梨子 「ひぐらしのなく頃に」 (236)

・ひぐらしのなく頃にパロ
(原作未視聴でも大丈夫です)

・キャラの死亡描写あり。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1504885711

荷物を大量に積んだトラックは、私たちが新居に着いたすぐ後に到着した。

東京からそう遠くはないが、出発したのが昼過ぎだったということもあり、辺りは夕日の赤に染められている。


梨子 「きれいな街。ここならいい曲が弾けそう」


都会の喧騒に疲れ、ピアノを弾くにもメロディが上手く浮かばなくなった私は、静かな環境にしばらく身を置くことにした。

夏休み中に引越しを終え、明けてからは浦の星女学院に転入し、新たな生活が始まる。

梨子 「お隣、旅館なんだ。後で挨拶しに行かないと」


海風を背中に感じながら、新居の中へと足を踏み入れる。私はこの地で、上手くやっていけるだろうか。

新居の中でも、ひぐらしのなく声は煩く響き続けていた

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~夏休み明け 浦の星女学院~


千歌 「いやぁびっくりしたよ! 話題の転校生が、まさか隣に越してきた人だったなんて」

梨子 「挨拶に行った時、高校の名前言うの忘れてたもんね…ごめんね」

千歌 「いやいや、私てっきり大学生かと思ってたんだもん。高校どこ? とか聞かないよ」

梨子 「そんな、私なんて…」


曜 「でも本当綺麗だよねぇ梨子ちゃん。その綺麗な長い髪、憧れるなぁ」

千歌 「曜ちゃんも伸ばせばいいのに」

曜 「私はほら…くせっ毛だし。それに水泳やるのにも邪魔だしね」

梨子 「水泳?」

千歌 「そう! 曜ちゃん凄いんだよ!」

曜 「泳ぐっていうよりか、私は飛び込みだけどね」

千歌 「曜ちゃん、今度の大会の優勝候補って言われてて、それにオリンピックも夢じゃないって言われてるんだよ!」

梨子 「お、オリンピック!? すごい…」

曜 「競技人口が少ないだけだってー。…あっ、そろそろ行かなきゃ」

千歌 「また練習ー?」

曜 「うん、ごめん。悪いけど先帰ってて」タタタッ


梨子 「……忙しそうね、曜ちゃん」

千歌 「仕方ないよ。さ、帰ろ?」

~昇降口~


梨子 「…なんだろう、なんかやけにざわついてるね」

千歌 「何かあったのかなぁ? ……あっ」

梨子 「千歌ちゃん? どうしたの…?」


鞠莉 「…………。」


千歌 「…なんだ、夏休み中一回も見かけなかったから、てっきり逃げたのかと思ったのに」

梨子 「あの人、知り合い? 3年生だよね?」

千歌 「知らない」

梨子 「えっ…でも今逃げたとかなんとか」

千歌 「知らない。…行こ」

梨子 「ちょっ…ちょっと待ってよ!」


鞠莉 「……あなた、桜内さん?」

梨子 「えっ…はい」

鞠莉 「その子から離れて! その子は危険よ!」

梨子 「その子って…千歌ちゃんのことですか?」


千歌 「梨子ちゃんッ!!!」

梨子 「び、びっくりした…いきなり大声出さないでよ…」

千歌 「ごめん…でも早く行こう!」

梨子 「う、うん…」


鞠莉 「…桜内さん、気をつけてね」

梨子 「えっ?」


そこにいるだけで周りをざわつかせていた金髪の少女は、虚ろ気な目で私を見つめていた。
続きの言葉を聞く前に、私は千歌ちゃんに手を引かれ、その場を離れてしまった。

梨子 「ね、ねぇ千歌ちゃん…」

千歌 「…………。」スタスタ

梨子 「千歌ちゃん…千歌ちゃんッ!!!」

千歌 「…っ!! な、何?」

梨子 「腕…痛い」

千歌 「あっ…ごめん。掴みっぱなしだったね」


梨子 「…ねぇ、あの人誰なの? 知ってるんでしょ?」

千歌 「…知らないよ。私はあんな人知らない」

梨子 「知らないわけないじゃない。あの人、その場にいただけで周りがあんなにざわついてて…。ただの有名な人…って雰囲気じゃなかった」

千歌 「…梨子ちゃん、これだけ言っておくね」


千歌 「あの人には絶対に近付かないで。…呪われても、知らないよ?」

梨子 「の、呪われる!?」

千歌 「…私が言えるのは、これだけ。さ、この話はおしまいっ!」

梨子 「千歌ちゃん…」

千歌 「ねぇ梨子ちゃん! 帰りどっか寄ってかない!?」

梨子 「えっ…うん、いいけど」

千歌 「やったぁ! 千歌、甘いものが食べたい気分だったんだよねぇ」ニコッ


千歌ちゃんの笑顔は、教室でお話をしていた時の笑顔と変わらない…何も変わらないはずなのに。その時の笑顔からは、どこか狂気じみたものを感じた。


梨子 (千歌ちゃん…一体何を隠してるの?)

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~駅前~


千歌 「あっ、ルビィちゃんだ! おーい!」

ルビィ 「あっ、千歌さん!」

梨子 「かわいい…お友達?」

千歌 「うん、学年は違うけどね」

ルビィ 「えと…はじめまして、ですよね? 黒澤ルビィです」

梨子 「桜内梨子です、よろしく。黒澤…どこかで聞いたような」

千歌 「生徒会長じゃない? 転入手続きのとき会ったでしょ?」

梨子 「あぁ…たしか黒澤ダイヤさん」

ルビィ 「妹なんです。私」

梨子 「そうだったんだ。確かに言われてみれば似てるかも」

千歌 「ルビィちゃんはここで何してるの?」

ルビィ 「今日は友達の付き添いで。ルビィは先に終わったので、ここで待ってるんです」

千歌 「そーなんだ。…でもルビィちゃん、こんなとこでアイスの買い食いなんて」

梨子 「何か問題でもあるの?」

千歌 「いやぁ。次女とはいえ、あの黒澤家の娘だよ? 買い食いなんてしてたら当主さんに怒られないかなぁって」

ルビィ 「……。」

ルビィ 「…ルビィは、大丈夫なんです。お姉ちゃんとは違いますから」

千歌 「ふーん…そっか」

ルビィ 「…る、ルビィ、友達のとこ戻ります! さようなら、千歌さん、梨子さん」

千歌 「うん、ばいばーい!」


梨子 「…黒澤家って、有名なの?」

千歌 「えぇっ!? 梨子ちゃん知らないの!? …まぁ無理もないか、越してきたばっかだもんね」

千歌 「黒澤家…たしか網元って言うんだっけ?」

梨子 「私に聞かないでよ…」

千歌 「まぁとにかく、由緒正しき家系ってやつだよ! ここらで開かれるお祭りなんかも、黒澤家がほぼ取り仕切ってるようなものって話だよ」

梨子 「へぇ…ルビィちゃん、凄いところの娘さんなんだね。確かに買い食いなんてしてたら怒られちゃいそう」

千歌 「ダイヤさんはもっと厳しいらしいよ。次期当主、って話だし」


梨子 「でもさ千歌ちゃん、なんでそんな所の娘さんと知り合いなの?」

千歌 「あっ…あぁー…」

千歌 「ぶ、部活が一緒でさ!」

梨子 「部活? 千歌ちゃん、部活なんてやってたの?」

千歌 「む、昔ね! 今はもう廃部になって!」

梨子 「そう…」

千歌 「ほ、ほら! 噂のスイーツ店すぐそこだよ! 行こいこ!」

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~深夜 梨子の部屋~


梨子 「………。」


鞠莉 『…桜内さん、気をつけてね』

千歌 『あの人には絶対に近付かないで。…呪われても、知らないよ?』


梨子 「呪い…この街には、絶対に何かある」

静岡県沼津市 呪い | 検索 |


梨子 「…これで、何かわかるかも」ゴクリ

「……ゃーん…! 梨子ちゃーん!」

梨子 「? 千歌ちゃん?」


千歌 「…あっ! よかった、梨子ちゃん起きてた」

梨子 「携帯もあるんだから、わざわざベランダ越しで話さなくても…」

千歌 「せっかくこんな近くにいるんだから、直接話したいなぁと思って」

梨子 「私はいいけど、そっちは旅館でしょ? こんなに声出して大丈夫?」

千歌 「大丈夫、聞こえないって。ところで梨子ちゃん、こんな遅くまで何してたの?」

梨子 「えっ…うん、ピアノの練習を…」

千歌 「ピアノ? 音全然聞こえなかったよ?」

梨子 「うっ…」

千歌 「嘘下手っちょだなぁ、梨子ちゃん」

梨子 (千歌ちゃんも大概だと思うけど…)

千歌 「で? 本当は何してたの?」

梨子 「……ちょっと調べ物を」

千歌 「まさか、呪いについてとか?」

梨子 「…うん。やっぱり気になっちゃって」


千歌 「やめてよ…」

梨子 「えっ?」

千歌 「嫌だよ…呪いのこと…“内浦の怒り” のことを知ったら、梨子ちゃんもきっと私のこと嫌いになる…!」

梨子 「ち、千歌ちゃん? どうしたの…?」

千歌 「嫌だ…お願い…嫌いにならないで…私は何もしてないの…! 私は違う…違う違う違う違う違う違う違う違う違うっ!!!!!!」

梨子 「千歌ちゃん!? しっかりして!」

千歌 「はぁっ…はぁっ…。私…嫌われたくない…嫌われたくないよぅ…!」

梨子 「嫌わないから! 何があっても、私は千歌ちゃんのこと嫌わないから!」


千歌 「……ホントに?」

梨子 「本当よ」

千歌 「あとから嘘だったって…言わない?」

梨子 「言わない。だから…ね? 落ち着いて」

千歌 「……うん、ごめん」

梨子 「呪いのこと…もう聞かないようにする。ごめんね」

千歌 「ううん、私の方こそ…」


梨子 「…もう遅いね。そろそろ寝よっか」

千歌 「うん、おやすみなさい」

梨子 「おやすみ、千歌ちゃん」


千歌 「……………。」グスッ

千歌 「嫌だ…私じゃないのに…私は何も悪くないのに…」

千歌 「なんでみんな信じてくれないの? なんでみんな嘘をつくの…?」

千歌 「もう、大切な人に嫌われるのは嫌だ…」


千歌 「…………果南ちゃん」

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~翌日 放課後 浦の星女学院 屋上~


鞠莉 「……まさか、話題の転校生から呼び出しを受けるなんてね」

梨子 「ごめんなさい、突然」

鞠莉 「ひょっとしてlove letterと思ったケド…そんな雰囲気じゃなさそうね」


梨子 (…ごめん、千歌ちゃん。私やっぱり気になるんだ)


鞠莉 「2人っきりになれる場所で話をしようとするあたり、私のこの学校での扱われ方を知ってるようね」

梨子 「…いじめを受けていると聞きました」

鞠莉 「…うん。まぁ、自業自得なんだけどね」

梨子 「それも、学校内だけじゃない。この街の人殆どから、あなたは嫌われている」

鞠莉 「そこまで知ってたのね」

梨子 「ネットで調べたら、たくさん出てきました。あなたがいじめを受けるに至った経緯…そして、この街に伝わる呪い、“内浦の怒り”についても」


鞠莉 「……私はね、この街が大好きだった」

鞠莉 「この街の澄んだ空気…豊かな自然、透き通った海。全てが魅力的だった」

梨子 「いい街ですよね。来たばかりの私でも、そう思います」

鞠莉 「そう、いい街よ。だからこそ…父がね、この街にホテルを建てると言い出したの」

梨子 「…ここからでも見える、あの大きな空き地ですね」

鞠莉 「ええ、あそこにホテルが建つ予定だったの。このmarvelousな景観、リゾート開発するには最適よね?」

梨子 「そうかもしれません。けど、街の人たちは…」

鞠莉 「Exactly。ホテル建設に反対した人は少なくなかったわ。…理由は色々。日差しが遮られるとか、街の空気が乱れるとか、etcetc…けど慣れたものよ。そんなのは開発業者の常だもの」


鞠莉さんは手をひらひらと泳がせ、偽悪的に笑を浮かべる。地元の声を聞くふりだけをして強引に開発を推し進める。そんな小原家への自嘲が含まれているように見えて。
そこでふと、鞠莉さんの目が暗さを宿す。


鞠莉 「けれど、ある日ね…」

梨子 「“内浦の怒り”…。建設現場で次々と、狂人化事件が起きた。そうですよね?」

鞠莉 「That's right。最初に起きたのは、現場のチーフのバラバラ死体が見つかった事件」

梨子 「犯人はすぐに特定…」

鞠莉 「けど、その犯人はもはや人としての理性を保っている状態ではなかった」

梨子 「……。」

鞠莉 「犯人は捕まったけど、獄中で無気力症に陥ったって話よ」

梨子 「建設員が次々と狂人化して、その後無気力症を発症する…。普通では考えられないような現象が、建設現場で次々と起こって…」

鞠莉 「狂人化した人による事件の被害者の遺族なんかも、建設に反対してきてね…流石の私も参っちゃった」

梨子 「それで結局、建設は中止になったんですよね」

鞠莉 「残念だけど、流石に仕方なかったわね」


鞠莉さんが微笑む。その笑は先程の偽悪的なものとは違い、この街を思いやっているような、そんな優しさを含んだ笑だった。
一呼吸置き、再び真剣な面持ちに戻り、鞠莉さんは話を続けた。


