白菊ほたる「私にも優しいプロデューサーさん」 (117)

速水奏「誰にでも優しいプロデューサーさん」
速水奏「誰にでも優しいプロデューサーさん」 - SSまとめ速報
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このSSは上記のSSの続編となります。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1514120194


「え?アイドルを目指した理由……ですか……?」

「ああ。何かきっかけがあったのかなって思ってな」

「……そうですね。またちょっと暗い話になっちゃいますけど……私、昔からこんな不幸な体質で……周りの人を不幸に巻き込むのが、辛かったんです」

「……」



「だから周りとも距離を置いて……とっても暗かったと思います。……あ、今も暗いのは暗いですけど」


「けど、そんな時テレビに出ていたアイドルの人を見たんです。彼女は本当に楽しそうで……見ている私まで、幸せな気分にしてくれたんです……」

「不幸を振りまく私と、幸せを振りまくアイドル……私と正反対……だけど、そんな風になりたいって、思ったんです」



「そうか……諦めなければ、きっとなれるさ。周りを幸せにするアイドルに……」


「――――はい……!」


優しい人。

その評価が俺の全てだった。

敵を作らない事。

周りの人間に、友好的な存在であると認識してもらう事。


ただ、自分は装置なのだ。

自分の職務を全うする上で、最適であると思われる受け答え、反応をするだけの装置。

そういう風に立ち回る事こそが正解だと社会で生きていくなかで学んだし、事実そうする事で周りの人間を傷つけずにここまで来れた。

そうして立ち回った結果が今の自分の居場所だ。

不満は無い。


担当したアイドル達は皆優秀だった。

事務員のちひろさんも不出来な俺を良くサポートしてくれる才女だった。

不満はない。


このまま装置として機能していく事が、社会で生きていく事なのだと思っていた。

一見周りには必要とされているようで、本当は誰にでも代わりが出来る。

そんな装置。

感動も、絶望も無い。

しかし、初めてそれを許さない人間が現れた。




速水奏。

「誰にでも優しいのは、自分以外に関心がないから。けど、その肝心の自分の中には、何も入っていない」



「本当の貴方は、からっぽ」



「自分の事をどうでもいいなんて思わないで。居ても居なくても変わらない存在だなんて思わないで」

優しい人。


そう呼ばれながら、本当は優しさなんて、どういうものなのかわからなかった。

他人に優しくしようと思ってやってきた事ではない。

自分に最も害が及ばないように、と思ってやってきた事だった。


だから彼女に言われた事は事実だったが、指摘された所でこれからどうして良いかもわからなかった。


あれだけの事を彼女に言われ、やらせておきながら、俺は未だ変われずにいる。



ただ、以前は感じなかった、いや、感じないようになっていた胸の騒めきを抱えながら。

あれから少し時は過ぎ、担当アイドルは何度か代わり、俺は少しだけ出世していた。


やっていることはプロデューサーで、変わらない。

ただ、少しだけアイドルの編成や雇用についての発言権が強くなっていた。


これも今まで担当したアイドル達が残してくれた成果の賜物だ。


「倒産、ですか」


「ああ、比較的新しいプロダクションだったが、先日破産手続きが行われたらしい」



上司である部長の口から聞かされた月に一度行われる会議での議題は、最近潰れたという他の事務所についてだった。

会議には部長の他にも社内で重要な役職を務める面々が揃っている。


この会議にも以前は呼ばれる事は無かったが、今では俺の席が用意されている。


「確かにあそこの事務所はあまり良い噂は聞きませんでしたね」

「ああ、有力アイドルがいるにはいたが、そのアイドル以外の娘には冷や飯を食わせてるとか」

「いや、それどころか事務所の雑用やらせてばかりの奴隷扱いだと聞いたぞ」



会議の参加者たちは、今はもう無い事務所に対して様々な憶測を並び立てている。


その噂がどこまで本当かはわからなかったが、確かにお世辞にも評判が良いプロダクションではなかった。


一人の看板アイドルを抱えていたが、そのアイドルは実績を盾にしてやりたい放題で、他のアイドル達は非常に立場が弱かった……という話だった。


「ああ、それで、そのアイドルが他所に更なる好待遇で引き抜かれたらしい」

「それで、稼ぎ頭がいなくなって倒産、か。惨めな話だな」

「散々好き勝手やって最後はハイさようなら、か。今の時代、義理や人情はどこに行ってしまったのかねぇ」



「まぁウチのアイドル達は大丈夫でしょう。しっかり信頼関係を築いてくれているからな、な、プロデューサー君?」

「あ、はい。今の所は……コミュニケーションを取れていると思います」

急に話を振られ、返答する。


「おいおい、随分弱気じゃあないか。『絶対にウチのアイドルは大丈夫です!』と声高に言ってくれよ」


曖昧な回答に、部長は不満げな顔だ。


「はは……まあ、見捨てられないように最大の努力をします」

「全く、しっかり頼むよプロデューサー君。……それより、潰れたプロダクション、例のあの『疫病神』が所属していたらしいじゃないか」

「えっ、疫病神って……もしかして、今までも所属したプロダクションを全て潰してきたっていう、あの娘か?」

参加者達はまた身も蓋もない噂話に戻っている。

そんな話が続いた後、会議はお開きとなった。




以前の奏との一件以来、俺はアイドルとの信頼関係に今一つ自信を持てないようになっていた


本当にこの娘は俺を信頼してくれているのか?


本当はこの娘も俺の本質の希薄さに気づいていないか?


本当は俺に失望していないか?




