かなふみ全然わからんがかなふみこんな感じだったらいいなと妄想したアイドル百合SS (39)


・スレタイ紛らわしいけど、かなふみだけではなくデレマスも、アニメ見たくらいしか触れた経験がないので、
アニメでしかわかっていない

・なので、1.05~1.75次創作くらいのアイドル百合SS

・プロットは完成しているが、プロット眺めてると先は長そうな気がするので、レスを肥やしにしながら鈍足更新予定

・地の文多量


タイトル:『柔らかい土ふまず』



 雨音を、何か言葉で表現するならば。
 ざあ、ざあ。しと、しと。ぱらぱら。ぽたぽた。
 どれも、紙に踊る文字として見れば、雨音らしく、見えるけれど。
 声に出すと、どれも違う。

 ざあ、ざあ。しと、しと。ぱらぱら。ぽたぽた。
 雨の音ではない。
 現実との乖離。
 音と文字。
 言葉を成す二つの要素。

 私は文字が好き。本が好き。小説が好き。
 小説は、私と「世界」を近づけてくれる。
 私の「世界」を広げてくれる。
 私にとって、「世界」は、現実ではない。
 現実よりも、「世界」は大きい。
 それが、私の「世界」。
 私は、現実よりも、更に広大である「世界」を求めた。

 だけど今は――


 雨音の記憶。
 音の記憶。
 音は、現実を私に近づける。
 彼女が、地に足をつける現実に。
 記憶の底で、開かれたビニール傘がくるりと回った。
 傘布を透かして、細く筋張った銀色の傘の骨に遮られながら、彼女の透き通った白い肌、容易く手折れそうなほど華奢な首と肩が覗いている。

 水色のノースリーブと、基調の白に模様の群青が織りなす水玉のプリーツスカート。
彼女が繰り返し地面を踏みつける足のリズムに合わせて、スカートのひざ元で襞がくしゃくしゃと動く。
その裏にある彼女の形のいい膝小僧を私は想像する。

 はじめてのことだった。
 現実が、あんなにも近しく感じられたのは。
 あんなにも、完璧に、全てが調和して見えたのは。
 得体のしれない感情がこみ上げた。
 それは、小説のなかでしか、私には見つけられないはずの感情だった。

 水音が繰り返し耳朶をうつ。
雨音ではない。水たまりから、飛沫が跳ねる音。ハイヒールで、彼女がアスファルトの地面を叩く音。
 彼女の硬い土踏まずが「世界」とぶつかる音。
 次第に雨音が意識のなかで薄れ、私は彼女の音でいっぱいになってゆく。


「タイミングが悪いわね」
「え……?」

 特定の音に集中していたものだから、反応が遅れ、思わず間の抜けた聞き返しをしてしまった。
 彼女がこちらを一瞥する。
 赤面する。
 そんな私の動揺を気にかけることなく、彼女は自らのペースで話し続ける。
傘を透かして、どこか遠くの雲を見つめて。

「通り雨、このタイミングで降っちゃったら、撮影、長引いちゃうじゃない?」
「ああ……」

 私は頷いた。ぼんやりと。
 タイミングが悪いとは、全く思っていなかったが。
 雨のなか、水たまりと戯れ続ける彼女。
 それさえあれば、私の視覚を、私の鼓膜を、彼女が満たしてくれるのであれば、私の時間は、無聊をかこつことなく、無限に過ぎてゆきそうだと思われた。


「私、こういうときの雨は、嫌いだわ」
「どうして……ですか?」
「だって、時間の無駄じゃない。この、手持無沙汰で待ってる時間」

 そう言って、彼女は片脚のつま先をブラブラ前に振る。つまらなそうに。
雨粒が、ハイヒールと露出した足先の肌の両方を濡らす。
 雨滴の冷たさが、私の足をも同時に濡らすという錯覚を覚える。

「無駄……なのでしょうか?」
「どうして? あなた、雨、好きなの?」
「別に……好きでは……ないですが……」
「好きじゃあないのね。ふーん。そうなんだ。じゃあ、あなたの好きなものって、何?」
「好きなもの……ですか?」
「ええ、そう。好きなもの」


