狸吉「華城先輩が人質に」アンナ「正義に仇なす巨悪が…?」【下セカ】 (433)

昔、途中まで書いたものです。スレが見つからなかったというか、多分もう書き込めないでしょうし新しく立てさせてください。

その時はメインヒロインの声優さんの病死があって、ショックで最後まで書ききれなかったものなんですが、

5年たちますね。早いものです。

なんか昔のフォルダが見つかったので、いろんな意味での供養もかねて投下していきます。


前作がありまして、これを読まないと理解できないかもしれません。

狸吉「アンナ先輩に拉致監禁」綾女「SOXイ○ポッシブル!」
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=5772445

これも懐かしいですね。R-18ですので読む際はお気をつけてください。

では投下していきます。量が多いので、気を付けてください。



 足がひたすら重い。飢えたアナコンダの檻に向かう気分だ。しかもそのアナコンダは猛毒ももっている。ところでアナコンダのアナはどのアナなんだろう。

 現実逃避の思考は時間稼ぎにならず、僕は生徒会室に向かっていた。

 今日は華城先輩もゴリ先輩もいない。アンナ先輩と二人きりの生徒会室。何も起こらないわけがなかった。

 僕の誘拐事件から、アンナ先輩に決定的な変化が起きてから十日。

 アンナ先輩の家を出てから、二日が経っていた。

 僕は色々あってアンナ先輩の家にずっと泊まる羽目になっていたのだけど、そこでアンナ先輩といちゃいちゃのぐちょぐちょなことをやっていたけど、僕の逃げ口上やアンナ先輩のプレイスタイルによって初日以外は辛うじてB止まりでおさまっていた。昨日から学校にも登校を再開して、それを機に自分のアパートに戻っている。アンナ先輩は引き止めたのだけど、僕の母さんにいつまでも甘えてるわけにはいかないみたいなことを言ってもらって、何とか自分のアパートに戻ったのだ。

 生徒会室の前に立つ。背筋がゾワゾワする。今日は誰も止める人がいない。かと言って他に用事も思いつかず、華城先輩も休んでいてゴリ先輩も受験であまり生徒会の方に顔を出せず、生徒会の業務をほとんど一人でやっているアンナ先輩の負担は大きくて、僕が行かないわけにもいかなかった。

 すー、はー、と息を整える。ついでに息子の調子も確認しておく。大丈夫、まだ理性はきくはずだ。

 アンナ先輩は、あの事件以来、ひたすら飢えた肉食獣から媚薬という猛毒を持った蛇のように、襲い貪ることから誘い焦らすことを覚えてしまった。襲われていたころより、僕から求めるように焦らしながら誘うことを覚えたアンナ先輩は、以前よりよっぽど愉しそうでそして恐ろしかった。

 ん? もうそういう仲なんだしいいじゃんって? それ華城先輩にも言われたよ。アンナ先輩のセックスのテクは日に日に向上してたしね。そのうち視線だけで僕をイカせるようになったとしても、僕は全く驚かないよ? 顔も身体も声もテクニックも何もかもが最上級の人だよ? 正直、アンナ先輩がちょっとこっちを刺激するだけですぐ発射しそうになっちゃうよ?

 でもそれでも、逃げ続けなければならない理由があるのだ。

 コン、コンと、ゆっくりめにノックする。

 扉を開けると、生徒会室の主、アンナ・錦ノ宮が上品で穏やかな笑顔を浮かべながら、僕を迎えた。

「奥間君……、一日会えなかっただけですのに、ずいぶん長い間会えなかったような気がしますわ」

 上品で穏やかな笑顔は、僕だと認めた瞬間、捕食者の笑みに変わる。以前とは違って余裕こそ持ってるけど、むしろ危険度は増している。

「!?」

「んん……!」

 え、今座ってたよね? 立った瞬間から扉にいる僕のところまで一瞬で肉薄すると、僕を壁に押し付けつつ唇を重ね、舌を器用に使って唾液を送り込んでくる。

 以前のただ貪るだけのキスではなく、僕を昂ぶらせ、誘惑し、堕とすためのキス。

 アンナ先輩の唾液は媚薬のように、一気に僕を昂ぶらせ、僕の息子に一気に血液が集まってくる。

 どれくらい唾液を送り込まれたのか、二回くらいは飲み込んだ気がする。アンナ先輩は一旦離れると、僕の首筋に顔を埋め、鼻をクンクンと鳴らして、

「奥間君……ふふふ、わたくしとの約束は守ってくださっているみたいですね? 勝手に愛の蜜を出してはいけないというあの約束を」

 アンナ先輩、僕の愛の蜜(ようは精液だ)をより濃く美味しくいただくため、オナ禁を僕に命じていたのだった。勿論アンナ先輩には性知識がないからオナ禁って言葉も意味も分かってないんだけど、どうもアンナ先輩は愛の蜜は溜めた方がより濃く美味しくなると考えていて、実際それが当たっているから困る。性知識はないのに本能ですべてを習得してくる。この人本当に何か出来ないことってあるのかな。

 完全に空っぽになってから十日、朱門温泉で鍛えられた僕は普段なら我慢しようと思えばできる範囲なんだけど、アンナ先輩は事あるごとに僕を挑発してきて、僕からアンナ先輩を求めるように仕向けてくる。以前は喰われる恐怖から萎える面もあったのは否定しないけど、今のアンナ先輩はひたすら僕が堕ちるのを待てるようになってしまった。正直、今のキスだけで発射しそうになってる。

 その様子がわかるのか、くすくすと嬉しそうに愉しそうに笑うと、

「奥間君がおねだりしてくれれば、わたくしはいつでも構いませんのよ? ただ、愛の蜜を一滴も零したくないだけなんですの」

 アンナ先輩は敢えて見せつけるように、扇情的に舌をチロチロと動かす。アンナ先輩の下腹部からそこは以前と変わらず、粘り気のある水音が溢れんばかりに聞こえてくる。その下腹部を、僕の勃ちきった息子に強すぎず弱すぎない絶妙の腰使いで押し付け、僕の理性を飛ばそうとする。

「ああ、どちらがいいでしょう? ……舌を愉しませるべきか、私のお腹の中で奥間君の愛の蜜が広がり、染み渡るのがいいか……!」

 そう、僕が今でもアンナ先輩から逃げないといけない理由。

 アンナ先輩、中出しの味を覚えてしまったのだった。

 正直ゴム有なら僕ももう、アンナ先輩の言うとおりにしてもいいかと思っていたりも正直あるけど、アンナ先輩が妊娠したらアンナ先輩の両親からは社会的に命を絶たれ、僕の母さんからは生命的な意味で命を絶たれる。そして僕の死体はアンナ先輩が美味しく戴いてお腹の中でずっと一緒、ハッピーエンドだ。アンナ先輩、僕を傷付けないようにはしてくれてるんだけど、どうも食人趣味にも目覚めかけてて、この前喉元や小指を食い千切られそうになったんだよなあ。……あれは一時的な混乱と駆け引きの為のものだったと思いたい。

 とにかく中出しだけは絶対に出来ない。アンナ先輩は妊娠を望んでいるから避妊が出来ない。避妊抜きにゴムを着けなければならない理由も思いつかない。何よりアンナ先輩は上も下もどちらの口でも、僕の愛の蜜で満たすことが何よりも最上級の愛で快感らしく、故により美味しくいただきたいと、そういう発想に至ってしまっているらしい。

「ふふふひっ、忘れてはいませんわよね? ……わたくしの許可なく愛の蜜を出したら、オシオキですわよ? それとも、オシオキを望むなら、それでもわたくしは……ふふふふ、はあ、あはあ、あ、それも、いいですわね……! 奥間君が愛に悶える顔も見たいですの……!」

「ひ!」

 捕食者が悦びの声に思わず反射的な悲鳴が出た。強制的に快楽を与えられ続けて発狂しそうになった悪夢が蘇る。今のアンナ先輩なら間違いなくあれ以上のことが出来る。

「ああ、我慢はよくありませんわよ? ……ずっとわたくしの為に愛を確かめ合うことを我慢していたのはすごくうれしかったですけど、もう愛の試練は乗り越えましたし、奥間君が我慢する必要はもうありませんわ」

 さらに追い打ちでぐぐ、と腰が押し付けられる!

「たった一言でいいんですのよ? 『僕の愛の蜜を飲み干してください』と、それさえ言えばいいんですの」

 発射が目前だった。でもアンナ先輩が上で飲むのか下で飲むのかわからない以上、答えられない。ついでに言うならアンナ先輩もずっと僕と繋がってないから、下で飲みたがる可能性が高い。

「あら、……奥間君はオシオキがお望みですのね? それもいいですわね……!!」

 とうとう手が股間に伸び、僕の言葉を待たず息子を発射させようと「あ、先輩、ここ、ここじゃちょっと!」僕は両手を使ってアンナ先輩の手を押しのけようとするけど、アンナ先輩の怪力には当然敵わず、むしろ獲物の最期の抵抗を愉しむように嫣然と笑って、


『――皆さん、騙されてはいけません!』


 ――PMの強制放送が始まった。

 僕らの勝利ともいえるデモが行われてから、政府はその主張を否定する為に毎日PMで強制的に放送をしている。

 アンナ先輩の顔が、陰った。

「…………」

 さすがに萎えたようで、アンナ先輩は何も言わずに自分の席に戻る。

「奥間君、続きはまた今度にしましょう? 今日は申し訳ありませんが、綾女さんの分も仕事を頑張っていかなければ」

「……はい」

 寸止めで終わったけど、助かったとは思えなかった。

 僕がアンナ先輩の家からなかなか出なかった理由の一つに、このPMによる政府の強制配信があった。

 アンナ先輩はそのそぶりを見せないけど、この件でアンナ先輩の家は揉めている。僕を拉致監禁なんて暴挙に及んだのも、この件が無関係だったとは思っていない。アンナ先輩が気に病んでないわけがないのだ。

「大丈夫ですか?」

 思わず安っぽい声をかけてしまった。だけどアンナ先輩は、性欲とは全く関係なく、本当に嬉しそうに、

「ありがとうございます。その言葉だけで、わたくしは……」

 政府の強制配信はまだ続いている。真実がどちらかにあるか、《SOX》の一員である僕にはわかっているけど、アンナ先輩はわからない。本能で分かっていても、性衝動や愛が満たされて安定しつつあっても、知識という判断材料がなければどちらが正しいのかなんてわからないのだから。

 僕も何とか性知識を、真実を伝えたいのだけど、そうするとアンナ先輩は今まで自分の行ってきた崇高な愛が卑猥というアンナ先輩にとっての絶対悪だったことを教えることになるわけで、どうすればいいのかわからない。アンナ先輩が壊れたらどれほど恐ろしいことになるか、僕は十日前にさんざん思い知っている。ついでに言うなら僕はアンナ先輩に限らず他の時岡学園の生徒にも性知識を教えたら即退学になることをアンナ先輩の母親であるソフィア・錦ノ宮と約束させられている。

 本当に情けないけど、この期に及んで僕は何もアンナ先輩に伝えられていなかった。

「アンナ先輩」

 とっさに呼びかけてしまったが、かけるべき言葉は見つからず、

「あの、よければ……えっと、今日帰り、華城先輩のお見舞い行きましょうよ」

 今の僕だけじゃ、アンナ先輩の負担を軽くすることはきっと出来ないと思った。

 アンナ先輩には、僕だけじゃ駄目なんだ。

「ええ、そうですわね」

 アンナ先輩は強制放送が続く中、それでも喜びの顔を見せる。同時に悪戯っぽい笑みも浮かべて、

「綾女さんには内緒で行きましょうね。奥間君、一緒に病院に行く前にお見舞いの品物、買っていきましょう」

 その笑顔は可愛らしくも大人っぽく、以前の天使の笑みとはやはりベクトルが違っているけど、魅力の大きさは変わらずに僕の胸をドキドキさせる。

 だけど、無理しているように見えるのは、きっと気のせいじゃなかった。

 やっぱりアンナ先輩には、心の底から笑っていてほしい。

 政府の強制配信は、まだ続いていた。

「「「…………」」」

「あら、鼓修理ちゃんもいらしてたの。……えーと、そちらの方は? 確か、奥間君の中学生時代の……?」

「わ、わたしの小学生時代の友達でもあるのよ、アンナ!」

 とっさに眼鏡をかけた華城先輩、鼓修理、ゆとりがアンナ先輩に怯え、僕に非難の視線を浴びせてきた。

 本当、ごめんなさい。せめてメールしようと思ったのだけど、アンナ先輩がサプライズで驚かせたいなんて言うから無理だった。隙を見つけたかったけど、無理でした、本当ごめんなさい!

 ゆとりにはす、と目線を一瞬細めたが、すぐに僕や愛を育むものを邪魔する敵以外に見せる、上品で淑やかな会長モードに戻った。た、助かった? 正妻の余裕ってやつだろうか。

 ちなみに《SOX》はデモの効果が消えないうちに色々画策して、華城先輩は怪我で動けないながらも的確な指示と下ネタを言って更なる上の段階の性知識流布を行っている。結果は上々だ。《SOX》を敵視を通り越して殲滅すら望んでいるアンナ先輩にとっては腹立だしい結果だろうけど、感触としては第一清麗指定都市を中心に、政府よりも《SOX》の意見を支持している方が多数だ。今もその打ち合わせ中だったんだろう。本当に申し訳ない。

「えっと、邪魔ならすぐ帰ろうと」

「いえ、わたくしの方こそお邪魔して申し訳ありません。先客がいるとは知らなかったもので」

 完璧なお辞儀を披露し相手に一切不快感を与えない丁寧な所作は、ゆとりの怯えや毒気を抜いてしまう。困ったように僕に視線を向けてきた。僕に向けられても、正直本当に困る。

「奥間君の中学時代はどんな方でしたの?」

 さらりと当然のように雑談に入っていた。獣性に火がつくと本当にヤバい人なんだけど、それ以外では本当に人の心の隙間を埋めていく優しさと慈愛を持った人なのだ。獣性に火がつかなければ。

「狸、奥間の話訊きたいのか?……ですか?」

 ゆとりが慣れない敬語を使っている。鼓修理が話さないなと見てみると、あれ? いつの間にアンナ先輩の膝の上に乗ってるの? なんか姉が妹をあやすみたいに膝の上に乗せて頭をなでなでしていた。妹ががちがちに凍りついているのを無視すれば仲のいい姉妹に見えなくもない。なんか僕の愚息をなでなでしている時のアンナ先輩の嬉しそうな顔を思い出してしまった。

「普段の話し方で結構ですわ。それに、呼び方も普段通りに。その、以前はほんの少し、わたくしも我を忘れてしまった面は多少あったので」

 そのほんの少しでゆとりは縊り殺されそうになってたんだけどね。僕の名前を呼んだというだけで。

「えーと、その……」

 ゆとりは難しい顔をしてしまう。イメージとは一切違う、アンナ先輩の慈愛の一面に触れたからだろう。実際アンナ先輩は水が染み渡るように、すっと人の心に入り込んでしまう。これは僕がアンナ先輩と初めて会った小学生時代からそうで、アンナ先輩の本質の一部なんだろうと思う。

 ただゆとりは僕がアンナ先輩に襲われたこと、華城先輩を傷付けたことを最も怒っていて、その怒りはまだ消化できていなかった。華城先輩に関しては大事な人が狙われたという想いから理解は出来ても、僕の件に関しては本当にキレていた。

「……あんたに憧れて、卑猥を取り締まりまくってたよ」

 怯えと怒りから、その一言だけしかゆとりは言えなかった。

 事情は分からなくても、ゆとりが非常に複雑な、しかも負の思いを抱いていることはわかったのだろう。アンナ先輩は決して鈍い人間ではない。理解はするし察するが、それがどういうものなのかを実際に自分で経験したことがなかっただけで。

 その経験をさせなかったのがアンナ先輩の母親であるソフィア・錦ノ宮の教育なのだろう。

 汚いものを徹底的に廃し、それらから子供を守り、正しい事だけで子供たちを育てていく。

 その想いだけで《公序良俗健全育成法》を夫と共に作り上げ、実際に国の方針として通した女傑。

 それがアンナ先輩の母親だった。そしてアンナ先輩は、その方針の最大の成功例として一番に挙げられる子供だった。

 僕や華城先輩から言わせれば、それこそがアンナ先輩を歪ませた最も大きな原因なのに。

「失礼しましたわ。……そうそう、綾女さん。わたくしと奥間君で選んだお見舞いの品を持ってきましたのよ」

 華城先輩なら官能小説(オトナ小説と《育成法》以降は呼ばれているけど)が本当なら喜ぶだろうけど、無論今の日本にはそんなものは売っていないので、アンナ先輩だとどうしてもお堅い小説を選んでしまうところを僕がなんとか華城先輩の好みそうな、比較的気軽に読める娯楽小説をいくつか選んで買ってみた。



「退院はいつになるんでしたっけ?」

「あー、再来週の土曜予定よ」

 本ありがとうと、生徒会モードの華城先輩が仏頂面で、それでもそれなりに嬉しそうに差し入れを喜んだ。ゆとりや鼓修理はそれを複雑そうに見ている。

 《雪原と青》として、アンナ先輩には左肩を外され、肋骨の八か所にひびが入る重傷を負わされた。華城先輩は知らせるつもりもないが、アンナ先輩は自分自身が親友を傷付けたことを知らずただ心配しているだけというのは、ゆとりや鼓修理でなくても怒りや気持ち悪さを覚えるかもしれない。

 ただ僕が関わらないところでは、華城先輩が差し入れを素直に嬉しく思っている様子も、アンナ先輩が心配しつつ励まし勉強のノートなどをフォローする様子も、本当に親友として、友情がちゃんとあるのだと、二人の他愛ない表情から分かって。

 僕も複雑な思いを抱いていた。親友同士で敵同士という複雑な関係は、非常に危うく思えてしまって。

 破綻がすぐそこにあるような、ひび割れたガラスがあとちょっとの力で完全に割れてしまいそうな、そんな危険を感じてしまって。

 ピピピピピピピ

「――失礼しますわ」

 アンナ先輩が席を立ち、病室から出て行く。緊張していた空気が少し和らぐと、

「本当にごめんなさい」

 まず開口一番全員に謝った。全員から非難の視線。うう。視線で孕んじゃうよお。

「まあ済んだことは仕方ないけど」

 華城先輩が仏頂面のまま、アンナ先輩の取ったノートをぱらぱらとめくる。ちらっと見ただけでも非常に丁寧にまとめられているのがわかる。僕も勉強を教わったことがあるけど、非常に本質を捉えた分かりやすい教え方をしてくれた。足コキされたから逃げたけど。

「あの化け物はどう出るつもりなんスかね。《SOX》にとって善導課よりヤバい敵じゃないッスか」

 鼓修理が強張りきった身体を何とか緩めようとしている。心底同情してやると、「気持ち悪い目で見るんじゃないッスこの狸サル!」意味不明な罵倒を言われた。どうも女性陣からはアンナ先輩とひたすらヤリまくってる印象しかないらしい。針のむしろだ。味方がいない状況に溜息を吐きつつ、

「アンナ先輩も一人の学生だし、簡単に情報は手に入らないと思うよ」

 アンナ先輩から僅かに聞いた話を統合してそう判断していることを伝えた。今は華城先輩が動けないこともあって、水面下で性知識を流布していく事を地道にやっているだけだ。派手な動きが出来ないししていない以上、アンナ先輩でなく善導課も新たな情報はロクに挿入っていないだろうと思う。性衝動と違って少しずつ情報を与えて発散させるわけにもいかないしね。

 でもこのまま上手くいくかというと、正直不安ではあるんだよな。アンナ先輩や善導課も、あんな騒ぎを起こしたソフィアの動きも。

「奥間君」

「はいっ!!」

 淑やかモードだったけど今しがたの思考のせいで思わず仕込まれた奴隷のように背筋を伸ばすと、僅かにアンナ先輩の表情にその反応を愉しむ愉悦が混じった。だがすぐに掻き消すと、

「申し訳ありません。慌ただしいのですが、今お母様から連絡がありまして。わたくしの家で話し合いをするということですので、今すぐ帰らないと」

「話し合いって、アンナのお父さんも?」

 華城先輩が探りを入れると、

「いえ、どうも奥間君のお義母様とみたいですわ。母とは親友らしいですの。大事な話があるらしく、わたくしのマンションを使わせてほしいと言われてしまって、おもてなしの準備をしなくてはならないので」

「「「「…………」」」」

 それではまた、と慌ただしくアンナ先輩は病室を出て行った。

 ソフィア・錦ノ宮。《公序良俗健全育成法》成立の立役者。

 そして僕の母親、奥間爛子は、下ネタテロリスト最大の恐怖であり《鋼鉄の鬼女》の異名を持つ善導課の生きる伝説。

 あとアンナ先輩。

 《SOX》の敵ボスラッシュだった。想像するだけで気絶しそうなんだけど、助けてほしいんだけど、女性陣もみんな恐慌状態で期待できそうになかった。




 奥間爛子は既に狸吉とアンナの仲は把握している。この娘が何故我が息子を選んだのか理解できないほど、よく出来た娘だった。

「どうぞ。粗茶ですが」

 優雅で上品な所作で、紅茶を二人分、自分とソフィアの前に置く。母親に対しても、あくまでホストがゲストを迎える丁寧さ。ソフィアはこういうところもきちんと躾けてきたのだろう。ソフィアは感情的な面はあるが、躾という点では本当に母親としては敵わないなと爛子は思った。

「すまないな。君も大変だろうに」

「いえ。お母様方の考えがあることなのでしょうから」

 自分たちの起こしたことで心労がかかっているだろうに、微塵も見せない貞淑な笑顔だった。

「それに、奥」

「あー、すまない。トイレは何処にあるだろうか」

 わざと遮り、立ち上がる。近くまで行くと、ソフィアに聞こえないように囁く。

「今のソフィアにうちの愚息と君のことを話したらややこしいことになる。時期を見て私からも話そう」

 あのバカ息子もまさか手を出してはいないとは思うが、男女交際なんて爆弾を今のソフィアにぶつけるのは自分も避けたい。ソフィアが感情的になって振り回されてきた過去を思い出すと、頭が痛くなってきた。強引さにかけては自分も人のことは言えないが。

 くすり、とあくまでも上品さを崩さない程度に秘密を共有する少女の笑みを零すと、

「分かりましたわ。お手洗いは、あちらにありますの」

 それでは、と、アンナは簡単な軽食を作りにキッチンに入った。

 不自然に見られないように一応トイレを済ませて戻ると、ソフィアは難しい顔をしていた。

「今の状況が厳しいのはわかるが、世論はまだ揺れ動いている。政府の言葉を無条件に信用しているのは少ないだろう」

「…………」

 ソフィアは言葉に反応しなかった。キッチンの方を見ている。

「どうした? 何か懸念でもあるのか?」

「……いえ、アンナが変わったように思っただけです」

「まあ、最近色々あったからな」

「いえ、そういうことではなく……」

 ソフィアも言葉にするのが難しいのか、黙り込んでしまった。



「夏休み前から、どうも私に反抗するようになって。以前はそういうことはなかったのに、何があったのか」

「反抗期というものはどんな子供にも存在するだろう。それに転校に反対する娘の為にこの汚染された第一清麗指定都市に私を呼んだのは貴様ではないか」

 ソフィアは感情的だし厳しすぎる面もあるが、決して子供のことを思ってないわけではなかった。むしろ信念を持って、子供の為を思って、《公序良俗健全育成法》を夫である錦ノ宮祠影と共に国に通し、成立させた。

 一人娘のアンナのことだって、あれほどまでの理想的な娘を誇りに思ってないわけがない。転校したくないという娘の意思をソフィアなりに考えたうえで、自分をこの都市に呼んだのだ。

「まあ、そうですが。このままだと、それも無意味になりそうですね」

 今もソフィアは子供たちの未来について考えている。だからこそ自分は協力しているのだ。

「貴様の夫は何と言っているのだ?」

「この件に関しては対立してます」

 あんな自爆テロみたいなやり方では当然だろうと爛子でも思った。

「あのやり方だけではなく、夫は政府の主張に反対していません。むしろ推進する方向で動いているようです」

 ソフィアのプロレス技のような拷問にかけられてそうなら、祠影はその方向で動いていくのだろう。

「ああもう! あの人も金子玉子も!! 腹立だしい!!」

 突然ヒステリックに叫ぶが、爛子としては慣れた反応だったし、心情としては自分もそうだった。

 金子玉子は与党所属の国会議員の一人でありソフィアと同じくPTA組織の幹部で、自分たちが反対している政府の方針を勧めようとPMの強制配信で自分たちの主張を潰そうとしている、自分たちの敵だ。

 今こそ世論は様子見と言ったところだが、政府の強制配信がこれからも続けば、一回のデモ程度の動きは簡単に塗りつぶされるだろう。

 性悪な頭脳を持つソフィアでも、簡単には打開案を思いつかないようだ。

 今日はどちらかといえば、作戦会議よりは疲れを癒すためという意味合いが強い。自分は傷痕が目立つしソフィアの容姿も娘に負けず目立ち、アンナには悪いがこのマンションの一室で軽く酒を交わすことにさせてもらいにきた。無論、酒は自分達で買ってきたものだ。

 がらん、と何かが落ちる音がしたのは、ワインの蓋を開けようとした時だった。

「――アンナ?」

 キッチンからだった。まずソフィアが動き、自分も追う形でキッチンに向かう。

 見るとアンナが蹲って、両腕で体の震えを抑えるように掻き抱いていた。ソフィアが背中をさすっている。傍には包丁が落ちていて、自分たちの為の料理を作っていた最中だったのだとわかる。爛子はとりあえずコンロの火を止め、包丁をまな板の上に戻した。

「アンナ!?」

「大丈夫か?」

 よく見ると頬が上気し、眼には僅かに涙が浮かんでいる。一瞬、爛子の動きが止まってしまった。

「あ、お母様……大丈夫、ですわ」

「熱でもあるのでは? 救急箱は……!」

「いえ、本当に大丈夫ですの、お母様」

 す、と一瞬で元の淑やかで上品な笑顔に戻る。あまりの突然の変化に、ソフィアも爛子も呆気にとられる。

「いや、君も心労がかかっていると思う。私達のことはいいから、もう休みたまえ」

「そうね。アンナ、あなたは休みなさい」

 はい、お母様と、あくまで貞淑に、出迎えた時と同じように上品に一礼すると、ソフィアの言うとおりに寝室と思われる方に向かっていった。

 蹲っていた時に一瞬見えた、自分が一瞬止まってしまうほどの不吉さを湛えた飢えた肉食獣のような笑みは、おそらく見間違いだろう。あのようないい子が、自分が見てきたどの犯罪者よりも不吉な笑みを浮かべるなど、そんなことがある訳がないのだから。



「奥間君」

 母と義母の言うとおりに、寝室に戻り着替えてベッドで休む。

 愛しい人と一緒にいる時には、感じなかった、思い出さなかった衝動を、料理している最中に、包丁を持った瞬間に思い出してしまった。



 ――敵を追い詰めた時の快感。

 ――敵の悲鳴、痛みに喘ぐ声を聞いた時の昂ぶり。

 ――どんな罰を与えようか考え、実際に痛めつけた瞬間のあの恍惚。

 ――足の腱を切ると包丁を取り出した瞬間に生まれた気丈な瞳からの怯えを見た時の、あの興奮。



「奥間君」

 愛しい人の名前を呼ぶ。使っていた鎖と、下着の匂いを嗅いで無理矢理に落ち着かせる。

 包丁を持った瞬間にフラッシュバックのように、あの気持ち良さを思い出してしまった。愛しい人が傍にいる時は、何も思い出さなかったのに。

 次に《SOX》に、《雪原の青》と会った時は、無傷捕縛を目指している。それが自分を変えてくれた人への誓いであり、周りからの祝福を得るための禊だと考えていた。そのために軍事や警察の捕縛術関連の本も購入して知識を蓄えている。

 だけど、衝動を解放するのは、愉しい。

 自分は覚えてしまった。壊す悦びを、恍惚を。

 誰にも相談できなかった。愛しい人にはこんな自分を見せたくなかった。嫌わないでいてくれるとは言ってくれたけど、そういう部分があるとわかってくれたけど、だからこそ尚更簡単に呑まれそうな自分を見せたくなかった。

 それが子供の、自分たちの為だからと信じ切って、大人たちから汚いもの、醜いモノから排されてきたアンナは、あらゆる衝動を抑圧したまま、昇華も発散もされないまま、無自覚のままにずっと溜め込まれて生きてきた。

 だから、どうやって発散すればいいのか、そんなのは全くわからなかった。解放することもいけないとすら思っていた。

 性衝動は満たされても、破壊衝動は全く満たされずに、ただ募っていく。

「奥間君」

 愛しい人の名前と匂いで、愛の蜜が溢れてくる。くちゅくちゅと指で愛を思い出して、辛うじて記憶の中の残虐な恍惚から逃げる。

 声も聞きたいと思ったけど、今の自分の声がどう聞こえるのか怖くて、電話はかけられなかった。



 夢うつつの中、僕は目が覚めた。十二月の朝は寒い。布団の中は暖かい。ぼーっとした頭で予定を思い出す。

 うーん、今日は土曜で学校側の予定は特にない。本来なら生徒会業務である政府の方針推進の為の冊子作成と流布という仕事が溜まっているけど、どうも先生方がアンナ先輩の家の事情やアンナ先輩、僕、華城先輩が一気に休んだことを考慮したみたいで、一時的に休んでいいと言われたのだ。冊子作成自体は単純作業だから、別にアンナ先輩や華城先輩みたいな実務能力に優れてなくても、代わりに出来る人がいると判断してくれたらしい。その他の生徒会でしか出来ない業務は全部済ませてるみたいだしね。

 アンナ先輩もあれだけ愛し(ヤリ)まくって当面満足だろうし、一回ちゃんと《SOX》の会議にも参加しないといけない。今日は昨日と同じく早乙女先輩以外は参加だっけ。アジトの方でエロイラストをいつものように生産するだろう。会議の方はどうしても、華城先輩の病室に行かないといけないからな……窓から漏れる光は弱く、まだ朝は早いのがわかる。

 よし、二度寝しよう。まだ朝は早いし布団の中は暖かいし柔らかいし、

「ぁぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!?」

 声が漏れないようにするように必死だった。何でアンナ先輩が一緒の布団の中で寝てるんだ!?

 一気に目が覚める。アンナ先輩はすやすやと寝ている。何もしてないよね? あれ?

(いぎゃあああああ!!?)

 ヤバい、アンナ先輩寝ている間に僕に何かしたのか!? 僕のトランクスがガビガビになってる! まさか夢精した!?

「――ん」

 鼻をすんすんと鳴らすと、銀髪の陰に隠れていた瞼が開いていく。計算してるんじゃないかというぐらい可愛らしくあどけない表情で、

「おはようございますですわ、奥間君」

 まだ寝起きでボーっとしているのか、それでも僕の愛の蜜の匂いは嗅ぎつけたようで、

「あら……? 何やら、いい香りが」

 パジャマの上から僕の股間に顔を埋めてきた!

「あ、いや、先輩これはまず訳を聞いて」

「……約束を、破ったのですね? 奥間君」

 怒ってはいない。むしろいたぶる理由が出来て、心底嬉しそうな、凶悪な光が瞳に走る。

「あ、あ、あの! 先輩、いつから僕の布団に!?」

「昨夜の二時頃でしょうか……お母様方が帰ってから、我慢しようとしたのですが、どうしても奥間君が……恋しくなって」

 丑三つ時に布団に入り込まれるってそれなんて怪談?

「眠れなくて、つい。……奥間君の香りを嗅ぐと、安心できますので」

「……えーっと」



 アンナ先輩、僕と結ばれたことで変化はあっても安定したと思ったのだけど、それは僕が傍にいる時限定なのかもしれない。今の何かに怯える瞳はそうとしか考えられなかった。一回僕がいなくなっているから、その時の恐怖が蘇るのかな。この時の僕は、そう解釈していた。

 しかしすぐにその怯えは消え、僕をいたぶることに興味を戻してしまった。いや、その、これ見よがしに唇を濡らすのは止めてください朝っぱらから搾り取られる助けて!

「ああ、勿体ないですわ……せっかく溜めていたのに」

 僕の返事を聞くつもりなんてあるはずもなく、あっという間に僕の下のパジャマと下着をはぎ取ると、まず寝ているうちに出てしまった愛の蜜の香りと味を堪能する。

「スー、ハー、スー、ハー、スー、ハー、ああ、やっぱり溜めるとより濃くて美味しい味になるのですね……!? ふふ、奥間君が寝ている間はただ触れるだけでいたのですけど、それだけで奥間君の突起物が大きくなっていって、夢の中でもわたくしを愛しているのだと思うと幸せで、ゆっくり眠ろうと思っていたのに逆に眠れませんでしたわ」

 夢精した原因やっぱアンナ先輩か! 予想通りだったけど!!

「でも、約束を破ったのには変わりませんので……オシオキ、ですわね?」

「あああ、あの、その僕の話も」

「奥間君? 夢の中でもわたくしを愛してくださっているなんて、わたくしは本当に幸せ者ですわ。怒っているわけではありませんのよ? むしろ、嬉しいんですの」

 違うんですいや違わなくはないかもしれない夢の内容覚えてないけどここ数日さんざんアンナ先輩の悦ぶことをやってきたしそういう夢にアンナ先輩が出てきてもおかしくないんだけどとりあえず夢精は生理現象なんです!

「でも、約束を破ったことは、また別の話。このオシオキは、愛故のことなんですわ。それに、奥間君も……ふふふひっ、準備は整っているみたいですしね?」

 これは朝勃ちといってこれも生理現象なんです女性にはわからないでしょうけど!

 あ、やばい。喰われる。もう完全に捕食者の目だ。

 頬にかかっていた銀髪を耳にかける。その仕草だけでも殆どの男は落ちると思う。上目づかいで僕の動きをその視線だけで完全に止めて、

「ん……!」


 ぬる、ぐちゅっ


「はうっ!」

 ハーモニカのように僕の息子を下から唇で滑らせると、そのふくよかな唇に吸い込まれた。

 もう僕も上の口に出すだけなら、抵抗しなかった。というか、抵抗したら余計にアンナ先輩の獣性に火がついてしまうのがアンナ先輩の家に泊まっていた間にさんざん思い知らされていた。

 頭が振られる。動きに合わせて愛の蜜を啜ろうと吸われる感触と音。だけどアンナ先輩の習得したテクは絶妙な加減で、痛みは全くなく、ただ快感だけ。

「先輩、出、ます!」

 声と同時にアンナ先輩の頭の動きが止まり、先端部分、尿道口の部分を舌でこじ開けるようにねじ込んでいく。そして射精のタイミングと同時に一気に啜られるっ!

「は! はあ、はあ……!」

 僕が早漏なのか、アンナ先輩が上手過ぎるのか、それともフェラだけでイく時はみんなこんな感じなのだろうか。

 射精した後も、管に残った愛の蜜を啜ってお掃除フェラもきちんとしてくれると、

「はう……やっぱり、美味しいですわ……奥間君の、味……」

 心底幸せそうに、切なそうに身を捩らせながら十二月の朝という寒さなのにそれを吹き飛ばすほどの熱気を纏う。

 だけど経験から、アンナ先輩がこの程度で満足するわけがなかった。次は下のおクチを満足させに来る、オシオキとまで言い切ったのだから絶対来る!




(ゴム、ゴムは!?)

 華城先輩からコンドームをもらっている。せめて中出しをしないようにとのことだが、妊娠を望んでいるアンナ先輩にどう説明すればいいのかまだ上手い考えが浮かんでいない。

 でもこれ逆だよね。普通中出し求めるのって男だよね?

 僕の愛の蜜の味の余韻に浸っていたアンナ先輩だったが、不意に立ち上がる。

「さて、今回はここまでにしますわね。オシオキは次回に持ち越しですわ」

「え?」

 不可解過ぎた。え? 何故? アンナ先輩が人目とか関係ない場所で止まるなんてそれなんて天変地異?

「その、わたくしも奥間君の蜜の匂いを嗅いで、わたくし自身すっかり忘れていたのですが……奥間君がそれでもいいのなら、いいのですが……その、昨日から、生理が来ているんですの」

「……あー、それは」

 さすがに性知識の一切ないアンナ先輩でも、今ぐちょぐちょして血で汚れるのは良くないことはわかるのか。

「それは、駄目ですね」

「本当はお腹の中で奥間君を感じて、わたくしの愛を掻き混ぜてほしいのですけど、やっぱり血で汚れるのは、嫌でしょう?」

「嫌というか、アンナ先輩の身体によくないですよね」

 思わずそのまま言葉を選ばず言ってしまった。何で寝ている間に手を出してこないかと思ったら、そういう理由だったのか。いや手は出されてたけど。

「ですからオシオキは、また数日後……生理が終わったら、すぐにでも」

 唇の周りが涎と僕の蜜で濡れまくっていて、そんな唇でそんなことを言われたら、エロさより肉食獣が極上の餌を前に我慢しているようにしか見えないよお。

「奥間君。今日は予定、あるんですの?」

「え、えーっと……その」

「今日、本当は綾女さんのお見舞いに行ったあと、実家で話し合いをする予定だったのですが、お母様からわたくしは休んでいいと言われましたの。ですからその、デートしたいのですが……駄目ですの?」

「……うーん」

 今日は青姦の可能性もなさそうだし、《SOX》の女性陣からはアンナ先輩が誘って来たら中出ししない限りそちらを優先して《SOX》のことを考えさせないように言われている。まああの様子じゃ、アンナ先輩が《SOX》のことを諦めるなんてあり得ないんだけど。

「綾女さんには昨日、メールして、今日は行けないことを伝えましたのよ。昨日も行きましたし、たまには息抜きをした方がいいと仰ってくれましたわ」

 おいそんな大事なことちゃんと伝えとけよ。おかげで真冬の怪談味わったじゃねえか。

 ってか、もう決定か。一応後で華城先輩には確認するけど、アンナ先輩はそういう部分でウソつかないしな。

「じゃあちょっとゆっくりして、それから出かけましょうか。どこか行きたいところ、あります?」

「うふふ、すべて奥間君にお任せしますわ。奥間君が連れて行ってくれるところなら、どこでも楽しいに決まってますもの」

 期待に満ちた目で、アンナ先輩はキッチンに入って朝食を作ろうとしてくれる。……なんでこんな完璧に僕の家の台所事情を把握してるのかは考えないでおく。

 あと、僕の夢精したトランクスがいつの間にか消えていることももう気にしちゃいけない。朝食作ってくれている間に、とりあえずシャワー浴びて、ぬるぬるの股間を洗っとこう。



 メールで華城先輩に確認したらその通りだったようで、何だろう、《SOX》から自分ハブられているんだろうか。メンバーからのアタリやたらと強いんですけど。

 しかしいきなりデートと言われても思い浮かばない。この前はアンナ先輩が行きたい場所を指定したけど、今回はお任せになったからな。メールでいつもの喫茶店のマスターにテーブルの下に鉄の処女膜を用意してもらっておくけど、それ以外のところも行かないといけないよなあ。一応は。

 映画館? 水族館? ショッピング? 全然思い浮かばなかった。

「あ、あの、とりあえず午前中は街をぶらぶら歩きませんか?」

 計画も何もなかったが、アンナ先輩は僕といるだけで嬉しいのか、

「奥間君となら、どこへでも」

 若干俯きながら恥じらうアンナ先輩の顔は、性獣状態とは比べ物にならない、僕が憧れていた時の綺麗で健全で清楚そのものの笑顔だった。

 ただ正直、その笑顔を見ると自分が悩んでいたことを思い出した。アンナ先輩はまだ、性知識を知らない。僕の意思を無視したのもそうだし、僕自身もも貞操を散らせてしまった責任が、やっぱりあると思ってる。あの状況でどう抵抗すればいいのかわからなかったけど、あれ以上の言葉が他にあったんじゃないかと思っている。後悔は残ったままだ。

 それに華城先輩は気にしてないようだったけど、アンナ先輩は無邪気に華城先輩の怪我を心配していた。自分自身が大怪我を負わせたにも拘らず。

 それは知らないから、それで許される罪じゃないと思う。ゆとりが言っていたように。

 ただ知らせることも出来ないし、僕も責任を清算しないといけないとは思ってるんだけど、華城先輩のことは伝えられないし僕もあれ以上のことを伝えることがどう言えばいいのかわからなかった。エロ本見せるわけにもいかないしな。

「奥間君?」

「え、あ……」

 アンナ先輩もシャワーを浴びて、起きた時とは違う服を着ていた。

 お出かけ用なのだと一目で分かった。白にパステルピンクカラーの小さい花柄のチュニック。網掛けタイプのカーディガンを羽織り、ロングのふわっとしたスカートは薄いグレーだった。マフラーの色が臙脂色でそこだけが色を主張していて、それがアンナ先輩の銀の髪と肌の白さを際立たせていた。

「あ、その……変ですか?」

「い、いえ! やっぱり制服姿が一番印象に残ってて、アンナ先輩の家ではもっとラフな服だから、お出かけの服を見るとまた別の感想が生まれるというかなんというか、見惚れてしまって」

「……もう。奥間君は、そういう言い方されると……狡いですの」

 ちょっと口をとがらせて、でも嬉しそうに笑う。獣欲のない、ただ嬉しいだけの笑顔。

 変化はあっても、こういう部分が消えなかったのは、ホント良かったと思う。いっつもビーストモードじゃ持たないし。

「い、行きましょうか」

 とりあえず目的も何もなく、街をぶらぶらすることにした。

 本当にこれでいいのかなあと、心にしこりを残しつつ。しこしこで解消できたらいいけどそれするとアンナ先輩ビーストモードに入るから絶対やらないんだからねっ。

「奥間君と歩くと、また街も違って見えますわね」

 第一清麗指定都市の地理はアンナ先輩の方が詳しいはずだけど、目的もなくぶらぶらしながら歩くというのは、もっと言えば学校の帰りにちょっと寄り道なんて経験すらもあまりないのかもしれない。

 ちなみに聞いて驚け、今僕とアンナ先輩は手すら繋いでいない。アンナ先輩は僕の袖をちょこんと摘まんで後ろをついてきている。昼は貞淑、夜は妖艶を通り越した性獣、何だろうこのギャップ。ずっとこのままがよかった。

 と、アンナ先輩に摘ままれた裾が僅かに引っ張られる。

「どうしましたか?」

「あ、奥間君、その……あれは……」

「う」




 看板には『Arcana's door』とある。タロットと占星術占い、そしてパワーストーンの店とあった。

「奥間君から以前もらったパワーストーンがあれば、一人でも寂しさを紛らわせそうなんですの……あそこで買ったものですの?」

「いやあれはかなり特殊なパワーストーンで、あそこには置いてないかと……!」

 というかアレ、パワー(物理)だから。チャクラとかそんなんじゃないから。

 でも占いか。ぼったくり値段とかじゃないなら女の子は好きかも。PMのネットで評判を調べてみる。

「あ、結構評判いいみたいですね」

 どうやら占い師は恋愛の神様とまで呼ばれているらしい。値段もさほど高くないようだ。

「えっと、どうします?」

 OPENとは出てるけど、なんか嫌な予感もする。

「わたくしと奥間君の将来について占ってほしいですわ」

 ほらやっぱりこんな感じになるよね! せめて占い師がまともな結果を言ってくれたらいいけど、そしてそれをアンナ先輩が聞いてくれたらいいけど、無理だろうなあ。

 店は少し地下にあった。扉を開けるとからんからんとベルの音がなる。レンガの壁に間接照明のランプで、外からの光は遮断されていた。いかにも占いの館っぽい。なんかのアロマの香りがして、クラシックのピアノが流れていて、店内には様々な色の石が綺麗に整頓されて、なんか不思議な空間を形成している。

「シューベルトの即興曲集第3番ですわね。ピアノを習っていた時、この曲が好きでよく弾いてましたわ」

 なんか懐かしそうに耳を澄ませている。そう言えばこの人ピアノのコンクールでも何度か入賞してるんだった。なんだろう、ピアノ上手い人の細く長い指が挑発的に僕を刺激していたのかと思うと、なんかこう、クるよね。あれ、僕だけ?

 扉を開けると黒づくめのいかにも占い師さんって恰好をした女性が出てきた。

「いらっしゃいませ」

 アンナ先輩に負けないくらい穏やかな声で出迎えてくれた。丸顔の童顔で多分僕の母さんとさほど変わらない歳だと思うけど、可愛いという感じの人だった。

「初めてのお客様ですね? ようこそ、Arcana's doorへ」

 丁寧で落ち着きのある接客で僕達に笑いかけると、

「本日は占いですか? パワーストーンを選びますか?」

「えっと、予算どれくらいかかります?」

「占いは1回3000円ですね。カップル二人の運命を占うのも、一回なら3000円ですよ。パワーストーンは、ピンキリなのでなんとも言えないですけど、予算に合わせて作れます」

「あの、愛を感じるパワーストーンを探しているのですけども」

 だからアンナ先輩そんなのここにはないんだってぇぇぇ! ほら占い師さんが困惑してるじゃないか!

「お二人は恋人同士ではない……?」

 なんか若干嬉しそうに見えるのは気のせいかな。「いえそうではなく」とアンナ先輩が説明不足だったことに気付いて、

「以前奥間君、この人からもらったプレゼントがあって、それがパワーストーンだったのですけど、どこにも同じものがなくて」

 そりゃないよ。パワーストーンじゃなく、不破さん手作りのピ○ローだもん。

「でも、壊れてしまって。あれがあると奥間君が、彼がいなくても寂しさを紛らわせそうなのですけど、なかなか入手できないみたいで」

 なんか卵形の、とかピンク色の、といった色や形状の説明がさらに加えられると、

「うーん、愛に関しているパワーストーンでピンク色って言ったら、ローズクォーツが一般的なんだけどね」

 占い師さんの言葉が砕けてきた。まあ自分の娘ぐらいの年だろうし学生の人気も高いから、接客はもともとこういう感じの人なんだろう。




 店の奥に引っ込むと、形状と色の一致した、ローズクォーツというやつらしい石を持ってきた。だけどもちろんアンナ先輩の求めるものではなくて、

「もっと軽かったですわ……他にはわかりませんの?」

「うーん、ごめんね。石も本当に種類があって、私もね、勉強中だから」

「いえそんな。こちらこそ、失礼しましたわ」

 落胆はしているのだろうが、誠実な対応に好感を持てたのか、アンナ先輩はこの店と店主が気に入ったようで、機嫌はよかった。

「あの、では是非占ってほしいですわ。わたくしと奥間君の将来を」

 ガハッ!

 く、予想はしてたけど効いた。男にとって結婚とか将来とかそういう話はものすごく重い話で強烈なボディーブローなんだってことに気付いてほしい。あと何故占い師さんが僕と同じような反応してるんだ。

「と、とりあえず現在の二人の状態を見てみましょうね。えっと、生年月日教えてくれる?」

 僕とアンナ先輩がそれぞれ誕生日を言い合うと、占い師さんは自分のPMに入力して、何か天文図?みたいなものを表示していく。

「これね、二人が生まれた時の星の位置なんだよ。さて、じゃあタロットの方も見ていこっか」

 占い師さんってもっと重々しい口調なのかと思ったけど、案外フランクだな。こんなものなんだろうか。

「カードをね、『~~をお願いします』って願うんじゃなくて、『どうなりますか?』って尋ねる感じで、念じてながら混ぜてね。えっと、二人の将来についてどうですか?ってカードに訊く感じかな。そんなふうに思いながら混ぜてみて」

 僕とアンナ先輩、二人で一応真面目に念じながら混ぜあう。結構混ぜただろうか。

「もういい? はい、じゃあそれじゃ、三つの山に分けるから……よいしょっと。じゃあこの三つの山から、二人が別の山から一枚ずつ選んで」

 先に僕が選んで、次にアンナ先輩が選んだ。二枚のカードが占い師の前に並べられる。

 残ったカードを片づけると、選んだ二枚のカードだけが残された。

「じゃあ出たカードと、この星の位置から二人の将来を視てみます。心の準備はいいかな?」

「な、なんか緊張しますわ」

「緊張するよね、わかるわかる。でも開いちゃうぞー、えい!」

 カードが開かれた。といっても、全く知識のない僕にはなんのこっちゃだった。アンナ先輩も同じなのだろう。

「えっとね、まずタロットは正位置と逆位置っていってね、向きがあるの。占い師側から見ての結果なんだけど、奥間君は節制の正位置で、錦ノ宮さんは法王の逆位置になってるんだけど……」

 ちょっと待ってね、と天文図の方を見ている。確認すると、まずアンナ先輩の方から問いかけてきた。

「えっとね、彼女さんはね、すごく白黒はっきりつけたがるタイプじゃないかな? どう?」

 おお、当たってる。悪・即・斬!の人だからね。

「すごくね、秩序とか、規則とか、ルールとかね、そういうのに厳しい人なんだよね。法王ってそういう意味のカードなんだけど、これが逆位置に出ちゃってる」

「あまり、よくない結果なんですの?」

 若干不安そうに訊ねる。占いなんだから気楽に聞けばいいと思うんだけどな。

「逆位置だから悪いってことはないよー。カード次第だから。ただね、ルールに縛られて何も出来なくなっちゃったり、あるいは今、ルールが絶対で聞く耳を持たなくなったりしてないかなって、そういう暗示は出てる。自己完結しちゃったり、だけど実はその自分ってものが所属している集団の考えであって自分の考えじゃなかったり、そんな不安定な状態になっちゃってるんじゃないかなって」

「…………」

「あ、でもそんな悪い結果じゃないよー。あなたはね、すごく恵まれた星の下で生まれているから、なんでもこなせちゃう人。で、すごくパワフルな人で、もうこれと決めたらすごいパワーを発揮できる人なんだよ。これだけ潜在的なパワーを持った人って、私初めて見たな」

 占い師さんは半分本気で感心しているらしい。僕はというと占いってここまでわかるのかと結構驚いていた。

「でね、一直線で突っ走って、それが正しい方向に行けばすごくいい方向に働くんだけど、ちょっと道がずれると自分でも修正が効かなくなって、止められなくなっちゃう。カードの結果はね、今ちょっと、自分の中のルールとかを見直した方がいいっていう暗示だね」

 でね、と次は僕のカードを指差した。




「彼氏さんはね、節制の正位置が出ててね、これは調節とか適応とか、そういう意味を持ってるんだけど」

 彼氏さん彼女さん呼びはもう置いといて、PMの天文図が切り替わる。多分僕の生まれた時の星の位置なのだろう、星の位置が僅かに動いた。

「彼女さんと違って、白黒はっきりつけるより、グレーゾーンが広い人。これはね、優柔不断に繋がることもあるけど、本質は善悪両方を呑みこむ度量を持っていて、これとカードの結果を合わせると、彼氏さんはね。組織で言う、バランサーだね。まず人の話を聞いて、上手く流れを作っていける人。だからね」

 占い師さんはアンナ先輩に笑いかけると、

「何か重大な決断を決断する時は、一人で決めずに、彼氏さんの意見を聞くといいよ。この彼氏さんはね、視野が広いし、ちゃんと周りのことも考えて、その上であなたにとって最良の考えを言ってくれる人だから。彼氏さんはね、彼女さんがいろんなものに縛られて動けなくなった時が来ても、その能力をうまく引き出せる人だから、安心していいよ」

 いやアンナ先輩の手綱を引っ張る事なんてとても無理だと思いますが、でもわりと説得力のある結果だった。こちらのことをちゃんと考えてくれているのが伝わっているからだろうか。

「なんというか、説得力ありますわね。恋愛の神様と言われていると聞きましたが、素晴らしいアドバイスでしたわ」

「……うん。なんかね、私自分の恋愛運を人に分け与えることが出来るみたいで、周りが幸せになるのは私が恋愛運を分けてくれるからだって誰かが言ったからそのあだ名がついたんだよね。おかげで私はいい人に巡り合えないけど」

 何だろう、いきなりどす黒いオーラを発揮し始めた。羅武マシーンの腐のオーラやアンナ先輩の嫉妬時の絶対零度暗黒オーラとはまた違った黒い瘴気みたいなのが出始めたんだけど、「いいの、私、おくりびとだからいいの」とかぶつぶつ言い始めたんだけど。

「あ、あの、大丈夫ですの?」

 アンナ先輩の呼びかけに占い師さんははっと我に返ると、「何かパワーストーンも買ってみます?」と無理矢理話を変えてきた。まあ僕としても何かしら買って帰るつもりではあったけど、この人大丈夫なのか、さっきまでの感嘆が薄らいでちょっと不安になってきた。

 結局それぞれの誕生石をメインに合わせて、二人おそろいの石を選んで、同じデザインの三連石のペンダントを作ってもらった。浄化とかよくわからないけどなんか霊的なパワーを補充する意味合いの説明を受けている間、アンナ先輩は楽しそうで、とりあえず選択としては悪くなかったならよかった。

 別の予約していたお客さんが来たので、僕達は退散することにする。また来ますわとアンナ先輩は微笑むと、僕達は店を後にした。

 ずっと薄暗いところにいたせいか、冬なのに太陽の光がやたら眩しく感じる。

「占いというものはよくわかりませんが、あの方がいい人なのはわかりますわ」

 おそろいのセミオーダーペンダントというのはアンナ先輩にとってきっとものすごくいい買い物をしたのだろうけど、僕にとってはまた引き返せなくなるなあと若干絶望していた。

「じゃ、じゃあお昼になりましたし、前に行った喫茶店に行きましょうか」

 そのままペンダントをしまおうと思ったのだけど、アンナ先輩はマフラーを再び巻く前に自分のペンダントを付け、

「……奥間君も」

 ネクタイを直すみたいな感じで、人目が僕達に注目していないのを確認してから、僕にもペンダントを付けた。

「おそろい、ですわね」

 アンナ先輩は恥ずかしくなったのか、自分のペンダントは服の中に仕舞ってしまった。

 僕もそれに倣うことにする。く、華城先輩たちが見てなくて良かった、絶対ゆでたこになってる、鏡を見なくてもわかるったらわかる。

「い、行きましょうか」

 いつもの喫茶店は歩いてもすぐ近かった。やっぱりアンナ先輩は僕の袖をつまみながら、恥ずかしそうにだけど幸せそうについてくる。

 ああ、ずっとこの時間が続くなら、僕はそれはそれで幸せだったと思う。

 喫茶店に入る。ぴし、と僕は固まってしまった。

「あら、お義母様」

 アンナ先輩は摘まんでいた袖を離し、珍しく慌てた様子でお辞儀する。その様子はむしろ初々しさを印象付ける。

 けど僕はそれどころじゃ無い。相席していたもう一人がなんでここにいるのかわかってないからだ。

「不破さん? どうして?」

 助けてください、と無表情ながら冷や汗をだらだらかいてこちらにいつもより更に濃いクマの上の目で訴えてきたけど、アンナ先輩の姿を見てその瞳は一気に絶望に染まった。

「お義母様、うちの学園の生徒が何かしましたの?」

 あ、アンナ先輩の気配が獲物をいたぶる蛇のそれに変わった。ごめん、不破さん、君の棺桶にはBL本をたくさん入れるよ。僕も生きて帰れるかわからないけど。




「むう……」

「…………」

 前回の事件で大怪我を負った綾女に代わって、鼓修理とゆとりが主に動き回って《SOX》は以前よりさらに上の段階の性知識を流布している。結果は上々で、本来ならもう少し空気が軽くてもいいはずなのだが、

「綾女様、狸吉と化け物のデート、見張りに行かなくて良かったんスか?」

 まともに動けない綾女でも、一応鼓修理やゆとりがPMの動画機能を使ってリアルタイムで中継することは出来て、見張ろうと思えば見張れた。前回は見張っていたというか覗いていたに近い状態だったが、今回もてっきりそうするのかと思いきや、綾女もゆとりも動かなかった。

「なんというかね……悩んではいるのよ」

「あの化け物女に喰われる狸吉をほっとけってのか?」

 ゆとりが苛立ちを交えた声で糾弾する。綾女はというと、いつもの歯切れのいい口調はどこに行ったのか、

「もう喰われたでしょう、そう、下のオクチで」

 クチは上にしかねえよ!という狸吉のツッコミが本来ならあるはずなのに、ツッコミはおろか誰からも声すら返ってこなかった。

 《SOX》は狸吉がいない場所ではずっとこんな感じだった。組織として動いてはいるし結果も出ているが、女だけになるとどうしても狸吉の処遇について意見がまとまらない。

 とにかく綾女とゆとりの意見が対立しているのだ。狸吉と化け物の関係については、《SOX》の手から離して本人に任せるべきだという綾女の主張と、あくまで狸吉を化け物から守るべきだというゆとりの主張。

 自分としては綾女に従う以外にないが、ゆとりの意見も正直わかる。というより、心情的にはゆとり側だった。

 性別が逆だからわかりにくいが、狸吉は性被害者で、あの化け物は性加害者なのだ。狸吉はそうなった原因が《公序良俗健全育成法》で化け物が一切の性知識がないため、それが相手や自分自身も傷つける行為だとわかっていないだと言っていた。それを教えることが出来なかったから、だからその罪悪感の延長線で付き合っているようにしか見えない。

 卑猥な事象一切を徹底的に排除しようとするくせに、本人は卑猥自体が何かを知らないが故に超えてはいけない一線を越えてしまった、《育成法》の正負どちらの側面で見ても象徴的な子供。

「綾女様は狸吉があの化け物とくっついた方がいいと考えてるんスか?」

 何度か繰り返した問いだったが、また改めて聞く。







「くっつけばいいとかじゃない。狸吉はアンナの貞操を奪ったの。その責任は、きちんと取らないといけない。そこに《SOX》がどうという意見はないわ。別に恋愛は自由だもの。《SOX》が絡むと、またアンナが暴走する。狸吉自身が判断するべきことよ」

「あれを恋愛だとかいうのか? 狸吉は奪ったんじゃなく、あの化け物女が勝手に暴走して狸吉の意思を無視して、そんなのに責任だのなんだのおかしいだろ! 《SOX》としても完全にあの化け物女は敵として動いていて、そんなやつのもとに狸吉をおいとくのかよ! ばれたら殺されるより酷い目に遭わされるぞ!」

 ずっとこの調子で、二人は平行線だった。

 結局はあの化け物を昔から知っている親友でもある綾女と、もはや人間とすら思ってないゆとりの、どうしようもない壁だった。

 鼓修理はと言えば、ゆとりよりはあの化け物の近くにいる。時岡学園は中高一貫校で、鼓修理は中等部に春から編入していた。遠くはあるが、高等部の生徒会長としての演説や仕事ぶりは、中等部の奴隷男子ネットワークでもたくさん耳にしている。最近変わったという噂もそうだが、それ以前から、狸吉が入学する前から中等部にもファンがいるほどの人気だった。

 その人気は、鼓修理みたいに人心掌握を意識してやって獲得したわけではない。狸吉が絡まないところでは、ひたすらに完璧だからだった。容姿も、能力も、悪に対する姿勢も、それでいて悪事を犯さない弱者にはひたすらに手を差し伸べるその人徳も。

 その一面を知ってしまうと、《育成法》の被害者といいたくなる気持ちはわからなくもない。

 知識さえあったなら。

 綾女と狸吉が口を揃えて言う言葉だった。なら知らないなら許されるのかというゆとりの疑問には、二人とも答えてはいなかった。

 《育成法》の矛盾を考えさせられる問題に、最初はただ暴れたくて、次に綾女に憧れて、テロリストとしての考えなど持っていなかった鼓修理にも、流石に思うところは出てきてくる。

「ったく、何度目なんだぜコレ……!」

 ゆとりは頭を抱える。綾女はそんなゆとりを見ようとせず、窓の外をぼーっと見ている。今世論はガンガン動いていて、本来ならば《SOX》も動かなければならないのに、動いているはずなのに、停滞している。

「《育成法》の被害者だとか、ごちゃごちゃと……ややこしいんだぜ……」

「ゆとりは負の部分の被害者っスからね。あの化け物とはまた違って、ただ制定された時の余波を被っただけっスから、綾女様とも意見違ってくるんスよ」

 鼓修理の指摘にゆとりは俯く。ゆとりはあの化け物とはまた違った側面の《育成法》の被害者だった。それは綾女や狸吉も同じ。

 卑猥な犯罪を犯したり卑猥な職業に就いていた親のもとに生まれた子供。

 それだけで、本人は何もしていなくても、差別を受けてきた子供。

 化け物が“成功例”としての被害者なら、ゆとりは今の日本で賤業とされる酪農家の娘だった。動物の交配や交尾、去勢などのその職業に必要な、しかし卑猥な知識とされるものを持たざるを得なかったゆとりは、ずっと差別を受けてきたと聞く。

 知らないから超えてはいけない一線を越えた化け物に対して、知識を持たざるを得なかったがために差別を受け続けたゆとりにとっては複雑過ぎるのだろう。狸吉に惚れているとかそういうことを抜きに考えても。

「まあ、とにかく、今は狸サルのことは置いといて、《SOX》の今後を」

 話を切り替えた途端、視界が暗くなった。

 自分だけではないようで、綾女もゆとりも天井を見上げる。

「蛍光灯切れ? ――照明全部が、同時に?」

「停電……病院でか?」

 だだ、と、廊下から激しい音が聞こえてきた。

 全員、《SOX》として、下ネタテロリストとしてそれなりに場数をくぐってきた全員が、不穏さに気付く。だけど気付いた時には、もうどうしようもなかった。




(堪忍して下さい、助けてください)

(無茶言わないでこの二人に僕が逆らえるわけないでしょ)

 視線だけで不破さんとやり取りする。四人がけのテーブルに、母さんと不破さんを奥に押し込む形で、僕が母さんの側に、アンナ先輩が不破さんの隣に座る。

「えっと、どうして不破さんと僕の母さんが一緒にお茶を飲んでるの?」

 どうにかして助けてあげたいが、事情によっては不破さんの命はここまでだ。多分ついでに僕の命も。

「貴様がこの女を私に楯突いてまで救おうとしていたからな。事情聴取だ」

 ああああ、以前もこの話したっけ月見草が入ってきたから有耶無耶になったけどごめん不破さんこれ僕無理というかむしろ僕が危ない。

「そう言えば、その話について詳しく聞いていませんでしたわね」

 ひい、アンナ先輩からにこやかな暗黒オーラが立ち上ってる! 浮気相手認定されたら僕と不破さんの命が危ない! 弁解しないと!

「だから、母さんには何度も言ってるんですけど、別に不破さんだから助けたとかじゃなくて、あれは生き物が相手だったから納得できなかっただけなんですよ!」

 アンナ先輩は僕が不破さんを善導課に楯突いてまで助けた、ということしか知らないため、僕と不破さんと説明してアンナ先輩が母さんに確認を取る。

 簡単に言うと、不破さんが飼っているペスと名付けられた犬が繁殖用にタマタマとサオを残した本来なら処分されるはずの犬で、《子供を犯罪の被害から守り健全に育てる条例》に引っかかる表現“物”として、生き物としてみていた僕や不破さん、本心がどうあろうと立場上“物”として扱わないといけない母さんと対立した。不破さんはその件で善導課に捕まり、その間に“物”は処理された。

 不破さんはその時、非常に危うくなり、実際に善導課に自爆テロのようなやり方で殆ど意味のない体制への攻撃を仕掛けた。ただの八つ当たりに近い、自身の将来も考えないオナニーのようなことを、いやオナニーを馬鹿にしてほしくはないけど、とにかく不破さんは一回やらかしている。その為僕の母さんとも面識があったのだ。

「ああ、そういう理由でしたの」

 アンナ先輩はあの時の第一清麗指定都市の騒ぎに、非常に心を痛めていた。不破さんも自暴自棄となっていた面はあったし、あの一連の騒動に関してはアンナ先輩も不破さんを被害者と認識したらしい。

「そういう理由なら、奥間君なら助けるかもしれませんわね。奥間君は、優しいから」

 ペスの件に関しては、アンナ先輩の中では僕はそういう位置づけになったようだ。白認定されてホッとする。

 母さんが意外そうにアンナ先輩を見ていた。いやガン飛ばしてるだけにしか見えないけど、アンナ先輩は幸い容姿で人を判断する人じゃないし、なんというか、むしろ気が合っているというか、何故か着々と外堀が埋められていっている。アンナ先輩、性獣なのになんで外堀埋めるのこんなに上手いんだよ。そういうとこの如才のなさが獣の面とはまた別の意味で本当に怖い。

「意外だな。君もそういう意見なのか」

「無論、規制されるべき卑猥な物を持っていたことに関してはわたくしなら没収し捕縛しますが」

 アンナ先輩が、なんだろう、上手く表現できないけど眩しいものを見るような眼で僕を見ている。

「奥間君はそれでいいんだと、そう思いますの」

「ふむ」

 母さんが珈琲を啜ると、

「やはり君は、変わったか?」





 ああ、やっぱりそうなるのか。アンナ先輩の変化は顕著だからなあ。愛の儀式について語られたら僕殺されるなともはや悟りのような境地で聞いていた。

「奥間君がわたくしを深く愛してくれていることに、先日ようやく気付いたんですの。わたくしが思っていたより、ずっと強く」

 アンナ先輩は、僕に笑いかけた。

「確かに奥間君がわたくしを変えてくれましたわ。ですがその変化はわたくし自身が研鑽を怠れば、悪い方向へ向かっていきますでしょう。わたくしは奥間君がわたくしを変えたのだと誇りを持って言える女性になるよう、努力していきたいと思っています」

 穏やかさの中に、強い決意があった。僕が圧倒されるほどの。

「そうか」

 母さんはアンナ先輩の様子に満足したのか、

「アンナのようになりたいと言っていたお前が、アンナにここまで言わせるようになったか」

「…………」

 何も言えなかった。ただ何も知らずにその歪んだ健全さに憧れていた僕しか知らない母さんは、そう思っている母さんには、何も言えなかった。

 不破さんは完全に外野の人間の筈だが、アンナ先輩が変化して一連の出来事に関わってたし、何か思うところがあるのかもしれない。ただじっと、無機質な瞳の中に何かを込めて、じっと僕を見つめていた。『それでいいのですか?』と問いかけているように聞こえたのは、僕の思い込みだろうか。

「……それで、わたしは解放していただけるのでしょうか?」

「わたくしは理由はありませんわね。今は生徒会長ではありませんから、持ち物検査をするつもりもありませんわ」

「残念ながら私も貴様のような要注意人物の所持品を見せてもらいたいところだが、今は休暇中だ」

 不破さんは何とか無罪放免になったらしい。でもこれ、僕がむしろヤバくなってない?

「不破さんには以前お世話になりましたし、わたくしが支払いますわ。マスター、彼女と奥間君のお会計はわたくしが支払いますので」

「狸吉を奢る必要はない。アンナ、狸吉を甘やかしてはいかん」

「いえ、ここに寄る前に、奥間君にはプレゼントを買っていただきましたの。その分を考えると、むしろわたくしの方がお世話になっていますわ。奥間君はわたくしが世話をしようとしても自分でやってしまったり、むしろもっと甘えてほしいぐらいですの」

「本当に愚息には出来過ぎた娘だな、君は」

 いやここでの世話ってもうほとんどペット的な扱いだから。家事とかだけじゃなく、勉強を教えてもらったりグチャグチャしたりご飯を食べさせたりお風呂に入れたりグチャグチャしたりグチャグチャしたり、とにかく隙あらば挑発してくるから。アンナ先輩、僕を学校辞めさせて自分のお部屋で飼いたいと思ってる節があるんだよなあ。

「せっかくですが、アンナ会長。自分の分は自分で支払います。もしわたしに何かを返してくれるというのであれば、わたしは別のことを求めます」

「え? 不破さん?」

 僕だったら即刻逃げるようなこの状況で、何を言いだすんだ?

「せっかくですから、アンナ会長と奥間さんのお母様、善導課の幹部でもあるあなたにも問いたい」

 不破さんの瞳はいつも通り無感情な、だけど何かを秘めた、挑戦的な光を込めていた。

「何故卑猥は悪なのですか? 行為の規制だけでなく、知識を求めることすら悪なのですか? それが社会のルールだから、正義だから、悪だから、嫌いだからという曖昧かつ感情的な理由ではなく、論理的かつ具体的な理由をわたしは知りたい」




「…………」

 あ、母さんは無理だ。卑猥を取り締まる動機が正義ではなく憎しみだから不破さんの求める答えは持っていないし、理論や理屈に関しては僕は不破さんを上回る人を知らない。

「殺人はなぜいけないのかと同じレベルの稚拙な疑問だな。小学生レベルだ」

「そう思われるならばそれで構いません。何故ですか?」

「貴様のような小娘が知る必要はない。また答える義務も私にはない」

 議論する気はない、と母さんはバッサリ断ち切った。

「でしょうね。善導課の幹部なら、そう言うしかない。ならばわたしは、アンナ会長の解釈を知りたいと思います」

 意外にあっさりと引き下がり、おそらく最初からこれが目的だったのだろう、矛先がアンナ先輩に向けられた。不破さんの瞳に宿る挑戦的な光が強くなる。

「アンナ会長、お聞かせ願いますか? 卑猥は悪だからと教えられたからではなく、何故悪なのか、あなたの中に理由はありますか?」

 不破さんも、あの一夜に関して思うところがあったのか、わからない。

 ただここでアンナ先輩の暴走を止められる母さんがいるからこそ、不破さんは訊いているのだろうと思った。母さんが不破さんの指揮する特攻隊をポイポイと投げ捨てていく様子を見ているから、不破さんの観察力ならアンナ先輩と母さんが同等の身体能力を持っていることには気付いているだろうし。

「わたくしの考えでよろしいですの?」

 アンナ先輩が困惑しているように見えた。なんでそんな当然のことを聞くのだと言いたげな。

「そういうテーマのディベートをしたい、ということでよろしいですの?」

「そうですね。もしよければ、奥間さん親子にはそのジャッジをしていただきたいかと」

「……奥間君とお義母様がいいなら、かまいませんけど」

 どうしますの?と視線で問いかけられる。僕は母さんの方を見た。

「私は構わん。若い世代が考えるのは悪いことではないからな。ただ私は善導課の人間だ。狸吉、お前が決めろ」

 丸投げじゃねーかそれ。母さん、理屈で丸めこむんじゃなくて力業でねじ伏せて従わせるタイプだからな。

 でも正直、アンナ先輩が卑猥についてどう考えているかは僕も興味あった。というより、卑猥をどう捉えているか、何故絶対悪とするのか、社会は何故そう教え知識からすら一切を切り離していると思っているのか、アンナ先輩の頭脳ならある程度答えを持っているはずだった。それが僕らから見てどう歪んでいるにせよ、それがこの社会の在り方として、僕も理解する必要があると思えた。

「あの、アンナ先輩。不破さん、本当にしつこいですから、答えてあげた方がいいと思いますよ」

「いえ、その、意外でして」

 アンナ先輩の困惑は続いていた。

「不破さんがそういう方なのはわかっているつもりではありますが、不破さんはわたくしのことが嫌いだとばかり思っていましたわ」

「嫌い、ではありません。見解は絶対重ならないかとは思っていますが。ただ」

 不破さんが初めて、真正面から見るのではなく、眼を伏せた。いつも科学者として事実を追い求めていたあの強い好奇心の光はなかった。

「わたしも、大事な存在を奪われた時、自分で自分を止められなくなったことがありますので」

 それ以上のことは、不破さんは言葉を重ねようとはしなかった。

 そうか。

 ペスが善導課に没収され去勢された時の事と、アンナ先輩の目線では僕が奪われて怒りと憎しみに酔っていた時のこと、重ねているのか。

 それにあの時不破さんは、不破さんも含めた時岡学園の生徒たちの為に何も出来ないながら走り回っていたアンナ先輩を陥れようとしていた。そのことも、罪悪感が残っているのかもしれない。

 僕も不破さんはアンナ先輩のことを嫌っているのかと思っていたけど、むしろ反対で、心配しているのかもしれない。

 それがアンナ先輩にも伝わったのだろうか。あの夜を境に変化した、しかしやはり人を救う天使ではなく女神の微笑で、

「わたくしの考えで良ければ」

 少しだけ嬉しそうに申し訳なさそうに、不破さんの問いを受け止めた。




「卑猥と最も近い性質の犯罪は何だと思いますか?」

 まずアンナ先輩が問いかけた。僕も考えてみるけど、正直卑猥だけでは範囲が広すぎてすぐには思いつかない。

 不破さんも似たような感じだったのか、僅かに悩んだ。だがすぐに、

「暴力でしょうか」

 そう答えた。そうなの?

「単語を口にするだけで、行動だけで、特別な道具も何もなく非常に身近に、そしてすぐに行える部分が、該当するかと思います」

 そうかもしれないと思えた。アンナ先輩はいきなりは否定しなかった。

「そういう側面はあるかもしれませんわね。ですが窃盗なども同じことが言えると思いますわ」

 不破さんは反論しない。というより、アンナ先輩の考えを引き出すための呼び水としての意見だったらしく、強くは主張しなかった。

「実は、この国において完全に規制されている犯罪はたったの二つですわ」

 え? 

「卑猥と違法薬物、この二つのみなのです」

「???」

 え? アンナ先輩の日本ではそうなってるの? だから刃物向けたりするのもアンナ先輩の中ではOKなの? いやいや、六法全書に色んな犯罪が明記されていると思うんですけど、エロ本にエロがないみたいな言い方じゃないの、それ?

「なるほど、そういう捉え方ですか」

 え? 不破さん、なんで理解できてるの? ついていけない僕がおかしいの? いや、母さんも困惑してたから、まあ僕しかわからないだろうけども、とりあえず僕の頭どうこうという訳じゃないらしいのはよかった。

 僕の困惑が伝わったのか、アンナ先輩が改めて分かりやすく言葉を重ねる。

「今の日本で殺人は完全に規制はされていませんわ。日本には死刑制度があります。死刑を殺人というならば、殺人は暴力の延長線上にある犯罪と言えるでしょう。懲役刑も無辜の人間に行えば監禁罪に、罰金も個人の財産の窃盗に当たりますわ」

 言われた瞬間は面食らっていたけど、理解が進むとなるほどと思えてきた……気がする。

「司法の定める刑罰の中ですら行われていないのが、違法薬物と、そして卑猥に関する全てなのですわ」

 不破さんは反論せず、アンナ先輩の意見を最後まで聞く姿勢を取っていた。アンナ先輩もそれに応える。
「卑猥の蔓延していくその様子は、違法薬物が蔓延する様子と酷似していますわ。特に青少年に伝わりやすい面も含めて。わたくしにはよくわかりませんが、卑猥は違法薬物と同じように、手に入れることである種の快楽があるのでしょう。卑猥が蔓延してしまった学園の生徒の様子を見れば、それは歴然としています」

 いやアンナ先輩が多分学園内でもトップクラスに卑猥の快楽に嵌ってる人だと思うんだけど、それはツッコまないしツッコめないというか僕がもうアンナ先輩の中にツッコんでしまってるから何かを言うなんて出来るわけないよね。

「知識を一切切り離す理由もこれで説明がつきますわね。そもそも存在を知らなければ、違法薬物を試そうと思わないでしょう。だから卑猥は知識も含めて徹底的に排除されるべきなのですわ」

「知識がないからこそ、身近に迫った時に自分の身を守ることが出来なくなるのでは? 護身としての最低限の知識すら制限することは、むしろ危険性を認知できずに知らない間に被害に遭ってしまうのではないでしょうか」

 初めて不破さんが反論らしい反論を唱えた。だけどアンナ先輩は聞き分けのない子供を苦笑交じりに説き伏せるように、

「少しでも知ってしまえば、好奇心というものがどうしても生まれてしまいます。それが快楽に結びついているのならばなおさらそうですわ。むしろ危険性があると知れば、そちらの方が好奇心を刺激されてしまいます。どのような分野でも、知識というのは完全に教えるのは不可能ですの。ならば一切を切り離し、徹底的に排除するのが、大人の、行政の、国の役目でしょう」

「…………」





 不破さんは何か僕に問いたげに見てくる。正直、僕はアンナ先輩の言葉に一瞬納得しかけてしまった。演説の上手さもそうだし、何より綺麗な理屈に聞こえたから。

 だけど。

 アンナ先輩の理屈は、綺麗すぎた。

 アンナ先輩は卑猥を違法薬物と一緒にした。そもそも存在を知らなければ手を出すこともない、と。

 だけど現実は、アンナ先輩は今でも性知識を知らないのに、卑猥の快楽に最も嵌っている子供の一人だ。

 違法薬物に関しては、そうかもしれない。タバコやお酒も、知らなければ試そうとは思わない。そもそも知らないのだから。それはアンナ先輩の言うとおりだと思う。

 けれど卑猥は、性は、一切の知識がなくても、辿り着ける。それは人間の中に眠る本能から来る衝動だから。

 だからこの二つは、明確に違う性質の事柄なんだ。

 この程度のこと、僕が思いつくのに、不破さんが思いつかないわけがなかった。不破さんが最初に暴力と卑猥が似ていると言ったのも、人間は凶暴な部分が、破壊を求める本能的な部分があるからなんだろう。その類似を指摘したんだろう。

「奥間さんは、どう思いますか?」

 不破さんが、問いかけた。

「えっと」

 正直、どう答えればいいかわからない。知識を最低限必要という不破さんの主張に賛同したいけど、なんというのか、アンナ先輩の綺麗すぎる理屈に上手く反論できない。

 それに少しでも知ってしまえば、好奇心が刺激され、試したくなるというのも現実にそうだ。不破さんが代表格だしね。

「僕は風紀優良度、最底辺校の出身です。卑猥な知識は、今の時岡学園よりずっと多く触れる機会がありました。そこでの同級生を見る限り」

 息を吸い、善導課に補導される昔の同級生たちを思い出す。

「卑猥の危険性より、卑猥の魅力に取りつかれる奴の方が、多かったです。でも」

 何も知らないからこそ間違ってしまった、憧れていた女性を見つめる。

「アンナ先輩も、最初《雪原の青》とすれ違った時、それが卑猥なイラストをばらまいていたのだとわからなかったと言ってたじゃないですか。だから僕なんかが生徒会に入れて……その、だから、不破さんの主張も一概には否定できないんです。自分の身を守るのに、最低限の知識は、やっぱり必要なんじゃないかとは思います。でも知ってしまえば、好奇心に負けてしまうやつが多いのもそうで」

 なんだか伝えたいことはたくさんあるはずなのに、どう伝えればいいかわからなくなった。というより、混乱してきた。

「知識そのものには善悪はないというか……結局人それぞれというか……」

 しどろもどろになってしまった。それでも何とか伝えたくて言葉を重ねようとするけど、

 ピピピピピピピピ
 ピピピピピピピピ

「あれ」

「誰だ、休暇中に」

 僕と母さんに、ほぼ同時にPMに電話が入った。僕からの相手は、『華城先輩』?

「えっと、華城先輩からなんですけど、出てもいいですか?」

「構いませんけど……わたくしにも聞こえるようにしてもらえません?」

 浮気の電話だと思ってるのかなあ、アンナ先輩がにこやか暗黒オーラをまた立ち上らせていく。華城先輩、僕の心を削って楽しいですか?