鞠莉 「…建設が中止になった後だった。呪いの存在を知ったのは」


「町ヲ愛サヌ者 民ノ逆鱗ニ触レシ者
神ハ其ノ心ニ 罰ヲ与エン」

鞠莉 「最初は反対してた住民による陰謀とか言われてたけど、皆この呪いを信じ、恐れた」

鞠莉 「それでも、まだ完全に信じられている訳では無い。現に反対してた住民を疑う声もある」

梨子 「……千歌ちゃんも、反対してたんですね」

鞠莉 「あの子の家は旅館だから。ホテルが出来たら死活問題だったのよね」


千歌 『嫌だ…お願い…嫌いにならないで…私は何もしてないの…! 私は違う…違う違う違う違う違う違う違う違う違うっ!!!!!!』

梨子 「千歌ちゃん、疑われるのがトラウマになってたのね」

鞠莉 「…分からないわよ、それも演技かもしれない」

梨子 「えっ…それってどういう…」


言い終わる前に、扉が勢いよく開かれた。
その音に驚き、私と鞠莉さんは揃って扉の方へと目をやった。

……そこにいたのは、生徒会長だった。


鞠莉 「……ダイヤ」

ダイヤ 「本校の許可なしで、屋上に入ることは禁じられていますよ。鞠莉さん、梨子さん」

梨子 「…ダイヤさんも、ホテル建設に反対していたんですか?」

ダイヤ 「突然なんですの?」

梨子 「知りたいんです。この街で何が起こっているのか…千歌ちゃんが、どうしてあそこまで追い詰められてしまったのか」


せっかくの呪いについて詳しい話を聞けるチャンス。無駄にはしたくない。
ダイヤさんに話のペースを持ってかれないようにと、必死に詰め寄る。


ダイヤ 「千歌さん…やはり今でも気にしているのですね」

梨子 「やっぱりルビィちゃんだけでなく、ダイヤさんとも面識はあったんですね、千歌ちゃん」

ダイヤ 「……あなたに話す必要はありませんわ」


鞠莉 「…ねぇダイヤ、私も知りたいの」

鞠莉 「単刀直入に聞くわ。あの呪いと黒澤家は、なにか関係しているの?」

ダイヤ 「していない…と言ってあなたはそのまま信じますか?」

鞠莉 「あら、ダイヤは私を信じてくれないの?」

ダイヤ 「…口で言うのは簡単ですわ。今の状態で真実と偽りの区別がつくはずがない。なら何を話しても無駄でしょう」

鞠莉 「……ダイヤの分からず屋」ボソッ


ダイヤ 「分からず屋はどっちですかっ!!」

梨子 「…!」ビクッ

鞠莉 「単刀直入に聞くわ。あの呪いと黒澤家は、なにか関係しているの?」

ダイヤ 「していない…と言ってあなたはそのまま信じますか?」

鞠莉 「あら、ダイヤは私を信じてくれないの?」

ダイヤ 「…口で言うのは簡単ですわ。今の状態で真実と偽りの区別がつくはずがない。なら何を話しても無駄でしょう」

鞠莉 「……ダイヤの分からず屋」ボソッ


ダイヤ 「分からず屋はどっちですかっ!!」

梨子 「…!」ビクッ

ダイヤ 「何故…なぜあなたはここに居続けるのですか!? 私が…私がどれだけっ!」


『小原さんの教科書、トイレに捨てられてたの見た!?』
『えっ、マジ!? 見に行く見に行く!』

『うわっ…アイツ傘盗られたからって濡れて帰ってんだけど』
『アイツにはそれがお似合いじゃない?』


ダイヤ 「あなたがいじめられているのを見るのが…どれだけの苦痛かっ!」

鞠莉 「ダイヤ…」

ダイヤ 「あなたを想ってのことなのです…早くこの街から出ていってください!」

鞠莉 「ダイヤ…。ごめん、それは無理」

ダイヤ 「どうして…!」

鞠莉 「私には、この呪いを解明する義務があるから。呪いを引き起こした責任があるの」

ダイヤ 「鞠莉さんに責任なんて…」


鞠莉 「ごめん、桜内さん。今日は先に帰らせてもらうね」

ダイヤ 「…………。」

梨子 「…どうしてですか? 生徒会長なら、いじめをやめさせればいいのに!」

ダイヤ 「それが出来れば苦労しませんわ!!」


ダイヤ 「……私には、どうしても崩せない立場というものがあります」

梨子 「黒澤家次期当主…としてですか」

ダイヤ 「街の空気を乱そうとした…そして呪いを引き起こした小原家は、この街の敵です」

ダイヤ 「幼馴染とはいえ、鞠莉さんをかばうような真似をすれば、黒澤家次期当主として顔が立ちません」

梨子 「やっぱり、仲良かったんですね。二人の顔を見れば分かりました」

ダイヤ 「せめて…呪いの原因でもわかれば。鞠莉さんを救えるかもしれません」

梨子 「…私、協力します」

ダイヤ 「……ですが、あなたは疑いたくないのでしょう? “彼女”のことを」

梨子 「彼女…千歌ちゃんのことですよね?」

ダイヤ 「千歌さん…と言うよりかは、高海家全員です。千歌さんの反応が特に怪しい、というだけで」

梨子 「ダイヤさんは黒澤家という立場上、自由に動けない。なら私が、この呪いを解明して見せます」

ダイヤ 「……屋上の無断立ち入りの件は、見逃して差し上げます」

梨子 「…真面目ですね、ダイヤさん」

ダイヤ 「仕込まれた結果ですわ」


ふふっ、と優しく微笑む。先程まで見せていた生徒会長としての威厳に満ちた顔とはうって変わり、鞠莉さんの包容力に満ちた印象に似た何かを、ダイヤさんからも感じた。

……やっぱり、私がなんとかしないと。

決意を新たに、屋上を後にしようと扉を開けると、目の前に突然人が現れた。


梨子 「うわぁっ!?」

ルビィ 「ぴぎゃぁっ!?」

ダイヤ 「ルビィ!? どうしてここに…」

ルビィ 「お、お姉ちゃんがこっちに行ったのを見て気になって…」

ダイヤ 「それにまた飴なんか舐めて…学校ではやめなさいとあれほど…」

ルビィ 「ご、ごめんなさい…」

ダイヤ 「はぁ…仕方ないですわね」


梨子 「なんか…色々と甘いんですね、本当に」

ルビィ 「あ、梨子さんも飴舐めますか?」

梨子 「あっ…うん、ありがとう」

ダイヤ 「学校内で食べたら取り締まりますからね!」

梨子 「理不尽な…」


ダイヤ 「……宜しくお願いします、梨子さん」

ルビィ 「……。」ペコリ


2人に向かって頭を下げ、屋上をあとにした
……私にしか、出来ないんだ。なら、やれる限りのことをやらないと。

帰りがけに食べた飴は、いちご味だった。

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ーーーー
ーー

~帰り道~


梨子 「……あれって、鞠莉さん?」


鞠莉 「うぅっ…いたぃっ…!」

女子生徒 「あんたのせいでしょ! あんたが“内浦の怒り”に触れたせいで、私のお父さんは!」


梨子 「もしかして…蹴られてる!? ちょっと! 何してるの!?」

女子生徒 「何って、コイツを見れば分かるでしょ?」

梨子 「分からないよ! どんな理由があってもいじめなんて…!」

鞠莉 「…とめたら…Noだよ、桜内さん。悪いのは私、なんだから」

梨子 「鞠莉さん…」

女子生徒 「ほら、本人がこう言ってんだもん。あんたが口を挟むことない…よっ!」ガッ!

鞠莉 「ぐふぁっ…!?」

女子生徒 「……あーあ、他人に見られるとしらけるわ。じゃあね」


梨子 「鞠莉さん! 大丈夫ですか!?」

鞠莉 「これくらい No problem。平気よ」

鞠莉 「あの子ね、ホテル建設に携わった建設員の娘さんなの」

鞠莉 「内浦の怒りの対象になって、彼女のお父さんも無気力状態に陥った。だから、私は蹴られて当然なの」

梨子 「そんなのおかしいですって!」

鞠莉 「Why? 何故?」

梨子 「どんな理由があっても、いじめられていい理由なんて…それをあなたが受け入れる義理なんて!」

鞠莉 「ありがと、梨子は優しいんだね」

梨子 「鞠莉さん…」

鞠莉 「じゃ、私帰るわね。梨子も気をつけて帰りなさい」


……こんなの間違ってる。

この街を、どうすれば救える?

内浦の怒りという呪いの呪縛から、どうすればみんなを救い出せる?

それが出来るのは…

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ーーーー
ーー

~深夜 梨子の部屋~


千歌 「……へぇ、そんなことが」

梨子 「だから、私が呪いの根源…それを突き止めることにしたの」

千歌 「梨子ちゃんは、これを呪いだと思う?」

梨子 「…正直なところ、人為的なものであるとは思う。だってこんな超常現象が起きるなんて、信じられないもん」

千歌 「……そっか。それとさ梨子ちゃん」

梨子 「なに?」


千歌 「なんでその話を私にしたの?」

梨子 「…千歌ちゃんの考えが変わるかと思って」

千歌 「そっか、やっぱり疑われてたんだね」

梨子 「そうは言ってない。…ただ、知ってることを話してほしいの」

千歌 「私は何も知らない。私はただ反対運動をしていただけで…」


千歌 「…こんなはずじゃなかったのに。みんな私を疑うんだ」

梨子 「千歌ちゃん…」

千歌 「…いいよ。そんなに疑うなら、こんな街もうどうなったって構わない」


そう言って千歌ちゃんは、部屋に戻っていってしまった。

梨子 「千歌ちゃん…?」


しばらくして、千歌ちゃんはベランダに戻ってきた。そして勢いよく助走をつけーー

私の部屋へと、飛び移った。


梨子 「きゃぁっ!?」

千歌 「……梨子ちゃんはやっぱり嘘つきだ。私のこと疑わないって…嫌わないって言ったのに!」


千歌ちゃんは持っていた包丁を、私に向かって振りかぶった。

梨子 「ち、千歌ちゃんっ!?」

千歌 「いらない……梨子ちゃんなんていらないっ!! 大っ嫌いっ!!!」ブンッ!!

梨子 「や…やめて千歌ちゃん!」

千歌 「あまり避けないでよ…早く楽にしてあげたいんだからっ!」


だめだ、もう人の話が耳に入る状態じゃない
もしかしてこれが…狂人化? 千歌ちゃんも呪われた? でも、どうして?

千歌ちゃんはこの街が大好きで…裏切るようなことなんてしてないのに。

この街の人間はどこかおかしい

私が正さなきゃ…私しかできないんだから

私が……私が…っ!


こ の 街 を 正 す ん だ


千歌 「うぐぅっ…!」


千歌ちゃんが攻撃を外した勢いで、ピアノにぶつかり、そのまま倒れる。千歌ちゃんの手に鍵盤が押され、不協和音が部屋中に響く。

……私はその瞬間を見逃さなかった。

千歌 「いっ…痛い痛い! 髪の毛引っ張らないで…っ!!」


千歌ちゃんの髪をつかみ、鍵盤に顔を叩きつける。さっきよりも汚い音が鳴る。


千歌 「がはっ…! 痛いよぅ…梨子ちゃん…やめて…やめてよぅ…」

梨子 「ふーっ…ふーっ…うわぁぁぁッ!!!」


素早く千歌ちゃんの頭から手を離し、そのまま鍵盤の蓋を勢いよく閉める。
千歌ちゃんの絶叫…ゴンッ、グシャッと肉や骨が鳴らす気味の悪い音…。それを早く止めるために、何度も何度も千歌ちゃんの頭を蓋で挟む。

千歌 「……ぃ たぃ…ょ 梨 ……こ ちゃ……ん」

千歌 「ゎた… し ち…が ぅのに…!」


音がやんだ。肉や骨の音も、千歌ちゃんの声も


梨子 「あはっ…あはははははっ…!!!」


……ふと、意識が途切れた。
私の体は魂が抜けたかのように崩れ落ち、血まみれになった千歌ちゃんにもたれ掛かるように倒れた。

それからの記憶は…いや、それ以前の記憶さえ

“今”はもう残っていない。

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ひぐらしのなく頃に

【呪い殺し編 ―完―】

【嘘話し編】

千歌 「でね! こないだ梨子ちゃんと行ったお店のパフェが本当に美味しくて!」

曜 「へー、いいなぁ。私も行きたかったよ」

梨子 「……。」

千歌 「曜ちゃん今日練習無いんでしょ? 一緒に行こうよ」

曜 「うん、行くいく! 梨子ちゃんも行くでしょ?」

梨子 「……あっ、うん。もちろん」

千歌 「どうしたの梨子ちゃん。さっきからぼーっとしちゃってさ」

梨子 「千歌ちゃんには言われたくない。…いや、ただぼーっとしちゃってただけ。ごめんね」

千歌 「そっかぁ。……あっ、思い出したぁっ!」

千歌 「今日みかんを果南ちゃんに渡してあげてって、お母さんに言われてたんだった!」

曜 「それじゃあしょうがないね。じゃあ先に果南ちゃんのところ行こうか」

千歌 「梨子ちゃん、果南ちゃんのことについては話したっけ?」

梨子 「うん。というか、千歌ちゃんが教えてくれたんじゃない」

千歌 「そうだったっけ。…まぁ、気をつけてね、色々と」

梨子 「うん、分かってる。じゃあ行こっか」


……松浦果南さん。
千歌ちゃんや曜ちゃんとは幼馴染で、同じ学校の3年生。今は、休学中だけど。

実際に会ったことはまだ無いけど、前に千歌ちゃんから“内浦の怒り”について教えてもらった時、彼女の名前が少し出てきた。

梨子 「果南さんは、ホテル建設に肯定的だったんだよね」

曜 「うん、ホテルができたら、そこにダイビングショップを移転して経営する予定だったんだって」

千歌 「小原家の娘さんと果南ちゃんが幼なじみだったみたいだから、そこの繋がりもあったんだろうね」

曜 「……でも、そのせいで」

梨子 「…………。」


果南さんの現状は、とても辛いものだと聞く。
それはきっと鞠莉さんだって……

…? 鞠莉さん…?