「本です」
「本?」
「小説です」
「小説」
「あの、好きな作家は――」
「ちょっと待って」
「はい」
「歌とか、ダンスとかは、どうなの?」
「歌とか……ダンスとか……」
「だって、アイドルになったんでしょ。なのに、好きなものを聞かれて、本が出てくるのよね。わかるわかる、お仕事だもんね。
でも私は、好きよ、歌も、ダンスも。好きなものを訊かれたら、まずは映画鑑賞って答えるけど。あなたは、どう? 歌とかダンスとか、好き?」
「歌とか……ダンスとか……」

 私は考える。
 そして、答えを出す。


「歌とか、ダンスとかは……特に、好きじゃないです。
私は、文字が好き。本が好き。小説が好き。歌とかダンスとかは……よくわからない」

 彼女は、びっくりした顔をする。
 それから、満面の笑みを浮かべる。
 首だけをこちらに向けていた彼女は、身体ごと私を向いて、そのときはじめて、私の目をまっすぐ見つめる。
 そして、形のいい唇に笑いじわを寄せながら、近づいて来て、仮設テントの隅で雨を避けていた私に、いきなり顔を寄せ、テントの覆いの下で、傘を二人の頭上に向けて差しながら、ウキウキと耳元に囁いてくる。

「――あなた、面白いアイドルね」

 私の耳を、彼女の声が満たす。




 私がアイドルになったのは、一人の男性プロデューサーがきっかけだった。
私はスカウトされた。そしてそれを受けた。

 なぜ、スカウトを受けたのか。
 一つは、本の趣味が彼と合っていたから。
 最初話しかけられたときは、ナンパだと誤解した。
 恥ずかしいから、誰にも言ったことはないし、内心で認めたくないとも思うけれど、私には、一般的な美醜の尺度に照らすと自分の顔が整っている方だという自覚が昔からあって、だから男性からナンパされるという状況には、一瞬驚きはしたが、なんとなくの納得があった。
 彼の第一声はこうだった。

「ねえ、何読んでるの」

 これではナンパだと誤解されても、仕方がないのではないだろうか。
 私は、はやく本の続きを読みたかったが、元来の気性ゆえに彼を無下にあしらうことがどうしてもできず、やむなく会話のキャッチボールにしばらく甘んじる決心をした。
 店内には――私はカフェテラスで、買ったばかりの本を無心に読み進めていた――他にもたくさん人がいたから、気が緩んでいたのはあった。
 一人だったら、きっと、怖くなって、さっさと逃げ出していただろう。見知らぬ大人の男性から、突然馴れ馴れしく話しかけられるだなんて。


 とはいえ、彼と実際に話してみると――意外と楽しかった。
 本の趣味が合う。好きな本について、どこが面白いのか、意見が合う。
 普段、他人と本について話をする機会なんてほぼなかった私にとっては、貴重な体験だった。
 もっと、この人とお話をしてみたいかも、とわずかではあるが私が感じ始めたところで、彼は本題である「アイドルにならないか」という問いを切り出してきた。
 状況が、一気にうさんくさくなってしまった。
 しかし、完全に心の距離を置いてしまったこちらの様子に慌てることなく、彼はスマホを弄り始め、その時間たまたま近くにいたアイドル数人をその場へ呼び出した。
 テレビで、見たことがある少女たちだった。
 私は、改めて、アイドルにならないか、と訊ねられた。契約書など、数々のそれらしい物証が鞄から取り出され、私に示された。
 私は考えた。
 アイドルになると、本を読む時間が目減りしてしまう、と真っ先に思った。
 しかし――
 悩む私に、

「本が好きなのはわかるよ。本は面白い。自分の世界を広げてくれる。
でも、君には才能がある。アイドルの才能が。新しい世界を、見てみたくはないかい?」

 と彼は前進を促す。


 世界。
 その言葉に、強く惹かれた。
 私を誘うのに、彼がその言葉を使ったという事実に。
その偶然の巡り合わせに。

 「世界」。

 私が「世界」という言葉に込めてきたもの。

 私は――

 私は、頷いた。ぼんやりと。
 そうしてその日、私はアイドルになった。




「なんだか、らしいよね。アイドルになるまでの経緯がさ」

 彼女は私に腕枕をしながら言った。
お前のことは、なんでもわかっている。知っている。そんな言い方だった。
悪戯っ気が首をもたげて、私はごろんと寝返りをうち、鼻を彼女の腋にくっつけて、スンスンと鳴らすと、