そう考えると、絶対に大丈夫などとはとても言えそうにない。

会議が行われてから1,2か月経った。


その日は都内のテレビ局に足を運んでいた。



スタッフと軽く打ち合わせをしていると、横のスタジオが慌ただしくしている。



「何かあったんですか?」

近くにいたスタッフに聞いてみる。

「ええ、どうやら撮影の時間とっくに過ぎてるのに主役の娘がドタキャンしたみたいで……」


スタジオを覗いてみると、ディレクターと思しき男性の怒号と何処かへと電話を掛けるスタッフ達、そしてその端に少女が一人申し訳なさそうに俯いている。


「あの娘は?」


「……ああ、あの娘ですか。ドタキャンしたアイドルと同じ事務所の……所謂バーターですよ」

バーター。

この業界では別に珍しい話ではない。

それにバーター出演から人気を獲得して一気に駆け上がる者もいる。

しかし、それは番組に出演出来た場合に限った話だ。



本来来るべき主役が現れず、脇役としてやってきた彼女にとって今の状況はまさに針の筵だろう。


「……気の毒ですね」


「……まぁあの娘の場合はちょっと仕方ない所もあるんですけどね」


スタッフは若干口の端を吊り上がらせながら言った。

その表情には少しの同情と、少しの嘲笑が見て取れた。


「どういう事です?あの娘にも素行の問題が?」


「あ、いや、あの娘自体は悪い娘じゃないんですよ?ただ、経歴というか……プロデューサーさんもウワサくらいは聞いた事があるはずですよ、ほら、あの娘は―――」

そこで話を遮るように、ディレクターの怒声が響く。


「おい!スタッフ!」

「は、はい!」

「こんなんじゃもう撮影になんねえよ!番組のPとクソ事務所のP呼べ!会議するぞ!」

「は、はい!」

「それと、おーい!そこのアンタ……白菊さんだっけ?もう今日は帰っていいよ!お疲れさん!」



「……えっ。あ……あの……すみませんでした」

「……白菊、さん」


先日プロダクションが潰れた時の会議で聞いた名だった。


「そう、『あの』白菊ほたるさんです。すみませんプロデューサーさん、今度の撮影またよろしくお願いしますね」


そんな事を言いながらスタッフはディレクターの方へと去っていった。



スタジオには急に解散を言い渡された少女が、泣きそうな顔で立ち尽くしていた。

その後2,3用事を済ませ、事務所への帰路に就く。



その途中、公園の前を通る時の事だった。


「……あれは」


夕暮れの公園のベンチに座り、うなだれている少女の姿があった。


他でもない、白菊ほたるだ。

小さな肩を震わせ、顔を覗きこむまでもなく泣いているようだった。

「どうしたの?」

この時声を掛けた理由は、特にない。


「……ちょっとだけ、つらい事があって」

顔を上げた少女の顔を初めてしっかり見る。


可愛らしい女の子だ。

それに、思っていたよりもずっと幼い。


だが、今は泣いていることと、彼女が来ている黒い服のせいで言いようの知れない陰気さというか、薄幸さを醸し出している。


「収録のことかな?」

そう言われた少女は、少し驚いた顔をした。


「どうして、それを……?」


「ああ、ごめん。自分は○○プロでプロデューサーをやってるんだ。それでさっきは仕事でたまたまスタジオに居て……はい、名刺です」


名刺を手渡された少女は名刺と俺の顔を相互に見比べた後、再び視線を落とした。

「そうだったんですか……。でも、違うんです。つらいのは、収録のことじゃなくて」


少女の顔は、暗い。




「私、アイドルじゃなくなっちゃいました」



「アイドルじゃなくなった?解雇されたってことか?」

俺の言葉に少女はゆっくりと頷く。


「……詳しい事情は知らないが、さっきの収録は別のアイドルがドタキャンしたせいで中止になったと聞いてる。君が解雇される理由にはならないだろう」


「実は、暗い話で申し訳ないのですが……」



そこで彼女はぽつぽつと語り始めた。

今までに所属したプロダクションが全て倒産した事。

今回ドタキャンしたアイドルとは以前に潰れた同じプロダクションに所属していた事。



そして、恐らくそのアイドルに嫌われていた事。

「だから、その人は私なんかとは組みたくなかったらしくて……あっ、でもその人本当にすごいアイドルなんです。すごく可愛くて、お喋りも上手くて……本当に私なんかとは、正反対で……」


