速水奏「月の丘の裏側まで」 (45)


――6月30日 23時40分

――事務所

ガチャッ バタン

モバP(以下P)「ふぅー……」

速水奏「おかえりなさい」

P「あっ……ああ、ただいま。誰も残ってないか?」

奏「そうね。ちひろさんが最後まで残っていたけれど……私がこんな時間までいるとは思っていなかったみたい」

P「そりゃまぁ、そうだろうな。……悪い、待たせた」

奏「大丈夫。まだ日付変わってないわ」

P「そうだけど、準備とかいろいろしてたらいつのまにか、なんてことも」

奏「そうかもね。でも、もう大丈夫」

P「うん?」

奏「こうやって、一番最初に祝ってくれる人が来たんだから」

P「あ、ああ……そうか」

奏「ふふ」


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1593528022


P「とりあえず、さっと準備しちゃおうか」

奏「ええ、よろしくね」

P「そっちはもう?」

奏「食べ物は軽く用意したわ。……封開けただけだけど、おつまみになるかしら?」

P「ああ、うん、大丈夫」

奏「この時間だから、私は少しにしておくわね」

P「そうだな…… ま、一日くらいいいんじゃないか」

奏「あら、悪い人」

P「はは…… はい、こっちは飲み物」

ガサガサ ゴト

奏「ありがとう。こればかりは、用意するわけにいかなかったのよね」

P「それを言ったら、本来この場を俺が用意するべきだったろうけど」

奏「仕事がある以上は、ね。大丈夫よ、私がお願いしたことなんだし」


P「本当にこんなんで良かったのか……ってのも野暮なんだけどさ」

奏「そうね、いまさら。日付が変わった時に一緒にいてほしい、なんて素敵だと思わない?」

P「まぁ……事務所でやるべきことではないかも」

奏「じゃあ、Pさんの家に入れてくれた?」

P「そこなんだよなぁ……外泊して、なんてもっとマズいし」

奏「ふふふ…… あ、買ってきたの、見ていい?」

P「ああ。とりあえずで見繕ってきたけど……まぁ、余ったら持って帰るよ」

ガサッ ゴトゴト

奏「ふぅん…… じゃあ最初は、Pさんが選んでくれる?」

P「ああ、いいよ。……ここら辺か」コト

奏「じゃあこれで。Pさんはビール?」

P「ああ、そうしよう」ガサガサ

奏「グラスはいる?」

P「いやいい。洗い物とか増やさずに、さっと片付けられるようにしとこう」

奏「証拠隠滅ってわけね」

P「言い得て妙な。……あ、最近、推理ものでも観てるのか?」

奏「! ……むぅ……」

P「はははっ」


P「ソファでいいよな」ギシ

奏「ええ」ギッ

P「あー……普通に横ですか」

奏「ええ。普通に、隣」

P「まぁ、今日は何も言わない。……とはいえ、こんな時間からで明日大丈夫か?」

奏「それを言うならPさんもだと思うけれど?」

P「俺は明日は午前休とっといたよ。実際、夕方からの打ち合わせくらいだし」

奏「そうね。私も明日講義があるけど……ふふ、アイドルって言い訳、本当に便利」

P「おいおい、悪用はしないでくれよ……」

奏「1回くらいいいでしょう。それも、今日くらいは」

P「悪い大人になりそうだな」

奏「誰のせいかしらね」

P「えー…… うーん、責任がなくはない、のか……?」

奏「あまり真剣に考えられても……だって仕方がないじゃない?」

P「ん?」

奏「プロデューサーさんと午前様できるなんて、なかなかできないもの」

P「それ言って炎上するの奏だけじゃないんだからな」

奏「はぁい」


P「そういや、もう今日届いているプレゼントあったぞ」

奏「あら。せっかちさん」

P「一日前後くらいは仕方ないよ。一応中身さらっと確認しておくな」

奏「ええ。あー……明日はちょっと事務所には寄れないから、家に送ってくれた方がありがたいかも」

P「OK。明日は何か予定が?」

奏「パーティー開いてくれるんですって」

P「おー。呼ばれてない」

奏「ふふっ、欲張りね」

奏「でも行きたい? 主催は楓さん」

P「あー……」

奏「LiPPSの面々と、美波と伊吹と……加蓮はどうだったかな」

P「うん、よしておく。それにしても、ファンが悲鳴あげそうな面子だな」

奏「ふふふ……写真くらいはアップしておくわ」


奏「こうやって祝ってくれる同僚や友人がいる」

奏「素敵な道を用意してもらって、着飾って、歌って、踊って」

奏「そして、あなたの時間を独り占めして。贅沢よね」

P「俺の時間はともかく。まぁなんだ、薔薇色の人生、なんていうと陳腐かもしれないけど」

奏「そうね。……でも、色を付けるなら薔薇色じゃ足りない」

P「ん?」

奏「目の眩むような白も、燃えるような赤も、深い蒼も、愛らしいピンク色だって」

奏「私の人生は虹色でも足りないものになっていくと思うの」

P「……欲張りだな」

奏「ううん。きっと、誰もがそう」

奏「視方を変えれば、目に映る、耳で聴ける全てのものが自分を形作るんだって気付けば。それは、すべてを自分のものにできることと同じなのよ」

奏「私はその経験を、この小さな身体の全てで、少しだけ世界に還しているだけ」

P「ああ」

奏「だからね」

奏「ようやく私、あの頃の自分が許せそう」

P「あの頃…… ああ、あの頃か」

奏「ええ…… あなたと、出会った頃」


――6月30日 23時58分

奏「Pさん」

P「ん?」

奏「私、今日ここでこうやって誕生日を迎えられたことが、とても幸せだなって思ってる」

P「幸せ?」

奏「私に、アイドルという道を教えてくれた人に、こうやって我がままを聞いてもらって」

奏「いままで見守ってもらって。……感謝しているわ」

P「……」

奏「ふふ……感動させちゃった?」

P「……やっぱり、グラス出すか」

奏「え?」

P「せっかくの乾杯を、缶のままでやっちゃうのはもったいないかなって」

ギシッ

奏「こだわりかなんか?」

P「速水奏のプロデュースに、手間を惜しむことはないってだけだよ」

奏「……」


カチャ

P「よっと、まだ間に合うかな」

奏「ふふ、本当に日付変わりそう」

P「あぶなかった。じゃあ、注ぐのは日付変わってからで」

奏「そうしましょう。……あと5秒」

P「4」

奏「3」

奏「……」指2本

P「……」指1本

カチ

奏「……」

P「誕生日おめでとう、奏」

奏「ありがとう。Pさん」

P「……」

奏「……ぷふっ、なんでキュー出しなのよ!」

P「ははは、言わずに指出したの奏の方じゃないか!」

奏「一番聞き慣れてるカウントだったからかしら」

P「職業病じゃあ仕方ない、ははは」


P「あー笑った…… じゃあ、早速飲むか」

カシュッ

奏「ええ」

プシュッ

P「ほら、グラスもって」

奏「はい」

トトト… シュワシュワ

奏「それでは、私も」

P「貰おう」

トトトト… シュワワワ…

P「それじゃぁ」

奏「ええ」

P「20歳を祝して」

奏「乾杯」

P「乾杯」

チン


ゴク ゴクッ

P「……はぁー! 染みる」

奏「ふぅん。アルコールの匂いはあるけど……ジュースみたい」

P「さすがに飲みやすいの選んだからな」

奏「そうね。他にはどんなのがあるの?」

P「うーんと、果実酒として梅酒、王道の日本酒、あと蒸留酒枠でブランデー」

奏「いろいろあるわね」

P「持って帰るつもりで買ってきたからな。この場で全部飲む気はないよ」

奏「好きなのが試せるってわけ」

P「あとはバーでカクテルとか飲んでみるといいかもな」

奏「それは素敵そうね」

P「……」ジー

奏「なに?」

P「いやぁ。バーとか似合いすぎだろと思って」

奏「ようやく、外見に年齢が追いついてくれたのかしら」

P「雰囲気はまだまだかな」

奏「それって褒めてる?」

P「たぶん」

奏「なにそれ。ふふっ」


奏「ビールってどんな味?」

P「はい」コン

奏「あら、缶に直接口つけさせるの?」

P「……はい」コト

奏「素直でよろしい」