「ちょっとやめてよ」

 グイと頭を後ろに引っ張られて、額に軽くかかった前髪を親指で押し上げられながら、ペチンとおでこを残った指の腹ではたかれた。
二人で顔を見合わせて、笑った。二人とも裸だ。さきほどシャワーを浴びたあとだったからだろう。彼女からはなんのにおいもしなかった。

 ベッドの上だった。ホテルのダブルベッド。
きちんと皺を整えられ、まっすぐに伸ばされたパリッとしたシーツが、脱力し寝そべる私と彼女の身体をスプリングの力で心地よく支える。


「でも、なんかやだな」

 不意に彼女が呟く。

「でもって……何が……?」
「アイドルになった理由、要は男なわけでしょう?」

 今度は、彼女が寝返りをうつ。
その結果、私と彼女、両者ともに横向きの姿勢で寝そべることになり、身体が真正面で向かい合う。
腕枕をしていた彼女の腕が、下から潜り込むようにして私の背中に脇腹から回される。
体重がかかって重たいだろう、と思い、私は少し身体の位置を変えようとするが、彼女の腕は私が動くことを許してはくれず、むしろ足が絡みついてくる。私の太ももに。
お互いの鼻頭が、ぶつかりそうなくらい彼女の顔が近づいてくる。

「私以外の人間に、はじめてを、盗られちゃったみたいで、ちょっとだけ妬けちゃうわ」

 彼女はそう言いながら、私の手を握った。貝殻の形。高い体温が手のひら越しに伝わる。
彼女の平熱の高さに、私はいつまで経っても驚かされる。脳内の彼女とのギャップを、なぜだか埋められずにいる。


「……別に、彼だったから……アイドルを始めたわけではないです」
「と、いうと?」
「私が彼の提案を受けたのは……一つは、本の趣味が合っていたから……。
たまたま私と本の趣味が似ていた彼が、私を誘う先に、どんな世界があるのか……彼には私とはまた違う、どんな広大な景色が見えているのか……興味があったからです」
「それで?」
「だから、別に、彼でなくてもよかった……。あの誘いが、危険なものでさえなければ……私は、それで構わなかった。
あれがドッキリか何かで、別にアイドルになれなくても……私は、失望はしなかった」
「だけど、現にこうしてアイドルやってるわけじゃない。彼に乞われて。アイドルになってください、って頼まれたから」


「私が彼の提案を受けた、二つ目の理由ですけど……」
「うん」
「私は、私が好きなものに、もっと釣り合う人間になりたかった」
「ごめん。わかんない。どういうこと」
「私は、文字が、本が、小説が好きで……それらの素晴らしさを心から信じ、愛している。
にもかかわらず……アイドルになる前の私にとって、その素晴らしさを受容する私自身には……何の取り柄もなく、実につまらない人間だと思えて……それが、段々と、じわじわと、真綿で首を絞められるように……日々の読書生活のなかで、苦痛に感じられるようになって……」
「だから、何か取り柄が欲しかった」
「そうです。つまり――」

 ――取り柄は、アイドルじゃなくてもよかった。
 その言葉は、口には出さなかった。喉の奥で、ぐちゃりと潰れて消えた。
 アイドルじゃなくてもよかった。
 アイドルとして、出会い、親交を深めた私と彼女にとって、その言葉をどちらかがたとえひとたびでも口に出してしまえば、今の私たちの関係に、いずれ何か決定的な綻びを生じさせる邪悪な言霊となってしまう。
 そんな気がした。
 私は、そう思った。
 結局、数秒ためらってから、アイドルじゃなくてもよかった、と言う代わりに、

「彼に頼まれたから……アイドルを始めたわけではないのです……」

 と話を結んだ。


 彼女は何も言わない。
さきほどより少し私から顔を離して、薄目になって、長いまつ毛を眠そうに重力任せにベッドのシーツ方向へ垂れ下げながら、こちらを見ている。
 機嫌はあまりよろしくない。
 いくらか冷めてしまったムード。

 不本意だった。
 どうして、こんな話に転がってしまったのだろう。
 考える。
 結論は、簡単だ。

 ――アイドルになった理由、要は男なわけでしょう?

 私がアイドルになった理由を、一人の男性に対する好意の芽生えに還元しようとする彼女。
 含みを感じる発言。
 私と彼女のためにあてがわれた、私と彼女しかいないホテルの一室、すなわちこの空間で、私の、ありもしない、あったはずのない、他の男性への好意の質を、私と彼女を繋ぐアイドルという至高の煌めきに結び付けようとする。
 私はそれに、ムカムカしていたのだ。
 それがたとえいつもの冗談の一環であっても。ごくささいなことだとわかっていても。


 ――はじめてを、盗られちゃったみたいで、ちょっと妬けちゃうわ。

 私は思う。
 あなたは、知っているのでしょう。
 私が、はじめて、特別な意味で「愛した」のは――

「ねえ。もしかして、怒ってる?」

 不意に彼女は言った。
私には、感情の機微が表情に出づらいという自負がある。心の中を読まれ当てられることには、慣れていない。

「怒っては、ないです」

 と私は返す。私は、ムカムカしているだけ。
 彼女は微笑する。

「ふふっ、怒った顔も、可愛いな」

 彼女は、笑みを深めて、自然な動きで私との距離を詰めて、それからそっと唇を重ねてくる。
 その接触が、皮切りとなる。


 二人は、ベッドに横たわった姿勢から、両足を崩して座りながら上半身を起こした姿勢に自然と移行する。
 貝殻の形で私と繋がれていた彼女の片手がほどかれ、彼女の指は、探索を開始する。
私の頭の中では、波が穏やかに寄せては返す海浜を、新しい仮宿を求め、せっせとヤドカリがさすらう。
キメの細かな柔らかい砂粒の平地を歩き、水を含んで硬くなった砂の道路を越え、それなりの高低差がある柔らかな砂の荒野を経たところで、山にぶつかる。

現実では、私の素肌の上、服の生地の上に彼女が手先を這わせて、少しずつ、少しずつ、腕から肩の裏を昇り、首の筋をそわそわとなぞり、顎をつるりと撫ぜたあと、今度は首の筋を下り、鎖骨の滑り台で方向を変えて、私の身体の中心にそっと指を添わせる。

 そのあいだ、もう片方の腕は、私の衣服の裾に潜り込んでいて、ブラジャーのホックをまさぐっている。
ブラジャーが衣服のなかで外されると、待ち構えていた私は両腕を高くバンザイの恰好で持ち上げ、彼女が衣服を脱がせやすい状況を作る。
彼女が私の衣服を外す。格子柄の簡素なパジャマ。
こうなることはシャワーを浴びる前の段階で予想できていたから、こちらも彼女が脱がすことを前提に、着替えのなかから服装を選んでベッドに入っている。


 ブラジャーも、私の身体からいつの間にやら引き離されている。
 余すところなく露わにされた私の上半身を、彼女の片腕が抱き、もう片腕がお椀状に作った手のひらで私の片胸を下から持ち上げる。
彼女はいつも、私を脱がせてから最初にこれをやる。
これをやらないと、どうもしっくりこないのよね、とどれだけ本気なのかは定かではないが、彼女は前に言っていた。

 私の片胸を持ち上げた彼女の腕は、十分感触に満足すると、さきほど指の動きが中断された地点まで戻り、私の身体を胸部の谷間を抜けて下へ下へまっすぐなぞってゆく。

 これまでの一連の流れは一つの儀式だ。
 彼女が、私と情事に及ぶために適した状態へ身体を整えるための。
 私が、彼女と情事に及ぶために適した状態に心を整えるための。

 私は、心の中で溢れるように湧き上がる言葉を、一つ一つ消してゆく。内省の渦に干渉する。

 彼女の音を聞こうとする。

今日はここまで

スレ立ててSS書くの久しぶりすぎて、どういう改行すれば見やすいのかとか、勝手が全然わからないですね
私がスレ立ててSSまともに書いてたころ、速報Rなんてなかった気がするくらいですし……