 隣では母さんの気配が険しくなっていく。それにも不吉な予感を覚えつつ、PMの音量を操作する。

「もしもし」

『奥間君? アンナもそこにいるでしょう?』

 生徒会モードの、だけど切迫した声に、僕もアンナ先輩も不破さんも思わず聞き耳を立てた。

「どうしたんですか?」

『奥間君、アンナから離れないで。傍にいてあげて、いいわね』

 ぶつん、とあまりに不自然にPMが切れた。様子のおかしさに、僕達は顔を見合わせる。

「すぐ戻る」

 隣では母さんが立ち上がった。今の華城先輩の声も聞こえていたみたいで、

「今の女は鬼頭厚生病院に入院か病院に見舞いに行っていたりするのか?」

 母さんの顔が、いつになく真剣で険しかった。

「わたくしの親友が入院してますわ」

「すぐにニュースになるだろうから伝えておく」

 ちっと舌打ちする。僕は母さんが通れるように立ち上がり、その先の言葉を待つ。

「鬼頭厚生病院の最上階で入院患者、病院関係者、見舞客全員が人質となって立て籠もる事件が起こった。私は現場で指揮を執る」

 がたん、とアンナ先輩が立ち上がった。目を見開き、戦慄きながら。

「狸吉、その女の言葉通り、アンナの傍にいてやれ。いいな」

 その言葉を残して、母さんは出て行った。

「アンナ先輩」

 思わず呼びかける。アンナ先輩の表情は、銀髪で隠れて見えない。

 ただ僕の視線から逃れるように顔を逸らしたことだけがわかって、だけどその意味よりも華城先輩たちが気になって心配過ぎて、だからアンナ先輩が何に怯えたのか、わからないどころか気付きすらしなかった。




  ――緊急ニュース速報――  


『本日午前十一時半頃、第一清麗指定都市にあります鬼頭厚生病院にて人質立てこもり事件が発生しました。

 犯人グループは武装していると情報が入っておりますが、規模は不明とのことです。

 ――今入ってきた情報があります、どうやら犯人グループの要求は、

 《公序良俗健全育成法》そしてそれにまつわる全ての条例の廃止とのことです。

 警察では人質のPMは外されており、人質の人数は把握できていると発表がありました。

 第一清麗指定都市では《SOX》などによる卑猥なテロ活動が頻発しており、この事件に触発される犯罪の増加も懸念されます。

 政府は卑劣なテロ行為には屈しないとの声明を発表しました。

 人質には各界の著名人も多数いるとの情報もあり、現在は警察の情報の発表が待たれます』





「なんだよそれ……!」

 ニュースは母さんが出て行ってから、二十分後にPMで流された。

 華城先輩の下ネタよりもタチが悪いニュースだ。こんなやり方で《育成法》が撤回できるわけないのに。

 だからこそ僕達が色んな人たちの力を借りて、ようやく開けた体制への小さな風穴が、ついこの間出来たのに。

 直感する。この事件は、《SOX》の開けた風穴を、全て無に帰す。

 政府はきっとこの事件を利用して、《SOX》と関連付けて、体制の強化への口実に乗り出す。

 だけどそれ以上に何よりも、華城先輩やゆとりや鼓修理が人質になっていて、今現在危険な目に遭っている。

 小さく、袖が引っ張られた。

「奥間君」

 アンナ先輩はまだ顔を逸らしたまま、

「警察に、任せましょう……わたくしたちがやることは、何もありませんわ」

「え?」

 何を言っているのか、わからなかった。

 僕がいなくなった時、あれほど憎しみに身を任せていたアンナ先輩が、そうでなくても悪を絶対に許さないアンナ先輩が、親友を人質に取られて何もしないことを選ぶだなんて。

 バスジャックも銃器を持った相手に一瞬で決着をつけ、《群れた布地》のスタンガンなどをもった数十人相手にも無双できるような、最強の最終兵器彼女なのに。

「アンナ先輩?」

 華城先輩はアンナ先輩の傍にいるように言った。暴走しないように見張っておけという事なのだとすぐ分かった。僕も事件を知った時、そうするべきだと思った。

 だけど実際は、暴走どころか、ひたすらに沈み込んでいる。予想と違う反応に困惑してしまう。

「アンナ会長、大丈夫ですか?」

 不破さんも異変に気付き、声をかける。多分不破さんも似たように感じたんだろう。

「……民間人に、未成年であるわたくし達は、待つしか出来ないと思うんですの。心配……もちろん、心配で、不安で……ですけど……」

 身体が震え、息が荒くなっている。発情とかそんな時のものとは明らかに違う。




「厄介なことになっておるようじゃの」

「うわ!?」

 いきなり現れた座敷童に思わず声が出る。いやアジトでイラストを描いていたのは確かに予定通りだったのだけど、正直ちょっと忘れていた。

「マスターよ、悪いがわしらの貸切にしてくれんかの? それと、アンナが休めるような部屋はあるかの?」

 華城先輩たちが人質になっているという異常事態、アンナ先輩のあまりの調子の悪そうな様子に、真剣ではあったけどいつものペースを崩さない早乙女先輩の声は正直ありがたかった。

「あの、アンナ先輩。家に帰った方がよくないですか?」

 とにかくあまりにも調子が悪そうで、暴走どころかこのまま倒れてしまいそうだった。アンナ先輩の背中をさすりつつ、月見草に連絡して迎えに来てもらおうとPMを操作しようとして、

「奥間よ、今アンナを動かすとはまずいと思うのじゃ」

 早乙女先輩が、僕の動作を遮った。真剣な様子に、僕の手が止まる。

「マスターよ、悪いが今からここは貸し切りにしてもらうぞ。アンナ、奥の個室にはアンナが休めるぐらい大きなソファがあるからの、そこで一旦休むといい」

「え、ええ……」

 アンナ先輩は言葉を発するのも難しい程息が荒くなっていた。ここ数週間の疲れが、一気に堰を切って体調に現れたのかもしれない。

「アンナ先輩、僕がついて」

「奥間と不破は薬を買ってきてくれんかの?」

「は?」

 多分僕の目には苛立ちが込められていたと思う。小声で早乙女先輩の耳打つ。

「華城先輩にはアンナ先輩から離れないように言われました。今の状態を思うと、僕もそう思います」

「じゃが《SOX》としてもこの事件はどうにかせねばなるまい。それぐらいのことはわしにもわかるぞ」

「わかってますよ、でも今は……!」

「わしに任せてくれんかの、奥間」

 ふざけた調子の一切ない言葉に、僕は思わず黙り込む。

「多分じゃが、今おぬしが傍にいると逆にアンナは悪くなっていくじゃろう」

「……信じていいんですね?」

 早乙女先輩はニヤ、と不敵に笑うと、僕から離れた。

「不破よ、すまぬが」

「ええ。少なくとも奥間さんは、副会長を助けに行くのでしょう? ネットワークを使って必要な情報を集めておきましょう」

「頭がいいと助かるわい。奥間よ、おぬしは月見草に連絡をとれ。月見草も善導課の一員なら何かしら情報が入るかもしれん」

 不破さんがここにいるから言わないけど、早乙女先輩はそれ以外にも、《SOX》として出来ることを出来るだけしておけと視線で伝えてくる。

「その間のアンナは、任せておけ」

 いつになく頼もしく、早乙女先輩は親指を巻きつける卑猥な握り拳で、僕のお腹に軽く当てる。

「はい。よろしくお願いします」

 早乙女先輩を信じることにした。早乙女先輩は今のアンナ先輩の様子に、僕とは違って何かを確信している。

 それがわかったから、だから任せた。

 それがあんなに危険なことだとわかっていたら僕はきっと止めていただろうけど、それでもこの状態で何が最善かと言われたら、きっとこれしかなかった。



(ち○こま○こち○こま○こち○こま○こち○こま○こ……)

 PMが外されたことをいいことに、精神安定のようにもはや下ネタといっていいのかわからないただ性器の名前をぶつぶつと呟いている《雪原の青》こと華城綾女の様子に、これ割とダメだとゆとりは確信した。

 今現在、人質のPMは全て強引な手段で外されている。外部の連絡手段を断つためというだけではない、何か、別の主張みたいなものを感じた。

 《公序良俗健全育成法》の撤廃。

 PMは、その象徴。これを外して、差別されない自由な社会を。

 犯人グループの一人が呟いた言葉だった。この犯人グループは自分が見ても訓練されていると思う。動きに乱れがなかった。武装している銃器も、モデルガンではなく違法改造したエアガンみたいで、実際に壁に穴を空けてみせた。誰も動けなかった。

 人質は18人。自分、綾女、鼓修理に加えてナースステーションにいた看護師が3名、医師が1名、綾女以外の入院患者が4名、その他の見舞客が7名。

 ただ、ただの人質ではなかった。この階は政治家や芸能人が逃げの為の特別病室となっていて、政財界の大物が3名にゆとりも知ってる芸能人1名が人質になっている。警備も厳重な特別な階で、面会にも入院患者からの確認、そしてPMによる照会が必要なほどだ。許可された人間のみが直通のエレベーターにまで案内され、基本はそのエレベーターでしか出入りできない。非常階段もあるとは思うが、ゆとりはそこまでここの病院の警備に関して詳しくはない。

 今は全員が大きな休憩スペースに入れられ、手錠で後ろ手に拘束されている。犯人の三人がこの部屋の中にいて、自分たちを見張っている。

 綾女はPMが外される前に何とか狸吉に連絡をとれたようだが、それ以外はどうしようもない状態だった。テレビが付けられていて、外の情報は一応把握できる。犯人の余裕の表れなのか、不幸中の幸いと言っていいのか、とりあえず小声の会話ぐらいは許されていた。

 テレビでは早速、最近の第一清麗指定都市の風紀悪化やソフィアのデモとこの事件を一緒に扱っていて、国がこの事件をどう扱っていくかが手に取るように分かった。

 だからこそ綾女は殆ど錯乱して三角座りをしながら声が隣の鼓修理と自分にしか漏れないようにぶつぶつと現実逃避をしているのだ。それで何とかなるなら自分も何か唱えようか。狸吉好き狸吉好き狸吉……

(おい頭の中を侵食すんな!?)

(からかわなきゃやってらんないっすよこの状況!)

 使い物にならない綾女を挟んで全く実にならない喧嘩をする。《SOX》の主要メンバーは殆ど身動きが取れないし、狸吉もあの化け物女を抑え込むのに精いっぱいだろう。

(一回《群れた布地》やっつけてるだろう、お前達)

(装備も動きもかなり訓練されてるっスよ? 鼓修理の持ってるスタンガンレベルじゃなく、あの銃は人を殺せるッス……壁の穴を見ればわかるッス。それにあのときはその、あの化け物の力も借りての事っスよ)

 一体どうやってそんな協力を取り付けたのか、ゆとりは純粋に驚いた。どうやったのか詳しく聞きたいが、今はそういう場合じゃないと頭を切り替える。

(あいつら、他の下ネタテロリストのやつらか? 見た事ねえけど)

(多分、違うわ。鬼頭慶介がこんなこと、許すとは思えない)

 ようやく会話に綾女が入ってきた。なんとか眼には力が戻っているが、綾女の怪我はまだ重く、普通の動きも難しい。

(きっと、ずっと時機を見てたんだわ。いつ生まれるかわからないチャンスを逃さないよう、必死に訓練してきたのでしょうね。……見た限り、犯人グループの殆どは、まだ若いわ。私たちと同じぐらいじゃないかしら)

 そう言われて、ゆとりも気付いた。そう、犯人グループの殆どは、確かに自分達とさほど変わりのない年齢だった。

(要求からすると、きっと……ゆとりの方が理解できるんじゃないかしら)

 《育成法》の撤廃を、PMからの自由を。

 それは、昔のゆとりが守ろうとしてだけど無理だった、差別を受けてきた子供の叫びだった。

 この事件は歪んだ健全な社会に切り捨てられた子供の、捨て身の反抗だと気付いた。

 《SOX》と出会う前の自分そっくりで、だけど流されて終わることを選ばず、せめてもの反抗を選んだ子供たち。

 世間が、世論が、政府と対立して揺れた時機を見ての決行から見ても、流されていた自分よりもずっとしっかりとした頭を持っているんだろう。《雪原の青》のように。

 ゆとりは昔の自分を思い出してしまって、何も考えられなくなってた。

 綾女も同じだったのだろうか、綾女も黙る。

 《SOX》のしてきたことを全て無に帰すかもしれないこの事件に、責める感情は生まれなかった。

(どうして、待てなかったんだよ)

 ゆとりの呟きに、誰も答えない。答えはわかりきっていた。

 救いは今、欲しいのだから。その救いがいつか来るかもと期待することは出来ない程に、この世界に責められ続けてきたのだろうから。

 犯人たちはきっと下調べもしていろいろ準備もして訓練も自分たちなりに頑張って、それでもこの事件は無駄にしか終わらないだろうと思うと、これが《SOX》の末路にも思えて、ゆとりにはもう未来は見えなかった。

 やっぱり、駄目だったんだ。流されておけばよかった。期待するからこうなった。

 そんな昔の自分と同じ考えが生まれて、情けなさにどうしようもなくて、でもこの状況を狸吉が何とかできるとはとても思えなくて、もうどうしようもなくなってた。



 外に出て、歩きながら考えるけど何も浮かばない。とにかく情報が欲しかった。PMを操作し、とにかく電話をかけてみる。

「あ、撫子さん! あの、何か連絡ありましたか!?」

『善導課から連絡が来た時はとうとう捕まったのだと思ったけどね。まさか別の奴らに捕まってるとは思わなかったよ』

 飄々としているが、華城先輩の育ての親である華城撫子の声は苦かった。当たり前だけどそんなに情報は持っているわけがないが、それでも保護者の立場から何か聞いているかもしれない。

「あいつら、下ネタテロ組織のやつらですか?」

『違うだろうね。多分、あんたらに触発されて自分も動きたいと勇み足踏んだ奴らだろうさ』

「うちのメンバーが、殆ど……早乙女先輩以外、全員があの病院に……」

『それでうちの綾女は怪我してるんだろう? お荷物だね』

「華城先輩はお荷物なんかじゃ!」

『で、あんたは善導課の連中にこの事件を任せる気かい?』

「そんなつもりはありません! ありませんけど……!」

 はあ、と溜息がPM越しにも聞こえてきた。当然だろう。

『あんた、泣き言言うために電話してきたのかい? こっちはそんな暇ないんだけどね』

「鬼頭慶介に、コンタクト取れないですか? 電話でも構いません」

 鬼頭慶介。鼓修理の父親であり、日本中の下ネタテロリストを影から支援し、コントロールしている

 鼓修理が捕まっているというだけでない。犯行の舞台は、鬼頭系列の病院なのだ。

 かなり曲者で僕一人じゃ交渉は難しいだろうけど、それでもやるしかない。

『連絡は取れる。だけど何を武器に、どんな交渉をするつもりだい?』

 ぐ、と詰まる。何の考えもなしにはやっぱり、交渉は無理か。

「分かりました。一旦頭を冷やします。……連絡の準備は、いつでもできるようにしていただけますか?」

『ああ。まあ一筋縄じゃいかないだろうけどね。あれはなかなかの親バカだし、娘が捕まってるなら向こうは何かしら対策をとるだろうさ』

 親バカというよりはバカ親だけど、その対策がおそらく《SOX》とは相いれないものになると思うからこそ、連絡を取りたかった。だけど今は何も浮かばない。童貞の早漏連射砲じゃなく、何かテクが必要な相手だ。

 撫子さんの電話を切り、一旦冬の冷たい空気で頭を冷やそうとするけど、外の空気は身近で起きた大きな事件に浮かれまくっていた。関係のない人間からすれば、政府の動きも《SOX》の主張もこの事件の目的も、きっとただの乱痴気騒ぎでしかないんだろう。ところで乱痴気騒ぎってやっぱり乱交パーティーの事かな。つまり今、この街は乱交パーティー真っ最中なのか。

「奥間さん」

 白衣姿の不破さんが戻ってきていた。ついでに月見草も一緒だ。

「月見草、お前も来てくれたのか」

 前回一番の功労者といっても過言ではないこいつが来てくれたのは、アンナ先輩対策としてありがたい。

 そう言えば、アンナ先輩のことも非常に気になるのだけど、まだ月見草には連絡を取っていないのにどうしてここにいるんだ?

「先程アンナ様から連絡がありました。喫茶店前に来て待機するように、と」

「待機? 理由は」

「存じません」




 やっぱコイツ役に立たないか。いないよりはマシだろうけど。

 喫茶店前で待機……僕が帰ってくるのを待っているのかな。一緒に帰りたいとか。

「単純に調子が悪いだけならばいいんですけどね」

 不破さんが僕の思考を読んだのか、不破さんなりにアンナ先輩のことが気になるのか、口を挟んできた。

「不破さんの方はどう?」

「芳しい情報は何も。テレビで言われている以上のことはわかりかねます。ただ、情報の確度は高くないのですが、犯人たちは十代中心という情報があります」

 うーん、不破さんのネットワークでもそんなふにゃちん程度の情報しか得られないのか。といってもまだ事件のニュースが流れて一時間も経っていないし、不破さんのネットワークも一般学生からのものだから、過度の期待をする方がむしろ酷だよね。

 とりあえず、アンナ先輩も心配だし、喫茶店に戻ることにする。アンナ先輩をほっといてから30分ぐらい経ってる。事件のニュースが流れてからは1時間ぐらいか。

 喫茶店に戻ると、ドアの前にマスターが立っていた。「?」と近づく。

「二人きりにさせてほしいと言われましてね」

 マスターはそれ以上何も言わなかった。とりあえず入ろうとしたドアノブに手をかけた瞬間、

「!!?」

 心臓を鷲掴みにされ、背骨に直接錐をねじ込まれるような、そんな最悪の感覚が全身を貫く。

 アンナ先輩から半年以上逃げ回り、《センチメンタル・ボマー》として鍛えた鋭敏な感覚が全身に撤退を求める。だけど動けない。

「……みんな。悪いけど、外で待ってて」

 あの夜に感じた空気の軋みをドア越しにも感じた。僕ほどでなくても、不破さんは気付いたらしく、この寒い中冷や汗をダラダラと流しながら、

「月見草、不破さん捕まえといて」

「かしこまりました」

「ちょっ」

 今にも逃げたそうにする不破さんだったけど、この中で僕の骨を拾ってくれそうなのは不破さんだけだから逃がさないよ?

 月見草に羽交い絞めにされ、身動きの取れなくなった不破さんは諦めたように、

「生きて帰ってきたら何かお返ししてもらいます」

 ちゃっかりと約束を取り付けた。でも僕は答える余裕なんてなかった。

 早乙女先輩は何をして、一体どうなったのか。

 喫茶店の扉を、精一杯力を込めて開く。

 いつもの喫茶店の筈なのに、まるで魔王の城みたいな強烈な圧迫感があった。奥の個室にいるはずだけど、そこが明らかに異質な空気になっている。

 あの夜の、人質交換の時のような、何かが完全に解き放たれた気配。

「――アンナ先輩?」

 奥の個室に、精一杯の勇気を込めて乗り込む。

「――奥間君」

 声は静かだった。だけどむしろその静かさが異常だった。

 部屋の中で破壊されていないものがソファ以外、殆どなかった。テーブルも椅子もバラバラになっていて、壁にはあちらこちらに穴が開いていて、窓のない部屋だからガラスなどは割れてないけど、そこだけ巨大地震でも発生したかのようだった。

「おおお、奥間!」

 しゃがみこみ後ずさって泣きそうになっている早乙女先輩を、アンナ先輩がいたぶるように一歩ずつ追いつめている。早乙女先輩が僕に気付いて叫ぶが、ただでさえ状況がわからない僕は、完全にこの空気に呑まれていた。

「ありがとうございますですわ、早乙女先輩。わたくし、感謝しています。本当ですわよ?」

 鈴の鳴るような涼やかな声に、か弱い獲物をいたぶる嗜虐が混じっていた。ただ僕をいじめる時とはわけが違う、相手の安全を考えない、僕を性的に襲う時とは全く違う衝動に酔いしれた声。

 アンナ先輩が早乙女先輩に手を伸ばし、無理矢理に立たせる。そしてそのまま僕の方へ投げ「うわっ!?」

「はわわわわ、お、思っていた以上に危ない状態だったみたいじゃ! い、いや予定通りではあるのじゃが、あとはおぬしに任せた!」

「おい!」

 僕から飛び降りると凄まじい勢いでいなくなった。スケッチブックだけはしっかりと回収してたけど。




「奥間君」

「ははは、はい!?」

 あの夜のような、迫力を持って他者を傅かせる圧倒的な美が、無条件に従わせるカリスマ性を持って、それらすべてを僕に向ける。

「ねえ、奥間君」

 どこか甘えるような、言い聞かせるような、そして獲物の抵抗を期待するような、陶酔しきった声。僕がどんな返事をしようとも、力尽くでねじ伏せられる。むしろそれを愉しみたいとすら思っている。

 本当、早乙女先輩は何をしたんだこの人に!?

 だけどその疑問は次のアンナ先輩の言葉に吹き飛ぶ。


「わたくしを、あの病院に行くことを、許してくださいまし。あそこには、正義に仇なす巨悪がいますの。悪を殲滅したいんですの」


 ぞわっとした。今のアンナ先輩は、人質を無傷で救おうとか、そもそも人質の安全を考えていないとはっきりわかる。

 「僕以外の人間はいらない」と、《雪原の青》に見せつけるように僕を無理矢理に発情させた、あの瞳そのままだったから。

 ただ衝動に任せて酔いしれたいだけ。

「――ダメです」

 そう答えるしかなかった。こんな言葉で止まるとは思えなかったけど、それでもこう答えるしかなかった。

「ふふ、ふふふひっ」

 舌で唇を濡らし、僕を完全に獲物としてロックオンしたことを、今の嬌声に近い笑い声で知った。

 これ、もう死ぬしかないよね? 僕死ぬよね? アンナ先輩のお腹の中に入ってずっと一緒エンドだよね?

「奥間君……どうしていかせてくれませんの?」

 アンナ先輩にとっては拒絶の言葉だったろうに、むしろわくわくしているかのように捕食者としての笑みが深くなっていく。今朝見た時よりもはるかに熱が大きく、周囲の空気が歪んでいた。

「病院にはとびっきりの悪がいますのに。あの悪を殲滅すれば、わたくしの正義はより強固なものとなって、奥間君への愛も深まりますのに」

「アンナ先輩……その、まずこの状況を説明してほしいんですけど……」

 とにかくなんでこんなあらゆる本能衝動全開モードになってるのか、経緯を知れば少しは対策が見えるかもしれない。

 と、アンナ先輩は胸の中から……胸? え、何挟んで

「何ですかそれぇぇぇ!?」

 な、な、な、な!?

 こ、これは昔の不健全図書で噂に聞く、ち○こを模したオトナの玩具……ディルドじゃないか!? なんでそんなものがアンナ先輩の胸に挟まってるんだ!?

「ああ、人肌で温めたら、より感覚が近くなりますわね……色も形も大きさも感触も、奥間君がわたくしを愛したいと最大に願っている時のもの、そのものですわ」

 アンナ先輩の瞳が僕の下半身を捕食したいという方の欲望で一気に染まる。愛おしそうにペロペロと舐めている姿は確かにフェラする時そのものだったけど、ってかあれ僕のカタチなの!? 僕に関しては不破さんと同じレベルの観察力を発揮するアンナ先輩が言い切るんだからそれだけ精巧に作られているんだろうけど、なんで!?

「早乙女先輩が、不破さんと一緒に作ってみたと仰っていましたわ」

 あの無駄な方向へ無駄に才能を発揮するバカ二人には男女平等パンチ見舞ってやる!! チョップじゃ済まさねえ!!

「奥間くぅん……ねえ、いかせて下さいまし」

 甘える調子が強くなる。このモードで外に出すと確実に死者が出る。まず真っ先に僕が死ぬ。病院より葬儀屋に直行する。あと『いく』の意味が違って聞こえるのは僕は悪くない。





「あああ、あの、その、えっと」

「それとも、わたくしと愛し合ってくれますの? 初めての夜のように、深く、熱く、激しく愛してくださる?」

 まずい、全然言葉が浮かばない。アンナ先輩、大人のこけしをペロペロしながら自分で胸を揉みしだき始めるほど発情してるし、もはや僕の言葉が聞ける状態じゃない。分かっていたけどこんなに一気にメルトダウン起こされるともうどうしようもない。

 だからといってアンナ先輩が僕の貞操を奪った時ほど愛し合う暇なんてない。っていうか、体力的に持たない。

「疲れたくないのであれば、これを使えばいいと思いますの」

 そういう意図かバカかぁ!

「でも、でも、やっぱりわたくしは悪を殲滅したいんですわ。……《SOX》を逃がしてから、ずっと募ってきた想いがありますの」

 瞳にピンクのハートっぽい何かを宿していたアンナ先輩が、またあの不吉過ぎる気配に戻る。

「奥間君。やっぱり、わたくしは」

 声には怯えがあった。様子が変わったアンナ先輩を、思わず僕は見つめてしまう。

 一瞬だけ、躊躇ったように見えた。だけどすぐにその熱に浮かされるままに、



「奥間君以外はいらないんですの。わたくし以外に優しさを向けないでほしいですわ。わたくし達の邪魔をする者に愛の罰を与えることを考えると胸がざわついてゾクゾクしますの。《更生プログラム》のことも、世界の悪をわたくし達の愛で塗り替えられたら、どれだけわたくしは満たされるでしょう」



 あの夜、人質交換の時に再会した時の恐怖がそのまま蘇る。

 性衝動と破壊衝動が、愛と憎しみから来る激情が、アンナ先輩の中で『愛とそれを邪魔するものへの罰』となって変換され、矛盾なく両立されていく。

 だけど両立されていくそのさまに、アンナ先輩がそれを自覚していて、そして傷付いていた。その様子に、少なからず僕の方が驚いていた。

「奥間君は言いましたわよね? 『こんなアンナ先輩は嫌です!! 僕が憧れたアンナ先輩は、僕の好きな先輩は、人を傷つけて悦ぶような、そういう人じゃない!!』……一言一句覚えていますわ」

 衝動も激情も先程からそのままに僕に向けられていて、けれど今はアンナ先輩に脆さを感じていた。

「だけど、こうも言ってくれましたわ」



 ――僕はそういう衝動を持つことだけで、アンナ先輩を嫌いになったりしません。絶対に。



「持つことだけでは嫌わないと、そう仰ってくれましたわね」

 衝動も激情も、アンナ先輩自身を傷付けるほどに極度に肥大していたから。

 知識もなく、機会もなく、それらを覚えることすら許されずに育てられたアンナ先輩は、

「では、今、この身を焦がしているこの熱は、どうすればいいんですの?」

 危うい、という言葉が僕の中で浮かんだ。

 命の危機を感じているのはこちらなのに、崩れ落ちそうなのはアンナ先輩の方だった。





 ――少し時間は遡る。



「ペットボトルで済まんの。水じゃ」

「あ、ありがとうございますですの……」

 義母から事件を聞き、PMでニュースが配信され、それが事実だと認識した瞬間、アンナはぐらぐらと頭が揺れる感覚に陥った。

 早乙女先輩が持ってきてくれた水を飲んで熱を冷ます。だけどこの程度の水では熱が冷めない。促されるまま、奥の個室のソファに横にさせてもらう。頭は熱に浮かされたように、ぼうっとして働かない。働かせたくない。

「奥間君は……奥間君は、どこですの?」

 愛しい人といれば、この熱も忘れられるのに。愛しい人の愛があれば、このこみ上げる熱と同じぐらいの熱を放ち、幸せを感じられ、忘れることが出来るのに。

 だけど返ってくるのは、アンナにとっては無慈悲な答えだった。

「奥間は薬を買いに行っている。薬局はちょっと遠いからの、しばらくはかかるじゃろうて」

 優しい声だったが、怒りを感じた。今一番の薬は奥間君からの愛なのに、なぜ奪う?

 熱が強くなり、持ってきてもらった毛布に頭ごとかぶり、外からの音を遮る。息が荒くなっていくのがわかる。「んっ」指を口の中に入れて震えを止めようとするけど、うまくいかない。

「辛そうじゃの、アンナ」

 トントンと背中に一定のリズムで優しく叩かれる。善意から来るものだとは分かっていたが、今は止めてほしかった。

「奥間には愛してもらってるのかの?」

「ん、ええ……まあ……」

「アンナがいいなら構わんのじゃが、どうもアンナも奥間に遠慮しているように見えての」

「……わかるんですの?」

「そりゃあ、儂はおぬしと奥間が愛し合っている姿が最高のモデルだと確信しておるからの。奥間からも少しは話を聞かせてもらってるのじゃが、とにかくアンナらしくない気がしての」

「…………」

 別に遠慮という訳ではないのだが、愛されていると確信があるし不満というほどではないが、満ち足りているか、と言えば正直嘘になる。

「その、奥間君にはわたくしのお腹に入って愛をもっと激しく掻き乱してほしいのですが、……どうも、そこだけは避けられているようで、正直寂しいですの」

 ただアンナからは直接求めるような真似はしていなかった。その他の愛情表現には応えてくれているし、身体の中から溢れる愛の熱はそれなりに解放できている。だけどやっぱり、あの初めての夜のように、とにかく激しくひたすらに愛しい人の身体を貪りたいという欲求は間違いなくある。

 それでもそれをしないのは、

「その、奥間君の愛の蜜もわたくしと同じように流れ出るのかと思っていたのですが、どうも限界があるみたいで……それに、愛の蜜を出した後、奥間君、すごく体力がなくなっているようで、だから男性にとって愛し合う行為は非常に体力がいるのではないかと、そう思いまして」

 だから自分から求めるようにお誘いをかけているだけに留めているのだ。向こうから求めてきてくれる方が満ち足りるし、“お誘い”する行為も楽しいし、その時の奥間君の顔も可愛くて、だからそれが不満という訳ではない。

 実際あの夜の後の奥間君は2~3日は足腰が立たなくなっていて、どうもそれが愛し合った為だと薄々は気付いてた。確かに自分も愛し合った後、幸せではあったが確かにどんなスポーツをするよりも体力を消耗した。愛の蜜を放った後の愛しい人の顔を見るとすごく可愛い反面、自分よりも明らかに体力を消耗していて、回数を重ねるごとに味も薄くなって量も減って、だから男性は自分と違って一旦溜めないといけないのではないかと、そう考えたのだ。お誘いをかけて向こうがそれに乗って、向こうのペースでお腹の中に愛の蜜を入れてくれるのが一番いいのではないかと、アンナなりに愛しい人のペースを考えてはいたのだった。

 実際は体力はアンナが異常すぎるのと、愛の蜜どうこうはシタノクチの中で出すわけにはいかない向こう側の理由と、あと実際にはそのお誘いは挑発であり、アンナの捕食者としての本質が獲物を追いつめ甘噛みする快感に変わってしまってその様が恐怖を与えていた為に逃げ回っているという現実があったが、それはアンナにはわからないし知らないことだった。




「あー、アンナの体力に奥間がついていけんのか。おぬしはそう考えているのじゃな」

「ええ、女性に体力が劣るというのは、奥間君を傷付けてしまうのではないのかと思うと、それは言えなくて」

 別のことを考えていたためか、熱でぼうっとしていた頭は少しは回ってきた。ただその代わり、下腹部から愛の蜜が湧き出る感覚が生まれ、愛しい人に傍にいてほしいという気持ちはむしろ強まるばかりだった。

「ふむ、じゃあこれが役に立ちそうじゃの」

「はふぁん!?」

 アンナがお腹の中に入れたいとずっと願っていたものがそこにあった。一瞬で身体が発情し、奪い取ってぺろぺろする。お腹に入れた過ぎて、思わず腰を蠢かしてしまうほど、色も形も愛しい人の完全戦闘態勢時の突起物そのままだった。

「はあはあはあはあ、そ、そっくりですわね、奥間君に……こ、これはいったい?」

「儂もあまり三次元は得意じゃないからの。不破に協力してもらって、一度試しに作ってみたんじゃ。ああ、舐めても色は落ちんぞ、練り込んであるからの。カタチはまあ、頑張って観察させてもらっての。ちなみに感触はどうなのじゃ? そのあたりは不破が材料を決めていたが」

「は、うん、はあ、はあああ!」

「答えなくていいぞ、その反応で十分にわかる」

 うんうんと早乙女先輩は満足げだった。口に含み、ためしに僅かに軽く噛んでみる。さすがに味や匂いや温度はなかったが、触感や固さはそっくりだった。

「ちょ、彫刻も手掛けていくつもりですの?」

「いや、それは試しに作ってみただけじゃ。儂はあくまで絵描きなのでの。まあそれはデッサン人形のようなものじゃったが、多分アンナは喜ぶじゃろうと思うてな。冷たく感じる時は、人肌で温めると良いと不破は言っておったぞ」

 なるほどと思って、胸に挟んでみる。冷たいけどすぐに慣れて、胸を寄せて感触を楽しんでいると本物を挟んだ時の触感を思い出して「はふぅ」思い出すと更に奥間君が欲しくなった。愛の蜜があふれ出してくる。これなら今日は奥間君を血で汚すこともないし、これで思い切りお腹の中を掻き混ぜてもらおうとおねだりすることを考えてみると幸せな気持ちになれた。

 だけど。

「のう、アンナ。ここには今、儂とおぬししかおらん。奥間はおらん。だからの」

 真剣な声だった。

「無理に隠そうとしなくてもいい。儂は誰にも言わんよ」

 奥間君が欲しいとずっと思い続けていたためだろうか。愛が溢れてきているからだろうか。

「おぬし、奥間に隠してることがあるじゃろ」



「――――っ!!」



 ゾクゾクゾク!と熱が電流に変化した。電流が身を焼いていく感覚に、「あああん……!」身体をもぞもぞと動かす。ギリギリで我慢する。できた。

「な、何をおっしゃっていますの? わたくしは奥間君に何も隠し事など」

「儂はあの夜、おぬしと一緒にいたんじゃぞ? 今更取り繕うことも無かろう」

 あの夜。

 熱が更に電流に変化し、頭にわだかまる霞を飛ばそうとする。興奮のあまり目に涙が溜まってきたが、構っていられない。毛布にしがみつく。だけど込める力が強すぎて、引き千切ってしまう。

「おぬし、本当に《SOX》の殲滅を諦めたのか?」

 無遠慮に考えてこなかったことに入り込んでくる声に、だけどそれでもアンナはギリギリで耐えた。

「あ、諦めたとかではなく、《SOX》は今まで通り、無傷捕縛を目指して」

「それがおぬしの本心なのかの? では愛の罰とやらを与えたいと《雪原の青》を追いかけまわしていたのは何だったのじゃ?」

「そ、それは」





 記憶を刺激されて無意識に口角が上がってくる。にやつく口元を必死で抑えた。

「アンナよ、これを見てくれんかの」

「――――ッ!!」

 見せられたのは、《雪原の青》に馬乗りになって恍惚に酔い切った、自分自身の絵だった。

 圧倒的な描写力で持って、自分が周りにどう見られていたかを思い知らされる。

「アンナよ、今無理矢理に我慢していることが、儂にはわかる。この夜のおぬしの魅力が今のおぬしにはない。何を言われたかは知らんが、特に奥間に見せたくない面かもしれんがの。でも、ここには奥間はおらん」

「――奥間君が、いない?」

 思い出して、しまった。

 愛しい人がいなくなった時、それを実感した瞬間、憎悪で満たされると同時に感じた、あの頭がクリアになっていく感覚。

 あの時と同じように、頭の中の霞が消えていく。

「あは、ふふ、ふふふふふふひっ!」

 飛び起きる。テーブルを殴りつける。椅子を壁に投げつける。だけど求めているのはこれじゃなかった。

「ひ、ひぃ!」

 怯えて隅で丸くなる早乙女先輩の姿が目に入る。一歩近づいてみた。必死に後ずさる姿がむしろ可愛くすら思える。

「先程までのわたくしには、あの夜の魅力がないと仰いましたね?」

 割れたテーブルに更に踏みつけ、砕いていく。だけど《雪原の青》の肩を外したあの恍惚にはとても敵わない。鳩尾に肘を落とした時に伝わった骨がみしみしと悲鳴を上げる感触とは全然違う。

「今のわたくしでは、どうでしょうか?」

「あああ、ある!! そ、そうじゃ、やっぱりその、偽りのない姿というのじゃろうか!?」

「これが、わたくしの……偽りのない……」

 間違いなかった。

 どう偽っても、あの夜感じた恍惚は忘れられないし、無かったことには出来ない。

 そして知ってしまったからには、誤魔化すのも限界だった。

 悪に罰を与えるのが、自分はやっぱり愉しい。

 そして今、この熱を発散させるに十分すぎるほどの悪が、すぐそばにある。

「でも、奥間君は止めるでしょうね」

 あの夜と同じように。それがわかった。自分の愛しい、大好きな人は、そういう人だった。

 この姿を見せるのは、「嫌です」とまた拒絶されるだろうと思うと、それはあまりにも怖すぎた。

 もし、また拒絶されたら、その時は?

 く、と喉が興奮で引き攣る。それでももう、隠すことは出来ない。

 気配が近づいてくる。すぐに匂いで誰かわかった。更に下腹部に熱が集まってくる。蜜があふれ出してくる。



「――アンナ先輩?」

「――奥間君」



 もし、拒絶されて、離れていこうとするならば。

 それならばもう、この衝動と激情で愛しい人の気持ち全てを塗りつぶして、自分のものにするしか、それしか思いつかなかった。

 それが世界にとって間違いであっても、自分にとって絶対の正しさは、この人への愛だけしか、それしかないのだから。






 アンナ先輩の言葉に、やはり僕と二人きりの世界を望んでいたことに、ショックがなかったと言えば嘘になる。

「それが、アンナ先輩の本心ですか?」

「ええ。間違いなく」

 でもよく考えると、いやよく考えなくても、

「今更、ですよね」

 恐怖で僕もおかしくなっていたのかもしれない。僕は思わず笑ってしまっていた。

「……?」

「知ってましたよ、そんなこと」

 アンナ先輩の嫉妬の炎でどれだけ色んな人間が犠牲になりかけたと思っているのか、親友の華城先輩ですら刃物で刻み殺そうとしていたような人が望む世界なんて、そんなものだろう。あの夜以前から、獲物を、敵を追い詰めることがある種の快感を生む人なんだというのは、ハエの交尾実況の時に屋上で追い詰められたの恍惚の微笑から気付いていた。

 うん、知ってた。

「アンナ先輩、ずっと我慢してたんですね。……すみません。どうすればいいか一緒に覚えていこうと言っておきながら、僕は何も考えず、一人で全部抱え込ませてしまって。気付きもしなくて」

 アンナ先輩の気配は変わらない。隠そうとしない。

 本心を包み隠さず、全てをさらけ出している。

 本人が傷付くほどに、怯えるほどに深い部分までを、アンナ先輩にとって最も大事であろう僕に対して。

 剥き出しの心は酷く傷つきやすくて、やっぱり純粋だった。

「アンナ先輩が、あの病院に悪がいると、そう断言するのは、ただ社会的な判断だからとかそういうことじゃなくて」

 僕自身、ニュースを聞いた時の怒りを思い出す。

「華城先輩が、親友が人質に囚われて、それに怒らない方がおかしいですよ。正義とか、悪とか、そういうことじゃなくて、アンナ先輩はただ、助けに行きたいんですよね」

「…………」

 だけど僕の言葉を、アンナ先輩は否定する。

「わかっているのでしょう? 目的と手段が入れ替わっていることに。あの夜、わたくしを止めた奥間君なら、気付いておられるはずですわ」

 どうしてこういう時まで観察力を発揮するのかな。やっぱりアンナ先輩相手に誤魔化しは利かない。

「月見草のプレゼントを買いに行った時も、似たようなことを言ってませんでしたっけ。プレゼントを買いたいというのは口実で、僕とデートしたいだけだって」

 月見草の誕生日プレゼントを買いに行きたいと一緒にデートした時、アンナ先輩はそんなことを言っていた。

「だけど、月見草を思ってプレゼントを選んでいた時のアンナ先輩の優しさは、本物だったと思ってます」

 僕は続ける。

「あの夜、僕を助けたいと思っていた気持ちも、嘘じゃないですよね」





 暴走してしまって、終わってしまいそうになったけど、心が壊れそうになるほどに僕を助けようとしていたあのアンナ先輩を、嘘だとは思いたくはなかった。

「アンナ先輩。今、アンナ先輩の心の中は、華城先輩のことが心配で、華城先輩に危害を加えるかもしれない犯人たちが憎くて、だから助けに行きたくて、きっとそれだけなんです」

「奥間君」

 気配は変わらないけど、どこか自嘲的な昏さが加わった気がする。

「わたくしはただ、綾女さんのことを口実に、悪を殲滅する気持ち良さを味わいたいだけですの」

「人質が華城先輩じゃなかったら、悪を殲滅したいという気持ちは、ここまで強く起こらなかったはずです」

 強く言い切る。アンナ先輩はやっぱり、潔癖過ぎるのかもしれない。変わってから、心の負の部分を覚えてから清濁を併せ持ちつつあっても、本質はやっぱり、醜さを徹底的に排除する、その清廉さにあるんだろう。

「悪を殲滅したいという気持ちが華城先輩たちを助けることに繋がるなら、僕はその気持ちを間違ってるなんて言いません」

 衝動の解放の仕方は、とりあえず今の事態が解決してから改めて考えよう。

 やっぱりどうしても、アンナ先輩の能力は、この事態を解決するのに最も強力な戦力なんだ。

「その、本当なら、危ない場所にアンナ先輩を行かせたくはないとは思ってます」

 それも本音だ。アンナ先輩が危ういのは事実だ。だから。

「僕達がサポートします。この事件は早期に解決しないといけないんです。だから、お願いします。

 ――華城先輩たちを、助けてください」

 ぴく、とアンナ先輩が震えた。

「人質の安全を最優先に考えるなら、相手が無抵抗でないなら、犯人に対してちょっとぐらいは罰を愉しんだって……親友を傷付けようとした人間に怒りを露わにしたって、誰も間違ってるなんて言いません。言うやつがいたら僕がそいつをぶん殴ってやります。だから」

「奥間君」

 それ以上の言葉は、言葉では意味がなかった。

「それでも、今のわたくしでは、悪に罰を与える愉しみに溺れるでしょう。この熱を、どこかに逃がさない限りは」

 切実な期待で満ちた声。う、やっぱりそうなるか。このままだとヤバいのは僕から見てもそうだ。

 一発やらかしてストレス解消させないといけないんだろうなあ。あのバカ二人の作ったモノが大丈夫かわからないけど、使わせてもらわないとダメなんだろうな。

「奥間君。わたくしを愛してくださいまし。奥間君の愛で、わたくしを満たして……!」

 もうこの熱に耐え切れないとばかりに服を脱いでいく。あっという間に下着姿だけになる。PMを使って何やらメールを送った後、そこだけ無事なソファに仰向けになる。

「奥間君、来てくださいまし」

 ああ、断る権利はなさそうですね。ってか断ったらむしろ僕を捕食して僕の愛の蜜全てがカラッカラになるだろうから、とにかく僕からアンナ先輩の身体にご奉仕することに決めた。

 なんかアンナ先輩が従順で働き者の奴隷を見て満足するような女王様のように見えたけど、それは気のせいということにする。気のせいったら気のせいだ。

 薄い水色の上下お揃いの下着に黒のニーハイソックスのみとなったアンナ先輩が、僕を貪るのではなく僕に愛してもらおうと、僕のアクションを待っていた。

 ブラジャーのホックを外す。ぼろん、と本当に零れるように豊かなおっぱいが飛び出てきた。「んっ」先端はビンビンに尖っていて、空気に触れるだけで感じたのが身体の跳ね方から分かった。アンナ先輩は完全に僕に身を任せることに決めたようで、僕に強制したりはせず、されるがままに腕を上げて、ブラジャーを剥いでいく僕の様子をうっとりと眺めていた。

 問題は下の方なんだけど……アンナ先輩、生理だって言ってたけど、その状態で異物を挿入れて大丈夫かな。といっても、もうアンナ先輩は準備万端で待ち構えているし。あと個人的な趣味から靴下はそのままにしておく。これぐらいはいいと思うんだ。

「アンナ先輩、痛かったり、気持ち悪かったら、すぐ言ってくださいね」

 こくん、と頷くだけだった。興奮のあまり目には涙が溜まっていて、早く早く!と無垢な子犬のように光っている。

 かなり勇気が必要だったけど、もうこの状態に来てしまった以上は避けられない。パンツをゆっくりと脱がしていく。





「???」

 あれ、アンナ先輩生理だって言ってたよね? ナプキンしてるし本当にそうなんだろうけど、アンナ先輩は量が少ない体質なのか、それとも愛の蜜の分泌量が凄まじすぎて血を薄めてしまっているのか、思っていたほど血で真っ赤ということはなかった。

「奥間君、は、早く」

 じれったそうに腰を蠢かす。でも僕の懸念としては、バカ二人の作ったこのこけしが大丈夫なのかという問題がある。

「――挿入ますね」

 とりあえず、カリ首の部分だけ入れてみることにした。


 ぬるっ


「はうぁああん!!」

 ビクンビクンと腰回りが痙攣した。けど思い出せるだけでも、あの夜ほど深く激しい痙攣ではないから、アンナ先輩はこれでは満足しないだろう。

 アンナ先輩の中の浅めの部分を、カリで引っ掻くように混ぜていく。「ふわ、は、あああ……!」押し返してくる力が思ったより強い。お、おま○こってこんなに圧力強かったのか。アンナ先輩が特別なだけかもしれないけど。

「お、奥間君……焦らさないでくださいまし」

「…………」

 や、やばい。いつも喰われる側だから、こうやって懇願してくるアンナ先輩って実は新鮮だ。乞う暇があったら喰ってるからね。その、主導権がこちら側にあるってパターンがあまりないから、ちょっとこの表情を見ていたいとか思ってしまう。別に焦らすつもりとかではなくこけしを入れて大丈夫かどうかの確認のつもりだったのだけど、もう少しだけ切なそうにこちらを見るアンナ先輩を見てみたいとか思ってしまう。

「気持ちよくは、無いんですか?」

 浅い部分をもう少しだけゆるゆると混ぜてると、表情に切なさがより強くなっていく。か、かわいい。

「き、気持ちいいですけど、このままじゃ満たされませんの……もっと深く、激しいのが欲しいんですの」

 正直もう少し見ていたかったけど、時間もないしアンナ先輩が襲って来たら元も子もないので、アンナ先輩の望みどおりにすることにした。

 一気に力を入れ、奥まで突き入れ、こけし全部を呑みこませるっ!

「はうっ……!」

 またびくんびくんと痙攣した。さっきよりも激しい痙攣。でもアンナ先輩がこの程度で満足するわけがない。

 だから僕は手を休めることなく、こけしのピストンを強く開始していく。アンナ先輩の唇から涎が大量に零れ、眼は焦点を合わせず、

「これ、これ! これが欲しかったんですの!! あ、あ、あ、ああああ!!」

 悲鳴に近い嬌声を上げてまた腰が跳ねる。多分今、アンナ先輩はイキっぱなしの状態になってる。もうこのまま押し通そう。刺激に慣れないようにピストンの動きから変えて奥をこじ開けるように掻き混ぜるように動かしていく。

 ぶるんぶるんと震えるおっぱいが目に入る。僕も理性が飛んでたんだと思う。きっと中出しさえしなければいいなんて最低の発想があった。でもこんな極上の女性が僕をこんなにも求めていて、それに抗う方が無理だった。

 こけしの動きを止めないままに、空いた手の方でおっぱいを掴む。

「そ、、そんなつ、強く、また、愛が、あああ、あ!」

 またびくんと跳ねた。下を掻き混ぜ、空いた手で片方のおっぱいを揉みながら、僕の口はもう一つの山頂に吸い付いていた。

「そ、それも、それも欲しかったんですの! 奥間君、もっと、もっと! はあああ!!」

 掻き混ぜる音、掌に吸い付く感触、啜るときの甘い汗の味、熱すぎる体温、感じきった声、全部が僕を刺激する。

 いったん胸から唇を離し、完全に別の世界に飛んでるアンナ先輩の唇に舌を挿入てこじ開け、唾液を啜っていく。

「ふ、んんんん!! んぁ、うぅぅぅんんんあ!!」

 こんな状態でもアンナ先輩のキステクは的確に僕の口腔内全てを挑発する。息継ぎすら惜しく、アンナ先輩の唾液をひたすらに貪っていく。おっぱいを揉む手にもこけしに込める力も勝手に強くなり、乱暴に突き上げる。

「ん―――――ふぁあああん!!」

 ひときわ大きく痙攣した後、一瞬ぐた、と力が抜けた。

「――あ、アンナ先輩!?」

 ヤバい、やりすぎた!? 我に返っておっぱいからもこけしからも手を離し、アンナ先輩の肩を軽く叩く。

「……あ、う、ああ、お、おくま、くん?」





 陶酔しきったとろんとした声で、辛うじて僕の呼びかけには答えた。反応の鈍さが僕のやらかしたことの大きさを物語っていた。

「す、すみません、大丈夫ですか!?」

「う、あ、え、ええ……あは。うぇふふふふひっ……!!」

 ちょ、完全に別世界にイッてる! どうしようコレ!

「おくまくん、いぢわるしましたわ……わたくしに」

 え? 何言ってるの?

「おくまくん、じらしましたの……わたくしはもっとはやくほしいと、いったのに」

 上の口が締まりがなくなってにへらにへらと笑ってる。まるで子供返りしたみたいに。

 あ、あばばばばばばばば、これマジでヤバい!! 直感する、今この人には最低限の理性もない!!

「えへ、えへへへへ、おくまくん、いぢわるしたから、おしおき……!」

「へ? あえええええ!?」

 体勢があっという間に上下逆に変わる。とろんとした余韻の恍惚に酔いしれているのに、素早さと手際と怪力だけは変わってない。

「えへへへへへへ、おくまくんの、あいのみつ、ぜんぶ、ぜんぶ、ぜんぶのみますの」

 抵抗する間もなくベルトは外されズボンごと下着も下ろされる。僕の愚息は一連のアンナ先輩の反応で100%まで大きく育っていた。

 じゅぶっ

「あ、あアンナ先輩!? あの、お願いです今オシオキだけは――あqswでrftgひゅじk!!」

 極上のフェラテクを惜しげもなく披露してあっという間に発射しそうになるけど、竿の中ほどでアンナ先輩がぎゅっと絞めて出させないようにしていた。

「ああああああそれ駄目、駄目な奴です先輩お願いですそれだけは!!」

 強制的な寸止めに勝手に腰がビクビクと跳ねる。さっきと全く逆の立場に、だけどアンナ先輩はとろんと幸せそうに笑うだけ。

「うふふふふふ、おくまくんのあいのみつは、ためるとおいしくなりますの。おくまくんのあいのみつ、ぜんぶおいしくのむんですのっ」

 いったん僕のビクンビクンが収まったのを見て手を離し、またじゅぶじゅぶと飲み込んでいく。ま、まさかこれを繰り返す気か!? 寸止めって炎症起こしたりしてヤバいってあの父さんでも言ってたのに! 強制寸止めのせいでタマタマが痛くてこれ絶対ヤバい!

「あはあ、おくまくんの、こくておいしいの、のみたいですの」

「あああああの、こ、これだけは、許してください、あの、本当に、これは、その!!」

 僕の悲鳴じみた懇願にも幸せそうに笑うアンナ先輩の顔に、僕はもうカマキリの雄のように喰われることを覚悟した。その時だった。





 きゅいーんきゅいーんきゅいーんきゅいーん



 PMに内蔵されているアラーム音の一つが、アンナ先輩のPMから大音量で鳴り響いた。

「…………」

 幸せに蕩けきった顔から、何とか現実に戻ってきた。気怠そうにPMを操作し、アラームを解除する。

「……時間切れ、みたいですわね」

 心底残念そうだったけど、助かった。多分さっき、PMでメールを送るついでにアラームもセットしたんだろう。多分自分でも僕にも止められなくなることをアンナ先輩なりに危惧して予め時間を決めておいたのだろう。その思考が働く理性があって本当に助かった。

「ね、奥間君……一回だけ、愛の蜜、飲ませていただけませんか?」

「い、一回だけですよね? その、はい」

 アンナ先輩がいなくなったらこっそり抜いておこうと思っていたけど、一回だけなら上のオクチに出しても大丈夫だろう。僕の体力的には。

「んっ」

 またじゅぶじゅぶとウエノクチに僕の竿が呑み込まれていく。いつの間にか僕はこけしを手放していたんだけど、今見たら辛うじてカリ首のとこで引っかかっていた。アンナ先輩はウエノクチで僕の愚息を呑みこみながら、シタノクチでもこけしを自分で押し込んで呑みこんでいく。

「は、あ、で、出ます!」

 一回強制寸止めさせられて、出したくて仕方なかったらしい愚息は自分でもわかるほど普段より強い勢いで、どぴゅどぴゅと愛の蜜を放出していく。

 それを満足そうに、管に残った分まで啜りきって呑みこむと、ようやくアンナ先輩は顔を上げた。まだこけしをお腹の中に入れたままだけど、理性の光はまた少し戻っていた。

「幸せ」

 アンナ先輩は本当に幸せそうに呟く。

「わたくし、本当に幸せですわ」

 その幸せそうな瞳に、決意の炎がみなぎってくる。

 華城先輩と僕の前で《SOX》を捕縛し善導課に引き渡すと宣言した、あの決意の炎と同じもの。

「この幸せを、壊そうとする不届き者がいるみたいですわね」

 アンナ先輩の手が、先ほど作ったおそろいのペンダントを握りしめる。

 獰猛な肉食獣の恐ろしい笑みを浮かべ、あの夜見せた絶対的なオーラを放ちながら。

「ふふっ、あの夜のように、霞が晴れる感覚がありますわ。力も思考も湯水のように湧き出て、今のわたくしなら何でもできる気がしますの」

 本当に、何でもできるだろうと思う。だからこそ。

「少しオシオキに行きますわね。奥間君、手伝ってくださる?」

「――はい」

 あの夜、性を解放したことで起きた変化が、憎しみを覚えたことで知ってしまった破壊衝動による変化が、それがいいものかどうかはやっぱり僕にはわからない。

 だけど今はその変化が凄まじく頼もしかった。今のアンナ先輩なら、何でも任せられると思えた。

「お願いします。助けてください」

 駆け引きや収めるための言葉じゃなく、心から素直にそう言えた。

 アンナ先輩がその言葉を聞いて嬉しそうに笑ってて、だからなおさら大丈夫だと、そう思えた。




 ぐちょぐちょになったアンナ先輩にはシャワーを浴びてもらって、僕はトイレのウォシュレットで後始末をして、マスターに器物損壊や勝手にシャワーを借りたことを詫びて、そしてバカ二人に拳骨を喰らわせた。

「なんてものを作ったんだよお前ら!」

「お、おぬしはそれで助かったんじゃろうが!」

「別にわたしは実験的に作っただけで実用するつもりはありませんでしたし」

「するなよ? ゼッタイするなよ!? っつかなんで僕のカタチ知ってるんだよ!? ……いやいい、どうせ早乙女先輩が覗いたんだろうってことはわかる」

 はあ、と諦めて溜息を吐く。今はそれどころじゃ無いし。

「……また派手に……」

 マスターが惨状に嘆いていた。アンナ先輩から修理費とかは出してもらえるだろうけど、本当に申し訳ない。といっても、アンナ先輩のことは《SOX》メンバーからよく聞いているので、それ以上は何も言わなかった。というか、あの母娘にはもう関わりたくないオーラが出てた。仕方ないね。

 テレビをつけ、報道番組を垂れ流す。情報は何も変わらない。

「ちなみに、覗いてないよね?」

「あの瘴気に勝る防護服は用意していませんでした」

 アンナ先輩を放射性物質扱いするなよ。まあ確かにあのオーラはそう呼びたくなるかもしれないけど。早乙女先輩は「またアンナの合体を見逃した!」とか嘆いているし。合体自体はしてないからね?

「そういえば、月見草は?」

「メールを受け取った後、どこかに行きましたよ」

 アンナ先輩の指示かな。メール送ってたし。

「あー、その、不破さんはまだ僕達に協力してくれるの? アンナ先輩も動くことになったけど」

「ま、そうなるだろうとは思っていました」

 不破さんは冷静な無表情を崩さずにマスターの出した珈琲を啜る。

「わたしとしては現在のアンナ会長の状態次第、でしょうか」

 理論派だがアグレッシブで行動力の高い不破さんにしては、慎重な意見だった。まあ前に巻き込んだこともあるし、保留にしてくれているだけでもありがたい。今の僕らには圧倒的に足りないものがある。

「不破さんのネットワークに引っかかったものはある?」

「あると言えばありますが、まだ協力すると決めたわけではありません」

 そう、情報が足りない。情報を集めるという点では僕は《SOX》の中で一番弱い。早乙女先輩はまあ、そういう面は期待してないし他に役割のある人だから仕方ない。

 だから不破さんのネットワークだったり分析力は今一番欲しいんだけど、アンナ先輩が参戦するとなると不破さんは慎重になってしまった。僕相手ならまだ、協力すれば生徒会として見逃したり卑猥の知識を得られるかもしれないというリターンを意識出来るんだろうけど、アンナ先輩相手にそれは効かないどころか不破さんは《SOX》の協力者という認識をアンナ先輩は持っているから、むしろ僕だったら即逃げる案件だ。

 からんからんからん

「月見草か」

 『Cloosd』の看板が掛けられているのに入ってきた人物は、月見草だった。何やら鞄を手に持っている。

「アンナ様の着替えをお持ちしました。アンナ様は今どちらに?」

「あー、早乙女先輩、持ってってくれませんか?」

 場所を説明するのが面倒だったので早乙女先輩に任せた。月見草に聞きたいこともあったし。

「アンナ先輩から何か指示を聞いてるの?」

「善導課を通じてこの件の情報を得られるだけ得てくるようにと言われました」

「で、結果は!?」

 身を乗り出す。けど月見草の返答は芳しくなく、

「最上階の見取り図は手に入ったのですが、私は所属する部署が違うので」

「うーん。それは……そうだね」

 善導課だけではなく人質籠城事件に特化した警察の部隊も出ているんだろう。

 でも見取り図だけでもありがたい。月見草がPMの投影機能を使って画面を虚空に表示する。

「やっぱりセキュリティが厳しい分、忍び込んで不意打ちは無理か」

 《群れた布地》の時は占領した範囲が総司ヶ岡学園と広く、鼓修理が見つけていた抜け道も存在していたため、そこから善導課の目を盗んで《SOX》や時岡学園の生徒会や風紀委員たちも入ってこられた。だけど今は、あの病院の特殊なセキュリティによって、特別階に行く道は直通のエレベーターと非常階段二つの三か所しかない。人質の場所も犯人たちがどのような配置についているのかもわからないのであれば手の出しようがない。




「不破さん、双眼鏡で確認って」

「出来るわけがないでしょう、常識的に考えて」

 くっそ不破さんに常識を説かれると腹立つ! だけど正論だ。そもそも入院患者のプライバシーを守るためにあんな厳重なセキュリティが施されているのだ。報道を見る限りでも窓にはカーテンが引かれていたし、所詮学生である僕達に手に入る情報なんて限られている。

「お待たせしましたわ」

 ふわっと、一気に室内が華やいだ。あくまでも落ち着いた穏やかな生徒会モードのアンナ先輩だった……あれ?

「アンナ先輩、制服なんですか?」

 アンナ先輩は時岡学園の制服を着ていた。さっきまで着ていたお出かけ用の服じゃない。まだ髪は濡れているけど、一番見慣れたアンナ先輩の姿だ。

「この制服が一番身も心も引き締まりますので。今の局面には一番ふさわしいかと」

 月見草に取りに行かせたのは制服だったのか。勝負服ということなのだろうか。ところで勝負下着って女性はどういう基準で選んでるんだろうね。黒とか赤とか紫より白とかパステルカラーの方が清純さを醸し出すから好きなんだけど、時岡学園の女生徒を思い出すとそうでもねえなって思えてきた。華城先輩に始まり、アンナ先輩も早乙女先輩も不破さんもその他もろもろ。

「さて、では作戦会議を始めたいのですが」

 いつもの喫茶店が、真面目な話をするときの生徒会の雰囲気に染まる。アンナ先輩が不破さんの方を見る。

「その前に、改めて皆様の意思確認をさせてください。わたくしどもに、ご協力をお願いします」

 早乙女先輩は無条件にこちら側に来て、月見草も当然アンナ先輩の傍に立つ。僕もアンナ先輩の隣に座る。

 動かなかったのは、不破さんだけだった。

「不破さんは、ご協力頂けないと?」

「何故協力してもらえると思うのですか?」

 なんでいきなり胃がキリキリするようなやり取りになるんだ。アンナ先輩の気配を不穏にするのは止めてくれ本当に。

「アンナ会長たちが助けに行きたいという想いはわかります。副会長が人質になっているのですから。ですがそれはわたしには関係ない話です。わたしと副会長には個人的なやり取りはありません」

 不破さんの考えをそのマグロのごとき無表情から読むことは難しい。多分アンナ先輩も同じだろう。

「先日の件で恨んでいる、と?」

「そういうわけではありません。まあいい迷惑でしたが、貴重な話も聞けましたし体験しましたし」

 あの愛の再現実験については僕許してないからね?

「素人のわたし達が現場を引っ掻き回してプロの警察たちを混乱させる方が問題でしょう」

「不破さん、それは」

「奥間君、大丈夫です」

 アンナ先輩が遮った。目は真っ直ぐに不破さんを見つめている。

「不破さん、わたくしどもに、あなたのアナリストとしての能力をお借りしたいのです」

 アナ、リスト!? そ、そんな言葉がアンナ先輩から!? 早乙女先輩もビックリしてるし

「……分析官、ということですね」

 おい今一瞬不破さんの目も泳いだぞ。発想は同じか。

「人質籠城事件の基本は早期に鎮圧すること。ですが警察では難しいでしょう。人質の中には政財界で貴重な人材もいますから」

 むしろ上の、国からの指示と現場との指揮系統が混乱しているだろうとアンナ先輩は言った。報道を視線を移したので釣られて僕も見ると、《育成法》について色々といい部分だけをコメンテーターがそれらしく言っている。

「こういった思想犯に対しては国は引けませんわ。人質を無傷で救出するより、思想犯の要求を突っぱねたという姿勢の方がしばしば重視されます」

 実際、国は『卑劣なテロリストには屈しない』とはっきり明言している。水面下でどのような交渉が行われているにせよ。そしてこの事件は解決後も国によってうまく使われていくんだろう。

 《SOX》としての僕はそれも阻止していきたいのだけど、いい案が思い浮かばない。





「それも国にとっての正義ならば仕方ない事なのでは?」

 冷たい言葉だった。だけど僕はもう言葉を挟まなかった。

「綾女さんを犠牲にしなければ為せない正義ならば、わたくしはそれを否定します」

「アンナ先輩……」

 政府と対立した母親に対してすら、あれほど思い悩んでいたアンナ先輩が、親友のためとはいえこれほどキッパリと正義を否定するとは、正直僕は意外だった。

 アンナ先輩の根幹の正義は、国が押し込んだ理想そのままの筈なのに。

「協力出来ないならば仕方ありません。無理強いは出来ませんから。ただ手伝っていただけるのであれば、それ相応の報酬は支払うことを約束しましょう。金銭的な面でも、その他の部分でわたくしに出来ることでも」

「もし、わたしに対して卑猥の取り締まりを無くせ、というのが要求だったらどうするんですか?」

「……わたくしや奥間君は見て見ぬふり、ということになりますわね。風紀委員の方にも不破さんをブラックリストから外すよう通達しましょう。先生方や綾女さんに関しては、わたくしからは何も言えません。それが限界ですわね」

「…………、本気、なんですね」

 不破さんが驚いた、と思う。やっぱり無表情で分かりにくいけど、言葉の間が長かった。

 僕にしたって意外過ぎる言葉だ。アンナ先輩にとって卑猥は絶対悪で、それを見逃すような発言をするなんて、絶対にあり得なかった。以前なら。

 アンナ先輩の表情は変わらない。平然としているように見える。だけど僕が見てもアンナ先輩の考えていることがわからないのは、本来嘘を吐くのが苦手なアンナ先輩が、一見して何を考えているのかわからないのは、つまり本心を隠しているからだ。

 アンナ先輩にとっても、この持ちかけは苦渋の決断なんだ。それだけの覚悟を持って、アンナ先輩はこの事件と向き合おうとしている。

 単に本能のままに暴れるためじゃなく、華城先輩を助けるために。

「折角ですが、自分で言っておいてなんですが、その申し出はお断りします。ですが、別のことを提案させていただきます」

「何でしょうか」

「……心配なさらずとも、その提案が実行不可能であっても、わたしに出来ることなら協力します。いくつか条件が重ならないと実現出来ない話ですので。その条件がクリア出来たら、改めて提案させていただきます」

「回りくどかったが、つまりここにいる全員が綾女たちを助けに行くということでいいのかの?」

 早乙女先輩がまとめると、不破さんがこくんと頷いた。ただ、不破さんの提案ってなんだろう? 恥的好奇心ぐらいしか不破さんが動くことって無いと思うんだけど、不破さんはやたら真剣な顔に見えて、その真剣さがペスが奪われた時の不穏な空気とすごく似ていて、何も聞かなくていいのか迷った。

「しかし、ずいぶん買ってくれているようですが、現在の情報量ではわたしにもわかりかねますね」

「そうですわね。とにかく情報が足りませんわ」

 不破さんとアンナ先輩、この場にいる知能派二人揃っての言葉に全員が悩んでしまう。

 どう動くにしても、とにかく情報が欲しい。発情しきった状態のアンナ先輩が僕の愛の蜜を求めるレベルで情報が欲しい。もうそれぐらいなりふり構わず情報が欲しい。



「《SOX》出てこねえな」

「なんか一言欲しかったけどね」

 犯人たちの会話から漏れ聞こえる《SOX》への期待感に、綾女は苛まれていた。

(自分でぶち壊しにするような真似しといてよく言うッス!)

 鼓修理はキレていたが、ゆとりは自分と似たような絶望が伝わっているのか、黙っていた。

 人質の中で綾女だけが拘束されていない。単純に怪我の重さから、拘束する必要がないと判断されているだけだ。実際左の肩は固定してあるし、肋骨のヒビも箇所が多くこの特別階において、綾女は最も重傷人だった。だけどそんなことは正直どうでもよかった。

(下ネタ言いたい)

 犯人たちが期待する、政府への叛逆とかそんなのは、全て後付けの理由だ。

 綾女はあくまで下ネタを言いたいだけで、下ネタが好きな自分を否定するこの世界が嫌いで、だから反抗しただけだ。

 最初は助けてくれる大人がいても、あくまで一人だけの戦いだった。

 いつから若い世代の期待は、《雪原の青》から《SOX》になったのだろう。

 答えはわかりきっていた。

(狸吉……)

 狸吉とともに《SOX》を立ち上げてからだ。

(下ネタ言いたい)

 そして聞いてほしい。ツッコんでほしい。律儀に全部返してくれる狸吉に安らぎを覚え始めたのはいつからだったろう。

 でも今の自分にそんな資格はないと思った。

(私は、見捨てた)

 あの夜、自分は親友であるアンナの心を切り捨てた。

 狸吉は見捨てず、自分とアンナ両方を生かす道を探して、そして今、自分もアンナも終わらずに今ここにいる。

 自分だったら無理だ。自分が正しいと思わないと生きていけない。世界が間違っているとしか、そんな子供じみた事しか言えないような自分では。

 ソフィアの件でも、その他の事でも、狸吉は《SOX》以外のことも考えていて、《雪原の青》が見捨てようとした第一清麗指定都市も救おうとして、実際に繋げてみせた。

 なのに自分は、切り捨てた。自分も切り捨てられる側だったはずなのに、どうして、いつの間にこうなったんだろう。

(嫌われたくない)

 もうアンナはあの夜ですべて終わるものだと思ってた。だから《SOX》の延命を図った。それ自体は間違っていたとは思っていない。

 だけどアンナは自分の涙のない泣き顔を見逃さなかった。

 そして踏みとどまらせたのは、狸吉の涙と、泣いている人を見逃さないアンナの本来の優しさだった。

 誰よりも知っているはずの親友の優しさを信じられなかった自分がどうしようもなく醜い人間に思えて仕方なかった。それに、

(羨ましいなあ)

 アンナのことが、羨ましくて仕方なかった。





 愛する人に愛しているとてらいなく言えるその堂々とした姿に。愛する人が自分の変化に悲しむ姿を見て、だけど変化そのものを否定せず、あくまでもその変化を良きものとしていこうとするその姿勢に。

 アンナはいい子だ。能力もその性格も。極端から極端に行ってしまうけど、それは狸吉がカバーできる。あの夜のアンナですら止めてみせた狸吉なら、きっと出来る。

 親友や《SOX》の支持者がたくさんいるこの第一清麗指定都市の人間を切り捨てた自分なんかより、よっぽど相応しい。

 だけどどうして、自分はそこまで切り捨てるようになったのか。《SOX》を優先したのか。

(狸吉と一緒に下ネタ言いたい)

 そうか。

 狸吉との居場所を、自分は優先しただけ。

 組織の長としての判断ではなく、自分の欲望を優先した結果だ。

(嫌われたくない)

 このまま自分を変えることも出来ないまま、自分と意見の合わない他人を切り捨てていく自分を見て、いつか狸吉が自分に幻滅する時が来るのを待つよりは。

 このまま。

 このまま、アンナと狸吉は、親友とその彼氏という関係でもいいんじゃないかと思えてきた。

 狸吉は《SOX》を抜けて、アンナの彼氏になった方が、幸せなんじゃないか。

 少しでも傍にいるだけで、それでもう十分すぎるんじゃないか。下ネタを許してくれるだけで、それ以上を望むなんて、そんなことは――

 思考がぐるぐると回る。《雪原の青》としての判断も思い浮かばない。あの勝負パンツを履いてない自分なんて、こんなものだった。

 鼓修理とゆとりの二人が心配そうにこちらを見ていることはわかっていた。だからせめて《雪原の青》としては何も言わず、今は時機を見ているふりをして、二人の心配を誤魔化した。





「犯人が分かったぁぁ!!?」

 そういえば不破さんが一応進展はあったと言っていたので聞いてみると、大した情報ではないのですがと前置きした上でもたらされた情報は犯人の素性と思われるものだった。

「この状況を打破するのに優先順位の高い情報ではないので」

「説明してくださる?」

 アンナ先輩が促すと、不破さんがPMを起動し画面を表示し、虚空に映す。何かの掲示板のやり取りの一部だった。

「《育成法》に何となくレベルで反発している市民は多いですが、明確に悪法と言っている人間はそれほどいません。施工されてから十六年という年月はそういった声をさらっていきました」

 例えば僕達が生まれる前の話でいうと、消費税が導入された時はものすごく国民からの反発があったそうだ。だけど今は数%の値に右往左往しても、消費税そのものを悪法だと言わないように、《育成法》もPMの利便性から受け入れられている。

 元々ネットの検閲の激しいこの国だけど、《育成法》そのものに関しての反発は、もうほとんどない。潰されてしまった、流されてしまったという方が正しいだろうけど。

「《SOX》が人気を得たのも、PMという絶対的な枷を外して好き放題に卑猥な言葉を発することの出来るある種のダークヒーローとしての面があるからです」

 《SOX》の言葉に一瞬ひやっとするが、アンナ先輩は静かに不破さんの言葉に耳を傾けていた。

「とにかく、こんな時代で《育成法》そのものに本気で反発を唱える人間がいるとすれば、ネット上でも何らかの意思表示がきっとなされていると考え、調べてみました」

 すると声がやっぱりあったそうだ。

 《育成法》によって差別を受けざるを得なくなった人たちの声が。健全な社会に切り捨てられた人々の恨みの声が。

 僕や華城先輩の親みたいに犯罪として捕まっただけでなく、ゆとりみたいに卑猥な知識を持たざるを得ないがために中傷を受け続けた人々が集まる、愚痴の言い合うような場所が、とあるSNSのコミュニティで見つかったそうだ。

 不破さんが表示された画面にはこんなレスがあった。


『《育成法》が作ったモノを潰してやればいいんじゃね?』


「報道からすると、PMのことかの? 怖い言葉じゃな」

「ネット上では珍しくありません。とにかく、数年単位でネットの検閲に引っかからない範囲で、愚痴を言い合っていました。それが今年に入ってからにわかに活気づいてきたのです」

「《SOX》の活躍と比例して?」

 僕の疑問に不破さんは頷いた。撫子さんが言っていたように、やはり《SOX》に触発されたやつらなのか。

 そのSNSの中で立てられたスレッドに、意味不明なものがあった。他にもいくつか同じ名前のスレッドが、別のサイトでも立てられている。

「これは、日付、でしょうか? ですが、そのあとの数字は?」

 アンナ先輩が疑問の声を上げる。不破さんが簡潔に、

「緯度と経度です。当てはめると、第一清麗指定都市の、更にあの病院付近であることが判明しています」

「予告文、ってこと?」

「じゃが回りくどいやり方じゃの。国やマスコミに送りつけるわけじゃないなら、誰に対しての予告なんじゃ?」

 早乙女先輩のもっともな疑問に僕も考えるが、不破さんはとりあえず情報を吐きだすことを優先するようで、サクサク進めていく。

「まあ実はこれは、わたしが考えた事ではなく、ネット上で謎解きを楽しむ一定数の暇人が解読しただけです。その解読者たちは無駄なスキルをお持ちのようで、ある程度情報源は漏れています」

 不破さんも大概だけどねとは言わなかった、礼儀として。

「ネット上で言われているのは、風紀優良度最低辺校の中高生ではないかと。わたしも読みましたが、確度は高くないとはいえ、信憑性は高いと感じました。とにかく、《育成法》によって中傷を受けてきた人間であることは間違いないかと思われます」

「《SOX》も時岡学園の生徒でしょうし、同じ世代に共感を得たのかもしれませんわね」」

 アンナ先輩は冷静に言っていたけど、僅かに痛ましそうな、不破さん達が自暴自棄になった時のような悲しい目になったように見えたのは、僕の欲目だったかもしれない。

「ですが確かに、欲しい情報はこれではないですわね。いえ、不破さんは十分に情報を集めてくださいましたわ。ただ、今必要なのは、犯人と人質の配置、犯人の装備の情報ですわね」

「流石にネットではそのあたりの情報は集まらないですよね」

 僕も思わず溜息を吐く。不破さんが優先順位の高くない情報で進展がないと言った意味が分かった。犯人の生い立ちを知っても正直意味はない。

「奥間はそのあたりの情報を手に入れられる人物に心当たりがあるんでないかの?」

「あー、……そうなんですけど」




 早乙女先輩が突っ込んできた。ただ《SOX》でない不破さんやアンナ先輩にどう説明したらいいのか悩ましい。ただ話さないわけにもいかなかった。

「鼓修理の父親が、あの病院の経営のさらに上の人なんですよ」

「鼓修理ちゃんのお義父様は、奥間君のお義父様じゃないんですの?」

「えっと、それなんですけど」

 鼓修理、ごめん。後で合わせてくれ、お前の腹黒演技なら大丈夫だ。

「その、腹違いの娘なので、養子に出したんです。いろいろ厄介な手続きを経て。その、鼓修理のことは実は母さんも知らなくて、だからアンナ先輩も、鼓修理のことは母さんには黙っていてほしいのですけど……」

 何とかこれで通じてくれ、と神頼みする。日本はち○こやま○この神様もいるっていうけど、華城先輩経由のネタだからどこまで本当なんだろうか。

「奥間君も大変ですのね」

 なんとか通じたらしい。早乙女先輩も冷や汗かいたみたいだけど、だって、ねえ?

「鼓修理ちゃんの保護者はじゃあ」

「鬼頭慶介っていう。知ってますか?」

「母から聞いたことがありますわ。父とよく話しているらしいと」

 まあ不思議ではないか。色々裏工作が得意な親子だもんな。

 鼓修理の父親、鬼頭慶介は将来《育成法》が崩壊することを見越して、性産業を一手に手に入れようと企んでいる。そして《育成法》が崩壊する時期をコントロールする目的を持っていて、多分だけど鬼頭グループとしてはこの事件は、《SOX》の性知識流布によって政府の信用をいますぐ失うことを阻止する為に利用したいと考えている。

 ただものすごい親バカと言うかバカ親で、一人の父親としては、鼓修理を無事に守りたいという想いも、多分、あるはず、きっと、おそらく。

 そう言った相反する事情があることを説明し、とにかく取引材料がなければ交渉できない事を伝える。勿論《SOX》のこと、《育成法》崩壊による性産業の独占目的はぼかしたけど、アンナ先輩はそれでも複雑な事情を大体わかったようで、

「わたくしなら鼓修理ちゃんを一番に考えますけど、経営者としてはいろんな判断をしなければなりませんものね」

「取引材料、のう」

 どうする? と早乙女先輩がちらっと僕を見てきた。《SOX》としての切り札は早乙女先輩にあるけど、その他の貴重な不健全雑誌も、《雪原の青》の判断なしに勝手に動かすわけにはいかない。だけどそれぐらいしかこちらには慶介を揺さぶる材料がないのも事実だ。

「奥間さんのお母さんは」

「無理、絶対。まだこっちの方が脈ある」

 断言すると不破さんは黙る。あの母さんが聞いてくれるわけないじゃないか。

 しばらく無言の時間が過ぎた。月見草、お前も何か話せよ。反応がマグロなのは不破さんだけで十分だ。

「奥間君」

 しばらくして、アンナ先輩が口を開いた。

「わたくしに、交渉させていただけませんか?」

 う、と思わず黙り込む。

 これ、下手したら《SOX》どころか他の下ネタテロ組織まで壊滅の危機じゃないだろうか。けど他に手は思い浮かばない。

「何を、取引するんですか?」

「相手の出方次第なので、すみませんが、今は何も」

 アンナ先輩の答えは正直怖い。アンナ先輩の交渉術自体を疑っているわけじゃないんだけど、向こうの方が上手てだろうし。

「勝算はありますか?」

「ありますわ」

 強く言い切った。けど不安は拭えない。

 ……だけどこのまま言い合いを続けてもじり貧で他に打開策もなく、時間を無駄にするわけにもいかない。

「少し待ってもらえますか? あっちがすぐ繋がるかもわからないので」

 一手間違えれば何もかもが危なくなる、危険な綱渡りだった。でももう、これしかない。

 席を立ち、撫子さんに電話する。鬼頭慶介とのラインを繋ぐために。




「うわーん、鼓修理ぃぃぃ!!」

 ばたばたと手足をばたつかせ、大の大人が部屋中をごろごろしていた。

 ゴスロリドレスという森の妖精スタイルで。

 秘書はもう慣れていたが、やはり不気味だった。だが仕方ないだろうとここは見守ることにする。

 愛娘がジャックされた人質の中にいるのだ。思わず精神安定のために女装してゴロゴロ転がるのも仕方ないだろう。

「まったく、厄介なことになったもんだよ、本当に」

 一通り暴れ回ったところで、慶介は秘書に半ば愚痴のように零していく。

 鬼頭グループとしても、ここの判断は間違えれば危ないところだった。

 《育成法》に反対する犯人グループは《SOX》に触発された若い世代だ。憧れの《SOX》を人質に取っていることも知らずに。

 政府はこの事件を理由にした規制強化を目論んでいる。より過激に踊ってもらいたい、というのが本音だろう。

 だが鬼頭グループとしては、愛娘が人質に捕られていて、それでもこの事件を利用する姿勢をとったら、今従っている下ネタテロ組織にも簡単に切り捨てられるかもしれないという不信感を抱かせてしまう。かといって積極的な解決を国に持ちかけると、今まで築いてきた人脈からそっぽを向かれてしまうことになりかねない。

 故に消極的な介入、善導課への情報提供がせいぜいだった。一番身軽に動いてくれる肝心の《SOX》が捕まっていて、割と八方ふさがりなのだ。

 だからといって実質何もしない、という今のこの状態は、あまりよろしくない。早いうちに決め打ちしなければならない。

「会長、お電話が入りました」

「誰から? 僕今それどころじゃ」

「朱門温泉の清門荘の女将からです」

「……ふーん?」

 《雪原の青》か、狸小僧か。状況を見るに後者だろう。

「ま、聞くだけ聞いてやるか。回線回して」

 回線が届く。女将が出てすぐに向こうも回線が回される。

『――もしもし?』

 鈴の鳴るような、涼やかな声だった。《SOX》にこんな声の持ち主はいただろうか?

『突然のお電話失礼いたします。わたくし、アンナ・錦ノ宮と申します』

「錦ノ宮、もしかして祠影さんのお嬢さん?」

 意外なところからの電話に平然を装っていたが内心では驚いていた。

『そうですわ。父がいつもお世話になっております。このたびは、鼓修理ちゃんが大変なことに巻き込まれまして……』

「いや、はは。まあ何とかなると思ってますよ。それで、どのような用事ですか?」

 鼓修理が巻き込まれたことを知っているということは、向こうもある程度こちらの事情が分かっていると見た方がいい。

 要求は端的だった。

『この事件を長引かせたくはないんですの。あの病院の経営をなさっているなら、犯人の人数や装備、人質の場所なども報告が上がっていますでしょう? その情報をいただきたいんですの』

「直球だねえ、お嬢さん」

 アンナ・錦ノ宮についてはあまり接点がない。非常に良く出来た、《育成法》が作り上げた理想の子ども、という世間の評判と同じ程度の印象でしかなかった。

「一体何がしたいのかな」

『人質の救出、そして可能ならば犯人グループの殲滅ですわね』

 祠影やソフィアの誇っていたような“理想の子ども”が、こんなことを言うだろうか。電話越しだが、ソフィアに負けず劣らずの隙のなさを感じる。狸小僧が何か仕掛けたのか?

「あー、こう言ったら悪いけど、お嬢さんみたいないい子をあんな危ない場所に行かせるわけにはいかないなあ」

『ですが、その危ない場所に鼓修理ちゃんがいるんですのよ? 国は早期解決より犯人の主張を逆手にとっていろいろ進めていこうとしているようですが、それは人質を切り捨てるのと同じことですわ』

 政府のこれからの動きも理解している。単なる世間知らずのお嬢様という印象を改めた。

「ふうん。それで? 善導課にも出来ないようなことをあなたが出来ると?」

『わたくしだからこそ出来ますの。大人の事情に関係のない、わたくし達子どもだからこそ、自由に動けるのですわ』




「確か、《群れた布地》の事件、あなたも解決に関わっていたね」

 《SOX》が戦力不足を強化する為に時岡学園生徒会に掛け合い、風紀委員と共に解決に導いたのは記憶に大きく残っている。

『ああ、実力に関してはこう言えばわかると、とある方から伝言がありますわ。「アンナ会長は《鋼鉄の鬼女》と同じレベルですよ」……すみません、これはどういう意味なのでしょう?』

 電話の向こうで別の人間に問うような声音になったが、この言葉が狸小僧からのメッセージだとすれば、本当ならば実力は疑いようがない。何度部下が《鋼鉄の鬼女》の餌食になったことか。

 思い出すだけで冷や汗が出るが、こちらにメリットがない以上、ただ情報をくれと乞われるだけでは話にならい。

「いや、そのとある方のメッセージは伝わったよ。ただやっぱり親の立場から見ても、僕は君のようなお嬢さんが危ない場所で危ない真似をするのは大人として止めるよ」

 鼓修理が聞いたらまずその女装癖を何とかするッス!と怒り心頭になるだろうが、鼓修理はこの会話を聞いてないので全く問題はない。

『お父様と悪だくみをするような方がですか?』

 くすっと、少女らしい笑声が耳にくすぐったい。だが言葉は皮肉でこちらを牽制してくる。

『将来、わたくし達はどうなるのでしょうね』

 急に話が抽象的になった。意図が読めず、思わず聞く姿勢に入る。

『きっとわたくしはお父様とお母様の人脈を受け継いで、色々と為していくのでしょう。その時、鼓修理ちゃんが傍にいてくれたら、何を為していくにしても、また鼓修理ちゃんが何になるとしても、きっとお互いに手助けになるでしょうね』

 一見抽象的だが、意味は伝わった。

 この少女は、将来自分が受け継ぐ人脈という最大の財産を交渉に使っている。

『なんでしたら、その時期を早めてもいいかもしれませんわね。お父様とお母様の人脈を積極的に受け継いでいけば、時期を早めること自体は難しくはありませんから』

「それは、自分のご両親が作り上げてきたものを乗っ取ると取っていいのかな?」

『……ふふっ、怖い言い方なさるんですのね。お父様とお母様には内緒にしてくださいますか? 悪い子だと叱られてしまいますので』

 言葉とは裏腹に、意図が伝わったことが嬉しそうに、向こうの雰囲気があからさまに明るくなる。もう少し経験を積めばこのあたりも自然にこなせ、相手に演技だと気付かれないのだろうが、今の時点ではまだまだだ。無論、この年齢でここまで駆け引きをこなせるのであれば、十分すぎるほど将来が怖いが。

『ただわたくしと鼓修理ちゃんと、そのお父様であるあなたとの関係を密にしていくことは、鬼頭グループにとっても決して悪い事ではないと、そう言わせていただきたいだけですの』

「なるほどね」

 《SOX》と手を組んだりなど、この少女は自分の目的の為なら手段を選ばないタイプなのはわかった。血統も才能も能力も実績も備えている。あとはソフィア譲りのカリスマ性もおそらくは開花させていくだろう。今現在でも、他の人間が言えば失笑する交渉だが、この少女の言葉となると従ってみたいという気にさせられる。

 少女が受け継ぐ人脈も勿論だが、この少女の将来性も含めて抱き込むことは悪くはない。

「あー、そこにとある方っていう人、いるよね? いやわかってるんだよ、奥間狸吉君だろ? 替わってくれないかな」

 さて、狸小僧がどんなつもりでこの少女をけしかけたのか、どう操縦するつもりなのか、聞かせてもらおうじゃないか。





 し、心臓に悪い。

 鬼頭慶介とアンナ先輩のやり取りを聞いた感想はその一言に尽きた。スピーカーモードにしていたため、僕は勿論早乙女先輩や不破さん、ついでに月見草やマスターもやり取りを聞いていたが、多分きっと全員がアンナ先輩が自分の将来を切り売りし売り込むとは思っていなかっただろう。

 慶介が僕を指名したため、一旦保留にし、回線が僕に回ってくる。電話に出ようとして、それでもどうしても聞きたくなった。

「いいんですか? アンナ先輩」

「全てのことは後で聞かせてもらいますわ。今は相手方との取引を優先してくださいまし」

 生徒会モードにより深刻さが加わったアンナ先輩は、今しがたの余裕の声が嘘のように真剣な声で先にやるべきことを済ませろと言ってくる。

「すみません、内輪の話もあるので、外で話してもいいですか?」

 全員が頷いたので、喫茶店の外に出させてもらう。この状況でアンナ先輩が盗み聞きするとは思わないけど、色々聞かれたらまずい話もあるし、念には念を入れておきたい。

 外の風はやっぱり冷たい。喫茶店そばの路地裏に身を隠して、

「もしもし」

『いやあ、すごいお嬢さん捕まえたねえ。どうけしかけたの?』

 愛娘が人質に取られているというのに以前聞いた時と変わらない、どこか相手をおちょくるような口調だった。こういうところ鼓修理と似てるよな。逆か。

「アンナ会長は困っている人を見捨てないだけですよ」

 先輩ではなく会長と言い換える。あまり意味はないだろうけど、関係が察せられるようなことをわざわざ口にしなくていい。華城先輩みたいにPM無効化装置のような便利な道具がこっちにはないからね。あれば下ネタ言い放題、いいよなああれ。

『いやはや、子どもは親を良く見てるんだね。そして最近の子どもは怖いねえ』

「で、取引材料としてはみなしてくれるんでしょうか?」

 アンナ先輩は自分の将来までもカードに切ってきたのに、これでダメなら正直お手上げだ。

『どうやってあのお嬢さんを操縦するつもり? 割と結構、手段選ばないタイプみたいだけど』

「愛ですよ。愛は正義ってやつです」

 分かってほしくはないので適当に誤魔化すけど、勿論嘘ではなかった。

 アンナ先輩の世界は結局、愛と正義で構成されている。それ自体は以前も今もそのままなのだから。

『ふーん。教えてくれないんだね』

 特に落胆した様子も見せずに軽く流す。多分慶介にはわからない世界だろう。僕も正直アンナ先輩の価値観はよくわからなくなる時はある。

『《鋼鉄の鬼女》と同じレベルって、本当?』

「互角ですね。12階のビルから飛び降りても平然と追いかけてくるレベルです」

『それ人間の話?』

「言わないで上げてください……」




 思わずしみじみと頷いていた。それが逆に説得力をもたらしたのか、

『まあ、送ってあげてもいいよ、それぐらいの情報なら』

「本当ですか?」

 もっと足元を見られるかと思ってたけど、『鼓修理も人質だし』との一言に、一応親の気持ちがあるんだと思うことにした。時々森の妖精になるけど。

『将来有望な若者に貸しを作っておくのも悪くはないしね』

「言っておきますが、アンナ会長は下ネタテロ組織とは一切無関係ですよ」

 言うべきか迷ったが、もし誤解されたままだと全ての下ネタテロ組織が壊滅しかねないので一応言っておくことにした。

『君が《SOX》を名乗らない時点でそうだろうとは思ったよ。心配しなくても、これはあくまでアンナお嬢さんと僕との約束にしておくから』

 あまりの物わかりの良さに、裏があるんじゃないかと疑ってしまう。ただ向こうは僕の疑念に答える気はないようで、

『じゃあ使いの人間に分かる範囲のこっちの人質の配置と犯人の情報をもって行かせるよ。多分すぐ着くと思うから』

 そういうと、一方的に切られた。

 何か思惑があるかもしれない。多分向こうの事情も色々あるんだろう。

 だけどとにかく、一番大事な情報は何とか手に入りそうだ。


 ピピピピピピピピピ


「はい、もしもし」

『上手くやったのかい?』

 撫子さんからだった。ハイ、と頷くと

『一応私からも牽制しとくけどね。まあ貸しを作る相手は間違えない方がいい』

「肝に銘じます」

 多分華城先輩達を助けた後、華城先輩にも同じこと言われるんだろうなと思うと射精直後の賢者タイム並みに身体が重くなった。あの三人に怒られる未来しかないって嫌すぎる。

「撫子さんはこっちには来ないんですか?」

『女将の仕事は簡単には抜けられないんだよ。一応4時頃には病院前に一回様子見に行くつもりだけどね』

「4時……」

 時間を確認すると1時だった。事件が起きてから1時間半ほど経っている。

『鬼頭慶介の使いは割とすぐ来るさね。あんたも動けるようにした方がいい』

 ぷつっとすぐに切られた。みんな大変のはわかるけど、ガチャ切りよくない。

 しかしすぐって言ってもなあ、そもそも使いって誰だと思ったら、本当にすぐそれらしい人が来た。車で。慶介と電話してから10分も経ってないぞ。

 車から降りてきたのは優秀なキャリアウーマンっぽい、僕の母さんと同じぐらいの年齢の女性だった。手のひらサイズの小型タブレット端末を一方的に渡される。

「あ、あの」

「コンロ×鍋!」

 ぶわっと一気に周囲が腐海の森になった、そんなイメージが駆け巡る。

 こいつ、《羅武マシーン》かよ!? 素顔こんな感じの人だったの!?

 《ベーコンレタス母の会》という四大下ネタテロ組織の一つである組織の代表に何か挨拶するべきかと思ったが、

「注射器×点滴! 睡眠薬×カフェイン!」

 もう会話が成り立たなかった。というか何を言ってるかすらわからない。

「あ、ありがとうございます」

 一応礼を言うが一切反応せず、どこかよろよろと、禁断症状の末期患者のような青ざめた顔して去って行った。あの人社会生活やっていけるんだろうか。

 とにかく、おそらくこれで情報が手に入った。喫茶店に戻ってこのタブレットを見れば、きっと何かが進展するはずだ。





 外にいた時間は20分ほどだったと思う。女性陣(一名除く、あ、マスターも)は何をしているのかと思うと、不破さんがドライバー片手に何やら弄っていた。細かい作業をしているようで、アンナ先輩は見張るというより単純に作業自体が珍しそうに見ている。そのアンナ先輩はサンドイッチをつまんでいた。お昼食べてなかったな、そう言えば。

「奥間君、どうでしたの?」

「一応、これ渡されたんですけど」

 早乙女先輩と月見草の姿がなかった。多分それぞれ役目があるのだろうと思って、まず優先するのはこのタブレットの情報を精査することだと中身を見ることにする。

「作業と並行していきますので、そちらもどうぞ」

 何か不破さんは道具を作っているみたいだ。不破さんって何でも作れるよな。ピ○ローとか一から作り上げたし。これから不破えもんって呼ぼうかな。

 それはともかく、細かい作業をしているようなので、邪魔しないようにアンナ先輩と一緒に鬼頭慶介からもたらされた情報を見ていく。

 タブレット端末からVR投影機能を使って虚空に映す。

「これは、監視カメラのようですわね」

「あの階に監視カメラがあったのか」

 いくつかあったのは知っていた。だけどどうやらあの階は防犯などを予防するためのあからさまなカメラと、パッと見にはわからない仕込まれた監視カメラの二つのカメラがあったらしい。実際犯人たちが壊しているのは廊下の隅にあるあからさまなカメラで、それがこのカメラにも鮮明に映った。廊下に三点、ナースステーションに一点、そして休憩室に一点。

 そして人質はおそらくすべて、休憩室に集められている。魚眼レンズで顔まではわかりにくいけど、とにかく詰め込まれているのがわかる。

「装備はおそらくエアガンでしょう。壁に弾痕が見えます」

 不破さんがちらっと見ただけで断言した。不破さんが言うと弾痕が男根にしか聞こえないけどもうスルーで。

「空気銃も侮れませんわ。当たれば怪我をしますし、当たり所が悪ければ死にます」

 アンナ先輩がつぶやくけど、アンナ先輩が撃たれて死ぬ場面が一切想像できない。最小限の動きで躱して一瞬で相手を沈める図しか想像できないんだけど、仕方ないよね、アンナ先輩だもん。

「病室そのものにはカメラはないのですね。当然と言えば当然ですけども。人質が一か所に集められていることから、犯人の一部が病室にいるということはないと思うのですが、一か所ぐらいは作戦室として利用しているかもしれませんわ」

 しばらく見ると、アンナ先輩の考えの通り、一番大きな病室から犯人の一人が出てきて見張りをしていた一人と交代している。

 アンナ先輩は5か所のカメラを同時にチェックすると、先ほど月見草が手に入れた特別階の見取り図にチェックを入れていく。

 直通のエレベーター前に3人。

 非常階段にそれぞれ4人。

 人質のいる休憩室の内部に3人、その前の廊下に1人。

 そして大きな病室に?人と注釈をつけた。




「それが正しいでしょう」

 不破さんがちらっと見ただけで断言する。これらの分析は一瞬で行われて、正直僕が3つ目のカメラをチェックするのがやっとといったところでだった。アンナ先輩もだけど不破さんはさらに別の作業しながら横目でそれを確認したってことで、観察力と分析力本当に凄い。

 僕、まだ何も出来ていないなとふと思った。結局交渉もアンナ先輩の将来を切り売りする形になって、自分は安全圏で流れを見ているだけだった。

「奥間君、ありがとうございます」

「え?」

 だけどアンナ先輩は、本当に感謝していた。

「奥間君がいなければ、この情報は手に入りませんでしたわ。パイプ役も大変でしたでしょう?」

「いや、でも、交渉はアンナ先輩が……」

「奥間君がいなければ、そもそも交渉そのものが出来ずにいましたわ。これは奥間君のお手柄ですの」

 本当に自分の事のように誇らしげなアンナ先輩に、正直戸惑いがあった。

「そこは素直に受けておけばいいと思いますよ、奥間さん」

 不破さんがこちらを見ずにただ言葉だけを投げてくる。けど僕の中の「これでいいのか」という疑問は消えない。

「アンナ先輩。その、ご両親の人脈を乗っ取るとかそういうのって」

「乗っ取ると言うと聞こえが悪いですけど、この事件がなくても、いずれ受け継ぐことが決まっていたものですわ。その時期についてはともかく、これから鬼頭グループとの付き合いを密にしていくことは、先方にも言った通り、決して悪い事ではありません」

「でも、お父さんと悪だくみがどうのこうのって」

「お母様の愚痴をちょっと聞いたので、それを投げかけただけのことですわ。何も知らないと思われるのは、あの場合良くはないと思ったので」

 ブラフってやつか。確かに悪巧みしまくってたからな。多分、慶介にとってはソフィアの持つ人脈の方に魅力を感じたんだろう。祠影とソフィアだと人脈が重なるようできっと違うだろうから、その両方を手に入れるっていうのは非常に魅力的なのはわかる。

 だけど、これでいいのかという疑問はまだ消えない。何か、奥歯に物が挟まったような気持ち悪さがある。

「出来ました」

 その気持ち悪さがなんなのかよくわからないままに事態は進んでいく。不破さんが作っていたのは、何だろう、親指の爪より少し小さめの、U字型の金具みたいなやつだった。

「ちょっと試験してみます。ちょっと特殊な付け方なので、わたしが着けますね」

「お願いします」

 僕がよくわからない間に不破さんがアンナ先輩の耳にさっきの金具を装着する。

「それ何?」

「小型のスピーカーです」

「スピ、え?」

 不破さんがさっさと外に出て行く。出て行った不破さんに替わってアンナ先輩が説明してくれた。

「これ、耳付近の骨に直接振動を与えて音を伝えるんですって。……ん、月見草さんの声が聞こえますわ」

「え? 全然聞こえないんですけど」

「月見草さんは奥間君がいない間にこれのテストをするために外に出て行ってもらったんですの」

 ちょっと近くで聞いていいですかと耳元に近づく。テレビの報道の音もあるけど、耳元で耳を澄ませてようやく月見草の声がかすかに聞こえる程度だ。

「聞こえましたか?」

「ええ、わたくしには充分に。これなら使えそうですわ」

 不破さんがすぐに戻ってきたので、童貞の挿入れてもいいですか?並に素直に訊く。

「不破さん、これなんなの?」

「骨伝導型の小さなイヤホンスピーカーをイヤリングの留め具に付けたものです。飾り部分ではなく耳たぶの裏側の骨の部分に直接振動を伝えるものです」

「早乙女先輩は?」

 二人に問う。月見草はこの骨伝導ミニミニスピーカーのテストで外にいるのはわかったけど、あの座敷童がいない。

「このスピーカーをイヤリングにするため、材料を買ってくると。すぐ戻ると言っていましたが」

「これ自体は月見草さんに頼んで用意してもらったのですけど、身体検査された場合、どう誤魔化すか悩んでいたのですわ」

「身体検査?」


「会長、奥間さんにはまだ話してないでしょう」

 不破さんはいつものように冷静だった。

「そうでしたわね。奥間君。どうやって乗り込むか、奥間君が外に出ている間考えていたのですけど」

 アンナ先輩は少しだけ、少しだけ困ったように笑う。

「人質交換で、わたくしが人質となろうと思いますの」

「え……?」

 間抜けな声が漏れた。いや声だけがね、漏れた。

「PMは外されるでしょうから、他の連絡手段を考えていたのですわ」

「電話の仕組みを考えれば、結局はマイクとスピーカーの二つの機能さえあればいい。そのうちの一つがこれです」

 そういうと不破さんはもう一つ作るとまた別の金具と何か部品を小さなドライバーで分解し繋げていく。本当はイヤホンのように耳の中に挿入れる、間違った、入れる、うん、どっちも同じ意味か? とにかくそういうタイプのインカムのようなものはあるんだけど、身体検査でばれないようにとなるとそれは難しいらしかった。このイヤリングタイプのスピーカーと、集音器(つまり盗聴器だ)をを組み合わせて外の僕らが状況を把握できるようにするつもりらしい。

 意味は分かった。個人の戦闘力を考えたら、アンナ先輩以外にいないこともわかった。

 だけど受け入れられない気持ちがどうしてもあった。突入ではなく、人質となって敢えて囚われるというのは、全く違う。

「……わかりました。ですけど、アンナ先輩ひとりですか?」

 それでも現実的な案としてはそれ以外にないと思う。だけど問題は、アンナ先輩を一人で行かせるかどうか。

「それなんですけど、迷ったのですが」

 アンナ先輩は虚空に表示された犯人と人質の位置が配置された見取り図を見ている。

「わたくしと、おそらく月見草さんの二人で人質交換に臨むことになると思いますの」

「月見草と?」

 警察も同じように内部との連絡が取れるようなことをするだろうけど、アンナ先輩は上流階級の娘だから身体検査の時に危険に晒すような真似は出来ず、警察はアンナ先輩にはそれは出来ない。だから善導課の所属でもある月見草にその役割を担ってもらうのだという。

 月見草の所属と役目を考えたら、それは適当なんだろう。

 だけど、僕はこのまま何もかもをこの人の判断に任せていいのだろうか。

 言っていることはその通りなのだけど、何かを見落としている気がして不安だけが増してくる。何か、何かがずれている気がしてならないんだけど、言葉にならない。

「……もし、奥間君が少しでも傷付いたら、傷付く場面を見てしまったら、わたくしは自制出来なくなりますから」

 アンナ先輩がこの事件に関わると決めてから初めて見た不安の顔に、僕は何も言えなくなる。

 あの夜のことを思い出すと、もう何も言えなかった。

「だから、声をかけてほしいんですの。それで十分、わたくしは闘えますので」

「わたしもその方がいいと思います」

 不破さんの冷静な声に、その通りかもしれないとは思った。

 月見草ならいいのかと少し思ったけど、きっとアンナ先輩は僕とは全く別の信頼を月見草に寄せている。あの夜アンナ先輩の意向に逆らってアンナ先輩を守ることを選んだ月見草なら、アンナ先輩を守るだろう。傍にいるだけでも心を守るだろう。

「わかりました」

 無理はしないでください、と重ねて伝えると、大丈夫だとこちらを無条件に安心させる笑みを僕だけに向ける。

「ありがとうございます。本当に、わたくしが愛した人が奥間君で、よかった」

 その笑みを見て、さっき感じた何かがずれたような気持ち悪さは気のせいだったとはっきりわかった。

 アンナ先輩は、大丈夫だ。

「さて、連絡手段が整うまでしばらくかかりますわ。奥間君、またあなたにお願いしなくてはならないのですけど」

「はい」

「準備が整い次第、奥間君のお義母様と話さないといけないと思いますので。きっと、現場にいらっしゃるでしょう?」

「…………、そう、ですね」

 そうか、そりゃそうだよなあ、人質交換するには善導課の協力が不可欠でそのパイプは僕の母さんって必然だよね、アンナ先輩vs僕の母さんになるのかなあ。

「あと、おそらくわたくしの母も反対するので、説得の際には傍にいてくださると」

 アンナ先輩vs僕の母さん&ソフィアだった。ソフィアが現場にいるとは思えないけど、下手すれば病院乗り込む前に死人が出るよね、そしてその筆頭は僕だ。

 もとから楽なミッションじゃないのはわかってたけど、多分ここが膣とア○ルに二つ穴フィストフ○ックレベルの一番危ない場面じゃないかなあ、これ。



 不破氷菓の作業は一段落し、今現在自分が急いでやることはなくなった。これをイヤリングに見せるには、早乙女先輩の彩色感覚で仕上げてもらうのが一番いい。

「会長はどちらに?」

 ここを逃すと聞く機会がなくなるだろう。奥間に問いかける。

「ああうん、奥の個室で。何か考えたいことがあるって言ってたけど」

「そうですか。ではわたしはアンナ会長と報酬の件について話してきます」

「卑猥な実験の相手とかは止めてね?」

「そうですか、残念です。今なら奥間さんが許可したことならば何でもしてくれそうなのに」

「だからストップかけてるんでしょ何言ってんの?」

 奥間はこの先、どう人質交換を母親に伝えて交渉してもらうかで悩んでいるようで、それ以上は何も言わなかった。

 気付いていないのだろうか。今の言葉の意味に。気付いていないのだろう。伝えるべきかどうか迷ったが、自分の中でも確信があるわけではない。

 疑念を確認しに、奥の個室へと向かう。

 破壊し尽くされた中に、会長が一人、立っていた。暖房もついておらず、この部屋だけが寒い。

「何をなさってるんですか、アンナ会長」

 呼びかけると、すぐにこちらに振り向いた。いつものアンナ会長だ。余裕に見せているわけでもなく自然体だった。

「そちらこそ、何か問題でも?」

「今わたしに出来ることがなくなったので少しお話しさせてもらおうと思っただけです」

「そうですの。お話とは? 報酬の件でしょうか」

「まあそれもありますが。会長はずいぶんリラックスされてますね。今から敵陣に乗り込もうかという時に、緊張や恐怖心はないんですか?」

「そうですわね。まあどちらも集中するのには必要ですので、」

 いつもの生徒会長状態だったが、相手が氷菓だけでそして氷菓の求める答えではないとすぐに気付き、言葉を切る。

 次の瞬間には、見た者全てを安心させるような慈愛の微笑は消え去っていた。

「ふふっ、不破さんじゃ隠すことはできなさそうですわね。鋭すぎるというのも、なかなか厄介ですわ」

 そう言いつつも隠す必要がないことを嬉しそうに、獣の笑みへと変わっていた。

 唇を舐め、鼻をくんくんと鳴らしながら部屋の空気を深く吸い込んでいく。

「緊張や恐怖心はないのかと訊きましたわね。答えてしまうと、ありませんわ。むしろ、楽しみで待ちきれないぐらいですの」




 《雪原の青》を追い詰め、その手に捕えた時に聞いた、昂ぶりと恍惚の声だった。ある程度想定していて覚悟はしていたしここで氷菓が襲われることはないだろうとわかってはいるが、理性の分析より本能に訴えかける恐怖のほうが遥かに大きい。

「今は“熱”を蓄えているんですの。《雪原の青》や今あなたが見せたような、怯えた表情を思い出すと、ふ、ふふっ」

 指を唇に当て、笑みを抑える。それでもくつくつと笑う声も、寒さではなく期待に震える身体も抑えきれていない。

「あと先程ここでたくさん奥間君に愛してもらったことも思い出していて。その二つの熱をじっくりと思い出してる最中ですわ」

 視線だけでなく身体が完全に氷菓の方に向いた。氷菓の目にはテーブルも椅子も壁も破壊されたこの部屋で、会長の言う愛してもらったと思われるソファだけが無事でいることが、アンナ会長の心象風景に見えてくる。

 性と破壊の快感を覚えてしまった獣の檻はこのような感じじゃないだろうか。

「話をするならば、テーブルのある場所で。ここは向きませんわ」

 すっと横を過ぎ去り、作戦を立てているテーブルに戻る。どう母親に話すか悩む奥間がこちらに気付き、「あ、アンナ先輩?」多分こちらの顔色が明らかに悪かったのだろう、自分の顔を見て青ざめた奥間が立ち上がった。

「不破さんが話があるそうですので。申し訳ありません、奥間君は席を外していただけますか?」

「いや、その……」

「本当にすみません。ですけど、不破さんも奥間君がいると話しにくいようなので」

「いや、だけど」

「奥間さんは席を外してください」

 自分からも重ねて頼むと、奥間はわかったと渋々頷いて外に出て行った。

 カウンターでは早乙女先輩がイヤリングに仕立てるための作業中で、月見草は隣に座って待機している。

「先程は失礼しましたわ。ちょうどその、一番いいタイミングで入ってこられたので、つい」

 もう先程のような昂ぶりは見せていなかったが、楽しげな雰囲気は隠そうとしていなかった。

「そう言えば、報酬はどうしますの? その話じゃなかったんですの?」

「……一応、無いわけではなかったのですが、やはり保留でお願いします」

 正当な報酬とはいえ、ここで判断はしたくなかった。それよりも気になることを訊く方が大事だ。

「親友である副会長のことは心配ではないのですか?」

「心配ですわよ。だから乗り込むんじゃありませんの」

 心配している人間の態度じゃないと、言葉には出さなかったが氷菓にしては珍しくそのまま嫌悪感として表情に出ていたようで会長の微笑が深くなる。別に普段から表情を隠しているつもりはないのだが。

「不破さんはそう見てはくれませんのね」

「さっき、自分で乗り込むのが楽しみだと言ったではないですか。心配している人間の言葉だとは思えません。今のあなたは理由をつけて、《SOX》を潰せなかった鬱憤を晴らしたいようにしか見えません」

「そう見えますの?」

 周囲の空気がピリピリと張りつめていく感覚は氷菓は胃が痛くなってクマが更に濃くなりそうだったが、会長はそれも楽しめるようで、

「その通りだとして、不破さんに何の問題がありますの?」

 もう話を切り上げるべきか、一瞬悩んだ。その空白を見て取ったのか、

「不破さんは不思議なのでしょう? わたくしが卑猥を見逃すと言ってまで病院に乗り込む算段を付けようとしていることが」

 いきなり核心をついてきて、氷菓はやはり話を聞くことにする。

 もし会長が暴力の快感に取りつかれて、目的を選ばなくなっているのだとしたら。

 卑猥という会長にとっての絶対悪すら見逃してまで病院に乗り込もうとしている理由、動機。

 その動機がただの鬱憤晴らしなのか。目的のために手段を選ばないのか、手段の為に目的を正当化しようとしているのかでは全く違う。

 早乙女先輩の荒療治がどう響いたのか、奥間が何を言ったのかはわからない。だからこそ怖かった。

「以前に言いましたわね。正しいことを積み重ねてのみ、人は愛され、受け入れてもらえるのだと」

 どこか自嘲気味な声音だった。無言で続きを促す。

「でも、奥間君は違ったんですの。暴力に酔うのは間違っていますわ。でも、そういった部分も受け入れてくれたのです」

 なんとなくそうはなったんだろうとは思っていた。会長が事件のニュースを聞いて衝動をギリギリまで我慢していたところを自分も見ている。





「人は間違っても、許し愛されることが出来るのだと、奥間君に教えてもらったんですの」

 アンナ会長は、本当に純粋に、幸せそうに微笑む。

「奥間君はずっとわたくしを愛してくれていたのです。愛し合うことを避けていたのにも理由があっての事でした。奥間君はわたくしが正しかろうが間違えようが、関係なく愛してくれていたのですわ」

 谷津ヶ森の一件の前に話した時にも感じた、致命的な齟齬がそこで生まれた。

「ずっと想ってくれていた。わたくしの身を案じて、愛の儀式を避けていた。あれほど切ない幸福を感じることすら我慢してくれていた」

 アンナ会長は陶酔しきったまま、ブラインドの隙間から奥間の姿を見つめる。

「奥間君はわたくしのことを想ってくれている。奥間君のやることには理由がある。だからわたくしは、奥間君の願いを叶えたい。奥間君の願いがどのような事であっても、わたくしは全てを尽くして叶えますの」

「どんな事でも、全てを尽くして?」

 不吉さが増して、思わず問い返す。

「ええ。奥間君の願いの実現には手段を選ぶつもりはありません。だって奥間君は、わたくしが間違えても受け入れてくれるから。綺麗でなくなっても、愛してくれるのですから。奥間君の願いには、わたくしの想いや幸せが含まれているのですから」

 意味が分からなくなってきた。会長の言葉は論理的でなくなっている。

 辛うじて読み取れたのが、『奥間の願いが会長にとって最上位に位置している』ということだった。

「奥間君はわたくしの心を慮って、敢えてこう言ってくれましたの。『華城先輩を助けてください』と」

 奥間はアンナ会長の心情や葛藤も思いやった上で、敢えて頼んだ。だからこそアンナ会長は手段を選ばず全力で奥間の願いを叶えに行っている。

 絶対悪である卑猥を見逃してまで、自分の将来を切り売りしてまで。

 一体“どんな事でも”とは、どの範囲までなのだろうか。

「もし奥間さんが、例えば副会長を殺してほしいと頼んだら、あなたはどうしますか?」

「奥間君はそんなこと言いませんわよ? まあもし奥間君がそんなことを言うのであれば、奥間君にとってよほどの理由があるのでしょう」

 小首をかしげて、僅かに悩むと、

「殺し方ぐらいは選ばせてもらいたいですわね。やっぱり親友ですし、出来るだけ苦しみのない方法を選びたいと思いますわ」

「――――」




 意味が分からず、思考が止まってしまった。

 先ほど感じた暴力への恐怖とは全く違うベクトルの、理解できないものに対する恐怖が心臓の動きを早くする。

「それは、殺人は悪なのではないのですか?」

「悪ですわね。でも奥間君は、どんなわたくしでも受け入れてくれますから」

 以前のアンナ会長と今の会長で、一番明確に違う点が、ようやく分かった。

 以前の会長は、もっと言うなら昼間までの会長は、規範が社会のものだった。正しいこと、この社会の理想が詰め込まれていた。

 それが奥間の言葉、願いに変わってしまっている。奥間の行動は全て意味のあることで、それが全て自分の幸せに繋がっていると信じている。

 そして間違ってしまうという恐怖すらも今の会長にはない。最上位が奥間の願いであって、それを叶える行為は社会的に間違いであろうが、それは自分の幸せに繋がるのだから。

 以前の会長は、愛は絶対の正義であるが故に愛故の行動はすべて正しく、正当化というレベルを超えて罪を罪と意識していなかった。愛が正義という価値観は社会が刷り込んできた規範に基づいてのことであって、罪は社会が定めるものだから、だから会長の中では罪ではなかった。

 今の会長は、意識的に罪を犯せる。奥間の願いが社会の規範より上位にあるから。おそらく罪悪感があろうとなかろうと、それすら本人の中では関係ない。決めてしまっている。

 だから間違っているからという理由では、これからの会長は止められない。

「わかりました」

 何一つわからないし理解すら拒絶するが、それでもわかったことがある。

 奥間が望む、『人質を最優先に』を必ず守るだろう。この事件に関しては、それでいいとするしかない。

 だけど社会という強固な規範と違って、奥間個人の願いなんて簡単に揺れ動いてしまう。

 性と破壊の快感を覚えてしまった人間が意識して罪を犯せるというのは、最悪の予感しか生まない。

「アンナよ、あまり不破を不安にさせるのはどうかと思うぞ」

 早乙女先輩の言葉にアンナ会長がようやく気配を和らげ、恋人に対する陶酔から生徒会長として最もよく見慣れた慈愛に満ちた優しい微笑に切り替わる。

「奥間君を呼んできますわね」

 アンナ会長が立ち上がり、外に出て行く。無意識に息を深く吐いた。早乙女先輩が呟く。

「不破も大概心配性で、お人好しじゃな」

「どういう意味ですか?」

 自分が心配性でお人好しという評は誰からも聞いたことがなかった。だから問い返すが、早乙女先輩は自分の感じている不安や恐怖を共有していないようで、むしろそれが気になる。

「まだまだわしはアンナを描き足りん。今の話を聞いてよりそう思うた。それだけじゃ」

 画家としての感性が、アンナ会長の別の面を見ているのだろうか。氷菓には理解できなかった。




 アンナ先輩と不破さんは何を話しているんだろう。あの二人どうしてもそりが合わないというかなんというか、仲良しなのは早乙女先輩の描くイラストや漫画の中だけなんだよな。アンナ先輩は割とそういう視線を向けられやすいポジションだから慣れているというか鈍感なんだけど、不破さんは居た堪れないらしくよく僕に回収を求めてきて、そのあたりの話かな。だったらいいんだけどな。

 喫茶店の扉横の壁にもたれ、報道をチェックする。進展はなかった。

「奥間君」

「あ、アンナ先輩」

 カランカランとベルの音と共に外に出てきた。中に入ろうと思ったのだけど、

「すみません。少しだけ、一緒に外の空気を吸わせてほしいんですの」

「え、あ、はい。いいですよ」

 冷えが一段と強くなってきているけど、暖房の熱気よりも外の冷たい空気に触れる方が頭が冴える気がするし、アンナ先輩もそうしたいんだろう。

「不破さんと何を話したんですか?」

 それを訊くと、少しだけ困ったように微苦笑してきた。

「女同士の秘密のお話ですわ。殿方が聞くのは、野暮ですのよ?」

 人差し指を唇の前に立てる。う、こういう普通の女の子っぽい仕草はアンナ先輩本当に可愛いな。

「不破さんには嘘が付けませんわね。誤魔化せないのでありのままを伝えましたけど」

 やっぱりなにか言い合いになったのだろうか、微苦笑の苦みが増していた。精液みたいに、っていつもアンナ先輩は美味しそうに飲んでるけどどんな味がするのか訊いたら発情スイッチを押しそうなので絶対訊かないことに今決めた。

「わかってはいただけなかったようですわ。仕方ないことですが、寂しいですわね」

 きゅ、と袖が摘ままれる。もう片方の手は、さっき作ったペアのペンダントを握っていた。

「不破さんが心配するのも当然ですの。それはわかりますわ。ですけど……」

 俯いて力ない声は今にも消えそうで、アンナ先輩のPMの形状のように儚く溶けていきそうな気がした。さっきまであれほど頼もしく、本当に何でも任せられそうな気がしたのに、なんでこんなに哀しげになっているんだろう。不破さんは何を言ったんだ。

「奥間君。わたくしは必ず、人質救出を最優先にして、綾女さん達を助けますわ。それが奥間君の望むことで、わたくしの幸せに繋がる事ですから」

 空を見上げたアンナ先輩につられて、僕も空を見る。曇天だった。

「あ、雪……」

 アンナ先輩の呟きに良く見ると、確かに雪が舞っていた。アンナ先輩が掌を上にして雪を拾おうとするけど、雪は掌に落ちた途端、掌の熱ですぐに溶けてしまう。

 何かを堪えるような哀切さを漂わせてながら、雪を拾えなかった手は再びペンダントを握りしめる。僕はその光景が崇高なものに思えて、何も言えなかった。

「すみません。戻りましょうか。そろそろ早乙女先輩も作業が終わると思いますし、イヤリングの状態でも機能するかテストしないといけませんので」

 すぐに生徒会室で見る怜悧な横顔に戻って、ペンダントをブラウスの中に仕舞うと、喫茶店の中に戻ろうと袖を引っ張る。

「奥間君は、優しいから」

「え?」

「……わたくしだけを考える人じゃないから、大丈夫」

 呟きはあまりにも小さすぎて、聞こえなかった。



 用意されていたバンの三列シートの一番後ろに不破さんと早乙女先輩が詰め込まれ、僕とアンナ先輩が真ん中に座る。月見草は助手席で、免許を持っているアンナ先輩直属の風紀委員が運転して病院に向かっていた。距離は大したことがないのですぐに着くだろう。アンナ先輩と月見草が人質として潜入し、僕と不破さんと早乙女先輩は病院近くの駐車場に止めたこのバンの中から、監視カメラとアンナ先輩に仕込んだ盗聴器で状況を確認しつつ場合によっては指示を飛ばすという二つのグループに分かれることになる。

 早乙女先輩の作ったイヤリングは華美過ぎず主張しすぎすに、アンナ先輩の魅力を引き出す可愛らしいバラのようなデザインになっていた。本人の服は制服か作務衣ぐらいしか見たことないのだけど、流石に画家と言うべきか、こういったセンスは飛び抜けている。

「どうですの、奥間君?」

「あ、え、その、似合ってます……いや、本当に」

 言葉に詰まったことにちょっとジト目で唇をとがらせて、それでも褒められたことが嬉しそうだった。不破さんと早乙女先輩二人が後ろでにやにやなのかよくわからない反応してるけどつっこんでやるものか。

 息を吐いて、監視カメラをモニターする。音がないから会話はわからないけど、大きな変化はない、と思う。

「人質に危害を加えていない辺り、最低限の良心はあるのでしょうか」

 不破さんが呟いた。同情ではなく、あくまで観察者として犯人を分析していた。

「ここまで大規模な事件を起こしている以上、犯人も後がありません。良心に訴えかけて改心していただけると助かるのですけど、それは考えない方がいいですわね」

 不破さんの言葉が無機質なら、アンナ先輩の声はひたすら冷たかった。たった今僕に褒められた喜びの感情が微塵もない。その瞳だけが凶悪な獣となって、モニター越しに犯人たちをじっと睨んでいる。

「緊張しますわね」

 緊張というよりは昂ぶっている。アンナ先輩は少し考えると、

「奥間君を模したアレを下腹部に入れておけば、わたくしも少しは落ち着くでしょうか」

「すみませんそれだけは絶対やめてください」

 何その衆人環視プレイ、落ち着くどころか確実にビクンビクンして手加減できずに相手を殺してしまうじゃないですか! 憎しみに我を忘れているアンナ先輩も確かに怖いけど、アンナ先輩が一番怖い時は性獣モードなのを忘れてはいけない。愛に我を忘れている時は絶対に自制しないし僕の言葉も聞かないのは精液より明白な現実だ。

「動きが鈍くなったり動けなくなったら元も子もないじゃないですか、ね?」

 宥めるように、何とか必死に誤魔化した。月見草や運転手は事情が分からないから黙っているが、後ろバカ二人も説得に協力しろよ。

 そんなこんなでしばらく経過し、何とか説得が終わったのとほぼ同時に車は現場近くの駐車場に止められた。

「では、あとのことはお願いいたします。あ、そうそう」

 アンナ先輩はにこやかに後列の二人に笑いかけ、

「奥間君に変な気を起こしましたら、誰が何を言おうとも最大の愛の罰を与えますので、振る舞いには気を付けてくださいまし」

 暗黒オーラを放ちながらドアを閉めた。うん、このあたりだけはブレてないな。ブレていてほしかった。《センチメンタル・ボマー》の抹殺も絶対撤回しないんだろうなあ、これだけは。

 僕とアンナ先輩、月見草が病院に向かう。

「月見草さん、お願いがありますの」

 暗黒オーラは消え、歩きながら、後ろに付き添う月見草を見ず、ただ前を、病院を目指しつつ。

「人質交換が通りましたら、わたくしの安全より人質の安全確保に努めてくださいまし。わたくしなら自分で自分の身を守れますわ」

「それは……」

 月見草が迷っていた。判断を仰ぐように僕を見るが、僕も答えようがない。

「月見草さん。あなたにはわたくしの身の安全ではなく、心を守ってほしいのです」

「…………」

 月見草の無言は、現場前に到着するまで続いた。

「――かしこまりました。この件が終わるまで、『人質の安全』を最優先事項とします」

 アンナ先輩は返事をしなかった。

 後になって考えればこのお願いが最大の間違いだったのだけど、この時はその通りだと、そう思ってしまった。華城先輩や不破さんであっても、きっと同じくアンナ先輩のお願いに、アンナ先輩自身が我を忘れてしまうことを危惧していることに、安堵したと思う。

 『KEEP OUT』の黄色いテープが張られているのをアンナ先輩は当然のように潜り抜ける。

「おいこら、お前達!」

 善導課の職員が声を荒げるけど、

「奥間主任がいらっしゃいますでしょう? そこまで通してくださいまし」

 あくまで淑やかな、だけど有無を言わせない迫力を伴ったアンナ先輩のあまりに堂々とした佇まいに、職員は黙ってしまい、あろうことか母さんのいる場所まで案内してしまった。多分後で母さんに再教育されるだろう、ごめんなさい。

 母さんは小型のバスみたいなところにいた。多分ここが現場近くの臨時本部になっているんだろう。





「何故貴様らがここにいる?」

 ぴん!と無条件に背筋が伸びた。母さん、マジで苛々している時の声だコレ。

 そしてその声を聞いて、何故かアンナ先輩の微笑が深まった。これ周囲の人々に避難勧告出すべきじゃないかな、バトルになったら下手したら死人が出る。というか多分僕が死ぬ。


 ――重傷を負った親友がいる、だからせめて自分と護衛をしてくれる風紀委員一名で人質交換を交渉してほしい。


 アンナ先輩の言った言葉は、結局のところその二つだった。その二つの言葉を聞いた母さんは、

「ぶげあ!?!」

「貴様あぁ!?」

 怒声に周囲の空気がびりびりと震え、僕は頬を殴り飛ばされここまで案内してくれた職員も巻き添えにしてぶっ飛んだ。周囲の職員が一斉に佇まいを直す。調教すげえ。

「ま、待って、かあさ、おぼぁ!? は、話聞いて」

「貴様は! 女を! 危険な場所に! 行かせるのか!? 何故、貴様が、行かんのだ!?」

 ぎゃ、が、母さん、腹は、ボディは止めて! 背中を丸めると何とか背中に集中して、そうして少しだけダメージを減らす。あんまり意味はなかった。

「奥間主任さん」

 あまりの怒りに周囲は一切動けないというのに、アンナ先輩だけが平然として母さんの役職としての名前を呼ぶ。

 鈴のように涼やかで軽やかな声が、その場にしんと染み渡る。母さんの攻撃も一瞬止んだ。

「これはわたくしの我儘ですの。奥間君までも危険な目に遭ったら、わたくしは自分でもどうなるのかわからないので」

 アンナ先輩は僕をぼこぼこにしていた母さんに向き直る。

「わたくしはアンナ・錦ノ宮。《公序良俗健全育成法》を作り上げた、錦ノ宮祠影とソフィア・錦ノ宮の娘です」

 アンナ先輩の視線は、子供なら裸足で逃げ出すようなおっかない風貌の母さんから一切ブレないまま、

「犯人たちも、わたくしとお話ししたいと思いますわ。きっと」

 微笑を一切崩さずに言ってのけた。こういうことで引く人じゃないのはわかっていたけど、やっぱり母さん相手に一歩も引かないのはすごい。

「わたくしと奥間君なら、護身術の腕はわたくしの方が上ですわ。これでも、自分の身は自分で守れますのよ」

 ……護身術って言った? 今?

 アンナ先輩は手でピストルの形を作って、人差し指をこめかみに当てると、

「わたくしならこの状態でも、引き金を引かれる前に反応して相手を組み伏せてみせますわ。手錠程度の拘束なら、力で抜けられますのよ」

 出来るんだろうなあ、きっと。

 アンナ先輩に言わせっぱなしじゃあんまりなので、僕からも何とか説得する。

「母さん。母さんたちにとっても、中の状況を伝えられる人間は必要だろ? どう対処するにしても。あくまでアンナ先輩は目くらましで、内部の状況にあわせて指示に動くのは、こいつ」

 後ろでずっと立っていた、月見草を指す。

「月見草だよ」

「…………」

 一時的な感情による暴走ではなく、それなりに頭を使って考えてきて、こちらが本気であることが伝わったのか、母さんは僕に手を出すことを止めた。





「ガキが口出しすることではない」

 ただ、そう吐き捨てた。反射的な反発として怒りが湧くけど、ここで母さんと喧嘩したって何にもならない。

「母さん。アンナ先輩がどれだけ友達を心配してるか、事件を伝えた母さんならわかってるだろ?」

「子どもが何とかできる範囲を超えていると言っている。これは私達の仕事だ」

「では、その仕事の権限はどこまで与えられていますか?」

 アンナ先輩が言葉の刃を返していく。僕もそれに続く。

「母さん。僕達でもいろいろ考えたんだけど」

 まだ地面に突っ伏した体を、何とか起こす。あちこち痛みはあるけど動くには支障ない。さすがにこのあたりは母さんも加減をわかってくれている。

「この事件、全員が人質の解放に動いているの? 違うよね、国としては少しでも引き延ばそうとしてるよね」

「誰がそんな戯言を言った」

 即座に切り捨てるけど、僕にはわかる。母さんには届いている。

「今、政府はあのデモで揺らいだ信頼を何とか取り戻したい。このテロの要求、《育成法》の廃止に対して決して屈しない姿勢を見せつつ、《育成法》に繋げて《ラブホスピタル》にも反論するやつらを悪とレッテルづける。それにこの事件はうってつけだ」

 はっきり言ってしまえば、《育成法》そのものと《ラブホスピタル》は、無関係だ。最終的な目的がどうであれ、ソフィアの立ち位置を見ても《育成法》を支持していることと《ラブホスピタル》に反対していることは、相反しない。だけど政府としてはそんなものはどうでもよくて、ただ立場がより強くなればいい。

 傷病人のいる病院をジャックした犯人は極悪人で、そういうやつらが主張する『《育成法》の廃止』は間違っていて、だから国の決めたことに反対するやつらは全部間違っていて、だからソフィアたちが起こしたデモも間違っている。

 めちゃくちゃな論理だけど、ここに人命が関わってくると、全部ひっくり返る。政府は主張を通すために、人質を切り捨てることもあり得る。無論警察の無能さを突かれるだろうけど、主張の通すために人命を犠牲にしたら、その主張はどれほど正しくてももう通らない。政府は自滅するのを待っていればいい。

 だけどその人質は、政府にとっては大勢の国民の一人でも、僕達にとっては大切な人たちの一人なんだ。

「母さんが心配するの、わかる。現場の責任者として簡単に頷けないのもわかる。だけど、ごめん。酷い言い方をすれば、母さんでも僕達は信用できない。母さんがどう思っていても、上からの命令とかそういうのが、きっと邪魔するだろうから」

 だからそういうしがらみのない、僕達子どもが動いてやるんだ。

「君も同じ意見なのか?」

 母さんがアンナ先輩に問う。

「ええ。別に善導課の皆様の邪魔をしたいとかではありませんわ。ただ、長引けば長引くほど人質の危険は高まります。綾女さんは重傷を負ってますから、一番危険な位置にいると思いますの。わたくしは健康ですから、いざという時も動けますけど、綾女さんはそうはいかないのです」

 アンナ先輩は雪の降る中、病院の最上階、人質が閉じ込められているであろう場所を見上げた。

「国が何を考えているのか、お母様方が何を思ってあのような行動に出たのか、わたくしにはどちらの言葉が正しいのか、わかりません。ですが、はっきり言えることはあります。大切な方がいて、その方を助けたくて、なのに出来ることを何もしないことは、間違っていると、そのことだけは、絶対に」

 アンナ先輩は再び、僕の母さんと視線を合わせる。

「改めて、お願いします。奥間主任さん。わたくしの身柄を人質の交渉に使ってくださいまし」

 アンナ先輩は母さんをお義母様とは呼ばず、敢えて役職名で呼んでいる。

 その意味が伝わってくれたのか。

「そうか」

 母さんはそう呟き、アンナ先輩に近付く。

「不甲斐無い大人で済まない」





 パシン、と小さく何かがぶつかる音だけが聞こえた。

 アンナ先輩の瞳には凶悪な獣の光が、母さんの顔には驚愕が浮かんでいる。え、なにこれ?

「酷いですわ、お義母様」

 ぎゃあああああ! よく見たら母さん、アンナ先輩のボディに拳入れようとしている格好で、アンナ先輩は母さんの手首をつかんで力が拮抗してるんですけど!? 母さん言葉が通じないからって親友の娘に実力行使するか!?

「言いましたわ、わたくし。たとえピストルをこめかみに突き付けられたとしても、引き金を引かれる前に反応できる自信がある、と」

 言葉が終わる前に母さんがアンナ先輩を気絶させようと動く。だけどアンナ先輩は全て弾くかいなすか躱すかをして、全ての攻撃をしのぐ。

 ハッキリ言って目で追うのが精いっぱいで、何が起こっているのかさっぱりわからない。二人のあまりの気迫に、周囲の善導課の皆さんも絶句している。多分母さんと互角にやり合える人を初めて見たんだろうな。それがこんな絶世の美女だったら絶句もするわ。

 互いに距離を取り、一旦攻防は止む。アンナ先輩が僕の近くまで下がってきた。母さんはちっと舌打ちする。

「身体能力までソフィア譲りか。可愛らしいお嬢さんだと思っていたが、言い出したら絶対に実行するところもそっくりだ」

 母さんは背中を向けてバスの中に入る。「母さん!」呼びかけるけど返事はなかった。

「多分調整に入ってくれたんだと思いますわ。少し待ちましょう」

「そう、ですね」

 異次元の戦いに僕が入る込める隙間はなく、ただそう頷くしかなかった。しかし、言うべきことは言えたはずだ。

「アンナ先輩、母さんがすみません」

「いえ、あれも親心、大人としては当然でしょう。わたくしも似たようなことはすると思うので」

「アンナ先輩、全部かわすか避けるかしてましたよね。反撃はしてなかったように思うんですけど」

「ええ。……腕が少し痺れていますわ。流石ですわね。一度、本気の手合わせをお願いしたいですわ。奥間君とお義母様がよろしければ」

 そう言うアンナ先輩の獣の瞳には、歯ごたえのある獲物を見つけた歓喜の成分が混じっていた。

 アンナ先輩、ただ自分より下の人間をいたぶるより、強敵を徹底的に叩き潰す方が好みなのかもしれない。ある程度交渉や策略も出来るようにはなったけど、それは舞台を整えるためであって、舞台に上がってしまえばやはり正攻法で相手を存分に叩きのめすんだろうな。



『アンナが本気になったら誰だって敵わないわよ。つきいる隙のない完璧超人なんだから』



 もしかしたらアンナ先輩は自分と同じ実力を持つ相手と戦ったことがないんだろうな。身体能力も頭脳も人より飛び抜けている人だし、何でもできたアンナ先輩は負けたことがないんだろう。だから中々上手くいかない《SOX》の捕縛も憎悪を覚える前は愉しげにすら見えたし、母さんに対しても強敵として一度本気の勝負をしてみたいのかもしれない。弱い人間が怯えるさまを見ることにもある種の快感を得てはいるようだけど、多分困難な相手の方がより燃えるんだろう。……もしかしなくてもアンナ先輩が僕に執着したのって、僕が避け続けてたせいかなあ、やっぱり。

 しかし、ストレス解消になるんだったら、母さんとの手合わせというのもお願いしてみるのはいいかもしれない。それは考慮に入れておこう。

「奥間君」

 大人たちを強敵とみて、どこか嬉しそうなアンナ先輩だったけど、急に顔が陰る。

「今からきっと、お母様が猛反対すると思いますの」

「そうですね……説得できそうですか?」

「…………」

 少しだけ、哀しさと寂しさが等分に混ぜられていた。





「奥間君。奥間君がもし、わたくしのお母様を殺してほしいと願えば、わたくしはありとあらゆる手段を使って、お母様を殺しますわ」

 唐突な、あまりに物騒な告白に思わず面食らう。真意がわからず、僕はただ言葉を待つしかなかった。

「奥間君とお母様なら、わたくしは奥間君を選びます」

 これは、いいことなのだろうか。ソフィアの教育に、理想に縛り付けられていたアンナ先輩が母親以外の選択肢を見つけたことはいいんだけど、やっぱり危ういと感じてしまうのは、どうしてだ。

「奥間君が一言、お母様に逆らえと言えば、わたくしは何も怖くありませんわ」

「……それは、アンナ先輩が、自分の意思でお母さんと対決しないといけないと思います。僕が言ったからとか、そういう逃げ道作ってたら、いつまでたっても向き合えませんよ」

「…………」

 アンナ先輩は嬉しさと寂しさという矛盾する笑顔を浮かべて。

「そうですわね」

 アンナ先輩のPMが鳴り響いた。「お母様からですわ」だろうなあ。

「少し、席を空けますわね」

 そう言うと、僕達のいない場所で何やら会話が始める。聞こえはしないが、アンナ先輩の表情自体は平然としているように見える。

 けどついこの間まで絶対だった人に逆らうというのは、どれほどの勇気が必要なんだろう。

「月見草」 

 隣でただ見ていた月見草に、僕は頼んだ。

「アンナ先輩のこと、守ってやってくれ」

「かしこまりました」

 月見草は普段通りに無機質に定型文を返してくる。

 だけど不安定なアンナ先輩には、そういうのも必要なのかもしれないと思った。

 アンナ先輩が戻ってくる。

「だいぶ怒られてしまいましたわ。ですが、こちらが引く意思を持たないことをわかってくれたようです」

 また、人質たちのいる最上階を見上げる。

「もうすぐですわ、綾女さん。鼓修理ちゃんに、ゆとりさんも」

 アンナ先輩は制服のタイの下、ペアで作ったペンダントを握りしめる。

「必ず、助けますから」

 雪はちらほらと、ちょっとした風であっちこっちにふらふらと舞い落ちていく。



「――五人、解放する」

 犯人の一人からいきなりそう告げられ、人質たちはにわかに浮足立った。

(何か、交渉が成立したようね)

 《SOX》のリーダーである《雪原の青》こと華城綾女はどこか空ろに呟く。ゆとりはその様子にシンパシーと苛立ちを覚えた。

 狸吉とあの化け物女がくっつくのが嫌なら素直にそう言えばいいのに、このバカ。

(あんまりいい感じじゃなさそうッスけどね、犯人の様子を見た感じ)

 残念ながら、解放される人質に自分達は含まれなかった。一応病気という体で入院していた大物政治家や芸能人、それとその連れなど、そちらが優先されてしまっている。

(結構な人選ッスね。犯人にとっては余程の好条件を呑んだんじゃないッスか?)

(何だよ好条件って)

(知るかッス。報道だけじゃわかんないんスよ)

 だけどすぐに、その好条件の一端が見えた。



「綾女さん。鼓修理ちゃんに、ゆとりさんも……無事ですの?」



「「「…………」」」

 見る者を安心させる笑顔を浮かべる。その笑顔だけで何も知らない他の人質は心の疲労が癒されてしまってるが、何故化け物女が自分たちと同じように後ろ手に手錠をかけられてここにいるのだろう? あとついでにお付きの風紀委員もいるが、何故?

 化け物女が犯人に後ろから乱暴に突き飛ばされる。

「きゃっ」

「アンナ様!」

 反射なのか、確か月見草とかいう名前の風紀委員が叫ぶ。

「大丈夫ですわ」

 この程度であの化け物女がよろめくどころか突き飛ばされるわけがないので、多分というか絶対演技だ。

「本当にお友達を助けるためだけに自分から人質になったんだ。美談過ぎて気持ち悪い」

 突き飛ばした犯人が、女は本気で嫌っているのか、吐き気を堪えるような嫌悪感と共にそう呟いた。だけど化け物女は無視して殆ど抱きつくように綾女に近付く。





(少し、我慢してくださいまし)

(――――っひ)

 綾女が完全に固まった。見張りの犯人たちにも他の人質たちにも見えない角度だし、実際そんなことが行われているなんて思いもしないだろうから気付かれないだろうが、自分と鼓修理には見えていた。

 綾女の耳に舌を突き入れているところを。

(????????!!?!!!!?)

(ああああああ、あ、あんた、な、何を?)

「綾女さん? 大丈夫ですの?」

 一瞬見せた冷たい怒りの無表情は消え、再び安心させるような笑顔で綾女に笑いかける。ついでにこちらにも笑いかけられた。

「――ええ。大丈夫よ」

 綾女も一瞬、本気で恐怖に怯えていたが、綾女には今の行為が何か意味あることがわかったようで、すぐに頷いた。こちらは全然意味が分からないが。

 さっきまで見せていた消沈はなく、綾女は切り替えている。

 化け物女は綾女と鼓修理の間に割り込むように座る。ゆとりとは綾女を挟んでいる形になった。風紀委員は化け物女を守るためか、自分たちの前、犯人との間に座る。

 犯人たちは化け物女に興味津々のようだったが、見張りの交代の時間になったのか、犯人が入れ替わっていく。その隙をついて、綾女が今のことについて説明する。

(イヤホンがお耳にプラグインしたわ)

 そう言われて、はっと気付く。鼓修理はもう少し気付きが早かった。化け物女は頷く。

(口の中まではチェックしないだろうと。鼓修理ちゃんとゆとりさんの分も預かっているのですけど)

 僅かに口を開き、舌先に小さなビニールのチャック袋に入ったイヤホンが少しだけ見えた。しかしその、今のと同じやり方はさすがに不自然だしなんというか生理的に嫌だ。

(その、お姉ちゃん……鼓修理にその袋、渡してほしいんスけど)

 化け物女は一瞬考えたが、すぐに頷く。そしてまた一瞬だけ鼓修理の肩に頭を寄せたかと思うとまた上がった。それだけで鼓修理はおぞましそうに身を震わすが、今の一瞬の交錯で鼓修理の掌の上にビニールが落ちたのが見えた。唾液まみれなのはこの際気にしない。朱門温泉ではもっと体液にまみれたらしいしまあ大丈夫だろう。自分も生理的嫌悪感は無論あるが、流石に化け物女も真剣なのがわかったのでそんなことは言わない。

(少し落ち着いてからにしましょう。すぐにだと流石に不自然だから)

 綾女が真剣な顔で犯人の様子をうかがいながら言った。

(どうして、来たの?)

 そして綾女が僅かに非難するように、化け物女に問うた。

(皆さんを助けるため、ではいけませんか?)

(駄目じゃ、ないけど)

 綾女は複雑そうだった。PMを外される前に狸吉には言っておいたはずなのにと、そう思っているのだろう。

(ごめんなさい。わたくしのわがままですわ。全ては終わった後で)

 化け物女は舌なめずりをしながら、縄張りを侵された獣のように獰猛な笑みを浮かべる。全身の毛穴がぶわっと開き、冷や汗が止まらない。死ぬほど怖い。

(そう、全ては犯人たちにオシオキをした後で、聞きますわ)

 犯人たちは呑気にも気付いていない。そもそもこの化け物女は表面上は確かに清楚で綺麗なお嬢様にしか見えない。犯人たちもそう思っているだろうし、人質も送り込んだことに協力した善導課もきっと気付いていない。

(……む、向こうには誰がいるんスか?)

 鼓修理が訊ねる。化け物女は犯人たちを見据えながら答えた。

(奥間君に早乙女先輩、不破さん。わかりますか?)

 自分も鼓修理も頷く。外との連絡手段を得た。そして今回は、この化け物女はどうやら味方らしい。

 そして敵対した相手には善導課より他のテロ組織より、誰よりも容赦が一切ないのは自分達が一番わかっている。一番的に回してはならない人間の一人を敵に回した犯人たちに心から同情した。




「全員、着けることが出来たようですね」

 不破さんが無感情に呟く。鼓修理とゆとりはしばらくしてからトイレに行くふりをして、何とか着けたようだ。流石にトイレの中までは監視しなかったらしく、手錠も一時は外してくれたようだ。このあたり鼓修理の話術が役に立ったみたいで、盗聴器がないから会話は聞こえなかったものの、まあ予想できる。アンナ先輩から一時的にも離れられることもあって、きっと頭をテッカテカにしながら籠絡したんだろうな。

 イヤホンはあくまでこちらの声を届けるだけで、向こうの音を拾うのはアンナ先輩の制服に仕込んだボタン型と万年筆型の盗聴器だ。ボタンはそのままアンナ先輩のブレザーのボタンと付け替え、万年筆はアンナ先輩のポケットに入っている。万年筆はなんとかポケットから出して床にでも落としておきたいのだけど、あまり不自然な行動は出来ない。

 不破さんがそれぞれイヤホンのチャンネルをミキサーのフェーダーを使って声が届いているか一つずつチェックする。全員同時にも、個別に指示を出すことも可能で、ちょっとしたラジオ局みたいになっている。MM号みたいにこっちは向こうが見えているのに向こうはこっちが殆どわからない、きっとエロいことしても、駄目だアンナ先輩は気付くわ。ってかそもそもそんなつもりは全くないし。

「すべてクリアです」

 不破さんが報告する。とりあえず第一段階はクリアだ。

「現在残っている人質は、18人から5人解放され、また新たに2人加わったので、15人となりました」

 情報を全員で共有する。あ、いや月見草はごめん、ハブってるけど。

「アンナ先輩、拘束は抜けられそうですか? 出来るなら右を向いてください」

 あらかじめ決めていたジェスチャーをする。基本的に右を向いたらはい、左はいいえということにしていて、それはもう向こうの女性三人にももう伝えてある。

 アンナ先輩は右を向いた。まあ、あの程度の手錠でアンナ先輩を拘束できるなら今までこんな苦労しないよね。

「犯人たちに気付かれない程度の小声で何か話せますか? 話せるなら何でもいいので話して下さい」

 不破さんが重ねて指示を出すと、向こうから僅かな声で、

『……綾女さん、大丈夫ですの……』

『アンナこそ、どうやってここに……』

 囁き声が辛うじて聞き取れるレベルで聞こえてきた。カメラで見ても不自然ではないと思う。不破さんが盗聴器から拾う音声の音量を調整する。ノイズも大きくなったけど囁き声の会話が聞こえるぐらいにはなった。

「結構です。テストは無事終了しました。発信、集音、共に問題ありません。こちらに伝えたい言葉があるときは一旦咳を2回するように。了解なら会話を止めてください。不明な点があれば会話の振りを続けながらこちらに言葉を送ってください」

 音量を微調整しながら不破さんは指示を出す。会話は一旦止まった。

「上手くいったね」

「これからが問題ですが。まだ人質の数が多すぎます」

「混戦になったらまずいよね」

 今の状態でもアンナ先輩なら不意を突いて制圧できるかもしれない。けど“かもしれない”で人の命を賭けるわけにはいかない。人質は全員拘束されている。アンナ先輩だから力業で抜けれるのであって、他の人はそうはいかない。

「殺傷出来る武器を持った相手が室内に3人、ドア前のすぐ入れる位置に1人。アンナ会長であっても簡単ではありませんね」

「アンナ先輩ひとりだったら楽勝なんだろうけど」

「室内にいるやつらを廊下に誘き出せんかの?」

「これだけ統率だった動きをしているのであれば、指示があるまで待機するでしょう。人質が自分たちの牙城の柱であることは犯人たちも十分にわかっているはずです」

「そもそも善導課が非常階段には待機してるから、やっぱり現実的じゃないよね」

 アンナ先輩を送り込めたら勝ちだと正直思っていたんだけど、そう簡単じゃなかった。





「人質を地道に減らすのが結局は近道でしょうか」

「どうやって?」

「それには、犯人たちの考えを知らないといけませんね。彼らはこの病院ジャックで何がしたいのか」

「《育成法》の撤廃が目的じゃないの?」

「病院をジャックすることでそれが叶うと思いますか?」

「いや思わないけど」

 ううん、と悩んでしまう。こいつらが一体、何をしたいのか?

「じゃが、それなりに意味がなければおかしいじゃろ。この特別階、セキュリティーが厳しいんじゃろ?」

「流石にこのように大規模な犯罪を想定していたわけではないでしょうけど、確かに人質を取りたいだけならば他にもっと簡易な場所がいくらでもありますね」

「えっと、つまり?」

「早乙女先輩の言った通りでしょう。この病院をジャックしたことには、犯人たちにとって意味があるはずなのです」

 この病院をジャックした、その意味?

「《育成法》の撤廃以外の目的があるってこと?」

「或いは、《育成法》の撤廃を決定づけるようなものが、わたし達に知らない中であるのかもしれませんが」

 不破さんが画面を見つめる。マイクを手に取ると、

「一連の話は聞いていましたね? 犯人たちの求めている具体的な計画が何かがわかれば、取引の材料に使えるかもしれません。可能不可能はともかく、とにかく相手が具体的に何をしたいのかをはっきりさせましょう。出来るならば犯人の誰かと対話を」

 向こうからのリアクションは基本的にはない。テストでは届いているから今も届いていると信じるしかない。

『――ねえ、聞いてもいい?』

 華城先輩のはっきりとした声が、スピーカーの上に乗る。

 いつもの頼もしい、華城先輩の声だった。僕達は耳を澄ませ、会話を聞いていく。





一応、5年前立てたときはここで終わってる、はず。

『下ネタという概念が存在しない退屈な世界』略して下セカって古い作品なんですけどね。kindle Unitedでは読み放題になっています。
アニメ版はどこも配信されてないと思います、表現がね……あはは。DVDはさすがに借りれるのかな?

アンナ役の方が連載中に亡くなって、どうしても書けなくなってたんですけど、というか昨日まで割と忘れてたんですけど、
そういえばこんな作品書いてたな、っていう。

長い! コピペだけで100m走ダッシュ(意味深)ぐらいに疲れた!

覚えてる方はさすがにいないと思うんですが、自己満足で完成させたいな、と。

原作やら前作やら読まないと何がなんやらさっぱりだと思います。アンナ先輩のキャラも意図的にずらしている結構自分にしては頑張ってる作品ですので、
興味があったら読んでやってください。続きはまた投下していきます。

あ、オリキャラ出します。名前設定してないですけど。犯人のリーダーって立ち位置の人です。


「あなた達、何が目的なの?」

 単刀直入に聞く。空気が「ねえ、きのうおとうさんとおかあさん、ベッドの上でわちゃわちゃしてたのなーに?」って訊かれたとき並にざわついた。

「投降するなら今のうちよ。まだあなた達、ケガ人は出していないでしょう?」

 手際は自分の目から見ても鮮やかだった。だけど、少なくとも自分はこんな組織を知らない。そもそも反体制の連中が鬼頭系列の病院を狙うことなど有り得ない。しかも若い連中ばかりだった。《育成法》に反感を買っている人間は、もう刈り取られたものばかりだと思っていたが、そうでもなかったらしい。

「…………」

 しかし完全にシカトされた。自分は一般人扱いらしい。《SOX》の話題が少し出ていたが、《雪原の青》の正体を知らないあたり、情報網は広くないのか。

『月見草に指示がいかないかな』

 狸吉の声が耳に届く。月見草は善導課所属のため、狸吉たちとは別に、警察の指示を何らかの形で得ているはずだった。

 犯人たちの目線は主にアンナに向けられている。容姿も経歴も目立つし、自分から飛び込んできたのだから当然と言えば当然なのだが、浮わつきが大きい気がするのは自分の気のせいか。

『アンナ会長が動くのは最後の最後です。あくまでリアクションのみでお願いします』

 マッドワカメの言葉に、アンナの問いたそうな声が喉から出ることはなかった。不安げな顔をしているが、長年の付き合いである綾女にはわかった。少なくとも自身の危険の心配はしていない。緊張はあっても、どこか昂揚を孕んでいる。しかし孕むって素敵な言葉。狸吉は聞きたくない言葉だろうけど。

『副会長は重ねて、できうる限り情報を。お願いします』

 マッドワカメの言葉が聞こえてくる。多分狸吉側の指揮権は主に不破氷菓なのだろう。彼女の観察力と分析力、判断力は綾女も信頼している。ただシタノクチぐらい正直なことを言ってしまうなら、もう少し具体的な指示が欲しい。

 それぐらい、今の綾女は頭が回っていなかった。誰かに判断を頼ってしまうぐらいに。

(大丈夫ですの?)

(私なら大丈夫よ。アンナはいざという時のために集中してて)

 それ以上はアンナも何も言わなかった。考えて、続けて犯人たちに問う。

「あなた達、《SOX》の協力者なの?」

「………………」

 そんなわけはないのだが、流れとして不自然だと思い、あえて訊いてみた。沈黙の質が変わった、気がする。

「……俺たちのことが知りたいのか?」

 犯人の一人が答えた。よし。

「そりゃあ知りたいわよ。自分が何でこんな目に遭っているのか、知りたいと思うのは当然じゃない?」 

「……リーダーに聞いてやるよ。答えは直接リーダーから聞くんだな」

 どうやら下っ端には答える権限はないようだった。忠誠心というか、統率力もなかなかのものだ。

 トランシーバーを取り出すと、リーダーらしき人物を呼び出す。来るだろうか。なんで英語じゃカモン!なのに日本語だとイくぅ!なのかしら。

「警察の相手が終わったら、一度挨拶に来るってよ」

 人質全員の緊張が、一気に増した。

(どんな奴っスかね)

 鼓修理はアンナに対する恐怖の方が強いのか、それとも純粋に興味があるのか、なんとなく期待しているような声音だった。

(…………)

 ゆとりは何も声を発さない。我慢すると後が大変よ?

(いや……)

(?)

 アンナに対する懸念だけでなく、何か違和感を覚えているように見えた。

(どうしたの?)

(……まさか、だぜ)

 無意識の仕草なのか、ゆとりは首を左右に振る。何か引っかかっているらしいが、ゆとりの中でも言葉にならないらしい。

 それ以上考える暇もなく、ガラガラと、扉が開く音に意識が強制的に向けられる。


「はーい、元気? 病人怪我人それ以外も含めて、お元気かしらん?」


 ふざけた女の声が、監禁部屋となった休憩室に響き渡った。



『はーい、元気? 病人怪我人それ以外も含めて、お元気かしらん?』

「腹立つ声じゃな」

 早乙女先輩の第一声がそれだった。僕も諸手を挙げて賛同したい。あえてしなを作った媚びた声は、相手に不快感しか与えないと思えた。

「声音を変えてますね。おそらくは、口調も」

 不破さんがそう言うのなら、おそらくそうなのだろう。なんせ鼓修理の腹黒笑顔を一瞬で看破した人だ、マイク越しの声でも分析力は存分に発揮されているだろうな。

「リーダー、女だったんだ……」

 驚くことじゃないのかもしれないけど、先入観で男のイメージがあったから、女だったことに驚いた。ただ華城先輩もアンナ先輩もゆとりも鼓修理も不破さんも早乙女先輩も女性だし、この世界、男の方がダメになっているのかもしれない。

『あなたがリーダーなの?』

 華城先輩が訊ねるが、

『あなたには興味ないのん。時岡学園生徒会副会長、華城綾女さん?』

 リーダーが嗤う気配が、こちらにまで届いた。

「人質については、基本的なことは全員把握しているようですね。見舞客までは分かりませんが、知っていると思って行動した方がいいでしょう」

 不破さんが注意を呼び掛ける。魚眼レンズで歪んだ画面では、女の顔は見えない。

『誰になら興味がありますか?』

 月見草がいきなり口を挟む。多分警察か善導課からの指示だろう。

 確かにリーダーの女の言葉からだと、華城先輩以外の言葉なら聞いてもいいともとれる。

『そうねん、例えば鬼頭グループの鬼頭慶介の一人娘、鬼頭鼓修理ちゃんとか?』

 びくぅ!と鼓修理が息を呑むのが魚眼レンズ越しでもわかった。一応異母兄妹と説明してるからな、アンナ先輩には。「鼓修理は養子で」と先ほどついた嘘をもう一度重ねる。

 鼓修理もそれでアンナ先輩に通っていることが通じたらしい。

『ひっく、鼓修理、難しいこと、わからなくて……』

 かんっぺきな泣き顔を披露しているんだろうな、きっと。

『そうねえ』

 最初っから興味はなかったのか、女リーダーは鼓修理の完璧な泣き顔に動揺する様子はなかった。他の連中は、微妙に揺れ動いていたみたいだけど。

「リーダーの言葉が絶対のようですね」

 不破さんの分析が正しいだろう。統率力は並外れたものがある。

『なら例えば、《公序良俗健全育成法》を立ち上げた、錦ノ宮祠影とソフィア・錦ノ宮の一人娘、アンナ・錦ノ宮さんとか?』

『わたくしに、ですか?』

 予想できた流れではあった。アンナ先輩が自身で言っていた通り、《公序良俗健全育成法》の撤廃を求める犯人たちが、アンナ先輩に興味を持たないはずはないのだ。

 わかってはいても、「落ち着いてください、大丈夫です」としか言えない自分が情けない。

 アンナ先輩は僕の言葉には答えない。今は答えるべきじゃない。

『いやあ、飛んで火にいるなんとかってやつ? ま、ばらしてもいっか。今日決行日に選んだのってさ、あなたが華城綾女さんの見舞いに来る予定の日だったからなんだよねん。最初いなかったときは結構焦ったっていうか?』

 割とべらべらしゃべるなコイツ。ウエノクチだけなら軽くて問題ないけど。

 女リーダーは椅子に座る。

『しっかしまさか、生徒会役員を助けるために? わざわざ来るなんてね?』

 嫌な予感がしてくる。明らかに向こうの口調に悪意が増している。

『生徒会役員ではありませんわ。わたくしの友人たちのために、ですわね』

 ゆとりも鼓修理もアンナ先輩の友人に入っているらしかった。鼓修理は義理の妹で通るけど、アンナ先輩の中ではゆとりも入っているのか。

「アンナ会長、可能であれば副会長の解放の交渉を。人質の中で最も重傷ですので」

 政府にとっては政治家やその側近の方が大事なのかもしれない。一般人扱いの人物が後回しにされているのは明らかだ。

 僕たちはそんなこと、認めない。だけど基準はあって、怪我人である華城先輩が人質になっているのは明らかに不利だし、《SOX》としての動きも大幅に制限されている現状、華城先輩を優先するしかなかった。




『あなた方は、人質であるわたくし達をどうしたいんですの?』

『んー? どうしたいって?』

『仮に、あなた方の要求が通ったとして、その場合、わたくし達はどうなりますの?』

『アンナちゃんにはもう少し付き合ってもらうかもねー、あと鼓修理ちゃん。権力者の子どもは便利よねん』

 アンナちゃん!? 何様だよコイツ!?

 相手はアンナ先輩を嘲けきっている。錦ノ宮祠影とソフィア・錦ノ宮の一人娘という部分での認識しかないのだろう。アンナ先輩の実力を知らないことは好都合だ。

『……でしたら、わたくしと鼓修理ちゃんの二人だけを残して、というわけにはいきませんの?』

『はっ、自分の立場が分かってる? ……交渉できる立場なんかじゃないのよん?』

 今のリーダーの声、前半にわずかに地声が混じった。何か違和感がある。

『ごほ、ごほ』

「ゆとり?」

 咳二回は、こちらの指示を問う合図だ。ただ、今は全員の注目がアンナ先輩と女リーダーの会話に集まっているため、ゆとりのささやき声もまずいかもしれない。テレビの音もささやき声を消すには少し難しいだろう。

「小声では難しい話ですか?」

 ゆとりは右を向いた。イエスだ。

「トイレに行くなどして席を立てますか?」

『と、トイレに行きたいんだぜ』

『……おっけー、あ、付いて行ってあげて』

 了解、と短く入り口の女が返事をした。ゆとりは立たされ、トイレに連れていかれる。その様子がカメラでも確認できた。さすがに中の様子までは確認できないけど。いやするつもりもないけどね? そう言わないとややこしいことになるからね?

 音姫なる水を流す音がバックに流れる。この機能っている?

『聞こえるか?』

「聞こえてる、ゆとり、どうした?」

「ゆとりさん、どうぞ」

『狸吉は、わからないか。カメラないもんな』

 監視カメラではなく隠しカメラでモニターしていることは伝えていないことを思い出す。

「いや、隠しカメラがあって、モニターはできてるよ」

『じゃあ、あの女のこと、覚えてるんだぜ?』

「え?」

『……あの女リーダー、私らの中学時代の同級生なんだぜ。……名前は思い出せねえけど、確か、私らで何度か捕まえようとしてそのたびに逃げられてたアイツなんだぜ』

 空気が、固まった。


昔連載中にオリキャラ出すか悩んだ記憶があります。
名前は設定していない(きっぱり)

もう少し書いたから投下



 ゆとりが無事に戻ってきて、アンナは悟られないように静かに息を吐く。

『ゆとりさんと奥間さんの情報を皆さんと共有します』

 わざわざ交渉を中断してまで席を立ったのだから、よほどのことなんだろう。

『向こうのリーダーは、ゆとりさんは中学時代、奥間さんは小学校、中学時代の知り合いだそうです』

 目がスッと細まる。多分PMを外している彼女たちグループ全員の情報は、とっくに警察や善導課は把握しているだろう。

『アイツは……××××と言います』

 奥間君が本名を告げる。少し躊躇った後、

『善導課から戻ってこない生徒の、一人だった……はずでした』

 なぜ、どうしてという愛しい人から困惑がありありと伝わってくる。

『ゆとりさん、リーダーの方とお話しできますか?』

 ゆとりは困惑していたが、不破氷菓の言葉に意を決して、

「……××××」

 いきなり名前を呼んだ。女リーダーは動じなかった。

「やっと思い出した? 鈍いな、思ったより」

 向こうはとっくにゆとりのことを知っていた、というより覚えていたみたいで、嘲るように笑う。

「あんた達には苦労させられた」

「あんた達って、たぬ……奥間のこともか?」

「だったら何?」

 怖がっている自分なりの演技は、やめることにした。

「奥間君のことをご存じですの?」

「…………」

 自分の気配の変化に気付いたのか、女リーダーは笑みを深めた。

(アンナ)

 気遣うように親友が呼びかけるが、今は勝負の時だ。目線だけで頷くと、もう一度、改めて女リーダーに笑いかける。

「時岡学園高等部生徒会の庶務見習いだっけ? 出世したもんね、あのバカも」

「どういうご関係ですの?」

 なぜか綾女に鼓修理にゆとりに、小型スピーカーの向こうからの気配も強張ったが、“この女は危険な香りがする”ことは明白だ。

「……ふふ、ナイショ。その方が楽しそう」

 髪をかき上げる仕草に、危険な香りがさらに増していく。

『あ、アンナ先輩。相手のペースに巻き込まれないでください。ゆとり、アンナ先輩と替われないか?』

 ちら、とゆとりを見ると、「ひぐ!?」変な小声がゆとり達から漏れたが、

「……あんたは昔っから人をおちょくってばかりだったぜ。卑猥な知識で」

 ゆとりが辛うじて言葉を紡いでいく。



「頭のいいバカってやつだぜ。そんなあんたが、なんでこんなことをしたんだぜ?」

「まあ、あたしってバカだし? 個人的な感情もあるにはあるけど、それとこれとは別に建前って必要なのよねん」

「《育成法》の撤廃が、建前なの?」

 綾女が突っ込んだ問いを投げかける。だけど女リーダーはあっけらかんと、「そうでもない」と返してきた。

「ここにいる全員の意思がそうでもなくてねえ。意思統一なんてするつもりもないけど。あたしはこの国とは違っていて、徹底的に合わないだけ。ここにいる連中もそれだけ。まあ、程度の差はあるけどねん」

 感じたことのない感覚が、緊張をもたらす。

「そこのお人形さんとは違ってね」

 女リーダーの、いや、犯人たちの感情が、自分に集まっているのを感じる。

「わたくしが、人形?」

「違うの? 《育成法》に育てられたお人形さん? あなたの評判、自覚してる?」

 ――敵意と悪意。人生で《SOX》にも基本的には向けられたことのない、強すぎる感情に一瞬、戸惑いを覚える。

 だけど、敵意と悪意が存在することを、自分の中にもあることを、アンナは知ってしまっていた。

「出来すぎたぐらいに出来た完璧超人。まあすごい。まるでお人形みたい。施設育ちや卑猥に触れざるを得なかったあたしらとはそのまんまの意味で育ちが違うわ、こりゃ」

「…………」

『あ、アンナ先輩、お、落ち着いて。そんな奴の言葉、気にしちゃだめです』

 愛しい人の声が、自分を癒してくれる。女リーダーには、くすりとあえて笑ってみせた。

「あなた方の気持ちはわかりましたわ。主張や立場から、わたくしとは相容れないこともわかりました」

 愛しい人への愛とは違う、敵意や悪意に反応する別の衝動。それとは別に感じる、女リーダーから漂う危険な香りに対する危機感。

 傷つきはしない。自分には、愛しい人がいてくれれば、それでいいから。それだけでいいから。

 だから感じるのは、敵を改めて敵として認識すること、そして衝動を解放することに理由がまた増えた、その悦びだけで。

 唾液を飲み込む。



 ――叩き潰し甲斐が存分にある。



 自然と笑みが深くなってしまう。女リーダーが顔を顰める。何故か仲間たちが慌てた気配がする。

「ですが相容れないからと言うだけでは、話は進まないと思いませんこと?」

「ふーん? で? 何か望みがあるの?」

「人質の解放、それだけですわ。……わたくし以外、全員の解放を」

「自己犠牲精神? 本当ご立派なお人形さんだこと」



『……ンナ、アンナ!? 聞こえているのですか!?』



 ――お母様?

 向こうがバタバタとしている。向こうの状況がよくわからない。

 綾女に鼓修理、ゆとりに顔を向けると、全員が顔を青ざめて首を横に振っていた。 

 邪魔されたくないという想いが強く自分の中にあって、以前の自分なら母親の声を無視したいなど考えられなくて、それが少しおかしく思えた。





 え、なんでここに?

 僕は間抜けにもそうとしか思えず、ソフィアが車のドアを開けるのを半ば恐慌状態に陥りながら、そのまま上がらせてしまった。

 広い車内もソフィアの怒気で狭く感じてしまう。びくんびくん! やってる場合じゃねーな!!

「アンナ、アンナ!? 聞こえているのですか!?」

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 アンナ先輩の怪力は母親譲りなのか、ソフィアに投げ飛ばされかけ、それが抑えられたのは車内という閉じた空間だからだった。

「ここで騒ぐとアンナ先輩たちが危ないです! 不破さん、早乙女先輩!」

 あとは任せた、とは言えなかった。そういう前に僕が自分から外に出て、扉を閉める。

「あの、僕の母さんのところに行ってたんじゃ……!?」

 僕の母さんの親友であるソフィアなら母さんのところに行ってここに来るはずがないと思ったのだけど、

「アンナが警察や善導課任せにするはずがないでしょう!」

 うわあ、さすが母娘だわ。アンナ先輩、良くも悪くも自分で解決したがるもんな。

「いいですか、あなたの母親が指揮権を取っているからこそ、向こうは任せて私はここにいるのです」

 当たり前のように、傲然と言い切る。



「アンナへの指示は私がします!」



「困ります! 混乱するだけです!」

 ただでさえ混乱してるのに!!

 だがこと最愛の娘の案件になると、ソフィアが引くわけがなかった。
  
「子供になんとかできる範囲ではないでしょう!?」

「犯人たちテロリストは10代半ば、僕達と変わりません!!」

「殺傷力ある武器を持っているというではありませんか、テロリストに年齢は関係ありません!! どきなさい!!」

 どうしようどうしようどうしようどうしよう!?

 車のドアを破壊しそうな勢いだ。「ちょっと待って、3分待ってください、お願いします!! みんなが危ないんです!!」

 ソフィアを置き去りにして「待ちなさい!」ドアを閉める。運転手は今はいない。運転手を常に用意しておくべきだった!

「ソフィア・錦ノ宮にわたし達のやってることがばれました」

『ごほごほ』

 アンナ先輩が二回、咳をする。『お手洗いに行かせてくださいまし』と女リーダーに話をつける。

「母娘で喧嘩している場合じゃないんじゃぞ?」

 何にも役に立ってないくせに正論吐きやがって春画家が!

 早乙女先輩に当たっても仕方ないけど、それぐらいこちらの現場は混乱していた。

 ドアが開けられる。3分待てと言ったじゃねえかよ。キレたら聞く耳がないのは母娘変わらずかよ。



 僕と不破さん、早乙女先輩がソフィアに「しーっ」と人差し指を唇の前で立てる。

「今、アンナ会長は移動中です」

「もうすぐ回線が繋がりますから、少し落ち着いてください……!」

 あかん、下ネタ浮かばねえ。繋がるとか華城先輩だったら絶対下ネタに繋げるのに。

 ただ一つ光明があるとすれば、ソフィアとは信念や信条は絶対相容れないが、アンナ先輩のような理不尽さは感じないところだ。圧は娘と変わらないけど、僕が何日アンナ先輩から逃げてきたと思ってるんだよ。

 水音が流れる。

『……聞こえますですの?』

「アンナ、あなた何やってるんです!?」

『叱るなら後で全て。この事件が終わってから、すべての叱責を受けたいと思いますの、お母様』

「…………」

 反抗されたことがなかったのだろうか、いや、アンナ先輩、家出の経験もあるしな。とにかく思ってたより以上に強い口調だったのか、ソフィアが黙り込んだ。

『お母様、そこにいる方々は全員、わたくしが無理矢理に頼んだんですの。だから、叱らないでくださいまし』

 そして、とアンナ先輩が静かに、だけどはっきりと。



『人質を解放したのち、悪を殲滅させてくださいまし。お母様』



「……受け入れられません」

 こればかりは譲れないとばかりに、ソフィアの語気が強くなる。

「危険すぎます」

『リスクは承知の上ですの。何より、もう乗り込んでしまったので』

「アンナ、あなたいつ既成事実を先に作るなんて覚えたんです?」

 う、本気で既成事実作りたいなら妊娠したことにするだろうから、まだアンナ先輩は本気じゃないよねっ。

『色んな人の助けを借りて、ここまで来れましたの』

 お母様、と願う声は、以前のものと同じように思えた。





『奥間君のお義母様も最後にはわたくしが乗り込むことを納得してくれましたわ』

 お義母様という言葉が単なるお母様と同じ発音でほんっとうによかった……。

「……さすがにこの状況でアンナひとりを逃がすわけにも……」

 ソフィアだったらやりかねない。まあアンナ先輩が大反対している状態だけど。 

 ぎりぎりと歯噛みする様子はさすがに同情しかけた。

「アンナへの指示は私がします」

『……お母様、それは』

「難しいでしょうね」

 不破さんが割って入る。割礼って言葉が浮かんで不破さんが激怒しそうだとなんとなく思ってしまって、反応が遅れた。

「私情が入りすぎています」

「ですが、あなた達子供に……!」

「病院を占拠しとるのも、アンナが助けたいのも、全員子供じゃぞ」

 BBAはしゃしゃり出るなって言いたいの? 早乙女先輩?

「子供をバカにするとツケが回るのじゃ」

『早乙女先輩ったら』

「…………」

 ソフィアが数舜、黙った。

「アンナ。あなた、変わりましたね」

 アンナ先輩が微笑む気配が聞こえた。

『最近、よく言われますの』

「……後ろで見ています。あなた達が間違った行動をしそうなら、すぐにでも交代しますから。それが大譲歩しての条件です」

 なにこれなんて地獄の参観日?

『そろそろ戻りますわ』

 アンナ先輩の微笑の気配が消える。やり取りはもちろん、華城先輩やゆとりや鼓修理にも聞こえているはずだ。



本当の本当に今日の更新おしまい!

ソフィアは待ちの時間とかすごく苦手そう。母娘そろって。

やっぱり時期外れで需要ないなぁ



 綾女にとっては正直なところ、ソフィアは邪魔でしかなかった。多分、アンナ以外の全員が同じ気持ちだろう。もしかすると、アンナですらも。

 ただ、娘がこんな危険なことをしていて心配しない親なら、《育成法》の成立やあんな無謀なデモは起こさないだろうとも思う。

 女リーダーはアンナが戻る前に出て行ってしまった。

(また、警察や善導課と交渉かしら?)

 先ほどからやけにおとなしい鼓修理に話を振る。アンナが関わるとフリーズしてしまうのはどうしようもないが、童貞のチ○ポよりも役に立たないままなのは困る。

(ソ、ソフィア・錦ノ宮までも……!)

(ダメなんだぜ、これ)

 ゆとりはとっくにお手上げのようだった。正直、このままだと人質解放の流れになってもアンナと鼓修理だけ残されそうで、非常に辛い。鼓修理も鬼頭慶介の一人娘である前に、《SOX》の一員なのだから。

 鬼頭グループの動きも気になるところだけど、情報はテレビのニュースしかない。いま、事件が発生してから約三時間、14:30とテレビが表示している。

 アンナが戻ってきた。母親が介入してきたことへの動揺は、少なくとも表面上はわからない。

 アンナは鼓修理に女神の微笑をしてみせて、「…………」余計にカチコチになってしまった。

(アンナ、今は無理に笑いかけない方がいいわ)

 アンナなりの気遣いだったのだろうが、特に鼓修理とゆとりには逆効果だ。

(にしても、アンナをお人形とはね)

 月見草の方がよほど人形っぽいというかロボットっぽいと思うのだけど、月見草は自分たちと同じ被害者であって、《育成法》の象徴であるアンナは親の言うことを聞くだけの人形のように思っているのかもしれない。

 アンナは、あれだけストレートに悪意をぶつけられたことは今までにないと思う。妬み嫉みは多少あるだろうけど、アンナ自身の性格がいいから自然と解消されてきた。

 多分、犯人たちにアンナとの面識はないのだろう。あっても非常に表面的か。

(奥間君、リーダーはどういう人なの?)

 せめてプロファイリングができればと思うけど、狸吉の返答は、

『…………』

 無言、だった。その無言に何か嫌なものを感じる。

『あの』

(何でしょうか、奥間君)

『……怒りません?』

(……………………)

 アンナの長い沈黙が続いた。ゆとりも意味がわからないという顔をしている。

(今は事態の解決が先決ですわ)

『…………』

 それでも狸吉の苦悩は続いていた。(奥間君)と自分が呼んで、やっと口を開く。



『…………僕、生まれて初めて告白されたのが、あの人だったんです』



(説明を)

 アンナは怒らない。事態の解決を優先しているのか、正妻の余裕なのか、あるいは何らかのいたぶる嗜虐趣味が刺激されているのか。



 とりあえずゆとりは黙り込んだし鼓修理は今はエノキよりも役に立たないし。

『ほう、興味深い』

『こんな状況でなければ面白い話なのじゃがのう』

『こんな話をしている場合では……、犯人像を知ることは大事ですが、しかし……!』

 向こうもいろいろとややこしそうだった。

『あの、小学校を卒業するときに、告白されたんです……』

(愛、の告白を?)

 アンナが『愛』を強調する。その不自然さにソフィアは気付いていないようだ。

『は、はい……でも、その時にはもう、僕の中の理想像として、アンナ先輩がいたから……その……』

『断ったのかの? もったいない話じゃの』

 早乙女先輩のバカ発言は置いておくことにする。アンナも笑顔の圧力が普通に戻ったし。

(お母様、奥間君は、)

(あ、あの、ぜ、全部終わってからの方がいいと思うんだぜ!?)

 ゆとりが頑張ってアンナの爆弾発言を封じてくれた。さすがにこの状況で伝えるべきでもないと思ったのか、

(お母様、この事件が終わったら、お話したいことがありますの)

 狸吉の血の引く音が聞こえた気がした。

『わかりました。今は事態の収拾を最優先になさい』

『か、華城先輩』

(何?)

 なぜか気分が悪くて、不機嫌な声になる。生徒会モードだからさほど変わりはしないが。

(はい、お母様)

『か、華城先輩。撫子さん……華城先輩の育ての親のことなんですけど』

 16:00頃に到着すると伝えられる。撫子の仕事や物理的な距離を考えると、飛び切り早く来てくれている方だろう。

(鼓修理、大丈夫? ちょっと、あなたの考えが聞きたいのよ)

(ハ、ハイッス!)

(……鬼頭グループがどう出るかよ)

 アンナとソフィアに聞かせたくないが、避けては通れない話題だった。

『鼓修理さんは鬼頭慶介とやらの一人娘だそうですよ』

 向こうでマッドワカメがソフィアに補足する声がする。狸吉、男なら死なないで股間にテント張りなさい!

『それは……、夫の方が詳しいでしょうね。私自身は数えるほどしか会ったことがないものですから』

 ガサゴソと物音が聞こえる。

『今、ソフィアさんが祠影さんと連絡を取ってくれています』

 大変、狸吉が悟りに入ってしまっているわ!

『…………出ませんね』

(多分パパと調整中なんっスよ)

 自分だけに聞こえるように耳打ちで返してきた。ゆとりに聞こえる声で話すとアンナにも聞こえるものね。

『リーダーが人質の部屋に戻ってきます』

 こんな時でもマッドワカメはマグロのごとき声色だった。



「はあい、元気にしてた? マイダーリン&マイハニー♪」

『奥間主任に繋いでください、ソフィア・錦ノ宮と伝えれば優先して繋がります』

 夫に繋がらないとわかったら更年期の夫婦よりたやすく離縁するかのごとく、そして再婚相手を見つける一昔前のDQNとやらのごとき速さで狸吉の母親に繋ぐソフィアの働きは、なるほど、子供じゃ無理かもしれないと少しだけ、少しだけそう思った。

「アンナちゃん、朗報よ」

「なんでしょう?」

「私たちの海外逃亡先が決定したわ」

『はあ!?』

 ソフィアの金切り声がびくっとさせる。それでピンときた。

「――最初からそれが目的だったわけ?」

 最初に無茶苦茶な大きな交渉をして、次に本命の交渉をするのは交渉術の基本だ。 

「《SOX》は囮ってワケ?」

「ま、そうかなー。時岡学園の生徒会にとってはいいことでしょ?」

「……どういうことですの?」

「だってさー、結構な間《SOX》に苦しめられてきたんでしょ? 喜ばないワケ?」

「…………」

 知識がないアンナには判断できないはずだった。ただこれが善意からくるものでもないのは今までの態度からわかるはずだった。

「確かに、《SOX》は壊滅的なダメージを負うでしょうね」

「綾女さん……?」

「そんなに……奥間君のことが好きだった?」

「…………」

 女リーダーの顔が、はじめて強張る。

「そうよねえ、綺麗で健全なものに憧れた奥間君なら、《SOX》の撲滅を願うはずですものねえ?

 ――くだらない。フラれてみじめに引きずって挙句にここまでのことをしておいて、その理由が単なる置き土産? 感謝されるわけもないのに」

 …………、何故か、すべてが自分に跳ね返ってくる気がする。言葉が、処女膜喪失のように痛い。

 アンナやソフィアがいるから下ネタが言えないのが辛い。下ネタが言えたら、もっと罵声を浴びせられたのに。

「奥間君は確かに喜ばないでしょうね」

 アンナが続く。

「少なくともあなたには、信じるに足る『愛と正義』がありませんわ」

 女リーダーは、黙っていた。そして。

「……気持ち悪い」





 吐き捨てる。この世に対する恨みつらみ全ての呪詛を、


「気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!!!」

 今までの余裕はどこにいったのか、全身から寒気がするのを掻き抱くかのように叫ぶ。


「!!」


「アンナ!!」

 銃口が、アンナに向けられた。



「じゃあそもそも綺麗に生まれなかった人間はどうすればいい!?」



 絶叫が、部屋を切り裂くかのようだった。自分もきっとゆとりも、狸吉も、何も言えない。

 知っているから。自分がそうだから。

「奥間君は、綺麗に健全に生きてきましたわよ?」

 アンナには、わからない世界がある。どうしたって、持つ者と持たざる者の違いがある。

 だからアンナが何を言っても、傲慢にしかならない。

「大切なのはどう生きたか、ですわ」

「~~~~!!」

『アンナ先輩、挑発は控えて!!』

『アンナ、それ以上はいけません!!』

 愛しい人と母の言葉が重なって、アンナは黙る。

 だけど相手の憎悪は、消えなかった。

「どうせなら、ね」

 女リーダーは憎悪に笑う。

 それはどこか、あの夜の空気を軋ませたアンナの笑みに通じていた。

「海外逃げるしさ、まああたしは人質として以上には興味ないけど、アンナちゃんに興味ある子いるんだよね。紹介してあげよっか?」

 トランシーバーで誰かを呼ぶ。すぐに来た。

「あの……?」

「象徴を壊そうと思うの」

 呼ばれた、少年と言っていい年齢の男は戸惑っている。

「アンナちゃんのこと憧れなんだよね? あんたも」

「は、はい」

「……もうすぐ日本離れるし、もうチャンスはないよ?」

「あの……?」

「だからさ、……“初めて”を奪っちゃえ」

 バン、とアンナの頬をグリップで殴る。


「アンナ!!」

「アンナ様!!」
 
『アンナ先輩!!』

『アンナ!!』


 アンナの小型スピーカーであるイヤリングが、衝撃で落ちた。

ちょっと眠って復活したので書きました。

なつかしいな。初めましての方がほとんどだろうけども。

供養になってるかなあ。

ちらほらいてくれて有難いです!
ずっと心残りの作品だったので。5年越しですが、なんとか書けるようになったので。少しずつ書いていきます、よろしくお願いします!



 痛みはほとんど感じていない。うまく衝撃を殺したから、少し赤くなる程度で済むはずだ。

 ただ、イヤリングで向こうの声が聞こえなくなったことの方が辛い。

「え、でも……」

「今更好かれること考えてるわけ?」

「アンナ! お願い、逃げ」

「は?」

 銃口が綾女の方に向けられる。

「綾女さん……わたくしは大丈夫ですわ」

「違う、違うの」

「……?」

 見るとゆとりも鼓修理も目を伏せている。周りを見れば、月見草も判断に困っていて、人質の大人たちも痛ましげにこちらを見ている。

 犯人たちの会話の意味が分からないのは、自分だけのようだった。



「やっちゃいなよ、いいからさ」



 ただ、リーダーの悪意に少年の純粋な心が巻き込まれようとしているのはわかった。

「……何をするつもりなんですの?」

「痛くないよー? 気持ちいいこと」

 少年は迷っていたが、無理に笑顔を作っているのがわかって、倫理がかすかに優しくしなければならないと思ってしまった。

「……どうしたんですの」

「本当は、望んじゃいけなかったことなんです。だけど……僕、あなたに憧れていたのは、本当で」

 生徒会に入った直後の奥間君をどこか思い出させた。だから、それもあって、わずかに気が緩んだのかもしれない。

「だから、だから――!!」


 ――唇と唇が、重ねられた。


「?」

 最初、その行為の意味がわからなかった。

 アンナ様やアンナといった声が遠くから聞こえる。

 舌が入り込んでくる。愛しい奥間君との唇の重ね合わせとは全く違う。


 ただただ、気持ち悪い。

 少年は興奮してきたのか、自分の胸部をまさぐろうとする。

 それにも、不快感だけがある。

 ――穢されていく。

「アンナ!!」




 ぶつん、と音がし、バァン!と爆発音。手錠をいつの間にか引きちぎり、少年を膝蹴りで壁に叩きつけた音に、アンナ以外の全員が呆然とする。

 ぷっと、唇をかみ切った際の罪人の血を吐き出す。



「ふ、ふひひひ、よくも、よくも、わたくしの愛を穢しましたわね?」



 足りない。足りない。足りない。足りない。
 
 命を刈り取らなければ、いやその前にあらゆる苦痛を与えておかなければならない。

 そうして、禊を済ませなければ。

「ああ、あは、あの方は何もしなくても愛してくださるでしょうけど、わたくしがそれでは納得できないので……」

「動くな」

 銃口がこちらに向けられる。その危険性も、今は衝動の解放へのスパイスとしてしか感じられない。

 ――見てわかる。女リーダーの目には余裕がない。だけど、折れてもいない。

 《雪原の青》のようだと思った。ならば、――嫐り甲斐がある。

「アンナ、気持ちはわかるわ! でも、落ち着いて、お願い!」

「何を仰っていますの、綾女さん?」

 本気で不可解だった。

「この者はわたくしの愛を、最大級の侮辱で穢しましたのよ? その者に罰を与えること以上に優先されることなど、今この場であるはずがありませんわ」

「まあまあまあ」

 女リーダーが嗤ってみせた。先ほどよりも余裕のない笑みだが、このアンナ・錦ノ宮を前にして、銃口を向けてむやみに撃たないというのもなかなかの胆力だとアンナは分析した。部屋にいた二人とドアの外から覗く一人は恐怖で動けなくなっている。

「あんたがキレるのはさー、当然ってか。それが目的だったわけだしねえ?」

 銃口は、外れない。だけど今の自分ならこめかみに銃口が当てられていようと、指の動きを察知して避けるぐらいのことは出来る自信がある。

「まあこんな化け物だと知ってたら、さすがに挑発なんてしてなかったけど」

「ぺらぺらとよく喋りますこと」

「でもそれ以上その子に手を出すのは止めてくれる? 一応あたしが煽った形だし、責任はあたしにあるってことで」

「できませんわね。彼はいわば実行犯――わたくしの愛を穢した、最大の罪人。もちろん、あなたにも最大級の罰を与えますけど、今は優先して、この方に罰を与えたいんですの」

「それ以上その子を傷つけるようなら、あたしは撃つ」

 微笑が深まってしまう。撃つ隙を狙ってリーダーの武器を奪えれば、戦力低下になるだろう。

 背面の、自分を穢した罪人に背中越しに肘を入れる。「ぐはっ!」骨の二、三本は折れる音に、かつての昂揚を思い出す。罪人の苦痛の顔。

「これ、これ、これが感じたかったんですの!!」

 プシュ

「危ないですわねぇ、後ろにお仲間もいらっしゃるのに」




 エアガンの発射も、最小限の動きで避ける。プシュ、もう一射来たがそれも避け、リーダーの手首ごと蹴り飛ばす。骨にひびの入る音が聞こえたけどそれすら心地いい。

「ぐっ!!」

 そして跳ね上がった手首を掴み、ひねり、組み伏せる。《雪原の青》を追い詰めたときの興奮を思い出す。あの時は確か、

「が、あああ!!」

 肩を外した。《雪原の青》に行ったものよりもさらに痛みが残り、後遺症も残るように。悲鳴は《雪原の青》より濁っていて、それがより心地よかった。

「捕まえましたわ」

 一瞬の攻防で、武道に長けている人間でないと何が起きたかわからないだろう。リーダーが捕まったのならば、他の連中は有象無象に過ぎない。

 さて、と。このまま警察に引き渡してやってもいい。だけどそれでは、愛の罰は与えられない。警察や善導課も邪魔だった。もう少し、この治外法権の場を保つ必要がある。

「?」

 全員の空気が、重い。なぜだろう。悪が成敗されている最中だというのに。まあいい。今は愛の罰を与えることが最優先なのだから。

「月見草さん、リーダーの拘束をお願いしますわ」

 とりあえず拘束は必要と判断して、月見草に目を向ける――

「月見草さん、月見草! しっかりしなさい!」

 親友の声が、ようやく、ようやく飛び込んでくる。

「――――え?」



 ――月見草朧は、お腹から出血していた。



 自分が避けた流れ弾に当たったのだと、いや、きっと流れ弾に当たりそうだった人質をかばったのだと、気付いたのは数秒経ってからだった。


あー、決定的な出来事が、ようやく起きてしまいました。

……読んでる方いたら何か一言コメントいただければ幸いです。すみません。元が古い作品だからいなくても仕方ないとは思うのですが。

ありがとうございます。すみません、弱音を吐いてしまって。
今日は時間がなくてかけなかったのですが、続きは書いていきますのでよろしくお願いいたします。

すみません、ありがとうございます。
まあ仕方ないですよね。面白いと言ってくれてうれしいです、頑張ります。



「アンナ、あなたいったい……?」

 アンナ先輩のあまりの獣性に、それまで触れてこなかったであろうソフィアは、自分たちの中でもより呆然としていた。

「イヤリングの回収はできそうですか?」

 不破さんがこの状況でも無表情に指示を出す。このままではアンナ先輩に声を届けることができない。華城先輩、ゆとり、鼓修理が探す。

『あったっス!』

『アンナ……!』

 華城先輩が呼びかけるけど、アンナ先輩は何を思っているのか、返事がない。

 くそっ、なんでアンナ先輩は最初に抵抗しなかったんだよ!?

「……最低限の知識もないから、相手が何をするつもりなのかわからなかったのでしょう」

 不破さんは淡々としているが、どこか痛ましげにも見えるのは気のせいだろうか。

 きっと月見草に頼んだこともよくなかった。「自分の身は自分で守れる」と言い切ったアンナ先輩を、「人質を最優先に」という至上命題を、月見草は無視することができなかった。

『……さて、と……どいてくれる? アンナちゃん。……側近が怪我してるでしょ?』

 力ない女リーダーの言葉にも、アンナ先輩は反応しない。それどころか、

『ぐ!?』

 さらに力を込め、ねじり上げる。

『……死にたくなければ、人質の解放をお願いしますわ』

『全員、ってわけには、いかないかなあ?』

 こいつ、よくもまあこの状態のアンナ先輩に対して、交渉しようなんて思うよな! 殺すというのは嘘じゃないぞ!

『そうですわね。それではとりあえず、怪我人である月見草さんと綾女さんの解放をお願いしますわ』

『あなたが、その手を、放してくれたらね』

『…………』

 アンナ先輩は憎悪と嫌悪と殺意の視線で相手を射殺そうとしているかのようだ。それが魚眼レンズ越しにでも伝わる。

「まず、アンナと会話ができるようにしなさい」

 ソフィアが口を挟んできた。ソフィアは思ったより冷静で、おそらくアンナ先輩の暴走を止められそうな人物であるソフィアがここにいたのは僥倖かもしれない。ソフィアなら言葉で無理矢理に押し通せる。

 一瞬、不破さんは悩んだが、僕ではアンナ先輩を説得できないと判断したようだった。

「……わかりました。副会長、鼓修理さん、ゆとりさん、なんとかイヤリングをアンナ会長に着けてください」

『アンナ、お願い、月見草さんが危ないの。……離れて』

 華城先輩が懇願すると、ようやくアンナ先輩は離れた。月見草のことが心配ではあるんだろう。

 月見草の負傷を、アンナ先輩はどのように感じているのか、全く想像つかないのが、怖かったけど。

 犯人たちの一人が女リーダーを介抱しに小走りで、アンナ先輩を刺激しないように壁を背にしながら近づいてくる。

 アンナ先輩は先ほどと同じ位置に座る。鼓修理から華城先輩にわたったイヤリングが、アンナ先輩に渡される。



『華城綾女と月見草朧の解放とあの子の治療を交渉しに行く。まあすぐに終わるでしょ』

『でもリーダー、その怪我は』

『あたしは左肩から下だけだから。アンタ、華城綾女の主治医でしょ? 整形外科医なら一応、診れるわよね? ……先にそっちの子をお願い』

 部下が外科医の手錠を外している間に、アンナ先輩はイヤリングを堂々と着けていく。見た目はイヤリングだし、小型スピーカーであることはわからないだろうけど、そういうことに気配りする余裕がないようにも見えた。

『……奥間君』

「アンナ先輩……」

「アンナ、よく聞きなさい」

 ソフィアの硬い声に、全員の注目が集まる。



「あなたは何も間違っていません。だから、落ち着きなさい」



「……あなた、何を言っているんです?」

 僕の思わず言った一言にも、ソフィアは意に介することはなかった。

「あなたのしたことは正当防衛です。月見草とやらかしたのは、任務に基づいてのこと。あなたに非はないのです。だから落ち着きなさい」

『……………………』

 アンナ先輩が周りを見ず、結果月見草が負傷したのは事実としてソフィアの目に映っているはずだ。

 この人は何を言っているんだ?

『わかりましたわ、お母様』

 アンナ先輩の声には、慈愛も殺気も、どちらの面もなかった。

 不破さんも言いたいことがあったのだろう、こちらの音をミュートにして問いかける。

「全く非がないというのは間違っているのでは?」

「今のアンナに必要なのは反省ではありません。そんなものは後でできます。今必要なのは、事態を打破する突破力です。後悔でそれが鈍っては、解決できるものも解決できません」

「でも、アンナ先輩は、間違ったんですよ!?」

 こんな言葉、言いたくなかった。だけど言うしかない。

「そうやって、アンナ先輩に正しいことだけを詰め込む気なんですか?」

「アンナは、唇を穢されたんですよ!?」

 唐突に感情が爆発し、僕達は動けなくなる。

「アンナだって怒りを覚えて当然です!!」

「…………」

 気付いていない。穢された、その意味が母娘で食い違っていることに、気付いていない。

 表面的には合っているかもしれない。だけど、ソフィアとアンナ先輩の知識量には差がありすぎる。

 決定的に、間違っていた。

とりあえず、今日の文を。知識は財産ってわかんだね、エロ知識でも



「月見草の具合はどうなんじゃろな」

 話を逸らすように、早乙女先輩が口を開く。早乙女先輩にしては珍しくファインプレーだ。

「今、交渉しているようですね」

 女リーダーが別の部屋に入る。先ほどから拠点としている部屋だ。

「アンナ先輩は?」

「アンナ会長、聞こえていたら咳を一回お願いします」

『ケホ』

 不破さんはもう一度ミュートにすると、

「奥間さん、ソフィアさん。出て行ってもらえますか?」

「え?」

「何を言っているのです!?」

「こちらの方で意見が割れているようでは、話になりません。向こうも混乱を招き、決定的な事態をさらに招きかねないので」

 淡々と、無表情に言われてはソフィアも激昂の隙間がないようだ。

「なら善導課に行って、月見草の様子を教えてもらいに行けばどうじゃ?」

「……わかりました。あなた達の能力はアンナが見込んだだけはあって高いようです。月見草の容態もアンナにとっては気がかりでしょう。爛子さんのところに行きますよ」

 有無を言わせない口調は娘をより高圧的にしたようなものだったけど、ソフィアなりにショックも大きかったらしく、苛立たし気に睨まれた。なにこれ僕のせい? ってかこの状況で母さんに会いに行くのも正直嫌なんだけど、月見草のことが心配なのもそうだし、もし無事なら早くアンナ先輩に伝えて安心させてあげたい。

 作戦本部に向かうと、事態は酒池肉林のごとくてんやわんやだった。酒池肉林の肉林って食べる肉じゃなくて性の肉の方だよね、やっぱり。

「何故貴様たちがここにいる?」

 母さん、ソフィア相手にも貴様呼びかよ。ぶれねえな、ほんと。

「アンナの様子は!?」

「月見草と連絡が取れない以上、わからんな」

 それでも一応は親友らしく、母さんは善導課職員ではなく母親として質問に答えた。ソフィアと僕にしかわからないだろうけど、わずかに声音が違う。

「月見草は!?」

「回収の最中だ。向こうもアンナの攻撃で重傷者が出ているからな、治療を求められている」

「アンナ先輩の解放は、……難しい、か」

「狸吉には関係ないと言いたいが、そうだな。鬼頭慶介という人物も一人娘のために、鬼頭グループ総出でヘリと船を用意済みだ。錦ノ宮祠影を筆頭に政治家も動いている。海外に渡れるようにな。人質に有効なのは政治家本人ではなく、その身内だからな」

 だから政治家が優先して解放されていたのか。あの女リーダーはそこまで考えかねない。ぶち切れたアンナ先輩相手にあそこまで悪意を向けて、交渉までしようとしたのだから。

 ソフィアはアンナ先輩のことだけが気になるのか、何も言わないでぎりぎりと歯ぎしりしている。感情のぶつけどころが今はないんだろう。ゴムの中に出た精液のぶつけどころのように、今はどこにぶつけても意味がない。

「母さん。……ちょっと」

 ちら、とソフィアを見る。無視されると思いきや、「ソフィア、貴様はそこに残っておけ」とつっけんどんにバスの外に放置プレイだ。

「ソフィアがいれば言いにくい話もあるだろうからな。下らない話なら叩き出すぞ」

「……アンナ先輩がやったことだけど」

「祠影とソフィアが正当防衛に収めるだろうな。映像に残っている以上、相当に優秀な弁護士でも難しいだろうが」

 卑猥なことをされそうになったから相手を壁に叩きつけた、ここまでは仕方がない。というか、僕でも金玉ねじ切られて死ねと思う。

 法律は風紀委員以上に杓子定規だ。壁に叩きつけた無抵抗の相手にさらに肘を入れ、おそらくは肋骨の二、三本は負ったのは、過剰防衛か、下手すれば傷害罪になる。アンナ先輩が柔道の有段者ということも悪い方に働き、経歴に傷がつく可能性も低くはない。

 だけど、そんなことは後で母さんの言うとおり、祠影とソフィアがなんとかするだろう。

「母さんは、アンナ先輩がやったこと、どう思う?」

「当然のことだろう」

 まあ、母さんみたいな肉体派はそうだよね。知ってた。そもそもちょっとした下ネタすら嫌悪を通り越して憎悪しているのに、アンナ先輩がされたことを考えると当たり前の反応だ。

 だけど母さんもソフィアも、アンナ先輩の不安定さを知らない。

 変わっていっている。アンナ先輩を見てほとんどの人がみんなそう言っている。そして変化の最中というのは、不安定だ。


「母さん」

 ごめん、不破さんや早乙女先輩には事後承諾になるけど。婚姻届けは事後承諾良くないって聞くけどアンナ先輩ならありうるな。

「僕が人質になるわけにはいかない?」

「無理だな、貴様には人質としての価値がない」

 母親の情など一片もなく善導課として言い切った。ねえ、僕らって親子だよね?

「このまま海外に逃がすの?」

「何故知っている?」

 ああしまった、墓穴掘った! アナル処女に三連パール並みの墓穴!!

 誤魔化せるはずも黙り通せるはずもなく、僕は母さんにアンナ先輩とやっていることを話した。

 ガゴン!!

「貴様はぁぁぁ!! アンナになんてことを吹き込んだ!!?」

「アンナがどうかしたのです!?」

 ああ、ソフィアまで入ってきた。アンナ先輩の名前が出てきたからだろうな。善導課職員がポンポン投げ飛ばされている。

「ソ、ソフィアさん、説明してください、アンナ先輩と連絡ができる状態にあることを、げふ」

「ああそのことですか」

「貴様、知っていたのか!?」

「私に無断でアンナを人質にした貴女に言われる筋合いはありません!!」

「安全には最善を尽くしていたのだ!!」

「ストップストップストップ!! 今はもうそんな段階過ぎてるんですって!! お願い、話聞いて!!」

「奥間主任、そのぉ……」

 善導課職員がこの状況で頑張って報告に来た。僕なら裸足どころか全裸で逃げてる。

「月見草がエレベーターを通じて降りてきます。治療は……他の病院で行うのが賢明だと」

「そんなに悪いんですか!?」

 母さんにエビぞり固めを決められながら叫ぶ僕に「見てはいけないものを見てしまった自分も殺られる!」感を出した職員は、僕の問いに答えていいか迷っていた。

「報告しろ」

「は! 早く治療を受けないと危険な状態だとのことです。ですがこの病院での治療にはリスクが高すぎます」

 報告の間に僕へのエビぞり固めは外れたけど、心は晴れなかった。

「月見草……」

 月見草の負傷を、アンナ先輩がどう思っているのか。

 変わりつつあるアンナ先輩の思考は、全く読めなかった。



「アンナ会長の様子はどうですか?」

 氷菓はアンナ会長の接続だけをオフにし、他三人に問いかけるが、具体的な返答はなかったにせよ芳しいものではなかった。

「アンナ会長が冷静であったなら、防げたかもしれませんが」

「いやあ、それは無理じゃの。アンナの本質はその激情にあるからの」

 しかしこのままでは何も始まらない。アンナ会長への通信を再開する。

「アンナ会長、聞こえていたら咳を一度お願いします」

 こほ、と一度咳が聞こえた。通信自体には問題なさそうだが、さて。

 ソフィアの言葉に嫌悪感を覚えた奥間の気持ちはわかる。間違いを一切なかったことにしてしまうソフィアの言葉は、間違っている。それでも奥間には悪いが、氷菓はどちらかと言えばソフィアよりの意見だった。後悔は文字通り後ですればいい。今は事態の解決が最優先で、起きてしまったことについて考えるのは後でいい。

 ただ、ソフィアはアンナの獣性に気付いていない。性知識が一切なく、それでいて性衝動を覚え、さらに倫理は人一倍ありながら破壊衝動にも酔う様子は、矛盾としか言いようがなく、矛盾というのは不安定さを孕んでいる。

『奥間君は、どうしましたの……?』

 小声で問いかける言葉には、氷菓でも理解できない。しかし何かが含まれていた。

「善導課に情報を求めに行っています。……月見草さんがどうなるのかを確かめに」

『アンナ……』

 何かを問いかけたそうな副会長の声が聞こえるが、周りは騒然としていて誰も咎める様子はなかった。

 月見草は動かない。モニターを拡大してみる分には、僅かに身じろぎしていて生きてはいるようだが、重症だろう。

『アンナ、様……』

『喋らないでくださいまし』

 アンナ会長の遮るような声も聞こえていないのか、『守れ、なくて、申し訳、ございません……』魚眼レンズのモニター拡大という荒い画像ではあったが、それでも月見草が糸の切れた人形のように崩れ落ちるのがわかる。

『月見草さん――!?』

『すまねえ、ちょっとどいてくれ……息はある。出血も脈に合ってるから、心臓も動いているぜ』

(まずい展開ですね、これは)

『先生? 月見草さんの方を診てくださいまし』

 びくん!とアンナ会長の化け物じみた獣性を見てしまった医者はアンナ会長の言葉に文字通り跳ね上がる。氷菓の分析では、生徒会長としての聖女の声だったのだが、アンナ会長は本心を隠しているのか、わかりかねているのか。

 そう思考している間にも、『リーダーに直接治療を頼まれている以上、逆らえばどうなるかわからない』などということを医者が言い出した。

 だが医者にも良心はあったのか、『ナースステーションからありったけのガーゼを持ってくるよう頼んでくれ、あなたは圧迫止血を頼む。道具がない以上それしかできない』アンナ会長に治療をやらせるつもりらしい。

『聞きましたわね? ガーゼを持ってきてくださいまし』

 犯人の一人がトランシーバーで確認した後、ガーゼと、それとキャスター付きの担架も運ばれてきた。


『リーダーの判断により、華城綾女、月見草朧、2名を解放する。医師と看護師3名は二階下の手術室に行き、こいつを治療してもらう。そのあと、リーダーの応急処置をしたのち、解放してやる』


 戦力の低下により、人質が多すぎて把握しきれないと判断したのだろう。氷菓から見ても適切な判断だった。

 窓から外を見ると、救急車が二台、出ていこうとする。もう一台は副会長のものだろう。

 だが、救急車が一台止まった。


「大丈夫、大丈夫ですから!!」


「あれは綾女かの?」

「そのようです」

 眼鏡をかけていない副会長が救急隊員の言葉をはねのけて、殆ど飛び降りようとしている。

「副会長、聞こえますか? そうです、その黒いワゴン車です。こちらに向かってきてください」

『わかったわ』

 人質が実質5名減って、残り10人。

 だが事態が好転したとは、どうしても思えなかった。


今日の分、おしまい!
籠城事件を書くの、難しいです……。


 病院着のまま、救急車を転がるように出る。実際、あとは安静にするだけで治療は特に必要ない。

 それよりこの事件の行く末の方が問題だった。

 ワゴン車の扉を開ける。いたのは不破氷菓と早乙女先輩の二人だった。

「たぬ……、奥間君とソフィアさんは?」

「善導課の方に。アンナ会長に対する言葉に、奥間さんが怒ってしまったので、こちらの指揮が混乱してはいけないと善導課に行かせて頭を冷やしに行ってもらいました」

 アンナは間違っていないと半ば洗脳のように言い聞かせていた、あの言葉。

 一見正しくて、しかし正しさしかない、アンナの気持ちを無視した言葉。

 アンナの、月見草に対するあらゆる思いを、無視した言葉。

「まあ怒ったというには、情けない声でしたが」

「相手がソフィアだしね」

 ソフィアに敬称を付けるのは止めた。眼鏡をかけていないというのもあって、生徒会モードに移行できない。

 新しいPMはもう装着させられていて、禁止単語はタイマーなしには言えないのだけど、そもそも不破氷菓がいる前では言えない。

(下ネタ言いたい)

 それどころではないけど、それが自分のアイデンティティなのだから仕方なかった。

 車の扉が開いた。

「華城先輩!? 大丈夫ですか!?」

「たぬ、奥間君、ソフィアさんと……」

「奥間爛子。善導課の主任をしている」

(《鋼鉄の鬼女》が来るなんて聞いてない!)

(そもそもソフィアが来るって時点でいろいろおかしくなってるんですよ!)

「ななな、何の用じゃの?」




「今からアンナ・錦ノ宮、濡衣ゆとり、そして鬼頭鼓修理の3名に対する指示は我々善導課が行う」




 マッドワカメがちら、とこちらを向いた。判断は任せる、ということなのだろう。

『ケホケホ』

 二回、咳が続いた。アンナだった。

 ちぎれた手錠はそのままに、アンナだけが自由に動ける状態だった。

 辛うじて、指示の仕方は覚えているようだけど、今のアンナは……、

 アンナが安全に話せる場所まで行くことは、相手も混乱している以上簡単なようで、すぐに血の付いた手を洗う目的で女子トイレに向かっている。経血が来たときはびっくりしたわ……。

「私は、反対です」

 下ネタを挟まない交渉術は自信がないけど、やるしかないのだ。据え膳食わぬはマンホール、あれ? 何か間違ってる?


「せめて交渉の同席を求めます」

「華城先輩の意見に賛成です」

 狸吉が賛成してくれた。

「母さんたちを信用しないってわけじゃないよ。でも……」

「なんだ、さっさと言え」

「この映像じゃ、わからないでしょうね」

 魚眼レンズ越しには、何もかもが歪んで見える。

「アンナはひどく、その、混乱しています」

 混乱というよりは、あれは――

『奥間主任。お母様』

 アンナの声はひどく冷静で、微笑の気配すら伝わってくる。



『わたくし一人に任せてくださいまし』



 あの夜の、女王のような気配を纏った、絶対的に服従を誓わされそうな、“あの”声色だった。

「何を言っているのです! 危険すぎます!」

 この期に及んで娘の本質に気付いていない母親は、至極当然のことを言う。

「アンナ、君はいったい何を考えている?」

 《鋼鉄の鬼女》は様子がおかしいことに気付いたのか、童貞が考える生おっぱい画像のごとく抽象的な質問を投げかける。

『殲滅、ですわ。敵、すべての殲滅をしたいんですの』

 狸吉とマッドワカメ、そして早乙女先輩と視線を合わせる。

 アンナは人質の安全を考えていない。ことによると、自分の命すらも。

 《鋼鉄の鬼女》はうすうす気付きかけているかもしれないけど、アンナの本質を理解していない、変化の本質を理解していない大人に、今のアンナの操縦ができるとは思えない。

「アンナ先輩」

『奥間君……?』

「……少し、待ってもらえますか?」

『奥間君が言うなら、わかりましたわ。《正当防衛》以外では、わたくしからは手を出しませんので……ふふ』

 微笑に不吉さを残し、「アンナ!?」ソフィアが金切り声を挙げるが、アンナはマグロのごとき総スルーを決め込むことに決めたらしく、返事をしない。

 アンナは多分、狸吉から以外の指示はもう、受け付けなくなっている。

「濡衣ゆとり、鬼頭鼓修理。善導課の指示を聞く気があれば咳を一度しろ」

『ごほ』

『げふん』

「ここの設備は善導課が預からせてもらう。いいな?」

 《鋼鉄の鬼女》に逆らえるはずもなく、全員はいと頷くしかできなかった。ヤダ、私も調教済みなの!?


「ソフィアも、これ以上は捜査に口を出さないでもらいたい。今までが特例だ」

「…………」

 ソフィアも《鋼鉄の鬼女》モードとなった親友には何を言っても無駄なのがわかるらしい。

「私は夫と相談してきます」

「そうしろ。公海に出られたら厄介だ」

 公海――船か飛行機か。海外逃亡なら当然どちらかだろう。

「不破氷菓、ここの設備を善導課に渡して。私たちはいったん出ましょう」

「わたしは構いませんが」

「わ、わしもじゃ」

「僕は、」

「奥間君、行くわよ」

 車を善導課に渡したあと、不破氷菓に、

「これからどうするのですか?」

 訊ねられる。

「不破氷菓、あのモニターは見る手段はある?」

「そういうと思って、モニターに限らず基地局の予備は喫茶店にも置いてありますよ。距離があるから若干不安定ですが」

「そうじゃったのか!?」

「となると、あとはどうすればいいか、ね」

 それがあの夜の狸吉のように、空っぽだったのだけれど。

「失礼なこと考えてんじゃねえよ!」

「あら、私がナニを考えていたって?」

「あんたの考えることなんか一つしかねえだろ!」

「ま、冗談はここまでにして……、その」

「……すみません、華城先輩。その……、アンナ先輩を、ゆとりや鼓修理を助けましょう」

「問題はどうやって、じゃな」

 繰り返される『どうやって』に、頭が回転してくれない。

 衝動に笑うアンナを、これ以上見たくはないのに。


もう少しだけ書いてみた。華城先輩が加わったよ、やったね!

やっぱり読んでる人いないかなあ……



 アンナは自分の判断力を過大評価も過小評価もしていなかった。今の自分には正常な判断力がないということも理解していた。

 だから、愛する人の指示に従っている。ただ、本音は一つだった。


 ――全員、殺したい。


 あのリーダーの女も自分を穢した少年も、このテロリスト全員を、そして、月見草の負傷を許してしまった自分自身も。

 愛する人は『待て』と言った。だから待とう。

 お義母様も、そして実のお母様の言葉も、愛する人の言葉の前では霞んでしまう。そんな自分に、何の疑問も思わなかった。

 お腹の中に“熱”が溜まっていく。愛と破壊、二つの衝動が、自分の中で矛盾なく両立していく。それを解放したくて仕方ない。 

 今のアンナに、罰を与えること以外の目的は存在しない。

(でも、奥間君は望まない)

 だけどこの“熱”は、そう遠くないうちに自分自身を焼き尽くすことがわかってしまったから。我慢なんて絶対できないから。

 だから愛する人にとって、自分はきっと間違った判断をしてしまうだろう。

 でも大丈夫。

 愛しい人は、自分が間違っても、受け入れてくれるのだから。

 再会したら、たっぷり愛し合おう。お腹の中の“熱”を、彼の逞しいモノで掻き混ぜてもらえれば、どれだけ幸福になれるだろう。

 それを思って、アンナは微笑する。

 その瞳には、敵意と悪意と殺気と、そして欲情しかなかった。


    *


(ひぃ……!)

 鼓修理が声にならない悲鳴を上げている。空気が軋むほどのオーラに、ゆとりは既視感を覚えていた。

 あの夜、衝動に身を任せたまま《雪原の青》を傷つける様を間近に見ていた。そんなゆとりとしては、もっと悲鳴を上げたいが、今の化け物女を刺激すると怖すぎたので必死に我慢する。

(お二人は)

 と思ったら話しかけてきやがった!

(悪の殲滅にご協力願えますか?)

(はいッス!!)

(……いや、その、なんだ。どうすればいいんだぜ? 下手に動けば怪我人どころか死人が出かねえぜ)

(そうですわねぇ)

 その呑気な反応にピンときた。多分、この化け物女は死人が出ようが構いやしないと思っている。

(月見草のことが、心配じゃないのか?)

(わたくしにできる範囲を超えましたから、あとはお任せするのみですわ)

 ペロリ、と小さく舌なめずりをすると、

(わたくしにできるのは、悪全ての殲滅のみですわ。疼いて疼いて仕方がないんですの)

 人の血の味を覚えた獣。

 今の化け物女の目は、それと同じ目をしていた。あの夜と同じか、もっと先鋭化させて。

(たぬ、奥間はそんなの認めねえぜ)

(…………)

 瞳から、凶悪な光がわずかに消えた。

(そうですわね。わたくしと違って、優しい方ですから)

(…………)




 とにかく善導課からは(《鋼鉄の鬼女》の声だった)動くなの一言だった。

 現状、善導課の指示に従うしかないが、どうするつもりなのか。

(向こうもわたくしへの対策を考えるでしょう。……下手に動いてしまって、わたくしの機動力がばれてしまいましたから)

 一応、失敗しているという自覚はあるらしい。ソフィア・錦ノ宮は『何も失敗していない』などとほざいていたが、化け物女が動いたせいで――さすがにこれは同情すべき案件だが、とにかく動いたことによって月見草が負傷したことには変わりない。それを自分で認識しているのは正直、意外だった。狸吉の言葉と同じぐらいに、母親の言葉も大きいと思っていた。

(……月見草さんのことは)

 獣の気配が消え、わずかに悲しそうに呟く化け物女は、ゆとりの見たことのない部分だった。

(わたくしのやり方で、決着をつけてみせます。この事件を、解決させて)

 それが見えないから恐ろしいのだけど、ゆとりに指摘する余裕はなかった。

(鼓修理があっち側だったら、どんな作戦を考える?)

 さっきから化け物女の陰に隠れてぶるぶる震えているだけだったが、さすがにこの事態に何も思っていないわけがないだろう。

(そう、そうっスね。鼓修理が犯人なら、お義姉ちゃんはやっぱり怖いっスから、隔離すると思うんスよ)

(隔離、ですの?)

(た、多分。向こうも人員がいないとは思うっスけど、それ以上にお義姉ちゃんが暴れたら全滅の危険があるっすから。離れた場所に隔離して、他の人質との連携を阻止すると思うんスよ。お義姉ちゃんが単独で暴れたら、すぐさま別の場所で人質を傷つけられるように)

 怯えてはいてもさすがは腹黒思考だった。

(……それは厄介ですわね)

(あとあのリーダー、お義姉ちゃんを個人的に恨んでるっぽいっス)

(……奥間君のことで?)

(た、た、たぶん!)

(お、奥間はあんたに憧れて、だからあいつはフラれたんだからな? こういうのは浮気じゃねえぜ)

(ええ、わたくしにとってはただの火の粉。ですが)

 また、あの獣の瞳に戻る。(ひぅ!?)(ひっく!?)

(あのリーダーにとっては、わたくしは敵なんでしょうね。わたくしに組み伏せられても、闘志――敵意は衰えていませんでしたわ)

 あいつ、頭のいいバカで負けず嫌いだったのは知っているが、こいつの化け物性を見ても衰えないってよっぽどだな……。

(ゆとりさん?)

(はい!?)

(あのリーダー、どんな方ですの?)

(……とにかくしつこい)

 ゆとりが取り締まり側だった時、あいつは既に反体制のリーダー的な存在だった。昔いたと言われる暴走団?のリーダーのようなものだ。綾女の義母がそうなるのか。



(勉強自体はできたんだけどな。途中で善導課に連れていかれたから正直そんなに知らないんだぜ)

 カララ、と扉が開く音が聞こえた。三角巾で腕を固定したリーダーの姿がそこにあった。

「さて朗報があるよん。どうする? 聞きたい?」

 リーダーの目は完全に化け物女一人に向けられていた。

「ええ、是非聞きたいですわ」

 本っ当、キレた化け物女相手にして余裕があるように見せられるだけでもすげえよな……。

「あの月見草ってやつ。無事に別の病院に搬送されたって」

「……そうですの」

 化け物女は油断しなかった。むしろ目つきが鋭くなっていく。

(こちらにダメージ与えたいはずっスからね、これだけのはずがないっス)

「あとね、一緒に船に乗る人が決まったのよん。……鬼頭鼓修理に決定したわ」

「え、え? こ、鼓修理が、っスか?」

「まあ、本来ならそこの化け物も予定に入ってたんだけどねえん」

「あら、わたくしは船旅にご一緒できませんの?」

「化け物と一秒でもいたくないっていう意見が大多数を占めちゃったのん、仕方ないわよねん」

 こいつ、左腕のほとんどすべてを使えなくされているのに、なんでこんなに余裕ぶれるんだ?

 ……多分、性格の問題だ。本当に、異常な負けず嫌いなのだ。

「外国についた後、大使館まで鼓修理ちゃんは届けてあげる。鼓修理ちゃん、英語の成績も凄いみたいだし、あとは大使館の人の意見を聞けば日本に戻れるから、そこは安心していいよん」

(安心できるワケないっス!!)

 鼓修理のパニックが伝わったのか、それでも化け物女は優雅に、

「わたくし、皆さんと船旅がしたいですわ」

「のーさんきゅー、あたし以外はね。あのさ、アンナちゃん」

 化け物女が獣だとしたら、あっちのリーダーは悪魔のような目つきで睨む。

「あたしと別室で、二人きりで話したくはない?」

 「ダメです!」「危険すぎます!」の声が相次いだ。やはりこのリーダーは、妙なカリスマ性があるというかなんというか。

「わたくしは」

 化け物女は、にっこりと笑った。

「是非、お願いしたく思いますわ」


今日の分終わりです。どうなることやら、です。



「ち○こま○こち○こま○こち○こま○こち○こま○こち○こま○こ!!!」

 喫茶店に移動している間に事態が急展開していて、不破さんが機材の調整をしている間、華城先輩は地階のアジト部分で下ネタとすら言えない性器の羅列を連呼していた。

 華城先輩の怪我はまだ重く、激しい運動はできない。動くとすれば僕以外にいない。

「《群れた布地》の時のように、《SOX》が解決できればいいんですけどね」

「でも精子一匹入る隙間もないわ」

 侵入経路を何とか探すが、病院を警察が全包囲しているため、華城先輩の言うとおり精子一匹はいる余裕すらない。

「おーい、不破が呼んでおるぞ」

 喫茶店の個室で機材調整をしていた不破さんのもとに行く。「音は拾えますが、こちらの声は届きません」と無表情に報告してきた。

「スピーカーの電波の長さは短いですから。音を拾うだけなら半径数キロメートルまで範囲を伸ばせるのですが」

「アンナ先輩たちへの指示は、善導課だけか……」

 ……今のアンナ先輩が、善導課の言葉を聞くとは思えない。確実に暴発する。さんざんその欲情が暴発する機会を見定めて逃げてきた僕にはわかる。

 今のアンナ先輩は、いつにもまして危うい。

「愛する奥間さんの言葉なら副会長も殺すって言ってましたよ」

 え、なにそれ。あんなに華城先輩を助けたがってたアンナ先輩が?

「事実です。わたしが言いたいのは、今のアンナ会長は価値観が変わり、判断基準を社会の規範から奥間さんの言葉に変えていっているということです」

「……法律より、僕の言葉の方を信じてるってこと?」

 確かに、言っていた。「僕が母親を殺せと言ったら、どんな手段を使ってでも殺す」と。

 あれは何かの比喩だと思っていた。思わず華城先輩の方を向く。

「……今のアンナは、たぬ……奥間君以外のことは本当にどうでもいいみたいだから」

 うつむく華城先輩に対し、やはり不破さんは無表情に言う。

「わたしの見解とは少し違いますね。どうでもいいならそもそも副会長たちを助けにはいかないでしょう。母親と恋人、親友や友人、何を一番にするにせよ、それ以外が大切ではないわけではないのです」

「どういうこと?」

「アンナはの、狸吉のことも綾女のことも月見草のことも大事なのじゃ。以前のように切り捨ててはおらん」

「ですが奥間さんの言葉があれば切り捨てるでしょう。それが自分自身にどれほど痛みを与えようとも」

「…………」

 盲目よりもひどい状態じゃないのか、それ?

「厄介だわ。それって、た、奥間君への依存が酷くなってるじゃない」

「まあここでアンナの心を分析しても今は仕方なかろう。実際どう動くかが問題じゃ」

「……不破さん、ごめん、何かあったらPMに連絡くれる?」

 わかりましたとやはり無表情に呟く。疲れているだろうにな。ただ、華城先輩の下ネタ切れの方が心配なんだ、ごめん。

 喫茶店の個室でも奥まったほうに行き、不破さんが聞こえないところまで行くと、「ち○こま○こち○こま○こち○こま○こち○こま○こち○こま○こ!!!」と連発する。

「んー、重症だこれ」

「《SOX》として乗り込むにしろ、綾女がこの怪我ではな」

「月見草以下、風紀委員も今回は使えないし、月見草も重症だし。やっぱりアンナ先輩をどうにかしないといけないんだけど」

「このままじゃ鼓修理が外だしされてしまうわ」

「外国に置き去りですね。でも、犯人たちの言葉の通りなら、比較的安全な気もしますけど」


「バカね、テロリストどもは鼓修理を外国に差し出すのが条件で亡命を取引したに決まってんでしょ」

「え、そうなんですか!?」

「本当はアンナもだったんだろうけど、まあ無理よね。亡命先の国が鼓修理をどう扱うかなんてわからないわ。身の危険はないにしろ、何らかの政治的圧力に利用されるかもしれない。ここで鼓修理を助け出せたら鬼頭慶介にかなりの貸しを作れるんだけど……」

「大使館とやらは動かんのかの?」

「動くでしょうけど、童貞の腰振りみたいに貧相な動きしかできないでしょうね。今の日本の国際的立場は中出しセックスした後のように危ういのよ」

「そのあたりのことはようわからんが、今のアンナでも鼓修理を一人で行かせるということはないんじゃないかの?」

「なら余計に危ないと思うんですけど」

「どの国であっても、人質という立場ではあっても危険な目には遭わないと思うわ。むしろ賓客扱いされるかもね」

「アンナ先輩達と連絡とる方法が善導課にとられたのがきついですね」

 と、ここで思っていたことを聞いた。

「鼓修理はこのこと気付いているんでしょうか?」

「あの子はアンナから離れられるなら外国だって行くわよ」

 つまり、気付いてるってことか。腹黒思考は《SOX》でも随一だからな。

「華城先輩、しばらく下ネタ成分は大丈夫そうですか? 不破さんにバレると困るので」

「うぅ、全然足りないけど仕方ない。みんなのことの方が大事だもの」

 天秤にかけてるのが下ネタを言うことなんだよなあ。

「不破さん、どう?」

 移動すると、不破さんは変わらず淡々と。

「リーダーとアンナ会長が一対一で病室にこもっています。他の人質から切り離す目的でしょう」

「アンナが暴れたら、すぐに別の人質を盾にできるように、ね。同じ部屋にいると一瞬で制圧される可能性があるから」

「理論ではそうですが、よく今のアンナ会長相手に一対一で個室に閉じこもるなどできるものです」

 猛獣と一緒の檻に無防備にいるのとおんなじだぞ。エアガンなんか避けるしな。


 ピピピピピピピピ


「誰よこんな時にもう!」

 僕のPMが鳴って、華城先輩が苛立っている。相手は『非通知』とある。



「……もしもし?」

『やあめんごめんご。そして《雪原の青》の解放おめでとう』

 基本的にPMの音量は僕にしか聞こえないけど、それでも少し下げた。

「鬼頭慶介からです」

「は、なんで!?」

「早乙女先輩、モニターができた理由とか、そのあたりの説明をお願いします!」

 慌てて喫茶店の外に出る。こんなに面倒なら不破さんに僕らの正体を明かす方が早いんじゃないかという気もするけど、不破さんには一般人としての役目がある。そう簡単な話じゃない。

「はい、なんとか無事に」

『モニターはしてたよ。……アンナお嬢さん、本当に《鋼鉄の鬼女》並みだね』

「身体能力は、そうですね」

 だけど心はきっと、誰よりもむき出しで弱い。今もまさにきっと、壊れそうになりながら戦っているんだろう。

 あの夜のことを思い出してしまって、今は意図的に無視する。

「鼓修理のこと、どうするんですか?」

『警察や善導課はバスだったり船に乗り込む際の隙を付くって言ってるけどねー、まあそれは犯人の方も考えてるだろうね』

 おちょくった、どこか他人事のような態度は、本心を見せないという意味で完璧だ。顔面にも鋼鉄の貞操帯でもつけてるんじゃないだろうか。

『鼓修理やアンナお嬢さんに少しでも傷がつけば僕らが敵に回るから、政府や警察、善導課としてはしたくないだろうね』

 体面ってのがあるんだよ大人には、とどこかしみじみとつぶやく。

「それで、用件は?」

 いつの間にか、華城先輩がこっちに来ていた。僕のPMに耳を寄せようとしたので、音量を上げる。

「鼓修理の件に関しては私たちも協力するつもりよ」

『よかったよかった。根回しが無駄にならずに済みそうだ』

 不吉な笑みが漏れ聞こえる。だけど問いかけるしかない。

「なにをすればいい?」

『向こうは鼓修理を手放す気はないだろうけどさ、突入を少しでもしやすくするために……《SOX》にかく乱してほしいんだよ』

「かく乱? 具体的には?」

『ま、君たちがやってるのと同じさ。犯人たちは若いからね。《SOX》の信奉者も多いんだよ。あのリーダーも口では《SOX》にダメージを与えるためとか言ってるけど、それは嘘だと僕は思ってる』

「根拠は?」

『僕の勘は当たるんだよ』

「《雪原の青》が動くことはできない」

 僕は口を、口だけをね、挟んだ。今の華城先輩は激しい動きができない。

「《センチメンタル・ボマー》だけが行くことになる。それでもいいか?」

『へえ、アンナお嬢さんもあのリーダーも、奥間狸吉のことが好きらしいけど、修羅場だよ? 一人で大丈夫?』

 う、となってしまう。華城先輩も頭が痛そうにこめかみを押さえてる。

『ま、できるだけ早く返事は欲しいかな。すぐにとは言えないけどさ。じゃ、まったねー』

 通話が切れた。

「胎内回帰、じゃなかった喫茶店の中に戻るわよ。慎重に作戦を立てないと」

 じゃないと僕、《SOX》として行ったらアンナ先輩に殺されるんだよなあ。



……誰もいないのかなあ……とちょっと落ち込むけど、気にせず書くことにする(気にしてる)



 アンナは別の病室に入れられた。女リーダーに「せめて見張りを……!」と食い下がる部下が無理矢理下がらされて、本当にリーダーと二人きりになる。

「そのボタン、外してくれる? 盗聴器でしょ、それ。イヤリングもそうかな?」

「なんのことでしょう?」


 きゅいーんきゅいーんきゅいーん


「これ、盗聴器探知機。アンナちゃんから盗聴器の電波が出てるんだよねん」

「外しても構いませんが、条件が一つありますわ。……あなたの本当の話し方で接してくれませんこと?」

「本音で話せってやつ?」

 頷くと、わざとらしい笑顔が取れた。了承したとみて、ボタンとイヤリングを指ですり潰す。

「ちっ、鎮痛剤、思ったより効かないわね」

「早く投降して、正式な処置を受けた方がいいんじゃありません?」

「あたしは長生きしたいわけじゃないからね」

 正直、この状況にうずうずしている自分を自覚していた。今ならたっぷり痛みを与えながら殺すことができる。気配が変わったことを察知したのか、怪我をしていない右手でこちらを制してきた。

「おっと、休憩室の人質たちがどうなってもいいの?」

「うふふふ、善導課に音声が送られていない以上、隠す必要はありませんわね。……わたくしは敵を、悪を殲滅できればそれでいいのですわ」

「…………」

 こちらの悦びに相手は嫌悪を抱いたようだった。

「……人質の安全は関係ないわけ?」

「判断の上位に来るものではありませんわね」

「ふん、これが清楚で健全な大和なでしことはね。あれもバカだ」

「奥間君のことですわね? ……小学校時代、告白したとか」

「こんなイカれた化け物だと知ってたら、絶対奪ってやってたけどね」

「それはできませんわね。あなたが知っているかは知りませんが」

 敵意と悪意と殺意を込めて、無表情に睨みつける。

「わたくしと奥間君は、すでに男女の仲なんですの」



「…………は?」


 呆然とする表情に、優越感を得る。

「愛の儀式も済ませましたわ」

「愛の儀式、ってまさか、あんた、処女じゃないの……!?」

 『処女』は確か、初めてのことだった。辞書にはそれ以上のことは載っていない。

 だからアンナは頷いた。

「ええ、“初めて”の儀式は、もう済ませましたのよ。……あの方でなければ、わたくしは痛みに耐えきれなかったでしょうね」

 くすくすと鈴が鳴るように笑うと、相手の呆然具合はさらにひどくなっていた。

「……なんで」

 どこか泣きそうな、迷子のような顔だなとふと思った。

「なんで風紀優良度最底辺校出身で、父親が奥間善十郎のアイツが、なんであんたに受け入れられるわけ?」

「奥間君自身が、清く正しく生きていたからですわ」

 アンナは言い切る。

「大事なのは生まれではなく、どう生きたかでしょう?」

「気持ち悪い」

 相手の敵意が増していく。でもそれは、自分に対する嫉妬だとアンナは分かった。

 さらに優越感を得ると同時に、やはりこの女は始末しなければならないと改めて決意をする。

「もどかしいですわね。あなたはわたくしに対する攻撃力がなく、わたくしは色んな方々を人質に取られていて動けませんわ。……ただ」

 アンナ自身は気付いていない、猛獣の笑みで相手を睨む。「……っ!」怯んだ隙に、言葉を滑り込ませる。

「わたくしはいつでも、無視できますのよ?」

「……清楚で健全な大和なでしこってのは、どうやら噂だけだったみたいね」

「いえ、一昔前の、奥間君と出会う前のわたくしはきっとそのような人物だったのでしょう。わたくしは奥間君と出会って、愛の儀式を行って、生まれ変わったのですわ。自らの中にあるものを自覚し、解放することを覚えましたのよ」

 ペロリ、と意識的に舌なめずりをし、お前は獲物でしかないと言外に知らせる。

「わたくしは、人を壊すのが好きですの。もちろん、普段は我慢しますし、それが間違った欲望であることも理解していますわ。……ですが」

 微笑を深める。

「悪の殲滅という名目のもとでなら、その衝動を発散できることを知りましたの」

「悪?」

「ええ、正義に基づき、悪を殲滅する。社会の規範ともずれてはいませんわ」

「理解できない。アンタ、自分が正義の側だって言いたいの?」

「…………」



 いろいろ言葉を並べることは可能だろう。

 ただ、何故か目の前の相手に嘘は付きたくないと思った。

 それはきっと、同じ相手を好きになった、いわばライバルだから。

「愛は正義そのものだと考えていた時期も、ありましたわ」

 だから、本音で語ることにした。それがアンナなりの礼儀だった。

「ですが正義を社会の規範と置き換えるなら、わたくしの『人を壊したい』という衝動は間違っていますわ。……それでもいいと言ってくれたのが、奥間君なのです」

「……理解できない」

「してもらう必要は、ありませんわね」

 “熱”と“疼き”が大きくなっていく。相手の嫌悪感がむしろ心地いい。なぜならそれは、自分が奥間君を独占していることからくるものだから。

 自分が奥間君の恋人だから。

「ああ、困りましたわ。今すぐにでもあなたを壊して差し上げたいのですけど、さすがにタイミングが悪いので」

「――――!」

 ジャキ、と拳銃をこちらに向ける。

「動くな。これはエアガンじゃない。本物の銃よ」

「あらあら。そんなものを使っては、反動で傷に響きますわよ?」

 困難はむしろ“疼き”を大きくする。わずかに増えた死の恐怖も、今はスリルとして楽しんでしまう。

「リーダーさん?」

「何?」

「心配なさらずとも、今は動く気はありませんわ。そう気を張らずに。ただ、言っておこうと思いまして」

 なぜこんなにも“疼く”のか、何が疼いているのか、ようやく言語化できた。これは言っておこう。



「――わたくしを穢そうとしたこと、月見草さんを傷つけたこと、絶対に許しませんわ」



 そう、これは、“怒り”だ。

「あなた方の計画は、必ず失敗に終わりますわ。わたくしの手で、終わらせてみせますわよ」

 リーダーはそれ以上答える気がない、というように、拳銃をこちらに向けたまま動かない。

「あんたの動き次第では可能だろうけどね。でもね、こっちも策は打ってあるんだよ」

 こちらに負ける気はないと、嗤う顔には、敵意と悪意と殺意がある。

 敵がいかような感情を発しても、その感情にワクワクする自分を、もうアンナは否定しなかった。あとは叩き潰す、それだけだ。




はてさてどうなることやら、です。今日更新多いな。

読んでますよー
最近来れなくて書き込めなかったけど、今から一気に書き込む
再開してくれて本当にありがとうございます!待ってました!
再開前もそうだったけで、作者さんのSSって細部まで緻密に考え込まれていてすごい。下セカへの愛が伝わってくる
だけど、そういうのに対して無反応が続くと本当に辛いですよね。私もよくわかります

なので、質問
どうして、アンナはテロ小僧のキスを拒否できなかったんですか?
これまで、狸吉とキスしてませんでしたっけ?
だったら、キスしようとしてる事くらい気づいて拒否れたのでは?

>>122
ありがとうございます、ありがとうございます!!

アンナ先輩、テロ小僧に狸吉を重ねたのが少しあるんだと思います。あとキスは『愛情表現』であって悪意を持った行為ではなく、故に反応が鈍った、と。
あと、好意を持っていない相手からの性的な接触(要するにレイプに近いことが)これだけ気持ち悪いこと、穢されることだと、身をもっては知らなかったのが、反応が遅れた原因です。知識がなかったんですよ……。

今回は松来さんの……誕生日か命日には間に合わせたいけど、誕生日は無理かも……でもがんばります! ありがとうございます!



 早乙女先輩は不破さんと一緒にモニターに回ってもらって、僕らは華城先輩と一緒に別室でどうするか考える。

「華城先輩は遠隔で指示、これは当然として」

「私だって動けるわよ。ほら、100m走に匹敵する反復運動をするわけじゃないんだし?」

「僕だってしねえよ! ……華城先輩の怪我は、まだ軽くはないでしょう?」

「……まあ、足手まといになるのはわかってるから、いいわよ」

「足手まといだなんて。ただ、また危ない目に遭わせるのが僕は嫌で」

「あー、もうこれ精子の掛け合いぐらいに意味のない議論になるからやめましょ」

「ほんっとうに意味ねえ」

「あなたが奥間狸吉としていくのか、《センチメンタル・ボマー》として行くのかよね。どっちにしても爆弾があるわ」

「アンナ先輩が心配ですよね……」

 アンナ先輩、最後に通信していた時、ソフィア相手に笑ってたからなあ……。

「ぶちギレてますね」

「ぶちギレね」

 嫌な一致だった。

「されたこと、その結果月見草がああなったことを考えたら、誰でもヤバくはなると思うけど、ね」

「アンナ先輩の爆弾を考えると、奥間狸吉としていくべきなんでしょうけど……それだと《SOX》として動いたことにはならないですよね」

「それにいくら憧れがあったって、《SOX》が止めろって言ってもどうにもならないわ。そんな段階、越えているのよ」

「戦闘力が足りない、か……《群れた布地》の時はアンナと風紀委員の力を借りたけど」

「今のアンナ先輩を何とかうまく誤魔化すとなると、やっぱり……奥間狸吉としていくべきなんですかね」

「鼓修理を助け出しただけでも貸しとできるかはわからないけど、第三次ベビーブームが起きようとしているこの状況を鬼頭慶介は不本意に思っているはずなのよ」

「え? えっと」

 話が飛んで一瞬理解できなかった。最近、アンナ先輩に関わりすぎたせいで、テロ活動の中身を把握してないのだ。

「もう、赤ちゃんの作り方と妊娠検査薬を配りまくって世間は第三次ベビーブームの到来なのよ!」

「へえ」

 僕、参加できてないんだよな……。



「まあ見返りは期待しないで、あくまで仲間を救うという体で行きましょう」

「鬼頭慶介の作戦としては、あらかじめ船に乗り込んでおくというシンプルなものですよね」

「善導課にも同じことをしたいみたいなんだけどね。クルーズ船とは言っても小型で、20人、このまま人質が解放されなければを30を超える人数だとオナ禁のした時の狸吉の金玉みたいにパンパンになるから」

「そうなる前にアンナ先輩に抜かれるわ!!」

「狸吉と、あとせいぜい……ゆとりぐらいかしら、入れるのは」

「改造エアガン持ってる相手に立ち回りは正直キツいです……」

「そうね。私達は基本、ヒットアンドアウェイ。真正面からの戦闘力は鍛えてないものね。催涙弾や閃光弾を使ったって、殺傷力ある武器をいくつも持っている以上、鼓修理が殺される可能性は否定できないわ」

「そんなの、絶対嫌です!」

 確かに性格は性悪の最悪だが、それでも《SOX》の仲間なのだ。アンナ先輩相手だと委縮してしまうが、とんでもなく悪知恵が働くのも《SOX》にとって役に立ってきた場面も多いのだ。

「《ラブホスピタル》に反対筆頭のソフィアの力を借りるのは無理ですかね?」

「…………」

 華城先輩はどこか眩しそうに僕を見ている。

「そういう発想が、私にはないのよ」

「?」

「狸吉は狸吉でいいってこと!」

 よくわからないけど、褒められたらしい。

「鬼頭慶介の件も、よくやったと思うわ。アンナと関わらせるのはちょっとまずかったけど」

「あ、はい」

 一方的に怒られると思ったので意外だった。まあでも、確かにアンナ先輩と取引させたのは問題だったよな。あれ以外にはどうしようもなかったけど。

「でもソフィアも影響力落ちてると思うわよ。何を当てにするの?」

「訓練されたSPぐらいはいるんじゃないかって。防弾チョッキとかそういう装備もソフィア経由では無理ですかね」

「下ネタテロに金も装備もいらないんだけどね」

「本物のテロに巻き込まれたんですから、仕方ないですよ」

「それに、そういうのってどっちかって言えば鬼頭の方だと思うけど」

「……確かに」

「そこで納得するから狸吉は早漏なのよ」

「早くねえ! なんで慶介経由だとダメなんですか?」




「下ネタテロ組織同士で武器や装備の交換が行われているなんて知られたら、善導課も装備を強化するでしょう?」

「ああ、確かに……鼓修理が例外すぎただけか」

「法律上の指定も変わってくるはずよ。取り締まりも今までとは段違いになってくるわ」

「となると、やっぱりソフィア・錦ノ宮から融通してもらうしかないわね。善導課にツテがあることだし、なんとかなるでしょう」

「無防備じゃさすがに危険ですしね……」

「そうね、処女膜は必要だわ」

「華城先輩は本当ぶれませんね……」

 とりあえずソフィア・錦ノ宮には何とか連絡をつけることにして、問題は、

「アンナ先輩なんですよね」

「そこに戻るわね」

 いったん、僕らはモニターの様子を確認することにした。不破さんが栄養ドリンク(固形物)を飲んでいる。それも武器にさせてもらおうかな。

「皆の様子はどう?」

「アンナ会長の集音器とスピーカーが潰されました。病室にはカメラもなく、モニターできません。リーダーと二人きりですね」

「それって、大丈夫なの!?」

「アンナと一対一で勝てる相手などこの世にほとんどおらんよ」

「精神面ではわかりませんが」

 不破さん、早乙女先輩のフォローを一瞬で無に帰すようなことを……。

「わたしの分析では、冷静さを装っている時が最も危険だと判断しています。今はまさにその時ですね」

「……やっぱり僕、アンナ先輩の恋人として行くしかないんですかね」

 既成事実がどんどん積み重なっちゃうよぉ。

「この期に及んで責任を取らないでいるつもりですか?」

「女の子にはわかんないんだよ、このプレッシャー……」

 アンナ先輩、ソフィア、祠影の凶悪3ボスラッシュだぞ!?

「まあ、今のアンナを止められるとすれば狸吉だけじゃろうな」

 そこは女性三人同じ意見だった。僕だってゆとりも鼓修理も助けに行きたいし、仕方がない。

「もう一回、母さんと真正面から交渉してみるよ。今なら鬼頭慶介の口添えがあるからうまくいきやすいと思う」

「通信の機能はどうしますか?」

「善導課の判断に任せるよ。皆はここで待機していて」

「狸吉」

 華城先輩が、いつになく真剣に呟いた。

「アンナにはくれぐれも注意するのよ」

「……わかりました。行ってきます」


ちょっとだけ書きました!

松来さんの誕生日に間に合うかな、間に合わなければ命日で! かなり不安ですが頑張ります!

今の世界観は、6巻最後あたりの政府がラブホスピタルという人工受精&デザイナーズベイビーを作る施設を作って、ソフィアが《SOX》から借りた不健全雑誌を腹に巻いてデモをしたところです。
原作だとアンナ先輩は何が正しいかわからず不安定になっていくのですが、ここでは逆レに成功してある意味安定したところです。
ただし、自分の判断より狸吉の判断が上になっています。それは社会規範に合わせても正しくない自分の欲求があるからで。ここらへんがifものになっています。


リーダーはオリジナルキャラなので、名前はない(可哀想) ただ、頭のいいバカですごく負けず嫌いで、下ネタとか卑猥とかにはそんなに興味がないというか、変態ではないという。赤城先生みたいに変態書けなかったよ……



「また来たのか、貴様」

 うわ、母さんさっきよりよほどイライラしてるよ。

「ソフィア……さんは?」

「旦那と何やら画策するそうだ」

 揉めてたんじゃなかったっけ? 愛娘の危機だとそんなのは些事なのか。

「母さん」

 意を決して、できるだけ静かに言う。



「僕を、人質のいる場所に行かせてほしい」



「…………」

 珍しく、母さんは肉体言語でなく沈黙で僕の意図を透かそうとする。

「何故最初から貴様が行かなかった?」

「アンナ先輩が主導だったんだ。僕もアンナ先輩の作戦は、大丈夫だと思った。アンナ先輩なら大丈夫だって、思ってたんだ。だけど」

 以前、不破さんが言ったことを思い出す。ただ、あの時と違うのは。

「アンナ先輩は“僕の言葉”なら、人質を殺すよ。自殺してって頼んだら、自殺するよ。何の疑いもなく、笑顔で」

「……何を言ってる?」

「信じられないかもしれない。でも、アンナ先輩にとって、僕の言葉はもう、絶対になってるんだ」

 こんな、ふらふらした僕の言葉を。

 アンナ先輩は変化の最中で、不安定で、あの夜も衝動に飲み込まれそうになって間違えて、今も間違いつつあるんだ。

「アンナ先輩も、ゆとりも鼓修理もみんなも、僕は助けたい。そのためには、人質の内側にいるアンナ先輩の戦闘力は必要なんだ」

 だけど今のままでは不安定すぎて、きっと人を殺してしまう。そうなったら、戻れない。だから。

「お願い、母さん。僕を、あそこまで、行かせてください」

 土下座する。

「この期に及んで虫のいい話かもしれないけど、これ以上誰も傷つけたくないんだ。……犯人たちも」

「リーダーは、貴様に告白していたそうだな」

 う、やっぱりばれてるよね。

「同情か?」

「否定しない、です」

 これも、きちんと言わなければならないのだろう。

「でも、これも僕の責任だと思っています」

 多分、小学校時代、僕は間違えたのだ。多分、アンナ先輩への憧れをひたすら語っていたんじゃないかと思う。

 だからあの子は、道を間違えた。

 あの子は華城先輩やゆとりや、そして僕の、影なんだ。

「……防弾チョッキを着ていけ。おい、貴様、用意しろ」

「母さん!」

 善導課職員がバタバタとする中、母さんにしては静かに呟く。

「貴様まで月見草のようになったら、アンナがどうなるか知らんぞ。責任はとれ、いいな?」

「はいっ!!」




「あー、だるいわー、痛いわー」

 アンナは腑抜けたふりをするリーダーを余すことなく観察する。そして、想像する。


 ――どうすれば、悲鳴をあげさせられるか。

 ――決定的な傷を与えられるか。


 想像だけで楽しくて仕方なかった。そんな想像が湯水のごとく湧き出るのは、奥間君が変えてくれて自分にくれた、力の証。

 この女は肉体的な痛みには強いのは分かった。できれば精神にダメージを残したい。


 コンコン


「リーダー、よろしいですか……?」

 自分に対する怖れが強いのか、犯人たちは自分に対して弱腰だ。リーダー以外は。

「善導課から?」

「はい。……人質をそちらに一人、送りたいと。その、名前が、あの」

「……ふうん? まあその様子でわかったよ、サンキュ」

 左腕を破壊されたリーダーが、ニヤリと笑う。どこからその余裕が出てくるのか、アンナでも不思議だった。

「奥間狸吉でしょ?」 

「――――」

 奥間君。奥間君、奥間君、奥間君、奥間君、奥間君、奥間君、奥間君!!!

「ここにお通しして、休憩室に詰め込むとそれはそれで厄介そうだしね」

 わかりました、と小さく礼をすると、すぐに用意がなされる。

 下肚が疼く。愛を感じる。愛の蜜が流れ出すのを感じる。

 快感と昂揚が、より強くなっていく。



「――奥間君」

「アンナ先輩、大丈夫ですか?」



 頷く。

 今だけは、二人だけの世界だった。



  




 善導課による盗聴器はしかけられていない。向こうが手の内を知った以上、リスクの方が高いからという理由だ。

 そしてまさかいきなりリーダーの部屋に通されるとは思わなかった。できるならゆとりや鼓修理と合流して作戦を立ててからこちらに来たかったのだけど、もう、ね。

 なんだろう、この空気。冷凍マグロでも冷たさを感じるぐらい、冷たい。

 ……女同士の修羅場とかがあったんだろうか。いやまさかな。

「あ」

 アンナ先輩が朗らかに笑う。リーダーは、険しい顔のままだ。

「あ、アンナ先輩?」

「ふふ、わたくしたちの愛の証明をしようと思いましたの」

「え、えっとそれ!?」

「……唇を穢されたことには、わたくしにも非がありましたわ。相手が何をしたいのかわからなくて、つい反応が遅れてしまって……」

 アンナ先輩は目を伏せる。長いまつげが影を作る。


「だから、清めてくださいまし」


 ジャキ、という音と、アンナ先輩にしては緩慢に僕の首に腕を回すのとは、同時だった。

「これはエアガンと違って、本物の銃よ。不愉快だから二人とも離れて」

 銃!? 装備はエアガンだけと聞いていたのに!?


 バチィン!!


 銃が、跳ね飛んだ。

「!?」

「さっきすり潰した、ボタンとイヤリングの残骸ですわ。親指で弾き飛ばしてみましたの」

 し、指弾ってやつか? モーションが一切確認できなかったぞ?

 慌てて拳銃を拾おうとするが、アンナ先輩の方が数段早かった。かがんだのが見えなかった。

「向こうのアドバンテージは、一つなくなりましたわね。奥間君、拳銃、預かっててくださいまし」

「あ、あの」

「……何をする気?」

「大丈夫。わたくしからはあなたに何もしませんわ」

 あ、まずい。

 完全に欲情の獣になっている。これじゃ、交渉も何も――


「奥間君」


 唇が、重ねられた。

 ――多分、僕が初恋の相手であろう相手の前で。

 上あご、頬の傷、歯茎の裏、すべてのポイントに舌が当たる。唾液が送り込まれる。いつもと同じように、そのテクニックは凄まじい。

 違うのは、その視線。

 視線は、女リーダーに向けられていた。

 優越感。

 欲情と優越が入り混じったそれは、人を傷つけるためのものだった。


 さらに僕の手を、胸に移動させる。「うぁん……!」舌の動きが加速し、ぴちゃぴちゃと湿った水音も大きくなっていく。

 ひと段落した後、僕の愚息がおっきおっきしてしまって、「あん、愛の蜜が……」「ひ、先輩、人のいるとこでは止めて!!」一応聞き入れてくれたのか、アンナ先輩は僕の背中に回り、腕を回してぎゅっと抱きしめる。背中におっぱいが当たるよぉ。

「わたくしたちが愛し合っているのがわかりまして?」

「……卑猥な」

「? 卑猥? 何がですの?」

 まずい! この流れはまずい! でもさっきからアンナ先輩の下が耳の穴をちゅぽちゅぽと舐めて挿入れて出して、手は息子をズボンの上から絶妙な力で撫でていてうまく考えられない!!

「これが卑猥でなかったら何だっていうのよ!?」

「? おっしゃっている意味がよくわかりませんわ。これは、愛情表現ですのよ。そしてあなたは」

 僕とアンナ先輩自身の唾液でぬらぬらと光っている唇で、思いっきり笑った。



「うふふふひ、あはははは!! あは、無謀にもわたくし共の愛を穢そうとした、最大の罪人なんですわ!!」



 コンコン!!と急いだノックが聞こえた。部下の一人がアンナ先輩の嬌声に危機を察知したんだろう。

「何でもない、見張りを続けて」

「しかし、今のは!?」

「何でもないって言ってるでしょ!?」

(アンナ先輩、向こうをいたずらに刺激するのは止めてください!)

(あん、奥間君が言うなら……でも帰ったら、じっくりたっぷり愛し合いましょうね?)

「…………」

 うすうすは気付いていただろうけど、アンナ先輩の価値感が常識と外れていると向こうは完全に気付いたらしい。

「狸吉、覚えてる?」

 後ろで殺気が膨れ上がった。僕このまま絞め殺されない?

「告白した日。『僕はアンナさんみたいになるんだ』って言ったの」

「……うん」

「あたしがきれいな生まれだったら、健全に生きてこれる環境だったらよかったのにって、さっきまではそう思ってた」

 あの日、僕に告白した子は、アンナ先輩を憎悪の目で見つめてる。

「その女、狂ってる。壊れてる。あんたの好きな『綺麗で健全な大和なでしこ』じゃない」

「…………」



「それでも、本当にその女を、愛してるの?」


「……僕がアンナ先輩を嫌いになることは、絶対にないよ」

 重ねて、続ける。

「今でも、憧れてる。本当は、純粋で優しい人なんだ」

(……華城先輩……)

「もし今のアンナ先輩が、狂って、壊れたんだとしたら、それは僕が原因だから。だから、僕から離れることは――ないよ」

 別の女性の顔が浮かぶ時点で、きっと僕は、アンナ先輩のことを女性として好きじゃないんだろう。

 僕はどこまでも、不誠実だった。そして、ずるい言い方で逃げる、最低の男だった。



狸吉はあくまでも華城先輩のことが好きなのです。恋路も大事。



 私に何ができるんだろう。

 下ネタしか言えない、怪我人でろくに動けない私に、いったい何が。

 だって狸吉とアンナはもう結ばれていて、きっと狸吉ならいつか心の整理をつけて、アンナを受け入れるのは目に見えているのに。

「心中、大変なようですね」

 不破氷菓がモニターしながら淡々と相変わらず無表情に言葉を紡ぐ。

「まあ、生徒会二人が人質の状態じゃね」

「素直じゃありませんね、あなたも」

「…………」

「綾女の強情さはどうしようもなかろ」

「……悪かったわね」

 早乙女先輩の言うとおり、私は強情で、自分が正しいとしか言い張れなくて、だから世界は間違っているなんて言って下ネタテロリストになった。

 今のアンナは自分が間違っても狸吉が受け止めてくれると思っている。そしてそれはきっと間違いじゃない。話を聞いていて分かった。

 私に入る隙間なんてない。



「あんた、何やってんだい!?」



「え、え?」

「どなたですか?」

 不破氷菓の無機質な質問に、

「撫子、綾女の後見人じゃよ」

 早乙女先輩が代わりに答えてくれた。

 今は15:00。

「あと一時間はかかるって」

「急いで来たに決まってんだろ、バカ! マスターからこっちにいるって聞いて来たんだよ!!」

 相変わらず、威勢のいい啖呵。かと思ったら、

「朱門温泉清門荘で女将を務めております、華城撫子と申します。以後お見知りおきを」

 いきなり女将モードになった。この切り替えは3Pの相手替え並みに早いわね……。




「今どういう状況だい?」

「ちょっとややこしいですね」

 不破氷菓が淡々と説明していく。撫子のしかめっ面の皴が増えて、

「私はまだ若い!」

「痛い! 怪我人に拳骨なんてそんな、う、うー!」

 ああもう、不破氷菓がいるせいで下ネタ言えない!

「奥間狸吉があのアンナを止めるために、これ以上犠牲を出さないために危険を承知で行ったってのに、こんなところでうじうじしてる暇なんかありゃしないよ。アンタ、いつの間に越されてんだい?」

「少し厄介な事態が発生したかもしれません」

 不破氷菓が撫子の言葉を切って、モニターの一つを指し示す。そこは今、犯人のリーダーとアンナと狸吉、三人でいる病室の前で、音声はないが部下が騒いでいるのがわかる。

 だが、すぐに戻っていった。なんだったのだろう。

「アンナ会長は刻々と不安定になっていっているようですね」

「リーダーがアイツとはね。全く世も末だ」

「な、撫子知ってるの!?」

「異常な負けず嫌いってやつぐらいしか知らないけどね。もう絶滅したと思ってたレディースの後輩ってやつさ」

「ならあの統率力もわかるわ。れでぃーすの統率は凄まじいものがあるって聞いたもの」

「で、どうすんだい?」

「相手はヘリで船の上まで人質とともに移送する、そういった要求をしています。人質の解放は外国についてからだと」

「ふざけた、頭のいい話だね」 

「このままだと、外国に交渉のカードとして人質たちは使われるわ」

「で、どうすんだい?」

 もう一度同じ問いを掛けられても、答えようがない。それを知りたいのはこっちなのだ。

 モニターをもう一度不破氷菓と早乙女先輩に任せ、撫子と別室に行く。

「私は怪我で動けない、狸吉はアンナ対策で動けない、ゆとりと鼓修理は人質の中。……《SOX》としてはどうしようもないわ」

「いつからそんな弱気になったんだい、そんな娘に育てた覚えはないね」

「…………」

「下ネタすら浮かばないとはね。こりゃ重症だ」

「じゃあ、どうするのよ、撫子なら」

「自分で考えな、って言いたいところだけど、さすがにこれはきついかねえ」

 撫子は勃ち上がる。間違えた、立ち上がる。

「大人は大人で話し合いに行くよ。子供は子供で決着着けな」

「……わかったわ」

 何一つ、何をすればいいのかわからなかったけど。

 ふう、と息を入れて、ゆとりの代わりに《哺乳類》《絶対領域》の古参メンバーに連絡していく。




華城先輩はもうアンナと狸吉がくっつけばいいと考えてしまっているようです。
まあ、責任を取るってそういうことですよね。逆レでもね。え?

つまりどういうことかって、事件と関係なく華城先輩悪いモードに入ってまーす。



(狸吉が来てるだぁ!?)

(よかったっス、あの化け物は狸吉に任せられるっス!)

 善導課からの連絡で、狸吉が来ていることを知る。鼓修理の言い方は癪だが、化け物女対策であることは間違いない。

(キスされる前までは頼もしかったんスけどね)

(ぶほぉ!? キ、キ、キスとか、せめて接吻とかだな!?)

(まあ化け物でなくてもぶちギレるのはわかるっスけど)

(……あれはな)

 さすがに同情している。頭に血が上ってしまったのも、そのせいで負った月見草の負傷も、ゆとりの目から見たら仕方がないと思っている。今、大暴れしていないだけマシと考えるしかない。

 でもさすがに、正直何もしていないこの状況で、狸吉任せにするわけにはいかない。なんかバタバタした音がする。何かあったのかもしれない。

「……おい」

 《鋼鉄の鬼女》から大人しくしろと指示が飛ぶが、今は無視する。

「…………」

「あたしを、リーダーのところへ連れてけだぜ。あたしはリーダーや狸吉、そして化け……一応、生徒会長の知り合いでもあるんだぜ」

(鼓修理を一人にする気っスか!?)

(ここの方が安全だろ、どう考えても!? ……あのリーダーと、化け物女に挟まれる狸吉は、絶体絶命のピンチだぜ。さすがに放っておくわけにはいかないんだぜ)

「……リーダー、……ええ、濡衣ゆとりという……はい、はい……わかりました」

 手錠は後ろ手に外されずに、立ち上がらせられる。このままリーダーの部屋に連れていかれるのだろう。

 しばらく廊下を歩いて、ある病室の前にたどり着いた。

「濡衣ゆとりをお連れしました」

 入れ、とどこか余裕のない様子の声に、化け物女が何かやらかしたのだとわかる。

 扉が開かれると、背中越しに狸吉を抱きしめている化け物女と、それを睨んでいる女リーダーが目に入った。

「入れば」

 わざとらしい余裕の声はみじんもない様子に、戸惑いを覚える。

「何しに来たわけ?」

「奥間君までわたくしを助けに来てくださって。もうわたくし一人でも十分でしたのに」

 明らかに邪魔者扱いされてた。狸吉の様子はというと、

(ア・リ・ガ・ト・ユ・ト・リ)

 それだけで来た甲斐があったというもんだぜ……。

「昔話でもしようかって思ったんだぜ」

 後ろ手に手錠をされたままだが、椅子に座らせてもらう。化け物女は拘束の意味がないからか、新しく手錠はされていないようだった。

 そして化け物女は、人の血の味を覚えた獣の目を、さらに眼光強く、さらに飢えて、さらに他人の苦痛を欲していた。頼むから自分に向かわないようにしてほしい。

「お前、なんでこんなことをした?」

 矛先をリーダーに向ける。今の化け物女とまともな会話ができるとは思わなかった。





「お前なら、時岡学園に入ろうと思えば入れるだったぜ。た、奥間よりよっぽど成績は優秀だった」

「……成績より生まれよ。狸吉は一応母親が善導課主任だったから。ゆとりなら知ってるでしょ」

 ただ、と化け物女を睨みつける。……自分は怖くて見れない。

「《育成法》の象徴であるアンナ・錦ノ宮が、ヒトの人格を無視する化け物だと知ってたら、意地でも奥間狸吉を時岡学園なんかに行かせなかった」

「……よ、よく言い切れたもんだぜ……」

 呆れと感嘆、両方があった。目の前で化け物女を化け物と言える人間を初めて見た。

「うふふ」と化け物女はあくまで上品に笑う。

「好きに仰ってくださっていいですわ。わたくしはもう、あなた方を殲滅すると心に決めていますので」

「人質を無視して? それを狸吉が望むと?」

 リーダーが畳み掛けるように訊いても、「うふふふ」と不吉に笑うだけ。

「あ、アンナ先輩、人質を犠牲にするようなことは」 

「……残念。でも、いつでも準備はできていますので……奥間君がゴーサインを出してくれさえすれば、いつでも――」

 凍っていた空気が、さらに絶対零度まで下がる。化け物女の殺気は飽和しつつある。

「ちっ」

 リーダーは舌打ちすると、トランシーバーを口元に当てた。



「アンナ・錦ノ宮を解放する――用意をして」



「何を仰っていますの? わたくしはここに残りますわよ」

「少しでも暴れてみなさい、別室にいる人質が死ぬことになる。数は多いから問題ない」

「あ、アンナ先輩!」

「……まさか、錦ノ宮祠影とソフィア・錦ノ宮の娘を人質にしているというアドバンテージを崩すとは、意外でしたわね」

「あんたの存在は政治的駆け引きを加味しても危険すぎる。化け物なのよ、《育成法》が作り上げた、化け物なんだわ。アンナ・錦ノ宮」

「…………」

「狸吉とゆとりも解放してあげる。旧知のよしみでね。政治的駆け引きに必要な人質はこれでも十分間に合っているから、ご心配なく」


 ――人質は、鼓修理含めて、残り8人。



た、多分、人質は8人であってるはず。間違っていたらすみません。何せ昔のことなのでちょっと記憶があいまいで……



『アンナ、家に戻ってきなさい、アンナ!?』

「聞けません、お母様」

 冷静にそう返すと、善導課が用意したパトカーの中でアンナ先輩はソフィアからの着信を拒否した。僕たちは今、アンナ先輩とゆとりとで、喫茶店に向かっている最中だ。

「このままだと鼓修理が……!」

「…………」

「とりあえず、喫茶店で綾女たちと合流するんだぜ」
 
「……その前に行きたい場所がありますの。もちろん、奥間君がダメなら我慢しますわ。ですけど……」

 え? えっと、ラブホテル? そんな場所あるか!

「……月見草さんの病院に、行きたいんですの」

「…………」

「ダメなら、いいんですわ。わたくしが行ったところで、治療に役立てるわけでもありませんし、」

「すみません、行先変えてもらっていいですか?」

「まあ、そういうことなら、仕方ねえと思うぜ。綾女たちに連絡しとくぜ」

「……いいんですの? 鼓修理ちゃんのことが心配じゃ……」

「今、華城先輩たちも動いています。華城先輩からのPMだけ音量を上げて、あとはサイレントにしましょう」

 助手席に座っていたゆとりにメールを送る。アンナ先輩は窓の外を見ていて、僕達の挙動は目に入っていない。

『多分、僕と愛し合いたいとアンナ先輩は思ってるから、本当にごめん、妊娠阻害薬〈アフターピル〉入手してきて』

『お前、本当バカなんだぜ』

『一応、ゴムはいくつか持ってるんだけど、アンナ先輩相手じゃその』

『ひ、卑猥だぜ!! 入手しとくから搾り取られるといいんだぜ!!』

 さすがに知識ある女の子相手に生々しい会話だったよな……。でもアンナ先輩の暴走を止めるには必要なんだよ……。

 病院はさほど遠くない場所にあった。月見草は無事、手術を終えて今は麻酔から目を覚ますまで、念のためにICUにいるという。

「よかった……、月見草さん……」

 あのリーダーと相対していた時とは全く違う、本心から安心した女神の涙を浮かべて、アンナ先輩は銀髪を陰に囁いた。

「あたしは戻っとくぜ」

「うん、わかった。……えっと」

「頼んでいたやつはわかってるから、まあ心配しなくていいぜ」





 ……これ、僕から言わないといけないかな。言った方が収まるんだろうけど、言うのやだな。でも仕方ない。

 ゴムは5枚、これで足りなければもう自分死ぬ。今朝夢精したし、作戦開始前に一発やってるし。

 辛うじて今の日本でも売ってる栄誉ドリンクの中でも強めのやつを買って飲む。アンナ先輩には温かいミルクティーを買ってきた。

「月見草、じきに目を覚ましますって」

「そう、ですわね」

 ……やっぱり何かを期待、もしくは恐れている目だ。僕は言わなければならない。

「アンナ先輩、もしあれがアンナ先輩の失敗だとしても、間違っていたとしても、僕はそれで嫌うことはありません」

「奥間君……わたくしは、やっぱり、その……敵を、殲滅したいですの……」

 ここから先は、もう止まらない。誰も止めてくれる人はいない。

「一時間だけ」

「…………」

「一時間だけ、空けてあります。みんなにはそう伝えてあります。だから、その……」

 僕、ぬっ殺されるかもなー。



「隣に、ビジネスホテルがありますから。愛し合いませんか?」



「――――」

 欲情の火がともる。捕食者の瞳になっていく。

 あー、もう反射でビクンと息子が反応しちゃうよぉ。

「隣よりも、向かいの方がいいですわ」

「……超高級ホテルなんですけど」

「わたくしのPMにある電子マネーで何とかなりますから、大丈夫……」



 学生服にブランド物のない単なる私服でどこからどう見ても学生だというのに、超高級ホテルは意外と客を選ばないらしい。

「身なりで判断するようなホテルマンはいませんわ。そういうのを嫌う方も一定数いるので」

 そういうものなのか。そんなことを説明受けているとあっという間に一室に通された。さすがにスイートルームではないけど、ビジネスホテルの一室に比べたらベッドも大きく、何より防音性に優れていそうだ。

「ん! うぅぅぅん!!」

 扉が閉まった瞬間、アンナ先輩の舌が僕の口内に入り込んでくる。一部の隙も無い動きは相変わらずだった。瞳が欲情の獣の瞳になっていく。股間のあたりから、ぴちゃぴちゃと水音が聞こえてくる。

「あ、は、シャワーを浴びたいところですが、奥間君の匂いを嗅ぐと、もう我慢できなくて、あはあ」

 うん、知ってた。一気に息子がおっきしたもんね。

「うふふふひ、まずは舌を堪能させてくださいまし」

 ジーパンのチャックを引きちぎるように口で開けると、僕の息子をお口に入れる。


 じゅぼ、じゅぼ、じゅぼ、じゅぼ!


 う、いつもよりも性急な動きに僕の方がついていかない。ちら、と上目遣いで僕を見ると、一気に腰が砕けそうになった。というか砕けて、扉を背に座り込む。アンナ先輩の頭が振られてく。

「せ、せ、んぱい、出ます!!」

 どぴゅ、とまだ勢いのある射精で、アンナ先輩は啜った後、尿道口まで舌をねじ込んで、じゅるじゅるとお掃除フェラまでしてくれる。

「は、はあ、はあ、先輩、ベッドに行きましょう?」

 嫣然で壮絶な笑みを浮かべると、ダンスをするように僕を起こし、僕がのしかかる形でアンナ先輩に覆いかぶさる。いつのまにかおたがい服ははだけさせられていた。

 ブラウスの下にブラジャーが見える。僕も獣欲にあてられて、(10日以上も我慢し続けたからね)外すのも面倒で、ブラジャーの上の隙間から舌を入れ、吸い付く。ガクガクガク!とアンナ先輩の身体が痙攣する。「は、ああん!! これ、これが欲しいですの!!」もう片方の乳房は揉みしだきながら、先端を指でころころと転がす。


「はあん! あ、あ、あ、おくまくぅん!!」


 絶頂の予兆が来たのでここでやめておく。「あ、は、焦らさないでくださいまし……」猛獣に食われそうな恐怖になんとか耐えながら、僕はアンナ先輩のショーツを下げた。

「ああん、そう、そういうことですの。でも、今日は生理ですから、奥間君を汚してしまいますわ……」

「そういう時のためにこれがあるんです」

 僕は言い切った。本当は生理中じゃない、危険日にこそしてほしいんだけど、とにかく避妊具の存在を知らしめたことは大きな一歩だ。

 コンドームを取り出すと、完全に勃ち上がった息子に装着する。

「ほら、これで、あの、汚れたりしないですよ……ね?」

「そういうものがありますの。……愛の蜜が交わらないのは不本意ですけど、仕方ありませんわね」

 素直に納得してくれた。愛の蜜が交じり合うと(細かい過程は違うけど)妊娠するから勘弁してほしいんだけど、それはおいおい覚えてもらおう。

「アンナ先輩、うつぶせになってもらえますか?」

 何もかもをわかってる、と言いたげに微笑すると、うつぶせに、としか言ってないのに完全にバックの体制になる。なんでわかるんだ。




「うふふふ、早く、焦らさないでくださいまし……!」

 焦らしたら逆に食われるから、言うとおりにする。



 ズッズッズッ、ズズッ!!!



 奥まで、これ以上いかないか確かめるために、何度か角度を変えてズ、ズッと抜き挿しする。

「はあん、お腹の中が、奥間君の愛で掻き混ざっていますの!!」

 手はお尻を触っている。うわこれ、おっぱいに負けじと気持ちいい。おっぱいがお餅の柔らかさなら、お尻は桃の果実の弾力ある硬さといった感じだ。

 お尻を揉みながら、アンナ先輩の中をひたすら掻き混ぜる。

「あ、あ、あぁあああぁぁ!!!!」

 高い声を上げて、アンナ先輩は果てた。中が収縮してビクンビクンと身体が震え、僕も果てた。僕の息子を抜くと、固まりかけた血が生々しくて、あの夜の破瓜を思い出させる。アンナ先輩は一瞬動きが止まって呼吸を整えたが、凄絶に笑っていた。

「うふふ、いつもと違う体勢というのも、趣が違っていいですわね……!」

 いつも騎乗位ばっかりだったからね!

「ねえ、奥間君が嫌でなければ、その……やってみたいことがあるんですの」

「? なんです?」

「奥間君、排泄孔を指でほじると、すごく気持ちよさそうで、すごく愛を感じていましたわ」

 さ、っと顔から血の気が引くのがわかる。

「あああ、あ、あれはその、体力の消耗が激しいので、この後のことを考えると」

「ん、でも……わたくしも体験してみたいんですの。前と後ろ、両方を奥間君で満たしてみたいんですの」

「へ?」

 ……アンナ先輩、二つ穴を犯されたいってこと? アンナ先輩、淫獣モードで照れるという器用なことをしていらっしゃる。

「しんどいと思いますけど……それに女性と男性では、違うらしいですし」

 前立腺の有無とかね。

「ダメ、ですの?」

「…………」

 むしろ多少体力を奪っていた方が死人が出なくていいかもしれない。一応そんな計算が働いた後、とりあえずゴムを捨て、

「あの、その前に……は、排泄孔に、指を挿入れたりしたことはありますか?」

「あ、ありませんわ……」

「じゃ、じゃあ、僕も詳しいわけじゃないですけど……ゆっくり、慣らしていきましょうか」

 指から入れるかと考え、……「そのまま、動いたら傷つけるかもしれないんで」アンナ先輩は頷くと、シーツをぎゅっと握る。


 ぺろ、と排泄孔を舐めてみた。「ひゃ!?」「楽にしてください、力を抜いて……」言うとおりにしてくれているらしく、穴から過剰な力が抜けた気がする。もう一度、舌を挿し込んでみる。今度はもう少し奥まで入った。

「どうですか?」

「ん、なんか、不思議な感じですわ……強烈な愛は感じないのですけど……うずうずするというか、もっと欲しくなる感じですわ……」

 僕が舐めているのは決して趣味がそうだからではない。(アンナ先輩の調教でそうなっていくかもしれないけど)ローションみたいな潤滑油がない以上、すぐに指を挿入れるのは危険と判断し。唾液を代わりの潤滑油とするためである。でもなんか、匂いというか味というか、そういうものが思っていたものと違って、汚いとか全然なくて、何故か背筋がぞくぞくしてくる。

「ん、そろそろ大丈夫そうですね……、指、挿入れても大丈夫ですか?」

「……奥間君のすることなら、なんでも受け入れますわ……」

 そういうアンナ先輩は淫獣モードでありながらも慈愛に満ちていて、僕は大丈夫だと判断した。中指を、一瞬考えて、アンナ先輩の唇に触れると、意図を察して唾液でたっぷりまぶしてくる。

 そして中指を挿入した。



「ん!? んん、ふううん……!」



 根元がギュッと閉められる。痛いぐらいだが、中はひだもなく柔らかかった。ゆっくりと動かすと、「んんんん……!!」なんとも艶めかしい声を出してくる。

「どう、ですか?」

「ん、ふうん、な、なんだか、不思議ですわ……! も、もどかしい……! 奥間君……!」

「は、はい!」

「ゆ、指じゃ、足りないんですの、きっと。奥間君の、逞しいモノじゃないと……!」

 背を反らせながら器用に僕のお尻を掴むと、排泄孔に導く。「え、あ、でも」「奥間君、わたくしに痛みを与えるかもなんて、もう考えなくていいですのよ?」力の加減をこの短期間で習得したのか、排泄孔の中に僕の息子の先が少しずつ挿入っていく。


「あ、あああああ!! やっぱり、奥間君の突起物じゃないと、はあん!?」


 ――ゴムつけてない! 大丈夫か!? 後ろだし大丈夫だよな!?

 とは理性で思いつつも、もうカリ首のところまで挿入ってしまった。抜こうとするとぎゅうと強く締め付け、痛みを感じるぐらいに抜けさせようとはしてくれない。

「もっと、奥まで……!」

 理性が飛んだのか、言うことを聞かないと後が怖かったのか、何なのかもう僕にもわからなかった。何しろ与えられる快感が尋常じゃない。多分だけどアンナ先輩以外の女性ではこんな快感は無理だと本能でわかる。

 だからとにかく、奥まで挿入れた。

「はうん!? あ、あ、あ、」

 うわ、入り口はキツキツなのに奥は柔らかくて温かい。前の穴とは違う快感がある。

 これハマる人がいるの、わかる。ゆっくりと、しかし深く、僕はアンナ先輩の穴をほじくっていく。お尻を揉むのも忘れない。

「お、おお、あああ……こ、これ、すごいですわ、あは、ふふひ!」

 アンナ先輩もお尻を振る。「う、わ」ちかちかと目の前が光る。快感が倍増してきた。

「先輩、お尻に、出ます」

「あ、あ、はああん!!」

 排泄孔の中に出した後、アンナ先輩も続けてビクンビクンとした。排泄孔から白い液体が少し漏れる。




「……奥間君、それ、着けてくださる?」

 あ、前を希望なされてる。半勃起しているそれにゴムをはめると、アンナ先輩は体位を入れ替え、対面座位の形になる。もう十分濡れ濡れな僕らは、あっという間に挿入した。


「奥間君、わたくしの排泄孔を、指で掻き混ぜてくださいまし……!」


 素直に挿入する。あ、これ、気付かなかったけど、

「アンナ先輩、壁越しに、僕がわかりますよ、これ」

 前の方に指をひっかけるようにあてると、僕の息子の存在感がわかる。アンナ先輩は腰を動かさず、僕を抱きしめている。その様子に、少し不安になった。

「先輩、辛いですか?」



「ふ、ふふふひ、“まさか”。今すごく、気持ちいいんですのっ!」



 そういうと僕とキスをする。快感を堪能していただけだったらしい。僕は指をうごめかし、反対の指はアンナ先輩の胸の先端を転がすように捏ねる。

 アンナ先輩は重心を上手く移動させ、ずんずんと上下運動を繰り返す。ヤバい、もうイキそう。

「先輩、で、出ます!」

 言葉と同時に発射し、アンナ先輩もイッた気配があるが、アンナ先輩の上下運動は止まらないし、僕自身も止まらなかった。射精感が続いているのに、腰を振ってしまう。


「あ、あ、下から、下から来てますわ!! ああ、これ、これが奥間君の愛ですの!!」


 グネグネと中の襞をうごめかしながら、アンナ先輩は凄絶に笑う。

 ――僕の目は、今どんな目をしているだろう。

 今それを知るたった一人の人は、笑ったまま、僕の唇に貪りついた。


久しぶりにベッドシーン。こんな時に何やってんだという気もしなくはないですが、アンナ先輩の性衝動を解放するのは死人を出さないために大事なことなのです。
久しぶりすぎるベッドシーンで勘が戻らない。こんなんでよかったかな……



 二人で一緒にシャワーを浴びた後(時間がないからシャワーの中ですら休みがなかった)アンナ先輩のPMに華城先輩から着信が届く。

「どうしましたの? ……はい、ええ、仕方ありませんわ。ゆっくり休んでくださいまし」

 PMを切ると、「綾女さんとゆとりさんは家に帰られましたわ」とまさかなことを言う。

「ほ、本当ですか?」

「仕方ありませんわよ。あの怪我では。ゆとりさんも一般人ですし、これ以上は巻き込めませんわ」

「…………そうですけど」

 腑に落ちない。当たり前だ、今は《SOX》にとっても全国の下ネタテロリストにとっても大事な時期なのだ。

「とにかく、いったん喫茶店に戻りましょう」

 事情が分からない。タクシーを拾ってすぐに喫茶店に向かう。



 中に入るとパンツを被った《雪原の青》と狐の面を被った《哺乳類》代表がそこにいた。



(イヤアアアアアアアナンデナンデニンジャナンデ!?)

「あら……、こんな時に」

 アンナ先輩の瞳が人を壊す悦びを覚えた獣の光を帯びた。混乱しているうちに不破さんがやってくる。

「今はこの二人を逮捕することはできませんよ、アンナ会長」

「説明してくださる?」

 本当に説明してほしいよ! 主に僕に!!

 すると、臨時のモニタールームからさらに意外な人影が出てきた。アンナ先輩と同じ銀の髪。

「お母様!?」

(なんで!?)

「アンナが何を言っても引く気がないのはわかりました」

 ぎりぎりと歯噛みしている。ソフィアにとっても嫌な案のようだ。



「《SOX》と協力して、あのテロリストを潰しなさい。手段は問いません」



「……なぜ《SOX》と協力という話に?」

「僭越ながらわたしから説明させていただきます」

 不破さんが説明に入ってくれるらしい。一般人枠だからね。

「今残っている人質全員が財界の家族などの関係者です。日本国としては外国に交渉のカードとして切られたくない類の人たちばかりです」

「…………」

 アンナ先輩の価値観では命はみな平等なのだろう。冷凍マグロのごとく無表情を動かさない。



「警察も迂闊には動けません。そこで《SOX》の出番なのです。若い世代にカリスマ性のある《SOX》に扇動してもらい、その隙を付くというものです」

「それって、失敗したら《SOX》に全部責任を負わせる気じゃないか!?」

「その通りよ、奥間狸吉」

 《雪原の青》の声が、芯をもって響き渡る。

「それを承知で、私たちは了承したの。《ラブホスピタル計画》を潰すためにね」

「《群れた布地》の時と同じ構図、ということです。《SOX》自身がテロリストを否定することで、《ラブホスピタル計画》を推進している政府の動きとは裏腹の《SOX》の活躍により解決したとなれば、《SOX》の流布している性知識も正当なものだと認められるのです」

 不破さんが冷静に言うが、しかし……ハイリスクハイリターンな話だ。

「本来は私たち《SOX》のみで行う予定だったわ。ただ、どう考えても人手が足りなくてね。そしたら鬼頭慶介から連絡が来て、ソフィアが来たの」

「警察は、善導課はこのことを知っているのか!?」

「上層部には祠影と鬼頭慶介が手配してあります。基本、警察へのダメージが最小限になる方法ですから、交渉自体は難しくなかったようです」

 そう言うソフィアの顔には嫌悪感があった。

「……なるほどですわ……」

「アンナ、あなたはこの事件を一人ででも解決するつもりですね? 私が何を言っても、止めるつもりはありませんね?」

「はい、お母様」

「仇敵と組するのは許しがたいと思います。ですが一人では危険なのです。あなたにはあくまで《SOX》を追ったらテロリスト集団と遭遇したという体を取ってもらいます」

 なんだその無茶苦茶な論法。

 ソフィアはコーヒーを一気に飲む。不破さんが続ける。

「国益、政府の思惑、私たち《ラブホスピタル計画》への反対者、いろんな思惑が渦巻いています。それらが一致しているのが、外国にわたる前の人質の救出なのです」

 アンナ、と、どこか痛まし気にソフィアは力なく囁く。

「アンナにとっては辛いことでしょうが、今だけは逮捕せずに《SOX》の指示に従いなさい」

「《SOX》はわたくしの参加は既に了承している、とみなしていいんですわね?」

「ええ」

 《雪原の青》は最小限の言葉で頷いた。




 母は帰っていった。ここでできることは何もないのだから当然だろう。父とまだ調整するべきする話が残っているだろうから。

 自分が壊したテーブルや椅子などは、まだ片付けられていないままだった。

 奥間君から愛を求めてきたのは、殆どない。だから嬉しかった。月見草さんもあとは休めばいいだけらしい。

 なら、今は自分にできることを。

「コンセントレーションですか」

 不破氷菓が話しかけてくる。

「ここに来るまでに、奥間さんと愛し合ったのですか?」

「あら、わかりますの?」

「数時間前のあなたなら《SOX》を見かけた時点で問答無用で捕縛していたでしょうから」

「そうかもしれませんわね」

「…………」

「どうかなさいまして?」

「わたしが言うのもガラじゃない、と思うのですが」

 珍しく言いよどむ氷菓に、身体ごと顔を向けた。

「大丈夫ですか? 色々ありましたが」

「月見草さんのことはわたくしの失態ですわ。誰がどう言おうと。奥間君は、わたくしを許してくださったけど……わたくしはわたくしを許せないのですわ」

「そう、ですか……犯人たちをどうするつもりですか?」

「殺しますわ。特にあのリーダーは絶対に殺さねばなりませんの。……あの女は危険ですわ。奥間君にとっても」

 微笑を深める。不破氷菓の頭脳は自分と違った側面で優れているから通じるだろう。

「協力は、してくださらないのでしょうね」

「奥間さんは望みません。あなたが人を殺すこと、間違えることを」

「でしょうね。でも、間違えたとしても、受け入れてくれるのが奥間君なのですわ」

「あえて誤用しますが、確信犯としての罪まで許すでしょうか?」

「受け入れてくれますわ。それが奥間君の“愛”なのですから」

「……報酬の件ですが、犯人たちを許す、というのはいかがですか?」

「……冗談、ですわよね?」

「そうなりますね。報酬は別に考えているのでご心配なく。例えば、そう。奥間さんとの愛の儀式とやらを私に見せていただくとか」

「……直接でなければなりませんの? その、やはり恥ずかしいのですけれど……」

「作戦立案も手伝いますよ。まあ報酬の件がなくても手伝うつもりですが」

 不破氷菓の表情は、アンナでも読みにくい。どこまでが本気で冗談か、いまいちわかりにくい。

「《SOX》をどう動かすか、わたくしがどの時点で関わるか、ですわね」

「アンナ会長は船の中に潜むのがいいでしょうね。ヘリの中だと狭すぎてアンナ会長の機動力が削がれますから。最悪、事故の可能性も考えられます」

「それが妥当、ですわね……さて」

 血と欲情に飢えた捕食者の笑みを浮かべ、部屋の向こうにいる、仇敵である《SOX》を壁越しに睨むかのように視線を強くし、

「うふふひっ、さて、《SOX》をどう扱いましょう……?」

 寒さではなく、興奮と昂揚からくる震えで、背筋に奥間君から愛された時と似たようなゾクゾクが生まれてくる。

「……いったん、休むべきかと。会長も疲れていらっしゃるでしょう」

「不破さんも、モニターしていて疲れたのでは?」

「わたしはそういったことに慣れていますのでご心配なく。……《SOX》と話し合いしてきます」

「わかりました。お願いいたしますわ」



不破さんには申し訳ないけど、不破さんとアンナ先輩の会話は書いててすごく楽しいです。
エロシーン、もっとうまく書けるようになりたかった……がっくし

呼んでくださり、ありがとうございます! そして私が考えた設定で申し訳ないのですが、

超高級ホテルは身なりで人を判断しないというのは、私たち現代の世界の価値観、《育成法》前の価値観なんですね。そこは申し訳ない。ただPM装着が外国人観光客にも義務付けられて以降、外国の客が極端に減っているので、客を差別したりはしないんじゃないかと思うのですが、都合よすぎな考えですかね。
あと多分ですがアンナは何度かこのホテルを家族と一緒に利用したことがあるんじゃないでしょうか。なんか詳しいですし。スイートだと財界の秘密の会談とかもしていそうなホテル、というイメージだったので、秘密保持は絶対なんだとは思います。

アンナ先輩、([ピーーー]気)間違える気満々だけど、たぬきちどうするんだこれ。
たぬきちの価値観も揺れ動くみたいなこと、不破さんが言ってたし、たぬきちもなんか不安定な気がするのは気のせいならいいけど。

指弾で銃はじき飛ばしたのには笑った。アンナ先輩、絶対柔道だけじゃないよな。

移動中だからID変わってるかもだけど、158な
実は原作読んでなくてこの作者の前のやつとアニメしか見てないんだけど、原作もこんな感じなん?
アニメよりアンナ先輩めっちゃ怖くなってるけど

>>158
>>159

……難しいです。皆さんに解説を任せます。
なんか書いてたらキャラがこんな風に動いた感じです。多分アンナ先輩以外はそんなに変わらないとは思うのですが。

あと原作の文章は、下ネタが巧妙に散らばっていて、もっと軽妙ですね。こんな重くないです。こればかりは何というか、文体の問題というか、赤城先生みたいに下ネタ浮かばないというか変態じゃなかったみたいです。



 不破さんにアンナ先輩の時間稼ぎをお願いして(「わたしを殺したいのですか?」と無表情に淡々と言われたのには本当にごめんとしか言いようがなかった)僕と《雪原の青》と《哺乳類》代表――華城先輩とゆとりとで詳しく話を聞くことにした。

「《SOX》だけで何とかなればよかったんだけど、圧倒的に人手が足りなかったのよ」

「《哺乳類》《絶対領域》も《SOX》に任せるっつって、実質失敗したら《SOX》だけに被害をとどめようって魂胆が見え見えなんだぜ」

「そしたら慶介と祠影が画策して、《SOX》に全部押し付けようとしたわけ」

 少しでも味方だと思った自分がバカだった、殴りたい!!

「ま、まあ、その、撫子も一枚かんでるみたいだけど」

 ……大人って、卑怯だよな……。

 なんだかんだを話しているうちに、不破さんだけが出てきた。

「アンナ会長はいったんコンセントレーションするようです」

「こん、なに?」

「精神集中ですね」

「アンナ先輩の様子はどうだった?」

「思ったよりは安定していましたが、リーダーに対する殺意も安定していましたね。事故に見せかけて殺す気でしょう」

 それなんてサスペンス劇場?

 と、インパクトに紛れて今まで気づかなかったけど、

「早乙女先輩は?」

「移動中だぜ……慶介のところに」

「え? なんで」

「今回の色々な画策のお礼として、絵を何枚か贈呈するとかなんとか」

 《SOX》のリスクを考えるとしなくていいと思うんだけど、一応チャンスが与えられたとみて、礼儀として、かな。まあここにいても役に立ちそうにないし。

「奥間さんはどうなさるのですか?」

 不破さんが問いかけてきた。僕もそれは悩んでいた。

「僕は……、」

 ちら、と《雪原の青》を見る。

「……アンナ先輩についていくことにする。今のままじゃ、アンナ先輩は絶対に間違える。許されるから間違えていいって、そんなのはダメだと思うんだ」

「アンナ会長を止めることができるのは奥間狸吉だけだろうし、それでいいと思うわ」

「《雪原の青》は怪我で激しい動きができないようですが、それでも?」

「……アンナ先輩は僕以外の女性につくことを許さないよ」

「た、奥間、あたしらはお前の意思を聞いているんだぜ」




 ゆとりが痛いところを突く。今までずっと逃げてきた言葉。答えてこなかった言葉。



 ――僕はアンナ先輩を愛しているのか?



 その純粋さも、無垢さも、危うさも、怖さも、全部が今、奇跡的に成り立っている。

 あの夜、僕が奪ったものは、アンナ先輩にたくさんの変化をもたらした。

 ずっと性欲だけだと思ってた。でもこんな奇跡的なバランスで成り立つのは、きっと、アンナ先輩の価値基準では、本当に僕を愛しているからなんだろう。

 見捨てられない。どうしても。憧れの人というのを差し引いても。憧れが、まだ残っていても、残っているからこそ。

 《雪原の青》を見る。僕の今の憧れの人。この人みたいにまっすぐになりたい、そう思って今まで頑張ってきたつもりだった。

 だけど、今は何だ? まるでまがりきったち○こじゃないか。ふにゃちんのようにふらふらとして、自分ってものがなくて。

 僕が本当に好きなのは――、



「奥間君」



 アンナ先輩の登場に、一時会話が止む。というか凍り付いた。

 アンナ先輩は僕の背中に回り、抱きしめる。僕を誰にも渡さないと、言外にそう言いながら、捕食者の笑みを主に《雪原の青》に向ける。

「今度、奥間君に触れるようなことがあれば、無傷捕縛なんて甘いことは言いませんわよ?」

「触れるつもりなんてない。その話は終わってるのよ、アンナ会長」

「牽制はよろしいですか?」

 不破さん、僕にぐちぐちいう割には結構仕切るよな……。

 アンナ先輩は僕の背中におっぱいを押し付けたいらしく、そのまま離れない。まあ多分、不破さんの言うとおり牽制なんだろうな。アンナ先輩の目から見たら僕は一度、《SOX》に誘拐されているのだから。

「先ほどアンナ会長に入ったのですが、《SOX》には先行してヘリの中に入ってもらい、犯行グループの信用を得てもらいます。そして船の中でアンナ会長に暴れてもらう、と」

「私は怪我で戦力にならないわ。アンナ会長ひとりで大丈夫なの?」

「そちらの狐のお面の方はどうなんですの?」

「足には自信あるけど、それだけだぜ。武器もって訓練してきた連中と立ち回る自信はないぜ。あたしは主に、鬼頭鼓修理の他、人質の保護が目的なんだぜ」

「鼓修理ちゃんの? ……なるほど、ですわね」

「アンナ先輩、僕も行きます」

「…………」

 すぐに断るかと思ったのだけど、アンナ先輩は考え込んでいるかのようだった。それが少し意外で、すぐそばにあるサラサラの銀髪を頬に撫でながら横を向く。

「もし、奥間君が傷ついたら」

 全員がゾゾゾと青ざめる。月見草の時ですらあんなに我を忘れていたのだ。確実に破壊神の権化となる。


「閃光弾などの装備は一応作ってあるのですが」

 そういえば不破さんって一応生物部じゃなくて化学部部長だった。

「苦労させられましたわね」

「…………」

 アンナ先輩の圧力に不破さんが冷や汗をかいていた。

「光だけの装備なら簡単なのですが、爆風や音を含めたスタングレネード弾となると、時間が足りませんね」

「それぐらい善導課に融通してもらえなかったの?」

 ゆとりに聞いてみるが、

「あ、あたしはそもそも交渉する暇なんかなかったんだぜ」

 ずっと人質だったから仕方ないか。

「閃光弾しかないというのであればそれで十分ですわ。問題は、相手が本物の銃を持っていることですわ」

「本物を? いったいどうやって?」

「亡命先からでしょうね」

 不破さんが淡々と答える。

「ただ、本物の数は少ないのが救いですわね。訓練も十分にはできていないようですわ」

「エアガンと本物の銃では反動が違います。場合によってはエアガンの方に注意するべきかと」

「で、私は、あくまで扇動ね」

 《雪原の青》がようやく口を挟む。

「船に乗り込んだ段階で、私がどこまでグループを二分できるか、ね」

「《雪原の青》の話術とカリスマ性にかかっています」

 不破さんがそう評した。

「二分した後、アンナ会長はそこの狐女と合流、人質の安全を確認した後、もう一つのグループを殲滅する、と」

「あ、あたしは基本、人質を守る方に動くけど、……本当にアンナ会長ひとりで大丈夫なんだぜ?」


 ――暴雪が、部屋を勢いよく靡いた。


 アンナ先輩は舌なめずりすると、

「ひとりがいいんですの。警察も善導課の目もない場所が、いいんですの」

 うわー、全員殺す気満々だこれ。しかも事故に見せかけて殺す気だ。完全に頭の働き方がそっちの方面に逝っちゃってる。



「でもお一方だけ、じっくり殺したい方がいるんですわ。……あのリーダーだけは、生かしておけないんですの」

「……あいつは、」

 ゆとりは言いかけて、止める。あのリーダーがアンナ先輩にしたことは、同じ女性だからこそ許せないんだろう。

 でも、アンナ先輩に間違いを犯してほしくない。もう前も後ろも犯しちゃってるけど、そういうことじゃない。

「アンナ先輩、その、殺人だけは……」

「奥間君は」

 アンナ先輩は、笑う。

 自分の価値観の中で完結していて、他者を寄せ付けない、あの笑みを浮かべて。

「わたくしが間違えても、受け入れてくれるのでしょう?」

「…………それでも、僕は、止めてほしいんです」

「なら、死ぬほどつらい痛みを与えますわ。……それも、ダメですの?」

「…………」

 アンナ先輩は僕の首筋に鼻を埋めると、スー、ハー、と匂いを嗅いで、

「奥間君は、優しすぎるんですの。……もっと、その優しさを、わたくしだけに向けてほしいですわ」

 本気の嫉妬ではなく、子供が拗ねているような、拗ねていることを演じているような、かわいらしい声音で甘えてくる。……鼓修理並みに表情を作ってるんじゃないかと思うぐらい、完璧なかわいらしい笑みと声音だった。

「アンナ会長の実力を疑うわけではないけど」

 《雪原の青》が甘くなってきた空気を壊してくれた。ありがてえ。

「アンナ会長が傷ついた場合のことも考えないといけないわ」

「問題ありませんわ」

「い、いや問題ですよ。アンナ先輩が傷つくところなんて考えたくないです!」

 先ほどのかわいらしい笑みとは違う、慈愛に満ちた聖女の微笑だった。

「わたくしは、大丈夫ですわ」

「…………」

 全員が、嫌が応にも納得させられるような、生徒会長として見せる説得力あるあの微笑だった。

「アンナ会長の自己判断を信じることにしましょう。わたしの分析とも外れていませんし、そう心配はないでしょう」

 不破さんがまとめてくれた。

「とりあえず、アンナ会長、奥間狸吉、不破氷菓は何か食べておきなさい。これからが本・番!よ!」

 ……もう何発か、本番終わってるんですけどね、僕とアンナ先輩は。

 とにかく何か食べておこう。時間はあまり残っていなかった。



やれやれ、このまま人を殺さないで済む化け物女が想像できないんだぜ by ゆとり

鼓修理の出番がないっス! by 鼓修理


鼓修理に関しては本当ごめんなさいとしか。

修正
ヘリコプターから船に乗り換える

修正後
バスから船に乗り換える


すみません、乗り物の収容人数を知らなかったのです。気を付けます。


(はあ、あの化け物がいないってだけで鼓修理はホッとするっス)

 綾女様もきっと対策に乗り出しているし、正直鼓修理としてはあまり脅威を覚えていなかった。亡命先の国に何らかの政治利用されるかもしれないが、命の危機があるわけではないし知ったことではない。

「バスが用意された! これから移動する!!」

 人質は2、2、3人のグループに分けられ、三回に分けて地上に降りる。

 外に出る時が善導課に囲まれて一番緊張したけど、人質の質が質なだけに対応できないようだった。

 正直鼓修理としては、《群れた布地》に協力していたころを思い出してむず痒い思いがある。だけど海外逃亡は本気なのだろう。リーダーはあの化け物相手に銃を向け、骨を折られ、肩を外されても目の光を失わなかったし、なかなかの人物だと鼓修理は見ていた。さすがにキスさせたことには同情できないけど。

 二番目と三番目の間に、あの化け物にキスした少年がストレッチャーで運ばれ、バスの中に入れられる。

 そして、最後、鼓修理たちの番になり、犯人側としては何事もなく終わったかと思った時。

 白い影が、入ってきた。

「何者!?」



「こんにチンチン! 私はお尻に咲く蒙古斑のような女、《雪原の青》こと《SOX》のリーダーよ!!」



(綾女様!!)

 ざわざわと犯人たちがざわつく。「え、本物?」「善導課を抜けて?」そのあたりは自分も気になるけど《雪原の青》が本物であることは当然わかる。

「規制単語を、PMを無効化していた。《雪原の青》であることは間違いないでしょう」

 リーダーが断言すると、わっと盛り上がる。リーダー以外は。

「……何しに来たの?」

「もちろん応援よ! 遅くなってすまんこ!」

 ばっと、《雪原の青》が卑猥が描かれた絵画をばらまく。わっと集まりかけるが、

「同志に怪我人がいるわ。皆慎重になりなさい」

 すっと波が引くように静かになる。

「応援って、具体的に何を?」

「まずは善導課から振り切るわよ! 邪魔でしょ、あいつら?」

「どうやって?」

「簡単よ」

 《雪原の青》はトランシーバーを出すと、

「おっぱい気球、カモン!!」

 《哺乳類》が用意したものだろう、気球に女性の胸部が、(主にゆとりにないものが)描かれたその気球は何回見ても常軌を逸していると思う。綾女様には勝てないっスけど!

 ついてきている善導課のパトカーが一瞬、迷ったのを見て、

「ゴーゴー射精ゴーゴーゴー!」

 バスの運転手にスピードアップを要求する。前にいたパトカーを蹴散らして、さらにスピードアップ。

「船の場所は変えてあるわね!?」

『はい、発信機があるのでどうしても時間の問題ですが』

「電波妨害してあるから大丈夫、そのまま予定位置にイッちゃって、間違った行っちゃって!」

 聞いたことのある声だった。確か、不破氷菓という非常に分析力に優れた、前回の事件でも世話になった《SOX》の支持者だ。

 運転手にPMで地図が送られる。「この場所に来てくれる?」運転手は頷いた。運転手は犯人グループのメンバーの一人でPMは装着していないはずだったけど、PMの投影画像自体は見れるはずだ。

 綾女様に何か話したいが、関係性を気付かれるのはまずいというジレンマに鼓修理はいらいらしてきている。しかし我慢するしかない。

「船の中にいると思われる善導課の職員は、うちの仲間が前もって確認し排除しているから安心して!」

 ゆとりのことだろうか。作戦に参加できない自分がもどかしい。

(鼓修理が役に立てるチャンスが絶対来るっス!)

 《雪原の青》なら必ず役目を与えてくれるはずだ。



 僕はアンナ先輩とゆとりと不破さんと一緒に慶介の言っていたフェリーターミナルまで来ていた。

(やっぱり母さんいるな)

(いくら善導課の役目がないと言っても、放置するわけにはいかねえもんだぜ)

 その事を知っている母さんなら、もっと別のポジションで指揮を執るはずなんだけど、やっぱりソフィアの起こしたデモの警護で立場が弱くなっているみたいだ。

 この分だと、船の中にも最低限の人数しかいないと思われる。今は港に着けられていて、このままバスごと入る予定だ。

(不破さんって船の操縦できるの?)

(運転免許は取得していません)

 だよねー。運転手の確保は必要か。と思ったら、

(一応、教練書で読んだレベルですが、船や飛行機の最低限の動かし方は頭に入っていますわ)

 ……アンナ先輩にできないこと、誰か教えて。

(運転手はおそらく亡命国の手先でしょう)

 不破さんが無表情に呟く。

(リモートモードがあるはずです。これだけ大きい船なら)

 何しろバスが何台入るんだってレベルだもな。どれだけガバマンだよ。これのどこが『小型』だよ。金持ちはこれだから。

 ターミナルは既に空いている。急がないと所定の位置まで移動できない。

(不破さん、走れる?)

(わたくしが奥間君のお義母様を引き付けますわ。その隙にお願いしますわ)

(あたしが不破を引っ張る、奥間狸吉は自力で走るんだぜ)

(わかった)

(カウントダウン始めます。5,4,3,2,1、)

 

 0




「何だ貴様ら!?」

 早速母さんの声が善導課を呼び寄せる。アンナ先輩は僕のトランクスを被って私服に着替えていて、特徴ある銀髪を隠している。トランクスである必要、あった?

「こんな時に、貴様らガキの相手をしている暇は……!」

 アンナ先輩は無言で母さんの相手をしている。ちらっと見えた瞳は、食い応えのある獲物を見つけた獣の瞳だった。そんな瞳に不吉さを感じながらも、僕はアンナ先輩に任せ、善導課が前を塞いだのを、


 ピッカーーーーーン!!!


 不破さん特製閃光弾で撹乱する。目を塞いでもまっぶし、事前の合図がなければこっちもまずかった。

「ちっ」

「行かせませんわ!」

 淫獣モードじゃないアンナ先輩のあんな気迫、初めて見たぞ……!

「早く来るんだぜ!」

 母さんを何とかあしらった後、アンナ先輩が瞬間移動かっていうぐらいの俊足でこっちに来て、渡り廊下みたいな場所を通ってそのままフェリーの中に入り込む。不破さんが何かのスイッチを押して、渡り廊下を強制遮断した。

「あとは車庫ですわ。《哺乳類》さん、不破さんは運転席の方へ! 車庫を閉じるのをお願いしますわ!!」

 アンナ先輩の指示に何の疑問も抱かず、僕とアンナ先輩は車庫に向かう。車庫も開かれていて、そこから善導課がパトカーごと入るか判断に迷っていたようだ。

「指定以外の犯罪者は捕まえていい! 不法侵入で逮捕しろ!」

 母さん、鬱憤たまってるなー。

 乗下船口にたどり着く。パトカーが入ってくるか迷っていたようだったが、意外に早くゆとり達は運転席までたどり着いたのか、そこから遠隔操作で車庫も閉められ――


  ドン!


  バッシャーン! とまず寒いより冷たいと痛いが感覚を突く。海水が目や鼻や口に入った。

「ごめんなさい、奥間君」

 小さな、小さな囁き声なのに、鮮明に聞こえる。僕にしか届かないような、囁き。



「人質はもちろん無事に。そして、――悪を殲滅させるんですの。奥間君は、それを邪魔をするでしょう? それが例え、わたくしのためでも」



 溺れかける僕の目に映ったアンナ先輩は、すでにトランクスをはぎ取っている。

 善導課がライトで僕を照らす中、逆光で見えた銀の影は、血に飢えた獣がもうすぐ獲物が罠にかかることを喜ぶかのように、無邪気に笑っていた。
  


読んでくださる方が徐々に増えてうれしいです(( ;∀;))

アンナ先輩は、……どうなるんでしょうねえ



 ゆとりは不破特製閃光弾を使って、運転席にいた三人を何とか確保した。武器を持ってないのが幸いしたのだと思う。

「No, I don't speak Japanese!(わ、私たちは日本語話せません!)」

「Don't worry, I speak English.(問題ありません、私が話せますから)」

 どうやら不破は英語を話せるらしい。

 ピピピピ

「こちら、不破です」

『運転席は大丈夫でした?』

「問題ありません」

『すぐにそちらに向かいますわ。それまで過剰に傷つけないように』

 PMが切れた。

「運転手は対象に入っていないのか、拷問を自分でやりたいのか、わかりにくいとこだぜ」

「後者でしょう」

 《雪原の青》は今、リーダーとあのキス小僧、一応の人質の見張りを最低限、それ以外を集めて宴会しているらしい。ろくでもない武勇伝でも聞かせているんだろう。

 化け物女はすぐに運転席に来た。ただ狸吉が見当たらない。

「会長、た、奥間はどうしたんだぜ?」

「海に捨ててきましたわ」

「……は?」

「わたくしのやることを、邪魔されたくないものですから。善導課もわたくしの両親の口添えですぐに解放するでしょうし」

「そ、そういう問題じゃ……」

「わかりました。現実として奥間さんがいない以上、もうどうしようもないことですから」

 切り替え早いなコイツ!

 化け物女は運転手三人ににこりと聖女の笑みを浮かべると、

「人質の部屋を教えてもらえますか?」

「あー、英語じゃないとダメみたいだぜ」

「……Can you show me the hostage room?」

 化け物女も英語話せるのかよ……。

 運転手三人は「I don't know! I don't know!」を繰り返すばかりだ。本当に知らないのか、言語の壁があってゆとりにはわからない。

「仕方ありませんわね。《哺乳類》さん、《雪原の青》に連絡取れますか? あちらから訊くほうが早そうです」

「お、おう」

 PMで宴会中の《雪原の青》に連絡を取る。

「Now, can you tell me where this ship is going?(さてと、この船がどこにいくのか、教えていただけません?)」

 背中が凍り付く。船員たちも完全に黙り込んだ。

 獣の飢えた嗜虐の悦びに、全員たちも気付いたのだろう。全員が恐怖する。

(狸吉……!)

 なんで、唯一止められるお前が、今、ここにいないんだ!



 バキドカドン!

 人質の部屋の前で待機していたあのリーダーの部下3人いたが、油断していたこともあって一瞬で沈めることができた。さすがはアンナ会長だと思う。

 人質は二等船室にまとめて詰め込まれていた。

「皆さん、大丈夫ですの?」




「「「「「「「「…………」」」」」」」」




 人質は全員沈黙していた。アンナ会長が目の前で化け物じみたアクションを見た人間からすると、当然の反応だろう。

 反応は特に鼓修理という奥間の妹が顕著だった。

「えっと、なんでお姉ちゃんがここに……?」

「助けに来たのですわ。今、《雪原の青》が残りの人員を惹きつけていますの」

「え、《SOX》と手を組んだ……? お姉ちゃんが?」

「事実だぜ」

 《哺乳類》代表がキツネの面を被りなおしながら、人質を解放していく。

「不破さんは運転室に戻らなくて大丈夫ですの?」

「あれだけきつく脅しておけば大丈夫でしょう。椅子に縛り付けてありますし」

「しかし、香港とは……《育成法》制定前は親日国、というぐらいしか情報がありませんわね」

 アンナ会長に限らず、学生の外国への意識などそんなものだ。今現在の海外情勢を知っているものなど、学生ではほぼ皆無だろう。

「水面下の交渉があるのでしょうが、わたしたちはそれ以上にやらなければならないことがあるでしょう」

「ええ、鼓修理ちゃん以外は全員、この部屋にまだ隠れてください。犯人グループを殲滅するまでは、この部屋に鍵をかけて、物音がしたら身を低くしてくださいませ。犯人グループは実銃を持っているとの情報がありますわ。わたくしたちが来たら、ノックを4回しますので、それで判断してくださいまし」



「さて、いよいよ本番ですわ」



 これから、《雪原の青》が油断させている連中を殲滅する。

 その悦びにアンナ会長は身を捩っていて、唇をぺろりとなめ、衝動の解放の時を待っていた。

(奥間さん、これでいいのですか……?)



 《雪原の青》は何とかハイテンションを保っていたが、事実は限界だった。傷が開いてきているのがわかる。

「リーダーは? まるで初めての処女膜を野菜で破ってしまったみたいな後悔が見えるけど」

「どんな顔よ。……あんたも座ったら」

 勧められて、やっと椅子に座る。まだ話を聞きたがる連中がいたが、リーダーが追っ払ってくれた。

「まあ助かったと言えば助かってるんだけど。《雪原の青》も香港に行くわけ?」

「逃げるのが悪いというわけじゃないけど、私は逃げないわ。香港には行くけど、それはあくまで物資調達のためよ!」

「昔のオタク文化が残っているっていうからね」

 リーダーの顔は暗い。何人か気にしている連中もいたが、あえて無視しているあたり、リーダーに対する気遣いもちゃんとあるのだろう。

「アンナ会長のこと?」

 ズバリそのまま聞くと、苦笑気味に「まあね」と返ってくる。

「あれは《育成法》が生んだ化け物だ。あたしは殺しはやらないつもりだけど、あっちはそうじゃない」

「……キスさせたことに同情の余地はないけど」

「あれはアタシの逆恨み。結果、酷い怪我人を生んでしまった。でもそうじゃなかったとしても、あの化け物は始末しないといけない。今は無理でも、いずれ」

「そう、ね」

 ピ

 一瞬、PMが鼓修理から鳴った。合図だ。3,2,1,



 ピッカーーーン!!



「!?!?」



「油断しましたわね」



 低く嬉しそうな声が、鮮明に聞こえる。20人以上を相手にしても目が一瞬眩んだ連中相手なら、アンナなら容易かった。あっという間に全員が行動不能に陥る。

 ゆとり、不破氷菓、鼓修理の三人でどんどん縛り上げていく。自分も手伝っていく。

(狸吉は!?)

(あの化け物女が船から捨てやがった)

(なんですって!?)

「アンナ……アンナ会長!!」

「……やっぱり、最初からこのつもりか。アンナ会長が《SOX》と組むのは、《群れた布地》の件から、有り得ると予想はしていたよ」

 リーダーは冷静だった。だからこそ、危うい。



「うふ、うふふふふふふふひひっ!!」



 強い強い、嬌声に、熱気が直に伝わりそうなほど火照った体を自分で抱きしめ、仇敵を見る目ではなく子供が欲しがっていた玩具をようやく手に入れた目でもって。

「ああ、やっと、愛の罰を与えられますわ……うひひひひ、やりたいことがいくらでも浮かんできて、困ってしまいますわ」

 アンナはどこまでも無垢に、子供の笑みで、笑っていた。



すみません、次回から多分拷問とかリョナとか、精神的にも肉体的にも痛いシーンが続くと思うので、そういうシーンの前には注意書きを入れたいと思います。よろしくお願いします。

今から行きます。きついシーンですので、飛ばす方は飛ばしてください。アンナ先輩がはっちゃけます。



「さあ、どうしましょう? ……そうですわね、とりあえず残った手足の骨を先に折っておきますわ」

 以前、足にダメージを残さなかったから《雪原の青》の逃走を許したことを思い出し、刃物がないので腱は切れないから、とりあえず足を折ることにする。

 ボキ! ボキ! ボキ!

「~~~~~~~!!!」

 体重を肘にかけ、右の下腕を、両のすねを折る。

 ああ、この音が耳に心地いい。愛の罰を与えている時のこの音と感触は、下肚に響く。

「うふ、うふふふひっ、しかし強情な方ですのね。わたくしは是非、あなたの悲鳴も聞いてみたいのですけども」

「……アンナ会長、もう十分ではないかしら?」

「……《雪原の青》? 黙ってくださる? 正直まだ、あなたを、《SOX》の関係者を壊すことへの興味は捨てきれていませんのよ?」

「…………」

 ちら、と鼓修理を見る。「ぴぅ!?」さすがに愛の罰を見せるのは教育に毒だと判断した。

「《哺乳類》さん、人質の部屋に鼓修理ちゃんを案内して。今なら安全でしょうから」

 鼓修理と《哺乳類》が脱兎のごとく去っていく。残るは《雪原の青》と不破氷菓。どちらも愛の罰に否定的だ。

「不破さん。この方、なかなか肉体的な痛みには強いみたいですわ。あなたならどうしますの?」

「……何故わたしに?」

「人間の仕組みに興味があるあなたなら、何かいいアイデアがあるかと思いまして」

「わたしが興味を持っているのは、人間ができる過程です。人間が壊れる過程ではありません」

 反論されるほど何故かゾクゾクする。正直、不破氷菓も条件が整うならば、愛の罰を与えてみたい。この無表情から、どんな悲鳴が飛び出るのか。

「ん、いいことを思いつきましたわ。……不破さんとは、愛の再現実験をした仲でしたわね」

「ええ、貴重な体験でした」

「ええ、それと同じように……この方に、愛を教え込もうと思うんですの」


「「……!!」」


「この、衆人環視で、ですか?」

「ええ、リーダーが愛を覚えれば、部下の方々も覚えるかもしれませんし……」

「それは、奥間狸吉に対する浮気にならないのかしら?」

「何を仰っていますの? 女性同士で恋愛が成り立つはずないでしょう?」

 思いついてしまった。不破氷菓の時は身体が傷つかないように配慮したが、今は厭わなくていい。

 背中側に回る。リーダーは薄々何をされるのかわかっているようだった。

「止めなさい、止め……! ひ」

 耳の穴の中に舌を入れる。奥間君と違って全く美味しくないが、再現実験した時のように奥間君を思うと愛の蜜が溢れてくる。

「うふふふ……」

 ふっ、と息を吹きかける。「~~~~~~~~~~!!」あくまで悲鳴を上げるつもりはないらしい。本当に、強情で、負けず嫌いな子。愛の罰を与える相手としては、非常にやり応えがある。

 だけど、ここからは、耐えきれるのか。

「不破さん? あなたにはしていませんでしたわよね?」

「……何を、ですか?」

「わたくし、奥間君の体液を舐めるのも、わたくしの体液を与えるのも、両方好きなんですの」



 一見話が飛んだように見えて、だけど不破氷菓と《雪原の青》は理解したみたいだった。《雪原の青》が叫びそうになり「止め――!」その耳障りな声が耳に入る前に。




 ぶち、と耳たぶを、噛み千切る。




「ぎやあっ!!!!!!」

 血がぽたぽたと流れるのを、傷口を直接、舌先を使って舐めていく。血とは違う、肉の味もする。

「ん、やっぱり奥間君のと味が違いますわ。奥間君の方が美味しいんですの。不破さん、人によって血の味が違うというのは、知っていまして?」

「……知りません」

「そうですの。なら一つ勉強になりましたわね。でもなかなか、これも……何故でしょう、愛の罰を与えているからでしょうか。わたくし、愛の蜜が溢れてきましたわ」

「こ、この……変態、が……!」

「ふ、ふふふひ、まだ心が折れていませんのね? まだまだ愛の罰が与えられるんですのね?」

 さて次は、――うん、これがいい。

「あの少年はわたくしの胸部を揉みしだいたことですし、そのあたりの教育を致しますわ」

 上部の衣服を脱がせるのが面倒でビリビリと裂く。「ひっ」僅かな悲鳴。ここが弱点なのか。



 ――《育成法》以降の教育では、服を脱ぐことへの羞恥心というものを教わらない。それは性知識になるからだ。



 だからアンナは、今、愛の罰を与えている人間の羞恥心と屈辱が、わからない。



「アンナ会長、もういいでしょう。目には目をと言いますが、やりすぎです」

「……不破さんったら。不破さんにとっても愛の追究は至上命題なのでは? あなた、以前に言いましたわよね? 『愛がなくても、物理的刺激でも、愛を感じることができるのか』、科学者ならそれを確認しないといけない、と」

「……言いました。しかし、」

「興味がない、と?」

「…………知的好奇心がないとは言いません。しかし、物事には倫理があります。わたしが求めるのは合意の上での話です」

「私はそんなこと関係ないわ! ただ、あなたのやることは癪に障る!」

「…………ほう、それでお二人はどうする気ですの? わたくしを、止める、と?」

 自分にしては意地悪い質問だった。《雪原の青》は怪我人だし、不破氷菓は身体能力は低い。自分を無理やりに止めるすべはない。

 まあ、止める気になるのであれば、それはそれで――

「面白いですわね。わたくしを、止めてみせますの?」

 楽しみが増えるだけでしかない。

 だが実際は、二人とも黙ったまま、動かない。少しだけ抵抗がなくて残念に思う。

 抵抗というなら、今胸部をさらけ出しているこちらの方がよほど面白い。




「触るな、化け物」

「あは、うひひひ、わたくしの場合は愛のない胸部への刺激はただただ不愉快でしたが、それは同性同士でもそうなるのでしょうか?」


 そして、アンナが思う絶妙の力加減で、胸部を揉みしだく。


「ひ、う、……う、あ、」

「先端が尖ってきましたわね? 愛を感じることができているのでしょうか?」

 先端をつまむ。

「いたっ……~~~~!」

 ころころと転がしてみるが、本人は歯を食いしばって刺激に耐えている。自分も気持ち悪かったし、ここは本当の愛がないと辛いのだろう。

「さて、愛の蜜の量は、と」

「アンナ会長……!」

 《雪原の青》が何かを言いたそうにするが無視して、下の下着を引き裂き、股間に手を入れる。

「ひっ、いや……!」

 初めて明確な拒否の言葉に、思わず舌なめずりをする。もっともっと、この声が聞きたい。

「あまり出ていませんわね。やはり物理的刺激では、愛を感じることは難しいようですわ」

「ひ、は、は、ば、っかじゃ、ないの? 両手足骨折られてて、耳たぶ千切れててどんだけ痛いか、こんな状況で感じるわけないでしょ?」

「あら、わたくしなら奥間君がくれるものなら、痛みでも何でも愛に変わりますわ」

 初めての愛の儀式を思い出す。あの痛みは、いまだに愛しいものとして、思い出すだけで愛の蜜が溢れる。

「あたま、イカレてる……!」

「ところであなた、初めての愛の儀式はお済ですの?」



 ――ピン、とその場にいる全員が、緊張したのが伝わってきた。



「アンナ会長、もう充分よ!」

「いいえ、足りませんわ。わたくしが足りないと言ったら足りないんですのよ、《雪原の青》」

 矛先を変え、愛の罰を与えてる本人に「どうなんですの?」と訊ねるが、返事はない。

 ただ、異様に緊張したのがわかる。答えはそれで十分だった。

「ふふふ、まだのようですわね。なら、わたくしが教えて差し上げますわ」

 愛の蜜が不充分だが、まあいいだろう。

 太ももを広げる。抵抗しようとしたが、脇腹に痛みを与えると簡単に屈した。

 今、愛を感じる穴は、何人かの目には入っているだろう。

「や、見ないで……!」



 皆の視線を集めるように、見まわす。充分に間を取ってから、見せつけるように。

 指を二本、自分が愛を最も感じるところに、挿入れた。

「~~~~~~や、や……!」

「ああ、そのか細い声も、いいですわね……!」

 ぐちゅぐちゅと掻き混ぜる。ただ愛の蜜はやはりそれほど感じない。

「やっぱり、初めては痛いんですの?」

「い、いたくなんか、ない!」

「嘘つきですわね」

 ぐちゃぐちゃと乱暴に掻き混ぜる。「アンナ会長」と不破さんが自分を呼び止めた。

「もう充分とか、そういうのは聞きたくありませんわ」

「……わたしにはあえて痛みを与えているように見えます。実験としてふさわしくありません」

「ふふ、不破さんは実際に体験してますものね、誤魔化せませんわね……ねえ、リーダーさん。愛を感じてみたいですの?」

「い、いや、もう、抜いて……!」

「大丈夫。ここからは、少し違いますわ」

 単にぐちゃぐちゃに掻き混ぜていたのを、一定のリズムでもって一定のポイントにぐ、ぐ、ぐ、ぐ、と押さえていく。

「!? あ、え、嘘、なんで!? あ、あ、あ、」

「どうですの? 愛のない方から、愛を思い出すこともなく、ただ刺激を受けるだけで愛を感じますの?」

「ひ、いや、やだ、やめて――!」

「ああ、答えはなくても構いませんわ。――愛の蜜が溢れてきましたから」

 自分ほどではないが、愛の蜜が生まれている。これはどういうことなのだろう。不破氷菓が以前言っていたように、物理的刺激だけでも愛を感じるものなのか。

 だけど尋常ではないほど嫌がっている。与えているのはむしろ気持ちいいことのはずなのに。おそらくこれは自分が胸部を触れられた時の感覚を数倍にしたものだと予測した。

 なら、これは愛の罰だ。

「“愛”というものを教えて差し上げますわ」

「アンナ会長、やめ……!」

 《雪原の青》が何か言う前に、中が収縮と痙攣を繰り返し、「あ、あーー!」背中を反らし、愛の場所からは、ばしゃっと愛が水分となって噴き出た。

「あ、あ、ああ……」

「あら、もう愛の感覚に絶望しましたの? まだまだありますのに」




 誰かがまた、何かを言い出す前に排泄孔に無理やり指をねじ込む。

「あう! あ、あ、あ、あ、い、痛い……!」

「あら、肉体的な痛みには強い方だと思ってましたのに」

 ぎゅうと締め付けて、こちらも痛みを感じるぐらいだった。ふと、愛しい奥間君の言葉を思い出し、愛の穴にも指を入れ、両方の穴を掻き混ぜる。

「あら、面白いですわ。壁を通じて指の存在がわかりますの」

「…………! …………!」

 目を見ると、絶望が瞳を満たしていた。

 ああ、これ、これが、これが欲しかった。

 背筋を快感が駆け抜ける。物や人体をただ壊すだけじゃ得られない感覚。

「……うふふふひ、あははは、どうですの? 愛を穢される感覚は!?」

 粘膜の感覚も面白かったが、そろそろ飽きてきた。排泄孔のポイントも見つけたので、両方の穴をリズミカルに突いていく。

「あ、あ、あ、あ、あ、あ、」

 排泄孔を閉めて我慢しようとしているようだけど、残念ながら『愛の罰』はその程度では終わらない。

 舌で胸部の先端をころころと転がす。「ひっ」時折甘噛みしながら、視線だけに殺気を込めて、あくまでもお前は喰われる側なんだと思い知らせるように。

「そろそろ、ですわね」

 ぐ、とカギ状に指を曲げながら、ポイントを突くと、また愛の水がばしゃっと、先ほどよりも多く吹いた。

「…………」

「いいですわ……その絶望する顔。気の強い方であればあるほどいいですわね。お腹がぐるぐると動いていますわ……ああ、なぜでしょう、奥間君の愛は先ほどたっぷりいただいたのに、またほしくなってしまいましたわ」

 もう、『観客』の誰もが声を発さなかった。

 次が自分でないように、祈っていたから。

「『愛の罰』はもう充分ですわね……では最後に、せめて痛くないように、首の骨を折ることにいたしましょう」

 リーダーが目線を上げる。その視線を、アンナは正確に読み取った。


『はやく、ころして』


 その視線を受けたアンナの笑みは、獣ですらない、悪魔と形容されるもので。

 悪魔の笑みを浮かべながら、アンナは首に手をかける。



リョナというかなんというか、『愛の罰』シーンはおしまいです。

これ、完全に闇堕ちしてるよね……狸吉がんばれ!



 ひゅ、と何かが投げつけられたのと、アンナ会長が身を避け、代わりに《雪原の青》の首元を絞めていたのは、ほぼ一瞬の出来事だった。

「ぐっ!」

「あらあ、《雪原の青》。あくまで邪魔いたしますの? 今なら無理に抵抗なさらなければ、無傷捕縛も容易いですわ」

「アンナ会長」

 自分も殺されるかもしれない。好きな人格でもない。ただ。

 《雪原の青》が助けたいと願うように、奥間が救いたいと願うように、自分たちが《単純所持条例》の時に自暴自棄に暴れたときに、一人ででも解決しようとしたその心を、何故か守りたいと思った。

「奥間さんが憧れたのは、そんなあなたではありません。《育成法》正負両面から見ても象徴的な子供として育ってしまったアンナ会長を守りたいのは、ただの義務感ではありません」

「…………」

 ふっと、首を絞める手が弱まる。続きは《雪原の青》に任せることにした。

「……皆があなたを守りたいのはね、あなたが皆を救ってきたからよ。たとえ殺人を犯したとしても、あなたを守ろうとする人は出てくるわ。でもね。だからこそ、裏切ったらダメなんじゃないの?」

 ――わかっているんでしょう?

「あなた、罪を罪と知りながら、奥間君が許してくれるってそればっかりで、自分で判断していないのよ。今のあなたはただ暴れたいだけの獣――悪魔だわ」

 ――わかっているんでしょう?

「本当は、何もかも。奥間狸吉に恥じない女になるんじゃなかったの? 今のあなた、それ自分で言える?」



「でも、奥間君は、この衝動をどうすればいいか、教えてくれないんですの」



「すみません、アンナ先輩!!」

「――奥間君」

「た、奥間狸吉――!」

「奥間さん」




「ずっと悩んでいたのに、一緒に考えていこうって言ったのに、ほんっとう、ごめんなさい!!」

 全員が、少なくとも突入組はなぜここに奥間がいるのかとは考えなかった。

 ――来てくれた、それだけ。

「アンナ先輩、お願いです。……こっちに来てください、戻ってきてください。じゃないと、僕が僕を許せなくなってしまう。もうすでに許せなくても、今ならまだ、辛うじて間に合うかもしれない」

「…………」

 アンナ会長は奥間の方をようやく見る。

「奥間君も」

 声は、先ほどまでの傷つけるしかなかった暴雪とは違う、見るものを喜ばせるような粉雪の涼やかさに――よく知った、聖女のそれに戻っていた。

「自分を許せないと思うことが、あるんですのね」

 大勢の足音と怒号が聞こえてきた。

「ごめん、不破さん、白衣貸してくれる?」

 無言で貸すと、ほぼ裸体だったリーダーに白衣をかぶせ、人の目に入らないようにする。

 そんな場面を、アンナ会長は黙って見ていた。

 装備した人波が、流れ込んでくる。



 ――人質は確保したぞ!

 ――犯人グループは既に捕縛していますわ。

 ――《SOX》、アンナ、無事か?

 ――わたしもいるのですが。奥間さんの母親ですね。

 ――ほかにも一人、キツネの仮面をかぶった女は私の仲間よ!

 ――忌まわしいが理解している。人質は確保した、逮捕しろ!



 そして、事件は終わった。



『愛の罰』シーンはやっぱりきつかったのか、コメントしずらかったよなー、反省。
まだ後始末シーンが続きますので、もう少しお付き合いください。アンナ先輩の罪とかね。

正直、『愛の罰』シーンは一線を越えてしまった感があります。



 アンナ先輩に突き落とされて簡単に母さんに見つかった僕は事情を説明し(アンナ先輩について来たということにした)とにかくアンナ先輩と《雪原の青》がいるなら即・制圧だろうと高をくくって、母さんの拳骨の痛みも無視して善導課のヘリコプターに乗った。

「ゆと、《哺乳類》、今の状況は!?」

 バリバリバリとうるさいので相手の声どころか自分の声が聞こえるかもわからないけど、一応ゆとりの名前は出さないでおく。

『化け物女が大暴れしてるぜ。人質は全員無事なんだけど……、あのリーダーを拷問してるぜ、『愛の罰』がどうとか』

 人質がいるため、船を尾行することができなかった善導課は、ゆとりからの位置情報を探知して即ヘリコプターで船に向かう。

 殆ど飛び降りるように降りて、ゆとりからあらかじめ聞いていた場所に行くと、アンナ先輩が《雪原の青》の首を絞めていた。

 

「でも、奥間君は、この衝動をどうすればいいか、教えてくれないんですの」


「すみません、アンナ先輩!!」

 状況はわからないけどとにかく謝った。ちらと周りを見ると、ほぼ全裸になった女の子の手足がひん曲がっている。

 遅かったのか。

 とにかくそのあとは善導課がアンナ先輩だけを隔離して、僕達は解放された。母さんは《雪原の青》を見て今にも逮捕したそうな顔をしていたけど、上の指示で無理だったのだろう。

 母さんいわく、アンナ先輩は相手が実銃を所持していたことから正当防衛で両親が収めるだろうとの話だったけど……。

 そういう話なんだろうか。

 アンナ先輩は、一週間、学校を休んだ。その間、連絡はとれていない。


   *


 アンナ先輩と華城先輩がいないと生徒会がとにかく忙しい。あの二人の優秀さは知ってたけど、身をもって実感する。

「奥間、おい、奥間!」

「あ、はい、轟力先輩」

「大丈夫か、ぼーっとして」

「轟力先輩も、受験で大変な時に」

「アンナ会長には世話になってるからな。受験は問題ないぞ」

「そうですか……」

 アンナ先輩は母さんの預かりになっている。

 衆人環視の中で手足の骨を折ったり、耳たぶを噛み千切ったり、前の穴と後ろの穴を貫通してぐちゃぐちゃにしたりしたことは、華城先輩から聞いた。

 ――どう考えたって、正当防衛ではなく拷問だ。

 レイプについては善導課や家族にはある程度誤魔化しているだろうというか、そもそもレイプという発想がない人だからわからないだろうけど、手足の骨折と耳たぶを噛み千切ったのは誤魔化せなかったらしい。

 14日間、善導課の指導の名の下で母さんのしごきを受けているはずだけど、そもそもアンナ先輩がいなければ解決できなかった事件だったし、アンナ先輩の能力なら母さんのしごきにもたやすく耐えられるだろう。

 だから僕は華城先輩のお見舞いに行ったり、ゆとりや鼓修理はアンナ先輩が自分に矛が向かなかったことを安心してるのを見ていつも通りだなと思ったり、ああ、そうだ。

 不破さんの報酬がまた悩ましい。

「合意の下でなら問題ないでしょう。もういいじゃありませんか。アンナ会長との繁殖行為を見せてください」

「わしも。わしもー!」

 ちなみにアンナ先輩の処罰が軽いのは鬼頭慶介の口添えもあったからで、それにはかなり大量に早乙女先輩が新規イラストを贈呈したかららしく、影でやることはやってたらしい。

 母さんのしごきだけでアンナ先輩の経歴に傷がつくどころか、事件解決に協力したという感謝状まで贈られることになったんだけど。何故か僕や不破さん、早乙女先輩と外にいたチーム全員が感謝状を贈られることになった。みんなアンナ先輩についていっただけなんだけどな。

 ちなみに14日という長めの時間なのは、単なる処罰でなく卑猥に関するケアもあってのことで、ソフィアが何か文句をつけるかと思いきや、母さんの元なら安心と判断したらしく、何も言ってこないらしい。当の母さんから聞いた話だ。

「アンナは優秀すぎて困る」

 母さんがしかめっ面で褒めるという器用なことをして、困ってみせた。あまり話さないが、柔道などの身体能力では母さんしか相手にならないらしい。そりゃそうだ。知識の吸収力も半端じゃないし、能力面で敵う人なんかほとんどいないだろう。

 そして、テロリストたちは傷が癒え次第、《北の大監獄》〈ヘルサウンド〉に連れていかれるらしい。

 だから、そうなる前に。アンナ先輩が戻る前に。

 僕はリーダーの面会を、お願いした。



 医療刑務所に僕は来ていた。

 最後に会っておきたかった。もう二度と、会えないだろうから。

 病室に入ると、包帯とギプスだらけの女の子がそこにいた。

「……狸吉?」

「……その、久しぶり」

「…………」

「無茶なこと、したね。この国が嫌なのはわかるけど」

「じゃあ狸吉も、逃げればいいじゃない」

「そういうわけにはいかないよ」

「あの化け物のこと?」

「…………」

 どう答えればいいか、わからない。でも、できるだけ正直に。

「アンナ先輩を変えたのはね、僕なんだよ。……僕を、その、襲ってね」

「襲っ、まさか、逆レ、ん、……狸吉の意思を、あの女は無視したのか!?」

「まあ、ね。それもこれも、アンナ先輩にはね、性知識がないんだよ。だから無垢で、良い方にも悪い方にも転がりやすくて。良い方のアンナ先輩に助けてもらった人は、僕も含めてたくさんいるんだよ」

「…………」

 信じられない、といった顔をしていた。アンナ先輩が妊娠したんですのとか言ったら、僕もこんな顔をするんだろうな。

「もし、君がアンナ先輩を穢そうとしなかったら、アンナ先輩はあんなに怒らなかったと思う」

 《公序良俗健全育成法》正負両面から見て、象徴的な子供が、アンナ先輩なんだろう。

「アンナ先輩は、恵まれた人なんかじゃないんだ。アンナ先輩も、《育成法》の被害者なんだ。それだけ、言いたくて」

 だからと言って、アンナ先輩のやったことが許されるわけじゃないけど。

「狸吉さ」

「うん?」

「あの化け物のこと、好きなのか? 本当に?」




「……見捨てられない。どうしても」

「好きじゃなくて同情なら、絶対破滅するぞ。あの女は身体の能力だけじゃなく、心も化け物なんだから」

「…………、君から見たら、そうだろうね」

 《育成法》が作り上げた、化け物。

 そう言う彼女は、泣きそうだった。

「狸吉は」

「ん?」

「他に好きな女、いるんじゃないのか?」

 ゲホゲホと、むせてしまった。いきなり何を言ってるんだ。

「どっちにしても、あたしに勝ち目なんかなかったな」

「……どうして、そんなにその、僕のこと……」

「悔しいけど、あの化け物と一緒の理由だろうね。狸吉は昔っから、何でも許してくれるから」

 ――施設育ちで無様な生まれの自分のことも、許してくれるかもしれないって思った。

「…………」

 どういえばいいか、わからない。それでも、これだけは言いたかった。

「稀代のテロリスト、奥間善十郎の息子で、みんなから厭われていた僕に優しくしてくれたのが、アンナ先輩だったんだ。だから、きっと」

 ――もしかしたら、わかりあえたかもしれないのに。

 それを潰したのは、僕なのか?



『面会時間終了です』



「じゃあ、僕は帰るよ」

「ああ。もう二度と、あたしの前に顔見せんな。あの化け物に殺されたくなけりゃな」

「……気を付けるよ」




アンナ先輩は特例で善導課預かりということになっています。逮捕されたとかそういうのじゃありません。
むしろ感謝状を贈られる立場です。親の力って偉大だなあ。まあ逮捕劇に貢献したのも事実なので。

アンナ先輩の功罪は、とても大きいです。どうなることやら、です。

ちなみに1週間して、クリスマスと冬休みに入っています。

わたしの中ではですが、あの世界では権力者とその子供は何をしても殺人以外は許されるというイメージです。だって、デザイナーベイビー制度を押し通すなんてことをするぐらいのディストピア社会ですし……


ちょっと次回の話にもつながるんですが、アンナ先輩本人には「卑猥の罪の意識」はないんです。

ただ現実として存在しています。それをどうするかで狸吉のお母さんひとりが悩んでいる状態です。ソフィアにいったらガンギレですからね。

立ち聞きしてる警官はまともな知識を持ってる人じゃなく、以前の月見草のような杓子定規としたやつなので、逆レとか襲うとかの意味をきちんと理解していないという。そのあたりは狸吉の方は言葉を選んでます。
リーダーの方は禁止単語を言わないのは癖みたいになってるんでしょうね。頭いい人ではあるんで。


もう少し、アンナ先輩が罪に付き合うところを、しっかりと描写できればなと思います。よろしくお願いします。



 14日経った。華城先輩たちが迎えに行けと言ったので、まあそうでなくても行くつもりだったけど、僕は善導課の椅子に座って待っていた。

「奥間君」

 鈴が鳴るように涼やかな声が、無味乾燥な善導課の部屋を明るくしたかのようだった。服は簡素だけど、胸にギュッと何かを握りしめている。

「来てくれたんですのね」

「……狸吉、ちょっと来い」

「え、母さん?」

「? お義母様?」

「アンナ、君はここで待っていろ」

 母さんの声がやけに深刻だったので、素直についていく。

 廊下のどん詰まりみたいなところに来て、なんだか空気が澱んでいた。セックスの後も換気しないといけないよね。

「アンナが犯人の一人にやったことだが、これは今は私の胸に収めている」

「……えっと、骨を折って耳たぶ千切ったんだっけ?」

「そうではない。犯人の一人に、ん――」

 規制単語を言いたかったらしい。代替単語に言い換えることもできるが、母さんは非常にめんどくさかったらしく、

「取調室にこい」

「い!?」

「別にお前を取り調べるわけではない。いや、ある意味取り調べだが、法の下ではない。ただ、PMをいったん取り外す」 

「…………」

 何も言い訳ができないまま、取調室に入れさせられた。正式な取り調べではないので録画や録音などはされていない。取り調べの可視化はどこ行ったんだ。まあのぞき見というのも楽しいんだけどさあ。




「お前、アンナとセックスしたのか?」




「ぶほぉわ!? え、え?」

「アンナが『奥間君とは『愛の儀式』を済ませた仲ですの』と言ったのだ。お前が愛の儀式とやらでごまかしたのか?」

 やばい、返答を間違えれば殺される!





「え、えっと」

「事実のようだな」

 え、言い訳すらなし?

 しかし、思っていたのと反応が違う。どこか、沈み込んでいる。

「お前、一時期アンナをないがしろにしていたそうだな」

「そんなつもりは!」

「だからアンナは、お前を鎖で繋いで愛を確かめ合おうとした、そう言ったのだ」

「え…………」

「事実か?」

「……母さん、聞いて、アンナ先輩は」

「アンナは最後まで、自分が穢れることを、綺麗なままでいてほしいと、お前はそう言っていたと言った」

「…………」

「痛みを伴うからやめてくださいと言われた、そうも言っていた。その他にも話していて、私は違和感しか覚えなかった。だがこう仮定すればわかる。アンナには性知識が全くない、と」

「そう! そうなんだ! だから僕は、そんなアンナ先輩に何も説明するわけにはいかなくて!」

「風邪を引いていたといったあの日、本当はお前は風邪を引いていなかったのだな?」

 こくこくこく!と頷いた。

「いつも逃げられるから、鎖で繋いだと言っていた……」

 母さんは頭が痛そうにしている。理解できないんだと思う。外堀は完璧に埋めていたからな、アンナ先輩。

「他にも愛の蜜とか、それを混ぜ込んだクッキーを食べさせたとか、お前の愛の蜜が一番大好きだとか」

 ひい、こういうのを実の母親から聞くと生々しすぎて本当に泣きたい!

「とにかくだ。一線を越えているようだが、お前の意思はそこにあったのか?」

「性知識のない女性の無知に付け込んだって、ちっともうれしくないよ」

「本音らしいな」

 しばらく沈黙が落ちた。不機嫌、というよりはどうすればいいかわからないという困惑の方が強いのは、きっと息子の僕しかわからないだろう。

「アンナがリーダーにしたことは、強姦罪。卑猥の中でも最も卑劣な犯行だ」

「母さん、でも、アンナ先輩はそれが卑猥だって知らなかったんだよ」

「傷つける意図があったことには変わりない、そうだろう?」

「…………」

「明日、ソフィアを呼び出す。おまえにも証人として付き合ってもらうぞ、狸吉。不破氷菓も目撃者として呼んである。お前だけのせいにするつもりは、私にはない。そして」

 14日間という時間でも答えを出せなかったであろう答えを今、母さんは吐き捨てるように。

「最悪の卑猥な犯罪をしたことを、アンナに告げる。アンナがお前にしたこともだ、狸吉。いいな?」

 母さんの言葉は、すでに決定事項だった。

 取調室を出て、先ほどの場所に戻ると、

「奥間君」

 女神の笑みを浮かべたアンナ先輩がそこにいた。

 この笑みが明日どうなるのか。

 誰にも、わからなかった。




狸吉のお母さんは比較的バランス感覚を持っている気がします。
行動は過激ですが、話の通じない人間が多すぎる下セカの中では比較的話が通じる気がします。

アンナ先輩、明日はいかに!?

せっかくなのでここまでを急いで書いてみました。
狸吉のお母さんが男女逆でも強姦は強姦という意識を持っていて、本当に良かったと思います。

何気に不破さん巻き込まれていて草生える

いや展開はヤバいけどさ。場合によっては強姦罪か。準強姦罪とかにはならないのかな

>>204

準強姦罪は暴力などを使わず相手が抵抗できない状態での暴行です。薬とかお酒とかで眠らせたりですね。
強姦罪より軽い罪、という意味ではないのです。アンナ先輩は暴力で暴行を加えているので、強姦罪になります。

……詳しい方、合ってますよね? 教えてくださいお願いします。

すみません、私が言いたかったのは、>>204さんが準強姦罪が強姦罪より軽い罪と思っているように見えたので、そうではないと言いたかったのです。ご指摘ありがとうございます。後、いろいろ矛盾点もそろそろ出てきてますが、みんな疲れているのです、きっと。……いえ、本当にすみません。

皆さん真剣に考えてくれてうれしいです。答えを出せるかどうか、ちょっと不安ですが、頑張ります。



 アンナ先輩を高級マンションまで送った。(愛し合いたい)オーラがプンプン出てたけど、明日のことを思えばそれどころじゃなかったから何とか逃げた。

 アパートにつくと、華城先輩に通話して相談してみることにする。

『そう、アンナが……いえ、狸吉のお母さんでよかったのかもしれないわ。善導課主任、いわばプロだもの』

「そうですけど……」

 どうやったってアンナ先輩には酷な日になると思う。

『それよりソフィアに殺されないかを考えたらどう?』

「あ、じゃあ棺にはケモミミ娘の完全版をお願いします」

『そうね、用意しとくわ』

 …………。

「あの」

『狸吉、あなた。……アンナと結婚しない?』

 ぶほぉわ!?と本日二回目のせき込みだった。しかも相手が真面目なところまで同じだった。

『あなたがアンナを受け入れて、結婚すれば……そしたら、アンナは救われるわ』

「……でも」


 ――僕は、アンナ先輩を、愛しているのか?


 そんなの、わかるわけない。


 ――心も化け物なんだから。


 それは違うと、はっきり言える。でも、そうなる可能性を秘めているのは、間違いない。

「見捨てられない、です。でも……結婚とか、そういうのは」

『まあアンナの両親が許さないでしょうけどね。正直、自然に別れるのは難しいと思うわ。童貞とオナホの関係のように』

 どうあったって、アンナ先輩を傷つけるしかない。あとオナホバカにすんな。

『…………ごめんなさい、私も考えてみるけど、少し時間を頂戴』

 僕が何を言う暇もなく、通話は切れた。ゆとりや鼓修理はアンナ先輩を《育成法》の被害者としては見ていないし、早乙女先輩は役に立たないし……、




「……ごめん、本当に」

 負担をかけっぱなしだが、仕方がない。

『おや、奥間さん。明日の件ですか?』

「ああ、もう善導課から話来てるんだ……」

『言っておきますが、アンナ会長があなたを襲ったことについては何も話していません。奥間さんが《SOX》に誘拐された件も、善導課はおそらく知らないでしょう』

「じゃないと困る……」

『わたしの証言は主にあのリーダーに対することになると思います。わたしは意図して話しませんでしたから。まあ、犯人グループが全部話しているでしょうけど。わたしは知識がないのでわからないと誤魔化しました』

 不破さんでそれが通るのかよ。恥識欲の塊のくせして。

「不破さんは、その……」

『罪は償うべきでは? 常識的に考えて』

「……それが罪だと、知らなかったとしても?」

『卑猥の犯罪は潜在的に増えていると言います。人の愛し方がわからず、強引に手を出して。その流れから、アンナ会長も逃れられないでしょう』

「……そう、だね」

『わたしは明日は、聞かれたら答えます。わたしにできるのは、それだけです』

「……うん、本当に、ごめん」

 短い通話で、切れてしまった。

 明日、アンナ先輩が、壊れるかもしれない。

 そうなったら、どうなるのか。

 わからない。何一つ。思考は精子一つも駆け巡りはしなかった。


    *


「……アンナ?」

 何か用事で出なければいいのにと思った祈りは通じずに、親友は通話に出てしまった。

『綾女さん。怪我はどうですの?』

「まあ大丈夫。そっちは? 善導課のしごきはきついって聞くけど」

『まあ、勉学や体を動かすのはいいのですが、奥間君や綾女さんと会えなかったのはさみしかったですわ』

「そう。……明日も何かあるんですって?」

『ええ、どうしてそれを?』

「奥間君から相談されて、大丈夫かなって……」

『…………』

「あ、あのね、私」

『綾女さん。わたくしは社会の規範より、奥間君の言葉を信じることに決めたんですの』

「……それは、テロリストのリーダーにさせたっていう怪我とか、そういうのも奥間君が決めたことなの?」

『いいえ、わたくしの意思で、間違えたのです。明日はそれを弾劾されるのですわ、きっと』

「…………」

 アンナなりに、明日何かが起こることはわかっているみたいだった。だけど、何が起こるかまでは、わかっていない。




『わたくしが間違えるのは、奥間君も望んではいなかった。だけどそれでいいのですわ。……奥間君は優しいから、わたくしが間違えても、大丈夫なんですの』

「どういうこと?」

『何もかも受け入れてくれるって、こんなに幸せなんですのね……甘えないようにしないといけないとは、わかっているんですけれども……この前の事件は、どうしても許せなくて』

「……そうね。アンナが来てくれて、嬉しかったわ。でも……アンナはそのせいで、傷つけられたのよね?」

『罰はもう、与えましたので』

 淡々と言っている。親友であるはずの自分にも、アンナの感情が読めない。

『明日はお母様と、奥間君のお義母様との話し合いですわ。……男女の関係であることをお母様にはもう、隠せないでしょうね』

「大丈夫?」

『ありがとうございます。お母様だって、奥間君がどれだけ立派な人間かわかれば、きっとわかってくれるはずですわ』

 そうはならない。アンナ自身の行為によって、きっと二人は引き剥がされる。

『長電話は身体に毒ですわよ。もうお休みになってくださいまし』

「あ、ありがとう、アンナ。……あのね」

『綾女さん?』

「私は、アンナが傷ついたら、そばにいたいと、そう思ってるから」

『……ありがとうございますですの。それじゃ、また』

 通話は切れた。

「……下ネタも、言う相手がいないと張り合いがないわね」

 二人がどうなるのかなんて、わからない。さっきは引き剥がされると思ったけど、もしかしたら責任を取って狸吉とアンナは婚約するかもしれない。

「……そうなったら、いいのよね。一番、アンナが傷つかなくて……私も、そばにいることができて……」

 嫌われるよりかは、親友の恋人として接する方が、ずっとマシだ。アンナは基本的にはいい子なんだから。間違っても、受け入れてくれるのは、本当なんだから。

 ずっと正しいことしか許されなかったアンナにとって、それはどれほどの救いだろう。

「……休もう、もう」

 下ネタという概念のない退屈な世界より、下ネタいっぱいの楽しい夢を見たかった。

 だけど現実は、二人が結婚式を挙げてそれを祝福するという――

 ――悪夢だった。



ようやく話し合いというか取り調べの日が来ます。さてさてどうなることやら、です。

うーん、物足りなく思われるかもしれませんが、こうなるよねって感じになりました。
投下したいと思います。



 目覚ましが鳴り、時間ぴったりに起きる。こんな時でも中学時代の母さんの指導が行き届いていて、正直もっと夢の中で眠っていたい。

 さすがにアンナ先輩は夜這いには来なかった。15日間、律義にオナ禁しているけど、朱門温泉で鍛えられてるしまあまだ大丈夫。

 とりあえず、今日が僕の寿命にならないように何とか頑張りたい。精子の寿命って案外長いらしいね、膣の中だと2週間とかなんとか。

 場所は善導課の取調室だ。行くとアンナ先輩とソフィア、不破さんはもう来ていた。

「おはようございます、皆さん」

 頭を下げておく。これからのことを考えるとこれでも足りないけど。

「おはようございますですわ」

「おはようございます」

「……おはようございます」

 三者三様の挨拶を交わすと、取調室に入っていく。

 取調室ではPMが外されるケースも多い。規制単語を教える際には特に。

 今回はアンナ先輩への再教育という名目で、取調室の一室を借りている。

(不破さん、ごめんね)

(問題ありません。アンナ会長の反応には興味がありますし)

 ゲスいな!

 母さんが取り調べをするときの鋭い目になる。全員が自然と緊張する。



「今回はアンナ・錦ノ宮の強姦罪について詳しく取り調べをする」



「……は? なんですか、それ」

 まず声を上げたのがソフィアだった。母さん、いくらなんでも切り込みすぎでない?

「ごうかんざい……?」

「まず先にテロリストリーダーに対する罪状を。傷害罪は理解しているか?」

「はい。手足を折り、耳たぶを引きちぎりましたわ。あと、テロリストの一人にはろっ骨を何本か折る怪我を負わせましたわ」

「……それは! 相手が実銃なんて持ってる以上」 

「少し黙っててくれないか、ソフィア。最後まで聞いてほしい」

 母さんに取り調べモードでそう言われると、さすがのソフィアも何も言えないようだった。





 一方のアンナ先輩は、冷静だった。罪を罪として認識しているんだろう。それを後悔しているかはともかくとして。

「それとは別に、アンナはリーダーにしていることがあった。そうだな?」

 視線が不破さんに向けられる。「はい」と冷静に答えると、

「アンナ会長はテロリストリーダーに対して上着を破り、胸部を揉みしだき、先端をつまんでいました。下着も破り、鼠径部に手のひらを当てて……」

 そこで初めて、不破さんが視線を逸らした。

「リーダーの《赤ちゃん穴》に指を入れ、掻き混ぜているように見えました。排泄孔にも指を入れ、掻き混ぜているように見えました」

「なっ」

「…………」

「事実か?」

「はい」

 アンナ先輩は、あくまで冷静だった。代わりにソフィアがわなわなと震えている。

「なぜそんなことを?」

「『愛の罰』を与えるためですわ。わたくし、《赤ちゃん穴》から愛が生まれ、《愛の蜜》が溢れることを発見しましたの」

 ダメだ、アンナ先輩独自の価値観と言語によって大人たちがフリーズしている。

「リーダーは部下を使ってわたくしを穢そうとしたのですわ。ですから愛を教え込もうとしたのですが」

 ふ、っとそこで初めて笑う。あの、人の血の味を覚えた、獣の笑みを。

「やはり愛し合っていないと無理のようですわね。まあそもそも同性ですから最初から無理なことはわかりきっていましたわ」

「……排泄孔に指を入れた、という証言もあるが」

「事実ですわ。排泄孔も、うまく使うと愛を感じることを知りましたの。ですから同時に弄ってみたのですわ。答えはまあ、愛の感覚に絶望していたようでしたが」

「~~~~あなた、何を言っているのです!? そんな卑猥なこと!?」

「? 卑猥? 何故ですの? どちらも愛しい人に挿入れてもらえると、すごく愛を感じ、幸せになれますわ」

 愛は絶対でしょう? と獣の瞳で、しかし無垢な笑みを浮かべる。

「奥間君の突起物がわたくしの《赤ちゃん穴》に挿入ってきたときは、とても痛かったですけど、わたくしは幸せでしたわ」

 今僕は死にそうです。突起物がちっちゃくなっちゃうよう。

「な、な、な、な!?」

「落ち着け、ソフィア。まだしばらくは黙っていてくれ、頼む」

「奥間君は言いましたわ。“初めて”を喪失ってほしくない、僕なんかに穢されたくない、とても痛いことだから、だから止めてほしい、と」

 熱に浮かされたかのように、アンナ先輩は僕の方を愛おしそうに見る。

「そこまで奥間君はわたくしの身を案じ、愛の儀式を行うことを最後まで気遣ってくれましたわ。ですが、そんなに痛いなら、愛を乗り越えるために必要な痛みなら、わたくしはそれを受け入れましたの」

 発情しつつある。僕、オナ禁15日目だからね。そろそろいい匂いがしだすころなんだろうな。

「それは、狸吉の意思を無視した、と捉えていいか?」

「うーん、愛の儀式に関してはそう言えるかもしれませんわね」

「奥間さんは愛の儀式とやらを行うのを最後まで抵抗していましたよ」

 不破さんが補足する。アンナ先輩は頷いた。どこまでも正直だった。

「…………」

 ソフィアは絶句している。



「ソフィア、これが現実だ」

 母さんも、どこか辛そうに見える。

「アンナは善悪が分かっていない。卑猥が何か、わかっていない」

「? 何故愛し合うことが卑猥になりますの?」

「あ、アンナ、愛の儀式というのは、キスぐらいのことですよね?」

「鱚? 魚がどうかしまして?」

「男女が行う繁殖行為のことです。わたしは奥間さんからそのあたりの相談を受けていたので知っています」

 不破さんが重ねて説明すると、

「――――」

 ソフィアは卒倒しそうになりながら、

「こいつが!」

 僕を掴み上げてきた。ぐえ、アンナ先輩並みに力強い!

「こいつが、私のアンナを誑かしたのです! 間違いありません!!」

「ち、ちが……!」

「お母様! 止めてくださいまし!!」

「あなたは黙ってなさい! い、息の根を止めなければ……!!」

「どう言おうと、テロリストに行った行為に関しては否定できんよ、ソフィア」

「~~~~!! 爛子さん、あなたはどっちの味方なのですか!?」

「……狸吉の意思を無視した、と考える方が、辻褄が合うことが多いのだ、ソフィア。それでも狸吉は恋人同士ということもあって――」

「なっ、そんな話聞いてません!!」

「……お母様に言う暇がなかったんですもの」

 アンナ先輩はなぜソフィアがこんなに過剰な反応を示しているのかわからない、という顔をしている。

「…………」

「もしかして爛子さん、あなたは知っていたのですか!?」

「いや、その、言うタイミングは見ていたのだ」

「い、いつから、いつから!?」

「五月の頭ぐらいからですわ。奥間君がわたくしを助けてくださって、それ以来相思相愛の仲ですの」

「に、妊娠は!?」

「残念ながら予兆はありませんの。子供は5人ぐらい欲しいのですけど」

「学生が妊娠だなんて、そんなことが許されるはずがないでしょう! あ、愛の儀式などと、いったいなぜそんなことを言うようになったのですか?」



「――愛は絶対の正義だって、教えたのはお母様じゃありませんの」



 話が通じない相手がいる。

 それは、害意があろうとなかろうと獣と同じなのだと、ソフィアもようやくわかってきたようだった。




「わ、別れなさい! 今すぐに! あなたも!」

「ぼ、僕ですか!?」

「時岡学園の生徒に性知識を教えたら退学だと、入学の時に言い含めましたよね!?」

「……ソフィア、それは違う。狸吉が性知識を教えたなら、アンナはこんな怪物にはなっていない」



 ――怪物。化け物。


 《育成法》が生んだ、被害者ではなく、化け物――。



「お母様の言葉でも、それは聞けませんわ。何故なら、愛し合っていますもの」

 少し前まで絶対だったはずの母親の言葉に、今は反対する。あの夜と同じ、暴雪を伴う気配。



 微笑を浮かべる。以前の無垢で繊細な美は、迫力さを持って他者を傅かせる美に変貌していた。それは決してマイナスの意味ではなく、無条件にこの人の言葉が絶対なのだと思わせ、従わせ、心酔させるものに。以前から持っていたカリスマ性を、さらに進化させて。

 少女から女に、天使から女神に。



 それが、アンナ先輩の変化だった。気配の変化に、母親二人が一瞬、絶句する。

 ただ二人ともただものではないので、立ち直りは早かった。

「アンナを強姦罪で引っ張る」

「ちょ、ちょっと待って、爛子さん、これは何かの間違い、そう、間違いなのです!」

「――以前のわたくしなら、正しくなければ見捨てられると、そう思ったでしょうね」

 でも今は大丈夫、と、ただ無垢な信頼と愛情を、僕だけに向けて。

「奥間君はわたくしを見捨てたりしませんから」

 ――また、アンナ先輩は、この正しく狭量な世界よりもさらに深く狭い世界に、閉じ込められつつあるのか?

 アンナ先輩は何があっても大丈夫と言った自信を纏い、立ち上がる。母さんは事務的にアンナ先輩を別室に連れていく。

 残されたのは、母親と、恋人かどうかわからない僕だけ。

「どうしますか? お二方」

 不破さんの声も、ソフィアの耳には届いていない。

 ただよろよろと、PMを操作しながら、多分弁護士かなんかと相談しつつ、取調室を出ていく。

 僕は取調室を出て、椅子に座り、アンナ先輩と母さんが出てくるのをただ待つことしかできなかった。


……………………えーっと

あれー、ここでストーリー的には終わるはずだったのに、アンナ先輩開き直りが凄すぎて、まだ続く予感しかしないぞー



「何をしている、狸吉」

 気づくと母さんが立っていた。

「アンナは今、講習を受けている。経歴に傷はつかないだろう、今の日本では」

 健全に育ったはずの娘が強姦を行っていたとなると、アンナ先輩の両親の影響力は下がらざるを得ない。

 だから必死で、情報操作するだろう。相手が犯罪者で、さらに恋人と認識されている僕なら比較的簡単な話なんだろう。

 罪を罪として認められない。

 それもまた、この国の歪みだ。

 あとはアンナ先輩が、どう向き合うかだけ。

 絶対悪としてきたものが、愛情表現として今まで僕にしてきたことを、どう受け止めるか。

「貴様はどうしたいのだ、狸吉」

「……見捨てられない」 

「どういう意味だ」

「どうあっても、アンナ先輩を変えてしまったのは僕だから」

「……恋愛は人を変える。私の持論だ」

「え?」

「アンナは変わった。確かに変わった。良い方向にも悪い方向にも変わっている。アンナはそれを否定しなかった」

「…………」

「テロリストどもが暴れる前、少し話したな。この変化はすぐに悪い方向に向かってしまう、と。自分自身が研鑽を積まなければ、すぐに悪い方向に向かう、危ういものだと。変えてくれた貴様のために、自分はより良い変化に変えていきたいと、アンナは言っていた」

 ……確かに、そんなことを言っていた気がする。

「貴様はアンナに出会ってから変わった。小学三年の時だったか。それまでは大変だった。善十郎が逮捕された時のお前の暴れっぷりはシャレにならんかった」

「…………それを救ってくれたのが、アンナ先輩だった。僕はアンナ先輩に、救われたんだ。……だから、今、アンナ先輩が苦しんでいるなら、救いたい」

 これは本音だ。なのに。

 何故、下ネタを言っている華城先輩の顔と声が思い浮かぶのだろう。

「もうすぐ講習は終わる。ただ年内は続くだろう」

 講習で終わるあたり、すでにソフィアが何かしたのだろうか。

「母さんは、怒らないの? 僕を」

「お前の意思が介入していないのに、怒りようがないだろう」

 そう言うとおり、戸惑いの方が大きく見える。

「……愛の儀式か。何も知らないと、そういう結論になるんだな」

「母さん。衝動は、止められないよ。いくら遠ざけたって、知識を切り離したって、それは本能だから、必ず行きつく。知識がなければ、歪みも歪みとわからないんだ」

「アンナを見てれば、貴様の言うことはなんとなくはわかる。だが、それでも、卑猥からは守らねばならない」

「卑猥は絶対悪でなければならない、だっけ」

「なんだそれは」

「《群れた布地》の時に言った、《SOX》の言葉」

「貴様、あんなテロリストの戯言を脳に入れる暇があれば、アンナを迎える準備をしておけ」

 ――アンナ先輩が、講習室から出てくる。

 その瞳は、銀髪の陰に隠れて、見えなかった。





「奥間君、今日はうちに来て欲しいんですの」

 まだ仕事がある母さんを警察署に残して、僕らはタクシーでアンナ先輩の家に向かっていた。

「ソフィアさんは……?」

「いたらいたで、きちんと紹介がしたいですし……」

「いなければ?」

「……もう、二週間以上、ですわ」

 湿った声に、僕は背筋がぞくっと、愚息が勃っちゃうのは、もはや条件反射に近くなっている。

「その前に、話があります」

「ええ……あ、やはり……」

 タクシーの運転手にPMで地図を送信する。ちらっと見えたのは、この前行った超高級ホテルだった。

「ここに行ってくださいまし」

「……えっと」

「欲情を抱えたままだと、わたくし自身、抑えが効かなくなりそうですので」

 うん、多少の知識を得たぐらいじゃ本質は変わらないね! 知ってた!

 ホテルに到着し、アンナ先輩は慣れた様子でチェックインする。

 この前も通された部屋に入ると、すぐさま襲う!

 かと思いきや、アンナ先輩は発情の気配がありながらも沈み込んでいた。器用だな。

「お母様のいない場所で話を一度したかったんですの。お母様は交際に反対するだろうって、奥間君のお義母様が仰ってて」

 あの状況じゃそりゃそうだろう。



「わたくしが奥間君にしてきた愛のアプローチは、卑猥でしたの?」 



「…………」

 いきなりの直球に、何も答えられなかった。それで充分答えになっていた。

「やっぱりわたくしは、奥間君のことしか、信じられませんわ」

 表面上は冷静だが、やはり危うかった。慎重に言葉を選ばないといけない。

「……はい。何も知らないアンナ先輩のアプローチに、応えるわけにはいかなくて」

「そう、でしたの」





「善導課の、母さん達は……いや、その前に、アンナ先輩がテロリストにしたことは?」

「両親が不問にするよう腐心していますわ。……わたくしは刑務所に入っても構わないのですけど」

 祠影やソフィアにとっては都合が悪いってか。ふざけんな。

「アンナ先輩。ご両親の言葉だけがすべてじゃないように、僕の言葉もすべてじゃないんです。誰かの言葉がすべてなんて、あり得ません」

「…………」

「僕の父親は奥間善十郎、稀代のテロリストです。そして母は、《鋼鉄の鬼女》とも呼ばれる、善導課伝説の人です。テロリスト側も体制側も両方持つ僕の言葉は、ふらふらしていて、とても誰かを導けるものじゃありません」

「……ずるい人」

 ――アンナ先輩の言葉の中で、一番ショックだったかもしれない。

 だけど、逃げるわけには、絶対にいかない。

「先輩も今、混乱しています。落ち着きましょう。色々あって、疲れるのが当たり前なんです。傷つくのが当たり前で、僕達はそれを乗り越えないといけない」

 ああもう、僕も何を言っているかわからなくなってきた。それでもアンナ先輩と目を合わせる。

「アンナ先輩、人を傷つけるのは、やっぱり愉しいですか?」

「……ええ。『愛の罰』を与えている時、愛の蜜が溢れだしていましたわ。……奥間君の匂いもなかったのに」

 アンナ先輩は自嘲の笑みを浮かべる。

「愛の蜜は、快感を覚えれば、愛がなくても出るものなのですね」

 ……母さんはそこまで教えたのか。今のアンナ先輩なら理解っているんだろう。

 愛情と性欲は違うってことが。そしてアンナ先輩の性癖は、極めて危険なものだってことが。

「性衝動も、破壊衝動も、どっちも満たすことは、難しいかもしれませんけど……」

 そこでやっと、やっと。

 僕はアンナ先輩の瞳に気付く。

 理性的な表情や言葉の中で、隠されていたものが、現れる。

 血の味を覚え、性にまみれた、危険としか言いようのない獣の瞳だ。

「奥間君」

 抱きしめられる。強く、逃がさないと言いたげに。

 じっとりとした熱を帯び、舌なめずりをし、スンスンと首筋の匂いを嗅ぎながら。

「わたくし、ずっと思っていましたの。奥間君を壊したら、どれだけ気持ちのいいことになるか」

 サーっと血の気が引いた。いやマジで。愚息もしゅんとなっている。

「身体を壊したりはしません。痕にも残りません。ただ、少しだけ、痛みを与えさせてくださいまし……」

「ちょちょちょちょちょ!」

「…………」

 まだ中だしセックスの方がマシだった。えっと、こんな時はどうすればいいんだっけ? SMの規制本ちらっと読んだ限りでは確か、そうだ!

「キキキ、キーワード!!」

「?」

「本当にダメなときは、キーワードを言うので! それを聞いたら止めてください、お願いします!!」

「…………何にいたしますの?」

「えっと、NO! NOで!」

「わかりましたわ。……大丈夫、精神が壊れるほどではありませんわ」

 全然安心できないけど、これから始まるのは、そんな特殊SMプレイらしかった。遺書残して来ればよかった。



 母さんの調教で多少痛みに慣れているとはいえ、今のアンナ先輩に付き合うのは正直辛い。

「避妊具は持っていますの?」

 よかった、その認識が生まれている!!

「今は妊娠するわけにはいかないようですので……奥間君のお義母様がそう仰っていましたの」

 ……着床したいオーラを感じるけど、無視しておかないと精神が破綻する。

「さ、財布に入ってます」

 いつ襲われても大丈夫なようにね! 5枚用意しているけど普通はこれで足りるよね? アンナ先輩が限界まで挑戦したいとか言い出したら即座にNOと言おう。

「そう、ならお腹の中を掻き混ぜても大丈夫そうですわね」

 残念そうに聞こえるのは気のせいじゃない。

 ゆっくりと、焦らすように服を脱いで、脱がせていく。獣の瞳はそのままで、笑っている。

 ぺろ、と首筋を舐める。そこが以前、僕を食べようとしたときの傷痕を舐めていることには、すぐに気付いた。

「少し、痛みますわよ」

 背中の一部を、軽く押され

「げふっ!?」

 肺の空気が全部吐き出された。どんな芸当でこんなことができるんだ!?

「~~~~!! ああ、」

 僕が痛みにむせている姿を見て、恍惚に酔いしれている。今度はわき腹「が!?」ぐりぐりと目つぶしを握ったものを脇腹に入れていく。

 ぴちゃぴちゃと湿った水音が、大きくなった。

「ああ、ああ……やはり、わたくしは」

 今度は唇を貪る。いつもと違うのは、感じるポイントじゃなく、舌を啜り、歯で噛み千切らんばかりに強く噛んだこと。

「んー! んー!」

 唾液を啜り終えると、少し不満げにこちらを見る。

「な、なんですか?」

「……本当は、舌を噛み千切りたかったのですけど。……奥間君の血の味が、欲しいんですの」

「あの、身体は傷つけないって……」

「ん、先に舌を満足させますわ。……愛の蜜をくださいまし」

 アンナ先輩は僕の愚息に口づけをする。ここは素直におっきした。条件反射みたいなものだから仕方ないよね。


 じゅぼ、じゅぼ、じゅぼ、じゅぼ!


「~~~~!! アンナ先輩、出ます!!」

 どびゅるる、と勢いのある精液が、アンナ先輩の小さな口の中に全部入る。飲み込むのがもったいないのか、起き上がり視線を合わせ、笑みを浮かべながら舌の上でころころと味わった後、喉を反らし見せつけるように飲み込む。

「あ、はあ、やっぱり溜め込んだ奥間君の愛の蜜は美味しいですわ……!」

 騎乗位になり、僕の上にまたがろうと膝立ちになる。あ、ゴム着けなきゃ。

「……愛の蜜がお腹の中で広がらないのは、寂しいですわね」

 それしたら妊娠するから仕方ないね。

 ゴムを付けると、ゆっくりと飲み込んでいく。「うっ」呻いたのは僕の方だった。アンナ先輩の中は凄まじく、グネグネとうごめきながら搾り取ろうとする。

 アンナ先輩が、笑った。



「ひぎぃ!?」

 い、いや、ぼ、ぼくのちくびをつねらないで!! そこはダメ、ダメなのぉ!!

 痛みでビクンと跳ねた身体の衝撃を全身で受け止めるかのように、アンナ先輩はころころと僕の乳首を転がす。

「うふふ、可愛い顔……」

 アンナ先輩はあくまで動かず、僕の身体に衝撃を与え、そこから伝わる振動で感じているようだ。ダメだ、鍛えられてないところばかり責められると体力が持たない!

 アンナ先輩のおっぱいに手を出そうとすると、

「ダメですわよ? 勝手に動いては」

 一瞬で手を上に拘束される。アンナ先輩は片手なのに、僕は両腕の力を使っても全く動かない。

 アンナ先輩が動いた。グネグネと腰を蠢かし、恍惚を移すように、奪うように、そのたびに昂ってきて、キスもいつもの激しいものに変わる。愚息も慣れたプレイに戻ったからか、一気に大きくなっていく。

「あ、あ、あ、あ!!」

 ばしゃあと、アンナ先輩が潮を吹いた。僕も二度目の発射をし、アンナ先輩から抜く。

「お、奥間君、やっぱりわたくし、奥間君の愛の蜜を身体の中で感じたいんですの」

「で、でもそれだと」

「排泄孔に、挿入れてくださる?」

 瞬時に計算、今のアンナ先輩を刺激するより後ろの穴プレイの方が危険度低いと認定!

 バックの姿勢になり、排泄孔にあてがう。

「ゆっくり、挿入れますね」

 今のアンナ先輩に指で慣らすなんてことは必要ないだろう。予想通り、力の加減を完璧に習得したのか、挿入するときはたやすく、抜くときはきつい。痛いほどだ。

「う、先輩、きつい、です」

「ふふふひ、そうしているんですわ。早く動かしてくださいまし」

 ちんこもげそうなぐらいの力で絞る排泄孔の括約筋ってどうなってるんだ。うわ、本当にもげそう。でもヤバい、中は気持ちいい。

 ぐっ、ぐっ、ぐっ、ぐっ、

 前の穴と違って自分が主導だからか、征服感みたいなのがあって、それが背筋にゾクゾクを走らせる。

 ぐっ、ぐっ、ぐっ、ぐっ、

「う、先輩、出ます!!」

 びゅる、びゅるるる!

 三回目ともなると勢いは減るかと思ったけど、そんなことはなかった。むしろ根元を押さえられ、勢いが増したほどだ。

「あ、アンナ先輩?」

 最初こそ痛かったけど、思ったより普通のプレイで少し安心して、愚息を抜く。まだ少しおっきしてる。

「うふふふふ、やっぱり、あれがいいんですの」

 ……何の話だ。

「奥間君、わたくしの排泄孔に愛の蜜を注ぎ込んだでしょう? ……わたくしもしたいんですの」

 (アンナ先輩は知らないだろうけど)前立腺プレイかあああああああ!!

 あれはきつい、死ぬ、搾り取られて死ぬ!!




「の、の」

「えい」

 かわいい声だったが、細く長い指はあっという間に僕の排泄孔を犯し、ポイントにたどり着いて



「あああああああああああああああひいいいいいぎゃあああああああ!!」



 ぴゅっぴゅっとあっという間に射精。

「ああ、やっぱり、悲鳴って素敵ですわ……」

 NOと言いたいところだったけど唇を塞がれる。いつの間にか前も挿入していたけど(避妊はどうした)、後ろの刺激にそれどころじゃない。

 またぴゅぴゅと射精して、今度は腰ががくがくと勝手にうごめいた。

「あん、激しい! これ、これ、これ!! これがいいんですの!! ああ、痛みを与えている時の顔も素敵ですけど、こちらの苦痛の表情もなかなか……う、ひひひひ!!」

 四回の射精とドライを二回を経験して、半分意識が飛びながら「N,NO……」やっと言えた。

「……これからですのに」

 仕草だけ見るとかわいらしいけど、結局前にも出してるからね!! 四回も!!

「奥間君、まだできますわよね?」

 全力で首を横に振る。出し切った。言い切れる。

「……やっぱり、わたくしは、人が苦痛に喘いでいる時の顔が好きなんですの……」

 自分の性癖を改めて自覚したんだろう。僕は割と知ってたけど。

「奥間君なら辛うじてブレーキがかかるのですけど、他の方だと無理なんですの」

 あのリーダーにしたことを知っていればわかりますとも。

「その、僕も、どうすればいいか考えますので……」

「……《赤ちゃん穴》に愛の蜜を注ぎ込んでしまいましたわ」

「あの、妊娠阻害薬〈アフターピル〉っていうのがあって……一応、持ってます。アンナ先輩が暴走した時のために」

 今まさにこの状態のために。

「避妊に失敗したときに使う薬です。……前も飲みましたよね?」

「……風邪薬と言われたやつですの?」

「すみません。そう言わないと説明が浮かばなかったので」

「……薬に頼るわけにはいかないようですわね。副作用の激しい薬のようですから」

「らしいですね。だから、避妊具は絶対つけましょうねって話で……」

 アンナ先輩がこちらを向いている。なんだろう。

「……奥間君、小匙スプーン一杯でいいから、奥間君の血が飲みたいんですの」

「……えっと」

「避妊具は絶対つけますので」

「…………一滴じゃダメですか?」

「…………」

 不満そうな顔になったけど、結局はそれで了承してくれた。

 僕自身が小指を噛み千切って、アンナ先輩が啜るその図は、凄絶の一言だった。僕、マジで食われてる。



…………、

ぶっちゃけ、あんまり変わらない気がする!!



 タクシーでアンナ先輩のマンションに来た後、ソフィアがいたらどうするか考えていたのだけど、誰もいなかった。

 シャワーは先ほどホテルで浴びたのだけれど、僕にはわかる。アンナ先輩はまだ足りてない。そして、誰もいない。

 でももう僕の残弾は出尽くしていて、セックスしようがない。さてどうするか。

 アンナ先輩は僕の傷ついた小指をペロッと舐めた後、笑った。

「服を全部脱いでくださる?」

 逆らえるはずもなく、言うとおりにする。「あ、あの」ああ声が情けなくなってる。

「さっきの続き、僕はもう……」

「大丈夫ですわ。奥間君を鑑賞したいだけですから」

 鑑賞? 浣腸じゃなく?

 全裸になると、アンナ先輩は満足そうに、

「しなやかで、結構逞しい身体をしていますわよね……」

 僕の胸板を優しく撫でる。それが酷く恥ずかしい。

「あ、アンナ先輩のプロポーションには絶対敵いませんよ」

「うふふふ、ありがとうございますですわ。……手枷を嵌めますわよ」

 え?

 と思う間もなく、あっという間に手枷が嵌められた。

 今、僕の手は頭の上に上げている状態だ。手枷にさらに長い鎖を嵌めると、天井の大きなフックに通す。

 そしてキリキリと上げていく。

「あ、あの、アンナ先輩?」

「一度やってみたかったんですの。ん、もう少し鎖を短くしてもよろしくて?」

 鎖が短くなり両腕が上がっていく。

「くっ」

 自由が利かない。アンナ先輩の思うが儘なのが、恐ろしく怖い。

「……もう少しだけ」

 とうとう僕は、つま先立ちになるまで鎖を短くされた。そこで天井のフックに鎖を固定する。

「ああ、素敵ですわ。とっても素敵……先ほどあれだけ満たしましたのに、またお腹の中がうずうずしてくるぐらい」

 ちなみに僕の息子はあろうことか半勃ちになっていた。おまえ、元気だな!

「……これもきっと、卑猥の罪なんでしょうね」

 唐突に真面目な話をされる。え、これ結構きついんですけどこの状態続くの?

「実は、お母様がもうすぐ来ますの。奥間君の意思ではなく、わたくしの意思だと表明するには、これが一番早いかと思いまして」

「ちょっと待ってええええ!!!」

 ソフィア卒倒するぞ!!? あと僕ソフィアに攻撃されたら抵抗できないじゃないか!!

 ご丁寧にハンカチを利用した口轡を嵌めたあたりで、


 ピンポーン


「来ましたわ」

 え、僕、放置プレイ?




 ――アンナ、いいですか、あなたはあの男に騙されているのです!

 ――いいえ、お母様。わたくしが選んだ方ですわ。

 ――こちらに来ていただくのが早いと思いますわ。



 ちょっと待ってこんな急ピッチ!?

 カチャ、と静かに扉の開く音がした。



「――――――な、な、な、な、!?」

「鎖も天井のフックも、わたくしが自分で用意したものですわ」

「な、なななな、なんて破廉恥な!? なんで、なんでこんな!?」

 僕も聞きたい。

「このつま先立ちっていう体勢、結構辛いのはお母様もわかるでしょう? ……わたくし、大好きな方の苦しそうな顔を見ますと、こう、愛の蜜が溢れてくるんですの」

「~~~~こ、こ、この!!」

「――――――ソフィア、落ち着け!!」

「あら、お義母様も一緒だったのですわね」

「アンナ、ソフィアもだ、君たちは混乱している! だからついてきた!」

 ありがと母さん、本当に感謝!

「わたくしは落ち着いていますわ。愛の蜜入りのクッキーを食べさせたり、そう、この突起物を」

 よりにもよって、僕と自分の母親の前で、口に含む。舌を使い、いつもより丁寧に、見せびらかすように。

「こうすると、すごく幸せな気持ちになれますの……ん」

 いつもよりも僕の反応が鈍いけど、尿道口を舌を使ってぐりぐりしたり、ハーモニカのように唇を滑らせたり。

 いくらソフィアでも、これが娘の意思で行われていることに、気付いたようだった。

「なんで、なんでこんな……私の教育は間違ってなどいないのに、なぜ? 不健全雑誌を身体に巻いてまで、デモを起こしたというのに、娘が傷害? 強姦? こんな破廉恥なことまでするようになったのです……?」

 口轡を乱暴に母さんがはがす。「げほっげほっ」

「お前も何か言え!!」

「……アンナ先輩は……いえ、人間は、衝動には逆らえません。それは自分の中にあるものだからです」

 聞いてくれているのかわからない。だけど言うしかない。

「性衝動も破壊衝動も、アンナ先輩にはちゃんとありました。だけどみんな、なかったことにしていた。見て見ぬふりをしていた。それでも、アンナ先輩の歳まで奇跡的に成り立っていたのは、本当に奇跡なんだと思います」

 ………これを言うと、もう後には戻れなくなると、わかっていた。

 だけど、言うしかない。だって、アンナ先輩を変えたのは、僕だから。

「僕は、アンナ先輩を尊敬して、時岡学園に入りました。それは、今でも変わりません。アンナ先輩は、本質は、変わってなんかない。ただ隠さなくなっただけなんです」

 だから。だから。



「僕はアンナ先輩を、受け入れたいと思います。ありのままのアンナ先輩を。ソフィアさんは、時間がかかるかもしれませんが、ありのままを見てほしいんです」



 多分、これは告白なんだろうなと。

 心のどこかで、気付いていた。

 できればもう少し、マシな告白がよかったな……鎖で全裸とかじゃなくてさあ。



 正月が終わるまでは善導課の講習や家族内での不和があって、アンナ先輩は首都に帰って会えなくなった。電話もろくにできていない。

 占い屋で作ったおそろいのペンダントを見るたびに、これでいいのか、思う。

「アンナに告白とはお主生意気じゃのう」

 偉そうに正月気分を無視してハンバーグ800gを食べている早乙女先輩は、いつもの調子だ。

「僕、《SOX》をどうすればいいでしょう?」

「はやく止めるっス、死人が出るっス」

「止めるしかねえな、狸吉を犠牲にするしかねえぜ」

 ひでえ。

「華城先輩はどう思いますか?」

「私は別に? アンナ抱き込めばテロ活動もやりやすくなるだろうし」

 華城先輩は、いつもの元気がない。病み上がりだからかと思うけど、なんか違う気もする。


 カランコロン


「あら、皆さんもここにいましたの」

 銀髪の影が、喫茶店に入ってきた。

「あ、アンナ!? 首都に帰ってたんじゃなかったの!?」

「そうですよ!!?」

 全員がワタワタしていた。そりゃそうだ。

「お母様が思ったより強情で、お父様もよくわからない意見だったので、奥間君のお義母様に相談してみたら、少し離れた方がいいと結論に達しまして」

 まあ、そうかもしれない。でも何でここに?

「奥間君のアパートに行ったらお留守でしたので、匂いをたどって」

 あー、やっぱりそうだよなーあはは。

「あー、えっと。アンナ先輩はこれからどうするんですか?」

「お母様はわたくしを転校させたいようなのですけど、そうはいきませんので」

「遠距離恋愛も悪くないと思うわよ」

 華城先輩は黙っててください!!

「それも考えたのですけど、わたくしは確かめたいことができまして」

 確かめたいこと?



「そのためには、《SOX》と接触しなければなりませんの」



「「「「「…………」」」」」



 僕たち《SOX》の活動には、まだまだ困難が付き添うようだ。



   ――END――


続きを書いてもよかったんですけど、一応テロリストからの救出という点においては事件として終わっているので、こういう形で〆させてください。

続きは書きたいですけど、別スレ立てるか悩んでいます。


あとこう見えてもアンナ先輩は狸吉に依存しているから安定しているように見えるだけで、まだまだ不安定なのでひと悶着はあると思います!

ここまで付き合ってくださって、ありがとうございました! 本当に、ありがとうございました!

うう、すみません、ちょっと急いだ感はありましたね……

10日ぐらい開けるかもしれませんが、何か月もということはないと思います。多分このスレで、続き頑張って書いてみますね。


   <不破氷菓の一日>



 不破氷菓は科学者の端くれである。

 そう自負しているのだが、中には発明者と勘違いされている節もある。

 例えば、昨日こんな依頼が来た。



「アンナ会長の性欲を何とかしてほしい?」



 奥間狸吉からの依頼だ。正月の三が日も終わったばかりなのに何を言っているのか。

「無理に決まっているでしょう」

『そんなこと言わないで! 頼むから話を聞いて』

「毎日搾り取られていればいいじゃないですか」

『……合体』

「ほう」

『成功するかはわからないけど、アンナ先輩との合体の観察にアンナ先輩を協力してみるよ』

「そこまで言うとはよほど切羽詰まってらっしゃるんですね。わかりました、引き受けましょう」



   *



 喫茶店で会うことにした。

「アンナ先輩、僕を鎖で釣り上げたかと思えば寸止めして焦らすんだよ……」

「奥間さんの愛の蜜が溜まるまで?」

「愛の蜜が溜まるまで」

 そんなプレイスタイルは《SOX》がばらまく不健全絵画にもなかったので、非常に興味がわいた。

「いいんですか? そんなことを話して。生徒会でしょう?」

「生徒会長があんなのだからいいんだよ、きっと」

 奥間がそれでいいならそれでいいのだろう。以前の奥間なら断固拒否していただろうに、よほど疲労が激しいらしい。目にクマができている。人のことは言えないが。

「鎖でつま先立ちまで天井に引っ張る……なるほど、拷問と似ていますね」

「その状態で、その……いろんなところを羽箒でさわさわしたり」

「なるほど」

「本当に、地獄なんだよ……この前なんか見下すような視線だけでもう無理になりそうになったし」

「ほう、それは興味深いですね」

「恥的好奇心満たしてないでさ、なんとかしてくれぇ!」

「会長からもリサーチしたいところですね」

「……アンナ先輩に? わかった」

 一瞬、気まずそうな顔をしたが、すぐにPMを繋いだ。



『奥間君? どうかされましたの?』

「あの、不破さんをアンナ先輩の部屋に連れて行ってもいいですか?」

『? 何故?』

 以前なら即浮気を疑っていたのに、今は正妻気取りである。余計な嫉妬が来ないのは助かるが。

「あの、前からの事件で色々不破さんに迷惑かけちゃったじゃないですか……それで、前から興味を持っていた」

『……愛の儀式を見たい、と?』

「あの、やっぱりだめですか? アンナ先輩も僕相手じゃ鬱憤が溜まるでしょう?」

『わたくしはすごく楽しいのですけど……、奥間君に負担がかかるのは、わかっているつもりですわ』

「拷問ですしね、基本が」

 PMはその一言を拾わなかったらしく、熟考の気配だけがする。

『お母様相手に披露したこともありますし、何も言わない、喋らない、手を出さないなら、いいですわよ』

「え、いいんですか!?」

『少しでも奥間君に触れたら、わたくしにとっては愉しい事態になるでしょうね』

「それはつまり拷問ですよね」

 …………、絶対に触れないようにしよう。

 PMが切れると、「よっしゃこれで光明が見えた!」みたいな顔をしている。

「性欲の解消には、たいてい疑似的な単為生殖にふけることが多いのですが」

「僕はもうそれでいいよ……」

「以前、奥間さんのものを疑似的に再現したブツがあったのですが、取られたのですよね?」

「アンナ先輩の箪笥の引き出しに大事にしまってあるよ」

「まずはそれを取りに行きましょうか」


   *


「いらっしゃいですわ」

 ここに来るのは二回目だが、相変わらず白を基調とした品のいい部屋だった。

「あら、早乙女先輩もご一緒ですの?」

 あれから「奥間よ不破よ、わしをそんな素晴らしいシーンに呼ばんとは寂しいではないか!」とどこからか聞きつけ、一緒に来ることになった。自分は構わないが、奥間は嫌そうにしている。

「ブツはどこに?」

「大事にとってありますの」

 取り出したブツは、洗って綺麗にしてあるらしく、汚れ一つついていなかった。

「使わないのですか?」

「え? まあ本物がありますし」

 それもそうかと納得する。ということは、本物にできない動きを付加すればより快感を得られるのだろうか。ただ素材にあまり柔軟性がない以上、無理な動きはさせづらい。

「使ってみての感触はいかがでしたか?」

「それはもう満足ですわ。ただ、自分で抜き差しするのは、味気ないですわね」

 そこでいきなりきょとんとアンナ会長が、「これは卑猥な会話に当たりますわね」といきなり爆弾を投げ始めた。

「あーえっと、その、ほら、性衝動の正しい解放は大事なんですよ! 母さんも言ってましたけど、それで不快な思いをさせなければいいわけで、むやみに人に見せびらかすわけではないし」

「お二人が見ることになりますわ」

「納得づくなら問題ないでしょう!」

 二人とも助けて! と念波が送られてきたので、頷いてみた。



「ならいいんですけど」

 どうも最近のアンナ会長の価値観はわかりにくい。元からわかりにくい人ではあったが、あの立てこもり事件以来、卑猥に対する価値観を信用しなくなったような、いびつさがある。

「この近くに粗大ごみ置き場はありますか?」

「ありますけど、何を致しますの?」

「材料拾いです」


    *


 さすがに高級マンションの粗大ごみ置き場だけあって宝の山だった。パッと見る限り、修理すれば十分使えるものばかりだ。

「これはなんですか?」

 見慣れないものがあったので、素直にアンナ会長に訊いてみる。

「ロデオマシンですわね。確か最近、ジムが閉鎖になったとか聞きましたわ」

 ふむ、と考える。組み合わせたら使えそうだ。

「これを持って帰りましょう」

「え、重いよ?」

「わたくしが持ちますわ」

 奥間が持てなかったものを軽々持ち上げると、部屋に戻っていった。


   *


「…………」

 奥間が何か言いたそうにしているが、気にしないことにする。

「完成しました」

 構造としては非常に単純で、ロデオマシンを修理し座る部分にブツを固定しただけの代物だ。

「なるほどのう」

「では実験してみますか?」

「え、ロー……潤滑油なしに?」

「天然の潤滑油はもう十分なようじゃがのう」

「では全裸になってください」

「……明るいですわ。間接照明だけでもよろしくて?」

 ここで機嫌を損ねても仕方ないので、頷いた。間接照明だけでも十分に明るく、観察には問題なさそうだ。

「奥間君も、全裸になってくださいまし」

「え、僕も?」

「せっかくですから、このまま愛の儀式に移行してしまいましょう」

 《赤ちゃん穴》から大量の潤滑油――愛の蜜が太ももにまで流れ落ちている。声は平静でも、欲情の火がともっているのがわかった。

「スイッチの回数で強弱とオンオフがつけられますので。後は黙っています」


 そして、実験と儀式は始まった。



 奥間が胸部を舐めている。それだけで「ああん」と甘く高い声を出して、背中を反らす会長は、美という観点から見ても完ぺきだった。

 そして《赤ちゃん穴》に指を挿入され、しばらく上下に動かされた後、ガクガクガク!と痙攣がおこり、愛の蜜とやらがさらにぼたぼたと流れ落ちる。

 そして、ロデオマシンに跨る。

「ゆっくりでいいですからね……痛かったら言ってください」

 そしてブツが、中に挿入されていく。

「はうん! は、は、あ、」

 一番弱い刺激だからか、物足りないようだ。前にハンドルのようなバーがあったが、そこを握らせず奥間はアンナ会長を後ろ手に手錠で固定する。

 すると、身体を固定することができず、より振動を強く受け取ることができる。なるほど、と氷菓は納得した。

「あん、奥間君の、いぢわる……」

 むしろ嬉しそうにそういう会長はまだ余裕がありそうだった。奥間もそう思ったのか、第二段階にスピードを上げる。

「はああん! あ、ああ、ああああ!」

 気持ちよさそうに声を上げる会長は既に涎まみれだった。はあ、と奥間がベッドに座る。

 気持ちよさげに声をあげながらも、会長はス、と視線を奥間の突起物に目を注ぐ。奥間はう、っと呻きながら、共鳴を起こしたかのようにグググ、と戦闘態勢になった。

(この前なんか見下すような視線だけでもう無理になりそうになったし)

 なるほど、こういうことかと納得する。自分も熱気に充てられ、潤滑油が流れ出してきた。

「あ、あ、あ、あ、あ、あ、奥間君、これじゃダメ、ダメですの……!」

 どうやらこれでも物足りないらしい。だけど奥間は動かず、時計を見る。

「アンナ先輩、あと10分、我慢できますか?」

「10、10ふんも、ああ! ああん、奥間君のいぢわる……」

 そう言いながらも嬉しそうだ。よくわからない関係の二人だと思う。


 10、

 9、

 8、

 7、

 6、

 5、

 4、

 3、

 2、

 1、


「あ、あ、奥間君……!」

 そこで一度、奥間はスイッチを切った。


「あ、あ、あ、あ、なんで……?」

「ちょっと位置調整しましょう」

 アンナ会長は素直に頷くと、潤滑油でぬるぬるになった鼠径部を上下左右、動かし、「あ、ここ、ここがいいですの!」何やらポイントを見つけたらしい。

「じゃあ、一番強いの、行きますね」

「あ、あ、あ、あ、あ、あ、!!」


 ガタンゴトンガタンゴトンガタンゴトン!!!


 氷菓の目から見ても激しく前後左右上下に揺れる。「ふ、ふわああああああああん!!!!」身体を反らし、全身で快楽を享受したようだが、機械だから止まらない。

「10分、我慢しましょうね。危なくなったら切りますから」

 奥間の声はどこまでも優しい。

「お、あ、おお、うぁ、あああああ」

 もはや会長の声に涼やかさはなく、獣のそれと同じになっていた。


 10、

 9、

 8、

 7、

 6、

 5、

 4、

 3、

 2、

 1、


「終わりましたよ」

「…………」

 呆然自失だった。機械的な刺激というのは得てして強すぎるのかと氷菓が心配した時、

「アンナ先輩ならよく気絶とかするから大丈夫だよ」

 奥間が言うならそうなんだろう。

 気絶しているアンナ会長をベッドまで運ぶ。丁寧に扱っていた。

「ありがとう、これでアンナ先輩が物足りない時なんとかなりそうだよ!」

「……奥間君……?」



 ビクン、と文字通り奥間が跳ねた。

「ふふ、いぢわるなとこも好きですわ……でもすっごく良かったんですもの。けれど、奥間君が足りないでしょう?」

 いつの間にか起き上がり、奥間の腰を後ろから掴んでいる。

「い、いや、止めて! 排泄孔だけは!!」

「うふふふふふ……今度は奥間君の番」

 奥間に負けず劣らず優しい声で、しかしその瞳だけは欲情の獣の瞳だった。



「いやああああぎやああいひひひいいいいいふはあああああああああああああ!!」



 もう言語とも思えない発声が奥間の喉から響く。

 人間はこんな声を出せるのだと、氷菓は身を以て知った。


   *


 創作意欲がわいた! わきまくりじゃ! と何かの祭りのごとくダッシュで帰っていく。そういえば早乙女先輩の気配が途中からなかった。

 直接の合体は見られてないなと気付いたが、今の時点でこれ以上は罰が当たる。あのロデオマシンの有用性もわかったし、今日はいい日だった。

 しかしそれにしても。

「愛、とは不可思議ですね」

 慈しんだり嫌がったり、それを無視してみるとより快楽が発生したり。

「まだまだ探究心は衰えそうにありません」

 とりあえず、いつかは本当の合体が見てみたいと思う、氷菓なのだった。



本編と本編の間の話な感じで。アホ話。

アンナ先輩、大体愛の蜜が溜まるまでは狸吉を吊り下げて、紅茶を飲んだり読書をしたり、鑑賞物として楽しんでらっしゃるようです。

アクションを書く練習ですので、下ネタが入ってないと書いた後で気付きました。なんてこったい。

まあせっかくなので投下します。



 12月26日


「悪いね、母さん。変なことを頼んじゃって。休みの日なのにさ」

「構わん。最近の署員には緊張感が足らんしな」

 僕は今、なんと善導課の柔道場に来ている。

 アンナ先輩は事件でいろんな功罪を背負った。功を奏して罪の方は軽く済んで、(本来ならあり得ないのだけど両親が無理を通した形だ。僕と轟力先輩のBLぐらい無理を通している)講習を受けている。だけどアンナ先輩は優秀すぎて、カリキュラムが一瞬で終わるというほぼ意味のないことになって、上層部が困っていたのだという。

 そこで時間を持て余し気味のアンナ先輩を見かねて僕が母さんに頼んだのが、組み手だった。

 アンナ先輩は衝動を持った。性衝動だったり破壊衝動だったり、その他もろもろ。それは生きていくうえで必須なんだけど、アンナ先輩は正しいことしか詰め込まれておらず、抑圧されて生きてきた。だからその衝動の発散の仕方を知らず、特に破壊衝動の方は持て余し気味だった。性衝動の方は僕で遊んでなんとかなってるけども。むしろこっちを何とかしたいのだけど、みんな僕一人の犠牲で済むならということでごまかされている。ひでえ。

 まあなんだ、発散の仕方を知らないって色々辛いよね。ナニがとは言わないけどさ。

 だけどアンナ先輩の場合、人の壊し方を知っているという点でとにかくシャレになっておらず、素手で人を殺すことも可能な人だ。いや普通の人もできるのかもしれないけど、握力だけで首の骨を折るってできる? 僕はできないよ?

 柔道場へ行くと、すでにアンナ先輩が柔道着に着替えて待っていた。黒帯。アンナ先輩の可憐な容姿と黒帯のギャップが珍しいのか、ちらちらと善導課だけじゃなく警察全部の課の猛者で埋め尽くされている柔道場の視線を一身に受けていた。

「奥間君、お義母様」

 アンナ先輩が笑うだけで、むさくるしい柔道場の一角にそこだけお花畑が生まれたようだった。

「今日は、お稽古を?」

「まあ正直、君のストレス発散にしかならない連中だろうがな」

 善導課の生きる伝説《鋼鉄の鬼女》の言葉に、何人かがざわつく。母さんは今日、柔道場を仕切っていた警官に声をかけると、

「全員注目!」

 全員が稽古を止めて、僕達――というか母さんを見た。

「今日は彼女、アンナ・錦ノ宮の特別講習に付き合ってもらう。実力が足りないものは見学していろ、あとで私が可愛がってやる」

 ……皆さんごめんなさい。

「アンナ・錦ノ宮と申します。今日はよろしくお願いいたします」

 ざわつきが生まれる。アンナ先輩はどうやら柔道界では有名らしい。そりゃな。

「具体的には彼女の乱取り稽古に付き合ってもらいたいのだが……、おい、貴様」

「は、はい!」

「貴様ならアンナ相手でも、そうだな、15秒立てていたら誉めてやろう」

 空気が軋む。アンナ先輩相手に15秒立てるというならそれなりの猛者なんだろうけど、それだけの猛者ならプライドも高いだろう。

「あの……」

「かまわん。アンナ、不必要なプライドはへし折ってやれ。それが奴のためだ」

「……わかりましたわ」

 本来、今日この柔道場を仕切っていた警官が審判することになった。

「はじめ!」


 ドン!


 ……4秒だった。僕から見ても見事な、アンナ先輩の一本背負いが決まっていた。


「貴様、女相手とみて油断するとはたるんどる!!」

「ひぃ、すみません!!」

「思ったよりもたるんどるようだな。鍛えなおさねばならん」



 母さんは周りを見渡すと、

「しかし、これでは今日いる者では相手にならんな。仕方ない、私が相手をしよう」

「お義母様と?」

 アンナ先輩の困惑をよそに、母さんはさっさと柔道着を着替えに出て行ってしまった。

 警官たちから声をかけられるかと思ったけど、母さんが怖いらしく黙って正座している。

「奥間君はその……どう見えましたの?」

「え? えっと、僕は武道のことわからないので何とも言えないんですけど」

 ちょっと考える。流麗で見事な動き。しかし、何かが足りない。

「アンナ先輩も、遠慮してましたよね? 遠慮というか、エンジンが入ってないというか」

 アンナ先輩と言えば敵に対してはもっと容赦のないイメージだ。なんというのか、武道というよりスポーツといった感じだった。

「ん……、そうかもしれませんわね」

 これじゃあ、衝動の発散の練習にならないかもしれない。そんなことを危惧しているうちに、母さんが柔道着で戻ってきた。

 ……やっぱり迫力あるなあ。カタギには見えん。

「これより、奥間爛子とアンナ・錦ノ宮の乱取り稽古を行う」



「はじめ!」



 シュババババ!と無数の攻防が繰り広げられる。正直僕には見えない。一瞬、距離を取り、また無数の攻防が繰り広げられる。互いに決め手がない感じだ。

 警官たちは目を剥いている。母さんと互角の人間なんて数えるほどしかいないだろうしな。それがこんな美少女じゃびっくりもするわ。


「それまで!」


 結局一戦目は引き分けに終わった。

「……ふむ」

 母さんも納得いってないようだ。アンナ先輩が本気じゃないというわけじゃなく、アンナ先輩にとって柔道はあくまでルールのあるスポーツなんだろう。

 それでも衝動を発散させることはできるだろうけど、うーん。

「今のままじゃ足りんな。狸吉」

「僕無理だよ!?」

 あんな化け物同士の戦いに入れるもんか。

「お義母様?」

「……少しルールを変えるか」

「?」

 いや僕を見られても困る。柔道のルール自体知らないし。



「アンナ、お前は何をしてもいい。殺す気で来い」

「ちょ、母さん!?」

「何を、というのは、その、どこまでですの?」

「反則はない。目潰しも何でもありだ。本気で来い。こっちはそんな貴様を捕縛する。それでどうだ?」

「…………」

 奥間君、と小さく呼ばれたので、母さんに背を向け、囁きに耳を傾ける。

「……よろしいんですの?」

「えっと」

「……本当に殺しても、よろしくて?」

 これじゃ意味なくない?

「…………母さん、ルール変えた方が」

「もう決まっていることだ。貴様らに心配されるほど衰えてはおらん」

「……それでは、お言葉に甘えさせていただきますわ」

 すでに血に飢えた猛獣の瞳になっていた。僕もう無理。


   *


「どちらかが参ったといった時点で勝敗は決する。では、はじめ!」

 アンナ先輩も母さんもいきなり動いたりはしなかった。互いに互いを見定めている。アンナ先輩は獲物の食べ応えを、母さんは捕縛対象の実力を。

 先ほどとは全く違う、アンナ先輩から漂う冷気のような殺気に、観客となった警官たちが唖然とした瞬間、アンナ先輩が動いた。

 自身の身長ほど高く飛び、母さんの頭をめがけて飛び膝蹴り。え、マジで殺す気? 母さんは当然のようにガードし、逆に足を持ち捕縛しようとするが何かの関節技の要領で抜けると、アンナ先輩は高さを利用して肘をみぞおちに入れようとする。

 アンナ先輩は嗤い、母さんは鬼のような形相となる。怖ええ!!

「でええい!!」

 くるりと母さんは旋回し避け、アンナ先輩の肘は床に突き刺さる。衝撃に床が揺れた。嘘だろ柔道場だぞここ!?

 アンナ先輩はバック宙の要領で距離を取ろうとするが母さんはあくまでも距離を詰める。母さんはというか、基本的に警官は自分から攻撃を仕掛けるのが(こういう次元の違う話でいうと)苦手なのだろう。まず攻撃を塞ごうとする癖がある。

 そしてアンナ先輩には、攻撃を塞ぐ壁を破壊する力と技を持っている。

「ふっ!」

 アンナ先輩の突きの威力に、いなしていた母さんの体勢が崩れた。好機とみてアンナ先輩のかかと落とし。ぎりぎりでかわしアンナ先輩の腕が母さんの腕に引っ掛かり、母さんが求めていたであろうインファイトにもつれ込んだ。




 普通の柔道ならここで一本なのだろうが、獣となったアンナ先輩は自分の不利をむしろ楽しそうに嗤いながら、

「!?」

 小さな口が大きく開かれ、首元に食らいつこうとする。急いで母さんが腹に蹴りを入れて距離を取り、一時の静寂が訪れた。

 プッと噛み千切った髪の毛を吐き出す。お腹に入った蹴りの痛みも今のアンナ先輩には命のやり取りのスパイスでしかないようで、血に飢えた獣の嗤みは消えない。

 静寂が消えるのは早かった。一瞬で今度は母さんの方から距離を詰めると、関節に決め込もうとする。もちろんアンナ先輩もそうはさせず、逆にへし折ってやろうと動いていく。

「悪く、思うな!!」

 プロレスでいうバックドロップというのか、柔道でいうと裏投げというのか、とにかくそんな感じの技でアンナ先輩を頭から投げる。おいこれ危ない技じゃないのか!? そこまで追い詰められたということなのだろう。

 アンナ先輩は頭を逆さにされたが、不吉な笑みは消えていなかった。

 両手を放し、逆立ちの状態になり、そのまま腕のばねを利用して跳ね上がり、両足を母さんの首に巻き付ける!

「ちっ……!」

 このままじゃ首をへし折られるのがわかりきっている。巻き付きが終わる前に母さんはアンナ先輩の足を力で強引に引き剥がす。一瞬動きが止まり、その間に母さんは脱出した。

 そして再び、両者距離を取っての睨み合い。

「さすがですわ、お義母様」

 はあはあと、さすがに息を切らしている、ように見えて単にアンナ先輩は衝動の解放への期待に酔いしれてるだけだ。多分この中で僕だけがわかっている。言葉も余裕と期待に溢れていた。

 母さんはふう、と一息。瞬発力と力のアンナ先輩に、持久力と技の母さん、といった感じだろうか。

 両者は普通のルールの時では互角だった。殺してもいいとまで言った何でもありのアンナ先輩と、あくまで捕縛目的の母さんとでは、アンナ先輩が有利すぎる。

「厄介すぎるな」

 あの《鋼鉄の鬼女》を以て『厄介』と言わしめるアンナ先輩を、それこそ化け物を見る目でみんな見ていた。おい、機動隊の人間もいるのにそんな目で見られるってアンナ先輩、どんだけだよ。まあ知ってたけど。



「ストップ、ストップ、ストップ!」



 この中に入っていくのは正直死ぬ思いだったけど、アンナ先輩はこのままだと母さんを本気で殺す気がしてきた。

「えっと、実力差を考えると、アンナ先輩に有利すぎるんじゃないかと思っ、たり、思わなか、ったり」

 母さんからの殺気がすげえ、なんだよ母さんのことを思って止めたのに。母さんにもプライドがあるだろうけどさあ! 

「奥間主任、私の目から見ても今のままのルールでは許可できない」

 審判役を務めてくれていた警官が僕の言葉に賛同してくれた。「ちっ」と舌打ちした後、どこかに去っていく。

「終わりですの?」

 アンナ先輩は物足りなさそうだ。だけどすぐに場をわきまえた。

「いえ、感謝しますわ。臨場感があって、つい我を忘れてしまう面もありましたの」

 多分、噛みつきのとこだろうな。あのあたりのビーストモード覚醒感は半端なかった。「君、警官に、いや機動隊に入らないか?」訓練が非常に厳しいことで有名な機動隊員にも、アンナ先輩なら軽々となれるだろうなあ。



「まだ終わっとらん」



 母さんが何やら棒を持って出てきた。警棒?




「お義母様、それは?」

「練習用の警棒だ。これでも当たれば痛いし、怪我をさせられるぞ」

「…………」

 お、奥間主任が警棒を解禁だと!?みたいな空気が流れている。なんだよその伝説の剣みたいな扱い。

「素手じゃちと分が悪い。剣道三倍段という、先ほどまでの私と思うな」

 アンナ先輩は獣の笑みに戻る。

「ふふふ……、ええ、わたくしはいくらでも受けて立ちますわ」

 審判役の警官は、もう止められないと思ったのか、諦めて審判に戻るようだった。

「だ、大丈夫なんですか?」

「アンナ、貴様は一度2、3本は骨を折っていてもよさそうだ」

「それはお義母様の教育であっても、嫌ですわね」

 誰だって嫌だよ!



「はじめ!」



 シュ、と警棒をアンナ先輩のみぞおちめがけて突く。短期戦に持ち込む気なのはわかった。

 当然のように避けると、アンナ先輩は母さんではなく警棒の方を手刀で攻撃する。「ちっ」どうやら狙ったところに当たらなかったらしく、小さく舌打ちが聞こえた。そのまま警棒の持つ手に膝を入れる。まず武器を手放させようとしていた。

「させるか!」

 アンナ先輩は警棒が直接身体に当たれば怪我は免れないと判断したらしく、大きく距離を取った。だけどそれ以上に速く母さんの追撃。だけど追撃は追い込みすぎた。アンナ先輩は紙一重でかわすと、わきで棒を挟み込み、先ほどとは逆にインファイトに持ち込もうとする。これだと警棒の間合いの有利がなくなる。

 簡単に警棒を動かせなかったらしく、一瞬母さんが硬直、その隙をアンナ先輩は見逃さず、頭突きを食らわす。目で見る以上の威力があったのか、母さんが倒れた。

 そのまま垂直に全体重を乗せた踵を入れようとする! 母さんは辛うじて避けたが鎖骨部分に踵が当たり、アンナ先輩は流れるようにそのまま関節を決める。

「勝負あり、ですわ」

 アンナ先輩の勝利宣言に、しかし母さんは屈しなかった。先ほどの噛みつきの意趣返しとでもいうように、足で掴んだ警棒を口で噛み、頭を振ってアンナ先輩の顎にぶつける!!

「ぐ!」

 思った以上の威力にアンナ先輩の関節から脱出できたようで、母さんは警棒を持ち直し体制を整え、アンナ先輩はゆらりと立ち上がる。

 アンナ先輩は嗤っていなかった。それでも僕にはわかる。獲物ではなく、敵を叩き潰す快感を思い出している顔だ。《雪原の青》にしたような。

 うずうずしているのがわかる。暴雪の気配を感じ取っているのか、柔道場全員の沈黙が痛い。



 わずかにアンナ先輩の唇が切れていて、血が流れている。舌で舐めとり、僅かにアンナ先輩が顰め面をする。

「もう少しで脳を揺さぶられるところでしたわ」

「自分で唇を噛んで意識を保ったのか」

 その執念に思わずぞっとする。

 さて勝負再開か、と全員が緊張した時。

「狸吉」

 母さんが僕をいきなり呼んで、びくうと震えた。

「あとは任せたぞ」

 え、何それ死亡フラグっぽいの。

「次で最後だ」

「…………」

 アンナ先輩は無言で距離を詰める。自分が怪我をするかなんて頭になさそうだった。いかに最小限に傷を押さえるかが目的で、警棒がかすっても動きに乱れはない。

 次元の違う攻防が繰り広げられる。どっちの動きも武道経験者でない僕にはもう視えなくなってた。

 母さんの回し蹴りと、アンナ先輩の回し蹴りがかち合う。そして母さんの警棒の突きを最小限でかわし、懐に入り、鳩尾にアンナ先輩の拳が入る!

「ぐっ!」

「が……っ!」

 アンナ先輩の背中に警棒が打たれる。うわっ、痛ったいあれ。だけど拳の威力も凄まじかったらしく、アンナ先輩と母さんは同時に倒れた。

「……参りました、ですわ」

「参った」 

 二人が同時に言って、試合ならぬ死合は終わった。

 審判役の人や他の人が怪我がないか診ていく。僕も慌てて二人のところに走った。

「大丈夫!? アンナ先輩も!!」

「お互い、一週間は痛むだろうな」

「ですわね」

 ……なんか友情っぽいのが芽生えてるけど、異次元の友情なんだろうなあ、これ。



    *


「アンナ先輩、唇切ってましたけど、大丈夫ですか?」

「柔道に不慣れな昔はよくあることでしたわ。お気になさらないで、奥間君。お義母様も」

 私服に着替え、傷を化粧で隠し、貞淑なお嬢様モードに戻ったアンナ先輩は、だけど見てわかるほどに楽しそうだった。

 それなりに衝動の発散に役に立ったみたいで、僕としてはいいんだけど、正直毎回こんなのだと精神が削れる。

「私も久しぶりに勉強ができた。満足だ」

 ……お互いが満足できたならそれはそれでいいけど。

(奥間君)

 こっそりと、囁く声には愛欲の欲情があった。

(今日は一晩中、楽しみたいですわ)

「…………」

 ……あちゃー、性衝動も刺激してしまったようだ。

 後片付けがあるという母さんを警察署に残して、僕らはアンナ先輩のマンションに向かった。

 参ったって言ったら止めてくれ……るわけがないよね、うん。



アクション書く練習をしています。いつも弱いなあと思っています。
ですがせっかく書いたので投下。狸吉母さんはアンナ先輩と比べるなら、持久力と技に優れていると勝手に思ってる。力は互角かな? そんなイメージです。

アクション描写、出来てると思うけどな
本編だと

シュババババッ、何これ互角!?

みたいな感じだったしいいんじゃね



 1月2日



「あ、あ、アンナ先輩、そこ、そこは……!」

 今、僕はアンナ先輩に全裸にされ鎖で天吊りされ、つま先立ちにさせられながら羽箒で乳首を撫でられていた。

「ひ、は、ああ」

「ああ、その声。痛みに悶える声も好きですけれど、疼きに堪える声も素敵ですわ……!」

 アンナ先輩、どんどん効率よく、いかに僕を傷つけずに虐めるかの習得というか発想の方面が素晴らしく豊かで、今は主にこちょこちょ地獄がお好みのようだった。

 僕の愚息の裏筋からカリまでを、羽箒で撫でる。

「は、は、あ、アンナ先輩!」

「うふふふ……」

 正月といったら、もっと正月らしいイベントがあるんじゃないかなあ。母さんが僕のアパートに住むとそれはそれで厄介な問題が起こるので(母さんがいるのに寝込みを襲おうとしていた)このまま精液搾取されて終わるのかなあ。

「あ、そうそう」

 鎖を三つ分、下げてくれた。両足が床につく。だいぶ楽になった。

「綾女さんにお願いしていたのですけど、朱門温泉に行きません?」

「温泉ですか?」

 羽箒で僕を撫でるのは止めて、パンフレットを取り出す。

「月見草さんも経過は良好ですし、慰安旅行というのも悪くはないと思いますの。朱門温泉は傷にもいいそうですから」

「僕は……その……、かまわないんですけど」

 これはこれで頭が痛い問題が待っている。

「宿題が終わってなくて」

 ずっとこうやって鎖で天吊りされたりとかされてたからね。頭空っぽにもなるわ。

「わたくしが手伝いますわ」

「いやあ、その、……アンナ先輩、全裸で勉強させようとか考えてません?」

「だって、少しの間も愛し合いたいんですもの」

 当然のように考えてらっしゃった。テスト勉強の時、足コキされたからね、僕。アンナ先輩のマンションだともっと激しいことをされるに違いない。問題が解けるまで寸止め地獄とか。

 寸止めって、本当に地獄なんだよなあ。不健全イラストのせいで気持ちいいみたいに思ってる女性って多いみたいだけどさ。

「でもなんで急に温泉なんです?」

「奥間君はご存じないでしょうけど」

 《センチメンタル・ボマー》として朱門温泉にいたことになっているので、僕は朱門温泉に行ったことがないのである。なんじゃそりゃ。





「わたくし、夏休み、家出をしていて。綾女さんに協力してもらったんですのよ。お代はわたくしが出しますから、一緒に行きません?」

「えっと、月見草や華城先輩も一緒ってことですか?」

「ゆとりさんや鼓修理ちゃんも。早乙女先輩や不破さんにも招待は出しますわ。事件で迷惑をかけた皆さんに出す予定ですのよ」

 うわお、ほぼオールスター。

 不意に、アンナ先輩の表情が暗くなる。

「話を聞く気もないのに、両親が帰ってこい、転校させるとばかり言うものですから。わたくしも気分転換がしたいんですの」

「…………」

 そう言われると断れない。まあ断るつもりもなかったけど。

「いつからですか?」

「5、6、7、8日の三泊四日はどうでしょう?」

 登校日が休日のずれもあって10日だから、妥当なところか。

「部屋、空いてますかね?」

「空いているそうですわ。融通してくださったみたいで、綾女さんには頭が上がりませんわ」

 そう言えば、事件以来、ちゃんと華城先輩と話してない。





『遠距離恋愛も悪くないと思うわよ』

『それも考えたのですけど、わたくしは確かめたいことができまして』




『そのためには、《SOX》と接触しなければなりませんの』




 華城先輩とも《SOX》について話したいし、アンナ先輩も《SOX》について考えが変わった部分があるみたいだし、いろいろある。

 でもとりあえず、今は宿題が先かな。……寸止め地獄をアンナ先輩が思いつきませんように。


続き、少しずつ書いていきまーす

華城先輩の気持ちが色々と複雑なようです。アンナ先輩は立場が複雑すぎてもう何が何だか。

>>258

アクション描写、できてますか? ありがとうございます!
それでもやはり、私の苦手な部分ですね。精進します。



 鬼頭慶介は正月休みも返上して働いていた。

「うーん、どうしよっかなぁ」

 アンナ・錦ノ宮があれほどの爆弾持ちだったとは、さすがに見抜けなかった。後処理を貸しにこうして年末年始を返上している。

 爆弾を持っているとはいえ、それだけの価値がアンナ・錦ノ宮にはある、と慶介は踏んでいた。

 《鋼鉄の鬼女》にも負けないほどの身体能力に様々な才能、カリスマ性、何より爆弾――敵に対する冷徹さと残虐さが、彼女にはあった。

「アンナ・錦ノ宮の件でしょうか。……スマホ×ガラケー」

 《羅武マシーン》が問うてきた。慶介は後半の掛け算を無視して答える。

「錦ノ宮ご夫妻は今、大変だよ。僕どころじゃなくてね」

 森の妖精スタイルじゃない、高級スーツだった。

「でも何とかするだろうね。今までのアンナお嬢さんの評判がまずそうさせない。人っていうのはそういうもんだ」

「そうですね。ピザ×トマト」

「そんなお嬢さんがまさか狸小僧に惚れるなんて、よくわからないよなあ。ああめんどくさい。人の恋路に口を出すのは野暮だけど、今回は別だ」

「アンナお嬢さんが《SOX》に協力した場合の話でしょうか? 8×8」

「そ。純粋無垢だからこそ落としやすい。まああの狸小僧が意図的にするわけないけど、あの冷徹さと残虐さは放っておいたら身を滅ぼすよ。だけど、コントロールできれば?」

「鬼頭グループの力になる、と。O×T」

「そう、そのコントロールを狸小僧にやらせるのは非常に惜しい。《SOX》を抜きにしても勿体ないんだよ。だからと言って錦ノ宮ご夫妻にできるとは思わない。ああいうのはね、社会が作り上げた化け物っていうんだよ。社会そのものである錦ノ宮ご夫妻には到底理解できないだろうね」

 どこか自嘲気味になってしまった。らしくない。

「いっそのこと《SOX》をアンナお嬢さんが滅ぼしてくれれば楽になるんだけどね。《SOX》はやりすぎた。で、調べてくれた?」

「はい、奇妙なバイク事故が12月の頭にありました。クリスマス×節分」

「ほほう……」

 パラパラと事故の概要をめくる。概要自体は珍しくないものだ。だが、できすぎている、ともいえる。

「その日のアンナお嬢さんの行動を調べてみてくれる? 場合によっては使えるかもね?」

 《羅武マシーン》はただ頷いた。

 現状を見ると、《SOX》とアンナお嬢さんは今現在だけでも敵対しているが――《群れた布地》の件のように目的のためならば手を組むこともあるのがアンナお嬢さんの怖いところだ。

「悪いけど、アンナお嬢さんと狸小僧との仲をどうするかは、僕達が決めようか」


次回予告みたいな感じで、こんな感じになるかな、と。

アンナ先輩レベルの人だと、自由に恋愛できないようです。どうなることやら。



 <綾女「わ、私が好きなのは……」アンナ「好きなのは?」(殺気)>


 START!!



 今、朱門温泉は色んなデモやテロの影響で客足が少なくなっているらしく、八人という団体客は大歓迎だった、なんて華城先輩はいうけど。

 正月休みでもこれほど少ないものなのか……? 夏の喧騒を知っているだけに寂しさを覚える。

「清門荘よ」

 生徒会モードなのでブスッとしているが、表情は明るかった。

 しかし何度見ても圧倒される。僕が入れるような場所じゃねえ。

 ちなみに招待した全員が来ていた。断る理由もないし高級旅館だし、何よりアンナ先輩の誘いを断るのは怖いし、といったところかな。こういう部分はアンナ先輩は寛容なはずなんだけど、どんどんアンナ先輩のイメージが壊れてるというか、僕自身把握できていないので何とも言えない。今の華城先輩が下ネタを言えないようにって、なんか親指を巻き付けた卑猥なグーをしていたのが見えて、華城先輩は変わらないなと安心した。

 宿に足を踏み入れると、ぴったりのタイミングで撫子さんが姿を現した。

「本日は遠いところお疲れ様です。お待ちしておりました。わたくし、この清門荘で女将を務めさせていただいております、華城撫子と申します」

 二度目でも慣れない丁寧な挨拶に、「本日から四日間、お願いいたしますわ」と従業員に失礼のない丁寧な態度で挨拶をするアンナ先輩は、さすがの風格だった。

「これからどうするのじゃ?」

 どうやらコンクールとか、今回はそういう縛りのない早乙女先輩は無邪気に聞く。

「自由行動でよいのでは?」

「お前、協調性ねえぜ……」

 不破さんのマイペースな言葉に呆れるゆとり。ちなみに不破さんはぺスをペットホテルに預けてきたそうで、そのペットホテル代もアンナ先輩持ちだった。

(今回は何か混浴とか修行とかないですよね?)

(アンナがいるのよ、無理に決まってるでしょう)

 ひそひそと華城先輩と相談する。不破さんも一般人枠だしな。一応。

「今日は移動で疲れましたでしょう。お湯をいただいて、それからご飯を食べて、談笑というのはいかがでしょう?」

「鼓修理はそれでいいっス」

 鼓修理にしては言葉少なに(アンナ先輩がいるからね)賛同する。誰も反対しなかった。

「では、菊の間、華輪の間、百合の間、薔薇の間にご案内いたします。どうぞこちらへ」

 撫子さんの女将モードに、しかし拭えない違和感を感じる。元ヤンの方の顔に慣れてるからかな。

 菊の間は僕と月見草、華輪の間は華城先輩とアンナ先輩、百合の間は早乙女先輩に不破さんと、薔薇の間はゆとりと鼓修理。うん、妥当だろう。

 それぞれが移動して、お風呂に入ることにする。前は露天風呂だったけど、今回もそれだといいな。なんかいろいろありすぎて、疲れてるし。






「うーん、さすがに露天風呂は無理か」

 普通の大浴場だったが、ちゃんと効能のある温泉らしく、ちょっと熱めの温度が身に染みわたる。

「ふいー、月見草、お前大丈夫か?」

「何がでしょう?」

「傷とかさ。ちょっと熱いぞ、ここ」

 月見草が手でお湯を触って確かめる。

「問題ありません、入ります」

「待て、お前もしかして、温泉のマナー知らないのか? 入る前にかけ湯をするとか、タオルをお湯につけないとか、泳いじゃいけないとか」

 一通り教え、シャンプーにする。月見草のやつ、長髪だからかリンスなんて持ってきてる。

「それ、お前が選んだの?」

「シャンプーとコンディショナーは、アンナ様にいただいたものを使っております。私は石鹸で十分だと言ったのですが、『勿体ない』と仰られ」

 リンスじゃなかったらしい。女性の感性だな。そういえば銘柄がアンナ先輩のマンションにあるやつと同じだ。男のくせに贅沢なと思う反面、アンナ先輩の月見草に対する態度が見えて、なんだかほっとする。

「月見草、大丈夫か?」

「傷に問題はありません」

「じゃなくて……その、アンナ先輩のこと」

 月見草は目の前でアンナ先輩を守れなかった。

 その事を月見草はどう思っているのだろう。

「祠影様は私に死ぬように命じられたのですが、それをどうしても受け入れられないでいると、アンナ様が今日、ここに連れてきてくださいました」

「そんな命令!? 聞かなくていいぞ、月見草!!」

「……祠影様の命令が、至上命令ですので」

 本当は違うだろうに。でも今オーバーヒートを起こさせて、傷に障ったら良くないしな。

「しかしまあ、なんだ」

 アンナ先輩の家は、予想以上にねじ曲がっているのかもしれない。金玉がねじ曲がったら直してもらわないと困るように、今、修復の時期なのかもしれない。

 そうは言っても、不安は拭えなかった。きっと僕一人じゃ、ダメなんだ。



「視線が胸部に向いているのは何故ですか?」

「よかったっスね、ゆとり。不破氷菓はゆとりよりっス」

「てめえ余計なお世話だぜ!!」

「ほほう、眼福眼福」

「化け物は……化け物級っスね」

「化け物女だからもう何を見ても怖れがましいぜ」

「? なにか?」

「いえ! 綺麗な体をしてるなって!」

「ありがとうございますですわ」

 化け物女はさすがのプロポーションだった。肌にも傷やシミ一つない。なんでだ。どこかに弱点があれ。

 そんなゆとりの呪いとは別に、全員でシャンプーとコンディショナーをした後、ゆっくりと湯船につかる。

「はあ、気持ちいいですわね」

「明るいうちからのお風呂は格別よね」

 綾女は言葉が少ない。体調が悪いのか、下ネタが言えなくて不満があるのか、よくわからない。

「ところでアンナ会長、今日は奥間さんと繁殖活動はしないのですか?」

「ぶほぉ!?」

「もう、不破さんったら。愛の儀式はそうそう簡単なものじゃありませんのよ?」

 今は頼むから、ビーストモードになりそうな言葉は言わないでくれ……! 幸い、化け物女は不破の戯言はスルーしてくれたようだ。

「ふむ、残念じゃの」

 バシャン、と画家の頭を温泉にロックオンしておく。

「あ~きもちがいいぜ~!」

「今日は用事がありまして。奥間君と愛し合うことができそうにないんですの」

「用事? こんなところで?」

 綾女は探りを入れるが、

「心配なさらずとも、大丈夫ですわ」

 化け物女は聖女の笑みを浮かべて、何も言わなかった。


 *


 川魚と山菜を主催にした豪華な料理を堪能した後、アンナ先輩と月見草はどこかに行ってしまった。不破さんはフィールドワークとやらに出かけたようだ。

「…………なーんか、嫌な予感がするっス」

「そうね。私もこう、第六感が膣痙攣並に響いているわ」

 やっと下ネタイマーの時間がやってきたのか、意気揚々と話し出す。

「というわけで狸吉と私がアンナ達を尾行してくるわ。鼓修理も来る? カモン、カモン!」

「鼓修理もいくっス!」

「人数多すぎても尾行はしにくいだろうから、あたしはパスしとくぜ」

「何かあるなら、撫子さんに聞いた方が早くないですか?」

「撫子が話さないのなら、知らないか、知っていてすっとぼけているかよ。必要なら教えてくれるわ。さて、アンナ達がイッちゃうわよ! 急いで急いで」

 僕が行かないとダメなのかなと思ったけど、僕の気配察知能力がないとアンナ先輩見失っちゃうしな。月見草が怪我人だからあんまり無理はしないだろうけど。

 確かに何か、嫌な予感はしていたのだけど、まさかこんなことだなんて思わなかった。




 アンナ先輩は森の中を散策しているように見えた。一月ということもあって、本来は適した気温じゃない。もう月も出ているのもあって、湯冷めしていくのがわかる。

「お部屋で待っていてもよかったんですのよ?」

「アンナ様のお傍を離れぬよう、ご命令を承っておりますので」

「……そうでしたわね」

 声がかすかに聞こえてくるぐらいの距離を保っていた。森の中は静かだ。



 すると、森の妖精が現れた。



(うげろげろげろげろ)

(ちょ、しっかりしなさい、鼓修理! 大変、息してないわ! 狸吉、人工呼吸!)

(やらせるかっス!!)

(痛い!?)

 鼓修理の頭突き浣腸を食らってもだえる僕をよそに、場の空気は真剣なものになる。



「こうやって、お父様と密談していたのですか?」

「いやあ、もう少し温かいところがいいけどね。この格好じゃ入れるところが少なくてね」


 ならやめるっス!という娘の憤りを無視して、会談は進む。


「この度は、わたくしの処遇に関して、父と母と協力していただき、誠に感謝いたしますわ」

「将来、娘と仲良くしてね」

「はい、もちろんですわ」


 いつの間に娘の将来の切り売りを!と鼓修理がわめきそうになるが、将来を切り売りしてまで皆を助けようとしたアンナ先輩を見ているだけに、僕からは何も言えない。

「それで、お願いというのは?」

「簡単だよ」



「《SOX》を潰してほしい。徹底的にだ」



 僕たちの方がシン、としたところで、アンナ先輩はクスリと笑う。



「わたくしにそんな力は」

「あのテロリストを鎮圧したんだ。僕はその中身を知っているんだよ? 今更取り繕うこともないさ」

「わたくしは頼まれなくても無傷捕縛を目指して、日々精進しているつもりですわ」

「無傷捕縛じゃ、足りないんだ。支持者が、影響力が大きくなりすぎている。それは僕らにとっても、祠影さんとも利害が一致しない。不安なら聞いてみるといい」

「……徹底的に、というのは? それになぜ、ご自身の力ではなく、こんな小娘に頼るのです?」

「君が思う“徹底的”で構わない。後者の質問は、組織が組織を潰すと厄介なことになるんだ。利害が絡むからね。でもお嬢さん個人に、《SOX》に絡む利害はないだろう?」

「利害は、ありませんわね。無傷捕縛の願いは、あくまでも信条の問題ですわ」

「あのテロリストにしたことを考えると、君が心から無傷捕縛を望んでいるとは、思えないけどね。君は敵を叩き潰す快感を知っている。そのやり方も知っている。ならなぜやらないんだい?」

「……もし、断れば?」

「君の恋人の結婚の後押しができなくなるね」

「……少し、考えさせてくださいまし」

「うん。あ、これ、PMの番号。君みたいなお嬢さんならいつでも大歓迎だよ」

「…………」


 身体が冷め切っていたのは、湯冷めだけのせいではなかった。

 アンナ先輩が、組織の思惑に巻き込まれつつある。

(華城先輩)

(戻るわよ。それとなく話を聞いてみないと)

 華城先輩も、真剣だった。

 その真剣さの理由が、僕と微妙にずれていることには、気付かなかった。



少し短いですけど、今日の分の更新おしまいです。
はてさて、どうなることやら、です



「アンナ、お帰り」

「ただいまですわ、皆さんはトランプを?」

「アンナ先輩もどうです?」

「わたくしは湯冷めしてしまったので、もう一度温泉に浸かろうかと思いますの」

「あ、じゃあ私も入りに行こうかな」

「綾女さんも? ええ、次は別のお風呂にしたいですわね」

 自然と役割分担が決まり、トランプをしていたふりを止め、華城先輩はアンナ先輩とともに先ほどとは別の大浴場に行った。

「月見草、悪いけどお前はアンナ先輩たちが戻るまでお土産を見てきてくれるか?」

「かしこまりました」

 文字通り、見てくるだけなんだろうな、コイツ。これでも自分の意思が見え始めた方なんだけどな。

「早乙女先輩、ちょっと……、あれ、不破さんは?」

「大浴場行ったぞー、ウォー、ホホ、インスピレーションが湧きまくる!!」

「すみません、絵は描きながらでいいんで話聞いてくれますか?」



 ――――……、



「わしは《SOX》を抜けるぞ、奥間」

「結論早っ!?」

「あ、あの化け物女に……お前の父親はあの化け物女の怖さを知らなさすぎなんだぜ?」

「鼓修理が一番それを言いたいっス! こういう時だけ着信拒否しやがって、あのクソ親父……!」

「でもさ、鼓修理がいるのに、アンナ先輩に『徹底的に』なんて言うかな? アンナ先輩がやってることを知ってるんだよ、森の妖精は」

「ぐふっはあー!!!」

「しっかりしろだぜ、お前しかあの腹黒親父の思考をたどれる奴はいねえんだぜ!」

「ぐふ、ふう……」

 ようやく鼓修理が落ち着き、まともな会話になる……といいな。

「……あの化け物を鬼頭グループに取り入れたいんじゃないっスかね」

「取り入れる?」

 まああれだけの才能に血統を持った人なら、誰でも欲しがるだろうな。アンナ先輩にできないこと、いまだに知らないし。

「《SOX》が綾女様に狸吉が関わっていたと知ったら、ただでさえ不安定なあの化け物は、きっと何を信じればいいか更にわからなくなるっスからね。そこに付け込む気っスよ、きっと」

「お前のおやじ、相変わらずえげつねーぜ」

「今のアンナの気持ちはどうなのかの?」

「わかんないんですよね……、話してくれなくて」

 というか、酷く話しにくいというか、その話題になろうとすると酷く哀し気で儚くなってしまう。何も言えなくなってしまう。

「狸吉が腰砕けなだけっス、いつもこってり搾られてるだけっスか?」

「はいはい、森の妖精森の妖精」

「ぐはあ!?」

「まあ、綾女の方がいいのかもしれねえけどだぜ? ……はあ」

「ああもうどいつもこいつもめんどくさい奴らっス!」

「なんだよ」

 妙にゆとりがアンニュイになって、ゆとりがいらいらし始めた。そして現実逃避か何か、早乙女先輩は絵を描き始める。

 ま、いつもの光景だよな、これ。



「こちらはぬるいんですのね。長湯にいいですわね」

「そうね、血行にいいらしいわ」

 シャンプーとトリートメントは先ほどしたので、かけ湯をして直接湯船につかる。

「わ!? マッ、えっと、不破氷菓、どうしたの?」

「温泉に来て温泉に入ってはいけませんか?」

 ラブホに来てセックスをしてはいけませんかレベルの当たり前だと言いたげな無表情に、なんというかマイペースを通り越して心臓に陰毛が生えているレベルだと思う。

 と思っていたら、不破氷菓がくしゅん、と何度か連続でくしゃみをした。頭の中がびくびくんしちゃったのかしら?

「少し外に出すぎていたみたいです」

「まあ、風邪を引いたら大変ですわ」

「撫子……、女将に葛根湯用意させるわ」

 PMでメールを送る。すぐ用意すると返ってきた。

「よろしいのですか?」

「ええ、あなたにはお世話になったし」

「ええ、綾女さんに限らず、わたくしにできることがあれば、仰ってくださいまし」

「では、訊いてもいいですか?」

「? どうぞ」

「先ほど、珍妙な格好をした男性と何やら話していましたが、何を話していたのですか?」



 辛うじて、息が止まる程度で済んだ。不破氷菓には衣装の奇妙な男としてしか認識できなかったらしい。

「うーん、そうですわね」

 ちょっとだけ困惑を混じらせた微笑を浮かべて、アンナは生徒会長モードの聖女の笑みを浮かべると、

「……少し、説明が難しいのですけど。それでも聞きたいのですか?」

「あの珍妙な男性がどんな人物かは興味があります」

 大浴場は自分たち三人しかいない。しばらく静寂があった。

「鼓修理ちゃんのお父さんですわ。わたくしの両親と同じぐらいの地位を持つ、立派な方だと伺っています」

「……あの森の妖精が」

「恰好は関係ないと思いますわ。実際に、わたくし共に協力していただきましたし……」

「そんな人が、両親を通さずアンナ会長と?」

 自分の代わりにずばずば聞いてくる。不破氷菓の棺にはたくさんのBL本を入れてあげよう。

「色々と、都合がありましたの。向こうにも、こちらにも」

「…………」

 しばらくアンナは黙っていた。表情は愁いを帯びていて、早乙女先輩ではないけど非常に絵になる光景だった。

「綾女さんには言ってませんでしたわね。わたくし、今回、たくさんの罪を犯しましたのよ。……いいえ、それ以前から」

 善導課である奥間君のお義母様に教えていただきましたの、と小さく呟いた。

「この衝動が、愛が罪というのであれば、わたくしが今まで信じてきたものは何だったのでしょう?」

 見た目は落ち着いている。だけど不安定で、危うい。 

「《SOX》に会えば、答えがわかるかもしれませんわ」

「どうして、そこで《SOX》の名前が?」

 やっと綾女が口を挟めた。前も《SOX》に会わなければならないと言っていた。動機次第では、《SOX》は崩壊する。

「……《こうのとりインフルエンザ》の心配は、必要ないと、わたくしのお母様も奥間君のお義母様も言いますの。だから、おそらく一番卑猥の知識を持っている《SOX》に会って、確かめてみたいんですの。

 ――わたくしのやってきたことは、罪なのかどうかを」



「……そこで罪だと言われて、アンナは納得するの?」



「……そう、そうですわね。でもいずれ……近いうちに、《SOX》とは会わないといけないのですわ」

 微苦笑を浮かべるアンナに、自分も不破氷菓も何も言えない。

 その微苦笑は、どこか助けを求めるような、子供が泣きたいのを押し殺しているような、そんな危うさが、どうしてもあって。

 近いうちに《SOX》として会おうと思うには、充分だった。



華城先輩パートだとどうしても下ネタをうまく挟めない……あれは赤城先生の才能だわ……


 アンナ先輩や不破さん、月見草が寝静まったのを見て、僕、華城先輩、早乙女先輩に鼓修理にゆとりと撫子さんとで男女混交風呂で会議をすることになった。

「「「「…………」」」」

 女性陣は撫子さん以外が端っこによって、僕も逆の端っこに寄っている。早乙女先輩はさほど気にしてなさそうだったけど。

「《SOX》として、《雪原の青》としてアンナに会うんだな?」

「撫子、なんで混浴が会議室みたいになってるの!?」

 混浴をPM無効化して、撫子さんに突っかかる。最初ぎゃあぎゃあ言ってたけど(これが大変だった)まだ女性陣は納得してないらしい。納得してないと言えば僕もなんだけど、僕はお風呂でもどこでもアンナ先輩がいるから、ハハ……。ちなみに僕は後ろを向こうとしたけど、撫子さんによって無理矢理女性陣の方に身体を向けさせられている。

「そうね、まあこっちの意思に関係なくアンナなら私達を見つけ出すでしょうけど」

「正直パパの狙いもわかんないっス。まだ情報を集めてからの方がよくないっスか?」

「あ、あたしは鼓修理に賛成だぜ……ってこっち向くなぁああ!!」

 カポン、と風呂桶を投げつけられる。理不尽。

「僕、《センチメンタル・ボマー》として出た方が……」

「アンナを刺激するような真似はさせたくないのよ。ただでさえ、アンナの本心が、アンナ自身にすらわからないのに」

「…………」

 なんか僕、《SOX》としては全く役に立っていない気がする。アンナ先輩相手だから仕方ないのかもしれないけど、なんというか、意図的に外されているというか。アンナ先輩が寸止めするみたいに、気持ちいいところをわざとさあ、あれきっついんだよな。

「もし、パパの依頼を受けたらどうするんっスか?」

「……だからこそ、《雪原の青》一人でアンナと会うのよ」

「それは嫌っス!」

 バシャアと立ち上がり、「こっち見んなっス!!」風呂桶第二弾がやってくる。お湯が入っていやがった、重いし痛え!!

「それで前大怪我したじゃないっスか!! もう鼓修理、そんなのは嫌っスよ!!」

「あたしも同じ意見だぜ、《雪原の青》。どうせ化け物が本気になったら全員殺られるに決まってんだ、なら全員で向かうほうが潔いってもんだぜ」

「じゃあ僕も!」

「狸吉はダメ」「お前は来るなっス」「画家と一緒に留守番だぜ」

 やっぱり仲間外れされてない?

「はあ、ダメだね、こりゃ。本っ当、ダメダメだ」

 撫子さんの呆れ声に、僕は頷くしかなかった。



 ――眠れない。

 ふ、と隣を見てみると、親友である綾女がいなかった。今は四時とある。どこにいったのだろう。

 PMのメールに、『鬼頭慶介』とあった。そこには簡単に、地図と日時の指定だけ。

「《SOX》……」

 

『……そこで罪だと言われて、アンナは納得するの?』



「できないに決まっていますわ」

 この愛を、衝動を、罪と断じられたとして、それからどうする?

 あの愛の試練を乗り越えたとき、痛みを乗り越えたとき、そのあとの幸福が訪れたとき、自分は思った。

 この愛を否定するなら、世界の方が間違っている、と。 

 その時の激情は、いまだに覚えている。思い出すだけで、愛の蜜が溢れてきた。

「奥間君……わたくしが唯一信じられるのは、あなたへの愛だけですわ」

 だけど同時に、敵を、人間を壊す快感も知ってしまった。いくらでもやり方が思い浮かぶ。その衝動も、自分の中に確実にある。

 受け止めてくれる、愛しい人はそう言った。だからせめて、律したい。自分を、衝動を、そして立派な人間になって、みんなからの祝福を得たい。

 愛だけは絶対で、アンナの中には今はもう、それしかない。



 だけど、壊してもいい玩具が与えられたら、無垢な子供はどうする?



 くちゅ……くちゅ……



 それ以上考えたくなくて、今、愛しい人のもとに向かったらすべてを壊してしまいそうで、自分で自分を慰めるけど、圧倒的になりない。

 胸部の先端をつまみ、愛の蜜が溢れる場所を弄ったところで、そんなものでは全然足りない。

 ――明日、午後2時。

 自分の中で答えを出さなければならない時が、嫌でも近づいてくる。


アンナ先輩も悩むあたりは成長したと言えなくもない(多分)



 昨日、化け物が慶介と会っていた場所とは違う、より鬱蒼とした森の中にいた。 

 多少の睡眠不足気味だが、今から起こりうることを考えると気を引き締めないわけにはいかない。

「パパ経由でメール送ったっス。確実に来るっスよ」

 パンツを被って緊張過多なのは鼓修理だった。震えは寒気のせいじゃないだろう。

「昨日はお前にしては、殊勝なこと言ってたぜ」

「……あの化け物は、心まで化け物になったんス。綾女様と意見が違ってても、鼓修理はこの意見に変わりないっス」

 あのテロリストのリーダーにしたことを考えたら当然だろうと思う。

「いいんスか、狸吉をあの化け物のところに置いといて」

「手段が思い浮かばねえし、《雪原の青》も『恋愛は自由』で言うこと聞かねえんだぜ」

 肝心の《雪原の青》は自分と鼓修理の会話も聞こえているだろうに、黙っている。

「あんなの、恋愛じゃねえのに」

「しっ。来たわよ」

 ――銀の影が、森の中に姿を現した。



「あら、今日は三人ですの? 《センチメンタル・ボマー》はいらっしゃらないんですのね」



 声には聖女の余裕だけがあった。性に、破壊に飢えた獣ではない、何も知らなければ人に安心しか与えないであろう声音。

「思ったより早く再会できて、わたくし嬉しいですわ」

「こっちは再会したくなかったわ」

 牽制か、吐き捨てるように《雪原の青》が答える。





「…………」

「どうしたの?」

「わたくし、困っていますの」

 あくまで鈴の鳴るような、この一月という寒い季節でも目を楽しませる粉雪のように軽やかな声で以て。




「今ここで皆さんを潰すべきか、それとも少し先延ばしにするべきか」




 ――暴雪の殺気に、身体が凍える。《雪原の青》はそれを無視して続ける。

「先延ばしにする方法ならわかっているわ」

「あら? なんですの?」

「アンナ会長、あなた、性知識が欲しいのでしょう?」

「…………」

 《雪原の青》は厳重に密閉された袋を投げた。

「《安心確実妊娠セット》よ。私達が配っているもの……知っているでしょう?」

「何故、私が性知識を欲しているだなんて思うんですの? 《こうのとりインフルエンザ》に罹るかもしれないのに」

「善導課の《鋼鉄の鬼女》にあなたの母親、ソフィア・錦ノ宮はそう思ってないみたいよ? 何が正しいか、知りたいのでしょう?」

「……少し、確認の時間を」

 そういうと、袋を拾い、中身を確認していく。本当に確認しているのかというスピードで冊子をめくっていたが、「そうですの」と納得したようだった。

「……これを見る限り、母は正しいことをしているのですね」 

「そうね。何せソフィア・錦ノ宮に不健全雑誌を提供したのは私達だもの」

 初めてここで、《雪原の青》が視線を逸らした。提供の話は一番《雪原の青》が反対していた経緯があるからだろうか。とにかく化け物女はその意味には気付かずに、言葉の応酬は続く。





「じゃあ、わたくしの愛は……卑猥という、悪でしたの?」





 《雪原の青》は初めてここで口を閉ざした。


義母や母親の言葉を信じないで《SOX》の言葉を信じるのか?という疑問が起こりそうなので説明すると、

どの意見も信じたくなくて、信じられない状態にあるのです。ちなみにソフィアは感情的に否定するので、アンナは信用できなくなっているようです。だめだこりゃ。

ちょっと、1週間ほど仕事が忙しいので、しばらく書き込めないかもです。
なにかあってもなくても遠慮なく書き込んでください!



 《雪原の青》は初めてここで口を閉ざした。



「……何故、私に訊くのかしら?」

「卑猥の知識の流布が《SOX》の目的なんでしょう?」

「…………」

「もし、あの時点でわたくしが妊娠していたら……、奥間君は……、」

「…………」

「祝福を受けなかった……、誰からも、きっと」

 《雪原の青》は無言のまま、化け物女の話を聞いている。




「何故、絶対に正しいはずの愛が、祝福してもらえないのでしょう?」




「あんたが、間違ってたからだぜ」

 狸吉の気持ちをまるで無視している化け物女の言葉に、我慢ならなくなった。

「ちょっと……!」

「間違っていた……? 愛が? あの、衝動が?」

「相手の気持ちを無視して話を聞かないからそうなるんだぜ。あんた、今まで恋人とやらの言葉を聞いたことがあるのか?」

「奥間君はわたくしの愛を受け入れてくれましたわ!!」

 暴雪とは違う、じっとりとした熱気を帯びた、欲情にも似た殺気に動けなくなる。

「奥間君はわたくしを受け止めてくれましたの!! あの幸福も安心感も、すべては奥間君がいるからこそですわ!! もし、もしも」

 化け物女は、とうとう言ってしまう。




「この愛が間違いだというのなら、世界の方が間違っているのですわ!!」




 はあはあと、一言にすべてを込めた化け物女は、それだけで疲れ切っていた。

「だったら、どうするの?」

 恐怖で動けなくなった自分に代わり、《雪原の青》は無機質に、呟くように。もう声が届かないことをわかりきったような、諦めを含んだ声音で。

「うふ、ふふふひっ」

 獣の狂気を混じらせた、不吉な笑みを漏らすと、「お願いがありますの」と化け物女は、言った。




「あなた方《SOX》も、世界と戦う者。なら――

 ――わたくしを、《SOX》に入れてくださいまし」




 化け物女の目からは、何も読み取ることができなかった。

ではしばらくよろしくお願いします。ここまでは書きたかった……!

アニーとか、6、7巻以降に出てきたキャラを出すか迷ってるなう、アニー出せばPM無効化が色々あるのですが……

今の時点で3月以降の時間軸も書く事になりそうな予感がします。アニーや藻女さんとか出せないよキャラ多すぎやでって事で、アンナ先輩に搾る、間違えた絞る気でいます。アニーや藻女ファンいたらごめんね

うわ、のんびりしてたら返信が来てびっくりしてました。当時の読者もやっぱりいらっしゃるんですね、あの時はすみません。
7巻が12中旬からクリスマスイブで、8巻が1月末~2/14のバレンタインですね。(今確認した)

ここのSSの時系列的には、アンナ先輩の破瓜が12月上旬(6巻エンディング前、《SOX》分裂騒ぎ直前あたり)、
病院ジャックが12月中旬後半、温泉旅行(今書いてるとこ)が1月の5、6、7、8日となってます。今は6日です。

あんまり明確には考えてはいないのですが、多分だけど温泉旅行が終わったら一気に日にちが飛ぶ気がしてます。3月とか。はい。そんな感じですかね。



(あぶうぇえええなんでなんでなんっで!?)

 こっそり尾行していた僕もそうだけど、アンナ先輩の発言には全員絶句しかなかった。

 ただ《雪原の青》が、無感情な声のままだ。

「どういう了見?」

「言ったとおりですわ。わたくしは、自分と世界、どちらを変えるかを考えて、世界を変える方を選びましたの」

「……アンナ会長と私達の考えがあっているとはとても思えないわ」

「そうですわね。わたくしも、あなた方の立場なら困惑することでしょう。ずっと敵同士だったのですから。ただ、目標は違っても、目的は同じだと思いませんこと?」

「なら手は組めると言いたいわけ? どうだか。あなたにはさんざん辛酸を舐めさせられたわ。……とは言ってもね」

 《雪原の青》はそこで睨みつけるようにアンナ先輩を見た。

「ここで断れば、あなた、今ここで私たちを捕縛するつもりでしょう?」

「そう考えるのが、普通ですわね。ですが今日は捕縛しませんわ。今日はわたくしのために時間を取っていただいたのですし、そのような品性を欠く行為はしたくないものですから」

「けど、引き下がる気もない、そうよね?」

「そうですわね。《SOX》に入れなければ……、わたくしが一から組織を作り上げるしかありませんわね」

 父親の入れ知恵があったとはいえ、風紀委員の実績もあるアンナ先輩には十分可能だろう。

 いや、絶対にする。能力云々じゃなく、アンナ先輩の執念がそうさせる。

「同じような理念を持った組織がいくつもあるという状況は、ただ戦力を分散させるだけ……そうですわね。一年。一年で、《SOX》と同じ規模と練度の組織を作り上げてみせますわ」

 アンナ先輩は獣の笑みを崩さない。

「想像してみてくださいまし。同じ規模と練度の組織が、ただ潰しあう消耗戦を」

「な、何の得があるんだぜ、そんなの……」

 ゆとりの思わず出たという感じの言葉に、しまったと慌てて口を閉じるも、勿論アンナ先輩には聞こえている。

「重要なのは、その後ですわ。変革には破壊から、基本ですわよ?」

「……潰し合いの後の混乱を狙うっていうの?」

「ええ。ぶつけ合い、潰し合い、それぞれの組織が疲弊したところを合併させる。そうすれば、今の《SOX》よりも、さらに巨大な組織が出来上がりますわ」

 今までのアンナ先輩にはない思想だった。元々アンナ先輩の中で、組織そのものを動かす意思が薄かったからだろう。生徒会長なんて、皆の支持があっても基本が学校の雑用だしな。

「《雪原の青》」 

「何?」

「ここで確実に敵になる分子を放っておくんですの? それよりも、わたくしを仲間にしてみません?」




「騙されちゃダメッス! あいつ、隙あらば《SOX》を乗っ取るつもりでいるっスよ!!」

 鼓修理が叫ぶ。そっか、アンナ先輩の狙いはそこにあるのか。勢いに負けてて気づかなかった。さすが《SOX》随一の腹黒女子だ。

「いやですわ、どうもわたくしの思考はわかりやすいようで。困りましたわね」

 獣の笑みは消えない。だけど、これが最後通牒なのは、暴雪の気配からわかる。

「《SOX》の影響力を考えると、潰し合いよりはすでに出来ている組織を広げていく方が手がかからない、そう判断しただけですわ……《センチメンタル・ボマー》そこにいますわよね?」

 三人が驚く気配があった。く、風下にいたはずがいつの間にか風の向きが変わってアンナ先輩の嗅覚に僕の臭いが届いていたらしい。

 パンツを被って、草藪の中から立ち上がる。

「わたくしを仲間にしてくれるのでしたら、あなたも含めて全員、命を狙うことだけは致しませんわ。きっと、奥間君も許してくださるでしょうし」

 こくんこくんこくんと頷く。アンナ先輩を仲間に入れると命の危険性がなくなるのは正直助かる。アンナ先輩のことだ。実は裏で善導課に僕達を売るとか、そういうやり方ではなく、真っ向から乗っ取るだろう。

「まあ、時間は必要ですわね。明後日わたくしどもは第一清麗指定都市に帰る予定なので、そうですわね。明後日の午前中には返答をいただきたいですわ」

「無茶にもほどがあるぜ! あんたが今まであたしらにしたことを考えたら、そんな二択、どっちも受け入れられるわけがねえぜ!」

 ゆとりが吠えるが、アンナ先輩には負け犬の遠吠えよりも興味のないことになり下がったらしく、すでに獣の笑みから聖女の笑みに戻っていた。

「それでは、ごきげんよう」

 全員、アンナ先輩が見えなくなるまで、一言も喋らなかった。

「狸吉、なんで来たのよ」

 パンツを脱いで、《雪原の青》から華城先輩に戻ったら、またブスッとしている。僕やゆとりも鼓修理も、(上の)パンツを脱ぐと、

「いや、その、いざとなったらトランクス撒く準備をしていたんですけど」

 まあ、最近のアンナ先輩はそんなレベルじゃもう止められないんだけどな。

「だって、華城先輩やゆとりや鼓修理のことも気になったし、アンナ先輩のことも気になったし」

「こいつ、全員……まさか、5P目的!!?」

「違えよ! アンナ先輩が暴れたら、僕が囮になろうって考えてみたんだけど……」

 どうやら、そういう次元の話じゃなかったようだ。三次元が二次元になればいいのに。


あああ、仕事があるのになんでSS書いてんだ……明日も早いのに……



 この部屋は昔は密会に使われていて、まあ今僕のやろうとしていることと変わらないことを昔の偉い人もしていたという。

 とにかく、アンナ先輩の精神状態が不安なのは本当だった。ただ、卑猥が悪だと知ったアンナ先輩を、それを受け入れられていないアンナ先輩を、いつもしているからの延長線上でやってしまっていいのだろうか。

 襖を開けると、布団が二組、隣り合って敷いてあって、

「奥間君……んっ……あ」

 すでに全裸のアンナ先輩からぴちゃぴちゃと湿った水音が聞こえてましたとさ。どっとはらい。これで終わりにできねえかな。無理だな。

「ねえ、奥間君……どうしてこれが、卑猥なのでしょう……? こんなに、気持ちのいいことが……愛じゃないなんて……」

「……母さんが言ってました。衝動をむやみやたらに振り回してケダモノのように貪るのが卑猥なのであって、お互いを尊重し合えれば……大丈夫ですよ、きっと」

「……奥間君は、優しいですわね。わたくしとは、大違いですわ……ん!」

 ビクンビクン!と腰を跳ねさせる。アンナ先輩は、どこか泣きそうだった。

「もしこの優しさに包まれていたなら、わたくしは何を敵に回しても構いはしないのに」

「アンナ先輩……」

 アンナ先輩が視線で唇を求めた。もうそれが視線だけでわかるぐらいには、僕とアンナ先輩は身体を重ねすぎたのかもしれない。

「はむ、ん、じゅる、あ、はふ、ぴちゃ」

 こんな時でもアンナ先輩のキステクは見事だった。泣きそうな女の子相手に興奮する趣味は僕にはないはずだったのに、愚息が一瞬でおっきした。

 さすがに僕も慣れていて、アンナ先輩の舌使いに負けない動きができるようになってはきたけど、それもアンナ先輩のリードによるものなんだと思う。

 ゴクリ、と僕の唾液を、見せつけるように飲み込む。

「服を脱いでくださいまし」

 最近は鎖で天吊りに羽箒ばかりで発射していなかったので、溜まりに溜まりきっている。ズボンを脱ぐと、愚息がビン!と天を向いた。

「アンナ、先輩」

「いい香りですわ……ああ、本当に、わたくしは、もう」

 焦らすこともなく、アンナ先輩は存分にフェラテクを披露してくれた。「う、あ……!」アンナ先輩、と声をあげることもできず、アンナ先輩の口の中に発射する。

「ん……いつも通り、美味しいですわ……」

 ちゅるちゅる、とわざと音を立てて(これが息子に響くんだ)残った愛の蜜を啜ると、僕に跨ろうとする。対面座位、アンナ先輩が一番気に入ってる体位だ。

「アンナ先輩……その、避妊、しないと」

「…………おかしいですわ」

「え?」

「何故、愛し合って生まれた子供に、祝福が与えられないのでしょう?」

「…………」

「そんな世界は、間違っていますわ。奥間君は、そう思いません?」

「……確かに間違っていると、思います」

「……すみません、わたくしったら……愛し合っている最中に」

 いつの間にかゴムをアンナ先輩が持っていた。仇敵のような目でゴムを睨むと(愚息が少しへこんだ)パッケージを破り、愚息にかぶせていく。アンナ先輩に避妊という概念が生まれて本当に良かったと思う。


 ズン!


「う!」

「ああん!」



 重心が一点にかけられ、全体重すべてが結合部に集まるように姿勢を制御した結果として、僕の息子は一気にアンナ先輩を貫いていた。

「ふー、ふー、ふー、あふ、ああん、奥間君……!!」

 キスをせがまれ、また僕の唇を啜られる。アンナ先輩は僕の首に腕を回して密着しようとする。その間、腰をグラインドすることも忘れてない。僕も腰を突き上げる。

「ん。んんんーううん……!!」

 がくがくがく!と全身が揺れる。姿勢が崩れないように抱きしめるが、中も痙攣して、僕の息子を搾り取ろうとぎゅうぎゅう締め付ける。発射の予感、

「アンナ先輩、出ます!」

 びゅるる、と白濁液が出る快感にアンナ先輩から身体を離してしまわないよう、無意識に強く抱きしめる。

「――ん、ん!」

 アンナ先輩は中の壁を動かすことに夢中で、一回息子を引き抜くことができずにいた。

「アンナ先輩、避妊具、取り換えないと」

「ん、煩わしいですわね……!」

 身体を浮かせて一瞬で取り換えた後、(こんなに早く取り換えられるの?)また中に息子が入り、壁が蠢く感触を味わう。

 二人とも数回ビクンビクンしたのが効いて、会話の余裕が生まれる。ダーリントラップ、なんて言葉が再生される。

「アンナ先輩、どこかに行ってましたか?」

「ちょっと、散策に……何故ですの?」

「いや、月見草がいないって珍しいなって」

「不破さんが、風邪を引いたようなので、ん!」

 軽く痙攣。ぴくぴくするのを我慢する様子って絶対男の子は好きだと思うんだよ、みんな。ぎゅうと入り口が絞られる。

「――いえ、奥間君には、言わないと、いけませんわね」

 ――本題だと直感した。急がずにあえてアンナ先輩の胸の先端に吸い付き、「ああああんん!!」「う!」アンナ先輩の背中が反り、中の壁が収縮する。頭を打たないように支えると、その姿勢を利用する形で僕がアンナ先輩に覆いかぶさった。




「わたくし、《SOX》に入ろうと思っていますの」




「…………」

 演技ではなく、本当に言葉が見つからない。知ってたはずのことなのに。

 僕の動きが止まったのをどう見たのか、足を巻き付け、腰を擦り付けるように動かしてくる。

「《SOX》の、影響力は、強くなる、一方ですわ。それを、利用しようと、思いますの」

「……利用って」

「数は、あるだけで、力ですから」

「どう、したいんですか?」




「――この世界を、変えますの」




「…………」

「わたくしは、正しい、ことしか、教わって、こなく、て、あ、あ、」

 アンナ先輩は焦れったそうに腰の動きを速めるけど、僕は動けない。

「だから、間違えて、罪を、犯して」

 悲壮な告白のはずなのに。



「あ、誰にも、祝福を、綾女さんにすら、受けられずに、」

 アンナ先輩が恍惚と笑っていたから。

「奥間君はわたくしが間違っても、受け入れてくれるのでしょう?」

 そこだけ、はっきりと声に出していて、

「あ、あ――――!」

 パシャン、と熱い水が痙攣とともに湧き出た。

「――だから間違ったやり方で、世界を変えてみようと思いましたの……《SOX》のように」

「……なんで、《SOX》なんですか?」

 まだ合体したままだけど、引き抜く余裕がなかった。

「あふ、わたくしにとって《SOX》は『間違い』の象徴なんですの……『卑猥は絶対悪でならなければならない』でしたわね……」

 派手に痙攣したからか、幾分大人しく、その分幸せそうに笑って。




「悪いことって、気持ちよくって、楽しいんですのね」




「~~~~!!」

 本能がアンナ先輩の変化に先に気付き、身体を引き剥がそうとしたけど、そんなことをアンナ先輩が許すわけがなかった。

「知ってますでしょう? わたくし、苦痛を与えるのが好きですの」

 背中に回された手が拳を握って、一部を押すと「がはっ」肺の空気が全部なくなった。

 血に飢えた猛獣の瞳で、僕を愛おしそうに見つめる。

 耳の中に舌を入れ、軽く耳たぶが噛まれる。

「奥間君の血……飲みたいですわ……」

「き、傷は付けないって、約束したじゃないですか」

「ええ、だから……ふふ、“悪いこと”、なんですわ」

 まだドッキングしたままだったアンナ先輩の中が蠢き始める。

「ああ、その恐怖の顔……素敵ですわ……奥間君のすべての感情はわたくしのもの……今この恐怖も、わたくしが与えていますのね……」

 ツウ、と背筋を指で撫でられる。反射としてぞくっとした僕を見て、アンナ先輩の嗤う気配。

「美味しそう」

 ぎゅる、と内臓の音がした。明らかに子宮じゃない、何かの腹の音。

 た、助けて! 僕、殺される! 食べられる!

 こんな時にもおっ勃つしな、僕のバカ息子は!



「壊したいですわ……何か……なんでも……!」

 ぎりぎりと蛇のように力で僕を締め上げる。ミシミシと不吉な音がする。




「世界が壊れる時って、どんなに気持ちいいのでしょう?」




「そ、れって……?」

 その一言には無視できずに思わず反応してしまう。

「ああ、こんなことを想像して、気持ちよくなってしまうなんて、わたくしは“悪い子”なんですわ……!」

 答えはなかった。多分、抽象的な、概念的なものなんだろう。

 誰だって、ふっと“何か”を壊してやりたいと考え、どうなるかなと考えることはあると思う。

 でもアンナ先輩には、『やろうとさえ思えば壊せるモノ』が、あまりにも多すぎた。

 アンナ先輩は、理性的に計画的に、執念深く物事を考えられる一方で、本能的な衝動に身を任せることを覚えてしまって。

「奥間君」

 そんな僕の恐怖を見抜いて、アンナ先輩はゾクゾクと快感を覚えてしまって。

「わたくしは、《SOX》に入り、“悪い子”になりますわ」

 なのになんで。

 僕の涙を舐めて、それでもアンナ先輩は破瓜のあの時みたいには止まらなくて、アンナ先輩自身がそんな自分に傷ついてて、それでも僕の愛を信じて、世界に抗おうとしていて。

「綺麗で健全でなくなって、ごめんなさい、奥間君――」

 それは、最後通告だったのかもしれない。

 ごめんなさい、華城先輩。

 僕じゃ、無理でした――


あらまあ、徹夜だわー




 化け物の処遇については『入れるしかない』と『絶対に嫌だ』の感情論になっていた。

 鼓修理だって、《SOX》に入れるしか選択肢がないのはわかっている。第三の選択肢など都合よく存在しない。第三の性器が存在しないように、というと色々と議論が起こりそうなのでやめておいた。

 今、狸吉が身体を使って(文字通りの意味で)時間を稼いでいるのに、綾女様と画家は『入れるしかない』自分とゆとりは『絶対に嫌だ』の二択しかなくなっていた。

 狸吉は入れるしかないと答えるだろうから、多数決で決めるならば化け物を入れるしかない。

 だけどここで単なる多数決で決めたら、組織としては割れる。化け物は《SOX》の乗っ取りが目的なのだから、その割れ目を無視することはないはずだ。

「私も、代案があるならそれに乗るわよ? 騎乗位のごとく! でもあのアンナを止める方法なんて……」

「無理じゃな。それよりわしを早く解放させてくれんかの」

 画家はどちらかといえば中立よりで、むしろ今すぐ化け物と狸吉の痴態を見に行きたいらしく、会議を抜けたがっていた。鼓修理としてはどうでもいいが、画家が覗きで死ぬことになると厄介なため、止めている状態だ。

「正体がバレたらどうするんだぜ?」

「それも、ね」

 鼓修理もゆとりも、駄々をこねているだけの状態になりつつあった時。

「鼓修理。今夜12時、今日会った場所でと伝えられるかしら?」

「……できますけど、何をするんっスか?」

「私だけ、正体を話すわ」

 シン、と部屋が静かになった。賢者タイムはこれより静かなのだろうか。

「危険っス! 無理っスダメッス!」

「…………」

「ゆとり、なんで黙るっスか!?」

「何か事態の進展を考えるなら、それしかねえかもとかは思ったんだぜ」

 ゆとりの目は真剣だった。

「失敗したときはどうすればいい?」

「他のメンバーの正体はばらさないで、アンナをメンバーに引き入れるわ。私は死んでいるだろうけど」

「だから! そんなのは鼓修理がダメって言ってるっス!!」

「鼓修理、わかりなさい。私だって何も勝算なしに行くわけじゃないわ」

「どうせ引き入れることになるんじゃ、正体に関しても絶対意見が割れるじゃろ。今のうちに様子を見ておいた方がというのは正論じゃないかの?」

「~~~~!! もういいっス!!」

「鼓修理!」

 部屋を思わず飛び出した鼓修理に対し、ゆとりが声を投げかけてくるけど、無視して廊下を走る。と、

「う、わ!?」

 撫子に捕まってしまった。撫子は呆れたようにこちらを見ている。

「なあにやってんだい、外にまで声聞こえちまうよ」

「撫子……」

 綾女様がばつの悪そうな顔をするも、撫子は気にも留めずに、

「アンナはお前の親友なんだろ?」

「……ええ、そうよ」

「ならやることは決まってんだよ、おい鼓修理。さっさとPMでメール送りな。別に私から手紙って形で出してもいいんだからね?」

「……わかったっス。勝算は、あるんスよね?」

「ええ、あるわ」

 《雪原の青》としての顔で、きっぱりと言い切ったその言葉を、鼓修理はどうしても信じられなかった。




 華城綾女は《雪原の青》として、深い森の中にひっそりと立っていた。

 帰ってきた狸吉にもかなり反対されたけど、綾女が折れないことがわかったのか、最後は送り出してくれた。

 本道ではない別の近道を通ってきたため、アンナとは別に部屋を出ている。

(アンナ……)

 卑猥じゃない部分の楽しさや優しさは、すべてアンナに教えてもらったと言っても過言じゃない。

 アンナは言った。自分と世界、自分を否定してくる世界の方が間違っていると、はっきりそう言った。

 それは、自分と同じ考えだ。自分も自分が正しいと信じて、自分自身を否定してくる世界が間違っていると信じて、下ネタテロリストになった。

 アンナは同じ道を辿ろうとしている。




「お待たせしましたわね」




 聖女の笑みを浮かべた、アンナが現れた。

 月光の光ぐらいしかない中で、銀髪は月光に負けない輝きを放っている。

「《雪原の青》一人ですの?」

「……そうね。他のメンバーはいないわ。先に言っておくと、基本はあなたの思い通りになると思うわ。私達にあなたを止めることはできない、という意味で、《SOX》に入ることを認めざるを得ないのよ」

 どこか感慨深げな《雪原の青》の言葉に、アンナは殺気を放ったりも、慈愛に満ちた笑みも浮かべなかった。

「あのね、アンナ」

 とうとう、私は《雪原の青》から華城綾女になる。




「私、本当に、あなたのこと、親友だと思ってる」




 そして、上のパンツを脱ぐ。顔面が一気に凍るような寒さに包まれて、痛いほどだった。

「――――綾女さん? 綾女さんが、《雪原の青》……?」

「否定されるって、辛いわよね。それも、自分の根幹を否定されるのは。……アンナの場合は、狸吉への愛だったわけだけど、きっと近いうちに似たようなことは、きっと起きてた」

「…………」

 アンナの顔は、月光だけではよく見えない。ただ銀髪の陰に隠れるだけ。


「裏切っていた、と思ってくれて構わないわ。どう思われようと、私が《雪原の青》であることは変わりないから。騙していたことには、変わりないから」

「――あなたも? 綾女さん」

「……?」

「あなたも、両親の作り上げた《育成法》の、被害者ですの?」

「私はマシな方よ。アンナ、あなたこそ《育成法》最大の被害者だと私は考えているけど、そのあなたは――何をする気?」

「世界を壊すんですの。愛を愛として認めない、この世界を。そして新しく、愛を愛として認められる世界に作り替えるんですの」

 

  ――そして、《育成法》の破壊を。



「綾女さん」

「…………」

「今までずいぶんと、悪巧みしてこられたのですわね。……ズルいですわ」

 破壊に飢えた獣が、嗤う気配がした。

「わたくしにも、悪巧みの楽しさを、教えてくださいまし」

「充分にできると思うわ。あなたはもう、“知ってしまった”のだから。私なんかより、ずっとうまくできると思うわ……」

「……綾女さん?」



「私は表向きの活動を引退するわ。《SOX》全てのリーダー、その後釜に、アンナを据えようと思うの」



「…………」

「乗っ取りはそれで完了するはずよ」

 ――一瞬で、距離を詰められる。そして、

「わひゃ!? わひゃ、脇はダメ、第5の性感帯なのぉ!」

「ふふふ。そんなに急がなくてもよろしいじゃありませんの。《雪原の青》あっての《SOX》であることぐらいはわかりますわ。……綾女さん」

 あなたが泣いてくれた時、嬉しかったんですのよ。

「わたくしも、たくさん変わってしまって、失くしたものもたくさんありますが……それでも綾女さんを親友だと、思っていますわ」

「アンナ……」

「乗っ取りの計画に関しては、もう少し先の話としましょう。強引なやり方でなく、もっと組織として合理的な判断で以て」

「鬼頭慶介の約束はどうするの?」

「そこまで知っているんですのね。まあ、不穏分子が中にいる組織というのは基本的に脆いものですので、それでごまかしつつ、二重スパイみたいな形になると思いますわ」

「大丈夫? アンナ、搦め手は苦手でしょう?」

「世界の変革には清濁飲み込む力がないと、結局は変革できませんわ。その程度のことができないなら、わたくしにはその力がないということですの」

 そこまでわかっているなら、大丈夫だろう。アンナの不安定な部分は狸吉が支えてくれるだろう。

「明日、出発前、またここに来てくれる? 《SOX》としての正式な回答を送るわ」

「ええ、わかりましたわ……綾女さん」

「…………」

「《センチメンタル・ボマー》は、奥間君でしたの?」

「……ええ。明日、正式に紹介するけど」

「……そう、ですの。色々と言いたいことはありますけど、まあいいですわ」

 そういって、アンナは去っていく。

 ……大丈夫、全部言いたいことは言ったし、アンナも頭に血が上らず冷静に聞いてくれていたと思う。だから、大丈夫。

 でも、アンナって、あんなに心を見せない人間だったっけ?

ちょっと書いてみましたー。場面的にはかなり大変な場所なんですが。

ちなみにアンナ先輩は逆レの意識はありません。あの張り紙のせいです。なんてこったい



「ぎゃあ、ちょっと待ってアンナ先輩話を聞いてぎゃあ!!?」

「アンナ、ちょ、嘘つき! ……ご、ごめんなさい何も言ってないわ私は何もげふ!?」

 翌日、《SOX》が全員集まり、アンナ先輩が来たところで和やかに自己紹介タイム。それが終わったらアンナ先輩に僕と華城先輩が簀巻きにされ、木に吊るされた。

 何も変化がなかった、という時点でおかしいと思ったけど、やっぱりアンナ先輩的には浮気的な面で黒判定だったらしい。一時間ほど公開処刑が行われるのを、早乙女先輩に鼓修理にゆとりは黙って見てるしかなかった。

 まあ、確かに身体に傷は負わなかったけど、心に傷は負ったんだよなあ、これが。

「ふう、これぐらいにしておきますわ。身体も温まったことですし、綾女さんが奥間君と、わたくしにナイショで大きな秘密を抱えていたことについては、とりあえずは許して差し上げますわ……これ以上は傷つけないことが難しそうですし」

 拷問吏の残念そうな顔に、心底ほっとする。一時間で済んだなら僕としては慣れている方だった。それもどうなんだ、というツッコミは誰からもなかった。

「さて、綾女さん」

 ぴぅ!とおっぱいから声出したみたいな悲鳴を上げる。アンナ先輩は僕と華城先輩を解放すると、華城先輩を複雑そうな、悲壮とも言えそうな目で見つめる。

「…………?」

「次は、綾女さんの番ですわ。わたくし、あなたに大怪我させたこと、忘れていませんのよ」

「…………」

「色々と、言いたいことはありますけど。……全部わたくしのため、でしたものね。なのに、わたくしは……」

「正直に言っていいかしら?」

「……なんですの?」

「私は色々と、忘れたいの、痛いこととかそういうの。SMはね、お二人でやってちょうだい!」

 PM無効化してまで言うことか! SMじゃない、よな? 僕ってえ? M? なのか?

「Sえ、?」

「アンナ先輩ストップストップ!! 禁止単語です!!」

「ん、……本当に綾女さんが、《雪原の青》なんですのね」

 アンナ先輩が、銀髪を陽光に透かしながら完璧な聖女の微笑で振り向いた。

「後顧の憂いも今、失くしましたし、これからよろしくお願いいたしますわ」

「よ、よろしく……っス」

「よろしく……だぜ」

「アンナの嫉妬に狂う微笑も、絵になるのお」

 一人だけずれたことを言う早乙女先輩はいつものこととして、ゆとりも鼓修理も納得はしてないけど(公開処刑みせられたし)アンナ先輩を《SOX》に受け入れざるを得ないことはわかったようだ。

 心にダメージを負った僕と華城先輩をよそに、いったん清門荘に戻る。そこにいたのは女将モードではない、いつもよりも余裕のない感じの撫子さんだった。撫子さんもアンナ先輩の武勇伝については色々知ってるしね。

「まさか錦ノ宮夫婦の子供がねえ……」

 現実はわからんね、と呆れたように軽く言う。「反抗期ですの」とアンナ先輩も軽く返した。

「で、昨日起こしたあの騒ぎであのざまなんだけど、あの不破ってバカはどうしたらいい?」

 不破さんが月見草と一緒に栄養ドリンク改を作ろうとして清門荘が火事になりかけた件について、いつか時間があったら話そうと思う。不破さん、今は熱で頭が回っていないようだし、月見草は基本言われたことしかできないから事故と言えば事故なんだけどな。




「不破さんは《SOX》に入れませんの?」

「あー」

 華城先輩と顔を見合わせる。不破さんについては全員賛同するだろうけど、ぶっちゃけタイミングを忘れてたというかなんというか。

 清門荘の一室に戻ると、完全に風邪でダウンしている不破さんがいた。

「今寝付いたところです」

「お疲れ様ですわ。月見草さんも、休んでくださいまし」

 スケッチブックに先ほどのアンナ先輩の形相を描きたいらしい早乙女先輩を傍において、月見草は菊の間で休ませる。

 そして今できる、アンナ先輩の修行内容について撫子さんと一緒に考える。

 まあ答えは決まっていて、

「正しい知識、だな」

 禁止単語やその意味、社に置いてある不健全雑誌の熟読、《育成法》が生まれる前の、そもそも卑猥とは何かなどの価値観など、とにかく性知識について徹底的に教えなければならない。

 僕にしたことについてショックを受けるかもしれないけど、もう正直言って、どうこうできる問題じゃなかった。逃げられないなら、今をいい機会とするしかないんだと思う。

 ……アンナ先輩の性欲が薄まることは、多分ないだろうけど、それでもちょっと期待してしまうのは、僕悪くないよね?

「おい、綾女。お前教えろ」

「え!? そんな、急に言われてもゴムも何も準備ができていないわ!」

「谷津ヶ森の不健全雑誌があるだろうが! いいから社で勉強だ!」

 その様子を見て、アンナ先輩が慈しむように、僕にだけわかるようにクスッと笑った。

「撫子さんと綾女さんって、似てますわね」

「そうですね。義理とはいえ、お母さんと娘ですからね」

「……親子、反抗する子供」

 アンナ先輩は、悲しげに長いまつげの影を作る。

「……わたくしは、世界を必ず変えてみせますわ。両親の作った、この日本という国を」

 悲しげではあっても迷いはなかった。

 アンナ先輩と華城先輩は、社に向かった。



「さて、と。これからどうするんだぜ?」

 今日帰る予定だったが、不破が風邪を引いた以上、動けない。置いて帰るのも薄情だろうというのがゆとりの意見だ。

 特別に往診してもらって、薬は出してもらっている。ただ昨日のバカ騒ぎ(自分たちは知らなかったけど何かやらかしたらしい)で病状が悪化したとのことだ。

 明日も休みなので、一日延ばそうと考えてはいる。でもそれ以上は、学校が始まるのでどうすればいいか考えている最中だ。

「あの化け物、本当に二重スパイなんかやるんスかね?」

「その話をしたらキリがないから信じるしかないって言ったじゃないか」

 狸吉がうんざりしたように反論する。鼓修理も自分がしつこいのは自覚していたようで、「わかってるっスけど」と不機嫌そうに返した。

「あの化け物とクソ親父が繋がってると考えると、ろくでもないことしか考えられないっスね」

「表向きでもアンナ先輩が敵でなくなったのは、《SOX》にとっては楽になったよ」

「いつ乗っ取りされるかもわからないのにっスか?」

「だあ、止めろお前ら、ややこしい!」

 ゆとりにはどうしてもそういう駆け引きが合わない。油断はできないし、危険性もあるが、それを言ったら鼓修理だって鬼頭家の一人娘だし、狸吉にいたっては善導課の《鋼鉄の鬼女》の息子なのだ。

「ここにいてもあの女将に見つかったら何かやらされそうだし、あたしも社見てみたいぜ」

「ゆとりはちゃんとは見たことなかった? 僕もあの不健全雑誌呼んで予習しとこうかな……僕で試される前に」

「ひ、卑猥だぜ! そんな、日中から!」

 ゆとりが蹴りを入れるが、慣れている狸吉はひょいと躱す。

「ま、どんな感じで勉強してるかを見るのはありっス。ここで適性試験に失格とかいちゃもんつければ……」

「あー、アンナ先輩に限ってはそれ無理だと思うよ」

 一応、撫子に社の様子を見てくることを伝え、清門荘から社に向かう。



不破さん、いろいろやらかしていたようです。
とうとうアンナ先輩がちゃんとした知識を付けていきます。どうなることやらなのです。

ちなみに希望があれば、不破さんがやらかした短編も書く用意はできております、はい。



「これと、これはどう違うんですの?」

「えっとね、ヴァギナと膣と《赤ちゃん穴》はね……」

 まず禁止単語表なるもの(1000ぐらいはある)を叩き込んでいた。

 まあアンナなので、すぐに表そのものは覚えたのだけど、意味を理解するのに若干苦労していた。谷津ヶ森から奪った不健全雑誌の写真を使って、あるいはもう教育現場では使われなくなった精巧な人体模型を使って説明していく。

 まあ言葉だけでは理解できないだろうと、アジトにある2、3冊を除いたすべての不健全雑誌やコピーをアンナに見せて、ほとんど独学でやらせている。疑問に思ったところを解説した方が早い。

「……これが卑猥ですの?」

 アンナの声には戸惑いがあった。アンナにとっては無意識の愛情表現が、卑猥と断定されているのだから当然だった。

 善導課からも指導されてはいるだろうけど、それはあくまで一部の偏った知識だけだ。特に愛の蜜関連はきちんと教えなければならない。

「愛の蜜は男女で違うんですのね。奥間君は、男性の愛の蜜が女性の《赤ちゃん穴》に入ってきたら、妊娠すると仰っていましたわ」

「……うーん、それで大体合ってるわ」

 あってるのかな、この教育法はと、綾女の方が戸惑いを覚え始める。アンナが読んでいるものは不健全雑誌と言って想起されるような、いわゆるエロ本だけでなく、昔の保健体育の教科書や医学書も含まれている。これは谷津ヶ森のものではなく昔から社にあったものだが、下半身にガツンと来ない! 下ネタ思い浮かばない! と有り体に言うと面白くなかったので、社に放りっぱなしだったものまでを読んでいる。

「綾女さん、今更疑うわけではないのですが、この本が正しいという根拠はありますの?」

「……アンナなら本能でわかってるんじゃないの?」

「……わたくしには、なぜお父様とお母様がこれらを不健全だと禁止するのか、よくわかりませんの」

「アンナ、あなたなら身に覚えはあるんじゃないの? 初めてのこととか、エッチなこととか」

「…………それが、卑猥?」

「……そうね、猥褻なアプローチを狸吉にしてきたのは間違いないわ」

「…………」

 しばらく無言だった。不安になって、「アンナ」「綾女さん」――二人同時に、呼びかけた。

「わたくしは、“悪い子”になるんですの。だって、“悪いこと”って、楽しいんですもの」

「そうね。下ネタは楽しいわ。でもね。行き過ぎると、傷つけるわ」

 ある文字を指した。『レイプ』――強姦。精神の殺害ともいわれた、《育成法》成立前でも最悪の罪。

「…………」

「あなたがあのリーダーにしたことよ」

「……両親がもみ消したい気持ちが、よくわかりましたわ。ふ、ふふひ、あは、娘が卑猥の最上級の罪を犯したのですわ。当然ですわね」

「アンナ。今からでも両親と仲直りできるなら、」

「それでも、知っていたら、わたくしはしていなかったのですわ」

 アンナはどこか泣きそうで、何も言えなくなる。「その言葉が本当か?」なんて、訊けもしなかった。

「知ってさえいれば、間違えなかったのに」

「…………」

「でもいいんですの。間違えても、奥間君は受け止めてくれるのですわ。――勉強に戻りますわね」

 間違えても、狸吉が受け止めてくれるから、だからわざと間違えてやる。

 今のアンナの行動原理はこんなもので、根本は狸吉と愛以外を信用していない。

 足音、


「……狸吉、鼓修理にゆとりも」

「調子はどうかなって。アンナ先輩、大丈夫ですか?」

「……ええ。勉強自体ははかどっていると思いますわ」

 軽い調子の狸吉たちに、アンナも笑顔で答える。

 多分、この笑顔のまま、アンナは人を殺せる。根本が正義と愛以外を信用していなかった頃と、変わっていない。

 それを綾女は、わかっていた。

「色っぽいポーズ、というのは何ですの?」

「え? えーっと」

「ゆとりに教えてもらったらどうっスか、まあ胸部がなぶほ!?」

「あー今日は暑いぜー」

「ゆ、ゆとり、靴ありは反則っス……」

「一月で暖房もないのに暑くはないと思うのですけど、あの、鼓修理ちゃん、大丈夫ですの?」

「あー、大丈夫だぜ。こいつ、結構慣れてるんだぜ」

 でもどこかで、信じていたかった。

 こんなふうに親友が自分たちと混ざってバカ騒ぎするのを、どこかで夢見ている。



 ピピピピピピピピピ



「鬼頭慶介さんですわ」

 アンナが人差し指を立て、静かに、とジェスチャーを送る。

 全員が静かになったところで、「もしもし」と電話に出た。



 ――暴雪の気配が漂った。



「鼓修理ちゃんのお義父様。お疲れ様ですわ」

 ちなみに鼓修理と慶介はアンナの中では、紆余曲折を経て義理の親子となっている。

『やあ、鼓修理のことは知ったんだね。お嬢さんは、返事の方をどうするか、まだちゃんとは聞いてないなーって思ってね』

 電話越しにもこの気配は伝わっているはずなのだが、慶介は軽いノリのままだ。

「お受けしますわ。色々とご協力してもらってる身ですもの、少しでも恩返ししたいんですの」





『奥間狸吉君との結婚にそこまでするなんて、よっぽど愛しているんだねえ』

「ええ、愛、していますわ」

 愛、にアクセントがおかれる。ここだけは絶対に本音で、ビクン!と狸吉が跳ねた。

『じゃあ、お嬢さんには良くないお知らせだ。錦ノ宮の口座から5000万円引き出されているよ』

「? 5000万円……?」

『早いとこ、ご両親に電話した方がいいかもね、これは確実に奥間家への口止め料と手切れ金だから』

「――――」

 アンナ落ち着いて、とメモで書く。アンナは頷いた。

 ただ、暴雪の気配が、さらに冷たさを帯びてくる。

「用件は、それだけですの?」

『うーんとね、どこまで入り込めたかなあって』

「主要メンバーの名前と顔は、覚えましたわ」

『なるほど、順調だ。じゃあ君も忙しくなりそうだし、切るねー。じゃあねー』

 ツーツー。

「……手切れ金? まさか、わたくしの両親は、愛を、お金で解決しようとしてるんですの?」

「落ち着いて、アンナ。《鋼鉄の鬼女》の性格を考えて、そんなお金簡単に受け取ったりはしないわ」

「そうですよ! うちの母親に限って、そんな……」

 狸吉の目が泳いだ。「とにかく、電話してみます」――金をもらわなくても、狸吉の母親はこういう問題のエキスパートのはずで――




  『祝福を受けたい』




 アンナもPMを操作する。

 殺気立った目に、誰も何も、言えない。

多分だけどアンナ先輩にとって1番やってはいけないことじゃないかなと思ってみました。
うん、多分ですが。



 奥間爛子は第一清麗都市の第二オフィスビルの最上階にいた。善導課に関わる用件ではない。むしろ私的な事柄になる。

 呼び出した張本人たちが、爛子がついてからすぐに表れた。

「ずいぶん早いな」

「お待たせするわけにはいかないので」

 呼び出したのは、錦ノ宮夫婦と、もう一人、おそらくは弁護士がついていた。

「お座りください」

 弁護士の名刺を受け取り、爛子は座る。さすがというか、全員爛子のカタギには見えない風貌に気圧されることのない連中だった。

 錦ノ宮夫婦はソフィアがデモを起こしてから不仲になったと聞いていたが、愛娘の事件にはそれどころじゃないらしい。

 アタッシェケースが取り出され、中身を見せつけられる。

「5000万円あります。もちろん、贈与税などを抜きにした金額です」

「何が言いたい」

「……そちらのご子息と、うちのアンナの、慰謝料と手切れ金です」

「犯罪を隠すために金とコネで隠蔽するか。私の知っているソフィアはそんなことをもっとも毛嫌いする人間だったがな」

「……爛子さんに軽蔑されるのは、承知しています」

 さすがにプライドの高いソフィアは消沈していた。代わりに旦那の、祠影が口を開く。

「間違ったやり方かもしれません。ですが、娘を守りたいという親心は、あなたも子供がいる以上、理解できるでしょう?」

「守るの意味が違う以上、話にならんな。私はこんな金を受け取りはしない」

「では、どうしたら、アンナを守れますか?」

 ソフィアは虚ろに呟く。すがるように、爛子を見る。

「弁護士なら知っているだろう。婚約もしていない学生の恋愛に手切れ金など必要ない、と」

「恋愛だけならばそうですが、今回は犯罪が絡んでいるとのことでしたので」

「…………」

「アンナさんが狸吉さんに本人の合意なく性交にいたったことは、こちらも認めております」

 本来なら『性交』は禁止単語なのだが、弁護士などの法律用語としては許可される。今回もそのパターンだった。

 善導課は証拠として鎖を回収している。

「徹底的に争うのかと思ったが、意外だな」

「……あんな、アンナを見せつけられては……」

「……そうだな……」

「私には信じられません。お二人から話を聞いてもです」

 祠影が口を挟む。清楚なお嬢様にしか見えないアンナが鎖につないだ狸吉の性器を口に含み、コロコロと美味しそうに転がしていたのはあまりに衝撃的な光景で、自分も狸吉の口から聞いただけなら一笑に付したかもしれない。実際、祠影は信じ切れていない節がある。

「慰謝料と手切れ金は、受け取ってもらえないでしょうか?」

「本人に話も通さずに答えなど出せない。17歳と16歳だ、その程度の頭はあると信じている。夫妻はアンナと話をしたのか?」



「……拒絶されています。『愛のために必要な儀式だった』『奥間君は間違っても受け止めてくれる』など、わけのわからないことを言って……」

 ソフィアのことだから感情的に責めてしまったんだろう。アンナからすれば、ソフィアや祠影の方が拒絶しているのだろう。

「アンナは言い出したら聞かないタイプみたいだな。ソフィアのようだ。……このことは逆効果になるぞ」

「……それでも。卑怯で卑劣でどうしようもなくても」

 ソフィアは感情のままに突っ走っていたころとは嘘のように、沈み込んだままで。

「娘のために、ご子息には別れてほしいのです」

「…………」

「このままじゃアンナはダメになります」

 祠影が消沈したソフィアの代わりに言葉を紡ぐ。

「今のアンナは間違っています。間違った元から離れなければ、さらに悪くなる一方です」

「うちの愚息に原因があると?」

「いえ、アンナは《育成法》の奇跡的な成功例だったのです。奇跡的なバランスで保たれていたのが、恋心で崩れたのでしょう。奥間狸吉君でなければもっとひどいことになっていたかもしれないし、そうでないかもしれない。わかっているのは、これ以上狸吉君と一緒にいさせるわけにはいかないということです」

「全部、親としての理屈だな。子供の立場を考えていない」

 だが正直なところ、爛子にもどうすればいいかなんてわからない。こんなに消沈しているソフィアも見たことがない。



 ピピピピピピピピピ



 爛子のPMが鳴った。『奥間狸吉』と出ている。

「うちの愚息からだ。失礼だが、この場で出させてもらう」

 ハッとして、ソフィアもサイレントにしていたPMを確認する。『アンナ』と出ていた。



「「――もしもし」」




「母さん」

『なんだ?』

「今、アンナ先輩から、アンナ先輩の家が5000万円も引き出したって聞いて」

『事実だ。その件で今話をしている』

「口止め料と手切れ金で?」

『どこから聞いたんだ、その話は。……私は受け取らない。お前が決めろ、狸吉』

「……わかった」

『切るぞ』


 ツーツー、


  
   *



「お母様」

『アンナ』

「何を、しようとしてらっしゃるのですか?」

『……私達は、アンナのために』

「嘘を吐かないでくださいまし! 《育成法》も、欺瞞ばっかりで! こんなやり方で、正しいことだけを詰め込んだら、正しい人間ができると、お母様は本気で思っているのですか!?」

『アンナ……』

「知ってさえいれば、わたくしは間違えなかったのに……!」

『アンナ。お願いです、戻ってくるのです』

「……お母様は、お父様も、わたくしと奥間君を、別れさせたいのでしょう?」

『アンナ』

「わたくしが間違えたのは、奥間君のせいではありませんわ。それに……」

『アンナ、わかりました、私達は色々話し合わないといけないんです』

「わたくしは奥間君を愛していますわ。奥間君も……何故、愛が祝福を受けられないのですか? お母様……」

『…………』

「わたくしには、話し合うことなんてありません。手切れ金を用意する必要もありませんわ。だって、一生、わたくしと奥間君は愛し合うのですから」

『アンナ、落ち着いて、それは……間違っています』

「ならどう間違っているのか、説明してくださいまし!!」

『――あなたが不幸になるのが耐えられないだけです……!!』

「……もういいですわ。話になりませんもの」

『アンナ、待ちなさい、アンナ!』



 ツーツー、『着信拒否』



これは、「親の心子知らず」なんでしょうか?
立場を守りたいとか打算もあるとは思いますが、ソフィアもそうだし祠影も、アンナのためにと思って動いてはいます。それが正しいかは別として。

あと、アンナが一番祝福を受けたい相手はやっぱりご両親なんですね。当たり前か。



 アンナ先輩の失望と絶望からの無表情は、今までとは違う意味で冷たさがあった。

「アンナ、不健全雑誌はコピーを取って第一清麗都市に持ち帰って、アジトで勉強しましょう」

「ええ」

 華城先輩も言葉少なだった。

 だけど、今の日本では珍しくない光景でもある。さすがに極端な例ではあったけど、僕やゆとりのような社会的に弱い立場の子供の縁談は昔より格段に厳しいと聞く。

 もし何もなくても、今とは逆の意味で僕とアンナ先輩じゃ釣り合わないのが現状だ。アンナ先輩はそういう部分からも切り離されていたんだろうけど。

「奥間君」

「はい!?」

 思考が別のところに行っていたせいで反応が遅れた。いやね、母さんやアンナ先輩の躾によって返事には即答せねばならないという条件反射がもう身に沁みついてて……。

「わたくしは、奥間君がいれば、幸せですわ」

「……はい」

 そう答えるしかなかった。

 だって、この人が変わったのは、やっぱり僕のせいだから。

 そのせいで降りかかる不幸からは、守りたかった。

 でも――



『本当に、愛してる?』



 誰の言葉だっただろう。もう精液が夢精で空っぽになってしまったかのように忘れてしまった。

「PMの電子マネーが凍結されたらどうするんスか?」

 鼓修理が現実に戻してくれる。いかんいかん、夢精なんかしたらアンナ先輩にお仕置きからの前立腺プレイが始まってしまう。

「私の家に来ればいいじゃない。アンナのマンションほどじゃないけど、アンナが泊まれないほど狭くもないわ」




「まあ狸吉の家は、くっくっく」

 鼓修理の邪悪な笑みは「化け物に散々搾り取られれば自動的に綾女様の隣は自分のものに!」みたいなことを考えているだけなので無視しとこう。

「まあ、そんな強硬な手段には出ないと思いますわ」

 このあたり、アンナ先輩と僕らでソフィアに対する意識の乖離とでもいうのか、ソフィアは意外とアンナ先輩には甘いというか。まあこんだけ完璧超人だったらな。

「マンションにいる方が風紀委員の見張りもありますし、両親にとっては好都合ですわ」

 あとあのクローゼットで僕を監禁したりとか。

「まあ帰ってからのことは帰ってからにして、明日までどうするんだぜ?」

「うーん」

 アンナ先輩が可愛らしく小首を傾げる。

「現実の問題として、《SOX》は武力が足りないように思うのですわ」

「下ネタテロに!」

「武器もお金もいらないんス!」

 華城先輩と鼓修理が合わせて卑猥な拳を作る。にこっとアンナ先輩は軽くスルーした。意味は分かっても、面白さは理解できないようだ。

「奥間君のお義母様をわたくし一人で引きつけるのは、正直自信がありませんわね」

「「「「いやいやいやいや」」」」

 僕と華城先輩と鼓修理にゆとりの合唱が広がる。勝てるとしたらアンナ先輩ぐらいしかいないだろう。

「奥間君? 勝つ必要はないんですのよ。こういうのは、ヒットアンドアウェイで無差別に出没して逃げるが勝ちなんですの。逃げられたらそれでいいんですわ」

 さすがにこの前まで僕達を追っていただけはある。ヒットアンドアウェイで逃げるが勝ちが嫌だから僕を誘拐に差し出したんだしね。

「皆さんの身体能力を知りたいですわ、特に綾女さんと、ゆとりさん。表に出る場面が多いですし、鼓修理さんや早乙女先輩は陰で別の仕事があるでしょう?」

「あれ、僕は?」

 アンナ先輩の頬が、ポ、と赤くなった。

「――知り尽くしていますもの」

 うん! もう身体の部分で知らない場所はきっとないんじゃないかな!

「ああもう、はいはい。私がいつも撫子とクンニ、じゃなかった組手してるとこがあるから、そこ借りましょ」

 やいややいや言いながら僕は華城先輩とアンナ先輩が前で談笑してるのを見る。

 この光景が、いつまでも続けばいいのに。




「《鋼鉄の鬼女》と互角、か」

 そこは50畳ほどの、畳敷きの離れだった。全員が貸し出されたジャージに着替える。

「じゃあ、まずは綾女さんから」

「き、緊張するわね。アンナとこんなふうに組むなんてことなかったから」

「そういえばそうですわね。わたくしは構えないので、どこから来ても構いませんわ。撫子さんは、わたくしの直すべき点を見ていただけません?」

「いや、多分ないと思うぜ」

 ゆとりの言葉をきっかけにして、鼓修理が「はいスタート」とあえて気の抜けた声で試合開始を告げた。

「…………」

 華城先輩は動けずにいる。アンナ先輩からは殺気も何もなく普段通りの聖女の笑みで、それが逆に余裕を現していた。

「来ませんの?」

「行けるかー! どんだけアンナにはトラウマがあると思ってんのよ!?」

 全員がうんうんと頷いていた。包丁を投げつけられた鼓修理や首を絞め殺されそうになったゆとりは必死だった。

「仕方ありませんわね、それぞれ独自の筋力トレーニングを作ったほうが早そうですわ。皆さん、服を脱いでくださいまし」

 アンナ先輩以外の視線が僕に集まった。「ああ」とアンナ先輩も思い出したように、

「卑猥の知識を持っていると、自然と裸に羞恥心を持つようになるのでしたわね。わたくし、どうもそのあたりが繋がらなくて、申し訳ありませんわ」

 というわけで、僕一人追い出された。まあアンナ先輩は僕の身体のことを知り尽くしているし、筋力トレーニングメニューも常識の範囲内でやると思うし、今はとりあえず不破さんところへお見舞いに行こうかな。



 ゆとりはTシャツとスパッツ一枚、上半身下着下半身下着という冬場には似合わない服装を強いられた。

 浴場でも見たけど、なんでこの化け物女はこんなに肌が白くて胸部も大きいのだろうか。完璧にもほどがあると思う。

 全員が何となく自然とストレッチをして、「まずは綾女さんから」と化け物女が綾女に近寄る。腕を押したり、太ももを押したり、筋肉を手で測っているようだ。

「勿論、綾女さん他、皆さんの身体能力は平均を超えていますわ。ですが、細かい部分を見ると、やはりずれが出てきますの」

 PMのメモ帳にチェックポイントだろうか、そんなのを記入していく。

「骨盤のずれとか、背骨のずれとかですわね。骨がずれると全てが狂いますから……綾女さん、うつぶせになってくださいまし」

「ん、こう?」

「そう、楽にしてくださいまし」

 ゆっくりと背中を押していく。パッと見は整体みたいで、骨を直すといったところからあながち間違ってはなさそうだ。

「錦ノ宮さん」

「アンナでいいですわ」

「アンナって、ああ、うん。そう呼ぶ」

 ゆとりの言葉に「ありがとうですの」と笑いかける。それは中学時代の狸吉が目指していたもので、完璧な聖女の笑みだった。

「……はあ」 

「綾女さん。気持ちいいですの?」

「んー? すごい、気持ちいい」

 今にも寝そうな綾女に、化け物女はやっぱり化け物女らしく爆弾を放った。

「綾女さんたちは、わたくしや奥間君みたいに愛――性の感覚を知っていますの?」

「ひぎぐぐ!?」

「あ、痛かったですの?」

「じゃ、じゃない、びっくりして。なんで急に?」

「だって《SOX》って性知識の流布が目的なのに、その感覚を知らないなんておかしいでしょう?」

「わ、わ、わ、私は!?」

「えい、えい」

「いやああ、脇はらめぇぇぇ!! 第五の性感帯なのおおぉぉぉ!!」

 大型の肉食獣が人間でじゃれているといった様子だった。何も知らなければ女子高生の戯れに過ぎないのだろうけど、ゆとりにはアンナ・錦ノ宮という存在はバイアスがかかりすぎている。





「《育成法》制定前は、みんな自然とオ、」

「オナニーね!」

「ああ、そうそう。自然と覚えていったらしいですわね……わたくしも、奥間君と出会ってから、自然と覚えていきましたもの」

 な、生々しい。

 鼓修理は綾女の下ネタ教育に慣れているためか、この程度ではびくともしなかった。

「《SOX》が配った卑猥な絵画とか見たら、大体愛の蜜ぐらいは出るんじゃないっスか? あ、女は、の話っス!」

「……そう、なんですの。皆さん、では、経験あるんですの?」

 どうもまだ化け……アンナはそのあたりの羞恥心がわからないらしく、純粋に疑問として聞いてくる。

「わたくしは《センチメンタル・ボマー》としての奥間君に胸部の先端を吸われた時、身体中ががくがくとして、特にヴァ……《赤ちゃん穴》がびくびくして、愛の蜜が溢れだしましたの」

 善導課に追われた時、アンナも一緒にやってきて、追い込まれた狸吉がアンナの乳首を吸って覚醒させたあの事件だ。

「……、あー、ごめんなさい。あれは狸吉が悪いから」

「いえ、うん、まあ……外で善導課の皆さんが見ている状況は恥ずかしいですわね。で、皆さんは経験あるんですの? あの気持ちよさを」

「……ない」

「……ないぜ」

「あったらパパが泣くっス」

「そ、そのね、アンナ。私は、冗談としての下ネタは好きなんだけど、生々しい話になると、なんか、えっと、ひいちゃって」

「――そういうとこ狸吉に似てるんだぜ」

「――そっくりっス」

「まだ皆さんには愛し合った人がいないんですの?」

「……いない、わ」

「……はあ、その、いないんだぜ」

「鼓修理に見合うやつがこの世にいるんスかね」

 三者三様の答えに、アンナは納得したのかどうか、頷いた。

「愛する人ができるといいですわね。愛ほど幸せなことはありませんから」

 そういうアンナはあくまで自然な笑みで。

 自分や綾女の好きな奴が狸吉だっていうのは、疑いもしてない顔だった。


華城先輩が一番乙女だよね、わかります。
知識を知ってるからこそ羞恥心が生まれるんだよね。わかります。



 様子を見に行ったけど、まだ不破さんは寝ているらしく、月見草も休んでいるとのことだった。

「早乙女先輩は、いつもの通りですね」

「そうでもないぞ。アンナが入ってきたからのお、これからが楽しみじゃ」

「余計なこと言わないでくださいよ」

「なんじゃい、信用しとらんのかい。こういうことはの、自然に発展してこそじゃて」

「???」

「なんじゃ、わかってないのは奥間の方ではないか」

 ケッケッケと笑う様子は、ちょっとした座敷童っぽく見えなくもない。実際はデバガメなんだけど。

「アンナはお前と別れないためならなんでもするぞ。“なんでも”じゃ。せいぜい、気を付けるんじゃぞ」

 そういうと、またスケッチに入る。この状態になると何の耳も持たなくなるので、不破さんを起こさないように外に出た。

 何しようか悩む。あの道場っぽいとこに行ってもまだ女子は何かしてるだろうし、手切れ金のこともある。誰かに相談したいけど、誰がいいだろうか。

「撫子さん、いるかな」

 女将だから仕事きついかなと思いつつ、一応聞いてみると、存外簡単に時間を空けてくれた。

 人に話を聞かれない別室に移り、手切れ金のことを話してみる。

「錦ノ宮夫婦、そりゃ愚策に出たね」

「ですね、そんなことでアンナ先輩が諦めるわけがないのに」

「お前はどう思ってるんだい、あのアンナって子をさ」

「見捨ててはいけないと思っています」

 即答した。

 もし見捨てたら、それは《育成法》の被害者であり加害者である人を見捨てたことと同じだ。

「そうじゃない、男と女としての話さ。あんた、色んな罪を犯したアンナをパートナーにする気かい? いや、できるのかい?」

「…………」

 率直すぎるほど率直に言われ、言葉に詰まる。 

「錦ノ宮夫婦は愚策に出たけどね、あんたとアンナはくっつけてはいけないと思うのは親心さ。加害者と被害者の関係なんだ、綾女がアンナと同じことをしたらあたしもそうしてるね」

「でも、知らなかったんです、アンナ先輩は」

「そうやってずるずると傷つけたくないから言い訳を作っていく気かい?」

「僕は……僕には、責任がありますから」

「……そうかい」

 撫子さんは、心なしか感傷的に苦く笑った。

「あんたも難しい子と抱え込んだね」

「かもしれません。だけど、それでも」





 ――見捨てたくない、という気持ち。それだけは、アンナ先輩に確かに抱いている思いで。

「アンナを《SOX》に入れたのも、どう転がるかね」

「…………」

「おい、訊いてるんだよ。答えな」

「……不安定には、なっていると思います。アンナ先輩だけじゃなく、ほとんどみんなが」

「ま、この前まで最上の敵が二重スパイなんて爆弾抱えていたら、普通だわな」

 ……それだけなのだろうか。それだけでいいのだろうか。

 撫子さんがこっちを見ていた。

「なん、ですか?」

「いんや」

 撫子さんは、やっぱり苦く笑って。

「難しいね、こればっかりはね。正直、子供だけでは無理な話かもしれないさね」

「……母さんとも相談します」

「それがいい。まあ、まず別れろって言われる覚悟はしときな」

「……はい」



 ピピピピピピピピピ



 『アンナ・錦ノ宮』と出ていた。

「あ、はい、もしもし」

『もしもし、奥間君。先ほどの場所に来ていただけませんこと? 皆さんジャージに着替えましたので』

「あ、早かったですね、今行きます」

 ピ

「わざわざ時間取っていただいて、すみませんでした」

「いいよ別に。こればっかりは、子供の手に余りそうだしね。まあ大人でも難しいことではあるけどもさ」

「やっぱり……そうですよね」

 撫子さんの言葉を胸に、先ほどの離れに戻る。

 あーあ、子宮回帰できればいいのになあ。胎児だったころに戻りたい。




 アンナは愛しい人の様子がおかしいことにすぐに気付いた。

「どうしたんですの? 沈んでらっしゃいますわ」

「あー、その……なんというか。……さっきの、ほら」

 両親のことを言っているのだと思った。抑えきれない気持ちが湧き出てくる。

「……!」

「わたくしは、奥間君以外はいらないですわ……そして“悪い子”になるって決めましたの」

 ふふっと、呼気とともに笑声が漏れる。それは笑みのようで笑みでないことに、自分では気づかなかった。

 ただ、両親のことを考えると、『奥間君とわたくしを引き裂く敵』のことを考えると、

 ――唾液を飲み込んで、意図的に気配を柔らかくする。そうじゃないと、すべてに手を出してしまいそうだった。

「綾女さん、何か壊してもいいものはありません?」

「……壊してもいいもの……」

 綾女でもぱっとは思い浮かばないようだった。なら仕方ない。

「ああ、いえ、ちょっとだけストレス解消にしたくて。ないなら大丈夫ですわ」

 奥間君の方を見ると、すぐに意図を察してくれる。じゅん、と下腹部が熱くなる。前に借りた部屋をもう一度お願いしようか、と思ったところで、

「アンナ、ちょっといいかい?」

「? 撫子、どうしたの?」

 女将の撫子が現れた。様子を見ていた全員が撫子に注目したのを見て、

「鬼頭慶介からの招待状だよ」

「!」

 全員が招待状とやらを見てみる。



「Show Time Village?」

「怪しすぎて何が何だかっスっけど」

「あたしには意味すらわからないぜこれ」

「男女ペアで。実質アンナと狸吉ね」

「これは何なのか、撫子さんはおわかりですの?」

 どうやら何かのイベントらしいということしかわからない。しかも会員制のVIPチケットらしい。ただそう書いてあるだけだったが。

「ここではね、身分もどこの組織に所属してるかも関係ないんだよ。顔がわからないようにするのが条件だけどね」

 はあ、と撫子が溜息を吐く。

「隣の隣の街さ。今日の19時から、ね。見るだけでもいいし、参加してもいい、相手も参加者の同意があれば変えていい、そういうところさ」

「それってまさか」

 PM無効化を綾女さんがして、

「SEXするためだけの……!?」

「そういうことさ」

 撫子は苦い顔だった。自分も似たような顔になっていたと思う。

 アンナにとって性は愛する人とのコミュニケーションが前提にあって、見知らぬ人間と快楽を追求するためのものではない。知った以上は余計にそう思う。

「止めましょう、アンナ先輩」

 即座に愛しい奥間君が判断した。

「下らないですよ、罠に決まってます」

「奥間君の言葉は、とてもうれしいですわ。皆さんも、同意見ですの?」

 ゆとりや鼓修理は呆れている。判断は《雪原の青》に任せた、無言でそう主張していた。

「何時がタイムリミット?」

「18時には出ないと間に合わないね。まあ別に遅刻しても構わないようなイベントなんだけどもさ」

 今が16時とある。

「一時間、時間をちょうだい。それまでに決めるわ」

 アンナはきょとんとしてしまう。

 《雪原の青》もきっと奥間君と同じ考えだと思っていたから、違う意見なのは、意外だった。




 僕はすぐに華城先輩を問い詰めた。

「どういうことですか、華城先輩!」

「まだ何も決めてないでしょ」

「それがおかしいんですよ、罠に決まってるじゃないですかこれ!」

「あー、あたしも同意見だぜ、綾女」

「あのクソ親父のイベントですからね、罠でなくても怪しすぎるっス」

「ここでノーと言えばアンナと慶介の繋がりが脆くなるわ」

「まあ、そうですわね。おそらくこれは、『わたくしがこの場に《SOX》を呼べるか』という試験でもあると思いますの」

「……僕達にメリットがないじゃないですか」

「メンバーの顔の隠し方の程度にもよりますけど、財界や政界の主要人物ならわたくし、多分わかりますわ。目を隠してる程度なら何とか」

「その割には《雪原の青》の正体とかわからなかったっスね」

 鼓修理のあてこすりに、

「綾女さんや奥間君だとは思わなかったんですもの」

 ちょっと自信なさげになってしまう。本来は観察力ある人なんだけど、思い込みが激しいので何とも言えない。

「でもそんなイベントに出席してる連中の正体が一人でもわかれば、これは朗報よ」

「まあ、あのクソ親父は関わっていることはわかったっスけどね」

「アンナが嫌ならいいんだけど」

「僕の意思は……?」

「できれば参加してもらえないかしら。キツイ場面もあるかもしれないけど」

「わたくしは構いませんけど」

 アンナ先輩は小首をかしげた。

「とりあえず顔隠しには奥間君のトランクスを借りて」

「それは決定なんですね……」

「だって、わたくしの髪は目立ちますし、ウィッグも用意するには時間が足りないんですもの」

 まあ、確かにアンナ先輩の容姿は目立つけれども。絶対趣味入ってるだろ。

「え、僕も《SOX》スタイルで?」

「えっと、『顔が隠れること』『偽名を使うこと』が条件みたいよ」

「パ、あれ用意してないんですけど……」

「じゃあサングラスとマスクでいいわね、《SOX》と喧伝する必要もないんだし」

「結局行くんスか?」

「みたいですわ。まあこれぐらい乗り越えられないなら、わたくし共ももっとひどい罠にはまって終わり、そういうことですわ」 

 アンナ先輩の軽く、だけど自信にあふれた言葉に、もう不平の言葉は出なかった。


>>350
アンナ先輩の二つ名、『雪原の青』的な感じでお願いします。

ゆとりはペニス@マスターってあるんですけど一応。鼓修理はないですよね? 記憶にないだけでしょうか。

本来はない予定でしたが、ちょっとやってみたかったイベントです。


こういう性規制がされたら、絶対こういう裏でのイベントが出てくると思うんですよ、禁酒法みたく裏で出回るものです。

安価下

人いないんだった(ノ≧?≦)☆

獣欲の銀愛《じゅうよくのシルバーラブ》

うーんラブマシーンとかぶるか

気に入らないなら安価したでok

皆さんがいいなら>>350でいいですか?



 僕はサングラスと帽子を持っていき、アンナ先輩は僕のトランクスを持ってタクシーに乗った。それでいいのか。

 降りた場所で地下に案内され(なんかエレベーターの操作盤をややこしい起動方法を使って表示のない階に降りてた)そこで顔を隠すように言われ、帽子とサングラスにトランクスと訳の分からない組み合わせでVIPルームに入る。

「やあ、ようこそ」

「こんばんはですわ。今日はどのようなイベントなのでしょう? わたくし、とても楽しみですの」

 本心と表情が乖離した駆け引きは、僕も苦手だ。どちらかと言えば情に訴えるタイプだしね。アンナ先輩はトランクスで見えないけど、声音は涼やかに笑っている。

「今日は特に……えーっと、偽名なんだっけ?」

「獣欲の銀愛《じゅうよくのシルバーラブ》ですわ」

 ちなみに華城先輩が一秒で名付けた。アンナ先輩がいいならいいけど、いいのだろうか。

「今日はね、趣向が特別なんだよ」

 カーテンが開かれる。カーテン? 地下でカーテン?

 開かれた窓には、上から見渡せるようになっていた。



 そこにはボンテージ服の男女がいろんな方法で痛めつける、いわゆるSMプレイをしていた。



「わざわざ日本でやらなくてもいいのにねえ。ま、今は日本を離れるのが難しい情勢なのはあるけど」

「こんなものを見せてどうしたいんですか?」

 音が聞こえないため、動いている姿だけだったけど、それでも50人ほどはいるだろうか、それらが一斉に、しかも倒錯したプレイをしている姿は、正直なところおっきしていた。

「《センチメンタル・ボマー》?」

 咎める声が聞こえるけど、仕方ないじゃない、だって絵ですらこんなに厳しく取り締まられているこの世界で身近に! こんなに! 発情している人間がいる!

「なんで性はダメなんだろうね。人間は気持ちよさを追求する生き物なのにさ。あ、君たち、ここ、入ってみる?」

「……なぜそうなりますの?」

「君たちの世界を広げる必要があると思ってね」

 君たち、と言っているが、これは僕じゃない。アンナ先輩に向かって言っている。

 でも正直に言うと、これに似たことは結構してるんだよなあ、僕たち。

 なんだかんだでアンナ先輩も発情した人間を見て、うずうずしているのがわかる。

「大人は卑怯だよ」

 慶介の自嘲に満ちたような、不思議な声だけが、非現実的なこの空間に響く。

「あとで動画取られていても困りますわね」

「それはない。それをするとこのパーティーの信用がガタ落ちだからね。僕の場合はたまたま近くに来ていた君たちへの、純粋な好意さ」

「…………」

 淫獣モードのアンナ先輩が吟味しているのがわかる。あと慶介、アンナ先輩のビーストモードを直接は見たことはなかったのか、だらだらと汗をかいている。アンナ先輩から、くちゅ、くちゅと鼠径部から音がしている。

「乗り気、みたいだね?」

「……《センチメンタルボマー》、わたくしは今ここで帰っても何の収穫もないと考えますわ」

「見学だけでもOKだよ」

 つまり参加したいんですね、わかりました。

 ちょっと僕もこの空気にあてられて、おかしくなっていたんだと思う。でもしょうがないじゃない、狂うよこれは。



 さすがにその姿じゃ空気が壊れるとのことで、着替えることになった。僕は革のパンツに仮面、アンナ先輩は、ボンテージ服に仮面とウィッグだ。アンナ先輩の銀髪は目立つからウィッグは必要不可欠とのこと。

 ぴっちりとした素材に、チャックが上からついていて、局部を露出させられるつくりになっている。昔の人は良く考えたよなあ。

「お待たせしましたわ」

「…………」

「やっぱり、似合いませんか……?」

 ウィッグがあるので印象が違うが、妖精のように整った顔立ちも完璧なプロポーションも、仮面やボンテージでは隠し切れなかった。上品さもあって、不思議な存在感がある。

「綺麗、です。とても」

「……もう」

 そこでウェイターらしき人間が、ドア前で説明を始めた。

「ではご案内いたします。当パーティーの参加は初めてでしょうか?」

「はい」

「パートナーを変えるには合意が必要となります。あまりありませんが、断ってもしつこいようでしたら当スタッフをお呼びください。こちらも見張っておりますので何かあったら駆け付けます」
 
 警備員がいるのはわかっていた。明らかに雰囲気の違うガチムチな野郎がいたからね。
 
「道具を使いたい場合はあそこのバーに貸し出しを申し出てください。無料で貸し出しております。使い方がわからない場合は、バーテンダーにお聞きください。ドリンクはお二人の場合はソフトドリンクのみと伺っていますが、よろしいでしょうか?」

 はい、と頷く。そこだけ法律順守かよ。慶介の価値観もわからねえな。

「以上となります。ご不明点はございますか?」

「いえ、わからない時はまた伺いたいと思いますわ」

「かしこまりました。では、ごゆっくりお楽しみください」

 そして、扉が開く。


   *


 むせかえるほどの艶香が、まず鼻を直撃した。なんというのか、下半身に直接響く匂いだ。

 初めての客は珍しいらしく、特にアンナ先輩は雰囲気を変えても何か格のようなものが違うのが皆わかるらしく、注目が集まる。

「あれ、使いたいですわね」

 ……天吊りの鎖だった。そりゃそうですよねー。

「先、バーいきませんか?」

「いらっしゃいませ」

「スポーツドリンクを二つ。それと、あの鎖は使えますの?」

「はい、只今ご使用いただけます」

「じゃあ、これと、……これは何に使いますの? あとこれは?」

 質問攻めにあっても表向きはバーテンダーの職務をこなし、いくつかを借りてくる。それらをまとめて袋に入れて、

「じゃあいきますわよ」




 アンナ先輩、なんだかんだでいつもより昂っているらしい。僕は手枷を付けられ、天井に吊るされる。まだ両足がつくぐらいの高さだ。

「ふふふ……」
 
 袋から取り出したのは、……家でもおなじみの羽箒だった。

「ひっ」

 羽箒で僕の乳首を撫でる。思わず変な声が出た。

 撫でながら僕の革のパンツのジッパーを下すと、ぼよんと僕の愚息が飛び出す。

「美味しそう……」

 家ではもう少し焦らすのだけど、今はアンナ先輩も興奮していて、あっという間に僕の愚息はアンナ先輩の口の中に吸い込まれた。



 ぐちゅ、ぐちゅ、ぐちゅ、ぐちゅ!!



