綾「私と、付き合って」 (76)

綾「す、好きなの……」

蚊の鳴くようなか細い声。
放課後の、私と陽子しかいないこのひっそりとした教室で、だけど雨の音に紛れてしまったんじゃないかと思うほどに。

ううん、そうだったらどんなに良いだろう。

一度口にした言葉は戻らない。
覚悟を決めたはずなのに、私はすでに後悔の念に囚われそうだった。

陽子「綾……?」

綾「陽子」

それでも、もう後になんて引けない。
私は陽子の顔を見ることもできずに、ただ、震える声で、言った。

綾「私と、付き合って」

陽子「綾、それってさ」

どれだけの時間が経ったかなんて分からない。
私の中ではとてつもなく長く、実際にはきっとほんのわずかな時間が流れた頃、
陽子の声がした。

いつもの陽子の声より、少しだけ上擦っているようだった。

陽子「それって、私を、その、そういう意味で、好きってこと?」

言葉を選ぶように、陽子は私に訊ねた。
そういう答えが返ってくるのは予想していたけれど、やっぱり少しだけ、辛い。

私は、「そう」と頷いた。
陽子は「そっか」と、それだけ言うと。

陽子「あのさ、綾」

綾「な、なに!」

陽子「もうちょっとあとで、決めていい?」



陽子が私にくれた返事は、ベタな「少し考えさせて」だった。

告白したあとの帰り道、陽子は至って普通だった。
いつも通り「お腹減ったー」なんて言ってどうでもいい軽口を叩いて笑ったり。
普通すぎて少し、怖かった。

陽子が私のことを友達以上に思っていないことは知っていた。
分かっていて、伝えたのだ。
だから、どんな結末になったって後悔だけはしたくなかった。
それでも、もしこれがきっかけで陽子が私から離れていったら。
考えるだけで怖くて。

家に着いてまっすぐダイブしたベッドの中で私は丸くなる。

綾「……どうしよう」

そんなこと、今さらどうしようもないのに。

翌朝早く、目が覚めた。
いつのまにか眠ってしまっていたらしく、カーテンの外はまだ日がのぼりきっていないようだ。

綾「……メール」

私はぼんやりした頭のまま、カバンの中に入れっぱなしになっていた携帯に気付いた。
開けると、一件のメール。
陽子からのものだと分かると、私の目は冬の朝冷たい水で顔を洗ったときのように一気に冴えた。

『明日、二人で学校行こう』

と、それだけのメールだった。
二人だけで?どういうこと?
このメールが送られてきたのは昨夜で、明日というのはつまり今日のこと。

私はわけが分からずに、ただ何度も何度もメールを見返した。
もちろん、内容が変わるはずはなかった。

ーーーーー
ーーーーー

陽子「あっ、綾おそーい」

いつもの朝の待ち合わせ場所に着くと、陽子はもうすでに来ていた。
それもそのはず。
何度もメールを見返しているうちになぜか時間が飛んでおり、もたもたしているうちに
家を出るのがいつもより遅くなってしまったのだ。

綾「ご、ごめんなさい」

陽子「珍しいなあ、綾が遅れて来るなんて」

綾「先に行こうとは思わなかったの?」

陽子「なんで?いつも綾は待っててくれるのに」

本当にわからない、というような顔で陽子は聞いてくる。
私は、「べ、べつにっ」と顔を逸らして先に立って歩き出した。

だって。
だって、昨日の今日なのよ。それなのに陽子はよくそんな平気な顔でいられるわね。
先に行こうとも考えないで、私が来ないかもという考えすらきっとなかったんだわ。

そりゃそうよね。
陽子は私を意識なんてしていないんだもの。

そう考えるとじわりと泣けてきた。

陽子「綾、待ってよー」

陽子が私に走り寄って来る。
私は慌てて目もとを拭う。だけどきっと陽子にはバレていた。
陽子は私の隣に並ぶと、「あのさ、綾」と昨日のように。

陽子「私、これでも昨日いろいろ考えたんだ」

横顔をそっと見てみると、いつもの陽子には似つかわしくない困った顔。
ああ、私はまた陽子を困らせてるんだわ。
歩くスピードは自然ととぼとぼとしたものに変わっていく。

綾「う、ん」

陽子「でさ、よく綾の好きそうな少女漫画であるようなの」

綾「なに?」

陽子「ほら、私はまだよくわからないから友達から始めましょうってやつ」

私の足は、そこで完全に止まった。
少し先を行って私を振り返った陽子は、照れたように笑っていた。

陽子「私たちの場合は最初から友達なんだし、まあとりあえず友達以上から始めるのはどうかなって」

綾「友達以上、って」

陽子「そ。付き合うとかコイビトっていうのはなんか照れるし」

私は陽子の言っていることが信じられなくて、バカみたいな顔をして
ただただ陽子を見つめていた。

陽子「綾?」

綾「あっ、あの……」

私の頭はもう爆発寸前で、だからただ「どうして」と
訊ねるので精一杯で。

陽子「どうしてって、だめ?」

綾「そうじゃなくって!」

だって私たちはただの友達なはずで女の子同士だしそんな。
そんな私を見透かすように、陽子は「私、綾のことは全部ちゃんと受け止めてやりたいからさ」

綾「なっ……」

陽子は、これだから。そんなこと平気で言えちゃうから、ずるい。

陽子に告白してしまったことは、やっぱりいつか後悔するかもしれない。
だけど、陽子を好きになったことはきっと私は一度だって後悔しない。
そう思わせてしまうのが、陽子なのだ。

陽子「おー、真っ赤」

綾「もうっ、からかわないで!」

陽子「ああ、そっか。これは綾が私に照れてるのか」

綾「なに観察してるのよっ!」

陽子「いやもっと綾のこと見たほうがいいのかなと」

綾「もう、そんなのいいからぁっ!」

恥ずかしくて、だけど陽子がちゃんと私のことを考えてくれているのが嬉しくて。

陽子「あ、やっといつもの綾だ」

綾「……へ?」

陽子「良かった」

そう言って笑顔を見せる陽子に、私の胸はきゅっと締め付けられる。
ばか、と呟いた声は、陽子に届いたのか届いていないのか、
「あっ、やばい遅刻!綾、ちょっと急ぐぞ」
陽子は先に駆け出して。それを追いかける私の心の内は、昨日よりずっとすっきりしていた。



なんとか遅刻寸前で学校に滑り込んだ私たちは、着くなり二人ともが椅子に座り込んで大きく息を吐いた。
そういえばしのたちは、と教室を見回すと、机にカバンはちゃんとあるから来てはいるようだ。

綾「陽子、今日しのたち待たせちゃってたんじゃ」

陽子「あれ?メール見てない?二人で行こうって」

綾「見たけど……」

陽子「だからしのやカレンたちには先に行っててって連絡してたんだよ」

後ろに座ってもう体力回復したらしい陽子が得意そうに言う。
それから少しいたずらに「二人で登校ってのもそれっぽいじゃん?」と。

綾「そ、それっぽいって……」

陽子「他にはどんなことあるかなあ」

陽子は心なしか少し楽しそうだ。
私はもういっぱいいっぱいだって言うのに。

綾「知らないわよ……」

陽子「綾は、どんなことがしたい?」

綾「へ!?」

突然話を振られて焦る。
もちろん、陽子に告白する前はいろいろ考えた。
たとえばどこそこに行きたいなとか、一緒にあれこれをして、って。
だけどそんなの、陽子には言えない。

綾「な、なんでもいいわ」

陽子「ほんとに?」

綾「……えぇ」

頷くついでに俯いた。
これ以上陽子とこういう話をするのは、なんだかいたたまれなかった。

陽子「そっか」

陽子もそんな私を知ってかしらずか、その話題を切り上げた。
ちょうどしのやアリスが教室に戻ってきて、チャイムが鳴った。

そこからはいつもの日常だった。
授業を受けて、隣のクラスのカレンも交えて(カレンには私と陽子がなにかあったんじゃないかって疑われた)お昼を食べたり。
その間は特別変わったことはなくてただ陽子は変わらず隣にいてくれた。
それが何より私を安堵させた。