P「前からからかわれてばかりだったけど、もう最近は勝てる気がしないな」

奏「なら、敗けちゃう?」

P「……もう少し頑張ります」

奏「よかった」

ゴクッ

奏「……苦い」

P「舌で味わうと苦いよ」

奏「これはしばらく、慣れそうにないわね」

P「ああ。無理して飲めばすぐ慣れるけど、酒は無理するもんじゃない」

奏「ふぅ…… 少し、暖かくなってきたかも」

P「奏のそのチューハイもビールも、身体冷やす方の酒だから、あまり薄着になるなよ」

奏「ふぅん」


P「しかし、速水奏がビール飲んでるとこを見られるとはな」

奏「お望みならいつだって…… うーん、でもビールじゃ色気ないかしら」

P「ジョッキで口に白ひげつけてぷはーって」

奏「……想像できる?」

P「しないようにしておく」

奏「ふふっ」

P「それが似合うのはそれで、魅力なんだろうけど」

奏「そうね。無理して追わないようにするわ」

P「……大人になったよな」

奏「無理をしないってことが?」

P「ムキにならないことが」

奏「それは……ふふ、そうね。いつまでも子どもじゃないもの」

奏「でも、いまでも大人になれた気はしないわ」

P「ああ。そんなもんだ。立派な大人かどうかなんて、自分でわかる人間は少ないよ」

奏「真面目にやっているだけじゃ大人にはならないのかしら」

P「ならないさ」


奏「……」

ゴクッ

奏「ふぅ……」

奏「……真面目で、優等生なフリして。でも、実際真面目で優等生から抜けきれなくて」

奏「アイドルだって同じ気持ちだった」

奏「ヤケで始めたことだけど……子どものお遊びだなんて言われたくなくて」

奏「それで、華やかな世界に触れて、この世界での生き方を探って」

奏「全部……そう、私の全部。自分の為のようでいて、もしかしたら私じゃない人のためにやってきたのかも」

P「……ファンのため?」

奏「そう、ね。自分の為だけなら、ここまでは来られなかったと思うもの」

P「そうかもな」

奏「……分かってる?」

P「うん?」

奏「Pさんも、そのファンの一人なんでしょう」

P「え? あー」

奏「ふふ……少しはあなたの期待に応えられた?」

P「期待以上だったよ、いつだって」

奏「そう」

奏「なら、よかったのかも」ゴク…


奏「あなたの期待に応えられるアイドルになれたんだから……次は、Pさんの隣で笑えるくらいの、大人になりたいな」

P「それは、多分良い大人じゃないな」

奏「それじゃあ、良い大人じゃなくていい」

P「おいおい」

奏「仕方ないわ。悪い人、だもの。Pさん」

P「はは、なら仕方ないか」

奏「ふふふ…… ……んー」

P「どうした?」

奏「少し、回ってきたかも」

P「あんまり強くはなさそうだな」

奏「味は嫌いじゃないと思うよ」

P「なら、嗜むくらいにしておくといい」

奏「はぁい。……悪い人って言ったらね」

P「ん?」

奏「いつか楓さんとフランス行ったじゃない、映画の撮影で。これはもう時効だと思うけど……あのひと、昼間からお酒飲んでて」

P「……あの人は……」

奏「私も、一杯までなんて言って手綱握っているかと思っていたんだけど」

P「あの頃の奏にどうにかできる相手じゃなかっただろ」

奏「私もそう思う。うふふっ」

P「ははは……」


奏「どうしようもない人、なんて思って呆れたこともあったのだけど」

奏「いま思えば、握った手綱の下でおとなしくしてくれていたんでしょうね」

奏「あの頃の楓さんに、あと5年たっても追いつけるか分からないわ」

グイ ゴクッ ゴク

P「お、おい一気に飲むなよ」

奏「……ふぅっ……」

奏「……勝手に憧れて、勝手に絶望して」

奏「自分の想いだけを募らせるのがこんなにも危険だなんて、教えてくれた」

奏「ま、あの人が意図していたかは分からないけど」

P「8歳差だろ。大きな差だよな」

奏「そうねぇ…… ところでPさんとは何歳の差だったかしら」

P「お……そこで引き合いに出されるとは」

奏「おかしいわ、仕事ではともかく、Pさんには何故か追い付けそうな気がするの」

