二宮飛鳥「キミとボク」 (71)


暗く、深い水面を見ていた

広すぎて何も見えない夜の海

ふわふわとした空間に、見知った顔が目まぐるしく流れていく

向けられる多様な表情

語りかけてくる言葉

ただ、見つめている

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気付けば水の中にいた

まるで引きずり込まれるかのように

はたまた自らの意志で深海を目指すかのように

深く深く光を求めて彷徨うように

前も後ろも分からずに

自由に泳げず

もがきながら闇を彷徨う


息ができない

 「…」

何も見えない

    「…」

此処はどこだ

 「…か」

呼びかける声は何だ

        「… …」

なぜボクは此処にいる

     「…すか」



ボクは一体何者だ

「飛鳥、起きろー」

二宮飛鳥「……んぅ」


ようやく見えた光が、開いた瞼から差し込むそれと気付くのは。次に瞬く合間のことだった。

――――
――
飛鳥「…おはよう、プロデューサー」

P「おはやくねっつーの。また遅くまで起きてたな?」

飛鳥「…課題があったんだよ」

P「お前の場合課題と並行した夜更かしがメインだろ」

飛鳥「良いじゃないか少しくらい。時間を自由に使えるのは若者の特権さ」

P「へーへー。学生満喫してて羨ましいなオイ」


目を覚ましたのはプロデューサーの運転する車の中。助手席で軽い伸びをすると、小さな欠伸が零れ出る。

どうやら、スタジオまでの移動中につい微睡んでしまったようだ。


近頃の自動車は、本当に静かで感心するね。走行中とは思えないほどの静寂も、今のボクにとっては子守唄。眠りへと誘った犯人はきっとコイツに違いないだろう。
つまるところ彼を運転するプロデューサーにも責任があり、故にこれは仕方のないことなのだ。

