「萩原雪歩は、塩対応で有名だ」 (15)

萩原雪歩は、塩対応で有名だ。ネガティヴな意味でなく、それが彼女のキャラクターなのだ、と私は思っている。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1482589969

4月にデビューした彼女は、その頃「あの美少女は誰だ」と話題になった緑茶のCMに始まり、着々とスターの階段を登ってきた。

私が彼女を好きになったのは、夏の終わり頃。
もともと可愛いものや可愛い女の子が好きなので(同性愛者ではない)CMの時点で気にはなっていたのだけれど、1stシングルに見事にやられた。
特にB面の「my best friend」が良いのなんの。この子と同じ高校に通えてたらなぁ、という通勤中の妄想のおかげで、今年の繁忙期は何とか修羅場を乗り切れた。

話が脱線しかけた。
そんな彼女に「塩対応」のあだ名がついたのは、ファーストシングル発売記念の握手会イベントがきっかけ。
それ自体は極々平凡な握手会だったのだが、目立ったのは彼女の塩対応っぷり。

それならば納得できる。
私にも真逆の”神対応”だった。ネイルを褒められたことをハッキリと覚えている。
察するに、萩原雪歩は男性恐怖症なのだ。

そんなことを考察しながら仕事にあたっていると、威勢の良い声が飛んできた。

「クリスマスセールのポスター、デザインどう?」
「っ!…はい、希望の納期よりも早く上がりそうです」
「そっか、流石!いつも助かります!」
「そう言ってもらえると、ありがたいです。」

私は大きな声が苦手だ。
営業さんはいい人なんだけど、声を掛けられるといつもびっくりしてしまう。
踏み込んで言ってしまうと、男性特有の雑さ、無遠慮さ。昔からそういうのが苦手。
雪歩ちゃんも、もしかしたら私と同じなのだろうか。そう思うと、少しだけ嬉しかった。

「あと、来月のクリスマスイブに独身会のメンバーで飲み会やろうって話が出てるんですけど、空いてます?」
「えっと、24日には予定が入ってまして…」
「おっ!卒業ですか?」
「いやいやそんなのじゃなくて、趣味のイベントというか……クリスマスライブに行くんです。」
「へぇ、クリスマスライブ!楽しんできてください!」

独身会というのは、社内の独身者がいつのまにか加入している飲み会集団で……というのは置いておこう。
こんな私でも飲み会に誘ってもらえるのは正直ありがたいが、今回はパス。
その日は「萩原雪歩バースデーイベント」が控えているのだ。

トークにミニライブ、そしてクリスマスプレゼントと称したサインと握手会。
イベントのおかげで厳しい年末進行もなんとか耐えられている。

師が走ると書いて師走。
12月は瞬く間に過ぎていき、あっという間に街はクリスマスモード。
12月24日18:00、イベント会場の前には人だかりができていた。

パッと見ると、女性もちらほら。
見た目こそ可愛いけど、キャラクター的には女性にそこまで好かれそうに無いイメージだったから、ちょっと意外だった。

グッズを買い、着席。
SNSに投稿し、ひとしきり投稿をおいかけたあたりで聞こえ始める拍手と歓声。イベントが始まった。

出てきたのはサンタクロースのようなコスチュームを着た雪歩ちゃん。天使か。

トークコーナーでは、司会の人が雪歩ちゃんに質問を振っていって、新曲収録のウラ話についてや、事務所で仲がいいアイドルの話など。
言ってしまえばありがちな内容で進行していった。

「さて、萩原さんの誕生日は12月24日ということですが、何か誕生日についての思い出とか、そういうのはありますか?」
「あ、その……誕生日っていうことで、一つ言いたいことがあって……」

おおっ?

「私、ブログをやっていて、ネットもよく見るんですけど、自分の名前で検索してみたりして。それで、ファーストシングルのイベントのことも見たんです。」

司会者の気まずそうな顔を見るに、アドリブのようだった。

「実は、私は男の人が苦手なんです。私のプロデューサーもそのことを踏まえて、このイベントもトークとミニライブだけの予定だったんです。」

言った。アイドルが、男性ファンの前で。
会場に困惑混じりのざわめきが広がる。

「でも!」

会場が静かになった。
すぅ、と雪歩ちゃんが息を吸う音が聞こえる。

「私のワガママなんですけど、今年の誕生日は新しい私の、アイドル萩原雪歩の誕生日なんです。だから、苦手でも頑張りたいんです。アイドルとして。」

-------------------------

あのイベントから一日、いや、そんなに経ってもいない。

雪歩ちゃんの発言は、今度はネットの片隅でではなく、ちょっとした炎上案件としてニュースになっていた。

反応はさまざま。しかし、今この瞬間に「萩原雪歩」に対するイメージが変わっていっているのは確かだ。

可愛いだけの愛玩動物だと思っていた。内に秘めた若さと真っ直ぐさを、侮っていた。
苦手なものを勝手に共有して、言い訳をしていた自分が少し恥ずかしかった。

……などと、職場でいろいろと考えながらパソコンに向かっていたら、営業さんが声をかけてきた。

「お疲れ様です!」
「!!……お疲れ様です!」
「おっ、今日はなんだか元気ですね?」
「ええ、イベントで元気をもらったといいますか……」
「それはよかった!こっちも盛り上がりましたよ!」

メッセージアプリの共有フォルダに投稿されていた写真を見るに、忘年会はなかなかの盛り上がりだったようだ。

「それで新年会の話も出たんですが、よかったらどうですか?」
「ええ、参加させてもらいます。なにかお手伝いできそうなことってありますか?」
「おぉ、乗り気っすね!」

我ながら現金だとは思うけど、雪歩ちゃんと一緒に苦手なものにも挑戦していきたいと思った。

昨日はトークに感銘を受けて言えなかった「誕生日おめでとう」を、来年の誕生日イベントでは胸を張って言えるように。

以上でおしまいです。ありがとうございました。
ファンの目線からの小説でした。

なんとか誕生日に間に合わせようと駆け足の投稿になりましたが、後日pixivに同タイトルで加筆修正版を投稿予定ですので、似たような小説があってもパクリとかではございません。

雪歩、誕生日おめでとう。

過去作品
? http://touch.pixiv.net/novel/show.php?id=7452508?

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom