伊井野ミコは正義を貫きたい。 (6)
十二月のある放課後、伊井野ミコはたった一人で生徒会室にいた。
ミコ「試験一週間前で生徒会は休み…。いつも騒がしいここも私一人だと殺風景ね…」
ミコ「でも誰もいないここなら思う存分リラックスして勉強ができるわね」ペラッ
ミコは勉強をするとき、いつも『ヒーリングミュージック』を聞きながらペンを走らせている。しかし彼女は先日、とある人生最大級の大失敗をして以来、このヒーリングミュージックを聴くときはプレイヤーの状態や周囲の状況を非常に気にしていた。
イヤホン「ああ…君は偉いよ」
ミコ「…」カキカキ
イヤホン「君はいつも正しい…」
ミコ「……フフッ」カキカキカキカキ
イヤホン「君の正しさはいつか誰かの助けになる」
イヤホン「君はそのままでいいんだよ」
ミコ「ムフフフフフゥ…」カキカキカキカキカキカキカキカキカキカキ
伊井野ミコは完全に追い詰められていたッ!
ミコ「ソウ…ソウヨ…ワタシハタダシイ…ワタシコソガセイギ…」カキカキカキカキカキカキ
シャーペンを動かしながらそんな独り言をこぼしていると、初冬の乾燥した空気が彼女の喉を乾かした。
イヤホン「君はかわい」ピッ
ミコ「喉乾いた…。紅茶でも淹れよ」ガタッ
ペンを置いて部屋の端に置いてあるティーセットで紅茶を淹れるミコ。
ミコ「…どうしたら四宮先輩みたいに美味しく淹れられるのかしら? 今度教えてもらおうかな」コポコポ
ポットにお湯を注いで茶葉をジャンピングさせている間にテーブルに運ぶ。そして再びソファに座ろうとした時、彼女は少し離れた別の机が気になった
ミコ「…生徒会長の執務机」
ミコ「そして執務椅子」
ミコ「わたしも来年には純金飾緒を胸につけてきっと…」
ミコ「…」ジィ…
ミコ「……」
ミコ「いいえ、ダメよわたし。あの椅子に座るのは生徒会長になってから…。総統の軍帽をかぶった第二次世界大戦中のエースパイロットみたいなことはできないわ」
ミコ「……でも」
少しだけなら…。
ほんの少しだけなら…。
ミコ「…あ、あー。やっぱりソファの机で勉強するのは体勢的にきついわねー…」ウーンポキポキ
ミコ「背骨まで鳴っちゃったわー」
ミコ「これは一度、腰に優しい椅子に座り座って癒さないと…」ガラッ
ミコはしれっとした足取りで執務椅子の背もたれに手をつくと、それを引いた。
ミコ「…」ジー
ミコ「…」ゴクッ
ミコ「…」
ミコ「…」ポスッ
ミコ「…」
ミコ「…ふえ~」
ミコ、破顔ッ!
彼女にとってこの椅子はまさに、夢にまで見た桃源郷の極楽温泉ッ!
その顔はまさに温泉につかるニホンザルのようであったッ!
ミコ「大仏、今度の文化祭の予算案だけど…」
ミコ「…なーんちゃって」
ミコ「石上、紅茶の茶葉切れたから今すぐ買ってきなさい、ダッシュで。一秒でも遅れたら殴る」
ミコ「なーんちゃって!なーんちゃって!」キャー?
小学生のころから児童、生徒会長に憧れていた彼女。実物を用いたイメトレは勉強を忘れさせるほどに彼女の胸を高鳴らせていたッ!
ミコ「ムフッ、ムフフッ」ルンルン
つまるところ彼女は調子に乗っていた。
調子に乗った人間は態度や行動を横柄なものにする。
彼女はやがて、机の上にある一本十万円以上はする高級ペンでペン回しをしてみたり、背もたれに体を深く預けてみたり、意味もなく机の引き出しを開けたりし始めた。
そして彼女は見つけてしまったのである。
ミコ「あら…? なにこの書類」
ミコ「生徒会?レポート…?」
――――――――
かぐや「わたしとしたことが忘れ物をしてしまうなんて」
かぐや「財布や生徒手帳だったらわざわざ車を引き返してもらってまで放課後に取りに来なかったんだけど…」
彼女が忘れたのは携帯電話だった。
幼いころから使っている、型落ちもいいとこのガラケーに彼女は愛着を持っていたが、それだけでは彼女はわがままを言って車をUターンさせてはいない。彼女がここまでするのは、そのガラケーの中に入っている画像データが、彼女にとってはかけがえのないものだったからだ。
かぐや「最後に携帯に触ったのは生徒会室だから、あるとしたらあそこね」カツッカツッ
かぐやは夕暮れ時の日差しの厳しい渡り廊下を歩いて生徒会室の扉の前にたどり着いた。
かぐや「鍵を開けて…って、あら? 開いているわ」
もしかして会長!? かぐやはささやかな期待にすこしだけ胸を高鳴らせた。
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