佐天「これが……学園都市第一位の力!?」(567)

とある佐天と一方通行



「初春が入院!?」

携帯電話を耳に当てながら、佐天涙子は声を荒げた。

佐天の親友の初春飾利は、確かにこの学園都市の治安を維持する風紀委員として活動している。

しかし彼女はもっぱら裏方のはずだ。

その初春が入院するまでの怪我を負うなど、いったい何があったというのか。

びっくりして、飲み終えたところのジュースの空き缶を落としてしまった。

カン、と小さな音を立てて、空き缶が佐天の足元に転がる。

『……そうなんですの。

 わたくしも先ほど風紀委員から連絡がありまして知りましたの

 何でも、高位の能力者同士の争いに巻き込まれたとか……』

電話口から聞こえてくる、風紀委員の瞬間移動能力者、白井黒子の声も少し震えている。

『風紀委員のお仕事は非番でしたの。

 せめてわたくしが一緒でしたら』

「ううん、白井さんのせいじゃないでしょ。

 ……そうですか、うん。……うん、連絡ありがとうございます」

佐天は黒子から初春の入院先を聞き出すと、努めて事務的に携帯電話の通話終了ボタンを押した。

(初春が……)

佐天は電話を切った後もしばらく液晶画面を見つめていた。

待ち受け画面には、佐天を含む4人の少女が仲良さげに映っている。

(高位の能力者同士の争いって……)

理不尽だ。

佐天はレベル0、初春はレベル1。

高位の能力者から見れば、彼女たちの能力など無に等しい。

日常生活で、佐天どころかレベル1の初春の能力ですら役にたったところを見たことがない。

佐天は携帯電話を握り締めた。

レベル4の瞬間移動能力者である黒子や、レベル5でしかもこの学園都市で3本の指に入る御坂美琴とは絶対的な差がある。

初春はそれでも超能力と関係ない情報戦のスキルを持っている。

だが佐天には、何もない。

(あたしは、誰の役にも立ってないなぁ)

自分の能力について悩むのはこれで何度目だろう。

胸のもやもやがつっかえて、ため息に変わる。

あの『幻想御手』事件で吹っ切ったと思っていた暗い感情が佐天を支配しそうになる。

(初春ぅ、悔しいなぁ。やっぱ無能力者って辛いや……)

携帯を握る手に力がこもり、鼻の奥がツンと痛い。

いたずらに力を求める愚かさは身にしみてわかっている。

だがそれでも。それでも――

やっべなんか書いててすっげー恥ずかしくなってきた

恥じることなど何もない
続けるがいい

>>10
ありがとう勇気が出た。
がんばる。

「あははっ、やめたやめた!

 へんなこと考えてないで、初春への差し入れでも買いに行ってあげよっ」

佐天は携帯電話をポケットへとしまいこみ、足元に転がる空き缶を拾った。

きょろきょろと辺りを見回すと、10mほど前方の自動販売機の脇にゴミ箱がおいてあるのが見えた。

「……景気づけにいっちょやりますか」

佐天は空き缶を頭上に大きく振りかぶり、ゴミ箱めがけて思いっきり投げつけた。

びゅん、と風を切りながら空き缶が宙を飛ぶ。

「よしっ」

手ごたえ良好。空き缶は吸い込まれるようにゴミ箱へと放物線を描き――

「……ぐァ!?」

コインを入れようと自動販売機に近づいていきた人物の側頭部に命中した。

その日、学園都市最強にして最高の超能力者、一方通行の機嫌はとてつもなく悪かった。

まず、朝っぱらから携帯電話がけたたましく鳴って睡眠を妨害されたこと。

次に、その内容が『電話の男』からの仕事の指示であり、。

そして、仕事を終わらせるのに予想以上に手こずり、能力使用モードが残りわずかになるまで電池を使ってしまったこと。

さらには、今こうして路地裏でわけのわからない連中に囲まれているということ。

「テメエ、一方通行だよな?学園都市第一位の」

>>15修正

次に、その内容が『電話の男』からの仕事の指示であり、。



次に、その内容が『電話の男』からの仕事の指示であったこと。

「これ見よがしに杖なんてついちまって、

『無能力者』に負けたって噂はマジだったのか?」

その言葉を合図にしたかのように男たちは一斉に笑い出す。

会話をするのもうっとうしい。

一方通行は、チッ、っと舌打ちをしてガラの悪い男たちを通り過ぎようとした。

「っと、第一位様が逃げるのか?ずいぶんと臆病風に吹かれたもんだな」

あの忌々しい最弱に学園都市の最強が敗北したその日から、

この手の輩がやたら突っかかってくるようになった。

能力が万全の状態のころは何もせずとも勝手に反射にやられてくれいていたのだが、

今はそうもいかない。

(あァ……ったく鬱陶しいったりゃありゃしねェ)

「……スキルアウト……チンケな無能力者の集団が俺にかなうとでも思ってンのか」

「オイオイ、ずいぶん偉そうだな。

 ここで試しちまうかあ?

 俺たちの新しい『能力』ってやつをよぉ」

「いつまでもスキルアウトが『無能力者』の集団じゃないってこと、教えてやるよ!」

一方通行を囲む包囲網がじわっと狭くなった。

それにあわせて一方通行は無言でポケットの中の銃に手をかける。



――結局、能力を使うまでもなかった。

イライラする。

その雰囲気が周りにも伝わるのか、一方通行の半径3メートル以内には誰も近づくことはなかった。

(何が『新しい能力』だァ?あんな発火能力、マッチ棒の方がましじゃねェか)

イライラを増幅された一方通行は杖を乱暴に地面にたたきつけながら早足に歩く。

女子小学生が顔を引きつらせながら道をあけるのを見て、ようやく少しスピードを緩めた。

(あァ、コーヒーでも飲むかァ)

ちょうど目に入った自動販売機に、新製品のコーヒーが並んでいた。

そろそろ今飲んでいるコーヒーに飽きがきそうなところだったので、

新しいものを試してみる気になった。

(これがマズかったらメーカーに2分に一回苦情の電話を入れてやる)

営業妨害甚だしいことを考えながら、財布から硬化を取り出す。

それから、一歩自動販売機に向かって足を踏み出したところで、

本日五つめの不幸が彼に襲い掛かった。

「誰だコラァ!!」

佐天が投げたジュースの空き缶を側頭部に受けた白い人物

――もちろん一方通行だ――は少々涙目になりながら怒鳴った。

佐天の肩がびくりと震える。

まずい。あれはどう見てもまずい。

真っ白な髪に真っ白な肌。男とも女ともとれる華奢な体形。そこまではいい。

目つきが異常に悪い。怖い。真っ赤な燃え滾るような双眸が、佐天をにらみつけた。

あれはどう見ても堅気ではない。チンピラを通り越してヤクザ予備軍である。

「あ……え、と」

どうしよう、とあせればあせるほどパニックがひどくなる。

『ごめんなさい』の一言がなかなか思い出せない。

「そこの女ァ、何なンですかァ、いきなり空き缶ぶつけくさりやがりまして

『申し訳ございませン』も言えないド低能ですかァ!?」

「ひぃ!」

一方通行はマイクスタンドのようにごてごてしい杖を器用に操り、佐天に詰め寄った。

「ご、ご、ごめんなさいっ!」

「チッ」

一方通行が品定めをするように佐天を上から下までにらみ付ける。

(……なンてことのねェ一般人だな)

簡単には怒りは収まらない。

しかしこんな往来で一般人の少女を必要以上におびえさせることもないのではないかと思い直した。

一方通行が本当に激昂したのは、『空き缶をぶつけた佐天』に対してではなく

『空き缶がぶつかったという事実』に対してだった。

少し前までは『反射』によって守られていて、こんな無様なことは決してなかった。

それがどうだ。

たとえば、飛んできたのが空き缶ではなくライフルの弾だったら?高指向性の爆薬だったら?

