三峰結華「即興劇『カップルごっこ』」 (14)


これはシャニマスSSです

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 ざぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!

 雨、それは天の恵み。
 な訳あるか、都会に勤める身としては迷惑以外の何物でもない。
 かつての若かりし頃の自分は雨が降れば傘も持たずに駆け回った訳だが、もちろんそれは昔の話。
 おニューの長靴をおろす喜びやクラスの女子のブラウスが透ける喜びも、今となっては懐かしいものだ。

 窓を叩きつけ続ける雨は段々と勢いを増し、湿気と不満を増加させる。
 折り畳みは持ち歩いているが、この雨では駅に着く頃には下半身濡れ鼠になってしまうだろう。
 洗濯物だって乾かないだろうし、何より寒い。
 特別な思い入れがあるとは言え、それでもやはり迷惑なモノは迷惑だった。

「でも、雨って良いよね」

 雨が弱まるのを共に事務所で待っている担当アイドル三峰結華が、隣で困ったように笑っていた。

「新しい傘でも買ったのか?」

「ほら、よく言うじゃん? 恋人といる時の雨って特別な感じがする、って」

「雪じゃなかったかそれ」



「あらあらあら? 恋人の方は否定しなくてよろしいのですか?」

 ニマニマと笑う結華を他所に、溜息をつきながら窓の外を見やる。
 当然、この短時間で雨が上がるなんて奇跡は起こらず景色は先ほどと全く変わらぬままだったが。
 さて、本日の結華はどの路線なのだろう。
 最近は恋する乙女路線でからかってくる事が多いが、彼女のマイブームなのだろうか。

「ワザワザ否定して欲しかったのか?」

「……ううん。否定しないでくれて、嬉しかった」

 照れた様に、頬を染める結華。
 その色は、外の黒によってより一層鮮やかに見えて。
 まるで本当に、恋する乙女であるかの様で……
 ……ふむ、成る程。

「次のドラマの台詞か」

「けっ」

 その程度、分からないとでも思ったか。
 心底ウザそうな顔をこれでもかとアピールしてくる結華を他所に、再び俺は外を見る。
 勿論、雨は止んでいない。
 降水確率は70%と言っていたから後5回くらい試行回数を重ねれば止んでたりしないだろうか、しないだろうな。

「まったくもー、Pたんそこは乗ってくれないと」

 ぶーぶーと文句を垂れてくる。
 俺はどうすれば良かったのだろう。

「そこはほら、彼氏役をね?」

「……まぁ、帰るまで時間あるしな。演技の練習くらい乗っておくか」

「あ、役者不足ですので」

「誘っといてそれか」

 最近の結華、ちょいちょいぶっ刺しにくる。
 秋の空の山の天気だ。



「まぁ任せろ、演技でなくとも彼氏の気持ちなんざ分からん」

「まーまーまーまー、そこは自然体でね?」

「自然体って言われてもな……」

「それじゃ取り敢えず……三峰と付き合ってるとこ想像出来る?」

「出来ない」

「して」

「はい」

 声が余りにも平坦過ぎて驚いた。
 怖がってはいない。
 ここでカッコよく彼氏役を務めるのがプロデューサーとしての腕の見せ所だから頷いただけだ。
 足が震えているのは寒さのせいや年のせいであって、怯えているからではない、決して。

 ……結華と付き合っているところ、か。
 んー……んー…………全く想像出来ない。

「……準備完了だ」

「出来てない、って顔してるけど」

「どんな顔だよ……」

「そんな顔だよ」

 俺は結華と付き合うところを想像出来ない顔をして日々を生きてきたのか。
 周りの人からはどの様に思われていた事だろう。



「じゃ、早速スタート!」

「おいおい、せめて俺にも台本読ませてくれよ」

「アドリブ力も必要でしょ? 三峰も全部アドリブて行くから」

 それは演技の練習になるのだろうか。

「……へ、へいへーい結華。これからお茶でも行かないか?」

「うっわ大根」

「自分でも驚いてる」

 不味い、これでは俺に恋愛経験が一切無い事がバレてしまう。
 まぁ知られてるが。

「せめてシチュエーションだけでも決めてくれないか?」

「えー。じゃあ逆に聞くけど、Pたん的にはどんなシチュがお好み?」

 どんなシチュがお好み、だと?
 そんなの性癖暴露に他ならないではないか。
 逆に聞くな、質問に質問で返すんじゃない。
 これもまた当たり障りの無いシチュを指定すれば三流脚本家だなんだと貶められるのだろう。




「ゲームセンターでガンシューティングゲームとか……」

「それ、最近他の誰かと行ったやつ?」

 何故バレた。
 そして何故睨む。

「雪が積もった公園で遊んだり……」

「却下、他の誰かの二番煎じとか嫌」

 だから何故バレる。
 そして何故尚更キツく睨む。

 このままでは却下をくらい続けてメンタルがやられそうだ。
 仕方ないだろう、そんなシチュを想像出来る程俺は想像力豊かではないのだ。
 体験談で引き出しを増やして遣り繰りしてる人間なんだぞ。
 その体験談を封じられては何も出てこない。

 ……多少の仕返しなら、許されるのではないだろうか?

