ギャルゲーMasque:Rade まゆ√ (298)


これはモバマスssです

ギャルゲーMasque:Rade 加蓮√
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の別√となっております
共通部分(加蓮√81レス目まで)は上記の方で読んで頂ければと思います
また、今回はまゆ√なので分岐での選択肢で3を選んだという体で投稿させて頂きます


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1518286150




P「うちで鍋をやったんだ」

加蓮「いいなー、私も誘ってくれれば良かったのに」

P「体調悪かったんだろ? あと俺、北条の連絡先しらないし」

加蓮「あ、そっか。それじゃHR終わったらライン交換しよ」

P「だな、連絡相手は多い方が良いぞ」

加蓮「で、誰と鍋やったの?」

P「いつもの二人……李衣菜と美穂。あと智絵里ちゃんとまゆと文香姉さんの六人」

加蓮「……まゆ?」

P「ん?友達だったのか?」

加蓮「まゆって確か、あのリボン着けてポワポワしてそうなのだよね?」

P「多分そうだと思う」

ポワポワかどうかは分からないが、リボンは着けてるな。

一応あれ校則違反なんだけど。

加蓮「……後で、少し話聞かせて貰っていい?」

P「あぁ。……そう言えば、金曜の事なんだけどさ」

加蓮「あー、あれ?上手かったでしょ、アタシの演技」

P「演技でキスまでするか普通……」

それに、確かあのラブレターは。

俺の見間違いでなければ……




加蓮「……ま、お互いの思い出って事で。別に忘れても良いけど」

P「……なぁ、北条。本当に……」

加蓮「もう……後ででいい?私、保健室にマスク貰いに行きたいから」

P「あいよ。こんな場所で立ち話する様な事でも無いか」

加蓮「放課後は時間ある?」

P「あ、悪い……放課後は予定が入っちゃってるんだ」

加蓮「誰?」

気温が一瞬にして0を下回った気がする。

おかしい、さっきまで楽しく談笑出来ていた筈なのに。

いきなり異世界あたりにワープしたりしてないだろうか。

GPS情報を確認しても、別にここはシベリアになっていたりはしなかった。

加蓮「……ねぇ、誰?」

P「……ヒ・ミ・ツ!」

加蓮「は?」

P「ちえ……緒方さんです」

震えてなんていない。

もし震えていたとしたら、それは寒いせいだ。

加蓮「……ふーん、何?また告白の練習に付き合ってとか言われたの?」

P「いや、単純に来れたら来てって言われただけだけどさ」

加蓮「そ。なら断っても問題ないよね」

……いや、その理論はどうなんだろう。

文的には間違ってないが人間的に色々とアレな気がする。

キーン、コーン、カーン、コーン

加蓮「……私が保健室に行ってる事、先生に伝えておいてね」

P「任せろ、帰ったって言っとくから」

加蓮「土に還らせるよ?」

P「物騒過ぎるだろ」



予鈴が鳴る前に、ギリギリ教室に滑り込めた。

北条の件を千川先生に伝えて席に着く。

智絵里「おはようございます……Pくん」

P「おはよう、智絵里ちゃん」

智絵里「……えへへ……」

挨拶しただけなのに、智絵里ちゃんは微笑んだ。

なんだろう、今日のラッキーアイテムは男子からの挨拶だったのだろうか。

智絵里「……Pくん……その、ライン……見てくれましたか……?」

P「ん、あー……後ででいいか?」

智絵里「……はい…………」

まゆ「智絵里ちゃん、Pさんと仲良しさんですね」

美穂「ふふ、仲が良いのは素敵な事だと思います」

この教室、外より気圧が高過ぎないだろうか。

肩と心にかかる重圧にプレスされそうだ。

ちひろ「特に連絡事項はありません。夕方は雨らしいので、傘を忘れた子は事務室で借りられますから利用して下さいね」

HRが終わり、千川先生が教室を出て行く。

北条は未だに、教室に戻って来ていなかった。

P「ふぅ……トイレ行くか」

なんとなく教室に居づらくなって、俺はトイレに向かう。

やっぱり大して時間は稼げなかった。

手を洗いながら、鏡の中の自分を覗き込む。

……美穂と、まゆ。

俺は、どちらを……



加蓮「やっほー鷺沢。鏡の自分と睨めっこ?」

P「よう北条、もうちょっとで鏡の自分に勝てそうだから待っててくれ」

トイレの前に、北条が居た。

加蓮「一生待たされる事にならない?」

P「よし勝った。待たせたな、何だ?」

加蓮「勝てたの?!」

P「鏡は同じ動きをするから、俺が笑えばあいつも笑うんだよ」

加蓮「引き分けじゃん」

P「光の往復時間分、鏡の中の俺の方が遅いから」

加蓮「あんたの方が先に笑ってるじゃん」

P「ほんとだ……」

どうやら俺は負けていたらしい。

加蓮「……で、放課後空いてないって言うなら……今、さっきの話の続きをさせて貰うけど」

P「ん、あぁ……」

ガラガラ

美穂「Pくん。今お話を……あ、お話中でしたか?」

P「ん、あぁ。少し待っててくれるか?」

教室から美穂が出て来た。

美穂「あれ?えっと……北条さん?」

加蓮「そうだけど、どちら様?」

美穂「小日向美穂です。Pくんとは一年生の時から……お友達なんです」

お友達の前に、少しだけ空白が空いた。

加蓮「……ふーん、成る程ね」

美穂「Pくん、わたし達以外にもお友達いたんですねっ!」

P「残念だったな、もう片手じゃ数えられなくなる日も近い」

加蓮「そんな誇らしげに言える事じゃないじゃん。へー、あんたも友達少ないんだ」

P「そんな悲しいところで親近感を覚えるなよ」

美穂「だ、大事なのは数より質ですから!」



加蓮「……仲、良いんだ」

P「な、なんだよ北条」

加蓮「別にー、よろしくね美穂。あ、加蓮でいいよ?」

美穂「よろしくお願いします、加蓮ちゃん」

加蓮「加蓮ちゃん……うん、いい響き。鷺沢も加蓮ちゃんって呼んでいいよ」

P「加蓮ちゃん」

加蓮「キモっ。ちゃん付けないで」

その流れは酷いんじゃないだろうか。

P「じゃあ加蓮で」

加蓮「よろしい。それで、美穂は何を話しにきたの?」

美穂「あれ?加蓮ちゃんはお話終わったんですか?」

加蓮「……うん、私は……もう良いかな」

P「……そうか」

美穂「あ、もう大丈夫ですか?ねえPくん、放課後時間ありませんか?」

P「あー悪い、放課後は智絵里ちゃんに呼ばれちゃっててさ」

美穂「あ……そうでしたか」

加蓮「……ねぇ鷺沢、その子に呼ばれたのってなんで?」

美穂「……告白の練習、なのかな?」

P「あ、美穂も智絵里ちゃんから聞いてるのか」

美穂「こないだ李衣菜ちゃんと三人でPくんの部屋で遊んでる時に聞いたんです」

P「あぁ、だから悪いけど放課後は空いてないんだ」

加蓮「練習、ね……ふーん……鷺沢を練習相手に……」

P「ん?何かあったのか?」




加蓮「しょうがないね……うん、代わりに私が行っておいてあげる」

P「……え?」

加蓮「鷺沢の代わりに、私がその子の告白の練習に付き合う。何も問題は無いよね?」

何も問題はない……のか?

加蓮「私はほら、こないだあの子のラブレター読んだし、それなりにアドバイスも出来るんじゃない?」

P「本人に言ってやるなよ?……ん?」

確か、あのラブレターって……

加蓮「よし、決まりだね。鷺沢は美穂の方に付き合ってあげて。その子には私から言っておくから」

美穂「ありがとう、加蓮ちゃん」

加蓮「別に、私今日は放課後何も予定無かったし」

美穂「……本当に、良いんですか?」

加蓮「何の事?」

美穂「……ううん、なんでもありません」

加蓮「あ、あと鷺沢」

P「なんだ?」

加蓮「放課後の事は貸しにしとくから。今度、一緒に遊びに行こ?」

P「おう、いつでもライン送ってくれ」

加蓮「なら良し。あと美穂も、今度みんなで鍋やるなら私も誘ってね?」

美穂「はい、もちろんです!」




放課後、智絵里ちゃんとの件は加蓮に任せて俺は下駄箱に向かった。

美穂「あ、Pくん。待ってましたっ」

P「お待たせ。さて、帰るか」

美穂「えっと……良かったら、少し回り道しませんか?」

P「構わないけど、何か食べに行くのか?」

美穂「大した用事じゃないんですけど……ノート、何冊か足りなくなっちゃって」

P「お、なら俺も買っとくか。何冊あっても困るもんじゃないしな」

美穂「イタズラで隠される用ですか?」

P「俺がイジメられてる前提で話すのやめよ?」

並んで歩き、いつも通りの会話をする。

なんだか落ち着くな、美穂と二人で話していると。

商店街に着くと、何やら行列が出来ていた。

P「ん、何やってるんだろ」

美穂「福引きですね。500円買い物をすると、1回回せるんです」

P「なるほどなー。なら500円分買って挑むか!」

美穂「はいっ!目指せハワイ旅行です!」

いや、見た所景品にハワイ旅行は無いけどな?

文房具屋でノート数冊とシャー芯を買って、ピッタリ税抜き500円。

美穂もノートを数冊買って、二人で福引きの行列に並んだ。

美穂「一等賞、二人共当てられると良いですねっ!」

P「そうだな、一等賞は一個しか入ってないみたいだけど」

一等賞は掃除機……いらねぇ……

二等賞は扇風機って……

絶対売れ残り処分じゃん。

P「割と現実的にハズレのポケットティッシュが当たりなんじゃないかな」

美穂「あ、でもPくん。三等を見てみて下さい」

P「ん、三等は温泉旅行のペアチケットか」

三等の数は二十個だから、そこそこ狙えそうな気がする。

美穂「当ててみせますっ!」

グルグルグルグルッ!と美穂がガラガラを回す。

勢い良く飛び出た球の色は金。

金色は……三等?!




商店街の人「カランカランカラーン!おめでとうございます!!」

美穂「えっ、うそっ?!本当に当たっちゃいました!!」

P「マジか、凄いな美穂!!」

テンションが上がりすぎて、思わず手を握って振り回す。

P「っと、次は俺か。ポケットティッシュ欲しいな」

美穂「……えへへ……これで、Pくんと二人で温泉旅行に……」

グルグルグルグルッ!コロッ

商店街の人「カランカランカラーン!おめでとうございます!!」

P「……うっそだろ……」

美穂「……え……」

なんと、二連続で三等だった。

金色の玉が二つ……何も言うまい。

商店街の人「景品はこちらになります」

俺と美穂が、それぞれ温泉旅行のペアチケットを渡される。

色々と凄すぎて若干上の空になりつつ、二人で商店街を後にした。

空には雲が掛かってきて、今にも雨が降りそうだ。

確か千川先生、夕方ごろに雨降るって言ってたなぁ。

P「で、どこ行く?」

美穂「取り敢えず、Pくんの家で大丈夫ですか?」

P「もちろん。にしても……こんな幸運あるんだな」

のんびり歩きながら、俺の家へ向かう。

美穂「わたしからしたら、全然幸運じゃない……」

P「なんでさ」

美穂「二人っきりが良かったのにな……」

P「でもほら、高校生が二人だと色々不安だろ。これなら文香姉さんに付き添って貰えるし」



ポツリ、と。

遂に雨が降って来てしまった。

美穂「……あ、雨降ってきましたね」

P「傘二本あるぞ、使うか?」

折り畳みと普通の傘持って来てて良かった。

美穂「大丈夫です、わたしも折り畳みを持ち歩いてますから……あ」

P「ん?」

美穂「なければ、相合傘してくれましたか?」

P「二本あるって言ったじゃん」

ところで、これいつ行けば良いんだろ。

美穂「あ、ゴールデンウィークの土日ですね。一泊二日、割引券です」

P「なるほどなー、ゴールデンウィークの土日か」

美穂「ですね、その割引券です」

P「割引券なー……ん?」

割引券……?

P「……割引券?」

美穂「割引券です」

P「……なんか……しょぼくない?」

美穂「で、でも半額です!」

P「ちょっと待っててくれ、そこの宿代調べるから」

スマホで宿の名前を調べて、二人部屋一泊二日、と……

P「……元の値段が四万って……たけ……」

美穂「半額で二万円ですね……」

一人当たり一万円か。高校生がポンと出せる金額ではない。

P「流石に高過ぎるな……」

美穂「アルバイトしなきゃ……今からで間に合うかな」

この際、文香姉さんに全部払ってもらうか……?

いや無理だろうな、あの文香姉さんだし。



P「……ん?」

美穂と会話しながら歩いていると、横断歩道の反対側に傘を差したまゆが居た。

まゆも商店街に買い物だろうか。

まゆ「あ、Pさんに美穂ちゃん。こんにちは」

美穂「さっきぶり、まゆちゃん」

P「よっ」

まゆ「もう、酷いじゃないですかぁ。Pさん、放課後に用事があるからってまゆのお誘いを断ったのに」

P「すまん、用事を加蓮に代わって貰っちゃってさ」

まゆ「今からでも、三人で遊びませんかぁ?」

美穂「わたしは構いませんよ。まゆちゃんとも、一度きちんとお話したかったですから」

まゆが、横断歩道を渡って此方へ向かってくる。

その時だった。

P「おいっ!まゆストップ!」

美穂「……あっ!まゆちゃん!」

まゆ「……え?」

横から走ってきた自転車が、まゆの方に突っ込もうとしいた。

傘差し運転でまゆの姿が見えてなかったんだろう。

まゆもまた、傘を差している為近付いている自転車に気付けずにいる。

まゆ「……あ……」

ようやく気付いた時には、自転車はまゆのかなり近くまで来ていて。

足がすくんだのか、その場から動けずにいた。



P「っっ!!」

傘も荷物も放り投げて、まゆへと駆け出して。

まゆにタックルして無理やり自転車の軌道からズラす。

どんっ!

まゆ「きゃっ!」

P「いっってぇっ!!」

道のど真ん中に倒れ込んで、何とか自転車とはぶつからずに済んだ。

俺の足の直ぐ近くを、自転車が走り去って行く。

P「っぶなかった……大丈夫か、まゆ」

まゆ「……は、はい……でも……」

まゆの背に片手を回して、もう片手を地面に着いたは良いが。

……あぁ、右腕がとても痛い。

美穂「大丈夫ですかっ!まゆちゃん、Pくんっ!」

P「あぁ、まゆに怪我は無いっぽい!」

まゆ「そうじゃなくて……!Pさんは……!」

P「ん?あぁ、腕が痛いだけだから」

冷静ぶってはいるけど、とんでもなく痛い。

けどまぁ、まゆが轢かれ無くて良かった。

まゆ「うぁ……ぁ……ごめんなさい……まゆ……」

P「大丈夫だって!多分捻っただけだから、そんな泣く様な事じゃ無いって!」

車の邪魔にならない様、さっさと歩道まで戻る。

まゆ「ごめんなさい……ごめんなさい……」

美穂「本当に大丈夫なんですか?病院に行きませんか?」

P「だな、何もなければみんな安心出来るし」




まゆ「ごめんなさい……まゆ、どうすれば……」

P「……いや、本当に大丈夫だから」

骨折だった。

どうやら人間の骨は割と簡単に折れるらしい。

ギプスを嵌められて首から下げられた右腕は、動かそうとするととても痛い。

別に動かさなくてもまだ痛い。

レントゲンももう少し気の利いた嘘を吐いてくれれば良かったものを。

……良くないな、早くカルシウム沢山摂取して治そう。

美穂「文香さんには連絡しておきました。すぐ、保険証を持って来てくれるそうです」

まゆ「……利き腕、ですよね?」

P「だな、これを期に両利き目指すか」

まゆ「……本当に、ごめんなさい……」

P「そんな凹むなって。ほら、このギプスかっこ良くないか?刃物防げる硬さだぞこれ」

美穂「……文字通り転んでもタダでは起きない姿勢、今は多分まゆちゃんを傷付けちゃうだけですよ?」

P「……なら、そうだな。まゆ」

まゆ「……はい……」

P「ごめんなさいじゃなくて、ありがとうの方が嬉しいかな」

まゆ「……ありがとうございました。Pさんに助けて貰ってなかったら、まゆは……」

P「暗い顔もやめよ、な?俺に左利きのコツとか教えてくれよ」



ウィィィン

病院の自動ドアが開いて、文香姉さんが入って来た。

文香「……P君」

P「あ、姉さん」

文香「……はぁ、ふぅ……全く……」

呆れたように、溜息をつく文香姉さん。

P「手間かけさせちゃってごめん。保険証、持ち歩くべきだったなぁ」

文香「……っ!……巫山戯ないで下さい……!」

P「……え?」

そんな文香姉さんは。

珍しく息を切らせていて、表情はとても辛そうだった。

文香「……心配しない訳、無いじゃないですか……もし、P君が保険証を持っていたとして……それなら、私は来なかったと……本気で思っているんですか……?」

文香姉さんは、傘を持っていなかった。

長い髪も、服も、顔も、雨に濡れてしまっている。

……走って来てくれたのか。

文香「美穂さんから『自転車に轢かれそうになって』と連絡を受けた時……私が……どんな気持ちで……!どれ程、心配したと思っているんですか……!!」

P「……ごめん、姉さん。心配掛けて」

文香「P君が自分に無頓着な事は知っています……他の人を優先しようとして、他の人を気遣って、明るく振舞う事も分かっています……ですが……」

貴方の事を大切に思っている人の気持ちも、考えて下さい、と。

そうポツリと呟く文香姉さんの頬が濡れているのは、きっと雨のせいじゃなくて。

その言葉は、俺に深く突き刺さった。

P「……ほんとにごめん」

文香「……支払い手続きは私が済ませておきます。P君は、後でお説教です……きちんと、家で安静に待機していて下さい」

まゆ「あ、あの……Pさんは……」

文香「佐久間さんにも、後でお話があります」

まゆ「……はい……本当に、申し訳ありません……」

……ここまで憤ってる文香姉さんは初めて見た。

いや、それ程に俺を心配してくれていたという事か。

P「悪いな、美穂。この後はちょっと無理っぽいわ」

美穂「分かってます。ほんとに、Pくんは自分の事も大切にしてあげて下さいね?」

呆れられてしまった。

正直今もまだ痛いけど、女の子の前でカッコ悪いとこは見せたくないしなぁ。

P「それじゃ、まゆ。悪いけど、来て貰ってもいいか?」

まゆ「はい……もちろんです」





文香「……先程は、お見苦しいところをお見せして……その……失礼致しました」

P「いや、俺こそちょっと気配りが出来てなかったって言うか……ごめん」

まゆ「その……全部、まゆが原因ですから……本当に申し訳ありませんでした……」

文香「いえ……私も、少し八つ当たり気味だったので……申し訳ありません……」

まゆ「八つ当たりなんかじゃありません……本当に、まゆのせいですから……」

我が家のリビングでは、現在謝罪大会が開催されていた。

文香姉さんの顔は真っ赤で、思い返して相当恥ずかしくなっているらしい。

まゆは未だに、俺以上に辛そうな顔をしている。

俺はとても腕が痛い。動かさなければそこそこ痛い。

文香「それで……詳しい話を教えて頂けますか?」

P「あぁ、うん」

事の顛末的なものを話す。

P「まぁ今思い返せば、もう少し安全な助け方もあったのかもしれないな」

まゆ「まゆは……驚いて、足が動かなくなっちゃって……」

P「実際仕方ない。焦ると本当に身体も頭も働かなくなるよな」

文香「仕方ない……?」

P「あぁいや、仕方ないって言うかしょうがないって言うか……まぁ、兎に角まゆは全く悪くないから」

まゆ「でも……それでPさんが骨折してしまったのは、紛れもなく事実ですから……」

文香「傘差し運転していた人物に関しては、今からでは探しようがありませんが……」

P「にしても困ったなぁ……食事作るの割としんどいぞこれ」

起きてしまった事はもうどうしようもないとして。

現実的な問題、利き腕が骨折というのは日常生活にかなり支障をきたしてしまう。

特にシャーペンや箸が使えないのはデカ過ぎる。

文香「……しばらくは、私が食事を」



まゆ「でしたら……」

文香姉さんの言葉を遮って。

まゆ「まゆが、食事を作りに来ます。いえ、作らせて下さい……!」

そう、まゆが提案してきた。

まゆ「他にもPさんが片腕で困る事があれば、まゆが全てサポートします」

P「いやいや、流石に悪いって」

まゆ「……させて下さい。じゃないと、まゆは……自分を許せないから」

P「ほんとに、そんな気負わなくても良いんだぞ?」

文香「……佐久間さんに、そこまでして頂かなくても……」

まゆ「これくらいで済ませる気はありませんが……せめて、少しでも……まゆに、お詫びをさせて貰えませんか?」

まゆの意志は固そうだ。

そこまでして貰うと逆にこっちが申し訳なくなってくるが……

P「……だったら、お願い出来るか?」

まゆ「……はい……!まゆに、任せて下さい」

文香「……家では私がみれますが……学校では、そうもいかないので……学校に居る間だけでも、お願い出来ますか?」

まゆ「学校だけと言わず、おはようからおやすみまで万全サポート致しますよぉ!」

あぁ、良かった。少しずつまゆがいつもの調子に戻ってきた。

おやすみまでは逆に問題な気がするけど。

P「それじゃ、無理のない範囲で頼めるか?」

まゆ「はい、まゆに任せて下さい」



ピピピピッ、ピピピピッ

P「うぅーん……朝か……」

朝が来てしまった。

何故、朝はくるんだろう。

毎朝朝がくるんだから、偶には夜のまま朝を迎えたっていい筈なのに。

まゆ「もう、変な事考えてないで起きて下さい」

P「おう……ん?」

天使の様な声が聞こえた。お迎えだろうか。

目を開ける、エプロン姿の天使がいた。まゆだった。

P「……?おはよう、まゆ」

取り敢えず鳴り続けているアラームを止めようと、スマホに手を伸ばそうとして……

P「いてっ?!」

まゆ「あっ!Pさん……その……」

P「……そうか、俺は……昨日の戦いで、片腕を……」

まゆ「失ってはいませんから……本当に、ごめんなさい……」

そんなまゆの目は、メイクで誤魔化しているんだろうが腫れていて。

もしかしたら、昨晩泣いてしまっていたのかもしれない。

P「すまんすまんすまん!俺もちょっと朝でアホな事言っちゃってただけだから!」

そうだった。いつも利き手をスマホに伸ばすが、今は骨が折れているんだ。

慣れるまで、と言うか癖で利き腕を使わない様にするまでにかなりかかりそうだなぁ……




まゆ「あ、そうでした。朝ご飯出来てますよぉ。早く着替えて降りてきて下さい」

P「まじか、ありがと」

まゆ「一人でお着替え出来ますか?よければまゆがお手伝いしますよぉ?」

P「まじか、ありがと」

まゆ「……ぅ……じょ、冗談だったんですが……そう、ですよね……Pさんが日常生活を支障なく送れる様にサポートするのが、まゆの役目ですから……」

P「あぁいや、すまん寝ぼけてた。着替えは割と何とかなるから大丈夫だよ」

まゆ「まだ寝ぼけている様でしたら……まゆが、おはようのキスでもしてあげますよぉ?」

P「もう少し寝てたいからいいや」

まゆ「もう……早く起きて下さい。朝ご飯冷めちゃいますから」

ちょっと怒ったまゆも可愛いなぁ。

っとそうじゃないそうじゃない。

まゆに先に下に行ってて貰い、パパッと……とはいかないがさっさと着替える。

利き腕骨折ライフ一日目は、そんなまゆとのやりとりから始まった。



文香「……おはようございます、P君」

P「おはよう姉さん。うぉお、朝から豪華だな」

食卓には、沢山の料理がズラリ。

多分残った分を昼と夜に回すのだろう。

まゆ「腕によりを掛けて作らせて頂きました」

P「ありがとな、まゆ……さて」

その料理の多くが、スプーンで食べやすいものばかりだ。

パンも直接手で掴んで食べられる。

利き腕ではない方では上手く箸を使えないからと、気を使ってくれたのだろう。

P「それじゃ、いただきます」

慣れない動きで左手でスプーンを動かし、少しずつスープを掬う。

……想像を絶するめんどくささだ。

P「……んん、美味しい」

まゆ「ふぅ、良かったです」

P「とはいえ、これ多分左手でも箸を練習した方が良いかもなぁ」

文香「それは、時間の無い朝にすべき事では無いと思いますが……」

まゆ「でしたら、夜はお米を炊きましょうか」

P「悪いな、色々と手間かけて」

まゆ「……いえ……」

P「おっとストップ。まゆが本気で申し訳ないと思ってるのは分かったが、それ以上に俺が感謝してるって事も分かってくれよ?」

まゆ「……はい、ありがとうございます」

それから、少し時間を掛けながらも朝食を平らげる。

かなり量があったはずだが、美味しすぎて殆ど残らなかった。

P「ごちそうさまでした」

まゆ「お粗末様でした。ではPさん、玄関で待っていて下さい」

P「あいよ」



言われた通りに玄関で待つ。

……うーん、昨晩雨が降ったからかかなり寒い。

まゆ「お待たせしましたぁ」

P「待ってないよ、今来たとこ」

まゆ「ご存知ですよぉ」

後片付けまでしてくれたまゆが、エプロンを外して駆け寄って来た。

まゆ「鞄、お待ちしますよ?」

P「いや、それは大丈夫だよ。左手は使えるし」

まゆ「左手しか使えないから、ですよぉ」

P「ん?」

どういう事だ?

取り敢えず鞄をまゆに渡してみる。

まゆ「まゆが言える事ではありませんが、Pさんはきっと……昨日みたいな事があったら、危険でも構わず飛び込んでしまうと思うんです」

P「うーん……どうだろ?それはまゆだったからな気がするけど」

まゆ「…………ありがとうございます」

あ、照れた。顔真っ赤なまゆも可愛いな。

……多分、俺も顔が赤くなっているだろう。

言った言葉を思い返して、割と恥ずかしくなった。

まゆ「それは兎も角として、です。そんな時、勝手に何処かへ行ってしまわない様に……まゆが、きちんと捕まえていてあげなきゃいけないと思った訳です」

P「なるほど、飼い犬の首輪とかリード的な」

まゆ「……そういうのが趣味なんですかぁ……?」

P「いや例えだよ?例えだからな?」

まゆ「ごほんっ!ですから!まゆが!その……手を繋いで、Pさんを見守ってあげないとと思った訳で……」

あぁなるほど、だから左手に鞄を持ってたらダメな訳だ。

それにしても、かなり恥ずかしがってるなぁ。



P「前はもっとナチュラルに手を繋いできてなかったっけ?」

まゆ「前は前、今は今です。まゆは今に生きる女ですから」

P「……かっこいい」

まゆ「えへん、佐クール間まゆですよぉ」

P「……そんなにかっこよく無くなった」

まゆ「ネーミングセンスはこれから磨いてゆきますよぉ……」

P「ま、手も冷えちゃうしな」

まゆ「……あ、少し待って頂けますかぁ?」

何かするのだろうか。

まゆ「すー……はー……ふー……よし、今です」

P「スナイパーか?」

まゆ「深呼吸してる人全員がスナイパーなら、ラジオ体操は戦場ですねぇ」

P「新しい朝を迎えた喜びはさぞかし大きいんだろうな」

まゆ「希望の朝の重みが増しますねぇ」

P「青空仰いじゃったりするんだぜ」

まゆ「敵に見つけてくれと言ってる様なものなんですけどねぇ」



P「……で、繋いでいいんだよな?」

まゆ「勿論ですよぉ」

まゆと手を繋ぐ。前みたいに指を絡ませてくる事なく、普通の手繋ぎだった。

まゆ「……負い目を感じている、というのもあるんです」

P「……負い目?」

まゆ「Pさんにも……美穂ちゃんにも。昨日、本当は美穂ちゃんと二人きりでお話をする予定だったんですよね?」

P「あぁ、まぁな」

まゆ「まゆの誘いを素気無く断っておいて、美穂ちゃんと二人きりでお話をする予定だったんですよねぇ?」

P「……ま、まぁ……うん」

まゆ「それなのに、まゆのせいで予定を潰してしまって……なのに、まゆはこうして、Pさんに近付こうとしてるなんて……」

……あぁ、まゆの恋愛観って。

きっと普通以上に、普通に優しいんだろうな。

P「……前だったら、多分ナチュラルに指絡めてきてたもんな」

まゆ「あ、それはまた別の理由もあります」

P「なんだ?」

まゆ「ええとですねぇ……あの時は、気分が高揚し過ぎていたので……冷静に考えて、少しどころじゃなく距離感が近過ぎました」

P「嬉しかったけどな」

まゆ「でしたら、まゆも嬉しいです」

P「今は?」

まゆ「Pさんとこうして学園生活を過ごし始めて、朝起こしたり、一緒にお食事したりするうちに……より一層、好きになってしまったので……」

P「……そうか……」

とても照れるな。

まゆ「……おそらくまゆは……今恋人繋ぎなんてしたら、喜びに心が耐えられません」

P「まじか」

まゆ「まじですよぉ」

そう言われると試してみたくなってしまう。

繋いだ手の指を絡めて、恋人繋ぎにしてみる。

まゆ「…………Pさん」

P「どうした?」

まゆ「……来世は……一緒に、お弁当を食べたかったです……」

P「まゆ……?っまゆぅぅぅぅぅっ!!」

遅刻した。




加蓮「おっはー鷺沢……鷺沢……?っ鷺沢ぁぁぁぁぁっ!!」

P「朝から元気だなぁ……」

まゆ「さっき、Pさんも同じ様な言葉を言ってましたよねぇ?」

教室に入ると、物凄いテンションの加蓮が駆け寄って来た。

加蓮「え、何?誰にやられたの?ソレ?その隣の奴?」

まゆ「まゆがPさんに危害を加える訳が……うぅ……ぁ……」

P「な訳ないだろ。自転車に撥ねられそうになっただけだよ」

加蓮「よし、一緒に地上から自転車を滅ぼそ?」

李衣菜「思考が過激派」

P「自転車通学してる全校生徒に謝れ」

加蓮「冗談だって。自転車良いよね、タイヤ二つあるし」

まゆ「褒め方が雑ですねぇ」

食レポ下手そうだな、加蓮。

このポテト凄くジャガイモとか言いそう。

美穂「直接的な原因はコンクリートですよね?」

加蓮「ならコンクリートを消すしか無いね」

P「文明を壊すな」

李衣菜「で、美穂ちゃんから聞いてたけど……大丈夫なの?P」

P「まぁ別に、骨折だから一ヶ月位あれば治るだろ」

智絵里「えっと……本当に、大丈夫なんですか……?」

P「あぁ、今は動かさなければ痛みも無いしな」

智絵里「……良かった……」

心配されるっていうのも、なかなかこそばゆいな。

何時もだったら『何?高二にもなって厨二病?』とか誰かが言って来そうなものなのに。

……よく無いな、この思考は。

文香姉さんの言葉を思い出して、口にするのは思い止まった。

加蓮「いつ怪我したの?」

P「昨日の帰り道でな」

加蓮「って事は……」

美穂「……ごめんね、加蓮ちゃん。そういう事です……」

取り敢えずトイレ行くか。

まゆ「お供しますよぉ?」

P「結構です。いやマジで」

トイレに入って、また気付きを得た。

昨日も思ったけど、ズボンのジッパーって完全に右利き用に出来てたんだな。

世界は左利きに厳し過ぎる。



智絵里「……Pくん。えっと……」

P「……ん、智絵里ちゃん」

教室に戻ろうとすると、扉の前に智絵里ちゃんが立っていた。

P「あ、ごめんな?昨日は加蓮に行って貰っちゃって」

智絵里「……いえ、その……改めて、頑張ろうって決意する良い機会になりましたから……」

P「告白か?」

智絵里「はい。次は、練習じゃなくって……ホントの気持ちを、きちんと伝えます」

P「そっか……頑張れよ、智絵里ちゃん」

智絵里「だから……Pくん」

P「ん?どうした?」

智絵里「……今日の放課後。もう一度、屋上に来て貰えませんか……?」

P「……それは……」

今、このタイミングで俺にそれを言うという事は。

智絵里ちゃんが好意を向ける相手は……

智絵里「……待ってますから」

そう言って、智絵里ちゃんは教室へ戻って行った。

俺は一人、誰も居ない廊下に溜息を吐く。



まゆ「……行くんですか?」

P「うぉっ?!」

一人じゃなかった、背後にまゆが立っていた。

まゆもお手洗い帰りだろうか。

P「……聞いてたのか?」

まゆ「はい、聞こえちゃいました。それで……Pさんは、智絵里ちゃんの告白を受けるんですか?」

P「……なぁ、まゆ」

まゆ「まゆは、Pさんを止めません。それでPさんがどんなお返事をしたとしても、きちんと受け入れて……」

P「くれるのか?」

まゆ「……無理でしょうねぇ。おそらく、見苦しく悪足掻きをすると思います」

……まゆのそんな姿は見たくないなぁ。

なんて、言ってられないのも確かだけど。

まゆ「……行かないで下さい、って……そう言うのはとても簡単です。いえ、簡単だった筈でした。でも……まゆは……」

これ以上、Pさんに迷惑を掛けたくないから。

そう呟くまゆは、とても悲しそうで。

俺が思っている以上に、本気で昨日の件を思い悩んでいた。

P「……大丈夫だよ、まゆ」

まゆ「え……?」

そんな風に、俺の事を一番に。

俺以上に、俺の事を考えてくれて。

自分の恋愛すらふいにしてしまうかもしれないのに、それでも想いを飲み込めるまゆに。

俺は、きっと……

P「ま、夕飯には遅れないように帰るからさ」

まゆ「……でしたら。まゆは、校門の前で待っています」

安心したように、一息ついて微笑むまゆ。

あぁ、良かった。

やっぱりまゆには、笑っていて欲しい。

P「あと、お昼にでも来世の願いを叶えようぜ」

まゆ「……心中ですか?」

P「来世に行く訳じゃないから」

一緒にお弁当食べるんじゃ無かったのかよ。

まゆ「……本当に、良いんですか?」

P「まだ負い目を感じてる様なら、腕が完治した後にちゃんと伝えるよ」

まゆ「……ふふ、楽しみにお待ちしていますよぉ」

そんな風に、まゆと楽しく会話して。

こんな時間を、これからも続けてゆきたいと思った。



放課後、俺は屋上へ続く階段を登る。

前と違って、足取りは非常に重い。

でも、きっと。

俺以上に、智絵里ちゃんも悩んで苦しんで決意して、登った筈だから。

屋上の扉を開けると、微笑んで智絵里ちゃんが出迎えてくれた。

智絵里「……えへへ……その……来てくれるって、信じてました」

P「……さっきぶり、智絵里ちゃん」

智絵里「はい。さっきぶりです、Pくん」

智絵里ちゃんって、こんなに素敵な表情で笑う子だったんだな。

思わず此方も微笑んでしまいそうになる。

智絵里「……昨日の事。わたし、ほんとはちょっとだけ怒ってます……」

P「……ごめん、智絵里ちゃん」

智絵里「……でも、加蓮ちゃんとお話し出来て良かったです。そうじゃなかったら……わたしはきっと、ずっと逃げてたかもだから」

P「……どんな話をしたんだ?」

智絵里「開口一番、『アンタには無理だから諦めたら?』でした」

加蓮……

智絵里「つい、わたしも言っちゃったんです……『でも、加蓮ちゃんも逃げたんですよね?』って」

智絵里ちゃん……




智絵里「……美穂ちゃんも、Pくんの事が好きだったんですね」

P「……あぁ。そう、言われた」

智絵里「美穂ちゃんは、真っ直ぐに……想いを、打ち明けられたんですね」

P「……あぁ」

智絵里「そんな風に、真正面から向き合える子と……わたしみたいな、逃げたり保険を掛けちゃう様な子だったら……どっちを応援したいかなんて、わたしにも分かります」

P「でも、智絵里ちゃん。今は、こうして向き合ってるじゃないか」

智絵里「……加蓮ちゃんと……えっと、加蓮ちゃんは……先週の金曜日に、わたしの告白、全部聞いてたみたいです」

先週の金曜日、智絵里ちゃんの告白の練習。

読み上げられたラブレターには、『好き』としか書かれていなくて。

それは、つまり。

あの時の告白は……

智絵里「『その想いを、ちゃんと伝えれば?』って……そう、言ってくれたんです」

P「……そうだったんだな」

智絵里「その後に、『どうせアンタには無理だろうけどね』って言われちゃいました」

P「……加蓮……」

智絵里「……ブーメランがお上手な人ですよね」

智絵里ちゃん、なかなかユニークだな……

智絵里「それからは……もう、言いたい事を言うだけの口論になっちゃって……わたし、初めて……誰かと言い合いになりました」

P「それは、まぁ……良い経験かもな」

智絵里「いつもは逃げてたけど……Pくんの事だけは……本気で、その……」

P「……ありがとう、智絵里ちゃん」



智絵里「……ねぇ、Pくん。覚えてますか?入学式の日に、わたしに優しくしてくれた事……」

P「……俺、何か感謝される様な事したっけ?」

入学式の日に、誰かを助ける様な事をした覚えがない。

テロリストが襲って来てそれをカッコよく倒す妄想ならした事はあるが、それが現実になった覚えもないし。

智絵里「……覚えて、無いんですね……」

P「……すまん。正直、めっちゃ女子多いじゃん肩身狭って感じたくらいしか……」

あの時は本当に李衣菜しか友達いなかったしな。

智絵里「……そっか」

P「ごめん……」

智絵里「いえ……それを聞けて、ちょっと嬉しいです……」

なんでだ?

俺、失礼どころか失望されかねない事を言ってる気がするけど。

智絵里「……あの日、わたしもとっても不安で……誰とも仲良くなれなかったらどうしよう、って……」

P「分かる。それは俺もだわ」

智絵里「緊張しちゃって、なかなか学校に行けなくて……そしたら、遅刻しちゃったんです……」

入学式、高校生活初日に遅刻は心が折れるよな……

智絵里「それで……教室が何処か分からなくって、先生を探しても見つからなくて……きっと、見つけても話し掛けられなかったと思うけど……」

P「入学式だからなぁ、先生達ほぼ全員体育館にいたと思う」

智絵里「やっと教室に着いた時には、もう誰も居なくって……」




P「……っあー!!」

智絵里「……はい、その時でした。Pくんが、『どうしたんだ?早く体育館行こうぜ』って……」

そうだ、あの日俺は教室の居心地が悪くてトイレ行ってて。

その間にクラスメイト全員が体育館に移動しちゃってて、教室戻ったら殆どみんな居なくなってたんだ。

そして、教室で一人あたふたしてる女の子を見かけて……

智絵里「Pくんが、案内してくれたんです……遅れて体育館に入った時も、先生に列の場所聞きに行ってくれて……」

一年前の事で、完全に忘れていた。

そうだ、だから智絵里ちゃんがクラスメイトだったって事だけは覚えてたんだ。

それ以降は殆ど話す機会が無くて、そもそもクラスメイトでも李衣菜と美穂以外と交流する機会がほぼ無かったから忘れてたけど。

智絵里「……あの時は、緊張しちゃって全然お話出来なかったけど……とっても、嬉しかったんです」

P「嬉しかった……?」

智絵里「……最初の日に、優しい人に出会えて……」

P「優しい、か……そう言われると恥ずかしいし、申し訳ないな」

俺自身が覚えてなかった訳だし。

というか、割と当たり前の事をしただけな気もする。

智絵里「いえ……だから、嬉しいです。Pくんにとって……忘れちゃう様な、当たり前の事だとしたら……」

えへへ、と。

はにかみながら、言葉を続ける智絵里ちゃん。

智絵里「……それは……Pくんが、とっても優しい人だって事ですから」

P「……そうなのかなぁ」

俺が照れているのは、その言葉が擽ったいからか、それとも智絵里ちゃんの笑顔が眩しいからか。

それに、智絵里ちゃんがそう思うのは。

きっと、智絵里ちゃんがとても優しい子だからだろう。



智絵里「……Pくんにとっては当たり前の事かもしれないけど……落としちゃったシャーペンを何も言わずに拾ってくれたり、ルーズリーフ分けてくれたり……そんな優しさが積み重なって……わたしは……」

好きに、なっちゃったんです。

そう、頬を赤く染めて呟いた。

こう、なんだろう……真正面からそんな事を言われた事が無かったからかな。

凄く照れるし、凄く嬉しい。

智絵里「……そんな優しさを……もっと、わたしに向けてくれたら嬉しいな……わたしに対してだけじゃなくっても、誰かに優しいPくんのことを……ずっと見つめていられたら嬉しいな、って……」

だから、と。

智絵里ちゃんは、言葉を続けた。

きっと今まで言えなかった、本当の気持ちを。

智絵里「……Pくん。わたしと……付き合って下さい」

ここで頷いても、首を横に振っても。

結局は、誰かを悲しませてしまうなら。

どうしても、これ以上。

まゆの辛そうな顔なんて、見たくないから。

俺も、俺の気持ちに正直に答えよう。

P「……ごめん、智絵里ちゃん。俺、他に好きな人がいるから」

智絵里「……まゆちゃんですか?」

P「……あぁ。だから……」

自分勝手な、酷い事だと分かっている。

それでも、俺は……

P「……俺は、智絵里ちゃんとは友達でいたい」



智絵里「そう、ですか……なら」

一瞬涙を零しそうになって。

それでも、堪えて。

智絵里「……優しくしてあげて下さいね?」

そう、言ってくれた。

P「……あぁ。ありがとう、智絵里ちゃん」

智絵里「……智絵里、って……そう呼んでくれたら、嬉しいな……」

P「智絵里」

智絵里「……はい」

P「……っ、ごめん……っ!」

智絵里「……ぅぁっ……っ、はい……っ」

真正面から向けられた好意を、真正面から断るのは。

こんなにも、苦しかったんだな。

どうせなら、こんな日にこそ。

雨が降ってくれていれば良かったのに。



P「……お待たせ、まゆ」

まゆ「……お疲れ様です、Pさん」

校門前で待ってくれていたまゆと合流して、帰路に着く。

雲ひとつない青空に輝く太陽が、今は恨めしかった。

まゆ「……断ったんですか?」

P「あぁ」

まゆ「智絵里ちゃんは……きちんと、諦めてくれたんですか?」

P「……あぁ。これからも、友達で……」

ほんの数分前のやり取りを思い出して、また心が苦しくなる。

まゆ「……ごめんなさい……」

P「まゆが謝る事じゃない。断るって決めたのは俺なんだから」

まゆ「まゆは、Pさんに迷惑だけは掛けない様にって……そう、思ってたんです」

P「恋愛において、全く迷惑を掛けないっていうのは難しいんじゃないかな」

まゆ「みたいですねぇ……少し、想定が甘かったかもしれません」

P「ま、それは仕方ない事だと割り切るしか無いんじゃないか?」

まゆ「……難しいですねぇ」

P「難しいな」

それからは特に会話もなく、家に到着した。

P「ただいまー姉さん」

美穂「お帰りなさい、Pくん」

ん?文香姉さん髪切った?声変えた?

