【モバマス】ほたる「わたしの不幸と、幸せと、不幸」 (65)

もしほたるの不幸が治せたら、という想定のもとで書いたssです。
ほたるの性格が少し違うかもしれません。ご容赦ください。

シリアス。少し鬱。書き留めあり。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1498900235

 わたしは不幸を憎んでいました。

 わたしの不幸はわたしにとって全てを遠ざけわたしを一人ぼっちにする。そういうものでした。

 でも、プロデューサーさんと会ってからは違う。

 いろんなことがあって、いろんな不幸に打ち勝ってわたしは「灰かぶり」かられっきとした「お姫様」になれました。


 けれどわたしは決して自惚れたりしない。誤解なんてしない。


 わたしを今のわたしたらしめるものは紛れもない不幸そのもので、不幸でない白菊ほたるは「白菊ほたる」ではない。皆が見てくれているのは不幸なわたしなんだって。


 だから――

 わたしに毎日ニュースを見る習慣があればわたしは驚きのあまりにお茶を溢すことはなかったのだろうか。でもそれも含めて私の不幸なのだろう。

 仕事が始まる前の朝。わたしは一枚の紙と向き合っていた。わたしはまだ呆然としてる。

「別に今決めなくてもいいんだ。ただ早めに決めた方が問題も少ないし、上の方も枠を抑える期間には限界があるし……、な?」

 優しいプロデューサーさんの言葉にわたしは震え声ではい、と溢す。心の余裕を持てるほどわたしは気が大きくなかった。

 突拍子もない話だと、自分でも思う。だけど今日は四月一日ではないらしい。


わたしがここで頷くだけで、わたしを長年苦しめてきた不幸は医学の前に消えてなくなる。


 この技術が発表されたのは最近のことらしい。

ネットでの不幸は取り返しがつかないことが多いので、わたしはネットに触れない。そのせいでその技術については知らなかったが、かなり話題になっていた――内容が内容なだけに当たり前かもしれないが――そうだ。

 相変わらず、こんな機会に決まって損をしてしまう私の不幸にはうんざりだ。

不幸なんてあったって百害あって一利なしなのだから多くの人のこのニュースへの関心の高さには頷ける。


 …………本当にそうだろうか。


 私にとって、私の不幸は……本当に百害?一利も失わないなんて断言できるのだろうか?

