冷泉久子「戦車道時代」 (16)


 ――1952年 初夏――

 【大洗女子学園 学園艦】


教師「――さて、これで必要な書類は全部ね。明日からあなたは大洗の学徒よ」

 「ありがとうございます先生」

教師「それにしても遠くから引っ越してきて一人暮らしなんて大変ねぇ。ちょっと前までは学童疎開なんてのもあったけど・・・えっと、どこから来たんだっけ?」

 「九州です。南の」

教師「まあ、そんな遠くから・・・だけど、どうしてそんなに遠方から大洗に来たの?それも一人でなんて」

 「・・・それは――」

 ガラッ

冷泉久子(高校二年生)「おはようございます。遅刻届を提出に来ました」ダラ~


教師「あら、ずいぶんゆっくりの登校ね冷泉さん。財閥の令嬢でももう少し早く来るわよ。まあ、いつものことだけど」

久子「嫌味を言わんでくださいよ。大目に見てくださいや」

教師「でも丁度良かったわ。こっちにいらっしゃい。明日からあなたと同じ組に編入する子よ。仲良くしてあげてね」

 「・・・」モジッ

久子「学童疎開か」

教師「もう戦争は終わったの。七年も前にね。さあ、自己紹介して」


西住かほ「・・・西住かほです。大洗女子学園二年は組に編入することになりました」ペコリ

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久子「冷泉久子。生まれも育ちもこの町、根っからの大洗っ子さ。よろしくね」

かほ「はい・・・」

教師「西住さん、今日の用事は済んだから、校内を散策するといいわ。冷泉さんは授業に行きなさい。まだ午後からの授業には間に合うでしょう」


久子「西住・・・かほさん、だったか?故郷はどこ?」トボトボ

かほ「はい、南の方です。九州の・・・熊本から」トボトボ

久子「きゅうしゅう!?なんだってそんな遠くから」トボトボ

かほ「・・・か、家庭の事情というかなんというか」トボトボ

久子「なにが悲しくって九州から大洗に転校することがあるのかね。まあ、来ちまったもんはしょうがない。ここはいいとこだからすぐに慣れると思うよ」トボトボ

かほ「あ、ありがとうございます。あの・・・ところで私達、どこへ向かってるんですか?冷泉さんは授業に行くんじゃ・・・」トボトボ

久子「初めての土地で右も左もわからない女の子をほっぽり出して行くほど、私は冷たくはないよ。冷泉って名だけどね」

かほ「・・・は、はあ」トボトボ

久子「ほら、こっちこっち」


 ザザァ~~~ッ・・・

かほ「わあ・・・綺麗」

久子「絶景だろう?学園艦から眺める海ってのはオツなもんだね。ほら、こっちは大洗の町が見える」

かほ「ほんとだ・・・」

久子「いい町だよ、大洗は。ここからの眺めを見ると活力が湧いてくる。日本は戦争でボロボロになったけど、また元気になる。あたしゃそう思うよ」

かほ「・・・あの、冷泉さん、授業は?・・・」

久子「察しが悪いね。さぼりたいからここにいるんじゃないか」

かほ「・・・」

 ・・・・・・翌日

かほ「今日から新しい学校・・・新しい生活・・・もうここは故郷とは違う・・・誰も私のことを知らない場所なんだ」

かほ「よーし、西住かほ、心機一転がんばるぞ!」フンス

かほ「・・・ところで、学校ってどっちだっけ?」キョロキョロ


女子生徒「う~~~ん!・・・もう!いい加減シャンとしてよ久子!このままじゃ学校遅れちゃうよ!」ウーンショ!ウーンショ!

久子「ぐう・・・」ネムネム

かほ「あ、昨日の・・・冷泉さん?」

女子生徒「!・・・そ、そこの彼女!ちょっと手を貸してくれない?大洗の生徒だよね?このままじゃ遅刻しちゃいそうで」

かほ「は、はい。えと、肩を貸せばいいんですね」ヨイショ

久子「むぅ・・・お~・・・西住さん・・・こんな夜遅くに会うとは・・・」ウトウト

女子生徒「確実に朝だよ!しっかりしてよ!」


女子生徒「な・・・なんとか間に合った・・・」アブネー

久子「ぐう」

かほ「冷泉さん、教室でもまだ寝てる・・・」

女子生徒「この子は朝いっつもこうなの。ところで君、転校生?久子の知り合い?」

かほ「あ、はい。西住かほです。昨日冷泉さんと知り合いました」

女子生徒「私は武部 薫子(たけべ かおるこ)。同じ組みたいだし、よろしくしてね!」

かほ「は、はい。ありがとうございます」

武部「ところで、男前の兄弟とかいない?私、お見合いに憧れてるの。いつか男前の旦那さんとおしどり夫婦になりたいんだ~」

かほ「・・・き、気が早いですね」

久子「うーん・・・もう朝か」セノビー

武部「正午だよ」

かほ「冷泉さん、午前中ずっと寝てましたね」

久子「朝はめっぽう苦手なんだ」

武部「この子、毎日早朝に新聞配達の仕事してるんだよ。中学に上がった頃から毎日。自転車で大洗の学園艦を北へ南へ東奔西走」

かほ「そ、それはすごいですね。だから眠いんだ・・・」

久子「大洗はあたしの庭」ブイ

武部「私もいつも余分の新聞を読ませてもらってるんだ。久子、今日の分ある?」

久子「ん」ガサッ

かほ「武部さん、新聞読むんですね」

武部「まっねー。世の中の動きを常に把握しておくのは乙女のたしなみだよ。賢い女は嫁いだ先でも重宝されるからね!」

久子「こいつは早く嫁ぎに行きたくて色々と無駄な努力をしてるのさ。本性は田舎から出てきたド百姓の娘だ」

武部「誰がド百姓よ!」

武部「うーん、今日も世間は大賑わいだな~」ペラリ

久子「適当吹かすんじゃないよ」

かほ「あはは・・・」

武部「あ、見てみてこの記事。《戦車道連盟、第二次大戦中の戦車の試合参加を正式決定》だって」ガサ

かほ「!」

久子「戦車道?」

武部「《1945年8月15日までに設計が完了して試作されていた車輌の試合への導入が新たに認められた》・・・だって。戦車道なんてまだやってる人いるのかな」

久子「戦争が始まってからは誰もやらなかった・・・というか出来なかったからね。昔の車輌は全部軍に持ってかれたし」

武部「戦争も終わって、また戦車道人口を増やそうとして参加車輌の幅を広げたんだろうけど、ねえ・・・今の御時世、誰が好き好んで戦車に乗るかな」

久子「相当の変わり者か、よほどの戦車好きか、だね」

武部「そもそも参加車輌が増えても、戦車を買えるほどお金持ってる人なんて少ないよ」

久子「戦車道連盟なんてとこで働く連中からしたら商売あがったりだろうな」

かほ「・・・」

武部「それに、戦車に乗って大砲撃ち合うなんておっかないよね・・・せっかく平和になったのにまた戦争みたいなことするなんて、私はいやだなぁ」

久子「誰だってそうさ」

かほ「・・・」

>>5

せっかく平和になったのに~:第二次大戦で日本と戦争状態にあった連合国諸国と『サンフランシスコ平和条約(日本国との平和条約)』が1951年に結ばれ、1952年に発効された
 このSSの時代である1952年は、戦後ようやく日本の主権が回復した時代である

女子生徒「・・・・・・あ、あの!」

かほ「わ!?」ビクッ

女子生徒「あっ、わっ、す、すみません・・・驚かすつもりでは・・・」

かほ「い、いえ・・・えっと・・・あなたは・・・」

久子「あー、秋山ヤヱって子だよ。あたしが通ってる散髪屋の子」

秋山「秋山と申します。あの・・・西住さん、自己紹介の際に南の方から来られたと仰ってましたが、もしかして“あの”西住さんですか?」

かほ「!」

武部「あの?どの?」

秋山「戦車道の伝統ある流派、西住流のことです。九州地方に総本山があるので、もしやと思ったんです!私、戦車のことが好きで好きで!」

久子「物好きいた」

秋山「父が戦時中、戦車の製造をしてる工廠の技師でして、よく戦車の話を聞いてるんです!そして西住流戦車道は大昔から戦前まで続く歴史ある流派で――」

かほ「ご、ごめんなさい!私ちょっと用事思い出しました・・・!」バッ タタタ

武部「ちょ、ちょっとかぽりん!」

秋山「あっ・・・やはり人違いだったんでしょうか・・・」

武部「戦車道の西住流って・・・も、もしかして私達、きついこと言っちゃったかな?」

久子「・・・」


 ザザァ~・・・

かほ「・・・はぁ・・・」ショボン

久子「やっぱりここから眺める海は綺麗だろ」

かほ「!・・・冷泉さん」

久子「昨日教えて早速来たとは、この場所が気に入ったみたいだね」

かほ「ごめんなさい。突然飛び出して・・・秋山さんにも失礼だったかな」

久子「あたしゃ秋山と違うから計れんね」

かほ「・・・・・・私・・・西住流の・・・戦車道の家元の子なんです」

久子「・・・まあさっきの会話で察しはつく。すまなかった。知らなかったとはいえ、失礼な物言いをしちゃって」

かほ「いえ・・・仕方ないことですよ」

久子「なんで隠してた?一言喝を入れてくれりゃ・・・」

かほ「実家は戦車道流派の総本山として有名で・・・昔は良かったんです。歴史と伝統のある武芸として、神聖な武道だとみんなから敬われて・・・」

かほ「だけど、戦争で全てが変わってしまった・・・」

かほ「戦車は全て徴収されて・・・軍のお偉いさん達は戦車道をお遊戯武芸と思ってたみたいで・・・戦地で兵士が命をかけているのに、女が遊びで戦車に乗るなんてって・・・」