自分の今の生活を考えるに、それはありえないことではない。

どうしようもない現状に反吐が出る。

だが、そのイラつきを目の前の少女にぶつけるのも大人気ない。

「ハッ、今度から気をつけろよ、この低能がァ」

一方通行は言うだけ言って踵を返そうとした。

そのとき少女の様子が少々おかしいことに気がついた。

低能

その単語が

佐天のどこか自分でもよくわからない場所に触れた。

「う……うぅ……」

「な……」

「どうせっ……ひっく、あたしはっ……無能……無能力者ですよぅー

 ……うえええぇぇぇぇぇぇ」

佐天は子供のように泣きじゃくり始めた。

(なンだなンだァ、この女ァ。この程度で泣きやがってェめんどくせェ

 ……しかもよく見りゃまだガキじゃねェか)

実年齢よりも大人びて見える佐天だが、実際は中学に入ったばかり。

精神的にもまだまだ未熟で、それだからこそかの『幻想御手』に手を出してしまったのだが。

その幼い泣き顔が、一方通行のよく知る少女に重なって見えた。

「……ッ、わかった!わかったから泣き止め!俺が悪かった
 ……飴でも食わせりゃァ泣き止むか?」

「あ゛た゛し゛そ゛ん゛な゛に゛こ゛ども゛じゃな゛い゛です゛ぅ゛ー」

「あァー!?めんどくせェ!!」

中学生は

>>40 ババァだけどね☆

とりあえず、公園のベンチに座らせ、

自動販売機で購入したジュースを与えると佐天は少し落ち着いたようだった。

一方通行は同じベンチに少しはなれて腰を下ろし、

元々買おうとしていた新製品のコーヒーを飲んでいた。

(マズっ、これならアスファルトでも溶かして薄めたほうが幾分マシだろォが)

飲み口から口を離し、一方通行はちらりと佐天を見る。

佐天はいまだにぐずぐずとしゃくりあげながら、「にがうりココア」というなんとも想像しがたい味のジュースを飲んでいる。

「……ひっ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ」

佐天は一方通行の視線に気づくと、何度も謝罪を繰り返した。

(……ンだよ。そんなビビるほど威圧的なツラでもないだろォが)

一方通行に自覚はなかった。

このまま黙っていれば佐天は再び泣き出しそうな雰囲気だ。

一方通行は不本意ながら口を開いた。

「もうどォでもいい。それより、飲みもン買ってもらってなンか言うことはねェのかよ」

「あ……ありがとう、ございます」

一方通行の意外な軽口に、佐天は少し目を丸くした。

よく見ると、一方通行はヤクザというには若すぎた。せいぜい高校生くらいだろう。

学園都市の学生にしては珍しく、私服姿なのでどこの学校かまではわからない。

「さ、さっきはほんとにごめんなさい」

「もういいっつってンだろ」

一方通行は佐天のほうを見ずに返事をした。

「いえ、それもありますけど……取り乱しちゃって」

「あァ」

確かに、いくら悪人面の少年にすごまれたからといって、佐天の態度は不自然すぎた。

直前に親友の入院や自分の無力さに打ちひしがれていたところに、「無能」という言葉がかけられたせいなのだが、一方通行はそんなことは知らない。

ストレスたまってンのかガキの癖に、と思った程度である。

「あはは、迷惑かけちゃいましたね」

「まァな。たいしたことねェがな」

そういいながら、いつも面倒をかけてくるとある知り合いの年下の少女の顔を思い浮かべる。

(アイツに関わる面倒に比べりゃァ、どうってことねェ)

その少女が聞いたら、即座に「わたしのほうが面倒を見ているんだよってミサカはミサカは……」などと反論してくるだろう。

(あれ、笑った?)

一方通行が自分でも気づかないうちにこぼしていた笑みに佐天は気がついた。

なんだか、いつくしむような笑みだ。

思っていたより悪い人ではないのかもしれない。

そう思うと、考えるより先に言葉が佐天の口をついて出た。

「あの……ちょっとお話聞いてもらってもいいですか?」

「はァ!?」

「ちょっとだけ、でいいんです。こんな話、友達に言える内容じゃないんで……」

だからといって今日ちょっとだけ関わったよくわからない他人に聞かせるようなものなのだろうか。

しかし、誰かに聞いてもらわなければ、このもやもやは打ち消すことが出来ないような気がする。

「……ふざけンな。俺は帰るぞ」

「ちょっとだけ、ちょっとだけでいいんです!!」

立ち上がりかけた一方通行の袖口を佐天がつかむ。

その必死の表情に、一方通行はため息をついた。

どうも自分は年下の少女によくよく振り回される運命らしい。

「……五分だけだぞォ」

そう言って再びベンチに腰を下ろした。

「わたし、無能力者(レベル0)なんです」

「そォか。珍しくもねェな」

この学園都市は超能力者が集う街といわれているが、そこで学んでいる学生のうち六割はいわゆる無能力者だ。

「はは、そうですね。でも、わたしの知り合いは、結構すごいんですよ?」

「ほォ」

佐天は隣に座っているのが学園都市の最高位の超能力者であるということを知らない。

一方通行も特に何も言わない。

「風紀委員をしている子もいるし、レベル4や、超能力者(レベル5)の人とも仲良くさせてもらってます」

「レベル5」

一方通行は学園都市に七人しかいないレベル5の面々を思い浮かべた。

ドイツもコイツも癖のある人間ばかりだ。

一般人の少女と友達だということなら暗部にかかわりの薄い第三位か第五位あたりのことだろう、と当たりをつけた。

――もっとも、暗部の奥深くに関わっていながら日常生活をエンジョイする土御門のような存在もいるのだが。

「あたし、その人たちに助けてもらってばかりで……なんか自分が情けないなーって」

「別に情けなくなンかないだろォ、人間そんなもンだ」

「わかってるんです。でも、風紀委員をしている友達が、

 高レベルの能力者同士の争いに巻き込まれて入院したって聞いて……」

そういえばここのところ暗部の組織同士が派手に争ってたな、と一方通行は人事のように思い出す



一方通行も佐天も知らないが、佐天の友人、初春が怪我をしたときにその場にいた二人の能力者のうち片方は一方通行である。

「……『幻想御手』って知ってますか?」

幻想御手。数ヶ月前に流行った、能力のレベルを無理やり上げることができるツールだ。

何でもある特定の音源を聞くことによって使用者の共感覚性を刺激し、

大人数による脳波を接続する。

多数の脳で形成されたネットワークによる演算処理で、

使用者の能力を飛躍的に上昇させることができる。

ただし、脳に過剰な負荷がかかるため、使用者は昏倒し、

治療用プログラムを適用されるまで目覚めることはない。

すでに首謀者は逮捕され、幻想御手の流通は警備員によって厳しく取り締まられているはずである。
すでに首謀者は逮捕され、幻想御手の流通は警備員によって厳しく取り締まられているはずである。

>>79
大事なことなので2回言いました。
嘘です間違いです。

「あァ、話だけなら聞いたこたァある」

開発自体はとある研究者が独自に行ったものらしいが、

もともと学園都市の『暗部』の技術を応用したものである。

『暗部』に通じている一方通行はその詳細を聞いたことがあった。

そして、それとよく似たシステムを知っている。

「あたし、実は使ったことあるんです。幻想御手を」

佐天は手元の缶ジュースを見つめながら言った。


「友達まで巻き込んで、私自身も倒れちゃうし、散々でした」

その声は少し震えている。

「あたし、自分のこと能力がないダメ人間だ、ってずっと思ってたんです

 それで、『幻想御手』で能力が使えるようになるって、うかれちゃって」

自嘲するような乾いた笑いが佐天の口から漏れた。

表情は、前髪の陰になって一方通行からは見えなかった。

「怪しいツールだってわかってた。

 でもあたしは力が欲しかった!ダメ人間じゃないって証拠が欲しかった!」

佐天の声が高くなる。

「その結果が……友達に迷惑かけただけなんて……ホント馬鹿なんです」

「あァ、馬鹿だ……」

一方通行な何かを思い出すようにつぶやいた。

元々口を出す気はなかったのに、なぜか勝手に口が動いていた。

打ち止め

「ここで突然のお知らせですってミサカはミサカはアナウンサーっぽく原稿を読み上げてみる。

 1は今から仕事に行かなきゃだめなの。

 昼休みとかに携帯から更新するかもしれないから期待しないで待ってて、

 ってミサカはミサカは1の携帯に書き溜めた分を転送してみる」

……すいません仕事行ってきます。

(あァ、ガラにもねェことしちまったな。まァ、暇だったし悪くはねェ)

佐天の笑い声を思い出しながら一方通行は帰路に着く。

あの笑顔は一方通行の属する『闇』と交わってはいけないものだ。

そういうものを守るために、一方通行は『闇』に身を落とし、くだらない悪党となった。

今日ああして会話したことがイレギュラーなのであって、もう二度と会うことはないだろうし、会ってはいけない。

ああいう場所に戻るには自分は黒く染まりすぎている、とコンビニのガラスに映る白い人影を横目で眺める。

なんだか感傷的になっている自分に気づく。

そんなキャラじゃァねェだろ、とフッと冷笑する。

ガラスの向こうには、コーヒーの新発売を告げるPOPが天井から釣り下がっていた。

先ほど公園で飲んだ不味いコーヒーのPOPだった。


そういえば咽が渇いた。

目の前にはコンビニ。

(たまにはクソ不味いコーヒーを飲み続けるのも悪くねェ)

などと考えながら自動ドアへ足を向けた。

「……それで、元気になってもらいたいんで、でっかい花を入れてもらえます?

 あ、お値段のほうはちょっとサービスしてくださいね?」

花屋の店員に花束を作ってもらう間、佐天はさっき公園で会話していた人物について考えていた。

(名前くらい、聞いとけばよかったな、実はいい人っぽかったし)

と、本人や御坂妹が聞いたら吹き出しそうなことを思う。

(それにしても、初対面の人にいろんなことしゃべっちゃったなぁ……)

思い出すだけで恥ずかしさがこみ上げてくる。

また会ったら無視されるくらい引かれたかも?

でもまた会えたらいいな、となぜか頬がゆるんでくる。

今度会ったら思いっきり謝ろう。それでもって、次はあの人の話を聞いてみよう。

泣いて、喋って、気持ちを吐き出した佐天の心はいつの間にか軽くなっていた。

白井黒子は沈んでいた。

もちろん気分が、である。

原因は風紀委員の相方であり、黒子のサポートを担当している初春飾利の入院にあった。

黒子が怪我をする、というパターンはよくあるのだが、初春が入院するまでの怪我を負うことは珍しい。

それでも、『大丈夫です。私も風紀委員ですから』と彼女は言うだろう。

(わたくしがおりましたら、きっと守って差し上げられたでしょうに……)

黒子は知らない。

初春を痛めつけたのが黒子の敬愛するお姉様、御坂美琴よりも序列が上の『未元物質(ダークマター)』という化け物であることを。

「くーろこっ!」

元気なくしょぼくれた黒子の背中を誰かが叩いた。

黒子は驚いて振り返る。

「……お姉様」

黒子の背後にいたのは、学園都市第三位、常盤台の超電磁砲こと御坂美琴だった。

黒子の気づかないうちに、部屋に帰ってきていたのだ。

「……初春さん、入院してるんだってね」

「……ええ、怪我自体はたいしたことないらしいのですけれど」

「そっか」

黒子にいつもの元気はない。

『もしもお姉様がお怪我をなさったら全力お世話して差し上げますわ!』

くらいのことを言われるかと思っていたのだが、黒子の反応は薄い。

かなりショックを受けたのだろう。

「黒子、お見舞い行こっか、初春さんの」

美琴はいつもより柔らかい声で黒子に声をかけた。

「そう、ですわね。それがいいかもしれませんの。

 こんなに心配をかけた罰に、めいっぱいお見舞いのケーキを食べさせて太らせて差し上げましょう」

「……ようやく黒子らしくなったわね」

美琴は安心したように微笑む。

「お、お姉様……」

「ん?」

「わたくしのこと、心配なさってくれていたのですねええぇっ!

 黒子は!黒子は感無量です!!

 もしもお姉様がお怪我をなさったら全力で下の世話までして差し上げますわ!」

……やっぱりちょっとくらいしおらしいほうが黒子はいいのかもしれない、と美琴はなぐさめたことを後悔した。

「……あ、白井さんですか?

 え、今から初春のお見舞いに?

 ちょうどよかった。

実は私も行こうと思ってて、今デパートでお花買ってるんです。

……はは、初春の頭がまたにぎやかになりますね」

「お待たせいたしました~」

花屋の女性店員が、バスケットに入った花束を佐天の元に運んできた。

中心にオレンジのガーベラをあしらった、可愛らしい花籠だ。

「あ、白井さん、ちょっと待ってください。お金払うんで」

入院中の初春の頭の飾りをこっそりこれと取り替えてやろう、などとよからぬことを黒子が言っていた。

それで困った初春を見るのも楽しそうだ。

(困った初春はかわいいからなぁ)

もう夕暮れ時で、面会時間が少々心配だったが、ちょっとくらいなら融通が利くだろう。

たぶん。

妄想でニヤニヤしながらも、佐天は容赦なく値切る。

バイトの店員が「もう勘弁してください」と泣き出すほどに。

ようやく満足する値段まで交渉し、花籠を受け取ろうとした、その瞬間。

轟音と、地震のような振動がデパートを揺るがした。

一方通行が例の缶コーヒーの銘柄をコンビニにおいてあるだけ買占め、自動ドアを潜り抜けたところで、あたりに大きな音が響いた。

何かがぶつかるような、はじけるような音だ。

ざっと辺りを見回すが、変わった様子はない。

近くで交通事故でもあったのだろう、と特に気にせず歩道へ出る。

そこへ、携帯電話の着信音が響いた。

「あァ?」

一方通行に電話をかけてくる人間は限られている。

そのほとんどが面倒ごとを伝えてくるばかりなので、気づかなかった振りをしようかと一瞬考える。

だが、一方通行にやたらとなついている少女の顔を思い浮かべて、とりあえず誰からの着信かくらいは確かめることにした。

確かめることにして、確かめて、そのまま通話終了のボタンを押した。

それをそのままポケットにねじ込み、何事もなかったかのように歩き出した。

電話は、すぐにかけ直されてきた。

「~~~~~~っ!

チッ、……なンだ、何か用でもありやがりますかァ?」

『用がなかったらオマエにわざわざ電話などするか』

聞こえてきたのは男の声だ。

それと同時に、脳裏にアロハシャツにサングラス姿の、ふざけた男の姿が浮かんだ。

一方通行が所属する、学園都市の暗部組織『グループ』の構成員、土御門元春からの電話だった。

ちょいと寝ます

ぬるぽォ

>>224
ガァッ

「あンだよ。こっちは忙しいンだ。手短に話せよ」

実は別に忙しくなどない。単に土御門の声を聞くのが不快なだけだ。

『仕事だ』

もっとも聞きたくなかった内容に、一方通行は顔をしかめる。

「ふざけるなよ? さっきひとつ片付けたところじゃねェか。

 オマエか、海原あたりで処理しろよ」

「悪いが、オレは行けない。訳あって学園都市から出ているからな。

 海原と結標はさっきの仕事の後片付けだ。

 誰かさんが派手にやってくれただろう?」

決定事項を告げるような口調に、一方通行はせっかく穏やかになっていた気分を乱される。

まったく、今日はまるで不幸のデパートだ。

「……で? 内容は? ツマンネェ仕事だったら切れるぞ」

『爆破テロの犯人の拘束、被害者の救出』

「はァ? テロォ? 何だ、今時犯行声明でも入ったっつゥのか?」

『いや、声明は出されていない。たった今、第七学区のビル内で爆発が起こった』

爆発。

もしかして、先ほどの音は爆発音だったのだろうか。

「……学園都市の治安維持は警備員(アンチスキル)の仕事だろォが」

『グループ』が出張るようなものではない。

『それが、状況が少し特殊らしい。『暗部』の下部組織が暴走した。

 一方通行、お前、『幻想御手』って知ってるか?』

「……ンだァ?流行ってンのか、それ」

先ほども聞いた単語だ。

一方通行はこの一致に、何か裏があるのではないかと勘繰ってしまう。

(まさか、さっきのガキが一枚噛んでやがるとか、ンな訳じゃねェだろうな)

『知ってるようなら説明は省くぞ。

 開発者・木山春生の独自研究を基にして、上層部の研究機関は『幻想御手』研究を続けていたそうだ。

どうやら『暗部』の下部組織やスキルアウトなどの無能力者を使って臨床実験を行っていたらしい』

そういえば、今日一方通行に絡んできたスキルアウトたちは、『新しい』と称する能力を使っていた。

もしかしてあれも『幻想御手』で得た能力だったのだろうか。

「……なるほどなァ」

学園都市暗部の組織の暴走。

暗部には、明るみに出てはいけない、後ろめたいものが腐るほどある。

基本的に教師で構成されている警備員が処理に当たっては、いろいろとまずいのだろう。

「まァこないだ他の暗部組織が色々なくなっちまったしよォ、人手が足りないのはわかるが」

『人使い荒すぎだな。まったく』

一方通行は大きなため息をついた。

「……で、正確な場所はどこだ? さっさと終わらせンぞ」

携帯電話から告げられたのは、第七学区随一の大型デパートの名前だった。

佐天と別れた、あのデパートだ。

一方通行は本日何度目かわからない舌打ちをした。

土御門から電話がかかってきやがったので
きょうも仕事に行ってきます。

『時間がないんだ、急げよ一方通行。

 連中は上層部との交渉が決裂したら一般人もろとも自爆する覚悟があるそうだ。

 奴らには自暴自棄になるだけの理由があるらしい』

そこまで言って、土御門からの通話は切れた。

佐天とは、ほんの数十分程度しか関わっていない。

だがその程度の関係でも、今の一方通行は簡単に見捨てることはしたくなかった。

あの少女には学園都市の『闇』には触れてほしくない。

助けられるのなら、助ける。それのどこが悪い?

そう思って、チョーカー型の電極のスイッチを切り替えた。

一方通行さんからのよい子の三下どもへのお願い☆

「先に言っとく。

 これ以降は1の妄想ブチまけや、

 原作設定の過大解釈、中二的展開が目白押しだぜェ

 原作のイメージを壊したくないとか、破綻した話は受け付けねェとかいう奴らは
 
 とっとと帰ることだな

 いいな?俺は忠告したぜ

 ……こっから先は一方通行だ!」

帰宅しました。

昼休みはフィギュア見てたんだ。ごめん。

1は今自分で書き込んだ>>286の恥ずかしさに悶絶しておりますので少々お待ちください。

「佐天さん、どうしましたの!? 佐天さん!!

 返事をしてくださいな!」

「黒子、どうしたの? なんかあったの?」

佐天に電話をかけている最中に、急に黒子の顔色が変わった。

美琴はそれをいぶかしみ、体を緊張させる。

「急に……爆発音のようなものが聞こえて、通話が途切れましたの。

 電話は今つながっておりませんわ」

「なんですって?」

このごろ学園都市では以前にもまして物騒な事件が多い。

水面下で何かの力が動いているのではないか、と誰もが感じている。

その一端に、佐天が巻き込まれてしまったのだろうか。

「……わたくし、行ってまいりますわ」

「黒子」

「デパートなんて第七学区には数件ほどしかありませんの!

それをしらみつぶしに探せば……」

「落ち着きなさい!黒子!」

美琴の鋭い声に、飛びだそうとした黒子が止まる。

「爆発が起きるような大きな事故や事件なら、風紀委員にすぐに連絡が入るでしょう?

 それを待って動いたほうが、時間のロスが少ないと思うわ」

「! でも、じっとしてなんかいられません!」

黒子が熱くなればなるほど美琴は冷静になっていく。

二人ともが熱くなって暴走すれば、共倒れになるのは目に見えている。

「行きます!」


「行きます!」

「黒子!」

美琴の制止を振り切って、黒子はテレポートするために演算を始めた。

その時。


黒子の携帯電話に着信が入った。


『白井さん、こんな時間に申し訳ないんだけれど、風紀委員のお仕……』

「固法先輩! もしかして第七学区のデパートで何かありましたの!?」

電話の主は、黒子や初春の先輩に当たる、風紀委員第177支部所属の固法美偉だった。

『よく知っているわね。

実はつい先ほど、第七学区のデパートで爆破テロらしき爆発があったの』

「爆破……テロ」

黒子と美琴の顔がサッと青くなる。

美琴が黒子に視線で合図をすると、黒子はすばやく携帯電話のスピーカーを美琴にも聞こえるように切り替えた。

『風紀委員に、付近の住民の避難の誘導をするよう連絡をまわしているのだけど、

白井さんには別の仕事をお願いしたいの』

「別って……!」

『実は、最近スキルアウトの間で再び幻想御手が使用されているという情報があるのよ』

幻想御手。

友人の佐天が被害にあい、美琴自身が首謀者と対決したあの事件。

『風説の流布を防ぐため、一般の風紀委員には知らされていなかったのだけど……

何でも、今回の『幻想御手』は使用者が昏睡状態になることはなく、

引き上げられる能力も以前と比べ物にならないという触れ込みで出回っているみたいなの』

美琴と黒子の脳裏に『幻想御手』の開発者であり、事件の黒幕であった人物の顔が浮かぶ。

逮捕された際の様子を考えるに、また幻想御手を使って事件を起こすとは考えにくいのだが……。

「今回の事件の犯人が、『幻想御手』を使っているという可能性があるということ……

ですの?」

『ええ。今回の事件の犯人は複数の能力者らしいのだけど、

どうも書庫(バンク)に登録されていない能力者なのよ』

『幻想御手』事件の際もそうであったことを黒子は思い出した。

『すでに木山春生に面会する手続きを取ってあるわ。

 事件を担当したあなたに行ってもらう必要があるのよ。

緊急の場合だし、移動手段を持っているあなたが適任だわ』

「しかし私は現場に……」

知り合いがいる可能性が高い。できればそちらに回りたい。

「黒子、アンタは木山春生のところに行ってきなさい。

 時間がないの。遠くまですぐに移動できるのは、アンタくらいのもんでしょ」

「しかし……佐天さんが」

美琴は、有無を言わさぬ声できっぱりとこう言い放った。

「安心しなさい。そっちは私が行くわ」

御坂妹

「ここで、1はこれから実家に帰らねばならないということを

ミサカは告げなければなりません。

実家にはネット環境があるのできっと更新はできるでしょう、

とミサカは希望的観測を述べます。

では後ほどお会いしましょう。ぺこり」
御坂妹

「ここで、1はこれから実家に帰らねばならないということを

ミサカは告げなければなりません。

実家にはネット環境があるのできっと更新はできるでしょう、

とミサカは希望的観測を述べます。

電車の中で書き溜めるつもりです、とミサカは1が不審者扱いされないことを祈ります。

では後ほどお会いしましょう。ぺこり」

すまん規制くらった。

土御門との会話を終了させてからデパートの隣のビルの屋上たどり着くまでに30秒。

造反を起こした部隊の人数は約30人。

二人のただ『六枚羽』などの航空部隊は出動していないようだ。

あるいは、『グループ』にすべて任せることに決まったのかもしれない。

人質もいることだし、敵に気づかれないように進入して各個撃破が理想なのだが。

(……めんどくせェな)

とりあえず、正面入り口を吹き飛ばすことにした。

「……俺は不幸だ」

男はデパートの2階の広場に集められた人質に銃を突きつけながらつぶやいた。

男の姿は学園都市の警備員のものに似ていた。

しかしよく見れば所々細かい装備品が異なっている。

男は警備員ではなく『暗部』の下部組織の構成員だ。

正確には「元」構成員であるが。

人質を囲むようにして立っている他の十人も同じ格好をしている。


人質の数はざっと百人。

閉店間際を狙ったのでその大半は店員だ。

彼は別にこんなことをしたいわけではなかった。

学園都市に来て、学んで、超能力を手に入れて。

普通の人間とは違うバラ色の未来が彼を待ち受けているはずだった。

しかしその夢は長くは続かなかった。どんなに努力してもあがらないレベル。

ただ過ぎていくだけの時間。

『落第者』の烙印を押された男は、自暴自棄になった末に次第に闇に手を染めた。

そして気がつけば学園都市暗部の下っ端としていいように使われていた。

暗部には高レベルの能力者が多数在籍している。

彼のような下っ端が能力者に使われ、消費され、ゴミのように打ち捨てられるのを多数見てきた。

何だこの差は。

自分が何をしたというのか。

そんなときに上層部から渡されたのが『幻想御手』の改良品だった。

レベル3以上の能力者の部隊を作るという触れ込みで、それは支給された。

彼は喜んだ。

レベル3どころか、レベル4相当の能力を手にしたのだ。

この部隊でも最強の能力者だった。

手ひどい裏切りを受けることになるとは知らずに。

テレポートを繰り返して、黒子は木山春生が拘束されている施設にたどり着いた。

もともとは犯罪者を収容するようにはできていない単なる研究施設である。

学園都市の技術を熟知した優秀な研究者である木山を都市の外の刑務所に送ることはできないため、こういう措置がとられている。

「……客が来るとは聞いていたが、まさか君だとはな。白井黒子君」

目の下に隈を刻んだ、細身の美女が黒子の向かいに座っている。

以前より表情が和らいで見えるのは、黒子の気のせいではないだろう。

彼女たちの間はガラスの板で仕切られている。

「それで、私に聞きたいことというのはなんだね?

