佐久間まゆ「プロデューサーさんとの明日」 (18)

ループもの

思いつきで書いたから短い

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世界を繰り返して、出会いを繰り返して、別れを繰り返して・・・。

4月の終わり。

花が少し残る葉桜を見つめながら、

まゆは公園で立ち尽くしていました。

モデルのお仕事、そこそこのお金。

10代の女の子としては、十分なまゆの人生。

だけど何処かむなしくて、さびしい。

お勉強は満点が取れるまで繰り返して、

運動も競争に勝てるまで繰り返して、

一番になれるまで、まゆは世界を繰り返しました。

とんでもない〝ずる 〟をしてきました。

でも・・・まゆは後悔をなくす代わりに、

納得も満足もできなくなってしまいました。

もっと良い人生、もっとしあわせな10代、

それが今じゃないどこかにある気がして・・・。

まゆの幸福。まゆの知らない、温かな明日。

まゆはそれを追い続けて、尻尾をくわえた犬のように、

その場をぐるぐる回り続けるのでしょうか。

永遠に。

そう考えると、身体がひやっと冷たくなります。

今日は、なにか温かいものでも食べよう。

桜が散り尽くした公園から出ようとすると、

人の視線を感じました。

男の人。

くたびれたスーツを着て、困ったような、

申し訳ないような顔をしてる。

まゆは久しぶりに、まゆが知らない人に会いました。

明日も昨日も繰り返していると、

まゆにとっては“見知らぬ”人はいなくなっていくのに。

彼は片手に雑誌を持っていました。

よく見ると、まゆが表紙に写っています。

ひょっとして、ストーカーさん?

でも、面倒になったら〝戻れば〟いいか。

そんな考えで、まゆはその男の人に話しかけました。

「…まゆに何か御用ですかぁ?」

男の人は、びくりと肩を震わせました。

年上の男の人だけど、なんだか可愛い仕草でした。

「さっ、佐久間さん!」

「はい」

男の人は、少し上擦った声をあげました。

顔は赤くなって、足はかすかに震えています。

もしかして、 告白 ?