P「まぁ、余り成長してないってことだな、はは」

奏「たぶん違う、でしょ」

P「……」


――7月1日 0時34分

奏「たぶんだけど……」

奏「……私を……」

奏「……いえ、あなたのために言わないでおくわ」

P「じゃあ、そうしてくれ」

奏「ん…… ふぅ」

コト

P「カラか」

奏「ええ」

P「じゃあ別の出すか。梅酒なんかは飲みやすいと思うよ」

奏「あと日本酒とブランデーだったわね。どっちがいいかしら」

P「度数は日本酒の方が低いな。まぁ、ブランデーも飲み方次第だし」

奏「……ちょっと強いの、試してみたいかも」

P「じゃ、こっちだ。グラス貸して。氷いれてくる」

奏「はい」


カラン

P「じゃあ今日は指一本分だけ」

トクトク…

奏「それだけ?」

P「ゴクゴク飲むお酒じゃない。アルコールもさっきのより多いんだから」

P「一気に飲むんじゃなくて、ちびちびとじっくり飲む感じで」

奏「なかなか優雅なお酒ね」

P「もし気にいったら、氷無しで飲んでみるといい。そっちの方が香りが強い」

奏「へぇ…… これに合うのは?」

P「好みだけど……ナッツとかドライフルーツとか。チョコレートなんかも合うな」

奏「ああ、お菓子作りにも使うものね」クイ

奏「……んっ、んくっ」ゴク

奏「はぁ……喉があったかい……」

P「はは。もっとゆっくりでいい」

奏「うん」


P「顔、少し赤くなってる」

奏「あら、本当?」

P「奏は先に耳に出るけど」

奏「……まぁ、自覚はしてるわ」

P「意外という訳じゃないけど、本当にいままで飲んだことないのか」

奏「ええ、ちゃんと未成年していたもの」

奏「念のため言っておくけど、周りもきちんとしていたわよ。いまでも集まるときは、私と美嘉はお酒無し。……プライベートまでは分からないけど」

P「宅飲みとかやってるんだな。どうだ、他は」

奏「うーんと……周子はすこーし赤くなるけど、かなり飲むタイプ。フレデリカは顔色も変わらず飲むわね」

奏「志希は弱いのよ。次の日はケロッとしてるけど。……美嘉と飲めるのは楽しみね」

P「じゃあ次は、美嘉の誕生日待ちか」

奏「そうね」


奏「……」

P「……」

奏「ああ」

奏「いいわ、この時間」

P「うん?」

奏「時間がゆっくり流れている」

P「……ああ」

ゴク ゴク

P「ふーっ、せっかく開けたんだし、俺もブランデー飲むか」

奏「ん」

コト

P「いや、グラス洗ってくるし」

奏「いいでしょ、ここに足せば。同じよ」

P「……同じか……?」

奏「わからない。ふふふ」

P「酔ってきてんな」


奏「ほら、よく見て」

奏「グラスに、リップの跡ついてる」

P「……」

奏「私は、ここにしか口を付けないけど」

奏「Pさんはどこにするのかしらね」

P「……はぁ」スッ

クイッ

P「……」ゴクッ

コト

P「ふぅ」

奏「チビチビ飲むものじゃなかったの?」

P「次の一杯はそうしたいね」


トクトク… カラン

奏「リップの跡の、ちょっと隣、か。ふぅん」

P「ちょっと隣で十分だ」

奏「そうね。そうかも」クイッ

コト

P「……」

奏「どうしたの?」

P「似合ってるな、と」

奏「ありがとう。ふふ、そんな仕事も良さそうね」

P「確かにだいぶアリだ」

奏「似合っているってことは、私が飲む仕種に魅入っていたってことかしら」

P「……さぁ」

奏「ふふふ……」

P「……なんだよ」

奏「これでも、ちょっとはアイドルやってるのよ。私が他人からどう見えているか、分からないわけじゃないわ」

P「というと?」

奏「あなたを惹き付けたのは、私の仕草や雰囲気じゃない」

奏「もっと具体的な場所」


――7月1日 0時48分

奏「魅入ってたのは……ここかしら?」

スッ

奏「ね。ルージュを薄くひいた唇を少しだけつき出して」

奏「眼を閉じて少し上を向けば、それだけで」

奏「どう?」

P「……」

P(幾度となく)

P(幾度となくその顔を見せておきながら、一度だって成功したことのない、誘惑)

P(俺の方からするなんてことは無く)

P(そして、奏からくることもない)

奏「まだ、してこないの?」

P「……まぁ、いつも通りだよ」

奏「じゃあ」

ギシッ

奏「私からしちゃうわよ」

P「……」

奏「……」

P(いくら奏の顔が目の前にあっても)

P(この先は、彼女からくることはない)

奏「……」

ギッ

P(はずだった)


――7月1日 0時49分

P「……」

奏「……ん……」

P「は……奏……」

奏「ふふ、ふふっ……」

P「……酔ってるな」

奏「酔ってるかも」

P「そうか……」

奏「お酒じゃない……なんて言ったら?」

P「……」

奏「いかが?」

P「……気は済んだか?」

奏「つれないわねぇ……ああ、でも、ふふっ」

P「?」

奏「嬉しい」

P「その……コレが?」

奏「ううん、キスじゃない」

奏「ようやくあなたを、裏切れた」


P「……」

奏「期待通り、いいえ、期待以上の成果を出してきたんでしょう?」

奏「期待外れなんてさせたことのない私が、ついにあなたに応えなかった……どう? 感想は」

P「……不思議な気分だ」

奏「どうして?」

P「……」

P「奏を……見くびっていたのか、信じていたのか、自分でもわからないけど」

P「……もしそんなことがあるとしたら、俺の方からするんじゃないかって……考えたことくらいあったよ」

奏「……」

P「俺自身でも、どこまで本気か分からなかったけど…… ……そうか……」

奏「……?」

P「もう一度、いいか?」

奏「え?」

P「今度は俺からしたい」


奏「えっ」

P「ダメか?」

奏「いえ、そうじゃなくて……ちょっと想定してなかっただけ……」

P「……奏」パシッ

奏「あ……Pさん、う、腕……」

ギシッ

P「耳まで赤いのは……酒のせいだな」サラ…

奏「……そうかも……耳、さわっちゃだめ……」

P「……」

奏「うん……」

P「……ん」

奏「ふ……」

P「……」ヌル

奏「! ……は、あっ……んっ……」


――7月1日 0時52分

奏「…………はっ、は……」

P「……ふ…… ん……」

奏「ぷは…… はぁ……」

P「……」

奏「…………こんなの……知らない」

P「すまん、やりすぎた」

奏「もう…… ……謝らなくていいわ」

奏「謝らなくていいけど……ねぇ、どうするの?」

P「どうするって……」

奏「まさか、酔った勢いだった、で終わらせる気?」

P「そんなことは…… したら楽かもしれないけど」


奏「答えてくれる、のよね?」

奏「私はあなたに……Pさんが好き、って伝えたの」

奏「1度だけじゃないって、思ってる」

P「……ああ、そうだな」

奏「立場だって、歳の差だって……燃え上がらせる障害でしかなかった」

P「はは…… 物好き」

奏「誰のせい?」

P「やっぱり俺に責任があるのか?」

奏「そう。だから」

奏「……どんな答えでもいい。ただ、答えてほしいの」

P「……」


P「出合ってから3年か」

奏「……」

P「……答える……って言うのかな、これは」

ゴソ…

P「酔った勢いなる前に、渡しておくよ」

奏「……誕生日のプレゼント?」

P「いや……」

P「……最後まで悩んだし、いまでも悩んでる」

P「ただ、いま渡さないと、次いつ渡せるか分からないって思ったんで」

奏「?」

P「奏がそういう、もの好きなら……俺も同じだ」

P「ただ、受け取るかどうかは、奏が答える番になるけど」

奏「なに……?」

P「……」

カパ

奏「……!」

P「悪い、待たせた」


奏「……これ……」

P「……俺も、ただ待っていたわけじゃない」

P「17歳から3年間って青春をアイドルに……自惚れじゃなきゃ、俺に捧げてくれた」

P「なら、それに応えなきゃいけない時期に来たんじゃないかって、勝手に思ってただけで」

P「……いますぐじゃなくていい。そんなことも無理だし」

P「それでも、奏がいつか、アイドルをやめた後に」