私、鞠莉さんと面識なんてあったっけ?

いや、ないはず…なのに。何故か他人とは思えない。私は何を、忘れているんだろう。

ーーーーーー
ーーーー
ーー

~果南宅~


千歌 「果南ちゃーん! おーい!」

果南 「千歌、曜。それと…」

梨子 「あっ…はじめまして。桜内梨子です」

果南 「あぁ、君が。名前は曜から聞いてるよ」

千歌 「果南ちゃん、お土産持ってきたよ!」

果南 「またみかん?」

千歌 「文句ならお母さんに言ってよ」

果南 「ちょっと待ってて。これが終わったらお茶出すよ」


お店の窓ガラスにスポンジを当てながら、果南さんは私たちに中で待ってるように促す。
2人は制服の襟をパタパタとさせながら中へと入っていく。


梨子 「……いつもなんですか? その“落書き”」

果南 「えっ…あぁ、うん。ちょっとだけ放置してたのもあるけどね。結構落ちにくくて、消すだけでも骨が折れるし」


『裏切り者』『呪われろ』…
心無い言葉の数々が、柵や窓ガラス…果南さんの家のあちこちに書かれている。

果南さんはスポンジでそれを一つ一つ丁寧に消していく。落書きを消すにしては、力を込めすぎているように見えた。

梨子 「…あの、手伝いますよ」

果南 「いいって。暑いでしょ? 中で待ってて」

梨子 「でも…」

果南 「私がいいって言ってるんだからいいの。大丈夫、これくらいならすぐに終わるから」

梨子 「果南さん…」


千歌 「梨子ちゃーん! はやく来なよー」

梨子 「千歌ちゃん…」

果南 「ほら、私のことなんか気にしないで、行きな」

梨子 「…すいません、失礼します」


果南 「…千歌、あんたの好きにはさせないからね」

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果南 「はい、これみかんのお返し」

千歌 「また干物ー?」

果南 「文句なら母さんに言ってよ」


梨子 「…果南さん、これ使ってください」

果南 「なにこれ、ハンドクリーム?」

梨子 「その、さっきの洗剤とかで相当ダメージ受けてるだろうな…って」

果南 「あはは、ありがとう。でも私、すぐ海に入ったりするからあんまり意味無いかも」

梨子 「でも一応つけといてください。せっかく綺麗な手してるんですから…」

果南 「…ありがと、梨子ちゃん」


千歌 「……二人とも、そろそろ行こっか」

梨子 「えっ、もう?」

千歌 「用は済んだでしょ。それに曜ちゃん達とパフェ食べなきゃだし」

果南 「…そっか。じゃあ気をつけてね」

梨子 「…ねぇ曜ちゃん。千歌ちゃんどうしちゃったの?」

曜 「多分、梨子ちゃんが果南ちゃんと仲良さそうにしてたのが気に食わなかったんじゃない?」

梨子 「なにそれ…嫉妬?」


曜ちゃんはキョロキョロと周りを気にする仕草を見せると、私だけにギリギリ聞こえる位の声量で再び話し始めた。


曜 「嫉妬とは違うんじゃないかな。千歌ちゃんね、あの事件以来、果南ちゃんと仲悪いんだ」

梨子 「あの事件って…内浦の怒りのこと?」

曜 「うん。あれ以来果南ちゃん、すっかり人間不信になっちゃって…」

梨子 「あの落書きも、街の人たちが書いたものだよね…」

街の人々は、内浦を裏切った果南さん一家をよく思わなかったらしい。他にもホテル建設に肯定的な者はいたらしいが、その多くは内浦の怒りに触れ、今も尚無気力症に陥っている。

ホテル建設に肯定的でありながらも呪いを免れた果南さんは、ホテル建設が中止に終わった今でも陰湿な嫌がらせを受けているらしい。


梨子 「もしかして果南さん、千歌ちゃんのことまで疑ってるの? 幼なじみなのに?」

曜 「うん…多分ね。元々千歌ちゃんの家が、呪いに関与してるって噂されてるのは知ってるよね?」

梨子 「うん…一応」

曜 「果南ちゃん、すっかりその噂を信じちゃって。千歌ちゃんとのやりとりでも、前に比べてどこか距離を感じるというか…」

梨子 「この呪いが、誰によるものなのか…それか本当に超常現象なのか解明できれば、二人の仲も元に戻せるかな…」

曜 「うん…きっとね」

梨子 「曜ちゃん、私協力するよ」

曜 「ありがと、梨子ちゃん」


曜 「……なんで、こうなっちゃったんだろ」

ーーーーーー
ーーーー
ーー

~その頃 果南宅~


千歌に渡された紙袋の中身を見る。
…みかんだ。どこからどう見てもみかん。

それにしてもこの量、私とお母さんだけじゃ、次千歌が来るまでに食べきれないよ。

千歌は私たちが毎回、みかんをちゃんと全部食べてるとでも思ってるのかな。


果南 「…千歌は、人を信じすぎなんだよ」


紙袋を逆さにすると、何十個ものみかんがボトボトと音を立てて落ちていく。
生ゴミとみかんをひとまとめにし、ごみ捨て場へと運ぶ。


果南 「ごめん、千歌。私はもう、あんたのことさえ信じられない…」

鞠莉 「……果南」

果南 「鞠莉…! どうしてここに」

鞠莉 「果南あるところに、マリーありよ」

果南 「なにそれ…」

鞠莉 「…そのみかん、まだ食べられそうじゃない。勿体ないghost が出ちゃうよ?」


そう言って鞠莉はゴミ袋からみかんを2.3個取り出し、皮をあけ始めた


果南 「ちょっと…! 汚いよ!」

鞠莉 「Dirtyなのは皮だけでしょ?…うーん! ほら、こんなに美味しいじゃない」

果南 「…どうなっても、知らないからね」

鞠莉 「そんなこと言う口は、こうしちゃう」


鞠莉がにやり、と不敵に笑う。みかんを1片手に取り、無理やり私の口の中へ押し込む。


果南 「…むぐぅっ!? げほっ…けほっ…!」

鞠莉 「ほら、美味しいでしょ?」

果南 「何すんのさ…何か変なものが入ってたりしたら!」

鞠莉 「……果南、それが幼なじみに対して言うこと?」

鞠莉 「今ならまだ考え直せる。よく考えなさい、果南」

果南 「鞠莉…」

鞠莉 「じゃ、私帰るね。バーイ!」


果南 「……なんで鞠莉は、そんなに人を信じられるのさ」


ゴミ袋が開きっぱなしになっている。
再び袋の口を縛り、ほかの人に見られないよう、ほかのゴミ袋の影になる部分に押し込む。

みかんは、1つだけ持って帰ることにした。

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ーー

本日はここまでとさせていただきます。
嘘話し編、続きます

~駅前~


千歌 「あっ、ルビィちゃんだ! おーい!」

ルビィ 「千歌さん! こんにちは! それに曜さんと、あと…」

梨子 「はじめまして、桜内梨子です」

ルビィ 「あっ、転校生の。はじめまして、黒澤ルビィです」

梨子 「黒澤…確かダイヤさんの妹さん?」

曜 「梨子ちゃん、よく知ってたね」

梨子 「…うん。なんか、なんとなく分かったっていうか…」

曜 「ルビィちゃん、大丈夫なの? 買い食いなんかして、お姉さんとか当主さんに怒られない?」

ルビィ 「ルビィは大丈夫なんです、お姉ちゃんと違って」


花丸 「ルビィちゃん、おまたせずら…って!」

ルビィ 「あっ、花丸ちゃん。買い物終わ…」

花丸 「るるるルビィちゃんっ! ここはオラに任せて、逃げるずらっ!!」

ルビィ 「……へ?」

花丸 「に、2年生相手でも、オラは屈しないずら! 恐喝なんかに負けません!」

千歌 「きょ、きょーかつ!?」

梨子 「ちょっ…ちょっと待ってください! 誤解です!」

曜 「そうそう! 私たち、普通にルビィちゃんとお話してただけで…」


花丸 「……ほえ? そうなんずら?」

ルビィ 「この人たち、ルビィのお友達だよ?」

花丸 「そ、そうだったんずらか…。オラてっきり、ルビィちゃんが “かつあげ” っていうのにあってるのかと…」


梨子 「えっと…ごめんね、勘違いさせちゃって」

花丸 「いえ、オラの方こそ失礼しました。国木田花丸、1年生です」


花丸ちゃんに合わせ、私たちも各々軽く自己紹介を済ます。花丸ちゃんもやっと安心したのか、ホッと胸をなで下ろす。


曜 「それにしても、すごい量の本だね」

花丸 「あっ…はい。少し調べ物をしてて」

梨子 「どう見ても少しって感じじゃないけど…何を調べてるの?」


花丸ちゃんが取り出した本を見て、思わず声が漏れる。その可愛らしい見た目からは連想できないような本を見せられ、千歌ちゃん達も私とほぼ同じ反応をとる。


曜 「世界の呪い大全…可愛い顔してなんて本を」

梨子 「呪いってことは、もしかして内浦の怒りのことを?」

花丸 「はい。どうしても気になって」


紙袋の中の本を見ると、どれも呪いに関するものばかりだった。花丸ちゃんは少し恥ずかしそうに、紙袋の隙間をきゅっと閉じる。


ルビィ 「花丸ちゃんのお家、お寺なんです」

千歌 「あっ、もしかしてあの大きな!?」

花丸 「はい…最近は特に有名になっちゃって」

曜 「……っ!」

梨子 「曜ちゃん? どうしたの?」

曜 「……あっ、ううん…なんでも」


花丸 「内浦の怒り…。それに触れた者に罰を与えているのは、オラのお寺の仏様だって言われてるんです」

梨子 「そうだったんだ…」

花丸 「そもそも、仏様と神様は全くの別物ずら! 仏様は罰なんて下さないし、そもそもオラのとこの仏様はそこまで器小さくないずら!」


地団駄を踏みながら、花丸ちゃんは誰に向けているわけでもない抗議を繰り返す。
寺で育った者として、それを侮辱されるような噂話は、それほど癪に障るものらしい。


花丸 「だからオラは、この呪いの本当の根源を探すために研究してるんです!」

曜 「……。」

ルビィ 「は、花丸ちゃん。少し落ち着いて…」

花丸 「はっ…! ご、ごめんなさいずら…」

梨子 「気持ちはわかるよ。でも花丸ちゃんがそう言うってことは、呪いは根も葉もない噂ってこと?」

花丸 「少なくともオラはそう考えてるずら。オラの寺の尊厳のためにも、一刻も早くこの呪いを解き明かすんです!」

梨子 「理由は違くても、目的は同じね。私もこの呪いを解明したいと思ってたの。協力するよ、花丸ちゃん」

花丸 「本当ずら!?」


花丸ちゃんの目が突然キラキラと輝き出す。
この目、この表情は、後輩という立場が使える最大の切り札だと思う。

花丸 「じゃあ、なにか分かったら教えて欲しいずら!」

梨子 「えぇ、もちろん」


千歌 「梨子ちゃん、そろそろ行かないと時間が…」

梨子 「本当だ…それじゃあね、2人とも」

ルビィ 「はい! …あっ、そうだ。飴よかったら食べてください」

千歌 「いいの!? ありがとう!」

曜 「……ありがと、ルビィちゃん」

ルビィ 「梨子さんもどうぞ」

梨子 「うん、ありがとう」


貰った飴は、りんご味と書かれた包装紙に包まれていた。


梨子 (今日は、いちご味じゃないんだ)


