元ブラック鎮守府で好き勝手する新人提督の話 (26)

此処は新日本国海軍のトップの1人、勘解由小路総一郎元帥の私室である。その部屋で元帥の正面に座り、堂々と煙草を吸っている男は彼の息子、勘解由小路一心。

 身長210㎝、体重185㎏という見た目から既に規格外なこの男。驚くことに軍人ではなく、趣味で世界中の強者を叩き潰して回っている喧嘩屋である。


「横須賀鎮守府の提督?」

「そうだ」

「親父、俺なんかが提督になったら色々ヤバいんじゃねえのか?」

「うむ。本来なら軍人ですらない者に任せられるものではない。だが、この件に限りお前以上の適任者は存在しない」


 真面目一筋、文武両道で国の為に働き続け、60代で元帥にまでなった異例の男。そんな男が、軍人ですらない息子に提督になれと言う。冗談を言わない性格なのは解り切っている。


「前任の提督がその鎮守府で横暴の限りを尽くしていてな。その鎮守府の艦娘達はあまりの酷い扱いに耐えかねてその者を殺害した」

「ほう……」

「外見は少女とは言え、駆逐艦ですら艤装を付けなくとも大の大人を凌駕する身体能力を持つ者達だ。処分となれば簡単な話だが、あの横須賀鎮守府は最前線でありそう簡単に放棄することはできない」

「なるほどな。それで俺の出番って訳だ」

「そうだ。人智を超越した者には、人智を超越した者をぶつけるしか方法は無い」


 勘解由小路一心。身長210㎝、体重185㎏。鋼の如き筋肉の鎧で覆われた肉体と、野生動物をも凌駕する鋭い五感と第六感。そして産まれ持った驚異的な『戦いの才能』を持つ42歳。


「元帥の儂が情けない話ではあるが、どうか横須賀鎮守府とその艦娘達を救ってほしい。」

「良いぜ、滅多にない親父殿の頼みだ。だが、俺の好きにやらせてもらうぜ?」

「勿論だ。必要な物資等があればすぐに手配しよう」

「そりゃ良かった」

「助かる。では5日後、お前の家に儂の部下を送る。その者から説明を受け、鎮守府に向かってくれ」

「おう」


 1つ問題があるとすれば、一心は艦娘について一般人と同レベルの知識しか無いということだ。


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5日後、一心の自宅前に黒塗りの高級車が停まった。そこから海軍の軍服を着た男が出て来た。


「勘解由小路准将殿でありますね」

「そうだ。鎮守府までの間、よろしく頼むぜ」

「はい。ではお乗りください」


 一心は車の中で、提督の仕事について大まかな説明を受けた。前半はちゃんと聴いていた一心だが、その内飽きて寝てしまった。次に一心が目覚めるのは、横須賀鎮守府に到着してからだ。




「准将殿、到着しましたぞ」

「おう。ありがとな」

「任務ですので。それでは、ご武運を」


 男は敬礼し、Uターンして帰って行った。


「さて、提督殺しの艦娘ってのはどんなもんかねぇ」


 鎮守府の門。少しの錆びも無く、とても立派な門である。その門の内側に立っている1人の女性が一心に敬礼をする。


「こ、金剛型戦艦四番艦、榛名です」

「おう、新しく此処の提督になる勘解由小路一心だ」

「お、お待ちしておりました……ではこちらへ」


 榛名の首に付けられている首輪が少し気になったが、艦娘についてそこまで詳しい知識を持っていない一心は「後で訊けばいいか」と気楽に考えていた。


「こ、此処が執務室になります。少し此処でお待ちください」

「分かった」

 執務室に入り、この部屋唯一の椅子に座る。


「しかし、なんともまぁ趣味の悪い部屋だな」


 一言で言うなら成金趣味。純金を使った家具が多く置かれ、金以外にも贅沢で高価な素材を使用した物ばかりだ。


「それに、綺麗にしてはあるが……かなり臭うな」


 一心は警察犬に勝る嗅覚を誇っており、それ故この部屋に染み付いた血とその他の臭いが気になって仕方がないようだ。


「て、提督……お待たせいたしました」

「おう、入っていいぞ」

「し、失礼します」


 入って来たのは榛名だけではない。大柄の女性が1人と、榛名と同じぐらいに見える女性が2人だ。


「私は提督不在の間、代理でこの鎮守府を管理していた戦艦長門だ」

「そりゃご苦労さん。俺は此処の新しい提督、勘解由小路一心だ」

「早速で悪いが、お前には早々に帰ってもらうことになる」

「ほう?」

「見れば人間としてはかなり鍛え上げているようだが、無駄だ。殺されたくなければ早々に此処を去れ。私達は人間など信用していない」


 敵意と殺意剥き出しの視線。確かに、人間を下に見るだけあってその殺気は強烈なものだ。並みの人間であれば卒倒するだろう。そう、並みの人間であればだ。


「おいおい。前任がいくら酷かったって言っても、来たばかりの俺に殺気向けるのは筋違いだろ?」

「黙れ。お前達は皆同じだ。国を護る私達をただの道具としてしか見ていないばかりか、化け物と罵り鬱憤の捌け口としてしか考えていないんだろう」

「……ククッ」


 思わず、笑いがこみ上げた。それを見た4人は目を見開き、更にその殺気を増大させた。


「テメエ!何笑ってやがんだ!」

「落ち着け天龍。貴様、何が可笑しい?」

「ハハッ……いやいや、すまんな。俺にはお前達が化け物には見えなくてよ」

「何を言うかと思えば……貴様等は力を持つ私達を畏怖して化け物と呼ぶだろうが!」


 長門は叫び、机を殴る。物凄い轟音と共に机は木端微塵になった。


「これが艦娘の力だ、人間」

「ほう……じゃあ、俺も見せてやるよ」

「なに?」

「本物の化け物の力をだ」

 「本物の化け物の力だと?」


 執務室に居る4人の艦娘。長門、榛名、天龍、龍田は少なからず困惑していた。新しい提督が着任するという情報が入り、真っ先に挙がったのが『排除』だった。榛名に執務室に案内させ、そこで脅せば逃げ帰るだろうと思っていた。

 やって来たのは、前任の小太りの男とは比較すらできない程屈強な男だった。しかしどんなに屈強であろうが人間は人間。だが、この男は4人の予想を遥かに超えていた。戦艦2人と軽巡2人の殺気を一身に受けても、怯えるどころか不敵に笑う。挙句艦娘に向かって化け物には見えないと……。


「馬鹿馬鹿しい……貴様は人間ではないと言うのか?」

「ククッ……見せてやるよ」


 そう言うと一心はおもむろに腕を前に出す。


「何だその手は?」

「腕相撲だよ。机はお前がぶっ壊したから、空中腕相撲だがな」

「馬鹿馬鹿しい。勝負になるとでも思っているのか」

「思ってねえよ。だからハンデをやる……俺は人差し指1本で相手してやるよ」


 漫画やアニメ等の「怒り」を表現する方法として「ブチッ」という何かがキレた音というものがある。勿論創作においてキャラクターが「キレた」のを読者に分かりやすく伝える為の表現方に過ぎない為、現実にはいくらキレてもそんな音が聞こえることはない。もし聞こえたら病院に行った方がいいだろう。

 しかし、この場に居る榛名、天龍、龍田は確かに聞いたのだ。ビッグ7にも数えられた戦艦長門が本気で「キレた音」を。


「……嘗めるなよ人間風情が。良いだろう、その腕諸共貴様の思い上がりをへし折ってくれる」


 女性とは思えないドスの利いた低い声。最早空間が歪んで見える程の濃密な殺気を放出しながら、長門は全力で一心の人差し指を握る。


(なに!?)


 長門は心底驚愕した。鋼鉄すら容易に握り潰せる自分が全力で握っても、潰れるどころか骨が軋む様子すらない。まさか、本当にこの男は化け物だと言うのだろうか。


「榛名、開始の合図頼む」

「え、あっ……はい」

「好きなタイミングでいいぞ」


 本気の長門を前に、この場に居る艦娘4名が感じ取れるのは圧倒的な余裕である。その余裕を感じ取った4名は困惑する。自分達は艦娘だ、人智を超越した力を持つ艦娘のはずだ。だからこそ、その力を利用する人間が存在することも、その力を畏怖して化け物と呼ぶ人間が存在することも、心のどこかでは仕方ないと思っていた部分もあった。

 だがこの男、新任の提督としてやってきたこの男からは、艦娘に対する畏怖など一切感じられない。寧ろ、自分の方が強者だと信じて疑っていない。


「で、では……始め!」


 それは刹那の出来事だった。榛名が開始の合図したその直後、戦艦長門は宙を舞った。一心の超常的筋力で腕を倒された長門は、そのあまりの勢いで体が浮き上がり床に叩き付けられた。

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