そこまで話して、再び少女の頬に涙が伝っていた。


「……だから、プロダクションの人からは、大きな仕事がなくなったのは私のせいだって言われて……」



それで、責任をこの娘に押し付けて解雇か。


社会に生きていく上で、責任はつきものだ。

損失が発生したら誰かが責任を取るのが常だ。


だが今回の件で責任を取るのはそのアイドルを御し切れなかったプロダクションであるべきで、間違ってもこの娘ではない。

「いつもそうなんです。事故とか、アクシデントが、私のせいでたくさん起きて……」


これは事故やアクシデントといった突発的なものではない。

アイドルとのコミュニケーション、管理不足が招いた起こるべくして起きた必然だ。



目の前の少女は気付いていない。

本気で今回の件が自分の所為だと思っている。

いや、或いは思おうとしているのかもしれない。



「やっぱり、私なんかがアイドル目指したら、ダメだったんですね」

「ダメじゃない」

えっ、という顔をする少女。

「ダメですよ……。私は人を不幸にしちゃうんです。呪われてるんです。そんな人は、アイドルにはなれないんです。きっと」


「呪いなんてものは無いよ」




今まで生きてきて、『自称』ツイていない人間というのは何人か見た。


頻繁に財布を落としたり。

出かけると良く雨が降ってきたり。

信号に差し掛かると赤になったり。

だが、財布を落とすのはただの本人の不注意だ。

そういう人間は普段から財布以外にも物を失くす。


雨が降って来るのは気のせいだ。

天気はその周辺にいる人間には等しく影響を与えるものだし、
雨の日より晴れの日の方がずっと多いはずだ。


信号もそうだ。

本来信号は青の時間より赤の時間の方が長いのだから、
そういうものだ。



「アイドルになりたくない?」


「そんな……スカウトですか?私はもうアイドルにはなれません!私は疫病神なんです。関わったら、あなたも、あなたのプロダクションも不幸になるかもしれないんですよ」


―――――――――潰れたプロダクション、例のあの『疫病神』が所属していたらしいじゃないか



それでは、自他共に認める『不幸』な人間はどうだろうか。


今まで俺はそういう人間には会った事が無かった。



だが、下らないと思う。

生まれの違いや境遇の違いこそあれ、人間としての個体差に運などというものがあるだろうか。


俺は、恵まれている。



だが、それは運に恵まれているのではない。


人に、恵まれているのだ。



目の前の少女もそうだ。

この娘は運に恵まれないのではなく、人に恵まれていなかっただけだ。

それ自体が不運だという事なら、それはそうかもしれないが。



だが、これからやり直せる。

「幸せになりたくない?」


「幸せに……。アイドルの、私に……」


「なろう」


再び少女は涙を流す。


「っ……。な、なりたい……です……!」



わっと泣き出すほたるを見ながら、内心では自分の言動に驚いていた。


何故自分はこんな事をしたのだろうか。


彼女の経歴に同情したから?

彼女の容姿が優れていて、可能性を感じたから?

彼女の話に義憤を感じたから?



そのどれもが理由なのかもしれないし、理由ではないのかもしれない。


ただ、そうしなくてはいけないと感じたから。

自分がプロデューサーになりたての頃には、よくそういう理由にならない理由で動いたような覚えがある。

そして痛い目に遭い、自制心を覚え、無くなっていった感覚だ。

これがどういう結果に転がるかはわからない。


だが、今の自分はこうするのが正しいと感じた。

それだけだった。

「何を考えているんだ君は!」


待っていたのは部長の叱責だった。

初めは上機嫌だった部長も白菊ほたるを雇いたい、と聞いた途端血相を変えた。

まあ予想は出来ていた事である。



「少し前に話していたばかりだろう!彼女は業界内でも有名な『疫病神』なんだ!しかも今回も早速トラブルを起こして解雇されたんだろう!?そんなアイドルを……しかも実績があるわけでもない」

「……部長、お言葉ですが、今回のトラブルの原因は彼女ではありません。撮影を急遽キャンセルしたのは別のアイドルで」

「そんな事はどうでもいい!結果的に彼女は解雇されてるじゃないか!それとも何か!?君はウチを潰したいのか!!」



最近は(担当アイドル達のおかげで)実績を上げた俺に対して部長もそれなりに自由にさせてくれていたのだが、聞く耳を持たない。


「……白菊ほたるは光るものを持っています。今までは所属したプロダクションに恵まれなかっただけだと思います」


俺の言葉に部長は呆れたように溜め息をつく。


「……良いかね、プロデューサー君。この世界は結果が全てだ。彼女がどんな才能を持っていようが、彼女が所属した事務所は悉く潰れた。それは事実だ。ならばウチもそんな厄介ごとを受け入れる訳にはいかないんだよ」

結果。
結果か。


「なら、彼女と一緒に結果を出します。ダメだったら、責任は自分が取ります」


「……事務所が潰れてしまえば、最早君一人が責任を取ってもどうしようもないのだがね」



もう一度、愛想が尽きたとばかりに大きなため息をついた。

「もし、業績が落ちたりトラブルが起こったらすぐさま彼女はクビだ。……当然、君もタダでは済まん。私はこの件に関しては一切の責任を取らん」

「構いません。ありがとうございます」
頭を下げる。

「……全く、馬鹿な男だ。せっかく私が目を掛けてやっていたのに」

「重ねてありがとうございます。御恩は、結果で返して見せます」

もう一度頭を下げて、部長室を後にした。


所属が決まった事をほたるに伝えるため廊下を歩いていると、一人のアイドルとすれ違った。



アイドルは俺を一瞥すると、軽く会釈して通り過ぎていった。

特に交わす言葉はない。



もう俺は彼女の担当ではない。


「えっ、本当……ですか?そんな、まだ私を受け入れてもらえる事務所があったなんて……」


所属が決まった事を伝えると、ほたるはそんな事を言ってまた涙を流している。


これまでは移籍先を決めるのも難儀したのだろうし、だからこそ一度はアイドルを辞めようとも思ったのだろう。

どの事務所も先ほどの部長と同じような判断をするのだろう。




こうして白菊ほたるのプロデュースが始まった。


「ダンスレッスン、ですか?」


正式にほたるのプロデュースが始まった所で、本人の実力を測らなければならない。

が、ほたるは早速不安げな顔をしている。

最も、不安げなのはいつも大体そうなのだが。



「ああ、ダンスは苦手か?」

「……苦手、というより……運動はそんなに得意じゃないのもありますけど……いえ、ダメですよね、やる前から逃げちゃ。トレーナーさん、お願いします……!」


そう言うほたるの姿に前向きさを感じ、感心したのと同時に違和感を覚える。



やる前から?


「はぁ……はぁ……」


レッスン用の曲を一曲踊り、ほたるは息を切らせている。


動きのキレは悪くないし、本人がいうほど運動が苦手、という感じはしない。

だが、ほたるがこれまで曲がりなりにもアイドルだった、という前提で考えると、拭いきれない違和感がある。



それはトレーナーさんも同様だったろう。


「……白菊さん、あなた、もしかして……ダンスレッスンは初めて?」


言われたほたるは息を整えながら、申し訳なさそうに顔を上げる。


「―――――はい、今まではダンスレッスンの機会がなくて……なので、基礎からお願いします……すみません」



その後、ボーカルレッスン、ビジュアルレッスンをやってもらった。


ボーカルレッスンでは音響の大きな音に委縮してしまい、声が出せない。


「私、怒られてばかりだったから、少し怖がりになっちゃったみたいで……大きな声や音を聞くと、どうしても……」

そんな今までのレッスンと比べて、ビジュアルレッスンでは現役アイドルの片鱗を見せた。


「あっ、プロデューサーさん、トレーナーさんに褒めてもらいました!泣きの演技が上手いって……!」


泣きなれてるからかな?