 …………。

 ………。

 ……。

「お断りします」

 わたしは悩んだ末に自らの不幸体質を治す機会をふいにした。不思議と後悔の念は、ない。

「……本当にいいのか?費用は事務所側で持ってくれるんだぞ?」

「……ありがとうございます。でも……今のわたしは不幸なんかじゃないんです。……ファンの皆さんの前で笑っていられて……わたし、とても幸せです。プロデューサーさん」

「……そうか。そうだよな」

 プロデューサーさんは納得したように頷くとシリアスな空気を振り払うように背伸びをした。

「お前はもうその不幸を幸せの種に変えられるんだから。強くなったもんな」

「……はい。……もうあの時のわたしとは違います。プロデューサーさんのおかげです」

「俺はプロデューサーとして背中を押しただけだよ。変わったのはお前だ。もっと誇っていいんだぞ」

「……はい!ありがとうございます……!」

 プロデューサーさんに褒められると幸せを感じる。

ほら。もうわたしは幸せを知っている。
不幸をわたしの生来的なものとして受け入れられる。
それに立ち向かえる。

少し席をはずします
今日中に再開します

再開します

 プロデューサーさんは胸ポケットから革の手帳を取り出すとそこに軽くメモ書きして、少し頷いた。

「じゃあこの件は上に伝えとく。朝から随分と悩ませて悪かったな」

「いえ……。わたしの問題ですから……」

「それもそうだな。……んじゃ、通常通り仕事に励むとするか!」 

「はい!」

 こうしてわたしの朝の苦悩は終わった。
わたしは気を取り直してこれからのスケジュールをプロデューサーさんに聞く。

 わたしは不幸を手放さなかった。もう不幸の連鎖に縛られていた灰かぶりはいない。

わたしは強くなったのだ。

不幸から逃げたりなんかしない正真正銘のヒロイン。そうなれたのは――。


「――プロデューサーさん。あなたのおかげです」


 そっと、ぽつりと、呟いた。



 その日の仕事はびっくりするくらいうまくいった。





 今思えばそれはこの後の不幸の予兆だったのかもしれない。




すいません。今日の分の投下はこれで終わらせていただきます。
続きはまた明日に投下させていただきます。
それでは。

続きを投下します。

 最近、プロデューサーさんの様子がおかしい。

 妙にわたしに遠慮気味だ。不意に私に何かを言おうとして、口ごもる。

私が何かあったんですか?と聞いてもプロデューサーさんは後で話すから、とかそれに見合った場所で、なんて言って結局話してくれないのだ。


 そして昨日、ついに一日にこける回数においてプロデューサーさんはわたしに勝った。これは由々しき事態だ。

 だから、今日こそはプロデューサーさんからわけを聞く。こける回数が765さんのところのアイドルを越してしまっては遅いのだ。

 わたしはそう強く決心して事務所の扉を開ける。

「……おはようごさいま――ってプロデューサーさん!?」

「……ってて!あ、ほたる。おはよ」

 決心と共に開いた扉は途中でなぜかうずくまっていたプロデューサーさんにぶつかって止まった。

「す、すいません!そんなところでうずくまってるって思ってなくて!」

「いやいや。気にするな。というか普通に変なところでうずくまってた俺が悪い」

「そ、そうですか……。……でもなぜそんなところに……?」

「あ、ああ。ちょっと物を落としてな」

 じ、じゃあ仕事だなー、なんて言ってプロデューサーさんは事務机に戻る。

……ちょっとあやしい。

「……えっと……拾わなくて、いいんですか?」

「あ、ああ。もう拾ったよ。ほたるが扉を開ける前にはもう拾ってたから、さ」

「……?拾ったのにずっとそこでかがんでいたんですか……?」

「は、はは。そういうことになる、かな?」

 ますますあやしい。

 だいたいプロデューサーさんが今、操作してるノートパソコン。開いてない。

「プロデューサーさん……。パソコン、開いてませんよ?」

「あ、ほんとだ!通りで爪が痛いと思ってたんだよ!教えてくれてありがとな!」

 そう言ってノートパソコンを開いてキーボードを打ち始めるプロデューサーさん。

 ただしパソコンの電源はついていない。

「…………」

 プロデューサーさんは少し前からずっとこの調子だ。

 どこか上の空というか、本調子でないことは確かだ。