 以前世話になった礼だ。わかることなら何でも答えよう」

「率直に聞きますわ。

 あなた、幻想御手に関する開発データを残していまして?」

「幻想御手?……あのデータはすべて破棄したよ。

 君の友人に聞いてごらん。目の前ですべてを消去したからな」

揺らぎのない口調は、嘘を言っているようには聞こえない。

「一体どうしたというのだね。あの事件は決着が付いたはずだろう」


黒子は手短に説明した。

幻想御手が再びスキルアウトの間に流通している可能性があるということ。

そして、今回の使用者には昏睡するものはいないようだということ。

最後に、デパートで立てこもり事件が現在進行中であり、犯人グループは『幻想御手』を使用している可能性があること。

木山は黒子が話し終えるのを待ってから口を開いた。

「ふむ、昏睡が起こらない『幻想御手』の作製は可能か、ということが聞きたいのかな?」

「それと、あなたのデータが残っていないというのなら、

 どこからその『幻想御手』が流布したのかという推測を、開発者としての観点から教えていただきたいですわ」

「そうだな……まず一つ目の質問から。

 結論から言おう。昏睡を起こさない『幻想御手』の作製は可能だ」

「!」

あまりにもあっさりとした答えに、黒子は驚いた。

「純粋に『能力のレベルを上げる』ことを目的とするなら、

つまり演算処理を行うために能力を一箇所に集中させるのではなく、

複数の個人の超能力を上昇させる目的だけに使うなら。

むしろそのほうが都合がよいだろう。

昏睡してしまっては能力を使うも何もないからな」

「そんなことが……可能ですの?」

「なに、特に難しいことじゃない。

 あの昏睡は使用者の脳に回復できないダメージを追うのを防ぐため、

一時的に脳の一部機能を停止るストッパーとして設定したものだ。

私はむやみやたらと被害者を出すつもりはなかったからな。

そのストッパーを外してやれば、昏睡することなく能力を使い続けることができる」

ただし、と木山は付け加える。

「能力を使い続けた場合、使用者は脳に過剰なダメージを蓄積し続けることになる。

つまり、遠からず廃人になるか、単純に死亡することになるだろう」

黒子は絶句した。

そんな危険なものが、学園都市に蔓延しようとしているのか。

「そして……二つ目の質問についてだが、それについては答えられない……

いや、分からないと言っておこう」

「答えられない?」

黒子が眉をひそめる。

「君たちが知る必要はない、というよりも知ってはいけない闇があるのだよ」

木山の強い口調に、黒子はそれ以上追及することをためらった。

「まぁ、警備員が『幻想御手』を回収した後、

どこで『処分された』のかを考えればおのずと答えに近づくことになるのだがな」



「オイ、奴らはなんて言ってる? 

まさかこの期に及んで交渉を拒否しようってんじゃないだろうな」

交渉役は首を横に振った。

こちらの覚悟は伝わっているはずである。

「そうか……どうあっても応じないか。


 ……それなら『復讐』だ」

部隊の男たちは無言で了承する。

改『悪』された幻想御手を使用した彼らの脳は限界だった。

上層部は彼らの治療を拒否した。

治療が不可能なのか、データを取りたいためなのかはわからない。

だが、それで彼らの生への道は閉ざされた。

ここにいる誰もがいつ死んでもおかしくなかった。

絶望し、これまで以上に上層部を深く深く深く憎しみ抜き、全員が復讐を誓った。

第一の目的は全員の治療を完治するまで継続すると確約させること。

だが上層部の態度から、これはまず拒否されることが簡単に予想された。

ほとんど期待はしていない。

拒否されれば、どうするか。

せめて散り際に学園都市の機構に甚大なダメージを与えてやる。

大々的に事件を起こし、多数の被害者を出せば。

被害者の家族、特に学園都市の外にいる者たちはどう思うか。

やはり学園都市は危険だと判断されるのではないか。

下火になっていた学生の回収運動に再び火をつけることができるだろう。

そうなれば、学園都市の機構は維持できない。

これはむしろ学園都市という巨悪を退治する正義の行動なのだ。

そう言い聞かせていた。

百人以上を殺す行為の正当化だ。

ごはんいってきます。

実は1は深く考えてないんだ。
てへ。

今気づいたけど佐天が空気だ。

そろそろ再開しますねー。

「やるぞ。一人ずつだ。

 ネットに配信の準備は済んだか?」

「こっちに来い!」

「ひっ!」

エプロン姿の女性店員が引っ張り出される。

佐天に花籠を売った、あの女性店員だった。

目隠しをされているためよろけるが、そんなことはお構いなしに銃口を頭に突きつけられた。

そのごりっという固い感触に戦慄する。

歯の根が合わず、命乞いすらできない。ただカチカチと小さな音を立てるだけだ。

他の人質たちも、その空気を察し、恐怖が伝染する。

自分でよかった、次は自分でないように、と祈るばかりだ。

奇跡を願った。しかし誰も動かない。彼女を助けに来ない。

絶望に突き落とされ、家族の顔を思い出し始めたそのときに、奇跡は訪れた。

デパートに轟音が再び響いた。

「な……んだ?」

爆弾はあといくつか店内に仕掛けられているはずだが、今のは火薬の音ではない。

「一階だ! 警備員が突入してきたのか!?……下との連絡が取れない」

「クソ、4番、8番、9番、下を見てこい!!他は持ち場を離れるな!!」

人質の見張りのうち三人ほどが階段へと駆け込む。

1階へ降りると、まず目に入ったのは小型のトラックだった。

それが交通事故にあったかのようにぐしゃぐしゃに潰れ、正面入り口の向かいの壁にめり込んでいる。

入り口から一直線に突っ込んできたのだろう。

入り口とトラックを結ぶ線上にあったマネキンや棚が面白いほどなぎ倒されている。

しかし、どれだけスピードを出せばここまでの破壊力が得られるのか。

よく見ると壁とトラックの間から真っ赤なペンキをぶちまけたような液体が染み出していた。

そのそばには、彼らが持っている小銃と同じものが落ちていた。


「……愉快なツラァさらしてンじゃねェぞ、ゴミ共が」

声のしたほうを振り返ると、そこには悪魔的な怪物が立っていた。

「!?」

白い悪魔――一方通行は笑っていた。

目を見開き、口元は引きつり、見るものを恐怖させる狂気の笑みだ。

「っ!」

先頭の男は反射的に発砲した。

本能的に悟ったのだ。アレは恐ろしく残忍で、凶暴で、圧倒的なものであると。

無効が本気になる前に、叩き潰しておかなければならないものだと。

だが、その判断は間違いだった。

化け物が足元に落ちている塵芥を蹴飛ばすのに本気など、必要ない。

発射された銃弾は一方通行の『反射』によってはねかえされ、発射時と同じスピードで正確に銃口を貫いた。

小銃は破裂し、男の両手が吹き飛んだ。

何が起こったのか、三人にはまったく理解できなかった。

「ぐっああああああああああああああああっ」

悲鳴を合図に一方通行が動く。

床を蹴る力のベクトルを操作し、ロケットのように飛び出した。

ダメージを受け崩れ落ちた男の背後に立つ二人の顔を両手でつかむ。

右手はそのまま勢いを殺さずに壁に叩きつけ、男の頭を潰れたトマトにする。

左手は倒れた男めがけてぶん投げた。

自分の状態を理解する前に、左手の男は倒れた男と『合体』した。

「人間スクラップの出来上がりィ、ってなァ!」

動かなくなったゴミには目もくれず、一方通行は階段を駆け上がった。

辺り一面を赤色の海にしながら、一方通行は一滴も血に染まっていない。

獰猛な笑みを浮かべ走る。



――圧倒的な力による虐殺がはじまった。




「う……」

佐天は階下から伝わってきた振動を感じて目を覚ました。

「こ、こは?」

視界が閉ざされている。

なぜか体のあちこちが痛い。

力を振り絞って顔の上にかぶさる何かを押しのける。

初春への見舞いの花籠だった。

体を起こすと、自分が段ボール箱の山に突っ込むようにして倒れていたことがわかった。

(いったい、何が……)

佐天は運がよかったのか悪かったのか。

佐天は買い物をしていた階でおきた爆破の衝撃で、ダンボール箱の陰で気を失っていた。

部隊の人間に見つかることなく今まで人質として拘束されなかったのだが、佐天はそんなこと知るよしもない。

立ち上がって辺りを見回すと、フロアは散々たる様相だった。

綺麗に陳列されていた商品は床に転がり、売り物の花は千切れた上に踏み荒らされ、ゴミくずのようになっている。

(なん……だろ、これ。わかんないけど、外に出たほうがよさそう)

まだ混乱がおさまらない頭を振りながら歩き始める。

手足が痛むが、大きな怪我はしていないようだ。

エレベーターは使えそうにない。

自分の足で降りるしかないのか、とげんなりしながら階段へ向かう途中で佐天の前を小さな影が横切った。

(――子供?)

