【モバマス】美嘉「もう一つの物語」 (85)

莉嘉、みりあ、美嘉回だったアニマス17話、「Where does this road lead to?」を
美嘉、そして美嘉P目線でもう一つの物語として書いてみました。

それではゆっくりと。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1488706108

「…ちょっと、プロデューサー!次の化粧品のタイアップの話…あれ、ホントなの?」

少女が一人、誰も居ない会議室でどこかへ電話をかけている。
その声はいらだちを見せながらもどこか震えて聞こえる。

『本当も何も、上の決定だよ…!』
電話に応対するは青年の声。
少女の声と比較して震えてはいないもののこちらもいら立っていることが分かる。
「決定って…!何も言わなかったわけ?!」
『言うも何も、俺だって決まったとしか言われてないんだよ』
「なにそれ!プロデューサーでしょ!担当アイドルの…急な変更なのに…!」
『お前なあ…!俺だって戸惑ってんだよ…俺だけじゃない、
会社全体が常務の突然の指示でばたついてる』
「…どうしてこんな大事なこと、プロデューサーの口から直接聞けないの?!
プロデューサーが納得したんだったら、アタシだって…」
『納得って…仕事なんだぞ、遊び半分じゃ周りに迷惑かけるだけだろ…!』

「そんなの…!」

「だから、そういう時に寄り添ってくれるのがプロデューサーじゃないの?!
アタシたち、そうやってここまでやってきたんじゃないの?!」

『…!』
少女の剣幕に、電話先の青年は何も言い返せない。
…少女の声は、それでも震えていて、今にも泣きだしそうだった。
電話先の青年はそれに気づいているのか、いないのか…
何も言えないの?」
『いや…そんなことは…』

「…何もないじゃん!
莉嘉のとこのプロデューサー、必死になって走り回ってるんだよ!」

その言葉で、これまでたじろぐだけだった彼の表情がスっと変わる。

『…それこそ…関係ないだろ、なんであいつが今出てくるんだよ』
「同じプロデューサーだから言ってんじゃん!
なんでプロデューサーは何もしてくれないのかって聞いてるのに」

『同じじゃないだろ…!』

「…え?」

『同じじゃないだろって!何でもかんでも他人と比べるなよ!』
青年が初めて声を荒げて少女に反論する。
『そんなにあいつが良いなら部署変われよ!』
はっとしたように顔を上げた少女の目には大粒の涙が浮かんでいた。

「…分かった。もう何も言わない」

『おい…美嘉』
「わがまま言ってごめんなさい」
『おいって…』
「プロデューサーの言うとおりだね。周りに迷惑をかけちゃう…
…アタシがこんなんじゃ、いつまでたっても加蓮と奈緒がデビュー出来ない」
『いや…それは』
「二人には、他の子には、ちゃんと向き合ってあげてね。プロデューサー」
その名を最後に呼び、少女はそっと電話を切った。

誰も居ない、もう夕日すら落ちようとする暗い会議室で、
少女の静かに涙する声が響いた。

少女の名前は、城ケ崎美嘉。
彼女の所属する346プロを代表するトップアイドルの一人。
これまで女子高生のカリスマとしてひた走ってきた彼女に訪れた突然の転機。

青年は、そのプロデューサー。
城ケ崎美嘉をデビュー当時からプロデュースし、兄妹のように支え合ってきた二人に訪れた突然の転機。

これは、彼女と彼を取り巻く、もう一つの物語。

あ、ついでに「城ヶ崎」ね
真ん中のヶは小さいぞ

>>6

ごめんマジミス。これは情けない。

冬が近づいて華やぐ街。美嘉の広告ポスターがでかでかと貼り出された。

本来の美嘉とは大きく異なる、大人向けのメイクと服装に身を固めたその表情は、
美嘉自身が求めた表情ではないのか、どこかうつろに見えてしまう。

街の輝きに、どこか溶け込んで、負けてしまって見えるのは、
これまで二人三脚でやってきた担当プロデューサーとしてのひいき目だろうか。

常務の動きはとにかく早かった。俺が、美嘉とまともに話を出来ないうちに、
あっという間に社内の関係スタッフをまとめ、スポンサーへの根回しを行い、
自分の標榜する新たな「城ヶ崎美嘉」に対するバックアップを徹底的に行った。
…その企画力、実行力という意味では、見事としか言いようが無かった。

…あれからしばらく経ったが、
今まで、兄妹や友達のように接してきたことがまるで嘘のように、
美嘉とは事務的な話しか出来ないでいる。

それでも彼女はプロとして、与えられた仕事を着実にこなしていた。

だからこそ、だろうか。
美嘉の路線変更の評判は、成果は…悪くなかった。

ただ、本人はその評判を喜ぶこともなく、
悲壮感すら漂う必死の覚悟でレッスンに挑んでいると、
現場マネージャーから告げられても、俺は声をかけられないでいた。

あの日以来のひび割れた関係は、俺を臆病にさせていた。


そして早くも、化粧品タイアップの第2弾撮影を行うとの伝達が下りてきた。

会社の決定、分かってる。
路線変更の意味…分かってる…。きっと。

第2弾撮影の企画案に目を通しながら、美嘉と口論になった日のことを思い浮かべる。

…俺は、あそこで何と言えばよかったのだろうか。何が言えたのだろうか。

会社の決定は事実だ。
美嘉個人だけの話じゃない。常務は全てのプロジェクトを解体すると宣言した。
並行して、個人レベルでの路線変更も余儀なくされたアイドルも多くいる。

俺一人が、俺一人で何が出来るんだよ…

プロデュース業務への影響は、甚大だった、当たり前だ。
それでも俺は、与えられた役割を全うしている、


つもりだった。

シンデレラプロジェクト・プロデューサー。

美嘉の口から、あいつが出てくるとは思わなかったな…

結局のところプロデュースというものは、極めて孤独で、個人に依るものだ。
当然、プロデューサー同士でも方針や思いは、異なることが当たり前だ。

同期入社であるあいつとは、新入社員当時のころから、徹底的に馬が合わなかった。
はっきり言えばお調子者で後先考えず進む俺と、
静かで黙々と物事を進めるあいつとでは合うはずも無かった。

それでも同期でもとりわけ出世の早かったあいつは、若くして次々とプロジェクトを任され、
それを成功させ、前途有望なアイドルやモデルの担当となり…

だけど、それは長くは続かなかった。


あいつは、失敗した。

あいつのやり方が間違っていたのか、ただ合わなかったのか、俺は知らない。
でも、あいつの元をアイドルたちが去って行ったのは事実。
瞬く間にその事実は社内に知れ渡り…

それからめっきり社内でその名前を聞くことは無くなった。

同期とはいえ、最初の研修以降付き合いがあるわけでもなかったし、
そもそもセクションも違っていたから、顔を合わせることもなく、その名を忘れるのは早かった。

シンデレラプロジェクト。

会社の肝いりで始まった大型プロジェクト。
それを担当するのがあいつ、と人伝いで聞かされた時には、驚きとともに怒りがこみ上げたのを覚えている。

…なんであいつなんだ?失敗したのになんで?なんであいつばっかり、なんで、なんで…

男の嫉妬がださいのは分かってる、頭では。

でも感情は分かってくれなかった。なんでなんでなんで…

だけど、会社の決定は止まらない。
シンデレラプロジェクトは最後の数人の合流を待って、スタートした。
その中には美嘉の妹、莉嘉ちゃんも居て、選考の進捗を教えろと何度もせがんできたし、
内定が決まった時の美嘉は我がことのように喜んでたな…

…だから美嘉が、
シンデレラプロジェクトを相当気にしていて、肩入れしてることは分かっている。
美嘉もプロだから、自分の仕事に影響しない程度で関わることには俺も黙認していた。