 それにおそらくその原因はわたしに関することで……。……やっぱりプロデューサーさんが話すまで待っていたほうがいいのかな。

 ……いや。今日こそはプロデューサーさんに聞くって決めたんだ。
 きっと今聞かないとわたしはまたプロデューサーさんに甘えてしまう。

「……プロデューサーさん」

「ん?なんだ?……ってうわ!パソコンの画面真っ暗だ!故障か?」

 なんだかてんやわんやしているプロデューサーさんを尻目に自分の中で覚悟を決める。大丈夫。わたしは強いんだ。

「……わたしに伝えなきゃならないことが……あるんじゃないですか……?」

 ノートパソコンの裏を丹念に眺めていたプロデューサーさんの動きがピタリと止まる。

「最近。プロデューサーさんはわたしに何かを言いかけて……すぐにやめてしまいます」

「…………そうだな」

「きっとわたしについてのことですよね……。わたしにも……教えてくれると……嬉しい、です……」

 プロデューサーさんの妙に厳しい顔に気圧されて言葉が尻すぼみになってしまう。

けどプロデューサーさんには伝わったはずだ。わたしの言葉と、気持ちが。

 プロデューサーさんは何か深く考え込むように目を閉じると諦めたふうにため息を一つついた。

「……ほたるは強くなったよ。前のほたるならきっと遠慮してこんなこと聞かなかったもんな」

「え、えと……。すみません……」

「あ、いや。謝ることじゃなくてだな……。自分から動いたことを褒めてるんだ。……ほたるに先を越されちゃったな」

「そ、そんなことないです!」

 なんて口では言ったが内心、プロデューサーさんに褒められたことを喜ぶ気持ちでいっぱいだった。……顔、緩みすぎてないかな。

 プロデューサーさんはそんなわたしの内心には気づかずに微笑みを元に戻し、重い口を開く。

「……実はな」

 わたしもプロデューサーさんの深刻な面持ちに気づいて浮かれた気持ちを振り払った。
そんなわたしの様子を見て、プロデューサーさんが言葉を続ける。


「上からこの前の“治療”の件を考えなおしてほしいと言われてるんだ」


 それは半ば忘れかけていたことだった。治療と言っても最初はピンと来なくてしばらくして思い当たった。


 ――あの不幸の治療だ。

「上はどうやらお前が今回の話を断るとは思ってなかったそうでな……。だから治療の真の目的までは明かしていなかったらしい」

「目的……って」

 わたしがプロデューサーさんに問いかけるような目を向けるとプロデューサーさんは調子を整えるためか、一つ咳をしてそれに答えた。

「なんというか、だな。少し言いにくいんだが……。お前はここに所属する前にいくつか別事務所に在籍してたことがあったよな」

「……はい。えっと、それがなにか……?」

「ああ。どうやら上はそれらの事務所が全て倒産していることを気にしているらしい」

 疫病神。
 そう言われたことも昔私にはあったのだ。わたしの所属した事務所は悉く倒産していって誰も私を拾おうとしなくなった。そんな時にプロデューサーさんはわたしを拾ってくれて。

 上層部の説得もしてくれたからその話は解決したのだと思っていた……。


「……お前が不幸を治療しない限り、倒産の危機に陥った場合でのお前の解雇もあり得る、だそうだ」


 プロデューサーさんは今にでもそんなのは間違っている!と叫びそうな形相を浮かべながらも拳を握りしめて必死にこらえていた。

「……俺もオカルトじみていて一企業が取るような行動でないとは思う。けどお前を不幸で売り出している以上、この会社の人間は多少なりともお前の不幸を信じざるを得ないんだよ……」

 わたしは、どういう顔をすればいいのか分からなかった。だってわたしが所属している事務所は倒産する、なんて。


 そんなオカルトを一番信じているのは他でもない。わたし自身なのだから。


 でも。それでもなお、不幸を手放したくないわたしがいる。
 

「……アイドル活動の方針については、会社側がお前の不幸を演出するから今まで通り不幸で売り出すらしい」

「……っ!そういう問題じゃ……!」

 ないです、と言いかけて口をつぐむ。
 果たしてそうなのだろうか。本当にそういう問題ではないのだろうか。


 不幸なアイドル、白菊ほたるは不幸でなくなった代わりに何を失うのか。


わたしの中の綺麗な感情が綺麗でありたい願望へと、本性を表していく。

 本当に、そういう問題じゃない?

 不幸のもたらす一利ってなに?

