穂乃果「手巻き寿司パーティー」 (29)

手巻き寿司。ここで言われる手巻き寿司とは家庭で行われる形式であり、海苔と酢飯とネタとなる具材を用意し、個人で海苔を持ちその上に寿司飯を載せて自分の好きな具材を寿司飯の上に載せて自分の手で巻いて食べる、言わばセルフサービスの寿司の食べ方である。

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とある日。

穂乃果「イェーイ。お寿司!お寿司!」

絵里「あんまり騒いじゃダメよ。ご近所に迷惑でしょ?」

にこ「全く、子供なんだから…」

穂乃果「だってぇ。お寿司だよ!ね?花陽ちゃん?」

花陽「そ、そうだね。私も楽しみ」

海未「希、今日はありがとうございます。本当に良かったのですか?」

希「もちろん。むしろ、一人で晩御飯食べてるウチからしたらいつでもウェルカムやん」

海未「そうですか」

凛「あれ?そう言えば…ことりちゃんは?」

穂乃果「ことりちゃんなら用事があるから遅れて来るって」

この日は東條希の提案で各々が具材を用意し手巻き寿司をやる事になったのである。

穂乃果「さあ、早く始めようよ」

海未「穂乃果?分かっているとは思いますが…ちゃんとことりの分も考えて食べるのですよ?」

穂乃果「分かってるよ~。そこまで食いしん坊じゃないよ。ね?」

花陽「はい」

にこ「どうだか…」

穂乃果「さあ、花陽ちゃん。食べよう」

花陽「うん」

早速、食べ始める穂乃果と花陽。

穂乃果「いやぁ、どれにしようかな?」

花陽「はぁぁ。いっぱいあって迷っちゃうよぉ」

穂乃果「よし!穂乃果はこのサーモンとイクラにしよう!」

花陽「じゃあ、私はマグロを」

手巻き寿司の醍醐味はなんと言っても自分でネタを選び自分で巻いて食べる事で、具材の組み合わせが沢山あるのが魅力的である。

にこ「さっ、二人が全部食べちゃう前に私達も食べましょ」

海未「そうですね」

凛「凛はツナ!ツナマヨが良いにゃ~」

希「やっぱりなぁ。凛ちゃんはそうやと思ったわ。買っといて正解やね」

次々と手を伸ばし始めるメンバー達。が、一人テーブルの前で硬直している者が…

花陽「あれ?どうしたの?」

穂乃果「お寿司苦手なの?」

真姫「いや…」

西木野真姫である。彼女は寿司が苦手な訳ではない。だが、何故か一向に手を伸ばそうとしない。何故なのか?