P「……い」

奏「……」

P「……」

奏「……」

P「一番近くにいて欲しい」


P「……」

奏「……」

バッ

P「わっ」

ギュゥッ

奏「……」

P「……」

奏「…………」

P「…………」

奏「はい……!」


P「……」ブルッ

奏「Pさん……?」

P「……さすがに緊張した……」

奏「これを受けられなかったら、何もかも嘘よ」

P「これに関しては、奏が悪い」

奏「あら、やり返されちゃった」

P「得意だろ、嘘」

奏「そうかもね……可愛い嘘つきになら、なってあげる」

P「なんだよそれ。ははは……」


奏「……私、さっきPさんには追いつけそうって言ったじゃない?」

P「え? ああ」

奏「たぶん……私があなたに追いついたんじゃない」

奏「それまで待ってくれたのは、Pさんの方だったわ」

P「……はぁ……言わないでいてくれるんじゃなかったのか?」

奏「ね?」

P「うん?」

奏「可愛い嘘つきって言うのはこういうことよ」

奏「真剣な男性の告白を無下にしたりすることじゃないわ」

P「そうか…… ……嬉しいよ」


奏「ねぇ」

P「? ああ……」

奏「……ん」

P「……」

奏「ふ…… ……キスって、気持ちいいのね」

P「ああ……」

奏「唇って、性感帯なんだって」

P「……そうか」

奏「ん……」

P「……ふ」


――7月1日 1時4分

奏「ねぇ、Pさん」

P「ん?」

奏「貰っていいのよね」

P「ああ……付けていいか?」

奏「ええ」スッ

P「……なんか緊張するな」

奏「私もよ」

P「そうか……」

P「なら良かった」

キュッ

奏「……綺麗ね」

P「ああ」

奏「んー?」

P「……どっちのことだろうな」

奏「もうっ」


奏「これを付けて人前に出ることは、いつになるかしら」

P「いつにしたい?」

奏「うーん…… ……しばらくは、いい」

奏「あなたにここまで応えてもらった。次は私が付き合うわ」

奏「あなたがいけると思う速水奏を……好きなだけプロデュースして」

P「ああ……分かった」

P「……しばらくはバレないようにしないといけないんだよなぁ」

奏「大丈夫よ。匂わせたりはしないから」

P「徹底的に頼む」

奏「声を掛けてくる男性を断るのも、心苦しいわね」

P「嘘つけ」

奏「ふふ……興味ない男性からいくら言われてもね。お互いのためと思って、いままで通りきっぱり断らせて貰うわ」

P「あと根回しする範囲を……他に同じような境遇のアイドルいないかな」

奏「それ、噂が漏れてきてちゃダメなやつじゃない?」


P「基本的にスケジュール調整とかはしないだろうけど……そうだな、少しは会えるタイミングを……」

奏「ふふふ……」

P「なんだ?」

奏「なんだか、悪巧みしてるみたい」

P「そうだな」

奏「悪い大人になったのかしら?」

P「勘弁……結局引き込んだの俺かぁ」

奏「自覚はあるのね」

P「悪い大人なんだろ」


奏「じゃあ、良い大人にしてくれる?」

P「そっちの方が難しいよなぁ」

奏「じゃなかったら」

P「……?」

奏「……大人にして?」

P「んっ、ごほっ……!」

奏「ふふ、ふふふっ」

P「お前な……」

奏「ないとおもっていた?」

P「……」

奏「私の気持ちを知って、それであなたも応えてくれた」

奏「今日以上のタイミングがあるかしら」


P「…………」

奏「悩んでる?」

P「どうしたら一番リスク低いか考えてる」

奏「ふふっ……このまま家に連れて帰ってくれるの?」

P「どうしような。車は乗れないし」

P「タクシー捕まえて……いや、ここら辺なら大丈夫か」ポチポチ

奏「?」

P「ああ、いっぱいある」

奏「月の丘の裏側、ということかしら」

P「……まぁ、そういう事」

クイッ ゴクッ

奏「……結構残ってたと思うけど」

P「申し訳ないけど、ちょっとシラフでできることじゃないんで」

奏「ふぅん、大した職業意識ですこと」

P「奏に言われたくはない」

奏「うふふっ、たしかに」


奏「片づけたら……出ましょうか」

