女友達「だから、本質は照れ隠しなんでしょ?」 (12)

「あなたの事なんて好きじゃないんだからね」
「突然どうした?」
「有名なツンデレの台詞よ」
「熱でもあるのか?」

いきなりツンデレになられても反応に困る。
高熱で脳みそが溶けちまってるのかと思い。
女友達の額に手を当ててみると平熱だった。

「ちょっとは体温を上昇させろよ」
「恒温動物に無茶を言わないでよ」
「変温動物にだって不可能だと思うが」
「わかってるなら、馬鹿なこと言うな」

言葉のキャッチボールを楽しめないとは。
なんて可哀想な奴なんだ。不憫だと思う。
そんな俺の憐れみの視線に、腹を立てて。

「なによその生温かい眼差し。ムカつく」
「俺はただ、お前を憐れんでいるだけだ」
「怒りで体温が上がってきたんだけど?」

この女友達はあまりにも沸点が低すぎた。

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「そんなことより、話を戻せよ」
「は? 何の話よ?」
「お前がツンデレの話題を振ったんだろ?」
「ああ……そういえば、そうだったわね」

テヘペロっと、舌を出す女友達は可愛かった。

「ツンデレって、よくわからないのよね」
「読んで字の如くじゃないのか?」
「普段ツンツンしてる子がデレるってこと?」
「それ以外にどんな意味があるんだ?」

すると女友達は、ニヤリと、口の端を曲げて。

「ツンツン脇腹を突っついたら出ちゃうとか」
「何が出るんだ?」
「それは、もちろん、うんちよ!」

くだらない。俺は溜息を吐きながら指摘した。

「それだと『ツン漏れ』になっちまうだろ」
「フハッ!」
「おかしな嗤い方をするなよ。癖になるぞ」
「あっ……ごめんなさい、私ったら、つい」

少しは品性というものを身につけて貰いたい。

「それで、ツンモレのことなのだけど」
「ツンデレの話だろ?」
「ああ、そうそう。それを言いたかったのよ」

一字違いでえらい違う。気をつけて頂きたい。

「ツンという部分に、違和感があるの」
「具体的には?」
「あれはあくまで照れ隠しでしょ?」

あまり詳しくはないが、概ね、間違いはない。

「まあ、そうだな」
「だったら、『テレデレ』と呼ぶべきよ」
「まるで、テレビ電話みたいな語感だな」
「人の閃きを駄洒落みたいに言わないで」

残念ながら、俺には、駄洒落としか思えない。

「しかし、テレデレは発音が難しくないか?」
「たしかに、デレデレという表現と被るわね」
「そもそも、似ているようで、やはり異なる」
「そう? 似たようなものだと思うけど」
「テレデレとツンデレは、似て非なるものだ」
「具体的な違いは?」
「照れ隠しに、ツンツンするかしないかだろ」

なんだか話が振り出しに戻ったようで不毛だ。

「だから、本質は照れ隠しなんでしょ?」
「だけど、結果としてツンツンするんだ」

俺たちの意見は一見同じに見えて大きく違う。

「テレが本質よ」
「ツンが結果だ」

本質と結果。どちらを優先するべきか揉めた。

「たとえば、私が照れたとするわ」
「それがどうした?」
「だからと言って、暴力は振るわない」
「当たり前だろうが」

何を言ってるんだ、こいつは。至極、当然だ。

「つまり私は、テレデレなのよ」
「お前のことなんて、どうでもいい」
「あ?」
「ぼ、暴力反対」

胸ぐらを掴まれたので両手を上げて降参した。

「あら、私ったら、ごめんなさいね」
「思いっきり、暴力を振るおうとしたよな?」
「今のは単純な怒りよ。照れ隠しではないわ」

あんなのが照れ隠しであって、たまるものか。

「では、こうしましょう」
「どうするつもりだ?」
「照れ隠しに、今からうんちを漏らします」

脈絡なくおかしなことを言うのはやめてくれ。

「お前、ツンモレだったのか?」
「何を隠そう、ツンモレとは私のことよ」
「いや、少しは隠せよ」
「嫌よ。私は我慢するのが何より嫌いなの」

ただのわがままで糞を漏らされても困る。

「ひとまず考え直せ。絶対に後悔するぞ」
「それはあなた次第ね」
「どういう意味だ?」
「私に漏らしたことを後悔させないで」
「具体的には?」
「よくやったと頭を撫でて頂戴」

