千歌「溶けた蝉」 (62)

みーん、みーんみーん。

みーん。みーんみーん。


突然声が聞こえた。蝉の声、夏を感じさせるあの声が。


千歌「ん……」

花丸「あ、起きた?」

千歌「あれ…花丸ちゃん?」

花丸「部室で寝てたら風邪ひくよ?」

千歌「あ、えへへへ…ごめんごめん」


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千歌「そういえばみんなは?」

花丸「もう帰っちゃったずら、ほらお外もこんなに暗いし」

窓から見えるのは藍色にちょっとだけオレンジ色が着色した空だった
雨も降ってた。

千歌「雨が…そっか、帰れないんだね」

花丸「うん、今日の天気予報は晴れとしか聞いてなかったから…」

千歌「うーんそっか、私も帰れないからもう少しだけ…ここにいよっか」

花丸「うんっ!」

外の確認をし終わった私は読書をしてる花丸ちゃんの向かい側のイスに座ってじっと花丸ちゃんを見つめてた。

花丸「そ、そんなじろじろ見られると恥ずかしいずら…」

千歌「あ、ごめんね」

顔を赤らめて、可愛げに後ろ髪を触る仕草まで見せて…

私はクスクスと笑って、不意に可愛いなって思っちゃった。




みーん、みーんみーん。

みーん。みーんみーん。



千歌「!」

そしてまた聞こえた蝉の声
大きな声で鳴く、蝉の声が私の耳を伝ってた。

花丸「…蝉の声がするね」

千歌「うん、珍しいね、夏は終わったのに」

花丸「案外普通だと思うよ、一匹くらいそういうのがいたって珍しくはないと思う」

花丸「狂い咲きの一種ずら」

千歌「うーん…そうなのかな?」

花丸「そうずらっ」

千歌「そっか」



みーん、みーんみーん。

みーん。みーんみーん。


聞こえてくる“一匹”の蝉の声

それ以上はなくて、それ以下もない一匹の蝉の声
たった一匹で鳴く、寂しくて儚い蝉の唄

どこで鳴いてるんだろう、そう思った私はまた立ち上がって窓の外を見渡した

千歌「…雨、いつ止むのかな」

花丸「分からないずら、止むまで待つしかないずら」

千歌「あはは、そうだよね」


ぐうー


千歌「あ、えっとえへへ…」

花丸「お腹空いたの?」

千歌「なんか最近全然食べてなくて…」

花丸「ダイエット?」

千歌「ううん、なんでだろうね?なんか食べれないんだよね」

花丸「…?よく分からないけど体調管理はしっかりするずら」

千歌「分かってるってー」

花丸ちゃんの分厚い本に目が行きながら誤魔化しの笑みを見せた。

千歌「それでなんだけどさ、花丸ちゃん」

花丸「ん?どうしたの?」

千歌「あのさ…」


千歌「なんで空に太陽があるの?」



藍色の空に、黄色いお月さまとオレンジ色の丸があった。

南に太陽があって。
北に月があった。
蝉の事は割とそうなんだってなったけど、こればっかりは何かおかしいよね。



花丸「………」

千歌「花丸ちゃん?」


ぱたんっ


花丸ちゃんは読んでた分厚いの本を、しおりを刻むことなく閉じてしまった


花丸「千歌ちゃん」


なんだかすごく不安そうな顔をして花丸ちゃんはこう言った。


花丸「ごめんね」


みんみんみんみんみんみんみんみん

千歌「!!」

千歌「何?!」


突然蝉の鳴き声が蝉時雨に変わった

複数鳴いてるような、でもやっぱり一匹しかいないような。
そんな蝉時雨。
次第にその声はノイズがかかるように、フェードアウトしていくように遠ざかっていった。


みーん、みーんみーん。

みーん。みーんみーん。


まただ、またあの声が聞こえてくる
花丸ちゃんの声も、雨の音も全てが無くなっていくのに

この蝉の声だけは鮮明に聞こえてくる。

声が遠ざかっていくのに視界は何も変わらず、ふと瞬きをした

花丸「あ、起きた?」

千歌「!」

千歌「あれ…花丸ちゃん…」

花丸「うなされてたよ?怖い夢でも見たの?」