まゆ「あら。こんにちは、美穂ちゃん」

美穂「あれ?こんにちは、まゆちゃん」

文香「お帰りなさい、P君……いらっしゃいませ、佐久間さん」

P「どうしたんだ、美穂。何か俺に用事でもあった?」

美穂「えっと、昨日の福引で当てた温泉旅行のお話をしようと思って……」

あ、そういえばそんな物を当てた気がする。

一泊二日のペアチケット割引券が二枚。

そう、割引券だ。

まゆ「そんな素敵な物を当てたんですねぇ。Pさんは誰を誘うんですか?」

P「割引券なんだよ。半額とはいえ高校生にはなかなかな大金でさ」

美穂「売っちゃうのは勿体無いから、どうしようかなって」

P「日雇いのバイトでもするかなぁ……」

確かゴールデンウィークの土日だったから、まだ後半月はある。

不可能じゃ無いが、うーん……



文香「温泉旅行、ですか……?」

P「あ、姉さんには話してなかったっけ」

昨日福引で、温泉旅行のペアチケットを二枚当てた事。

それが割引券で、どうしようか悩んでいる事を伝えてみた。

文香「なるほど……それで、行く方は既に決まっているんですか?」

P「俺は姉さんを誘おうと思ってたけど」

美穂「わたしは……あ、まゆちゃんはどうですか?」

まゆ「まゆですか?金銭面は多少は大丈夫ですけど……いいんですか?」

美穂「もちろんです!……とは言っても、わたしがお金が……」

文香「……でしたら、鷺沢古書店で働いてみませんか?」

P・美穂・まゆ「「「え?」」」

文香「実は、大学の友達の宮本さんにパリ旅行に誘われていたのですが……店を空ける訳にはいかず、断っていたんです」

P「え、姉さん友達いたの?!」

文香「……残念ながら、P君とは違うんです。ごほんっ、それでですが……」



美穂「文香さんが居ない間に、わたし達が代わりに店番をするって事ですか?」

まゆ「まゆは元から、Pさんを看る為に来る予定でしたが……」

美穂「……え?」

文香「はい、お願い出来ますか……?来週の金曜日からその翌週の月曜日まで、計四日間になりますが」

P「えっと……金曜日が創立記念日で、土日挟んで昭和の日の振替で月曜も休みか」

文香「丁度三人とも、学校はお休みな筈です。P君がこの状態なので、出来ればお二人にお願いしたいのですが……」

美穂「でも、何をすればいいのか……」

文香「レジで本を読むお仕事です」

それで良いのか文香姉さん。

いや実際、文香姉さんも本並べる時以外いつも本読んでたけどさ。

文香「大まかな事は、それまでに伝えます。それで……如何でしょうか?バイト代は……そうですね、これくらいになります」

文香姉さんがメモ帳にパパッと算出する。

まゆ「……あらあらあらあら」

美穂「……えっ、こんなに貰っちゃって良いんですか?!」

文香「はい。ゴールデンウィーク前半という事で、その分の出勤手当も含みます」

P「……あれ、姉さん。俺は?」

文香「……自動販売機の下を漁ると、きっと小銭が手に入りますよ」

……しょうがない、最近使わなくなった音楽プレイヤーでも売るか。

文香「……まぁ、知り合いの仕事のお手伝い、程度の気持ちで大丈夫です。あとはそうですね……暇を持て余したP君とお喋りしてあげて下さい」

美穂「ま、任せて下さいっ!」

まゆ「完璧にこなしてみせますよぉ」





P「大丈夫か?勢いで返事しちゃって」

美穂「はい!温泉旅行もアルバイトも、とっても楽しみです」

P「俺も頑張って出来る限り腕を治さないとな」

温泉旅行まで三週間弱あるし、ある程度は治っているだろう。

まゆ「さっきも言いましたけど、まゆは元々Pさんの家に通う予定でしたから」

美穂「あ、それについて聞こうと思っていたんですけど……どういう事ですか?」

P「まゆがさ、俺が片腕で不自由だからってその間色々サポートしてくれてるんだよ」

まゆ「といっても、食事を用意するくらいしか出来る事はありませんけどねぇ……」

美穂「……そうなんだ。優しいね、まゆちゃん」

まゆ「元はと言えば、まゆのせいですから」

P「まぁそれは兎も角として、来週からよろしくな?まぁそれまでに何回か、業務を教える為に来てもらう事になっちゃうかもしれないけど」

まゆ「古書店で働くなんて、なかなか貴重な経験ですねぇ」

美穂「不束者ですけど……その、よろしくお願いしますっ!」

P「おう。美穂とまゆがうちで働いてるって知ったら絶対李衣菜冷やかしに来るよな」

コンコン

部屋の扉がノックされた。

文香「お取り込み中すみません。佐久間さん、申し訳ありませんが……荷物が送られて来たので、運ぶのお願い出来ますか?」

まゆ「かしこまりましたよぉ」

美穂「あ、ならわたしも手伝います」

P「いいのか?」

美穂「はい、少しでも早くお仕事を覚えたいですから」

文香「……ふふっ。でしたら、美穂さんは私に着いて来て下さい。大まかな配置と値段をお教えしますので」




美穂「それじゃ、また明日ね」

P「またな」

まゆ「ばいばい、美穂ちゃん」

一仕事終えて、美穂が帰って行った。

さて、夕飯でも作るか。

まゆ「Pさんは座って待っていて下さい。まゆが全部やりますから」

P「いや、流石に全部任せちゃうのは悪いから。出来る事は手伝うよ」

利き手は使えないが、食器を運ぶ事くらいなら出来る。

にしても……今朝も思ったけど、まゆ完璧に調理器具の位置把握してるんだな。

まゆ「大切な人の為にする事ですから。努力は惜しみません」

P「ところで、こう聞くとあれだけど土日は来るのか?」

まゆ「はい、もちろんですよぉ」

P「読モの仕事とかは?」

まゆ「オールキャンセルです。今後声を掛けて貰えなくなっても、別にもう構いませんから」

P「いやいやいや、流石にそれは悪いって」

まゆ「だってもう、続ける必要も無くなっちゃいましたから」

P「そうなのか……?それにしても、勿体無い気がするけどなぁ」

まゆ「……Pさんは、まゆに読モを続けて欲しいですか?」

P「無理にとは言わないさ。まゆがやりたいなら、続けた方が良いんじゃないかなってだけで」

まゆ「……前向きに検討しますよぉ」

そんな会話をしているうちに、夕飯が出来上がった。

文香「とても、美味しそうですね」

さて、左手の練習だ。

P「いただきます」

左手で箸を持つ。あ、これ無理なやつだ。

取り敢えずご飯を掬うが……めちゃくちゃ食べ辛い。

まゆ「まゆが食べさせてあげましょうか?」

P「いや、もう少し頑張ってみる」

お味噌汁の具材を掴む。掴めなかった。

こんにゃくは……あまりよろしくないが刺して食べよう。

木綿豆腐は……ん、案外食べやすい。大きくて軽い物はいけるな。

四苦八苦しながら左手だけで食事を終える頃には、かなり遅い時間になってしまった。




P「悪いな、時間掛かって」

まゆ「いえ、大丈夫ですよぉ」

P「寮の門限もあるだろ、送ってくよ。片付けは後で俺がやっとくから」

文香「……いえ、片付けは私が済ませておきます。P君は、佐久間さんを送って来てあげて下さい」

まゆ「ありがとうございます、文香さん」

文香「美味しいお料理を振舞って下さったのですから……これくらいは、此方で済ませます」

P「それじゃ行って来る」

四月夜の風は寒い。

コート羽織ってくれば良かった。

まゆも制服で寒そうだ。

P「……手、冷えるな」

まゆ「ですねぇ」

P「手、繋ぐか?」

まゆ「ですねぇ」

P「……?」

まゆ「……あ、すみません。Pさん、今なんて言いましたか?」

P「手が冷えちゃうし、繋がないか?って」

まゆ「……夢じゃないですよね?」

P「いや現実だけど」

まゆ「夢でしたから」

これは夢だったのか。

だとしたら、誰の夢なんだろう。

まゆ「いえ、まゆの夢だったという事です」

P「手を繋ぐのが?」

まゆ「それを、Pさんの方から言ってもらうのが、です」

P「なるほど」

まゆ「はい」

……なんか、会話が脳死してるなぁ。




P「……繋ぐぞ?」

まゆ「はい、喜んで」

手を繋ぐ。

まだ冷たいが、そのうち温かくなるだろう。

まゆ「……今日は、ありがとうございました」

P「こちらこそ、食事作ってくれて凄く助かるよ」

まゆ「いえ、そうではなくて……智絵里ちゃんの事です」

P「……あぁ」

まゆ「……苦しかったですよね?」

P「まぁな。でもそれ以上に、まゆの辛い顔を見たくなかったから」

まゆ「そう言って貰えると、とても嬉しいです」

P「……俺さ、まゆの笑顔が好きだから。出来れば、まゆにはずっと笑顔でいて欲しいんだ」

まゆ「ふふ、そうですか。今のまゆはどうですか?」

P「今は、可愛いよ」

まゆ「……前にも、その方が可愛いって……誰かさんに言って貰ったんです」

P「さっきまでは、なんだか悩んでる感じだったのにな」

まゆ「……そう、ですねぇ……」

P「何かあったら相談してくれよ?」

まゆ「……いえ、大丈夫です。これ以上Pさんに迷惑は掛けられませんから」

P「迷惑じゃないさ。俺がそうしたいってだけだから」

まゆ「……優しいですね、Pさんは」

P「優しい、か……」

あぁ、ダメだ。

智絵里の言葉を思い出してしまう。

まゆの前で、まゆを悩ませる様な顔にはなりたくないのに。

P「まぁ俺の身体の120%は優しさで構成されてるからな」

まゆ「優しさがはみ出してますよぉ」

ふふっ、と。

やっと、自然な微笑みが漏れた。

P「なら、まゆにお裾分けしないとな」

まゆ「ありがとうございます、Pさん」

気が付けば、寮の前まで着いていた。

楽しく会話をしているとあっという間だな。

P「それじゃまた明日な、まゆ」

まゆ「はい、また明日」

まゆと別れて、家まで走る。

夜の風は、来た時以上に冷たく感じた。




李衣菜「え、美穂ちゃんとまゆちゃん、鷺沢古書店でバイトするの?!」

美穂「はい、四日間だけですけど頑張ります!」

翌日、学校で美穂が昨日の事を李衣菜に話していた。

李衣菜「へー……あのお店ってお客さん来るっけ?」

P「分かんない……」

李衣菜「冷やかしに行ってあげよっか?」

P「うちは冷やかしはお断りだよ」

まゆ「ドレスコードも設けますかぁ?」

P「ドレスコードのある古書店ってなんか凄いな」

李衣菜「来週の金曜日からだっけ?」

美穂「はい、それまでに何回か行って色々と教えて貰いますけど」

李衣菜「文香さんみたいにエプロン着けるの?」

美穂「その予定ですけど……」

うちの店の制服、メイド服って事にならないかな。

ならないだろうな。

まゆ「エプロン姿で悩殺しちゃいますよぉ」

P「まゆのエプロン姿は昨日一昨日とずっと見てるけどな」

李衣菜「え?同棲してるの?」

P「今朝も同伴出勤だぞ」

美穂「同伴通学ですよね?」

李衣菜「お客さん相手にちゃんと接客出来る?まゆちゃんは余裕そうだけど、美穂ちゃん恥ずかしがっちゃわない?」

美穂「……か、完璧です!……多分……」

P「ま、何とかなるよ。困った時は俺も側に居るし大丈夫だろ」



ガラガラ

教室の扉が開いて、智絵里が入って来た。

P「……おはよう智絵里」

智絵里「……あ……えへへ。おはようございます、Pくん」

P「……あぁ。おはよう、智絵里」

智絵里「はい……おはようございますっ!」

あぁ、本当に良かった。

智絵里が、前までと同じ様に接してくれて。

まゆ「……ふぅ」

美穂「どうしたんですか?まゆちゃん」

まゆ「いえ、何でもありませんよぉ」

ガラガラ

再び教室の扉が開いて、今度は加蓮が入って来た。

P「おはよう、加蓮」

加蓮「……あ……おはよ、鷺沢」

めっちゃ元気無いなこいつ。

変なもんでも拾って食ったんだろうか。

P「大丈夫か?」

加蓮「ダメ、無理。夜更かしし過ぎて眠気ヤバいんだけど」

P「寝ろ。日付変わる前に就寝を心掛けろ」

加蓮「でも深夜のテレビとかラジオって楽しいじゃん?」

P「それは分かる。よく分かんない通販番組とかついつい見ちゃうよな」

加蓮「え、ごめんそれは分かんない。ううん、よく分かんない」

智絵里「え、えっと……わたしは分かります。ついつい見続けて、必要無い高圧水洗浄機とか欲しくなっちゃったりしますよね……?」




P「どうだ加蓮。二対一で俺達の勝ちだぞ」

加蓮「ふん、智絵里がそっちに着いたところで大して戦力差は変わらないし」

智絵里「元から絶望的に……加蓮ちゃんの方が、負けてましたからね」

加蓮「は?」

智絵里「……何か、反論でもあるんですか……?」

加蓮「高圧的だね。高圧水洗浄機だね」

加蓮と智絵里、仲良いな。

まゆ「下らない事で言い合ってないで、加蓮ちゃんは早く席に戻ったらどうですかぁ?」

加蓮「まゆはどっちの味方なの?」

まゆ「Pさんの味方ですよぉ」

智絵里「高圧水洗浄機派閥が三人になりました……!」

まゆ「いえ、高圧水洗浄機はどうでもいいんですが……」

ガラガラ

三度教室の扉が開いて、千川先生が入って来た。

ちひろ「うるさいですよ、鷺沢君」

何故か俺だけ怒られた。

世界は理不尽に満ちている。

加蓮「早く席に戻りなよ」

P「ここ俺の席だから」



美穂「よ、よろしくお願いしますっ!!」

まゆ「頑張って、売り上げに貢献しますよぉ!」

そして、翌週の金曜日。

美穂とまゆの初労働日がやってきた。

ここ数日はずっとうちの店に居たから、なんかもう若干当たり前なくらいになり始めてたけど。

まゆに至っては、最早同棲レベルでずっと家に居たし。

文香「では、よろしくお願いしますね?」

P「行ってらっしゃい。お土産頼むよ」

文香「砂で良いでしょうか……?」

P「俺、挑んでもない甲子園で負けてない?」

美穂「任せて下さい、文香さん」

まゆ「完璧なサポートをお約束致します」

文香「はい、行って参ります」

文香姉さんが旅立って行った。

さて……ふう。

P「これから四日間、よろしくな。美穂、まゆ」

美穂「はい、よろしくお願いします!」

まゆ「よろしくお願いしますね?」

文香姉さんがいない間、この家は俺の天下だ。

さて、エプロン姿の美少女二人にどんな事を命令しようか。

P「じゃあまず……本棚の整理と掃除からかな」

まゆ「お任せ下さい」

美穂「後は、お客さんが来たら接客すればいいんですよね?」

P「あぁ、多分ゴールデンウィークだしそんなに来ないと思うけど。分からない事があれば何でも聞いてくれ」

まゆ「Pさんの性癖について……!」

P「教えるかどうかは質問次第だけどさ」

出来れば業務に関する質問をしてくれ。

それかせめてそういう質問は一対一の時に……ごほんっ。



美穂「せ、性癖って……」

まゆ「美穂ちゃんは気になりませんかぁ?!」

美穂「す、凄いテンションだね……気になるけど……」

気になるのか。

出来ればそういうプライベート中のプライベートな話題を話したくはないんだけど。

まゆ「さぁPさん、二対一でまゆ達の勝ちですよぉ」

P「よかったな、まゆ」

まゆ「ふふっ、褒められちゃいましたぁ」

P「さ、本棚の掃除を頼むぞ」

まゆ「はぁい、ピッカピカにしてみますよぉ!」

美穂「……まゆちゃん、なんであんなにテンション高いんですか?」

P「さぁ……」

美穂「……あ、その……エプロン、似合ってますか?」

P「うん、めちゃくちゃ可愛い」

思わず口にしてしまった。

言ってから気付いて、二人して顔を赤くする。

美穂「……え、えっと……ありがとうございます」

P「……あー……うん。どういたしまして?」

まゆ「Pさぁん!まゆもエプロンですよぉ!」

美穂「わたしは人間です」

P「まゆはエプロンだったのか」

まゆ「そういう意味じゃ無いんですけどねぇ……」

P「冗談だって。とっても可愛いよ」

もうだいぶ見慣れたけど、それでも可愛い事に変わりはない。

エプロン姿で可愛らしいポーズをとるまゆは、なんだか新婚特集の1ページの様に素敵だった。

それから二人は、父さんから送られて来た本を並べてゆく。

俺も片腕で出来る限り掃除をして。

その間、特に会話は無かったけど。

真剣に取り組む二人の横顔を眺めていたら、時間はあっという間だった。




ガラガラ

店のドアが開く。

美穂「い、いらっしゃいませっ!」

まゆ「いらっしゃいませ」

加蓮「どーも、鷺沢ー?……あれ?」

まゆ「出口は真後ろですよぉ」

P「ん、加蓮じゃん。どうかしたのか?」

今日一人目の客は、クラスメイトの加蓮だった。

加蓮「アンタが言ってくれたんじゃん。『なんか読みたくなったら来てくれよ』って」

P「そういやそうだったな。何かお目当はあるか?」

加蓮「別に。てきとーに眺めてから考えよっかな」

美穂「ご、ごゆっくりどうぞ!」

加蓮「……そう言えば、なんで美穂がいるの?もしかして二人は同棲してたりする……?」

美穂「まっ、まだ同棲なんて!わたしは今日からアルバイトで……」

真っ赤に首をブンブン振る美穂。

……可愛いな。

まゆ「まゆも居るんですけどねぇ」

加蓮「ごめん、気付こうとしなかった」

P「まゆー、そんなんでも一応お客様だから。神様の様に敬い崇めらなきゃダメだぞ」

加蓮「そんなんって何?で、なんで二人はこんな場所にいるの?」

P「こんな場所ってなんだよ……」

加蓮「店入った時メイド喫茶かと思ったんだけど」

P「行った事あるのか?」

加蓮「無いけど。鷺沢は?」

P「俺も無い。一回は行ってみたいな」



まゆ「……Pさん?」

P「冗談です、はい」

美穂「温泉旅行に行く事になって、その分を稼ぐ為に雇って貰ったんです」

加蓮「……ふーん、温泉旅行ね。そっか、やっぱり仲良いんだね」

まゆ「まゆもご一緒するんですよぉ」

加蓮「やっぱり仲良く無さそう」

まゆ「あの」

P「加蓮も行きたかったか?」

加蓮「ううん、私はいいや。邪魔しちゃ悪いし」

美穂「代金も高校生がポンと払うには、少し高過ぎましたしね」

加蓮「で、何か鷺沢のオススメとかないの?」

P「そこに漢検六級の過去問ならあるぞ」

加蓮「馬鹿にしてんの?!四級くらいまでなら余裕なんだけど!」

中学校卒業時点で三級は取れる筈なんだけどな。

美穂「Pくん、この本って何処に並べればいいですか?」

P「その本なら向こうのカートに積んどいて大丈夫なやつだ」

美穂「あ、ゆっくり見ていって下さいね。加蓮ちゃん」

まゆ「出口ならいつでも用意してありますよぉ」

P「適当に見てってくれよ。色々あるからさ」

加蓮「ポテトとコーラは無いの?」

P「アメリカにならあるんじゃないか?」

少なくともうちにはない。

古書店を何だと思っているんだ。




ガラガラ

再び扉が開いて、二人目の客が入って来た。

美穂「いらっしゃいませっ!!」

まゆ「おかえりなさいませ、お嬢様」

加蓮「やっぱりメイド喫茶じゃん」

李衣菜「やっほー。どう?美穂ちゃん、まゆちゃん」

P「ん、李衣菜か。出口なら丁度李衣菜の後ろだぞ」

李衣菜「むっ、いいの?P。大切なお客様にそんな事言っちゃって」

美穂「自分の胸に手を当てて考えてみて下さいっ!」

李衣菜「美穂ちゃん……」

P「お前がこの店で本買ってった事無いだろう」

李衣菜「残念でした、今日はちゃんと買いに来たんだけどなー」

P「いらっしゃいませお客様、どうぞごゆるりと……」

美穂「あちらの本棚が漢検七級コーナーになっておりますっ!」

李衣菜「馬鹿にしてるの?私一応高校生だから三級くらいまでなら余裕なんだけど!」

加蓮「え、李衣菜三級取れるの?」

李衣菜「加蓮ちゃんが私をどう思ってるかは分かったよ、うん」

まゆ「李衣菜ちゃん、確か準二級は取ってますよね?」

李衣菜「今取れるかって言われると微妙だけどね」

まぁ、李衣菜って見た目アホっぽいしな。

李衣菜「……ん?なんで加蓮ちゃんがこんな場所に居るの?」

こんな場所、って……

ほんと、お前らはうちを何だと思ってるんだ。

李衣菜「メイド喫茶でしょ?」

P「実際今はそんな感じあるよな」

美少女二人がエプロンで接客とか。

俺も接客されたいなぁ!給仕されたいなぁ!奉仕されたいなぁ!

……ここ数日、実際まゆにして貰っていたか。



李衣菜「せっかくだし、私もエプロン着てあげよっか?」

加蓮「四人で集合写真でも撮る?」

P「お客様にそんな事はさせられないよ。っていうかうち古書店だから。本買え本」

加蓮「Aランチ一つ、ドリンクはオレンジジュースで」

P「はーい、駅前のハンバーガーショップでの注文とお支払いとお渡しになっております」

美穂「Pくん、ちょっと手が届かないので手伝って貰えますか?」

P「ん、あいよー」

李衣菜「頑張ってるじゃん、美穂ちゃん」

まゆ「一生懸命ですねぇ」

加蓮「まゆは美穂の足引っ張ったりしてない?」

まゆ「……そんな事はありませんよぉ?」

李衣菜「にしても、温泉旅館だっけ?私も誘ってくれれば良かったのに」

P「悪いな、割引券が四人分しかなくてさ」

李衣菜「私は別に、割引とか無くても行けるからさ」

美穂「……はぁ」

P「……はぁ」

まゆ「……はぁ」

李衣菜「な、なに?」

まゆ「ブルジョワジーですねぇ」

美穂「札束のお風呂で溺れないように気を付けて下さいね?」

李衣菜「裕福な家庭でごめんあそばせ?」



加蓮「じゃあ李衣菜、私達もどっか遊びに行かない?」

李衣菜「ん、いいよ。何処がいい?」

加蓮「ポテトのテーマパークとか無いの?」

李衣菜「ある訳無いでしょ」

加蓮「にしても美穂、最初は二人っきりで行くのかと思ってたけど」

美穂「ふっ、二人きりなんて……っ!本当はそっちの方が良かったですけど!」

まゆ「あのぉ」

美穂「本当は二人っきりで温泉に入って距離を縮めたり、夜はお布団が一組しかなくて二人でアタフタしたかったですけどっ!」

李衣菜「……わぁお」

P「……美穂、ちょっと恥ずかしいから……落ち着け……」

美穂「……っ!……きょ、今日はとっても良い天気ですねっ!」

P「あぁあ!めっちゃ空だな!」

李衣菜「外曇ってたよ?」

なんでこんな日に晴れて無いんだよ。

天気運無さすぎるだろ俺。

P「にしても、そろそろお腹空いてきたな」

まゆ「でしたら、まゆが四人分ご用意しますよぉ」

加蓮「自分の分は作らないの?」

まゆ「加蓮ちゃんの分を作らないんですよぉ?」

P「ん、じゃあ店誰も居ないのはマズいし俺は後でで良いよ」

まゆ「ダメです、Pさんはまゆのお世話無しには生きていけないんですから」

まるで俺がダメ人間みたいじゃないか。

まゆ「ですから、その間は加蓮ちゃんに店番をお願いしませんか?」

加蓮「ふざけてんの?」

まゆ「ふざけてましたねぇ、加蓮ちゃんに店番なんて到底不可能でしょうから」

加蓮「は?そこまで言うならやってみせるけど?」

まゆ「ちょろい女ですねぇ……」





まゆ「はぁい、出来ましたよぉ。手が空いてる人は運ぶの手伝って下さい」

加蓮「でさー、アイツめっちゃくちゃ私の事馬鹿にしてくるし」

美穂「真面目な時でもふざけずにはいられないんでしょうね」

李衣菜「メンタル味噌田楽だからね。あ、まゆちゃん手伝うよ」

美穂「その例えはちょっとよく分からないけど……」

加蓮「『歓迎会はナンでしてほしいのか?』ってさ。そんな訳ないでしょ!インド人か私は!!」

李衣菜「あ、あと誤魔化すの下手だし」

加蓮「ナンよりポテトに決まってるじゃん!」

美穂「加蓮ちゃんにとって、ポテトは炭水化物カーストのバラモンなんですね」

加蓮「だからなんでインドなの?!」

まゆ「お昼ご飯、加蓮ちゃんの分はレトルトカレーですよぉ」

加蓮「此処はインドか!」

ワイワイとリビングの方から聞こえてくる会話をBGMに、俺は一人でレジに座って本を読んでいた。

なんだか俺が物凄く馬鹿にされているような気もするが、きっと気のせいだろう。

……腹減ったなぁ。

空腹が控訴し続けて来て読書に全く集中出来やしない。

P「……暇」

結局、加蓮に店番を頼む訳にもいかなくて俺が店番をする事になった。

まぁ、誰も来ないけど。

ゴールデンウィークにわざわざいつでも来れる古書店に来る人なんてそんなにいないだろうからなぁ。



ガラガラ

店の扉が開いた。

いた、来る人いたよ李衣菜と加蓮以外にも。

智絵里「えっと……こんにちは。鷺沢くんはいますか……?」

P「お、よう智絵里」

智絵里「あ、Pくん……!」

ぱぁぁっ、と笑顔になる智絵里。

P「何か欲しい本でもあったのか?」

智絵里「えっと……その、Pくんに会いに来ただけで……」

そうか……うち、古書店なんだけどな……

まゆ「お客様ですかぁ?」

智絵里「……あれ?まゆちゃん?」

まゆ「いらっしゃいませ、智絵里ちゃん」

P「あ、今みんな来てるんだよ」

まゆ「まゆと美穂ちゃんはアルバイトですよぉ」

P「お昼食べてくか?」

智絵里「いえ……わたしは食べて来ましたから」

まゆ「まゆと美穂ちゃんはもうすぐ食べ終わるので、もう少し待っていて下さね、Pさん」

P「あいよー」

まゆがリビングへと戻って行った。



智絵里「……ねえ、Pくん」

P「ん?なんだ?」

智絵里「……ありがとうございました。あの時……わたしと、友達でいたいって言ってくれて……」

P「……本心だから。嫌われるのが怖かったのもある。でも、智絵里と遊びに行ったり鍋したり、楽しかったからさ」

俺も友達が少ないから、友達を失いたくないって気持ちが無かった訳じゃないけど。

それ以上に、こんなにも優しい子とこれからも友達でいたい、と。

本気で、そう思ったから。

智絵里「……そう言ってくれて、嬉しいな……わたしも、Pくんは大切なお友達ですから」

P「こっちこそ、ありがとう」

智絵里「それで……Pくんは、告白したんですか?」

P「いや、まだだ。ちょっと色々あってさ、きちんと伝えるのは怪我が治ってからにしようと思って」

智絵里「……頑張って下さね、Pくん」

P「あぁ、頑張る」

……強いな、智絵里は。

まゆ「お待たせしました」

美穂「お待たせしましたPくん。いらっしゃい、智絵里ちゃん」

智絵里「こんにちは、美穂ちゃん」

李衣菜「やっほー智絵里ちゃん」

加蓮「あ、智絵里じゃん。私帰ろっかな」

智絵里「……逃げですか?適切な判断ですね」

加蓮「は?戦闘続行だし」

李衣菜「二人は何を戦ってるの?」

P「それじゃ、俺もちゃっちゃと食べてくるから」

美穂も戻って来た事だし、俺もお昼ご飯を済ませよう。

リビングのテーブルには、美味しそうな料理がずらり。

その全てが、箸で掴みやすく軽いものばかりで。

P「ありがとな、まゆ」

まゆ「お安い御用ですよぉ」

P「よし、頂きます」





ここ数日で、ある程度左手の食事も慣れてきた。

為せばわりとなんとか成るものだ、両利きに成る日も近い。

P「うん、美味しい」

まゆ「ふふ、良かったです」

P「俺も右腕がある程度治り始めたら、リハビリがてら色々作るかな」

まゆ「まゆに任せてくれてもいいんですよぉ?」

P「ずっと任せっぱなしって訳にもいかないさ。申し訳ないからな」

まゆ「大丈夫ですよ、まゆはとっても幸せですから」

P「そうなのか?」

まゆ「好きな人にご飯を作ってあげられるのって、とっても嬉しい事なんですよ?」

P「……ありがとう、まゆ」

まゆ「……失言だったかもしれませんねぇ」

お互いに顔が赤くなる。

まゆ「それで……智絵里ちゃんとは、何をお話ししていたんですか?」

P「んー……他愛の無い世間話かな」

まゆ「本当ですかぁ?」

P「俺は嘘をついた事が無い男だぞ?」

まゆ「バレバレな嘘ですねぇ」

P「じゃあ俺は嘘つきだ」

まゆ「パラドックスじゃないですかぁ……」

P「っと、ご馳走様」

まゆ「お粗末様でした。片付けはまゆがやっておきますから、Pさんはお店の方に行ってて下さい」

P「おう。ありがとう、まゆ」

店の方へ行くと、四人がワイワイ騒いでいた。

ここが本屋なの、完全に頭から抜け落ちてるんだろうな。




P「……さて、そろそろ夕方だし店閉めるか。これ以上開けといても誰も来ないだろ」

既に三人は帰り、店はかなり静かになっていた。

あの調子だと、明日も明後日も暇さえあれば入り浸りに来そうな勢いだ。

美穂「そもそもゴールデンウィークですからね。あんまりお客さんが来ないのは仕方ないと思います」

まゆ「ですねぇ。来ても一時間に一人か二人といったくらいでしたし」

店のシャッターを閉めて、本日の業務を終える。

美穂は既にエプロンを外していた。

……まぁ明日も見れるしいいか。

P「お疲れ様、美穂、まゆ。どうだった?」

美穂「えっと、緊張して上手く接客出来たか分からないですけど……でも、とっても貴重な経験になったと思います」

まゆ「とっても楽しかったです。明日はもっと完璧なまゆですよぉ」

P「そっか、特に大変な事が無かったなら良かった。美穂、夕飯はどうする?」

美穂「えっと……寮の門限もあるので、わたしはそろそろ帰ろっかな」

P「ん?まだあと二時間以上あるよな?」

美穂「買い物もしなきゃいけないですから」

P「そっか、なら送ってくよ。ついでに俺も食材買いに行こうかな」

まゆ「でしたら、まゆは夕ご飯を作って待ってますよぉ」

P「ありがと、まゆ。それじゃ行ってくるから」

美穂「また明日ね、まゆちゃん」

まゆ「はい。お疲れ様でした、美穂ちゃん」

外へ出ると、やっぱりまだ寒かった。

もうすぐ五月だと言うのに、夜の風は刺す様に痛い。

手袋とか着けてくれば良かったな。




P「今日は本当にお疲れ様。明日もまた頼むぞ」

美穂「わたしなんて、そんなに大した事が出来る訳じゃないけど……」

P「実際凄く助かるよ。ほら、俺が今全然何も出来ないからさ」

美穂「……ねえ、Pくん」

P「ん?なんだ?」

美穂「……早く、怪我が治ると良いですね」

P「あぁ、そうだな。さっさと治さないと、色んな人に迷惑掛けちゃうから」

美穂「……もう。そういう意味じゃありません」

P「ん……?」

美穂「あ、えええっと!早く怪我が治るといいなっていうのは本当です!あの、そうじゃなくって……」

後半、美穂の言葉ば消えそうな程小さくなっていった。

……あぁ、もしかしたら。

美穂も、聞いてしまったのかもしれない。

美穂「……まゆちゃんに、想いを伝えられますから」

P「……美穂……」

美穂「……ですよね?」

P「……あぁ」

冷たい風が夜を吹き抜ける。

美穂の声は、ギリギリ聞き取れるくらいだった。

美穂「もっとPくんの側に、もっと近くにいられたら。それは、とっても幸せな事です。でも……もし、Pくんの側にいられなくなったら……それは、わたしにとって凄く辛い事なんです」

消え入りそうな、泣き出しそうな声。

美穂にそんな思いをさせてしまった事が、本当に辛くて。

P「俺も、そうだな……美穂と一緒に遊んだり、こうして楽しく過ごせなくなるのは……いやだな」

俺も、そう思っているという事を。

美穂に、伝えた。

美穂「お揃いですね」

P「だな」

美穂「うーん……やっぱり、まだ治らないで欲しいかな」

P「酷いなぁ」

美穂「ふふっ、冗談です。でも……」

美穂が、一歩俺の方へと近付いて来て。

頬に、軽く口付けをされた。

美穂「それまでに……わたしの方に、振り向かせちゃいますから」

P「……美穂」

美穂「今日はお疲れ様でした。また明日からも、よろしくお願いしますねっ!」

そのまま、走って去って行った。

俺はその場で立ち尽くして。

美穂を追いかける事も、買い物を済ませる事も出来なかった。




P「ただいま、まゆ」

まゆ「お帰りなさい、Pさん」

店に戻ると、まゆが夕飯を作っていた。

まゆ「ごめんなさい、Pさん。本の片付けをしてたので、まだお夕飯が出来てないんです」

P「悪いな、やってもらっちゃって。俺も手伝うよ」

まゆ「いえ、大丈夫です。Pさんは座って待っていて下さい」

ピロンッ

P「ん……?」

文香姉さんから連絡が来ていた。

スマホを開くと、画像が貼ってある。

エッフェル塔を背景に、金髪美人と二人で変なポーズをしていた。

P「……はぁ」

『プリキュアごっこ?』

『P君が、夜一人で寂しがっている頃かなと思いまして』

『まだまゆが居るよ』

『寮の門限までに、きちんと送ってあげて下さいね』

『分かってるって』

『お土産はどれがいいですか?』

『選択肢どこにあるの?』

『あ、冷蔵庫のプリンは食べないで下さい。食べたら補充しておくように』

……楽しそうで何よりだ。

まゆ「文香さんですか?」

P「あぁ、向こうも楽しんでるっぽいな」

まゆ「その分、まゆ達も楽しまないといけませんねぇ」

P「そうだな……そうなのか?」

それから、夕飯を食べ終えて。

片付けまでしてもらっちゃって、まゆを寮まで送って。

買い物を終えてようやく帰宅した頃には、かなり遅い時間になっていた。

P「ふぅ……」

シャワーを浴びてベッドに寝っ転がる。

騒がしかった一日目が、ようやく終わった。

日中が騒がし過ぎたせいか、一人きりになるとなんだか寂しく感じる。

早く、明日にならないかな。

P「……あぁ」

美穂の言葉を思い出してしまった。

頬にキスされた感覚は、未だに鮮明に思い出せる。

俺は、それでもまゆを選ぶつもりでいるからこそ。

きちんと真正面から断らなければならないのが。

また智絵里の時の様な思いをしなければならないのが。

とても、苦しかった。



次の日も、また次の日も、そのまた次の日も。

本を並べたり、接客したり。

冷やかしに来た李衣菜と喋ったり、冷やかしに来た加蓮と喋ったり。

きちんと本を買いに来てくれた智絵里と喋ったり。

騒がしくも楽しい生活を送って。

まゆ「Pさん、美穂ちゃん。そろそろお昼にしませんか?」

P「ん、もうそんな時間か」

まゆ「用意が出来たらお呼びしますよぉ」

P「ありがとな、まゆ」

なんだかもう、朝から晩までまゆが居るのが当たり前な生活になっていて。

これからも、まゆに側に居て欲しくて。

……だからこそ。

美穂「お仕事楽しいですね、Pくん!」

P「あぁ、普段文香姉さんの手伝いしてる時はそんな事感じた事もなかったよ」

美穂「わたしと一緒だからですよね?な、なんて……」

P「……そうかもしれないな」

美穂「……えへへ……」

より一層に、より深く。

この四日間頑張ってくれて。

こんなにも幸せそうな美穂を振らなきゃいけないのが、苦しかった。

まゆ「お昼ご飯、出来ましたよぉ」

P「んじゃ、美穂先に食べてきちゃえよ」

美穂「それじゃ、お言葉に甘えさせて貰いますね?」

二人がリビングに行くと、店は一気に静かになる。

騒がしい時は騒がし過ぎる分、静かな時はいつも以上に静かに感じた。

美穂「きゃ!胡椒かけ過ぎちゃった……!」

まゆ「Pさんの分の方に少し移しておきましょう」

静かじゃ無かった。リビングの方から騒がしさが伝わってくる。

……なんか、良いなぁ。

こうやって何もせず、楽しそうな声を聞いてるの。



ガラガラ

李衣菜「はろーP」

P「ん、よう李衣菜。四日連続皆勤賞だな」

李衣菜「景品とかあったりしないの?」

P「よっぽど暇なんだろうな、俺からの憐れむ視線をプレゼントしよう」

李衣菜「わざわざ貴重な時間を割いて来てあげてるとは考えないの?」

P「その相手は美穂とまゆだろ?」

李衣菜「分かってるじゃん」

P「分かるわ、何年付き合ってると思ってるんだよ」

李衣菜「何年だっけ?」

P「長年」

李衣菜「アバウト過ぎない?」

わざわざ数えるのもアホらしいだろ。

小中高で八年弱とかそのくらいだよ多分。

P「で、美穂とまゆはお昼食べてるけど」

李衣菜「ん、いいや。私この後加蓮ちゃんと遊びに行くし」

P「どこ行くんだ?」

李衣菜「決めてないよ。取り敢えず駅前行って、そこから考える」

P「いいなそういうの。なんか暇な高校生って感じがする」

李衣菜「高校生だよ?」

P「そうだったな」

李衣菜「ちゃんと分かってる?」

P「今気付いたわ」

李衣菜「ひっどいなぁ……それじゃ、私は行くから」

P「じゃあな。また明日学校で」

李衣菜「じゃあねー」



文香「……ふぅ……私が不在の間、色々とありがとうございました。そちらは、どうでしたか?」

文香姉さんが旅行から戻って来た。

思い返すと、なんだか本当に一瞬だった気がする。

美穂「特に困る事はありませんでした。ずっと、Pくんが側に居てくれましたから」

まゆ「完璧なサービスを提供出来たと自負していますよぉ」

文香「……そうですか、それなら良かったです」

P「俺は本読んでただけだけどな」

美穂「それでも、とっても安心出来ましたから」

文香「さて……まず、美穂さんにお土産を渡そうと思います」

そう言って文香姉さんは、キーホルダーを取り出した。

キーホルダーには『恋愛成就』と書いてある。

日本語で。

美穂「えっと……ありがとうございます」

まゆ「……パリ旅行ですよね?」

文香「フランス語よりも、日本語の方が馴染みが深いと思いまして……」

そういう問題じゃ無い気がする。

文香「佐久間さんには……はい、こちらです」

次に取り出されたのは、塔のストラップだった。

P「エッフェル塔か?」

文香「スカイツリーです」

まゆ「ありがとうございます……なんでフランスに売ってたんですかねぇ」

文香「分かりませんが、こちらもエッフェル塔よりは馴染みがあると思いまして……」

旅行のお土産を馴染み深さで選ぶな。

お土産選ぶの下手か。



P「姉さん、俺にはお土産は無いの?」

文香「ご安心下さい……もちろん、用意してありますから」

そう言って文香姉さんは、別のキーホルダーを取り出した。

木彫りで『友達沢山』と彫られている。

P「……ありがとう姉さん。心遣いがすげー痛い」

鋭い角度で抉られた。さすが木彫りだ。

文香「ふふっ……冗談です。きちんと用意してありますよ」

再度文香姉さんは鞄から、何かを取り出した。

美穂「これは……石鹸ですか?」

文香「はい、マルセイユ石鹸です……オリーブオイルから作られているので、どんな肌の方でも使い易いのが特徴ですね」

美穂「わぁ……ありがとうございます!」

文香「さて、佐久間さんにはこちらを……」

文香姉さんが取り出したのは、フレーバーティーだった。

文香「向こうで頂いた紅茶が……とても、良い香りだったので」

まゆ「ふふ、ありがとうございます」

P「で、俺には?」

文香「もう渡してありますよね?」

P「あ、俺のは冗談ではないと」

文香「なんて、それも冗談です。ご存知でしたか?孔明の罠は隙を生じぬ二段構えなんですよ……?」

いや、お土産に孔明の罠は必要無い。

文香「はい、日本茶です。向こうに専門店が出るほど、流行っているんですよ?」

P「日本でも普通に流通してるから」

……なんだろう。

文香姉さんがこんな冗談を連発するくらいには、旅行が楽しかったという事だろう。

それならまぁ、いいか。

P「まぁ、姉さんが何事もなく帰ってこれて良かったよ。あと美穂もまゆも、四日間ありがとな」

まゆ「ふふ、とっても楽しかったですよ」

美穂「また機会があれば、声を掛けて下さいね?」



ちひろ「さてみなさん。五月と言えば……何だか分かりますか?」

ゴールデンウィーク前半明けの火曜日の朝。

アバウト過ぎて意味がわからないHR。

千川先生が、ノリノリで教卓に立っていた。

ちひろ「はい、そうですね。六月の修学旅行です!」

五月じゃないじゃないですか。

ちひろ「一応五月末に中間テストもありますが……修学旅行と言えば青春を象徴するイベントですからね。まぁこの学校は殆ど女子しかいませんが、おかげで先生的には非常に安心できる訳です」

……何も言わないでおこう。

ちひろ「そして、気になる行動班及び生活班ですが……」

出席番号順とかだろうか。

せめて夜は他のクラスの男子と一緒だといいなぁ。

ちひろ「……自由とします!仲の良い子同士で三人組を組んで下さい!」

美穂「Pくん、一緒に行動しませんか?」

P「もちろん構わないぞ」

これで二人。

あと一人はまゆを誘いたいな。

美穂「加蓮ちゃんもどうですか?」

加蓮「え、私?もちろんオッケーだよ」

班が決まってしまった。

ちひろ「それと鷺沢君ですが、部屋は一人部屋になっています」

……夜寂し過ぎませんかね。

まぁ、行動班同じじゃなくたって一緒に行動出来ない訳じゃないか。

どのみち夜は一人らしいし。

いや女子と同じ部屋の方がマズイか。




ちひろ「カヌーのペアも自由で良かったのですが、そちらはクジ引きで決めさせて頂きました」

美穂「よろしくお願いしますね、Pくん!」

加蓮「よろしくねー鷺沢」

P「あぁ、よろしくな。あと先生の話聞こうぜ」

ちひろ「ごほんっ!!煩いですよ、鷺沢君。スケジュールや持ち物に関しては今からしおりを配布します。あと沖縄とは言え六月なので、海で泳ぐ事は出来ません」

それでは、と言って千川先生が教室を出て行った。

李衣菜「智絵里ちゃん、まゆちゃん。一緒に班組まない?」

まゆ「断りませんよぉ」

智絵里「……ばっちこい、です」

李衣菜「二人とも何キャラなの?」

クラスメイト全員が席を立って、思い思いのトークを始める。

かく言う俺も、めちゃくちゃ楽しみでテンションはかなり高い。

P「そう言えば、カヌーのペア誰だろ」

美穂「折角なら、そっちも自由が良かったのにな」

まゆ「まゆは引き当ててみせますよぉ、Pさんという運命を……っ!」

智絵里「四つ葉のクローバーさん……わたしの願い、叶えて下さい……!」

P「あ、俺加蓮とペアじゃん」

加蓮「ん、ほんとだ。よろしくね鷺沢。まゆは残念だったね、運命に見放されて」

智絵里「……」

李衣菜「智絵里ちゃん……無表情で四つ葉を零つ葉にしようとしないであげて……?」

美穂「…………」

P「おい美穂、勝手に横線引いて自分の名前を書くんじゃない」

美穂「…………」

P「更に傘書いて相合傘にしない」

まゆ「…………」

加蓮「ねぇまゆ、私の名前の上に諸事情により欠席って書くのやめない?」

まゆ「運命は自分の手で書き換えるものなんですよぉ」

加蓮「頭大丈夫?ポテト足りてる?」

まゆ「加蓮ちゃんは知性が足りてませんねぇ」

加蓮「は?」

まゆ「何か?」



加蓮「ねぇ鷺沢、私たちのカヌーに名前つけてあげよ?」

P「ペットかよ」

まゆ「馬鹿馬鹿しいですねぇ……あ、タイタニックなんでどうですかぁ?」

李衣菜「沈むじゃん」

智絵里「……きちんと、沈めてあげないといけませんね」

加蓮「智絵里ごときが私達のタイタニック号に追い付けると思ってるの?」

智絵里「沈没速度では勝てそうに無いけど……」

まゆ「川底とキスさせてあげますよぉ」

加蓮「いけそう?鷺沢。二対一だけど」

P「お前らはマングローブカヤックを何だと思ってるんだよ」

智絵里「あ……わたし、美穂ちゃんとです」

美穂「ほんと?よろしくお願いしますねっ!」

智絵里「はっ、はい……!」

李衣菜「ん、私まゆちゃんとじゃん」

まゆ「こうなったら、コーナーで差をつけて一位を目指しますよぉ!」

P「マングローブカヤックなんだからのんびり遊覧しろよ……」



李衣菜「にしても、折角の沖縄なのに泳げないんだね」

まゆ「まゆの悩殺水着アタックは使えそうにありませんねぇ」

加蓮「悩殺……ふっ」

まゆ「元から脳が溶けてる加蓮ちゃんには、少し難しい日本語だったでしょうか?」

加蓮「アタックは英語だよ。あ、英語って知ってる?」

まゆ「存じ上げておりますが。揚げ足取りは楽しいですか?楽しいんでしょうね」

仲良いなぁ、見ててこっちまで楽しくなってくる。

ほんと、いつの間にそんなに仲良くなったんだろう。

友達作りのコツを教えて貰いたいものだ。

美穂「水着……」

智絵里「悩殺……ちょ、チョップです……っ!」

李衣菜「ま、夏にでもみんなでプールに行こっか」

P「いいな、めっちゃ行きたい」

確かあの遊園地、夏場はプールもやってるし。

……あの遊園地の事だから、ウォータースライダーとか流れるプールもエグいんだろうな。

李衣菜「ま、また今度予定立てればいっか」

そんなこんなであっという間に過ぎ去った休み時間。

当然ながら一時間目はみんな修学旅行トークで盛り上がり、先生がずっと苦笑していた。




P「うぉー!着いたぁ!!」

まゆ「ここが温泉街ですか。とても良い雰囲気ですねぇ」

美穂「あっちこっちから湯気が昇ってますね」

文香「……ふぅ……元気ですね、皆さん……」

五月最初の土曜、こどもの日。俺達四人は温泉旅行に来ていた。

長い電車の移動に文香姉さんはグロッキーになっているが、どうせすぐに温泉饅頭や温泉卵を見て回復するだろう。

まゆ「まずは、チェックインをして荷物を置いちゃいましょうか」

P「そうだな。出来るだけ身軽になってから色々巡りたいし」

美穂「えっと、バスで十七分くらいだそうです」

バスに乗って旅館に向かう。

どんどん窓から見える光景が変わり、緑が増えてゆく。

テンションあがる。めっちゃ上がる。

美穂「わぁ……素敵な旅館ですねっ!」

ついに姿を現した旅館は、とても旅館だった。

イメージ画像に違わぬイメージ通りの和風な旅館。

緑と川に囲まれて、とてもリラックス出来そうだ。

チェックインを済ませて、俺と文香姉さん、美穂とまゆでそれぞれ部屋へ入る。

文香「……ふぅ、ひと段落ですね」

P「こう、走り回りたくなる部屋してるな」

十二畳の和室に露天風呂。テンションが上がらない訳がない。

ついつい手荷物をセキュリティーボックスにしまってみたりする。

まゆ「広くて素敵な旅館ですねぇ」

美穂「凄いですね!働いた甲斐がありました!」

まゆ「ふふっ、温泉も楽しみです」

美穂とまゆもこっちの部屋に入って来た。

やっぱりとてもテンションが高い。



P「どうする?少しこの辺り散策するか?」

文香「私は……しばらく、休憩してから一人で散歩でも……」

美穂「お昼ご飯、食べに行きませんか?」

文香「何してるんですかP君。早く行きますよ」

四人で財布とスマホだけ持って旅館を出る。

道なんて全く分からないが、取り敢えず行き当たりばったりに歩き出した。

まゆ「向こうに足湯もあるみたいですよぉ」

文香「……お昼を食べ終えたら、少し浸かりましょう」

美穂「何にしますか?この辺りは海産物も新鮮みたいです」

文香「それにしましょう。海鮮丼にしましょう」

P「姉さん……」

少し歩いた後、適当な店に入る。

折角こういう場所に来たんだから、少しくらい財布の紐が緩くてもいいだろう。

P「俺は海鮮丼で」

文香「同じく」

まゆ「まゆもです」

美穂「わ、わたしもですっ!」

海鮮丼を四つ注文し、その間にこの辺りに何があるかを調べる。

P「足湯、温泉、温泉、旅館、温泉、旅館……温泉街かよ」

美穂「温泉街ですよ?」

まゆ「旅館のだけでなく、色々な温泉を楽しみたいですねぇ」

P「だな、滅多に来れないし」

海鮮丼は、凄く美味しかった。



その後は適当にぶらついて、足湯に入ったり温泉卵を食べたり。

李衣菜や加蓮や智絵里へのお土産を選んで。

街を満喫していたら、いつの間にか日は暮れていた。

P「ふぅ……さて」

文香「いよいよ、ですね……」

美穂「待ちに待った温泉タイム……っ!」

まゆ「Pさぁん、一緒に入りませんかぁ?」

P「ダメだろ……夕飯は懐石コースらしいけど、食べられるかな」

食べ歩きしていたせいで、そこまでお腹は空いていない。

文香「ふっ……何を心配しているんですか、P君」

あぁ、うんそうだ。文香姉さんいるから大丈夫だ。

まゆ「折角ですから、同じ部屋で食べたいですねぇ」

美穂「宿の人に頼んで、片方の部屋に運んで貰いませんか?」

文香「ふふっ、とても素敵な提案だと思います」

P「それじゃ、俺大浴場の方行って来るわ」

それぞれ、着替えの浴衣を持って温泉へ向かう。

部屋の風呂は気が向いた時に入ればいいや。

それこそ文香姉さんが寝てからでいいだろう。



P「おぉお……」

温泉は、凄かった。

まず家の風呂とスケールが違う。

というかデカイだけでテンションが上がる。

更にそれでいて展望露天風呂な為、目の前には大自然。

眼下にせせらぎ、横に山々頭上に空。

空と木々が遮る物無く視界いっぱいに広がり、その時点でもうリラックス効果がある。

俺以外に客はいない為、実質貸切状態だ。

こんな贅沢を独り占め出来るなんて、人生でもそうそう無いんじゃないだろうか。

P「ふぅ…………」

身体を流して温泉に浸かると、思わず息が溢れた。

これが……温泉。

日々の疲れが溶けてゆく様な感覚だ。

360度、何処を眺めても癒しで溢れている。

骨折も一瞬で治っちゃうんじゃないだろうか。

P「うぉー…………」

……寂しいな。

こういう時、一緒に浸かる相手がいないのが悔やまれる。

俺以外全員女性だから当たり前だし、それ以前に男友達なんて……やめよう。

目を閉じて、全身で温泉の効能を堪能する。

疲れも悩みも、多分元からそんなに無いけど薄れていった。

違う、眠くて意識が薄れてただけだ。



P「……ふぅ」

悩みが無い訳ではなかった。

少しずつ回復に向かっている右腕を眺める。

早く、まゆに想いを伝えたい。

けれどそれは、美穂の想いを断るという事で。

P「……はぁ……」

ため息を吐いたところで、誰かがなんとかしてくれる訳じゃない。

悩んだところで、何かが解決する訳じゃない。

ならもう、真正面から。

想いのまま、思っている事を言うしかないんだ。

P「さてと、そろそろ上がるか」

身体を拭いて、浴衣に着替える。

帯の結び方が分からない、適当でいいか。

P「……ん?」

スマホを見れば、一件の通知。

送り主は……まゆか。

『よければ、少し歩いて涼みませんか?』




美穂「あれ?何処に行くんですか?Pくん」

廊下を歩いていると、浴衣姿の美穂と会った。

うん、とても可愛い。

どちらかと言えば綺麗の方が当てはまるかもしれない。

P「ん、ちょっと外で涼んで来る」

美穂「一人でですか?」

P「いや、まゆとだけど」

美穂「……そうですか。夕飯の時間までには戻って来て下さいね?」

P「了解」

そのまま美穂は、マッサージチェアの方に向かって行った。

さて、俺はさっさと外に出るか。

旅館の門を抜けると、まゆが浴衣姿で立っていた。

風呂上がりで少し火照った頬の笑顔を此方に向けるまゆに。

一瞬、完全に目を奪われてしまった。

まるで雑誌の1ページの様な、それほどまでに綺麗な姿だったから。

P「……浴衣姿、すっごく良いな」

まゆ「うふ、ありがとうございます」

P「んじゃ、少し歩くか」

人気のない林道を、まゆと二人で並んで歩く。

まだ五月頭、夜の風は少し冷たい。

P「あーでも湯冷めには気を付けないとな。寒くなる前には戻るぞ」

まゆ「はい。それにしても……とても静かですねぇ」

P「だな、いつもの街とは大違いだ」

木々の間を風が抜けてゆく。

俺達が黙れば、自然の音しか聞こえなくなる。

さく、さく。

枯葉の割れる音だけを響かせながら、俺たちはのんびりと歩いた。




まゆ「……腕の調子は、どうですか?」

P「良い感じ。もうギプス無くてもいいんじゃないかってくらいだ」

まゆ「温泉の効能ですかねぇ」

P「まゆのおかげだよ」

まゆ「まゆのせいですから」

P「そう悲しませない為にも、さっさと完治させないとな」

まゆ「左手の生活、不便ではありませんか?」

P「食事には困らないな。右腕も治れば両利きだぞ、まゆとお揃いだ」

まゆ「ふふ、そうですね」

P「ありがとな、まゆ」

まゆ「こちらこそ、ありがとうございました」

まゆにお礼を言われる様な事なんて、何もしていないのに。

そして、なんで。

まゆはそんなに、悲しそうな声を……

まゆ「この三週間、Pさんとずっと一緒に居られて……まゆは、とっても幸せでした」

P「なら良かった。俺も、まゆと一緒に過ごしててとっても楽しかったよ」

骨折して良かった、なんて言うつもりは無いけど。

原因は何であれ、どんな理由であれ、どんな関係であれ。

まゆがずっと側に居てくれた時間は、紛れもなく幸せな思い出だった。




まゆ「そうですか……それなら、まゆは幸せです」

P「あぁ。だから、さ」

右腕の骨折も、もう日常生活に支障は殆どない。

まゆが側に居る理由も、看護の為である必要が無い。

だったら、そろそろ。

俺の想いを、真正面から伝えて。

P「これからも……」

側に居て欲しい。

笑顔のまゆと、一緒に居たい。

そんな俺の言葉は、まゆに遮られた。

まゆ「まゆはもう、十分に幸せな思い出を作れましたから。思い出だけで、幸せになれます」

P「……思い出だけで……?」

まゆ「はい。だから……まゆは」

Pさんの事を、諦めます。

そう呟いたまゆの言葉は、静か過ぎる林のせいでよく聞こえて。

聞き間違いには、出来なくて。

P「……諦めます、って……」

まゆ「これ以上、まゆはPさんとの距離を縮めようとは思わない……そういう意味です」

P「……そっか」

まゆ「……はい」

P「……理由、聞いてもいいか?」

もし、俺が嫌われる様な事をしていたのだとしたら。

もし、俺が見放される様な事をしていたのだとしたら。

それは、きちんと謝りたい。




まゆ「……Pさんが、辛そうだったからです」

P「辛そう?骨折……じゃあ無いよな?」

まゆ「……智絵里ちゃんの告白を断った後のPさんは……とっても、辛そうでした」

P「……誤魔化すつもりはない。本当に、辛かった」

あの日俺は初めて、真正面に向けられた好意を真正面から好意を断った。

それは、思っていた以上に苦しいもので。

まゆ「今は……美穂ちゃんの事で、悩んでるんですよね?」

P「あぁ……だからって、自分の気持ちに嘘を吐く事はしたくない」

まゆ「……はい。ですから、まゆが諦めれば……美穂ちゃんの想いを断らず、嘘も吐かずに済みますよね?」

P「いや、それは違うだろ」

まゆ「なら、美穂ちゃんにハッキリと言えるんですか?また苦しい思いをするって分かっていて、それでも言えるんですか?」

P「…………」

ずっと悩んでいた、苦しんでいた理由の核心を突かれて。

俺は、何も言えなくなってしまった。

まゆ「……ごめんなさい。こないだ美穂ちゃんがPさんにキスをしていたの、見てしまったんです……」

あぁ、だから夕飯の準備が出来ていなかったのか。

まゆ「あんなに優しくて、可愛くて、素直な女の子を振るなんて……きっと、Pさんはとっても辛い思いをする筈です」

まゆ「美穂ちゃんと一緒にお仕事して、より一層強くそう感じました」

まゆ「まゆは……そんな辛そうな、苦しそうなPさんを……見たくはありませんから」

まゆ「それが全て、まゆのせいだなんて……そんなの……まゆ、自分を許せなくなっちゃう……」

まゆ「迷惑だけは絶対にかけたく無かったんです。それでも、まゆのせいでPさんは怪我をしてしまって……」

まゆ「……これ以上、まゆのせいでPさんを困らせたくないから……きっとこれが、正解なんだと思います」

P「そっか……」

まゆ「もし本当に……Pさんの想いのベクトルがまゆに向いていたんだとしたら……」

まゆ「……まゆが迷惑をかけるのは……これで、最後にします」

まゆ「Pさんとは、これからも……お友達でいさせて下さい」



要するに、俺を振る言葉を。

まゆは最後まで、笑顔で言葉にしてくれて。

……そうか、なら。

P「……良かった」

まゆ「……はい。これで、Pさんは……」

P「まゆを、諦めずに済む」

まゆ「……え?」

まぁ元より、諦めるつもりなんて無かったが。

残念な事に俺は、一回振られた程度で諦める程物分かりは良く無いんだ。

P「色々と心配してくれてありがとう。あと、まゆがそんな風に思い悩んじゃってたのは……俺が悩みまくってたせいだな。本当に悪かった」

まゆ「あの、Pさん……?」

P「まゆが距離を縮めてくれないなら、俺から縮めれば良いだけだろ?」

まゆは、離れたいとは言わなかった。

なら、まゆからじゃなければ何も問題は無い筈だ。

まゆ「……揚げ足を取るなんて、嫌われちゃいますよ?」

P「困ったな……なら、足だけじゃなくて全身を抱えないと」

まゆ「……まゆは、Pさんの笑顔を見ていられれば幸せなんです。これからも友達で、大好きだったPさんの笑顔さえあれば……それが例え、まゆに向けられたものじゃ無かったとしても」