だけど、陽子が答えを出したときーー
もしかしたら、傍にいられなくなるかも知れない。

どこかにそんな思いもあるから、きっとよけいに。

陽子「綾ー、帰るぞー」

綾「あ、待って」

帰り支度を調えて、私は慌てて席を立った。
しのたちも教室の外で待っている。

陽子と連れ立って教室を出て、昇降口でカレンと合流し、みんなで帰路につく。

綾「……」

もちろん、朝は先に行ってもらって帰りも二人なんて私の心臓が持たないし
みんなにも申し訳ないはずなのに、しのの世話を焼きアリスをからかいカレンと一緒になってはしゃぐ陽子を見ていたら、
もやもやとした気分になってくる。

今の私は、陽子の「友達以上」なはずなのに、って。

陽子にとっては、些細な違いなのかも知れないけれど。
私は。

カレンと別れ、しのたちとも別れ直後。
陽子は突然少し遅れて歩く私を振り返った。

陽子「綾」

綾「な、なに?」

陽子「今日これから時間ある?」

綾「えっ、あるけど……」

陽子「じゃあどっか寄ろうよ」

陽子はいつも唐突だ。
まるで名案とでも言うような曇りのない笑顔で、そう言うから。
私も「仕方ないわね」なんて、本当は嬉しいくせに、そっぽを向いて答えた。

しかし場所が場所だったために、どこかお店に寄るということはできなかった。
だったらと、陽子は近くの公園に入っていった。

夕方の時間帯だというに、あまり小さい子の姿は見当たらなくて、静かな場所。
そこの公園のベンチに陽子は腰掛けて、私を手招いた。
恐る恐る隣に座ると、陽子は「遠いなあ」と苦笑した。

陽子「もっと近くでもいいんだよ」

綾「だ、だって……」

陽子「でもそっか。これが今の綾と私の距離なのかな」

心臓がズキリと、痛みを覚えた。
これが今の私と陽子の。
いつもと変わらない日常のその延長。
その延長で、私と陽子は少し逸脱していた。誰より近くなったはずなのに、だけど実際には。

私は怖がりだ。
いつもよりほんのちょっとだけ遠い、陽子との間。
それを埋めることはできなくて。

陽子も、埋めてはくれなかった。

陽子「……」

綾「……」

妙な沈黙が降りてきた。
陽子はベンチの背にもたれかかって空を見上げ、私は俯き茶色い地面をじっと見つめた。

綾「陽子」

ついに耐えきれなくなって、陽子の名前を呼んだ。
「ん?」と陽子が私を見る。

綾「あ、っと、その……」

かあっと頭が熱くなってくる。
うぅ、なにも考えないで声をかけるなんて私は。
「なんでもないの」と私が小声で言うと、「なんだそれ」と陽子は笑った。

陽子「そういえば、聞きたかったんだけど」

それから陽子は私から顔を逸らして言った。

陽子「綾はいつから、なの?」

質問の意図が分からずに「いつからって?」と返すと、
陽子は「だからさ」と言い淀んだ。

陽子「いつから私のこと、好きだったのかなって」

綾「っ」

陽子「なんか気になって」

いつから?
私は真っ赤になったまま考える。
だけどきっかけなんてわからなくて、気が付いたら好きだと思っていた。

綾「そんなの……わからないわよ」

陽子「まあそうか」

綾「もう……」

陽子「なんか、考え出したら止まらなくてさ。私、好きだとか嫌いだとか今まであんまり意識したことなかったし」

陽子らしいわ。
私がそう言うと、「褒められてるのか非難されてるのか」と苦笑された。

陽子「私、綾のこと好きだよ。好きだと思う」

膝の上に乗せたカバンを私は思わず引き寄せた。
陽子は私を見ない。ひたすらにどこか遠くを見つめて話しているようだった。

陽子「でもそれが綾の好きと同じなのか、わからないんだ」

私にだって、そんなのわかるはずなかった。
陽子と一緒だといいのに、私はそう願うしかないのだ。

綾「……ゆっくりで、いいから」
だから私はそう言うしかなかった。陽子が真剣に私のことを考えてくれているのは伝わったから。そうして出した陽子の答えが私の気持ちと噛み合わないものだったとしたら。ゆっくりでいい、せめて猶予を。
陽子のためにも、何より私のためにも、言い聞かせるように。



それから何日かが過ぎて、週末になった。
友達以上の関係というのは曖昧で、学校にいる間なんて本当になにも変わりはしなかった。
陽子と二人だけで登校するのにも慣れて、帰りはたまに寄り道したりした。変わったことといえばそれくらい。

陽子はまだ私に返事はしなかったし、私も出来るだけ考えないようにした。

土曜日の晩、お風呂から上がると携帯のバイブ音。

陽子からの電話だ。
私は慌てて携帯を手にすると「はひぃっ」と、自分でも驚くようなすっとんきょうな声が出た。
電話の向こうで陽子が声を上げて笑っているのが聞こえる。

うぅ……。
だって仕方ないじゃない、普段メールは頻繁にしていても電話は慣れていないんだから。

私は、コホンと一つ咳払いすると「なにかしら、陽子」と訊ねた。
それで陽子はようやく笑うのを止めて、でもまだ少しおかしそうな声のままに『あー、綾明日暇かなって』

綾「明日?暇だけど……」

陽子『なら良かった。明日遊びに行こう』

え、と声が漏れた。
それって。

綾「デート……」

のお誘いみたいじゃない。

陽子「んー、まあそうなるかな」

綾「なんで私の心の中を!?」

陽子「え、いや声出してたし」

陽子はそれから勝手に時間や待ち合わせ場所を設定して、早々に電話は切れてしまった。
普段の私ならそれに何かしらネガティブな考えを押し付けてしまうけれど、今の私はそんなの気にならなかった。

なにより電話時間よりその内容のほうが大事なのだ。
陽子と二人で出掛けるのは、これまでだって何度もあった。
だけど今回は違う。
明日は、特別だった。
私の中では確実に、きっと陽子の中でも。

綾「……服、なに着ていこう」

もしかしたら陽子がなにか答えを出したのかも知れない。
そんな予感が頭の片隅にちらりと浮かんだけれど、私は確かに浮かれていた。



翌朝六時きっかりに目が覚めた。待ち合わせは駅前、時間は九時。
昨日寝たときは楽しみばかりが先行していたはずなのに、今朝はただ緊張でいっぱいだった。
陽子に告白したときに比べれば、とは思うけれど、それでもやっぱり緊張する。

普段よりかなり時間をかけて準備した。
全ての支度を調えたときには、すでに一時間以上は経過していて、それでもまだ余る時間に私は宿題でもしようと机の前に座って。
結局、集中できずに止めた。