そう話す彼女の姿に俺は悲しみを覚えた。



「……ほたる、笑ってみてくれ」

「……え?」

「楽しそうに笑ってみてくれ」

「……えっ、え、ええと……こ、こう……?」


完全に苦笑いだった。



「お……おかしいですか?けっこう笑顔の練習はしてるんですけど……」



「すみません……プロデューサーさん……また駄目でした……」


先日受けたオーディションの結果が通知された。


結果は落選だった。



「……やっぱり今回のオーディションも笑顔では受けられなかった?」

「……はい。すみません……」



理由はわかっている。

表情の暗さだ。

「他の子たちは……みんな元気で明るくて……けど私はどうしても緊張して……表情が暗くなっちゃって……」



ほたるが事務所に来てすでに数か月が経った。


だが、未だにオーディションを突破出来ていない。



ダンスや歌などは当初に比べれば見違えるほど上達した。

元々素養が無かった訳ではなく、彼女の場合は磨く機会が無かっただけなのだ。


今では撮影やミニLIVEを開けるまでになった。



それでも尚オーディションを突破出来ないのは、やはり彼女が根本的に自信を持てないでいるためだ。


ここをクリアしないと、ほたるはこれ以上前に進めない。



何か手を打たなければならない。



「……ほたる、明日は仕事入ってないよな。悪いけど一日、俺に付き合ってくれないか?」



「え?それって……どういう……」

俺のいきなりの提案に、ほたるはポカンとしている。


「いや、こっちに移籍してきてからずっとレッスンだオーディションだって忙しかったからな。気分転換にどこかに遊びにでもいかないかってさ」

「え……で、でも……」

「いや、もちろん何か予定が入ってたなら別に良いんだ。それに、俺みたいな奴と出かけて楽しくないかもしれないしな」

そういうとほたるはかぶりを振る。


「い、いえ!そんなこと……けど……プ、プロデューサーさんは、忙しいんじゃないんですか……?」


「それは大丈夫だ」



実際、大丈夫だ。

ほたるを事務所に受け入れてからは俺はほたるの専属プロデューサーという立場になっていた。

プロデュースに専念できるように、というのが表向きだが、実際は厄介払いのようなものだ。


この件以降、俺は社内でやや浮いた存在になっている。


月一回の会議にももう呼ばれなくなった。


だが、好都合だ。

お陰でこうして時間が取れる。

「……で、でも……」

未だ煮え切らないほたる。

「……もしかして、自分と一緒に出掛けたら俺が不幸になるとか思っている?」

「……っ」


図星のようだ。


「だったら、心配ない。もしそんな事でどうにかなるんだったら、俺はもうこの数か月の内にどうにかなってるよ」


その後、なおも渋る彼女をどうにか説得した。



どうにかこの機会に彼女の心を解してやらねばならない。

翌日。

予定の時刻に彼女の家の前で待っていた俺が見たのは、大荷物を抱えて家を出てくるほたるの姿だった。


「え?い、いえ……何が起こるかわからないですから……折り畳み傘に治療箱にヘルメットに……」

「……傘だけでいいよ。後は置いていく」


彼女は普段出かける時もこんな大荷物を持って行ってるのだろうか。

ほたると一緒に道を歩く。


ほたるはしきりに上空や道を気にしている。



「あの……それで、今日はどこに行くんでしょうか……?」

「ああ……実は今日の予定で決まってるのは夕方からなんだ。それまでにほたる、どこか行きたいところとかあるか?」

「えっ……い、行きたいところですか?え、えっと……」


ほたるは慌てている。


「あ、いや、急にごめんな。特に行きたいところが無いなら適当に喫茶店でも行って少し時間を潰して……」

「……あ、あの……それならちょっと、行きたい所が……」

「神社か」

「はい……新しいお守りが欲しくて」


俺達は近くの神社に来ていた。

そんなに大きな神社ではなく、境内には俺達以外に参拝客はいない。


「……こんな事言うと罰が当たりそうだが、もっと有名な神社のお守りとかじゃなくて良いのか?」

「……以前はそういう所でお守りを買ってたんですけど、失くしてしまって……いつもそうなんです。お守りを買っても、いつの間にかなくなったり、汚れちゃったり……」


困ったような笑みを浮かべるほたる。

「そうすると、同じ所ではなんとなく買いづらくって……なんだか……」

――――神様に、見捨てられたみたいで。

そうポツリとつぶやくほたる。



「……でも、今日のこのお守りは違います。プロデューサーさんと一緒に選んだこのお守りは……きっと私を救ってくれるって信じてます」

この娘は今まで、一体どれほどの辛い目に遭ってきたのだろう。

そしてどうすればこの娘が心から笑えるようになるのだろう。



成功させるしか、ない。



今まで流してきた涙も、全てはこの為の礎だったのだと思わせるような、成功体験。



そうして初めて、この娘は呪縛から解き放たれるのだと思った。

夕方。

俺達はとある場所に来ていた。


周囲には多くの人が訪れている。



「LIVE、ですか?」

「ああ、ウチの事務所のアイドルのステージがある。それを見せたかった」


今日の目的はこれだった。


「チケットは取ってある。今日は関係者としてじゃなく、お客さんとして楽しもう」

「は、はい」

会場内は満員だ。

開始10分前という事でファンの期待は頂点まで高まっている。


俺達の隣に陣取る二人組の会話が聞こえてくる。



「俺、前もこのグループのLIVE行ったんだけどさ、もう最高だったぜ!」

「マジかよ、良いな~!俺、今までテレビでしか見たこと無かったんだよ!」

「今はもう大人気でチケット取るのも苦労したもんな。けど、絶対今日のLIVE一生の思い出になるぜ!」


興奮気味に話す二人組。

「……」

ほたるは、人が多いせいか少し不安そうにしている。

予定の刻限になった。

会場内の照明が暗くなり、ベース音が鳴り始める。

LIVEが始まる。



「みんなー!今日はアタシたちのLIVEに来てくれてありがとー!★」


アイドルの声が響き、会場内のボルテージが一気に上昇する。


「それじゃあ、最後まで楽しんでいってね。最初の曲は……―――――」

会場内に響く音楽。

趣向を凝らせたステージ演出。

胸を打つ歌声。

それらが見事に調和し、会場を熱気と一体感が包む。


そうだ。

これがLIVE、そして、アイドルの目標だ。



ほたるは、会場内の熱気の中にあって、顔を紅潮させてステージを見ている。

夢心地のような、茫然としているような……。

夢の時間もそろそろ終わりの時間が近づいてきた。



それは、恐らく気のせいだったのだろう。




挨拶を終え、満天の拍手のステージから降りていくアイドル達の中の一人と、視線が合った。


そのアイドルは少し微笑むと、舞台裏へと消えていった。


隣の二人組の会話が聞こえる。

「お、おい!今奏ちゃんが俺の方見て笑ったぞ!マジで!」

「バッカ、たまたまそんな風に見えただけだろ」

興奮気味に話す男を、冷静に諭すもう一人。



そうだな。


『私は、舞台に立ち続けているから』




そんな風に言っているように見えたのは、恐らく気のせいだったに違いない。


LIVEが終わり、俺たちは帰路に就いていた。


ほたるはLIVEが終わってからも顔を紅潮させたまま、どこか心ここにあらず、といった様子だ。


歩きながら話し掛ける。



「LIVE、凄かったな」

「……はい」

「ほたるも途中から夢中で見てたみたいだけど、楽しんでくれてたか?」

「……はい!……私、本当に感動しちゃって……夢の中にいるみたいでした」

「そうだな……本来の、こういうエンターテイメントの役割っていうのはそこに尽きると思う。要は、どれだけ没入させられるか……他の事を忘れさせられるかってことだな」


その域まで行けるパフォーマーは多くない。

だからこそ、そこを目指さなくてはいけない。

ほたるをLIVEに連れてきたのはそれを意識してもらう為だった。


「……はい。おかげで、私も理解できました。周囲のお客さん……いえ、会場内の全部のお客さんが夢の世界に浸って、共有して……一体になって」

「ほたる……」

ほたるはひとつ溜息をついて、諦めたような笑みを浮かべて、言った。

「私には、とても手の届かない世界でした」


「え?」

なんだって?

「私じゃ、どんなに頑張ってもあんな世界は作れません。あんなにたくさんの人たちに夢を見せることなんて……」


どうして、そっちなんだ。


「……本気で言ってるのか、ほたる」


「……」



俯いて、押し黙る。

その反応は、本心ではないことの何よりの証拠のように感じた。


「どうして悪い方悪い方を口に出してしまうんだ?希望を口にすることをどうして恐れてしまうんだ」


「……うっ……」


また涙を目に浮かべるほたる。


だが、今日はここで引くわけにはいかない。

今日、ここで変わらなければ、この子はずっと機会を失ってしまうかもしれない。

自分の経験が、そう告げていた。

「今までいたプロダクションでそんな風に植え付けられてきたのか?希望なんか口にするなって」



それもあるのだろう。

彼女の今までに聞いた境遇を思えば、とても自分自身に明るい展望など見いだせなかっただろうし、周囲もそれを許容しなかったかもしれない。

だが。


「だったらそれは大間違いだ」

「……」

「もし本当に今日のLIVEを見て、ああ、自分なんかダメなんだ、できっこないんだって本当に、ほたるが思ったなら」

「……」

「その時は俺の見込み違いだった。この業界はそんな気持ちの弱さではやっていけない」

「……う……」

だが。

「……でも、違うだろう?」

「……!」

「今まで辞めようと思えばいつでも辞めるタイミングはあったはずだ。仕事が上手くいかなかった時、所属事務所が潰れた時、あの、公園にいた時」


最も、公園にいた時、諦めかけた彼女を無理やり引き留めたのは自分だったが。


だが、もし仮にあの時に自分が彼女を引き留めなくても、彼女はアイドルを続けようとしただろう。



そんな確信にも似た予感が、俺の中にはあった。



「ほたる……覚えてるか?以前俺に話してくれた事があったよな。アイドルを目指した理由」

「……」


「昔テレビでアイドルを見て……自分もあんな風になりたい、周囲に幸せを与えたい……そうほたるは言っていた」

「……はい」

「立派だと思う。けど、本質はその動機じゃない」

「え……?」



「その、周りを幸せにしたいって最初に抱いた目標だけを頼りにして、支えにして、ほたるは今まで絶対に諦めなかった」



周囲の人間に疎まれても。

所属事務所が無くなろうとも。

どんな理不尽な目に遭おうとも。



「どんなに希望が見いだせない状況に陥っても、なお舞台から降りないその執念。それこそが他の誰にもない、ほたるの強さ」


白菊ほたるの本質。


「……!」


「口ではどんな後ろ向きなことを言っていても、ほたるの心の奥底は逆だ。絶対に成功したい、させてみせるって思ってるはずだ」


「……そんなこと……プロデューサーさんに私の、心の中なんてわかるはずないじゃないですか……!」


「そうだな。わからない」



ほたるに限らず、俺に他人が何を思っているのかなど理解できるはずもない。

そういった機能は使わなさ過ぎて錆び付いてしまった。


それでも。


「ただ、そうじゃないと説明がつかないだけだよ。さっきも言った通り、今までほたるがアイドルを続けている理由がさ」

「……!」

才能はある。

向上心もある。

そして、執念も持っている。


それを表に出す事を知らなかっただけだ。



「それでもほたるが後ろ向きにしかなれないっていうなら、その理由を教えてくれ。俺はその不安を取り除きたい」


「……」


ほたるは少し口ごもって、そして口を開く。


「……プロデューサーさん、私の担当になってから……その……会社の中に居づらいんじゃないですか……?」



「……なんだって?」


「私……知ってます。私が入社する時もプロデューサーさんが周囲の反対に遭っていたこと……それを押し切ってくれたことも……」


「……」


「そこまでしてくれたプロデューサーさんの為に期待に応えたい……少しでも恩を返したい……なのに……!」

「私は……全然結果が出せなくて……!そのせいで……プロデューサーさんが会社の人から白い目で見られるのが……悔しくて……悲しくって……!」



ほたるの目からは再び涙がこぼれる。


「……それで?諦めるような事を言ったのか」


「……私に手を差し伸べてくれたプロデューサーさんの足を引っ張ってしまうくらいなら……私は……自分の事は諦められます……」




実に短絡的だ、と思った。

ここにきてほたるがアイドルを辞めた処で何一つ事態は好転しない。

今までの壮絶な経験が彼女を13歳という年齢以上に大人びて見せていても、やはり本質は年齢相応だと思った。



だが、それと同時に。



優しすぎる、と思った。

彼女は今までどんな辛い目に遭っても、打ちのめされても諦めきれなかった夢を、俺のために諦められると言うのだ。


そもそものアイドルを目指した理由も他人を幸せにしたいという。


数々の辛い経験を経ても尚他人を恨むのではなく、自分こそが元凶だと考えてしまう。



今の彼女の在り方は、彼女の限りない優しさが産んだものだった。

だからこそ、哀しい。



だれよりも優しいこの少女が、周囲から疎まれているこの状況が。

だからこそ、許容できない。

「良いんだ、ほたる」

「……え?」

「俺は、俺自身がほたるをプロデュースしたいと思ったから君をプロダクションに誘ったんだ。別に誰のためでもない、俺がそうしたいと思ったからだ」

「そんな……嘘です……私なんて……きっとプロデューサーさんを……不幸に……」

「嘘じゃない。そして最近は少しずつ結果も出始めている。結果さえ出せば周囲は納得するしかないんだから、後は俺たちは頑張るだけだ」

「それに、もしほたると一緒にいて本当に不幸になるんだったら、今頃俺はプロデューサーなんてやっていられなかっただろう。俺たちが活動をスタートさせてから何か月経った?」