P「俺が満足出来ないんだよ、友達のままじゃ」

まゆ「……そんな辛そうな顔をしないで下さい……なんて、我儘ですよね。でも、それも……今で最後ですから」

P「な訳ないだろ!」

俺の声が、林の中にこだました。

思った以上に大きな声にまゆを驚かせてしまったが。

今はそんな事なんて、もうどうでもいい。

P「俺が嫌なんだよ!そんな……俺のせいでまゆと付き合えないのが!今で最後だ?ふざけんな!一生引きずってやるぞ?!」

あぁ、口から出る言葉がただの逆ギレだ。

一生引きずるだなんて、どういう脅し方だよ。

でも、そんな想いが。

溢れて、溢れて、止まってくれそうには無くて。



P「迷惑を掛けたくないだ?迷惑を掛けられて幸せを感じる人だっているんだぞ!此処に!」

まゆ「……迷惑を掛けて苦しむ人だっているんです」

P「じゃあ迷惑だなんて思ってないよ!」

まゆ「言ってる事が支離滅裂です……」

困ったように、溜息を吐く。

P「そんくらい必死なんだよ!まともに頭が回んなくて、思った事そのまま言っちゃってるんだよ!」

まゆ「……Pさん……」

怒っているのは、自分に対してだ。

まゆが困っているのは、困らせていたのは、自分のせいだし。

なのに、どんな風に何を言えばいいのか全く分からなくて。

ただ溢れる想いを口にするしか出来ない自分が……

P「……誰かの想いを真正面から断るって、かなり辛かったよ。苦しかったよ。しんどかったよ!」

まゆ「……ですから」

P「でも、俺はまゆと一緒に居たかったから!もっと側に、もっと近付きたかったから……!」

まゆ「……やめて下さい」

P「まゆの為なんて、誰かのせいにはしない!俺がただ、まゆと結ばれたかったから!だから……!」

まゆ「それ以上……言わないで……っ!」

来た道を翻して、まゆが走って戻ろうとする。

一瞬遅れて俺は手を伸ばし。

そのまゆの手を、ギリギリのところで掴めなくて……



美穂「逃げないで!」

まゆ「っ!」

P「美穂っ?!」

そのまゆの行く手を、美穂が阻んでいた。

美穂「……ごめんなさい、二人とも。盗み聞きしちゃいました」

P「……いや、その……」

まゆ「美穂ちゃん、退いて下さい」

美穂「良いんですか?」

まゆ「はい」

即答されると割としんどい。

少しは躊躇って欲しかった。

美穂「……だったら、もう」

まゆちゃんと、友達ではいられません。

そう口にした美穂は、しっかりとまゆの目を見つめて。

まゆ「……え…………」

俺としても、信じられなかった。

美穂が、そんな言葉を言うなんて。

美穂「……ねぇ、まゆちゃん。少しだけ、お話しませんか?」

まゆ「ぁ……あの……」

P「……俺、外そうか?」

美穂「いえ、Pくんはそこに居て下さい」

まゆ「……お話する事なんて、まゆには……」

美穂「わたしにはあります」

まゆ「……まゆには、ありません」

美穂「わたしにはありますから」


まゆ「……良いじゃないですか。まゆが諦めて、美穂ちゃんがPさんと結ばれて……それで、誰も傷つかずに済むんですよ?」

美穂「……誰も?」

まゆ「誰も、です」

美穂「……まゆちゃん……本気で言ってるんですか?」

まゆ「まゆはいつだって本気です。まぁ、それで美穂ちゃんと友達でいられないのは残念ですが……」

美穂「残念、ですか……」

まゆ「はい。まゆとしても、美穂ちゃんとは友達でいたかったですから」

美穂「そっか」

まゆ「……本当は、まゆじゃなくて李衣菜ちゃんをこの旅行に誘おうと思っていたんですよね?なのに、まゆのせいで予定が狂っちゃって……ごめんなさい」

美穂「そんな事は無いよ。わたしも、まゆちゃんと仲良くなりたいからって誘ったんだもん」

まゆ「それに、元々はあの日……Pさんに告白するつもりだったんじゃないですか?なのに、それもまゆのせいで……Pさんが怪我をしちゃって……」

美穂「それも、しようと思えばあの日でなくたって出来ましたから」

まゆ「それももう、今日で終わりです。お邪魔虫は退散して、美穂ちゃんの恋路を邪魔する人なんていなくなりますから」

美穂「……ねえ、まゆちゃん」

まゆ「はい、なんですか?」

美穂「……ごめんね?」

まゆが首を傾げた。

それと、殆ど同時に。

パンッ!と。

乾いた音が、林にこだました。



まゆ「……え?」

美穂が、まゆの頬を叩いた。

そんな美穂の肩は、激しく上下していて。

美穂「っふー……ふー……」

その瞳からは、涙の粒が絶えず零れ落ちていた。

美穂「なんで……なんで、向き合ってくれないの……?!」

まゆ「……向き合ってますよぉ」

美穂「わたしは嫌だよ!まゆちゃんとお友達でいられなくなっちゃうの!そんな事言いたく無かったもん!否定して欲しかったもん!」

まゆ「……我儘過ぎませんか?」

美穂「なんで?なんでそんな簡単に諦められちゃうの?!大好きだったんだよね?恋人になりたかったんだよね?!」

まゆ「……簡単、ですか……」

美穂「何か言ってよ!言わないの?悔しくないの?わたしは悔しいよ!まゆちゃんが……わたしにも、Pくんにも……自分にも向き合ってくれないのが」

ポロポロと零れ落ちる涙を無視して、美穂は叫び続けた。

対してまゆは、いつもの笑顔を崩さずにいて……

美穂「そんな風に諦められる程、まゆちゃんの想いは弱かったの?それともまゆちゃんが弱いの?」

まゆ「……そう、ですねぇ……まゆが弱いのは否定しませんよぉ」

美穂「……っ!」

まゆ「ですが、ふぅ……」

まゆが、溜息を一つ吐いて。

まゆ「……簡単な訳、無いじゃないですか……」




美穂「だったら……!」

まゆ「だったら……どうすれば良かったんですか?!ねえ、美穂ちゃん……教えて下さい……まゆは、どうすれば良かったんですか?!」

まゆの声は、涙に震えていた。

まゆ「それしか無かったんです!まゆが諦めるしか無かったんです!まゆにとって、美穂ちゃんもPさんも大切な人で……!だから!」

美穂「そんなの……わたしだって同じだよ!まゆちゃんもPくんも!どっちも大切な人だから……!もっと……ちゃんと向き合ってよ……っ!」

まゆ「良いじゃないですか!まゆが諦めたって、誰も困らないんですよ?!」

美穂「まゆちゃんは?!」

まゆ「っ?!」

美穂「そんなに泣いてるのに……それで、誰も困らないと思ってるの?自分は辛くないの?!わたし達が辛くないと思ってるの?!」

まゆ「……なんで……美穂ちゃんは、そんなに……」

美穂「言ったじゃないですか。まゆちゃんが……大切な友達だからです」

まゆ「……でも……まゆは、Pさんを困らせたくなくて……」

美穂「だったら、今。わたしがPくんに振られれば良いの?それでまゆちゃんは気兼ねなく付き合えるよね?!」

まゆ「そんな訳……!」

美穂「それと同じです!わたしだって……そんな風に結ばれたく無いよ……誰もが傷付かないなんて都合の良い道が無いのは分かってるけど!でも……それなら!ちゃんと向き合おうよ!真正面から、素直に……!」

まゆ「……ほんと、なんで上手くいかないんですかね……邪魔ばかりされて!どうして美穂ちゃんは邪魔をするんですか?!」



美穂「邪魔……だった?」

まゆ「えぇ、とっても邪魔です!まゆの思い通り、美穂ちゃんは余計な事をせずに……結ばれちゃえば良かったのに……!」

美穂「……わたしは……Pくんがまゆちゃんの事が好きなのを知ってて……それでも、離れるのが怖くて……弱かったのは、わたしもだけど……!」

美穂「……ごめんね?それなのにキスして……二人を苦しめちゃって……!わたしのせいなのは分かってるけど……!それでも!」

美穂「言ってよ!向き合ってよ!お願いだから……わたしと、友達でいさせて……!!」

両手を握り締めて、叫ぶ美穂。

それからしばらく、沈黙が流れて。

ようやく、まゆが口を開いた。

まゆ「……まゆは……まゆは!」

まゆ「友達として側に居られれば……それで良かったのに……!最初は、本当にそう思ってたのに……!」

まゆ「Pさんの事が大好きですよ!結ばれたいですよ!もっと側に居たいですよ!!」

まゆ「それでも……!Pさんの気持ちが分かっちゃうんです!苦しんでるって分かっちゃうんです!そんな顔を見たく無いんです!!」

まゆ「美穂ちゃんとも!Pさんとも!これからも友達として一緒に居たいだけなのに……!」

美穂「友達でいいの?!ねぇ!」

まゆ「良い訳無いじゃないですか!でも……!まゆは……っ!」

まゆ「…………ねぇ、助けてよ……美穂ちゃん、Pさん……!」

まゆ「まゆは…………どうすればいいんですか……?」



……やっと、まゆの本音が聞けた。

早く言ってくれれば良かったのに、なんて言えない。

それはきっと、まゆにとって。

一番言いたく無かった事だろうから。

P「……なぁ、まゆ」

まゆ「……ごめんなさい、Pさん。今は……振り向けません」

P「……俺が悪かった」

まゆ「……え?」

全部、俺のせいだ。

あぁちくしょう、軽々と言うもんじゃ無かった。

P「笑顔でいて欲しいなんて……酷い事を言って、本当に悪かった」

まゆ「ぁあぁ……っ!」

P「……どんなまゆでも、受け止めるから……受け止めさせて欲しいから!笑顔だろうが泣いてようが怒ってようが困ってようが!全部俺が受け止めるから!」

まゆにはずっと笑顔でいて欲しいんだ、なんて。

なんて俺は、残酷な事を言ってしまったんだろう。

P「だから、まゆ」

そして、これは。

美穂を苦しめる事になるのは分かっている。

それでも……

素直になりたいし、素直になって欲しいから。



P「……俺と、付き合ってくれないか?」

まゆ「……はぁ」

美穂「まゆちゃん……」

まゆ「全く……Pさん、さっきまでのまゆの言葉を聞いて無かったんですか?」

P「聞いた上で言ってるんだ」

まゆ「……まゆの返事なんて、とっくに決まってるんです」

P「……そうか」

まゆ「言ったじゃないですか。まゆは諦めるって……」

P「言ったな」

まゆ「迷惑を掛けたくないって……」

P「それも聞いたな」

まゆ「まゆ以外に向けられるものだとしても、Pさんの笑顔を見ていられれば幸せって……」

P「……全部聞いたよ。まゆの、返事以外は」

まゆ「……Pさんにとって、とても辛いお返事になると思います」

P「返事を貰えないよりはいいさ」

まゆ「Pさんを苦しめる様なお返事になっても……それでも、いいんですか……っ?」

P「あぁ。どんな返事でも、俺は受け止めるよ」

まゆ「……Pさん」

P「なんだ?」

ようやく振り向いてくれたまゆの顔は。

涙に濡れて、今まで見た事ない程に、笑顔とは程遠いものだったけど。

まゆ「……はい。まゆと……付き合って下さい……!」

やっと、まゆと向き合えて。

本当に、良かった。



美穂「……ねぇ、Pくん」

P「……なんだ、美穂」

夕飯を食べ終えて、陽は暮れ冷たい夜風の吹くベランダで。

俺と美穂は、縁側に腰掛けて空を眺めていた。

まゆは既に部屋に戻って寝ている。

身も心も疲れ切っていたのだろう。

明日もまた温泉巡りして癒されてから帰らないと、何の為の温泉旅行なのか分からないな。

文香姉さんはまた大浴場に浸かりに行った。

多分、俺と美穂に気を使ってくれた……んだと思う。

美穂「……少し、寒いですね」

P「だな……」

美穂「あ、目の前に露天風呂がありますよっ!」

P「入る訳にもいかないだろ」

美穂「ですよね。Pくんはまゆちゃんと付き合い始めたんですから」

P「そうでなくとも男女で入るのってアレじゃないか?」

そう、なんだよな。

まゆは、俺の告白を受け入れてくれて。

つまり、それは。

美穂の想いを断るという事でもあって。

美穂「……寒い、ですね」

P「あぁ……上着、羽織るか?」

美穂「Pくんが温めてくれてもいいんですよ?」

P「……それは出来ない相談だな」

美穂「あれ?変な想像しちゃってますね?Pくんが暖房に変身するって意味ですよ?」

P「その方がよっぽと変じゃないかな」

美穂「……ダメ、ですか?」

P「あぁ。俺は暖房には変身出来ない」



美穂「なら……」

そう言って。

美穂は片手を、俺の方へと伸ばしてきた。

美穂「……手だけでも、温めて下さい……」

……仕方のない事だ。

だって、二人とも手が悴むなんて嫌じゃないか。

そう自分に言い訳して、俺は美穂の手を握った。

美穂「……ありがとうございます」

P「……あったかいな」

美穂「……はい、温かいです」

それからしばらく、沈黙が続いた。

聞こえるのは、露天風呂のお湯の音と風が木々を撫でる音だけで。

きっと、以前だったらこんな静かな時間も居心地が良かっただろうに。

今日の今日では、辛いだけで。

P「……なぁ、美穂」

俺の方から、口を開いた。

美穂には、きちんと伝えたい言葉があって。

美穂「はい……なんですか?」

P「まゆの事……ありがとう」

美穂「……どういたしまして」

P「……辛かっただろ」

美穂「……はい」

P「……怖かったよな」

美穂「……はい」

P「……ごめん」

美穂「……はい」

美穂の声は、消え入りそうな程に小さくて。

震えているのも、苦しいのも伝わって来るけど。

P「……美穂と、友達で良かった」

美穂「……わたしも……これからも、まゆちゃんと友達でいられて……良かったです」

こんなに友達思いで、優しい子を……

……なんて悩んでたせいで、だもんな。

これ以上、まゆを苦しめたくないから。



美穂「ねぇ、Pくん」

P「……なんだ?」

美穂「……これから……Pくんが、まゆちゃんと付き合い始めても……これからもずっと、変わらないままでいてくれますか?」

P「……あぁ、もちろんだ。俺はこれからも……美穂と、友達でいたい」

美穂「……そっか。なら、良かったです」

P「……ありがとう」

美穂「……手を繋ぐだけじゃ、寒いですね……わたし、もう一回お風呂に浸かって来ます……」

そう言って、美穂が隣の部屋へと戻って行った。

P「……あぁ」

……ちくしょう、ダメだ。

苦しいものは苦しいし、辛いものは辛い。

良かった、目の前に露天風呂があって。

例え今俺の顔が濡れていたとしても、全部それのせいに出来る。

P「……ふー……」

ぱぱっと浴衣を脱ぎ、露天風呂に浸かる。

大きく吐いた溜息は、夜の空へと吸い込まれて行った。

……でも、もう。

こんな思いをするのだって、これで最後だ。

明日からは、頭を空っぽにしてまゆと付き合える。

これからも、一緒に過ごす事が出来る。

最初のデートは何処へ行こうか。

李衣菜に、恋人が出来たって自慢もしたいな。

あぁ、楽しい事だらけじゃないか。

だから、今だけは。

もう少し、風呂のせいにさせて貰おう。



文香「……P君。起きて下さい」

P「……後十五分と消費税分……」

文香「朝ご飯の時間です」

文香姉さんの言葉が冷淡過ぎて怖くて起きた。

うん、昨日も夕飯の時かなり待たせちゃったし。

起きました、はい、起きてます。

文香「……ふふ」

P「……あれ?」

スマホを見れば、まだ七時前だった。

旅行の朝ご飯にしては、まだ早い時間な気がする。

P「折角なんだし、もう少し寝てれば良かったのに」

文香「折角ですから、早起きして散策でもしようかと……」

文香姉さんは、窓際のソファで読書していた。

窓から差し込む朝陽に照らされ、いつもより顔が明るく見える。

……なんて言うか、映えるな。

年中暑そうな服着てる文香姉さんの浴衣姿なんて、初めて見たかもしれない。

文香「昨晩は、美穂さんと佐久間さんと散策していたんですよね……?でしたら、私にも付き合って下さい」

P「あいよ、ちょっと顔洗ってくる」

顔を洗って歯を磨く。

よし、目も腫れてない。

まゆも美穂も、まだ寝ているだろう。

特に美穂は朝弱いし。



朝露に濡れた草を踏みながら、文香姉さんと並んで歩く。

そう言えば、それすらも久し振りな気がする。

文香「……起こしてしまって、すみませんでした……」

P「いや、別に良いよ。早起きは消費税の特だからな」

文香「ふふ……最近は、佐久間さんがP君を起こしていましたから……偶には、姉らしい事をしてみようと思ったんです」

P「……あ、そうだ姉さん」

文香「佐久間さんと付き合い始めた、ですよね……?」

P「ん、あぁ」

文香「……美穂さんは……」

P「……断ったよ」

文香「……そうですか……辛かったですか……?」

P「まあ、うん。でもその分……いや、それ以上に。これからが楽しみかな」

文香「……P君らしいですね」

P「にしても珍しいな。姉さんが姉らしく振舞ってるの」

文香「……気の迷いかもしれません」

P「……なんだそりゃ」

文香「……それと、正確には従姉妹ですから」

P「分かってるって」

文香「……ふぅ……そろそろ、お腹が空いてきました」

P「朝歩くと朝ご飯が美味しいよな。バイキング形式だし、沢山食べないと」

文香「そうですね……ふふ。とても、楽しみです」



まゆ「……おはようございます」

P「おう。おはよう、まゆ」

文香「あら……美穂さんは、まだ眠っているんでしょうか……?」

まゆ「はい。起こそうとしたら、アルマジロになっちゃって……」

春の朝って凄く眠いもんな。

特に美穂は朝弱いし。

まゆ「それで……あの、Pさん……」

P「ん?なんだ?」

まゆ「……昨日の事ですけど……本当に、良いんですよね?」

P「良いって、何がだ?」

まゆ「その……まゆとPさんが、お付き合いを……」

P「あぁ、もちろんだ。と言うか俺から告白した気がするけど」

まゆ「良いんですよね?」

……何がだろう。

まゆ「でしたら…………ふぅ」

まゆが、大きく息を吸い込んで。

息を吐いた。

また吸った。

また吐いた。

また吸って……



まゆ「Pさぁん!!」

P「うぉっ!」

抱き着かれた。

まゆ「二人きりのイチャイチャタイムの始まりですよぉ!!」

ギュゥゥッ!っと、強い力で抱き締められる。

胸にグリグリと擦り付けてくるまゆの頭から、ふんわりと良い香りがした。

嬉しいけど、幸せだけど……うん、恥ずかしい。人目あるから。

文香「あの……」

まゆ「イメージして下さい、ここはまゆとPさん二人きりの世界です」

P「周りに他の客とか従業員居るけどな」

文香「私も居るのですが……」

まゆ「さぁPさん!まゆを強く抱き締めて下さい!」

P「お、おう……」

なんて言うか……テンションが一気に跳ね上がったな。

取り敢えず、言われるがままに片腕でまゆを抱き締めてみる。

まゆ「…………」

P「……まゆ?」

まゆ「……はっ!すみません。まゆ、Pさんに抱き締めて貰う夢を見ていました」

P「現在進行形で抱き締めてるけどな」

まゆ「つまり現在進行形で夢という事ですねぇ」

P「夢じゃないぞ」

まゆ「夢でしたから」

P「でも現実だぞ」

まゆ「…………」

P「……まゆ?」

まゆ「……はっ!すみません。まゆ、Pさんに抱き締めて貰う夢を見ていました」

会話が終わりそうに無い。

まぁ良いか、幸せだし。

幸せのメビウスの輪から抜け出せそうにない。



文香「……このお箸、お砂糖の味が強いですね……」

P「……まゆ、そろそろ朝ご飯食べないか?」

まゆ「少々お待ち下さい。まゆがPさんの為に、お料理を取ってきますから」

そう言って、戦場に向かう様に拳を握り締めて料理を取りに行ってくれた。

……あ、浴衣の裾踏んでコケた。

まゆ「うぅ……Pさぁん、痛いです……」

P「おーよしよし。あ、良くないのか。よくないよくない」

まゆ「……ナデナデと、痛いの痛いの飛んでけーのオプションもお願いしますよぉ」

P「お、おう」

まゆ「それと、まゆへの愛を囁きかけるのも忘れずにお願いします」

P「……お、おう」

……まぁ、いいか。可愛いし。

見た事ないレベルで表情が蕩けきってるし。

まゆ「……ふぅ、リベンジして来ますよぉ!」

P「そうか、気を付けろよ」

まゆ「まゆの勇姿、見守っていて下さいねぇ!」

再びまゆは、並べられた料理へと向かって行った。



美穂「おはようございます…………なんですか?あれ」

P「あの可愛い生き物?あれ佐久間まゆっていう女の子で、俺の恋人なんだよ」

まゆ「恋人……っ!」

この距離で聞こえてるのか。

美穂「……幸せそうですね」

P「だな」

美穂「……幸せって、人をバカにするんですね」

P「辛辣だな……」

今のまゆを見てると否定はしてあげられそうに無いけど。

文香「……反動、でしょうね」

P「かもしれないな」

でも、以前のずっと笑顔なだけのまゆよりも。

今みたいにコロコロと表情が変わるのを見ている方が、なんだか楽しいし。

そんな、少し抜けたところのあるまゆを見せてくれているのが、嬉しくて。

P「……可愛いなぁ」

まゆ「……可愛い……うふふ……うふふふふ……」

だからなんで聞こえているんだろう。

美穂「……あ、まゆちゃんお水こぼしてる」

まゆ「あぁぁっ……Pさぁぁん!!」

俺が落ち着いて食事にありつけるのは、まだまだ先になりそうだ。



ピピピピッ、ピピピピッ

P「……うーん……」

ゴールデンウィーク明けの朝。

ここ数日休みが多かったから、学校の為に起きるのが心からしんどい。

ゴールデンウィーク明け休みとかそういうのが適用されたりしないだろうか。

ゴールデンウィークで疲れた人の為に休みを用意するのは、国として正しい選択だと思うが。

P「……ん?」

まぁアホな事考えてないで取り敢えず布団から出ようと思ったところで。

なんか、隣に生き物の気配がした。よくよく見れば、布団が盛り上がっている。

……俺、犬とか飼ってたっけ?

俺が動いていないのに、布団がもぞもぞと動き……

ドンッ!

P「あ、落ちた」

まゆ「うぅぅっ……Pさぁぁん……」

まゆが、ベッドから落ちた。

……なんで?

まゆ「痛いです……まゆ、何も悪い事してないのに……」

P「まゆは悪くないよ。悪いのは幅1メートルにも満たないベッドを買った俺だ」

なんで俺は謝っているんだろう。

……いや、そうじゃない。

なんでまゆが俺のベッドで寝てたんだ?




まゆ「はっ?!……おはようございます、Pさん。朝ご飯の準備が終わってますから、早く着替えて降りて来て下さいね」

P「何もなかったかのように部屋から出て行こうとするんじゃない」

まゆ「……うふふ?」

P「可愛く微笑んでもダメだ。状況の説明を求めるぞ」

まゆ「ま、まゆは……Pさんに求められたのであれば、いつでも……」

P「まじで?!」

まゆ「まじですよぉ」

違うそうじゃない。

まゆが恋人だって事も、美少女だって事も分かっているが。

朝起きたら同じ布団で寝てるとか、その、普通にビビる。

まゆ「それはですねぇ……話すととても長くなってしまいますが……」

P「どんくらい?」

まゆ「美城校長のポエムくらいですねぇ」

P「日によってまちまちだな」

まゆ「絶好調な時の美城校長でお願いします」

P「一日が終わるな」

まゆ「そんなに長く話していては遅刻しちゃいますからねぇ」

P「まゆ」

まゆ「はい……ごほんっ!今朝まゆは、早起きをしてPさんの家に朝ご飯を作りに来ました」

P「ありがとう、まゆ」

まゆ「お代は身体で払って貰いますよぉ」

P「……身体で……」

心がトキメキ過ぎて朱鷺になる。

羽ばたいて空を舞いそうだ。

まゆ「……撫でて、くれますか?」

P「っおう!任せろ!!」

まゆを撫でた。

ついでに汚い想像をしてしまった自分の心を殴りつけた。




まゆ「うふふぅ……ふふふふふ……ふぅ……」

P「……で?作りに来てくれて?」

まゆ「作り終えたものがこちらになります」

P「三分クッキングかな?」

まゆ「そして、まゆがPさんを起こそうと部屋に入って……その時、事件は起きました」

神妙な面持ちで、此方を見つめるまゆ。

一体、俺の部屋に何が……

まゆ「……Pさんが、寝ていたんです」

P「……マジか……」

当たり前過ぎて逆に怖い。なんて事だ、俺が寝ていたなんて。

まゆ「これは事件です。えぇ、大事件ですねぇ」

P「だとしたら俺の部屋は毎朝大事件常習犯だな」

まゆ「Pさんが寝ている。それが何を意味するか……分かりますか?」

P「……分からない。正直全くついていけてない」

まゆ「Pさんが……寝ているんです」

P「……そうか……」

まゆ「扉を開けた先には……Pさんの寝顔、暖かそうな布団、幸せに満ち溢れた空間……これは……マズいですよねぇ」

P「……そうなのか」

まゆ「まゆはその状況からPさんを助けるべく、『起きて下さい』と囁いたんです」

P「へー」



まゆ「しかし……Pさんの寝ている布団に潜り込んで、抱き付いて、耳元で囁いたのにも関わらず……Pさんは、目を覚まさなかったんです」

P「待って色々跳んだ。え、必要だった?その動作必要だったか?」

まゆ「そして気付けば……まゆすらも、その幸せな空間に飲み込まれてしまったんです……」

P「脅威のスルー力」

まゆ「このベッドが……っ!このベッドさえ無ければ……っ!!」

まゆが窓を開けて、俺の布団に殴り掛かる。

あーなるほど、埃叩いてくれてるのかな。

まゆ「……はぁ、はぁ……Pさん!まゆの勝利ですよぉ!!」

P「そっかー、良かったな!」

もう何もかもが分からない。

分かるのはまゆが可愛いという事だけだ。

取り敢えず抱き締めておこう。

まゆ「……はっ?!」

P「どうした?」

まゆ「布団を叩いてしまっては……布団にエンチャントされていたPさん成分が薄れて……うぅ、まゆはなんて事を……」

P「……なるほど、なるほど」

分かったぞ、まゆこいつアホだな?

まゆ「ぅぁぁぁっっっ!まゆ、なんて事を……っ!」

P「おーよしよし。これから一緒にエンチャント魔法を身に付けていこうな」

まゆ「はぁい……」

ガチャ

文香「あの、朝ご飯が………………何してるんですか?」

P「……おはよう姉さん」

文香「すみません、部屋を間違えました」

P「あってるから!おはよう!姉さんおはよう!ごめん!おはよう!!」



P「行ってきまーす」

文香「……煩悩を排除したら、帰って来て下さい」

まゆ「うぅ……朝からお見苦しい姿を……」

五月の朝は、日陰さえ避ければそこそこ暖かい。

吹く風の冷たさも薄く、素晴らしい通学日和だった。

まゆ「ところでPさん。一つ、お願いがあるんです」

P「ん?なんだ?」

まゆ「……まゆとPさんは、こ、こここっ!こっ!」

……鶏か?

まゆ「こいっ!ここっ!こいっ!っ!」

……鯉か。

まゆ「びっ!びびっ!びっ!っ!」

壊れたロボットみたいだな。

まゆ「と!言えました、Pさん!言えましたよぉ!!」

P「……おう!おめでとう!やったな!凄いじゃないか!!」

一体何を言えたのかさっぱり分からないが、喜んでいるんだから褒めておこう。

P「で、お願いってなんだ?」

まゆ「それはですねぇ……こいっ、こっ、びっ!びびっ!」

またバグった。

P「……あ、恋人?」

まゆ「っ!まゆが言おうとしていた事を分かってくれるなんて……心が通じ合っている証拠ですねぇ……!」

P「で、この証拠で誰を逮捕するんだ?」

まゆ「あなたの心です」

P「盗むやつじゃなかったっけ、それ」

まゆ「Pさんの心を、まゆが終身刑にしますよぉ」

P「執行猶予とかそういったものは……」

まゆ「欲しければ……そうですねぇ、まゆの願いを叶えて下さい」

そう言えば、最初はそんな会話をしていた気がする。




P「で、何をすればいいんだ?」

まゆ「……ごほんっ、Pさんに問題です」

P「なんか唐突にクイズ番組が始まった」

まゆ「大ヒントです。いってらっしゃいといってきますのキスをして下さい」

P「問題は?問題はどこ?」

まゆ「さぁ!はやく!はりーあっぷ!制限時間が迫ってますよぉ!」

P「まじか!急がなきゃ!」

まゆを抱き締めて。

ちゅ、っと。

軽く、唇を重ねる。

まゆ「…………」

P「…………正解だよな?」

これで求めてる回答と違うとか言われたら恥ずかし過ぎる。

まゆ「……五月八日月曜日、七時五十五分」

P「え、俺マジで逮捕されるの?!」

まゆ「恋人になってからの初めてのキスですからねぇ。しっかりと記録に残して、後世まで語り継いでゆきますよぉ」

P「待てまゆ、それをツイッター上に呟こうとするんじゃない」

まゆ「大丈夫ですよぉ、こっちはプライベート用の鍵アカウントですから」

P「フォロワー数は?」

まゆ「0ですよぉ!」

P「寂しいなぁ!!」

まゆ「誰もフォローしてくれないんです……」

P「鍵掛けてて誰か分からないからじゃないかな……アカウント名は?」

まゆ「PさんLove」

P「誰もフォローしようとは思わないんじゃないかな……」

まゆ「……さて、問題に正解したPさんには素敵なプレゼントを進呈しますよぉ」

P「お、なんだ?」

まゆ「まゆからの……き、きききっ!きっ!きーっ!」

P「……鷹か?」

まゆ「キスですよぉ!」

P「やったぁ!」

ガチャ!

文香「……すみません、はやく退いて頂けませんか?私が家から出辛いのですが……」

P「いやほんとゴメンなさい」





李衣菜「おはよーP。温泉旅行どうだった?」

加蓮「やっほー鷺沢……それ何?横に憑くタイプの背後霊?」

P「おはよう、二人とも。お土産あるぞー」

左腕にへばりついているまゆを引き剥がし、カバンから温泉饅頭を取り出す。

それを二人に渡したと同時に、また俺の左腕の重量が増した。

智絵里「えっと……おはようございます、Pくん」

P「よ、智絵里」

智絵里「……凄い、ですね……」

P「何が……言わなくていいや。分かるから」

美穂「おはようござい……うわぁ……」

うわぁ、って……

いやまぁ、言いたい事は分かるけどさ。

李衣菜「……な、仲良しだね!」

加蓮「まゆってあんなアホっぽい顔してたっけ。してたね、うん」

智絵里「……ほ、ほんとにまゆちゃんなんですよね……?」

まゆ「わたしまゆ、今Pさんの隣に居るんです」

李衣菜「見れば分かるけど」

まゆ「二度と離れませんよぉ」

P「あ、俺一時間目教室移動あるじゃん」

まゆ「…………」

そんな死にそうな目で俺を見るな。

流石にこれは仕方ないだろう。

加蓮「良い表情だね。写真撮っていい?」

李衣菜「そろそろ先生来るからスマホしまっといた方がいいかもよ」

ガラガラ

ちひろ「おはようございま…………鷺沢君、左腕に装備したそれを解除してから教室に入って下さい」

P「自分の意思では外せないんですよ、この装備」





加蓮「で?まゆと鷺沢は付き合ってんの?」

まゆ「どうだと思いますか?」

加蓮「アホだと思うけど」

李衣菜「そういう意味じゃ無いんじゃないかな……」

まゆ「Pさんに迷惑を掛けない範囲で、まゆも恋人ライフを満喫するって決めたんですよぉ」

智絵里「……Pくん、ちゃんと告白出来たんですね」

美穂「ね、そうみたいです」

李衣菜「……で、まゆちゃんはさっきから何してるの?」

まゆ「パスワードの解析中ですよぉ」

美穂「何のパスワードですか?」

まゆ「スマホのパスワードです」

李衣菜「忘れちゃった感じ?指紋認証とか設定してなかったの?」

まゆ「まだ設定していませんねぇ」

美穂「ところでまゆちゃん」

まゆ「なんですかぁ?」

美穂「……それ、Pくんのスマホですよね?」

まゆ「そうですよぉ」

加蓮「…………うわぁ」

李衣菜「……えぇ」

美穂「…………」

智絵里「…………?」




まゆ「……?それがどうかしたんですかぁ?」

李衣菜「あ、まゆちゃんにとっては当たり前の事をしてる感じ?」

智絵里「……え?普通ですよね?」

加蓮「いやナシでしょ、普通に考えてヤバイ人じゃん」

美穂「Pくんの誕生日じゃ開かなかったんですか?」

まゆ「ダメでしたねぇ。期待を込めて0907も試しましたけど……」

李衣菜「まぁPってそういうところ適当だからね。多分特に意味の無い数字とか使ってるんじゃない?」

美穂「……誰も止めようとはしないんですね」

まゆ「なので、昨日からずっと000000から試しているんです」

美穂「あ、六桁なんだ」

加蓮「0905とかは?」

まゆ「加蓮ちゃんの誕生日ですよね?試してすらいません」

李衣菜「まず六桁って言ってるしね」

加蓮「じゃあなんで自分の誕生日は試したの?」

まゆ「そうだったら嬉しいからですよぉ!今、999900まで辿り着きました」

智絵里「……あ、999999で開きましたよ?」

李衣菜「逆から試してれば一瞬だったね」

まゆ「……困難を乗り越えた先に、希望はあるものですよぉ」

加蓮「男子のスマホを覗いて希望がある訳ないじゃん」

美穂「あ、でもまゆちゃん、とっても良い笑顔ですねっ!」

まゆ「ふふ……Pさんと、ようやく心が通じ合いましたよぉ!」

李衣菜「で、何するの?」

まゆ「壁紙をまゆとPさんのツーショットにします」

美穂「いつ撮ったんですか?」

まゆ「今朝、Pさんが寝ているうちにこっそり撮りました」

智絵里「……他には、何かするんですか?」

まゆ「え?しませんよ?」

智絵里「……え?それだけ……?」

加蓮「乙女か!!」




ピロンッ

まゆ「きゃっ?!」

李衣菜「ん、誰かからライン来たじゃん」

加蓮「お、修羅場?他の女とか?!」

智絵里「……早く確かめませんか?」

美穂「なんでみんな、そんなに興味津々なんですか?」

まゆ「……開きますよぉ」

加蓮「……誰?誰?!誰だった?!」

李衣菜「付き合って即修羅場とか面白過ぎるでしょ」

美穂「あ、文香さんですね」

『佐久間さん。勝手に人のスマホを弄るのは良くありませんよ』

まゆ「…………」

加蓮「…………」

美穂「…………」

智絵里「…………」

李衣菜「…………」

まゆ「……帰ったら土下座して謝ります」

李衣菜「うん、止めなかった私達の分も謝っといて」

智絵里「……ひぅっ……」

加蓮「今度、菓子折り持って謝りに行くから」

美穂「わ、わたしは止めたもん!」




P「おーいまゆー」

まゆ「はぁい、あなたのまゆですよぉ」

P「俺さ、今朝スマホ家に置いてきちゃってたっけ?」

ポケットに入れといたつもりだったけど、どこにも見当たらないんだよな。

まゆ「それでしたら、確か鞄の外ポケットに入れてる所を見かけましたよぉ」

P「ん、ほんとだあったあった。ありがとな、まゆ」

多分誰からも連絡は来てないだろうけど、一応確認してみる。

……ん、文香姉さんからメッセージが来てたっぽいな。

消されてるって事は、向こうが送る相手間違えたのか。

まゆ「さて、お菓子を買って帰りますよぉ」

P「ん?お菓子ならまだ家に結構あったろ?」

まゆ「きちんとした謝罪用のお菓子が必要なので……」

P「なんだか分からないけど、まぁ付き合うよ」

帰りのHRを終え、商店街でケーキを買って帰路に着く。

それにしても加蓮に智絵里に美穂に、あまつさえ李衣菜すらどこかよそよそしかったけど何かあったんだろうか。




P「ただいまー姉さん」

文香「……お帰りなさい、P君。佐久間さん」

まゆ「っ!此方、お詫びの品になります……何卒内密に……」

文香「これは……何の事かは分かりませんが、このケーキは有難く頂いておきます」

まゆ「有難き幸せですよぉ」

……何があったんだ?

文香「……殊勝な心掛けの佐久間さんに、一つ素敵な情報を差し上げましょう」

まゆ「素敵な情報ですか?」

文香「……引き出し一番下段、二重底下の箱」

P「よしまゆ!早く俺の部屋に行くぞ!」

ケーキで買収されるな文香姉さん。

それは俺のコレクションの隠し場所じゃないか。

というか、なんで把握されてるんだ。

まゆの手を引いて、リビングから脱出した。

バタンッ

まゆ「……Pさん」

P「ん?なんだー?」

軽く返してみたけど、まゆの顔を見るのが怖い。

まゆ「……本、ですよね?」

P「な、なんの事でしょうか」

まゆ「引き出し一番下段の二重底下の箱に、何が入っているんですか?」

P「……夢が詰まってます」

まゆ「Pさんの夢、まゆにも見せて貰って良いですか?」

P「えっと……断れたりしますか?」

まゆ「……Pさんは……まゆに、隠し事をするんですね……」

……そんな捨てられた子犬の様な目で俺を見るな。




まゆ「……まゆ、寂しいです……」

P「……すまん。それでも……見せる訳には、いかないんだ」

まゆ「……そうですか……」

P「すまん……」

まゆ「ところで、この地図帳なんですが」

P「おおっとぉ?!」

いつの間に取り出された?!

その地図帳はマズイ、その表紙はカモフラだから。

中身は……あまり人にはお見せしたくない本が入っている。

まゆ「今度デートに行く場所、一緒にこの地図帳で決めませんか?」

P「それ世界地図だからさ、もう少し地域の限定された地図で決めないか?」

まゆ「……おや?この地図帳、なんだか頭が表紙と本誌で合ってませんねぇ」

P「なんでだろうな?!不思議だな!もっとちゃんとした地図でデートプランを立てようぜ!」

まゆ「Pさん」

P「はい」

まゆ「……開かせて貰いますよぉ」

P「オススメはしないけど……まぁ、その……ごめんなさいって先に謝っておきます」

恋人に目の前で自分のエロ本見られるとかどんな拷問だよ。

申し訳なさもあるけどそれ以上に恥ずかし過ぎてやばい。




まゆ「……っ?……?!!?!……~~っ!……っっ!!?!」

目の前で、まゆが目を白黒させている。

その顔は夕陽なんて目じゃないくらい真っ赤で。

まゆ「っ?!えっ?ええっ?!……あ、あぅ……」

ぱたん、と。

まゆが本を閉じた。

まゆ「……Pさん」

P「ごめんなさい」

まゆ「捨てましょう」

P「……はい」

あぁ、さらば俺のコレクション。

まゆ「こんなエッチな……!あぅ……い、いけません!!」

……なんだかいじめてみたくなってくるな。

P「なぁまゆ、どんなところがエッチだった?」

まゆ「まず表紙の時点でエッチ過ぎますよぉ!この煽り文にこのイラスト!完全にまゆじゃないですかぁ!」

P「俺なりのまゆへの好意の表れって事で……」

まゆ「歪み過ぎですよぉ!まゆはこんなはしたないポーズなんてしません!!」

P「ちょっと分かりづらいな。煽り文、読んでもらえるか?」

まゆ「口にするものじゃりませんよぉ!!何が荒ビッキビキソーセージですかぁ!!」

P「口にするって……まゆ、エッチだな」

まゆ「~~っ!!」




そんな顔を真っ赤にして頬を膨らませるまゆを、優しくベッドに押し倒した。

まゆ「えっ?えっ?!あっ、あの……!Pさん……?」

P「なぁまゆ……煽り文、読んでくれないか?」

まゆ「ひゃ、ひゃいっ!……こ、恋するあの子は肉食系ヤンデレ。恋人同士の抱、恋、挿!『アナタの荒ビッキビキソーセージ、独り占めしちゃいまぁす♡』……って、何を言わせるんですかぁ!!」

P「……」

ノリいいな。

まゆ「もうヤケですよぉ!Pさんのコレクション全てを暴き切ってやりますよぉ!!」

まずい、一冊目はまゆにそっくりな女の子が表紙の本だったから良かったが。

まゆ「……Pさん」

P「……はい」

まゆ「……この表紙のイラスト、美穂ちゃんにソックリですねぇ」

P「……た、たまたま似てるだけです」

まゆ「『は~い、君の下半身が静かになるまでに三分もかかりませんでした♡』真面目で正統派キュートな彼女にセメられる!起立が止まらない学園性活!!……美穂ちゃんですよねぇ?」

P「……た、たまたまです」

まゆ「……」

ビリビリビリビリッ!

P「あぁっ!俺の本が!」

まゆ「どの道捨てるんですから、問題ありませんよね?」

P「……はい」

まゆ「何が起立が止まらないですか……そんなPさんは、ずっと廊下に立ってて下さい」

P「いや、起立ってそういう意味じゃ……」

まゆ「分かってますよぉ!」

P「分かってるのか?」

まゆ「っ?!わ、分かりませんよぉ!起立って何の事ですかねぇ?」



P「……まゆって割と」

まゆ「次、このどう見ても智絵里ちゃんとしか思えないくらいソックリな表紙の本です。これはPさんが読み上げて下さい」

P「……ビクつく小動物系女子をビクンビクンに!発情ウサギを初上映!!『トロトロチェリーなセッ◯スイーツ、召し上がれ♡』」

まゆ「……智絵里ちゃんですよねぇ?」

P「……たまたま似てるだけです」

まゆ「……」

ビリビリビリビリッ!

まゆ「破棄して下さい」

P「……はい。ん?ところで、さっきのまゆに似てるやつは破らなくていいのか?」

まゆ「いえ、これはまゆが没収します」

P「読むのか?」

まゆ「いえ、参考資料として押収するだけです」

P「参考資料?」

まゆ「いえ、口が滑っただけです」

P「口が滑った?」

まゆ「さて、Pさん」

露骨過ぎる話題転換。

まゆ「このDVDは何ですかぁ?」

P「……大人向けなDVDです」

まゆ「『挑戦!二十四時間スッポコ新妻ダンシング肉じゃがプロレス』…………は?」



今日一の見下し顔だった。

P「……あの」

まゆ「喋らないで下さい」

P「……」

まゆ「意味が分かりません」

P「俺も分かりません」

なんかタイトルが面白かったから買ってみただけだし。

まゆ「喋らないで下さい」

P「……」

まゆ「言い訳があれば聞きます」

P「あの」

まゆ「喋らないで下さい」

P「……」

まゆ「まゆはですね……Pさんと、たくさんお喋りしたいんです。それはまゆにとって、とても幸せな時間ですから」

P「……すま」

まゆ「喋らないで下さい」

P「……」

まゆ「なのに、こんな吐瀉物みたいなタイトルのDVDのせいで、二人きりでお喋り出来る時間が奪われてしまったんです」

……それはまゆが喋るなって言うから……

いや、今そんな事言ったら火に重油だ。

P「本当にごめ」

まゆ「喋らないで下さい」

P「……」

ピロンッ

誰かからラインが来た。

画面が光って……ん?



P「なぁまゆ」

まゆ「喋らないで下さい」

P「……俺のスマホの壁紙、なんかまゆと俺のツーショットになってるんだけど」

まゆ「……しゃ、喋らないで下さい」

さっきは気付かなかったけど、なんでだ?

途端に声が震えだすまゆ。

P「まゆ」

まゆ「あぅ……その……喋らないで下さい……」

P「……パスワード、よく解除出来たな」

まゆ「うふふ、頑張りましたよぉ……あ」

P「おい」

まゆ「な、何の事ですかねぇ?」

P「……オーケー分かった、俺のコレクションは全て捨てるよ。煩悩を消し去るって約束するさ」

まゆ「うふふ、なら許してあげますよぉ」

P「キスもしないから」

まゆ「……うふふ?う?うぇ?」

P「まゆはそういうエッチとかスキンシップみたいな事苦手みたいだしなー」

まゆ「あ、あの……キスは別に……」

P「ん?まゆは嫌だろ?そういう事するの」

まゆ「キスはエッチじゃありませんよぉ……」

P「こういう線引きはきちっとしておかないとな。スキンシップは暫くの間控えるか」

まゆ「……ぅぅ……うっ……ぐすっ……」

P「スマホの壁紙も初期設定のやつに戻しておかないとなー」

まゆ「ううぅぅぅっ!ううぁぁぁぁぁっ!!」

P「すまんすまんすまん!調子乗りすぎた!」

まゆ「うぅ……許しませんっ!Pさんの変態!意地悪!新妻マニア!」

P「いや別に新妻マニアじゃないから!!」

ガチャ

文香「五月蝿いです」

まゆ・P「ごめんなさい」



ピピピピッ、ピピピピッ

P「…………」

朝だ。

ここのところ数日続けて朝が来ている気がする。

働き者の朝に免じて偶には休みをあげてやってはどうだろうか。

まゆ「鷺沢さん、朝ですよ」

P「はーい……」

んなアホな事を数日続けて考えてないで、さっさと起きないと……

…………

P「…………ん?」

まゆ「どうしたんですか、鷺沢さん」

P「……なぁ、まゆ」

まゆ「佐久間です。朝ご飯の準備が出来てますから、さっさと降りて来て下さい」

バタンッ、とドアが閉じた。

そんな事はどうでもいい。

まゆはいま、なんて言った?

