男 「思い出、売ってきた」(70)



たとえばの話さ。

「またな」とか、「じゃあな」とかってさ、誰もが言ったり言われたりしたことあるだろう?
僕の場合は全くないんだよ。ていうか、言ったことすらないかもしれないな。
言わない、というわけじゃないんだ。たださ。
言おうとも思わないし、言おうと思う相手すらいないんだよ。

いつからだろうな?こんな風に考えるようになったのは。
・・・もしかしたら、初めからそうだったのかもしれないな。





だから思ったんだ。
こんな僕の思い出なんて、売ってしまおうって。

ほう

誰が買うんだろうか


思えば僕の人生、いいもんじゃなかったな。
いまさらだけどさ。

ついさっきまでは、「平凡」なんて思っていたけれど
きちんと整理してみるとそうでもない。というよりは、ただひたすらに悪い。


簡単にいうと、一人。それに尽きる。
どこにいても、何をしていても。
別にいじめられていたわけでもないし、そこまで苦痛だったかというとそうでもないんだよ。

ただ一人だった、それだけ。

それだけなら、平凡で終わった僕の人生だけど。
一つだけ「僕の人生は悪い」と断言できる理由があったんだよ。

何歳なんだよ


それは中2?の時だったけ。

普通に事故にあった。なんかすごい事故だったらしくてさ。
あっちは車で、こっちは自転車だったんだけれど、車もめちゃくちゃみたいで。
不思議なことに、僕は生きてたんだ。まぁ、無事にって訳にはいかなかったが。

記憶喪失。

それが、奇跡的に生き残った僕にかせられた代償だったみたいだ。

>>5
売ったとこまでを「人生」って言ったんだ。わかりにくくてごめん。


なんか、ぽっかり忘れてしまったんだ。
事故から、三ヶ月くらいの記憶。

はっきりいってたいしたことないかもしれないんだけど、
なんだか僕にとっては忘れてはいけないものもあった気がするんだ。

教えてもらえばいいんだけど、…何故だか誰も頑なに教えてくれない。

「いきなり思い出すと、君にも良くない」とか言っちゃってさ。


それもあいまって僕はさらに人と関わることをしなくなった。
あと…トラウマにもなった。
また人と関わって忘れてしまうんじゃないかって、いつも不安でさ。

いらない心配だって事は分かってるんだけど、どうしても消えることがなかった。


その事故が過ぎてから、学校へ行っても話さない、誰ともかかわらない生活を送っていたからか、僕は声を出すことができなくなっていたんだ。
それを知っても、別に驚きはしなかったよ。
「あぁ、そうなんだ。」
たったこれだけの感想。

でも内心どこかで動揺してたんだな。
だんだん引きこもりがちな生活になっていったんだよ。


その事故が過ぎてから、学校へ行っても話さない、誰ともかかわらない生活を送っていたからか、僕は声を出すことができなくなっていたんだ。
それを知っても、別に驚きはしなかったよ。
「あぁ、そうなんだ。」
たったこれだけの感想。

