女「私の先輩にいっつも白衣を着た変わった先輩がいたんだ」 (24)


ある飲食店にて、二人の女性アルバイトが雑談を交わしていた。


「昔、この店に変わった先輩がいたんだ」

「へえ、どんな人なんですか?」

「いっつも白衣を着ててね……顔は青白くて、体は細長くて、ひ弱そうで、
 典型的な青びょうたんって感じだった」

「なんだか不気味そうな人ですね」

「だけど……不思議な魅力があったんだよね」


年上の店員は、その“変わった先輩”を思い返していた。


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1494934514


白衣を着た先輩は、仕事ぶりからして変わっていた。


「皿洗いに要した時間……5分27秒か。上出来だな」

「あの客が食事に要した時間、17分19秒……予想より2分早かったか」

「この仕事であれば、小生ならば3分11秒あればこなせるでしょう」


このように、自分の仕事ぶりなどを秒単位で細かく計測するのは日常茶飯事。

全ての動作がきびきびとしており、まるでロボットのようであった。


そんな日々が続いたある日、女はひょんなことから先輩と一緒に帰宅することになる。

そして――


「そうだ、小生の研究室(ラボ)を見学しないか?」

「ラボときましたか……」



男としての下心をまるで感じさせないその誘いに、女は乗った。


白衣の先輩の研究室(ラボ)こと自宅は、古びたアパートの一室であった。

中ではハツカネズミが飼育されていたり、怪しい機械が動いていたり、
分厚い本が幾つも並んでいたりと、研究室といって差し支えない光景が広がっていた。


「くつろいでくれたまえ」


といわれても、くつろげるわけがない。


「どうぞ」


先輩はまず、ビーカーに入ったコーヒーを差し出した。
女は少し躊躇したが、飲んでみるとコーヒーの味は悪くないものだった。


「これもなかなかうまいんだ」


さらに、アルコールランプの火で焼いたスルメイカを提供する。
来客に出すメニューとして適当かはともかく、こちらも悪くない味であった。


帰り道で買ったコンビニ弁当を、当たり前のようにメスやピンセットで頬張る先輩。


「なんで普通に箸やフォークで食べないんですか?」

「小生はこちらの方が落ち着くからさ」

「落ち着くなら、それでいいですけど」


この頃になると、女も先輩の奇人変人ぶりにすっかり適応していた。


夜も更け、今日はお開きということになった。
二人でそのままベッドイン……などという甘い雰囲気になる余地は微塵もなかった。

女は最後にこう問いかけた。


「ところで先輩、なぜこんな科学に身も心も捧げるような生活をしてるんですか?」

「ノーベル賞を取るため、かな」


あまりにも壮大な野望。
しかし、女は笑ったり、からかうことはしなかった。

この先輩なら、なぜかそれができそうな気がしたからである。


「……で、それからまもなく、その先輩はバイトを辞めちゃって……
 アパートも引っ越しちゃったみたいで、どうなったかは分からずじまい」

「たしかに変わった人ですねえ……。だけど、ノーベル賞取れるといいですねえ」

「うん……」


こうして、彼女たちの思い出話は終わった。


それから数ヶ月後、後輩が鼻息荒く新聞を持ってきた。


「ねえねえ、見て下さい!
 このノーベル賞受賞者、もしかして例の変わった先輩じゃないんですか?
 先輩が教えてくれた特徴と人相がそっくりで……」


女が記事を覗く。すると、すぐ分かった。


「ほ、本当だわ! これ……間違いなくあの人よ!
 なんとなくやる人だって気がしてたけど、まさか本当に受賞するなんて……」


新聞記事にはこう書かれていた。

≪○×氏、著作『科学者のふりした小説家』で見事、ノーベル文学賞を獲得!≫


「……って、文系だったんかーい!!!」









おわり

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom