風俗嬢と僕(40)

ネオンライトがギラギラと輝く街。脂ぎったおっさんやキャッチの兄ちゃん、色気を撒き散らす女と、様々な人がそこを歩いている。

彼女にフラれた腹いせに風俗へ。

自分がこんなに短絡的な人間だとは思ってもいなかった。とはいえ、止める気もない。

デリヘルやソープといった様々な業種があるのは何となく知っていたけど、金銭的にも高価なところには行きづらくて。少しは敷居が低そうなピンサロに僕は向かっていた。

雑居ビルの5階に店はある。別にどの店でも良かったんだけど、ネットで検索したら上位でヒットしたからという理由だけで、僕はそこに狙いを定めた。

※ss速報vipに投稿していたものを加筆、修正しながら完結まで更新予定です。お付き合いよろしくお願いします。

エレベーターに乗り込んで、それが上昇するのと共に胸の鼓動が速くなる。

浮気をしようとしてるわけでもなければ、僕は18歳だって越えている。生活費や仕送りに手を出しているわけでもなく、大学の授業の合間にこなしているバイトで稼いだ金で、ただ遊ぼうとしているだけだ。

後ろめたさを感じる理由はないはずなのに、どこか悪いことをしている気がするのはなぜだろうか。

何となく気後れしてしまったけど、乗り込んでしまったエレベーターは故障もせずに無事に5階まで到着してしまった。

扉が開いて一歩踏み出してみると、いきなり声をかけられた。

「いらっしゃいませー! お兄さん、どう?」

おっさんというよりは兄ちゃんと言うべきか、ホストの出来損ないみたいな金髪ミディアムの男が、胡散臭く笑いながら僕に近づいてきた。

「えーっと、はい。お願いします」

声をかけられずとも、元々そうするつもりだったのだが、どうやらこの階には他にもいくつか店があるらしい。奥の方にも似たような看板が出ている場所がある。

僕の了承の返事に気を良くしたのか、男は早口に言葉を続けた。

「あざまーすっ! 今ね、一番人気のゆうちゃんが空いてるんですよ! 初めての来店なら、指名料込みでこの値段! お得ですよ!」

そう言って彼は看板の料金表を指さした。正直、他の店との相場とか人気とかあまり分からないけど、その値段自体は予算の範疇ではあった。加えて、風俗店の前に立っているのも何となくの恥ずかしさと後ろめたさがあって、何も考えずにそれを受け容れた。