でも内心どこかで動揺してたんだな。
だんだん引きこもりがちな生活になっていったんだよ。


朝起きて、母が毎日の習慣のように具合を聞いてくる。
「・・・今日は体調どう?」

僕は言葉では伝えられないから、・・・首を横に振るんだ。
目も合わせられずに。

「・・・そう。ゆっくり休みなさいね」

ドアを閉めて、母が部屋を出ていく。


こんな毎日の繰り返しも、悲しいことに慣れてしまっていた。

母がいなくなるといつも喉まで出てくる行き場のない「言葉」をかみしめていたら
僕から別のどこかに行っちゃったみたいなんだ。

言葉にも愛想をつかれるなんてさ。


ネットと顔合わせの日々を送っていたら、いつも訪れる掲示板にこんな内容のことが書いてあった。

「思い出って売れるんだってよ」


普通の人ならおかしいと思うだろう話を、今の僕は判別する能力すら欠けてしまっていて、興味を持ってしまった。

すぐに調べた。
しかしやっぱりなかなか見つからない。
冗談だったのか・・・と思い辞めようか考えていたところで、一つのサイトにたどりついた。


そこには確かに、こう書かれていたんだ。


「思い出を売る際はご相談ください」

・・・ってさ。


ネットと顔合わせの日々を送っていたら、いつも訪れる掲示板にこんな内容のことが書いてあった。

「思い出って売れるんだってよ」


普通の人ならおかしいと思うだろう話を、今の僕は判別する能力すら欠けてしまっていて、興味を持ってしまった。

すぐに調べた。
しかしやっぱりなかなか見つからない。
冗談だったのか・・・と思い辞めようか考えていたところで、一つのサイトにたどりついた。


そこには確かに、こう書かれていたんだ。


「思い出を売る際はご相談ください」

・・・ってさ。


サイトを見ていくと、自分の住んでいる県にあるようだった。
聞いた事の無いような場所だったけれど多分大丈夫だろう、なんて軽い気持ちで。

今日はもう夜中だったから、明日朝早くに出て行こう。

つまらない毎日が少しだけ、色づき始めた気がした。

見てます


起きた時は、空はまだ真っ暗。
少し早過ぎたかな、なんて考えながら窓から身を乗り出すと
僕が今まで見ることがなかったような景色があった。
きっとこれからも見ることなんてなかったんだろうな。

…そういえば、これも「思い出」の一つに入るのだろうか。
いいんだ。僕は忘れたいんだから。

全部忘れてしまったら、どうしようか。
売ったお金で好きなことをしたら死んでしまおうか。
もうこの世に未練も何もないしな。



母はまだ眠っているようだった。
喉まで出かけた言葉は、また出て来てはくれなかった。


外に出て、周りを見渡す。
朝早くだからか、人一人いない。
寒いからコートを羽織って来たけれどそれでもまだ寒い。

ちらちらと目の前を白いものが落ちていった。
…あぁ、これが雪なのかな。
よっぽど今日は寒いんだろう。

ぼうっと霞むような景色に包まれながら駅まで歩く。


駅はちらほらと人がいた。
知らない人しかいないから、どこか安心していたんだ。

なんとか地図を見て切符を買った。
いつになったらここも自動改札を導入するんだろう…なんてどうでもいいことを考えながら。

僕が住んでいる県でもここは特に田舎だから、そのせいかな。
都会の方とは大違いだよ。

きっとここも忘れられて行くんだろう。
僕と同じように。


電車に乗って街を出る。
ドアから見える景色は、どんどん流れて行ってしまうからよくわからなかった。
でも確かに僕は「懐かしい」って思ったんだ。
自分でも何故だかしらないけど。


長い長い、時間がたった気がした。
実際はそんなに長くなかったみたいだったけれど。

このssの雰囲気好きだから酉検索して過去作読んだけどもうちょっと推敲したほうが絶対にいい
所々文が変で読みにくかった
それとこういうssにwはあんま使わない方がいいんじゃないかなってガチレス

>>21
色々とアドバイスありがとうございます。
書き溜めてから投下とかじゃなくて書きたい時にぱっとやってたので…
推敲したいと思います。
過去作…わざわざすいません。


駅から出ると、僕の思った以上にこの街は田舎だった。
名前も聞いたこと無いくらいだから目立たない所なんだろう。
僕が住んでいる街よりも人口が少ないのか、駅から見る限り人も家も見つからない。


雪はやむどころか、さらに強くなった。
その店がある場所まではサイトで見たから行けそうだけど、雪のせいで上手く前に進めない。

何で僕はこんなことしてるんだろうな。こんなことなら家にいた方がよかったのに。

いつもそうだ。
考えなしに飛び出して来て、それから後悔する。
それの繰り返しばかりで、結局やめてしまう。

でも今回だけはそれは出来ない。
どうしても行かなきゃならないんだ。


吹雪になってしまった。

僕は傘を持つことが嫌いだったし、今日の朝でやむだろうと思っていたから傘を持って来ていなかった。

流石に少しキツくなってきたから休む場所を探していると、そんな時に丁度屋根のあるバス停を見つけた。

中はベンチみたいになってて広くはなかったけれど僕が休むには十分だ。
ポスターみたいな張り紙が沢山貼ってあったようだけど、皆色あせたり敗れていたりして見ることは出来なかった。

