古澤頼子「高峯のあの事件簿・マスターピース」 (107)

あらすじ

銃殺事件と刑事失踪事件のさなか、古澤頼子が街頭ビジョンに現れる。

前話
渋谷凛「高峯のあの事件簿・星とアネモネ」
渋谷凛「高峯のあの事件簿・星とアネモネ」 - SSまとめ速報
(https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1588154916/)


あくまでサスペンスドラマです。
設定はドラマ内のものです。
グロ注意。

それでは、投下していきます。


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1589801258

シリーズリスト

高峯のあの事件簿

第1話・ユメの芸術
高峯のあ「高峯のあの事件簿・ユメの芸術」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1472563544/)
第2話・毒花
相葉夕美「高峯のあの事件簿・毒花」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1475582733/)
第3話・爆弾魔の本心
鷺沢文香「高峯のあの事件簿・爆弾魔の本心」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1480507649/)
第4話・コイン、ロッカー
小室千奈美「高峯のあの事件簿・コイン、ロッカー」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1484475237/)
第5話・夏と孤島と洋館と殺人事件と探偵と探偵
安斎都「高峯のあの事件簿・夏と孤島と洋館と殺人事件と探偵と探偵」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1503557618/)
第6話・プレゼント/フォー/ユー
イヴ・サンタクロース「高峯のあの事件簿・プレゼント/フォー/ユー」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1513078349/)
第7話・都心迷宮
大石泉「高峯のあの事件簿・都心迷宮」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1521022496/)
第8話・『佐久間まゆの殺人』
浅野風香『高峯のあの事件簿・佐久間まゆの殺人』 - SSまとめ速報
(https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssr/1550664151/)
第9話・高峯のあの失踪
井村雪菜「高峯のあの事件簿・高峯のあの失踪」 - SSまとめ速報
(https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1570101339/)
第10話・星とアネモネ
渋谷凛「高峯のあの事件簿・星とアネモネ」 - SSまとめ速報
(https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1588154916/)
最終話・マスターピース
古澤頼子「高峯のあの事件簿・マスターピース」 - SSまとめ速報
(https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1589801258/)

メインキャスト

高峯探偵事務所
探偵・高峯のあ
助手1・木場真奈美
助手2・佐久間まゆ

高垣楓

柊志乃

和久井留美

大和亜季

古澤頼子



1月25日(月)