他人の好きに感化されて、衝動のまま書き始めたあやふやなSSですが、他の誰かの妄想のこやしになれるものを書ければなぁ、などと気が早いながら思ってます
はい

>>11で二人とも裸だって書いてるけど>>17で服着てるね

どこかで服着た描写あったっけ

>>21
複数日にまたがった結果、読み直し足りなかったのも悪かったが、自分で何書いたのかすっかり忘れてたゆえの矛盾なので、百パーセント私が悪いですね


次続き投下するときは、ブラジャー云々のくだり修正の文章から投下します

<< 17 修正

 二人は、ベッドに横たわった姿勢から、両足を崩して座りつつ上半身を起こした姿勢に自然と移行する。

 貝殻の形で私と繋がれていた彼女の片手がほどかれ、彼女の指は、探索を開始する。
私の頭の中では、波が穏やかに寄せては返す海浜を、新しい仮宿を求め、せっせとヤドカリがさすらう。
キメの細かな柔らかい砂粒の平地を歩き、それなりの高低差がある柔らかな砂の荒野を経たところで、山にぶつかる。
現実では、私の素肌の上に彼女が手先を這わせて、少しずつ、少しずつ、腕から肩の裏を昇り、首の筋をそわそわとなぞり、顎をつるりと撫ぜたあと、今度は首の筋を下り、鎖骨の滑り台で方向を変えて、私の身体の中心にそっと指を添わせる。

 両方の手のひらで、私の胸をそれぞれ下から持ち上げる。ぱふぱふと弄ぶ。
 私の胸を持ち上げた手は、慣れた感触に十分満足すると、さきほど指の動きが中断された地点まで戻り、私の身体を胸部の谷間を抜けて下へ下へまっすぐなぞってゆく。
 そして、私の秘所にわずかに触れる。
 この一連の流れは一つの儀式だ。
 彼女が、私と情事に及ぶため適した状態へ身体を整えるための。
 私が、彼女と情事に及ぶため適した状態へ心を整えるための。
 私は、溢れるように心の中で湧き上がる数々の言葉を、一つ一つなるべく多く消してゆく。内省の渦に干渉する。
 彼女の音を聞こうとする。

>>23
>>17の修正


 それまでの攻勢は一転し、私が、彼女の身体のあちこちを触る。彼女は脱力してなすがままになる。

 体質の問題だった。
 やたらと私は濡れやすい。
 お互いの家で性行為に耽るならまだしも、ホテルで、部屋を共にした女性アイドル二人が、目に見えるかはともかく寝具にあからさまな「跡」を残してゆく。
 私はそれが嫌だった。
 本音を言えば、彼女の家で、彼女のベッドで行為に及ぶことだって、私は嫌だ。
ホテルに「跡」を残すほどではないにしても。それならいったいどこの場所ならお好みなのか、と自問すると、それはそれで困ってしまうが。

 打って変わって彼女は、自分のベッドのシーツを私が濡らすことを気にしないどころか、積極的に私を自分の家に連れ込みたがる。
彼女は一人暮らしではない。私とは違って。
親が帰宅していない時間。自分たちの都合以外で、限られた二人の時間。
そういう不確定要素、緊張感を何かの拍子に二人のあいだへ持ち込むことを好んでいる。

 ホテルで彼女が私を求めるのも、道理だった。
 いつもとは違う場所。今日の仕事から切り離されて、明日の仕事に備えている純粋なプライベートとはまた異なった時間。
 私は、決まった要素、安逸の快楽こそを好む。
 けれど私は、彼女の求めに従順に従う。彼女の視線に、指に、声に。異を唱えることはない。彼女と同じものが、好きであるという素振りさえ見せる。
 私は彼女を、喜ばせたいから。


 私の指が彼女の全身の輪郭を一通り不器用になぞり終えたところで、続いて唇を落とす。彼女の身体に。全身に。
淫らなキスの音を立てる。
彼女の唇の端を咥えて引っ張り、首筋を舐め、女性らしい柔らかさと混ざり合う腹部に詰まった適度の筋肉の硬さを唇の裏、甘噛みをした歯で感じ、鼠径部を舌でつつき、一度ベッドから下りて、彼女のつま先にかすかに唇を乗せる。
唇を手で拭う。彼女と唇を重ねる。なかに舌を差し込む。ぬらぬらと唾液交じりであろう舌を。彼女の口を、熱く蹂躙する。獣のように。吐息も荒く。ねぶる。彼女の口内の何もかもを。