……? “今日は”?
あれ? なんだろう、この違和感。


ルビィ 「……? どうかしましたか? 梨子さん」

梨子 「…ルビィちゃん。私、前にもこうやってルビィちゃんから飴をもらったことってあったっけ?」

ルビィ 「いえ…そもそもルビィが梨子さんと会ったのは、今が初めてですよ?」

梨子 「……そう、だよね。ごめんね、変なこと聞いて」

ルビィ 「…? いえ、ルビィは大丈夫ですけど」


千歌 「ほら梨子ひゃん、いふよぉ!」

梨子 「…って、もう飴食べてるし。じゃ、今度こそバイバイ」

花丸 「はい、さようなら」

千歌 「梨子ひゃん、食べないの?」コロコロ

梨子 「私は後で。だってこれからパフェ食べるんでしょ?」

千歌 「あっ…そうだったぁーっ!!」

梨子 「まったくもう…」


曜 「………。」

梨子 「……? 曜ちゃん?」


顔を俯かせ、黙り込んでる曜ちゃんを不思議に思った。いつも笑っているような曜ちゃんのこんな表情は初めて見た。

…曜ちゃんの頬を伝って、涙が流れ落ちたのを、私は見逃さなかった。

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~花丸宅~


善子 「へぇ、じゃあ協力してくれる人が増えたのね。良かったじゃない」

花丸 「頼りになる先輩で心強いずら」

善子 「なによ! 私じゃ心もとないって言うわけ!?」

花丸 「だって善子ちゃん、役に立った試しがないずら」

善子 「何をーっ…! ありとあらゆる呪いをマスターした私より、呪いに詳しい者なんていないわっ!」

花丸 「今のは自白ともとれるけど?」

善子 「ちがわいっ! 私は何もしてないってば!」

善子 「…で? この前買ってきた本にはなんかヒントはあったの?」

花丸 「ううん、全然。…やっぱり、これは呪いなんかじゃないんだと思う」

善子 「人為的なもの…ってこと?」

花丸 「そう考えるのが一番自然…だと思う」

善子 「だとしたら…一体誰があんなことを」

花丸 「……。」


ふと、沈黙が流れる。
花丸は俯き、なにか言いたげに両手の指を絡ませたり、口先をもごもごさせている。


善子 「…なにか言いたいことあるんでしょ」

花丸 「……うん。実はその…」

善子 「神具?」

花丸 「うん。淡島神社ってあるでしょ?」

善子 「あぁ、あの山の中にある」

花丸 「あの神社には、幾つか神具が奉納されてるんだけど、実はその中にね…」

善子 「まさか、呪いに関係しそうなものがあったとか?」

花丸 「そうなんずら。…詳しいことは分からないけど、人に使うと、その者のありとあらゆる感情を引き出す神具があるという話を気いたずら」

善子 「ありとあらゆる感情…それがあの狂人化のこと?」

花丸 「そう考えれば、辻褄が合うずら」

花丸 「その神具の副作用として、使用者はその後、感情を失うと言われてるずら」

善子 「引き出した分を失うってわけね…それなら、狂人化からの無気力症も説明がつく」

花丸 「ただ問題は、その神具がとっくの昔に失われているということで…」

善子 「失われた?」

花丸 「失くしたって言った方が正しいのかな? もう淡島神社に、その神具含め、他のものもほとんど残ってないんずら」

善子 「失くしたって…そんなおもちゃじゃあるまいし…」

花丸 「とにかく、今後は呪いによるものというよりも、オラはその神具によるものと考えるつもり」

善子 「そうね…私も神社について調べておくわ」

善子 「…色々考えたら、なんだか眠くなってきちゃったわ。ずら丸、ちょっとここで寝かせて」

花丸 「いいけど…おばさんに怒られても知らないよ?」

善子 「だぁーいじょー……ぐぅ…」

花丸 「早っ!? ……はぁ、オラも眠くなっちゃったずら」


花丸 「…おやすみ、善子ちゃん」

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ーー

~鞠莉の家~


古びたアパートの一室。鞠莉さんは今ここで一人暮らしをしている。
両親の反対を押し切り、ひとりこの街に残ることを決めた鞠莉さんは、社長令嬢という肩書きに相応しくない暮らしをしている。


梨子 「…その空気清浄機、果南さんの家にもありました」

鞠莉 「それはそうよ。ダイヤが私たちに譲ってくれたんだもの」

梨子 「2台もですか? しかも結構最新型に見えますけど…」

鞠莉 「内浦の怒り…狂人化の原因は感染力の強いウイルスによるものって噂が流れた時があってね」


空になったタンクに水を注ぎ、鞠莉さんは優しく微笑みながら話を続けた。

鞠莉 「狂人化を引き起こすvirus…その対策方法は空気清浄機とかで出来る限り空気を綺麗な状態に保たせること…」

梨子 「それはお医者さんとかが?」

鞠莉 「さぁ…誰が言ったんだっけ。そもそもウイルスなんて噂に過ぎなかったし」

梨子 「お店とかでもやけに見かけると思ったら、そんな過去があったんですね」

鞠莉 「みんな必死になって空気清浄機を買いに走ってね…。あの時の電気屋さんのニヤケ顔は忘れないよ」


皮肉的にも取れる笑いを浮かべ、つられて思わずこちらも笑いがこぼれた。


鞠莉 「こんなもの買う余裕なんてなかった果南の家とかに、ダイヤは当主さんに上手いこと交渉してpresentしたのよ」

梨子 「あれっ…でも…」

鞠莉 「黒澤家と私達は敵対してたはず…でしょ?」

梨子 「はい…。鞠莉さんはもちろん、果南さんもホテル建設肯定派だったって聞いたので」

鞠莉 「ふふっ、それには大人…いえ、こどもの事情があったのよ」

梨子 「こどもの事情…?」


鞠莉 「私と果南、そしてダイヤは幼なじみでね。だから周りに隠れて助け合ってるってわけ」

梨子 「もしかして…夏休み中鞠莉さんの姿が内浦から消えたっていうのは」

鞠莉 「ダイヤに匿ってもらってたの。流石に学校の監視下から長く外れると、何されるか分からないからね」

梨子 「……。」

鞠莉 「…それで? 今日ここに来たのは別の要件があったんでしょ?」

梨子 「はい…その…」


ぎゅっと拳に力を入れる。
…本当に聞いていいことなのか、分からない。でも、聞かないといけない。
深呼吸をし、覚悟を決めて鞠莉さんに質問をぶつける。


梨子 「…千歌ちゃんのこと、鞠莉さんはどう考えているんですか?」

鞠莉 「…高海千歌さん?」

梨子 「はい。…呪いのことで、色々疑いをかけられてるみたいで」

鞠莉 「…さては、果南のこと知っちゃったでしょ?」

梨子 「…はい」

梨子 「幼馴染みにさえ疑われるなんて、とてもじゃないけど見てられなくて」

鞠莉 「うん、そうだよね」

梨子 「鞠莉さんがもし疑ってないのだったら、果南さんを説得してほしいと…!」

鞠莉 「うーん…説得かぁ」


鞠莉 「残念だけど、私も千歌さんを全く疑ってないわけじゃないよ?」

梨子 「…っ! 鞠莉さん…」

鞠莉 「もしかしたらこの呪いは本当に超常現象なのかもしれない。けど人為的なものである疑いがある以上、真っ先に疑われそうなのは黒澤家か高海家。それは分かるでしょ?」

梨子 「でも…っ!」

鞠莉 「でもno problem。果南もきっと、本気で千歌さんを疑ってるわけじゃないから」

梨子 「でもそんな風には…」

鞠莉 「梨子、こんなこと言うのは都合がいいって言われるかもだけど」


鞠莉さんは髪をかきあげ、真剣な表情でこちらを見つめる。反射的に、背筋を伸ばす。


鞠莉 「まずはあなたが、みんなを信じてみたら?」

梨子 「鞠莉さん…」

鞠莉 「それに、果南の説得なら、もう大丈夫だと思うよ?」

梨子 「えっ…それって…」


鞠莉 「…ほら、もう遅いよ。今日は帰りなさい」

梨子 「…はい。お邪魔しました、鞠莉さん」

鞠莉 「Bye、梨子」

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ーー

~帰り道~


鞠莉 『まずはあなたが、みんなを信じてみたら?』


鞠莉さんに言われたその一言が、ずっと頭の中でぐるぐると回っていた。
…そういえばそうだ。一番人のことを信じようとしてなかったのは、私だったかもしれない。

ひとり夜道を歩いていると、後ろから視線を感じた。恐る恐る振り向くと、そこにいたのは見慣れた顔だった。


梨子 「千歌ちゃん…! 何してるのこんな時間に」

千歌 「それはこっちのセリフだよ、梨子ちゃん」


千歌ちゃんが少しづつ、ゆっくりと歩み寄ってくる。…相手は千歌ちゃんだと分かっているのに、得体の知れない圧力に、思わず後ずさってしまう。


千歌 「さっき、鞠莉さんの家にいたよね?」

梨子 「う、うん…」

千歌 「何話してたの?」

梨子 「な、何でもないよ。ただの世間話だよ」

千歌 「ふーん…そっかぁ」


千歌ちゃんが髪をかきながら、はぁと息を漏らす。そして再びこちらを向いたかと思うと、普段の千歌ちゃんからは想像出来ないような鋭い目線で、私を睨みつけた。


千歌 「さっきからね、くしゃみが止まらないんだ。誰か千歌の噂話でもしてるのかなぁって」

梨子 「そ、そうなんだ…」

千歌 「ねぇ梨子ちゃん、嘘ついてるでしょ」

梨子 「わ、私嘘なんか…!」

千歌 「梨子ちゃん、私のこと疑ってるんでしょ? それを鞠莉さんに相談して…」

梨子 「違う! 私は…」


千歌 「嘘だッッッッ!!!!!」


千歌ちゃんの叫びに、体が芯から震える。
今まで溜め込んできた、我慢してきたものを一気に吐き出すかのように、千歌ちゃんは叫び、涙を流した。


千歌 「ねぇなんで…? なんで誰も私を信じてくれないの…?」

梨子 「千歌ちゃん、聞いて! 私は千歌ちゃんのこと信じてる!」

千歌 「だからそれが嘘だって言ってるんだよ!」

梨子 「千歌ちゃん…」

千歌 「もう無理なんだよ…分かってる。自分でもわかるんだよ」


千歌ちゃんは背中に手を回し、ジリジリと近寄ってくる。


千歌 「私はもう誰からも信じられないし、私も誰も信じられない」

梨子 「千歌ちゃん、そんなこと…」

千歌 「だから…私はっ!!」ブンッ!

梨子 「ひぃっ…!」


奇跡的に千歌ちゃんの包丁を避けられた。
しかし千歌ちゃんの攻撃は止まらない。私の体を刺そうと、一切手を休める様子はない。

千歌 「避けないでよ…早く楽にしてあげたいんだからさぁっ!」


……だめだ、話が通じるとは思えない。
これが…狂人化だろうか?


梨子 (とにかく…逃げないとっ!)

千歌 「あはは…あはははははははっ…!!! 待ってよぉ…梨子ちゃんっ!!!」

梨子 「はぁっ…はぁっ…! そうだ、曜ちゃんのところ! 曜ちゃんに会えば千歌ちゃんも落ち着くかも!」


曜ちゃんの家に向かって全速力で走る。
後ろから聞こえる足音はやむ気配すら見せないが、もう後ろを確認する余裕はない。


梨子 「…着いた! 曜ちゃん、曜ちゃぁんっ!!」


曜 「……梨子ちゃん? どうしたの…って、千歌ちゃん?」

梨子 「助けて! とにかく中に入れて!」


千歌 「…曜ちゃんに匿ってもらう気? 無駄だよ、梨子ちゃん」

ーーーーーー
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ーー

~曜の部屋~


曜 「千歌ちゃん…もしかして…」

梨子 「多分、狂人化だと思う」

曜 「そっか…そうなんだね」

梨子 「なんで!? 呪いの対象になるのは、街を裏切った人だけじゃ…!」

曜 「うん…そういうことになってるね」

梨子 「そういうことになってる? ねぇ、どういうこと?」


1階から、窓ガラスの割れる音が聞こえてきた。
千歌ちゃんが階段を1段1段のぼり、徐々に私たちのいる部屋に近付いてくる。


曜 「……ごめん、私行くよ」

梨子 「曜ちゃん!? 何言ってるの、危ないよ!」

曜 「梨子ちゃん。私、梨子ちゃんに伝えなきゃいけないことがあるんだ」

梨子 「伝えなきゃいけないこと…?」

曜 「今千歌ちゃんがこんな状態になっちゃってるのは、全部私のせいなんだ」

梨子 「えっ……?」

曜 「だってね…」


曜 「内浦の怒りは、私の作り話なんだよ」


梨子 「……嘘」

曜 「建設現場で次々と狂人化事件が起きて、真っ先に千歌ちゃんの家が怪しまれた」

曜 「私、見てられなかった。千歌ちゃんが周りから追い詰められて、どんどん人間不信になってくのは、見てる私でさえ辛かった」

梨子 「だから、千歌ちゃんから疑いの目を逸らすために…」

曜 「うん、作ったんだ。呪いの逸話を」

梨子 「そんな…」

曜 「でも、無意味だった。呪いの話が広まっても、結局その呪いを裏から操っているのは高海家だとか言われて…」

梨子 「……。」

曜 「そして余計、千歌ちゃん達に非難が浴びせられた。狂人化事件の被害者とか、その遺族とかからね」


扉が突然、大きな音を立てて揺れる。
千歌ちゃんが向こう側から、扉を力任せに叩き続けている。
曜ちゃんはドアノブに手をかけ、鍵をゆっくりと回し始めた。


梨子 「……! 曜ちゃん、ダメぇっ!」

曜 「梨子ちゃん、お願いがあるんだ。この馬鹿げた呪いを…狂人化を引き起こしてる犯人を、探してほしい」

梨子 「そんな…私なんかに…」

曜 「できる。梨子ちゃんなら出来るよ。だって…」

曜 「梨子ちゃんは、人を信じる天才だもん」

梨子 「……っ!!」


曜ちゃんが勢いよく扉を開けると、外にいた千歌ちゃんが驚き仰け反る。千歌ちゃんが体制を崩したところで、曜ちゃんが体を押さえつける。


梨子 「曜ちゃん…っ!」

曜 「梨子ちゃん、早く!!」

梨子 「曜ちゃん…! 曜ちゃんっっ!!」


曜 「……信じてるよ、梨子ちゃん」


梨子 「ううっ…うわぁぁぁっ!!!」ダッ!!