少しくらい早くてもいいわよね。
家にいてもどうせ落ち着かないのだし、私は早めに家を出ることにした。

ここまでは、いつもどおり私が遊びに行くときの経過を順調に辿っていた。
あとは駅前で時間を潰し少し遅れてやってくる陽子を待つだけのはずだった。

綾「陽子?」

まだ少し時間があるからとふらりと立ち寄ったコンビニの雑誌コーナー。
そこで思い切り「わからん」という顔でパズル雑誌を眺めていたのは陽子だった。

陽子「うおっ、綾!?」

綾「なにしてるの、こんなところで」

陽子「なにって、綾を待とうと思って……もしかしてもうそんな時間なのか!?」

綾「八時過ぎたところだけど」

陽子「なんだ、八時かあ。って綾早っ」

綾「う、うるさいわね……」


とりあえず陽子と一緒にコンビニを出る。
陽子は「早いのは私も一緒かあ」と頭をかいた。

綾「いつから待ってたの?」

陽子「七時半。いつも綾待たせてるからたまには待とうかなって。でも綾は二時間前から待ってるときあるからもう来てるんじゃないかってヒヤヒヤしたよ」

アハハ、と陽子が笑う。

綾「別にいつもそんなに待ってるわけじゃ」

陽子「えー、いつもすごい怒るじゃん」

綾「あれは陽子が遅れてくるからで!」

陽子「はいはい」

綾「もうーっ」

陽子が軽く流すことに怒りたくなるのに、陽子が笑うだけでそんな怒りもどこかへ消えてしまうから不思議だ。そうしてやっぱり陽子はずるいと、そう思う。

綾「それで……どこ行くの?」

陽子「うーん、どこ行こっか」

綾「決めてなかったの!?」

陽子「いやー、考えるにしてもそんな代わり映えしないコースになるなあって」

もちろんそれはそのとおりだ。
だけど、今日は特別。少なくとも、私の中では。
いつもと同じでも、きっと陽子と一緒なら違って見える。

陽子「綾の好きなとこ回ろうよ。映画でもなんでもさ」

綾「でもそうしたら陽子は」

陽子「私は綾の好きなもの見たい」

綾「っ、じゃ、じゃあまずは映画に付き合って貰おうかしら!」

陽子「いいよー」

本当に、陽子は。
私は赤くなった顔を隠すように映画館のほうへ歩き出した。



期待外れの映画を見終えて映画館を出ると、もうお昼だった。

陽子「あー、面白かった!まさかシンデレラが最後魔女侍に斬られて終わるなんてなあ」

魔女侍ってなによ。
陽子もなんというか本気で楽しんだというふうではなくて、少し自分のチョイスに泣きたくなった。

綾「……」

陽子「うおっ、落ち込んでる!?」

綾「ごめんなさい……こんな映画とは知らなくて」

陽子「綾が謝ることじゃないって」

綾「そうだけど」

私がまだ冴えない顔をしていると、陽子が「おりゃ」と突然私の頭を犬みたいに撫でてきた。

綾「よ、陽子!?」

陽子「次またそんな顔するなら」

いつかの夏祭りのときみたいに陽子がニヤリとし、私は「わかったわよ!」と慌てて返した。

陽子「よしっ。じゃあ次はお昼だー!」

陽子に撫でられくしゃくしゃになった髪を「もう」と直して元気に歩き出した陽子のあとを追う。
すると、ふと陽子が私を振り返って、「そういえば」と私に手を差し出した。

綾「手?」

陽子「手」

私がわけがわからずきょとんとしてると、陽子は無言で私の手をとって、また歩き出した。

綾「よ、陽子」

私、陽子と手繋いでる……。
バクバクと心臓がうるさく鳴っている。
私は間違いなく今日一番の、というよりもしかすると今までの人生の中でも一番の赤面をしているに違いなかった。
「お腹空いたー」なんて呑気なことを言っている陽子の耳も赤くなっていて、私は少し安心してちょっぴり嬉しかった。



お昼を過ぎてからは時間が過ぎるのは早かった。
本屋さんに寄ったり服を見て回ったり、そうしているうちも陽子はずっと手を繋いでいてくれた。
ふとした瞬間に離れた手も、最初のうちは繋ぎ直すのにお互いにためらっていたのが夕方近くになると私から陽子の手を握れるようにまでなっていた。

何軒目かのお店をまわり終えたあと、雲行きがだんだん怪しくなってきていることに気付いた。

綾「夕立……かしら」

陽子「ん?ほんとだ。綾、傘持ってきてる?」

綾「降ると思わなかったし……」

陽子「だよねー」

とりあえず時間が時間だということで、私たちは帰り道を歩き出す。
しかしそうしているうちにも、だんだんと空は暗くなってきてぽつぽつと雨粒が。

陽子「わっ、降ってきた!」

綾「とりあえずどこかで雨宿りしましょう!」

陽子が私の手を引いて走り出す。私もそれに必死でついていきながら、そういえばこの間寄った公園に滑り台があったのを思い出す。駅前からは遠ざかっていたからどこかお店にも寄れなくて、私たちは迷う間もなく公園に走っていった。

陽子「あー、ここならなんとかしのげそうだな」

綾「ええ……」

陽子「って綾大丈夫か?普段運動しないから……」

綾「よ、陽子が、おかしいんだわ……」

ぜえぜえと息を吐きながら、私はその場に座り込んだ。
うぅ、なんてかっこ悪い……。

陽子「ほんとに大丈夫かー」

綾「……だ、大丈夫、よ……」

陽子も私の隣にしゃがみこむ。
そうしてなにを思ったのか、体を私のほうに寄せてきた。
一瞬息が止まるかと思った。

綾「よ、よよ陽子?なにして」

陽子「雨で体冷えたし、こうしたら温まるじゃん?」

雨のせいか、時間のせいか、辺りは仄かに暗くて陽子の表情はよくわからなくて、もちろん今の私に確かめられるはずもなかった。
繋いだ手は離してしまったけれど、陽子のじんわりとした温もりが触れている肩や腕から伝わってくるのがわかる。

綾「……」

陽子「……」

なにか言いたくて結局声にはならない。
陽子もまったく身動きしなくて、時間が止まったのかと錯覚しそうになるくらい。
雨は止みそうになくって、雨足は一層強まるばかりだった。

一際雨音が強くなったとき、突然すぐ隣から陽子の声がした。

陽子「綾、友達以上ってさ、他にどんなことをするの?」

綾「他にって」

陽子「二人で学校行ったり遊びに行ったり、手繋いだりして、そのあとはさ」

陽子が言わんとしていることはよくわかった。
そのあと。そのあとは。

綾「……だ、きしめたり、き、ききききききき」

陽子「キスしたり?」

私はコクコク頷いた。
まさか陽子、それもする気なんじゃ。
でもそんな私はまだ心の準備が。

陽子「綾は私としたいんだよね?」

綾「そ、そそそそんなの」

したいに、決まってるじゃない。
だけど、こんなこと言ったら嫌われちゃうんじゃないかって。
きっともう今さらだろうけれど。

同性の友達を、恋愛対象として見ているなんて。
陽子は優しいから、ここまで私に付き合ってくれているのだ。
でもだからって、最後の一歩までは踏み込ませたくなんてない。
いくら「友達以上」でも、「恋人」になれない限り越えてはいけないライン。

綾「……っ」

なぜだか勝手に涙がこぼれた。

今日一日、とても楽しかった。
楽しかったけど陽子の気持ちがわからなくて怖かった。
そうしていつ「やっぱりだめ」と、繋いだ手を振りほどかれるのかとビクビクしていた。

陽子「あ、綾っ?」

綾「ご、めんなさ……」

どうして私ってばこんなに面倒くさいの?
また陽子を困らせて。こんなに、好きなのに。

綾「陽子、あのね……」

こんなに好きだから。
これ以上陽子が私に振り回されないように。なにより私が傷付かなくていいように、言わなきゃ。

綾「やっぱり私、たち、『友達以上』、なんて、やめて、ただのとも、だちに」

陽子「戻れると思う?」

綾「え……」

言葉を失った。違う、奪われた。
頭が真っ白になる。

陽子「綾、なにか勘違いしてない?」

重なった感触はそのままに、陽子が顔を離して言った。

陽子「私は全部自分の意思だよ」

綾「でもっ」

陽子「ほんとネガティブだなあ綾は」

綾「だだ、だって!」

また、ぽろりと涙がこぼれた。
陽子は苦笑して、それからぎゅっと私の体を抱き寄せた。

綾「なんで……」

陽子「私今すっごくドキドキしてるでしょ」

綾「……してる」

陽子「綾だからなんだって、今日一日いっしょに過ごしてわかったんだ」

私だからいっしょにいたいと思うし私だから触れていたいと思うんだと、陽子は言った。

気が付くと、雨は止みそうだった。

陽子は立ち上がると、「綾に好きだって言われなかったらきっと気付かなかったな」と苦笑する。
そうして「ありがと」って。

綾「……なんで」

陽子「ちゃんと伝えてくれて」

ふるふる首を振った。
きゅうと胸が締め付けられて痛かった。痛くて、だけどとっても心地よくて。

陽子に手伝ってもらいながら、私も立ち上がると、言った。
今度こそはっきりと。

綾「陽子、私と付き合って」

陽子の返事はもちろん笑顔で――優しい感触。


終わり

昨夜から支援保守ありがとうございました
陽しのとかアリカレ増えればいいなと思います

それではまた

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