…なんて。寝起きの頭で抗議してみたところで、支離滅裂すぎて何の弁護にもなりやしない。


P「ところで、何の課題やってたんだ?」

飛鳥「ああ…『カエデ・タカガキのオールナイトニッポン講座』が脳にもたらす影響についてレポートを…」

P「やっぱり夜更かしじゃねえか!」


おや、バレてしまったようだね。失言だったかな

P「全く、誰の影響受けてこんな自堕落な学生になっちまったんだか」

飛鳥「…ム、それは聞き捨てならないな。ボクは昔から夜更かししていたんだ。そんじょそこらの不良学生とは一緒にしないでくれ、年季が違う」

P「威張れることじゃないぞ」

飛鳥「徹夜の結果文武に支障をきたす学生だなんて、ボクに言わせれば2流さ。例えば授業中に寝るだなんて時間のムダ、それこそ若さに甘えた怠慢だ」

P「…今、徹夜って言わなかった?」

飛鳥「…メリハリをつけて、きっちり自己管理をして"夜更かし"に挑んでこそ、真に時間に余裕のある学生と呼べるのではないかとボクは思うんだよ」

P「強調しやがった」

飛鳥「その上で、学業も仕事もボクなりに両立させてこなしてきた。公私の住み分けはしているつもりさ」

P「…まあ良いや。そこに関しては前から信用してる…というか、やってもらわなきゃ困るけど」

飛鳥「という訳で。徹夜はしていないけれど、移動時間にうたた寝をしてしまうのも良いパフォーマンスを維持するためには必要なことなんだよ。それと徹夜はしていない」

P「はいはい、そういうことにしとくか」

P「ま、俺も人のこと言えん学生だったしなぁ」

飛鳥「へぇ?」

P「夜遅くまで起きてて、朝イチの授業に寝坊とかしょっちゅうだった気がする」

飛鳥「…フフッ。では、キミの言う怠惰な学生生活とやらは、プロデューサーのせいということにしておけば良いかな」

P「ここで俺のせいにするか」

飛鳥「あとは、そうだな…。かつての事務所のエースだった、ねぼすけアイドルの影響もあるかもしれないね」

P「あー…確かに、あいつもよく夜更かししてたっけ」

飛鳥「ダメな大人に囲まれてこれだけ品行方正に成長したんだ。むしろ褒めてもらいたいぐらいさ」

P「口の減らなさも相変わらずだよな…っと、そろそろ着くぞ。降りる準備しとけよ」

飛鳥「了解。…寝覚めから覚醒まで、今日もタイミングバッチリだ。いつも感謝しているよ」

P「…車で居眠りしないような努力もしてくれると嬉しいんだけど」


車で寝てしまった時は到着の10分程前に起こされた後、少しの軽口を交わして目を覚ます。

この一連がボクらの恒例となったのは、果たしていつからだったろうか。あまりにも心地よく日常に溶け込んでいるせいか、始めからずっとこうしていたかのような錯覚に陥る。

実際のところ、レポートやら課題の発表等が立て込んで夜に活動する機会も増えた。…ラジオや読書、漫画に興じる時間も今まで以上に、それなりに。

その辺りは察してくれていて、車の中ぐらいならと大目に見てくれているのかな、キミは。

もしかしたらボクの勝手な思い込みで、単に静かに運転したいだけかもしれないけれど。真意はどうであれ、今のボクたちにとってベストな関係。


P「あんまり夜更かしが過ぎるんなら…罰として昼寝1回につき1枚ずつ、寝顔バラまいてやろうかな。事務所に」

飛鳥「ブラフにしてもおもしろくない冗談だね、それ。…まさか、本当に撮ってるのか?」

P「さあ、どうだろ。シュレディンガーの飛鳥だ」

飛鳥「…盗撮で訴えてやる」

P「アイドルの写真撮るのも仕事だからセーフでーす」


…今後の関係性について考え直すきっかけとなる案件かもしれない。そのうちキミのフォルダをチェックさせてもらおう。

P「そうそう。さっきも言ったけど、今日は…」

飛鳥「『今日は迎えに来れないから帰りは1人で戻ってくれ』、だろう?」

P「おう。そんで…」

飛鳥「『事務所に着く前に連絡を入れてくれ』…かな」

P「…正解。よく分かってんじゃん」

飛鳥「まあ、お決まりだから。気の早い子からは既にメールも届いているよ」

P「ですよねー、流石にその年でサプライズなんかそうそう上手くいかんわな」

飛鳥「毎年だからね…」

P「ま、そういうことだから。今日は晩飯代浮くぞ、良かったな」

飛鳥「フフッ。期待しておこうかな」

P「…」

飛鳥「?」

P「…。いや、何でもない。収録、頑張ってきてな」

飛鳥「何か言いたげだね」

P「そりゃ言いたいことの1つや2つもあるさ。…なんたって、誕生日だし」

飛鳥「…」

P「でもほら、もう着いちゃったから。続きは事務所で、ってことで」


そう彼が言うのと同時か、車はピタリと動きを止める。キミが何を言いかけたのかは理解らないけれど、残念ながらタイムリミットのようだね。

ここからしばらくは、ボクだけのセカイ。

世間にとっては何てことのない、しかしどこかの誰かにとっては特別かもしれない、そんな2月3日の幕が開く。

飛鳥「…そうか」

P「飛鳥」

飛鳥「なんだい、プロデューサー」

P「誕生日、おめでとう」

飛鳥「…うん。ありがとう」

P「ホラ、行って来い」

飛鳥「ああ、往ってくる」


実際に開いたのは鉄の扉だったけれど。そんなことは些細な違い。

1人分軽くなった車は軽快に走り去る。残されたボクはまるで名残惜しいかのようにナンバープレートを見つめるが、しかし見えなくなると踵を返し入口へ向かい歩き出す。

意図せず浮かんだ僅かな笑みは、首元のついでにマフラーで隠してしまおう。


ボクは二宮飛鳥。職業、アイドル。同時に学生でもある。今は、大学生だ。

今日はボクの、20回目の誕生日。

――――――
「…次のお便りは、ラジオネーム『モグラホッパー』さんから頂きました。『始めましてみなさん、こんにちは。』こんにちは!『私は最近、悩んでいることがあります。どうやら寝つきが悪いようで、夜中に何度か目を覚ましてしまったり…」


所変わって、ここはラジオの収録スタジオ。今日はとある2人のラジオに、ゲストとして呼ばれている。1リスナーとしては少々鼻が高い。

以前お呼ばれされて以来数年振りの出演だったけど、ここの空気も相変わらずだ。

メールテーマは夜。このメールは『安眠のために何かしていることは』という旨の内容のようだね。

「寝る前かぁ。私何かしてたかな」ポリポリ

「音楽聴くとか?」ポリポリ

「それ普段からだしなー。あっ、でも普段通りの…なんだっけ、ルーチン?みたいになってリラックスしてるのかも」ポリ

「なるほどー。私は最近ストレッチしてるよ。柔軟とか」ポリポリ

「おー」ポリリ

「ちょっと体動かすとよく寝れる気がするんだ」ポポリポリ


…これは余談だが。先程よりひたすら豆を食べながらラジオが進行されている。2月3日の豆パーティだから、らしい。

色々な意味で相変わらずだよ、この番組は。


「さっすがぁ、舞台女優さんは違うね」

「でしょー。もっと褒めてもいいのだよ?」

「飛鳥ちゃんは何かある?」

「ちょいちょーい。褒めてってばー」


2人のコンビネーションも相変わらずだ。番組が長く続いている理由も理解できる気がする。


飛鳥「そうだな…ボクも特別、意識してやっていることはないけれど。寝る前に本を読むぐらいかな」

「あー。あすあす難しい本いっぱい読んでそう」

「読んでると眠くなるんだ?」

飛鳥「そういう時もあるけど…どちらかというと、読んだ後かな。内容を反芻したり、登場人物の感情の変化だったり。書に想いを馳せて、思考を巡らせている内に眠りについてることが多いね」

「布団の中で?」

「じゃあ面白すぎると眠れないね!」

飛鳥「そう、そうなんだよ李衣菜さん。内容が気になりすぎるとつい没頭しすぎてしまう。時間を忘れて夜更けまで読んでしまう時もよくあるんだ」

「ダメじゃん!」

飛鳥「だからこそ、寝る前に読む本はよく選ばなくてはね」


そう、あまりに面白すぎる小説はむしろ安眠の天敵なのだ。寝る前のちょっとした読書のつもりが気づけば深夜、なんてことになりかねないからね。例えば、先日のように…

ラジオで話す内容ではないかな、これは。ここは口を噤んでおこう。


「早く読める分、漫画とかも良いかも」

「だね。では次のメールでーす。ラジオネーム『なまずくん』さんから。『本田さん、多田さん、ゲストの二宮さん、こんにちは。』はいこんにちは!『ゲストの二宮さんは、今日が誕生日だそうですね。おめでとうございます!』…だってさ、あすあす。おめでと!」

