恭子「は?咲に告ってこい!?」洋榎「せや」 (143)

洋榎「は?宮永咲と一緒に住んでる!?」恭子「せや」
の続きです

洋榎「つーわけで恭子。いっちょ告ってこいや」

恭子「………は?」

洋榎「だーかーらー。咲に告ってまえって言ってんのや」

恭子「な!急に何言い出すねん!!」

洋榎「え?だって、咲のこと好きなんやろ?」

恭子「すっ!!」

洋榎「好きなら告ればええやん」

恭子「そそそ、そういうこっちゃないねん!!」

洋榎「あれ?もしかしてフラれるのが怖いとか?」

恭子「!!」

洋榎「へー。なるほどなー」

恭子「こ、怖くなんてないわ!!」

洋榎「じゃあええやん。告ってまえや」

恭子「そ、それは、できへん…」

洋榎「何でなん?」


恭子「……あの子が、あの部屋から居なくなるのが怖いんや」

洋榎「……」

恭子「とても、居心地がええ。あの子が居ると思うと、家に帰りたくてたまらん」

恭子「特に会話をするわけじゃないんやけど、一緒に居ると、とても心が落ち着くねん」

恭子「…だから、告白はせん。あの子が居てくれるだけで、うちは十分やねん」

洋榎「…………そっか」


洋榎「じゃあ、とりあえず、告白のシチュエーションから考えようや」

恭子「洋榎ええええええええ!!アンタ、人の話を聞いてたんかっ!?」

洋榎「聞いてたわアホ。だから告白するんやろ」

恭子「……は?」

洋榎「恭子、アンタな。ずーっとこのまま一緒なんて、甘い考えは捨てた方がええで」

恭子「!?」

洋榎「アンタがそんな中途半端やったら、いつかあの子はあの部屋から出ていくで」

恭子「な!?なんでや!!」

洋榎「そりゃ理由はいくらでもあるやん。一人暮らしできる蓄えができたとか、保育園の異動の関係とか」

洋榎「あとは、好きな人ができたとか」

恭子「!!」

洋榎「なあ恭子。アンタともあろうものが、何もせんまま諦めるん?」

洋榎「この先あの子を誰かに取られてもええん?」

恭子「…………」

恭子「…………分かった。どうすればええねん」

洋榎「よっしゃ!!」

洋榎「告白すんのならシチュエーションは大事やで!」

洋榎「あと、言っとくけど“好きや”だけじゃアカンからな」

恭子「え、アカンの?」

洋榎「当たり前やろ。中坊の告白やないねんから!」

洋榎「もう25にもなったいい大人なんやから、ロマンチックにな。恋愛物とか読んで勉強せいや」

恭子「…善処するわ」

とは言ったものの…

恭子は文字通り頭を抱えた

ロマンチックとは一体どういうこっちゃ!?

正直告白するのも初めてなのに、そこにロマンチックを上乗せされると、何をどうしていいのか全くわからない

少しでもヒントを得ようと本屋にやってきてみて、目についた『デート特集』と書かれた雑誌を手に取った

試しに開いてみると、前半はデートコースの紹介で、中盤からはどうやって夜の楽しみにつなげていくかということばかり書かれていた

『彼女と過ごす夜のXXX』

『彼女をメロメロにしちゃう小悪魔テク』

違う違う違う!!

こういうこっちゃないねん!!

こんなノリやなくて、もっと真剣に行きたいんや!!

そこに、洋榎の言葉が蘇ってきた

洋榎『恋愛物とか読んで勉強せいや』

本は確かに読むが、恋愛とは程遠いものばかりを読んでいる

これを機に読んでみるか

とりあえず、書店人気No.1と書かれた恋愛小説を手に取ってみた


恭子「………」

咲「珍しいですね」

恭子「!!」


手に取って、1ページ目を開いた途端、隣から声がした

驚いて振り向くと、今一番会いたくなかった咲が立っていた

咲「恋愛ものですか?」

恭子「あ、いや。これはその……」


咲は珍しげに私の手元を覗き込んでくる

なんとか隠そうとしたが、がっつりタイトルを読まれた


『片思い ~ずっと一緒にいたかった~』


咲「意外です。こんなのも読むんですね」

恭子「た、たまたまやで。たまたま、たまたまタイトルが目に入って、どんな内容なのかと…」

恭子「そ、それより咲はどうしたん?今、帰りか?」

本を元に戻しながら、必死に話題を変える

これ以上、この話題には触れてほしくない


咲「はい。この先のスーパーで買い物して帰ろうと思ったんですけど」

咲「見覚えのある女の人が恋愛小説を親の仇のように睨みつけてるのが目に入ったので、思わず見に来てしまいました」

恭子「………」


そんなところから見られてたのか

恭子は頭を抱えた


咲「買わないんですか?」

恭子「当たり前や!」

咲「そうですか。じゃあ、私は買い物してから帰りますね」

恭子「待ちや、私も行くで。荷物持ちはいたほうがええやろ」

咲「ありがとうございます、では行きましょうか」


その後スーパーに寄って、買い物を済ませて、マンションへと帰った

部屋に戻ると、咲はすぐに夕食の準備に取り掛かった

恭子はソファに座って新聞を読みながら、その様子をちらちらと見ていた

キッチンの中で、ちょこまかと動き回る姿は、正直かわいらしい

好き。その言葉しか出てこない

この言葉をロマンチックに伝えるなど、どうすればいいのか

どんな言葉にしたら、真剣に、咲に伝わるんだろうか

そんなことを考えながら咲を見つめていると、ふいに顔を上げた咲としっかり目が合ってしまった


咲「そんなにお腹すいてるんですか?」

恭子「!!」

咲「さっきからずっと見てますよね」

咲がくすっと笑う

気付かれていたことに、恭子の心臓が跳ね上がる


恭子「そ、そんなこと、ないで」

咲「もう少ししたらできますから」


そう言いながら、咲はまた視線を手元に戻す

恭子は少し考えてから、新聞をテーブルに置いて、キッチンに入った


恭子「………手伝うわ」

咲「え?」

恭子「作るの、手伝うわ」

咲「どうしたんですか?急に」


咲がそう言うのも無理はない

恭子は料理が大の苦手で、今まで1度もキッチンに立ったことがなかったから

でも今は、キッチンに居たい

正確に言うと、咲の傍に居たい

不思議なもので、告白すると決めてから、更に咲が好きになった気がする

傍にいたい、一緒に何かをしたい

そんな気持ちが、恭子を動かしていた

恭子「2人でした方が早くできるやろ」


当たり障りのない理由を言うと、咲は申し訳なさそうに顔を曇らせた


咲「そんなにお腹すいてたんですね。すみません。気付かなくて」

恭子「そういうこっちゃないねん!」


いらぬ誤解を受けた

でもそのすぐ後に咲が嬉しそうに笑ってくれたので、まあ良しとするか


咲「ありがとうございます。じゃあ、サラダ、お願いできますか」

恭子「おう」

咲「レタスを一口ぐらいの大きさに、手でちぎって、きゅうりとトマトも一緒に盛り付けてください」

恭子「分かったわ」


言われた通り、レタスを手でちぎっていく

ちぎっていって、ふと考える

一口ぐらいの大きさ、と咲は言っていたが、咲の口は結構小さい

私はちらりと咲の顔を見た

咲の口の大きさ…これぐらいだろうか

レタスをちぎり終えて、それにきゅうりとトマトを盛り付ける

恭子「咲、こんなんでええか?」

咲「はい。ありがとうございます」


盛り付け方なんて分からないから、テレビで見るような感じに真似てみたのだが、これで良かったようだ

思わず、ほう、と顔が綻ぶ

すると咲は、なぜか顔を赤くして、ふいっとそっぽを向いてしまった


恭子「?どうしたん咲?」

咲「な、何でもありません。サラダ、テーブルに持って行って、食器を出してください」

恭子「?分かったわ」

顔を背けたままそう言う咲に首を傾げつつ、恭子はサラダをテーブルに置いて、コップやお箸を用意するため食器棚に向かった

今日の夕食のメニューは、さわらの西京焼き、豆腐のお味噌汁、里芋の煮物、ほうれんそうのおひたし、そしてサラダ

最初にサラダを取った咲が、レタスを箸でつまみながら恭子を見た


咲「レタス、すごく小さくちぎったんですね」

恭子「!!ダメやったか?」

咲「いえ。食べやすいです」


ぱくり、とレタスを口に入れる咲

その言葉に、恭子はホ、と肩を落とした

恭子「そうか。咲の口が小さいから、それに合うようにちぎったんや」

咲「…………」


次のレタスを口に運ぼうとしていた咲が、口をあんぐりと開けたまま、恭子を見つめる

何やその顔は。私は何かおかしいことを言ったんか

咲はかちゃりと箸をおいて、花が綻ぶように微笑んだ


咲「ありがとうございます、恭子さん」


恭子「!!い、いや…」


その顔は反則やで、咲

恭子は思い切り赤面した顔を隠すためとっさに俯いた


*****

その日以来、夕食を咲と2人で作るようになった

単純に、咲の傍に居たいという思いと、意外と料理をするのが楽しいことに気付いたからだ

だから咲に教えてもらいながら、少しずつ、料理を覚えることにした

ちなみに、今日のメニューはカレーだ

咲がまな板の上にごろごろとじゃがいもを乗せる


咲「じゃあ、次にピーラーでじゃがいもの皮をむいてください」

恭子「分かったわ」

咲「私、ちょっと洗濯物取り込んできますから」

恭子「ああ」

そう言って、咲がキッチンから出ていく


『海を見に行かへん?』


洗濯物を取り込む咲を見つめながら、この言葉を胸の中で繰り返す

ここ数日で、何度繰り返したかわからない

咲が生まれ育った長野は海に面していない

なので、きっと珍しがるに違いない

場所は決まった

問題は、いつ誘いの言葉をかけるかだ

改まってしまっては、意識してしまうし、させてしまうので、さりげなく誘いたい

リビングに戻ってきた咲が、洗濯物をたたみ始める

もしかして、今か

今いいチャンスかもしれん


恭子「………咲」

咲「はい?」

恭子「あの。その、やな……」

咲「?」


ええい!しっかりしろや私!!


恭子「……海でも、見に行かへん…?」

咲「え?」

恭子「海や。…イヤならええねんで!別に、私はどっちでもっ」

しまったァァ!!

ここでツンデレのツンを出してどうするんや!!

激しい後悔が恭子を襲う

同時に咲の顔を見れなくなった


咲「………」


沈黙が怖い


咲「…………」


何か言ってくれ、頼むわ


咲「…………」


え。まさかの無視??