 わたしは握っていた拳をだらんと力なく降ろした。プロデューサーさんはそんなわたしを悔しそうに見守っていた。

「……プロデューサーさん」

「なんだ?」

「……不幸じゃない白菊ほたるに、今と同じように仕事は来ますか……?」

「…………やってみなくちゃ、分からないな」

 プロデューサーさんの一言は驚くほどにわたしを納得させた。不幸である白菊ほたるが皆の中の白菊ほたるであるのだと。

 でも実際に治療したところで今と何も変わらないのだろう。

 不幸は会社側が演出してくれる。皆の中の白菊ほたるは変わらない。わたしは皆を騙して白菊ほたるを演じていくのだ。


 それでも、不幸を手放したくないのはわたしの罪悪感が故なのだろうか。それとも――――

「とにかく。会社側もお前のことを考えて最善の案を提案してくれている。けどそれだけの問題でもないのは俺も上層部も理解しているつもりだ」

 わたしはプロデューサーさんが話しているというのに珍しく下を向いている。

地面に答えなんて書いてあるはずもないのに。

「……この話の期限はできるだけ延ばしてくれるそうだ。……本当に、申し訳ない!こんな、情けない大人で!」

「……いえ。分かってるんです。プロデューサーさんも会社の人も……。誰も悪くないんだって。……でも、少しだけ。やっぱり少しだけ考える時間をください」


 そう言って、わたしはようやく気づいた。


 あの時、わたしは不幸を手放さなかったのではなくて。


不幸に手放されなかっただけなのだと。

一旦、中断します。
それでは。

再開します
たぶん最後まで投下します

 例えば――

 今日は三回、転んだ。二回、欲しい物が売り切れていた。四回、小物が落ちてきて、一回、不慮の雨に降られた。

 そして四人の人に不幸を理由に優しくしてもらった。

 例えば――

 今日の仕事はきっと不幸でない私にはこなせなかっただろう。皆は私の不幸を買ってわたしを番組に出してくれている。

 例えば――

 今日、同じ事務所のアイドルの娘の仕事現場に遭遇した。もし事務所が倒産すればあの娘の夢もまた、消えてなくなるかもしれない。

 例えば、例えば、例えば――。

 振り返ってみてもわたしにはどちらが正しいのか分からなかった。

 わたしが不幸であっても事務所が倒産するとは限らない。昔のわたしと今のわたしは違うから。

 けど万一、倒産してしまったら――?

 わたしがクビになるだけで済めば良いのかもしれない。でも倒産に近づいてわたしがクビになってしまったら、その情報が新たなバッシングの種になってしまったら、残ったアイドルたちは――

 わたしが不幸を治療したら、わたしは事務所の演出のもとで不幸なアイドルをやっていける。白菊ほたるを演じ続けることができる。

 ……けど、わたしのなりたかったアイドルはそういうものなのだろうか。

 ファンの皆を騙して、裏切ってまでわたしはアイドルをやっていっても良いのだろうか。

 そして――、

「……たる?ほたる?」

「ひゃ、ひゃい!」

 プロデューサーさんの低い声が耳に入ってきてプロデューサーさんに呼ばれたのに気づく。どうやら考えるあまりにぼーっとしていたらしい。

「……お前を送ってく前に少し事務所へ寄っていっていいか?ちょっと用事が……」

「は、はい……。送ってもらう身ですしお構い無く……」

「ああ。すまないな。すぐ終わる」

 少しぎこちない会話を済ませると車の窓から外の景色を見る。

 あの話を聞いてから既に一週間が経った。私は未だに何も決められていない。

 無為に日々が過ぎていき、だんだん現実感だけが薄れていく。そのくせ、焦りだけは消えてなくならない。期限の定まらない選択はかえって私を混乱させてしまったのかもしれない。