「おめでとー。イエーイ!」

飛鳥「ああ。ありがとう」

「何歳だっけ?」

飛鳥「今年で20だね」

「若い!」

「ピチピチだ!」

飛鳥「…2人もそんなに変わらないだろう。特に未央さんは」

「いやいやー、違うんだなこれが」

「10代のハリがね、まだ残ってるんだよ。20歳には!」

飛鳥「そんなものかな…」

「そうなの!」

「何かさ、一言ある?」

飛鳥「そうだな、では改めて…。今日はボク、二宮飛鳥の誕生日なんだ。今年でハタチを迎える。一応節目ということで、今までよりも少しだけ意識してしまうかな。だからと言って、これからもボクの在り方に揺らぎはないけどね」

「ほえー…なんか、あすあすも変わんないね」

飛鳥「フフ、そう簡単には変わらないさ。ずっと痛いままだよ」


…そう、ヒトは急には変われない。

容姿が変わったからといって中身までもは変わらないし、成人したからといって急に大人になれるものではないのだ。

時が過ぎたからと、年を重ねたからといって。昔は見えなかったものが見えるようになるだなんて。

そんなものはまやかしで、子ども騙しで、嘘っぱちだ。ボクはまだずっと、6年前のあの時と同じ気持ちのまま。


「ではでは、そんな飛鳥ちゃんにプレゼントがありまーす!じゃーん」

「おおっ、ケーキだ。すごーい!」

「3人分だしあんまり大きくないけどね。どうかな?」

飛鳥「フフ…嬉しいな。ありがとう」

「やったね!じゃあ切るよ!」

「2人がケーキ食べてる間にメールの続き読むね。えー、『テーマは夜ということですが、皆さんは良く見る夢はありますか?僕は最近歯が抜ける夢を見ます…」

もらったケーキを少しずつ食べながら、耳に入ってきた『夢』というワードを脳で反響させる。

思い出すのは、幼き日からずっと見続けている夢。つい先ほども車の中で見ていた、あの夜の海。

見通しも立たず、言い様もない不安に包まて。

それでも何かが変わらないかと願い、不器用に溺れている。そんな夢を。


「…だってさ。夢かあ」

「私、ファンタジーで冒険する夢はたまに見るかなぁ。剣とか盾持って!」

「あすあすは、よく見る夢ってある?」


…ボクはあれから、オトナになれたのだろうか。もちろん身体だけでなく。

何か変わったと、探していた何かは見つけられたと、果たして胸を張れるだろうか。


飛鳥「夢か…。海で泳ぐ夢は、よく見るね」


少し嘘をついた。正確には、溺れないように藻掻いている夢。


「海。地元?あっ、ハワイとか?」

飛鳥「そこまでは分からないな、曖昧で。見たことのある景色のような、初めてみるような…不明瞭で、よく覚えていない」

「ま、夢だしそんなものだよね」

「でもさ、深層心理?だっけ。自分の欲求とかは夢に出るっていうよね」

飛鳥「…」

「海で泳ぎたいのかな」

飛鳥「…フフッ。案外、そんなところかもしれないな。海より生まれた原初の記憶のままに、無意識に誘われているのかもね」

「じゃあさ、今年の夏にみんなで海行かない?…っとと。はい、というわけで、夢のお話でした。時間なので次のコーナーに移りたいと思いまーす!りーな、よろしく!」

「はーい。では次のコーナーは…」

飛鳥「…」


もしも、深層心理が夢として現れるのだというのなら。あの夢が、ボクのココロを映している鏡なのだとしたら。

それはあまりにも的を射すぎていて。考えるまでもなく、否定のしようがなく。

ボクはあの時のまま、まだ答えを見つけられていないらしい。

――――――
本田未央「いやー、2人ともお疲れ!」

飛鳥「お疲れ様。未央さん、李衣奈さん。今日は楽しかったよ」

多田李衣菜「こちらこそだよ。久しぶりだったけど、飛鳥ちゃんとのラジオはやっぱり楽しいね!」

未央「流石は我らが名誉リスナー!褒めてつかわす!」

飛鳥「お褒めにあずかり光栄、かな」


収録が終わり、今は楽屋で一段落中。全部食べるわけにもいかなかったケーキを頂きながらのトークは、さながらカフェでの女子会の一幕のよう。


未央「次もまた来てくれるかな?」

飛鳥「フフ、もちろんさ。いつでも呼んでくれ」

未央「…もー、あすあすったら!そこは『いいとも!』って返すところー!」

李衣菜「まあまあ、良いじゃん!来てくれるんならさ」

飛鳥「ボクも勉強になることは多いし、何だったら準レギュラーにしてくれても…」

李衣菜「あはは、それ良いかもね!」

――――
――
未央「じゃーね、あすあす!バイバーイ!」

飛鳥「ああ。またの機会に」

李衣菜「誕生日おめでとー!」


背中で声を受けながら楽屋を後にする。

さて、後事務所に戻ろう。連絡は移動しながら入れるとしようかな。


タクシーを拾い行先を伝えると、車はゆっくりと動き出す。


灰色の空に、灰色のビル。移り往く景色を漠然と見つめていると、思考が泡のように雑多に浮かんでは消えていく。

…1日にケーキを2度も食べる機会などそうないだろうな。食べるからにはしっかり消費しなければ。

…領収証を受け取りそびれないようにしないとね。昔一度だけ受け取り損ねたら、回りまわってプロデューサーに交通費として払わせてしまったことがあった。「アイドルに払わせる訳にはいかない」なんて言ってたっけ。
アイドルが相手だろうと、ちひろは容赦してくれない。優秀な事務員サンだよ、全く。