「……今日で、半年経ちました……」

「おお、もうそんなになるのか。この半年間、俺たちはずっと一緒だったじゃないか。レッスンの時も、仕事の時も、そして今日も」



「だけど、この半年間俺は不幸だった瞬間なんて一瞬もない」



「……!」

「ほたるは違ったか?不幸だったか?辛かったか?」


「……!……そんな……そんな事ありません……!プロデューサーさんも、トレーナーさんも、みんな優しくて、私……本当に……幸せでした……!夢みたいに……!」


「そうか。俺もだよ」


「……え……」



「この半年間、ほたると一緒に歩いてこれて、俺は幸福だったんだ」



俺の言葉に、信じられないといった感じで目を見開くほたる。


「ほら、もうほたるは周りの人間をひとり幸せにしてるじゃないか」


「だったらもうそれは立派なアイドルだ。恥ずべき事なんてどこにもない」


「――――――」


また、彼女の瞳から涙が零れる。

しかしその涙は先ほどまでのものとは別種の涙だ。




誰かに認めてもらう事。


それを真に心から理解出来る事。


それこそが彼女にとっての成功体験であり、彼女に一番必要なものだったのだ。

「……プロデューサーさん!この間受けたオーディション、受かりました……!」

「……おお!」



事務所に着くなり、ほたるは喜びを抑えられない様子で報告してきた。


あのLIVEの日からまた少し月日が経った。



「やったじゃないか!この前の面接は手応えがあったって言ってたもんな」

「はい……!ちゃんと明るく挨拶出来たと思いますし、実技の演技は暗い役だったので……上手くいきました……!」

「いや、大事なことだぞ。普段から暗いだけなのと、普段は明るくて暗い演技が出来るってのじゃあ、意味が違う」

「ともかく、おめでとうほたる。初のオーディションで勝ち取った仕事だ!」

「はい……!貰った役……全力で取り組みます……!」




あの日以来、ほたるは変わった。



後ろ向きな発言は影を潜め、とにかく粘り強くなった。

そういった精神面での変化は表情にも表れ、良く笑うようになった。


表情が変われば、世界が変わる……というのは言い過ぎかもしれないが、実際彼女自身はそれくらいに思ったかもしれない。


仕事も含めて、ほたるを取り巻く状況が好転し始めた。



「プロデューサーさん、最近ほたるちゃん上達がすごく早いですよ。歌も、ダンスも」


ほたるのレッスンを終えたトレーナーさんが汗を拭きながら嬉しそうに報告してきた。



「それは良かった。前からやる気はありましたが、最近は意識が変わったんでしょう」


「ええ。以前までの彼女は努力をすることにもどこか遠慮があったというか……最近は本当に純粋にレッスンに打ち込めていると思います」


努力をするのにも遠慮。


アイドルとして自分を磨くという行為自体にすら申し訳なさがあったのかもしれない。

「このままの推移で行けるなら……もうそろそろ本人にも話していいかもしれません。目標を持ってもらうのは大事ですし」

「……そうですね。今のほたるなら萎縮することもないでしょう。話してみます」




「……フェス、ですか……!?」

「ああ。クリスマスにな」


今度のクリスマスの夜に開催されるLIVEフェスティバルの事をほたるに話すと、彼女はとても驚いた様子だった。

「そ、それで……その話を私にされているということは……」

「ああ。ほたる、出演しよう。俺とトレーナーさんは最近のほたるのレッスンの様子を見て、行けると判断した」

「そ、そんな……私、今までミニLIVEまでしかやったことないのに、いきなりそんな……」

「だからこそ、だ。今度はフェスだから、多くのアイドルが出演する。いきなり単独で大きい会場は難しいだろう?だから、今回で大きい会場の雰囲気を知って欲しいしな」

「……」


やはり、最近変わってきたと言ってもいきなり言われては萎縮してしまっただろうか。

「……自信、ないか?」

「……いえ」


俺の言葉に一拍置いてからほたるはキッと顔を上げた。



「ぜひ……参加させてください」


「……ほたる」


表情は不安も見て取れるが、力強い。


「私、最近は変わろうと思って頑張ってきたつもりです。そして……すこしずつですけど、周りの人も変わったねって、言ってくれるようになってきました」


「……」

「そんななかで、今回プロデューサーさんが持ってきてくださった今回のフェスのお話……このフェスで、本当に自分が変われたのか……確かめたいんです」


「……」


以前のほたるからはとても聞けないであろう言葉だ。



「そうか……じゃあ、フェスまではそんなに時間もない。トレーナーさんと相談して、厳しいレッスンになると思う。それでも、頑張れるな?」


「……はい……!よろしくお願いします……!」



そんな事をしなくても、ほたるは十分変わった……という言葉を飲み込む。


「ほら、ほたるちゃん!ステップが乱れてますよ!」


「は、はい!」



フェスに向けてのレッスンが始まった。

当然ながらその内容は厳しい。


ほたるにとっては初の大舞台でのパフォーマンスとなる事から、実際に必要な実力以上に自信を付けさせる必要があった。

「……!……」


懸命にレッスンに付いていくほたるの姿は、やはり同じ必死さでも以前とは違う印象を受ける。


願わくば、この少女が報われんことを。



心からそう思った。



「……うん!ほたるちゃん、良く頑張りましたね!」


「……!」


フェス前日。

直前のリハーサルも兼ねた通しのパフォーマンス予行を終えて息を切らすほたるに、トレーナーさんは明快に合格点を与えた。

あれからほたるは決して弱音を吐かず、ひたすら、ひたむきにレッスンを重ねた。


はぁ……はぁ……トレーナーさん、本当にありがとうございました……!」


「いえいえ、頑張ったのはほたるちゃん自身ですから」

「それに本番は明日ですから、緊張もするでしょうけど練習してきたものを出せれば絶対に大丈夫!楽しむ気持ちを忘れないでくださいね!」

「楽しむ……はい……!」



帰り道。


明日に備えて早く休むように、というトレーナーさんの言葉に従い、俺はほたるを家まで送っていた。

年末ということもあり、日が落ちるのもめっきり早くなった。


ほたるの吐く息も白い。


「いよいよ明日だな」


「……はい」


「……思いっきり、楽しもうな」


「……LIVEを楽しもうなんて気持ち、前の私ならとても持てませんでした……」


「……ほたる」



白い息を吐きながら、逡巡するかのようにほたるは顔を見上げている。


「……でも、今の私は早く舞台に立ちたいって思ってます。もちろん、緊張もありますけど……それ以上に、楽しみな気持ちが勝ってます」



この娘は本当に、強くなった。



「それだけ言えるなら心配はいらないな」

「……はい。……あの、プロデューサーさん」


「ん?どうした?」



「……あの、プロデューサーさんはどうして私を見捨てないでくれたんですか……?」


突然そんな事を聞かれて、若干戸惑う。

「うん?担当アイドルなんだから、そんなの当たり前だろう」


「いえ……プロデューサーさんは、今まで会ったどの人よりも優しくて……」



優しい。

優しさか。


ほたるの心根の優しさを俺は感じる事が出来たが、いざ人に優しい、と言われるとやはりまだピンと来ない。



そもそも今回ほたるのプロデュースを請け負っているのも、優しさや同情からではない。

ほたるのような者が報われる事なく、日の目を見る事もなく消えていくのが、単純に我慢ならなかったからだ。
 

だから彼女がアイドルを辞めることは許さなかったし、厳しいレッスンも課した。


その自分が我慢がならない、という理由で他人に行動を強制しているのは、エゴに他ならない。


そしてそれは優しさとは対極に位置するものではないか。



「……まあ、そういう事を考えるのもLIVEが終わってからだ。明日、頑張ろうな」



俺が本当の『優しさ』を理解出来る日は、まだ来そうもない。

本番当日。

会場は夕方頃から、かなりの人数が入っていた。

当日ともなるとほたるも流石に緊張が見て取れる。

だが、今日は自分も会場スタッフとして動かなければいけない。

じっくりと言葉をかけてやれる時間はない。



「ほたる」

「……あ……プロデューサーさん……」

「楽しもうな」

「……はい!」



だが、今の彼女にはその一言で十分だった。

フェスが始まり、アイドル達のパフォーマンスが次々と行われていく。

皆、この日の為に研鑽を積んだのだろう、その表情は充実感に満ちている。

出番を待つほたるの表情は、すでに落ち着いているように見える。




ついに、ほたるの出番が回ってきた。

かけるべき言葉はもうない。


ほたると俺は互いに視線を合わせると、一回ずつ、頷いた。



結論から言うと、ほたるはステージで躍動した。



過去の辛い経験も、この舞台の為に重ねた練習も、全てを清算するような見事なパフォーマンスだった。


「――――――」


そして、一曲終えたステージ上のほたるの表情は、これからの輝かしい未来を信じてやまない、そんな希望に満ちていた。


数えきれない拍手を送られるほたる。

そこで流している涙は、嬉し涙に他ならなかった。


「……」


「あ、プロデューサーさん、いたいた……この後のスケジュール……ってうわっ、どうしたんですか?」

「え?」

スタッフに言われて、気がついた。



涙を流していたのは、自分も同じだった。

「あ、今ステージに立ってるのほたるちゃんですか。彼女、かなり印象変わりましたもんね〜。今日くらいのパフォーマンスやってくれるならこれからもっとLIVEの仕事も増えそうですね」