半年以上前、自分のライブパートにシンデレラプロジェクトの新人を
バックダンサーで付けたいとか言い出した時は
何事かと思ったが…千川さんからの連絡で有無は言えなかったな…

自分があいつに勝ったとか負けたとかを意識…していないはずだった。
ただ、考えることはやめていた。

結局…俺の中ではあいつへの嫉妬で、シンデレラプロジェクトのことも何も考えないようにしていた。
同じイベントに担当アイドルが出る時も関わらないようにしていた。
あいつと話すことも顔を合わせることも、ついに無かった。

美嘉にも同期であることを話していない。
あまり知り合いじゃない、程度しか伝えていない。

だから美嘉が、そんな俺の態度に気づいていたか、いなかったかは分からない。

物思いにふけっていると、ノックの音がした。
あまり誰とも話す気にはなれないんだけどな…誰だと確認するでもなく、
俺はどうぞーと間延びした声で返す。

果たして、扉を開けてそこに居た目つきの悪い大柄の男は…
「…?!」

「お久しぶりです」

まさか、今、思惑を巡らせていた相手が来るとは思わず、
素っ頓狂な声を上げて跳ね上がってしまった。
そんな俺に全く構うでもなく、同期とは思えないうやうやしいお辞儀をして部屋に入ってくる。
「突然の訪問、申し訳ありません。少し、お時間をいただけますでしょうか」
「…なんだよ急に」
「はい」

「担当されている、城ヶ崎美嘉さんのことでご相談があります」

「…は?美嘉?」

思いがけない訪問者から、思いがけない名前が出てつい間の抜けた声を上げてしまう。
…だが、先ほどの思惑を思い出して、嫉妬に…裏打ちされた怒りが込み上がってきた。
まさか、こいつ本当に美嘉を引き抜きに来たんじゃないだろうな…

「…どうしたよ、自慢のシンデレラプロジェクトで忙しいんじゃねーのか」
当然、シンデレラプロジェクトも解体の危機にあった。
高層階に大きな部屋を構えていたが、地下の物置に送り込まれたとも聞いている。
だから、解体される今、プロジェクトが忙しいわけがなかった。自分でも意地汚いなと嫌になる…
だがあいつは、俺をまっすぐに見据え、

「まさに、そのことでご相談があります」
言葉少なに繰り返した。

「なんだよ…」
「こちらを、見ていただけますか」
そう言って、入室した時から大事そうに抱えていたプリントの束を、
まるで目上に提出するかのように両手で差し出す。

その面紙には”複合エンターテインメント イベント企画案”、そして仮書きで

「シンデレラの…舞踏会?」

「はい、一度、目を通していただけますでしょうか」
「シンデレラってお前…お前のとこのプロジェクトだろ、関係ねーじゃねえか」
自分でも嫌になるくらい、悪意のある声だったと思う。
それでも表情一つ変えず、俺を見る目を背けようとしない。

「説明が足りず申し訳ありません、
これはシンデレラプロジェクトだけの企画ではありません」
「は?だって、シンデレラだろ」

「…346に所属する全てのアイドルは、
等しく、輝くお城を、華やかな舞台を夢見るシンデレラです。
この企画は、346に所属する全てのアイドルのために企画しました」

その言葉を聞いて、ふっと…何かが湧きあがったかのように…

切れてしまった。

「…ふ…ざけんなよ!!」
「…」
「事務所全体だ?!なんでそんなことお前に決められなきゃいけないんだよ!」
激昂する俺に対して、それでも表情は、ピクリとも変わらない。
「申し訳ございません」
「そんなこと聞いてんじゃねえんだよ!美嘉も、俺も!関係ねえだろ!!」

「城ヶ崎さんには」

俺の怒号をかき消すかのように、静かに口を開く。

「プロジェクト立ち上げ時から多大なご協力をいただきました。
城ヶ崎さんの存在がなければ、今の彼女たちは居ないかもしれません。
だからこそ、この企画の成功に向けて城ヶ崎さんにも是非、ご協力をお願いしたいと、
そのためには、一度お話をしなければならないと判断し、本日の訪問に至りました」
「……れ」
「…なんでしょうか?」

「帰れよ!!」

…それでも、まっすぐ俺を見る表情は何も変わらなかった。

「…はい。一度、目だけでも通していただけると幸いです。いつでも説明にあがります」

つとめて冷静な声とともに、きびすを返して去っていく、
まさにその靴のかかとは…驚くほどすり減っていた。
「お時間、ありがとうございました」
入ってきたときと同じように扉が静かに音も無く閉じられた。

「…くそっ!!」

情けない情けない情けない情けない情けない情けない…情けない!

一人、叫びだしたくなる衝動を抑えて、俺は机に突っ伏した。
その机の端には、あいつの残した企画案が声も無く、置かれていた。

気が付くと、日は落ちかけていた。
…あいつが来たのは15時くらいか、既に定時退社時間をむかえていた。
残した事務処理をする気も起きず、予定だけを確認して俺はよろよろと部屋を後にした。

この時間でも、事務所には多くの人が居る。
俺は人目を避けるように出口を目指した。とても今日は人と話せる気分ではない。

ただ、まさに事務所を出ようとしたところで、見知った顔が飛び込んできた。

美嘉が嬉しそうに見せてくるプリクラ帳でよく見かけた妹…
そして、いつも嬉しそうに近況を話してくる妹…

莉嘉ちゃんだ。

莉嘉ちゃんは俺に気づくと笑顔で小走りに近づいてくる。
冬が近いこの時期なのに軽装なのはこれから打ち合わせでもあるのだろうか。

「お疲れ様です!いつも、お姉ちゃんがお世話になってます!」

小さな体をしっかりと曲げて元気にお辞儀をする。

まず、姉のこと。
こういう礼儀や気遣いが、この年齢で出来るのは姉ともどもいつも感心させられる。

「お疲れ様、莉嘉ちゃんはこれから打ち合わせ?」
「うん!レギュラー番組の打ち合わせなんです!」
「そっか、遅くなるかもしれないけど頑張ってね」

中々話す機会の無い子ではあるけども、今の心境では長話をする気もなれず、
俺は話を切り上げてその場を去ろうする、だが…

「あ、あの…お姉ちゃんのこと聞いても良いですか?」

「美嘉の…こと?」

ことごとく、今日は美嘉の日だ…
ぎくりとして表情が強張るが、目を落としていた莉嘉ちゃんはそれに気づいていないのか、言葉を続ける。

「実は、アタシお姉ちゃんとケンカしちゃって…お姉ちゃんのこと何も考えずに言っちゃって…」
「言っちゃってって…何を?」
「うん…今、Pくん、あ、プロデューサーがアタシたちのために
頑張って見つけてきてくれたテレビのお仕事があって、
アタシもすっごく頑張りたいんだけど、幼稚園児の服なんだよね…」
「…」
「でね、お姉ちゃんに、今お姉ちゃんがやってる大人っぽいのが良いーって言ったら怒られちゃって…」
「怒られたって、どんな風に…?」

「…あの…えっと…好きな服着たいだけなら…アイドルやめちゃいな、そんな遊び半分じゃ周りに失礼だって…」

「美嘉がそんなことを…?」

妹思いで、ある意味では妹に甘すぎるとすら思っていただけに、
そこまで辛辣な言葉を莉嘉ちゃんに言ったというのは信じられなかった。

しかし…
その言葉は過去、自分が美嘉に発した言葉であることに、はたと気づく。

「あ!でもお姉ちゃんには言わないでね!
お姉ちゃんの言うこと、すっごく、すっごくわかるから!
お姉ちゃんもきっと大変なのに、アタシ、自分のことばっかりでダメだなあって…」
「莉嘉ちゃん…」
「だから…お姉ちゃん、そのこと気にしてないかなあって。何か聞いてませんか?」

美嘉とは…話せていない。
いつもなら、きっといの一番に相談しれくれたであろうことだ。
美嘉がいつも話してくれるから、俺は莉嘉ちゃんのことも身近に感じていた。

「…美嘉からは何も聞いてないよ」
ここで優しい嘘をつけるほど、今の俺に余裕は無かった。
「そう…ですか」
だから、その答えがやはり望んだ答えではなかったのか、再び表情を暗くする。

が、莉嘉ちゃんは意を決したようにキっと口を結んで俺を見据える。

「あの!お姉ちゃんを、これからもよろしくお願いします!!」

「え?…ああ、まあそりゃ担当、だし…」
突然の彼女の剣幕にたじろいだ…
ように見せた俺の返事は、情けなくも弱弱しい。
しかし莉嘉ちゃんは続ける。

「お姉ちゃん、プロデューサーさんのこと、いつもアタシに話してくれます。
莉嘉のとこのプロデューサーも良いけど、アタシのプロデューサーも最高なんだよって」

「…え?」



アタシのことをいっちばん理解してくれて、
ちゃんと話を聞いてくれて、一緒に走ってくれる、
自慢のプロデューサーだって」



「…!!」

絶句…出そうとした声が、声にならなかった。

美嘉は、少なくとも俺を信じてくれてい、「た」。

俺は、その想いに応えられていたか?
美嘉が信じる俺として、動けていたか??
今、何をしてる???

何を…何をやってるんだ!俺は!!

俺が言葉を返せないでいると、莉嘉ちゃんはそのまま続ける。

「お姉ちゃんは何でも似合うし、何でもかっこよく出来ちゃうけど…
やっぱり急に変わるってのはお姉ちゃんでもしんどいのかなって、アタシやっと気づけて…」

「でもお姉ちゃんには、自慢のプロデューサーさんが居てくれるから、
ちゃんと二人で話して、だからこのポスターみたいに、ばーっちりキメちゃえるんだって思ったの☆」
そういって、スマホの待ち受けにした美嘉のポスターを満面の笑顔で見せる。

泣き出しそうになった。

もしかしたら、泣いていたかもしれない。

この子はどこまでも大好きな姉のことを信じている。
そして、そこには俺が居るとも信じてくれている。

そりゃそうだ、美嘉が…

きっと今まで、そうやって伝えてくれてきたから。

「だからアタシ、プロジェクトのみんなにアドバイスもらって、ちゃんと考えたんです」
「ちゃんと?」

「アタシはアタシ。お姉ちゃんはかっこいいし、そうなりたいけど、
やっぱりお姉ちゃんと同じにはなれないし、お姉ちゃんもそんなの嫌だろうなあって」

「アタシはアタシ…」
「そう!どんな服着たってアタシはアタシなんだし、
ちゃんと出来ること全部やろうって!そう決めたの!」

またも、言葉が出ず、絶句してしまう…すごい子だな、莉嘉ちゃん。

「それ…美嘉には?」
「うん…言えてないの。でもこういうのはメールはダメかなあって。
番組を見てもらって、ちゃんとアタシが変わったところを見てほしいな!」

照れたように、てへへと笑う顔は年相応の幼さ。
でもその覚悟と決意は十分に伝わる。

「美嘉に…時間があえば、その収録見させていいかな。
俺から伝える。ちゃんと、見てもらいたい」
「え!いいの!?ありがとうございます!お姉ちゃん来てくれるなら嬉しい~、
よしっもっと気合いれないと!」
両手で大きくガッツポーズをして、うんうん頷いている。
「そうだよね!撮影に来てもらったらいいんだ、その方がいいよね!
それくらいはアタシからも…あ、でもメールは嫌だな…」
今度は頭を抱えてうんうんと唸る。コロコロと変わる表情は、やはり年相応。
きっと美嘉もこういうところがかわいいんだろうな。
俺も思わず笑ってしまう。

…さっきまでずっと、顔は強張っていたはずなのに。

「手紙やメモはどう?古臭いかもしれないけど、手書きは思いが伝わると思うよ」
そういうとパッとこちらを見て、にっこりと破顔する。
「なるほどーそれだ!さすがお姉ちゃんのプロデューサーさん☆
よーし!アタシ!もっとうまくやれるように打ち合わせ頑張ってきます!」

そう言ってあっという間に駆け出していく、と、思ったらばっと振り返り、
話しかけてきた時と同じように大きくお辞儀をした。

「お話し聞いてくれてありがとうございましたっ!話してよかったー☆」

御礼を言いたいのはこっちだ。
俺は、どれだけこの小さな勇者に感謝しないといけないだろうか。

「…こっちこそ、本当にありがとう。絶対、美嘉に伝える。
そして、美嘉を、ちゃんとプロデュースするよ」
そう告げると満面の笑みを浮かべて、再び大きくお辞儀をすると駆け出して行った。

莉嘉ちゃん、ありがとう。

去って行った小さな背中にお礼を言いながら、
出口へ向かうはずだった足をくるりと返した。


固まった。

思いは、覚悟は、固まった。

ご飯にいってきますので、また一時間後くらいに再開します。

戻りましたので再開です。
ここからは美嘉Pから美嘉に少しバトンタッチします。

会社の決定、分かってる。
路線変更の意味…分かってる…。きっと。

莉嘉に言った言葉だって、言い過ぎたかもしれないけど…
遊び半分でアイドルなんて出来ない…!

アタシは…アタシが、しっかりしないと…
…でもアタシは…、アタシは…

少しだってプロデューサーから聞ければ…
一緒に考えてくれたら…

アタシはぐちゃぐちゃな思いをかき消すために、
何もかも忘れられるようにレッスンに明け暮れていた。


「路線変更、いい感じじゃない。さすがね」

一人残ったレッスン室で休憩していると、
奏がこちらも一人で入ってきて、アタシの横にストンと座る。

「…からかってるの?」
「あら、怖い。その感じじゃ納得していないのね」

その言葉に、今まさに抑え込んだばかりの感情が溢れそうになった。

「納得って…!仕事なんだよ。全部納得して出来るわけじゃないじゃん」
「…」
「アタシが足踏みして、奈緒や加蓮…後輩たちに迷惑かけられない…!
アタシは、覚悟を持ってやってる」
「覚悟、ね…」
「何?」
「その奈緒や加蓮は、あなたのせいで迷惑をかけられたって言っているの?」
「…言ってない」
「その後輩たちが、自分自身でも何とかしようとして、レッスンしていることも知っているのかしら?」
「…」
「その様子じゃ知らないみたいね」

呆れるわけでもなく、小さく奏はため息をつく。

「抱え込みすぎよ。私の知っている城ヶ崎美嘉はそんなアイドルじゃない」

「覚悟、って言ったわね」

「…言った」
言ったからなんだっていうの、奏。
アタシは、こうやって事務所のために…!

「あなたの言う覚悟を持つというのは、
なりふり構わず、自分を捨ててでも走り続けることなのかしら?」


だから、その言葉はアタシを大きくぐらつかせた。

「自分を捨ててなんか…!」
「捨てているように見えるわよ。私には」
「…!」
強い口調ではなかったけど、間髪入れず告げられるその言葉はぐさりと、
アタシの胸に突き刺さる。
それでも奏は、淀み無く続ける。

「自分を捨てて走っている方向は、前を向いているのかしら?」

「ちょっと…!捨ててないから…!新しい路線だってやっていけてるし、
こうしてレッスンだって今まで以上にやってる!」

思わず、出てしまう大きな声に、
それでも奏はいつも通りの表情でアタシを見る。

「今のあなたは、何のために、誰のためにアイドルをしているの?」

「…え?」

「少し冷静になりなさい」

そう言って奏は腰を上げ、レッスン室の出口へと向かった。

「周りを良く見ることよ。
一人で、抱え込むほどあなたは孤独ではないでしょう」

誰の…ために。
思い浮かぶのは…ファンと、事務所のみんなと…莉嘉…パパ…ママ…
そして…

「あなたが今までやってきたことは、もっと誇り高いものじゃないかしら」


そこまで来て、アタシは、
これが奏なりのエールだと気づかされた。


アタシを背に、ドアに手をかけながらポツリと奏が漏らす。

「城ヶ崎美嘉は、城ヶ崎美嘉であってくれないとね」
「え?」

「同じ事務所の仲間として、
大切な友人として…ライバルとして。それと」


「私だって同じ女子高生ってこと、忘れないでよ?女子高生のカリスマさん?」


そういって小さくウインクをすると、静かにレッスン室から去っていった。

誰のために…何のために…誰のために…

レッスン室を出たアタシはその言葉に、答えを見つけられないまま、
フラフラと事務所の廊下を歩いていた。

少し、心のモヤモヤとイライラに光が射したような気がしたけど、
それは本当に、少し。でも、光は確実にそこにあって…

誰のために、何のために、それをアタシはきっと今まで…
アタシ一人ではなくて…
走っている方向は、きっと一人で決めたわけではなくて…

その時、
「焼酎、しょっちゅう…しょうちゅ…あっ…!」
「あ…!」

廊下の角で誰かとぶつかってしまった。

「ご、ごめんなさい!って、楓さん?!」
「あら、美嘉ちゃん、お久しぶり。ごめんなさい。
ちょっと考え事に夢中で」
「い、いえ…こちらこそごめんない…アタシも考え事で…」

ぶつかってしまった人は、事務所の先輩、高垣楓さんだった。
…コーヒー、かけなくて良かった…

そこで、アタシは社員さん同士がしていた会話を唐突に思い出した。
…楓さんが、常務の仕事を断った、という話を。

その時は話半分、いや、少しも聞いていなかったんだろうけど、
こうして楓さんを見て…奏の言葉で、きっと思い出せた。

「あ、あの!楓さん、ちょっと聞きたいことが…!」
「あら、何かしら。美嘉ちゃんが聞きたいことなんて、危機、大変なことかしら?」
「あ、はは…」
そうだった、この人、そうだったな…あはは。
でも楓さんは…

「思いつめた顔してる…あんまり力になってあげられないと思うけど、私で良ければ」

アタシの顔を覗き込んだ楓さんは、いつも通りの優しい笑顔で、
なんだか泣きそうになってしまう。

「…常務の、常務からのお仕事の話、断ったって聞いて…!」
「あら、美嘉ちゃんまで知っているの?何だか色々尾ひれが付いていそうで、私、怖いわ」
「…アタシ、あの…今の自分のお仕事、路線変更に…えっと、納得が…いってなくて…」

…情けないくらいしどろもどろに話をするアタシに、楓さんは優しく、ただただ微笑む。

「そ、その…どうして、楓さんは断れたんですか?」
そう言うと、楓さんはうーんと小さくうなりながら、少し困った顔で首を傾げる。
しかし、パッと表情を明るくし、胸の前で小さく手をパン、と鳴らすと

「じゃあ…逆に質問」
「な、なんでしょう」

「美嘉ちゃんは、今、どういう思いでアイドル活動をやっているの?」
「どういう思い?今…ですか?」
「ええ、聞かせてちょうだい」

どういう思い…どういう?
誰のために…何のために…という奏にぶつけられたさっきまでの「?」が、またやってくる…

「…」
言葉を返せないアタシを見かねてか、楓さんが優しく口を開く。
「ふふっ…。ごめんなさい。少し、意地悪な質問だったわね」
「い、いえ、そんなこと…!答えがすぐ出ないアタシが…ダメなんです」

「…美嘉ちゃん、あのね」

「美嘉ちゃんの、新しい路線、とても素敵だと思うの。
お世辞じゃないわよ。これでも元モデルですから」
「あ、ありがとうございます…」

「でもね、実は私も、美嘉ちゃんが納得していないのかなあというのは、
少し心配していました」

「え?それって…」

「ええ。それはね、笑顔が無いとか、元気が無いとか、そういうことでは無くて、
美嘉ちゃんがどういう思いで、どうありたいのかが、見えないなあって」

どうありたいのかが、見えない…
それは、とても厳しい言葉のようで、でも楓さんの口から発せられる言葉は
決してアタシを責めているわけではなかった。
だから…それは本当に、真実なのかもしれない。

「それが、さっきの質問の…」
「そうね。美嘉ちゃんはね、最初に私に、どうして断ったのかって聞いてくれたけど、
ごめんなさい。それは言えないの」
「…」

「お仕事に対する姿勢、思いは、人それぞれよ。私も、常務も、美嘉ちゃんも、それぞれ」

「人それぞれ…」
「ええ。私は、お断りはしたけれど、常務が間違っているとは思わないの」
「でも!だったら…すごく、おっきい仕事だって…」

そう言うと、楓さんは優しい表情のまま、小さくふるふる首を揺らす。

「違うの、美嘉ちゃん。間違っていないことと、私がありたい姿は、決して同じではないの」

「私は、その場でお断りをさせてもらったわ。
アイドル一人が、判断していいことじゃないかもしれない」

「でもね、私を知ってくれている、私とともに歩んでくれる人なら、
きっと同じ判断をしただろうなって。だから何も迷わなかったの」

「私を知ってくれている…」
そして、ともに歩んでくれる…

「そう。だから、意地悪だけど、美嘉ちゃんに質問させてもらったの。
今まさに、どういう思いでアイドルをしているのかなって」

「決してあなたは一人でここまで来たわけじゃないでしょうし、
あなたを形作ってくれたものは、とても大きいと思うの」

「今は、もしかしたらそれが少し、見えなくなっちゃっているのかもね」

「私も今回のことは高垣楓というアイドルのあり方を考え直す良いきっかけになったわ。
偉そうなこと言っちゃうけど、あなたは、立派な素敵なアイドルよ。
だから、きっと、美嘉ちゃんなら考えられるはずよ」

普段、余り話すことの無い、
そして自らを口下手だという楓さんが、ここまで自分のことを、
そしてアタシのために話してくれている…

「あ、ありがとうございます!」

「ごめんなさいね。質問には答えていないし、あいまいな言葉ばっかりで」

「い、いえ!そんなことないですよ!
アタシ…楓さんとゆっくりこうしてお話したことも少ないし…
はい!もう少し、ちゃんと考えてみます!」

それは、本心だった。
楓さんと、話せてよかった。

考えて、考えて、きっと、話さなきゃいけない人が居る。
ずっと、アタシのそばに居てくれた人が、居る…

考えて、考えて、きっと、ありたい姿を見せなきゃいけない人たちが居る。
ずっと、アタシと走ってきてくれた人たちが、居る…

「じゃあ、せっかくだから約束しない?」
「約束?」
「ええ、今のそのモヤモヤが無くなったら、ゆっくりお姉さんと飲みに行きましょう♪」

今日出会ってから、一番の少女のような笑顔で嬉しそうに胸の前で
両手を合わせる。

いや、あの…

「…楓さん、アタシ…まだお酒飲めませんよ?」
「あら~大丈夫よー、それに私、お酒だなんて言ってないもの♪」
「きっと誰に聞いてもお酒って言いますよ!」
「そんなぁ…楓、しょんぼり」