「待って!」

佐天は走り去ろうとする子供の腕をつかんだ。

「!」

小学校にあがるかあがらないかといった年頃の少女だ。

なぜか大人物のワンピースとカーディガンを身にまとい、大きなかばんを抱えてこわばった表情をしている。

佐天は状況を完全に把握しているわけではないが、幼い子供が一人でうろいついていいような場面ではないことはわかる。

「……どうしたの?

 保護者の人とは一緒じゃないのかな?」

目線が少女と同じになるようにしゃがみこみ、佐天は少女に話しかけた。

「……」

しかし少女は答えない。

佐天をきつくにらみつける。

「迷子かなぁ……とりあえずお姉さんと一緒に外に出ようか」

少女はしばらく考えこんだ後、こくりと頷いた。

「これでココは全部だなァ」

一方通行は人質が拘束さているフロアを見回しながら言った。

フロアのそこここに、人間だったもののパーツが転がっている。

あるものは引き千切られ、

あるものは吹き飛ばされ、

あるものは潰され、

あるものは切断され、

あるものは貫かれ、

あるものは血液を逆流させられて

どれも体液を噴出すだけの物体になっていた。

さながら阿鼻叫喚の地獄絵図だ。

一方通行はフロアの隅に押しやられた人質の集団に目を向ける。

目隠しをされたままであるため、何が起こったのかを正確に理解している者は誰もいなかった。

ただ、絶え間ない断末魔の悲鳴に身をすくませていた。

(アァ? どうした? あのガキの姿が見あたらねェが……なンだ、すでに買い物終わってましたァ、てか?)

一方通行は集団に向けて大声で話しかけた。

「オイ、オマエらァ!」

集団から少し離れて座り込んでいるエプロンをかけた女性の体がビクッと震えた。

銃を突きつけられてからほとんど放心状態だった花屋の女性店員が、突然の外部刺激にわれに返ったのだ。

女性はしりもちをついたままずりずりと後ずさった。

血塗られた床を這いずったため、ショーツまで血でぐっしょりと濡れるが、その気持ち悪さよりも恐怖が先にたつ。

「こ、こ、殺さないでえ! いや!」

一方通行はチッ、めんどくせェとつぶやくと、誤解にかまわず言葉を続けた。

「……頭に花の飾をつけた、髪の長いガキを見なかったか。

 年は中学生くらいだ」

「し、知ってます!! 知ってますから殺さないで」

恐慌状態の女性は反射的に答える。

「早く喋れ」

「っ!は、花を買っていったんです! 爆発が起こったときに……

 それでっ、爆発が収まったら、……いなくなってたんです!」

女性は殺されたくない一心で、正解かどうかもわからない少女の情報を喋る。

(あのガキ、花を買うとか言ってやがったな。……ビンゴだろォな、コレは)

「いなくなってたァ? 爆発の直前まではいたんだろォ」

「爆発の衝撃で転んで、め、目を開けたときにはいなくなってたんです!!」

「そォか、ありがとよ」

「え?」

一方通行はそれだけ言うと、女性の脇を通り抜けて、人質の集団へ近づいていった。

一方通行の足音にあわせて集団がさっと分かれる。

狭い空間で、よくもまあ見事にスペースを作り出すものだ。

集団の中にいた風紀委員の腕章をつけた少年をつかまえると、その目隠しと拘束を解いた。

「オイ、オマエ風紀委員だろ」

「なっ……」

少年はまず目の前に現れた凶悪な面構えの人物に驚き、次に血まみれの店内に驚いた。

そして一方通行を強く睨み付ける。

「……いい面構えだ。

 いいか?こっから下にはもう生きたテロリストはいない。

 オマエがうまく誘導して、パニックを起こさないように全員避難させろ」

「は?」

そこまで聞いてやっと少年は目の前の人物が救援に来たのではないかと気づく。

にわかには信じがたいが。

「で、でもあなたは」

「俺はまだ、めんどくせェ仕事が残ってやがるからな」

言って、一方通行は天井を見上げた。

ちょっとごはんとハイパー書き溜めタイム。



馬鹿な、と思った。

化け物だ、とも。

走りながら男は考える。

あれはなんだ? あの白いのは。

男は情報としてはあれのことを知っていた。

学園都市最強の超能力者・一方通行。

あれは本当に人間か?

仲間がなすすべもなく千切れ飛ぶのを見た。

何をされたかわからないまま絶叫した仲間を見た。

自分の手に入れたレベル4など、あの能力の前では水鉄砲だ。

そのとき男は思った。

死にたくない、と。

死の覚悟を決めてテロに及んだはずの男は、圧倒的な暴力の前に始めて明確に自らの死を意識した。

(しにたくないしにたくないしにたくないしにたくない)

上へ上へと階段を駆け上がる。

屋上まで出れば、自分の能力で何とか逃げ切ることができるかもしれない。


「ぐあ!?」

「きゃ!」

必死に走る男は、上から降りてくる少女二人に気づかず、盛大にぶつかり合った。

そのまま三人はもつれ合うように階段を転がり落ちた。

「うっ……だ、大丈夫?」

「な、何だてめぇら!

 おまえらも能力者か!?」

男は倒れたまま佐天に銃を突きつける。

「あ……な、う」

目の前にちらつく銃に、佐天の表情がこわばる。
震える手で少女をぎゅっと抱きしめた。

男は、見過ごしていた一般人か、と吐き捨てると、佐天の抱く少女の腕をつかんだ。

一般人の子供。

人質をとったところで例の化け物には意味がないだろうが、盾にくらいはなるかもしれない。

そう思って、単に運びやすいほうを選んだ。

「!?」

「離せクソガキ!」

少女の腕が強く引っ張られ、佐天の腕の中から奪い取られそうになる。

「だ、だめっ!」

少女を抱く手に力をこめる。

「ガキがっ!」

男の手から何かが飛んだ。

それが何かはわからなかったが、男の能力なのだろう。

佐天の両頬に浅く亀裂が走った。

「っ」

引っ張る力が緩んだ瞬間に、少女をもぎ取られる。

「てめぇは邪魔だ!とっとと失せろっ」

生き残るために必死な男は、非力そうな中学生など眼中にないようだ。

(でも、あの子は……)

少女は男の手の中でじっと黙っている。

恐怖で声も出ないのかもしれない。

このままじっとしていれば、男は去り、佐天は危害を加えられないだろう。

(見捨てるの? そうすれば、あたしは助かる?)

見捨てる見捨てないの問題ではない。

佐天が少々抵抗したところで、死体が一つふえるだけだ。

(できない……!なんの能力もいんだよ、あたしは!)

全身が震える。目尻に涙がたまり、思考ががちがちにこわばる。

「どうせ虐げられる無能力者は大人しくしてりゃあ痛い目見ないですむんだよ!」

それは男自身の経験から来る言葉でもあった。

男は佐天に背を向ける。

「あ、あたしはっ!」

無能力者だから何もできない。

無能力者だからあきらめる。

無能力者だから……仕方ない?

『覚悟を決めるか決めねェか。それに能力なンか関係ねェだろォよ』

今日はじめて話した、名前も知らない誰かの言葉が頭に響く。

(無能力者で、何も、何の力もないけれど……)

「無能力者(あたし)にだって、ゆずれないことくらいあるんだからあああぁぁぁ!!」

そう言って後ろから男の足にしがみついた。

「っ!このクソガキィ!」

片手で腰の拳銃を引き抜き、佐天の頭に狙いをつける。

「離さない! 死んでもあたしはこの手を離さないんだからっ!!