沈黙に耐えられなくなった恭子は、恐る恐る咲に顔を向けた

すると咲は、なぜか頬をうっすらと染めて口をぱくぱくさせていた

恭子「さ、咲…?熱でもあるんか?」


心配になった恭子は、顔を覗き込んで呼びかける

すると咲はハッとした顔をしてから、洗濯物のバスタオルをぎゅうっと握りしめて、呟くように言った


咲「い、行きたいです、海。連れてってくれますか?」

恭子「あ、ああ。もちろんやで」


微かに顔を赤くさせる咲につられて、恭子も顔に熱が集中する

心臓は早鐘を打ち、咲が頷いてくれた時には頭の中で鐘が鳴り響いていた


*****

休日の喫茶店

『どうなったんや!』としつこく聞き下がる洋榎に、私は事の詳細を話した


洋榎「まじで?やったやん!!」

恭子「ああ」

洋榎「海か~、恭子にしてはいいチョイスやん」

洋榎「で、後はどう告白するかやな」

恭子「…せやな」


どんな言葉で伝えれば、あの子の胸に響くんだろう

海を一緒に見に行くと約束した日から、恭子は毎夜毎夜考えていた


洋榎「お、いいアドバイザーが来たで」

恭子「アドバイザー?」


洋榎の言葉に、恭子は首を傾げる

視線の先には絹恵が店に入ってきたところだった

恭子「久しぶりやな、絹ちゃん」

絹恵「お久しぶりです、恭子さん」

絹恵「で、急に呼び出して何か用なん?お姉ちゃん」

洋榎「いや~、モッテモテな絹にちょっと聞きたいことがあるんや」

洋榎「絹は告白されるなら、どんなシチュエーションがええ?」

恭子「ちょ!ストレートすぎるやろ!!」

絹恵「え!?おおお姉ちゃん好きな人いるんっ!?」

洋榎「あー、うちやなくて、恭子がな」

恭子「洋榎っ!!」

絹恵「なんや、お姉ちゃんやないのか…良かった」

洋榎「え?」

絹恵「いや、こっちの話や。で、恭子さんの好きな人ってどんな人なんですか?」

恭子「どんな、と言われてもなあ……」


視線を彷徨わせながら、思い出してみる

あの子のイメージは


恭子「…料理上手でしっかり者、でもちょっと気弱で泣き虫で、おっちょこちょいで方向音痴で…」

恭子「危なっかしくて、目が離せない。でも…」

恭子「そんなとこも含めて、可愛いんや」

絹恵「……」ポカーン

洋榎「な?もうメロメロなわけよ!」

絹恵「これはえらい惚れ様ですなぁ…」

恭子「ま、まあな…」


無意識に言ってしまってから、無性に恥ずかしくなって2人から顔をそらした

まあそんなことをしても赤くなった顔は誤魔化せてないだろうが


絹恵「その人に恭子さんの思い、伝わると良いですね」

洋榎「それも恭子しだいやで。頑張りや!」

恭子「…ああ。2人とも、ありがとうな」


*****

*****


その日は、残業が長引いて帰宅したのが深夜一時を過ぎたところだった

疲弊しきった身体をおして、恭子はマンションへと帰ってきた

恭子「…ただいま…」

当然だが、咲の返事はない

代わりに、ダイニングテーブルの上にラップに包まれたおにぎりと、焼き魚、卵焼き、煮物があった

『おかえりなさい。お味噌汁もあります。温めて食べてください 咲』

と書かれたメモが挟んであった

そのメモを見て、思わず頬が緩む

途端に空腹感が襲ってきた恭子は、さっそく咲が用意してくれた食事についた

あっという間に料理を平らげ、使った食器を食洗機に放り込んでから、ソファに移動してテレビをつけた

ニュースを耳で聞きながら、新聞を読んでいるとゆるやかに眠気がやってきた

ああ。ここで寝たら、また咲に叱られるな

ベッドに行かなければ

そんなことを頭で考えていても、瞼は落ちて、身体の力が抜けていく

恭子はそのまま、ソファで意識を投げ出した


恭子「ん…」


目を覚ました時、四時を少し回ったところだった

点けっぱなしだったテレビは放送終了後のノイズがざーざーと流れている

テレビを消そうとテーブルの上に置いてあるリモコンを手で探る

その時、新聞やら広告やらをバサバサと床に落としてしまった

恭子はのそのそと起き上がると、落としたそれらを拾い集める

新聞と、それに挟まっていた広告の束と、青い封筒

見覚えのない、A4サイズの青い封筒を見た瞬間、おぼろげだった恭子の頭は一気に覚醒する


恭子「不動産…?」


封筒の宛名の面の下の方には、不動産屋の名前と住所と電話番号が書かれていた

どうして、こんなものが?

そう思いながら、中を見てみると、いくつかの間取り図が書かれた地図が入っており、そこにはすべて『宮永様』と書かれていた


咲宛?

どうして、咲が、こんなものを…?

