそれをするほどの魔力の余裕は無い。
そしてどうやら使い魔の矛先は、難敵である魔法少女の二人よりも先に、魔法少女ではない相手を狙うことにしたようで。
巨大な手を為した使い魔が、後方のプリセラとまどかの元へと飛来する。
「まずい、抜かれたっ!」
「鹿目さん、プリセラさんっ!」
追いすがる二人。けれど杏子の一撃は宙を行く使い魔には届かず。
マミの攻撃だけでは、その動きを止めること適わなかった。
状況を静観していたプリセラは、二人のやりとりから敵が迫っていることを知った。
「まどか、走って!」
「っ!は、はいっ!」
迫る使い魔の姿を認めて、すぐにまどかは駆け出した。
その駆け出す姿を横目に眺めて、プリセラはそれとは逆の方を向き、迫る使い魔に相対する。
直後、プリセラの頭上から使い魔が、その掌を広げて落下した。
恐ろしい速度で降り来る使い魔に、プリセラは一切反応する事ができず、そのまま押し潰されてしまうのだった。
「な……にやってんだ、おいっ!」
あまりにもあっけない末路に、杏子は愕然と声を漏らした。
「嘘……でしょ?」
マミもまた、目を見開いて呟いた。
あまりにも容易く、使い魔はプリセラの命を奪ってしまった。
それはまるで、使い魔が普通の人の命を奪うかのごとくあっけないものだった。
「……なるほど、ね」
地面と使い魔との間に挟まれ、押し潰されたはずのプリセラは、静かにそう呟いた。
その声は、押し潰されて漏らす苦悶のそれではなく、何かに納得したかのような、そんな声だった。
声と共に、使い魔の身体がぐらりと揺らぐ。
プリセラは圧し掛かる使い魔を、まるでものともせずに起き上がると、一足飛びに背後へと飛びのいた。
その動きを追いきれず、取り残された使い魔は再び宙に浮く。
ひとまず安全圏に逃れた事を確認し、プリセラは一つ大きく息を吐き出した。
「やっぱり、そういうことなんだ」
吐き出した言葉には、苦悩の響きが刻まれていた。
「プリセラさんっ!大丈夫ですか?」
飛びのいたプリセラに、心配そうにまどかが駆け寄った。
「全然大丈夫、あれくらいなんてことないよ。……でも、このままじゃ駄目だろうね」
杏子ととマミが追いすがり、使い魔に攻撃を仕掛けている。
けれどそれは致命傷には程遠く、使い魔の動きを抑えるくらいにしかならない。
状況は最悪に近い。プリセラは今この段に至って、ようやくその事実を認識するのだった。
「使い魔とか、魔女っていうのは……確か、素質がないと見えないし、触れることもできないんだったよね」
ティトォがマミから聞いていたその言葉を、プリセラは険しい表情で繰り返した。
「きっと、私にはその素質って奴がないんだと思う。
……さっきから、使い魔の姿も、魔女の結界も、何も私には見えないんだ」
衝撃的な事実、それはまるで独白じみていたけれど、すぐ側で聞いていたまどかを驚愕させるには十分すぎるものだった。
「そんな……でも、プリセラさんも魔法使いなんだよね?
それに、あんなに強かったのに……それなのに、どうして?」
信じられない、と言った様子でまどかが問う。そんなまどかにプリセラは、少しだけ寂しげな笑みを浮かべると。
「……私はね、実は魔法使いなんかじゃないんだ」
と、呟くようにそう言った。
「魔法使いってのはね、才能がないとどれだけ修行したってなれるもんじゃないらしくてさ。
残念な事に、私にはアクアやティトォみたいな魔法の才能はまるでなかったんだ」
その表情に滲むのは、隠しきれない悔しさと。
「だから、私は身体を鍛えることにしたんだ。百年間ずっと、ずっとね。
怖いもんでさ、若いままの身体をずっと鍛え続けてたら、止まらないんだよ。
肉と骨がどこまでも成長……っていうか、進化しちゃってさ」
そんな自分を誇るような、それでいて無力を嘆くような、泣き笑いのような表情で。
「じゃあ……プリセラさんは」
まどかもようやくそれに気付く。プリセラは魔法使いなどではなく
ただ単に、常識外れな程に鍛え上げられた肉体を持っているだけなのだと。
プリセラ本人の素質は、ただの人間のそれと変わりないのだ、と。
「そのお陰で、私はどこまでも強くなれた。でも、悔しいな。
どんなに鍛えても、私の拳は使い魔一匹倒す事ができない。
みんなを助けることができないんだ。……悔しいよ、本当に」
ぎり、と堅く食いしばられた歯が鳴った。プリセラの胸中を、激しい無力感が苛んでいた。
これほどの力を、それこそ誰も及ばぬほどの戦闘能力を手に入れたはずなのに。
そうして手に入れた力は、使い魔に、そして魔女には一切通用しないのだ。
まるで自分の百年を丸ごと否定されたかのように、それはひどく絶望的な事実であった。
「く……ッそぉォ!!」
瞳を潤ませ、食いしばった唇の端から小さな唸りを漏らし、プリセラは地面を殴りつけた。
鍛え上げられた拳は、堅い地面を容易に砕き、大きなひびを刻み込んだ。
それほどの力でさえも、今この場では無力なのだ。それが、プリセラには悔しくてならなかった。
「私は……なんで、こんなに無力なんだ」
尚も戦いを続けているマミと杏子を遠目に眺めて、どうしようもない悔しさと、無力感を吐き出した。
「違います。プリセラさんは無力なんかじゃないです!」
その姿があまりにも弱弱しく見えて、まどかは思わずプリセラの手を取り、そう叫んだ。
「まど、か?」
「だって、だってプリセラさんは、私を助けてくれたじゃないですかっ!
あんなに強くて、格好良いじゃないですかっ!」
言ってしまってから途端に羞恥に襲われて、まどかはプリセラの手を離した。
「……それ言うなら、私の方なんです。私は何もできなくて、守ってもらってばっかりで」
そして小さく俯いて、まどかは呟くように言うのだった。
そう、プリセラが抱えてしまった無力感。それは同時に、まどかが抱え続けたものでもあったのだ。
魔女との戦いに巻き込まれ、そして魔法少女にさえ命を狙われることになり、まどかは常に守られてきた。
マミに、ティトォに、プリセラに。守られてばかりの自分に、引け目を感じていないはずもなかったのだ。
そんな無力感に苛まれる自分を自覚して、それでもプリセラの事を案じるまどかの優しさが
今のプリセラにはどれだけ救いになったことだろう。
当然無力なはずはない。けれど否応なしに無力感を押し付けられたこの場において
まどかの言葉はどれだけ励ましになっただろうか。
「……ありがとう、まどか」
だからプリセラは柔らかな笑みを浮かべると、まどかの頭をそっと撫でて。
「私は何もできないけど。それでも絶対にこの状況を打開してみせるよ。……きっと、やってくれるはずだ」
そして、取り出したのは小さな薬のカプセル。存在変換を引き起こす魔法の薬
――致死量を遥かに超えた、劇毒だった。
「プリセラさん、替わるんです……よね」
他に方法はない。まどかにもそれは分かっていた。けれどそれは。
「うん、そうしないと、この状況は変えられないからね」
プリセラが一度死ぬということに、他ならない。
「……怖く、ないんですか?」
考えるだけで、まどかの身体は震えてしまう。
そんなまどかに、プリセラは少しだけ困ったような笑みを浮かべて。
「怖くない、って言ったら嘘になるかな。でもね、私たちにとっては当たり前のことなんだ。
命の価値も、倫理観も、私達のそれは普通の人とは違うんだよ」
もう一度、軽くまどかの頭を撫でて。
「でもね、心配してくれるのは嬉しいよ、ありがとう。……きっと必ず、アクアがみんなを助けてくれるよ」
(……ほんと、頼むよ。アクア)
内心の不安は抱えつつも、今はティトォには頼れない。
――あたしを誰だと思ってんのさ。……後は任せてよ、プリセラ。
アクアの言葉にプリセラは一つ頷いて。魔法の薬を、飲み込んだ。
姉弟の話はもう少しだけお待ちください。
もうどれだけ待たせているのやら、ですが。まあ神無を待つ心積もりでどうか。
>>501
上手くいったように見えて実際内心はまだぎくしゃくしているあの二人です。
そりゃあ誤解でも何でも一回本気で殺しあってちゃあ、打ち解けるのも難しいでしょう。
>>502
始まりますねえ。
秋田の次は白泉社ですか。一体どうなってしまうのやら、あの人は。
>>.503
素直になりたくてなりきれない、そんな切ない杏子ちゃんです。
というか、あの特別編も何かに収録して欲しいんですけどね。
でないともうやきもきしちゃって。
しかしあの特別編からもいいネタを頂きました。
>>504
ノリがいいかと思ったらこれだよ!
もう少しだけお待ちください、本当に。
姉弟にはいっぱい活躍していただく予定ですので。
乙
プリセラの意外な弱点
ワルプルさんにも役立たずなんですかやだー
……BBJさんがウォーミングアップを始めたようです
乙!
しかしプリセラさんェ…
プリセラさんは見てると元々大食い・怪力のマテリアル使い?っぽい感じだったんだけど、
魔翌力はあってもそれを魔法に構築する才能がなかった、みたいな扱いだったよね
しかし魔法少女っていうのはそうなるとマテパ世界の概念で言うとマテリアル使いでかつ魔法の才能もいるのか?
それとも魔法の才能だけでいいのかな
しかし破壊神来ちゃったか…。
食べ物を粗末にすんな派の杏子とこれしか戦う方法がないアクアの大喧嘩が始まっちゃうな
魔翌翌翌力って何だ?
プリセラは対魔法少女専用になるのかな
っていうかこうでもしないと魔女との戦闘が即終了しちまうなww
ほむらがやってるように、魔女にも物理攻撃は有効みたいだし
ちょいとペースが遅れております。
それでもどうにか投下です。
「流石にこいつは……」
「ちょっと、拙いわね」
互いに背を預けあい、背後の死角を補いながらマミと杏子は使い魔との戦闘を続けていた。
十分な魔力の無い二人では、やはりこの使い魔に対して有効打を与えるのは難しく
どうにかチャンスを伺いながらも防戦一方であった。
幾度の槍を、幾度の魔弾をその身に受けて
尚も健在の使い魔は時に寄り合い、時に別れ、変幻自在の動きで二人を翻弄していた。
「っなろ、嘗めんなっ!!」
業を煮やした杏子は、地を蹴り一気に使い魔に肉薄すると、その勢いを載せたチャージを放った。
鋭く閃く槍の穂先が、使い魔の身体を貫き四散させる。
けれど、その一撃すらも使い魔を倒すには到底及ばない。
四散したはずの使い魔は、そのまま杏子の周囲に散らばり、再び一気に収束する。
収束する使い魔の焦点には、重力に引かれて落下する杏子の身体があった。
「佐倉さんっ!!」
マミから見れば、まるで杏子が使い魔に取り込まれてしまったかのように見えただろう。
咄嗟に銃を構え、使い魔にその銃口を向けるが、引き金を引くことができなかった。
あの中には杏子がいる、迂闊に撃てば、杏子もろとも打ち抜いてしまいかねない。
だが、このまま手をこまねいていても恐らく結果は同じだろう。
どうにかしなければ、使い魔に向けたまま硬直した銃身に、誰かの手が触れた。
(これは……やべぇっ)
杏子もまた、使い魔に取り込まれながら必死の抵抗を続けていた。
けれど魔力の尽きた身体でできる抵抗などほとんどなく、砂そのもののような使い魔の身体の中で
空しくもがき続けることしかできなかった。そして、更に状況は悪化する。
(なんだ……これ、身体が…消え、て)
砂の中に取り込まれ、もがき続けていた手足の感覚が、端からじわじわと消え始めているのである。
恐らく使い魔に吸収されつつあるのだろう。痛みすら感じないことが、逆に杏子には恐ろしかった。
(まさか……あの奇妙なオブジェは)
ゆっくりと自分が消えていく感触。身の毛もよだつような恐怖に苛まれながら、杏子は理解しつつあった。
この結界に踏み込んで最初に見た、人を模した奇妙なオブジェ。
アレは恐らく、使い魔が人を飲み込み、吸い尽くした後に残された残りカスのようなものなのだろうと。
そしてこのままでは遠からず、自らもその不恰好なオブジェの仲間入りをしてしまうだろうということも
否応なしに理解させられていた。
(ざけんな……こんなとこで終われるか。冗談…じゃ)
使い魔に囚われ、闇に囚われた杏子の視界を、突如として激しい光が灼いた。
果たして光が先だったのか、それとも衝撃が先だったのか。
眩しさを感じる暇すらなく、杏子は吹き荒れる激しい衝撃に飲まれ、意識を手放してしまった。
「さぁて、久しぶりに大暴れ……させてもらおうかね」
大胆不敵、傲慢にして横暴。有無を言わさぬ力強さと
少なからぬ怒りの色さえ孕ませた少女の声が、轟音と共に響き渡った。
それはマミの声でもまどかの声でもない。当然、杏子の声でもあるはずがない。
声の主は、爆風にはためく髪をさっと手で払い、少しずれてしまった黒い帽子を被りなおして
その手に握った棒付き飴に、小さく舌を這わせた。
――そう、破壊の魔法の使い手にして、自身も実に破壊的な性格を持つ、最凶最悪の破壊神。
"アクア"が、再びこの世界に現れたのである。
アクアは先の一撃がもたらした成果である、爆発によってその半身を消し飛ばされた使い魔と
爆風に煽られ吹き飛ばされ、地面に投げ出されて微動だにしない杏子の姿を一瞥すると。
「マミ、あんたはそっちのガキを連れて下がってな、こっから先は、全部あたしが片付けてやるよ」
涼しげな顔で、マミに向かってそう言い放つのだった。
「……凄い魔力ね。わかったわ、後をお願いするわね」
直接アクアが戦う姿を見るのは、マミにとってはこれが始めてである。
だが、今アクアが見せた一撃は、どんな言葉よりも雄弁にアクアの魔法の強力さをマミに知らしめていた。
圧倒的な攻撃力。
杏子も、マミでさえも持ちえていないそれは、何気なく放った一撃だけで
あれほど厄介な相手であった使い魔の半身を消し飛ばしていた。
完全に消滅させられてしまったのだろう、失われた半身が再生されることはなく
使い魔はふらふらと宙を漂っているばかりであった。
これならば、任せたほうがいっそ安全だろう。少なくとも今のままでは、足手まといもいいところ。
マミは自らと杏子をそう判断する。故に行動は速かった。
攻撃にひるんでいる使い魔の隙を突き、マミはリボンを伸ばして杏子の身体を絡めとり、引き寄せる。
そのまま抱き寄せ、後方のまどかの元へと跳んだ。
「杏子ちゃんっ!……大丈夫、なんですか?」
「死んではいないわ。気を失っているだけ」
心配そうに二人を見つめるまどかに、マミは手短にそう告げると。
「もう少し距離を取りましょう。巻き添えを食らったら、こっちもただではすまないだろうから」
杏子の身体を抱かかえたまま、マミはまどかにそう言うと、促すように足早に、アクアの戦場から距離を置くのだった。
(貴女は……どう戦うのかしら、アクア)
恐らくそれは、アクアの戦い方を見定めるという意味もあったのだろう。
ようやく先の攻撃のショックから立ち直った使い魔が、新たな敵を認識した。
更にその敵が、自らに敵し得る存在であることを理解した。当然、それは廃さなければならない。
このアトリエに必要なのは、作品とその材料。そして彼女だけなのだから。
半身を失いながらも、使い魔はアクア目掛けて押し寄せる。
明確な攻撃の意思を表したその形は、螺旋を描いた鏃を持った銛。
見えざる射手に放たれたかのように、恐るべき速度でアクアを貫かんと迫った。
かわすか、受けるか。いずれも否。彼女の魔法の、そして彼女の為すべき事はただ一つ。
「ぬるいんだよっ!!」
迫り来る銛に、立ち向かうアクアが手にしているのは棒付き飴。
それはあくまでただの飴。けれどそれがアクアの手にかかれば、恐るべき魔法を織り成す魔法のステッキへと変貌する。
それがアクアの魔法(マテリアル・パズル)"スパイシードロップ"。
迫る銛の軌道と、振りかざした棒付き飴が交差した。直後、小さな炸裂と共に銛が消失した。
当然それ自身である使い魔の存在も、あっけなく消失したのである。
スパイシードロップは破壊の魔法。だが、その破壊は無秩序に振りまかれるものではなかった。
威力を集中させることで、一点に鋼鉄すらも容易く削り取るような威力を持たせることもできれば
極大にして広大な炸裂で、全てを焼き尽くすこともできる。
百年の時を経て練り上げられた力は、それほどまでに強大な力だったのである。
「さあ、さっさと先行くよ。魔女とやらをぶっ潰して、とっとと帰ろうじゃないの」
事もなく使い魔を打ち砕き、アクアは振り向きながら後ろの三人に向けて呼びかけた。
その日、長らく静寂と研鑽に満ちていた魔女のアトリエは、久方ぶりの外敵の侵入に沸き立っていた。
あの場所に奴等を入れてはならない。あの場所を汚させてはならない。あの場所を守らなければならない。
使い魔達は激しく怒り、奮い立ち、忌むべき外敵を廃さんがために行動を開始した。
されどその狂乱は静かに、どこまでも静かに行われる。
彼女が好むのは絶対の静寂、そして孤高と研鑽の世界。使い魔とて、それを乱すことは許されなかったのだ。
けれど、その悉くは打ち崩される。他ならぬアクアの手によって。
「吹っ飛びなっ!!」
次々に襲い来る砂礫の使い魔達は、迫る端から消し飛ばされていく。
圧倒的な攻撃範囲と、使い魔を一撃の下に葬り去れる攻撃力。
そしてどれほど魔法を放ったとしても、一向に衰えを見せない無尽蔵の魔力。
その全てが、一方的な蹂躙を演出していた。
流石のマミも、アクアの魔法がこれほどの攻撃力を持っているとは思いもしなかったようで。
「……これ、私達はいらないんじゃないかしら」
どこか遠くを見るような目で、そんな事を呟いてしまうのだった。
立て続けに巻き起こる爆発と轟音。それは魔女の望んだ静寂を悉く乱していく。
そして彼女の徒弟たる使い魔達を消し飛ばしていく。
それは彼女の領域に対するあまりにも冒涜的な侵害で、遂に――
――彼女は激怒した。
必ず、かの邪知暴虐の輩どもを除かなければならぬと決意した。
どこのメロスであろうか。
「この反応……アクア、魔女が来るわっ!」
未だ目を覚まさぬ杏子を背負って、マミが鋭く一つ叫んだ。
「ああ、分かってるよ。何かでかいのが来るってことはね」
破壊しつくされ、大理石の回廊すらも酷い損傷を受けていた。
突如として、その回廊に振動が走る。足元を見れば、一枚の石のようであったはずの地面に、無数に線が刻まれていた。
直後、その線は明確な亀裂へと変わり、足元の地面が割れて砕けて沈み始める。
「きゃぁぁっ!!」
「鹿目さんっ!……っ」
落ちる床を踏みしめ跳躍、どうにか体勢を整えると同時に、マミはリボンを伸ばしてまどかの身体を支えた。
杏子を抱えた上でのそれは、なかなかに重労働ではあったが、どうにかマミはやり遂げた。
「……なんなんだろうね、ここは」
一足先に着地して、周囲を眺めながら、アクアは訝しげに呟いた。
そこには無数の人影があった。けれど当然それは人ではない。人の姿をした何か、
それはここに至るまでの回廊に無数に並べられていた、できの悪いオブジェと同じものでできていた。
けれどここに並べられたそのオブジェ達は、精緻にして巧妙なヒトガタであった。
どこまでも精巧に作りこまれたそれは、単に人が色を失ってしまっただけのようにも見えた。
そんな作品群の中には、人の姿をしていないものもある。
たとえばそれは動物で、たとえばそれは幻想上の生き物で、ねこで、いぬで、ぱんだだったりもした。
要するにそこは、作品が並べられたアトリエだった。
となれば当然、そこにはその作り手がいる。
辺りを油断なく眺めていたマミとアクアは、同時にその存在を認識した。
「なるほどね、これがこの奇妙なアトリエのオーナーってわけだ」
「ええ、そしてこれが魔女。……魔女にしては、まだマシなセンスはしていそうね」
それは異形の巨人。むしろそれそのものが、一つの作品のようでもあった。
魔女にすればさほど大きくはないが、それでも身の丈3mを越すほどの巨躯。
使い魔に等しく砂がその身体を構成するが、けれどそれは不完全。欠けた身体の隙間からは、異形の骨が突き出している。
骨かと思えばその実それは、捩れて歪んだパイプのようで。
途中で折れた肋骨のようなそれからは、乾いた空気がひゅぅひゅぅと漏れ出ていた。
"Teekesselchen"
彫刻家の魔女、その性質は研鑽。
乾いた空気を満たしたアトリエで、ひたすらに自らの腕を磨いている。
彼女の静謐を乱すものは、悉く彼女の芸術の材料である、乾いた砂へと変えられてしまうだろう。
彼女の友は静謐と、同じく腕を研鑽する弟子たる使い魔だけである。
彼女を倒したければ、彼女の芸術に水を差してやればいい。
水の流れは彼女の作品を、静謐さえも押し流していく事だろう。
ひとまず今回はここまで。ということで。
ちょっと今月いっぱいくらいは更新が不定期になりがちになるかもしれません。
最低週二回以上はやりたいところですが。
>>524
そうでもしなけりゃ本当にもう全部こいつ一人でいいんじゃないかなって話になりますしね。
残念ながらワルプルさんにも役立たずです。
飛んでくるビルくらいなら拳一発で粉砕しそうですが。
>>525
そのあたりは単純に、魔法使いかそうでないか、その一点に絞って考えています。
魔法使いならば知覚できるし戦える。
そうでないのならどれだけ強くとも太刀打ちできない。
要するにプリセラやミカゼではどうにもならないということですが
(ネタバレ)後のミカゼや三十指は普通に魔女とも戦うことができるようになります。
単に魔法が使えるかどうか、その一点だけだと考えてください。
そしてまたしてもぶったおれた杏子ですが、魔力がほぼ空なので仕方ないといえばしかたがありません。
>>526
プリセラさんには対魔法少女で是非とも頑張っていただきたいものです。
もっとも、敵対する魔法少女なんてそうそういるわけないですよね(カクカク
後はまあ、三十指とかやってきたら無双してくれるのではないでしょうか。
>>540
確かにアレだけど本当にアクアは強いしマジックパイルのときのWWFとかアクアがいなきゃ使えないから重要なんだぞ!
しかし水を差してやればいい→アクアっていうのが上手いなぁ
この魔女戦は普通にいけるだろうけど、ほむらがやってきたりはしないよな…
これでグリーフシードもらえて魔翌力回復したとしても、月丸太陽丸相手して大丈夫なんだろうか
太陽丸は幻覚見せられるってだけでアクアにも杏子にもマミにももうヤバイ。
あともう一つの能力である『物体に映った映像を再生する』っていうので
人間関係割り出されてさやか達が案内役や人質に使われたりしたらどうしようとか先の展開が怖い
マテリアルの敵側のランク表とか作られないかな?
地味に鍵さんが強そう(鍵自体が実は……だからな)
>>542
三十指ランクってのがあるけどあれは単純に強さだけじゃなく女神への貢献度とかもあるからなぁ
あとマテパって相性があるから、強さをランク付けするのは難しい気がする。
たとえばボブリッツにはパン神が降臨した後のリュシカでもたぶん勝てないけど、
月丸太陽丸相手なら空飛んでカレーパン連打だけで勝てそうだし。
クライムは鍵穴を見つけられれば強いが、その鍵穴が目視できない以上手当たり次第に突っ込むしかない
どうにも夜が遅くなって困ります。
では、投下です。
「あれが魔女、ね。……気色悪い奴だね」
その異貌を一睨み、アクアは吐き捨てるように呟いた。
「気をつけて。どんな相手かわからないのだから、慎重に……」
舞い上がって調子に乗って、踏みしめてしまった敗北の轍をマミは忘れない。マミは咄嗟にアクアに注意を促した。
けれど、アクアがそれを素直に聞き届けるかと言えば。
「はっ!あたしを誰だと思ってんのさ。こんな奴はさっさとぶっ壊して、終わりにするよっ!!」
当然のように、絶対の自信と傲慢をたっぷりと乗せてアクアが叫ぶ。
そして同時に駆け出した。魔女へと向けて一直線に。
そんなアクアを迎え撃つように、魔女もその腕を振り上げた。
押し固められた砂の塊が、圧倒的な質量と重量を込めて振り下ろされる。
「無駄ぁッ!」
その腕に向け、アクアは咥えていた棒付き飴を叩き付ける。
破壊の魔法は違わずその力を発揮し、迫る脅威を消し飛ばす。
魔女の動きは見た目に違わず鈍重で、その巨躯もまた的が大きいだけに過ぎない。
「ちまちまするのは面倒だしね。一気に終わらせるよ」
バッグに手を突っ込んで、大量の飴玉を掴み取る。
そして片腕を吹き飛ばされ、ひるんだようにのけぞった魔女に向け、大量の飴玉を一気に放り投げた。
それはまさしく、恐るべき爆撃の散弾。放られた飴玉が次々に魔女身体に喰らいつき、その威力を示していく。
炸裂、爆発、衝撃。そして激しい閃光が、魔女の体を、その作品の悉くを飲み込んでいく。
一切の容赦も加減もない、恐るべき絨毯爆撃の衝撃は、背後のマミとまどかにさえも及んでいた。
「ちょっとアクア!いくらなんでもやりすぎよ。こっちまで巻き込まないでっ!」
吹き飛ばされて散らばった魔女の作品。それは大きな破片となって、次々にマミ達の下へと飛来していた。
マミは咄嗟にそれをリボンで受け止め、払い除け、どうにか窮地を脱した後に、咎めるようにアクアに叫んだ。
「あー……うん。すぐに終わらせるからさ、それまでどうにか耐えな」
そんな様子に、アクアは珍しくばつが悪そうな表情で答えた。
プリセラから頼まれたとあっては、まどかやマミ達の事を捨て置くこともできないようで。
「……って言っても、そうそう楽には終わらせてくれそうもないみたいだけどね」
続けざまの爆発の中に、魔女の姿が消えていく。けれどまだ終わりではない。
未だちりちりと肌を刺す殺気は、魔女の存在が未だ費えてはいないことをアクアに示している。
「さて、どうするかね。このアトリエごとまとめてぶっ壊してやりゃあいいのかね」
事実、それすらもできないわけではない。
けれどそこまで思い切りぶっ壊してしまえば、間違いなくマミ達も無事ではすまない。
どうしたものかと悩むアクアだが、行動を決めるより早く、魔女は動き出す。
薄暗いアトリエの、その四方を覆っていたビロードの暗幕が急に開かれる。
その奥に鎮座していたのは、色とりどりのステンドグラス。
けれどそれが与える印象は、綺麗なものというよりはどこかおどろおどろしいものを感じさせる。
そんな奇妙な色調のもので。
みしり。そのステンドグラスが小さな軋みを上げた。どうやらそれは、外からの圧力によるもので。
「もう、終わったんじゃない……の、かな?」
「ええ、まだ終わらないみたいね。鹿目さん、私の側から離れないで」
不安げに辺りを見回すまどか、そのまどかを手で制して、杏子を抱えたままマミが言う。
当のマミもまた、やはり注意深く辺りを見回している。
「……来るね」
ぞわ、と背筋を駆ける何かを感じてアクアが呟く。膨れ上がった殺気が、遂に弾けようとしている。
直後、周囲で響く甲高い音。それは全て、周囲を覆うステンドグラスの割れる音。
さらにその破片の全てが鋭い刃と化して、アクアの元へと殺到する。
どうやら魔女は、アクアを最優先で倒す心積もりらしい。
「だから……無駄だって言ってんだろォっ!!」
けれどアクアは動じない。その手に握った飴玉を、思い切り地面に叩き付けた。
激しい炸裂が一つ、そしてまた一つ。その中に次々とガラスの刃が吸いこまれ、当然のように消失していく。
もちろん、アクアは傷一つない。自らを決して傷つける事の無い、自分以外の全てを壊す力。それが彼女の魔法なのだから。
けれど、それでもその激しい炸裂は、ほんの一瞬アクアの視界を遮ってしまう。
その隙を、魔女は決して見逃さない。
「きゃっ!」
「何……これはっ!?」
ステンドグラスの割れた後、そこに空いた穴から漏れ出てきたのは大量の砂。
それはマミやまどかを一顧だにせず、猛然たる勢いでアクア目掛けて殺到するのだった。
先にアクアが倒した魔女の姿は、魔女の一部に過ぎなかったのだ。
彫刻家の魔女"ティーセルケッチェン"
この場に存在する砂の全てが、あらゆる物を作品に変え
取り込む事で増殖を続ける恐るべき魔女の姿なのである。
「……なんだってんだい、こりゃあ」
押し寄せた大量の砂は、魔女は、アクアを直接押し潰したわけではなかった。
それはアクアの周囲を取り囲み、激しく渦巻いている。
外から見れば、それはいささか密度の濃すぎる砂嵐であろうか。
そんな砂嵐の中心に取り残されたアクアは。それでも何事もない顔をして。
「ぐだぐだと、面倒なことをさせるんじゃないよっ!」
一歩踏み込み、アクアは砂嵐の壁に向けて飴玉を放り投げる。
それは瞬く間に砂中に没し、激しい炸裂を……起こさなかった。
「っ?」
当然のように起こるべきことが起こらない。アクアは僅かに顔を顰めて、すぐにその理由を理解した。
自らの魔法を誰よりも熟知しているアクアだからこそ、その事実にすぐに思い至るのだった。
「この砂、魔力を吸いとりやがるのか」
砂中に没した飴玉が、そこに込められた魔力を解放するよりも早く
魔女たる砂はその飴玉に込められた魔力を吸収してしまっていたのだった。
「……でも、ま。要するに取り込まれる前にぶっ壊せばいいだろ」
それでも尚、アクアの余裕は歪まない。恐らくあの砂は、取り込んだもの全てを吸収するのだろう。
魔力であろうと、人の身体であろうと。
そう考えれば、今尚目覚めない杏子にも納得がいく。
ただでさえ魔力が尽きていた時に、更に魔力を奪われてしまえばああなるのも納得はできた。
思索は一瞬、状況は速やかに変転する。周囲を覆う砂の壁が隆起する。
それはすぐさま槍と化し、アクアを貫かんとして迫る。
「ふん」
アクアは飴玉を握り締めたまま、その拳を槍に向けて突き出した。
拳の内より溢れる破壊が、砂の槍を飲み込み打ち砕いた。
「そんなもんがあたしに届くか、嘗めるんじゃないよ」
反撃とばかりに、再びアクアが飴玉を放つ。それは砂中に没する寸前で、破壊の光をばら撒いた。
魔女の砂とて、純粋な破壊の力に変換された魔力までは吸収することはできないようで。
砂の壁は破壊の魔法に砕かれて、深く抉り取られてしまう。
けれど、足りない。
穿たれた穴はすぐさま砂に埋められてしまう。どうやらこの砂の壁は、相当分厚いもののようで。
いかなアクアの魔法とて、外側から打ち砕くのは不可能だった。
外側からでは威力が足りない、かといって中に埋め込んでしまえば魔力を吸収されてしまう。だとすればどうするか。
考えるアクアにも、再び砂の槍が降り注ぐ。今度は無数に、いたる場所から迫り来る。
当然、アクアはそれを迎撃する。状況はどうにも硬直している。
けれど魔女がどれほどの全容を持つのかは未だ知れず、持久戦になれば不利であろうことはわかっていた。
あの砂は、取り込んだものを吸収してしまう。
けれど、アクアが変換した破壊の魔力を吸収することはできなかった。
ただ飴玉を放っただけでは吸収されてしまう。
だが、飴玉そのものに破壊の魔力を纏わせることができたのだとしたら……。
「しょうがないね、あんたなんぞに使ってやるのは勿体ないとこだけどね」
アクアの口元に、新たな感情の色が浮かんだ。それは余裕と不敵な笑みだけではなく、獰猛な敵意。
アクアも遂にこの魔女を、本当の敵として認めたようだ。
「アクア……一体どうなっているの」
分厚い砂の壁の向こう、そこから聞こえる炸裂音と、魔力の波動。
それを感じ取れるという以上、アクアはまだ無事なのだろうとマミは理解している。
だが、アクアは依然魔女の手中に囚われている。どうにか助けなければならない。
その時、マミはそれを感じ取った。
今の今まで激しく吹き荒れ、破壊をひたすらに振りまき続けていたアクアの魔力が、その性質を変えたのだ。
無作為に乱暴に、ただ振りまかれるだけの魔力から、練り上げられて研ぎ澄まされた、鋭い刃のようなそれへと変わる。
アクアは何かをしようとしている。マミはそれを悟り、そして。
「少し離れましょう、鹿目さん。……このままここにいたら、危ないわ」
「そんな、アクアちゃんを見捨てるんですかっ!?」
当然食いつくまどかに向けて、マミは静かに首を振って。
「それは違うわ。多分何か、アクアも大技を出そうとしているんだと思うわ。
巻き込まれたら、今度こそただじゃすまない。……大丈夫、アクアならきっと、大丈夫よ」
それはマミ自身が、自分に言い聞かせているようで。
まずは露払い、とばかりにアクアが周囲に飴玉を放る。
無数の炸裂が起こるも、やはりこの砂塵の結界を破壊するには至らない。
けれど、それでもその炸裂は迫る砂を押しとどめ、僅かでも時間を作る事に成功した。
その一瞬の猶予、それをアクアは逃さない。再び飴玉を握り締め、それをざらりと宙に放った。
その飴玉の軌道は円を描き、その輪に一つ、また一つと飴玉が取り込まれていく。
三つの飴玉は互いに弾き合うながらも、円の軌道を描き続け、光の輪と化してアクアの指先に宿った。
「スパイシードロップマーブル!」
複数の飴玉を弾き合わせ、更なる威力を持ったその光の輪を、アクアは眼前の砂の壁に向けて打ち放った。
たちまちそれは砂中に消える。これもまた、敢え無く取り込まれてしまったのだろうか。
固唾を呑んでアクアを見守っていたマミ達は、砂嵐の中から何かが飛び出した事に気がついた。
それはアクアが放った光の輪。スパイシードロップマーブル。
光の輪そのものが破壊の力を纏っており、それが魔女の砂による吸収を撥ね退け、砂の壁を突破する事に成功していた。
「あれは……あの魔力は、アクアね!」
それは即ち、アクアが未だ健在である事を示している。マミの表情がぱぁ、と明るくなった。
「アクアちゃん、無事なんですね」
まどかもまた、そんなマミの言葉に少しだけ不安の色が薄れたようで。
尚もアクアの攻勢は続く。砂の壁を貫いた光の輪が、そのまま空中で反転。再び砂中へと飛び込んでいった。
光の輪は、もはや魔女の干渉などまるでないものであるかのように、縦横無尽に砂中を駆け抜ける。
その軌跡が閃く度、砂の壁が断ち切られ、掻き消されては崩れ去っていく。
けれどそれはあくまで線の攻撃に過ぎない。完全にこの砂嵐を沈黙させるには力不足と言えた。
「当然、こいつで終わらせやしないよっ!」
一つ、二つ。そして更に二つ。次々に光の輪が生み出され、砂中をひたすらに切り刻んでいく。
「微塵に刻んで、ぶっ壊してやる!!」
それはあくまで線。けれど無数の線が集まれば、それはいつしか面となる。そして無数の面が重なればどうなるか。
それはもはや空間そのものへの飽和攻撃。それほどまでに苛烈な光輪が、魔女の全身を切り刻んでいた。
後に残されたのは、最早壁というにもおこがましい程に切り刻まれ、無残な有様を示す砂の残骸ばかり。
けれど未だ、魔女は生きている。
無数の光輪に切り刻まれながらも、それでも尚アクアを取り込まんとして殺到した。
最早悠長に周囲を取り囲む余裕はない。直接包んで、一気に決着をつけようとしているのだろう。
その時、マミには見えた気がした。蹴散らされて薄れた砂嵐。その向こうで不敵に、どこまでも凶暴に笑うアクアの姿が。
「スパイシードロップ――」
アクアが小さく呟くと、縦横無尽に舞っていた無数の光輪が、アクアの拳に収束した。
無数に輪を纏い、激しく輝く拳を振り上げ、そして。
「――マーブルジェンカ!!!」
殺到する魔女の目標地点。アクアにとっては真下の地面に向けて、その拳を打ちつけた。
直後、湧き上がるの極大の光柱。無数の光輪に込められた力が一斉に解放されたそれは
最早あらゆる物が存在する事を許さないとばかりに吹き荒れた。
無数の砂そのものである魔女でさえ、一気に押し寄せたところにこの極大の一撃を叩き付けられれば
なす術もなく、その存在の一片までもが光の中に消えていった。
「――我が勝利、魂と共に」
目を灼く光が過ぎ去っていく。その中で、轟音に掻き消されるような小さな声で、アクアはそう呟いた。
主を失った事で、無数の犠牲の上に生まれた悪夢のアトリエは消えていく。
結界の景色自体が歪んでいく。そう遠からず外に出られる事だろう。
「終わったよ。ま、あたしにかかればこんなもんさ」
鈍い光を放ちながら、頭上に降ってきたグリーフシードをキャッチして
アクアはマミ達に振り向くと、相変わらずの不敵な笑みを浮かべてそう言うのだった。
という訳で、アクア完勝です。
対魔女戦では非常に優秀なアクアです。
基本的に周囲の被害を気にする必要がないんですから。
え?元から気にしてないだろって?ははっ
>.540
ちゃんとボスキラーだって取れるアクアです。
ただキルマークがなかなかつかないというだけで。
>>541
なんだかんだ言ってもスパイシードロップは優秀な魔法です。
自分に被害が及ばないのが色々と使いやすくていい感じなのです。
そろそろバトルバトルバトルな展開にも一息つきたいところです。
魔女も倒れましたし、そろそろ姉弟がやってきてもいい頃でしょう。
果たして何をしでかすのかは、まだまだこれからですが。
>>542
なんだかんだでアビャクさんが結構いい線行きそうな感じがします。
アビャクvsガシャロとか考えるとちょっとwktkしますし。
叫星魔渦でアビャクが取り込んだ水を吸いだせるならガシャロ有利でしょうが
それができなければ対ミカゼ戦での白兵戦能力的にはアビャク有利な気もしますし。
色々と妄想が捗るのが困りものです。
>>543
魔法レベルだって威力なのか極める難易度なのかがよくわかりませんしね。
しかし覚醒後のリュシカなら空から遠距離攻撃でボブリッツも何とかなる気がします。
結局ウィンクルディレクターでは飛ばしたものの軌道を変えることはできないっぽいですし。
そして月太は月太で遠距離攻撃主体だと、飽和攻撃ができないと幻覚に惑わされて不意打ちを喰らいそうです。
あいつらはあいつらで遠距離攻撃ができないわけでもありませんしね。
乙
あーTAPの勝ち台詞懐かしいな
グッときた
アクアとかグリンって立ち位置が中途半端だからねー
五本の指>アクア、グリン>通常三十指 みたいな
強いことは強いんだけど
乙
最も強い魔法が存在魔法だから
魔法レベルは構築難度、変換難度だと思ってる
テンションを熱に変換するパイナップルフラッシュはレベル7、実にシンプル
低レベルでも状況によっては格上の魔法使いすらも食える魔法
吸収系は総じて高レベル(自分の体も変換するから?)
三獅村祭は二重変換するから超高レベル
存在変換に近づくほどレベルが上がっていくんじゃないだろうか
というかマテリアル・パズル自体が限定的な存在変換っぽい
乙
アビャクは雨降ってたらほぼ無敵というチートキャラだしな
ヨマ、アビャク、メルチナとどこにでもある物を変換するキャラは基本強いっぽい。
そう考えるとリュシカはメルチナと同型のキャラだから、本来は弱い訳なかったんだよな
まあそれでもベルジと比べると性格の違いや戦闘の規模なんかからどうしても見劣りしてしまうが
クリスマス、皆さんいかがお過ごしになられたでしょうか。
……なんか色々食べ過ぎ飲みすぎでおなかが痛いです。
まあ、気にせず始めましょうか。
クリスマスを越えて年末が近づく。投下です。
「……想像以上だね、彼女の力は」
崩壊する結界と、そこから出てきた人影を見つめて、キュゥべえはそう呟いた。
時刻は既に夕刻を越え、夜の帳が降り始めている。
「………」
その言葉を聞いていたのかいないのか、隣に佇むほむらは、黙して何も答えなかった。
「どうするんだい?あれほどの力を持つ相手が三人分だ。それどころか今の彼女には
マミと杏子まで味方している。この状況で彼女を倒すのは容易なことじゃないと思うな」
答えることのないほむらに、キュゥべえはさらに言葉を告げた。
冷静に考えれば、現在の状況が不利であることは明らかである。
そしてその考えは、ほむらにとっても同じであったようで。
「……ええ、そうね。このままでは難しい」
僅かに顔を顰め、小さく首を振ってから。ほむらはキュゥべえに視線を向けると。
「だから、お前にも協力してもらうわ」
「ボクにかい?」
驚いたようなそぶりを見せて、僅かに目を見開いて、キュゥべえが答える。
「相手のことを知らないままに仕掛けて、失敗するのはもうごめんよ。
まずは奴等の情報が欲しい。お前なら、それを手に入れる事ができるはずよ」
「なるほどね、確かにボクなら、彼女達に怪しまれずに情報を手に入れる事も不可能じゃなさそうだ。
そしてそれをキミに伝えれば」
「奴等の正体さえわかれば、負けはしないわ」
そう言ったほむらの表情には、確かな自信の色が見て取れる。
「……わかった、それじゃあ、少し彼女達の事を探ってみるよ」
果たしてそれを信じられるのかどうか、少なからぬ疑問は感じながらも
それでも今はそれを信じてみるより他にない。憮然とした表情でほむらは頷くのだった。
「それじゃあボクは行くよ。また後でね、暁美ほむら」
そうとだけ言い残し、キュゥべえはほむらの元を去る。そして遠ざかっていく人影に、マミ達の下へと近づいていく。
合流し、何事かを話し合っているその姿を遠目に眺めて、ほむらは身を翻し夜闇の中へと消えるのだった。
深い、どこまでも深い闇が広がっていた。
その闇の只中を、駆け抜けていく二つの影。
落ちているのか、それとも上っているのか。それすらも定かではない闇の中を、二つの影が往く。
目指すは遥かなる異星、そこに潜みし敵を抹殺せんがため、恐るべき刺客が旅立たんとしていた。
三大神器が一人、クゥが操る魔法にして、まさしく三大神器の一つである禁断魔法
空間を歪め、あらゆる場所を繋ぐ空間湾曲魔法"マザー"
そしてグリ・ムリ・アが持つ、二点間を繋ぐゲートを生み出すアイテム"どこでも木の実"
その二つの効果が合わさることによって作り出されたゲートの中を、女神の三十指が恐ろしき暗殺者
月丸、太陽丸の姉弟が駆けていたのである。
遥かなる闇の向こう、小さな光が見えた。あの光の向こうに、奴等のいる星がある。
「太陽丸、どうやらそろそろ到着のようだ。向こうがどうなっているか分からん。決して気を抜くなよ」
迫る光を睨みつけ、月丸が言う。隣で共に闇を駆けていた太陽丸が、それに答えて言葉を放つ。
「ああ、分かっている。我々の使命は一つ、奴等から星のたまごを奪い取ることだ!」
「……いいや、それは違うぞ、太陽丸」
だが、そんな太陽丸に帰ってきたのはなにやら意味深げな月丸の言葉で。
「星のたまごを奪うだけでは飽き足らないと、流石は姉様だ」
「ああ、そうだとも。我々の使命はもう一つある。それは……」
迫る光を睨みながら、重々しく月丸は言い。
「それは……何なのです、姉様」
ごくりと一つ喉を鳴らして、太陽丸もまた真剣に月丸の言葉を待っていた。
「それはッ!舞響大天様に素晴らしいお土産を用意することだっ!!!」
拳を握り、くわっと目を見開いて、叫ぶ月丸の姿が光の中に吸い込まれていく。
「えぇぇぇ………」
呆気に取られながらも、太陽丸も続けて光の中へと消えるのだった。
「ここが……」
「奴等のいる世界、か?」
なんとも所在なさげな声が二つ、それは半ば呆然としているかのような声で。
その日、この世界に新たな二人の魔法使いが現れたのだった。
丁度それは、アクアが彫刻家の魔女を撃破した翌日の事で。
「我々の世界とは違うだろうとは考えていたが……まさか、これほどとはな」
ようやくその衝撃から立ち直り、辺りを見渡しながら月丸が言う。
「この街は……メモリアよりも更に文明が進んでいるのだろうな。この中から奴等を探し出すのは、相当骨が折れそうだ」
同じく辺りを見渡して、休日に賑わう人々の姿を眺めながら太陽丸は答えた。
そう、そこは見滝原の中心街のど真ん中。丁度お昼時のこの時間には、多くの人々が行き来していた。
先に感じた存在変換の波長、それを辿って大まかな位置までは突き止めることができた。
けれどここから先はそんなものには頼れない。地道に足に頼って探すより他ないのである。
そしてこの見滝原は、日本においては決して都市とまでは言えない規模の街である。
それでも街としての規模は、彼らの世界における最大の国であるメモリアのそれを、遥かに凌駕していた。
「……なあ、あんな奴らあそこにいたっけ?」
「いいや……いなかっただろ。っていうか、何だあの格好。コスプレ?」
「………」
「………」
元より、暗殺者としての英才教育を受けてきた二人である。人の気配や視線には殊更に敏感であった。
そんな二人の鋭敏な感覚が、びしびしと全身に突き刺さる視線の山を感じていた。
「姉様」
「分かっている。どうやら、この格好では目立ちすぎるようだな」
互いに目配せ、一つ同時に頷いて。
「行くぞ太陽丸。まずはこの世界にあった衣装を調達する。街を調べるのは、その後だ」
「ああ、姉様!」
二人の今の格好は、この現代日本に、見滝原においてはあまりにも目立ちすぎた。
こうも目立っていては、調査も何もありはしない。
「探せば服屋くらいは見つかるだろう。まずはそこからだ」
そして二人は歩き出した。どこまでもじりじりと付きまとう、無数の視線に背を向けながら。
「はぁぁ……暇だねぇ」
カジュアルショップ・Dimension Planet。
オーナーのベベカル氏は、退屈そうに一つ溜め息を吐き出した。
見滝原の繁華街の一角に場所を借り、店を出して早二年。
最初こそ輸入雑貨やオリジナルブランドの洋服などを販売し、それなりに繁盛していたのだが
どうにも最近は業績は右肩下がりの一直線。
景気の悪化や経費の増加、挙句の果てには勇者だとかなんとかいう奴が店に押し寄せるという訳の分からない事件まで起こり
今日に至っては休日だというのに客入りは0、このままでは遠からず店を閉める羽目になってしまうかもしれない。
(いっそ、このまま故郷に帰っちまおうかなぁ……でも、今さら帰ってもなぁ)
なんて、尽きない悩みに苛まれていた彼の元に、その日、恐るべき客が訪れたのである。
「邪魔するぞ」
「邪魔させてもらう」
扉が開く音と共に、飛び込んできたのは男女の声。
「はっ!はい、いらっしゃいま……」
カウンターに突っ伏していた店主も、声に気づいて飛び起きると、すぐさま愛想のよい笑みを浮かべて来客を迎えた。
迎えようとしたのだが、来客の姿を認めてその表情が凍りついた。
(えぇぇぇー、何、え、あの格好何!?)
「……何だ、人をじろじろと見て」
「ほぁっ!?あ、はは。すいません。珍しい格好だな、と。ちょっと驚いてしまいまして」
憮然とした女性の物言いに、ずいぶんぶしつけな視線を送ってしまっていた事に気づいて、店主は慌てて取り繕った。
何せ久々の客である。機嫌を損ねてしまっては事である。
「ああ、俺達は旅の途中でこの街に寄ったんだが、どうにもこの格好では目立ってしまってかなわんのでな
こちらに合う服を一式用立ててもらいたいのだが」
(キ、キターっ!待て、落ち着け。このチャンスを逃す手はないぞ……)
男の言葉に、店主は内心の歓喜を極力抑えて。
「なるほど、そういうことでしたか。しかし本当に珍しい格好ですね。
旅って言ってましたけど、どこか海外にでも行かれてるんですか?」
「まあ、そんなところだ。……余計な詮索はいい。早く服を用意しろ」
軽いつもりで持ちかけた世間話には、どこまでも冷たい調子の男の声が返ってきた。
「あ……はは、はい。それじゃあまず貴方から、こちらへどうぞ」
取り付く島も無いといった様子に、店主は乾いた笑みを浮かべながらも、男を試着室へと案内するのだった。
「……ふむ、悪くない」
姿見に映った姿を眺めて、男――太陽丸は満足げに呟いた。
目を惹く赤いジャケットに、首元にはきらりと輝くシルバーのネックレス。
ジャケットの背後に刻まれた、太陽を模した紋章が密かにお気に入りである。
ズボンはそのままでも良かったかも知れないが、折角なので店主のオススメのダメージジーンズとやらを履いている。
何でもビンテージ物とかいうものだそうだ。
「どうでしょう、かなりお似合いだと思うんですが」
「ああ、悪くない。このまま貰っていこう」
口元に薄い笑みを浮かべて、太陽丸はそう答えた。
「中々似合ってるじゃないか。太陽丸」
それを見ていた月丸も、面白そうな笑みを浮かべてそう言った。
恐らくそれは、純粋に太陽丸の格好を見ていることもあるのだろうが、自分がどんな格好になるのかを楽しみにもしていたのだろう。
「では、次は貴女の番ですね。さ、こちらへ」
遂に自分の番が来たかと、月丸も意気揚々と乗り込んでいくのだった。
「少し派手すぎはしないだろうか?」
同じく姿見を前に、軽く腕組みしながら月丸が言う。
ロング丈の白地のシャツに、裾にはレースが施されていて。肘ほどまである薄紅色の長手袋。
下はホットパンツに、まるで黒い包帯を巻いているかのような柄の黒ストッキング。
レースの裾からはみ出た太ももが、実に目に眩しく映っていた。
「……どう、かな。太陽丸?」
ほんの僅かに不安気に、月丸は太陽丸に問いかけた。けれど肝心の彼はと言うと。
「あ………」
呆然と、小さな声を漏らすのみだった。そんな太陽丸の異変に、いち早く気がついたのは店主だった。
「ははは、どうやらすっかり見とれているようですね。ほら、彼女さんに言ってあげたらどうです?よく似合ってますよ、と」
「ば、ばばっ!馬鹿を抜かすな!彼女などとっ!」
どうやらその言葉は、相当な衝撃を太陽丸に与えたらしい。素っ頓狂な声をあげ、大げさな反応を見せてしまった。
「あら、違うんですかね?」
「違うっ!俺達は姉弟だっ!……ま、まあ。それはそれとして、よく似合っているぞ、姉様」
怒鳴るように一つ叫んでから、一つ咳払いをして、どこか照れたような様子で太陽丸は月丸に、そう告げるのだった。
「それで、御代はこんな感じになるんですが……」
そんなところに割り込んで、電卓片手に店主が言う。
並んだ数字は、月丸達が元々いた世界の物価にあわせればそれなりの額になるであろう数字だった。
物価が近しいことだとか、言葉が通じることだとか、文字が読めることだとか。
そう言うことに突っ込みを入れてはいけない。入れては始まらないではないか。
実際問題、物価はほとんど一致しているのである。
「ああ、そうだったな。……すまんが、こちらで使っている金を見せてくれんか?