花丸ちゃんはクスクスと笑ってた

千歌「ゆ、夢だったんだ」

よく分からないけど夢ならそういうことなんだよね、だから私も笑った


ざー、ざー、ざー


千歌「雨…すごいね」

花丸「ねっマルも帰れないずら」

千歌「この雨じゃ私も帰れそうにないや…」

千歌「迎えが来るまで待つしかないね」

花丸「そうだね」

雨の日は読書に限る、そうよく聞くけど私は外で遊びたいなーって毎回思うんだけど
こう何も出来なさそうな時は読書が一番かも、なーんて思った。

千歌「花丸ちゃんは何の本を読んでるの?」

花丸「アルバムずら」

千歌「あれ、それアルバムだったんだ」

よくよく見ると夢の時とは違って結構薄めの本だった
学校にアルバムを持ってきてそれを見るなんて花丸ちゃんって意外にロマンチックな人なのかな。

花丸「そうずら、Aqoursの写真はこのアルバムに飾ってるずら」

千歌「へー…」



みーん、みーんみーん。

みーん。みーんみーん。


千歌「!」

花丸「蝉の声…」

千歌「め、珍しいね、もう秋なのに」

花丸「そうだね、マルもこの季節では初めて聞いたずら」

千歌「遅く生まれたのかな?」

花丸「そうかもしれないずら」



みーん、みーんみーん。

みーん。みーんみーん。


花丸「蝉ってどうして鳴くんだろうね」

千歌「えっ…なんでだろう…」

花丸「鳴く必要なんかないのにどうして鳴くんだろうね」

千歌「うーん…それはぁ……」

花丸「マルたち人間はきっとこうやって“話す”ということが鳴くということになるんだろうからもしかしたら蝉も誰かとお話してるのかもしれないね」

千歌「あ、うん!それかも!」

花丸「…なんてね、蝉が鳴くのは求愛行動ずら」

千歌「え…」

花丸「うふふ、ごめんずら」

千歌「も、もー花丸ちゃん!」

花丸「ふふふっ」

花丸ちゃんにからかわれた
最近の花丸ちゃんは私にすごく馴染んでくれててからかったりタメ口になってりしてくれてる



ガタガタガタガタ


千歌「!」

花丸「!」


曜「ちっかちゃーん!迎えに来たヨーソロー!」


千歌「曜ちゃん?!」

外への窓が開いたと思ったら曜ちゃんがびしょびしょになって入ってきた
それでも曜ちゃんは元気そうに啓礼のポーズをしてきた。

千歌「何してるの…」

曜「千歌ちゃんを迎えに来たんだよー」

千歌「そんなびしょびしょになっちゃったら…」

曜「ん?いやぁあはは…千歌ちゃんのお姉さんにとりあえず正門まで送ってもらってそれで突っ走ってきたんだけど傘は持っとくべきだったね…」

千歌「もー…何してるのさー…」

曜「じゃあいこっか、ちかちゃ」


花丸「ダメ!!」


千歌「!」

曜「!」

突然、花丸ちゃんは大声をあげた。



スタスタスタ


私と曜ちゃんの間に立って、私の顔をじっと見つめてきた

曜「な、何いってるの花丸ちゃん…私は千歌ちゃんを迎えに来たんだよ?」

花丸「違うずら!帰れ!!」

千歌「は、花丸ちゃん…?」

声を荒げて曜ちゃんへと怒鳴る花丸ちゃん


みーん、みーんみーん。

みーん。みーんみーん。


まただ、また聞こえてきたよ。




花丸「お願い…行かないで…!!」


千歌「…ぁ…えっと」

雨の音がしなくなった
ううん、聞こえなくなったが正しい。

花丸ちゃんは私に行かないでという言葉を必死に叫んでた

曜ちゃんも口をパクパクしてたけど声は全く聞こえなかった

花丸「行かないで…行かないで…!!」

ただ、ただ花丸ちゃんの声だけが聞こえてきた


世界が止まったみたいに、何も聞こえなくなったこの世界に。

花丸ちゃんの声だけが聞こえてきたんだから。

千歌「ごめん、曜ちゃん、もうちょっとだけここにいるよ」


だから私は、もう少しここにいることを選んだ。


そしたら曜ちゃんは魂が抜けたみたいに動かなくなった
でも、何故か曜ちゃんの方に意識が向かなかった。


ザー、ザー、ザー