こんな経験も何度もしていますから、特に恥ずかしい、

うれしい、という気持ちにはなりません。

「まゆ・・・さん」

男の人は、もじもじとして言葉がつづきません。

そういえば、この人は休日の昼に、何をしている人なのでしょう。

就活、というほど若くもなさそうだけれど・・・。

「えっと、その・・・・佐久間まゆさん」

「はい。まゆに惚れましたかぁ?」

少しじれったくなって、まゆは男の人に聞きました。

すると、男の人は分かりやすく動揺しました。

「いや! その惚れたっていうか、

その・・・いや確かに惚れた。

うん、惚れた。俺は君に惚れた! 一目惚れだ!!」

緊張して縮こまっていたかと思えば、

急に大胆なことを言う。不思議な男の人。

でも、まゆはこの人とは付き合えません。

運命なんて信じていませんでしから。

胸はドキドキしないし、顔も熱くならない。

だから、交際はお断りしよう。

そう考えていたまゆに、男の人は言いました。

「佐久間まゆ。君は、アイドルになるべきだ!!」

「・・・・・はい?」

これが、プロデューサーさんとの〝初めての〟出会いでした。

アイドル。

キラキラ輝いて、見る者全てを魅了する存在。

みんなを笑顔にする、魔法使いのような存在

でも、それは表面上で、

実際には熾烈な競争の世界に生きている。

苦しいレッスンをこなして、オーディションを受けて、

またレッスンをこなして、他のアイドル候補生の羨望と

怨嗟の視線を浴びながら、舞台に立つ。

でもまゆは、プロデューサーさんの

スカウトを受け入れました。

 まゆはやり直せますし、

人生に劇的な変化が欲しかったから。

レッスンは、やはり苦しいものでした。

やり直すと身体の状態はリセットされてしまうから、

まゆは久しぶりに、普通の女の子として過ごしました。

でも普通の少女では、アイドルにはなれませんでした。

初めてのオーディションの結果は散々でした。

歌の歌詞は間違え、ダンスではつまずき、

最後はとうとう涙ぐんで、審査員に呆れられました。 

やり直そう。久しぶりに。

まゆは完璧なアイドルを目指しています。

だから、この時間はもういらない。

でも、 オーディションの前日に戻ろうとするまゆを、

プロデューサーさんの声が止めました。

「まゆ!」

「プロデューサーさぁん」

自分でもびっくりするくらい、悲しい声がでました。

「まゆ。よく頑張ったな」

プロデューサーさんは、まゆのことを褒めてくれました。

「でも、まゆは失敗しちゃいました」

だから、この時間のまゆはいらない。

「プロデューサーさん・・・ごめんなさい」

“今度”はもっと頑張りますから。


でも、プロデューサーさんは私を引き止めました。

いえ、引き止めてくれたんです。


「俺は絶対に成功するアイドルをスカウトしたんじゃない。

失敗するし転んだりもする。

〝だから〟応援せずにはいられない。

俺があの日見つけたのは、そんな女の子だ」

この時、まゆは恋に落ちました。

そして、時間を巻き戻すことをやめました。

プロデューサーさんの言葉を、なかったことにしたくなかったから。

私は以前よりも、ずっと懸命にレッスンを積みました。

プロデューサーさんの期待に応えたい。

そう強く願いました。

念願のアイドルデビューの後は、私は夢見心地で毎日を過ごしました。

お仕事は楽しい。

他のアイドルの子達もみんないい子ばかり。

ああでも一番うれしいのは、

プロデューサーさんがそばにいること。

過去と今しかなかったまゆの明日に、

こんな幸福が待っていたなんて。

ここはまゆにとって最高の10代ではないのかもしれません。

でもずっと、ずっとこんな毎日と明日がくればいい。

本当に、そう思いました。


だけれど、“ずる”の代償は、その明日の中に待ち構えていました。

ある日、まゆはプロデューサーさんと

一緒に外を歩いていました。

「プロデューサーさんの血液型って、B型ですか?」

「そうだよ」

「まゆもB型、運命ですね…」

運命。ちょっと気恥ずかしい。

こんな言葉を簡単に使えるようになりました。

「いや、でも俺はRh-だから」

プロデューサーさんは顔を赤くして、そうはぐらかしました。

「まゆもマイナスです」

そう言ってまゆがにっこりすると、

プロデューサーはぷいと顔をそらしました。

こんな他愛のない会話もすべて愛おしかった。

でも、突然終わりがきました。

まゆとプロデューサーさんが、人混みの中で

スクランブル交差点を歩いていると、

人がこちらへ吹き飛んできました。

重トラックが、交差点で暴走していたのです。

飲酒運転。それを、私は後から知りました。

「まゆ、あぶない!!」

プロデューサーさんは私を庇って、トラックに轢かれました。

即死でした。

 
「いやぁぁああああ!!」

まゆは叫び声を上げて、あの公園に戻りました。

3年前。プロデューサーさんと会う前に。

まゆは公園から飛び出しました。

こんな苦しい思いをするくらいなら、出会わなければよかった。

アイドルになんて、ならなければよかった!!

プロデューサーさんに会いたい。そんな気持ちを押し殺して、

まゆは公園から離れました。

そして駅のホームのベンチで、静かに泣きました。

プロデューサーさん。プロデューサーさん。

なんども名前を読んで。

「すみません、どうかしたんですか?」

ある男の人がまゆに話しかけてきました。

その人はハンカチを差し出して、まゆが写る雑誌を持っていました。

「…あなたの血液型は、なんですか?」

まゆはその人に尋ねました。

「え?」

その人は驚いていました。当たり前ですね。

さっきまで泣いていな女の子が、急に血液型を尋ねてきたら。

「まゆはB型です」

「あっ! え!?」

その人は雑誌と私を見比べて、また驚いていました。

でも、やっぱり変に律儀なところがあって、まゆの質問に応えてくれました。

「俺もB型だけど…」

そう、あなたの血液型は。

「「Rh-(マイナス)」」

プロデューサーさんは、呆然としてまゆを見ました。

「運命ですね…」

そう言葉にすると、また涙が、ぽろぽろと出てきました。

プロデューサーさんを助けないと。

 まゆはまたアイドルになって、プロデューサーさんを守ろうとしました。

 でも、三年後の4月25にまた、プロデューサーさんは死んでしまいました。

 まゆのストーカーに路上で刺されてしまったのです。

 私はまた戻って、今度はプロデューサーさんの手を引いて

東京から仙台に向かいました。

トップアイドルと敏腕プロデューサーの駆け落ち。

テレビや雑誌では、大騒ぎになっていました。
 

どこか安全な場所へ。どこか。

 そう思いながら、駅のホームにいると、

 プロデューサーさんの姿が突然消えました。

 そして、新幹線がものすごいスピードで通り過ぎて、

 ホームが血だらけになりました。

「ず、ずるいぞぉ。

 さ、さ、佐久間チャンを独り占めしようなんて、」

 Pさんは、まゆのファンによって線路に突き落とされました。


まゆと出会ったプロデューサーさんは死んでしまいます。

この運命は、まゆがどんな努力をしても

変えることはできませんでした。

でも繰り返しが増えるたびにまゆは理解しました。

プロデューサーさんは、まゆのせいで死んでいる。

まゆを庇って、まゆのファンに殺されて。

4月25日。

この日、部屋から全く出なければ、

まゆとプロデューサーさんが出会うことはありません。

まゆとプロデューサーさんは見知らぬ二人のまま。

まゆはマンションのドアの前に立ち尽くして、

ようやく4月26日を迎えたとき、ぺたりと座り込みました。

もう涙さえ枯れていました。

出会いはなくなりました。そして、別れさえも。

もうすぐ5月なのに、すごく寒くて、まゆは毛布にくるまって眠りました。

そうして、プロデューサーさんのことを忘れようと努力しながら、

3年間を過ごしました。

ほかのアイドルと一緒でもいい。生きてさえ、いてくれれば。

そして4月25日の夕方、テレビをつけました。

いつもと変わらない、つまらなく、

ひどく寂しい毎日のはずでした。

「今日の昼頃…渋谷の交差点で…」

まゆははっと顔を上げました。

ニュースキャスターの声が、残酷なくらい無機質でした。

「男女4人が死亡。

 男性1人が重体となって…」

重体。プロデューサーさんは辛うじて生きていました。

「臓器の提供が…男性は…」

まゆはマンションを飛び出しました。

アイドルじゃなくなったまゆでも、魔法を起こすために。

プロデューサーさんと出会わないまま、

プロデューサーさんのそばで、明日をむかえるために。



 

おしまい。

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