P「…………」

ピッ、ピッ、ピッ

プルルルル、プルルルル

李衣菜『はい、多田ですけどー……って、Pじゃん。どうしたの?』

P「……おはようございます、鷺沢です」

李衣菜『……何?イタズラ電話?』

P「……李衣菜。俺、もうダメかもしれない」

李衣菜『…………は?』

P「あのな?まゆがな……?佐久間になったんだよ……」

李衣菜『…………』

ピッ、ツーッ、ツーッ、ツーッ

通話を切られた。

学校に着いたら泣き付いてやる。

取り敢えず着替えて、顔を洗ってリビングへ向かう。



まゆ「鷺沢さん」

文香「なんでしょうか……?」

まゆ「あ、いえ、文香さんではなくPさ……鷺沢さんの方です」

P「……なぁ、まゆ」

まゆ「なんですか?鷺沢さん」

文香「なんでしょうか……?」

まゆ「あの、Pさ……鷺沢さんの方です」

P「……頂きます」

まゆ「手伝ってあげるので、さっさと食べて下さい……」

P「……美味い」

まゆ「うふふ、それは良かったで……さっさと食べ終えて下さい」

まゆが、豹変してしまった。

急に当たりが冷たくなった気がする。

言われるがままに美味しい朝ご飯を食べ終え、家を出た。

P「……手、繋ぐか?」

まゆ「……うっ、結構です……」

P「……そっか……」

俺が、何か嫌われる様な事をしてしまったんだろうか……

P「……最近、少しずつ暖かくなってきたな」

まゆ「……」

P「もうすぐさ、ギプスも外せるんだよ」

まゆ「……」

P「……なぁ、まゆ」

まゆ「佐久間です」

P「……なぁ、佐久間さん」

まゆ「まゆって呼んで下さいよぉ……」

P「まゆ」

まゆ「うふふ……佐久間ですよぉ」

……俺は、どうすればいいんだ。

結局その後は、大した会話もなく学校に着いた。




李衣菜「ねぇP、今朝の電話なんだったの?」

P「なんかまゆがさ、冷たいんだよ」

加蓮「血が通ってないんじゃない?」

P「そんな病的な理由じゃなくてさ……」

取り敢えず、今朝どんな会話をしたかを伝えてみた。

P「……俺、嫌われたのかな……」

李衣菜「嫌いな男子の家に、朝ご飯作りに行かないでしょ」

P「それも、俺の怪我が完治するまでだったり……」

加蓮「追加でもう一本逝っとく?」

P「毎月骨折してればずっと一緒に居られるのか……?」

李衣菜「はいはい、そんなバイオレンスな付き合い方してたら身体が保たないでしょ」

ガラガラ

美穂「Pくん、まゆちゃんが冷たい理由を突き止めましたっ!」

李衣菜「どんな理由だったの?」

美穂「今、智絵里ちゃんと聞いてきたんですけど……」

ポワンポワンポワン~


まゆ「……ねえ……美穂ちゃん、智絵里ちゃん」

美穂「どうしたんですか?」

まゆ「……まゆ、これからは……冷たく生きていこうと思います」

智絵里「……シベリアに行くんですか?」

まゆ「このままPさんと幸せな毎日を送っていると……」

美穂「智絵里ちゃん、教室戻ろ?」

まゆ「待って下さいよぉ!せめてお話だけでも!!」

智絵里「……送っていると、どうなるんですか?」

まゆ「別れちゃうんです!」

美穂「よし、戻ろっか」

智絵里「賛成です」

まゆ「うわぁぁぁぁぁんっ!びぇぇぇぇっ!」

智絵里「……うわぁ」

美穂「えぇ……」

まゆ「うふふ。まゆの嘘泣き、上手でしたかぁ?」

智絵里「……グーとパー……どっちが良いかな……」

美穂「一回も二回も同じだし、良いよね?」

まゆ「振り上げた拳を下ろしてくれると嬉しいですねぇ……」

美穂「で、何かあったの?」

まゆ「見て下さいよぉ!この雑誌のこのページを!!」

『付き合って直ぐにイチャイチャするカップルが一ヶ月以内に別れる率、およそ300%!』

美穂「眠い」

智絵里「クローバー」

まゆ「このままだとサドンデスもびっくりの倍率でまゆ達は破局を迎えるんですよぉ!!」

智絵里「……大変ですね」

美穂「困りましたね」

まゆ「ニコニコしながらだと心配されてる気がしませんねぇ……」

智絵里「……別れるんですか?」

まゆ「別れたくないです!なので!まゆは!禁イチャイチャ令を施行します!!」




美穂「へー」

まゆ「今日からまずは三日間、Pさんにはただのクラスメイトとして振舞います」

美穂「……今から一時間かな」

智絵里「三十分だと思います」

美穂「負けた方がアイスね?」

智絵里「……乗りました」

まゆ「そしてそこから一週間、少しずつ距離を詰めて……」

智絵里「……あ、折角だから……放課後、一緒に駅の方に行きませんか?」

美穂「良いよ、李衣菜ちゃん達も誘う?」

まゆ「そしてそこからは……うふふ、言えませんねぇ……」

智絵里「……言わなくていいですから」

まゆ「気になりますかぁ?気になりますよねぇ?うふふ、智絵里ちゃんには特別に教えてあげますよぉ!」

美穂「智絵里ちゃん……ごめんっ!」

智絵里「み、美穂ちゃんっ!わたしを見捨てないで……!!」

まゆ「まずはまゆのパーフェクト人生プランからご紹介致しますよぉ!」

智絵里「美穂ちゃん……っ、美穂ちゃん……!!」

美穂「ごめんね……智絵里ちゃん……っ!!」

バタンッ

ポワンポワンポワン~



美穂「ーーと、いう訳です」

加蓮「ふーん」

李衣菜「一時間目現国じゃん、だるっ」

P「……ふぅ、良かった……嫌われてた訳じゃないのか」

加蓮「放課後、私も一緒に行っていい?」

李衣菜「私も着いてこっかなー」

P「ん、なら俺も」

加蓮「だめ」

李衣菜「やだ」

美穂「遠慮して下さい」

P「え、なんで?!」

加蓮「だってつまりまゆも憑いてくるって事でしょ?」

李衣菜「多分放課後にはいつものイチャイチャモードに……うん、いつも以上のベタベタモードになってるだろうし」

加蓮「一緒に行動したくない」

ガラガラ

まゆ「……」

P「おう、お帰りまゆ」

まゆ「佐久間です」

P「佐久間さん」

まゆ「……まゆですよぉ」

P「佐久間さん」

まゆ「……うっ……うぅぅぅ……」

P「……まゆ」

まゆ「うふふ、佐久間ですよぉ」

加蓮「は?」

智絵里「……三分でしたね」

李衣菜「帰っていい?」

美穂「まだ一時間目すら始まってませんよ?」




P「さて、お昼食べるか」

四時間目が終わって、お昼休みを迎えた。

……けどまぁ、さっきの話を聞く限りまゆがお弁当を作ってくれたとは思えないし。

一応、聞いてみようか。

P「なぁ佐久間さん」

まゆ「…………」

P「……まゆー」

まゆ「うふふ、佐久間ですよぉ」

李衣菜「あのやりとり何回目だっけ?」

美穂「見ている限りで十五回目です」

李衣菜「よく飽きないね」

P「あのさ……俺のお弁当、作ってきてくれたり……」

まゆ「する訳無いじゃないですか」

P「そっか……購買でパンでも買ってくるかな」

即答されると、普通に悲しいな。

まゆ「あら、間違えてお弁当を二つ作ってきちゃいました」

加蓮「何をどう間違えたらそうなるの?」

智絵里「……間違いだらけだと思います……」

まゆ「このまま持って帰っても良いですけど……あら、鷺沢さんはお弁当を忘れちゃったんですか?」

P「え、あぁうん。だから購買で」

まゆ「もしも鷺沢さんがどうしてもと言うのであれば、お一つ譲ってあげても良いんですよ?」

P「いやいいよ、佐久間さんが二つ食べたら?」

まゆ「うぅ……ううぅぅぅぅっ……」

P「…………」

まゆ「うぅぅぅぅぁっ……ぐすっ……うぅぅぅぅぅーー!!」

李衣菜「あの呻き声は?」

美穂「三十回目くらいだと思います」

加蓮「……鷺沢ってさ」

美穂「凄いのと付き合ってますね……」




P「……どうしても佐久間さんの作ったお弁当が食べたいなぁ!」

まゆ「……うっ……ううっ……まゆですよぉ……」

P「…………まゆの作ったお弁当が食べたいな!!」

まゆ「……どうしてもと言うのであれば……」

P「どうしても!まゆの作ったお弁当が食べたい!!」

まゆ「……うふふ、佐久間ですよぉ」

李衣菜「バッティングセンターとか行きたくない?」

美穂「此処でやりませんか?」

加蓮「いいね、思いっきり武器振り回したい気分」

智絵里「えっと……バットは武器じゃないですよ……?」

まゆ「鷺沢君がそこまで言うのであれば、仕方がないのでまゆがあーんしてあげますよぉ?」

P「いや、そこまでは言ってないけど……」

まゆ「……あら、まゆとした事がお箸を一膳しか持ってきてませんでしたぁ」

P「なら大丈夫だ、俺カバンに割り箸携帯してるから」

まゆ「…………」

ボキッ!

P「俺の割り箸が!!」

折られた。

目にも留まらぬ速さで横に真っ二つにされた。

まゆ「割り箸が……なんですか?」

P「折られ……折れちゃったからさ、まゆが食べさせてくれると嬉しいな」

まゆ「うふふ……そこまで言うのであれば、仕方ありませんねぇ」

加蓮「誰かあの二人を引き裂いてきてよ」

智絵里「横にですか?」

美穂「縦にだよね?!」



まゆ「一膳しか無いんですから、仕方ないですよねぇ。これは決して、イチャイチャしているわけでは……あ」

カラーン

まゆが、箸を落とした。

確か一膳しか無いって言ってた箸を落とした。

まゆ「……うぅ……うっ、ぐすっ……うぅぅっ……」

P「あーよしよし、めんどくさいなぁ」

加蓮「ぽろっと本音漏れたね」

李衣菜「十分耐えた方でしょ」

まゆ「ごめんなさい……まゆ、Pさんに迷惑掛けてばっかりで……」

P「大丈夫だよ、めんどくさいとは思うけど気にはしないから」

美穂「フォロー出来てます?あれ」

智絵里「Pくんは、良くも悪くも素直ですから」

P「ただ、なんだろうな……俺としては、もっと自然なまゆとイチャイチャしたいな」

加蓮「オーガニック栽培ってやつ?」

智絵里「まゆちゃん、野菜だったんですね……」

まゆ「……ありがとうございます。やっぱりまゆも、いつも通りにPさんと過ごしたいです」

P「おう、そうしてくれると嬉しいな」

まゆ「まゆ、オーガニック野菜を目指します!まぶたの裏まで貴方茸ですよぉ!」

P「茸は野菜じゃないぞ」

まゆ「うぅぅぅぅぅぅぅっ!!!びぇぇぇぇっ!!!」





翌日。

まゆ「……お、起きて下さいっ!」

P「……おはよう、まゆ」

まゆ「大好きなPさんの為に、わざわざまゆが朝ご飯を作りに来てあげたんですよぉ!」

P「……ん?」

まゆ「もう、まゆがわざわざきてあげているんですから……早く着替えて降りてきて下さいよぉ!」

バタンッ!

P「……」

……なんだったんだ。

そう思いながら布団から抜けると、俺の机の上に雑誌が置いてあった。

その真ん中らへんのページが、たまたま開かれていて……

『男の人はツンデレが好み!関係を長く続けたければコレ!ツンデレ指南100項目!!』

P「……まぁ、可愛いからいいか」



P「それじゃ行ってきます、姉さん」

まゆ「夕方には戻って来ますから」

文香「はい……いってらっしゃい」

バタンッ

家の扉を閉めた。

P「…………よし」

まゆ「…………はい」

P「デートだぞ!!」

まゆ「はい!忘れられない一日にしますよぉ!」

今日は、デートの日だった。

それもなんと、初デートだ。

今日この日をどれだけ待ちに待った事か。何と言っても初デートなのだから。

腕ももう殆ど治っているし、来週から中間テスト期間だが、だからこそ今日は目一杯楽しまないと。

ピンク色のワンピースに身を包んだまゆは、一段と可愛く可愛い。

P「ところでまゆ」

まゆ「はぁい、なんでしょうか?」

P「その手に持ってる手帳はなんだ?」

まゆ「スケジュール帳ですよぉ?」

P「いや、それは分かってるけど」

まゆ「今日一日でしたい事をリストアップしてきたんです」

P「成る程な。なら、今できそうな事はあるか?」

まゆ「キスですかねぇ」

P「よし、キスするか」

まゆ「待って下さい、迂闊な真似は出来ません」

P「と言うと……?」

まゆ「まゆとPさんは今、家から出たばかりです」

P「……つまり、行ってきますな状態になるな」

まゆ「はい……ですから、今からするキスは行ってきますのキスです」

P「そうなるな」

まゆ「ですから……その、どんなキスを行ってきますのキスにするか決めなくてはいけないんです」

成る程、それは確かにそうだ。

キスにも色々な種類がある。

栄えある初デートの行ってきますのキスをどれにするか、か。

確かに重要な問題と言えるだろう。



まゆ「どの道いずれ全種類コンプリートするとは言え……困りましたねぇ」

P「困ったなぁ……」

俺がここのところ教科書以上に捲りに捲ったデート指南書にも、初デートの行ってきますのキスに推奨されるキスなんて載っていなかった。

だとすれば、それは自分達で決めるしかない。

P「まゆは、どんなキスがしたい?」

まゆ「ええと……その……まゆ達は、まだ高校生ですよね?」

P「だな、高校二年生だ」

まゆ「つまり、子供です。どうあっても大人にはまだ成れません」

P「老化の薬とかに頼るしかないな」

まゆ「ですが、キスだけなら……大人になれると思いませんか?」

P「……それは……つまり……」

まゆ「……はい。大人なキスです」

P「大人な、キス……」

ごくりと生唾を飲み込んだ。

大人なキスって、それってつまりディープキスって事だろ?

今まで唇を軽く重ねるだけだったのに……

まゆ「……まゆから行きますよぉ」

P「お、おう!」

まゆの背中に腕を回して、軽く抱き寄せる。

すると当然、目の前にはまゆの顔が近付いてきて。

まゆ「……改まってしようとすると、緊張しちゃいますね……」

真っ赤に、恥ずかしそうに目を逸らすまゆ。

俺もまたつられて恥ずかしくなった。

まゆ「……ふぅ……い、いいですか?」

P「あぁ、いつでも」

まゆもまた、両手を俺の背に回してきた。

そのまま、まゆの唇がゆっくりと近付いてきて……



ちゅ、っと。

軽く唇が重なった。

それから少しずつ、お互いの口が開き……

まゆ「んっ……んちゅ……ちゅう、んぅっ……ちゅ……」

ぎこちないながらも舌を絡め合って。

案外呼吸も出来るもので、そのまま大人なキスを堪能する。

まゆ「っちゅ……んぅ……ちゅぅ……ちゅっ……」

P「……ぷぁ……ふぅ……」

まゆ「……しちゃいましたね、大人なキス」

P「あぁ、しちゃったな」

まゆの顔は真っ赤だが、凄く幸せそうな笑顔だった。

もちろん、俺だって幸せだ。

こんなにも可愛くて素敵な女の子と、こんな風にキスが出来るなんて。

まゆ「……ねぇ、Pさん」

P「ん?なんだ?」

まゆ「今のは、まゆの行ってきますの分です」

P「まゆからしたからな」

まゆ「まだPさんは、行ってきますをしていませんよね?」

P「……それは、えっと……」

まゆ「……もう一回、してくれませんか?」

P「……おう、もちろんだ」

それからしばらくの間行ってきますのキスを数日分堪能して。

結局、家から離れたのは行ってきますから十五分くらい後だった。




P「さて、何処か行きたい場所とかあるか?」

まゆ「Pさんが行きたい場所であれば、何処でも」

P「ならそうだな……」

初デートにオススメの場所は調べまくったけど。

折角、まゆと一緒な訳だし……

P「よし、遊園地行くか!」

四月に行った時は、まゆは仕事で来れなかったからな。

まゆ「うふふ、良いですねぇ」

P「んじゃ駅向かうか」

まゆ「あ、Pさん。腕を組んでくれませんか?」

P「おう」

両腕で腕組みをする。

まゆ「いえ、そうではなくて……まゆと腕を組んでくれませんか……?」

……めちゃくちゃ恥ずかしい。

よくよく考えなくてもそういう意味だろ。

まゆ「……あら、あらら……?」

P「ん……」

腕を組んで初めて気付いた。

身長差も相間って、思った以上に歩き辛い。

まゆ「ドラマや映画の様にはいきませんねぇ」

P「だな。ま、これから慣れてけばいいさ」

まゆ「……うふふ、そうですねぇ」

不器用に腕を組んだまま、駅へと歩き出す。

ふざけて誤魔化してはいるが、どうだろう。

心臓バックバクに緊張してるの、伝わってないといいな。



P「さてまゆ、乗りたいジェットコースターはあるか?」

まゆ「実質一択ですよねぇ……?」

辿り着いた遊園地は、もちろん四月に来たあの遊園地で。

過去のジェットコースターが如何にエグいかは当然身を以て理解しているが。

ちょっとまゆの反応が見てみたくなったので、少し勇気を出す事にした。

まゆ「……何か企んでませんか?」

P「いや別に?まったく?これっぽっちも?」

まゆ「嘘がヘタですねぇ……」

P「さて、そろそろ列が短くなって来たけど……なぁまゆ、言い遺す事はあるか?」

まゆ「なんでそんなアトラクションに乗せようとしてるんですか?」

P「まゆの可愛い反応が見たいから」

まゆ「むぐぐ……ご期待に応えられる様、頑張りますよぉ……」

久しぶり、サイクロンツイスタータイフーンハリケーン。

頑張れまゆ。

俺は人目を気にせず悲鳴上げるから。




P「ふぅ……はぁ……」

まゆ「……うふふ……うふふふふ……うっ……ふぅ……」

二人並んで、ベンチに沈み込む。

やっぱりあのコースターは人類には早過ぎるって。

まゆの悲鳴はザ・女子といった感じでとても可愛かった。

堪能する余裕は無かったけど。

P「ギネスだもんな……速さも高さも……」

まゆ「世界って、広いんですねぇ……」

P「次……何乗る……?」

まゆ「少し待って下さい……まゆの遺言が『世界って、広いんですねぇ……』になっちゃいそうなので……」

P「世界に挑んだ女って感じがするな」

まゆ「正直、今冗談を返す余裕も無いです……」

P「ま、少ししたら次のアトラクション行くか」

またまゆの可愛い悲鳴を聞きたいし、次はお化け屋敷でも行くか。

俺は二度目だし、多分余裕だろ。

そんな事を考えながらお化け屋敷の方を見ると、女子高生二人組が涙ぐみながら悲鳴を上げて飛び出して来た。

……やっぱり、やめておこうかな。

まゆ「……Pさん、今他の女の子を見てませんでしたか?」

P「何を言ってるんだまゆ、俺がまゆ以外の女子を視界に収める訳無いだろ」

まゆ「バレバレな嘘を吐かないで下さい。ダメですよぉPさん、まゆ以外の女の子の事を考えるなんて」

P「美穂は?」

まゆ「まゆともお友達なのでセーフです」

P「李衣菜は?」

まゆ「李衣菜ちゃんもまゆとお友達なのでセーフです」

P「智絵里は?」

まゆ「もちろんセーフです」

P「文香姉さんは?」

まゆ「Pさんの家族なので……ギリギリセーフです」

割と判定が緩かった。

P「加蓮は?」

まゆ「嫌です」

ダメとかアウトですらないのか。



まゆ「ふぅ……Pさん、立ち上がれ無いので手を握ってくれませんかぁ?」

P「おう、もちろんだ」

まゆの手を引いて、ベンチから起こす。

……ん。

P「そう言えば、まゆっていつでも手首にリボン着けてるよな」

まゆの左手首には、いつも赤いリボンが巻かれている。

一応校則違反だった気はするけど、まゆの事だから上手く言い訳したんだろう。

あと手首、汗で蒸れないのかな。

まゆ「……気になりますか?」

P「まぁうん。いつも着けてるなーって」

まゆ「……言えません。これは、我が佐久間家に代々伝わる禁忌の掟」

P「まさか、封印された闇の力が……っ!」

まゆ「これをPさんに話してしまえば……きっと、ただでは済まされません」

いつも思うけど、まゆ凄くノリ良いな。

友達沢山いそうだし、明るいのはこういう性格が所以しているのか。

まゆ「ごほん。ふふっ、本当の理由は……まだ内緒です。聞きたければ、Pさんも佐久間家の一員になって貰わないと」

P「まゆが鷺沢家の一員になるんじゃダメなのか?」

まゆ「……えっ?あ、あぅ……うぁ……」

ん、なんか俺今とんでもない事言った気がする。

まゆ「……内緒ですよぉ」

P「ダメかー」

まゆ「……気にならないんですかぁ?」

P「気になるけどさ」

まゆ「ふふ、赤いリボンは私の愛の証……リボンは永遠の絆、赤は情熱の色です」

P「へー」

まゆ「もっと興味を持って問い詰めようとして下さいよぉ……」

P「今はまだ内緒なんだろ?」

まゆ「そうですけどねぇ。お仕事の時も、絶対外さないんです」

そう言えば昔。

俺も誰かに、リボンを巻いてあげた事があった気がする。

誰だっけ……文香姉さんだったかな。

まゆ「さて、次はどのアトラクションに乗るんですかぁ?」

P「お化け屋敷」

まゆ「却下ですよぉ」

P「なんで?」

まゆ「怖いからです」

P「合法的にお互い抱き付けるぞ」

まゆ「何をしてるんですかぁPさん!はりーあっぷ!早く行きますよぉ!」




P「ふぅ……はぁ……」

本日三十分ぶり二度目、俺達はベンチに沈み込んだ。

戦慄ラビリンスは当然ながら途中退出した。

まゆが入場して即俺にしがみついて、身動きが全然取れなくなったからだ。

涙目でしがみついてくるまゆが可愛かったから俺としては満足だけど……

まゆ「うぅ……Pさぁぁぁん……」

未だに抱き付いてポコポコと殴ってくるまゆがもう可愛すぎて堪らない。

P「ごめんって、まゆがそこまでホラー苦手だと思わなくってさ」

まゆ「許しませんよぉ……許して欲しければ……」

P「欲しければ……?」

まゆ「……何も考えてませんでした……」

なんだこの可愛さのジェットコースターは。

火力がギネス十冊分をゆうに超えている。

まゆ「ではPさん、まゆが今して欲しい事を当てて下さい!」

P「俺にして欲しい事を当てて欲しい!」

まゆ「合ってますけど……そういう問題では無くてですねぇ……」

P「……キス?」

まゆ「素敵な提案ですねぇ……でも、ここは人が見てますから」

P「うーん……なんだろ?甘い物が食べたいとか?」

まゆ「惜しいですねぇ、テストだったら三角が貰えますよぉ」

P「……!分かったぞ!」

まゆ「そうです!それですよぉ!!」

P「三角関係だ!」

まゆ「は?」

P「ごめんなさい」

まゆ「……聞かなかった事にしてあげましょう」

P「……クレープ食べる?」

まゆ「当然、食べさせてくれるんですよね?」

P「……あ、成る程な。もちろんだ」

まゆはザ・恋人みたいな事に憧れている節もあるし。

多分あーんをして欲しいのだろう。

屋台でクレープを二つ買って、ベンチに戻る。




P「はい、まゆの分」

まゆ「……あーんして欲しいのに……」

P「言葉が足りなかったな。まゆが俺に食べさせる分だ」

まゆ「……!突然理解が深まりだしましたねぇ」

P「いやだって、今朝見たまゆの手帳に書いてあったし」

まゆ「……何処まで見ちゃいました?」

P「言ってきます編からデート編までだ」

まゆ「……ふぅ、セーフですよぉ」

P「ちなみにその次のページにはどんな事が」

まゆ「ダメです」

P「はい」

まゆ「まだ日が昇っているうちにする様な事じゃありませんから」

P「……え?」

まゆ「……さてPさん!あーんをしますよぉ!」

P「お、おう!」

聞かないでおこう。

多分俺が我慢出来なくなっちゃいそうだし。

まゆ「はい、Pさぁん。あーん」

まゆがクレープを此方に向けてきた。

P「あーん……ん、美味しい」

まゆ「さて、次はPさんのターンですよぉ」

P「よし、まゆ。あーん」

俺の差し出したクレープを、まゆが一口齧る。

まゆ「……うふふ……とっても美味しいです」

P「……そうか」

まゆ「あら?あらあらあらあら?照れてるんですかぁ?」

何故だか勝ち誇った様な顔をするまゆ。

P「……まぁ、恥ずかしくないって言えば嘘になるな」

まゆ「嘘を吐かないのは素敵だと思いますよぉ」

P「まゆは恥ずかしくないのか?」

まゆ「恥ずかしさを感じる余裕も無いほど、幸せでいっぱいですから」

P「……待ってタンマ、多分俺今めっちゃ顔が情熱色してると思う」



まゆ「うふふ……さあPさん。あーん」

P「あ、あーん」

こうなればもうヤケだ。

まゆから差し出されたクレープに勢い良く齧り付く。

すっ。

P「んむっ」

口を付けた瞬間、クレープが横にズラされた。

まゆ「あらあらPさん、ほっぺにクリームが付いちゃってますよぉ」

P「付けられたんだけど」

まゆ「付いちゃってますよぉ」

P「まじか、気付かなかった」

まゆ「仕方ありませんねぇ……ふふ、まゆが取ってあげます」

まゆが指で、俺の頬に付いたクリームを拭き取って。

そのままペロンと、指に付いたクリームを舐めた。

まゆ「うふふ、ご馳走様です」

P「……さて、次は何に乗る?」

まゆ「照れ隠しも下手ですねぇ」

P「果たしてまゆが赤だと認識している色は、他の人にとっても赤なのか」

まゆ「誤魔化すのも下手ですねぇ」

P「イジメは良くないぞ、まゆ」

まゆ「苦手だと言っているのにお化け屋敷に誘ったのは何処の誰方でしたか?」

P「大変申し訳ありませんでした」

まゆ「Pさんの照れ顔に免じて、許してあげます」

P「よし、んじゃ次のアトラクション行くか」



メリーゴーランド、コーヒーカーップ、フリーフォール、迷路と大体のアトラクションを巡って。

気が付けば、陽は既に傾き始めていた。

楽しい時間はあっという間だ。

次にのるアトラクションで最後にしておかないと、寮の門限が過ぎてしまう。

P「次でラストにしとくか」

まゆ「でしたら……まゆ、あれに乗りたいです」

まゆが指差す先には、観覧車があった。

まゆ「ところで……その、あの観覧車はどんな仕掛けがあるんですか?」

P「あれはこの遊園地にしては珍しく普通の観覧車だよ」

まゆ「……ゴンドラが縦に回転したり」

P「そんなギミックは無いから。前乗ったから知ってるって」

まゆ「……誰と?」

P「……だ、誰だっけなー?文香姉さんとだったかな?」

まゆ「誰と乗ったんですか?」

P「……美穂とです」

まゆ「キスは?キスはしたんですか?」

P「……その……うっ、頭が……」

まゆ「……はぁ。結構です、気を遣って貰わなくて」

P「えっと……すまん」

まゆ「まだその時は、付き合っていませんでしたし……美穂ちゃんの方から、ですよね?」

P「……まぁそうだけど……」

まゆ「……ふぅ、今の会話は無かった事にしましょうか。さて……ラストアトラクションですよぉ!」

テンションの切り替えが凄いなぁ。



二人並んで、観覧車に乗り込む。

少しずつ登るゴンドラと反対に、太陽は少しずつ沈み始めていた。

P「確か一周三十分弱だったっけな」

まゆ「短いですねぇ」

P「観覧車ってそんなもんじゃない?」

まゆ「Pさんと二人だけの空間……このまま永遠に、続けばいいのに……」

ガコンッ

風が吹いて、ゴンドラが揺れた。

まゆ「……うぅ、Pさぁん……地上はまだですかぁ……?」

目にも留まらぬスピードで、まゆが俺に抱き付いて来た。

P「……永遠に、なんだっけ?」

さっきの仕返しをしながらも、まゆを優しく抱き締める。

ここなら誰も見ていないし、何をしたって大丈夫だろう。

まゆ「……ふぅ、取り乱しました」

P「最近のまゆ、表情がコロコロ変わるな」

まゆ「そんなまゆは嫌ですか?」

P「すっごく嬉しいよ、いろんなまゆを知れて」

まゆ「……Pさんと付き合ってから、初めて知ったんです。まゆは、自分で思っていた程強く無いって」

P「そうなのか?」

まゆ「小さな事で嫉妬したり、小さな事で喜んだり。前までだったら、笑顔を崩す事なく流せていた筈なんですけどねぇ」

P「……それは、悪かった」

俺が、ずっと笑顔でいて欲しいなんて。

そんな酷い事を言ってしまったから……



まゆ「いえ、Pさんを責めている訳ではありません。単に、前までのまゆは……どこか、他人事だと思っていたんです」

P「他人事、ね……」

まゆ「知識だけはありましたから。Pさんがどんな人か、まゆがどんな事をすれば喜んで貰えるか。でも……」

ふふ、と。

微笑んで、優しく唇を重ねてくるまゆ。

まゆ「当事者になって……まゆがPさんと恋人になって、改めて知りました。悲しい気持ちになる事も……こんなに、嬉しい気持ちになる事も」

P「やってみなくちゃ分からないよな、そういうのって」

まゆ「キスだって、抱き締め合うのだって、夢の中なら何度も何度もしてきました……でも、実際に現実でするのは……全然違って、心に余裕なんてありませんでした」

P「今は、どうだ?」

まゆ「Pさんには、どう見えますか?」

P「……すっごく、嬉しそうだ」

まゆ「正解です。でも、今のまゆの嬉しさも……夢でシミュレーションしたものとは全然違いました」

P「どう違った?」

まゆ「すっごく、幸せです。夢の何倍も、何十倍も、きっと言葉じゃ言い表せないくらい……まゆは、とっても幸せなんです」

P「そっか。なら、良かった」

まゆ「……Pさんの事を知るのが、まゆの幸せでした。どんな事でも知りたくて、どんな事でも知っていたくて。でも……恋愛においては、そうじゃありませんでした」

P「知りたく無い事があったって事か?俺のその……本みたいに」

まゆ「いえ。Pさんがどれだけ苦しい思いをしているか、どれだけ辛い思いをしたか……それを知ってしまうのは、辛い事でした」

P「……そっか」

まゆ「知ってしまって、悲しくなる事もある……それもまた、恋をして知った事です」

まゆ「でも……それを受け入れて、抱き締めて、乗り越えて……きっとその先には、もっと大きな幸せがあるって事も、まゆは知ったんです」

まゆ「これからももっと、まゆはPさんの事を知りたい……Pさんに、まゆの事を知って欲しいです」

それは、きっと。

まゆはまだ、俺に知られたくない事があるという事で。

それをいつか知った時に、それでも俺に受け入れて欲しいという事で。

P「……あぁ、俺もだ。これからももっと、まゆの色んな事を知りたいな」

まゆ「うふふ、まゆもです」



P「ところでまゆ、いつまで抱き付いてるんだ?」

まゆ「Pさんが離すまで、です」

P「寮の門限に間に合わなくなるぞ?」

まゆ「……ふふ、今日はお仕事で帰れないって、きちんと申請してありますから」

心臓がバクンと跳ねた。

P「……え?それは……えっとー……」

まゆ「……もう一度、Pさんに尋ねます。Pさんはまゆに……いつまで、抱き付いていて欲しいですか?」

顔を真っ赤に染めて、それでも真っ直ぐ俺の目を見つめるまゆ。

日が沈みきった今、その頬の色を夕陽のせいには出来なくて。

P「……ずっと、かな」

まゆ「うふふ、望むところです」



P「ただいまー……あれ、姉さん?」

まゆ「た、ただいま戻りました……誰も居ないみたいですねぇ」

心臓をバクバクさせながら家に帰ると、店のシャッターは閉じられていた。

電気も消えていて、家に人の気配は無い。

電気をつけると、リビングのテーブルには書き置きが残されていた。

『今日は友人の家でレポート作成をするので、明日の夕方まで帰れません。文香』

……もしかして、気を使ってくれたのだろうか。

文香姉さんには、今日はまゆとデートだって伝えてあるし。

P「えっと……じゃあ、先にシャワー浴びちゃってきてくれ」

まゆ「ひゃ、ひゃいっ!」

お互いに緊張しまくっている。

帰りの電車も、殆ど会話無かったからなぁ。

まゆが抱き付いてて密着してたせいで、お互いの鼓動が煩かった。

P「あ、着替え無いよな?」

まゆ「ええと……鞄に、一応……」

P「……えっ?」

まゆ「あ、ありません!Pさん、シャツを貸して下さい!!」

P「お、おうっ!」

何も聞かなかった事にして、まゆを風呂場に向かわせた後着替えを取りに部屋へ戻った。

緊張し過ぎて手と足が震える。

取り敢えず部屋を軽く片して、引き出しからワイシャツを取り出した。

後は……どうしよう。ワイシャツだけでいいか。

P「着替えここに置いとくぞー」

まゆの脱いだ服を見たい気持ちを全力で押し殺し、部屋に戻る。

……ふー……落ち着け、何の為に本を読んできたと思ってるんだ。

いや、初めてに備えて読んでたつもりは無かったけど。



コンコン

P「は、はぁい!」

声が裏返った。

ガチャ

部屋の扉が開いて、ワイシャツ姿のまゆが恐る恐るといったように入ってきた。

まゆ「あの……ワイシャツしか置いて無かったんですけど……」

P「……まじで?気付かなかった!」

まゆ「……うぅ……恥ずかし過ぎますよぉ……」

それでもさっきまで着ていた服を着るという選択肢を選ばなかったまゆに、一段と興奮した。

シャツの裾から伸びる太ももに視線が行きそうになるが、変態と思われたくないので胸元に目を向けた。

まゆ「……どこ、見てるんですか?」

悪戯っ子の様な笑顔で、俺の耳を抓ってくる。

P「えっと……華やかな未来だったりとかそんなん」

まゆ「正直に言ってくれたら……そうですねぇ。イイコト、してあげますよ?」

P「胸です」

まゆ「ヘンタイさんですねぇ。まったく……そんなヘンタイさんにはなんにもしてあげません」

P「しょうがないだろ、そんな薄着一枚の湯上り姿とか見るなって言う方が無理だ」

まゆ「何処の誰が、ワイシャツ一枚しか用意してくれなかったんでしょうねぇ?」

P「その……すみません」

まゆ「もう……早くシャワー浴びて来て下さい」

P「あいよ、適当に寛いでてくれ」

着替えを持って、部屋から出る。

「……ふうぅぅぅっ!緊張しましたよぉぉぉぉぉっ!!」

それと同時に、まゆの声が聞こえてきた。

あぁもう、可愛いなぁ。



シャワーの温度を熱めにして、頭から浴びる。

……ふぅ、よし。

出来る限り冷静を装って部屋に戻ろう。

シャツとハーフパンツを着て部屋に戻ると、まゆが手帳を開いていた。

P「……まゆー?」

まゆ「……えっ?あ、は、はいっ!」

P「何見てたんだ?」

まゆ「す、スケジュール帳ですよぉ……?」

慌てて手帳を鞄にしまおうとして、まゆがそれを落とした。

パサッと広がった手帳のそのページには、まゆのしたい事一覧が書かれていて……

P「……あの……まゆ?」

まゆ「うぅ……見ないで下さい……」

以前まゆが俺から没収した『本』の様な事が、沢山書かれていた。

言われたい台詞とか言いたい台詞とか、もろそのままで。

まゆ「……あの、Pさん……」

冷静でいるとか無理だった。

ベッドに腰掛けていたまゆを、そのまま押し倒す。

まゆ「あぁ……あの、まゆ……初めてなので……」

優しくして下さいね?

その言葉と同時に。

俺の理性は崩壊した。



P「……飛行機って、なんで飛ぶんですかね」

ちひろ「飛行機だからだと思いますけど……航空力学的なお話をご所望ですか?」

P「……陸地や海を走る飛行機があっても良いと思うんです」

ちひろ「それほんとに飛行機ですか?」

修学旅行一日目。

当然ながら一番最初のアトラクションは飛行機による空中ツアーで。

この飛行機のチケットが天国への片道切符にならないことを祈りつつ、俺は気圧差の耳キーンに耐えていた。

ちひろ「飛行機での事故発生率は車より圧倒的に低いから大丈夫ですよ、鷺沢君」

隣の席は千川先生だった。

男女別々に出席番号順だった為、俺が一番先頭だったからだ。

おかげで隠し持って来たスマホで音楽を聴くことも叶わない。

数少ない友達が近くにいないからトランプも出来ない。

ちひろ「修学旅行までに骨折が治って良かったですね」

P「ギブス着けてた方が事故の時の生存率が上がったりとかしませんかね」

ちひろ「誤差だと思いますけど……そもそも、沖縄まで二時間程しかかかりませんから」

P「事故が起きるのに二時間も必要ありません。一瞬ですよ一瞬」

ちひろ「鷺沢君は自分の不安を煽りたいんですか?」

とはいえ、着いてからの事が楽しみ過ぎて仕方ないのも本音だ。

沖縄なんて行ったことがない。

本当にシーサーやシークァーサーが沢山居るのだろうか。

カヌーも漕いだ事ないし、サメも実物を見た事ないし。

P「……そう言えば、沖縄そばとソーキそばって何が違うんですか?」

ちひろ「乗ってるお肉の違いだった気がします」

P「へー」

ちひろ「あの、尋ねたならもう少し興味持ちませんか?」

P「にしても部屋俺一人とか寂し過ぎませんかね。朝には冷たくなってるかもしれませんよ」

ちひろ「うさぎですか鷺沢君は……」

千川先生との会話もなかなか面白い。

あっという間に、飛行機は着陸に向かい始めていた。

P「……俺、無事着陸出来たら沖縄そばとソーキそばの違いについて解き明かしたいです」

ちひろ「さっき教えたのできちんと着陸して下さい」



特に事故が起きる事なく、飛行機は那覇空港に着いた。

飛行機を降りたクラスメイト達は半分くらいが疲れ切っている。

加蓮「……うぇぇ……二度と乗んない……」

P「俺も乗りたくない……でも乗らないと帰れないらしいぞ……」

李衣菜「沖縄ってなんか良いよね!なんだろ、こう……ロックな空気がする」

美穂「李衣菜ちゃんは元気だね……わたし、もう……」

加蓮「李衣菜から元気を引いたら何が残るの?」

李衣菜「何も残らないって言いたいの?」

美穂「あ、ありますよ?えっと……ええーっと……あ、裕福な家庭!」

P「アホな事言ってないでバス乗ろうぜ。暑過ぎてしんどいわ」

沖縄の六月はとんでもなく暑かった。

八月になったら、一体どんな煉獄になってしまうんだろう。

P「そういえばまゆと智絵里は?」

李衣菜「智絵里ちゃんが荷物探すのに手間取ってて、それにまゆちゃんが付き合ってるのなら見たよ」

ちひろ「はーい、早くバスに乗り込んで下さい。席は自由で良いので奥から詰めていって下さいね」

加蓮「何モタモタしてんの行くよ鷺沢!」

美穂「一番後ろの五人がけの席を確保しましょう!」

李衣菜「一番は私が頂くよ!」

……元気だ事。

さっきまでの疲れなんてもう忘れてるんだろうな。

まゆ「お待たせしましたぁ」

智絵里「すみません……時間かかっちゃって……」

智絵里ちゃんとまゆも、少し遅れて追いついて来た。

まぁ休む暇なくすぐにバスまで移動だけど。

P「三人は先に乗って一番後ろの五人がけ確保してるっぽいぞ」

まゆ「つまり、前の方に座れば邪魔は入らないって事ですよね?そういう提案ですよね?ね?」

智絵里「まゆちゃん、早く乗って下さい」

一番後ろから一つ手前の席には、既に他の女子が座っていた。

P「って言うか五人がけじゃ一人座れないじゃん。俺は適当な場所に座るよ」

まゆ「お隣、お供させて頂きますよぉ」

智絵里「まゆちゃん、早く奥に進んで下さい」

まゆ「あっあっあっPさぁん!ついてきて下さぁい!!」

智絵里「……早く進んで?」

まゆ「はぁい……」

みんなと離れ離れになった。

俺は空いている適当な席に腰掛ける。

ちひろ「あ、鷺沢君。お隣良いですか?」

……また音楽聴けないじゃないか。

まゆ「千川先生、席交換しませんかぁ?!」

ちひろ「佐久間さん、そろそろ出発なので座っていて下さい」

まゆ「……黄緑!蛍光色!目に眩しい!!」

ちひろ「それ罵倒のつもりで言ってるんですか?」




加蓮「鷺沢早く撮って!ここすっごく眩しいから!!」

美穂「この場所で撮ろうって言ったの加蓮ちゃんだよね?」

P「撮るぞー。はい、ポーズ」

パシャり。

カメラのシャッター音が響く、夏の首里城前にて。

クソ暑い中直射日光をダイレクトに受けながら、加蓮と美穂のツーショットを撮る。

加蓮「どう?上手く撮れた?」

P「あ、加蓮目瞑ってるわ」

加蓮「もっかいもっかい!もう一回撮ろ?!」

美穂「せめて場所変えませんか……?」

建物内の見学は直ぐに終わってしまい、撮影活動に精を出していた。

出来ればコンビニとか涼しい場所で休んでいたかったんだけどな……

加蓮「にしても……あっつくない?」

美穂「ですね……沖縄って、こんなに地球温暖化が進んでたんですね」

加蓮「暑過ぎて汗凄いんだけど。サウナより健康になれそう」

美穂「お昼にあれだけポテト食べてた人が健康なんてワード使っても説得力無いよ?」

加蓮「美穂割と私に対して当たり強くない?」

美穂「ねぇPくん。Pくんの写真も撮ってあげますよ?」

P「俺は別に良いかな。自分の写真なんて見返す機会も無いし」

加蓮「なら美穂とのツーショットにすれば?」

美穂「良いですね!良いですよね?良いよね?!」

P「お、おう……」

勢いに負けて、美穂とツーショットを撮る事になった。

カメラマンは加蓮だ、心配しかない。




加蓮「眩しっ!二人とも反対側に立ってくれない?」

P「それだと俺たちが眩しくなるだろ」

加蓮「もういいや、私が我慢してあげる」

デジカメを構えて、タイミングを伺う加蓮。

加蓮「はい二人とももうちょっと寄ってー」

美穂「はーい」

P「どうだー?」

指示通りに身体を寄せ合う。

……汗の匂い、大丈夫だろうか。

少し不安になって、シャツの袖を鼻に当ててチェックする。

美穂「大丈夫かな……」

見れば、美穂も全く同じ事をしていた。

なんだかおかしくて笑ってしまう。

美穂「ど、どうかしましたか?」

P「いや、同じ事気にしてるなーって」

美穂「……大丈夫ですか?暑くてすっごく汗かいちゃってるから……」

P「大丈夫だよ、いつもの美穂の香りが……」

……セクハラでは?

途中で気付き言い止まった。

美穂「……うぅ……」

顔を真っ赤にして、俯いてしまう美穂。

P「……すまん」

美穂「い、いえ……その、恥ずかしくて……」

加蓮「……撮るのやめていい?」

美穂「あっ、ご、ごめんなさい!」

P「よーし加蓮!撮ってくれー!」

加蓮「ぱしゃ、撮ったよ」

P「撮ってないだろ」

加蓮「はい、ポーズ!」

パシャッ

シャッター音が響く。



加蓮「……美穂、顔真っ赤だね」

美穂「お、沖縄のせいです!」

P「暑さのせいじゃないのか」

加蓮「それじゃ、後でスマホに移してラインで送っとくから」

美穂「あ、せっかくですから加蓮ちゃんとPくんも一緒に撮ったらどうですか?」

加蓮「私?私はいいや、別に」

美穂「記念に、どう?」

加蓮「何の記念なの?」

美穂「えっと……六月?」

加蓮「もうちょっと考えてから喋ろ?」

美穂「加蓮ちゃんは、撮りたくないんですか……?」

加蓮「……はいはい、そこまで言うなら撮られてあげる」

P「めっちゃ嫌がられると普通に辛いな」

加蓮「はい鷺沢、もうちょっと近付いて」

P「おっ、おう」

肩をくっつけて、首里城をバックに並ぶ。

加蓮「……汗、匂わない?」

P「さっきの俺たちと同じ事考えてるな」

加蓮「想像以上に暑かったからね。シャツ透けてないといいんだけど」

P「大丈夫っぽいぞ?」

加蓮「っ!いちいちチェックしなくていいから!!」

美穂「……あの、やっぱり撮らなくていい?」

加蓮「さっきの私の気分、分かってくれた?」

美穂「……ごめんなさい……」

加蓮「分かれば良し。さ、早く撮って?」



美穂「はい!撮りますっ!位置についてー!」

P「走るの?」

加蓮「ポーズどうする?」

P「クラウチングスタートで良いんじゃないか?」

加蓮「二人三脚のスタートダッシュには向かないんじゃない?」

P「そもそも走ったら写真撮れないな」

加蓮「そこは美穂の腕に期待しよ?」

美穂「……よーーーーーい」

まぁ、ピースでいいか。

心底呆れた様な表情で此方に向けられたカメラのレンズに視線を合わせる。

美穂「どんっ!」

まゆ「ばぁ!」

加蓮「きゃっ?!」

P「うぉっ?!」

パシャッ

シャッター音とほぼ同時に、まゆの手が俺と加蓮の肩に乗せられた。

驚いてすげー間抜けな声と表情してたと思う。

加蓮「ちょっとまゆ!今写真撮ってたんだけど!!」

まゆ「写真を撮るのに、良い雰囲気を作る必要はありませんよねぇ?ねぇ、Pさん?」

加蓮「別に、ただ喋ってただけじゃん」

まゆ「この近さで、ですかぁ?」

P「良い雰囲気だったか?」

まゆ「真後ろに居たまゆ的にはアウトですねぇ、余裕で浮気です」

P「大変申し訳ございません」

加蓮「鷺沢はもうちょっと堂々としてなよ。こんなんでアウトなら女子と会話出来ないよ?」

まゆ「加蓮ちゃん以外ならセーフです」

加蓮「は?」

まゆ「なんですか?」

P「はいはい。んでまゆ、李衣菜と智絵里はどうしたんだ?」

まゆ「智絵里ちゃんが千川先生にスマホ見つかっちゃって、二人でなんとか返して貰おうと頑張ってましたよぉ」

味方してあげろよ。

……いや、多分何したところで修学旅行終わりまで返ってこないだろうけど。



まゆ「さて、Pさん。まゆともツーショットを撮りますよぉ!」

加蓮「私は撮ってあげないよ?」

美穂「あっ、ごめんなさい。わたし、家の決まりでまゆちゃんと誰かのツーショットを撮っちゃいけないんです……」

まゆ「大変申し訳ごめんなさい……撮って下さい……」

加蓮「……しょうがないね。まゆと其処の壁とのツーショットなら撮ってあげるけど?」

まゆ「金輪際加蓮ちゃんにはお願いしません」

加蓮「へーそんな事言っていいんだ?折角撮ってあげようと思ってたのになー」

美穂「早く涼しい所に行きたいので、わたしが撮ってあげます」

まゆ「ご協力痛み入りますよぉ」

まゆが腕に抱き付いて来た。

……暑い。

まゆ「さぁPさん!其方からもまゆに抱き付いて下さい!さぁ!」

美穂「やっぱりやめていいですか?」

加蓮「鷺沢ー早く涼しいところ行こ?」

P「すまん十秒だけ付き合ってくれ!!」




P「……疲れた……」

修学旅行一日目が終わり、俺はホテルのベッドに倒れ込んだ。

食後の満腹感も相まってとんでもなく眠い。

明日も暑いだろうし、カヌーは凄く体力消耗しそうだなぁ。

そしてやっぱり、一人部屋は普通に寂しい。

ピロンッ

P「ん……?」

ラインが来た。

相手は……まゆか。

『こんばんは』

『こんばんは。どうした?』

『まゆですよぉ』

『ご存知ですけど』

『私も一緒の班だよ!』

『誰だお前』

『多田だけど?!』

『自分のスマホ使えよ』

『わたしは緒方です……!』

『こんばんは、智絵里』

『ねぇP、私の時と対応違い過ぎない?』

『で、何の用だったんだ?』

『今、通話掛けても大丈夫ですかぁ?』

『おっけ』



テテテテテテテテテテテテンッ

ピッ

P「もしもしー?どうした?」

まゆ『こんばんは、Pさん。まゆの声を聞けて嬉しいですか?』

P「あぁ、凄く嬉しい」

李衣菜『あ、まゆちゃんが倒れた』

智絵里『そのままにしておきませんか……?』

P「……で、何の用だったんだ?」

まゆ『Pさんの声を聞きたかったんですよぉ』

P「奇遇だな、俺もまゆの声が聞きたかった」

李衣菜『……またまゆちゃんが倒れた』

智絵里『……あの、Pくん』

P「ん?なんだ?」

まゆ『Pさん、今からそちらの部屋にお邪魔していいですかぁ?』

P「ダメだろ、先生に見つかったら正座じゃ済まされないぞ」

李衣菜『ならPがこっち来たら?』

P「なぁ李衣菜、今の俺の言葉聞いてた?」

まゆ『Pさぁん!明日のカヌーのペア、加蓮ちゃんとまゆを交換しませんかぁ?!』

P「俺に言われてもな……」

李衣菜『っていうかそれ私の前で言う?』

智絵里『李衣菜ちゃん……えっと、冷蔵庫の角は本当に危ないですよ?』

まゆ『助けて下さいPさぁん!』

李衣菜『私そんな事してないよ?!』



『コンコン、声が外まで響いてますよー』

李衣菜『やばっ』

まゆ『お休みなさい、Pさん!』

智絵里『あ……お休みなさい、Pくん』

ピッ

……嵐のような通話だった。

折角沖縄なんだしスコールって表現しとこう。

まぁ、三人が楽しそうだしいいか。

P「……はぁ」

そんなこんなで、修学旅行一日目は終わった。

修学旅行なのに一人で寝るのは、思ったより寂しかった。

辛い。



李衣菜「さぁまゆちゃん!トップを狙うよ!!」

まゆ「待って下さい李衣菜ちゃん!まゆは、まゆはPさんの側に!」

李衣菜「まゆちゃんが言ったんでしょ?一位を狙うって!」

まゆ「……女に二言はありません!やるからには圧倒的勝利を収めますよぉ!」

李衣菜「うっひょぉおぉぉぉぉっ!」

まゆ・李衣菜ペアが面白いくらいの速度で視界から消えて行った。

あいつら遊覧の意味分かってるのか?

