俺「実に、長かった。あまりにも、長すぎた」 (121)

俺「しかし、終わった。やっと終わってくれた。
  さぁ、ラウンジの天下がやってくる。天下はもう、すぐそこにある」

俺「そこで大人しく待っていれば、綺麗に首を刎ねてやるさ」

俺「こちらこそ、東塔時代から、ずっと思っていましたよ。
  貴方を討つことができたら、とね」

俺「懐を大きく開けておくつもりだ。無論、刃は忍ばせておくがな」

俺「その刃の役目、お前に任せたいと思っているんだが、いいか?」

俺「まぁ、相手にとって恐怖となってくれていればいい。
  が……もし、相手を調子づかせるようなことになっているのだとしたら」

俺「何も知らなくていいさ、お前は。元より、罪人なのだからな」

俺「そうだな。先の戦では、天に嫌われた。
  もう負けられんぞ。今度は、是が非でも勝利を収めなければな」

俺「それに関しては、制約があるなかで、最善の行動を取れたと思っているさ」

俺「お前はよくやったよ。最後まで戦った。充分、立派だ」

俺「そうやって頑なになるところが、アンタの唯一とも言える欠点だ」

俺「……本当に半年耐え忍べるなら、俺はオリンシス城を落とせる自信がある」

俺「あぁ。完全に忘れていた。もう準備は進めさせているんだがな。
  ささやかなものだが、勝利を味わっておくのも悪くない」

俺「それも守りを念頭に置いていたからだ、と俺は思っている。
  実際、あいつは攻めも不得手ではないと思う。堅実な攻めを見せてくれるだろう。
  だが、それは何も今じゃなくていい。また次の戦でいい。
  今回はあまり博打に出たくないんだ。確実な戦い方で、確実に勝ちたいんだ」

俺「俺はリーチは気にならなかったが、お前はあまり体が大きくないからな。
  まぁ、早めに通過してUを使ったほうがいい。あれは扱いやすいからな。
  俺はTのほうが好きだったが」

俺「正直に言う。俺は、かなり強引な手段に出た」

俺「ラウンジと不可侵条約を結んだ」

俺「……とりあえず攻めてみるか。敵は、四万五千を八卦の陣に使っているな」

俺「配置は今まで通り、西は東塔が、北は西塔が、という担当でいく。
  熾烈な戦いになるのは恐らくヒトヒラ城とミーナ城の間。
  そしてパニポニ城とギフト城の間だろう」

俺「今日から準備を急ピッチで進める。一日でも早く整える。
  終わったらすぐに進発。そしてラウンジ領へ攻撃だ。
  休んでいる暇はないぞ。みんな、死ぬ気で動いてくれ」

俺「ラウンジと戦おう。ラウンジを、討ち滅ぼそう。
  こんな非道を許してはならない。決して許してはならないんだ。
  俺はラウンジとの条約を破棄する。ラウンジの準備が整わないうちに攻め込む。
  先に手を出してきたのはあっちだ。何も文句は言わせない」

俺「まったくもって、脆すぎる」

俺「俺の仕掛けた策だった。そのために、入軍試験を見に行ったんだ。
  全ては、ラウンジのために。手駒のために」

俺「思った以上に鈍くなかった。もっと、戦だけを考えるバカになってくれると思ったんだが。
  まぁ、俺のミスだな。下手に知恵をつけさせすぎたか。
  俺だけを盲目的に信じるような男に仕立てあげるべきだった」

俺「えぇ、その通りですよ。ヴィップを裏切らせるつもりでした。
  入軍試験のときから目をつけていましてね。
  結果的には、諦めることとなったわけですが」

俺「誰もが、いつでも、死に果てる可能性を持っている。
  それが戦だろう? なぁ、ベルベット」

俺「手足をばたつかせて、もがけ。滑稽な舞を踊ってみせろ。」

俺「死力を尽くせ。あいつに、凶刃を突き立ててやれ」

俺「遺言を残す時間が欲しいやつは下がっていろ」

俺「再びこの場に参じることができ、嬉しく思います、国王」

俺「意図の分からない、規則的な行動についてだが、あれは無視する。
  数日間、様子を見てきたがやはり、何の意味もない行動だ」

俺「あいつは、俺の代わりにはなれんが、それに近いところまではやってくれると思う。
  心許なさは、無論あるが、他に手もない」

俺(二と三、か……)

俺「まぁ、一人では限界がある部分もあるだろう。周りの協力を仰ぐなとは言わん。
  要するに、お前が戦を主導するんだ。その上で城を奪えれば、今回の罪は帳消しにできる」

俺「憤りか? どっちでもいいがな……。
  クラウン=ジェスター様の命を受けてから、実に31年。
  あまりに長すぎた。クラウン国王には申し訳ない限りだ」

俺「違うな。そもそも俺がヴィップに忠誠を誓ったこどなどないのだから、寝返りではない。
  本来居るべき場所に帰るだけさ。少々、長くかかりすぎたがな」

俺「存外、物分かりが悪いな。状況を判断する力はあると思っていたんだがな。
  ラウンジ国で生まれ育った俺は、まずヴィップ国民となった。
  孤児院に入れられそうな青年が居るという情報を得てな、殺して成りすましたんだ。
  そうやってヴィップの一国民になった。戸籍をごまかさなければ国軍には入れないからな」

俺「『戸籍をごまかしてヴィップ軍に入り、ヴィップを内部から崩壊させる』……。
  これが俺の使命だった。それだけの話さ。
  ずっとラウンジの人間だったんだよ、俺は。長く離れすぎてしまったがな」

俺「それでもお前は、俺を信頼していると思った。間違いないだろう、とも。
  しかし、拭いきれなかった。ずっと、俺を助けてくれる存在になると思っていたんだが。
  まぁ、お前はヴィップの将としてはよくやってくれた。オオカミ戦で活躍してくれた。
  感謝しているよ。優秀な駒だったさ、お前は。
  アルファベットが成長しすぎたのだけが、少しいただけなかったがな」

俺「お前の怒りも尤もだ。ずっとラウンジのために動かされていたんだからな。
  しかし、もうどうでもいいだろう。愛する者も親友も失ったじゃないか。
  ここで果てても悔いなどあるまい」

俺「みんなよくやってくれた。実に、俺の思惑通りだった。
  オオカミを滅ぼし、大将がラウンジへ行き……天下は目前だ」

俺「吼えたいだけ吼えろ。どうせ最後だ」

俺「冷静さを欠いたか。まぁ、お前のそんなところは嫌いじゃなかった。
  お前はいい部下だったさ。だからこそ、ラウンジに連れて行きたかったんだが」

俺「まぁ、もう無理だろうな。分かっているさ。だから殺すしかない。
  そこで待っていろ。すぐに殺してやるさ」

俺「ッ! ここで壁を越えたか……」

俺「壁を越えたとは言え所詮J、それにも関わらず俺に挑んでくる。
  実にいい。お前を殺すのが惜しいくらいだ」

俺「分かっているさ。だから、惜しいんじゃないか。
  しかしせめて、お前の気持ちに応えよう。お前を武人らしく死なせてやろう。
  誰にも邪魔はさせんさ。一騎打ちだ」