座って外の景色を見る。
ただただ真っ白で、寒いことしか頭に入って来ない。


しばらくして漸く雪が小降りになったから、僕は歩きを再開することにした。
しかし一度座ると、立つのも億劫になってしまって、少しの間ぼーっと

遠くの方の景色を眺めていた。


また吹雪になってしまったら元も子もないから、なんとか歩き出した。

そういえば母さんはどうしているんだろう。
朝いきなりいなくなった僕を心配しているのだろうか。

きっとそんなことは無いだろう。
あってほしく無い。

僕なんかのために、辛い思いはさせたくなかった。
でも結果、僕は迷惑をかけている。

せめて、言葉が出てくれたら
伝えることが出来るのに。



そのままずっと歩いた場所に、
その店はあった。

まだ僕は確信が持てずにいた。

あまりにも、ぼろぼろなビルだったからだ。


これ以外にも意外とたくさんのビルはあったけれど
ビルの名前を調べておいたおかげで迷わずに来ることができた。

しかし人のいる気配が全くない。
なんだか不安になってきた。

どのビルもかなり古く、手入れされていないようだった。
さびているような、古ぼけているような。

なんだか、人がいなくなったあとの地球にタイムスリップしてきたみたいだ。
この国にもまだこんな場所が残されていたのか。


場所が本当に合っているか分からずに周辺をうろうろしていると、
後ろから声をかけられた。


「あの・・・どうされたんですか」

僕はびっくりしすぎて後ろを振り向けなかった。
知らない人と「関わる」事が久しぶりだったからだ。

それも、女の人の声。驚くのも無理ないだろう。

するとそんな僕を見かねたのか、その人は僕の正面に来た。

支援


「・・・?」

黙ったままの僕を見て彼女は不思議な顔をしていた。
どうしよう。何か言わなくちゃ・・・

でも言葉が出てきてくれない。
喉に引っかかってまた落ちて行ってしまう。

仕方がないのでたまたま持っていたメモ帳を代わりに
会話することにした。



『僕は声が出せません』

急いで書いてみせると、彼女は少し驚いた顔をしてからゆっくりうなずいた。

『あなたはどうしてここへ?』

少し表情が曇って俯いてしまったので、駄目だったかな、と思い一人で焦っていると
彼女は顔を上げ、こっちを向いてこう言った。



「私、思い出を売りに来たんです」



「変なこと言ってますよね」

苦笑いをして笑う彼女の表情の裏側には、何か隠しているような
印象を受けた。

「分かっているんですけど、どうしても来たくて」

僕が黙ったままだったからか、いきなり謝りだした。



「すいません!いきなり会ってこんな話してしまって」

あたふたしている彼女を見てはっと僕は気付いた。
どうやら驚きで意識が飛びかけていたらしい。


初めて同じ目的の人を見つけたという理由で。



『僕も同じです』

『思い出を、売りに来たんです』


それから僕たちは少しの間
話をした。


二人ともサイトを見てここに来たこと。
ビルが見つからなくて探していたら、たまたま僕を見つけたこと。
うろうろしていたから何か困ってるのかと思って話しかけたらしい。

「それで…ここのビルでいいんですよね?」
彼女はビルを見上げながらそう言った。
『それで間違いないと思います』
正直よくわからなかったけど、もう一人仲間がいて少し安心している所があったみたいだ。

「…じゃあ、入りますか?」

僕たちは今にも崩れそうな階段を
登ることにした。



ちなみに、どうしてここに来たのかはお互いに聞いていない。
何か理由はあるから来たのだろうけど、それを聞く必要はないと思ったんだ。


階段をのぼるごとに
ぎぃ、ときしむような音が聞こえる。
外をみると沢山のビルが見える。
でも全部使われていないのか、皆同じような風貌だった。
人も居ないし。

きっと僕たちがここにいなければ、この場所の時間はこのまま止まっているだろう。
階段ののぼる音で時間を感じるなんて、ここだけだろうな。

よく目をこらすと、ビル群の向こうにとてつもない原っぱが見える。
こんな広大な土地、国はどうしてほおっておいているのだろう?


不思議なところだな。ここは。



不意に前を歩く彼女を見た。

彼女はここまで来るのは不安じゃなかったのだろうか。
女の子一人でこんな所に来ることを、家族は止めなかったのか?

…いや、僕が勝手に考える事じゃないな。
人の事を言える立場でもないし。


僕だったらたとえ母さんに言って止められたとしても、来ていただろうから。


彼女が足を止める。

「あの、…着いたみたいです」

指差す所には、確かに

「思い出、買います」

と色あせた文字で書かれた紙が
扉に貼ってあった。

「…入りますか?」

僕が小さく頷くと、彼女は扉をゆっくりと開けた。

きしむような音がする。
どこか緊張している僕。

彼女の表情は、見えなかった。


「…あら、いらっしゃーい。」

中に入ると、思っていたよりもきれいだった。
白で統一されていて、机と椅子があるだけ。

殺風景なこの部屋で本当に営業をしているのだろうか…?


黙って突っ立ってる僕らを迎えたのは一人の20代くらいの女の人。

「まぁ、座って。」

椅子に座ると、机を挟んで向かい側に女の人は座った。

「それで…二人は何をしに来たの?」


ここに来た理由は、二人ともひとつだけだ。


「…思い出を、売りに来ました」

彼女がそう言った。
僕は黙ったままだった。


「…そう。そうよね。
わざわざここまで来るんだもの。」

女の人は一呼吸置いて、窓から外を見ていた。

「普通に来ようとしても、来れないのよ。この場所。」


…今、何て言ったんだ?


「あ、いきなり変なこといってごめんね?」

呆気にとられている僕たちをみて
女の人は笑いながらつけたした。


「まぁ、いいのよ。ここのことは。」

笑いながら、僕たちが「聞く」ことをやんわりと阻止した。

「それよりも聞きたいことは沢山あるでしょう?
私にも聞きたいことがあるのよ。」

そう言って女の人は自分の机だろう、小さい机からノートとペンを持って来て座った。


「じゃあ…聞かせてくれる?
あなた達の『お話』を。」

何だか楽しそうだった。
思い出って、こんな楽しいものだったっけ。

すごく面白いです!
よければ過去作教えてもらえませんか?

>>41
ありがとうございます。
男「これが終わったら、花火を見に行こうか」
です。初めてで駄作ですが…
読みにくい所あると思います。

>>42
ありがとうございます!
早速読んできます♪


「あ、ちょっと待ってくれる?」

ペンを持つ手が止まる。

「聞いてなかったんだけど、そういえば、二人はどんな関係なの?」

……。
僕は相変わらず、筆談だって出来るのに黙っていた。…駄目だな…僕。
すると彼女が口を開いた。

「さっき、偶然ビルの入口で会ったんです」

「……えっ!?」

女の人はびっくりしてペンを机から落とした。…そこまで驚くことだろうか?