星輪学園・教会

佐久間まゆ「のあさん……忙しいのかな……?」

佐久間まゆ
のあの助手。東郷邸の事件以降、のあと同居し星輪学園に通い始めた。

のあ『まゆ、何かあったのかしら』

まゆ「のあさん、今、大丈夫ですか?」

のあ『手短に。出ようとしていたところなの』

まゆ「事件ですか?それなら後でも……」

のあ『言ってちょうだい、聞くわ』

まゆ「わかりました。シスタークラリスが行方不明なんです」

のあ『シスタークラリス?どこかに出かけたのではないかしら』

まゆ「シスタークラリスは学園から離れる時は、必ず連絡があるんです。なのに、授業にもいらっしゃらなくて」

のあ『まゆ、どこにいるのかしら』

まゆ「学園の教会です。争った様子とかはありません」

のあ『偶然ではないのかしら……まゆ、ニュースを見たかしら』

まゆ「ニュースですか……いいえ、見てません」

のあ『星輪学園はテレビもなければ、ケータイは授業時間に使用禁止だものね。銃撃事件が起こってるわ、シスタークラリスが関係している可能性もある』

まゆ「シスタークラリスに関係……」

のあ『確定ではないけれど、古澤頼子がらみよ』

まゆ「……そう、ですか」

のあ『……楓、お願いするわ。まゆ、聞こえてるかしら』

まゆ「はぁい、聞こえてますよぉ」

のあ『高垣楓に協力してもらうわ。星輪学園に向かってもらうから、合流を』

まゆ「わかりました、楓さんを待ってます」

のあ『シスタークラリスの行方は任せたわ。私と真奈美は、銃撃事件の現場へ』

まゆ「はい。気をつけてくださいねぇ」



清路警察署・刑事一課和久井班室

和久井留美「探偵さん、電話とは珍しいわね。何かご用かしら?」

和久井留美
刑事一課和久井班班長。階級は警部補。のあとは腐れ縁とのこと。

のあ『留美、事件については知ってるわね』

留美「もちろん。警察は大慌て、休暇中に呼び出されたわ」

のあ『お疲れ様』

留美「私は署に来たわ。理由は拳銃携帯命令を守るため」

のあ『新田巡査の拳銃は』

留美「持ち出されているわ。私は許可を出していない」

のあ『彼女が内通者だったのね』

留美「渋谷凛からは聞き出していたわ。桐生つかさも協力者とのことよ、人や物を集めていた」

のあ『何か、問題が起こった?』

留美「私にはさっぱり。仲間割れか、口封じか……それとも」

のあ『それとも、何かしら』

留美「粛清、とか。古澤頼子がやったように」

のあ『それなら、渋谷凛は平気かしら』

留美「ヘレンの依頼で署長が人をつけてくれたわ。安全よ」

のあ『信じることにするわ』

留美「大和巡査部長が現場に先行しているわ。久美子さんもいるようね」

のあ『留美はどうするのかしら』

留美「新田巡査の責任は取るわ。私の部下だもの」

のあ『……そう』

留美「探偵さん、聞いていいかしら。何のために、古澤頼子を追ってるの?」

のあ『理由は色々あるわ』

留美「質問を変えるわ。探偵として、必要なものは何?」

のあ『安斎都に以前言ったわ。自分の信じる正義』

留美「同感よ。探偵さん、必要なら連絡するわ」

のあ『ええ。ご健闘を』

留美「……さて、これでいいわね。始めましょうか」

柊志乃「和久井警部補、いいかしら」

柊志乃
刑事一課長。階級は警部。かつては留美の教育係であり、驚異的な成績をコンビとして残していた。

留美「課長、何かご用ですか」

志乃「通報があったの……別の射殺体よ」

留美「わかりました。そちらへ臨場すれば良いでしょうか」

志乃「ええ……でも、条件付き」

留美「条件ですか。担当では、ないと」

志乃「察しがいいわね……臨場は認めるわ。ただし、班長の指示に従うこと」

留美「承知しました。お気遣い感謝します、行って参ります」

志乃「捜査本部の設立とメディア対応に集中するわ……どこへ行くのかしら」

留美「科捜研へ。新田巡査を追えるかもしれませんから」



清路警察署・留置場

渋谷凛「騒がしいね……大変なことになってるみたいだけど」

姫川友紀「そうみたいだねー」

渋谷凛
生花店の一人娘だった。先日の事件を機に、罪を償うことを決めた。

姫川友紀
渋谷凛を護衛するために派遣されてきた。普段は移送車の警備を担当している。

凛「なのに、私はトランプをしてる。警備の人と一緒に」

友紀「心配しなくていいよ。野球のシーズンオフだから、暇だし」

凛「そういう意味じゃないんだけれど……というか、中にいていいの?」

友紀「ダイジョーブ!許してくれる、って」

凛「ホントかな……」

高橋礼子「こんばんは。仲良くなったみたいじゃない」

高橋礼子
清路警察署署長。階級は警視正。キャリアルートから離れたのには理由がある、というウワサ。

友紀「署長、お疲れ様であります!」

礼子「お疲れ様。格子の中に入るのはあなたのやり方?」

友紀「入っていいかどうかはわかるからね。凛ちゃんは平気」

礼子「そう。あなたのやり方でいいわ」

凛「署長……?」

礼子「挨拶が遅れたわね。署長の高橋礼子よ」

凛「……よろしく」

礼子「あなたの安全は保障するわ」

凛「それは、信じてる」

友紀「あたしがいるからねっ」

凛「署長さん……この人、信じて良いの?」

礼子「古澤頼子の関係者でないはずよ」

凛「私も、違うと思う」

礼子「勤務態度も良好。護送車襲撃事件の大立回りで表彰されているのよ」

友紀「あの時は大変だったよー。スタンガンが安物で助かった」

凛「姫川さん、意外と凄いんだね」

友紀「友紀でいいって。それに、入っている理由言ったでしょ?」

礼子「理由?」

凛「警察官だと思われないため、だっけ」

友紀「一瞬は、大切だからね。野球と一緒だよ、牽制牽制」

凛「野球の話で例えられても、あんまりわかんない」

礼子「姫川さん、任せたわ」

友紀「任された」

礼子「渋谷さんに聞きたいのだけれど」

凛「何?」

礼子「この男性に見覚えは」

凛「……ない。頼子の協力者は、背格好が似た女性だけだから」

礼子「ありがとう」

凛「その人、なんなの?」

礼子「遺体が見つかったわ。完全に別件かどうかは捜査中」

友紀「凛ちゃん、わかる?仲間割れ?それとも陰謀?」

凛「正直……頼子の考えることはわからない。私は、命令を聞くだけだったから」

礼子「わかっているわ。忙しくなるから、失礼するわね」

凛「警察官……美波が関わってるから慌ただしいの?」

友紀「たぶん。まっ、それは任せよう。次は何する?」

凛「暇つぶしは幾らでも出来そうだね……」



GP社・玄関前

GP社
桐生つかさが営んでいた会社。鷹富士神社近くの小さな2階建ての建物に所在。最近は人の出入りが減っていたらしい。

のあ「大和巡査部長」

大和亜季「高峯殿!お疲れ様であります!」

大和亜季
刑事一課和久井班所属。階級は巡査部長。年下を元気づけることは得意らしい。

真奈美「お疲れ様」

のあ「ここで何をしているのかしら」

亜季「見ての通り、警備と応対であります」

のあ「つまり、捜査から外されたのね」

亜季「そういうことであります。重要参考人でありますから、現場から離れるわけにもいかず」

真奈美「新田巡査は見つかったのか?」

亜季「いいえ。自分の知る場所は探してもらったのですが」

のあ「例えば」

亜季「自宅、図書館、最寄りのスーパー、行きつけのカフェ、ラクロスサークルの練習場であります。本日は警部補殿と同じく、新田巡査は休暇を取得しておりました」

真奈美「君は」

亜季「出勤であります。ここには署から来たであります」

のあ「留美は、どこに」

亜季「別の現場であります。射殺体が発見されたそうでありますから」

のあ「凶器が、同じなのかしら」

亜季「そのようであります」

のあ「そちらの被害者と桐生つかさの共通点は」

亜季「ないであります」

真奈美「それは、既にわかっているのか?」

亜季「実は、そちらの被害者は和久井班ならば知っているであります」

のあ「何故かしら」

亜季「10年ほど前に起こった、強盗殺人事件の容疑者でありますから」

真奈美「新田巡査との関係はあるな」

のあ「桐生つかさが殺害されたのと、同じ動機なのかしら」

亜季「それは、分からないであります」

松山久美子「刑事、刑事……あ、ちょうどよかった」

松山久美子
科捜研所属。常時白衣着用の美女。今日は音葉、志希とは別行動。

のあ「久美子、お疲れ様」

久美子「亜季ちゃん、現場見てもらえる?」

亜季「私、でありますか」

久美子「参考人だから、いいでしょ」

亜季「その理屈が通るなら、もちろんであります」

久美子「のあさんと真奈美さんも意見を聞かせて」

のあ「わかったわ」

久美子「現場は2階、応接室よ」



GP社・応接室

久美子「遺体はこの会社を経営する桐生つかさ、死因は近距離からの発砲。心臓を銃弾が貫通していて、即死」

亜季「撃たれたのは、この位置でありますか」

久美子「撃たれたのは部屋の中央よ。理由はわからないけれど、寝かせられる位置に移動されてる」

のあ「銃弾は見つかったの?」

久美子「あそこ。壁に当たって、床に落ちてた」

真奈美「残留物というのは、それか」

久美子「日本で一番情報が集めやすい拳銃、つまり警察官のもの」

のあ「メディアには」

亜季「新田巡査が犯人、とは言っておりません」

久美子「そこにもう1つ。荒らされた物で隠れていたの」

真奈美「警察手帳だな、新田巡査の」

のあ「部屋は荒らされている」

亜季「犯人と被害者が争ったのでありましょうか?」

のあ「違うと思うわ」

真奈美「どういうことだ?」

のあ「争ったように、見せかける。室内にあったものを床にばらまいただけに見えるわ」

亜季「もみ合いになって事件が起こったのではないのでありますな」

のあ「犯行は計画的なのかしらね」

久美子「勝手にそう思っている。亜季ちゃん、これ見てくれる?」

亜季「了解であります……布でありますな、厚手の」

真奈美「キッチンミトンのようだな」

久美子「穴が空いてるの。目的はわかる?」

亜季「わかるであります、銃声を抑え込むためでありますな。暴力団員見せしめに敵対組織の幹部を殺害した際に、同様の手口が利用されたであります」

のあ「犯人は暴力団員、ではなくて」

亜季「犯人は、この手口を知ってるであります。至近距離で撃つことが前提なら、威力に問題はないであります」

真奈美「人体を貫通するには十分だが」

のあ「壁では失速している。利用したのは間違いなさそうね」

久美子「ええ。銃弾、傷口にも繊維が付着していたわ」

亜季「以前の事件では、繊維が散乱していたことで犯行位置と身元が割り出せたであります」

久美子「繊維は、応接用のテーブルとイスに一番多く付着していたわ」

のあ「真奈美、そこに立ってちょうだい」

真奈美「ああ。ここに被害者がいたのかな」

のあ「その通り。私の位置に犯人がいて、発砲した」

真奈美「応接室に案内されて、話を聞いていたのか?」

のあ「その際に発砲された。争う暇すらないわね」

久美子「布はGP社に幾つか同じものがあったわ。GP社で売っているオーダーメイドのキルトだったみたい」

亜季「現地調達ということは、そこからは追えませんな」

のあ「ここにあるということを、何らかの形で知っていた」

久美子「そうね。被害者の遺体からは争った形跡もないし、顔見知りか、少なくとも応接室に案内する間柄だった」

亜季「新田巡査と桐生つかさが、古澤頼子を通じて関係していたのなら不思議ではありません」

のあ「新田巡査と決まったわけではないわ」

真奈美「私も同感だ」

亜季「ウーム……そう思いたいのは私もであります。しかし、状況が状況であります」

真奈美「のあに質問だが、警察手帳を置いていくか?」

のあ「私なら置いて行かないわ」

亜季「新田巡査の犯行と見せかけるため、だと?」

のあ「ええ」

亜季「そんなことをして、何か得があるのでありましょうか?」

のあ「目的はきっとあるわ。今はわからないけれど」

亜季「そうでないことを祈るであります。監視カメラはなかったでありますか?」

久美子「あれ」

亜季「分かりやすく破壊されているでありますな。何かで叩かれたのでありましょうか」

久美子「そこにある棒で」

のあ「何の棒かしら」

真奈美「エクササイズに使う棒じゃないか」

久美子「真奈美さんが正解。桐生さんが趣味のヨガで使うものよ、通販サイトで買ったみたい」

亜季「しかし、データは残るであります」

久美子「隣のオフィスを見ればわかると思うけど、色々壊されてるの」

のあ「監視カメラのデータも?」

久美子「そういうこと。データ関連は壊滅的」

真奈美「その前に、目撃者はいるのか」

久美子「この会社、基本的に学生しかいないから。平日は夕方から始業」

亜季「犯行時刻にいたのは被害者だけであります。高校を早退したのはわかっているでありますが」

久美子「第一発見者は、アルバイトに来た女子高生。何も知らないそうよ、もちろん古澤頼子のことも」

真奈美「誰もいないことは分かっていた」

のあ「密談ね、犯人と被害者の。連絡を取る手段はあるはずよ」

久美子「桐生さんのケータイは未発見よ」

のあ「それなら、周囲の監視カメラや目撃情報は」

亜季「現在捜査中であります」

久美子「監視カメラの情報については、音葉ちゃんが科捜研に残って調べてるところ」

真奈美「何か、情報は出ていないか」

亜季「見慣れない身長165cmから170cm程度、長髪の女性が目撃されているであります」

のあ「それは」

亜季「私が良く知る所では、新田巡査と柊課長でありますな」

真奈美「のあもそうだな」

亜季「銀髪ではなかったであります。黒というよりは茶に近いようであります」

真奈美「のあのアリバイは私が保証するよ」

のあ「古澤頼子も該当する。それに、ウィッグでも長くするのは難しくないわ」

久美子「大胆な犯行に思えるけれど、意外と証拠が少ないの。犯人は、警察のやり方を良く知ってる」

亜季「うむ……」

久美子「私に分かることはそんな所。少なくとも、新田巡査の拳銃が犯行に使われたのは間違いないわ」

亜季「久美子殿、その言い方だと新田巡査が犯人だとしか思えないであります」

久美子「本当にそうなのか、そう思わせたいのか、どっちなのかしら」

のあ「どちらも可能性があるとしか、言えないわね」

亜季「それなら、何事もないことを信じるであります」

久美子「ご意見ありがとう。私は次の現場へ。亜季ちゃんは?」

亜季「私は、ここの手伝いを続けるであります」

真奈美「私達はどうする?」

のあ「古澤頼子の動きを追ってみましょうか。ヘレンに連絡を」

真奈美「わかった」

のあ「シスタークラリスの方も気になるわ。何かわかると、いいのだけれど」



星輪学園・教会

高垣楓「まゆちゃん、お待たせしました」

高垣楓
希砂本島の駐在さん。元刑事だったとか。現在は休暇中で、清路市を訪れていた。

まゆ「楓さん……休暇中にすみません」

楓「いいんですよ、こういう時はお互い様ですから。警察には連絡をしましたか」

まゆ「はい、川島先生がしてくださいました」

楓「警察は銃撃事件がありましたので、人手は割けません。捜索の優先度は低いかな、と」

まゆ「そうなんです……」

楓「というわけで、私達で調べましょうか。シスタークラリスのお写真はありますか?」

まゆ「あ、はい……これとか」

楓「ふむふむ、聞いていた通りの美人さんですね。有名人ですか?」

まゆ「はい……学園内なら知らない人はいなくて、地域の人も良く知っていると思います」

楓「日本では目立つ容姿ですから、目撃情報も集めやすいでしょう」

まゆ「そうだと思います」

楓「のあさんから聞きました、外出する時間が分かると」

まゆ「この冊子を見てください」

楓「スケジュール帳でしょうか?」

まゆ「はい……教会の入り口に置いてあります。外出する時は、ここに書いてあります」

楓「ほとんど敷地内から出ないのは本当みたいですね。今日は、っと」

まゆ「何も書いてないんです。ここに書いてある授業もいらっしゃらなくて……」

楓「授業を欠席するような人物では……ありませんね」

まゆ「はい。学園と学園の生徒が第一のシスターですから」

楓「シスタークラリスはケータイを持っていますか」

まゆ「持っていません。教会の固定電話は、そこに」

楓「もしも連絡を取る場合は」

まゆ「星輪学園に電話をかければ、誰かが取り次いでくれます。あとは、学園内を探せば」

楓「行き先に心当たりはありますか?あまり遠出をしないタイプのようですけれど」

まゆ「遠くなら、学園が持っている山荘くらいだと思います」

楓「シスタークラリスは自動車を持っていますか?」

まゆ「クラシックカーで移動してます」

楓「先ほど見かけました。車では移動していないようですね」

まゆ「守衛さんも見ていないようで」

楓「そもそも監視カメラがほとんどありませんから。来る途中に確認しました」

まゆ「どこに行ったのでしょう……先生方が学園内を探しても見つからなくて」

楓「どこか、外に行ったのでしょう。人がいる出入り口は使わずに」

まゆ「そんな場所……あるかなぁ」

楓「シスタークラリスは秘密の扉を知っていたりしないでしょうか?」

まゆ「それは、あると思います……学園はシスタークラリスの家、ですから」

楓「まずは外に出る方法を探しましょう」

まゆ「それから……次はどこへ行ったか、を」

楓「はい。まゆちゃんも流石のあさんの助手ですね、はじめましょうか」



鷹富士神社境内・射殺事件捜査テント

鷹富士神社
この土地に古くからある神社。警察には協力的で、爆発事件の捜査テントも境内に設置されていた。

ヘレン「ディテクティブ、こちらに座りなさい」

ヘレン
国際調査官。追っている事件は複数あるが、古澤頼子の事件に注力している。

のあ「ヘレン、状況は」

ヘレン「古澤頼子は見つかっていないわ。同時に動きもない」

真奈美「今回の事件に関係しているのか」

ヘレン「容疑者と被害者が、かつて関係していたことは明らか。しかし、今ではない」

真奈美「今ではない?」

のあ「古澤頼子が関係していない、と」

ヘレン「ディテクティブ、古澤頼子が使うとしたら銃かしら」

のあ「いいえ、使うなら矢よ」

真奈美「これ見よがしに、使っていたものな」

ヘレン「イエス。古澤頼子は、早期の発見を望むかしら」

真奈美「これまでから言えば、望まない」

のあ「むしろ、発見した時には自らが関わっていることを示す可能性がある」

ヘレン「彼女は『キュレイター』。その名はクレジットに示されていないといけない」

真奈美「そうなると、やはり銃を使ったことが妙だな」

のあ「銃声は隠し事には向かないわ」

真奈美「銃の特定は、弓よりは容易いだろうな」

のあ「弓矢の音は怪しいと思われても、銃の様に危険には思われない」

ヘレン「故に、古澤頼子は別ルートで追うわ」

のあ「ええ、お願いするわ」

ヘレン「しかし、疑問が残るわ、ディテクティブ?」

のあ「ええ。新田巡査が犯人であれ、別人が犯人であれ、動機がわからない」

ヘレン「ザッツライト。最新の注意を払い……ディテクティブ、少し待ちなさい」

のあ「通信?」

真奈美「そのようだ」

ヘレン「把握したわ。捜査は、そのまま継続」

のあ「要件は」

ヘレン「事件が発生したわ、別件よ」

真奈美「その口振りだと、古澤頼子と関係はないのか」

ヘレン「私の勘ではそう言っているわ」

のあ「私は行くべきかしら」

ヘレン「行くべきね。大和巡査部長と一緒に」

真奈美「大和巡査部長?」

ヘレン「発見された遺体は、かつて刑事一課に任意同行を受けたことがあるわ」



星輪学園周辺・とあるマンション・管理室

まゆ「楓さん……そっちはどうですかぁ」

楓「映像は残っていませんね……消されています」

まゆ「駐在している管理人は4棟で1人……シスタークラリスの目撃情報はあるのに」

楓「どこにも映っていません。ウェブカメラなので外部からアクセスされたようです」

まゆ「泉ちゃんが、そういうソフトを作っていたような……」

楓「誰かは入った、ということですね。管理人室は、この番号でいいのかしら」

まゆ「内線ですか?」

楓「はい……映像確認できました。お聞きしたいことが、玄関の暗証番号です……1258ですか。やっぱり。5年以上変えてない、変えることをオススメします。どこか入れるところは……わかりました」

まゆ「玄関の暗証番号……何故わかったんですか?」

楓「問題です、何故でしょう?」

まゆ「えっと、番号が薄くなってました。たぶん、1と2と5と8。順番は、監視カメラで見たからですか?上から順番にしか動いていないとか」

楓「正解です。違いを見つけること、分かることは分かっておくこと、刑事のイロハです」

まゆ「楓さんは立派な刑事さんですね、今でも」

楓「私なりにがんばりましたけど……向いてはいなくて」

まゆ「そうでしょうか……」

楓「今は、まゆちゃんが褒めてくれた刑事でいます。屋上に自由に出入りできるそうですよ」

まゆ「そこに、シスタークラリスが?」

楓「行ってみましょう……何かわかるかもしれません」



星輪学園周辺・とあるマンション・屋上

まゆ「高いフェンスと天井まで囲まれたネット……」

楓「軽い運動が出来るようになっているようですね。まゆちゃん、離れないでくださいね」

まゆ「はい……わかりました」

楓「シスター、いらっしゃいますか?」

まゆ「シスタークラリス……楓さん、あそこ……」

楓「周囲に不審人物なし。走って!」

まゆ「シスタークラリス!」

楓「シスター、ご無事ですか!?」

まゆ「頭から……血が……」

楓「残念ですが……亡くなっています。佐久間さん、警察に連絡を」

まゆ「わ、わかりました!ひゃくとうばん……わっ、こんな時に久美子さんから電話が……」

楓「科捜研の松山さんですか?ちょうど良いかと、出てください」

まゆ「は、はい!久美子さん、こんにちは!」

楓「後頭部の出血は壁に打ち付けられたものですが、致命傷ではありません。そうなると、死因は……」

まゆ「音葉さん……ですか?いいえ、知らないです……え?科捜研にいない?」

楓「側頭部への複数回の打撃……ありました、血の付いた警棒が」

まゆ「久美子さん、遺体が見つかりました……住所は、えっと……」

楓「これも新田巡査の物でしょうか」

まゆ「わかりました、ここで待ってます」

楓「連絡は取れましたか」

まゆ「はい……久美子さんから本部に連絡してくれるそうです」

楓「犯人は、ここの監視カメラを操作していますが、路上の監視カメラ全ては把握していないと思います。科捜研にお願いできるでしょうか」

まゆ「それが……いないらしくて」

楓「いない?」

まゆ「担当の音葉さんが、科捜研にいないらしいんです。志希さんが急いで科捜研に戻ってるそうで……」

楓「捜査方法を知り尽くしていますね、相手は。科捜研の状況も」

まゆ「はい……やっぱり、新田巡査が犯人なんでしょうか……」

楓「現場を放置するわけにはいけません。まゆちゃん、学園に連絡を」

まゆ「わかりました……楓さん、のあさんに連絡してもらっていいですか」

10

清路市内・某安アパート・駐車場

のあ「わかったわ……落ち着いたら、警察署で合流しましょう。そこは任せたわ」

真奈美「遺体は酷い状態だったな……誰からだ?」

のあ「高垣楓から。シスタークラリスが殺害されたわ」

真奈美「また犠牲者が……理由はなんだ」

のあ「古澤頼子に協力していたから、かしら。刑罰に問えるほどではなかった」

真奈美「口封じ、か」

のあ「あるいは報復か」

亜季「参ったであります……」

のあ「大和巡査部長、遺体の身元は」

亜季「判明したであります。時効が成立した婦女暴行事件の容疑者であります。任意同行までは行ったでありますが、逮捕までは至らなかった人物だと聞いているであります」

真奈美「また同じだな、犯罪の容疑者が被害にあっている」

亜季「自白した文章が残っていたであります。恨みを晴らしたのでありましょうか」

のあ「遺体の状況からして、恨みを持つ人物が犯人かしら」

亜季「この手の弱い女性を狙った犯罪には、義憤を強く感じるタイプの人物に心当たりがありまして」

のあ「誰かしら」

亜季「新田巡査であります。弱い立場の人間が巻き込まれる犯罪は許せないようでありました」

真奈美「これも新田巡査が関係しているのか」

亜季「そもそも、時効が成立した事件を知っていたのは新田巡査が見つけて来たからであります」

のあ「そんな憤ることもあるのに、古澤頼子に協力していたのかしら」

亜季「古澤頼子は女性でありますからな……それはそれ、これはこれ、なのでありましょう。そう思うことにしたであります」

のあ「被害者は見つかるばかり。先手を取られてるわね」

真奈美「今は、あえて発見を促しているような気がするな」

のあ「ええ。第一発見者は被害者にアプリで呼び出されたそうだもの、指定の時間に」

亜季「お伝えしたいことがあったであります!参っていた理由でありますよ!」

のあ「何かしら」

亜季「遺体が更に見つかったであります。こちらは、20年前の殺人事件の真犯人だと!」

真奈美「また増えてるのか」

のあ「法を守る気はなさそうね、秩序へ敵対するなら正義とは言えないわ」

ドンデンガエシワタシノターン……

真奈美「のあ、電話だ」

亜季「どんでん返しはもう充分でありますよ」

のあ「泉からだわ……高峯よ、どうしたのかしら」

大石泉『のあさん、聞いて。今、さくらと亜子と清路駅前にいるんだ』

大石泉
のあに協力しているプログラミングが得意な中学生。今日は友人と清路駅にお買い物に行っていた。

のあ「駅で何かあったの?」

泉『街頭ビジョンに映ってる、あいつが』

のあ「あいつ……」

泉『古澤頼子が、喋ってる』

11

幕間

この渇望を覚えてから、どのくらい経ったのでしょうか。

心震える光景は、追い詰められた人によってもたらされる。

張り裂けるような感情の痛みで、価値観を捨ててしまうような。

ああ、なんて刺激的。

だけれど。

私は満たされない。

自分でもわからない、どこかから現れる渇望。

そう、羨ましい。

華麗な美術品に心をはせていても。

苛烈な感情を眺めていても。

どこか満たされない。

何故?

両手のネイルは光沢を放っている。

深紅のドレスは自分の体をきつく締めあげている。

薄く小さな唇のルージュは目立たない。

芸術を眺めているためのメガネを外す。

画面に映った青い瞳が、冷たくこちらを見つめ返す。

私が笑えば、彼女も笑う。

さぁ、はじめましょう。

私が、私が作ったモノの中で。

示さなければ。

私が、最高傑作であることを。

幕間 了

12

清路市内・某安アパート・駐車場

泉『亜子に最初から動画撮ってもらってる』

のあ「泉、私達にも見えるように」

泉『わかった。テレビ電話を繋げ直すから』

のあ「ありがとう」

亜季「……何を言うつもりでありましょうか」

のあ「わからない。泉からつながったわ」

泉『のあさん、聞こえてる?見えてる?』

古澤頼子『この世は地獄とも、この世は天国とも。はたして、どちらなのでしょう?』

古澤頼子
深紅のドレスに身を包み、誰かに語り掛けている。

のあ「見えて聞こえてるわ。ありがとう」

泉『とりあえず、ここまでは意味の分からないことしか言ってない』

のあ「わかったわ」

真奈美「凄い恰好だな……真っ赤なステージ衣装だ」

亜季「アイドルの衣装みたいでありますな。スカート仕立ての」

のあ「メガネもしていないわ」

亜季「青い瞳と泣きボクロが美しいでありますな……失敬、失言でありますな」

のあ「希砂二島で会った時は、赤系統の服や水着も着ていたわ」

真奈美「少し、イメージと違うな」

のあ「どうやって、街頭ビジョンに映像を流している?」

真奈美「駅ビル内に設備がある。そこをどうにかできれば、簡単だ」

亜季「撮影場所はどこでありましょうか」

のあ「リアルタイムじゃなさそうね」

泉『画面に、ディスプレイのフレームが映ってる』

のあ「動画を流したディスプレイを、撮影したものが流れている」

真奈美「大胆なのか、緻密なのか、わかりかねるな」

亜季「息を大きく吸ったであります。おそらく、本題に入るかと」

頼子『悪い人間が裁きを受けることは、悪いことでしょうか』

のあ「……今起こっている事件のことかしら」

頼子『私はそうは思いません。悪人は裁かれるべきです、そう、私でも!』

のあ「古澤頼子は、自身の行為が悪であることを自覚しているわ」

亜季「……」

のあ「それと同時に、悪は裁かれるべきとも。これまでの行いとも矛盾しない」

真奈美「それにしても、妙に芝居ががってるな」

頼子『法を逸脱した裁きが、犯罪者に下されています。ええ、街は平和に近づいたのです』

のあ「同意しない。古澤頼子の目的は極めて自分本位、平和ではなく混乱を望んでいる」

亜季「……」

頼子『私に協力していた4名も彼女の手の元に、なんてことを!次は、私でしょう。なんて、なんと恐ろしい!』

のあ「4人……?」

真奈美「桐生つかさ、シスタークラリス……後は誰だ」

のあ「真奈美、片っ端から安全を確認して。渋谷凛、吉岡沙紀、小松伊吹、小室千奈美、そのあたりを」

真奈美「わかった!」

頼子『探偵も、警察も遅れています。事件が起きてから駆けつけることが出来ないのですから、当然ですよ』

亜季「それは……課長が言っていた心得であります」

のあ「それを無碍にされるのは心外ね」

頼子『勘違いなさらないでください。配役をしたのも私ですから。ああ、やっと、来てくれたのです!』

のあ「古澤頼子が、犯行を唆した」

亜季「自身が狙われるようにでありますか?」

のあ「そのようね」

亜季「これは、度が過ぎているであります」

のあ「ずっと、度が過ぎているわ」

頼子『結末はどうしましょう?どうなるのでしょう?』

亜季「……」

頼子『無法者の裁きが下されるのでしょう?それとも法の裁き?もしくは……私が裁きを下す側も良いかもしれませんね』

のあ「なんで笑ってるのかしら……」

頼子『これからの展開に、乞うご期待です。それでは、また会いましょう』

亜季「映像は終わったであります」

のあ「泉、ありがとう」

泉『のあさん、協力することは』

のあ「あなたの安全も保障したいわ、清路駅前にいるのよね?」

泉『うん』

のあ「迎えに行くわ。協力してちょうだい」

泉『わかった。交番にでもいるね、待ってるから』

のあ「ええ」

亜季「高峯殿……状況はマズイであります」

のあ「わかってるわ」

亜季「明確な悪人を標的にしたアンチヒーローを、止めようとする人間は少ないであります」

のあ「そういうことね、無差別殺人でないことを示した」

亜季「古澤頼子は自分を標的にしろ、と言ったであります」

のあ「探偵と警察は遅れている、とも」

亜季「目的は……」

のあ「自身の存在をアピールするため、かしら」

亜季「思ったよりも目立ちやがりでありますよ」

のあ「そうね、同感よ。『キュレイター』とは思えない」

亜季「それが、勘違いなのであります」

真奈美「のあ!」

のあ「無事は確認できたかしら」

真奈美「渋谷凛と瀬名詩織は署内で無事だ。小室千奈美、吉岡沙紀、小松伊吹は連絡が取れた、一切古澤頼子とのコンタクトはない」

のあ「他は」

真奈美「沢田麻理菜、宮本フレデリカ、アナスタシアも無事だ。不審な動きもない」

亜季「多いでありますな……」

のあ「それなら、残り2人は誰なのかしら」

真奈美「1人は可能性がある……新田巡査だ」

のあ「もう1人は」

真奈美「わからない」

亜季「待ったで、あります!被害者が新田巡査なら、更に登場人物が1人必要でありますよ!」

のあ「古澤頼子が言う、無法者。法を逸脱した裁きを行う人物」

真奈美「どっちかは……わからないな」

亜季「やることが多すぎてパニックであります!」

のあ「大和巡査部長、落ち着いて。人間は1つのことしか出来ないと思いなさい」

亜季「新しい遺体が発見された現場に行くべきか、新田巡査を捜索すべきか、うーむ……」

のあ「真奈美、清路駅まで。大石泉と合流するわ」

真奈美「わかった」

のあ「大和巡査部長、大石泉と合流したら署に行くわ。情報が集まってくる頃でしょうから」

亜季「了解であります。決めました、新しい遺体の現場を見に行くであります」

のあ「お願い。何があっても冷静であること、いいかしら」

亜季「課長と警部補から叩き込まれているであります」

のあ「安心したわ。真奈美、行きましょう」

13

星輪学園周辺・とあるマンション・屋上

楓「……」

まゆ「自動販売機でお茶を買ってきました……楓さんも、どうぞ」

楓「ありがとうございます」

まゆ「誰かにお電話……ですか」

楓「留美さんです。お聞きしたいことがあったのですが、つながらなくて」

まゆ「お忙しいのでしょうか……?」

楓「そうだと思います。まゆちゃん、ここにいても仕方がありませんから、お茶を配ったら警察署に行きましょう。手伝います」

まゆ「はい、わかりました」

14

清路駅交番

泉「のあさん、こっち」

のあ「泉、お友達は」

泉「家に帰った。事情を話して、私は交番に。真奈美さんは?」

のあ「車にいるわ」

泉「車に行く前に、新情報。街頭ビジョンを乗っ取った方法がわかった」

のあ「本当に?」

泉「街頭ビジョンに映す映像が差し替えられてた。コンピュータがその時間だけロックされてた。あまり詳しい人がいなくて、止める方法に気が付かなかった」

のあ「止める方法?」

泉「電源コンセントを抜けば良い。さくらだったら出来たのに」

のあ「なるほど」

泉「インターネットだったのも原因、ローカル回線は敷居が高いのかな。外部アクセスで設定が変えられてたよ」

のあ「泉が調べたのかしら」

泉「さっき、ヘレンが来て教えてくれた。そこが警察車両の駐車場だから、偶々私を見つけたんだと思う」

のあ「相変わらず早いわね。目的は」

泉「外部アクセスの場所を突き止めること。わかったから、急行してる」

のあ「古澤頼子はいる見込みかしら」

泉「アジトの可能性はあるかな。それで、私もそのコンピュータのアクセスを許してもらって、調べてみたんだ。私のノートパソコンの、これ見て」

のあ「ある程度は知識があるけれど、説明してちょうだい」

泉「ヘレンが追ってる外部アクセスはこれ。清路駅から車で5分くらいの場所、会社のドメインだよ。映像を差し替えたのは、このアクセス。それで、こっちは」

のあ「別のアクセス?」

泉「そう。色々経由して海外からアクセスしてる。こっちは凄いスマートだよ、ウィルスというか実行ファイルが1個だけ」

のあ「アクセスはいつ?」

泉「のあさんが動画見始めたくらいかな。こっちの人も街頭ビジョン見てたのかも」

のあ「何をしていたファイルなの?」

泉「私と一緒。外部アクセスのデータを集めて、発信元に送り返す」

のあ「目的は一緒、古澤頼子を追うこと」

泉「古澤頼子が言ってた、法を逸脱してる人殺しもあいつを追ってる……なんか犯人の呼び方ない?」

のあ「後で考えましょう」

泉「それと、最後に1つ。このフォルダとデータを残していった、音声データみたい」

のあ「音声データ?再生して」

泉「再生するね、私には理解不能だった」

のあ「……何かしら、これ」

泉「人の声なのか、ボーカロイドなのか判別できない」

のあ「目的もわからないわね」

泉「のあさん、ヘレンから通話。出て良い?」

のあ「いいわ」

ヘレン『泉、撮影された場所を見つけたわ。ディテクティブと合流したかしら』

泉「うん。変わるね」

のあ「ヘレン、そっちの様子は」

ヘレン『古澤頼子はいないわ。壊れたPCとビデオカメラ、それと』

のあ「それと……」

ヘレン『遺体が見つかったわ、新田巡査のものよ』

15

清路警察署・ロビー

楓「忙しそうですね」

まゆ「のあさんはいるのでしょうか……」

片桐早苗「楓ちゃん!?どうしてここに!?」

片桐早苗
交通課所属。階級は巡査部長。慌ただしい署内の手伝いに駆り出されている。

楓「早苗さん、お久しぶりです」

早苗「そう言えば、遅いお正月休みだったわね。忙しいからまた後で!あー、どうして捜査資料がないのよ!」

まゆ「どうしたんですか……?」

早苗「さっき自首してきたの、傷害致死の容疑者が。こんなに忙しい時に来なくていいのに」

楓「目的が違います、罪の告白ではなく」

早苗「わかってる。身柄を保護されたいんでしょ、ダークヒーローから。島に帰る前に会いましょ!それじゃ!」

楓「わかりました。お気をつけて」

まゆ「ダークヒーロー……結果的に自首してきましたけど……」

楓「良い方法とは思えません」

まゆ「はい……のあさんが必死に探すのもわかります」

楓「まゆちゃん、留美さんのデスクに案内をお願いできますか?」

まゆ「留美さんのですか?」

楓「次に狙われる被害者がわかるかもしれません。留美さん、未解決事件の資料も保存していますから」

まゆ「はい、大丈夫ですよぉ」

楓「ありがとうございます」

まゆ「こちら、です」

16

清路警察署・刑事一課和久井班室

まゆ「変わった様子は、ありませんね」

楓「そうですね。課長の教えでしょうか、整理整頓が行き届いています」

まゆ「ここが、新田巡査のデスク……キレイですね。机の上のものは全てしまうタイプなんですね」

楓「仕事は真面目なのでしょう。この犯行をするとは思えませんね」

まゆ「私も同感です……品行方正な人だって」

楓「それが目くらましだったのかもしれません……まゆちゃん、ちょっと来てください」

まゆ「何か見つかりましたか……?」

楓「ありません、この引き出しなのですが」

まゆ「確かに、空っぽですね……」

楓「留美さんは、保留した捜査資料をここに置いているんです」

まゆ「ない、ということは……」

楓「持って行った、ということ」

まゆ「楓さん、さっきの声聞こえましたか……?」

楓「新田巡査の遺体が見つかった……と」

まゆ「楓さん……まさか、そんな」

楓「のあさんに連絡を。私は、もう一度電話をかけ直します」

まゆ「のあさんは電話中……?真奈美さんは、出ました!真奈美さん、お伝えしたいことがあって!」

楓「電話に出んわ……どうして」

まゆ「楓さん、のあさん達は警察署に着いたそうです」

楓「ロビーで落ち合いましょう。直接話をする方が早いです」

17

清路警察署・ロビー

泉「大忙しだね……ドラマみたい」

真奈美「こんなに慌てていることは、珍しいと思うが」

泉「もう夜だし、状況はわかるよ」

ドンデンガエシ……

のあ「公衆電話?もしもし、高峯よ」

留美『探偵さん、調子はどうかしら』

のあ「留美?何故、公衆電話からかけてくるの?」

留美『そろそろ、気づく時間だから』

のあ「何を……」

留美『驚いたわ。先手を取ろうと思えば、取れるのね。探偵高峯のあも刑事一課長柊志乃も出し抜ける』

真奈美「佐久間君から、電話だ。どうした?話、わかった、清路警察署のロビーにいる」

留美『ねぇ、探偵さん。正義のためにするべきこと、って何かしら』

のあ「待ちなさい、留美。あなたがすべきことは、そんなことではないわ」

留美『追ってこなくていいわ。終わったら、自首するから』

のあ「違うわ!それで、いいわけないでしょう!」

泉「わっ、大きな声を出すの初めて見た……」

真奈美「……」

のあ「今すぐにやめなさい、和久井留美!」

留美『自分のすべきことは自分で決めるわ』

のあ「留美!私は友人として……」

留美『安心して。これから増える死体は、古澤頼子くらいよ。ばいばい、探偵さん』

のあ「留美、留美!ああ、切れたわ!なんてことを!」

泉「……ごめん。何が起こったか、私でもわかった」

真奈美「私も、だ。のあ、落ち着け。お願いだ」

のあ「はぁ……」

まゆ「のあさん、楓さんからお話が」

楓「なにか、ありましたか」

真奈美「高垣君の話は言わなくても良い、わかってる」

のあ「私が、私達が疑えるわけないでしょう……留美」

18

清路警察署・刑事一課和久井班室

のあ「……」

真奈美「のあ、コーヒーを淹れた。飲むか?」

のあ「ありがとう。そろそろ捜査会議が始まるかしら」

真奈美「そのようだ。落ち着いたか」

のあ「私はいつでも落ち着いているわ」

久美子「のあさん達、捜査資料を幾つか貰って来た」

楓「ありがとうございます」

まゆ「久美子さん、音葉さん……見つかりましたか」

久美子「まったく音沙汰なしで心配だわ。志希ちゃんが泉ちゃんに手伝ってもらって、探してるけれど」

のあ「久美子、私にも資料を」

久美子「どうぞ。真奈美さんもいるかしら」

真奈美「いただくよ」

まゆ「私は……遠慮します」

久美子「それがいいかもね、留美さん……本当に留美さんならだけど、相手に容赦なさすぎるわ」

のあ「留美が、それを決意したのなら……躊躇するとは思えない」

楓「……私も、同感です」

のあ「私が留美なら、決めたことは手早くやるわ」

まゆ「……」

久美子「のあさんが言うなら、そんな気がしてきた」

のあ「留美も古澤頼子も動きはない。今のうちに事件を振り返りましょう」

真奈美「賛成だ」

久美子「わかったわ」

19

清路警察署・刑事一課和久井班室

楓「捜査会議の資料は時系列順、ですね」

久美子「ええ。遺体の死亡推定時刻から割り出してるわ」

真奈美「最初の遺体は……昨晩か」

のあ「殺害されたのは、20年前の殺人事件の容疑者」

久美子「死因は腹部を刺されたこと。眼底骨折は死亡する前ね」

楓「20年前の事件で見つかったご遺体も眼底骨折していました」

のあ「意趣返し……かしら」

まゆ「留美さんは……捜査していましたか」

真奈美「報告書によると、柊課長の更に上の代から引き継いでいるようだな」

楓「私も、この事件は知っています」

久美子「というか、のあさんは知ってる?」

のあ「事件そのものは知っているわ。捜査をしていたことについては知らない」

楓「志乃さんが課長になるので、留美さんが引き継いだのでしょうか」

のあ「そのようね。2年ほど前に新しい目撃証言が出て、詰めていたところ」

真奈美「明確な証拠品はなし、か」

久美子「部屋からも何も出なかったわ」

まゆ「留美さんが……勘違いした可能性は」

楓「冤罪ということでしょうか」

久美子「のあさん、どう思う?」

のあ「留美は、無実の人間は殺さないわ。せめて、それは信じたい」

楓「何らかの確証はあった、そう思います」

真奈美「骨折しているが、外傷は他にもあったのか?」

久美子「小さい傷が何個か。ゆすぶられた、首を軽く絞められた痕も」

まゆ「……」

のあ「脅迫で証言を引き出した」

久美子「そういうことみたい」

楓「知っていると思いますが……法的な効力がありません」

のあ「だから、自らの手で裁きを下した」

真奈美「自らの責任で……か」

まゆ「それで……いいんでしょうか」

のあ「私はそうは思わない。留美が責任を背負う必要などないわ」

真奈美「発見したのは」

久美子「被害者が借りていたアパートの大家。玄関に置かれた牛乳を取っていないことを不審に思ったから訪ねたそうよ」

のあ「大家がほぼ唯一の会話をする相手、とのことね」

真奈美「身を隠すように生きて来たのか」

楓「これの文章は、なんでしょうか」

真奈美「電話の書き起こしか」

のあ「20年前の事件の遺族からの電話……感謝されてるわ」

まゆ「感謝……ですか」

久美子「事件が解決したのには変わらないわ、きっと」

のあ「次に行きましょう」

久美子「わかった。次は、連続婦女暴行事件の容疑者」

まゆ「……婦女暴行」

のあ「大和巡査部長曰く、新田巡査が気にかけていた事件」

真奈美「捜査のかく乱が目的か?」

楓「そうだと思います。見つかった時点では、新田巡査の犯行だと思いましたから」

のあ「任意同行までは行ったけれど、証拠は出ずに釈放された。こちらも再調査が進んでいた」

久美子「遺体の状況は最悪。遺体は殴る蹴るによって酷く損傷。手足は壁に縄で固定されていた。特に、泌尿器気は生きていても使い物にならなかったでしょうね」

真奈美「これは……酷いな」

まゆ「まるで……怨みを晴らしているような」

のあ「遺体の傷がついたのは生前?」

久美子「半分は違う。死因は首を絞められたことによる窒息死、その時間がここ。それ以外の傷はつけられた時間が色々よ」

のあ「偽造の可能性もあるわね。既に暴行を受けていた可能性も」

久美子「真意のほどはわからないわ」

のあ「発見者はアプリで呼ばれた女性」

まゆ「アプリ……?」

真奈美「ゴホン。内容はともかく、呼び出したのは被害者か?」

久美子「被害者のケータイからよ。以前と同じ端末だった」

楓「端末は被害者のものでも、実際に操作したのは」

のあ「留美でしょうね。発見時刻も狙い通りだったのだから」

久美子「こっちもSNSで賛否両論なのね、殺人なのに」

まゆ「……」

のあ「次は……シスタークラリス」