「はあ、ああ、出……!」

「まだですわ」

「痛い!?」

 見ると、根元をアンナ先輩が握りしめていた。

 アンナ先輩が視線だけで、鎖の操作する人に指示する。


 きり、きり、きり


 鎖三つ分上がって、つま先立ちになる。ゆらゆらと揺れる感覚が不安で、怖くて、それがスリルとなる。

「そこでいいですわ」

 鎖が止まった。

 アンナ先輩のクロッチの部分は開いていて、愛の蜜が駄々洩れだ。

 アンナ先輩の局部が、僕の愚息に押し付けられる。豊かな胸部も、革越しに伝わるとまた違った感触になる。

「はあ、はあ、はあ、はあ」

 アンナ先輩が僕の唇を奪うと同時に、僕の愚息がアンナ先輩の中に入る。




 ぐちゅ、ぐちゅ、ぐちゅ、ぐちゅ!!



「ふ、ふうん、あ、ん、んんんん!!」

「はふ、あ、あ、れ、れます!!」

 アンナ先輩が、視線で笑った。

 ゾクゾクとその視線に快感が来て、同時に発射する。

 抜くと二つの愛の蜜が交じり合ったものがこぼれ、そのこぼれたものを指ですくうと、アンナ先輩は舐めた。

 そしてもう一回、今度は口で僕の愚息を舐めると、今度は位置を調整しながら挿入れなおす。

 揺れる鎖は不安定で、それが感覚としてアンナ先輩は好きらしく、ゆらゆらと揺れる。

 右足を上げ、僕に巻き付ける。

 アンナ先輩の笑みが笑いから嗤いに変わった。

「さあ、存分にイッてくださいまし……!!」

「う、う、あ、あ、あ!!」

 ――連続で二回、放つ。でもまだ足りない。アンナ先輩を味わいたい。僕からアンナ先輩をイカせたい――




「……ベッドはありますの?」

 鎖を操作してる人に聞く。空いてるベッドを指示されたので、そちらに向かう。

 アンナ先輩から抜いても、まだ息子は勃ち上がったままだった。

 ベッドに座ると、アンナ先輩が上から乗っかる。対面座位の姿勢は一番のお気に入りだ。当たり前のように僕の息子はアンナ先輩を刺した。

「ううん……!」

 刺激が足りなくなってきたのがわかったので、「何か袋にありますか?」訊いてみると、

「排泄孔に、入れるためのものが入ってますわ……」

 袋を探ると、長さ25センチはあるアナルパールだった。横幅も三センチはある。

「え、これ入れるんですか?」

「ダメですの?」

「……いえ、せっかくだから試しましょうか……痛かったら、言ってくださいね」

 どうせ指で弄るつもりだったし、アンナ先輩なら大丈夫だろう。多分。

 ローションなんて贅沢品がついてきたので、アナルパールにかけ、少しずつ挿入れていく。

「い、ひ、やん、あ、あ、い、やああああん……!」

 全部入りきったころには、アンナ先輩の顔は法悦しかなかった。

 アンナ先輩の腰を持ち、上げて、落とす。それを繰り返す。

 アンナ先輩が体重が一点にかかるようにしてくれているので、衝撃が凄い。自分も下から突き上げる。革の隙間から舌を入れ、胸部の先端を啜る。

「はああああああああんんん……!」

 がくがくがく! と腰が揺れ、「ぐ、搾り、取られる……!」びくびくびく!と中の壁が収縮し、僕の息子を搾り取ろうとする。けど三回はイッた僕の息子は満足しなかった。

 下からの突き上げを止めない。

「あ、ひい!?」

 アンナ先輩が連続でイく。こうなるとアンナ先輩は止まらない。ふと、何かのスイッチを見つけた。

「こ、これなんですか?」

「あ、それは……あ、あ、い、ま、うしろ、の、スイッチ、ですわ……!」

 アナルパールのスイッチか。

 とりあえず、押してみた。



 ウィンウィンウィン



「はうう!!」

 アンナ先輩の締め付けが強まり、後ろ側の壁から何か異物感がある。どうやらぐにゃぐにゃと蛇のように蠢いているようだ。

「あ、あ、あ、あ、気持ちい、気持ちいいんですの!!」

 左手はたわわに実った胸部を揉みしだき、右手はクリトリスをつまんだ。

「ひ、いや!?」

 パシャン、と熱い水。潮を吹いたアンナ先輩はビクンビクンと痙攣しているのにまだまだ足りなさそうで、周りからの視線もアクセントにさらに嗤いながら腰を蠢かす。

 僕もそれに付き合っていいと思えるぐらいには、この空間に酔っていた。



 慶介への挨拶もそこそこに、僕らはタクシーで清門荘に戻る。

 八回はイッた。全部アンナ先輩に搾り取られた。腰が痛い。

「その、よかったんですけど……、何か意味ありました?」

「行く前に言ったとおり、何人かの名前と顔は一致しましたわ……」

 まじかよ、そんな余裕なかったよ。

「利用できますわね」

 冷徹に笑う。変化する前は見たことのない顔で、僕は苦手な顔だった。

「アンナ先輩、」

「帰ったらどう話しましょう?」

「……あー、」

 単にSMプレイやりまくりましたじゃなあ。

「まあいいですわ……明日説明しましょう。今日は奥間君も疲れましたでしょう?」

「あ、はい、ものすごく」

「不破さんの状態は気になりますけど、明日は帰らなくては。……ふふふ、奥間君」

「は、はい」

「やっぱり、わたくし、“悪いこと”が好きなんですわ……とても、よかったんですの」

「…………」

「……清門荘についたら、起こしてくださいまし」

「はい」

 眠ってしまったアンナ先輩を見て、僕は気付いた。

 そういえばアナルパール入れっぱなしじゃなかったっけ?


書いてみたかっただけパート。なんかアンナ先輩のマンションとあんまり変わんないな。しいて言うなら、ボンテージ服のアンナ先輩は絶対最高です。



「何人か知っている人を見かけましたわ」

 帰った後、アンナ先輩はそう報告した。

 ちなみにアナルパールはやっぱり抜いてなくて、これは後で買取するらしい。

 不破さんと月見草は結局治らなくて清門荘専用の送迎者に乗せて帰ってもらってる。僕たちは今、電車の中だ。

「でも、そのこと誰にも言えねえんだぜ?」

「今は、ですわね」

「…………」

「綾女さんの心情的には反対のようですわね」

「秘密を握ってとか、そういうのはね。効果的なのはわかるんだけど」

「綾女さんらしいですわ」

「結局あのクソ親父の思惑がわからないままっていうのが悔しいっスね」

「わたくしを引き入れたいのでしょう」

「それと、乱交パーティーを見せられることに何の因果があるのかしら?」

「陥れたいのかもしれませんわね。わたくしを、とことんまで」

 若干鼓修理がばつの悪そうにつぶやく。

「うちのクソ親父がすみませんっス」

「鼓修理ちゃんは悪くないんですのよ。わたくし共の事情ですわ」

 妹に対するように、アンナ先輩は優しく笑った。

「闇堕ちしたアンナか、それはそれで絵になりそうじゃの」

 この人は、本当に何でも絵のモチーフにするな……。

「さあ、明日から学校よ。どちらも両立していきましょうね、奥間君」

「はい」

 ……これでいいんだよな?


ここから三月まで時間が飛ぶのですが、

せっかくなので掌編を一つか二つ。どちらも不破さん視点が入ります。


*アンナ先輩はゆとりからもらったアフターピルと、低用量ピルを現在は使用しています。


  1/16


 不破氷菓は科学者である。自分ではそう自負している。

 だが時に発明者と思われる節も多々ある。

 今回の依頼は――



「不破さん? ちょっと、ご相談がありますの」

 アンナ・錦ノ宮会長だった。化学部の部室にまで来るとは珍しい。

「どうしました? なにかありましたか?」

「ええ。ここ、人は来ないですわよね?」

「滅多に来ませんね。それで、どうしましたか?」

 なかなか用件を言い出さないのは珍しい。促すと、一枚の雑誌のコピーと思われる紙を取り出した。

「朱門温泉にあった、不健全雑誌のコピーの一部なのですけど……」

「ほう。拝見してよろしいのですか?」

「今はわたくしも《SOX》ですから」

 どういうわけか、この会長も《SOX》になってたらしい。その話はおいおい聞いていくとして、

「珍しいタイプの不健全雑誌ですね。グッズのカタログとは」

「そこに、トレーニングの話があるでしょう? それについて、相談したいんですの」

「ふむ」



『これで彼もあなたも快楽絶頂! レッツ膣トレ!!』



「《赤ちゃん穴》も排泄孔も、筋肉でできているので、トレーニングができるらしいですの。鍛えれば、わたくしも奥間君もさらに気持ちよくなれるらしいのですが……、鍛え方がわからないんですの……」

「会長は十分筋肉はあると思いますが」

 とはいえ興味深い話だった。この手の方向の知識は氷菓にはなかったからだ。

「まずはアンナ会長のク、おっといけない、CスポットやGのスポットの位置を測らせてくれますか?」

 カタログにある形を模倣することは難しくはない。ただこれは万人向けのものだ。せっかくだからアンナ会長にあった形にした方がいいだろう。

「え……、えっと、不破さんが、わたくしの局部に触るんですの?」

「いけませんか?」

「いえ……お願いしますわ」

 アンナ会長がスカートを下す。そしてショーツを脱ぐと、銀の陰毛に隠された性器が見えた。

 あくまでも無表情に、しかし興味津々に見つめる。以前は余裕がなくて見れなかったが、陰毛は銀なのか。手入れらしい手入れはしていないようだが、絡まったりせず纏まっている。

「そ、そんなに見つめないでくださいまし……恥ずかしいですわ……」

「失礼しました。触りますね」

 一気に大陰唇を広げる。「きゃ!?」クリトリスと膣口が見えた。ついでに愛の蜜がドバドバと落ちていくのも見えたが、これはいつものことだろう。

「あまりひくひくしないでくださいね」

「そ、そんなこと、言われたって……! ひん!」

 クリトリス、8mm、膣口までの長さ、約3.2cm

「測れましたよ」

 さすがに形状が特殊なためか、PMにも引っかからなかった。このまま3Dプリンターで型を作ってしまおう。



 作っている間に、もう一つ。

「排泄孔は、そうですね」

 カタログを見る。

「そもそも排泄孔は使ったことはありますか? 使ったならどの程度まで使いましたか?」

「……奥間君の突起物を……奥まで……」

「充分です、ありがとうございます。ならこの細いものを、せっかくなので20cmほどの長さと、1.5cmの連なりにして作ってみましょう」



 ガタンゴトンガタンゴトン



「できました。まず排泄孔から説明しましょう」

 排泄孔は傷つきやすいので、氷菓手作りのローションをかけ、「中に挿入れますね」「自、自分で入れますわ」アンナ会長が自分で、「んっ……」艶めかしい声を出しながら挿入れた。

 最後の部分は少しだけ大きく、2cmにして、さらにリングを付けている。

「どうですか?」

「……刺激は、あまり……」

「トレーニングですから刺激は念頭に置いていません。筋肉を絞っている意識はありますか?」

「ん、こうでしょうか? んん……!」

 ぎゅうと絞られるのが見えた。リングを引っ張る。

「きゃ!?」

 ずる、と抜けた。

「このように、抜けることがないようにするのが排泄孔のトレーニングです」

 そのまま挿入れなおす。抜き差しの感覚を得たようで、「ああ……!」愛の蜜がさらにドバドバとこぼれる。

「こちらも」

 クリトリスを覆う形状にトゲトゲをつけ、氷菓が指で確かめたGスポットの位置まで伸びる特殊な形状にしている。下の部分には排泄孔用のと同じ、リングがある。

「これは、Cの部分を広げて……このように装着します」

「ん、なんか、当たってないように思うのですけど……」

「締めれば当たるようにできています。締めてみてもらっていですか」

「あ、これ、中も、外も、両方、当たって、……!」

 ビクンビクン!とアンナ会長の腰が蠢いて、膣用と排泄孔用、両方のトレーニング器具が落ちた。

「まずは筋肉を締めるところを意識してみてください。会長ならすぐできるでしょう。明日、また来てください」

 まあそれ以上に、愛の蜜の処理の方が大変そうだが。

「これは……今までで一番辛いトレーニングになりそうですわ……」



「そんなものを作らせたんですか」

 アンナ先輩の家で、呆れて僕はそう言った。ちなみにいつもの天吊り状態で、僕はパンツ一枚の状態だ。

 そしてアンナ先輩は、そのトレーニング器具とやらを二つ着けているだけ状態で、

「それで、奥間君も頑張ってほしいことがありますの」

「……なんです…………っ――!?」

「これ。身に覚えがありますでしょう?」

 《鋼鉄の童貞》朱門温泉でもらってきた貞操帯だ。

 アンナ先輩が僕のパンツを剥ぐ。

「ちょ、ちょっと待ってください、先輩、それ……」

「10日、頑張りましょう? できますわよね?」

 アンナ先輩が優しい声で励ましながら、ビルドアップした僕の息子に1cm幅の革のベルトを付け、それだけでも射精できないのに《鋼鉄の童貞》を無理やりに付けた。

 これでもう、射精はおろか、勃起もできない状態になっている。

「ひ、ひ……う、あう」

 思わず漏れた苦しみの声も、アンナ先輩は恍惚のまなざしで聞いていた。

「ああ、愛に悶える声は、やはり素敵ですわね……! わたくしも耐えなければ……!」

 アンナ先輩はコツをつかんだのか、イッても落とさないようにはなっていた。ただ何度もイッているため、乳首が服にこすれるだけでイケてしまうようになっている。

 天吊り状態を解除された僕は、しかし不安しかなかった。

 鍵を見せびらかすようにひらひらと振りながら、しかしお互い10日間の地獄を我慢しなければならないのだ。



   *


「ふ、不破さん……いますの?」

 ぽたぽたと愛の蜜を垂らしながら、それでも内またで歩いてくるアンナ会長は、明らかに淫獣の目をしていた。

「一日で慣れましたか?」

「こ、コツは掴んだと思いますわ」

 そして奥間も射精管理されていることを知った。かわいそうに。

「エビ○スと亜鉛と整腸剤の組み合わせがいいらしいですよ。ドラッグストアで買えます」

「いいことを、聞きましたわ……うふふひっ」

「さて、診せていただけますか」

 前と後ろのリングを同時に引っ張る。「はあん!!」ビクンビクンと鼠径部を大きく振動させ、へなへなと倒れこんだ。

「……《赤ちゃん穴》に、指を入れてもいいですか?」

「え?」

「締りがいいか悪いかを判断するので。嫌ならば結構です」

「…………」



 浮気でないかどうかを判断しているのだろう。結果、浮気ではないと判断したらしい。

 氷菓はアンナ会長の《赤ちゃん穴》に指を一本、挿入れる。

「んん……」

「締めてください」

 ぎゅうと締まる。氷菓も自分で触ったことがあるが、それよりも格段に締りが良かった。

「充分じゃないでしょうか」

 快楽を与えるのが目的ではないので、すぐに抜く。

「奥間さんも幸せだと思いますよ」

「……限界まで挑戦したいんですの」

「……ふむ」

 床に落ちてしまったので、いったん、器具を水で洗ってから、もう一度挿入れなおす。「はふん……!」

「このリングに重りを付けます。少し、リングを引っ張りますね」

 くい、くい、

「ああん!」

「結構です。まずは、アンナ会長なら……」

 250gと350gの重りを、取り出し、250gの方を前に、350gの方を後ろに着ける。

「負荷は、確かに、大きい方が、筋力トレーニングには、なりますが……!」

 一気に重くなったので、辛そうだ。

「これを一週間、頑張ってみてください」

「い、一週間!? い、一週間もなんて、あああん!」

 ビクンビクンと痙攣した途端、ゴトンと落ちた。

「やり直しですね」

「はふ……!」


   *


 アンナ先輩に三つの瓶を渡された。これを毎日決まった量飲まないといけないらしい。

 おそらく精液を作るための材料だろう。これを飲み続けるだけでも理論上は5日で満杯にはなるのに、

「あん、ああん……!!」

 ビクンビクンとし続けるアンナ先輩を見続けても、勃起すら許されない。アンナ先輩は外でも学校でも(!)つけているらしく、その時は気を付けてはいるそうだが、やはりもじもじしてるらしい。そりゃそうだ。

「奥間君、これ、食べてくださいまし……!」

「…………」

 うん、これが美味しいことは知ってる。アンナ先輩の作る料理は僕とつながるようになってからは異物混入しなくなったし。

 だけど、明らかに滋養強壮を目的としているというか、これ朱門温泉秘伝のレシピじゃなかったのかよ。

 もうやけになってがつがつと食べる。お腹の底の方が熱い気がする。薬も飲む。

 アンナ先輩と一緒のベッドで、それぞれ器具以外は外して、裸で就寝、できるか!!とツッコミたい。

 もう僕のムラムラは、2日目で限界に来ていた。



 8日が経った。どうなっているだろう。

「あ、ああああんん!!」

 指への締まりが明らかに良くなっていた。奥も排泄孔もそうだろう。

「……400gと500g、一気に増やしてみますか?」

「あ、う、おねがいしますわ……ああ、これ、重いんですの!! お、お、あ、し、締めなくては……!!」

 さすがにきついらしく、イケばすぐにでも抜け落ちそうだ。

「奥間さんの様子はどうですか?」

「あ、ああああんん!!」

 ビクンビクン! ゴトンゴトン!

「あ、接吻しかしていませんの!! ああ奥間君の臭い、濃くなって、ああ、あと12日、わたくしの方が持つかどうか……!!」

 最初は10日と言っていたような気もするが、まあいいだろう。

「ふ、ふひひひひ!」

「…………」



 約束の、10日。

 滋養強壮にいいものばかり食べさせられて、帰ってきたら発情しっぱなしのアンナ先輩の隣にいて、僕はとうに限界だった。

「は、外してください! お願いします!」

「んー……、ふふ、やっぱりやめましたわ」

「え……?」

「ああ、いいですわね、その絶望の顔……!! ふふふふひ!!」

 気づいた。アンナ先輩は最初から10日で解放する気なんてさらさらなかったのだ。

「お、お願いします! は、外して、何でもする、します! だから、お願いします!!」

「……そうですわね、じゃあ」

 アンナ先輩が愛の蜜だらだら状態でM字開脚をする。器具だけが入った状態で、あとは裸の、最近の夜の状態だ。

「まずは、わたくしの器具を、両方抜いてくださいまし……口だけで」

「は、はい……!」

 リングがついているからそこを噛む。「!?」重た!? え、こんなの付けて毎日平然とした顔で学校行ってたの?

「ん……!」

 ずる、と前の器具が抜ける。後ろも同じくリング部分を歯で噛んで引っ張る。

「あああああん……!」

 びくん! と痙攣した。最近のアンナ先輩はイキっぱなしなのでこれがイッたのかはわからないけど。

「じゃあ、その指で、手で、口で、私の胸部や局部をこねくり回してくださいまし……!」

 口で愛の蜜を直接啜る。排泄孔に指を入れ、かぎ状に動かす。胸部を揉みしだく。

「はああああああああんんん!!! あ、あ、あ、指、入れてくださいまし……!!!」

 声も何もかもが全部が僕の五感全てを刺激する。もう僕は限界のところを綱渡りさせられている。

 痛い。勃起できない! いや、嫌だ、辛い!! 助けて、

「助けて、アンナ先輩、これはずしてぇぇえぇ!!」



「だーめ、ですわ」



 アンナ先輩が僕の貞操帯からはみ出た睾丸を揉む。より強く精子と精漿が掻き混ざり、精液が作られていく。

 思わずアンナ先輩の手首を握って外そうとするけど、力比べでアンナ先輩に勝てるわけがなかった。

 逆の僕の手を自分の《赤ちゃん穴》に誘導する。自然と中指と薬指を入れてしまう。

「!?」

 締まりが凄い。凄まじい。でも硬いわけじゃなく、ざらざらとした部分がちょうどいい弾力で跳ね返ってきて心地いい。

 ああ、いれたい、いれたい、いれたい!!

「あ、あ、あ、あああああん!!」

 潮を吹き、アンナ先輩は何回目か数えるのを忘れるほど、イッた。

 ――結局、鍵を開けてくれないまま。


「今日が、最終日ですか」

「ありがとうございます。いい経験になりましたわ」

 20日目。アンナ会長は今日は器具を嵌めてなかった。

 筋肉には休む時間も必要だという。柔道の経験もあるアンナ会長がそういうのならそちらの知識の方が正確だろう。

「わたしも今回はいいデータが取れました」

「ふふふ、今日は特に楽しみですわ……!」

「まあ、愛を育んでください。奥間さんが壊れない程度に」



   *



 僕はアンナ先輩が帰ってくるのをひたすら待っていた。

 かちゃ……

「!!」

「ただいまですわ。……ふふ。もうすでに裸だなんて……」

「あ、アンナ先輩、僕、本当に、もうだめで……!!」

「20日間。よく頑張りましたわ……奥間君」

 《鋼鉄の童貞》を外してくれた!

 ボン、と爆発するように、息子が天にそびえ立つ。

「ふわあ、いい匂い……!!」

「せ、先輩、最後まで、お願いします!!」

 最後の根元のベルトが、外してくれない。これがなければ射精できるのに!!

「さあ、仰向けになって……奥間君」

「あ、あ、」

 逆らうこともできず、ほんの少し押されただけで僕はベッドに仰向けになる。

「我慢のお汁が凄いですわね……! パンパンですわ。これが、わたくしの中に入るかと思うと……!」

「ひっ! お願い、止めて、先輩の、先輩の中、気持ちいいこと僕知ってるから!!」

「ああ、嬉しいですわ!! でも、まずはこっちから……!」

 SMパーティーから持って帰ったアナルパールを挿入れるように要求された。

 ズチュ、ツルン、ズルズルルル!

「ああ……、後ろが、いい感じに……!! さあ、本番といきましょうね……」

「アンナ先輩、お願い、ベルト外して!!」



 ズ、ズチュ、チュ、ズ、ズ……



「アンナ先輩、い、一気に入れて、このベルト外して!! ああ、締まりが! 前と全然違います!!」



「ああ、その表情、狂いかけのその表情、素敵ですわ……! くす、動きますわよ」

 ズ、ズ、ズ、ズ、ズチュ……

「あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、」

 アンナ先輩はわざとゆっくり動いている。その代わり締め付けがぎゅうぎゅうと本当にすごかった。ちんこもげそうになるぐらい凄い。

 だからこそ、この膣内に出したい!!

「ああ、この20日間、奥間君がどうなるか、ずっとずっと楽しみでしたのよ……! その表情、本当に素敵ですわ……!」



 このまま狂わせたいぐらい可愛い――



「ああ、でも狂ってしまったら、色々これからが困りますものね。わたくしもどれくらい溜まったかが楽しみですし、外しますわ……その前に」

 ま、まだ……何かあるのか?

「奥間君が愛しているのは誰ですの?」

「あ、あ、あ、アンナ先輩、です」

「聞こえませんわ。もっと大きな声で」

「アンナ先輩です!!」

「いいですわ、いきますわよ!!」

 根元が、ぶつん、と外れる音がした。


 ズンズンズンズン!!


「う、」

 ズ、

「うわあああああ……………!!!!!」



 ズチュウウウウウウウ、ズチュウウウウウウ、ブチュウウウウウ



 まるで尿道口が裂けるような、射精感の時間と感覚を引き延ばしたような、押し出す感じ。

 身体中全ての血液が精液になったのかと勘違いするほど、僕の息子に力が集まる。

 それでも一回力を込めただけではイキきれずに、二回、三回と力を込めて、ゼリーを通り越して半分固体状になった精液を押し出した。

 この世の射精感をすべて集めたような、凄まじい快感だった。

「あん、どろどろですわ、ん」

 膣内に入りきらなかった分を、指ですくってアンナ先輩が舐める。

「ふわあああん……!!」

 ぎゅうううううと半固体の精液が搾られる。
 
「また、また、またイキます!!」

「いいですわよ、何度でも、何度でも……!! 今夜は愛の蜜を搾りつくしますわよ!!」

 一回目ほどではないけど濃い射精感の予兆に、僕とアンナ先輩は震えた。

 僕は動けない。アンナ先輩が搾り取る快感をただ享受するだけの存在になり下がった。

 ただアンナ先輩だけがそれを悦ぶように、舌が僕の耳を舐めた。

 僕の排泄孔にアンナ先輩の指が入っても、もう抵抗する気力は残っていなかった。



 あ、あ、あ、おおおおおお、ふわあん、ひゃん、いぎやああああ、おおおおおお!!!



射精管理はアンナ先輩の判断により特別な月にのみ行われるようになったとさ。誕生月とか。どっとはらい。

バレンタインデーも書きたいなあ。

次回予告っぽいもの


    *


三月に入り、アンナ先輩に迫る「転校」の文字。

錦ノ宮夫婦に迫る、「離婚」の文字。

そしていまだに捨てきれない、狸吉の華城先輩への思い――

そして《SOX》としてのアンナの活躍はいかに!?


 こうご期待!

…………

おっきした人いたら挙手!ノ

えへへ、ありがとうございます。
番外編、行きます!


 2/13


 明日はバレンタインデーである。

 濡衣ゆとりはもちろん本命なんて渡せなかった。

「奥間君は苦いのと甘いの、どちらが好きですの?」

 人前では清楚で可憐にしか見えないアンナは、袖口を掴んで小首をかしげて聞いてくる。ここ《SOX》のアジトなんだけど。

「ビター……どっちかっていうとホワイトの方が好きですかね」

「え、精液? 精液好きなのって珍しい男ね! やっぱりBL……」

「違っげえよ、どう考えても明日のことだろうよ!!」

「こういうことには目ざといんじゃの」

「最近はイベントがないっスからね」

 第三次ベビーブームが来て、特別やることがなくなった。今はまだ『安心確実妊娠セット!』を配れていない都市に配布する段階だ。

「…………」

「…………」

 綾女とゆとりの様子を見て、はあ、と困ったように微笑するアンナは、しょうがない、とでもいうように。

「奥間君、これから女性同士のナイショの話があるんですの。すみませんが、席を外してくださる?」

「あ、はい。じゃあ晩御飯何がいいですか?」

「材料は大体あると思うので、お任せしますわ」

 今、アンナと狸吉は同居している。

 ゆとりはそれに、イライラしていない、とは言えなかった。

 今、すごく中途半端な位置にあるのに、二人はそれについて何も考えていないように思えて。

 そんなアンナは、ゆとりを見る。優しい笑みだったが条件反射的に体が強張る。

「ゆとりさんは優しいんですのね」

「え? えっと、そうなのか? だぜ?」

「以前の、変わる前のわたくしなら気付かなかったでしょうが。綾女さん、ゆとりさん」

 にこっと、聖女の笑みで。



「二人とも、奥間君のこと、好きですわね?」



 ブォフ!と飲んでたコーヒーを二人同時に吹いた。同時に鼓修理はさっと地階の方に逃げ、デバガメ画家は面白そうにカウンターから見ている。

「えっと、私達はその、えっと、好きと言ってもそれは」

「男女の仲としての好きでしょう? できるならば、わたくしの位置を望みたいでしょう?」

 いやそれはない。もう少し普通がいい、とは言い出せなかった。

 血に飢えた獣の目になってきている。



「不戦勝でいいんですの? わたくしと奥間君は確かに愛し合っていますけど、今は外的要因で引き離される可能性も高いんですのよ? その隙を狙わないんですの?」

「…………」

「…………」

「だから、言ったんですの。優しいんですのね、ゆとりさんも、綾女さんも」

 言葉とは裏腹に、女王のような、不遜な目で。

「勿論、わたくしは引き離されるつもりはありませんわ。そのつもりで準備もしていますもの」

「準備って?」

「貯金を投資で増やしています。今で1000万円ほどでしょうか。あと二倍か三倍にはして、マンションが一括で買えるぐらいがいいですわね」

 コイツ本気で何ができないんだよ……。

「ですが、わたくしもわかりますの。愛が受け入れられていない時、わたくしは熱暴走を起こしそうでしたわ」

 聞いたことがある。起こしそうではなくほとんど起こしていたらしいと綾女から聞いていた。

「告白の機会ぐらいは、与えてもいいかもしれない。そんな気分になっているんですの。そしてそのうえで奥間君がわたくしを選んだら」

 ゾクゾクゾク!と寒気がする。暴雪と獣の気配が混在して、背筋を這いまわる。

「それは愛の証明ですの。違うんですの?」

「……アンナにしては優しいじゃない」

「あら、自分が選んだ男性がモテること自体は、嬉しいことだと思いませんの? それに、奥間君が他の女性を選ぶなんてこと、万に一つもあり得ませんわ」

 つまりこれは。

 アンナにとっては、ゲームの一つに過ぎないのだ。

「~~~~! やってやらあ!」

「ちょ、ゆとり!」

「ホワイトチョコが好きらしいですわよ」

「聞いてらぁ!!」

「ちょ、ゆとり、口調がおかしいわよ!?」

 挑戦を受けるように、あるいは逃げるように、喫茶店を後にした。

 その後ろを、綾女が追いかけてくる気配を感じたまま。



(あわわわわわ……)

 場合によってはゆとりもしくは綾女が殺される。ゆとりはともかく綾女様が殺されるのは何としてでも避けたい。

 それが鼓修理の本音だった。

「お、お姉ちゃん?」

「なんですの、鼓修理ちゃんもお義兄ちゃんにチョコレート作りますの?」

「いや、作らないっス。もしお姉ちゃんが選ばれなくて、他の人が選ばれたらどうするの?」

「……何も」

「え?」

「嫉妬に任せて殺すのも面白そうではありますわ。ですがそれじゃ、――足りないんですの、きっと」

(あわわわわわ……!!)

「わたくしは我慢を覚えなくてはならなくて……ん、あ、」

 くちゅくちゅとスカートの中から音がしてきた……。

「ですから、奥間君の選択に従いますわ」

「…………」

「……ごめんなさい、変な話を聞かせましたわね」

「いや、その、鼓修理は大丈夫っスけど……お義兄ちゃんがアンナお義姉ちゃんを選ばなかったら?」

「わたくしは一度ならず、何度も間違えています」

「?」

 話が飛んでよくわからない。

「ですが、その間違いをすべて受け入れてくれると言ってくれたのが、奥間君なのですわ」

「……そう……」

「ですから、大丈夫。それに、本気で殺したりはしない、多分、きっと、おそらくは……んん……!!」

 ビクンビクンと腰が跳ねた。カップの取っ手がこするように握り潰された。

「……すみません、今日は18時まで警察署で特別講習があるので、そろそろ行かなくては。それでは」

 特別講習って確か、12月に行ったのと同じアンナを模擬犯人にした実践訓練だったか。



『知識さえあれば間違えなかった』



 アンナはそう信じている。それはある程度は正しいとは思う。

 けど、鼓修理が見る限り、アンナにはそういう素質があったとしか、どうしても思えない。性と破壊に悦びを見出す獣と、周囲に服従を強いる暴雪の女王の二つの素質は、どこに行き着くのだろうか。

 それをどう、あのクソ親父が見ているのかも、不安で仕方なかった。



「ふう」

 やはりお義母様との対戦は楽しい。もっとルール無用だったらいいのだけど、それでは遊びとしても面白くない。

 そう、今のアンナにとって、奥間の言葉以外はすべてが遊びだった。もっと言うならどうでもいいことだった。

 法律も倫理も親の言葉も、すべてがどうでもいい。愛さえあれば、奥間君さえいれば、他はどうでもいい。

 でもそれだと奥間君の負担もかかる。だから適度に息抜きを入れるよう、できる限り努力していた。この警察の特別講習もその一つだ。

「バレンタインデー×2月!!」

「? ああ、《羅武マシーン》さん」

 正直こういう二重スパイも、嫌いじゃない。比重は今でこそ《SOX》に傾いてはいる。けど条件次第では自分は裏切るだろうとも思っている。

 それが奥間君のためになるなら、自分の欲望をかなえるためなら。

「何か御用でしょうか?」

 《羅武マシーン》はスーツを着て、一見そこらのキャリアウーマンといった感じだ。

 並ぶと《羅武マシーン》が録音機器の類を持っていることもあって、マスコミ関係者とインタビューされる側にしか見えない。

「定期報告はしているはずですけど」

 《雪原の青》がチェックした内容を送っているので《SOX》には害にもならない程度のものだが。

「慶介さんは足りないと仰っています。……離婚×結婚」

「今は《SOX》も活動を抑えていますから、これ以上を言われても……」

「何故抑えているのでしょうか? アイスボーン×溶岩」

「わたくしの存在でしょうね。大胆な行動に出るには、わたくしが信用されていないのですわ。それと単純な、情報不足……。!」

「何か思いついたようですね? アンナ×狸吉」

「ええ、思いつきましたわ。それが実現可能かはわかりませんので今は言えませんが」

「ぜひそれを――」

 暗がりに《羅武マシーン》を引きずり込み、喉を舐め上げる。胸部を握りしめ、腿と腿で《羅武マシーン》の腿を挟み、相手の動きを封じる。

「ひっ……!」

「《羅武マシーン》さん。わたくし、決してあなたのこと、慶介さんのことが嫌いなわけではありませんわ。

 だからこそ、申し上げますの。わたくしを、《SOX》を、《育成法》に潰れそうな子供たちを、甘く見てはいけない、と」

 もう一度喉を舐め上げる。今度は少し噛んでみた。薄く化粧が塗られているため、味が美味しくない。やっぱり奥間君がいい。

「あ、あ、化、け物……!」

「最近では聞き慣れましたわ……《育成法》はわたくしのような“化け物”を量産する法律ですのよ」

 暴雪の気配を吹雪かせる。

「壊しますわ。何もかも。まずは父母を、そして《育成法》を。わたくしの目的はあくまでそれだと、慶介さんによろしくお伝えくださいまし」

 暴雪の気配を消し、無垢な子供の笑みで《羅武マシーン》を離す。咳き込んでいるため背中をさする。

「両親はきっと離婚するでしょうね。まあ書類の関係があるので別居かもしれませんが。父が母のデモを許していませんから。母も折れることはないでしょうし。わたくしは一応母についていくつもりですわ。まあ両親次第ですが」

 これは《SOX》の連中にも言っていない、いわば錦ノ宮家の秘密だった。それを《羅武マシーン》は言外に理解したようで、

「わかり、ました。B×P」

「ごめんなさいね、少しはしゃぎすぎましたわ。ではまた」

 アンナは去って行った。《羅武マシーン》がポツリと漏らす。

「あの子は《育成法》の正負両方の象徴……その象徴が《育成法》を壊したら、いったいどうなるのでしょうか……?」

 初めて独り言で掛け算を使わずに一息に話すと、立ち上がって慶介に報告を試みた。


「鼓修理助けてくれ、お前料理あたしよりできるだろ!?」

『いやっス! 修羅場に飛び込んだゆとりがバカっスよ、なんでいちいち相手の挑発に乗るんスか!?』

「乗らざるを得ないだろ! あれは!」

『勝っても負けても地獄じゃないっスか!』

「いや、そうだけどさ……」

 途端にゆとりのトーンが落ちた。

「あの化け物女と思ってたアンナが、気付いてたとは思わなくてさ……綾女やあたしのことに」

 もじもじと、言葉を何とか紡ぎだす。

「ああでも言われないと勝負に乗らないだろうし、負けたら負けたで……気持ちに見限り付けれるかなって気もする……んだぜ」

『はあ、本当にバカっス。綾女様もたいがいですけど』

「え」

『喫茶店にいるっスよ。材料持ってくるならマスターが教えてくれるって』

 PMを切るのも忘れて、材料を片手に家を飛び出した。


   *


「何よ、まな板」

「言うに事欠いてそれはないんだぜ!?」

「まあ平等性ということでいいんじゃないのかの。アンナの料理の腕は皆認めるところじゃろ?」

「異物混入がなければね……」

「あの、マスター、その」

「はい」

「……教えてほしい、んだぜ、です」

「メニューは決まっていますか?」

 ぶんぶんと頭を横に振る。料理自体はともかく、そういったことが全然できないのがゆとりだった。

 綾女は既に決まって湯銭でチョコを溶かしている。白くどろどろとした、ダメだ思考を犯されている。

「初心者でもできるものをお願いだぜ……」

「じゃあとりあえず、湯煎しましょうか」


 2/14


 学校帰りに華城先輩とアンナ先輩から大事なようがあると言われ、喫茶店に来てみれば。

「「「…………」」」

 余裕の表情のアンナ先輩に、断崖絶壁状態の華城先輩とゆとりだった。

「今日はチョコレート対決ですの。匿名で三つ、一番おいしいものを選ばれた人が勝ちですわ」

 アンナ先輩を選ばないと全員が死ぬ奴じゃないですかーやだー。

「ではまずこれから」

 ちょ、マスター待って、心の準備が、

「……おお……」

 なんだろう、紗々っていうお菓子をハイヒール状にしたっていえばわかる? 白と黒の斜めの線でできたハイヒールだ。正直、食べるのがもったいない。

「次です」

 シフォンケーキだった。普通においしそうだ。

「最後です」

「…………」

 チロルチョコだった。

「最後なんだよこれ!」

「いいから全部食べなさい。あ、ザーメンっぽくて無理なわけ?」

「昨日と同じネタは通用しませんよ、いただきます!」

 ハイヒールチョコを食べる。うん、普通にチョコだ。パリパリした触感も行ける。

 シフォンケーキを食べる。甘い。でも作り手の温もりが伝わる気がする。

 チロルチョコは一口で放り込んだ。

「うーん」

 答えは二択なんだろうな。





下3レスで

ハイヒールチョコなら1
シフォンケーキなら2

多い方でちょっとだけルートが変わります。

あ、決まりましたね!
書いていきたいと思います。


「このハイヒールのチョコが、見た目も綺麗でかわいいなって思います」

 悩んでもどうにもならないので、素直に直感で答える。――誰だ、これは?

「私よ」

「え、華城、先輩……」

 それじゃ、この、シフォンケーキが……

「……あたしだぜ……」

 おおい!?

「昨日は忙しくて作る時間がありませんでしたの」

 いやアンナ先輩なら規制品でももっといいやつ買うんじゃないの? どういうこと!?

「お二人、奥間君のことが本当に好きみたいですから、チャンスをあげようと思いまして」

 え? え?

「ほら、綾女さん」

「う、うー、ち、ちんぽ! ま○こ!」

「もう、脇をくすぐりますわよ。えい、えい」

「きゃ、だからそこは第五の性感帯だって!! わ、わかったわよ、言うわよ」




「すすすす、す、好きよ。言わされてるとかじゃなくて、本当に……好きで……」




「でも」、と悲しそうに。

「アンナに勝てるわけ、ないもの」

 それが本心かはわからなかった。

 ただ、僕は。僕は、いったい、何を、どうすれば、

「…………華城先輩、僕は……ゆとりも、ありがとう。だけど……」




「アンナ先輩を変えたのは僕だから。だからアンナ先輩からじゃない限り、僕からは離れないつもりで……いる……」




 勝手に言葉を紡いでいた。

 いたたまれなくなってきた。二人とも、本当に泣きそうだったから。

 それをアンナ先輩が、嫉妬でも殺意でもなく、真剣に見ていたから。

「奥間君は、……まあいいですわ」

 何かを言いたそうにしているアンナ先輩は、別のことを話し始めた。




「綾女さんは『恋愛は自由』と言いますが、さすがにこの状態はわたくしの心が持たないので」

 くるんくるん、とケーキを切り分けるナイフを回す。あわわわわわわ、嫉妬心が持たなかったか。二人もぞーっとした顔をしている。

「わたくしが無理矢理この場を作りましたの。もしわたくしが振られていたら……どうしていたでしょうね」

 確実に監禁からの拷問コースですね、わかります。

「でも、奥間君は……わたくしのことを……」

 少しだけ、アンナ先輩は寂しそうだった。

 理由がわからず、「アンナ先輩……?」思わず呼びかけると、

「お二人とも、納得を今すぐしろというのは難しいでしょうが、今はこれでよろしいでしょうか?」

「アンナにしては強引ね」

 常に強引だった記憶しかないけど、華城先輩は変わる前のアンナ先輩を一番よく知っているから、きっとそうなのだろう。

「実はわたくし、4月を以って転校するかもしれませんの」

「え?」

「なんだよそれ?」

「首都に戻って来いと、両親がうるさくて」

 面倒そうだった。今のアンナ先輩にとって僕だけでいい世界ならば、両親の心配も偽善も保身もすべてが煩わしいものでしかないんだろう。

「それで、昨日奥間君のお義母様には了承を得たのですけど」

 やっと、アンナ先輩を視線が合った。ある種の決意めいたものがある、そんな感じの。

「来月、私とお義母様と一緒に、首都に行ってくれません? 両親も交えて、5人で話したいんですの」




「――――」




「狸吉!? 狸吉、しっかりしなさい!!」

「これは、その、きついぜ……?」

「結婚には反対していますが、必ずしも両親の許可は必要ないんですのよ?」

「大変! 狸吉が泡を吹き始めているわ!!」

「ちょ、アンナは黙ってろ、それ世間一般ではきついから、めっちゃきついから!!」

 ――三月まであと半月。

 しっちゃかめっちゃかな三月になりそうだった。




  3/14



 僕は三人に平等にお返しすると(アンナ先輩は余裕の表情だったのでいいのだろう、多分)二人とも一応は感謝してくれた。よかった。

 今日は卒業式。アンナ先輩が送辞を述べる。

 生徒会は今まで大忙しだった。轟力先輩の代わりの人材となると、あの人ああ見えて頭よく事務能力が高いので、代わりの人材となると全く持って困る。

 轟力先輩は号泣しながらアンナ先輩から花束を受け取ると、その日は旧三年生は解散となった。午後からは新しい三年生であるアンナ先輩と華城先輩が引き続き役職を担当する――と思いきや。

「わたしに生徒会長のオファーが来るとは、世も末ですね」

「ごめん、不破さんぐらいしかいないんだ」

「メリットがありません、お断りします」

 アンナ先輩みたいにずば抜けた能力を持った人なら、一年からでも生徒会長というのは務められるのだけど、基本は二年生から選ぶものであって、今年もそれに倣った形だ。

 本来ならアンナ先輩は推薦で一番いい大学を受けるため、受験には余裕があるはずなのだが、

「わたくし、首都に戻って転校するかもしれませんの」

 アンナ先輩が僕の言葉を引き継いだ。

「実務能力と生徒の人気、両方を持っているのは不破さんぐらいとみています」

「それはどうも」

「はあ。アンナ、やっぱり言っちゃう? ってかアンナは言ってるんだっけ?」

「ええ、わたくしが《SOX》の一員であることは話しましたわ」

「生徒会長を引き受ければ《SOX》に入れてもらえるとでも?」

 アンナ先輩と、そして華城先輩がにっこり笑った。

「その通りよ《蟲毒試験管》(ちゅうかんのおんな)!」

 《雪原の青》モードの華城先輩に、僕もパンツを被る。アンナ先輩も僕のトランクスを被り、華城先輩も三つ編みをほどきパンツを被った。

「……やっと話してくれましたか」

 まあ気付いているだろうな。陰毛一本からでも不破さんなら気付きそうだ。

「それで、その名前は何ですか?」

「え? 虫大好きっ娘でしょ? いい名前だと思うんだけど」

「サンプルに虫しか取れなかっただけで、別にハエちゃんたちが特別好きというわけでは」

「ちゃんを付けている時点で語るに落ちてるよ、不破さん」

「まあいいでしょう。そういうことならば引き受けます。ところで気になっているのですが、アンナ会長が転校、ですか?」

「まだ決まっていませんけども。明日、奥間君と奥間君のお義母様と一緒に、首都にあるわたくしの実家に話し合いに行く予定ですわ」

「…………」

 胃の痛い問題を思い出してしまった。でも避けては通れないことなのだ。排泄孔が裂けてはいけないけどね!

「その結果次第では、わたくしは首都に戻らなければなりませんの」




「ずいぶん急ですね。というよりは、アンナ会長がごねてると言った方が早いのでしょうか?」

「当たり前ですわ。……奥間君と引き離そうなんて、絶対に許されませんの」

 目には両親への殺意があった。この人、両親でも殺す気でいるよう。

「僕の母さんは、まあ仲介役というか。僕がまだ未成年だしね」

 ソフィアもアンナ先輩並みに体力お化けらしいし、母娘が喧嘩(物理)を始めたら止められるのが母さんしかいない。

「…………大変ですね」

 それしか言えないよねー。

「ところで不破さんはサイバー端末に詳しいですの?」

 唐突な切り替えに、「まあ普通の人よりは」と言葉を濁した。



「この機会に、父と母のサイバー端末から情報を盗もうと思っていますの」



「……なるほど、それは……」

 アンナ先輩の考えは華城先輩にも知らされてなかったらしく、深く頷いていた。

 今は家にあるのは昔のPCと違ったサイバー端末が主流となっている。企業だとそうでもないのが日本らしい。

「パスワードはわからないのですね?」

 アンナ先輩は頷いた。

「確かサイバー端末に詳しい友人が、ハッキング用のメモリ端末を開発していたように思います。出発はいつですか?」

「ぎりぎりまで延ばして、14時ごろでしょうか」

「今、連絡を取りました。今日の深夜、何時になっても構いませんか?」

「ええ、大丈夫ですわ」

「わかりました。できる限り急ぎますが、都市が遠いので時間がかかる可能性が高いです。設定も必要なはずですし、あとを残さないようにするプログラムも書いてもらわないと……」

「これはあくまでお願いですが、この機を逃したらわたくしも第一精麗都市と首都の行き来ができなくなるかもしれないので」

「善処します。連絡は取りましたので、今からその人物のところに行ってきます。《SOX》の件についても理解ある人ですから、ご心配なく」

「私も行くわ。場合によっては《SOX》の依頼という名目が必要になるかもしれないから」

「……わかりました。早速大忙しですね」

「じゃあ今日はこれで私と《蟲毒試験管》とは早退するわ。アンナと狸吉、お願いね」

 ……この書類の量、全部やるのか……。

 華城先輩とアンナ先輩、僕はパンツを脱ぐと、急いでそれぞれの仕事にとりかかった。


こ、これで国会図書館とかセクシャリティー・ノーとかに触れられる! ようになりました!

《蟲毒試験管》の二つ名、自分は一発で思いついたのですが、つまり私は好きです。

9巻の初めに「不破さん自身、支持率が高い」と公式に設定されているのです。なので私の設定ではないのですが、デモとかいろいろ指揮していたのでカリスマ性はあると思います。

ところで皆さん、狸吉の態度についてはどう思います?
アンナ先輩にかまけて華城先輩たちを無視しているように見えるか、それとも別の見方をしているのか、よければ教えてください



「間に合いますかね」

「何を気にしている、狸吉」

「いや、友達がさ、見送りに来てくれるってさ」

 今13:32。チケットは14:01。

 首都に入ると前歴(未成年者の前科のようなもの。不破さんには条例違反がある)を調べられることもあるため、首都に直接送ってもらうのは微妙だ。

 今ここで受け取れるのがベストなんだけど。男と女がイくのが同時であるのがベストであるように。

「あ、来ましたわ」

 不破さんが珍しく(なんとなく運動しているイメージがない)走ってくる。

「説明書というほどではありませんが、使い方はこの中に」

 紙袋を渡すと、さっさと帰って行った。

「……淡白だな」

「まあ不破さんはそういう人だよ」

 行動自体はアクティブな人なんだけどな。隈がいつもより3割増しだったし、徹夜したに違いない。感謝しないと。

「まあいい。用事が済んだならホームへ行くぞ」

 そして新幹線を待つ。

 僕にとっては久しぶりの首都だった。



 奥間善十郎、僕の父はテロリストとしての悪名が名高いが、その前は何と国会議員をやっていたのである。今でも信じられない。

 まあそうじゃなきゃテロリストとなってからじゃ善導課主任の母さんと結婚するには遅いわな。

 そんなわけで首都に生まれてから10年ほど、滞在していたことがある。母さんが首都浄化作戦に参加したり、僕とアンナ先輩が出会ったのもその時だ。

 まあ、そっからは風紀優良校最底辺の地域に、母さんいわく『左遷』させられたんだけどね。

 母さんだけ通路を挟んだ離れた席に座っている。アンナ先輩は窓側だ。

 母さんは眠っている。夜のことを考えると、今は休ませておこう。

「それで、なんて書いてありましたの?」

 不破さんの袋が気になるらしい。僕も気になるので開けてみてみる。

 見ると、メモリ式カードが二枚、入っていた。

『これをサイバー端末に刺せば、あとは自動で全てやってくれます』

 ひどくお手軽だな、おい。追伸、なんだ?

『メモリ式カード×サイバー端末で早乙女先輩がBLを考えてくれるそうです』

「…………」

「……わたくし、この概念がよくわからないんですの」

「アンナ先輩が腐ったらこの世の終わりです……!」

 僕の排泄孔が犯されるのはアンナ先輩の指だけでいいんです。よくはないけどそういうことにしておかないと仕方ないことって結構ある。

「奥間君にとって、首都はどんなイメージですの?」

「んー、あんまり覚えてないというか。父さんと一緒に卑猥なことしかやってなかった記憶しかないですね」

「好きだったんですね、お義父様のこと」

「そうですね。ヒーローでした。逮捕された時は荒れた、ってこの話前もしましたよね」

 横目で眠っている母さんを見る。

「母さんも、今は厳しいイメージしかないですけど。中学に上がってアンナ先輩みたいになりたいって言いだすまでは、もう少し優しかったですよ」

 そのあと軍隊並に厳しくなったんだけどね。

「……わたくしは……悪人の素性を、考えたことがありませんでしたわ。悪は悪、正義は正義だと、社会の規範に則った形での基準でしか考えられない人間でしたの」

 奥間君も知っての通り、とどこか自嘲的に話す。

「でもきっと、わたくしが捕まえてきた“悪”には、いろんなものが詰め込まれていたのでしょうね」

 奥間君、ともう一度、囁くように。

「“悪いこと”は“楽しいこと”でもありますわ。卑猥は、楽しいし、気持ちいいこと……。だからこそ守らなければならない女性や子供などの弱者もいるでしょう。でも」

 全てを切り離す《育成法》は、間違っていますの。

「奥間君は、《育成法》の撤廃を、手伝ってくれますか?」

「……はい」

 自信を持って言える。きっと華城先輩も頷くはずだ。

 アンナ先輩が《SOX》にやっと入ったような、気がした。


今日はここまでー
アンナ先輩が逆レに成功していたらのIFから始まった物語なので、ある意味アンナ先輩はラスボスですね。
アンナ先輩がどういう変遷を遂げるかという感じ。まあ趣味がかなり入ってるんで、何故か狸吉とはSMの関係になってる感がありますけど、そこはほら、二次創作なので気にしすぎないでください。

たぬきちはアンナ先輩の二面性に気づいているのだろうか
そこらへん、僕のせいって考えてるっぽいけど、ゆとりやこすりは元から持ってたって思ってるし
華城先輩は描写少ないからわからんが、たぬきちよりかな
個人的には優しさを犠牲に羽化してしまってると思うな、つまり手遅れ



 アンナ先輩の実家はタワマンの一層を買い切ったものだった。すげえ。

 ソフィアは最後に会った時とは比べ物にならないほど憔悴していた。

「どうも、お邪魔します……」

「入ってください。何もないところですが」

 もちろん謙遜で、シンプルながら調度品は品よく並んでいた。アンナ先輩のマンションと、このあたり似ているなと思う。

「貴様の夫はまだなのか?」

「まーくんは少し遅れるそうです」

 本当に祠影をまーくん呼びしてるよソフィア!!

「お茶を飲みますか?」

「いただこう」

「わたくしも」

「……僕も」

 ソフィアが憔悴ぶりとは裏腹に手際よく紅茶を淹れていく。

(アンナ先輩は手伝わないんですか?)

(今回はお客とホストの関係ですから)

(?)

(招いた者が、お客をもてなすのは当然ですわ)

 金持ちの感覚ってなんか違うなって思った。

「どうぞ」

 音もなくソーサーに置いたカップを三人の前に置いていく。このあたり、アンナ先輩に受け継がれた躾が垣間見えた。

 アンナ先輩が……お誕生日席とでもいうのか、2:2:1の1のところに座っている。話の主役だから自然とそうなったのだろうか。

 僕と母さんが隣同士で、ソフィアが隣に一人分空けている。祠影の席なんだろう。

 本当は一列に四人ぐらい座れそうなソファなんだけど、自然とそういう並びになってしまった。

 かちゃ、という扉の開く音がした。

「すまない、遅れて」

「まーくん、遅いですよ」

「こちらは構わない。まずはお招きいただき、礼を言わせていただこう」

 母さんに合わせて頭を下げる。アンナ先輩は緊張はしていないが、どことなくつまらなさそうだった。

「アンナに秘密で手切れ金を用意したのは悪かった。だが被害者側から言わないとお前は別れないだろう?」

 うお、いきなり核心を付いてくるな。祠影は冷静に見えるが、逆に言えば僕に対する感情はわからない。

「わたくしと奥間君は愛し合っていますわ」

 にこりと笑う。牽制の笑みだった。

「愛は最も尊いもの。そう教えたのはお父様とお母様じゃありませんの」

「アンナ、これは愛じゃないんです。一方的な、ただの感情です」

 ソフィアが電話で何度も話したのだろう、言葉は選んでいるが余裕はなかった。

「狸吉はどう思う」

「ぼ、僕?」

 母さんにいきなり振られて、焦る。だけど言うべきことは言わないといけない。




「愛や恋は、正直僕には違いは分かりません」

 アンナ先輩がこちらを見る。情欲の獣の目。

「ですが、誰かが誰かの感情を一方的に否定することは、誰にもできないと思います。親子であってもです」

「君には被害者意識はないのか?」

 …………、

「正直、ショックでした」

 ああ、くそ、語彙力のなさが情けない。

「ただ早く知識を教えておけば、あんなことを先輩はしなかったと思っています」

「お父様とお母様は」

 アンナ先輩が、お茶を一口、音もなく啜った。

「正しいことだけを教えたら、間違いのない子供ができると、本気で思っていたんですの?」

「…………」

「間違いを起こしたわたくしを、許せませんか?」

「……それは、」

「奥間君は受け止めてくださいましたわ」

 優しい、愛おしい。そんな言葉がぴったりの視線を、僕に注ぐ。

「ですからわたくしは奥間君を信じますわ。お父様よりも、お母様よりも」

 アンナ先輩は微笑み、

「奥間君の間違いは、わたくしの間違いですわ。ただ、それだけですの」

「……アンナ先輩が間違えたのは、僕の責任でもあります。もっと早く知識を教えておけば……」

 言葉に詰まる。

「僕のとれる形で、責任は取りたいと思います。でも、あのリーダーにしたこととかは、また別の罪です。ただ傷つけたいがために傷つけた」

 アンナ先輩が、僕から視線を逸らす。

「自己保身のために更生する機会を、奪わないでください。お願いします」

「自己保身?」

 ソフィアが初めて、感情らしき感情をあらわにした。

「誰だって、身を穢されそうになったら、女性ならば怯えるか激昂するでしょう!! そんなことを指示したあの女を、許せません、親として許せません!!」

「ソフィア、落ち着け。話がずれている」

 母さんが訂正するが、

「なぜみんな、私がアンナの、子供のためにやっていることがわからないのですか!!? デモまで起こして、……」

「その件だが」

 祠影が口を挟んだ。正直もうお腹いっぱいなんだけど、多分ここからが正念場だ。

「私とソフィアは別居しようと思う。見解の不一致でね」

「私は許してません!!」

 祠影はソフィアを無視した。すげえ。

「離婚だと、今からだとアンナの進路に関わるからね。別居という形を取ろうと思っている。幸いというべきか、第一精麗都市にもマンションを借りているし、ソフィアとアンナが二人暮らしするには問題ないだろう」

「その話は聞いてませんわ、お父様」

 アンナ先輩が初めて困惑した。両親の離婚はアンナ先輩にとってあくまでどうでもいい事象だったのだろう。




「アンナには保護者が必要だ。それは奥間狸吉君には無理なんだ。わかるね?」

 言い聞かせるような言葉に若干の苛立たしさを覚えたけど、

「……はい……」

「保護者が必要だという意見には同意する。アンナはまだ未成年、子供だ」

 母さんが口を挟んだ。

「祠影さん、で大丈夫ですか?」

「好きに呼んでくれて構わないよ」

 意外にフレンドリーな人なのか、冷静さと爽やかさを両立させた笑顔だった。

「祠影さん、今のソフィアさんとアンナ先輩だと、衝突しか見えないのですけど……」

「僕はどうしても首都を離れられないんだよ。かといって、アンナは首都に戻りたくないだろう? 奥間狸吉君と離れたくはないからね」

「もちろんですわ、お父様」

「だから精いっぱいの譲歩なんだよ。アンナには保護者が“必ず”必要で、僕は“絶対”に首都を離れられなくて、アンナは転校は“あり得ない”。その三つを成立させるには、ソフィアを第一精麗都市のマンションに引っ越しさせるしかない。部屋数は足りているし、爛子さんというご友人もいる。それほど悪くはない環境だと僕は思う」

「…………」

「アンナ、どうだ?」

 母さんが聞く。一見、すべてが成立しているように思えるけど……、

「お母様と住むのは反対です」

「……何故?」

「奥間君と愛し合うことを、お母様は許してくださらないでしょう?」

 うわあ止めてくれ、そんな直球投げたら僕が死ぬ!

「あ、あ、当たり前です! そんな、卑猥な!」

「何故? 愛し合うこと、子供を作る行為は崇高な行為だと思いますわ。家の中ですし、卑猥でも何でもないと思うのですが」

 ふう、とアンナ先輩が溜息をつく。

「どうしてもここで、見解の相違が出るんですわ」

 ソフィアの第一精麗都市への引っ越し以外は大体話し合ってたわけか。




「わたくしは今、奥間君と同居していますわ」

「…っ! ……!」

 ジェスチャーで何とか方向性を変えられないかやってみたけど無理だった。

「奥間君とつながっているときのあの幸福感……!」

 欲情の目で、淫獣の目でこちらを見てくる。発情ギリギリ、この状況で発情できるってアンナ先輩すごいです。

「それが奪われるのは、愛し合っていることの証明をできないのは、嫌ですわ」

「いい加減にしなさい!!」

 バン、と机をたたき割った。……たたき割ったんだよ。

「あな、あなたは、自分の立場が分かってない! そんなわがままを言える立場にないのですよ!?」

「わがまま?」

 暴雪のダイヤモンドダストが見えた気がした。暴雪の、無理矢理に隷属させる女王の纏うオーラ。以前はなかった気配の変化に、僕以外全員驚く。

「わたくしは愛を貫き通したい、ただそれだけですわ。……それを邪魔するのなら、お母様も誰も彼も、要らないのですわ」

「あなたは、アンナは」

 ソフィアは泣きそうだった。

「何故そんなふうに変わってしまったのですか? そんな道理のわからない子じゃなかったはずです……」

「道理はわかっていますわ、お母様。ええ、そう。“悪いことは楽しい”という道理を」

 暴雪の気配のまま、アンナ先輩は微笑みを深くする。

「“卑猥は楽しい”ですわね、お母様」

「っく、この!」

 ソフィアがとうとう我慢ならずに実力行使に出た。だけど今のアンナ先輩も、両親を殺すつもりで反撃に出る。

 止めるのは母さんしかいなかった。



「止めろ貴様ら!!」



 よく通る声に、しかし場の混乱は収まらない。祠影と一緒に物陰に隠れる。

「アンナもソフィアに似てしまったな」

 祠影の疲れたような言葉だけが耳に残って、その場は解散となった。



>>398
華城先輩の描写が少ないのは、華城先輩の下ネタ思考がトレースできないからです、すみません



「うーん」

 ふかふかした布団はアンナ先輩のマンションと同じなんだけど、枕が慣れてないのかどうも寝付けない。

 母さんと僕、一部屋ずつ客間を貸し与えられていた。ベッドがないけど、僕としてはそちらの方が何となく落ち着く。鎖で繋がれる心配がないからかな。

「ソフィアも殴り掛からなくてもいいのに」

 ただソフィアの対応も問題だったけど、アンナ先輩の挑発するような言動も大いに問題があると思う。

「今のソフィアとアンナ先輩が同居して大丈夫かな」

 祠影の言葉は正しいのだけれど、正しいだけのような気もする。なんというか、気持ちを考えていないというか、そんな感じ。

「奥間君」

「はいぃ!?」

 なんで、え、いつの間に!? 気配がなかった。

 薄いワンピース姿で、上気した頬。荒い呼吸。湿った水音がにちゃ、にちゃと聞こえてくる。

 結論:完全に発情しています。

「褒めてほしいんですの。わたくし、お父様とお母様のサイバー端末のデータを入手しましたわ」

「え、本当ですか!?」

「そう、それに……、その、お母様のこともあって、その、」

 ストレス発散したいんですね、わかります。

「でも、ここじゃちょっと……母さん達もいますし……」

「……そのスリルがいいんじゃありませんの? 不健全雑誌にはスリルも大事だと」

「あ、あれは誇張もあるので」

「……キス、したいですわ」

 したら完全に最後までイきますね、わかります。

 ぐるる、とお腹が鳴った。子宮の方の内臓の音。アンナ先輩の子宮は完全に僕を求めていた。

「……薬、ちゃんと飲んでますよね?」

「ええ、そういうのはわたくし、嘘を吐かないって知っているでしょう?」

 いやアンナ先輩だったらどんな嘘でも付きそうだからさ、僕と子作りするためだったら。

 仕方ない、とアンナ先輩の背中に手を回す。アンナ先輩は上にのしかかってきた。いつも思うけど全然重くなかったり逆に一点だけ異様に重くなったり、どういう重心移動してるんだろう。今は重さを全く感じなかった。



 ん、ちゅぱ、は、じゅる、ぴちゃ、あ、ん


 尖った胸の先端を摘まむ。「ん~~~~~~~~!!!」ビクンビクン!と腰のあたりが揺れた。

「あは、やっぱり環境が変わると、敏感になりますわね……!」



 薄いワンピースを脱ぎ、夜用の下着を全部脱ぐと、相変わらず完璧なプロポーションを発揮なされる。僕の愚息も完全に勃ち上がっていた。

 アンナ先輩は身体を起こすと、騎乗位の体勢で僕の愚息の上から一気に



 ズン! 「~~~~~~~~!!!!」



「ぐっ!!」

 グネグネと締め付けが凄まじい。もう発射してしまった。

「あはあ、もう愛の蜜を……!」

 アンナ先輩いわく、膣トレ以降感じやすくもなったそうで、前はもっと時間がかかったのに僕に与える快感も強くなって、挿入れただけでも射精するようになっていた。決して僕が早漏ってわけじゃないよ、アンナ先輩の膣内が凄まじすぎるんだよ!!

 アンナ先輩はピストン運動を行う。僕はされるがままだ。

「ああ、愛の蜜が混ざったら、先端で引っかかるのに滑りはよくなって、より一体感が増して気持ちいいですわ……!! ほら、奥間君も動かしてくださいまし!!」

 ズンズンズン、とペースが上がる。僕はそのペースに合わせて、アンナ先輩を突く。僕の息子全部が入り切り、さらにタマタマまで挿入りそうな予感。アンナ先輩の子宮口も開いている気がする。クリトリスを触ると、

「ひっ!?」

 ぷっしゃあああああ、と潮を吹いた。

「あ、あ、あ、あ、あ!!」

 潮を吹きながらも腰を動かすのを止めない。止まることなく、ピストンではなく前後のグラインドに移行する。

 アンナ先輩の背中がのけぞる。その繋がっている部分も、お腹も、胸も、反り返った喉も、全部が見える。何度見ても、いい光景だった。

「い、きます!!」

 僕が発射したと同時、がくがくがく!!と強烈な痙攣をおこして、アンナ先輩はぎりぎりのところで前の方に倒れる。イきながらキスをする。耳に舌を入れ、喉元を軽く噛む。

「……今日はここまでにしておきましょう。明日が、ありますから……」

 色々残しておかないと、僕の方がヤバい。

「……物足りませんが、わかりましたわ……体力は残しておかないと……、ん、でも、まだ硬いのに……」

 名残惜しそうに抜くけど、これ以上やって中折れしたらなんかまたヤバいことになる気がしてならない。ってか経験上、なる。

「……奥間君が、メモリー端末、預かってくれません? わたくしだと、まだ首都に残される可能性もあるので。不破さんにお渡しくださいまし」

「わかりました」

「……ねえ、奥間君。キスを、接吻を、わたくしに」

 唇を重ね合わせる。唾液が糸を引いた後に残ったのは、聖女の微笑。

「何かが進展するといいですわね」

「そうですね」

 まだ、アンナ先輩が何を考えているのか、わからない時も多い。

 だけどこの言葉だけは真実に思えて、僕は眠りについた。



「ねえ、あそびませんの?」

 ああ、この特徴ある銀髪はすぐに分かった。

 アンナ先輩と僕が出会ったころの、子供時代のときだ。

 まだ何も知らず、無垢だった時の。

「あそびたいんですの。おくまくんと」

 僕も知らなかったし、両親ですら気付かなかったのだから、何もどうすることもできなかったんだと思う。

 この無垢な子供の中に、獣がいるなんてこと。

「おくまくん」

 笑う。無垢な微笑のままで。



「おくまくんをたべさせてくださいまし」



 そして開かれる、小さな口。

 そこには、喉元を引きちぎるには十分な力が込められていて――




「うわあ!?」

 ……寝汗が凄い。隣にアンナ先輩もいない。珍しい日だった。ここ数か月はセックスをしなくても、大抵は一緒に寝ているから。

 何か夢を見た気がするけど、思い出せない。

「あ」

 そうだ、メモリー端末。

「あった、よかった」

 コンコン、とノックの音。

「奥間殿、祠影様たちが朝食を一緒に、と」

 一緒に連れてこられた月見草の声が、扉越しに低く響く。

 忘れないうちにメモリー端末をカバンに入れて、気の重い朝食を食べに行く。


 アンナ先輩が時々僕と母さんに話を振るだけの、沈黙の多い朝食が終わると、「ジムに行きません?」とアンナ先輩が母さんを誘っていた。

「あ、僕も」

「貴様はここに残っていろ」

 にべもなかった。え、祠影とソフィアの二大ボスを目の前にして一人で残されるの?

「…………」

「狸吉君」

「は、はい!」

「アンナの前では言えませんでしたが」

 ソフィアが祠影の言葉を引き継ぐ。

「別れてくれませんか」

「……言葉でなんとかなるアンナ先輩じゃないのは、そちらのほうが知っていると思っていました」

 思わず厭味ったらしい方になってしまう。

「僕も、考えます。僕と一緒になることは、アンナ先輩のためにならないんじゃないかって」

 できるだけ、正直になることにした。

「それでもアンナ先輩が選んだことです。アンナ先輩が、自分自身で負うべきことだと思います。もちろん、それは、僕自身も、そう思っています」

「今のアンナに、現実が見えているとは思えないんだよ。それは僕たちの責任だ、申し訳ないと思っている」

「…………」

「《こうのとりインフルエンザ》を知っているかい?」

「あなた、まだそんな世迷言を!」

「これについてはいろいろ意見があるが、大事なのはこれから生まれてくる子供は、《こうのとりインフルエンザ》による差別を受けるということだ」

「《こうのとりインフルエンザ》を発症した人から生まれた子供は、《こうのとりインフルエンザ》を潜在的に持っている、でしたか?」

 知識がある僕からすれば、くだらないとしか言いようがない。ソフィアもアンナ先輩も同様だろう。

「君は《ラブホスピタル》に反対のようだね。まあ今は政治的主張は止めておこう。世論として、そういう流れが起きるのが、今大事なんだ」

 祠影は苦笑する。

「《ラブホスピタル》以外での妊娠した子は、差別を受けるというのが重要なんだ」

「何が言いたいんでしょうか?」

 回りくどい言い方にイライラしているのは、自分だけじゃないようだった。

「これから先は、結婚も差別される世の中になるだろう。しばらくの間だが、そのしばらくの間の世代にアンナたちはいる」

「アンナ先輩を、僕達の世代を犠牲にして、祠影さんは何をしたいんですか?」

「この国のためだよ」

 ……わけがわからない。このわけのわからなさは、アンナ先輩の何を考えているかわからない時と似ている。

 どうしようもなく深く、冷酷に、自分の子供までも切り捨てる親と、

 どうしようもなく狭く、残酷に、自分の両親までも切り捨てる子供。

「アンナ先輩がどうなるにしろ、その責任はアンナ先輩にあります。でも、忘れないでください。

 『アンナ先輩を化け物にしたのは、あなた達だ』」

「……ソフィア、ジムにまで案内して差し上げなさい」

「いえ、月見草に案内してもらいますので。ソフィアさんは休んでいてください、失礼します」

 早口に、リビングを出た。

「月見草、ジムまで案内してくれ」

 なんかもう、ドッと、疲れた。


……祠影の性格というか口調がわからない!

悪巧みしている時のアンナ先輩の不可解さは、祠影から受け継いでいると勝手に想像しています。



 シュシュシュ、バババ!

「相変わらずアンナ先輩と母さんは異次元だなあ」

 母さんは真剣な表情で、アンナ先輩は心なしか笑いながら実戦形式の訓練を行っていた。

「小休止しよう」

 母さんの言葉でアンナ先輩の動きが止まる。

「物足りなさそうだな、狸吉を好きに使っていいぞ」

 母さんの苦笑交じりの言葉に、え、僕玩具にされること決定したの? 秘技・乳吸いで勝つわけにはいかないしな。

「いえ、もう少し自主トレを致しますわ。すみませんが、スポーツドリンクを三杯持ってきてくださいまし」

 月見草に頼むと、「かしこまりました」と一礼し、ジムを去って行く。

「すごいですね、家の中にこんなスポーツジム」

「母の趣味でもありますから」

「あいつは昔から体力バカだった」

 母さんが言えることかよ。

 アンナ先輩は年季の入ったサンドバッグに蹴りや拳を入れる。バン、バン!と素人の僕でも鋭いとわかる音がする。

「母さんは、」

「お前が決めろ、狸吉」

 月見草が持ってきたスポーツドリンクを一口飲むと、

「決めたことが間違ってなければ、最後まで付き合ってやる。間違ってたら殴る、それだけだ」

「シンプルだね、母さんは」

 バン、バン!と鋭い音がジムに木霊する。

「正直、アンナ先輩のことを思うと、別れた方がいいんじゃないかとか、思う時もあるけど」

「…………」

「それは逃げなんじゃないかって、思うから、だから」

「まだ考える時間はある。焦るな」

「……うん」

 なぜか、寂しそうな、でも嬉しそうな、朱門温泉での混浴風呂で見たあの華城先輩の顔が思い浮かんで。

 ――アンナ先輩も人間なんだよって、言ってくれる人はいるのかな。

 きっと、誰もいないんじゃないか。

 一人でサンドバッグを殴り続けるアンナ先輩を見て、ふと、そう思った。



 新幹線のホームで僕らはしばしの別れを惜しんでいた。

「忘れ物はございませんか?」

 アンナ先輩は一週間先に休学を申し込んでいたらしく、春休みいっぱいまで首都にいるらしい。約三週間のお別れになる。

 ……その間、僕は射精管理のために《鋼鉄の童貞》を嵌めさせられた。やっぱり昨日抜いてもらっとけばよかった。

 カバンの中身をチェックして、メモリ端末があるかをちゃんと確認する。あとはこれを不破さんに渡せれば、ミッションコンプリートだ。

「大丈夫です。アンナ先輩、それじゃ、また」

 アンナ先輩が僕の袖口を掴んで、もじもじする。くっ、か、可愛いな。

「……う、浮気しちゃ、ダメですのよ?」

「はっはっは、できるわけないじゃないですか」

 言ってることは全然かわいくなかったけど。《鋼鉄の童貞》嵌めてる状態でどう浮気しろと、ってアンナ先輩の浮気認定はちょっとおかしいんだった。ゆとりなんか下の名前読んだだけで浮気相手認定されたもんなあ。

「じゃあ、また」

「ええ、また。毎日通話するんですのよ?」

「勿論」

 しないと周囲の女性陣がヤバいことになるからね。

「行くぞ、貴様ら」

「じゃあアンナ先輩、気を付けて」

 こうして、約三週間(射精管理されたままで)アンナ先輩とはしばらく遠距離恋愛となった。

アンナ先輩にもね、優しさというか純粋というか、うーん。

純粋無垢という化け物なのかもしれないけどさあ。
アンナ先輩は優しさも残ってるんだけどさあ。やったことがやったことだから仕方ないね。インパクトってそういうモノさ。



「それでは、綾女さん。奥間君を、くれぐれもよろしくお願いいたしますわ……」

(どうしてるでしょうか、奥間君は)

 離れて一日目でもう不安と昂揚で仕方がない。射精管理しているとはいえ、浮気ができないわけではないのだから。

 その時は、オシオキが待っているだけだけど。

「アンナ、今誰と、」 

「綾女さんと、少し。お母様、ちゃんと約束は守りますわ」

 『節度のある交際』

 《ラブホスピタル》で見たような、児戯に等しい愛の真似事のことだろう。

 愛はそんな、幼稚園児がするようなものではない。誰にでも説明できるものではないのは、他ならぬ自分たちがよく知っているくせに。

 それよりも、母をどうするか、少し悩んでいた。“母を壊すことは決定している”が、“どうやって壊すか”。このままだと勝手に自壊しそうだ。

 それだと面白くない。そう。“面白くない”。

 あの夜、《雪原の青》に抱いた憎悪のような、あるいは《更生プログラム》を思いついたような、アイデアが湯水のようにあふれ、力が湧いてくるような、“あの感覚”が足りない。

 今ならわかる。理解できる。

 あれは、破壊の衝動が飽和した時特有の、万能感なのだと。

 性の衝動とはまた違う、シナプスが弾けるような万能感。

「アンナ……?」

 今の、自分の子供を持て余している母親を見ても、疼きはする。しかし、足りない。

 何か、もう一歩が、それさえあれば、自分はあの感覚を存分に味わい、アイデアも浮かび、たっぷりと時間をかけて壊すことができるのに。

「お母様は、離婚の意思はないのですか?」

「あるわけありません! 私は、間違ったことはしていません!!」

「…………」

 疼きが大きくなった。ふ、と浮かんだ。

 ああ、簡単な話だ。

 わたくしがもっと悪い子だと知ったら、母はどうなるだろう?

 ――今は正当防衛だの理不尽に穢された怒りだの、無理矢理に理由を付けて納得している。だけど、手塩にかけて育てた我が子が、言い訳すらも許されないほどの『悪』だった場合は?

 ぞくぞくぞく!とあの叫び出したい感覚が走る。シナプスが弾け、電流が脳内にめぐり、アイデアと力が湯水のように湧く。 





(もっともっと依存させて、突き放したらどうなるだろう?)

(もっともっといい子のふりをして、実は『悪』だったと知ったなら)

(その時に、もう自分一人しか、頼れるもの、支えるものがいなかったら――?)

 カチカチカチ、と歯が鳴った。

「アンナ……?」

「いえ、何も」

 平然を装った。それでも笑い出したくて止まらなくて、歯をカチカチと抑えるのに精いっぱいで、なのに異変に気付かない母は、なんて滑稽で、なんて――

(壊し甲斐があるんでしょう)

「お母様」

 だからアンナは、平然と嘘を吐く。

 父母を壊すという目的と、快楽を得るためだけの、『悪』い嘘を。

「わたくし、わからなくて、怖かったんですの。何も、知らないんですの。……だから、教えてくださいまし。どうか、わたくしに、『正しいこと』を」

「アンナ……、ええ、ええ、わかっていますとも。私だけは味方でいますから」

 その実は逆で、そのうちソフィアにはアンナしか味方がいなくなる。

 その時、自分の正体を教えよう。

 そして囁くのだ。


 
 ――《育成法》を壊したときに、耳元で、誰も味方のいない状態で、孤独に突き落として差し上げましょうね、お母様。



 もしこの時に、腰のあたりから出る湿った水音にソフィアが気付いていれば、歯のカチカチした音に気付いていれば、

 最悪は防げたはずだった。




今更私個人の考えですが、

衝動って絡まっていて、多分壊したときにアンナ先輩は性的な快感も得ているはずです。っていうかそもそもが快感って性的なものですよね、うん

あー、そういえばそうですよね。
アンナ先輩の場合は、性衝動より破壊衝動の方が厄介になってきました。性衝動は、狸吉がガス抜きする羽目になったんで。



「たっだいまー」

「おかえりちんこ! まあ座って」

 幼稚園児レベルの下ネタに反応する元気もなく、僕はいつもの喫茶店に戻った。

 一週間ぐらいはアンナ先輩に襲われる恐怖に怯えなくて済むけど、それぐらいからアンナ先輩がいない恐怖が始まるんだよなあ。

「なになに? 射精管理の話?」

「しゃ……管理、ですか?」

 無表情に興味を示したのが不破さんだった。不破さん以外は《鋼鉄の童貞》を全員知ってるからね。

 不破さんの痴的好奇心は置いといて、アンナ先輩の家で起こった話をする。おおむね想定通りではあったけど、ソフィアがアンナ先輩と同居するかもという話にはみんな驚いていた。

「厄介だぜ……母娘そろってまあ」

「父親の方も侮れなさそうっスけどね。クソ親父と手を組むぐらいの奴っスからね」

「そうだ、これ、メモリー端末渡しとくよ。解析ってどれくらいかかるの?」

 持ち歩き用のサイバー端末にメモリーを差し込む。不破さんの顔が曇った。

「他にもパスワードとかあると思われるので、アンナ会長……元会長が戻ってくるまでには」

「そんなにかかるんかの?」

「情報量が多すぎるのと、専門外というのがあるので。あと他にやることも多いので」

 早乙女先輩の疑問に、不破さんが端的に答える。

「誰か手伝えそうな人っていないよね」

「こういう情報処理ができるのは《蟲毒試験管》ぐらいしかいないわね。あとはまあ、アンナぐらいだけど」

「なあ、あの化け物女、何ができないんだぜ?」

「鼓修理は割と得意そうだけど、こういうの」

「サイバー端末は苦手っスね」

 うーん、向き不向きがあるか。同じ情報でも処理の仕方が違うんじゃ仕方ない。

「どちらの情報を優先しますか?」

「祠影でお願い。ソフィアは味方でもないけど今は敵でもなく、行動原理がわかりやすいけど、祠影は完全に敵だもの」

 ふむ。と無表情に理解を示すと、今度は不破さんは僕の方に顔を向けて、

「それではわたしの頭脳を刺激するために、是非管理の話についてお願いします」

 あー、言わないとだめか、やっぱり。

「うーん、えっとね、男の愛の蜜って貯めれば貯めるほど濃くなるんだよ。で、はち切れそうになるんだけど、アンナ先輩はそれ以上に我慢して美味しくしろって言ってんの、わかる?」

「貞操帯ってのがあってね」

 貞操帯についてはPM無効化をして華城先輩が補足する。

「きっついんだよ、ほんっとにこれが、きついんだよ……」

「これは是非サンプルを採取したいですね」

「アンナ先輩に頼んでみたら? まず許可下りないだろうけど」

「ではこのメモリー端末は私のサイバー端末にも移しましたので」

 アンナ先輩の話になるとみんな揃って話をそらしやがる。





「あ、アンナ先輩に電話しないと」


 ピピピピピピピピ


『奥間君? わたくしですわ』

 バン、バン!と聞いたことのある音が聞こえてくる。

「アンナ先輩、今何を」

『ジムでストレス発散を。はあ、奥間君と一日でも会えないと思うと、自分を律しようとしても難しく……これから自分を慰めようかと』

 いいですねオナニーができて!!

「アンナの下ネタは生々しいのよね」

 親友の華城先輩が頭を抱えていた。ネタじゃなく真実を言ってるだけだと思うけど、そこには突っ込まないでおいた。

『父が明日、お見合いをすると言っていて、ちょっと揉めてますの。安心してくださいまし、わたくしは奥間君一筋ですので』

「……え……大丈夫ですか?」

『大丈夫ですわよ? ちょっと会食して、気が合わないでお断りするだけですから』

「よくある話っスよ。化け、お義姉ちゃんなら大丈夫っス。何度もお見合いはしたことあるんスよね?」

 鼓修理は上流階級の娘だから経験はあるのか、気楽そうだった。

『ええ、まあ。すべて母が断っていたのですが、今回は母の立場が弱く、わたくしがかなり強く出ないといけないみたいですけども。なんとかなりますわ』

「ちなみに、名前は?」

『……奥間君は覚えてます? あの、パーティーの中にいた方ですわ』

「え゛」

 あのSMパーティーにいたやつかよ。まあ趣味や性的志向で人柄を判断するべきじゃないんだろうけど、あそこに入れるという時点でろくでもない気がしてならない。

『まあそれはわたくしたちもですが』

 そりゃそうか。

『それじゃあ奥間君、お気をつけて』

「アンナ先輩も。おやすみなさい」

 通話が切れる。相手の素性を大体説明する。

「クソ親父の関係者っスか……、一応調べておくっスよ」

「ありがとう鼓修理。今のアンナに不確定要素が入るのは避けたいもの」

「それは……、お見合い相手が慶介の刺客だと?」

「そこまでは言わないけど、考えすぎるに越したことはないわ。オナニーと射精管理はしすぎると大変だけど」

「ああもうぶり返すな!!」 

 アンナ先輩、大丈夫かな……。データも気になるし、まだいろいろひと悶着ありそうだ。


狸吉→華城先輩に思いが無意識にあるが、アンナ先輩の責任を取らないといけないと思い込んでいる

綾女→狸吉とアンナ先輩がくっつくことで、自分は親友の隣にいたい、嫌われるよりかと考えている

ゆとり→狸吉とアンナの関係を恋愛だと認めていないが奪う勇気もないヘタレである

鼓修理→なんだかんだで今は綾女の補佐をしているのは鼓修理。一番ラッキーかもしれない。

不破さん→苦労人。好奇心は猫を殺すのだ。

早乙女先輩→割と原作のまんま

アンナ先輩→性衝動と破壊衝動の解放で狸吉以外との世界を望んでいない状態。
      他人を痛めつけることに快楽を得始めている。以前持っていた優しさはもうないのか……?


現状の説明みたいな感じです。心理状態はこんな感じ。
何かご不明な点はありますか? あれば答えられるなら答えたいと思います。

すまない、いるよ
ちょっと仕事が忙しかったのと、次どうしようかアイデアまとめてた。
質問に答えてないのは更新と一緒にまとめてしようと思ってた。
どこをゴールにするか迷ってる感じかな、すみません。

すみません、生きています。
今仕事が、うぎゃーっとなっていて、もうちょっとSS書けそうにないんですが、頑張って時間作るのでよろしくお願いします。
エロい妄想する時、アンナ先輩に侵食されるよぅ

すみません、年末年始は忙しくなって頭が割れました。(ただの交通事故です)

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