大きな雨粒が地面に叩きつけられる音がする

ゴロゴロゴロ

外は酷い雷だった

花丸「」

千歌「…?花丸ちゃん?」


今度は花丸ちゃんの声が聞こえなくなった。

外の音だけが、鮮明に私の耳を伝って
人の声が、全く聞こえない。

花丸ちゃんは口をパクパクしてる、それなのに私は何も聞くことが出来ない



ぎゅっ


千歌「!」

だけど、抱きしめられた。
ものすごく温かった、むしろ熱い。

熱い。熱すぎて。溶岩に触ってるみたい。

でも、この熱さなら。


いくらでも触ってられる気がした。



みーん、みーんみーん。

みーん。みーんみーん。


聞こえる、あの蝉の声

それと同時に聞こえてきた声

それは。


花丸「ありがとう…そして、ごめんね…」


みーん、みーんみーん。

みーん。みーんみーん。



私の視界は花丸ちゃんの声と同時に黒色に染まった

だけど聞こえる蝉の声


意識はあるみたい

だから私もなんとか声を出そうとする




千歌「…ぁ…あ……」


でも声が出なかった。
何かが喉に突っかかってるような、いやそもそも喉が潰れてるような。

錯覚なのかな、分からないけど。

とにかく声は出なかった。

千歌「…あ…あぁ…」



千歌「あああああああ!」



花丸「うわぁ?!」


千歌「!!」

出ないはずだった私の声は突然突っかかってたものが消えて声が出るようになった
そして強く声を出そうとしてた勢いで大声を出してしまった。


千歌「あれ…」

花丸「ど、どうしたの?変な夢でも見たの…?」

千歌「ゆ、夢…?」

また夢、おかしな夢だよ。


花丸『ありがとう…そして、ごめんね…』


千歌「…」

どういうことだろう
私にはよく分からない。

千歌「あれ…」

花丸「ん?どうしたの?」

千歌「外…明るい…」

花丸「まだお昼だよ?」

千歌「そ、そうだっけ?」

花丸「そうずら」

千歌「そっか」

前に見た夢二つが夜だったからちょっと違和感を感じた

外は雲一つない晴天だった、外には生徒もいて“やっと現実に戻ってこれた”なんて、不思議の国のアリスでもないのに変なこと考えてた



みーん、みーんみーん。

みーん。みーんみーん。


千歌「!!」

花丸「蝉…?」

千歌「まただ…」

まただ、もう何回も聞いた
しつこく、耳鳴りのように響くこの蝉の声。

思わず耳を塞いだ。




「ねえ千歌ちゃん」

千歌「!!?」


耳を塞いでるはずなのに、何故か聞こえてきた声。

蝉の声じゃない、花丸ちゃんの声でもない
この声は他でもない


梨子ちゃんの声だ。


梨子「千歌ちゃん、どうしたの?耳なんか塞いで」

千歌「あ、ううんなんでもない!」

千歌「それより梨子ちゃんこそどうしたの?」

梨子「歌詞、どうなったのかなって思って」

千歌「…あっ」

梨子「…あ?」

歌詞、全然書いてなかった…
というか忘れてた…

千歌「あーえっと…あはは…」

梨子「まさか…」

千歌「……ぅえっとごめんなさい!まだ全然書いてません!」

梨子「はぁ…しっかりしてよ千歌ちゃん」

千歌「ご、ごめん…」

梨子「歌詞がなくて困るのは私だけじゃなくて、Aqoursのみんなもそうだし千歌ちゃん自身もそうなんだからね?」

千歌「は、はい…」

千歌「……あれ?」

梨子「ん?どうしたの?」


千歌「花丸ちゃんは?」

梨子「花丸ちゃん?どういうこと?」

千歌「いや…さっきここに花丸ちゃんいたじゃん」

梨子「え?花丸ちゃんはここにはいなかったと思うけど…」

千歌「え…」

ふと思った花丸ちゃんの行方。
耳を塞いだら、梨子ちゃんの声が聞こえたから梨子ちゃんの方を向いてそれっきり花丸ちゃんの姿がない。

もし花丸ちゃんが部室から出たというのならば梨子ちゃんが見ててもいいはずなんだけどな…


みーん、みーんみーん。

みーん。みーんみーん。


梨子「!」

千歌「!」

梨子「蝉の鳴き声…?珍しいね、もう夏じゃないのに」

千歌「う、うん」



みーん、みーんみーん。

みーん。みーんみーん。


梨子「…なんか不気味だね」

千歌「…確かに」

梨子「蝉ってさ、夏に聞くと夏だなぁって思えるよね」

千歌「うん、夏の風物詩って感じ」

梨子「そうそう、そんな感じ」

梨子「…今ってさ、秋だよね」

千歌「そうだね…」

梨子「なんか変な気分になるね、秋に蝉の鳴き声を聞くなんて」

千歌「ホントだよ」

ただ一匹だけで夏を語る蝉の声を不気味だなと感じていた。
一定のリズムを刻みながら鳴くその鳴き声

夢の中でも何回も聞いたよ、何回も。

梨子「この鳴き声…なんかやだ…!」

千歌「り、梨子ちゃん?」

突然だった。
梨子ちゃんまでもがさっき私がしたように耳を塞いだ。

その場に座り込んでイヤだイヤだ、とぼそぼそと呟いてて完全に普通の状態じゃなかった

タッタッタッ

千歌「!」

外を見たらかなりの人数の生徒が正門に向かって走り出してた。
その中には果南ちゃんや鞠莉ちゃんもいた。焦ってた。

だけど曜ちゃんや花丸ちゃん、善子ちゃんやルビィちゃんの姿は確認出来なかった。

梨子ちゃんはここで耳を塞いで動かない。

千歌「な、何が起こって…!」



ガタガタガタガタ


千歌「!」

突然目の前に現れて窓をあけた人
それは紛れもない


千歌「善子ちゃん…?!」


善子ちゃんだ。

善子「…千歌さん」

千歌「ど、どうしたの?」

善子「……」

千歌「というか外で何が起こってるの…?」

善子「……」

善子ちゃんは俯いて何も答えようとはしなかった。
梨子ちゃんは耳を塞いだまま。

外は世界の終わりみたいに生徒が走り出してる

私も行かなきゃ

そう思って外へ走り出した。


千歌「…っあっ?!」


ぼったつ善子ちゃんの横を通って外への一歩を踏み出した瞬間

足に歩けなくなるくらいの激痛がした。



千歌「痛い…いたいイタイイダイいだいいだいいだい…!!」


その場に倒れ込んだ。


タッタッタッ


千歌「!」

ルビィちゃんとダイヤさんが私の横を走ってた。
それを追うためにズリズリと這いずってなんとかみんなのところに行こうとした。

千歌「う…ぐあっ…かっ…か……」

千歌「いだぃ…!!しん…じゃ…ぅ…っ…」

ただ、部室から離れれば離れるほど、痛みは足だけにとどまらず全身にまで伝ってきた。
それに痛いだけじゃなくて、何かが上に乗っかかってるような感覚がした。

今すぐにでも潰されてしまうような、そんな感覚。




みーん、みーんみーん。

みーん。みーんみーん。


苦しむ私を煽るように聞こえてくる蝉の声

声だけじゃない、意識までもが遠のく私に


ぎゅっ


千歌「…!」


誰かが“温かさ”をくれた。


千歌「……ぇへへ」


安心した私は、眠りについた。

誰かの口がパクパクしてたけど、なんて言ってたのかは分からなかった。




みーん、みーんみーん。

みーん。みーんみーん。


千歌「ん……」

果南「あ、起きたんだね」

千歌「ん…果南ちゃん?」

果南「そうそう、私だよ」

千歌「…!!」

まただ、また夢だった。

おかしい、何かがおかしい。


そう思った私は外へ出ようとした

でもそうはいかなかった。


千歌「っ?!」

空が黄色とオレンジが混合したとにかく訳の分からない色だった。
青色の雲がぷかぷかと浮かんでて、外の異変に気付いた途端何かに触ると変な音が鳴り始めた。


ぶろろろろろん


果南「おかしな空だよね」

千歌「なにこれ…なにこれ?!」

果南「分からない、けど朝起きてからずっとこんななんだ」

果南「あ、ほら変わった」

千歌「えっ…」

再び空を見たら空が赤色に変わってた。
何が起こった?必死に理解しようとした。

果南ちゃんの方を向いて再び外を見たら空の色が変わってた、何?なにこれ?


ナンダヨコレ。

果南「世界の終わりかもなんて言われてるんだけど、あんなの見たらみんなそう思うよね」

千歌「そういう問題じゃないよ…何なのさこれ…」

千歌「それに果南ちゃんはなんでそんな平然としてるの…?おかしいでしょ…?」

スタスタスタ

ガタガタガタガタ

千歌「何してるの…」

鞠莉「ちゃお~♪」

千歌「!?」

果南ちゃんは赤色の外へ出ていった。
そしたら次は地面から鞠莉ちゃんが生えてきた

もう何が起こってるのか分からない、これは夢だ

夢なんだ。

夢だと言ってよ、こんなところにいたくない。



鞠莉「もうこの世界は終わるの」


千歌「終わる…?!なんで?!なんで?!?!」

鞠莉「それは…Destinyってやつなのかしら…」

千歌「そんな…意味分からないよ!」

鞠莉「ねえ聞いて」

千歌「!」

鞠莉「ちか…うっお…うおぇえ…!」

千歌「なっ……」

鞠莉ちゃんの口から突然吐瀉物が出てきた
鞠莉ちゃんの吐瀉物は緑色だった。

もう色の判別が出来なくなってるのかな。

次第に鞠莉ちゃん過呼吸になりだした、だから私は鞠莉ちゃんの背中をさすろうとした。



カチカチ


千歌「冷たっ?!」


冷たすぎて逆に火傷してしまいそうなくらいに冷たかった。

手が凍ってる、全く動かない。
鞠莉ちゃんの体からは白い湯気が出てる

鞠莉「う…えぇ…ち、千歌…は、はぁ…はぁ…」

千歌「だ、大丈夫?!」

鞠莉「いい、一回しか言わないからよく聞きなさい…んはぁ…うっ…はぁ…」



みーん、みーんみーん。

みーん。みーんみーん。


千歌「!」

千歌「…あれ?!鞠莉ちゃん?!」

ふと外から聞こえた蝉の声に意識を取られ再び鞠莉ちゃんの方へ視界を向けると鞠莉ちゃんはもういなかった。


みーん。みーんみーん。

みーん。みーんみーん。


千歌「…?」

この声、よくよく聞くとどっかで聞いたことがある
蝉の鳴き声じゃない、もっと身近にいる人の声。



スタスタスタ


この鳴き声は外からじゃない、いつも聞こえる方向とは逆方向から聞こえる
部室を出て体育館から出て、学校の色んなところを歩いた。

痛みはなかった。人はいなかった。空は真っ赤っかだった。


みーん、みーんみーん。

みーん。みーんみーん。


声の成る方へ進んだ。
儚く、でも力強く、だけど寂しく


そんな声でずっと私へ何かを訴えてるように感じた。



ガタガタガタガタ

千歌「!」


みーん。みーんみーん。

みーん。みーんみーん。


花丸「みーん。みーんみーん。」

花丸「みーん。みーんみーん。」


千歌「花丸ちゃん…?」


花丸「みーん。みーんみーん。」

花丸「みーん。みーんみーん。」

図書室に入った時、そこには涙を流し赤色の空を見ながら蝉の鳴き声の真似をする花丸ちゃんがいた。

千歌「花丸ちゃん…?」

花丸「みーん。みーんみーん。」

声をかけても反応しなかった。


ぱーんぴーんべーんばーん


奇妙な音のチャイムがなった。
もう原形もないようなメロディだけど、チャイムだってことだけは分かった。



花丸「みーん、みーんみーん。」

花丸「みーん…みー……ーん。」

花丸「みーん………んみー……」


花丸ちゃんの蝉の真似は次第に声が小さくなっていった。
それでも花丸ちゃん自身は動じない。


花丸「…ん………み………」


花丸「……………………」


千歌「…花丸ちゃん?」


クルッ


千歌「?!」

完全に声が聞こえなくなり少しの間が空いた時、突然花丸ちゃんは私の顔を見てこう言ったんだ。




花丸「今から千歌ちゃんが“えええええええええ”と叫んだ時、全てが分かるずら」



千歌「え…あっ…え…」



千歌「えええええええええええええええええ!!」



みーん。みーんみーん。

みーん。みーんみーん。


声が聞こえる。
蝉の鳴き声だ。
夏を感じさせるあの声だ。


千歌「…ん」

花丸「あ、起きちゃった」