まさか、咲は

恭子の頭には、嫌な予感だけが浮かんでくる

その時、薄暗かった部屋が一気にパッと明るくなった

部屋の電気が点いたのだ

そしてすぐに、焦がれていた声が聞こえた


咲「あ、恭子さん。帰ってたんですね」


声のした方に視線を向けると、パジャマ姿の咲が立っていた

咲は恭子がソファに座っているのを見て、困った顔で笑った


咲「またそんなとこで寝てたんですか?ちゃんとベッドで寝ないと、疲れがとれませんよ」

恭子「……………」

咲「?恭子さん?」

何も言わない恭子に、咲がこてんと首を傾げる

喉の奥が乾いている

聞くべきか、聞かないべきか

でも、知ってしまった以上、知らないふりはできない

恭子は、絞り出すような声で咲に尋ねた


恭子「………咲」

咲「はい?」

恭子「…引っ越す、んか?」


恭子はゆっくりと青い封筒を掲げながら、咲に尋ねた

咲は一瞬、驚いたように目を丸く見開いて、それから静かにこくり、と頷いた

咲「はい、そのつもりです」


嫌な予感が、的中した


恭子「…なんで」

咲「いつまでも、あなたのお世話になっているわけにはいかないので」

恭子「……別に、私は気にせえへん」

咲「すみません。私が、気にしてしまうんです」

咲「恭子さんのおかげで、新しい仕事にも就けて、収入も安定して得られるようになったのに、いつまでも甘えてるわけにはいるのは、とても申し訳ないんです」

恭子「私が、気にせんでも、か?」

咲「はい。それに、私がいたら、恭子さんの生活ができないでしょう?」

恭子「……私の、生活…?」


恭子は眉を顰める

咲の言葉の意味が分からない

咲はそれがわかったのか、微笑んで言葉を続ける


咲「これからの将来、恭子さんには色々なことがあります。一番近いのだと、結婚とか」

恭子「!!」


咲の言葉に恭子は驚いた

まさか、咲の口から、“結婚”という言葉が出てくるとは思わなかったからだ

同時に、咲の口から聞きたくなかった単語でもある

恭子は言葉を失った


咲「私がいたら、恭子さんの邪魔になるだけですから」

恭子「…………」

咲「では、朝までもう少し時間ありますから、恭子さんはベッドでちゃんと寝てくださいね」

パタパタ、と、咲はリビングから出ていく

恭子は青い封筒をテーブルに投げ出すと、天井を仰いだ


恭子「私の、生活…?」


咲のいない生活

数ヶ月前までの生活

私の……


恭子「私は、どんな生活をしていたんやろ……」


その後は、ベッドに入っても、眠れなくて

灯りを消した部屋の天井を見つめながら、必死に、咲と暮らす前の生活を思い出していた

記憶をたどって、たどっていったら

この部屋みたいに、真っ暗で、冷たくて、静かだった―――

*****


時は少しさかのぼり、ある休日の午後

夕飯の買い物を済ませた咲が家に向かう途中、聞き覚えのある声が響いてきた


絹恵「あ、咲ちゃんや!」

咲「絹恵さん。こんにちは」


絹恵は以前姉の洋榎に連れられて家に遊びにきたことがあった

その折お互い姉をもつ妹という存在であることに親近感を抱きすっかり意気投合したのだ

それ以来メールのやり取りをしたりして交流が続いている

絹恵「今日は買い物?」

咲「はい。今帰るところです。絹恵さんは?」

絹恵「うちはお姉ちゃんに呼び出されて喫茶店に行っててん」

咲「洋榎さんですか。相変わらず仲が良いですね」

絹恵「え~そうかな?えへへ」

絹恵「あ、そうそう!聞いてや咲ちゃん!」

咲「?何ですか?」

絹恵「今さっき聞いてきてんけどな。あの恭子さんに、なんと好きな人がいるらしいねん!」

咲「…えっ?」

絹恵「何やったかな?ええと…そうそう!しっかり者やけど泣き虫でおっちょこちょいな子らしいで!」

絹恵「恭子さんと同居してる咲ちゃんなら誰か分かるんとちゃう?」

咲「…………」

絹恵「咲ちゃん?」

咲「…え、あ、ええと。私にも、分かりません…」

絹恵「そうか~、咲ちゃんでも分からんかぁ」

咲「…………」

絹恵「何かえらい惚れ様やったし、あれかな?結婚とか、考えてるんかな?」

絹恵「ってうちも気が早すぎるわな~、ははっ」

咲「…結婚……」


*****

*****


洋榎「ええええっ!?引越しする!?しかもそれを恭子に話した!?」

咲「はい」


洋榎の言葉に、咲はこくりと頷いた


平日の午後、洋榎は仕事帰りに恭子の家に寄った

恭子はまだ仕事で帰っていなかったが、咲が出迎えてくれた

これはいい機会だと、恭子に海に誘われたことについてそれとなく聞き出そうとしていた

すると事態は思いがけない方向へと突き進んでいた

洋榎「で、で、恭子はなんて?」

咲「いつまでも世話になってるわけにはいかない、と話したら、私は気にしない、と言ってくれたんですが、やっぱり私の方が気にしちゃうんで、と言ったら、最後はそうか、と…」

洋榎「そ、そうか…」

咲「たぶん、丁度良かったんだと思います」

洋榎「丁度良かったって…」

咲「恭子さん、好きな人がいるみたいなんです」

洋榎「!!」


洋榎は目を見開く

確かに、恭子には好きな人がいる

目の前に座る咲がそうだ

だが今の咲の口ぶりでは、恭子は咲ではない、誰か他の人を指しているように感じる

洋榎は気取られないように、平静を装って尋ねる


洋榎「なんで、そんなこと思うん?」

咲「デート雑誌を、立ち読みしてたんです」

洋榎「…………」


恭子あんた、いい歳してデート雑誌でリサーチしてたんかい!!


咲「後、この間町で会った絹恵さんが言ってたんです。恭子さんには思い人がいると…」


絹うううううううううううううううううう!!

