周子「エピュキュリアン」 (18)

モバマスSSです。

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周子「エピクロス主義?」



志希「そ、人間は快楽を産出する行為をなすべきであるって思想。エピクロス主義者のことをエピュキュリアンともゆー。ホントはもっと細かな派生とか、それぞれに解釈の違いとかがあって、一概にこういうものとは言い切れないんだけどねー」

周子「なんか小難しいねー、つまりどういうこと?」

志希「自分が楽しいと思うことをやるのが結果的に体にもいいみたいな感じかにゃ?」

周子「たとえば?」

志希「気温の低いところで、暖かいものに触れると気持ちいいでしょ。寒さってのは人体に害だからね、自分の体を守ろうとする行為を快楽と感じるのだ」

周子「それはまぁ、わかるかな」

志希「空腹感なんかもわかりやすいかな。エネルギー不足の信号。だからおなかを空かせたごはんは美味しい」

周子「なるほど」

志希「同様に、苦痛だと感じることは体によくないとも言えるわけだねー。食欲がないときに無理して食べるとかね」

周子「ふーん?」

志希「ちょっと昔は食事に対する信仰ってのはやたらめったら強くてね。『体が弱ってるなら無理にでも食べるべきだ!』なーんて言う人が珍しくなかったらしいよ。だけど、食欲がないってのは、消化器官、胃とか腸が弱ってるのが原因の大半で、そんなところにがっつり食べ物押し込まれたら、一層胃腸にダメージが来る。当然だね。食欲がないのなら、食べないことが正しい。こんなのもエピクロスの一例」

周子「で、シキちゃんは、風邪っぴきのシューコちゃんが間違った古風な常識で自爆しないように、忠告しに来てくれたわけ?」

志希「それもあるねー。あとシューコちゃんが退屈してるかもしれないから、退屈ってストレスになるからね。ストレスが体に悪いのは言うまでもないね」

周子「まーね。眠れもしないのに横たわってるのも嫌になってたところ」

志希「あと、あたしも周子ちゃんに会いたかったってのもあるかもね。これもひとつのエピクロスだね。にゃはは」

周子「はいはい、ともあれお見舞いありがとう……コンッ、コンッ」

志希「んー、咳、ひどい?」

周子「少しね」

志希「咳しすぎると吐きやすくなっちゃうから、ひどいようなら咳止め飲んだ方がいいんだけど」

周子「いや、そこまでじゃないよ。たまに、忘れたころにくるぐらい」

志希「ふんふん……だったら咳止めはいいかな。それはさておき、これプレゼントね。志希ちゃん特製だよ」

周子「んー、風邪薬? 10個ぐらいあるね」

志希「ち、ちがう、これはただのビタミン剤じゃ……」

周子「なんでわざわざ怪しく言うかな……ビタミン剤なの?」

志希「媚薬かもね」

周子「ちょっと」

志希「飲めばわかるよー♪」

周子「ビタミンのために博打を打つのもいかがなものか……」

志希「……んっ、じゃあたしはここらで失礼するから、それは飲まないようなら捨てちゃっていいよ。じゃーねー、鍵はかけないでいいからねー」



『ガチャ、バタム』



周子「……鍵かけないでいいって、客が言うことかね?」


『ピンポーン』



周子「うん? どーぞー、開いてるよ」



『ガチャ』



夕美「おじゃましまーす」

周子「夕美ちゃんか、シキちゃんが忘れ物でもしたのかと思った」

夕美「すぐそこで抱きつかれたよ」

周子「あぁ、たぶん匂いを察知して抱きつきに行ったっぽいねー」

夕美「それで、具合はどう?」

周子「んー、ボチボチかなー、動きまわるとだるいけど、座ってる分には別に」

夕美「熱はあるかな?」コッ

周子「……ねぇ、夕美ちゃんさ、あたしんちにも体温計ぐらいあるからね。しかも手のひらならともかく、おでこごっつんこなんて普通そうそうやらないよ?」

夕美「あっ、ごめんねっ、つい……」

周子「『つい』なんだ……」

夕美「やっぱり、ちょっと熱かったね。少し熱あるよ」

周子(夕美ちゃんのせいじゃないかな、それ)