俺「俺の全力を持って、お前と戦おう。この、アルファベットZで」

俺「待っていろ。すぐそっちへ行ってやる」

俺「待たせたな」

俺「さぁ、行くぞ」

俺「IからJになって良かったな。攻撃に鋭さがあるぞ」

俺「熱くなるなよ。冷静に挑んで来い」

俺「振りが大きすぎるな。隙を見せないようにしろと教えたはずだが」

俺「やれやれ。怒りで我を失ったか。それでは俺に勝てるはずもないというのに」

俺「……片腕で必死にアルファベットを振り回す様は……美しくもあり、無様でもあるな」

俺「俺に尽くしてくれたお前が苦しんでいる姿は、心が痛む」

俺「そろそろ、楽にしてやろう」

俺「別れのときだ、フィレンクト=ミッドガルド」

俺「ッ!!」

俺「惜しかったな」

俺「お前に右腕があれば、最後の一撃、俺を貫けていたかも知れん。
  実に惜しかった。が、よく戦った」

俺「率直な言葉くらい言わせろ。素直に賞賛しているのさ」

俺「あぁ、そうだな。追っ手は出したが、お前のせいでずいぶん遅れた」

俺「苦しいだろう。一思いに討ち取ってやるさ」

俺「……そうか……ミルナ=クォッチ……」

俺「よく見つけたな」

俺「目をつけていたわけか。オオカミが滅ぶ前から」

俺「相変わらず、頭がよく回るやつだ」

俺「被害を、できる限り軽減しにきた。そういうことか」

俺「やってくれたな……実に屈辱的だ」

「しかし、何故だ?」

俺「何故、それを俺に話した? 別に話す必要はなかっただろう。
  ミルナがモララーを助けることなど」

俺「……何をだ」

俺「よく、ここまで頑張ったな」

俺「だが、ヴィップの天下なんぞ訪れはしない。
  天下はもう掌の上にある。あとは、掴むだけだ」

俺「ヴィップの力を分かっているからこそ、だ」

俺「さらば」

俺「戦い始めてから、何合打ち合ったか」

俺「お前は覚えているか?」

俺「しかし、全てが勝利のための打ち合いだったことは間違いない」

俺「そうだ。力ない一撃だったとしても、全てが勝利の礎だ」

俺「お前がどれほどの努力を重ねてきたかは、よく知っている。ヴィップに居た頃も、ヴィップを去った後も」

俺「ヴィップという国で、できうる限りの鍛錬を積んできたと知っている」

俺「さぁ、いくぞ」

俺(……長かったな)
 
俺(しかし、勝敗を分けたのはやはり、気持ちだ)
 
俺(お前の、国に対する気持ちの軽さが、刃の軽さだったんだ)

俺「ハアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァッッ!!!」

俺「……負けた、のか」

俺「皮肉なものだな」


俺「お前の成長に、誰よりも手を貸してきたのは、俺だった」
 
俺「実に、皮肉な話だ。いや、後世の者が知れば、笑い話かもしれんな」

俺「読み違えもあった。力不足もあった。全て、自分の能力に帰結する話だ」
 
俺「存分に嘲笑されても致し方ない。それが、戦に負けるということだ」

俺「そのとおりだな」

俺「……長かったな」


俺「あまりにも、長すぎる戦いだった」

俺「少し、疲れたな」

俺「さすがに、俺の心情はよく理解しているようだな」

俺「最後は、ツンのアルファベットで散る、か」

俺「それでも、仲間の仇を討つ。武人然とした理由だ」

俺(……クラウン国王)
 
俺(申し訳ありません。自分は、勝利することができませんでした)
 
俺(ラウンジの天下を掴むことは、できませんでした)

俺(……ずっと、言っていただきたい言葉がありました)
 
俺("よくやった、息子よ"と……ただ、その一言を……)
 
俺(それを聞きたいがために、自分は、日々邁進してきました)

俺(……ご期待に沿えなかった自分には、相応しくない言葉だったのだと、今は思います)
 
俺(ですが……私にとっての父は、やはり貴方しかいません)
 
俺(……自分を拾って下さり、ありがとうございました、父上)

俺(……クー)

俺(お前の切願も……果たすことは、できなかったな)
 
俺(すまない……)

俺(お前にとっては、俺が全てだった)
 
俺(常に俺にとって最善となる行動を取ってくれたな)

俺(……先立つことになってしまった。申し訳なく思う)
 
俺(できれば……これからは、自分のために生きてくれ)

俺(お前が思うままに、生きてくれ。それが、最後の命令だ)
 
俺(……今まで力となってくれて、ありがとう)

俺(……ブーン)
 
俺(結局、お前に敗れることとなったが、お前を軍に引き入れたことは後悔していない)

俺(お前なしでは、俺もここまで来れなかったかもしれない、と。そう思うからこそだ)

俺(……口にしたくはない。決して、口にしたくはないが)

俺(全てを賭した一騎打ちの相手として、お前は、これ以上を望むべくもない男だった)
 
俺(……お前が最後の相手で良かったと、心から思う)

俺(ありがとう、ブーン=トロッソ)

 
俺「……さらば」

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