エレン(29)「結婚したい……」 (44)

「晩飯つくりまーす」

調査兵団本部、食堂奥の厨房。

調理人たちも出払っている昼過ぎの時間帯、花柄のエプロンを着てノリノリでステップを刻む男の姿があった。

名はエレン・イェーガー。仮にも調査兵団のナンバー2、兵士長の座に就く男である。

「焼いたパンの上に~~半熟の卵をハイドーーーーーーーーン!!!」

テンション高く振り上げたフラインパンから目玉焼きが躍り出る。

絶妙なタイミングで差し出したパンの上にそれが着地するのを見て、エレンは満足そうに頷いた。

ちなみにこの卵、兵舎裏でエレンが飼育を始めた鶏(ミカサ・♀)が産んだ卵である。6個銅貨3枚で売られているのは調査兵団内の秘密。

「ん~うま~い」

ご満悦の様子でパンにかぶりつくエレン。パン一枚を胃に収めての一言。

「一人で何してんだ俺」

皆さん訓練中である。エレンが出なくて良いのは、ある事情があるからなのだが。

「はあ……料理とか簡単なのしかできねえよ。引退した後どうすんだ俺」

気が重くなる発言ばかりだ。それもそのはずというか、エレンは今年で齢にして29。

アラサーである。

独身である。

彼女? んなもんいない。

「結婚したい……」

割と切実な願望が、がらんどうとした食堂の空気に溶けていった。

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今日のエレンの予定は、訓練をサボっての立食パーティだ。

貴族様というのはよく分からない生物で、時々こうして著名人というか有権者を集めては、豪勢なパーティを開くのである。

当初は行き渋っていたエレンも、飯がうまい、そして知り合いもいるということで今では文句のひとつもなく承諾するようになった。

もちろんドレスコードに従って、屋敷に着く前にはタキシードに着替えておく。調査兵団のジャケットを着込んで赴いたときには、団長から鎖骨の辺りをグーで殴られた。痛かった。

「おう、こんなところにいたのか、エレン」

団長が食堂に入ってくる。少しばかりの腹ごしらえも終え、エレンはヒラヒラと手を振った。

「準備はできてるよ。まだ時間はあるだろ?」

「そう言ってもいられない事態になった」

少し声色が低くなる。何事かとエレンは思わず背筋を正す。

「向こうのお嬢さんが、今日誕生日らしい」

「パスで」

「こないだ通り過ぎざまに書類運んでるフリして新兵(♀)の知りに手の甲を当ててたのチクるぞ」

「うわあなんで見てたんだよすみません探しますプレゼント探して買ってきますーーーっ!!」

-某貴族邸宅-

「クッソ……むだに時間かかっちまった」

タキシードには駐屯兵団の詰め所で着替えた。押しかけたときには何事かと騒がれたが、顔パスで何とかなるものである。

「おう遅いぞ行き遅れ」

「黙れ殴るぞチョキで」

同じく正装に身を包んだ団長がほがらかな笑顔で手を振ってきた。あとエレンの独身を暴露した。

「○○様に、イェーガー様ですね。主人がお待ちです」

「どうも」

中に入れば、目がチカチカするほどの煌びやかな照明。いやそれだけじゃない、この場でくるくる回っているドレスのほとんどが艶やかに光を放っていた。

眩しい。もちろん目がくらむという意味でも、自分たちのような血の香りを漂わせる兵士とは縁遠い場所という意味でも。

「遅かったなエレン」

「ナイルさん」

憲兵団長のナイルも、すでにグラスを持って佇んでいた。

「ここに呼ばれるのは3回目だ」

グラスを傾けてナイルが言う。普段権力の温床の頂点で胡坐をかいている男とは思えない、絵になる空気を見にまとっていた。

「プレゼント、何にしましたか?」

「俺は例年通りさ、3m級巨人がビビるんじゃないかっていうぐらいの熊のぬいぐるみ」

「あっぶねーカブるとこでしたよ。俺は積み木です。異様に高かったですけど」

ナイルと少しばかり雑談に興じていると、ふと彼が視線を逸らした。

「見てみろ、最近になってまた台頭し始めたレイス家だ」

幼い表情はどこへ消えたのか、見る男すべてを無意識のうちにひきつけてしまう蠱惑的な雰囲気。

「今の当主があの美人らしいが、ヤリ手らしいぞ。お前も気をつけとけ、ああいうタイプはやたら兵士と相性が悪い」

「ナイルさん、もしかしなくても酔ってますね?」

というなそのアドバイスはもう遅い。

久方ぶりのその顔に、互いに頬を緩めた。

エレン・イェーガーとクリスタ・レンズ。

立場や名が変わろうとも、元104期生として、二人はまだ戦っている。

「一杯いかがですか?」

テラスに出て星空を眺めていると、気取った様子で一人の淑女が声をかけてきた。

惰性で出ているエレンとしては断りたいところだが、相手がニヤニヤと笑っていて、どう考えてもこちらの反応を楽しんでる。

「……クリスタがついでくれるんなら、な」

結果、マジメに返すのが面倒くさくなった。

「もうエレンったら、外見はいかにもな好青年なのに、中身変わんないね」

「いいだろ……っていうかもう三十路だぞ三十路。あっお前もか」

クリスタは両手でバッテンを作った。

年齢の話はNGらしい。

「ああ、結婚してえ」

「……そのために来てるんじゃないの?」

「んー」

それもある。実際に、横目に見える団長とナイル、おまけにいつの間にか来ていたピクシスは、こちらを見てニヤニヤしていた。

いい加減に身持ちを固めろと説教され初めて5年近くたっている。

最初に自分にそのことを言ってきたのは誰だったかと思い出そうとして、やめた。アルコールが脳に回ってきている。

「お前はいいよな、引く手あまただ」

会場を見渡せば、こちらに恨めしそうな視線を向ける輩が何人もいた。

絶世の美女、エレンの隣に立つクリスタを、そう呼ぶ者も多い。

家に戻り、『本来の仕事』に取り掛かり始めてから、クリスタの雰囲気は洗練され始めた。

以前までの少女らしさは掻き消え、一方的な優しさでもなく、確かに性的なぬくもりを感じる。

(要するにエロくなっただけか)

エレンは嘆息してぐびっと一杯あおった。

「そんなことないよ、ここまで来たんだから、政略とかじゃなくて好きな人と結婚したいし」

「え、いるのかよそんなやつ」

「まあね」

「ふーん」

もう一杯あおる。

泣けよライナーと、口の中で言葉を転がした。

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-調査兵団本部 食堂-

「兵長が婚活パーティーに出てたって本当ですか?」

「本人に聞くな」

食堂に入ったとたん、古参の兵士からいきなり問われ、思わずエレンは面食らった。

まあ昨日のあれはそう言えなくもない、が、かなり事実を歪曲させた言い方だ。

「行き遅れと名高かった兵長についに春が……!」
「やりましたね!」
「アラサーじゃないよ! アラフォーだよ!」

周囲はすでに盛り上がっている。なんで成功したの前提に話してるんだ、顔なじみとおっさんとしか喋っていないとんだ腰抜け野郎っぷりを露呈していただけだというのに。

「誰だ言ってたの」

「団長です」

〆る。

バン! と扉を開けて団長室に殴りこんだ。

「ん、なんだ行き遅れか」

「悪かったなぁ逝き遅れで!」

この男は気に食わない。

年下でここまで出世したというのはもちろん本人の能力だし、その有能さは自分が一番分かってるつもりだ。

「落ち着きなよ。そろそろ、本当に決めるべきなんじゃないの?」

「…………」

せかしてやるなよ、と内心毒づく。悪いのは自分だが。

危なっかしい新兵たちからすら噂されているのだ、『兵長独身だってよ』と。別に沽券にかかわるほどではないが良い傾向だとは言えない。

「自分で決めるさ」

「いい加減幸せになるべきだ、君は」

バッサリと切り捨てられた。

そういうことかと、やっと目の前の男の考えを掴む。

余計なお世話だ、そう吐き捨てて退室した。

兵舎裏でミカサに餌をやる。可愛らしい鳴き声をあげて餌をついばむ姿は、非常に心洗われるものだ。

「あ、いたいた」

「ん?」

向こうから走ってくるのは分隊長か。

「兵長、なんか団長がまたパーティの予定組んだらしいですよ」

「マジかよ……いつだ」

「あさってだそうです」

壁外遠征より頻度高いじゃねえか……エレンはあきれた。

ミカサの鳴き声だけが癒しになる。

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パーティの前日。

なにやら町に行っていたエレンは、戻ってくるなり晩酌をしていた。しかも食堂で。

どう考えてもほめられたものではない。

「ちょ、ちょっと兵長、明日パーティなのに大丈夫なんですか?」

「問題ねえ……明日の朝と昼の訓練でどうにかする」

明日のパーティは、調査兵団、駐屯兵団、憲兵団からも出席者が多数いる。兵士たちの晩餐会といってもいい。それに貴族が混ざる。カオスである。

「俺も行くんですよ! メシうまいんですか!?」

ちなみに行く人間はくじ引きで決めた。ピクシスとナイルもそうするらしい。なんとも気の抜けた兵団だ。

とはいえ、羽を伸ばすこの上ない機会だ。エレンからすればむしろ気が重たくなるが、まだパーティに夢を見てる段階なら期待させておいてあげよう。

「ああ。うまいぞ」

夢はないがな。貴族同士の権力に根ざしたご機嫌取りを見て気分を害するだけだ。とは付け加えない。

他にも、富しか持っていないブスが着飾ってきて仮装大賞のようになっていたり。

他にも、そこそこの好青年が自分の見知った金髪の美女に言い寄っていたり。

「……チッ」

気分が悪くなる。

ジャケットの中の感触を確かめて、エレンは次のボトルに手をつけた。

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「で、そのザマか」

呆れたように団長が声をかけてきた。

気分が悪い上に馬に揺られなければならない。昨日はかろうじて部屋まで戻ったが、完全に潰れていた。

「そんなんだから君は行き遅れなんだよ」

「……こないだから逝き遅れって言いすぎだ、あんまバカにすんなよ。いざってときはお見合いっていう最終手段があるんだからな」

索敵陣形の訓練を終えて、団長が近寄ってくればこれだ。

せっついてくる男の真意はつい先日やっと分かったが、完全なおせっかいである。

ちなみにエレンの発言を聞いて回りの新兵は涙を浮かべていた。

「兵長……早く結婚してください」

「早くしないと私がもらっちゃいそうです」

団長は爆笑していた。

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パーティ会場は熱気に包まれていた。

その渦中にいるエレンは、テーブルの上にトランプを投げ捨てる。

「スリーカードです」

「ちっ、またお前か」

「少しは加減をしてもらわんとな」

なぜ自分は今、憲兵団団長と駐屯兵団団長とテーブルを囲っているのか。しかも賭けポーカーをしているのか。

酒も少し入っているし、これではすっかりおっさんじゃないか。

「がんばれエレン。僕の酒代がかかっているんだぞ」

後ろから囁く団長に対して思わず拳を握ってしまう。お前が押し付けてきたんだろうが、ふざけやがって。

(こんなことしに来たんじゃねえんだよ)

チラリと貴族席を見る。なんだか見覚えのある男女が会話をしていた。

女は顔見知りだ。クリスタ・レンズ。現在はヒストリア・レイスであるが。

男は、先日のパーティでもクリスタに声をかけていた奴だ。手元のカードを握りつぶす。

「ん、手が悪かったのか?」

ナイルがこちらの顔を覗き込んでくる。

「正直言って、俺に結婚相手探させる気ないでしょう?」

「オイオイ、アルコールが回りすぎてるんじゃないのか?」

「俺は、逝き遅れだからな」

雰囲気の違いに、そろそろ周囲が気づきだした。

今のエレンは、顔に影が差していて表情が読めない。ナイルもピクシスも、少しばかり表情を変えた。

「俺の仲間を殺したのはあんたたちだ。あんたたちの無能さが、俺の親友を、家族を、仲間を殺した」

背後で団長が息をのむ。

「ミカサが死んで、アルミンが死んで、みんな死んだ」

「リヴァイ兵長も死んで、エルヴィン団長も死んだ」

「俺を残して死んでいった」

――空気が凍っている。エレンは舌打ちをした。こんな雰囲気にするために口火を切ったんじゃない。

「だからもう俺は死なせたくないんだ」

「……それで、結婚したくないのかい?」

失うことへの恐怖。それがいまだに彼を苛んでいる。団長は思わず歯噛みした。自分の行動は、完全な逆効果だったんじゃないか。

「は? バカかテメェは」

「えっ」

手に持っていたトランプをテーブルにたたきつける。

「結婚してえよ。でも、今まで俺から仲間を奪ってきたお前らに口出しされたくなかっただけだ」

席を立つだけで、周りを囲んでいた兵士たちの壁が一気に割れた。

(巨人を殺して、駆逐してから、何をするのかとかまったく考えてなかった)

暑い。棒タイをそのあたりに放り捨てる。

しつこく言い寄っている男、こちらを見て表情を曇らせる女。

(何も考えてなくて、気づいたら『ここ』に立っていた)

(けれど、隣には誰もいなくなっていた)

貴族たちもこちらを見て少しざわつき始めた。

「あ、イ、イェーガーさん」

「はい?」

クリスタと、彼女の細い手に自分のを重ねていた男がこちらを向いた。

「……何か御用、でしょうか。見ての通りなのですが」

「ヒストリア、来い」

男の手を払いのける。

「な、なんだ君! 何様だ!」

「……はあ?」

思い切り睨み返す。こいつらのように、内地でぶくぶくと肥え太っている連中には、手を上げる必要すらない。

「ひっ……い、いえ」

「ならいいです」

そのまま、クリスタの手を握って歩き出した。

「ちょ、ちょっと」

「いいから」

月明かりだけが庭を照らしていた。

設置されていたベンチに座り、二人して黙る。

どうしたのだろうか、とクリスタは隣のエレンの顔をちらちらと窺い。

エレンは無心で月を見上げている。

「外に、出てみたくないのか?」

ふと言葉が零れ落ちた。

「当然、いつかは行くよ。今は、まだだめだけど」

「……そっか」

また沈黙。

「……」

「……」

「……」

「……」

気づいたらエレンが自分の横顔を眺めていた。

心臓が急に活動を激しくし始めた。

え、なんで見てきてるの。なんで。

「結婚したい……」

「は、はあ?」

いきなり結婚願望を吐き出されても困る。

クリスタは思わず「誰と!?」と見当違いな声を上げてエレンを見た。

エレンの金色の瞳に、戸惑う自分の姿が映る。


「お前と、結婚したい」

「…………」

「…………はい!?」

素っ頓狂な声が上がった。座ったままの姿勢で数十センチ飛び上がる。

すげえな、そのドレスでそんな動きができるのか、とエレンはうなった。

「や、えっとえっと、はい? いや、えええええ!?」

「だから、お前と結婚したい」

ジャケットからリングケースを取り出す。

「で、でもでも、今日あんまり好きなドレスじゃないし! どうせ今回も何もないと思っていつもどおりにしちゃったし! 化粧だって本当はもっとナチュラルなほうが好きなんだよ!? 普段からこんな風にしてるわけじゃないよ!?」

「知らねえよ」

そうこうしているうちに、エレンの腕が腰に回された。

「返事は?」

「ひゃ、ひゃいっ!」

「……返事は?」

鼻先がこするような、吐息のかかるほどの、距離。






「…………は、い――んぐっ」

「んっ……ヒストリア……」

「エレ、ン……」




「っていうのが、俺とヒストリアの慣れ初め? かな」

「慣れ初めじゃないって? まあ仕方ないだろ……」

「ミカサか? ああ元気にしてるよ。ジャンっていうオスと子供ができたんだ。アルミンとマルコって名づけた」

「まああれだ、結局は逝き遅れ同士でくっついたって感じだな、うんうん」

「……それでも、まあ、俺は後悔してないよ」

「ほら、じゃあお休み」

「明日は早いってヒストリアも言ってただろ」

「じゃあ、お休み……カルラ」




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