【俺ガイル】さよならメモリーズ (54)

お久しぶりの方はお久しぶりです。
このSSは

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の3本のSSのアナザーストーリーみたいな感じです。
長丁場になるかもしれませんがよろしくお願いします。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1599567882

その建物の姿が俺の網膜に映ったとき、時計の針が急速に逆行したような錯覚にとらわれた。

目の前に広がる建造物の名前を、俺はまだ覚えている。『総武高校』、俺の母校だ。

休日の昼間という学生が学校にいるのに最も相応しくない時期というのもあって、辺りに学生の姿は見られないが、微かに校庭の方から運動部の声が風に乗って流れてくる。生徒が誰もいないということではないらしい。

この場所に、俺は三年間通っていた。

今の俺にとって三年という月日はそこまで長い時間ではない。注意せずに日々を生きていれば気づかぬ間に過ぎ去ってしまうくらいだ。

そんな今の三年と、あの三年が同じ時間の長さを示しているとは到底思えない。どこか時空が歪んでいるんじゃないかとすら思ってしまう。きっとそれだけ歳をとってしまったということだろう。

「……懐かしいな」

感傷じみたセリフが口から漏れ出す。かつての日々が脳裏によみがえり、憧憬する。

「おや」

校門を横目に歩き出したその時、聞き覚えのある声が耳を通り抜けた。懐かしい響きに思わず足を止める。

「比企谷か?」

首を動かして振り返るとその先には俺の予想通りの人物が立っていた。

「平塚先生?」

俺がそう返すと最後に会ったときよりも若干小さくなった平塚先生の目が丸くなり、そして嬉しそうに笑った。

「驚いたよ。すごい偶然だな」

「ですね。俺も驚いています」

知り合いに会えるなんて思ってもみなかったから俺も信じられない。こんなところで会えるなんて。最後に会ってからもう何年も経ったのにも関わらず、気づいてくれたことが少し嬉しい。

「先生は今も総武高に?」

「いや、だいぶ前にやめたよ」

どうしてとは聞かなかった。そう口にする前に先生の左手に光るものが目に入ってきたからだ。

「相手、見つかったんですね。おめでとうございます」

「ん? ……ああ、ありがとう」

一瞬反応が遅れたがそれからすぐにまた幸せそうな笑みを浮かべる。

「いろいろあってな。ギリギリ間に合ったよ」

自慢げに左手を目の前に掲げる。どうやら良い相手に巡り会えたようだ。そんな恩師の姿が純粋に嬉しい。良かったと思う。

「てことは今は専業主婦ですか?」

「ああ、そういうことになる。そのあたりのことはあまりできなかったからな。苦労したよ」

いつかの小町が主催した嫁度検定だったか、そんなイベントを思い出す。あの時の平塚先生は家事スキルが絶望的だったっけな。

「君はどうして来たんだ?」

「はい?」

「ここにいる理由だよ。ただの散歩というわけではないんだろう?」

図星を突かれて言葉に詰まる。まだ実家にいるもののこの辺は別段家から近いわけではないから、理由なしに訪れるなんてない。

「まぁ……」

でも、その理由は俺にも正直なところわからない。無事年をとるに従って社畜となってしまった俺が、わざわざ休日にこんなところに来る理由が見つからなかった。

なのに、どうしてだろう。自然と足がここに向いていた。

「何かあったのか?」

「……いえ。ただ、なんとなくですよ」

「……そうか」

俺の答えに平塚先生は肯定とも納得ともとれない言葉を返す。そのまま校舎を見上げた平塚先生の仕草に少しだけ違和感を抱いた。

「じゃあ聞き方を変えよう」

と、再び先生が俺に向き直る。

「あれから、何があった?」

――

――――

それから俺と平塚先生は、立ち話もなんだからと近くの喫茶店に向かった。

「コーヒーを一つ。君は?」

「あ、じゃあ俺も同じのを」

砂糖やミルクの有無を聞くと、細い体格の店員は落ち着いた足取りで俺たちの席から離れていく。

「先生、煙草やめたんすね」

テーブルの隅に置かれた灰皿に視線を一度くれるも、そこから先の行動が俺の記憶と食い違ったからだ。

「ああ。旦那と付き合うときにな」

「じゃあ子どもも?」

「娘がもう四つになる。今日は旦那が面倒見てくれているんだ。ちょっとしたお休みだな」

どうしてだか、その光景が自然と想像できた。夫と娘に囲まれて幸せそうな先生の姿が、目の前に浮かんでくるようだった。

「君は吸うんだな」

「あ、えっと……」

「隠さなくていいよ。臭いでわかるものだ」

「そんなに臭いますかね……」

思わず自分の腕の辺りに鼻を近づける。しかし、やはり自分のことであるせいなのか、何も感じなかった。

「やめた人は余計に敏感になるのさ。私もやめて初めて知ったが」

「はぁ……」

「別に吸ってもいいぞ? 私は気にしないし、こういうとこでは普通のことだ」

「……じゃあ」

ポケットから紙箱とライターを取り出すと、平塚先生は自然に灰皿を俺の手元へとズラしてくれる。

「仕事、大変なのか?」

「まぁまぁ、ですよ。普通に忙しいですし、普通に生きてます」

百円ライターがカチッと音を立て、小さな炎が立ち上がった。

フィルターに口を付け、煙を吸う。頭の中がぼんやりとする。

「じゃあ、きっかけは雪ノ下のことか」

思わず動きが止まってしまう。どうして、この人はこんなことまでお見通しなのだろうか。

「……どこまで知ってるんすか」

「君が卒業した後に雪ノ下と付き合い始めたことは聞いてたよ。そして、別れたことも」

「そう……すか」

そのことの一連の経緯を知っている人間は、限りはあるものの心当たりはある。

おおよそ、小町辺りが口にしたに違いない。

「ただ、詳しい話に関しては、私は何も知らない。だから、比企谷に直接聞いているんだ」

「…………」

「まぁ、君が話したくないのなら、無理に聞く気はないさ。ただの私の興味本位でしかない」

店員がやってきて湯気が湧き立つカップを置いていく。傍らに置かれた砂糖とミルクを手につけたのは、平塚先生だ。

俺はそれらには手を伸ばさず、カップを口元まで運び、傾ける。コーヒーの香りが鼻孔をくすぐった。

「子供だったんですよ。二人とも」

一言だけ告げ、俺はコーヒーを口に付ける。

そして脳裏に巡らす。

あの日々を。

――

――――

「ただいま」
 
「おかえりなさい」

「夕飯、悪いな。急用で遅くなっちまって」

「いえ、いいのよ。私は今日は終わるの早かったから」

「土日はちゃんと俺が飯作るよ」

「なら、お言葉に甘えようかしら」

――

――――

「子供、か」

平塚先生のカップを持つ手の動きは淀みなく動き、コーヒーを口に含む。まるでわかっていたかのような口振りだった。

「あれから、少しは大人になれたと思っていたけど、間違いだったんです」

自分の声が冷めているように感じられる。

ああ、こんなにも終わってしまったのだ。

「結局俺はあれから、少しも変わってなかった」

もう少しくらい、自分の声に熱があって欲しかった。

手放すくらいならいっそのこと手にすることもなかったならと。

そんな風に思うことも、今はないのだ。

「なら元教師として、元君の先生として、一つアドバイスをしよう」

「えっ?」

突如、懐かしい感覚に全身が包まれた。ここが職員室であるような錯覚が、脳髄を激しく貫く。

「なんすか、いきなり」

「別に、久々に教え子に会ったんだ。しかもその教え子はどうやら迷っていると来ている。ならば先生としてやることなんて決まっているだろう?」

「…………」

迷っている、のだろうか。雪乃とのことはもう終わったことだ。そこに後悔なんて一切残っていない。悔やんだってifの話をいくら考えたって、時間は巻き戻りはしないのだから。

ふぅ、と一息ついてから、平塚先生は口を開いた。

「いい加減、総武高校を卒業しなさい。比企谷」

とても穏やかな笑みを浮かべながら、そう口にした。

――

――――

平塚先生と別れてから十数分。

あの言葉の直後、どうやら旦那さんから子どもに関するSOSが飛んできたらしくお開きとなってしまった。SOSとは言っても些細な話らしく、「仕方ないな」と口にした平塚先生の表情が印象的だった。

喫茶店を出て数分のところにある、煙草屋の前に常設されている灰皿の前でライターの火を点ける。

「すぅー、はぁー……」

煙草を吸い始めたのは雪乃と別れてからだったような気がする。何も特に考えることもなくメビウスとライターを買って、最初は咽せるばかりでどうしてこんなものに金を出したのかと思っていたのに、いつの間にかただの中毒者だ。

でも、今はこいつは俺の人生に一役買っている。

生きているとふいに嫌なことが思考の中に浮き上がってきて、それは水の中に垂らした墨のようにジワジワと広がっていく。気づけば淀んだ色が頭を埋め尽くしている。

それをリセットしてくれるニコチンは、今やなくてはならないものとなってしまっている。

「卒業、か……」

平塚先生が言わんとしていたことによって、自分の隠したい何かをさらけ出されたような気分だった。

俺の心は未だ、あの学校の片隅にある、ちっぽけな教室の中に取り残されたまま。

あの日俺を突き動かした情熱も、あの日何かを捨て去った後悔も、あるいは見落としていた何かも、あの場所で封印されたように眠っている。

人生は取り返しがつかない。

いくら悔やんだって、失ったものは取り戻せない。

それなのに、まだ俺は。

「はぁ……」

思わずため息が漏れた。せっかくの休日なのに俺は何をしている? こんなことならいつも通り家でマッカン片手にアニメでも見ていればよかった。

「……どっか行くか」

このまま帰るのはどうにも気が進まない。この感覚を持って家に帰っても何も晴れない。

行くにしても、どこへ?


1.千葉駅方面(雪乃ルートへ)
2.散歩(結衣ルートへ)
3.総武高(いろはルートへ)

今回はここまで。
最後の数字は安価的なやつです。
多いルートからやります。コメントつかなかったら適当に決めて始めます。
よろしくお願いします。

とりあえず雪乃で書き始めます。
コメントありがとうございました。

1.千葉駅方面(雪乃ルートへ)



「千葉駅の方に行くか」

 あそこ何でもあるしな。飯を食うにも本を探すにもゲーセンで時間を潰すにももってこい。千葉はオールマイティ。千葉こそオールマイト。ワンフォーオール!
 
 そうだ、ちょうど腹も減ったしなりたけに行こう。あそこの超ギタを食えば、どんな悩みも頭から吹っ飛ぶ。というかあまりの脂の量に思考そのものがぶっ飛ぶ。あれ、それヤバいやつでは?
 
 考えれば考えるほどにあの背脂を肉体が求め始めた。やべぇ、もう腹がなりたけだよ。胃袋わしづかみだよ。
 
 ……。
 
 …………。
 
 なりたけは、もうなくなったんだった。

 あの街も変わっちまったな……。
 
 さらばだ、ワンフォーオール。

 なりたけのために津田沼に向かうか、一分ほど本気で悩んだ結果、結局千葉駅を選ぶことにした。冷静に考えてこの時間からなりたけはヤバい。少しずつ血糖値とか気にするようになってから、余計になりたけが悪魔的に見えてきたのであった。もう若くねぇんだもんな、俺。悲しいなぁ……。
 
「適当にマックかサイゼで済ませるか」

 腕時計を見れば三時を回った頃。何かしら腹に入れて、適当に時間を潰せば、それなりの俺の休日の出来上がり。ちなみに最低な時は部屋から一歩も出ずにオールゲームである。それはそれで悪くない。
 
 千葉駅に着いて特に何も考えることなく流されるままに歩みを進める。大体こっちの方に天空サイゼがあったはずだ。
 
 なに、天空サイゼを知らない?
 
 千葉駅付近の高めのビルの高層に位置するサイゼリヤである。窓から眺める千葉の街は――(以下略)。
 
 なんて、くだらないことを考えていると。
 
「……えっ?」

 目を疑った。
 
 思わず目を逸らし、そしてもう一度その方向へと視線を移した。
 
 間抜けな声が漏れてしまったことにも気づかず、無意識に足が止まっていた。俺のすぐ後ろを歩いていたらしい誰かがぶつかってきて、舌打ちをして追い越していったが、そんなことも意識の外だ。
 
 彼女は小さな喫茶店の中でパソコンを前に真剣な眼差しを向けている。その姿は在りし日の光景とぼんやりと重なる。
 
 見間違うはずがない。
 
 雪ノ下雪乃が、そこにいた。

 心臓がうるさい。何をこんなに動揺することがあるだろうか。
 
 昔付き合っていた恋人を街中でたまたま見かけた。ただそれだけだ。
 
 別れてから数年ぶりに目にした彼女は、さらにその容姿に磨きがかかっていて、自分と一緒にいた頃よりもより大人びて見えて、単純な距離よりもずっと果てしない遠さを感じさせる。
 
 どうして俺の足は動かないのだろう。
 
 こんな往来のど真ん中で立ち止まっていては、邪魔という他にない。
 
 話しかけることなんて到底できない。だからこの場所に立ち尽くす意味はまるで存在しないのに。
 
 なのに、彼女の姿に釘付けになってしまっている。
 
 どうしてだ?
 
 悔やんで、悔やんで、これ以上ないくらいの後悔を積み重ねて、その末にようやく心の中から追い出すことができたのに。
 
 どうして今日、よりによって平塚先生に会った今日なんだ。
 
 やめてほしい。
 
 俺の心にわだかまる『運命的』なんて反吐が出るような言葉が、どれだけ振払おうにも消えてくれない。
 
 この世界に『運命』なんてない。ただ『事実』の積み重ねによる『結果』しかない。そこに神がかり的な『意味』なんて存在しないのだ。
 
 そんな俺の思考は、彼女の後ろから現れた一人の人物によってようやく、強制的に終了される。

「あ……」
 
 紅茶が何かの入ったカップを二つ手にした、なかなか格好いい男が片方を彼女の傍らにそっと置く。そのカップに気づくと彼女はニコリと微笑んで何かをつぶやいたあと、再びパソコンの画面に視線を戻す。
 
 あぁ、そうか。そうだよな。
 
 元から俺にはもったいないくらいに綺麗で、可愛い女の子だった。そんな彼女が今も一人だなんて、自分と同じだなんて、そんな話あるわけがない。何を自惚れていたのだろうか、俺は。
 
 雪乃にとって俺は、長い人生の中のほんの数年を共に過ごした仲に過ぎない。むしろ喜ばしいことじゃないか。
 
『……さよなら』
 
 最後に見た表情が脳裏を過ぎる。あんなふうに笑えるようになったんだ、俺はそれを嬉しく思うべきだ。
 
 そう心から思えない自分を、見て見ぬふりをする。
 
 背を向けようとした瞬間、肩を二回トントンと叩かれた。心臓が飛び出そうになる。
 
「何してんの、お兄ちゃん」
 
 小町だった。

「なんだ、小町か。何してんだこんなところで?」
「質問に質問で返すってホントにゴミいちゃんだね……。小町はショッピングだよ!」
「すまん。ちょっとびっくりしてな」
「あー、可愛い妹に突然呼ばれて運命感じちゃった? あ、これ小町的にポイント高くない?」
「それ自分で言わなきゃ高いんだけどなぁ……」
 
 いつも通りの小町との会話に少し安堵する。青天の霹靂と呼ぶべき出来事の数々によって異世界に飛ばされたような気分だった。
 
「で、どうしてそんなとこで突っ立ってたの?」

 とは言え、こんな往来のど真ん中で立ち尽くすという、一歩間違えれば不審者として通報されかねない行為を誤魔化す言葉が思いつかない。
 
 そんな一瞬の口籠りと、視線の動きを小町は見逃さなかった。
 
「ん、後ろ?」
「あ、バカ小町」
 
 そして小町もまた動きを止めた。さっきまで俺が目にしていた光景を理解したようだ。
 
「えっ、あれ雪乃さん?」
「…………」
 
 あちゃーと言いたげな顔。そんな反応が可笑しかったが笑える気分でもなかった。
 
「ちょっとどっか行くか」
「えっ? 声かけなくて、いいの?」
「話しかける理由なんてないだろ。今はもうただの他人だしな」

とりあえずここまでです。

『ちょっとどっか行くか』
『えっ? 声かけなくて、いいの?』
『話しかける理由なんてないだろ。今はもうただの他人だしな』

「えっ」

「…………」

「今の……」

――

――――

「お兄ちゃん、何にするの?」
「ミラノ風ドリアと辛味チキン」
「今それ食べて夕飯食べられるの?」
「……やっぱ辛味チキン抜くか」
「いや、抜くべきは炭水化物だと小町思うけど」

 げんなりとした顔の小町が対面に座っている。メニューにはもはや見飽きたと言ってもいい料理の写真が並んでいた。
 
 いや、だってサイゼ安くて美味いじゃん? リピーターにならないやつの気が知れん。最近まで喫煙席もあったし。逆にそれで来ないやつもいそう、てか何ならそっちの方が多そう。
 
「小町は?」
「ドリンクバーだけでいいよ」
「それだと割高だから、他の合わせた方が良いぞ。俺のオススメは――」
「いいってば。別にそんなにお金に困ってないよ。学生じゃないんだし」

 む。そういう小さな無駄遣いの積み重ねが、最終的に給料日前の焦りを生むんだぞ。お袋が家計簿の前で頭を悩ませていたのを忘れたか?
 
「今までちゃんと聞いたことなかったけどさ……」
 
 なんて軽口を叩けるような空気でないのは、さすがの俺も感じていた。
 
「どうして雪乃さんと別れたの?」

「……ちゃんと話したことなかったか?」
「流石の小町もあんな状態のお兄ちゃんに聞けないよ」
「えっ、そんなに俺落ち込んでた?」
「滅茶苦茶暗かったよお兄ちゃん……。自覚なかったんだ」

 マジかよ。失恋して傷心して凹んでるのありありだったのかよ俺。気づかれないように普通に振る舞ってたつもりだったのに!
 
「で、どうして?」

 また話を煙に巻こうとする俺を小町は逃がさない。流石兄妹。手の内は完全に知られている。
 
「……まぁ、普通の話だな。ちょっとしたことですれ違って、いつの間にか修復不可能になっていた」
「ちょっとしたこと?」

 そこ気になりますよね。ですよね。マジでそこが一番言いたくないとこなんだけど。
 
「ちょっと、ケンカして」
「ケンカ? どんな?」

 おお、グイグイ来るなこの妹。というか、核心をボカそうとしてるのもバレてるなこれ。

 だが、俺もあれをどう言葉にすればいいのか、わからない。
 いくつもそれらしい単語は浮かんでくる。だけどもそれらは全てあまりにもチープで、そんな単純な話じゃないんだと否定したくなる。
 
 雪乃と過ごしたあの最後の数週間。その時間を、空間を、感覚を、声に出して形容するのはきっと不可能だ。
 
 言葉にしたところで伝わらない。伝えきれるはずがない。
 
 それでも、不正確で確かな概念に形成せねば小町には伝わらない。
 
 俺自身が、理解できない。
 
「……約束を、破られた」

「約束?」

 小町は予想外の単語に困惑の色を示す。頭の上にクエスチョンマークが浮かび上がってくるようだった。
 
「雪乃の大学じゃ、俺の評判はあんま褒められるものじゃなかった」
「何かやらかしたの?」

 高校の時みたいに、という言外の意を首を横に振って否定する。少なくとも誰かに実害を為したわけではなかったはずだ。
 
「単純に、雪乃の隣にいるのが俺だということが、奇妙だったってことだ」
「見た目のバランスが不釣り合いなカップルなんてそこら中にいると思うけどね」
「それにしたって雪乃と俺の組み合わせレベルって、天然記念物のように見えたらしい」
「お兄ちゃん、悪人顔だしね」
「おい」
「うそうそ。冗談冗談」

 善人顔ではないのは認めるけれども。そこまで言わなくてもよくない? というか俺、まだそんなに目が腐っていたか……?
 
「……いや、そのせいもあったんだろうな」
「えっ?」

「どうやら向こうでは俺に関して根も葉もない噂が飛び交っていたみたいでな。それだけ雪乃の影響力が大きかったということでもあるけどな」
「スルッと元カノの自慢入ったね」

 元カノという単語に聞き馴染みがなかったせいで、一瞬小町の言ったことが理解できなかった。そんなリア充な言葉には縁がない人生だったのになぁ。

「……とは言っても、俺自身はそんなことどうでもよかった。慣れっこだしな」
「でも、そんなのを雪乃さんが許すとは思えないよ」
「ああ」

 まさしくその通りだ。そんなことは、俺にもわかっていた。
 
「だから、最初は気づいていないふりをした。雪乃だって、俺が何も知らないなら、わざわざ波風立てようとはしない。結局は俺は他大で外野だからな」

 もしも大学受験に失敗せずに、雪乃と同じ大学へ行けていたら、また話は違ったのだろうか。そんなifに意味はないが。

「その言いぶりだと、雪乃さんにはバレちゃったわけだね」
「正直者だからな」
「どこの誰の話をしてるの、お兄ちゃん?」

 小町の冷たい視線が突き刺さる。いや、俺結構正直者よ? 正直すぎて家から出たくないって思ったらテコでも動かない自信あるし。
 
「で、約束ってどこで出てくるの?」
「そこでようやく登場だ」
「えっ?」

 今にして思えば全てを狂わせたきっかけはアレだったのだろう。
 
「雪乃に、何もしないでくれって頼んだ」

 あの言葉ほど無責任なものを、俺は他に知らない。

「俺のために、自分を傷つけるようなことはしないでくれって。そう約束した」 
「……大体わかったよお兄ちゃん」

 一つ、小町はため息をつく。
 
「本っ当に、ゴミいちゃんだね」

「それで苦しい思いをしてたのはお兄ちゃんだけじゃないんだよ? わかってる?」
「ああ、わかってる」

 今は、という言葉は意味がないから口にしない。あの頃にそれが理解できていたなら、きっとあんな結末には至らなかったはずだ。
 
「むしろ、ずっとその環境にい続けなきゃいけなかった雪乃さんの方が、ずっと辛かったはずだよ」

 まるで答え合わせのようだ。そんなことがぼんやりと頭の中に浮かんだ。
 
 自分は何を間違えたのかを考え続けてきた。その中で得た結論は、小町の口によって語られる内容と今のところ一致している。

「雪乃はそんなことを意に介さないと俺は思っていた。勝手に言わせておけって、同じ考えだって思い上がっていた」
「でも、雪乃さんはお兄ちゃんのために動いた。ううん、もしかしたら自分のためだったのかもしれないけど」
「そうだ。それで……」

 その先を口にするのが躊躇われる。
 あまりにも愚かなかつての自分を自白するに等しい行為だ。
 
 だが、それは小町の口から言わせるのは違う。いい加減、過去の自分と向き合わなければならない。
 
「……俺は、雪乃に失望した」

 本当に、自分勝手な話だ。

――
 
――――

「いただきます」

 今晩の夕食は彼が作ったカレーだ。いつか初めて私に作ってくれた料理もカレーだった。そんな他愛もないことを思い出して、妙に可笑しくなる。
 そしてそれが遠い昔のことのように思えてしまう自分が、悲しくなる。
 
「……いただき、ます」

 そして食事の時に二人の間に流れる沈黙。しかしそれは、一ヶ月前のそれとは全く異質のものになってしまっていた。
 
 ――もう、限界かもしれない。
 
 そう、強く思った。
 
 ただ、それを口にする勇気が、この時間を終わらせる覚悟が、私にはなかった。
 
 ふいに、彼がスプーンを皿の上に置く。
 
「……どうしたの?」

 彼がひとつ、深呼吸をする。
 
 その瞬間に、彼が次に何を言おうとするか、わかってしまった。

「……なぁ」
「何かしら……?」

「……もう、別れよう」

――

――――

 不定形な意識が、徐々に輪郭を持ち始める。
 自然にまぶたが開かれて、光が網膜を焼きつけるように差し込んできた。
 
「ん、ん……」

 懐かしい夢を見た。
 
 遠い昔のようにも、ついこの間のようにも思える、今となってはただ懐かしいと感じる記憶を、私は辿っていたようだ。
 
「…………」

 いや、それは間違っているのかもしれない。
 そう『感じていた』記憶だ。
 
 きっと、この前の休日に見かけてしまったせいだろう。

 どうして?
 
 どうして、今になって現れたの?
 
 やっと忘れられていたのに。
 
 かつて恋した彼の姿が、まぶたに焼きついて離れない。

とりあえずここまでです。

 玄関の鍵を開けた瞬間、一気に疲労が全身に押し寄せてきて、倒れ込むように床に座り込んだ。
 
「はぁ……」

 ため息がこぼれる。幸せが逃げてしまう、なんて常套句が一瞬頭に浮かんだが、そもそも逃げる幸せもない。いや、今日久しぶりに小町に会えたのは幸福だったか。
 
 久々の会話の内容が内容だっただけに、全くそう感じられなかったが。
 
 スマホの画面には21:07の文字。明日には仕事だから、起きていられる時間はあと僅かだ。せっかくの休日に俺は何をしていたのだろう?
 
 その答えは無という他にない。小町とはあの会話から程なくして別れて、俺は何も考えずにただ千葉の街を彷徨い歩いていた。気づけば足は棒のようになっていて、帰ろうと思ったのが一時間前の話。
 
『もう、いい加減にしたら?』

 小町の声が頭の中で繰り返される。

 あれから何年が経っている?
 
 数えるのも嫌になったからわからないが、大学を卒業して働き始めて数年になるから、相当な年月のはずだ。
 
 出会いがなかった、なんて言い訳は正直できない。
 職場には女性が少なからずいたし、全く話さなかったというわけでもなかった。
 
 昔とは違い、完全孤立のボッチではなかった。そう、この俺があの高二病患者からは脱却することができたのである。奉仕部での経験のおかげか、社畜になってからはある程度の人間関係は築けるようになっていた。
 
 だが、他人をある境界線よりも自分の内側に入れることも、またなかった。
 
 人との関わりは深くなればなるほど、かけがえのないものになる。そうして得たものを、大切だと思っていたものを失うことが、俺は怖いのだ。
 
 それは雪ノ下のこともそうだが、もう一人。
 
 もしも俺が何もしていなかったなら、今過ぎていく時間の中に彼女たちはいたのだろうか。
 
『本当、未来なんてどうなるかわからないものね』
『ね! ヒッキーがちゃんと働いてるんだもん。もうヒッキーじゃないよ』
『それで生きていけるなら、いくらでも引き籠もっていたいけどな。定時出勤が、朝が来るのがツラい……』

 ありもしない空想(if)が、頭の中にぼんやりと浮かび上がり、そんな自分がひどく間抜けに思えて笑えてくる。

 優しい夢の中へ逃げ込もうとも、現実は、遠い時の彼方で既に起こってしまった事実は、微細なカケラすらも変わらない。
 
『あたしは、ヒッキーのことが……』
 
 あの空間を壊したのは、他でもない俺自身だ。
 
『ヒッキーのことが……っ』

 こんなことになるくらいなら、いっそのこと。
 
『……だいっきらいっ!』
 
 いっそのこと、何もしなければよかったと。
 

――

――――

「……はぁ、今日も終わりと」

 窓の外を見ると空は黒く塗りつぶされていて、対照的に下方は街の灯りが所狭しと並んでいる。今日も空が明るいうちの退勤はしっかりと失敗である。定時退社とは一体?
 
「比企谷さん、お疲れさまです」
「おう、お疲れ」

 声に振り返ると配属二年目の後輩がそこにいた。こいつもどうやらしっかり残業だったようだ。
 
「しんどいですね、こう毎日残業続きだと」
「年度末だしな、仕方ない」

 長年培った社畜精神をいかんなく発揮した結果が今の俺だ。おかげで給料は多少良くなったものの、今日のような日はこれから帰っても夕飯を摂って寝るだけだろう。
 
 ふと、後輩が思い出したようにスマホを取り出す。
 
「あ、彼女にラインしないと」
「もう結構長いんだっけか?」
「まぁ、そうですね。一年とちょっとくらいです」

 それだけ続けばなかなかのものだと思う。俺と雪乃は――と頭に浮かんだ言葉を振り払った。この間から調子が狂っている。
 
「比企谷さんはそういうのないんですか?」

「ないな。びっくりするほどない」
「即答ですか」

 俺の人生を省みてみると、女性関係で何かあったなんてあの出来事くらいのもので、それ以外は虚無以外の何物でもない。
 
 いや、女性関係に的を絞らなければもっといろいろあったよ、俺の人生? 大学受験とか就活とか滅茶苦茶頑張った。偉いぞ俺。何十社ES出したんだろ、あの時ばかりは理系に進んでサクッと就活を終わらせた材木座が本気で恨めしく、あ、間違えた、羨ましく感じたものだ。
 
「普通に何かありそうですけどね。比企谷さん、顔も悪くないし」
「人間、外見よりも中身なんだなって実感した人生だった」
「人生まだまだこれからですよ」

 あれ、どうして俺は平日の夜から後輩に慰められているのだろう。
 
「強いて言うなら、学生の時に付き合ってたやつがいたくらいだな。一回だけ」
「なんだ、やっぱりあるんじゃないですか」
「その一人と付き合ったきり、何もないから実質ゼロみたいなもんだ」

 別に隠すようなことではない。とっくの昔に終わってしまった話だ。 
 
「でも」


 と、後輩が口を開く。
 
「やっぱり1と0って違いますよ」

 そう言って後輩はニコリと笑う。これから何か良い事ありますよ、と言いたげな視線である。
 
 ……ま、何もないんですけどね。


――

――――

「ぐへぇ……」

 死んだ目の背広姿で歩く人々の中に俺もまた埋没するいつも通りの朝。瞳が死んだ子一等賞なら、ダントツで俺が勝てる自信がある。なんて清々しい朝でしょうか。
 
 だがしんどさは強烈に感じるものの、不思議と昔に比べてツラさは少なく、精神的苦痛はは年を経るごとに減少傾向にある。これが慣れによる順応か。慣れって怖い。
 
 それに、正直な話をすると自分はまだ良い方だと周りを見ていると感じる。毎日栄養ドリンクだったり魔剤だったりを体内に流し込みながら歩いている人間を見ると、『こいつらよりはまだマシか』と思える。下を見ていると人間は精神的に安定する。これマジで。実はこれは下方修正型メンタルヘルスと呼ばれ、近年精神療法界隈で注目されている学説らしい。ちなみにこれ嘘な。

 そんなことをウツラウツラと頭の中で浮かべながらいつもの道を歩いている。もしも脳内の思考をそのまま文章化できるツールが出来たら、エッセイストにでもなれそうな勢いだ。――いや、ねぇな。書店の隅でホコリ被ってるのが見えるわ。
 
 と、その時、不意の衝撃が右肩を走る。

 誰だ?
 
 肩を叩かれたのはわかる。しかしそんなフランクな接し方をしてくるような関係性の人間は、俺にはいないはずだ。

 人違いかもしれないと思いながら振り返ると、想像だにしていなかった人物が、そこには立っていた。
 
 なるほど、この人なら納得だ。
 
「やぁ、比企谷くん」

 雪ノ下陽乃だった。

「……お久しぶりですね」
「あら、随分他人行儀なんだねぇ」

 ベージュ色の薄手のトップス姿は、以前よりも落ち着いた印象を受けた。この年齢になって大学生の頃とファッションが変わらないわけがないのだが、どこか不思議な感覚に陥る。

「こんなものじゃないですか、普通」
「昔だったら、絶対もっと面白かったのになぁ」

 そんな反応してたっけ、俺。
 
 なんて考えているとケラケラと雪ノ下さんは笑う。最後に会ったのなんて何年も前だったはずなのに、その姿はその頃の彼女を簡単に想起させた。
 
「絶対に出くわしたくない人間と鉢合わせちまった……みたいな感じだったのに」
「うっ……」

 見事に図星である。
 
「それにしても比企谷くんも、アレだね」
「アレ?」
「アレはアレだよ」
「歳をとると単語が出てこなくなるやつですか?」
「あ、ひどいなーそれは。思ってても言っちゃダメなやつだよ?」

 気分を害したのなら申し訳ないが、それで早く俺を解放してくれるならありがたかった。いや、俺一応出勤中だし。割と時間ないし。

「せっかく濁してあげようかなって思ってたのにな」

 その声音は、ひどく聞き覚えのあるものだ。忘れられるわけがない。
 
 この人の何もかもを見通しているような、そんな冷たい声。
 
 それが俺は酷く不愉快だったことを、今更になって思い出すが時すでに遅し。

「変わってないね、比企谷くん」

――

――――

「あれ、比企谷さん。今日は定時ですか?」
「ちょっと用事がな」
「デートですか?」
「それだったらどれだけよかったかなぁ……」

 むしろ死刑執行の方が近い。
 
 えー、気になるなぁ、という後輩の言葉を避けて、久しぶりの定時退社である。この後の用事が用事じゃなかったら、どれだけ清々しかったか。これでまた当分定時で帰れなさそうだ。――あれ、なんかおかしくない?
 
「偉いね。しっかり時間厳守。さすが社会人」

 会社のドアを抜けると、雪ノ下さんはそこに堂々と立っていた。見ず知らずのビルの前で待つというのに、普通、もう少し遠慮というか気後れとかしないものだろうか。
 
 ないな、この人にそんなものがあるわけない。あったら社畜の貴重な定時退社をこんな風に奪いに来ないだろう。
 
 ――いや、単純にこの人が雪ノ下陽乃だから、という理由だけではない。
 
「それで、俺に話って何なんですか?」

 答えのわかりきった質問をする。
 
 雪ノ下さんは何も言わなかった。

 この辺りに勤めてから数年が経つような俺ですら一度も足を踏み入れたことのなかった小さな路地を進む。雪ノ下さんに連れられて向かった先は、その道をさらに奥に入り込んだ場所にひっそりと佇むように構えている本当に小さなバーだった。
 
「なんでこんなとこ知ってるんすか」
「物好きな友達に教えてもらったの」

 中に入ると、間接照明を主として外とさして変わらない薄暗い店内が現れる。ジャズナンバーが微かに聞こえてきて、場違いな感覚に陥る。
 
「いらっしゃいませ」

 バーテンダーがカウンターの奥からそっとそう声をかけると、雪ノ下さんは小さく頭を下げ、それから端の方のカウンター席についた。それに倣い、俺も雪ノ下さんから一人分空けたイスに腰掛ける。
 
「モスコミュールで。比企谷くんは?」

 えっ、注文早くない? まだメニューを目にもしてないんだけど?
 
「えっと……」

 急いで辺りを見渡すと、どこかで見たことあるような気がする名前が並んでいる木の板を見つけた。これが恐らくメニューだろう。
 
「じゃあ、ジントニックで」
「かしこまりました」

 そう言うやいなや、バーテンダーはシェイカーに酒やら氷やらを放り込み始めた。
 
「比企谷くんは、こういうところよく来るの?」
「いえ、全然」

 何度か挑戦はしたものの、結局酒はあまり好きになれなかった。飲めないわけではないから付き合いの席では飲める程度だ。
 
「ふぅん。最初にジントニックなんて頼むから、通なのかと」
「ジントニックって通ですか?」

 むしろカクテルの中ではメジャーもいいところだと思う。俺がいま選んだ理由もなんとなく名前を知っているからに過ぎない。

「シンプルなカクテルだからね。その店の実力が一番如実になるって言うよ」
「へぇ」

 また一つ知識を得てしまった。と、思うのと同時に目の前にグラスがそっと置かれる。いつの間にかシェイキングまで終わっていたらしい。

「じゃあ比企谷くん。乾杯」
「……乾杯」

 キン、とグラス同士が小気味よい音を鳴らす。
 カラン、と氷が崩れる音。
 
 酒の味はわからないが、不味くはなかった。
 
「煙草、大丈夫ですか?」
「大丈夫、お偉いさんとの席で慣れてるよ」
「なら失礼します」

 箱から煙草を一本取り出し、百円ライターで火を点ける。こういう場所ならジッポライターとかの方が合うのだろうが、生憎そんな高尚なものは持っていなかった。こういう場所に来たとき用に一つは持っておくのもいいのかもしれない。
 
「意外だね」
「煙草ですか?」
「うん。そういうのバカにする方だと思ってた」
「バカにしてましたよ。何なら今でもバカにしてます」

 喫煙はわざわざ高い金を払ってまで、肺を真っ黒に染める行為だ。合理的に考えればこれほどバカらしいものもない。
 
 だが。
 
「何かに縋るしかなかったんだね」

 また、この人は俺の心を見透かす。
 返す言葉が見つからず、またタールまみれの煙を肺に流し込む。アルコールの効果も相まって思考がぼうっとボヤけた。
 
「ふぅん。じゃあさ、何かに縋るくらいに大事だった雪乃ちゃんを、どうして手放したの?」

 ようやくと言うべきか、ついにと言うべきか。話は本題に足を踏み入れる。
 
「別に、普通の理由ですよ。ちょっとしたことですれ違って、うまくいかなくなったんです。世のカップルの大半と同じように」
「そういう定型文のような話を私がしたいと思う?」

 用意していた言葉は脆く儚く崩れ去る。雪ノ下さんの視線は逃げようとする俺を見逃す気がなさそうだ。

「私、結構期待してたんだよ? 君に」
「何の話ですか」
「君なら雪乃ちゃんをって、買いかぶり過ぎだったみたいだね」
「…………」
「そんな簡単に手放すくらいなら、最初から何もしないでほしかったな」

 思わずグラスがこぼれそうになる。この心の動揺は何故だろうか。散々自分でも導き出した話じゃないか。それがいざ他人から指摘されるとこんなザマとは。
 
 だが、雪ノ下さんの言うことは尤もだろう。俺だって万一認めた男が小町に手を出しておいて、ありふれた理由で放り投げられたら、その相手に皮肉の一つも言いたくなる。
 
 これは甘んじて受け入れるべき、罰なのかもしれない。
 
「……すいません」
「ごめんで済んだら警察はいらないよ」

 何も返せなかった。せめてもの逃げとして煙草を一口吸うが、味はしなかった。
 
「……雪ノ下は」
「うん?」
「雪ノ下は、最近どうなんですか?」
「別にそれ、比企谷くんに教える義理、ないよね?」
「…………」
「ごめんごめん。流石に元カノの近況が気になるのは、普通のことだよね」

 ケラケラと雪ノ下さんは笑い、そして一呼吸をおいてからまた口を開く。

「結婚、するんだって」

すみません。こちらで書いていました。
完結済みです。
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=13681938

掲示板の方を長らく放置してしまい申し訳ありませんでした。

このSSまとめへのコメント

1 :  MilitaryGirl   2022年04月20日 (水) 03:39:50   ID: S:p_5bfq

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2 :  MilitaryGirl   2022年04月21日 (木) 09:12:10   ID: S:XTGI9M

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