智絵里「ふぅ……えへへ……」

美穂「わぁ……楽しいね、智絵里ちゃん!」

智絵里「すっごく、落ち着きますね……」

あぁ、あのペアを見てると癒されるな。

どちらもオールを漕ぐ力が全然ないからか、進行はかなりゆっくりだけど。

そして……

加蓮「あー……あっつい。あつくない?鷺沢」

P「陽が出てないだけマシとは言え……暑いな」

俺たちは、そこそこのスピードでマングローブのトンネルを進んでいた。



加蓮「なんとかしてよ」

P「なんとか出来る様な奴に、そんな風に頼むな」

加蓮「……でも、まぁ悪くないね。この揺れてる感じも、景色も」

P「癒されるよな。これで暑くなかったら完璧だった」

加蓮「クーラーの温度下げて」

P「困った事にクーラーが無いんだよ」

加蓮「じゃあ南極目指そ?」

P「悪い、俺今日パスポート持って来てないんだ」

ゆっくり、ゆっくりと景色が流れていく。

加蓮と下らない会話をしながら。

そんな時間も、悪くない。

加蓮「のどかだね」

P「なー、心が穏やかになるわ」

加蓮「あー……この時間がずっと続けば良かったのに」

P「分かる」

加蓮「ほんとに分かってる?」

P「ごめん、分かってないかも」

加蓮「なにそれ、鷺沢みたい」

P「いや、俺鷺沢だけど……」

ケラケラと笑いながら、オールを漕ぐ加蓮。

なんだか、楽しそうだ。



P「……ん?」

少し先の方が、やけに白くなっている。

ズァァァァァッと何かが水面に叩き付けられている音が聞こえてきた。

まるでそこから先は雨が降っているかの様に……

P「ってうわ!スコールじゃん!」

ほんの数メートル進んだだけで、一気に豪雨が降ってきた。

こう言う時はどうすればいいんだろう。

P「取り敢えず陸地に上がるか!」

加蓮「鷺沢っ!」

P「なんだっ?!」

加蓮「スコールって強風って意味だから、大雨の意味は無いらしいよ!!」

P「絶対今必要な知識じゃない!!」

急いでカヌーを傍に寄せて陸地に上がる。

面白いくらいの速度でカヌーの底に水が溜まって行く。

まぁ多分十五分もすればやむだろう。

その間は木の陰で雨宿りをすればいい。

……マングローブじゃ大して雨は凌げなかった。




P「あー……体育着に着替えさせられたのってこれが理由でもあるのかもな」

加蓮「うわ、びちょびちょ……最っ悪」

P「凄い雨だな……」

お互い、雨に打たれて服も髪もびっちょびちょになっていた。

……うちの体育着、白いから割と透けるんだな。

加蓮「なにジロジロ見て……きゃっ、変態っ!」

P「見てないから大丈夫!しばらくの間目を瞑ってるから!」

……デカいな。はい、何でもありません。

兎も角、急いで目を瞑る。

加蓮「……本当に見てない?」

P「見てない、神に誓って」

加蓮「薄紫色に透けてたでしょ?」

P「いや、青だったけど」

加蓮「やっぱり見てたんじゃん!」

P「すまん、俺別に神様信じて無いんだ」

脇腹に軽い突きを連続で受ける。

目を瞑ってるから、割と普通に何処から攻撃が来るか分からなくて怖い。




加蓮「はぁ……もう」

P「ため息を吐くと一回につき東京ドーム一個ぶんの幸せが逃げてくぞ」

加蓮「あるよね、そのドーム何個分みたいな分かり辛い例え」

P「実際見た事無いから実感湧かないよな」

加蓮「ポテトLサイズ何個分とかの方が分かりやすくない?」

P「体積が?」

加蓮「カロリーとか塩分とか」

P「あんまり知りたくないなぁ」

加蓮「……はぁ」

P「東京ドーム二個分になったな」

加蓮「私がなんでため息吐いてるか分かる?」

P「そういう気分なんだろ?雨ってほら、憂鬱になりやすいとか言うし」

加蓮「へー、そうなんだ」

P「どうなんだろうな?」

加蓮「でも確かに、ずっと雨降ってると風景見えなくて嫌気さすよね」

P「今回は特に、折角の修学旅行中だからなぁ」

加蓮「雨自体は嫌いじゃないけどね」

P「そうなのか?」

加蓮「前は、雨に打たれる事ってあんまり無かったから」

P「テンション上がるよな。その後風邪引くけど」

加蓮「え?鷺沢って風邪引くの?」

P「驚いただろ。俺は風邪引くタイプの馬鹿なんだよ」

加蓮「良いとこ無しじゃん」

P「ひっでぇ、なんか良いとこ探してくれよ」

加蓮「無い」

P「もう少し長考してくれても良いんだぞ?」

加蓮「長考しなきゃいけない時点でもうあれじゃない?」

P「確かにそうだな……」



加蓮「……ほんっと、鷺沢は良いとこ無いよ。まゆと付き合ってるし」

P「……なぁ、加蓮」

加蓮の声が、どこか寂しそうに聞こえた。

目を閉じてるから表情は分からないが。

加蓮は今、どんな気持ちで……

加蓮「あーんな可愛い女の子から好意を向けられてたのにさ」

P「……美穂か?」

加蓮「うん。なのにまゆと付き合うなんて」

P「おいおい、まゆだって可愛いし良い子だぞ?」

加蓮「あの盗み聞き女が?って、それは私が言えた事じゃないね」

盗み聞き……?何の事だ?

加蓮「四月のさ、屋上であんたが智絵里の告白の練習に付き合った時も、その後私が智絵里のラブレター読んだ時も……キスした時も。まゆ、ずっと見てたんだよ?」

P「……そうだったのか」

加蓮「その後、私の跡つけてくるし……夜窓開けたら、家の前の電信柱に隠れてこっち見てるの見つけた時は普通に怖かったし」

P「まゆが……?」

加蓮「こういう機会じゃないと、二人っきりでは話せないからね。普段だとまゆが何処で聞いてるか分かったもんじゃないし」

確かにそういえば、まゆは屋上で俺と加蓮がキスした事も把握していたし。

加蓮が風邪を引いたという事も知っていたが……



加蓮「まゆのせいで、折角美穂に作ったチャンスも台無しになっちゃうし」

P「それは……加蓮が俺の代わりに、屋上に行った日か?」

加蓮「うん。私はさ、あんな良く分かんない子よりも素直で真っ直ぐな子を応援したかったし……だから、諦めたのに」

諦めた。

その言葉を聞いて、俺の心臓はバクンと跳ね上がった。

加蓮「美穂と初めて会った時さ。私みたいな捻くれた女よりも、この子の方が鷺沢とお似合いかなって思ったし、応援してあげたくなっちゃったんだよね」

P「……なぁ、加蓮」

加蓮「でも……ねぇ鷺沢、あんたは美穂をちゃんと振ったの?」

あまり思い出したい事では無いが。

俺は、温泉旅館で。

あの日、確かに……

P「……あぁ、これからも友達でいて欲しいって言って……」

加蓮「……聞き直すけどさ。美穂に『好きです、付き合って下さい』って真正面から言われた?それをちゃんと断ったの?」

……あれ?

そういえば、言われていない気がする。



加蓮「……まだ、諦めてないんじゃないかな。諦めてないって言うか、諦め切れないって言うか……どうなんだろ?」

P「……まぁ、美穂には申し訳ないけどさ。俺はなんて言われても、まゆを裏切るつもりは……」

加蓮の仮定が正しいかどうかはさておき。

どの道、俺の返事なんて決まっている。

加蓮「無いの?ほんとに?まゆの事を全面的に信頼して、二度も美穂を振るって断言出来るの?」

P「あぁ」

辛い思いをするのは百も承知だ。

それに、まゆの知らない部分があったんだとして。

これから知って、更に好きになれるなんてお得じゃないか。

加蓮「流石鷺沢、良いとこ無いね」

え、この流れで?

加蓮「だって、私みたいな重ーい女の子を……ねぇ鷺沢。目、開けていいよ」

……本当にいいのか?

開けた瞬間『変態っ!』って言って叩かれたりしないよな?

加蓮「……うん。やっぱり私は、鷺沢を諦めない」

P「……え?」

いつの間にか、加蓮は俺の目の前にいて。



加蓮「……ふふ、隙だらけ。えいっ!」

ピトッ、と。

加蓮の人差し指が、俺の唇に触れた。

加蓮「なんてね。キスされると思った?」

P「……正直な。うん、めっちゃびっくりしたわ」

加蓮「恋人がいるんだからさ、もう少し警戒したら?私がその気なら、簡単に唇奪えちゃったんだよ?」

P「……肝に命じておくよ」

加蓮「あ、空晴れてきたよ」

加蓮が上を見上げる。

分厚い雲が覆っていた空は、今は少しずつ青の面積を広げていて。

P「スコールってほんとに凄い局所的なんだな」

加蓮「やっぱり良いとこ無いじゃん。物覚え悪くない?スコールじゃ無いって」

P「そうだったな、局所的大雨とか集中豪雨か」

加蓮「それと、言ったばっかじゃん」

視線を空から加蓮へと下ろすと。

ちゅっ、と。

唇に、加蓮の唇が触れた。

加蓮「隙だらけだって…………鷺沢がそんなんだから……私は、諦め切れないんだよ?」

目に涙をためて、微笑む加蓮。

それは晴れた今、雨のせいには出来なくて……

加蓮「……早く、気付いてあげて?じゃないと……私も、苦しいからさ」




美穂「……あれ?前の方、真っ白になってる」

智絵里「ほんとだ……」

美穂「スコールかな?」

智絵里「局所的大雨、又は集中豪雨ですね……」

前の方の人達、大丈夫かな?

Pくん達、濡れてないといいけど……

智絵里「この辺で、止むまで少し待ったほうが良いかもです……」

美穂「だね、少し休憩しよっか」

漕ぐのを止めて、ユラユラ揺られるだけになって。

智絵里ちゃんと二人で、のんびりお喋り。

美穂「そっちの班はどう?」

智絵里「……とっても、楽しいです。李衣菜ちゃんは優しくて、まゆちゃんは……面白い人だから……」

美穂「お、面白い人って……」

智絵里「み、美穂ちゃんはどう?そっちは楽しいですか……?」

美穂「もちろんっ!Pくんと加蓮ちゃんだもん!」

本当に?

自分へ、そう問いかけました。

わたしは本当に、心の底から。この修学旅行を楽しめてる?

加蓮ちゃんの行動に、不安になったりしてない?

智絵里「……いいな……Pくんと同じ班で。わたしも、Pくんと同じ班が良かったです」

美穂「えへへ、良いでしょ?」

智絵里「はい……とっても。カヌーのペアだけでも、一緒だったら良かったのに……」

美穂「……そうだね」

それは、とてもそう思います。

だって、わたしがPくんと同じカヌーのペアだったら……

智絵里「……加蓮ちゃんとPくんが、二人きりになる事は無かったのに……ですよね?」

美穂「…………えっ?」

一瞬、智絵里ちゃんが何を言っているのか分かりませんでした。



美穂「……待って、智絵里ちゃん。今のってどういう意味?」

智絵里「……あ、あれ……?違いましたか……?だから、行動班に加蓮ちゃんを誘ったと思ってたのに……」

美穂「ねぇ智絵里ちゃん、さっきから何を言ってるのか……」

智絵里「加蓮ちゃんは、美穂ちゃんを応援してますから……美穂ちゃんが諦めない限り、加蓮ちゃんは告白しない……違いましたか?」

バクンと跳ね上がった心臓が、なかなか元に戻ってくれません。

智絵里ちゃんが言ってる事があまりにもその通り過ぎて、わたしは口を開けませんでした。

加蓮ちゃんが、わたしの事を応援してくれているのは分かってました。

それは、逆に言えば。

わたしがPくんにきちんと告白するまで、加蓮ちゃんは告白しないでいてくれるって事で。

酷い事をしているのは分かってるけど。

智絵里「……Pくんに、辛い思いをさせたくないんですよね……?また、誰かに告白されちゃえば……」

まゆちゃんが言っていた事が、わたしにはよく理解出来ました。

あんな風に、まゆちゃんに向き合ってなんて言っておきながらも。

わたしはPくんに、もう辛い思いをして欲しくないし。

これからも、加蓮ちゃんとPくんが友達でいて欲しいから。

出来れば、ずっとこのままで……

智絵里「……不安なんですよね……?二人きりだと、もしかしたら……そう、考えちゃって」

美穂「……智絵里ちゃん」

それに、わたしは……

智絵里「でも、大丈夫だと思います……もうPくんの気持ちも、まゆちゃんの思いも。変わる事は」

美穂「智絵里ちゃん!!」

つい、大きな声が出ちゃいました。

分かってます。分かっているんです。

それでも、わたしは……

智絵里「……ごめんなさい、美穂ちゃん……わたしなんかが口出ししちゃって……」

美穂「……あ……ごめんね、智絵里ちゃん……」

……何やってるんだろ、わたし。

こんな事で怒ったって、こんな事をしたって。

誰も幸せになれない事くらい、分かってるのに……

智絵里「……雨、止んだみたいです……」

美穂「……まだ降ってるかもしれないから……ゆっくり進も?」




李衣菜「うわぁ、後ろすっごい雨だね」

まゆ「早目に先に進んでて正解でしたねぇ」

李衣菜「美穂ちゃん達、濡れてないといいけど」

まゆ「ですねぇ」

ぶっちぎりでトップを進んでていたまゆ達は、集中豪雨の被害を受けずにマングローブのトンネルを遊覧していました。

スタートした時の様子だと、Pさんと加蓮ちゃんは直撃してそうですねぇ。

……変なアクシデントが起きてないといいんですけど。

まゆ「ふぅ。それで、李衣菜ちゃん」

李衣菜「ん?どうかしたの?」

まゆ「……何か、お話があったんじゃないんですか?」

李衣菜「……さぁ?どうだろうね」

常識人枠の李衣菜ちゃんが、最初に遊覧を投げ出した時点で。

まゆと二人きりで、何かお話をしたいのだと思ってたんですが。

……心当たりが無い訳でもありませんからね。

李衣菜「って言うかさ、心当たりがあるって顔してる時点で私が言うべき事はそんなに無いんだよね」

まゆ「……美穂ちゃんの事、ですよね?」

李衣菜「うん、後まぁ加蓮ちゃんも」

まゆ「加蓮ちゃんはついで扱いですか?酷いですねぇ」

李衣菜「美穂ちゃんの方が済めば、加蓮ちゃんの方も解決するだろうからね」

まゆ「……その通りですねぇ」

そして、その通りになってしまうのは。

まゆとしては、都合の良くない事でした。

だって……

李衣菜「……美穂ちゃんも、そこまでする必要も無いのにね」

まゆ「李衣菜ちゃんは、どうなって欲しいですか?」

李衣菜「私はほら、元々は美穂ちゃんを応援してたからさ」

まゆ「まゆ相手にそんな事を言うなんて、酷いですねぇ」

李衣菜「そんな状況を維持しようとしてるまゆちゃんが言う?」

まゆ「ふふ、それもそうでした」

加蓮ちゃんが美穂ちゃんの事を応援している事は知っています。

当然、美穂ちゃんも知っている事です。

それは、つまり。

美穂ちゃんがPさんを諦めようとしない限り、加蓮ちゃんはPさんに告白出来ないという事です。

まゆ「……Pさんに、また辛い思いをさせない為に……ふふ。今思い返せば、馬鹿馬鹿しい事ですねぇ」

李衣菜「まゆちゃんはどうなの?」

まゆ「勿論それを曲げる事はありませんよぉ。ですが、それはまゆの考えですから。美穂ちゃんまでそんな事をする必要はありません」

李衣菜「その通りなんだけどね。でもま、まゆちゃんとPをまた苦しめる様な出来事は避けたいって気持ちは分かってあげよ?」

まゆ「それは分かっていますよぉ。有難い事です」



ですから、まゆとしては。

このまま美穂ちゃんが諦めてない様な素振りを続けて。

加蓮ちゃんを牽制し続けてくれるのが一番なんです。

……なんて、Pさんの事『だけ』を一番に考えていたのであれば、そうだったでしょうね。

李衣菜「……ま、それだけじゃ無いのも分かってるでしょ?」

まゆ「ですねぇ……色々と言いたい事はありますが……」

李衣菜「……美穂ちゃんに、そんな事はさせたくないし」

まゆ「言い訳としては、これ以上無い程のものですから」

李衣菜「加蓮ちゃんだって、このままじゃかわいそうだからね」

まゆ「まあ、加蓮ちゃんの事は心からどうでもいいんですけどねぇ」

李衣菜「まゆちゃんらしいね」

まゆ「加蓮ちゃんさえいなければ、きっと難なくまゆはPさんと結ばれていましたから……」

それも、付き合う前のまゆはそう考えていた、というだけですけど。

実際にアプローチをかけ始めて、それから知った事は沢山あります。

想定していた以上に、恋は難しいものでした。

李衣菜「そうなの?」

まゆ「春休みの時点で、Pさんに想いを向けてそうな子のリサーチは全員分終わっていましたから。加蓮ちゃんだけは、本当に想定外でした」

二年生になって、突然学校に来る様になって。

それだけならまだしも、始業式の日からPさんは学校案内を任されて。

本当はあの日から数日中に心を掴みたかったのに。

それよりも先に、ほんの数日のうちに、加蓮ちゃんは恋に落ちて。

挙句の果てに、まゆより先に唇を奪うなんて。

李衣菜「じゃあ、さ」

まゆ「どうかしましたか?」

にこりと笑う李衣菜ちゃん。

あまり、良い予感はしません。




李衣菜「当然、私の事も調べてあるんでしょ?」

ここへきて、まゆは焦りを感じました。

……最悪の事態ですねぇ。

それこそ、一番避けたかった事態かもしれません。

まゆ「…………それはもう、しっかりと」

Pさんと李衣菜ちゃんは、小学三年生の時からの付き合いで。

Pさんにとって、とても大切な友人で。

高校一年生になるまで、Pさんには友達と呼べる友達が李衣菜ちゃんしかいない。

言って仕舞えば、Pさんの一番の理解者でしょう。

裕福な家庭で、礼儀正しく育てられ。

料理は得意だけれど、朝に弱くあまり朝食は食べず。

美穂ちゃんの恋愛を応援していた。

そんな事はどうでもいいんです。

今、この状況で。

李衣菜ちゃんが、それを口にしたと言う事は……

李衣菜「……ねぇまゆちゃん。もし美穂ちゃんと加蓮ちゃんが、Pに告白したとしたらどうなると思う?」

まゆ「……振られるでしょう」

李衣菜「即答だね」

まゆ「まゆは、信じていますから。そして……Pさんが、またとっても辛い思いをする事も」

李衣菜「だよね、きっと。でもまあ、まゆちゃんとPの二人でなら乗り越えられるんじゃない?」

まゆ「まゆとしては、そうでありたいですねぇ」

李衣菜「うん、じゃあさ。もし……」

私が、Pに告白したら?

そう口にする李衣菜ちゃん。

……本当に、それだけは避けたいんですけど。

李衣菜ちゃんが、何を考えてそんな事を言っているのかは分かっています。

どんな気持ちで、自分の気持ちを利用しているのかも分かっています。



まゆ「……出来るんですか?李衣菜ちゃんに」

李衣菜「出来ないと思うよ」

まゆ「……出来もしないのに、そんな事を」

李衣菜「でも、する」

まゆ「……ズルイですねぇ」

美穂ちゃんが振られる、と。そう即答したのは不味かったですね。

それでは、李衣菜ちゃんが思い留まる理由が失くなってしまうんですから。

きっと李衣菜ちゃんは、Pさんに告白なんてしないと思います。

けれど、きっとではダメなんです。

ほんの少しでも、Pさんに告白してしまう可能性があれば。

それでもし、本当にされてしまったら。

結果に関わらず、Pさんがとても苦しむ事になるのは、分かりきっていますから。

早く美穂ちゃんの事をなんとかしてあげて。

じゃないと、私が告白しちゃうよ?

李衣菜ちゃんが言っているのは、大体こういった意味でしょう。

現状維持に努めたくて、けれど大切なお友達である美穂ちゃんをこのままにするのも心苦しくて。

そんなまゆの背中を、無理矢理押してくれている感じですねぇ。

まゆ「……李衣菜ちゃんが」

李衣菜「私が言うとさ、美穂ちゃん余計に悩んじゃうんじゃないかなって」

まゆ「……ほんと、ズルイですねぇ」

李衣菜「その代わり、約束するよ。美穂ちゃんがPにきちんと告白したら、私は絶対に何もしないって」

まゆ「美しくもない自己犠牲精神ですねぇ。まゆを巻き込まないで下さい」

李衣菜「美穂ちゃんから私に代わるだけだよ。まゆちゃんは、まぁ、ごめんね?」

まゆ「まゆとしては、Pさんを苦しめたくないんですけどねぇ」

李衣菜「こんな事言ってる時点で、私がどれだけPの事なんて考えて無いかも分かるでしょ?」

苦笑する李衣菜ちゃん。

……本当に、もう。

その笑顔の裏に、どれだけの想いを隠しているんでしょう。

以前のまゆは、こんな風に見えていたんでしょうか。

まゆ「……はぁ、仕方ありませんねぇ」

李衣菜「ほらまゆちゃん、笑顔笑顔」

まゆ「皮肉ですか?」

李衣菜「後ろからP達来てるよ」

まゆ「Pさぁん!!」

李衣菜「嘘だけど」

まゆ「じーざす、李衣菜ちゃんにはいずれギャフンと言わせてみせますよぉ!!」



P「ゔぁー……」

めちゃくちゃ疲れた。

ホテルに戻って、シャワーを浴びた後夕食に向かう。

またもやバイキングだった。

沖縄らしいものを食べられるのは最終日の自由時間のみになりそうだ。

美穂は、来ていなかった。

P「加蓮、何か聞いてるか?」

加蓮「カヌーで疲れて食欲湧いてないってさ。後で何か持ってってあげよ」

李衣菜「……あー……」

まゆ「……智絵里ちゃん?」

智絵里「……どうかしましたか?」

加蓮「……李衣菜ぁ……智絵里ぃ……」

李衣菜「か、加蓮ちゃん……?なんでそんなにしょげてるの?」

加蓮「ポテトタワーが建築法違反だったぁ……」

智絵里「先生に、食べ物で遊ぶなって怒られたみたいです……」

加蓮「良いじゃん!ちゃんと全部食べるんだし!!」

智絵里「加蓮ちゃん、食べ物で遊ばないで下さい。乾燥パセリにしちゃいますよ……?」

加蓮「……はい、ごめんなさい」

まゆ「ふふっ、無様ですねぇ」

加蓮「は?」

智絵里「二人とも……お食事中ですから……」

まゆ「……失礼しました」

加蓮「うわーん李衣菜ぁ!智絵里が強い……!」

李衣菜「間違った事言ってないからじゃないかな」

P「楽しそうだなぁ」

わいわいやいのやいの、騒がしくも楽しい食卓だ。

加蓮「もういいや、李衣菜で遊ぶ」

まゆ「ならまゆは加蓮ちゃんで遊びますよぉ」

李衣菜「なら、私がまゆで遊べばジャンケンだね」

加蓮「酷い李衣菜!私とは遊びだったんだ?!」

まゆ「騒がしいですねぇ負けヒロインさん」

加蓮「は?メインヒロインだし」

まゆ「らしくないですよぉ」

李衣菜「智絵里ちゃん、そっちのナイフ取ってもらえる?」

智絵里「えっと……何十本使いますか?」

李衣菜「武器にする訳じゃ無いよ?!」

まゆ「Pさぁん、加蓮ちゃんが酷いです!この後Pさんのお部屋で慰めて下さぁい!!」

P「いやダメだって、昨日も言ったけど先生に怒られるぞ」

まゆ「うぅぅぅぅっっ!ぅっうううぅっっ!!」

加蓮「あ、なんかこの見苦しいまゆ久しぶりに見た気がする」

智絵里「……美味しくお食事したいので、静かにして下さい」

まゆ「はい」




部屋に戻って、またシャワーを浴びて一息吐く。

汗を流してサッパリした筈なのに、心は全く晴れそうに無い。

P「はぁ……」

ため息が一人部屋にこだまして消えてゆく。

寂しいな、一人部屋。

今日、加蓮が言っていた言葉を思い返してため息を増やす。

コンコンッ

「見回りです」

P「はーい」

ドアを開ける。

まゆ「はぁい。こんばんは、Pさん」

まゆが立っていた。

P「こんばんは、まゆ」

ドアを閉めようとする。

しかし閉め切る寸前に、まゆのスリッパがドアの隙間に挟み込まれた。

まゆ「な、ん、で!閉めようとするんですかねぇ?恋人の夜這いですよぉ?!」

P「だからだろ!不味いからだろ!!」

まゆ「いいんですか、Pさん。『Pさんに呼び出されて来たんです』って先生に言っちゃいますよぉ?」

それは非常に不味い。

観念してドアを開いた。

まゆ「うふふ。素直に『実は来てくれるって期待してた』って言っても良いんですよ?」

P「正直来るだろうなぁとは思ってたよ」

まゆ「酷い言い方ですねぇ」

ナチュラルにベッドにうつ伏せに寝転がるまゆ。

……パジャマ姿のまゆも、うん、良いな。



まゆ「すーー……ふーー……」

P「何してるんだ?」

まゆ「栄養補給です」

P「なにで?」

まゆ「Pさんの匂いです」

P「……恥ずかしいんだけど」

まゆ「さて、Pさん」

P「ん?なんだ?」

まゆ「まゆを抱き締めて下さい」

P「……あいよ」

まゆを仰向けにして、優しく抱き締める。

小さな身体だけれど、温もりは確かに伝わってきた。

まゆ「……まゆ、Pさんに謝らないといけないんです」

P「……すまん、心当たりが多過ぎる」

まゆ「うぐぅっ……うぅぅっ……うぅぅぅっ!!」

P「すまんすまん!嘘だって!」

まゆ「……キスしてくれたら、許してあげます」

P「……しなかったら?」

まゆ「まゆからします」

P「幸せかよ」

まゆ「さぁ、Pさん。お好きなところにキスをして下さい!」

P「……まゆの全部が好きだから、選べないな」

まゆ「…………ぁぅ、あ……ありがとうございます」

顔が真っ赤になるまゆ。

当然言ったこっちも恥ずかしいけど、まゆのそんな表情が見れたから良しとしよう。

可愛さに耐えられず、俺は唇を重ねた。

まゆ「んっ、ちゅ……んむっ、ちゅぅ……んぅ……ちゅっ……」

P「……ふぅ、満足か?」

まゆ「Pさんは満足なんですか?」

……その誘い方はズルいんじゃないだろうか。

P「いや、全く」

まゆ「……うふふ、期待しちゃいますねぇ」

P「……で、謝るとかなんとか言ってなかったっけ?」

まゆ「……忘れかけてましたねぇ」

P「おい」


まゆ「冗談ですよぉ。覚えてますか、Pさん。辛そうな顔をさせるのは、今で最後ですから、って言葉を」

P「……あぁ、覚えてるぞ。俺が一回振られた時だな」

まゆ「……まゆを虐めて楽しいですか?」

P「うん、すっごく楽しい」

まゆ「なら、そんな意地悪さんには……また、辛い思いをして貰います」

P「……え、別れ話?」

うっそだろ。明日の自由行動がお通夜になるぞ。

まゆ「……そんな訳無いじゃないですかぁ……」

P「どういう訳だったんだ?」

まゆ「……あと何回か、Pさんは……また、苦しい思いをするかもしれないんです」

P「……美穂の事か?」

まゆ「加蓮ちゃんもですねぇ」

P「……なんであれ、俺の気持ちは変わらないよ」

まゆ「……信じて、良いんですよね?」

P「勿論」

まゆ「……なら、まゆは安心です」

P「むしろ信じてくれて無かったのか?そっちの方がショックなんだけど」

まゆ「いえ、信じてますよぉ。Pさんなら、美穂ちゃんでも加蓮ちゃんでも無く……まゆを選んでくれるって」

P「……あぁ、ありがとう」

まゆ「…………さて、Pさん……その……」

急に、まゆがしおらしくなった。

P「……あー……えーっと……」

まぁ、お互い求めている事は分かる。とはいえ、それに慣れている訳でも無く。

こう、緊張とかその辺の感情で言葉が続かなくなった。

まゆ「……Pさん」

P「……まゆ」

ピロンッ

まゆ「…………」

P「…………」

まゆ「……邪魔が入りましたねぇ」

P「すまん、通知切っとけば良かった」

一応スマホを確認する。

……李衣菜か、なんでこんなタイミングで……

『まゆちゃんそっちに居るでしょ?!見回りの先生来たから早く帰して!フロア共有のお手洗いに行ってるって事にしとくから!!』

P「……だ、そうだぞまゆ」

まゆ「……お手洗いに数時間掛かったって事になりませんかねぇ……」

P「ならないだろうな……」

まゆ「……お邪魔しました、Pさぁん……」

P「おう、おやすみまゆ」

トボトボと歩いて、まゆが部屋から出て行った。

このテンションを、俺は一体どうすればいいんだろう。

…………寝るか。



P「……あっつい……」

加蓮「もうマジむり、溶ける」

美穂「うぅ……蒸し焼きになっちゃう……」

修学旅行三日目は、物凄く暑かった。

汗だっくだくになりながら太陽を睨み付け、眩し過ぎて目が眩むまでがワンセット。

色々巡る予定だったが、もうさっさと適当な店に入って涼みたかった。

加蓮「どうする?正直早く涼しい場所に入りたいんだけど」

P「早めのお昼ご飯にしちゃうか」

加蓮「だね。汗かくとシャツ透けちゃって、誰かさんに見られちゃうし」

からかう様な視線を此方へ送る加蓮。

いや、昨日のは不可抗力ってやつじゃん。

それにずっと。

目瞑ってたし。

美穂「……え、Pくんと加蓮ちゃんって……」

加蓮「あ、バレた?実は私達」

P「二ヶ月前から友達なんだよ」

加蓮「乗ってよ!そこは愛人とかそういうのでしょ?!」

P「まゆに聞かれたら後々大変だろ!!」

何処で聞いてるか分かったもんじゃないって昨日言ってただろ。

分かってやってるんだとしたらなかなかエグい。

加蓮「やーいビビりー」

美穂「煽りが小学生レベルだね……」

P「まぁいいや、取り敢えず適当な店探そうぜ」

歩いて五分もしないうちに、沖縄料理店が姿を現した。

ドアをくぐると冷房が効いた冷たい空気が流れてくる。

ニライカナイは此処にあった。



P「涼しい……冷房って凄い」

加蓮「そろそろ屋外にも冷房設置して欲しいよね」

美穂「電気代凄そうですね……」

P「何食べる?」

加蓮「お昼ご飯」

P「お前昼に朝ご飯食えると思ってるのか?」

美穂「わたしはソーキそばにしますっ!」

加蓮「同じく!」

P「俺は沖縄そばで」

加蓮「二対一で私達の勝ちだから、支払いは鷺沢がよろしくね」

P「じゃあ俺もソーキそばにするわ」

美穂「お料理、写真撮って今SNSにアップしたら先生に怒られちゃうかな……」

加蓮「気を付けるに越した事はないんじゃない?智絵里は没収されたんでしょ?」

P「最近の若者はスマホに依存し過ぎだよ。偶には子供の心を取り戻して糸電話とか交換日記とかすべきだって」

美穂「Pくんは、そういう事する友達は……あっ、ごめんなさい……」

……いなかったけどさ。

そういう事出来る友達がいたら良かったなっていうイメージだよ。

謝られると余計に辛いんだけど。

加蓮「なら、私と交換日記やる?」

P「二回と保たずに飽きるビジョンが見えるな」

加蓮「ほら私も交換日記するような友達いなかったからさ」

美穂「ねえ、明るく重い話するのやめよ?」

「お待たせしましたー」

ソーキそばが三つ届いた。

おお、美味そう。

美穂・加蓮・P「「「いただきます」」」

食べる。美味い。とても美味しい。

何と言っても、店内が涼しいのがとても美味しい。

ソーキそばを啜りながら、昨日の事を思い返していた。

加蓮と話した事、まゆと話した事。

今幸せそうにソーキそばを食べている美穂は。

一体、どんな事を考えているんだろう。

美穂「……言えば胡椒貰えるかな」

胡椒が欲しいそうだ。


P「……帰って来てしまった……」

つい数十分前までさっさと着陸しろと祈りまくっていたのに、今ではもう着いちゃったのかと掌を半回転。

目の前の光景にシーサーもシークァーサーもなく、ただ見慣れた街だけが広がっていた。

帰るまでが遠足ですとは言うが、なら帰宅の直前までは遠足先の光景が広がっているべきだと思う。

美穂「……帰って来ちゃいましたね」

まゆ「ですねぇ……いつもの街並みです」

P「……終わっちゃったんだな……」

遠くに出掛けて帰って来た時の帰って来ちゃったんだな感は異常。

なんだか、物凄い虚無に包まれた気分だ。

美穂「……また、旅行に行きたいですね」

P「夏休み入ったらまたみんなで行くか」

まゆ「それでは、まゆと美穂ちゃんは寮の方ですから」

P「あぁ。また明後日、学校で」

美穂「じゃあね、Pくん」

まゆ「また来週ですね、Pさん」

それぞれ帰路に着く。

あー……だっる……

智絵里「……あ、Pくん」

P「ん、智絵里。どうしたんだ?」

横断歩道で信号待ちをしていると、偶然隣で智絵里も信号待ちをしていた。

智絵里「お疲れ様でした。とっても、楽しかったですね」

P「……良かったな、うん。俺もすげー楽しんだわ」

信号が青に変わった。智絵里と並んで、横断歩道を渡る。

智絵里「……ねえ、Pくん」

P「ん?なんだ?」

智絵里「……また、みんなで旅行に行きたいです」

P「だなー」

智絵里「……えへへ」

P「ん?どうしたんだ?」

智絵里「……いえ、なんでもありませんっ!」

なんだか上機嫌だな。

P「それじゃ、俺こっちの道だから」

智絵里「はい……またね、Pくん」

P「あぁ。また明後日、学校で」

智絵里と別れて、道を歩く。

……あれ?智絵里の家ってそっちの方面だったっけ?

何処かに寄って帰るのだろうか。

そして、ついに姿を現した自宅は、本当に帰って来ちゃったんだな感を増させてくれる。

P「ただいまー姉さん」

文香「あ……おかえりなさい、P君」

文香姉さんにお土産を渡して、シャワーを浴びてベッドに寝っ転がる。

明日は日曜日だし、一日中寝て疲れを取ろう。



まゆ「……ふぅ、疲れましたねぇ……」

美穂「明日は一日中、ベッドから離れられないかも……」

重い荷物を引き摺って、まゆ達はようやく寮まで辿り着きました。

六月の夕方は、沖縄程では無いにしても暖かくなってきて。

あと二週間もすれば、今度は暑い暑いって言ってそうですね。

まゆ「明日が日曜日で良かったですねぇ」

美穂「毎日が日曜日だったら良いのに」

まゆ「学校が無くなっちゃいますよ?」

美穂「……二日に一回にしておこっか」

……さて、どう話を切り出すべきでしょうか。

どの道ど直球に聞かなければいけないとはいえ、そこに至るまでに美穂ちゃんの気持ちも知っておきたいですから。

まゆ「……そちらの班は、楽しかったですか?」

美穂「うん、もちろんっ!Pくんと加蓮ちゃんと一緒だったもん!」

まゆ「あの頭ハッピーセットみたいな女の子と一緒で、ですか?」

美穂「た、確かに加蓮ちゃんは脳がマックシェイクされてる時もあるけど……で、でも!とっても楽しいお友達ですから!」

何か別の意味を含んでいたとしても、楽しかったというのは嘘では無いみたいですねぇ。

という事は、美穂ちゃんが加蓮ちゃんと仲良くしたいと思う気持ちは本物で。

だからこそ、ですかね。

まゆ「本当は、まゆもPさんと一緒の班が良かったんですけどねぇ」

美穂「それはごめんね?ほら、班決めの時はまだまゆちゃんとPくん付き合って無かったよね?」

まゆ「そうでしたねぇ、ええ。それでもまゆを誘ってくれても良かったのに……よよよ……」

美穂「まゆちゃんとは温泉旅館行くから、修学旅行は加蓮ちゃんと一緒に行動しよっかなって思ってたの」

まゆ「そうですか、二股ですか。まゆとは遊びだったんですね……」

美穂「二股だなんて……そしたら、まゆちゃんはわたしと智絵里ちゃんと李衣菜ちゃんとで三股じゃない?」

まゆ「交差点みたいですねぇ。スクランブルガール……悪くない響きです」

……はぁ、まったく。

まゆ相手には、あんなにハッキリと言えていたのに。

やっぱり、でした。

どうやら美穂ちゃんは。

温泉旅館に行く前から、鷺沢古書店でアルバイトをしていた時点で。

もう、決めていたんですね。



まゆ「……ただのライバルだったら、どれだけ楽だったでしょうね」

それがまゆにとって、ただのライバルだったのなら。

本当に、ずっとそのままにしておきたかったんですが。

美穂「え?急にどうしたの?」

まゆ「……ねえ、美穂ちゃん」

美穂「なんですか?」

まゆ「美穂ちゃんがあの日、まゆに言ってくれた言葉を……まゆを前に押してくれた言葉を。まゆは、全部覚えています」

美穂「それって……」

まゆ「温泉旅行の夜の事です。美穂ちゃんのおかげでまゆは、Pさんと、美穂ちゃんと……自分と、向き合えました」

向き合って欲しい。

友達でいて欲しい。

素直になって欲しい。

そんな美穂ちゃんの言葉があったからこそ。

Pさんは、まゆの笑顔以外も受け入れてくれる様になって。

まゆは、Pさんに受け入れて貰えて。

美穂「……そんな、わたしのおかげだなんて……」

まゆ「ええ、はい。ですから……」

本当に、ごめんなさい。

そう、まゆは謝りました。

美穂「……え?」

まゆ「……美穂ちゃんが、どれだけ悔しかったか……まゆは、分かっていませんでした」

美穂「悔しい?わたしはそんな事ないよ?」

まゆ「……美穂ちゃんは、もう。Pさんの気持ちを理解し切っていて……既に諦めていたんですよね?」

美穂「……まゆちゃん」

きっと、まゆと同じ様に。

そう決断するまでに、ずっと悩んだと思います。

辛かったと思います、苦しかったと思います。

まゆ「それなのに、まゆがあんな風に……自分の我儘と馬鹿らしい考えで……Pさんの気持ちをふいにしようとして。とっても、悔しかったと思います」

諦めたのに、ようやく諦める決心が出来たのに。

……いえ、諦めるしか選択肢が無いんだと理解したのに。

目の前で、その気持ちが踏み躙られ掛けたんですから。



美穂「……それ以上はやめよ?もう、済んだ話だから」

まゆ「済んだ話……本当にそうですか?」

美穂「……踏み込むね、まゆちゃん。別に、わたしの事はどうだっていいでしょ?」

まゆ「…………美穂ちゃん」

美穂「っ!なに?まゆちゃん」

まゆ「……それを本気で言っているんだとしたら、今度はまゆが美穂ちゃんを引っ叩きますよ?」

どうでもいい訳、無いじゃないですか。

そんな事があっても、まゆと仲良くしてくれて。

まゆとPさんの為に、思いを隠して偽ってくれて。

そんな、優しくて……弱くて、強い美穂ちゃんの事が。

まゆ「……どうでもいい訳が無いじゃないですか……っ!そんな悲しい事、言わないで下さい……!」

美穂「……ごめんね、まゆちゃん」

まゆ「……っ!」

美穂「でもほら、ね?今更わたしが好きって伝えたところで、Pくんの迷惑にしかならないよね?」

まゆ「やっぱり、好きなんじゃないですか……だったら……」

美穂「だったら……だったら、なんなの?じゃあ、別にPくんの事は好きじゃないって言えばいいの?」

まゆ「……そうじゃないですよ……そうじゃないでしょ?!美穂ちゃん!!」

……おかしいですね。

まゆが次に泣くとしたら、Pさんに何かあった時か、何かして貰った時になると思っていたんですが。

案外まゆは、涙脆かったみたいです。

それとも、それ程までに美穂ちゃんが大切な友達だという事でしょうか。

だとしたら、それもそれで嬉しいですね。

まゆ「……美穂ちゃんが、どれだけ友達を大切にしているかは分かっていますっ!Pさんの事も、まゆの事も、加蓮ちゃんの事も……!」

まゆ「でも……もう、良いじゃないですか!大丈夫です、みんな……きっと何があっても。友達でいられるって……そう、信じて」

まゆ「辛い思いをしたとしても。それでも乗り越えて……もっと楽しい日々が送れる筈ですから!」

まゆ「……自分の気持ちに……正直になってくれませんか……?」



まゆとした事が、はしたないですね。

こんなに大きな声を出してしまうなんて。

それに、美穂ちゃんが正直になってしまったら。

美穂ちゃんも加蓮ちゃんも、Pさんに告白してしまうのに。

本当に、まゆらしくも無いですね。

美穂「……やめてよ」

まゆ「やめません……何度だって言います……!」

美穂「……やめてよっ!」

まゆ「美穂ちゃんが言ってくれたんですよ?!まゆを助けてくれた美穂ちゃんの言葉を……嘘にしないで下さい!」

美穂「やめてって言ってるでしょ!!」

やめる訳にはいきません。

言葉を止める訳にはいきません。

美穂ちゃんの為にも、まゆの為にも。

美穂ちゃんの言葉を、想いを。

嘘にしたくないから、して欲しくないから。

まゆ「美穂ちゃん、言い訳はもうありません。加蓮ちゃんはきっと大丈夫です。まゆとPさんも、何があっても変わらないと約束しましょう」

美穂「……言い訳って、何?」

まゆ「美穂ちゃんが、Pさんに告白しない言い訳です」

美穂「……何を言ってるの?」

まゆ「美穂ちゃんは結局のところ、振られるのが怖いんですよね?Pさんの思いがまゆに向いているのに告白したところで、振られるって分かってるんですよね?」

美穂「っ!もう黙ってよ!!」

まゆ「黙りません。素直な気持ちを断られるのが怖いんですよね?だから友達の為って言い訳で固めて、告白しなくていい理由を作ってたんじゃないんですか?!」

美穂「……まゆちゃんなんかにそんな事言われたく無いよ!悔しかったもん!辛かったもん!誰にも言えなかったんだもんっ!わたしだって……っ!わたしだってね?!好きだったの!!」

美穂ちゃんに、酷い言葉を言わせちゃいました。

正直まゆも泣きそうです。泣いてますが。

……分かってます。

美穂ちゃんが、そんな打算的な人じゃ無いという事くらい。

断られるのが怖いだなんて、そんなの当たり前です。

素直な想いを伝えて、それでも振られるのが嫌だなんて、そんなの当然の事です。

けれど、そんな言い訳に友達を使うなんて事は絶対にしない筈で。

美穂ちゃんにとって、告白を断られるのは辛い事だとして。

それと加蓮ちゃんに関しては、きっと別問題です。

それくらい、分かっているのに……



まゆ「なら、もう告白出来る筈ですよね?まだ他に言い訳はありましたか?ありませんよね?無い事くらい分かってますから」

美穂「まゆちゃんに何が分かるの?!わたしが……わたしは!みんなで……っ!仲良くしたかっただけなのに……っ」

目に涙を浮かべて、美穂ちゃんは声を震わせました。

こんなにも悩みに悩んでくれていたのに、あの時のまゆは……

本当に、美穂ちゃんには謝罪と感謝の言葉が止まりません。

……でも。

まゆ「……ごめんなさい、美穂ちゃん。それでもやっぱり、美穂ちゃんには……ちゃんと、告白して欲しいです」

美穂「……振られた事が無いから、そんな事言えるんだよ……」

まゆ「……向き合って欲しい、って。まゆは、美穂ちゃんに背中を押されましたから」

美穂「……付き合えるって分かってたから、まゆちゃんはそんな事言えるんだよ……!でも、もうわたしは……断られるって分かってるんだよ……?」

まゆ「……そうですね……」

美穂「まゆちゃんだって分かってるじゃん!なのに……なんで?どうしてそんな事が言えるの?!わたしを傷付けたいの?!」

まゆ「違います……!まゆは、美穂ちゃんに……」

美穂「わたしだって!あの時っ、ほんとは告白したかったのに……っ!なんで?どうして?!なんでわたしじゃ無かったの?!ずっと大好きだったのに!!」

まゆ「……ごめんなさい……」

美穂「っ!謝らないで!わたしは……!」

声を荒げる美穂ちゃんに。

きっと、もう。

まゆの言葉は、刃物にしかならなくて……

智絵里「なら、美穂ちゃん。わたしと……二人で、お話しませんか?」

美穂「えっ……?」

まゆ「智絵里ちゃん……?」

いつの間にか、智絵里ちゃんが来ていました。

盗み聞きされていた様です。

……素敵な趣味をお持ちですね。

智絵里「いいよね……?まゆちゃん、美穂ちゃん」

まゆ「……ええ」

美穂「……わたしは、もう話す事なんてないもん……」

智絵里「はい。でも、わたしにはあるんです」

美穂「……」

智絵里「……まゆちゃん。少し、外して貰えますか?」

……珍しく、有無を言わせぬ程押しが強いですね。

なら、任せても良いかもしれません。

どの道、まゆの言葉なんてもう……

まゆ「……はい」



智絵里「……あの、美穂ちゃん」

美穂「……なんですか?」

智絵里「……Pくんの事、好きですか?」

美穂「……うん」

智絵里「……今も、好きですか?」

美穂「…………うん」

智絵里「えへへ……わたしも、です」

美穂「……え?」

美穂ちゃんが、キョトンとした顔をしました。

あれ……?そんなに不思議な事だったかな……?

智絵里「振られちゃったけど……気持ちが変わる訳じゃないよ?」

美穂「智絵里ちゃんは……振られて、辛く無かったの……?」

智絵里「それは……えっと……とっても辛かったです」

断られちゃって、その日はずっと泣いちゃいましたから。

わたしなんかが告白したって、付き合って貰えないよね……なんて、後悔した事がないって言えば嘘になっちゃうけど。

智絵里「悔しかった、かな……真っ直ぐな想いを伝えて、断られちゃうのって……」

美穂「……なら」

智絵里「でも……それでPくんが、変わっちゃう訳じゃないから。わたしは、みんなと楽しそうにして……誰かに優しくしてる、そんなPくんの近くに居られれば。それで、幸せなんです」

美穂「……強いね、智絵里ちゃんは」

智絵里「そんな事ないです……でも、告白して良かった、って。今は、そう思ってます」

美穂「……どうして?」

智絵里「……前よりも、近付けたから」

振られちゃったけど。

それでも……素直な想いを、気持ちを伝えて。

あの日から、わたしは。

あの人に近付けた様な、そんな気がするんです。

だって、わたしの事を知って貰ったから。

お友達って関係自体は変わってないけど。

それでも、わたしは。

前に進む事が出来ましたから。

智絵里「まゆちゃんが羨ましいな、良いなって思う事があっても……想いを打ち明けて、前に進んだあの日は……わたしにとって、わたしだけの宝物です」




美穂「……わたしは……前に、進めてないのかな……」

智絵里「……ねえ、美穂ちゃん……えっと……さっき、まゆちゃんに怒ってたよね?」

美穂「……」

智絵里「それって……前に進めたって事なんじゃないかな……?」

美穂「……え?」

友達思いで、誰かの為に自分の想いを見ないフリして。

まゆちゃんの為に、Pくんの為に、加蓮ちゃんの為に。

ずっと、自分の気持ちをナイショにしてきた美穂ちゃんが。

ようやく誰かを、恨んだり、妬んだり出来る様になったんですから。

智絵里「……まゆちゃんの後押しをしなかったら、自分が告白しておけば……そんな後悔を吐き出せる様になったのって……成長じゃないかな……?」

美穂「……わたしは、誰かのせいにするなんて……」

謝られたら、許しちゃうから。

そしたら、誰にも吐き出せないから。

恨む相手が、自分しかいなくなっちゃうから。

だから美穂ちゃんは、謝られたくなくて。

ううん。美穂ちゃんは……謝られたら、許せちゃうから。

智絵里「しても、いいんじゃないですか……?それくらい、美穂ちゃんの友達なら受け止めてくれると思います……」

美穂ちゃんがどれだけ優しくて友達思いか、みんな知ってるから。

美穂ちゃんがどれだけみんなと一緒にいたいか、みんな知ってるから。

……だから今、わたしも。

そんな美穂ちゃんと、美穂ちゃんが大切にしたお友達だから。

そんな美穂ちゃんと、お友達でいたいから。

そんな美穂ちゃんなら、きっとわたしやまゆちゃんを許してくれるって信じてるから。

こうして、頑張って向き合ってみてるけど……

……勇気、出せてるかな。



智絵里「……告白しても、しなくても……きっとこれからも、お友達でいる事は出来ると思うけど……」

美穂「……なら」

智絵里「でも。想いをちゃんと打ち明けた方が、もっと近付けるんじゃないかな、って。わたしは……そう思うから……」

どっちを選ぶかは、美穂ちゃん次第だけど。

わたしは、打ち明けて欲しいな。

美穂「……振られるのって、怖いよね」

智絵里「はい……とっても、辛かったです」

美穂「……したくないよ……そんな思い……」

智絵里「……はい……」

それは、きっと。

当たり前の事だと思います。

自分から進んで辛い思いをしようだなんて、普通は思わないから。

美穂「……なんで、わたしは……一回諦めちゃったんだろ……」

美穂ちゃんの表情は、とっても辛そうです。

智絵里「後悔してますか……?」

美穂「……うん、とっても。あの時言えば良かったな、言わなければ良かったなって。そんな事ばっかり」

智絵里「……そうだよね……」

美穂「……うん、でもね?」



ようやく美穂ちゃんは、笑って。

美穂「二回諦める前に、後悔出来て良かったかな」

そう、言ってくれました。

智絵里「……美穂ちゃん」

美穂「……ありがとう、智絵里ちゃん。わたし……気付けて良かった」

……ほんとうに、良かったです。

安心したら、涙が出ちゃいそうで。

智絵里「……えへへっ」

美穂「ふふっ」

誤魔化すために、わたしも笑いました。

美穂「Pくん、今お家に居るかな?」

智絵里「居ると思います」

美穂「だったら……今、いっちゃおっかな」

智絵里「……多分、それが良いと思います」

美穂「ねぇ智絵里ちゃん。とっても意地悪な事聞いていい?」

智絵里「えっと……内容による、かな?」

悪戯っ子みたいに、美穂ちゃんは微笑んで。

美穂「智絵里ちゃんは、わたしに振られて欲しい?」

智絵里「……はい。勿論です」

わたしは、即答しました。

美穂「酷いね、智絵里ちゃん」

智絵里「それと……わたしの分まで、怒ってきて欲しいです」

美穂「ふふっ、任されてあげる!」

そう言って、美穂ちゃんは駆け出して行きました。

行き先も理由も、もう尋ねる必要はありません。

智絵里「……はぁ……とっても怖かったです……」

まゆ「……ありがとうございます、智絵里ちゃん」

寮から、まゆちゃんが姿を現しました。

やっぱり、聞いてたんですね。

智絵里「わたしは、いいから……ありがとうは、美穂ちゃんに言ってあげて下さい」

まゆ「……いえ、やっぱり智絵里ちゃんにも。本当に、ありがとうございました」

……やっぱり、とっても悔しいですね。

自分の恋を、誰かに応援して貰える場所に。

わたしも、居られれば良かったのに。




コンコン

ノック音で目を覚まして、スマホを開けばまだ十八時。

文香姉さんだろうか?

P「なんだー?」

ガチャ

美穂「えっと、失礼します……」

あれ?文香姉さんじゃなかった。

面接みたいに緊張した美穂が、ゆっくりと入って来る。

別にこの部屋に来るのは初めてでは無いだろうに、なんでそんな……

美穂「……い、良いお天気ですねっ!」

P「お、おう!」

美穂「こんなお天気の日は、えっと……お日柄が良いです!」

P「そうだな!」

うん、間違った事は言ってないと思う。

P「で、天気の報告をしに来たのか?」

美穂「……きちんとした理由が無いと、来ちゃダメでしたか?」

P「いや、別に?暇で仕方ない時はうちに来るなんて、前からそうだっただろ?」

美穂「む……ほんと、Pくんはそういう所ダメダメですよね」

P「え、違ったのか?」

美穂「はい、当然ですっ!」

P「当然なのか」

美穂「それに……」

それに、なんだろう。

美穂「……好きな人に会いに行きたいって思うのも……当然だと思いませんか?」

そう呟く美穂の顔は、とても寂しそうで。

……そっか。



美穂「……今日は、その……Pくんに、お話があって来たんです」

もう、言われなくても分かっている。

それが、どんな話かなんて。

P「……なんだ?美穂」

でも。

俺はそれを、きちんと美穂の口から聞くべきなんだ。

美穂「わたしが前に言った事……Pくんは、覚えてますか?」

美穂「Pくんが、まゆちゃんと付き合い始めても。これからもずっと、変わらないままでいてくれますか?って」

美穂「Pくんは、これからもわたしと友達でいたいって……そう、言ってくれましたよね?」

P「……覚えてるよ」

あぁ、確かに覚えている。

俺は、美穂と友達でいたかったし、離れるのは嫌だったし。

美穂もそうだと言ってくれたから。

美穂「……ごめんなさい。あの時、わたし……嘘吐いちゃってました」

嘘……?

それは、どの言葉を指しているんだろう。

美穂「Pくんが、友達でいたいって言ってくれた時に……良かったって、言ったけど……」

美穂「……ごめんなさい。それは、嘘です」

美穂「Pくんとこれからもずっと、友達でいたいなんて……わたしは、思っていませんでした」

P「……そっか……」

そうだ、そうだったな。

俺が、美穂と友達で良かったって言った時に。

美穂は、これからもまゆと友達でいられて良かったって言っていて。

……そこに、俺は入って無かったじゃないか。



P「……ごめん」

それなのに美穂は。

あの時からずっと、俺と友達でいてくれて。

美穂「……はい。わたしは……Pくんと、友達なんかじゃなくて……」

恋人になりたかったんです。

そう呟く美穂の瞳は、既に涙に潤んでいて。

声も震えて、消え入りそうな程に小さくて。

美穂「……わたしはね?Pくんと……恋人になりたかったんだよ……?」

あぁ、良かった。

美穂に、嫌われていた訳じゃなくて。

安心して俺まで涙が出そうになる。

美穂「ずっと後悔してました……なんであの時、諦めちゃったんだろ?って……なんであの時、まゆちゃんを応援したんだろ?って……」

美穂「……Pくんの気持ちを知っちゃって、振られるのが怖かったから……振り向かせるなんて言ったけど、そんな勇気も可能性も無かったもん……っ!」

美穂「好きな子が直ぐに変わっちゃう様な人なんて、きっとわたしは好きでいられ無かったと思うけど……それでも……それでもね?!わたしはPくんと結ばれたくって……!」

美穂「Pくんが友達でいたいって言ったから……それを理由に、きちんと諦めようと思ってたのに……!」

美穂「それでも……!手を繋いでくれた時のあったかさが忘れられなくて……!もっともっと、側に居たいって気持ちが膨らんじゃって!!」

あの時俺は、美穂の手を取るべきじゃなかったんだろうか。

そのせいでこんなに悩ませるくらいなら、俺は……

加蓮の言う通り、俺は隙だらけらしい。

だからこそ、こんなに……

美穂「……ねえ、Pくん」

P「……なんだ?」

すぅ……と、深呼吸して。

美穂は、想いを言葉にした。


美穂「わたし……Pくんの事が、大好きです!出会った時からずっと、Pくんの事を見つめる度にドキドキして、目が合う度に運命なんじゃないかな?って思っちゃって……っ!」

美穂「気付いて欲しくて……でも、気付かれたくなくって……っ!今の関係が壊れちゃったらどうしよう、友達でいられなくなっちゃったらどうしようって……不安で、言いたくて、言えなくて……!!」

美穂の言葉は止まらない。

涙も溢れ、零れ落ち。

それでも溢れる想いが抑えられず、次々と言葉が紡がれる。

美穂「Pくんが笑顔を向けるのが、わたしだけじゃなくても良いんです……怖いのは、わたしに笑顔を向けてくれなくなっちゃう事で……側に居られなくなっちゃう事で……っ」

美穂「……ううんっ!わたしに!わたしだけに向けて欲しいのっ!誰よりも側で!わたしはっ、君の笑顔を一番近くで見ていたいから……っ!」

溢れる涙なんかに歪まず。

美穂はただ、俺の目だけを真っ直ぐに見つめて。

美穂「Pくんっ!お願いだから……お願いだからっ!わたしと!付き合って下さい……っ!」

そう、最後まで言葉にした。

美穂の気持ちが此処まで強いものだったと、今初めて知った。

美穂の悩みが此処まで大きいものだったと、今漸く気付けた。

けれど、それに対して。

俺が返すべき言葉なんて、もう決まっている。

P「……ごめん。俺は、まゆが好きだから」

きちんと、断る。

それで嫌われたら、もう仕方がない。

仕方がないという言葉では流しきれないほど涙を流すだろうが、それでも。

まゆを裏切る様な事は、自分の気持ちに嘘を吐く様な事は。

絶対にしたくないから。




美穂「……わたしを、選んでくれませんか……?」

すっ、っと。

此方に手を伸ばす美穂。

この手を取れば、きっと美穂は泣き止むのだろう。

今この苦しい状況から、二人とも抜け出せるんだろう。

……なら。

P「……ごめん。その手は、握ってあげられない」

此処で、きちんと終わりにしよう。

美穂「……酷いね、Pくん」

P「……美穂に嫌われたく無いからな」

美穂「……ふふ、その通りです。きっとわたしは、Pくんが手を握ってくれたら……多分、大っ嫌いになってました」

P「良かった……」

美穂「……大っ嫌いに……なれたら良かったのに……っ!」

下ろした手を強く握り締めて。

美穂は、ぽつりと。

そう呟いた。

美穂「手を握ってよ……慰めてよ……抱き締めてよ!わたしは……こんなに大好きなんだもん!諦めたくないもん!許せないもん!」

美穂「伝えて、ちゃんと振られたら……この想いも消えてくれると思ったのに!!」

美穂「ずっと大好きだったのに!わたしを選んで欲しかったのに……!一緒に過ごしてきた一年は無駄だったの……?!」

美穂「なんで?どうして?!もうイヤだよ……!こんなに辛い思いを、わたしはずっとしなきゃダメなの?!」

美穂「友達を恨むなんてしたくなかったのに!諦めたかったのに!Pくんを嫌いになって!全部諦めちゃいたかったのに……!」

美穂「どうして……Pくんは、そんなに酷い事するの……?それじゃわたしは……嫌いになんてなれないよ……!」

ポロポロと大粒の涙を頬に零して。

大きな声で、そう叫ぶ。

……あぁ、美穂は。

本当に、優しいんだな。


P「……ありがとう、美穂」

今、美穂に触れる事は出来ないけれど。

それでも、きちんと。

お礼だけは、言葉にしたかった。

P「……ずっと、友達でいてくれて……っ!」

あぁ、ダメだ。

結局俺も、涙を堪える事は出来なかった。

美穂「っあぁ……っ!うぁぁぁぁぁぁっっ!!」

P「っ!ありがとう、美穂っ!」

美穂「うぅぁぁぁぁぁぁぁっ!」

二人分の叫び声が部屋に響き渡る。

後で、文香姉さんに何か言われるだろうな。

でも、まぁ。

どの道言われるのなら、もう思いっきり叫んだっていいだろう。

美穂「大好きだったよっ!Pくんの事がっ!ずっと!!ぅぅあぁぁぁ!!」

……ほんと、感謝してもし足りないな。

言葉が続かない程、涙が溢れて。

言葉を探せない程、気持ちが溢れて。

……ここがまだ沖縄だったなら、スコールが全部を流してくれたのに。





月曜日の朝が来た。

元々憂鬱な気分になりやすい月曜日の朝に、一昨日の事も相まってとんでもなく心は重い。

いっその事とんでいってしまいたいくらいだ。

コンコン

まゆ「おはようございます、Pさん」

P「……ん、おはようまゆ」

まゆ「朝ご飯の用意、出来てますから」

まゆは、俺の骨折が治ってからも朝食を作りに来てくれていた。

P「おう、ありがとう。直ぐに着替えるよ」

まゆ「……」

P「……あの、部屋から出てくれると嬉しいんだけど」

まゆ「あっ、失礼しました」

部屋からまゆが出ていった。

けど階段を降りる足音が聞こえないって事は、扉の前に居るんだろうな。

制服に着替えて、扉を開ける。

P「……大丈夫か?まゆ」

まゆ「はい、大丈夫ですよぉ」

嘘だな。

本当に大丈夫で何でもない人が、大丈夫ですなんて言う筈が無い。

え?なんの事ですか?って返事をする筈だ。

……という事はまぁ、何か悩んでる事がある訳で。

P「……俺でよければ、いつでも相談に乗るからさ」

まゆ「うふふ。Pさんの力を貸して頂けるのであれば、二人力ですねぇ」

P「百人力じゃないのか」

リビングに降りて、既に用意された朝食を食べる。

両手でお箸を使えるようになってから、食事の自由度が上がった気がする。

文香「ふぅ……ご馳走様でした」

P「今日も美味しかったぞ」

まゆ「ふふ、お粗末様です。後片付けはまゆがやりますよぉ」

文香「いえ……まだ時間がありますから、私が洗っておきます」

P「んじゃ頼むわ、ありがと姉さん」



鞄を持って家から出る。

六月に入って、気温はどんどんあがっていった。

ほんの数週間前まではコートを着ていたなんて信じられない。

P「……手、繋ぐか?」

まゆ「はい、もちろんですよぉ」

まゆの手を握り、並んで歩く。

……うん、やっぱり何か悩んでるみたいだな。

前までだったら絶対に、行ってきますのキスがまだですよぉ!って言ってたのに。

まぁ、まゆから言わないのなら。

こっちから言えばいいか。

P「……一昨日さ、美穂に告白されたんだ」

まゆ「っ!……そうですか……」

P「……断ったけどな」

まゆ「……ごめんなさい」

P「まゆが謝る事じゃないさ」

まゆ「いえ……それをPさんの方から言わせてしまって、という意味です」

P「……知ってたのか?」

知ってたんだろうけど。

まゆ「はい……まゆが、美穂ちゃんに……きちんと告白したらどうですか?って言ったから……」

P「そっか。ありがとう」

まゆ「いえ……結局まゆは、何も出来ませんでした。美穂ちゃんの背中を押したのは、まゆじゃなくて……」

俯いて、悲しそうな表情をするまゆ。

まゆ「本当に、まゆは……何も出来て無いんです……」

そんなまゆの手を、俺は強く握り締めた。

P「そんな事はないさ。少なくとも、まゆのおかげで……俺はきちんと断れたんだから」

まゆ「それは、Pさんが強いからだと思います」

P「俺が強くなれるくらい、まゆを好きになったからだよ」

まゆ「……ふふ、ありがとうございます」

P「いつも感謝してるんだぞ?朝ご飯作りに来てくれて、こうやって一緒に登校出来て。そんな時間をこれからもずっと続けたいって、強く思ったからさ」

まゆ「……でも、美穂ちゃんは……」

P「……そりゃ辛かったし、正直今だって学校行くのめっちゃ緊張してるけどさ。それは、きっとまゆもだろ?」

まゆ「……はい。美穂ちゃんに嫌われちゃっていたら……そんな事を考えると……」

P「じゃ、お揃いだ。ビビり同士支え合って頑張ろうぜ」

まゆ「……ふふ、そうですねぇ。Pさんが緊張しているなら、まゆが助けてあげないといけません」

P「おう、頼んだぞ」

まゆ「ところでPさん。行ってきますのキスを忘れてませんか?」

あぁ、良かった良かった。

いつものまゆに戻って。

軽く唇を重ねて、忘れていた分をきっちり渡す。

大丈夫だ、美穂なら。

きっといつも通りに、笑っていてくれる筈。

そう信じて、俺たちは校門を抜けた。



ガラガラ

P「おはよー」

美穂「おはようございます、Pくんっ!」

パンッ

教室に入ると同時に、美穂に頬を軽く叩かれた。

P「えっ?」

まゆ「えっ?」

加蓮「いえーいっ!」

李衣菜「いえいっ!」

美穂「いぇいっ!」

パンッ!

三人でハイタッチしていた。

……なんだ?何が起きているんだ?

美穂「えへへ、振られちゃった恨みです!」

李衣菜「もったいないなー鷺沢は。こんな可愛い子を振るなんて」

加蓮「一生後悔するんじゃない?」

まゆ「まゆの前でそういう事を言うのはどうかと思いますよぉ?」

美穂「乙女心を弄んだ罰として!Pくんはこれからもずっと、わたしのお友達でいて貰いますっ!」

P「……おう!」

……あぁ、本当に良かった。

美穂が、そう言ってくれて。

嬉しくて涙が出そうになる。

加蓮「よし、せっかく今日は午前中で授業終わるんだし、放課後みんなでカラオケ行かない?」

美穂「いいですね!とっても大声で怨み辛みを謳いたい気分です!」

李衣菜「おっけー!お昼はどうする?」

P「各自適当にでいいんじゃないか?」

まゆ「うふふ、楽しみですねぇ。まゆの美声を聞かせてあげますよぉ!」

ガラガラ

智絵里「おはようございます……」

美穂「智絵里ちゃん!カラオケ行こっ?!」

智絵里「えっ……?今から……?」

加蓮「いいね、学校サボっちゃう?」

李衣菜「私が許すと思う?」

いつも通りの会話が、そこにはあった。

こんなに嬉しくて楽しい事はない。


加蓮「それじゃ、駅前集合でいい?」

P「おっけ。今は……十二時半か。なら十三時半くらいでいいよな?」

李衣菜「了解っ!」

四時間目が終わって、それぞれ帰路に着いた。

P「良かったな。美穂、いつも通りで」

まゆ「はい、そうですねぇ。本当に良かったです」

二人して、大きくため息を吐く。

教室入って叩かれた時は膝から崩れ落ちそうになったけど。

美穂なりの気持ちの切り替えという事なら、まぁ、いいか。

ちょっと痛かったのは内緒だ。

P「ただいまー姉さん」

文香「お帰りなさい、P君、佐久間さん……随分と、機嫌が良いみたいですね」

P「これからカラオケだからな」

文香「……楽しそうですね」

まゆ「文香さんもご一緒しませんか?」

まゆが、文香姉さんをカラオケに誘った。

……どうなんだろう、文香姉さんが歌ってるところが想像出来ない。

文香「……え?私が、ですか……?」

まゆ「はい。この後ご用事が無ければ、ですが……」

文香「……他の方々は……」

P「大丈夫だろ、みんな文香姉さんの事知ってるだろうし」

文香「……ふふ。では、是非ご一緒させて頂きます」

マジか。文香姉さんが歌うのか。

……演歌とかかな。

まゆ「それでは、まゆはお昼ご飯を作っちゃいますね」

P「あ、俺も手伝うよ」

まゆ「いえ、大丈夫ですよぉ」

P「でもほら、二人で料理って夫婦っぽくて良くないか?」

まゆ「……そっ、そうですねぇっ!」

P「……あー!あー!あー!」

文香「……ふふ」

めっちゃ恥ずかしい事言ってた気がしないでもない。

叫んで誤魔化すが、文香姉さんは聞こえてた様でこっち見て笑ってやがる。



キッチンに、並んで立つ。

まゆ「野菜を切って貰えますか?ア・ナ・タ!きゃーっ!」

……あ、ダメだ可愛い。

恋の炎で野菜が丸焦げになりそうだ。

文香「……その、糖分は控え目にして頂けると助かるのですが……」

P「ほい、塩」

まゆ「言葉にしなくても、まゆがお塩を取って貰おうとしてた事が伝わるなんて……夫婦と言わずして何と言いましょう!」

P「塩は夫婦だった……?」

まゆ「イオン結合よりも、共有結合くらいに強く結ばれたいですねぇ!」

文香「……換気して参ります」

好きな人にご飯を作ってあげられるのは、とっても嬉しい事、か。

確かにその通りだ。

しかもそれを一緒に出来るなんて、幸せが指数関数的に増加する。

まゆ「味見しますか?Pさん」

P「ん?どれをだ?」

まゆ「まゆを、ですよぉ。うふふ……うふふふふ……」

両手を赤く染まった頬に当て、ぐねぐねへにょへにょするまゆ

キッチンは戦場だとよく言ったものだ。

俺はどうやら、この戦場を無事に帰れそうにはない。

文香「……早く現実に帰って来て下さい」





まゆ「one night・illusion まだまだこれからっ!」

文香「one night・illusion 正夢に変えてtonight」

まゆ・文香「――――Have a good night♪」

李衣菜「ひゅーひゅー!」

智絵里「とっても、上手です……!」

加蓮「へー、鷺沢のお姉さんって歌上手いんだね」

P「俺も初めて知ったわ」

テンション高い系の歌を、文香姉さんがこんなに上手に歌えるなんて知らなかった。

当然、まゆもめっちゃ上手いしすげー可愛い。

文香「……本日は……私、鷺沢文香をお招きいただき……誠に、ありがとうございました」

李衣菜「え、何これすっごくパーティみたい」

美穂「ま、負けないもんっ!加蓮ちゃん、わたしたちもデュエットしよ?」

加蓮「別に良いけど、何歌うの?」

美穂「ふふっ、流れてからのお楽しみですっ!」

まゆ「……あー、成る程。美穂ちゃんらしいですねぇ」

美穂「えへへ……わたしの、とっても大好きな曲なんです」

可愛らしいイントロが流れ出す。

加蓮「げっ……私がこれ歌うの?」

まゆ「……んふっ……とっても可愛らしい加蓮ちゃん、期待してますよぉ……ふふっ……」

美穂「はいっ!加蓮ちゃん、前説入れて下さいっ!」

加蓮「え、無茶振り酷くない?えっと……傷害致死罪と過失致死罪の違いは、暴行を加えたのが故意か否かだったかな!」

美穂「大好きだった君に贈りますっ!小日向美穂と、北条加蓮で、ラブレター!」

加蓮「えぇ……」

二人が歌っているのは、恋する女の子の曲。

美穂の可愛らしいとヤケクソな加蓮の歌声がとても聴いていて楽しかったが。

……美穂、あの……画面見ながら歌お?



美穂「Sunshine day 今すぐ、伝えたいから」

加蓮「Dreaming Dreaming Darling あなたのことを」

美穂・加蓮「大好きだから。ラブレター受け取ってくださいっ!」

李衣菜「ひゅーひゅー」

まゆ「お上手ですね」

まゆが真顔だ。

P「……」

美穂「ふぅ、サッパリしました!どうでしたか?Pくんっ!」

どう答えろと。

P「……うん、凄く上手かった」

美穂「可愛かったですか?!」

まゆ「はぁい!そこまでですよぉ!!」

まゆが足を軽くゲシゲシ蹴ってきた。

……やばい、可愛い。

ちょっと拗ねて頬膨らまして嫉妬してくるのとてもやばい。

加蓮「ねぇ鷺沢、私は私は?!」

P「……んふっ」

まゆ「んふっ」

加蓮「は?」

P「加蓮、歌うの上手いな。上手かったし上手だなーって思ったよ」

加蓮「小学生の感想文以下だね。あー恥ずかしかった」

P「ヤケクソながらも熱唱してたもんな」

智絵里「次の曲は……」

李衣菜「あ、私だ。マイク取ってー」

美穂「はい、どうぞ!加蓮ちゃんはそのまま前説を入れて下さいねっ!」

加蓮「酷い無茶振り二連発だけど、リベンジしてあげる!」

李衣菜「あ、この曲前奏無いよ」

加蓮「なんでそんな曲入れたの?!」

李衣菜「前説を入れなければいいんじゃない?!」

智絵里「李衣菜ちゃん……その……もう、曲始まってる……」

李衣菜「あーもうっ!間奏入ってるじゃん!」

美穂「加蓮ちゃん!チャンスですっ!」

加蓮「よし!えっと……うーん……バイバイしそうな曲!」

李衣菜「秋風に手を振って!!」

李衣菜がようやく歌い出した。

……前から思ってたけど、李衣菜も歌うの上手いな。



まゆ「……上手いですねぇ」

加蓮「え、普通に上手い」

智絵里「……驚きです……」

美穂「三人は李衣菜ちゃんを何だと思ってたのかな……」

李衣菜「My dear ごめんね 素直になれなくて 誰より好きだった さよならを言っても……みんなは私を何だと思ってたの?!」

加蓮「李衣菜」

李衣菜「ご存知だけど!絶対バカにしてるでしょその言い方!」

智絵里「あの……マイク取ってもらってもいいですか?」

李衣菜「あ、ごめんごめん。はい」

智絵里「それと……出来れば、誰か一緒に歌ってくれると嬉しいです……」

まゆ「あ、これならまゆも歌えますよぉ」

美穂「わたしもです!」

李衣菜「私も歌えるよ」

加蓮「誰デュエットする?」

智絵里「なら……せっかくだから、みんなで歌いませんか……?」

文香「すみません……私は、知らない曲なので……」

オシャレなイントロが流れ出す。

なんだか火サスとか昼ドラで流れて来そうな曲調だ。

美穂「加蓮ちゃん!前説リベンジですっ!」

加蓮「……また?……えっと、人の夢って書いて儚いって読むんだけど……」

まゆ「アドリブ下手ですねぇ……『運命』、それはあまりにも残酷で、美しくも」

美穂「小日向美穂とっ!」

李衣菜「多田李衣菜と!」

まゆ「えぇ……佐久間まゆで!」

加蓮「ちょっと!北条加蓮も!」

智絵里「お、緒方智絵里で……!」

「「「「「Love∞Destiny」」」」」



加蓮「ふー……かなり歌ったね」

P「もう十八時だし、そろそろ帰るか」

まゆ「楽しい時間はあっという間ですねぇ」

李衣菜「みんなは夕飯どうするの?」

美穂「わたしは門限があるので……」

まゆ「まゆもそろそろ、Pさんの家に帰らないといけません」

加蓮「なら私も帰ろっかなー」

智絵里「わ、わたしはまだ時間はあるけど……」

李衣菜「なら、何処かで食べてかない?」

智絵里「え、李衣菜ちゃんが払ってくれるんですか……?!」

李衣菜「おっ、今日一のいい笑顔」

加蓮「え?李衣菜の奢り?ならまだ帰らなくていいかな」

文香「P君は……美穂さんを、寮まで送ってあげて下さい」

P「おっけ。んじゃ、また適当に集まって遊ぼうな」

加蓮「じゃあねー」

まゆ「ふふっ、お疲れ様でした」

カラオケから出て、それぞれバラバラに散って行く。

加蓮と智絵里は李衣菜に奢られに。

まゆと文香姉さんは家の方に。

そして俺と美穂は、二人並んで寮へと歩く。



美穂「……楽しかったですね!」

P「……あぁ」

美穂「……あれ?一昨日の事、まだ引き摺ってるんですか?」

P「まぁな……」

美穂「……ふふっ、それなら良かったです」

P「え、なんでさ」

美穂「だって、それくらいわたしを大切なお友達だと思っててくれたって事だよね?」

それはそうだ。

元々俺に友達は少ないし。

失ったら怖いと思うのは当たり前だろうに。

美穂「……あっ」

P「可哀想なモノを見るような目で俺を見るな」

美穂「……た、大切なのは数より質ですから!」

P「わぁいフォローが痛い!」

美穂「きっとわたし一人で百人分ですよ!」

P「一人で百人一首出来るじゃん!お正月も暇しないな!」

美穂「……え、可哀想……」

P「やめろ、辛いからその目やめろ」

なんて会話をしていたら、いつの間にか寮の前に着いていた。

会話してると一瞬だな。

美穂「……ねえ、Pくん!」

P「なんだ?美穂」

美穂「今日は、とっても楽しかったです!」

P「あぁ、俺もだ」

美穂「また、みんなで遊びに行こうね!」

P「おう!」




文香「……六月とは言え、夕方になると少し冷えますね……」

まゆ「ですねぇ。ブレザーはまだまだ手放せそうにありません」

文香「今日は……声を掛けて下さって、ありがとうございました」

まゆ「いえいえ、折角だからみんなで楽しみたかったんです」

文香さんと、夕暮れの街を二人きりで歩きます。

正直に言うと、実はまゆはあまり文香さんが得意では無いんですよねぇ。

だからこそ誘った、というのもありますが。

文香「……お気遣い、ありがとうございます」

まゆ「……文香さんと仲良くなりたい……それは、紛れもなくまゆの本音です」

文香「……ふふ、そうですか」

まゆ「えぇ、そうですよぉ」

文香「……佐久間さんは……強いですね」

まゆ「……Pさんの為、Pさんを取り巻く関係の為……そうで無いと言えば嘘になりますが……」

文香さんと、もう少し良い関係を築きたい。

これは、そう言った打算を省いたとしても残る気持ちです。

まゆ「文香さんは、誰よりもPさんの近くで過ごしていましたから」

文香「……今ではおそらく、佐久間さんの方が近いかと……」

まゆ「そう、なりたいですねぇ」

文香「……ふふ。精進して下さい」

……素敵な笑顔ですねぇ。まゆ、嫉妬しちゃいそうです。

まゆがどれだけPさんに近付いて、二人きりで過ごしても。

まゆがPさんと結ばれるより前の時間は、文香さんとPさんだけのもので。

……だからこそ。



まゆ「……文香さんは、まゆの事をどう思っていますか?」

忌憚なき意見を、遠慮も配慮も無い素直な気持ちを。

今、聞いておきたかったんです。

文香「……P君の恋人だと思っています」

まゆ「認めてくれているんですか?」

文香「認めて欲しいのでは無いのですか……?」

まゆ「それもそうなんですけどねぇ……」

文香「……ふふ。若い、ですね……」

まゆ「まだまだ高校生ですから」

文香「……はぁ。そして……私は、幼いですね……」

大きな溜息を吐いて、空を見上げる文香さん。

そんな動作が様になってしまうのは、ズルイとしか言いようがありませんねぇ。

まゆには、きっと出せない雰囲気です。

背伸びをしたところで、ここまで魅力的にはならないでしょうね。

まゆ「とても、大人っぽいと思いますよ?」

文香「内面のお話です。わたしは……まだ、幼い」

まゆ「若さは大切だと思いますよ。知らない物事に手を伸ばしたくなったり、好きな味に執着したり……それはきっと、大切な事だと思います」

文香「……ふふ、お見通しでしたか」

まゆ「はい。ですから、今日はPさんと二人で料理してみたんです。どうでしたか?」

文香「とても、美味しかったです……少し、空間そのものが甘かった様な気がしましたが……」

まゆ「慣れて頂けると有難いですねぇ」

文香「……仕方ありませんね」

困った様に笑う文香さん。

あぁ、本当にもう。

敵に回さなくて良かったと、心からそう思います。



文香「……約一年前。私は、鷺沢古書店に下宿先として越して来ました」

まゆ「……はい、知ってます」

文香「当時私には、友人と呼べる友人はおらず……歳の近い男性と話す機会なんて尚更無かったのです……」

文香「食事はただ栄養をとれれば良く、本を読んで新しい知識に手を伸ばし、新しい世界に赴ければ……それで、満足な生活を送っていました」

文香「……今思えば、無愛想な従姉妹だったと思います。どう接すれば良いのか分からなかったというのもありますが……自分から積極的には接しようとはしませんでしたから」

文香「けれど、困った事にP君もまた……友達が少なく、家に居る時間も多くて……ふふっ」

まゆ「……ふふ、笑ったら失礼ですよ?」

そんな文香さんの、思い出に浸って嬉しそうな表情は、初めて見たかもしれません。

文香「……いえ、そのおかげで……P君と接する機会は嫌でも増え、少しずつ距離も縮まりましたから」

文香「本について時折話し合い、会話は無くとも二人きりで本を読む……そんな空間が、堪らなく心地良かったのです」

文香「……正直、最初の数日は本当に彼には友達がいないものだと思っていました」

文香「……そうであれば、きっと私達は二人きりで……きっと私は、この様な明るさは手に入らなかったと思います」

文香「ある日、P君を訪ねて女の子が鷺沢古書店に現れたんです」

まゆ「それは……李衣菜ちゃんですか?」

文香「はい……そして、彼女と話している時のP君は……本当に、楽しそうで……私の胸に、不思議な気持ちが湧き上がりました。言葉にし辛い、形状し難い思いです」

まゆ「嫉妬、ですか?」

文香「……はい。それも……双方に対して、です。私と話している時とはまた違った笑顔を向けられた李衣菜さんも、とても明るく優しい友人を持ったP君も……羨ましい、と。そう、思いました」

文香「私と同じだと思っていたP君は……私には無い、素敵なものを持っていたんです。私には、そういった存在はいなくて……それが悔しかった私は……」

まゆ「私は……?」

文香「P君に、直接言ってみました」

まゆ「言っちゃうんですか、それ」

え、普通隠すものでは無いんでしょうか?

悔しいとか直接言っちゃうんですか?



文香「そしたら……ふふ。P君は……『俺にとっては李衣菜も姉さんも、どっちも大切な人だぞ?』と……『寧ろ姉さんにとっては俺ってまだ、知ってる親戚以上交友のある親戚未満だった?』なんて言って……」

文香「ワザワザ悩むのが阿呆らしくなったのを覚えています……あの時からです……私の時間が、動き始めたのは」

文香「私も、P君にとっての李衣菜さんの様な友人を望む様になり……また、P君にとってより近しい存在になりたいと思う様になったのです」

文香「……世界が、色付き始めました。ただ変わらず過ごしていただけの毎日が、何が起こるか分からず、求める物の為に変わろうと努力する……そんな、物語の様な日々に変わったんです」

文香「……それから……彼が作ってくれる料理が、とても美味しく感じる様になりました。私の事を、大切な人だと言ってくれて……そんな私の為に、朝早く起きて作ってくれて……」

文香「……そんな姿を見る為に、私も早起きし始めたのを覚えています。本を読むフリをして、朝食を作る彼に視線を向けて……きっと傍から見れば、恋愛小説の1ページの様だったかもしれません」

まゆ「……だから、だったんですね……」

文香「……はい。今思い返せば、本当に私は幼かったと思います。佐久間さんが来る様になってから、彼は朝食を作る事が無くなりました。昼食はもちろん、夕食も佐久間さんが振る舞って下さいましたから……」

まゆ「……ご迷惑、でしたか……?」

文香「いえ……佐久間さんの作る料理はとても美味しいですから。ですが……彼の料理をする姿を見れなくなったのが残念でないと言えば、嘘になります。私の為に料理を作ってくれる機会が減ったのが寂しくないと言えば、嘘になります」

文香「……なんて、愚かなんでしょう……私は、佐久間さんの好意を素直に受け取る事が出来ませんでした」

文香「……ですが……佐久間さんは本日、そんな私を誘って下さって……自分の幼稚さに気付いて……」

文香「……ふふ、佐久間さん」

まゆ「……はい、なんでしょうか?」

文香「今更ではありますが…………まゆさん、と……そうお呼びしても、良いですか?」

……ようやく、名前で呼んでくれましたね。




まゆ「……うふふ。もちろんです、お義姉さん」

どうやら、文香さんもみたいです。

慣れていないから仕方の無い事ではありますが。

友人付き合いに関しては、なんて不器用なんでしょう。

文香「……お義姉さん…………悪く無い響きですね。もう一度お願い出来ますか?」

まゆ「はい、お義姉さん!」

文香「……まぁ、私は正確には姉ではありませんが」

まゆ「呼ばせて下さいよぉ……」

文香「それと……文香さんの方が、その……友人らしさがあって……」

……照れないで下さいよぉ。可愛いじゃないですかぁ。

え、文香さんもモデルやってみませんか?

絶対人気出ると思うんですけどねぇ。

まゆ「……では、これからも文香さんと呼ばせて貰いますね?」

文香「……全く……本当に。私が姉であれば、どれほど良かった事でしょう……」

まゆ「……きっと、変わらなかったと思います」

文香「……ふふ……そうかもしれません」

まゆ「それと、まゆも同じです。Pさんに出会わなければ、きっと……」

とある、昔話をしました。

まゆにとっては昨日の事の様な、遠い昔の思い出です。

あの日の出来事は鮮明に思い出せて、再び出会うまでの時間は永遠の様にも、会ってしまえば一瞬の様にも感じました。

文香「……似た者同士、ですね」

まゆ「はい。ですから……Pさんにとって友達がどれほど大切かも、よく理解しています」

文香「……ところで、まゆさん」

まゆ「え、ここでまゆの話ぶった切るんですかぁ?」

文香「……寮の門限の方は、大丈夫ですか?」

まゆ「えぇ、まだ時間はありますが……」

文香「……では、折角ですから今宵は……私達が、夕食を作りませんか?」

まゆ「……うふふ、望むところです!」



P「うぉー!!」

李衣菜「うっひょぉぉぉっ!!」

美穂「やっほーーっ!!」

まゆ「あの、ここ山じゃなくてプールですよぉ……他のお客さんもいますから……」

加蓮「流れるポテトがあるって聞いたんだけど!!」

智絵里「ぷ、プールを読み間違えたんじゃないかな……」

七月一日、土曜日。

天気は快晴。暑過ぎず、程よい気温に程よい風。

俺たちはいつもの遊園地のプールに来ていた。

今日からプール開きという事で、李衣菜がみんなを誘ったのだ。

李衣菜「それじゃ、みんな着替えてまた此処に集合で」

P「らじゃ」

男子は俺一人だけなので、一人で更衣室へ向かう。

まぁ実は家から既に水着を穿いて来ているから、ズボンとシャツを脱ぐだけなのだが。

コインロッカーに荷物を投げ込み、直ぐまた集合場所へ戻る。

P「……まぁ、女子は時間掛かるよな」

手持ち無沙汰で、準備体操なんてしてみたりする。

泳いでる時に足攣ったら大変だからな。

李衣菜「おまたせーP」

加蓮「うんっ、日焼け出来そう!」

まゆ「お待たせしましたぁ。Pさん、どうですかぁ?」

李衣菜、加蓮、まゆが来た。

三人とも水着だ。当たり前だわ。

正式な名称は分からないけど、多分ビキニだと思う。

フリル付いててめっちゃ可愛い。正式な名称は分からないけど。

まゆ「どうですか?Pさん」

P「似合ってるぞ。やっぱりまゆはピンク色が似合うな」

まゆ「可愛いですか?」

P「めっちゃ可愛い」

まゆ「マグニチュードで表すとどのくらいですかぁ?!」

P「ビックバンくらいかな!」



加蓮「ちょっと鷺沢、私にも何か一言くらい言ったらどうなの?」

P「日焼け止めちゃんと塗っとけよ」

加蓮「水着!水着についてっ!」

P「すげー日焼けしそう」

加蓮「もういいっ!!」

P「すまんって……えっと、とても可愛らしいと思います」

加蓮「うん、素直でよろしい。胸元見てるとこも含めてね」

P「は、見てないし。虚空を見つめてただけだし」

加蓮「胸が無いって言いたいの?!」

P「いや、加蓮はかなりあると思うけど……」

加蓮「やっぱり見てるんじゃん」

これ以上はボロが出そうなのでやめよう。

……加蓮、結構あるんだな。

水色のフリル付きビキニが、実際かなり似合っていて可愛い。

まゆ「……Pさぁん」

P「……いや、その……違うんですよ。こう……目の前にさ、砂丘があったらついつい見たくなるじゃん?」

加蓮「私を砂丘みたいにパサパサして乾燥した味気ない女だって言いたいの?!」

そこまでは言ってないんだけど。

加蓮「っていうか何?まゆは何?嫉妬?何?羨ましいの?」

まゆ「……ふ、ふーんだ……羨ましくなんて無いですもん……」

あ、やばい。

ほっぺ膨らませてそっぽ向くまゆ可愛い。

美女と砂丘だったら俺は美女を取る。

李衣菜「はいはい、アホな会話してないで体ほぐしなよ」

P「美穂と智絵里は?」

まゆ「二人は、恥ずかしがって少し時間が掛かってるみたいです」

P「そんな気はしてた」

まゆ「Pさんは見ちゃダメですよ?」

P「プールでそんな事したら怪我するんだけど」

まゆ「その代わり、まゆがしっかりとガイドしてあげますから!」

まゆがぎゅっと腕に抱き付いてきた。

当然強く密着する訳で、腕には水着越しに良い感じの感触が伝わってくる訳で……



まゆ「当ててるんですよぉ」

P「当たって……俺まだ何も言ってないんだけど」

加蓮「……鷺沢、鼻の下伸びてる」

李衣菜「男子だねー、うん。取り敢えず像もびっくりなその鼻の下戻そ?」

ふう、危ない危ない。

鼻の下じゃない像が伸びるところだった。

智絵里「……え、えっと……」

美穂「お、お待たせしました……」

来た。

水色のパレオに身を包んだ智絵里と、オレンジ色のワンピースタイプの美穂。

うん、とても可愛い。

まゆ「……見ちゃダメって言いましたよねぇ?」

P「……見てないよ。今丁度、美穂と智絵里の後ろの壁眺めてたんだ」

美穂「どうですか?Pくん」

まゆ「見てませんよねぇ?」

P「俺は見てないけど、美穂は多分オレンジ色のワンピースな水着がすっごく似合ってて可愛いと思う。俺は見てないけど」

まゆ「白いビキニですよ?」

P「いやどう見てもオレンジだろ」

まゆ「見てるじゃないですか。そんなPさんには……」

Pさんには、なんだろう。

心がトキメキで金メッキの様に輝き出す。

まゆ「まゆから目を離さないくらい、悩殺しちゃいますっ!」

P「うぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

可愛すぎて叫んだ。

流石読モ、男を落とすポーズをしっかりと把握している。




加蓮「すいませーん、こっちになんか叫んでる変質者がいるんですけどー」

李衣菜「あ、違います私達の連れなんで。ほんと大丈夫ですから」

とんとん、と腕を軽くつつかれて。

振り向けば、智絵里が立っていた。

智絵里「あの……Pくん。わたしは……どうですか……?」

モジモジしながら、恥ずかしそうに上目遣いの智絵里。

P「……大丈夫!今来たとこ!」

加蓮「脳味噌を忘れて来ちゃった感じの発言だね」

李衣菜「照れ隠しが分かりやすいんだよね、ほんと」

まゆ「さて……泳ぎますよぉ!!」

P「おう!」

早くプールに入りたかった。

さもないと、気付かれたくない事に気付かれそうだから。

伸びてる事に気付かれたのが鼻だけで良かった。

ジャッパーン!!

プールに勢いよく飛び込んだ。

まだプール開き初日で、そこまで人の数は多くない。

ある程度は好き勝手泳いでもぶつからずに済みそうだ。

加蓮「李衣菜!ビッグストリームウォータースライダー行くよっ!」

李衣菜「え゛。ここの遊園地のアトラクション結構ヤバいよ?」

加蓮「ふーん、余計気になるんだけど。早く行こっ!」

李衣菜「……み、美穂ちゃんも行かない?!」

美穂「ご、ごめんなさいっ!わたし、まだやり残してる事がいっぱいあるからっ!」

李衣菜「美穂ちゃんの薄情者ぉーー」

李衣菜が加蓮に拉致されて行った。

あぁ、無事精神を壊さずに帰って来れる事を祈ろう。

この遊園地はどんなアトラクションにも本気で、当然ウォータースライダーも例外じゃないからな。



まゆ「うふふ……二人っきりですね」

美穂「ねえ」

智絵里「あの……」

俺達は波のプールで、のんびりぷかぷか揺られていた。

一定の周期で訪れる高い波に乗って、ふわふわと浮かぶような感覚を楽しむ。

ジャンプ出来ずに乗り損ねると、溺れそうになるくらいエグい波だけど。

まゆ「……美穂ちゃんも、なかなかありますねぇ……」

美穂「えっと……何処を見ながら言ってるのか、あまり理解したく無いんだけど……」

まゆ「羨ましくなんて無いですけどね?まっっっったくもって羨ましくなんて無いんですけどねぇ?!」

智絵里「……所詮脂肪の塊だから……脂肪の塊……」

まゆと智絵里の目に光がない。

そしてあまり俺は混ざりたくない話題だ。

美穂「わ、わたしは普通くらいだと思うけど……」

智絵里「……は?」

まゆ「喧嘩売ってんですかぁ?!」

美穂「だ、だって82だよ……?」

まゆ「こちとら78ですよぉ!」

美穂「うぅ……助けてPくん……!」

P「やめろその話題をこっちに振るな!」

なんて言えばいいのか分からない。

まゆ「確かにPさんは、80~83くらいのサイズが表紙の本を重点的に貯蔵していますけど……」

なんで把握してんの?

智絵里「えっと……大きい方が好みなんですか……?」

P「うわ波高っ!楽しいなぁプールって!」

まゆ「……Pさん」

P「……大きい小さいに関わらず、俺が好きなのはまゆだから」

まゆ「うふふ……うふふふふ……うふふごふっ!ゴフッ!」

笑顔でニッコニコのまゆの顔に、智絵里と美穂が水を掛けた。

ついでの様に俺にも掛けられた。



まゆ「……美穂ちゃん?智絵里ちゃん?」

美穂「俺が好きなのはまゆだから」

智絵里「……キリッ」

やめろ、恥ずかしいから。

加蓮「言外に小さいって言われてる様なものだよね」

李衣菜「……二度と乗らない……」

加蓮と李衣菜がやって戻って来た。

李衣菜はもう今にも倒れそうな顔をしている。

まゆ「……Pさん?まゆは、信じますからね?」

加蓮「大は小を兼ねるって言葉知ってる?」

まゆ「そんな加蓮ちゃんはどうなんですか?」

加蓮「83だけど」

まゆ「……スーパー素数ですねぇ」

李衣菜「分かりづらい表現」

よくスーパー素数なんて単語知ってるな。

ってか加蓮、普段制服だと気付かなかったけど割と……

まゆ「……Pさん」

P「砂丘じゃなくて富士山だったかもしれない」

まゆ「何処を見て言ってるんですかぁ?見ている場所によっては両目にチョキですよぉ?!」

加蓮「いーじゃん別に。ここプールだし、鷺沢も男子なんだから」

まゆ「まゆが!まゆがダメなんです!まゆより大きい人は即刻退去すべきですよぉ!」

李衣菜「え?じゃあ誰も残れなくない?」

まゆ「……智絵里ちゃんは……?」

智絵里「……えっと……その、まゆちゃんよりは少し……」

頼むから、男子が居る場でそういうガールズトークはよして欲しい。

非常に目のやり場と発言に困る。

まゆ「……泳ぎますよぉ!なんの為にプールに来たと思ってるんですかぁ?!」

加蓮「水着で悩殺するんじゃなかったっけ?」

まゆ「うぅぅぅ……Pさぁん!!」

P「おーよしよし」

抱き付いてくるまゆを慰める。

当然いい感じに密着してしまうが、他の奴らに見られてるところで惚けた顔をする訳にはいかない。

李衣菜「……加蓮ちゃん、私もう一回ウォータースライダー乗りたくなってきた」

加蓮「奇遇だね李衣菜、私もなんだけど」

美穂「寧ろ、この二人をウォータースライダー流しにしちゃえば良いんじゃないかな……?」

智絵里「……ねえ、まゆちゃん」

まゆ「何ですかぁ……?」

智絵里「……わたしの方が、小さいと思ってたの……?」

まゆ「ごめんなさい」



P「あー……」

流れるプールに流されながら、俺は空を見上げていた。

もしかして今日の状況って、とんでもなく凄いものなんじゃないだろうか。

可愛い女子高生五人に男子一人って、全男子高生の理想なんじゃないだろうか。

まゆ「……Pさん、顔が弛んでますよぉ」

隣で浮き輪に乗って流されているまゆが、そう指摘してきた。

P「何言ってるんだまゆ、俺はまゆ以外の水着姿を視界に収めたりなんてしてないぞ」

まゆ「せめてもう少し実現可能な嘘を吐きませんか?」

P「大丈夫だよ、まゆが一番可愛いから」

まゆ「うっふふふ……って、誤魔化されませんよぉ」

P「水着、似合ってるぞ。毎日水着姿を見たいくらいだ」

まゆ「冬場は厳しそうですねぇ」

P「……平和だなぁ」

まゆ「ですねぇ……」

そこまで熱くない、日差しも強くない晴れの空。

流されていると、心地良過ぎて寝てしまいそうだ。

まゆ「……キス、しませんか?」

P「唐突だな」

まゆ「幸せ過ぎて不安なんです」

P「……浮き輪から降りてくれないとし辛いな。って言うか人目あるし」

まゆ「でしたら……Pさん。息を吸って下さい」

言われた通り、大きく息を吸い込む。



ジャボンッ!

まゆが浮き輪から降りて、そのまま俺ごと水中へ潜り。

まゆ「んっ……」

唇を重ねてきた。

しばらくそのまま、息が続くまで唇を重ね続ける。

P「……ぷはぁっ!」

まゆ「……うふふ、幸せです」

P「幸せに溺れそうだな」

ずっとキスしてたかったけど、それだと本当に溺れてしまう。

まゆ「……幸せ過ぎると、これが夢なんじゃ無いかと不安になる……そんな事ってありませんか?」

P「あー分かる。目の前に豪華な料理が並んでる時って大体夢だよな」

まゆ「例えが男子ですねぇ……」

P「で、それがどうかしたのか?」

まゆ「そんな時……本当に夢かどうか、確かめる為に……確かなものが欲しくなるんです」

P「それも分かる。夢だと大体その料理食べられないんだよな。食べようとした瞬間に夢から覚めてさ」

まゆ「……男子!」

P「仕方ないだろ!」

まゆ「ごほんっ……だから、まゆはキスをして欲しいんです。キスの感触と温もりが……今この幸せな時間が夢じゃ無いって、照明してくれますから」

P「……夢の中で俺にキスしようとした事があるのか?」

まゆ「……ありますけど?何か問題でもあるんですかぁ?!」

P「いや、無いけどさ……で、出来ないと」

まゆ「そうなんです……キスしようとすると目が覚めるんですよぉ……」

P「俺にとっての料理みたいなものか」

まゆ「ですから、朝起きたらすぐPさんに会いに行って、寝ている間に唇をご馳走になるんです」

P「どうりで最近誰かとキスする夢を見ると思ったよ」

まゆ「……誰かと?」

P「……まゆとです」

まゆ「うふふ、それならよろしいです。夢でも現実でも、Pさんの事が大好きですけど……この幸せな時間が全部夢だったら……そう思うと、怖いんです」

P「……不安なら、いつでもキスするからさ」

まゆ「……Pさんがそんな優しくて男らしい事を言ってくれるなんて……これは夢かもしれませんねぇ?不安ですねぇ?チラッ?」


P「……」

少し、意地悪してみたくなった。

P「なぁまゆ。夢の中に俺が出てきた時にさ……本当に、キスしかしようと思わなかったのか?」

まゆ「……えっ?」

P「本当に、キスだけしかするつもりは無いのか?」

まゆ「……も、もちろんですよぉ!例え全裸のPさんが夢に出てきたとしても、まゆはもうキスしかするつもりはありません!」

P「前提がヤバい……ん?もう?」

まゆ「寄り添って、抱き付いて……さぁいざ!と思った瞬間に目が覚めちゃうって知ってるんですから」

P「知ってる……?」

まゆ「……あー、まゆ今とってもキスしたいです。何処かにキスしてくれるPさんは居ませんかー……?」

非常に棒読みだ。

……まぁ顔真っ赤にしたまゆを見れたし、このくらいにしておこう。

P「……キス、するか?」

まゆ「はい!」

P「ところでさ……」

さっきから気になってんだけど。

P「……浮き輪、どこいった?」

まゆ「……あ……一緒に探して下さい……」


李衣菜「あー、遊んだね!」

加蓮「疲れたー……帰るのダルくない?」

まゆ「はぁ……折角Pさんと一緒に来たのに、悩殺アピールチャンスが全然ありませんでした……」

智絵里「うぅ……身体が重いです……」

一日泳ぎ尽くして、体力が底を尽きそうな夏の夕方。

流石にみんな疲れたのか、そろそろ帰るムードになっていた。

一応十九時までは開いてるらしいが、既に人はかなりまばらだ。

P「人が少なくて良かったな。割と好き勝手泳げたし」

李衣菜「もう十七時まわったし、そろそろ帰る?」

まゆ「十七時でまだ少ししか空が赤くないのが、夏って感じがしますよねぇ」

加蓮「ねえ李衣菜、この後夕飯行かない?」

李衣菜「おっけー、取り敢えず着替えて出よっか」

智絵里「あっ……ご一緒して良いですか?」

李衣菜「もちろん。お昼食べる時間無かったからお腹ペコペコだよもう」

まゆ「あ、ごめんなさい。まゆは文香さんにお買い物を頼まれているので……」

ん、そうだったのか……なら残念だけどみんなと夕飯一緒には出来ないな。

李衣菜「そっか。ならしょうがないね」

みんなと一回別れて、シャワーを浴びて服を着る。

一日中プールで泳いでいたから、身体が重いったらない。波のプールに揺られる感覚がまだ残っている。

これも含めてプールの醍醐味な気がするな。

加蓮「じゃあねー」

智絵里「またね、Pくん」

入り口で合流した後、すぐまたみんなとお別れした。

さて、俺たちは買い物して帰るか。

P「何頼まれてたんだ?夕飯の食材とかか?」

まゆ「……いえ。特に何も頼まれていませんでした」

P「え、じゃあ今からでも追い掛けるか?」

まゆ「はぁ……にぶちんさんですねぇ」

大きな溜息を吐くまゆ。

まゆ「……Pさんと二人きりになりたかったからに決まってるじゃないですか」

P「……あー…………すまん」

まゆ「さて、Pさん。いえ、巨乳好きなPさん」

P「言い方に棘があるな」

まゆ「……好きな人に揉まれると、大きくなるという説があるんですが……」

P「……」

まゆ「……じ、実証の為に……協力してくれませんか?」

やばい、照れて目を逸らしながらそう誘ってくるまゆが可愛くて仕方が無い。

P「……俺は別に、まゆが好きな訳で大きい胸が好きな訳じゃ……」

まゆ「……もう!したいんですか?したくないんですか?!女の子にそこまで言わせないで下さい……!」

P「えっと……したいです、はい」

まゆ「では、決まりですね」

まゆが腕を組んで、俺を引っ張る。

それから俺達は、プールの疲れを癒す為に休憩する場所へと赴いた。余計疲れる事になった。



それから大体一ヶ月と少し。

まゆの勉強に付き合い、期末テストを乗り越え。

模試を受けたり、文化祭の出し物を決めたり。

まゆとデートして、幸せな時間とか肌とか唇とか肌とかを重ねたりとかして。

忙しくも楽しい日常は、あっという間に流れーー

ちひろ「ーーなので、皆さん浮かれ過ぎない様に。タバコやお酒もぜっったい断って下さいね?」

七月下旬、最後のHR。

明日から楽しい毎日が待っている生徒達は、誰一人千川先生の話を聞いていなかった。

まぁ、小学生の頃から何度も聞かされた様な注意事項だし。

ちひろ「それでは、二学期に元気な皆さんと会える事を願って……はい、さようなら」

みんな「さようならー」

千川先生が教室から出て行く。

一学期が、完全に終わる。

……さあ、夏休みだ。

P「っしゃおらぁ!遊び行くぞ!!」

加蓮「夏!ポテト!海!ポテト!」

美穂「花火とかもしたいですねっ!」

まゆ「アヴァンチュールですよぉ!」

みんなテンションマックスだ。

そりゃそうか、夏休みだし。

李衣菜「……で、何する?」

P「……なんかしたい」

まゆ「……遊び?」

加蓮「ポテト」

智絵里「具体的には……うーん……」

冷静になると、何するか何も思いつかなかった。

こういうのは勢いで決めないと、大体流れてくんだよな。




P「……ま、一回帰って昼食べて、なんか思いついたらラインするか」

特に何が決まる訳でも無く、解散する事になった。

しかしやる事が無いのに、誰一人配られた宿題の山に目を向けないのが実に高校生らしくて良い。

夏休み初日はこうでないと。

鞄に置き勉していた教科書を全部突っ込み、重たい荷物を引きずって帰る。

P「ただいまー姉さん」

まゆ「ただいま戻りましたよぉ」

文香「おかえりなさい。P君、まゆさん」

P「今日何すっかなぁ……」

まゆ「したい事は沢山あるのに、なかなか決まりませんねぇ……」

文香「随分と機嫌が……あぁ、夏休みでしたか」

大きく溜息を吐く文香姉さん。

そうか、大学生はまだ夏休み先か。

P「取り敢えず昼食作るか。何か食べたいものとかあるか?」

文香「……特に希望はありません」

まゆ「まゆもお手伝いしますよぉ」

P「いやいいよ、いつもまゆに作って貰ってるしたまには俺一人で作るさ」

米炊くのは時間かかるし、パスタでも茹でよう。

両利きになったおかげで、色々と料理がやりやすくなった。

どっちの手で箸を持っても使えるというのは、思った以上に恩恵が多い。

P「ほい、できたから運ぶのだけ手伝って貰えるか?」

まゆ「もちろんですよぉ」

加蓮「そのくらいなら手伝ってあげる」

P「助かる……ん?」

加蓮「何?」

P「なんで居るの?」

加蓮が居た。

まさかこいつ、昼飯たかりに来たな?



加蓮「来ちゃダメだった?」

まゆ「ダメです」

P「いや別に良いけどさ」

まゆ「断って下さいよぉ……」

加蓮「ぷっ」

まゆ「加蓮ちゃんの飲み物はタバスコで良いですね?」

仲良いなぁ。

加蓮「嫌に決まってるでしょ。あ、この後デートでも行かない?」

突然爆弾がブッ込まれた。

まゆ「っ!ダメです!ぜっっったいに許可出来ません!」

文香「……味付けが少ししょっぱいですね」

P「ん、マジか。塩かけ過ぎたかな」

まゆ「許されると思ってるんですか?というかまゆの目の前で恋人をデートに誘うとかどういう了見ですか親の顔が見てみたいですねぇ!」

加蓮「ん?あー違う違う」

まゆ「違う?何が違うんですか?文化ですか?加蓮ちゃんが住んでる国は文化が違うって事なんですかぁ?!」

加蓮「同じ街に住んでるよね?」

テンション高いなぁまゆ。

既に俺と文香姉さんは加蓮の言葉の真意に気付いてるけど、面白いからそのままにしておく。

まゆ「ぎるてぃですよぉ……ぷっつーんですよぉ……加蓮ちゃんがそんな人だとは……いえ、思っていましたが」

加蓮「酷い言いようじゃない?」

まゆ「Pさんからも断って下さいよぉ!首を縦に振ったらしばらくそのまま地面と向き合って貰いますからね?!」

P「……いや、でもまゆ」

まゆ「いやもデモもストもありません!Pさんはまゆの恋人なんですから!」

よくそんなポンポン言葉が出てくるな。

逆に感心してしまいそうになる。

まゆ「……え、えっと……恋人ですよね……?」

P「…………」

まゆ「……あ、あのぅ……沈黙が怖いんですけど……」

P「…………」

まゆ「な、何か言って下さいよぉ……」

P「……俺は……」

まゆ「うぅぅぅ……うぅぅぅぅぅ……っ!」

P「まゆの…………」

まゆ「ううぅぅぅぅぅぅぅっ!うぅぅぅぅぅぅっ!!」

P「…………」

まゆ「うぇぇぇぇぇぇんっ!びぇぇぇぇっ!!」

P「恋人だぞ?」

まゆ「好きっ!」

加蓮「何この茶番」

文香「すみません加蓮さん、そちらの胡椒を取って頂いてもよろしいでしょうか……?」

加蓮「あ、どうぞ」



P「すまん、なんかまゆが可愛かったからイジワルしたくなってさ」

まゆ「そもそも!Pさんが最初からズバッと断っていれば茶番も無くすぐに終わっていた話ですよねぇ?!」

文香「……ふふ……」

まゆ「文香さんまで加蓮ちゃんの味方をするんですか……?」

加蓮「……ふふっ。ねぇまゆ、私が誘ったのってあんたなんだけど」

まゆ「…………は?」

加蓮「だから、この後二人で遊びに行かない?って事」

まゆ「……嫌ですけど?まゆはこれからPさんと二人きりでラブラブデートをする予定が入ってるんです」

そんな予定あったか?

まゆ「正確には、デートする予定が入る予定なんです」

スマホのカレンダーを確認してみる。

あ、今日はデート予定日って記入されてる。

P「おいまゆ、また勝手にスマホ弄ったろ?」

六桁のパスワードころころ変えてるのによく毎回特定出来るな。

まゆ「な、何の事ですかぁ?」

文香「……まゆさん?ダメだと言いましたよね?」

まゆ「……反省はしています。その反省が次回に活かされるかは保証しかねますが」

P「どうりで日中バッテリーの減りが早いと思ったよ……」

まゆ「Pさんの為と思えば、百万通りもなんのそのですよぉ!」

P「パスワードを特定しないって選択肢は無いのか?」

まゆ「そろそろ観念してパスワードをまゆの誕生日にして欲しいですねぇ」

P「俺のスマホなんて弄っても何も無いだろ」

まゆ「大切なのはいつでも使用出来るという安心感です。買い物するつもりが無くても、外出する時はお財布を持っていた方が安心しますよね?」

加蓮「ねぇ鷺沢。今日一日まゆの事借りていい?」

P「利子つけて返せよ」

まゆ「こ、と、わ、って!下さい!!」

騒がしいまゆも可愛いなぁ。

見てて微笑ましい。



まゆ「利子ってなんですか?加蓮ちゃんから何か貰うつもりなんですか?!やーだー!いやです!まゆはPさんとデートするんです!今日はPさんとイチャイチャラブラブしたい気分なんです!!」

P「今日も、だろ?」

まゆ「……うふふ、うっふふふふっ……Pさんったら……」

P「それに今日デート出来ない分の利子として、明日は一日中」

まゆ「ストップですよぉ!うっふふふ……愛を確かめ合うんですよねぇ?もちろんまゆはオッケーですけど、他の方が居る前でそれを口にするのは……」

顔を赤くしてクネクネするまゆ。

あと盛大にため息を漏らす加蓮。

いや、普通にデートって言おうと思ってたんだけどな……

加蓮「……やっぱり鷺沢とデートにしておこっかな」

まゆ「まゆの持つ人間関係全てを駆使して妨害しますよぉ……」

加蓮「智絵里の時鷺沢の代わりに屋上行ってあげてさ、代わりに一日付き合って貰う約束してたんだよね。なんなら本当にまゆじゃなくて鷺沢とデートしてもいいけど?」

あったなそんな約束。

よく覚えてるものだ。

まゆ「そ、それは避けたいです……」

加蓮「じゃあ私とデートしてよ」

まゆ「ぐぬぬ……」

なんつー脅迫のし方だよ。

加蓮「っていうかそんなに嫌?普通にショックなんだけど」

まゆ「嫌です」

即答した。

まゆ「加蓮ちゃんが嫌っていうのももちろんですが、Pさんとデート出来たであろう時間をそんな事に割くのが嫌です」

加蓮「うん、多分私も同じ立場だったら同じ事言ってたと思う」

ピロンッ

まゆ「あ、Pさん。美穂ちゃんからラインが届いてますよぉ」

P「おう、わざわざロック解除までしてくれてありがとな」

後でまたパスワード変えておかないと。

見られて困るトーク履歴がある訳じゃないけど。

多分、予測変換や検索履歴から俺の趣味嗜好を特定してきそうだし。



『久しぶりに、李衣菜ちゃんと三人で遊びに行きませんか?』

まゆ「断って良いですか?」

加蓮「丁度いいじゃん、鷺沢に予定入ったんだしまゆは私と遊びに行こ?」

P「んじゃ、オッケーって返しとくか」

まゆ「Pさん。まゆを見捨てるなんて許せません……罰として、今週はキス禁止です!」

P「……そっか」

残念だけど、仕方がない。

……的な体を装っておけば、勝手に期間が縮まっていきそうだ。

まゆ「……Pさんが可哀想なので、三日で許してあげます」

P「まぁ三日くらいなら」

まゆ「……一日にしておきましょうか」

P「……まぁ一日くらいなら」

まゆ「嫌だって言って下さいよぉ!!」

加蓮「あぁもうめんどくさい!ほらまゆ行くよ!」

まゆが加蓮に拉致されて行った。

まゆ「Pさぁぁぁぁんっ!!」

P「何時くらいに戻って来るかだけ連絡寄越せよー」

さて、俺も食器洗って美穂達と遊びに行くか。




美穂「あ、こっちですPくん!」

P「すまんすまん、炊飯器のタイマーセットしててさ」

李衣菜「おっそーい!女の子二人を待たせるとか世が世なら執行猶予だよ?」

実刑は免れた様だ。

李衣菜「智絵里ちゃんも誘おうと思ったんだけど、用事あるみたいでさ」

P「で、何かする事とかもう決まってる感じか?」

美穂「いえ、全く決まってません」

李衣菜「なんか良い感じに楽しめそうな場所無い?」

P「雑だな」

美穂「雑貨でも見に行く?」

李衣菜「この辺りだと何処だっけ?」

P「駅前行かないとデカイ店は無かったと思うけど」

李衣菜「駅前まで行くのめんどくさくない?」

P「分かる」

美穂「それじゃ、えっと……」

うん、この雑さが心地良い。

特にする事決まってないけど集まって、それから何するか決めるまでグダグダ話す感じ。

美穂「ゲームセンターに行って、遊びながら考えますか?」

P「俺知ってるぞ、絶対何も考えず遊んじゃうやつだ」

李衣菜「ゲーセンなら近くにファミレスもあるし良いんじゃない?」

P「まぁそうだな、ずっと校門前で話してるのもなんだし」

駄弁りながらゲーセンへと移動する。

喋りながらのせいで歩く速度は遅いが、特に急いでる訳でも無いし。

李衣菜「三人で出来るゲームって何があるかな」

美穂「わたしとPくんとクマ君の三人でですか?!」

李衣菜「私がそれを提案する訳ないでしょ!」

P「エアホッケーなんてどうだ?李衣菜が二人に分身してさ」

李衣菜「私にそんな技能があったらまずPをボコボコにしてるけど?」

美穂「卓袱台返しとかありますよっ!」

P「明らかに一人プレイじゃないかこれ」

李衣菜「マリカーでもやる?」

P「最下位の奴が後でアイスな」

他の客の迷惑にならない程度に大声ではしゃいで。

うん、すげー楽しい。

アイス奢る事になったけど。






まゆ「……で、なんのつもりなんですか?」

加蓮「ただ遊ぼうと思ってただけだけど?」

まゆ「向こうに壁がありますよぉ」

加蓮「壁と何して遊べって言うの?ガールズトーク?壁は喋らないでしょ!!」

まゆ「そもそもガールなんですか?」

加蓮「私が女子力低いって言いたいの?!」

まゆ「壁に性別は無いって言ってるんですよぉ!」

まったく、貴重なPさんとの時間がこんな産業廃棄物みたいな会話で潰されるなんて。

災難にも程がありますねぇ。

まゆ「……で、本当は何が目的なんですか?」

加蓮「え?本当に遊ぼうと思ってただけだよ?」

まゆ「話になりませんねぇ」

加蓮「じゃあ今まゆは誰と話してるの?」

まゆ「壁に話し掛けてるんです」

加蓮「やっぱりガールズトーク出来るんだね、壁」

まゆ「トークは兎も角ガールは何処から来てるんですか?!」

加蓮「まぁほんとに、まゆと遊んであげたかっただけなんだよね」

まゆ「上から目線過ぎませんかぁ?頭が高いですよぉ」

加蓮「それはまぁ、まゆより背高いし。まゆより成長してるから」

まゆ「胸見ながら言うのやめて貰っていいですか?」

加蓮「あとは強いて言うなら……うーん、なんだろ?仲良くなりたかったんじゃない?」

なんで疑問形なんですかねぇ。

加蓮「だってほら、私友達少ないし」

まゆ「他を当たって下さい」

加蓮「あ、バッティングセンター行ってみない?私ずっとやってみたかったんだよね」

まゆ「バットを当てて欲しい訳じゃないんですが」

加蓮「ほら行くよ、時間もったいないでしょ」

まゆ「加蓮ちゃんと二人きりで遊んでいる時点でこの上なくもったいないんですけどねぇ」

加蓮「はいはい。もー素直じゃないなぁ」

なんでまゆがめんどくさい女みたいな扱いを受けてるんですかねぇ。

いえ、めんどくさいのは否定は出来ませんが。




加蓮「よし……まゆボール投げて。110キロでお願い」

まゆ「バッティングセンターへの理解度が低過ぎませんか?」

加蓮「嘘だって、私もそこまでアホじゃないから。まゆじゃ30キロが限界なんだよね?」

まゆ「よーしそこに直りやがれ下さい。顔面目掛けて新幹線もビックリの豪速球をヘッドショットしてやりますよぉ!」

加蓮「何言ってんの?まゆ……バッティングセンターはボールは自動で飛んでくるんだよ?」

まゆ「このバットをフルスイングして加蓮ちゃんの頭に当てれば良いんですよねぇ?」

係員「場内での悪ふざけは危険なのでやめて下さーい」

まゆ・加蓮「「はい、すみませんでした」」

まゆ「……加蓮ちゃんのせいで怒られちゃったじゃないですかぁ……」

加蓮「ちょっと今の絶対当たってたでしょ!判定狭くない?!」

まゆ「聞いて下さいよぉ」

というか判定って何ですか……ゲームのやり過ぎです。

当たってたなら球が飛んでってる筈ですから。

加蓮「ふんっ!せいっ!やあっ!」

ぶんっ!ぶんっ!ぶんっ!

威勢良く空振りを増やす加蓮ちゃんの意図が微塵も読めません。

まゆ「……なんでまゆを誘ったんですか?」

加蓮「一人でバッティングセンターとか不安だし」

まゆ「お嬢ちゃん大丈夫?いくつ?ここはママと一緒に来なきゃダメよ?」

加蓮「佐久間まゆなんだからままって含まれてるでしょ」

まゆ「真正面から返されるとは思ってませんでしたねぇ……」

加蓮「よしっ!オール空振り!」

まゆ「何を誇らしげに三者分三振を報告してるんですか……」

加蓮「はい次まゆの番だよ」

まゆ「ふぅ……見せてあげますよぉ。ホンモノを、ね!」

ぶんっ!ぶんっ!ぶんっ!

……あれぇ?思った様に当たりませんねぇ。

あえなく全球空振りでした。

まゆ「……良い勝負ですねぇ」

加蓮「低いレベルで熱い戦いとか……いいよ、先に打った方が勝ちね」

まゆ「後で後悔しない事ですね」

加蓮「まゆは先に後悔出来るの?」




P「ふー、んじゃそろそろ帰るか」

美穂「アイスご馳走様です!」

李衣菜「まさか忘れてる訳じゃないよね?」

P「……忘れて無かったか」

良い感じに遊び倒して疲れて来た夕方。

隣のアイスクリームショップで散財し、俺たちはパラソル付きテーブルで再び駄弁りだした。

李衣菜「今日から夏休みなんだよねー」

美穂「みんなで海とかも行きたいですね!」

P「だなー、計画立てるか」

李衣菜「夏祭りも満喫しないとね」

P「日雇いやんないと財布が保ちそうにないなぁ……」

美穂「また雇ってくれても良いんですよ?」

P「また福引き当てて温泉行くかー!」

美穂「みんなでお鍋もやりたいですね!」

P「あん時は加蓮いなかったし、次は誘いたいな」

李衣菜「しっかり予定立ててかないと、あっという間に夏休み終わっちゃいそうたね」

やりたい事が沢山あり過ぎて何も決まらない。

きっとそれは凄く幸せな事なんだろうな。

P「んじゃ、そろそろ帰るか」

まだ空が明るいから気付かなかったけど、もう十八時を回っていた。

そろそろ帰って夕飯の準備もしないと。

美穂「じゃあね李衣菜ちゃん、Pくん」

李衣菜「まったねー」

P「じゃあなー」

美穂が寮へと帰って行った。

さて、俺たちも帰るか。



李衣菜「最近まゆちゃんとはどう?ちゃんと恋人ライフ満喫出来てる?」

P「晩年の夫婦の様な生活だよ」

李衣菜「殆ど会話してないって事じゃん」

P「冗談だって、言ってて恥ずかしくなるけど相当仲良いよ」

李衣菜「へー」

P「もう少し興味持てよ」

李衣菜「惚気話と校長の話は適度に流してかないと」

P「俺美城校長程ポエミーじゃないから」

李衣菜「……実は私さ、一年生の時から美穂ちゃんの事応援してたから」

P「……李衣菜は、知ってたんだな」

一年生の時から、美穂が俺に好意を向けてくれていたという事を。

李衣菜「なんで教えてくれなかったんだ?なんてアホな事は言わないでよ?」

P「んな事言う訳無いだろ……俺を何だと思ってるんだ」

李衣菜「Pでしょ」

P「お?その言い方はバカにしてるな?」

李衣菜「Pは翻訳するとバカだよ」

俺の名前をバカの代名詞にするな。

李衣菜「だってずっと美穂ちゃんの気持ちに気付かなかったし、あんな優しい子を振っちゃったんだよ?」

P「仕方無い、って言うつもりはないけど……まゆの事が好きなんだからそれしか無いだろ」

宙ぶらりんなままにしておく方がよっぽど酷い。

きっとそれは誰も幸せになれないし。

李衣菜「今、Pは……まゆちゃんの事、本当に好き?」

P「あぁ」

即答した。

李衣菜「そっか……なら、末長くお幸せに。こっちに砂糖振り撒かないでね?」

P「善処するよ」

李衣菜「友情も大切にしてね」

P「してるよ。俺がそうなのは李衣菜が一番分かってるだろ」

李衣菜「さぁね。私はPの事なんて全然考えてないから」

P「名前だけでも覚えて帰ってくれよ」

李衣菜「ねぇまゆちゃん」

P「俺鷺沢なんだけど!」

李衣菜「へへっ、知ってるよ」

P「……で、何かあったのか?」

李衣菜「ん?なにが?」

P「いや……なんか話したい事があるって感じだったからさ」

普段の李衣菜は、こんな風に話を引っ張らないのに。

何か、気付いて欲しい事でもあるんだろうか。

李衣菜「え?ないよ?」

P「俺たちの間に隠し事は無しだぞ。あの日そう誓ったじゃないか」

李衣菜「え、ごめんそんな覚え無いんだけど」

P「奇遇だな、俺も無いわ」



李衣菜「それに私がPに隠し事をしてた事って無いでしょ?」

P「美穂の事」

李衣菜「恋愛に関してはその限りでは無いんだけどね」

P「……まぁ確かに、それ以外で李衣菜が何か隠してた事って無いな」

李衣菜「その通り、分かってるじゃん。でも今日は……美穂ちゃんと、こうやって三人で遊べて良かったって安心したかな」

P「……俺も、美穂には感謝してる」

告白されて、断ってからも。

こうして、前と同じ様な日々を送る事が出来て。

李衣菜「不安じゃなかった、って言えば嘘になるね。うん……だから、本当に良かった」

P「李衣菜って不安になるんだな」

李衣菜「お?喧嘩売ってる?」

P「今なら先着一名様まで半額セールだぞ」

少しずつ、空が暗くなってきた。

日中暑かった分、吹き抜ける風が冷たく感じる。

李衣菜「じゃ、またね」

P「おう、またな」

手を振って、李衣菜と別れる。

さて、と。

……まゆから帰宅の連絡、まだ来てないなぁ……




加蓮「ふぅ……疲れた……」

まゆ「0対0……白熱した勝負でしたねぇ……」

結局、どちらのバットもボールに当たる事はありませんでした。

その後ストラックアウト対決もしましたが、そちらも0対0でした。

夕方の河原で殴り合った不良の様に、まゆ達もベンチに座り込みます。

加蓮「あー楽しかった。こんなにクタクタになるまで遊んだのなんて初めてかも」

まゆ「まゆも、正直立ち上がるのすらしんどいです」

加蓮「何か飲む?」

まゆ「お茶をお願いします」

加蓮「買えば?」

まゆ「張り倒しますよぉ?」

……随分と、仲良しな感じになっていますねぇ。

イラっとくる事も多々ありますけど、それは加蓮ちゃんのコミュニケーション能力が低いからでしょう。

まゆ「それで……本当に、なんでまゆを誘ったんですか?」

加蓮「良い機会だったからね、まゆともっと仲良くなる」

まゆ「加蓮ちゃんは友達が少ないですからねぇ」

加蓮「いちいち突っかかってくるメンドくさい女相手に、それでも仲良くなろうとする鷺沢の苦労が今更分かったかも」

まゆ「まゆは別に、加蓮ちゃんと仲良しになろうなんて思ってませんでしたけどねぇ」

加蓮「じゃあもう今は仲良しって事でおっけー?」

まゆ「……失言でしたねぇ。なんでまゆなんかと仲良しになろうなんて気の迷いみたいな事を考えたんですかぁ?」

加蓮「ほら、私も友達少ないじゃん?そのせいって事にして良いよ」

……私も、ですか……

ニヤニヤ笑わないで下さい、イライラしますから。



まゆ「まったく……まゆが文香さんに話した時、盗み聞きしてたんですね」

李衣菜ちゃん達と夕飯を食べに行ってるだろうと油断してましたねぇ。

加蓮「まゆだってよくしてたじゃん。同じ事されても文句は無いよね?」

まゆ「……で、だからどうしたんですか?」

加蓮「え?別に?」

…………え?

キョトンとした顔をする加蓮ちゃん。

全国キョトン顔選手権で優勝を狙えそうな程のえ?別に?顔です。

まゆ「……は?本当に仲良くなりたいなんていう理由だったんですか?」

加蓮「最初からそう言ってるじゃん。まゆがどう思ってるかはどうでも良いんだけど、私はいつも遊んでる皆んなが大好きだからさ。たまには自分から誘ってみよっかなって」

まゆ「……どうでも良いって……」

加蓮「応援するつもりは無いけどね。私がまゆと遊びたくなっただけ。遊びたい理由なんて、遊びたいから、で充分でしょ」

まゆ「まゆとは遊びだったんですね……よよよ……」

加蓮「ふふっ、バカみたい。損するよそういう性格」

まゆ「加蓮ちゃんがそれを言うんですか?」

加蓮「確かにそうだね、ウケる、うんウケない」

まゆ「……ふふふっ」

思わず笑っちゃいました。

加蓮ちゃんは捻くれてますね。

……いえ。

良くも悪くも、真っ直ぐ過ぎて折れやすいのかもしれません。

加蓮「まぁ、まゆが私と今仲良しこよしにはなりたく無いってのも分かってたんだけどね」

まゆ「だとしたら、良い性格してますねぇ」

加蓮「さぁまゆ、私との友好ポイントはどのくらい貯まってる?」

まゆ「随分と昔のシステムを持ち出しましたねぇ」

加蓮「ほら、やっぱり盗み聞きしてた」

……むぐぐ、誘導尋問は卑怯ですねぇ。




加蓮「美穂の時、しんどかったんでしょ。仲良い友達が自分のせいで振られるの」

まゆ「……否定はしません。美穂ちゃんの涙なんて、見たくありませんでした」

加蓮「まぁ私はそんなの気にせずまゆとどんどん仲良しになってあげる」

まゆ「いえ、加蓮ちゃんは別にどうでもいいので」

加蓮「うん、それを本気で言えるようになろうね」

……ほんと、いい性格してますねぇ。

加蓮「それと……鷺沢に迷惑を掛けたく無いって考えは良いと思うけどさ。迷惑掛けた分だけ……ううん、それ以上に。別の形で返してけば良いんじゃないかな。少なくとも、私はそっちの方が良いと思う」

まゆ「ご忠告、痛み入ります」

加蓮「さては聞く気ないでしょ?」

まゆ「敵からの塩は払い除ける物ですよぉ」

加蓮「それと私、やっぱり鷺沢の事諦めない」

……そうですか。

まゆ「手酷く振られると良いですねぇ」

まゆはそんな事、思ってもいない癖に。

加蓮「うん、楽しみにしてる」

まゆ「……いつ告白するか、もう決めてるんですか?」

加蓮「別に、適当に二人きりになった時にでも」

まゆ「阻止してやりますよぉ!」

加蓮「ところで、鷺沢に何時に帰るか連絡しなくていいの?もう結構いい時間だけど」

まゆ「あっあっあっあっ」




P「さて、そろそろいい時間だし送ってくよ」

まゆ「うふふ、ありがとうございます」

夏休みに入って、学校があった時以上に長い時間をまゆと一緒に過ごし。

なんかもう殆ど同棲レベルで家にまゆが居る生活を送り。

カレンダーは次のページへ、気付けばもう八月になっていた。

まゆ「そろそろ夏祭りですねぇ」

P「だな、三日連続デートだぞデート」

まゆ「幸せのスリーアウトですねぇ。浴衣姿、期待してて下さい!」

P「おう、楽しみにしてる」

以前温泉旅館でまゆの浴衣姿は見た事があるが、やっぱり旅館の浴衣と夏祭り用の浴衣は違うし。

楽しみで楽しみで仕方がない。

……で、だ。

P「明日俺はちょっと用事があって出掛けるんだけど」

まゆ「嘘ですよね?」

なぜバレた。

顔に出てたんだろうか。

まゆ「Pさんは今週末まで、何も予定が無い筈です」

……なんで把握されてるの?

P「いやほら、アダルトな本でも買いに行こうかなーって」

予定が無いなら作ればいい。

まゆ「まゆもご一緒して良いですかぁ?」

P「……またの機会にします」

夏休みに入ってから、まゆはやたら俺の行動を把握していた。

まぁスマホ覗かれてるんだろうなってのは分かるし、別にそれはいい。

……良くないな、でもまぁ今はいい。

なんだか、常にまゆが側に居る気がした。

それはそれで幸せっちゃ幸せな事なんだけど、ちょっとした買い物や散歩の時でもまゆが居るのだ。

こないだ偶然道で加蓮と会った時、突然背後の電信柱からまゆが現れた時は心臓が止まると思った。

P「……まぁいいか、可愛いし」

まゆ「うふふ……愛おしいだなんて、そんな……」

俺は愛おしいって言ってただろうか?

いやもしかしたら本音がぽろっと漏れてたのかもしれない。

P「んじゃ、また明日な」

まゆ「はい。また明日です、Pさん」



P「ただいまー姉さん」

加蓮「おかえりー鷺沢」

P「あれ姉さん、髪型変えた?」

加蓮「それ以外にも変わってる場所あるでしょ!」

P「キレ方理不尽だしそもそもお前姉さんじゃないだろ」

文香「では……私が北条加蓮です」

P「まじか加蓮、なんか頭良さそうになったな」

加蓮「私がバカっぽかったって言いたいの?!」

P「現在進行形でバカだろお前」

加蓮「バカって言う方がバカなの知ってる?」

P「はいお前の方がバカって言った回数多いー」

ははーん、さては俺たちバカだな?

P「……で、なんで加蓮が居るんだ?」

加蓮「私が来たからだけど?そんな事も分からないの?」

P「へーへー。で、何の用だ?」

文香「……P君に、お話があって来たそうです」

P「通話かラインで良いじゃん」

加蓮「……はぁ」

文香「……はぁ」

P「え、なんで俺呆れられてるの?」

文香「…………はぁ」

加蓮「…………はぁ」

P「ため息で語るな」

文香「……通話やラインではダメだから会いに来た、とは考えられないんですか……?」

加蓮「あんたほんとそういう所からっきしダメだよね」

通話やラインじゃダメって事は……

P「……盗聴されてるって事か」

加蓮「んな訳……まゆなら無いって言い切れないけどさ」

P「にしてもわざわざこんな夜に来なくたって良いだろ」

文香「………………はぁ」

加蓮「………………はぁ」

P「えぇ……」



加蓮「取り敢えずあんたの部屋行くよ」

手を引かれ、俺の部屋に拉致された。

言ってる意味が自分でも分からないけど大体そんな感じだ。

加蓮「……盗聴器とか無いよね?」

P「怖い事言うなよ」

加蓮「……なんで私がわざわざ二十時回ってから来たのか、本当に分かんないの?」

P「……二十時……」

二十時と言えば……なんだ?

あと四時間で日付が変わるが……

加蓮「……門限だからに決まってるでしょ」

P「加蓮のか?」

加蓮「だとしたら私今此処に居ない訳だけど」

P「確かにそうだな……っあー!」

寮の門限って事か。

成る程……成る程?

P「だから何なんだ?」

加蓮「夜の二十時から朝の五時まで」

P「おやすみからおはようまで?」

加蓮「健康的な生活だね」

P「老後はかくありたいものだな」

加蓮「ってそうじゃなくて、その時間はいくらまゆでも毎日は自由には動けないって事」

P「……まゆ?」

加蓮「最近、まゆって四六時中鷺沢と一緒に居るじゃん」

P「……まぁ、そうだな」

加蓮「背後霊みたいだよね」

P「生き霊じゃん」

加蓮「この時間帯にならないと、鷺沢と二人きりでは話せないって事。理解出来た?」

二人きりで話したい内容で。

電話やラインじゃダメで。



P「……えっと……それは……」

加蓮「……なに?やっと分かってくれた……?」

途端に恥ずかしくなったのか、少し目を逸らす加蓮。

加蓮「……なんとか言ってよ」

P「えーっと……察しが付いたって言うか、まぁ……」

加蓮「……うん、えっと……そういう事なんだけどさ……」

声がどんどん尻すぼみになっていく。

加蓮「ってか鷺沢、あんた相変わらず隙だらけだよね。彼女居るのに部屋に別の女招くとかバカなんじゃないの?!」

P「逆ギレすんなよ。あと招いてねぇよ拉致られたんだよ!」

加蓮「……まゆに言っちゃうよ?」

P「大変申し訳ございません、全面的に此方の責任でございます」

加蓮「ふんっ、よろしい」

えへんっ!といった顔をして。

それから大きくため息を吐いて、加蓮は話を続けた。

加蓮「……まゆに、鷺沢と二人きりになった時に告白するって言ったらさ。あれからそんな機会失くなっちゃって」

P「……だから、最近まゆずっと近くに居たのか」

加蓮「買い物してたり散歩してる鷺沢に偶然装って話しかけようとしたら、近くにまゆが居たりしてさ」

まゆ、なかなかアクティブだな。

P「……ん?偶然装って話しかけようとした……?」

加蓮「えっ?あ、あっははっ……聞かなかった事にしてくれたり……しない?」

P「……まぁ、それで俺に何か被害がある訳でも無いしいいか」

加蓮「……ごめん、やっぱりちゃんと話すね?」

話すのか。

加蓮「街で鷺沢見掛けたりするとさ、ついつい追っちゃうんだよね」

P「目で、だよな?」

加蓮「その言い方、まるで私が恋する乙女みたいじゃん……」

P「……目で、だよな?」

加蓮「……バレない様に尾行しちゃったりしてさ」

P「目だけじゃなかったかー……」

加蓮「普段どんな事してるか気になるんだからしょうがないでしょ?」

P「尾行をしょうがないで済ますな」

加蓮「それくらい好きって事なんだから!」

P「……えっと、すまん……」

加蓮「……ごめん、今のもナシで。ううん、本音なんだけどさ……」

顔を真っ赤にする加蓮。

いやまぁ、好きな人が普段どんな事してるのか気になるのは分かるな、うん。



加蓮「……まゆはさ、怖いんじゃない?」

P「……怖い?俺に振られるのがか?」

加蓮「あんたがまゆを振らないって事くらい、もうみんな分かってるでしょ」

それを、加蓮が言うって事は。

一体加蓮は、俺に会いに来るまでにどれだけの葛藤と覚悟をしてきたんだろう。

加蓮「そうじゃなくて、鷺沢が他の子を振る事。もちろん鷺沢が辛い思いをしちゃうのが嫌ってのもあると思うけど……」

P「……俺は、それでも」

加蓮「まゆはさ、弱いんだよ……多分、鷺沢が思ってるよりも、ずっと」

P「……そうなのか?」

加蓮「それと、優しいから。自分のせいで仲の良い友達が振られちゃうのが、すっごく辛いんだと思う」

P「別にまゆのせいじゃ……」

加蓮「って割り切れる程、まゆは強く無いんだって。もしそれに、自分が嫌われちゃったり恨まれちゃったりするのが怖い……仲の良い友達だったとしたら尚更ね」

P「……だから、か」

加蓮「うん。だからまゆは、他の子に告白させない為に四六時中鷺沢の近くに居ようとしてた。ストーキング紛いの事をしてでもね」

P「……そう言ってくれれば……」

加蓮「言ってたとしたら、鷺沢は何をしてたの?何が出来たの?別に鷺沢を責める訳じゃないけど、あんたに出来る事なんて無かったんじゃない?」

P「……そうだな」

きっと、出来る事なんて何も無かった。

それでも、まゆが悩んでるのに。

そもそも悩んでる事すら知らなかったなんて嫌だ。

加蓮「それにまゆも、鷺沢に迷惑掛かる様な事は言おうとしないし。美穂の時に何も出来なかったからこそ、それ以降は全部自分だけでなんとか済ませようとしてる」

そうは言っても、何も相談されないってのもまた悔しい。

なんてワガママな考え方なんだろう。

加蓮「これから同じ様な事があった時に、同じ様にならない様に……一回、ちゃんと話してみたら?」

まぁ私はそんな事関係ないんだけどね、と笑う加蓮。

それが本当な筈が無い。

本当なら、ここまでまゆの事を話す意味が無い。



加蓮「……まぁまゆが勝手にそうしてるだけだから、私も好き勝手に好きにやるし、好き勝手に好きになる」

P「……好きに、か……」

酷な事だけど、言葉にするのはとてもしんどいけれど。

それでも、きちんと伝えなければ。

P「……なぁ加蓮、大前提として俺は加蓮とは付き合えないんだぞ?」

加蓮「それくらい知ってるけど?私が勝手に好きになってるだけだから、あんたも振れば良いんじゃない?」

アッサリとそう言う加蓮。

ほんと加蓮は、素直で……強いな。

加蓮「伝えないままでいるなんて嫌だし。まぁ一回諦めといて何を今更って感じなら、今のうちに追い返しても良いけど?」

P「いや、ちゃんと聞くよ」

加蓮「……あと安心していいよ。振られようが、私が鷺沢とまゆを嫌いになったり恨んだりなんてしないから」

P「……安心しろ。嫌われようが恨まれようが、俺は加蓮と友達でい続けたいと思ってるから」

加蓮「さて、保険を掛けるのは終わり。これ知られたら智絵里に笑われそうだけど……そうでもしないと。私は……弱いから」

ふぅ、と。

大きく息を吸い込んで。

加蓮「ねぇ、鷺沢」

P「なんだ?加蓮」

加蓮「……好きだよ。私と付き合って」

P「ごめん。俺、まゆの事が好きだから」

加蓮「……ふふっ、知ってる」

呆気なく終わった恋に対し、軽く笑う加蓮。

……こいつは、ほんっとうに……

P「……なぁ、加蓮」

加蓮「何?」

P「……ごめん」

加蓮「そんなに謝らなくて良いって。あと見送りも要らないから」

P「……やっぱり俺さ、加蓮に嫌われてもいいや」

加蓮「えーひっどい。突然どうしたの?」

P「だから……加蓮も、こっちの気持ちなんて考えずにもっと好き勝手言ってくれよ」

加蓮「……私、帰るから」

P「俺やまゆの事なんて、気にしなくていいからさ」

加蓮「ほんっと、しつこい男は嫌われるよ?」

P「嫌われてもいいって言っただろ」

加蓮「……何?もっと熱烈な告白を期待しちゃってたの?きもっ」

分かってる。

俺やまゆに辛い思いをさせない為に、あっさり引き下がろうとしている事くらい。

それで良いじゃないか、それで終わりに出来るんだから。




P「……俺さ、友達少ないんだよ」

加蓮「知ってるけど?唐突な自分語りとかうざいんだけど」

P「母親が亡くなって、それから一人で本ばっかり読んでてさ。おかげで小学生の頃からぜんっぜん友達出来なくてさ」

母親がいなくて、家が古書店という事もあり本ばかり読んでて。

小学校の頃からクラスの男子と全然仲良くなれなくて、時にはイジメの的にされた事もあったけど。

そんな時に仲良くしてくれた、助けてくれた李衣菜にすっごく感謝してるし。

加蓮「だから何?」

P「だから、さ。少ないからこそ……大切にしたいんだよ」

加蓮「そんな相手に嫌われてもいいとか言っちゃうんだ」

P「……嫌われるのは嫌だよ。怖いし、しんどいし。でも、それくらい大切だからこそ……真正面から向き合いたいって思ってる」

加蓮「……振った癖に、よくそんな事言えるね」

P「あぁ、全部俺が悪い。もし俺が辛い思いをしたとしても、それは全部俺のせいだから……言いたい事があるなら、全部話してくれ……!」

加蓮「ばっかじゃないの?!ほんっと、ワザワザ色々話してあげて損した!あんたなんて……!」

さっきまでの調子とは打って変わって、肩を震わせて声を大きくする加蓮。

あぁ……これは本当に、嫌われたかもしれないな……

加蓮「鷺沢の事なんてさ!私は……!」

目に涙を溜めて。

言いたく無かったであろう想いを。

加蓮「……嫌いになんて、なれる訳無いじゃん……っ!」

加蓮は、言葉にしてくれた。

P「……ありがとう、加蓮」




加蓮「私が勝手に好きになってるだけだから、あんたも振れば良いんじゃない?って……そんな訳無いじゃん……嫌だよ、振られるなんて……」

加蓮「追い返しても良いけど?なんて……本当は、私が怖かっただけで……!」

加蓮「……来なきゃ良かった!告白しようなんて思わなきゃ良かった!!いいじゃん、さっきので終わりにしておけば!!」

P「良い訳無いだろ!まだ言いたい事があるって事くらい分かってんだよ!!」

加蓮「私だって辛かったんだよ?だからもう終わりにしてよ!」

P「さっきので諦められるのか?」

加蓮「諦められる訳無いじゃん!!」

P「だったら言えよ!ちゃんと諦めて貰わないと俺も加蓮もしんどいだろ!!」

加蓮「諦められるんだったらとっくに諦めてるから!」

P「分かんないだろ!言っても無いのに!」

自分がどれだけ酷い事を言っているか、よく分かっている。

本音を言ってくれよ、俺は振るけど、だぞ?

加蓮「……私が……私が!どれだけ悩んだと思ってんの?!」

P「分かるわけ無いだろ!言われて無いんだから!」

加蓮「好きなんだよ?諦めたくても諦められないくらい大好きなんだよ?!本音で想いを伝えて、それで振られるなんて嫌だから!!」

加蓮「初めてあんたみたいな優しい人に会えて!嬉しかった!すっごく嬉しかった!好きになっちゃうに決まってるじゃん!!」

加蓮「それでも、振られるのが怖かったから!誰かに取られちゃうよりも、鷺沢に振られちゃう方が怖かったから!私にはあんたしかいなかったから!だから……私は諦めようとしたのに!」

加蓮「会う度に嬉しくなっちゃってさ!バカみたいに舞い上がってさ!もし付き合えてたら、もっと幸せだったんだろうなって思うと……悔しかった!すっごく辛かった!!」

加蓮「なのに!ずっと後悔してたのに!それでも私は、やっぱり振られるのが怖かったから……!だから、誰かの為にって言い訳して、やっぱり本音は言えなくて!!」

加蓮「でもまゆがあんたの事束縛して、私と鷺沢が二人で笑い合える日が失くなっちゃうのも怖かったから!!」

P「……ごめん、加蓮……!」

俺が思っていた以上に、加蓮は悩んでたのに。

それなのに、俺は……

加蓮「いいよもう!私の想い、あんたが傷付こうが構わず言ってやる!!」

加蓮「鷺沢!私は、鷺沢の事なんて……鷺沢の事なんて……!」

それを口にするのは、とても勇気が必要で。

結末が分かっているからこそ、苦しくて。

それでも加蓮は、最後まで……

加蓮「私は……大好きだから……っ!だから、P!私と……私と……!付き合って!!」

溢れる涙を零しながらも。全部、言葉にしてくれた。

P「……ごめん、加蓮……っ!」

加蓮「付き合ってよ!」

P「ほんとに……ごめん……っ!」

加蓮「泣くなんてズルいよ!あんたが辛い思いしてる事くらい分かってるんだから!私も余計に辛くなるじゃん!!」

P「辛くて泣いてるんじゃない!断るって分かってたのに言わせた自分に……!」

加蓮「辛いんじゃん!」

P「辛くない!」

加蓮「私も素直になったんだから鷺沢も素直に言ってよ!」

P「うるせぇ!くっそしんどいよ!申し訳無さで押し潰されそうだよ!」

加蓮「ほら辛いんじゃん!!」

P「辛いとは言ってないだろ!!」

加蓮「……確かに」

P「……急に冷静になるなよ」

加蓮「……ふふっ、バカみたい。こんなムキになって……それだけ、悔しかったって事なのかな……」

P「……ガキみたいな言い合いしてたな」

加蓮「……保険掛けて、言い訳して、八つ当たりまでして……でも結局、言っちゃったな……」

P「……ありがとう、言ってくれて」

加蓮「気分はどう?」

P「悪く無いな。最悪な気分だ」

加蓮「……ふふっ、何それ」

P「……」

加蓮「私には聞いてくれない?」

P「聞くまでもないよ、顔見てれば」

涙で顔が大変なことになってる。多分、俺も同じだろう。

加蓮「言われなきゃ分かんないんでしょ?」

P「……気分はどうだ?」

加蓮「……うん、清々しいくらい最っ悪な気分。あーあ、振られちゃった……」

P「……俺もう少し泣いていい?」

加蓮「ダサっ」

P「今更だろ」

加蓮「それもそうだね……しょうがないから、私も泣くの付き合ってあげる」

P「……ありがとう、加蓮」

加蓮「……っあぁぅ……っ!うぅぅぅぅぁぁっっ!!」

P「……っ!ごめん…………っ!」

加蓮「あぁぁぁぁぁっ!うぁぁぁぁぁっっっ!!」

あーあ、ほんっとうに。俺は、友達に恵まれてるな。

P「……ありがとう……っ!加蓮っ!」



『おーい、まゆー』

『はぁい、あなたのまゆですよぉ』

まゆにラインを送ると、一瞬で既読と返信が来た。

まるで俺とのトーク欄を常に開いてるかの様な超速反応だ。

『明日祭りだけど、空いてる?』

『勿論ですよぉ』

『なら、十六時過ぎくらいに寮行くから』

『分かりました。浴衣を着て待ってますよぉ』

『それじゃ、頼んだ』

『(((o(*゚▽゚*)o)))♡』

さて、と。

デートの約束をして、喜びの舞を踊りながら考える。

加蓮が言っていた事が本当なのだとしたら、まゆは誰かが告白するのを阻止しようとしていた筈だ。

それに関してまゆを責める訳じゃないし、もしかしたら恋人として当たり前な事なのかもしれないけど。

と言うか俺だって他の男子がまゆに告白しようとしてたら、持ち有る限りの語彙力と土下座を総動員して止めてたと思うけど。

それ以前に俺に男子の知り合いなんていないけど。

……ごほんっ、話が逸れた。

兎も角、だ。

ならなんで、美穂は告白してきたんだろう。

美穂が俺の家に来る前は、まゆと一緒に居た筈だ。

まゆなら引き留める事が出来ただろうに、何故しなかったのか。

何故、きちんと告白したらどうですか?って言ったんだ?

……いや、出来なかったのか?

P「……分からん」

自分で考えたところで、答えなんて出ない。

よくよく考えなくても、そんなのまゆしか分からない事だし。

だから明日のデート前に話を聞こうと思ってる訳だし。

だからこそ今、実は少し心が重かったりする訳だけど。

P「……はぁ」

窓を開けると、心地よい風が吹いてきた。

八月の昼は暑いけど、その分夜風は涼しく感じる。

P「おっ」

夜空に、一筋の光が煌めいた。

それが流れ星だと認識して、なら願い事を唱えようかと思った時点でもう既に消えてしまったけど。

今から唱えて、間に合ったりしないかな。

P「……友達が増え……なくていいから減りませんように」



李衣菜「その願い、叶えてしんぜよう」

P「まじか」

李衣菜「まじまじ」

P「……なんで居んの?」

窓から覗く道路に、自転車に跨った李衣菜が居た。

李衣菜「朝ご飯たかりに来たんだけど?」

P「知ってるか?今二十一時なんだぜ?」

李衣菜「だから来たんだ」

P「すげえ、なんも理由が説明されてねえ」

李衣菜「冗談だって、たまたま買い物の帰りに通ったら窓からPの顔が生えてただけ」

P「じゃあな」

李衣菜「ちょっとちょっとちょっと!窓閉めたらお話出来ないじゃん!」

P「早く帰らないと親御さん心配するぞ」

李衣菜「確かに」

P「だろ?」

李衣菜「Pの家に泊めて貰うって連絡しとかないと」

P「おいおいおいおい!余計に心配されるしまゆに怒られるし色々とよろしく無いからやめろ!」

李衣菜「そんなに叫ぶと近所迷惑だよ」

P「誰のせいだと思ってんだよ」

李衣菜「人のせいにするなんて……Pをそんな風に育てた覚えは無いけど?」

P「俺も李衣菜に育てられた覚えがねぇよ」

李衣菜「だから覚えは無いって言ってるじゃん」

P「確かに間違っては無いな……」

李衣菜「まぁいいや。それじゃ、私帰るから」

P「ん、なら送ってくぞ?」

李衣菜「いいよ別に。明日は夏祭り行くよね?」

P「もちろんだ」

李衣菜「じゃ、また明日ね」

ばいばーいと手を振って自転車を漕ぎだす李衣菜。

そういえば最近、李衣菜は朝飯たかりに来なくなったな。

そんな事を考えながら、俺は床に就いた。




金曜日、夏祭り一日目。

三日に渡って行われる夏祭りに、町はかなり騒がしくなっていた。

こういう時甚平とかあれば雰囲気出るんだろうが、残念な事に自分の格好は半袖Gパン。

もうちょっとお洒落な格好もあるんだろうが……そのうち加蓮にコーディネートして貰おう。

遅めの昼飯を済ませて、ゴロゴロと部屋で転がる。

……約束の時間まで、暇。暇でしかない。

床から虚無が伝わってくる。

まぁいいか、少しくらい早く行っても。

文香「あ、P君……そろそろ、お出かけですか?」

P「もう少ししたら、まゆに会いに行ってくる」

文香「その後は、夏祭りでしょうか?」

P「うん。姉さんは?」

文香「私は、そういった騒がしい場所は……それと、夕方過ぎ頃から、雨が降るかもしれないそうです」

P「え、マジか……」

文香「出かける時、窓は閉めて行って下さいね」

P「了解。んじゃ、そろそろ出掛けるか」

まだ十五時半くらいだけど、行くか。

ドアを開けると、暑過ぎて部屋に戻りたくなった。

やっぱり屋外にも冷房を設置するべきだと思う。



俺はまゆに会いに、学生寮まで来た。

まゆ「あ、こんにちは。Pさん」

P「よ、まゆ」

俺の姿を見つけ、花が咲くように微笑むまゆ。

浴衣に身を包んだまゆは、物凄く可愛かった。

やばいな、可愛いな、今すぐにでも抱き締めたくなる。

まゆ「どうですか?まゆの浴衣姿」

P「とても良いと思う」

小学生の感想文みたいな言葉しか出てこなかった。

っとそうじゃないそうじゃない。

聞きたい事があるんだった。

……どう切り出せば良いんだろう?

まゆ「ところでPさん、少しお話したい事があるんです」

P「ん、なんだ?」

まゆ「……加蓮ちゃんとは、どうなったんですか?」

P「……えっ?」

まゆ「加蓮ちゃんから、『鷺沢の家に行って告白した』とだけラインが送られて来たんです」

まゆ「聞き返しても、それ以降返信が一切無くて……既読無視は凶器ですねぇ」

まゆ「断りましたよね?断ってくれましたよね?」

にっこにこの笑顔で聞いてくるという事は、俺が信頼されているという事なんだろう。

P「あぁ、もちろんだ」

まゆ「……ふふ、良かったです。もちろん、まゆも信じてましたから」

P「それは良かった」

さて、それじゃ。

俺も、まゆに聞くとしよう。

P「……なぁ、まゆ」

まゆ「はい、なんでしょう?」

P「……修学旅行から帰って来た日に、美穂に告白された時の話なんだけどさ」

まゆ「……やっぱりOKしよう、なんて話じゃありませんよね?違いますよね?!」

P「んな訳無いだろ……」

まゆ「ふぅ……驚きましたよぉ……驚き過ぎて心臓が動くところでした……」

P「止まってる方がまずく無い?」

違う違うそうじゃない。




P「あの時さ、まゆが美穂の背中を押したって言ってたけど……なんでた?」

まゆ「なんで、ですか……それは当然、美穂ちゃんがまゆの大切な友達だからです。背中を押そうとするのは当然だと思いませんか?」

P「じゃあ加蓮は?」

まゆ「加蓮ちゃんは大切なお友達ではありませんから」

P「……本当に?」

まゆ「……本当ですよぉ」

……嘘だな。

P「加蓮から聞いたんだ。まゆは、えっと……誰かが自分のせいで振られるのを怖がってるって」

まゆ「まゆの言葉より、加蓮ちゃんの言葉を信じるんですか?」

P「そういう事じゃないよ。だからこそ、まゆから聞きたかったんだ」

まゆ「……まゆは、Pさんさえ幸せならそれで十分ですから。Pさんに辛い思いをさせない為に、他の子からの告白を止めたいとは思っていますけれど」

P「別に気にしなくていいのに。俺が辛い思いをするだけじゃん」

まゆ「Pさんが辛い思いをするのが、まゆも嫌なんです」

P「……でも、美穂は応援したんだな」

まゆ「まゆのせいで、美穂ちゃんには色々と迷惑をかけちゃいましたから」

P「……加蓮もさ、色々と考えててくれたんだよ。俺やまゆが出来るだけ辛い思いをしない様に、自分の気持ちを押し殺してさ」

まゆ「だったら、告白なんてしなければ良かったんですけどねぇ」

P「……まゆ」

きっとまゆは、そんな事本気では思ってないんだろう。

それでも、俺が言えた事じゃないのは百も承知だけど。

加蓮の想いを踏みにじる様な言葉が、看過出来なかった。

P「……今の言葉はよろしく無いと思うぞ」

まゆ「……Pさんは、加蓮ちゃんに告白されたかったんですか?」

P「そういう訳じゃない。そうじゃなくってさ」

まゆ「Pさんは、誰かに告白されて嬉しいんですか?本当は嬉しかったんですか?だから、いつでも側に居るまゆが邪魔なんですか?」

P「んな事言ってないだろ!」

まゆ「まゆは加蓮ちゃんが告白しない様に、出来る限り二人きりになる状況を作らない様にしてました。Pさんも気付いてましたよね?それを鬱陶しいとも思ってたんですよね?!」

P「ずっと側に居てくれて嬉しかったけどな!」

時折びっくりする事はあったけど、嬉しいって気持ちも嘘じゃない。

でも、出来ればそんな理由抜きにして側に居て欲しかった。




まゆ「なら、どうして加蓮ちゃんを家に入れたんですか?!」

P「それは……きちんと断りたかったから……」

まゆ「だったら、まゆがしていた事なんて完全に無駄じゃないですか……!」

無駄、だって?

いつも家に来てくれたのは。

買い物や散歩に付き合ってくれてたのも。

全部、加蓮が告白するのを止める為だけだったのか?

P「……まゆ。その為だけに、ずっと俺の家に来てたのか?」

まゆ「本当は加蓮ちゃんから告白されるって分かって嬉しかったんですよね?だからまゆの居ないところで告白させたんですよね?!」

P「違うに決まってるだろ!まゆと一緒だよ!加蓮は大切な友達だから……!」

まゆ「恋人がいるのに、女の子に告白はされたいだなんて……」

P「そうじゃない!加蓮と正面からちゃんと向き合いたかっただけで……」

まゆ「加蓮加蓮って……!そんなに加蓮ちゃんの事が好きなら、もう付き合っちゃえば良いじゃないですか!!」

まゆの声が、道に響いた。

P「……まゆ……」

まゆ「…………あ……」

分かってる。

まゆがそれを本気で言ってる訳じゃ無いって事くらい。

勢いで、つい口から出てしまったって事くらい。

分かってる、頭では理解している。

きっとまゆはそんな事を思ってないし、俺だってそれでまゆと別れて加蓮と付き合うなんて選択肢は選ばない。

……分かっては、いるんだ。

P「…………そっか。ごめん、まゆ」

まゆ「……あぁっ……あぁぁぁぁぁぁっ……!」

寮へと走り去って行くまゆ。

そんなまゆに対して、俺は。

手を伸ばす事すら、出来なかった。



P「……消えたい」

財布を覗けば樋口と福沢が一枚ずつ。

これで出来る限り遠くに旅立つとしたら、やっぱり青春18きっぷだろうか。

青春の終わりの旅になんて皮肉だろう。

ゴロンと寝返りを打って、ベッドから落ちた。

痛く無い、痛いのは心だけだ。

まゆから連絡は一切無い。

俺からも、なんて言えば良いのか分からなくて何も送信出来てない。

あの時、俺はあんな事を聞かなければ良かったのに。

後悔が膨れ上がって部屋を埋め尽くす。

なんだかやけに天井が高く感じるのは、それだけ心が沈み込んでいるからだろう。

P「……今日、お祭りだったんだよな……」

浴衣姿のまゆ、すっごく可愛かったな。

俺が何も言わなければ、今頃二人並んで露店を満喫してたんだろう。

窓を開けて、空にため息を飛ばそうとする。

ポツンッ

雨が降ってきやがった。

どうやら空は俺のため息なんて御免らしい。

もうこのまま永遠に雨が降ってればいいのに。

窓を閉めて、再びベッドに崩れ込んだ。

コンコン

P「……はーい」

ガチャ

文香「……ふふっ」

文香姉さんの微笑む声だけが聞こえてきた。

ベッドに沈み込んでる俺が珍しくて笑ってるんだろうか。

P「……なに?」

文香「お祭り、行かなくていいんですか?」

P「雨降ってきたから今日は休み」

文香「……そうですか」

P「多分明日も明後日も雨だから休み」

文香「予報では晴れですが……」

心は土砂降りだよちくしょう。


文香「……ところで、この雨のなかわざわざP君に会いに来たお客様がいらっしゃるのですが……」

P「……今は誰にも会いたく無い」

文香「……だそうです。では李衣菜さん、後はごゆっくり……」

李衣菜「……やっほ、P」

俺の話聞いてた?

それはまぁ置いといて、部屋に李衣菜が入って来た。

残念ながらいつも通りの対応を出来る程の余裕が今は無いけど。

P「……よう、李衣菜。出口は後ろだぞ」

李衣菜「今日、お祭り来るって言ってたのになんで来なかったの?」

P「しばらく俺は世捨て人になるから」

李衣菜「友達の約束は守るべきじゃない?」

P「すまんて……で、なんで来たんだ?わざわざ約束を破った俺にお説教か?」

李衣菜「……えっと、その……Pに言わなきゃいけない事があるんだけどさ」

珍しく、李衣菜が真面目な口調になる。

P「……なんだ?」

李衣菜「……本当に、ごめんなさい」

……え?

突然の謝罪に、置いてけぼりを食らった。

困った事に、謝られる様な事をされた覚えが無い。

李衣菜「ほんとに、今思い返すと凄く自己中な事言ってた」

P「俺に?」

李衣菜「まゆちゃんに」

ベッドから飛び上がった。

P「李衣菜が、まゆに何か言ったのか?!」

李衣菜「目が怖い目が怖い……やっぱり、まゆちゃんと何かあったんだ」

P「さっき振られた」

言ってて消えたくなった。

李衣菜「……え、ほんとに?」

P「……振られて無いと信じたい」

さっきの出来事を、李衣菜に話した。

だからまぁ祭りにも行かなかったと弁明も含めて。

李衣菜「……そっか」

P「今もライン出来なくてさ。まゆからも来ないし、寝てるのかな」

李衣菜「私はまゆちゃんからラインきてここに来たんだけどね」

P「おぉい!」

まゆ……まじか。

本格的に俺は嫌われてしまったのかもしれない。




李衣菜「それで、その……さ。美穂ちゃんが、Pに告白した話なんだけどさ」

P「……何かあったのか?」

李衣菜「美穂ちゃんにちゃんと告白させて欲しいって、まゆちゃんに言ったの……私なんだよね」

P「……だから、か」

でも。

李衣菜にそう言われただけで、まゆは行動を変えるだろうか。

李衣菜「元々、まゆちゃんも悩んでたんだよ……美穂ちゃんは大切な友達だから、きちんと向き合って欲しいって……」

P「……それで、李衣菜が頼んだのか」

李衣菜「……ひっどい手段を取ったけど、それで結果的に美穂ちゃんはちゃんと告白出来たし、それで良かったって……そう思ってた」

P「……まゆに、なんて言ったんだ?」

李衣菜「……Pは、聞かない方が良いと思う」

P「……李衣菜が言いたくないだけじゃ無いんだな?」

李衣菜「……どっちも、かな」

諦めた様に微笑んで、李衣菜は目を逸らした。

P「だったら、聞きたい」

李衣菜「……はー……私も後悔塗れだよ。あんな酷い事、言うんじゃなかった」

そう言って、李衣菜はスマホを取り出した。

まゆとのトーク欄を表示して、それを此方に向ける。

そこにあった、まゆの言葉は……

『もう、告白しちゃえば良いと思います』

P「……なぁ、李衣菜」

李衣菜「……ごめん、P」

しちゃえば良いと思う、という事は。

まゆは以前から、それを知っていたという訳で。

李衣菜「……悩んでる美穂ちゃんにきちんと告白させてあげて。じゃないと、私が告白しちゃうよ?って……まゆちゃんに、私がそう言ったんだ……」

P「……おい、李衣菜」

李衣菜「ごめん……Pとまゆちゃんの気持ちなんて、私は考えて無かった……私はただ、美穂ちゃんが……」

P「……俺はそういう事を言いたいんじゃ無い」

李衣菜「……なんて、酷い言い訳だよね。私がなんとかすれば良かったのに、まゆちゃんに押し付けて……あんなに友達想いの子を苦しめてさ……」

P「違うよ、李衣菜。俺は……」

李衣菜「まゆちゃんが悩んでるのも、今こんな状況になってるのも……きっと全部、私のせいだから……」

P「そうじゃない!李衣菜!お前は……!」

李衣菜「……うん。私はね……」

Pの事が、ずっと好きだったんだ。

ポツリ、と。

李衣菜は、そう呟いた。



P「……隠し事は無しなんじゃなかったのかよ……」

李衣菜「恋愛に関してはその限りでは無いとも言ったよね?」

そっか。

そういう意味も含まれてたんだな。

李衣菜「……分かってると思うけど、まゆちゃんはPの事をまだ大好きだと思うから。もう一回、話し合ってみて?」

李衣菜「あんなに一生懸命な子を……諦めさせないであげて」

李衣菜「自分のせいでって悩んじゃうくらい友達が大好きで、優しくて、その為なら自分が悪役になってでもってくらい……強い子だから」

李衣菜「Pの為って、そう言い訳してる自分に耐えられない弱い子だから」

李衣菜「……私からの、最後のワガママだから……っ」

李衣菜「お願いだから……っ!まゆちゃんを、諦めないであげて……っ!!」

声を震わせながら、誰かの為のワガママを叫ぶ李衣菜。

それが元々は自分のせいなのかもしれないし、違うのかもしれないけど。

誰かの為に、涙を流して。

そんな友達ばかりな俺は……本当に、幸せだ。

言いたい事は沢山ある。

文句も感謝も謝罪も山ほどある。

それでも今、俺がするべき事は……

P「……んじゃ、行ってくるか」

今日守れなかった約束を果たす為にも。

幸せを手放さない為にも。

P「……明日のお祭りはさ。みんなで、楽しみたいな」

李衣菜「……うん、ありがと」

P「それと、李衣菜」

李衣菜「……なに?」

P「俺からのワガママだ。これが終わったら、もう今度こそ隠し事は無しだぞ。恋愛に関してもだ」

李衣菜「……うん、分かってる」




ピンポーン

P「すみませーん、宅配便です」

『……Pさんですよね?」

P「……宅配便です」

『……帰って下さい』

P「真心込めた想いをお届けに来ました」

言ってて恥ずかしくなってきた。

『……今日は、帰って下さい』

P「……今日は帰りたくないって言ったら入れてくれたりしない?」

プツッ

インターフォンを切られた。

普通にショックだけど、よくよく考えなくても言葉を間違えてたと思う。

……帰るか。

つい勢いで傘を差さずに走って来ちゃったが、普通に考えてずぶ濡れの男子なんて部屋にあげたくないよな。

『……傘、持って来て無いんですか?』

P「……家出た時は雨降って無かったんだよ」

『……風邪、ひきますよ』

P「大丈夫だ。俺は多分風邪ひかないから」

『……傘とタオル、お貸ししますから……』

ガチャ

鍵とチェーンが外され、ドアが開いた。

俯きながらも出迎えてくれたまゆは、目が真っ赤に腫れている。



まゆ「……あがって下さい」

P「お、お邪魔します……」

こんな状況じゃなければ、きっとテンション上がってたんだろうな。

なんせ、初めて恋人の部屋にあがったのだから。

まゆ「……タオル、使って下さい」

P「すまん、助かる」

まゆ「……こんな時間に、連絡も無しに突然来るなんて」

P「明日まで待つなんて嫌だったんだ」

まゆ「……せめて、連絡くらいして下さい」

P「してたら入れてくれなかっただろ?」

まゆ「……はい」

渡されたタオルで軽く拭く。

まゆ「……着替えた方が良いかもしれません」

そう言って、替えのシャツを出してくれた。

ありがたいけど、これ俺のシャツだ。

失くしたと思ってたけどこんな場所で見つかるなんて。

P「……なぁ、まゆ」

まゆ「っ!……ごめんなさい……!本当に、ごめんなさい……!!」

急に、泣きそうな表情になるまゆ。

まゆ「これで、最後ですから……お願いだから、今だけは何も言わないで……」

だが、此処で言わないと。

今後もまた、こういう事になってしまうかもしれないから。

P「人の私物を勝手に持って帰るな。せめて一言言ってくれれば探さずに済んだのに……」

まゆ「え……その、怒ってるポイントが斜め上過ぎて……」

P「まゆだって俺に勝手にスカート持ち帰られたらどう思う?」

まゆ「そういう趣味が芽生えたんだと思います」

P「すまん、例えが悪かったわ」

……さて、と。

ふざけるのもこれくらいにしておかないと。



P「……今日はさ、本当にすまなかった。加蓮加蓮って、確かに恋人相手に別の女子の名前言うもんじゃないよな……」

実際俺だって、まゆの口から別の男子の名前が出まくったらイラっとするかもしれない。

まゆ「いえ……悪いのはまゆの方です。八つ当たりしてしまったのは、まゆですから……」

P「確かにそうかもしれない」

まゆ「うっ……うぅ……っうぁ……」

P「ごめんごめんごめんごめん!流石に冗談だって!」

まゆ「でも、本当に……まゆはPさんの為、Pさんの為って……ずっと言い訳してましたから……」

まゆ「……他の誰がどんな思いをしようが、Pさんさえ幸せならそれで良いって……以前は、そう思っていました」

まゆ「だから……Pさんが他の子に告白されて、辛い思いをするなんて事にならないように……そう思ってたんです」

まゆ「でも……美穂ちゃんと、智絵里ちゃんと、李衣菜ちゃんと……加蓮ちゃんと。みんなと仲良くなって、大切なお友達になって」

まゆ「……まゆも、辛くなったんです。自分のせいで、大切なお友達が辛い思いをするのが……耐えられなくなったんです」

まゆ「だから、Pさんの為にって自分に言い聞かせて、束縛しようとして……言い訳してる自分にも、耐えられなくて……」

まゆ「……だから、真正面から向き合って断ろうとするPさんを止めたくて……でも、まゆは……みんなが大好きで、みんなの気持ちも大切にして欲しくて……」

まゆ「……どうすれば良いのか、分からなくなっちゃったんです」

P「……そっか」

まゆ「……ごめんなさい。本当に……面倒な女で。一番迷惑を掛けたくない、大切な人だったのに……思ってもない、心にもない事を言っちゃって……」

P「割と辛かった」

まゆ「……はい、分かっています。Pさんがまゆの事を、大切に想っている事。だからこそ……あんな事を言ってしまった自分自身が、許せなくて」

きっと、本当に自分を許せなかったんだろう。

加蓮ちゃんと付き合えばなんて言った後のまゆの表情は、今までに見た事無いくらい苦しそうだったから。

まゆ「……此処へ来たって事は……李衣菜ちゃんと、会いましたか?」

P「……あぁ」

まゆ「……李衣菜ちゃんの想いも、知りましたか?」

P「……あぁ」

まゆ「……付き合っちゃえば良かったんです。そうすれば、まゆは諦められたのに……」

P「……って事は、まだ諦められて無いんだろ?」

付き合っちゃえば良かったなんて、思ってないだろうに。

……思ってないよな?

まゆ「……はい」

P「だったら、そんな事言わないでくれ。言ってて辛いだろ?」



まゆ「……やっぱりPさんは、優し過ぎるんです。まゆは、Pさんに何もしてあげられないのに……空回りして、傷付ける事しか出来ないのに……きっとまゆは、貴方に相応しく無いんです」

P「……相応しいも何も無いだろ……好きだから一緒に居るんじゃないのか?少なくとも俺は、まゆが好きだから一緒に居るんだぞ」

こんな可愛い子と付き合うなんて、自分は釣り合ってないだろって思う事もあるにはあったけど。

それでも一緒に居たいんだから、いいじゃないかそれで。

相応しさで恋人を選ぶなんて、そんな考えは、嫌だな。

P「明るくて、可愛くて、優しくて、友達思いで……そんなまゆが大好きで、一緒に居たいって……俺はそう思ってる」

まゆ「……笑顔じゃなくて、良いんですか?」

P「どんな表情だって好きだよ。まゆだから」

まゆ「……面倒だって、思いませんか?」

P「正直思ってる!何が言い訳だよとか許せないだよとか思ってるし、八つ当たりであんな事言われたんだとしたらすげー辛かったからやっぱ怒っていいだろって思ってる!」

まゆ「……あ……まゆは……」

P「でもさ、それでも大好きなんだよ!そんなところも全部ひっくるめて、俺は佐久間まゆって女の子が大好きなんだ!!」

まゆ「……えぁ……あ、ええと……ありがとうございます……」

P「だからこそさ!相談して欲しかった!悩んでるんなら、迷惑だろうが言って欲しかった!弱くていいから!絶対そんなところも好きになるから!」

まゆ「まゆは……Pさんに迷惑を掛けたく無いんです」

P「俺は迷惑掛けられたいんだよ!だって好きなんだから!色々頼られたいし相談されたいんだよ!なんならクリスマスプレゼントや誕生日プレゼントは迷惑でいい!!」

まゆ「……バレンタインは……?」

P「そこは普通にチョコが欲しい」

まゆ「……まゆは……」

P「だったら……迷惑掛けたくなって思いは迷惑だからやめろ」

まゆ「パラドックスじゃないですか……」

P「迷惑掛けようが迷惑掛けなかろうが迷惑だよ!だから少しでも……お互い幸せになれる方を選んでくれないか?」

迷惑掛けないだけが恋人として相手にしてあげられる事じゃない。

そんなところに執着するまゆもまた可愛いけど。

それよりももっと、大切にして欲しい事だってある。



まゆ「まゆが、Pさんに他にしてあげられる事なんて……」

P「側に居てくれ!」

まゆ「それだけじゃ……足りません」

P「足りてるよ!超満足だよ!すげー幸せだよ!出来ればその上でいちゃいちゃしたいけど!」

側に居たい。

出来れば他に理由なく、側に居たいから側に居る。

そんな風に考えてくれるなら、俺は十分だから。

P「側に居てくれるなら……迷惑なんて、迷惑じゃないからさ」

まゆ「……そんな風に言って貰えるなんて……まゆは、幸せですね」

ふぅ、と。

大きく息を吸って、まゆは微笑んだ。

まゆ「それだけじゃ、足りないんです……まゆは、Pさんから色々な物を貰い過ぎましたから」

P「……そんな事ないよ、多分」

まゆ「そんな事あるんです。ねぇ、Pさん……始業式の日、ぶつかった事……覚えてますか?」

P「あー、走ってたら偶然曲がり角でぶつかった日か」

まゆ「はい……でも、それは偶然じゃないんです」

P「偶然じゃない……?」

まゆ「意図して、まゆが自分からワザとぶつかったんです」

なんでそんな事を。

遅刻の言い訳を用意する為……じゃないよな?

運命的な出会いを演出する為だとしたら、なかなか策士だと思う。

まゆ「……思い出して欲しかったんです」

P「……思い出す?」

まゆ「まゆとPさんがぶつかったの……あの日が初めてじゃ無いんです」

P「……マジで?」

まゆ「……もっともっと前に、一度だけ。まゆが、Pさんに出会った日です」

いつだろう。

俺が以前、誰かにぶつかったのは……



まゆ「……少し、昔話をします。まゆがまだ小学生で、暗くて、鈍臭くて、友達がいなくて、一人ぼっちの日々を送っていた頃のお話です」

まゆ「まゆはあまり、明るく自分から誰かに話しかける様な子ではありませんでした。小学生ですから、暗いというだけでイジメられる事もありました」

まゆ「そんな事を両親に言ったら心配掛けちゃうから、って……気付かれてたかもしれませんけど、自分から言えなくて。先生に言っても、きっと良い結果になる事は無いって思ってて……」

まゆ「自分の事が大嫌いで、それでも変わる勇気も切っ掛けも無い……そんなある日の、通学中の時の事です」

まゆ「俯いて歩いていたら、前から来た自転車にぶつかりそうになってしまったんです」

まゆ「なんとかぶつからずには済みましたけど、その時驚いて転んじゃって……手首を、少し怪我してしまったんです」

まゆ「まゆは凄く焦りました。手首の傷なんて……誰にも見られる訳にはいきませんから」

まゆ「今思えば、明らかに違うと分かりますけど……誰かに見られて、リストカットの痕だと思われるのが……怖かったんです」

まゆ「クラスの誰かに見られて、よりイジメられるのも……両親に見られて、イジメられて耐えられなくなったと思われるのも……」

まゆ「まゆは焦りました。これから学校に行かなきゃいけないのに、早く傷を隠さないといけなくて……でも、絆創膏なんて貼ったら余計に怪しいですから」

まゆ「焦って、どうすれば良いのか分からなくなって……がむしゃらに走って、曲がり角を飛び出した時に」

まゆ「……運命の人に、出逢ったんです」

あぁ、思い出した。

俺はあの日遅刻しそうで、普段の通学路とは違う道を全力疾走してて。

あの手首の傷は、俺とぶつかった時に出来たものだと思っていたが。

まゆ「運命の出会いなんて、信じて無かったんですけどね……神様に謝らないといけません」

まゆ「自分のせいで怪我をさせたと勘違いした誰かさんは、手持ちの何かでそれを覆おうとして……」

まゆ「偶々図工か家庭科の授業で使う予定だったんでしょう。ランドセルから赤いリボンを取り出して、まゆの手首に巻きました」

まゆ「大して血は出ていませんでしたが、止血にしてもお粗末ですね。殺菌もしていないリボンを傷口に当てるなんて危険です」

まゆ「ですが、小学生にそんな事なんて分かりませんから。まゆは、ホッとしたんです。これで上手く隠せる、って」

そうだ。

安心した様に微笑む女の子が。

思ったよりもリボンが似合ってて。

なんだか、すっごく可愛く見えたから。



まゆ「笑ってる方が可愛いよ、って……そう、言ってくれたんです。気障な小学生ですねぇ」

おかげで、リボンは忘れ物扱いにされたけどな。

李衣菜にまた忘れ物してるーって笑われたのを覚えてる。

まゆ「それはさておき……人に可愛いって言われたの、まゆ、初めてだったんです。それまでは、無愛想だの暗いだの言われていましたから」

まゆ「……すっごく、嬉しかったの……まゆにとって、記念すべき日です。こんなまゆでも、誰かに可愛いって言って貰えるんだ、って。変われるんだ、って。そう、気付いたから」

まゆ「それからまゆは、出来るだけ明るく振舞いました。よく笑う様になりました。たったそれだけで、友達が出来る様になりました」

まゆ「リボンなんて着けてたら目立ちますから、逆に突っかかってくる子もいましたけど……まゆの色々な想いの詰まった思い出のものですから、何を言われても気にせず外さずにいました」

まゆ「そして、思ったんです。もう一度彼に会って、きちんとお礼を言いたい、って。おそらく学校は違いますけど、名前だけは知る事が出来たので」

そう言って、まゆは引き出しから赤いリボンを取り出した。

その端には、度重なる洗濯に薄れて消え掛けているけど。

俺のフルネームが書いてあって。

まゆ「……ずっと、大切にしてきました。あれから一度も、あの日を忘れた事はありません」

まゆ「同じ街に住んでいれば、いずれ出会えると……そう信じていました」

まゆ「ですがまぁ、そう上手く出会える訳もなく……だからまゆは中学生になってから、読モを始めたんです」

まゆ「少しでも、あの人がまゆを見つけてくれる様に……そしてあの時リボンを巻いてあげた子だと気付いてくれる様に、いつでも赤いリボンを着けて」

まゆ「……まぁその誰かさんは、そういった雑誌は読まなかった様ですが……恩返しでもありました。誰かさんが可愛いと言ってくれた子は、今はこんな風に読モをやるくらい可愛く振舞っているんです、と」

まゆ「そして高校生に上がるとき、仙台に引っ越す事になりました。ですがまゆは……この街を離れたくなかったから。誰かさんの事を、諦めたく無かったから……一人、この街に残る事にしたんです」

まゆ「……それでも……やっぱりまゆは、乱暴な男子が苦手で……元女子校で、その年から共学になる高校を選んだのですが……」

まゆ「高校に入って……本当に、泣きそうになりました。クラスは違えど、同じ学年にその誰かさんの名前があったんですから」

まゆ「……ですが、会いに行った時……誰かさんは、可愛い女の子とお喋りしていて……あぁ、きっとあの二人は付き合ってるんでしょうね、って……」

まゆ「どちらも明るくて元気な、お似合いなカップルに見えて……まゆは、声を掛けられ無かったんです」

まゆ「……悔しい、って……そう感じた時、まゆは誰かさんに恋をしていたんだと気付きました。あの日は一晩中枕を濡らしましたねぇ」

まゆ「それでも、誰かさんが幸せな日常を送っているなら、と。そう自分を納得させて、ただ眺める日々を送っていたんですが……」

まゆ「……ですがしばらく観察しているうちに、その二人は付き合ってる訳では無いと気付きました。チャンス到来です。まゆに希望が舞い降りました」

まゆ「……まぁ今度はまた別の女の子と仲良くしてるのを眺めて、ハンカチを噛む事になりましたが。それでも楽しそうな日常を邪魔したくなくて、まゆは待つ事にしたんです」

まゆ「二年生になっても、まだ彼が誰かと付き合っていなければ……まゆが、彼と付き合おう、って。一年経って誰かと結ばれていなければ、きっと彼は周りの女子に対して恋愛感情なんて覚えていないんだろう、って」

まゆ「まゆなら、きっと彼を幸せにする事が出来る。迷惑を掛けずに、楽しい日々をお届け出来る……そう思っていました」

まゆ「二年生の始業式の日に、わざとぶつかって……まぁ思い出しては貰えませんでしたが、同じクラスになれましたし、そのままゆっくりと距離を詰めていけば……」




まゆ「……ほんと、甘かったですねぇ。二年生になって、あんなイレギュラーが現れるとは思いませんでした」

P「……加蓮か」

まゆ「はい……加蓮ちゃんは、本当に電光石火の勢いで彼と距離を詰めて……あまつさえまゆより先に唇を奪うなんて……!今思い出しても怒りで噴火しそうです」

まゆ「焦って、まゆもPさんにキスをして……それを美穂ちゃんに見られてしまい、後はPさんのご存知の通りです」

P「……そんなに前から、俺の事を想ってくれてたんだな」

知らなかった。

きっとまゆが話してくれなかったら、俺はずっと知らずにいたんだろう。

まゆがここまで、俺を想っていてくれた事を。

まゆ「……はい。貴方はまゆの、運命の人なんです。運命の出会いに、運命の再会。感謝してもし足りない、まゆの人生を変えてくれた人」

まゆ「……ですから……それだけじゃ、足りないんです。まゆが貴方に貰った幸せは、一生を掛けても返し切れないものだから……」

P「まゆが幸せに思ってる以上に、俺はまゆに幸せを貰ってるよ」

まゆ「……嬉しい……そう言って貰えて、本当に嬉しいのに……っ!」

まゆ「それで良かった筈なのに……!今では……まゆは、もう……」

まゆ「……大切な恋人と……大切なお友達ができてしまったんです……!」

まゆ「ただの恋敵だったら良かったのに……みんな優しくて、まゆの事を大切なお友達だって言ってくれて……!」

まゆ「今まで、いなかったから……可愛いって言ってくれるお友達はいても、怒ってくれたり励ましてくれたり……そんなの、大好きになっちゃうに決まってるじゃないですか……!」

まゆ「……だからまゆは……大切なお友達がまゆのせいで振られるのが……とても辛いんです」

まゆ「美穂ちゃんを説得しようとしてた時……すっごく辛かったんです。本当に、苦しかったんです……もう、あんな思いはしたくありません」

まゆ「加蓮ちゃんだって、とっても大切なお友達だから……まゆが弱いだけなのは分かってます。それでも、優しくて強い加蓮ちゃんが羨ましくて……嫉妬しちゃって……」

まゆ「……それでもPさんは、ちゃんと向き合う道を選ぶのを……止めたくなくて、止めたくて……!」

まゆ「……ねぇ、Pさん…………まゆは、どうすれば良いんですか?」

P「……ありがとう、言ってくれて」

そして、俺が出来る事は……



P「俺が、ずっと一緒に居るから」

辛い思いをするのは、もうどうしようもない。

俺はきっと、友達と向き合わないなんて選択肢は選べないから。

まゆには申し訳ないけど、それは変えられなくて。

だからこそ。

P「……まゆが一人で悩まない様に、俺が側に居るからさ。辛い思いをする時は、乗り越えるまで……心の整理が着くまで、一緒に居よう」

ずっと一人で抱え込んできたからこそ。

まゆにそんな選択肢は用意されて無かったんだろう。

だから、俺が作る。

辛い思いをして、苦しい思いをして。

そんな時、一人じゃ耐えられなかったかもしれないけど。

誰かが側に居て、一緒に進む道を。

P「……それじゃ、ダメか?」

まゆ「……はぁ」

ため息を吐かれてしまった。

些か以上に自信過剰だっただろうか。

まゆ「全く……Pさん、さっきまでのまゆの言葉を聞いて無かったんですか?」

P「聞いた上で言ってるんだ」

まゆ「……まゆの返事なんて、決まってるんです」

P「……そうか」

まゆ「言ったじゃないですか。まゆは耐えられないって……」

P「言ったな」

まゆ「まゆは、弱いんです」

P「それも聞いたな」

まゆ「迷惑を掛けたく無いんです」

P「……全部聞いたよ。まゆの、返事以外は」

まゆ「……Pさんにとって、とても辛いお返事になると思います」

P「返事を貰えないよりはいいさ」

まゆ「Pさんを苦しめる様なお返事になっても……それでも、いいんですか……っ?」

P「あぁ。どんな返事でも、俺は受け止めるよ」

まゆ「……Pさん」

P「なんだ?」

ようやく首をあげてくれた、まゆの表情は。

涙に濡れて、本当に辛そうで。

それでも、真っ直ぐ俺の目を見つめて。

まゆ「……ダメじゃないです……!まゆの、側に居て……っ!」




李衣菜「おかえり、P。あとこんばんは、まゆちゃん」

P「ただいま……って、待ってたのか」

まゆ「こんばんは、李衣菜ちゃん」

まゆを寮から連れ出して自宅へ戻ると、前で李衣菜が待っていた。

待っていてくれた。

李衣菜「明日のお祭りは一緒に遊べそうだね」

まゆ「まゆはPさんと二人きりが良いんですけどねぇ」

P「で、李衣菜は待っててくれたんだな」

李衣菜「……うん」

俺たち二人が手を繋いで戻って来たのを見て、溜息を吐く李衣菜。

李衣菜「まゆちゃん、寮の門限過ぎてるけど大丈夫なの?」

まゆ「後で謝れば問題ありませんから」

それはそれで問題な気もする。

連れ出した俺が言えた事じゃないが。

まゆ「さて、李衣菜ちゃん。約束通りぎゃふんと言わせに来ましたよぉ」

李衣菜「ぎゃふん」

まゆ「ふふふっ、見てくださいPさん!まゆの勝利ですよぉ!」

P「おう、良かったな」

李衣菜「……良かったね、P」

P「全くだ」

李衣菜「じゃ、私は帰ろっかな」

P「おい」

李衣菜「だって私、まゆちゃんと約束してるし」

まゆ「あ、あれは既に無効です。だって、美穂ちゃんを説得したのは智絵里ちゃんですから」

李衣菜「いやほら、誰がとかは指定してないし」

まゆ「……ふふっ、もう言い訳する気も逃げる気も無いくせに」

李衣菜「あー、バレた?」



まゆ「さ、どうぞどうぞ」

李衣菜「え、まゆちゃん見るの?」

まゆ「最前列で見学させて貰いますよぉ」

李衣菜「席外してくれたりしない?」

まゆ「上映中に席を立つのはマナー違反ですから」

李衣菜「まだ上映開始してないよ」

まゆ「出会った時点で物語は始まってますよね?」

李衣菜「それは確かに。まゆちゃんもなの?」

まゆ「えぇ、ずっと前から」

李衣菜「それじゃ、私でフィナーレ?」

まゆ「いえ、そろそろ幕開けです」

李衣菜「内容は?」

まゆ「まゆとPさんのラブストーリーですよぉ!」

李衣菜「……そっか」

まゆ「……はい。新しく、始まるんです」

李衣菜「私が横取りしちゃっても恨まないでね?」

まゆ「思う存分、思いの丈をぶつけて下さい」

李衣菜「ハンカチの準備はいい?」

まゆ「ハンカチを噛むのは李衣菜ちゃんですから」

李衣菜「……ニッコニコで言われると普通に凹むなぁ」

まゆ「信頼の裏返しですよぉ。Pさんに対しても、李衣菜ちゃんに対しても」

李衣菜「……緊張しちゃうな」

分かる、なんて軽々とは言えなかった。

分かる訳が無い。

李衣菜は、一年生の頃から美穂を応援してると言っていた。

きっと本気でそう言ってたんだろう。

だとしたら……

李衣菜「……ごめん、多分泣くけど気にしないで」

P「……いや、安心しろ。多分俺も泣くから」

李衣菜「そう言われると泣き辛いなぁ」

P「赤信号理論だ。みんなで泣けば怖くない」

そう言って、まゆの方を見る。

未だに握られている手は、より一層強くなった。


李衣菜「……全部Pが悪い」

P「ひっでぇ!」

李衣菜「いやだってさ、普通気付くでしょ!こんだけ長い間一緒に居たのに!」

P「長い間一緒に居過ぎたんだよ」

李衣菜「とまぁ冗談は置いといて……あれ?もしかして昨日会いに来た時も、本当に買い物帰りに通ったと思ってた?」

P「え?違うのか?」

李衣菜「何処で買い物したら、ついででPの家の前通れるの?」

……確かに。

よくよく考えれば、自転車のカゴに何も入ってなかった。

李衣菜「それにさ、私朝弱くて朝ご飯食べないんだよね」

P「嘘つけ、お前ずっとうちに朝食たかりに来てただろ」

李衣菜「もう隠し事は無し、って。Pが言ったんだけど?」

P「……じゃあ、なんで毎朝……」

言いかけて、ようやく気付いた。

なんでわざわざ、毎朝家に来てたのか。

なんで最近、来なくなったのか。

李衣菜「……会いたかったからに決まってるじゃん……」

P「……そっか」

ストレートな言葉に、少し恥ずかしくなって。

まゆに手の甲を抓られて我に返った。

李衣菜「美穂ちゃんを応援するって言っておきながら、なかなか諦められなくてさ……でもま、隠し切れたし良しとしよっかな」

もちろん、それを俺から美穂に伝えようとは思わない。

李衣菜「……言いたい事は沢山あったんだ。まゆちゃんに対しても、Pに対しても」

拳を握り締めて、肩を震わせる李衣菜。

李衣菜「きっとPにとって、私は腐れ縁みたいな感じなんでしょ?好意を向けられてるなんて、思った事も考えた事も無いんじゃない?」

P「……あぁ。正直、思ってもみなかった」

李衣菜「気付いて欲しかった、なんて逆ギレするつもりは無いけど……全くそういう風に見て貰えなかったのは、辛いな……」

P「……すまん」

李衣菜「まゆちゃんはPの事なんでも知ってるみたいに言ってたけど、私の方が知ってるに決まってるじゃん!ずっと一緒に居たし、ずっと見てきたんだから!」

まゆ「……いえ、最初はそうだったかもしれませんけど……今はもう、まゆは負けません」

李衣菜「私とPが何年付き合ってきたと思ってるの?」

まゆ「何年付き合おうとも、まゆとPさんが共に過ごした時間は超えられませんから」

李衣菜「……強いなぁ。勝てる気がしないや」

まゆ「……不安だったのは本当です。Pさんがまゆを選んでくれる事は信じてました。けれど……Pさんが李衣菜ちゃんの想いを断るのは、きっと他の誰を断るよりも辛い事だと思いますから」

李衣菜「……変なところで信頼されちゃってるなぁ……」

まゆ「でも……辛い想いを、一人で抱える必要は無いんです。二人で分け合って乗り越えればいいんです」

李衣菜「私は乗り越えられちゃう訳だ」

まゆ「……はい」



李衣菜「……ねぇ、P」

P「おう、どんな長い言葉だって漏らさず聞いてやる」

李衣菜「ならお望み通り、長い長い告白をしてあげる」

李衣菜「……意識し始めたのは、中学入ってすぐくらいだったかな」

李衣菜「当たり前みたいにずっと一緒に居たから、最初は意識してなかったけど……背が伸びて、私よりおっきくなった頃から」

李衣菜「アホなとことか、会話してて楽しいとことか、多分友達の延長線上みたいな感じだった。最初はね?」

李衣菜「一緒に居る時の居心地の良さとか……他の男子じゃそんな事思わないのに、Pと居る時間が楽しくて」

李衣菜「ずっとこのまま続けばいいなーって思ってたし、ずっとそのまま続くと思ってた」

李衣菜「Pには私しかいなかったから、誰かに取られるなんて思いもしなかったし」

李衣菜「……それが恋だなんて、思いもしなかったな」

李衣菜「高校生になって、美穂ちゃんと出会って……三人で遊ぶようになったじゃない?」

李衣菜「しばらくして、美穂ちゃんからPの事好きって話された時……すっごく、モヤモヤした気持ちになったんだ」

李衣菜「それでも、応援するよって言った時に……なんだか泣きそうになっちゃって。あぁ、きっと私はPの事が好きだったんだな、って」

李衣菜「まぁでも美穂ちゃんを応援するって言っちゃったし、きっとPも美穂ちゃんみたいな可愛い子が好きだろうからって……諦めたんだ」

P「……諦めたんだな」

李衣菜「美穂ちゃんとPが付き合っても、二人とも私との距離感が変わる訳じゃ無いだろうし良いかな、ってね」

李衣菜「何回も何回も自分に言い聞かせた。きっと変わらないから大丈夫、って……」

李衣菜「……変わらない訳なんて無いよね……でも私は、Pに変わって欲しくなかった。もちろんそんな事を言える訳も無いし、想いを閉じ込めて黙ってたけど……」

李衣菜「…………うん、諦められなかったんだ……二人きりだった頃に戻りたくなった。Pに私しかいなければなんて、そんな酷い事を考えた時もあったな」

李衣菜「……私も、Pに想って貰いたかった……結ばれたかった!誰よりも側で過ごしたかった!誰よりも側で、頼って欲しかった!!」

目に涙を浮かべて、心を吐き出す李衣菜。

思っていた以上に、李衣菜の想いは大きかった。




李衣菜「結局Pはまゆちゃんを選んだし、それに対して私が何か言える様な立場じゃないけど……」

李衣菜「Pだけ勝手に大人になって……まるで、私が置いてけぼりにされちゃったみたいだったのが……すっごく不安だった」

李衣菜「もう、私の知ってるPはいないんだろうな、って。そんな訳無いのにね……一人で不安になってさ」

李衣菜「今からでも告白したら、取り戻せるのかな、なんて……そんな風に思っちゃうくらい、私はPの事が好きだったんだ」

李衣菜「……私は……歳を取ってもまだ心が子供のままなんだよね、きっと。諦められないクセに、後悔だけ積み重ねてる」

李衣菜「でも、もう……子供でい続けるのも、終わりにしないとね」

俺にとって、李衣菜と出会ってからの日々が大切な宝物の様に。

李衣菜にとっても、俺と出会ってからの日々は大切なものだった。

それを知れて、俺はとても嬉しかった。

……だから。

俺は、きちんと……

李衣菜「……ねぇ、P」

李衣菜「……私は、あなたの事が……誰よりも大好きでした」

李衣菜「今からでも、私と……付き合ってくれませんか……?」

……あぁ、ダメだ。

返事をするまでは泣きたくなかったのに。

P「……っ、李衣菜……俺は……っ!」

溢れる涙が視界を覆う。

ボヤけた世界の中、涙が零れ落ちそうになって……

ギュッ、っと。

まゆが、強く手を握り締めてくれた。

まゆ「……ね?」

まゆの目にも涙が浮かんでいるのに。

それでも言葉は必要無く、まゆの気持ちは伝わって来た。

……ありがとう、まゆ。



P「……ごめん、李衣菜。俺は……まゆの事を愛してるから」

李衣菜「……そっか。振られちゃったんだ、私」

P「……あぁ」

李衣菜「分かってたんだけどなー……心の何処かで、もしかしたら勝ち目があるかもなんて思ってたのかもしれない」

P「……ありがとう、李衣菜」

それだけ、李衣菜にとって。

俺と過ごした日々は大きな思い出だという事で。

李衣菜「……だから、かな……」

笑いながらも。

李衣菜の瞳からは、想いが溢れて零れ落ちていた。

李衣菜「やっぱり……っ、悔しいな……っ!っあー、もう!なんでよ!止まってよ!Pの前で泣きたくなかったのに……っ!」

振り返って、顔を隠す李衣菜。

P「……なぁ、李衣菜!」

李衣菜「……ごめんね、P……私、ちょっと今振り向けない」

P「そのままで良い!李衣菜から見たら、俺は変わっちゃったのかもしれないけど……李衣菜は俺にとって、本当に大切な友達なんだ!」

だから。

これは、ただのワガママだけど。

李衣菜もそう思ってくれてると、そう信じてる。

P「俺は李衣菜とこれからも、友達でいたい!それだけは最初から、ずっと変わらないから!!」

李衣菜「……っ!あったり前じゃん……!私だって、Pと離れたくないから……!」

零れる涙は三人分。

雨に濡れたコンクリートが、その跡を隠してくれた。

明日にはきっと、乾燥して消えてるんだろう。

P「明日、お祭り必ず来いよ!!」

李衣菜「奢ってくれるんだよね?!」

P「おう!ちくしょう!約束してやるよ!」

李衣菜「忘れないからね?!」

P「忘れんな!今日の事全部!」

李衣菜「っ!っぅあぁぁっ!諦めたく無いよ……っ!あぁぁぁぁっ!!」

P「……ほんっとうに……っ、ごめん……!!」




泣き声を上げて、雨上がりの夜風が冷たくなった頃。

ポツリと李衣菜は、さよならと呟いて帰って行った。

まゆ「……大丈夫ですよね?」

P「大丈夫だよ、李衣菜なら」

まゆ「……酷い顔してますよ、Pさん」

P「奇遇だな、まゆもだぞ」

まゆ「そこはお世辞でも綺麗だって言うべきですよ?」

P「月が綺麗だな」

まゆ「月じゃなくてまゆを……え、ぁ……ありがとうございます」

P「まぁ今空曇ってるから月無いけどな」

まゆ「むーん……ツキがありませんねぇ……」

P「……ありがとな、まゆ」

まゆ「何がありがとうなんですか?」

少し意地悪な顔をして、此方を覗き込んでくるまゆ。

P「言わなくたって分かるだろ?」

まゆ「必要無くても、言葉にして欲しいんです」

そうだな。

それはきっと、とても大切な事だ。

P「……側に居てくれて、だよ」

まゆ「……はい、どういたしまして」

雲の切れ間から、月の光が射し込んできた。

照らされたまゆの表情は、とっても綺麗で。

P「……月、綺麗だな」

まゆ「……誤魔化すの、下手ですね」

P「……明日こそ、お祭り行くぞ!」

まゆ「はい……とっても、楽しみです……!」

今夜はどうやら満月だった様だ。

けれど、今は。

まゆの笑顔の方が、明るく輝いて見えた。




まゆ「Pさぁぁぁぁんっ!!どこですかぁぁぁぁっ?!」

P「こっちこっち」

加蓮「あ、流されてった」

李衣菜「あれしばらく戻って来れなさそうだね」

人混みに飲まれ、まゆが祭りの渦に吸い込まれていった。

夏祭り二日目は、昨日雨だった分かなり盛り上がっていて。

多分手を繋がずに固まって移動は不可能なくらい、人の波が激しかった。

P「……手、繋いでたんだけどな」

加蓮「あんたが離したの?」

P「汗かいちゃいそうだから拭きたいってまゆが手離した瞬間にあれだよ」

みんなの浴衣姿もとても可愛い。

一番はまゆだけど。

李衣菜「Pがまゆちゃんの手を離す訳無いじゃん」

加蓮「だよね、磁石みたいなカップルだし」

李衣菜「温度下げたら弱らせられるっけ?」

加蓮「上げるんじゃなかった?」

まゆ「っふー……ふー……見つけましたよぉ……」

真後ろからまゆが現れて、ピタリと背中に張り付いて来た。

智絵里「おかえり、まゆちゃん……お湯、飲みますか?」

まゆ「さりげなくカップル引力を弱らせようとしないで下さい」

美穂「カップル引力」

加蓮「んふっ」

李衣菜「ネーミングセンス」

智絵里「……かわいそう」



まゆ「びぇぇぇぇっ!Pさぁん!みんながまゆをイジメて来ますよぉ!」

P「……いや、俺も流石にカップル引力は」

まゆ「うぇぇぇぇんっ!うぅぅぅぅぅっ!!」

P「凄く良いと思う!広辞苑に載ってないのが信じられないくらい!」

まゆ「ふふっ、一人目の子供の名前はカップル引力に決まりですねぇ」

P「……」

まゆ「……冗談ですよ?」

周りの白い眼がとても痛い。

ドンッ!

加蓮「あっ、もう打ち上げ花火始まってるじゃん!」

李衣菜「はやく良いポジション探さないと!」

美穂「あっちの方は人少なそうですよっ!」

智絵里「あっ、待って美穂ちゃん……!」

四人が人混みを掻き分けて進んで行った。

まゆ「Pさん、まゆ達も行きますよ!」

まゆもそれを追おうとして。

そんなまゆの手を。

握り締めて、引き止めた。




まゆ「……Pさん?」

P「せっかくだし、二人きりで見ないか?」

まゆ「……ふふっ、はいっ!」

別の方の人混みをかき分けて、神社の境内に辿り着いた。

ここなら、人が少なく花火もよく見える。

まゆ「……綺麗ですねぇ」

打ち上がった花火を眺めて、微笑むまゆ。

その横顔が綺麗過ぎて、俺は花火なんて見ていられなかった。

まゆ「まゆに見惚れちゃいましたか?」

P「あぁ、すっごく綺麗だなって」

まゆ「……ふふっ、ありがとうございます」

頬が赤く染まっているのは、きっと花火のせいじゃないだろう。

P「そう言えば、今日もリボン着けてるんだな」

両手を頬に当てるまゆの左腕には、赤いリボンが巻いてあった。

まゆ「はい、見覚えのあるリボンだと思いませんか?」

P「……あぁ」

それは、あの時のリボンだった。

まゆと初めて会った日の、端に名前の書かれたリボン。

P「……あれ?」

そこに書かれていた名前は、苗字は鷺沢だったけど。

名前の方は、まゆになっていて……

まゆ「薄くなってしまっていたので、まゆが上から書き直しちゃいました」

P「……ごめん、俺きっと今見せられない顔してる」

まゆ「どんな表情のPさんも、大好きですよ」

それでも、花火のせいにはしたくない。

だってこれも、幸せの証だから。

まゆ「……叶えてくれますよね?」

P「……あぁ!」



ドンッ!

打ち上げられた花火が、夜空を真っ赤に染める。

それと殆ど同時に。

俺たちも、唇を重ねた。

まゆ「……うふふっ」

P「幸せだな、俺は」

まゆ「大切な人は沢山できましたけど……愛しているのは、あなただけです」

にこりと、優しく微笑むまゆ。

まゆ「これからも、あなただけのまゆですから」

それの笑顔が、愛が。

俺だけに向けられている事が。

堪らなく、幸せだった。

まゆ「これからも、まゆだけを愛して下さい!」




まゆ√ ~Fin~



以上です
文字数制限から解放されてついつい書き過ぎ、時間が掛かってしまいました
お付き合い、ありがとうございました

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