…そういえば海に行くと言っていたが、日程は合うだろうか。夏になる前に、プロデューサーに相談してみるとしよう。

飛鳥「…海、か」

「お客さん、何か言いました?」

飛鳥「っ。あぁ、いえ。何でも」


つい思い出しそうになる暗い光景を振り払うかのように、メール画面を開いた端末に目を落とすのだった。

――――――

「「「おめでとう!」」」


扉を開けると共に鳴り響く、快音と祝福の声。入る前の心構えがなければ、恐らく飛び上がるほどのサプライズとなっていたであろう衝撃が、雨となってボクに降りかかる。


飛鳥「ただいま。…なんだか、クラッカー隊が多いような気がするな」

市原仁奈「飛鳥お姉さんおかえりなせー!」

龍崎薫「おかえり!もっとビックリするかと思ったのになー」


そう言ってパタパタと走り寄ってきたのは、事務所の中でも1・2を争う花丸元気の一等賞。薫と仁奈の2人だった。


飛鳥「フフ、驚いたさ。普段は2人ぐらいで鳴らすだろう?」

薫「うん!でもね、今日の誕生日は特別だから、みんなでやりたいなって思ったんだ!」

仁奈「なんたってハタチでやがりますからね!仁奈もハタチの気持ちになりたいな!」

荒木比奈「みんなで鳴らせば良いと思って、多めに買ってきてたんスよ」

結城晴「せっかくだからな。あんまりはしゃぎすぎるとまたちひろに怒られっけど」

飛鳥「晴、比奈さん」

晴「おっす」

比奈「お疲れ様っス、飛鳥ちゃん。調子はどうだったっスたか?」

飛鳥「ああ。楽しい収録だったよ」

比奈「それは何よりっス」

薫「ねーねー!未央ちゃん元気だった?李衣菜ちゃんは?」

飛鳥「2人とも元気だったよ。元気すぎて、ボクはトークを追いかけるので精一杯さ」

晴「オレも久しぶりに会ってみてーな、あの2人」

薫「今日はね、ケーキもちょっと大きいの買ってきたんだよ!」

仁奈「みんなで食べるんだー!」

飛鳥「そうなのか、楽しみだね。…祝われる立場のボクが言うのも何だが、キミ達だけではないんだろう?」

晴「何人か買い出しに行ったんだ。飛鳥の帰りが以外と早くて、今頃大慌てだぜ?あいつら」

比奈「レッスンあがりの子達も、もうすぐ戻ってくると思うっス。それまではちょっとのんびりしてるっスかね…」

仁奈「比奈お姉さんはいつものんびりしてるような気がするですよ?」

比奈「うぐ」


見慣れた顔に出迎えられると、やはり心が安らぐものだ。

もう6年も通ったこの事務所が、いつもの顔ぶれのいるこの場所が。すっかり居心地の良い場所となった証だろうか。


そのうち皆が戻ってくれば、また少なからずもみくちゃにされるのだろう。どうやら今日はいつもの誕生祝いよりも、少々規模が大きいようだから。それまでは比奈さんの言う様に、束の間の休息とさせてほしいね。

全く、成人したぐらいで大袈裟だ…。なんて、皆の好意を無下にする無粋なことは言わないけれど。例年通りささやかに済ませて欲しかった気分が半分、それでも滲み出る嬉しさは半分、といったところだ。


…そうしている間に、ほら聞こえてきた。アイドル達の陽気な足音が。


飛鳥「…騒がしくなるな。ここも」

晴「なんか言ったか?」

飛鳥「いいや、何でもないよ」

――――――
――――
飛鳥「…ふぅ」


陽が落ちてから大分経過した。小宴は既に幕を降ろし、事務所も静かに夜を迎え入れようとしている、そんな頃。

ボクは今、事務所の屋上から闇を見下ろしていた。数えきれない明かりが、点を結び線となり、夜の街を照らし続ける。

静謐な暗闇にポツリポツリと光が生まれては消える光景を、静かに見守っている。

飛鳥「~、~♪ ~~♪」


気付けば口笛を吹いていた。口笛を吹くのは昔からの癖。1人の時こそ響き渡る、寂寥とした音色。

いつもの歌のフレーズからオリジナルのメロディまで。ボクが演奏できる、唯一得意な自慢の楽器。

無意識に吹いていたのは、もう何度も何度も繰り返し歌ってきたあのメロディ。

"明滅する町は ボクらによく似てる" …なんて。


2月の夜は冷えるが、少々火照った身体を冷ますにはむしろ心地よいぐらいだった。


飛鳥「…ッ」


そこに一陣、強い風が出し抜けに吹き付ける。ぼんやりと考えごとをしていた頭を覚ますには、強すぎる刺激。


飛鳥「そろそろ帰ろうか…。いや、でも…」


もう少し此処にいたくて。此処にいれば、自分の中の何かが変わるような気がして。変わって欲しいと願って。

そんな下手な言い訳をしながら。もう随分前から、いたずらに時間を潰していた。


これ以上はいても無益だ。酔いなら既に醒めている。必要以上に体を冷やすだけ。

そんなことは百も承知の上なのに。


飛鳥「~、~~♪ ~~♪」


これきりだと自分に言い聞かせ、言葉にならない想いを乗せて。

オーディエンスのいない最後の独奏に臨んだ、その時。

P「…あれ。なんだ、まだいたの」


背中から声がする。開くハズのない、誰も開けないだろうと踏んでいた扉が、不意に音を立てて開かれる。


飛鳥「…プロデューサー」


それはまるで、いつぞやの焼き直しのようで。時を巻き戻し、あの日のボクらをビデオテープで再生しているような。


3度目となるボクらの邂逅が、今ここに果たされる。


P「もう帰ったかと思ってた」


そう言ってボクの横に並び立つ。いつだってキミは、こうして隣に来てくれたね。


飛鳥「…そう言うキミは、どうして此処に?」

P「コーヒーでも飲もうと思ってさ」


ポケットより取り出した手の中から、缶コーヒーが2本顔を覗かせた。

…何が『まだいたの』だ、全く。お見透しじゃあないか。

P「飲む?」

飛鳥「アルコールとカフェインの組み合わせって、どうなんだろうか」

P「時間経ってるだろ?一緒に飲むんでもないし、大丈夫じゃないか」

飛鳥「そう。…ではいただこうかな」


プルタブを開ける小気味良い音が2つ。ゆらりと湯気が立ち昇る。

くぴりと一口、熱と甘味が口内を覆う。

P「どうだった?初めての酒の感想は」

飛鳥「…正直、何とも言えないかな。少し身体が火照ったぐらいで、あまり変化は感じない」

P「おっ、さてはいけるクチだな」

飛鳥「比奈さんや智香さんが隣で目に見えてゴキゲンになっていくものだから、逆に冷静でいられただけかもしれないけどね」

P「あー…あの2人、あんま強くないから。智香は自制できてるからまだ安心なんだけど」

飛鳥「比奈さんは?」

P「アレはどんどん気分良くなって、気付いたら勝手に寝てるタイプだ。さっき仮眠室で寝てんの確認した」

飛鳥「フフッ。ボクは呑まれないようにしないと」

P「そうだな。今度良い店紹介してやるよ」

P「ラジオ、聞いてたぞ。面白かったな」

飛鳥「フフ。久し振りにあの空気に直に触れてきたよ。楽しい時間だった」

P「常連感ハンパねーんだもん、お前」

飛鳥「準レギュラーにどうかとパーソナリティの2人に売り込んでおいた。キミからもよろしく」

P「んー…まぁそういう話がもしあったら、その時に追い追いしていこうな」


…夢の話も、聞いていたことになるのだろうか。訊いてみる勇気は、芽生えなかった。

P「…」

飛鳥「…」


しばしの沈黙。一口、また一口と手元は少しずつ軽くなっていく。


P「…『口笛』」

飛鳥「?」

P「『さっき吹いてた口笛。もっかい聞かせてよ』」

飛鳥「…!」


知ってか知らずか。6年前の台詞そのままに、キミは平然と言い放つ。

途端に鼓動は早くなる。記憶のリフレインは止まることを忘れ、熱が身体中を駆け巡る。

あの日キミとボクが出会った、夜の海辺の物語。

飛鳥「…。『…何だい、キミ。不審者?』」


まるで台本を読み合わせるかのように。


P「『いや、悪い。こんなところで1人で口笛吹いてるなんて、面白い奴だなと思って』」

飛鳥「『スーツで海に来るヤツに言われたくない』」


思い出のアルバムを、1つ1つ丁寧に捲るかのように。


P「『仕事帰りだからなぁ』」


今も色褪せることなく鮮明に思い浮かぶ光景を、噛みしめるように再現していく。

P「『そっちは?』」

飛鳥「『…何が』」

P「『こんな時間にこんな場所にいるのは、なんでさ』」

飛鳥「『キミには関係ないだろ』」

P「『何か悩み?』」

飛鳥「『…は?』」

P「『若者が1人で海にいるのは、悩みか失恋ってだいたい相場が決まってんの。違う?』」

飛鳥「『…キミに何が理解るんだ』」

P「『分からないから聞いたんだけど』」

飛鳥「『…』」

P「…フフ」

飛鳥「…フ、ククッ。ハハハハ!」

P「あっははは!」


耐えきれず、ついにはお互い笑い合う。こんなことに必死で取り組む姿が、もうどうしようもなくおかしくって。


P「はっは…あー笑った。…この後どうしたんだっけ?」

飛鳥「フッ、フフ。ボクが撤退して、この日はお終いさ。『意味不明だ、気持ち悪い』って」

P「そうだそうだ。俺は真面目に訊いたつもりだったんだけどな」

飛鳥「突然後ろに現れたヤツに悩みだなんて言われても、真面目さなんて伝わらないよ」

P「でも、当たってたじゃん」

飛鳥「…それは、そうだけど。結果的には」


しばらく思い出を語り合うボクたち。まるで昨日の出来事を話すかのようだ。


P「そんで2回目に立ち寄ったら、またお前いるんだもん。ほんとびっくりした」

飛鳥「ボクだって同じさ。偶然にしては出来すぎていた」

P「あの時のストーカー呼ばわりは忘れねえぞ、俺」

飛鳥「警戒していたんだよ」

P「結局まともに会話したの、4回目くらいからだったよな」

飛鳥「2度目は『ストーカー』。3度目の『いい加減通報するぞ』でようやくキミが正体を明かしたんだ」

P「名刺渡したぐらいだけど」

飛鳥「そういえば、これは訊いたことがなかったな…。なぜ、あれだけボクに固執していたんだ?」

P「いやいや。会社帰りにたまたま寄った海辺で、あれだけオシャレして、エクステまで着けて、海で1人口笛吹いてる女子中学生、なんていう数え役満状態だぞ?興味湧かない訳ないって」

飛鳥「…なるほどね」


どれもボクなりの抵抗のつもりだったけれど。そのおかげでこの奇妙な出会いがあったというならば、悪い気はしない。


P「あの時も今も。同じように口笛吹いてるんだなって思ったら、なんか懐かしくなってきてさ」

飛鳥「…」

P「だからさ、改めて聞かせてくれない?」

飛鳥「…やれやれ、仕方ないな。今日は特別だよ」

飛鳥「~♪ ~~♪」


わずか1人の観客を追加して、今宵最後のリサイタルが開かれる。

ステージも、伴奏も、ちゃんとした衣装もないけれど、これくらいが丁度良い。

自然と口から溢れ出たのは、記憶の片隅で生き続ける、どこかで聴いた名前も知らないあのメロディ。

キミに声を掛けられたあの時も吹いていたフレーズを、もう一度。

――――
――
P「…うん、良かったよ。上手いもんだな」


終演の余韻を後に、そうキミは言う。


飛鳥「これくらい、なんてことないさ。人並み程度だよ」

P「でも俺、口笛吹けないからさ」


そう言って、スーフーと音にならない吐息を漏らし始める。…これはこれで、案外見ていて楽しい。


飛鳥「フフッ。吹けたところで、別に威張れるようなものではないさ」

P「そうは言ってもなー」

飛鳥「~♪」

P「おのれ、これ見よがしに…」


口笛が吹けるヤツはかっこいい、なんて思って真似し始めたのはいつからだったか。

最初にぴいと音が出て、たまらなく嬉しかったのはいつだったか。


飛鳥「…ずっと」

P「?」

飛鳥「ずっと吹いてきた」


自分でも思わない訳じゃない。ハタチにもなって口笛なんて、と。

意味もなく、何の付加価値もないままに、奏でた年月だけは積み重なった。

飛鳥「あの日も今も、変わらず奏で続けていると、キミはさっきそう言った。ボクも同じように思うよ」

P「そっか」

飛鳥「キミと出会ったあの日から6年…流れゆくセカイの中で口笛を吹いている間に、いつの間にか6年経っていたような感覚さ」

P「…」

飛鳥「いや。もっと言えば、20年すら足早に過ぎて行った気がするな。今となってはね」

P「…早いよなぁ、ホント」


光陰矢の如しとはよく言ったモノだと思う。気付けば20歳だ。

P「…なあ」

飛鳥「何だい」

P「…飛鳥はさ、」

飛鳥「?」

P「あの時言ってた奴の答え、見つけられた?」

飛鳥「…」


不意に核心を突かれ、思わず沈黙してしまう。…ああ、キミってヤツは、本当に。


P「あの頃、夜に家を抜け出してまで掴みたがっていた何かを。飛鳥は、あれから見つけられたのかなと思ってさ」

飛鳥「…お見透しというワケか。敵わないな、キミには」


飛鳥「…。ボクには、何も見えていなかった」


一呼吸置いて、独白を始める。


飛鳥「理解らなかったんだ。何を為すべきか。ボクが其処にいた理由。…ボクは何者なのだろう。ってね」


妙に刺々した何かに取り憑かれていて。

家と学校をただ往復するだけのつまらない日常に嫌気が差していて。

ボクという存在の価値がどれほどのものか、当時のボクには知る由もなくって。

飛鳥「ココロ惹かれる何かにも出会えなかったし、将来の夢なんて訊かれても答えられなかった」


逃れようのない濁流のような日常に流されながら、諦念に近い状態で退屈を過ごしていた。

どこかに飛び出したい。何かを変えたい。

何かって何だ。自分を?それとも、こんな気持ちにさせる世の中を?あるいは、両方。

揺れていた心にとって、セカイはまるで広すぎて何も見えてこない海。


飛鳥「とうとう抑えきれなくなって…夜まで待って家を抜け出したのがあの日さ」


普段とは違う自分になりたくて、ボクなりの最高のオシャレをキメて。

学校では許されない、エクステも装着して。

そうすれば、何か変わると信じて。

P「そこで俺と会った、と」

飛鳥「そこから先は知っての通りだよ」


最初は不審者だと思った。突然話しかけてくるスーツの男なんて怪しい。怪しすぎる。しかも、そんなヤツに口笛を聞かれたというのがちょっぴり恥ずかしくて。

逃げるように帰る道すがら、知らない男に話しかけられたのがだんだん怖くなったっけ。

…でも。どういうワケか口笛を褒めてもらって。悩みがあることも言い当てられて。

それまで会ったこともないような変なオトナと出会ってしまった事実に、どういう訳かワクワクし始めている自分もいて。

そんな自分に、ボク自身が一番驚いていた。


流石にしばらくは反省した。なんて愚かで、危険な行為だったろうと。

でも、高揚を知ってしまった衝動はもう止められなくて。10日ほど期間を空けた後、もう一度家を抜け出したのだ。

…まさか再びキ彼と巡り会うとも知らずに。

曰く帰りに立ち寄っただけで、本当に偶然だったとキミは言う。

何の因果か、その後も何度か同じ場所で会うこととなる。


彼がアイドル事務所のプロデューサー…の、まだまだ新米であることを知ったのは、1枚の名刺から。これが3回目の遭遇。

名刺に書かれた住所が、実際にアイドルを排出している清廉潔白な会社であると調べ、少なくともいかがわしい存在ではないと判明したのが、4回目。


そうして遭遇と会話を何度か重ねる内に、学校のことや世間話、いつしか悩みですら話してしまう不思議な関係になったのは…我ながら油断しきっていた、と言うべきなのだろうか。

それだけキミとの時間は魅力的で、刺激的だった。


飛鳥「キミなら、何でも聞いてくれるような気がしてね」

P「相手の話を聞くのも仕事の内だし、慣れてただけだよ。多分」

飛鳥「それでもだよ」

飛鳥「ボクが話せば、キミはいつもキミなりの答えをもって返してくれた」

P「当たり前のことだと思うけどな」

飛鳥「キミはボクの知らない答えを。鍵を。何でも持っているような気がして」

P「生きてる年の違いだ、きっと」

飛鳥「…キミには見えてることでも、まだボクには分からなくて」

P「…」

飛鳥「それが嬉しくて。でも、少し悔しくて。羨ましくて」


吐く息が、目に見えて白さを増していく。


飛鳥「…もし、キミと一緒だったら。そう、キミと旅に出られるのなら」


言葉に熱がこもっていくのが、自分でも理解る。


飛鳥「遠くまでいける。きっと、ボクは飛び立てる。…そう、思えたんだ」

飛鳥「つい悩みを吐き出した時。ボクをすごい奴だと、キミは言った。覚えているかい」

P「…そうだったな」


かつて彼に言われた言葉を、そっくりそのまま復唱する。


飛鳥「『俺が中学生の時はそんな風に考えたこともなかったよ。…すごいな、君は』

『自分が生きてる証だなんて立派なもの、誰も教えちゃくれないし、すぐに分かるようなものでもない』

『その内大なり小なり選択しなくちゃいけない時が必ずやってくる。具体的には…そうだな、受験とか』

『自分で選んだその道を歩いたり走ったりしてる内、自然に見えてくるものなんじゃないかと思うんだ』

『それでも見えてこない時もある。色んな要素が絡んで、見えない人だっている。大人にも、たくさん』

『必死になって光を探して、がむしゃらだろうと行動してる君は…何て言うか、カッコいいな。すごく』」


ボクをわずかながらでも変えた、目の前の霧を払ってくれたその言葉を。

P「…昔のことよく覚えてるなぁ」

飛鳥「フフッ、当然さ。ボクにとっては殺し文句だよ?」


あれから随分、時間が過ぎた。

選んだことも、変わったことも、あの頃と比べてずっと増えた。しかし、変わらないものも確かにある。

考え方も、ものの見方も。少しは大人になれたと思っていたけど。

あの時のままの気持ちで、ここへやっと辿りついているだけに過ぎない。


飛鳥「アイドルの道だってそう。考えて、悩んだ上で。ボクが自分で選んで進んできた、第一の道さ」


あの時キミに示された、最初の分岐点。その選択は偶然か、あるいは必然か。


飛鳥「たくさん、本当にたくさんのものを見つけたよ」

飛鳥「止まない歓声。感動。自信。不安に後悔、挫折。それに…」


過去の自分を思い浮かべては指折り数える。両の手で足りなくなる頃には、その姿はまるで祈りを捧げるようで。


飛鳥「出会いも、別れもあった。その数だけ、皆がボクに力をくれた」


ファンが、仲間が、そしてキミが。ボクに光を見せてくれる。


飛鳥「ああ、そうそう。衣装もたくさん着たね。どれも素晴らしい体験だったよ」

P「…このお洒落さんが」

飛鳥「フフッ。歩いてきただけというのに、こんなにも得るものがあったんだ。キミのおかげでね」

飛鳥「…でも、まだだ」


――答えは見つかったのか


飛鳥「まだ、足りない」


――掴みたかったものは手に入れられたのか。


飛鳥「ボクはただ、ここまで…遥か遠くまで、歩いてきただけに過ぎない」


キミが投げ掛ける問に。今、誠心誠意をもって答えよう。


アイドルとしての日々は、ボクに数多の煌めきを与えてくれた。これまでも、そしてきっとこれからも。


飛鳥「果たしてボクは何者で、何をするために生まれたのか」


一方で。それが人生の全てだなんてボクは思わない。何かを選ぶ瞬間は、いつかまた必ずやって来る。


飛鳥「ボクがボクで在る証とは一体何なのか」


アイドルというフィルターに頼らない、純なる二宮飛鳥が求めた自身の存在の理由を。ボク自身、未だ探している途中なのだ。


飛鳥「まだ全てを理解するには至っていない」


全てを知らずには、いられない。よって、故に、だからこそ。自信を持って放てる言葉がある。


飛鳥「ボクの存在証明は、まだ終わってなんかいないんだ!」

飛鳥「…そういう訳だから。キミには、もうしばらくボクに付き合ってもらう必要がある」

P「…そうか」

飛鳥「ああ」

P「やっぱカッコいいよ、お前」

飛鳥「そうかな」

P「二宮飛鳥は。まだ、アイドルでいて良いんだな?」

飛鳥「フフッ。楽しいからね、今が」

P「…良かった」

飛鳥「こちらこそ。…キミで良かった」


缶に残った最後の一口を、一気に飲み干す。…残った温もりは僅かだけれど、心はこんなにも温かい。


飛鳥「コーヒー、ありがとう。ご馳走様」

P「…おう。っと、もうこんな時間か」

飛鳥「長居しすぎてしまったかな。…時間は、大丈夫なのかい」

P「?」


左手にちらりと視線を送る。


P「ああ…平気平気。今日は多分遅くなるって伝えてるし、ビールでも飲んで今頃夢の中だろうさ」

飛鳥「なら、良いけど」

P「飛鳥の誕生日に駄々こねるほどガキじゃないだろ。あいつも」

P「っし、帰るか。送ってく」

飛鳥「…では、お言葉に甘えようかな」


そうして、2人で屋上を後にする。

扉に手をかけて、刹那。言い様もない感情に覆われて。誰かがいたような気がして。つい振り返る。


歌を口ずさみながら、まるで誰かを、あるいは何かを待っている。

幼気で、痛い気な少女の後ろ姿が。幻影のように目に映った気がした。


飛鳥「…」

P「どうしたー?」

飛鳥「…何でもないよ」


…彼女は一体、誰とどんな出会いを果たすのだろうね。

――――――

1人の男と共に、夜の砂浜にいた

ふわふわとした、ほの暗い空間で

しかし2人の周りだけは、スポットが当てられたように明るくて

交わす言葉も、やけにはっきりとしていた


――例えばさ。アイドルには、興味ない?

『…え?』

――君となら、何か面白いことができそうだって。実は前から思ってたんだ

『話が、見えてこないな』

――…俺には、君の悩みの直接の答えは分からないけど

『うん』

――君が望むなら。答えを探して、見つけ出すまでの手伝いならできる

『…つまり、ボクにアイドルになれと』

――なれ、だなんては言わない。でも…色々と目新しいものは、きっと見つかる。保障する

『…キミは、一体』

――――
――
飛鳥「……ん」


朝は誰にでも平等にやってくる。もちろんボクにも。

同じ海でも、いつもとテイストの違った海の夢を見た。


飛鳥「… …」


あの日を夢に見るなんて。昨夜のやり取りは、よほど記憶の回路を刺激してくれたようだ。

なかなかやるじゃないか、ボクの夢。

それは、アイドルへの招待状。開幕に先立つ、2人きりでのプロローグ。

飛鳥「…フフッ」


言葉にならずに、笑った。そんな朝だった。


…さて、ウェイクアップ。目覚めようか。

ベッドから跳ね起き、手帳を開く。なんだか身体の調子も、普段より良いように感じるね。


飛鳥「午前は講義、昼からはレッスンだから…」


なあ、聞いてるかい。14歳のボク。

ボクは今、ボクなりにアイドルを楽しんでいるよ。

新しい出会いも経験も、数えきれないぐらいできたんだ。

だから安心して、ソイツと旅に出れば良い。


まだまだ寒い2月の朝。キミは今頃、事務所に向かっている頃だろうか。

それとも、行ってきますを言っているところかな。


並んで仕事に向かうなんてことはすっかり減ってしまったけれど。

どうか、これからも一緒に歩んではくれないだろうか。

例え足元の道は違っていても。進む方向が同じなら、きっとボクらは共に往ける。


片や事務所に、片や学校に。キミはプロデューサーで、ボクはアイドルで。



それぞれの道を歩いてた、キミとボク。

おわりです。飛鳥の一人称SSでした。

6年後という設定を良いことに妄想のオンパレードでしたが、ご容赦ください


原曲にした(つもりの)曲が一応あります。途中吹いてる口笛も、そのメロディをイメージしてました

飛鳥の口笛に関する記述を最初に見た時からずーっと頭には浮かんでいたものの、アウトプットする機会がなかなか見つからないまま脳内で捏ねてたお話です。
20年という歳月をお話に組み込むには誕生日のイベントが良いかな、ならついでに誕生日に投稿できればベストかな、などと思いながら書いたつもりです。間に合って良かった

拙い文でしたが、ようやく形にすることができて良かったかなと思っています

タイトルもお借りしているので、もし興味が湧いた方がいれば聴いてみてください


誕生日おめでとう、飛鳥。これからもよろしくね

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