あちこち旅してきたのでな、ここでは何を使うのかわからんのだ」
店主の言葉に、二人は一つ目配せをして、太陽丸はそう切り出した。
「ああ、そういえば外国の方なんでしたっけ。思いっきり言葉通じてたんで忘れてましたよ。
ここじゃ円を使ってますよ、分かります。こういうの」
レジからお札を取り出して、店主はそれを太陽丸に示した。
「ああ、でもウチは外国の通貨でも大丈夫ですよ、ドルでもユーロでも……ぇ?」
それをしっかりと確認して、太陽丸はおもむろに店主の顔を掌で覆った。
「マテリアル・パズル――修羅万華鏡」
太陽丸がそう呟くと同時に、その掌から何かが店主に浸透していく。
すぐに太陽丸は手を離し、呆然としたままの店主に背を向けると。
「釣りはいらん、とっておけ」
そう言い残し、月丸と共に店を後にするのだった。
「はへ……は、はは。あ、ありがとうございま……した」
二人を見送る店主の視界には、先ほど見せたお札である一万円札が、山のように積み重ねられていた。
(どこかの大富豪だったのか……あの二人は)
呆然としたまま、そんな事を考える店主であった。
やっと、やっとの月太姉弟の登場です。
ここからじわじわマテパ要素も増し始めるのではないでしょうか。
後、基本的に彼女達の出番は……ギャグです。
>>555
一体いつになったら本誌で再びこの言葉が聞けるようになるのでしょうか。
というか、彼らが再び戦う日は来てくれるのでしょうかね。
>>556
結局五本の指以下は相性でどうにでもなるレベルなんですよね。
あまりにも五本の指以上がブチ抜けてるだけで。
アクアもやりようによっては五本の指相手に戦えないこともないのでしょうが、じっくり魔力を溜めてる時間もないですしね。
>>557
なるほど、それもなかなか納得できる理論ですね。
そうなってくると、やはり形の無いものを扱う魔法は結構高レベルな気がしますね。
とは言え大体そういうものは生み出されるものも形のないものばかりです。
形のないものから形あるものをを生み出すような魔法があれば、それこそ恐ろしく高レベルな感じになりそうですね。
エッグとかそんな感じになるんじゃなかろうか。
>>558-559
なんだかんだであの戦闘はいまでも大好きです。
絵という難点を差し置いてもそれでも十分すぎるほとに面白いですし
それぞれのキャラクターの特性をばっちりバトルの中で描ききってくれますしね。
>>560
ただアビャクの場合は、本人の魔力切れで水を取り込めなくなることもあるっぽいですね。
他の奴等にもそれはあるのかもしれませんが、どうにもヨマが魔力切れになる様子が想像できません。
リュシカはリュシカでゼロクロと番外でえらい化けましたね、第四章が楽しみです。
……本当に、楽しみです。
乙
来た!姉弟来た!これで…
>基本的に彼女達の出番は……ギャグ
oi
>絵という難点
屋上
まあ初めて見たとき思ったことは否定しがたい
乙
店主さんが無事でよかったぜ
大損してるけどww
>>573
エッグは「他人の魔法」を「食って」何かを「生み出す」魔法
一度変換されたものは再変換し難い、他人の魔法なら尚更という法則があるから
魔法レベルは納得の120・・・ってことなのかなと思ってる
店主がどうしてもあの魔王でしか再生できない……
まぁ海の男に乱入されなくて良かった……のか? いや、乱入された方がおいしいのか?
乙
ほむらとQBは他の魔法少女達に協力を持ち掛けたりしないのだろうか?
「星のたまご」を欲しがる魔法少女達なんてたくさんいるだろうし、プレイアデス星団とかはこの話しに喰いつてきそうだが
ユウリがチラっと出てきたから可能性はあるかな?
それから>>1は「神名あすみ」を登場させるの?
乙!
魔人さんかわいそす。でも殺されなかっただけマシなのか?
>>577
普通にQBが星のたまご欲しがってるからじゃ?QBに星のたまごを渡すところまでが取引だから
まあ最初誘っておいて星のたまごゲット出来たら杏子みたいに捨てるっていうのもありだろうけど、
協力した相手によってはほむらじゃどうにも出来ない可能性もあるし
まあ実は取引関係なくほむら自身が星のたまごを使いたいからって可能性もあるかもね
とりあえずBBB読んでたらレンジとスズリ、ケンちゃんとユウという幼馴染がかわいすぎたので
さやかには恭介と幸せになってもらいたいな…
>>578
ほむらはそうかもしれないけど
QBはどうだろう?織莉子を間接的に排除するために魔法少女達に招集を掛けたぐらいだしね
うすうす予想はしてましたが、書いてみるとドえらくアレでした。
でも書いちゃったものは仕方ありませんね。
というわけで投下なのです。
「これならば、やたらと怪しまれることもないだろうが、問題はここからだな」
店を出て、歩みを進めつつも太陽丸は考える。まるで知らない星に街。
まだこの街の事を何もわからず、身を寄せる場所も見出せてはいない。
先の見通しはまるで立たない。何をするにも情報が足りない。まずはその状況をどうにかしなければならないだろう。
けれど、そんな難しい顔で思考を巡らせていた太陽丸に、月丸は事もなく言うのだった。
「そう気を揉むな。まずはこの街を色々巡ってみよう。その折奴等を見つけられればよし。
そうでなくとも、時間ならばまだ十分にある」
その口元には、薄い笑みすら浮かんでいた。
「それにな、奴等がこの世界に来たのは、恐らく何らかの事故によるもののはずだ。
そうでなければ、メモリア魔法陣を控えたこの時期に、こんな場所にやってくる必要は無い」
自信気に微笑む月丸の言葉に、太陽丸もまた、はっとした表情を浮かべて。
「だとすれば、奴等がメモリア魔法陣までに戻れるという保障もない。
もしも奴等が戻れないとなれば、最早我らを阻むものはない」
「そうなれば、わざわざ奴等を殺す必要もない……ですが、それでは星のたまごが」
「それこそ、全てが終わった後に奪えばいい。確かに奴等は厄介だが、たった一人
……いや、三人でどこまでも戦いぬけるものでもあるまい」
そこで一度言葉を切って、僅かにその瞳に鋭い光を宿すと。
「無論、だからと言って我らの任務を忘れたわけではない。アダラパタでさえ手を焼く奴等を、我らが殺してみせる。
そうなればそれは女神様への大きな貢献となるだろう。だが、功を焦って事を仕損じても仕方があるまい。
何せ、今回は我らも孤立無援なのだ」
拳を握り、力強く頷いて月丸は小さく鼻を鳴らして。そんな様子に、ようやく太陽丸も納得したようで、応じて一つ頷くと。
「わかった。ではまずは街を巡りつつ情報を集めよう」
「そうだな、そうと決まれば早速行くぞ!」
太陽丸の言葉を聞くや否や、月丸は街へと向けて駆け出した。
どうやらこの見知らぬ街に、相当の興味を惹かれていたらしい。
太陽丸は思い出していた。メモリアを訪れた時も、月丸は随分とはしゃいだ様子であったことを。
恐らく同じ事なのだろう。むしろ全く未知の世界であるだけ、その思いはより強かったのかもしれない。
「……確かに、急ぐ仕事でもない、か」
見る見る内に小さくなる月丸の姿を見つめながら、太陽丸は小さく呟いた。
「太陽丸―っ!早くしないと、置いていくぞーっ!」
振り向き叫ぶ月丸の声。太陽丸は小さく息を吐き出して、そしてどこか穏やかな笑みを浮かべると。
(悪くはないか、たまにはこういうのも)
「ああ、すまん姉様。すぐに行く」
軽く手を挙げ声に応え、太陽丸は月丸を追うのだった。
「……太陽丸」
「ああ、姉様」
そんな二人の歩みが、同時に止まった。その視線の先には一人の青年の姿。
学生なのだろう、制服の上着の前を開き、両手はポケットに突っ込んだまま
酷く不機嫌そうに目の前の店を睨みつけていた。
「あの男、かなりの魔力を秘めているようです」
「ああ、まさかこの世界にも、これほどの魔力の持ち主がいようとはな」
二人は静かに目配せし、声を潜めて言葉を続ける。
怒気を全身から発散し続けるその男は、どうやらその身の内に大きな力を秘めていた。
その力は、彼らにとっては魔力として認識されていたのである。
それはすなわち、適切な魔法器具を与えることで、魔法使いに目覚める事ができる。
そして女神の僕たる魔法使い。女神の三十指となる資格を持っているということだった。
女神の三十指。それはいずれも魔法使いだが、その魔法は自ら生み出したものではなかった。
それらは全て、星のたまごのかけらを使い、かつて誰かが生み出した魔法を魔法器具として復活させたものなのである。
そして、それを与えられた魔法使いの素質を持つ者。女神によって力を与えられた者。
それが女神に仕える魔法使い、女神の三十指なのである。
それを生み出す役目の一翼を、この姉弟は担っていた。だからこそ、彼女らはその男の素質に気付くことができたのである。
「……だが、この世界で三十指を生み出す必要もないだろう。
そもそも、魔法器具を用意することもできない。少々惜しいが捨て置こう。行こう、姉様」
とは言え、今ここでその男に手を出す理由はなにもない。太陽丸は月丸にそう促した。けれど月丸は静かに首を振り。
「いいや、待て太陽丸。少し様子を見よう」
「何故だ、姉様。街を見に行くのではなかったのか?」
「それもあるが……あれも気になってな」
月丸が見ていたのは、男の姿だけではなかった。男が睨みつけていた店を、なにやら興味深そうに見つめていたのである。
「"ケーキとコーヒーのぐんぐにる"……ただの喫茶店のようだが?
あんな店なら、向こうにもあっただろう。わざわざ気にするほどのものじゃないだろう」
「だが、あれほどの魔力を秘めた男がああも執着している店だ。何かがある。とは思わないか?」
「俺にはとてもそんな凄い店だとは思えないが。どう見てもセンスがいいとは言えない店だ。
こっちの世界ではあんなものが流行りなのか?」
半ば呆れ気味の太陽丸である。けれどそんな事には構いもせずに
どこかわくわくした様子で月丸はその店を見つめ続けるのだった。
どうやら、随分とはしゃいでいるようだ。
そんな二人の思惑をよそに、男は意を決した様子で店の中へと入っていくのだった。
「いらっしゃいませー!!」
開いた扉の隙間から、元気な女性の声が聞こえてきた。
が、恐らく男の纏った怒りのオーラに気圧されたのだろう。すぐさまその声と表情が凍りつくのだった。
そんな様子をわくわくと眺める月丸。そんな月丸の様子を呆れた様子で見つめながら
太陽丸は小さく溜め息をつき、腕組みしたまま壁に身を預けてしまうのだった。
だが、異変は突然に訪れる。
丁度それは、男がチーズケーキを一口頬張った時の事で。
店の中から確かに感じる男の魔力が、急激に膨れ上がったのである。
激しい怒りのオーラと共に、店全体をみしりと揺さぶったのである。
「何だこれは、一体何が起こっている……っ!」
並々ならぬ様子に、途端に太陽丸は壁から離れて店を睨みつけた。
「まさか、あの店はただの喫茶店ではなかったというのか。姉様はそれを見抜いていたのか、流石は姉様だっ!」
「………あ、ああ。当然だろう!あの店には何かある、そう睨んだ私の勘は、やはり間違ってはいなかったな」
僅かな沈黙。それでも月丸はすぐにそう答えた。ドヤ顔で。
まさか、単にケーキが食べたかっただけだなんて言えるはずもなかった。
そんなやり取りの間にも、状況は更に変化する。
それは恐らく、新メニューのケーキなんかを試食してみた時だったりするかもしれない。
迸る怒りが限界を超え、更に魔力が膨れ上がったのである。
それこそ三十指に匹敵するほどにまで、男の魔力は膨れ上がっていたのである。
「どうなっている、怒れば怒るほど、魔力が跳ね上がっていく」
「怒りを力に変換する魔法使い……だとでも言うのか」
恐らく店の中で広がっているのは、相当におかしな光景であろう。
けれどそれを知る由もない二人にとっては、恐るべき魔力を持った男の存在が、確かな脅威となりつつあった。
「どうします、姉様。奴がこの世界の魔法使いだとするのなら、奴は何らかの情報をもっている可能性は高い」
「ああ、確かにそうだな。奴に仕掛けて、情報を引き出すか。……だが、あれほどの力を持った相手だ、油断はするなよ」
勝手に二人の緊迫は高まっていく。
このままでは、ちょっと顔が怖いだけのただの甘党の高校生が、魔法使い二人からボッコボコにされてしまうことだろう。
ページを跨げば勝手に治っているような気がするが、それはまだ気のせいである。
そんな二人はさておいて、いよいよもって男の状況は佳境を迎えていく。
恐らくは、気分が落ち着く特性ココアでも頂いたのだろう。
これで落ち着いてくれるはずだ、こんなふざけた茶番も終わるはずだ。
と、なれば苦労はしないのだ。
「3!!!」
一瞬、店そのものが吹き飛んだかのような衝撃が駆け抜けた。
それは恐るべき魔力の奔流。先に越えたはずの限界を、更にもう一つ超えてしまっていた。
「馬鹿な……まだ上がるだと!?」
「奴は底なしか……これでは、まるで五本の指クラスだぞ!」
今度こそ、二人の表情が純粋な驚愕に染まる。
「どうする姉様、まさか奴の力がこれほどまでとは……迂闊にしかければ、我らの方が返り討ちだ」
「まさかこんな所で、これほどの魔力の持ち主に出くわすとは……この世界はどうなっているんだ!?」
驚愕は焦燥へ、激しい状況の変化に、まるで二人は対応しきれていなかった。
「ふざけんなァーーッ!!!また来るしかねぇじゃねーかーーッ!!!!!」
「「ぎゃああああああ」」
怒号が一つ、それから続いて悲鳴が二つ。
直後、扉をブチ破るような勢いで男は店外へと飛び出すと、そのまま力尽きたように倒れ伏してしまった。
あれほど激しく迸っていた魔力も怒りも、今は見る影もないほどに衰えてしまっていた。
「くそ……ちきしょぉぉぉッ!!」
男は泣いた。泣いて泣いて泣き濡れて
すっかりしょぼくれた様子でよろよろと立ち上がると、よろめきながら帰路を辿るのだった。
「……何これ」
「……さあ」
酷い茶番を見た、と言った様子で顔を見合わせ、二人はぽつりと呟いた。
「一体なんだと言うんだ、この肩透かしは」
「……俺にもわからん。だが、となると何かあるのはあの店…ということか?」
一足先に、どうしようもない脱力感から抜け出した太陽丸は、台風一過と言った様子の店を睨みつけた。
最初はあの店に入りたかったのだという事を、月丸も思い出したようで。
「そう……だな。あの男をあそこまで追い込むほどの店だ。何も無いはずがあるまい。いくぞ、太陽丸」
「ああ、姉様」
何か、自分達がものすごい茶番をやらされているのではないか。
そんな言い知れない不安を抱えながら、二人は店に乗り込んだ。
「いらっしゃいませー!」
もちろん、そこはただのサービスのいいケーキ屋さんだったのである。
やっぱりむりはするものではなかった
今回の更新は清村くんと杉小路くんろの2巻をお手元に置くとまだ少しは楽しめたのかもしれません。
多分、次はもうちょっとまともに更新できると思います。
今年中にもう一回は更新したいです、ほんとに。
>>574
やりたかったんです、あの二人は結構ギャグもいけると思いますので。
もちろん殺ることはきっちり殺るので、あんまりほのぼのもしていられませんが。
正直私が始めてマテパを見たのは二部の頭からだったので、1巻から読み直した時には結構絵に衝撃を受けました。
とはいえ、ちゃんと話を追っていくと絵が気にならなくなるどころか
もうその絵じゃないと満足できない病気にかかってしまいました。
>>575
修羅万華鏡はすごく使い勝手がよくて助かります。
異星の地でも問題なく動けちゃいますしね、あいつらなら。
正直服を買わずとも魔法でどうにでもなったような気もしますが、そこはまあ、ね。
確かに描写を見るに、そう言う考え方もできそうです。
果たして一体何が生まれるのか、やっぱり四部が待ち遠しいです、本当に。
>>576
今回の姉弟編は、かなり露骨にネタを頂いてます。
こんな感じで結構ちょくちょく他の作品の小ネタを挟んで行こうと思います。
ギタリスト恭介がライブに行こうとしたら、ギターが意志をもってたりするお話。
アリだと思います。
>>577
魔女を倒すためなら協力もできそうですが、人殺しを平気でやれる魔法少女もそうはいないでしょう。
そして他の魔法少女を見つけるためには見滝原を離れなくてはならず
キリカ達のいる今の状況では、かなりリスクが大きいのではないでしょうか。
プレイアデス勢は……星のたまごの存在を知ったら、間違いなく内乱フラグだと思います。
とりあえず単行本派なので、登場は来年以降ですかね。
あすみんについてはまったく知らないのであしからず。
>>578
流石にいきなりやらかしたりはしないようです。
騒ぎになっても面倒ですしね。
>>579-580
キュゥべえはキュゥべえで、ほむらと協力することのメリットはちゃんと考えているようです。
行動を妨害されなくなるというだけでも結構助かるのかもしれませんし
それに、もし仮に彼女が仕損じたとしても………?
乙
コメントから察するに今回のモブは清杉のパロってこと?
本筋に絡んでくるわけでもないギャグ回という認識でいいのかな
土塚の絵は上手いとは言えなくても味があって好き
話作りはもっと好き
ガシャロ編の結末の流れとか凄いと思う
乙
土塚によると、清村の強さはチョーと互角なんだってなww
乙
ってことは>>1のさじ加減で、数年後に親が借金して、その返済のためにガンガンの内職をしながら暮らす鹿目姉弟も可能性としては無いわけじゃないのか。
乙!
姉様いきなりその店に目を付けるとはやるな…!
清村が認めたぐんぐにるのケーキ…さぞかし美味しいんだろうなぁ
でも月丸太陽丸ってよく考えたら金持ってないからやっぱり食い逃げになっちゃうのか…
しかし清村、魔法も使えないのにチョーと同等の実力、ページまたげばどんな怪我でも回復する回復力…
魔法が使えれば魔法少女達の強い味方になったに違いないな
>>591
ぐんぐにるの店員さんはかわいいぞ…!
そういや某所で清杉とまどかのクロスとか見たな
最近潰れちゃったけど
乙
姉様かわいいな
そういえば清杉ろは一冊も読んでないや
あけおめ
このスレが終わったらマテパとフェアリーテイルのクロスが見たい
それかマテパのアニメ化
みなさん、あけましておめでとうございます。
結局去年の内に続きを投下することはかないませんでしたが、まあそれでもなんとか行きましょう。
今年もどうぞよろしくお願いします。
そして、今年こそはマテパに明るい話が聞けますように。
では、行きますか。
「ありがとうございましたー!」
店を出る二人の客の後姿を見送って、チェック柄のエプロン姿の少女は元気に声をかけた。
「おつかれさま、サリちゃん。そろそろ私達もお昼にしましょう」
そんな彼女に、同じくエプロン姿の女性が声をかけた。
「そうですね、店長っ!私もうお腹ぺこぺこですよーっ」
どうやらその女性は、この店の店長であるらしく。サリちゃんと呼ばれた少女は
お腹の辺りを手で押さえながら答えるのだった。
「そうね、なんだか今日は大変だったから。私も少し疲れちゃったわ」
「ほんと、さっきの人といい今の二人といい、一体何だったんでしょうね」
思わず顔を見合わせて、二人は苦笑を漏らしてしまった。
つい今しがた帰って行った二人といい、その前に来た客といい。
今日はなにやらおかしな客ばかり来るのである。
最初の男は、最初からずっと、なにやら不機嫌そうだった。
きっと美味しいケーキを食べれば、機嫌も良くなるだろう。
そう思って注文のチーズケーキを差し出したのだ。
だが、一体何が男の引き金を引いてしまったのか。
男は更に顔に怒りを漲らせて、まるで今にもブチ切れそうな様子を見せていたのである。
このままではいけない。
このお店に来た人は、みんな美味しいケーキを食べて、ニコニコ顔で帰ってもらわなくちゃだめなんだ。
けれど、その思いは空しく裏切られ続けた。
口直しに出した新商品の紫いもモンブランも、特性黒豆ココアでさえも、男の怒りを収めることはできなかったのである。
むしろそれどころか、新たな商品を繰り出す度に、男の怒りはますます跳ね上がっているかのようだった。
最後など、怒りの限界を超えて、さらにまた越えてしまったかのようで、顔つきや髪型まで変わってしまった始末である。
バチバチと全身から雷のようなオーラを漲らせ、瞬間的にその髪の色を金色に染めて、その姿は最早常人のそれではなくて。
けれど、突然のように全身から漲るオーラが途切れた。
まるで全ての力を使い果たしてしまったかのように生気のない顔で、男はふらふらと立ち上がるのだった。
このまま帰らせるのもなんだか忍びない。そう思って、マドレーヌのサービス券を差し出したのだけれど。
「ふざけんなァーーッ!!!また来るしかねぇじゃねーかーーッ!!!!!」
「「ぎゃああああああ」」
と言った有様である。一体なにがいけなかったのだろう。
去っていく男の姿を見つめながら、しばし呆然としている二人であった。
「邪魔するぞ」
と、続けて飛び込んできた声と影。それはどちらも女性のそれで
隣に男を一人引き連れて、店の中へと入ってきたのだった。
「……ほら、サリちゃん。お客さんよ」
「っ、そ、そうですね。いらっしゃいませっ!」
慌てて接客を始める二人だが、けれど新たな客のこの二人も、どうにも様子がおかしかったのだ。
二人を睨みつけるように見たかと思えば、今度は店の中をぐるりと見渡すようにして
それからなにやら拍子抜けたような顔をしていた。
かと思えば今度は二人でなにやらひそひそと相談をし始め、終わったかと思えば再びその表情が真剣みを帯びだした。
どうにも様子がおかしい。なにやら流れる空気も重い。もしかしたら別れ話かもしれない。
やはりそう言うところは女性である。なんだかんだで興味津々に、二人が座るテーブルの様子を見つめていたのだが。
「何を見ている。見世物ではないぞ」
と、やけに鋭い目つきをした男にたしなめられてしまうのだった。
「そう気を張るな。太陽丸。……それはそうと注文だ、これと、これを頼む」
そんな男をやんわりとたしなめ、女が注文を告げた。いつの間にやら、二人の間の張り詰めた空気は消え去っている。
もしかしたら、単にお腹がすいていただけなのかもしれない。
事情はよくわからないが、とにかく注文の品を差し出すのだった。
女性の方にはイチゴをたっぷり使ったストロベリータルト。男の方には甘さ控え目のチーズケーキを。
果たして反応は如何に?
「うまっ!!!」
「まさか、こんな上手いケーキがあったとは……」
どうやら反応は上々、というか、少々大げさも過ぎるのではないか。
そう思うほどに、その男女の反応は良いものだった。
けれどどうやら、二人の間の張り詰めた空気は、美味しいケーキに一掃されてしまったようで。
女は顔をほころばせると、次のケーキを注文したのだった。
「堪能させてもらった。いい店だ、また機会があれば来よう」
「……ああ、悪くなかったな」
満足げな表情で女が言い、少々不服そうにしながらも男もその言葉を肯定した。
「では、そろそろ行くぞ。姉様」
「そうだな、いつまでも長居をしてもいられまい」
二人は立ち上がり、カウンターへと近づいてきた。
「あ、お勘定ですね。えっと……」
「マテリアルパズル――」
「一体、何だったんでしょうねー、あの二人」
「さあ……世の中には、お金持ちな人もいるのね」
再び太陽丸の魔法が発動し、店員二人の視界にありもしない、札束の幻覚を生み出していたのだった。
「腹も膨れた。そろそろ動くか」
「ああ、そうだな。姉様」
そしてまた、二人は歩みを再開するのだった。
いよいよその歩みは繁華街へと移る。一際人の流れも多いその中を、物珍しそうに二人は歩いていた。
けれどそんな最中、それは一際月丸の目を惹くのだった。
流れる軽妙なBGMや電子音。一際目立つ綺麗な電飾。立ち並ぶ無数の機械。
どうやらそれは機械を使った遊具のようで、思い思いに人々が遊んでいる。
そう、月丸が思わず立ち止まってしまったその場所は、所謂ゲームセンターという所で。
「どうしたんだ、姉様。何か見つけたのか?」
そんな様子に気付いて振り向いた太陽丸に、月丸はそっとゲームセンターを指差して見せた。
「少し……寄っていかないか?」
「……見たところ、何かの遊技場のようだが。駄目だ。そんな事に無駄に使う時間はない」
そこは堅物太陽丸。ぴしゃりと切り捨てたのだが。
「でも……ほら、見てみろ太陽丸。見たことないものが沢山ある。人もあんなに沢山いる。……なにか、分かるかもしれない」
けれど、今回は月丸も食い下がる。
「あれを見てみろ、なにやら奇妙な人形がある。あれなら舞響大天様へのお土産にもぴったりだ!……なあ、太陽丸?」
指先をもじもじとさせて、上目遣いに視線をやって。実にいじらしい様子で、月丸は太陽丸にねだるのだった。
実のところ、太陽丸はこういう姉の姿に殊更に弱かった。
「………仕方ない。少し寄っていこう」
「っ!ありがとう、太陽丸」
無邪気に笑って、月丸はゲームセンターへと駆け込んでいくのだった。
しかし、すぐになにやらしょぼくれた様子で戻ってくるのだった。
「どうかしたのか、姉様?」
「駄目だ……太陽丸。どうやら、あそこの機械を使うためにはこちらの金がいるらしい」
そう、今までこそ太陽丸の魔法。映像を操作する魔法である修羅万華鏡によって
こちらの金の幻覚を見せることで、どうにか凌いできたわけであるが、機械が相手では流石にそうは行かない。
「何でも、ヒャクエンダマという奴が必要らしいんだ……参ったものだな」
見るからに月丸はしょぼくれていた。そしてそんな姿を見るのも、太陽丸には我慢できないことだった。
「……少し待っていてくれ、姉上」
「太陽丸?」
月丸が問いかけるより早く、太陽丸の姿は彼方へと消えていた。
カジュアルショップ・Dimension Planet。
奇妙な来店の衝撃から、ようやく立ち直ったベベカル氏は、新たに訪れた来客への応対に追われていた。
今日はどうやら運がいい、もしかすると、このまま運も上向いてくれるのではなかろうか。
そんな淡い希望すら浮かんでしまう。
客達と話しながら、どうにかご機嫌を取って。いよいよ清算だ、と来た時に。
「邪魔するぞっ!!」
「きゃっ!?」
「何この人!」
急ぎ慌てて切羽詰って、太陽丸が飛び込んできた。
「な、何ですかいきなり……って、あんたはさっきの」
その鬼気迫る形相に、客達は逃げ出してしまった。
「あああっ!!お、お客様がたーっ!!」
追いかけようとした店主を、太陽丸は掴んで引きとめ。
「な、何なんですかあんたはっ!!」
「……気が変わってな。釣りを貰いに来た」
「へ?つ、釣り?」
くわっ、と目を見開いて、叫ぶのだった。
「百円玉でだッ!!!」
では、今回はこんな所で。
そろそろ姉弟の楽しい見滝原観光も終わりです。
>>591
単なるよく似た別人かもしれないし、ガチ本人かもしれません。
……たしかとりごや高校自体はどこにあるとかなかった気がするのですが、どうでしょうか。
食わず嫌いさえしなければ、見られない絵ではないわけですしね。
なんだかんだで1章後半から2章にかけてはえらい成長を見せてくれましたし。
第4章も、スタジオねこの面々で書けばそうとう画力は改善されそうですが。
>>592
自称・体術三十指最強ですか。
っていうか清村普通にDBばりの戦闘をやらかしたりするんですよね。
ギャグだけど普通にそれクラスの能力はあるということで。
よくわからない拷問器具みたいなのですらちゃんと能力は鍛えられていますし。
>>593
その場合まどかが普通に魔法少女です。
きっと影ながらほむほむがどうにかしてくれるのではないでしょうか。
>>594
結局今回も食い逃げです。
そして清村なら普通に魔女とか見えちゃう気がしますね。
周りの面々が何も見えてないのに一人だけ使い魔の姿をみて慌てまくる清村くん。
孤軍奮闘してどうにかサッカー部を守ろうとするも、力およばず倒れたところに一網打尽のひき逃げアタック。
そういうのもアリかと。
>>595
気になる。いったい誰が誰枠なんだろう。
個人的イメージ
まどか:杉小路
マミ:漆間
さやか:安井
杏子:清村
ほむら:くど……(それ以上いけない
>>596
可愛いくせしてむちゃくちゃやるので性質が悪い人です、あの人は。
>>597
このスレが終わるのは一体いつになるんでしょうね。
今のところまだ予定の半分も書けていない気がしますが。
乙
>>606
杉小路も漆間も安井も工藤も清村と互角に戦ってるし全員見えてそうだなww
見えてるけど清村をおちょくるために見えてないふりをするタイプだ
乙
ただで服持ってかれたうえに釣銭まで持ってかれるとは不運だwwwwww
杉小路なまどか…ゴクリ
QBがいぬねこポジかな
>>606
>とりごや高校の所在地
室江高校は神奈川県だからその近く?
見滝原は群馬県だよな
前橋の群馬県庁が出てたし
>>606
杏子ちゃんまどか(達)にフルボッコにされてしまうん?
本編の関係から見ると杉小路はQB、清村はほむらって感じだな
たまにゲームセンターに行くとクレーンゲームにお金を投入したくなります。
今年の初ゲーセンではSQのまどかをゲットしてきました。
では、投下しましょう。
「一体どうしたんだろうな、太陽丸は」
小さく溜め息をついて、月丸はそう呟いた。その顔には、どうしても隠しきれない物憂げな感情が焼きついていた。
未だ帰らぬ太陽丸のことも気になった。実力は信頼している。
まさか何があるとは思えないが、ここは見知らぬ世界なのだ。何が起こっても不思議ではない。
もちろん太陽丸の身に何が起こったという訳ではない。
今頃は大量の百円玉を抱えて、月丸の元へと駆けているに違いなかったのだから。
「……入ってても、いいだろうか?」
そして何より、目の前に広がる何やら面白そうな場所。ゲームセンターの喧騒は、酷く月丸の興味を惹くもので。
妙にそわそわとした様子で誰に言うでもなくそう呟くと、煌く電飾や賑やかなBGMにつられるように
ふらふらとその歩みがゲームセンターの方へと引き寄せられていく。
「あれは……なるほど、あのアームを動かして、中の人形を掴み取るという訳か。中々面白そうなものを考えるものだな」
足を止めたのはクレーンゲームの前。機械の中に供えられていたのは、流行もののアニメのフィギュア。
出来もなかなかに悪くない。
もちろん、月丸にはそんなことはわかりもしないのだが。
「しかし、あんな細いアームでどうやってあれを取るというのだ。見たところ、どこかに引っ掛けるような穴もなし」
そう、そこにあったのはフィギュアを納めた箱だった。
あんな細いアームでは、到底掴みあげることなど出来るはずも無い。
元より取らせるつもりなどないのだろうかと、思わず首を傾げた月丸の隣に、新たな人影が現れた。
それはどうやら高校生くらいの男女のようで。
「あ、いいな。これほしー」
いわゆるアホ毛という奴を、ぴこんと一本元気に立たせて、少女はフィギュアを見つめてそう言った。
「よっしゃ、俺が取っちゃる」
そんな少女の言葉に、連れの少年は自信気な笑みを浮かべると、少女の後ろからクレーンゲームを覗き込みながら言う。
「取れるのー?こういうのって、簡単には取れないんでしょー?」
(ああ、そうだ。あんなものをそう簡単に取れるはずが無い。一体どうするつもりだ……)
そんなやり取りを横目に見ながら、月丸もまた息を呑んだ。
「ふっふっふ、俺を誰だと思っている。クレーンゲームのシュンと呼ばれていたのを知らないのか」
「知らない!」
(知るか)
図らずも、その少女と月丸の思いが一致していた。
「まあ……この分なら500円もあればいけるだろ。見てろよーっ」
ぐい、と服の袖をまくり、少年はクレーンゲームに挑みかかる。投じられる銀の硬貨。
(なるほど、あれがヒャクエンダマというものか)
月丸は一つ頷くと、固唾を呑んで少年とクレーンゲームとの戦いを見守るのだった。
「まずはこの辺りに……っと」
少年はアームを操作し、その片腕でもって箱の角を押し込んだ。ぐらり、箱が大きく傾き揺らぐ。
「へえ、結構アーム強いじゃん。これならもう2、3回で行けるぜ」
「ほんと!?すっごーい!」
(なるほど、持ち上げるのではなく、傾けてずらすのか!)
一人で勝手に感心している月丸である。
続けざまに一度、さらに一度。的確にアームが押し込まれる度に箱が大きく揺らぎ、少しずつ穴へと近づいていく。
そして、続く四度目に。ガタン、と一つ大きな音を立てて、フィギュアの箱は転げ落ち
得意げな笑みを浮かべた少年の手へと渡るのだった。
「どーよ、このくらいはお手の物だぜ」
(……ふ、ふふ。なるほどな、ああやって取ればいいわけか。簡単な話だ)
得意げに成果を誇示する少年と、はしゃいだ声を上げる少女。そんな二人の様子を尻目に、月丸は小さくほくそ笑んだ。
あの程度のこと、何を苦労することがあろうか。すぐに自分もあれを手に入れてみせよう。
そんな打算が胸中に渦巻いていた。
「……しかし、太陽丸はどうしたのだろう」
少なからぬ時間は過ぎた。だというのに太陽丸は戻らない。
流石の月丸の胸中にも、言い知れぬ不安が込み上げてきた。
「姉様―っ!!」
そんな不安を、聞きなれた声が吹き飛ばした。
「太陽丸かっ!」
声が聞こえてすぐさまに、月丸はゲームセンターを飛び出した。外
に出てみれば、そこにはやはり見慣れた姿が。思わず月丸はそれに駆け寄って。
「一体どこで何をしていたのだ、突然いなくなったりして。太陽丸」
「すまない、姉様。だが安心してくれ、こちらの金を用意してきたんだ。百円玉という奴をな!」
そう、太陽丸が抱えるようにして持っていたのは大量の百円玉。
お釣りということで、先ほどの店からあるだけ奪ってきたらしい。店主にとっては実に不幸なことであるが。
「流石は太陽丸だ、私も今、あの機械を攻略する術を覚えていたところだ」
「そうか、やはり流石は姉様だ。そういうことならば、早速行こうじゃないか」
重なる視線。どちらの表情にも自信気な笑みが浮かんでいる。
「ふふ、ふはは!やはり我ら姉弟に敵はいない。さあ、行くぞ太陽丸」
その表情に喜色を滲ませ、高笑いしながら月丸が行き。
「ああ、我らは無敵だ。行こう、姉様」
ぐ、と一度堅く拳を握り締め、太陽丸はその後に続くのだった。
……当然、そんな様子を見つめてざわつく人々の姿もあったのだが。
かくして月丸、太陽丸の姉弟は、ゲームセンターへと挑むのだった。
「これがいい、これこそ舞響大天様へのお土産にはぴったりだろう」
再びクレーンゲームの前へ、それはまた何かしらのフィギュアの入った箱ではあるが
どうにもその中に入っているものは、あまり女性向けとは思えないものだった。
「……完全復刻版、ブレードブレイバー?姉様、流石にこれはどうかと思うのだが。舞響大天様はお喜びになるだろうか」
「なるともさ、さあ。すぐに取って見せるぞ」
呆れ混じりに吐息を漏らし、太陽丸は壁の花となる。そんな様子を気にもせず、月丸はクレーンゲームに挑みかかった。
攻略法は先ほどの少年のそれで覚えている。
容易く手に入れて見せようと、自信に満ちた動作で月丸は百円玉を投入した。
…
………
……………
「何故だっ!何故取れんのだっ!!」
言うは易し、行うは難しとはよく言うものの。その言葉の重さを、月丸は数多の失敗の末に噛み締めていた。
敗因は何か、まずはそもそもにして彼女はこの手のゲームの経験がなかったことであろう。
そもそもにして、アームの動かし方すら定かにならず、それに慣れるまでに幾分かの時と百円玉を浪費した。
その上で更に数多の失敗を繰り返す。必死にアームで箱の端を狙うも、狙い通りにアームは動かず
動いたとしても箱が動かず、状況は一進一退の様相を呈していた。
「今度こそ、今度こそだっ!」
それでも数多の失敗を越え、ようやく箱は穴の側へと近づいた。後はもう一押し。
アームが開き、箱の端をぐいと押し込んだ。ぐらりと箱が揺らぎ……。
無情にも、その箱は穴ではなく、あらぬ方向へと倒れてしまうのだった。
「こ、っのぉ……」
月丸の目が見開かれ、その表情に怒気が満ちる。握り締めた拳に力が篭り。
「機械、如きがァっ!!」
激しい怒りに視界が赤熱する。振り上げた拳が唸りを上げ、クレーンゲームの筐体に叩き付けられる。
恐るべき魔法使いの拳である、当たればただでは済むまい。
「姉様。言っている側から騒ぎを起こしてどうするんだ」
その拳を、太陽丸が掴んで止めた。恐らく先ほどから、月丸の内に満ち満ちていく怒気を既に察していたのだろう。
その動きは実に素早かった。
「太陽丸っ!……っ、ああ、わかっている」
咄嗟に叫ぶ月丸だったが、それでもこの状況で怒りに任せて動くことがいい結果に繋がるはずも無い。
それは火を見るよりも明らかだった。
とりあえずは怒りが引いたのを感じて、太陽丸もその手を離した。
「……少し、他所を見てくる。もうこの手のものはこりごりだ」
大きく一つ、溜め息を吐き出して。月丸はその場を後にした。
「姉様……はぁ。本当に大丈夫なのだろうかな」
その後姿を見つめて、太陽丸も小さく嘆息した。そんな彼の眼前に現れる店員の男が一人。
彼は筐体の中の倒れた箱を見つけると、すぐさまケースの鍵を空け、倒れた箱を立て直す。
その様子を見ている太陽丸の姿に、そして先ほどから無情な挑戦を繰り返していた月丸の姿にも気付いていたのだろう
直された箱の位置は、随分と穴に近い場所だった。
そんな一連の店員の行動を眺め、太陽丸はじっと手を見た。その手にはまだ、残った百円玉が握られている。
「……まさか、あの姉様がここまでてこずるとはな」
小さく呟く。それは単なる気まぐれに、太陽丸は百円玉を筐体に投入した。
鳴り始める軽妙なBGM。動かし方は、月丸の挑戦を見ている内に理解していた。
だからこそその手は迷いなくアームを動かし、狙い通りの場所で停止した。
押し込むアーム、傾く箱。ぐらりと箱は再び揺らぎ。あまりにもあっけなく、穴の中へと転げ落ちるのだった。
「え」
あっけなさ過ぎる。あんぐりと口を開き、それでも太陽丸は手を伸ばし、景品を取り出すのだった。
「……姉様」
果たしてその胸中に去来した感情は何か、顔を歪めて太陽丸は呟くのだった。
夜も遅いですので、レス返しは次回にでも。
ネタを沢山放り込む回です、全部分かったら土塚マスターかもしれません。
乙
ネタ理解については放棄
乙ん、そして明けましておめでとう
姉様はやっぱりぶきっちょなんだなぁと思ってほっこりした
そしてこのあと両親にそぉい!されてしまうクレーンゲームのシュン君…
そういえばなぜか初夢でこの世界にTAPだけでなくリュシカが混じりこんできて、
マミさんが嫉妬に狂う夢を見てしまったんだがどういうことなんだろう…
大変長らくお待たせいたしました。
なんだか最近色々と忙しくて、どうにも更新が滞っておりました。
でもきっと今日からは新展開、もう少し盛り上がるのではないでしょうか。
では、行きましょう。
「なるほどな、こいつらを使って敵を倒すゲームという訳か。なるほど、それなりに面白そうだ」
先ほどの不機嫌を引きずったまま、月丸は新たな筐体の前に立ち、小さく鼻を鳴らして呟いた。
その目の前にあるのは、所謂格闘ゲームという奴で。
「戦いならば望むところだ。やはりこういうものの方が性に合っている」
小さく呟きほくそ笑み、月丸は握り締めた百円玉を投入した。
彼女は気付けなかったのだ、そして知らなかったのだ。
その台に書かれた文字を、その文字が、対戦台という文字が意味する事を。
「姉様……一体どこに行ったのだ」
月丸の姿を探し、太陽丸は歩いていた。耳に飛び込む様々な喧騒。
元より騒がしいのはあまり好かない彼である、僅かに顔を顰めたまま、辺りを見渡していたのだが。
「これは……姉様、まずいっ!?」
肌で感じるその感触は、ちりちりとひり付くようなもので。それが一体なんであるかを、太陽丸は誰よりもよく知っていた。
要するにそれは怒気。
それも尋常なものではなく、完全に完全に理性を失いブチ切れる寸前にまで張り詰めた、恐ろしいほどの怒りの感情だった。
それは太陽丸にとってよく知るものであり、それゆえに、その危険さもまた良く知っていた。
その怒気を発していたのは月丸で、彼女がブチ切れてしまえば、最早何をしでかすかも分からない。
太陽丸は慌てて月丸の元へと駆けた。
こんなところで、いきなり虐殺など始められては一大事である。とにかく止めなくてはならない。
勢い焦って駆けつけた太陽丸が、そこで見たものは。
新たなゲームの筐体に座り、青筋が浮き立つほどに怒り狂った形相の月丸の姿だった。
そして画面の中では、なにやら派手な装飾をつけた女性キャラクターがいた。ただ、その状況はあまりにも哀れなもので。
迂闊に仕掛けた攻撃はあっさりといなされ、返す刃で宙に打ち上げられてしまう。
追って飛び上がった相手によって、更なる追撃が加えられ、地に落ちるかと思えば再び宙へと打ち上げられ
終いには地面から湧き上がる巨大な光の柱に飲み込まれ、あえなく潰えてしまうのだった。
画面に浮かぶ敗北を示す文字、相手の体力は微塵も減っていない。
要するに、パーフェクト負けである。相手にもならないとはまさにこの事で。
「姉……様?」
「くそっ!……こんな、奴に、こんな奴如きにっ!!」
恐る恐る呼びかけた太陽丸だったが、月丸はその声に耳を貸そうともせずに、再戦のための百円玉を筐体に叩き込んだ。
再び新たな試合が始まるも結果は同じ。今度は何度も何度も投げ飛ばされて、やはり完敗を喫してしまうのだった。
「……野郎、がァ」
怒りのボルテージはさらに跳ね上がる。このままでは本当に怒りに身を任せて、無差別殺人を開始しかねない。
押さえつけてでも止めるべきだろう、太陽丸はそう考え、月丸の背中に手を伸ばしたのだが。
「やめてくれない?弱いくせにいつまでもつっかかってくんの」
どこかうんざりした調子の少女の声が、画面の向こうから飛び込んできた。
それは今まで向こうの画面の前に座っていた少女のものだったのだろう。
「な……ん、だと?」
ぎり、と音がするほどに歯噛みして、月丸はその声の主に視線を向けた。
「今のあんたじゃ、百回やってもあたしにゃ勝てねぇよ。ケンカ売るなら、相手見て売りなよ」
少女が向ける視線は冷たく、口調はあからさまに見下すようで。それとうとう、月丸の逆鱗に触れてしまった。
「上等だ……ガキが」
「んだよ、ゲームに負けたくらいでムキになってんじゃねーよ」
怒気を孕んだ月丸の声、それをさらりと受け流して、少女は去っていこうとする。
敗北者の画面には、コンティニューのカウントダウンが流されている。
それを横目にちらと眺めて、月丸は少女の背中に言い放った。
「丁度いい……こいつにコンティニューだ!」
声に応えて、少女は首を大きくめぐらせて、半身に振り返るようにしながら視線を向けて。
「へっ、上等じゃないか。……じゃあ、場所変えようか。ここじゃ人目につきすぎる」
「いいだろう」
少女と月丸の視線が重なり、好戦的な笑みが二つ、そこに浮かんだ。
「姉様、俺たちの任務を忘れたのか!」
「分かっている、騒ぎにならなければいいんだろう?……任せるよ、太陽丸」
「仕方ないな、姉様は。わかった、さっさと片付けよう」
結局は物騒な二人であった。
「この辺りなら大丈夫だろう、さあ、やろうか」
「そうだな、この辺りならば大丈夫だろう」
人目につかない場所に着き、ついに月丸と少女は相対した。太陽丸はと言えば、そんな二人の様子を遠目に見守っている。
「じゃあ、行くよ」
両手をだらりと下げたまま、何気ない仕草で少女は月丸に近づいていく。
その様子は無防備にも見えたが、それだけに何かあるのではないかと思わせるものもあって。
「ああ、来い」
腕組みし、残酷な笑みを浮かべて月丸はその姿を睨みつけ。そしてその先にいた太陽丸に、一つ目配せをした。
「マテリアルパズル――修羅万華鏡」
そして太陽丸は、静かに魔法を発動させた。
修羅万華鏡。それは鏡やガラスなどに映った映像を操り、幻を生み出すことができる魔法である。
魔法が発動し、太陽丸の姿を覆い隠す。少女の目から見れば、太陽丸は相変わらず微動だにしていないことだろう。
けれど既に太陽丸は動き出し、月丸に相対する少女の背後に迫っていた。
隙だらけの背後からの一撃。一撃で仕留めて、即座に離脱。
うっかり人目につく前に、全て片付けてしまおう。そう目論んで放った一撃は。
少女――杏子が生み出した槍に、受け止められていた。
「こんなチャチな幻が、あたしに効くかよ」
「な……っ」
「何っ!?」
思いもよらない光景に、二人の顔が驚愕に染まる。
「貴様……ただのガキじゃないなっ!」
「だからさ、言ったろ?相手見てケンカ売れってなァっ!!」
ぶん、と大きく槍を振りかぶる。槍は無数の節に分かれ、幾重にも鋭く閃いた。
「ぐぁっ!」
「ぎゃっ!」
恐るべき範囲攻撃、それを至近距離で受け、二人は吹き飛ばされてしまった。
「ったく、何なんだよお前ら。妙な技は使いやがるし、魔法少女ってわけでもねーし。あいつの同類か?」
吹き飛ばした二人に向けて、槍を油断なく構え、杏子は不思議そうに呟いた。
けれど、そんな杏子の様子を一顧だにせず二人はむくりと起き上がる、そして。
「太陽丸」
「……ああ、分かってる、姉様」
先の痛打も、どうやらしっかりと受身は取っていたようで、ダメージはほとんど見られない。
二人は互いに顔を見合わせ、ぎらりと凶悪な笑みを浮かべると。
「こいつは当たりだ、捕らえるぞ、太陽丸」
「ああ、行こう姉様!」
魔法少女と魔法使いの戦いが、今静かに始まろうとしていた。
魔法少女マテリアル☆まどか 第8話
『月丸さんと太陽丸くんと』
―終―
【次回予告】
魔法少女対魔法使い。その戦いは熾烈を極める。
恐るべき連携で迫り来る月丸、太陽丸の姉弟に、立ち向かうは歴戦の師弟。
「あたしを尾けてたのかよ、そんなに信用できないかね」
「それもあるわ。でも、お陰で助かったじゃない」
異なる理を持つ力が、激しくぶつかりせめぎあう。
明暗を分つのは、何か。
「ははは!やはり我らは無敵だっ!」
「無様だな、一人の方がよほどマシだったぞ」
試されるのは絆と力。新たな戦いの向こうに立つ、勝者は誰か。
「焼け死ね、そして凍り付けっ!!」
「ソレイユ・プリゾン!!」
次回、魔法少女マテリアル☆まどか 第9話
『絆と力』
ギャグ展開はここまで、というか書いてて疲れてきたのでこの辺で。
やはり私にはバトル展開のほうがしょうにあっているようです。
>>607
間違いなく彼らはそんな感じでしょう、でもなんだかんだで結構緊急時には協力してくれるので
結局最後はサッカー部の総力を結集してワルプルさん辺りをぶっちするんじゃないでしょうか。
>>608
微妙にまどかにはSなイメージがあったりなかったりします。
絶対どっかの二次創作の影響ではありますが。
まあいっそQBが清村ポジでもいいんですけどね。
あまりの扱いの悪さに感情に目覚めるQBさんとかでも。
>>609
そういう細かいことは、あまり気にしなくてもよいのです。
でもとりごやは埼玉なんじゃないかなとも思いました。
埼玉浮上的な意味で。
>>610
本編的だとさやかが普通に救いようの無い安井になってしまいます。
あのメンタルの弱さでは多分一日でやられてしまうことでしょう。
>>621
分かりづらいネタは控えたほうがいいと思いつつも、気が付くとやってしまいます。
今回だって普通にゲーセンネタで斎村姉弟を出そうかとも思ってました。
>>622
あけましておめでとうございます。
月丸は本当に殺し以外には何もできなさそうなイメージです。
生活能力0、そんな風に育てられたんだから仕方ないよね。
その分頑張る苦労人な太陽丸さんです。
まだマミさんはティトォに恋心までは抱いてはいないので、そうそうえらいことにはならないでしょう。
……でも、そのネタは色々と面白そうです。むしろリュシカの方に餅でも焼かせてあげたいところ。
バトルに入るとテンションが上がります。
時間も押しているので投下のみ、行きます。
第9話 『絆と力』
一触即発の空気を纏い、対峙する魔法少女と魔法使い。異なる理を持つ二つの力が、今にもぶつかり合おうとしている。
(やれやれ、憂さ晴らしに外をぶらついてみたら、とんだことになったもんだぜ)
ひゅん、と小さな風切り音と立てて振りかぶった槍の穂先を、月丸と太陽丸に突きつけながら、杏子はそんな事を考えていた。
最近どうにも戦ってばかりだと、小さな嘆息が漏れはしたが、それでも。
(ま、いいさ。どうせむしゃくしゃしてたんだ、精々ぱーっと暴れさせてもらうさっ!)
八重歯を覗かせ、ぎらりと凶悪な笑みを浮かべて、胸中に宿る苛立ちを吐き出すようにして、杏子は叫ぶのだった。
「さあ、どっからでもかかって来いよ。二人まとめてぶっ飛ばしてやらぁっ!」
「ガキが、調子に乗るなよ」
怒り心頭、と言った様子の月丸であったが、いざ戦いが始まると、その様子は一変していた。
炎のように荒れ狂う怒りこそ変わらぬままではあるが、その表情に浮かんでいたのは氷のような冷徹さで。
激しい怒りもそのままに、凍て付くほどの敵意と殺意を、杏子に叩き付けていたのである。
(……こいつら、やっぱり何か違うな)
それを肌で感じ取り、杏子の頬に汗が伝う。
こうして人間相手に本気の殺意を向けられることなど、つい先日のマミとの戦いが始めてなのだ。
どうしてもまだ、心のどこかに寒気じみたものが走るのを感じてしまう。
それでも、そんな凍て付く恐怖を持ち前の負けん気と、魔法少女としての経験で打ち払い、杏子は一歩前へと踏み出した。
そんな杏子に先んじて、ついに月丸の魔法が発動する。
「マテリアル・パズル――夜叉水晶!」
言葉と同時に、月丸は懐から取り出した何かを地面に向けて叩きつけた。
それは衝撃によって発火する特殊な油で、地面に落ちると即座に炎と変わり、周囲に燃え広がっていく。
「こんなもん、目晦ましにもなるかよっ!!」
そんな炎を振り払うように槍を一閃、杏子は炎の壁を突っ切り、そのまま槍を突き出そうとした。
「目晦まし?違うな、よく見るがいい」
「何っ!?」
だが、その槍が突き刺したものは、肉の感触ではなく硬質な何か。
突如として生じた凍て付く氷の壁が、杏子の槍を阻んでいたのである。
「炎が、凍った!?んな、馬鹿なっ!」
ありえない。けれど目の前で起こった事象は、そうとしか説明できなかった。
そして事実、それこそが月丸の魔法に他ならなかったのである。
マテリアル・パズル“夜叉水晶”
それは炎の魔力を変換し、氷へと作り変える魔法。
燃え盛る怒りと、どこまでも冷たい凍て付く殺意。その両方を同時に秘した月丸に相応しい魔法であった。
むしろそれは、そんな気性を持つ月丸だからこそ使いこなす事のできる魔法、とも言えるのかもしれなかった。
「何を驚く。これが魔法というものだろう?では死……なれても困るな。死なん程度に痛めつけてやろう」
月丸が氷の壁に触れると、それはすぐさま炎に戻り、月丸の腕に宿り再び氷へと変換された。
新たに氷が宿した姿は、無数の刃を持つ凍て付く剣のそれで。
その手に氷の剣を掲げ、月丸は一気に跳躍した。
大上段に剣を構え、振り下ろさんとしたその姿が、空中で三つに分裂する。
そう、杏子の敵は月丸だけではない。幻の魔法を操る太陽丸も、同時に杏子に攻撃を仕掛けていたのである。
太陽丸の魔法は映像を操る魔法。それは鏡のように映像を映すものがあれば、更にその力を強力に発揮する。
そして月丸が生み出した氷は、その役割を果たすに十分なものであった。
月丸の氷によって太陽丸の魔法の効果を高め、幻を用いて敵を翻弄する。
それこそがこの姉弟の戦術であり、彼らはそれに絶大の信を置いていたのである。
だが。
「だから……効かねぇっつってんだろがァっ!!」
杏子は三人の月丸には目もくれず、槍を横薙ぎに振り払う。
同時に三つ、杏子の身体を剣の軌跡が引き裂いた。けれど杏子の体には、一切の傷が残されることはなく。
振り払った槍の軌跡は、側面から杏子を貫こうとしていた氷の剣を受け止めていたのだった。
「今のを防ぐか。どうやら、先ほどの攻撃を防いだのはまぐれではないらしいな」
ぎし、と氷の刃と槍の穂先がせめぎあう。どうやら純粋な力では杏子の方に分があるようで、じりじりと月丸は圧されていく。
「どうやらそのようだな。ならば、直接叩くまでだ」
「っ!?」
そう、彼らは二人で一人、あくまでコンビネーションによる戦闘を常とする。
杏子と月丸が鍔迫り合いをしている間に、太陽丸は杏子に肉薄し、鋭く拳を突き出した。
咄嗟に飛び退き、太陽丸の攻撃を回避した杏子であったが。
「逃がすかっ!!」
飛び退き、空中にある杏子に向けて月丸は氷の剣を突き出した。
その剣そのものが無数の氷の棘へと変わり、空中の杏子に向けて散弾のように撃ち放たれる。
「ぁっ……ぐ」
感じたのは身も凍る冷たさ。そしてそれが過ぎ去ってから痛みが襲い掛かってきた。
放たれた無数の棘は、為す術も無い空中の杏子に次々と襲い掛かる。
直撃こそは避けたものの、地に降り立った杏子の身には、いくつもの凍傷であり裂傷が刻まれていた。
(くそ……やっぱ、二対一ってのはきついか。こんな時に、マミがいてくれたら……って、何考えてんだよ、あたしはっ!)
思わず脳裏によぎった弱音を、僅かに顔を歪めて杏子は振り払った。
確かにマミとの共闘は受け入れた。けれどそれは、マミに頼りっぱなしになることでも、馴れ合いをやりすぎる事でもない。
必要に駆られてそうしているだけなのだ。
だからこそ、こんなわけの分からない戦いに巻き込むわけにはいかない、頼るわけにはいかない。頼ってはいけない。
(二人同時に相手をしてたら埒が明かねぇ!まずは片方をぶっ潰す!)
身体を蝕む冷気と痛みを無理やり黙らせて、杏子は再び槍を大きく振りかぶる。
直後、再び槍は無数の節と化し、幾重にも閃きながら二人に迫った。
「喰らい……やがれぇぇっ!」
周囲の地面を削り取りながら、無数の節が四方から迫る。
「舐めるなよ。不意打ちならいざ知らず、今更そんなものを……喰らうと思うかっ!」
月丸は両手に氷の剣を生み出し、杏子へ向けて駆け出した。当然その行く手を阻もうと、無数に閃く節が迫る。
だが、その悉くが鋭く閃く氷の剣によって弾き飛ばされていく。
そう、確かに槍による範囲攻撃は脅威。けれどそれは攻撃範囲が限局されていればこそ。
至近距離から放たれた、先だっての攻撃こそ防ぐ事は敵わなかったものの
十分な距離があれば、それを捌くことなど月丸には造作もないことだった。
それどころか弾き飛ばした節に氷を纏わりつかせ、同じく凍て付く地面と接着させる事で節の動きさえもを封じてしまった。
「さあ、今度こそ終わりだな!」
途切れた攻撃の間隙を縫い、月丸が杏子に迫る。両手の剣を鋭く構え、杏子目掛けて切りかかる。
攻撃を防がれ、更には強烈な反撃を受け。それでも杏子の頬には不敵な笑みが浮かんでいた。
「待ってたんだよ、お前が飛び込んでくるのをなっ!」
言葉と同時に、杏子は槍を手放し月丸の懐へと飛び込んだ。直後、閃く二つの刃の軌跡。そして二人の姿が交錯する。
「何をするかと思えば、無駄な事を」
確かに二つ、杏子の身体に傷を刻んだのを感じ、月丸は酷薄に笑む。
「……無駄かどうか、試してみやがれっ!」
腹部に、そして肩口に、凍傷と裂傷が刻まれて。それでも杏子は止まらなかった。
交錯した勢いもそのままに、背後で様子を伺っている太陽丸の元へと駆けた。
「通すと思うか?」
当然、月丸はそれを許しはしない。走る杏子の背中に向けて、再び氷の棘を撃ち放とうとした。
「――通るんだよっ!」
刹那、杏子は両の手を打ち合わせた。そのまま祈るように手を組むと、放たれた氷の刃を遮り、地中より何かが湧き出した。
それはもう一つの杏子の武器であり、結界でもある赤い帯。
(後ろの奴は足止めした、後はこいつを一気に倒して……)
その手に槍を再構成し、杏子は太陽丸を貫かんと槍を突き出した。
杏子がまず相対する敵として太陽丸を選んだのには、確かな理由があった。
積極的に攻めかかる月丸とは違い、太陽丸は常に月丸のサポートに徹している。
その魔法もまた、月丸をサポートするためにのみ発揮されている。
恐らくこの二人はそういう役割分担をしているのだろうと杏子は判断した。
普通であれば、幻を操る敵を相手にするのはなかなかに骨だろう。だが、杏子にとってはそうではない。
同じく幻覚の魔法を扱う杏子にとっては、この程度の幻を見抜くことは造作もなかったのである。
その時点で、太陽丸の魔法は最早脅威足りえない。魔法が効かない相手ならば、相手取ったとしても組し易いだろう。
そんな憶測を元に、杏子は鋭い打突を太陽丸に向けて叩き込んだ。
そう、相手がただの幻の魔法を扱うだけ魔法使いなら
他者のサポートしか出来ない魔法使いならば、ここで終わっていた事だろう。
だが、結果はそうではない。
太陽丸は、突き込まれた槍の一撃をギリギリまで引き付け、最小限の動きでその一撃を回避すると
「魔法が効かない相手ならば、楽に倒せると思ったか?」
槍の柄を掴み、ぐいと力強く引き寄せる。槍を手放す間もなく杏子の体が引き寄せられてしまい
「だとすれば、それは大間違いだ」
杏子のがら空きの腹部に、太陽丸は渾身の拳を突き出した。
引き寄せられた勢いと、繰り出された拳の勢いが相乗効果を生み、激しい衝撃が杏子の身体を揺さぶった。
溜まらず杏子は槍を手放し、そのままくの字のように体を曲げたまま吹き飛ばされていく。
拳のたった一撃で、例え交差の勢いを載せたとは言え、それが小柄な杏子とは言え
人一人をああまでも吹き飛ばすほどの力を振るい、太陽丸は。
「俺は、姉様よりも強い!」
拳を硬く握ったまま、力強くそう言い放つのだった。
「ぐっ、がはぁっ!」
杏子の体が地面に叩き付けられ、更にその体が一度バウンドしてようやく止まった。
(やべぇ……こいつら、マジで強ぇ……くそ、どうすりゃいいんだ)
すぐさま身を引き起こすものの、杏子は自身の劣勢を悟ってしまった。
尚も僅かに歪んだ視界。その向こうで、更なる追撃を加えんとして襲い来る、恐るべき姉弟の姿が見えた。
(このままじゃ無理だ。どうにか……逃げないと)
槍を杖に立ち上がる。逃げようにも杏子が追ったダメージは、あまりにも大きすぎて。
「終わりだな」
「く……そぉ」
余裕と嗜虐の笑みを浮かべて、止めとばかりに月丸が両手の剣を振り上げた。
刹那、吹き荒れたのはまさしく弾丸の嵐。
「何っ!?」
「く、これは……っ!」
無数の黄色い閃光が、剣を振り上げた月丸に、そしてその背後に迫っていた太陽丸に降り注いだ。
「……何で、来たんだよ」
声が震えそうになって、それをどうにか押し殺して、低い声で杏子が呟いた。
「大事な後輩が殺されそうになっているのを、黙って見ていられるわけないじゃない?」
その声は、街灯の上から投げかけられた。
声の主は正確無比なる魔弾の射手にして、歴戦の魔法少女、巴マミその人で。
「新手だな。どうする、姉様」
「知ったことか、両方まとめて叩き潰すっ!!」
咄嗟に氷の剣を盾のように広げて放たれた弾丸の嵐を防ぎ、二人は新たな敵を認識した。
では、今回はここまでという事で。
なんだか本当に色々あって、ろくに筆を進められる状態ではありませんでした。
それでもどうにか再開します。長らくお待たせいたしました。
っていうか対人戦書くのが辛いっていうのが理由も大半だったりするので、内容についてはお察しです。
何はともあれ行こうじゃないか。
「それで、あの二人は一体何者なわけ?」
「知るかよ、いきなりケンカ売られただけさ。……と言っても、只者じゃないって事だけは確かだろうね。
魔法少女……って感じでもないし、一体何者なんだかね」
素早く身を起こし、油断無く二人を睨みつけながら、杏子はマミの問いに答えた。
「魔法少女でもないのに魔法みたいな力を使う、謎の敵。……そう、そういうことなのね」
そんな杏子の言葉に、マミは一つの推測を得た。そして自分の為すべきことを決めた。
「仕切りなおしだ、行くぞ」
両手に氷の剣を掲げ、月丸は底冷えのする声でそう告げると、膝を深く曲げ、軽く身を沈めた。
太陽丸もまた両手を軽く握って構え、いつでも飛びかかれるような体勢を取った。
一触即発の空気が、闘気を孕んで弾け飛ぶ。その直前に、マミは素早くマスケット銃を生み出すと、その銃口を二人へと向けた。
「その銃はいくらでも生み出せる、ということか。どうやら、その女よりは厄介そうだな」
「問題はない。そうだろう、太陽丸」
「ああ、当然だ。姉様」
少なくとも、先ほどの不意打ちの一撃は氷の盾によって阻む事ができた。
その守りを食い破るほどの強力な一撃があるとして、目の前で放たれた攻撃であればかわすことは容易い。
攻撃の向きが読みやすい銃撃であれば尚更である。
防ぐかかわすかして、銃の間合いの内側に飛び込む。
接近戦に持ち込んでしまえば、最早あの魔銃は恐れるまでもないだろう。
「大した自信ね。……じゃあ、行かせて貰おうかしら」
そんな二人に、内心はともかく余裕ぶった笑みを浮かべてマミは告げる。
「勝手に話進めんなよ。これはあたしが売られたケンカだ。あたしがケリをつける!」
けれど、そんなマミの前に杏子が割って入った。
マミの助けは確かにありがたい。けれど、素直にそれに縋るのは、このままやられっぱなしなのは、どうしても我慢がならなかった。
「佐倉さん……言ったでしょう、ワルプルギスの夜を倒すまで、私達は共同戦線を張っているのよ。
だから貴女が売られたケンカは、即ち私が売られたケンカでもあるってこと。
それに、今はそんな事言っていられる場合じゃない、でしょう?」
「……わかったよ。一緒に戦う、それでいいんだろ」
流石に今は、意地を張っている場合ではない。
先の戦いにおいてグリーフシードを入手する事はできたとは言え、それは二人のソウルジェムを完全に浄化するには不十分で。
故に、マミも杏子も今はまだ、本調子とは言えない状況なのだから。
だからこそ杏子も、この場は素直にマミの言葉を受け入れることにした。
「ええ、それでいいわ。それじゃ早速――」
「敵を前におしゃべりとは、随分と暢気なものだな」
当然、そんな隙を見逃す月丸と太陽丸ではない。
月丸が鋭く左腕を振りぬくと、その手の氷の剣が剥がれ、無数の刃と化して二人の元へと飛来する。
更にそれを追う様に、月丸は右手の剣を掲げて走る。
月丸の後を追いながら、太陽丸もまた駆ける。最中、再び彼の魔法が発動する。
中空に放たれ、二人に降り注ぐ氷の刃が、その数を一気に増したのである。
「っ!これは……」
「そいつは幻影だ!マミ、こっちだっ!!」
両者の反応は両極端に分かれた。突然展開された濃密な弾幕に、目を見開いて驚愕するマミ。
そのほとんどが幻影である事を即座に見抜き、マミの手を引きその場を飛び退く杏子。
二人が飛び退いた後を、無数の氷の刃が通り過ぎていく。
広域に展開されたそれは、次々にマミと杏子を貫くが、その悉くが幻であり、傷の一つも残りはしなかった。
「なるほど、氷の魔法使いと幻影の魔法使い。これはちょっと、厄介ね」
着地と同時に無数の銃を生み出し、迫り来る月丸の足元に向けて立て続けに銃弾を放ちながらマミは呟いた。
「なるほどな」
放たれた魔弾を後ろに飛び退くことで回避し、納得したかのように月丸もまた呟いた。
「どうやら、俺の幻を見破る事ができるのは、お前だけのようだな。今の動きでよくわかったぞ」
口元に歪ませ、ぎらりと歯を覗かせて太陽丸は残酷に笑う。
その表情は、まるで獲物を見定めた狩人のようで。その瞳に射抜かれ、マミの背筋に冷たい感触が走る。
「マミ……いけるか?」
目配せし、杏子はそう囁いた。マミもまた杏子の意する所を察し、目配せを一つ返した。
「じゃあ、行くよ!」
「ええ、今度はこっちの番よ!」
「行くぞ、姉様」
「ああ、そろそろ終わらせてやろう」
それぞれが、相手取るべき敵を見定め。四つの視線が交錯する。
刹那、四つの影が弾かれるように走り出す。
先手はやはり、射程距離に優れるマミ。迫る二人から離れるように、ステップを踏むかのように飛び退る。
その最中、生み出された銃口が次々に魔弾を吐き出していく。
放たれた魔弾のほとんどが、太陽丸へと殺到した。
氷による防御がある以上、通常の射撃で月丸にダメージを与えることは難しい。
太陽丸とて幻の魔法があるが、それはあくまで映像を介して行使される魔法である。
これだけ距離が離れている上、映像を映すものが周囲になければその威力はある程度減じられてしまうのである。
故に太陽丸は、放たれた銃弾をあるものはかわし、あるものは拳で弾くしかなかったのである。
迎撃のための一瞬、太陽丸の足が止まった。
「そこだ……っ!」
その隙を杏子は見逃さない。即座に踵を返し、太陽丸目掛けて跳躍する。
槍を大きく振りかぶり、遠心力に落下の勢いを加えた一撃を叩き込む。
赤い一閃が閃く。どうにか身を反らし直撃は避けたものの、太陽丸の腕に薄い裂傷が走る。
「くっ……」
「これで、とどめ――」
槍を放った身体が地に降り立つと同時に、杏子は渾身の力で槍を握ったその手を振り上げる。
マミもまた、更なる銃口を携え追撃を放とうとした。
2対2の戦いを続ければ、幻を見破ることができない分こちらが不利になるであろうことは明白。
だとすればどうするか、その答えもまた明白。敵を分断し、確固撃破すればいい。
「狙いを一人に絞ったのは上出来だ、だがな」
そんな杏子の頭上を飛び越えていく一つの影と声。
それはいずれも月丸のそれで。同時に杏子目掛けて氷の銛が放たれた。
杏子とて月丸の妨害を予期していないはずもなく、杏子は素早く転がるようにその場を離脱した。
「我ら相手に、そんな手が通用すると思うな、姉様っ!!」
「ああ、太陽丸っ!」
跳躍した月丸の軌道は、そのまま太陽丸の頭上を通っていく。
その刹那、太陽丸は拳を開き、その手を突き上げる。その開かれた拳を踏み台にして、月丸は更にもう一段階の跳躍を遂げる。
「逃がさんぞっ!」
更に勢いを増した跳躍は、距離をとっていたマミの元へすらも到達した。
振り下ろされる氷の刃に、マミは太陽丸を狙っていた銃口を引き戻す事もできず。咄嗟に銃身を掲げてその一撃を受け止めた。
手が痺れるほどの重い衝撃が、銃身を通して伝わる。伝わってくる……はずだった。
来るべきはずの衝撃はなく、刹那、月丸の姿が掻き消える。
「幻……っ、佐倉さんっ!!」
「くたばれ……ッ!」
幻に翻弄されたマミに、太陽丸は勝ち誇った笑みを浮かべる。
本物の月丸は、地に転がり、身を起こそうとした杏子の頭上に、今にも氷の刃を振り下ろそうとしていたのである。
「させないっ!!」
振り下ろされる氷の刃、その軌道を阻んだのは、地中から湧き出た黄色い光のリボン。
それはマミの魔法が生み出したもので、放たれた魔弾が変化したものだった。
予め不測の事態に備え、マミは太陽丸を狙って放った魔弾以外にも
リボンへと変えることの出来るものを周囲の地面に打ち込んでいたのである。
「小賢しい真似を……っ!!」
「オラぁぁっ!!」
そのリボンを振りきろうと、月丸がその手に力を篭める。けれど魔法のリボンによる拘束は強固で、みしりと軋むだけだった。
その隙に、杏子は跳ね起きる反動を使って月丸にドロップキックを叩き込む。回避は間に合わず、月丸の身体が吹き飛ばされた。
「姉様……くっ!!」
咄嗟に駆け寄ろうとした太陽丸にも、地中より湧き出るリボンが襲い来る。
絡め取られては脱出は困難、どうにか距離を取りそれを回避したが、月丸の援護に入ることは出来なかった。
杏子が追撃を仕掛ける。突き込まれた槍の一撃を、無事な方の腕に宿した氷の刃で受け止めながら、月丸は不敵に笑った。
「この程度で、私を捕まえられると思うな」
そう、月丸の魔法は炎と氷を操る魔法。リボンに絡め取られた剣が、即座に炎へと変わる。
形無き炎をリボンで絡め取れるはずもなく、さらにはその炎自体がリボンを焼き尽くし
即座に拘束から抜け出すと、再構成した氷の剣で袈裟懸けに杏子に斬りつける。
杏子は即座に背後に飛び退き、そのままマミと合流した。
「炎と氷を操る魔法使い。本当に厄介ね」
「ああ。ったく、埒が明かないね」
二人がかりで一人を倒し、どうにか戦いを有利に進めようという目論みは敢え無く潰え
それを警戒された状況では、これ以上その戦法を続けることは難しいだろう。
となれば後は、正面切っての真っ向勝負。今までのやり取りから見るに、彼我の実力にさほど大きな差は無いだろう。
となれば長期戦は必須。ソウルジェムの穢れの事もある以上、長期戦は出来るだけ避けたいというのが正直なところで。
「あまり時間をかけすぎると人目につく、そろそろ片付けよう」
「思いのほか粘るものだ、だが、そろそろ終わらせよう」
多少の傷は負いつつも、未だに二人は健在。
そしてその力の全貌は未だもって知れない。このまま戦いを続ければ、やはり不利であることは明白だった。
「一度退きましょう。佐倉さん」
「……そうだな、これ以上は無駄手間か」
杏子もこれ以上戦いを続けることは得策ではないと判断したようで、珍しく素直に退却の提案を聞き入れた。
「お前らには色々と吐いてもらわねばならんのでな、逃がしはせんぞ」
「我らから逃げられると思っているのだとしたら、大層な余裕だな」
当然それは許しはしないと、立ちはだかる二人。そんな二人にマミは再び余裕ぶった笑みを浮かべると。
「ええ、悪いけどここは退かせてもらうわ。貴女達の相手は、また後でさせてもらうわね」
言葉と同時に、生み出したのは新たな銃。握り締めた掌から湧き出たそれは、一見すると今までのそれと変わらないようにも見えた。
「じゃあ、さよなら」
無造作に放たれた銃弾。二人が左右に分かれてそれを避けた直後、その銃弾が激しい光を伴い炸裂した。
「ぐ……っ、これ、は」
「この……ガキ共がァっ!!」
放たれたのは、ボンバルダメント・ウィータ。直接それを打ち込むことも考えたが、それでは恐らく倒しきれない。
だからこそその一撃が生む激しい閃光を目晦ましとして、荒れ狂う炎を壁として利用したのだった。
激しい光に阻まれ、二人の動きが止まる。
「勝負は預けるわ。それじゃあ、またね」
「借りは必ず返す、それまで首を洗って待ってるんだね」
一言ずつ言い残して、光の彼方へマミと杏子は消えていく。
しばらくこの光は消えはしない。遁走を図るには十分な時間は稼げるだろう。
「まずいぞ姉様……このままでは、っく」
「分かっている。……まさか、こんな所で使う羽目になろうとはな」
懐から何かを取り出しながら、月丸は忌々しげにそう呟いた。
ひとまずここまで、続きもまた速い内に投下できればよいのですが。
果たしてどうなることやらです。
乙
即席空間ふろしき来るか
グリ公の発明品って名前はふざけてるけど超テクノロジー品ばっかだよな
魔法じみた効果もあるけどあれは星のたまごの欠片を使ってたりするのだろうか
乙
更新ないから心配したのぜ
二対ニって大変デスネ
んでは、行きます。
「ひとまず街まで逃げるわよ、いくらなんでも人前で仕掛けてくるってことはないでしょうし」
「ああ、分かってる。あんたこそ、追いつかれるんじゃないぜっ!!」
踵を返し、即座に跳躍。後はこのまま力の限り逃げるだけ。足止めは十分、追いつけるはずなど無いと、そう確信していた。
けれど、そんな二人を取り込んで、それは急速に展開された。
忽然と消失する周囲の風景。それと引き換えに現れたのは、どこまでも続くような何も無い、闇だけが続く空間だった。
それまでいた場所からまるで隔絶された空間。それが如何なるものであるかを、魔法少女ならばよく知っていた。
「こいつは……」
「まさか、結界?」
そう、それは魔女が生み出す結界によく似ていた。
けれど、まさかこんな戦いの最中に割り込んでくる魔女がいるだろうか。
そもそもにして、いたとしてその気配に気付けないことがあるだろうか。
そしてなにより、魔女の生み出した結界が、ここまで殺風景なことがあるだろうか。答えはいずれも否だった。
「残念だったな。逃がしはせんぞ」
投げかけられたその声が、その空間がいかにして生まれたのかを如実に示していた。
「なるほど、な。てめぇらの仕業だってわけだ。……そうまでして逃がしたくないかね?」
槍を構え、杏子は油断無く振り向いた。やはりそこには、月丸と太陽丸の姿があって。
「安くは無い切り札を切らせてもらったのだ、その分くらいは色々と聞き出させてもらうぞ」
そう、この結界を生み出していたのは彼らの魔法ではなく、元の世界より持ち込んでいた魔法の道具
即席空間ふろしきによって生み出されたものであった。
そう何度も使えるものではなく、数も限られている。これだけの物を使わされたのだ、逃すわけには行かない。
「脱出は……できそうにないわね。仕方ない、覚悟を決めましょう、佐倉さん」
「やれやれ、魔女でもないのに結界を張るとか、一体何なんだろうね、こいつらは」
油断無く互いに構え、再び双方の間に張り詰めた空気が充填されていく。
「さあ、仕切りなおしだ」
そう叫び、月丸は両腕を振り上げた。その手に纏う氷の剣が更に大きく膨れ上がり、両腕を完全に飲み込んだ。
そしてそのまま、巨大な二振りの剣と化して。
「これで加減をする必要もない、全力で行くぞ」
まさにその姿は、恐るべき氷の魔人。文字通り凍て付く笑みを張り付かせ、月丸が迫る。
「そうだな、人目もなくなったことだし、あたしらも全開で行くか」
「……そうね、長引かせるよりはきっと、その方がいいわ」
時間をかければそれだけ魔力を消費し、不利になっていく。
だとすれば出し惜しみをする必要は無い。全力で立ち向かうのみだ。
「マミ、頼むっ!!」
「ええ!」
言葉が交差し、二つの影も交差する。杏子は跳躍し、マミはその両手に銃を生み出す。
その銃口が狙うのは敵ではなく、空中の杏子。
「血迷ったか?」
「まさか。これが私達の戦い方よっ!」
双発の銃口より魔弾を放ちマミは背後に飛び退くと、追って迫る二人の姿に不敵に笑って答える。そして。
「――プランタン・タロン」
放たれた魔弾が中空でほどけ、光のリボンの束へと変わる。それは螺旋のように、杏子のロングブーツに絡みついた。
「何でもいい、まずは貴様から……」
「そうは、させるかってんだよ!!」
剣と化した月丸の双腕が、恐るべき鋏をなしてマミを両断しようと迫っていた。杏子の妨害には、太陽丸が備えていた。
けれど、声と同時に飛び込んできた真紅の影は、二人の予想を遥かに超えた速度と威力を持っていた。
そう、空中にあったはずの杏子の身体が、明らかに自由落下を超える速度で突っ込んできたのである。
不意を突かれたとて、それで容易く倒れる月丸ではない。
鋭く重く、そして疾いその一撃を、咄嗟に剣で受け止め、反らした。
けれどそれでも、その一撃の重さに氷の剣にひびが入る。
「そこっ!」
そのひびに、的確にマミが銃弾を叩き込む。
穿たれた楔が、刻まれたひびを更に押し広げ、恐るべき氷の剣はその刀身の中ほどからばきりと砕けて折れた。
「何……っ?」
「姉様っ!!」
「てめぇの相手は、あたしだっ!!」
フォローに入ろうとした太陽丸に、真紅の影が襲い来る。その勢いは、一度のチャージを経ても尚変わることはなく
咄嗟にガードを固めた太陽丸を、ガードごと吹き飛ばすほどの威力を見せ付けていた。
マミもまた、砕けた剣の隙間を狙って続けざまに魔弾を放つ。
その大半はまだ健在の片腕によって防がれるも、隙間をすり抜けた魔弾が月丸の脇腹を擦過した。
「ガキ共がぁぁっ!!」
怒気を孕んだ声で月丸が叫ぶ。その表情にも感情にも、先ほどまでの凍て付くような冷たさはなく
そこにあるのは敵に対する燃え盛るような怒りだけだった。
凍て付く心と燃え盛る怒り。その双方を内包する月丸だからこそ扱い得た魔法。
炎を氷に変換し、その双方を自在に操る"夜叉水晶"が、その本領を発揮する。
かざした両手を、生み出された剣ごと大きく左右に振りぬいた。それは即座に炎に戻り、無数に分裂する。
再び氷に戻ったときには、それは無数の棘と化していた。
散弾もかくやという勢いで撃ち放たれる、無数の氷の棘。これにはマミも、攻撃の手を止め迎撃に専念せざるを得ない。
当然、その棘は尚も高速移動を続ける杏子の元へも降り注ぐ。
「ちぃっ」
回避は不能。そう判断した杏子は即座に足を止め、槍を手前で旋回させてそれを防ぐのだった。
「無事か、姉様」
「ああ、この程度ならば何の問題もない」
その隙に合流を果たした二人だが、その表情には僅かな焦りが浮かんでいた。
「やっぱりこいつは便利だね。さあ、まだまだ行くぜ!」
月丸の攻撃を退け、再び杏子が攻勢に移る。その速度と一撃の重さは、尚もその脅威を失ってはいない。
だが。
「いつまでも、調子に乗るなよ」
先ほどまでは遅れを取ったが、今度はそうは行かない。
たとえ相手がどれだけ速くとも、その動きはあくまで直線的。見切れないはずがない。
「太陽丸、向こうを任せる。私はあの調子づいている奴を叩き落してやる」
「無茶はするなよ、姉様」
素早く言葉を交わし、二人は散開した。
太陽丸はマミへと向かい、月丸は再び宙を跳ねゆく杏子を睨みつつ走り続けている。
対するマミは、距離を保ちつつ牽制に徹している。
それで僅かでも隙を作れれば、その隙を確実に杏子が突いてくれる。それを確信できるほどに、マミは杏子の実力を信用していた。
とは言え、相手は幻を操る太陽丸。
接近こそ許してはいないものの、遠距離からの射撃では有効打には程遠く、悉くが幻を貫くだけだった。
そうしている間に、業を煮やした月丸がマミを挟撃せんとして迫る。
しかし、マミはそれを読んでいた。月丸が動き出したと見るや、即座に全ての銃口をそちらに向けて撃ち放った。
足元に立て続けに放たれた弾丸と、そこから迸るリボンの壁が月丸の足を止める。
けれど、一瞬でも攻撃の手が止んだところを、太陽丸は逃さない。
目晦ましの幻を一直線に向かわせ、自身はそれを追い越し一足飛びにマミを狙う。
当然、それを阻むは赤い一閃。天から一撃が降り注ぐ。
「なるほど、確かに動きは直線的だ。……ならばっ!!」
舞い降りる一撃、神速の切っ先、その軌道に全神経を集中。
ギリギリで身をかわし、杏子の腹部にカウンターの蹴りを叩き込む。
相手の速度をそのまま威力に上乗せされた蹴りである。確実な手ごたえを期して放たれたはずだった。
だが、それは空しく宙を切る。
蹴りが放たれる直前、頭上から降り注いでいた一撃が、蹴りから逃れるように真横にずれたのである。
「な……っ!?」
あれだけの速度を、完全にコントロールしているというのだろうか。
更に杏子は即座に反転、太陽丸に突撃を仕掛けた。とは言え、それもまだ直線的な攻撃に過ぎない。
どうにか回避することはできたのだが、再び杏子は軌道を変え、手の届かない上空へと飛び去ってしまった。
「……なるほど、な」
杏子の追撃をやり過ごし、何かを悟った太陽丸は呟いた。
「随分と面白い事を考えた物だ。だが、そうと分かれば打つ手はあるぞ」
そして、その表情に不敵な笑みが宿った。
遠距離にして広域攻撃に長けたマミが、広域の敵に足止めを行い、隙を突いて杏子が超高速の三次元攻撃を仕掛ける。
かつて二人が編み出した、対魔女戦における必殺の戦術。
それはそのまま、異世界の魔法使いを相手にしても、十分に有効な戦術となっていた。
けれど当然、その魔力の消費は少なくない。
常時空中を疾走し続ける杏子のみならず、それを支える魔法を行使し続けているマミにとっても同じなのである。
先だって杏子のブーツに付与した魔法、それは即ちばね足の魔法。
宙を駆ける疾走、それを生み出す跳躍の原動力こそが、マミの魔法のばねなのである。
それはしなやかで強靭なマミのリボンが生み出したもので、空中においては足場に変わり、空中での跳躍でさえも可能としていた。
何かの漫画から着想を得たというそのコンビネーションは、まさに強烈無比なるもので。。
足が千切れそうになるけどな、というのは杏子の言ではあったのだが。
今回はここまで、バトルはテンションは上がるのですが、書くのはえらくきついものです。
>>659
まさしくそのままです、この辺りに関しては予想通りでしょうね。
あの辺のグリ公産アイテムは、一体どうなってるんでしょうか。
1.グリ公の星のテクノロジー
2.星のかけらのちょっとした応用です
3.マザーの応用
辺りかなあと思ってはます。
空間に干渉するアイテムに偏ってる辺り、マザーを解析したりしたのかなあ、という推測ですが。
>>660
完全にモチベーションが落ち込んでいました。
他にも色々リアルであったりはしましたが、一番影響がでかかったのはそこでしょう。
書きたいネタは山ほどありますが、目の前の展開を平らげないことにはどうにも進めません。
もうしばらく気長にお付き合いください。
大変、大変長らくお待たせいたしました。
思いっきりスランプ喰らって転げまわってました。
あんだけ書けなくなるのは恐らくはじめての経験です。
今でもまあ、ばっちり回復したかどうかは分かりませんが、それでもできる限りはやっていきましょうかね。
では、投下です。
「姉様。そろそろいけるか?」
空中で待機している杏子を視界に捕らえつつ、太陽丸が問いかける。
「……そう、だな。もう十分だ」
立て続けに降り注ぐ弾丸の雨を、事もなく切り払いつつ月丸は答えた。
「よし、ではこっちは俺が引き受けよう」
「任せるぞ、太陽丸」
二人が接近し、その軌道が交差する。直後、太陽丸はマミへと向かう。そして月丸は宙を行く杏子を睨みつけ。
「いつまで跳ね回っている、小娘。叩き落してやるからかかって来い」
ぎらりと歯を見せて笑い、挑発的な言葉を放つ。
「はっ!上等。なら今度こそ、串刺しにしてやるよっ!!」
その煽りに真正面から食って掛かり、杏子は全身に闘気を漲らせる。空中で膝を屈め、力を蓄える。
足に刻まれた魔法のリボンが展開し、空中に杏子の身体を把持している。
魔法のばねによる射出、そして杏子自身の脚力を込めて、圧倒的な速度すなわち威力を持った一撃が放たれる。
ばね足が幾度も弾け、その度にジグザグに軌道を変えながら、杏子は真紅の弾丸と化す。
そんな杏子の行動など、一切意にも介さないと言った様子で月丸は動かない。
下手に動けば隙を突かれる、いくら早いとはいえ動きはどこまでも直線的。直前まで軌道を見切ればまず直撃する事はない。
図体の大きい魔女相手だからこそ威力を発揮していたこの攻撃も、素早く動く小さい的に対しては十分な効果を発揮しているとは言いがたかった。
無論、その速さと威力は恐るべきもので、今まで一方的な攻撃を成し遂げてはいたのだが。
「食……らえぇぇっ!!」
真正面からの突撃と見せかけ、直前で直上、水平にコースを変更。一気に頭上を跳び越し死角からの強襲を仕掛ける。
けれど当然、それだけの時間の余裕があれば、月丸にとっては回避は容易なはずである。
だが月丸は動こうともせず。微動だにしない月丸を杏子の一撃が貫いた。
「な……に?」
だがその一撃を、月丸の全身を覆った分厚い氷の壁が阻んでいた。
「十分に場は凍て付いた。これでもう、貴様に勝ち目はないぞ」
全身に氷の鎧を纏った姿は、まさしく氷の魔人。
「マテリアル・パズル、夜叉水晶。ドレスタイプ!」
全身に氷を纏い、攻撃力と防御力を大幅に向上させた姿、それが夜叉水晶のドレスタイプ。月丸が持つ、最強の戦闘形態である。
だがしかし、それは発動させるには大量の氷が、もしくは炎が必要となる。月丸はその為、今までの戦いで氷をばら撒き続けていた。
そして今、十分なだけの冷気が場に満ちた。
「こうなった以上、貴様らのチンケな攻撃など効かんぞ」
氷の鎧の前に、槍の穂先は中ほどまで食い込んだままで止まっていた。
杏子は攻撃の反動をどうにか身体をくの字に曲げて減殺したが、その隙は致命的に大きく。
「くたばれっ!!」
氷の魔人のその腕は、巨大な鎚と化していて。その腕の一振りが恐るべき一撃となって、杏子の身体を打ち据えた。
「がっ!」
踏みとどまれば叩き潰される。杏子は敢えて打ち付けられる一撃に抗わず、槍を手放し後方に跳ぶ。
同時に足に結ばれたリボンが、全身を守るように展開した。
けれどその一撃はその程度で凌ぎきれるものではなく、月丸の一撃の前にリボンの壁はあえなく千切れ、杏子諸共吹き飛ばされてしまった。
杏子は地面で一度バウンドし、そのままごろごろと転がりようやく動きを止めた。
「佐倉さんっ!!」
「余所見をしている余裕があるのか。お前の相手は俺だ」
「くっ……退きなさいっ!」
そしてマミと太陽丸。こちらもまた、無数の銃による射撃を繰り返すものの、有効打を与えられないマミと
無数の弾丸に接近を阻まれ接近できない太陽丸。状況は硬直していたのだが。
マミを目掛け、一直線に迫る太陽丸。当然マミは無数の銃口をもってこれを迎え撃つ。
すぐさまそれは火を噴き、数多の銃弾が太陽丸に降り注ぐ。
「その技はもう、俺には通用せんぞっ!!」
だが、太陽丸には通用しない。放たれた銃弾の軌道を見切り、掌で打ち払うように
あるいはその銃弾そのものを掴み取るように、悉くの攻撃を凌いで見せた。
完全に射線を読んでいるのだろう、牽制のためにばら撒かれた銃弾になどは一切気を取られることはなく、一気にマミとの距離を詰めていく。
「げほっ……ごほ、ぐ……ぅ」
地に打ち付けられごろごろと転げ、ようやく動きを止めた杏子だったがそのダメージは小さくない。
体中がみしみしと痛む、骨の一本や二本は持っていかれていることだろう。
だが、それでもまだ立てる。槍を振るうに支障はない。まだ戦える。尽きぬ闘志を瞳に滾らせ、歯を食いしばって杏子は立ち上がる。
けれどその眼前には、既に氷の魔人が肉薄していた。その腕を振り上げ、致命の一撃を叩き込むために。
「殺さん、とは言ったがな。楽に済ませるつもりはないぞ。まずは貴様の四肢を叩き潰してやろう」
そして、振り下ろす。ごしゃり、と重い音が一つして。
「っぎ、ぃあぁぁぁぁあぁぁっ!!」
巨大な氷の腕が、杏子の右足を叩き潰していた。
「なら、これでっ!」
最早通常の射撃では効果はない。となれば狙うは一撃必殺。だがその一撃を放つには、狙いを定める必要がある。
一瞬とは言え、この戦いの中ではその一瞬はあまりにも大きな隙となる。
狙いを定める瞬間に攻撃を受ければ、最早攻撃どころの話ではない。そのまま一気に突き崩されてしまいかねない。
マミはそれを誰よりもよく知っている。だからこそ、それを補う魔法も確実に存在する。
狙いが逸れ、太陽丸の背後に着弾した銃弾。そして太陽丸がその手に掴んだ銃弾が、光のリボンへと変化する。
リボンによる拘束からの、一撃必殺の極大射撃。それがマミの必勝の戦術なのだ。
同時にマミは手にした銃身に魔力を集中させる。より剛く、より疾く、迷わず過たず。
生み出された巨大な砲身の中で、凝縮された魔力が吹き荒れる。撃つべき敵に狙いを定め、そして。
「ティロ――っ!?」
必殺の一撃が放たれる。その刹那。太陽丸の姿が――掻き消えた。
気配を感じた、その瞬間にはもう。
「幻……あぁっ!!」
横合いから放たれた拳が、マミの側頭部に突き刺さっていた。
予想だにしない方向からの一撃。一切の容赦なく放たれたその拳は、軽々とマミの身体を吹き飛ばした。
「お前は攻撃の直前、ほんの僅かに狙いを定める一瞬がある。その瞬間を狙って、俺の魔法で狙いを逸らせてやれば……
この通りだ。言っただろう?お前の技はもう、俺には通用しないとな」
振り抜いた拳をそのまま掲げ、自信気に太陽丸が言う。その行動が示した結果は、自身の推測が正しい事を明確に物語っていた。
マミの射撃は、エイム(狙い)とファイア(射撃)の二つの段階を必要とする。となれば当然、エイムの瞬間は隙ができる。
できる限りその隙を減らす為、マミはエイムに費やす時間を減らす為の鍛錬を繰り返した。
その結果、瞬時と言える程の僅かな時間で、無数の銃口の狙いを定める程の技術を習得していた。
けれど、それほどの技術でさえも、太陽丸の魔法の前では無力であった。
エイムの一瞬を見抜かれ、その瞬間に幻によって狙いを逸らされてしまったのである。
それでもまだ、銃口を無数に並べて広域に攻撃をばら撒く事で、幻ごと本体を攻撃することはできた。
けれど、通常の攻撃は完全に見切られてしまっている。放つ銃弾の悉くを見切られ、必殺の一撃さえも無効化された。
最早、マミに打つ手は――ない。
吹き飛ばされ、今度はマミが地に転がる。片や杏子は、足を潰され苦悶に呻き、同じく地べたを転げまわった。
張り詰めていた均衡は破れ、勝負の趨勢は一瞬にして決した。
「我らの勝ちだ。所詮この程度だな」
勝ち誇り、勝利者の愉悦を声に滲ませ、月丸はさらなる追撃を加えんとしてその腕を振り上げた。
「我らが負けるはずなどない。我らは……無敵だ!」
硬く握った拳を掲げ、太陽丸もまた勝ち誇る。
「ほら、次は腕だ」
振り下ろされた氷の腕が、杏子の左腕に振り下ろされる。破砕音と、何かが潰れる嫌な音。
当然聞こえてくるはずのそれは、今度は響くことはなく。
「……奴が消えた。これは、まさかっ!?」
そう、苦悶に呻き、地に伏していた杏子の姿が、一瞬の内に掻き消えたのである。
それは杏子の幻惑魔法。完全に操れるわけではないが、これくらいの芸当をやってのける程には回復していたようで。
無論、同じく幻の魔法を操る太陽丸をパートナーに持つ月丸である、すぐに杏子が幻であると悟る。
本体はどこへ。振り向いた月丸の視界には――
「――フィナーレっ!!」
砲台から吐き出された、極大の閃光が迫っていた。
「何ィィっ!!」
攻防共に優れるドレスモードであるが、当然の如く自重の増加は機動性の低下を招く。
さらには完全に意図していなかった攻撃である。回避など取れるはずもなく、極大の閃光が氷の魔人を飲み込んだ。
「まさか、貴様っ!?」
「その通り、初めから狙いは貴方じゃなかったのよ」
目を見開き、驚愕に顔を歪めた太陽丸と、地に伏しながら、自信気に微笑むマミの視線が交差した。
元よりマミの狙いは太陽丸ではなかったのだ。
数で押すのが通用しない今、幻を操る太陽丸に、まともな方法で大技を当てるというのも困難である。
だからこそ、窮地を装った杏子に月丸の意識を集中させ、その隙を突いたのであった。
かくしてその目論見は成功し、氷の魔人は閃光に没した。
「姉様!姉様―っ!!」
戦闘の最中、敵を目前にしても尚、太陽丸の意識は常に月丸を最優先する。
故に窮地に瀕した月丸を救うため、太陽丸は一目散に、脇目も振らずに駆け寄った。
当然、それは大きな隙を生む。
「余所見、してんじゃ……」
ひゅん、と風を斬る音が一つ。吹き上がる殺気に、半ば本能的に太陽丸は足を止め、半歩身を引いた。
「ねぇぇぇっ!!」
それが、結果的に太陽丸の命を救った。
一体どこから現れたというのか、太陽丸の進路を塞ぐようにして現れた杏子が、すくい上げるように槍を振り上げた。
描かれる鋭い軌跡は、三日月の弧のようで。
「ぐ……あっ」
一瞬遅れて太陽丸の胸板にざっくりと傷跡が刻まれ、ぱっと赤い花が散った。
「このままっ、くたばれっ!」
槍を振り上げた勢いのままに、頭上で一度旋回させ、打ち下ろす。
「後ろよ、杏子っ!!」
投げかけられた声は、無数の銃声と共に。銃弾は、閃光を食い破って生じた氷の棘に向けて放たれて。
「ん、だとっ!」
氷の魔人は未だ健在。その一撃が示す事実はそれに他ならない。いかな銃弾の射手とて、不意を突いて放たれた棘の全てを打ち落とすことはかなわない。
咄嗟に杏子は横薙ぎに槍を振るい、迫る棘を切り払う。けれど、それでも撃ち漏らした棘の一本が深々と杏子の肩口を抉った。
痛みよりもまず冷たさを感じて、身も凍るようなそれに一瞬杏子の動きが止まった。
「っ、ふっ!!」
動きを止めた杏子に、太陽丸は渾身の蹴りを叩き込んだ。
杏子も咄嗟に腕をかざして身を庇うが、それでもその威力は、杏子の身体を吹き飛ばして余りあるものだった。
吹き飛ばされた杏子の身体を空中でリボンで捉え、引き寄せて。
「大丈夫、佐倉さん?」
「なんとかね。でも、これで仕留め損ねたってのは、拙いね」
「……ええ」
マミの必殺の一撃を受けて尚、氷の魔人は健在。
ダメージが全くないわけではないのだろうが、それも所詮は表面の氷を砕いたまでの事。再び新たな氷を纏えばまるで無意味である。
そう、マミが誇る必殺の一撃でさえも月丸にとっては有効打とはなり得ない。そんな残酷な事実を、二人に思い知らせていたのである。
「今のは少々肝が冷えた。……が、どうやらこれで決まりのようだな。貴様の力では、私のドレスを破ることはできん」
くく、とかすかに声を漏らして、損傷の修復を終えた月丸が言う。
その口ぶりは、圧倒的優位にある余裕と、これから行う一方的な蹂躙への愉悦に満ちていた。
「大人しく降伏しろ、などとは言わん。散々手を焼かせてくれたのだ、たっぷりと痛めつけてやる。精々惨めったらしく足掻いて見せろ」
「姉様、あまり遊ぶな。俺達の目的を忘れたのか?」
「ああ、分かっているとも。さして手間はかからんさ、こいつらを口がきける程度に半殺しにするにはな」
「てめぇ……舐めやがって!」
あからさまに見下され、杏子は怒りを露に食って掛かる。歯を食いしばって痛みを堪え、槍を杖にし立ち上がって。
「待って、佐倉さん。むやみに突っ込んじゃ敵の思う壺、よ」
そんな杏子を、マミが手で制した。勿論杏子とて、無策のままに立ち向かえるほど敵が甘い相手ではない事はよくわかっている。
だが、打開策が見つけられない。
このままじりじりと追い詰められていくしかないのかという焦りが、その表情には滲んでいた。
「悔しいけれど認めましょう。あの二人は私達よりも強い。少なくともまともに戦えば、私達に勝ち目はないわ」
「一対一に持ち込んでもこれだもんな、正直参るよ」
決め手に欠く。この一言に尽きるのである。
正面切って切り結ぶだけならば、ある程度追随することはできる、して見せる。
けれど、相手を倒しきるだけの攻撃力が不足している。
十分それに値すると思われていたティロ・フィナーレですらも、氷の鎧の前に防がれた。
魔力の残りも乏しい今、杏子とてむやみに大技を放つわけには行かない。例え放ったとして、この状況を打破できるという保障もない。
「一対一では倒しきれない。なら、方法は一つしかない」
「にしたって、あいつらだってそうそうやらせちゃくれないはずだ」
「……それでも、やるしかないじゃない?」
口早に言葉を交わす中、二人を取り巻く空気は見る間に緊迫していく。膨れ上がった殺気が、今にも再び弾けようとしている。
「分断して各個撃破。言うだけなら楽だけど、あれを相手にやるのは随分と骨だね」
「だからこそやってみましょう。……覚えてる?一緒に練習してたあの魔法の事」
迫り来る強敵に、再び始まる死闘の先触れに、二人は真正面から立ち向かう。
マミはその手に銃を掲げ、杏子は槍を固く両手で握り締めて。
「なるほど、ね。確かに今やるなら、あれはぴったりだ」
「いつまでお喋りをしているつもりだ。……行くぞっ!!」
痺れを切らして、再び氷の魔人が迫り来る。手負いの戦士もまたそれに続く。
抗う手立ては未知数なれど、確かにその手に存在する。
「ああ、そろそろケリつけようじゃないか、なあっ!!」
四者がそれぞれに散開し、戦いは新たな局面へと移る。
本日はここまで、またちょくちょく更新できるようになればいいのですけどね。
では、またお会いしましょう。
乙
生きてて良かった
それにしてもなかなか決着つかんね
うおおおおおおおお待ってたあああああ
乙
では、本日も更新行きましょう。
「さあて、てめぇの相手はあたしだぜっ!!」
地を蹴り駆け出し、弧を描くような軌道で閃く槍を繰り出して、杏子は再び太陽丸に迫る。
手負いとは言え、相性の悪いマミには、太陽丸の相手はさせられない。
「知るか、くたばれ」
当然、そんな事情は関係ない。
手負いの太陽丸に、あまり戦わせたくないという気持ちも少なからずあったのか
月丸がそこに割り込んで、氷の腕を振り上げた。まともに喰らえばただではすまない。
だが、振り下ろされた一撃を無数の光のリボンが絡め取る。
「っ!……貴女の相手は私よっ!!」
重さと速度が十分に乗った一撃である。いかに無数のリボンを束ねたとて、完全にそれを止めるには至らない。
それでも動きを鈍った一瞬の内に、杏子はその場を突破し槍を振るった。
その一閃こそ太陽丸に回避されたものの。
「お……っらぁぁぁっ!!」
杏子は勢いもそのままに身体ごと太陽丸にぶち当たった。
体格差は歴然。いかに速度を乗せたとは言え、それでも分は悪い。
捕まえられてしまえばそれまでである。杏子は、そんな危険な賭けに出た。
「ぐ……ぉぉっ!」
だが、まさしく赤い弾丸と化した杏子の体当たりは、太陽丸の身体をぐらりと揺るがした。
「このまま……ぶっ飛べっ!!」
さらにもう一歩、力強く地を踏みしめて。太陽丸を弾き飛ばした。
そう、勝算は確かにあったのだ。太陽丸が負った傷は浅くはない。その傷による出血が、太陽丸の体力を奪い続けている。
だからこそ勝てる。勝てると踏んで、杏子は勝負を仕掛けたのだった。
弾き飛ばされ後方に下がる太陽丸を、更に杏子は追撃する。距離は取った、月丸の妨害も届かない。
杏子はさらなる一手を打つ。
地中より突き出す無数の赤い帯。杏子の結界。それは広域に広がり、一面の赤い壁と化す。
瞬く間に展開された巨大な壁は、戦いの場をマミと月丸、杏子と太陽丸とに分断した。
(まずは、こいつでっ!)
これで状況は一対一。けれど、それでは決め手に欠くのは今までの戦いからしても明白。
更なる一手を撃つ必要がある。そのための一手は、マミが握っている。
「相も変わらず小賢しい真似を。こんなものっ!!」
当然、月丸も分断されるのを黙って見てはいない。すぐさま杏子の結界を破壊せんと腕を振り上げる。
「やらせるもんですかっ!!」
その背に向けて放たれる、無数の銃弾。それは次々に月丸が纏う氷の鎧に突き刺さっていく。
狙いが逸れた銃弾が、杏子の結界にも食い込んでいく。
――だが。
「効かんと言った!」
全くそれを意に介する事無く、月丸は振り上げた腕を結界に叩き付けた。結界が揺らぎ、ヒビ割れていく。
それでもまだ、砕けない。
「これで終わりだ」
振り上げられた腕が、追撃の一撃を繰り出そうとする。阻もうとするマミさえも、今は一顧だにしていない。
それほどまでに、ドレスタイプの夜叉水晶の防御力を信じていた。
「だから……やらせないって言ってるでしょ!」
マミはその背に更なる銃弾を放つ。それは吸い込まれるように月丸の背に突き刺さり、そして――炸裂した。
「な、に?」
その背を覆う氷の鎧は粉々に打ち砕かれ、その背が曝け出される。予想外の事態に、月丸の表情が驚愕に歪む。
マミの攻撃は、どれほど放とうと有効打にはなりえないはずだった。
ティロ・フィナーレを受ければ少々危ういかもしれないが、それは事前に察して回避すればいいだけの事。
心配などはしていなかった。だと言うのに、何の変哲もないはずの一撃は、月丸が纏った氷の鎧を打ち砕いたのである。
「なるほど、どうやらそれも無敵の鎧って訳でもなさそうね」
「……何をした、貴様」
むき出しの背中を晒したまま、結界の破壊を続けることなどできはしない。
破壊された背部の装甲を他の部分を薄くする事で補いながら、月丸はマミに振り向いた。
「別に、大したことはしてないわ。ただ、この弾丸はちょっと特別だったのよ。炸裂弾って奴ね?」
特殊な魔力を込めて放たれた弾丸は、マミの任意のタイミングで炸裂させることができる。
その炸裂弾を氷の鎧の内側で炸裂させたのである。無論、それだけでは氷の鎧を打ち砕くには至らない。
先だってマミが打ち込んでおいた無数の銃弾が楔のような役割を果たし、さらにその銃弾自体が連鎖的に炸裂することにより
一気に氷の鎧を打ち砕くほどの破壊力を生み出していたのである。
「もう、いい」
見知らぬ世界で出会った敵。勿論油断はしていない。
けれど今果たすべき目的は別にあり、その為には情報を集める必要があった。
情報を引き出すのなら、せめて一人は生かしておかなければならない。
そんな思惑もあり、気付かぬところで加減をしていた。それ故に、今尚こんな苦戦を強いられている。
「生かして連れて行くつもりだったが、もういい」
そんな自分が無性に腹立たしい。
月丸の瞳に映った激しい敵意が、急激に底冷えのする何かに変わっていく。それは明確な、そして凍て付く殺意。
「殺してやる。……死ね」
その言葉と同時に、氷の魔人の腕の形状が変化する。
相手の動きを止めるために、叩き潰す事を主目的とする鎚のような形状であった右手が
刺殺を目的とした、無数の棘を備えた槍へと作り替えられる。
そして左手は、同じく鎚であったそれが薄く引き伸ばされ円状に変わる。その表面は球体のようにも見える。
「そう……簡単に行くかしらね」
更なる変貌を目の当たりにして尚、マミは気丈に言い返す。けれど、その額には冷や汗が伝っていた。
今までの鎚による攻撃でさえ十分に恐るべき攻撃だった。けれど今度は訳が違う。
無数の槍を束ねたあの腕は、掠っただけでも大ダメージは免れない。まともに喰らえば、まず命はないだろう。
さらに左腕に構えたあの球状の物体は、恐らく――。
「食らいなさいっ!!」
マミは再び無数の銃弾を放つ。一撃では効果はなくとも、無数に叩き込めばそこから打ち砕くことはできる。
氷の鎧は先の一撃によって薄くなっている。打ち破るのは不可能ではない。
――だが。
「無駄だっ!!」
月丸は叫び、その左手を前面に掲げた。直後、無数の銃弾が降り注ぐ。
けれどそれらは左腕に突き刺さることはなく、その球面に軌道を逸らされあらぬ方向へと消えていった。
そう、それは盾なのだ。攻撃を受け止めるためのものではなく、受け流すための盾。
重量を落とし、表面積を広げる事で広域をカバーするためのものだった。
その分強度は下がっているが、あくまで目的はマミの射撃を無力化することである。問題はない。
「色々考えてくれるわね」
「貴様らも随分と小細工を弄してくれただろう?私もこれくらいはやらせてもらう」
軌道を逸らされた銃弾が、地面や背後の結界に吸い込まれていくのを見て、マミの表情に焦りが浮かぶ。
どれだけ必死に弱点を突いたとしても、敵は的確にその弱点を埋めてくる。
やはり相当に戦い慣れているのだろう。そんな相手が、遂に本気でこちらを殺しにかかってくる。
一手間違えれば即、死が待っている。
それを自覚した途端、マミは不思議なほどに自分の心が落ち着き払っていることに気がついた。
(よく考えれば、そんなの魔女の相手をするのと変わらないじゃない)
そう考えると、ざわついていた胸の内が静まっていく。
ここは魔女の作った結界の中。目の前にいるのは、疾く強く、そして堅い氷の魔女。
そう考えれば、やる事はなにも変わらない。敵が魔女なら、倒すまでだ。
相手が人間だということは、今だけは忘れよう。
「なんだ、そんな眼もできるのか、貴様」
マミが瞳に宿し始めた冷たい敵意。常にそれに近しい物を纏う月丸は、それは敏感に察知しどこか面白がっている風に言う。
「力を振り回すだけのただのガキだと思っていたが、その様子なら少しは楽しめそうだな」
言葉に愉悦を滲ませて、戦いの狂気すらも愉しまんとする月丸。けれどマミは、そんな姿を眺めて小さく吐息を漏らした。
敵と話すべきことなど何もない。速やかに、確実に、全力で、目の前の敵を打倒する。
どうせ見ているのは杏子だけなのだ、今だけは優雅で華麗な魔法少女はお休みと行こう。
魔女との戦いの中で培われ、最近は少し忘れかけていた純粋な闘争本能。
マミは今一度それに赤々と火を灯し、身の内より湧き上がるその力に身を任せた。
「あああぁぁぁっ!!」
咆哮、同時にかざしたその手を左右に振りぬく。直後、生まれる無数の銃口。その半数が一斉に月丸を狙う。
「バカの一つ覚えがっ!!」
放たれる銃弾。けれどその悉くが氷の盾に阻まれ、逸らされる。無論、それはマミにとっては想定の範囲内。
銃声と無数の銃弾に紛れて、マミは月丸に肉薄する。
胸元のリボンを引き抜くと、その端を握って銃弾を阻む盾に向けて振り抜いた。
放たれたリボンは中空で螺旋を描いた槍と化す。螺旋によって貫通力を増したリボンは、月丸の盾を貫いた。
「何っ!?」
月丸が驚愕の声を漏らす。盾を貫いたリボンが解け、そのまま盾を絡め取るとぎりぎりと締め付ける。
盾がみしみしと軋む。だが、まだ壊れない。
(破壊は難しいわね。でも、隙はできた)
盾の動きが制限されたことで、鉄壁の守りにも隙が生じる。
機を伺い待機させていた残り半数の銃口を、月丸に向けて照準を定める。
「舐めるなぁッ!!」
氷の盾ごと突き破り、月丸は氷の槍を突き出した。同時にその先端から無数の氷の棘が放たれ、マミ目掛けて降り注ぐ。
咄嗟にマミは銃口を逸らし、銃弾で氷の棘を迎撃する。けれど、撃ちもらした棘の一本がマミの頬を掠めた。
貫くのは痛みと冷たさ。けれどマミはそれに歯を食いしばり、更に無数の銃口を生み出し月丸に挑む。
氷の槍と無数の銃撃が交錯し、狙いが逸れた銃弾がぱらぱらと背後の結界に吸い込まれていった。
「お前は運がいいな」
「……確かにそうかもね、アレを相手にするのは相当に骨そうだ」
そんな二人の激突を結界越しに眺め、杏子と太陽丸が静かに言葉を交わした。
「そうではない。ああなった姉様はもう誰にも止められん。あの女、死ぬぞ。
最悪一人生かしておければいいのでな、とりあえずお前は生かして捕らえておくとしよう」
その身に深く傷を刻まれて尚、その表情から余裕を消すことはなく、太陽丸は拳を鳴らして杏子に告げる。
それだけの余裕を持っている、それだけの力を隠していると言う事なのだろうか。
杏子は胸中に僅かな弱気が宿ったのを自覚した。小さく腕が震えて、そして笑った。
一歩間違えば死が待っている、それは確かに恐ろしい。けれど、それがなんだと言うのだろうか。
そんな戦いを、今までうんざりするほど潜り抜けてきたのだ。たった一人で、長い時間をずっと。
そして今、隣には頼もしい仲間がいる。共に並び立つ力を持つ先達がいる。たとえ一時でも、志を共にできる戦友がいる。
だとしたら、何を恐れる事がある。だから杏子は唇を歪め、にやりと不敵に笑って見せた。
「何がおかしい?」
「いいや、別に。ただ……魔法少女を甘く見るなよ。あいつは、あたし以上のベテランだぜ?」
そう、そしてそれはマミとて同じ。否、マミはもっと多くの時間を孤独に戦い続けてきのだ。
それだけのしたたかさを持った魔法少女なのだ。そんな彼女が、そうそう容易くやられるはずがない。
自らの、そして仲間の強さへの確かな信頼。
知らずの内に、そんな暖かくも力強い感情を胸に宿していたことを自覚して、杏子は更にその笑みを深めた。
とは言え、これ以上戦いを続ければ魔力の消費もばかにならない。そろそろ決着をつける必要がある。
勝負に出るなら、今だろう。
(重要なのはタイミング。仕込みは頼むぜ、マミっ!)
そのためには、こちらも仕込みを済ませなければならない。問答ももういいだろう。
杏子は再び槍を生み出し、太陽丸に突きつけて。
「そもそもあんたは自分の心配をしろよ。そんな傷で、あたしとやりあえるとでも思ってんのかよ?」
「ああ、これの事か。問題はない。……姉様っ!」
結界の向こうに届くように大きく太陽丸は叫ぶ。
それと同時に、地に突き刺さったまま捨て置かれた氷の棘を、その中頃から砕いて掴んだ。
戦いに熱中する月丸の耳にもその声はどうやら届いていたらしい。掴んだ氷の棘が、即座に炎の塊と化した。
太陽丸は拳を灼く熱と痛みを歯を食いしばって堪えると、拳を掲げ。
「まさか、お前っ!?」
「があああぁぁっ!!」
その拳を、胸に開いた傷口へと押し当てる。苦悶の叫びと同時に、肉の焼ける音と嫌な臭いが立ち込める。
灼熱の炎が傷を灼き、流れ出る血を押し留めた。
「傷が……どうした?さあ、続けるぞ」
曲がりなりにも傷が塞がったのを、自身の身体の感触で確かめて。
太陽丸は拳の炎を振り払い、狂気すら滲むほどの凄絶な笑みを浮かべ、杏子を睨みつけた。
「……ったく、イカれてやがる」
「さあ、行くぞ」
「ああ、来やがれっ!!」
言葉が飛び交い、杏子は地を踏みしめると一足飛びに太陽丸へと跳びかかる。大上段に槍を振りかぶり。力の限りに振り下ろした。
一進一退、と言えば聞こえはいいが、繰り広げられる激戦は、時を重ねる毎にその様相を変えていく。
魔法少女達にとっては望ましくない形に変わっていく。
「ほら、どうした?もう後がないぞ」
「く……まだ、まだよっ!」
降り注ぐ氷の棘を、突き出される氷の槍を、どうにか紙一重でやり過ごしながら、マミは尚も月丸と対峙していた。
けれどどうしても、完全にこちらを殺す事に意識を集中させている月丸の隙を突くのは難しい。
結局のところ、マミもまたそれ以上の有効打を与える事ができずにいた。
月丸の攻撃は、一撃まともに貰ってしまえば後がない。
縦しんば致命傷を避けられたとして、機動力が削がれてしまえばそこまでなのである。
そして、マミ自身の魔力の問題もあった。
無数の銃口と必殺の一撃を携え、拘束魔法で隙を作り、圧倒的な火力を持って戦いを制する。それがマミの戦術である。
それが非常に強力であることは、今まで上げてきた無数の成果が実証している。けれど、そこには弱点もあったのだ。
それは魔力の消費の大きさ。相手が魔女であれば、その弱点も短期決戦を期することでほぼ形骸化する事はできていた。
けれど今、魔法使いという敵を相手に思いもよらない長期戦を強いられている。
攻め手を緩めればそのまま押し切られてしまう、それほどの恐ろしい相手である。
マミは出し惜しみをする事なく戦いを続けていた。故に、魔力の消耗は深刻であった。
(そろそろ決めないと……拙いわね)
放たれた無数の銃弾が狙いを逸れ、月丸の背後に消えていく。
(細工は流々、後は……)
――佐倉さんっ!
その声は、結界の向こうで太陽丸と激しい戦いを繰り広げていた杏子の元へと届けられた。
魔法少女であれば誰でも使える初歩の初歩。テレパシー。
言葉がなくとも連携を取り合える月丸、太陽丸の姉弟に対し、いかにかつての戦友とは言え
長らくの離別を経ていたマミと杏子では及ぶべくもない。
その埋めざる溝を、二人はテレパシーを介して埋めていた。それが今、二人の最大の大勝負の幕開けを告げた。
(来たか、マミ)
全ての準備は整った。それを察して、杏子は小さく歯を覗かせて笑う。
(となりゃあ、そろそろあたしも……腹ぁ括るか)
ここから始まる大勝負。どう転んだとは言え、自分は無傷では済まない事は分かりきっている。大丈夫、やり遂げられるはずだ。
強力な固有魔法を持つマミとは異なり、杏子は自らの魔法を封じている。
今でこそ僅かに復活を遂げているが、それまでの間ずっと、固有魔法を持たずに魔女との戦いを続けてきたのである。
その戦い方は、変幻自在の多節槍を駆使した広範囲攻撃と、その威力を十全に引き出す事のできる体術。
攻防双方において高い汎用性を持つ結界術の組み合わせによるもので、長期戦も十分に視野に入れたものである。
故に、魔力の消費はまだマミ程深刻ではなかった。
繰り出された太陽丸の蹴りを槍の柄で受け止めて、更にそのまま槍を振りぬくようにして弾き飛ばして距離を取った。
「まさか、こんな子供がここまでできるとはな。面白い、面白いぞ!」
太陽丸の表情には、隠しきれない喜色が浮かんでいる。
闘争の愉悦を存分に味わっているであろうその表情が、瞳が、更なる杏子の行動に好奇の色を浮かべた。
「そろそろ、決めるぜ?」
結界を背後に守るように杏子は立ち、更にもう一本の槍を生み出し、両の手にそれを握って構えていた。
二槍流、言葉にするならそんなところだろうか。
「苦し紛れの策、と言ったところか?だが、片手で振るった槍など俺には通用せんぞ」
「そいつは……どうかなぁっ!!」
両手に掲げたその槍が、無数の節に分かたれた。無数の節による広範囲攻撃。その威力は純粋に槍の節の数に比例する。
通常よりも多くの節を操るため足を止めなければならないが、それでも双の槍から繰り出される攻撃の威力は、通常のそれを凌駕する。
密度と数を増した無数の節が、唸りを上げて太陽丸に殺到した。
「通用せん、と言ったはずだ」
全天より殺到する無数の節に対し、尚も太陽丸の余裕は揺るがない。
言葉一つを放つと同時に地を蹴り、杏子目掛けて一直線に駆け出した。
行く手を阻むように迫る節を拳で打ち据え、背後や頭上から迫る節を振り切る程に早く、駆け抜ける。
いかに二重の多節槍による攻撃とはいえ、範囲を広げればそれだけ包囲は薄くなる。
そこを突いての一点突破。足を止めれば周囲を囲まれ、そのまま潰されてしまうだろうから
多少の被弾などは意にも介さず、太陽丸は一気に杏子との距離を詰めた。
(やっぱり乗ってきた。さあ、そのまま一発かまして見せろ)
けれど、それも杏子の読み通り。敢えて広域に攻撃を広げて見せたのも、足を止めての攻撃を繰り広げているのも
結界を背に立っているのも、全てこの時のため。放たれるであろう一撃を、歯を食いしばって待ち構える。
節の嵐を踏み越えて、杏子に肉薄した太陽丸が放ったのは、その勢いを乗せた渾身の蹴り。
それは違わず杏子の身体に突き刺さる。
「ぐ、ぁ……っ」
いかに身構えていたとは言え、一切の回避を取る事もできずに渾身の蹴りを受けてしまったのである。
杏子が受けたダメージは大きい。骨の折れる嫌な感触、折れた骨が突き刺さる痛みが、身体中を駆け巡る。
肺から空気が抜け、低い呻きが唇の端から漏れる。
杏子は、突き刺さる衝撃に抗うことなくそれに身を預ける。その身が吹き飛ばされて。結界に激突するかと思われたその刹那。
「やるぞ、マミっ!!」
口の中に込み上げる血の味と、喉の奥に感じる息苦しさ。それを堪えて杏子は叫ぶ。
機は熟した。後は二人の腕次第。
吹き飛ばされた杏子の身体が、結界に叩き付けられるかと思われた瞬間
結界がぱらぱらと砕け散り、杏子の身体はそのまま結界の向こうに叩き付けられた。
「がっ、あぐ……っ、ちゃんと合わせろよ、マミ」
地に伏したまま、杏子は再度結界を再構築する。元より結界を通過するための一瞬、その結合を解除しただけの事である。
再構築は難しくない。けれど、普通に構築した結界では奴等には容易く砕かれてしまう。
決して砕かれざる不朽の障壁。それを生み出すためには、一人の力では足りない。
仕込みは既に済ませてある。後は、タイミングを合わせるだけだった。
「合わせて見せるわ、杏子」
タイミングは刹那。砕けた結界が再構築される、その一瞬。
仕込みは万全、誤射を装い結界に打ち込んだ、無数の魔力を帯びた弾丸。それこそが布石。
「何を企んでいる。いい加減に、死ねっ!」
けれどマミとて、容易くそれを達成できる状況ではない。
月丸の脅威は尚も健在、氷の槍を携えた魔人との、命懸けの舞踊の真っ最中なのである。
精密な魔力操作を行うためには精神の集中が必要となる。月丸の猛攻を受けながらでは、その時間を稼ぐのは非常に困難だった。
だが、そのための覚悟は既に決めている。振り下ろされた槍の軌道の内側に、マミは敢えて飛び込んでいった。
槍に生じた無数の棘が、背中をざっくりと抉っていく。それでも、その一撃は致命傷にはまだ遠い。
敢えて敵の懐深く飛び込む事でその一撃をやり過ごし、マミは結界に投じた弾丸の魔力を解放した。
砕けた結界の欠片。それを糧にし新たな真紅の結界が生じる。
その表面を覆うように、解けた弾丸が変化した光の帯が這っていく。
杏子が生み出した、戦場を分つための結界。その表面にマミの魔力によるコーティングが施されていく。
二つの魔力が混ざり合い、強度としなやかさを両立させた不朽の防壁。
赤と黄の交じり合ったそれは、まるで夕日のように眩い橙色の光の壁と化した。
故に、その名は。
「成功……した」
「ええ、完成よ。合体魔法――"ソレイユ・プリゾン"」
傷ついた背の痛みを堪えつつ、月丸の足元をすり抜けて、マミはその名を高らかに宣言した。
夕日が如き色の檻。故にその名は"ソレイユ・プリゾン"
そして生じた夕日の檻は、再び戦場を二分した。太陽丸をただ一人、結界の向こうに取り残したまま。
これで、状況は二対一。
本日はこれまで。恐らく次回決着?
>>683
予想外に長くなりまくっているのが筆の止まった原因だと思います。
色々と煮詰まっちゃって困りました。
>>684
ここを抜ければまた新たな展開が見えてくると思うので、それまでお付き合いしていただきたいものです。
さすがマミさん
いいセンスだ
待ってた!
決着!決着!決着!!!
「こんなもの、さっさと破壊してやるっ!!」
状況の不利を悟り、すぐさま太陽丸が結界の破壊を試みる。堅く握った拳を、何度も何度も打ち付けた。
「二人分の魔力を込めた結界だぜ。そう簡単に砕けてたまるかっての」
自信気に言う杏子のその言葉の通り、どれほど拳の雨が降ろうと結界は小揺るぎもせず、それどころか。
「ぐ……これは、攻性を持った結界か」
結界そのものがエネルギー体と化し、打ち付けられた拳にダメージを与えていた。
打ち付けた拳に焼け付くような痛みが走り、流石の太陽丸も一端身を離さざるを得なかった。
「そこで大人しく見てやがれ。こっちを片付けたら、次はてめぇの番だ」
結界が確かに太陽丸の侵入を阻んだ事を確認し、杏子は余裕綽々と言った様子で言い放つ。
そして遂に、月丸へと視線を向ける。
「やってくれたな、貴様ら……だが、貴様らとて既に満身創痍。二人がかりで来たところで、私を倒せるものかっ!!」
そう、隔離に成功したとは言え、恐ろしい氷の鎧を纏った月丸は未だ健在なのである。
その身にはさしたるダメージも見受けられない。対して杏子とマミの負ったダメージは大きい。
マミは背に大きな裂傷を刻まれ、杏子とて骨の数本はとっくにイカれている。
状況だけを見れば、尚も不利と言わざるを得ない。
だが。
「問題ないわ。私達二人なら、貴女なんて敵じゃない。そうよね、杏子?」
「ああ、そうだね。あたし達二人なら、誰にだって負けやしないよ」
そんな状況の不利を知って尚、二人は力強く笑ったのである。
その表情には驕りも慢心もない。ただ自らの、そして共に戦う仲間の実力への確かな信頼があるだけで。
「ほざくな。まとめて……死ねっ!!」
そんな様子が、月丸の怒りを煽る。その怒りを切っ先に乗せて、再び氷の魔人が迫り来る。
「さあ、そろそろ終わりにしましょう、杏子」
「そうだな、マミ」
杏子は槍を、マミは銃身を掲げ。それをかつんと触れ合わせた。
その小さな音が合図となって、二人は弾かれたように別々の方向に走り出す。
「まずは貴様だ、貴様さえ潰せば……っ!」
分かれた二人を一瞬睨み、月丸はマミに狙いを定める。当然それを阻もうと、マミは無数の銃弾を放つ。
けれどそれは氷の盾に阻まれ、あらぬ方向へと飛んでいく。
放たれる攻撃をまるで無視して、月丸はマミに肉薄する。その隙を突き、背後から杏子が槍を振りかぶり、そして斬りかかる。
「読めているぞっ!」
当然、それを予期していない月丸ではない。
マミに向けて駆け出していた足を止め、それと同時に片足を軸とし一気に身体を反転させる。
その勢いを乗せ、横に向けた氷の盾を杏子に向けて叩き付けた。
それは氷の盾ではあるが、盾として必要最低限の機能を持たせるため、非常に薄いものとなっている。
速度と威力を乗せて叩き付けられる薄氷の盾。それは最早氷の丸鋸に等しく、杏子の身体を両断せんと唸りを上げていた。
「させないわ」
刹那、その腕に絡みつくのは光のリボン。逸らされた銃弾がリボンに変わり、氷の腕を絡め取る。
無論、勢いにのった腕を止めるには至らない。けれど、一瞬だけでも速度を落とす事はできる。
その僅かな時間でさえも、杏子にとっては十分すぎるほどのもので。
「もらっ……たぁっ!!」
その一瞬の隙に、杏子は叩き付けられる腕の内周へと潜り込み、その腕が掲げる氷の盾目掛けて鋭く槍を振り抜いた。
真紅が一閃。薄氷であるが故に、氷の盾はいとも容易く寸断された。
盾を失えば、マミの銃撃を防ぐ術はない。
一発一発は脅威足りえないが、捨て置けば手痛い一撃へと化すことは確実である。
盾を再構成する事は容易いが、この盾では杏子の攻撃には耐えられない。
それに耐えうる盾ともなれば、当然重量も増してしまう。
今のままでは打つ手がない。焦りが、じわりと月丸の脳裏に滲み出していた。
「このまま潰れてしまえっ!!」
できるとすれば、いち早く一人に致命的なダメージを与える事。
そうすれば結界の維持も難しくなり、一気に戦況を覆す事もできる。それだけの攻撃力を、氷の魔人は備えているのだから。
杏子は今、月丸の懐深くに潜り込んでいる。倒すならばまずこちらからだろう。
月丸は振り向きざまに両手を広げ、身体ごと杏子にぶつかるようにしながら、その両腕を抱きしめるかのように交差させた。
氷の鎧は無数の氷の棘に覆われている。その腕も、槍とても同じ。
故に言うなればそれは、氷でできたアイアンメイデン。
捕まえる事さえできれば、そのまま自らの身をもって、杏子をズタズタに引き裂く事ができる。
全身凶器の氷の魔人が迫り来る。まともにもらえば致命傷、掠っただけでもダメージは免れない。
背後に下がったところで逃げ切れず、左右は腕に塞がれている。逃げ道があるとすれば、それは。
「そうはいくかよっ!」
即座に杏子は槍を地に突き立て、槍の柄をぐっと掴んで自らの身を持ち上げた。
それはまるで棒高跳びのように、ふわりと杏子の身体が持ち上げられる。
そう、逃げ場は上にあった。そのまま杏子は迫る月丸の身体を飛び越え
背後に飛び降り振り向きざまにその背に向けて槍を振り抜いた。
硬質な音と、何かが削れる音がして、氷の魔人の背に一文字の傷が刻まれる。
無論、それだけではすぐに修復されてしまうだろう。
直後、飛来した無数の銃弾が吸い込まれるように、その傷口に叩き込まれていく。
その一瞬のチャンスを見逃さず、マミの放った銃弾は違わず傷口を捉えたのである。
その銃弾すら、分厚い氷に阻まれて月丸には届かない。けれど、楔は打ち込まれた。
その後も同様の状況が繰り広げられていく。
変幻自在のマミと杏子の連携を前に、完全に月丸は攻めあぐねている。
ほんの僅かな隙でさえ見逃さず、次々に楔の銃弾が埋め込まれていく。
このままでは遠からず、氷の鎧ごと吹き飛ばされる時が来る。月丸は確実にそれを予期していた。
けれど打つ手がない。焦りは募る。焦りが更に月丸の精彩を欠かせていた。
「そろそろ、終わらせようかしら……“バヨネッタ”」
小さく詠唱したマミの手に、再び二丁の銃が生じる。けれどそれは、通常のマスケット銃ではなかった。
銃口にブレードが備え付けられたそれは、まさに銃剣。そんな銃剣を両手に構え、マミは一気に月丸に迫る。
この切っ先をもって氷の鎧をこじ開け、一撃を叩き込もうと言うのだろう。
その一撃は、氷の鎧に打ち込まれた無数の銃弾を巻き込み、致命の一撃となるだろう。
「寄りつくなッ!!」
させじと月丸は氷の槍で迎え撃つ。けれど割り込む赤い影。
杏子が槍を一閃させ、マミを貫かんとしていた氷の槍の軌道を逸らした。
「いい加減に諦めろっての」
槍を逸らされ、最早月丸にマミの一撃を阻む術は無い。
だが、そんな絶対絶命の状況において尚、月丸は不敵に笑みを浮かべ。
「……待っていたぞ。この瞬間を!」
双の銃剣が月丸に叩き込まれるその刹那、氷の魔人が轟炎と化した。
「炎に戻れ。そして焼き尽くせ、夜叉水晶!」
そう、月丸の氷は全て炎が変換されたもの。故にそれは、いつでも元の姿である炎に戻す事ができた。
そして今、懐深く飛び込んで来たマミに向け、氷の魔人の全てを炎に戻して叩き付けた。
巻き上がる轟炎は、瞬く間にマミの全身を包み込み。
「あ……ぎ、あああぁぁああぁっ!!」
身を灼かれ、苦痛に悶える断末魔の声がこだました。
「まず、一人だ」
自らも半ば炎に焼かれ、それでもどうにか脱出した月丸が、凄絶な笑みを浮かべてそう言った。
「違うぞ姉様!そいつは幻だっ!!」
「何っ!?」
いち早くそれに気付いた太陽丸が叫び、月丸の笑みが驚愕に歪む。そ
れと同時に、炎に没したはずのマミの姿が掻き消え、そして。
「――ティロ」
背後から聞こえる声。感じる魔力の波動。これは――
「盾になれ、夜叉水晶ぉぉーッ!!」
「フィナーレっ!!」
月丸が轟炎をそのまま氷の盾としたのと同時に、その盾を極大の閃光が今一度貫いた。
(防御は間に合った。これを凌げば、最早奴等に術はあるまい!)
氷の盾は、氷の鎧を凝縮させたもの。そして氷の鎧は一度、ティロ・フィナーレを防ぎ得ている。
ならば今、この盾が貫かれる道理はない。ない、はずだった。
「忘れたのかよ、仕込みはもう済んでるんだぜ」
杏子が皮肉っぽくそう言った。月丸が異変に気付いたのは、それと同時。
(盾の中に魔力の反応?これは、まさか――)
直後。氷の盾がまるで内側から弾け飛ぶように砕けて、散った。
氷の盾には、既に無数の銃弾が埋め込まれている。そしてそれらは、切欠さえあれば内に秘めた魔力を解放し、弾け飛ぶ。
マミが放った一撃は、その切欠となるには十分すぎるもので。
「馬鹿な、そんな……馬鹿なぁぁぁぁッ!!!」
最早防ぐもかわすもあたわず。極大の閃光が、月丸を飲み込んだ。
「姉様、姉様ぁぁぁっ!!!」
今度こそ間違いなく月丸の窮地。それを黙ってみていられるはずがない。
太陽丸は、再び拳を結界に打ち付けた。それでも結界は砕けず、ただただ拳が灼かれるだけで。
それでも太陽丸は、拳が灼けることすら構わず、ひたすらに拳を打ち続ける。
そうする事しかできないからこそ、そうすることしかないのだった。そしてひたすらに姉の身を案じ、叫びを張り上げた。
「ぐ……あ、ぁぁ」
閃光が過ぎ去ったその後には、全身を灼かれ、満身創痍の月丸の姿があった。
まだ生きている。辛うじて、ではあるが。
「やっと片付いたか。……ったく、手間かけさせやがってさ。で、どうするのさ、こいつ」
そんな月丸に槍を突きつけ、それでも尚油断なく様子を伺いながら杏子が問いかけた。
どうするのかと問う。選ぶ答えは二つ、生かすか殺すか。
そんな事を聞くあたり、杏子も少なからず変わってはいたのだろう。
「……殺すつもりで襲い掛かってきたのだもの、殺されても文句は言えないわね」
マミは冷たく言い放ち、地に蹲った月丸に、その銃口を突きつけて。
「でも、その前に一つ聞いておきたい事があるわ。いきなり訳も分からず襲われたのだもの
理由くらいは……いいえ、もしかしたらそれは、聞くまでもないことかもしれないわね」
「何……だと?」
その銃口を恨みがましく睨みつけ、呻くように声を上げた月丸に。
「私達の知らない魔法。マテリアル・パズル。その言葉から考えれば、自ずと結論は出てくるわ。
……女神の三十指。彼らを追って、ここまでやってきてしまったのね」
更に険しさを増した表情で、マミはそう言い放つ。月丸と太陽丸の表情に、驚愕の色が宿った。
「じゃあこいつらが、あいつらの敵……だってのか?」
簡単にではあるが事情を知らされていた杏子だけが、どこか困惑したような表情を浮かべていた。
「そうか……奴等は既に、貴様らと接触していたのか。く、くくっ」
月丸もまた、その言葉に一つの確信を得、くぐもったような笑い声を漏らすと。
「やはり奴等はここにいる。ならば、後は見つけて殺すだけだな」
「できると、思っているのかしら」
最大の目的は果たされた。狂喜の笑みを浮かべた月丸に、冷徹な銃口を突きつけマミは冷たく言い放つ。
その引き金に、指がかかった。
「貴女達が彼らの敵だと言うのなら、私は貴女達を殺す事を躊躇いはしない。誰にも、彼らの邪魔はさせないわ」
明確な殺意が、マミの瞳に静かに宿る。後はこの引き金を引くだけで、一つの命が尽き果てる。
「はは……はははっ!!」
だが、そんな危機的状況においても、月丸の口から漏れたのは苦悶の呻きでも、命乞いの言葉でもなく、哄笑にも似た笑い声。
「何がおかしいのかしら?」
「まったく、おかしくてならないな。奴等も随分と上手く貴様らに取り入ったものだ」
おかしくてならない。さもそう言った様子で、嘲るように月丸が言う。
「大方上手い事丸め困れて、戦わされているのだろう?」
「違う!」
「違うものか。貴様らはどれだけ奴等の事を知っている?奴等の罪を、その所業をどれだけ知っている?
そして、我らの事をどれだけ知っている?」
「それ……は」
突きつけた銃口が、マミの視線が僅かにぶれた。
マミとてティトォ達の全てを知っているわけではない。それは事実。
そして彼らの話を証明付ける確たる証拠がないというのもまた、事実。
「話にもならんな。何も知らず、知ろうともせず。ただ言われた事を妄信して操られているだけか。……くく、まるで道化だな」
月丸のそんな言葉に、ほんの僅かに自嘲じみた響きが混ざっていた事に気付いたのは、きっと太陽丸だけだろう。
命令に従うだけの道化。自分達のありようもまた、それに近しくあったのだから。
「マミ、何やってんだ。さっさとやるならやっちまえって」
マミの動揺を察して、杏子が心配そうに声をかけた。
「っていうか、やらないならあたしがやる。少なくともこいつらはあたしらの敵だ、敵に容赦してやる必要なんて、あるもんか」
そのまま槍を振りかざし、とどめの一撃を放たんとして構えた。
「……いいえ、その必要はないわ」
そんな杏子を押しとどめたのは、静かに響いたマミの声。その声の響きには、動揺も震えも微塵も見られなかった。
「確かに、貴女の言う事にも一理あるわ。でも、私はもう決めたの。例え何があろうとティトォ達を信じるって。
だから、今更迷いなんてしない。惑わされもしないわ」
力強く言い放つマミの瞳に、強い意志の光が宿る。
そんなマミの姿はどこまでも雄雄しく凛々しくて、それが杏子には眩くも、どこか羨ましくも見えた。
(妬くようなのはガラじゃないけど、いいよね、ああやって信じてくれる人がいるってのはさ)
胸中によぎる思いを振り切るように、小さく頭を振りながら杏子は槍を下ろした。
「まったく、大した妄信ぶりだ」
「もう黙りなさい。……終わりよ」
再び銃口が定められ、その引き金に指がかかる。後はほんの少し指が動けば、魔弾が月丸の頭を吹き飛ばす事だろう。
人の命を奪う。その感触がいいものであるはずがない。けれどその重みは、意志を貫くための代償。
迷いなく、澱むことなくマミは戦いの幕を下ろした。
否、下ろそうとした。
「そうだな、もう黙ろう。もう、十分だ」
地に這う月丸が浮かべた余裕の表情が、マミの思考に疑問を投げかけた。
それが具体的な形を結ぶより早く、背後で何かが砕けるような轟音が響き渡った。
「ああ、十分だっ!」
「何……てめぇっ!?」
それは結界が砕ける音。同時に響いた力強い声。声と同時に飛び込んで来たのは、隔離されていたはずの太陽丸の姿だった。
「姉様から、離れろぉぉッ!!」
その手は既に血に塗れ、酷く傷ついてしまっている。一体どれほどの数の拳を結界に打ちつけたのだろうか。
それでもその大きな代償と引き換えに、不朽であったはずの結界は砕かれた。
その勢いを駆り、猛然と太陽丸は月丸の元へと向かう。
「させる……がっ!?」
「くっ、この……きゃっ!」
それを阻む杏子を、マミを一気に薙ぎ払い、太陽丸は月丸の元に駆け寄って。
「姉様、無事か……姉様!」
「……大丈夫だ、太陽丸。お前こそ酷い傷だな」
窮地を逃れ、ほんの僅かに安堵の表情を浮かべ、すぐにそれを気忙しげな色へと変えて。
太陽丸に抱え起こされながら、月丸は呟いた。
「……随分饒舌だと思っていたけれど、時間稼ぎだったってわけね」
ふらつきながらも立ち上がり、マミが言う。
「そう言うことだ。……さあ、これでまた仕切りなおしだな」
太陽丸に支えられながらも、戦意を失う事なく月丸がその言葉に答えた。
「……いや、一度退こう、姉様」
けれど、そんな月丸を制したのは他ならぬ太陽丸で。
「何だと?このままおめおめ引き下がれと言うのか?」
「奴等がここにいる事は分かった。目的は十分に果たせた。これ以上戦いを続ければ、我らとてただではすまん。
我らの目的を忘れるな!……姉様?」
「…………ふん、そうだな」
僅かな沈黙の後、酷く不機嫌そうに月丸はそう答えるのだった。
「逃がすと思っているのかしら?」
当然逃しはしないと、満身創痍ながらもマミが立ちふさがる。
「ああ、これ以上続ければ間違いなくどちらもただではすまん。
そして俺達には、お前達を今すぐどうしても殺さなければならない理由はない」
「何が言いたいのかしら」
「この場は見逃してやる。そう言っているんだ」
何をふざけた事を。マミの胸に怒りが宿った。だが、そんなマミの前に杏子が立ちふさがった。
「あたしには、あいつらのためにここまで身体を張ってやる理由はない。ここで手打ちにするってなら、あたしはそれでもいいよ」
「杏子!?貴女、自分が何を言っているのか――」
――ソウルジェムがもう限界に近い。あんただってそうだろ、マミ。
杏子が伝えたテレパシーが、マミの言葉を遮った。そして初めてマミは気付く。
ソウルジェムにかなりの穢れが溜まっており、これ以上魔法を使い続ける事は困難であるという事に。
そう、あの堅牢なる夕日の檻とて、太陽丸の拳だけが打ち砕いたのではなかった。
魔力が不足してしまったことで、その強度が失われた結果でもあったのだ。
身体に負った損傷以上に、ソウルジェムの消耗は深刻だった。
「……仕方ない、わね。でも、決着は必ずつけるわ。覚えていなさい」
「貴様こそ、次は殺してやるぞ。覚えていろ」
吐き捨てるように互いに一言、二人の間にばちばちと火花が散っているのが見えるようで。
「奴等に関わらなければ、俺達の前に立ちはだからなければ、殺しはせん。よく覚えておけ」
「あんたらこそ、あんまり目障りな事してくれるんじゃないよ。でないと、潰すよ」
そして杏子と太陽丸もまた、剣呑な言葉を一つ交わして。
全天を覆っていた結界が、まるでガラスが砕けるように砕け散る。
戻ってきたのは見慣れた景色。そしてその一角を眩く埋める――
「闇よ煌け――」
「貴様――!?」
「アクア!?」
――眩く巨大な、魔力の槍。
月丸が、そしてマミが驚愕の声を上げた。それが何か具体的な行動に移るより早く。
「――ブラックブラックジャベリンズ!!」
その槍が
「お……おおぉぉぉぉっ!?」
太陽丸と月丸の姿を飲み込んだ。
そして、あわやマミ達すらも飲み込もうとした直前で、跳ね上がるように空の彼方へと吸い込まれていった。
アクア怒りのBBJ、と言ったところで今回は終了です。
いや、本当にこの戦いは長かった。長すぎて色々とモチベーションが大変なことになりましたし
ネタの引き出し的にもゼツボー的な事になってしまいました。
それでもまあ、どうにか決着はついてくれそうです。
次からはまた、いろんなキャラが出てきてくれるのではないでしょうか。
>>700
マミさんに関してはいろいろと自重しておりません。
恐らくこれからもそうなるかと思われます。
>>701
ほんとに大変長らくお待たせいたしました。
これからがまた新しい始まりです。ええ、きっと。
乙乙
決着と言っておきながら仕切り直しかよと思った瞬間
BBJさんが全部持って行ったー!?
ラスボスじゃないんだし杏子みたいにしぶとく生き延びなくてもいいか
あ、あれ・・・BBJ直撃じゃ姉弟死ぬんじゃ・・・
乙
普通に引き分けで終わりかと思いきやアクアが全て持っていくとは
完全に予想外だった
それにしてもよくこんな戦闘シーンが思いつくね
見ててドキドキするよ
さて、いよいよこの話も終了です。
では、投下しましょう。
「よーし、綺麗さっぱり片付いたね、っと」
自らの一撃がもたらした成果。跡形もなく消え去った敵と、空の彼方へ消え去った魔力の槍によって
雲にぽっかりと開けられた巨大な穴とを交互に眺めて、酷く満足げにアクアはひとりごちた。
「何がよし、だ!あたしらまで殺すつもりかっ!」
当然、そんな事をされて黙っていられる杏子ではない。思わずアクアに詰め寄った。
「殺しやしないよ。ちゃんとよけてただろ?」
「そういう問題じゃないだろ。……っていうか、何でここにいるんだよ、お前」
戦いの熱気が急速に冷めていくと、残されたのは傷ついた身体だけで。
杏子は力なくその場にへたり込み、アクアを見上げて問いかけた。
その問いに、アクアは少しだけ渋い顔をして。
「嫌な魔力を感じたもんでね、気になって追いかけてみたら、大当たりってわけさ」
と答えたのだった。
「じゃあやっぱり、あいつらはアクア達の敵……女神の三十指だったのね」
アクアの言葉を聞いて、マミは確信をもってそう呟いた。
「そう言うこと。まさかあいつらがこっちにまで出張ってきてるなんてね。これはあたしらもうかうかしてらんないね」
そんな事を言うアクアの表情は、やはり渋い。
そう、女神の手がこの世界にまで及んでいる以上、いつ本格的な干渉が始まってもおかしくはない。
ただの三十指ですら、好き勝手に暴れられればこの街はめちゃくちゃになってしまうだろう。
それが五本の指、三大神器とでもなれば、見滝原は間違いなく壊滅する。
それを迎え撃つ手立てはまだ未完成。なにより偶然流れ着いてしまっただけのこの世界を、戦いに巻き込むつもりもない。
「それにしても、あんなとんでもない魔力を持ってるだなんてね、百年ものの魔法使いってのも、あながち嘘じゃあないのかもね」
ふと、思い出したように杏子は、どこか感心した風に言う。
事実、アクアが放った一撃は、歴戦の魔法少女である杏子ですらも戦慄させるほどに強大だったのだ。
「ブラックブラックジャベリンズ。あたしの魔法、スパイシードロップの最終形態さ。
無数のあめ玉を使って魔力を増幅し、一気に叩き込む。……と言っても、さっきのあれは三分の一くらいのものだけどね」
「あれで三分の一って……マジかよ」
「マジだよ。あたしを誰だと思ってんのさ。大魔導師アクア様だよ?」
余裕綽々に言うアクア。対して杏子は、どこか顔が引き攣っているようにも見えた。
「えっと、とにかく一段落したことだし、そろそろ戻りましょう」
そんな微妙な雰囲気を察して、マミが口を挟んだ。けれどすぐにその表情が曇り。
「……だけど、またかなり魔力を消費してしまったわね。折角回復できたと思ったのに」
魔法少女の姿からいつもの制服姿に戻り、自らのソウルジェムを眺めて苦々しげにマミは呟いた。
本来放たれるべき眩い黄色は、色濃い穢れに侵されていた。
「確かにね。魔女相手でもないのに大立ち回りだ、骨折り損のくたびれもうけだ」
杏子もまた変身を解き、濁りの目立つソウルジェムを片手に忌々しげに呟いた。
「……ああ、そういえばここに来る途中でちょっと野良犬に絡まれてね。
遊んであげたらそいつがこんなのを落としやがってさ。あたしにゃ無用の代物だし、あんたらにあげるよ」
そんな二人の様子を横目に、アクアはいっそ白々しくも見えるようにそう言い放つと、手の中に握っていた何かを放り投げた。
それは黒く輝く小さな宝石、グリーフシード。
「っ!まさか……魔女とも戦っていたっていうの、ここに来るまでに」
「知るもんか、あたしはただ野良犬と遊んでやってただけだよ」
慌ててグリーフシードを受け取り、半ば呆然と呟くマミに、それでもアクアはしれっと言葉を返すのだった。
マミはそんなアクアに小さく笑うと、グリーフシードを使用してソウルジェムを浄化した。
半分ほどの穢れを取り除き、そのまま杏子にグリーフシードを投げて渡した。
「……借り、ってことにしとく」
「じゃあ、貸しってことにしとく」
交わされた言葉は一つだけ、杏子はどこか釈然としない様子でソウルジェムを浄化した。
そんな杏子の様子に、マミは困ったような笑みを浮かべて。
「まだアクアの戦い方が気に入らないの、佐倉さんは?」
「そりゃあね、やっぱりあたしは気に食わない。でも、認めないわけにもいかないだろ。……あんなの見せられたらさ」
そっぽを向いてその表情は伺えないが、どこか不貞腐れたように杏子はそう答えた。
そう、アクアと杏子との間には、どうにもならない確執があったのだ。
あめ玉を使った攻撃魔法。それが食べ物を粗末にしていることが気に食わない。
それだけはどうして譲る事ができず、口論になってしまったのが今朝の出来事である。
とは言え、食って掛かっているのは杏子ばかりで、アクアはまるで取り合いもしなかった。
子供が何かを喚いている。その程度にしか見ていなかった。
それが更に杏子の苛立ちを煽り、結果として半ば喧嘩別れでもするかのように、杏子は家を飛び出してしまったのである。
けれどそうして飛び出した先で、新たな敵との戦いが起こり、そして今アクアの力の片鱗を知った。
そうなればもう、認めざるを得ない。アクアの魔法が強大であることも、それが彼女の生き残るための術であるということも。
それでも、だがそれでもどうしても、拭いきれない確執がある。だから杏子は、不貞腐れたようにそう言ったのである。
「別に、あんたに認めてもらおうがもらうまいが、あたしにゃどうでもいいんだけどね。
……でも、ま。三十指相手にちゃんと戦えてたみたいだしね。万全になりゃあ、あんたも足手まといにはならなさそうだね」
杏子の言葉も意にも介さず、アクアは飄々とそう告げるとくるりと背を向け歩き出す。
「でかいのぶっぱなしたら疲れたしお腹空いちゃったよ。さっさと戻ってご飯にしようよ。ね?」
ニ、三歩歩いたその先で、少しだけ振り向き不敵な笑みを浮かべると、アクアは二人にそう告げた。
ソウルジェムが浄化された事で、全身に負った傷も問題なく動ける程度には回復している。
少しぎこちなくはあるが、二人はゆっくりと立ち上がって。
「そうね、これ以上ここにいても仕方ないでしょうし、とにかく今は戻りましょう。そして、ご飯にしましょうか。……杏子」
「……だな、あたしも一杯動いたら腹減ってきちゃったよ。何か美味しいもの、頼むぜ?」
「そう言うことなら任せておいて。でも、貴女にも手伝ってもらうわよ?」
「任せなよ、安心して頼っていいさ」
命を燃やした戦いは、背を預けあって勝ち得た勝利は、確かに二人の間の溝を埋めていた。
殊更にそれを言葉にするでもないが、二人は顔を見合わせ自然な笑みを浮かべると、示し合わせたようにアクアの後を追うのだった。
「すごい魔力だったね。あれほどの魔力を持った魔法少女は、ボクの知る限りでもそうはいない。
流石は星のたまごを身に宿しているだけの事はあるね」
雲を貫き、空へと消える魔力の槍。それが持つ膨大な魔力を肌で感じつつ、キュゥべえは隣の人物に呼びかけるようにそう言った。
対してその人物は、表情を堅くしたまま噤んだ口を開こうとはしない。そんな彼女にキュゥべえはさらに問いかける。
「彼女の魔力があれほどまでとは思わなかったよ。どうやら彼女も、他の二人に負けず劣らぬ強敵のようだね。
……勝算はあるのかい、暁美ほむら?」
それでも、ほむらは何も答えない。
「回復と強化の魔法を操り、爆炎による攻撃の一切を無効化できる魔法使い。
あめ玉を介し、恐るべき破壊の魔力を行使する魔法使い。そして、鍛え上げられた肉体と業をもった戦士。
やはり、彼らはとても手強い強敵だ」
淡々とキュゥべえが語るそれは、ティトォ達三人が持つ力である。キュゥべえはマミに接触し、それを知る事に成功していた。
キュゥべえを信用しきっていたマミは、疑うことなくそれをキュゥべえに告げたのである。
「彼らがキミの手に余るというなら、早めにそう言ってくれると助かるな。それならばボク達も別の手を――」
刹那、キュゥべえの眉間に黒い銃口が突きつけられて。
「それ以上下らない事を言うつもりなら、その頭ごと吹き飛ばすわよ」
どこまでも冷たい光を瞳に宿し、低く押し殺したような声でほむらはそう告げた。
「そうする事に意味があるならそうすればいい。でも、それは根本的な解決にはならないだろうね。
……もう一度聞くよ、キミは彼らに勝てるのかい、暁美ほむら?」
その問いに、ほむらは再び押し黙る。その脳裏には、様々な思考が巡っていた。
確かにあの三人は強敵だ。
魔法少女のそれを遥かに凌駕する、回復と強化の力を持った魔法。
それ自体は脅威足りえないが、即座に倒せるほどに容易い相手ではない。
今の状況では、時間をかければすぐにでも援軍が駆けつけるだろう。そうなれば、あの魔法はその本領を発揮してしまう。
そして今、その威力の片鱗を見ることとなった破壊の魔法。もはや説明不要の破壊力であり、範囲もまた広い。
しかもその爆風自体が、身を守る盾にもなるのだと言う。その盾を貫き、奴にダメージを与えるのには、手持ちの火器で足りるだろうか。
最後の一人。魔法が使えないのならば、まだ組し易い相手ではないかと考えてすぐにそれを否定した。
対物ライフルの弾速に対応し、更にその弾丸を受け止めるほどの頑丈さと身体能力。
そして呉キリカを歯牙にもかけない戦闘技能。その前では最早、魔法の有無などは誤差に過ぎない。
まともに戦えば、一番手強いのは彼女だろう。
彼我の能力を可能な限り冷静に分析し、思考を巡らせ。幾許かの時間の後に、ようやくほむらは口を開くと。
「勝算ならあるわ。……次で決める。必ず、仕留めてみせる」
言葉に瞳に、いっそ悲壮とも言えるほどの決意を込めて、ほむらは静かに言葉を紡いだ。
「……なんだったんだい、今の魔力は」
「あの時感じた魔力と似ているわね。それよりももっと破壊的で、恐ろしい魔力だったけれど」
天高く消えた巨大な魔力の奔流は、やはりまた多くの者の知るところとなっていて
キリカは突然現れたそれに驚きつつもそう問いかけた。それに答えた織莉子の表情にも
映っていたのはやはり驚愕のそれで。
今感じた魔力は、かつて存在変換が行われた時に感じたものに近い。
けれど、その魔力が放つ波動は大きく異なっていた。肌を刺すほどに刺々しい、全てを打ち砕くような破壊的な魔力の波動だった。
魔法少女とも、魔女とも違う魔力。そんな魔力を操る者など、織莉子の知る限りただ一人しかいない。
疑うべくもなく、その魔力の奔流が彼らによってもたらされたことを識り、それが生み出す未来を視て。
「……キリカ」
「どうしたんだい、織莉子?」
意を決したように、織莉子は。
「彼女に、接触してみましょう。……この力は、捨て置けるものじゃないわ」
その言葉に、キリカは僅かに目を見開いて。
「そっか、うん。分かった。織莉子がそう決めたなら、私も覚悟を決める。……大丈夫、もう負けるもんか」
蘇るのは恐怖に手が震えた。けれどキリカは知っている。その恐怖は、自分を更に強くしてくれる事を。
だからこそ今一度、恐怖に立ち向かわんと震える手を握り締めた。
「こんなところにまで伝わってくる、肌がビリビリするぐらいの凄い魔力だ。一体誰なんだろ、こんな凄い魔法を使う奴は」
そこは魔女の結界の中、継ぎ接ぎだらけの暗幕に、吊り下げられた月や星。
足元には歪に歪んだ顔の太陽が、丸盆(リング)の様を為していた。
繰り広げられていたのは戦い。もしくはそうとも呼べぬ何か。
そこにいたのは一人の少女、魔女と戦う魔法少女。なれどその手に武器はなく、無手。
彼女は結界越しにすらも感じる、肌に突き刺さるような刺々しい魔力の波動を感じ、どこかわくわくしたような声を漏らした。
けれどそこは魔女の結界の中、常軌を逸した戦場である。そんな彼女に生まれた隙を、当然魔女は見逃さない。
舞台袖から降り注ぐ無数の曲刀、炎の輪。丸盆のあちこちからにじり寄る、人と動物の混ぜ物のような異形の怪物。
頭上から降り注いだ巨大な球体。元々は別の色をしていたであろうそれも、幾度となく血に塗れてしまったのだろう
今では赤黒く染め上げられて、同じく血塗れた道化師が、その球体の上に飛び乗って。
見ようによってはそれは、酷く退廃的なサーカスにも見えただろう。それは全て魔女とその眷属の為せる業。
その全てが今、たった一人の観客目掛けて殺到していた。
対する少女は、全天から押し寄せる魔の手をぐるりと眺めると、小さく唇の端を歪め。
「ダメダメだね。弱くて遅くて欠伸が出るよ」
刹那、少女の姿が掻き消えた。倒すべき敵を見失い、使い魔達が顔を見合わせる。その時には既に、少女の姿は空中にあった。
跳躍により使い魔の群れを交わし、頭上に浮かんだ星の張りぼてを蹴飛ばし更に加速をつける。
張りぼても牙を剥き、その足を噛み砕かんとしていたが、それすら叶わず蹴り飛ばされて。
少女は遂に天幕の天頂部分にたどり着き、そして。
「バイバイ、だよっ!」
空中で身体を捻り、それを元に戻す勢いを込めて、鋭く腕を振り抜いた。
やはりその手は無手。けれどその少女の最大の武器は、まさにその両腕で。
鋭く振り抜いた腕は、まさしく鋭い刃がごとく、天幕の頂点を切り裂いたのだった。
本体である"天幕"を切り裂かれ、魔女はまさしく絹を裂くような悲鳴をあげた。
切り裂かれた天幕は、その形状を維持することができずに歪み、撓み
そして遂には内側から弾け飛び、虚空にその身を散らすのだった。
「お終いっ!ほんと、ヨワヨワな魔女だったねー♪」
着地と同時に右手を掲げ、見栄を張るようなポーズを一つ。その指先には、魔女が残したグリーフシードが挟まれていた。
「決めた。あの凄い魔力の持ち主。次はそいつにしよう。きっとそいつなら、私をワクワクさせてくれるはずだよね」
ぐるりと腕を回し、ぱしりと拳を手のひらに打ち付けて、少女は唇を歪めて笑った。
歓喜と好奇を湛えた表情で、燃えるような情熱を秘めて、それでも静かに笑っていた。
――新たな波乱は、すぐそこに迫っていた。
魔法少女マテリアル☆まどか 第9話
―絆と力―
―終―
【次回予告】
街に新たな波乱が迫る。
けれどその前に、一時の安らぎを。
「助けてくれて、本当にありがとう」
「馬鹿な事言うんじゃねぇっての。そんな事したら、ブン殴るぞ」
「借り、って言ったよね」
「ったく、なんでこう面倒事が続くかね」
「……少し、お話しましょうか?」
「話だけで済ませてくれるのかな、あんた達は?」
「あ、あれ?私だけ……一人ぼっち?」
安らぎ……を?
次回、魔法少女マテリアル☆まどか 第10話
―TAPと多分平和な日々―
これまでもバトル、これからもバトルになりそうなので、どうにか一息つくことにしましょう。
という訳でようやく9話も終了です。
>>719
なんだかんだでアクアさんはいいところをもっていきっぱなしです。
今のところ完全にノーダメージですしね。
>>720
威力は絞っていたようですが、まともに当たればどうなることか。
あの二人も好きなキャラではありますが、如何せん血の気が多すぎて困ります。
>>721
バトルシーンは毎回うんうん唸りながら考えているので、そう言っていただけるととても励みになります。
とは言え今回は一つの場面を引っ張りすぎました、今後は少し自重したいところですが、どうなりますやら。
乙でした。
BBJ直撃は無限回復できるヨマでもなけりゃ即タヒなんだよね。
強すぎて対人戦では使えないっておまけファイルにも書かれるぐらいだし。
あとあの姉弟は今月も楽しそうに剣道していました。
香久耶かわいい
新展開、参りましょ
第10話 『TAPと多分平和な日々』
昼下がりの公園で、少年は一つ静かに息を吐き出した。その胸中を埋めるのは、心地よい緊張感。
静かに高鳴る胸の鼓動を感じて、その相貌を引き締めて、彼は静かに右手に握った弓を構えた。
構えた弓の向かう先は、左手が握るバイオリン。夕暮れも近い時間の静寂は、すぐに旋律に取って代わる。
観客達の胸にも、そんな予感が波のように押し寄せて。
そして、その弓が動き出す。世界に音で震わす為に、音と調べを届ける為に。
奏でられるは、アヴェ・マリア。流れる音は淀みなく、旋律は美しく、どこまでも澄みやかに響き渡る。
持てる技巧の限りを尽くし、望むがままに音を奏でながらその少年は、上条恭介は思うのだった。
(もう二度と、こうして音楽を奏でることなんてできないと思っていた。でも、奇跡は起こった。
たった一度の奇跡でも、それが僕の音楽を救ってくれた。だからこそわかるんだ)
胸打つ情熱を弓に乗せ、音に乗せ、まだ肌寒い季節だと言うのに、額に汗まで滲ませて、恭介の演奏は続く。
奏でる響きから、そして彼の全身から放たれていたのは、音楽を奏でることができる、ただその事への喜びだった。
それだけならば、その音楽はどれほどの技巧を凝らしたとしてもきっと、独り善がりの"音"になっていたことだろう。
けれどそうはならない。彼が奏でていたのは"音楽"で、聴く者の心をどうしようもなく振るわせる、そんな旋律だった。
(これが奇跡だって言うなら、きっとこれは僕の命をかけるだけの価値のあることだ)
演奏に熱が篭り、彼の表情にも知らずの内に笑みが浮かんでいた。
元より彼は、年若いながらにして非凡なバイオリニストだった。
彼自身、そんな自分を誇っていたし、その才能を疑ってもいなかった。
けれどある日、無情な事故が彼の全てを奪い去っていった。
その腕を、未来を。それまでの自分の全てを否定されたかのような衝撃だった。
心がばらばらになってしまいそうな程に、その事故は彼の心を揺さぶっていた。
一番の拠り所を失って過ごす、暗澹たる日々の中、彼はずっと悩み続けていた。
一番大切だったもの、それを失ってしまった今、自分に何が残っているのだろう、と。
死んでしまった訳でもない、甲斐甲斐しく世話をしてくれる幼馴染もいる。
たとえ音楽を失ったとしても、それで全てが終わったわけではない。少し目を逸らせば、別の答えが見つかるかもしれなかった。
それでも、彼はそれを見出せなかった。
あまりにも唐突な奇跡が彼を癒して、彼は音楽を取り戻した。
一度失って、それを取り戻して。そして彼は気づいたのだ。
音楽というものが、自分にとって何物にも替えられない唯一無二のものであったことに。
新しい何かを見つける事を考える事さえできないほどに、それが大切なものであったという事に。
(今なら分かる、言える。僕はきっと、こうするために生きているんだ!)
それは、彼が自らの生き方を決意した瞬間だった。
奏でる為に生き、奏でる事で生きていく。その為に、自分の全てを捧げよう。
例えその道が苦難と挫折に満ちていたとしても、この腕に宿った一つの奇跡が
それが与えてくれたこの想いが、道を照らす灯りになってくれる筈だから。
そんな情熱と決意を込めた演奏も終わり、彼は一点の曇りもない晴れ晴れとした表情で、静かにバイオリンを下ろした。
一瞬、世界に静寂が戻り。すぐに無数の拍手がその場を揺さぶった。
「すごかったよ恭介!本当に腕、よくなったんだね!」
そんな恭介の下に駆け寄って、感極まった泣き笑いのような表情で、さやかはとても嬉しそうに言った。
「ああ、でもブランクが長かったからね。やっぱり腕は大分鈍ってるよ。これから取り戻さないとね」
少しだけ照れくさそうに、僅かに顔を上気させて恭介はそう答えた。
「上条くん、本当に腕が治ってるんだね。私、ちょっと感動しちゃったよ」
そんな二人の様子を見ているのが嬉しい、と言った様子で瞳を潤ませて、まどかが言った。
「ありがとう、鹿目さん。正直言って今でも夢みたいなんだ。……まさか、いきなり腕が動くようになるなんてね」
そんな言葉に、少しだけ何か含む様子を持たせながら恭介は答えた。
ティトォの魔法に助けられたという事は、さやかとティトォと自分だけの秘密なのだから。
勿論、魔法少女と魔法使いの存在を知るまどかには、そんな秘密などは既にすっかりお見通しなのではあるが。
「ほんとにびっくりしちゃったよ。まるで魔法みたいだもんね」
「え、あ……うん、本当に、魔法みたいだよね」
ちょっとだけ面白がるようにまどかがそう言うと、少し困った様子で恭介はそう答えた。
そんな様子が面白くて、まどかとさやかは顔を見合わせて小さく笑うのだった。
「本当に、素敵な演奏でしたわ。上条くん」
胸元に手を当てたまま、頬を夕日に似た色に染めたまま仁美が言った。
「志筑さんもありがとう。あんな事があったけど、かえって今はなんだか吹っ切れたみたいな感じだよ。
今はもっと沢山弾きたくて仕方がないんだ」
この場に居たのは、恭介とさやか、まどか、仁美の四人。そしてもう一人。更にいつの間にやら集まっていた観客達が何名か。
放課後の帰りがけに、公園を借りての演奏会は、思いがけなく多くの観客の前で開かれる事となっていた。
それを言い出したのは意外なことに恭介からで。皆に一度、ちゃんと治ったんだというところを聴かせたい。
そんな理由からだった。
集まっていた観客達も、口々に賞賛の言葉を投げかけて。
そんな賞賛に恭介は目礼で答えると、唯一沈黙していた最後の観客に
誰よりも一番自分の演奏を聴いてほしかったその人に声をかけた。
「あなたのお陰で、もう一度音楽ができるようになりました。どうでしたか、僕の演奏は?……ティトォさん」
その言葉に、ティトォは余韻に浸るように伏せていた瞼を開き、唇に柔らかな笑みを浮かべて。
「初めて聴く曲だったけど、すごくよかったよ。なんていうのかな、勢いっていうか……
覚悟というか決意というか。そういうのがびしびし伝わってくるみたいな、情熱的な演奏だったよ」
「覚悟、って。ちょっと大げさ過ぎでしょー、ティトォさん?」
ちょっと大げさすぎるきらいもある、そんなティトォの感想をさやかが茶化した。
「ぁ……」
けれど、ティトォのその言葉は思いがけなく強く、恭介の心を揺さぶった。
(通じた、伝わった。……共感、できた)
奏者がどんな想いを込めて奏でるか。そして聴衆がその旋律から、どんな想いを受け取るか。
それは結局のところ、その人の認識や思考によるところが大きい。
万人に同じ想いを抱かせるような旋律を奏でられる程の実力を、今の自分は持ち得ていない。
それでも、理解してもらえた。同じ想いを共有できた。その事実がとても強く、恭介の心を揺さぶっていたのである。
「上条くん、どうなさったのですか?もしや、どこかまだ痛むのですか?」
「え…・・・?」
心配そうな仁美の声に、そこで初めて恭介は、自分が涙を流していることに気がついた。
「ぁ、ご、ごめんっ!なんでもないんだ、大丈夫だから……っ」
咄嗟に袖で目元を拭って、震える心を落ち着けて。
「ティトォさんっ!」
「え、っと……どうしたんだい、上条くん?」
ぐっと詰め寄り、恭介はティトォの手を取った。
どうにも尋常ではない剣幕に、驚きと困惑の混じった声をあげたティトォに構わず、恭介は更に言葉を続ける。
「また機会があったら是非、僕の演奏を聴いてください」
「それは構わないけど……でも、ほら。君の演奏を聴きたいって人は、もっと沢山いるみたいだよ?」
同じく困惑した様子のまどかとさやか、そして何故だか一人だけ愕然とした様子の仁美を見やり、ティトォはそう言ったのだが。
「ティトォさんに聴いてほしいんです!あなたは僕の音楽を分かってくれた。
あなたに聴いてもらえたら、僕はもっと……何かがわかるような、そんな気がするんです!」
その表情は真剣そのもの、夕日に染まり始めたその顔は、僅かに上気すらしていて。
片やそれなりに長身とは言え、まだ幼さを残した美貌の少年。
そして片や、年不相応に幼くも大人びても見える、言うなればミステリアスな雰囲気を持つ青年。
丁度頭一つ程の身長差から、恭介は見上げるようにティトォの顔を見つめている。
二人の間に漂うのは、何とも言えない妙な雰囲気。多分そのケのある人が見れば、黄色い声の一つも上がるのではなかろうか。
「上条……くん?だ、大丈夫なのかな」
「いや、この反応はさすがのさやかちゃんも予想外だわ……」
そんな世界を知る由もなく、呆然としている二人である。
そして、最後の一人はと言えば。
「そんな、まさか……上条くんが」
目を見開き、手で目を覆い。茫然自失といった様子の仁美である。残念な事に、彼女はどうやら知っていたようだ。
「まさか、男の方同士でなんて……そんな事、そんなの」
一歩、また一歩後ずさる。
「どうかしたのかい?仁美ちゃん……だよね?」
明らかに尋常ではない様子に、心配そうにティトォが呼びかけた。
けれどその行動は、どうやら追い打ちにしかならなかったようで。
「ふ……」
「ふ?」
「ふ、ふ、不潔ですわアッー!!」
短い叫び声を上げるや否や、鞄もそこに打ち捨てて、まさに脱兎の如く駆け出していくのだった。
「ちょっと仁美!?」
「仁美ちゃん!?どこ行くのっ!」
これには二人も驚いて、一度顔を見合わせると。
「私、仁美ちゃんを追いかけるね!さやかちゃんは上条くんと一緒に待ってて!」
「わかったよまどか。仁美は多分また何か早とちりしてるだけだと思うからさ、頼んだよ」
「うん!」
そしてまどかもまた、そんな仁美を追いかけ駆け出すのだった。
「……まあ、うん。理由はなんとなくわかるかなー、なんて」
これだけの騒ぎがありながら、尚も恭介はティトォの手を掴んで離さないのである。
男同士だし、気にする事なんてあるはずない。わかってはいても、なんだか胸がざわめいて。
「はいはい、いつまで手握ってんのさ。離した離した!それと恭介、あんたが変な事してるせいで
仁美がまた暴走しちゃったじゃん。ほらほら、さっさと追いかけなさいよっ!」
有無を言わさず手を振り払い、仁美を追いかけろ、とけしかけた。
「わかったよ、さやか。それじゃあ、また会いましょう。ティトォさん」
最後に深々と一礼し、恭介もまた仁美とまどかを追いかけるのだった。
「さてと、じゃああたしもそろそろ……」
「ティトォさん、美樹さん。こんなところにいたのね」
続けて後を追おうとしたさやかに投げかけられた、その声は。
「よう、ティトォ。そっちの……さやかだっけ?あんたも元気そうじゃん」
「出てこられるくらいに回復したのね、よかったわ、ティトォ」
丁度これから魔女退治に洒落込もうとしていた、マミと杏子の二人であった。
日常パートをやるのがえらい久々な気がします。実質二月ぶり位でしょうか。
今回は珍しく上条くんを少し掘り下げてみました。
正直今まで全く掘り下げることのなかった彼ですが、今回はそれなりに話にも絡んでくるのではないでしょうか。
あ、ギタリストじゃないんでストラトさんはお帰りください。
>>734
おまけに溜めが長いのでなかなかばっちり決められる場面がない。
正直アクアさんはもう少し汎用性のある技のバリエーションを増やすべきだったのではないでしょうか。
BBBは単行本派なので、11巻が待ち遠しいです。
まさか香久耶ちゃんがあそこまでガチ天才だとは思ってなかった。
正直ウラさんより強く見えるのは気のせいでしょうかね。
乙
仁美が腐ってた
乙
番外編の恭介と仁美はいいキャラだった
アクアはマテリアルパワーと攻撃翌力の担当だからね
分担して鍛えたって言ってたし
マーブルジェンカは便利な技だと思うな
アクア単体で使える技なのかは知らないけど
乙
最近見つけたこのAAを貼れと言われた気がした
////// / / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ \
////// / .| 私 人 何 |
_ ////// / | の 間 百 |
/:::::} } ////// / | 下 共 人 |
/:::::::::/./ ////// / ! に が も
/:::::::::::i ,'i ////// / | 集 の |
,':::::::::::::::Vハ, ////// / .|. ま |
i:::::::::::::::r‐v =////// /i .|. る |
|::::::::::::::{. マ////// /:/ / ヽ .| :
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/:::::く ゚ Y //////  ̄ ̄ ,;':// //  ̄ ̄ ̄
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. /::::::::::::/ (/` ミ ./>ァ i::〃
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. ‘,:::::::::::::::::::::::::::::::::` ー':::::::::::`ヽ :ii:::} | : 吸 |
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\:::::::::::::::::::::::::::::::::ヽ::::::::::::::::// \ る /
ちょっと間が空きましたが、今日の投下です。
「マミさん!……それから、えっと」
「佐倉杏子だ」
「じゃあ杏子でいいね」
「なんであたしだけ呼び捨てなんだよ」
「え、いや……なんとなく」
出会って五秒でこの掛け合いである、相性がいいやら悪いやら、とマミは苦笑ながら。
「これから今日の魔女退治を始めようと思ったから、ティトォを迎えに来たのだけど……取り込み中だったかしら?」
「いいや、僕の用事はもう済んだから大丈夫だよ。ああ、でも行くならまどかも一緒に連れて行かないとね」
まどかの命を狙う敵がいる以上、彼女を捨て置く事はできなかった。
けれどそれは、彼女を魔女との戦いに巻き込み続ける事になっている。
それを心苦しくも思う気持ちはあるが、身の安全が保障されるまでは、できるだけ一緒にいるべきだろう。
ティトォはそう判断し、仁美を追いかけるまどかが走っていった方角に視線をやった。
「確かに、鹿目さんがもっている魔法少女としての素質は凄まじいものよ。
でも、彼女を契約させないために彼女を殺そうとまでするだなんて、いくらなんでもやりすぎよ」
マミも同じ方を向き、言葉の端に怒りを滲ませそう呟いた。
少なくともマミの中では、まどかが襲われた理由はそう解釈されているらしい。
(確かにそれも一理ある。だけど、あの魔法少女はまどかが最悪の魔女になるから殺す、と言っていたらしい。
だとしたら、何かが食い違う)
とん、と一つ、ティトォの指がこめかみを突いた。巡る思考も、今はまだ明確な形にはなり得ていなかったのだが。
「さあ、それじゃあそろそろ行きましょうか。美樹さんはどうするのかしら?」
マミがそう切り出し、次いでさやかに問いかけた。
「今日は一緒に行こうかなって思うんです。でもその前に、ちょっと話したい事があって」
「話?何かあったのかしら?」
「いや、マミさんにじゃなくてですね……」
そんな風に言いながら、さやかが視線を向けたのは。
「え……あたしか?」
全く予想もしていなかったようで、杏子は驚いたようにさやかの言葉と視線を受け止めた。
「そう、あんたとちょっと話がしたいんだ。……できれば、二人だけで」
「あたしは別に、あんたと話す事なんてないぞ」
「あたしにはあるの。だから、ちょっと付き合ってよ」
有無を言わさぬ、と言った様子でさやかは杏子の手を引いた。杏子はなんだか面倒な事になったな、と思いながらも。
「……わかったよ。悪いマミ、ティトォ。ちょっと先行っててくれ」
と、二人に告げたのだった。
「わかったわ、後で合流しましょう」
言葉を残して、マミとティトォが去っていく。
その姿が小さくなり、やがて見えなくなってから。
「それで、話ってのは何なのさ?」
さやかの方に振り向いて、どこか訝しげな様子を見せながらもそう言った杏子に、さやかは。
「ちゃんとお礼を言いたかったんだ。助けてくれてありがとう、って。
あの時あんたが着てくれなかったら、あたしはきっと死んでた。……本当に、ありがとう」
言葉にすれば思い出す。使い魔に襲われ、死を覚悟したあの時の事を。
それだけで身体が、声が震えた。それでもどうにかそう言って、さやかは小さく頭を垂れた。
「……何かと思えばそんな事かよ。別に気にする程の事じゃないよ。
あたしはただ、目障りな使い魔をぶっ倒したってだけだからさ」
まさかそんな事を言われるとは思わず、どきりと杏子の胸が跳ねた。
そんな内心の動揺を悟られないように、できるだけ事も無げに杏子は答えたのだが。
「違うよ。それは違う。だってあたし、覚えてるもん。あんたが助けに来てくれた時に言ってた事、覚えてるもん」
「あ……そ、れは」
続けて投げかけられたさやかの言葉が、遂に杏子の平静を奪った。
「言ってたじゃない。正義の味方だ、って。あんな傷だらけになりながら、それでもあたしを守ってくれた。すごく格好良かった」
言われてしまった。するとあの時の記憶が強く想起されてしまって、意図せず杏子は赤面してしまう。
「あれは……その、なんていうかな、あの時は意識が朦朧としてて、つい口走っちまったっていうか……」
「それってつまり、それが本心だった、ってことでしょ?」
「ぐ……」
ぐうの音も出ないとはこの事である。
確かに杏子の心の中には、今尚正義の魔法少女でありたいという気持ちは残っていた。
さやかを助けたあの時は、確かにその気持ちに突き動かされていたのも事実であった。
けれど、それをこうも的確に言い当てられてしまうとどうにもならない。
「確かに、そう言う風になりたいって思ってたのは事実だよ。でも、そんな風にいられる程、魔法少女ってのは甘くないんだ」
だから杏子は、その自分の本心については認めた上で、それはできないのだと告げた。
「……そっか。でもあの時のあんたは本当に格好良かった。
何かのお話の英雄みたいでさ、本当に正義の魔法少女ってのがいたら、あんな感じなんだろうなって思っちゃうくらいに」
「あんま、恥ずかしいこと言うなよ。……話はもう済んだろ、あたしは行くぞ」
そんな本心を抱いている以上、それをこうも言い当てられて、そんな自分を認められた。それが嬉しくないはずがない。
思いがけず嬉しさを感じていた自分をどうにか押し殺して、杏子は足早にその場を去ろうとした。
「あ、待って!実は話ってのはもう一つあって、こっちの方が本題っていうか……」
そんな杏子を、さやかは呼び止めた。
「……何なんだよ、今度は」
揺らいでしまった心を誤魔化すように、どこか冷たい調子で杏子はそう答えるのだった。
「やっぱり……ダメだったみたい、だ」
その言葉を最後に、ティトォの身体が力なく崩れ落ちた。地に倒れ伏すその直前、マミは咄嗟にティトォの身体を抱かかえていた。
「ティトォ……貴方、まだ全然治ってなんていなかったんじゃない!なのに、一体どうして!?」
そう、その様子は明らかに魔力不足による身体の機能不全からなるもので
それはまだティトォがまったく本調子ではないということを、ありありと示していた。
「……バイオリンが、聞きたくてさ。ちょっと……無理して出てきたんだけど、本当に、無茶だったかな」
か細い声で、力ない苦笑を浮かべてティトォは答えた。
「そんな事のために……どうしてこんな無茶をしたの。これじゃあ貴方、死んじゃうわ」
分かっている。たとえそれで死んだとしても、死というものが持つ意味は、ティトォ達のそれは普通のそれとは全く違う。
分かっていても、やりきれない。
「大丈夫さ、また換わるだけだから。……多分、もう少しすれば僕も――」
「そう言うことを言ってるんじゃないのよっ!」
半ば泣き声にも似た声を上げながら、マミは一切の力を持たないティトォの身体を抱きしめた。
「マ……ミ?」
今にも途切れてしまいそうな、虚ろな瞳でティトォがマミを見つめた。その視線を真っ直ぐに受け止めて、マミは。
「確かにそうよ、わかってるわ。貴方達にとっての死は、私達にとってのそれとは違うって。
でも、だからって慣れる事なんてできないわ!貴方達の死ぬところなんて見たくない
貴方達に、死ぬような目になんてあってほしくないの!」
ティトォの背に回していた手にも、いつしか力が篭っていて、ぎゅっと服を握り締めていて。
「……ごめん。でも、ぼく達は」
そんなマミの想いは、確かにティトォに伝わっていた。元より必要以上に聡い彼である。
けれどその聡さ故に、人とは違う身体、命であるが故に、どうしてもそう言うところが鈍感になってしまっていたのだろう。
たとえ不死であれど、どれだけ死のうと何の問題もなかろうと、その死を悼む人がいないわけではない。
仲間と呼べる相手が傷つく事に、心を痛めないわけがない。その事実を、マミの言葉は改めてティトォに思い出させていた。
「もう、何も言わないで。……私は、貴方をとても大事な人だと思っているわ。それだけは、どうか覚えていて欲しいの」
その言葉を受け取っていたのかいないのか、ティトォは眠るように目を閉ざしていた。
荒かった呼吸も、だんだんと静かになっていく。それが意味する事を察し、マミは悲しげに顔を顰めて、それから。
「……なんだか、ものすごい事を言ってしまった気がするわ」
それから、酷く赤面した。
確かにあの言葉に嘘はない。ティトォ達の事を、彼らが背負った使命をマミはとても重要視している。
けれどこの口ぶりではどうだろうか、まるで自分が個人的好意を持っているかのように取られても仕方がないのではないだろうか。
完全に意識を失った人の身体は意外に重く、その重圧が腕に圧し掛かってきて、否応なくマミにその存在を意識させてしまう。
いっそ少年のようにも見えるティトォの顔は、びっしりと浮かんだ汗に滲んでいて。
服を引っ張った拍子に、首筋からうなじにかけて服が肌蹴てしまっている。
恐らく相当の高熱なのだろう。服越しに触れる手にも熱さが伝わってくる。
まるでその熱さが伝播してしまったかのように、顔が熱くなるのを感じた。
「ああ、もう……おかしいわ、こんなの、絶対」
何故だか思考は赤熱し、抱きしめた腕は離れてくれない。
いや、離せばそのまま倒れてしまうだろうから、抱きしめている事に間違いはないはずなのだけれど。
「どうしちゃったのかしら、私……」
声すらどこか熱に浮かされたようで、ティトォの背に回した腕に力が篭め、より堅く抱きしめて。
吸い寄せられるようにマミの顔がティトォの胸元に吸い込まれていった。
「ぁ……」
汗で張り付いた服越しに、マミの頬がティトォに触れた。
(男の人の……匂い)
と言っても、それは多分に汗の匂いだろうと思うのだが。それでもなぜだか、マミはその匂いに引き寄せられてしまった。
もう少しだけ。マミはティトォを抱く腕に力を篭めた。その瞬間。
まるでその腕から零れ落ちるかのように、ティトォの身体が無数の光の粒へと変わっていく。
崩れたパズルが再構成されるイメージ。そしてそれは再び、幼い少女の姿を取った。
「……アクア」
当然、マミの腕の中で。
「いつまで抱きしめてるんだ気色悪いっ!!」
「ぶえぇぇー!?」
思いっきり蹴り上げた足先が、マミの脇腹に突き刺さった。
「げほ……うぅ」
蹲ってしまったマミをアクアは一瞥し、そして。
「さて、と。……あたしはちょっと野暮用が出来たから、あんたは先にまどかの所に行ってな」
そう勝手に言い残し、アクアは元来た道を戻って行った。
「……はあ、何やってるのかしら、私は」
腹部のしくしくとした痛みが治まってから、ようやくマミは立ち上がると、途方に暮れたようにそう呟くのだった、
気がついたらそう言う要素が大盛りになっていました。
どう転がるんでしょうかね、こいつは。
>>744
ちょっとくらいキャラを崩した方が彼女は動かしやすいと思います。
割と本当に。
でもあんまり崩しすぎるとさとりんになるので自重します。
>>745
相変わらずまどポは杏子編の最初で止まっております。
PSPが不調なのでどうにも。
アクアは完全に魔法攻撃担当でしょう。
肉弾担当のプリセラとその二つの能力を統合し、更に底上げするティトォ。
この三人が一つになって初めて、あのとんでもない力は生まれるんですね。
マーブルジェンカ、普通に使わせていました。
まあプリセラの身体能力があってこそ最大の破壊力を持つものですが
アクアがそのまま使っても十分な破壊力を持つものとなることでしょう。
>>746
よくもこんなキチガイAAを!
……いや、マジで誰ですか、こんなもん作ったの。
いつか使……いやいやないない。
乙
他の二人に余すところなく筒抜けと思えば
TAPの恋愛ハードルは高すぐる
言われてみれば同時に存在できないのがもったいないくらい
バランスがとれてるね>TAP
マーブルジェンカを使うと機動力も上がるのが強みだよね
真ゲッターみたいな機動で殴りかかってくるんだぜ?
マーブルジェンガよりもMPティトォがスーパーキャンディ28号を叩きつけた方が強い気がしてならない
さすがアクア様や…
3つの心がひとつになれば、1つの正義は100万パワー
この二人を書くとなんだか心が落ち着きます。
では、投下です。
「……話があるなら、さっさと話しなよ」
話し辛そうにしているさやかに、催促するように杏子が告げる。
そんな杏子の言葉に、さやかもようやく意を決したように小さく頷いてから。
「こんな事、あんたに聞いてもどうにもならないかも知れない。でも、やっぱり聞いておきたくてさ」
「ならマミに聞けよ、あたしよりそっちの方がいいはずだろ」
「そりゃそうなんだけどさ……何か、あの時からマミさんとは距離を感じちゃってるっていうかなんていうか……相談し辛くてさ」
「……ああ、そう言えばそうだっけね」
それは杏子がさやかを救い、そのまま力尽きて倒れてしまった後の事。
彼女を敵と断じていたマミは、容赦なくその命を奪おうとしていた。
そこをさやかは自らの身を挺して庇ったのである。杏子が敵であるはずがないと、自分を助けてくれたのだ、と。
結果して杏子は救われ、マミとも和解する事が出来た。
けれどどうしても、さやかの心には拭い去れないわだかまりが残っていたのだ。
「あたしにはさ、幼馴染がいたんだ」
「………」
ようやくさやかはぽつぽつと話し始めた。
恭介の事、事故の事、魔法少女になって恭介を救おうと思ったこと、けれど、ティトォによって救われてしまったこと。
「魔法少女にならなくても、願いを叶えてもらえた。いい事じゃないか、何悩む事があるってんだよ?」
ひとしきりを聞き終えて、杏子は訝しげにさやかに尋ねた。
「……本当に、これでよかったのかなって」
「はぁ!?何言ってるんだよお前、わざわざ魔法少女になる事もないし、幼馴染の腕も治ったんだろ?
悪い事なんて何もないだろうが!」
そう、悩むことなどない。素直にその振って沸いた幸運を喜べばいい。
さやかの境遇は、少なくともそれに値するだけの幸運である事は間違いない。
だというのに、さやかの表情は浮かばない。それが杏子には理解できない。
自分で願うしか選ぶ道が無く、それでさえ幸せになる事が許されなかったそんな自分と
今のさやかの状況を否応無く比べてしまって、更に苛立ちは募った。
「自分で願っていれば、あんな使い魔に負けたりしなかったはずなんだ。
ううん、あの時使い魔に襲われたのだって、自分であいつを助けようとしなかった
あたしへの罰だったんじゃないかなって思うんだ」
「結果論だ、んなもん。グダグダ言ったってしかたないだろ」
何故素直に受け入れられないのか。戦いの運命に飲み込まれずに済んだことを喜べないのか
理解が及ばずますます杏子の苛立ちは募る。
「あの時あたしが自分で願っていれば、あたしは自分の身を守る事だって出来た。
あんたを危険に晒す事も無かった。……だから、やっぱりあたしは魔法少女になってた方がよかったんじゃないかな」
どこか自嘲めいた口調でさやかはそう言った。色濃い自責が、その表情には滲んでいた。
さやかは既に、自分の願いで恭介の腕を治す事を半ば決意していたのだ。
もしもティトォの魔法を知らなければ、そのまま契約を果たしていた事だろう。
その願いに、命を懸けて戦うだけの価値と意味があるのだと、そう信じていた。
だが、その願いは無為なものとなる。恭介の腕も完全に治っている。
当然それは喜ぶべき事なのだ、これで魔法少女という運命からも逃げ出せる。
けれど、そんなさやかを逃さぬとでも言うように魔女の魔の手が降りかかる。
救いなどあるはずの無い、絶望的な状況。逃れられない死という運命に直面した。
その時さやかの心に湧き上がったものは、死への恐怖、悲しみ
そしてこの運命が、戦う事を選ばなかった自分への罰なのではないかという思い。
そして。
そして、それは怒りだった。
今この時も、少なからぬ人々がこうして魔女の手によって死に瀕している。それが許せない。許していいはずが無い。
それは決して赤々と燃える炎ではないが、静かに青く燃える炎のようにさやかの心の最奥に灯された感情だった。
理不尽に人の命を奪う魔女、その存在が許せない。
けれどそれと戦えるのは魔法少女だけなのだ。だとすれば自分もそうあるべきではないのか?
正義の魔法少女、その存在に少なからぬ憧れを抱いていた。そして今、倒すべき魔女への怒りを心に灯してしまった。
それが自分の人生を一変させるほどの決断であることを知りながら
それでもさやかは、胸中に湧き上がるその思いを堪えきれずにいた。
そしてそれを今、同じく正義を掲げた魔法少女の先達である、杏子に向けてぶつけたのだった。
さやかの告白が終わるや否や、杏子はその手を伸ばしてさやかの制服の襟首を掴んだ。
「ぐっ……ぁ」
そのまま思いがけなく強い力で引っ張られ、さやかは小さく苦悶の声を漏らした。
そんなさやかに、杏子は吐き捨てるかの様に告げた。
「馬鹿な事言うんじゃねぇっての。そんな事してみろ、ブン殴るぞ」
その仁美にも言葉にも、今にもはちきれそうなほどの怒りを篭めて。
「誰かのために魔法少女になんかなったって、いい事なんて一つもない。
この力は徹頭徹尾、自分のためだけに使う力なんだよ」
その気になれば、襟首を掴んだままさやかを持ち上げられるほどには、魔法少女の身体能力は強化されている。
それでも相手はただの人間、軽く締まる程度に手加減はしていた。
「ぐ……なんで、そんな事……言うのさ」
突然怒りをぶつけられて、さやかは困惑したように苦しげな声を漏らす。
「迷惑なんだよ、そんな甘っちょろい認識で魔法少女になられてもさ。
魔法少女ってのは正義の味方でもなんでもない。たった一つの願いの代わりに、戦いの運命を押し付けられる
それだけの存在なんだよ。マミだってそうだったろ、敵になるなら同じ魔法少女だろうと容赦なく殺す。
それが正義の味方かよ」
そんなさやかに、更に杏子は容赦なく言葉を突きつける。
このままさやかを契約させてしまえば、間違いなく自分の二の舞になる。
人の幸せを願った魔法で、その人を、自分さえもを不幸にしてしまう。
それが分かっているからこそ、荒っぽい態度をとってまでさやかを止めようとしていたのだ。
けれど、そんな杏子にも一つの誤算があった。
「……じゃあ、なんであんたはあの時あんな事を言ったの?なんであたしを助けたの?
あんたが本当に自分勝手な魔法少女なら、そんな事絶対にしないはずだよ」
「っ……確かに、それはそうだけどさ。でも今のあたしはそうじゃない。
あたしはもう正義の魔法少女なんかじゃない。自分の為だけに魔法を使う、そういう魔法少女なんだよ!」
それが本心であるが故に、そこを突かれると杏子は弱い。
けれどそこで容易く正義の味方に成り下がって、さやかまで巻き込むつもりは無い。
これからだって自分勝手な魔法少女として生きていく事に変わりはないのだから、それでいいはずだ。
「違うよ。だったらあんなボロボロになりながら、グリーフシードも手に入らない使い魔を倒すはずが無い。
あたしを助けるはずがないじゃない!」
それでも、さやかは杏子を信じていた。独り善がりな信頼で、それ故にそれはとても強固だった。
「なんでアンタは、見ず知らずのあたしをそこまで信じられるんだ。
あんな言葉一つを信じて、こんなにあたしに突っ掛かって来るんだよ」
その理不尽な信頼の強さは、杏子をひどく困惑させた。いつしか襟首を締めていた手も緩んでしまっていた。
「そりゃあ、あんなボロボロになりながらも戦って、あたしを助けてくれた。
その時のあんたが格好良かったからだよ。お話に出てくる英雄みたいでさ、すごく格好良かった。
感動しちゃったんだ。あたしもあんな風になれたらって、そう思わずにはいられないくらい」
不条理に人の命を奪う、魔女への強い怒り。そしてそれを撃ち払う存在である魔法少女が、杏子が見せた気高い姿への憧れ。
それが、今のさやかを突き動かしている。
さやかの言葉に、ようやく杏子もそれに気がついた。
(そうか……こいつは、あたしと同じなんだな)
魔法少女となり、世の為人の為に戦っていた日々。
人々に不幸と死をばら撒く魔女が憎くて、使命感に突き動かされるように戦っていた。
ただ一人戦う日々の中、突然に現れた魔法少女の先達。
自分よりずっと強く華麗に戦うその少女の、マミの姿に憧れを抱き、彼女に師事していたこともある。
魔女の不条理に怒り、それを打ち倒す力を求める。言ってしまえばそれだけの動機で、そこにおいてさやかと杏子はよく似通っていた。
(だったら尚の事、こいつを魔法少女にしてやるわけにはいかない。そうなったら絶対、こいつは不幸になっちまう)
だから杏子も決意する。例え何があっても、さやかを魔法少女にはさせないと。
自分自身の境遇を重ねていた事もあるのだろう。けれど、その胸中に宿っていたのはそれだけではなかった。
(こんな風に言ってくれる奴に死なれたら、寝覚めも悪いしね)
結局のところ、魔法少女の戦いは孤独である。
ほとんどの場合、たった一人で強大な魔女に立ち向かわなければならない。
例えそれが誰かを救ったとしても、それを喧伝する事などできはしない。
誰にも知られず、誰にも感謝されず、誰にも理解されず。それが魔法少女の常。
だからこそある意味では、魔法少女は誰よりも、誰かと繋がりたがっている存在なのかもしれなかった。
少なくとも杏子には、少なからずそんなところもあった様で。
魔法少女の戦いを知り、それを尊敬をもって理解してくれる相手がいるという事は、杏子にとっては救いだったのだろう。
だからこそ放っては置けない。そう思ってしまった。
「アンタの言いたい事は分かった。でも、やっぱりそんな理由で魔法少女になるならやめときなよ。
そんなのは、命懸けでも叶えたい願いが見つかった時だけでいい。できればそれは自分の為の願いにしときなよ」
怒気が掻き消え、不意に悲しげな表情を浮かべて杏子はさやかにそう言った。
「でないとあんたは不幸になっちまうよ。人の為に戦ったって、いい事なんて何もありゃしないんだから」
何故だかその言葉も、酷く実感の篭ったものになってしまう。自嘲気味にそう言いながら、思わず杏子は天を仰いだ。
「………あんたも、そうだったの?」
当然、さやかはそれに気付いた。
「まあ、ね」
そう答えた杏子の表情は、天を仰いで窺い知れなかった。
「何があったのか、聞いても……いい?」
きっとそれは辛い過去なのだろう、さやかもそれを察して、まるで腫れ物に触れるように恐る恐ると問いかけた。
「あんまり面白い話じゃないぞ」
「それでもいいよ、聞かせて欲しい」
「……やれやれ、ったく。妙な奴を助けちまったもんだよ」
頑として引かないさやかに、観念したかのように杏子は小さく息を吐き出すと。
「っと。あれはまだ、あたしが何も知らないガキだった頃の話だ」
服が汚れるのも構わず、草の上にごろんと横になり、空を眺めて話し始めた。
さやかもそんな杏子の隣に座り、その言葉に静かに耳を傾けた。
神父であった父の事。世の不幸を嘆き、人々の平和を願い、教義に背いた背信者。
当然そんな彼に人々が見向きもするはずも無く、一足は途絶え、教会からは破門され
いつしか生活にすらも困窮するようになってしまった。
父の言葉が誰にも認められないのが悔しくて、それが自分や家族を苦しめているのが悲しくて
その状況をどうにかして変えたくて、杏子は魔法少女としての契約を果たした。
――父の言葉を皆に聞いて欲しい。ただ、それだけの願いの為に。
誰しもが父の言葉に耳を傾け、それを信じた。
その影で、杏子は闇に潜んだ魔女を狩った。それが正しい事だと信じて、ひたすらに杏子は戦い続けた。
マミともその最中で出会ったのだ。
今一度思い出してもそれは、やはり幸せな日々だったのだろうと思い、杏子は胸の奥が僅かに痛むのを感じた。
けれどそんなある日、父は全てを知ってしまい、そして壊れた。
壊れた彼は全てを道連れに、炎の向こうに消えてしまった。
父の、そして家族の、ひいては全ての人々の幸せを望んだ願いは
父を、家族を、それに関わる全ての人を、果てには自分さえも、不幸の底に叩き落してしまった。
その時悟った。この願いは、力は、誰かを救う為に使うものではないのだと。
そんな事をしてしまえば、巡り巡って同じだけの、むしろそれ以上の不幸が、絶望が撒き散らかされてしまうのだと。
「……だからあたしは誓ったんだ。二度と他人の為に魔法は使わないってね」
独白が続く内に、夕暮れの空にもゆっくりと夜の帳が下りてきて。
うっすらと見える星と月を眺めながら、杏子は自分に言い聞かせるようにそう言った。
「そんな、事が……」
予想だにしなかった杏子の過去に、さやかは打ちのめされたかのように押し黙ってしまった。
「あたしはどこまでも自分勝手な魔法少女を貫き通す、そう誓ったんだ。……誓った、はずだったんだけどな」
少し肌寒くなってきて、杏子は勢いをつけて身を起こし、服についた草を払いながら
「あの時死にそうになってたアンタを見つけて、あたし自身もギリギリの状態で、正直意識も朦朧としてた。
だから……気がついたら思わず助けてた」
そんな自分自身に戸惑っているかのように、躊躇いがちに杏子は言葉を続ける。
「だからきっと、あたしの中には未だ残ってるんだと思う。
正義の味方でいたいって言う思いが、そういうのへの憧れみたいなのが、まだ残ってるんだ。
だからあたしは、あれで最後だと思ったから、アンタを助けたんだ」
口に出してしまえば、その言葉はすとんと杏子の心に収まった。驚くほど容易く理解できた。それを認める事ができた。
「でも、あたしは今更そんな風に生き方を変える事なんて出来ない。
あたしはこれからも、自分勝手な魔法少女として生きていく」
「…………」
さやかは何も答えずに、どこか不安げな様子で杏子の顔を見つめているだけで。
「……でも、だからってあたしと同じ間違いをしようとしてるアンタを、あたしはやっぱり放っておけない」
自分の心を認めてしまえば、やるべきことはすぐに分かった。
「もしアンタが、本当に自分の命を賭けてでも叶えたい願いが見つかったってなら、別にあたしは止めやしないよ。
それもアンタの選んだ道さ。でももし、そこにほんの少しでも迷う気持ちがあるんだったら、まずはあたしに言ってみな」
「え……杏子?」
思いも寄らない杏子の言葉に、さやかは呆然とその名を呼ぶ事しか出来なくて。
「それがあたしでどうにかできる事なら、どうにかしてやるよ。……あたしが、お前を助けてやる」
杏子はさやかを真っ直ぐに見つめて、力強く杏子は言い放った。
そんな事が言えるくらいに、杏子の中の正義の魔法少女への思いは強くなっていたのだ。
そんな自分の一面を知って、偏見無く受け入れてくれるさやかの存在が、自分が思っている以上に心を開かせていた。
「……あ、はは。ありがとね、杏子。でも、そんなに頼ってばっかりじゃ、やっぱり悪い気がしちゃうな」
思わぬ杏子の力強さに、さやかは僅かに気圧されたようで。それでもはにかむように笑って、照れくさそうに俯いた。
「勝手に思い込んで、勝手に先走って、それで契約しちまったり、面倒事を巻き起こされる方がよっぽど大変なんだっての。
……だから、いいな?何かあったらあたしに言ってみろ。必ず、力になってやるからさ」
これが他の誰かであれば、絶対にこんな風に素直にはなれないだろう。
けれどさやかは杏子の本心を知り、それを受け入れた上で信頼してくれている。
正義の魔法少女であろうとして、出来なくて。それを自覚しながらも、どうしてもそれに惹かれてしまう。
決して埋まる事の無いそんなジレンマを理解してくれる。そんな存在は、杏子にとっても得がたいものだったのだ。
あるいはそれは、かつてのマミ以上に大きな心の拠り所になり始めていたのだった。
「わかったよ。じゃあ……何かあったらその時は頼らせてもらうね、杏子」
「ああ、任せとけ、さやか」
どちらとも無く手を差し伸べて、交わされるのは握手が一つ。
互いにひび割れたその心の隙間に、力強く暖かな感情が根付くのを感じていた。
こんなちょっと歪んだ仲良し二人もありだと思います。
なんだかんだで依存関係チックなのが多くて困り者です。
>>757
プライベートもクソもあったもんじゃありませんからね。
いや、多分実際のところは意識を切り分けることくらいは出来そうなものですが。
結局そういう状況になる=お察しなので後でねちねちやられるのではないでしょうか。
そのバランスのお陰で同時に力を引き出した時がえらい事になってしまうのです。
>>758
あめ玉を使った空中移動は、あれはアクアの魔力とプリセラの身体能力あってのことでしょう。
マーブルジェンカ自体はマーブルを纏った打撃技、くらいのイメージでした。
>>759
あめ玉一つに魔力を篭めるよりも、無数のあめ玉を使って魔力を増幅させたほうが威力は増加する。
なんとなくそんなイメージではありました。
というかMPティトォだと普通に殴打した方が強いような気がします。
>>760
こんな状況ですら容赦がありません。
流石のドS(キャラ作り)さんです。
>>761
流石にオープンゲットはできないようですね、彼らも。
苦節二ヶ月。なんとも長いお休みを頂いたものです。
モチベーションは相変わらずですが、少しずつでもまた筆を進めることに致しましょうか。
「ごめんね、色々話きいてもらっちゃって」
「いいさ、あたしもあんたがバカやる前に止められてよかったよ」
「う……流石にその言い方はきっついなあ」
「それだけ大事な事をやらかそうとしてたんだぞ、ちゃんと反省しとけ」
嗜めるような口調で杏子は言う。けれどその言葉の端には、どこか安心したような様子が見て取れた。
さやかにもそれが分かってしまって。
(一体、どれだけ心配されてたんだろ、あたし)
流石に少しばかりの気まずさも感じてしまったけれど。そんな気持ちはひとまず心の奥にしまいこんで。
「ありがとね、杏子。さてと、じゃああたしはそろそろまどか達を追いかけるよ。あんたも一緒に行こうよ」
「あー……いや、あたしはちょっと野暮用があってね。先に行っててくれよ」
「そっか、じゃあ先に行って待ってるからね」
そしてさやかはまどか達を追いかけ駆け出した。途中で一度振り向いて、大きく杏子に手を振った。
杏子はそんなさやかにはにかんだような笑みを浮かべて手を振って、それから。
「……で、一体何の用なわけ、あんたは?」
さやかの姿が見えなくなってから、杏子は小さく息を吐き出すと、視線を上へと移し
公園の休憩所、その屋根の上に座っていたアクアに声をかけた。
「あたしも野暮用。あんたにちょっと話があってね」
身軽な仕草でひょいと屋根から飛び降りると、アクアは杏子の前に飛び降りた。
暗がりに沈む公園で向かいあう、アクアと杏子。
杏子にとって、アクアは少なからぬ確執のある相手である。どうしてもその表情は渋い。
対するアクアの表情は、闇の向こうに紛れて分からなかった。
「まだるっこしいのは嫌いだからさ、さっさと本題に入らせてもらうよ」
アクアはそんな杏子を憮然とした表情で睨みながら、続く言葉を吐き出した。
「……あたしらを狙ってやがる敵は誰だ、教えな」
「っ!?」
一瞬、杏子が息を呑んだ。けれどそれも一瞬、すぐに平静を装って答えた。
「知らないって言ったろ、あたしは……」
「それは嘘だね。あんたは知ってるはずだ。知らないはずが無い」
けれど、アクアは有無を言わさず問い詰める。その瞳に冷たい光を宿して、杏子を射殺すように睨み付けている。
その瞳に宿っているのは、答えないのなら無理やりにでも聞きだすという強い意志。
(何だよ……こいつ。あたしが、ビビっちまってんのか?)
その視線に射抜かれてしまったかのように、杏子は動く事が出来ずにいた。
百年以上の時を生き、圧倒的な力を誇る魔法使い。そんなアクアが今、杏子に向けているのは明確な敵意。
一体この小さな身体のどこから出ているのかと、不思議に思ってしまうほどに強烈な威圧感が、杏子の身体を縛り付けていた。
「何で……そう思うんだよ、あんたは」
身が震えそうになるのを必死に堪えて、視線はアクアを見据えたままで。どうにか杏子はそう問いかけた。
「あんたの言葉や行動を見てれば、嫌でも分かるよ。あんたは嘘をついている、ってね」
それはあくまで根拠のない推論に過ぎない。
けれど、アクアが纏う尋常ならざる雰囲気は、それが確かな確信に基づいた言葉であることを杏子に知らしめていた。
人形のようなアクアの黒い瞳に睨まれると、自分のちゃちな隠し事など全て見抜かれているような
そんな錯覚すらも杏子は感じていた。
「あんたが、そこまで人に注意を払うような奴には見えないんだけどな」
「ああ、もちろんこんなのはあたしのガラじゃないよ。でも、あたしにできなくても、他に出来る奴がいるのさ」
その言葉に、杏子はほんの僅かに沈黙し。
「………ティトォ、か」
「ご明察」
杏子は忌々しげに顔を歪めた。確かにティトォは切れる奴だとは思っていた。
けれど、まさかそれがここまでだとは、杏子ですらも予想しえなかった。
杏子がマミと行動を共にするようになって以降、ティトォと一緒にいた時間はそう多くは無い。
そんな僅かな時間で、ティトォはこの嘘を看破していたのだろう。
「さあ、知ってるならさっさと話しな。悪いけど、あたしらももう悠長に事を構えていられる余裕はないんだ。
こっちの面倒事をさっさと片付けて、あたしらは帰らなくちゃいけないんだからね」
アクアの言葉は言外に、話すつもりがないのならば杏子を手にかけることすら厭わないという事を示していた。
事実、アクア達にも余裕は無いのだ。現に女神の手のものが、既にこの世界に侵入を始めている。
先の月丸、太陽丸のような三十指クラスであればまだしも、これが五本の指であれば、ましてや三大神器であれば。
その被害は計り知れないものになる。
だからこそ、今すぐにでも元の世界に戻る算段を立てなければならない。
けれど、立つ鳥跡を濁さずである。魔法少女達が、そしてそれに関わる者たちが直面している問題を、全て解決してからこの世界を去る。
それが、アクア達三人が出した結論だった。
星のたまごを、そして鹿目まどかを狙う敵を排除する。
そしてその上で、見滝原に迫る最大の敵、ワルプルギスの夜を打倒する。
これが最低限、この世界を去る前にやらなければならない事で。その為に残された時間は少ない。
手段を選んでいられないのは、当然とも言えた。
そしてそんな言葉に、杏子もアクアの真意の一端を悟ったのだろう。強張った表情をいくらか緩めて。
「あんな連中が、まだまだやってくるかもしれないって事か?」
「来るよ。あいつらよりももっと強い奴等がね。来る方法がある以上、あたしらがここにいる限り、あいつらは追ってくる。
この世界を巻き添えにしたくなけりゃあ、さっさとあたしらを帰したほうがいい」
「……あいつらよりも、もっと…かよ」
アクアの言葉に、杏子は先の戦いを思い返していた。
女神の三十指、月丸と太陽丸。マミとの共同戦線もあって、どうにか撃退せしめた強敵である。
そんな敵がこれからも続々とやってくるのだと言う。
それがもたらす結末は、容易く杏子にも想像できた。
自分のちっぽけな矜持と、多くの人間の命。比べるまでもない事だった。
以前の杏子であればいざ知らず、今の杏子は正義の味方でありたい自分を自覚していた。
だからこそ、迷う事無く答えをだした。
「……そう言うことなら、これ以上隠してなんかいられないね。わかったよ、あたしの知ってる事、全部話――」
諦めたようにそう言った杏子だったのだが。そんな杏子の眼前に突きつけられたのは、光り輝くあめ玉一つ。
「ぶぇ――っ!?」
有無を言わさず、小規模な爆発が杏子を飲み込んだ。
「よくもあたしらを騙してくれたね。……ま、ちょっとだけ気は晴れたし、いいよ。続きを話しな」
ダメージ自体はさほどでもなく、憂さ晴らしの意味の方が大きかったのだろう。
けれど爆発が巻き上げた砂埃やらなにやらで、すっかり杏子は土や砂に塗れてしまっていた。
「お前……なぁ。ったく」
怒りが込み上げてはくるものの、むしろこれくらいで済むのならば安いものだろうとも思っていたのだから
怒りを素直に表す事も出来なくて。忌々しげに舌打ちを一つしてから、杏子は静かに話し始めた。
アクア達の命を狙い、杏子の命さえも奪おうとした怨敵。――暁美ほむらの事を。
「なるほど……ね」
杏子からほむらの話を聞いて、アクアは吐き捨てるように呟いた。
「あいつについてあたしが知ってるのはそれだけだ。確かにあいつに協力して
あいつがあんたらを倒す手助けをしたってのは本当だけど、今は違うんだ。
……別に、信じてくれなくてもいいけどさ」
自分の知りうる事は全て話した。いずれにせよ杏子がアクア達に敵対していたのは事実。
そして今この時まで、その真相を隠し続けていたのも事実。今更打ち明けたところで、それで手打ちになるとも思えなかった。
「気に入らないね。ああ、本当に気に入らないよ」
アクアの表情に宿っていたのは、恐ろしいほどの怒気。それに気圧されたように、杏子が一歩退いた。
けれどアクアは、そんな杏子を一顧だにせず言葉を続けた。
「目的のためなら周りの被害もお構いなし。用済みになれば仲間でも平気で殺す。
……まったく、どこの世界にもそう言うゲスはいるもんだね」
「ひっきしゅっ!」
遥か遠い星の下、やっぱり誰かのくしゃみが一つこだました。
「あら?あら?やっぱりアダちゃん、風邪なんじゃないかしら?」
そんな様子が珍しかったのか、からかうような女の声。
「いえいえ、舞響大天さん。きっと誰かがまた、ボクの噂を……」
なんて答える間すらなく。
「なんだぁアダラパタ。ちゃんと鍛えてないから風邪なんか引くんだぜ。この機会に、お前もちったあ身体を鍛えてみろよ」
トレーニングルームから出てきたばかりの、筋肉男が首を突っ込んできた。
「遠慮しときますよ、ブライクブロイドさん」
「あら、なんだい風邪なのかい、アダラパタ。風邪にはネギを首に巻くといいらしいねぇ」
傍らに仮面の少年を引き連れて、カバデブまでもがご登場である。
「だから風邪じゃないって言ってやがるでしょうが貴様ら」
これには彼も耐えかねて、酷く不機嫌そうな表情で有無を言わさずそう言い切るのだった。
これが世界の命運を握っている者たちだとは到底思えないほどに、なんだか間の抜けたやり取りである。
けれどそれは、一つの音によって断ち切られる事になる。それはアダラパタへの着信音。
そして、その主は。
――やっと繋がりやがったようですねぇ、随分待ちくたびれましたよ?月丸さん。太陽丸さん。
ひとまず今回はここまで、これからは出来るだけ話を動かして行きたいものです。
ええ、本当に。
個別のお返事は控えますが、待っていてくださった皆さん
そしてなんかえらく早い反応を返してくださった方、本当にありがとうございます。
どうにかこうにか頑張って、4部が始まる前には色々区切りをつけたいなと思います。
いつ始まるんでしょうね、ほんとに……
乙
死んだかと思ったよ作者的にも姉弟的にも
バンブーはCが始まるみたいだしまた4章が遠のくな…
乙
生きてたかエタったと思ったよ
投下量と更新ペースの兼ね合い的に
…グリムリアさん地の文でカバ[ピザ]は酷くねww
一瞬誰のことか考え込んじまったよ
乙
アダラパタのくしゃみ控えめだな
土塚的にはくしゃみってもっと派手なイメージが(特に噂の後とか)
やっと状況が動き出します。
それはそれとしてカギューちゃんが面白いです。
予想はできてたけどあれは無いぜ中山センセ……orz
では、投下しましょう。
「……まあ、大体話は分かったよ。どうやらあんたも、まどかを襲った奴の事は知らないみたいだしね
そっちはこっちでどうにかするしかないか」
「あたしもそっちについてはさっぱりだよ。確かにあいつにも素質があるのは事実だと思うけどさ、だからって……」
そして話は鹿目まどかを狙った敵、黒い魔法少女の事へと移る。
けれど、それについて知っている事など何もないのである。アクアも杏子も、互いに顔を見合わせて。
「まあ、いいや。とりあえずそっちは保留ってことにしとく。 またまどかを狙ってきたら、次こそ叩き潰してやればいいだけだしね。
まずは、あたしらを狙う身の程知らずを片付けてやるさ」
それでも当面の目標は定まったと、戦意も露にアクアは獰猛な笑みを見せた。
「………」
けれど当然、気圧されたままで収まる杏子ではない。杏子とて、ほむらには山ほど恨みがあるのだから。
「悪いけど、ほむらの奴のあいてはあたしがさせてもらうよ。
元々あんたらに話すつもりじゃなかったのは、あたしが自分でケリをつけたいって、そう思ってたからだしね」
杏子は真っ直ぐにアクアの顔を見つめると、これだけは譲れない、といった様子で力強く言い放った。
「ったく……」
そんな杏子に、アクアは呆れたように小さく息を吐き出して。
「んなもん付き合ってられるか、こちとら時間がないんだよ」
無情にそう言い放った。
「……そりゃあ、わかってるけどさ」
アクアの事情を知った今、杏子もその我を押し通すのにも抵抗があった。
それでも、そう易々と譲れるものでもない。いいように利用されたままでは終われない。
「じゃあ、あんたも手を貸しな、杏子。一緒にそのほむらとかいう奴をブッ倒せばいいだろ」
「えっ?」
「何さ、その意外そうな顔は。あたしだって、必要なら人の手くらい借りる事だってあるさ。
それに三十指とまともに戦えるんなら、足手まといにもならないだろうしね」
杏子の表情に、驚きと戸惑いの色が浮かぶ。それが明確な言葉になる前に、アクアは更に畳み掛けるように言い放った。
「嫌とは言わせないよ。……貸し、って言ったよね?」
「っ……そういや、そうだったな」
グリーフシードの借りを思い出し、杏子の顔が僅かに歪んだ。
事実、杏子とてこの共闘の申し出は、そこまで悪い話とは思っていなかったのである。
何せ敵は、まだその能力の底すらしれない謎の魔法少女、暁美ほむらである。戦力は多いに越した事はない。
そして戦力という意味では、アクアのそれは最上級である。
杏子は未だプリセラの力を知らないが故、その点においては未知数だったが
例えティトォであっても、その存在の有用性は計り知れないものだろうとは考えている。
それでも杏子が助力を願わなかった理由、暁美ほむらの存在を秘匿しようとした理由は、たった一つ。
やはりそれも、自分の矜持の問題で。けれど今、その矜持をひとまずは宥められる理由が出来た。
"貸し"という、そんな些細な一言だった。
「わかったよ。あんたに協力してやる」
それでもやはり素直にはなれなくて、どこか不貞腐れたような口調で杏子はそう言うのだった。
「あ、そ。じゃあ頼むよ」
対してアクアは、そっけなくそう返すのだった。
「じゃあ、そろそろ行くよ。マミ達が待ってるだろうしね」
「そういやそうだったな……ちょっと急ぐか」
そして二人は連れ立って、けれど若干距離を置いて歩き始めた。
「……すっかり、暗くなっちゃいましたね」
「ああ、そうだね」
暗がりに沈む街、街灯の明かりにやや頼りなく照らされた夜道を、まどかとプリセラが歩いていた。
結局あれから、アクアと杏子がマミ達に追いついた時には、既にさやか、仁美、恭介の三人は家路についており
まどかだけがマミの家で、二人の帰りを待っていたのだった。
まどかを狙う敵がいる以上、まどかを一人で帰らせるのは危険である。
そしてあの敵がもつ魔法の性質上、飛び道具が主体のアクアでは分が悪い。まどかを巻き込む危険も大きかった。
だからこそ今、こうしてプリセラがまどかと共に家路についているのであった。
「ごめんなさい、プリセラさん。こうして付き添ってもらったりして」
「いいんだよ、気にしなくたって。大丈夫だよ、まどかは私がちゃんと守ってあげるからね」
申し訳なさそうにまどかは頭を下げた。
プリセラは、そんなまどかを元気付けるように微笑むと、その頭をぽんと軽く撫でるのだった。
そんなプリセラの存在が、まどかにはとても心強かった。
他愛ない話をしながら、二人並んで家路を辿る。
例えばそれは学校の話であったり、友達の事であったり、家族の事であったりもした。
どんな話でも親身に、楽しそうに聞いてくれるプリセラに、ついついまどかの口も緩んでしまっていたのだった。
「そっか……まどかには、弟がいるんだね。その年頃だとやんちゃ盛りで、色々大変なんだろうね」
まどかの弟であるタツヤの事に話が至って、プリセラはとても優しい、けれどどこか寂しげな笑みを浮かべて
腹に刻まれた"檻"の字を、上からそっと撫で付けた。
そんな仕草が、不意にまどかに何かを想起させて。
「プリセラさんって……もしかして」
「――まどか、止まって」
それが思わず口をついてでそうになった。けれど、突き出されたプリセラの手が、言葉が、そんなまどかを押しとどめた。
「現れたね」
まどかを手で制しながら、プリセラが闇の向こうに射抜くような視線を送る。
その視線の先にいたのは、闇より黒い少女の影。呉キリカの姿だった。
「あの子……あの時の」
当然まどかもそれを知る。蘇るのは、先だって彼女に襲われた時の恐怖の記憶。
死の恐怖が蘇り、まどかはがたがたと身を震わせた。
「大丈夫だよ。私の側から離れないで」
咄嗟にプリセラはまどかを引き寄せ、その肩を抱きながらそう囁いた。
「プリセラ……さん」
触れ合う身体の暖かさが、プリセラの力強い微笑みが、幾分かまどかの恐怖を和らげたのだろう。
どうにか震えを抑えて、まどかは小さく頷いた。
「よし、じゃあ後は私に任せて」
もう一度優しく笑って、プリセラはまどかから手を離し。立ちはだかるようにまどかの前に立った。
まともに戦えばまず負けることは無い。プリセラはキリカとの実力差をそう分析した。
だとすれば、重要なのはまどかを守る事。
先だっての戦いでは、まどかとの間に距離を置いてしまったことで、キリカの突破を許してしまった。
ならばどうするか、答えは実に簡単だった。まどかから離れる事なく戦えばいい。
まどかの身を守りながら戦う事も、プリセラにとってはさほど苦でもないのだから。
「……また、会えたね。鹿目まどか。そして……イレギュラー」
言葉と同時に、暗がりの影が静かに揺らぐ。その手をかざし、二人に向けて突きつける。
ざわりと、夜の空気がざわめく。緊張が増していく、張り詰めていく。
対してプリセラも、初めて敵に対する構えを取った。敵とはいえ相手は少女である。
前回の戦いにおいてはプリセラにも、拳を振るうことへの若干の躊躇いがあった。
だが、今はそれも振り切った。命を助け、自分に出来るだけの事はした。
それでもまだこちらの言葉に耳を貸さず、まどかの命を狙うというのなら。
もう、容赦は出来ない。
「……来いっッ!!」
拳を柔らかく握り、僅かに腰を落として膝を溜め、プリセラはキリカの動きを見逃さぬように
そして油断無く周囲にも意識を巡らせていた。
一触即発―――だが。
「ダメよ、キリカ。今日は戦いに来たのではないでしょう?」
現れたのは、夜闇の中に煌々と映える白い光。夜闇に映える白とも銀ともつかない長髪が特徴的な少女の姿だった。
キリカの背後から現れたその少女はそう言うと、その動きを制するように手を突き出した。
「……わかってるよ。大丈夫さ……織莉子」
いくらか不服そうにではあるが、キリカはその少女の、織莉子の言葉に従い、掲げた腕を下げた。
空気を震わせていた戦いの気配が、静かに薄れていく。
けれど、それでも空気を満たす緊張だけは薄れる事なく、むしろより強くなっていた。
「新手か……いるかもしれない、とは思ってたけどね」
プリセラもまた、緊張も警戒も一切解く事なく、織莉子とキリカの二人を見つめていた。
キリカの言動には何者かの意志が感じられる。それが、直接彼女と相対したティトォの考えだった。
だとすれば、次はその何者かが出張ってくることも考えられる。故にこの状況は、ある意味予想の範疇であったのだが。
「戦いに来たんじゃないって……どういう事、なのかな」
プリセラの後ろでそれを見ていたまどかが、まだ緊張と恐怖の抜けない表情で、それでもそう問いかけた。
だが、その問いに返されたのは。
「――ひ、ッ!」
織莉子が向ける、射殺すような冷たい視線だけで。
その視線に射止められ、まどかは上ずった声をあげてしまった。身体が震え、冷や汗がどっと噴き出してきた。
「初めまして、鹿目まどか。……そして」
極めて静かに、織莉子が口を開いた。静かな声ではあったけれど
その静けさの下には激しい何かが渦巻いているかのような、そんな危うさを感じさせるような声で。
「……プリセラだよ、よろしくね」
「ええ、初めまして。プリセラさん」
冷ややかに、にこやかに、そして優雅に、織莉子は小さくお辞儀をした。
その立ち振る舞いは、一見すると隙だらけのようにも見える。だが得体の知れない何かが、プリセラの動きを押しとどめていた。
「先ほど話したとおり、今回は、貴女方と戦いに来たわけではありません」
「そうだよ、わざわざ君に会うために、織莉子までこんなところにやってきたんだ。むしろこれは、感謝してもらいたいくらいだね」
「私に会いに来た?という事は……用があるのは、まどかじゃなくて私って事かな?」
「ええ、少なくとも今は、鹿目まどかに用はありません」
そして織莉子は目を細め、笑みを深めると、さらに言葉を続けた。
「ですから、先に彼女を帰してしまっても結構よ。三人目なんて居ませんし、後をつけるつもりもありませんから」
「っ!?」
その言葉にプリセラさえも驚愕する。織
莉子が今言って見せた言葉、それはそのまま、プリセラが危惧していた事でもあったのだから。
敵に三人目が居るかもしれない。二人がここでプリセラの注意を引き、孤立したまどかを襲うかもしれない。
それを防ぐために、先にまどかを安全な場所に送り届ける必要がある。それにしても、後をつけられないようにする必要がある。
咄嗟の事とは言え、考えていた事を全て読まれてしまったのは事実。緊張と焦りが募り、プリセラの額に汗が滲んだ。
「私達はここで待っています。彼女を送り届けて、それから戻ってきてくれればいいわ」
対する織莉子の表情は変わらず、静かな笑みを貼り付けている。刹那、プリセラと織莉子の視線が交差して。
「……行こう、まどか」
「え……でも」
「いいから、行くよ」
「わ、きゃっ!?」
戸惑うまどかを、有無を言わさず抱かかえると。
「すぐに戻ってくるから、待ってなさいよ」
二人にそういい残し、地を蹴り宙へと舞うのだった。
では今回はここまでという事で。
ブランクがあったおかげで、若干話の組み立てがあやふやなのが困りものです
まあ、その内うまいこといくでしょう。
>>789
あの姉弟はここで死なせてしまうと、後の展開が色々とアレになりますからね。
しかしまさかのCですか……本誌はさっぱりなので、一体どうなっているのやら。
>>790
一時期は完全にスランプでしたね。
状況が動かせなくてひーこら言ってました。
ムリアさんは……まあ、あの人で真面目にやるのは無理でしょう。
あの見た目な時点で。とは言えやってる事はかなりえげつないんですけどね。
>>791
アダさんは案外かわいいくしゃみをしそうなイメージもあります。
まあ、それはそれで気持ち悪いんですがね。
乙
待ってた
おりキリ知らないから楽しみだわ
プリセラさんとガチバトルは回避したようでよかったよかった
久方ぶりの更新です。
そろそろ展開も動き始めてくれるのではないでしょうか。
「お待たせしました、アールグレイとハニーミルクラテ、そしてこちらはローズヒップティーになります」
店員が一つ声をかけ、三つのカップがテーブルの上に並べられた。二人は並んで座っていて、向かって一人が座っていた。
そこは街中の喫茶店。無事にまどかを送り届けた後の事。立ち話もなんですからと、導かれたのがこの場所であった。
プリセラは油断無く二人を見つめていたが、紅茶の香りに目を細める織莉子と
一つ二つどころではきかず、なんと5つもシロップを入れてから飲み始めたキリカの様子を見るに
どうやら警戒の必要もなさそうだと、小さく安堵の息を吐き出した。
そしてようやく自分のカップに口をつけ、口の中に広がる心地よい酸味に、思わず小さく頬を緩めるのだった。
「こうやって話を聞きに来てくれたってことは……ちゃんと手紙は届いたんだね」
これだけ人目のあるところで、よもや彼女達も仕掛けては来ないだろう。
たとえ仕掛けてきたとして、自分一人であれば対応は容易い。
故にプリセラはすっかり緊張のほぐれた笑みを浮かべて、そう切り出すのだった。
「ええ、でも流石に驚いたわ。まさか自分を殺そうとした敵に、あんな事をするだなんて」
言葉と共に織莉子が取り出したのは、一枚のノートの切れ端。そこに書かれていたのは、ティトォからの伝言だった。
そこには簡潔に、ティトォがキリカの命を救った事とその理由を伝え
そしてキリカの背後にいるであろう誰かに向けて、その目的は何なのかと問いかけていた。
その手紙は織莉子の手に渡り、キリカを助けた恩人であり、未来を歪める力と圧倒的な魔力を持つティトォ達と
無理に事を構える事は得策ではないと、織莉子はそう判断したのだった。
「まずはお礼を言わせてもらうわ。キリカを助けてくれた事、ありがとうございました」
目を伏せ、軽く頭を下げた織莉子に続いて。
「正直なところ、何があったのかなんて覚えてないけど。あの時助けてもらってなければ、私はきっと死んでいた。
だから、お礼は言わせてもらう。……ありがと」
やはりまだどこか警戒心の残る様子で、それでもキリカも小さく頭を下げるのだった。
「ああ、別にいいよ気にしなくて。私が助けたくて助けただけだし。それに……あんたを助けられたのだって、私の力じゃないしね」
「じゃあ何故、貴女はキリカを助けたのですか?そして、貴女の力じゃないというのは……?」
当然の疑問を口にする織莉子。プリセラは少しだけ考えてから答えた。
「そうだね、じゃあまずはその辺りの事、こっちの事情から説明しようか。その方がわかりやすくなるだろうしね」
「……まさか、嘘だろう?」
別の世界の住人、死ぬたびに入れ替わる身体を共有する、三人の魔法使い。
そんな話があるものか、どうにも疑わしいものだと、猜疑心を隠そうともせずにキリカが言った。
「確かに、俄かには信じ難い話ね。……でも、それを信じるのならば、いくつか納得の行くことはあるわ」
対して織莉子は真っ直ぐにプリセラを見つめ、小さく頷いた。
「織莉子?まさかこんな話を信じるのかい?……どうみても怪しいよ、こんなの」
まるで信じられない、といった様子でキリカはそう言い。
「ああ、でも君が信じるなら勿論私だって信じるよ。君が信じた事全てが、私にとっては真実だからね」
すぐに慌てた様子でそう付け加えるのだった。そんなキリカの様子はどこか危うげだけれど微笑ましくもあって
思わずプリセラは苦笑めいた笑みを漏らしていた。
「何が可笑しい」
ぞく、とプリセラの背筋に小さな寒気が走った。
それは何の前触れもなく放たれた、殺気にも近い敵意によって引き起こされていた。
キリカは目を見開き、身を乗り出してプリセラを睨みつけていた。
「もとより私は、君の言い分なんてどうでもいいんだ。今だってすぐにでも君を刻んでやりたいって思ってる。
織莉子が話したいっていうから話しているだけなんだよ。……勘違いしないで欲しいね」
織莉子と親しげに話していたかと思えば、即座のこの豹変である。そんなキリカの有様は、やはりあまりにも危うかった。
「キリカ、貴女の言うとおり今はお話をしているのよ」
「っ!ああ、そうだったそうだった。さあさあそれじゃあ話をしようじゃなあないか」
織莉子の言葉一つで、むき出しの敵意すらもどこへやらと消えてしまって。ひょいとキリカは乗り出していた身を戻した。
「じゃあ、話を続けようか」
気を取り直して、再び紅茶に軽く口をつけてからプリセラはそう切り出した。
「ええ。そちらの話を真実だとするのならば、確かに納得できることはあるのです。
貴女達の存在が、私の視た未来を歪めているということが」
「未来?……まるで、未来の予知でもできるみたいな言い方だね」
僅かに目尻を上げて問いかけたプリセラに、織莉子は薄く浮かべていた笑みを深めて答えた。
「お言葉の通り。私の魔法は未来を視通す魔法ですから。よほどのことがなければ、その未来が歪む事は無い。
……けれど、貴女達はそれを容易く歪めてしまっている」
「ははは、それこそまるで冗談みたいな話だね」
今度はプリセラが、信じ難いといった様子で小さく笑った。
けれど織莉子は、そんなプリセラの様子を気にもせず、不意にぽつりと言葉を漏らした。
「カモミールティーとオレンジペコ、チーズケーキとプリンアラモード」
「……?」
言葉の真意を測りかね、プリセラは思わず首を傾げてしまった。けれど、その直後。
「お待たせしました、こちらはカモミールティーとオレンジペコ、そしてこちらがチーズケーキとプリンアラモードになります」
三つ隣のテーブルから、注文の品を運んできた店員の声が聞こえてきた。
「………なるほどね」
そこでようやくプリセラも、先の織莉子の言葉の意味に気付いた。
「お望みでしたら、次も当てて見せましょうか?」
そんなプリセラに、織莉子は小さく微笑むのだった。
「でも、これだけじゃあ信じられないかな。これだって、たまたま注文が聞こえただけかもしれないし
魔法を使えばそれくらいの聞き耳だって立てられそうじゃない?」
こんな事では納得しないと、不敵に微笑みプリセラが切り返す。事実、ティトォならばそれくらいのことはしてみせるのだから。
そんな反応が意外だったのか、織莉子は小さく目を見開いた。そしてすぐに、小さく楽しげな笑みを浮かべた。
さあ、どうする?と、プリセラの視線がそう物語っているようだったから。まるでそれは、言葉を介した遊びのようでもあったから。
一体どうしたら、彼女をやりこめ納得させられるだろうか。
それを考えるのがなにやら面白くて、そう思い始めている自分を自覚して、思わず織莉子は苦笑していた。
「まあ、いいや。その辺りから疑ってかかってたんじゃ始まらないしね。
とりあえずそれはおいておくとしようか。そろそろ本題に入らないと」
「ええ、そうしてもらえると助かるわ」
本題。それはこうして今、三人が顔を突き合わせて話をしている理由。
その結果如何によっては、再びこの場で戦いが始まりかねない大きな要因。
「――何で、あんた達はまどかちゃんの事を狙ったりするんだい?」
それは鹿目まどか。織莉子達はその命を狙い、プリセラ達はそれを守ろうとしている。
勿論プリセラは、相手にどんな理由があろうとまどかを守る事を諦めるつもりなどは無い。
けれど、彼女達はいつかは帰らなければならない身の上なのだ。
だとすればそのいつかが来る前に、全ての禍根は断っておくつもりだった。
もし今回、織莉子達が交渉に応じようとしていなければ、プリセラは二人を有無を言わさず叩き潰す事すらも厭わなかっただろう。
そう言う意味では、この状況は双方にとっても幸運であったといえた。
そんな幸運な状況すらも、織莉子の眼には視えていたのかもしれないが。
プリセラの問いに、織莉子は一度静かに目を伏せた。
何を思い悩んでいるのか、キリカはそんな織莉子に気忙しげな視線を送る。
けれどそれも僅かな間の事、織莉子はプリセラを真っ直ぐに見つめると、静かに口を開いた。
「単刀直入に言います。鹿目まどか、彼女が生きている限り、この世界は破滅の道を辿る事になる。
だから私達は、鹿目まどかを殺さなくてはならないの」
「それは、そういう未来が視えた……って事?」
険しい表情で問いかけるプリセラに、織莉子は小さく頷いた。
「そんな馬鹿げた話があるかっ!あの子にどうしてそんな事ができるってんだ。
あの子はただの女の子じゃないか。魔法少女ですらもない」
「ええ、確かに今はそう。だからこそ今、彼女を排除しなくてはならないの、この世界のために」
「……っ」
真っ直ぐに向けられる織莉子の瞳には嘘偽りの一片すらもなく、思わずプリセラは息を呑んだ。
ティトォほど機微に聡いわけではないが、それでも本気の言葉は魂に響く。だからこそ、わかるのだ。
美国織莉子は本気で、確固たる信念に基づいて鹿目まどかを殺そうとしている。
世界を守ろうとしている。そこに、譲歩の余地はない。
それがわかってしまうのは、奇しくも同じく世界を守るための戦いに身を投じてしまった、そんな身の上であるからかもしれなかった。
「わからないよ、私には。どうしてまどかちゃんが生きている事で世界が破滅するのか
どうしてまどかちゃんを殺す事でしかそれが回避できないのか。一体どういうことなんだ!?」
知れず、プリセラの声にも力が宿る。
「……なんかあの三人深刻そう」
「世界の破滅がどーとか聞こえたけど」
当然、余人の耳にも入ってしまうわけで。
「……中二病?」
と、そんな反応が返ってくるのも仕方ない話であった。
「お待たせしました、ガトーショコラとイチゴのタルト、オレンジムースケーキになります」
おまけに、話の腰をへし折るようにケーキの注文が届いてしまったのだった。
「折角ケーキが来たのだし、先に食べちゃわないかい、織莉子。難しい話はそれからでいいだろう?」
「もう、キリカは仕方ないわね。プリセラさんもどうぞ。ここのケーキは美味しいと評判なんですよ」
わぁい、と喜び勇んでケーキを頬張るキリカの頬が、幸せそうに緩むのが見えて。
「……まあ、いっか」
小さく鼻を鳴らして、プリセラもまたケーキを一口頬張るのだった。
「なにこれ、うまっ!?」
「でしょう、それでは私も……うん、美味しいわ」
「織莉子と一緒だからね、尚の事美味しいよ。たまにはこうして外でというの悪くないね。
あ、勿論織莉子の家でのお茶会が最高なのは言うまでも無い事だよ?」
「なんかすっごい軽くなったよ」
「単に甘いものが食べたかっただけなのか?」
W・W・フレアが好きです
「いやー、本当にここのケーキは美味しかったねー。……で、えっと。何の話だっけ」
すっかりケーキを堪能して、満足げな表情でプリセラがそう言った。
「鹿目まどかの話ね。何故彼女の存在が、世界を破滅させるのか」
「ああ、そうだったね。……うっかりケーキで忘れちゃうとこだったよ」
気を取り直して、一つ小さく吐息を漏らしてプリセラは織莉子を見つめた。
ケーキを楽しむ気分も消えて、織莉子は再び瞳に冷たい光を宿らせて、それに答えた。
「彼女が生きている限り、この世界に強大な魔女が現れる。世界を滅ぼす程の強大な魔女が」
「それって……ワルプルギスの夜、って奴?」
「いいえ、それも確かに遠からずこの街へと現れるでしょうね。けれど、それとは比較にならないほどの魔女が現れるの」
「世界を、滅ぼす魔女……」
もう一度その言葉を呟いて、プリセラは堅く手を握った。
遠からず訪れるであろうワルプルギスの夜、それを退けたとしてもまだ、そんな恐ろしい魔女が待ち受けているというのか。
「そう、一度現れてしまえば破滅は免れないほどに凶悪な魔女。
私達に出来るのは、それが出現する前に、鹿目まどかを始末する事だけよ」
プリセラの動揺を知ってか知らずか、立て続けに織莉子は言い放った。
「……でも、なんだってそんなのとまどかちゃんが関係あるんだ」
マミやキュウべぇの話を聞く限り、魔女とは人の世の呪いや負の感情が具現化したようなものであるとされている。
それ自体それ相応に眉唾ではあるが、だとすればまどかが原因で魔女が生まれるという事も、ありえない事ではないのかもしれないが。
(でも、あの子は優しいいい子だ。誰かを恨んだり、恨まれたりするような子じゃないよ)
ありえない。とプリセラは脳裏に浮かんだ想像を否定した。
「そうね、貴女はまだ何も識らないのでしたね」
織莉子は唇に手を寄せ、僅かに考え込む仕草を見せてから。
「ここで全てを教えてあげてもいいのだけれど、きっと貴女は信じないでしょうね。
それに私が教えるまでもなく、貴女は真実を識る事になるでしょう」
「どういう事かな、それは」
「言葉通りの意味よ、貴女はいずれ真実に辿りつく。望む望まざるに関わらず、ね」
言葉の真意を捉えかねている様子のプリセラを捨て置き、織莉子はすっと席を立った。
「答えを知れば、貴女は私の言葉の意味もまた理解することでしょう。
その時に改めて、貴女の答えを聞かせてもらうわ。私達に敵対するのか否かをね」
伝票を片手にキリカと連れ立ち、プリセラの横をすり抜けながら。
「それまでは、鹿目まどかの命は預けるわ。……どうやら貴女達にも、厄介な敵が待っていそうですから」
「っ、それって!?」
その言葉は流石に聞き逃せない。プリセラは咄嗟に立ち上がり、織莉子の手を引いて。
「その話、もう少し詳しく聞かせてくれないかな」
そう、呼び止めるのだった。
イイ感じですね、このまま書き続けやがってください
では、本日はこんなところでしょうか。
>>801
おりキリコンビはなんだかんだで動かしやすいいい子達です。
おかげで暴走したりすることもあったりなかったりですが。
そして今一つ見せ場に欠けるプリセラさんです。
>>809
一方WWFは大活躍しております。
今はちょっとお休み中ですけどね。
>>812
このまま頑張りたいところです。
そろそろまたバトルの気配が漂ってきた事ですしね。
乙した!
乙
某所の清杉×まどかSSも綺麗に完結したしこっちも超期待してます
乙
「なんかすっごい軽くなったよ」みたいにさりげなくマテパのネタを入れてくるのが素敵
遅くなったけどお帰り乙です!
なるほど、どっかで見た覚えがあると思ったらティトォとリュシカがご飯食べてる時のパロなのか
おりキリとは一時休戦…流石にゆまは出られないよね
こっからどんどん話転がっていきそうでわくわくしてるよ、本当に帰ってきてくれてよかった
中々梃子摺る今日この頃です。
せめて週1更新くらいのペースは守りたいところですが。
なにはさておき、行きましょうか。
「あそこの三人、また何か深刻そうな話をしてるよ」
「ほんとだ、一体何の話をしてるんだろうね」
それから、しばらく時間が流れ。
「……大体こんなところかしら」
言葉を切って、織莉子は一つ小さな吐息を漏らした。
「数日中に、私達の敵が現れる。……それが本当だとしたら、確かに悠長にはしていられないね」
告げられた予知の内容をざっくりと振り返りながら、プリセラは小さく静かに呟いた。
「疑わしい、って様子だね。せっかく織莉子がキミに教えてあげたって言うのに、信じられないのかい?」
若干剣呑な視線をプリセラに向けつつ、キリカが低い声でそう言った。
「そりゃあね、いきなり信じろって方が都合のよすぎる話だよ。それに、数日後に敵が来る、なんて。
予知にしてはちょっと漠然としすぎてるよね」
織莉子の言葉は、ただ近い内に敵が現れると、その事実だけを告げていた。
ワルプルギスの夜とも違う、彼女達を狙ってやってくる敵。
それは暁美ほむらであるかもしれないし、また別の三十指であるかもしれない。
予知というくらいなのだから、もう少し確かな未来を教えてくれてもよさそうなものなのに、と。
幾分かの不思議や不満をプリセラに抱かせていた。
「貴女達の未来は、絶えず揺らぎ変動しているわ。
私の力をもってしても、最も起こる確率の高い事象の一つをおぼろげに見て取るのがやっとなの」
織莉子の言葉に嘘はなかった。
死ぬたびに入れ替わるというプリセラ達の性質が、そしてその身に宿した星のたまごという膨大な力の結晶が
そもそもにして、異なる世界の住人であるという事実が、彼女達の未来を酷く不安定なものへと変えていたのである。
短い時間の間の行動を予知する程度ならば問題はないが、時間や距離が開いてしまえば
予知に生じるブレは途端に大きくなってしまうのだった。
「まあ、そう言うことなら仕方ないね。敵が来る。そういう心構えでいられるだけでも十分だよ」
実際のところ、魔法の類に疎いプリセラである。その話をどれだけ理解できていたかは怪しいところではあるのだが。
それについては後でティトォに任せる事にした。
自分に出来ることは、ただ戦う事だけなのだから。その為に、ひたすらに身体を鍛え、技を磨いてきたのだから。
「今話せることは、これくらいね」
話は終わったとばかりに、織莉子はすっと立ち上がり。連絡先の書かれたメモをプリセラに差し出しながら。
「きっと貴女は、いずれ再び私達と話さなければならないと思うはず。……その時が来たら、こちらに連絡を」
「なかなかもったいぶるよね。……わかったよ、じゃあまたその時にね」
メモの代わりに伝票を持ち、席を立つ織莉子。それに続き、最後にプリセラに敵意丸出しの視線を向けるキリカ。
そんな二人の姿を、プリセラは座したまま見送るのだった。
「時間はあんまりない。となると流石にもう、うだうだやってる場合じゃないね」
状況は混迷の一途を辿りつつある。そんな状況だからこそ、やるべき事はシンプルでいい。
敵を倒す。自分達に敵対する謎の魔法少女、暁美ほむらを。
遠からぬ内に見滝原に迫る、超弩級の魔女、ワルプルギスの夜を。そしていずれ再び襲い来るであろう本来の敵、女神の三十指を。
全てを退け、元の世界に帰還する。その為に、今出来る事をするだけなのだ。
意を決しプリセラは席を立つ。そして、猛然と家路を辿るのだった。
「お帰りなさい、プリセラさん。随分遅かったわね、何かあったの?」
帰宅したプリセラを、玄関口でマミが迎えた。
「そうだね、色々とあったよ。その事でちょっと話がしたいんだけど、杏子はいるかい?」
「あたしならここだよ、で、一体何の話をするんだよ?」
プリセラの言葉に、杏子が居間に続くドアを開いて現れた。
どうやら風呂上りのようで、薄手の寝間着を纏って、濡れた髪をタオルで拭いながらそう言うのだった。
そんな杏子に、そしてマミに、プリセラは静かに告げた。
「私達の敵の事、そして、これからの事」
「まさか、暁美さんが……」
時は流れ夜は深まり、告げられた事実にマミは驚愕と困惑が入り混じったような表情を浮かべた。
「こんな事を隠していただなんて……貴女も人が悪いわ、杏子」
そして驚愕と困惑は、その事実を知りながらも秘匿し続けた杏子にも向かう。
そもそも暁美ほむらの敵対の事実を告げる事に、杏子は当初難色を示していた。
それでもプリセラの意思が堅い事を知れば、それを留めることはできなかったのである。
「……それについては悪いと思ってるよ。でも、できればあいつとの決着はあたしの手でつけたかったんだ。
あんな風にコケにされて、黙ってられるかっての」
ほむらに裏切られ、死に瀕した記憶は決して消えはしない。杏子は苦々しげに顔を歪め、拳を堅く握り締めた。
「貴女らしいわね。……でも、できれば頼って欲しかったわ」
そんな杏子の心情を察して、マミがため息交じりに言葉を放つ。
(素直に頼れる状況なら、苦労しないっての)
当時のマミとの関係を考えれば、素直に助力を求められるはずも無い。
杏子もまたマミのそんな言葉に答えるように、小さなため息をつくのだった。
「話、続けるよ」
気まずい沈黙を断ち切るように、プリセラは快活な口調で言葉を続ける。
「まず間違いなく、そのほむらって子はまた私達に仕掛けてくるはずだ。
そして前の襲撃の時を考えても、周囲の被害を考えるような性格だとは思えない」
その言葉に、マミと杏子の表情が硬くなる。
「それは、このまま放置しておくわけには行かないわね。
また前みたいな事になったら、今度はどれだけの被害が出るか分かったものじゃないわ」
脳裏に浮かんだ最悪の光景に、思わず寒気すら感じてしまって。僅かに青ざめた表情でマミが言う。
「とは言っても、一体どうすりゃいいんだよ。今までだってあいつをおびき出すために
あちこち出向いてってのに中々尻尾を出しやがらない。あいつを捕まえるのは、かなり面倒だぜ?」
そもそもにして、一時期共闘していた杏子でさえ、ほむらについての情報を殆ど持ちえていないのである。
「という事は、相手の正体や目的もわからない。どんな魔法を使うのかだって、殆ど分かってないんだね」
「ああ、ただ普通の銃やら爆弾やらを使ってたから、多分魔法で武器を作るタイプじゃないんだろう。
そう言うものを収納する魔法も持ってるんだとは思う。後は……」
ほむらがその力の片鱗を見せた、あのゲームセンターでの魔女との戦いを思い出す。
「そういえば、攻撃を喰らったと思ったあいつがいきなり消えて、別の場所に現れるなんて事もあったな。
だとすれば、瞬間移動みたいな魔法も使えるのかもな」
「強力な重火器に、瞬間移動。もしそれが本当だとすればかなり厄介な相手ね」
敵の力量を推測し、それが間違いなく強敵である事を理解した。それ故にマミの言葉は、幾分か低く沈んだものに変わっていて。
情報が余りにも少なすぎる、それ故に、打てる手もまた少ない。
思考は煮詰まり会議は踊る。やがて痺れを切らしたかのように、プリセラが切り出した。
「やっぱり私達だけじゃダメだね。難しい事考えるのはもともと得意じゃないし。
こういう事考えるのは、やっぱりティトォの仕事かな」
これ以上はお手上げだとばかりにそう言って、魔法の薬を取り出した。
「プリセラさん。……でも、ティトォは」
マミが心配そうに声をかける。昼間の事もあり、どうしてもティトォの身を心配せずにはいられなかった。
そんなマミに、プリセラは静かに微笑んで。
「大丈夫、ってティトォは言ってるよ。それに今は、ちょっと無茶でもそいつを通さなきゃいけない時さ」
「……また、換わるのかよ」
杏子もまた複雑な表情を浮かべて、薬を手にしたプリセラに視線を向けた。
「あはは、やっぱり心配にもなるよね。一回死んじゃうわけだしね」
事も無げにそういうプリセラの姿が、どうにも杏子の心を乱した。そんな気持ちを知ってか知らずか、プリセラは杏子の手を取って。
「お、おい。何だよ急に」
「この薬も、もう後いくつも残ってない。もしかしたらそう遠くない内に、私達は自由に戦えなくなる時が来るかもしれない」
その手を咄嗟に振り払おうとした杏子だったが、告げられる言葉にその手が止まる。
「アクアがあんたに頼みたかったのはね、いつかそうなるかも知れない私達を守ってほしい
一緒に戦って欲しいって、そういう事なんだ。勝手なことって言われるかもしれない。
でも、今の私達に手段を選んでる余裕は無い。……だから力を貸してくれないかな、杏子」
握られた手は暖かくて、人のそれと変わらないように思えた。その手が僅かに震えているような気がして。
「ったく、あたしらよりもよっぽど強いくせによく言うよ。……まあ、借りは借りだからね。手が必要だってなら貸してやるよ」
そっぽを向いてそう言って、それでも少しだけ力を篭めて、プリセラの手を握るのだった。
(もう、素直じゃないんだから)
そんな様子に、マミは小さく笑ってしまうのだった。
「ああ、それとマミ」
「っ、何かしら、プリセラさん?」
不意に話しかけられて、浮かべた笑みをどうにかごまかしマミが答えると。
「ティトォはああ見えて、結構危なっかしいところもあるからさ。ティトォの事、よろしく頼んだよ、マミ!」
にんまりと笑って、プリセラは軽くマミの肩を叩いた。
「え、ちょっ、な、何言って……」
困惑し、何故だか頬まで染め出したマミの反応を確かめてから、プリセラは薬を飲み込んだ。
存在変換が始まり、プリセラが、ティトォへと変換されていく。
そして再び目覚めたティトォは、まずは一度部屋の中を一望し、いつもの仕草でこめかみを一つ突いてから。
「今までぼく達は、敵に襲われる形で戦いに巻き込まれてきた。ただ迎え撃つだけじゃあ、敵に先んじる事は出来ない。だから……」
握った拳を顔の前に掲げ、力強く宣言した。
「今度は、ぼく達が攻めに回る番だ!」
魔法少女マテリアル☆まどか 第10話
―TAPと平和な日々―
―終―
【次回予告】
互いに譲れぬもののため、遂に新たなの戦いの幕が開く。
「何だ……ここは」
「迂闊に動いちゃ駄目だっ!」
全てを擲ち、破壊を振りまく暴虐と。
「ぶっ……壊すっ!!」
「じゃあ、まずはこの辺綺麗に均そうか」
それすら飲み込み、打ち砕かんとする力。
「これ以上、好き勝手やらせるかっての!」
「甘く見られたものね、私も」
そして、共に戦う者達と。
ぶつかり合うのは意地と意思。捻れ絡まり喰らいあい。
そして――
「――見えた!」
次回、魔法少女マテリアル☆まどか 第11話
―白い世界と荒れ狂う炎―
さあ、いよいよTAPvsほむほむです。
一体どういう結末になるのか、果たしてちゃんと書ききれるのか。
是非とも楽しみにしていただきたいところです。
>>815
ありがとうございます。
最近はどうにも不甲斐ないので、そろそろペースを取り戻したいところです。
>>816
私の知っている奴かどうかはわかりませんが、完結したのは素晴らしい事です。
こちらもどうにか完結までこぎつけたいものですが……実はまだ大分先は長かったりします。
>>817
そういう小ネタを入れずして何がクロスですかといったところです。
まあ、一番いいのはそういうのに頼らず両方のふいんき(なぜかry)を出す事なのでしょうが。
>>818
ありがとうございます。
とりあえずおりキリコンビについては一段落といったところでしょうか。
ゆまちゃんは本気で死神ユマでもやろうかと血迷った時期がありました。
まだまだペースは遅いですが、これからどうにか上げて行きたい所です。
乙でした。
ティトォによる、ほむらの魔法とゴッドマシンの比較分析に期待します。
11話、開幕です。
いろんな意味で最大の決戦です。
第11話『白い世界と荒れ狂う炎』
「暁美さんは今日もお休みとの事です」
朝のHRで、早乙女がそう告げた。その表情には、長らく休み続けている暁美ほむらの身を案じる様子が覗いていた。
暁美ほむらがティトォらを襲撃して後、学校から姿を消して既に一週間余り。
謎の転校生の長い病欠はクラスに様々な憶測を呼び、このまま戻ってこないのではないか、と彼女の身を案じる声も多く聞かれていた。
「……ほむらちゃん、何してるのかな」
当然、まどかもそんなほむらの身を案じる一人であった。
けれど今、まどかの胸中を埋めていたのはほむらの身を案じる気持ちだけではなかった。
「まどか、大丈夫?なんだか顔色が悪そうだけど?」
重苦しく胸中を埋めるその思いを見透かすかのように、さやかが心配そうに話しかけてきた。
その言葉に、ようやくまどかは自分がそれほど思い悩んでいた事を知る。
「だ、大丈夫だよ、さやかちゃん。……ちょっと、昨日夜更かししちゃって」
そう言って、欠伸の仕草をしてみせるまどかに。
「そっか、ならいいんだけどさ。もし何かあるんだったら、遠慮なくさやかちゃんに話してよね」
さやかはどん、と一つ胸を手で打って、それから声を潜めて言葉を続けた。
「……ティトォさん達の事なら、何も出来ないかもしれないけどさ。それでも、話せば少しは楽になることもあるでしょ」
ああ、と小さな息がまどかの口から零れる。さやかは察しているのだろう。
まどかの心を悩ませている事が、ティトォ達に、ひいては魔法少女や魔法使いに関係した事なのだという事を。
さやかが時折見せるこんな鋭さは、彼女の素晴らしい長所だとまどかは思う。
けれど、これは彼女に話すべき事ではない。まどかはそう判断した。
「ありがとう、さやかちゃん。でも、本当に大丈夫だから」
だからこそ、できるだけ自然にそう言って、同じく自然に笑って見せた。
なんとなく引っかかるものを感じないではなかったが、こう言われてしまえば引き下がるより他になく、さやかも口をひっこめるのだった。
放課後。用事があるからと言って、さやかと仁美と別れたまどかは一人、職員室の前に立っていた。
職員室の扉を前に、胸に手を当て大きく一つ深呼吸をして、意を決してその扉を開くのだった。
「早乙女先生」
「あら、どうしたのかしら、鹿目さん?」
「あの……実は、先生にお願いしたい事があるんです。ほむ……暁美さんの事で」
「暁美さんの事?」
さてどうしたのだろう、と僅かに首を傾げる早乙女に、まどかはどこか緊張にした面持ちで言葉を続ける。
「暁美さん、最近ずっと学校に来てなくて、どうしたのかなって思って、それで」
ずきり、とまどかの胸が痛んだ。もちろん、ほむらの身を案じる気持ちはある。けれどこの行動は、そんな理由だけではなくて。
けれどそんな事は知る由もなく、早乙女は僅かに物憂げな表情を浮かべると、吐息交じりに言葉を吐き出した。
「そうなのよね、暁美さん、ここ数日ずっと体調が悪いみたいなの。ちょっと前まではあんなに元気そうだったのに。
心臓の病気の事もあるし、やっぱり心配ね」
ごくり、と喉を一つ鳴らして。俯いたまま目をぎゅっと閉ざして。一つ荒い息を吐き出して。まどかはようやくその言葉を吐き出した。
「暁美さんの住所って、わかりませんか?……その、お見舞いに行けたらって、思うんです」
言ってしまった。その事実がまた、まどかの胸の奥にずきりと鈍い痛みが生まれた。
明日、早い内にマミの家に寄って欲しい。そんな内容のメールがまどかの携帯に飛び込んだのは、昨夜の夜の事だった。
何かあったのだろうか、漠然とした不安を感じながら翌朝、マミの家を訪れたまどかを迎えたのは
どこか険しい顔をしたティトォとマミ、杏子の三人だった。
告げられたのは、衝撃的な事実。
ティトォ達の命を狙い、マミと杏子を仲違いさせた犯人が恐らく暁美ほむらであること。
更には彼女が、マミに破れた杏子にトドメを刺そうとした事。
その行動には一切の容赦がなく、周囲の被害すらも度外視したものである事。
そんな事実を、ティトォは淡々とした口調で告げるのだった。
到底信じられるはずもなく、まどかはそれを否定した。
何か理由があるのかもしれないと、ちゃんと話せば分かり合えるかもしれないと、なけなしの勇気を振り絞ってそう言った。
けれど、帰ってきた言葉は。
「彼女にどんな事情があるにせよ、殺意があることは明確だ。
この街の平和の為にも、ぼく達の為にも、これ以上彼女を放置しておくことは出来ない」
無慈悲な、そんな言葉だけだった。
「はい、これが暁美さんの住所よ。あ、そうだ、お見舞いに行く時に一緒に、このプリントも届けてもらえないかしら?」
今朝の事を思い出していたまどかの耳に、早乙女の声が飛び込んで来た。
まどかは慌てて顔を上げ、住所の書かれたノートの切れ端とプリントの束を受け取って。
「ありがとうございます、早乙女先生」
それをぎゅっと抱きしめて、職員室を後にするのだった。
「……確かめなきゃ」
ノートの文面を食い入るように見つめて、まどかは静かに呟き歩き出す。
まるで何かに追われるように、急かされているかのように。
時はさらに流れて夕刻。暗がりに沈む街の片隅で、尚暗さを感じさせる通りの一角。
そこが早乙女から渡されたノートに書かれた場所だった。
「ここに、ほむらちゃんが……」
震える声でそう呟いて、まどかはドアへと近づいていく。
けれどその足は震えていた。もしやすると、本当にほむらはティトォ達の言うように恐ろしい存在なのかもしれない。
そんな想像が、まどかの足を竦ませる。
それでも、と。まどかは更に一歩、震える足を進ませた。
まどかがほむらと共に過ごした時間は決して長くない。
未だにまどかは、ほむらが魔法少女であるという事以外に、彼女の事を殆ど知らない。
だが、それでも何故だか信じたいと思ってしまう。そう思わせる何かが、まどかとほむらの間には存在していた。
やがてまどかはドアの前にたどり着くと、震える手で呼び鈴を鳴らした。
僅かな沈黙の後、開かれたドアの向こうからほむらが姿を表した。
その表情には、どこか驚いたような様子が見て取れて。
「まどか……」
「ほむら、ちゃん……」
互いに名を呼び、それ以上は言葉もなく押し黙る。
その真意を問いただすつもりで来た筈のまどかも、ほむらの顔を見ると、まるで息が詰まったかのように何も言えなくなってしまっていた。
ほむらもまた、まどかの来訪をまるで予想だにしていたかったようで、驚いた表情のまま押し黙っていた。
気まずい沈黙が場を支配する。けれど、やはり先んじてそれを断ち切ったのはほむらだった。
「何をしに来たの、鹿目さん?」
予想外の驚愕から立ち直り、さも平然とした様子でほむらはまどかに問いかけた。
たっぷりと沈黙を飲み込んで、それからようやくまどかは口を開いた。
「ほむらちゃんに、聞きたい事があるの」
「…………」
その答えを予期していたのかいなかったのか、ほむらは黙して何も答えない。
そんなほむらに、まどかはティトォ達から聞かされたほむらの行いを問いただすのだった。
「私は、ほむらちゃんがそんな事をするなんて信じられないし、信じたくないって思うの。
でも、もし本当だったとしても……きっと、何か理由があるんだよね?」
真っ直ぐにほむらを見つめ、必死にまどかは言葉を紡ぐ。
ギリ、とほむらは歯噛みしながらそんなまどかを見つめ、更にその背後に視線を向けた。
まるで視線そのもので射殺すかのように、鋭く冷たい視線を。
「理由があるなら、ちゃんと話をすればもしかしたら、こんな事だってしなくてよくなるかもしれない。だから――」
「鹿目さん」
まどかの言葉を遮って、ほむらが不意に強い声でそう言い放つ。
再び真っ直ぐにまどかを見据えるその視線には、憂いのような哀しみのような、それでいて決意のようにも見える表情が浮かんでいた。
「鹿目さん。一日だけ時間を頂戴」
「えっ?」
「明日には、全てを貴女に話すわ。だから……今日は、このまま帰ってくれないかしら」
「っ、でも……」
「お願い、まどか」
そして再び沈黙が訪れる。互いに顔を見合わせたまま、丸々一分近くの沈黙が流れすぎた後、ようやく。
「明日になれば、全部話してくれるんだよね。ほむらちゃん」
「……約束するわ、まどか」
そんな言葉に、どうにかまどかは無理やり笑顔を作ると。
「わ、かったよ。ほむらちゃん……明日。また明日、だね」
「ええ、また明日、よ」
まるでそれは、分かれ道で交わす友人への挨拶のようで。
まるでそれは、死地に赴く者への今生の別れの言葉のようで。
そしてまどかは、ほむらの家を後にするのだった。
ほむらはしばらくまどかの後姿を見送った後、再び彼方に鋭い視線を送り。
「大丈夫、約束は必ず守るから」
口許で小さく呟いて、家の中へ戻っていった。
今回はまだ戦いの前触れのようなものでしょうか。
本番ももうすぐです。うまくやってくれるといいのですが。
>>829
グリンとその魔法を知っているという事が、果たしてどこまでこの戦いにおけるアドバンテージになるのでしょうか。
そろそろティトォにも活躍らしい活躍をしてもらいたいものですね。
みなさん大変長らくお待たせいたしました。
……まあ、色々とあったわけですが、ようやくモチベーションが回復してきた気がするので、再開してみます。
休止期間中はずっと地球を守ったり超速変形したりしてました。
では、再開してみましょう。
「ここまで計算ずくだった、って事かよ」
「……ああ」
ほむらの視線の先、ビルの陰から姿を表しながら、杏子がどこか不満そうに呟いた。
その呟きに、同じくどこか気の進まない表情で、ティトォは答えるのだった。
そう、全てはティトォの思惑通りに進んでいた。
まどかがほむらに、そしてほむらがまどかに対して何かしらの特別な感情を抱いている事は、まず間違いないと言えた。
その上で、まどかがほむらの凶状を知ればどうなるか、必ずそれを問い質しに行く事だろう。
そしてその相手がまどかであれば、ほむらも手荒な真似が出来るはずがない。
後は、まどかが無事にほむらの元にたどり着けるだろうかという事だけが不安要素であったが
それも今達成され、ほむらの居場所を突き止める事に成功した。
後はそこに乗り込み、決着をつけるのみだ。
「鹿目さんには、悪い事をしてしまったわね」
物憂げにマミが言う。戦う事には最早躊躇いはない。
けれど、そのためにまどかを利用してしまったという事実だけが、どうしても辛かった。
「それでも、こうするしかなかったんだ。……まどかには、後でちゃんと謝っておくよ」
そしてその思いは、どうやらティトォも同じだったようで。
「それはそれとして、どうするんだ。あの様子じゃあ、ほむらの奴は多分こっちに気付いてるぞ」
「それでも、ここは真正面から押し切ろう。ヘタに時間を与えて、逃げられたり迎撃の準備を整えられても面倒だからね」
「そうね、それに今度は3対1。よっぽどの事がない限り、負けたりなんてしないわ」
もちろん、数の有利に油断をしたりはしないけれど、と心の中でマミは自分に言い聞かせた。
油断が招いた失態は、大きな教訓としてマミの胸に刻まれていた。
「そうと決まれば……行こう!」
「ああ!」
「ええ、行きましょう!」
静寂が満ちた空間に、ただ一人。暁美ほむらは佇んでいた。
「まどか……」
小さくその名を呟いて、堅くその手を握り締めた。その胸中に渦巻いていたのは、怒りと覚悟。
まどかを利用し、自分の居所を突き止めようとした者達への怒り。そして、どんな手を使ってでもそれを排さんとする覚悟。
全ては、星のたまごを手に入れるため。そして、鹿目まどかを救うため。
「奴等は必ずやってくる。……絶対に、奴等を倒してみせる」
その為の仕込みは全て済ませてあった。敵の能力も、十分に把握できている。勝機は十分にあるはずだ。
「今度こそ、全てを終わらせてやる」
その空間の入り口である扉をじっと見つめたまま、ほむらは自分に言い聞かせるかのようにそう呟いた。
そしてその眼前で、勢いよくその扉は開かれるのだった。
「鍵はかかってないみたいだな」
無造作にドアノブに手を伸ばして、杏子が意外そうに呟いた。
「罠があるかもしれないのよ、もう少し慎重にしたらどう?」
それを咎めるようにマミが言う。
「心配ねぇよ。罠があったって、構わずぶっちぎればいいんだ。今の状態なら、それくらいはできるだろ」
自信気にそう言う杏子の身は、白い炎に包まれている。マミもまた同じである。
ホワイトホワイトフレアの効果がある今、並大抵の事では二人を倒す事はできないのだ。
むしろ夕暮れ時のこの時間である、こんな姿でいる事自体が余計に目立って仕方が無い。
人目についてしまう前に、行動は速やかに行う必要があった。
「じゃあ、行くぜ」
「ああ、頼むよ」
そして、扉は開かれた。
「何だこれ……どうなって、やがる」
そこは、余りに広い空間だった。広さだけで言えば、学校のグラウンドにも匹敵するであろう程で。
家の外観から比べても、明らかにおかしい光景だった。
「結界、みたいなものかしらね。……という事は、私達を迎える準備は万全だったってことかしら」
さらにそのだだっ広い空間の中には、得体の知れない瓦礫の山がいたるところに積み上げられており、その全容を知る事は敵わなかった。
「……現れたな」
唯一ティトォだけが、そんな周囲の様子に気をとられる事なく、目の前に佇む少女を睨み付けていた。
マミと杏子もそれに続いて、それぞれ得物を手に身構える。
「ぼくが会うのは初めてだね、暁美ほむら。きみは、一体どうしてぼく達を狙うんだい?」
ティトォの問いに、ほむらはさらりと髪を手で払いながら、その手を盾にかざし。
「貴方がそれを知る必要は……ない」
「っ!?」
爆音と同時に、頭上に影が差した。見上げれば、崩落した瓦礫が次々に降り注いでいる。
押し潰されれば間違いなく致命傷。例えそれを免れたとしても、瓦礫の下敷きになって身動きすら取れなくなってしまう。
それが分かっていたからこそ、杏子は迷わず前へと飛び出した。
「ティトォさんっ!!」
だが、マミの行動は遅れた。ティトォを気遣ってしまったが故に、行動に一瞬の遅れが生じた。
ティトォもまた動けずにいたのだろうか。為す術もなく、二人は瓦礫の下に飲まれて消えた。
轟音が響き、辛うじて直撃を免れた杏子は僅かに歯噛みした後、すぐにほむらを睨みつけ。
「野郎……ッ!!」
一足飛びにほむらの元へと飛び込んで、横薙ぎに槍を振るった。まさにそれは神速の一閃。
けれどその一撃は、ほむらが背にしていたひしゃげた鉄骨を寸断しただけで。ほむらの姿は忽然と消えうせていた。
代わりとばかりに杏子の周りを取り囲むように配置されていたものは、なにやら小さな箱のようなもの。
それが何かは分からないが、とにかく今はこの場を離れなければ拙い。
半ば直感的に杏子がその場を離れようと跳躍するより早く、その箱の全てが同時に炸裂した。
内部にたっぷりと溜め込んだ鉄球をばら撒きながら。
クレイモア地雷と呼ばれるその兵器は、その鉄球一つが直撃しただけでも人体に大きなダメージを与える事ができる。
そんなものが周囲を囲むように総計8つ、至近距離から杏子に叩き込まれたのであった。
強化された魔法少女の身であっても、そのダメージは決して少ないものではない。
まるで全身を重い拳で滅多打ちにされたかのような衝撃が杏子を襲い、ぐらりとその身が揺らいだ。
衝撃によって途切れそうになる意識をどうにか繋ぎとめて、槍を杖にどうにか踏み堪えた杏子であったが
その眼前には黒光りする銃口が突きつけられていた。
有無を言わさず間髪置かず。大口径の拳銃から立て続けに放たれた銃弾が、次々に杏子の身体に突き刺さる。
そしてとどめの一撃が、胸元に煌くソウルジェムに叩き込まれた。
ソウルジェムを砕けば、魔法少女との戦いはそれで終わる。ほむらは自身の経験から、それを理解していた。
勝利を確信し、ほむらは残った敵へと意識を向けようとして。
「っ!?」
背後から聞こえた風斬り音に、咄嗟に振り向きながら盾をかざした。
盾が纏った魔力の壁に突き刺さる、真紅の切っ先。その振るい手は。
「待てよ、まだ死んでねぇよ」
全身に無数の傷を負い。否、負った筈の傷を現在進行形で修復しながら、突き出した槍にぎりぎりと力を篭める杏子の姿があった。
ソウルジェムは確かに打ち砕かれていた、けれどそれはそのまま虚空に掻き消えた。
「偽物を用意していた……くっ」
「ティトォの言う通りにしといて正解だったな。まさか、本当に狙ってくるとはね」
盾を塞がれては、ほむらも反撃すらままならないのだろうか。じりじりとほむらを追い詰めながら、杏子はにぃと口元を歪めた。
「それと最後に、暁美ほむらと戦う時だけど」
戦いの前日、明日の戦いに備えて策を練っている最中、ティトォはそう切り出したのだった。
「ソウルジェムを狙われたら、ヘタをすると一発で戦えなくなってしまうかもしれない。
だから、今までのように外に出しておかない方がいいと思う」
ソウルジェムがどういうものであるのか、ティトォはある程度の推論を立てていた。
それが本当に正しいのだとしたら、ソウルジェムが砕かれればどうなるかは想像に難くない。
そうでなくとも、魔力の源であるのであればそれを狙ってくる事も考えられたのだから。
かくして、杏子はソウルジェムを保護する事でほむらの一撃を防ぎ得た。
更には偽物のソウルジェムを用意し、それを破壊させる事でほむらの不意を突くことにすら成功していたのだった。
「距離を取らせると面倒だ。このまま……一気にっ!」
槍を握る手に更に力を篭め、ぐいぐいとほむらを圧していく。
ホワイトホワイトフレアによって強化された杏子の力は、元々身体能力自体はさほど高くないほむらのそれを完全に凌駕している。
迂闊に下がれば、そのまま一気に懐に飛び込み、その胴を両断してやれる。そうでなくとも、遠からぬ内に押し切れる。
この状況では、ほむらの魔法はその効果を十分に発揮する事は出来ない。思わぬ苦境にほむらはぎり、と歯噛みした。
どうあっても、この状況を無傷で切り抜ける事は出来そうにない。最悪の事態を考えた上で、ほむらは決断した。
均衡が崩れ、槍の切っ先がほむらの肩口を深く切り裂く。さらに杏子は槍を振り下ろす。深い傷が、さらにもう一つ刻まれて。
「こいつで……ぐ、っ!?」
切り裂かれながらも、ほむらは杏子に肉薄した。そこは既に槍の間合いではない。
無論それは、杏子がただの槍の使い手であれば、だが。
すぐさま槍を短く作り替え、迎撃しようとした杏子の頬を、ほむらの拳が鋭く抉りこむように撃ち抜いていた。
何かを握り込んでいたのだろう、その拳は堅く重かった。
殴ると同時に、握っていた手榴弾を手放した。当然それは、杏子の眼前で炸裂する。
スタングレネードの強力な光と音が、杏子とほむらの視界と聴覚を同時に奪う。
それでもそれを予期していたものと、そうでないものとでは反応はやはり異なるもので。
ほむらは白に染まった視界の中で横っ飛びに跳躍し、無様にごろごろと転がりながらも杏子から距離を取り、再び盾に手をかざした。
世界が色を失い、時の流れが静止する。
ほむらが持つ時間停止は、非常に強力な魔法である。
保有する火器の威力と合わされば、並みの相手では及びもしない。
攻撃を知覚する間もなく、一撃で確実に仕留める事さえ容易なのだ。
だが、それだけのアドバンテージをもって尚、ほむらは杏子を倒す事が出来なかった。
そして恐らく、瓦礫の下に埋まったマミとティトォも死んではいない。
その何よりの証明が、今尚杏子を包み回復と強化を行っているホワイトホワイトフレアの存在であった。
(侮っていた……まさか、これほどの魔法の使い手だなんて)
止まった時の中をほむらは走り、距離を取り、身を隠して傷を塞ぎながら、ほむらは苦々しげに顔を歪めた。
魔法少女とは言え、まともに戦えなくなるレベルの重症を与えるほどの攻撃であったはずなのに
杏子はその傷を一瞬で回復させて見せた。
さらに、あの強化された力までもがティトォの魔法によるものだとすれば。
そんなものを、自身にもマミにも纏わせているのだとしたら。
即死させるレベルの攻撃でなければ、即座に回復されてしまう事だろう。
果たして手持ちの火器で、それほどの威力を生み出す事ができるだろうか。
ただでさえ、ホワイトホワイトフレアは炎や爆発による攻撃の一切を無効化してしまうのだ。
「それでも……負けない。負けられないんだっ!」
例えどれだけ強敵だとしても、それがあれより強いはずがない。幾度となく戦い続けてきた、敗北を重ねてきた、あの魔女よりも。
だから、勝てる。勝てるはずだ。勝たねばならない。
心の奥底から込み上げる弱音を、経験と覚悟で押し潰して。ほむらは更なる追撃の一手を打つのだった。
ひとまず本日はここまでという事で
どんな戦いにしようかと滅茶苦茶悩んでました、これ。
一体どんな風になるのかは、また今後のお楽しみという事で。
待ってました
乙
永かった…乙
いきなり全方位クレイモアとかえぐい
ずいぶんと激しい戦いになりそうだな
地球を守るの楽しいです。
では、今日も投下してみましょう。
「どうやら、始まったようね」
人知れず始まった戦いから遠く離れて、織莉子は静かに呟いた。
直に見ているわけでもない戦い。それに彼らが関わっている以上、その趨勢は絶えず揺らぎ続けている。
けれど今、この戦いが続いている間だけは、鹿目まどかを守る厄介者はいなくなる。それは当然、織莉子にとっては絶好の好機。
「まさに絶好のチャンス、というわけだ。ささっと行って、ぱぱっと終わらせよう。織莉子」
織莉子の後ろを歩きながら、唇に薄い笑みを浮かべてキリカが言う。
「ええ、そうね。彼らには悪いけれど、これが私の世界を救う唯一の術なのだから。
……方法なんて、選んでいられる場合では、ないわ」
答える織莉子の言葉には、少なからぬ迷いの色が見て取れた。
プリセラ達には借りがある、そしてなによりその在り様は興味深く、人柄には素直に好意を抱いた。
だからこそ、その信を一方的に裏切るような行為には、少なからぬ負い目を感じてしまうのだった。
だが、そんなささやかな良心の呵責に絡め取られて足を止めてしまうくらいならば、初めからこんな道を選んではいないのだ。
この好機に乗じて、鹿目まどかを始末する。それさえ出来れば世界は救われる。
その大義を信じて、縋って。多くのものを切り捨ててきた。今この時もまた、同じようにするだけだ。
「……行きましょう、キリカ」
鹿目まどかはもう家に戻っている頃だろう。急がなければならない。織莉子は歩みを速めた。
――否、速めようとした。
「どーも、お二人さん」
二人の眼前に現れたのは、一人の少女。
やや小柄な身柄に、ぱっちりとした大きな黒い瞳。
腰元まで伸びた栗色のツインテールを揺らし、フードのついたパーカーのポケットに両手を突っ込んだまま
どこか人好きのする笑みを向けてそう声をかけるのだった。
「何だい、キミは?」
思わぬ闖入者の登場に、二人の間に割って入りながら、訝しげにキリカが問いかけた。
「気をつけて、キリカ。彼女は魔法少女よ」
それがただの人であれば、気にせず素通りしていただろう。
けれど相手が魔法少女とあれば話は別。織莉子は眼前の魔法少女に、射殺すような鋭い視線を向けたまま。
「今は急ぎなの。大した用事がないのなら、後にしてもらえないかしら」
言葉は冷たく、言外にもあからさまにプレッシャーを滲ませながら織莉子は言った。
「いいね、その眼。ゾクゾクする。見られてるだけで心臓が止まっちゃいそう」
けれどその少女は、そんなプレッシャーを真正面から受け止めて尚、嬉しそうに微笑んだ。
「探し人とは違うみたいだけど……これはこれで面白そう。ワクワクしてきた」
ぎらりと歯を見せ獰猛な笑みを浮かべ、少女は軽く握った拳をすっと掲げた。
敵意が満ち、空気が張り詰め乾いていく。
「来るわ、キリカっ!」
そして。
「急いでいるって言うのに、まったく困り物だね。いいさ、さっさと刻まれて、果てろっ!」
まったくの唐突に、理不尽に。もう一つの魔法少女同士の戦いもその幕を開けるのだった。
「あれだけの魔法、無限に使えるはずがない。それならば……」
盾から重機関銃を取り出し、静止した世界の中でほむらは杏子にその銃口を向けた。
「死ぬまで、殺し続けるだけだっ!!」
唸りを上げて、機関銃が無数の銃弾をばら撒いていく。杏子の周りをぐるりと廻りながら、ありったけの弾丸を叩き込んだ。
最後に一発、小型の拳銃から一発の弾丸を放ち、ほむらは杏子から距離を取った。
そして、再び時は動き出す。
「に……い、ぃっ!?」
世界は色を取り戻し、振りぬいた槍は虚空を薙ぐ。同時に全方位より迫る銃弾の雨。
無論為す術もなく、その雨の悉くは杏子に降り注いでいく。
だが。
「痛ってぇ……でも、そんだけだっ!」
小口径の銃弾では、ホワイトホワイトフレアの強化を受けた杏子にはもはや有効打にすらなりえていなかった。
無数の銃弾はその皮膚を食い破る事すらできず、痣をいくつか残すのが精々で。
それすらも、すぐさま回復されて消えてしまった。
「ったく、逃げ足が速いってレベルじゃねえよな、これは」
再び槍を構え、離れた場所に立っているほむらを睨みつけ、忌々しげに杏子は呟く。
対するほむらもまた、殆どダメージがない杏子の姿に内心の焦りを隠しきれずにいた。
「さっぱりタネが分からねえ。……まあ、それでも行くしかないんだけど、な」
再び跳躍、大上段に槍を構え、ほむら目掛けて振り下ろす。
しかし、またしてもその姿が掻き消えて、同時に杏子の眼前に無数の細い光が生じた。
爆発は通じず、銃弾や鉄球による攻撃も効果は薄い。ならばとばかりに仕掛けたのが、ワイヤーによる切断だった。
「っ、のぉっ!!」
だが、杏子もそれを甘んじて受けはしない。
咄嗟に槍を縦に構えワイヤーを受け止めると、そのまま槍を旋回させ、一気にワイヤーを断ち切った。
更に続けざまに振り向きながら、半身の構えで槍を投擲した。
その切っ先は間違いなくほむらに向けられている。振り向きざまの一撃は、当然相手を視認する余裕などないのに、である。
「っ!」
その攻撃はほむらにとって予想外のものだったのだろう。
咄嗟に盾に手を伸ばし再び時間を静止させたが、その時にはもう槍の穂先はほむらの眼前に迫っていた。
「接近戦は不利。一度距離を取らないと……」
もとより距離を置いての撃ち合いこそ、ほむらのもっとも得意とする戦闘スタイル。
相手の底が見えない以上、出来る限りそれを貫くのが得策であるはず。
この瓦礫の山の中には、無数の武器やトラップを用意している。
戦う覚悟を決めた時点で、いずれ奴等がここに来ることは予期していたのだ。だからこそ、準備は万全のはずだった。
それが今、攻めあぐねているどころか、手痛い反撃までもを受けてしまっている。その事実に、ほむらはぎり、と歯噛みして。
その苛立ちを吐き出すように対物ライフルを杏子目掛けて叩き込み、十分に距離を取る。
再び時間が動き出す。杏子の槍は敢え無く空を切り、同時に轟音が響き渡る。
圧倒的な破壊力を持った大口径のライフル弾が、杏子を貫きその身体を吹き飛ばした。
「はぁ……っ」
魔力の消費は少なくない、グリーフシードにはまだ余裕はあるとは言え
こんなハイペースの戦いを続けていてはどこまで持つものだろうか。
内心の不安を押し殺して次の攻撃の準備を始めたほむらの背後で、突如として轟音が響き渡った。
「なっ……」
振り向けば、そこに広がっていたのは信じ難い光景で。
宙に浮かんだ無数の瓦礫の山。ひしゃげた鉄骨や建造物の破片。
その悉くが光のリボンによって絡め取られ、宙に持ち上げられていた。
不敵に微笑み腕組みし、鋭くほむらを睨みながら、マミは口を開いた。
「よくもやってくれたわね。これは…お返しよっ!」
組んでいた手を解き、右手をすっと掲げ、振り下ろす。
その動きをそのままトレースするかのように、瓦礫を持ち上げていたリボンの群れがしなり
ほむらめがけて次々に瓦礫を放り投げた。
そう、あの瓦礫に押し潰されて尚、マミは健在だったのだ。
強化されたマミのリボンは降り注ぐ瓦礫の悉くを凌ぎきり、それどころかその瓦礫をそのまま弾丸に変えて投げ返したのであった。
これで状況は1対2。ほむらにとっては状況の不利は否めないが、それでもまだ負ける気はしない。
唯一つ気がかりなのは、未だに姿を見せないティトォの存在。
ホワイトホワイトフレアが発動している以上、どこかで様子を伺っているのは間違いない。
直接的な戦闘力は低いとは言え、油断はできない。そしてなにより、誰よりも優先して倒すべきはティトォなのだ。
姿を表せば、その瞬間に最大火力を叩き込む。それまでは、ひたすら削りに徹する。
再度それを自分に言い聞かせ、ほむらは迫り来る瓦礫を見据え再び盾に手をかざした。
「くっ、このタイミングでも駄目なのね……」
無数の瓦礫もほむらを捉える事は敵わず、更には接着型の炸裂弾による反撃さえ受けてしまったマミが、苦々しげに呟いた。
無論その傷もすぐに回復してはいたのだが、一向に攻め手が掴めない状況にマミにも焦りが募っていた。
そんなマミの隣に杏子が降り立ち、口早に言葉を告げた。
「マミ、ちょっと手ぇ貸せ」
「何かいい手が見つかったの?」
「できるだけ思いっきりあいつの気を引いてくれ。……いける、かも知れねぇ」
言葉を交わし、僅かに目配せをして。
「わかったわ。……任せるわよ」
「ああ、任せろっ!」
言葉を終えるか終えないかの内に、両者は別々の方向に飛び退いた。刹那、二人の居た場所に降り注ぐ無数の銃弾。
杏子は飛び退き、着地と同時に地を駆け瓦礫の山を縫って行く。マミは瓦礫を足場にさらに高所へと跳躍し。
「まとめて薙ぎ払ってあげるわ!」
空中に生じた無数の銃身が、バラバラに周囲にその銃口を向けた。
強化された魔力を最大限に引き出した、マミにとっては自分の限界を遥かに超えるレベルの範囲攻撃。
気を引くとは言われたが、これで倒してしまっても構わない。そのつもりで放つ一撃。
「……ちゃんと避けてよね、杏子」
小さく呟くと同時に、それを掻き消す無数の轟音が響き渡る。放たれたのは無数の魔弾。
全天を埋め尽くし、まるで破壊の雨のように瓦礫の山に降り注いだ。
コンクリートが砕け、鉄くずが穿たれ、煙が沸き立ち視界を埋める。
だが、範囲攻撃の成果をマミが知るよりも早く、ほむらは既にその攻撃の死角。マミの背後に逃れていた。
「やらせるかぁぁっ!!」
白煙の中を突き破り、叫びと共に杏子がほむらに肉薄する。
時間を止め、事も無げにマミの攻撃を回避した後、さらに反撃を行い安全な場所へとほむらは逃れた。
だが、杏子はまるでほむらの現れる位置を読んでいたかのように、寸分違わずほむらの居る位置へと迫っていたのだった。
もっともほむらと共に戦った時間の長い杏子でさえ、ほむらの能力を正確に把握できてはいない。
ただ漠然とではあるが、その攻撃の傾向を理解しつつあった。
瞬間移動と同時に無数の火器による攻撃を行う。
そしてその攻撃が相手に降り注ぐ時には、ほむらは既に安全圏に逃れている。
実際に相対してみれば、これほどやりづらい相手もいない。
どうにか不意をつかなければ、ろくに攻撃を当てる事すらできないのだから。
それでも付け入る隙はあった。安全圏に逃れると言っても、取りうる手段は限られる。
一つは相手の攻撃の範囲外にまで距離を取る事。もう一つは、相手の死角に回る事。
だがしかし、今回のマミの恐るべき範囲攻撃を前にして、距離を取って逃れる事は難しい。
となればその攻撃の及ばない死角、即ちマミの背後に回るより他に術はない。
それのみならず、杏子はこの最大のチャンスにさらに保険をかけて挑んでいた。
今ほむらに向かって奇襲を仕掛けた杏子の姿は、魔法によって生み出された幻。
本当の杏子は別の方向から、ほむらに攻撃を仕掛けようとしていた。
(殺ったッ!)
後はただ、ありったけの力を篭めて一撃を叩き込む。
鋭くほむらを睨みつけ、槍を繰り出す杏子の視線と、ほむらの凍て付く冷たい視線が、交差した。
本日はここまで。
なんだかほむらにエアレイダー成分が多いのはお察しです。
>>855
恥ずかしながら還ってまいりました。
しばらく完全に執筆から離れていましたが、なんだかいけそうな感じが戻ってきました。
こいつが続く限りは頑張ってみます。
なにせまだまだ山場はこれからなのですからね。
>>856
そのためにちゃんと場所も用意してくれたのですから、今回のほむらは一切容赦レスです。
結局爆発物や重火器をブン回させるための場所を用意するのが困り物なのですよね、毎回。
短めですが、小刻みに更新してみましょう。
では、行きます。
「……明日、また会えるんだよね、ほむらちゃん」
帰路を踏みしめ、まどかは静かに呟いた。その胸中を埋めていたのは、疑念と不安。
まどかはほむらの事を何も知らない。何が目的なのかも、何をしようとしているのかも。
ただそれでも、信じたいと思わせる何かがほむらにはあった。
少なくとも、まどかはそう思っていた。
けれど、ティトォ達が嘘をついているとも思えなかった。だからこそ迷っている、悩んでいる。
明日になれば、ほむらは全てを話してくれるのだと言う。けれど本当に、そんな明日は来るのだろうか。
言い知れない不安に、胸が押し潰されてしまいそうで。
まどかはそのまま泣き出してしまいそうな表情で、胸元をぎゅっと抑えて立ち止まった。
「やあ、まどか」
「っ!……キュゥべえ」
そんなまどかの前に、キュゥべえが現れた。
「久しぶりだね、まどか」
「そうだね……そういえば、結構会ってなかったね」
キュゥべえはするりと道路沿いのガードレールに飛び乗ると、にこりと笑ってまどかに言った。その言葉にまどかは、ここ久しくキュゥべえと会っていなかったという事実を思い出すのだった。
「なんだか元気がなさそうだけど、無理もないか。
魔法少女から命を狙われるなんて事があったんだ、平気で居られるはずがないよね」
心配そうに投げかけられるキュゥべえの言葉に、またしてもまどかはその事実に思い至る。
「っ、そうだよキュゥべえ。どうして、どうして私が魔法少女に命を狙われなくちゃいけないの?
あの子達は……一体何なのかな。魔法少女って事は、キュゥべえと契約したんだよね」
「ああ、そうだよ。あの黒い魔法少女は呉キリカ。そして、白い魔法少女は美国織莉子。どちらもボクと契約した魔法少女だ」
だけど、とキュゥべえは静かに首を振りながら言葉を続けた。
「彼女達がなぜキミの命を狙っているのか、その理由ははっきりとは分からない。
もしかしたら、優れた魔法少女としての素質を持っているキミが目障りだと思っているのかもしれない、とは思うけどね」
「どうしてそんな事……私には、そんな素質なんてあるわけないのに」
キュゥべえの言葉が、更にまどかの不安を煽る。
「それは違うよ、まどか。キミのもっている魔法少女としての素質は、過去に類を見ない程に強大なものだ。
その力を解き放てば、どんな事だって出来てしまう。そう断言できるくらいにね」
「無理だよ、そんなの。だって私、今だってまたあの子達に狙われたらって、双思うだけで……身体が、震えちゃって」
震える身体を押さえるように、まどかはぎゅっと手を合わせて、目を瞑って身を堅くした。
「キミが魔法少女になれば、間違いなくあの二人よりも、マミや杏子よりも強い魔法少女になれるはずだよ。
きっとあのイレギュラー達よりも、だ」
信じられない、とでも言いたげなまどかの潤んだ視線がキュゥべえを捉える。けれど、返す言葉の一つも見つけられなくて。
「でも、今のボクはキミと契約をすることは出来ないんだ。暁美ほむらと、そういう約束をしているからね」
だが、その言葉には恐怖に震えるまどかですら、その真意を質さずにはいられなかった。
「どういう事なの、キュゥべえ。ほむらちゃんと約束したって……ほむらちゃんは、一体何を――」
「彼女は、あのイレギュラー達を殺すつもりだ」
まどかの言葉を遮って、キュゥべえは強い言葉でそう言い切った。そして、二の句も告げずに絶句するまどかに、更に言葉を続ける。
「彼らが持っているある物を手に入れるため、暁美ほむらは彼らを襲撃した。
過去のそれは失敗に終わったようだけど、今度こそ彼女はその戦いに決着をつけようとしているんだ。
彼らと共に戦うマミと杏子諸共に、ね」
「嘘……そんな、ほむらちゃんが……本当に」
かちかちと何かが鳴る音がうるさくて、まどかはようやくそれが、自分の歯の鳴る音だと気がついた。
そんな歯の隙間から、掠れたような声で呟いて。
ティトォ達の言葉から、そういう事があったのだとは知っていた。けれど、それでもほむらを信じたい気持ちはあった。
だが、第三者であるキュゥべえの口から語られた事実は、まどかの疑念を確信に変えるに値するものであると同時に
まどかの心を更なる驚愕と絶望へと叩き落していた。
「あ……い、かなくちゃ」
それでも、まだ諦め切れなくて。まどかは萎えてしまった足を引きずるようにして歩き出した。
「どこへ行くんだい、まどか」
その答えを知ってか知らずか、キュゥべえが問いかける。
「止めなくちゃ、こんなの、こんなの絶対おかしいよ……っ」
壁に手をつき、よろめきながらまどかは答えた。
「行ってもムダだと思うよ、まどか。魔法少女同士の戦いに、ただの人間のキミが干渉できるはずがない。
もし巻き込まれでもしたら、死んでしまうかもしれないよ」
「わかってる。でも……でもっ。こんな事はとめなくちゃ駄目なんだよ。
マミさんも杏子ちゃんも、ティトォさん達も、ほむらちゃんだって、ちゃんと話せば分かってくれるはずだよ」
少なくともほむらは自分の言葉に耳を傾けてくれた。そしてマミ達だって、自分の事を無碍にはしないはずだから。
例え僅かな望みだとしても、魔法少女同士が、人間同士が殺しあうような事は、絶対に止めなければならない。
か細く小さな、それでも強い決意が、まどかの瞳に宿っていた。
「それは無理だよ。少なくとも暁美ほむらはもう覚悟を決めている。どんな犠牲を払ってでも彼らを殺すつもりだ」
「だったら……尚更止めないと!」
何故そんな事をしているのか、理由はまったく想像できない。
それでも、こんな戦いを止められる者が居るとすれば、それはきっと自分だけだ。
だからこそ、止めなければならない。
まどかは俯き気味の視線をきっと上げ、震える足に力を篭めて。
「キュゥべえ、私は行くよ。……どんなに危なくたって、こんな事は絶対に止めなくちゃいけないから」
理不尽にして不可解な状況。きっといつもの自分ならば、震えて怯えて何もできなかっただろう。
けれど今、その理不尽に晒されている人々は、自分の大切な人達なのだ。
助けたいと思った。誰にも傷ついて欲しくないと願った。
その思いは、自分が傷つく事の恐怖よりも、思いがけず強くまどかの心を揺さぶって。
言い放ち、歩を進め始めたまどかの横に、いつのまにやらキュゥべえが並んでいた。
「キミがそこまで言うなら、ボクは止めないよ。でも、そう言うことならボクも一緒についていくよ。
ほむらからはキミと契約しないように言われては居るけれど、それでもキミと一緒にいれば
いざという時には手を打つ事もできるからね」
りん、と軽く耳を揺らして微笑むキュゥべえの姿が、今のまどかにはやけに頼もしく見えた。
「それにボクだって、魔法少女が同士討ちで潰しあうところなんて見たくないからね。
戦いが止められるのなら、それに越した事はないんだ」
「キュゥべえ……。うん、わかったよ。一緒に行こう、キュゥべえっ!」
まどかはそんなキュゥべえに小さく頷いて、手を差し伸べた。キュゥべえはその手を伝い、まどかの肩にふわりと飛び乗った。
そしてまどかは、元来た道を遡る。戦いを止めるために。
その行為が、如何なる結果を生むのかなど、微塵も知りもせずに。
舞台に役者が揃いつつあります。
さて、一体どうなりますことやら。
こうしてみると子供の思考を
結構練ってあるよなー
ちまちまとでも更新していきます。
では、投下しましょう。
「――っ!!!」
必殺を期して一撃を放ったはずの杏子であったが、半ば直感的にその失敗を悟っていた。
それを何より雄弁に示していたのは、杏子に向けられたほむらの凍て付く視線だった。
それはほむらに向けて迫り来る幻の杏子にではなく、別方向からの奇襲を仕掛けようとしていた杏子を射抜いていたのである。
その直感は、その危惧は、すぐに現実に変わる。
ほむらは敢えて幻の杏子の懐に飛び込むように跳躍し、迫り来る魔槍の一撃を回避した。
同時に両手に自動小銃を携えると、ようやくほむらに気付いたマミと、攻撃直後で隙だらけの杏子に向けて
フルオートで弾丸の雨を叩き込むのだった。
「きゃぁぁっ!」
「うあぁぁっ!」
たちまちの内に、二人の全身が銃弾の雨と硝煙に埋もれて消える。
無論それは致命傷どころか、有効打にもなり得ない。それでも目晦ましと足止めには十分すぎる役割を果たしていた。
一瞬の隙を突き、ほむらは時間を停止させその場を離れ、瓦礫の影に身を隠した。
「くそ……あたしの魔法が破られたってのかよ」
ダメージ自体はあってないようなものだが、必殺を期したはずの一撃が容易く回避されてしまったという事実に、杏子は愕然としていた。
だが、ほむらは杏子の魔法を看過しその攻撃を回避したわけではなかったのだ。
先の攻撃の中、ほむらが小型の拳銃から放った弾丸。
それは相手を殺傷する事を目的としたものではなく、特殊な信号を放つビーコンを射出するものだった。
高い粘着性をもったビーコンは杏子の背中に張り付き、絶えず信号を放ち続けていたのである。
そしてその信号を携帯している端末で受け取る事で、正確な位置の把握とまでは行かなくとも
接近する方角程度の情報であれば、得る事を可能としていたのである。
以前、杏子の魔法によって致命の一撃を耐え凌がれた苦い経験を持つほむらである。
それに対する策を、万全とはいえなくとも講じているのは、当然の事ではあったのだ。
(これだけ強力な魔法。決して無限に使える物じゃないはず……その魔力が切れるまで、徹底的に削り切ってやる)
奇襲を制し、次なる武器を盾の中から引き出しながら、ほむらは更なる決意を固めていた。
戦いは続く。
時間停止という圧倒的なアドバンテージを持つほむらは、始終戦闘を有意に進めていた。
自由自在の銃撃や、瓦礫そのものを武器としたトラップの山が、次々に二人に襲いかかる。
炎を介した魔法である事に着目し、消火器をぶつけて炸裂させもした。
しかしそれは、細胞の一つ一つにまで浸透していたホワイトホワイトフレアを掻き消す事は叶わず
やはり目晦ましの用を成すに留まっていた。
それでもほむらは、二人の魔法少女を相手にほぼ一方的と言ってもよい戦いを繰り広げていた。
時間停止後の位置取りが読まれやすいと言う弱点も、不用意に距離を詰めない事で解消されている。
だが、それだけの優勢にあってもほむらは決して、油断も余裕も見せてはいなかった。
今尚ホワイトホワイトフレアは健在であり、マミと杏子には一切の消耗が見て取れなかった事と
戦闘の開始からこれだけの時間が経過して尚、姿を見せないティトォの存在がほむらを常に警戒させていた。
(どこかで様子を伺っているはず……このまま攻撃を続ければ、いずれ魔力にだって限界が来る。
きっとその前に何かを仕掛けてくる。その時が最大の好機!)
粉塵を巻き上げ、まさしくその姿は鋼の暴風の如く。
神経を研ぎ澄ませ、至る所に破壊をばら撒きながら。ほむらは戦い続けた。
「ある程度交戦して、攻略の糸口が見つけられないようなら、後はしばらく耐える事に専念してくれ」
戦いの前、それはティトォがマミと杏子の二人に言った言葉だった。
「耐えろ、って言われてもな……あんな重火器でバカスカやられたら、耐えられるもんじゃないだろ」
当然、それには杏子が口を挟んだ。
「それについては大丈夫だ、二人はぼくの魔法で強化する。大抵の攻撃なら受けても問題はないはずだよ」
「……確かに、ティトォの魔法が効いているなら、ちょっとやそっとの事ではやられたりはしないと思うわ。
でも耐えているだけで勝てる相手とも思えないわ、彼女は」
ティトォの魔法の強力さを知っているマミが、訝しがる杏子に口を挟んだ。
けれどやはりその表情には懸念の色は濃い。
確かに相手の攻撃を受け、耐え凌げばいつかは魔力切れを狙う事も出来るかもしれない。
だが、それは余りにも分が悪すぎる賭けである。
そんな二人の疑念交じりの表情を受けて、ティトォは更に付け加える。
「もちろん、ただ黙って耐えているつもりはない。ただ、暁美ほむらについては分からない事が多すぎる。
まともに戦ってどうにかなるならそれでいいけど、そうじゃないなら、何か策を講じる必要がある」
「そう言うってことは、何かあるのか。いい策ってのがさ?」
「考えてる事はいくつかある。でも、直接戦ってみない事には何とも言えない。
とにかくぼくは、戦いが始まったら身を隠して、二人を支援しながら様子を見させてもらう。
二人だけを戦わせてしまうのは、やっぱりちょっと心苦しいけどね」
それでも、単身で相手をするにはどうにも厳しい相手である。
アクアやプリセラに換わればその限りではないのだろうが、その選択をするのは、相手の手を見極めてからでいい。
次々に巻き起こる炸裂音と破砕音、それに紛れて微かに届く悲鳴のような声。
今にも飛び出していきたくなる衝動を心の奥に押し込めて、ティトォはじっと身を潜めていた。
戦場から離れた瓦礫の中に身を隠し、双眼鏡越しにほむらの姿を追い続けていたのである。
姿が消えた直後、すぐさま別の場所に現れる。そしてその時には既に攻撃は終わっている。
それが純粋な瞬間移動であるのなら、同時に攻撃を行えるはずがない。
攻撃自体を転移させているのだとしたら、それこそもっと効果的な攻撃方法はいくらでもある。
かつて杏子がほむらと共闘した時の話とも食い違う。
そして、何よりティトォにとって気がかりだったもの。それはほむらの姿が消えると同時に現れた、無数の薬莢だった。
その薬莢は、ほむらが姿を消した時にはもう既に、地に転がっていたのである。
それはほむらが操る銃から排莢されたものである事は明白。
だとすれば、ほむらは姿を消した瞬間に、無数の銃弾を放っていたという事になる。
たとえそれがどれほど精緻な連射機構を有していたとしても、時間単位に放てる弾丸の数は限られる。
それが瞬きする間もないほどの一瞬であれば尚の事である。
どう考えても時間が足りない。
だとすれば、ほむらの魔法は足りない時間を生み出す能力なのだろう。ティトォはそう結論付けた。
時間を操る魔法。そんな途方もない事など、普通であれば思いつくはずもない。ありえない事だと断じてしまう。
けれど、ティトォはそれが実在する事を知っている。
「暁美ほむら……彼女も時間を操る魔法の使い手だって言うのか。グリンと同じように」
グリン。今は遥かメモリアの国の王子。
ティトォ達三人の友にして、時間を操る禁断魔法"ゴッドマシン"をその身に宿した、生まれつきの魔法使い。
思いがけない事でその名と存在を思い返したティトォの胸中に宿ったのは、彼を突き動かす使命感とはまた別の感情だった。
それは、望郷。
今まで生きてきた時間と比べれば、この異邦の地に居る時間はとても短いものであるはずなのに
思いがけなく込み上げた懐かしさと、メモリアに帰りたいという強い思い。
「……そうだったね。ぼく達には、こんなところで立ち止まっている余裕なんてないんだ」
帰らなければならない。より強くその思いを抱いて、ティトォは静かに呟くと。
「そのためにも、まずはお前を倒す。……暁美ほむらっ!」
意を決して、瓦礫の中から身を乗り出すのだった。
いよいよティトォが動き出します。
この戦いも、そろそろ佳境……でしょうか。
>>873
そんな風に言ってもらえるようにキャラが動いてくれているのであれば、こちらとしては僥倖です。
色々と滞ってはいましたが、また気長によろしくお願いします。
乙
ほむらもグリンと同じく時の呪いに魂を縛られた存在かもしれないね
最近遺跡探索を始めました。
ラ・ムラーナ遺跡まじ複雑、頭の中がぐちゃぐちゃになりそうです。
では、投下しましょう。
「いい加減に……刻まれろっ!!」
両手に爪を携えて、キリカは目の前の敵に切りかかった。当然その魔法である速度低下は発動している。
どうやら相手も白兵戦を主としているようで、間合いを詰めての接近戦ならば、負ける道理はない。
……はずなのだが。
「っ……せぇいっ!!」
そんなものなどものともせずに、目の前の少女は拳を振り上げ迫り来る魔爪をかいくぐり、受け流す。
さらには交差気味にキリカの胴に拳を叩き込もうとしたところで、横合いから飛び込んで来た水晶球によって弾き飛ばされてしまった。
「織莉子、ありがとう!助かったよ!」
窮地を逃れ、織莉子の側まで後退したキリカが叫ぶように言う。
「気をつけて、キリカ。どうやら随分厄介な相手のようだわ」
吹き飛ばした敵の姿を油断なく見据えながら、織莉子は言う。
「まったく、二対一とはちょーっと厄介かな。これは骨がバキバキ折れそうだよ」
だが、それでも少女はさほど堪えた様子もなく起き上がり、再度拳を構えるのだった。
徒手空拳の魔法少女。それは魔法少女としてすら異端な存在で。
無手ながらにしてキリカを抑え、織莉子の攻撃にすらダメージを受けた様子もない。
(身体強化に特化した魔法少女……?だとしても、キリカの魔法すら通用しないなんて)
織莉子は相手の能力をそう推測する。
だとしたら目の前のこの相手は、あのプリセラに匹敵する程にまで身体能力を強化しているのだろうか。
それほどまでに、強力な魔法少女なのだろうか。
だとすれば、相当な難敵である事は間違いない。
そして今現在、この正体不明の魔法少女と戦う理由は乏しい。
人目につく危険すら冒して、多量の魔力を消費して、それでも得なければならない勝利は、この戦いの先にはない。
少なくとも、そんな未来は視えはしない。
(キリカ、これ以上私達に戦う意味はないわ。頃合を見て撤退しましょう)
(……織莉子がそう言うなら、そうするよ)
敵を前にして逃亡する事に少しだけ不服そうにしながらも、それでもキリカにとって織莉子の言葉は絶対である。
僅かな沈黙の後、キリカはそれに同意した。
「さあ、まだまだこんなものじゃないだろう。もっとお前達の底を見せてよ。私をワクワクさせてよっ!」
膝に力を溜め、拳を構え、少女は次なる攻撃のために身構える。
そんな少女の前に歩み出たのは、キリカではなく織莉子だった。
「さあて、行くよっ!!」
軽やかに地を蹴り、舞うように地を滑り、少女は織莉子に迫り来る。
かざす拳は魔力を宿し、握った拳は鉄すら粉砕し、構えた手刀は研ぎ澄まされた刃が如く切断する。
そんな拳を構えて迫る少女に向けて、織莉子はすっと手をかざす。
その手に生じたのは、先ほど少女を吹き飛ばした水晶球。けれどそこに秘める魔力は先ほどの比ではない。
「撃たせるかあぁぁっ!!」
だが、それを放つより早く少女は織莉子を間合いに捉えた。
放たれた水晶球を回避できる程には遠く、違わず拳を叩き込める程には近く。
織莉子に向けて、唸りを上げる少女の右拳が迫っていた。
「――無駄よ」
だが、それがいかに疾く正確な打撃であれど、直線的な攻撃では織莉子を捉える事はできない。
否、たとえそれが変幻自在の攻撃であれど、織莉子を捉える事は叶わない。
未来予知とは、それを可能とする魔法なのだ。
織莉子は最小限の動きで拳を回避すると、攻撃を放った直後の隙を突き、水晶球での反撃を行おうとしたのだが。
(隙がない……これはっ)
「不思議だね。君は私が攻撃する前に動いているみたいだ。……いや、そういう魔法なのかな?じゃあ、こうだっ!」
その拳は最小の動作で繰り出されていたが故に、織莉子ですらも反撃の隙を見出す事はできなかった。
そんな拳が幾度も迫る。無論全てを見切る織莉子の前には掠りもしないが、手数に押されて戦況は硬直する。
刹那、織莉子の脳裏をよぎるビジョン。打ち抜かれる超高速の一撃。
半ば反射的に、織莉子はそれから逃れるように飛び退いた。
直後、そのビジョンをなぞるように放たれたのは、ずっと構えていたままの左拳。
今までの乱打がまるでお遊びとでも言うかのような、鋭く疾い拳だった。
だがそれすらも、織莉子の予知の前には空しく空を切るのだった。
(このタイミング、この速度。外すはずなんてないのに交わされた。いや、撃つ前に逃れていた。やっぱりそういう魔法……っ!?)
背後にさっと影が差す。渾身の一撃を放った直後、その隙を突いてキリカが強襲を仕掛けた。
爪の本数を減らし、速度低下を強めた上での不意打ち。今度こそその身を切り刻まんと、キリカが迫る。
「邪魔……だぁッ!」
だが、速度低下の中ですらも少女の拳は衰えを見せず、繰り出された爪を打ち砕き
さらにはキリカの手を掴むと、力任せに放り投げた。
(キリカが作った好機、外しはしないわ)
投げ飛ばされるキリカの身体そのもので相手の視界を塞ぎ、その影から織莉子が水晶球を放つ。
キリカに当たらないように、確実に相手を捉えられるように。その未来を得られる最適なタイミングで。
そしてその未来は違わず実現し、水晶球は少女に直撃する。そして内包された魔力を解放し、激しく炸裂した。
「キリカっ!」
「っ、ああ……わかってる!」
攻撃の成果を確認すらせず、二人は撤退を開始した。
投げ飛ばされたキリカも、空中で巧みに体勢を整え着地すると、即座に少女から距離を取る。
相手が追ってくるかどうかは分からないが、全速力で移動し続ければ逃げ遂せるはず。
民家の屋根に上り、それを蹴り更に跳躍する。屋根を飛び交い逃亡を図る二人であったが。
「あれは――っ!?」
眼下に見えたその姿に、その足を止めざるを得なかった。
「――鹿目、まどかぁぁっ!!」
そう、それはキュゥべえと共に、ほむらの家へと向かおうとしていたまどかの姿だった。
どれだけ自体が混迷を深めていようとも、まどかの息の根さえ止める事が出来たのなら
それで全ての憂いは断たれる。それが織莉子の、ひいてはキリカの行動理念。
故にキリカは迷いなく、いっそ反射的にと言ってもいいほどの速さでまどかに襲い掛かった。
まどかが気付いて上を見上げた時には、既に手遅れ。キリカの魔爪がまどかの眼前に迫っていた。
何かを切り裂く鋭い音が一つ、響く。
「お前……ッ」
飛び退ったキリカは、負った手傷の深さにがくりと膝を付く。
その肩口はぱっくりと切り裂かれ、黒い衣装を更に濃く染めていた。
「ヤレヤレだよ。急に逃げ出したかと思ったら、こんな子にご執心とはね。私も甘く見られちゃったもんだよ」
キリカの一撃を阻み、まどかを守るように立ちはだかったのは、やはり先ほどまで相対していた少女の姿だった。
あの一撃を受けて尚、すぐに立ち直りここまで追いついたというのか。
だとすれば相手の力はこちらの想像を更に上回るものなのだろう。
獲物を前に、最大の好機を前に、意図せず立ちはだかったその難敵に、思わず織莉子は顔を怒りに歪め歯噛みした。
「貴女は……助けて、くれたの?」
恐怖に身を竦め、堅く閉ざしていた目を開くと、そこに居たのは見知らぬ少女。
栗色のショートボブに、ぱっちりとした黒い瞳。
そのいでたちは魔法少女のそれというよりも、どちらかといえば武闘家のそれのようにも見えた。
「一応、そう言うことになったね。……おや、キュゥべえじゃないか」
当然、彼女も魔法少女である以上、まどかの側に佇むキュゥべえの事を知らないはずがない。
そして当然のように、その事実を悟る。
「という事は、君も魔法少女……いや、その素質があるって事かな?」
「そう言う事さ。でも、キミ達は一体こんなところで何をしているんだい。美国織莉子、呉キリカ。――徒逆、アイ」
返事に窮するまどかに代わって、キュゥべえが言葉を返し、当然の疑問を述べた。
トザカ、アイ。そう呼ばれた少女は、おどけた仕草でキュゥべえを見やり、それから二人に油断なく向き直ると。
「私は私より強い奴に、会いに来ただけさ。ただ、その途中でこの子らに出会っちゃったから、一つ闘ってみる事にしたわけさ」
にぃ、と口元を楽しげに歪めてそう言った。
「そんな下らない理由で、私達の邪魔を……ッ」
それがますます織莉子を苛立たせる。けれどまだ、状況を確定させる未来は視えない。だからこそ、動けない。
「なるほどね、キミは相変わらずのようだ。そして織莉子、キリカ。キミ達はどうしてまどかを狙うんだい?」
張り詰めた殺意と敵意が、夜の空気を凍て付かせる。そんな空気の中ですらも、変わらぬ調子でキュゥべえは二人に尋ねた。
「貴方なら識っているのでしょう?彼女が魔法少女になればその末にどうなるか。
私はそれを視た。だから、それを許す訳には行かないわ」
夜の闇の中でも輝く、キュゥべえの赤い瞳をじっと睨みつけて、織莉子はそう答えた。
「話が見えないけど、この子を魔法少女にしたくない。っていうか、ここで殺しちゃいたいって思ってるわけだね、君達は」
頭上を飛び交う難しい話には構う事無く、アイはなにやら一つ納得したように頷いて。
屈んだままのまどかに近づき、ぽんとその肩に手を置いて。
「じゃあ、私は君を守ってあげよう。そうすれば、彼女達も本気で闘ってくれそうだ」
にこりと微笑み、事も無げにそう言うアイに、まどかは戸惑いを隠しきれない表情で。
「あ、ありがと……アイ、さん」
そう、答えるのだった。
まさかのオリキャラ登場と言ったところで本日はここまでです。
彼女がどんな子かは……まあ、察してください。
>>882
二人が出会ったらどんな話をするのでしょうね。
まずまず出会う事がなさそうなのが悩ましいところですが。
oi
オリキャラって
おい
アニメしか知らないからスピンオフかと思ってググっちまったじゃねーかwwwwww
オリキャラの元ネタ分かったwwwwwwww
ちょwwwwwおまwwwwwwwwwwww
オリキャラはやっぱりあれか
男関係が普通にヤバかったりするんだろうか
もしくはプリンを子供っぽい食べ物とかいいながら影でこっそり食べてたりするんだろうか
ってことはこの後バカが乱入すんのかよ
オリキャラとかちょっと…って思ってたけどそういうことか
全然気づかなかった
これはどんなキャラか楽しみだ
意味もなくオリキャラ出すなんてありえない
きっと何か意味があるはず…と思ったら
そういうことかwwwwww
オリキャラが好評なようで嬉しい。
では、続きを行きましょう。
「さ、闘ろうか」
危ないから離れてな、とまどかを物陰に送り出し、拳を構え。アイは二人にそう告げる。
そんなアイを、怒りの滲んだ表情で射殺すように睨み付けていた織莉子だが、不意にその表情が変わる。
「……そう、貴女がそうだったのね」
垣間視たのは未来。その姿。それを視て織莉子は得心した様子で呟くと、魔法少女への変身を解くのだった。
「あっれー……何、やめちゃうの?折角獲物が目の前に居るんだよ、ほら、闘ろうよ?」
さも意外、さも不服そうにそんな織莉子にアイが言い。
「そうだよ織莉子、この機会逃す手はないじゃないか。あんな奴、私がやってやるから!」
応じて戦意も十分に、キリカが織莉子にそう言った。
けれどそんな二人の言葉を受けて尚、織莉子の意思は揺るがずに。
「貴女は強い相手を求めて、この街までやってきたのでしょう?ならば、貴女が立ち向かうべきは私達ではないわ」
全てを見通す冷たい視線で、アイに向けて言葉を投げかける。
戦いを避けるための虚言、そう推し量る事も出来ないではなかったが
織莉子の視線と言葉には、それをそうと断ずる事を良しとさせないような威圧感があった。
「どういう事、かな?」
「貴女の闘うべき相手は、私達ではない。もっと相応しい相手がいる。それだけの事よ」
織莉子の言葉に、アイは考える。アイが自らの縄張りを離れ、見滝原へとやってきた理由。
それはかつて感じた強大な魔力。それを持つものと闘うため。
だが明らかに、目の前の二人はその相手ではない。それほどの魔力は感じない。
「でも、私は君達にも興味シンシンなんだけどなあ」
それでも、目の前の未知の敵を捨て置く事も、アイにはできはしなかった。
他に敵がいるのなら、まずは目の前の敵を片付けてから向かえばいいのだから。
「いいじゃん、難しい御託とか抜きにしてさ、闘ろう?ね、ほら、さあさあ!」
痺れを切らしてアイが言う。膝に力を溜め、拳には魔力が渦巻いていく。
次の瞬間には、再びその拳は激しい破壊を撒き散らす事だろう。
だがその刹那、それを遮る織莉子の言葉は。
「――貴女の求める物は、彼女の往く先にあるわ」
アイの手を止めるに、十分すぎるものだった。
「いいの?君達は、彼女を殺したいんでしょ?あ、それとも油断させておいて後ろからグサグサっと行っちゃうわけ?」
怪訝そうな顔でアイが言う。彼女の往く先にそれがあるというのなら、彼女は往かなければならない。
それを織莉子は見過ごすというのか。
そして何より、先ほどまでの明確な殺意が、幾分かなりを潜めている事も気になっていた。
「っていうかさ、何でそんな事が言いきれるの?未来でも見えるってわけ?」
「ええ、お言葉の通り――」
織莉子がその言葉を肯定するかしないかの内に、アイは織莉子の顔面目掛けて鋭く拳を放った。
全くのノーモーションで放たれたそれは、反応する事すら許さず織莉子の顔面を打ち抜くはずだった。
だが――。
「また、かわされた」
その拳は、紙一重のところで宙を切った。
織莉子の動作はまるで拳が放たれるであろう事を知っているかのようで、その事実がまたアイにとっては驚愕に値するものだった。
「お前っ!織莉子から離れろッ!」
その不意打ちに、キリカは声を荒げて食って掛かる。
「いいのよ、キリカ。……これで分かってもらえたかしら?」
それを制して、涼しげな顔で織莉子は言った。
「どうやら、まるで嘘って訳でもないみたいだね」
僅かな逡巡の後、アイは拳を下ろし。
「それで、一体どんな敵が待ってるの?魔女?魔法少女?どっちにしても強い奴だといいなぁ、ワクワクしちゃうよ」
今度は目をキラキラと輝かせて、織莉子に詰め寄りそう尋ねるのだった。
「そのどれでもあるし、どれでもないわ。……自分の眼で確かめてきたらどうかしら?」
何かを含んだ調子でそう言うと、織莉子は妖しげに微笑んだ。
「くぅぅ~!まったく焦らしてくれちゃうなあ。……おっけー、わかったよ。
それじゃあひとまず彼女についていってみる事にしようかな、っと」
くるりと踵を返すと、まどかの元へとゆっくり歩いていくアイである。
その背中は、まるで隙だらけのようにも見える。けれど、織莉子はもちろんキリカすら、その後を追うことはしなかったのである。
「お待たせ、えっと。たしかまどかちゃんだっけ?」
立ち止まる事無くアイはまどかの元へと戻り、親しげに口を開いた。
「は、はいっ!?あ、あの人達は……?」
戦いが始まらなかった事に、安堵と同時に不信や不安も感じながら、まどかはやっとの事で問いかけた。
「とりあえず今日はここまで、って事らしいよ。それにしても、魔法少女に命狙われるなんて、君も大概大変らしいね」
それでもまだ恐怖を拭いきれないまどかに、アイは変わらず明るい調子で、どこかおどけたように言う。
「うん……どうしてあの子達があんな事をするのか、全然分からなくって。
皆に守ってもらってばかりで……わたし、どうしたらいいのかな」
命の危機はどうにか脱した。けれど、立て続けに起こった襲撃は、まどかの心を酷く傷付けていた。
「どうやら彼女達もまた、キミに魔法少女になられると困るみたいだね。だからこそ、何度でも執拗にキミを狙ったんだろう」
キュウべえが静かな声でその事実を告げた。その事実がまた、まどかの心を傷付ける。
「どうして……どうしてわたしなのっ!あの子達も、ほむらちゃんも…みんな、みんなどうして……っ!」
心の傷から流れたそれは、涙となって零れ出た。
ぽろぽろと涙を零しながら、まどかは力なくその場にへたり込んでしまった。
今すぐ立って、ほむらの元へ行かなければいけないのに。
そして問い質さなければならない、戦いを止めなくてはいけないのに。
疲れきった心は、身体を動かす事を徹底的に拒んでいるようだった。
「それは、キミが魔法少女として破格の素質を秘めているからだろうね。
キミが魔法少女になってしまえば、きっと誰にも負けない魔法少女になるだろう。
それが目障りだと思う者も、いない事はないのだろうね」
「そんな事言われても、わからないよ……っ」
「全てを解決したいと思うのなら、簡単な方法はあるよ。ボクと契約して、魔法少女になればいい。
そうすれば、美国織莉子や呉キリカですら敵じゃない。暁美ほむらやイレギュラー達を止める事だって容易いはずだ」
キュウべえの言葉に、思わずまどかは顔を上げた。本当にそうする事で、全てが解決するのだとしたら。
そうでなくとも、契約する事で叶えられる望みで、この状況を解決する事ができるのだとしたら。
ぐらりと揺らいだまどかの心が、何か明確な答えを見出すより前に。
「何、この子ってばそんなに凄い魔法少女になれる子なの?ふぅん」
横からアイが口を挟んで、見定めるかのようにまどかを見つめた。
まどかは怯えた様子で僅かに身じろぎしたが、自分を助けてくれた相手という事もあり、明確に拒絶する仕草は見せなかった。
「そうは見えないけど、こういう子ほど化けるのかな。まあいいや」
そして、アイは更に顔をぐっと近づけて。
「もし君が魔法少女になったら、その時は私と戦おう。そしてその後は、私と一緒に戦おう。
キュウべえがああ言うんだ、きっと君は凄い力を秘めてるはずだ」
口元を小さく歪め、にこりと笑い。戸惑うまどかに更に言葉を続ける。
「なんとなく見えるよ。君と私で力を合わせて、魔女と戦っている未来がね。
……でも、今はその時じゃない。君には行くべきところがあるはずでしょう?
私が一緒についていくから、まずはとにかく動こうじゃない。考えるのは、後からでいい」
どこか人懐っこい笑みを浮かべて、優しい口調でそう告げた。
「アイ……さん」
優しい言葉は、心の傷を塞ぐ絆創膏。そんな言葉に力づけられて、まどかは足に力を篭めて立ち上がると。
「そうだった……わたし、行かなくちゃ。アイさん、一緒に来てくれますか?」
こんなことで力を借りるのは忍びない。けれどアイの力を貸してもらえれば、ほむらとティトォ達を止める事が出来るかもしれない。
「まっかせなさいっ!」
ぱしり、と拳を掌に打ち付けて、乾いた音を響かせて。自信に満ちた笑みでアイは答えた。
そしてよろよろと頼りなくも先を歩き始めたまどかを、アイは後ろからじっと眺めていた。
「……さ、ちゃんと私を導いてよね、まどかちゃん。私をワクワクさせてくれる場所まで、ね」
ひた隠しにしてきた獰猛な笑みをちらと覗かせて。
けれどまどかが振り向いた時には、そこには柔和な笑みを浮かべて。アイはまどかの後を追うのだった。
「……よかったのかい、またしても見逃しちゃったけど」
実はあんまり本気で狙っていないんじゃないだろうか、そんな勘繰りすらも心の端に抱きながら、キリカは織莉子に尋ねた。
「仕方がないわ。あのまま続けて居ても、彼女を退ける事は容易ではなかったもの」
その実、織莉子の心情は平静とは言いがたい。絶好の好機をまたしても邪魔されてしまった。
その事実と、アイという魔法少女が介入を仕掛けてきた余りにも下らない理由への憤りは、今尚織莉子の中で渦巻いている。
「お、織莉子っ!?やっぱりそんなに気にしていたのかい!?
や、やっぱりあいつら今すぐ切り刻んで来た方がよかったかな、ねえ、織莉子っ?」
そんな怒気を自然と察して、キリカの表情がすぐさま慌しく変わる。
「いいえ、今はこのまま捨て置きましょう。……それが、彼女の運命なのだから」
ふっと、織莉子の顔から怒気が失せ。どこか物悲しげな色が浮かんだ。
「彼らが識るべき結末。それをもたらす者は……彼女だったのね」
呟きの意図を捉えかね、首を傾げるキリカであったが。
「今日はもう帰りましょう。……後は全て、彼らに委ねるべき事よ」
織莉子の言葉に、不思議そうにしながらも頷いて。二人は静かに帰路を辿り始めるのだった。
フラグは積み重ねるもの!
>>893
一応前々から伏線らしきものは張っておりましたので、ついに今回登場と相成ったわけです。
>>894
流石にそこまでの子ではありませんが、名前を母音だけ取ると杏子の中の人になりますね。
別に何か関係があるわけではありませんが。
>>895
とりあえず彼女のネタには気付いていただけたようで何よりです。
というわけでどういうキャラかも、なんとなく分かっていただけたのではないでしょうかね。
>>896
流石にそこまでやりきる紙面はありませんかもしれません。
普通に女の子ですしね。
>>897
むしろテンション上げ上げなのは彼女自身かもしれませんが。
>>898
今のところは腹に一物抱えた感じの子、といった感じでしょうか。
そしてあまりこちらでは見かけないプリセラタイプの武闘派です。
キリカの魔法が通用しなかった理由も、追々明らかになることでしょう。
>>899
ふふふ、流石にただのオリキャラなどは出しませんとも。
もちろん色々と仕込みは済ませてあります。主にいろんなフラグとか。
お久しぶりです、みなさん。
ギリギリのところで踏みとどまって、帰ってまいりました。
叛逆の物語、見ました。二回も見ました。
もうすぐ三回目も行くことになるでしょう。
別段この話を見たからと言って、この物語の内容に大きな変化はないと思います。
ただ、もう一度彼女達の物語を書くモチベーションをくれたのは、間違いなく劇場版だと思います。
このモチベーションが、一体どこまで続くのやらですが。
とにかく、ゆっくり行ってみる事にしましょう。
「くっそ、相変わらず隙がねぇ!」
銃撃の雨を、文字通り雨のように受け止めながら、忌々しげに杏子が呟いた。
こちらの手の内も、どうやらほむらは知り尽くしているようで、正攻法で立ち向かうのは困難だった。
「やりたかねぇけど……仕方ない。猪口才な奥の手、使わせてもらうよっ!」
マミが放った無数の弾丸が、ほむら目掛けて殺到する。無論それはほむらを捉える事無く虚空に消える。
けれどその一瞬の隙を突いて、杏子は瓦礫の影に飛び込んだ。
「逃がさない」
絡み付こうと追いすがるマミのリボンを、片っ端から撃ち落し。
立て続けにマミに砲火を浴びせかけ、ほむらは杏子の追い詰める。
だが、その眼前に現れたのは。
「やめて、ほむらちゃんっ!」
両手を広げ、身を挺して立ちはだかるまどかの姿。その姿を認め、声を聞き。ほむらは目を見開いて動きを止めた。
けれど、直後に行われたほむらの行動には、一切の迷いはなかった。
銃口を迷いなくまどかに突きつけ、引き金を引く。放たれた無数の弾丸が、違う事なくまどかの胸を貫いて。
その表情が驚愕に染まり、そして。
「ぐ……やっぱ、小細工は通用しねぇ、ってことか」
その姿が、杏子のそれへと変化した。
杏子が操る幻覚の魔法。その力をもってまどかの姿を模し、ほむらの虚を突こうとした。
けれどその目論見は、脆くも敗れ去ったのだった。
「まどかは……ここには来ない。来る筈がないのよ」
そう約束したのだから、と。故にほむらは迷わなかった。
けれど、その心まで平静でいられるはずがない。
幻とは言えまどかに銃を向けたのだ、否、向けさせられたのだ。許せるはずがなかった。
感情の色をあまり見せなかったほむらの表情が、激しい怒気を孕み、鬼気迫るものへと変わるのを見て
杏子の背筋に寒気にも似た感触が走る。
「っ?!……そりゃあ、まあ。ブチ切れもするか」
それが恐怖であると知りながらも、杏子は退かず、ほむらに立ち向かう。
この小賢しい手は有効打とはならなかったとしても、少なくともほむらの心を乱す事はできたのだ。
そこにほんの僅かでも、付け入る隙を見出す事が出来るかもしれない。
(でもな、あたしらだって手段を選んじゃいられないんだ。……悪く思うなよ)
そして杏子は再び、荒れ狂う鋼の暴風の中へと飛び込んでいく。その身を幾度も傷つけながら。
激しい交錯は続く。
ほむらの時間停止を未だに打開できずにいるマミと杏子。
ほむらもまた、ホワイトホワイトフレアを受けた二人に対して攻めあぐねている。
硬直する状況を動かすのは、やはり彼らだったのだろう。
戦いの最中、突如として発生した激しい魔力が、その空間を揺さぶった。
その魔力がなんであるかを、彼女らは知っていた。
それは――存在変換。
その事実を認識し、いち早く行動を開始したのはほむらだった。
否、行動に移ろうとしたのは、誰しも同時だったのだろう。
けれど時間停止というアドバンテージを持つほむらが、誰よりも先んじて行動に移ることができたのは、至極当然な事だった。
存在変換が起こった以上、ティトォの存在は一度消える。
今まで散々手を焼かせてくれた、ホワイトホワイトフレアもまた消え去る事となる。
ほむらにとって、それは最大の好機。
停止した時間の中で手榴弾のピンを抜き、爆発寸前のところでマミと杏子に向けてそれを放り投げる。
ほむらの手を離れ、二人の眼前で停止した手榴弾を見届けて、ほむらは存在変換の反応の元へと向かう。
激しく舞い散る光の粒子。その一つ一つすらもが静止した中、その光の奥に霞んで見える人影を目掛けて
ほむらはありったけの火力を叩き込む。
ホワイトホワイトフレアがない以上、爆発物の使用を控える必要もない。
機関銃から放たれる無数の弾丸が、立ち並ぶ迫撃砲から撃ち放たれた、雨のような砲弾が、一気呵成に殺到する。
そして、再び時が動き出す。
「うぁぁっ!?」
「ティトォ……っきゃぁっ!」
まず先んじて、炸裂する手榴弾の爆音が二つ。続いて悲鳴が二つ。
間をおかずして、存在変換の最中に降り注ぐ圧倒的な破壊の雨。
降り注ぐそれを目の当たりにして、光の中から生まれ出でたそれは不敵に口元を歪め、そして。
「ブッ……壊れなぁッ!!」
降り注ぐ破壊を更に凌ぐ、激しい光の炸裂が、全てを包んで飲み込んだ。
閃光と轟音が響き渡り、それが晴れた時ほむらの視界に映っていたものは。
幼い少女の相貌を、不敵ににやりと歪ませて。クレーターのように抉れた地面の中心に立つ、一人の少女の姿。
「――アクア様の、登場だっ!!」
片手に持った棒つきあめを、がり、と強く噛み締めて、噛み砕いて。
ギラリと歯を見せ、更にその笑みを深め。アクアは、酷く好戦的な笑みを浮かべた。
アクアの持つ魔力は、魔法少女のそれとは比較にならない程に大きい。
故にその身から溢れ出る魔力の余波でさえ、肌に突き刺さるようで。
ほむらは思わず肌が泡立つような感覚を覚えたが、それでも尚も踏み堪えた。
決して圧される事なく、真っ直ぐにアクアを見据えていた。
そう、ほむらは知っている。
これほどまでに強大な魔力よりも、更におぞましい力を。その発現を。それがもたらす終末を。
その結末を変える為、望む未来を掴むため。
そのために、ほむらは一人戦い続けてきた。そして今、この時も。ほむらは強大な敵に立ち向かう。
「例えお前が何であろうと……私は、負けないっ!」
更なる戦意を露にするほむら。
「……やっぱ、やめる気はないか。いいさ、相手してやるよ」
小さく吐息を漏らして、ほむらを睨みつけるアクア。
続く行動は同時。ほむらは盾に手をかざし、アクアは無数のあめ玉を周囲に展開し。
再び時がその流れを留めるその刹那。
「マテリアル・パズル――スパイシードロップ・キャンディポット」
アクアが、静かに呟いた。
今日はここまで。
色々と考えてみたところ、そろそろさくさくと話を進めるべきかと思いました。
……できればいいなあ。
色々あってやっぱり製作難航中ですね。
それでもまあ、出来た限りは投下していきましょう。
どうにも、まどマギ側のモチベが強すぎて、マテパ側が付いて来られてない気がするので
近い内にもう一度、マテパを通して見返してみることにしましょう。
では、投下します。
再び止まった時間の中で、ほむらは考える。初撃は凌がれた。だが、状況は決して悪くない。
ティトォに変わって現れたのは、強力な破壊の魔法を持つ魔法使い、アクア。
その魔法の威力は、先に放たれた巨大な魔力の槍、それが生んだ余波の大きさ推測しただけでも、計り知れないものがある。
それでも爆炎の類の一切を無力化し、魔法少女が持つ魔法以上の回復と強化を成し遂げて見せ
今の今まで戦局を硬直させ続けていたティトォと比べれば。
そして、対物ライフルの直撃を受けて尚さしたるダメージもなく、呉キリカですら子ども扱いしてみせる程の
圧倒的な身体能力と戦闘技能を持つプリセラと比べれば。
アクアはまだ、ほむらにとっては組し易い相手であった。
だからこそこの好機に、持ちうる全ての力を持って、ほむらは決着をつけようとしていた。
再び時間が動き出せば、たちまちの内に吹き荒れる鋼と爆炎の暴風。
アクアの魔法による防御を想定して、その密度は更に厚く、全方位を取り囲むように展開し。
さらにその上で、一度や二度防がれるのは覚悟の上とでも言わんばかりに、時間差を置いての波状攻撃を仕掛けていた。
ほむらが知り得る最大の敵、それと対峙したときに匹敵するほどの圧倒的な火力による飽和攻撃。
ほむら自身にも少なからぬ負担を強いるそれは、どんな敵であろうと粉砕する。
そう確信させるだけの、破滅的な攻撃力を誇っていた。
アクアは、再び目の前に現れた、先ほどよりも更に激しい破壊の暴風を目の当たりにして。
「――嘗めんな」
不敵に呟いた。けれどそんな言葉さえ、立て続けの轟音に掻き消されていって。
爆炎と閃光に、アクアの姿は完全に掻き消えて。立て続けの第二波、第三波が、次々にアクアのいた空間を薙ぎ払っていく。
その攻撃の範囲は余りにも広く、ほむら自身でさえも安全圏まで距離を取り
瓦礫の影からその攻撃の成果を眺めている事しか出来なかった。
そう、それが普通の相手であったなら。たとえそうでなくとも、強大な魔女、強力な魔法少女。
そういう言葉で括れるような存在であったなら、戦いはそれで終わっていたのだろう。
収まる事を知らないかのように、荒れ狂い続ける炎の中から飛び出した何か。
ほむらは、それが焼け残った燃え殻か何かだと思っていた。
けれどそれは、急に進路を変えてほむらのいる場所へと降り注ぐ。
「っ?!」
予想だにしていなかった奇襲。咄嗟に飛び退いたほむらの背後で
瓦礫の山に着弾したそれは激しく炸裂し、瓦礫の山を完全に吹き飛ばした。
「これは……っ」
それでも尚、それが持つ力は一切損なわれる事がなかったのだろう。
炸裂と共に生じた閃光の中から、楕円を描いた何かがほむら目掛けて飛び出してきたのだ。
それはアクアの魔法。スパイシードロップ・マーブル。
その攻撃にほむらは悟る。アクアはまだ生きている。あの熾烈な攻撃を凌ぎ、今こうして反撃の仕掛けてきたのだと。
「どうやって、あれだけの攻撃を凌いだっていうの」
忌々しげに呟くほむらに。
「教えて欲しいかい?」
荒れ狂う爆炎を、内側から食い破って迸る魔力を帯びた閃光。その爆心地に立ちながら、事も無げにアクアはそう言い放った。
目を凝らせば、そんなアクアの周囲に無数のあめ玉が展開しているのが見えた。
ほむらを追い続けていたマーブルも、アクアの元へと戻り周囲に展開するあめ玉の一つに加わった。
「いいえ、その必要はないわ」
詳細は分からずとも、火力による力押しは困難であることは先刻承知。
ならば次の手を打つまでの事。人一人殺すだけならば、大仰な火力なんて必要ない。急所に一発、それで事足りるはずなのだ。
再び時間を止めて、取り出したのは拳銃が一丁。少女の手に握られるには、あまりに無骨すぎる武器。
ほむらはそれを手馴れた仕草で構え、狙いを定める。
距離を置けば、魔法によって防がれる。展開するあめ玉には触れないように、出来る限り近づいて。
けれど、銃口を構えるほむらの脳裏に迷いがよぎる。
今更アクアを手にかける事を迷いはしない。考えるのは、果たしてどこを撃てば、彼女を死に至らしめられるのか。その事だけで。
それでもほむらは、僅かな逡巡の後に引き金を引く。
アクアの心臓とこめかみに、それぞれ一発ずつ魔力を帯びた銃弾が放たれた。
放たれた銃弾が、展開するあめ玉の間をすりぬけアクアの急所に迫る。
その銃弾が動きを止めたのを見届けて、ほむらはアクアを一瞥した。
止まった時の中だからこそ、その不敵な笑みは一切揺るがない。
その顔が再び時間が動き出した時、苦悶と驚愕に染まる事を願って。
十分な距離を置いた後、ほむらは時間停止を解除した。
「っ……これは、何が」
次の瞬間、ほむらが目の当たりにしたのはアクアを中心として広がる、巨大な光の珠だった。
それは間違いなくアクアの魔法によるもので。その威力の前に、ほむらのささやかな攻撃は瞬時の内に掻き消されてしまう。
「自分ごと攻撃するなんて……」
ほむらは知らない。アクアの魔法が、術者自身を傷付けることは決してないのだという事を。
それ故に、このアクアの行動は自殺行為にしか見えなかった。
だが光が収まった時、まったくの無傷で現れたアクアの姿を目の当たりにし、ついにほむらもアクアの魔法の性質を悟って。
「要するに……その魔法は自分には影響を及ぼさない。そう言うことね……随分大概な魔法ね」
なんてデタラメな、と内心でほむらは毒づいた。
「あんたに比べりゃ、そうでもないだろ。時間を止める魔法だなんてさ」
そんなほむらに、アクアはあくまで不敵にそう告げる。確証があったわけではないが
それでも僅かに目を見開き、息を呑んだほむらの様子を目の当たりにして、ティトォの推測が事実であったと確信し。
そしてほむらにもまた、それ以上隠し通す理由はなく。
「随分と察しがいいのね。なら分かるはずよ、貴女に私は捉えられない」
「確かに、あんたをひっ捕まえるのはちょっと骨が折れそうだ。でも、そんなしょぼい攻撃じゃあ、あたしには指一本触れられないよ」
「大した自信ね」
「試してみるかい?」
互いに睨み合い、僅かな沈黙の後。ほむらは再び銃を構え、その引き金を引く。
アクアを狙って放たれた銃弾は、再び生じた光の珠の前に、敢え無く潰えてしまった。
「あたしに近づけば、勝手に魔法が発動するようにしてるのさ。
だから、今まであんたがやってきたいみたいな、ちゃちな攻撃はまるで意味がないって事」
薄れた光の向こうには、微動だにせぬアクアの姿があった。
スパイシードロップ・キャンディーポット。
それは、破壊のみを追及したアクアの魔法の中で、唯一守りに主軸を置いた形態だった。
周囲に魔力を帯びたあめ玉を展開し、接近するものを全て爆発で掻き消してしまう。
その爆発がアクア自身には一切の影響を及ぼさない以上、
スパイシードロップの破壊力を上回る攻撃力をもって突破されない限り、それは無敵の防壁だった。
ほむらが持ち得る限りの火器を用いた攻撃でさえ、それを貫く事は叶わなかったのだ。
「でもまあ、守ってばっかりってのも性に合わないしね。そろそろ、こっちからもいかせてもらう…よっ!!」
言葉と同時に、キャンディーポットの中から放たれたのは、無数のマーブル。
ランダムな軌道を描き、ほむら目掛けて迫り来る。
無論、それでほむらが捉えきれるはずもなく。
すぐさま時間を停止させ、迫り来るマーブルから逃れ、銃撃でもってそれを迎撃する。
再び時が動き始めれば、迫り来るマーブルの悉くに銃弾が叩き込まれていた。
けれど、破壊の魔力が凝縮されたマーブルを破壊するには威力が足らず、その軌道を僅かにずらすに留まってしまう。
「無駄無駄、そんなもんが通用するかってのっ!!」
尚もマーブルはほむらを追う。
狙いが外れたものさえも、瓦礫の山を跡形もなく吹き飛ばしながら、尚も軌道を変えて執拗にほむらに迫った。
戦いは続き、無数の炸裂音と破砕音が、立て続けに白い世界を揺るがした。
では、本日はここまでです。
BBBも遂に終わっちゃったんですね。
でもCもDもあるようですし、Cもなかなか面白そうなので期待です。
まあ、ビッグガンガンの個人的な一押しはCPNなんですけどね。
その内アニメ化とかしないものかなと、淡い期待を抱きつつ本日はお別れです。
乙
時間操作に対抗するとかアクアさんまじぱねぇ
BB終わったけど神無は音沙汰無しっていう…(´・ω・`)
相変わらず難産が続きます。
劇場版の一挙放送を見ながら頑張ってます。
では、今日も投下しましょう。
「ったく、しつっこいねえ」
戦況の激しさは、先ほどまでのそれとは比較にならない程激しい。
けれど、それが硬直しているという事は、先ほどまでとも変わりなかった。
故にアクアは、埒の空かない戦況に一つ毒づいた。
「全くね、埒が明かないわ」
ほむらもまた、次々に湧き上がる爆発と迫り来る光輪をかいくぐりながら、呟いた。
ほむらの攻撃は、やはりアクアの防御を貫く事ができず。アクアの攻撃もまた、ほむらを捉えきれずにいた。
無数に放たれたマーブルも、空しく宙を切り、瓦礫の山を吹き飛ばす事しか出来ずに。
「ま、でもそろそろいい頃かな」
辺りを軽く一瞥し、アクアは不敵な笑みを浮かべた。
「………?」
その呟きを聞き取り、怪訝そうな表情を浮かべるほむら。そんなほむらに、アクアは鋭い視線を向けると。
「周りを見回してみなよ。……こんな状況で、あんたはどこまで戦えるかな?」
「っ!?これは……」
アクアの言葉に、ほむらは自らが置かれている状況を悟る。
見渡す限り周囲に広がっているのは、跡形もなく消し飛ばされて更地になった白亜の地平。
そこにはほむらが身を隠す寄る辺として、あるいは罠や武器としても使用していた瓦礫の山は
一つとして存在してはいなかったのである。
「初めから、これが狙いだったのね」
「あんたが素直に捕まってくれたら、こんな手間かかる真似はしなくてもよかったんだけどね」
視界を遮るもののない、どこまでも白いこの空間では、たとえ時間停止を使ったとして完全に身を隠す事は難しい。
例え時間停止中に距離を置いたとしても、容易く発見されてしまうだろう。
ほむらにとっての大きなアドバンテージの一つが、アクアの爆撃によって失われてしまったのだった。
「面倒な障害物は、全部綺麗に均したし……そろそろ決着、付けようか」
そう言うアクアの表情にも、疲労の色は否めない。
いかにアクアが無尽蔵の魔力を有していたとは言え、それでも長時間に渡るキャンディーポットの展開と
無数のマーブルの同時操作はアクアにとって大きな負担となっていた。
「そうね……お前も相当堪えているようだし、今度こそ終わらせてやる」
アクアの身を守る魔法さえ解けてしまえば、後はいくらでもやりようはある。
たとえ身を隠す場所がなくとも、時間停止の魔法は尚も十全なアドバンテージとして機能してくれる。
そう戦況を分析し、迫り来るマーブルをかいくぐりながら、ほむらは更なる攻撃を加えようとしたのだが。
「確かに、結構堪えてるかな。あくまであたしはね」
それを押し留めたのは、不敵な笑みを崩す事無く放たれたアクアの言葉だった。
その言葉が意する所は、そしてこの状況において、アクアにまだ切り札があるのだとすれば、それは。
(また換わるつもり?ならその前に仕留めれば……違う。これはチャンスだ)
存在変換の最中は、あらゆる守りの術は消え、完全に無防備な姿を晒すことになる。
その瞬間に攻撃を仕掛ければ、勝機はある。
ほむらはそれを悟り、アクアの行動を見逃さぬようにじっと睨みつけていた。
けれどそう、存在変換の最中の無防備さは、アクア自身も良く知るところであった。
だからこそ、そこに何の策も講じていないはずがない。
「マミ、杏子っ!任せるよっ!」
アクアの叫びが響くと同時に、ほむらの頭上に踊る影が二つ。見やればそれは黄と赤の光。マミと杏子の姿に他ならず。
「全くもう、私達ごと吹き飛ばそうとしておいて、よく言うわ」
「ほんとだぜ。人遣いが荒すぎだろ。でもまあ、借りは返す……ぜっ!!」
二人は同時に、その手からそれぞれの色の光を放つ。その光が、アクアの周りを取り囲む。
時を同じくして、如何なる手段によってかアクアは存在変換を開始する。
その存在が光の粒子へと変換され、別の何かが組み上げられて行く。
当然、ほむらはそれを見過ごしはしない。
幾度もの斉射を経て、ほむらもまた手持ちの火器は心もとない。
それでも無防備な状態のアクアを破壊するのには、十分すぎるほどの威力は有している。
恐らくマミと杏子は、存在変換中のアクアを守ろうとしているのだろう。
たとえその妨害があったとしても、十分に貫き得る威力を自分が有している事を、ほむらは己の経験から知っていた。
光に包まれ、光が渦巻く場所目掛け、ほむらは再び攻撃を仕掛ける。
時間が流れ出し、無数の鋼と爆炎がアクアを飲み込もうと迫る。
だがそれは、突如として生じた光の壁によって遮られた。その壁は、まるで夕日のような色をしていて。
「前よりは、タイミングも合うようになったんじゃないかしら、佐倉さん」
「当然だろ、あたしがそうそうヘマなんて打つかよ」
その壁の内側で、手を取り佇むマミと杏子。
そう、その壁は二人の合体魔法。堅固なる夕日の檻、ソレイユ・プリズン。
その防御力はほむらの想定を上回り、その攻撃の悉くを防いでいた。
「しっかり守ってやったぜ。後、任せるよ」
存在変換の完了を見届けて、杏子は静かに呟いた。
これだけ堅固な結界を維持する事は、杏子にとっても決して負担の少ない事ではない。
更に、ホワイトホワイトフレアを受けた状態で、自分の限界を超える力を振るい続けた反動が、杏子を襲っていた。
余裕ぶった口ぶりに反してその実、これ以上の戦闘の継続は困難だったのだ。
夕日の檻が割れて砕けて、先のほむらの攻撃の余波が巻き上げた噴煙を掻き分けて
満を持してプリセラは現れた。ピンクブロンドの長髪を揺らし、見晴らしのよくなった戦場を鋭く睥睨し。
「それじゃあ、そろそろ終わらせようか」
拳を打ちつけ、ぱしりと炸裂音を一つ響かせて。静かにそう呟いた。
刹那、その周囲に生じる無数の物体。ほむらお手製の、特別に殺傷力を高めた爆弾だった。
激しい爆発と同時に無数の鉄片が飛び交い、その場にあるもの全てを焼き払い、貫いていく。
だが。
「遅いっ!!」
プリセラの圧倒的な身体能力の前には、それすらも通用しなかった。
あろうことかプリセラは、発生した爆風よりも疾くその場を逃れる事で、その威力を完全に無効化していたのである。
そしてすぐさまほむら目掛けて、目にも映らぬ速さをもって迫るのである。
結果、ほむらは己の攻撃の成果をしっかりと確認する間もなく、立て続けの時間停止を行う事を余儀なくされていた。
(性質の悪い冗談ね……時間を止められるはずの私が、速さで圧倒されるなんて)
ほむらにも焦りが募る。ほむらの魔法である時間停止は、その盾の機構を起動させる事で初めてその力を発揮する。
逆に言えばその一瞬だけ、ラグが存在しているという事で。
その一瞬のラグでさえ攻撃の機会に変えてしまえる程に、プリセラの速度は圧倒的だった。
今のところは距離を取り、ひたすらに逃げ撃ちに徹する事でどうにか捕捉されずに立ち回れてはいるが
結局の所攻め手がまるでないのである。
予想を超えるプリセラの速さに、またしても攻めあぐねているほむらであった。
一瞬たりとも気の抜けない戦い。ほむらは全神経を集中させ、プリセラとの戦いに臨んでいた。
だからこそ、見逃していた。
彼女の敵は、一人ではないという事に。
プリセラから距離を取りつつ、ほむらは残弾数の少なくなった対物ライフルを叩き込もうとして
その銃身の先が何かに触れるのを感じた。
咄嗟に視線をやれば、そこにあったのは目を凝らさなければ見えない程に細い、糸。
「まさか……これはっ?!」
その正体に悟り、ライフルを手放そうとしたほむらを、周囲から湧き出た無数のリボンが絡めとった。
「巴……マミっ!」
己の失策に至り、ぎり、と歯噛みしながら視線を巡らせ、そのリボンの主を睨みつける。そう、その主こそ巴マミだった。
マミもまた、杏子と同じくホワイトホワイトフレアの反動を受けていた。
それでも未だに持ちこらえていたのは、魔法少女としての年季の差、なのだろうか。
プリセラにほむらの意識が集中している隙を突き、罠を仕掛けて待ち構えていたのだ。
「やっと捕まってくれたわね。随分てこずらされたけれど、ここまでみたいね」
時間停止の魔力は尚も続いている。
だがマミは、そのリボンでもってほむらを拘束し、そのリボンに触れる事で、自らも停止した時間の中で動く事を可能としていた。
ほむらの魔法が時間停止である以上、そういう性質を持っているであろう事をティトォは既に推測していた。
もし時間停止がほむら自身にしか作用しないのであれば、彼女の操る火器は一切の威力を発揮する事はできない。
だが、それらの火器は十分に威力を発揮している。
それは即ち、時間停止の魔力はほむらが触れている物には影響を及ぼす事はない。
そんな結論に至ったのは、至極自然な事だった。
だとすれば、時間を止められたとしても、何らかの手段を用いてほむらに接触する事さえ出来れば
ほむらの虚を突く事ができるはずなのだ。
そんなティトォの意を受けて、マミは周到に罠を張り、機を待ち続けていた。そして今、それが結実した。
一切の抵抗の術を奪われ、射殺すような冷たい眼差しでマミを睨みつけていたほむらの眼前で
マミはゆっくりと一丁の銃を生み出し、その照準を定めてそして撃ち放つ。
放たれた銃弾は、違う事なくほむらの盾の、今尚回り続ける歯車の間を射抜きその動きを阻んだ。
盾の機構が止まり、時間停止の魔力は断たれ、再び世界に時間が戻れば。
「っと……なんだ、もう終わっちゃったんだね」
拍子抜けだな、と言った調子でプリセラが。
「ったく、散々バカスカ撃ってくれちゃってさ。でも、これでいよいよあんたも年貢の納め時だな」
槍の穂先を突きつけ、油断なくほむらを睨みつける杏子が。
そして、次弾を装填した銃口をほむらに向けたマミが、抵抗の術を封じられたほむらを取り囲んでいた。
「アレだけ好き勝手やってくれたんだ、あんたが殺られる覚悟だってあったはずだよな」
最早言葉は不要とばかりに、杏子が槍を振りかぶる。その切っ先を、ほむらは唇を食い破らんばかりに噛み締めながら、怒りとも哀しみともつかない表情で睨んでいた。
「……くたばれっ!」
その切っ先が、ほむらの身体を貫かんとした、その刹那。
「な……っ?!」
一陣の風が、吹き抜けた。その風は、振り下ろした槍ごと杏子の身体を弾き飛ばし、ほむらの身体をさらっていった。
そしてその風が乾いた音と共に弾ければ、後には一人の少女が立っていた。茶色の髪を揺らして、臙脂の衣装を靡かせて。
「一人相手に三人がかりなんて、ちょっと大人げないんじゃないかな。って、私もキミらも子供だっけ」
ほむらの身体をその手に抱え、自信気に微笑むその少女は。
――徒逆アイ。
魔法少女マテリアル☆まどか 第11話
―白い世界と荒れ狂う炎―
―終―
【次回予告】
突如として現れた、いるべきはずのない魔法少女、徒逆アイ。
彼女の存在がもたらすものは、更なる戦いへの誘いか。
「分かったろう?私はキミよりもずっとずっと……強いっ!」
「確かに強い、確かに疾い。でもっ!」
ぶつかり合うは拳と拳。
その戦い、おおよそ少女のそれとは呼べず。
「これだ、これが私の求めていたものだっ!」
「いいさ、私も本気で行くよ」
けれど、その戦いが生み出す混乱は、更なる悲劇を生み出していく。
「嘘……そんな、どうして」
「ほむら……ちゃ、ん」
戦いの果て、悲劇の果てに。
遂に彼らは真実を――知る。
「そんな、まさかこれが……魔法少女の」
次回、魔法少女マテリアル☆まどか 第12話
―悲劇と真実―
というわけで、しこたま長かった11話がやっと終わりました。
vsほむら決着からの、皆さんお待たせアイザートさんの登場です。
>>935
ほむら自身にもっと火力があれば、状況はきっと違ったとおもいます。
アクアの魔法がシンプルなくせにそうとう便利だ、ってのもありますが。
乙
これは次スレいきそうだな
乙
アイちゃんはプリセラとガチバトルできるのか、もしかして
それってとんでもないことだよな
そろそろ第1章もスレも終わりか
メモリアから誰が来るんだろうな・・・
乙
なんか凄いんだろうなきっと
一番辛いところが終わったからか、いくらか話がやりやすくなってきました。
では、今日も投下です。
「てめぇ……一体何なんだっ!」
吹き飛ばされて崩れた体勢を即座に整え、槍の切っ先をアイに突きつけ杏子が叫んだ。
「徒逆アイ。見ての通りの魔法少女だよ」
アイは事も無げにそう応えると杏子を見据え、更にその背後で身構えているマミとプリセラに視線を送ると
嬉しそうに笑みを浮かべて目を細めた。
「あたしらの邪魔をするって事は、そいつの仲間か」
「いいや、違うよ。別にこの子に興味はないんだ。ただ……君達には興味があるな。特に、そこ人には」
「……私?」
思いもよらない言葉に、怪訝そうな表情を浮かべて自らを指差しながら、プリセラが応えた。
「そう、君だよ。見てるだけで分かる、貴女はものすごく強いんだね。まったく隙もないし、すごいすごい。ゾクゾクしちゃう」
なにやら勝手に感極まって、拍手まで始めて喜んでいるアイ。
そんな様子に、どうにも付いていけないな、とプリセラは小さく頬を掻いて。
「あんたが何をしたいのか分からないけど、その子に用がないのなら、こっちに引き渡してくれないかな」
「引き渡したとして、どーするの?そっちの子は思いっきり殺るつもりだったみたいだけど」
「そうするに決まってんだろ!そいつが今まであたしらに、何をしてきたと――」
怒りに任せた杏子の言葉を、プリセラは手で制した。そして。
「できれば、殺したくはないな。でも、その子は私らを殺すつもりでかかってきた。
それも、周りの人の被害なんてお構いなしにだよ。
放っておけない、だから、せめて戦う事が出来ないようにはするつもりだよ」
「おい、プリセラっ!そんな事言ってられる場合じゃないだろっ」
その言葉に、信じられないような表情で食って掛かる杏子。
「そうよ、プリセラさん。彼女の執念は異常よ。
どんな手を使って戦う力を封じたとしても、それでもきっと彼女は貴女を狙ってくるわ」
マミもまた、そんなプリセラの言葉を否定した。
無理もない、二人はほむらの凶行を誰よりも良く知っているのだ。
マミと杏子が仲違いをさせられたのも、杏子が死の淵に瀕する羽目になったのも、すべては暁美ほむらの仕業なのだから。
「わかってる。わかってるけど……やっぱりダメなんだ、私には出来ない。
あんた達みたいな子供を殺したくないし、人殺しなんてさせたくない。それに、戦えなくする方法はあるはずだから」
「……どうするつもりだよ」
「あの盾を壊す。あの盾があの子の魔法の源のはずだからね。
それに、あそこから武器を取り出しているのも見えたから、あれさえ壊せば……
多分もう、あの子に戦う力はなくなるはずだ」
勿論それもティトォの観察による推論ではあったのだが、先だってマミが盾の動きを止めた事で
時間停止の魔法も解除された事から考えるに、十分に納得できるものではあった。
「っ!?」
ほむら自身にとっても不可解な状況に、静観を決め込んでいたほむらもこれには黙ってはいられなかった。
必死にもがいてどうにかリボンの拘束を抜けようとするが、それすらも叶わない。
「あんまり暴れないで欲しいな。……まあ、私は弱いもの苛めは嫌いなんだよ。
当然、三人がかりなんてのもあんまり気に食わない」
そう言いながら、アイはほむらを後ろに放り投げた。
身動きが取れない状況で地面に叩き付けられて、ほむらは小さく苦悶の声を漏らした。
「だから、私は君に肩入れする事にする。でも、ヘタに首突っ込まれても面倒だし、とりあえずそこで大人しくしといてよ」
ぐるんと一つ、大きく腕を回して。それからアイはプリセラに相対し。
「そう言う訳だから、この子をどうにかしたいなら、まずは私を倒してからにしてもらうよ」
ぱしりと、拳を手の平に打ち付けた。
「っざけんなぁぁっ!!」
「貴女に構っている暇はないのよ、一気にケリを付けさせてもらうわっ!」
いち早く動き出したのは、杏子とマミの二人。杏子は槍を大上段に構え、マミは無数の銃を空中に生み出した。
それはまるで示し合わせたかのような連携攻撃だった。
だが、無数の銃弾が、鋭く迫る切っ先が、アイの身体を捉える前に。その姿が、忽然と掻き消えた。
「っ!?二人とも、下がれっ!」
プリセラが叫ぶ、けれど、その声が二人に届いたときにはもう、既に。
「な……ぐあぁっ!?」
「え……きゃぁっ!?」
何が起こったのかもわからぬまま二人の身体が宙を舞い、受身すら取れぬまま地面に叩きつけられていた。
宙に浮かんだ無数の銃が、杏子が握り締めていた槍が、乾いた音を立てて地面に落ちて転がって。
「杏子、マミっ!!」
「大丈夫、殺しやしないって。っていうか、すごいやこの力。こんなに疾くて強いだなんて」
二人の元に駆け寄ろうとするプリセラを制してアイが言う。
その口ぶりからは、自分の力に酔いしれている様子がありありと見て取れた。
本来であれば、構わず二人を助けにいったであろうプリセラも、そうするだけに足る力を持ったプリセラでさえも
今のアイの前では迂闊に動く事が出来ずにいた。
(今のは魔法でもなんでもない……ただ純粋に、疾いだけだ)
そう、プリセラには見えていたのだ。アイが目にも映らぬほどの疾さで二人の攻撃をかいくぐり
さらにそれぞれに一撃を加えていた様子が。
その疾さは自分と同等。下手をすればそれ以上。だからこそ、プリセラは動けずにいたのだった。
「それで、貴女は一体何が狙いな訳?突然出てきて、場をかき回すだけかき回してさ」
見たところ、二人は気を失っているだけらしい。ともなれば、今は目の前の相手に集中するしかない。
何せ状況は謎だらけ、アイなる魔法少女が何者なのか、本当に敵なのかのかすらも定かではないのだから。
「私の目的?それは勿論、君と戦う事だよ」
「私と?そりゃまた一体どうして?」
怪訝そうに問うプリセラに、アイは。
「感じたんだ、全身にザクザク突き刺さるみたいな、肌がざわざわ泡立つような
そんな魔力を、強い力を。それを求めてここに来たら君がいた。間違いない、君は私が追い求めていた存在だ!」
感極まった口調で、力強くそう豪語した。
ますますもって話は読めない。
「また、訳のわからない子が出てきたな……
要するに、貴女を倒さない事には、この状況に埒は明かない、って事みたいだね」
「そーゆー事。じゃあ、闘ろっか」
嬉しそうにそう言うと、アイは拳を構えた。応じてプリセラも、柔らかく開いた両手を構え、睨み合ったのは僅か一瞬。
次の瞬間には、二人の姿は同時に掻き消えていた。
刹那、生じる無数の炸裂音と打撃音。双方共に神速の動きで、白い空間を駆け、拳と拳をぶつけ合う。
一度激突するたびに、その衝撃が突風と化して激しく吹き荒れた。
「ぐ、っ……」
(一体、何がどうなっているの……)
マミが意識を失ってもその魔法は未だ健在。
故に身動きの取れないほむらは、湧き上がる突風に煽られ、翻弄され続けていた。
(とにかく今は、どうにかしてこの状況を打開しないと……あれは)
ごろごろと地を転がされ、鈍い痛みにほむらは顔を顰めた。
そんなほむらの視界の先で、主を失った槍が鈍い光を放っていた。
「やっぱり疾い!やっぱり強い!私の予想以上だよ、君はっ!!」
その激しい戦いには、もはや天地の上下すらもなく。
遥かな高みから逆さに落下しながら、激しく拳を打ち合って。そんな最中にアイは熱狂した様子で叫ぶ。
(私に匹敵する疾さと威力。まさか、こんな子がこの世界にいるなんて……驚いちゃうな)
プリセラ自身、百余年をかけて鍛え上げてきた自らの身体能力には、全幅の信頼と自負を持っていた。
けれどこんな歳若い少女が、それに匹敵する力を振るっている。
その事実には、プリセラですらも内心の動揺は隠せなかった。
激しく打ち合う二人の身体は、重力に引かれて地面に落ちる直前で、互いに弾きあうように左右に分かれて着地した。
「……正直、驚くな。それだけすごい力、一体どうやって手に入れたんだろ」
「なんのまだまだ。もっともっと疾く、強くなれるさ」
再びアイの姿が消える。すぐさま背後に生じる気配。
咄嗟に振り向くプリセラだが、アイの動きはプリセラの反応速度さえも上回っていた。
回避する間もなく繰り出された拳を、プリセラは咄嗟に腕を交差させて防ぐ。
けれどその拳は重く強く、ガードしたプリセラの体ごと吹き飛ばされてしまった。
(ガードした腕が痺れてる。……まさか、本当に)
脳裏をよぎる推測に、プリセラの頬に冷や汗が伝った。
「分かったろう?私は君よりもずっとずっと……強いっ!」
そしてそんな推測を肯定する言葉を、アイは力強く声高に言ってのけるのだった。
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