久美子「死亡推定時刻は夕方。本当なら授業をしている時間ね」

まゆ「私が電話をした頃には……もう」

楓「そうだと思います。シスタークラリスは呼び出され、犯行現場へ」

のあ「留美の目撃情報が少ないわね……何故かしら」

久美子「それは理由があるの。説明する?」

のあ「後にしましょう」

久美子「わかった。シスターの死因は頭部損傷。側頭部を警棒で複数回殴打されたこと」

まゆ「後頭部の出血は……」

久美子「倒れた時に壁に打ち付けた怪我よ」

真奈美「つまり、事故ではなく」

久美子「明確に殺意があった」

楓「凶器の警棒は新田巡査のものでしょうか」

久美子「その通り、確認したわ」

真奈美「報告書によると、新田巡査が拳銃と共に署を出たのは午前中だ」

のあ「休暇だったはずなのに、ね」

楓「留美さんと連絡を取っているのですね」

久美子「ええ、休暇中だから食事をどうかしら、という感じ」

真奈美「それなら、拳銃を持ち出すか?」

のあ「留美に気づかれていると悟ったから」

まゆ「そっか……留美さんだけ知ってたんですよね……」

真奈美「そういうことか、和久井警部補は渋谷凛の身の安全ではなく」

のあ「今日の計画を実行するために、情報を秘匿した。私にも」

楓「計画的だったのでしょうか」

のあ「それにしては、突然すぎる気がするわ」

まゆ「まゆも……そう思います」

のあ「一旦置いておきましょう。シスタークラリスの行為は知っているわ」

真奈美「ああ。罪に問えるようなものではない」

久美子「それなんだけど、山荘の事件以外にも秘密があるみたいよ」

まゆ「秘密……?」

真奈美「この報告書、本当か?」

のあ「水野翠の犯行についても知っていた?」

真奈美「井村雪菜、古澤頼子とおぼしき人物が教会に出入りしていたのか」

まゆ「シスタークラリス……そんな」

のあ「古澤頼子らを逆に利用していたのも確か」

楓「詳しくは存じませんが、留美さんが自らの判断で手を下した、ということでしょうか」

のあ「そういうこと……何か許せなかったのかしら、ね」

まゆ「……」

のあ「次は銃撃事件かしら」

真奈美「強盗殺人事件の容疑者か」

久美子「死因は銃殺。新田巡査の拳銃が使われてたわ」

楓「こちらは自室から犯行をほのめかす手紙が発見されていますね」

のあ「留美の犯行の形跡は」

久美子「なし。留美さんにかかれば、これぐらいは簡単ね」

楓「そのようにスキルを使う人では、なかったのですが」

のあ「私は信じられないわ、今も」

真奈美「同感だ。遺体が見つかった理由は」

のあ「桐生つかさの事件がニュースに流れ、発砲音があったという通報が入った」

楓「警邏中の警察官が、路地裏で遺体を発見」

のあ「このタイミングまで折り込み済み」

真奈美「それで、やっと桐生つかさの事件か」

久美子「その順番」

楓「留美さん、事件の後に署に戻ってますか?」

久美子「戻ってるわ」

真奈美「休暇中だから、拳銃を携帯するために署に戻った」

のあ「志乃とも会話している。銃殺された遺体がもう1つ発見されたことで、大和巡査部長と合流せずに行方をくらませた」

真奈美「和久井警部補が仕事をしないとは思わないからな」

楓「趣味は仕事、ですから」

久美子「その際に科捜研に行ってるの。音葉ちゃんに接触しているなら、この時」

まゆ「音葉さんが……留美さんに協力している、のでしょうか」

久美子「違うわ!ちょっと不思議な変わった子だけど、殺人に協力するような子じゃないもの!」

のあ「久美子、深呼吸」

久美子「……ごめんなさい。何か事情があるはずよ」

まゆ「私も……ごめんなさい。音葉さんを、信じます」

久美子「ありがとう、まゆちゃん」

楓「最後は……新田巡査」

のあ「久美子、現場に行ってるのかしら」

久美子「行ってるわ。幾ら忙しかろうが、現場を見た方がいいもの」

のあ「話を聞かせてちょうだい」

20

清路警察署・刑事一課和久井班室

楓「遺体が発見された場所は、どちらでしょうか」

久美子「輸入商社の倉庫。その一室」

真奈美「主な取引品は……画材か、古澤頼子らしいな」

のあ「管理システムとネットワーク環境がある」

久美子「そう。インターネット販売も順調みたい」

のあ「簡単にアクセス元がわかるわね」

楓「まるで、見つけられたいような」

真奈美「見つかることも想定済み、か」

のあ「遺体と現場の状況は」

久美子「死亡推定時刻は、古澤頼子が街頭ビジョンに映っていた頃よ」

楓「死因は、頭部を貫通した銃弾」

真奈美「新田巡査が署から持ち出したものだ」

のあ「自殺……ではないわね」

久美子「最初はそう思ったけれど、違うわ。別人に撃たれた後に、拳銃を持たされた」

のあ「PCとビデオカメラは破壊。データは復元できそうかしら」

久美子「やってるけど、難しいかも。相手が相手だし」

真奈美「室内は、何か液体が撒かれたのか?」

のあ「目に悪いわ。ペンキかしら」

久美子「その通り。倉庫にあった画材で痕跡が塗りつぶされてる」

まゆ「痕跡を消したのは……」

真奈美「古澤頼子か?」

のあ「写真を見る限りは違うわね。新田巡査の遺体にもペンキが付着している」

楓「留美さんが……消したのですか」

のあ「新田巡査が殺害された場所は」

久美子「発見場所と同じ。でも、最終的な死因が拳銃なだけなの。どういう状態だったかは、保障しかねるわ。例えば、既に昏睡状態であったとか」

まゆ「新田巡査は……留美さんに協力していた、のですか……?」

のあ「可能性はあるけれど」

真奈美「拳銃を無断で持ち出した人間が協力するだろうか。和久井警部補を警戒していたからこそだろう」

のあ「久美子、現場で見つかっていないものは」

久美子「新田巡査の通信機器は見つかっていない。あと、なかったのは……そうそう、手錠が見つかっていない」

真奈美「手錠か。拳銃は倉庫に、警棒は屋上に」

のあ「身体を拘束するもの、もう1人いそうね」

まゆ「もう1人……ですか」

のあ「何らかの事件の容疑者。例えば……拉致監禁事件とか」

楓「調査する必要がありそうですね」

のあ「留美は、古澤頼子が現れたから、新田巡査の遺体発見場所と時間を変えた」

久美子「自分の犯行と分からせるため?いや、それにしてはおかしいような」

真奈美「目的は、なんだ?」

まゆ「留美さんの……目的」

楓「のあさん、留美さんは電話で何か仰っていましたか」

のあ「古澤頼子を、追っている。場所の意味を入れ替えた」

真奈美「新田巡査の遺体が見つかった場所、じゃない」

のあ「ええ。本当は、古澤頼子が街頭ビジョンを操作した場所」

まゆ「消したかったのは……」

のあ「古澤頼子を追跡させるための証拠」

楓「自分以外の情報秘匿と」

のあ「警察と私達の足止め」

久美子「ヘレンが憤っていた理由がわかったわ」

のあ「1人でケリをつけるつもりなのね、留美は」

真奈美「単独でどうやって探す?」

久美子「ヘレンが部下を何人か連れても見つからなくて」

まゆ「のあさんが悩んでも……見つからないのに」

のあ「留美が勝算もなく動きはしないわ」

楓「事件の核心に迫るには、犯人の立場で考えること」

のあ「留美についての資料もあるのよね」

久美子「ええ、たくさん」

のあ「確認しましょう」

21

清路警察署・刑事一課和久井班室

のあ「和久井留美。清路警察署刑事一課所属。階級は警部補。和久井班班長で、部下に大和亜季巡査部長と新田美波巡査」

真奈美「出身は広島県。大学進学を機に上京、学部は経済学部」

楓「簿記と秘書検定を持っているんですね、知りませんでした」

久美子「卒業と関係ない法学の講義を4年生時に受講。警察官になるから受けたのかしら、学生時代から真面目ね」

のあ「大学卒業後、警察官に。警察学校、交番勤務を経て、清路警察署刑事一課に配属」

久美子「のあさん、留美さんと知り合いになったのは何時頃?」

のあ「留美とは、刑事になった頃に志乃に会わされた。志乃は以前から知り合いだったわ」

楓「刑事一課に来るのが早いですね」

のあ「志乃が警察学校時代から目をつけていた、と言っていたわ」

真奈美「今日までは、柊課長の目論見通りだった」

のあ「そうね。趣味は仕事。トレーニングと勉強も欠かさない」

真奈美「柔道、空手、剣道、少林寺拳法、薙刀は段位持ち」

まゆ「凄いですね……」

のあ「左利きであることを活かすから、経験者でも苦戦するわ」

真奈美「他に護身術、逮捕術に精通。刺又、警棒、拳銃も扱える」

楓「最近は銃撃のトレーニングを続けていた、とあります」

真奈美「署内のコンテストで2位。現場での発砲経験もある」

まゆ「鷹富士神社の時……ですね」

のあ「その以前にもあるわ。適切な利用が認められて、処分等はなし」

楓「警官の発砲はよほどのことがなければ、このような処分にはなりません」

のあ「身長168cm、体重は49kg。警察官になった時の記録だから、もう少し筋肉で体重を増やしているかしら」

真奈美「ここまで武道に精通していたら、一般男性だったら歯が立たないな。体格も成人男性の平均に近い」

久美子「そうでしょうね。刑事一課の男性刑事でも一目置くくらいだし」

楓「拳銃携帯の新田巡査で、敵う相手ですか」

のあ「無理よ。亜季でも難しいわ。女性警察官で相手になるとしたら、志乃くらいよ」

真奈美「和久井警部補の師匠だものな」

のあ「そう、柊志乃の部下だった」

楓「柊志乃の部下、という肩書はそれだけで名声ですから」

のあ「名声というより、畏怖の対象」

まゆ「そんなに……?」

久美子「実際のところ、本当ね」

のあ「柊志乃とコンビを組んで、順調に出世。昨年、階級は警部補に。試験の成績は受験者でも上位だった」

まゆ「文武両道ですね」

のあ「文が優れた人間が武を身に付けたら、こうなるのよ」

真奈美「表彰関連も凄い数だな」

楓「昨年、署長賞を獲得していますね」

のあ「未解決だった殺人事件を解決。一審は懲役10年の判決、控訴中」

久美子「こう見ると、傾向が分かるわね。2つある」

のあ「ええ。事件発生から迅速な対応と」

真奈美「初動捜査で解決しなかった事件でも成果をあげてる」

のあ「清路市に1年間犯罪が起こらなくても、留美の評価は上がりそうね」

楓「書類作成も上手です。私は、後回しにしてしまうので」

のあ「留美はこびへつらうことだけは苦手よ。でも、上層部の扱いが上手い上司がいれば良いだけ」

真奈美「いるな」

久美子「志乃さんの手法は真似できないわ、上手過ぎる」

まゆ「えっと……やっぱり」

のあ「やっぱり、なにかしら」

まゆ「未解決事件の容疑者を、留美さんは知ってた」

のあ「ええ、留美には難しいことではないわね」

真奈美「被害者、あるいは次のターゲットも絞り込めるな」

久美子「それが、最後のリスト」

楓「これは、なんでしょうか」

久美子「志乃さんが作ってくれたリストよ」

のあ「志乃、容疑者の名前と住所記憶してるの?」

久美子「覚えてる分だけ……って、言ってたけど。普通は1人も覚えてないわよね」

のあ「志乃が課長になって1年ほど。留美が追っている事件は把握しているのは想像できたけれど、覚えているとは思わなかったわ」

真奈美「これだけあれば、充分だな」

のあ「ええ、被害者がいないか探せるわ」

久美子「もう指示は出ているはずよ。被害者は、今のところ、増えていない」

楓「……どうしましょうか」

真奈美「相手は、優秀な刑事だ」

のあ「それを最もわかっている人間は、私よ」

楓「更に、拳銃を持ち出しています」

真奈美「追っているのは古澤頼子だ」

楓「古澤頼子を手にかければ、自首するとも言っていました」

のあ「……」

まゆ「のあさん……どうしますか」

のあ「迷うことはないわ」

真奈美「聞かせてくれ」

のあ「友人と呼べる人物は、私にはほとんどいないわ。この事件を起こした理由が、見当もつかない。だけれど、道を踏み外したとしても、友人であることには変わりはないの」

楓「……」

のあ「だから、留美に次の事件は起こさせない。止めるわ、絶対に」

真奈美「気持ちは一緒だ。のあの望む通りに」

まゆ「はい……のあさん」

真奈美「追うべき対象は」

のあ「和久井留美、古澤頼子、それと志乃のリスト。何を選ぶか」

久美子「のあさん、もう1人いるから」

のあ「もう1人?」

久美子「音葉ちゃん。多分、優先的に調べてくれないから、のあさんにお願いしたいの」

のあ「無事だと信じているけれど、久美子の意見に賛成よ。人命よりも優先することはないわ」

久美子「ありがとう!」

のあ「それと、留美を追えない理由があるとか言っていたけれど」

久美子「それもあわせて、科捜研で説明するわ」

のあ「わかったわ。楓とまゆにお願いを」

まゆ「なんでしょうか?」

のあ「夕食の準備を。私達だけでなく、署内全員分よ。費用は私が出すわ、飲み物や軽食の差し入れも十分に。いいかしら」

楓「わかりました」

真奈美「久しぶりに金持ちらしい強引さだな」

のあ「多くの人数を動かすのが解決には早いもの。真奈美にもお願いを」

真奈美「なんだ?」

のあ「留美と古澤頼子の情報も集めるなら、今よ。有益な情報に報奨金を、警備会社に人を出すように指示を」

真奈美「それでこそ、高峯のあだな。わかった」

のあ「久美子、科捜研に案内してちょうだい」

久美子「わかったわ」

のあ「はじめましょう。今日の夜はまだ、始まったばかりよ」

22

清路警察署・科捜研

久美子「志希ちゃん、調子はどうかしら」

一ノ瀬志希「久美子ちゃん、音葉ちゃんがいなくて大変すぎる!」

一ノ瀬志希
科捜研所属。鼻が利くタイプ。、音葉がいなくなって、こう見えても慌ててるようだ。

久美子「仕方がないわ、一番肝心な人材がいないもの」

のあ「泉、協力してくれてありがとう」

泉「平気。志希さんと会うのも初めてじゃないしさ」

志希「そもそも、犯人の追跡が第一だから追跡システムに詳しい音葉ちゃんを科捜研に置いたのが失敗だったんだよ~。志希ちゃんなら、誘拐されても何とかできるのに」

のあ「志希、もう1度言ってちょうだい」

志希「誘拐されても何とかできるのに?」

のあ「そっちじゃないわ」

志希「追跡システムに詳しい音葉ちゃんに待機してもらった……あ!」

久美子「まさか、音葉ちゃんを独りにするため?」

のあ「新田巡査を追わせた。幾つか事件を起こして、科捜研から人払いをした」

志希「そこまで計画してたか、留美にゃんを侮ってた」

のあ「久美子、留美を追えない理由は」

志希「それは、消えたから!」

のあ「消えた?」

志希「イズミーオ、説明よろ」

泉「あそこにある監視カメラの映像を出すよ、時刻は今日の夕方」

のあ「科捜研の入り口ね」

泉「早回しするよ。5分くらい見て」

のあ「……」

泉「のあさん、何かわかった?」

のあ「何もわからないわ。人の出入りもない」

久美子「留美さんが出入りしたのは、この時間よ」

のあ「映像が、差し替えられている」

志希「そういうこと!追跡システムを悪用してる!」

久美子「この科捜研は、多くの監視カメラにアクセスできるわ」

志希「それで、特定の人物を追跡するシステムもある」

泉「そのシステムを使って、対象が映っていたカメラの映像を前後の動画で差し替える」

久美子「対象は、もちろん留美さんよ」

志希「あと、車両追跡システムも」

のあ「でも、改竄の痕跡はわかるでしょう」

久美子「映像を見ればできるわ。でも、どこのカメラのどの時間の映像か特定できない」

志希「全部見てらんないから、追跡システムがあるんだよ」

泉「データ改竄の痕跡は警察には送られない。監視カメラ全部の動作チェックをするわけにもいかないし」

志希「したところで意味がない。留美ちゃんのこれまでは推測できるわけだし」

のあ「見つかるまでの時間稼ぎ。消えてるのは留美だけ?」

泉「おそらく。この気持ち悪いコードを見る限りは」

志希「あー、音葉ちゃんのコードはね。音葉ちゃんのコードは人類の論理学では計り知れないからねぇ」

泉「これで流れるように動くのが不思議……いわゆるスパゲッティコードだし」

志希「イズミーオ、逆コンパイルした?」

泉「え?したけど」

志希「音葉ちゃん、コンピュータ言語で書けるから。楽器と同じ要領で、何種類か」

泉「は?ありえない、天才?」

久美子「色々と天才だったわ、昔から。浮世離れしているから、芸術畑でしか生きられないと思ってた。でも、音葉ちゃんは勉強して、組織の一員として働いてる。奇跡的よ」

泉「昔からの知り合いなんだ」

久美子「そうよ、だから助けたいの。留美さんは、そんなことしないと、信じてるけれど」

志希「久美子ちゃん、音葉ちゃん大好きだよね~。志希ちゃん、ジェラシー」

久美子「志希ちゃん?志希ちゃんを休職扱いにするのにどれだけ頭下げたかわかってる!?慣れない英語で片っ端から研究機関に電話かけて探したのも知ってるでしょ!?」

泉「あ、意外な琴線。一重美人が凄むとカッコイイよね」

のあ「泉は冷静ね」

泉「殺意を向けられてるわけじゃないから」

のあ「まぁ、上司に立てつく時はもっと凄いらしいわよ」

泉「そっちは見たくない。社会人の大変さはまだ知らなくていいや」

志希「久美子ちゃん、ステイステイ!オルゴール!」

久美子「オルゴール……そうね、オルゴール」

のあ「良い音ね。どうしたのかしら」

志希「音葉ちゃんからの誕生日プレゼント。思考リセットに使う。イズミーオも使うといいよ、煮詰まったけど詰まりたくない時に」

泉「なるほど、音葉さんに選んでもらおうかな。綺麗な音」

のあ「事件が解決したら、ね」

久美子「無駄なことに逆上したわ。ごめんなさい」

のあ「久美子、今していることは」

久美子「音葉ちゃんの追跡妨害ウィルスを消そうとしてる」

泉「志希さんと一緒にやってるけど……」

志希「ヤバイ。消したらすぐに復活する」

泉「のあさんは知ってると思うけど、謎の音声ファイルが幾つか。失敗した代わりに手に入る」

のあ「音声ファイル?泉、再生できるかしら」

泉「再生できるよ。はい」

久美子「……何これ?音葉ちゃんの声のような……違うような」

のあ「志希、聞き覚えは」

志希「ある!音葉ちゃんが趣味で作ってる人工言語だ!」

泉「趣味で言語作れるんだ……」

志希「こだわってるのは人類未踏の発音だから、ルールは簡単だよ。音葉ちゃんの家のパソコンにデータが、あったあった!」

久美子「音葉ちゃんからのメッセージ?」

志希「ルールは簡単!最初の3音が重要なんだ~。イズミーオ、もう1回。ゆっくりめで」

泉「わかった……どうかな」

志希「1音目は日本語か英語の選択、2音目は単語の数、3音目以降は動詞・名詞・形容詞とかの分類、2足す2音目の数字を足したそれからはアルファベットか音葉ちゃんが作った単語帳から引けばいい」