「…もともと友達だったとか、って訳じゃない?」

女の人はやっと落ち着きを取り戻したみたいだった。

「はい。…それが何か…?」

彼女が不思議に思うのも無理ないだろう。動揺してる…そんな風に見えた。

「………いえ、いいわ。いずれ分かることだし。」

…さっきから、僕は話についていけないんだが…うーん…。
考えてもよくわからない。
やめとこ。


「…ってことは、お話も別々に聞かなきゃなぁ。」

僕たちを交互にみて指をさしたのは、

「じゃあ、君は外で散歩でもして待っててくれる?」

…僕だった。

「あ、あんまり遠くまで行かないでねー。
一時間くらいしたら帰って来て。」

扉を開ける。
彼女の方を振り返ると、微笑んでくれた。でもやっぱりどこか、笑ってないんだ。
彼女は何を隠しているのだろう。
思い出と関係あるのだろうか。

そんなことを考えながら、階段を下って行った。


僕は最初に気になっていた、原っぱの方に行くことにした。

ビル群の横道を通ろうとすると、なんだか言葉にならないような「懐かしい」気持ちになった。
小さいころは、こうして遊んでいたのだろうか?
…覚えていない。

ビルにはやっぱり人影すらなく、ただただ崩れていくのを待っているように見えた。

都会に見えて、一番ここは古い場所なのかもしれない。

いろんな階段を上り、下ったりしたあげくたどり着いた原っぱは
思っていたよりもずっと広かった。

向こうの空は、丁度夕暮れ時特有の暖かい空の色になっていた。

原っぱの終わりが見えない。

息が詰まるような景色に
僕は一人取り残されていた。


たぶん、僕は泣いていた。

でもそれは「たぶん」であって本当かどうかは分からない。

頬を流れているものも、確認していないから。


なんだか、自分だけ別の世界に飛ばされているような変な感覚だった。
なぜかそれが心地よかった。

このままずっと、時間が止まればいいのに。

・・・でも、無情にも時間は過ぎて。
約束の時間は、もう近づいてきていて。



『・・・あれ』

『・・・何しに僕はここに来たんだっけ』

思い出を売るためだ。そんなこと分かっている。

『・・・でも、この気持ちは』

何も考える必要なんてない。何をわざわざ考えてるんだ?

『・・・そうだ、早く行かなくちゃ』

少しずつ暗くなり始めている空を横目に、僕は走り出した。


もと来た道を走りながら、彼女のことを考えていた。
もう思い出は売ってしまったのだろうか。
忘れることに抵抗はなかったのだろうか。

どれも僕には関係のないことばかり。
なのに頭に思い浮かぶのはそれしかない。

どこか彼女に自分と重ねて同情でもしていたのか。

・・・いや、そんなことは失礼にきまっている。
僕なんかと同じなんて彼女も嫌がるだろう。


いつのまにか、あのビルの元に帰ってきていた。


階段を上り終え、ドアノブに手をかけたところだった。

「あ、帰ってきたのー?」

同時に女の人が出てきた。彼女と一緒に。

「あのね、説明は省くけど君の話が終わるまでこの子にも残ってもらうことにしたのよ。」

彼女のほうを見ると、僕を見て小さくうなずいた。


わけもわからずに急いでメモ帳を取り出した。

『どうしてですか?』

女の人は考えるような顔をした。

「あとで話すわ。とりあえず中に入って。
・・・あ、じゃあ君、後でね。」

彼女はこっちを向いてお辞儀をして降りて行った。

今から何を話すのだろう。
彼女はどうして・・・?


「…じゃあ、聞かせてくれる?
君のこと。」

椅子に座りながら女の人は笑った。


僕はゆっくり話しだした。
話す、って言っても筆談だったんだけれど。

今までのこと。親のこと。事故のこと。友達のこと。一人だったこと。

たくさんありすぎて、すぐに一時間は
たってしまいそうだ。

女の人は黙って、たまに相槌をうちながら話を促した。

そうして話しているうちに、女の人が口を開いた。

「大体はわかったわ。それで、…事故で記憶を失った部分の思い出は覚えていないと?」

『はい』

「…うん。わかった。
…じゃあ、あの子を連れて来てくれる?
その間に二人とも見積もっておくわ。」

『わかりました』

彼女は、ビルの前にあるベンチに腰掛けていた。


「…あ」

彼女は僕が来たことに気づいた様で、顔を上げた。

「もう終わったんですか?」

僕が頷くと、彼女は少し微笑んだ。

『一緒に来てください』

書いて見せると、彼女も頷いて
ベンチから立ち上がった。

また階段をのぼる。

もう外は暗くなっていた。


「……あっ、来たね?
じゃあ、座って。」

促されるがままに僕たちは椅子に腰掛けた。
…そういえばこの部屋、窓がないんだな。不便じゃないのだろうか。

彼女の方を見ると、下を向いてうつむいていた。
いつもそうだな、なんて考えていたら、女の人が何か書類の様なものを抱えて正面に座った。

「…じゃあ、結果を言うけれど。」

なんだか緊張する。
今までに感じたことがないような緊張の仕方だった。



「…あのさ、なんだか言いたくないんだけど、
……二人とも、その、ついた値がさ…」

そういいながら渡された書類に記されている値段を見ると、


……。
…500円。

「…………。」

二人とも絶句したまま、書類に目を通していくと、
よくわからない字がたくさんあって読みにくいのですぐに読むのを辞めてしまった。


「…どうして…こんな値段が…」

彼女が漸く出した言葉は、僕と同じものだった。
彼女も、僕と同じような値段だったのだろうか。

女の人は、哀れむような、どこか悲しむような顔をしていた。

でも僕にはわかった。

この人は、僕たちに会った時から
こうなることを
もう知ってたことを。


「あのさ、…君達、今までどんな生活して来たか、分かるよね。

それがそのまま、値がついたってだけ。
余りにも、安すぎるけれど…」

そこでいったん話を切った。

「……実際、この値段がつく思い出は初めてみた。」


……ああ、やっぱり。


なんて、言えないよ。


僕たちは、そんなに価値のない思い出ばかりしかなかったのか。
自分でもわかっていた。
けれどここまでとは思っていなかったな。

でもさ、今更もう、遅いんだよ。

だって、思い出なんて
その時だけのものじゃん。

そうじゃない、って思う人もいるかもしれないけど
僕からしたらそうにしか思えない。

だって、覚えてるような思い出、

数えるくらいしかないんだ。

見とるよ


「そこで二人に、値段を上げられるような提案があるんだけど。」

女の人はなんだか楽しんでいるようにも見える。

「…聞きたい?」

僕たちは言われるがままに頷いた。
もうそうするしかないようにも思えた。

「じゃあ、説明をざっとするけど…」


「簡単に言うと、君達二人には今から思い出を作ってもらいます」


「思い出を…今から作る?」


言葉が口からこぼれた。
それは僕ではない、彼女。
こぼれる言葉すら僕にはないから、しょうがないか。


「そう。思い出を作るの。
二人で、だけどね。」

女の人は、二人、と言った。

何故二人なんだ…?


あ、そういえば思い出って、誰かと作れるものなんだ。

僕はずっと、知らなかったよ。


「…めんどくさいから、軽く説明すんね。」

…なんだか大雑把だな。

「君達には三日間の間に、思い出作りをしてきてもらいます。
…あ、因みに、一時的に二人は
個人の存在が消してあるから、
家族のこととか、考えなくていいからね。」

…なんだかいきなり過ぎてよく理解出来てないんだけど…

僕らは三日間だけ、思い出作りの旅に出られるみたいだ。


「それで、いい思い出が出来たらそれを売ってくれればいいよ。」


彼女の方を向いた。
彼女はまた、ぎこちないけれど笑ってくれた。

「なんだか、よくわからないことになりそうですね」

「でも私…
意外と、わくわくしてます」


そう言った彼女から
少しだけれど
本当の笑った顔が、確かに見えたんだ。


「三日間たったら、またここにきてね。
もしも来なかったら、もう二度とここに来れなくなっちゃう上に、
…ここのことも、全部なかったことにしないといけないから。
…まぁ、二人だから大丈夫だとは思うけどねぇ。」

