やすな「ソーニャちゃんが外でウンチしてる!?」 (161)

ソーニャが激烈な腹痛に襲われたのは、冬、放課後の帰り道での事だった。

人も車もあまり通らない、細くて狭い路地にソーニャはいる。
なんだこれは・・・。
帰路を歩んでいた足が止まり、手は腹部の上に置かれ、表情が徐々に苦しげなものになっていく。
鞄がどしゃと雪の上に落ちた。
一歩、足を踏み出すのも苦しい。
眉間に深い皺が刻まれる。
立っていられず、路地の端によって塀に手をおいて身体を支える。
あまりにも突然すぎる腹痛。
腹痛が去るのをじっと待っていると、不意にぐぎゅるる、と腹が鳴った。
ソーニャの顔が青ざめた。
便意の到来である。

 それはソーニャのそれまでの人生で最も巨大な便意だった。
一歩も動けない。
動けば決壊する。
それがはっきりと分かった。
腹は熱を帯びて苦しく、肛門のあたりに重い圧迫感がある。
気を抜けばその時点でミサイルは発射、爆弾は破裂、ダムは決壊する。
ソーニャは唇を噛んだ。
目をぎゅっと瞑り、便意の破壊的な衝動に耐える。
・・・。
最初の大きな波をやり過ごす事に成功した。
思わず溜息を漏らす。
目を開けると、姿勢をしゃんと正した。
正したつもりだったが、膝が震えている。
そこで気づいた。
便意に耐えている間、自分は両手をお尻の上に置いて重ねて、
産まれたのシカのようにぷるぷる震えていたのだと。
なんて酷い格好をしてたんだ・・・と顔が熱くなった。

ソーニャは周囲の風景を眺める。
ちらちらと舞う細かな雪。
延々とずっと向こうまで続く塀。
その塀の上から見える家々の群れ。
その家の内部へと続く出入り口。
看板や標識。
電信柱。
ソーニャは考える。
トイレは何処にあるのだろうか、と。

 公衆便所は見当たらない。
公衆便所が置いてあるであろう公園の類もない。
ソーニャはほぼ毎日、この寂れた路地を歩いているが、記憶を探っても公衆便所も公園も無かった筈。
引き返すか?学校まで。いや、途中で力尽きそうだ・・・。
と、ではどうすべきか? と考える。
そこらへんの家屋に駆け込み、

「わたくし××学校に籍を置いております、ソーニャと申します。
あの、大変申し訳御座いませんが、お宅の厠を貸して頂けないでしょうか?」

とでも頼み込めばいいのだろうか? 
答えは即座に出る。
無理だ・・・。
とてつもなく恥ずかしい。
見知らぬ人にトイレを貸してくれ、なんて。

だったらどうするべきか。
更なる思考の回転。
ひとつの単語が浮上する。
コンビニ。
そう、この路地を抜けて、大きな道路に出れば、コンビニがあるのだ!
ソーニャの顔に思わずほっこりとした笑みが浮かぶが、それはすぐに翳る。
でも、コンビニのトイレを使うのは・・どうなんだろうか・・・。
ソーニャはコンビニのトイレを使った事がないのだ。
そもそもあれは客が使用してもいいのだろうか。
いいのだ、客が使っても!
と、断言できるだけの強い根拠をソーニャはもっていない。
未経験者にとっては意外にハードルが高いのだ。
だが、このままこうして便意を我慢しているだけだったら、状況はますます悪くなっていく。
人家か。
コンビニか。
あるいは無理を承知で引き返すか。

ソーニャは決意を固めた。
コンビニを目指そう。
この道を歩き通そう。
落ちていた鞄を持ち直す。
一歩、踏み出す。
賭けにでるような気持ちで。
身体に問いかける。
大丈夫か?
耐えられるか、と。
まだ、大丈夫だ。
いける。
次の一歩を踏み出す。
塀に手をついて、少しでも負担を減らして。
ゆっくりと、ゆっくりと、でも確実に目的地へと向かっていく。
雪が降っている。
目の前をひらひらと落ちていく。
神よ、助けてくれ、とソーニャは普段ならば絶対に思わない事を思った。

二度目の巨大な波は、5メートルも進まないうちにやってきた。
ぐぅっ・・・。
と、漏れてしまったのは、声だけではなかった。
お尻に違和感がニュリッと発生。
まるで何かが漏れてしまったかのような、水っぽい感触。
全身から血の気が引いた。
その一瞬の隙が忍耐という名の堤防に更なるヒビを入れる。
ぷーっ、とという屁の音が静かな路地に響いた。

ソーニャにはそれが世界の隅々にまで轟く雷の音のように聞こえた。
思わず辺りをキョロキョロと眺める。
誰か、誰かに聞かれなかっただろうか。
路地には自分以外には誰もいない。
そのように見える。
ソーニャの顔が苦しげに歪む。
もはや腹痛も便意も耐えがたい。
そのときなぜか、不意にやすなの顔が脳裏に浮かんだ
自分がこんな目に合っているのは全てあの馬鹿のせいだ。
そんな気がする。

今日も一日あの馬鹿の馬鹿に散々付き合わされたし。
昼飯にも付き合わされたし。
なんだか授業中もじろじろと人を観察してくるし。
放課後もこりずに何やらこそこそと面倒なイタズラの気配がしてたからぶん殴ってやったし。
「酷いよソーニャちゃん!」とか抜かすからもう一発くれてやったし。
それにしても腹が痛い!
くそ。

やすなが全部悪い!
あいつは馬鹿で、すごい馬鹿だから、とてつもなく馬鹿な真似をする。
その尻拭いはいつも私だ。
うんざりだ。
ソーニャは塀に身体を押し付けると、ずりずりとへたり込んでしまう。
ソーニャの心を絶望が覆いそうになった時、それが目に飛び込んできた。
寄り掛かっているプラスチックの波板の塀に大きく穿たれた、穴。

ソーニャくらいの体型なら、なんとか通り抜けができそうな穴。
顔を寄せて、向こう側を覗いてみる。
草むら。
錆の浮いた鉄骨。
ボロボロのスーパーハウスの残骸。
パイプやら木材やら。
それらの上に降っては積もってゆく、冷たくて白い雪。
放置された工事現場のようだった。
この穴以外に、向こう側へ行く為の出入り口らしくものは見当たらない、反対側にあるのだろう。
ソーニャの心に悪魔がそっと囁いた。

ここでしちゃえば、と。

悪魔は多分やすなの顔をしている。
ただでさえ人の射ない路地である。
そっとこの穴を潜れば誰もソーニャがそこに侵入事に気づかないだろう。
僅かな観察だが、敷地内には背の高いガラクタがいくつもゴチャゴチャと積んであるように見える。
ますます人目にはつかない。
何か秘密の隠し事をするには、好都合の物陰は無数にある。
さっと侵入して、さっと済ませてしまえばいい。
何を? 
マフラーに包まれている喉がごくり、と鳴る。
そう、それは禁断の野外―――。

馬鹿な!
それは。それだけは。
でも。
いや。
しかし・・・!
そこで嫌な予感が、夏の入道雲のようにむくむくと、凄いスピードで膨れあがる。
便意の波の三度目。
自分はそれに・・・耐えられるだろうか?
ソーニャは懊悩した。
腹痛と便意の狭間で、苦痛と苦悩に押し潰されそうになりながら。
路地の立ち並ぶ数多の家を眺めた。
路地の遥か先にあるであろうコンビニを想った。
嗚呼。
人はこんな時に、神に祈るのか。
ちくしょう、と呟いて、ソーニャは塀に開いた穴をくぐった。

 膝が触れる雪が冷たい。
ソーニャは最早一刻の猶予も無い腹を抱えて、その放置された工事現場をうろうろする。
最も影が深い場所、絶対に人目につかない場所を、限界ぎりぎりまで捜し求める。
工事現場の片隅にでんと陣取っているスーパーハウスの壁と何かの建材の隙間。
終の棲家をようやく見つけた象のごとき歩みでそこに近づいていく。
くるぶしの高さまで雪が積もっている。
ソーニャはもう一度、念入りに視線を走らせる。
人影はない。
聞こえる音は微かな風、ソーニャの荒い吐息、お腹の唸りだけ。
ちらりと背後を見やる。
綺麗な新雪だけが目に映る。
鞄を雪の上に落とす。
そよ風がツインテールを揺らす。

 スカートの中に手を入れて下着に指をひっかける。
ほんのちょっと躊躇してから、するりと下ろす。
太ももを滑って、膝を経て、脛までゆっくりと。
ソーニャは下着を確認する。
恐る恐ると。
下着は汚れていなかった。
ほっとする。
先程のニュリッとした感じは気のせいだったようだ。
下着をくるぶしのあたりまで下ろし、右足を抜いた。
スカートを持ち上げる。
ソーニャの下半身が冬の大気に晒される。
ぶるっと震える。

百里を行く者は九十を半ばとす、という諺がある。
便意との格闘の末にようやくトイレに辿りついた者が便座に腰を下ろす直前に散華する。
というのはよくある話である。
前触れも予最大の波がソーニャを襲う。
崩れ落ちるようにしゃがむ。
和式便所スタイル。
いわゆるウンコ座り。
ひんやりとした雪の冷気がソーニャのお尻と股間を撫でる。
ひやっとする。
排泄が始まる。

まずブチャッと細かい液状の大便が放射される。
ブチャッブチャッ。
雪の至る所に茶色の穴が開く。
カットフルーツぐらいの大きさに寸断されている大便の塊が三つ、四つ。
スムーズに排泄されて、落ちてさくりと音を立てる。
変な声が出た。
獣の唸り声に似ていたかもしれない。
はぁっ、と息を吸って吐く。
肛門の奥、腹の底に異物感。
何か大きい物が動いている感じ。
肛門がみりみりという音を立てそうな程に開かれていく。

痛み。
膝頭に置いた手に力が篭る。
指が皮膚に食い込む。
長く、太く、大きい大便がソーニャの肛門から外へと排泄されていく。
くぅぅ・・・!
痛みは無くなっている。
代わりに肛門から巨大なものを排出する時のあの感じが長く続いた。
出し切きった瞬間、ぽん。という小気味よい音が聞こえた気がする。
股間にムズムズとした、微妙な感覚がある。

それは排尿の兆候で、ソーニャの意志など関係なく始まる。
雪に黄色い染みをばら撒き、深い穴を穿ち、その穴から湯気が立ち昇る。
じょぼじょぼという音。
変な声が漏れた。
口を無理やり意志の力で閉ざす。
我慢に我慢に重ねた末の大崩壊。
一気呵成の排便のカタルシスをソーニャは確かに感じたのだが、それは無視しておくしかない。

 あ、あぁ・・・。
ソーニャは膝の間に顔を埋めた。
自分の身体の事の筈なのに何一つ、排泄も排尿も止める事ができない。
そしてようやく前と後ろの排泄が終わった時。
ソーニャの顔はすっかり真っ赤だった。

 あれほどソーニャを苦悩させた腹痛も便意も今やどこかへ消え去ろうとしている。
代わりに身体にやってきたのは、苦痛を伴う我慢から解放された、気持ち良さである。
深くて荒い呼吸を繰り返す。
風が余韻に浸っている肛門に撫でていった。
小さく口を開いてた肛門はキュッとしまる。
顔をあげて鞄に手を伸ばした。
拭こう、と思ったのだ。
とっとと拭いて、立ちあがって、すたすたと歩いて、ここからおさらばしよう。
そこで気づいた。
自分がティッシュなんて持っていない事に。

 鞄に向けて伸ばした手が空中で凍りつく。
だが我に返ると、鞄を引き寄せて中を漁った。
教科書、ノート、筆記用具、ナイフ、ほっかいろ、替えの靴下、ナイフ、ナイフ・・・。
ナイフ!
ティッシュは無い。
影も形も無い。
何てことだ・・・。
今日はなんて最悪な日なんだ!
ソーニャは再び苦悩の虜囚となった。
せっかく腹痛から解放されたと喜んだのも束の間。
一難去ってまた一難である。
ソーニャは何気なくノートを手に取った。
・・・これは紙で出来ているという閃き。

あぁ。
このノートで?
やるしかないのか?
ちくしょう、ソーニャは呻いた。
その時。

さくり、と足音。
え、と思う間もなく。
すっ、と何かが差し出される。
それは、
何処にでもある、
ありふれた、
平凡極まりない。
ポケットティッシュ。
ばっ、と顔をあげる。
目の前には。
冬の灰色の空と。
舞う雪と。
寂しい工事現場を背景にして。
なんだか困惑と照れの間にあるような表情の。
折部やすなが立っていた。

「ソーニャちゃん、大丈夫?」
「やすな・・・?」
 ソーニャの呆然とした、力の無い声。
 顔は雪のように真っ白。
 やすなは顔を横に背けながら、ポケットティッシュをぐいっと差し出す。
「これ。使っていいよ」
「あ、ああ・・・」
 伸ばした手がぶるぶると震えているのは、寒さのせいであろうか。
 破損していたソーニャの現実認識がゆっくりと戻ってくる。
 それにつられて顔色も白から赤へと変わっていく。
 今、自分はどんな格好をしているのだろうか。
 下着を脱いで下半身を丸出し。
 我慢しきれずに座り込んで排泄。
 そんな有様をやすなに見られている!
うあ。
「うああああああああああああああああああああああああああ!!」
 ソーニャは絶叫した。

 やすなはその大声にびくっと一歩後ずさった。
 ざくっと雪を踏む音がやけに大きく響いた。
 ソーニャは顔面どころかマフラーの下の首筋まで真っ赤である。
「やすなぁああああああお前えええええ!!!!!」
 鞄の中に手を突っ込んでナイフを握ると、やすなに向けて振るった。
 びゅっ、と空気を切り裂く。
しかしやすなには届かない。
「うあ危なっ!」
 やすなはますます遠ざかる。
「見たな!おい見たな!」
「見てないよ!何も見てない!だから落ち着いてよソーニャちゃん!」
「ちくしょう。死ね!」
ナイフを投げた。

 が、しゃがみ込んでの投擲は、ナイフを明後日の方向に飛ばすだけだった。
「よけんな!」
 ソーニャの怒鳴り声にやすなは戸惑うばかり。
「お、落ち着いてよソーニャちゃん」
「くそ!やすなぁ!お前!この!殺す!」 
 ソーニャは立ち上がろうとした。
 自らの手で直接、やすなの身体をナイフで刻んでやるべく。
 しかし。
 長時間のウンコ座りによって膝関節は硬直していた。
 無理に立ち上がろうとしてはいけなかった。
 腰を半ばまで上げたところで体勢が崩れた。
 手があわあわと宙を掻き、背後に倒れこみそうになった。
 背後には茶色いあいつが居るというのに。
 いかに殺し屋とて肉体の悪魔と万有引力には抗えない。
 そのまま背中から倒れ「ソーニャちゃん!」

 小動物の素早さで雪を駆け寄ったやすながソーニャの腕を掴んだ。
 ぐいっ、力強く引かれる。
 あまりの勢いに、やすなの胸に顔をぶつける。
 何故だかやすなに抱きしめられているような格好になる。
 ソーニャの激昂が冷めていく。 
「大丈夫?」
「ああ・・・」
 もう何もかもがどうでもいいような気分だった。
 二人はしばし沈黙。
 やすなが口を開いた。
「えっとさ・・・。よかったらその・・・・・・あげようか?」
「なに?」
 その時、気づいた。
 やすなの視線が、スカートがめくりあがったことにより外気に晒されっぱなしになっている、
 ソーニャの尻に注がれているという事実に。
「私が拭いてあげようか?ソーニャちゃんのお尻・・・」
 ソーニャの呼吸が止まった。

 どん、とやすなを両手で突き飛ばした。
 あぅ、と間抜けな声を漏らしてやすなは雪の上に尻餅をついた。
「消えろ!」とソーニャが叫んだ。
そ、ソーニャちゃん。
「うるさい!消えろ!」
 適当に雪を毟って無造作にやすなに向けて腕を振るった。
雪がぱらぱらとやすなに降り注ぐ。
「やすなぁ!」
「わ、分かった。どっかいくからさ。ね。落ち着いてよ。」
「うるさいうるさい!黙れ!」
 再び雪をぶちまけた。
 やすなの髪といわず顔といわず、至る所に雪が付着している。
 ソーニャの足から力が抜けた。
 しゃがみ込んでしまう。
 マフラーに顔を埋めた。
 消えるような声で呟く。
「頼むからどっか行ってくれよ・・・」

 やすなはそんなソーニャを見下ろしている。
「ごめん。もう行くからさ。これ、良かったら使ってね」
 と、やすなはポケットティッシュをソーニャの足元にぽとりと落として、回れ右をした。
「それじゃ本っ当にごめんねー!」
 はぁ、はぁ、と肩で息をしているうちに、やすなは工事現場の物陰に紛れて見えなくなった。
「やすな・・・。」
 やすなが居なくなると、安心感と同時に、チクチクした痛みが胸に走った。
「ちくしょう・・・。最悪だ。本当に、最悪だ」
 よりによってあの馬鹿に、やすなに、やすなに、こんな姿を目撃されてしまうなんて。
 柔らかいマフラーに顔を埋めたまま、ソーニャは胸中に渦巻く様々な感情に耐える。
 しばらくして、ソーニャはやすなが残していったポケットティッシュを拾うと、お尻を拭き始めた。

嫌になるぐらいに手が震えていたが、なんとか仕事をやり終える。 
 下着を履きなおす。
 妙にひんやりしていた。
 そして自分が出したものとお尻を拭ったティッシュ、それらの上にまとめて雪を被せた。
 砂の下に隠された古い遺跡にように、雪が全てを覆い尽くした。
 ソーニャはマフラーを巻き直すと、鞄を拾い、工事現場をあとにした。
 冬は日が落ちるのが早い。
 とぼとぼと路地を抜ける。
 大きな道路にでるとコンビニが見えた。
 ソーニャはじっとりとした視線がコンビニを睨み付ける。
 しょんぼりとした気分を払えないまま、自宅に辿りついた。
 

 床に鞄を放り、マフラーをしゅるっと外すと、制服や下着を脱いで全裸になり、風呂に入った。
 念入りに身体をごしごしと洗うと、やや熱めのシャワーを10分ぐらい、無言で浴び続ける。
 風呂からあがると新しい下着と寝巻きを身につけ、先ほど脱ぎ捨てた下着はナイフで刻んでからゴミ袋に突っ込んだ。
 何か食べようと思ったが、食欲はまるで無く、飲み物で喉を潤すと、ベッドにどさりと倒れ込んだ。
 そのまま沈黙。
 寝ているわけではない。
 何もしたくないし、何も考えたくないだけだ。
 どれぐらいそうしていただろうか。
 不意にベッドにうつ伏せになったまま、うああああああ、とソーニャは叫んだ。

 手足をバタバタさせて、どったんばったんとベッドで跳ねた。
 枕を引っつかむと天井に向けて思いっきり投げる。
 天井にぶつかって落下してくる枕を蹴り飛ばす。
 床にぼでっと枕が落ちる。
 頭を抱えて、うあーうあーと呻きながら悶絶した。
 見られた。
 見られた。
 野外で排泄している姿をやすなに見られた。
 消したい、この記憶を!
 おお過去に戻りたい!そしてあの時の自分を殺してやりたい!

 やすなの顔が脳裏に浮かんだ。
 あの、困ったような、戸惑ったような、やすなの表情。
 くぅー、と甲高い悲鳴をあげる。
 うつ伏せの状態で腰を高く突き上げて、左右にぶるんぶるんと振る。
 やすなの馬鹿やろう!
 だいたい何故あいつはあんなところに居たんだ!
 どうして私が人に絶対に見られたくないという場面で、あいつはタイミング良く、
 いや悪く、登場して、ああ、この!
 ベッドに頭を叩き付けた。
 何度も叩き付けた。
 ひとしきり暴れると疲労困憊し、ベッドに四肢を伸ばして突っ伏した。
 感情が静まり、落ち着いた思考をしようと心がける。
 逆に考えるんだ、と自分に言い聞かせる。
 たかがやすなじゃないか。

 やすなは馬鹿だ。
 取るに足らない馬鹿だ。
 所詮はやすな如きだ。
 取り乱すことなんて無いだろ。
 気にするな。
 忘れてしまえ。
 こんなもの何でもないないんだ、という態度をとれ。
 私にはそれが出来る。
 何故なら相手はやすなだからだ。
 ソーニャはそう自分に必死に言い聞かせた。
 大丈夫だ。
 とにかく大丈夫なんだ。
 室内に電子音が鳴り響いた。
 ソーニャはびくっとした。
 室内のどこかから、着信を知らせる、携帯電話の電子音が鳴っている。
 緩慢な動作でベッドから降りると、携帯電話を探した。
 心のどこかでそのまま着信音が止まればいいのに、と思っていた。
 乱雑に放り出されたままの制服のポケットから取り出しても電子音は喧しく鳴り続けている。
 画面を見た。
 「やすな」と表示されている。
 どくん、と心臓が跳ねた。

 迷ったが結局、でることにした。
 「あ、ソーニャちゃん」というやすなの声が聞こえた。
 「なんだ」
 「もしかして、寝てた?」
 「いや」
 「あのさ」
 「なんだよ」
 「・・・」
 「・・・言いたい事があるならはっきり言えばいいだろ」
 「・・・えーっと」
そこでソーニャは、そういえば、私もお前に聞きたいことがあったんだ、と言った。
 「え」
 「お前さ、なんであそこにいたんだ?」
 「あそこって」
 「あの工事現場みたいなところ」
 「あー・・・。あれはね・・・。えーっと」
 「なんだよ。言えよ」
 「ソーニャちゃんと遊ぼうと思ってね、探したんだけど」
 「ああ」
 「見つからなくてね。だから私も帰ろうかなーって適当に歩いてたら、偶然」
 「偶然?」
 「ソーニャちゃんの後姿を発見してね。これはこれはと思って声をかけようとしたら」
 「ああ」
 「なんだか様子が変だった。どうしたのかな、と電信柱に隠れて様子を伺ってたら」

「なぜ隠れる?」
 「何となく。それで、ソーニャちゃん何だか蹲るし、もしかしたら病気かなって近寄ろうとしたら」
 「・・・ああ」
 「急に消えちゃって。あれ?と思って走ったら、あの壁に穴が開いてて、あ、ここから中に入ったんだなと」
 「・・・」
 「ははぁ、ソーニャちゃん何か怪しいことしてるな?と推測して、私も穴をくぐって、ソーニャちゃんを探したら」
 「・・・・・・」
 「ソーニャちゃんの綺麗な金髪をみつけて、あと、何か唸り声みたいなのが聞こえて。それでそっと覗いたら・・・」
 「・・・・・・・・・」
 「ソーニャちゃんが、ソーニャちゃんが、う、うん―――」
 「それ以上言えばお前を殺す」
携帯電話の向こうでやすなが沈黙したのが分かった。

・・・。
ソーニャちゃんの綺麗な金髪。

ソーニャは言った。
「よく分かった。お前がとんでもないストーカーだってことが」
「そ、そういうつもりじゃなかったんだよ」
「お前ごときの尾行に気づかないとは、一生の不覚だ・・・」
もし気づいていれば、絶対にあんな事はしなかったのに、とソーニャは悔やんだ。
「で、お前は何で電話してきたんだ。私を笑う為か?」
「違うよ!ただ、その謝りたくて」
「・・・別に」
気にしてない、とソーニャは言おうとした。お前に何を見られようと私にダメージはないんだ、と。
あとなんか私のほうも酷いこと言ったような気がするし、とが口が裂けても言えないソーニャだった。
「たぶん、私のせいだと思うから」
「は?」
「あのさ、あのね、今日さ、昼休みに一緒にご飯食べたよね。パンだけど」
「あ、ああ」
「その時、ソーニャちゃんのパンと私のパンを半分こしたじゃない。私がツナのパンで、ソーニャちゃんが焼きそばパン」
そこまでは覚えてない。
「その私のパンなんだけど、家から持ってきた奴で」
「・・・」
「家から持ってきたっていうか、自分の部屋からもってきたんだけど。実はあれ、賞味期限が二週間前だったんだ」

「なんだと」
「いつ買ったのか忘れてて、でもまーいっかと学校に持ってって。それで、その、ソーニャちゃんが食べる時に気づいて」
「お前も食べてなかったか」
「ううん。こっそり机の中に隠したから」
「隠したのか」
「うん。それで大丈夫かなーってそれから授業中もソーニャちゃんの様子を見張ってて、放課後も・・・」
「そうか。それで遊ぼう、遊ぼうとかしつこかったんだな。それで私を尾行したんだな?」
「そういうこと。本当にごめんねソーニャちゃん。あのパン、よくみたら冬なのにカビ生えてたよ。おかしいよね」
「あっはっはっは。おかしいな、それは」
ソーニャは微笑んだ。
「やすな」
「なにソーニャちゃん。今日は本当にごめ
「今からお前を殺しにいく」

やすなの必死の叫びが電話から聞こえる。
「待って、待って、落ち着いて、落ち着いてよ、落ち着いて下さい!」
「駄目だ。無理だ。もう止まらない」
ソーニャは制服を着込み、しっかりと研いだナイフを懐に収め、頭の中で抹殺プランを練り上げていく。
「ソーニャちゃん!声が、声がすっごく怖いんだけど!?」 
「電話を切るぞ」
「だから待って!あのね、お詫びがしたいんだよ」
「侘び? そんなの今から貰いにいくぞ」
ソーニャは首をごきりと鳴らした。
「お前の命をな」
「いやそれはちょっと!あのね、私もしたから!」
「はぁ?した?何を」
「その・・・・・・・・・・・・・・うんち」

ソーニャは携帯電話を耳から離し、画面をまじまじと見つめた。意味が分からない。
意味が分からない。
「お前いまなんて言った?」
「私もしたって・・・言った」
「何を」
「おっきいほうのあれ」
「あれじゃ分からないだろ」
「う・・・んち」
「意味が分からん・・・」
「だからお詫び・・・だよ。私、ソーニャちゃんにカビパン食べさせちゃったし、そのあと、あれ見ちゃったし」
「カビパン・・・」
「ソーニャちゃんすっごい怒ってるなぁって思って。嫌われちゃったらどうしようと思って」
「・・・」
「どうすれば許してくれるかなぁって思って。私、ソーニャちゃんと別れたあと考えてね」
「・・・」
「ソーニャちゃんは私にあれをしてる姿を見られたのが凄く嫌だったんだろうなぁって、だから」
「・・・」
「私も同じことしてみた」
「同じこと」
「うん。あのカビパン食べて、あ、でもお腹ぜんぜん痛くならないから浣腸して、それで」
「いま浣腸っていったか?」

「うん。あれってすごく大変なんだよ。知ってた?」
「知らないし、知りたくもない」
「で、トイレで・・・してさ。その様子を携帯で録画したんだよ」
「は?」
「今送るから」
「は?は?何を」
「動画だよ。たぶんちゃんと送れると思うから」
「その動画をどうしろと?」
「見て」
ソーニャの眉が見事な「八」の字になる。
「見て、どうするんだ」
「許して。ソーニャちゃんの恥ずかしい姿を見てごめん。だから、これがお詫びの気持ち」
「本当にカビが生えてるのはお前の頭だ!おかしいぞ!」
「おかしくないよ!ちゃんと頑張って考えたもん!あ、送信するね」
「送らんでいい! 待て。やめろ!」
「もうおっそいよー。あ、電話きるね。ちゃんと見ってねー」
「私はそんなの見たくない!」
「・・・・・・・・・・・ごめん」
「おい!」

と、怒鳴った時には既に通話は切れていた。
ソーニャは携帯をまじまじと眺めたあと、すぐさまかけ直そうとして。
着信の文字が画面に表示された。
それはメールだった。
「ひぃっ。きた!」
かなりの時間が経ってから着信が完了したことを報せる表示が現れた。
ぷるぷると怯えながら、ソーニャはメールを開いてみた。
 
 タイトル;ごめんね

 本文:さっきは本当にごめんね。わざとじゃないんだけど、結果的にソーニャちゃんを
    苦しめてしまいました。嫌われちゃってもしょうがないとは思うけど、でも、
    私はソーニャちゃんと友達でいたいので、どうにか許してもらいたいです。
    なので同じ苦しみを味わってみることにしました。ソーニャちゃん、ごめんね。

なんだこの文章は。
本当にやすなが書いたのか?
いかにも無理して丁寧な文章を書いてみました、みたいな。
やしならしくなさと、「苦しみ」という言葉が物凄く不安感をかきたてる。
なんだろう、ガラでもないが、やすなが心配になってくる・・・。
電話では「がんばって考えた」とか「悩んだ」みたいなことを言っていたが。
そこまで追い詰められていたりするのだろうか。
・・・。
ソーニャは文章を三回ほど読んでから、散々躊躇した挙句、ええいままよ!と動画を再生した。

 まず真っ暗な画面が映る。
 「これで大丈夫かな」というやすなの声が聞こえる。
 がさごそ、とやけに大きな雑音がスピーカーから漏れている。
 「よし、これでオッケー!」という声と共に、画面が明るくなる。
 そこはトイレの個室だった。
 薄暗く、全体が灰色の硬質の印象がある。
 どこかの公衆トイレの個室だと分かる。
 和式の便座を跨ぐようにしてやすなが立っている。
 トイレの扉にでも携帯を設置したのか、制服姿のやすなの全体像が見える。
 やすなは緊張を孕んだ表情でカメラに視線を向けている。
 なんとなく落ち着きがない。
 それからおもむろに喋りだす。

「えーっと、ソーニャちゃん。見てますか?」
「やすなだよ」
「・・・」
「やっほー!」

やすなは何故か両手でピースを作るとにっこり笑った。

「えーっと、その、さっきはごめんなさい。私があんなカビの生えたパンを食べさせちゃったばかりに」
「あれから家に帰っておやつを食べて、お風呂に入りながら考えました」
「ソーニャちゃんがあんな苦しい思いをしてしまうだなんて」
「本当に、申し訳なく思ってます」
「だからソーニャちゃんに謝りたくて、こうしてトイレにいます」
「一時間ぐらい前に、カビパンを食べました。けっこうイケてる味だったのでビックリしました」
「もともとはツナパンだったのに、なんだかイチゴジャムのパンみたいだった」
「そのあと、ご飯をいっぱい食べました。5杯ぐらいおかわりしました」
「なんだかお腹がぽっこりと膨らんでいます。正直やや苦しいです」
「それでお腹が痛くなるのを待ってたんだけど、なんか大丈夫っぽくて全然痛くならないので、浣腸します」

やすなは胸ポケットから定番のイチジク浣腸を取り出す。

「うちにあったんだよ。なんかドラクエのスライムみたい。それかストレッチマンの頭みたいだね」
「これを今から使います」
「あ、ちなみにこの映像は携帯電話で撮ってるよ」
 
 スライムの角にあたる部分にキャップがあり、それを捻って外す。
 ちなみに胴体の部分を握ったままキャップを外すと中身が漏れる恐れがあるので注意が必要である。
 やすなはスカートの中に手をいれて白い下着をおろす。
 左の足首に下着を引っ掛けたまま、スカートをもちあげる。
 やすなの下半身が画面に映し出される。
 片手でスカートを持ち上げたまま、もう片方の手で浣腸をもつと、ちょっと前かがみになる。
 どうやら股の間からイチジク浣腸を肛門に差し込もうとしているようだが、上手くいかない。
 もどかしくなったのか、やすなは、邪魔だなぁとスカートも脱ぎだす。
 下着とスカートをトイレの荷物置きの網に置くと また同じ姿勢で挑戦するが、やはり失敗。
 あれぇ・・・と悩む素振りを見せた後、そうだ! と大声をあげ、カメラに背中を向ける。

 両足を大きく広げると、便座の後ろにあるパイプやタンクのほうへと手を伸ばす。
 左手で掴んで掴んで身体を支え、右手で浣腸をもつ。
 やすなの下半身の二つの穴がはっきりと映っている。
 けっこう白い、ふくらはぎ、太もも、チラチラと覗くあそこ、お尻、背中の一部分が見える。
 首をひねって状態を確認しながら、イチジク浣腸の中身を零さないようにしつつ、慎重に運ぶ。
 乾いた肛門は、なかなか異物の侵入を受け入れない。
 浣腸の先っちょが肛門の周辺を何度か突いたあと、角が肛門に入り込む。
 やすなが変な声をあげる。
 
「座薬みたい・・・。こう、お尻のなかに何かが入ってくる、へんてこな異物感というか・・・」

 イチジク浣腸の角を根元まで肛門に差し込むと、スライムの胴体にあたる部分をぎゅっと押し潰す。
 容器の中に満たされていた液体が押し出されて、やすなの直腸内に流れ込んでいく。
 やすなが再び変な声をあげる。
 思わず浣腸から手を離してしまうが、肛門に引っかかって抜け落ちることは無い。

 もう一度、手を伸ばし、容器内の残っていた液体も全て体内に流す。
 一旦、右手を前に戻してタンクに置いて、ふぅーと深呼吸。
 その間、イチジク浣腸は肛門に差し込まれたままである。
 右手を無造作に伸ばして肛門から浣腸を引き抜く。
 挿入する時よりも、抜く時のほうが力が必要だったように見える。
 空になったイチジク浣腸をタンクの上に置くと、やすなは便座の上にしゃがみこむ。
 ふぅー、と一仕事を終えたというような吐息。
 くるりとしゃがんだまま回れ右をして、カメラのほうに視線を向ける。

「えーっと、なんか3分か10分ぐらいで効果がでてくるんだって」
「初めてやるからよく分からないけど・・・」

 やすなは怪訝な顔で制服の上から腹部を摩る。

「本当に効果あるのかな・・・?」

 暫くお腹を撫でているが、特に変化は見受けられない。
 そのうち手持ち無沙汰になったのか、トイレ内をキョロキョロと見渡す。
 ぶるっと震える。
 トイレ内は冷えるのだろう。

「なんか勢いで来ちゃったけど、和式のトイレはここしか無いからしょうがないけど・・・」
「えっと、なんで和式かっていうと、その、ソーニャちゃんもこの体勢で・・・していたから」
「本当は外のほうがいいんだろうけど・・・カメラが上手く設置できないし、暗くて映らないから・・・その」
「け、決して寒いから止めたとか、そういう理由じゃないよ、本当だよ」
「それにしても寒いなぁ。ここってうちの近所の、なんだろう、おっきな公園にある公衆トイレなんだけどね」

 やすなは立ち上がると、カメラに手を伸ばす。
 
「ちゃんと映ってるかな?」

 やすなの顔がカメラに大写しになる。
 突然、う、と呻くような声を発する。
 表情が苦しげなものに変わっていく。

「きた・・・きた!」
「お腹が!」
「ぐるぐるって・・・」
「鳴ってる!」
「予想をはるかに上回る勢いで!」

 あまりにも急激なお腹の変化にやすなは追いつけない。
 人は心の底から慌てているとき、脳みその回路がショート寸前なのか、理屈に合わない行動をとりだす。
 やすなは、なぜか制服の上着を脱ぎだす。
 「汚れちゃうかも!」というやすなの声。
 荷物置きに引っ掛け、勢いでワイシャツまで脱ごうとする。
 ボタンを3個ほど外したあたりで、ワイシャツを脱ぐ必要はないんだ、という顔をする。
 しかし、その時、壁に設置された携帯にまで届くほど大きな唸りがやすなの腹から聞こえる。
 ボタンを直すよりも脱いだほうが早いと判断したのか、やすなはワイシャツも脱ぎ捨てる。
 ワイシャツの下には何も着けていない。
 確かに心なしかお腹がぽっこりと膨らんでいる。
 食べすぎである。
 靴と靴下以外は全部脱いだ、ほぼ全裸という格好のやすなは、和式便所の上で慌てふためく。
 
「で、でちゃ・・・!ううう!!」

 両手をお尻の上にあてながら、カメラに背を向けて、ゆっくりとしゃがみこむ。
 お尻の割れ目が広がり、やすなの肛門があらわになる。
 やすなは和式便所の給水口から伸びる鈍い銀色のパイプを握り締める。
 裸の背中の筋肉が強張り、膝もがくがくと震えている。

「んん・・・。うぅー!」
 
 後ろ髪がさっと揺れて、肩を撫でている。
 やすなは首をひねってカメラのほうを向く。

「ソーニャちゃん・・・こ、これは辛いね」
「学校帰りにこんな風にお腹がごろごろ鳴っちゃったらどうしようもないよね」
「もう本気で、これは、人間の力じゃ無理だね。台風とかそういうの感じのあれだよ」
「本当に・・・しょうがないよね!」
「だからねソーニャちゃん」
「恥ずかしがることなんてないよ」
「・・・」
「ふぅぅ・・・っ・・・もう無理っ!」

 きゅっと窄まっていた肛門が拡がっていく。
 むりむりと旬のナスみたいな大便がやすなの中から溢れてくる。
 こんなにも! という驚きに打たれるほど肛門は拡がっている。
 やすなの呻きが聞こえる。
 パイプを握っている手が、指が、爪が、白い。
 ぼちゃん。
 と、大きめの大便が和式便座に落ち、水が跳ねた。
 その跳ねた水滴があたったやすなのお尻がぶるりと震える。
 肛門が口を開けている。
 まるで呼吸をするかのようにリズミカルにひくひくと収縮を繰り返している。
 もう戻らないのでは? という心配を見る人に抱かせる。
 括約筋は不可逆な消耗品なのである。大切にしなくてはならない。

第二弾はチョコをたっぷり塗りこんだ棒パンのように大きい。
 呼吸することすら苦しいという風に、呻きを漏らしながら耐える。
 強ばったやすなの細くて肉の薄い背中には、背骨がくっきりと浮かんでいる。
 白い肌がほんのりと赤さを含んでいる。
 全身全霊を費やした排泄なのだろう。
 ぐぅ・・・!
 ぼちょ。
 さきほど出した一発目の上に亀のように乗っかった様子。
 出し終えると、荒い呼吸が個室の中に響く。
 ちょっとだけ、休息のような時間が流れる。
 これで打ち止めかなという風にやすなが身体の緊張を緩めると、それを狙っていたかのように。
 第三弾が肛門からすっと顔を出す。

 ドロリとしたココアのような液状の便。
 チョコボールのように細かい便。
 それが混ざって落ちていく。
 すでに和式便所のなかに築かれていた便の山のうえに降り注ぐ。
 不意打ちをくらった肉体は引っ叩かれたかのように痙攣し、尿道にまで刺激を与えたらしい。
 あ・・・。
 勢いのある水が、静止している水を叩く音。
 やすなは前と後ろの両方から同時に排泄を行っている。
 間断なく襲い来る排泄の感覚に、やすなの理性は揺さぶられている。
 ちょろろろ・・・という排尿の音。
 細かい大便が落ちていく排便の音。
 はぁー、はぁー、という呼吸の音。
 ソーニャちゃん・・・見ないで・・・という小さな囁き。

 ようやく排泄が止まったとき、やすなの体力はかなり消耗していたのだろう。
 壁に両手をついて、今にも倒れそうな身体をなんとか支えている。
 少し休んでから、トイレットペーパーでお尻を拭き始める。
 何度か拭くと、肛門はすっかり綺麗になっている。
 排水のレバーを押し込むと、じゃぁぁぁごぼごぼぉ! という人を不安にさせる音を響かせながら。
 全ては水に流れていく。

「詰まんなくてよかったぁ・・・」
 
 安堵がはっきりと滲んだやすなの声が聞こえる。

 そして全裸のままのやすなは個室の中で凛々しく佇む。
 目はカメラを見据えている。
 口を開いて何か言おうとして、しかし、言葉が浮かばないのか口篭る。
 何故か両方の手でピースを作ると、カメラに向かって突き出す。
 満面の笑みで、トイレの中で木霊が何度も跳ね返るほどの、大きな声で言う。

 「ソーニャちゃん」
 「私はどこにも、行ったりしないからね!」

 そして二つのピースを下がらせると、ふぅ、と重労働を終えたかのような息を漏らす。
 先ほどまでのやすなの顔を仄かに覆っていた、緊張や不安といった影は、今はもうないように見える。

 「えーっと、それが言いたかったんだよね」
 「あー、すっきりした。お腹の中も」

 やすなはニヤッと笑った。

 「心も、ね」
 「なんてね!」

 「なんか、いっぱい汗かいちゃったなー。うぅ、寒い」

 まず靴を履いたまま、慎重にパンツに足を通す。
 しっくりくる位置を微調整してから、素肌のうえにワイシャツを重ねる。
 着替えは口笛混じりに、手際よく進む。

 あー上手いこと言っちゃったなー。
 と、着替え終わったやすながニコニコの笑顔のままカメラに手を伸ばす。
 画面にやすなの手が大きく映し出される。
 ベリベリという何かが剥がれる音。
 どうやらガムテープの様なもので携帯を扉に固定していたよう。
 画面がめまぐるしく変化し、様々な雑音が混じる。
 
「ちゃんと撮れてるのかな・・・」
「って」
「あれ」

 やすなの挙動が停止する。
 どこかから唸り声のような音が聞こえる。
 低く、重く、それは徐々に音量を増していく。
 え、え、え。
 まさか・・・!
 ぎゅるるる、と腹の音が。

「うっそ、またー!?」

 やすなの悲鳴。
 どうやらイチジク浣腸の効能は未だ続いているようだ。 

「イチジクを甘く見ていた!」
「あぁ、服、服、制服!」

着替えたばかりの制服を乱暴に脱ぎ捨てる。
トイレの床に脱がなくていいはずの上着やワイシャツが落ちていく。
携帯電話も無造作にワイシャツの上に放られて。
カメラは奇跡のアングルでやすなの肛門を捉える。
既に大便の先っちょがこんにちは!と顔をだしている。
だというのに、パンツはいまだに、太もものあたりで下ろしきれずにいる。
そして。

「ああーーーっ!!!」

 ビチャ!!
 水っぽい嫌な音と共に。
 やすなの絶叫が聞こえ。
 電池が切れたのだろう。
 動画の再生が終わった。

いきなりソーニャは携帯電話を力一杯ぶん投げた。
ベッドの掛け布団にぼすっと小気味よく吸い込まれた。
ふらふらと台所に行くとコップに水を注いで何度もうがいをした。
どうしようもなく身体が重たい気がして、衣服を全て脱ぎ捨てる。
ベッドに戻ると、人形のように倒れ込んだ。

沈黙。
静寂。
何分経っただろうか。
「やすなの馬鹿め・・・」

不意に横たわったまま、腰のあたりにあった携帯電話を掴むと、やすなからのメールを開く。
もう一度文章に目を通す。
暗い部屋のなかで、携帯の光がソーニャの顔を照らす。
画面にはメッセージが表示されている。

このメールを削除します。
よろしいですか?
yes/no

そのメッセージをじっと、じっと見つめていると。

睡魔がやってくる。
意識が途切れる直前。
やすなはやっぱり馬鹿だ。
そのまま身動きひとつせず。
朝まで眠った。

 のろのろと登校の準備を終えてソーニャは家を出た。
 着替えの最中、ポケットティッシュを見つけた。
 いつだってそうだ。
 必要なものは必要な時には手元にはないのだ。
 複雑な思いを抱きながらも、スカートのポケットに収める。
 夜のうちに止んだのか、雪はそれほど積もってはいない。
 さくさくと雪道を進んでいく。
 学校まであと半分、というところまで来た。 
 いつもならここらへんで・・・。
 
 「おはよう、ソーニャちゃん」

 妙にくぐもった声が聞こえた。
 振り向くと顔をマスクで覆ったやすながしょんぼりと立っていた。
 ソーニャは唖然として、やすなを観察したあと、言った。

「お前、風邪ひいたのか」
「っぽい・・・」
ソーニャはニヤリと笑った。
「なぁ、なんでお前が風邪を引いたのか、私には分かるぞ」
「え」
「こんな真冬に、公衆便所で裸になってればな・・・」
 
 やすなの顔が赤くなっていったのは、風邪のせいだけではないだろう。

「見たんだ!」
「お前が見ろと言ったんじゃないか」
やすなは「うぅくそぅ!くそぅ!」と悶えながら地団駄を踏んだ。
その運動が仇になったのか、ものすごい勢いで咳をはじめる。
「馬鹿か」とソーニャは呆れた。。

咳がようやく止まったあと、やすなはマフラーに顔を埋めながら小声で言った。
「昨日の私はちょっとおかしかった・・・」
「なんでだ」
「だって・・・」
やすながマフラーに顔を埋めたまま、上目遣いでソーニャを伺う。
「ソーニャちゃんに酷い事しちゃったから。嫌われたくなかったから・・・」

 やすなは俯いた。

「消えろ、どっか行ってくれって、ソーニャちゃんに言われたとき、なんだか」
「なんだかすっごく寂しくなっちゃって」

「ああ・・・」
「それで、どうしよう、ソーニャちゃんに謝らなくちゃって考えてるうちに・・・」

 そんな事を言ったか。
 ・・・。
 確かに、言ったな。
 おかしかったのは私も同じだな、とソーニャは思う。

 目の前の、悄然と佇むやすなを見る。
 私に嫌われたくなかった、か。
 ・・・。
 ソーニャはくるりと回れ右をすると。
 歩みを再開した。

「遅れるぞ」
「あ、うん・・・」

 やすなが一瞬だけ、いいのかな、という視線を向けたことをソーニャの横顔を感じる。
 ソーニャはただほんのちょっぴり歩く速度を落とした。
 それで二人の肩と歩調は並んだ。
 黙々と歩く。

忘れた」
「え」
「昨日、自分が何を言ったかなんて忘れてしまった」

やすながまじまじと、こちらに視線を注いでくるのを痛いほど感じる。
必死の努力の結果、ソーニャの顔はほんのちょっと赤くなるだけで済んだ。
 
「・・・そっか。忘れちゃったんだ?」
「ああ・・・・・・・・悪かったな」
「・・・・・実はさ! 私も昨日のことは忘れちゃったんだよね」

やすなが大袈裟に両手を振り上げて言った。
顔にはいつものやすなの、鬱陶しいぐらいの笑みが花開いていた。
ソーニャもまた、大袈裟に肩をすくめてみせた。

「馬鹿だな」
「そうかもね。でもソーニャちゃんだって」
「うるさい。いくぞ」
「うん!」
ソーニャのマフラーに隠された口元が微かに笑みを形作る。
やすながにっこり笑う。
そこで。
う。
と、やすなが奇妙な声をだした。

「なんだ?」
「ごめん・・・ちょっと、その・・・お腹が」
「まさか」
「うん。ご想像の通りです・・・」
「原因は風邪か!」
「今年の風邪はお尻からくるって聞いたような・・・」
やすなは腹を抑えた。
そして微かに、昨日さんざん嫌になるほど聞いた、あの唸り声が。

 ソーニャは慌てて周囲を見渡した。
 公衆便所もコンビニも無い。
 人もいないし車も走っていない。
 寂れた路地である。
 ってここは、この道は!

「なんでこの道にいるんだ!」
「知らないよ!う!うう!!」
「おい!学校まで我慢しろ!」
「うん・・・頑張ってみる!」

やすなは立ち上がったが、しかし足元はまさに生まれたてのシカのごとし。
ソーニャは考える。
 頑張れなかったらどうする?
 路地の先に視線を凝らす。
 ・・・見なくても分かってる。
 この道の先にあるプラスチックの塀には穴が開いていることを。
 やすなを見る。
 本当に苦しそうに、喘いでいる。
 今日こそ、路地に立ち並ぶ家々をたずねて、トイレを借りるか?
 こんな朝っぱらから?
 そこで思い出す。ポケットのなかのティッシュを。
 結局、削除されずに携帯電話のメモリーのなかに残ったままの、メールと動画を。
 ・・・。
 苦しげなやすなに手を貸してやる。
 身体を支える。
 二人の身体が密着する。
 びっくりしたようなやすなの視線なんざ無視だ。

 「ソーニャちゃん?」
 「今、思い出したことがある。ナイフだ」
 「え?」
 「昨日、お前に向かってナイフを投げただろ?あの場所で」
 「え・・・あ・・・うん。そうだっけ」
 「そうなんで。で、持ってかえってるのを忘れてたんだよ。危ないな。だから」
 「ソーニャちゃん?」
 「ちょっと付き合ってくれよ」

 くいっ、と顎で塀に穿たれた穴を示す。
 二人はその時だけ、腹痛も、冬の寒さも、学校も、秘密にしているほんとの気持ちも、何もかも全部忘れて、穴を見つめた。
 そしてやすなは。
 ちいさく頷いた。
 二人は穴をくぐった。

 終わり

キルミーベイベーを愛する全ての人にごめんなさい。
カヅホ先生に謝りたい気分でうs。
じゃあ死にます。
おやすみ。

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