のあ「この音声ファイルの意味は」

志希「イズミーン、音葉ちゃんのデータ一覧送ったからプログラミングしてみて」

泉「わかった。やってみる。うん、これは人間でもわかる表だ。音声サンプルもあるし、出来そう」

志希「それで、この意味だけど~。日本語、1、名詞、ビー、ユー、ジェイ、アイ」

のあ「ブジと読む日本語の単語。無事」

久美子「無事……本当ならいいんだけど」

志希「他のも再生してみて」

泉「これとか、街頭ビジョンを乗っ取る時に入ってたやつ」

久美子「ごめん、聞き取れない」

のあ「流石の私もルールが分からないと難しいわ」

志希「無事、空き家、移動、終わり」

のあ「まだ留美と一緒に行動していた」

泉「最近の方がいいかな、これは」

志希「英語、8、数字、数字、数字、記号、数字、数字、数字、数字」

のあ「数字は後で良いわ。郵便番号よ」

泉「出来た!データベース化してあったから、簡単だった。ありがとう、音葉さん」

志希「さすっが~。出して出して」

泉「うん。古い順から出すね」

久美子「無事、移動がほとんどね」

のあ「郵便番号らしき数字、住所らしき数字、謎のアルファベット3つは頭文字かしらね」

志希「アドレスが1個ある。どこにつながった?」

泉「共有フォルダみたい、パスワードが掛かってる」

のあ「パスワードらしき文字列もあるわ」

泉「これか、開いた!謎のコードファイルがあるけど、どうする?」

のあ「久美子、どうするの」

久美子「音葉ちゃんが作ったものなら、使って。ウィルスのワクチンだと思うから」

泉「消えた、意味不明なコードが意味不明なコードで……とにかく、これからは追跡も出来るはず」

志希「最後は、おやすみなさい?」

久美子「音葉ちゃんがいる場所を知らせてる!のあさん、行きましょ!」

のあ「待って。付近の監視カメラは」

志希「これが近いかな、路上の監視カメラ」

泉「2ヶ所改竄の形跡がある」

志希「2ヶ所ということは?」

のあ「入る時と出た時。留美はいないわ。久美子、車を出してちょうだい」

23

清路市内・某廃屋

のあ「この扉、内カギよ」

久美子「内カギの部屋なんて何に使うのよ」

のあ「そうね、折檻とか。窓もないみたいだもの」

久美子「このご時世に、そんな部屋を?」

のあ「だから、廃屋になったのでしょう。誰にでも使いやすいわ。開けるわよ」

久美子「ええ、準備はいいわ」

のあ「音葉!」

久美子「音葉ちゃん!」

梅木音葉「……すぅすぅ」

梅木音葉
科捜研所属。耳が利くタイプだが、眠りは深いらしい。自分の腕を枕にして眠っている。

のあ「おやすみなさい、って……そのままの意味なのね」

久美子「音葉ちゃん、起きて」

音葉「あ、久美子さん……おはようございます」

久美子「なんでそんなに余裕なのよ……調子は大丈夫?」

音葉「よく眠ったのでスッキリしました……音声データを解析しましたか……?」

のあ「そうよ。志希がいてくれて助かったわ」

音葉「さすが志希さんです……留美さんは見つかりましたか……」

のあ「いいえ」

音葉「そうですか……」

久美子「留美さんに協力したの?」

音葉「私の意思では……拳銃を突きつけられるのは……生きた心地がしませんね」

のあ「脅迫された、ということ。久美子、まずは安心していいわ」

久美子「はー、とりあえず、一安心。無事で本当に良かったわ」

のあ「留美に命令されたことは」

音葉「追跡システムを改竄しました……」

久美子「そっちは音葉ちゃんの音声データで何とかなった」

音葉「車両追跡システムはまだです……自分で修正します」

のあ「街頭ビジョンは」

音葉「急遽……発信元を突き止めて欲しいと」

のあ「留美は一緒にいたのかしら」

音葉「はい……ここで留美さんに情報を渡しました」

のあ「閉じ込められたのは」

音葉「その時です……電子機器も取り上げられてしまいました」

のあ「新田巡査は」

音葉「新田巡査ですか……いませんでした」

久美子「同行していない?」

音葉「新田巡査に……何かありましたか?」

のあ「詳しい話は後にしましょう」

久美子「音葉ちゃん、1つ聞いていい?」

音葉「なんでしょう……?」

久美子「どうして、寝てたの?」

音葉「やることはありませんし……ここで眠れば捜査に復帰しやすいですから」

のあ「……久美子の部下は元気ね」

音葉「今日の夜は長そうだったので……科捜研に戻りましょうか。やることがあるので」

のあ「結果的に戦力が確保できたわ。留美を追いましょう」

久美子「私も同感。色々悩んでたのもこれでお終い。帰りましょ」

24

清路警察署・科捜研

まゆ「音葉さん!おかえりなさい、ご無事ですか」

音葉「はい……この通り平気です」

久美子「帰りの運転もしてもらったわ。元気いっぱい」

志希「音葉ちゃん、心配したよ~。失踪はダメ」

音葉「すみません……志希さん」

のあ「志希が言うと説得力がないわね」

まゆ「皆さんに差し入れです、どうぞ」

久美子「これ、あそこの高級中華じゃない」

まゆ「はい、警察とのあさんの名前を出したらサービスしてくださいましたぁ」

志希「凄い美味しい。ね、イズミーオ」

泉「うん、フカヒレの姿煮食べちゃった……家族にはヒミツにしよう」

まゆ「音葉さんもどうぞ。お飲み物もたくさんあります」

音葉「ありがとうございます……私は車両追跡システムの修正を」

久美子「お願い。志希ちゃん、古澤頼子か留美さんは見つかった?」

志希「ぜんぜんだよー。街中の監視カメラの位置把握してるのかも~」

久美子「清路市内は監視カメラ王国というわけではないものね、穴は幾らでもある」

泉「そうだ、のあさん。これ見て欲しいんだ」

のあ「いいわ。何かのウェブサイトかしら」

泉「今日の正午に立ち上がった掲示板。読むのも書き込むのもフリー」

のあ「内容は……フム」

泉「留美さんに見つけてもらいたいように、目撃情報を書くのが目的」

のあ「私が真奈美に指示したのとは無関係ね」

泉「不正確な情報も多いし、時間と場所を整理しても行動すらわかんない」

志希「イズミーオに勝手にデータを集めるアルゴリズムは作ってもらったから、そっちを見るといいよ」

泉「まとめたのはこっち。清路市の地図を背景にしておいた」

のあ「やたらに多い場所があるけれど、これは市立美術館ね」

志希「前に働いてたんでしょ?」

のあ「その通りよ。泉、複数回アクセスしている端末とか特定できるかしら」

泉「やってみたけど、刑事さんの端末までは辿り付けなかった」

のあ「しかし、留美の目的はわかった。泉、お手柄よ」

泉「目的?」

のあ「監視カメラに映らないなら、人を使えばいいの」

志希「なるほど、そういうことか~」

のあ「協力者を殺害して、古澤頼子の行動にも制限をかけてる。異常に荒っぽいけれど」

泉「でも、この情報だと追いきれないと思うよ?」

のあ「いいえ。彼女は知ってるわ、私達の知りえないことを。久美子、聞いてるかしら?」

久美子「聞こえてる。新田巡査の殺害現場から、何か情報を得た」

のあ「そういうことよ」

泉「なるほど」

のあ「まゆ、ちょっと来てちょうだい」

まゆ「はぁい、ただいま。のあさん、どうしましたか」

のあ「泉、助かったわ。でも、時間が時間よ。中学生をこれ以上残すわけにはいかないわ」

泉「私は大丈夫だけど」

のあ「あなたは大丈夫でも、家族と友人が心配するわ。送るから帰りなさい」

泉「わかった。何かあったら、連絡して」

のあ「ええ。念のため、独りにはならないように」

泉「うん。明日の朝は、さくらと亜子に迎えに来てもらおう」

のあ「まゆもお疲れ様。明日も学校でしょうから、戻ってちょうだい」

まゆ「ここにいたいですけど……のあさんが言うなら、そうします」

のあ「高垣楓に送ってもらいましょう。どこにいるかしら」

まゆ「ロビーにいたと思います」

のあ「泉、帰り支度をしたらロビーに来てちょうだい」

25

清路警察署・ロビー

まゆ「楓さん……お疲れ様です」

のあ「頼みたいことがあるのだけれど」

楓「なんでしょう?」

のあ「まゆと泉を送ってちょうだい」

楓「かしこまりました。中華と和食、ご馳走様です」

のあ「和食もあるのね。あなた、意外と大胆で遠慮がないのね」

楓「のあさんをご存じで、大きな厨房があるところを選んだんですよ。費用は、のあさんのお気持ちで」

のあ「安く仕入れるつもりはないわ。良い判断よ、楓」

楓「ありがとうございます」

のあ「もう1つ、お願いしていいかしら」

楓「どうぞ」

のあ「まゆと一緒に事務所にいてちょうだい。まゆ、客室は使えるわよね?」

まゆ「もちろん、いつもピカピカにしてありますよぉ」

のあ「好きに使っていいわ。留美にも馴染みが深い場所よ、まゆと一緒に守ってくれないかしら」

楓「……わかりました」

のあ「ちょっと間があったわね。何か、懸念していることでもあるのかしら」

楓「残りたい気持ちもありますが、帰ります。ひとつ、気になっていることがあって」

のあ「聞くわ」

楓「やっぱり、留美さんがこんなことをするとは思えません」

のあ「それは、同感だけれど」

楓「何か……大きな理由があるような気がして」

のあ「……」

楓「強くて曲がることのない留美さんが……折れてしまうような理由」

まゆ「……」

のあ「楓、私も思っていたわ。何か、見逃しているような」

泉「のあさん、準備できた」

のあ「楓、頼むわ。あなたの疑問も解決するわ、必ず」

楓「わかりました。まゆちゃん、泉ちゃん、行きましょうか」

のあ「……さて、真奈美でも探そうかしら」

26

清路警察署・少年課

のあ「真奈美、お疲れ様」

真奈美「のあ、音葉君が無事に見つかったようで何よりだ」

仙崎恵磨「のあさん、お疲れ様!」

仙崎恵磨
清路警察署少年課所属。階級は巡査。バディは相馬夏美。夜でも元気だが、朝は弱いとのこと。

のあ「恵磨、応援かしら」

恵磨「勝手に来てみたから、手伝いを。本当は警邏の手伝いをしたいんだけどさー」

のあ「夏美が入院中だものね」

恵磨「そうなんだよ!夏美が単独行動で怪我したのに、独りで行けるわけないじゃん」

真奈美「夏美君の様子はどうだい?」

恵磨「手術も成功したから、警察病院のベッドで元気に暇してる」

のあ「大丈夫そうね」

恵磨「話し相手が必要そうだから、お見舞い行って。病気じゃないから、気を使わなくてもいいし」

のあ「そうするわ。真奈美はどうしてここに?」

真奈美「気になったことがあってな、仙崎君に情報を聞きに来た」

のあ「気になったこと?」

真奈美「古澤頼子が言っていた協力者は4人と言った。だが、1人足りない」

のあ「新田巡査、桐生つかさ、シスタークラリス……そうね、1人いないわ」

恵磨「桐生つかさ、って女子高生社長でしょ。少年課で関係しそうな人を調べてみたけど、うーん、いない」

のあ「夏美には聞いたかしら」

恵磨「聞いた。思い当たるような子はいない、桐生つかさの会社は見に行ったこともあるけど真っ当で安心した、って」

のあ「会社は真っ当でも、裏があったわけね」

恵磨「そこは夏美でもわからないよね。また自分を責めてそうだから、言っとく」

のあ「そうしてちょうだい」

真奈美「のあ、何か心当たりはあるか」

のあ「心当たり……思い出したわ」

真奈美「あるのか?」

のあ「思い出したというよりは、すっかり忘れていたわ。渋谷凛がいるじゃない、会いに行きましょう」

27

清路警察署・留置場

のあ「あれ、友紀がいるのね。こんな時に捕まったの?お酒は適量に、と言ったでしょう」

友紀「ちがーう!凛ちゃんの警護、礼子署長からご指名で」

のあ「格子の中にいるから、てっきり」

友紀「それに、捕まるほど飲まないよ。のあさんの差し入れが美味しくて、ビールが欲しいけどさー」

凛「ずっとこんな感じなんだけど……本当に優秀なの?」

のあ「私が思うに優秀よ。真奈美、どう思うかしら」

真奈美「市長から表彰も受けてる。実力は柊課長が目をつけるほどだ」

凛「その話も本当なんだ」

友紀「親しみやすい、ってことだよね」

凛「そういうことにしておく」

のあ「渋谷凛、事件については聞いてるかしら」

凛「あんまり、時々聞こえてくるけど。あの警部補が犯人だった、って」

友紀「あたしも聞いてない。考え事が増えると、任務に集中できないからねー」

真奈美「なるほど、そういう方法もあるのか。参考になるな」

のあ「古澤頼子の協力者について教えて欲しいの。いいかしら」

凛「いいけど……大丈夫なの?」

のあ「友紀、大丈夫かしら」

友紀「オッケー、任せてよ!」

のあ「留美は、あなたの安全を第一に考えて情報を秘匿したわけじゃないわ」

真奈美「今日の事件で、のあや古澤頼子に先手を取るためだ」

凛「それなら、誰これ構わず言うべきだった、ってこと?」

のあ「一番信頼している人物に裏切られたのは、私も同じ」

真奈美「正しい判断は難しいよ」

友紀「よくわかんないけどさ、身を守るのが一番でいいと思うよ」

凛「……そっか」

のあ「協力者を教えて。桐生つかさ、シスタークラリス、新田美波の他に知っている人物を」

凛「全部知ってるわけじゃないよ。古澤頼子しか知らない人物もいるはず」

のあ「それでもいいわ。候補者は」

凛「小室千奈美はどうかな」

真奈美「確認してる。無事だ」

のあ「もしかして、小室千奈美に接触したのはあなたなの?」

凛「そうだけど」

のあ「これまで聞いた、小室千奈美の証言と一致するわね」

凛「途中まで協力的だったけど、手を引いた。頼子も何も言わなかったから、そのまま」

のあ「それで安心したわ。他には」

凛「吉岡沙紀と小松伊吹は?壁にサインを描いたりしてた」

真奈美「その2人も大丈夫だ。完全に足を洗ってる」

凛「あとは……真鍋いつき、は?」

真奈美「真鍋いつき?」

のあ「パルクールの先生ね」

真奈美「彼女、古澤頼子に協力していたのか?」

凛「1回パルクールを習っただけ。根が正直そうだから、頼子もそれっきりで会ってないはず」

真奈美「一応確認しておこう」

のあ「他には」

凛「そんな所だけど……あ、探偵さんを誘拐した時にいた」

のあ「あなた、私の誘拐にも関わってるの?」

凛「車に載せただけ。運転は詩織、主犯は『化粧師』、それともう1人。保険だって、言ってた」

真奈美「保険?」

凛「失敗しそうな時に使う、って」

のあ「誰かしら」

凛「名前は、ちょっと待って思い出すから。探偵さんの知り合いだよ、多分」

のあ「私の知り合い?」

真奈美「心当たりはあるか?」

のあ「ないわ。友人の少なさには自信を持ってるもの」

凛「名前と苗字があわさると、不思議な響きになるんだよね。気の弱そうなOLで……思い出した」

のあ「名前は」

凛「三船美優。『化粧師』が呼んで来て、誘拐の時に初めて会った」

のあ「三船……美優?」

凛「うん。頼子の協力者にしては、なんか冴えない感じだったよ」

のあ「写真を確認してちょうだい。彼女かしら」

凛「そう、この人。知り合い?」

のあ「真奈美、瀬名詩織にも確認してきて」

真奈美「わかった。聞いてくる」

凛「向こうにいるから」

のあ「鷹富士神社の近くで会ったのも、みくにゃんのライブ会場で会ったのも、先日会ったのも……警察官になることを留美に勧めたのも、偶然じゃない」

凛「この人、どういう人なの?」

のあ「留美の友人よ……大切な、とても大切な友人だった」

真奈美「確認が取れた、やはり三船美優だ」

のあ「真奈美、三船美優を探しましょう。今すぐに」

28

清路警察署・ロビー

のあ「大和巡査部長!」

亜季「高峯殿……本官は疲れたでありますよ。課長の許可が出たので、帰宅するであります」

真奈美「いつもの元気がないな」

のあ「仕方ないわ。聞きたいことがあるのだけれど」

亜季「もちろんであります」

のあ「三船美優を知ってるかしら」

亜季「知っているでありますよ。警部補殿は昨日も会っていたであります」

のあ「昨日も会っていたの?」

亜季「ええ。ライブのチケットがないので、ご友人と出かけたと」

のあ「留美の様子、おかしくなかったかしら」

亜季「おかしいとは思わなかったでありますが、いつもよりは捜査に対して淡泊だったような気もするであります」

のあ「言われてみれば、そうね。熱意に溢れていなかった」

亜季「そのご友人に、何かあったでありますか」

のあ「三船美優の安否を調べることを、志乃にお願いするわ」

亜季「何故で、ありますか」

のあ「留美を変えるために彼女を仕向けたのよ、古澤頼子が」

29

清路警察署・和久井班室

真奈美「情報の方は落ち着いた。理由は深夜にさしかかっているからだな」

のあ「報奨金を支払えるようなものは……なさそうね」

真奈美「和久井警部補、古澤頼子共にな。大石君が見つけてくれたウェブサイトの方が有益そうだ」

のあ「ノイズが増えるだけね。これからの時間の情報は特に」

真奈美「のあが影響できる警備会社は動かしたつもりだ。それなりの人数は動いてもらっているが」

のあ「こちらの収穫は」

真奈美「情報はないが、市民の安全には貢献している」

のあ「古澤頼子も迂闊には動けないでしょう」

真奈美「それと、消防団が幾つか見回りに出てくれている」

のあ「消防団?真奈美、声をかけたのかしら」

真奈美「私じゃない。のあが食べている中華料理から、だな」

のあ「どういうことかしら」

真奈美「スタッフの1人が地域の消防団に所属している。のあ、ここ1年くらいで消防団に設備や資金を寄付してないか?」

のあ「しているわ。父から受け継いだゴルフ会員権を整理して、余裕ができたから」

真奈美「本当の理由はさておき、のあの名前で動いてくれている」

のあ「後日、お礼を言っておくわ」

真奈美「本当の理由は」

のあ「真奈美なら、わかっているでしょう。まゆ、よ」

真奈美「そうか」

のあ「火がトラウマになってるわけではないけど、傷は完全には癒えない。火事のニュースを見ると、まゆの手が止まるのよ」

真奈美「佐久間君は知っているのか、寄付のこと」

のあ「言ってはいないわ。私の」

真奈美「のあ、着信じゃないか」

のあ「本当だわ。水嶋さんからね、もしもし」

水嶋咲『のあさん、こんばんは!』

水嶋咲
喫茶St.Vのアルバイト。昨年末から働いている。次に働くカフェが見つかったとか。

のあ「お疲れ様、水嶋さん」

咲『上に行ったら、のあさんは出かけてるみたいだから電話したんだ。本当は、直接話した方がいいんだけど、忙しいみたいだから』

のあ「何かあったのかしら」

咲『見つけちゃった、解除しておいたから安心してっ。サンタから教わったし、手先は器用なんだ♪』

のあ「もしかしてだけれど……爆弾かしら」

咲『うん、発火装置もね』

のあ「どこで、見つけたの」

咲『建物の裏側、塀に取り付けられてた』

のあ「まゆと楓に伝えたのかしら」

咲『まゆちゃんとオッドアイの美人さんに言わない方がいいかな、って』

のあ「それでいいわ、不安にさせる必要はないもの。真奈美、事務所の監視カメラを確認して」

真奈美「事務所の?わかった」

咲『高峯ビル辺りは調べてみたよ、他は何にもなかった』

のあ「いつ起動させるつもりか、わかるかしら」

咲『近くで信号を出さないと起動しないタイプだった。物理的なロックもあったよ』

のあ「使うつもりがなさそうな感じね」

咲『何かの保険だったのかな。そういえば、高峯ビルって防火仕様?』

のあ「ええ。爆発にも強いはずよ。ガラスも防弾にしてあるわ」

咲『良かった♪しばらくはSt.Vで見張ってようと思うんだ。どう?』

のあ「お願いできるかしら。まゆと楓も安心するでしょう」

咲『任せて!塹壕で48時間構えていた時より楽だもん。ばいばーい♪』

のあ「ありがとう、助かったわ」

真奈美「のあ、監視カメラを調べてみた」

のあ「不審な人物は」

真奈美「見つかっていない。事務所は安全だ」

のあ「仕掛けたのは古澤頼子でしょうね」

真奈美「入手できるなら、彼女しかいない。だが、手法がお粗末だな」

のあ「私を殺すこともできないでしょう、使われたとしても」

真奈美「それなら目的はなんだ?」

のあ「狙っているという事実が重要だったのかしら」

コンコン……

志乃「ちょっといいかしら……」

のあ「志乃、ここにいていいのかしら」

志乃「やっと時間ができたわ……真奈美さん、飲み物をいただけるかしら」

真奈美「もちろんだ、柊課長」

志乃「お邪魔するわ……新情報と二人に話したいことがあって」

30

清路警察署・刑事一課和久井班室

真奈美「柊課長、コーヒーでいいかな」

志乃「ありがとう……いただくわ」

のあ「何か食べるかしら」

志乃「お気遣いは不要……つまんでいるからいいわ」

のあ「新情報というのは」

志乃「遺体が見つかったわ……ひとつは拉致監禁の容疑者、新田巡査の手錠が使われていたわ」

真奈美「のあの推測通り」

志乃「妙に遺留品が多くて……意図を感じるわ」

のあ「留美が、次を示すためよ。おそらくは、新田巡査の遺体を置く場所だったところ」

真奈美「古澤頼子が現れたから、プランを変更したのか」

のあ「そう思うわ。遺体はひとつでは、ないのね」

志乃「ええ……三船美優さんの遺体が見つかったわ」

真奈美「こっちも、のあの予想通りか」

志乃「亡くなったのは昨日ね……島村卯月さんの事件が起こった時には、もう……」

のあ「留美に変わった様子はなかったかしら」

志乃「思い返せばあるわ……けれど、難しいことは知っている」

のあ「志乃が教えたことだものね」

志乃「そう……私が、その立場でも騙す自信はあるわ」

真奈美「彼女が、最初の被害者か」

志乃「ええ……でも、これまでとは様子が違ったわ」

のあ「様子が違う?」

志乃「今回の事件は……苛烈な怒りを噴出したような現場がほとんどだったわ」

真奈美「それとは違う、と」

志乃「見てもらえればわかるわ……30分後には警察の捜査も一段落するわ、その頃に行ってちょうだい」

のあ「志乃が許すなら、行くわ。留美の足取りは」

志乃「以前として不明……移動してない可能性もあるわ」

真奈美「移動していない?」

のあ「志乃の考えは」

志乃「既に古澤頼子の居場所に目をつけ……待機している。あの子……我慢強いもの」

のあ「我慢強いことは、よく知ってるわ」

志乃「ええ……新情報はこんなところよ。皆、がんばってくれてるわ」

真奈美「ああ」

志乃「それとは別に……話したいことがあるの」

のあ「……何かしら」

志乃「謝るわ……あの子を止められなかった」

のあ「志乃のせいじゃないわ。三船美優は大学1年からの友人よ……あなたよりも、古澤頼子は早かった」

真奈美「私が思うに、偶然状況が揃っただけだ」

のあ「私も、そう思うわ」

志乃「私達は警察官よ……そうあるべきなの」