「…じゃあ、いってらっしゃい。

楽しい、三日間を。」


まるでおとぎ話みたいだな。

三日間だけの、僕たちの夢のお話…か。

それも、悪くないな。


それから僕らは、ここを後にした。
最後まで女の人は笑顔で手をふって送ってくれた。
少し、さみしげな顔が見えた。

駅への道を戻る。
言葉を交わさないまま、黙々と歩く僕たち。
三日間、なにをすればいいのだろうか。
「いい」思い出なんて、作れるだろうか。

そんなことばかりが頭をよぎる。

でも確かに僕は。
彼女には、心から笑っていてほしいんだ。

ふいに彼女が口を開く。

「…あのさ、まだ名前、お互いに聞いてなかったよね?
とりあえず、まだ名前じゃなくて仮の名前、でもいい…?」

そう言った彼女の言葉は何故だか震えていた。
彼女の横顔から見える表情は、儚いような、消えてしまいそうな印象を受けた。
僕はまだ彼女のことを何も知らない。
だけど思ったんだ。
君を苦しみから解放させてあげたい、って。
お節介かもしれない。
鬱陶しいと、言われるかもしれない。
そんな言葉からずっと逃げてきた。
傷付きたくなかったから。
でも違かったんだ。
逃げる方が、何倍も苦しいんだよ。
「それでいいんだ」って自分を納得させて、みてないふりをして閉じ込めて。
でももう、出来ないんだ。
いつまでも自分に、嘘つくことなんて。

『僕のことは、コトと呼んで下さい。』

僕を見つめた彼女の目は、もう弱々しくはなかった。

「…うん。私は、
…ココ、って呼んで。」

ココのはにかむ笑顔は、本当のように思えた。


僕らは一緒に電車に乗った。

どこに行く、なんてあてもなく。
誰も知らない「僕たち」は、ただ二人きりでいられたんだ。

世界から、色んなものから切り離されて、見捨てられた僕たち。

何も考えられない。

ねぇ、今君は、何を考えてるのだろう?

出かけた言葉を無理矢理飲み込んで、眠りについた。

電車の揺れる音だけが、聞こえていた。


「次は、終点ーーー……」

思ったよりも寝てしまったようで、いつのまにか終点まで来てしまっていた。
ココはまだ寝ている。

ぼおっと、窓から景色を見る。
なんだか田んぼ道ばかりが見える。
僕の家の近くとよく似ていた。

僕ら以外に人はほとんどいないようで、電車内は静まり返っていた。

もう夜もいい時間だった。

今日は色々ありすぎて、まだよくついていけないけれど
そんなことを言っている時間すら無いようだ。



思い出…か。

一人では、作れないものだってあったんだろうな。


電車を降りると、そこは海岸の田舎街のようだった。

僕の方は内陸だから、かなり長い間乗っていたのだろう。

特に行くあてのないまま駅を出て歩く。

海の匂いがする。
風がざわめく音がする。
さらさら、と草のなびく音もする。

どれも聞いたことはなかった。

聞こうとも思わなかった。

聞こうと思えば聞こえたものも、僕はずっと聞かないようにしていたんだ。


電車を降りると、そこは海岸の田舎街のようだった。

僕の方は内陸だから、かなり長い間乗っていたのだろう。

特に行くあてのないまま駅を出て歩く。

海の匂いがする。
風がざわめく音がする。
さらさら、と草のなびく音もする。

どれも聞いたことはなかった。

聞こうとも思わなかった。

聞こうと思えば聞こえたものも、僕はずっと聞かないようにしていたんだ。

************
ここから、どこへ行こう?

………どこへでも行けるよ。

僕らなら。

………そうだね。

君も一緒に行こう。

………ありがとう。

***************


それから僕らは、色んな場所を転々とした。

今日は海に行った。

昨日は遊園地とか、動物園とか、公園とか。

二人とも行ったことないから、大変だったよ。

でもやっぱり、楽しかったんだ。

幸せだった。


後一日。
後一日で、僕らの思い出は消える。

…それでいいじゃないか。
何を思う必要がある?

思い出を売って、少しの間楽しく過ごしたら消える。
言ってたじゃないか。

それが一番いい方法だ。

…なのになんで?
なんでどこかで僕は、
「消えたくない」って
思ってるんだ?

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