「じゃあ、そうします」

「あざまーすっ! それじゃ、料金頂戴しますね。こちらの待合室で長かったら爪を切ってお待ちくださーい」

提示された金額通りの紙幣を渡して、カーテンで仕切られただけの待合室のボロい椅子に腰かけた。

……こんな感じなんだ。

やたらうるさくてポップなBGMが流れていて、とてもそういうことをするようなムードには思えない。

何となく異世界にきてしまったような戸惑いを感じている。異世界転生するような漫画のキャラも転生時はこんな気持ちになるのだろうか。

平日の昼間ということもあってか、他にお客さんはいないみたいだ。だからこそ、一番人気の子に入れたのかもしれないけど。

「お客様、お待たせしました」

長いのか短いのか分からない時間が経ち、声をかけられると言われるがままに呼ばれた方に向かう。禁止事項を読み上げられた後にブースの指定をされた。

店内は柵か何かで分割してブースを作っているらしく、僕はそのなかで3番ブース、一番奥に案内された。

「それではごゆっくりお楽しみください!」

店員は僕をブースまで案内すると、そんな言葉を残して受付の方へ戻っていった。

柵はやたらと低くて立ってる人からは丸見えみたいだし、そもそも今は何をして待っていれば良いのかも分からない。

とりあえず床に座って黙って待つ。そういえば、一番人気ってことしか聞いてないからどんな女の子がきてくれるのかすら分かっていない。

勢いだけでここまできてしまったな、なんて独りごちてもどうしようもないんだけど。

数分待つと、場内アナウンスが聞こえた。

『ゆうさん、3番ブースへどうぞっ』

その声と共に入口からの気配を感じると、女の子がブースの入口に立っていた。

「こんにちはー! 初めまして、ゆうですっ」

視線を上げてみると、黒髪をミディアムボブにした、ちょっと小柄な女の子が立っていた。

女性や女といった表現よりは少女の方が適切かな。薄暗くて顔ははっきりと見えてないけど、醸し出している雰囲気や仕草は何となく、同年代のものに思えた。

「ども」

ぺこり、と頭を下げて挨拶を返すと、彼女は靴を脱いでブースの中に入ってきた。

「初めまして? だよね! わかーい! お兄さん、いくつ? あ、言いたくなったら言わなくていいよー」

早口でガンガンまくしたてながら、彼女は僕の正面に座した。正面から見た彼女の顔はやっぱり幼くて、さすがに未成年ということはないだろうが、僕より歳上でもないとは思う。

しかし、それでも顔の造作はさすがというべきか綺麗なもので、美人ではなくとも美少女という言葉がぴったりと当てはまりそうだった。

「あー、えっと、21、です」

何となく歯切れが悪い返事になってしまったのは、この空間に飲まれているからか、彼女の美貌に怖じ気づいているからか。

「今年21になったの? それともこれから22になるの?」

その問いかけと共に彼女は僕の手を取って、上下に揺らしてきた。手を繋ぐだけでドキドキするのは、やっぱりゆうちゃんが可愛いからなんだろう。

「あ、今年21、です。4月で21になりました」

「えー、最近じゃないですかー! 同い年だー、やったー! 私は6月で21になります!」

「あ、やっぱり同い年なんだ」

歳上ではない、という読みが当たってふと呟いてしまった。彼女は目敏く……ではなく、耳敏くそれに反応した。

「やっぱりって?」

「いや、同い年くらいかなー、って思ったから。それくらいっぽい雰囲気だなって思って」

「若いお客さんって、私にしてみたら皆同い年みたいに見えるけど」

そう言って彼女はふふふっと妖しく笑って見せた。

「今日は何でここに? 風俗通いが趣味なんですか?」

「いやいやいや、初めてですよ、初めて!」

慌てて彼女の言葉を否定すると、彼女は意外そうに目を丸めた。

「あら、そうなんですか? ほら、一人で来てるみたいだから慣れてるのかなって思って。初めてなんですね、そっか」

そういって彼女は意味深そうに頷いて見せた。それが何だかおかしくて、僕は思わず笑みを漏らす。

「あっ、やっと笑った?」

彼女はしてやったりという顔でにこっと笑うと、言葉を続けた。

「お兄さん、緊張してるのか知らないけどずっとガチガチだったから。少しは気が緩んだ?」

「そんなに?」

「そりゃもう、これから職場の上司に怒られますー! みたいな顔だったもん」

「上司なんていないけどね」

「えっ、社長?」

なんでそうなるんだよ、と思わず苦笑を洩らし、言葉を返した。

「いや、学生だから」

「あー、学生さん! 私が高卒だから、つい社会人さんかと。ってことは、大学生?」

その質問には肯定の意をこめて頷いて見せた。

「おぉー、なるほど! 大学生くんかぁ……通りで若く見えるわけだ……」

ぺたぺたと僕の顔を触りながら、彼女はすっと僕との距離を縮めた。綺麗に整った小さな顔が僕の目の前まで近づいてきて、思わず目を逸らしてしまう。

「もー、何で顔そらすの?」

拗ねたような上目づかいでこちらを見つめてくる。仄暗い部屋の中でもはっきりと分かるくらい彼女の目は大きくて、吸い込まれそうになる。

「これから私たち、楽しいことするんじゃないのー?」

猫撫で声をあげながら、彼女は僕の胸元に顔をうずめた。何だか良いにおいがする。

「ね、こっち見て?」

そう言うと同時に彼女は僕の両頬を手で挟み、顔を合わせた。

頬が熱くなるのを感じる。彼女はそのまま顔を僕と同じ高さに持ってきて、すっと耳元で囁いた。

「お兄さん、こんなお店に来るなんてエッチだね」

彼女の言葉は僕の羞恥心を煽りながら、耳元で囁かれていく。

「何をしたくてここに来たのかな? ゆうに教えて?」

小さな声と共に吐息を感じて、少し身震いしそうになってしまう。何だろう、恥ずかしいんだけど、嫌じゃない。

「えっと……」

言葉を続けられずに悶えていても、彼女は止まらない。

「言ってくれないと分からないよ? 何でお兄さんはここに来たのかなー?」

うふふ、と笑ったところまで計算しているのだろうか。何にせよ、このまま黙っているのは許してくれないらしい。

「それは、えーっと……」

「うんうん」

彼女は言葉の先を心待ちにしているかのように頷きながら待っている。

「彼女にフラレた心の傷を癒しに? かな?」

「へっ?」

予定外の返事だったのだろうか、彼女は間抜けな声をあげてきょとんとした目で僕を向いた。

こんなところであんな質問をされたら、普通はエッチなことをするために来た、とか言うべきなんだろうけどさ。

「この間、彼女にふられて。思ったより傷ついてたから、人生経験も兼ねて?」

疑問調なのは、これが果たして何の人生経験になるのか自分でも分かっていないから。

「ふられたの? お兄さんが?」

その問いかけには、首肯で返事を示そう。

彼女は僕を見ながら、純粋そうに問いかけた。

「えー、何で? 何でふられたの?」

「うーん、話すと長くなるよ?」

僕と彼女は共通の趣味をきっかけに仲良くなった。話すのも楽しかったし、二人で遊ぶことも少なくなかったし、気づいたときには僕は恋に落ちていた。

しかし、彼女には彼氏がいたし、それは叶わぬ恋だと自覚していたからこそ、僕はそれを胸のうちにしまっていた。つもりだった。

ある日、彼女と二人で飲みに行くと、酔った勢いで僕は口を滑らせてしまった。

『付き合ってほしいとかじゃないけど、僕が好きなのは君なんだ』

漏れた言葉を受け止めた彼女は、彼氏と別れるから付き合ってほしいという返事をくれ、僕たちはめでたく恋人同士になった。

もちろん、悪いことをしているという意識はあった。『付き合ってほしいとかじゃない』なんて言葉は彼女を選んだ時点で意味をなしてないし、彼氏にしてみたらただ彼女を奪われたのと何も変わらない。

告げた時点では、僕だって深望みをしていたわけじゃない。それは本当のことだ。

ただ、自分の胸のなかにある気持ちがたまりすぎて、苦しくて、伝えてフラれて縁が切れた方がすっきりするんじゃないか、解放されるんじゃないかと思って。本当にそれだけだったんだ。

でも、目の前に人参がぶら下げられてしまった。それに飛び付かないバカ……いや、賢人はどれくらいいるだろうか。

今まで胸に秘めてた気持ちが報われると知ってしまったら、それを拒むことなんて僕には到底できなかった。

付き合い始めたばかりの頃は、僕は有頂天になって浮かれていた。次のデートはどこに行こう、彼女は何をしたら喜んでくれるだろう。

想像もしてなかった幸福が訪れた僕の頭の中は、そんなことでいっぱいだった。

とはいえ、不安が全く無いということでもない。

例えば、彼女の元彼氏は超有名企業に勤めるエリートサラーリーマンで、そんな男の後に僕みたいな学生と付き合って、彼女は満足するのだろうかとか。彼女自身がとても美人であったが故に、自分の容姿がひどく情けなく思えたりだとか。

言ってしまえば、僕はとてもネガティブな人間なんだと思う。気持ちを告げた時にもうまくいくとは思ってなかったし、自分のことが嫌いで、自信が持てなかった。

そんな不安や焦りを感じた僕は、『とにかく何とかしないといけない』という方向に傾いた。

何をすべきかも分からないのに何かをしないといけない、成長しないといけないという気持ちになって、資格の勉強をしてみたり、ファッション雑誌を読み漁ったり、色んなことに取り組んだ。

