ファンとのふれあい! 向井拓海編 (25)

・向井拓海とファンとのふれあい
・前作を読む必要はない

前作
ファンとのふれあい! 中野有香編
ファンとのふれあい! 中野有香編 - SSまとめ速報
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二宮飛鳥単独合同SS会場

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彼は、中古のワゴンのハンドルに顎を乗せ、

沈痛な面持ちで通りを眺めていた。

20歳、中堅私立大学の法学部生。

そこそこに努力し、そこそこの将来を享受する。

そういう人生を生きるつもりだった。

だが彼は今、犯罪の片棒を担ぐことになっている。

後ろの座席には、通りの女を物色する二人の男。

片方は髪を肩まで伸ばし、痩せた顔でへらへらと笑っている。

もう片方は短髪角顔、肌が黒く筋肉質だ。

こちらは、むっつりと目を細めている。

両者とも、彼のサークルの先輩であった。

彼のサークルというのは、いわゆる“ヤリサー”というやつで、

何十人もの女子学生を食い物にしていた。

だが、二ヶ月前にサークル長が婦女暴行で逮捕され、解散になった。

まさしく犯罪的な快楽にどっぷりとはまった元メンバーは、

各々が、各々のやり方で欲求を満たそうとした。

彼はこの二人の男に無理矢理勧誘された身で、

やることといえば、足役であった。

さらに彼は口下手で奥手であったため、メンバーと打ち解けられず、

女性も口説けず、“おこぼれ”にあやかることもできなかった。

根は優しいので、サークルが解散したときは

内心安堵した。しかし、彼は解放されなかった。

彼は部費でワゴンをあてがわれ、それを私用することを許されていた。

そこにつけこまれた。

二人がやろうとしているのは、誘拐および婦女暴行である。

彼は運転手、兼周囲の警戒役。

彼は深いため息をつき、自分の運命を呪った。

いますぐに家に帰り、向井拓海のライブDVDを見ながら、

ハイボールを飲みたい。

向井拓海は、彼のぱさついた人生唯一の潤いだった。

美城プロダクション所属。

8月7日生まれ、18歳。獅子座。A型。

163cm、53kg。

スリーサイズは上から95/60/87という、抜群のプロポーション。

少々ガラの悪い口調だが、面倒見が良い姉御肌。

ラジオなどでは仕事の不満をこぼしたりもするが、

ファンの前で手は抜かない。

軟弱な彼はとは違い、一本の確固たる筋が通った女性。

彼女を見ていると、生きる気力が湧いてくる。

彼が物思いに耽っていると、突然後ろから肩を叩かれた。

獲物が見つかったという合図。

指をさされた方向を見る。

現在の時刻は20時。

街灯がその女性を、スポットライトを当てるように照らしていた。

濡れるように黒く、艶やかな髪。

やや吊り上がった目尻、形の良い鼻。

しっとりと潤った光沢の唇。

そして、抜群のプロポーション。

向井拓海。

なぜ。

今すぐ会いたくて、会いたくてたまらなかったが、

今だけは絶対に会いたくなかったのに。

ワゴンを寄せろと命じられている。

男達は彼女に狙いをすましたのだ。

口の中がカラカラに乾いている。

いやだ。

その一言が口から出てこない。

それどころか、彼は震える手でハンドルを回して、

ワゴンを動かしていた。

そう、彼は心の底で期待したのだ。

自分にも順番が回ってくるかもしれない。

あの向井拓海を、思うままにできるかもしれない、と。

彼は激しい自己嫌悪を抱いた。

だがワゴンはもう、向井拓海のすぐそばに近づいていた。

彼女の言葉、彼女の息遣いが聞こえるほどに。

向井拓海は携帯電話で誰かと話しているようだった。

だからワゴンの接近に気づかなかっただろう。

彼は身体中から急速に水分が失われていくように感じた。

つばを飲み込もうとするが、喉が痛むだけだ。

肌の黒い男がゆっくりとドアを開いて、

向井拓海を背後から羽交い締めにした。

そして、ワゴンの中に彼女を引きずり込もうとした。

彼は両手で顔を覆った。

だが、向井拓海はその場から一歩も動いていない。

肌の黒い男は冷や汗をかいていた。

完全に力負けしている。

「なんだァ、テメーら」

頭蓋にびりびりと響くような声がした。

もう一人の男はワゴンから飛び出し、

二人掛かりで彼女を連れて行こうとした。

だが、向井拓海は拘束などされていないように、

右拳を長髪の男の顔面に叩き込んだ。

それは足をがっちりと地面に固めていたので、

腕力分の威力しか乗らなかった。

それでも長髪の鼻骨と上顎を陥没させ、

再びワゴンの中に押し込んだ。

そして、一撃で昏倒させた。

「はなせよ。

 今はまだ、頼んでいるんだぜ?」

何の感慨もなく、向井拓海が言った。

肌の黒い男は一歩も動けなかった。

長髪男の顛末を見て、身体が完全に硬直している。

「次は命令だ……両手をはなして、大人しく帰んな」

それでも、男は動けなかった。

だから、向井拓海は動いた。

首を曲げて、自分を拘束している筋肉質な腕を噛んだ。

それは非力な婦女子が、苦し紛れにやったことではなかった。

肉食獣のように。

向井拓海は牙を立てて、食い千切った。

肌の黒い男は顔を歪めて、拘束を解いた。

猛獣を離してしまった。

向井拓海は男の頭を無造作にひっつかんで、

ワゴンの窓に叩きつけた。

ガラスが鈍い音を立て、蜘蛛の巣を作った。

それでもまだ男が動いたので、回し蹴りを放った。

日々のレッスンで鍛えげられた脚部は、しなやかに伸びた。

男の顔面は鈍く、重い音を立てて、ドアに赤い模様を作った。

運転席で顔を覆っていた彼は、

向井拓海が酷い目に遭わされていると思った。

心の中で幾度も彼女に詫びた。

今日のことが終わったら、警察に行こう。

はらはらと涙を流した彼に、後ろから声がかかった。

「運転席のテメー」

思わず振り返った。

向井拓海は食い千切った肉を、ぺっと彼の顔に吹きかけた。

彼の顔は血飛沫と、彼女の唾で汚れた。

「美城のアイドル舐めンなよ」

向井拓海は口の端から滴った血を、紅をひくようにぬぐった。

誰にも傷つけられることのない、気高く、力強い獅子。

その姿は美しかった。

ぼくは、あなたのファンです。

彼はそう言いたかった。

けれどもできずに、苦しそうに呻くだけだった。

向井拓海はふんと鼻を鳴らして、彼にデコピンをかました。

そして呆気に取られる彼を余所目に、

昏倒している長髪を車外に放り出した。

「ちょっと疲れたから、駅の近くまで乗せてけ」

何事もなかったように、向井拓海はドアを閉めた。

ワゴンの窓にはヒビが入り、サイドドアは赤く染まっている。

ぼくは警察に……。

そう言った彼の言葉を、向井拓海がさえぎった。。

「こんなの虫に食われたモンだ。

 気にしちゃいねー……メシ食って寝たら忘れる」

 彼は、はっと息をついた。

「いいか。警察には絶対行くなよ。

 これはメーレーだぞ。

 わかったな。絶対に行くなよ!」

向井拓海は念を押した。

彼は彼女の器の広さに感動し、ワゴンを現場から発進させた。

そして、憧れのアイドルとの短いドライブを、

噛みしめるように味わった。

その間も向井拓海はしきりに、

頼むから警察だけは勘弁してくれ、と言い続けた。

おしまい

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