凛「真姫ちゃん、大丈夫?」

希「もしかして、具合が悪いとか?」

真姫「べ、別に…」

にこ「もしかして…あんた、やり方が分からないとか?」

真姫「え?」

図星である。彼女にとって寿司とは何年も修行を積んだ職人が作る物であり、自分で作ると言う認識が全くなかったのである。

にこ「あんたって手巻き寿司なんてやった事ないだろうからねぇ」

真姫「ち、ちがっ…」

花陽「はい、真姫ちゃん」

真姫「え?」

花陽「私が作ったので良ければどうぞ」

真姫「あ、ありがとう…」

パクっ

花陽「どう?美味しい?」

真姫「うん」

にこ「何よ?リアクション薄いわね」

真姫「べ、別に私は…」

この女、本当は嬉しくて嬉しくて仕方ないのである。表情が緩みそうなのを必死に我慢しているのであった。

にこ「何よ?それじゃあ、にこが作ったスペシャル寿司を食べてみなさいよ。はいっ」

真姫「あ、ありがとう」

パクっ

にこ「どうよ?」

真姫「ま、まあまあね」

嘘である。彼女が今まで食べて来た寿司は超がつく様な高級店の寿司であったが、それでも二人が作ってくれた手巻き寿司方が何十倍にも美味しく感じていた。

にこ「ふーん。その割にはあっという間に食べちゃってるじゃない」

真姫「そんな事…ないわよ」

希「はい。ウチが作ったのもどうぞ」

真姫「あ、ありがとう」

この時点で彼女は表情の緩みを我慢できていなかった。

海未「凛。いけません」

凛「え~だってぇ」

星空凛は魚が苦手なのである。それでも、ツナやたまご、誰が持って来たのかは不明な肉類まであるのでなんとか食べれてはいた。

海未「先程からツナとお肉ばかり食べているではありませんか」

凛「だって凛、お魚苦手だもん」

海未「好き嫌いばかり言っていると立派に成長出来ませんよ?」

凛「え~、でも、海未ちゃんだって別に…」

この時、凛は言おうとした事を必死に飲み込んだのである。余計な事を言って海未を怒らせてはたまったものではない。

海未「ほら、私が作ってあげますから」

凛「え~」

海未「え~じゃありません」

海未は元々、真面目で世話焼きな一面があったが、末っ子の彼女にとって凛や花陽、真姫を妹の様に思っている所があったのである。

海未「はい、どうぞ 」

凛「ん~…希ちゃ~ん」

希「どしたん?」

凛「凛、お魚食べれないにゃ~」

希「そっか、そっか。それは仕方ないなぁ」

海未「希。凛をあまり甘やかさないで下さい」

希「ん~。まあ、でも今日は皆んなで楽しく食べた方がええんやない?」

希にとっても一年生組は妹の様な存在であった。初めて出来た部活の後輩は彼女にとって可愛くて可愛くて仕方ない存在で海未とは逆についつい甘やかしてしまうのである。

海未「希。凛の事を思うならちゃんと注意しなければいけません」

希「う~ん。それもそうやけど…今日だけやもんな?」

凛「うん。今日だけにゃ」

海未「嘘を吐きなさい。あなたはいつもお魚を食べないでしょ?」

凛「食べてるよ?………ラーメンの魚介スープとか…ツナもお魚だし…」

希「そうやんな?」

凛「うん」

海未「そう言うのを屁理屈と言うのです」

凛「え~」

希「まあ、海未ちゃんの言う事ももっともやけど…」

しかし、このやり取りは姉妹の会話と言うよりも親子の会話に近いものがあった。

海未「とにかく、好き嫌いはいけません。絵里を見てご覧なさい」

凛「絵里ちゃんを?」

海未「そうです。絵里みたいに…って絵里?何をやっているのです?」

絵里「え?」

海未が驚くのも無理もない。絵里は酢飯とネタを皿の上に乗せ食べていたのである。

海未「絵里…一体…」

凛「絵里ちゃん?手巻き寿司だよ?手巻き寿司知らないの?」

穂乃果「え?どうしたの?うわっ、絵里ちゃん何やってるの?」

絵里「いや…あの…」

別に彼女は手巻き寿司を知らない訳ではない。では、何故彼女はあんな食べ方をしていたのか?

絵里「私、海苔が食べれないのよ」

穂乃果「え?そうなの?」

絵里「ええ…」

凛「ほら、絵里ちゃんだって好き嫌いしてるにゃ」

海未「そ、それは…人は人です」

凛「え~なんで絵里ちゃんはいいの?」

絵里はμ’s内きっての常識人と言われている。少し前までは生徒会長も務めておりそんな彼女に海未は信頼を寄せていたのである。

凛「絵里ちゃんが海苔を食べないなら凛だってお魚を食べないにゃ」

海未「し、しかし…」

チラッ

絵里「え?私のせい?」

こうなった場合、責任感の強い絵里は海苔を食べようと努力する。

絵里「り、凛?ほら、私も海苔を食べるわよ~?」

しかし、人にはどうしても合わない物があるものである。絵里にとってそれは海苔と暗闇。

凛「絵里ちゃん…大丈夫?」

海未「申し訳ありません。私があんな事を…」

絵里「いや…大丈夫…だから…」

穂乃果「まさか、絵里ちゃんがそこまで海苔が苦手とは…」

にこ「海苔を食べて具合悪くなるってどう言う事よ?はい、水」

絵里「ありがとう。水飲んで少し休憩すれば大丈夫だから…」

彼女の名誉の為に言うと、最近は少し賢くない行動が目立つ彼女だがそれはあくまで普段がしっかりしているからであり、今回も責任感から来る失敗で決して彼女がポンコツという訳ではないという事を忘れてはならない。

穂乃果「いやぁ、それにしてもあれだね?ネタが少なくなってきちゃったね?」

花陽「少し…食べ過ぎちゃったかな…」

希「そうやねぇ。少なかったかな?」

にこ「まあ、でも大丈夫でしょ?ほら?ことりがまだ来てないし」

穂乃果「あっ、そっか!ことりちゃんが持って来てくれるよね?」

ピンポーン

希「おっ!噂をすれば来たんやない?」

穂乃果「待ってたよ。ことりちゃーーーん」

ことり「ごめんね。ちょっと用事が長引いちゃって…」

にこ「さっ、座りなさいよ」

ことり「うん。じゃあ、にこちゃんの横失礼します」

穂乃果「ことりちゃん!具材何持って来てくれたの?」

ことり「うん。えっとね、私はチーズケーキを持って来ました」

穂乃果「おお!チーズケーキ!美味しそうだね!………チーズケーキ?」

ことり「うん。チーズケーキだよ」

この時、一瞬その場の空気が固まった。各々寿司の具材を持ち寄ってと言う話だったのにことりが持って来たのはチーズケーキである。きっと、一人くらいデザートをと気を利かせて持って来たのであろう。では、何故空気が一瞬固まったのか?

穂乃果「え?じゃあ…具材は?」

ことり「ごめんね。チーズケーキしか持って来てないの。だって、穂乃果ちゃんが好きな物を持ってきてって言ったから…」

穂乃果「あ~…なるほど!うん。確かにそう言ったよ」

海未「穂乃果の連絡ミスじゃないですか」

穂乃果「ごめんね、ことりちゃん。気がついたら具材がもうこんだけしかないの。足りる?」

ことり「うん。大丈夫だよ。私そんなに食べれないもん」

ことりが小食であったお陰でなんとか具材は足りそうではあった。

穂乃果「わ~、ことりちゃん凄いね。手巻き寿司作るのすっごい上手」

ことり「え?そうかな?」

穂乃果「うん。だって、なんか色鮮やかだし芸術作品みたい」

流石はμ’sの衣装担当のことりである。手先の器用さでは彼女の右に出るものはなかなかいない。

にこ「それに比べて…凛は物凄い下手ね。どうすればそんなにグシャッのなるのよ?」

凛「食べちゃえば一緒だよ」

にこ「そうだけど。手に米粒が沢山付いてるじゃない。なんの為の海苔なのよ」

海未「全く。仕方ありません。私が…」

真姫「はい」

凛「え?」

真姫「ほら。作ってあげたわよ」

さっきまで、作り方も分からず固まるしかなかった真姫が凛に手巻き寿司を差し出したのである。

凛「え?真姫ちゃんが作ったの?」

真姫「そうよ」

にこ「あんた…さっきまで作れなかったじゃない」

あの時、真姫はただ硬直していた訳ではなかったのである。作り方の分からない自分が出来る事。それは…観察する事であった。見て技を盗み、その結果ことりの作ったものにも勝るとも劣らない巻き寿司を作れる様になったのである。

穂乃果「真姫ちゃん、凄い!」

にこ「出来るなら最初からそう言いなさいよ」

真姫「誰も出来ないなんて言ってないじゃない」

にこ「これが本当の真姫寿司ね」

そして、μ’sの手巻き寿司パーティーは終わったのである。

凛「寒いにゃ~。希ちゃん、暖房入れよう?」


絵里「ん……んん……海苔が……海苔に襲われる…………はっ!?あれ?ここは?」

希「おっ!やっと起きたん?」

絵里「希?…………皆んなは?」

希「もうとっくに帰ったよ」

絵里「へ?終わったの?」

希「うん。チーズケーキがあるけど…食べる?」

絵里「ええ」

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