勉強もファッションも嫌いじゃないんだけど、『したいからする』ではなくて、『しないといけない』という義務感で始めたそれは、僕のなかで重荷になっていた。

サッカーをしたい、本を読みたいとかそういう欲を押さえて、義務感を消化することを続けていくうちに、僕は疲れてしまっていた。

そして、そうやって精神を疲弊させてるところで彼女に告げられた。

『今は誰かと付き合いたいとかじゃなくなったから、別れよう』

僕が何かしたから、至らぬところがあったから、とか言われたなら、満足はしなくても納得はできたのかもしれない。

ただ、その言葉を聞いた時に、納得もできないそれを否定することも、彼女を責める気持ちも出てこないほど僕の心は疲弊していた。

その結果として、行き場のない気持ちは僕自身を責めることでどうにか落ち着かせようとしてしまった。

責める相手が自分だと、それって結構簡単なことなんだよね。心の自傷行為は、リストカットなんかよりもっと気軽にできるから。

もっとかっこよければ良かったのに。

もっと将来性があれば良かったのに。

そんな自責の念が僕を縛って、別れた後もしばらくは落ち込んでたし、何かをしなきゃいけないという気持ちでいっぱいだった。

僕はダメな人間なんだ、屑だ、人の彼女を奪うようなやつなんだ。

頭のなかをそんな言葉が巡りめぐって、そして僕は限界を迎えた。

半月ほど高熱にうなされ、それはストレスから来たものだったらしい。慣れないことを続け、自分を縛っていると、人間は案外脆いらしい。

体調不良のおかげで、義務感から行っていたものから離れてみると、精神的に少し楽になっていることに気がついた。

体調を崩して倒れている間、あることを考えていた。

『仮に僕が完璧な人間だったら、彼女は僕の前から消えなかったのだろうか』

きっとその答はノーだと、僕は結論付けた。

それはある意味で逃げの解答なのかもしれないけど、そう考えるしかなかった。

勿論、自分のことを立派な人間だと開き直ってそんな答を出したわけじゃない。どちらかといえば、自分が屑なのは自覚している。

でも、彼女の別れたいとか付き合いたいってわけじゃないって気持ちは、僕に対して向かっているけど、きっと僕に限った話でもなくて。

仮に僕より立派な人間がいたとしても、彼女はその答を出したんだろう。 彼女は本当に、誰とも付き合うつもりがなくなってしまったんだろう。

ならば、僕も少し息を抜こう。

一度倒れたことで冷静になった僕は、そんな結論を出した。

今まではちょっと気をはって頑張りすぎたから、ちょっと落ち着こう。遊んでみよう。

そんな気持ちで、今までにしたことがないことをしてみたり、行ったことがないところに行ってみたりをしているうちに、今日、ここに来ることを決めたんだ。

どんな場所なんだろうって興味もあり、彼女と別れてからは、性欲を自己処理をするような気力もなかったのもあり、無駄に勇気を振り絞れるような精神状況だったのもあり。

こんな異世界みたいなところだとは思わなかったけどね。

ここに来ることを決めた経緯を彼女に話してみると、すっと気分が楽になったことに気がついた。

誰にでも話せるような内容でもないと思って、今まで誰にも話したことはなかった。

それなのに、今日会ったばかりの、僕の名前も知らないような人に話して楽になるとは、何とも変な話だ。いや、知らない人だからこそ話せたこともあるんだろうけどさ。

「へぇ……大変だったね」

彼女は半分同情したような、半分対応に困ったような目でこちらを見てきた。そりゃ、初対面の客にこんなことを言われても困るんだろうけどさ。

「まだその元カノのことが好きなの?」

「え、いや、もうそうじゃない……かな」

少なくとも、まだ好きだったらこういう店には来てないと思うし。色々と考えている間に、彼女への気持ちも徐々に消化してしまったんだと思う。

ありえない仮定として、もし今から彼女に「よりを戻したい」と言われても、きっと断ってしまうと思う。

嫌いになったというよりは、そうやって振り回されるのに疲れて、もう関わりを持ちたくないと言うべきなのかな。きっと彼女も、屑な僕にそんなことを言われたくはないんだろうけど。

「そっか! じゃ、次探そうよ、次! 私なんてどう?」

そう言って彼女が浮かべた笑みは、何だか脆くて儚くて。冗談に冗談で返そうとしても、つい見とれてしまって何も言葉にできなかった。

よし、続きが読める

>>20
前の板から見て下さってた方でしょうか?
ありがとうございます。
あっちの板が復活する可能性に賭けて待ってたのですが、絶望的なようなので。。

ちょっと冗長になっていた箇所を修正しつつ、完結まで書き上げる予定です。
よろしければ、今後もよろしくお願いします。

冗談を言ってるはずなのに、なぜなのかも分からないけど、僕にはその笑顔がひどく寂しいものに見えた。

「ねー、黙ってないでさ、つっこんでよー! それとも、本当に私にしちゃう?」

その言葉を耳にして、やっとツッコミを口にする。

「お姉さん、名前も知らないでしょ?」

そう言うと、彼女はしまったという顔をして僕を見た。

「そう言えばそうだね。お名前は? あ、偽名でもいいけどね。あと、私はおねーさんじゃなくてゆうだから!」

元のテンションに戻った彼女は、僕の顔を見て首をかしげた。偽名でも良いと言われても、パッと思い付くような偽名もなくて、名前をそのまま告げた。

「カズヤ、です」

あの話をした後に自己紹介なんて、改めて何だか変な気がする。彼女は僕の名前を何度か呟いた後に、僕の顔を両手で挟んだ。

「カズヤくんね、おっけー! さっきの話、印象深かったから、もう覚えたよ!」

今度は儚さも脆さも感じられない、ニコニコした笑顔で彼女がそう言ったところで、アナウンスが鳴った。

「あっ、時間だ……」

彼女はバツが悪そうにそう呟いた。そっか、僕が自分語りをダラダラとしているうちに、思ったよりも時間は進んでいたらしい。

「ごめんね……スッキリしに来たのに……」

申し訳なさそうな表情の彼女に、僕は否定と感謝を伝えよう。

「いや、話聞いてもらえて楽になれたんで全然……むしろ、誰にも話せないでいたから、聞いてくれてスッキリしたかも」

彼女は申し訳なさそうな表情を浮かべたままではあったけど、「ううん、それならよかった。ありがとね」と言い、立ち上がった。

僕も立ち上がって荷物を持とうとしたところで、彼女は思い出したかのように「あっ」と声をあげた。どうしたんだろうと、僕は彼女に眼差しを向ける。

「名刺、渡してもいいかな? また来てもらえるか分からないけど」

特に断る理由もないので、了承の返事をすると彼女は名刺らしきカードを取り出して、ペンで何かを書き足していた。よしっ、と一言呟いたかと思うと、それを差し出してきた。

「頂戴します」

冗談混じりでそれを受けとると、受け取った腕をそのまま引っ張られた。

「おっと……」

焦り声を漏らした直後に、唇に柔らかい何かが触れた。それが少しだけ熱のこもった彼女の唇だと気づいたのは、背伸びした彼女と目が合ってからだった。

「ごちそうさまでしたっ」

満足そうに彼女が言ったのを呆けてしまった。我ながら、きっと、凄く間抜けな顔なんだと思う。

「立場、逆じゃない?」

そんな言葉が出てきたのは、自分でもなかなか頑張ったなって感じだ。

「細かいことは気にしないの!」

そう言って、彼女は僕の手を引っ張って入口まで連れていく。

「ありがとうございましたー! 時間見てなくてごめんね! 今度はしっかりサービスするから!」

「いえいえこちらこそ……ありがとうございました」

そんな、何とも分からないやり取りを終えて、僕は店を出ていった。

不思議な気持ちだった。

いつの間にかあの異世界感は気にならなく無くなっているし、抜いてもらったわけでもないのに気分もスッキリしている。

「……すごいなぁ」

そんな呟きと共に、僕は家路に向かう。

これが、僕と彼女の出会いだった。

あの店に行ってから、もう二週間ほど過ぎた。GWも過ぎてしまい、服装も一段と軽くなった。気が早い人は、もう半袖のTシャツだけだったりする。

大学の講義を終えた僕は、所属しているサッカーチームの練習場所へと移動をしているところだ。

大学の部活やサークルではなくて、社会人のチームだ。今は県の一部リーグに所属している。

入学当初は体育会系の部活に入ろうと思っていた。しかし、それなりに勉強をしてそこそこの国立大学に入ってしまった結果、みんな勉強を頑張って入学したからなのだろうか、スポーツは趣味という程度で、それほど高いレベルでもなく、入部をためらってしまった。

そこで、学外でチームを探していたところ今のチームを見つけたのだった。ACグランという、イタリアのメガクラブをもじった名を冠している。

県リーグとはいえ元プロや高校サッカーで全国大会に出たような選手も所属していて、少なくとも部活でやるよりは張り合いがある。

件の元カノであるサキと付き合っていた時や、悩んでいた時は、自主練であったりチーム外でボールを蹴る時間はなくなってしまったけど、チームに参加しているときは何も考えずにいられた。

ボールを蹴ってる瞬間、追いかけている瞬間は、それだけで頭が一杯になるから。

お、引っ越したか。完結まで行ってくれるなら大歓迎

学生の僕は時間に融通がきくからか、一番乗りで練習場に着くことが多い。

誰もいないグラウンドに到着すると、バッグから荷物を取り出した。周りの様子を窺い、近くに誰もいないことを確認すると手早く着替えた。

今はまだ陽があるから半袖でも大丈夫そうだけど、練習が本格化する夜には少し冷えそうだ。プラクティスシャツの上に、ピステを着ることにした。シャカシャカした素材のピステは、今の時間にはまだ少し暑い。

そのままベンチに腰かけるとスニーカーを脱いで、スパイクに履き替える。足裏にあるポイントの突き上げるような感覚は、何度感じても気持ちが良い。

これからサッカーをするんだ。 そんな気持ちにさせてくれる。

ベンチを立ち上がると、土のグラウンドに向かって一礼をして、外周を軽く走る。

本当は綺麗な芝のピッチがいいんだけど、県リーグレベルの社会人がそんなところでいつも練習をするのはなかなか難しい。

二周回ると、サッカー部にはお馴染みのブラジル体操を始めた。一人で掛け声をあげながら、足を伸ばしたりステップを踏んだり。端から見ると不審者なんだろう。

軽く汗をかいたところでボールを蹴ろうとベンチに向かっていると、小さな人影が見えた。

「やっぱりカズくん。相変わらず早いね」

そんな声をあげたのは、マネージャーをしてくれているミユだった。一歳下の彼女は、ヒロさんというお兄さんと一緒にうちのチームに来ている。

「ヒロさんは? まだ?」

そう尋ねると、彼女は首を横に振って肩をすくめて見せた。

「今日はちょっと遅くなるって、家を出るときに言ってた。忙しいんだって」

そっか、と残念そうに僕は返す。

ヒロさんは2年前まではプロとしてプレーをしていた選手だ。二部リーグの選手だったとはいえ、さすが元プロと言うべきか、うちのチームでは段違いに上手い。

プロを自由契約……要するに、クビになってからは、地元のこの町で就職して、うちのチームでサッカーを続けている。

サッカーも上手くて、クビになってもすぐに仕事も始めて、落ち着きもあるのに人当たりもよくて。僕の憧れの人だ。

「ヒロ兄以外にも、何人か遅れるって連絡があったから。大人はみんな忙しいんだろうねー」

うんうん、とミユはなぜか自慢げに頷いた。

出欠確認は、基本的にマネージャーのミユがすることになっている。最初は監督が担当することになっていたんだけど、監督が適当な人だったせいなのだろう、ミユがマネージャーとして入ってからは、彼女が基本的に連絡係も勤めている。

監督はヤマさんという、四十代半ばの人が務めている。最近までは当人も選手だったから、まだそういう管理系は勉強中のようだ。スマホアプリなんかもミユの方が得意だから、アプリで出欠連絡をとっている今では、適材適所ということも言えなくも無い。

「そっか、まぁ、来る人だけでやるしかないからなー」

企業が運営するチームではないから、どうしても僕たちの練習は仕事や学校の予定に左右されてしまう。酷いときは、10人も集まらないことだってある。

それでも僕も、チームメイトもサッカーをする。理由もなくて、理屈もない。

ボールを追いかけること、蹴ることが好きなままに大きくなった子どもの集まりだと、以前ヒロさんは言っていた。

「じゃ、ちょっと蹴りながら待っとくよ」

「はいはい、じゃあ私も給水の準備してくるねー。がんばって」

そんな言葉を残すと、ボール、有名な漫画の言葉を借りるなら『友達』と共に、僕は土のグラウンドに向かっていった。

>>27
ありがとうございます。。
前板も遅更新だったにも

>>27
>>31

失礼しました。
前板時も遅更新だったのについてきて下さった方のおかげでモチベーションが保てていました。
引きつづき頑張っていくので、よろしくお願いします。

これの続きが一番気になってたんだよ
読めて嬉しいよ

>>33
ありがとうございます。
当面は前板に追いつくまで微修正を入れた更新になると思いますが、最後までお付き合いをよろしくお願い致します。

「カズ、この後暇か? よかったら、ちょっと飲みに行かない?」

練習が終わると、ダウンを終えたヒロさんに声をかけられた。

僕が飼い主に向かって尻尾を降る犬のようにヒロさんを慕っているからか、彼も僕のことをかなり可愛がってくれている。しかし、飲みに誘われるのは珍しいことだった。

曰く、「アルコールは怪我と体力の回復を遅らせる。もちろん多少の酒は良薬かもしれないけど、飲みすぎるのはサッカー選手としてはマイナス面が強すぎる」とのことだ。

チームの飲み会には参加するし、多少は飲みはするけど、日常的には摂生する。プロではなくなっても、当時から持ってたプロ意識は抜けてないらしい。

そんなヒロさんに酒を飲もうと誘われたのは少し意外だったけど、断る理由もないのですぐに了承した。

「じゃ、着替えたら行くか」

「はいっ」

理由は何であれ、ヒロさんと一緒に食事に行くのは久しぶりだし、ワクワクした気持ちで慌てて着替え始める。

「何か食いたいものあるかー?」

「肉っ! 食べたいです!」

その質問には素直すぎるくらい、間髪を入れずに返事をする。練習後の肉ってなんであんなに美味しいんだろうね。

ヒロさんは笑いながら分かった分かったと言い、僕もつい笑ってしまった。何か、こういうのって良いな。

「えー! 二人でご飯? ずるい! 私も!」と抗議の声をあげたミユを止めるのにはかなりの時間がかかったけど、どうにかそれを振りきった。

「悪いな、あいつ、お前のこと結構気に入ってるから。俺とじゃなくて、お前と飯食いたかったんだと思うけど」

そんなヒロさんの言葉に、いやいやと否定を入れながらも、僕は目の前で良い色に変わりつつある肉を見ていた。

焼肉って、人によって焼き加減の好みが違うから難しいよね。鶏と豚はしっかり焼くけど、牛肉は本当に分からない。

「カズ、最近調子良いよな。何か良いことあった?」

「良いこと……ですか?」

うーん、たぶん無いよなぁ。大学の授業は相変わらずめんどくさいし、バイトも特に代わり映えしない。

「何かこう……迷いが吹っ切れたっていうか、プレーするのが楽しそうっていうか。スッキリしてるよ、最近」

こっちに来たんだ
待ってるぞ

あっちの板が復活したみたいだけどどうするのかな

ss速報vipの復活に伴い、更新の仕方をご報告します。

あちらは引き続き、更新予定です。
こちらに関しては落としはせず、修正版として書いている最中にこうすべきだったのでは?と思い返した点を修正して更新していく予定です。

今後とも、よろしくお願いします。

偶然発見。こっちはこっちでスピンオフ的な物でも面白いかも。
まぁ>>1の書きたいように頑張って��

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