洋榎は言葉を無くす

もう、何と言っていいかわからない


咲「なので、恭子さんのお邪魔にならないように、そろそろ出て行かないといけませんよね」

洋榎「咲…」


咲は完全に勘違いをしている

でも、洋榎にはそれを勘違いだと指摘することはできない

それは恭子自身で言わないと意味がないことだから

複雑な面持ちで、咲を見つめる

すると咲は、少し笑って見せ、コーヒーに口をつけた


咲「……コーヒー、ちょっと苦いですね」

洋榎「…そうやな…」


洋榎もカップに口をつける

ミルクのたっぷり入ったカフェオレは、少し苦かった

洋榎を駅まで送っていった咲は、街中を1人でぶらついていた

特に見たいものもなかったけど、家に帰りたい気分でもなかったので、通り沿いの店を覗いたり、本屋に立ち寄ったりした

あてもなく歩いていると、ふと、恭子に言われた言葉を思い出した


恭子『海を見にいかへん?』



咲「…どうして恭子さんは、私を誘ったんだろう」

咲「どうせ行くなら、その好きな人と行けばいいのに…」


ぽつり、とそんなことを呟いて、はた、と気付いた

あ、そうか。下見だ

本番で、その人をエスコートするために、先に下見をしておくつもりだったんだ

ああ。そうか

妙に納得してしまって、咲は思わず笑みを零した


咲「……バカだなあ、私」


恭子『一緒に、見に行かへん?』


そう言われて、嬉しくて、舞い上がっていた

恭子の特別になれるかも、なんて

そんなこと、あるはずがないのに


その後も、やはり帰る気にもなれなくて、あてもなく街をぶらぶら歩いた

やがて日が沈んで、辺りが暗くなってきた頃、咲は公園のベンチに座っていた

その時

ポケットに入れていた咲の携帯が震えた

着信画面には、今まさに思い浮かべていた恭子の文字があった

咲は気持ちを落ち着かせるために、大きく息を吐いて、通話ボタンを押した


咲「……はい」

恭子『咲っ!!』

咲「恭子さん?」


電話の向こうで、恭子が慌てている

何かあったのだろうか


恭子『アンタ、どこをほっつき歩いてるねん!!今何時だと思ってるん!?』

そう言われて、咲ははた、と気付く

公園の時計を見てみると、既に夜9時を回っていた


咲「あ…。すみません…」

恭子『まったく…』


電話の向こうで、恭子の呆れたため息が聞こえた


恭子『場所はどこや?すぐ迎えに行くから』

咲「大丈夫です。今から帰りますから」

恭子『ダメや。いつも言ってるやろ。夜の1人歩きは危ないと』


恭子の言葉を聞いた瞬間、咲の中にもやもやしたものが生まれた

いつも彼女はそうだ

危ないから、心配だから、と世話を焼きたがる

それが、勘違いさせる要因になっているのに

恭子『今は外か?外なら、近くのコンビニにでも入っててや。私が行くまで、そこで……』

咲「どうしてですか?」

恭子『は?』

咲「どうして、恭子さんは、私のこと、そんな風に扱うんですか?」

恭子『…そんな風って?』

咲「危ないから夜に出歩くな、とか、荷物を持たせてくれなかったり、出張で、私が1人の夜は必ず電話をしてきたり…っ」


咲は捲し立てるように言った

まるで、恋人みたいに錯覚してしまう

あの人の特別になれた気がして


咲「海だって、私なんかより、一緒に行く人がいるでしょう?」

でも。本当はそうじゃないから

好きな人がいるのなら、これ以上期待させないでほしい


咲「そういうの、嫌なんで、止めてください」


咲は拳をぎゅっと握りしめて、溢れてくるものを堪えながら言った

電話で良かった

今の顔は、とてもじゃないが、見せられたものではない


『………』


電話の向こうは静まり返っている

何と言っていいのか、わからないのだろう

咲は、ふうと息を吐いて、静かに言った


咲「……すみません。言いすぎました…」

恭子『………いや』

遅れて恭子の声が聞こえる

その声が、怒っているでも、傷ついているでもない声だったから、咲は余計に悲しくなった

怒って、怒鳴りつけるぐらいしてもいぐらい、酷いことを言ったのに


咲「……1人で、帰れますから。先に、休んでいてください…」

恭子『………わかった』


咲は電話を切った

言ってしまった

でも、これでいいんだ

これで、後は恭子への気持ちを吹っ切ればいい

あの部屋は出ていくのだし、恭子との接点は無くなる

早く、あの部屋を出よう

咲はそう決意して、ベンチから立ち上がった

マンションに着いて、部屋に入る

まだ起きているだろうけど、顔を合わせづらい

そう思いながら、そおっとリビングに入ると、そこに恭子の姿はなかった

咲が帰ってきた音を聞いて、部屋を出て行った風でもないので、本当に先に休んでいるのだろう

咲はふう、と安堵のため息をついた

ふと、ダイニングテーブルの上に置かれたトレーが目に入った


咲「?」


トレーにはスプーンとコップとお皿が乗せられ、そのお皿には少し焦げた卵で巻かれたオムライスがラップされていた

巻くのも上手くいかなかったのか、卵が破れて中のケチャップライスがはみ出してきている

咲「これ……」


咲は目を見開く

それは恭子が作ったオムライスだった

以前2人で作って、次は1人で作ってみる、と彼女は言っていたのだ

咲の唇がわなわなと震える

オムライスのお皿の横に、小さくメモが置かれていた


恭子『もしお腹がすいていたら、温めて食べや。味はそんなに悪くなかったから大丈夫や』


そのメモを見た瞬間、咲の顔がくしゃりと歪んだ


咲「……だから、なんで……っ」

あんなことを言ったのに

酷いことを言ったのに

どうして

こんな私なんかのために


咲「…………っ」


咲は涙を袖で拭うと、イスに座って手を合わせた


咲「いただきます」


少し焦げたオムライスを口に運ぶ


咲「……おいしい」


初めて恭子が作ってくれたオムライスは、自分の作ったものよりも美味しく感じられた

*****


洋榎「で?咲と顔合わせ辛いから、残業を引きうけまくったりうちの家に泊まりまくったりしてる、と?」

恭子「………ああ」


あの日から、恭子と咲はぎくしゃくしていた

顔を合わせても、あまり会話らしい会話はない

今日も夜遅くまで残業の後、洋榎の家に泊まりにきていた


仕事が終わるなり、寄り道もせず家に帰っていた恭子が

出張で一日家を空けるだけでも、留守を預ける咲を心配していた恭子が

咲の待つ家に帰らないなど、不審にもほどがある

そこで咲とのぎくしゃくした関係を聞いて、洋榎はたれ目気味の目をキッと吊り上げた

洋榎「ばっっっっっかやない??」

洋榎「なんでそこで理由をちゃんと聞かないんや!」

恭子「……そこまで、頭が回らなかったんや…」

恭子「イヤ、って言葉が、頭の中をぐるぐる回ってて…」

洋榎「…ハァ。ほんま恭子って、好きな子に関してはダメダメやな~」

恭子「………」

洋榎「早く仲直りしーや。約束の日まで、もう日にちないで?」


恭子「……もう、ええねん」

洋榎「は?」

恭子「告白はせーへん」

洋榎「あー、もう。また変なこと言い出したで!」

恭子「しても無駄やろ。あの子の気持ちはわかったんやし」

洋榎「……それ、本気で言ってるんか?」

恭子「はっきりイヤやって拒絶されたんや。これ以上の答えはないわ」

洋榎「それで納得できるんか?」

恭子「…ああ」


洋榎「あー、そうかいな。んじゃもう勝手にしろや!うちもう知らんからな!!」

洋榎「そーやっていつまでもウジウジしてろや!このへタレ!!」

恭子「なっ!ヘタレって何や!!」

聞き捨てならない捨て台詞に、恭子は思わず立ち上がる

だが洋榎はドカドカと部屋を出ていき、恭子の言葉をさえぎるように、バンッ!と乱暴にドアを閉めた


恭子「……っ」


行き場のない怒りを抱えた恭子は歯噛みする

大好きな子に、拒否されたのだ

もう、どうしていいかわからない

ただ一つ言えるのは、これ以上嫌われないようにすることだけだ

追いすがりたい気持ちがあるのも事実だ

でもそうしては、更に嫌われる恐れがある

好きになってくれとは言わない

でも、どうか嫌いにならないでほしい

恭子「咲…」


恭子のつぶやきは、静かな部屋に、異様に響いた



*****


洋榎「ったくあのバカ恭子!フラグバキバキに折ってんなやっ」


どうして気付かないんだろう

咲は、あんなにも嬉しそうに、幸せそうに恭子に寄り添っていたのに

それを突然拒否するなんて、何か理由があることは明白だ

そこをきちんと話をすれば、まだ間に合うのに

すれ違いを無くして、誤解を解けば、まだ咲は、あの部屋に居るのに

洋榎「あー、うちってほんとお人よしやんな」


怒りながらも、洋榎はどうすれば2人が上手くいくかをしきりに考えていた

その時玄関のチャイムが鳴り響いた

ドアを開けると、紙袋を抱えた咲が立っていた


洋榎「咲?」

咲「洋榎さん、こんばんは」

洋榎「どうしたんや?こんな遅くに」

咲「恭子さんの着替えを持ってきたんです」

洋榎「あのへタレに?」

咲「へ、へタレ……?」

洋榎「あー!なんでもない!こっちの話や!」

洋榎「じゃあ、恭子呼んでくるわ」

咲「いえ、あの、洋榎さんから、渡してくれますか?」

洋榎「え?なんでや?」

咲「……ケンカ、しちゃったんです。私が、一方的に、ですけど…。それで、ちょっと、顔、合わせ辛くて……」


アンタもかーい!

洋榎は心の中で突っ込んだ

なんやこいつら、お互いウジウジしくさって

めんどくさ。めんどくさいけどほっとけんわな…

さて、どうしたもんか、と洋榎が考えを巡らせていると、咲が洋榎を見上げた

咲「……あの」

洋榎「ん?」

咲「恭子さん、元気ですか?残業ばかりだから、疲れてないかなって」

洋榎「うーん、まあ、仕事は忙しそうやけど、とりあえずは元気やで」

咲「そうですか。ごはんは、ちゃんと食べてますか?」

洋榎「ああ、ちゃんと食べとるで」

咲「それは良かったです。あ、これ、着替えで…」


洋榎「咲」

洋榎「会っていき。恭子も喜ぶで」

咲「……」

咲「ひどいこと、言っちゃったんです」

洋榎「じゃ、仲直りしよや?な?うちも手伝ったるから」

しかし、咲は頑なに首を横に振った

そして、洋榎の手に、着替えの入った紙袋を差し出す


咲「すみません。明日も早いんで、もう戻らないと。お願いしますね」


咲は半ば押し付けるように洋榎に紙袋を渡すと、ぺこりとお辞儀をして、ぱたぱたと走り去っていった

洋榎はその背中をやりきれない表情で見つめていた



洋榎が自室に戻ると、恭子がテーブルにうつ伏せになって、窓の方に顔を向けていた

洋榎には背中を向けているので、起きているのか寝ているのかわからないが、洋榎は無言で近づくと

先ほど咲から渡された紙袋を、恭子の頭めがけて落とした

恭子「!!」


がばり、と身を起こす恭子。どうやら起きていたようだ

驚いた表情で見上げてくる恭子に、洋榎は抑揚のない声で言った


洋榎「着替え。咲が持ってきてくれたで」

恭子「!!咲が!?」

洋榎「渡してくれって、玄関先で頼まれた」

恭子「………」


恭子は複雑そうな顔で、紙袋を見て、それから窓の外を見る

もう居ないって、と言いながら、洋榎は再び恭子の前のイスに座った


洋榎「なんか、ちょっと顔色悪かったで」


恭子は少し目を見開く

明らかに心配した表情に、洋榎は思わず苦笑いを零した

洋榎「明日は残業なんて引き受けんと、さっさと帰って仲直りしいや」

恭子「……」

洋榎「咲、心配してたで?ちゃんとごはん食べてるかとか、残業ばっかだから疲れてないかとか」

恭子「咲、が…?」

洋榎「なあ、恭子。何とも思ってない相手の心配なんか、普通せーへんで?」


洋榎はそう言いながら、紙袋を指差す


洋榎「ましてやこんな丁寧に着替えを持ってきてくれるなんてな」


恭子は紙袋の中を見る

綺麗にアイロンされた衣服と

恭子の好物の、まだ温かいコーンスープが入っていた


*****

*****


翌日、咲が仕事を終えて部屋に帰ると、恭子が部屋に帰って来ていた

この時間に居るということは、今日は残業ではなかったようだ

恭子はリビングのソファに身体を投げ出して眠っている

胸の上にはハードカバーの本が伏せられていた

本を読みながら、眠ってしまったのだろう

最近は残業ばかりで、きっと疲れが貯まっていたのだろう

咲は起こさないようにそおっと近づいた

久しぶりに、ちゃんと顔を見た気がする


咲「あまり、無理はしないでくださいね…」

風邪をひかないようにと、恭子の体の上に毛布を掛ける

その時、僅かに身動いた恭子の胸の上に乗せていた本が床に落ちた

拾い上げて、少しずれたブックカバーから、本のタイトルが見えた


『片思い ずっと一緒にいたかった』


ハードカバーのその本は、以前恭子が本屋で睨みつけていた恋愛小説だった

咲は、興味本位でパラパラと内容を見てみる

高校時代、片思いしていた女性と偶然再会し、偶然同じマンションの隣同士で生活し始めるというものだった

ちょっと、自分と似ているな、と思った

主人公は、女性への淡い恋心を抱きながらなかなか素直になれない

女性も、主人公のことを少しずつ意識し始めるが、女性にはある重大な秘密があった

咲はいつの間にか、どんどんと小説の世界にのめり込んでいってしまっていた


*****


恭子「……」


恭子がふと目を覚ますと、傍らに茶色の髪が見えた

おぼろげな頭で名前を呼ぶ


恭子「………咲…?」

咲「恭子さん…」


振り向いた咲を見て恭子はぎょっとする

なんと咲が、はらはらと涙を流していたからだ


恭子「な!?ど、どうしたんや!!」

慌てて飛び起きて、咲の顔を見る

目は真っ赤で、ずびっと鼻水も啜っている

とりあえず、テーブルの上のティッシュを鷲掴んで何枚か引き抜くと、ぐりぐりと乱暴に涙と鼻水を拭ってやった


咲「ちょ、痛い、痛いです恭子さん」

恭子「何があったん!?誰に泣かされたんや!?言ってみ!!」

咲「ち、違います。これ、読んでたら、入り込んじゃって…」


盛大な勘違いをしている恭子に、咲はハードカバーの本を掲げる

それを見た瞬間、恭子の勢いは一気に衰えた


恭子「あ!いや、それは、その……」

咲「素敵な、お話ですね」

ずびっと鼻をすすりながら、咲が言う


咲「好きな人になかなか素直になれない主人公と、主人公を意識しているのに、その思いを告げられない女性。もどかしくて切なくて、感動してしまいました」

恭子「そうか…」


その本を初めて読んだ時、恭子はまるで自分が主人公の小説を読んでいるようだと思ってしまった

偶然の再会した相手と少しずつ距離を縮めていくが、やがて別れが訪れてしまう

物語の結末では、2人は一緒になることはなかった

主人公が最後まで、相手に愛の言葉を伝えることはなかったからだ


もしも

もしも物語の中で、主人公が自分の気持ちを伝えていたら、何か変わっていたかもしれない

恭子は咲を見つめる

そう、伝えたら

何か、変わるかもしれない


恭子「咲、その、話があるんやけど…」

咲「はい」


改まった様子の恭子に、自然と咲も姿勢を正す

2人して正座をして向き合って座る

恭子は指を組んで、その指をもぞもぞと動かしながらポツリポツリと話し始めた


恭子「その、ここから、出ていくことなんやけど…」

咲「……」

恭子「考え直してくれへんか?」

咲「へ?」

恭子の言葉に、咲は首を傾げる

咲は自分が居候だと思っているので、引き留められるなんて思っていないからだ

すると恭子は、あー、とか、んー、とか、煮え切らない声を出して、視線を彷徨わせる

徐々に顔も赤く染まって来て、咲は益々首を傾げた


恭子「それは、その…」

恭子「わ、私が、…咲に、その……、居てほしいからや」

咲「………」


咲はぽかん、と口を開けて、恭子を見つめる

今、なんて?