そのウインクは、しょんぼりしてないな…

「…あはは、あの、ありがとうございます!絶対いきましょ!」
そう告げると、変わらない優しい微笑を残して楓さんは背を向ける。

「…私と美嘉ちゃんは、性格は大きく違うし、アイドルとしてのあり方も全然違うわよね」
「はい」

アタシに背を向けて、去っていこうとする楓さんが、
少しだけ振り返って静かに続ける。

「どうやって輝くのか、どんな色で輝くかも違う。
だけど、輝きたいという思いは同じだと思っているの」

「だからお互い、自分のやり方で、輝いていきましょう♪」
「はい!」
そう言うとすっと窓を指差して
「さっき、中庭で見かけたのだけど…お仲間が悩んでいるかもしれないわ、お姉さん」
「お仲間?」

「ええ。今度は、美嘉ちゃんがお話を聞いてあげる番。
でも、それが何かヒントになるかもしれないわね」

そう最後に残すと、今度は振り返ることもなく、
ぶつかった時と同じように、謎の言葉を呟きながら去っていった。

じんわりと、胸の奥が熱くなっていく。

さっきよりも、大きく、強く光が射した心で、
遠くなっていく華奢な、しかし大きな背中と、
小さくウインクをして、エールを送ってくれた大切なライバルに心の中でお礼を言う。

楓さん、奏、ありがとう。
今は全然、何も前に進んでいないかもしれないけど…

アタシ、きっと前を向くことが出来ると思う。

楓さんかっこよすぎ。
今日はここまでかな?楽しく読んでるぞー

>>39

ありがとうございます!ダジャレが難産で…


ちょうど半分くらいなので、続きは明日の夜にします。
お付き合いいただいている皆様、ありがとうございます。

遅くなりましたが、再開です。
ここからはまた美嘉から美嘉Pにバトンタッチです。

莉嘉と話して、何かの決意をした美嘉Pのお話です。

俺は半ばダッシュに近い速度で急いでアシスタントエリアに向かった…が、
担当のアシスタントも、常務の秘書も帰ってしまっていた。

参ったな…いや、自分でやるしかないか。
そう思い、自室に戻り意を決して常務に電話をかけようとしたところで、

コンコンコンと控えめなノックの音が鳴る。
逡巡したもののノックに応答すると、入ってきたのは…

「千川さん?」

今日は珍しい来客が多い。まさかあいつのアシスタントがやってくるとは。

「お疲れ様です。伝言を預かっておりますのでお届けにまいりました。
メールでも同じ内容を送っているとのことです」

そう言って俺のアシスタントからの伝言メモとスケジュール表を手渡しする。
帰ってしまったアシスタントにお願いでもされたのか、わざわざ持ってきてれくれたのだろう。

自席近くまできた千川さんは、柔和な笑顔を崩すことなく、
机の端にあるプリント束…シンデレラの舞踏会の企画案に視線を落とす。

「企画案、良かったら見てあげてくださいね」

「へ?」
「プロデューサーさん、ひどく落胆して帰ってきました。でもすぐに別の部署に交渉に走っていきました」
やっぱり…表情を変えなくても落胆してたのか。さっきの自分の子供じみた行動が、恥ずかしくなる。

でも…
「あいつ…!もしかして全部の部署に?」
「全てを回られるのかは分かりませんが…
少なくとも、賛同してくれる部署は既にいくつかあります。
少しでも出来ることをしたいのでしょうね」

少しでも出来ること…

無茶だろ…
でも、あの表情は…そしてひどくかかとのすり減った靴と、
莉嘉ちゃんがいう、「アタシたちのために見つけてきてくれたテレビのお仕事」っていう言葉。

あいつは、今、自分の出来ることを、している…

その想いは確実にプロジェクトのメンバーに伝わっていて、
あんな小さな子が自分の出来ることを全部したいと覚悟を決めている…!

…そうだよな。

「…千川さん!お願い!聞いてもらえませんか」
さっきの覚悟を思い出し、思わず、大きな声が出る。
「なんでしょう?」
しかし千川さんは何も表情を崩すことなく優しく応答してくれる。
「今から常務のところに話をしに行きたいんです、
無茶なお願いとはわかっていますが…アポをお願い出来ませんか?!」
「あら、美城常務ですか?うーん…今からとは突然ですねえ」

「そこを何とか…お願いします!!」

「俺も、この状況を変えたい。その…あいつ…のように動きたいんです!」

「…分かりました、何とかしてみますね」

一瞬、驚いたような表情をした千川さんだったが、すぐに表情を戻すと即答してくれた。

「ありがとうございます!」
これほどまで心強いと思ったことはない。あとは、俺の覚悟だけ…

ところが


「ただし」


「…ただし?」



「私からもお願い、聞いていただけますか?」



…え、なんだろう、満面の笑みのはずなのに何故か怖い。
ゆ、夕日の当たる部屋のせいだろうか。

「な、なんでしょう?」


「今、抱えていらっしゃることが解決に向かったら、
プロデューサーさんを飲みにでも誘ってあげていただけませんか」


「…へ?」
大きく予想を裏切る言葉に、気の抜けた声を出してしまう俺に、
千川さんは少し、くすりとした後で続ける。

「担当するアイドルたちのために、事務所のために、とても気を張って頑張っています。
でも、一人ではやっぱり辛いです。」

「私も微力ながら支えさせていただきますが、
同じプロデューサーさんが話を聞いてあげるだけできっと、助けになります」

ああ、この人も。同じ思いで…。
でも俺は…

「さっき、俺…あいつに切れちゃいました。ろくに話も聞かずに」
「大丈夫ですよ。不器用な方ですが、まっすぐに人を信じることの出来る方ですから」

再びにこりと笑ったその顔は、何も怖くはなかった。

さっき莉嘉ちゃんと話して感じた、あいつとプロジェクトメンバーの絆。

それは千川さんとの間にもしっかりと出来てるんだろうな、
彼女もメンバーの一人なんだ。ふと、その笑顔で分かった気がした。

あいつと飲む…か。考えたこともなかったな。
心に、少し風が通ったような気がした。

「…分かりました!」
「はい、それではアポを取ってきます。少しお待ちくださいね」

楓さんと話して、少し落ち着いて…いろいろ考え直せた。

あはは、向き合って話さなきゃいけない人、多いなー。

ファンのみんなのこと。
奏…事務所のみんな、スタッフさんのこと。
…プロデューサーのこと。

そして、莉嘉のこと。
…当たっちゃったな。

アタシ、お姉ちゃんなのにな。

莉嘉はアタシがモヤモヤしてること、知らないし、
ちょっと甘えたかっただけなんだよね。
新しい路線…「かっこいい」って言ってくれたんだよね。

アタシ…
ちゃんと、これからも莉嘉の憧れのお姉ちゃんでありたい…!

そう決意して、中庭に何気なく目を向けると…

「よ、みりあちゃん?」

楓さんが言ってた、中庭で見かけたという「お仲間」は、
シンデレラプロジェクトの一人、赤城みりあちゃんだった。

みりあちゃんは事務所に所属してまだ日は浅いけど、
同じユニットの莉嘉から話を聞いていたり、
イベントで一緒になることもあったから、アタシとしては
かわいい妹の一人という感覚だった。

実際、美嘉ちゃん!美嘉ちゃん!と懐いてくれる笑顔は、
莉嘉よりも幼く、昔の莉嘉を思い出すようでかわいらしかった。
(莉嘉は今でもかわいいけどね!)

