【バンドリ】山吹沙綾「ハンコはここにあるからね、りみりん」 (47)


―― やまぶきベーカリー ――

山吹沙綾「……って言ったのは確かに私だね」

牛込りみ「…………」

沙綾「で、これはなに?」

りみ「婚姻届けだけど……」


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沙綾「オッケーりみりん、ちょっと話を整理しよっか?」

りみ「名前書いてくれるの?」

沙綾「オッケーはそこにかかってないよ?」

りみ「そっか……」

沙綾「それで、えーっと、とりあえずさ、色々言いたいことはあるんだけど」

りみ「うん」

沙綾「どうしてウチに臨時バイトで来るのに婚姻届けなんて持ってきたの?」

りみ「お姉ちゃんがね、もしもの時の為にってくれたんだ」

沙綾「ゆり先輩は何を考えて妹にそんなものを……」

りみ「あと、なんか……ガラナチョコ? っていうチョコもくれたんだ」

沙綾「それは間違っても口にしちゃいけないよ、りみりん」

りみ「え、さっき食べちゃった」

沙綾「……そう」


りみ「そしたらね、なんだか無性に沙綾ちゃんと結婚したくなっちゃって……」

沙綾「……気付いたら婚姻届けの記入が終わってた?」

りみ「わぁっ、沙綾ちゃんすごい。私のことはなんでもお見通しなんだ……えへへ」

沙綾「可愛く笑ってもやってることえげつないからね?」

りみ「そんな、可愛いって……照れてまう……」

沙綾「はいはい関西弁もしまっておいてね」

りみ「あ、ごめんね?」

沙綾「その『ごめんね』はもっと別の場所に欲しいんだけどなぁ」

りみ「……?」

沙綾「うわー、全然私の言いたいこと分かってなさそうな顔してる」

りみ「……あっ!」

沙綾「ん、分かってくれた?」

りみ「やっぱりゼク〇ィの付録の婚姻届けじゃダメだったかな? ピンク色で可愛いなって思ってたんだけど……ごめんね、気付かなくて」

沙綾「……うん、まぁ、プレッシャーだよね、そのピンク色は」

りみ「そ、そしたらお役所に行ってちゃんとしたのもらってくるね!」

沙綾「いい。いいから。それ持ったままお店から出て行こうとしないで」


りみ「いいの? 良かったぁ……。それじゃああとは沙綾ちゃんの名前を入れるだけだから……」

沙綾「違うよ? いいってそういう意味じゃないよ? ていうかどうして私の名前以外の項目がもう埋まってるの?」

りみ「やっぱり沙綾ちゃんの名前は沙綾ちゃんの字で書いて欲しいなって……沙綾ちゃんの字、優しい感じがして好きなんだ」

沙綾「笑顔でいいこと言ってる風だけどやってることはかなりヤバい人のそれだからね? そもそもそれ、確実にバイト中にやることじゃないよね?」

りみ「え、でも沙綾ちゃんが『ハンコはここにある』って言ったから、そういうことなのかなって……」

沙綾「あれ、この事態ってもしかして私が悪い?」

りみ「沙綾ちゃんに悪いところなんてないよっ!」

沙綾「あーうん、ありがとう?」


りみ「それじゃあここに名前を……」

沙綾「書かないよ?」

りみ「えっ」

沙綾「いやいや、なんでそんなびっくりしてるの?」

りみ「だって沙綾ちゃん、この前私のこと大好きって……」

沙綾「うん、確かに言ったね? でも友達としてって意味だよ?」

りみ「じゃあお友達から?」

沙綾「……それになんて返せばいいかちょっと考えてもいいかな? いや、何言ってもダメそうな気がするけど」

りみ「私は沙綾ちゃんが大好きだよ」

沙綾「その言葉、今だけはちょっと聞きたくなかったかなぁ」

りみ「子供って……可愛いよね」

沙綾「上目遣いで頬を染めながら言うのはやめよっか? 可愛いけどやめようね?」

りみ「あ、やっぱり生活が安定するまで我慢しないとダメだよね」

沙綾「りみりんは一体なんの心配をしてるのかなぁ私にはまったく分かんないやー」


りみ「わ、私、沙綾ちゃんをしっかりリードできるように頑張るね……!」

沙綾「無理しないでいいと思うよ? ていうか今日のりみりん、ちょっとアレだけど大丈夫? 熱とかない?」

りみ「えっ、いつも通りだよ?」

沙綾「あれぇ、私の知ってるいつも通りとかなり離れてるなぁー……」

りみ「朝焼けに目覚めた空がそれぞれの決意を照らして新たな『いつも通り』になるんだよ、沙綾ちゃん」

沙綾「それはアフターグロウの歌だよね? 微妙に似てる蘭の声真似入ってるし」

りみ「練習したんだ」

沙綾「練習したんだ?」

りみ「あとね、このBメロのあとにバンドのみんなで歌う『Wow Wow Wow...』に繋がるのめっちゃ好き」

沙綾「そうだね、アフターグロウらしくてカッコいいね」


りみ「だから、はい、沙綾ちゃん」

沙綾「今の話は『だから』で繋がらないよね?」

りみ「からだで……?」

沙綾「りみりん今日本当にアレだけど大丈夫? 初バイトで疲れちゃった?」

りみ「ううん……初めてだったけど、沙綾ちゃんが優しくしてくれたから……」

沙綾「りみりん? 救急車呼ぼうか? いやもういっそ呼ぶね?」

りみ「産婦人科行き?」

沙綾「精神科行きだよ?」

りみ「病は気からって言うもんね」

沙綾「……そうだね、呼んでも意味なさそうだね」


りみ「じゃあ、これ」

沙綾「まだ引っ張るの、それ?」

りみ「私は沙綾ちゃんを愛してて、沙綾ちゃんはお友達からなら、いざって言う時の為に書いておいた方がいいと思うんだ。心配だもん」

沙綾「大好きから愛してるに変わってるのはこの際目を瞑るけど、その心配よりもっと先にする心配があるよね?」

りみ「先に……?」

沙綾「先に」

りみ「うーんと……うーん……」

沙綾「……そんなに考えないと出てこないことかな」

りみ「あっ!」

沙綾「お?」

りみ「そっか、そうだよね……ごめんね、沙綾ちゃん。私、ちょっと先走りすぎてたかも」

沙綾「先走るっていうか、もうぶっちぎってたけどね。でも分かってくれたなら良かったよ」

りみ「流れで私が夫の方に書いちゃったけど、沙綾ちゃんの意見もちゃんと聞くべきだったよね」

沙綾「全然分かってなかったよ」


りみ「でも、でもね? 私、思うんだ」

沙綾「聞きたくないなぁその先」

りみ「やまぶきベーカリーで仕事が終わって、お家の方に向かったらね、沙綾ちゃんが割烹着を着て料理を作っててくれるの」

沙綾「エプロンじゃないんだ」

りみ「それで私が来たことに気付いて、『今日もお疲れ様。忙しかったから大変だったでしょ? 晩御飯はあなたの好物だから、期待して待っててね』って優しい笑顔と声で言ってくれるんだ」

沙綾「耳栓どこかにないかなぁ」

りみ「もうそれだけでいいよね。人生をなげうつに値するよね。そのまま幸せな家庭を築きたいし、沙綾ちゃんを守ってあげたい」

沙綾「あーそろそろ明日の仕込みとかしなくちゃ」

りみ「でもそうだよね。沙綾ちゃんだってこうやってお店のことがしたいもんね。そうしたら私、一生懸命お家のこと頑張るっ」

沙綾「今はお店のこと頑張って欲しいかな」

りみ「そ、そう? それじゃあいい花婿になれるように、やまぶきベーカリーのこと頑張って覚えるね」

沙綾「そうじゃないんだよなぁ」


りみ「あ……でも、私じゃ沙綾ちゃんをお姫様抱っこ出来ないかも……」

沙綾「しなくていいんじゃないかな?」

りみ「ううん、私、頑張りますっ! 薫さんにお姫様抱っこされる沙綾ちゃん、すごくキラキラしてたから……頑張って出来るようになるねっ」

沙綾「というか、まずお嫁さんとかお婿さんとかから離れて欲しいんだけど」

りみ「あれ? 沙綾ちゃん、やっぱり夫の方がいい?」

沙綾「えーっと、夫か妻かっていえばそりゃあ妻の方がいいけどさ、今はそういう話じゃないよね?」

りみ「そっか……うん、分かった」

沙綾「分かってなさそうだけど分かってくれた?」

りみ「私、沙綾ちゃんに相応しい立派なお婿さんになれるよう頑張るっ」

沙綾「うん、やっぱり何も分かってないね? 今は仕事を頑張ってほしいよ、私は」

りみ「花婿修行、頑張りますっ!」

沙綾「バイトだよ? あとその婚姻届けはそこの箱に入れておいてね」

りみ「あれ、それってゴミ箱じゃ……」

沙綾「ちょっと印鑑金庫にしまってくるから、りみりんは大人しくしててね」



―お店の外―

「印鑑……婚姻届け……なるほど……」


このあとも色々とこじれ、最終的にりみりんが山吹家に一泊していくことで話が落ち着くのは別の話。


――後日 羽沢珈琲店――

羽沢つぐみ「今日は1日よろしくお願いしますね、紗夜さん」

氷川紗夜「ええ、よろしくお願いします。臨時のバイトとはいえ、ご迷惑をおかけしないよう努力します」

つぐみ「そんなに肩に力を入れないでも大丈夫ですよ。難しいことは特にありませんから」

紗夜「だといいんですが……こういう経験がないので」

つぐみ「私がしっかり教えますから、きっと大丈夫ですよ」

紗夜「すみません。よろしくお願いします、羽沢さん」

つぐみ「はい。それじゃあまず……印鑑はここにありますから、何か届け物とかが来たら押して下さいね?」

紗夜「分かりました」


というのも別の話。


おわり


印鑑ってすごいな、とふと思いました。
そんな話でした。すいませんでした。

HTML化依頼出してきます。


羽沢つぐみ「印鑑はここにあるって言いましたよね、紗夜さん?」

※キャラ崩壊してます。


羽沢つぐみ「言いましたよね?」

氷川紗夜「ええ、確かに聞きました」

つぐみ「…………」

紗夜「…………」


つぐみ「じゃあどうして婚姻届けに印鑑を押してないんですか?」

紗夜「すみません、ちょっと言っている意味が分かりません」

つぐみ「印鑑の横にありましたよね、婚姻届け」

紗夜「ええ、どうしてか羽沢さんと私の必要事項が全て記入されたものがありましたね」

つぐみ「あとは羽沢の印鑑を押すだけですよ?」

紗夜「ごめんなさい、本当に言っている意味が分かりません」

つぐみ「紗夜さんのは私が押しました。だから、紗夜さんは私のを押してください。それだけの話です」

紗夜「……ええ、そこも気になっていました。なんで私の実印まで同じ場所にあったのでしょうか」

つぐみ「日菜先輩が貸してくれました」

紗夜「日菜……自分がやったことの重大さを分かっているのかしら……」


つぐみ「紗夜さん」

紗夜「はい?」

つぐみ「今は私と話をしているんですから、他の人のことは考えないでください」

紗夜「……ええ?」

つぐみ「浮気を疑いますよ?」

紗夜「いえ、そもそも浮気という事実関係が私と羽沢さんの間で成立しないのでは……」

つぐみ「しますよ。絶対します。アフターグロウのみんなもそう言ってました」

紗夜「私と羽沢さんの関係とは一体……?」

つぐみ「結婚を前提にお付き合いする仲ですよ」

紗夜「そんな重大なことに頷いた記憶がないのですが」

つぐみ「えっ?」

紗夜「えっ」

つぐみ「紗夜さん、頷いてくれたじゃないですか。ウチのお店を手伝ってほしいって言葉に」

紗夜「それはこの臨時バイトの話では?」

つぐみ「あ、ごめんなさい。『生涯通して』って言い忘れてました」

紗夜「そこは一番忘れてはいけないと思いますけど」

つぐみ「やっぱり大切なことは……2人っきりの時に話したかったので……」

紗夜「大切なことは一番最初に伝えるべきだと助言します」

つぐみ「紗夜さんからのアドバイスですね。一生忘れません」

紗夜「出来れば私と出会う前に知っていて欲しかったわね……」


つぐみ「という訳で、私の印鑑を押してください」

紗夜「……お断りしますけど」

つぐみ「え?」

紗夜「どうしてそんな心の底から不思議そうな顔をしているんですか?」

つぐみ「印鑑を押すだけですよ?」

紗夜「その行動だけで私のこれからの人生が決まってしまいますよ?」

つぐみ「私と結婚するの、嫌……ですか?」

紗夜「羽沢さん、ここでそういう庇護欲をくすぐる顔をするのは卑怯です」

つぐみ「紗夜さんが私だけのいいところを見つけてくれたおかげで、私は私を好きになれたんです」

紗夜「ええ、まぁ、あなたのおかげで私も私を肯定できたという節はありますが」

つぐみ「じゃあもう結婚するしかないじゃないですか」

紗夜「論理が飛躍しすぎています」


つぐみ「たくさんデートしたじゃないですか。雑貨屋に始まって、映画、コンサート、動物園とか……」

紗夜「デートというか、友人同士の遊びに分類されるものでは?」

つぐみ「私のことは遊びだったんですか!?」

紗夜「そういう意味ではありません。人聞きが悪いことを大きな声で言わないでください」

つぐみ「本命は誰なんですか? リサ先輩? 友希那先輩? 燐子さん? あこちゃん……は流石に対象外かな?」

紗夜「彼女たちは私の親友よ」

つぐみ「じゃ、じゃあ……やっぱり日菜先輩……!?」

紗夜「どうしてそうなるんですか? やっぱりってどういうことですか?」

つぐみ「そっか……そうだよね……あんなに簡単に実印を貸してくれたのも、『おねーちゃんと結婚? ふーん、好きにすれば? ふふーん、おねーちゃんの本命はあたしなのに無駄に足掻いちゃって。つぐちゃんてば純粋だなぁ~』っていう余裕の現われからの行動なんだ……」