走った。
ただひたすらに、走った。

後ろから聞こえる、曜ちゃんのだんだん小さくなっていく声と、千歌ちゃんの叫び声に耳を塞ぎながら。


梨子 「ごめんなさい…! ごめんなさい!」

梨子 「私がちゃんと、千歌ちゃんに気持ちを伝えられていれば!」


梨子 「もう絶対に失敗しない…! 絶対にっ!!」

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ーー

~その頃 果南宅~


果南 「くそっ…! 治まれ…治まれってばぁっ!」


自分の頬を何度も殴りつける。
少し油断すると、理性が完全に失われてしまいそうになる。狂人化まであと1歩なのだろうと、自分でもわかるくらいの状態だ。


果南 「なんで…! 私はまだこんなとこで…倒れるわけにはいかないのにっ!!」

果南 「鞠莉…守れなくてごめん。ダイヤ、裏切ってごめん」


ふと机に目をやると、持って帰ったまま結局手をつけていなかったみかんが一つ、置かれていた。


果南 「……私、最低だ。幼馴染みのことすら、信じてあげられなかったなんて」

皮を丁寧に剥き、みかんを1片口に放り込む。


果南 「……おいしぃ…お…いし…ぃよ…!」

果南 「千歌…疑ってごめん。こんなに美味しいみかん、捨てちゃってごめん…」


果南 「………ごめんなさい、みんな」


みかんが床に叩きつけられる音をきっかけに、私の意識は完全に闇の中へと消えていった。

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~夜道~


地獄…今、沼津が完全にその状態にある。
千歌ちゃんだけじゃなかった。街の人々のほとんどが、狂人化している。


梨子 (なんで…なんでこんなことにっ!?)


正気を保っている私を狙って、街の人々が襲いかかってくる。千歌ちゃんからだけならまだしも、この人数相手では流石になす術がない。

撒いてもまいても、次から次へと狂人化した人が湧き出てくる。

……ついに囲まれた。


梨子 (ここまで……なの? 曜ちゃん、私…!)

頭に鈍い感覚を覚えた。
頭を触ると、掌にベットリと血がついていた。

地面の冷たさを直に感じながら、決意する。


もし、もう1度チャンスが貰えるなら。

もしもう一度、みんなを救える機会が得られるのなら。

絶対に失敗したりしない。
必ずみんなを…


そして、必ず呪いの原因を…


梨子 (……絶対に、突き止める…!!)

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ひぐらしのなく頃に

【嘘話し編 ―完―】

本日はここまでとさせていただきます
読んでいただきありがとうございました。第3編に続きます

【神隠し編】

~バス 車内~


千歌 「私、実は知ってるんだ」


果南さんの家へと向かうことになった私たち3人は、バスの最後尾に並んで座っていた。
千歌ちゃんはみかんが沢山入った紙袋を両腕の中に抱きながら呟いた。


梨子 「知ってるって、何を?」

千歌 「果南ちゃん、私が持っていったみかん、毎回食べずに捨ててるの」

梨子 「そ、そんな…!?」

千歌 「あっ、勘違いしないでね!? 果南ちゃんはそんな悪い人じゃないの! ちゃんと訳があって…!」

梨子 「訳…?」

千歌 「ほら、私色々と疑われてる立場だからさ。果南ちゃんも疑心暗鬼になってるんだよ」

梨子 「だからって、捨てることないじゃない…」

千歌 「でももし私が呪いを引き起こしている犯人とかだったら、みかんに毒を盛るくらいは平気ですると思うよ」

梨子 「……まさか、本当に毒を?」

千歌 「そんな訳ないじゃん! 入れてないよ!」


曜 「そうそう。それに千歌ちゃんにそんな器用なことは出来ないよ」

曜ちゃんは紙袋からみかんを一つ取り出し、皮をむいて1片口の中に放り込んだ。


千歌 「むー、失礼な」

梨子 「曜ちゃんは千歌ちゃんのこと、本当に信頼してるんだね」

曜 「勿論。親友は信じるものでしょ」

千歌 「よ、曜ちゃん…!」

梨子 「でも幾ら何でも、 呪いなんて根も葉もない噂を広めるのはちょっと…」

曜 「そ、それは千歌ちゃんのためだもん!」

千歌 「全く役に立たなかったけどね」

曜 「ち、千歌ちゃんまで…」

千歌 「あはは、冗談だってば」

千歌ちゃんは曜ちゃんの持っていたみかんを2片ちぎりとると、自分と私の口にそのみかんを押し込んだ。


千歌 「でもね、私嬉しかったよ。疑いこそ晴れなかったけど、自分のためにそこまでしてくれる人がいるってだけで、十分支えになったよ」

曜 「千歌ちゃん…」


梨子 「…みかん、おいしいね」

千歌 「よかったら幾つか持って帰って?」

梨子 「うん、ありがとう」

曜 「…でも、本当に原因はなんなんだろうね」

梨子 「呪いが作り話となると、しっかりとした原因があることになるよね」

千歌 「一時期、ウイルス性の感染症が原因って噂されたことあったんだよ」

梨子 「そうなの?」

曜 「そうそう。みんな対策に必死になってね。ほら、ここら辺ってどこに行っても大体空気清浄機が置いてあるでしょ?」

梨子 「そういえば学校にも置いてあったね」

曜 「それがその時の名残でね。確か黒澤家が、みんなに空気清浄機を買うように呼びかけたんだよ」

千歌 「学校には市から提供されたんだよね。本当、黒澤家の力って凄いよ…」

梨子 「で、結局それは効果あったの?」

曜 「うーん…微妙かな。そもそもウイルスっていうのも噂に過ぎなかった訳で、それが本当に意味があったのか分からない」

千歌 「現に、設置後でも狂人化は起きてたもんね…。確かに数は激減したけど」

梨子 「……なにか、別の原因があるのかも」


思考を巡らせていると、目的地であるバス停の名前がアナウンスされた。
慌ててボタンを押し、バスから降りる。

みかんを数個入れただけなのに、鞄が随分重くなったように感じた。

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~果南宅~


果南 「はい、これお返し」

千歌 「また干物ー!?」

果南 「文句は母さんに言ってよ」


果南さんは洗剤で赤く荒れてしまっていた手にハンドクリームを塗りながら、千歌ちゃん達と談笑していた。
こうして見ると、この2人が疑い疑われている関係とは到底思えない。


千歌 「…じゃ、そろそろ帰ろっか」

果南 「今日は早いね。なんか用事でもあるの?」

曜 「駅前で待ち合わせてる人がいるんだ。だからそろそろ行かないと」

果南 「そっか、じゃあ急がないと」

梨子 「お邪魔しました、果南さん」

千歌 「お邪魔しましたー」


果南 「……うん、ばいばい」

曜 「…果南ちゃん、今回は食べてくれるかな」

千歌 「どうだろう。…多分無理じゃないかな」


梨子 「……あっ、ごめん! 私、果南さんの家に忘れ物しちゃったみたい…」

曜 「本当に? じゃあ戻ろう」

梨子 「あっ、いいよいいよ。先に駅行ってて」

千歌 「…分かった。じゃあ待ってるね」

梨子 「うん、ごめんね」


曜 「ねぇ千歌ちゃん。梨子ちゃんもしかして…」

千歌 「…うん、多分」

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~果南宅~


梨子 「…果南さん」

果南 「…っ!? り、梨子!?」


果南さんの手に持たれていたゴミ袋に目をやる。…何十個ものみかんが、中に入れられていた。


果南 「駅前に向かってたんじゃ…」

梨子 「…気になったんです。そのみかんのこと」

果南 「バレちゃったか、食べてないこと」

梨子 「千歌ちゃんがせっかく持ってきてくれたんですよ?」

果南 「そんなことは分かってる…! でも仕方ないじゃんか。もう私は…」

梨子 「信じられないですか? 幼馴染を」

果南 「幼馴染みだとか、そうじゃないとか関係ない。…もう私は誰も信じられないんだよ」

梨子 「…街の人たちから受けた仕打ちのせいですか?」

果南 「……。」


果南さんはゴミ袋を傍らに置き、髪をそっとかきあげる。

果南 「私が必死に消してたあの落書き…実は誰がやったのかだいたい検討はついてる」

梨子 「そうだったんですか?」

果南 「その人たちはお父さんとも仲良くしてて…時々一緒にご飯を食べに行ったりもした。だけど…」

梨子 「狂人化事件が起きてから、周りの態度が変わった…ですよね?」

果南 「厳密には違うかな。お父さんが小原家と提携して、事業を始めるってことが周囲に伝わった時点で、周りの対応は冷たくなった」


果南 「…人の友情とか信頼とか、こんな簡単に崩れるんだなって知った」

果南 「そもそも目に見えもしないものを信じていた私が馬鹿だったんだよ」

梨子 「果南さん…」

果南 「千歌だって、私がこんなことしてるって知ったら、きっとすぐに私のことなんて嫌いになる」

梨子 「そんなこと…!」


―その時、果南さんの目が突然大きく見開かれた。信じられないものを見た、そんな風に。

後ろを振り返ると、そこには千歌ちゃんの姿があった


果南 「千歌…!」

梨子 「千歌ちゃん!? それに曜ちゃんも…駅に行ったんじゃ」

千歌 「だめだよ梨子ちゃん、嘘なんかついちゃ。忘れ物なんてしてなかったくせに」

梨子 「……ごめん」


千歌ちゃんはゴミ袋に目をやる。
捨てられたみかんを見て「やっぱり」と呟き、悲しげに微笑んだ。


果南 「千歌…! 違う、これは…!」

千歌 「いいよ果南ちゃん。私知ってたんだ、いつもみかんが食べられてないって」

果南 「そんな…」

曜 「千歌ちゃん、知ってていつも果南ちゃんにみかんを私続けてたんだよ。いつか自分を信じて、食べてくれる日が来るって」

梨子 「…本当に美味しいんですよ、このみかん」


自分の鞄からみかんを取り出し、果南さんに見せる。


果南 「そのみかん…千歌のやつ?」

梨子 「はい。いくつか貰ってたんです」


皮をむき、みかんを1片食べてみせる。
…うん、やっぱりおいしい。


梨子 「果南さん、みんなに信じてもらえなくなって、いつしか果南さん自身も誰も信じられなくなっちゃったんですよね」

果南 「あ、あんたに何が分かるのさ!」

梨子 「…何となくですけど、分かる気がするんです。微かですけど残ってるんです。人を信じることが出来なかったから起きてしまった惨劇を」

曜 「梨子ちゃん…」

梨子 「…これも、誰から聞いたか忘れちゃったんですけど」


『まずはあなたが、みんなを信じてみたら?』


梨子 「人から信じられるためには、まずは自分がみんなを信じてみようって、そう思うんです」


手に持っていたみかんを1片ちぎり、果南さんに渡す。

果南 「まずは…自分が…?」

千歌 「果南ちゃん、私ね…!」


千歌 「私、果南ちゃんがみかんを捨ててるって知った後でも、果南ちゃんを嫌いになんてなったこと一度もなかったよ」

果南 「どうして…」

千歌 「だって私、果南ちゃんのこと大好きなんだもん!」

果南 「……っ!」

曜 「…果南ちゃん、これが千歌ちゃんの本当の気持ちだよ」

梨子 「この言葉なら私、信じてもいいと思います」

果南 「……。」


果南さんは手のひらの上のみかんをじっと見つめ、次第にその目に涙を浮かべ始めた。


果南 「…後輩に諭されるなんて、私もまだまだだなぁ…」パクッ!

千歌 「…! 果南ちゃん!」

梨子 「食べて…くれた!」

果南 「……すっぱい」

千歌 「あはは…果南ちゃんがなかなか食べてくれないから、旬が過ぎちゃったんだよ」

果南 「…冬に持ってくるの、待ってるよ」

千歌 「……! うんっ!!」

曜 「…ありがとう、梨子ちゃん」

梨子 「そんな、私は何も…」

曜 「ううん。梨子ちゃんのお陰だよ。私は何も出来なかったから」

梨子 「…私は人を信じることしか出来ないから」

曜 「なんか、懐かしいフレーズだなぁ、それ」

梨子 「それはそうよ、だって…」


梨子 「曜ちゃんが言ってくれたんだもん。私は人を信じる天才だって」

曜 「…?」

ーーーーーー
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ーー

~駅前~


千歌 「ルビィちゃーん! お待たせー!」

ルビィ 「あっ、千歌さん! …どうしたんですか? なんか目の周りが赤いような…」

曜 「あぁ、さっき果南ちゃんちで泣い…」

千歌 「なんでもないなんでもないから!」

梨子 「恥ずかしがることないのに…」


曜 「…で、どうしたの? 急に呼び出したりなんかして」

ルビィ 「それが実は!」

梨子 「呪いの正体が分かった!?」

ルビィ 「多分…ですけど」

曜 「やっぱり、人為的なものだったってこと?」

ルビィ 「詳しい話は、花丸ちゃんから…」

千歌 「花丸…ちゃん?」


花丸 「お待たせずらー!」

梨子 「あぁ…あの子が花丸ちゃん?」

花丸 「はじめまして。国木田花丸、1年生です」

ルビィ 「花丸ちゃん、色んな本とか読んで、呪いについて調べてたんです」

千歌 「で!? 原因ってなんだったの!?」

花丸 「まだ確定ではないんですけど…」


花丸ちゃんは淡島神社に祀られていたと言う、とある神具の話をしてくれた。
どうやらその神具を使うと、人の感情のありったけを引き出し、その後無気力症に陥らせると言う。


曜 「…話を聞く限り、内浦の怒りと一致してるね」

梨子 「てことは、その神具が使われたってこと?」

花丸 「まだそれは分かりません。でもそう考えていいと思います」

千歌 「もうすぐ分かるかもしれないんだね、この呪いを引き起こした犯人が」

花丸 「取り敢えずオラは、この神具について調べを進めるずら」

梨子 「私達も、神具のことを知ってる人がいないか調べてみるね」


ルビィ 「…いよいよ、なんですね」

曜 「あれっ、そういえばルビィちゃん、こんなことして大丈夫なの?」

梨子 「どういうこと? 曜ちゃん」

曜 「いや、これでもルビィちゃん黒澤家の娘だし」

ルビィ 「これでもって…」

曜 「ダイヤさんとかはなるべく呪いの詳しい話について、関わらないようにしてたイメージがあるから」

ルビィ 「……。」

梨子 「黒澤家も色々疑われてるみたいだからね…」

ルビィ 「…ルビィは大丈夫なんです」

千歌 「大丈夫…ってどういうこと?」

ルビィ 「確かに、黒澤家内では極力呪いに関する発言をしないようにと言われてます」

曜 「じゃあ…」

ルビィ 「でもルビィはいいんです。だって…」


ルビィ 「ルビィはもう、黒澤家の人間じゃないんです」

ーーーーーー
ーーーー
ーー

~2年前~


ルビィ 「お母様…今なんて?」

黒澤母 「習い事を全てやめて良いと言ったのです。近頃やる気も無かったでしょう?」

ルビィ 「でも、今まで何が何でも続けさせようとしてたのに、どうして…!」

黒澤母 「あなたをおもってのことですよ、ルビィ」

ルビィ 「ルビィのことを…?」

黒澤母 「……それと、上京したいということでしたが、大学は東京の大学を受けなさい」

ルビィ 「で、でも! 大学はここからでも通える所にしなさいって!」

黒澤母 「確かに、黒澤家の血を継ぐものとして、本来はこの地にとどまるべきです」

ルビィ 「なら、ルビィもお姉ちゃんみたいに…」

黒澤母 「ルビィッ!!」

ルビィ 「ぴぎっ…!?」

黒澤母 「あなたは一度、黒澤家という呪縛から開放されるべきです。今のままの環境では、あなたのためにはなりません」

ルビィ 「そんな…ルビィは…! 黒澤家の者として誇りを持って、毎日毎日…!」

黒澤母 「ルビィ、あなたは自由になれるのですよ? 私は、あなたの可能性に期待しているのです」


ルビィ 「……そういう、ことなんですね」

黒澤母 「ルビィ…?」

ルビィ 「…習い事、辞めます。大学は東京に行こうと思います」

黒澤母 「…えぇ。あなたはそれで良いのですよ」


ルビィ 「私は、黒澤家の者として未熟でした。ご期待に応えられず、申し訳ありませんでした」

ルビィ 「……“お母さん”」


――私は、黒澤家から捨てられた。

私はお姉ちゃんみたいにはなれなかった。

私が、未熟だったから。

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ーー

梨子 「…そんなことが」

ルビィ 「ルビィが悪いんです! お母さんの望むように育つことが出来なかったから…」

花丸 「ルビィちゃん、そんなこと…」

曜 「でもだったら、見返してやらなきゃ!」

ルビィ 「見返す…?」

千歌 「そうだよ! 呪いの原因を解明して、黒澤家の疑いを晴らせば!」

梨子 「うん、きっとお母さんも認めてくれるよ」

ルビィ 「……本当ですか?」

花丸 「ルビィちゃん、一緒に頑張るずら!」

ルビィ 「…うん! ありがとう花丸ちゃん! じゃあさっそく調べに行こう!」

花丸 「あっ、ルビィちゃん!? 待ってよー!」


梨子 「…行っちゃった」

千歌 「ルビィちゃん、相当嬉しかったんだろうね」

曜 「…ルビィちゃん、優しい子なんだ。だから、ダイヤさんみたいにはなれなかったんだ」

梨子 「…黒澤家の器じゃなかったってこと?」

千歌 「ひどいよ! だからって娘をそんなふうに扱うなんて!」

曜 「…ルビィちゃんのためにも、早く呪いの謎を解かないと!」

千歌 「そうだね…私たちがやらないと!」


梨子 「…黒澤家なら、何か知ってるんじゃないかな」

曜 「神具のこと?」

梨子 「うん…。この街のトップなら、この街のことなんでも知ってるんじゃないかなって」

千歌 「でも危険だよ! もしかしたら、闇の中に葬られたり…!」

曜 「ドラマの見すぎだよ千歌ちゃん」

梨子 「でも、何もないとは言いきれない」

曜 「…行くんなら、用心しなくちゃね」

梨子 「それに私、ルビィちゃんのことも聞きたい。どうしてルビィちゃんを捨てるようなことをしたのか」

曜 「それは私も気になる。…結局、最終的に黒澤家に行くことになるのは避けられなさそうだね」

千歌 「…問題は、いつ行くかだね」

梨子 「出来ればルビィちゃんが家にいない時がいいよね。…となると」

曜 「じゃあ今度の土曜日、私がルビィちゃんを呼び出すよ。その間に2人で行くって感じでどうかな」

千歌 「…うん! それでいこう」

梨子 「じゃあ3日後…千歌ちゃんの家に集合で」

千歌 「うん。…じゃあ行こっか」


千歌 「パフェ食べに!」

曜 「忘れてなかったんだ…」

ーーーーーー
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ーー

本日はここまでとさせていただきます。
神隠し編、続きます

~3日後 果南宅~


果南 「…さすがに毎日みかん食べると飽きるよ。こんなに食べられるかな…」


みかん、確かに美味しいんだけど。
飽きたとは口にしながらも、不思議なことに食べる手は止まらない。


果南 「…あっ、ダイヤからメールだ。珍しいな」

果南 「……。……嘘」

果南 「大変っ…千歌達にも早く伝えないと…!」

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ーー

~その頃 黒澤家前~


千歌 「携帯…切った方がいいよね。会話中に携帯とか鳴らしたら日本刀で斬られるかも…!」

梨子 「千歌ちゃんは黒澤家をなんだと思ってるの…?」

千歌 「まぁ冗談はこのくらいにして…」

梨子 「半分本気だったでしょ」


千歌 「…ルビィちゃんはいないよね?」

梨子 「朝には外出したって。多分そろそろ曜ちゃんと合流する頃だと思うよ」

千歌 「すごいなぁ…私なんて待ち合わせのギリギリに家出るのに」

梨子 「千歌ちゃんは時間にルーズすぎ。…さて、そろそろ行こっか」

千歌 「うん…。緊張するなぁ…」

梨子 「昔は協力関係だったんでしょ。その時の感覚で行けば大丈夫よ」

千歌 「うん、頑張る!」

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ーー

~黒澤家 客間~


黒澤母 「…………。」

ダイヤ 「…………。」

千歌 「…………。」

梨子 「…………。」


千歌 (ほ、ほら梨子ちゃん! なにか話してよ!)

梨子 (えぇっ!? 無理よ、こんな空気で話を切り出すなんて…)

千歌 (私だって無理だってぇ…)


黒澤母 「……あの」

千歌 「ひゃいっ!?」

黒澤母 「なにか御用があったのではないですか? 高海さんがどうしてもと仰るので、こちらも予定をあけたのですが…」

千歌 「ご、ごめんなさい! 用事はちゃんとあって、その…」

ダイヤ 「……はぁ。あなた方2人で来られたということは、あの話でしょう?」

梨子 「……はい。内浦の怒りについて、ダイヤさんが知っていることを教えて欲しいんです」

黒澤母 「申し訳ありませんが、黒澤家の敷地内でそのような話は…」

梨子 「お願いしますっ! どうしても、この呪いの原因を突き止めなくちゃいけないんです!」

黒澤母 「…あなた、過去に何かありまして?」

梨子 「えっ…?」

黒澤母 「この街に越してきて1ヶ月程と聞きます。それなのにそれほどのお覚悟…過去に何か呪いによる被害を受けたように感じます」

千歌 「梨子ちゃん…」

ダイヤ 「あなたの目は、まるで狂人化事件の被害者の目と同じです。この呪いに対して、確かな恨みがあるような…」

黒澤母 「ダイヤさん」

ダイヤ 「…失礼しました、お母様」

黒澤母 「…私共とて、呪いの原因究明を諦めた訳ではありません。しかし、ウイルス性の感染症などという根も葉もない噂を信じ、市民に警告をするような有様」

ダイヤ 「私共も、もうお手上げの状態なのです」


千歌 「…梨子ちゃん、どう思う?」

梨子 「…嘘をついてるようには思えない。問題は、神具のことを認知しているかどうか」


ダイヤ 「神具…? 神社などに祀られているものですか?」

梨子 「淡島神社…かつてあの神社に、とある神具が祀られていたことをご存知ですか?」

黒澤母 「淡島神社のことは存じておりますが、神具のことは今初めて…」

千歌 「黒澤家でも、知らないことはあるんですね」

梨子 「ちょっ…千歌ちゃん!」

黒澤母 「ふふっ、黒澤家とて、街のことを隅から隅まで把握出来ている訳ではありません。もし全てを知っていたら、そもそもこんな呪いにこの街を蝕ませたりするものですか」


当主様は自虐的に笑って見せた。
…なんだか、必要以上に緊張していたことが、馬鹿らしく思えた。


黒澤母 「…それで? その神具とやらがこの呪いに関係しているとでも?」

梨子 「はい。実はその神具は人に使うと、その者のありったけの感情を引き出し、その後に無気力症に陥れるらしいんです」

ダイヤ 「…話を聞く限り、内浦の怒りと一致していますわね」

黒澤母 「淡島神社のことの資料でしたら、書庫に幾らかあるかも知れません。すぐに探させます」


当主様は使いに書庫から淡島神社の資料を探すよう命じ、手元にあったお茶を上品に飲み干した。


ダイヤ 「…では、本が見つかりましたら私からお伝えします」

黒澤母 「よろしくお願いします、ダイヤさん。…では、私はこれで」


梨子 「待ってください! …もう一つ聞きたいことが」

ダイヤ 「聞きたいこと?」

千歌 「……。」

梨子 「はい。ダイヤさんの妹…黒澤ルビィちゃんのことです」

黒澤母 「…っ! あなた…!」

梨子 「…その反応、やっぱり何もないとは思えませんね」


梨子 「単刀直入にお聞きします。どうして実の娘を捨てるような真似をしたんですか?」

黒澤母 「……? 捨てる?」

梨子 「ルビィちゃんから直接聞きました。私が未熟だったから、黒澤家に見捨てられた…と」

ダイヤ 「ルビィ、そんなことを…」

黒澤母 「…私は、ルビィを捨てるようなことはしていません」

梨子 「でも、ルビィちゃんが確かに…!」

ダイヤ 「ルビィは勘違いしているのです。おそらく私達の意図を汲み取れていないのですわ」

梨子 「……それって、どういう…」


言い終わる前に、私の携帯に電話がきた。
この場の空気を一掃するかのように鳴り響いた着信音によって、私たちの会話は遮られてしまった。

梨子 「…電話? 曜ちゃんからだ」

千歌 「ちょっ…ちょっと梨子ちゃん! 斬られるよ!」

梨子 「まだ言ってたの…」

黒澤母 「お友達からですか? …どうぞ、出てください」

梨子 「すいません、少し失礼致します」


通話ボタンを押し、客間を後にする。
廊下に出てから携帯を耳にあてると曜ちゃんに突然大きな声を出され、思わず「きゃぁっ!?」と声が漏れる。


曜 「た、助けて梨子ちゃん!!」

梨子 「どど、どうしたの曜ちゃん…そんなに慌てて」

曜 「大変なんだよ…街の人が! 街の人がぁっ!」

梨子 「よ、曜ちゃん。少し落ち着いて…」


ダイヤ 「梨子さん! 少しよろしいですか?」


梨子 「ダイヤさん…?」

ダイヤ 「電話先のお相手…もしや外におられるのですか?」

梨子 「えっ、はい。曜ちゃんが駅前に」

ダイヤ 「すいません、少し貸してください!」


私の返事を待たず、ダイヤさんは私の携帯を無理やり奪い取った。

ダイヤ 「もしもし曜さん!? そちらの現状を教えてください!」

曜 「ダイヤさん!? いやその…街の人達が一斉に狂人化しちゃって…!」

梨子 「嘘…!」

曜 「私みたいにずっと外にいた人とかは大丈夫なんですけど、室内にいた人はみんな…!」

ダイヤ 「一斉に狂人化…? そんなことがあるわけないでしょう!」

曜 「でも本当なんです! とにかく街が今大混乱で…!」

ダイヤ 「……っ! お母様!」


ダイヤさんは私に携帯を乱暴に返し、客間へと戻って行った。私もダイヤさんに続き、部屋に戻る。

千歌 「梨子ちゃん…! 大変なんだよ、今沼津中で狂人化が!」

梨子 「うん。今曜ちゃんから聞いたとこ。でもどうして…」

ダイヤ 「こんな時にルビィは一体どこへ…」

梨子 「…! ルビィちゃんなら多分…。もしもし曜ちゃん?」


曜 「それが…ルビィちゃんがまだ来てないんだ。約束の時間から1時間は経ってるのに!」


ダイヤ 「そんなことありえません! ルビィは誰よりも時間に律儀です!」

大混乱、まさにその状態。
沼津中で狂人化が起こり、曜ちゃんは今必死で逃げ回っている。
ルビィちゃんは行方不明…もう私達は、何から手をつけたら良いのか分からなくなっていた。


梨子 「ダイヤさん…一体どうすれば…!」

ダイヤ 「そんな、こんな状況私には! お母様、一体私達は何をすれば…!」

黒澤母 「…………。」

ダイヤ 「……お母様?」


当主様は、一向に黙り込んでいた。
…やっと口を開いたと思えば、ボソボソと何かを呟きながら、客間から出ていってしまった。

千歌 「…? 当主さん?」


2.3分経っただろうか。
突然客間の障子が、勢いよく蹴り飛ばされた。
そこにいたのは、日本刀を携える当主様だった。


ダイヤ 「お、お母様…!?」

千歌 「や、やっぱり日本刀持ってたんじゃん!」

梨子 「当主様…!? お願いします、落ち着いて!」


私たちの言葉は届く気配すらなかった。
もう私達は、逃げることしか出来なかった。

ーーーーーー
ーーーー
ーー

梨子 「あれも狂人化ですか!?」

ダイヤ 「…おそらく。お母様は突然あのような行動をとるお方ではありません」


…必死で走っている内に街へ出た。
そこに広がっていた光景は、地獄だった。


千歌 「あれ……もしかして…死体…?」

ダイヤ 「あっ……あぁぁぁ…あぁぁ!!!」

梨子 「酷い…」


おそらく狂人化した人にやられたのだろう。
体は刃物で何回も刺されたのか、傷だらけの死体が目に見える範囲だけでも3体はあった。

梨子 「どうして…どうしてこんなことに…っ!」


――体に電撃が走った、そんな感覚がした。

左腕が自由に動かない。

……違う。左腕が“無い”んだ。


千歌 「…………!」

ダイヤ 「梨子さんっ!!!」

最後の気力を振り絞り、後ろを振り向く。
日本刀を構えた当主様がそこにいた。

私めがけて日本刀を再び振りかぶる。


梨子 (……ここまでなんだ、私)


救えなかった。
また、この街を救えなかった。

…………“また”?

自分の頭の中によぎったこの言葉に、とてつもない違和感を覚えた。

この言い方ではまるで、私が以前にもこの街を救えなかった経験があったみたいではないか。


梨子 「……私は、何を…」


……ひぐらしのなく声が、微かに聞こえる。
今の時期では、少し季節外れだろうか。

確か、ここに越してきた時もひぐらしが鳴いていたっけ。

……私はあの時、人を信じることが得意ではなかった。だから、一番信じるべき人間を疑ってしまった。あれは私の失態。

その失態が招いた惨劇…千歌ちゃんの狂人化。


そして次は…思いを口にすることが出来なかった。しっかり相手を信じていたのに、それを相手に伝えきれなかった。

その結果引き起こった惨劇…この街の終わり。


梨子 (……そっか、全部思い出した)

私がこの街に越してきたのは、もう3度目。
そして3回とも惨劇を食い止められなかった。

…前回私言ってたっけ。「絶対に失敗しない」って。馬鹿みたい。


梨子 (…………。)


ふと、自分の携帯が光っていることに気付く。
1時間ほど前に、果南さんからメールがあったみたいだ。

ダイヤ 「うぐぅっ……!」

千歌 「ダイヤさんっ!」


ダイヤさんが私を庇い、体を斬られる。


梨子 (ごめんなさい…ダイヤさん。私のせいです…わたしが何も覚えてなかったから…!)

――自分でも不思議だ。
私の体は、まだ諦めようとしていないらしい。

携帯を開き、果南さんのメールを確認する。

……せめて、今回がダメだとしても、“次”にヒントが残せれば。


梨子 (……ダイヤさんがくれた時間、無駄にしません!)

9/14 (土)15:30

From : 松浦 果南

宛先 : 高海 千歌 渡辺 曜 桜内 梨子
件名 : 気をつけて

ーー

ダイヤからメールがあったんだけど、狂人化を引き起こすウイルスが、今日突然活性化してるって噂が広がってるみたい。

情報源がわからないんだけど、用心するに越したことはないね。今日はできるだけ外に出ない方がいいかも。

あと空気清浄機はちゃんと付けておいてってダイヤが言ってたよ。

気をつけてね

梨子 (ウイルス…。本当にこれは、ウイルスによるものなのかな)

梨子 (なにかもっと別の…大切なことを見落としている気がしてならない…)


梨子 (でもありがとう、果南さん。)

梨子 (次の沼津は、必ず救って見せます…! だから今回は…)


梨子 (許して…ください)


最後の一撃を喰らい、私の意識は完全に闇の中へと溶け込んでいった。

ーーーーーー
ーーーー
ーー

ひぐらしのなく頃に

【神隠し編 ―完―】

本日はここまでとさせていただきます。
次回、最終編(回答編)です。
ここまで読んでいただきありがとうございました。ぜひ最後までお付き合い下さい

【訂正】
>>175のメールですが、届いた時刻に誤りがありました

誤)15:30
正)17:30

一度目なら、今度こそはと私も思う。
避けられなかった惨劇に。

二度目なら、またもかと私は呆れる。
避けられなかった惨劇に。

三度目なら、呆れを超えて苦痛となる。
そして苦痛は決意に変わる。



この街に越してくるのは、これが最後だと。

【解き明かし編】

~8月26日(月)桜内家新居~


梨子母 「梨子ー! 荷物運ぶの手伝いなさいよ!
ほとんどあなたの本でしょー!?」

梨子 「分かってるー」


ここ内浦に越してくるのは“4度目”だが、ひぐらしの声が煩く響いているのは変わらない。
荷物を運んでいると、隣家から出てきた千歌ちゃんと目が合う。…まだ向こうは私を知らないから、会釈程度でその時の挨拶は終わった。


梨子 「千歌ちゃん…」


…よし、覚えてる。全部覚えてる。
この街で過ごした3度の夏。最後に力を振り絞って見た、果南さんからのメールも。

…ふと部屋のピアノを目にした時、狂人化した時の記憶がフラッシュバックした。


千歌 『……ぃ たぃ…ょ 梨 ……こ ちゃ……ん』

梨子 「……っ!」


梨子 「…ごめんさい、千歌ちゃん」

梨子 「今度は絶対に…失敗しないから!」

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ーーーー
ーー

~8月31日(土)~


鞠莉 「一ヶ月しか離れてなかったのに、なんだかすごく懐かしく感じるね」

ダイヤ 「はぁ…感謝してくださいよ? こんなに長い間あなたを匿っていたんですから」

鞠莉 「勿論! Thank you ダイヤ!」ギュッ!

ダイヤ 「うぅ…暑い…」

果南 「ほら鞠莉、まだ暑いんだから離れなって……ん?」


梨子 「…………。」

鞠莉 「What? 君、何か用?」

梨子 「あっ、こんに…はじめまして」

ダイヤ 「あなた確か…夏休み明けから転入してくる」

梨子 「桜内梨子です。実はお話があって…」

果南 「話?」

梨子 「はい、私…」


梨子 「この街の呪いを解き明かしたいんです!」

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ーー

~鞠莉の部屋~


果南 「……本気で言ってる? それ」

梨子 「はい、本気です」

ダイヤ 「ではつまり、再来週の土曜日…街で狂人化が大量発生すると?」

梨子 「信じられないこと言ってるのは重々承知です! でも本当なんです!」

鞠莉 「ふーむ…じゃあ君は、どうしてそのことを知ってるのかな?」


梨子 「…実際に経験したから」

果南 「経験した…? 街が滅ぶのを?」


果南さんの問いかけに、私は黙って頷く。


ダイヤ 「あなた、ふざけるのもいい加減に…!」

鞠莉 「待って、ダイヤ。もうちょっと聞いてみようよ」

ダイヤ 「鞠莉さん…?」

鞠莉 「よかったら教えてくれない? あなたが経験してきたこと」

梨子 「…もちろんです」


私は全てを話した。
この夏…3度経験した、ここ沼津での生活を。

果南 「なんで…私のみかんのことまで知ってるの」

鞠莉 「ダイヤの妹さんのことも当たってるんでしょ? ダイヤ」

ダイヤ 「はい…そのことは門外不出であるはずなのですが」

梨子 「…私が知ってるのはここまでです」

果南 「いや、十分すぎるんじゃないかな…」

梨子 「まだ、犯人に繋がる確たる証拠が掴めてないんです。お願いします…私に、協力していただけませんか!?」

ダイヤ 「協力…と言いましても」

果南 「私たちは何をすればいいの?」

梨子 「情報源です。ウイルスのことや、その活性化の噂を流した人を知りたいんです」

ダイヤ 「なるほど…。再来週ウイルス活性化の噂を流す人物を特定すればよろしいのですね?」

果南 「ダイヤ…協力するの?」

ダイヤ 「…私もそろそろ、内浦の怒りに振り回されるのには飽き飽きしていました。真相を知りたいのは、私も同じです」

鞠莉 「…決まりね。私も協力するよ、梨子」

果南 「2人とも…なんでそんな簡単に」

鞠莉 「野暮なこと聞いちゃNoだよ果南」

ダイヤ 「自分を信じて欲しければ、まず相手を信じる…鞠莉さんがいつも仰っているでしょう?」

果南 「…分かったよ。私も色々調べとく」

梨子 「みなさん…ありがとうございます!」


……これで残る課題はあと2つだ。
犯人、そして神具の正体を突き止めなければ。

ーーーーーー
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ーー

~9月11日(水)沼津駅前~


曜 「…でもよかった。果南ちゃんと千歌ちゃんが仲直りしてくれて」

千歌 「うん。全部梨子ちゃんのお陰だよ」

梨子 「ううん、千歌ちゃんがちゃんと自分の気持ちを伝えたからだよ」

千歌 「いやぁ…えへへぇ」


…結局、大した進展のないままこの日を迎えてしまった。タイムリミットである土曜まであと3日。
しかし今日が一番の勝負時だ。今日は、“あの子達”に会う日だから。


千歌 「…あっ、ルビィちゃん! おーい!」

ルビィ 「あれっ、千歌さん、曜さん! それと…」

梨子 「はじめまして、桜内梨子です」

ルビィ 「あっ、お姉ちゃんから聞いてます! なんでも呪いを解き明かそうとしてるとか…」

千歌 「そうなんだよ! 私達も頑張ってるんだけど…」

曜 「神具のこととか、資料がほとんど残ってなくて…。早くも行き詰まったって感じかな」


花丸 「…あ! 梨子さーん!」

梨子 「花丸ちゃん、こんにちは」

梨子 「花丸ちゃん、どうかな?」

花丸 「いや…それが全然。オラのとこでも資料がまだ見つからなくて」

梨子 「そっか…」


善子 「ずら丸ー? この前の話だけど…」

梨子 「…? あなたは?」

善子 「あっ…はじめまして。津島善子です」

花丸 「あれっ、ヨハネって言わないずら?」

善子 「流石に先輩相手は…」

花丸 「善子ちゃん、オラの幼馴染みなんです。神具のことについて一緒に調べてもらってて」

梨子 「そうだったんだ。ありがとう」

善子 「いえそんな…」

花丸 「なんかここまで謙虚な善子ちゃんは違和感しかないずら」

善子 「うっ、うるさいわね!」

千歌 「梨子ちゃーん、そろそろ行くよー?」

梨子 「あっ、うん。じゃあ二人とも、引き続き調べてもらってもいいかな? 私も色々調べるから」

花丸 「はい、任せてください!」

善子 「ふっ…これも堕天使としての運命」

梨子 「…?」

花丸 「あっ、いつものことです」

梨子 「そ、そう…」

梨子 「じゃあ、よろしくね」

花丸 「はい、さようなら」

曜 「じゃーねー!」


ルビィ 「……あっ」

花丸 「どうしたずら? ルビィちゃん」

ルビィ 「…飴、渡しそびれたなぁって」

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ーーーー
ーー

~9月13日(金)梨子宅~


明日…またあの日が来る。
一週間の疲れを取るため仮眠を取ろうとしたが、その考えが頭にまとわりつき、なかなか眠ることが出来ない。

そんな状態から一気に目を覚まさせてくれたのは、ある一通のメールだった。


花丸 『神具の正体がわりました! 今から私の家に来れますか!?』


梨子 「……っ!」ガバッ!


慌てて飛び出てから気付く。
花丸ちゃんの家ってどこだっけ…?

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ーー

~国木田家 客間~


梨子 「…水?」

花丸 「はい、神具の正体は水でした。通称“狂信水”」

善子 「この水を使うと、使われた人間は一時的狂気に陥り、その後無気力化する…らしいです」

梨子 「やっぱり、ウイルスなんかじゃなかった。…でもこれを犯人はどう使ったんだろう」

善子 「もし梨子さんが言う通り、街の人を全員狂人化させるとなると、全員に水を飲ませることになる」

花丸 「流石にそれは…」

……思考を巡らせる。

1度目。私はおそらく狂人化していた。
あの時、私はそれらしき水を体に含んだだろうか? …いや、そんな記憶はない。

2度目。千歌ちゃんが狂人化したあの時。
私は狂人化しなかった。つまり1度目と変わったところに、狂人化のヒントがあはずだ。
それに、ずっと部屋にいた曜ちゃんも狂人化していなかった。その時の私と曜ちゃんの共通点は…?