P「ああ」

カタカタ カチャ ジャー…

P「酒瓶は……デスクの下に隠しておくか」

P「つまみも冷蔵庫いれて……あー、これバレるなぁ」

ガサガサ

奏「楓さんに見つからないようにね」

P「なんでだろう、匂いで見つけそうで怖い」

奏「明日そんなこと言ってたって言っちゃおうかな」

P「勘弁してください」

奏「ふふ……」

ジャー…キュッ カタンカタン

P「はい、帽子と眼鏡」

奏「ありがと」

P「俺もサングラスくらいしておくかな……」

奏「似合う似合わないはともかく、夜にサングラスはどうなの」

P「すっぱ抜かれても面倒だろ」

奏「そうね、確かに」


奏「でももし、本当にそうなっちゃったら……」

奏「ねぇ、どうしましょうか、Pさん」

P「そうだな……ふたりで逃げるか?」

奏「いいわね、それ」

P「ばか、冗談だ」

奏「残念」

P「……最悪の最悪な。できることなら、引退までプロデュースしたいし」

奏「ふぅん。……できることなら、引退してからも私の人生をプロデュースして欲しいところだけど?」

P「そうはいかない」

奏「あら、どうして?」

P「そこからはもう、アイドルとプロデューサーじゃない」

P「奏と俺は、そうじゃない関係を築いていくんだ」

奏「……」

P「今日がスタートみたいなもんだよ」


奏「……」

奏「やっぱり、待ってた振りをしていただけみたいね」

P「うん?」

奏「なんでもないわ」

P「そうか」

奏「……」

P「奏?」

奏「……Pさん」

P「うん」

奏「いま私、あの時のことを思い出してる」

P「あの時?」

奏「あの海岸で、Pさんと初めて出会った時のこと」

P「……ああ」


奏「あのやり場のない感情の渦の中から、私を連れ出してくれた」

奏「あの時の言葉、私、まだ覚えてる」

奏「いまこの場で、キスしてくれる? って」

奏「あなたは顔を赤くしながら、わかった、って言ってくれた」

奏「たぶん……あの時から、ずっと」

奏「ずっと、ずっと……」

P「……」

奏「あの時の私のお願い、覚えてる?」

P「……私をここから連れ出して」

奏「あなたは本当に私を連れ出して……変えてしまった」

奏「ありがとう」

奏「私、今とても幸せよ。あなたのおかげで」


奏「……ふふっ」

P「……」

奏「プロデューサーさん、顔が赤いよ」

P「ああ……俺も酔ったんだろう」

奏「好きよ、Pさん」

P「俺もだ。奏」

奏「……」

P「……」

奏「……うん」

P「そろそろいくか」

奏「ええ……連れていって」

奏「月の丘の裏側まで」

奏「ね」

ギュッ





おわり




 


お読み頂きありがとうございました。
誕生日おめでとう。

その他過去の奏SS、よければこちらもどうぞ。

速水奏「はー……」モバP「はー……」
速水奏「はー……」モバP「はー……」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1546751465/)

速水奏「とびきりの、キスをあげる」
速水奏「とびきりの、キスをあげる」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1555420447/)

速水奏「特別な、プレゼント」
速水奏「特別な、プレゼント」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1561907176/)

速水奏「今年のチョコが、渡せない」
速水奏「今年のチョコが、渡せない」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1581598611/)

速水奏「恋愛映画は苦手」
速水奏「恋愛映画は苦手」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1588939565/)

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom