幼女「お医者さんごっこするれす」 メイド「嫌です」 (117)

幼女「私のしょうらいの夢はりっぱなお医者さんになることれす」

メイド「はい」

幼女「共和国くっしの名医であるお母様みたいになりたいのれす」

メイド「きっとなれますよ、お嬢様なら」

幼女「今はまだ20くらいしか文字がよめないけれど、いっぱい勉強してがんばるのれす」

メイド「頑張ってくださいね」

幼女「というわけで、お医者さんごっこするれす」

メイド「嫌です」

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幼女「なぜ嫌なのれすか?」

メイド「職務外ですので」

幼女「メイドの仕事は私のお世話……違うれすか?」

メイド「違いませんね」

幼女「なら私の言う事を聞くのも仕事のうちれす」

メイド「いいえ、私の今の最優先事項はお嬢様にご飯を食べていただくことです」

幼女「むう」

メイド「さあ、今日の夕食を持ってきますので、しばらくお待ちください」

幼女「お母様は一緒に食べないれすか」

メイド「ご主人様は隣町の流行り病を調べに行っておられます、今日はお戻りにならないかと」

幼女「流石はお母様なのれす?」

メイド「そうですね、ご立派です」

メイド「お嬢様も沢山ご飯を食べて早く成長しないといけませんね」

幼女「はー、気が乗らないのれす」

メイド「はい、こちらが本日のご夕食です」

幼女「はー……やっぱりなのれす」

メイド「何かご不満でも?」

幼女「……何時も言ってるのれす」

幼女「このお皿の真ん中にあるのは、何れすか」

メイド「何って……」


肉「オラァ」


メイド「ステーキですが」

幼女「はぁー……」

メイド「ちゃんと噛み切れるよう切れ目も入れてますから大丈夫ですよ」

幼女「お肉とか、ないれす、ありえない」

幼女「もっとアスパラガスとかピーマンとか持ってくるれす!」ドンドン

メイド「何でお嬢様は全国の子供が食べたがらない野菜を率先して摂取しようとするのですか」

幼女「好きだからに!決まってるのれす!早く!持ってくるのれす!」ドンドンドン

メイド「お肉を食べないと大きくなれませんよ」

幼女「ううー……」ギリギリ

メイド「ご主人様からも厳重に命令されていますので、好き嫌いをなくさせるようにと」

幼女「……」

幼女「つまり、メイドは私がお肉を食べないと困る、という事れすね」

メイド「まあ、そういう事になりますね」

幼女「くっきっきっきっ」ニタア

メイド「何時も思うんですけど、お嬢様って普段は愛らしいのに笑う時だけ悪魔みたいですね」

幼女「私がお肉を食べないと、メイドがお母様に叱られる……」

メイド(叱られるのはお嬢様もですけどね)

幼女「ここで私がお肉を食べてあげれば……メイドに一つ借りが出来ると言うことれす?」

メイド「……まあ、そうなりますね」

幼女「ならばギブアンドテイク……取引と行くのれす」

メイド「はあ」

幼女「私はステーキを食べてあげるのれす、その代わり……」

メイド「その代わり?」

幼女「お医者さんごっこするのれす」

メイド「……どうしてそんなにお医者さんごっこに固執するんです?」

メイド「夢を壊してしまうようでなんですが、ごっこ遊びしてもお医者様には近づけませんよ?」

幼女「単純に自分以外の人間の身体に興味があるだけれす」

幼女「昔、お母様の身体は散々観察したれすし、今度はもう少し若い人間の身体を観察したいのれす」

メイド「……」

幼女「どうしても、いやれすか?」

メイド「いえ、どうしても、というわけではありませんが……」

幼女「ひょっとして……」

メイド「え?」

幼女「ひょっとして、貧相な胸を見られるのが嫌なのれすか?」

メイド「……」ピクリ

幼女「大丈夫なのれす、メイドはまだ若いし、これから成長する可能性もないではないれすよ?」

幼女「私みたいに毎日ミルクを飲むとよいのれす?」

メイド「あはははは、お嬢様はお優しいですねえ」グリグリ

幼女「ぷぷっ、口にお肉を突っ込んでくるのはやめるれす、や、やめっ」ジタバタ

幼女「ぺっぺっぺ、ううー、口に残る汁がキモイのれす」

幼女「けど、食べてやったのれす」

幼女「これでお医者さんごっこは……」

メイド「では食器を片づけますね」

メイド「それが終わったら湯浴みをして就寝です」

幼女「え?」

メイド「はい、浴場に行きましょうね」グイッ

幼女「ううう、約束が違うのれす……」ズルズル

~浴場~


メイド「はい、ごーしごーし」

幼女「うう、もっとゆっくり髪洗うれす、泡が眼にはいるれす」

メイド「眼を開けているからですよ」

幼女「眼を閉じれない理由があるのれす」

メイド「言っておきますが、私は服を着てるので裸とか見えませんよ」

メイド「お嬢様は丸見えですが」

幼女「むききききー!」ブンブン

メイド「暴れないでください」

~寝室~


幼女「離すれすこのばかぢから!」ジタバタ

メイド「はいはい、馬鹿力でわるうございました、大人しくベットに入ってくださいな」ズルズル

幼女「ううううー……」

メイド「ちゃんと布団かぶって、今日は寒いですからね?」

幼女「……」

メイド「では、また明日の朝起こしに来ますので」

メイド「おやすみなさいませ、お嬢様」

幼女「……」ギュ

メイド「お嬢様?裾を離してください」

幼女「……おいしゃさんごっこ」

メイド「……はぁ、もう、判りましたよ」

メイド「明日、お付き合いしますから……今日はもう休んでください」

幼女「……ほんとれすか?」

メイド「本当です」

幼女「約束、れすよ?」

メイド「約束です」

幼女「ちょろいれす」

メイド「はいはい……」

~翌日~

幼女「ようし、朝ごはんも食べたので始めるれす」

メイド「……本当にするのですか?」

幼女「約束れすしね?」

メイド「……判りました、判りましたよ」

メイド「けれど、後悔しても知りませんよ?」

幼女「随分自信があるようなのれす、その根拠、全て暴いてやるのれす」

幼女「はい、今日はどうしたれすか、どこか痛いところとかあるのれすか」

メイド「いえ特には」

幼女「自覚症状なしれすね、これは重症れす」カキカキ

メイド「はぁ」

幼女「じゃあ、そこのソファーに横になってくらさい」

メイド「……」

幼女「はやく」

メイド「……」フゥ


ゴロン



幼女「さて、おねむの音を聞くれす!」

メイド「……いいですけど」

幼女「はい、痛くしないれすからね、緊張しては駄目れすよ~」ゴソゴソ

メイド「……」

幼女「ほーら、メイドの貧相なおねむ……が」ガバッ

メイド「……」

幼女「……」

メイド「……」

幼女「……なにこれ」

「私は、言ってしまえば実験動物だったんです」

「お嬢様には刺激が強いので具体的には言いませんが」

「簡単に言うと、悪魔と人間の力を併せ持つ存在を生み出そうとしたらしいですね」

「私の身体が傷だらけなのも、胸が文字通り存在しないのも、全てその実験のせいです」

「勿論、大半が失敗してしまいましたが、私は何とか生き残る事が出来ました」

「生き残って、逃げ延びて、ご主人様に助けていただきました」

「ああ、こんな酷い有様ですが、今はもう痛くはないのですよ」

「私が人よりも少し頑丈で力持ちなのは、実験の恩恵でもあるのです」

「お陰で、食料を買い出しに行くときとか、とても助かっています」

幼女「はー、メイドにそんな過去があったなんて、知らなかったのれす」ペタペタ

メイド「はい、話す必要もありませんでしたので」

幼女「それにしても、お母様はやっぱり格好いいれすね、正義の味方みたいれす」ペタペタ

メイド「私にとっては文字通り救世主でした」

幼女「この、お腹のでっかい傷もその時のものなのれすか」ツー

メイド「……そうですけど、お嬢様?」

幼女「なんれす?」

メイド「えっと、その……気持ち悪くないのですか、さっきから平気でさわってますが」

幼女「いや、べつに」

メイド「けど、あまり……見ていて楽しい物でもないでしょう?」

幼女「楽しくはないれすね」

メイド「……はい」

幼女「けど、これはメイドが頑張った印なのれす?」

メイド「は?」

幼女「メイドはさっき言ったのれす、大半が失敗したと」

幼女「実験に失敗した人は、死んでしまったのれすよね」

幼女「けれどメイドは生き残った」

幼女「生き残って傷を与えられ続けて」

幼女「……それでも」

幼女「それでも諦めなかったのれすよね」

幼女「頑張ったのれすよね」

メイド「……」

幼女「じゃあ、私はその印をちゃんと見てあげたいのれす」

幼女「他人じゃないのれすから」

幼女「それとも、私に傷を見られるのはいやれすか?」

メイド「……別に、平気ですけど」

幼女「この背中の傷も酷いのれす」ペタペタ

メイド「……はい」

幼女「痛かったれすか?」

メイド「……はい」

幼女「そうれすか」

メイド「……」

幼女「良く頑張ってくれたれす」

メイド「……」

幼女「メイドが頑張らなければ、私はメイドに会えなかったれす?」

メイド「……はい」

幼女「こうしてお話しする事も、できなかったれす」

メイド「……はい」

幼女「だから、この傷を見てても楽しくはないけど」

幼女「気持ち悪となんて思うはずがないのれす」

メイド「……は、い」

メイド「お嬢様、申し訳ありません」

幼女「何がれすか」

メイド「いえ、私はお嬢様はもう少し……えっと、頭が……」

幼女「……え、ひょっとして頭が悪いと思ってたとかそんな感じの感想が出そうなのれすか?」

メイド「……いえ、そうではなく」

幼女「じゃあ何なのれすか」

メイド「……」

幼女「……」

メイド「……正直、怯えられると思っていたのです」

メイド「私は……それが怖かった」

幼女「……ぷふー!」

メイド「え?」

幼女「怯えるって、そんなはずないじゃないれすか」

幼女「私はこっそり隠れてお母様の人体解剖図艦とかを覗き見しても平気なんれすよ」

幼女「そんな私が怯えるって、ぷふー、ぷふふー!」プクク

メイド「……」

幼女「ぷっぷすすー!」

メイド「……確かに怖がっていた私が馬鹿でしたね」ハァ

メイド「お嬢様の精神力は一級品です」

幼女「当たり前なのれす、私を誰だと思ってるれすか?」

メイド「……そうでしたね」

メイド「貴女は好き嫌いが多くて、我儘で、自信過剰で……」

幼女「あー、うるさいれす、うるさいれす、小言は聞かないれす、あーあー」ミミガード

メイド「……勉強家で、可愛くて、優しくて」

幼女「あーあー、聞こえないれす、あーあー」ミミガード

メイド「大切な、大切な、私のお嬢様です」

幼女「あーあーあー」ミミガード

メイド「……」クスッ

~数日後~


幼女「お母様が帰ってきたれす!帰ってきたれす!」ピョンピョン

メイド「はいはい、お行儀よく待ちましょうね」

メイド「市長さんへの報告が終わればご帰宅されるそうですし」

幼女「歓迎式をするのれす!野菜料理でもてなすのれす!」

メイド「いえ、ご主人様は普通に肉の方がお好きですので」

幼女「ぶー」

メイド「けど、早く戻れてよかったですね」

メイド「もう冬季ですし、雪が降り始めれば来春まで戻ってこれない可能性もありました」

幼女「今年も冬籠りするのれすか?」

メイド「ええ、食料の貯蔵ももう終わってます」

メイド「井戸水の温度も測りましたが、例年通り温度高めですし、凍結の心配はなさそうです」

幼女「雪は嫌いじゃないれすけど、家が埋まってしまうくらい積もるのは勘弁してほしいのれす」

幼女「折角お母様がコートを買ってくれたのに、外に出れないなら意味がないれす」

メイド「土地柄仕方ありませんね、南の帝国辺りまで行けばもっとマシらしいですが……」


カランカラン


「ただいまー」


幼女「……!」

メイド「あ……」

幼女「お母様お母様お母様ー!」ダキッ

女医「おー、可愛いわが子よ~♪」ダキッ


キャッキャッ


メイド「ご主人様、おかえりなさいませ」ペコリ

女医「うん、メイドちゃんただいま、何か変わった事あった?」

メイド「いえ、特には……」

幼女「お母様!私、ちゃんとお肉食べれたのれす、好き嫌いはこれでそつぎょうれす?」

女医「おー、偉いねえ、流石は私の子供~」ナデナデ

幼女「わあい♪」

女医「それで、帰って早々なんだけど……メイドちゃん」

メイド「はい」

女医「離れにある手術室って使えるようにしてる?」

メイド「はい、消毒は毎朝しておりましたが……」

女医「良かった、実は渓谷の橋で事故があったらしくて」

女医「もうじき、患者が何人か運び込まれてくると思うから」

メイド「判りました、カートを準備しておきますね」

女医「うん」

女医「という訳で、私はちょっと手術室に籠る事になっちゃうの」

女医「ごめんね、あんまり相手してあげられなくて」ナデナデ

幼女「お母様のお仕事は大切なのれす、だから私は全然平気なのれす」

女医「ん、良い子ね」チュッ

幼女「お母様も頑張ってなのれす」チュッ

女医「よし、エネルギーも注入で来た事だし、いっちょ頑張りますか!」




メイド「ご主人様、患者さん達が手術室へ運び込まれました」

女医「ん、ありがとね、あの子の事、お願い」

メイド「はい、ご主人様も、あまり無理をなさらず」

メイド「さて、お嬢様、歓迎式は明日にして、今日はもうお休みしますか?」

幼女「……」

メイド「お嬢様?」

幼女「……見たいのれす」

メイド「え?」

幼女「お母様のお仕事、見たいのれす」

メイド「……どうしてです?」

幼女「早くお医者様になりたいかられす」

幼女「ご本にも書いてあったれす、読むよりも見た方が得られるものがたくさんあると」

幼女「だからメイドの身体も見た、お母様の身体も、私の身体も」

幼女「だから、次はお母様のお仕事を見たいのれす」

メイド「……それは難しいでしょう、我々が手術室に入っても邪魔なだけです」

幼女「覗くだけでもしたいのれす」

メイド「手術中は扉開かないですよ、窓は高い所にあるので、お嬢様が覗くのは物理的に不可能かと」

幼女「……」チラッ

メイド「……」

幼女「……」チラッチラッ

メイド「何故こちらをチラチラ見るのですか」

幼女「……メイドは割と、背が高いのれす」

メイド「確かに私の背は高いですが……それでも手術室の窓を覗くなんて無理ですよ?」

幼女「なら、私とメイドを足せばどうれす?」

メイド「……まさか」

幼女「ふっひっひー」ニヤリ

~庭~


メイド「……はぁ、私は何をしてるのでしょうか」

幼女「メイド、揺らしちゃだめなのれす、怖いのれす」

メイド「仕方ないでしょう、雪で足場が悪い中で肩車しているのですから」

幼女「そこは根性で何とかしてほしいのれす……つべたい!」

メイド「どうしましたか?」

幼女「うう、ツララが顔にあたったのれす……」

メイド「刺さってませんよね?」

幼女「刺さってたら喋れないれす」

メイド「それはそうですが……」

幼女「よし、窓に、窓にもうすぐ手が届くのれす」

幼女「よい、しょ……」

メイド「お嬢様、立っては危ないです」

幼女「平気れす、ほら、中が……見え……」

メイド「見えましたか?」

幼女「……」

メイド「お嬢様?」

幼女「……うわあ」

メイド「え?」

幼女「血が、血がいっぱい出てるのれす」

幼女「お母様も、血まみれなのれす」

幼女「ああ、あんなに、あんなに」

幼女「メスが……」

幼女「……身体を」

幼女「……」

幼女「……」

幼女「……」

幼女「……ひとのからだって」

幼女「あんなふうに……」

幼女「しっては、いたのれす」

幼女「ご本で、よんでは、いたのれす」

幼女「メイドのきずだって、みたのれす」

幼女「けど、けど、本当のからだのなかは」

幼女「……」

幼女「あんなに、あかくて」

メイド「お嬢様?」

幼女「……」フラッ

メイド「あ……」


グラッ


メイド「お嬢様、危ない!」


ガシッ


メイド「な、何とか受け止められました……良かった……」

幼女「……」

メイド「お嬢様?だ、大丈夫ですか!?」

幼女「……だい、じょうぶなのれす」

メイド「お嬢様……」ホッ

幼女「……すごい、ものをみたのれす」

メイド「え?」

幼女「すごかったのれす……」

~自室~


メイド「待っていてください、今温かい飲み物を持ってきますので」

幼女「……」

メイド「お嬢様?」

幼女「メイド」

メイド「はい」

幼女「……お医者さんごっこしたいのれす」

メイド「またですか?」

幼女「……」

メイド「今日は休んでください、また明日にでもお付き合いしますから」

幼女「いま、したいのれす」

メイド「……」

幼女「だめ、れすか」

メイド「……仕方ありませんね、少しだけですよ?」ハァ

幼女「……」

幼女「では、横になってほしいのれす」

メイド「問診は無しですか?」

幼女「横になってほしいのれす」

メイド「はいはい……」

幼女「お洋服を脱がすのれす」

メイド「どうぞどうぞ」

幼女「……」

メイド「……」

幼女「……」

メイド「お嬢様?」

幼女「……」ペタペタ

メイド「くすぐったいです」

幼女「……メイド、暖かいのれす」

メイド「当たり前ですね」

幼女「どうしてれすか」

メイド「だって生きてますから」

幼女「生きているって何れすか」

メイド「何って……突然そんな難しい事を聞かれても……」

幼女「……」

メイド「ええと、心臓が動いている事でしょうか」

幼女「……そうなのれす、心臓が動いて血液を身体じゅうにまわしてるのれす」

幼女「脳や肺や胃や腸や腎臓や肝臓は、その血液によっていきているのれす」

幼女「知っていたのれす、そんな事は、知っていたのれす」

幼女「だから、血液が無くなれば人はしんでしまう」

幼女「心臓が動かないと人はしんでしまう」

幼女「心臓を維持する機関が動かないと人はしんでしまう」

幼女「わかっていたのれす、そんなことは」

幼女「メイド、手を出してほしいのれす」

メイド「は、はい」

幼女「……」ギュ

メイド「……」

幼女「……トクトク、感触がするのれす」

メイド「はい」

幼女「メイドの身体には、ちゃんと血がまわってるのれす」

幼女「メイドは生きてるのれす」

メイド「……はい」

幼女「さっき見た手術室では、いっぱい血が出ていたのれす」

幼女「ひとの身体には、あんなにも、沢山の血が流れてたのです」

幼女「知ってはいても、理解はしてなかったのれす」

幼女「人が生きるには、あんなにも沢山の血がひつようだなんて」

メイド「お嬢様……」

幼女「メイド」

メイド「は、はい」

幼女「抱っこしてほしいのれす」

メイド「……良いですよ」


ギュ


幼女「……ここは、もっとトクトクいってるのれす」

メイド「……はい」

幼女「メイドの心臓は、ちゃんとうごいてるのれす」

メイド「……はい」

幼女「何だか、凄く安心するのれす」

メイド「……そうですか」

幼女「……」

メイド「……」

幼女「……」

メイド「……」

幼女「……」zzz

メイド「……おやすみなさい、お嬢様」

~翌朝~

~食堂~

幼女「むにゃむにゃ、おはようなのれす、お母様……」ギュー

女医「おはよー、我が子よー……」ギュー

メイド「……昨日は結局、徹夜なさったのですか」

女医「うん、ちょっと難しい手術でねぇ、けど何とか峠は越えたよ」

女医「出血がひどかったから、近親者から輸血出来る人を探さないといけないけどね」

幼女「それは良かったのれす、流石はお母様なのれす?」

女医「ふっふっふー、まあね~」

メイド「では朝食をお持ちしますね」

女医「やったあ、もうお腹ぺこぺこ~♪」

幼女「私もぺこぺこれす~」

メイド「はいはい……」

幼女「そういえばお母様、隣町はどうだったれすか」

女医「ああ、あっちねえ……昨日の手術よりあっちのほうが厄介かも」

幼女「む、お母様がそこまで言うのであれば、余程難解な症例なのれすね?」

女医「難解というか……原因が判んないんだ」

幼女「……お母様でも?」

女医「うん」

女医「昨日まで元気だった人が、突然昏睡状態になっちゃうの」

女医「何日も目が覚めず、食事もできず徐々に弱ってきちゃってる」

女医「今は口から管で水や流動食を流し込んで対応してるんだけど、放置してると確実に死んじゃう」

女医「しかも、同じ症状になる人達が徐々に増えてきてる」

幼女「ふむふむ」

女医「空気感染する疫病の可能性もあるから、隣町に残ってしばらく色々調査したんだ」

女医「ほら、私が帰宅した時に貴方やメイドちゃんに感染が広がっちゃうってのは絶対避けたかったからさ」

女医「けど、どうも違うみたいなんだよねえ」

女医「って事は何か、何かを媒介に被害が広がってるんだと思うんだけど……」

女医「そうこうしてる内に軍の医療師団が到着してね」

女医「とりあえずバトンタッチして帰ってきたの」

メイド「はい、お仕事の話はそこまでにしておいてください、朝食ですよ」カタッ

女医「わあい♪」

幼女「わーい♪」

女医「メイドちゃんのご飯、恋しかったんだよね~」

幼女「げ、ハムがあるのれす、野菜を持ってこいと……」

女医「あー、また好き嫌いしてるの?駄目よ?」

幼女「ううう、た、食べるれす、ちゃんと食べるれす」モグモグ

女医「よし、えらいえらい」チュッ

幼女「ふふふ、私はえらいのれす」フンフン

メイド「……」クスッ

~数日後~


女医「いやあ、雪、やまないねえ」

幼女「やまないれすねえ」

メイド「渓谷の橋は先日崩れてしまいましたし、街道の方も雪で埋まってるようですね」

女医「事実上、この町は隔離されちゃったってわけか」

メイド「大丈夫ですよ、食料も燃料もマキも十分な在庫を仕入れています」

幼女「お母様もいるしメイドもいるし、冬籠りの準備は万端れす」

女医「井戸水の温度は大丈夫?」

メイド「はい、例年もより少し温度が高いくらいです」

女医「……高い?」

メイド「ほんの2度くらいですが」

女医「……」

幼女「お母様?」

女医「あ、いや、何でもないよ」ナデナデ

 

ドンドンドンッ


幼女「うわあ、びっくりしたれす……」

メイド「誰か来たようですね」

女医「こんな雪の中を?」

メイド「少し様子を見てきます」スタスタ

幼女「寒いのに御苦労様なのれすね」

女医「……」




メイド「ご主人様、町長さんが話があると」

女医「……判りました、今行きます」

幼女「お母様?」

女医「大丈夫、貴方は家で待っててね?」

幼女「……はいなのれす」

「町長の話は、深刻だったのれす」

「隣町で起こっている昏睡症状がこの町でも発生したとの事だったのれす」

「最初は数人だけだったのれす」

「けど、少しずつ、少しずつ、昏睡者が増えてきたのれす」

「お母様は、忙しく駆け回ったのれす」

「メイドも、お手伝いしたのれす」

「私は、家で待つことしかできなかったのれす」

「それしかできなかったのれす」

「ああ、早く」

「早くお医者様になりたいのれす」

「そうすれば」

「そうすれば」

「お母様の手助けができるから」

幼女「おつかれさまなのれす」

幼女「まあ、お茶でも飲むのれす、暖かいのれすよ」

メイド「ああ、お嬢様、ありがとうございます」

メイド「……」フーフー

幼女「それで、様子はどうなのれすか」

メイド「……あまり、良くはないですね」

メイド「今のところ、患者は30人程度です」

メイド「我が家に収容できる人数ではないので、それぞれの家で安静にしてもらっています」

幼女「思ったよりも少ない?」

メイド「これは判っている範囲だけなのです」

メイド「町は今、雪で半分以上埋まってますし」

メイド「もしかしたら、私達が調べられなかった家々で被害が広がっている可能性も……」

幼女「そう、れすか……」

メイド「けど、大丈夫ですよ、ご主人様がいますから」

メイド「今も皆の家を回って診察してらっしゃいます」

幼女「お母様、無理しないといいのれすけど……」

幼女「あ、雪がやんでるのれす」

メイド「あら、本当ですね……さっきまでは吹雪いていたのに」

幼女「少しだけ、外に出てもいいれすか?」

メイド「外は寒いですよ?」

幼女「お母様からもらったコートがあるから、へいちゃられす」

幼女「このままだと、今季はコート着て外を歩き買いがなくなってしまうれす」

メイド「……なら、少しだけ出てみましょうか」

メイド「私もご一緒いたしますので」

幼女「やったれす!」

~外~


幼女「ふー、二階の出入口を使うのは久しぶりなのれす」

メイド「一階の玄関はもう埋まってますからね、私達もここから出入りしています」

幼女「凄いのれす、他の家も雪で埋まってるれす」

メイド「足元に注意してくださいね、基本的に雪は固まってますが、空洞もありますので」

幼女「わーい♪」ピョン


ズボンッ


幼女「う、うわあ、沈むのれす、助けるのれす」

メイド「だから言ったのに……」

幼女「あ、あれ、何か手に当たるのれす……」

メイド「引っ張り上げますよ」

幼女「何れすかこれ、柔らかい?」

メイド「せーの……」


ヨイショッ


 

メイド「ふう、何とか引き上げられましたか」

幼女「……」

メイド「お嬢様?」

幼女「猫さんだったのれす」

メイド「え?」

幼女「この子……」

メイド「……ああ」

猫「……」

メイド「まだ子供のようですね、何処かの家で飼っていた子が、外に出てしまったのかもしれません」

幼女「じゃあ、飼い主を探して帰してあげないとれすね」

メイド「……いえ、それは難しいかもしれません」

幼女「どうしてれすか」

メイド「……その猫は、もう死んでいるからです」

幼女「……え?」

メイド「子猫は身体が小さい分、寒さに弱いのです」

メイド「この寒空で、しかも雪に埋まっていたのですから」

メイド「恐らくは数時間も持たなかったのでしょうね」

幼女「……けど、まだ柔らかいのれす」

メイド「我々はもう少し早く外に出ていれば、もしかしたら助けられたのかもしれません」

幼女「……そう、れすか」

メイド「……」

幼女「……」

メイド「……このまま野晒にするのも不憫です」

メイド「春になったら、埋めてあげましょう」

幼女「……」コクン

メイド「今、何か袋を持ってきますね」

メイド(……迂闊でした)

メイド(もう少しオブラートに包んで発言すべきでした)

メイド(手術室を覗いた時もそうでしたが)

メイド(お嬢様は大人びているとはいえ、まだ子供なのです)

メイド(生死についてまだ割り切れない事も多いでしょう)

メイド(今後は、気をつけないと……)

メイド「……」

メイド「お嬢様、袋をお持ちしました」

幼女「……」

メイド「お嬢様?」

幼女「ああ、メイド、御苦労さまだったのです」

メイド「あら、子猫はどうされたのですか?」

幼女「……」

メイド「お嬢様?」

幼女「子猫は……生きていたのれす、何処かへ行ってしまったのれす」

メイド「……生きていた?あれで?」

幼女「……雪が、また降ってきたのれす」

幼女「家の中に戻るれすよ、メイド」

メイド「あ、お待ちくださいお嬢様」

幼女「……」トテトテ

メイド「……」

メイド(あの猫は、生きていたのでしょうか)

メイド(どう見ても死んでいましたが、けど)

メイド(死体がないのですから、そうなのでしょう)

メイド(上手く飼い主の元に戻っていてくれると良いのですが)

メイド「……」

メイド「また吹雪きそうですね」

~夜~


女医「ただいま……」ハァハァ

幼女「お母様、お疲れなのれす?」

女医「う、ん、ちょっと疲れたかな……」ハァハァ

幼女「お母様?」

メイド「だ、大丈夫ですか、今温かい物をお持ちしますので!」

女医「ありがと、けどちょっと待ってメイドちゃん……」ハァハァ

メイド「は、はい?」

女医「今日からは、井戸水は使わないで……雪を、雪を溶かして使って……」ハァハァ

メイド「雪を?」

女医「うん、もう少し、早く気付くべき……だった……」ハァハァ

女医「この地域の井戸水は、地熱の影響で、温度が高い……」ハァハァ

女医「冬でも、凍りつく事は無いから、各家庭で水をくみ上げる方式になってる……」ハァハァ

女医「けど、今年は、時間帯によって、温度が違っているんだ……」ハァハァ

女医「通常より水温が高い時間帯に、水を汲んだ家で、昏睡状態が起こっていの……」ハァハァ

女医「多分、この井戸水の中に……原因が……」ハァハァ

幼女「お母様、お母様」ユサユサ

女医「ごめんね、私も、症状が出てるみたい……」ハァハァ

女医「けど、けどね、さっき雪が止んだ時に……隣町にいる医療師団へ連絡しておいたから……」ハァハァ

女医「きっと、彼女達が、治療方法を発見してくれるはず……」ハァハァ

女医「雪がやめば、助けが来るわ……」ハァハァ

女医「だから、それまで、頑張れ……ば……」ガクッ

女医「お母様!」

メイド「ご主人様!」

~隣町~

~医療師団駐屯所~


シスター「治療薬は町の方達に行き渡りました、これでこちらは安心ですね……」

シスター「それもこれも女医さんの連絡のお陰です……」ウットリ

シスター「問題は……女医さんがいらっしゃる街の方ですね」

蝙蝠娘「先ほど街道付近を偵察しましたが、、駄目デスね、街道は全て埋まってるデス」

蝙蝠娘「地を這う人間では進むのは無理デスね」

シスター「何とかなりませんか、我々は至急、治療薬を届けなければならないのです」

蝙蝠娘「この地方の雪は深いデスからね、春まで待たなければ難しいカト」

シスター「貴女一人なら行けるのではないですか?」

蝙蝠娘「勘弁してほしいデス、私達は本来寒さに弱いのデスよ」

蝙蝠娘「この吹雪の中を長時間跳んだりしたら、途中で冬眠してしまいマス」

蝙蝠娘「それに、女医さんから音波魔法で連絡が来た時、私がいないと誰も受信できないデスよ」

シスター「それはそうですが……」

シスター「あれ以来、女医さんから連絡は無いのですよね?」

蝙蝠娘「はい、こちらの音波魔法を受信された形跡もありまセン」

シスター「……心配です」

シスター「心配です心配です心配です、ああ、どうしてあの時、彼女を引き止めなかったのか」

シスター「無理やりにでもお引き留めしておけば……あああ……」ヨヨヨ

蝙蝠娘「相変わらず、隊長は女医さんの事となると眼の色が変わりますネ」

シスター「当然です、あんな素敵な人は他にいません」

シスター「無邪気で可愛くて、それでいて仕事の時は恰好よい」

シスター「あれで一児の母とか、考えられません」

蝙蝠娘「はぁ」

シスター「こうなったら私1人で……」

蝙蝠娘「軍務放棄したら流石に擁護できませんヨ」

シスター「ぐぐぐ」

蝙蝠娘「大丈夫デスよ、あと1カ月もすれば寒気も去りマス」

蝙蝠娘「それまでの辛抱デス、今は女医さんを信じまショウ」

シスター「……仕方ありませんね」

~女医の寝室~


女医「……」

幼女「お母様、眠ってしまったのれす」

メイド「……」

幼女「けど、けど大丈夫なのれす、ちゃんと栄養を補給してお水を飲ませてあげれば」

幼女「きっと、きっと春まで頑張れるのれす」

幼女「そうすれば……」

メイド「……はい、医療師団が来て下さるはずです」

幼女「……そうなのれす」

メイド「頑張りましょう、お嬢様」

幼女「任せるのれす!」

幼女「メイド、お母様の書いたカルテを持ってきてほしいのれす」

メイド「……」

幼女「メイド?」

メイド「あ、はい、聞こえています……カルテ、でしたか?」

幼女「そうなのれす、お母様が把握していた昏睡症状の人達の名前と住んでる場所を書き出すのれす」

メイド「……まさか」

幼女「そうなのれす、お母様の患者は、今私の患者になったのれす」

幼女「勿論、私に治療なんてできないれすけど、それでも」

幼女「それでも、流動食と水を与えてあげる事は出来るのれす」

メイド「……お嬢様」

幼女「お願いなのれす、メイドも、メイドも助けて欲しいのれす」

メイド「それは、駄目ですお嬢様」

幼女「と、どうしてれすか!」

メイド「もう町は雪に閉ざされています、吹雪は多分、春まで止まないでしょう」

メイド「そんな中、町に出向くなんて自殺行為です」

メイド「そんなことは許容するわけには、いきません」

幼女「け、けど!」

メイド「……駄目ですお嬢様、お医者さんごっこは、もうおしまいです」

幼女「……!」

メイド「お嬢様は、お嬢様に戻っていただきます」

メイド「きっと、ご主人様が起きていらしたら、私と同じ事をおっしゃいます」

幼女「……」

メイド「お願いします、お嬢様」

幼女「……」

メイド「どうか、無理はなさらないでください」

幼女「……」

メイド「今はご自分が……いや、ご自分とご主人様が無事であることを最優先に考えてください」

幼女「……」

メイド「お嬢様?」

幼女「……判った、のれす」

メイド「そうですか、良かった……」ホッ

メイド「さあ、今日はもうお休みしましょう」

幼女「……」

メイド「大丈夫です、ご主人様は私が見ていますので」

幼女「……」

メイド「ほら、参りましょう、ね?」

幼女「……」コクン

メイド「流石はお嬢様です」

~深夜~


幼女「なーんて、そんなに物分かりがよいはずないじゃないれすか、この私が」

幼女「メイドが手伝わないなら私が1人でやってやるのれす」

幼女「さっきこっそり手に入れておいたお母様が書いたカルテを参考に……」

幼女「ううう、読めない字が多いれす」

幼女「けど、名前くらいは判るれす、みんな見た事ある人れす」

幼女「患者は皆、家からそんな離れてはいないし……これならいけるのれす」

幼女「お母様からもらったコートを着て、と」

幼女「よーし、出発なのれす!」

「外に出ると、凄い吹雪だったのれす」

「隣の建物の屋根も、もう殆ど見えないのれす」

「コートを着てるのに、寒くて寒くて」

「何度も引き返そうと思ったのれす」

「けど、我慢したのれす」

「何度も雪に足を取られたのれす」

「けど、何度も這いだしたのれす」

「何度も道を間違えたのれす」

「けど、何度もやり直したのれす」

「作り置きの流動食が入ったリュックを背負って」

「何度も何度も頑張ったのれす」

「その甲斐あって、患者さんの家にたどり着けたのれす」

「屋根にある出入口から家の中に入って」

「部屋でベットに横たわってる患者さんを見つけて」

「雪を溶かして水にして」

「凍りついた流動食を口に含んでとかしてあげて」

「患者さんに与えてあげたのれす」

「患者さんは、意識がなかったのれす」

「けど、私が水と流動食を上げると、ぴくりと動いたのれす」

「生きているのれす」

「この人の血は、まだ身体をめぐっているのれす」

「苦労してここまで来た甲斐があったのれす」

「頑張った甲斐があったのれす」

「後片付けをして、屋根の出入口から外に出て」

「雪は相変わらず嵐のように降り注いでいたのれす」

「そこで私は気付いたのれす」

「まだ……1軒目なのれす」

「まだ30軒近い家に」

「患者さんが」

「……」

「……」

「……」

「私、1人で、全部?」

「そんな事が、できるの?」

「そんな事、が」

 



「お医者さんごっこは、もうおしまいです」



 

「メイドの言葉が頭をよぎったのれす」

「……違う、のれす」

「ごっこじゃないのれす、私は」

「私は、ごっこがしたいんじゃないのれす」

「助けてあげたいのれす」

「みんなを、助けてあげたいのれす」

「お母様が助けようとした患者さんを、みんな、みんな……」

「だから……」

「進んだのれす、私は1人で」

「二軒目、三軒目、四軒目」

「雪は止まないのれす」

「何時も駆け回っていたはずの道は雪に埋まって」

「まるで違う世界みたいに」

「五軒目、六軒目、七軒目、八軒目」

「指が冷たいのれす、色が変なのれす」

「耳の感覚がない気がするのれす」

「ちゃんとくっついてるのか、不安なのれす」

「九軒目、十軒目、十一けん目、十二軒め、十三けん……め……」

「なぜか、猫の声が聞こえたのれす」

「あの時の、猫なのかもしれないのれす」

「キセキみたいに動き始めたあの猫の」

「そうなのれす、私は、あの時、確かに1つの」

「1つの命を救ったのれす」

「私がぎゅっとして、温めてあげたら」

「あの猫は動きだしたのれす」

「だからきっと、今回も」

「じゅうよんけんめ、じゅうごけんめ」

「やっと、はんぶんなのれす」

「けど、足が、もう」

「あしが動かないのれす」

「そのままもつれて、倒れてしまったのれす」

「ああ、雪が」

「雪が私の上に」

「つもって、くるのれす」

「まだ、まだ残ってるのに」

「いくべきばしょが」

「かんじゃさんの」

「いえに」

「いかない」

「と」

幼女「……はっ」

幼女「あれ、ここは……」

幼女「16軒目の患者さんの家?」

幼女「私は確か、途中で倒れて……」

幼女「……」

幼女「何だか、調子がよいのれす」

幼女「というか、身体がほかほかなのれす」


ニャー


幼女「あれ、お前は……」

猫「ニャー」

幼女「ひょっとして、あの時の猫?」

幼女「もしかして、お前が連れて来てくれたのれすか?」

猫「ニャア」

幼女「そうれすか、良い子れすね」ナデナデ

幼女「よし、何だか調子がよいのれす」

幼女「このままドンドン行くのれす!」

猫「ニャア」

幼女「ようし、お前も付いてくるれすか?」

猫「ニャア」

幼女「けど、お前、まえみたいに生き倒れにならないれすか?」

猫「ニャア」

幼女「……まあいいれす、その時はまた私が助けてあげるのれす」

「患者さんを見つけて、水と流動食を上げて、顔を見てあげて」

「大丈夫れす、と声をかけてあげると、皆反応してくれるのれす」

「17軒目、18軒目、19軒目、20軒目、21軒目」

「雪の中を進むのれす、寒くて辛いけど、さっきと比べるとマシなのれす」

「雪が優しくなった気がするのれす」

「22軒目、23軒目、24軒目、25軒目、26軒目」

「コートの中で猫がニャアと鳴いたのれす」

「この子にも、ご褒美をあげないといけないのれす」

「27軒目、28軒目、29軒目、30軒目、31軒目」

「最後の患者さんは、私と同じくらいの女の子だったのれす」

「家族の人たちも、みんな意識を失ってるみたいだったのれす」

「だから全員に水と流動食をあげたのれす」

「ちゃんと、声をかけてあげたのれす」

「がんばるのれす、春になればきっと助かるのれす」

「だから、今はしっかり寝ておくのれす」

「寝ておくのれす」

~自宅~


幼女「はぁ……はぁ……た、ただいまなのれす」

幼女「ううう、寒いのれす、メイドー、暖かいお茶を……」

幼女「そうだったのれす、メイドはお母様の部屋に」


トテトテトテトテ


幼女「メイドメイドー、出てくるのれす!」

幼女「お母様も、きっと喜ぶのれす!」


カチャッ


幼女「メイドー!」ドタバタ

メイド「……」

幼女「メイド、聞くのれす、私やったのれす!」

メイド「……」

幼女「お母様の患者を助けてきたのれす!メイド!」ユサユサ

メイド「……」

幼女「メイド?寝てるのれすか?メイド?」ユサユサ

メイド「……」

幼女「起きるのれす、メイド」ユサユサ

メイド「……」フラッ


バタン


幼女「……あれ」

メイド「……」

幼女「あれ……」

幼女「メイド、床で寝ちゃだめなのれす」

幼女「メイド?」ユサユサ

メイド「……」

幼女「怒ってるのれすか、私が勝手に外に出たから怒ってるのれすか」

幼女「ご、ごめんなさいなのれす、謝るのれす」

幼女「だから返事してほしいのれす」ユサユサ

メイド「……」

幼女「……メイド?」

猫「ニャア」

幼女「メイド……」

「メイドも昏睡症状が出てしまったのれす」

「お母様と同じ症状なのれす」

「きっと発症が遅れたのは、メイドが人より頑丈だったからなのだと思うのれす」

「もしくは、我慢していたのれしょうか」

「けど……けど、大丈夫なのれす」

「私が助けてあげるのれす」

「春まで私がちゃんと、面倒を見てあげるのれす」

「きっと、私にはそれが出来るのれす」

「だって、今日、私は31軒の家でそれをしてきたのだから」

「一日目」

「メイドとお母様にご飯をあげるのれす」

「因みに、メイドは私の部屋のベットに寝かせておいたのれす」

「重かったのれす」

「それから患者の家を巡って、皆にご飯を上げて、声をかけてあげたのれす」

「みんな、ちゃんと反応してくれたのれす」

「生きているのです」

「私は今日もやり遂げたのれす」

「三日目」

「お母様とメイドにご飯をあげたのれす」

「2人とも、少しだけ反応してくれるけど、何も喋ってくれないのれす」

「寂しいけど、春までの辛抱なのれす」

「町に行って、患者の家を回るのれす」

「何度も往復しているからか、コートがドロドロになってしまったのれす」

「春になったらお母様に頼んで、洗って貰わないと」

「今日もちゃんと出来たのれす、いっぱい頑張ったのれす」

「七日目」

「お母様とメイドにご飯をあげたのれす」

「メイドの胸に耳を当ててみたのれす」

「もう殆ど聞こえないのれす」

「このまま消えてしまうんじゃないかと心配なのれす」

「怖くてたまらないのれす」

「けど、私にやれる事はこれしかないのれす」

「これしか」

「ああ、はやく」

「早くお医者さんになりたい」

「そうすれば」

「そうすればもっと……」

「……」

「……町に出て患者の家を回ったのれす」

「ちゃんと出来たけど、嬉しくなくてすぐに寝たのれす」

「12日目」

「メイドが冷たいのれす」

「酷いのれす、私1人にこんな事をさせて」

「何時も助けてくれたのに」

「何時も支えてくれたのに」

「ひどいのれす、ひどいのれす、ひどいのれす」

「たたいたのれす、何度もたたいたのれす」

「けど、起きてくれないのれす」

「寂しいのれす、辛いのれす、怖いのれす」



「おねがいします」

「おねがいします」

「たすけてください」

「おねがいします」

「1人はいやです」

「1人はいやだ」

「おねがいします」

「おねがいします」

「おねがい……」

「13日目」

「驚いたのれす」

「メイドが起きたのれす」

「起きたのれす」

「え、なんで」

「そう問いかけてもメイドはフラフラしてるだけで応えてくれないれす」

「物凄く顔色が悪い」

「大丈夫なのれす?」

「そう聞くと、コクリとうなずきます」

「……」

「そうか、そうなのれす」

「メイドは変な実験の被験者だったのれす」

「もしかしたら、病気への耐性も強かったのかもしれないれす」

「きっとそうれす」

「良かった……」

「15日目」

「それでもメイドは疲弊してるようだったのれす」

「ゆっくりしか動けないのれす」

「喋る事も出来ないみたいなのれす」

「けど、それでもちゃんと家事をしてくれるのれす」

「凄く助かるのれす」

「それだけでも、頑張ろうって気力がわくのれす」

「今日も、お母様にご飯を上げて、患者さん達に会いに行ったのれす」

「みんな、苦しそうだったけど、それでもご飯を食べて、少しだけ動いてくれたのれす」

「31軒目にいる女の子は、私の手を握ってくれたのれす」

「凄くうれしかったのれす」

「20日目」

「今日は何時もより寒かったのれす」

「だから、お勤めがすんだあと、メイドの布団にもぐりこんだのれす」

「久しぶりに、お医者さんごっこをしたのれす」

「メイドはだるそうにしながらも、ちゃんと応えてくれたのれす」

「ぎゅっと、メイドの腕を握ったのれす」

「ぎゅっと、メイドに抱きついたのれす」

「……」

「意地悪をされたのれす」

「メイドに意地悪をされたのれす」

「折角お医者さんごっこをしてるのに、それを邪魔するのはやめて欲しいのれす」

「酷いのれす」

「……」

「けど、許してあげるのれす」

「メイドは私にとって、大切な人なのれすから」

「25日目」

「もうじき、もうじき、寒気が去るはずなのれす」

「お母様にそういうと、コクンと頷いてくれたのれす」

「メイドは相変わらず辛そうだけど、きっと医療師団が来れば良くなるのれす」

「まだまだ油断はできないれすけど、これならきっと」

「これならきっと、皆助かるのれす」

「心配事と言えば、私が回ってない家々の人達れす」

「無事れしょうか」

「無事だといいな」

「けど、流石に全部の家を回るのは不可能なのれす」

「ここは仕方ないと区切るしかないのれす」

「さあ、今日も患者の所へ行ってくるのれす」

~30日後~

~隣町~

~医療師団駐屯所~


シスター「侵攻します」

蝙蝠娘「いや、戦争みたいに言わないでほしいデス」

シスター「戦争ですよ、大自然との!」

蝙蝠娘「はいはい、判ったデスよ……」

蝙蝠娘「数日前に吹雪が止んだので、先ほど上空から偵察したデス」

蝙蝠娘「雪はまだ大分残ってますが、進めるルートを発見したデス」

シスター「本当ですか!?」

蝙蝠娘「はい、まあ滞在期間1日で行って帰ってくるなら安全カト」

シスター「い、行きましょう、いますぐに!」

シスター「移動準備は整ってますね!?進みますよ!町を、女医さんを救うのです!」

部下「はっ!」

蝙蝠娘「くれぐれも1日で戻ってきてクダサイね」

蝙蝠娘「それ以降は、また嵐がくるみたいデスから」

~女医の部屋~


幼女「……あれ、寝ちゃってたみたいれす」ゴシゴシ

女医「……」

幼女「お母様、おはようなのれす」

女医「……」

幼女「雪がやんで、数日が経ったのれす」

女医「……」

幼女「きっと、寒気は去ったのれす」

女医「……」

幼女「もう少しなのれす、もう少しだけ、我慢してほしいのれす」

幼女「メイドー、何処れすか、メイドー」

幼女「いないれすねえ」

幼女「また部屋の掃除をしていてくれてるのれすか」

幼女「メイドもまだ治りきってないれすから、そんなに頑張らなくていいれすよ」

幼女「メイドー」

猫「ニャア」

幼女「お前、メイド知らないれすか」

猫「ニー」トコトコ

幼女「あ、何処行くれすか」トコトコ

幼女「ふう、結局屋根裏まで来てしまったのれす」

猫「ニーニー」ガリガリ

幼女「何れすか、お外に行きたいれすか」

幼女「……そうれすね、お前もずっと家の中れしたし、晴れの日くらい外に出ても」

猫「ニャー」



ギィィィ



幼女「ついでに、患者達の様子を見てくるれすかね」

幼女「……」

幼女「……」

幼女「あ……」

「町の入口に、共和国の旗が見えたのれす」

「ザワザワと人の声が聞こえてくるのれす」

「あれは、あれはもしかしたら……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「こうして、私のお医者さんごっこは、終わったのれした」

「終わったのれした」

~町の入口~


シスター「総員、除雪準備!」

シスター「雪を掘り返して家屋への侵入経路を確保します!」

シスター「物資輸送班は治療薬の管理を徹底しなさい!」

シスター「ここまで運んできて割れとしまったでは言い訳が聞きませんよ!」

隊員「隊長!」

シスター「どうしましたか」

隊員「あ、あれを!」

シスター「あれ……は」

シスター「……」

シスター「女の子?」

幼女「はぁ……はぁ……はぁ……」

シスター「貴女は……この町の子ですか?」

幼女「は、はいなのれす、私は、女医の娘で……」

シスター「……!」

幼女「あ、あなたたちは医療師団の人達れすよね!?お母様を助けて欲しいのれす!」

シスター「女医さんが、女医さんがどうかしたのですか!?」

幼女「はいなのれす、1ヶ月くらい前に昏睡症状が発症したれす!」

シスター「一か月……前に……」

シスター「そ、それで、どうなったのですか女医さんは!」

幼女「何とかお世話して、今日まで頑張ったのれす!」

幼女「お願いします、助けてください!」

シスター「わ、判りました、案内して下さい!」

シスター「それで、貴女のほかに無事な人は?」

幼女「私だけなのれす」

シスター「……は?」

幼女「うちのメイドも何とか動けてるのれすけど、発症してるれす」

シスター「……では、貴女一人で女医さんの世話をしていた、と?」

幼女「あと、お母様の患者の人達の世話もしてたのれす」

シスター「そ、それは……凄いですね」

幼女「それほどでもないのれす!」フンッ

幼女「あ、この屋根を上るのれす、他の入口は埋まってしまってるれすから」ヒョイヒョイ

シスター「ううう、えらく機敏な子ですね、こんな傾斜をひょいひょいと……」ズルズル

幼女「はやくはやく!」

シスター「ま、待って下さい」

~女医の部屋~


女医「……」

幼女「お母様お母様!医療師団が来てくれたのれす!もう大丈夫なのれす!」

シスター「はぁ、はぁ、お待たせしました女医さん」

女医「……」

幼女「はやく、はやくお薬ください!」

シスター「少し待っていてください、今診察しますので」フー

女医「……」

シスター「……あれ」

幼女「ど、どうかしたれすか」

シスター「……」

女医「……」

幼女「あの……」

シスター「……どういう事ですか、これは」

幼女「何がれすか?」

 



「女医さん、ゾンビになってるじゃないですか」



 

幼女「ゾン……ビ?え、何……」

女医「……」

シスター「どうして?なぜ?」

シスター「奇妙です、不思議です、どうしてゾンビ化したのでしょう」

シスター「例の昏睡症状でゾンビになるなんて話は聞いていません」

シスター「いえ、それ以前になぜ」

幼女「何を言ってるのれすか……?」

シスター「何故、この子供はゾンビに襲われていないのです?」

シスター「何故、このゾンビは大人しくベットで寝ているのです?」

シスター「何故、何故、何故、何故……」

幼女「そんなはず、無いのれす、お母様は確かに、確かに」

幼女「こないだも、私の話を聞いて、頷いてくれたのれす」

幼女「確かに、確かに生きていたはずなのれす、確かに」

シスター「……」ジッ

幼女「な、なんれすか」


ガシッ


幼女「あうっ!」

幼女「く、苦しいれす、く、首が……」

シスター「貴女、ちょっと目を見せてください」

幼女「や、止めるれす、苦しいれ……」

シスター「……」

幼女「ううぅぅ……」

シスター「……なんだ、合点がいきました」

幼女「なに、が……」

 


「貴女も、死んでいるじゃないですか」



 

シスター「聞いた事があります、触れた死体をアンデッドにする能力を持った者がいると」

シスター「貴女が、貴方がそうだったのですね」

幼女「ち、ちが……」

シスター「違いませんよ、貴方は自分の母親を、女医さんをアンデッドに変えてしまった」

シスター「自分自身も死んで、アンデッドになってしまった」

シスター「順番はどちらが先だったのでしょうね」

シスター「私の予想では、貴方がアンデッドになったのが先だと思います」

シスター「アンデッドには、触れた者の生気を吸い取る能力がありますから」

幼女「生気……を……?」

シスター「……そうです」

シスター「貴女は言いましたよね、お母様の世話をしていた、と」

幼女「そう、なのれす、私は、お母様の、みんなの世話を……」

幼女「みんなに、がんばってって、声をかけて、食事を……」

シスター「……あはははは」

幼女「何が、おかしいれす、か……」

シスター「あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!」

シスター「やっぱりそうです、昏睡症状にあった人達に、貴方は毎日触れていた!」

シスター「毎日毎日毎日毎日、触れて声をかけて生気を吸い取っていた!」

シスター「つまり女医さんが死んだのは……」

幼女「……ち、ちがうれす」

シスター「……貴女のせいです」

幼女「ちがう!」

シスター「……貴女のせいでゾンビになった」

幼女「違う違う違う!」

幼女「わ、私は、ただ、お母様みたいな」

幼女「お母様みたいなお医者様になりたくって!」

シスター「……そうですか、じゃあ」

シスター「貴女のその、お医者さんごっこのせいで」

シスター「みんなこうなったんですね」

幼女「あ……」

 


「駄目ですお嬢様、お医者さんごっこは、もうおしまいです」



 

幼女「あ、あああ、あああああ、私は、私は、違う!違う違う!」

シスター「……きっと、女医さんの患者達もゾンビになってるのでしょう」

シスター「探して、始末しないと……」

女医「……」ボー

シスター「女医さんも、今、解放してあげますから……」



ザクッ



女医「……」ビクンッ

幼女「あ……」

シスター「聖別された杭です、頭を挿しましたので、もう蘇る事はありません」

幼女「おかあ、さま……」

幼女「や、やだ、おかあさま、おかあさまぁ!」ジタバタ

シスター「さあ、患者達の家を教えてください」

幼女「お母様お母様お母様お母様!やだやだやだ!」

シスター「……うるさいですね、アンデッドの分際で」グググッ

幼女「ぐっ、ひゅっ、く、くるしい、くるしいよお、おかあさま……」

シスター「苦しい?そんなはずはないでしょう、貴方は死んでるのですから」

シスター「苦痛なんて感じるはずがない」

シスター「そう思い込んでるだけです」

幼女「た、たすけ、て……」

シスター「あら、私の生気を吸おうとしてますね」

シスター「無駄ですよ、私はこれでも聖職者です、吸生に対する耐性があります」

シスター「諦めなさい、アンデッド」

シスター「貴女はどうせここで潰えるのです」

「意識が、薄くなってくるれす」

「この人は苦痛なんて感じるはずないって言ってたのに」

「痛いれす、苦しいれす、悲しいれす、泣きたいれす」

「どうしてこんな」

「私は、私はただ」

「望んだだけなのれす」

「それだけ、なのに」

「視界が……歪んで……」

「もう……」

 


ガツンッ




 

「ものすごい音と共に、私は解放されたれす」

「思わず尻もちをついてしまったれす」

「顔を上げると、メイドが立っていたれす」

「こちらに背を向けて、立っていたれす」




「その向こうに」




「首から血を吹く」




「シスターだったものが」




「……」

「……」

「ぐちゃり、ぐちゃりと音がするれす」

「誰かが誰かを咀嚼している音が」

「その音を聞きながら」

「私は悟ったのれす」

「私の将来の夢は立派なお医者さんになることです」

「共和国屈指の名医であるお母様みたいになりたいのです」

「なりたかったのです」















「けど、その夢はもう絶対に」

「叶う事はありません」

~街道~

~上空~


蝙蝠娘「これはどうした事デスか」

蝙蝠娘「町で戦闘が起こっているデス?」

蝙蝠娘「町人達が医療師団を襲っているデス?」

蝙蝠娘「いや、医療師団が町に火を放っているようにも見えるデス」

蝙蝠娘「確認に向かうべきデスか……」


ビュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ


蝙蝠娘「ぷぷっ、雪が……」

蝙蝠娘「予想よりも早く嵐が来てるようデス」

蝙蝠娘「……今町に向かうと、閉じ込められてしまうかもしれまセン」

蝙蝠娘「ここは駐屯所に戻って軍に報告すべきデス」

蝙蝠娘「隊長、御武運を……!」バッサバッサ

「町にいる医療師団はすぐに状況を理解したれす」

「町にいるゾンビを探して一匹ずつ焼き始めたれす」

「あの子達は、私の言いつけを守って動けないれす」

「私が大人しく寝ていろと、毎日声をかけて回っていたから」

「だから、反撃すらしないで燃やされているれす」

「お母様の患者なのに」

「私が守ってきた子たちなのに」



「私は、声をかけたれす」

「彼らに呼び掛けたのれす」

「自分の身を守れ、と」

「お母様の家に集まれ、と」



「力を自覚した私には、それが出来たのれす」

「町は大混乱になったのれす」

「色んな所で火の手が上がって」

「色んな所で悲鳴が聞こえたれす」

「それを聞いても、私は不思議と心が痛まなかったのれす」

「結局、あのシスターが言った通りなのれす」

「私の身体は、心は、とっくの昔に」

「死んでいたのだと思うのれす」

「けど……」

「それでも、患者たちを見捨てられなかったのれす」

「助けてあげたかったのれす」

「アンデッドになったとしても」

「そのまま燃やされるのはかわいそうだったのれす」



「だから、彼らを連れて逃げる事にしたのれす」




「軍属の医療師団の隊長を殺してしまったのれす」

「遅かれ早かれ、この町には軍の討伐隊がやってくるれす」

「ここにいては、先は見えないのれす」

「今なら」

「嵐が来て町が再び雪に閉ざされる今ならば……」

「きっと、逃げる事が出来るのれす」

「お母様の家は、燃やしたのれす」

「お母様の死体ごと、燃やしたのれす」

「その火は、とても」

「とても温かかったのれす」

「けど、きっとそれは思いこみなのれす」

「私には、もうそんな感覚は無いはずなのれす」

「ないはずなのれす」

「だから、頬を流れる涙の温かさも」

「きっと紛い物なのれす」

「気がつくと、メイドが手を繋いでくれていたのれす」

「気がつくと、猫が足元にいてくれたのれす」



「けど、これに意味は無いのれす」

「きっと生前の習慣でそうしてるだけ」

「彼女達が私を想ってくれているなんて事実は存在しないのれす」

「そんな事を受け入れる資格は」

「自分にはないのだから」



「私達は、患者達と一緒に、町を去り南に向かったのれす」

「邪法に寛容な帝国に逃げ延びれば、もしかしたら私達を受け入れてくれる所があるかもしれないのれす」

「そう信じて、嵐の中を進んだのれす」

「雪の中を進んだのれす」

「前も見えないほどの雪の中を」

「あの時みたいに」


「患者達は、次々と凍りついて、動けなくなったれす」

「31軒目にいたあの女の子も、雪に沈んでしまったのれす」



「ああ、この嵐は何時やむのでしょう」

「何時まで私の前に立ちふさがるのでしょう」

「それでも私は」

「信じて進むしかありません」

「私のせいで死んでしまった彼女達が」

「幸せに暮らせる場所があると信じて」

「平穏に暮らせる場所があると信じて」

「信じて」

「……」

「……」

~帝国領~


将校「死霊術師様」

幼女「……なんれすか」

将校「寝てらしたので?」

幼女「そんな事ないれすよ」

幼女「死霊術師は寝ないし、夢も見ないのれす」

将校「そ、そうでしたか」

幼女(と、言っておいた方がハクがつくのれす)

幼女(舐められたら終わりれすからね)

幼女「……」

幼女(それにしても、懐かしい夢を見たのれす)

幼女(あれから何十年経ったっけ)

幼女(結局、あれから私達は帝国領に逃げ延びる事が出来たのれす)

幼女(最初は色々と苦労したけど、軍との交渉に成功してからは比較的穏やかな暮らしが続いてるれす)

幼女(立派なお屋敷も貰ったれすしね)

幼女(……まあ、要所要所でコキ使われてるれすけど)

将校「死霊術師様、次の任務なのですが……」

幼女「はいはい、判ってるれす、南の森林地帯を攻めるれすね」

将校「はい、すでに計画は進められています」

将校「国境線には十分な量の死体を用意する事が出来ました」

将校「あとは、死霊術師様が出向けば……」

幼女「判ったれす、準備するから待つのれす」

将校「はっ!」

幼女「メイドー、メイドー」

メイド「……」フラッ

幼女「仕事に行くれす、着替えを手伝ってほしいれす」

メイド「……」コクン

幼女「……」

メイド「……」ゴソゴソ

幼女「もう、残ってるのは私達だけれすねえ」

メイド「……」ゴソゴソ

幼女「患者達も、猫も、もう誰も居なくなってしまったれすし」

メイド「……」ゴソゴソ

幼女「……メイドは、頑丈だから」

幼女「まだ、大丈夫れすよね」

メイド「……」

幼女「……ねえ、お医者さんごっこ、したいれす」

メイド「……」コクン

幼女「……」ギュー

メイド「……」ボー

幼女「……うん、何時も通りなのれす」

幼女「脈なし、心臓の音もしない、けど」

幼女「……けど、なんだかとっても」

幼女「あたたかいのれす……」

幼女「……」

幼女「よし、ではお仕事、頑張ってくるれす」

幼女「大人しく、待ってるれすよ」

メイド「……」コクン

幼女「人を食べたりしちゃ、駄目れすよ、騒ぎになると厄介れす」

メイド「……」コクン

幼女「私の恰好、可愛いれすか?」

メイド「……」コクン

幼女「じゃあ、少しかがむのれす」

メイド「……」コクン

幼女「……」

メイド「……」


幼女「じゃあ、行ってきます」チュッ

彼女が部屋を去るのを。

メイドは棒立ちのままで見送った。

何時も通りの出来事。

何時も通りの反応。

何時も通りの彼女。




その口が、少し開いて。

空気が漏れた。











イッテラッシャイマセ


オジョウサマ



 

 


これは、お医者様になりたかった女の子のお話。


これは、お医者様になれなかった女の子のお話。














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