だけど、いざ声をかけたみりあちゃんは、
いつもの笑顔じゃない。

「美嘉ちゃん」

アタシを視界に入れて、名を呼んでくれる顔は、どこかうつろで…

さっき楓さんが、
アタシに「思いつめた顔してる」って言ってたこと、
それって今のみりあちゃんの表情のように見えたのかな…

「どうしたの?しょんぼりして見えるよ?」
「私、しょんぼりなんてしてないよ。ただこのへんがちょっとモヤモヤするかも…」
みりあちゃんはうつむき加減に、胸に手を当ててしょんぼりしていないと言う。

でも、その顔は、やっぱりどうしてもしょんぼりしているように
アタシには見えてしまった。
表情豊かなみりあちゃんがこんな表情をするなんて。

その時、楓さんが言ってた言葉を思い出す。

『お仲間が悩んでいるかもしれないわ、お姉さん』
『今のそのモヤモヤが無くなったら、ゆっくりお姉さんと飲みに行きましょう♪』

ふふ、思い出して笑いそうになってしまう。
天真爛漫な笑顔で、あの人、なに未成年をお酒に誘っているのだか。

でも、そうだよね。これは年長者の役割。お姉さんの役割。

「ねえ、みりあちゃん、ヒマだったらちょっとアタシに付き合わない?」

お昼からたっぷり、アタシとみりあちゃんは渋谷で遊び倒した。
カラオケに、コスメに、プリクラに…遊んだなー!!
仕事を忘れてって思ったけど、カラオケでお互いの持ち歌を歌ったり、
莉嘉と一緒に出るテレビの話だったり、すごく楽しそうに話すんだよねー。
ちっちゃくてもやっぱりプロのアイドルなんだなーって思っちゃった。

これで、みりあちゃんも少しはモヤモヤが無くなってくれるといいんだけどね…

日暮れが近づいてきて、
そろそろみりあちゃんを送って帰ろうかというところで、
少し公園のベンチでおしゃべりすることにした。
そして、ポツリとみりあちゃんが漏らす。

「私ね、今お姉ちゃんなの。妹が産まれて、お母さんお世話大変で、
妹が泣き出すとそっちばっかりになっちゃって」

あーわかる、わかるなあ。

懐かしいな。もうずいぶん昔のことだけど、アタシもそうだったなあ。
思わず出てしまった共感の声に、みりあちゃんが驚いた表情になる。

「アタシも莉嘉が産まれてすぐはママに聞いてほしいことがあっても、
『美嘉ちゃん後で、莉嘉が泣き止んでからね』って」

そういうと、一瞬泣き出しそうな顔で、でも目一杯の笑顔で乗り出してきた。

「…そう!…そうなの!!」

あぁ。
その笑顔で、全て、みりあちゃんのモヤモヤが分かった気がした。

みりあちゃんは頭の良い子だと、空気の読める子だと思う。
そのみりあちゃんが、ちょっとだけ、
本当にちょっとだけ誰かに甘えたくて、楽しみな仕事の話をしたくて、
でも甘える方法を知らなくて…だからモヤモヤを溜め込んでしまった。

みりあちゃんは、まだ少しだけ、お姉ちゃんになる準備が必要なんだ。

アタシが、小さいころに感じた感情を、
大人に近づきつつある、11歳の今、感じてる。

…きっと、誰にも言えずにしんどかっただろうな。

「あははは!お姉ちゃんって辛いよねー!!」

思わず笑い合って、そして同じ言葉を発する。
そう、そうなの、お姉ちゃんって辛いんだぞー。

みりあちゃんの笑顔の意味が、すごくアタシには分かる。
きっと、本当に嬉しかったんだと思う。

抱えてるモヤモヤが何も悪いことじゃないってこと。
その感情が自分だけじゃなくて、理解してくれる人が近くにいたこと。

そして、それが「お姉ちゃん」になるってこと。

「これからお姉ちゃん同士、協力していこ!辛いことがあったらいつでも聞いてあげる!」
「じゃあ美嘉ちゃんも辛いことあったら絶対私に言ってね!」

これ以上ないくらい、満面の笑顔。

あは!みりあちゃん、ありがとう。
でもね、アタシは…

「アタシは辛いことなんてなんにも…」

ふいに風が吹いて…
え?あ…あれ??涙が…いや、アタシは泣いてなんか…
これって涙なんかじゃ…

でも、

みりあちゃんは無言で、静かな笑顔で立ち上がり…

そっとアタシの頭を小さな両手で抱き寄せた。


あ…


ふっと、これまで決して溢れなかった、
隠していたはずの感情が湧き出てしまった。

「ゴメン、みりあちゃん…」
「いいよ。お姉ちゃんだって、泣きたい時、あるよね」
今日話した、誰とも違うただただ優しい笑顔で
みりあちゃんはアタシの頭を抱く。

…ダメだ。
アタシ、あの日から今日まで…今日だって、


泣かなかったのにな…


『周りを良く見ることよ。
一人で、抱え込むほどあなたは孤独ではないでしょう』
『決してあなたは一人でここまで来たわけじゃないでしょうし、
あなたを形作ってくれたものは、とても大きいと思うの』

奏、楓さん…きっと気づいてたんだね。

アタシが…


一言も「辛い」って言ってないってこと。


せっかく話してくれた二人の前でも、本音を言えなかったこと。
ずっと、自分の気持ちを隠してたこと、自分と向き合ってなかったこと。

うん。

アタシは、頭を抱かれたまま、
みりあちゃんをしっかりと見上げる。

「ありがとう、みりあちゃん。でも大丈夫」

そう、もうきっと、アタシ、大丈夫。

「アタシね、ちゃんと辛いって言える相手いるから★」

そう告げると、ぱっと笑顔になってアタシを指差して

「わかったー!プロデューサーさんだ!!」

…うん。

うん、そうなんだよね。
ちゃんと甘えられて、辛いって言えて、
アタシのことを考えてくれる、


アタシには、プロデューサーが居るから。


「じゃあねえー!プロデューサーさんにも言えない辛いことがあったら、
私に言ってね!約束だよ!!」
「オッケー!お姉ちゃん同士、女同士、いっぱい話しちゃうからねー★」

楓さん、また約束増えちゃいました。

…ヒント、確かにもらっちゃいました。
思わず泣いちゃったけど…辛いって言える相手、ちゃんと思い出しました。

すっかり遅くなってしまい、
みりあちゃんを自宅近くの駅まで送って、一息つくと
アタシはスマホの画面を開いた。

よし…!

その時、スマホの画面から良く知った名前と顔が飛び込んでくる…

それは…アタシが今、一番話をしたかった相手で…

千川さんが去った後、社内の公開スケジュールを確認すると、
俺は携帯電話を取り出し、勝手知ったる相手へコールする。

『…はい』

美嘉。

一瞬戸惑ったような雰囲気を出すも、それでもすぐに電話に出るあたり、
やはりこの子は生来、人が良いのだろう。

応答する声は短い。
しかし、ここ数日聞いていた声とはどこか違って聞こえた。

「あー…俺俺』
『…分かってる、名前出てるよ?』

…そうだよな、割と覚悟して電話かけたつもりなのに、何を緊張してるんだ、俺。
ダメだダメだ。莉嘉ちゃんにも誓ったじゃないか。

「今、大丈夫か」
『うん…今みりあちゃんを送ってきたところだから…大丈夫』
さっき見た今日のスケジュールはレッスンだけで、昼過ぎまでだったはずだ、
みりあという名前は、美嘉が教えてくれたシンデレラプロジェクトの子だろう。

「あのさ!」
勢い急いで、思わず大きな声が出てしまう。

『な、なに…?』
「明後日、莉嘉ちゃんが出る番組、とときら学園の収録がある。
そこに見学に行ってくれ」
『え?莉嘉?なんなの急に』
「さっきたまたま莉嘉ちゃんと会って話してさ。あの子、すごいな。本当に感心した。
すごい覚悟でアイドル頑張ろうとしてる」
『莉嘉が…』
「さすが、城ヶ崎美嘉の妹だよ。頼む、行ってあげてくれ」

それはこれから続く、ウソ偽りない言葉だった。

莉嘉ちゃんには本当に勇気をもらった。

『…うん、わかった…行くよ』
果たして、俺の覚悟が届いたのか、美嘉はあっさりと了承した。

思わず、ふぅと溜息をつく、でも、本題はここからだ。

「それと、美嘉。ちゃんと話すから、ちゃんと聞いてほしい」
『…どうしたの?今日、何かプロデューサー変だよ』
「変だったよな…ごめんな。…でもそれも、この瞬間までだ」