 私は、手指を器用に操り、相手から快い反応を引き出すことができる彼女の巧みな駆け引き術のようなものを一切持ち合わせていない。
 私は、キスが好きだ。
 彼女とのキスが。
 だから、キスに執着するほかない。好きを突き詰めるしかない。

 意識を集中する。
 彼女の反応を探る。
 どれが一番、彼女が喜んでいる反応なのか。
 私は何をしたらいいのか。
 私に塞がれて、ん、んう、とくぐもった彼女の喘ぎ声。


 彼女の声。


 彼女の音。


 頃合いだと感じた私は、唇を離し、ベッドの上で改めて彼女と向かい合いながら、自分の指を咥える。
利き手の人差し指と中指を。私は口から指を離し、その指を――そのとき、彼女が私の手をつかんだ。持ち上げた。
私が咥えたばかりの指を、彼女も咥えた。二人の唾液が、同時に付着している。私の唾液が、彼女の口の中にある。
咄嗟に驚き、私は自分から仕掛けたばかりのキスのことも忘れ、反射的に嫌悪しそうになる。
唾液と唾液。他人の口の中と私の指。
目の前にいるのが彼女、私の指を咥えたのが彼女であるという認識が追いかけてきて、私は平静を取り戻す。

 彼女の口の中から、私は指を引きぬく。人差し指と中指。唾液が尾を引いている。
彼女の唾液。私の唾液も、そこに含まれているかも。

 彼女は、ベッドの上で大きく足を広げていた。
彼女の女性器を押し広げ、クリトリスの状態で興奮の度合いを確認しながら、大丈夫だと判断し、彼女を湿し、指を、何度か再び自らの唾で濡らしながら、膣を優しく優しく探ってゆく。


 彼女は、濡れにくい体質だ。
 好色な癖に。
 ローションを使うこともそれなりにあるが、私はセックスに関しては自然派であるため、可能であるだけ、互いの分泌物の接触に他の何物も介在して欲しくない。
 だから、彼女をより深く満たすためには、私が、彼女を喜ばせるための手段を磨くしかない。
 求められるもの。
 丁寧に、かつ適切に。
 不器用な指。
 必死で音を聞く。
 彼女の音を。


 意識が限界まで研ぎ澄まされて、私の意識は、彼女の音と、彼女以外の景色に分裂する。

 喘ぎ声。
 窓際の鉢植えには名も知らぬ観葉植物が植えられている。青々と葉を茂らせ、けば立つ幹に生命力をみなぎらせている。
 カーテンの色は、下地のモスグリーンと全体の色を明るく整えるためのイエロー。一目見て、秋を間近に控えた植物の大きな葉を連想する。

 壁は白っぽい肌色だ。部屋は長方形であり、ごくこじんまりとした空間である。
宿泊客は、ふかふかの一人掛けソファ二脚のどちらかに腰を下ろして、目の前の小テーブルの上でちょっとした寝酒を楽しんだり、大きな画面のテレビを観賞したり、窓から覗く夜景の明かりに思いを馳せたりするのだろう。

 私の唾で濡らされた膣の微細な水音を、私は指先に感じる気がする。
 部屋の床は乳白色のタイル張りで、小さく規則正しい形状のタイルの組み合わせにより、アラベスクを彷彿とさせる模様が描かれている。

 彼女の声。口の端から微かに漏れ続ける声が、鼻歌の響きを帯び始めている。
 私が勝手に、極度の集中において、不明瞭な音と音とを過度に結び付け、彼女の喘ぎや吐息を音楽に置換しているのか、彼女が無意識か意識的にか、何かの曲を実際に形作ろうとしているのか、定かではない。

 私は、彼女の声を聞く。
 音を聞く。
 私の耳は、音階を辿る。

 思い出す。
 私の意識は、今いるこの部屋を抜け出す。

 私は指で彼女を喜ばせながら、それを一心に自らのこととして感じながら、喜びながら、一方で、別の私は、彼女のソロライブをはじめて舞台袖で聞いたあのかけがえのないひとときのことを思い出している。

今日はここまで

エロのこと、全然わからん……わからん……と苦しんでいましたが、これでどうにか乗り越えたのでひとまずよかった
もう一箇所、お話の中で濡れ場の詳述を想定しているのですが、それまでのあいだはもっと気楽に書けそう