3度目。当主様が狂人化した時。
駅前でルビィちゃんと待ち合わせをしていた曜ちゃんは、狂人化しなかった。だが室内にいた人々は揃って狂人化した。

梨子 「…その水って、どのくらい摂取すると狂人化するの?」

花丸 「詳しくは書かれてないんですけど…極めて微量でも狂人化は起きるみたいです」

梨子 「……。」


曜 『私みたいにずっと外にいた人とかは大丈夫なんですけど、室内にいた人はみんな…!』


梨子 「…もし、“飲む”以外でも発症するとしたら…?」

善子 「えっ? でも水なんですから、飲む以外に摂取する方法なんて…」

花丸 「……もしかして」

梨子 「気付いた? 花丸ちゃん」


花丸 「空気清浄機…?」


梨子 「そう。この街でよく見かける空気清浄機、あれはほとんど水式だった」

善子 「…もし、気化した狂信水を吸い込んだだけでもアウトだとしたら」

梨子 「…説明がつく。でも、それをするためには」

花丸 「前もってここら辺一体に水を供給している水道か、配水池に狂信水を混ぜ込む必要があるずら」

梨子 「…明日の朝、一緒に出れる?」

花丸 「えっ、はい!」

善子 「どこに行くんですか?」


その時、微かな振動を体に感じた。


梨子 (ダイヤさんからのメール…やっぱり)


梨子 「…内浦の怒りを、終わらせに行くのよ」

ーーーーーー
ーーーー
ーー

~9月14日(土)配水池~


まだ日が昇って間もない頃。
千歌ちゃんと曜ちゃんも連れ、私たちは沼津の水道に繋がる配水池にやって来た。

…沼津一体に水が届く時間から逆算すれば、おそらくこの時間だろう。


梨子 「……やっぱり」

花丸 「…………嘘…ずら」

千歌 「なんで、ここにいるの…?」


「「「「「ルビィちゃんっ!!」」」」」


ルビィ 「…皆さん勢揃いでどうしたんですか?」

梨子 「…ルビィちゃんは何をしてるの? こんな所で」

ルビィ 「ちょっとした散歩ですよ」

梨子 「その手に持ってる水は何?」

ルビィ 「……水分補給は大切でしょう?」

梨子 「でもそれ、ルビィちゃんは飲むつもりないよね?」


ルビィ 「…やっぱりあの時、飴渡しとくんでした」

千歌 「ねぇ…どういうことなの梨子ちゃん。ルビィちゃんは一体…!」

梨子 「見た通りよ。内浦の怒り…その全ての原因は、ルビィちゃんよ」

曜 「嘘だよ…絶対嘘!」


梨子 「…ルビィちゃんは今日のこの時のために、色々準備をしていたんだよ。そうでしょ?」

ルビィ 「…梨子さんはどこまで知ってるんですか?」

梨子 「まず街全体を狂人化させるためには、全員が一斉に水を摂取する必要がある。でもそれはあまりに現実的じゃない」

千歌 「じゃあウイルスの仕業って噂を広めたのって…!」

梨子 「そう、ルビィちゃんよ。みんなに空気清浄機を持たせるためにね」

ルビィ 「……。」

梨子 「そして今日…いや、正確には昨日ね」


携帯を開き、昨日ダイヤさんから受け取ったメールを開く。

9/13 (金)18:27

From : 黒澤 ダイヤ

宛先 : 桜内 梨子
件名 : ウイルスについて

ーー

梨子さんの仰ったとおりでしたわ。
明日、狂人化ウイルスが活性化するという噂が広がっているようです。情報源は不明ですが、これだけ信用されてるとなると、地位の高い者か、専門知識のある方によるものでしょう。

お母様曰く、外出はなるべく避け、空気清浄機をつけておくようにと呼びかけるようです。

梨子 「この噂広めたの…ルビィちゃんだよね」

善子 「確かに、黒澤家の娘の言うことなら、みんな信じるかもね」

梨子 「この話を聞いた市民は全員、空気清浄機を付けようとする。そして室内にとどまり、確実に気化した狂信水を吸い込む」


梨子 (そしてきっと…私の狂人化は)

1度目の狂人化。
あれは恐らく、予め狂信水が塗りこまれていた飴が原因だろう。同じく飴を食べた千歌ちゃんもほぼ同タイミングで発症したことも頷ける。

2度目。
千歌ちゃんは飴によって発症。
曜ちゃんはずっと部屋にいたおかげで、空気清浄機から出る空気を吸わずに済んだのだろう。

3度目。
恐らく狂人化する早さには個人差がある。
当主様が先に発症しただけで、あの後千歌ちゃん達も同じく発症したかもしれない。


……どれにおいても、ルビィちゃんが犯人なら全ての説明がつく。
曜ちゃんとの待ち合わせに来なかったことも。

梨子 「……ルビィちゃん、なんだよね」

ルビィ 「流石にこの現場を見られて、言い逃れはしません」

曜 「ルビィちゃん…どうして?」


鞠莉 「そんなに小原家が気に入らなかったの?」


梨子 「鞠莉さん!? それに果南さんも…」

果南 「鞠莉に呼ばれて、急いで来たんだ。千歌達が揃って出かけたから、何か怪しいって」

梨子 「ダイヤさんは…?」

鞠莉 「呼ばない方が良かったでしょ?」

梨子 「……はい」

ルビィ 「…別に、小原家が憎かったわけじゃないです。ただルビィは、黒澤家としての役目を果たせればそれでよかったんです…!」

梨子 「黒澤家としての役目?」

ルビィ 「……ルビィは、黒澤家から捨てられたんです。ルビィが未熟だったから」


知っている…とは言わなかった。
本人の口から全て語られるのを待った。その方が、みんなにも伝わるだろうから。


ルビィ 「…ルビィは、見捨てられたんです」

千歌 「ルビィちゃん…そんなことが」

ルビィ 「だからルビィは、黒澤家の人間として、しっかりとやるべきことをやれると証明したかったんです!」


ルビィちゃんは涙を流しながら、自分のしてきた事をすべて告白し始めた。


ルビィ 「ホテルが建ったりしたら、黒澤家は威厳を失う! お姉ちゃんもお母さんも困ってた! だから…だからぁっ!!」

梨子 「汚れ役を引き受けた…?」

ルビィ 「…建設員の人に差し入れですって…狂信水を混ぜ込んだお茶を差し出したら、怪しむ様子もなく受け取ってくれました」

ルビィ 「事件が起きて確信しました。狂信水は本物だって…」

梨子 「狂信水は、神社で?」

ルビィ 「お姉ちゃん達の反対運動が成功しますようにって、毎日お参りに行ってたんです」

花丸 「……。」

ルビィ 「毎日通っているうちに、淡島神社についてもっと知りたくなったんだ。それで狂信水のことについて知ったんだ」


ルビィ 「本来ならすぐバレるはずでした。それでルビィだけがお咎めをくらって…でも黒澤家は威厳を保つことが出来る。それで良かったはずなのに!」

千歌 「一向に事件は解決せず、疑いは黒澤家全体に及んだ…。私のところにも」

ルビィ 「訳の分からない呪いなんかの話まで出始めて…お姉ちゃん達が疑われて! 耐えられなかった…!」

曜 「……。」

ルビィ 「ホテル建設が中止になっても、足がつくようにわざと狂人化を起こし続けた。それでもルビィが捕まることはありませんでした」


ルビィ 「それで思ったんです。黒澤家は、本当にこんな街を守る必要があるのかなって」

ルビィ 「こんなにわかりやすい犯行を繰り返してるのに、私にたどり着かないってことは、街の人たちは本気で街のことを心配してないってことですよね?」

ルビィ 「何も生みやしないいじめや嫌がらせだけを続ける人たちに嫌気が差したんです。だから、すべて終わらせようと…」

梨子 「…そうだよね、確かにそうかも」

千歌 「梨子ちゃん?」

梨子 「人は誰だって完璧じゃないし、失敗だってするよ。絶対に次は大丈夫って思ってもダメなときだってある」

ルビィ 「じゃあ…!」

梨子 「でもね、だから学べることもあるの」

鞠莉 「…私はね、いじめを受けて分かった。この街の人は、本当にこの街が好きなんだなって」

ルビィ 「鞠莉さん…」

鞠莉 「今まで反対を押し切って開発を進めたことは何度かあったけど…こんなに熱いハートを感じたのは初めてだったよ」


果南 「…私も、梨子のお陰で人を信じることの大切さを学べたんだ」

梨子 「果南さん…」

梨子 「ルビィちゃん、もうちょっとだけ、みんなを信じてみない?」

ルビィ 「信じる…ですか…?」

梨子 「うん、きっとみんな、まだ学んでる途中なんだよ」


花丸 「……帰ろ、ルビィちゃん」


花丸ちゃんがルビィちゃんに手を差し出す。
ルビィちゃんの目はいつの間にか、狂気的なものから、いつもの可愛らしい目に戻っていた。


ルビィ 「でもルビィ…帰るところなんて」


「それは違いますわっ!!!」

果南 「……ダイヤ?」

鞠莉 「どうして、ここが…?」

ダイヤ 「私に隠し事など10年早いですわ、みなさん」


ルビィ 「お姉ちゃん…」

ダイヤ 「ルビィ…さっきの話、すべて聞いてましたよ」

ルビィ 「お姉ちゃん…。 ルビィ、頑張ったんだよ? 私も黒澤家の1人だってことを…」

ダイヤ 「ぶっぶーーーっ!!! ですわっ!!」

ルビィ 「ぴぎぃっ!?」

ダイヤ 「何を言っているのですかっ! ルビィはれっきとした、黒澤家の一員です!!」

ルビィ 「でっ…でも…っ!」

ダイヤ 「…黒澤家に疑いが向いた時、あなた相当思いつめていたでしょう?」

ルビィ 「だって…元々私のせいなのに…!」

ダイヤ 「お母様はそんなあなたを見て、一度黒澤家という肩書きを外してあげようと提案したのです」

ルビィ 「えっ…それって…」

ダイヤ 「あなたに責任を、欠片でも背負わせたくなかったのです。ですからお母様は、ルビィを1度自由にさせようとしたのです」

ルビィ 「でも…ルビィは…!」

ダイヤ 「本当のことを言っても、あなたは拒否するでしょう? …ルビィは、優しい子ですから」

ルビィ 「お姉ちゃん…」

ダイヤ 「ルビィ、あなたがしたことは間違っています。ですが…またやり直せばいいんです。次からはみんなを、信じられるように」

ダイヤ 「…帰りましょう、ルビィ」

ルビィ 「お姉ちゃん…私…帰って……いいの?」

ダイヤ 「自分の家に帰って、文句を言う人がどこにいますか?」


ルビィちゃんは目を潤わせ、私たちに目をやる。私たちはそっと微笑むことしか出来なかった。……でも、それで十分だった。


ルビィ 「お姉ちゃん…ひぐぅっ…! お姉ちゃぁぁんっっ!!!」


ダイヤさんに泣きながら抱きつく。
ルビィちゃんの落とした容器から狂信水が漏れ、土へと染み込んでいく。

朝日の光が、私たちを眩しく照らし続けていた

ーーーーーー
ーーーー
ーー

~翌日~


昨日の活性化で、ウイルスはその効力を失い消滅…狂人化が起きることはもう無い。

この噂が広まるのに、そう時間はかからなかった。時期黒澤家当主までもがその噂を広めているとなれば、至極当然のことであった。


千歌 「一件落着…なのかなぁ」

梨子 「多分…ね。私たちが人を信じていられる限りは大丈夫」

曜 「……気がかりなのは鞠莉さんと果南ちゃんだね。狂人化がもう起きないとは言え、いじめはそうそう無くならないだろうし」

梨子 「ダイヤさんもこれからは積極的に介入していくみたい。取締も強化するって」

千歌 「そうだ! 鞠莉さんや果南ちゃんがみんなに見直されるようなことをすればいいんだよ!」

曜 「……というと?」

千歌 「部活だよ! 一緒に協力してなにか功績を残せば、きっとみんなも…」

梨子 「何をやるか決まってるの?」

千歌 「まだ!」

梨子 「そんなことだろうと思った…」

曜 「…でも、私も協力するよ!」

梨子 「もちろん私も。一緒に頑張ろ?」

千歌 「うん! じゃあ色々調べよ!」


千歌ちゃんは張り切ってパソコンを弄り出す。
今日からの日々を生きるのは私も初めて…これから何が起こるのか分からないが、きっといい方向に行くだろう。

ひぐらしのなく声は、もう聞こえない。

来年…またひぐらしのなく頃。私達は一体、どんな人生を送っているのだろうか。

…きっと、いい未来が待ってるよね。

今の私たちなら、きっと。

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ひぐらしのなく頃に

【解き明かし編 ―完―】

これにて 梨子 「ひぐらしのなく頃に」
完結となります。ここまで読んでいただき、ありがとうございました。


【過去作】

ことり 「私の来世!?」

真姫 「歌に捧ぐ、私の未来」

鞠莉 「殺人鬼 果南」

善子 「私たち、友達よね?」 曜 「こんなの友達じゃないッ!」

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感想などございましたら、是非宜しくお願いします

えっ?これで終わりとか言わないよな?

面白かったわ
ただ描写薄かったせいか推理ができんかったかな

ルビィにどうやってたどり着けるんだろう 証拠が皆無
というか飴を舐めてから発症までの時間、空気清浄機のスイッチを入れてからの発症の時間
その辺が曖昧で何とも言えない

また書いて

世奇妙の人だったのか

暇潰し編はよ

>>1
グロ
死ぬだけじゃない

ルビィの処置が甘すぎないか

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