夕美「おなかは空いてる? なにか食べた?」

周子「んー、ちょっと空いてるかな? でもそんなに……」

夕美「じゃあ私が簡単なもの作るよっ、お台所借りるねっ」

周子「いや別に……って行っちゃったし……夕美ちゃんの料理かぁ、大丈夫かな」


夕美「おまたせっ!」

周子「……お粥だね」

夕美「なにかまずかった?」

周子「いや、エピクロス主義の講義をしなくて済んでよかったよ」

夕美「えぴくろす?」

周子「こっちの話、気にせんといてー」

夕美「うん。じゃあはい、あーん」

周子「……いい加減、全部計算でやってるんじゃないかって疑いだす頃だよ」

夕美「?」

周子「そこで首を、かしげますか」

夕美「もうちょっと冷ました方がいい? 猫舌?」

周子「そうじゃなくてね、あたしは両腕をケガしてるわけじゃないし、そんな衰弱してるわけでもないからね。自分で食べれるよ」

夕美「あ、そっか。はい、どうぞ」

周子「やれやれ……」モグモグ



周子(……うめぇし)



夕美「どうかなっ?」

周子「うん、えらい美味しい……ただの白粥かと思ったら、色々入ってるんね」モグモグ

夕美「野草とかお野菜とかね、風邪ひいてると味わかりづらいでしょ? 歯ごたえとか食感を重視して選んでみました」

周子「料理ガチ勢でしたか…………ふぅ、ごちそーさま」カラン


夕美「おそまつさまでしたっ。お薬とかは飲まなくていいの?」

周子「薬……薬かぁ……」

夕美「このカプセル、風邪薬?」

周子「ビタミン剤だって……シキちゃん特製の」

夕美「そっか、さすがにお粥だけじゃ栄養十分とは言えないし、飲む?」

周子「うーん、どうしたもんかね……飲まないなら捨てていいって言ってたんだけど」

夕美「ふぅん」パクッ

周子「うおおい!」

夕美「味は……ないね。当たり前か」

周子「夕美ちゃんてたまにびっくりすることやらかすよね。なんで飲んだの?」

夕美「心配してるようなら、取り除いてあげようかなって。……なんともないよ?」

周子「なにかあったらどうするのさ……」

夕美「志希ちゃんが周子ちゃんにあげたんだから、悪いものなわけないよ」

周子「いや、なんていうか、たとえばなんだけど夕美ちゃんがあたしのこと好きになっちゃったり、あたしが夕美ちゃんのこと好きになっちゃったりと……」

夕美「えぇっ!? ダメだよ、その……私たち、アイドルなんだし……」

周子「そこなの?」

夕美「あ、もうこんな時間! このあとお仕事だからそろそろ行くね、お粥まだいっぱいあるから、おなか空いたら食べてね」

周子「あ、うん。ありがとー」

夕美「鍵とかどうする?」

周子「かけたり開けたりするの億劫だから、そのままでいいよ。ウチの女子寮に入ってこれる不審者もそうそういないでしょ」

夕美「わかった。おだいじにー」



『ガチャ、バタム』


『パクッ、ゴクン』

周子「なんともないやね。……当たり前か」

 ――志希ちゃんが周子ちゃんにあげたんだから、悪いものなわけないよ

周子(……なーんか悔しいな)


『ガチャ』



フレデリカ「呼ばれてないのにフレデリカー!」

周子「出たな、エピュキュリアン3号!」

フレデリカ「なにそれ、怪獣? フレちゃん退治されちゃう?」

周子「んー、今は風邪ひいてるから、退治はまた今度で」

フレデリカ「わお! 命拾いしたね! 調子はどんな感じ?」

周子「命拾いしたよ」

フレデリカ「もうちょっと詳しく」

周子「順調に快方に向かってるよ」

フレデリカ「そかそか、なんか必要なものある? ひとっ走り買ってくるよー?」

周子「別にないかなー……あ、台所にお粥があるから、あっためてよそってきてくれる? もうちょい食べたい感じやわ」

フレデリカ「オッケー、フンフフーン♪」

周子「コンッ、コンッ……やれやれ」


フレデリカ「呼ばれてないのにフレデリカー!」

周子「出たな、エピュキュリアン3号!」

フレデリカ「なにそれ、怪獣? フレちゃん退治されちゃう?」

周子「この流れ、さっきやったね」

フレデリカ「そうだっけ、1号と2号は?」

周子「シキちゃんと夕美ちゃんだよ」

フレデリカ「このお粥は?」

周子「夕美ちゃんのほうだね」

フレデリカ「へー、なかなかいい仕事してるね。フレちゃんのカノジョになってもらおうかな」

周子「ダメだよ、ふたりともアイドルなんだから」

フレデリカ「んー、そっかーざんねーん」

周子「納得するんだ」

フレデリカ「じゃあ、はい、あーん」

周子「……あのさ、みんなしてあたしを落としにかかってんの? こんなとこでモテ期を使いたくないんだけど」

フレデリカ「まぁまぁ、そう言わずに。ほら、あーん」

周子「……あーん」パクッ、モグモグ

フレデリカ「あーん」

周子「…………」パクッ、モグモグ

フレデリカ「あーん……」

周子「はい、ストップ!」

フレデリカ「ワオ、すごい反応、病人とは思えない」

周子「警戒してたからね。食べるのは構わないけど、別の食器使いなね」

フレデリカ「シューコちゃん味がついて美味しくなるかもしれないのに」

周子「そりゃあたしじゃなくて風邪のウイルスの味だよ。新しくよそっておいで」

フレデリカ「はーい、フンフフーン♪」

周子「ふー……」


フレデリカ「呼ばれてないのにフレデリカー!」

周子「3度目ともなると面白くないよ、おとなしく食べよ」

フレデリカ「そうだねー。……おおう、これはなかなか! アレがコレでソレがとれびあ~んだね!」

周子「ほんまにね」

フレデリカ「この極薄の出汁がまたイイ味出してるねー」

周子「ん? 出汁なんかとってる?」

フレデリカ「すっごい薄くだけど、昆布出汁だねー。お湯の中を一瞬だけくぐらせたとか、そんなのだよ、たぶん」

周子「気付かなかったな」

フレデリカ「風邪ひいてるから、味覚が鈍ってるんでしょー。これがわかるようになったら治った証拠になるかもねー」

周子「お粥、まだ残ってるん?」

フレデリカ「まだまだあるよー、土鍋いっぱいに作ってあったし」

周子「……フレちゃん、食べれるだけ食べてってよ」

フレデリカ「おまかせデリカー……できるだけね」

周子「あー……食べたら眠くなってきたかも。ごめんフレちゃん、せっかく来てもらったのに悪いけど、あたしちょっと寝る」

フレデリカ「いいよいいよ、おやすみ~、よい夢を~♪」


 よい夢、かどうかはわからないけど、あたしは実家の夢を見た。

 きっと風邪で弱ってるせいだろう。夢の中のあたしは、やっぱり風邪をひいていて、オカンに看病されていた。

 おかしな話ではあるけど、子供のころは『風邪をひいて熱を出す』ことを喜んでいた時期があった。

 学校を休めることと(特別嫌いだったわけじゃないけど)、周りから優しくされることが、嬉しかったんだと思う。

 あと、風邪をひいたときにだけ食べさせてもらえる謎の食べ物があったような気がするけど、なんだっけな、あれ。



 ……まぁ、いいや。今度まとまった時間が取れたら、一度実家に顔でも出してみよう。

 帰ってみようかと思ったのなら、帰ってみるのが正しい。

 きっとそれがエピクロスってもんだ。


菜々「――あ、起こしちゃいましたか?」



周子「……ナナ……さん? なにやってるの?」

菜々「少し汗をかいてたみたいですから、拭いたりとか」

周子「いや、そうじゃなく……寝る前にナナさんはいなかったと思うんだけど」

菜々「はい、チャイム鳴らそうと思ったんですけどね、ドアに『ご自由にお入りしるぶぷれ』って張り紙がしてあったので、失礼ながら勝手に」

周子「フレちゃんか……」

菜々「あ、桃の缶詰め買ってきたんですけど、食べます?」

周子「…………」

菜々「あれ? 桃缶、嫌いですか? 白桃なんですけど……」



周子「……ナナさん愛してる」

菜々「ええっ!? わ、私たち女の子同士ですよ!?」

周子「それだ」

菜々「なにがですかっ!?」



   ~Fin~

終わりッス。

本日選挙最終日です。投票忘れのないようご注意ください。

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2017年05月16日 (火) 19:58:01   ID: 3_W7OvCo

桃缶な〜、寝込んだ時ぐらいしか食べんよね。

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