千歌「あれ…花丸ちゃん」

目が覚めたらバスの中だった。


なんだか長い夢を見てた気がする。

ただ、どんな夢を見てたのかは覚えてない。



「うふふふふ」


千歌「!」


「このヨハネが―――――」

「よっ!流石漆黒の堕天使!堕天使ヨシコー!」

「ヨハネよ!」


花丸「向こう、すごく楽しそうずら」

千歌「ねっ」

一番後ろの席で私と花丸ちゃんが座って、だいぶ前の席で曜ちゃんと善子ちゃんが座ってた。



みーん。みーんみーん。

みーん。みーんみーん。


千歌「夏だねぇ…」

花丸「夏ずら」

今は夏真っ只中、蝉の鳴き声もより一層騒がしい。



キー!


千歌「?!」

花丸「?!」


突然聞こえた急ブレーキ音。
何が起こったのかは分からないけど車内が大きく傾くのを実感した時には事故だと分かってたと思う。



ぎゅっ


花丸ちゃんを抱きしめた。
花丸ちゃんを庇うように、花丸ちゃんを守るように抱きしめた。


ドンッ


そして鈍い音は鳴る



みーん。みーんみーん。


声が聞こえる、鳴いてる声が聞こえる


えーん!えーんえーん!

えーん!えーんえーん!


声が聞こえる、すっごい近いところで、泣いてる声がする

千歌「ん…」

千歌「…ぐっ…あっ…?!」

花丸「!千歌さん!」

目が覚めた瞬間、激痛がした
体は当然のように動かない、体が重い。重すぎるよ。

千歌「な…にこ…れ…?!」

私の背中には瓦礫の山が積もってた。

花丸「千歌さんがマルを庇ってくれたおかげでマルは助かったけど…他のみんなが瓦礫に…!!」

千歌「…?!」



えーん!えーんえーん!

えーん!えーんえーん!


またしても聞こえる、泣き声が。
私の真ん前で泣く、人の泣き声が。

千歌「いぎゃ…!つぶ…れる…!」



花丸「ち、千歌さん!」

“誰か”が私を呼ぶ声がする。

潰れる体。

色んな色に反転する視界。

赤く染まる空。

何の音か判別出来ないくらいにめちゃくちゃな音。


えーん!えーんえーん!

えーん!えーんえーん!


あぁ、こんな時にでも聞こえるんだ



“蝉の声”って。



千歌「……」

花丸「千歌ちゃん」

千歌「……」

花丸「最近、やっと梨子さんが笑顔を見せるようになったよ」

千歌「……」

花丸「最近、果南さんが本音を言ってくれたずら、果南さんとちょっとくらいは親密になれたかな?」

千歌「……」

花丸「…ねえ、千歌ちゃんが帰ってくるのかマルが千歌ちゃんの元へ行くのか」


花丸「どっちが良いと思う?」



花丸「……ねぇ―――――」




花丸「――――千歌ちゃん」


千歌「ん?何?」

花丸「手を繋いで、一緒に歌おう?」

千歌「うん!」


「Goだよ!行かなくちゃだ♪」


蝉の声はいつだって聞こえる
私の夏が終わるまでは、ずっと。ずっと。

空は青色だった、雲一つない晴天だった。

外では善子ちゃんや曜ちゃんが楽しそうにお話してた。



「ある」

「ある」

「ある」

「ある」


「ありすぎるってこと!」


花丸ちゃんと一緒に外へ、曜ちゃんや善子ちゃんのところへ駆け出した。

外への扉を抜けても痛みはもう感じない。



「マーチング・マーチが♪」

「聞こえてきたら~♪」


「合図だよっ♪」


ただ、花丸ちゃんと私の手を重なった時。


えーん。えーんえーん。

えーん。えーん。

えーん。

………


蝉は解けた。


全てが終わった、ただ一匹で鳴いてた蝉は


もうここにはいない。


それから私はやっとのこそで


この夏から、解放された。



花丸「…楽しかったね、夏」






花丸ちゃんは私の冷たさで溶けて――――――


――――――私は花丸ちゃんの熱さで溶けた。




溶けた蝉は、二度と蝉と形容できなかった。



END

おしまい

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