アホかこいつ。いくらなんでも、それはない。

「あのな、いいかよく聞け」
「手短に頼むわ」
「例えば俺が漏らしたとするだろ?」
「道理で臭うと思ったわ」
「例えばの話だ! 鼻をつまむな!」

すぐさま鼻をつまんだ女友達を叱りつけると。

「ごめんなさい。ちゃんと嗅ぐわ」
「嗅ぐな!」

くんかくんかと鼻を鳴らし始めたのでキレた。

「何よ。あなたも私のお尻を嗅ぎたいの?」
「ひとことも言ってないだろそんなこと!」
「察しと、思いやりよ」
「邪推と誤解だろうが」

やれやれと嘆息して、閑話休題。本題である。

「とにかく、俺が漏らしたとして」
「それで、この私にどうしろと?」
「それを聞きたいんだよ、こっちは!」

まともな人間ならば拒絶する。だがこいつは。

「とりあえず、パンツを貰うわ」
「何の為に!?」
「言わせないでよ、恥ずかしい」

ポッと頬を染めながら女友達は反撃してきた。

「あなたは私のパンツ欲しくないの?」
「くれるのか!?」
「あげるわけないでしょ? バカなの?」

わかってても飛びつかずにはいられないのさ。

「まったく、これだから童貞は」
「ひとを童貞だと決めつけるのはやめろ」
「どこの女に貞操を捧げたの? 吐きなさい」
「完全にヤンデレじゃねぇか」

ハイライトを失った瞳が怖すぎるからやめて。

「ああ、もう。想像するだけで苛々する」
「何を想像しているんだ?」
「あなたが他の女の前でうんちしてるところ」
「しねぇよ! 想像の域を出ねぇよ!!」

そんな特殊な趣味嗜好は持ち合わせていない。

「想像の域というのは、切ないものよね」
「急にどうした」

儚げな表情を浮かべて、女友達はぬけぬけと。

「私の頭の中ではあなたは既に漏らしてるわ」
「生憎、そんな気配はさらさらないがな」
「漏らしなさい」
「無茶言うなよ」
「私への愛を、漏らしなさい」

時折、こいつの頭の中を覗いてみたくなる。

「好きだよ」
「 」

漏らせと言われたので漏らしてみた。
反応は劇的であり、女友達は絶句した。
まるでサスペンスドラマのワンシーンのように両手で開いた口を押さえて目を見開く彼女は些か滑稽であり、ともすれば俺を揶揄っているのではないかと思ったが、つうっと、一雫の涙が頬を伝ったのを目撃して、ああ、この女は本当に驚いているのだなと理解し、指先で涙を拭う。

「いくらなんでも驚きすぎだろう」
「だって……信じられなくて」
「とっくの昔に伝わってると思ってたよ」

軽口を叩き合える友人は貴重だ。
歯に衣着せぬ間柄とは、得難いものだ。
その関係性か損なわれることは少々怖い。
しかし、それでも、その先にデレがあるなら。

「本当に、驚いたわ」
「だから、驚きすぎだって」
「だって、まさか、このタイミングなんて」
「もっとロマンティックな方が良かったか?」
「いいえ、そうじゃないの」

首を横に振って、女友達は困ったように笑う。

「私もあなたに打ち明けるわ」
「聞こう」

きっと告白に対する返事だろうと思ったら。

「実は今、大きな波が押し寄せてきたの」
「波?」
「ええ、まさにそのタイミングで告白された」

それは所謂感情のピークというやつだろうか。

「それで?」
「私は取り返しのつかない過ちを犯したの」

取り返しのつかない過ちとはなんとも物騒だ。

「まさか、お前……」
「ええ、そのまさかよ」

最悪の事態がよぎり、ゴクリと喉を鳴らす。

「もう、他に彼氏が居る、とか……?」

先を越されたのではと、俺が焦っていると。

「はあ?」
「えっ?」
「何故私があなた以外の男と付き合わなければならないのよ。そんなの死んでもお断りだわ」

ふんと鼻を鳴らし、きっぱり懸念を否定した。

「いい? 私はあなたのことが好きなの」
「お、おう」
「だからあなた以外と付き合うつもりはない」
「そ、そうか」
「キスしていい?」
「えっ?」

そっと、女友達が俺の唇に口づけを落とした。

「……ごめんなさい。今しかないと思って」
「……え? ああ、うん……別にいいけど」

謝る必要はないとか、言えたら良かったのに。

「今の、私のファーストキスよ」
「そ、そうですか」
「はい、そうなんです」

思わず敬語になると敬語で返されて笑われた。

「だから、許して欲しいなって」
「いや、許すも許さないも……」
「怒ってないの?」
「怒ってないよ」
「私のこと、嫌わない?」
「嫌いになんか、なるわけないだろ」
「そう。それなら……良かった」

こいつでも不安になることがあるのだと知った俺は、務めて優しくそれは杞憂だと諭した。

「ここで重大なお知らせがあります」
「なんだよ、突然」

急に事務的な口調になられて困惑する俺に。

「ちょっと、手を貸して」
「て、手を繋ぐのはまだ早いだろ」
「はあ? いいから早く手を貸して」

照れる童貞の俺の手を、女友達は強引に掴み。

「私のお尻、ツンツンしてみて」
「な、なに言ってんだよ、お前!」
「大丈夫。何も怖くはないわ」

別に怖くねぇし。びびってないと示してやる。

「こ、こんな感じか……?」
「んっ……誰が撫でろと言ったのよ」
「な、撫でてねぇし! 触れただけだし!?」
「痴漢冤罪被害者みたいにキョドるな」

キョドってないし。身の潔白を主張したんだ。

「撫でるんじゃなくて、ツンツンしなさい」
「ツ、ツンツンって……」
「ツンツンするのが好きなんでしょ?」
「あれはツンデレの話であって……」
「いいからさっさとしろ!」
「は、はい! わかり申した!」

よし、俺も漢だ。いい加減、覚悟を決めよう。

「い、いくぞ」
「うん……きて」

ツンツン。ツンツン。ツンツン……ビチャッ。

「ん? なんか、湿ってるぞ」
「……嗅いでみて」
「まったく、ジュースでも溢し……フゴッ!?」
「フハッ!」

ガツンときた。鼻にツーンと。大便の香りが。
それで悟る。全てを完全に理解した。襲った波の意味。こいつ、糞を漏らしやがった、と。

「フハハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
「やかましい」
「あうっ……ご、ごめんなさい」

高らかに哄笑して。
羞恥を愉悦に変えてぶち撒け。
誤魔化そうとした女友達の頭をぶっ叩く。
すると涙目で痛む頭頂部を押さえつつ。

「お、怒らないって言ったのに」
「別に糞を漏らしたことは怒ってねぇよ」
「じゃ、じゃあ、なんで……?」

理由を尋ねられて、俺はその答えを探す。

「さて、なんでだろうな……たぶんさ、それで俺がお前を嫌いになるかも知れないって、そんな風に思われたのが、嫌だったんだろうよ」
「……好き」
「ああ、俺もお前が好きだ」

ようやくデレたツンモレから漏れ出た愛の囁きに囁き返し、俺たちはまたキスをして、こつんと額をぶつけ、どちらからともなく嗤い合う。
するとなかなかどうして、悪くないと思えた。


【ツンモレ彼女とツンデレ彼氏】


FIN

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