小日向美穂「あなぐま、階段を上る」 (55)

 モバマスより小日向美穂のSSです。

(※たぬきではありません)

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1524150610



「できるもん」


 絶対に引き下がりたくない時は決まってそう言ってました。


 怒るのは苦手で、泣くのはもっと嫌な私だから。
 だけどそんなに口が回らないし、男の子にだって言い負かされることがあるほどだから。

 ぐっと涙をこらえて、そう繰り返すだけ。


 この頃から私の中には「夢」みたいなのがありました。
 その欠片に触れる時だけ、なんていうかすごく頑固になっちゃって。

 できるもん。


 言い続けて、つまづいて、ちょっと泣いたりして。

 でも最後まで、手を伸ばし続けて。


   〇


 ある日、事務所に私宛の小包が届いた時はびっくりしました。

 送り主は熊本の友達。前いた高校のクラスメイトだったから。


「わ、すごい……!」

 開いてまたびっくり。
 なんと、クラスメイトみんなの応援メッセージが入った寄せ書きだったのです。

 それぞれの文字、それぞれの言葉で、がんばれ、応援してるよって……。

 こ、こんなの見せられたら……。

「ぐしゅっ……」
「美穂?」
「うひゃあ!? プロデューサーさん!?」

 いつの間にか私のプロデューサーさんが後ろにいました。
 口から心臓が飛び出そうだった私に、彼は「ごめん、集中してたみたいだから」と謝ります。


「寄せ書き?」
「そうなんですよっ。みんな元気にしてるかなぁ」

 こっちはちーちゃんに、これはのんちゃん。この文字は吉っちで、こっちは成くん――

 あれ?

 色紙の隅っこに、名前のないメッセージが二つありました。
 他よりちんまりしてるっていうか、大人っぽいっていうか、そんな感じの。

 この文字、見覚えがある……あ。

「お父さん、お母さん……」


「――ん? 何だろこのイラスト」

 と、プロデューサーさんが反対側の隅っこに注目しました。


「動物かな。イタチ? ……たぬき?」
「あ、そうじゃなくてですね。これは――」

 そっか。プロデューサーさん知らないんだよね。
 私はなんだかおかしくなって、つい含み笑いを漏らしてしまいます。
 きょとんとするプロデューサーさんに一つクイズを出してみました。


「問題です。私の小さい頃のあだ名って、何だったでしょうか?」

 頭に「?」が浮かんでました。無理もないかも。

「こひなたみほ、だからみっちゃん? みほちー……ってそれは未央命名か。だめだ降参」

 得たりとばかり、私は動物のイラストを指差して答え合わせをします。


「『あなぐま』です。だからこれは、アナグマさん」


 描かれているのは、かわいらしくデフォルメされたアナグマが階段を上る様。
 その果てには、ぴかぴか光る大きな星がありました。


 引っ込み思案で控えめで、いつもお母さんの後ろに隠れているような子が私でした。

 そんな様子が将棋の穴熊みたいだったから――って理由。

 確か男子の誰かのお爺ちゃんが将棋好きだったから、その言葉だけ広まって。
 それに私自身熊さんが好きで、そういうからかい半分の成り立ちでした。


「……って、アナグマって熊さんとは違うんですけどね。気付いたのは中学生からでした。あはは」

 そんな悪口みたいなあだ名とも気付けば長い付き合いで、もう自分でも愛着を持つようになってたりして。
 東京では呼ばれないから、この響きは私の中に懐かしく暖かく染み渡りました。



 そういえば、ちゃんと話したことなかったなぁ。

 熊本にいた私のこと。


 あなぐまが、穴からもぞもぞ出てきた日のことを。


   〇


 ご存知の通り小日向美穂は緊張しいです。
 しかも恥ずかしがり屋で口べたで、とにかく全体的に不器用です(なんか自分で言ってて落ち込んできた!)。

 今は少しはましになった(と思う)んですけど、小さい頃はもっとひどくて。

 当時の私は前髪に両目を隠して、隅っこから恐る恐る世界を覗くちっちゃな生き物でした。
 ちなみにその頃からぴょこんと伸びたアホ毛はあったんですけど。


「美穂ちゃんは恥ずかしがり屋さんやねぇ」

 腰にしがみつく娘を撫でて、お母さんはそう言ったものです。

 一人娘の私を、両親はとても大切に育ててくれたと思います。

 あまり積極的に友達を作るタイプじゃなかったから、幼稚園の頃から一人遊びだけ上手になったり。
 絵本をたくさん読んで、紙の向こうで広がる物語の世界に思いを馳せたり。
 私が生まれた日に買ったという、熊さんのぬいぐるみと日向ぼっこをしたり……。

 お父さんはそんな私をつかず離れずの距離から見守っていました。
 熊さんみたいに体が大きい、百貨店勤めのお父さん。
 あんまり喋らないけど叱る時はすっごく怖くて、小さい頃は正直ちょっと怖かったことを覚えています。



 とにかくそういう風にマイペースに生きてた私ですが、6歳の頃にちょっとした転機がありました。

 幼稚園のお遊戯会で、劇をすることになったのです。
 役はみんなで決めよう、という流れでわいわい話し合う中、私はついに立ち上がりました。


 主役に立候補する為に。


 私の数少ないお友達も、まだあんまりお互い知らない子もみんなぽかんとしていました。
 当然です。ついさっきまで私は隅っこでもごもごやってるアホ毛のいきものだったんだから。

 もちろん主役に名乗りを上げることは何も悪くないのですが……。

「美穂ちゃん……」

 先生は困ったように笑って言うのでした。

「桃太郎は、男の子よ?」


 そう、演目は桃太郎。主役の桃太郎と犬と猿と雉と、お爺さんとお婆さんと鬼。
 大きな幼稚園では桃太郎を複数人で演じるなんてケースもあったようですが、
 私のいるとこは小さい規模でしたから、誰かが役からあぶれることはありませんでした。

 なので桃太郎は栄えある主役。

 堂々としてはきはき喋る、元気な男の子が望ましいのでしょう。

 だけど私は一歩も引かず――




「できるもん!」



 はい、これが人生最初の「できるもん」というわけです。


 今にして思えば、「変わりたい」って気持ちを抱いたのはこれが最初だったのでしょう。
 世にも珍しい桃太郎(女の子)をやるために、私は男子と真っ向対決を演じ、
 壮絶なジャンケンの果てに主役の座を射止めたのでした。

 その一件から、私を見る目がちょっと変わったような気がします。


   〇


 あなぐま小日向は、たまに穴から出てくるっぽい。


 という認識がご近所に知れ渡り、向こうから声をかけてくれる子もぽつぽつ増えました。
 小学校に上がる頃には同じ幼稚園の子達とすっかり友達になれて、新しい環境でも寂しく思うことはありませんでした。

 その友達の後ろに隠れることも多くて、あなぐまの名はやっぱり広まったんですけど。

 固くて新しいランドセルを背負う私を、お母さんは笑顔で送り出してくれました。
 一方お父さんは腕組みをしたまま、への字口で見つめていたことを覚えています。


 なかなか順調に育っていった私だけれど、それなりのコンプレックスも同じく育つもので。


「おかあさん」
「なん、美穂ちゃん?」
「みほね、はずかしか」
「なんが?」

「ちーちゃんいっぱいしゃべっとる。のんちゃんも。みほ、できんと」
「んー……美穂ちゃんは、お友達とたくさんお喋りがしたかとかな?」
「……ぅん」

 お母さんはいつも言葉少ない私の真意をうまく汲み取ってくれるのです。
 多分お父さんで慣れてたんだと思います。

 お母さんは洗い物を中断し、エプロンで拭いた手を頭に乗せてくれるのでした。

「よかよ。上手にお喋りできんでも」
「んーんー」

 首を横に振る私。そんなこと言ったってちゃんとお喋りしたいんだもん。

「素直で優しくて、ほんのちょっと明るかれば、みんな美穂ちゃんのことばわかってくれるけん」
「んー」
「桃太郎はかっこよかったがね。お友達は知っとるよ」

 理想を言えば、いつもあんな感じになりたかった。
 台詞を覚えて演じて、物語の主人公になっている間は世界が違った。
 でもだからこそ、役が抜けた後の「私」のちっぽけさが身に染みたんだと思います。


「それやったらねぇ、こうしようか」


 お母さんはラジオを点けました。
 ちょうど芸人さんのトーク番組があって、軽快な喋りに思わずくすっと笑ってしまいます。

「ラジオば聞いて、おうちで練習せんね。お母さんも熊さんもお手伝いするけん」

 なるほどと思ったものです。
 ラジオの人はお喋りの達人だし、お母さんと熊さんが練習相手なら恥ずかしくない。


「よかね、美穂ちゃん。できる?」
「できるもん」

 かくして私はラジオを師匠に持ちました。
 そんな娘の拙いトークを、お父さんは焼酎片手にじっと見守っていました。


   〇


 できるもんと言いながら、あなぐまは色んなことに首を突っ込みます。


 ウサギさんの飼育委員になりました。
 一番大変なのはご飯です。
 給食センターや街の八百屋さんが卸してくれるクズ野菜がメインなんですけど、足りない場合があって、
 そういう時は飼育委員が裏山で調達することがありました。
 私は率先して山に入り、片っ端からヨモギやウラジロを刈って同じ委員の子を驚かせたりして。

 運動会のリレーに出ました。
 転ぶのにさえ気を付ければ、当時結構足が速かったのです。
 ジュニア陸上の子も交えた選抜をパスし、当日に向けて一生懸命練習しました。
 一人に抜かれ、二人を抜き返して、必死にバトンを繋いだことをよく覚えています。

 また演劇があって、やっぱり主役に立候補しました。
 ちなみに演目は金太郎でした。
 いーえやります、私は金太郎です。まさかりかついで前掛けだって付けてやるんだから。
 しかし幸運の女神は二度は微笑まず、ジャンケン最終決戦にあえなく敗北。
 かくして私は金太郎じゃなく、その相棒である熊さんの役を当てられたのでした。
 もちろん本気でやりました。ガオーって!


 できるかどうかは確証がなくて、それでもやりたいことだから、意地を張ってでもやり通して……。


 だけど、本当にできるまで一番時間のかかったことは――



 それは小学校の卒業式。使い古したランドセルを、もう大きくは感じませんでした。
 五分咲きの桜が彩る通学路、待ち合わせ場所にはちーちゃんやのんちゃんやみんながもう着いていました。
 式の後のこととかを話しているのでしょう。

 私はその輪の後ろに回り、息を大きく吸って。


「お、おはようっ!」


 ――その時のことは、友人間で長いこと語り草です。
 初めて自分から挨拶したのが卒業式って、我ながらどうかと思うけど。

 みんな笑ってたから、よしとしたいところです。


   〇


 中学に上がった時、あなぐまは公然と使われる普通のあだ名になっていました。
 私も全然気にしませんでした。事実ではあるんだし。
 ……熊さんじゃないって初めて知った時はショックだったけど。

「あなぐまー」
「なにー?」
「上通に新しい本屋さんができたんやけど、行かーん?」
「行くー」

 この頃になると、私も人の後ろに隠れることはなくなっていました。……あんまり。


   〇


 熊本の街は、私達の成長に合わせて少しずつ変わっていきます。

 誰かが引っ越してきたり、引っ越していったり。お家が建ったり取り壊されたり。

 公園が駐車場になったり、トンネルが開通したり、新幹線が通ったり。

 路面電車が新しくなったり、信号や電柱が増えたり減ったり。

 お父さんの勤め先の鶴屋百貨店も、色んなテナントが入ったり抜けたり増改築をしたり。
 
 九州の言ってみれば田舎だから、都会と比べると時間の流れはゆっくりだったと思います。
 それでも変化の風は確かに吹いていました。
 日課のラジオからも、電波の向こうで時間が流れているんだという感覚がありました。



   〇


 アイドルになりたいと思い始めたのが具体的にいつだったかは、自分でもわかりません。

 もしかしたら、桃太郎をやった時から望んでいたのかも。
 変わりたいという気持ち。春を待つアナグマのようなそれ。


「ちーちゃん、のんちゃん」

 高校に上がった頃、私は幼稚園からの幼馴染に言いました。

「私ね、東京行きたいかも」


 二人とも驚かなくて、逆に私の方がびっくりしました。
 そっかぁ。
 ついにかぁ。
 ってちょっと寂しそうに返事して、駄目とも無理とも言わなかったのです。

「……反対しないの?」
「だって、ねえ」
「あなぐまは決めたら曲げんもん」

 彼女達は、私がどういう子なのか幼稚園の頃からよく知っていたみたいです。

「ていうか、ラジオでお喋りの勉強しよったともその為じゃなかったと?」
「標準語やもんね」
「そ、そのつもりは……! ちょっとは、あったかもだけど……」

 ほら、と笑う二人。
 私もつられて笑い、背中を押されたような気持ちになりました。


 それから、色んなことを調べました。
 東京にはアイドルの養成所があって、そこには現役学生でも入れること。
 地方から来た子の為に女子寮があること。
 
 そのプロダクションの名前と連絡先、選考の日程、そこに行くまでの時間や旅費……。

 資料をまとめて最初にすることは、資金のためのアルバイト探し。
 私はできるだけ具体的な話の道筋を立てて、お母さんに相談します。

 正直この時が一番緊張しました。

 お母さんは私の説明を一から十までじっくり聞いて、しばらく黙っていました。

「……」
「お母さん……」
「できる?」
「! で、できるもん!」

 その答えを受け、お母さんはにっこり笑いました。


 お母さんを味方につけたことで、私は浮かれていたんだと思います。
 着々と上京の時が近付いているのを感じました。

 アイドル。東京。
 誰が? 私が。うわー、ひゃー、みたいな。

 期待でいつもそわそわして、転びそうになったことも何度か。
 そんなある夜いつも通り家に帰ると、リビングの方から何やらゴゴゴと威圧感が。


 つまりこれが、お父さんが私の企みを知った夜なのです。


「できるもん!!」
「できん!!」
「できるもーん!!!」
「できるわけんなかー!!!」


 小日向家史上最大の嵐でした。

 喧々囂々の大喧嘩はお隣さんすら心配する始末。
 お母さんはどちらにも肩入れをせず、さながらレフェリーのように激闘の経緯を見守っていました。

 結果は引き分け。

 お互い一歩も引かない睨み合いのまま、結論が出ずに晩ご飯の完成をもって停戦となりました。
 これは物凄く深刻な事態と言えました。
 生まれた頃から大岩のように家庭を守っていたお父さんが、今や私の目の前にそびえていたのですから。



「お父さんは頑固者(もっこす)やけんねぇ」
「ほんとだよっ、もう!」
「あんたもたい」
「えぇ!?」

 血は争えないと言いたかったのでしょう。今思えばまったくもってその通りでした。
 だけど当時の私は認めたがらず、揚げたてのから揚げをばふっと頬張って呟くのでした。


「……できるもん」


 お父さんとの冷戦状態はそれからしばらく維持されました。

 ともかくこっちも完っ全に腹を括った形になります。

 負けるもんか。浮かれてる場合じゃない。
 ぜーったいに納得させてやる。出ると決めたあなぐまは強いんだから。

 それから私はお母さんや友達の助けも借りて、上京計画を一歩一歩進めていきました。
 全部お父さんには内緒です。こっちにだって意地があるもん。


 高校一年の夏休みと冬休みはアルバイトに精を出しました。
 そういうのを禁止する高校じゃなかったから、社会経験ということで説明をつけて。

 働いて勉強して、アイドルのことも喋り方も勉強して、疲れたら熊さんを撫でて。

 冬休み明けに、私は担任の先生を説得しました。
 もう絶対に引きませんでした。
 友達も援護射撃をしてくれました。

 ついに先生の方が折れた時、私達は三年坂の喫茶店で祝杯を挙げました。

 
 そして、最後の関門が立ちはだかったのです。

 転校手続き。

 こればっかりは、両親二人の合意が無ければにっちもさっちもいきません。


   〇


 どこからどうやって切り出したものか。
 大きな岩を素手で切り崩さんばかりの難しさです。

 夕食後、近頃めっきり会話の減ったお父さんは、いつも通り岩のような渋面で馬刺しと焼酎を頂いていました。
(お母さんいわく「うまい」の顔だそうです、これが)

 ……言い出せない。
 いつも聞いてるラジオでだって、こういう局面の打開策を教えてはくれませんでした。

 テレビの音と食器を洗う音が響き、私だけが冷や汗をだらだら流す中、ふとお母さんが顔を上げます。


「明日お休みでしょ。買い物に付き合ってくれんね?」
「え、あ、うん……」
「美穂も、お父さんも」

 えっ。


 なんでも婦人服のセールがあるとかないとかいう話で、三人で行ったのは鶴屋百貨店。
 お休みの日にわざわざ職場に行くことにお父さんは難色を示しましたが、ついにはお母さんに押し切られて。

 婦人服売り場に突撃するお母さんを見送り、私達はぽつんと取り残されました。

「……」
「……」
「……えっと」

 お父さんはついっと踵を返し、エレベーターへと向かいます。
 その方向転換があんまり急だったから、つられてつい声を上げてしまいました。

「ど、どこ行くの?」

 お父さんは背中で答えます。

「屋上」


 ……ついてきちゃった。

「わぁ……」

 鶴屋の屋上は広くて、いわゆる小さな子供向け遊園地みたいになっています。
 私も連れて来られたことがあるけど、その頃からすっかり様変わりしていました。

 芝生ができていて、色とりどりの遊具があって、なんと噴水まであって。

 当時を全部覚えてるわけじゃないけど、前より間違いなくお洒落で清潔になっていると思います。
 前は普通にコンクリートで、小さなゴーカートがあったりなんかしたなぁ。
 あとコインで動くパンダさんの乗り物とか。

 外は風が強くて、だけど天気は良かったから子供たちがたくさん遊んでいました。
 風にはしゃぐ姿を、当時の自分と重ねてみたりして。


「変わるもんばいな、どこも」

 お父さんが、ぽつりと零しました。


「うん。……そうだね」

 街は更新されていく。
 それを寂しく思う気持ちは確かにありました。

 私達を育ててくれた景色が消えて、あのなんとも言えない懐かしい匂いを失っていくから。

 お父さんやお母さんの世代は、より強くそれを感じていたんだと思います。
 職場だってこうなのだから、お父さんは特に。

 変わっていくのは人だって例外ではなくて――

「行きたかか」
「え?」
「東京」


「色々しよったんは知っとる。バイトで金ば溜めとったことも」
「も、もしかしてお母さんから聞いて……?」
「お前がバイトしよったとこの社長は俺の大学ん時の先輩じゃ」

 初耳!!

「先生も電話してくんなったけん、あらかた聞いとるわ」
「そ、それは……」
「美穂。お前、ほんなこつ行きたかとか?」

 迷いませんでした。
 頷くしかありません。
 すわ第二戦か。子供たちの前で身構える私に、お父さんはふっと口元を緩めて、


「んなら、よか」


「……え」
「お前がしゃんむっでん(どうしても)やりたかことは、ようわかった。俺に似てもっこすじゃ」
「そ、それじゃあ……」

 呆然とする私に対し、お父さんはどこか肩の力が抜けたようで。

「もう止めん。負けたけんな」

 それって。
 転校手続きができて、本当の本当に東京に行けるってことで……。


「変わったのう、美穂。強うなった」


「――」

 体が震えるようでした。

 私はやったんだ。
 ついに最後の壁を突破したんだ。
 
 突破して、それで……。

 その先は……。


「……美穂?」
「お父さん……ど、どうしよう、私……」


 震えはついに、はっきりそれとわかるほどになりました。

「嬉しいよ、私。認めてもらえて嬉しい。嬉しいんだけど……」

 寒いからでもなく、嬉しさからでもなくて。

「東京に行けるんだ、って思って」

 これまでは希望と負けん気で立ち向かってさえいれば良かった。
 だけど、止める人がとうとう一人もいなくなって。

 これでついに「行くしかない」って実感としてわかった時――



「本当の本当に、行くんだ……って。行っちゃうんだって」

「私がんばるって、できるもんってずっと思ってた、けど」


「もし」


「もし、本当に行ってみて、それでだめだったら、どうしよう」

「なんにもならなかったら……がんばっても意味が無かったら、私、どうしよう……」


 そんなこと、今まで誰にも言ったことがありませんでした。

 身を投じる現実が、いかに広くて不透明か。
 壁を越えた先にある「それ」の重さが、今思い出したように一気に体にのしかかってきたんです。

 言わなかったということは、考えもしなかった……もっと言えば、考えるのを避けていたということで。


 怯える私を、お父さんはじっと見ていました。
 そうして、大きくてごつごつした手で、ぽんと私の頭を撫でました。

「できるち言うたど」
「でも……」
「お前のことはよう知っとう。何でん、できるまで絶対やめん子や。俺と母さんの子や」


 だから――

 そう前置きし、お父さんは口の端をほんの少しだけ上げて。
 同時に屋上を強い風が吹き抜けます。


「   」


「えっ……?」

 今、何か言いかけたの?
 風の音でよく聞こえないよ。

 だけど風に交じって聞こえた声が、私の聞き間違いでないのなら。
 それは、私が生まれて初めてお父さんに言われた言葉でした。


 その後、電話がありました。
 お母さん婦人服なんて買ってなくて、代わりに地下の食品売り場でお高いお肉を買ってたんです。

 不思議そうな顔でこっちを見ている子供たちに、私は急に恥ずかしくなってきました。
 おうちに帰ろう。三人で。
 きっと、しばらくそんなこともできなくなるから。


 十年くらいぶりに、私はお父さんと手を繋ぎました。


   〇


 出発は春の朝。始発の新幹線で私は東京に向かいます。
 熊本駅から東京駅までは6時間半くらい。

 飛行機の方が早いけどちょっぴり高いし、それにたとえ時間がかかっても、
 車窓を見ながらのんびり電車旅の方が私には合ってる気がしたから。

 荷物はそんなに多くありませんでした。
 17年間暮らした部屋は、ほとんどそのままにしておきます。

 頑丈な学習机も、押し入れに眠るランドセルも、擦り切れた絵本も、古びたラジオも。

 私が生まれた日にうちに来た、17歳の熊さんも。


 東の空が明るくなる頃、部屋の全てに頭を下げました。


「お世話になりました。いってきます」


   〇


 お見送りは少数でした。
 お父さんとお母さんと、ちーちゃんやのんちゃんや小さい頃からの友達。

「美穂、気ば付けんしゃいね。送って欲しかとがあったらいつでも言うとよ」
「うちらも連絡するけん、東京の写真ば送ってね!」
「うん! みんな、ありがとう!」

 電車の扉が開きます。
 みんなに手を振り返して、キャリーバッグごとよっこいしょっと中へ。

 ――ああ、ほんとに行くんだなぁ。

 指定席の片道切符はお財布の中に。
 不思議とふわふわした気分は、席に座っても納まらなくて。


 ゆっくりと電車が張り出しました。

 その時、窓際にみんなが駆け寄ってくるのが見えました。




「美穂ーーーっ! がまだせ(頑張れ)ーーーーーーっ!!」



 厚い窓ガラス越しに聞こえる叫びに、目を見開きました。

 友達から、初めて名前で呼ばれたんです。


 ああ、そうか。

 踏み出したから、私は「あなぐま」じゃなくなったんだ。

 お母さんの後ろから、友達の後ろから、熊さんの傍から。
 お父さんの庇護から、大好きな故郷から。

 小日向美穂は、ついにそこから一人で飛び出したんだ。



 電車が加速します。

 みんな、いっぱいの笑顔で手を振ってくれていました。

 窓に張り付いて私も一生懸命手を振りました。

 あなぐまのいた場所は、みるみるうちに遥か後ろへ流れていきます。

 遠ざかる故郷を見ながら、だけど悲しくはありませんでした。


 嬉しくてたまらないのに、どうしてか涙が止まりませんでした。


   〇


 短くはない話を、色紙を撫でながら語りきります。
 プロデューサーさんはじっと聞いていてくれました。

 昔のことを改めて振り返ることなんて無かったから、自分自身不思議な気持ちでした。

「あの……」

 そのせいもあってか、ちょっと思い切ってみることにしました。
 幸い、この後は二人とも時間があったから。


「ちょっとだけ、お願いを聞いてもらっていいですか?」


   〇


「わぁ、ほんとに高いっ!」


 連れてきて貰った場所に立つと、眼下に広がる大都市に圧倒されるようでした。

 一回昇ってみたかったんです。東京スカイツリー。

 地元にはあんまり高い建物が無かったので、事務所のビルでもびっくりだったですけど。
 それらよりずっとずっと高いこのタワーの展望室は、まさに東京で一番高い場所なのでしょう。


「……でも、やっぱり見えないなぁ」

 お父さんといた屋上広場も、熊本城の立派な天守閣も、大きな阿蘇の稜線も。
 わかってはいたけど、熊本ってやっぱり遠いんだなぁと実感します。


 私はここにいるんだ、って。

 目に見ることができないなら、伝える手段は一つ。
 この街で頑張って、アイドルとして輝いて、どこにいたって小日向美穂の名前が届くようにならないと。


 一番に、ならないと。


 東京に着いてから毎日、振り返る暇もなく走り続けてきました。

「プロデューサーさん……」
「ん?」

 だけど今日だけ、ほんの少しだけ。


「今でもたまに思うんです。できるのかなぁって」
「……」
「だって、周りのみんなは凄い子達だから。可愛かったり、かっこよかったり、情熱があったり……。
 私に無いものを持った子はたくさんいて……みんな大好きで、心から尊敬してるんです」

 でも……。
 ううん、だからこそ。

「トップアイドルに……一番になれたらって思わない日はありません。
 いつだって、どんなことだって全力でやります。
 だけどそれでも辿り着けるか、本当に私にできるのか、わからなくて」

 これもまた、今まで口に出したことすらない不安でした。
 どのくらい階段を上ればいいんだろう。
 飛び出したあなぐまは、あとどこまで高く昇れるだろう。


「出来るってのは、一人でなんでも上手くやることじゃないよ」

「……え?」


「最初から成功するなんて夢物語だ。いつどこで誰が報われるかなんて誰にもわからない。だけどここまで来たじゃないか」
「あ……」
「話を聞いてわかったよ。美穂のいいところは昔から何も変わってないな」


 私の隣に立ち、プロデューサーさんは微笑しました。
 目の前には色んな人が、色んなアイドルが暮らす大都会が広がっています。


「失敗したり立ち止まったりして、それでもまだ走ることができる。
 みんな美穂のそんなところに惹かれるんだ。アイドル仲間やファンや友達がさ。
 出来るっていうことは、そうした本人の努力と、周りのみんなの支えが合わさった結果だと俺は思う」


「その『みんな』を君はもう持ってる。だから、大丈夫だよ」



 高く遠い景色。吹き抜ける大きな風。どこか懐かしい匂い。
 ふっと記憶が蘇って、私は思わず涙ぐんでしまいました。

 目を丸くするプロデューサーさんに、ちょっとわたわたしながらなんでもないと弁明します。

「思い出しちゃって……前に、同じことを言われたから」
「そうなのか?」
「そうなんですっ。それにプロデューサーさん、さっき言ってくれたことに一つ抜けがありますよ?」

 プロデューサーさんったら肝心なところで鈍くて、頭に「?」が浮かんでいました。
 少しおかしくて笑い、改めて彼と向き合います。


「みんなの中には、あなたもいます。大切なあなたが」


 正面から言っちゃった。えへへ。
 ………………。

「あ、あの!? お、お、おかしな意味じゃなくてですね!? ただあなたに会えてよかったっていうか!」
「てれる」
「だから変な意味じゃないんですってばぁ!」


 その後しばらくわちゃわちゃしていて、誤解を解く頃には空は暗くなっていました。

「……てことで、そろそろ帰ろうか」
「うぅ、は、はい……」

 顔が熱い……結局こうなっちゃうんだもん……。
 去り際ふと窓の外を見ると、東京は夜の姿を見せつつありました。
 あちこちの建物から、星のような灯りがぽつぽつ生まれていきます。


「大丈夫」

 ぽつり、力強く呟きます。
 
 あの時、屋上広場で言ったであろう言葉。
 色紙の隅に、お父さんの文字で書かれていた言葉。


「私は、大丈夫。……だよね、お父さん」


   〇


 色んなものが変わっていって、だけど大事なものは何も変わらない。
 だからこそ全ては輝いている。

 その輝きの中で、いちばん大きな光になる為の階段を進もう。



 あの時、聞き間違いでないのなら。

 風の中、「大丈夫」――そう聞こえたよ。



 ~おしまい~

 以上です。お付き合いありがとうございました。
 第7回シンデレラガール総選挙は小日向美穂をよろしくお願いします。

良い話だな
おつ

>>1※の
(※たぬきではありません)
の注釈で草不可避wwwwww


からのええ話やなぁ、乙でした

乙でした
あのカバー曲からの話か

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