紗夜「そろそろいつもの羽沢さんに戻ってくれませんか?」


つぐみ「私はいつも通りですよ?」

紗夜「私の目の前にいるのはどこの世界の羽沢つぐみさんなのかしら……」

つぐみ「紺碧の美しい空がそれぞれの迷いを溶かして新たな『いつも通り』になるんですよ、紗夜さん」

紗夜「美竹さんが作った曲を曲解させるようなことを言うのは如何なものかと思いますが」

つぐみ「曲解じゃないです。この紺碧の美しい空って夜空のことなんですよ、紗夜さん」

紗夜「はぁ」

つぐみ「その美しい夜が私の色んな悩みを溶かして新たないつも通りになったんですよ、紗『夜』さん」

紗夜「いえ、分かりましたから、夜だけ強調して言わないでください」


つぐみ「分かってもらえて嬉しいです。それじゃあ、ここにお願いしますね?」

紗夜「いえ、押しませんよ?」

つぐみ「どうしてですか?」

紗夜「色々言いたいことはあるけれど、まず第一に私と羽沢さんは女性同士です」

つぐみ「愛に性別は関係ないんですっ!!」

紗夜「……羽沢さんも叫ぶことがあるのね」

つぐみ「あ、ごめんなさい」

紗夜「いえ、責めてるわけではありません。ただこんな時にそんな姿を見ることになるとは夢にも思わなかったというだけで」

つぐみ「よかったぁ……紗夜さんが理解してくれて」

紗夜「何か勘違いしていませんか?」

つぐみ「してないですよ。式はどうします?」

紗夜「絶対に勘違いしてますよね?」


つぐみ「じゃあ逆に聞きますけど、紗夜さんは、その、わ、私のこと……す、好きじゃない……んですか……?」

紗夜「もっと大胆なことを言っていたのにどうしてそこは照れるんですか?」

つぐみ「お、乙女心ですっ」

紗夜「私も乙女のはずなのに理解が及ばないわ」

つぐみ「へ、返事を聞かせてください……!」

紗夜「ええと、好きか嫌いかで言えば当然好きですけど」

つぐみ「じゃあ何も問題ありませんね。結婚しましょう」

紗夜「やっぱりあなたの乙女心はどこかおかしいですよ?」

つぐみ「おかしくないです。仮におかしいとしても、そうさせたのは紗夜さんです。だから、責任……とってほしいです……」

紗夜「先ほども言いましたが、ここでそうやって上目遣いをして庇護欲をそそるのは卑怯です。あとそれを私のせいにされるのはかなり心外です」


つぐみ「どうして断るんですか……やっぱりあの女(ひと)が悪いのかな……」

紗夜「羽沢さん? 目から光が消えかかっていますよ?」

つぐみ「こうなったら、日菜先輩に……!」

紗夜「日菜に何をするつもりですか? 内容によっては流石に羽沢さんでも承知は……」

つぐみ「誠心誠意頭を下げておねがいして、紗夜さんのことを諦めてもらいます!」

紗夜「……不覚にも少し可愛いと思ってしまった」

つぐみ「日菜先輩が好きなお菓子を持って、今度ご挨拶に伺いますね。日菜先輩って何が好きですか、紗夜さん?」

紗夜「あの子の好きなお菓子……ガムやキャンディかしら……」

つぐみ「それじゃあ駄菓子屋でたくさん買っていきます! 私は本気ですよ!!」

紗夜「……まぁ、それくらいの可愛いものなら日菜も喜ぶと思うし、いいんじゃないかしら」

つぐみ「婚姻届けと印鑑も持参します!」

紗夜「一気に可愛さがなくなってしまったわ」

つぐみ「これで日菜先輩の対策はバッチリですね、紗夜さん!」

紗夜「私はそれになんて返せばいいんですか?」

つぐみ「結婚しよう、がおすすめですよ」

紗夜「聞く人間を間違えたわね。ノーコメントで」


つぐみ「やっぱり言葉より行動ですよね。では、ここに印鑑をお願いします」

紗夜「どうあっても押さないですよ? というか、そもそもどうして私の実印を羽沢さんが押して、羽沢さんのものを私が押すんですか?」

つぐみ「それは、ふ、夫婦の初めての共同作業ですから……大切にしたいじゃないですか」

紗夜「相変わらず羽沢さんの照れるポイントが理解できないわ」

つぐみ「大丈夫です、価値観の違いなんて一緒に暮らしていればすぐになくなりますから」

紗夜「心配するポイントも一切理解できません」

つぐみ「紗夜さんの言っていることの方が分かりませんよ! それじゃあ私はどうすればいいんですか!!」

紗夜「先ほどから思っているけれど、どうして私が怒られる立場なのかしら」


つぐみ「確かに私は日菜先輩みたいに天才肌で明るい素直な女の子じゃないです!」

紗夜「……こと今においては十分欲望に素直ですが」

つぐみ「それにリサ先輩みたいに周りのこと全部に気を遣える優しい人でもないです!」

紗夜「……ああ、この現状では否定できません」

つぐみ「友希那先輩のように気高い凛々しさも持ち合わせてないです!」

紗夜「……最近の湊さんもわりかし欲求に忠実なのでそこまで凛々しくありませんよ?」

つぐみ「それから燐子さんのような気品に溢れた物静かで胸の大きな大人でもないです!」

紗夜「……胸の大きさは関係ないと思います」

つぐみ「あこちゃんみたいな純真無垢な心も持ってないです!」

紗夜「そうですね、その点はまさにその通りだと」

つぐみ「…………」

紗夜「羽沢さん?」


つぐみ「……そうですよね。紗夜さんの周りにいる人に比べたら、私の取り柄って全然人に誇れるものじゃないですよね……」

紗夜「え、いえ、そんなことは」

つぐみ「私なんかが紗夜さんのお嫁さんに、なんて……よく考えたらおこがましいし……こんなんじゃ夫を支えられないです……」

紗夜「ああ、そういえば夫の方に私の名前が書かれていたわね……」

つぐみ「はぁ……海の底で物言わぬ貝になりたい……」

紗夜「……そんなに落ち込まないでください、羽沢さん」

つぐみ「いいんです。この恋心と一緒に世界の隅っこで慎ましく過ごしていきますから。寂しいけど、きっと大丈夫です。ひとりでもちゃんと頑張れます」

紗夜「私の心を的確に突く言葉を選ばないでください。それに、あなたはもっと自分を誇るべきです」

つぐみ「でも……」

紗夜「少なくとも私は、羽沢さんは他の誰かと比べてとかそういうこともなく、ただ純粋に素晴らしい人間だと思っていますよ」

つぐみ「…………」

紗夜「なり損なった自分と理想の成れの果てで、実現した今のあなた自身を否定しないでください」

つぐみ「紗夜さん……」

紗夜「一言でそう言われても難しいかもしれませんけど、それなら私は十万行を用います。一日では無理でも十年を費やせば、きっと受け入れられない自分も受け入れられるはずです」


つぐみ「……紗夜さん」

紗夜「分かってくれましたか?」

つぐみ「結婚しましょう」

紗夜「分かってくれたと信じていいんですか?」

つぐみ「今の言葉ってプロポーズですよね?」

紗夜「さては何も分かっていませんね?」

つぐみ「分かってますよ。これからずっと私の隣にいてくれるってことですよね?」

紗夜「違いますよ?」

つぐみ「違わないですよ」

紗夜「どうしてそんなに羽沢さんが自信満々なのよ……」

つぐみ「名字はどうしましょうか? 羽沢紗夜? 氷川つぐみ?」

紗夜「私を置いて話を飛躍させないでください」


つぐみ「あ、でもウチのお店を継ぐから……紗夜さんには婿入りしてもらうことになりますね」

紗夜「あの、羽沢さん、本当にどんどん話を勧めないでほしいのですが」

つぐみ「私、お嫁さんとして、紗夜さんのためにいっぱいご奉仕しますね」

紗夜「何をするつもりですか? どうしてこっちに迫ってくるんですか?」

つぐみ「紗夜さん、愛しています」

紗夜「真面目な顔と声でそんなことを言わないでください」

つぐみ「えへへ……」

紗夜「ちょ、ここ羽沢さんのお店ですから……熱っぽい顔で抱き着かないでください。私に頬ずりするのはもっとダメです。振り払えないじゃないですか」

つぐみ「これからもよろしくお願いしますね、紗夜さん」

紗夜「耳元で囁くのは少し揺らぎそうになるので本当にやめてください」

つぐみ「紗夜さんが受け入れてくれるまでずっとこうします」

紗夜「……はぁ……言っても止めてくれなさそうね……。仕方ありません、羽沢さんの気が済むまでは付き合いますよ」

つぐみ「はい! ありがとうございます、紗夜さんっ!」

紗夜「どうしてこういう時だけそんな純粋な笑顔を浮かべるのかしらね……」


そして五年後あたり、流石に根負けした紗夜さんが羽沢の印鑑を押すのは別の話。

おわり


短いしHTML化されてないので同じスレにUPしてもいいか、と思いました。すいませんでした。


牛込りみ「夜雨対牀」


――山吹家 沙綾の部屋――

牛込りみ「だよね、この状況って」

山吹沙綾「……え? なに、やう……?」

りみ「やうたいしょう、だよ」

沙綾「ええっと、どういう意味?」

りみ「夜の雨音を聞きながら、お布団を並べることだよ」

沙綾「へぇ……」

りみ「それだけ仲睦まじい間柄のことを指す言葉で、私と沙綾ちゃんにぴったりだなぁって思うんだ」

沙綾「…………」

りみ「沙綾ちゃん? どうかしたの?」


沙綾「いや……昨日までなら素直に感心できるし嬉しかったけど……今日の今日でその言葉は意味深だなぁって」

りみ「え、何が?」

沙綾「なんでその反応が返ってくるのかが私には分からないよ、りみりん」

りみ「……あ、そっか。沙綾ちゃんはベッドで、私はお布団だからちょっと違うかもね」

沙綾「そういうことじゃないんだよなぁ……」

りみ「じゃあ一緒のお布団に入ってもいい?」

沙綾「じゃあ、じゃないよね、その提案は」

りみ「あ、沙綾ちゃんがこっちに来たかった? 気付かなくてごめんね。いつでもいいよ」

沙綾「気付いてほしいことはもっと別にあるんだけど」

りみ「気付いてほしいこと……?」

沙綾「うん。なんかなし崩しにりみりんが私の部屋に泊まることになってたけど、バイトの時から色々おかしいよね?」

りみ「うーん……」

沙綾「どうして本気で考え込むような声を出してるのさ……」

りみ「分からないから沙綾ちゃんの隣に行ってもいい?」

沙綾「ダメだよ」

りみ「ダメなの?」

沙綾「そうなの」

りみ「でも寒くない、沙綾ちゃん? もう12月だし、雨も降ってるし」

沙綾「今年は暖冬だから平気だよ」


りみ「そっかぁ。じゃあ沙綾ちゃんが眠ってからこっそり入るね」

沙綾「今日は完徹かぁ。明日大丈夫かなぁ」

りみ「え、そんな……今日は寝かせないなんて……」

沙綾「何か変なこと考えてない、りみりん?」

りみ「考えてないよ?」

沙綾「いやいや、絶対考えてるよね?」

りみ「同衾共枕としか考えてないよ」

沙綾「言葉の響きからしてそれ絶対に変な意味の四字熟語だよね? まだあのチョコが身体の中に残ってるのかな?」

りみ「お姉ちゃんに貰ったチョコのこと? まだたくさんあるから沙綾ちゃんも食べる?」

沙綾「まさか補充してるとは思いもよらなかったよ」

りみ「美味しいからついつい食べちゃうんだ。本当は寝る前に甘いものを食べるのはダメなんだけどね」

沙綾「その勢いで私も食べられそうで気が気じゃないんだけど」


りみ「……でも私はどちらかというと、沙綾ちゃんに……えへへ」

沙綾「やっぱり泊めなきゃよかったなぁって今すごく後悔してる」

りみ「沙綾ちゃんと同じシャンプーとボディソープ使ったから、身体中から沙綾ちゃんの匂いがするんだ」

沙綾「その報告、今ここでする必要あったかな?」

りみ「ドキドキして眠れないよ……」

沙綾「私も違う意味でドキドキしてるよ」

りみ「心も身体もお揃いだね、沙綾ちゃん。だからそっちに行ってもいいよね?」

沙綾「違うと思うよ? よくないよ?」

りみ「そっかぁ」

沙綾「そうだよ。今日のりみりん、本当にアレな感じだけどどうしたの? 黄色い救急車呼ぼうか?」

りみ「黄色……それってつまり、沙綾ちゃんが看護婦さんの病院に運ばれるのかなぁ……それならいいかも……」

沙綾「やっぱやめよう。近所迷惑になるし」

りみ「やめちゃうの?」

沙綾「どうして残念そうなのかな?」


りみ「沙綾ちゃんに看病されたいなって思って」

沙綾「風邪の看病くらいならするけど、りみりんの煩悩の看病は無理かなぁ」

りみ「煩悩なんて持ってないよ?」

沙綾「それを煩悩と呼ばずになんと呼ぶというのか」

りみ「純愛だよ」

沙綾「そこの本棚に辞書があるから、純愛と煩悩を引いてみなよ」

りみ「沙綾ちゃんの名前、そこに足しておくね?」

沙綾「純と紗南も使うやつだから絶対にやめてね?」

りみ「夢という字を2人で書こうね」

沙綾「遠慮しておくよ」

りみ「遠慮しなくてもいいよ?」

沙綾「言葉選び間違えちゃった。お断りします」

りみ「そっかぁ。じゃあ仕方ないね」

沙綾「そこはあっさり引き下がるんだ」

りみ「うん。沙綾ちゃんが嫌がることはしたくないから」

沙綾「あれ、何かものすごい矛盾を感じる……」


りみ「沙綾ちゃん、私のこと嫌い?」

沙綾「……いや、そりゃ嫌いじゃないけど」

りみ「えへへ、私も愛してるよ」

沙綾「おかしくないかな?『嫌いじゃない』が『愛してる』に変換されてない?」

りみ「おかしくないよ? 婚姻届け、ちゃんと机の上に置いてあるからね?」

沙綾「絶対におかしいよね? ゴミ箱に捨てておいてって言ったよね?」

りみ「大丈夫だよ。いま机の上にあるのは正式にお役所で貰ったやつだから」

沙綾「何が大丈夫なのかな?」

りみ「いつでも結婚出来るよ?」

沙綾「いやいやいや、まずそこがおかしいよね? なんとなく後回しにしてたけど、結婚がどうとかっていうのがまずおかしいよね?」


りみ「おかしくないよ。私と沙綾ちゃんの間には純然な愛があるから。ただそれだけでいいんだ」

沙綾「愛ってもっと複雑なものじゃないかな?」

りみ「それならその神経過敏な愛で救える命はあると思う、沙綾ちゃん?」

沙綾「さっきもそうだけど私に歌ネタを振らないで」

りみ「誰もが転がる石なのに 皆が特別だと思うから 選ばれなかった少年はナイフを握りしめて立ってた」

沙綾「やめて、そこだけ聞くと怖いから歌うのはやめて」

りみ「それじゃあ…… だからせめて人を愛して 一生かけて愛してよ このろくでもない世界で つじつま合わせに生まれた僕等」

沙綾「匿名を決め込む駅前の雑踏が真っ赤に染まるよりはいいけど、愛が重いよりみりん……」


りみ「じゃあそっちに行ってもいい?」

沙綾「だから『じゃあ』で繋がら……ああもういいや」

りみ「え?」

沙綾「いいよ、もうこっち来なよ」

りみ「いいの?」

沙綾「いいよ。このままじゃ堂々巡りのまま夜が」

りみ「お邪魔します」

沙綾「来るの早いね?」


りみ「えへへ、あったかいなぁ」

沙綾「はぁ……今日だけだよ」

りみ「今日が過ぎれば明日も今日だよ?」

沙綾「それは屁理屈って呼ばれるものだよ」

りみ「そっかぁ」

沙綾「頷く風にして私の胸に頬ずりするのはやめようね?」

りみ「はぁ……めっちゃ落ち着く……」

沙綾「私は落ち着かないけどね」

りみ「きっと今日はとってもいい夢が見れると思うな」

沙綾「私はうなされないか心配だよ」

りみ「それじゃあ、私が沙綾ちゃんの夢の中に入っていって悪夢を消してあげるね」

沙綾「……この現状が既に悪夢に近い気がしないでもないんだけど」

りみ「沙綾ちゃん……」

沙綾「りみりん? そんなに抱き着かれるとちょっと苦しいんだけど」


りみ「ありがとう」

沙綾「なにが?」

りみ「んん……言ってみたかっただけ」

沙綾「……そう」

りみ「はぁ……沙綾ちゃんの傍にいると安心する……」

沙綾「そのままもう寝ちゃいなよ」

りみ「うん。私はいつでも大丈夫だよ、沙綾ちゃん」

沙綾「何が大丈夫なのか皆目見当もつかないなぁ」

りみ「簡単に言うと既成事実かな?」

沙綾「そういうこと口にしちゃいけないよ、りみりん」

りみ「寝ちゃったら朝まで起きないから……ね?」

沙綾「艶っぽい目で見つめないで欲しいかな」


りみ「ふわぁ……なんだかめっちゃ眠くなってきた……」

沙綾「ほら、早く寝ちゃいなって。その方が私も楽だから」

りみ「ん……頭、撫でて欲しいなぁ」

沙綾「はいはい。それくらいだったらしてあげるから」

りみ「ん~……えへへ」

沙綾「……変なこと喋らなきゃすごく可愛いのに」

りみ「じゃあ……結婚……」

沙綾「半分眠りながらまだ言うの?」

りみ「誓いのチョココロネ……」

沙綾「どんなチョココロネなの、それ」


りみ「…………」

沙綾「りみりん?」

りみ「……すー」

沙綾「ああ、もう寝ちゃったんだ」

りみ「すー……すー……」

沙綾「…………」

りみ「さあやちゃん……」

沙綾「はいはい、ここにいるよ」

りみ「んん……えへ……しあわせ……」

沙綾「……今日は色々アレなとこはあったけど……やっぱり可愛いなぁ、りみりん」

りみ「すー、すー……」

沙綾「……はぁ」


沙綾「こういういつものりみりんとなら……結婚してもいいんだけどね」


おわり


短いしHTML化され(ry
一番やりたかったのは歌ネタのくだりでした。すいませんでした。

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