紺野真琴「すぐいく……走っていく」 (8)

“大きな瞳が 泣きそうな声が
今も僕の胸を 締めつける
すれ違う人の中で 君を追いかけた”

変わらないもの -【奥華子】

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「俺と付き合わね?」

何度目とも知れない台詞。相変わらず軽い。
いい加減うんざりして、ため息を吐きそう。
ならば、断ってしまえばいいのに。だけど。

「付き合うって、どこに?」
「は?」

私は『今回』もはぐらかす。けれど千昭は。

「……便所」
「え?」

思いもよらぬ行き先に耳を疑う。肩を叩く。

「停めて」
「なんだよ」
「いいから停めてっ!」

キキッと音を立てブレーキ。自転車が停車。

「なに? 今の」
「はあ? なんのこと……」
「とぼけんじゃない!」
「チッ……うっせーな」
「人としてあり得ない。最低」
「んな怒んなよ……」

怒るに決まってる。言うに事欠いてこの男。

「便所ってなによ!?」
「ははっ! なんだよ聞こえてんじゃねーか」

間宮千昭。私に告白した癖に。好きな癖に。

「あんた、なに考えてんの?」
「さて、なんでしょう?」
「からかわないで」

夕暮れの河川敷。見飽きた光景。気分最悪。

「もういい……歩いて帰る」
「待てよ、真琴」
「ついてこないでよ!」

ついてくるなって言ったのに。ついてくる。

「なあ、真琴」
「……うるさいなあ」
「俺、知ってんだぞ」
「……なにが」
「お前が今、漏れそうなこと」
「っ!?」

思わず振り返る。怒った顔をしたつもりで。

「んな顔すんなって」
「なにそれ……どんな顔してたってのよ」
「そんな今にも漏れそうな顔すんなって」

してない。そんな顔してない。千昭だって。

「あんたこそ、今にも漏れそうな顔じゃん」
「はははっ!そりゃ奇遇だな」
「……バカ千昭」
「いいから乗れって。俺も漏れそうだしさ」

そんなわけない。合わせてくれてるだけだ。

「ほら、先入れよ」
「ん……って、ちょっと待って」
「なんだよ、さっさとしちまおーぜ」
「いや、なんで私があんたと一緒に……!」
「はあ? 今更なに言ってんだよ」

なに言ってんだはこっちの台詞。頭が痛い。

「ここまで来たからには腹括れよ」
「腹なんて括ったら出ちゃうじゃん」
「調子出てきたじゃねーか。ほら、行くぞ」

手を引かれて、公衆トイレに連れ込まれる。

「へー案外キレイなもんだな」
「……千昭」
「あん?」
「手……離して」
「あ、ああ……悪い」

恥ずかしかった。何故かドキドキしている。

「真琴、顔真っ赤」
「千昭だって……」

茹でダコみたいな顔が鏡なんて恥ずかしい。

「ありがとな」
「突然なによ……」
「俺と……付き合ってくれて」

私はトイレに付き合っただけ。なのに何故。

「ほら、さっさと個室入れよ」
「ちょっ……押さないでよ!?」
「早くしないと漏れちまうぞー」

泣きそうな顔をした千昭が個室に押し込む。

「千昭ー?」
「なんだよ」
「千昭、いる……?」
「いるよ。だから、さっさと済ませちまえ」

薄い扉で隔たれた向こう。存在が気になる。

「千昭……?」
「いるってば。なんだよ、真琴……さては」
「な、なによ……?」
「恥ずかしくて出るものも出ないってか?」

この男。言い返せない。だって図星だから。

「ねえ、千昭」
「なんだよ、怒んなって」
「怒ってない。怒ってないから一緒に……」
「悪い、真琴。それは出来ない」

勇気を振り絞ったのに。千昭に拒絶される。

「なんで……?」
「そういうルールだから」

わからない。意味がわからない。私は訊く。

「誰が決めたの?」
「さあな」
「千昭はそれでいいの?」
「俺の意思は関係ない」
「じゃあ、私の意思は……?」

私のこの思い。千昭への想いはどうするの?

「泣くなよ、真琴」
「だって、千昭が……」
「いつか……いつか、俺がきっと」
「千昭……?」
「そういう未来で、お前を待ってる」

なにそれ。未来ってなに? それなら私は。

「すぐいく……走っていく」
「真っ直ぐ前を見てな」
「うん……絶対千昭と一緒にうんちする!」
「フハッ!」

扉ごしの千昭の愉悦。思わず私もにやける。

「もう嗤いが止まりませんよガッハッハ!」
「フハハハハハハハハハハハハッ!!!!」

一緒に脱糞出来る未来に向かって私は飛ぶ。


【糞を出せる少年少女】


FIN

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