エロが普段書かないから全然わからないのはともかく、そもそも一文の長さを掲示板SSとして見やすくなるように調節してないのどうなんだろ、と投下してて思った
いやまあこのSSに関してはそこ弄る気今のところないのですが……




 音の雨が、横殴りにうちつけてくる。
音響によって増幅された音の波は、舞台を震わせ、ビリビリとした重量感をお腹に伝える。
スピーカーが近すぎるのだろう。
それまで放心していた私は、ようやく自分を少しばかり取り戻し、もう一歩、二歩、三歩と大股で舞台袖に退く。
足元で羽目板がきしむ感触がある。きしむ音は聞こえなかったが。

 感覚が、ずいぶんと鋭敏になっている。
 私は、物思いに沈む。
 やがてステージが暗転した。ライブの曲目が変わる。照明が灯り直す。白く眩しいステージ。
次の曲は――今までの曲よりもずっとローテンポなバラードだ。
ピアノが主導するイントロが流れて、彼女がマイクスタンド上のマイクを構え直す。

 彼女が第一声を放ち――私は、否応なく引きずり込まれる。
 増幅された彼女の声。
 私の耳と頭蓋を満杯にして、それでもなお圧倒的に余りある。
 会場を、彼女の声が、満たしている。
 静かな歌い出しだった。
 それでも、私の心は、熱く燃え上がった。


 不思議に思った。
 なぜ、こんなにも、私は心動かされているのか。

 他のアイドルと一緒にユニットとしてライブを行う彼女を眺めた経験は、これまでに何度かある。
 そのいずれと比較しても、今日の彼女のソロライブが破格のクオリティというわけではない。
日々成長しているとはいえ、彼女はいつだって全力でパフォーマンスに励むし、それはユニットを組んだ他のアイドルも変わらない。
にもかかわらず、私の心は、比較にならないほど、今日、千々に乱れている。

 彼女が一人で歌っているだけ。
 クオリティの問題ではないのだ。
 この感覚には、覚えがあった。
 この感覚は――


 曲が間奏に差し掛かった。彼女がマイクから手を離す。
それに合わせて天井のスポットライトが一部色を変えて、彼女の周囲を青く円形に切り取る。
さながら凍り付いた池。もしくは水たまり。彼女は優雅に両腕を広げる。
彼女の均整のとれた痩身の美しさを強調する銀色のドレス。
ドレスの襟元から、透き通った白い肌、容易く手折れそうなほど華奢な首と肩が覗く。
それを彩る間奏の音の粒。音の雨。私は、開かれた一本の傘を連想する。

 彼女の靴のつま先が、青く染められた床を二回、三回と叩いた。
 同時に会場で巨大な音が炸裂した。演出だ。タイミングが重なっているだけの、ただの効果音だ。
頭ではそう理解する。それでも私は、頭ではなく心臓で、こう感じてしまう。

 ――彼女の硬い土踏まずが「世界」とぶつかる音が聞こえた。

 ドレス姿の彼女が腕を広げたままくるりと回った。バレエを参考にした振付け。傘が回る。
 得体のしれない感情がこみ上げてくる。
 それは、小説のなかでしか、私には見つけられないはずの感情だった。
 通り雨に降られたドラマ撮影の待ち時間。
傘を差して、水たまりを蹴り、私に笑いかけ、近づいてきて、私に「――あなた、面白いアイドルね」と囁いた彼女。
 あのときと同じだ。

 ――違う。
 ――同じではない。


 あのときとは比較にならないほど、私の感情は巨大だった。
 私の感情が増幅されている。
 気付かされる。
 私の心が、このライブで千々に乱れるのは、増幅された彼女の声を妨げるものが、何一つないからだ。
彼女の声は、音楽という背景に溶け込み、ステージという増幅器を得ている。

 ここは、この会場は、彼女の音で満たされている。
 あまりに大きな感情を私は持て余す。溺れる。喉を詰まらせる。
生まれてはじめての経験。私が、引きちぎられてしまう。
いつの間にか顔を濡らしていた涙が止まらない。涙の理由はわからない。
 両手で顔を覆った。

 私は、もう一つ気付かされる。
 気付かされてしまった。
 増幅された私の感情の底にあるもの。

 ――情欲。

 増幅された情欲。

 はじめて、彼女に対する情欲を私は自覚する。




「とりあえず、一気に飲み過ぎないようにしましょうね。ペースを守って、お酒を楽しく飲むことから覚えましょう」

 と彼女が言った。
 私は頷いた。
 内心、釈然としないものを感じながら。
 発言の内容が、釈然としないわけではない。
 釈然としないのは、今このとき、この場で、私にそのアドバイスを与えたのが未成年の彼女だという事実である。

 私の前には、折り畳みテーブルに載せられたお酒の瓶やら缶やらが六種類あり、透明なガラスのコップがあり、それらの向こうで彼女がくつろぎ座っている。
来たのがはじめてとは思えない落ち着きぶりだ。
私は羨ましさを感じる。ここは私の家なのに、彼女より私の方がこの場にいて緊張しているくらいである。
酷い緊張だった。私は額をしきりに手で拭った。まだ私から一滴も流れていないにもかかわらず、冷汗のことが、どうしても気になって仕方がなかった。


 とはいえ、私が緊張するのは仕方がないという面も一応あった。
私の家では、誰であれ来客は珍しい。
というよりも、正確には、このマンションで一室を借りてから、一度様子を見に来た親以外ではじめての来客である。
どうもてなしたらいいのか全然わからない。
さきほどから、何もかもについて、私が思いもよらぬ不正解を続けている気がする。
世間知らずの本の虫。
最近はだいぶ人並の自尊心を獲得してきたつもりだったが、久しぶりに自己嫌悪のヒリヒリとした掻痒感に襲われる。

  かつての私は、容姿以外、自己の支えとなる他者の平均よりも優れた性質を自らのうちに見いだせず、その癖私の容姿に興味を惹かれたことをきっかけに誰かが私の人間的空虚さを看破し、やがて手痛い幻滅、蔑視を向けるかもしれない、とほとんど無根拠に恐れ、醜い自己愛を醜い自己愛とわかっていながら、その心地よさから抜け出せない泥沼に沈んでゆく、そんな屈折した自信と卑屈の塊を啜って生きてきた女だった。
あの頃のことは、大して時間が経過したわけでもないのに、既に懐かしくすらある。
彼女といて、こんなに緊張するのは、いったいいつぶりだろうか。


 今、私たちがいるのは、玄関から地続きである、手狭なキッチンがセットになったワンルームのリビングだった。
玄関を入ってすぐ横の扉を開ければ、薄い壁で分かたれた浴室と洗面台つきトイレがある。
部屋はそれだけ。そういうタイプの、都会にしては賃貸料がまあまあお手頃な部屋だった。
十分暮らしていける。狭いところは好きだから、浴槽が狭いのは何も苦にならないし、トイレには芳香剤とトイレットペーパーのストック、サニタリーボックスくらいは余裕で置ける。
キッチンが手狭なことなんて、更に無問題だ。
私はまともな意味での自炊を目的にキッチンに立ったことがほとんどない。
もっぱらレトルト食品、冷凍食品、カップラーメンを食べられるようにするために我が家のキッチンは使用されている。
それすらも、放棄されることが多い。食事を忘れてしまうことさえある。


 食べるために時間と手間をかけるくらいなら、私は本の「世界」に浸っていたかった。

 部屋の採光を一手に担う一面の窓から室内を見て、左側の壁際いっぱいに木製で安手の本棚が並ぶ。
総じて三つ。空きは多い。
実家から蔵書を全部持ってきていれば、そんなことにはならなかったわけだが、自分からわざわざ新しい本を買う余裕を部屋からなくすのは不合理だ。
本を買いすぎて、床に積む最終手段はなるべく避けたいし、マンションの居室の床を本の重みでぶちぬく可能性を想像したら、どれだけの重さがあればそんなことができるのか私にはよくわからないが、部屋の本は必要最低限にとどめておきたい、と私は考えている。

今日はここまで

意図的に、文章をめんどうくさくして、思考のめんどうくささと歩調を合わせる試み、はてさて成功した(伝わった)のかどうか
今日は、こんなマンションに顔の良い女性アイドルが一人で住んで良いわけないだろ……!防犯上……!までいけなかった
このセクション、本題は、お酒飲んでからなんですけどね……(いつこの話書き終わるの)

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