のあ「……」

志乃「私に任命責任もあるわ……新田巡査も含めて」

のあ「新田巡査は志乃が連れて来たのかしら」

志乃「採用したのは私よ……刑事一課希望の女性警察官の受け入れ希望が来たから、決めたわ。留美の元に配属させたのも、私」

のあ「留美の元につけないのは難しいでしょうね」

真奈美「わざわざ別の人物につけるほうが変だ。優秀な女性警察官がいるのに」

志乃「責任は取るわ……ことが終わったら、課長からは降りるの」

のあ「降りたがっていたじゃないの、志乃は」

志乃「もう一度やり直すわ……礼子が許してくれそうだから」

真奈美「……」

志乃「のあさん……気になっていることがあるかしら」

のあ「ええ。志乃と留美のやり方について」

志乃「私達の秘訣は……もう、わかっているでしょう」

のあ「選択と効率化」

志乃「そういうこと……探偵さんの推察は」

のあ「志乃と留美は過去の事件を暇があれば読み込んでいる。そして、順番をつけている」

志乃「そうね……あっているわ」

のあ「どのような証拠、時間、労力が必要か目星をつけ、過去の事件を解決していく。緊急性の高い事件の合間で」

志乃「そうよ……救いを求める犯罪被害者の声を聞かずに、優先度を決めているの。心ではなく理性で」

真奈美「……」

のあ「何も解決できないよりは、いいわ。それと、一番大切な仕事は初動」

志乃「ええ……」

のあ「今なら久美子とかもいるけれど、私と留美が会った頃の志乃はお世辞にも動かせる人間が少なかった」

志乃「ご明察……気づいていると思ってたわ」

のあ「留美は才覚があるとはいえ、まだ未熟だった」

真奈美「そうか、のあを使ったのか」

志乃「そうよ……あの子が一人前になるまでは、あなたが必要だったの」

のあ「別に責めてはいないわ。結果的には、良いこと」

志乃「成果をあげることもあるけれど……それだけじゃないわ。あなた達には友人が必要だったわ……あなたには、仕事も」

のあ「……」

志乃「本当は……ちゃんと高校を卒業して警察官になって欲しかったの」

のあ「何回か言ってたわね。忠言を聞かなかったことは謝るわ」

志乃「いいのよ……今は元気そうだもの。真奈美さん、ありがとう」

真奈美「私?私は何もしていないさ、のあが決めたことだよ。私がここにいるのも」

志乃「両親を失ったあなたを……助ける方法は他にもあったわ。でも、私は刑事だったから……この方法にしたわ」

のあ「……」

志乃「もう一度謝るわ……友人を、失わせてしまったの」

のあ「友人?そうか、友人ね……」

真奈美「何か閃いたか?」

のあ「私のビルにも爆弾が仕掛けられていたわ」

志乃「初耳なのだけれど……平気かしら」

のあ「問題ないわ。雪乃の寛容さに感謝しないと。何故、私を狙ったのか」

志乃「古澤頼子は……探偵さんと因縁があるわ」

のあ「それなら『化粧師』に主導させないはずよ。残念だけれど、私にそこまで興味はなさそうよ。この状況で登場人物としてはキャスティングされているけれど」

志乃「……三船美優さんはあの子の友人だったわ。あなたも友人よ」

のあ「そういうこと。古澤頼子は、留美を今の状況に陥れるためならどんな手でも使うわ」

志乃「話はわかったわ……友人や親族の無事を確認しましょう」

のあ「キャスティングされているから、殺しはしない程度。爆弾が雑な理由もわかったわ」

志乃「適任は……ヘレンがいるわね。他県の警察にも依頼を」

のあ「ヘレンならやってくれるわ」

真奈美「つまり……警部補はやるしかなかったのか。のあを含めて、誰かが犠牲になる前に」

のあ「古澤頼子が配役した、と言い切る理由もわかったわ」

志乃「賢い方法ではないわね……私刑はどんなことがあっても許されはしない」

のあ「ええ」

志乃「可愛い部下だもの……止めましょう」

真奈美「だが……そうなると、古澤頼子の目的はなんだ?」

のあ「真意はわかりたくもないわ。古澤頼子が求めている状況なのは確かだけれど」

志乃「測りかねるわ……殺されたがっているわけでもないでしょう」

真奈美「この状況を楽しんでいるだけ、か?」

のあ「状況を楽しむのに、身の危険はいらないわ」

志乃「いずれにせよ……捕まえればわかること」

のあ「同感よ」

早苗「志乃さん、ちょっといい?」

志乃「早苗さん……お疲れ様。こんな時間までご協力ありがとう」

早苗「困った時はお互い様。また、自首してきたわ。志乃さんが会った方が早いと思う」

志乃「行くわ……こんな手段で犯罪が減るのは本意じゃないの。わかってもらえるかしら……?」

のあ「ええ、わかってるわ」

志乃「ありがとう……早苗、案内してちょうだい」

早苗「こっちよ」

のあ「……」

真奈美「落ち着くには当分かかりそうだな」

のあ「そうね。真奈美、30分休憩したら出る準備をしましょう」

真奈美「わかった。目的地は」

のあ「三船美優の所へ。志乃の言う通り、直接現場を見るわ」

31

三船美優の自室

三船美優の自室
女性向けアパートの205号室。セキュリティ・防音共に評判は良い。アロマの良い匂いがする。

のあ「久美子、本当にお疲れ様」

久美子「のあさん、来たのね。ちょうど終わったから、現場見る?」

真奈美「科捜研は久美子君だけか?」

久美子「ええ。もう1つの現場は志希ちゃんにお願いした。音葉ちゃんは科捜研で作業中。ああ、警護は増えてるから安心して」

のあ「現場を見るわ。久美子、案内してちょうだい」

久美子「こっちよ。三船美優さんの遺体は壁に寄りかかった状態で発見されたわ」

のあ「変哲もない一人暮らし用のアパート。間取りは1K」

真奈美「良い匂いがするな」

久美子「そこのアロマディフューザーが、ずっと動いてたから」

のあ「遺体の状態も綺麗ね」

久美子「外傷もないし、死後に消毒されてるわ。キッチンに消毒用アルコールがあったから、それを使ったのかと。留美さんの指紋もあったし」

のあ「目的は腐敗を遅らせるためかしら」

久美子「発見を遅らせるのか、単に綺麗にしたかったのか。どちらか」

のあ「三船美優は会社員だったわね、職場に連絡は」

久美子「体調不良で休む旨をメールで連絡してるわ。発信元はテーブルの上に置いてあったケータイ」

真奈美「本人じゃないよな」

久美子「おそらく」

のあ「通信機器が残ってるのは初めてね。何か見つかったかしら」

久美子「留美さんとよく連絡取っていたわ。普通の友人関係過ぎて、起こった事件と整合性がない」

のあ「他に発信元は」

久美子「渋谷凛と同じケータイから連絡が来てた」

真奈美「青木麗君が持っていたケータイか」

のあ「古澤頼子と連絡を取っていたのね」

久美子「それ以外は小まめに消してたみたい。部屋を見ればわかるけれど、綺麗好きで整理整頓ができてる」

のあ「データの復元できるかしら」

久美子「署に戻ったら、やってみるわ」

のあ「彼女の死因は」

久美子「遺体の足元に注射器があるわ。薬物による中毒死、詳細を知りたいなら解剖が必要」

のあ「注射器を使ったのは、犯人ね」

久美子「そうだと思うわ。注射器には留美さんの指紋がついてた」

のあ「持ち方は」

久美子「持ち方?逆手だと思うわ」

のあ「傷はどこにあったの?」

久美子「左胸。心臓の近くよ」

のあ「留美の利き手は」

真奈美「左利き。調査資料にも記載されている」

久美子「左利きの人が逆手で刺すとなると、後ろから?」

のあ「真奈美、私に刺す真似をしてみなさい」

真奈美「わかった。後ろから、こうだ」

のあ「腕が伸びてくるのが見えるわね、隙が多く失敗の可能性あり。真奈美、あなたならどうするかしら」

真奈美「左利きで逆手か。身長差は」

久美子「留美さんの方が被害者より3cm高い」

のあ「真奈美と私の差は4cm。留美と私は同身長よ」

真奈美「ちょうどいいのか。逆手なら、背中か……違うな。殺意があるなら、動脈近くに刺す。衣服のない場所。ここだ」

のあ「私の目はそこにはいかないわ」

真奈美「首だ。親しい相手には疑いを持たない」

のあ「留美に殺意があるなら、隙など作らない」

真奈美「殺意がないなら、注射など持ち出さない。事故じゃないな」

久美子「アルコールで遺体を拭くのに、注射針が拭けないことはないか」

のあ「右利きの人物が自ら刺した。こういうことに精通していない人物」

真奈美「三船美優は右利きか」

のあ「先日、三船美優と食事してるわ。私が見たのは、右利きよ」

久美子「ということは……自殺」

のあ「三船美優は小まめな性格……久美子、これ見ていいかしら」

久美子「手袋はしてるわね、オーケー。何のファイル?」

のあ「健康診断の結果ね。会社員は1年に1回は義務付け」

真奈美「抜けているな」

のあ「何かに使ったのでしょう。久美子、薬物の中身は」

久美子「分析中。見たことない感じだから、つまり……」

のあ「オーダーメイド。三船美優は赤血球が多めね」

真奈美「聞き覚えのある話だな」

のあ「西園寺琴歌を殺す毒を相葉夕美は知っていたわ。リスクを冒さずに手に入る、三船美優だけの毒」

真奈美「薬物を辿れば、和久井警部補が関与しているかわかるな」

久美子「調べてみる。成分じゃなくて、入手経路ね」

のあ「入手に留美が関与していないなら、三船美優は自殺でしょう」

真奈美「そうなると動機か」

久美子「古澤頼子の協力者だったのよね」

のあ「留美の情報を古澤頼子に流し、警察官への道を勧めた」

久美子「友人に裏切られるのは、ショックでしょうね」

真奈美「ショックではあるが、のあが私に裏切られていたとして、どうする?」

のあ「殴りも殺しもしない。冷静に処理するわ」

久美子「処理……言い方が逆に怖いわ」

のあ「和久井留美は、酷い裏切りを受けても逆上するかしら」

真奈美「しないだろうな」

久美子「友人だろうが、気にしないわよね」

真奈美「手錠をかけることを、躊躇わない」

のあ「動機につながるものは……あれとか」

真奈美「ガラス棚か?カギがついてるな」

久美子「日記かしら?」

のあ「一番最近のがないわ。久美子、見つかったかしら?」

久美子「いいえ。動機につながるようなものは見つかっていない」

のあ「カメラや盗聴器は」

久美子「探してみたけど、見つからない。ケータイ以外のデバイスもなし」

真奈美「動機は謎か」

のあ「目撃情報は、例えば争いごと」

久美子「そういうのもないわ。隣人は留美さんとも知り合いだから、昨日会っても疑いもしなかった」

のあ「昨日、何があったかはわからない」

久美子「わかることは」

のあ「三船美優が自殺したこと、留美はここにいたこと、留美が三船美優に代わって休暇の連絡をしたこと、留美が遺体を綺麗にしたこと」

久美子「それくらいね」

真奈美「のあ、疑問がある」

のあ「何かしら、真奈美?」

真奈美「裏切られた人間の遺体を、整えるか?」

久美子「そういえば、拭いた後にメイクも軽くしてるわね。『化粧師』のような技術はないけれど」

のあ「留美は、そもそも薄化粧だもの」

真奈美「証拠を隠蔽するわけでもない」

のあ「志乃が言っていた通り、苛烈な怒りも感じない」

真奈美「そもそも、自殺なら隠すことはあるか?」

久美子「留美さんは犯人ですらないわよね?」

のあ「意味があるということ。古澤頼子によって加えられた意味が」

久美子「それ、どうやったらわかるかしら」

のあ「本人に聞きましょう、それしかないわ」

32

深夜

清路警察署・科捜研

のあ「……」

真奈美「……」

久美子「どうかしら」

音葉「動きはありません……追跡システムは復旧しましたが」

志希「ぜーんぜんなし。寝てるよ、きっと」

真奈美「和久井警部補のことだ、動かないと決めたら」

のあ「動かないでしょうね」

久美子「留美さんが行きそうなところを潰してみるとか」

のあ「私より志乃が詳しくて、とっくにやってるわ」

志希「となるとー、怪盗の方でしょ」

真奈美「怪盗?古澤頼子のことか?」

志希「そうそう。胸元にモノクルがあった。モノクルといえば怪盗でしょ~」

のあ「古澤頼子の動きは」

音葉「ありません……あれだけ派手な格好です……情報が入るかと」

志希「今も着てて、隠れてなければ」

久美子「だけど、協力者もいないわ。単独で動くなら、隙が出るはずよ」

のあ「わかったわ。このままだと消耗するだけね。そして、そんな状態で出し抜けるほど留美は甘くないわ」

久美子「それは同感」

のあ「真奈美、どこかで仮眠しましょう」

久美子「あ、仮眠室は埋まってるからダメよ」

のあ「ええ。適当な場所を借りるわ。あなた達も休みなさい」

久美子「了解。交替で休みましょう」

33

清路警察署・和久井班室

のあ「……真奈美」

真奈美「ソファは寝心地が悪いのか?大和巡査部長の寝袋と交換するか、高性能だぞ」

のあ「ソファでいいわ」

真奈美「眠れないのか」

のあ「ストレスで寝すぎても寝れないことはないわ」

真奈美「そうだな。何か話したいことがあるなら、聞いておく」

のあ「……留美について」

真奈美「聞くよ」

のあ「初めて会った時、私は二十歳になっていなかった。留美は新米刑事だったわ」

真奈美「仲は良かったのか」

のあ「いいえ。まったく気が合わなかったわ」

真奈美「そうなのか?」

のあ「今思えば、どうしてあんなに言い争ってたのかしらね」

真奈美「前川君の話題はどうだ、共通の趣味だろう」

のあ「最初はそれも意見の相違があったわ。でも、みくにゃんの前ではちっぽけなもの。それに、真奈美が来た後でしょう、距離感が分かってきたから喧嘩もないわ」

真奈美「その前に共通の話題はあったのか。柔道とか」

のあ「そこも気に食わないわ。組み手が左でやりにくいのよ」

真奈美「私よりよほど、気が合いそうなんだがな」

のあ「似たようなモノに注目するのに、意見が少し異なるからでしょうね。真奈美やまゆのように着眼点が違う方が良いのね。でも、今ならわかるわ」

真奈美「何がだい?」

のあ「得体の知れない若造に真面目に取り合ってくれたのね。留美だって、刑事になって間もないのに」

真奈美「柊課長の入れ知恵じゃないかな」

のあ「きっとそうね、志乃は必要な時しか口は挟まなかったもの」

真奈美「真剣に向き合えば、分かってくるさ」

のあ「ええ。お互い良く知って、どの距離感が良いか今はわかってる。尊敬できる人物であることも知ってる。だから……」

真奈美「……」

のあ「こんな事をする人間じゃないの、留美は」

真奈美「私も、わかっているつもりだった」

のあ「戻れないなら覚悟は決めてるはずよ。止めないのなら、彼女は目的を果たすわ」

真奈美「……」

のあ「止めてしまいましょう。私に、あれだけ単独行動するなと言ったのは留美だと分からせてやるわ」

真奈美「ああ」

のあ「強いわよ。覚悟しておいて」

真奈美「覚悟はできてる。私はのあに教わった」

のあ「お休み、真奈美。適当なところで起こしてちょうだい」

真奈美「了解だ。おやすみ、のあ」

34

幕間

清路市内・某レンタルオフィス

頼子「我慢強いのですね、想像以上でした」

留美「……」

頼子「出てきて、お話しませんか。警部補殿?」

留美「そちらこそ、辛抱強いのね」

頼子「近づくのは、そこまで。無実の人間は殺したくありませんでしょう?」

留美「そのスイッチは」

頼子「毒を撒くのです。換気が悪く、こんな時間に人がいる場所に漂います」

留美「2階上のネットカフェ、古めかしかったわ」

頼子「分かりましたか。私も無駄な殺人は犯したくありません、そう無駄な。殺すことで何も変わらない命など奪う価値もありません」

留美「……」

頼子「銃も降ろしてくださいな。その距離では、捉えられないのもお分かりでしょう?」

留美「ええ。これでいいかしら」

頼子「あなたの善意に感謝します。会話にも応じてくださるとは、なんて心の広いことでしょう」

留美「あなたが平凡な犯人なら、そうするわ。だけれど、違う」

頼子「はて?不勉強なので、お教えくださいな」

留美「このレンタルオフィスは時間貸し。不審な名義で借りられた時間は朝5時まで。このまま我慢比べを続けても、あなたに隙は来ない」

頼子「5時からの商談はカナダの重鎮とですよ」

留美「回線が強くて、監視カメラもないレンタルオフィス。そんな使われ方をしているわけね」

頼子「ここである理由は調べていませんか?」

留美「ここである理由は、知らないわ」

頼子「商談に輸入業を営む人物が同席するから。彼のオフィスが、ここから近いのですよ?」

留美「……そう」

頼子「先手を取った、優位に立ったと実感すると、気分が良いでしょう。昨日から、あなたの気持ちはそれで満たされているはずです。警部補殿、心地よいでしょう?」

留美「……」

頼子「残念、同意されませんか」

留美「話は、それだけかしら」

頼子「そうですね、ご厚意には感謝をせねばなりません。お礼に質問に答えましょう、どうぞ」

留美「……」

頼子「ないのであれば、終わりにしますが」

留美「あなたの目的は何かしら、今日の目的よ」

頼子「主役となることでしょうか。この街で1番のヴィランに。あなたよりも、誰よりも」

留美「意味がわからないわ」

頼子「おっと、近づかないように。聡明な警部補殿には察しがついていましょう」

留美「死角がないように窓際。あなたをここで仕留めるなら……」

頼子「一気に距離を詰めないといけません。逃げられると、探偵さんが用意した目達に入ってしまう。それに、そろそろ前のビルにあるスナックが閉店時間です。ということで、結論は1つ」

留美「窓を開けた、まさか」

頼子「さようなら、警部補殿。ゆめゆめ、お捕まりになられぬように」

留美「飛び降りた、ここは4階よ、何を考えて……街路樹の位置も織り込み済みね……おっと」

留美「目撃者あり、仕切り直しね。目的は果たさせないわ。誰よりも悪ね……」

幕間 了

35

1月26日(火)

早朝

清路警察署・科捜研

のあ「久美子、おはよう」

久美子「おはよっ、真奈美さんは?」

のあ「朝食をSt.Vに調達してもらってるわ」

久美子「私達の分もある?」

のあ「あるわよ。紅茶もコーヒーも」

久美子「やった。コーヒーを待ってよ」

のあ「久美子、どこに行っていたの?」

久美子「化粧直し。志希ちゃんが誕生日に化粧水をくれたんだけど、効くわ」

のあ「志希が……大丈夫なの?」

久美子「私も調べたから平気。むしろ平凡すぎるのに相性バッチリで志希ちゃんの凄さがわかったわ」

のあ「そう。久美子、動きは」

久美子「古澤頼子の目撃情報が午前3時過ぎから何件か。地図に出すわね」

のあ「明らかに集中してるところがある」

久美子「本当の目撃情報みたいよ、1人確認できた。警察に通報してくれればいいのに」

のあ「警察に通報しなかった理由は」

久美子「同じ時にスーツ姿の女性も見た、って。遠目だけど」

のあ「留美の方を応援したわけね。留美の目撃情報は」

久美子「その人くらい。スナックの店員だって」

のあ「車両追跡システムは復旧した?」

久美子「ええ。留美さんの愛車はコインパーキングに止めてあった。音葉ちゃんが閉じ込められた直後くらい」

のあ「見つかる前に乗り換えた。留美のことだから、真っ当な方法で車両を手に入れているはず」

久美子「放置する車をコインパーキングに止めるくらいだものね。そういうわけで、調べてあるわ」

のあ「あら、気が利くわね」

久美子「私も留美さんとは浅い付き合いじゃないし。レンタカー、カーシェア、つい最近購入された車を目撃情報時刻付近で探してみた」

のあ「深夜だから、そこまで交通量はないわね」

久美子「レンタカーのオフィスに問い合わせ、留美さんが昨晩借りたレンタカーが見つかったわ。これよ」

のあ「平凡な一般車ね」

久美子「それで、結論だけど」

のあ「見失ったのね。見つかったなら、私が叩き起きされているはず」

久美子「ええ。近くにいた警察官に行ってもらったけど、車だけ見つかったわ」

のあ「清路市内にはいるでしょう、おそらく」

久美子「オフィス街だから、どこかの建物に隠れたのかしら」

のあ「相手が相手だもの、簡単にはいかない」

久美子「同感。でも、何故ここに車を置いたのかしら」

のあ「隠れるなら郊外でも何でもいいでしょうに、何故かしら」

久美子「うーん……あっ、サイトに書き込みが何件か」

のあ「古澤頼子が……見つかり過ぎじゃないかしら」

久美子「普通に歩いてるわね。通報も入ってる」

のあ「場所は……」

久美子「なんで、警察署の近く?あ、音葉ちゃんが自室から出て来た」

音葉「皆様!テレビを見てください!」

のあ「音葉……大きい声が出るのね、人並み以上の」

久美子「テレビね、はい」

のあ「見覚えがあるわ」

久美子「そりゃそうよ、警察署の前だもの。テレビカメラがたくさん集まってる、私達の清路警察署の正面口……清路警察署の正面口!?」

頼子『あの惨たらしい殺人鬼が恐ろしいのです。死の恐怖に私は逆らえませんでした。故に、身の安全のため、出頭したのです。そう、警察に捕まる方が、良い選択なのですよ』

久美子「い、意味がわからない……」

のあ「……」

36

清路警察署・ロビー

楓「のあさん、おはようございます」

のあ「楓、おはよう」

楓「まゆちゃんは星輪学園にお送りしました」

のあ「ありがとう。星輪学園の様子は」

楓「雰囲気は沈んでいたように思えました」

のあ「事件は、どのように語られているのかしら」

楓「今の学生は情報が早いですから。留美さんに殺害されたこと、古澤頼子の協力者であったことも広まっています。ただ、後者に関しては同情的というかなんというか」

のあ「学園内のシスタークラリスは好意的にとらえる人が多いということ。死してなお、謗られる必要はないでしょう」

楓「幾つか、新しい情報も得られました。お聞かせしても?」

のあ「お願い」

楓「教会への出入りを目撃されている人物が何人か」

のあ「古澤頼子かしら」

楓「古澤頼子、井村雪菜と名乗っていた人物、水野翠も頻繁に」

のあ「椋鳥山荘の事件以外でも把握していることが多くあった」

楓「別件ですが、桐生つかささんも目撃されていますね」

のあ「堂々と入るのは難しくないわ。日曜日はミサもあるから」

楓「GP社で仕事を受けた生徒からもお話を聞けました。もしかして、狙われるのではと怖がっていました」

のあ「むしろ、GP社から正式に受けているなら大丈夫よ。あの会社が隠れ蓑のようね、女子高生社長が出来る事業なんてこんなもの、と思わせるための」

楓「そうみたいですね」

のあ「こちらでも少し調べてもらったのだけれど、桐生つかさの資産周りに特徴的な動きが見えたわ」

楓「動き?」

のあ「爆発事件前後で鷹富士神社の土地や建物を手に入れてる、安価で。最近は賑わってきて、土地や建物の価格が上がってる。それらを売りさばいて、GP社の建物も売約が決まっていた」

楓「爆発事件と関わっていた?」

のあ「関わっていたのでしょうね、少なくとも知っていた」

楓「フムン……古澤頼子の様子は」

のあ「取調室にいるわ。ベラベラと喋っているけれど、装飾語が多くて聞いてると疲れてくるわ」

楓「希砂二島の件について、何か話していましたか」

のあ「聞けば、知りたくないことや知っていることは幾らでも返ってくるわ。だけれど、欲しい真実は返ってこない」

楓「思った通り、一筋縄ではいきませんね」

のあ「ええ。メディア向けのネタは増えるけれど、それだけ」

楓「降参したとは思えません。目的があるかと」

のあ「同感。降参したと思っている人間はいないでしょう、留美も含めて」

楓「ええ。留美さんについては」

のあ「留美に動きはなし。目撃情報もなければ、新しい事件も起こってないわ」

楓「そうなると……目標は」

のあ「古澤頼子だけ、というのは嘘ではないようね」

楓「嘘でないとすると……死体を増やすつもりなのも、本当なのですか」

のあ「この場に現れていないということは、留美の考えはそうなのだと思うわ」

楓「しかし、この状況で目的を果たすとなると」

のあ「警察署を襲撃しないといけないわ。警戒されている中で」

楓「清路警察署は郊外ですから、見つからないで近づくのも大変ですよね」

のあ「ええ、留美はどう動くつもりかしら」

楓「わかりませんが……捜索は続けましょう」

のあ「それが良さそうね」

真奈美「のあ」

のあ「真奈美、古澤頼子の様子は」

真奈美「高垣君も来てたのか、おはよう」

楓「おはようございます。取調室にいたのですか?」

真奈美「ああ。いきなり黙ったと思ったら、高橋署長をご希望だ。署長を呼ぶまで話さないと」

のあ「それで、礼子には話したのかしら」

真奈美「喋りはし始めたが、呼んだ理由がわからない。署長である必要はなさそうだ」

楓「目的が読めませんね……」

真奈美「高橋署長のお手並みに期待しよう。私は、あの圧力には耐えられない」

のあ「そうなの?」

楓「高橋署長は警視庁では、組織犯罪や収賄と戦っていた人物ですから」

真奈美「暴力団組長、国会議員、麻薬組織の元締め、の取り調べ経験があるそうだ」

のあ「古澤頼子に負けることはなさそうね」

真奈美「有益な情報が引き出せるかは、わからないが」

のあ「ええ」

真奈美「とりあえず、和久井警部補と昨晩遭遇したのは間違いなさそうだ」

のあ「留美の足取りとなる有益な情報は」

真奈美「特にない。命の危険を感じたという言葉の、説明に必要だから話したに過ぎないんだろう」

楓「やはり、目的は留美さんからの保身でしょうか」

のあ「最初に言ってたわね、それならもう一歩」

楓「警察に身を任せてまで、保身せねばならない理由……でしょうか」

真奈美「見当もつかないな」

のあ「留美のおかげ……留美の愚行のせいで、動かしやすい協力者もいないでしょうから」

真奈美「時間を稼ぐ意味も、ないな」

のあ「自身が自由にならなければ、何も行動できないでしょう」

真奈美「ふーむ……」

楓「留美さんは現れませんが、状況が楽になっているのは確かです」

のあ「ええ、留美が古澤頼子殺しを成し遂げる可能性は減ったわ」

楓「私がここにいますから、お二人は休まれてはどうでしょうか」

真奈美「仮眠は取ったが、シャワーを浴びたいところだな。どうする?」

のあ「提案を受けるわ。楓、頼んだわ」

楓「わかりました。連絡は定期的に、緊急時は遠慮なく」

のあ「ええ。真奈美、一旦家に戻りましょう」

37

清路警察署・留置場

凛「頼子が……戻ってきた」

友紀「凛ちゃん、ただいま。元気だった?」

凛「そこまで時間経ってないし。頼子が戻ってきたのは、話したから」

友紀「違う。長時間の尋問はルール違反だからね、休憩だよ。警察も相手も」

凛「そうなんだ……つまり、てこずってる」

友紀「そーいうこと。凛ちゃんは、正直に答えてくれるからいいけどねー」

凛「頼子の様子は」

友紀「聞きたいことは答えてくれないけれど、暴れる様子はないかな。大人しい」

凛「暴れるタイプじゃないとは思う。でも、何を考えてるかはわからない」

友紀「そんなわけで、隔離室行き」

凛「何を聞き出したいの?翠を殺したから、訴えるだけなら出来るよね」

友紀「そっちは皆知ってる。問題は、今の事件」

凛「……」

友紀「そうだ、凛ちゃんの送検が決まったよ。ここから移送されるまでは、一緒にいるからよろしくー」

凛「今?こんな状況で?」

友紀「逮捕したら送検までは3日。拘置所の方が居心地いいから、そっちの方が良いよ」

凛「……」

友紀「どんなことがあっても、やらないといけない仕事はあるからねー。そのために、色々お巡りさんがいるんだし」

凛「そっか……わかった」

友紀「……」

凛「どうしたの、黙り込んで」

友紀「なんでもない。拘留中は運動不足になるから体操しよう!」

凛「え?一緒に?……まぁ、いいけど」

38

清路警察署・刑事一課和久井班室

亜季「これで、良いでありますな」

楓「……」

亜季「おや、確か高垣楓殿でありますな。何かご用でありますか?」

楓「すみません、お邪魔するつもりはなかったのですか」

亜季「良いでありますよ。書類仕事を片付けて、これの準備をしていただけであります」

楓「その封筒は……?」

亜季「辞表であります。私も責任を取るべき立場でありますから」

楓「……あなたのせいでは、ないと思います」

亜季「そうではありますが、刑事になった時に準備していたであります」

楓「異動ではいけませんか」

亜季「そうでありますな、課長が許すのであれば。交番勤務からやり直すのも、悪くないであります」

楓「……」

亜季「警部補殿について、でありますか?」

楓「……はい。何か見逃していることはないか、と思いまして」

亜季「ご存知であるかと思いますが、警部補殿はオープンでクリーンでありました」

楓「知っています」

亜季「情報のほとんどは共有しております。事件資料も、今は持ち去られておりますが、和久井班のメンバーは誰でも見れたであります」

楓「それなのに、留美さんは見つかっていません」

亜季「捜査中の事件については、私でもリストアップしたであります。こちらを」

楓「ありがとうございます。このチェックは」

亜季「身元が確認された人物であります」

楓「つまり、大和さんのリストでは対象となる人物はいない、と」

亜季「その通りであります。犯罪者狩りのようなことは続けていないありますから、ますます目的が分からないでありますよ」

楓「隠れている方法については、心当たりは」

亜季「捜査側として様々なことを惜しみなく教わったであります。ですが、勝負を分けるのは経験であります」

楓「経験?」

亜季「擦り減らした靴底が、頭と体を刑事にするのでありますよ。教えても、教えきれないものでありますから」

楓「留美さんの経験は、こんなことに使われるべきではないと思います」

亜季「同意するであります」

楓「ありがとうございます。ちょっと、発想を変えてみます」

亜季「何もご協力できずに問題ないであります。そう言えば、高垣殿?」

楓「何でしょう?」

亜季「刑事だったとお聞きしたであります」

楓「短い期間です。向いていない……向き合いきれなかったので、今は希砂本島で駐在さんをしています」

亜季「この部屋はこんな有様であります。私もいられません、戻ってきてはいかがでありますか?警部補殿から誘いを受けた、とも聞いているであります」

楓「そのつもりは……ありません。お邪魔しました」

亜季「……」

亜季「この事件は終わっても世の中は続くであります。私がいなくても、平和であって欲しいのであります」

39

夕方

高峯探偵事務所

まゆ「ただいま、帰りましたぁ」

のあ「まゆ、お帰りなさい。真奈美、迎えをありがとう」

真奈美「どういたしまして」

安斎都「まゆさん、お邪魔しています」

安斎都
希砂二島の事件を解決に導いた探偵。のあの調査に協力している。

まゆ「都ちゃん、こんばんは」

真奈美「進展はあったのか?」

のあ「全く。古澤頼子の取り調べが進んでいるけれど、留美に辿り着ける情報はなし」

都「水野翠さん殺害容疑以外は、このままだと迷宮入りです」

まゆ「……」

のあ「都にも手伝ってもらって、留美の足取りを推理しているのだけれど」

都「うーむ、上手くいきません。警察署の古澤頼子を狙っていると思ったのですが」

のあ「そうなると、別の誰かを狙っているのか」

都「該当者の安全はほぼ確保されていますからね、清路警察署の組織力は流石です」

のあ「留美が動くのを待つしかなさそうね。ヘレンが留美の親族や友人の無事も確認してもらったわ。広域捜査のネットワークが凄いわ」

真奈美「ひとまず、即座に動けるように車は下に置いてある」

都「それしかないのでしょうか……心苦しいです」

のあ「私達は探偵だもの、仕方がないわ」

まゆ「お夕飯の準備をしますね。都ちゃんも一緒にいかがですか」

都「ご一緒します!まゆさんの料理は美味しいので」

まゆ「はぁい、わかりましたぁ。のあさんもがんばり過ぎないでくださいねぇ」

のあ「ええ、わかってるわ」

40

清路警察署・取調室

志乃「時間よ。続きは明日」

頼子「もう少しお話したいのですが、残念なことです」

志乃「私の質問に答えてくれれば……好きなだけ話す機会を与えるけれど」

頼子「人の意思は自由にはできません。報酬があるべきですよ」

志乃「連れて行って」

頼子「ふふっ、課長殿。お疲れ様です。良い夜をお過ごしくださいませ」

志乃「……」

恵磨「取調は終わり?」

志乃「ええ。仙崎さん、調書の方は」

恵磨「夏美の目撃調書は取った。自白した?」

志乃「島村さんと水野さんの殺害については認めたわ……ひとまずは送検、その際に留美が現れるかどうか……それしかないかしら」

恵磨「そっか。夏美の調書は渡しておく」

志乃「ありがとう……これで、充分でしょう」

恵磨「なんか騒がしい?」

志乃「仙崎巡査、急いで」

恵磨「早っ!そんな動きができるんだ!」

志乃「止まりなさい」

恵磨「窓が空いてる……」

頼子「止まれと言われて、止まるような性格ではありませんから。それでは」

恵磨「窓から跳んだ!」

志乃「古澤頼子が逃走……職員駐車場よ、急いで」

恵磨「今だと、新聞社の車が置いてあるのか!車の屋根に着地!」

志乃「姫川さん……何故、そこに?」

41

清路警察署・職員駐車場

友紀「両手を拘束されてるのに、2階の窓から跳ぶなんて!とんでもないね!」

頼子「お褒めの言葉をありがとうございます。こちらの動きを読むとは、優れた手練れです」

友紀「どういたしまして。絶対逃げると思ったよ」

頼子「そう思い、ここにいる根拠をお聞きしても」

友紀「普通じゃない状況を使うと思ったから。それと勘!」

頼子「素晴らしい」

友紀「署に戻るしかないよ、上で柊課長も見てるし」

頼子「いいえ。それで大人しくしていてください」

友紀「え……がっ」

頼子「スタンガンの強度は上げておきました、勇敢な警察官さん。死にはしませんよ。お待ちしていました」

亜季「こちらこそ、待ちくたびれたでありますよ……頼子殿」

頼子「積もる話は後です。逃げるとしましょう」

亜季「ええ、乗るでありますよ。今なら脱出できるであります」

頼子「さて、巨悪でも倒しにいきましょうか」

42

高峯探偵事務所

都「これがウワサの捜査室モードですね!」

まゆ「ショッピングモールに雪乃さんが閉じ込められた時の……」

のあ「音葉、聞こえるかしら」

音葉『聞こえます……こちらの声は』

のあ「鮮明に聞こえてるわ。状況を説明してちょうだい」

音葉『楓さんから……どうぞ』

楓『古澤頼子が逃走しました。手引きしたのは、大和亜季巡査部長です』

真奈美「大和巡査部長?」

まゆ「亜季さん……?」

真奈美「嘘をつきとおすタイプじゃない、と思っていたが」

のあ「和久井班は全滅ね。ヘレンに確認したかしら」

音葉『はい……15歳までは接触ありません、それ以前だと』

都「かなり前ですね」

のあ「刑事になった時から知っているわ。怪しい動きは、昨日疲れたと言っていたぐらいかしら。留美も同じことを言っていたわね、疲れたのはウソと」

楓『職員駐車場のゲートを破って逃走しました』

のあ「車両追跡は」

音葉『既に逃走した車両は既に発見……清路市街地にはいないかと』

都「そこからの足取りはわかりますか?」

音葉『残念ながら……』

のあ「自動車、自転車、あるいは徒歩」

音葉『不審な車両は見つかっていません……』

都「徒歩となると……まゆさん、地図はありますか?」

まゆ「ありますよぉ、車両が見つかったのは……この辺りですね」

都「まだ1時間は経っていません、警察の目から隠れるとなると半径4kmも動けないでしょう」

まゆ「定規をどうぞ」

都「ありがとうございます」

楓『大和巡査部長のデスクに辞表が置いてありました。中には紙とSDカードが入っていました』

音葉『動画でした……お見せします』

のあ「古澤頼子、服装が汚れていないわね。数日前のものかしら」

頼子『この舞台は私の舞台です。故に、主役にならなければいけません。一番の悪役なので一番の悪役に。私を追うダークヒーローと、彼女を止める正義の味方を、共に振り払いましょう。それでは、ごきげんよう』

真奈美「数日前に用意したなら、まだ古澤頼子のストーリー上か」

のあ「古澤頼子が警察署に来た目的は」

都「共犯者と合流するため、でしょうか。卯美田駅が行動範囲に入ってますね、電車で移動したというのは」

音葉『卯美田駅のカメラに該当する人物は映っていません……体形や歩行様式もわかっています、見逃すことはないかと』

都「公共交通機関は使わないか」

楓『共犯者と合流する以外に、共犯者を動かす目的がありました』

のあ「動かした?」

楓『高橋署長から調査資料が奪われた、と。該当する人物はこの方です』

都「胡散臭い笑顔のおじさんですね、知っていますか?」

まゆ「私はわかりません……」

楓『のあさんならご存知と、高橋署長は言っておられました』

のあ「知ってるわ。有名人だもの、市議会議員よ。黒い噂も多々あるわ」

楓『柊課長からは、あれは事故よ、とも』

まゆ「事故……」

のあ「父が亡くなって、一番得をしたのは彼よ。黒い噂があったから、私も調べたわ」

都「それで、事故だったのですか」

のあ「事故よ。私は復讐を遂げる必要がなくなったの、良かったでしょう」

真奈美「……どんな人物だ?」

のあ「企業のコストカットで数字をあげてのし上がってきた男よ。八方美人を体現したポピュリスト。口が達者で、顔とスタイルも悪くない、強いバックボーンがないから、票田を耕すことに全力を注げる政治屋よ」

都「これは、あれですね」

真奈美「珍しいな。確実に嫌いだぞ、これは」

まゆ「事故でよかったですね……」

楓『高橋署長は、彼の裏にある犯罪を調査していました。その中には殺人容疑も』

のあ「もしもし。高峯よ、調べて欲しいことがあるの。早急に」

まゆ「のあさんは……どちらにお電話を?」

のあ「ちょっとした情報収集よ」

都「殺人容疑もあるということは、刑事さん達も知っていますか?」

楓『知っています。昨晩の無事は確認されています』

真奈美「警部補も知っている」

楓『一部の捜査を担当しています。当時は、柊警部補、和久井巡査部長、大和巡査の3人で』

のあ「彼が関わっている証拠は出なかったのね」

楓『はい。本筋は政治的なカネの動きですから』

のあ「だから、礼子が出て来たのね。そして、礼子の捜査資料を古澤頼子が奪った。留美と新田巡査を退場させ、礼子の気を引き、大和巡査部長を動かした」

音葉『署長本人は……出世レースから外れたから一山当てるため、と冗談のように言っていましたが……』

のあ「国政進出を狙う人物と、それをマークする警察。狸の化かしあいに参加するのは、私でも勘弁だわ」

真奈美「古澤頼子の狙いは何だ?」

のあ「見返りに呼び出すこと。居場所は」

音葉『本日夕方清路駅に到着予定でしたが……行方がわかりません』

のあ「出張中だったの?」

楓『はい。清路駅には姿がありませんでした』

音葉『それと……数名の秘書と連絡が取れません』

真奈美「これは、どっちだ?」

都「古澤頼子か和久井警部補のどちらかが、連絡を取れない状況にした」

まゆ「何のため……でしょう?」

都「脅して居場所を吐かせるため」

のあ「いいえ、留美よ」

都「協力者がいないから、ですか?」

のあ「12月までの肩書を見ればわかること」

音葉『凄い数ですが……どれでしょう』

真奈美「これだな。清路市立美術館の館長」

のあ「市の施設であれば、市の金に責任を取る人物が動かすべきという名分で就任したわ。ここでもコストカットと蔵書品を売ることで数字を上げたわ」

都「古澤頼子が学芸員として働いていた場所ですね」

のあ「学芸員は苦労したでしょうね。お金は自由に使えないでしょうから」

まゆ「あ……だから、由愛ちゃんの個展……」

真奈美「学芸員としての古澤頼子は、館長にとって悪い存在ではなかった」

のあ「古澤頼子は接触しているわ。ちょっと電話に出るわ……もしもし、結果は」

楓『ターゲットとなっている人物が、どこにいるかですね』

のあ「ありがとう。ボーナスは弾むわ。楓、所有している物件がわかったわ」

都「すみません、何か鳴ってませんか?」

音葉『追跡システムに引っかかりました……卯美田駅前、画像を出します』

のあ「……留美」

楓『該当する物件は近くにありますか』

のあ「駅前のタワーマンション。まったく利用していないのに、最上階とその1階下を所有してるわ。資産運用が得意でもないのに、何故かしら」

まゆ「卯美田駅のタワーマンション……あの高級そうな?」

都「のあさん、ここは任せてください!卯美田駅は、事務所の最寄り駅です!警察署より、ずっと近いです!」

のあ「都、まゆ、ここは頼んだわ。音葉、連絡を」

音葉『管内全てに連絡……駅前交番の警察官にも向かってもらいます』

楓『私も向かいます』

のあ「真奈美、行くわよ」

真奈美「ああ、了解だ!」

43

卯美田スカイニア・1階

卯美田スカイニア
卯美田駅近傍にあるタワーマンション。31階建て。1階は豪華なエントランス。

真奈美「のあ、エレベータが2機とも止まってる」

のあ「駆け付けた警察官が閉じ込められているそうよ。既に救助は要請されている」

真奈美「まだ応援が来るのには時間がある……登るか」

のあ「私と真奈美でも30階を駆け上るのは厳しいわ、垂直に100メートル」

真奈美「管理室はもぬけのから。エレベーターの復旧は待っていられない」

のあ「真奈美、ヘリは運転できたかしら」

真奈美「できる。アメリカなら3ヶ月もあれば免許は取れるからな」

のあ「屋上にヘリポートがあるわ」

真奈美「ヘリは持っていない……よな?」

のあ「持っていないわ。真奈美、一旦外へ。災害避難用のエレベーターがあるわ、手動でも起動できるはずよ」

真奈美「見取り図は」

のあ「これよ」

真奈美「30階まで、か」

のあ「30階より上のフロアは室内に別のエレベーターがあるわ」

真奈美「秘密の階段とはな」

のあ「真奈美、心の準備は」

真奈美「いつでも問題ない」

のあ「ええ、行くわよ」

44

卯美田スカイニア・30階

真奈美「人が住むには……広すぎるスペースだな」

亜季「おや、来たのは木場殿でありますか」

真奈美「大和巡査部長か」

亜季「無事に失職、ただの大和亜季でありますよ!」

真奈美「その割には、元気だな」

亜季「黙るのも偽るのも私にはストレスでありました」

真奈美「古澤頼子はどこかな」

亜季「上でありますよ。この通り、上へのエレベーターは大和亜季の後ろであります」

真奈美「予備のエレベーターは止めなかったな?」

亜季「その通りでありますよ。高峯殿はどちらでありますか?」

真奈美「非常階段は屋上まで続いている。29階で降りて、駆け上って行ったよ」

亜季「ははっ、さすがでありますなぁ!しかし、施錠されているでありますよ?」

真奈美「並の施錠では、高峯のあは止められない」

亜季「そうでありますか、頼子殿はそれも想定のうちであります」

真奈美「和久井警部補は、ここに来たのか」

亜季「ここには来ておりません。なので、上に行ったのでしょう」

真奈美「君がここで待っている理由は、何かな」

亜季「頼子殿は、余計な人間は入れるな、と」

真奈美「私は余計か」

亜季「私もでありますよ。サイドキックはクライマックスの舞台にはあがれないのであります」

真奈美「古澤頼子とは、どんな関係なんだ」

亜季「私は、伏し目がちで猫背な少女の言葉を、心の声を聞いただけであります。ほんの少しだけ励ましました。ずっと、昔の……思い出でありますよ」

真奈美「身分を伏せ……伏せる必要もなかったのか。君は警察官となった」

亜季「頼子殿は私には全く連絡をしてくれませんでしたからなぁ。新田殿の動きはヒヤヒヤしながら見ていたでありますよ」

真奈美「君がフォローしていたのか」

亜季「高峯殿と話はしておりませんか、私なら出来そうな工作を。例えば、東郷あいと連絡を取っていた人物のケータイが見つかった場所であるとか」

真奈美「それは、大人しく署で話したまえ」

亜季「つれないでありますな」

真奈美「『化粧師』を殺害したのは君か」

亜季「そうでありますよ。彼女は暴走していました、頼子殿に危害が及ぶのを避けたであります」

真奈美「だが、渋谷凛を手にかけなかった理由はなんだ」

亜季「反省している人間を手にかけることはありません」

真奈美「矛盾していないか」

亜季「人は矛盾を抱えているものでありますよ。頼子殿の相棒で、和久井警部補の部下で、新田巡査の先輩で、惠の同期で、高峯殿と木場殿とは協力関係でありました。全て、大和亜季であります」

真奈美「それなら、今すぐにそこを退け。警察官の大和亜季に願おう」

亜季「警察官は退職であります。故に、これを射出するであります!」

真奈美「おっと……不意打ちだったな。この網はなんだ?」

亜季「それは、こうであります!」

真奈美「なるほど、網のどこかに腕や足が引っかかれば、収縮して捉えられるのか。網の先は、相手の元に。私の行動範囲は、君が引くことで狭まる」

亜季「察しが良いでありますな。これで逃げられないでありますよ、お手合わせ願うであります」

真奈美「矛盾していて論理的ではないが、これも目的か」

亜季「その通りでありますよ。左手は捉えたであります」

真奈美「ハンデは十分だ」

亜季「ここは真剣勝負の場としてはよいではありませんか!相手は木場真奈美!私のフィナーレには、最適でありますよ」

真奈美「銃器はいるか?」

亜季「いらないでありますよ。この通り、私の銃はフロアを滑って行ったであります」

真奈美「それなら、私もこの通りだ。のあがチョイスしてくれた良い品なんだがな」

亜季「さて、準備はいいでありますか?」

真奈美「残念だ、のあから言われてる」

亜季「何をでありましょう?」

真奈美「覚悟はどんな時もしているものだ。先手必勝、行くぞ!」

45

卯美田スカイニア・31階

のあ「普通のマンションではなさそうね、商談にでも使っていたのかしら。それにしても、フロアで1部屋とは成金趣味ね……と」

のあ「……遺体を発見。ここの所有者ね」

のあ「死因は胸を矢で貫かれたこと。古澤頼子の仕業」

のあ「顔を動かした形跡があるわね。留美が確認した、と」

のあ「下の階から真奈美の連絡はなし。このフロアにも人影はない」

のあ「つまり、留美はここにはいない」

のあ「上ね、待っていなさい……間に合ってちょうだい」

46

卯美田スカイニア・屋上ヘリポート

のあ「留美!」

留美「あら、探偵さん。追いついたのね」

頼子「ふふっ、間に合いましたか。私が死ぬ前に」

のあ「その銃を降ろしなさい。そして、人質を解放なさい」

頼子「探偵さん、銃を構えた方が良いかと。銀色の美しい銃を、もったいないですよ」

のあ「あなたに言われなくても、そのつもりよ。留美、分かるでしょう」

留美「その位置から、当てられるのかしら。地上32階、私は建物の端、風を読めるのかしらね」

頼子「私から銃口が離れました。次は解放を要求してください、さぁ!」

のあ「何があったのかしら」

留美「何もないわ」

頼子「セイギノミカタは遅れてしまいました。巨悪は、私の手によって倒されたのです。捜査書類と交換に呼び出せました。簡単な話です。それに疑問が残るでしょう?」

留美「黙りなさい」

頼子「私から引き出したいことがあるのですよ。探偵さん、目的は同じでしょう?」

のあ「留美、私は止めに来たわ。もう終わりにしなさい」

留美「残念。ここまでやったのよ、躊躇うわけないでしょう」

パーン……

頼子「銀の銃から弾丸は放たれました。刑事さんは撃ち返さず、その銃は床に落ちた。お見事、隙をつきましたね。しかし、私を捉えた腕は離れず」

留美「上手くなったわね、探偵さん」

頼子「私を殺せば終わったのに。フィナーレはまだ先の様です」

のあ「……いいえ、私の技術が上がったわけではない」

頼子「なるほど、撃ち返さないと思っていたわけですか」

のあ「そいつに賛同するのは気に障るけれど、その通りよ。あなたは撃ち返してこないわ、和久井留美。信じていた、絶対だと」

留美「まだ、人質はこちら側」

頼子「そんな態度だと答えませんよ?どうやって、あなたの友人に考えを吹き込んだのか、あなたの部下と信頼関係があるのか、聞きたいでしょう?」

のあ「私は留美にこれ以上続けさせるわけにはいかないの。だって、友人でしょう」

頼子「友情、麗しきものです。なんと素晴らしい」

留美「……」

のあ「留美!」

留美「のあが嘘でそんなことを言っていないのはわかるわ。私は刑事で、あなたの友人だもの。だから」

頼子「おっと……」

留美「私が責任を取るわ、誰にも……続きはさせない。私の事件よ」

のあ「留美、待って!」

留美「さよなら、墜ちなさい」

頼子「この高さ……良い音がしそう!」

留美「……」

のあ「落ちた!下の準備は……」

留美「間に合ってるわけないわ」

のあ「……」

留美「のあ。諦めなさい」

のあ「真奈美!」

留美「……止めようとしてくて、ありがとう。それだけは感謝するわ」

のあ「いいえ。古澤頼子殺しは止めたわ!」

留美「……え?」

のあ「真奈美、愛してるわ!」

真奈美「表現が大袈裟過ぎるぞ!それと、釣ったのは大和亜季だ!」

留美「釣った……宙吊りになってる。あの変な射出する網、使ったのね……」

のあ「それで、留美!」

留美「危ない。こういう時は張り手でしょう。グーはないわ、グーは」

のあ「わかってるんだったら、一発ぐらい殴らせなさいよ」

留美「イヤよ。あなた右利きだから、左利きの私は止めやすいの」

のあ「あなたって人は……」

留美「言ったでしょう。あなたは犯罪者になるべきではないわ。暴行罪に問われるのも止めたわ」

のあ「どうして……」

留美「言ったでしょう。私は責任を取ったのよ。警察を裏切った部下も、犯罪者も、私の手で判決は下した。法は守っていないわ、だから私は法で裁かれる。それで、良いでしょう」

のあ「良くないわ」

留美「こうすべきだったのよ」

のあ「違う」

留美「古澤頼子も殺すべきだった」

のあ「それは何故」

留美「そうね、私の使命……正義かしら」

のあ「違うわ。和久井留美は、そんなことはしないわ。理由もなく」

留美「理由はあるでしょう、私は不器用で曲がらない正義感の強い人間。そのまま、法を逸脱しただけよ」

のあ「三船美優と新田巡査に何があったの」

留美「……何もないわ。全て、私の犯行よ」

のあ「古澤頼子は生きているわ。いつかわかること」

留美「わかるかしら?怪物よ、あれは。『キュレイター』満足できなかった、欲張りな犯罪者。死んだほうがよかったわ」

のあ「いいえ」

留美「私がもう1人殺しても変わらないわ。罪の差は大きくないの」

のあ「それでも、止めるわ」

留美「そう。きっと、また何かが起きるわ」

のあ「その時は、私がいるわ」

留美「それをさせたくない。あなたは、暇な探偵であるべきよ」

のあ「頑固ね、留美は」

留美「知ってるでしょう。刑事になってからずっと、そうだったわ」

のあ「……」

留美「手錠を貸すわ。現行犯なら逮捕できることは知ってるわね」

のあ「殺人未遂の現行犯で逮捕……これでいいのね」

留美「いいわ。明日のトップニュースで使われてあげるから」

のあ「……」

留美「探偵高峯のあ、これからも頼んだわよ」

47

卯美田スカイニア・1階

のあ「……」

真奈美「のあ、お疲れ様」

のあ「真奈美、その顔……一発喰らったわね」

真奈美「不覚を取った。だが、負けていないぞ?」

のあ「当然よ」

真奈美「発砲音がしたが、誰も傷つけていないな?」

のあ「留美の銃を飛ばしたわ。古澤頼子を撃てば良かったのかしら」

真奈美「いいや、違う。のあが正しい」

のあ「そう言ってくれると、安心するわ。大和巡査部長は」

真奈美「むしろ、憑き物が取れたような顔をしていたな。犯行については認めた」

のあ「古澤頼子を助けたことについては」

真奈美「命を救いたいと自分が思ったからであります、と言っていた」

のあ「その様子だと古澤頼子は、指示していないわね。助けることを」

真奈美「そのようだ。彼女は話してくれるさ、おそらく」

のあ「そう、信じておくわ」

真奈美「最後の殺人は止めて、犯人は逮捕した。のあも一躍時の人だな」

のあ「やっと煩わしい記者を追い払えたわ。全くありがたくないわね」

真奈美「そうか。しばらくしたら、落ち着くさ」

のあ「そうね……家に引きこもるとしましょう」

楓「お疲れ様です」

のあ「来てたのね」

楓「はい。様子をお伝えしようかと」

のあ「誰のかしら」

楓「大和亜季は協力的です。古澤頼子は大人しいですが、警戒は更に」

のあ「それがいいわね」

楓「何故か笑っていました。ヘレンにも協力を」

のあ「証言は聞けそうかしら」

楓「難しいでしょうが……時間があれば必ず」

のあ「留美は」

楓「留美さんの方が大変そうですね、態度でわかります」

のあ「本当に話さないつもりかしらね」

楓「……わかりません」

のあ「なんとかしましょう。きっと、何とかなるわ」

真奈美「ああ、そうだな」

のあ「未来は変えられるわ。誰かの手が必要なら……私が差し伸べればいい」

楓「……それは」

のあ「どうしたの?」

楓「いいえ、何でもありません」

のあ「楓、慌ただしい休暇になってしまったわね」

楓「大丈夫です……明日からは温泉宿に。ゆっくり、考えます」

のあ「ゆっくり休んでちょうだい」

まゆ「のあさん!」

のあ「まゆ、迎えに来てくれたのかしら」

まゆ「はい……心配で」

のあ「この通り平気よ。むしろ、真奈美かしら」

まゆ「真奈美さん……あっ、お顔が」

真奈美「一晩もすれば腫れは引く。心配しないでくれ」

まゆ「皆さん……無事で良かった」

のあ「ええ。まゆ、ちょっと来なさい」

まゆ「のあさん、どうしましたか?」

のあ「まゆ、愛しているわ」

まゆ「はい?……唐突で何がなんだか」

のあ「真奈美にも言ったから、まゆにも言っておかないと。大切な家族だと思ってるわ、思わせて」

真奈美「私も言われたが、もっと冗談のようだったぞ?」

まゆ「よくわかりませんけれど……ありがとうございます、のあさん」

のあ「抱きつかれても、何も出来ないわ。抱き返すことくらいしか」

真奈美「さて、帰るとしようか」

まゆ「はい……都ちゃんにお留守番を頼んじゃいました」

のあ「楓も来るかしら」

楓「お邪魔していいですか?それと、お車をお返ししないと」

のあ「もちろんよ」

真奈美「よし、野次馬に見つからないようにするとしよう」

のあ「帰りましょう、我が家に」

エンディングテーマ

Final of storY

歌 古澤頼子・大和亜季

48

エピローグ

桜の頃

清路拘置所・面会室

清路拘置所
清路駅から北西の街はずれ、清路刑務所に併設されている。塀の上から覗く桜はキレイらしい。

のあ「こんにちは、留美」

留美「お暇そうね、探偵さん」

のあ「ご存知の通り、暇よ」

留美「それで、何かご用かしら」

のあ「裁判が始まるわ」

留美「そうね」

のあ「弁護人、どうするのかしら」

留美「国選弁護人でいいでしょう。野心がありそうな女性だったわ、期待通りに働いてくれるでしょう」

のあ「それでいいのかしら」

留美「大丈夫よ。私が素人じゃないもの」

のあ「結局、話さないのね」

留美「全て洗いざらい話したわ。元警察官だったのだから」

のあ「肝心なことを話していないわ」

留美「そんなことはないわ。実況見分もヌケモレなく順調に」

のあ「実況見分の手際にケチつける加害者なんて、初めて聞いたわ」

留美「真実を基に、裁判は進むわ」

のあ「新田巡査について、彼女が亡くなるまでの足取りがわからない。音葉も見ていないわ、何故か?」

留美「実際は私が監禁していたからよ。監禁場所も供述通り」

のあ「彼女が、どのような状態だったかはわからない」

留美「死因は、私が撃ったことよ」

のあ「それを選ばなければ、死因は違ったのね」

留美「言っている意味がわからない」

のあ「三船美優の毒物についても、あなたは関わっていないことがわかったわ」

留美「それで、何が言いたいのかしら」

のあ「留美でない、誰かの意思が死に関わっている」

留美「いいえ、私の責任よ」

のあ「そうやって、白を切るのね」

留美「無責任でありたくないだけ」

のあ「古澤頼子も、この件については答えない」

留美「答えなんてないのよ。真実なんてない」

のあ「私は答えに辿り着くわ。私のこと、知っているでしょう」

留美「知ってるわ」

のあ「無駄な労力はかけたくないの。言えば済む話よ」

留美「こっちの理由は示しているわ」

のあ「……」

留美「本、ありがとう。次も差し入れしてちょうだい」

のあ「……ええ。自宅に幾らでもあるから」

留美「音楽を聞けないのは残念だけれど」

のあ「留美はバカね。みくにゃんを失うことくらい、分かっていた」

留美「失う物を天秤にかけて、正義を譲るわけにはいかなかった。それだけ」

のあ「それは、違うわ」

留美「意見の相違はいつものこと」

のあ「……」

留美「今日はこれだけかしら」

のあ「真奈美を待たせているから、行くわ」

留美「また会いましょう、探偵さん。次は刑務所かしら」

のあ「裁判は続くわ、次も拘置所よ。また来るわ、留美」

49

清路拘置所・駐車場

のあ「真奈美、待たせたわね」

真奈美「問題ない。柊課長から電話だ」

のあ「もう課長じゃないわ。ただの警部」

真奈美「そうだったな。新しい課長は高橋署長が連れて来た定年近い男性だそうだな」

のあ「礼子と中央で働いていたらしいわね。地方の小さな署で隠遁署長を務めて定年を狙うつもりだったのによう、と嬉しそうに言っていたわ」

真奈美「もう会ったのか?」

のあ「あっちから挨拶に来たわ」

真奈美「のあも有名人だものな」

のあ「面倒だわ。それで、志乃からの用事は」

真奈美「事件発生だ。協力して欲しい、と」

のあ「久しぶりね」

真奈美「あの事件は結果的に、犯人の出頭件数と事件抑制に貢献したからな。探偵高峯のあも有名になったのも、一因だな」

のあ「そんなことより、留美には刑事の仕事を続けて欲しかったわ」

真奈美「それで、行くか?」

のあ「行くわ。場所は」

真奈美「聞いてある。乗ってくれ」

50

清路市内・某高架下

のあ「志乃」

志乃「探偵さん……いらっしゃい」

のあ「これで晴れて現場復帰ね。元気そう……ではないわね」

真奈美「二日酔いか?」

志乃「二日酔いではないわ……お酒には飲まれない」

のあ「飲む時間が長くて、睡眠不足」

志乃「正解……頭は冴えてるから安心して」

のあ「柊志乃なら通常の半分でも優秀な刑事、でしょう」

志乃「そう褒めなくていいわ……2人共、挨拶を」

楓「はい」

友紀「はいっ、班長!」

真奈美「見知った顔だな」

志乃「4月1日から新設された柊班の人員よ……自己紹介を」

楓「高垣楓巡査部長です。この度、希砂二島の駐在から刑事一課配属となりました」

のあ「戻ってきたのね、楓」

楓「はい。私も、逃げてばっかりではいられませんから」

のあ「あなたは逃げたりなんてしていないわ。自信を持ちなさい」

楓「ありがとうございます……留美さんの代わりを務められるようにがんばります」

のあ「留美の代わりは志乃でいいでしょう」

志乃「そうね……姫川さんも挨拶を」

友紀「久しぶりっ!姫川友紀、刑事になりました!」

真奈美「栄転じゃないか」

楓「栄転と思いましたけど、違うんですよ」

のあ「違う?」

志乃「断られていたの……刑事一課に去年から誘っていたのよ」

友紀「恥ずかしいから、バラさないでよ!」

真奈美「いいじゃないか。どうして、受けたんだ?」

志乃「必死に勧誘したもの……」

友紀「凛ちゃんを送り届けて、裁判も見届けた」

のあ「寛大な判決だったようね、聞いてるわ」

友紀「一区切りついた、のと」

真奈美「のと?」

友紀「やられっぱなしは性に合わないからね!直接リベンジのチャンスがないなら、刑事として上回る!」

真奈美「大和亜季にやられたこと、根に持ってるんだな」

志乃「のあさん……ご協力を頼むわ」

のあ「ええ」

志乃「さて……寝不足を見せないように仕事をしましょう」

楓「わかりました」

友紀「オッケー!」

真奈美「もしかしてだが、3人で飲んでいるのか」

のあ「留美はそこまで飲まなかったものね……」

友紀「さっさと終わらせてキャッツの試合を見よう!当日券あったら球場で!」

楓「ふふ、魅力的な提案ですね」

志乃「考え事はあと……はじめましょう。そして、私の技術を全て叩き込むから覚悟しなさい……」

真奈美「これは、大変そうだな」

楓「覚悟の上、です」

友紀「刑事、千本ノックだね!」

志乃「それで……探偵さん、ご協力してくださるかしら」

真奈美「私は構わない。のあはどうする?」

のあ「もちろん協力するわ。はじめましょう」

エピローグ 了

高峯のあの事件簿 完


製作 tv〇sahi

オマケ

吊り下がりの撮影はスタジオで

のあ「背景はニセモノが埋め……本当のビルとなる」

CoP「頼子さん、準備はできましたか」

頼子「はい。はじめてください」

のあ「滑車は回り……地から離れる」

亜季「大丈夫でありますか?」

CoP「落ちるよりは安全だから、吊り上げる方が」

亜季「宙吊りになるのでありますよな、衣装は大丈夫でありますか?」

のあ「風が……変えてくれるわ」

CoP「スカートの話ですか?下から強風を吹かせますので、バッチリです。ビル風ですよ、ビル風」

亜季「そうでありますか……?」

頼子「スタンバイできました」

のあ「チャンスは少ない……頼子、一度よ」

亜季「頼子殿、ファイトでありますよ!」

撮影終了後

のあ「それは嵐……」

亜季「スカートは問題なかったでありますが」

CoP「凄い揺れてました。でも、撮影はバッチリでした」

亜季「流石でありますよ、頼子殿!」

頼子「ありがとうございます」

のあ「快楽をはらんだ叫び声……想起させるは、何かしら」

頼子「ふふっ、楽しみ過ぎてしまいました。プロデューサーさん、一緒にバンジージャンプに行きましょうか」

のあ「私は構わない……大地を離れる浮遊感は人の心を変えるわ」

頼子「亜季さんはいかがですか?」

亜季「怖気づく大和亜季ではありません、もちろんご一緒しますよ!」

CoP「え?僕が連れて行くの?」

のあ「そうだけれど……何か問題が」

CoP「わかった。オフにでもセッティングします。奏さんも連れて行きましょう」

P達の視聴後

PaP「バンジージャンプはどうだった?」

CoP「良い撮れ高でした」

CuP「撮影したんですか?オフだとばっかり」

CoP「良く考えたら勿体ないですから」

PaP「配信方法でも考えるか。後で打合せしよう」

CuP「Coさんは、どうだったんですか?」

CoP「内輪でなら、僕の映像が一番面白いですよ」

PaP「それは楽しみだな」

CoP「そもそも、頼子さんものあさんもバンジーどころか落下シーンの撮影もしてますからね……変顔すらありませんでした」

CuP「あ、騙されたんですか?」

CoP「そこは、上手くならなくても良いんだけどなぁ」

おしまい

あとがき

頼子、お誕生日おめでとー。

留美さんのセリフから始まり、留美という漢字を分解した駅名が登場するのは最終話がこうなるからという迂遠すぎる示し方。

古澤頼子の身長は特訓前が165cm、特訓後が166cm。
頼子サイドを覚えているとデレステMVの配役に便利。
頼子、美優、亜季、美波、詩織、いつき、凛、つかさ、翠、クラリス、千奈美、沙紀、伊吹、心、沙理奈、麻理菜、悠貴、イヴ、フレデリカ、アナスタシア、それとマストレさんが165cm±1cm。雪菜ちゃんだけは163cm。全部読むと覚えやすい、はず。ちとせお嬢サマ(164cm)は新規参入で出せなくてごめんね。
頼子&亜季が公式に出たので遠慮なく書けて嬉しい。

登場アイドル数127名、1話平均28名登場、ゲスト15名。
ここまで使えるキャラクター数が多いと楽しいよね。

高峯のあの事件簿シリーズはこれにて完結です。
長い間のお付き合いありがとうございました。

今後も何か書いていると思うので、よろしくです。
情報は@AtarukaPで。

次は、7人が行く・EX2、の予定。

それでは。

本当にオマケ

トナカイの出演者(第6話)

ブリッツェン:握野英雄
ドンダー:信玄誠司
キューピッド:水嶋咲
コメット:桜庭薫
ダッシャー:牙崎漣
ダンサー:円城寺道流
プランサー:大河タケル
ヴィクセン:秋月涼
ルドルフ:渡辺みのり

315からご出演いただいたけど、どういう経緯で決めたのか全く覚えてない。
ブリちゃんに似てるのは、英雄だな、とか考えていたのだろうか。

お疲れ様でした!

のあの事件簿が終わるのは寂しいですが七人が行くも大好きなので待ってます

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