恭子「前に、咲が言ったことやけど。私の生活をしてほしい、と言ったやんな」

咲「…はい」

恭子「だから咲と暮らす前の生活を思い出してみたんやけど」

家と職場を往復するだけの日々

部屋に入っても、灯りは灯ってなくて

暖かい部屋も

おいしい食事も

『おかえりなさい』と、迎えてくれる笑顔もない


恭子「とても暗くて、冷たくて、居心地の悪いものやった」

咲「……」

恭子「だから、アンタに居てほしいねん。私の生活は、咲なしでは考えられへん」


恭子は、膝の上で組んだ指を、爪が白くなるまで握りしめた

そして意を決して、口を開いた

恭子「咲が、好きなんや」

恭子「だから、できれば、出ていかんといて。ここに、私の傍に、いてほしい」


恭子は、懇願するように頭を下げた

拒絶される覚悟も、もちろんある

でも、伝えずに、この子が遠くに行ってしまって、それから後悔するよりはましだ

すると咲が、声を震わせながら、小さく言った


咲「…うそ…」

恭子「嘘やない!!」


恭子は思わず顔を上げて強く言った


恭子「!!」


そこで咲の瞳が淡く歪んでるのに気付く

咲は瞳を潤ませたまま、ぽつりぽつりと話し始めた


咲「だって、好きな人、居るって…」

恭子「!!それは、誰に聞いたん!?」

咲「絹恵さんに」

恭子「何て言ってた?」

咲「しっかり者だけど泣き虫でおっちょこちょいな子、って…」

恭子「そうやな」

恭子「しっかりしてるけど妙なところでおっちょこちょいで泣き虫…全部、咲のことやんか」

咲「…………うそ」

恭子「だから嘘やなくて…」

咲「だって、私も……ですから…」

恭子「………え?」

恭子は言葉を失った

嘘じゃないと言いかけた口が、変な形で開いて止まってしまった

聞き間違いじゃないのなら、咲は今


咲「私も、恭子さんが、好きです……」


今度はちゃんと聞こえた

はっきりと、咲の口から

恭子は思わず、咲の手を握った


恭子「ほ、ほんまか?」

咲「……」


咲は無言で、こくりと頷く

恭子「ほんまに、ほんまか?」

咲「はい…っ」

恭子「冗談やったとか、ナシやからな」

咲「冗談なんて言いません」

恭子「やっぱり取り消し、とか、言わへんよな?」

咲「言いません」

恭子「きょ、今日は、エイプリルフールやないやんな?」

咲「もう、恭子さんたら」


必死な恭子に、咲は思わずクスリと笑う

その笑顔がとても愛しく思えて

恭子は思わず、咲の身体を抱き寄せて、ぎゅっと閉じ込めるように抱きしめた

恭子「……咲」

咲「はい」

恭子「好きや」

咲「私も好きです」

恭子「ここに居てくれるか?」

咲「…はい」


咲は恭子の胸に顔をすり、と摺り寄せる

すると、それに応えるように、抱きしめてくれる腕の力が強くなった

そのまま吸い寄せられるように、2人の唇が重なった


*****

*****


今日は恭子と海に行く約束の日

咲は公園の入り口の街灯の下で、ひたすら携帯を眺めていた

約束の時間はすでに30分も過ぎている

その時、バタバタと歩道を人影が走ってくるのが見えた

髪を振り乱し、駆け寄ってくる人物に、咲は眉を顰めた


咲「遅いです、恭子さん。大遅刻です」

恭子「すまん、仕事がなかなか終わらなくて…」

咲「まあ、必死で走ってきてくれたから、チャラにしてあげます」


恭子の乱れた髪を手で整えながら咲が言う

すると恭子は腰を少し屈め、咲の顔に唇を寄せた

恭子「ほんま堪忍な、咲」チュッ

咲「ひゃっ!?」

恭子「ん?どうしたん?」

咲「どどどうしたって…こ、こんな道端でキスしないでくださいっ///」

恭子「ええやん、もう初めてやないんやし」

咲「な、なんか、恭子さん、キャラが違います///」

恭子「そうか?」

咲「そうです」


恭子は、ふむ、としばらく考えて、何かひらめいたように口を開いた


恭子「それはあれや」

恭子「7年越しの片思いが、ようやく実を結んだんやからな。嬉しくないはずがないっちゅー話や」

咲「な、なな…っ!?」

恭子「ん、どうしたん?」

咲「は、初耳です」

恭子「まあ初めて言ったからな」


まさか高校時代から思ってくれてたなんて知らなかった

咲が顔を真っ赤にしながら恭子を見ると、ほぼ同時に恭子も咲に視線を送っていた


恭子「咲」


ずいっと、手を差し出される


恭子「はぐれるといかんから、手を繋いどこ」

咲「…はい」

差し出された手に、咲が手を添える

すると、それを包み込むように、ぎゅっと強く握られた

だから咲も、それに応えるように、力を込めた

海までの遊歩道を、2人手を繋いでゆっくりと歩く


咲「そういえば、洋榎さんから聞きました。今日、私に告白する作戦を立ててたって」


ふいに思い出して、恭子にそう告げると、恭子はう゛、と言葉に詰まる


恭子(洋榎…余計なことを……!!)


咲「なんか損した気分です」

恭子「なんでや?」

咲「だって、もしその作戦が決行されてたら、私は今日、ロマンチックに告白されるはずだったんですよね」

恭子「ロマンチックかどうかはわからんで……」

咲「聞きたかったです。ロマンチックな告白」

恭子「…………」

咲「…………」

恭子「そんな目をしても言わへんからな」

咲「けちですね」


じい―――っと見つめてくる咲に、恭子はため息をつく

そんなやりとりをしているうちに、2人の目の前には太陽が沈みかけ、オレンジ色に染まった海が広がっていた


咲「わあ、綺麗…」

咲が夕日に反射する光の粒に目を細める

ふと恭子は、傍らの咲をちらりと見やった

ゆらゆらと揺れる水面を、咲は夢中になって見つめている

徐に咲との距離を縮め、恭子は咲の耳に顔を寄せた


恭子「咲」


……ボソッ


咲「っ!!」


恭子が発した言葉を聞いた瞬間、咲は顔を真っ赤に染め上げた

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