 いや。期限なんて本来関係ない。私はきっと期限なんかのせいにできない、完全な自己責任であるこの選択が怖いだけなのだ。

「ほたる?」

「…………」

「おーい、ほたるー!」

「……え、あ!は、はい!すいません!」

「いや。別に謝ることはないけど」

 またプロデューサーさんの呼び掛けに気づけなかった。深く考え込むのもほどほどにしなくては。

「え、えっと……。それでどうしたんですか……?」

「ああ。あのさ。治療の件」

 いまさっきまで考えていたことを指摘されて一瞬心拍がはねあがる。

「ずいぶん悩んでるだろ?こんなおっさんで良ければ相談に乗るしいろいろ言ってくれていいんだぞ、って」

 確かに、自分でもこれ以上悩んだって結論は出ないのではないかと思っていた。けど人に相談するのは……。

 きっと私はプロデューサーさんにも責任を負わせてしまう。心の中で自分の責任から逃げてしまうかもしれない。

「すいません……。お気持ちは嬉しいんです。……けどわたし一人で決めなきゃ意味がないんです」

「あー……、そんなことはないと思うぞ」

「え?」

 プロデューサーさんは危険運転を避けるために正面を向いたままで話す。

「確かに自分の問題は最終的には自分で決めるべきだけどさ……。相談することでその答えがよりよくなるんだったら相談すべきじゃないのか?」

 プロデューサーさんは俺が言えた義理じゃないけどなー、と軽く苦笑しながら続けて聞いてくる。

「……で、どうだ?相談してみるか?」

 プロデューサーさんの言葉を聞いて少し悩む。

 わたしはどうしたいのだろう。よりよい選択を望むのか。悔いのない選択を望むのか。

 …………。

 ………。

 ……。


「…………はい。お願いします……」


 私はついに耐えきれなくなってプロデューサーさんの言葉に従った。

 
 プロデューサーさんは私の決断とも言えない選択に渋い顔をしながらも了解して車を事務所へ進める。 


 私は近いうちに決めなければいけないのだ。

 私の決められなかったこんな選択よりもっと重要で複雑な決断を、下さなければいけない。二つの暗闇から、私の光を見つけなければいけない。ほたるのように儚い。そんな光を。

ーーーー

「わたしは、どちらも怖いんです」

 閑散とした事務所の客間。わたしはそこにプロデューサーさんと向き合って座り、話し始めた。

「もしわたしが不幸を治療しなければ……。それで会社に損害が出たら……。会社の人はわたしを恨みます。不幸を治療したのなら……、そしてそれが発覚したとき。……わたしはファンの皆さんに非難されます……よね」

「……そういう人も、いるだろうな」

 わたしは荒れ狂いそうになる心を一旦落ち着けて唇を震えさせながら一言一言呟いた。

「最初は、わたしはファンの皆さんを裏切ったり会社の皆さんに迷惑をかけることが嫌だったんです……。でもだんだんその嫌悪はわたしの保身からくるものだって、自分でわかってきて……!」

 ザアザアと、外では雨が降り始めていて雨雲でいつもより暗い。

窓に打ち付ける雨音に構わず、わたしは心中を露呈させた。

「 そんな自分自身が嫌になったとき、私の逃げる先はなくなりました。

 未来に希望が見えなくて、今を否定したくなって。

 そうしたらついこの前までの日常がいとおしく、同時にもうそんな日常は終わってしまったことを自分の感情から気取りました。

 なら、私は何のために選ぶのでしょうか…… 」

 わたしの言葉で紡がれて初めてわたしに認識できた“白菊ほたる”はあまりに見苦しく、わたしは自然と目を伏せる。

「 どこを見ても何も見えません。

 全て闇で、平衡感覚は全て失われて、選ぶ理由すらも分かりません。

 黒と黒。無と無。どちらの選択もわたしには同じものに見えます。

 何を選んだって―― 」

「どうやって選べと言うんですか……っ!」

 正解のない選択なんて美しくもなんともない!

「何も分かりません……っ!何も見えません……っ!」


 不幸が全ての原因だった。


 不幸だからアイドルになれた。不幸だからこんなことになった。


「わたしが、こんなに不幸なのにアイドルになったのが悪いんだ!なんで今頃不幸が治るなんて言うの!こんなんじゃ不幸なんて治らなくてよかった!アイドルになんかならなければよかったぁぁ!!うゎぁぁぁぁぁ!!」



 全て弾ける。涙は止まらない。


 そのことが悲しくてまた涙が出てくる。そのせいでプロデューサーさんが悲痛な表情を浮かべるのが嫌で、また涙が出てくる。

 とても泣いた。

 声が潰れて明日の仕事ができなくなるとか、そういうことは考えられない。もし考えていたとしても、それでもなお涙は止まらなかっただろう。

 プロデューサーさんは沈痛な表情でそんなわたしを見つめていた。

 わたしが喚くのを止めて、体を震わせるほどになったころになってからプロデューサーさんは呟きを漏らすようにして話す。

「――なあ、ほたる。俺は今からとても無責任なことを言う。だから――だか、ら……聞い、てくれ……よ……」

「……っ?……ぷろでゅーさー、さん……?」

 プロデューサーさんの震えた低い声は少し涙声だ。普段は穏やかなその顔も前髪に隠れて見えない。

 きっとわたしのために泣いてくれていて、それが悲しくて。プロデューサーさんの涙を拭おうと、手を伸ばして――。


 その瞬間にわたしはスーツのざらりとした感触に包まれていた。


 プロデューサーさんの顔がすぐ近くにあって、わたしはプロデューサーさんに抱きしめられているのだとわかった。

 そしてプロデューサーさんは涙声を誤魔化すようにして叫んだ。


「ほたる!俺はお前をプロデュースしたい!!」

「…………へ……?」

「お前を!白菊ほたるをプロデュースしてトップアイドルにしたいんだ!」

 わたしはプロデューサーさんの言葉に動揺して間の抜けた言葉を返してしまう。

「ほたるは、トップアイドルになりたいか?」

「え、えと……なにを……」

「なりたいか?」

「は、はい……」

 困惑しているわたしを置いてプロデューサーさんはわたしの涙を指先で拭った。いつの間にかわたしの涙は止まっていた。

「……じゃあ、お前がトップアイドルになりやすいと思う方を選んでくれ」

「そ、そんな簡単に……?」

「ああ。お前は自分が何も見えないって言ったけど。少なくともトップアイドルになりたいって夢は、見えてるんじゃないのか?」

「…………あ」

 プロデューサーさんの言ってることはちょっと突飛だったけど。プロデューサーさんの言葉でわたしはそれに気づいた。

 わたしが、不幸なわたしが、最初に憧れて――今もまだ憧れている“幸せ”。  


 それは――

「俺はほたると一緒にそこへ向かっていきたい。そこにほたるを連れていきたい」

「……で、でも。そのせいで事務所の人達が――」

「そんなことはない。事務所の仲間はみんなほたるの頑張りを知ってる。そしてみんなも同じように頑張ってる。ほたるの不幸なんかに負けたりしないさ」

「それでもファンの人達に嫌われたりしたら!」

「ほたるを嫌うやつはみんな俺がほたるのファンにしてやるよ。それが俺の仕事だしな」

「でも……!でも!」

 でも。なんだろう。確かにそれは何かが欠けているかもしれない。いろいろ間違えているのかもしれない。
 

 でも、それはわたしの夢なのだから。わたしは夢だけでは終わらせたくない!


「……不幸な白菊ほたるは、厄介かもしれないですよ」

「そうかもな」

「……不幸じゃない白菊ほたるだって地味かもしれません」

「変わらない。不幸でも不幸じゃなくても白菊ほたるは白菊ほたるだ」

 プロデューサーさんはわたしをちゃんと見てくれる。不幸なわたしも不幸でないわたしも見失わないでくれる。

 今、わたしのファンが求めているのは不幸な白菊ほたるだけかもしれない。

 でもプロデューサーさんは白菊ほたるをトップアイドルにしてくれる。他でもない白菊ほたるそのものをプロデュースしてくれる。


「じゃあ、約束です。わたしを……いつかトップアイドルにしてください」

「……ああ。俺はほたるをプロデュースしてトップアイドルにする。約束だ」

 小指の絡まるこの感触をわたしは忘れない。そして、いつか思い出すのだ。


 それはきっと、わたしがトップアイドルになったとき――――


「プロデューサーさん……、わたしのプロデュース……お願い……します……」

「ああ。任された」

 そして、夢心地に包まれながらわたしはプロデューサーさんの胸に顔をうずめながら意識を手放した。

――数日後 事務所

「おはようございます……。プロデューサーさん」

「ああ。おはよう、ほたる」

 わたしはいつも通りにソファに座る。そして自分のカバンから紙を一枚取り出した。


 けれどわたしにとってこの紙はもう何かを選ぶためのものではない。これからへの一歩を踏み出すためのものだ。


 前へ、前へ。これからも歩み続けるためのものだ。


「……プロデューサーさん」 

「ん?どうした?」

 そしてその歩みは止まらない。いつか夢が夢でなくなる。わたしがトップアイドルになるそのときまで、
 

「わたしはこの不幸を――――」


 わたしはプロデューサーさんと一緒に歩んでいこう。

以上で完結です。途中、「わたし」と「私」が表記揺れしてしまい申し訳ございませんでした。全て「わたし」に脳内変換していただけると幸いです。

今回が初トリップ作品なので過去作にトリップはありませんが、一応過去作です。

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前者は宣伝用ssです。

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