俺は一拍置いた。

「最初に…ごめん!最近の美嘉への態度、本当にごめん!」

「勝手にいらいらして、会社のせいにして、担当のお前に当たって、
話もろくに聞かなくて、何も出来なくて…プロデューサー失格だよ」

『プロデューサー…』

「部署変われなんて…口が裂けても言っちゃいけない言葉だった。
本当にごめん」

「だから、ちゃんともう一度…!」


「プロデューサーとして、城ヶ崎美嘉を担当させてほしい」


電話の向こうで、美嘉が息を飲む音が聞こえた。

「美嘉の言うとおりだよ。美嘉の担当だ、プロデュースしてるのは俺だ!って覚悟が完全に欠けてた」
『…』

「ちゃんと向かい合って、話し合って、一緒にこれからを考えたい。
美嘉の思いをちゃんと聞きたい。俺の思いをちゃんと伝えたい」

恐らく、美嘉は電話口で泣いていた。

強気で、まっすぐで、真面目で、でも本当は誰よりもさびしがり屋で…
17歳の背中ではとても支えきれないはずの多くを背負って、
精一杯の努力と覚悟でここまで走り続けてきた城ヶ崎美嘉。

アイドルとして走る美嘉を支えてあげられるのは誰だ?
一緒に走ることが出来るのは誰だ?

『…あ、アタシも…ちゃんと話したい…!わがまま言ってごめんなさい。
プロデューサーとちゃんと話さなきゃって、ずっと…』

美嘉が搾り出すように、言葉を続ける。

『アタシ、今までやってきたことに、自信がある…!
自分勝手じゃなくて、プロデューサーと一緒に、
こうありたいって考えてやってきたから…!』

その言葉に、涙が溢れそうになった。

『だから、このままじゃ絶対にダメなの。
事務所のみんなに、莉嘉に…何よりファンのみんなに顔向けできない…!
アタシ自身が、輝かないと…!』

『アタシ、これまでずっと一人じゃなかった。一緒にいてくれるみんなに、
このままじゃ絶対ダメなの…!』

美嘉はダメという言葉を繰り返した。
城ヶ崎美嘉はそう、いつだって自分が先を走ることで、周りのためにと頑張ってきた、
そういう覚悟をもったアイドルなんだ。

ありがとう、美嘉。
その思いは自然と言葉になる。

「ありがとう、美嘉。不思議だわ、同じ思いだ」

「お前のやりたいようにやって欲しい。俺が保証する。
自分がこうだって思うスタイルを貫いてほしい。
それが、俺たちが一緒に走って作ってきた城ヶ崎美嘉だろ」

『…えへへ…嬉しい。ありがとう、プロデューサー』

絞り出したように出した声は、普段の元気はなかったけども、
いつも聞いていた、そして今聞きたかった、笑顔の美嘉の声だった。

大丈夫、これで大丈夫。
城ヶ崎美嘉はもう一度、笑顔で走り出せる。
…俺も、自信を持って隣を走れる。

『アタシ、自分が何とかしなきゃって、勝手に思い込んで…
でもそれが本当は正しくないんだって、ずっと思ってて』

『辛いのに、嫌なのに、自分で抱え込んでて、
だから全然、アタシ自身に向き合えてなくて』

『奏、楓さん、それにみりあちゃんと話して、
やっと自分がどうしたいのか、分かったような気がするの』

そうか、美嘉も、
美嘉も一人じゃなく色んな人との関わりで、ちゃんと答えを見つけたんだな。

『だから、アタシがまず話さなきゃなのはプロデューサー、
で、莉嘉にもちゃんと謝らなきゃって思ってたところに電話かかってくるからさ~。
やっぱアタシとプロデューサーの関係だよね★』

後半はいつもの口調についつい、顔がほころんでしまう。

『あっ!でもさー、アタシ直接聞きたいって言ったんだけどな~?
なんでまた電話越しなのかな~?』

こいつ…

『ねえねえ、聞いてる~?プロデューサー?』

しょうがねーなー、一発かましといてやるか。

「おう、ちゃんと話すことあるから、ちゃんと待っとけよ」
『…ん?なになに~?』

「常務に今から直接話付けてくる。絶対に、美嘉のやりたいようにやらせる。
明日、待っとけよー!」

『ちょ、直接って…!大丈夫なの?!』

途端に、心配そうに声を上げる。
なんだよ、もう余裕なくなったのかよー。

さっきまで泣いてた美嘉が、電話先で慌ててる姿が思い浮かんで
思わずにやりとなる。

…こういうところが、人間味があって、
きっとファンも遠くないアイドルとして一緒に走ってくれるんだろうな。

だよな、ファンのみんな。これもカリスマのスタイルだよな。

「おいおい、俺を誰だと思ってんだよ」
『…へ?』



「346の誇るカリスマJK・城ヶ崎美嘉のプロデューサーだぞ」


美嘉との電話が終わって、背もたれに寄りかかり大きく息を吐いた。

よし。

そんな俺の覚悟を待ったかのように、
今日3度目のノックの音が響き渡る。


「千川です。美城常務のアポイント、本日19時にて確保いたしました」


ご飯にいってきます。あと少し、お付き合いくださいませ。

戻りました。それでは、ラストスパートです。日が変わるまでに終わらせます。

「それで?何の用かな。申し訳ないが私には君に割く時間は余り無い」
「お忙しいところ、また突然のアポイント、誠に申し訳ございません」
「そういうのは良い。要件を言いたまえ。アシスタントからは城ヶ崎美嘉のプロデューサーと聞いている」

椅子に座った常務は机の上で腕を組み、眼光鋭い目でこちらを見据えてくる。

約束の時間に常務執務室に訪問した俺は
初めて机を隔てた距離で対面する常務に、

しかし緊張は何故か微塵もなかった。

「はい。単刀直入に申し上げます。
城ヶ崎美嘉の路線変更に関して、私は常務の真意を聞いておりません。
是非、お聞かせいただきたく参上いたしました」

「真意を聞いてどうなる?」

「この路線が結果を出していることは君も担当であれば分かっているだろう。
物事は速度だ。黙って従いたまえ」

無表情に常務は一気にまくしたてる。

美嘉の路線変更が本人の希望に反して、
結果として数字になってきていることは事実だった。

「結果を出していることは承知しております。
また、美嘉の新しい可能性を示してくれたことに関して、強く感謝しております」

高級路線という、これまでのカリスマギャルとして、
女子高生に寄り添ってきたスタイルから大きく脱却した路線。

…急な路線変更ではあるが、
それはずっと一緒にいた俺にとっても、一目で新鮮で、
確かな可能性を感じて…

そして

…そこに考えが至らなかった、美嘉の可能性に気づけなかったという、
自分自身の悔しさが、
それが結果、イライラとなり、美嘉を傷つけてしまったという、
担当としての情けなさが、俺を足踏みさせていた。

でも、もう違う。
俺も、美嘉も前を向ける。

「だからこそ、担当プロデューサーとして、私も常務の真意を理解した上で、
改めて城ヶ崎美嘉と向かい合いたい…!」

俺は少し語気を強めると、一歩、常務の前へ歩み出る。
それでも常務の表情はなにも変わらない。

「…真意は今、君が言った通りだ。可能性、その一言に尽きる。」

「女子高生のカリスマと評される、誇るべき容姿とスター性、そして何より圧倒的な知名度。
生まれ変わるアイドル部門において、重要な存在であることは明白だ」

「だが」



「城ヶ崎美嘉は、この先いつまで、女子高生の憧れであり続けるのかね?」



「君たちは急な路線変更と言うが、
憧れのお姫様でいられる今だからこそ、打つべき次の一手だと私は考えている。
だが、その時間もあとわずかだ。もう魔法が解ける鐘の音が鳴るだろう」