「そう、ですね。もっともっと、彼女はステージに上げてやりたいですよ」

答えながら、なんとも言えない不思議な気持ちに包まれていた。

こんな風に涙を流したのは、いつ以来だろうか――――――。

LIVE後。


全ての処理も終わり、俺は今日もほたると一緒に帰路に就いていた。

夜も遅く、とても冷える。


「ほたる、今日はお疲れさま。最高のパフォーマンスだったよ」


「あ、ありがとうございます……私も、本当に、本当に嬉しかったです……」


気温のせいか、高揚した気持ちのせいか、ほたるの顔は少し紅い。


「それもこれも、プロデューサーさんのおかげです……本当に、ありがとうございます……」


「ほたるが元々持っていた実力だ。……でも、俺が少しでも手伝えたなら良かったよ」


「少しだなんて……私なんてプロデューサーさんがいなかったら、ステージにも立たなかったでしょうし、そもそもアイドルを続けていたかどうかも……」


「はは……そんな風に言うと、なんだか前のほたるみたいだな」


「……!そ、そんな……私、今日でようやく変われたと思ったのに……」



「ああ、いや、大丈夫だ。ほたるはもう、変われたよ」


「……ほ、ほんとですか?」


「ああ。心の奥底は優しいまま、とても強くなった。これからはきっと、どんな事があっても大丈夫さ」


「……はい。プロデューサーさん、改めてありがとうございました……」


「……さあ!まだこれで終わりじゃないぞ!これからはもっとLIVEの仕事も増えてくるだろうし、目指すは単独の大きなLIVEだ!それに向けてまたレッスン頑張るぞ!」


「……はい!これからも……よろしくお願いします……プロデューサーさん……!」



そんな言葉を交わしているうち、ほたるの家の前に着いた。

「それじゃあ。また明日な」

「……あ、あの……プロデューサーさん」


帰ろうとしたところを呼び止められ、ほたるの方を向く。


「ん?どうした?」

「……あの……えっと……」


少し顔を赤らめてもじもじしているほたる。



「―――――や、やっぱりなんでもないですっ……!あの、プロデューサーさん、少し屈んでくれませんか……?」

「ん?こうか?」


言われて、体を少し屈める。



すると、ほたるは俺の首に今まで自分が巻いていたマフラーを優しく巻いた。




「……今夜も冷えますから……家まで送っていただいて、ありがとうございました」


「……ああ。ありがとう、ほたる」


彼女が何を言おうとしたのかはわからない。


しかし、今は彼女の巻いたマフラーと言葉がくれた温かさを感じるのみだった。


ほたるの家を後にして、俺は自宅に帰るために公園を歩いていた。


聖夜の公園は、かなり時間も遅いせいか人の姿は無かった。


ふと、自分の携帯の画面を覗く。


すると、メッセージが届いている事に気が付く。



誰だろうと確認してみる。







お疲れさま、プロデューサーさん

今日のLIVE、とても良かったよ



もうしばらく言葉を交わしていない、『彼女』の名だった。



今日は彼女はLIVEの出演者には入っていなかった。


ということは、わざわざ観に来てくれていたのか。




思えば、彼女を失望させてしまってから俺は、心のどこかで何か形の見えないものを探し続ける日だったのかもしれない。

変わりたい、と思いながら変われるわけがないとも思っていた。

だが、今担当しているアイドルが、目の前で証明してみせた。

変われるのだと。

可能性を一番近くで見せてくれたのだ。


ならば、自分も変われるのだろうか。







そんな事を考えた瞬間、視界に閃光が走った。


うつぶせに倒れる。



背後には金属バットを持った男。


目の前に流れ出る赤と頭の痛みで、ようやく自分が殴られたのだと理解する。


「ほたるちゃんは俺のものだ……お、俺のなんだ……」



息を切らしながらそんな事を呻いている。


―――――なんだ、ほたるは随分と熱心過ぎるファンを作ってしまったみたいだ。

バットが振り下ろされ、背中を打たれる。


「はぁ、はぁ……俺は見てたんだぞ……ずっと見てた……お前、ほたるちゃんのなんなんだよ……!」



再びバットが振り下ろされ、頭を打たれた。


ぼんやりとしていく意識の中、ほたるの事を考えていた。



『私は疫病神なんです。関わったら、あなたも、あなたのプロダクションも不幸になるかもしれないんですよ』

――――やっぱりな。運が悪いなんて事は、あり得ない。




疫病神なんてものはいない。

いるのは、厄介な人間だけだ。




世の中の大凡の悪果は、突き詰めていけば人の悪意に因る。

要は、関わった人間の本質が、善か、悪か。


ならば、この結果は俺自身が引き寄せたものだ。



だから、ほたるはこれからはもう不運などというものに怯える必要は無いのだ。

結果を出した彼女には、これから必ず良い未来が待っている。

例え俺が隣にいなくとも。

「……ッ」


上手く動かない身体を這い擦らせる。



だからこそ、死ぬわけにはいかない。



だって、あの娘はきっと自分を責めるだろう。

ほたるは、何も悪くないのに。


だから、生きて、笑い飛ばしてやらなければならない。

だから、死ねない。


お前は、疫病神なんかじゃない。


―――――思えば自分の生にこんなに執着を持ったのは、初めてかもしれないな



そんな呑気な事を考える俺に三度バットが振り下ろされる。

そこで、通行人だろう女性の悲鳴が聞こえた。

ぼんやりと、逃げ出していく男の背中が見える。

消え去っていく意識の中で、真っ赤に染まったマフラーが目に入った。



マフラー、汚しちゃったな。


ほたるに申し訳なく思った。




終わり

以上で終わりです。

読んで下さった方有難うございました。

良いクリスマスを!

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