アンタはその子を離しなさいよ!!」



「……よく言ったクソガキ。後はおうちでお寝ンねしてな」

聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「え……?」

「て、てめぇっ! 」

佐天の背後からコツコツと杖を突く音が聞こえる。

振り返ると、そこには今日佐天がその頭に空き缶をぶつけた少年


――学園都市の第一位が立っていた。

「くっ……くそっ!」

銃が一方通行に向けられるより早く、突風が男を襲った。

エアコンから流れる微風のベクトルを操作し、男にたたきつけたのだ。

「ひゃっ、ハハァ!ざまァねェなァ、てめぇが最後かァ?小悪党」

ベクトルを操作された風は正確に男だけを吹き飛ばし、壁に叩きつけた。

その場に倒れこんだ佐天の上に、少女が降ってくる。

「え……うわあっ」

とっさに抱きとめる。どうやら怪我はないようだ。

「ち……ちくしょおっ!」

男は一方通行めがけて発砲する。

弾はもちろん『反射』され、男の体に突き刺さる――ことはなかった。

銃弾は、男に到達する前に何かにぶつかったようにはじかれた。

「ほォ、なかなか面白そうな能力もってンじゃねェか」

一方通行は不敵に笑う。

少しは楽しませてくれるのか? と小さく男に問うた。

「くそっ、学園都市の第一位になんぞ、かなうわけがないだろうがあああ!!」

男が吠える。もうやけくそだった。

男の周囲に、無色の膜がぶわっと広がった。

「ガキィ、オマエはそのチビをつれて先に下りてろ!」

「で、でもっ」

「オマエらが邪魔だっつってんだよォ!!」


「っ!」

佐天はその言葉に押され、少女を抱えて走り出した。

(学園都市……第一位って!?)

階段を駆け下りる間も、その単語だけが頭の中をぐるぐるとまわっていた。

「……さァて、楽しい楽しいお遊戯の時間だぜェ」

「うわあああああっ!!」

凶悪な笑みを浮かべる一方通行に、半狂乱になる男。

男は自分の周囲に浮かぶ膜を操り、それを一方通行に叩きつける。

もちろんそれもあっけなく『反射』されるのだが、その『膜』は男に突き刺さらず、再び男の周りを回り始める。

(こりゃあ、……水か。高圧で打ち出した水をカッターみたいに使ってやがンだな)

さしずめ水系操作(ハイドロワークス)といったところか。

水蒸気など大気中にいくらでもある。

使いようによってはいろいろ面白いことができそうだ、と一方通行は考えた。

男は手元に戻った水を操作し、もう一度一方通行へと打ち出した。

「ハッハァ!! 無駄だっつゥのがわっかンねェかなァ?」

水は一方通行に触れる直前に凍結し、いくつかのツララへと変わる。

「ちょっと工夫したくらいじゃァ合格点はあげられませン、ってなァ!」

わざわざ手でなぎ払うようにしてそれを叩き落す。

そのまま男に向かって一直線に飛び掛った。

「!!くっそぉ!」

男はそれを体をひねってよける。

男の背後には下に降りる階段があった。

一方通行はそのまま踊り場まで一気に降りたった。

その背中めがけて、男は水を噴出させ、同時に点火したオイルライターを投げ入れた。

ボン、という破裂音とともに、爆発が起こった。



「……やった、かっ!?」

やれたわけがない、と頭の片隅で思いながらも声を上げる。

「ざアアアアァァァンねエエエエェェェンでしたアアアァァァァ」

うれしそうな死神の声が響くと同時に、男の下腹が何かに貫かれ、握りこぶし大の穴が開いた。


「ぐ……あぁっ」

腹から、口から、血を撒き散らし、男は床に這いつくばる。

「水を水素と酸素に分解し、点火することで化学反応による爆発を起こす、ねェ

イマドキ小学生でもわかる化学の実験だなァ?」

男を貫いたのは、一方通行がベクトル操作を使って投げた単なる瓦礫の破片だった。

「あ、うああ」

一方通行は電極のスイッチを切った。

今日は午前中の『仕事』の件もあり、正直無駄遣いをしすぎた。

能力使用はあと20秒程度しか持たないだろう。

「楽にしてやる。」

言って、銃を取り出した。

「なんで……」

死ぬ。

今度こそそれを覚悟した男は、力の入らない全身を使って声を絞り出した。

「あァ?」

「なんでっ、俺が何を、したっつうんだ……、ふざけるな!

俺は、無能力者は……実験動物じゃねェんだよっ

持ち上げられて、騙されてっ……せめて上層部の奴らに一泡吹かせようと思えばこれだっ……

てめえもわかってんだろぉが……この都市が腐りきってるってことぐらい……

なのにっ、何でてめぇみたいな化け物がじゃますんだよおおおぉ!」

床の上でもがく男が絶叫する。

「それが理由か」

じり、と一方通行は男ににじり寄る。

「それが理由で、何の関係もない一般人を殺そうとしたのか」

その表情は怒りに満ちていた。

「くだらねェ」

暗部に落ちる人間は、暗部に落ちるだけの理由があるものだ。

学園都市の闇に触れてきた一方通行は、それを知っていた。

闇に触れて腐るのではなく、腐っているから闇に触れるのだ。

そんな奴らが覚悟も決めずに「騙された」「ふざけるな」と声を荒げる。

腐っているのは初めからわかりきっていたことだろう。

それでどこでどんなふうにのたれ死のうが、それはそいつの責任だ。

それをわかった上で、一方通行は小さな光を汚さないために『悪党』となった。

光を汚してまで何かをなそうとする『悪』は、悪党としての一方通行の信念に反する。

「オマエみたいなくだらねェ悪党が、一番気にくわねェ」

そう言って、男の眉間に銃弾を三発正確に叩き込んだ。

「おいィ!!ガキィ!?……って名前聞いてなかったな。

クソッ、ガキ共ォ!どこにいやがる!?」

『水系操作』の男の始末を終えた一方通行は、階段を下りながら叫ぶ。

(もう外に出たか……)

四階と三階の間の踊り場まで降りたところで、のんきな少女の声がかかった。

「あ、第一位さーん!ここですよ」

幼い少女を連れた佐天が階段の下で手を振っていた。

「……なンだ、その『第一位さン』てェのは」

「あはは、だって名前知らないですもん。

 そんなこと言うなら、あたしをガキって呼ぶのもやめてください」

一方通行はため息をついた。

どうも調子が乱される。

「……ンで、なんでまだこンなところにいやがる。

 さっさと避難しねェか」

「いや、この子が、急に座り込んで……」

「あァ?めんどくせェガキだな。ちょっと待ってろ。そっち降りる」

パン、と乾いた音とともに、一方通行の胸元が赤く染まる。

「は……ァ?」

今まで、一言も喋らなかった少女が、小さな拳銃を両手で構えている。

その銃口は一方通行に向けられ、細く煙を出している。

一方通行が足元から崩れ落ちた。

「なっ、なん、なんでっ!?」

佐天が悲鳴を上げる。

銃をかまえた少女の姿が急に膨れ上がった。

手足が伸び、背が伸び、体が大人に変わっていく。

気づけば、高校生から大学生くらいの女の姿に変わっていた。

「う、嘘!」

「……ちょっと静かにしてなさい」

女が佐天の額に触れると、佐天はびくりと震えたあと簡単に卒倒した。

「く、そが……」

「あら、生きてたんだ。

 子供の力だと威力の大きい銃は扱えないっていうのは不便ね」

「肉体操作系の能力か……」

「元々は肉体再生(オートリバース)のレベル0だったんだけどね。

 肉体の回復現象を操作して、一時的に若返ることができるの

名づけるなら『肉体逆転(アンチエンジャー)』ってとこかしら?

ある程度はこんな風に、他人の肉体を麻痺させることだってできるわ」

女は佐天に目を落とし、場に似つかわしくない笑みでにこりと微笑む。

「……ずいぶンと愉快で素敵な能力じゃねェか」

「ええ。そのおかげで警戒されずにデパートのあちこちに爆弾を仕掛けさせてもらったわ」

言って、脇に抱えた手提げ袋から手のひらサイズの塊を取り出す。

「ま、あんまり変わっちゃったもんだから、

味方のはずの馬鹿男に捕まったときはどうなるかと思ったけど」

肉体逆転の女は言いながら、手の中の爆弾をもてあそぶ。

「動かないでよ?