「新しい可能性。彼女には新たなドレスと、それを着る舞台が必要なのだよ」

「向かい合いたい?好きにしたまえ。
だがそれを待っている時間も、聞いている余裕も私には、無い。
これでいいかな?さあ、下がりなさい」

「…美嘉に対する、高い評価、ありがとうございます」

常務の真意を聞くことを出来た、しかもそれが真っ当に美嘉を評価した上で
あったことは本当に嬉しかった。

でも。

ここで引き下がるわけにはいかない。

「その上で、城ヶ崎美嘉の扱いは、私に任せていただけないでしょうか」
「くどいな」
「くどくてもご理解いただきたい」

「私は!」

大きく息を吸い込んだ。



「346の誇る、トップアイドル・城ヶ崎美嘉の担当プロデューサーです!」


…初めて常務が表情を変えた。いや、眉根が上った、それだけではあるが、
少なくとも反応したことは事実だった。

「城ヶ崎美嘉のことを最も理解して、彼女を輝かせることの出来るのは
自分が適任と考えています」

「…では、君はどうやって城ヶ崎美嘉を輝かせることが出来る?」

「はい」
俺は再び大きく息を吸い込む。

「常務のおっしゃった、可能性、これは私も同感です」

「そして同じくおっしゃる通り、彼女がいつまでも女子高生の憧れであり続けることは
出来ないと考えています。…彼女も、彼女たちも同様に年を重ねるから」

「しかし、それでも、彼女はこれまで等身大の城ヶ崎美嘉として女子高生たちの
憧れであり続けてきました」

「憧れのお姫様であっても、
美嘉ちゃん、美嘉ちゃんと親しみを込めて呼ぶ、『遠くない存在』としてそこに居ました。
いずれ魔法が解けることがあっても、そこに残るのは等身大の城ヶ崎美嘉であってほしい。
私は、それだけは譲れません」

「美嘉を支えてくれる、美嘉をここまで応援し続けてくれたファンのためにも
大人という新しいお城への階段は、一緒に、しっかりと歩ませてあげたい」

きっと、美嘉自身も今の、新しい可能性には少なくない感情を抱いているはず。
その時に、自分自身が決めた道で歩ませてあげたい。

…これまでのように。

「彼女がいかにして、どう努力して、どうファンと歩んで、カリスマと呼ばれる存在になったか。
申し訳ございませんが、常務のお考えは、そこが欠如しています」


「魔法は、いつか解けるかもしれません」


「しかし、城ヶ崎美嘉は彼女たちを、再び必ず導きます」

「長くなりましたが、私の思いは一つです。
今の新しい可能性、これを追求した上で、彼女自身の求める、
等身大の城ヶ崎美嘉を、自分自身で貫かせたいと考えています」

「…君の言う、等身大という言葉は随分と都合が良いな。
要は今の路線変更も継続した上で、従来の城ヶ崎美嘉の在り方を見せたいと言っているわけだな」

「おっしゃる通りです。それが、私が考える城ヶ崎美嘉であり、
彼女自身の思いであり、何より彼女と向かい合って進めていきたいことです」

「ふん」
常務はつまらなそうに組んでいた腕を解くと、さも退室せよといわんばかりにそっぽを向く。


「好きにしたまえ。結果は見させてもらう」


「…あ、ありがとうございます!」
「勘違いしないでもらいたい、これは全面承諾ではない。
繰り返すが、私の決めた路線は結果を出している。
君の考えが失敗した場合には即座に元通りのプランで進める。君の処分も、当然行う」
「はい!ありがとうございます!」

退室しようとする俺に向かって常務が声をかける。

「私のところに直談判に来たのは、君が二人目だ」

その「一人目」の寡黙だけど大きな背中は、容易に思い浮かんだ。

なるほど、そうだよなと心の中で呟き、思わず口の端が上がりそうになる。
お前が、先に行ってないわけないよな。


「ええ、自慢の同期です。負けていられません」


自慢の同期よろしくうやうやしく頭を下げると、常務室を退室した。

再び常務の鼻白んだ、ふん、という声が聞こえたような気がしたが、
俺は強く息を吐くと、大きな一歩で歩みを始めた。
どうだ?ようやくお前の後姿は見えたか?

化粧品タイアップの第2弾撮影は順調に進んだ。
生き生きとした表情がまぶしい。
そうだよな、やっぱり城ヶ崎美嘉はこうじゃないといけない。

カメラマンさんや、美嘉を良く知るスタッフからの評判も良く、
やはり普段、「顔」を見続けている人達から直接美嘉のことを褒めてもらえるのは嬉しかった。
(…現場マネージャーに伝えてなかったことは、みんなから怒られたけども)

『芯のあるイメージで力がある』

そう言葉にし、自分自身と向き合って、生まれ変わった美嘉を撮ってくれたカメラマンさんには感謝している。


多くの人の思いを乗せて、
未来へ踏み出した城ヶ崎美嘉の新しい可能性。
それは本人と周囲を巻き込み、確実に結実していくことだろう。

~エピローグ~

とときら学園の収録を見学した後、無事に美嘉と莉嘉ちゃんは仲直りをしたようで、
二人そろって撮った笑顔のピース写真を送ってきてくれた。


外出先から退出した俺は、改めて見たその微笑ましい写真をそっと閉じて、
初めて電話をかける相手のために、少し戸惑いながらもプッシュする。

しかし、その相手はこっちの緊張を無視するかのように最初のコールで応答した。

『はい』

「はや!俺だよ、俺、名前出てんだから堅苦しくなるなよー」
『社用の携帯電話ですので』
「あーもう!かたっくるしいなあ!」
『申し訳ございません』

うおお、めんどくせー…俺、この後大丈夫かな??
いやいや、ダメだダメだ…千川さんの笑顔が怖い。

「なあ!今日飲みに行こうぜ!」
『…どうしました、突然…?』

明らかに困った様子で返す。
新入社員研修の頃、奴が困った顔で手を首の後ろに回していた姿を思いだして、吹き出しそうになってしまう。
俺の部屋に来たときはあんだけ無表情だったのになー。
今日お前が暇なことは千川さんから聞いてるんだぞー。

「話したいことがあるんだよ」

きっと、今の俺は晴れ晴れとした顔をしているだろうな。


「美嘉のこと、シンデレラプロジェクトのこと、
それと…シンデレラの舞踏会、聞かせてくれよ」


『…!』
電話の向こうでさっきとは違って、戸惑いながらも、
姿勢を正して電話に向かう様子が思い浮かべられた。

『ありがとうございます。是非、お話しさせてください』

その後、まさに事務的といわんばかりのあいつとの応答で、時間と場所を決め電話を切ると、
大きく大きく伸びをした。


冬が近づいて華やぐ街。冴えわたる空気に包まれ、俺は最初の一歩を踏み出した。

今夜はどんな話をしようか。

自慢のアイドルの未来を朝まで語ってやろうか。
これまでの担当の昔話をしようか。346の将来を議論しようか。
これからの事務所を担うのは、そりゃあ俺たちだからな。


店を出たら、
この年では作りづらくなってしまう大切な「友人」が出来ているんだろうな。


そう一人ごちた俺の表情は、ニヤニヤとしてさぞ周りからは奇妙に見えたかもしれない。
これでも、良い、笑顔なんだよこっちは。


力強く踏み出した目線の先には、街のどんな輝きよりも一際輝く、

城ヶ崎美嘉のポスターが飾られている。


~fin~

以上となります。

至らぬ点も多かったかと思いますが、
お付き合いいただいた皆様、長らくありがとうございましたー!

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