久子「・・・」

かほ「戦争が終わって・・・そういう風潮も治まったけど、今さら・・・」

かほ「徴収されて戦車は無いし、そもそもやっと戦争が終わったのに戦車なんて・・・皆から白い目で見られる。武部さんも言っていたように、誰も戦車道なんかやりたがらない」

かほ「もう戦車道に未来は無い・・・お母さんはそう言って、私が戦車道以外の道に進めるように、地元を離れてここへ転校させてくれたんです」

かほ「ここなら、誰も私が戦車道の家元の人間だなんて知らないから・・・新しい自分が見つけられるかもしれないからって・・・」

久子「・・・」

かほ「でも・・・私・・・戦車道が好きなんです・・・」

かほ「戦争は嫌いだけど、戦車は好き・・・この気持ちに嘘はつけない・・・」

かほ「みんなに戦車道のことを好きになってほしい。戦車は強くてかっこいいってことを知ってほしい」

かほ「平和になった今だからこそ、戦車道を広めたい。戦争の道具じゃなくて、武芸として戦車道を見てもらいたい・・・」

かほ「・・・だけど私にはどうすることもできない・・・戦車道なんて煙たがられるのは目に見えてる・・・だから戦車道のことは忘れるしかないんです・・・」


久子「よし、わかった」パン

かほ「・・・?」

久子「あたしもやるよ、戦車道」

かほ「!・・・え?・・・な、何を・・・」

久子「なんにも知らないドが付く素人だが、あんたの話を聞いてたら興味が湧いた」

かほ「!」

久子「あんたが好きだと言う戦車道がどれくらい面白いもんなのか気になったからね、一緒に戦車道をやろうって言ってるんだよ」

かほ「で、でも・・・」

久子「心配しなさんな。二人だけでやるんじゃない。周りも巻き込んで、戦車道を広めてやろうじゃないか。日本中にさ。面白そうだと思わないかい?」

かほ「・・・冷泉さん・・・」

久子「あたしのことは久子って呼んでくれ。それと敬語もやめだ。あたしもあんたのこと、かほって呼ぶからさ」

かほ「・・・ほ、本当に・・・一緒に戦車道・・・やってくれるんですか?」

久子「あたしゃ面白そうな話を聞いたら乗らずにはいられないタチなんだよ。いいじゃないの、戦車道。楽しそうだ」

かほ「!・・・・・・あ・・・ありがとう・・・ございます・・・・・・でも、戦車道やるなんて、よっぽどの変わり者なんですね・・・」フフ

久子「お互いにな」

今回はここまでで
戦後の時代が舞台ですが、描写等に間違いなども多数あるのでご注意ください
注釈で当時のことをなるべく説明文で補いますが、間違いもあると思います。そもそも>>1が賢くないので注釈文はほぼほぼネット文献そのままなのでご注意ください

華おばぁの出番はまだ先か・・・


 ・・・翌日

久子「ぐう・・・ぐう・・・」スヤァ!

かほ「うーんしょ、うーんしょ・・・ひ、久子ちゃん・・・しっかり歩いてよ~」ズリズリ

久子「起きてる・・・起きてるから・・・」スヤヤカァ!

かほ「昨日あんなに威勢良かったのにこれだもん・・・」ズリズリ

風紀委員「学友の肩を借りて登校とはずいぶんな御身分ね冷泉さん」

かほ「!・・・お、おはようございます」

久子「おお~そど子~・・・」ウトウト

風紀委員「そど子って呼ばないで!私の名前は園 のど子!省略しないで呼びなさい!」

久子「わかったわかったそど子~・・・」ウトウト

そど子「こ、この寝坊助・・・っ!」

かほ「す、すみません。れいぜ・・・久子さん、朝からお仕事で大変だそうで・・・」

そど子「知ってるわ。だからって学徒の本文である学業が疎かになっていい理由にはならないでしょ」

かほ「あう・・・」

そど子「もう予令が鳴るわ。素早く教室に行きなさい。それと、転入生の西住さん、あんまり冷泉さんに関わりすぎるとあなたまで不良生徒になっちゃうわよ」

かほ「えぇ・・・そ、そうなんですか?・・・伝染しないように気をつけます」

そど子「・・・もう遅いかもしれないわ」

武部「せ、戦車道をやる~!?」ガタン

秋山「本当ですかぁ!?」パァー

久子「声が大きい。頭に響くからやめろ」

武部「昨日はあんなけ戦車など流行らん言うちょったのになしてそなら心変わりしたべか!?」

かほ「どこの言葉ですか・・・?」

久子「こいつは元々ド百姓だが、ハイカラな女になりたくて普段は都会言葉で飾りたててるんだよ。素はこんな感じの田舎っぺなんだ」

武部「かほちゃんの実家が戦車道のすごいとこだってことはわかったよ。昨日はひどいこと言っちゃってごめんね」

かほ「あ、いえ」

武部「ほんでもこんなご時世で戦車なんて・・・風代わりにもほどがあんべや!それにどこに戦車があるってんべ!」

久子「戦車ならなんとかなる。この新聞の記事を読んでみな」ガサッ

秋山「なになに・・・《戦車道連盟は、戦車道普及を目的として活動する自治体、教育機関から申請を受ければ、戦車を贈与すると発表した》・・・」

久子「ようするに連盟から戦車がもらえるってことさね。切符がいいねぇ。きっと金が余ってんだ。いけすかねぇ」

かほ「それだけみんなに戦車道をやってほしいんですね」

久子「っちゅーわけで昨日さっそく申請を出しておいた。今日の夕暮れには連盟から戦車が贈呈されるって寸法よ」

秋山「手際がよろしい!」

久子「あたしらは世の中に戦車道を広めて、競技人口を増やすつもりだよ。落ち目の武芸を盛り上げようってわけさ。面白そうだと思わないかい?」

武部「で、でもでも!どうやって戦車道を広めるの!?全国行脚してチラシでも配るってこと!?」

久子「大会を開くのよ。戦車の大会をな」

武部「な、なんじゃとて!」ガターン

久子「賞金を懸けた大会だよ。誰だって金は欲しいだろ?競技人口の少ない競技で大金を餌にすれば、素人でも勝てるかもって甘い考えの連中が大挙するよ」

武部「くち悪ぃ~・・・」

久子「あたしだって素人なんだから同じだ。それと、戦争が始まる前には戦車道やってた学校だってきっとある。そいつらにも火を付けてやるのさ」

かほ「なんだか派手なことになりそうですね」ウキウキ

秋山「私は戦車に関われるだけでもヨダレものですっ!」ズビッ

武部「・・・そうですか・・・それではみなさん、がんばってください」シュタ

久子「待て。お前にやってもらいたいことがある」ガシ

武部「ほらきた!久子のことだからまた人のこと考えないで巻き込むのは目に見えてたよ!どうせ無茶な注文する気でしょ!」

久子「あんた、大洗以外の学校にも連れ合いがいるだろう。他校の連中に戦車道大会のことを広めてくれ。話が広まっていくようにな」

武部「・・・ま、まあそれくらいなら・・・」

久子「それから、大会の運営やら賞金やら援助してくれる支援者を探してくれ」

武部「無茶来たよこれ!」

久子「日本中の学徒を釣るための賞金が要る。景気の良い人間を見つけだして、手を組むように丸めこんでくれ」

武部「ほれほれ無茶苦茶言いよるよこの子は!」

久子「あんたの顔の広さなら羽振りの良い成り金の一人や二人見つかるだろ。ある事ない事吹き込んで、上手いことだまくらかして金を出させな」

武部「いやあんた非道なことしか言ってないよ」

久子「冗談はとにかく、支援してくれる人間が必要なんだ。このご時世に戦車の大会なんて物珍しい話、興味持つ人間もいるだろうさ」

武部「・・・そうかなぁ」

久子「アンタに任せたよ。やってやれねーことはねーだろう」

かほ「がんばってください武部さん!」

秋山「大会の是非は武部殿の双肩にかかっております!」

武部「っ・・・わ、わかったわよ。でも期待はしないでよ」

久子「あたし達は戦車を受け取って操縦練習に取り組むとするよ。かほも戦車操縦したことないんだろう?」

かほ「はい。物心ついた時からもう戦争だったので・・・」

久子「だったら目一杯練習しないとだね。せっかくどでかい大会をするんだ。やるなら一等賞取らなきゃな」


 ・・・・・・翌日

久子「・・・こ、これが戦車だと・・・」ワナワナ

 バラバラ~ッ・・・

秋山「まさか戦車がばらばらの状態で送られてくるなんて・・・しかも所々部品が欠けてる・・・」

かほ「戦車道連盟からの文書も同封されてますよ」ペラ

 手紙《現在、戦車道連盟が用意できる戦車はこれが精一杯です。すまんの》

久子「野郎・・・だまくらかしやがったな」

はよ

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