 それに能力の使用も禁止。

アンタが私に攻撃を加えれば、この爆弾のスイッチを離す。

 そうすれば、アンタはともかくこの子は木っ端微塵よ?

 ずいぶんこの子と仲よさそうだったものね。まさか見捨てるわけないわよね?」

ぐったりした佐天の首に爆弾を握る手を廻し、逆の手で銃口を一方通行に向ける。

わずかに意識があるのだろうか。佐天の口から小さなうめきが漏れた。

「いまさらどうしようもねェだろうが。目的は何だ」

「アンタの死体」

女は冷えた声で言った。

「第一位様なら死体になっても上層部は欲しがるでしょうね。

 むしろ自由に切り刻むことができて、喜ぶんじゃないかしら。

 私はあいつらと違ってまだ死にたくないの。

せいぜい取引の材料として利用させてもらうわ」

一方通行は腕に力を入れ上体を起こし、わき腹から血を流しながらながら考える。

出血が多く、気を抜けばその場に倒れこみそうになる。

能力が使える残り時間はあと20秒しか残っていない。

その20秒で、階段下の敵を倒し、爆弾を無効化し、佐天を助ける。

肉体逆転が、歌うように告げる。

「さようなら。あなたはここで死になさい」

銃を握る手にぎゅっと力が入る。

一方通行は不敵な笑みを浮かべた。



20秒も残っている、と。

「!」

一方通行は床を力強く蹴ると同時に電極のスイッチを入れた。

床を蹴る力のベクトルとわずかに流れる大気のベクトルを操作し、自らの最高速度で肉体逆転へと肉薄する。

その速度は、御坂美琴の超電磁砲の初速度を軽く凌駕する。

いくら肉体逆転が自らの身体能力を強化できたとしても反応できるようなスピードではない。

肉体逆転が声を上げるために息を吸い始める前に、一方通行は肉体逆転の足を踏み抜き、爆弾を持つ手首をつかんだ。

そのまま、曲がるはずがない方向へとひねる。

ブチブチといやな音がして、肉体逆転の腕が肩口から取れた。

空いた手で佐天の体を引き寄せ、後方へ投げ飛ばす。

肉体逆転が目を見開くと、千切れた腕から爆弾が落ちるのが見えた。

(これが……学園都市第一位の力……)

佐天はその能力によって吹き飛ばされながら、そんな風に考えた。

瞬間、閃光が目を焼き、爆音が耳をつんざいた。

急に静かになった気がして、佐天は自分がしばらく意識を失っていたことを自覚した。

(あ……あたし……死んでない?)

佐天はぼうっとした意識の中、生を認識した。

体中が痛い。指一本動かせない。

「あヒィっ! ……ふっ、ふっ……」

肉体逆転は生きていた。

左腕が千切れ、左半身は爆発の影響で黒焦げになっている。

(かなうわけがないかなうわけがない化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物
化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物……)

まだ動く右手と右足を使って、必死に床を引っかく。

もがいてもがいてもがきぬいた末に、背後から聞た声が絶望を運んできた。

「オマエみたいな最低の悪党でも、これくらいの覚悟はしてあンだろ?」

「い、やぁっ!くるなっ」

一方通行は壁に背を預け立ち上がると、芋虫のように床を這いずり回る肉体逆転に銃口を向けた。

「無様だなァ、偽ガキ女ァ」

能力を使う余裕はない様で、一方通行のわき腹からも血は流れっぱなしだ。

だが、満足に立つこともできない肉体逆転に銃弾をかわす術はない。

一方通行は唇の端を引きつったように吊り上げて笑う。

「ひっ、やめ……」

「悪党の持つ『強さ』なんざ虚しいだけだ。そんなもンは『絶対』どころか『最強』にすりゃなれやしねェ」

そう言った一方通行の指が拳銃の引き金に絡んだところで、佐天は再び意識を失った。

乾いた音が響いた気がした。

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エピローグ的な何か


「もう、佐天さんったら、びっくりしました。

 なんで佐天さんまで入院してくるんですか」

「あはははは、でもあたしのは検査入院で、たいしたもんじゃないし」

佐天は病院の一室で、隣のベッドでふくれっつらをしている初春に笑いかけた。

「……それにしても、気に入らないわ。

私がデパートについたときにはもう全部終わってたなんて」

見舞いのりんごを剥きながら、ベッドの脇に座った美琴が言う。

「わたくしも……結局幻想御手についてのレポートを書かされただけでしたの」

黒子も不満げに続けた。

「お二人とも、心配かけてすみませんでした」

「佐天さんが謝ることじゃないわよ」

美琴はりんごを器用にウサギの形に剥き終え、皿に盛った。

「なんというか、今回の事件に関しては風紀委員にも詳細が聞こえてきませんの。

 表向きは警備員が解決したことになっておりますけど、佐天さんは何かご存じありませんの?」

「あー、あたし、気をうしなっちゃってたみたいだから」

そう言って佐天は言葉を濁した。

結局あの後佐天が気づいたのは病院で、一方通行の行方はわからない。

事情聴取に来た警備員にそれとなく聞いてみたが、あの場に倒れていたのは佐天だけだったらしい。

一方通行は、そして肉体逆転はどこへ行ったのか。

謎は深まるばかりだが、佐天には知るすべはない。

「無能力者、か」

佐天は誰にも気づかれないよう、ポツリとつぶやいた。

無能力者と第一位の超能力者の間抜けな会話を思い出しながら。

とりあえずこのことは、自分の胸にしまっておこう。

超能力者だとか無能力者だとか、そんなややこしい自分の心の問題に整理がついて、誰かに話せるようになるその日まで。

とりあえず、今は――

「うーいはるっ!!」

「きゃあ! 佐天さん! スカートめくりができないからって

 ふとんめくるのはやめてください!!」

とりあえず可愛い親友のふくれっつらでも眺めていよう。

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初春と佐天が入院している病院の、別の一室でのエピローグ。

「まったく、うっかり電池切れで病院に運ばれてくるなんて、アナタ意外とおドジさんよね

ってミサカはミサカははやし立ててみる」

不機嫌そうに眉を寄せ、布団をかぶって寝転がっている一方通行に、打ち止めがたたみかける。

「……あァー!うっせェな、オマエの声は響くんだよ

 ここがどこか忘れたか? 病院では静かにしやがれェ」

「チッ、馬鹿やっちまったぜ」


結局あの後警備員が突入したデパートから何とか抜け出したはいいものの、グループの『仮眠室』にたどり着く前に電極のバッテリー残量が0になった。

ちなみにわざわざ救急車を呼んだのは『偶然通りかかった』海原である。

(絶っっっっ対嘘だ。あのうさんくさわやか野郎が)

「まったく、アナタはいっつも迷子になるし、ミサカがついてないとダメダメなのよね、

ってミサカはミサカはそっとため息をついてみる

……ってあれ? 何その眼光だけで人を殺せそうな視線は」

「……どうやら少ししつけがなってないようですねェ打ち止めちゃああああァァァン?」

一方通行はわしっと打ち止めの小さな頭をつかんだ。

そして握りつぶすように力を込める。

「いたいいたいいたいいたいいたい!

ってミサカはミサカはアナタの過剰な嗜虐趣味は実は被虐趣味の裏返しなんじゃないかと疑ってみたり……

きゃあきゃあうそですごめんなさい、とミサカはミサカは私の出番はこれだけ?

と疑問を呈してみたりっ」

一方通行はふいに今回の事件で関わった少女の顔を思い出した。

(ガラにもなく人生相談なんてやっちまったなァ)

こんなことは二度とないだろうな、と思う。

しかし、一生に一度くらいは悪くない。

そんなことを考えながら、一方通行はのた打ち回る打ち止めを見ながら小さく笑った。



おしまい

おおおおおわったー!

長々とお付き合いいただきありがとうございます。

禁書SSはいくつか書いたことあるけど、佐天さんのぐだくだした気持ちとかち書いてみたかったんでちょっと小説っぽい書き方を試験的にやってみました。

風呂敷広げすぎてつらかった。

やっぱ自分には戦闘シーンとか無理なんで次たてるとしたらほのぼのにします。

こんな時間まで残ってましたか。

べっ、別に嬉しくなんかないんだからね!

とはいえ読んでくれてありがとうございました。

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