「そうだな……じゃあ、結華が勉強しているとするだろう?」

「うんうん」

「そんな時、集中してるし悪いかなぁと思いながら俺は結華に話し掛ける」

「それで?」

「で、結華は言う訳だ」

「なんて?」

「『なぁに? 兄さん』って」

「…………今三峰の中でPたんの好感度が1下がったんだけど」

「悪いな、俺にとっては親しみやすさが1上がった思い出なんだ」

 それに、嬉しかったから。
 本人は恥ずかしくて消えたいと呻いていたが、俺からしたらあれも大切な思い出だ。
 彼女にとって気の許せる仲になれたんだ、と。
 線引きをキチッとする彼女に、もう一歩踏み込んでも許されるんだ、と。



「もしかしてPたん、シスコン?」

「残念ながら一人っ子だよ。妹に憧れた事はないでもないがな」

「あ、もしかして今……三峰みたいな妹がいたら良かったのにーとか思ってない?」

「困るな、こんな手の掛かる妹は」

「でも彼女なら良いんだ」

「妹な結華とか絶対兄に遠慮しないだろ」

「彼女でもしませんわよ? 確かめてみる?」

 結構だ、確かにそんな気がする。
 向こうも此方のそんな呆れ顔を見て察したのか、苦笑して肩をすくめるだけだった。

「……演技の練習忘れてないか?」

「じゃあ次のシチュ行ってみよー」

 次……んー……。
 何も思いつかな……あ。

「そうだな、さっきの勉強してるとこの続きとかでも良いけど」

「なぁに、兄さん」

「ごめんって」

 引き摺らないで頂きたい。
 掘り返したのは俺の方だから完全に此方に非がある訳だが。

「そんな感じで、ずっと集中してたせいで疲れてうたた寝しちゃっている訳だ」

「……寝込みを襲うつもり?」

「俺はクズか」

 結華は俺をなんだと思ってるんだ。



「まぁ、そんな風に頑張ってる結華を見て、温かい気持ちになりながら肩にタオルケットを掛けてあげたい」

「…………」

「頑張ってるんだな。良い子だな、って。結華の隣に腰掛けて、一日お疲れ様って声を掛けてあげたいんだ」

「……………………」

「そんな結華が居るから俺は頑張れるし、頑張ろうって思える。そんな結華に、これからもずっと側に」

「ああぁぁぁぁぁ!! ストップストップブレーキ踏んでプロデューサー!!」

 ……あ。

 結華の方を見れば、外が雨だなんて事に気付かないくらい真っ赤に染まっていて。
 落ち着いて、俺は今自分の口から出て来た言葉を思い返す。

「……Pたん、よくそんな小っ恥ずかしい事スラスラ言えるね……」

「……自己嫌悪で消えたい」

「『そんな結華に、これからもずっと側に……』」

「成る程、ほんっとうに済まなかった」

「謝罪が空っぽですねぇ、なぁんにも感じません」

 自分がされて嫌な事を人にしてはならない。
 当たり前の事だ、大変申し訳なかった。
 ですので、至急記憶から消去して頂きたい。
 埋め合わせ及びお詫びであれば可能な限りさせて頂く所存。




「ふっふっふー、忘れてあーげない」

 ずっとニヤニヤし続けている結華から目を逸らし、ため息をつく。
 暫くはプレゼントされたてのおもちゃの様に使われそうだ。

「やっぱ絶対手の掛かる恋人になりそうだな」

「そうでしてよ? 私を恋人にすると毎日忙しい事間違いなし」

「でも、楽しいんだろうな」

 それもきっと、間違いない事だろう。
 こんな風にずっと話してられたら、絶対に。

「……今、プロデューサーは楽しい?」

「ん? もちろん」

「……うん、じゃあそれも保証する」

 どうやら此方も本人お墨付き(?)らしい。
 その保証書が何年保つのかは知らないが。




 ……で、だ。

「一切演技の練習になってなかったな」

「ん、確かに。でも三峰は楽しかったから良しとしてあげる」

 それで良いのだろうか?
 まぁ、本人がそう言っているし、良いか。

「あ、でも折角だし最後に告白の練習だけ付き合ってくれない?」

「構わないが……どっちから告白するんだ?」

「んー……Pたんにもちゃんと練習しといて欲しいし、そっちから言って?」

「了解」

 告白、か……
 もし俺が、告白をするとして。
 先程みたいなヘマはしない様に。
 演技だ、演技をするんだ。

 俺が、結華に告白をする演技を……

「……へ、へいへーい結華。俺と付き合わない?」

「空っぽですね、何も感じません」


以上です
お付き合い、ありがとうございました

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