八幡「神樹ヶ峰女学園?」 (765)

これは「俺ガイル」と「バトガ」のクロスSSです。時間軸は俺ガイルに合わせます。

八幡たち登場人物のキャラ崩壊注意

不定期更新で進めていきます。

バトガキャラはなるべく全員出すけど、俺ガイルはわかりません。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1481009585

女子校

それは男子高校生のみならず男子全員が一度は憧れる「秘密の花園」
男子校の汚くてむさくるしいイメージとは真逆の「綺麗」で「清楚」な場所
もちろん、女子ばかりだから人間関係がややこしくなることはぼっちを極める俺じゃなくてもわかりきっていることだが、
俺は男だ。ゆえに女子のめんどくさい人間関係には入らず、すべて外から眺められる。だから女子校最高!と思っていた。

だが

ひなた「八幡くん、HR早く終わらせようよー」

うらら「そうだよ、ハチくん!うららこのあとアイドルグッズの物販に並ばないといけないのに!」

心美「う、うららちゃん、そんなこと言っちゃだめだよぉ」

みき「遥香ちゃん、昴ちゃん、帰りに新しくできたケーキ屋さん寄っていこうよ!」

昴「いいね!あそこのケーキ前からチェックしてたんだぁ、楽しみ~」

遥香「いちごのタルトもあるかしら」

明日葉「おいみんな、比企谷先生が困ってるだろ。静かにしろ」

蓮華「まぁまぁ明日葉~、固いこと言わないの、せっかくのかわいい顔が台無しよ?」

八幡「どうしてこうなった…」

数日前、総武高校、奉仕部部室


静「邪魔するぞ」

雪乃「平塚先生、入るときはノックを」

静「悪い悪い、ちょっと急ぎの大事な連絡があるんだ」

結衣「何々?」

雪乃「それは奉仕部への依頼ということでしょうか?」

静「いや、今回は比企ヶ谷個人へのものだ」

八幡「なんすか」

静「聞いて喜べ比企ヶ谷、明日からお前は神樹ヶ峰女学園で教師をやることになったぞ」

八幡「……は?」

結衣「神樹ヶ峰女学園って星守のいるあの学校!?」

雪乃「待ってください平塚先生、この男が女子校なんて行ったら校舎を見ているだけで警察に捕まってしまいます。
   それにこんなぼっちな男が生徒と関わらなければならない教師なんて務まるはずがありません。
   神樹ヶ峰女学園の生徒や名誉に多大な損失を与えかねません」

八幡「おい、俺を公害のように扱うな。つかそもそも何がなんだかさっぱりわからないんだが。
   いきなり女子校行って教師やれって言われても頭がついていかないんですけど、説明してください平塚先生」

静「説明と言われてもな、神樹ヶ峰女学園の先生に私の顔見知りがいて、この前飲んだ時に面白そうだから交流ということでこちらから生徒を一人送ることになったのだよ」

雪乃「その話だと、向こうに行くのが比企ヶ谷君である必要はないし、教師にもならなくていいんじゃないかしら」

静「まぁ話は最後まで聞け雪ノ下。当初は生徒として女子を行かせるつもりだったのだが、向こうの理事長が『どうせなら男の子を呼びましょう』と言い出したらしくそれにこちらも同意したわけだよ。だが、女子校に男子生徒が行くのはマズイので、教師という肩書を与えたわけだよ」

結衣「へぇー、なんかすごいねヒッキー!もう先生になっちゃうんだ!」

雪乃「由比ヶ浜さん、この男をそのように調子に乗らせてはダメよ、絶対に良からぬ方向に権力を使うわ」

八幡「使わないし、そんな権力こっちから願い下げだよ。ってかそれなら俺じゃなくてもいいんじゃないですか?葉山とか適任だと思うんですけど」

静「人選に関しては向こうが通達を出してきたのでこっちからは何も提案はしていない。私個人としては君が選ばれてよかったと思っているがね」

八幡「なんでですか?」

静「単純に君が適任だと思ったまでさ。あ、ついでに言うと辞退はできないからな。頑張りたまえ」

結衣「ってか、明日から行くってことはヒッキー奉仕部には来られないの?」

静「あぁ、期間は特に決まってないからな。こっちと向こう、双方が満足すればこの交流は終わりだ。それまでは雪ノ下と由比ヶ浜、二人で活動してもらうことになる。」

雪乃「奉仕部については大丈夫ですが」

静「なら問題ないな。明日からはそういうことで各々頑張ってくれたまえ」

八幡「先生、肝心なことを聞いてないんですけど。」

静「なんだね、比企ヶ谷」

八幡「どうして俺が選ばれたんですか?」

静「『神樹』が君を選んだんだよ」

書き忘れましたけど、地の文は八幡の考えてることとして読んでください

バトガは「バトルガールハイスクール」というソシャゲです
http://colopl.co.jp/battlegirl-hs/index.php

まだ先ほどの話を受け入れられないまま帰宅すると、愛しの妹が玄関まで飛び出してきた

小町「お兄ちゃん!神樹ヶ峰女学園で先生やるって本当!?」

八幡「あぁ、なんかさっき学校で平塚先生に言われた。てかなに?なんでもう知ってるの?情報伝達早すぎない?」

小町「早いも何も、もともと知ってたし。お父さんもお母さんも知ってたよ。二人ともお兄ちゃんの意志に任せるって」

あれぇ、おかしいな。なんで当事者の俺だけ事後報告なんだ?ホウ、レン、ソウはしっかりやってもらわないと、これ社会の常識だよ?

小町「でも小町驚いたなぁ、まさかお兄ちゃんがこの話を受けるなんて思わなかったよ」

八幡「もともと俺に拒否権はなかったからな。仕方なくだ」

小町「ふーん、ま、頑張ってね!」

八幡「決まったもんはしょうがないが、明日からどうすればいいのかさっぱりわからないんだが……」

小町「お兄ちゃんあての神樹ヶ峰女学園からの封筒が来てたよ。そこにいろいろ書いてあったよ」

八幡「小町ちゃん?勝手に人の郵便見ちゃダメでしょ、てかその封筒どこ」

小町「そこの机の上。でもお兄ちゃんのこと心配してるから封筒開けちゃったんだよ?あ、今の小町的にポイント高い!」

八幡「はいはい、高い高い」

八幡「しかし、ここまでとんとん拍子で事が進んでいくと逆に怖いな。何か裏を感じる」

小町「大丈夫だよお兄ちゃん。そんなことは絶対ないから」

八幡「小町……」

さすが我が妹。兄を元気づけるなんてできた子

小町「お兄ちゃんをだましても相手側になんの得もないもん。だからお兄ちゃん安心して」

八幡「小町、さすがにそこまで言われるとお兄ちゃん傷つく」

とはいえ小町の言うことももっともなので少し安心して封筒の中身を見る

入っていたのは一枚の紙

「比企ヶ谷八幡君。この手紙を読んでくれているということは神樹ヶ峰女学園に来てくれるということですね。ありがとうございます。とりあえず初日は9時に校門で待ち合せましょう。詳しいことはお会いしてからお話しします。神峰牡丹」

これだけ?え、ほんとに?あっさりしすぎてない?

八幡「ずいぶん簡単な指示しか書いてないな」

小町「着いてからのお楽しみってことでしょ?楽しみだねお兄ちゃん!」

八幡「何言ってんだ小町、こんなよくわからない指示だけで何が楽しみになるんだ。逆に行きたくなくなったまである」

実際のとこ気乗りしてないしな。なんでぼっちの俺が女子校に行かなきゃならないんだ……ぼっちはぼっちらしい生活というものがあるのに。例えば?寝るとか読書とか妄想とか?

小町「ごちゃごちゃうるさいなぁ、いいから明日はその手紙の時間に遅れないようにね!わかった?」

八幡「……はい」

翌日、なぜかテンションが高い小町にせかされ家を追い出された俺は時間より少し早く校門に着いてしまった

八幡「ここが神樹ヶ峰女学園か。確かにでかい木があるな。」

校門からでもはっきり見えるほど大きな樹が校舎の真ん中から生えていて、校舎全体を覆うように枝を伸ばしている。

八幡「ここにこれから通うのか。しかも教師として。考えるだけで憂鬱になってきたな……」

今頃総武高校では何が行われているのだろう、朝のHRの時間か、まぁ俺はいてもいなくても変わらないしどうでもいいか

「あのー、」

あ、でも今日の朝は戸塚としゃべれなかったなぁ、戸塚の天使の笑顔を見ないと一日が始まる気がしない、むしろ終わるまである

「あのー、すみません」

いや待てよ、よく考えたら毎日朝からここに通うとなると俺は戸塚と会えなくなるってことにならないか!?これは非常に重要な問題だ。俺の心のオアシスである戸塚成分が補給できなくなるということは俺の生死にかかわってくる、なんとかしてこの交流を早く終わらせなければ、

「あのー!すみません!」

あぁ、意識したら戸塚に会いたくなってきた、戸塚の笑顔が見たい、戸塚の声が聴きたい、戸塚戸塚

「あの!!すみません!!」

八幡「戸塚!」

「うわぁ!びっくりした!いきなり大きな声出さないでくださいよ、比企ヶ谷くん」

いきなり名前を呼ばれたので声のした方を見てみると赤い髪のボブカットの美少女がいた。
なんでこんな可愛い子が俺の名前知ってるの?新手の詐欺?「触らぬ神に祟りなし」だ、ひとまず無視するに限る

「ちょっとー!聞こえてますよね?無視しないでくださいよ比企ヶ谷くん!」

間違いない、向こうは俺のことを知っている。でも俺はこの子のことを知らない、こんな可愛い子と関わりがあるなら覚えてるはずなのにな、むしろ自分の人間関係薄すぎてすべての関係を覚えてるまである。我ながら今のは気持ち悪いな……

八幡「あぁ、ごめん。で、君誰?何してるの?」

みき「私は星月みきです!比企ヶ谷くんを迎えに来ました!ようこそ、神樹ヶ峰女学園へ!これから私がこの学校のことをいろいろ教えてあげますね!」

比企ヶ谷ではなく比企谷でしたね。今気づきました。今後直します

八幡「お、おう」

いきなりこんなにフレンドリーに話しかけてくるなんて、こいつカースト上位層の人間だな。普段なら関わらないでいたいところだが、今は彼女に頼らなければどうしようもない

みき「じゃあ早速行きましょう!」



ということで星月みきに連れられ学校の中を案内してもらうことに

みき「さっきはびっくりしましたよ!私が話しかけても全然反応しないのにいきなり大きな声出すんだもん」

八幡「あ、あぁ、すまん」

みき「でも比企谷くんも大変ですね、交流とはいえ1人で、しかも女子校に来ることになるなんて。」

八幡「あ、あぁ」

みき「でも心配はいらないですよ!ここのみんなはとっても明るくて優しくていい人たちばかりだから!」

八幡「あ、あぁ」

なにこの地獄、見知らぬ女の子と2人で歩きながら会話をするなんてぼっちにとっては苦行でしかない。現に、「あぁ」と「すまん」しか言えてない。

みき「さ、着きましたよ!まずは先生に挨拶してください!」

あ、これはまずい。確か平塚先生が顔見知りとか言ってたよな。あの人と飲みに行くような関係、しかもその場のノリでこの交流を決めるような人がまともなわけがない。

八幡「ちょ、ちょっと待てくれ、少し心の準備をだな」

みき「八雲先生!御剣先生!比企谷くんが来ましたよ!」ガラッ

開いたドアの先にはやたらとたくさんの難しそうな機械が大きな木を囲むように並んでいて、その機械の1つのところに二人の教師がいた。1人は青髪ショートカットで赤い縁のメガネをかけた、いかにも真面目そうな人。もう1人は長い金髪で白衣を着たちょっと怖そうな人。

樹「みき、ありがとう。それであなたが比企谷八幡くんね。初めまして、私は八雲樹です。これから、よろしくお願いしますね。」

風蘭「あんたが比企谷八幡か。アタシは御剣風蘭、よろしくな」

八幡「総武高校から来ました比企谷八幡です。よろしくお願いします」

風蘭「しかし、あんたも災難だったな、アタシたちの思いつきからこんなことに巻き込まれてな」

八幡「あ、いえ、別にそんなことは」

樹「そうよ、風蘭。その言い方だと罰ゲームのように聞こえてしまうわ」

風蘭「でもあの時の雰囲気はそんな感じだったろ。静が比企谷の話ばかりするからそんなに言うならアタシたちも見てみたいってなったからこうなったわけだろ?」

樹「あ、あの時は3人ともだいぶ酔っ払ってたから軽いノリになったけど、そのあとは真面目に計画を立ててたわ」

これ2人とも平塚先生の知り合いなのかよ。つか飲みの場でも俺の話をするのやめてくれないかな平塚先生、この2人に何をしゃべったのかすごく気になるが、怖いから聞くのはやめておこう

樹「では比企谷くん。さっそくここの説明をしますね。ここは神樹ヶ峰女学園の「ラボ」という場所です。ここでイロウスの探知や、武器の作成、神樹の管理など星守をサポートする場所です。」

八幡「はぁ」

ようするにここがこの学校の重要拠点なわけか。まぁ普通の学校にはこんな場所なんてないから当たり前だが

八幡「つかイロウスってなんですか?初めて聞いたんですけど」

樹「イロウスというのは詳しいことはわかっていない謎の生命体よ。そのイロウスがこの地球を制圧しようと人間たちを襲っているの。そのイロウスを倒せる力を持ってるのがこの学校の星守と呼ばれる少女たちよ。彼女たちのおかげでこの地球はイロウスに支配されなくてすんでいるの」

なるほど、状況はだいたいわかった。けど

八幡「なんで星月が今の話で満足そうにしてるんだよ」

御剣「そりゃ、そいつが星守だからに決まってるだろ」

え、なんだって?この子が星守?こんなか弱い子でも務まるの?もっとゴリゴリな霊長類最強女子とかがやるんじゃないの?
と、疑惑に思っていたことが顔に出ていたらしく、

みき「あぁー、比企谷くん信じてないでしょ!私だってちゃんと星守として戦えるんですよ!」

八幡「いや、だってそんなよくわからないものと戦うんだからもっと強そうな人を想像するだろ普通……」

樹「いえ、みきは星守としてかなりの力を持っていることは本当ですよ、比企谷くん」

みき「えへへ~」

こうやって褒められて素直に照れてるこの子がよくわからない生物と戦うなんてやはり想像できない、などと思っていた時、

ブーブーブーブー

突然警報音のようなものが鳴り始めた。なにこれどうなってんの?

樹「イロウスの反応だわ!」

風蘭「あぁ、すぐに転送装置の準備を始める。2人も準備しろ!」

みき「はい!」

おぉ、みんなさっきまでとはまるで別人だな。

みき「比企谷くん!はやくこっちに!」

八幡「え、俺も?」

補足です。
時代は俺ガイルと同じで現代ということにしてください。ただ、バトガの世界観は第二章がすべて終わって、詩穂も花音も仲間になっている状況で、地球に現れるイロウスを倒していくという本編とは離れた設定でやっています。

さら補足。詩穂も花音もサドネも星守クラスにはいますが、バトガ本編のようなスペースコロニーや月、火星などの近未来の設定や、審判の日、地球奪還などの設定は無視しています。あくまで「現代の地球だけを舞台にして、人間を襲うイロウスと星守が戦う」というように補完をお願いします

まとめると
世界観…現代の地球。火星やスペースコロニーなどバトガで出てきた地球外の居住可能エリアは存在しない。また、審判の日やその後の地球奪還などの地球外と関わるようなイベントも発生していない
神樹ヶ峰女学園…イロウスと戦う星守が通う学校。神樹のもとに建っていて、星守クラスやラボなどで星守をサポートしている
星守…昔からイロウスと戦ってきた少女。今は18人が星守クラスに在籍
イロウス…昔から地球を制圧しようとすしている存在。星守以外には倒せない。生態は不明。
比企谷八幡…原作と同じ

樹「はい、比企谷くんには現場で彼女のサポートをしてもらいたいと思っています」

八幡「いや、俺には無理ですって。何もわからないし、ただの足手まといにしかなりませんって」

風蘭「大丈夫だ、あんたも神樹に選ばれたんだ。何かの助けにはなるさ」

八幡「そんなこと突然言われたって」

樹「指示はこちらから出します。この通信機を持って行ってください。これでこちらと連絡が取れます」

八幡「え、いや、そういう問題じゃなくて、そもそも俺にできることなんてなにも」

風蘭「おい、そろそろ転送始まるぞ!」

みき「比企谷くん、さぁ行こう!」

俺は星月に手をつかまれ転送装置の上に連れていかれてしまった。あ、星月の手、小さいけど暖かいな……って感触を味わっている場合じゃない。こんなことになって無事に帰れる保証はどこにもない。早く脱出しなければマズイ

八幡「離してくれ、俺には無理だって」

風蘭「よくやった、みき!そのまま比企谷が逃げないように手を離すなよ」

樹「それじゃあみき、比企谷くん、頑張ってね」

みき「はい!いってきます!」

八幡「待ってk」

みき「大丈夫」

星月が手を握る強さを強めてきた。その強さにドキッとする

みき「比企谷くんは私が守るから」

八幡「星月……」

風蘭「転送!」

目を開けたら転送が終わっていたらしく、見たこともない荒野に俺と星月は立っていた。

みき「さぁ。早くイロウスを探してやっつけないと」

八幡「あ、あぁ。てかこの転送ってなんだよ、一瞬で知らない土地まで移動したぞ」

みき「神樹に認められた人は神樹の力を利用した転送装置で移動できるんです。比企谷くんも神樹に選ばれているから私と一緒に来られたんだよ」

何それ全然わからねぇ、神樹すげぇってことしかわからねぇ、マジ神樹やばいでしょー、激アツだわー。……いかんいかん一瞬戸部になってしまった

八幡「とりあえずこれからどうすればいいんだ?イロウスってやつを倒さないといけないんだろ?」

みき「はい。詳しい場所は八雲先生が通信で知らせてくれるんです」

そんなことを言ってると通信機が鳴りだした

樹「比企谷くん、みき、聞こえる?」

みき「はい!聞こえてます!」

八幡「はい、一応」

樹「よかったわ。ではこれからの行動の指示を出します。2人がいる場所から北にある村でイロウスが出現しているわ。そこへ向かってちょうだい」

みき「わかりました!」

樹「それと、もう1つ。比企谷くんはイロウスと戦う術を持っていないはずです。だからくれぐれも危ないことは控えてくださいね」

八幡「いや、それなら俺を学校に残しといたほうが良かったんじゃないですか?」

樹「これから星守をサポートするに当たって、自分自身で色々体験することは必ず役に立つわ。とにかく気を付けてちょうだい。みき、比企谷くんの事頼むわね


みき「はい!任せてください!」

樹「ふふ、では切るわね。また何かあったら連絡するわ」

みき「イロウスの場所もわかりましたし、早く行きましょう!」

八幡「待て、星月。お前はそれでもいいかもしれないが、勝手に行動されると俺が1人になって困ることになる。それに村にイロウスが出現したとなると村民を助けることになるかもしれない。そういうことに備えて少し対策を考えてから行ったほうがいい」

みき「……」

八幡「な、なんだよ。どうした」

みき「うんうん、比企谷くんって優しい人なんだなって思って」

八幡「……そんなんじゃねぇよ。ただ俺は任された以上、できることをしたいと思ってるだけだ」

そう、俺にできることは頭を働かせること。ぼっち特有の1人で考える時間が長いことで鍛えられた頭を使うことで星月をサポートしていくことしかできない

みき「あはは、比企谷くんって面白いね!」

八幡「どこがだよ……」

みき「そういうところだよ!」

八幡「なぁ、そんなことより対策を考えよう。ひとまず俺は安全なところで待ってるから星月がなんとかしてくれ」

みき「いきなり人任せ?比企谷くんにも協力してもらわないとイロウスは倒せないよ」

八幡「なんでだよ、俺じゃイロウスは倒せないだろ」

みき「イロウスは大型イロウスを中心に複数の小型イロウスと集団で出現するの。大型イロウスを倒さないと集団は消えないから大型イロウスを優先的に探さないといけないの」

八幡「なるほど、イロウスにも種類があるのか。ならこうしよう。星月は村の人をイロウスから守ることを優先してくれ。俺がその間に大型イロウスを探し出して見つけ次第お前に場所を伝える。そしたら大型イロウスを倒しに来てくれ」

みき「うん、そうしよう。でもムリしないでね?八雲先生も言ってたけど、危ない時は逃げてね?」

八幡「当たり前だ。自分の身は自分で守る。ぼっちの常識だ」

みき「あはは、やっぱり比企谷くん面白い」

八幡「うるせぇ。じゃ行くぞ」

みき「うん!」

八幡「しかし、いざ探すといってもイロウスがどんな形か知らなかったな」

みき「イロウスはね、色々な種類がいて犬っぽいのとか鳥っぽいのとかドラゴンっぽいのとか、他にも何種類か!」

八幡「待て、ドラゴンっていったか?そんなヤバそうなやつとも戦うのかよ…キツそうだな…それにそんなに種類がいるなら口で言われてもどれがイロウスなのかわからねぇな」

みき「そうだねぇ、確かに実際に見てもらうのが1番わかりやすいかな。あ、そこにいる犬っぽいのがロウガ種ってイロウス!」

八幡「へぇ、意外と小さいんだな。これなら俺でも倒せそうだな」

みき「小型イロウスだからね。でも小さくてもイロウスはイロウスだから、私たち星守じゃないと倒せないよ~」

八幡「ほーん、そういうもんなのか。……って」

2人「あぁぁぁぁ、イロウスぅぅぅ」

どどど、どうしよう。まさかこんなに早くイロウスとご対面するとは…考えろ考えろ、どうやってここを切り抜ける、今すぐ走って逃げればなんとかなるか…?いや、逃げてもどうせ倒すんだし、

みき「はぁぁぁ!」

ザシュッ

うぉっ、イロウスが一瞬で消えたぞ。何が起こったんだ?

みき「ふぅ、ちょっとびっくりしちゃって変身するのが遅れちゃったよ」

星月が倒したらしいな。つか変身?星守はイロウスと戦う時変身するのか?セーラー◯ーンや◯どマギみたいに?それはかなり期待できるぞ。さぁ、いざ拝見!

八幡「おぉ星月お疲れ、って……うわぁぁ」

星月を見ると確かに変身はしてる。してるけども……
えー、正直期待外れだわー。制服も満足に隠せてないし。これが変身?なんかテキトーに付け足しただけじゃね?

参考画像
http://fsm.vip2ch.com/-/hirame/hira124670.png


みき「なに、どうしたの比企谷くん。あ、この姿をまだ比企谷くんは知らなかったんだね。私たち星守はイロウスと戦う時、この星衣に変身するんだよ!」

八幡「あぁ、それは見ればわかるんだが」

なんてったってなんか残念な感じがするんだよなぁ、この星衣……もう少しどうにかならなかったの?

補足です。
星守たちの星衣は現段階では星衣フローラではなく、この星衣しか持ってないことにしてください。
多分星衣フローラも追い追い出します

みき「それで、星衣を纏うと一緒に武器も出てくるんだ。私はソードだけど他にはスピア、ハンマー、ロッド、ガン、ブレイドカノン、ツインバレットなんかがあるんだよ」

八幡「へぇ」

武器はまぁまぁ種類あるんだな。でも星衣がちょっと残念すぎてあまり話が入ってこなかったけど……詳しいことはまた今度聞くか

みき「さ、急がなきゃ。ここにイロウスがいるってことはその集団も近くにいるはずだから」

八幡「だな」

てかその星衣のままで行くのね。俺なら恥ずかしくて絶対ムリだわ……



そして村に着くと

みき「村っていってもほんとに小さな村だね。人もほとんどいないから被害も少なそう」

八幡「よし、じゃあ星月はこの村の人たちの安全を確保してくれ。俺は見晴らしのいいところから大型イロウスを探す。で、大型イロウスってどんなやつ?」

みき「さっきいたロウガ種の大きいサイズだよ。だいたい象くらいの大きさかなぁ」

デカっ、そしてこわっ。そんなのがここらへんウロついてるの?絶対会いたくない、会ったら即、来世に良い人間に生まれ変わることを神様にお願いするまである

八幡「マジかよ、そんなデカイのか。まぁそれなら逆に見つけやすいかもな」

星月「うん、だから私もここの村の人の安全を確保したら大型イロウスを探しに合流するね」

八幡「あぁ、わかった」

できれば俺は何もせず、星月に全てをさっさと片付けて欲しいところだが、果たしてどうなるだろうか

すいません、星衣については>>1の個人的な考えを反映させてしまいました…

星月と別れ俺は大型イロウスを探すために村はずれの見晴らしのいい丘に着いたが

八幡「…あれだな」

さすがに象サイズの大きさの生き物をこの小さい村で探すんだ。すぐ見つかるに決まっている。けど

八幡「あれ、明らかに象より大きいよな?それにさっきの犬っぽいやつがそのまま大きくなったにしては横幅がデカすぎないか?」

そんなことを思ってると通信機が鳴り出した
あぁ、これはヤバイやつですね絶対。悪い知らせが来るパターンだ。出たくねぇなぁ、でも出ないともっとヤバイよな…

八幡「はい、比企谷です」

樹「比企谷くん、ちょっとマズイことになったわ。予想外の大型イロウスが…………れて………まま……」

八幡「あの、八雲先生?聞こえないんですけど」

樹「……ザザザ…………」プツン

切れた。切れてしまった。この状況は非常にマズイ。ベタすぎるかもしれない展開だがマズイものはマズイ。ひとまず星月に連絡をしなければ

八幡「もしもし星月、聞こえるか、星月」

やはり通信機が使えない。そうなると星月はこの状況を理解していない可能性がある。通信機が使えない以上、合流してわかってる範囲で状況を伝えなければならないだろう

八幡「行くしかないか。直接村に」

さぁ、星月はどこにいるか探すか、って探すまでもないな

八幡「絶対あそこだ…」

やたらと土煙が立って、たまに赤い炎が上がってる。絶対あれだ。でも、俺今からあそこ行くの?死にに行くようなもんじゃないか?でも行って状況を伝えないと大型イロウスは倒せないしなぁ

八幡「行くしかないのか、あそこに…」

覚悟を決めろ、漢八幡。この状況を打開しないと愛しの我が家に帰れないぞ

八幡「うし、行くか」

念のため最後にもう一度大型イロウスの居場所を確認してから行くか

八幡「あそこだな。って、誰かいないか?」

よく見るとイロウスの集団の近くに1人の小さい女の子がいる。幸いお互いにその存在には気づいていないようだが、危険なことに違いはない

八幡「マジか…まずあの子を助けなきゃいかんか」

怖いものは怖いが、見つけてしまった以上自分が行くしかない。あの子を保護してすぐ隠れよう。それしかない、てかそれ以外できない

八幡「こういうことは俺のキャラじゃないんだが…」

俺は村へ走り出した

ひとまずさっき女の子がいたところまで走って来たが
つ、疲れた…息上がってしんどい…普段身体を動かさなかったツケがここできたか…だが今はそんなことを言っている暇はない。早くあの子を探さなければ

八幡「いったいどこにいるんだ…」

周りを見渡していると、地面でやたらとキラキラ光っているものがあることに気づいた

八幡「なんだこれ、……石?」

小さいが綺麗な丸型の宝石のような石だ。なんか高そうだなこれ。あとで村の人に持ち主聞いてみるか

「あ!見つけた!それあたしの大事な宝物の石!」

声のする方を振り返ると丘の上で見つけた女の子が俺の前に立っていた

少女「その石私のなの!お願い、返しておにいちゃん!」

八幡「わかったわかった、そんなに大きな声で言われなくても返すよ…」

俺は光る石を少女に手渡した

少女「よかった。さっきからずっと探してたんだ。拾ってくれてありがとう、おにいちゃん」

八幡「あぁ、それはいいんだが、今ここらへんはとっても危ないんだ。急いで逃げた方がいいぞ」

少女「危ない?なんで?」

八幡「こわくて大きな動物がいっぱいいるんだ。だからおにいちゃんと一緒に早く逃げような」

少女「へー、そのこわい動物はどこにいるの?」

八幡「多分あっちのほうだ。だから逆の方向に逃げような」

少女「すごい!あたしその動物見てみたい!」

少女は言うが早いが大型イロウスのいる方に走ってしまった

八幡「おい、マジで危ないって。戻れ!」

イロウスのいる方向なんて教えるんじゃなかった…だけど後悔してももう遅い。早く追いついて連れ戻さなきゃならない

八幡「くそっ」

俺はまた走り出した

少し走ってなんとか少女を捕まえることができたが、

少女「見て見ておにちゃん!ほんとにおおきな動物だね!」

時すでに遅く、少女は大型イロウスを見つけてしまっていた。だが、大型イロウスのほうはまだ少女に気づいていない。冷静になれ俺、ここでイロウスに気づかれたら終わりだ。慎重に慎重に

八幡「さぁ、いい子だからここから離れよう。この動物は本当に危ないんだぞ。さて、おにいちゃんはもうあっち行くからなぁ」

少女「待って!あたしも一緒に行く!」

少女は俺の言葉を聞いてこっちへ歩いてきた
よし、なんとかこの子を連れ出すことができた。あとは見つからないように星月のいる方角へ逃げるだけだ

八幡「うん、いい子だ。じゃあおにいちゃんと行こうか」

少女「うん!あ、おにいちゃん!あそこに小さな動物がいっぱいいるよ!」

恐る恐る少女が指さす先を見ると

八幡「ウソだろ…」

今にもこちらに襲い掛かろうとしている小型イロウスの群れがいた

八幡「やばい。早く逃げるぞ!」

俺は少女を担ぎ上げるとイロウスがいない方へ全速力で逃げた

少女「あはは!速い速い!」

これは最悪の事態だ。こうならないために先に村の人の安全を確保したかったのに、結果非常にまずいことになってしまった

八幡「くそっ、どうにかして逃げきらなきゃ」

後ろを振り返るとこの騒ぎで大型イロウスまでもが俺たちの存在に気づいたらしく、すさまじい唸り声をあげてこっちへ向かってきた

八幡「万事休すだな…」

そしていつの間にか逃げる方角には小型イロウスが数匹俺たちを待ち伏せている。だが、もう逃げ道は残されていない
せめてこの子だけでも逃がしてやりたいが、これまでこの子を抱えて走ってきたことで体力は残っているわけもなく、打開策を考えることもできない

八幡「はは、俺の命もここまでか…」

まぁ少女を守りながら死ぬってのも悪くないかな…ぼっちな俺にしてはいい最期だろう

「やぁぁぁ!」

ザシュザシュザシュ!

一瞬にして目の前の小型イロウスの群れが消えた

「ダメだよ比企谷くん諦めたら。言ったよね?比企谷くんは私が守るって」

八幡「星月……」

みき「遅れてごめんね比企谷くん。でももう大丈夫だよ!私がイロウスをやっつけるから!」

>>34の訂正

少し走ってなんとか少女を捕まえることができたが、

少女「見て見ておにちゃん!ほんとにおおきな動物だね!」

時すでに遅く、少女は大型イロウスを見つけてしまっていた。だが、大型イロウスのほうはまだ少女に気づいていない。冷静になれ俺、ここでイロウスに気づかれたら終わりだ。慎重に慎重に

八幡「さぁ、いい子だからここから離れよう。この動物は本当に危ないんだぞ。さて、おにいちゃんはもうあっち行くからなぁ」

少女「待って!あたしも一緒に行く!」

少女は俺の言葉を聞いてこっちへ歩いてきた
よし、なんとかこの子を連れ出すことができた。あとは見つからないように星月のいる方角へ逃げるだけだ

八幡「うん、いい子だ。じゃあおにいちゃんと行こうか」

少女「うん!あ、おにいちゃん!あそこに小さな動物がいっぱいいるよ!」

恐る恐る少女が指さす先を見ると

八幡「ウソだろ…」

今にもこちらに襲い掛かろうとしている小型イロウスの群れがいた

八幡「やばい。早く逃げるぞ!」

俺は少女を担ぎ上げるとイロウスがいない方へ全速力で逃げた

少女「あはは!速い速い!」

これは最悪の事態だ。こうならないために先に村の人の安全を確保したかったのに、結果非常にまずいことになってしまった

八幡「くそっ、どうにかして逃げきらなきゃ」

後ろを振り返るとこの騒ぎで大型イロウスまでもが俺たちの存在に気づいたらしく、すさまじい唸り声をあげてこっちへ向かってきた

八幡「万事休すだな…」

そしていつの間にか逃げる方角には小型イロウスが数匹俺たちを待ち伏せている。だが、もう逃げ道は残されていない
せめてこの子だけでも逃がしてやりたいが、これまでこの子を抱えて走ってきたことで体力は残っているわけもなく、打開策を考えることもできない

八幡「はは、俺の命もここまでか…」

もう足に力が入らず、俺はその場に座り込んでしまった
まぁ少女を守りながら死ぬってのも悪くないかな…ぼっちな俺にしてはいい最期だろう
あぁ、イロウスがやってくる。押してダメなら諦めろ、なんていつも考えてたが、いざ諦めるとなると自分の力のなさがひどく恨めしく思われる。自分でもっとなんとかできたらと思う
でも、もう、どうしようもない
俺は目を閉じた……

「やぁぁぁ!」

ザシュザシュザシュ!

一瞬にして目の前の小型イロウスの群れが消えた

「ダメだよ比企谷くん諦めたら。言ったよね?比企谷くんは私が守るって」

八幡「星月……」

みき「遅れてごめんね比企谷くん。でももう大丈夫だよ!私がイロウスをやっつけるから!」

書きためもせず、ほぼその場で考えて書き込んでるのでこういう訂正がこれから先山ほど出てくると思います
なるべくしないようにしますが、SS初めてなのでそれでも読みにくいと思います。そういうところは都合よく脳内補完してくださると助かります

八幡「どうして俺がここにいるってわかったんだ?」

みき「だって大型イロウスがあんなに暴れてるんですよ?誰かが襲われてるって思うのは当たり前ですよ!」

はは、確かに…
そんな当たり前のことすら考えられなかったのか、俺は

みき「比企谷くん大丈夫ですか?ケガとかないですか?」

ぼーっとしてる俺を心配したのか星月が声をかけてきた

八幡「あぁ、ちょっと体力が切れかけてるがケガはないし、大丈夫だ。」

みき「わかりました。でも私が来たのでもう大丈夫です。ゆっくり休んでてください」

八幡「悪いがそうさせてもらおうかな。この子も守らないといけないし」

そう言って俺は少女の頭を軽く撫でた
少女は満足そうに目を細める

みき「あ……」

星月が俺が少女の頭を撫でてる光景をなぜかじっと見つめてくる。え、なに?お兄ちゃんスキルがオートで発動しちゃっただけだから。別に他意はないからね?千葉のおにいちゃんはだいたいこうだからね?

八幡「なんだよ」

みき「……ふぇ?いや、な、なんでもないですよ。さぁ、イロウスを倒しにいかなきゃ」

星月はそう言うと大型イロウスのほうに向かい直した

みき「それじゃ、いってきますね」

八幡「あぁ、頼む」

星月はイロウスに向かって走り出した

少女「ねぇ、おにいちゃん。おにいちゃんさっきまでと違って笑ってるね」

八幡「え?」

俺は気付かないうちに笑っていたらしい。なにそれ気持ち悪い。だからさっき星月は俺のほうを見てたのか

少女「なんかさっき抱っこされてた時はおにいちゃん怖かったけど、あのお姉ちゃんが来てからおにいちゃん、なんか暖かくなった」

……そうか。俺はあいつが来て安心したんだ。イロウスに囲まれて絶望してた俺はあいつが来たことで希望を見出したんだ

でもなぜだ?会ってまだ数時間と経たないあいつが来ただけでなんで俺は安心できたんだ?
この状況はなにも好転していないというのに

だけど今は、この不思議な気持ちに身を委ねるのも悪くない。俺はもう一度少女の頭を軽く撫で

八幡「ちゃんと見てるんだぞ。あのお姉ちゃんがなんとかしてくれるからな」

少女「うん!」

みき「炎舞鳳凰翔!」

星月は剣に炎を纏わして大型イロウスを攻撃する

みき「まだまだ!」

星月は大型イロウスに向かって剣を振り続ける

だが、これまでの小型イロウスに通じていた攻撃も、大型イロウスにはあまり効果がないように思える
それに、大型イロウスの攻撃も凄まじく、星月が距離を少しでもとると周りの岩を飛ばしす攻撃や、地面を叩いて揺らす攻撃が星月を襲う

そして1番の問題は

みき「はぁ、はぁ、はぁ」

星月自身の体力もかなり限界がきている。このまま戦っても星月が不利だ。打開策は無くはないが、今の状況では使えない。どうすれば

少女「おにいちゃん…お姉ちゃん大丈夫かな?」

八幡「……」

少女「おにいちゃん?」

…なにをためらってるんだ俺は。諦めるなってさっきあいつに言われたろ
俺は……
ほんの少しでもいいから、あいつの力になってやりたい。

八幡「おにいちゃん、今からお姉ちゃんのこと助けに行ってくる。ここでいい子で待ってることはできるか?」

俺は自分に言い聞かせるつもりで言葉をゆっくり紡ぎ出す

少女「うん!おにいちゃんのこと待ってる!」

八幡「あぁ」

問題。自分1人では勝てない敵とどう戦うか
答え。戦わない

俺は大型イロウスと戦う星月のもとへ駆け出した

八幡「星月!」

みき「比企谷くん?何やってるの!?ここは危ないから早く逃げて!」

八幡「俺の話を聞け星月。この状況を打開する策を考えた」

みき「策?ほんとに?」

八幡「あぁ」

俺は自分の策を星月に説明する

八幡「打開策は…ひたすらあいつの攻撃をよけることだ」

みき「え!?それじゃあイロウスに勝てないよ!?」

八幡「いいから最後まで話を聞け。俺は星月とイロウスの戦いを見て、あいつの攻撃パターンを観察してた。あいつの攻撃パターンは3種類だ。片手を前方へ振り回す攻撃。両手で地面をたたいて揺らす攻撃、周りの岩を投げ飛ばす攻撃だ。この中で、片腕を前方へ振り回す攻撃だけはやつの腕が届く範囲以外、周りへの被害がなく、回避しやすい」

みき「それなら回避してから後ろや横から攻撃してもいいんじゃ…」

八幡「するとあいつは周囲を攻撃するために地面を揺らしてくる。結果、こっちはやつから距離をとることになり、また地面を揺らされたり、岩を投げられたりして攻撃を避けづらくなったり、被害が拡大したりすることになる」

みき「なるほど…」

八幡「それに攻撃するとしても肝心のお前が体力切れで、まともにあいつにダメージを与えられないだろ」

みき「う、それはそうなんだけど…でも、そしたら私たちはただイロウスの攻撃をよければいいの?」

八幡「そうだ。あいつは腕を振り回す前に上に腕を上げる。そのタイミングで腕の届く範囲外に避ければ当たらずに済む。だが、この策を実行するためには常にはイロウスの目の前にいないといけない。そうしないとあいつは腕を振り回す攻撃をしてこないからだ」

みき「攻撃をよける方法はわかったよ。でもそうすることでどうやってあのイロウスを倒すの?」

八幡「それは……」

みき「それは?」

八幡「援軍待ちだ」

みき「……え?」

八幡「考えてみろ。ここにいるのは体力切れのお前と、ただのぼっち男子高校生の俺と、さっきの女の子だ。俺らだけではどうやったってあいつには勝てっこない。だが、俺らがここで時間を稼ぐことが出来れば必ず神樹ヶ峰女学園から助けが来る。現に、八雲先生はここの状況が普通じゃないことをわかっている。必ず向こうで対策を立てているはずだ」

この策は現状考えうる範囲でできる最適解だろう。イロウスの攻撃をよける手段も現実的で、かつ助けが来る可能性も高いはずだ

みき「…ふふっ、あはは!」

八幡「な、なにがおかしいんだよ」

みき「えへへ、だって打開策っていうからどんなすごい作戦なのかと思ったら、ひたすら逃げて助けを待つことだったんだもん」

八幡「……俺だって必死に考えたんだぞ」

みき「それはわかってるよ。だって」

星月が俺の顔を見つめてくる。

みき「希望を信じる目をしてるから」

八幡「…この腐った目をそんな風に言われたのは初めてだ」

みき「あはは!やっぱり比企谷くん面白い!」

八幡「だからどこがだよ…」

みき「そういうところだよ!」

八幡「わからん…」

ホントこの子わからない…俺の何が面白いの?からかわれてるの俺?

みき「さ、じゃあ今から逃げて逃げて助けを待ちましょう!」

八幡「…あぁ」

作戦を立てたはいいが、実際イロウスの前に立つと

…マジデカイ、マジコワイ。なにこれ、生き物ってよりもちょっとした山っていったほうが正しくない?大型っていっても限度があるぞ

っと、怖気付いてる暇はない。早速作戦決行だ

八幡「よし、逃げるぞ」

みき「うん!」

俺たちはイロウスの視界に入るように逃げながら攻撃の兆候を待つ
そして少しするとイロウスが片手を上に上げた

八幡「今だ、やつの腕より遠くまで逃げろ!」

言うが早いが、俺たちはイロウスの前から逃げる
その直後イロウスは片手を振り回すが、俺たちには当たらない

みき「やった!成功したよ!」

八幡「気を抜くな星月。すぐやつの目の前に戻るぞ」

みき「わ、わかった!」

そして俺たちはイロウスの目の前に走り、再びやつの注意を引きつける

みき「また腕を上げたよ!」

八幡「逃げるぞ!」

俺たちは体力の切れた体を懸命に動かしてイロウスの注意を引き続ける。
こうやって時間を稼げれば必ず助けがくるはず。それまでの我慢だ

みき「でも、こうやって避け続けるのもかなり大変だね…」

確かにさっきまで物陰に隠れてた俺はまだしも、星月は小型イロウスと戦ってからさらに大型イロウスの攻撃に耐えていたんだ。動くだけでもキツいだろう。

現に俺の体力はもう恥ずかしながら限界です…

八幡「俺もキツいがここで止まると確実にやられるぞ。逃げ続けるしか道はない」

みき「そうだね」

と、そこにイロウスの攻撃がくる。

だが、俺は話すことに気を取られて腕の長さを見誤ってしまい足に少し攻撃を食らってしまう。

八幡「うぁっ」

逃げようと立ち上がろうとするが足に痛みが走る。

みき「大丈夫?比企谷くん??」

立てない俺に気づいた星月がこちらへ走ってくる

だが、すでにイロウスは片腕を腕に上げて攻撃しようとしてくる

八幡「来るな、星月!」

だが星月は俺の言うことを聞かずに俺とイロウスの間に入り、イロウスの攻撃を受けて吹き飛ばされてしまう

みき「きゃぁ!」

八幡「星月!」

俺は痛む足を引きづって星月のもとへ向かう

八幡「星月!星月!」

みき「大丈夫だよ比企谷くん。星衣のおかげでそこまでひどいダメージは負ってないから。逆に比企谷くんのほうがケガがヒドイよ。もう走れないんじゃない?」

八幡「……」

確かに俺は星月の言う通りもう走れない、じっとしていても痛むくらいだ

みき「だから私がここでイロウスの攻撃を食い止める片腕だけならなんとかなるかもしれない」

八幡「それは無茶だ、星月。もうお前も疲れ切ってるはずだ。いくら星衣があるからといっても攻撃を受ければ死んじまうぞ!」

みき「だからって比企谷くんを見捨てることはできない!」

そう言って星月は俺の前から動こうとしない

…くそっ、俺が攻撃を避けていればこんなことにはならなかったのに、これじゃあ2人ともすぐやられてしまう…

もう俺がイロウスの囮になって星月を逃すしかない、なんとかしてここから動かなきゃ


少女 「おにいちゃん達をいじめないで!」


八幡「……!」

いつの間にか少女がイロウスの横にいて、声をあげている。ど、どうしてあの子がここに?

八幡「逃げろ!今すぐ遠くへ!」

少女「イヤ!」

イロウスも少女に気付いたらしく少女のほうへ向き直る

みき「ダメ!」

星月は自分に注意を引きつけようとイロウスを攻撃する、

八幡「やめろ星月!それは逆効果だ!はやくあの子を連れてやつの注意から外れろ!」

だが俺の声は聞こえていないらしく星月は攻撃を止めない。少女も動かない。

するとイロウスは俺たちをまとめて攻撃しようと両腕を上げる

…このままだと俺のせいで星月も少女も死なせてしまう、それだけは回避しなければならない。

八幡「うぉぉぉぉ!」

俺はイロウスに突進していった

俺の力じゃ毛ほども役に立たないことはわかってる。でもせめて俺自身の手で責任は取らせて欲しい。この俺の身体であいつらが助かるなら十分だ。

俺はイロウスに向けて拳を振り上げる


八幡「…衝撃のっ!ファーストブリットおぉ!」




イロウス「ぐぉぉぉ」

……ん?俺のファーストブリットはまだ届いてないぞ?なんでイロウスは怯んでるんだ?

「すみません、遅くなりました」

「大型イロウスはアタシたちが退治してやる!」

「おぉー、大きいねぇー!」

「こんなに大きいイロウスは珍しいですね」

「感想なんて後にしろ!今はみきたちを助けてイロウスを倒すんだ!」

「あら?みきちゃんだけじゃなくて他にも小さな可愛い女の子がいるわ~」

「蓮華!イロウスに集中しろ!」

「いいからさっさとイロウス倒すわよ。ワタシまだクリアしてないゲーム残ってるから早く帰りたいし」

声のする方を見ると、星月と同じように星衣を纏った女の子たちが手に武器を持ってこちらへ向かってくる。おそらく星守の援軍たちだろう。

そしてその中の2人がこちらへやってきた。1人は灰色の髪を三つ編みにまとめた女の子、もう1人は緑がかったショートカットの女の子。

遥香「みき、比企谷さん、けがはありませんか?」

八幡「お前らは…?」

遥香「私は成海遥香、あっちのショートカットの子は若葉昴です。私たちもみきと同じ神樹ヶ峰女学園の星守です」

参考画像
成海遥香
http://fsm.vip2ch.com/-/hirame/hira124861.png

若葉昴
http://fsm.vip2ch.com/-/hirame/hira124862.png


みき「遥香ちゃんはお医者さんを目指していて治療もできるんですよ」

遥香「応急処置程度ですが…みなさんのケガの処置をしたいと思います」

八幡「俺はいいから星月とあの子を…」

昴「この女の子にはケガは見当たらないよ」

みき「私も大丈夫」

八幡「よかった…」

遥香「よくはありません。比企谷さんが怪我をしてるじゃないですか」

八幡「いや、俺のケガは軽いし大丈夫だ。それに自分でイロウスの攻撃を避けられなかったことが原因だから…」

実際、軽い足の怪我だけで済んだのは不幸中の幸いだ。これで俺がもっと大ケガをしていたら星月もあの子も無事じゃいられなかったろう

遥香「言い訳は聞きません。ひとまず処置をします」

みき「遥香ちゃん、昴ちゃん、比企谷さんと女の子をお願いしてもいい?私、自分であのイロウスを倒したい」

昴「うん。わかった」

遥香「気をつけてね、みき」

みき「うん!」

そう言ってから星月は俺の方を向く

みき「じゃあ比企谷さん、今度こそイロウス倒してくるね」

八幡「…あぁ」

星月は俺の反応を聞いて笑顔を見せるとイロウスに向かって走っていった。

星月の剣に炎が宿る。その光景を見て

八幡「…頑張れ!星月!」

俺は思わず叫んでた

みき「炎舞鳳凰翔!」

そういえば先生たちの画像を載せてませんでしたね

八雲樹
http://fsm.vip2ch.com/-/hirame/hira124863.png

御剣風蘭
http://fsm.vip2ch.com/-/hirame/hira124864.png

>>50の訂正
誤…比企谷さん

正…比企谷くん

大型イロウスは星月の攻撃で完全に消滅し、小型イロウスの群れもいなくなった。

村への被害もそこまで大きくはなく、村の人にケガ人もいないとのことだった。

唯一のケガは俺の足…なんか情けない…

八幡「なんでこんな包帯ぐるぐる巻きなの…」

遥香「動かなさいためです。また戻ったら病院で手当てですよ?」

昴「でも大型イロウス相手にそれだけのケガで済んでよかったんじゃないですか?」

八幡「まぁな」

みき「でも遥香ちゃんたちが来る直前にその足で大型イロウスに走っていきましたよね?」

八幡「あ、あれは、少しでもイロウスから注意を引きつけようと…」

みき「あんなの危なすぎますから!これから絶対やらないでくださいね!」

八幡「でもあの時はお前らを助けようと…」

みき「それで比企谷くんが死んでたかもしれないんですよ!それで私が助かっても全然嬉しくないです!」

星月が声を荒げて俺に詰め寄る

昴「みき、落ち着いて」

みき「比企谷くん、これだけは言っておきます」

みき「もう絶対あなたを傷つけさせない、そのために私頑張るから」

…この子はホントに素直で優しい子なんだな。
なんなら星や月よりも暖かい太陽のように

八幡「星月、それは少し違うぞ」

みき「え?」

八幡「ここにいる成海や若葉や、俺も含めて全員で頑張るんだ」

成海と若葉も俺の言葉に笑顔で頷く

それを見て星月も笑顔で頷く

みき「比企谷くん…うん!そうだね!みんなでこれからも頑張ろう!」

少女「おにいちゃーん、お姉ちゃーん!」

村の人の集団からあの女の子が走ってくる

八幡「おう、どうした」

少女「あのね、私、大きくなったらお姉ちゃんみたいになる!それを言いにきたの!」

みき「私みたいに?てことは星守になりたいってこと?」

少女「うん!お姉ちゃんみたいにカッコよく戦いたいの!」

八幡「そうか」

みき「うん、きっとすごい星守になれるよ。お姉ちゃん待ってるからね」

少女「うん!」

昴「おーい!みき達、そろそろ転送が始まるよー!」

みき「わかったよ、昴ちゃん!もう行くよ!」

八幡「もうお別れだな。元気でな」

少女「うん!おにいちゃんもお姉ちゃんもありがとう!」

そう言って少女はまた走って戻っていった。

俺らも戻らなきゃな。体ガタガタだし足痛いし…

八幡「さ、帰りますか」

みき「そうだね!……あっ」

八幡「な、なんだよ今になって」

みき「あの子に名前聞き忘れちゃいました…」

八幡「あっ」

「転送!」



こうして俺は神樹ヶ峰女学園に戻った

転送が終わるとそこは神樹ヶ峰女学園のラボの中で、八雲先生と御剣先生がそこにいた

風蘭「みんな、お疲れ」

樹「特に比企谷くんとみきはよくやってくれたわ」

みき「いえ、みんなが助けに来てくれたおかげです!」

八幡「星月はともかく俺は本当になにもやってないんですが…」

樹「いえ、あなたたち2人が大型イロウスを食い止めてなければ被害はもっと甚大だったでしょう」

風蘭「そうだ。アンタたち2人が考え、行動した結果村は救われたんだ。すごいじゃないか」

みき「えへへ~」

八幡「…」

こうやって面と向かって褒められるなんてほぼ初めてだからどんな反応すればいいかわからん…八幡恥ずかしい!

風蘭「さ、比企谷とみき以外のみんなは教室に戻っておいてくれ」

「はーい!」

あれ、俺は?俺は?なんで帰れないの?

八幡「え、俺まだ何かやるんですか?」

樹「えぇ、これからあなたたち2人は私たちと一緒に理事長に会ってもらいます」

みき「理事長にですか?」

風蘭「あぁ、理事長が今回のことで2人と話したいことがあるそうだ」

理事長

この交流で俺がここに呼ばれることになった原因を作った1人。それに俺に手紙を送って来た人…

怖いなぁ、どんな強面の人なんだろうか、いっそのことケガを理由に帰ってしまうか。うん、そうしようそうしよう

八幡「あのー、俺足痛いんで病院行きたいんですけど…」

そう言った瞬間、八雲先生と御剣先生が俺の両側に立ち俺を掴む

樹「そんなこと言っても」

風蘭「逃がさないからな」

いやぁぁぁぁ、ダレカタスケテ~~

みき「あはは…」

俺は先生2人に両脇を抱えられながら理事長のところへ連行されている。

ちょっと?一応俺ケガ人なんですけど?もう少し優しく扱ってくれませんか?

八幡「…あの、そろそろ離してくれませんか?」

風蘭「断る」

八幡「どうして…」

樹「だって静さんに言われてるのよ。比企谷くんを逃がさないためには実力行使してもいいって」

あの暴力独身女教師ぃぃ、何めんどくさいことを他校の先生に教えてるんだよ。おかげで平塚先生が増えたみたいになっちまったじゃねぇか…

風蘭「ほら、着いたぞ」

前のドアを見ると確かに「理事長室」とある。

ついに来てしまったか…でももしかしたらラブ◯イブみたいに実は理事長は生徒のお母さんでしたーとか、ラブ◯イブ◯ンシャインみたいに生徒自身が理事長になってるパターンじゃないのか?そうなんだろ!実はそうなんだろ!

ってそんなわけないだろ!…いかん、自分でボケて自分でツッコンでしまった…

そんなことを考えてたら八雲先生がドアをノックする

樹「失礼します。比企谷くんとみきを連れて来ました」

八雲がドアを開けるとその先にはたくさんの本と、綺麗な茶色の高価そうな机と、これまた高価そうな椅子が置いてある。

そしてその椅子に小学生か中学生くらいの少女が座っていた。なんでここに少女がいるんだよ

八幡「八雲先生、理事長はどこですか?」

樹「…!比企谷くん?あなた本気で言ってるの?」

八幡「は?何がですか?」

風蘭「アンタの目の前にいるだろ理事長は」

目の前って…そんな理事長みたいな人なんてどこにもいないんだが…?

八幡「だからどこですか」

みき「比企谷くん、あの椅子に座ってるのが理事長ですよ…」




はぃぃぃぃぃぃ?え、ちょ、え?ラブ◯イブなんて目じゃないんですけど??俺より年下の理事長ですか??ハーレムものでよくある「天才で飛び級しちゃいました~」みたいなやつですか??

八幡「え、あ、あの、す、すみません」

動揺しすぎて言葉が出て来ない、こういう時は素数を数えて落ち着け俺。0、あれ、0って素数?素数じゃない?どっち?

牡丹「いえ、大丈夫ですよ。そういう反応をされるの慣れてますから」

そうやって理事長はにこやかに笑う

牡丹「はじめまして比企谷八幡さん。私がこの神樹ヶ峰女学園の理事長、神峰牡丹です。これからよろしくお願いしますね」

八幡「そ、総武高校から来ました比企谷八幡です。よろしくお願いします」

牡丹「あ、一応言っておきますけど、これでも私あなたのお母様と同じくらいの年ですからね」

は?ウソだろ?こんなちっちゃい女の子が俺の母親と同じくらいの歳?そんなことあるわけがない

樹「比企谷くん、信じられないかもしれないけど本当のことよ。私も羨ましいわ。年を重ねてもあの若さでいられるのは」

いや、あそこまでいくと若いってより幼いって感じだと思うんですけど

なんてことは俺は口が裂けても言えないから黙っておく

ミスりました。公式で牡丹の年齢は?でした。
なので
誤…私はあなたのお母様と同じくらいの歳ですからね
正…私は樹や風蘭よりも年上ですからね

誤…こんなちっちゃい子が俺の母親と同じくらいの歳?
正…こんなちっちゃい子が八雲先生たちより年上?

にしてください。牡丹の一人称や呼びかけの言葉をまだ把握してないのでそれも追い追い修正します

それと神峰牡丹先生の画像です
http://fsm.vip2ch.com/-/hirame/hira124915.jpg

牡丹「さて、比企谷さん。今回のイロウス討伐にはあなたとみきの功績が大きいと話を聞きました。特に比企谷さん、あなたの策がとても効果的だったそうですね」

八幡「いや、俺は考えただけで実際星月が戦ってくれなかったらどうにもならなかったです」

牡丹「なるほど。あくまでみきのおかげでイロウスを倒せた、と」

八幡「まぁそうですね」

なんか迫力あるなこの人。見た目は小さいし、なんか巫女っぽい不思議な服着てるけど、逆に喋り方はすごく落ち着いてるし、そういう見た目と喋り方のギャップで存在感があるように思える

牡丹「そうですか。では」




牡丹「比企谷さん、みきの頭を撫でてあげてください」

………は?この人今なんて言った?俺が星月の頭を撫でる?headをstroke?なんで?どうして?why?

八幡「な、え、」

牡丹「聞こえなかったですか?みきの頭を撫でてあげて欲しいのですが」

八幡「流石にそれは聞こえてますよ。そうじゃなくて俺が不思議なのはなんで俺が星月の頭を撫でることになるのかってことですよ」

牡丹「それは星守にとって、頭を撫でられることはその人と親密度を深める行為になるからですよ。今回、比企谷さんはみきのおかげでイロウスを倒せたと言いましたね。それでしたらみきの頭を撫でて彼女を労うのは当然ではないですか?」

確かに星月のおかげでイロウスを倒せた。それに何か礼をするのも当然だろう。だけどそれが頭を撫でることになるのはおかしいんじゃないの?

みき「比企谷くんになら、私、撫でてもらいたいですよ…?」

あの、そんな上目遣いでそんなこと言わないでもらえますかね?うっかり惚れそうになるだろうが。この子ちょっと心配になるくらい純粋なんだが大丈夫なのか?

八幡「いや、星月さん?同い年くらいの男に頭撫でられるんですよ?いいの?」

みき「い、いいの!それに、村であの女の子が比企谷くんに頭撫でられてて気持ち良さそうだったから私もしてもらいたいなって…」

八幡「まさか、あの時俺をじっと見つめたのは…」

みき「はい、あの子が撫でてもらってるのが羨ましくて…」

えぇー、変人扱いされてないのがわかったのはまだいいが、こう思われてたのもまたキツいものがあるんですけど…

牡丹「ほら比企谷さん、彼女からも許可が出ましたよ。早く撫でてあげてください」

マジかよ、高校生の男に同い年くらいの女の子の頭を撫でさせるなんてこの学校おかしいぞ…

俺が躊躇してるのを見て八雲先生たちも早くしろと言ってくる。

だぁぁ、うるせぇな!撫でればいいんだろ、撫でれば?もうヤケクソだ。こうなったらイヤになるまで撫でてやる

八幡「…じゃあいくぞ、星月」

みき「は、はい!お願いします!」

恐る恐る俺は星月の頭に手を置いて、ゆっくり撫で始める

みき「ひゃうっ!ご、ごめんなさい。変な声出ちゃいました」

八幡「お、おう…」

だが星月はすぐに落ち着いたように見える。俺の手つきに慣れたようだ。てかこいつ髪サラッサラだな。うっすらシャンプーのいい香りするし、こうやって俺に頭を預けてくれている光景も悪くない。

みき「あの、」

八幡「ん?」

みき「いえ、そうやってされるのすごく落ち着きます…」

八幡「そうか…」

みき「…比企谷くんの手、あったかいですね」

八幡「そうか?」

みき「はい」

こいついちいち危ない発言するな…
てかこれ、はたから見たらかなりヤバいやつじゃ…?

周りを見渡すと案の定、理事長含め大人3人はこちらを見てニヤけている

牡丹「ふふ」

樹「想像以上だわ比企谷くん」

風蘭「ほら、アタシたちには遠慮せず続けていいぞ」

こんなに見られて続けられるか!逆によく撫でてたわ俺!恥ずかしさの極みだぞこれは…家に帰ったら枕に叫びたくなるくらいの黒歴史確定だな…

八幡「星月、もういいだろ。てかやめさせてくれ」

そう言って星月の頭から手を離す

みき「はい、ありがとうございました」

また星月は笑顔でそう言ってくる。お礼言われるほどのことしてないんだが。逆に俺がお礼言いたいくらい…

そんな俺たちを見て何を納得したのか頷きながら3人の大人たちは話している

樹「これはもう決まりではないですか?」

風蘭「アタシも大賛成だよ」

牡丹「ではそういうことにしましょう」

なになになに、大人の女たちの会話なんて恐ろしすぎる。俺の中で危険信号が鳴り続けているんだが…

牡丹「比企谷八幡さん」

八幡「は、はい」

これは絶対めんどくさいことをやらされるに違いない。なんとか回避しないと、とは思ってても逃げる勇気もない、どうも俺です…

牡丹「あなたを星守クラスの担任に任命したいと思います」

ん?星守クラスって星月とか成海とか若葉とかさっきの星守たちがいるクラス?え?そこに俺が配属されちゃうの?どう考えても不適材不適所じゃない?

八幡「あの、それは責任重すぎませんか?第一俺にそんな大きな仕事できませんよ…」

なんたって人類を守る星守たちの先生になるわけだ。一介のぼっち高校生の俺なんかがやっていいことではない。むしろぼっちの俺には普通の先生すらできるはずがないのに

牡丹「あら、比企谷さん、何かとても大きな勘違いをされてますね。あなたは今回大型イロウス討伐にとても貢献しました。それにみきへの撫で方を見るに星守たちともすぐ信頼関係を築けるでしょう。それになんといっても」

牡丹「あなたは神樹に選ばれたんです。こんなに適任な方は他にいませんよ」

八幡「いや、あの、それは全部偶然だと思うんですけど…」

牡丹「では星守クラスを頼みますよ、比企谷『先生』」

八幡「………はい」

こうまで言われると拒否のしようがない。ある意味平塚先生よりもやり方が強引だ。訴えればパワハラとかで勝てるんじゃない?

樹「では比企谷先生、さっそく星守クラスのみんなに挨拶しに行きましょう」

八幡「え、今からですか?もう俺ホントに帰りたいんですけど…」

風蘭「遥香や昴、他にもたくさんの星守が助けに来てくれただろ?そいつらに挨拶もなしに帰るってわけにはいかないだろ」

う、それは確かにそうなんだが…これ以上知らない人と会話をするのはツライものが…

牡丹「さ、比企谷先生。先生としての最初のお仕事、頑張ってください」

みき「そうですよ比企谷くん!いや先生!早く行きましょう!」

八幡「…わかりましたよ」

もうどんな抵抗も無意味なんですね、わかりましたよ…
物理的にも精神的にも重い足を引きずって俺は星月とか星守クラスに向かった

八幡「なぁ、さっきから色々悪いな」

理事長室を出て星月と2人になったので俺はそう切り出した

みき「え?何を謝ってるんですか?」

八幡「いや、村で戦いを任せっきりにしたこととか、俺の勝手な思いつきに巻き込んじゃったこととか、さっき頭撫でちゃったこととか、星守クラスの担任になっちゃったこととか」

手を握られて暖かいなって思ったこととか?撫でてる時いい匂いだなとか思ったこととか?これはさすがに言えないから心にしまっておこう

みき「そんなことありませんよ!全部、私がや比企谷くん、いや先生に同意してやったことですし、撫でてもらったことも私がしてもらいたかったことですし…」

八幡「…今は先生たちもいないから本当のこと言っていいんだぞ?」

さっきから星月にずっと気を遣われてるような気がして心が晴れてくれない。こんな純粋な子にそんな風にさせてる自分も許せない

みき「…先生?私本当に心の底から思ってますよ?」

八幡「だから、そんな気を遣わなくても」

みき「先生!」

星月が大きな声で俺の声を遮る

みき「私は、自分がそう思ったことしかやりません。だから」

みき「先生を信頼する気持ちに嘘はありませんよ?」

なんでこの子は俺にそんなに信頼を置けるんだ?会ってまだ数時間だぞ。そう思われる理由が一つとして考えつかない…

八幡「なんでこんな捻くれぼっちの俺のこと…」

みき「あはは、そういう面白いこと言うところも含めて、ですよ!」

理由になってるのかなってないのかわからない、多分なってないことをこれまた良い笑顔でいいつつ星月は教室のドアに手をかける

みき「さ、先生!ここが星守クラスです。準備はいいですか?」

え、もう?今回こそは心の準備が必要だよ?なにせ同年代の女の子たちに会うわけでしょ?俺には壁が高すぎる。それを乗り越えるには超大型巨人並みのコミュ力が必要だが、俺にあるのはせいぜいミジンコ並みの力ばかり…

八幡「ちょ、ちょっと待ってくれ、」

だが星月は俺の言葉なんか聞くことはなく、ドアを元気よく開ける。じゃあなんで俺に聞くんだよ…

みき「みんな!先生が来たよ!」

中に入ると同時に、教室内の目という目が自分を刺してくる気がする。こういう目立つ役はものすごく苦手だ。もう八幡、穴掘って埋まってますぅぅぅ

そうは問屋も降ろしてくれないので、ひとまず教壇の真ん中に立つ。

明日葉「さ、これで全員揃ったな。まずは」

『ようこそ神樹ヶ峰女学園へ!比企谷先生!』

黒髪ロングの女子の掛け声に合わせて教室内の声が揃って自分を歓迎してくれる。

…こういう時どういう反応をするのがいいの?俺の脳内辞書はこういう状況には非対応なんですけど?誰か教えて?

みき「ほら、先生。ひとまず自己紹介お願いします!」

ナイスだ星月。じゃあ自己紹介といきますか

八幡「あー、比企谷八幡です。よろしくお願いします」

よく考えたら自己紹介なんかほぼしたことないから名前以外何を言えばいいかさっぱりわからない…
ほら、案の定教室シーーンとしてるしね?いや、これは俺のせいじゃない。喋ることがないことが悪い。あれ、それ結局俺が悪くない?

「先生何歳ですかー?」

「好きな植物とかありますか?」

「星とか、興味ありますか?」

「ここの可愛い子はみんな蓮華のだから手出しちゃダメよ~」

「ぬいぐるみとか好きー?」

「zzz」

だがそんな静寂はすぐ破られ、四方八方から声の圧力を受ける。そ、そんな声の暴力に慣れてないんですけど!てか1人寝てないか?よくこんな状況で寝られるな

八幡「あぁ、えーと…」

明日葉「ほら、みんな落ち着け。みんなが一斉に言っても比企谷先生が混乱するだろ。こちらも1人ずつ自己紹介してその時質問があればするようにしよう」

俺が反応できないところを察して、先ほど掛け声をした女生徒が指示を出す。周りもその意見に納得したのか静かになる。なるほど、彼女がこの教室のリーダー的存在か

「はいはい!じゃあひなたから自己紹介する!」

1人の女生徒が元気よく手を挙げた。こういうところで話し出せるのはすごいなぁ、八幡感心するぞ~

…どこ目線で物を喋ってるんだ俺は、アホか

明日葉「よし、ならひなたから学年順に自己紹介していこうか」

ひなた「はーい!ひなたは南ひなた!中学1年生!4月15日生まれで、血液型はO型!ソフトボール部に入っててピッチャーやってるの!好きな食べ物はオムライス!」

おぉ、元気が服着てるみたいに喋るなぁ

ひなた「あ、今度先生にオムライス作ってあげるね!ひなたのオムライス激うまだから!ひなたの家は6人兄弟で、ご飯の時はいつもおかずの取り合いになって戦場みたいになるけどオムライスの時は1人ひとつって決まってるからゆっくり食べられるの!それでー、」

サドネ「ヒナタ、長い…」

ひなた「えぇーまだ話したいこといっぱいあるのにー!」

八幡「いや、俺もそんなに言われても覚えられないからそろそろ勘弁してくれ…」

ちょっとテンションが高くてついていけないなぁ。俺の中学1年生の時もこんな感じだったのか?いや、流石にないな…

参考画像
南ひなた
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ひなた「じゃあ質問!先生!先生は兄弟いるの?」

八幡「あぁ、妹が1人な」

ひなた「へぇ、でも全然そんな感じしないね!」

八幡「ばっか、お前、俺は千葉で生まれ育ったためにお兄ちゃんスキルはカンストしてるまであるぞ」

兄妹ケンカの時は必ずお兄ちゃんが悪いって言われて謝らされたり?お兄ちゃんのお小遣いで買ったゲームや漫画を勝手に使われたり?
お兄ちゃんあるあるだよね!

ひなた「??先生何言ってるの?」

八幡「あぁ、いや、わかんないならいい…」

つい南に反論してしまった。これから南には俺のお兄ちゃんスキルを身をもって体感させなければならないだろう

ひなた「じゃあ次の自己紹介は桜ちゃん!」

桜「zzz」

南は隣で寝ている女子を揺すりながら起こそうとする。

ひなた「もう桜ちゃん!起きて!」

桜「なんじゃひなた、わし眠いから寝かせてくれんかのぉ」

ひなた「寝ちゃダメだよ!自己紹介、桜ちゃんの番だよ!」

桜「うーん、どうしてもやらなければならんのか?

ひなた「当たり前だよ!」

桜「うーん、ならさっさと済ませるとするかのぉ」

そう言ってその女生徒はゆっくりのっそり話を始めた

桜「わしは藤宮桜。ひなたとサドネと同じ中学1年生。好きなことは昼寝、好きなものはお茶じゃ。よろしく頼む」

南とは真逆な落ち着いた、というかもう老人の話し方なんだな。この子ホントに中1?多分世の中の老人たちより老人っぽいぞこいつ

参考画像
藤宮桜
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桜「わしからは特に質問とかはないのぉ。その代わり寝かせておくれ、zz」

ひなた「ダメだよ桜ちゃん!さっきまで寝てたでしょ!」

すごいマイペースだな藤宮。中1でこの態度は将来大物になりそうだな。なるべく関わりたくないが…

桜「なら、次の自己紹介に移ればよかろう。サドネ、頼む」

サドネと呼ばれた女の子がこっちを見るが明らかに嫌悪の目線を送ってくる。やりづらいなぁ…

サドネ「……サドネ」

…それだけ?

楓「ど、どうなさったのですかサドネ?」

サドネ「だって、この人の目怖い。だから、この人、イヤ」

こんなにストレートにこの目を嫌われるとそれもそれで心にくるものがあるぞ。かと言って雪ノ下みたいに罵られてもイヤだが…

参考画像
サドネ
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八幡「あー、この目は生まれつきこうでな。イヤと言われてもどうしようもないんだが」

サドネ「でも怖い。だからサドネこの人苦手」

あぁ、初対面から、しかも外見で嫌われたか。流石にここまでの経験はないから地味にショックを隠せない。

みき「サドネちゃん、先生はそんな怖い人じゃないよ!」

星月がフォローをするがサドネは聞く耳を持たない。これもうなんともならんか

八幡「まぁ人間好き嫌いがあるのは当たり前だ。俺も嫌いなもんはとことん嫌いだしな」

サドネ「何言ってるのか全然わからない。やっぱり、この人イヤ」

中1にこの話はまだ早かったか…

そういや悠木さんかつ妹系という共通点が

>>76
中の人ネタは後に使う予定です!まぁ予測できましたよね(笑)
サドネ以外にも何人か声優が被ってるキャラがいるので。
なんなら学年も同じですし(笑)

楓「では、気を取り直して自己紹介を続けますわ。ワタクシ千導院楓と申します。よろしくお願い致しますわ」

何この漂う金持ちオーラは。ホントにいるんだな、こんな喋り方するザ・お嬢様

楓「将来は千導院家を継ぎ、世の人のために行動できる立派な当主となるために日々勉学に励んでいますの」

玉縄みたいな意識高い系、ではなく本物の意識高い人だ。玉縄とはえらい違いだ。手をこねくり回さないあたりから違うぞ。…そんなの当たり前か

八幡「すげぇな、本物のお嬢様かよ」

楓「先生は千導院家をご存じないのですか?」

八幡「あ、あぁ、正直聞いたことはない…」

俺がそう言った瞬間、千導院の顔つきがサッと変わった。ヤベ、地雷踏んじまったかも

楓「それはいけませんわ!これから千導院家の歴史についてワタクシが講義いたしますわ。まず偉大な初代当主の…」

望「ストップストップ楓!まだみんな自己紹介終わってないよ!」

楓「あぁ、そうでしたわね。ワタクシとしたことが熱くなってしまいましたわ」

これ、止められなければ永遠に語られてたのだろうか…少し千導院家について勉強しとかないとまた言われそうだな

参考画像
千導院楓
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楓「では次はミミ、お願いしますわ」

ミシェル「はーい!ミミは綿木ミシェル!楓ちゃんと同じ中学2年生!好きなものはぬいぐるみだよ!」

これはまた強烈なパンチ力を持った子だな。キュートキューティーキューティクル!って感じ。ウサミン星出身とか言いださないよね?

くるみ「ミミさんは可愛らしいぬいぐるみを自分で作ってるんですよ」

ほぉ、自分で作ってしまうくらいぬいぐるみが好きなのか。ああいう縫い物系を作れるのは素直にすごいと思う。

八幡「自分で作るなんて手先が器用なんだな綿木」

ミシェル「えへへ。あ、先生!ミミのことはミミって呼んでよ!」

八幡「え、いや、いきなり愛称で呼ぶのは俺にはムリだ」

ミシェル「むみぃ~、残念…」

そんな落ち込まれてもムリなものはムリよ?そもそも愛称で人を呼んだことないし、そんな仲になるような人もいなかったし。

八幡「あー、なんかすまん…」


参考画像
綿木ミシェル
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うらら「ちょっと先生!雰囲気暗くしたらこの後うららたちが自己紹介しづらいでしょ!ほら、心美も!何かあるなら言ったほうがいいわよ!」

心美「わ、私は別に何も…」

うらら「心美!そんなんじゃこの先うららの隣に立ってられないわよ!」

心美「うららちゃん、いきなり話が飛びすぎてるよ…」

この2人、タイプは違うけど仲良いんだろうなぁ。奉仕部の2人とはまた違った感じだけど

ゆり「こら2人とも!言い争いは後にして自己紹介をしろ!」

心美「す、すみません」

うらら「はーい、じゃあうららから自己紹介するよ!」

うらら「蓮見うららよ!学年は中学3年生!将来の夢は世界中を虜にする宇宙1のアイドルになること!先生、今なら特別にUFCの会員にしてあげてもいいよん」

八幡「いや、結構です…」

おぉ、小町と同じ年でここまで振り切れてる奴を見るのも珍しい気がする。まぁ中途半端に「アイドルになったきっかけですか?知り合いに勝手に応募されたんですよ~」とか言う奴よりはよっぽどいいが

うらら「えー、もったいない!入会しないと近い将来絶対後悔するわよ!」

八幡「しねぇから…そもそもUFCってなんだよ。どっかのサッカーチーム?」

うらら「football clubじゃないわよ!うららファンクラブ!今なら会員1号にしてあげてもいいよ!」

八幡「だから入らねえって…」

ここまでグイグイ来られると扱いに困るな…小町はこんなに押し強くないから余計に疲れる…

画像を貼り忘れました
蓮見うらら
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うらら「じゃあ次は心美の番よ!」

心美「は、はい」

蓮見の隣の席の子がおどおどしながらこっちを見る。そんなに怯えられるようなことしたか俺?やっぱり目?サドネと同じように目がイヤか?
…けっこう傷ついてるな、俺。なんかサドネの声でイヤ、とか嫌いとか言われるのすごい心に来るんだよなぁ

とか考えてると自己紹介が始まる

心美「あ、朝比奈心美です。た、誕生日は10月2日で、星座は天秤座です。天文部に入っています…」

八幡「あ、あぁ…」

心美「…はい」

八幡「……」

心美「……」

何この沈黙!今までキャラが濃い子ばっかりだったから余計に動揺する。何か言ってあげるべきなのか?いや、彼女が何か言うのを待つべきなのか?

心美「あの、やっぱり私の自己紹介つまらなかったですよね…」

朝比奈はそう言って泣き始める。なに?自己紹介がつまらなかったことを心配してたの?これは臆病とかそういう話じゃないと思うんだが…

八幡「そ、そんなことないぞ?自己紹介らしい自己紹介だと思うが」

心美「そ、そうですか。よかったぁ」

俺がフォローをしてしまった。これだけ臆病だと扱いに困るな。小町はこんなに芯が弱くないから余計に疲れる…

参考画像
朝比奈心美
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訂正
誤…そういう話じゃないと思う
正…そういう次元の話じゃないと思う

みき「あはは、じゃ、じゃあ今度は高校生組の自己紹介ですね!」

八幡「まだやるの?」

アニメみたいに続きは来週!とかにならない?もう八幡のライフポイントは0だよ?

みき「当たり前です!星守クラスは18人で1クラスなんですから!」

八幡「そうですか」

まぁまだ話してない奴らはさっきイロウス討伐に助けてくれた連中だから、聞くだけ聞かなきゃいかんか

みき「私から自己紹介しますね!星月みき、高校生1年生です!特技は料理ですっ!得意料理は……え、え~っと、まだ練習中です!」

なんで特技が料理で得意料理が練習中なんだよ、と思ってたらクラスの空気がいきなり重くなった

八幡「な、なんでこんな空気が重くなるんだ」

昴「いえ、みきの料理は、その、独特というか」

ゆり「前に食べたら見たこともない世界が見えました…」

八幡「あー、なるほど…」

由比ヶ浜タイプか。あいつが奉仕部で初めて作ったクッキーヤバかったもんな。まさしく凶器。あんなの作れるなんて狂気の沙汰としか思えない。

遥香「え?みきの料理美味しいですよ?先生も食べて見たらどうですか?」

みき「遥香ちゃんだけだよ、私の料理美味しいって食べてくれるの!そうだ、先生にも今度作ってあげますね!腕によりをかけて作りますから!」

八幡「いや、遠慮しておきます…」

自分の料理が下手なことを自覚してないのかこいつは。由比ヶ浜よりタチが悪い。こいつの料理は絶対に回避しなきゃいけないものだな。覚えておこう。

みき「遠慮なんかしないでください!先生の歓迎のために美味しいお菓子を明日作ってきますね!もちろんクラスのみんなのぶんも!」

望「まぁまぁみき、ひとまず今日はみきも疲れてるだろうしお菓子はまた今度で…」

昴「そ、そうそうそれに自己紹介もまだみんな終わってないから続けないとね。次はアタシがやりますね、先生」

なかば強引に星月を止め、若葉が自己紹介を始める。

昴「アタシ、若葉昴ですっ!5月4日生まれの高校1年生です!フットサル部に入ってますけど、体を動かすことが趣味なのでスポーツはなんでも得意です!」

見た目通りのボーイッシュな子なのね。異性よりも同性に好かれそうな感じだな。

昴「先生は何かスポーツやりますか?」

八幡「いや、俺は特に何もやってない。基本インドアだからな。家から出ない。」

正確には家から「出たくない」だな。外出は必要最低限にし、なるべく家でゴロゴロまったり過ごす。お家は最高、お家は天国。どんな人でも暖かく受け入れてくれるからね家は。家を擬人化したら絶対優しいお姉さんタイプに違いない。

昴「えー、体動かすの楽しいですよ!家に篭ってないでスポーツやりましょうよ!」

八幡「イヤだよ。スポーツは疲れるし、体痛くなるし…」

普段の体育は流してるからそんなことないが、戸塚とテニスした時とか次の日筋肉痛ひどかったからな。

遥香「先生!若い時から運動しておかないと将来生活習慣病になるリスクが高まってしまいますよ!」

いきなり成海が大きな声を出す

八幡「な、なんだよいきなり」

遥香「そうですね。まずは自己紹介からですね。私は成海遥香です。みきや昴と同じ高校1年生です。音楽鑑賞が好きなのでその影響で吹奏楽部でフルートを吹いています」

八幡「いや、そういうことではなくて…」

遥香「さぁ、自己紹介も終わったので言わせてもらいます。普段から適度な運動をしておかないと体に悪いですよ?そのケガが治ったら私たちと運動ですからね」

昴「そうそう!運動するといい汗かけるしね!楽しいですよ先生!」

疲れることを人に強制されてやるなんてイヤに決まってる。てか若葉の声、なんか一色に似てる感じがする。あいつとタイプは真逆も真逆だけど。一色は絶対運動しようなんて俺には言いださないし、そもそもそういうことしなさそうだし。

遥香「先生!聞いてますか??」

八幡「あ?だから運動はイヤだってば。」

遥香「ダメです。絶対にやってもらいます。」

ふえぇ、この子怖いよぉ。吹奏楽部の未来のお医者さんってもっと優しくないの?

ゆり「うむ!遥香の言う通りだ!先生は筋肉があまりなさそうなのでもう少し体を鍛えた方がいいと思いますよ!」

背の小さい生徒も俺に声をかけてくる。こんな小さい子にもアドバイスされるなんて、さすがに自分が恥ずかしい。家という温室で育ったためか体つきは少し頼りない感は否めない。

八幡「小さいのにはっきり物を言うな、お前」

ゆり「ち、小さいって言うなぁ~~??」

八幡「す、すまん」

小さいことにそんなにコンプレックス持ってるの?別に不自然ではないと思うが。

ゆり「そう簡単には許しません!私のことをちゃんと教えますのでしっかり聞いてください!一度しか言いませんよ」

ゆり「私は火向井ゆり。高校2年生で、風紀委員長として学園の秩序を守っています!学園のルールを破る者、秩序を乱す者は絶対に許さん!部活は剣道部で、精神、肉体共に育てています!」

風紀委員長か…こいつの前で変なことはできないな。もしTo LOVEるしようもんなら「比企谷くん、ハレンチです!」とかはならず、多分ボコボコにされる。まぁ俺は結城リトでもなければ、火向井も色々小さいからToLOVEるすることもないんだろうけど。

というか

八幡「お前高2なの?俺と同い年なのかよ」

ゆり「え、先生って高校生なんですか?」

八幡「あぁ、この制服見ればわかるだろ」

さすがにコスプレには見えんだろ。見えないよね?

ゆり「同じ高校生で私たち相手に教壇に立てるとは。先生は相当すごい方なんですか?」

八幡「いや、普通の高校生だ。ここにいるのは理事長の命令でいるだけだ」

上司の命令には逆らえないんですねこれが。同学年相手に先生やるなんてかなり気まずいんですがどうにかなりませんか?

参考画像
火向井ゆり
http://fsm.vip2ch.com/-/hirame/hira125396.png

訂正
誤…小さいって言うなぁ~~?
正…小さいって言うなぁ~~??

すみません。スマホからだと「!」がなぜか出ませんでした。もう一度訂正を載せます


ゆり「うむ!遥香の言う通りだ!先生は筋肉があまりなさそうなのでもう少し体を鍛えた方がいいと思いますよ!」

背の小さい生徒も俺に声をかけてくる。こんな小さい子にもアドバイスされるなんて、さすがに自分が恥ずかしい。確かに家という温室で育ったためか体つきは少し頼りない感は否めない。

八幡「小さいのにはっきり物を言うな、お前」

ゆり「ち、小さいって言うなぁ〜〜!!

八幡「す、すまん」

小さいことにそんなにコンプレックス持ってるの?別に不自然ではないと思うが。

ゆり「そう簡単には許しません!私のことをちゃんと教えますのでしっかり聞いてください!一度しか言いませんよ」

ゆり「私は火向井ゆり。高校2年生で、風紀委員長として学園の秩序を守っています!学園のルールを破る者、秩序を乱す者は絶対に許さん!部活は剣道部で、精神、肉体共に育てています!」

風紀委員長か…こいつの前で変なことはできないな。もしTo LOVEるしようもんなら「比企谷くん、ハレンチです!」とかはならず、多分ボコボコにされる。まぁ俺は結城リトでもなければ、火向井も色々小さいからToLOVEるすることもないんだろうけど。

というか

八幡「お前高2なの?俺と同い年なのかよ」

ゆり「え、先生って高校生なんですか?」

八幡「あぁ、この制服見ればわかるだろ」

さすがにコスプレには見えんだろ。見えないよね?

ゆり「同じ高校生で私たち相手に教壇に立てるとは。先生は相当すごい方なんですか?」

八幡「いや、普通の高校生だ。ここにいるのは理事長の命令でいるだけだ」

上司の命令には逆らえないんですねこれが。同学年相手に先生やるなんてかなり気まずいんですが、どうにかなりませんか?

参考画像
火向井ゆり
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望「えー、アタシはそれでもすごいと思うけどな~」

八幡「…!」

今、由比ヶ浜の声がしたか?いや、そんなはずはない。あいつがここにいるわけがない。

動揺しながら俺はひとまず返事をする。

八幡「あぁ、ありがと、その…」

望「アタシ?アタシは天野望!高校2年生!趣味は、オシャレ!ファッションに関する知識は誰にも負けません!目標はママみたいに自分でブランドを立ち上げること!特技は、お裁縫!デザイナーを目指す以上、服ぐらいは自分で作れないとね♪」

ほぉ、声だけじゃなくて、明るく素直な感じも由比ヶ浜と似てるな。

八幡「ファッションか。俺には縁もゆかりもないものだな」

家ではアイラブ千葉Tシャツだし、外出の時には小町に服選んでもらってるし。

望「それはもったいないよ先生!人間、オシャレしてナンボだよ!」

八幡「いや、めんどくさいし、自分に合う服分からないし…」

それに服屋の店員との会話もツライ。なんで店入ってすぐ「何かお探しですか?」とか聞いてくるのあの人たち。それにびびって「あ、いえ、あの」と言ってすぐ逃げてしまうどうも俺です。

望「じゃあアタシが先生の服選んであげるよ!カッコよくコーディネートしてあげるよ!」

何、この子押し強すぎじゃない?ガハマさんに勝るとも劣らないんだが。第一、こんな子と服選びに行くというシチュエーションがまず無理だよぉ

八幡「え、遠慮しときます…」

参考画像
天野望
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望「えー、行こうよ先生~」

ゆり「こら望。先生を困らせるな。それに騒がしいとくるみが話せないぞ」

望「そっか、ごめんねくるみ」

くるみ「いえ、大丈夫」

八幡「…!」

くるみ「どうかしましたか先生」

八幡「い、いや。なんでもない」

なんなんだよ、こいつは雪ノ下に声がそっくりじゃねえか。どうなってんだよ、このクラス

くるみ「そうですか。それでは私の自己紹介を始めます。私は常磐くるみ。高校2年生です。趣味は読書と家庭菜園です。将来はパパと同じように植物学者になりたいと思っています」

桜「くるみは花を育てるのが上手だからのぉ。くるみが手入れした花壇はとても綺麗じゃ」

くるみ「そんな。私はお花さんの声を聞いてその通りやっているだけで」

八幡「え、花の声を聞くって何?」

思わず反応してしまった。もしかしてこの子けっこう不思議な子?

くるみ「お花の声が聞こえることは、そんなに不思議なことですか?」

八幡「少なくとも俺は今まで聞いたことないぞ」

普通聞いたことないだろ。デビルーク星の第二王女じゃあるまいし…

てか聞けば聞くほど違和感が募る。この声でこんなにゆっくり優しい口調で話されたらどう反応すればいいか迷う…天野の場合は性格が似ていたからまだいいが、常磐は性格も全然違うし。なんなら見た目も違う。その最たるものとして雪ノ下にはない2つの兵器の存在がある。こんなに違うとこだらけで声だけ似てるのも少し面白いが。

参考画像
常磐くるみ
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>>93訂正
誤…デビルーク第二王女

正…デビルーク第三王女

くるみ「先生も心を素直にして耳をすませばお花たちの声が聞こえるはずですよ」

心を素直に、なんてできるはずがない。素直になれていたら今頃ここにはいないし、そもそも奉仕部にもいないだろう。

八幡「いや、それは」

花音「ムリね」

八幡「そう、ムリ。って、え?」

花音「アンタみたいな無能が心を素直に、なんてできるはずがないでしょ。むしろなんでこんなやつがここにいるのよ」

敵意むき出しで接してくるなこいつ。俺こいつとは初対面なんだけど、なんかした?

八幡「あの、俺あなたに何かしました?」

花音「は?何もできてないから怒ってるのよ!私は仕事で間に合わなかったけど、イロウスとの戦いでみきを酷い目に合わせたって聞いたわ。そんな無能、私は許さないわよ」

酷い目に合わせた無能って。まぁ間違ってはないか。

詩穂「まぁまぁ花音ちゃん、今はひとまず先生に自己紹介しないと」

花音「そ、そうね。私は煌上花音。アンタと同じ高校2年生よ。というか、私の自己紹介なんていらないでしょ。雑誌に書いてあるんだし」

八幡「雑誌?」

花音「…まさか、私のこと知らないって言うんじゃないでしょうね?」

八幡「あー、どこかで会ったことあったっけ?」

花音「信じられない!私のこと知らないなんて!どうやって今まで生きてきたのよ」

八幡「そこまで言うか…」

知らないものは知らないよ。こんな金髪ツインテなんて見たらそうそう忘れるもんじゃないし。それに雑誌ってのもよくわからん。どゆこと?

参考画像
煌上花音
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詩穂「花音ちゃん、そう言わずに。先生が私たちのこと知らないなら、これから知って貰えばいいでしょ?」

花音「詩穂は甘いのよ。こんなやつ今すぐ踏んでやりたいわ」

言い方はキツいが、この子に踏まれるって一種のご褒美じゃない?

花音「何考えてんのよ、ヘンタイ!」

それもご褒美っちゃあご褒美なんだよなぁ。

詩穂「うふふ。あ、申し遅れました。私、国枝詩穂と申します。ふとしたきっかけで花音ちゃんと『f*f』(フォルテシモ)というアイドルをやっています。先生、これからよろしくお願いしますね」

ふーん。アイドルか。アイドルねぇ。アイドル??「はっちはっちはー!あなたのハートにはちはちはー。笑顔届ける比企谷八幡!青空もー、ハチッ!」とか「みんなでハピハピしようにー☆」とか言うやつ?…俺の中のアイドル像イロモノに偏りすぎだろ。

八幡「え、お前らアイドルなの?」

詩穂「はい」

花音「だから雑誌見てないのかって言ったでしょ。ホントに何も知らないのねアンタ」

そういうリア充が興味あるようなもの見てないんだよなぁ。そもそもアイドル自体に興味もないし。

八幡「いやまぁそういう話題に疎くてな」

詩穂「でしたら、これから私たちにも興味を抱いてくださいね?」

煌上と違った、優しい言葉遣い、笑顔には癒される。

詩穂「でも、花音ちゃんに迷惑をかけてたら、絶対許しませんからね?」

そう言って国枝は俺に笑いかける。だがさっきまでの笑顔とは違ったゾッとする笑顔だ。

八幡「あ、あぁ」

前言撤回。こいつが1番怖いかもしれん。

参考画像
国枝詩穂
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明日葉「よし、これで残りは私たち高校3年生だな」

八幡「え、高3もいるんすか?」

明日葉「当然です。星守は中学1年生から高校3年生までの女生徒で構成されているのですから」

八幡「そうなんですか…」

そんなこと初耳なんですけど。先生方、もう少し俺に基本情報を下ろしてほしいですね。

明日葉「はい。では私たち高校3年生の自己紹介を始めさせて頂きます。私は楠明日葉と申します。神樹ヶ峰学園の生徒会長を務めています。趣味は瞑想です。瞑想をすると自分自身の内面と向き合うことができるんです。あと、家族のこともお話ししたいのですが、楠家はとても古く、成り立ちからお伝えすると長くなってしまうのでまた今度にさせて頂きます」

ほう、一色とも玉縄とも違う、真面目な生徒会長そうだな。これこそ生徒会長らしい生徒会長。まぁ一色と玉縄がおかしすぎるから余計真面目に見えるのもある。

八幡「はぁ、よろしくお願いします」

くるみ「先生口調が丁寧になりましたね」

八幡「いや、だって俺の方が年下だしそこはへり下るだろうよ」

むしろ下りすぎて最底辺にいるまである。もっと世間は八幡のことを大事にしようね!

明日葉「先生はもっと堂々としていてください。私たちの担任なんですから」

八幡「いや、そう言われても…」

いくら先生という立場にいても年上相手に、しかも女子相手に偉そうな態度はとれない。

参考画像
楠明日葉
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蓮華「明日葉~。彼はこの学園との交流で来たのだから、先生としての振る舞いは多めに見てあげなきゃダメよ~、ね先生」

八幡「あ、あぁ。そうしてもらえると助かります」

蓮華「それに、蓮華はこうして可愛い子がいっぱいいる教室で慌てふためく先生のこと見てるのも面白いですし~」

八幡「それは勘弁してください…」

フォローしてもらったと思ったらただ遊ばれてただけでしたー!だ、だって女子校で、しかも可愛い子ばかりのクラスに入れられて慌てない男子高校生はいないよね?しょうがないよね?

蓮華「そしたらかわいい蓮華の魅力もしっかり知ってもらわないと。名前は芹沢蓮華。趣味はプロポーション管理。美は1日にしてならずですから。特技はお料理よ。人の心を掴むためにまず胃袋を掴まないとね」

八幡「はぁ」

蓮華「でも、先生に残念なお知らせがあるの」

八幡「…なんですか」

蓮華「れんげね、男の人より、かわいい女の子のほうが好きなんです~♪」

八幡「…はぁ」

蓮華「あら~、反応薄くない?」

八幡「いえ、どう反応すればいいかわからなくて」

突然そんなカミングアウトされてもどうやって答えればいいのかわからん。しかしこういう絡み方は苦手だ。なんか雪ノ下さんに少し似てる気がする。いや、あの人のことを考えたらここに来そうだからやめよう…

蓮華「も~、次からはもう少しかわいい反応を期待してるわよ」

八幡「俺にそんな反応求めないでください…」

参考画像
芹沢蓮華
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明日葉「蓮華、そろそろあんこにも自己紹介させてやれ」

蓮華「はーい」

はぁ、助かった。やっと最後の1人か。長かったな。なぜかとても長かった気がする…

あんこ「ワタシ、やらなきゃダメ?」

明日葉「当たり前だ。先生に私たちのことをしっかり知ってもらわないと」

あんこ「ワタシ、ゲームとかブログやりたいから早く帰りたいんだけど」

おぉ!最後にしてやっと俺と同じような考え方をしてるやつを見つけたぞ。この流れに乗れば俺は帰れる…!

八幡「いいこと言うじゃないですか。俺も早く帰りたいんだ、だからもうこの会はお開きに…」

明日葉「いけません」

蓮華「ダメよ~」

八幡あんこ「うっ」

そんな2人して否定しなくてもいいじゃないか…

明日葉「先生がそんなこと言ってどうするんですか。最後までしっかり聞いてもらいます」

八幡「はい…」

蓮華「あんこもよ~。ちゃんと自己紹介してもらうわよ。じゃないと…」

そう言って芹沢は不敵な笑みを浮かべる。

あんこ「わかった、わかったわよ。自己紹介するから!」

蓮華「うふふ~」

あんな風に笑われたらそりゃ反抗できないよな…やっぱり高3女子怖い。

あんこ「じ、じゃあ簡単に。粒咲あんこよ。特技はプログラミング。好きな食べ物は激辛料理。趣味はネットサーフィン。これでいい?」

八幡「あぁ、はい」

粒咲さんは星守の中で1番俺に近い人っぽいな。家に帰りたいと思ってるところもこのクラスの中においては八幡的にポイント高いぞ。

参考画像
粒咲あんこ
http://fsm.vip2ch.com/-/hirame/hira125482.png

ふぅ、これで全員の自己紹介が終わったな。やっと解放される…さ、帰ろ

と思ったら、ドアが開いて八雲先生と御剣先生が入ってきた。

樹「みんな、比企谷先生とは話せたかしら?」

風蘭「比企谷も交流できたか?」

八幡「えぇ。しっかり交流できました。なのでもう俺は帰りたい…」

ミシェル「むみぃ、先生と全然お話しできてない~」

うらら「なんか変なことばっかり言うー」

花音「こんなやつ今すぐ踏んでやりたいわ!」

望「この先生かなり変わってるよね!」

おいおい、なんか散々な言われようだな。お前らもけっこう変わってるからな。

樹「ではもう少し交流を深める必要がありそうね」

風蘭「そうだな。ちょうどいいことに、今ラボでアタシが作ったチャーハン製造機がみんなのぶんのチャーハンを作っているんだ。比企谷の歓迎も兼ねてチャーハンパーティーでもやろうじゃないか」

遥香「おなか一杯食べられるかしら」

ひなた「わーい!チャーハンだー!」

明日葉「はい、賛成です」

風蘭「異存はなさそうだな。ではチャーハンを持ってくる。ちょっと待っててくれ」

あの、俺の意志は?一応俺って主賓じゃないの?

八幡「あのー、俺は今日はちょっと…」

蓮華「あら~、先生、勝手に逃げるのはナシですよ~」

楓「そうですわ!先生のことをきちんとおもてなししないとこちらの気が済みませんわ」

詩穂「うふふ」

逃げ道はないのね…

みき「先生!一緒に楽しみましょ!」

またいい笑顔だなこいつ。まぁ、チャーハンも嫌いじゃないし、腹も減ったからちょっとくらい残ってやるか。

八幡「食うだけな」

桜「はは、先生も素直じゃないのぉ」

ゆり「そうですよ!食べたいなら食べたいと正直になりましょう!」

八幡「うるせ」

これから俺はここでやっていけるのだろうか。不安しかないが、ひとまず今は香ばしい匂いのするチャーハンを味わうとしよう。

やっと交流一日目が終わりました。長くなってすみません。これから先、本編も書きますが、他に八幡と誰かが交流したり、星守どうしの日常などの番外編を気が向いたら書きます。番外編は本編とは関係ない話なのでテキトーに読んでください。もし何か番外編のアイディアがぜひお願いします。書けるかどうかはわかりいませんが


番外編でメンテナンス時の神木ヶ峰女学園の様子をお願いします

>>105
すみません、メンテナンスってなんのメンテナンスですか?

番外編「楓の誕生日 前編」

今日はクリスマスイブ。世間のリア充が一番沸き立つ日と言っても過言ではない。カップルはもちろん、彼氏、彼女がいない人も集まり「今年は彼女(彼氏)できなかったわ~、来年は頑張らないと~。でも来年までにできなかったらまた集まろうね」とか騒ぎ合う。そういうやつらって、ほとんどが次の年も彼女、彼氏はできないし、もしできたときには他の奴らからの嫉妬がすごいことを知ってる。ほんとこういう時の嫉妬ってすさまじい。まさに「嫉妬ファイヤ~~~」が燃え上がってる状態。

そんな俺はというと、もちろん彼女なんてできるはずもなく、バカ騒ぎする友人も当然いない。むしろ、仕事というプレゼントを学校からもらってる状況である。おかしいなぁ、クリスマスイブにまったく嬉しくないプレゼントもらったぞ?サンタさんちゃんと仕事して?

楓「あら、先生。ごきげんよう」

そんなことを考えていたら千導院に声をかけられた。

八幡「おう、千導院か」

楓「先生の事探していたんですわ。今日、我が家でワタクシの誕生日会が開かれるですが、先生もいらっしゃいませんか?」

八幡「いや、俺まだ仕事あるし…」

楓「それは残念ですわ。先生にもワタクシの誕生日を祝ってもらいたかったんですが…」

悲しそうにうつむきながら千導院は声を絞り出す。いや、そんなに落ち込まれたらすごく話しづらいんですけど。

八幡「…まぁ、会にはいけないが、そのお詫びというか、これ」

楓「これは、もしかしてワタクシへのプレゼントですか?」

八幡「あぁ、まぁ一応な」

事前に千導院へのプレゼントにはどんなのがいいか仲がよさそうな綿木やサドネなんかに聞いておいた。アドバイスは同じだったが、果たして本当にこんなのでよかったのだろうか。

楓「開けてもよろしいですか?」

八幡「あ、あぁ」

楓「では」

千導院は袋を開ける。その中に入ってるものを見て千導院の顔つきが変わる。

楓「先生…」

あ、これはやってしまったやつか。そりゃあんなアドバイスをまともに受けた自分も悪い。こんなものをプレゼントにもらって嬉しくなるやつがいるはずがない。

八幡「あ、いや、なんというか、それは、その」

楓「これは素晴らしいですわ!

番外編「楓の誕生日 後編」

楓「ワタクシの大好物のカップ麺!先生、ありがとうございますわ!」

八幡「ど、どういたしまして」

予想の遥か斜め上を行く喜びようだな。カップ麺が好物だなんてほんとにお嬢様なの?

楓「カップ麺は庶民の大発明ですわ。お湯を入れて待つだけでこんなにおいしいものを作れるのですから!」

そういう目線でカップ麵を見てるのね。おいしいことは否定しないし、むしろ大賛成だがここまで感動はしないな。というかできない。

楓「先生、このカップ麺、今すぐ頂いてもよろしいですか?」

八幡「あ、あぁ。どうぞ」

楓「ありがとうございますわ!では早速お湯を!」

千導院が言うが否や、執事がお湯をもって現れた。なんだよこいつ、どこから来たんだよ。忍者?幽霊?

楓「さぁ、お湯を入れて待ちますわよ!」

お湯を入れて、表記された時間になると千導院は一目散に食べ始める。

楓「これは、おいしいですわ!先生、これはどこでお買いになったのですか?」

八幡「これは千葉限定のカップ麺で、俺が好きなラーメン屋のラーメンがもとになったものだ。カップ麺もうまいが、店のラーメンはもっとうまいぞ」

楓「これよりおいしいんですの!?庶民の食文化は奥が深いですわね。では、先生。今度ワタクシをそのラーメン屋に連れてってくださいませんか?」

八幡「え?いや。それは…」

楓「もう決めました。庶民の味を知るために、協力お願いしますわ、先生」

そうやって千導院は笑顔でこっちを見つめてくる。そんな顔されたら断れないよなぁ

八幡「…まぁ、そのうちな」

楓「絶対ですわよ!忘れたら許しませんからね!」

八幡「…わかったよ」

押しが強いところはさすがお嬢様。だが、ま、いくらお金を払っても買えないものを見せてもらったし、今年のクリスマスは案外悪いものではないかもしれない。

楓「ほんとにおいしいですわ!」

以上、楓の誕生日でした。楓、誕生日おめでとう!

本編1-1

イロウスと戦った翌日。俺は朝早くから神樹ヶ峰女学園にいた。「比企谷先生にもう少しこの学園での生活について説明したいので、早く来てくださいね」と八雲先生に脅され、じゃなかった、言われてしまったためだ。

八幡「おはようございます」

樹「あら、おはようございます。待ってましたよ」

八幡「こんな朝早くから説明するんだったら昨日のうちにやってほしかったですね」

樹「昨日は、ほら、色々あったでしょ、ね?」

八幡「…はぁ」

昨日のチャーハンパーティーの時、星守たちはもちろん、先生たちも盛り上がってしまい、収拾がつかなくなって、そのまま解散になってしまった。なんなら先生たちが一番盛り上がってたまである。

樹「では時間もないので説明を始めたいと思います。比企谷先生にはHRや生徒指導など、担任としての業務を任せたいと思います。でも、それ以外の授業は星守クラスであの子達と同じように、生徒として受けてくださいね」

八幡「それは、どういうことですか?」

樹「つまり比企谷先生には、神樹ヶ峰女学園で、先生と生徒の両方をこなしてもらいます」

八幡「え、いや、そんなのムリですよ…」

樹「決定事項なので変更は受け付けません。今日からよろしくお願いしますね」

先生と生徒の二足の草鞋なんて履けるはずがない。なんなら今まで生徒すらちゃんとやれてない。

八幡「横暴だ…」

樹「何か言いましたか?」

八幡「いえ、何もないです…」

本編1-2


そうこうしていると朝のHRの時間になってしまった。昨日会っているとはいえ、教室には行きづらい。
今からは先生として振る舞い、授業は一緒に受ける。もう意味が分からない。

八幡「はぁ…」

ため息をつきながら教室のドアを開ける

みき「先生!おはようございます!」

楓「おはようございますわ」

望「おぉ!おはよう先生!」

八幡「あ、あぁ…」

ふぇえ、テンションが高くてついていけないよぉ

八幡「あぁ、みんなに伝えないといけないことがある」

そう切り出してさっき八雲先生に言われたことをかいつまんで説明すると

遥香「先生と生徒を一緒にやるなんて大変ですね」

八幡「あぁ…」

てかそもそも生徒として行くのはダメだから先生になったんじゃないの?設定がグダグダになってない?大丈夫?

あんこ「なら先生は先生じゃないってこと?」

ミシェル「先生が生徒で、生徒が先生?ミミ、わからないよぉ~」

八幡「簡単に言えば朝と放課後は先生で、授業中は生徒ってことか」

多分そう、ナニコレものすごくめんどくさい。

うらら「なら呼び方も変えなきゃね!先生じゃないなら、あだ名つけなきゃ!一応年上だし、ハチくんとか!」

ひなた「ひなたも八幡くんって呼ぶ!」

昴「は、八幡さん?なんか恥ずかしい…」

八幡「おい、好き勝手に呼ぶな」

なんか恥ずかしいだろ。すごい仲いいみたいじゃないか。

明日葉「そうだぞ。あくまで比企谷さんは先生としてここにいるんだぞ」

蓮華「まぁ、みんな好きにすればいいじゃない、ね、先生?いや、八幡って呼んだ方がいいかしら?」

八幡「からかわないでください…」

花音「そうね、こんなやつ先生なんて呼びたくはないし、好きに呼べばいいんじゃない」

詩穂「私たち高校2年生は同じ学年だしね、花音ちゃん」

こう、どうして星守ってのは人の話を聞かないんだ…

八幡「もう勝手にしてください…」

ゆり「先生!私は先生と呼びますからね!」

桜「はは、面白いことになっておるな。頑張れ八幡」

くるみ「八幡、頑張って」

サドネ「…サドネ、あの人イヤ」

そんなこんなしてたら1時間目のチャイムが鳴り、八雲先生が入ってきた

本編1-3



樹「みんな静かに。もう授業の時間ですよ。早く座ってください比企谷『くん』」

八幡「はい…」

俺を槍玉に挙げないでほしい。ほら、天野とか綿木とかも騒いでるよ?そっちは注意しないの?そういう差別はいけないと思います!

樹「では授業を始めます。今日は武器について授業をしたいと思います」

は?武器?暗殺教室でも始まるの?

樹「イロウスの種類ごとに効果が高い武器、低い武器が存在します」

あぁ、イロウスと戦うための授業ね。なら俺は別に聞かなくてもいいんじゃないか?

樹「『ソード』は扱いやすいベーシックな武器種です」

眠い。朝早く学校来たし、さっきのHRで俺の体力は切れた感がある。

樹「『ソード』はシュム種には効果が高いですが、ドラコ種には効果が低いです。これは…」

もういいや、寝よ

本編1-4


「くん、比企谷くん!」

八幡「ん、誰?」

目を開けると八雲先生が明らかに怒りながら俺の前に立っていた。

樹「比企谷くん、授業中に寝てはいけません!罰として、来週特別テストを行います。合格しなければ、どうなるかわかってますよね?」

八幡「いや、この授業を俺が受ける必要はないんじゃ…」

刹那、拳が左頬をかすめていった

樹「言い忘れてましたが、私は元星守です。現役の時よりは衰えましたが、まだまだ一般人よりは強いと思いますよ。では、もう一度言います。特別テスト受けてくださいね」

八幡「…はい」

こんなの断れるわけないよね!暴力反対!イロウスと戦った時くらいの命の危険を感じたんだが。

ひなた「あはは、八幡くん怒られてるー!」

桜「自業自得じゃな」

サドネ「ジゴウジトク、デスワ」

樹「ひなた、桜、サドネ。あなたたちも寝てたわよね?比企谷くんと一緒に来週特別テストです」

ひなた「えー、八雲先生ひどいよ~!」

桜「これも、自業自得かのぉ」

サドネ「特別テスト、みんなでやる!」

ひなた「サドネちゃん、テストだから勉強しないといけないんだよ…」

サドネ「え、サドネ、勉強キライ…」

ゆり「授業中に寝ているほうが悪いのだからこれくらいの罰は当たり前だ!」

蓮華「いや~ん、嫌がるひなたちゃんたちも可愛い~」

あんこ「蓮華、うるさい…」

樹「はい、静かに。4人とも、来週までにしっかり勉強してきてください。では授業を終わります」

本編1-5


昼休み、星守たちは机をくっつけ、楽しそうに弁当を食べる中、俺は例のごとく1人で飯を食う。今は教室だが、早くこの学校でのベストプレイスも探しておかなければならない。だって一方では

みき「昨日、ケーキ作ってみたんだけど、ママのよりもおいしく作れなかったよ…」

遥香「みきのケーキは今でも十分おいしいのに。ねぇ昴」

昴「はは…」

という会話がされ、また片方では

うらら「やっぱりアイドルには自己PR力がいると思うの!だからここみ!うららの自己PRの手伝いして!」

心美「そんなことしなくても、うららちゃんは、いつもかわいいよぉ」

うらら「それじゃあダメなの!うららのことをみんなに知ってもらうためには、印象に残るように魅力を伝えられるようにならないといけないの!さ、やるわよここみ!」

心美「ま、待ってようららちゃ~ん」

など、どこもかしこも女子トークに花が咲いている。こんなところで落ち着いて飯を食うなんて俺にはできない。

ひなた「ねぇ、八幡くん」

八幡「ん?」

南が俺のところへ来て話しかけてきた。

ひなた「テスト勉強どうするー?」

八幡「ん、あぁ。家でなんとかやるつもりだ」

朝早くから放課後まで時間が空いてないため、帰ってから家でやるしかない。幸運にも週末は学校に行かなくていいので、そこで集中してやることができそうだ。

ひなた「えぇー、1人でやるの~?それじゃつまんないよ!」

八幡「いや、勉強って1人でするものだから…」

1人で努力した分だけきちんと結果になる、そんな勉強を、俺はそこまで嫌いなわけではない。別に、他にすることがないから勉強しているわけではないよ?ホントだよ?

ひなた「あ、そうだ!せっかく同じテスト受けるんだからみんなで勉強会しようよ!ね、桜ちゃん!」

桜「ん?ならわしの家でやるか?じぃじは来客が好きじゃからのう」

ひなた「さすが桜ちゃん!そしたら週末に桜ちゃんのおうちで勉強会やろう!」

桜「じぃじも喜ぶじゃろうなぁ」

ひなた「ひなた、サドネちゃんも誘ってくる!」

そう言って南はサドネに話を付けに行った。うん、今のうちに俺は断りを入れておこう。

八幡「じゃあ、3人で仲良くやってくれ。俺は自分でやるから」

桜「八幡も参加確定じゃよ」

八幡「いや、お前らと一緒で勉強なんてできねぇよ」

桜「だが、イロウス関係の資料なんてどこにも売っておらんし、わしら星守の体験なども踏まえて学んだ方が確実に知識は定着すると思うぞ?」

八幡「それは、一理あるな…」

桜「じゃろ。ならひなたやサドネの話を聞いて勉強しておくれ」

八幡「おい、藤宮、まさかお前あいつらの世話を俺に押し付ける気じゃないだろうな」

桜「さてな。では週末にな、八幡」

八幡「くそ…」

中一にまんまと言いくるめられてしまった。悔しい…

本編1-6



そうして週末になり、俺らは藤宮の家に行くことに。

ひなた「桜ちゃんの家楽しみ!」

サドネ「サクラのジィジ、どんな人?」

桜「そうじゃのぉ、わしと同じように、ゆっくりまったりしておるのぉ」

サドネ「わぁ…!」

こんな感じでもう駅からかなりの距離を歩いている。周りは田んぼばかりで、のどかな風景が広がる。

八幡「なぁ、いつまで歩くんだよ…」

桜「もう少しの辛抱じゃ」

ひなた「八幡くん体力ないね!」

サドネ「…」

藤宮には励まされ、南にはからかわれ、サドネに至っては口もきいてくれない。なんで俺今日来たんだろう。すごい居心地悪いんだが。

桜「さ、着いたぞ」

ひなた「おぉ!」

サドネ「わぁ」

八幡「ほぉ」

家は古き良き木造日本家屋。庭も広いとは言えないが手入れは行き届いており、縁側も日当りのいい位置にある。確かにあそこで昼寝をするのは気持ちよさそうだ。

桜「さ、荷物を置いたら勉強会じゃ」

ひなた「おぉ!」

サドネ「おぉ」

南は元気よく手を挙げながら返事をし、サドネもそれを真似る。

八幡「はぁ…」

ひなた「ほら、八幡くんも返事して!」

八幡「はいはい」

サドネ「返事はちゃんとしないとダメ、デスワ」

八幡「…はい」

桜「わはは、面白いのぉ。やはり八幡を連れてきてよかったのぉ」

この中一トリオ、俺のことなめすぎだろ…

何も考えず書いたら1-5と1-6の進み方が似てしまいました。気を付けます

本編1-7


桜「ただいま。さ、みんな入っておくれ」

藤宮がドアを開けて俺たちを家の中へ入れる。

桜の祖父「おぉ、遠いところをよく来たのぉ。わしは桜のじぃじじゃ。みんな、ゆっくりしていっておくれ」

藤宮の声を聞いたのか、中からおじいさんが出てきた。しかし、ほんとに藤宮はこのおじいさんとしゃべり方が同じなんだな。お互いが入れ替わってもわかんないぞ、これ

ひなた「こんにちは!」

サドネ「ご、ごきげんよう」

八幡「どうも。お邪魔します」

桜「さ、みんなこっちじゃ」

そう言って藤宮は奥の客間へ俺たちを案内する。

サドネ「サクラのじぃじ、優しそうな人だった」

桜「うむ。じぃじはとっても優しいんじゃ」

ひなた「さくらちゃんが70歳くらいになったらあんな感じのおばあちゃんになりそう!」

桜「ふふ、そうじゃな。そうなるかもしれんな」

八幡「とりあえず早く勉強始めないか?時間も多くはないことだし」

早く始めて早く終わらせ早く帰りたいし。

桜「そうじゃな。ではお互いのノートなどを見直しながら勉強をやるとするか。まずはひなたのノートから見るとしよう」

ひなた「うん!」

南が元気よくノートを開くが、ノートはラクガキで覆いつくされていた。

八幡「おい、なんだこのラクガキの山は…」

ひなた「すごいでしょ!これはクワガタ、これはカブトムシ、こっちはカマキリ!」

サドネ「ヒナタ、じょうず」

ひなた「えへへ~、でしょでしょ!どれも全部捕まえたことあるんだよ!」

八幡「いや、ノートにこんだけ昆虫の絵があったら怖いわ」

地味にうまいから余計生々しくてちょっと気持ち悪い

ひなた「そんなことないよー!ひなた、昆虫採集すると一回でこれくらいは集めるんだよ!」

八幡「まじか…」

昆虫採集なんてアウトドアな趣味を持ってるのねこの子。一日中森の中を駆け回ってそうだなこいつ

桜「うーむ、じゃがこのひなたのノートじゃ勉強できんな。昆虫の絵以外はほとんど何も書いておらんし」

ひなた「う、ごめんなさい…ひなた、ラクガキしてるとき以外はほとんど寝てるから授業のことは何も書いてない…」

八幡「南のノートがダメなら次はサドネのノートか?」

桜「じゃな。サドネ、ノートを見せておくれ」

サドネ「ん」

番外編「八幡と星守たちのお正月 ①」

今日は正月。冬休み真っ只中で、本来なら初詣兼、小町の合格祈願を終えたあと、家でコタツに入ってぬくぬくするはずだったんだが

みき「先生!今日みんなで餅つき大会やるんで来てください!先生の分のお餅もありますからね!待ってますよ!」

と言われたので、向かうことに。本当は行きたくなかったけど、小町に「せっかく誘われたんだから行く!こたつむりになってちゃダメだよおにいちゃん!」と言われ家から追い出されてしまった。

で、場所は千導院の家。しかし、こいつの家デカすぎるだろ。こんなのを何軒も持ってるとか言ってたな。社会って平等じゃないね…

楓「先生。あけましておめでとうございますわ。もうみんな到着して準備を始めていますわ。さ、こちらへ」

八幡「あぁ」

広い庭に案内されると、星守クラスの子たちが各々楽しそうに会話をしている。うん、見てるだけならいい眺めだな。

サドネ「あ、おにいちゃん!」

昴「先生!来てくれたんですね!」

ミシェル「先生~あけましておめでとう~」

みんな俺にすぐ気づいてこっちへやってくる。ちょ、みんな近づきすぎ…新年早々、女子たちのいい匂いに囲まれてすごく居づらい…

八幡「おぉ。おめでとさん」

明日葉「さ、先生も来て全員揃ったから早速餅つきを始めよう」

八幡「ここでつくのか?」

楓「もちろんですわ!皆さんのために、最高級の餅米と最高級の臼と最高級の杵を用意いたしましたの!」

千導院がそう言うと執事と思われる人たちが巨大な臼、たくさんの杵、大量の餅米を運んで来た。

あんこ「これはすごいわ。ブログのネタになること間違いなしね。写真撮らなきゃ」

遥香「これだけあれば食べ放題よね?」

昴「遥香は少し遠慮したほうがいい気が…」

ゆり「よし!それではみんなで餅つきを始めよう!」

番外編「八幡と星守たちのお正月 ②」

八幡「おい、この餅米どんだけあるんだよ。多すぎじゃないのか?」

明らかに俺たちだけでは食べきれない量の餅米が臼の中に入っている。このまま餅屋でもできそうな勢い。

ひなた「そんなことないよ!ひなたいっぱい食べるもん!」

遥香「私も沢山食べたいと思ってますし、むしろ足りるかどうか不安ですね」

八幡「あ、そう…」

成海は特に食うからな。それこそ胃にブラックホールでもあるんじゃないかってくらい。あれだけ食べてよくスタイル保ってられるな。

花音「ま、余ったら私と詩穂が仕事に差し入れで持ってくつもりだし、大丈夫よ」

明日葉「私も家の人たちに配りたいと思ってますし、今はひとまず餅つきを楽しみましょう、先生」

八幡「ま、見てるだけだけどな」

別に俺がやらなくてもみんなが杵を持って餅をついてる。俺は出来上がった餅を食べられればそれでいい。

うらら「ここみ!ほら早くこねて!杵下ろすわよ!」

心美「うららちゃ~ん、早いよぉ~」

ゆり「くるみ!気合い入れてつきなさい!」

くるみ「そんなに焦らなくても大丈夫よ、ゆり」

桜「みんな、がんばっておくれ。わしは寝てるからの」

昴「桜!起きて!」

サドネ「モチツキ、楽しい!」

みき「先生!ほらこっち来てください!」

八幡「はいはい…」

番外編「八幡と星守たちのお正月 ③」

蓮華「はーい、みんな〜、飲み物持って来たわよ〜」

詩穂「少し休憩しましょ?」

望「早い者勝ちだよー!」

屋敷の中から芹沢、国枝、天野が飲み物を持って来た。

あんこ「ワタシ喉乾いたわ、コーラ飲みたい」

明日葉「おい、あんこは全然餅つきしてないだろ」

あんこ「ふふ、そう言ってると、飲み物なくなるわよ明日葉」

ひなた「ひなたオレンジジュース!」

ミシェル「ミミも!」

うらら「うららサイダー!」

桜「温かいお茶はあるかの?」

くるみ「桜さん、私もお茶が飲みたいわ」

みんな飲み物のところへ駆け寄っていくから、3人の手元で人がごった返している。ま、俺は余ったのでいいや。なんでもいいし

昴「あれ、先生、飲まないんですか?」

八幡「いや、あの人ごみには行けないから余ったやつを飲もうと待ってるの」

昴「余ったやつは危険だよ、先生」

八幡「なんでだよ?」

昴「だって…」

みき「先生!」

若葉が言い終わる前に星月とサドネが何か黒い飲み物を持ってこっちへ来た。あ、まさか…

みき「余ってるものにさらにブレンドを加えて先生用のオリジナルドリンクを作りました!どうぞ!」

サドネ「サドネも手伝ったよ、おにいちゃん!」

明らかに飲み物の色をしていない危険な薬品のようなものが入ったコップを俺に差し出してくる。飲みたくはないが、

みき「ほら、先生!早く飲んで!」

サドネ「サドネの作った飲み物、キライ?」

こんなこと言われたら断れないよね?覚悟を決めるしかない。

俺はその薬品もどきを口に入れ、なるべく味わわないようにいへ流し込んだ。それでも口の中におかしな味が広がるし、なんなら胃にもダメージがきてる。何入れればこんな味になるんだ…

八幡「…はぁ」

みき「どうでした?先生!」

サドネ「サドネ、頑張った?」

八幡「あぁ。うん、頑張ったな。飲めなくはなかったぞ…」

サドネ「おにいちゃん!サドネまた持ってくるね!」

八幡「いや、そんなに頑張らなくても大丈夫だ、サドネ。ほら、あっちでみんなと話してこい。星月も」

サドネ「わかった!」

みき「はーい!」

ふう…乗り切った…

昴「お疲れ様、先生…」

八幡「一瞬マジで危なかった…」

番外編「八幡と星守たちのお正月 ④」

望「そういえばお餅はできたー?」

楓「いえ、餅米の量が多くてなかなか出来上がらないですわ…」

遥香「早く食べたいのに…」

ひなた「あ、ひなたいいこと思いついたよ!」

明日葉「なんだ、ひなた」

ひなた「星衣に変身してハンマーでつこうよ!そしたらもっと強い力でつけるよ!」

昴「それいいかもね!」

望「じゃあ星衣でハンマーの武器の人がやることにしようよ!」

ひなた「ひなたハンマーだから頑張るよ!」

ゆり「それならくるみにやってもらわないとな!」

くるみ「私もやるんですか」

昴「くるみ先輩、頑張りましょう!」

そうして3人は星衣に変身して各々ハンマーを振り上げる。

八幡「神樹の力の無駄遣いだな」

蓮華「あら、あんな可愛い子たちがハンマーを振るう姿なんて滅多に見られるものじゃないから、れんげ、神樹の力には感謝してるわ」

八幡「感謝するところがおかしい…」

ひなた「じゃあせーのでいくよ!せーの、」

ひなた、昴、くるみ「えーい!」

番外編「八幡と星守たちのお正月 ⑤」

ドッカーーン

3人がハンマーを振り下ろした瞬間、すごい爆発とともに臼が粉々に破壊され、餅も地面に落ちてダメになってしまった。

ひなた「あ」

昴「う…」

くるみ「あら…」

楓「あんまりですわー!せっかく準備したのにー!」

サドネ「あれ、おもちは?」

ミシェル「サドネちゃん。あのおもちは、もう食べられないよ…」

サドネ「え、おしるこは?」

桜「また今度じゃな…」

うらら「えー、うららおもち食べたかったー!」

心美「うららちゃん、そう言ってもどうしようもないよ…」

あんこ「ま、あんだけ力が加われば当然よね」

花音「アンタ、もっと早く指摘しなさいよ。アンタがしっかりしとけばこうならなかったでしょ」

八幡「いや、こんなことになるなんてわかんないだろ…」

明日葉「止められなかったみんなの責任だ。誰が悪いわけでもない」

そうは言っても、無残に落ちている餅を見るとやりきれなくなる。

蓮華「みんな〜、おもちはダメになっちゃったかもしれないけど、そう落ち込まないで〜」

望「そ、そうだよ!中にはアタシと詩穂と蓮華先輩で作った料理もあるから!」

詩穂「みなさんで食べましょ。おもちはまた今度食べればいいわ」

みき「そうですね、ひとまず中で料理食べましょう!」

星月たちの声かけでみんなは屋敷の中に移動する。

楓「皆さん、まずは庭の掃除をしてからですわよ」

全員「ですよね…」

番外編「八幡と星守たちのお正月 ⑥」

掃除を終えて、俺たちは屋敷の中に移動した。

楓「この部屋で食事ですわ」

ひなた「やっとご飯だー!ひなたお腹すいたよー」

ミシェル「ミミも!」

みき「私も!」

遥香「わ、私も…」

望「お、みんなお腹が空いてるんだね!さ、アタシたちの料理をとくとご覧あれ!」

そう言って天野がドアを開けると、テーブル一面にたくさんのおせち料理か並んでいた。

蓮華「れんげ、腕によりをかけて作ったからたくさん食べてね」

詩穂「いい食材をたくさん使えて楽しかったわ」

明日葉「これは、すごいな」

くるみ「どれも美味しそう」

昴「うわぁ…すごい」

確かにどの料理も綺麗で美味しそうだ。サドネや南なんかはもう皿いっぱいに料理を盛り付けて食べ始めている

番外編「八幡と星守たちのお正月➆」

八幡「俺も食べるか」

まずはこの昆布巻きを…

蓮華「あら〜、先生。その昆布巻き蓮華が作ったんですよ〜」

八幡「そ、そうなんですか…」

おい、話しかけられたら食べづらいだろ。飯食べる時くらい1人で心安らかに食べさせてくれ。

蓮華「それ、蓮華の自信作なんです。どうですか?」

八幡「あぁ、おいしいです…」

蓮華「よかったわ〜、先生に喜んでもらえてれんげ嬉しい〜」

八幡「あ、そうですか…」

顔が、体が近い近い近い、そしていい匂いがする、これはヤバイぞ!ホレてまうやろ!

詩穂「先生、私の作った伊達巻きはいかがですか?」

そうしてると今度は国枝も俺に話しかけてきた

八幡「あ、あぁ。もらおうかな…」

詩穂「せっかくだからこの伊達巻き先生に『あーん』してあげようかしら」

八幡「へ?」

詩穂「ほら先生、口を開けてください」

八幡「ちょ、ちょっと待って…」

詩穂「先生、あーん」

ちょ、ホントヤバイぞこの状況。同じ学年の子、しかもアイドルに『あーん』してもらってるぞ、いいのか俺⁉︎

八幡「あ…」

と、国枝は伊達巻きをひっこめ自分で食べてしまう

詩穂「うふふ、美味しい。あら、先生。どうしてそんなに悲しそうな顔をしてるんですか?」

くそっ、騙された。元から俺をからかうつもりだったのか…

蓮華「あら〜?ほんと。特に目がひどく濁ってるわ」

八幡「目はもともとです…」

すると遠くから天野の声が聞こえてきた

望「先生!アタシの料理も食べてよ!ほらこれ!」

差し出されたのはなぜかビーフシチュー

八幡「なんで正月にビーフシチュー」

望「大丈夫!ビーフシチューはおせちにも勝つから!」

八幡「いや、意味わかんねぇから…」

望「ま、ほらほらとりあえず食べて!」

八幡「あ、あぁ」

差し出されて皿を受け取り一口食べる

八幡「まぁ、うまいな」

望「ホント⁉︎やったー!」

蓮華「先生、れんげの栗きんとんも美味しいですよ」

詩穂「私の黒豆もぜひ食べてください、先生」

みき「先生!スペシャルドリンク改ができましたよ!」

サドネ「おにいちゃん!飲んで!」

八幡「そのドリンクだけはやめてくれ…」

今年の正月は俺らしくもない、騒がしい正月だ。おそらくこいつらと過ごしていくうちはずっとこんな感じなんだろう。ならば今年は少なくとも退屈はしない1年になるだろう。

番外編「八幡と星守たちのお正月➇」

みき「あ、そういえば言い忘れてた!みんな!あれ!言うよ!せーーの!」

星守全員「比企谷先生!今年もよろしくお願いします!」

八幡「あ、あぁ。よろしく」

以上で番外編「八幡と星守たちのお正月」終了です。

今年もこのSSを読んでくださっている皆さん、よろしくお願いします。

お正月は行事が多いですが、これ以上は書けないです。他のシチュエーションを期待してた方すみません

本編1-8


サドネのノートを開くと、そこには古代文字のような怪しい記号が並んでいる。

八幡「これは、なんだ?」

サドネ「ノート」

八幡「いや、ノートなのはわかるが何が書いてあるんだ?」

サドネ「わからない。イツキの授業難しくて何書けばいいかわからない」

桜「まぁ、サドネは最近神樹ヶ峰に来たからのぉ」

八幡「ん、こいつも南やお前と同じ学年だろ?」

ひなた「ひなた達、サドネちゃんがイロウスに襲われてたところを助け出したの。サドネちゃんはその時の傷やショックで記憶がなくなっちゃって…」

桜「じゃが、星守としての素質があったので、わし達と同じ中学1年として神樹ヶ峰の星守クラスに転入することになったわけじゃ」

八幡「…お前、かなりツライ経験してるんだな」

そう言ってサドネのほうに視線を向ける。こんな小さい子があんな得体の知れない生き物に襲われるなんて相当なショックを受けてるんだろう

サドネ「うん」

八幡「うんって…」

サドネ「みんなが助けてくれたから、サドネ平気」

八幡「そうか」

俺は無意識にサドネの頭を撫でていた。少なくとも俺はこんな年のときにイロウスに襲われてサドネのように落ち着いた反応はできてないだろう

サドネ「…」

八幡「あ、悪い、」

おにいちゃんスキルがまたオートで発動しちゃった!年下の子が、しかも小町に声が似ている子が辛い目にあってたら、頭撫でたくなっちゃうよね!

サドネ「うんうん、なんかこのなでなで、イヤじゃない」

八幡「…そうか」

サドネ「うにゅ……ふふ……えへへ……」

なかなか可愛い反応するじゃないかこいつ。撫でがいがあるな。

桜「さて、八幡、そろそろ勉強に戻りたいのじゃが、いいかのぉ?」

突然の声にハッとすると、藤宮が頬を膨らませこっちをジト目で睨んでくる。隣の南も機嫌が悪そうにしている

八幡「あ、あぁ。悪い」

本編1-9


桜「では八幡のノートを見せてもらおうかのう」

八幡「悪いが俺はノートすら作ってない」

ひなた「えー、ちゃんと授業ノート取らなきゃダメだよー!」

八幡「お前に言われたくねぇよ。つか、実際俺自身が戦う訳じゃないし、別にノートはいらないと思って。つか藤宮のノートはどうなってるんだよ」

桜「わしか?わしは授業は全部寝ておるので真っ白じゃ」

八幡「いや、そんなニコニコして言うことではないでしょ」

てか4人が4人とも授業聞いてないってやばくない?八雲先生のことだから特別テストでひどい点数とったらなにされるかわからないぞ。

桜「はぁ。しょうがないのう。ならわしがみんなに講義をしてやろう」

八幡「は?お前授業中寝ててノートも取ってないんだろ?俺たちにどうやって教えるんだよ」

桜「あれくらいの内容、寝ながら聞いても暗記できるわい」

八幡「まじかよ…」

ひなた「桜ちゃんは小学校の時からテストはもちろん、お遊戯会のダンスなんかも全部一発で覚えちゃうんだから!」

サドネ「サクラ、すごい」

桜「まぁ、このくらいはできて当然じゃ」

おいおい、このめんどくさがり屋、実はめちゃくちゃ天才なんじゃないのか?下手したら雪ノ下姉妹を超えるかも。

ひなた「桜ちゃんの説明すごいわかりやすいんだよ!だから、桜ちゃん!よろしく!」

サドネ「よろしく…!」

八幡「じゃ、じゃあ、頼む」

桜「はぁ。しょうがないのう。では始めるとするか」

本編1-10


南の言った通り、藤宮の説明は彼女自身がめんどくさがりということもあるのか、無駄な説明が一切なく、要点を押さえた非常にわかりやすいものだった。それに、俺たちの理解していない箇所を見極め、そこは特に詳しく解説してくれた。ホントこいつ有能だな…

桜「これで大体の説明は終わりかのう。あとはこれを覚えられれば大丈夫じゃろ」

ひなた「ありがとう桜ちゃん!」

サドネ「サクラ、ありがとう」

八幡「助かった」

桜「ま、これっきりにしてもらいたいのう。たくさんの人にものを教えるのは疲れるのじゃ」

八幡「でもお前、説明めちゃくちゃうまかったな」

桜「小学校の時からひなたの勉強を見てきたからのう。ずっとひなたにわかるように教えることを意識してた分、大体の人にはわかりやすい説明になっているわけじゃ」

八幡「なるほど…」

確かに南に勉強を教えるってかなり難しそうだしな。頭じゃなくて体で覚えそうなタイプだし。

桜の祖父「みんな、勉強は進んでおるかの?そろそろ休憩にしてはどうじゃ?お菓子の差し入れじゃ」

桜「おぉ!羊羹じゃ!」

サドネ「チョコもある!」

ひなた「わーい!ひなたいっぱい食べる!」

八幡「ありがとうございます」

桜の祖父「いやいや、さ、食べておくれ」

八幡「えぇ、では」

とテーブルを見るが、さっきまで大量にあったお菓子がなくなっている

八幡「俺のお菓子…」

ひなた「ごめん、八幡くん!ひなた疲れておなかすいちゃって」

サドネ「チョコはサドネのだから」

八幡「あぁ、別にいい。俺は自分で持ってるものでいいわ」

俺はカバンからマイソウルドリンク、マッ缶を取り出して飲み始める。あぁ、疲れた頭にもったりとした殺人的な甘さが染み渡る。

桜「それはなんじゃ八幡」

八幡「これか?これはMAXコーヒーという、千葉に住むものなら誰もが愛する飲み物だ」

ひなた「えー、コーヒー?」

八幡「そうだ。だが、このMAXコーヒーはそこらの甘いコーヒーとは比べ物にならないくらい甘いのだ。人生苦いことばかりだからな。コーヒーくらいは甘くていい」

サドネ「それ、甘いの?サドネ飲んでみたい」

八幡「お、おう。じゃあコップ貸してくれ」

サドネのコップにMAXコーヒーを移して渡す。缶ごと渡すのが手っ取り早いが、間接キスを意識しちゃってそんなこともできないどうも俺です。

八幡「ほれ」

サドネ「ん」

てかこの子さっき大量にチョコ食べてたよね?さらにマッ缶飲むの?いくら甘党の俺でもさすがに厳しい。

サドネ「サドネ、これ好き!」

サドネはコップの中身を飲み干すと笑顔でこっちを向いた

サドネ「ねぇ、もっとほしい」

八幡「いや、もう手持ちにはないんだが…」

そういうとサドネは明らかに落ち込んだ表情をする

八幡「…でも家にはストックあるから、今度学校でやるよ」

サドネ「ほんと?」

本編1-11


そうしてサドネはまた笑顔でこっちを向く。表情の浮き沈みが激しいな。

ひなた「なんか八幡くんとサドネちゃん兄妹みたい!」

桜「そうじゃな。ほほえましい光景じゃ」

サドネ「兄妹?」

ひなた「うん!八幡くんがサドネちゃんのおにいちゃんだね!」

サドネ「おにいちゃん。おにいちゃん…えへへ」

いや、何この状況。確かに頭なでたり飲み物あげたり兄妹っぽいことはしたけども…

サドネ「おにいちゃん!」

八幡「いや、俺はお前の兄じゃないんだが…」

サドネ「サドネにおにいちゃんって呼ばれること、イヤ?」

嫌いではないし、むしろ好きと言うか、大好きまである!なんか気にかけたくなるしこの子

八幡「ま、別に、いやではないが」

サドネ「なら、これからおにいちゃんはサドネのおにいちゃんね!」

八幡「あ、あぁ」

ひなた「よかったねサドネちゃん!」

桜「八幡もよかったのう。サドネと仲良くなれて」

八幡「ま、確かに仲良くはなったが」

サドネ「おにいちゃん!」

サドネはなんだか俺にすごいなついたらしく、これまでよりも明らかに物理的に距離が近くなった

八幡「これはこれで大変だ…」

書き忘れましたが、サドネは単純にイロウスに襲われてたところを星守たちに助けられ、その際の傷やショックで記憶をなくしたことにしてください。ゲーム内でエヴィーナに利用されてたことや、記憶に干渉する機械がある設定は無視しています。

本編1-12



ピリリリ

突然俺たちの通信機が鳴りだした。これが鳴りだすってことはまさか

樹「みんな聞こえる?大変なの!イロウスが比企谷くんたちのいるすぐそばに出現したわ!今すぐ戦う準備を!」

八幡「え、マジですか…」

ひなた「あ!イロウスが見えるよ!」

サドネ「いっぱいいる」

桜「…」

樹「今日は休日で、他の星守たちを呼ぶのには時間がかかるわ。できるだけあなたたちだけで討伐してほしいの」

ひなた「ひなた頑張るよ!」

サドネ「サドネも!ね、おにいちゃん?」

八幡「あ、あぁ」

桜「…」

なぜか藤宮が怖い顔でずっと黙ったままうつむいて返事もしない。

八幡「おい、藤宮、どうした」

桜「わしは…」

八幡「ん?」

桜「わしは、必ずここを守る。この家を、じぃじたちを!」

そういって藤宮は外に飛び出していった。そしてすぐ向こうの方で爆炎が上がり始めた。

八幡「お、おい、藤宮!」

俺の声は当然藤宮には届かない。が、両脇にはもう変身を終えている南とサドネがいた。

ひなた「ひなたたちも行くよ!」

サドネ「おにいちゃんも!早く!」

八幡「…あぁ」

俺は二人に手を引かれ、外に出た。

本編1-13


外に出ると、すでに四方をイロウスに取り囲まれているようだ。幸い、周りには何もないため、被害はまだないが、このイロウスが俺たち目指して集まっていることは間違いない。

サドネ「おにいちゃん、どうしよう」

ひなた「ここは攻撃あるのみかな!?」

八幡「待て、このまま個人個人が勝手に行動して、イロウスを取り逃がしたら俺や、この家が危険にさらされる。藤宮も含め、集団で戦わないとやられるぞ」

ひなた「でも、どうするの?」

八幡「…俺に考えがある。まずは藤宮を呼んできてくれ。話はそれからだ」

サドネ、ひなた「わかった!」

2人は走って藤宮を呼びに行った。

さて、まずはこの状況を藤宮の祖父に伝えなければならないだろう。

八幡「あの、」

桜の祖父「おぉ。君か」

八幡「実は、とても大切なことをお伝えしたいんですが…」

桜の祖父「イロウスがこの家目指して集まってきておるんじゃろ?」

八幡「どうしてそれを…」

桜の祖父「なに、桜が突然外へ飛び出し、かつすぐに轟音が聞こえてきておれば、大体の予想はつく。で、君は桜たちとともに戦おうとしておるんじゃろ?」

八幡「戦うのは彼女たちであって、俺はただ作戦のようなものを伝えるだけのつもりですが」

桜の祖父「それも、戦うことじゃ。わしももう年なもんで、体がいうことをきかない。じゃが、孫やその友人たちが戦うとなれば、わしも協力したい」

すごいな、このおじいさん。頭は切れるし、この状況でも他人を気遣っている。こういう人に育てられたから、藤宮もああいう子に育ったのだろうか。

八幡「その申し入れはありがたいのですが、イロウスを倒すことは俺たちの役目です。おじいさんには、この家を最後まで守っていてもらいたいんです。藤宮のためにも、どうかお願いします」

桜の祖父「…君も、あの子に負けず優しい子じゃのう」

八幡「え?」

何かおじいさんが言葉を発したが、よく聞き取れなかった。

桜の祖父「うん、君の考えはわかった。わしはここでこの家を守りながら、桜たちが帰ってくることを待っておるよ」

八幡「…よろしくお願いします」

桜の祖父「それはわしの言葉じゃ。どうか、桜たちをよろしく頼む」

八幡「…わかりました」

俺はまた外へ走っていった。

本編1-14

ひなた「八幡くん、桜ちゃん連れてきたよ!」

外に出ると、すぐ南が声をかけてきた。藤宮も南に腕を捕まえられている。すでに藤宮は息も絶え絶えで、無理をして戦っていたことがわかる。

八幡「おぉ、すまない」

桜「なんじゃ、八幡。わしはここを守るためにこんなところで怠けているヒマはないぞ」

八幡「この家を守るためにお前を呼んだんだ。こういう時こそ少し冷静にならなきゃならんだろ」

桜「じゃが…」

サドネ「サクラ、焦ってる。いつものサクラと違う」

ひなた「そうだよ、桜ちゃん!いつもの落ちついた桜ちゃんになって!」

桜「じゃがこうしてる間にもイロウスはわしらを襲おうとしておる。早く倒さなきゃいかん!」

八幡「藤宮。お前、頑張ることを間違えてるぞ。早く倒そうとするあまり、頭を使わないのはお前が嫌う非効率なことじゃないのか?」

桜「…」

八幡「今の状況は確かにかなり緊迫している。だが、だからこそ全員が持てる力を発揮できなければ勝機は見えてこない」

桜「…ハハ、ヌハハ!」

八幡「何がおかしいんだよ」

桜「わしがひなたや、サドネ、さらにはお主にまで心配されるとはな。まだまだわしは子どもじゃなぁ」

八幡「当たり前だ、お前はまだ中1だ。年相応に子どもだよ」

桜「そうじゃな。では、ここは少し大人の八幡の考えを聞くとするかの。策があるからわしを呼んだのじゃろ?」

そう言う藤宮の顔にはもう焦りの感情はなく、でもその目は確かに決意を固めている。

八幡「あぁ。3人とも、よく聞いてくれ」

すいません、バトガの協力バトルや、リアルが忙しかったので更新が遅れました。これからまた頑張ります

本編1-15


八幡「3人にはこの家の3方に分かれてもらい、それぞれ家の前でイロウスを待ち構えてほしい。そして、自分の目の前にきたイロウスを殲滅してくれ」

ひなた「なんでこっちからイロウスを倒しに行かないの?」

桜「もしわしらがこの家から離れてしまえば、お互いにイロウスに注意を払わなければならない範囲が広がることになってしまい、戦いに集中しにくくなるからじゃ。それに、もしイロウスを取り逃がしたらこの家も危ないしのお。逆に家の前で待っておれば向こうから固まってくれるから動かなくても一斉に倒しやすいじゃろ。こういう考えでよいか、八幡?」

八幡「あぁ。そして、周りのイロウスをあらかた倒し終わったら、こちらから大型イロウスを倒しに行く」

サドネ「そしたらサドネたちはまずどうすればいいの?」

八幡「家の周りに3方に散らばってくれ。俺が屋根の上からイロウスの方向を通信機に指示する。それに従って順次位置を変えながらイロウス殲滅に動いてくれ」

ひなた「つ、つまりどういうこと?」

桜「ひなたは、八幡のいう方向をむいて、目の前のイロウスを一匹残らず倒せばいいんじゃ」

ひなた「なるほど!わかりやすいね!」

藤宮は俺の作戦を少し聞いただけで理解するし、その上で南に最低限の必要な役目を伝えている。こいつホントかしこいな。

本編1-16


そうやって藤宮と南を見ていたらサドネが俺の方へ寄ってきた。

サドネ「おにいちゃん!サドネ、頑張るからね!」

八幡「あ、あぁ。頼む」

サドネ「…もっと、励ましてほしい」

そう言ってサドネは上目遣いにこちらを見上げる。いや、そんな顔されても困るんだが。

八幡「…頑張れよ」

頭を撫でながらなんとか言葉を絞り出す。

サドネ「うにゅ、ありがと、おにいちゃん。頑張るね!」

ひなた「あぁー!ひなたにもやってほしい!」

桜「わしもしてもらおうかのお」

八幡「え、お前らはいいだろ…」

ひなた「サドネちゃんだけはズルイ!」

桜「先生が生徒を不公平に扱ってはいかんのお」

八幡「わかったよ…南、藤宮。お前も頑張ってこい」

そう言って2人の頭を撫でる。もうすでに八幡のHPは0だよぉ

ひなた「えへへ、頑張るね、八幡くん!」

桜「くすぐったいが、悪い気はせんのう」

八幡「ほ、ほら、もうそこまでイロウスは来てるぞ」

そうごまかして撫でるのをやめた。いや、さすがに恥ずかしいしね?状況も状況だからね?

桜「焦るな、八幡。わしらの力を信じておれ」

ひなた「絶対イロウス倒すから、見ててね!」

サドネ「イロウス倒したらまたなでなでしてね、おにいちゃん」

八幡「…あぁ」

俺はそれしか言えなかったが3人はそれで満足なのか、お互いに笑いあって散っていった。さて、俺もやりますか

八幡「まず、この屋根に登らなきゃ…」

本編1-17


なんとか屋根に登って周りを見渡すと、南たち3人はすでに家を中心にする三角形の頂点に立っている。

八幡「3人とも、もう準備はいいか」

ひなた「八幡くん遅いよ!」

サドネ「サドネたち、もう戦えるよ」

桜「さ、八幡。指示をくれ」

八幡「あぁ。まずはみんな、目の前のイロウスを集中して倒してくれ。特に藤宮の方向には多くのイロウスがいる。気をつけてくれ」

ひなた、桜、サドネ「了解」

南とサドネは遠くのイロウスを攻撃するためガンやロッドを使うが、その攻撃はイロウスにガードされてしまう。

ひなた「あれー、なんで?」

サドネ「攻撃が通じない」

通信機ごしに南とサドネの声が聞こえる。ガンやロッドが通じないということは、

八幡「あれはドグー種か…」

桜「そうじゃ。近距離攻撃の武器でないと攻撃は通らんぞ」

八幡「そうだな。聞こえたか、南、サドネ。ドグー種には遠距離攻撃は通りにくい。近距離攻撃の武器に変えろ」

サドネ「わかった」

サドネは俺の声にすぐ反応してハンマーを出す。だが、南は何故かアタフタしている。

ひなた「わーん!どうすればいいのぉー!」

八幡「おい、さっき藤宮に教えてもらったろ。まずはメインの武器種を変えて…」

桜「ひなた、落ち着け。まずは武器種をぶんぶん振り回して斬っていくスピアにせい」

ひなた「う、うん!」

桜「変えたら後はどんどんイロウスを斬ればいいだけじゃ」

ひなた「そっか!ありがとう、桜ちゃん!やあぁー!」

藤宮の指示で武器を変更した南はイロウスを次々に倒していく。

八幡「藤宮、やっぱお前すごいな」

桜「ひなたは出来ないわけではない。ただ、頭で論理として理解させるより、わかりやすい言葉で体で理解させるほうが早いだけじゃ」

八幡「なるほど…」

そうして俺が感心してると、イロウスの集団がさらに遠くから数を増やして押し寄せてきた。

八幡「マズイ…さらにたくさんのイロウスが全方向からやってくる…」

ひなた「大丈夫だよ、八幡くん!ひなたのスキルで倒しちゃうから!」

そう言って南はスピアを上にかざす。

ひなた「風鈴りんりん波!」

南が叫んだ瞬間、何故か大きな風鈴が南の頭上に出現し、そこから衝撃波が放たれる。その衝撃波によって周りのイロウスが半分近く消えた。

八幡「おぉ…」

サドネ「おにいちゃん!サドネもやるよ!プルクラ・カエルム!」

サドネが飛び上がると地中から花火が放たれイロウスの集団を攻撃していく。

サドネ「どうどう、おにいちゃん!」

八幡「すごいな…これでかなりの数のイロウスを倒せたぞ」

本編1-18


八幡「南とサドネのおかげで大型イロウスがようやく見えたぞ」

大きな球のような顔から腕が生え、足と言っていいかよくわからない何か溶け出したもので立っているのが大型イロウスだろう。

桜「わしがいく。大型イロウスはわしに倒させてくれ」

八幡「1人で大丈夫か?」

桜「ひなたとサドネには、まだこの家を守って欲しい。2人は大型イロウスの攻撃を避けながら戦うより、ここでスキルを使ってたほうがいいじゃろ」

八幡「…ま、確かにそうか。じゃあ、藤宮。お前に任せる。方向はお前の真正面だ」

桜「うむ。ではいってくる」

八幡「あぁ。南、サドネ、お前たちは藤宮が大型イロウスとの戦いに集中できるよう、2人でこの家を守ってくれるか」

ひなた「任せて!」

サドネ「うん!」

桜「2人とも、ありがとう」

ひなた「ほら、桜ちゃん!早く行かないと!」

サドネ「サクラ、頑張って」

桜「うむ」

2人の励ましを聞いてから、藤宮は大型イロウスに向かって走っていった。

八幡「…さ、俺たちはここで藤宮を待つぞ」

サドネ「おにいちゃん、ホントはサクラのこと心配なんじゃないの?」

八幡「べ、別にそんなことはない。あいつは1人でもできるはずだ。それに自分でも1人で大丈夫と言ってたしな。あいつはできないことは言わないだろうよ」

ひなた「八幡くん、行きたいなら桜ちゃんのところへ行ってよ!ここはひなたたちで大丈夫だから!」

八幡「…だが、俺がここを離れると今度はお前らを見捨てることになる」

桜の祖父「ならばここはわしが彼女たちの面倒を見るとしようかのお」

声の方向を見るといつの間にか藤宮のおじいさんが外に出ていた。

桜の祖父「比企谷くん、わしがお主の代わりにひなたくんやサドネくんに指示を出す。だからお主は桜のもとへ行ってくれ」

八幡「…ですが」

桜の祖父「もともとこの家はわしの家じゃ。少しは協力したい。とは言ってもここで彼女たちに動いてもらうのを見るだけだがのお。だから、お主にはわしらのぶんまで桜の助けになってほしいのじゃ」

八幡「…わかりました。よろしくお願いします」

桜の祖父「こちらこそ、孫を頼む」

八幡「はい」

俺は屋根から降りて藤宮と大型イロウスのほうへ走った。

本編1-19


八幡「藤宮!」

桜「八幡…!どうしてここにおるのじゃ」

八幡「お前のおじいさんが南とサドネに指示を出してくれている。だから、俺はお前のとこへ来たんだ」

桜「はぁ、わしは1人でも大丈夫じゃというのに、過保護じゃのお」

八幡「そんなんじゃねぇよ。お前のことだけ誰も見てないってのは不公平だしな…まあ、いいから早く倒そうぜ」

桜「そうじゃな。じゃが厄介なことに、大型イロウスが2匹おってのお。どうにも決定打が打てんのじゃ」

八幡「2匹か…なぁ藤宮。1匹相手ならどれくらいで倒せる?」

桜「1匹ならスキルを使う余裕が持てるから10秒くらいで倒せると思うが、なぜじゃ?」

八幡「10秒か…なら、俺が1匹の注意を引きつける。その間にお前はもう1匹を倒して、すぐ俺を助けてくれ」

桜「…はは、ぬはは!なんじゃその作戦は。自分を助けてほしいなんてそんな真剣に言われたのは初めてじゃ!」

八幡「…しょうがないだろ。俺には何もできないんだから」

桜「じゃが、今この状況でこれ以上の手段はないか…」

八幡「あぁ。だから藤宮、俺が死なないようになるべく早く助けに来てくれ」

桜「はは、助けにきたと思ったら、助けを求めてくるなんて情けない先生じゃのお」

八幡「う…」

確かに我ながら情けないことこの上ないことは重々承知だ。だが、戦える星守が藤宮1人である以上、俺ができることは囮くらいのものだ。

桜「じゃが、わしに任せておれ。すぐ助けに行く」

そう言う藤宮の顔に迷いはない。俺は思わずそんな顔をぼーっと見てしまっていた

桜「なんじゃ?顔に何かついておるか?」

八幡「い、いや、別に何もないぞ、何も。うん」

桜「なんじゃ、変なやつじゃのお。まぁ、そろそろ行くとするかの」

八幡「…あぁ」

本編1-20


さて、この大型イロウス相手に俺ができることと言えば

八幡「ひたすら逃げるか…」

向こうでは藤宮が攻撃を避けながら反撃の機会を伺っている。あいつ、あんなに上手く戦えるんだな。

そんなことを思っていると、イロウスが腕を振り回して攻撃してくる。

八幡「うおっ。危ねえ」

背後に回って視界から消えようと思っても、こいつは体をグルンと回してすぐ俺のことを捕捉してくる。なんかグニョングニョンしてて動き方も気持ち悪い…

八幡「もうイヤ…」

すると突然、イロウスの頭の突起から液体のようなものが噴射され、その液体が俺に向かって降ってきた。

八幡「なんだよこれ…」

もう全力で逃げるしかない。こんなはずじゃなかったぞ、この前のイロウスと全然違うじゃねぇか…

それにこの液体、逃げても俺を追跡してきてないか…?

バッシャーン!

八幡「おあっ」

一発目は避けられた。二発目もなんとか避けれたが…

バッシャーン!

八幡「くっ」

三発目に当たってしまった。すごく痛いし、吹き飛ばされたが、まだなんとか動ける。

八幡「なんか体が重い…」

だがさっきの液体を被ったためか、体がとても重い感じがする。普段よりも体を早く動かせない。そうした時に、イロウスはまた俺めがけて腕を振り回そうとしている。

八幡「今からじゃ避けきれない…」

さすがにアレに直撃すれば命も危ないだろう。だがもう避ける手段が思いつかない。せめて中学時代にイメージトレーニングで鍛えたダメージ軽減術を使うしかない。なんだよ、それ。効き目ないだろ。いや、こんなこと考えてる場合じゃない、もう身構えるしかない。

本編1-21


しかし次の瞬間、何故かイロウスの上に温泉まんじゅうが降りそそぎ、イロウスは消滅した。

桜「八幡、なんじゃその情けない姿は」

声のするほうを見るとさっきイロウスがいた方角から藤宮がこっちへ向かって歩いてきた。

八幡「これは、その、イロウスの攻撃を受け流そうと身構えてただけで…」

桜「わしにそのような言い訳は通じんぞ?」

八幡「まぁ、はい…攻撃を避けきれなかったんで、身構えてただけです…」

もうこの子雪ノ下並みに心読んでくる。怖い。あと怖い。

桜「まぁ、わしが間に合ってよかったの。間一髪じゃ」

八幡「それは、感謝してる…てかさっきの温泉まんじゅうはなんだよアレ」

桜「アレはわしのスキルじゃ。あのスキルを使うとわしの攻撃力が一時的に上昇するんじゃ。だからさっきのイロウスをほぼ一撃で倒せたのじゃ」

八幡「温泉まんじゅうすげぇな…」

桜「何故かわしらのスキルは戦いに関係ないものがよく出現するんじゃ。なんでなのかのお」

八幡「そこは、ほら、俺らが考えることではないと思うぞ…」

例えばコロフ◯ラの社員とかね!…伏字になっていないかこれじゃあ。

桜「??まぁよくわからんが、ひとまず帰るとするかのお」

八幡「そうだな。多分、向こうでおじいさんたちが待ってるはずだしな」

桜「おぉ、そうじゃ。じぃじは大丈夫かのお」

藤宮は少し慌てたように俺に聞いてくる。

八幡「無事だと思うぞ。なんせお前のおじいさんだからな」

桜「いや、ひなたやサドネに付き合わされて、今頃疲れ切ってるかもしれん…」

八幡「あぁ、なるほど…じゃあ早く帰ってやらないとな」

桜「そうじゃな!」

俺たちは笑ってこう言い合いながら家に戻って行った。

本編1-22


藤宮の家周辺に出現したイロウスを倒した数日後、八雲先生に課された特別テストも無事終わり、やっと一息つけるようになった。

八幡「ふぅ、疲れた」

そんな俺は放課後の教室で書類作り。ナニコレ、教師って放課後はすぐ退勤できるんじゃないの?違うの?朝早いし、帰るの遅いしマジブラックな職場。絶対働きたくない。やはり将来は専業主夫になるしかない。

桜「おぉ、八幡。ここにおったのか、探したぞ」

俺が専業主夫への決意を新たにしていると、藤宮が教室のドアを開けて入ってきた。

八幡「ん、なにか用か?」

桜「うむ。八幡のテストが気になっておっての。合格できたか?」

八幡「当たり前だろ。俺は基本高スペックだからな、大抵のことはやればできる」

桜「…そうじゃな。八幡はやればできる子じゃな」

…あれ?そうやって素直に褒められるとは思ってなかったんだが?

八幡「な、なんだよいきなり。何か変なものでも食べたか?」

桜「失礼じゃな。わしは八幡のことを認めておるし、感謝もしてる。…八幡がいなければじぃじも、家も守れなかったじゃろう」

八幡「何言ってんだ。お前や南やサドネが頑張ったんだろ。俺は何もしてない」

むしろ足引っ張ったまである。あの時は足が動かなかったんだが。あの液体、許さん。

桜「そうやって自分のことを過小評価するのはもったいないと思うがのお」

八幡「やめてくれ。イロウスを倒せたのはお前らの功績だ。俺に恩を感じる必要はない」

本編1-23


桜「むぅ、、そうじゃ。イロウスを倒せたのがわしらのおかげなら、八幡はわしらにご褒美をくれなきゃいかんのお」

八幡「あ?いや、ご褒美とかそんなの無理なんだが…」

桜「問題ない。ご褒美と言ってもわしの頭を撫でてほしいだけじゃ。それくらいならしてくれるじゃろ?」

八幡「…まぁ、そのくらいなら」

桜「そうかそうか。なら、早速お願いしようかのお」

八幡「今?」

桜「うむ」

そうして藤宮が俺のすぐ隣に椅子を持ってきて座りながら頭をこっちに傾けてきた。

桜「ほら、早くせい」

八幡「あ、あぁ」

ゆっくり藤宮の頭に手を置き、撫で始める。

桜「…なんだか大事にされてるようで、心があたたかくなるのお」

こうして撫でられている藤宮の、普段とは違う、むしろ幼いとも言えるような姿にこっちまで心があたたかくなるような感じがする。

桜「そうしてくれるの、待っておったぞ…」

八幡「そうか…」

若干、藤宮の俺にかける重みが増えた感じがする。だが、なぜかそれも悪くない。

本編1-24


サドネ「おにいちゃん!サドネ、イツキのテストで100点取ったよ!」

サドネが教室に入るなり声をかけてきた。そして、今の俺たちの状況を見て顔色が変わっていく。

サドネ「おにいちゃん、なんでサクラの頭撫でてるの?サドネのことは撫でてくれないのに?」

八幡「いや、これは、その…」

サドネ「おにいちゃん、サドネのこと、さみしくさせたら許さないからね」

サドネは目のハイライトを消しながら俺に迫ってくる。マジで怖いから、それやめて…

八幡「別に、サドネのことを軽く見ているわけではないし、うん、ちゃんと見てるから、大丈夫だから…」

サドネ「ホント?なら、サドネのことも撫でて?」

八幡「う…」

俺が躊躇していると、教室の外から大きな足音が聞こえてきた。

ひなた「八幡くーん!桜ちゃーん!サドネちゃん!ひなた、テストダメだったよぉー!また再テストだって!」

八幡「あ、あぁ、そうか…」

ひなた「合格するまでずっとテストだって!だからまたみんなで勉強会しよ?」

桜「はぁ、仕方ないのお」

サドネ「サドネ、みんなで勉強会やるの好きだからまたやりたい」

ひなた「そしたら今度はひなたの家でやろうよ!ひなたのオムライスご馳走しちゃうよ!」

サドネ「美味しそう!」

桜「久しぶりに食べるのも悪くないのお」

どうやら今度は南の家で勉強会をするつもりらしい。これ以上休日を侵食されるわけにはいかない。ここは前もって自分から断っておくに限る。そうすることでぼっちの面目も保たれるし、あいつらも余計な気を使わなくて済む。WIN-WINだね!

八幡「そしたらお前ら、頑張ってくれ」

ひなた「え?八幡くんも来るんだよ?」

桜「そうじゃな。逃げられんぞ、八幡」

サドネ「おにいちゃん、サドネたちと一緒にいなきゃダメ」

八幡「いや、俺にも予定が…」

桜「家でゴロゴロするのを予定とは言わんぞ」

サドネ「サドネ、この前のおにいちゃんのコーヒーまた飲みたいから持ってきてね」

ひなた「じゃあみんなで今週末に勉強会だね!」

3人はまた楽しそうに話し始める。いつの間にかサドネも南も俺の周りに椅子を置いて、予定を話し合っている。

八幡「はぁ…」

まぁ、もう少しこいつらの面倒を見てやるか。なんせ、「おにいちゃん」だしな。

以上で本編第一章終了です。戦いの状況がわかりにくいかもしれませんが、なんとか脳内補完してもらえると助かります。

乙です。

どこかで拗ねイベントを入れてほしいなーなんて。

>>167
拗ねイベントとは例えばどんな感じですか?自分だとイメージしにくくて

番外編「明日葉の誕生日前編」


今日は1月18日、楠さんの誕生日である。星守クラスのみんなは楠さんを驚かせるために教室を飾り付けしたり、プレゼントの準備をしたりと朝早くから元気に動いていた。俺も準備に駆り出され、馬車馬のごとく働かされた。そのほとんどが芹沢さんが用意した大量のプレゼントを運ぶためだったのだが…あの人、どんだけプレゼントに力入れてるんだ。気合の入れようが尋常じゃなくて軽く引くレベル。

そして、放課後、俺はそんな教室の後片づけをさせられていた。てか、なんで誰も手伝ってくれないの?俺の事便利屋か万事屋かなんかだと思ってるの?死んだ魚の目をしてるとこくらいしか共通項ないよ?いや、けっこう大きいぞこの共通項…

明日葉「あ、先生、ここにいらしたんですね」

そうやって文句を心の中で垂れ流していると、今日の主役だった楠さんが教室に入ってきた。

八幡「楠さん。なんか用ですか?」

明日葉「はい、ちょっと生徒会室に来てほしいんですが、お忙しいですか?」

八幡「いや、今片付けも終わったんで大丈夫ですよ」

明日葉「そうですか。では行きましょう」

そうして俺たち二人は教室を出て生徒会室へ歩き出した。

八幡「あのー、生徒会室で何やるんですか?」

明日葉「ふふふ、着いてからのお楽しみです」

ん?年上の生徒会長と放課後の生徒会室でお楽しみ!?しかも楠さんは今日が誕生日。これは、つまり、そういうことですか、ごくり。

明日葉「さ、着きましたね。入ってください」

八幡「は、はい、失礼します」

そうしてドアを開けた向こうに待っていたのは。

八幡「…書道?」

明日葉「はい、ぜひ先生と一緒にやりたいと思いまして。ダメでしょうか?」

八幡「い、いえ、全然大丈夫ですよ」

俺の俗世にまみれた考えとは真逆の、心を落ち着かせることでした!いや、そりゃ楠さんがいかがわしいことを、しかも学校内でやるわけないでしょ。でもちょっとは期待しちゃうよね、だって男の子だもん!

明日葉「よかったです!では早速始めましょうか」

八幡「でも俺、書道なんて学校の授業でしかやったことなくて、うまく書けないんですけど」

明日葉「書はうまい、ヘタではなく、自分の心、気持ちをいかに文字に乗せるかです。その心によって相手の感情を揺さぶる、それが書道だと私は思っています」

八幡「なるほど」

そう言われると書けそうな気がしてきた。だが

八幡「何を書いたらいいんだろうか…」

明日葉「そうですね、少し日にちも経ってしまいましたが年も改まったので、目標を書いてみるのはどうでしょうか」

八幡「目標か…」

目標と言われたら、書くものはひとつだ。俺は筆を持ち、心を入れて文字を書いていった。

番外編「明日葉の誕生日後編」


明日葉「先生、書けましたか?」

八幡「えぇ、なんとか書けました。楠さんはどうですか?」

明日葉「私も書けましたよ。これです」

そういって見せられた紙には、達筆すぎる文字で「日進月歩」とあった

八幡「うますぎる…」

明日葉「いえ、そんなことは。書も、星守としても、それ以外でも日進月歩で成長していきたいと思っているんです」

真面目だなぁ。とてもまっすぐにモノを考えていることが、この書にも表れているように思える。

明日葉「では先生の書も見せて頂いてもよろしいですか?」

八幡「えぇ、これです」

楠さんは俺の書いた書をじっと見て、それから目を伏せてしまった。

明日葉「先生、この書の説明をしてもらえませんか?」

八幡「楠さん、この言葉の意味がわからないんですか?」

明日葉「いえ、知っていますが、私が聞きたいのはどうしてこの文字を書いたか、ということです」

八幡「それは『専業主夫』こそが俺の信念だからですよ」

そう、俺が書いた文字は『専業主夫』。新年だけに、信念を書いてみました!

明日葉「…専業主夫が、ですか」

八幡「えぇ。古人曰く、働いたら負けですからね。だからより少ないリスクで最大のリターンを得るためには、働かずに家庭に入る、つまり専業主夫になることが最もいい方法だと思うんです。それに、現代は女性も男性も平等ですからね。外で仕事をする女性がいるならば、家庭で家事をする男性がいてもなんらおかしくはありません」

どうだ、この見事な論理は。一部の好きもない完璧なロジック。

明日葉「うーむ、確かに、そう言われると、そういう関係もありなのかもしれないと思えてきました…」

八幡「そうでしょう?」

明日葉「それに、私が仕事をしたとして、家に旦那さんがいるというのも悪くないかもしれない。そ、それが、先生のような方だったらもう言うことなしかな…い、いけない、何を考えてるんだ私は」

八幡「ん、何か言いましたか?」

明日葉「い、いえ、何も言ってないですよ!あ、もう下校時刻になりますね、早く片付けないといけませんね!」

なぜか楠さんは突然慌てふためいて、そそくさと書道道具をしまって帰り支度をしはじめた。

明日葉「さ、もう出ましょうか」

八幡「そうですね」

俺たちは生徒会室を出て、昇降口まで歩いていく。

明日葉「私は帰りますが、先生は帰られますか?」

八幡「いや、俺はまだやらなきゃいけないことが残ってるんです」

明日葉「そうですか…ではここでお別れですね」

そういって楠さんは靴を履き替え昇降口を出ようとする。さ、俺もさっさと書類片付けますか…

明日葉「先生!」

不意に楠さんに呼び止められた。

八幡「なんですか?」

明日葉「先生の目標、悪くはないと思いますけど、この学校で私たちとこうして接しているときの方が、ずっと輝いて見えますよ!今日は、ありがとうございました!」

そう言い残して楠さんは夕日のほうへ駆け出していった。意表を突かれた俺はしばらく立ち尽くすほかになかった。

後に残るのは、まだうっすら鼻の奥に残る墨の香りと、吹き抜ける冷たい風。でも不思議と寒くはなくむしろ顔は火照っている。その原因は明らかだが、思いだすのも恥ずかしい。だから落ち着くまでもうしばらくここで夕日を眺めていよう。

以上で番外編「明日葉の誕生日」終了です。明日葉お誕生日おめでとう!

乙です。

>>168
数日構わないでいたらきつく詰め寄られて疑問符を浮かべるひっきーみたいな?
すみません、言っといてなんですがこっちもうまくイメージできてないので難しいようならいいです。

あと席替えや特訓で稀によくあるボッチ飯とか面白いんじゃないかなーとか性懲りもなく言ってみる。

本編2-1


藤宮の家での勉強会、イロウス討伐から数週間。未だ南は八雲先生のテストに合格できていないらしいが、俺はここの生活にも慣れてきて、いかに早くこの交流を終わらせられるかについて考えていた。

まず何をもってして交流が終わるのかがわからない。ゴールが見えない以上、こっちが交流不能の状態になるしかない。突然不治の病にかかったり?それは俺が死ぬからヤダな。全治何ヶ月かのケガは?でもそれも日常生活に支障をきたすな。やはりサボるしかないのか…

などと、無理難題を考えながら歩いていると、廊下の角でフードに大きな耳がついた白いパーカーと、大きな薄紫のリボンが揺れているのが見えた。あんな特徴がある人物はあいつらしかいないだろうが、なんであんなところでコソコソ人目を気にして隠れてるのだろうか。ま、俺には関係ないし、さっさと帰ることにしよう。

何か外をじっと見ている2人の横を通ろうとした時、両腕を掴まれてしまった。

八幡「なんだよ」

ミシェル「今外に出ちゃダメだよ!」

楓「そうですわ。慎重に行動しないと見つかってしまいますわ」

八幡「は?何、かくれんぼでもしてるの?」

楓「当たらずとも遠からず、ですわね」

ミシェル「楓ちゃんの執事さんたちに見つからないように学校から出ようとしてるの!」

八幡「なんだそれ…」

ミシェル「あのね、今日楓ちゃんと帰り道に寄り道をして行きたいの」

八幡「あ?別に好きにすればいいだろ、それくらい」

下校途中に寄り道。いかにも青春じゃないか。俺の中2の頃なんて、寄り道してくれる相手なんかいなかったから、いつも家に直帰して、コスプレしたり、ノートに色々書いたりして中二病全開だったぞ。いや、寄り道もしてたな。だが、そうは言っても1人で異界との扉を探してたくらいだな。うん、あの頃は若かった…

楓「いえ、そうは行きませんの。ワタクシは学校が終わるとすぐ家のものが迎えに来て、そのまま帰らされてしまいますの。ほら、現にそこでワタクシを探している人がいますわ」

千導院が指差す先には黒いスーツを着た人たちが「お嬢様ー!」と叫びながら歩いているのが見える。

楓「ですからワタクシ、彼らに見つからないようにここを出なければなりませんの」

ミシェル「だから先生も協力して?」

八幡「いやなんで俺が…」

ミシェル「だってミミたちの先生なんだから、助けてくれるよね?」

楓「もしここでワタクシたちを助けなかったら、どうなるかわかっていますか?」

怖、千導院が言うと冗談じゃすまなくなる。最悪戸籍を消されて聞いたこともない孤島に流されかねない。

まぁそんなことはないにしろ、自分の生徒が困ってることには違いない。少しくらいなら手助けしてもいいかな。ホントに俺は年下の女の子のお願いにつくづく甘い。

八幡「…わかった。で、何をすればいいんだ?」

楓「うふふ、ワタクシにとっておきの作戦がありますの!」

本編2-2



八幡「で、これがとっておきの策なの?」

楓「もちろんですわ!この前見たドラマでやってましたもの!」

ミシェル「ミミたちぬいぐるみさんになったみた〜い!」

八幡「…」

何をしてるかというと、大きなダンボールの中に、綿木と千導院が縮こまって入っている。そのダンボールを俺が運ぶ、というべタな隠蔽工作である。

八幡「おい、これじゃ多分すぐバレるぞ」

ミシェル「大丈夫だよ〜、ミミたちじっとしてるから!」

楓「そうですわ!さ、先生、早くワタクシたちを外に出してください」

これは絶対バレる。なんならバレて俺だけ怒られる場面まで想像できる。なんで俺はあの時協力すると言ってしまったんだ…

ミシェル「じゃあミミたち隠れるからよろしくね、先生!」

そう言って2人はダンボールの中に入ってしまった。マジかよ…いやもうこうなったら運ぶしかないよな。もうどうなってもしらん!と俺は半ばやけくそになって2人が入ったダンボールが載った台車を押していく。

黒スーツ「あの、すみません」

八幡「ひゃ、ひゃい」

突然ガタイのいい黒スーツの人に声をかけられ、思わず声が裏返ってしまった。

黒スーツ「わたしたち、楓お嬢様を探しているのですが、あなたどこかで見ませんでしたか?」

八幡「い、いえ、別に俺は何も見てないですけど」

黒スーツ「…失礼ですが、あなたはどのような人物ですか?この学園に男性はいないはずですが」

八幡「お、俺は、その、他の学校から連れてこられたといいますか、そう、交流です、交流」

黒スーツ「怪しいですね、お嬢様のおられる学校にこのような人物がいるのは少々危険ですね…」

八幡「いえ、別に俺はそんな人間じゃないですよ?あ、ほら、俺星守クラスにいますから、千導院のことも知ってますし」

黒スーツ「…ますます怪しいですね。もしや、この学校を探るスパイなのでは?そのダンボールの中にも何か危険なものが入っているのでしょう?」

八幡「いや、そんなことないですよ…?別にこの中にも何もやましいものは入ってません…?」

黒スーツ「それなら私にも見せられるでしょう。さ、開けてください」

やばいやばいやばい。これで中にいる綿木と千導院が見つかったら一巻の終わりだ。

すると中から何か声が聞こえてきた。

楓「ミミ、もうワタクシ、我慢が…」

ミシェル「楓ちゃん、もう少し頑張って…」

黒スーツ「あ!お嬢様の声が聞こえます!お嬢様!今お開けします!」

楓「ハクション!」

黒スーツがダンボールに手をかけた瞬間、千導院が箱から飛び出しくしゃみをした。そして黒スーツは顎に千導院の頭がクリーンヒットしたらしくとても痛がっている。

楓「もう、ミミのフードが鼻をずっとくすぐって…」

ミシェル「ごめんね楓ちゃん」

楓「いえ、ミミのせいではないですわ。我慢できなかったワタクシのせいですわ…」

八幡「…お前ら、いいのか?」

ミシェル「何が〜?」

八幡「いや、もう取り囲まれてるぞ…」

見渡すとすでに黒スーツ部隊が360度隙間なく俺たちを包囲している。もちろんどこにも逃げ道はない。

楓「はっ、いつの間に!」

八幡「当たり前だろ…」

黒スーツ「いたた…さ、お嬢様、帰りますよ」

こうして俺たちはすぐ捕まり、迷惑をかけたとして八雲先生に叱られた後、すぐ帰るよう言われて解散させられた。

>>172
なるほど。書けるかどうかわかりませんが、少し考えてみようと思います。ありがとうございます。

本編2-3


その翌日、朝から俺は綿木と千導院に問い詰められていた。

ミシェル「むみぃ、先生!先生がもう少し早くミミたちを運んでたらあんなことにはならなかったよ!」

八幡「そんなこと言われてもあの状況じゃ無理だろ…」

楓「作戦はカンペキでしたのに…」

八幡「いや、穴だらけだろあの作戦は」

そもそも作戦と言えるのか?作戦ってのは戦車同士が戦う時に「こっつん作戦」とか「もくもく作戦」とかで使うんだろ?

楓「では、ワタクシたちはどうすればよかったのですか?」

八幡「そうだな…だいたい、寄り道しようとするのが行けないんだろ?じゃあ休みの日に出かけるんじゃダメなのか?」

ミシェル「そっか!お休みの日にお出かけすれば寄り道にもならないね!」

楓「なるほど、盲点でしたわ!さすが先生!」

あれぇ~?そんなことにも気づかないなんてこの子たちちょっとアホな子?

ミシェル「じゃあじゃあ、明日は学校もないからお出かけしようよ!」

楓「そうですわね、休日ですから1日中いろんなところへ行けますわね」

ミシェル「むみぃ、楽しみ!あ、先生はどこか行きたいとこある?」

八幡「あ?俺も行くの?」

なんで?休日は休む日でしょ?休むために俺は明日は一歩も外へ出ない覚悟だったんだが。

楓「せっかくですから先生のよく行く場所へ連れてってもらいたいですわ」

八幡「は?なんで?」

ミシェル「楓ちゃん、気分転換に街歩きするのが好きなの!それでミミもよく付き合うんだけど、ミミたちだけだと行けるところも少ないから、先生に来て欲しいなって」

楓「ぜひ先生に庶民の遊び場を教えていただきたいですわ!」

八幡「ムリだって…」

ミシェル「むみぃ…」

楓「しょうがないですわね、では明日の朝、先生の家に昨日の人たちを行かせて強引に連れて来るしかありませんわ」

何それやめて!家まで来られたらどうしようもないから!それに昨日の人に会ったら俺何されるかわからない…

八幡「わかった。行くよ…」

ミシェル「わぁ~!やった~!」

楓「ありがとうございますわ、先生!」

八幡「はは…」

本編2-4


そうして迎えた週末。俺と言えば千葉。千葉と言えば俺、にはならないが俺が人を案内できるとしたらもうそれは千葉以外にはありえない。
そして、これから行くところは俺たち3人が行きたいところに1つずつ行くことになっている。

いやね、いくら千葉とは言え、中2の女の子が行きたがるところなんて俺がわかるわけないから無理だと言ったんだが、2人は聞き入れてくれなかった。おかげで小町にアドバイスを貰わざるを得なかった。くそ、あの時の小町の俺を小馬鹿にした笑顔、許さん。いや、可愛かったから許すか。

そんなこんなで、時間より10分ほど前に待ち合わせ場所の千葉駅に着くと、すでに綿木が到着していた。学校の外ではさすがにあのうさ耳パーカーは着ないのね。よかった…

ミシェル「あ、先生!」

八幡「おう、早いな」

ミシェル「えへへ~、今日が楽しみだったから早く来ちゃった!」

八幡「そ、そうか。で、千導院はまだか?」

ミシェル「楓ちゃんももう来るはずだよ~」

八幡「ほぉ」

そして少し経つと、見たこともないような黒塗りの高級車が俺たちの前に止まって、中から千導院が出てきた。いかにもお嬢様らしい登場だ。

楓「ミミ、先生、ごきげんよう。お待たせして申し訳ありませんわ」

ミシェル「大丈夫だよ!ミミたちが早かっただけだから!」

八幡「ま、そうだな。まだ時間よりかは前だし」

楓「そうですか。では早いですが揃ったので行きましょうか」

八幡「行くのはいいが、まずはどこにいくんだ?」

ミシェル「まずはミミが行きたいところに行きたい!」

八幡「どこだ、それは?」

ミシェル「むみぃ、それはね…」

本編2-5


綿木の提案により俺たちが向かったのはゲームセンターだった。入ってみると午前中とはいえ、週末のためかそこそこ人がいて賑わいを見せている。

ミシェル「ミミ、ゲームセンター来てみたかったんだ!」

楓「すごいですわね、とても騒がしいところですわ」

八幡「まぁ、こんだけゲームがあればそうだよな」

楓「これ全部遊べるんですの?」

八幡「お金入れればな」

ミシェル「ミミ、今日はパパからおこづかいもらったからたくさん遊べるよ!」

楓「それなら、ミミ、先生。わたくしこれがやってみたいですわ!」

千導院は近くにあったよくあるカーレースゲームの椅子に座り、ハンドルを持ってうずうずしている。

ミシェル「うん!やろやろ!ほら、先生も!」

八幡「え…」

楓「ほら、これ周りの人と対戦できるのだそうですよ!3人でやりましょう!」

あぁ、もう今日はこの2人に従うしかないか…グッバイ俺のおこづかい。

八幡「はぁ、わかった。だが、やる以上手加減しない」

楓「もちろんですわ!」

ミシェル「負けないよ!」

結果は俺が1位、綿木が2位、千導院が3位だった。順位以上に俺が圧勝を収め、綿木と千導院はわーわーきゃーきゃー言いながら壮絶なビリ争いを繰り広げていた。

ミシェル「やった~、楓ちゃんに勝った!」

楓「うぅ、先生にもミミにも負けましたわ…」

八幡「初めてなら仕方ないだろ」

楓「いえ、それでも悔しいですわ!さぁ、もう一度対戦しますわよ!」

ミシェル「むみっ、次は先生にも負けないんだから!」

八幡「はいはい…」

それから何回か対戦したのち、次はこれまたゲームセンターの定番、太鼓の達人をやることになった。

楓「ゲームセンターでは太鼓をたたくこともできるのですか?」

八幡「まぁ、曲に合わせて叩いていくだけで本物の太鼓を演奏するわけではないがな」

ミシェル「ミミ、これやってみたかったんだ~楓ちゃんもやろ?」

楓「えぇ、これも面白そうですわ」

だが2人ともうまくたたくことが出来ず、ほとんどコンボが続かない。

ミシェル「むみぃ、これ難しい…」

楓「それにかなり疲れますわ」

八幡「こういうのは慣れだからな。何回かやればそれなりにできるようになる」

ミシェル「じゃあじゃあ、先生もやってみてよ!」

楓「そうですわね、ぜひ拝見したいですわ!」

やったことがないわけではないが、自慢できるほどうまいわけでもない。俺がゲーセンでやるのはクイズゲーか上海か脱衣麻雀だからな。

八幡「一回だけな…」

だが、一回で終わるはずもなく、俺がやり終わるとまた2人がやり始め、終わりには3人で交代しながら遊んでしまった。これは明日両腕筋肉痛確定だな…

>>1は千葉には住んでいないので地元の店舗までは書けません。原作だとムー大とかシネプレックス幕張とか出てきますが、よくわからないので普通のゲーセンを想像してます。これから先、千葉関係のことが出てきても基本原作に出てきた地名、店舗を使おうと思ってるので地理的矛盾があっても気にしないでください。

本編2-6


ひとしきりゲーセンを楽しんだ後、次に俺たちが向かったのは千導院の希望によりボウリングである。

楓「本当はワタクシ、カラオケに行きたかったのですが、ミミがせっかくだからやったことのないことをしようと言うので、ボウリングにしましたわ」

歩きながらそんな文句らしきことを言う千導院を見て、綿木が俺に耳打ちをしてくる。

ミシェル「むみぃ、実は楓ちゃん、歌があんまり上手じゃないの…カラオケ行ったらずっと楓ちゃんの歌聴かないといけないから、なんとかやりたいことを変えてもらったの…」

八幡「なるほど…」

綿木がここまでして千導院とカラオケに行きたくないということは、そうとう千導院の歌が酷いのだろう。うん、聴かなくてよかった。綿木グッジョブ。

そうして俺たちはボウリング場に着き、受付を済ませ、靴を履き替え、指定されたレーンに荷物を置いた。

それから俺は2人に球の選び方や、投げ方について簡単にレクチャーした。途中周りの目線が痛かったが、別に俺は悪いことはしていない、はず…ただ中2の女の子2人と遊んでるだけ!うん、字面だけ見たらマジ犯罪。

楓「なるほど!大体わかりましたわ!早速ワタクシからやってみますわ!」

そう言って千導院が放ったボールは少し曲がりながら転がり、ピンを5本倒した。

ミシェル「楓ちゃんすご〜い!」

楓「やりましたわ!」

八幡「ほら、もう一投あるぞ」

楓「えぇ、さらに倒しますわよ!」

しかし二投目はピンをわずかに外れてしまい、虚しくボールは奥に消えていった。

楓「うぅ、外れてしまいましたわ…」

八幡「惜しかったな」

楓「次こそは全部のピンを倒してみせますわ!」

そうして千導院はあーでもないこーでもないとぶつぶつ呟きながらイメージトレーニングを始めた。どんだけやる気なんだよこいつ…

ミシェル「次はミミの番だね!」

そう言って綿木は重そうにボールを持ち上げ、よたよた歩きながらレーンに向かう。そのまま綿木はボールを投げるというより落とすが、すぐボールはガーターに落ちてしまう。

ミシェル「むみぃ、難しいよ〜」

楓「ミミ、もう少しこうするといいですわ」

そう言って千導院は綿木の手を取り腰を取りフォームの指導を始める。美少女2人が密着しながら練習し、時にじゃれ合っている姿、微笑ましいことこの上ない。眼福眼福。

ミシェル「ありがとう、楓ちゃん!もう一度やってみる!」

そうしてボールはかなり曲がりながらもかろうじて1本のピンを倒した。

ミシェル「むみぃ、1本だけかぁ」

楓「でも先ほどよりもかなりよくなりましたわ!」

ミシェル「ありがとう!じゃあ次は先生だね!」

八幡「あぁ」

仕方ない、ピンに愛されている男の実力を見せるしかないか。愛されすぎていつもピンで行動してるし。それは愛されているとは言わないか。

八幡「そらっ」

俺の投げたボールは軽やかにレーンを滑り、見事9本のピンを倒した。

ミシェル「すごーい!」

楓「さすが先生ですわ!」

八幡「このくらいお前らも少ししたらできるようになるって」

本当は9本も倒すことはあまりないが、褒められ慣れてないためについカッコつけてしまった。

でもこうして女の子に褒められるのも悪くはない。妹よりも年下の子たちにだが…

楓「ゲームセンターでは負けましたが、ボウリングではもう負けませんわ!」

ミシェル「うん!ミミも頑張るよ!」

そんな2人に気を取られ集中を切らした俺は二投目にガーターを決めてしまい、盛大に笑われてしまった。

番外編「星守センバツ試験①」


この神樹ヶ峰女学園星守クラスには特別な試験が存在する。それが「星守センバツ試験」である。これは3人1チームでの対決型試験であり、それぞれのチームのイロウス撃破数、タイムを数値化し競い合うものだ。星守ではない俺はどのチームにも入らないということだったから、俺は試験に苦労する星守たちを対岸の火事として見ていることができる。いやー。よかった、俺先生で。

などと朝のHR中他人事のように思っていると、試験の説明をしていた御剣先生が突然俺に話しかけてきた。

風蘭「比企谷、今回アンタも試験に参加してもらうぞ」

八幡「はい?」

なぜ?なんで?意味がまったくわからない。

風蘭「当たり前だろ。アンタは星守クラスの担任なんだから」

八幡「いや、俺は戦えないんで無理じゃないですか?」

風蘭「別に戦えとは言っていない。彼女たちのサポートをしてもらいたいんだ。」

八幡「サポートですか…」

まぁ、そのくらいならいいか。てっきり俺も武器を持たされ戦えと言われるのかと思った。

風蘭「だが、ただサポートするだけではいかんな。比企谷は先生だから、特別ルールを設けたいと思う」

八幡「特別ルール?」

風蘭「あぁ。比企谷には全チームの試験にサポートで参加してもらう。そして各チームの合計点がアタシが設定した基準点をクリアしてほしい」

八幡「なんなんですか、そのルール…」

風蘭「せっかく縁があってこの学校に来たんだ。どうせなら楽しんでもらいたいからな。あ、基準点をクリアできたら何か賞品をあげようと思うが、逆に下回ったら罰ゲームがあるぞ」

八幡「横暴だ…」

風蘭「心外だな。比企谷のために考えたんだぞ」

みき「御剣先生!その賞品や罰ゲームは比企谷くんだけにやるんですか?」

風蘭「今のところそのつもりだが、」

みき「なら、私も比企谷くんと一緒の条件で試験を受けます!比企谷くんだけそんなルールがあるのはかわいそうです!」

サドネ「おにいちゃんと一緒に頑張る」

ミシェル「ミミも賞品欲しい~!」

あんこ「そうね、賞品があるなら燃えるわ。絶対基準点をクリアしてみせるわ」

明日葉「では、私たちも先生と一緒の条件で試験に臨む、ということでいいかな」

楠の言葉にクラスのみんなは一様に頷く。そんな光景を見て御剣先生も楽しそうに笑い、

風蘭「ほぉ、面白くなってきたな。では、今回は全員これまでよりもさらに努力して、賞品を勝ち取ってくれ」

星守「おぉー!」

星守たちはやる気に満ち溢れた返事をして、にわかに教室中が活気づいてくる。

八幡「…あれ、俺の意志は?」

風蘭「アンタの参加は決定事項だ。ではみんな、お待ちかねのチームの発表だ」

せっかくセンバツ試験が開催されているのでぞれに便乗してみました。ゲーム本来の「先生同士の点数対決」はできないので、名前だけ同じのオリジナル試験だと思ってください。

あと、これから忙しくなるので更新が遅くなります。すみません。

番外編「星守センバツ試験②」

風蘭「発表と言っても、チームはこれから決める」

八幡「どういうことですか?」

風蘭「だから今から決めるんだよ。これでな」

そう言って御剣先生は箱を取り出す。

風蘭「この中にアンタたちの名前が書いてある紙が入ってる。これからその紙を3枚ずつ引あて、その紙に書いてある名前の3人がチームだ」

望「面白いね!」

うらら「うららは誰が一緒でも1番輝くんだから!」

ひなた「桜ちゃん、大変だよ!ほら起きて!」

桜「zzz」

風蘭「では始めるぞ~」

御剣先生が箱に手を入れると教室中が静かになってその行方を見守る。俺もなんだか緊張してきた…

風蘭「よし引けた。まず最初のチームは、蓮華、みき、ゆり、この3人だ」

蓮華「あら~、2人ともよろしくね~」

みき「よろしくお願いします!」

ゆり「1番目指して頑張りましょう!」

風蘭「どんどん行くぞ。次のチームは、詩穂、心美、望だ」

心美「私、大丈夫かな…」

詩穂「3人で頑張れば大丈夫よ、朝比奈さん」

望「そうそう!望ちゃんにお任せあれ!」

風蘭「よーし、次だー。えーと、次は、桜、楓、昴!」

桜「おぉ。2人がいれば安心じゃ。わしは寝る」

楓「桜も戦うのですわよ!」

昴「罰ゲームだけは避けたい…」

風蘭「はいはい次引くぞ。ふむ、明日葉、あんこ、サドネか」

明日葉「やるぞ、あんこ、サドネ」

あんこ「賞品があって、点数もつくなら負けられないわ」

サドネ「負けられない、ですわ」

風蘭「大分決まってきたな。では次は、花音、うらら、ミシェル」

花音「やるからには1位目指すわよ」

うらら「当然よ!ね、ミミっち?」

ミシェル「うん、うん!」

風蘭「さ、そして最後のチームはひなた、遥香、くるみ」

ひなた「ひなた頑張っちゃうよー!ね、遥香先輩!くるみ先輩!」

遥香「うふふ、そうね」

くるみ「えぇ、頑張りましょう」

おつ
>>1もセンバツ頑張ってるかい?Sランカーだと踏んでるけど

番外編「星守センバツ試験③」


風蘭「さて、チームも決まったところでステージの発表だ。今回のステージはHPもMPも1の状態でバトルをスタートしてもらう特別ステージだ」

ゆり「かなり厳しい条件ですね」

蓮華「ゆりちゃんなら大丈夫よ~、蓮華もサポートするから」

おいおい、HPもMPも1ってのはとんだ縛りプレイだな。気合入れすぎだろ御剣先生。

風蘭「その代わり、イロウスは全武器種で相性が得意になるように設定されている。まぁ体力はかなり多くしてしまったが」

遥香「そうなるとどのような戦法でいけばいいのかしら」

くるみ「そういうことは先生とも一緒に考えればいいと思うわ」

八幡「え?」

おい、いきなりこっちに話を振るな。反応に困っちゃうだろうが。特に常磐の声は雪ノ下にそっくりだから余計にビビるんだよ。

風蘭「えー、それから武器は全員どれを使ってもいい。だがスキルはチームメートのスキルは自由に使っていいが、他のチームのスキルは使ってはダメだ」

花音「なら私は詩穂のスキルを使えない訳ね」

詩穂「花音ちゃんが私のスキルを使って大活躍するところ見たかったわ」

相変わらずあそこは百合百合してますねぇ。国枝の愛が重いのが時々怖いけど。うっかりブチ切れたら白い髪に赤い目なんかに変身しそう。

風蘭「では説明はこのくらいにして、早速試験を始めるぞ。まずは蓮華、みき、ゆり。試験会場に移動するから付いて来てくれ」

みき「緊張しますね」

ゆり「普段の実力を出せば必ず勝てるぞ、みき!」

蓮華「れんげも普段通り、2人の可愛い姿を観察してるわ~」

みき「蓮華先輩も戦ってください!」

…大丈夫なのか、このチーム。いやこのチームだけじゃなくて全部のチームに言えることなんだが、急造チームで倒せるのだろうか。まぁそれも御剣先生の狙いなんだろう。

風蘭「ほら、後もあるから早く行くぞ。比企谷、何してる。アンタも来るんだよ」

そう言って御剣先生は俺の襟を掴んで強引に引っ張っていく。

八幡「わ、わかりました、わかりましたから引っ張らないで」

風蘭「 わかったならいい。さ、行くぞ」

>>192
一応今の順位はSクラスですけど、多分残れないと思います。復活花音持ってないので、今回取り上げた「総合試験異界」のタイムが削れないんです。

それと、これから先のスコアは>>1が実際に手持ちのカードでやってみた結果です。チームによっては酷い点数にもなりますが温かく見守ってください。

番外編「星守センバツ試験④」


俺たちは御剣先生に連れられ、バーチャル空間に移動していた。

八幡「相変わらずすごいなここ」

VRなんか目じゃないほどのリアルさ。まるでSAOの世界の感じ。でもこのままログアウトできないで、アインクラッド編が始まるとかは勘弁してほしい。まずはじめに死ぬのは多分俺だし。

風蘭「ふふ、アタシの自信作だからな。さぁ、試験を始めるとしようか」

ゆり「まずは戦略を立てなければな!」

蓮華「そうねぇ、HPもSPもないとなると、まずはそれをどう確保するか考えないと。ね、先生?」

八幡「…えぇ。タイムを縮めるためにはスキルを使うことが必須ですからね」

みき「小型ゲルを倒せばSPを回復できるんじゃないんですか?」

蓮華「うーん、でもそれだけだとどうしても足りなくなるわ。他のやり方も考えないと」

ゆり「SPを回復するにはイロウスを攻撃するしかないですよね!」

みき「そうですね!ならどんどん攻撃しちゃいましょう!」

八幡「あぁ、それがいいと思う。っつーかそれしかない」

蓮華「でもただ攻撃するだけじゃダメよね?」

八幡「そこはあれです、SP回復効率を高めればいいんです」

ゆり「どうやるんだ?」

八幡「手は色々ある。嵐や雷なんかで攻撃の手数を増やす。武器にSP回復の効率がよくなるものをセットする、とかな」

蓮華「それとSPの使用量自体を減らせるようにしておくことも大事かしら」

みき「なるほど!だんだん方向性が見えてきましたね!」

八幡「あとはそうだな…メインとなるスキルを決める必要がある」

ゆり「今の私たちにできるスキルから考えると、1番威力の高いのは蓮華先輩のスキルですかね」

みき「ガンからレーザー出すやつですよね!」

八幡「あれは確かに強力だな。ならそのスキルを軸にしていこう。芹沢さんがメインにスキルを使ってイロウスに攻撃、星月と火向井はその補助ってとこか」

蓮華「いいと思うわ〜」

ゆり「燃えてきました!」

みき「頑張ります!」

風蘭「お、決まったか。ではイロウスを出現させるぞ」

八幡「ちょっと待ってください。その前にクリアしなきゃいけない基準点を教えてほしいんですけど」

風蘭「ん?それはすべてのチームの試験が終わってから発表する。だからお前らは各々の全力を出して試験に臨んでほしい」

みき、ゆり、蓮華「はい!」

……なんかうまく煙に巻かれたような気がするが、御剣先生がそう言う以上、目の前の試験に集中するしかないだろう。ま、俺にできることはここまでだし、あとは彼女たちに任せるしかない。

八幡「じゃあ3人とも、頼んだ」

蓮華「え~先生、もう少し気持ちを込めて応援してくれないとれんげたち頑張れないかなぁ」

何言ってくれてるんだこの人。俺のピュアっぷりを弄んでやがる。顔もニヤついてるし…

八幡「あー、星月、火向井、芹沢さん、頑張ってきてください…」

みき「もちろん!」

ゆり「必ず高得点を取ってくる!」

蓮華「行ってきま~す」

3人はそう言い残すと俺のもとから離れていった。はぁ、恥ずかしかった…さて、俺はしばらく見学しときますかね。

番外編「星守センバツ試験⑤」

数十分した後、3人が戻って来た。かなり激しい戦いだったのか、全員かなり疲れ切った顔をしている。

八幡「お疲れ様」

みき「つ、疲れた…」

ゆり「私の力が及ばなかったばかりに蓮華先輩にはご迷惑を…」

蓮華「あら、そんなことないわ。2人が頑張ってフォローしてくれたから倒せたのよ」

八幡「イロウス、倒せたんですね」

ゆり「あぁ、だがほぼ時間いっぱいかかってしまった」

みき「想像以上にイロウスがしぶとかったよ…」

風蘭「ははは、かなり苦戦していたな、お前ら」

御剣先生が得意げになりながらこちらへ歩いてくる。

ゆり「御剣先生!今回の試験は難しいですよ!」

風蘭「当たり前だ。簡単に倒されたら試験にならんしな」

蓮華「れんげたちが苦しむところ見たかったんですか~?」

風蘭「別にそんな趣味はないが…とにかく、これを機にもう一度特訓を見直して、さらなるレベルアップに励んでくれ」

みき「はい!」

八幡「そういえば、点数はどうだったんですか」

風蘭「おぉ、そうだな。では発表しよう。みき、ゆり、蓮華のチームの得点は」

みき、ゆり「ごくり…」

風蘭「…1887点だ」

八幡「それは、、、いいんですか?」

なにせトップバッターだから、この点がいいのか悪いのか判断できない。星月や火向井を見ても腑に落ちない顔してるし。

蓮華「うーん、正直あまりいい点数とは言えないわね。制限時間内とはいえ撃破までかなり時間がかかってしまったし」

風蘭「まぁ、そうだな。他のチームを見てないから何とも言えないがそこそこ低いスコアではある」

ゆり「くっ、私がもっと素早くイロウスを攻撃できていたらもっと早く撃破できたのに」

蓮華「終わったことを言っても仕方ないわ。ひとまずれんげたちのできることはやったんだし、イロウスは撃破できてるわけだから落ち込むことはないはずよ」

みき「蓮華先輩…」

さすが最上級生、後輩が落ち込んでるのを見てすぐフォローの言葉をかけている。

蓮華「それに、みきちゃんもゆりちゃんも笑ってた方がずっとかわいいんだから、もっとれんげの前で笑って~」

前言撤回、この人はただ可愛い子の笑顔が見たいだけでしたね。思考回路はエロオヤジ並だなマジで。

八幡「ま、芹沢さんの言う通り、倒せたんだからひとまずいいんじゃないか。急造チームだし、スキルにも制限があったわけだし」

みき「比企谷くん…ありがとう!」

ゆり「あぁ、でも私は自分の力不足が許せない!今からもう一度鍛え直してくる!」

蓮華「うふふ、先生も言うようになったわね」

八幡「…とにかく、もう試験は終わったんだ。3人はゆっくり休んでくれ」

みき「はい!」

蓮華「じゃあじゃあ、疲れをとるために3人でシャワー浴びにいきましょうよ!」

ゆり「い、いいですけど、変なところは触らないでくださいね…」

蓮華「え~、それなら見るだけにするわ~」

みき「それもどうかと思いますけど…」

そんなことを言いながら3人はバーチャル空間を後にしていく。それにしても星月と火向井と芹沢さんでシャワーか。絶対よからぬことが起きる気がする。主に芹沢さんが暴走しそう。つか、ここバーチャル空間なんだからそもそも体汚くなってなくない?あの人絶対わかってて誘ったよね。手口が巧妙で恐ろしい…

番外編「星守センバツ試験⑥」



星月たちが退出してからしばらくして、次のチーム、国枝、朝比奈、天野が入ってきた。

望「お、八幡お疲れー!」

朝比奈「よ、よろしくお願いします…」

詩穂「緊張しますね」

八幡「おう。じゃあ早速作戦立てるか」

望「ふふーん、今回のアタシたちの作戦はもう決まってるのだ!」

八幡「そうなのか?」

朝比奈「は、はい。さっきまで3人で話してたんです」

八幡「ほぉ」

望「その名も、『1に詩穂、2に詩穂、3.4に詩穂で、5にも詩穂!』どう八幡?」

…天野が何を言ってるのかわからない。とりあえず国枝のことを言ってるのだけは伝わるが、それ以上は意味不明だ。権藤権藤雨権藤的な?

詩穂「つまり、私のスキルを中心にして戦うということです」

俺が理解していないことを察したのか、国枝が俺に苦笑しながら説明してくれる。

八幡「なんだよ、それならそうとちゃんと言ってくれなきゃわからん」

望「え〜、八幡になら伝わると思ったのに」

天野は口をとんがらせて不満げにしている。

八幡「わかるか…」

心美「それで先生、作戦の方はどうですか?」

八幡「それについては反対する理由はない。国枝のスキルはかなり強力だったしな」

詩穂「ふふ、ありがとうございます、先生」

八幡「と、とにかくそれでやってみよう。今回のイロウスは体力がめちゃくちゃある。国枝のスキルで毒にできれば、好スコアが期待できるんじゃないか」

しまった、国枝の不意の笑顔に動揺して少し口ごもってしまった。

心美「先生、顔赤いですよ?」

八幡「いや、なんでもない、なんでもないぞ朝比奈。さ、話は終わったろ。試験行ってこい」

望「八幡〜、もっと気持ちを込めて言ってくれないとアタシたち頑張れないなぁ」

八幡「…お前、それ誰に習った」

心美「さっき蓮華先輩に…」

この場にいなくても俺のメンタル削ってく芹沢さんマジ悪魔。期待に満ちた目をされても困るんだが、特に朝比奈…

八幡「…天野、朝比奈、国枝。頑張ってこい」

望「んーじゃ、行ってくるよー!」

心美「が、頑張ってきます!」

詩穂「すぐに終わらせます」

3人は笑顔でそう言うと試験に向かっていった。うん、こういうのはホント、メンタルにくるからやめてほしい。ぼっちに人を励ます言葉をかけさせないでほしい。慣れてないんだから…

番外編「星守センバツ試験⑦」


程なくして試験から3人が戻ってきた。

心美「ふぅ…」

望「疲れたね〜!」

詩穂「大変だったわね」

八幡「おぉ、お疲れ」

心美「先生、詩穂先輩のスキル凄かったんですよ」

望「さすが詩穂だよね!」

詩穂「いえ、お2人が助けてくれなければイロウスを倒せなかったわ、天野さん、朝比奈さん、ありがとう」

望「詩穂!」

心美「詩穂先輩…」

そうして3人はひしっと抱き合う。うん、どことは言わないけどものすごい盛り上がってますねぇ、いい感じにたわわですねぇ。どことは言わないけど。

風蘭「比企谷、見るなとは言わんが顔には気をつけたほうがいいぞ…」

気がつくと隣に御剣先生が立っていて、俺に呆れながらつぶやいていた。

八幡「…すみません」

くっ、気づかれていたか。ステルス機能には定評のある(八幡調べ)俺が他人に気持ち悪い顔を見られるとは…不覚だ。

詩穂「あら、御剣先生」

3人も御剣先生に気づいたのかお互いに離れてしまう。

風蘭「3人ともお疲れ様」

望「点数の発表ですか?」

風蘭「あぁ。時間もないからな、さっさと発表するぞ」

心美「点数が悪かったらどうしよう…」

八幡「さっき国枝のスキルがすごかったって言ってたじゃねぇか」

心美「すごいのはすごいんですけど、でも点数がいいかは自信がないです」

風蘭「大丈夫だ心美。アンタたちの点数は3887点。そこそこいい点数だぞ」

心美「ほ、ほんとですか?」

八幡「やるじゃん、お前ら」

望「やったね!」

詩穂「悪い点数じゃなくてよかったわ」

八幡「さっきよりもかなり点数が高いですけど、やっぱり国枝のスキルがよかったんですか?」

風蘭「そうだな。あの威力と毒の効果でかなり早くイロウスを倒せていたな。そういう点では詩穂のスキルはかなり有効だったろう」

詩穂「そうやって面と向かって褒められると照れますね」

心美「はぁ、安心した」

望「よかったね、心美」

風蘭「さ、次の試験もそろそろやらないといけないから、3人は次のチームを呼んできてくれ」

詩穂、望、心美「はい!」

そうして3人はバーチャル空間を後にしていった。

番外編「星守センバツ試験⑧」



次に入ってきたのは千導院、藤宮、若葉だった。

八幡「おう、来たか」

桜「やっとわしらの番か。退屈で眠くなってしまったぞ」

楓「桜はいつも寝てるじゃありませんの…」

昴「と、とにかくこれから3人で協力して頑張ろう!先生、アタシたちはどうすればいいですか?」

八幡「そうだな。まずは攻撃のメインを決めなきゃいかんのだが、」

桜「今のメンバーなら楓か昴かのお」

八幡「おい、ナチュラルに自分を抜かすな」

桜「わしはレベルも高くないし、スキルも強くないからのお。今回はサポートに徹するかな」

八幡「お、おう」

楓「そうは言われてもワタクシも昴先輩も強力なスキルは持ってないのですけど…」

昴「そうだよね、どうしようか…」

八幡「ひとつ、手がある」

昴「なんですか?」

八幡「ひたすらv-ハンマーで殴る、だ」

楓「ハンマーのチャージ攻撃で、ですか?」

八幡「そうだ。あれなら一回の攻撃力も高いし、SPも必要ない。時間はかかるがやってみる価値はあると思う」

桜「うむ、わしも八幡の意見に賛成じゃ。今のわしらにできる最大の攻撃手段はv-ハンマーじゃろ」

楓「すると、ハンマーのレベルが1番高い昴先輩にやっていただきたいところですわね」

昴「え、アタシ?」

桜「じゃな。昴頼む」

昴「桜まで⁉︎うぅ、せ、先生はどう思う?」

なんで俺に話振るの?もう2人が答え出してるじゃん。俺の意見なんて別に必要ないだろ…

八幡「ん?ま、俺も若葉が妥当だと思うぞ」

昴「そっか…」

楓「あら、昴先輩顔が赤くありませんか?」

昴「そ。そんなことないよ」

桜「ふふ、昴、よかったのお」

昴「桜うるさい!ほら、2人とも行くよ!」

若葉は俺からプイと顔を背けてしまい、そのまま千導院と藤宮を引っ張って試験に向かってしまった。いや、聞いたら少しは反応してくれないとちょっと傷つくなぁ…嫌なら俺に聞かなければ良かったのに…

ゲームでのセンバツは終わりましたが、こちらはまだ続きます。もう少しお付き合いお願いします。

番外編「星守センバツ試験⑨」


しばらくして3人が戻って来た。千導院と藤宮はそうでもないが、若葉はかなり疲労しているように見える。

八幡「おぉ、お疲れさん」

桜「厳しい戦いじゃった…」

楓「ワタクシの攻撃も桜の攻撃もほとんど通じませんでした…」

昴「あはは、仕方ないよ。アタシのサポートに回ってたんだから。おかげでハンマー攻撃はそこそこ効いてたし」

八幡「でも若葉、お前かなり疲れてないか?」

昴「そりゃああんだけハンマー振り回せば疲れるよ。アタシいつもはフットサルやってるからこんなに重いもの持たないもん…」

八幡「まあそうか」

楓「でも昴先輩のハンマーさばきは素晴らしかったですわ!」

桜「そうじゃな、かっこよかったぞ昴」

昴「かっこいいって褒められてもなんか素直に喜べない感じがする…」

八幡「ま、なんだ、星守として考えればそうやって後輩から褒めてもらえるのは悪くないんじゃないか」

昴「先生は、ハンマーをかっこよく振り回せる女の子はどう思いますか?」

八幡「あ?いや、まぁ単純にすごいな、と思うが」

昴「き、キライになったりしませんか!?」

八幡「なるわけねえだろ…」

昴「…それならよかった」

おい、最後声が小さくて全然聞こえねえよ。いつもみたいにもっとはっきり話せよ。

楓「昴先輩、また顔が赤いですわよ?」

桜「そういう反応をする所はかわいらしいな昴」

昴「もう!からかわないでよ!」

すまん、若葉。俺も少し女の子らしいな、と思ってしまった。

風蘭「さ、みんな、そろそろ結果発表するぞ」

そう言いながら御剣先生がこちらへやって来た。

楓「いよいよですわね」

桜「どんな点数でも受け入れるぞ」

昴「何点なんだろ」

風蘭「お前らの点数は、2194点だ」

昴「それは良いんですか!?」

八幡「今までのチームの中では2番目だな」

楓「微妙ですわね」

桜「まぁそんなもんじゃろ」

風蘭「ハンマーを使うのは悪くなかったが、やはりそれだとタイムが縮まらなかったな」

昴「そうですか…」

八幡「しょうがないだろ。よく頑張ったと思うぞ」

昴「先生…いえ、もっとアタシは強くならないと!これから特別特訓をしてきます!ほら2人もやるよ!」

楓「い、今からですか?」

昴「そうだよ!もっと強くなって先生に今度こそいいところ見せるんだから…」

桜「今日は勘弁してほしいぞ…」

昴「ダメ。桜も行くよ!ほら急いで!」

そういって強引に若葉は2人を連れて特訓へ向かっていった。さっきまで疲れてたのにこれから特訓なんて、すごいな。千導院と藤宮はかわいそうだがな…

番外編「星守センバツ試験⑩」


サドネ「おにいちゃん!」

若葉たちが出るや否やサドネがこちらへ走り寄って来た。

八幡「次はサドネたちか」

サドネ「うん!サドネ、頑張るよ!」

そんなサドネの後ろから粒咲さんと楠さんの姿も見える。

あんこ「ふふ、腕が鳴るわ」

明日葉「やけにやる気だなあんこ」

あんこ「当然よ。ゲーマーとしてこの試験、ハイスコアを出さないことには終われないわ」

サドネ「ハイスコア?」

八幡「ようするに一番になるってことだ」

サドネ「サドネ、一番になっておにいちゃんに褒めてもらいたい!」

明日葉「そうだな。ではそのために戦略を練ろう」

あんこ「ふふ、もうワタシの中で最適解は出ているわ」

明日葉「さ、さすがだなあんこ」

あんこ「今回のキーマンは、、、サドネよ!」

サドネ「サドネが、キーマン?」

あんこ「そうよ。あのレーザーを出すスキルを中心に、ワタシと明日葉がそのサポートをする、それが最適解よ」

明日葉「それで勝てるのか?」

あんこ「勝てるわ!これまで数えきれないゲームをクリアしたワタシがたどり着いた必勝法よ。間違いないわ」

サドネ「アンコ、かっこいい」

明日葉「私は異存はないが、サドネはどうだ?」

サドネ「サドネも大丈夫」

あんこ「なら早速殲滅しにいくわよ!」

そういって粒咲さんと楠さんは試験会場に向かうが、サドネは俺のそばから離れない。

八幡「どうしたサドネ、試験受けないのか?」

サドネ「おにいちゃんと一緒に受ける」

八幡「あー、今回はダメなんだ。俺がいると試験の邪魔になるからな」

サドネ「うにゅ…」

そんな残念そうな顔をされてもなぁ。どうしようもないんだが。

八幡「ま、俺はここで待ってるから。頑張ってこい」

サドネ「うん!」

明日葉「先生、私たちのこと、忘れてませんか?」

そう言う楠さんのほうを見ると、明らかに不機嫌そうな顔をしている。俺何かしたっけ?

八幡「いえ、別に忘れたりなんてしてませんよ?」

明日葉「なら、私たちにも励ましの言葉をかけてください!」

八幡「え?」

あんこ「そ、そうね。ワタシも欲しいかな…」

八幡「マジですか…」

まぁ、サドネにだけってのも不公平か。でもまさかこの2人がこんなことを言うなんて、なんか意外、だな。

八幡「…楠さん、粒咲さんも頑張ってきてください」

俺が言い終わるとほぼ同時に2人はサドネを抱えて試験会場に走っていった。なんなんだよ一体…

番外編「星守センバツ試験⑪」


さて、しばらくあいつらは帰ってこないだろうし、なんか眠くなってきたな…

「おにいちゃん!おにいちゃん!」

…なんか、声が聞こえるな。小町か?

サドネ「おにいちゃん!」

八幡「うおっ、早いな」

あんこ「速攻でクリアしてきたわ」

明日葉「あんこ、一応試験なのだからゲームみたく言うのはどうかと思うぞ…」

あんこ「倒すべき敵がいて、その撃破タイムまでスコアになるのならもうそれはゲームよ!」

サドネ「サドネもゲームみたいで楽しかったよアンコ!」

八幡「ま、何はともあれイロウスを倒せたんならいいんじゃねぇの?つかお前ら倒すのめちゃめちゃ早くないか?」

あんこ「だから言ったでしょ。ハイスコアを出す必勝法があるって」

ドヤ顔でそういうことを言う人、秋山深一以外に初めて見たぞ…

風蘭「まったく、アンタたちには驚かされたよ」

明日葉「御剣先生」

サドネ「サドネたち、すごい?」

風蘭「あぁ、もう脱帽だよ」

八幡「スコアは何点だったんですか?」

風蘭「スコアは、6964点だ!」

明日葉「高得点ですね」

八幡「高得点なんてもんじゃないですよ。4チームの中でダントツだ」

サドネ「おにいちゃん、サドネ頑張ったでしょ?」

八幡「あぁ、すごいなお前ら」

あんこ「ふふ、ワタシにかかればこんなものよ」

八幡「さすがっすね、粒咲さん」

あんこ「へ、あ、ありがとう…そ、そんなはっきり褒められると恥ずかしいわ…」

八幡「え?」

あんこ「な、なんでもないわ!」

明日葉「しかし、ほんとうに私たちのスコアは圧倒的に見えますね」

風蘭「そうだな。サドネのスキルはもちろん、明日葉とあんこがうまくサドネをサポートできたからこそのスコアだな」

あんこ「ということは、これで賞品にはかなり近づいたわね」

サドネ「賞品!」

八幡「そうかもしれないですけど、他のチームのスコアのスコアにもよりますから。まだわからないですよ」

明日葉「そうですね。全チームが力を出し切らないことには賞品も手に入らないでしょう」

風蘭「あぁ、まだ2チームあるからな。最後までどうなるかはわからん」

サドネ「おっしたら早く次のチーム呼んでこないと!」

明日葉「よし、行くか」

あんこ「ワタシそうは言っても疲れたんだけど…」

明日葉「ダメだ。あんこも一緒に行くぞ」

サドネ「じゃあおにいちゃん、バイバイ!」

明日葉「次のチームに声かけてきます」

あんこ「じゃ…」

訂正

誤…サドネ「おっしたら早く次のチーム呼んでこないと!」

正…サドネ「そしたら早く次のチーム呼んでこないと!」

番外編「うららの誕生日前編」


今日2月3日は蓮見の誕生日である。ずっと前から蓮見にはこの日を空けておくように言われ続けており、俺は律儀にも言われた通り予定を入れず、放課後に1人教室に残って蓮見を待っている。べ、別に単純に予定が入らなかったんじゃないからね!勘違いしないでよね!

うらら「はっちー何ブツブツ言ってるの…」

顔を上げると蓮見がジト目になってドア付近で俺を見ていた。

八幡「お、おぉ、いるならいると一声かけてくれ」

うらら「いや、さすがにあんなひどい目つきしながら独り言つぶやいてる人には、うららでも声かけづらいかな~って…」

八幡「俺の目をそれ以上悪く言うのはやめてくれ、さらに腐る」

うらら「それ以上腐るの?」

八幡「いい加減にしろよ…つか、これからどこ行くんだよ」

うらら「言ってなかったっけ?今から視聴覚室に行くよ!」

八幡「視聴覚室?そんなとこで何するんだよ」

うらら「それは着いたらわかるわ!」

そういう蓮見についていき、俺らは視聴覚室にたどり着いた。

うらら「今からここでアイドルのライブ映像を見るわ!」

八幡「ライブ映像?」

うらら「そう!うららの大好きなCOLO GIRLSの伝説と言われるライブよ!」

八幡「…それは俺と一緒に見ないといけないのか?」

うらら「だってはっちーアイドルの事なーんにも知らないんだもん。今日はうららが一から教えてあげる!」

八幡「いや、別にそんなこと頼んでないんだが」

うらら「ダメ!今日ははっちーはうららの言うこと聞くの!一緒にライブ映像見て!」

八幡「でも俺ほんとになんにも知らんぞ」

うらら「大丈夫!きっとすぐ好きになるから!」

そう言って蓮見は鼻歌を口ずさみながら慣れた手つきでAV機器を操作する。

八幡「なぁ、なんでお前ここの機器の使い方知ってんの?」

うらら「もちろんここでたまにDVDを見るからに決まってるじゃない!まぁ、この前ばれてすごい怒られたけど…」

八幡「おい、まさか今日も無断でここ使ってるのか?」

うらら「今日はちゃんと八雲先生から許可得たわよ!『うららの誕生日だしね、今日くらいはいいわ』って許してくれたの」

八幡「さいですか」

うらら「さ、準備万端!早速再生するわよ!」

蓮見は映像が始まるや否やいつの間に用意していたのかサイリウムを持ちつつ、画面を食い入るように見つめている。2時間ほどの間、時にはコールを入れ、時には画面と同じ振りをやり、とても楽しそうだった。でも、やっぱりこの場に俺いらなくね?

うらら「ふぅ、楽しかった!」

八幡「なぁ、俺はここにいる意味あったのか?」

うらら「COLO GIRLSのライブを可愛いうららと一緒に見れたんだよ、楽しかったでしょ?」

八幡「……いや、特には」

うらら「なんでよ!」

八幡「だってもともと俺そんなにアイドルに興味ないし、お前ずっと画面見ていろいろやって楽しんでたから、俺置いてぼりだったよ?」

うらら「ふーん、でもはっちー、うららのことはちゃんと見ててくれてたんだ?」

八幡「え?」

うらら「だってうららがどうやってライブ楽しんでたか知ってるじゃん!」

八幡「あ…」

うらら「ま、可愛いうららのこと見ててくれてたんなら、許してあ、げ、る」

番外編「うららの誕生日後編」


く、こんな反応をされるとは予想外だったが、これから俺はある計画を遂行しなければならない。まずは、

八幡「さて、映像も終わったし、今度は俺に付き合ってもらうぞ」

うらら「なになに?デートのお誘い?そういうのはもっと前もって言ってくれなきゃうららスケジュールが~」

八幡「うるせぇ…ひとまず行くぞ」

うらら「ど、どこ行くの?」

八幡「ふっ。着いてからのお楽しみだ」

そうして俺はぶーぶー文句を言う蓮見をなんとか体育館まで連れてきた。

うらら「こんなとこで何するの?」

八幡「ま、いいからひとまずステージの上に登れ」

うらら「もうっ、はちくん強引!」

八幡「いいから、早く…」

うらら「しょうがないなぁ…」

八幡「登ったな。よし、みんな出てきていいぞ」

うらら「え、みんな?」

俺の声に反応して、蓮見以外の星守クラスの生徒たちが一斉にステージの前を囲む。

うらら「み、みんな、何やってるの!?」

花音「今日はうららの誕生日だから、特別ライブがあるって言われて来たのよ」

うらら「特別ライブ?誰の?」

ひなた「うらら先輩のだよ!」

うらら「うららの?」

蓮華「先生がね、ずっと前からうららちゃんのために、今日この体育館を使えるよう話をつけてたのよ」

うらら「ハチくんが?なんで?」

心美「それは、うららちゃんのライブのためだよ!」

うらら「うららの、ライブ?」

望「ほらほら、今日はアタシたちみんなが観客だから、うららのアイドル姿を存分に見せてよ!」

ミシェル「うらら先輩のダンス、早く見たーい!」

そうして星守たち全員がステージ上の蓮見にむかって温かい声をかける。

うらら「みんな…ありがとう!うらら、最高のライブを披露するね!」

そう言い残すと蓮見はマイクをもってステージの真ん中に立つ。すると体育館全体が暗くなり、蓮見にだけスポットライトの光が当たる。手筈通り八雲先生と御剣先生がやってくれたようだ。さ、準備も整ったし、そろそろ俺は一番後ろに下がりますかね。

うらら「みんな、うららのためにこうして集まってくれてありがとう!今年の誕生日は一生忘れない!あと、ハチくん!うららの誕生日に、素敵なプレゼントありがとう!それじゃあ聞いてください『わたしたちのスタートライン!』」

光り輝くステージの上で蓮見がそれ以上に明るく、魅力的に歌い、踊る。さっき見た映像のアイドルよりも、こうして生で見るほうがよっぽどいいように思える。やっぱり一番後ろにいてよかった。俺にはこの輝きはまぶしすぎる。

…だがさっきの蓮見への答えを訂正しなくちゃいけない。今、この瞬間だけならアイドルを見るのも悪くないかな。

センバツ試験の番外編も途中ですが、ひとまず番外編「うららの誕生日」は以上で終了です。うらら、お誕生日おめでとう!

うららの八幡に対する呼び方が統一されてないのはミスです。好きな方に統一して読んでください。でも今さら、呼び方を変にしたことを少し後悔しています。「先生」のままのほうがよかったかも…

番外編「星守センバツ試験⑫」



花音「だから、私がメインに攻撃するからうららはサポートをしなさいよ」

うらら「うららがセンターなのは確定なの!かのかの先輩こそうららをサポートしてよ!」

次のチームの蓮見と煌上が口論しながら入ってきた。

八幡「おい、何言い合ってるんだあの2人は?」

ミシェル「むみぃ、2人とも自分がチームの中心だって言って譲らないの…」

八幡「あほらし…」

うらら「もう、そしたらハチくんに誰がセンターにふさわしいか決めてもらお!」

花音「こいつに?あんまり気が進まないけど、この際しょうがないわね」

八幡「は?いや勝手に俺を巻き込むなよ」

うらら「いいから!早く決めて!」

花音「ほら、時間もないんだからもたもたしないでよ」

なんで俺が2人から文句を言われなきゃいけないんですかね?俺全く関係ないのに…

八幡「あー、まぁこの3人でなら、中心になるのは煌上じゃないか?」

うらら「えー、なんでー」

八幡「単純にレベルが高いし、スキルも強力だし…」

花音「ま、当然ね」

うらら「くぅ…」

ミシェル「うらら先輩、一緒にサポートがんばろ?」

うらら「しょうがないわね…」

花音「ほら、これで方針は決まったでしょ?早く試験受けに行くわよ」

その時、綿木が思い出したように「あっ」とつぶやき俺に顔を向けてきた。

ミシェル「そういえば先生、点数の方はどう?」

八幡「ん?点数はすげぇ高い点とったチームもいれば、あんまりよくなかったチームもいて、この先どうなるかさっぱりわからん」

ミシェル「むみぃ、それならミミたちも頑張らないとね!」

うらら「うららたちが高得点をとって賞品ゲットよ!」

花音「そうね。それに、私が結果を出さないとあいつも罰ゲームをすることになるんだし…それはちょっとかわいそうというか…」

八幡「え?」

煌上の声が小さくてよく聞き取れなかった。特に最後のほうが。

花音「な、何よ!別にアンタのためになんて微塵も思ってないんだから!もう…うらら、ミミ、行くわよ!」

うらら「待ってよかのかの先輩~」

ミシェル「むみぃ、早いよ~」

煌上は俺にそう言い放って、すたすた歩いていき、それを蓮見と綿木があわてて追いかけていった。大丈夫かな、このチーム…

番外編「星守センバツ試験⑬」


さっきとは打って変わってかなり時間が経ってから3人が戻ってきたのだが、

八幡「お疲れ」

花音「はぁ…」

うらら「はぁ…」

ミシェル「むみぃ…」

3人とも完全に意気消沈している。

八幡「どうした…」

花音「どうしたもこうしたもないわよ。全然ダメだったわ」

うらら「なんでこっち見ながら言うのよ!」

花音「別に見てない」

うらら「ふーん、そういう風に言うけどね、かのかの先輩だってミスしてたでしょ?うららがどれだけサポートしたか」

花音「あれはミスではないわ!わざとタイミングをずらそうとしたの。そういううららこそ何回も私の邪魔をしたじゃない!」

うらら「だってかのかの先輩がなかなか攻撃しないからうららが代わりに攻撃したの!」

ミシェル「2人とも、その辺でやめようよ…」

花音、うらら「ミミ!」

花音「あなたももっと周りの状況を把握して、自分の役割を果たさなきゃダメよ」

うらら「そうよ!もっとミミは積極的にならなきゃ!」

ミシェル「むみぃ、ごめんなさい…」

うらら「なんだかもう一度試験受けたくなってきたわ」

花音「奇遇ね、私もよ」

そう言って蓮見と煌上は綿木を置いて試験会場へ歩き出す。

八幡「おい待て、お前らそろそろ落ち着け。試験を受けなおすことなんてできないだろ」

うらら「ハチくん、これはうららたちの気持ちの問題なの!邪魔しないで!」

花音「いいこと言うわねうらら。そういうことだからアンタは口出ししないで」

ミシェル「あの、うらら先輩?花音先輩?」

うらら「ほら、ミミも行くよ」

ミシェル「あの、後ろ、見て?」

花音「後ろ?」

蓮見と煌上が振り返るとそこには御剣先生が物凄い形相で立っている。

風蘭「お前ら、その自分たちの出来に納得いかないのはわかるが、まずは現実を受け止めろ」

花音、うらら「はい…」

風蘭「それでお前たちの点数だが、1843点だ」

八幡「今のところ最下位ですね…」

ミシェル「むみぃ、悔しい…」

花音「受け入れられないわ…」

うらら「やっぱりもっと戦略から立て直さないと」

花音「じゃあ早速教室で話しあうわよ」

うらら「もちろん!」

ミシェル「ミミも!」

そう言って3人は口論しあいながらバーチャル空間を出ていった。

番外編「星守センバツ試験⑭」


さ、やっと最後のチームか。なんかものすごく時間がかかったような気がするが多分気のせいだろう。そうだろう。

ひなた「やっとひなたたちの出番だよー!」

遥香「待ちくたびれましたね」

くるみ「こんにちは、先生」

八幡「おう、じゃあちゃっちゃと準備するか」

早く終わりたいしね。そろそろ飽きてきたし…

遥香「ではどのように戦いましょうか」

八幡「そうだな、まずはレベルの高い人をメインに…」

ひなた「八幡くん!」

八幡「ん?」

ひなた「イロウスなんてひなたがばばっとががっとやっつけるよ!」

八幡「…あぁ、」

ひなた「だから、ひなたがやっつけるってば!」

八幡「わかったよ…」

何回も繰り返さなくてもわかるっつうの。

くるみ「もしかしてひなたさん、自分をチームの中心にしてほしいんじゃないでしょうか」

八幡「え、そうなの?」

ひなた「うんうん!」

めっちゃ笑顔で頷かれても、こっちはわからなかったからね?

八幡「あぁー、でもなぁ…」

正直不安しかない。できれば成海か常磐に任せたいんだが、という気持ちを込めて2人を見てみると

遥香「私はいいですよ、ひなたちゃんのサポートをしますから」

くるみ「私も、ひなたさんを助けます」

ひなた「ありがとう、遥香先輩、くるみ先輩!」

八幡「お前ら、いいのか?」

遥香「これだけやる気になってるんですから、やらせてあげたいじゃないですか」

くるみ「そうですね」

なんかこの2人、大人だなぁ。まぁ2人がいいっていうならいいか。

八幡「そしたら、南がメインで、成海と常磐がそのサポートってことでいいか?」

ひなた「頑張っちゃうよ!」

遥香「わかりました」

くるみ「はい」

ひなた「遥香先輩、くるみ先輩、早く行こっ!」

遥香「うふふ、元気ねひなたちゃん」

くるみ「あの、引っ張らないでください…」

南が成海と常磐を引っ張るようにして試験会場へ連れて行った。うん、これで俺のやれることはすべて終わったな。俺の試験終了!何もしてないけど…

番外編「星守センバツ試験⑮」


八幡「遅い…」

待てども待てども2人が帰ってこない。いったいどこで何してるんだ。いや、試験を受けていることはわかってるんだが、それにしては遅すぎる。

八幡「もう帰ろうかな…」

いいよね、帰っちゃっても。だって戻ってこないんだもん。

風蘭「おい、比企谷。どこに行く」

八幡「え、いや、あの、ちょっとトイレに…」

風蘭「トイレはそっちにはないだろう。ほらまだ3人が帰ってきてないんだ。待ってろ」

八幡「でもあいつらいつまでたっても戻ってこないじゃないですか」

風蘭「もう戻って来るよ。ほら」

そう言う御剣先生の指さす先には、元気いっぱいな南と、その後ろで成海と常磐がぐったりとしている。

ひなた「八幡くん!すっごく楽しかったよ!たくさんバァーン、ズサーッてやっつけたんだ!」

八幡「あぁ、それはよかったな。で、後ろの2人はどうしたんだ?」

成海「私たち、疲れてしまって…」

くるみ「ひなたさんが一人でイロウスに突撃するのでサポートが大変で…」

八幡「…お疲れ様」

ひなた「もう、遥香先輩もくるみ先輩ももっと元気出してよ!」

八幡「おい、お前のせいで2人はこんなに疲れてるんだぞ、少しは労われ」

ひなた「えぇ~」

風蘭「お前たち、そろそろ点数の発表をしたいんだが、いいか?」

くるみ「あ、御剣先生」

遥香「お願いします」

風蘭「このチームの点数は…1099点だ」

ひなた「それってすごいの?」

八幡「いや、最下位だ…」

くるみ「そうですか…」

遥香「正直、そんな気も少しはしていました…」

ひなた「なんでひなたちがビリなの!」

風蘭「それはなひなた、お前がむやみにスキルを連発するから時間を短縮できなかったんだ」

遥香「私たちがもっとうまくサポートできていれば…」

八幡「それでもスキル自体がそこまで強くなかったんだろ?ならどっちみち同じ結果になってただろ」

くるみ「残念です…」

風蘭「ま、いまさら何言ってもどうしようもないけどな。ひとまずこれで試験は終了だ。みんな、お疲れ」

八幡「あの、それで俺の結果は?」

風蘭「比企谷の結果はまた後で発表する。とりあえずくるみたちと一緒に教室に戻っておいてくれ」

八幡「はぁ、わかりました」

くるみ「では先生、戻りましょうか」

遥香「ひなたちゃんも、行くわよ」

ひなた「みんな待ってよ~」

最後が最も悪い結果で、かなり落ち込んだまま、俺は教室に戻っていった。

お久しぶりです。間が空いてすみません。次くらいで「センバツ試験」終わりにします。

番外編「星守センバツ試験⑯」


風蘭「さぁ、お待ちかねの最終結果発表の時間だ」

最後のチームまで試験が終わり、教室で一息ついていたみんなの雰囲気が一気に張り詰める。

八幡「いよいよか…」

あんこ「今回、ワタシは自信あるのよね」

遥香「私たちはあまり良い点数が出せませんでした…」

楓「ワタクシも不安ですわ…」

おいおい、お前らがそんな弱気でどうするんだよ、俺まで気持ちが落ち込んじゃうだろ。

みき「で、でも私は楽しかったですよ!」

ひなた「ひなたも〜!」

サドネ「サドネも!」

蓮華「れんげも楽しかったわ〜、試験後のシャワーも、ね」

ゆり「うぅ、あんなに触られて…もうお嫁に行けない…」

望「な、なにがあったの…」

俺も気になる。火向井があんなになるなんてどんなことしたんだ芹沢さん…

昴「と、とにかく、御剣先生!アタシたちの結果はどうだったんですか!」

風蘭「うん、今回のアンタたちの結果は…合格だよ。よく頑張ったな」

みんな「やったー!」

風蘭「数チーム危なかったけどな、合計点で見れば基準はクリアだ」

心美「やったね、うららちゃん!」

うらら「当然よ!」

桜「罰ゲームをせずにすんでよかったわい」

くるみ「確かにそうですね」

ミシェル「御剣先生〜、そういえば賞品って何〜?」

風蘭「ふふ、よくぞ聞いてくれた。賞品は、新型チャーハン製造機によるチャーハンフルコースだ!」

花音「なによそれ…」

風蘭「作れるチャーハンとしては王道の卵チャーハンはもちろん、醤油ベースの和風チャーハン、香ばしい香りの焦がしニンニクチャーハン、魚介類豊富な海鮮チャーハン、さらには」

明日葉「いえ、花音はそういうことを聞きたいわけではなかったと思いますが…」

詩穂「でも美味しそうね、試験もあったからお腹空いてますし」

風蘭「そうだろう詩穂。だから今からみんなでチャーハンパーティーだ!」

八幡「またチャーハンですか…」

風蘭「文句あるなら食べなくてもいいぞ比企谷」

八幡「八幡チャーハンダイスキー」

風蘭「そうかそうか。じゃあみんなでラボに移動だ」

待ってましたとばかりに何人かの生徒がラボ向かって走って行った。

こういう展開になることはある程度予測できたな。ま、食べられるものが賞品なだけマシだ。なんだかんだ言いつつ御剣先生のチャーハン美味いし。

それに早く行かないとあいつらにチャーハン全部食べられかねない。俺も急ご。

以上で番外編「星守センバツ試験」終了です。これからは本編を進めていきます。ちなみに>>1は初めてセンバツでSクラスに入れました。SクラスではなくAクラスだったら罰ゲームの展開にしようと思ってましたが賞品を与えられてよかったです。

本編2-7


ボウリングを3ゲームほど楽しんで、俺たちはボウリング場を後にした。

ミシェル「いっぱい動いたからお腹空いたね~」

楓「そろそろお昼にしませんか?」

八幡「あぁ、いい時間だしな。で、お前らは何か食べたいものあるの?」

ミシェル「先生と楓ちゃんに任せるよ」

楓「それでしたらワタクシ、是非食べてみたいものがあるんですが…」

八幡「な、なんだ?」

先導院の食べたいものって、A5ランクのお肉とか、フォアグラとか、特上寿司とかしか思いつかない。俺の所持金ではその欠片でさえ食べられないぞ…

楓「あの、ラーメン屋に行ってみたい、です」

八幡「…ラーメン屋?」

楓「何故か無性に先生とラーメン屋に行きたくなりましたの」

ラーメン屋か、これまたお嬢様なイメージとは反対のものだな。正直、俺は助かったどころか食べたいものだし大賛成だ。

八幡「俺は別にかまわないんだが、綿木はどうだ?」

ミシェル「ミミもいいよ!」

八幡「そういうことなら行くか。俺がよく行くところでいいか?」

楓「はい!」

ミシェル「楽しみ~」

ということで俺たちはここ「なるたけ」にやってきた。

楓「ここではどんなラーメンが食べられるのですか?」

八幡「ここはこってり系ラーメンが有名だ。最初は驚くかもしれんが、けっこう美味いぞ」

ミシェル「ミミこういうラーメン初めて!」

八幡「じゃ入るか」

そうして注文を済ませ、少し待つとラーメンが運ばれてきた。

楓「こ、これはすごいですわね…」

ミシェル「想像以上だねぇ」

八幡「いただきます」

これだよ、この背脂。若いうちにしか食べられない味。

八幡「ほら、早く食べないと冷めるぞ」

楓「えぇ、そうですわね、いただきます」

ミシェル「い、いただきます」

そうして2人はラーメンを口にして、

楓「美味しいですわ!庶民はこんなに美味しいものをいつも食べているのですか??」

ミシェル「むみぃ、美味しいけど、ミミこんなに食べられるかなぁ…」

八幡「なんだかんだ食べられるぞ。あと先導院、そんなに感動するものでもないと思うんだが…」


よくあるミスだけど"千"導院ね
辞書登録しとくといいんじゃない?

本編2-8


楓「美味しかったですわ!また食べに来ましょうね」

ミシェル「ミミはしばらくいいかなぁ…」

楓「先生は?」

八幡「俺もしばらくは来ない。ああいうのはたまに食べるから美味いんだ。俺だって毎度毎度食べてるわけじゃない」

楓「そうですか…」

八幡「…ま、まだ他にも美味いラーメン屋はある。今度はそこに行けばいいんじゃないか」

楓「はい!」

ミシェル「で、先生、次はどこ行くの?」

楓「次は先生の行きたいところでしたわね」

八幡「俺の行きたいところは…」

ここで「1人で家に帰る」、と言えれば一番いいんだが、それはできない。こいつら下手したら家に押しかけて来そうだし。さて、そんなぼっちな俺も心安らぎ、かつ中2の女の子たちも楽しめるところといえば、

八幡「ショッピングセンターだ」

ショッピングセンターなら色々な店があるからどんな人でも楽しめるし、それゆえ人から離れて1人で行動しても問題ない場所だ。ゲーセンにボウリングで俺のHPは瀕死状態だ。これ以上リア充っぽいイベントをされたらたまったもんじゃない。ここらへんで俺はフェードアウトさせてもらおう。

楓「お買い物ですわね!」

ミシェル「ミミ買いたいものいっぱいあるんだ~」

八幡「よしじゃあ行こう、すぐ行こう」

ミシェル「先生もお買い物楽しみなんだね!」

楓「庶民のお店をたくさん見られるチャンスですわ!」

ふ、もう今日の俺の役割も終わりが見えてきたな。ショッピングセンターに着いたらするっといなくなってやる。そして帰ってやる。ステルスヒッキーの本領発揮だ!

>>228の通り誤字でした。次から気をつけます。教えてくれてありがとうございます。

本編2-9


そうして俺たちは駅前のショッピングセンターに移動した。

さぁ、切り出すなら早いに越したことはない。さっさと別れていざ帰路へ。

八幡「よし、ここからはひとつ自分の見たい店に別々に行くというのは…」

ミシェル「先生!楓ちゃん!かわいいお店がいっぱいあるよ!」

楓「ええ!どのお店も見て回りたいですわ!」

あれー、なんでこの2人俺の話聞いてくれないのぉ。勝手に盛り上がっちゃってるし。

ミシェル「じゃあじゃあ端から順番に見て行こうよ!」

楓「そうですわね!そうと決まれば早速行きますわよ」

ミシェル「うん!ほら先生も早く!」

八幡「え、いや、俺他に見たいものあるんだけど」

楓「先生にも選んで欲しいものがあるんですの。さぁ行きましょう」

八幡「ちょ…引っ張らないで…」

俺は千導院と綿木の2人にファンシーショップに連れられてしまった。

ミシェル「かわいい小物がいっぱーい!」

楓「ミミ、このクッションとってもかわいいですわ!」

ミシェル「それかわいいよね~、ミミ、その種類のクッションいっぱい持ってるよ」

楓「そうなんですの?」

ミシェル「今度見せてあげるね!」

楓「待ってますわ!」

八幡「あの~」

ミシェル「どうしたの先生?」

八幡「その会話、俺を挟んでする意味ある?」

店に入ってからも、綿木と千導院が俺の両脇をがっちりキープして逃げ道を塞いでいる。なんなら物理的にすごい密着されてて、身動きしようにも2人の身体の色々なところに当たりそうでそれもできないし、周りの視線も痛い。

楓「こうでもしないと先生逃げてしまいそうなんですもの」

俺の魂胆バレてました。

ミシェル「だからこうやって楓ちゃんとミミで先生をキープしてるの!」

八幡「…わかった。もう逃げないからせめてこんなに密着するのはやめてくれ」

楓「どうします、ミミ」

ミシェル「う~ん、ミミはもう少しこのままがいいかなぁ」

楓「ワタクシもそう思いますわ」

ミシェル「じゃあごめんね先生、もう少しこのままでいさせてね」

八幡「…はぁ」

もう俺に選択権はないのね。まぁいつものことなんだけど…

番外編「エヴィーナの誕生日前編」


どうしてこんなにイライラするのかしら…最近ずっとイライラするけど、今日は特にひどい。何か原因があったかしら…いえ、思い出せない…

あぁ、とにかくイライラする。何かして発散しなければ…そうだわ。星守の誰かにイロウスをけしかけようかしら。でもそれを倒されてしまったらイロウスのムダになるわね。

ん、あれは、

八幡「ふぅ…」

確か最近神樹ヶ峰に来た比企谷、だったかしら。1人で歩いてるわね、ちょうどいいわ。あいつで少し遊ぶとするか。

エヴィーナ「ねぇ、そこのあんた」

八幡「…」

エヴィーナ「ねぇったら!」

八幡「え、俺ですか?」

エヴィーナ「あんた以外周りにいないじゃない」

なんなのこいつ、私の声が聞こえててあえて無視したっていうの。いい度胸じゃない。

八幡「はぁ、なんか用ですか」

エヴィーナ「えぇ。ちょっと私と遊ばない?」

八幡「は?」

エヴィーナ「文字通りの意味よ。ここじゃなんだから移動するわ」

八幡「へ、いや、何を言ってるんですかあんた…」

ごちゃごちゃうるさい奴ね。ま、私の部屋に入れちゃえばこっちのものだしさっさと連れ込んじゃいましょう。

番外編「エヴィーナの誕生日後編」


八幡「ここは…?」

エヴィーナ「ここは私の部屋。これから楽しいことを始めましょう、比企谷八幡」

手始めに手足を縛っときますか。反抗されたら面倒だし。

八幡「痛っ、なんだいきなり…」

エヴィーナ「お遊びよ、星守と仲良くしてるあんたが私は気に入らないの。これ以上調子に乗らないようにしてあげる」

八幡「あんた誰だよ…」

エヴィーナ「私はエヴィーナ。イロウスの親玉だとでも思ってくれればいいわ。つまりあんた達の敵よ」

ふふ、さぁ恐れおののくがいいわ。

八幡「待て、俺は別にあんたの敵ではない」

エヴィーナ「どういう意味よ」

八幡「確かに俺は星守たちと同じクラスで生活しているが、だからといって俺とあいつらが同じとは限らないだろ」

エヴィーナ「何が言いたいのかしら」

八幡「つまりだ、俺は仕方なく星守たちの手伝いをしているだけであって、俺自身はイロウスに手をかけてるわけではない。それに、あんた達と言われたが、俺はあいつらと同じ空間にいて同じことをしているだけだ。一緒の存在にされるのは不服だ」

エヴィーナ「なんて屁理屈を並べるのかしら…」

八幡「そういうことなんでそろそろ解放してもらってもいいですかね」

エヴィーナ「そういうわけにはいかないわ」

八幡「ですよね…でも俺を縛ったところでこれ以上面白いことなんて起きないですよ」

エヴィーナ「どうだか」

八幡「ほんとですよ。俺は何を言われても働かない専業主夫を目指す人間ですから」

エヴィーナ「ならなんで男子のあなたが神樹ヶ峰にいるのかしら」

八幡「俺の高校の先生と神樹ヶ峰の先生たちの飲み会の席で勝手に話が進んだ結果ですね」

エヴィーナ「ぷっ、なにそれ、意味がわからないわ」

八幡「はぁ、でも当事者の俺もよくわかってないんで」

エヴィーナ「ふふ、いいわ。今回はその状況に免じて解放してあげる。せいぜい学校生活楽しみなさい」

八幡「皮肉かよ…」

エヴィーナ「ほら、出口も作ったからさっさと出ていきな」

八幡「…どうも」

そうして比企谷八幡は部屋から出ていった。

なんで私はあいつを逃がしたんだろう。ここで始末したほうが星守たちへの打撃にはなったはずなのに。別にあいつの状況に本当に同情したわけじゃない。じゃあ、どうして?

まぁ、ただの気まぐれかしらね。なんだかんだ暇つぶしにもなったし、イライラもなくなったから今日は意外と良い日かも。

エヴィーナさん誕生日おめでとう。twitterで今日が誕生日だと知ってなんとか書きました。Aqoursのライブ物販待ちのおかげで時間があって助かりました。

本編2-10


ミシェル「次はあのお洋服屋さんに行きたい!」

楓「こ、こんな服見たことないですわ!」

八幡「おい、俺こんな店入りづらいんだけど」

ミシェル「ミミたちのそばにいれば大丈夫だよ!」

八幡「だからそれもいやだって言ってんだろ…」

そんなことを言ってるとポケットの中でスマホが鳴りだした。ディスプレイに表示される名前を見ると「小町」とある。

八幡「悪い、ちょっと電話」

そばにいる2人に声をかけて、少し離れたところで電話に出る。

八幡「なんだ小町」

小町『おにいちゃん!いつもより電話出るの遅いから小町心配しちゃったよ』

八幡「お前は俺のヤンデレ彼女か。で、なに」

小町『いやぁ、そういえばおにいちゃんに今日のお土産をお願いするのを忘れちゃったな、と思って』

八幡「そんなことくらいメールで連絡すればいいだろ」

小町『でもおにいちゃん、メール見ないこと多いじゃん』

八幡「まぁ、確かに」

小町『せっかく神樹ヶ峰の女の子たちと遊んでるんだもん、小町にもその楽しさを少しでも分けてほしいしね!』

八幡「俺は振り回されているだけだ、で、何が欲しいの」

小町『話が早くて助かりますねぇ、小町は…』

ん?小町の声が聞こえなくなった。どうしたんだ?

八幡「おい小町、どうした」

すると別のポケットに入っている通信機が鳴りだした。こんなタイミングでかかってくるということはまさか…

八幡「はい、もしもし」

樹『あ、比企谷くん?大変なの、千葉駅付近で突然イロウスが大量発生しているの!』

八幡「マジですか…」

樹『それで、今比企谷くんの近くにミミと楓がいるはずよね?急いで3人には現場に向かってほしいの』

八幡「それは良いんですが、なんで俺が2人と千葉にいること知ってるんですか」

樹『ここ数日、あの2人その話ばかりするんですもの、嫌でも耳に入るわ。とにかく、事態は急を要します。すぐイロウスのところへ向かってください』

八幡「わかりました…」

そう返事をすると通信は切られた。

おいおい、なんでイロウスがこの千葉に出現するんだよ…でも不幸中の幸いか、こいつらがいるからな。まだなんとかできるかもしれない。

ミシェル「あ、先生!」

八幡「2人とも。かなりやばいことになった」

楓「イロウスが近くに現れたのですよね。今ワタクシたちのもとへ御剣先生から連絡が入りました」

八幡「なら話は早いな。すぐイロウスのところへ向かうぞ」

ミミ「ミミたちのお買い物の邪魔をするイロウスは許さないんだから!」

楓「それに一般の方々も大勢いますから、早く助け出さないと」

八幡「あぁ、そうだな」

千導院の言う通り、今は一般人の避難も考えなくてはならないだろう。そのためにもまず状況把握をしなくてはならない。

八幡「急ぐぞ」

楓、ミシェル「はい!」

本編2-11


俺たちが外に出てみると、まだ町の人たちに混乱している様子は見られなかった。

八幡「まずはどうやってここらへんから一般人を遠ざけるかだが…」

楓「ワタクシの家の者にやらせますわ。呼べばすぐ大勢の人が来ますから、彼らに任せれば大丈夫だと思います」

頼もしすぎるぞお嬢様パワー。

ミシェル「じゃあミミたちはイロウスを探せばいいんだね!」

八幡「あぁ、そしたら一般人の保護は千導院家の人に任せて、俺たちはイロウスの種類の特定と、大型イロウスの殲滅に向かおう」

楓「わかりましたわ」

八幡「それから、これからは一人一人別れて捜索しよう。大型イロウスを見つけたらお互いの通信機で連絡をすること。いいか」

ミシェル「わかった!」

八幡「よし、じゃあいこう」

こうして俺たちは別れてイロウスを探すことになったのだが、

八幡「時間がないとはいえ、俺1人になったのはまずかったな…」

こうして1人でイロウスを探して、もし出くわしたら逃げられる自信がない。今日は午前中から2人につき合わされて疲れているんだ。遅い小型イロウス相手でも危ないかもしれない。

ヒューン

と、突然何かが飛んできて、俺の前に小さなクレーターのような穴が出来た。

八幡「なに…?」

飛んできた方向を見ると、道の真ん中で植物のようなものがユラユラ動いているのが見えた。

八幡「あれが今回のイロウスか…」

あれは確か、シュム種だな。幸か不幸か小型イロウスは発生した場所から動かない。つまりあいつの射程距離外にいれば俺が攻撃されることはない。ここはまだ安全なはずだ。今のうちに2人にも伝えておこう。

八幡「俺だ。この付近に現れているイロウスはシュム種だ。2人とも、気を付けてくれ」

楓『わかりましたわ』

ミシェル『ミミやっつけちゃうよ!』

八幡「倒すのもいいが、最優先は大型イロウスの発見と殲滅だ。小型イロウスは少々ほっといてもそこから動くことはない。避難した人に害を与えそうなら倒してほしいが、それ以外は無視していい」

ミシェル『は~い』

八幡「それと、大型イロウスを見つけたらすぐに連絡してくれ。1人で戦うのはダメだ」

楓『もちろんですわ、では切りますね先生』

ミシェル『また連絡するね先生』

そうして通信は切れた。俺も大型イロウスを探さないといけない。倒せない分、せめて発見くらいはして役に立たないといけないだろう。

八幡「まずはあのイロウスを超えないと…」

自分とイロウスとの距離感を測り、息を整えてから

八幡「いざ…!」

猛ダッシュでイロウスの横を駆け抜け、種が飛んでこない距離までなんとか離れることができた。

八幡「あと何回こんなことやらなくちゃいけないんだ…」

シュム種相手でもめちゃめちゃ走るじゃん、やっぱイロウス討伐きつすぎる…

本編2-12


こうして俺は千葉駅周辺を走り回りながら小型イロウスの発生頻度を見ていく。

八幡「キツイ…」

すでにかなり体力を消耗してきている。だが俺が3人の中で1番ここらへんの土地勘を持ってるし、2人には危険な小型イロウスも倒してもらわないといけないから捜索は俺が率先してやらないといけないことだろう。

そうやって考えながら俺はなんとか大型イロウスがいそうな場所を絞り込んできたのだが、どうしても見つけることができない。

八幡「いったいどこにいるんだ…」

だが立ち止まって考えているとすぐに小型イロウスが出現してきた。

八幡「くそっ、また逃げなきゃ」

この数分、こうしてずっと通りをグルグル回っているのだが一向に姿を見ることができない。

ミシェル「あ、先生!」

さらに移動していると綿木に会った。

八幡「おう、大型イロウス見つけられたか?」

ミシェル「見つかんないよぉ~、絶対このへんにいると思うんだけど…」

八幡「そうだよな。だけどもうどこにもいないぞ…」

大型イロウスだからすぐに見つかるような大きさだとは思ったんだが違うのか。もっと細い路地も探す必要があるな。仕方ない、この道を入ってみるか。

八幡「ん?おかしい」

ミシェル「先生どうしたの?」

八幡「この道は向こうの大きな道まで続いてるはずなんだが、途中で何かが邪魔している」

ミシェル「ほんとだ~」

八幡「……まさか」

ミシェル「先生?」

俺は行き止まりまで走っていき、一瞬その行き止まりに触れ、また綿木のもとに戻ってきた

八幡「綿木、あの行き止まりが大型イロウスだ」

ミシェル「むみっ、アレが??」

八幡「そうだ。路地の中で隠れてて一部しか見えてないんだ。だから全体像をイメージして探してた俺らには発見できなかったんだろう」

ミシェル「よーし、じゃあミミやっつけてくる!」

八幡「おい待て。千導院が合流してから攻撃しないと、やられるだけだぞ」

ミシェル「むみっ、そうだった。楓ちゃん呼ばないと!」

本編2-13



楓「つまり、大型イロウスはあの路地の中にいるということですか?」

八幡「そうだ。だが、まずはあいつを路地の中から大通りにおびき出さないといけない」

ミシェル「どうして?」

八幡「そもそも全体が見えてないとどうにもならないだろう。それにあいつは自分のツタを使って、俺たちの真下から攻撃を仕掛けてくる。見えてないと対処のしようがないだろ」

ミシェル「なるほど」

楓「ではどうやって大型イロウスを大通りに誘い出すのですか?」

八幡「それなんだが、ガンなどの遠距離攻撃が出来る武器を使い、なるべく大通りに近いところから攻撃をして注意をひきつけていくしかないだろうな」

楓「そうですわね」

八幡「そして大通りに誘い込めたらソードで一気に倒してしまおう」

ミシェル「わかった!」

八幡「よし、じゃあ始めるぞ」

楓、ミシェル「はい!」

こうして2人は俺の指示通り、ガンで狙えるギリギリの距離から攻撃を始めた。

楓「さぁ、こっちへ出てきなさい!」

ミシェル「ミミの攻撃をくらえ~!」

だが、攻撃をはじめてすぐに、2人の真下からツタが出てきて反撃されてしまう。

楓「あぁっ」

ミシェル「大丈夫、楓ちゃん?」

楓「えぇ、まだいけますわ。でもあのイロウス、ワタクシたちを正確に攻撃してきましたわね」

ミシェル「どうしよう、やっぱりこのまま路地に入っていくしか、」

八幡「いや、それだとイロウスの攻撃を避けられない。なんとかして広い場所へ誘い込まないと」

楓「でも今のままではどうしようもないですわ」

さっきの作戦ではダメだったか。あんなに2人のことをうまく攻撃してくるとは想定外だった。もっと慎重にいかなければ。

八幡「そういうことなら、こっちは動き続けながら撃っていこう」

ミシェル「動き続けながら?」

八幡「止まって攻撃していると、どうしてもツタの標的にされやすい。だから動き続けながら攻撃することで、こっちの居場所の把握を困難にさせておびき出すんだ」

楓「わかりました、やってみますわ」

八幡「だが、やみくもに動いたらダメだ。この大通りからは外れないように、『こっちにいるんだ』とイロウスに悟らせるんだ」

ミシェル「わかった!」

本編2-14


楓「はぁっ」

ミシェル「やぁっ」

2人は指示通りに走りながら大型イロウスを打ち続けていく。ときおりツタが地中から出てくるが、動いている2人には当たらない。

八幡「まだか…」

かなり動きながら打ち続けているために、俺たちはかなり疲労していた。というか、俺がただ単純に疲れてるだけなんだが…

とその時、突然地面が大きく揺れだした。

八幡「これは」

楓「きますわね」

ミシェル「むみぃ~」

大通りの地面が大きくヒビ割れ、大型イロウスが姿を現した。

八幡「デケェ…」

顔の半分以上が口だし、そこから俺の背と同じくらい長い舌が気持ち悪く動いている。ツタはもっと長くて、俺の背の数倍はありそうだ。それが5本くらいウネウネしている。

ミシェル「ここからが本番だね!」

楓「いきますわよミミ!」

そう言って2人がガンで攻撃し始めると、大型イロウスの口が大きく開いて、そこから紫色のガスが出てきた。

ミシェル「うわぁー!」

楓「きゃっ」

八幡「大丈夫か??」

少し離れたところにいた2人だが、ガスがかなり広範囲に広がってきたために、当たってしまった。

楓「一応は大丈夫ですが」

ミシェル「むみぃ、なんだか体力が減っている気がするよ…」

八幡「毒か…」

毒状態になるとどんどん体力が削られていってしまう。このまま遠距離からチマチマ攻撃していてはこっちの体力がなくなってしまうだろう。一か八か短期決戦に持ち込むしかない。

番外編「みきの誕生日前編」


八幡「そっちのトマト取ってくれ」

みき「これですか?」

八幡「あぁ、サンキュ」

俺は星月に取ってもらったトマトを使いサラダを作り、隣では星月がフライパンで食材を炒めている。

今、俺たちは家庭科室で2人、料理を作っている。なぜそうなったかというと……


数十分前、教室

みき「先生!今から時間ありますか?」

八幡「あ?時間はないぞ。俺は今から帰って、溜まっているラノベやアニメを消化しないといけないんだ」

みき「つまりヒマってことですよね?それじゃあ私に付き合ってください!」

八幡「話聞いてた?俺ヒマじゃないんだけど」

みき「先生、今日何の日か知ってますか?」

八幡「お前の誕生日だろ?昼にクラスで祝ったじゃないか」

みき「そうです!そんな私のお願いを、先生は聞いてくれないんですか?」

そう言って星月は顔を赤らめながら、大きな目を潤ませて俺を見上げてくる。

八幡「わかったよ、聞くよ…」

そんな顔されたら断れるわけないじゃないかよ…

みき「ホントですか!?そしたら家庭科室に行きましょう!」

八幡「え、今なんて言った?」

こいつの口から聞こえてはいけない場所の名前が聞こえた気がしたんだが…

みき「家庭科室ですよ!これから私が腕によりをかけた料理をふるまうので、それを先生に食べてもらいたいんです!」

八幡「いや、普通誕生日の人は作ってもらうものじゃないのか?」

みき「私は誕生日だからこそ作ってあげたいんです!ほら先生、早く行きましょう!」

俺はこうして強引に星月に引っ張られて家庭科室に連行されてしまった。すでに中には星月が準備したと思われる食材と調理器具が並んでいる。いくつか怪しいものが見えた気がするが、気のせいだと思いたい。

みき「♪~」

星月はというと、制服の上からこれもまた準備してきただろうエプロンをつけている。うん、やはり制服エプロンは素晴らしいですね。制服だけ、エプロンだけ、だとそんなでもないのに、制服エプロンになると一気に背徳感が増したように思うのは気のせいですか?

八幡「で、何作ってくれるの」

みき「今日は私の特製オムライスを作ります!」

オムライスなら別に俺も嫌いではない。むしろ好きな部類に入るのだが、いかんせんこいつの「特製」オムライスになると話は別だ。全力で避けなければならないものである。だが、今日はもう付き合うと宣言してしまった以上、退くことは許されない。ならばせめて自分の傷が最小限になる道を進まなければ。

八幡「わかった。だがお前だけに料理させるのも何か申し訳ない。俺も一緒にやる」

みき「先生料理作れるんですか?」

八幡「まぁ、簡単なものならそれなりに作れる。一応お前の誕生日だしな。少しは協力させてくれ」

みき「先生がそう言うなら。是非お願いします!」

八幡「おう」

よし、なんとかこっちの誘導に乗ってくれたな。これでこいつが余計なことをしないかどうか見張りやすくなった。

ピーピー

みき「あ、ごはんが炊けました!わぁ、おいしそう。先生、これ見てください!」

八幡「ん。ん?ナニコレ」

みき「ごはんに決まってるじゃないですか!」

八幡「これが、か?」

炊飯器の中には何故だか黒いご飯が湯気を出している。百歩譲ってオムライスだから赤いごはんなら納得できるが、黒って何?

番外編「みきの誕生日後編」


みき「よし、そしたらフライパンで先に他の食材を炒めないと」

星月は食材の山からウインナーとピーマンをとってくる。いったいこいつは何を作ろうとしているんだ…せめてお腹に優しいものを作らなければ。

八幡「星月、俺はサラダを作るから野菜を取ってくれ」

みき「野菜ですか?」

八幡「そっちのトマトをとってくれ」

みき「これですか?」

八幡「あぁ、サンキュ」

あとはテキトーにレタスやキュウリやなんかを盛りつければいいだろう。

みき「さぁ、そろそろ卵を焼きますよ!」

先ほど炒めたウインナーとピーマンを黒いご飯と混ぜ合わせた星月は卵をボールに入れて素早くかき混ぜている。

八幡「手際良いな」

みき「料理は練習してますから!お菓子もよく作って遥香ちゃんや昴ちゃんに食べさせてますし」

そう言いながら星月はフライパンに卵を流し込んでいく。でも星月の作ったお菓子を食べるなんて味覚音痴の成海はいいにしろ、若葉はかわいそうだな。ナマンダブナマンダブ。

みき「そろそろ完成ですよ!」

フライパンで卵がいい感じに半熟になったのを確認して、黒いご飯を包むように乗せていく。

みき「仕上げに」

星月はケチャップで大きくハートを書いて満足げに頷く。

みき「さ、先生。特製オムライスの出来上がりです!熱いうちに食べてください!」

八幡「あ、あぁいただきます…」

とりあえず一口食べてみるか。いざ、参らん!

八幡「…うまい」

みき「やった~!」

八幡「正直、おいしくないと思っていたが、ほんとにうまい」

みき「えへへ。な、なんか新婚さんみたいですね。2人で料理して一緒に食べるなんて…」

八幡「ごふっ、げほげほ」

みき「だ、大丈夫ですか先生?これ水です」

八幡「ぷはっ。いきなり変なこと言うんじゃねえよ。むせちまったじゃねえか」

みき「ご、ごめんなさい…」

そんなこんなしていると、俺たちはオムライスを食べ終えた。

八幡「御馳走さん」

みき「先生。私、先生がおいしそうに私の料理食べているところ見るの好きなんだって気づいちゃいました…」

八幡「え?」

みき「で、できれば、毎日こうしてそばで見てみたいなって思います…」

そう言う星月の顔はケチャップ並みに真っ赤になっている。

八幡「…」

みき「あ、私、何言ってるんだろ、あ、あの、今の発言に他意はないといいますか、深い意味で言ったわけではなくて、でも軽い意味でもなくて、」

八幡「あの、」

みき「あぁ!私用事思い出したので帰りますね!さようなら先生!」

言うや否や荷物をもって星月は廊下へ飛び出していった。片付けの終わってない状況に残されたのは俺1人。あんなことをあんな顔で言われて今さら追いかけることなんてできるはずもない。自分で言っといてあの反応はないだろ。言われた俺もめちゃくちゃ恥ずかしんですけど。

八幡「はぁ。片付けるか…」

以上で番外編「みきの誕生日」終了です。みき、お誕生日おめでとう!

キッチンみきのカードは手に入らなかったので妄想100%で話を考えました。オムライスはサイトに載っているレシピをそのまま使いましたが、実際に作ってはないので今度やってみたいです。

本編2-15


未だイロウスに攻撃を続けている2人を一旦近くに呼び戻した。

八幡「このまま時間をかけていると俺たちがやられちまう。だからこれから一気に勝負を付けたいと思う」

楓「確かに早めにどうにかしなければなりませんわね」

ミシェル「そしたらソードでどんどん斬っていくしかないよね!」

八幡「それはそうだが、無闇に突っ込んでもあのツタにやられるだけだ」

ミシェル「むみぃ…じゃあどうするの?」

八幡「あのイロウスのツタは数こそ少なくないが、全て同じ行動をする。だからその隙を突く」

楓「具体的にはどのようにするのですか?」

八幡「まずは遠距離から攻撃を仕掛けて地下にツタを潜らせる。ツタが地下から出てきた瞬間に無防備になった大型イロウスに接近してソードで攻撃だ」

ミシェル「でもでもソード使ってもすぐには倒せないと思うけど」

八幡「なるべく大型イロウスの後ろから攻撃を加えてくれ。あいつは見えてる前方への攻撃パターンは豊富だが後ろや横に攻撃することはない」

楓「なるほど、背後を取っている限りこちらに攻撃はこないということですわね」

八幡「そうだ。もうお前たちは少しのダメージも許されない。絶対に失敗しないでくれ」

楓「任せてくださいまし」

ミシェル「ミミたちのお買い物を邪魔したイロウスは絶対倒すんだから!」

八幡「頼む」

楓「じゃあミミ、いきますわよ!」

ミシェル「頑張ろうね楓ちゃん!」

本編2-16


千導院と綿木はお互いに気合を入れてから、改めて大型イロウスに立ち向かう。

ミシェル「まずはミミたちのほうにツタをおびき寄せるんだよね」

楓「えぇ、もうしばらくの辛抱ですわ」

八幡「2人とも、そろそろ来るぞ!」

そうこうしていると、大型イロウスがツタを高く挙げて、地中へ潜らせた。そして、

八幡「今だ!」

ミシェル、楓「はい!」

ツタが地上へ出てきたことを合図に、2人は全速力で大型イロウスに突っ込んでいく。

楓「ミミは右へ!ワタクシが左に回り込みますわ!」

ミシェル「わかった!」

そうして2人は左右に分かれて大型イロウスと間合いを詰める。

楓「さぁ、ミミ、ここからが勝負ですわよ!」

ミシェル「うん!」

2人は武器をシュム種に有効なソードに変更し、ダメージを与えていく。

楓「はぁっ!」

ミシェル「やっ!」

よし、2人の攻撃はかなり効いてそうだ。予想通り大型イロウスは横や後ろからの攻撃には対応するのに時間がかかるみたいだし、このままいければ勝てそうだ。

ヒューン

ん、なんだ?何か後ろから飛んできたような…

八幡「ま、まさか」

恐る恐る後ろを振り返ると小型のイロウスがうじゃうじゃ地中から生えだして、俺に向けて種のようなものを飛ばしてきている。幸い、コントロールが悪く俺には当たらなかったが、このままここにいるとやばい。確実に死ぬ。

八幡「逃げなきゃ…」

俺はイロウスから逃げるように走り出した。綿木も千導院も大型イロウスと戦っている今、俺のことを守ってくれる人はいない。自分の体は自分で守らないといけない。

まずはイロウスに見つからないように細い路地に入って時間を稼ぐ。イロウスは俺たちのことを認識しない限り攻撃はしてこない。ならばイロウスの視野から外れることが一番の防衛策だろう。

八幡「さながらリアル鬼ごっこだな」

俺は佐藤でもないし、なんならろくに名前も覚えてもらえない存在だが、今のこの状況はあのデスゲームと同じような感じがする。だけど主人公の佐藤翼って陸上部の設定だったよな。引きこもり高校生の俺が逃げ切れるんだろうか…

って何考えてるんだ俺は。疲れと緊張で頭が混乱しているようだ。こういう時こそ冷静に、だ。イロウスと戦っている2人のためにも、このぼっち歴17年で鍛えた頭を使って絶対逃げ切ってやる。

番外編「桜の誕生日前編」


ひなた「桜ちゃんお誕生日おめでとう!」

サドネ「おめでとう!」

桜「ありがとう」

ひなた「ほら先生も!」

八幡「あぁ、おめでとう…」

今は昼休み、1人で気楽なランチタイムを過ごそうと思っていたら、南とサドネに捕まってしまい、学校の中庭で藤宮を入れて4人で飯を食べている。そこ、今は春休みなんじゃないの?とか余計な詮索はやめてくれ。

八幡「てか俺がここにいる必要ないだろ。3人でご飯食べればいいんじゃねえの」

ひなた「3人じゃだめだよ!チームが組めないじゃん!」

八幡「チーム?」

サドネ「えへへ、ヒナタと2人でサクラを楽しませることを考えたの」

桜「ほぉ、それは楽しみじゃな」

ひなた「でしょ!?で、せっかくだから先生も入れて2対2で遊ぶゲームをしようと思ったの!」

八幡「いや、その理屈はおかしい」

桜「はは、もう諦めろ八幡。今日はわしらと一緒に遊んでおくれ」

くっ、藤宮にこう言われたら断れない。ま、ちょっとくらい付き合ってもいいか。どうせ食べ終わっても寝るだけだし。

八幡「わかった。で、何するの」

ひなた「それはね~、バドミントンだよ!」

八幡「は?なんで?」

サドネ「だってサドネ、バドミントンやったことなかったからみんなとやってみたかった」

ひなた「ひなたも!」

な、なんてテキトーな考え…普通藤宮のやりたそうなことをやるんじゃないの?あ、でも藤宮のやりたいことって昼寝とかそういうものか。俺はいいけどこの2人はぜったいやりたくないだろうな。

桜「ほぉ、ではわしは八幡と組むかのお。ひなたにサドネ、手加減はせんぞ」

あれ、意外と藤宮がやる気になってるな。いつもなら自分から運動をするなんてありえないのに。

ひなた「よーし、こっちだって負けないよ!」

サドネ「がんばろう、ヒナタ!」

桜「ほれ八幡、早くラケットをもって準備せい」

八幡「あ、あぁ」

ということで、バドミントンが始まったのだが、

ひなた「やぁ!」

サドネ「あ、あ、えぃ!」

南は持ち前の運動神経ですぐコツを掴み、時には強力なショットを打ってくる。サドネもまだ不安定だが、ラリーをするには問題ないレベルである。だが、

桜「むぅ…」

聞くだけでなんでも覚え、見ただけでダンスを完璧に踊る藤宮がまったくラケットにシャトルを当てることが出来ていない。

桜「ん?なんじゃ八幡。わしの顔になにかついとるのか」

八幡「いや、別になにもついてないけど…」

おかしい…いつもの藤宮ならいやいやながらやりながらも圧倒的な力を見せつけるはずなのに、今はその真逆だ。

桜「はぁ、はぁ…」

息も上がってるし、よく見たら顔も赤い。

八幡「なぁ藤宮、どうした?いつものお前らしくないぞ」

桜「何言っとるんだ。わしはいつだってわし…」

そう言いながら、藤宮はその場に倒れこんでしまった。

番外編「桜の誕生日後編」


桜「ん」

八幡「おう、起きたか」

桜「は、八幡?ここは…」

八幡「保健室だ。お前俺らの前で倒れたからな。急いでここまで運んで来たんだ」

桜「そうだったのか、迷惑をかけたのお。ひなたとサドネにも謝りたいのじゃが」

八幡「もう放課後だからな、2人も心配してたが先に帰らせた。明日にしとけ」

桜「そ、そんなにわしは眠っておったのか…」

八幡「まぁな。それより、昼休みはなんか様子がおかしかったよな、大丈夫か?」

桜「うむ、横になって寝ることが出来て体調も戻った感じじゃ」

八幡「そうか、ならよかった。でもなんで体調良くないのにバドミントンなんてやったんだよ」

桜「ひなたもサドネもわしのことを楽しませようと考えてくれたのじゃろ?そんな2人の好意を無駄にしたくはなかったんじゃ」

八幡「そうか…」

こいつ、周りの人のことをきちんと考えてるんだな。俺の中一の時とは比べ物にならないくらいしっかりしてる。

八幡「てかそもそもなんで体調悪くなったんだ?昨日はなんともなかったよな」

桜「…なかったのじゃ」

八幡「え?」

桜「た、誕生日が楽しみで寝られなかったのじゃ!」

え、うそ?そんな子供っぽい理由?

八幡「くく…」

桜「わ、笑うな!わしも恥ずかしいのじゃ!」

八幡「いや、お前は普段がしっかりしすぎてるからな、そういう子供っぽいところがあってもいいんじゃないか?くく…」

桜「笑うなと言ったろう!もういい、わしは帰る」

八幡「悪かったって」

桜「ふん、どうせわしは子供じゃよ」

むすっとしながら藤宮はベッドから起き上がって制服を整えている。

桜「そういえば先生」

八幡「ん?」

桜「さっき、今は放課後と言っておったが、もしかしてずっとそばにいてくれたのか?」

八幡「…まぁ、午後の授業は実技だったから俺出なくてよかったし、保健室の先生は出張でいなかったからな、それに…」

桜「それに?」

八幡「目の前で見てたのに体調悪いことに気づかなかった責任もあるから、せめて起きるまでは見てようかと…」

そう、仕方なくだ。俺の目の前で倒れられて、「運びました。じゃあ帰ります」っていうのも後味悪いし。

桜「…そうか」

藤宮は出入り口まで歩いたが、ドアに手をかけたままでじっとしている。

桜「先生、わしは今日寝てしまっておったが、いい誕生日だったぞ、ありがとう」

振り返った藤宮は年ごろの女の子が見せる明るい笑顔でそう言い残し、ドアを開けて帰っていった。

1人残された保健室の窓の外を見ると、もう外は暗くなりかけている。春分の日を過ぎ、日の入りも遅くなってきたことを考えると、かなり長い時間俺は藤宮に付き添っていたようだ。だけどまだ外は寒い。あいつ1人で大丈夫かな。

八幡「心配だし、近くまで送るか」

俺は保健室を出て急いで藤宮を追った。

以上で番外編「桜の誕生日」終了です。桜誕生日おめでとう!なんか桜のキャラがブレブレですけどそこは許してください。

今さらながら、後編で桜が八幡を「先生」と呼んでいるのはミスです。
大事なセリフをミスってしまった。ごめんなさい桜。

本編2-17


小型イロウスよりも遠く離れた位置にいれば俺が攻撃されることはないはず。だったらまずはひたすら遠くへ逃げればいい。ならこの千葉駅から離れることがベストなんだが、そうすると俺はあいつらを置いていくことになる。こんな戦いの場で女の子2人、曲がりなりにも自分の生徒を置いていけるほど俺は腐っていない。

だとすると俺はあの大型イロウスを視界に入れられる場所にいなければならない、かつ小型イロウスからは隠れられる場所を探す必要があるのだが、果たしてそんな好都合なところがあるのだろうか…

ヒューン

八幡「おわっ」

やばい、小型イロウスの数がだんだん増えてきている。早く何とかしないと。なにかいいところは、

八幡「あ、あった」

そうだ。ここらへんにはいくらでもあるじゃないか。都合のいいところが。

八幡「ここだ!」

俺は急いでとあるショッピングモールの中へ逃げ込んだ。

そう、別に外にいなくてはいけないなんてことはなかった。他のイロウスとは違い、移動をしてこないシュム種相手ならいったん隠れてしまえば攻撃されることはない。それにここからなら窓から周りの状況がある程度は把握できる。万全を期して2階に上がっておくか。

カツンカツン、カツン

なにか一階で音がするな。なんだ?

窓から離れて1階を覗いてみると、小型イロウスが外から種をまき散らしていたのが見える。だけどあの位置からだと俺には絶対届かない、よね?

カツンカツン

それにしても種が散らばるな。何がしたいんだイロウスは。

ピキッ、グググ

え、まさか、嘘だろ?なんで種からイロウス出てくるの?一瞬で小型イロウスの大きさになっちゃうし、

ヒューン

俺の居る方へまっすぐ種を飛ばしてきた。ということは、種で増殖しつつ俺のところまで到達しようとしているのか。

八幡「やばい…」

このままここにいたら巨大な密室空間に閉じ込められることになってしまう。すぐにここを出なければ。目の前の出入り口はイロウスに封鎖されているから別のとこを使わなきゃ。

八幡「てかなんで俺ばっかり狙われるんだよ…」

まぁ周りに他の人はいないからですよね、ほんとみんな避難出来てよかった。千導院家の人には感謝しないと。

で、外に出たのはいいけどいったいどこに行けばいいのか。建物の中入ってもまたこんな状況になったら意味ないし。いや、道は一つしかなかったですね。

八幡「右しかない」

だって左側イロウスがうじゃうじゃいるのが見えたんだもん、もうこっちしかないよね。

八幡「ってやば」

正面にイロウスがいるのが見えた。次の角を左に曲がらないと。

八幡「ま、またかよ…」

今度は正面と左にイロウスが見えた。今度は右に曲がらないと…

八幡「あれ、この道ってもしかして」

イロウスに追い立てられながら走った先に見えたのは、大型イロウスの姿と、それと戦う2人だった。

ミシェル「先生!」

楓「ど、どうなさったのですか?」

八幡「はめられた…」

俺は逃げていたんじゃなく、逃がされていた、そしてまんまとこの場所へ戻されたわけだ。くそっ、頭使って逃げるどころか逆にイロウスに捕まっちまったじゃないか…

本編2-18


八幡「いや、まぁ、小型イロウスから逃げようとしてたんだが、ちょっとな…」

ミシェル「?」

綿木は何が何だかわからない様子で首をかしげている。

八幡「そんなことより、大型イロウスをなんとかしないと」

楓「あれ?」

八幡「どうした千導院」

楓「いえ、先生がいなくなってからはしばらく小型イロウスは見なかったのですが、またチラホラ向こうの方に姿が」

ミシェル「あ、ほんとだ」

見渡すと確かにどの方向にも小型イロウスがうごめいているのが見える。多分、俺が連れてきましたゴメンナサイ。

八幡「このままだと挟み撃ちにされるぞ」

楓「ミミ、今こそスキルを使うときですわ!」

ミシェル「そうだね楓ちゃん!ミミに任せて!」

八幡「スキル?」

楓「ミミのスキルは広範囲にダメージを与えられるんですの」

ミシェル「いっくよー『フル♪フル♪ラビッツ』!」

綿木がスキルを発動させた瞬間、彼女の周りにウサギのぬいぐるみが現れ、それと一緒に綿木は踊り出す。すると上空から大量のウサギがイロウスの居る方向へ降り注いでいく。当然、俺たちのいるところにも降ってくる。

八幡「やべえ、当たる…」

俺はその場でしゃがみ込み頭を抱えて防御態勢をとる。が、ぬいぐるみは見事に俺をスルーしていく。

楓「先生、何やってるのですか…」

八幡「いや、俺にも当たるんじゃないかと思って…」

ミシェル「スキルはイロウスしか攻撃しないから先生は大丈夫だよ!」

八幡「そ、そういうものなのなのね」

できればもっと早くそのこと教えてほしかったなぁ。まぬけな姿晒しただけじゃん…

八幡「で、スキルの効果は?」

ミシェル「見てのとおり、小型イロウスは全滅だよ!」

確かに、ぱっと見小型イロウスは視界には入らない。

八幡「上出来だ綿木。あとは大型イロウスだけだな」

できればこの流れのまま一気に倒してしまいたい。時間をかけるとまた小型イロウスが湧いてくるかもしれない。

楓「先生、今度はワタクシがスキルを使いますわ」

本編2-19


楓「『クルーエルスクラッチ』!」

千導院はスキルを唱えると、大型イロウスに向かって素早く近づいてまるで切り裂くかのように攻撃を加える。大型イロウスはまともに攻撃を受けたためにその場に崩れ落ちるように倒れた。

楓「ふぅ、これで大型イロウスも討伐できましたわ」

ミシェル「やったよ楓ちゃん!」

楓「ミミが周りの小型イロウスを倒してくれたおかげで、ワタクシは大型イロウスに攻撃を集中できたんですのよ」

なんとか倒せたか。今回も疲れたなぁ、なんもしてないけど。

八幡「2人ともお疲れさん」

俺の声に反応して2人がこちらへやって来るが、その背後でゆっくりと大型イロウスのツタが動いているのが見えた。

八幡「伏せろ!」

だが俺の叫びは2人には届かない。こうなったら強硬手段だ。

八幡「うおお」

イロウスのツタもかなり2人に迫っている。だがこの攻撃を体力が無い2人が受けるとヤバい。もう体ごと突っ込んで2人を抱え込んで回避するしかない。一度回避できれば、まだ戦えるかもしれない。

八幡「間に合え!」

俺は2人を両腕で抱きかかえて、そのままの勢いで横へ跳びのいた。間一髪間に合ったが、今の衝撃で俺はもちろん、2人も体を強打してしまった。

ミシェル「いたた」

楓「な、なにが起こったんですの」

八幡「まだ大型イロウスは動けてて、今、ツタが後ろからお前らに向かってたんだ」

楓「では先生はワタクシたちを助けるために…」

八幡「あぁ、だけど一回しか助けてやれそうにない。もう俺は動けないし、2人も限界だろ」

ミシェル「でも、限界とか言ってられないよ!なんとかしなきゃ!」

楓「そうですわ!」

八幡「やめろ、今のうちに逃げろ…」

2人は今にも倒れそうにふらふらになりながらもイロウスと対峙する。

ミシェル「今、ミミたちが逃げるわけにはいかないの!」

楓「だってワタクシたちは星守だから!」

そう言って構える2人に向かって大型イロウスのツタが襲いかか、

らなかった。2人の目の前でツタは落ち、そのまま大型イロウスとともに消えていった。

ミシェル「消えた…」

八幡「なんでだ?」

楓「もしかして、ワタクシのスキルでイロウスは猛毒にかかっていたのかもしれませんわ」

八幡「猛毒?」

楓「えぇ、スキルの攻撃自体ではダメージが足りませんでしたが、猛毒を与えることには成功できたようで、そのダメージで倒せたんだと思いますわ」

ミシェル「楓ちゃんのスキルが猛毒を与えるもので助かったね」

八幡「あぁ。だな」

大型イロウスから毒をくらってピンチだったのに、最後は逆に猛毒で倒すとはな。ちょっと思うところがあるな。

楓「今連絡がありまして、周囲の小型イロウスも消滅したらしいですわ」

ミシェル「よかった~、ミミたち勝ったんだ!」

2人は抱き合って喜んでいる。その笑顔をなんとか最後は守れたのはよかったけど、今は俺のことも気にしてほしいなぁ。もう全身痛くて動けないから早く助けて。


そういえば回復や支援効果付きのスキルは八幡にも効くんかな?

本編2-20


千葉で壮絶な戦いを繰り広げた(綿木と千導院が)次の日の朝、やっと俺は待ち望んだ平和な休日を家で堪能していた。

プルルル

小町「はいはい、今でますよーっと」

こんな朝早くに電話か、珍しいな。

小町「もしもし、あっ、いえ、こちらこそお世話になってます。え、はい、大丈夫です!はい!お待ちしてます!」

そう言って小町は受話器を置いて、俺に不敵な笑みを浮かべながら話してきた。

小町「おにいちゃん、急いで出かける支度して」

八幡「え、なんで。今日は家から一歩も外出ないぞ。たとえ小町の頼みでも」

小町「いやぁ、小町の頼みじゃないんだよなぁ。とにかく急いで!来ちゃうから!」

八幡「誰が、」

その時、ピンポーンと玄関のベルが鳴った。

小町「ほらおにいちゃんがもたもたしてるからもう来ちゃったよ!今ドア開けまーす!」

小町が小走りで玄関のドアを開けると、いつぞやの千導院家の黒スーツ軍団が乗り込んできた。

黒スーツ「さ、比企谷先生。楓お嬢様とミシェルさんがお待ちです。すぐに千葉駅までご同行願います」

やだ!小町助けて!と小町をすがるような思いで見つめると

小町「あ、兄は強引に連れてってくれて構いませんので、力ずくで連れ出してください」

黒スーツ「わかりました」

小町、兄への扱いが虫けら同然なんだけど?それにスーツの人、小町の意見わかっちゃだめでしょ。なんていう心の叫びは聞こえるはずもなく、ましてや抵抗などできないまま、俺は車に乗せられた。うん、犯罪を犯して逮捕された人が移送されるときってこんな感じなんだな。なんて思っていると車は千葉駅に到着した。

黒スーツ「さ、比企谷先生、お降りください」

最後だけやたら丁寧に車を降ろされると、遠くから2人の少女が走り寄って来た。

楓「先生!遅いですわよ!」

ミシェル「ほら早く行こ!」

八幡「どこにだよ、つかなんで俺は強制連行されたんだ」

ミシェル「昨日のお出かけの続きだよ!まだショッピングセンター全部回れてないし!」

楓「それに昨日の所以外のおいしいラーメン屋も連れてってくれると言ってくれたではありませんか」

八幡「え、いや、確かに言ったし、言ってたのも聞いてたけど、今日やるの?」

楓「当たり前です!昨日イロウスに邪魔されて不完全燃焼だったのですから」

ミシェル「だから今日はほんとに1日中、3人でお出かけするの!」

こう、中学生ってほんと元気だな。昨日の疲れなどまるでないかのように、ましてやイロウスが出現した場所にも関わらず楽しそうにしている2人をちょっと尊敬した。

八幡「はぁ、わかったよ、行けばいいんだろ行けば」

ミシェル「やった!」

楓「では早速買い物から始めましょ!」

八幡「おい、昨日のショッピングセンターはこっちだ。勝手に行動するな。はぐれるぞ」

勝手にどっかに行こうとする2人に俺は声をかけた。すると2人はこっちへ戻ってきてから俺の両脇に密着する。

ミシェル「なら先生とくっついてれば大丈夫だね!」

楓「ワタクシたちの引率、お願いしますわね先生」

暑い苦しい歩きずらい恥ずかしい。でも

八幡「今だけな」

口に出した言葉はそのどれでもなかった。

以上で本編2章終了です。次は番外編投下します。

>>263一応八幡はただの人間なのでスキル効果はかからないつもりで書いてます。後になって変えるかもしれませんが。

番外編「合宿所①」


八幡「合宿所の見回り?」

樹「えぇ、ここ最近忙しくて私たち教員の目が行き届いていないのよ。だからお願いできない?」

八幡「別にいいですけど、俺行ったことないんですよね合宿所」

樹「学校の敷地内にあるし、ここからそんなに遠くないわ」

八幡「はぁ、てかなんのためにあるんすか、そこ」

樹「一応、星守たちのためにって建てられたけど、全然使われてないのよね。設備自体は今でも時々追加されてるからかなりいい施設なのだけれど」

八幡「へぇ」

ま、今は使われていない、しかも見回りだけっていう仕事なら楽そうだな。なんならこれをダシにして雑務をサボることもできそうだな。

八幡「ま、そういうことならとにかく行ってみましょうよ。早く行くことに越したことはないですし」

樹「そうね。では行きましょうか」

そうして歩くこと十数分、それらしき建物が目に入ってきた。

八幡「けっこうきれいですね」

樹「えぇ、建てられたのはかなり最近だから」

八雲先生はポケットからカギを出してドアを開けると俺に中に入るよう促す。

八幡「失礼します」

中は暗く、がらんとしていて人の気配はない。すぐ右手には上と下に続く階段とミーティングルームがあり、左手にはトイレや風呂などがあるようだ。奥に進むと4つのドアがある。これがここに泊まる人の部屋だろう。

八幡「かなりしっかりしていますね」

樹「2階もすごいわよ」

八雲先生に促され2階に上がってみると、すぐのところに大きな遊戯室があり、その向こうには音楽室、そして1階と同じように部屋のドアが4つ見える。

八幡「すげぇ」

樹「極めつけは地下のフロアよ」

これよりすごい設備があるのか?いったいなんだろうか、と少しワクワクしながら階段を下りてみた先に広がっていたのは大きなプールだった。

八幡「なんなんだこの施設…」

使わないのがもったいない。使わないなら俺がここに住みたいくらいだ。ここに住めば学校近いから遅くまで仕事できるしな。…はっ、今の俺の思考回路、完全に社畜のそれだった。まさか八雲先生、俺を社畜に洗脳しようとここに…

樹「うん、特に異常はないわね」

八幡「まぁどこも埃っぽいですけど」

使われていないためか掃除はされていないのでかなり汚い。拭いたり掃いたりすれば落ちそうな汚ればかりだが。

樹「それもそうね。あ、そうだわ。比企谷くん、せっかくだからここの掃除、お願いしてもいいかしら」

八幡「え」

樹「星守クラスの子たちにも協力してもらうから。もともとあの子たちの合宿所としてここは建てられたのだし」

八幡「なら別に俺がやらなくても、あいつらにやらせれば、」

樹「ダメよ。比企谷くんはあの子たちの担任なんだから。掃除監督として、お願いね」

これはもう断れるものじゃないな。ならさっさとテキトーに終わらせて帰るとするか。

樹「あ、任せたとは言ってもしっかりやってるかどうか確認には来るから、サボろうなんて思わないでね」

八幡「ももも、もちろんですよ」

やべ、この人俺の心の中読んでるの?

樹「なんでそんな慌ててるのよ。とにかく、頼んだわ」

八幡「…はい」

さて、どうしたものか。

番外編「合宿所➁」



次の日、朝のHRで合宿所の掃除についてみんなに話すことにした。

八幡「昨日、八雲先生と合宿所に行ったんだが、予想外に汚くてな。今日の放課後に掃除をすることになった。星守クラスのための合宿所みたいだから、俺たちで掃除するぞ」

俺がこう言うとところどころから不満の声が上がってきた。

ひなた「ひなた掃除きらーい」

うらら「うららたちが汚くしたわけでもないのに、なんで掃除やらなきゃいけないのよ」

あんこ「今日の夕方からイベント走らなきゃいけないんだけど」

うんうん、みんなの不満はよくわかる。だが、そんなことで俺はお前らを自由にはしない。面倒な仕事はなるべく分担して早く済ませるのが俺流。悪いが犠牲になってもらうぞ。

明日葉「みんな、そんなこと言うな。私たちのために学校が建ててくれた合宿所だ。これを機に一度しっかりきれいにしよう」

みき「明日葉先輩の言う通りですよ!」

よしよし、ナイスアシストだ楠さん、星月。

昴「でもアタシたちで掃除しても、使わないんじゃ意味ないよね」

楓「そうですわね。学校の施設なら千導院家の人を使って管理させるのも無理ですし」

八幡「確かに…」

掃除をするのはそこを綺麗に保つ必要があるからだ。だが合宿所はこれまで使われていない。だったら汚いままでもいいのかもしれない。別に汚いことで迷惑は掛かってないわけだし。

蓮華「ふふ、先生、それなられんげに考えがあるんですけど」

八幡「なんですか芹沢さん」

蓮華「その合宿所ってれんげたちのためにあるんでしょ?なら、掃除して綺麗にしたられんげたちに自由に使わせてほしいの」

心美「合宿所を自由に使うってどういうことですか?」

蓮華「文字通りの意味よ。今使われてないってことは普段の特訓なんかでは必要ない施設ってことよね。だかられんげたちで好きなように使っちゃおうってことよ。どう先生?」

八幡「さすがに俺1人の考えではどうにも言えない。放課後までに八雲先生や御剣先生から許可を得られたらそうしよう」

桜「おお、これで昼寝の場所が増えるわい」

望「アタシもちょうど、服を置くスペースも欲しかったんだぁ」

八幡「おい2人とも、まだ使えると決まったわけじゃないぞ。とにかく、放課後に合宿所の入り口に集合だ。いいか?」

みんな「はーい!」

番外編「合宿所③」


八幡「全員いるか?」

みんな「いまーす!」

放課後になり、俺たちは合宿所の前にやってきていた。掃除後にここを使う許可については「いいんじゃない?あんたたちで自由に使いな~」という御剣先生の一言で言質が取れた。それにしても軽いよなぁあの人。

明日葉「では行きましょう先生」

八幡「えぇ、でもその前に一つ確認したいことがあるんですけど」

くるみ「なんですか先生」

八幡「どうしてみんな体操服なんですか…?」

そう、まだけっして暖かいとは言えないこの時期になぜかみんな体操服なのだ。俺にしては、別にスカートひらりを期待していたわけでは全然ないのだが、やはり気になる。

遥香「合宿所はかなり汚れていると先生が言ってましたので、汚れてもいい服のほうがいいのではないかと蓮華先輩が」

ミシェル「制服が汚れちゃったらイヤだもんね、さすが蓮華先輩!」

…いや、あの人がそんな親切心だけで服装の提案をするわけがない。それにこの合宿所を自由にする、という案も芹沢さんが言い出したことだ。何か裏があるはず。

蓮華「あら、先生、れんげをそんなに見つめて、何かご用ですか?」

八幡「いえ、別に」

ま、今は考えなくてもいいか。

花音「ねぇ、寒いんだけど、早く中に入れてくれないかしら」

八幡「あ、すまん。今開ける」

ガコーン

詩穂「へぇ、中はずいぶん広いわ」

みき「ここを私たちで使っていいんですか?」

八幡「あぁ。掃除したらな」

ひなた「すごいすごい!2階には卓球台とかバンドの楽器とかあったよ!」

サドネ「ここ面白い!」

ゆり「2人とも、まずは掃除だぞ。遊ぶのはあとだ」

ひなた、サドネ「えー」

あんこ「そういうゆりもなんかそわそわしてない?」

ゆり「わ、私は風紀委員としてみんなが掃除をしっかりやるかどうか見張るんです!けっして楽しみなわけではありません!」

あんこ「はいはい、そういうことにしておくわよ」

八幡「よーし、じゃあとっとと掃除始めようぜ」

ミシェル「ミミほうきで掃く~」

うらら「うららもほうき!」

昴「じゃあアタシはぞうきんで…」

詩穂「みなさんストップ!」

うらら「詩穂先輩、どうしたんですか?」

詩穂「みなさん、掃除は心をこめて、かつ効率的にやらないと綺麗にはなりません!まずはきちんと役割を決めるところから始めましょう」

八幡「すごい気合の入りようだな、おい」

花音「こうなった詩穂は止まらないわ。私たちも本気でやるわよ」

番外編「合宿所④」


そうして俺たちは国枝総監督の下、掃除を始めた。

詩穂「藤宮さん、もっとぞうきんは固く絞らないと余計な水分がついてしまうわ」

桜「おぉ」

詩穂「天野さん、埃は上から落としていかないと取り残しがでてくるから気を付けて」

望「はい!」

詩穂「芹沢さん、みんなのことを見てないで掃除してください…」

蓮華「やぁ~、体操服での掃除姿なんて貴重だから少しくらいいいじゃない」

この人、それが目的か…まぁ、掃除と体操服は確かに珍しい組み合わせだから見たい気持ちもわからなくない。

くるみ「先生、あの」

八幡「ひゃい、な、なに?」

くるみ「先生の周りのゴミをとりたいので少し避けてもらってもいいですか?」

八幡「あ、あぁ」

突然話しかけられたから思わず噛んでしまった。なんかぬるっと現れるよな常磐は。心臓に悪い。

遥香「先生」

八幡「お、なんだ成海」

遥香「ちょっとこっちを手伝ってもらえませんか?重くて運べないものがありまして」

八幡「任せろ」

ここらへんでひとつ俺のすごさを見せておくのも悪くないかな。少しばかり、力を解放させてもらうとしよう。

遥香「これなんですけど…」

八幡「なにこれ…」

目の前には埃を被ったスロットマシーンが置いてある。どうしてこんなところにこんなものが置いてあるんだ。

八幡「これを運べばいいんだな…」

ってめっちゃ重いんですけど!全然動く気配がしない。腰がやられる…

遥香「せ、先生?」

八幡「ダメだ、重くて俺も動かせない…」

そんな時、後ろから声が聞こえた。

風蘭「おぉ、懐かしいな。こんなところにあったのか」

遥香「御剣先生、これご存じなんですか?」

風蘭「知ってるも何もアタシが持って来たんだ。学生時代にバイトしてたラーメン屋の大将が持っててな、卒業する時記念にってくれたんだよ」

八幡「それがどうしてここに」

風蘭「いやぁ、家には持って帰れなくて仕方なく」

八幡「なるほど、てか御剣先生はどうしてここに」

風蘭「アンタたちの様子を見にな。それより比企谷、こんくらいのものも運べないのか、情けないな」

そう言って御剣先生は軽々とスロットマシーンを持ち上げる。

風蘭「遥香、これどこに持っていけばいいんだ?」

遥香「あ、それは一度廊下に出しておいてください」

風蘭「ほーい」

3,40キロはあるものを軽々持ち上げるなんて、さすが御剣先生。いや、それより持ち上げられなかったことが情けないな。筋トレでもしようかな…

番外編「合宿所⑤」


八幡「だいぶ片付いたかな」

みんながせっせと働いたおかげで日が暮れる前には大体の掃除を終えることができたようだ。

明日葉「では、そろそろ解散にしようか。下校時刻も迫っているし」

蓮華「ちょっと待って、明日葉。れんげたちがここを掃除したのはここを自由に使うためよ。明日からはここの模様替えを始めなきゃ!」

ミシェル「模様替えってどういうことですか?」

蓮華「だってこのままだといかにも『合宿所』って雰囲気で全然可愛くないもの。どうせならもっと可愛くしたくない?」

望「賛成!家具とか色々工夫したい!」

昴「お、女の子っぽい可愛い家具なんていいですよね…!」

花音「そもそもモノがあんまりないしね。色々買ってきてアレンジするのも悪くないわ」

サドネ「チョコのベッド欲しい!」

ゆり「いや、流石にチョコは無理なんじゃないか…?」

ひなた「じゃあ明日はここの模様替えをみんなでやればいいんだね!」

蓮華「えぇ、もちろん先生も」

八幡「なんで俺もなんですか…」

うらら「だってうららたちだけじゃ外に買い出しとか行けないし」

楓「発注は千導院家を通じてすぐ出来ますが、実際運ぶのはワタクシたちでやらないといけないので」

八幡「マジか…」

あんこ「いい加減諦めなさいよ。何しても逃げられないわよ」

八幡「はぁ」

もうイヤ。奴隷のように扱われてる。俺の人権は何処に。

みき「それじゃあ、明日から模様替え頑張ろう!」

みんな「おー!」

番外編「合宿所➅」


こうして次の日の朝、またしても俺たちは合宿所にやってきていた。

八幡「でも模様替えって言っても1人用の部屋だらけじゃできることも限られてるんじゃないか?」

桜「確かにそうじゃな。まぁわしは寝られる場所があればなんでもいいんじゃが」

くるみ「その心配は無用ですよ先生」

心美「今日御剣先生に聞いてきたら、個人用の部屋は壁を壊して合体できる作りになってるらしいんです。だから壁を外せばみんなで使える広さも確保できると思うんです」

ゆり「へぇ、便利な作りになってるんだな」

詩穂「せっかくだからみんなで使えるようにしたいわよね」

明日葉「よし、ならまずは部屋の壁を撤去するか」

しばらくしてなんとか壁の撤去を終えることができた。それにしてもみんな、俺のこと使いすぎじゃね?分担してやってたはずなのに、結局俺がどの壁も撤去する羽目になったんだが。

ミシェル「それで、どんなお部屋を作ればいいの先生?」

八幡「俺に聞くな…」

蓮華「ミミちゃん、れんげがちゃーんと考えてあるから安心して」

明日葉「なんか怖いな…」

蓮華「あら明日葉、今回はれんげ真面目に考えたんだから大丈夫よ」

遥香「どういうものですか?聞かせてください」

蓮華「ふふ、まずは1階はキッチンの部屋と、くつろぐ部屋の2つを作るわ」

みき「どうしてその2つなんですか?」

蓮華「まずこの施設にキッチンがないから、これは必須よね。それと、一応『合宿所』なわけだし、プールやお風呂なんかもここにはあるから、体を休める場所があってもいいと思うの」

花音「そしたら2階はどうなるんですか?」

蓮華「2階は1部屋まるまるみんなの共有スペースに使うわ。遊技場、音楽室があって騒がしいから、どうせなら全部騒がしくしちゃったほうがいいと思うの」

あんこ「れ、蓮華がものすごく真面目に考えてた…」

サドネ「わぁ、レンゲすごい!」

他のみんなも芹沢さんの案に賛成しているようだ。

八幡「じゃ、芹沢さんの考え通りにアレンジしてみますか」

みんな「はーい!」

番外編「合宿所➆」


そうして芹沢総監督の下、合宿所の大リフォームが始まった。まずは1階の模様替えである。部屋は2つなので、俺たちも自然と2つに分かれて作業することになった。俺は立場上、両方の部屋をブラブラ見て回ることにした。

八幡「まずは休憩室のほうを見てみるか」

中はまだがらーんとしていて、壁は打ちっぱなし、家具も一つもない状態である。そんな部屋の中に千導院と粒咲さんがあーだこーだ言い合っていた。

あんこ「あれ先生。1人でどうしたの?」

八幡「いや、みんなの様子を見周ろうかと思いまして」

あんこ「今ワタシたち、家具をどう配置するか考えてるところなの」

楓「先生、もし手が空いてましたら、外にワタクシが頼んだ家具が来てると思いますので運んでいただけませんか?」

八幡「まぁ、少しなら」

楓「お願いいたしますわ」

そう言われ外に出てみると、とんでもなく高級そうな家具がずらっと並んでいる。そこには若葉、南、サドネ、火向井、朝比奈、天野、楠さんがいた。

昴「あ、先生、ちょうどよかった。これ運ぶの手伝ってください!」

八幡「もしかしなくても、これをさっきの部屋に運び込むの?」

ひなた「うん!ひなた、早くこのベッドに寝てみたいなぁ。フカフカだもん!」

天野「うわ、このタンスすごい高級品だよ…」

心美「さすが楓ちゃんですぅ」

明日葉「なんだか運ぶのにものすごく神経を使いそうだな」

ゆり「同感です…」

サドネ「カエデたちが待ってるから早く運ぼおにいちゃん!」

八幡「わかったわかった」

じゃあ、この重くなさそうなシェルフを…

ひなた「ハチくん!こっちのベッド運ぶの手伝ってよ!」

昴「さすがにアタシたちだけじゃ無理だから、お願いします!」

八幡「えぇ、だってそれ重いじゃん」

ゆり「お言葉ですが、先生に頑張ってもらわないと私たちでは運びきれなのですが…」

望「そうだよ!少しは男らしいところ見せてよ!」

明日葉「お願いします先生」

八幡「はぁ、わかりました…」

こんなに言われたらやるしかないよなぁ。頼まれたら断れない男なんで。

八幡「じゃあおれここの角持つから、火向井と若葉と南は他の角持ってくれ」

3人「はーい」

八幡「せーのっ」

うっ、重い重い重い。指がちぎれる…

ひなた「意外と重くない!」

昴「たしかに」

火向井「これくらいなら早く運べそうだな!」

え、これ重くないの?話と違うじゃねぇか。これ持てるならもう俺いらないでしょ。

番外編「合宿所⑧」


どうにか家具を運び入れ、次はキッチンの方を見ることにしたのだが。

詩穂「絶対入れたほうがおいしいわよ花音ちゃん」

花音「いくら詩穂がそう言っても絶対入れない!」

めずらしく国枝と煌上が言い争いをしている。

八幡「どうしたんだ」

くるみ「あ、先生。私たち一通り準備が終わったので、お昼ご飯を作ろうとしていたんです」

うらら「それでメニューの一つで酢豚を作ることにしたんだけど、それにパイナップルを入れるかどうかでしほっち先輩とかのかの先輩がお互いに譲らないの」

八幡「えぇ…」

予想外に細かいことで言い争いを繰り広げていた。なにやってるんだあの2人は。

桜「ま、あの2人は放っておいてわしらも料理を作るとしようぞ」

遥香「ふふ、そうね。たくさん作ってたくさん食べないと午後からの作業にも集中できませんしね」

ミシェル「美味しいものたくさん作ろうね桜ちゃん、遥香先輩!」

そうして言い争いをしてる2人以外は順調に料理を進めている。

みき「先生先生!私、頑張っておいしい料理作るのでたくさん食べてくださいね!」

八幡「え、あ、」

ここにいてはいけない人物ナンバーワンが目の前にいた。その危険人物はボールの中で何か得体のしれない物体をこね回している。

八幡「おい、星月。今すぐその手を止めろ。そしてお前はキッチンに入るな」

みき「まさかの立ち入り禁止ですか!?大丈夫ですよ先生!今回の料理は自信があるので!」

八幡「いや、その自信が怖いんだ…」

蓮華「はーい、みきちゃん。れんげも手伝うから、一緒に頑張りましょ?」

みき「蓮華先輩!はい、お願いします!」

蓮華「うふふ」

そうして芹沢さんはうまく星月から料理の主導権を奪うことに成功した。

八幡「芹沢さん、ありがとうございます」

蓮華「かわいいみきちゃんとはいえ、流石に食べられないものを作らせるわけにはいかないもの…」

八幡「確かに…」

これでひとまず安心かな、と思って周りを見渡すと

桜「くるみ、それはなんじゃ」

くるみ「これですか?シャドークインという中が紫色のじゃがいもです。こっちはアンティチョークといって、健康にいいお野菜なんですよ」

相変わらず常磐がおかしな野菜を持ってきていたり、

うらら「さ、マシュマロをいれるわよ!」

ミシェル「むみぃ、うらら先輩、パスタにマシュマロは合わないと思う…」

蓮見がやたらめったらマシュマロを入れようとしていたり、とどこもかしこも危ない料理が出来上がりそう。それにまだ国枝と煌上は言い争ってるし。ちゃんとお昼食べられるのかな、俺…

番外編「合宿所⑨」


どうにか出来上がった昼飯をみんなで食べたのち、俺たちは2階へ移動した。

八幡「ここの部屋もかなり広いな」

花音「ま、午後は全員で作業をするしそんなに時間もかからないんじゃない」

遥香「2階は共有スペースにするんでしたよね」

蓮華「えぇ。そしたらここにみんなが置きたいものを1つずつ置いていってほしいな~」

え、何それ聞いてない。そこのプロダクションの事務所ですか。

八幡「俺何も持ってきてないんですけど」

みき「あ、先生に連絡するの忘れてました」

八幡「おい、俺のこと忘れないで」

昴「でも先生、アタシたちのグループラインにいないんですもん」

うらら「そうだ、これを機にハチくんもグループに入ってよ!」

八幡「え、やだよ。個別に連絡してくれれば済む話だし」

ミシェル「でもみんな忘れてたら今日みたいなことになっちゃうよ?」

望「それに、正直個別に連絡するのメンドイし…」

サドネ「だからおにいちゃんもグループに入って!」

八幡「わかったよ…」

そう言って俺はポケットからスマホを取り出した。その瞬間、何本もの手が伸びてきて一瞬で俺のスマホは拉致されてしまった。

八幡「ちょっと、いくら俺のスマホだからって雑に扱わないで?」

だが俺の言葉は届かず、それどころかスマホのロックも外されてしまった。

楓「先生の履歴、女の人ばかりですわね」

遥香「この『小町』っていう名前は先生の妹さんの名前ですよね」

くるみ「でもそれ以外にも『☆★ゆい★☆』とか『平塚静』とか『戸塚彩加』とか他にも色々あるわ」

ひなた「八幡くん、モテモテだね!」

あんこ「ここにある人のアカウントを調べればどんな人か特定できるわね」

八幡「やめください、返してください、お願いします」

ゆり「ほら先生も困っているだろ、みんな、返すんだ」

みき「でもゆり先輩も興味津々で先生のスマホ見てましたよね?」

ゆり「そそそ、そんなことはない!」

火向井は叫びながらスマホを奪い、俺に押し付けてどっかに行ってしまった。

詩穂「ふふ、でもこれで先生も私たちとラインが出来ますね」

心美「これからよろしくお願いします、先生」

桜「そろそろ始めようぞ。わしはもう眠いのじゃ」

蓮華「あらあら、桜ちゃん、れんげが膝枕してあげるわよ」

明日葉「こら蓮華ふざけるな。今日はお前がみんなをまとめるんだぞ」

蓮華「はーい。じゃあみんな~、持ってきたものをどんそん置いていきましょう~」

番外編「合宿所⑩」


ひなた「ひなたはね~遊ぶためのトランプ!」

桜「わしは枕じゃ」

サドネ「サドネはお菓子!チョコがいっぱい!」

ミシェル「ミミはお気に入りのウサギさんのぬいぐるみ~」

楓「ワタクシは絵を描くためにキャンパスや絵の具を」

うらら「うららはダンスの練習のための大きな鏡!」

心美「わ、私は神社で御祈祷したお守りを持ってきました…」

みき「私はお料理のレシピ本です!」

遥香「みんなが落ち着ける音楽のCDをいくつか」

昴「アタシは筋トレグッズです!みんなでやりましょう!」

ゆり「私は練習用の竹刀を。決して罰を与えるためのモノじゃありません!」

くるみ「私は幸福をもたらすというガジュマルの鉢植えを」

望「アタシもみきと似ててファッション雑誌を何冊か!」

花音「私はダンスの練習用にスピーカーを。うららと被らなくてよかったわ」

詩穂「私は花音ちゃんの歴史が詰まった特製アルバムです」

あんこ「ワタシはノートパソコン。ここ、なぜかWi-Fi飛んでるのよね」

明日葉「私も本で被ってしまうが、おすすめの小説を何冊か」

蓮華「で、れんげはカメラ~」

何人かおかしなものを持ってきてるような気がしたが、つっこむべきなのだろうか。いや、俺が怪我しそうだし黙っておくか…

八幡「とりあえずみんな置けたな」

改めて見るとなんとも統一感の無い空間が出来上がった。人数分とは言えないまでもテーブルやイスがいくつかある他に、無造作にみんなのものが所せましに置かれている。

でも、こういう個性がバラバラで、でもみんな近くで支え合っている星守クラスを象徴しているような気がして不思議と違和感は感じない。

蓮華「みんな~、れんげのカメラで写真撮りましょうよ~」

昴「いいですね!」

遥香「でもその写真、悪用しないでくださいね」

蓮華「もちろんよ、今から撮る写真は使わないから」

桜「ということは他に撮った写真は悪用する気じゃな」

なんだかんだ言いながら結局みんな一つにまとまっていく。合宿所の本来の使い方からは間違っているが、これもこれでいいのかもしれない。

みき「ほら先生!撮っちゃいますよ!」

八幡「あぁ、今行く」

この日撮った写真も後日、この2階のお守りの隣に飾られた。いや、さすがにもう少し違うところに飾ってほしいんですけど…なんか縁起悪いみたいじゃん。

以上で番外編「合宿所」終了です。もっと短くするはずが⑩までいっちゃいました。実際合宿所はみなさんどのくらい使ってるんでしょうか。個人的に合宿所は教室同様全員入居できないのが寂しいところです。

本編3-1


小町「へ〜。ふ〜ん。あ、おにいちゃんおはよー」

八幡「おう、おはよう」

俺は小町と挨拶を交わしてテーブルに座り、コーヒーにミルクと練乳を入れたものを飲みつつ、小町が作ってくれた朝ごはんを堪能する。

俺が神樹ヶ峰に行くようになって以来、家を出る時間が早くなったのだが、小町もなぜか俺と同じように早く起きてくれる。全く出来た妹である。だが、小町は早く起きても朝ごはんを作るとやることがなくなるので、こうして暇を持て余してるのだ。今日は女子中高生に人気そうな雑誌を眺めている。そういう雑誌の記事って何一つ信用できないよね。なんで売れるんだろう…

小町「うーん、すごいなぁ」

八幡「なにが」

小町「いやね、この雑誌の『輝くティーンエイジャー!』っていう特集に載ってる子たちってみんな小町とかおにいちゃんとかと年は変わらないのにすごい人ばっかりだなぁって」

八幡「ふん、そういう記事に載るような人ってのは『頑張ってる私、ステキ!カワイイ!みんな褒めて!』とか思ってるような奴ばかりだからな。注目されたいっていう魂胆が丸見えなんだよ」

小町「うわぁ、出たよおにいちゃんの捻くれた思考回路。そりゃそういう人もいるだろうけど、例えばこの子みたいな純粋な子もいるんだよ!」

八幡「小町、それは『純粋を装った目立ちたがり屋』だぞ。勘違いするな」

小町「なんでそうやってすぐ否定するかな…いいからこの子の記事だけでも読んでよ!」

そう言って小町は俺に雑誌を押し付けてきた。まぁ読みもせず批判するのはダメか。しっかり読んでこの記事をメッタメタにしてやろう。

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特集「輝くティーンエイジャー!」

今回の「輝くティーンエイジャー!」は中学3年生ながら〇〇神社で巫女さんとしても頑張る朝比奈心美ちゃんへの直撃インタビューを掲載しちゃうよ!

インタビュアー(以下、イ)「心美さんは中学生と巫女を両立して頑張ってると思うんだけど、大変だよね?」

心美ちゃん(以下、心)「い、いえ、どっちも私にとっては大事なことなので、大変ですけど、だ、大丈夫、です…」

イ「それに学校では部活動にも取り組んでるんだよね?天文部、だっけ?」

心「は、はい。星を見るのは大好きなので…」

イ「うんうん、とっても素敵だと思うよ!じゃあ、そんな心美ちゃんにこの記事を読んでる同年代の女の子たちへメッセージをお願いできるかな?」

心「え、そんな、私なんかが言えることなんて、ありませんよぉ…」

イ「心美ちゃんは謙虚なんだね、ますます好感度が上がっちゃったよ!今回は本当にありがとう!」

心「あ、ありがとうございました…」

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うん、もういつもの朝比奈だよね。文面でもあのちょっと怯えてる感じが表れてるなぁ。同じページには明らかに緊張してる巫女姿の朝比奈の写真もあるし。って

八幡「これ朝比奈じゃん…」

小町「え、なになにおにいちゃんこの子知ってるの?」

八幡「知ってるもなにも俺のクラスの生徒の1人だよ…」

なんでこいつ雑誌のインタビューなんか受けてるんだよ。明らかに人選ミスでしょ…

小町「すごいすごい!てことはこの子も星守なの?」

八幡「まぁそういうことになるな」

小町「小町と同い年で星守も巫女さんもやっちゃうんだ。すごいなぁ」

まぁ確かに傍目から見たらそう映るのかもしれない。現にこうして雑誌で取り上げられて、読者の小町も感心してるし。

小町「ほらおにいちゃん、みんながみんな目立ちたがり屋な女の子なわけじゃなかったでしょ?」

すごい憎たらしく微笑しながら小町は俺に言ってくる。妹じゃなきゃ殴っててもおかしくないが、言ってることは正しい。

八幡「ま、そうだな。そこは訂正する」

小町「これを機に少しは捻くれた考え方も直したら?あ、もう時間だよおにいちゃん。早くしないと遅刻するよ」

八幡「おう、じゃ行ってくる」

小町「いってらっしゃい!」

本編3-2


学校での朝の作業が終わってしまい、手持ち無沙汰だったので早めに教室に行くことにした。

八幡「うす」

心美「せ、先生、助けてください…」

俺が教室に入るや否や朝比奈が俺に駆け寄ってきた。

八幡「なんだよいきなり」

心美「あの、みんなが雑誌のことで私を質問責めに…」

うらら「ここみ!まだ話は終わってないわよ!」

そう言って蓮見も俺たちのところへやってきた。教室の後ろの方では何人かの生徒たちが机の上にある雑誌をあーだこーだ言いながら眺めている。

心美「だってうららちゃんの雰囲気ちょっと怖いんだもん…」

うらら「うららより先に雑誌のインタビュー受けるなんて…もっとその時のことを詳しく教えなさい!」

どうやら小町に今朝読まされたインタビュー記事のことが話題らしい。

八幡「あぁ、あの記事か」

うらら「え、ハチくんあの雑誌読んでるの?それはさすがに…」

八幡「俺じゃねぇ。妹が読んでるんだ。それで今朝読まされた記事がちょうど朝比奈のやつだっただけだ」

心美「せ、先生あの記事読まれたんですか?」

八幡「まぁ、一応」

心美「うぅ…恥ずかしいです…」

うらら「なに言ってるのよここみ!ハチくんでさえ読んでるのよ!今こそ世間への知名度アップのチャンスじゃない!」

心美「私は別に知名度はいらないよぉ」

うらら「甘い、甘いわよここみ!アイドルはいつチャンスを与えられるかわからないの!与えられたチャンスは最大限生かさないと、いつまでたっても有名になれないわよ!」

心美「私アイドルじゃないのに…」

八幡「おい、朝比奈も嫌がってるしそこらへんで」

うらら「でもでもハチくんもあのインタビューは物足りなかったでしょ?」

八幡「ん、まぁ、正直もう少ししっかり受け答えできるようになってもいいとは思うが」

うらら「ほらここみ!ハチくんもこう言ってるわけだし、インタビューの特訓よ!」

心美「えぇ、私にはムリだよぉ、うららちゃん…」

うらら「うららより先にインタビューを受けといてその態度は許さないわ!早速お昼休みから始めるわよ!」

本編3-3


昼休みになり俺が孤独にランチをしていると、蓮見が朝比奈の腕を引っ張りながらこちらへやってきた。

うらら「さ、ここみ。早速インタビュー特訓を始めるわよ!」

心美「え、う、うん…」

八幡「待て、なんでここでやるんだ。俺は1人で昼飯を食べたいんだ。あっちでやれ」

うらら「だってハチくんいるところじゃないとここみやらないって言うんだもん」

そう言われた朝比奈は俺に近づいて耳打ちしてきた。

心美「先生がいたほうがうららちゃん抑え気味にしてくれるかなって…迷惑ですか?」

八幡「いや、迷惑じゃないけど…」

それよりも腕に当たってる柔らかい感触が迷惑かもしれないです…

俺の返事を聞くと朝比奈は顔を遠ざけ、その表情は幾分か柔らかくなったように思える。

心美「あ、ありがとうございます…」

うらら「さ、じゃあやるわよ!まずは記事を見ながらダメだったところを見直すわよ」

八幡「そんなことからやるのかよ」

うらら「当然!うらら、インタビュー記事の直したほうがいいところにチェックしてきたから、これ参考にしてね」

そう言って蓮見が出した雑誌のインタビュー記事のページには付箋とマーカーと赤ペンとでびっしり埋まっている。どんだけこの記事読み込んでるんだよ…

心美「す、すごいねうららちゃん…」

八幡「もう何が書いてあるかさっぱり読めん」

うらら「これでもかなり少なくしたわよ」

八幡「……さいですか」

うらら「まずは最初よね。『大変ですけど、だ、大丈夫、です』なんて言っちゃダメよ!もっと可愛く自分をアピールしなきゃ!」

心美「ぐ、具体的にはどうするの?」

うらら「そーね、『でもうららは~学生生活も、アイドル生活も、どっちも大好きなので~、大変ってよりもむしろ今の状況が幸せです!』みたいな感じかしら」

八幡「おい、もうそれ蓮見の考えになってるぞ」

心美「うららちゃんはそうかもしれないけど、私はそんな風には言えないよ…」

うらら「甘いわよここみ!大事なのはこれを読んでくれる人にどう思われるのか。そのためなら自分を捨てる覚悟をしなさい!」

八幡「大袈裟だな…」

うらら「ハチくんも甘い!今の業界は本当に厳しいんだから!そもそも~」

そうやっていつの間にか蓮見のアイドル論、業界論が始まり、俺と朝比奈はただ聞いてるだけしかできないうちに昼休みを終えるチャイムが鳴った。

心美「う、うららちゃん、もう昼休み終わっちゃうよ」

うらら「そうね、でもここみのインタビューについて全然話せてないじゃない!」

八幡「いや、お前が勝手に自分のこと話してたから終わらなかったんだろ」

うらら「しょうがないわね、続きは放課後やるわよ」

八幡「まだやるの?もうよくね?」

うらら「ダメよ!ここみにもきちんとインタビューくらいこなせるようになってほしいもん!」

心美「うん、私もインタビューに慣れたい」

うらら「よく言ったわここみ!ということだからハチくんも協力してね」

心美「私からもお願いします、先生」

八幡「…わかった」

妹と同じ年の女の子たちからのお願いなので断ることもできないどうも俺です。ほんと甘いな、俺。MAXコーヒーと同じくらい甘い。…はぁ、面倒なことを引き受けてしまった。

番外編「ひなたの誕生日前編」


八幡「くぁっ、あー」

俺は今、学校の中庭を散歩している。ここは晴れた時の昼休み、爽やかな風が吹いて常盤が世話している植物が揺れるのを見るのがとても心地いい。何より人があんまりいない。騒がしい教室や職員室なんかよりよっぽど中庭のほうが気分転換に向いている。

ただ、今日は少々状況が異なっていた。

ひなた「うーん、うーん。ちょっと待っててね〜、今助けるからね〜」

見ると向こうの方にある1本の木の下で南が何かに話しかけながら上に向かって手を伸ばしている。何してんのあいつ。儀式?

関わりたくないなぁ、と思ってそれとなく回れ右をしたら突然大きな声が背中に飛んできた。

ひなた「あ、八幡くん!ちょうどよかった、ちょっと手伝って!」

八幡「いや、そんなわけのわからない儀式に付き合うほど俺は暇じゃない」

ひなた「違うよ!この木の上にネコがいるんだけど下りられなくなっちゃってるの。だから手伝って!」

あぁ、だから気に向かって手を伸ばしてたのね。そうならそうと早く言ってよ。

八幡「まぁ、そういうことなら別にいいけど」

ひなた「じゃあひなたのこと肩車して!」

八幡「はっ?」

ひなた「だって手伸ばしてもネコまで届かないんだもん」

八幡「つか俺には無理だから、多分」

ひなた「やってみないとわかんないでしょ!ほら早く屈んで!」

八幡「いたっ、肩を押すなよ…」

俺は渋々体を屈めて南を肩の上に乗せる。

八幡「ちゃんと乗れたか?」

ひなた「大丈夫!」

八幡「よし。ふんっ」

我ながら情けない声を出しながら俺は南を肩車する。思ったより南は重くないが、それでもキツイものはキツイ。

ひなた「おぉ!高い高い!」

八幡「そういう感想はいいから、早く猫捕まえて…」

ひなた「わかった!さぁ、おいで〜ネコちゃ〜ん」

南はゆっくり手を伸ばしてネコを捕まえようとする。その時突然猫が南の顔に飛び付いた。

ひなた「うわぁー、前が見えない〜!」

八幡「ちょ、動くな…」

そう言って南が俺の上で暴れ、それにつられて俺も右に左に揺れてしまう。

ひなた「八幡くん、動かないで!」

八幡「お前こそ動くな、って」

次の瞬間、俺の足は地面を離れ盛大に転倒してしまった。

八幡「いってぇ…」

ひなた「大丈夫?」

顔を上げると南がネコを抱えながら俺を心配そうに見つめている。

八幡「俺はまぁ平気だけど、お前は?」

ひなた「ひなたはちゃんと着地したからどこもケガしてないよ!ネコも大丈夫!」

ネコ「ニャー」

相変わらず抜群の運動神経なことで…

番外編「ひなたの誕生日後編」


ひなた「それで、このネコどうしよう。何かエサもってきたほうがいいかな」

八幡「いや、ひとまずこのままそっとしておくのが1番だろ。見た所子猫のようだし、多分親猫がこいつを探してるだろ。むやみにエサあげて懐かれても、この後ずっと俺たちが世話してあげられるわけじゃないしな」

ひなた「そっか。じゃあ昼休み終わるまではひなたたちと一緒に親ネコ待ってようね」

ネコ「ニャ」

そう鳴くと子猫は座っている俺と南の隙間に入り丸くなって寝始めた。

ひなた「ふふっネコ寝ちゃったね」

八幡「いくらなんでもくつろぎすぎだろ…」

ひなた「ひなたと八幡くんの間にいるから、じゃない?」

八幡「まぁ俺は人間以外には好かれるからな。それにウチにも猫いるし扱いには慣れてる。俺からしたらお前が落ち着いてるのが意外だ」

ひなた「あ、ひどーい。今日はひなたの誕生日だからね。『オトナ』な女性になったんだよ」

八幡「そのセリフがもう子供っぽいわ…」

ひなた「もう子供じゃないもん!って、あれこの子の親ネコじゃない?」

南が指差した方には確かに子猫と似た毛並みをした親猫が歩いていた。

ひなた「ほら、お母さんかお父さんが迎えに来たよ」

南が優しく揺らすと子猫はすぐ起きて親猫のほうに歩いて行った。そして一度こっちを振り向いて「ニャー」と一鳴きした。

ひなた「うん、またね!」

そう言って手を振りながら子猫を送り出す南の横顔が、いつもの南とは全く違うように見えた。

ひなた「子ネコいっちゃったね」

猫が歩いていった方向を見つめながら南がつぶやいた。

八幡「あぁ。てかお前、もっとさびしがるかと思ってたけどそうでもないんだな」

ひなた「だってあの子ネコ、八幡くんの言う通り親ネコと会えたんだもん。これであの子も安心でしょ?」

八幡「…お前、意外とちゃんとしてんだな」

俺がそう言うと、南は頬を膨らませながら俺のことを軽く睨んでくる。

ひなた「またそうやってひなたを子供扱いする!ひなたは『オトナ』な女性なんだってば!」

八幡「だからそのセリフが子供っぽいんだっつの…でも、ま、お前ももう少し年を重ねたら、立派な『大人』な女性になれるんじゃねえの」

ひなた「ほんと?」

八幡「確証はできんがな。お前の努力次第ってとこだ」

実際、子猫を送り出すときの南の表情はあどけなさは全くなく、むしろ「美しい」ともいえるものだった。でもその表情も一瞬だったし、こうやって褒めるとまた南が調子に乗りそうだから言わないけど。

ひなた「じゃあ、ひなた頑張る!頑張って八幡くんに認められるような『オトナ』な女性になる!」

そうやって宣言する南の顔は、いつもの無邪気な笑顔に戻っていた。

八幡「でも今のままじゃまだまだだな」

ひなた「え~、そんなことないってば!」

俺たちはそうやって言い合いながら教室へ戻っていった。

以上で番外編「ひなたの誕生日」終了です。ひなたお誕生日おめでとう!正直、エヴィーナの次に考えるの難しかったです…

本編3-4


放課後、ところ変わって俺たち3人はとあるカフェにいる。てっきり俺は学校で特訓とやらをやるのかと思ってたのだが、蓮見の「せっかくだから3人でケーキを食べたい!」という発言を受け、移動したのである。

で、このカフェがまた見事に若い女性客ばかりで現在進行形で視線が痛い……入り口で店員に人数を言った時も「本当に3名様で宜しいですか?」とか聞き返されたし。まぁ、麗しい制服姿の女の子2人と、目が腐ってるスーツ姿の男1人でいたらそりゃ怪しまれますよね、はい。とりあえず席にはついたが、相変わらず居心地が悪い。

八幡「ねぇ、この店女性客ばっかりじゃない?」

うらら「だってこの雑誌に紹介された店だもん。当たり前でしょ」

そう言って蓮見は件の雑誌を開く。そこには「今話題のオシャレカフェ!」と題して、今いるカフェの店内の写真と紹介文が載っている。

八幡「つまり、このページ見て来たくなったのね…」

うらら「うぅ、だって女の子なら惹きつけられるのよ!ほら、ここみだって夢中じゃない」

俺の対角線上、蓮見の隣に座る朝比奈はそんな俺たちの会話が聞こえてないのか、メニューをじっと見て「これも美味しそう、でもこっちもいいなぁ」とブツブツ呟いている。

まぁ俺もさっさとメニュー決めるか。うーん、なんかここのケーキ、名前だけ凝っててどんなものか全然わからん。無難なものだと、

「無難なのだとこれがいいんじゃない?」

後ろから指さされたのはチョコケーキだった。

あぁ、確かに普通のチョコケーキとかなら味も予想つくな。って、後ろから指?

ガバッと振り向くとそこには俺と同じアホ毛が揺れる、ニコニコ笑う美少女が立っていた。

八幡「……小町、こんなとこで何してんの」

小町「お兄ちゃんのいるとこ、必ず小町もいるのです。あー、今の小町的にポイント高い?」

てへぺろっとしながら小町は空いている俺の隣に座る。ホントいちいちあざとい。

八幡「うぜぇ、で実際のとこは?」

小町「雑誌でこのお店を見て来たくなりました。ていうか、そういうお兄ちゃんこそ何してるの、女の子2人も連れて」

八幡「あぁ、それは、まぁ」

何て説明するのがいいのだろうか、と思っていると向かいの蓮見が俺に問いかけてきた。

うらら「ねぇ、ハチくん、この人誰?」

八幡「ん?俺の妹だ」

小町「はーい!お兄ちゃんの妹小町でーす!兄がいつもお世話になってます!それでお兄ちゃん、このお二方は?」

八幡「神樹ヶ峰の生徒の、」

うらら「蓮見うらら、中学3年生よ!よろしくねこまっち!そっか〜、ハチくんの妹か〜可愛い~、なんかあんまり似てないね♪」

八幡「うるせぇ……」

蓮見は俺の言葉を遮って自己アピールをしつつ、俺をけなしてきた。まぁ、こんな兄に似ず、可愛く成長したのは奇跡だろう。ほんと似なくてよかった。特に目とか。てかこまっちって何?もしかしなくてもあだ名?

小町「おおっ、小町も中3なんだ~!よろしくね!」

八幡「で、こっちが、」

小町「も、もしかして朝比奈心美ちゃん?」

小町は身を乗り出して朝比奈に迫る。対して朝比奈は少し身を引いて答える。

心美「は、はい、朝比奈心美です、よろしくね、小町さん…」

小町「わぁ!本物の心美ちゃんだぁ!雑誌で見るよりすごい可愛い~!ていうか同い年なんだから小町でいいよ!」

心美「じゃ、小町ちゃん、で…」

小町「きゃー可愛い!もう、お兄ちゃん、こんな可愛い子たちとカフェでお茶とは、なかなかいい御身分ですなぁ」

八幡「俺はただの付き添いだ」

うらら「うららたち、今から心美のインタビューの特訓をやるの。こまっちも一緒にどう?」

小町「楽しそう!小町も参加していい、お兄ちゃん?」

八幡「……勝手にしろ」

本編3-5


うらら「こまっちはここみのインタビューどう思った?」

心美「な、なんでも言って?」

小町「うーん、失礼かもしれないけど、なんだかすごく受け身だなって思った」

心美「受け身って、どういうこと?」

小町「なんて言えばいいのかな。ただ質問に答えてるだけっていうか、心美ちゃん自身の伝えたいことが何なのかよくわからなかった。それも可愛かったけどね!」

うらら「確かにそうね。ここみはもっと主体性を持つべきだわ!」

心美「しゅ、主体性?」

うらら「そうよ!自分が思ってることをもっと外に出していかないと!」

八幡「おいおい、いきなり主体性なんて言ってもそう簡単に身につくものじゃないだろ」

小町「え〜、そうかなぁ?」

うらら「うららは主体性持ってるよ!」

八幡「……確かにお前らは主体的すぎる。少しは遠慮しろ」

心美「や、やっぱり私がダメなのかな」

八幡「……ま、俺は朝比奈のそういう大人しいところも一つの個性として成り立ってると思うし気にしなくていいと思うけどな」

心美「そうですか?」

八幡「あぁ。俺を見てみろ。働きたくない、学校行きたくない、って常々言ってるだろ。それに比べたら全然大丈夫だ」

小町「いや、そりゃお兄ちゃんに比べたら人類のほぼ全員が良い人になっちゃうよ」

うらら「でもハチくんもなんだかんだキャラが立ってるのよね〜。それこそ主体的に『働きたくない』『早く帰りたい』って言ってるもん」

……確かに俺も一般的な人間とは口が裂けても言えない。まぁ小町や蓮見とは方向性が違うけど。

小町「あ、そうだ!小町閃いちゃった!」

そんな時突然小町が何か思いついたらしく声をあげた。

八幡「なに?」

小町「小町たちで心美ちゃんの魅力を見つけれてあげればいいんだよ!きっと自分の魅力がわかれば主体的になれるはず!」

うらら「それ名案!」

小町「でしょ?名付けて『心美ちゃんをプロデュース大作戦!』」

心美「そ、そんな、悪いよぉ」

朝比奈は遠慮がちに言うが、小町と蓮見はおかまいなしに話を続ける。

うらら「安心しなさいここみ。うららたちが必ずここみの魅力を見つけ出してあげるわ!」

小町「小町も全力でサポートするから!」

心美「あ、ありがとう」

なんだか話がおかしな方向に進んでないか?ここらで切り上げないとさらに話が脱線しそうだ。

八幡「そろそろいい時間だし帰るぞ、小町。じゃあな2人とも、気をつけて帰れよ」

小町「あ、ほんとだ。じゃあうららちゃん、心美ちゃん、またね!」

うらら「うん!またね、ハチくん!こまっち!」

心美「せ、先生、小町ちゃん、さようなら」

本編3-6


八幡「ただいまー」

小町「あはは、もううららちゃん面白い〜!あ、お兄ちゃんお帰り~」

カフェの帰り際に小町は蓮見と朝比奈と連絡先を交換し、それ以来よく2人と電話するようになった。まぁ学校が違うから会えないってのはあるとは思うが、そんな電話することあるの?

小町「うん、うん、そうだね〜、それなら〜」

相変わらず電話を続ける妹を無視して俺はご飯をよそう。すでにテーブルの上には今日の晩ご飯のおかずが準備されている。たまに俺が帰るのが遅くなる時もあるのだが、そんな時でも小町はご飯を食べるのを待ってくれている。良い妹だ。絶対よそには行かせん。

八幡「ほら小町。飯食べるぞー」

小町「はーい!じゃあうららちゃん、こっちは任せてね。じゃあね!」

小町は電話を切って俺の向かいに座ると、わざとらしく咳払いを一つする。

小町「いやぁ〜、小町中3で受験生じゃん?家でも学校でも勉強してるからストレス溜まっちゃって。だからお兄ちゃん、週末小町のストレス発散に付き合って?」

えー、今の今まで楽しそうに電話してたじゃん。ホントにストレス溜まってるのかこいつは?と、思っても俺は言わない。何故かというと、言っても無駄だからだ。

八幡「まぁ、いいけど」

小町「ほんとに?」

八幡「小町がそう言うなら俺に拒否権はない」

小町「わーい!ありがとうお兄ちゃん!」

八幡「で、どこでなにすんの」

小町「そ、れ、は、当日のお楽しみでーす!」

こいつしばいたろか、と思う心を俺はぐっと抑える。

八幡「ふーん」

小町「テキトーだな。まぁいいや。とりあえず、週末は朝早く出かけるつもりだからよろしくね」

八幡「え、休日くらいゆっくり寝かしてくれよ」

一番楽しいのが次の日が休日の夜に死ぬほど無駄な時間を過ごして夜更かしして、次の日遅くまで寝ることじゃないのか。で、起きても結局夜まで何もせず「俺今日何やってるんだろ」って思って次の日の平日に絶望するまでがお約束。

小町「ダメ。寝るだけの休日なんて体に悪いよ。たまには外にも出ないと!」

八幡「はいはい、わかったよ……」

俺の反応を見て小町は満足したのか、ごはんを食べ始める。

小町「じゃ、よろひくねお兄ひゃん!」

八幡「食べながらしゃべるな、汚い」

本編3-7


迎えた休日。俺は早朝に小町に起こされ、今電車の中にいる。休日の、しかもまだ朝早いためか、そこまで人も乗っていない。

こうして空いてる電車に兄妹2人で乗ってると、なんか逃避行みたいで少しワクワクする。本当に現実から逃げられないかなぁ。最近の神樹ヶ峰との交流からは特に逃げたい。

小町「なーに朝から目腐らせてるのお兄ちゃん」

八幡「俺は悪くない。社会が悪い。つか、これどこ向かってるの」

小町「んー、まだ内緒〜」

今はこんな理解できない状況からも逃げ出したい。

小町「でももう着くから!ほら、ここで降りるよ」

小町に促され電車を降りたものの、周りにはこれといって目立つ建物は見当たらない。

八幡「小町、こんなところで何するつもりなんだ?」

小町「行けばわかるから!ほら行くよ〜」

そう言って意気揚々と歩く小町の後ろを付いて歩いていく。しかし、見渡してもストレスが発散できそうなスポットは見えない。強いて言えば緑豊かな景色くらい。

すると唐突に小町が立ち止まった。

小町「はい、到着!」

八幡「は?ここ?なんもないんだけど」

小町「え、あるじゃん鳥居」

八幡「なに、鳥居巡りでも始めるの?」

小町「小町そんな趣味は持ってないよ…ここで待ち合わせすることになってるの」

八幡「待ち合わせ?誰と?」

うらら「うららとだよーん!ハチくん、こまっちおはよー!」

心美「うららちゃーん、1人で行かないでよぉ」

突然の蓮見と朝比奈が神社の中の方からこちらへ走って来た。

小町「あ、うららちゃん、心美ちゃんおはよ!約束通りお兄ちゃん連れてきた!」

うらら「さすがこまっち!」

心美「き、今日はよろしくお願いします」

八幡「……あの、状況が全く飲み込めてないんですけど」

心美「実は雑誌にインタビューが載って以来、平日でも参拝客が増えちゃったんです。だから休日はもっと増えると思って、うららちゃんと小町ちゃんにお手伝いをお願いしたんです」

うらら「で、それに合わせてこの前カフェで言ってた『心美をプロデュース大作戦』も実行するの!」

八幡「……はぁ、なんとなく状況はわかった。で、なんで俺も連れてこられたの?」

小町「少しでも人手あったほうがいいと思って連れてきちゃった。どうせヒマでしょ?」

八幡「いや、ヒマだけどさ。それならそうと言ってくれよ」

小町「でもお兄ちゃん、神社でお手伝いって言ったら絶対来なかったでしょ」

八幡「……確かに」

心美「あの、迷惑だったでしょうか?」

八幡「ま、来ちゃったからには、俺にできる範囲で手伝うわ」

余計逃げ出したくなったのが本音だが、今さら帰るとも言えないし……

心美「あ、ありがとうございます」

うらら「よーし、そしたら心美の神社のお手伝いアーンド『心美プロデュース大作戦』決行よ!」

小町「おー!」

心美「お、おー」

八幡「はぁ……」

本編3-8


朝比奈に連れられ、俺たちは神社の奥の控え室に案内された。

心美「で、では先生。ここが先生の控え室です。着替えをして少し待っててください」

八幡「着替えって、これにか?」

俺は机の上に置いてある袴を見ながら尋ねる。

心美「は、はい。一応、それなりの格好をしてもらわないといけない決まりになってるので」

八幡「……了解」

小町「もしかして小町の服もあるの?」

うらら「もちろん!こまっちの服は隣の控え室にあるわよ」

小町「おぉ!やった!」

心美「じゃ、じゃあ私たちも着替えてくるので失礼します、先生」

八幡「おう」

でも1人になって改めて考えると、これ着るのけっこう恥ずかしいな。てかこれどうやって帯しめるの?

悪戦苦闘してると隣の部屋から声が聞こえてきた。

小町「お兄ちゃんー、小町たち着替え終わったよー」

八幡「おー、俺も終わったぞ」

結局帯の結び方がよくわからず適当に結んでしまった。ま、着れてればいいでしょ。

小町「じゃ入るねー」

襖が開くと、そこには3人の艶やかな巫女が立っていた。

3人とも真っ白な白衣を上半身に纏い、下半身には鮮やかな赤い緋袴を身につけている。髪もみんないつもと違い、後ろで一つにまとめていて清楚な雰囲気を醸し出している。

うらら「どうどうハチくん?」

小町「小町たち、似合ってるでしょ?」

八幡「あぁ。まぁ、いい感じなんじゃねぇの」

ついぼーっと眺めてしまい、そんな感想しか口に出せなかった。

小町「ありがとー!でもお兄ちゃんはそんなに似合ってないね」

八幡「うっせ」

心美「あ、あの、先生。結び方が間違ってます。直すので動かないでください」

そう言うと朝比奈は膝立ちになって、俺の腰の帯を結び直そうと腰に腕を回してくる。……なんかこの状況そこはかとなくいかがわしくない?

心美「はい、結べました。先生苦しくないですか?」

朝比奈は少し心配そうに上目遣いをしながら聞いてくる。そんな表情すんなよ、ちょっとドキッとするだろうが。

八幡「え?おう、大丈夫大丈夫。助かった」

心美「よかったですぅ」

安心したように笑顔になる朝比奈とは異なり、小町は不敵な笑みを浮かべ、蓮見は拗ねるようにそっぽを向いている。

八幡「おい、どうした?小町、蓮見」

小町「思わぬダークホースの登場かな?」

うらら「……ここみには負けないもん」

2人はなにかぶつぶつ言っているがよく聞こえない。

八幡「なんだって?」

小町「べつに~」

うらら「なんでもないわよ!」

本編3-9


うらら「はーい家内安全お守りは800円でーす!」

小町「おみくじはこっちですよ~!」

着替え終わった俺たちは境内で手伝いを始めた。小町と蓮見は売店で売り子さんをしている。売店はたちまち盛況になり、「売り子さん可愛いよね」みたいな会話がたまに聞こえてくる。で、そんな俺は

八幡「……」

売店に並ぶ長蛇の列の整理役をやらされている。それも『こちらが列の最後尾です』という看板を持って立ってるだけ。列に割り込もうとする人に声をかける以外は無言である。なにも面白みはないが、心のスイッチを切れば耐えられないこともない。

そして朝比奈はというと

少女A「めっちゃ可愛い~!」

心美「あ、ありがとうございます」

少女B「一緒に写真撮ってもらってもいいですか?」

心美「は、はい」

本殿のほうでちょっとした人気者になっていた。朝比奈の周りには同年代の女の子たちが群がり、遠くから怪しいおっさんが数人、その光景をカメラに収めている。おい、おっさん。それ犯罪だぞ。やめろよ。

男「すんません、トイレどこっすか?」

八幡「あ、トイレなら絵馬掛けの向こう側にあります」

男「あざーす」

俺に声をかけてくる人はこんなもんしかいない。それでも大変なのに、3人とも大勢の人に笑顔で対応してすげぇな。俺には絶対できない。

そうして突っ立ってしばらく経った昼ごろ、小町と蓮見が俺のところへやってきた。

小町「お兄ちゃんお疲れー」

八幡「おう、そっちは休憩か?」

うらら「うん。うららとこまっちの可愛さでお守りが飛ぶように売れちゃって大変!」

八幡「そいつはよかったな」

小町「ほらお兄ちゃん。もうそんなに列も長くないし、本殿のほう行こ」

八幡「本殿でなんかあるの?」

うらら「心美が舞うの!」

うららの喋り方のコレジャナイ感がすごい…
どうすればうららっぽい喋り方になるんだ…

乙。
別にそう違和感はないよ、脳内再生余裕
「ここみ」がいつの間にか漢字になってるけど

>>298うららの心美への呼び方が違ってました。これから先は気をつけます

本編3-10


俺たちが本殿に行くとすでにかなりの人だかりができていて、舞台には朝比奈が立っていた。

放送「これより当神社の巫女、朝比奈心美が舞を披露いたします。参拝客の皆さま、美しい舞を是非ご覧ください」

放送が終わると、神楽が鳴り始める。朝比奈はその音楽に合わせてゆったりと、優雅に舞う。手にある扇も使いながら美しく舞う姿からはいつもの臆病な雰囲気は全く感じない。

小町「キレイ……」

うらら「やるわね……」

小町や蓮見はもちろん周りの人たちも朝比奈の舞に魅力されているようで、ため息や囁き声があちこちから聞こえる。

小町「心美ちゃんすごいねお兄ちゃん」

八幡「あぁ」

小町「でも舞台が黒いのがもったいないよね。ちゃんと掃除しなきゃ。せっかく舞が綺麗なのに」

八幡「あ?床?」

注意して見てみると、確かに木が黒くなっている箇所がある。あれって、

八幡「……!おい蓮見。舞台の床を見ろ」

うらら「え?ん〜、あっ。これってまさか……ここみ!床!!」

蓮見の声が聞こえたのか、舞台上の朝比奈も床の異変に気付き舞を中断する。

その時床の黒い魔法陣が光り、そこからイロウスが出現した。

うらら「イロウス!」

心美「皆さん!今すぐここから逃げてください!」

蓮見はすぐに武器を出しイロウスへ飛びかかる。朝比奈は舞台上から大声で呼びかけるが、その途端に参拝客は我先に走り出し、本殿は混乱している。このままだと参拝客が危ない。それを防ぐには、

八幡「小町。お前は神社にいる人の避難を指揮してそのまま逃げろ」

小町「え?でもお兄ちゃんは?」

八幡「俺はここに残る。曲がりなりにもあいつらの先生だからな」

小町「なら小町も残る」

八幡「ダメだ。参拝客には完全に避難してもらわないと戦いづらい。それに、もし小町の身に何か起こったら俺が親父に殺される。俺の命のためにも逃げてくれ」

小町「目的が半分お兄ちゃんのためになってるよ……でもそう言うならわかった。お兄ちゃんの言う通りにするよ」

八幡「頼む」

小町は一度大きく頷いて人混みの方へ駆け出していった。

八幡「蓮見、なんとか小町が参拝客を避難させるまでここで持ちこたえてくれ」

うらら「わかった!」

心美「あの、私は何を」

八幡「朝比奈は参拝客が残っていないか神社を見回って、誰もいないのが確認できたら連絡してくれ」

心美「わ、わかりました。待っててねうららちゃん!すぐ戻ってくるから」

うらら「足止めは任せときなさい!」

本編3-11


八幡「じゃあ俺たちはこいつらをどうにかするか」

改めて俺と蓮見はイロウスに向き合う。

うらら「どーにかするのはうららでしょ♪」

八幡「……確かに」

うらら「いや、そんな意味で言ったんじゃないからね。元気出して!」

八幡「別に落ち込んでねぇよ。ほらイロウスに集中しろ」

うらら「大丈夫!小型イロウス数匹くらいなら余裕よ!」

蓮見はそう意気込んで杖を構える。魔法陣から出てきたところを見ると、こいつはレイ種ってやつか。

うらら「星守うららのステージ開幕よ!『炎舞鳳凰翔』!」

たちまち炎に包まれた蓮見は飛び上がり、上空からイロウスに向かって突撃する。その攻撃で周囲のイロウスはたちまち消滅する。

うらら「どうどうハチくん!うららの勇姿!」

八幡「ご苦労さん。あぁ、まぁ良かったんじゃねえの」

うらら「うわー。こまっちに聞いた通り、褒めるのも素直じゃないなぁ」

八幡「うるせ。つかまだ大型イロウスを倒せてない。油断すんな」

小型イロウスをいくら倒しても大型イロウスを倒さないと意味がない。絶対近くにいるはず。

その時通信機が鳴り出した。多分朝比奈からだろう。

八幡「もしもし」

心美「せ、先生!助けてください」

予想に反してかなり切羽詰まった声色だ。

八幡「どうした」

心美「神社全体にイロウスが出現していて、私1人では倒しきれないです。ど、どうすれば」

八幡「わかった。蓮見とすぐそっちに向かう。今どこだ」

心美「い、今は売店前の参道にいます」

八幡「すぐ蓮見と向かう。俺たちが行くまで無理はするなよ」

心美「わ、わかりました。お願いします」

そうして通信は切れた。くそ、すでに神社全体が襲われてるのか。

八幡「おい蓮見。ここだけじゃなくて神社全体にイロウスが現れてると今朝比奈から連絡があった」

うらら「ここみは大丈夫なの?」

八幡「無理はしないように言っといた。だが早く合流しないとマズイ」

うらら「すぐ行くわよ!」

本編3-12


俺たちが参道に着くと、朝比奈が多数のイロウス相手に孤軍奮闘していた。

うらら「ここみ!」

心美「うららちゃん!先生!」

八幡「大丈夫か?」

心美「は、はい。でもイロウスが多すぎて対処しきれなくて……」

小型イロウスばかりだが、いかんせん数が多いのと散らばってるのとで効率的に倒せていない。

うらら「ハチくん!うららのスキルで一網打尽にするわ!」

八幡「でもさっきのスキルじゃせいぜい周り数メートルのイロウスしか倒せないだろ」

うらら「ふふん、うららを甘く見ないでよ!さ、ステージ第二幕の開演よ、『パンプキンクイーン』!」

蓮見が叫ぶと上空から大きなかぼちゃが降ってきた。かぼちゃ?

八幡「は?なにこれ?」

心美「うららちゃんのスキルです。あのかぼちゃが時限爆弾になってるんです」

八幡「時限爆弾?」

うらら「でもただの時限爆弾じゃないわよ!」

何がだ、と言いかけた時異変に気づいた。どの小型イロウスもかぼちゃに吸い寄せられていくのだ。

八幡「もしかしてこの爆弾」

うらら「そう、かぼちゃがイロウスを引き寄せてくれるの。さ、ここみ!今のうちにイロウスを叩くわよ!」

心美「う、うん!」

そうして2人は外からイロウスを攻撃してその数を減らしていき、

うらら「そろそろ爆発するわ!」

時間が経ったかぼちゃは周りに残ったイロウスを巻き込んで爆発した。

八幡「よし、これでかなり数が減ったな」

心美「でもまだ残ってます」

うらら「もう一回かぼちゃをやればいいだけの話よ!『パンプキンクイーン』!」

再びかぼちゃが降ってきて、イロウスが引き寄せられていく。

うらら「いくわよここみ!」

心美「うん!」

だが次の瞬間、かぼちゃが爆発した。

八幡「な、なにが起こった?」

うらら「うっ。実はあの爆弾、一定以上のダメージを受けても爆発する仕組みになってるの」

八幡「てことはまさか」

心美「た、多分出てきたんだと思います。大型イロウスが」

煙が晴れてくると、朝比奈の言う通り大型イロウスの輪郭が見えてきた。高さは4,5メートルほどで全身骨だが、角としっぽがあるぶんさらに巨大に感じる。

八幡「こいつがおそらく親玉だな」

心美「お、大きいよぉ」

うらら「しっかりしなさいここみ!大丈夫、うららたちならできる!」

本編3-13


蓮見と朝比奈は杖を構え大型イロウスへ攻撃を仕掛けようとする。しかしその攻撃を次々と湧いてくる小型イロウスが身代わりとなって受け、大型イロウスに攻撃が届かない。

うらら「もうっ!なんなのよあの小型イロウスは!」

心美「し、しょうがないようららちゃん」

八幡「攻撃し続ければ隙が生まれるはずだ。そこを逃すな」

そうして攻撃を続けると小型イロウスが湧いてこない瞬間ができた。

八幡「今だ!」

うらら「はあっ!」

心美「やぁ!」

2人はすぐさま攻撃するが、大型イロウスは地中へ潜って攻撃をかわす。

うらら「今度は隠れるのね」

心美「ど、どこから現れるんだろう……」

マジか、また地中に隠れるのか。千葉に現れたシュム種といい、イロウスって地中が好きなの?そのまま地中に潜っていなくなってくれるとありがたいんだが。

などと考えていると蓮見の足元に大きな黒い魔方陣が出現した。

八幡「蓮見!足元に注意しろ!」

うらら「わかってる!」

すぐに魔方陣が光りだし、そこから大型イロウスが腕を振り回しながら現れる。だが、蓮見は素早く緊急回避のためにローリングして攻撃をかわす。

心美「うららちゃん!」

うらら「うららは大丈夫!早く大型イロウスに攻撃を!」

心美「うん!」

朝比奈は大型イロウスを攻撃する。しかし大半の攻撃はまた湧き出した小型イロウスが身代わりに受けたため、ほとんど大型イロウスにダメージを与えられない。

心美「ま、また小型イロウスが……」

うらら「もうどうすればいいのよ!」

八幡「どうするもなにも、こうなったら小型イロウスもまとめて攻撃するしかないんじゃないか」

心美「それならスキルを連発するしか……」

うらら「なら連発すればいいじゃない!」

そう言うと蓮見は矢継ぎ早にスキルを連発していく。

うらら「『チャーム・アイズ』!『エレクトロサポート』!」

蓮見のスキル攻撃でダメージを大型イロウスに与えることに成功した。

うらら「『チャーム・アイズ』でマヒさせて、『エレクトロサポート』でパワーアップしたうららの攻撃を受けなさい!『炎舞鳳凰翔』!」

だが蓮見がスキル名を唱えてもさっきみたいな炎は出てこない。

心美「うららちゃん……?」

八幡「……お前もしかして」

うらら「SP使い切っちゃった……」

八幡「なにやってんだ。スキル使えなくなるってかなりやばいぞ」

うらら「だ、だって参道に来た時に『パンプキンクイーン』何回も使っちゃたんだもん!それに小型イロウスもまとめて攻撃しろって言ったのハチくんじゃん!」

八幡「いや、確かにそう言ったけど、ここまでするとは思わないだろ」

自分でできること減らしてどうするんだよ。でも今さら後悔してもどうしようもない。まずはこの状況を打開することを考えないと……

本編3-14


心美「あ、あの」

朝比奈が胸の前で手をもじもじさせながら話しかけてきた。だから、その胸の前に手置くなよ。見ちゃうだろ。小町や蓮見にはないものを。

八幡「どうした?」

心美「わ、私のスキルでうららちゃんのSP回復してあげられますけど」

八幡「ほんとか?」

うらら「さすがここみ!」

心美「で、でもスキルの攻撃力はそこまで高くないんですけど」

八幡「蓮見のSP回復が最優先だ。すぐ頼む」

心美「じゃ、じゃあ、先生。私のそばに来てくれませんか?」

八幡「え、なんで?」

心美「そうしないとスキルが発動できないんです……」

なにその発動条件。回復対象の蓮見が近づくならわかるけどなんで俺?

うらら「ほらハチくん!早くここみに近付いてよ!」

俺が朝比奈に近付かないことに見かねて、蓮見が俺の背中を押した。そのせいで朝比奈との距離がほぼゼロ距離になり、朝比奈からうっすらシャンプーのいい香りがするっていうどうでもいい知識を身につけた。てかめっちゃ近いんですけど。色々女の子らしいものが目の前にあって視線が泳ぐ。

八幡「あ、悪い」

心美「い、いえ」

……なにこの沈黙。あれ、てかなんで俺朝比奈に近付いたんだっけ。

うらら「ほらここみ!早くスキル発動させなさいよ!」

心美「あ、うん。じゃあ先生」

そう言って朝比奈はハンカチを出して、それを俺の顔に向けてくる。自然とそのハンカチを目で追っているとその向こう側の朝比奈と目が合う。

心美「ブ、『ブラッシュアプローチ』!」

その瞬間、朝比奈はハンカチを引っ込めて顔を赤らめて横を向いてしまう。そんな朝比奈から大量のハートが飛び出して降り注ぐ。

……ていうか何この状況、どうすればいいの?なんか朝比奈の顔、真っ赤になってるし。こういうときって俺がフォローすればいいの?いや、そんなことして朝比奈が全然気にしてなかったら俺恥ずかしいだけだし。でも相手は朝比奈だぞ?絶対男の人にこんなことしたことないだろ。やっぱり何か一言言うべきか。

八幡「あ、」

うらら「ありがとうここみ!SPも回復できたし早く大型イロウス倒すわよ!」

俺が口を開く前に、蓮見が朝比奈に声をかけた。

心美「う、うん!そうだねうららちゃん」

蓮見の声掛けによって朝比奈も落ち着きを取り戻したらしい。むやみに俺が話しかけなくてよかった。

と思ったら蓮見が俺の腕をつかんでそのまま強引に引っ張ってきた。おかげで顔と顔がめっちゃ近くなって、蓮見の髪から朝比奈と同じシャンプーのいい香りがするっていうどうでもいい知識を身につけてしまった。蓮見はそんな俺にはおかまいなしに耳元で囁いてきた。

うらら「ここみに変な感情抱かないでよ」

八幡「んなわけないだろ。持たねぇよ」

うらら「でも赤くなってた」

八幡「あれは、まぁ、不可抗力だ」

うらら「ま、そうだね。今も赤くなってるし♪」

八幡「なっ」

恥ずかしくなって俺は蓮見の腕を強引に振りほどく。蓮見は残念そうに「あぁ~」とか言ってる。

八幡「おい、からかうなよ」

うらら「しょうがないでしょ。ここみには負けたくないんだもん……」

最後の言葉がよく聞こえなかった。何がしょうがないんだ。聞こえないんだよ。

八幡「なんだって?」

うらら「なんでもない!」

番外編「昴の誕生日前編」


5月4日。本来ならゴールデンウイークを家で謳歌しているはずなのだが、今日は若葉と出かけることになっている。しかし、ゴールデンウイークというのは本当に素晴らしい。長い連休は普段のせわしない生活からの脱却を可能にし、自分の時間をゆったり過ごす余裕を与えてくれる。反動として連休明けの戻って来た日常への反抗心もまた大きなものになるのが悩みどころだが。

さて、集合場所に来たのはいいものの、すごい人だな。さすがゴールデンウイーク。で、若葉はどこ?いない?ならしょうがない。帰るか。

昴「あ、先生!こっちです!」

声のする方を見ると、若葉が両手をぶんぶん振って俺にアピールしている。服装はいつもの制服やジャージではなく、白のTシャツの上に黄緑色のノースリーブのパーカーを重ね着している。下は黒のホットパンツでいかにも若葉らしい健康的な印象を受ける。

八幡「うす、よく俺の事見つけられたな」

昴「先生見つけやすいですから」

八幡「俺そんな悪目立ちしてる?」

昴「そ、そういう意味で言ったんじゃないですよ!とりあえずここから移動しませんか?」

八幡「あぁ、でもちょっと休ませて。普段こんな人込みの中にいないから今の状況ツライ」

昴「まだ会って何分も経ってないじゃないですか!ほら行きますよ!」

俺は若葉に引っ張られ今日の目的地、サッカースタジアムまで歩き出した。

八幡「つか、今更だけど別に一緒に行くの俺じゃなくてもよかったろ。星月とか誘ったら絶対付き合ってくれるんじゃないの」

昴「いえ、色々声をかけてみたんですけどさすがにサッカー観戦までは付き合ってくれなくて。ホントはもともと先生と行きたくて誰にも声かけてないけど」

最後のほうが周りの雑音のせいでよく聞こえなかった。何、誘っても断られるとかちょっと同情しちゃう。

八幡「ま、せっかくチケットもらったんだから有効活用しないともったいないか」

実は数日前、くじで当てたとかで御剣先生からサッカーの試合のチケットを2枚もらった。俺はあまり興味がなかったからフットサル部の若葉にチケットを譲ったのだが、一緒に行く人がいないということで俺が付き合うことになったのだ。

昴「そうですよ!アタシ、この試合ずっと生で見たかったんです!でも人気なのでなかなかチケット手に入らなくて」

八幡「へぇ、そんなに人気なのか」

昴「はい!両チームとも毎年優勝争いを繰り広げる強豪なんです!だからこの対決はその年の優勝チームを決める上で毎年大事な一戦になるんです!」

八幡「ふーん」

昴「あの、先生。もしかしてあまり乗り気じゃないですか?反応が薄いような」

八幡「ま、正直そこまで乗り気ではない。サッカーの試合なんてテレビでしか見たことないし」

昴「正直すぎますよ……でも生で見るサッカーはテレビよりも何倍も楽しいですから!アタシが保証します!」

八幡「でも俺サッカー見ても何がすごいのかイマイチわからないんだけど」

昴「それなら試合が始まるまでアタシが教えてあげますよ!今日の2チームはその特徴がはっきりと分かれていて、注目の選手がそれぞれ……」

途中から何を話しているか理解できなくなったが、若葉は試合が始まる直前まで話を止めなかった。

八幡「若葉、そろそろ試合が始まる時間なんだが」

昴「あ、もうそんな時間なんですね。気づかなかったです」

八幡「あぁ。ま、途中からお前喋っててばっかりだったもんな」

昴「す、すいません。でもとにかく今日の試合は盛り上がること間違いなしなんです!」

八幡「わかったわかった。ほら、選手入場だとよ」

いつもテレビで聞く名前がわからない音楽が流れると、選手が入場してきた。

昴「わぁ!先生!本物の!本物の選手たちですよ!」

八幡「わかったから少し落ち着け、な?」

昴「落ち着いてなんていられませんよ!この対戦を見られるなんて夢みたい!」

八幡「そうですか……」

若葉はそんなハイテンションのまま、試合終了までまさに全身全霊で試合を楽しんでいた。

番外編「昴の誕生日後編」


試合は両チームとも見せ場があり、素人の俺でもそれなりに楽しめる内容だった。

八幡「ほら若葉。試合終わったから帰るぞ」

昴「は、はい」

だが俺たちの負けられない戦いはここから始まったのだ。帰りの電車に乗るために観客が一斉に駅に移動する。最寄り駅は一つしかなく、それもまた大きいとは言えなかった。そこにこの数万の観客が一気に押し寄せるのだ。必然、スタジアムの出口付近から大混雑が始まる。

八幡「おい、若葉。大丈夫か?」

昴「大丈夫です!」

押し合いへし合いながら、俺たちは時々声をかけ合い駅まで進んでいった。しかし、スタジアムと駅の中間地点くらいからまずます混雑が激しくなってきた。

八幡「若葉?いるか?」

当然いるものだと思って声をかけたのだが返事がない。

八幡「若葉?返事しろ!?」

もう一度声をかけても返事がない。……はぐれたか。ま、あいつなら一人でも帰れるか。俺より頑丈そうだし。

昴「先生……」

その時、かすかに、でもはっきり若葉の俺を呼ぶ声が聞こえた気がした。

八幡「若葉!」

俺がなんとか体を入れて流れに逆らって歩いてきた道を戻ると、道のすみで膝を抱えてうつむきながら座り込んでいる若葉を見つけた。

八幡「若葉、お前何やってるんだよ」

昴「先生?ほんとに先生?」

俺が声をかけると、若葉は顔を上げて俺を見つめてくる。その目はうっすら潤んでいる。

八幡「いくら目が腐ってるからとはいえ、幽霊扱いはさすがに傷つくぞ」

昴「幽霊なんて言ってないですよ。はは、でも本当に先生だ」

若葉ははにかんでそう言うが、声に力がない。それこそ幽霊みたいに見えてもおかしくない。

八幡「……はぁ」

仕方なく俺も若葉の隣に座ることにした。こんな状態の若葉を放っておけないし、かといって無理やり動かすのも気が引ける。

しばらく無言のまま座っていると、若葉がぽつぽつと語りだした。

昴「アタシ、今日浮かれてたんです。誕生日にずっと見たかったサッカーの試合を先生と見ることができるんだって」

八幡「……」

昴「でも、帰る途中に先生とはぐれて思ったんです。今日楽しんだのはアタシだけだったんじゃないか。先生は無理にアタシに付き合ってくれたんじゃないか。だからアタシは先生とはぐれちゃったんじゃないかって」

八幡「ま、確かにサッカーに関してはあまり興味はなかったな」

昴「そうですよね……」

八幡「でも、なんだ。今日はお前の誕生日なんだから、お前が楽しめたならいいんじゃないのか?それに、俺も今日若葉と過ごせて、悪くはなかったかなって思ってる」

その言葉に嘘はない。なんだかんだ楽しめた気がする。若葉の話のおかげで試合の見るポイントもわかったし、試合が見れたから若葉が楽しむ理由もわかったのだ。だから若葉が自分で自分を責める必要は全くない。俺1人で見てたら絶対ここまで楽しめなかった。いや、1人だったら見には来ないか。

昴「……ありがとう先生。やっぱり先生と来られてよかったです」

八幡「そうか」

昴「さ、帰りましょうか。もう人もだいぶ減りましたし」

八幡「あぁ」

そう言って俺たちは立ち上がって歩き出した。ふと空を見上げるとどの星も瞬いているように見える。普段の夜空と変わらないはずなのに今日に限っては普段より綺麗な感じがする。

そんなことを考えながら歩いていると、ふいに若葉が数歩走ってから立ち止まり、こっちを振り返った。その顔は今日見た中で一番の、若葉らしい眩しい笑顔だった。

昴「先生!来年もまた2人でサッカー見ましょうね!」

八幡「……チケットがあれば考える」

昴「言いましたね!絶対手に入れますから!」

そんなことを言い合うと俺たちはまた駅に向かって歩き出した。

以上で番外編「昴の誕生日」終了です。昴誕生日おめでとう!自分も昴とサッカー観戦したい。

本編3-15


うらら「『炎舞鳳凰翔』!」

朝比奈にSPを回復してもらった蓮見は再びイロウスに対しスキル攻撃を行う。そして数回スキルを使った後、

うらら「ここみ!回復お願い!」

心美「う、うん!『ブラッシュアプローチ』!」

うらら「よし!まだまだいくわよ!」

こうして蓮見がイロウスを攻撃し、朝比奈が蓮見のSPを回復するという役割分担が自然と出来上がった。俺はと言えば、スキル発動のために毎回毎回朝比奈と顔を近づけているだけである。さすがに何回もやれば慣れるだろうと思ったが全然そんなことはない。むしろ毎回ドキドキしすぎて心臓が過労死しそうなレベル。

心美「な、何回もすみません先生」

八幡「い、いや、スキルのためだもんな。しょうがないしょうがない」

朝比奈もまたこの状況に慣れないのは俺と同じらしく、毎回動作がぎこちない。

うらら「もうここみもハチくんもいい加減慣れてよ!初心なカップルみたいな光景を見せられるうららの気持ちも考えて!」

何回目かの朝比奈のスキル発動ののち、蓮見がしびれを切らして文句を言い始めた。

八幡「いや、そう言われても慣れないものは慣れないし」

心美「ご、ごめんねうららちゃん」

うらら「まぁ百歩譲ってここみは普段男の人と関わりないからいいとして、ハチくんはなに?高校生でしょ?こういうことの一つや二つ経験あるでしょ?」

八幡「俺をなめるな蓮見。今まで俺の恋愛が成就したことなんて一度もない。それどころか失敗ばかりが積み重なっていき、結果が今の俺だ」

そう、誕生日にアニソンセレクトを送ったり、やたらメールをしてみたり、話しかけられただけで勘違いしたり。負けることに関しては俺最強。

心美「せ、先生も大変なんですね。わ、私は男の人に話しかけることなんてできないのですごいと思います」

うらら「こまっちの話だと高校で何かしらあってもいい感じだったのに。意外とそうでもないのね」

そんな俺の発言に2人は意外にも好意的な反応を示してくれた。

八幡「ま、そういうことだ。だから蓮見、俺たちがぎこちなくても許せ。どうしようもないことなんだ」

うらら「ならここみ!うららと役割変わって!」

八幡「は、お前何言ってんの」

うらら「だって、このままじゃいつまでたってもぎこちないままでしょ?ならうららがハチくんに色々教えてあ・げ・る」

八幡「いやいらないから。それにこれはイロウス倒すために仕方なくやってることなの。わかってる?」

心美「し、仕方なくですか……先生は私に近付かれるのが嫌ですか?」

八幡「別に好きとか嫌いとかの話じゃなくて。つか、そしたらイロウスには誰が攻撃するんだよ」

うらら「ここみがやればいいじゃない」

心美「でもうららちゃん、SP回復スキル持ってないよね?」

うらら「う、それはあれよ。ほら、気合でなんとか」

八幡「できるわけないだろ。てか話してる暇なんてないだろ。2人ともイロウスに集中しろ」

うらら、心美「はい……」

そうこうしてるとまた蓮見のSPが切れたため、朝比奈のスキルを使うときがきた。しかし朝比奈がなかなか近づいてこない。

八幡「あの、朝比奈?早くしてくれない?」

心美「あ、あの、私も早くしたいんですけど、先生も私と同じで経験がないってことがわかって余計意識しちゃって」

なんでそんなに顔赤いんだよ。俺まで余計に意識しちゃうだろうが。

その時、朝比奈の背後から大型イロウスが現れ、朝比奈の足元に黒い魔方陣が現れた。だが朝比奈はゆっくりこっちに歩いたままそれらに気づかない。

八幡「朝比奈!危ない!」

心美「え?」

俺は走り出しながらそう叫んだ。朝比奈はようやくイロウスや魔方陣に気づいたが、もう回避行動をとるには遅すぎる。すでに足元の魔方陣は光り出している。

心美「あ、あぁ」

朝比奈は恐怖のあまりその場から動けないでいる。だが俺も助けるには走っても位置的に間に合わない。

本編3-16



うらら「ここみ!」

その瞬間、蓮見が目にも止まらないスピードで朝比奈向かって飛び込み、魔法陣の中から身を呈して救い出した。

八幡「大丈夫か⁉︎」

俺は参道に倒れたまま動かない2人の元へ駆け寄る。

うらら「うん、うららは大丈夫」

そう言って蓮見は立ち上がろうとする。だが朝比奈はまだ起き上がれず何か呟いている。

心美「私、私……」

うらら「ここみ、起きなさいよ」

心美「……」

うらら「ここみ!」

そう言って蓮見は強引に朝比奈の顔を持ち上げて強烈な平手打ちを食らわした。

うらら「ここみ、あんた何してんのよ」

心美「うららちゃん……」

うらら「うららたちのやるべことは何?早くイロウスを倒してこの神社を守ることじゃないの?それをいつまでたってもスキルにもたついて、さらには動けなくなる?いい加減にしてよ!」

八幡「おい蓮見」

うらら「ハチくんは黙ってて」

八幡「はい……」

怖っ、蓮見怖。こんな人を突き放すような声も出すのかこいつ。

うらら「ここみはうららのライバルなんだよ?それなのにこんなみっともない姿晒さないでよ!」

そう言って蓮見は朝比奈をそっと抱き寄せる。

うらら「だから、一緒に頑張ろ。ここみ」

心美「うん、うん。ごめんね、うららちゃん」

涙声になりながら朝比奈も蓮見と抱き合う。この光景を近くで見るのはかなり罪悪感というか、見てはいけないものを見てる気がしてドキドキする。が、今はそんな風に眺めていられる場合じゃない。

八幡「あの、お2人さん。けっこうヤバイ状況なんだが」

そう、この一連の流れの最中に周りを小型イロウスに囲まれてしまった。ガイコツが四方八方で浮いてるのホント不気味。

うらら「安心してハチくん。うららたちにかかれば朝飯前よ!」

心美「そ、それは言いすぎだようららちゃん。でも、絶対倒します。私たちで」

2人の宣言を聞いて、絶望的な状況なのにこいつらならやってくれるっていう確信めいた何かを感じた。

八幡「もう大丈夫なんだな」

うらら「もちろん!じゃあここみ。うららのSP回復お願い」

心美「うん」

俺を見上げる朝比奈の目は決意を固めた目をしていた。……そんな目されたらこっちも覚悟決めるしかねぇじゃねぇか。

心美「いきますね先生。『ブラッシュアプローチ』!」

これまでよりもハートが多く降り注いでいる気がするのは気のせいですかね。そんなハートが周りの小型イロウスを攻撃する。

心美「うららちゃん!」

うらら「わかってるわよ!『エレクトロサポート』!」

蓮見の放つ大量の電撃が小型イロウスをまとめて撃破していく。気づけば周囲のイロウスはほとんど姿を消していた。

うらら「一気にいくわよここみ!ついてきなさい!」

心美「うん!」

本編3-17


それからの2人の勢いは凄まじかった。次々に湧き出て来るイロウスを無双シリーズ並に蹴散らしていく。そんな光景を俺はただ眺めることしかできなかった。
いや、たまには敵の位置教えたりはしたよ?でも俺何もできないし、完全にいらない子状態である。

だがしばらく攻撃してもなかなか大型イロウスを倒すところまではいかない。ダメージを与えてはいるものの決定打に欠ける感じだ。

うらら「はぁはぁ、しぶといわねあの大型イロウス」

心美「はぁはぁ、体力が多いんでしょうか」

八幡「体力もあるだろうがおそらく防御力も高いんだろう。だからこっちも攻撃力を上げて一気に大ダメージを与えないと厳しいと思う」

うらら「でもうららは攻撃力を上げてるわよ!」

八幡「あぁ、だが朝比奈は主に補助に回ってるからそうじゃないだろ」

心美「でも補助もしないと長期戦には耐えられません」

八幡「ここまでの朝比奈の働きは間違ってない。確かに長期戦において回復スキルは必須だ。だが、どこかで波状攻撃をしかけないとジリ貧になる」

ドラクエのボス戦とかな。まずはスクルトとかフバーハ。ダメージくらったらベホマ。で、その合間にバイキルドからのはやぶさ斬り。

うらら「ということはうららとここみが2人で大型イロウスにスキルを直撃させないといけないわけね」

心美「で、でももし失敗したらピンチですよね?」

うらら「今はそんなこと考えないの!絶対成功させるの!」

八幡「蓮見の言う通り、これは絶対成功させないといけない」

心美「先生……」

八幡「だが根性だけでなんとかなる話でもない。成功率を上げるためにできることはしないとな」

うらら「じゃあどうするの?」

八幡「流れの確認だ。まず2人の攻撃力を高めるスキルを朝比奈が使う。そののちすぐに蓮見が与えられるだけダメージを与える。そしてとどめはもう一度朝比奈だ。この流れで大事なのは攻撃力が上がっているうちにいかにダメージを与え続けられるかだ。大型イロウスに守る隙を作らせるな」

心美「素早く攻撃ってことですか」

八幡「あぁ。小型イロウスに防御されたり、大型イロウスに地中に潜られたりするとどうしても攻撃が滞るだろ。せっかくの攻撃が散発的なものになりかねない」

うらら「ということは心美が攻撃力を上げるスキルを使ってからは時間勝負ってわけね」

八幡「そういうことだな。だから2人にひとつ約束してほしいことがある」

心美「なんですか?」

八幡「この作戦中は大型イロウスにダメージを与えること。これだけに集中してほしい」

うらら「?そんなの当たり前じゃない」

八幡「違う。極論を言えばどっちかが危険な状態になっても攻撃をやめるな」

俺の言葉に朝比奈が顔を引きつらせた。

心美「つまりうららちゃんを助けるなってことですか?」

八幡「あぁ。攻撃力を上げられる時間は限られている。その間は大型イロウスだけを見ていろ。さらに言えば自分が小型イロウスから攻撃を受けても気にするな。攻撃を続けろ」

うらら「……そうね。そのくらいの覚悟は必要ね」

心美「覚悟、ですか」

……ちょっと言い過ぎたかな。緊張でガチガチになられても困るしフォローしとくか。

八幡「まぁそれくらいの心持ちでいてくれって話だからあんまり気負わないでくれ」

心美「わ、わかりました」

うらら「やってやるわ!」

2人は力強く返答した。

八幡「そしたら攻撃開始のタイミングを合わせて作戦開始だ」

うらら、心美「はい!」

本編3-18


心美「じゃあいくようららちゃん!『ウォーミングカイザー』!」

朝比奈がスキルを唱えると下から温泉が湧き出して2人を包み込む。蓮見はその状態のまま大型イロウスのほうへ突っ込んでいく。

うらら「はぁぁぁ!『ラバブル・フィースト』!」

大きな誕生日ケーキが突然現れ、それに触れた小型イロウスが次々に消滅していく。小型イロウスが消えたことで大型イロウスに攻撃を与える隙が生まれた。

八幡「よし、朝比奈!いけるぞ!」

心美「は、はい!」

そうして朝比奈は杖を大型イロウスに向けた。

心美「『ハニカミ桃色パルス』!」

にわかに閃光がほとばしってあたりに爆発が起こる。

うらら「やったわ!案外ちょろいわね」

八幡「あ、バカ。お前それ死亡フラグ」

俺がツッコミを入れた瞬間に爆煙の中から大型イロウスが現れた。見るからに荒れ狂っている。

うらら「ちょ、あの爆発でまだ消滅しないの!?」

八幡「やべぇ……」

うらら「ちょっと!どうすんの!」

八幡「お前があんなこと言わなければよかったんだよ」

うらら「うららのせいって言いたいの?」

八幡「いや、別にそこまで言うつもりはないけど」

心美「先生、うららちゃん。私に考えがあります」

俺とは蓮見があほな言い争いをしていると朝比奈が声をかけてきた。

八幡「なんだ」

心美「あの大型イロウスは多分体力がほぼないはずです。あと一押しすれば倒せます。だから最後の勝負を仕掛けたいんです」

八幡「具体的にはどうすんだ」

心美「もう私の攻撃力はもとに戻っていますが、うららちゃんは『ラバブル・フィースト』の効果でまだ攻撃力が上がってるはずです。うららちゃんが攻撃できれば倒せると思います」

うらら「でもあんなに暴れてるあいつにどう近づけって言うのよ」

心美「……私が攻撃を引き付けるから背後からうららちゃんが攻撃して」

うらら「待ってここみ。それは危険すぎる!」

心美「でも先生とさっき約束したよね。どっちかが危ない状況になっても攻撃を止めるなって」

うらら「そ、それはそうだけど」

確かに蓮見の言う通りこの作戦は危険すぎる。だが時間がないのも確かだし、なにより朝比奈がこれまでにないくらい凛とした表情をしている。なら俺が確認することは一つだけだ

八幡「朝比奈。大丈夫なんだな」

心美「はい。大丈夫です」

八幡「だとよ蓮見。これはもうやるしかねえだろ」

うらら「うぅ、ハチくんもここみもそこまで言うならやるわよ!」

心美「がんばろうね、うららちゃん」

うらら「当たり前よ。それとここみ」

心美「なに?」

うらら「絶対うららがあいつ倒すから。それまで倒れないでよ。絶対」

朝比奈は一瞬はっとした顔をしたがすぐにっこり笑って答える

心美「うん」

うらら「じゃあうららとここみの最終ステージ開演よ!」

本編3-19


心美「いやぁぁ!」

朝比奈は杖をかざして大型イロウス相手に正面から突っ込んだ。

だが、動きを止められるまでには至らない。

八幡「くそ、だめか」

朝比奈は依然大型イロウスの攻撃を引き付けている。と、その時朝比奈が杖を落とした。

八幡「何する気だあいつ」

大型イロウスはそれを見てすかさず腕を振り上げる攻撃を仕掛けてくる。それが朝比奈にクリーンヒットする。

心美「きゃぁ!」

八幡「朝比奈!」

だが朝比奈は倒れなかった。それどころか大型イロウスの腕を捕まえている。

心美「うららちゃん!今だよ!」

だが小型イロウスの群れが蓮見の行く手を阻む。

うらら「ここみ……くっ、この、こんなときに邪魔だよ!」

……こうなったら一か八か、こうするしかないか。

八幡「どけ蓮見。んで、俺の後から突っ込め」

うらら「え、そんなことできるわけ、」

八幡「俺にはこれくらいしかできないんだからやるしかねぇんだよ!」

困惑する蓮見をよそに俺は小型イロウスに向かって体ごと飛び込んだ。骨ばかりな見た目通り、さほど重くはない小型イロウスは俺ののしかかりで何体か倒れこむ。

八幡「ほら!いけ!」

蓮見は一瞬驚いた顔をしたが、すぐ俺が作った隙間を飛び越えて朝比奈の所へ向かう。

うらら「ここみ!」

蓮見は魔法弾を放つが、攻撃力がもとに戻っているのか大型イロウスにダメージが通らない。

うらら「あとちょっと、あとちょっとなのに」

なにか使えるものはないか。今すぐダメージ量を増やせるもの……そうだ。

八幡「蓮見!朝比奈の杖も使え!」

心美「うららちゃん!私の杖も使って!」

俺と朝比奈はほぼ同時に叫んだ。

うらら「わかった!使わしてもらうね」

蓮見は落ちていた朝比奈の杖を拾い大型イロウスに向き直る。にわかに両方の杖の先が光り出してきた。

うらら「ここみもこまっちも参拝客も危険にさらしたことは許さない!はぁ!」

そう言って蓮見は魔法弾を連発し、大型イロウスを見事消滅させた。

うらら「ここみ!大丈夫?」

心美「うん、大丈夫。ありがとうららちゃん」

うらら「それはうららのセリフよ。ありがと、ここみ」

倒れこむ朝比奈を優しく蓮見が抱きかかえる。美しい光景だ。べ、別に、俺も体張ったのになんも言われてないなぁとか、それどころか最後の蓮見の発言の中に俺が登場しなかったなぁなんて全然気にしてないんだからね!

八幡「お疲れさん」

心美「先生。ほんとうにありがとうございました」

八幡「ちげぇよ。お前らが頑張った結果だ」

うらら「そうだよね~。ハチくんが今日やったことと言えば、列の整理とここみにドキッとしたのと小型イロウスに倒れこんだくらいだもんね」

八幡「うっせ」

まぁ蓮見の言うことに間違いはないので反論はしない。ひとまずこれでもうこの神社も大丈夫だろ。小町に連絡して帰るとするか。

番外編「風蘭の誕生日前編」


俺は今、雑用を押し付けてくる権化が巣くうラボの前に立っていた。はぁ。今日は何の実験台にされるんだろうか。この前やった武器改良の試し撃ちの的にされたときは死ぬかと思った。あんな体験は二度としたくない。でもここで何を言っててもしょうがない。行かないとさらにヤバいことが起こりそうだもんな。

俺は半ばあきらめの境地に入りながらラボのドアを開けた。

風蘭「おぉ比企谷。待ってたぞ」

八幡「どうも。で、今日は何をするんですか?また俺は犠牲者になればいいですか?」

風蘭「今日はただアンタとゆっくり話がしたくて呼んだだけだよ。今飲み物持ってくるからそこらへんに座って待っててくれ」

あ・や・し・い

いつもなら飲み物はおろかろくな説明もなしに実験を始める御剣先生が俺とゆっくり話したい?ありえない。絶対に何か裏があるはずだ。

座って少し待っていると飲み物とお菓子を持って御剣先生が戻って来た。

風蘭「お待たせ。ほれ比企谷」

そう言って御剣先生は飲み物を手渡してくる。だが俺にそんな手は通じない。ここはあえて渡されない方をとる!

八幡「あ、俺こっちがいいんでそれは御剣先生が飲んでください」

風蘭「え?いや、それは」

八幡「見た感じどっちも同じジュースですよね?ならどっち選んでもいいじゃないですか」

風蘭「う、」

おぉおぉ。あからさまに動揺してるな。ここはダメ押しだ。

八幡「俺待ってて喉渇いちゃったんですよね。早く飲みましょうよ先生。はい乾杯」

風蘭「うぅ……」

俺が飲み物を口につけたのを見て御剣先生も観念したのか、コップの中の飲み物を一気に飲みほす。ふ、計画通り。

八幡「で、ゆっくり話すって何話すんですか」

風蘭「……バカ」

八幡「え?」

風蘭「八幡のバカ!」

ちょっと待て落ち着け俺。なんで俺は今顔を赤らめた御剣先生から下の名前で呼ばれ、あまつさえ可愛く「バカ」と言われた?

八幡「あの、御剣先生?」

風蘭「風蘭って呼んで?」

八幡「いやそれはさすがに」

風蘭「今だけでいいから。お願い」

俺の先生がこんなに可愛いわけがない。なんだこの変わりようは?やっぱあの飲み物に何か入ってたんだろう。飲まなくてよかった。

八幡「ふ、風蘭はなんでこんな変わっちゃたんですか?」

風蘭「実はあたしが飲んだジュースの中に自分の気持ちに嘘をつけなくなる薬を混ぜてたの。本当は八幡に飲んでもらって普段の捻くれた言動の裏に何を考えてるか知りたかったんだけど失敗しちゃった」

八幡「なるほど。てことは今この状態がみつ、風蘭の本性ってわけですね」

風蘭「うん」

八幡「それにしては普段と違いすぎやしませんか?」

風蘭「だって学生の時から喧嘩ばっかりしてたから自然と男っぽい話し方になっちゃったんだよ。それに、そもそも男の人と話すの慣れてないし……」

八幡「あぁ、神樹ヶ峰の卒業生って言ってましたもんね。女子校出身で女子校勤務だと出会いなさそうですし」

風蘭「う、うん。でもそれだけが理由じゃないっていうか、その、」

八幡「それだけが理由じゃない?」

風蘭「じ、実はあたし男の人にすごく興味があるの……」

御剣先生はいかにも乙女っぽく顔を赤らめながらそんなことを口にした。

番外編「風蘭の誕生日後編」


なん、だと。御剣先生が男に興味があるだって?イメージと違いすぎて頭が追いつかない。

八幡「そ、それはつまり異性として男性に興味があるってことですか?」

風蘭「うん。だ、だってあたしの将来は、お、お、お嫁さんになることだから!」

八幡「……」

風蘭「八幡?何か言ってよ」

八幡「あ、あぁ。い、いいんじゃないですか」

おいおい、こんなことまで言っちゃうのかよ、素直になる薬すげぇな。いや、それより心でははこういうこと考えてるのに普段の言動に一切出さない御剣先生もすげぇ。

風蘭「だからホントは八幡に薬を飲ませてあたしのことどう思ってるか聞こうと思ってたんだ」

八幡「へ?」

我ながら間抜けな声が出てしまった。さらには御剣先生は座ってた向かいの席から立ち上がり、俺の隣に接近してくる。

風蘭「ねぇ、八幡。あたしのことどう思ってる?」

八幡「そ、そうでしゅね。いい先生だと思ってますよ」

風蘭「そうじゃなくて」

御剣先生はさらに俺に近付いてくる。体触れちゃってますよ先生!い、意外と柔らかいんだなこの人。ってそんなこと考えていい状況じゃない。

八幡「あの、御剣先生。とりあえず離れてもらえないですか?」

風蘭「風蘭って呼んでよ!」

そう言って盛大に肩を叩かれた。めっちゃ痛いんですけど。素直になっても筋力は変わらないんだな。

八幡「わ、わかりました。だから叩かないで」

風蘭「わかればいいの。で、八幡は、あ、あたしのことどう思ってるの?」

八幡「俺は、」

正直そんな目で見たことなんて一度もなかった。いつもよくわからない発明品の実験台にされたり、雑用させられたりと大変な思いばかり味わってきた。でも、別にそれが嫌だったかと言われればそんなことはない。めんどくさいことをさせられるってわかってても次は何をするんだろうかと楽しみにしてる自分もいる。

八幡「俺は、風蘭とこうして色々やるの別に嫌いじゃないですよ」

風蘭「……」

八幡「まぁなんていうか、少し自重してほしいこともありますけど、いつもの感じも、今の感じも悪くないですよ」

風蘭「……」

八幡「あの、風蘭?」

さっきから俯いてこっちを見ない御剣先生に顔を近づける。

風蘭「近い!」

八幡「うっ」

盛大に顎にパンチをもらってしまった。

風蘭「いや、アタシが変なこと考えたとはいえ空気に流されて変なこと言う比企谷もおかしいぞ!もっと自分の言動に責任を持て!」

八幡「ちょっと待ってください。いつの間に元に戻ってるんですか」

風蘭「ひ、比企谷がアタシの印象について語りだしたあたりから」

八幡「ならすぐに言ってくださいよ。わざわざあんなこと言う必要なかったじゃないですか」

風蘭「いや、でもせっかく言ってくれるなら聞いとこうかなって。と、とにかく。アタシとあんたがこんな状況になってたと知れたらマズイ。だから強硬手段を使わせてもらう」

そう言って御剣先生は何かごそごそと機械の山から何物かを取り出した。

八幡「なんすか、それ」

風蘭「これは特殊な電波を流して人の記憶を1時間消すことのできる機械だ。なかなか使う機会がなかったが絶好のタイミングだ。さぁ、比企谷こっちにこい」

俺が何かアクションを起こす前に御剣先生は俺の頭をがっちり捕まえ、持ってる機械を装着してくる。痛い痛い。やばい、頭がつぶれる。

風蘭「おとなしくしろ。さ、スイッチオン!」

俺はそこで意識を失った。

以上で番外編「風蘭の誕生日」終了です。ふーちゃんお誕生日おめでとう!これまでで一番キャラ崩壊させてしまいました。こういう風蘭もありかなと思ったんですが強引だったかもしれないです。

本編3-20


神社での戦いの数日後。朝比奈のもとには雑誌やら新聞やらのインタビューが何回かあったらしい。読む限り、完璧な答えではないが最初の雑誌のインタビューよりかは数段まともになった印象を受ける。

星守クラスでも朝比奈のインタビュー記事が出回っていてここ数日の話題の中心だ。

朝のHR前、そんなクラスの光景をぼーっと眺めてるとなぜかドヤ顔の蓮見が話しかけてきた。

うらら「ふふん、やっぱりうららたちの『ここみプロデュース大作戦』のおかげで、ここみのインタビューも少しはマシになったみたいね」

八幡「そういやお前らそのなんとか作戦言いながら何やってたの」

うらら「うららは徹底的にウケのいい答えを教えててわ。特によく聞かれそうな質問にはテンプレを作って暗記するくらいにね。で、こまっちがひたすらここみのいいところを列挙してくって感じ」

八幡「なにそれ、なんかの拷問?」

うらら「しょうがないじゃない。ここみってば全然自分に自信がないんだもん。こっちからどんどん魅力を言ってあげないとダメなの」

八幡「へぇ。そういえば朝比奈はどうした?」

うらら「ここみなら職員室に呼ばれてたわ。なんか悪いことでもしたのかしら」

八幡「お前じゃあるまいし、それはないだろ」

うらら「うららのことなんだと思ってるの」

蓮見はジト目で俺を睨んでくる。

八幡「だって昨日も宿題忘れて八雲先生に呼び出し食らってたろ」

うらら「あ、あれは、そうよ!ニ◯ニ◯動画ですCOLO GIRLSの一挙放送が深夜にあったからしょうがないの!」

八幡「完全に自業自得じゃねぇか」

うらら「そういうハチくんこそ授業中に寝ててよく八雲先生に怒られてるじゃん!」

八幡「仕方ないだろ、眠いんだから」

うらら「開き直った!?」

俺と蓮見がくだらないことを言い合ってると教室のドアが開いて朝比奈が戻って来た。その表情はいつにもまして不安そうだ。

八幡「どうした朝比奈」

心美「じ、じつは明日インタビューが来るらしいんです」

うらら「何よ、インタビューくらい別に今さら不安になることないじゃない」

心美「それが、テレビのインタビューなんだって……」

うらら「テレビ!?」

八幡「マジか」

心美「は、はい。だからどうしようかすごく不安で」

確かに雑誌とテレビじゃ話が違うな。顔とか話し方とかも全部映像になって伝わるぶん大変そうだ。

すると蓮見が何か思いついたように不敵な笑みを浮かべた。

うらら「これは『ここみプロデュース大作戦』臨時会議が必要ね」

そう言うと蓮見は携帯を取り出して誰かにメールを送った。するとすぐ俺の携帯がメールの着信を告げた。開いてみると小町からだった。

小町『こまちも今日うららちゃんたちと会うことにしたから!お兄ちゃんも来てよ。絶対帰っちゃだめだからね』

……こうやって俺の退路をすぐ断つあたりまじ蓮見さん策士。

うらら「こまっちも来れるっていうし、放課後この前のカフェに行くわよ!」

心美「うん!ありがとううららちゃん!」

朝比奈もヤル気だ。多分またあのカフェ行けるのが楽しみなんだろ。ま、あそこのケーキ割と美味しかったしそう思う気持ちはわかる。俺の財布の中身が心配になるが。

心美「先生も、あ、ありがとうございます」

朝比奈がやわらかい笑顔で俺にお礼を言ってきた。

……そうやって笑顔で接してくるあたりまじ朝比奈さん策士。違うな。俺がチョロイだけでした。

以上で本編第3章終了です。やっと中学生組が終わりました。次回からは高校生組の話になっていきます。

本編4-1


ある平日の朝。俺はいつもの通りベッドの誘惑をなんとか振り払いリビングに朝食を取りに行くと、いつもはこの時間にはいるはずのない母親がコーヒーを啜っていた。母親は俺がリビングに入っていくと一瞬「誰だこいつ」って目で俺を凝視してきやがった。おい、息子の顔忘れるなよ。仮にも母親だろ。

八幡の母「あらあんただったの、意外と早いのね」

八幡「……この時間に起きないと間に合わないんだよ。つか母ちゃんこそ今日遅くね。仕事は?」

八幡の母「今日は少し遅い出勤なの。ま、それでも世間の社会人よりかは早いんだけど」

母親の目の下に刻まれた隈がさらに深くなるくらい暗い発言だった。ホント社畜って人間を破壊していく。将来は働くお嫁さんをきちんといたわってあげよう。

八幡の母「そういえば、あんたしばらく見ないうちに少し変わったわね」

八幡「え、何突然」

嘘。母ちゃん、いつも小町の事しか見てないと思ってたら俺のこともきちんと見ててくれたの?八幡感激。

八幡の母「なんか前より丸くなった気がするわ。太った?」

衝撃の発言だった。お、俺が、太った?まままままさか。

八幡「待て母ちゃん。俺が太った?そんな馬鹿な話があってたまるか」

小町「うーん、言われてみると確かにお兄ちゃん少し太ったかも」

いつの間に起きてきたのか小町まで会話に参加してくる。

八幡の母「小町もそう思う?やっぱりね。最近あんたが始めたなんとかって学校との交流?だかなんだか知らないけど、それが原因なんじゃないの」

八幡「2人とも勝手な言いがかりはよしてくれ。俺だってまだ高校2年生の成長期だぞ?体が大きくなることだって十分あり得る」

小町「いきなり横に大きくなるのを成長期だとは言わないよお兄ちゃん」

八幡の母「このままいくとあんた、ただの目の腐ったデブになって一生を終えることになるわよ」

俺は頭の中で材木座の目が腐った姿を思い浮かべてみた。うん、ないな。もはや人間とは呼べない。どこかの絵巻物に出てくる化け物だ。

八幡「そ、それは嫌だ」

八幡の母「ならなんとかしな。そろそろ私出かけるから。2人とも車に気を付けて学校行くんだよ」

小町「はーい!いってらっしゃい!」

八幡「いってらっしゃい……」

母親がいなくなり、兄妹2人で朝食を食べ始めると先ほどまで元気だった小町が少し心配そうな声色で尋ねてくる。

小町「でもお兄ちゃん、ほんとにヤバいかもよ?家族でもわかるくらい変わったなら他の人なんてとっくに気づいてるよ」

八幡「でも別に神樹ヶ峰では何も言われてないぞ」

小町「そりゃ面と向かって『太ったね』なんて言う人がいるわけないでしょ。で、なんか原因はないの?」

ついさっきお前と母親に面と向かってそう言われたばっかりなんだが?と心の中でツッコミを入れつつ原因を少し考えてみる。

八幡「言われてみれば神樹ヶ峰に通うようになって自転車に乗ることもなくなったし、学校で体育もやってないから運動する時間は減ったな」

小町「それだよお兄ちゃん。このまま運動しないとお兄ちゃんの友達の中二病の人みたいになっちゃうよ?そしたら小町口ききたくないよ」

なぜか材木座がとばっちりを受けた。だが兄妹だと考えることも似てくるらしい。ごめんな材木座。

八幡「それはお兄ちゃん困る。あと材木座は俺の友達ではない」

小町「まだそれ言い張るんだ……とにかく今のままだとダメだよお兄ちゃん。なんとかしてね」

八幡「何とかって言われても」

小町「だから運動すればいいじゃん。休日に」

八幡「小町。休日は休む日だ。なんでわざわざ疲れることをせにゃいかんのだ」

小町「そんなこと言ってるから太るんだよ。あ、なら学校で汗を流しなよ。いっそのこと星守クラスの子と一緒に運動したら?」

そういえば若いときに運動をしないといけないとか、一緒に運動しましょうとか、前に誰かに言われたような気がする。誰だったかな。ま、いいや。

八幡「そういうリア充イベントは俺には絶対起こらない。断言してもいい」

小町「えー」

八幡「えー、じゃねぇ。とにかくこの話は終わり。俺もそろそろ行かなくちゃ遅刻しちまう。じゃな小町。いってくる」

小町からも話題からも逃げるように俺は家を出た。

本編4-2

その日の昼休み、教室でぼーっとしていると1枚の写真が足元に落ちているのに気づいた。拾って見てみると俺が神樹ヶ峰に来た日のチャーハンパーティの時に撮った写真だ。

みき「あ、先生。それ私のです!」

声のする方に顔を上げるといつの間にか星月が俺の目の前に立っている。手を差し出してるということはどうやら写真を返せということらしい。

八幡「ん、ほれ」

みき「ありがとうございます!」

星月は俺から写真を受け取るとしばらくじっと写真を見て、また俺をじっと見る。

八幡「な、なんだよ」

みき「いえ、今の先生と写真の中の先生がなんか違うなって」

八幡「そ、そんなことないんじゃないか?」

今朝のこともあって返事がしどろもどろになってしまう。

みき「えぇー、そうですか?そうだ。遥香ちゃんと昴ちゃんにも見てもらいましょう!おーい!遥香ちゃん!昴ちゃん!」

遥香「どうしたのみき」

みき「これ先生が星守クラスに来た日の写真なんだけど、なんか今と違くない?」

そう言って星月は2人に写真を見せる。2人は写真をじっと見て俺をじっと見てため息をつく。

昴「これは、先生……」

遥香「薄々そんな感じがしてたんですけど、やっぱり」

みき「2人もそう思う?」

みき、遥香、昴「先生。太りましたね」

3人ともが揃って俺の心にナイフを突き立てて来た。俺の周りには人を傷つけることしか言わない悪魔のような女性しかいないの?

八幡「今朝、母親と妹にも同じこと言われた……」

遥香「家族の方にも指摘されるなんて相当変化があった証拠じゃないですか」

みき「先生!今のままだと数年後、自分の過去を見られなくなりますよ!」

八幡「確かにどうにかしないといけないとは思うんだが」

昴「なら先生もアタシたちと一緒に特訓やりますか?実際に武器を使ったシミュレーションとかはムリですけど、それ以外のグランドでやる特訓なら一緒にできると思います」

絶対やりたくねぇ。何度かチラッと見たことはあるがみんなキツそうな顔してたし。なんとか言い訳をしてこの特訓からは逃れよう。

八幡「……いや、星守の特訓に一般人の俺が参加しちゃダメだろ?」

遥香「大丈夫ですよ。ただの体力増強のためのトレーニングですから」

八幡「てか俺が参加してもお前らに迷惑だろ?」

みき「そんなことないですよ!むしろ私たちの特訓を見てもらえればそれだけでヤル気が出ます!」

八幡「そもそも俺全然動けないんだけど?」

昴「先生のペースに合わせますから!」

遥香「そうやって言い訳を並べても無駄ですよ先生。さ、明日からはジャージを持ってきて放課後はグランドに集合ですよ」

八幡「いや、放課後には仕事が」

昴「私たちの特訓を見るのも立派な仕事ですよ!」

八幡「そうは言っても、」

みき「なら今から八雲先生と御剣先生に放課後特訓の許可をもらいに行きましょう!」

昴「みきナイスアイディア!」

遥香「そうね、私たちで勝手に決める訳にもいかないものね」

3人は意見がまとまると職員室に向かうために教室を出ようとする。

みき「先生。何してるんですか?行きますよ?」

席を立たない俺を星月が催促してくる。はぁ、俺の意志は無視ですかそうですか。だったらなんとか八雲先生と御剣先生はこっち側に引き込もう。てかそれしかない。

本編4-2


星月を先頭に俺たち4人は職員室に入っていく。

みき「失礼しまーす!あ、八雲先生!」

樹「あらみんな揃ってどうしたの?」

昴「実は先生にお願いがあるんです」

樹「なにかしら?」

遥香「明日からの放課後特訓を比企谷先生と一緒にこなしたいんですがいいでしょうか?」

樹「いいわよ」

何のためらいもなく八雲先生は放課後特訓を承認した。

八幡「ダメじゃないんですか?」

樹「むしろこっちからお願いしたいくらいだわ。一緒に特訓をすることであなたたちの『親密度』も上がるんだから」

八幡「親密度?」

どっかのギャルゲーみたいな言葉が飛び出してきて思わず聞き返してしまった。

樹「簡単に言えば仲良くなるってこと。辛いことを一緒に乗り越えれば関係性も一層深まるはずよ」

八幡「そんな簡単に人が仲良くなれるんだったら、世の中からは戦争なんてなくなってますよ」

樹「どうしてこんなに屁理屈ばかり言えるのかしら……とにかく比企谷くんの特訓参加は決まりです」

八幡「でも俺放課後にも仕事があるんですけど」

樹「その仕事も風蘭から押しつられる雑用でしょ?もともと比企谷くんは星守たちとの交流が目的でここに来てるんだから特訓を優先してもらって何も問題ないわ。風蘭には私から言っとくから安心して」

完全に退路を断たれてしまった。「そうねぇ。優先すべきは仕事よね。やっぱり特訓は無理だと思うわ。仕事があるもの」なんていう展開を予想してたのに、「仕事」というワードが一切仕事をしなかった。

樹「というか比企谷くんが特訓をやりたいって言いだしたんじゃないの?」

八幡「やめてくださいよ八雲先生。俺がそんなこと自分から言いだすわけないじゃないですか」

樹「そ、そんな目を腐らせながら自信たっぷりに言われても困るわ……」

みき「私たちが先生を特訓に誘ったんです!」

遥香「比企谷先生の体型改善のために」

八幡「おい、成海。お前もう少しましな言い方あるだろ?」

昴「と、とにかくアタシたちもせっかくだから比企谷先生と特訓したいなって思ったんです!」

樹「そう。でもどんな理由にしろ比企谷くんが特訓に協力してくれるっていうなら助かるわ。よろしくね」

八幡「……はい」

こうして俺たちは八雲先生から特訓の許可をもらい職員室を後にした。

みき「先生!これで明日から存分に特訓できますね」

昴「でもいきなりすごい特訓はできないよみき。先生だってついてこられないだろうし」

遥香「そうね。それに無理をすればケガにつながるわ。しっかりメニューを考えないと」

3人は俺の事なんていないかのように特訓の話に夢中だ。こうなったら適当にうやむやに済ませることにしよう。

八幡「なぁ。別に俺のことなんて気にしなくていいぞ?なんなら俺だけでやるからお前らはお前らで特訓頑張ってくれ」

遥香「ダメです。先生の特訓は私たちがきちんと管理します」

昴「トレーニングはしっかりやらないと効果出ないですよ!」

みき「それに私たちは先生と一緒に特訓したいんですよ?別々にやったら意味がないじゃないですか!」

星月の発言に成海と若葉も頷く。正直ここまでストレートに言われて断るほど俺は腐っちゃいない。もとはと言えば運動してこなかった自分が悪いわけだし、さっさともとの体型に戻して特訓を終わらせる方が生産的だろう。

八幡「……わかった。よろしく頼む」

みき、遥香、昴「任せてください!」

>>331は本編4-3でした。すみません。

番外編「茉梨の誕生日前編」


わたし酒出茉梨。神樹ヶ峰女学園に通う高校3年生!いつもわたしはいっちゃんとふーちゃんと放課後に特訓したり遊びに行ったりしています。

よし、もう掃除は終わったし、今日は特訓はお休みの日だから2人とコンビニの新作お菓子を探したいなぁ。

樹「茉梨。ここにいたのね」

茉梨「あ、いっちゃん!ふーちゃん!」

風蘭「さ、茉梨も見つかったことだしサクッと行っちゃおうぜ」

茉梨「行くってどこに?」

風蘭「ナイショー」

樹「ほら茉梨早く行くわよ」

茉梨「え、え、」

わたしはいっちゃんに手を引っ張られてなぜかラボにやって来た。

茉梨「ねぇ、ここで何するの?」

樹「ここでは何もしないわ」

風蘭「そうそう。ほらここに立った立った」

茉梨「でもこれって、転送装置だよね?」

風蘭「そうだけど?」

茉梨「もしかしなくてもこれでどこかへ行くつもり?」

樹「えぇ」

茉梨「な、なんで?ふーちゃんがやるならまだしも、いっちゃんまでこんなことするなんてびっくりだよ!」

樹「理由は後で説明するわ。ほら風蘭!」

風蘭「わかってるって!転送!」

転送時の独特な感覚を味わった後、周りの空気が明らかに違うのに気づいた。なんていうか、あったかい感じ。

樹「茉梨、大丈夫?」

茉梨「うん。大丈夫だよ。それで、ここはどこ?」

風蘭「ふふん、見てわからないか?」

お店がたくさん並んでるのを見ると、ここは商店街なのかな?でも近くの商店街じゃないなぁ。ここにはいかにも南国っぽい木がたくさん植えられているし、いたるところに「沖縄」って文字がある。え、沖縄?

茉梨「まさか、まさかここって那覇の『国際通り』?」

風蘭「大正解!」

茉梨「嘘!なんで2人はわざわざ沖縄までわたしを連れてきたの?」

樹「だって今日は茉梨の誕生日じゃない。こうして私たちが神樹ヶ峰で一緒にいられるのも残り少ないし、思い出作りのために、ね」

風蘭「そうそう!いつもなら絶対イツキはこんなこと許してくれなかっただろうけど、茉梨の誕生日に何かサプライズしたいって言ったらノリノリで協力してくれたんだぜ」

樹「そ、それは、誕生日って年に一回の大切な日だし、私も風蘭も茉梨にはいつも感謝をしているし、そのお礼がしたくて」

わたしのために2人は前から準備してくてたんだ。とっても嬉しいな。

茉梨「いっちゃん、ふーちゃん……ありがとう!」

樹「ふふ、じゃあ行きましょうか」

風蘭「マリのためにうまいサーターアンダギー売ってる店を探しといたからな」

茉梨「サーターアンダギー!?」

樹「せっかくなら本場の味を食べましょ」

茉梨「うん!」

番外編「茉梨の誕生日後編」


樹「ほら、あそこよ」

茉梨「うわぁ!すごい!」

いっちゃんが指さす方からは美味しそうな香りが漂ってくる。我慢できずにお店の前まで走っていくと、たくさんのサーターアンダギーが並んでて、看板には「揚げたて」と書いてある。

茉梨「こんなにいっぱいサーターアンダギーがあるなんて、夢みたい。100個くらい買っちゃいたいなぁ」

風蘭「そ、そんなに買うのか?」

茉梨「だってなかなか来られないんだよ?家に買い置きしておきたいじゃん!」

樹「でも茉梨、あなたそんなにお金持ってないでしょ」

いっちゃんに言われてお財布の中を確かめてみると1000円札が数枚と小銭が少し。

茉梨「……100個も買えない」

樹「まぁそうよね。逆に買えるだけの大金を持ってても怖いけど」

風蘭「あ、そういえばアタシお金全然持ってなかったんだ。マリ~貸して~」

そう言ってふーちゃんはあたしにすり寄ってくる。ふふ、こうやって甘えてくるふーちゃんも可愛いなぁ。

茉梨「しょうがないなぁ。いいよ」

風蘭「やった!バイト代入ったら返すから!」

茉梨「うん。約束ね」

樹「まったくもう。誕生日の茉梨にお金を借りるなんて風蘭ったら何考えてるのかしら」

茉梨「まぁまぁいっちゃん、せっかくの沖縄なんだから楽しもう?」

樹「……えぇ」

こうしてわたしたちはサーターアンダギーを食べた後、沖縄の他の特産品を食べたり、シーサーと写真を撮ったりして国際通りを満喫した。気づいたらだいぶお日様も低い位置にあってわたしたちの影も長くなっている。

樹「さて、そろそろいい時間だし帰りましょうか」

風蘭「おぉ。じゃあ転送装置のリモコンを。って、あ」

茉梨「どうしたの?」

風蘭「リモコン、ラボに置きっぱなしだ」

樹「ちょ、何やってるのよ風蘭!帰れないじゃない!」

茉梨「と、とにかく学校に連絡してみよ?」

風蘭「そうだな。でも先生にばれるとまずいから、そうだ!多分アスハが学校に残って特訓をしてるはずだ。アスハに頼んでみよう」

そう言うとふーちゃんは通信機を取り出してあーちゃんに連絡をつける。

風蘭「お、繋がった。もしもしアスハか?1つ頼みたいことがあるんだ。ちょっとひとっ走りラボまで行って転送装置を起動させてくれないか?」

明日葉「わかりました!待っててください!」

少しするとまたあの独特の感覚が体を包み、目を開けるとラボに戻っていた。目の前にはあーちゃんと理事長が立っている。

樹「理事長!?」

牡丹「明日葉がラボに行くところを見かけましてね。不審に思って来てみたら無断で転送装置が使われた形跡があったのでここであなたたちを待ってたんです」

風蘭「アスハ~ばれちゃダメだろ~」

明日葉「す、すみません!」

樹「なんで明日葉が謝るの。完全に私と風蘭が悪いんだからいいのよ。むしろこちらこそ迷惑かけてごめんなさい」

茉梨「わたしだって悪いよ!わたしのために2人がやってくれたことなんだからわたしにも責任があるよ。ごめんねあーちゃん」

理事長「だいたい事情は分かりました。大方、今日誕生日の茉梨を喜ばせるために樹と風蘭が転送装置を使って沖縄に行くことを考えたのでしょう。親しい友のために行動するその友情は十分伝わりました」

風蘭「それじゃあ、アタシたちお咎めなしですか?」

理事長「それとこれとは話が違います。3人には罰として明日から一か月間の特別特訓を課します。一生懸命励んでくださいね」

そう言って理事長はラボを出ていった。外はすっかり暗くなっている。もう帰らないといけないけど、どうしても一言だけみんなに言いたい。わたしは大きく深呼吸をしてからしっかりと3人を見据えた。

茉梨「いっちゃん、ふーちゃん、あーちゃん。今日は本当に楽しかった!わたし、今日のことは一生忘れないね!」

以上で番外編「茉梨の誕生日」終了です。茉梨誕生日おめでとう!第3部にしか出てこないキャラクターなので八幡との交流はしないようにしました。

風蘭の明日葉への呼び方をカタカナにしてしまってました。脳内補完しておいてください。

番外編「私たち、拗ねてるんです!①」


八幡「うーす。朝のHR始めるぞ」

俺が普段通り教壇に立って挨拶をすると途端に教室が静かになった。いつもはガヤガヤとうるさいし、俺に対して無駄に絡んできたりもするのだが、今日はなぜかそんなことは全くない。ま、静かなら連絡もしやすいしいいか。

そんな雰囲気の中、2,3の連絡を伝え終えた。

八幡「以上で俺からの連絡は終わりだが、みんなからはなんかあるか?」

この質問に対しても反応はなし。さすがに少し不安になってきた。

八幡「なぁ、みんなどうしたんだ?」

楓「別に何もないですわ」

遥香「えぇ。何もないですよ先生」

ぶっきらぼうな返事しか返ってこない。

八幡「いや、そんなあからさまに嫌そうに言われても信じられないから」

望「そんなに言うなら自分の心に手をあてて考えてみてよ」

ひなた「そうだそうだ!」

八幡「なんで俺が悪いみたいになってるの……」

そうこうしてると1時間目が始まるチャイムが鳴り八雲先生が入ってきた。

樹「みんな、なにしてるの」

そう言って八雲先生は教室全体を見渡す。

樹「なるほど、そういうことね。今日の授業は自習にします。各自勉強しておくように。それと比企谷くんは私と一緒に来て」

八幡「え、なんでですか?」

樹「いいから早く!」

八幡「はい……」

俺は半ば強引に理事長室に連れてこられた。

八幡「あの、ここで何するんですか?」

樹「一度理事長に直接話をしてもらいます。私や風蘭が言うよりも効果があるから」

八幡「いや、でも俺何も悪いことしてないんですけど」

樹「そういうことは理事長に言いなさい」

八雲先生は冷たく言い放つと、俺に理事長室に入るよう促す。

八幡「……失礼します」

ノックしてドアを開けると正面の椅子に神峰牡丹理事長が座っていた。相変わらずの服装に相変わらずのロリフェイスである。

牡丹「あら比企谷くん、それに樹まで。どうされたんですか?」

樹「理事長、実は星守達が全員『拗ね期』に入ってしまいました」

牡丹「それは大変ですね。で、比企谷くんを連れてきたわけですか」

樹「はい。私はひとまず星守達の対応をしますので、彼のことをお願いしてもいいでしょうか?」

牡丹「もちろん。さ、私に任せて行きなさい」

樹「よろしくお願いします」

八雲先生は一礼すると理事長室を後にした。残されたのは俺1人。いったい何をされるの?

牡丹「比企谷くん、そんなに怖い顔をしなくても大丈夫ですよ。ひとまずそこのソファに座ってください。今お茶を入れますから」

八幡「は、はい」

言われるままに俺はソファに座る。しかしこういうところのソファって無駄に柔らかくて、座るだけでも緊張するんだよな。今みたいな状況だったら余計に。

牡丹「さて、では少し私とお話ししましょうか」

番外編「私たち拗ねてるんです!②」


俺の対面に座り、2人分の湯呑を置きながら理事長が口を開いた。

牡丹「まずは今の星守たちの状況について説明しますね。今、彼女たちはあなたに対して『拗ね期』という状態にあります」

八幡「『拗ね期』ですか?」

牡丹「えぇ。文字通りあなたに拗ねてるんです。」

なんだそりゃ。聞いたことがない。つかそもそも拗ねられるようなことをした覚えがない。

八幡「あの、どうして彼女たちは俺に拗ねてるんですか?」

牡丹「心当たりはありませんか?」

八幡「いえ、全く。彼女たちには何もしてないはずなので」

牡丹「それです」

八幡「はい?」

牡丹「彼女たちはあなたが何もしないから拗ねてるんです」

俺が何もしてないから拗ねる?まったくわからない。

牡丹「伝わってないようなので例を出して説明します。例えばひなたがソフトボールの試合で勝ったと報告してきたとしたら、比企谷くんはどう答えますか?」

八幡「多分、ふーんとかへーとか答えると思います」

牡丹「ではもう1つ。くるみが裏庭の花壇を新しくしたから今すぐ見に来てほしいと言ってきたらどう答えますか?」

八幡「後でな、って答えますね」

牡丹「その反応がいけないんです。彼女たちはあなたに褒められたいんです」

八幡「いや、まさかそんなわけ」

牡丹「では思い返してみてください。程度の差はあれ、彼女たち全員があなたにいろいろなことを言ってきたはずです」

そう言われてみると南やサドネはもちろん、煌上や粒咲さんなんかもたまに俺に話しかけてくるな。

牡丹「ね。彼女たちはみんなあなたに認めてもらいたいんです」

八幡「……じゃあ仮に、万が一そういうことだとして、俺はどうすればいいんですか?彼女たちの言うことに良い反応をすればいいんですか?」

牡丹「それも大事ですけど、今はそれよりも優先してやることがあります」

八幡「あんまり聞きたくないですけど、なんですか?」

牡丹「彼女たちの頭をなでることです」

だと思ったー。だからどこのギャルゲーなんだよ。

八幡「やっぱりそれですか……」

牡丹「あら、気づいてたんですか?ならどうしてやらないんですか?」

八幡「できるわけないですよ。同年代の女の子の頭なでるなんて」

牡丹「でも私たちは比企谷くんのなでなでを見て星守クラスの担任にしたんですよ?」

八幡「確かに最初はそうでしたけど、だからってそうほいほいなでられるわけないじゃないですか」

牡丹「安心してください。彼女たちは例外なく比企谷くんになでてもらうことを望んでますから」

そんな風に言われたとしても信用できないし、仮に本当だったとしても恥ずかしくてなでなでなんてできるわけがない。毎日黒歴史を生むようなものだ。

八幡「いや、でも」

牡丹「仕方ないですね。では荒療治といきましょうか」

理事長はすっと立ち上がると扉を開け、座ったままの俺のほうへ振り返る。

牡丹「何してるんですか?行きますよ。星守クラスへ」

番外編「私たち拗ねてるんです!③」


俺はゆっくりと歩く理事長の後を無言でついていく。なんか気まずいなぁ。

牡丹「ごめんさいね。色々迷惑をかけて」

八幡「いえ、別に」

牡丹「でも比企谷くんだからこそ彼女たちを任せられるんですよ?誰にだって頼めることじゃない」

八幡「はぁ。それがなでなでですか?」

星守クラスの前で理事長の歩みが止まる。

牡丹「……正直、彼女たちには本当に申し訳ないことをしていると思ってます。大切な中高時代をイロウスとの命がけの戦いに巻き込んでしまっていることを。だからせめて学校では彼女たちの希望をできるだけ叶えてあげたいんです」

確かに星守というのはイロウスを倒せる唯一の存在であり、その見た目の麗しさも相まって一部では「女神」ともまで言われている。だけどその実は授業を受け、部活に出て、休日に友達と遊ぶ女の子だ。そのことは短い間でしか関わっていない俺にも十分わかる。だったら、俺がするべきことは。

八幡「……俺に何かできることがあれば、協力したいです」

牡丹「……ありがとうございます比企谷くん。では早速頑張ってもらいますね」

理事長はにっこりと笑うとドアを開ける。

牡丹「みなさん、お待たせしました。比企谷先生を連れてきましたよ。なんと比企谷先生、自分にできることがあれば何でもするって言ってましたよ」

入るなり何言ってくれてるんですか理事長?ほら、教室中の視線が一斉に俺に向けられるし。すでに居づらい。

明日葉「そうですか。ありがとうございます比企谷先生」

楠さんは席を立つと教壇に上がり教室中を見渡す。いや、俺何も言ってないけど?

明日葉「ではこれより『比企谷先生にいかに頭をなでてもらうか』について話しあいを始めます」

みんな「はーい!」

突然摩訶不思議な話し合いが始まってしまった。

八幡「ちょ、ちょっと待ってください。いきなりなんですか?」

明日葉「私たちの要望は『なでなで』です。ただやみくもに先生にお願いするのも申し訳ないので、今からルールを作りたいと思います」

八幡「ルール?」

明日葉「はいそうです。みんなの中で何か意見がある者はいるか?」

ゆり「やっぱり日直の人は『なでなで』されていいと思います!」

うらら「あと部活頑張った人も!」

心美「ぶ、部活以外でも学校で何かお仕事した人にもしてほしいです」

遥香「学校以外で頑張った人にもお願いします」

ミシェル「うーん、でもそれだけだと少ないよ~」

八幡「いや、今でも十分多いから……」

あんこ「なら、HRで何かゲームをやってその上位何名かも『なでなで』してもらえるっていうのはどう?」

楓「それは面白いですわ!」

蓮華「でもどんなゲームするかによって得意不得意ができちゃうから、日直の人がゲームを考えるって言うのはどう?」

昴「いいですね!」

明日葉「ではここまでの流れを整理すると、日直の人、部活頑張った人、部活以外でも学校で頑張った人、学校以外でも頑張った人、HRに行うゲームの上位数名って感じですね」

八幡「多い。多すぎる……」

くるみ「でも先生が私たちのことを無視するのがいけないんですよ?」

サドネ「サドネたち寂しかった」

そういう寂しいアピールをされると何も言えなくなってしまう。ほんとあざとい。助けを求めて理事長を見るとただにこっとされた。いや、そういうことを望んでるんじゃないんですけど。

しかし、どうやらこの状況は俺が妥協しないといけないらしい。正直な話、こんなに可愛い子たちの頭を撫でられるっていうのは非常においしい役割であることは否定できない。ただ、それ以上に良心の呵責に苛まれる。

番外編「私たち拗ねてるんです!④」


八幡「……わかった。みんなの提案を受け入れる」

俺がそう言うと、これまでの沈んでいた空気が嘘みたいに活気づいた。

詩穂「やったわね花音ちゃん」

花音「べ、別に私は嬉しくなんてないんだから」

桜「これでより昼寝が気持ちよくなるわい」

みき「じゃあ早速今日からお願いしますね先生!」

八幡「え?せめて明日からにしてくれない?」

蓮華「ダメよ~今まで散々れんげたちのこと放置してたんだから~」

望「その分今度はアタシたちに付き合ってもらうから!」

もう逃げられないっぽいなこれ。これからますます大変な日常がやって来るんだろう。せめて黒歴史にならない程度にしておきたいが、どうだろうか。

つか、これ普通に犯罪にならない?あとで賠償請求とかされない?大丈夫?セクハラとか言われたら八幡社会的に死んじゃうよ?

ま、こいつらならそんなことはしないか。

風蘭「話は聞かせてもらった!」

八幡「うお!びっくりした。突然入ってこないでくださいよ御剣先生。今いい感じに終わりかけてたじゃないですか」

風蘭「まぁまぁ。とにかく、アンタたちの中から比企谷になでなでしてもらえるやつを何人か選べばいいんだよな?」

明日葉「え、えぇ。そうですけど」

樹「だったら最初は私たちが考案したゲームに勝った人になでなでされる権利を与えるわ!」

いつの間にか八雲先生も乱入してきてる。なんでこの人たちこんなノリノリなの。

ミシェル「ゲームって何するの?」

風蘭「今回アンタたちにやってもらうゲームは!」

樹「あみだくじよ!」

八幡「……そこまで息巻いてあみだくじですか?」

樹「勝負に勝つには幸運の女神に微笑んでもらうことも時には必要よ」

風蘭「そうそう。それに運勝負ならみんな文句は言えないしな」

単純にあなた方2人がこの状況を面白がってるだけじゃないの?

明日葉「先生方がそうおっしゃるなら、まずはあみだくじで選ぶとしよう」

みんな「賛成!」

あれ、おかしいと思ってるの俺だけ?俺が変なの?

などの俺の心の叫びは通じるはずもなく、あっという間に黒板に大きなあみだくじが書きあがり、次々に名前が加えられていく。

樹「さ、全員の名前が書けたわね」

風蘭「今回の当たりは3人だ。さ、誰が当たるかな~」

先生2人のテンションとは反対に、星守たちは水を打ったように静かになる。

樹「1人目は、蓮華」

蓮華「あら~、れんげ、先生にお触りされちゃうのね。緊張するわ~」

風蘭「2人目はひなた!」

ひなた「やったー!いっぱいなでなでしてもらおうっと!」

樹「そして最後3人目は、楓」

楓「ワタクシですの?ま、まさか当選するなんて思ってなかったですから驚きましたわ」

あっという間に3人が選ばれてしまった。他の15人は明らかに落ち込んでいる。

番外編「私たち拗ねてるんです!⑤」


風蘭「じゃ、今からここでなでなでターイム!3人は前に来い」

八幡「ちょ、今この状況でですか?」

樹「だってこうでもしないと比企谷くんなでなでしないでしょ?」

観客の居る前で女の子の頭なでるとか公開処刑ですか?

八幡「あの、みんなの前とか恥ずかしいんですけど」

風蘭「じゃあ2人きりならできるのか?逆にそういうシチュエーションのほうが危ないだろ」

樹「風蘭の言う通りよ。あくまで教育の一環なんだから比企谷くんは堂々となでればいいのよ」

やっぱりこの人たちの考えおかしいと思うんだよな。なに、星守になる人ってみんなどこかおかしい人なの?

風蘭「ほら時間内から始めるぞ~。まずは誰がしてもらう?」

ひなた「はいはい!ひなたが最初!」

元気に宣言して南が俺の目の前に近寄ってくる。が、俺を見上げるその目はまだまだ幼い。ゆえにあまり緊張しないで済む。最初がこいつでよかった。

八幡「ま、じゃあ……」

俺はゆっくり南の頭をなでる。

ひなた「ひなた、そうされるの気持ち良いんだぁ……えへへ……」

しかしなんだか犬をなでてる感じに思えてきた。気持ちよさそうに目を細めてるあたりマジで犬。

ひなた「八幡くんの手、あったかくて大きいから、だーいすきなんだっ!」

八幡「お、おう。そうか」

俺が少したじろいでいると御剣先生が俺から南を離す。

風蘭「はーい。お時間でーす」

まるでどこかのアイドル握手会の剝がしをする人みたいな対応だ。

ひなた「えー、もう?まぁしょうがないか。八幡くん、ありがとう!」

八幡「……おう」

樹「じゃあ次はどっちがやってもらう?」

楓「で、ではワタクシが……」

今度は千導院らしい。ま、こいつも小町より年下だしなんとかなるだろ。

八幡「ん」

俺が頭を触ると千導院の肩が震えた。

八幡「大丈夫か?」

楓「と、殿方とのスキンシップには慣れていないので……」

八幡「無理しなくていいぞ?」

楓「は、恥ずかしさはありますが……それよりも嬉しさの方が……」

顔を赤らめながら言うあたり本当に恥ずかしいんだろうな。多分俺も同じくらい赤くなってるはず。

風蘭「はーい。時間でーす」

そして例のごとく剥がされていく。

楓「は、はい!先生、ありがとうございました。またお願いいたしますね」

八幡「あ、あぁ」

番外編「私たち拗ねてるんです!⑥」


樹「えー、そしたら最後は」

蓮華「やーっと蓮華の番ね~。待ちくたびれちゃった~」

八幡「やめて芹沢さん、いきなり抱きつかないで……」

全部が当たってるけど主にやわらかい2つの凶器がヤバいです。

俺が少し抵抗すると意外にもあっさり腕を振りほどき頭を差し出してくる。

八幡「じゃ、じゃあ、失礼します」

年上の人の頭なでるの初めてだな。緊張する……

蓮華「やあ~んっ♪そんなの、くすぐったいじゃないですか~!」

八幡「いやそう言われても……」

蓮華「でも、れんげだって……嬉しいですよ……そうされるの……」

八幡「え」

冗談だよな?冗談だろ?わかってるよ。訓練されたぼっちの俺がそんな言葉に動揺するわけがない。全然余裕。むしろもっとバッチこい。

風蘭「はーい。お時間でーす」

すでに慣れた手つきで御剣先生が芹沢さんを引き離す。何この人。絶対本場で剥がしを経験してるでしょ。

蓮華「ちょっと短かったけど、よかったわ、先生♪」

八幡「はは……」

うらら「むぅ。なんだか3人の見てたらやっぱりうららもなでなでしてもらいたい!」

サドネ「サドネにもして!おにいちゃん!」

八幡「いやもう俺限界だから」

あんこ「だったらまた他のゲームをやるわよ」

望「今度は絶対アタシ勝つんだから!」

ミシェル「ミミだって負けないんだから!」

八幡「だから俺の話を聞けって……」

詩穂「ふふ、でも先生のあの手さばきを見せられたら私たちだってしてもらいたくなっちゃうわよね。花音ちゃん」

花音「ま、まぁあいつ自体にはこれっぽっちも興味なんかないけど、せっかくだから一回くらい体験しといてもいいかもね……」

樹「ふふ、みんなやる気ね」

風蘭「おーし、じゃあ次は星守っぽくイロウス討伐で競うか!ラボに移動だ!」

みんな「おー!」

この日、俺が18人全員の頭をなでるまでこの盛り上がりが収まることはなかった。そして夜に恥ずかしさのあまりリビングでのたうち回っているところを小町に見られ、詳しく事情を説明することになったというのは言うまでもない。

ま、でも悪かったってことはないですね。うん。ていうかむしろずっとドキドキしてました。

以上で番外編「私たち拗ねてるんです!」終了です。何か月か前に頂いたアイデアをもとに書いてみました。あみだくじの3人は実際やってみて当たった子たちです。本当は全員のなでなで書きたかったんですが、難しかったのでこういう形になってしまいました。

本編4-4


翌日の放課後。総武高校のダサい蛍光緑のジャージに身を包んだ俺は体操服の星月、成海、若葉とグラウンドにいた。

みき「先生!今日から頑張りましょうね!」

昴「まずはストレッチからです!」

遥香「運動不足の人がいきなり激しい運動をしてもケガをするだけですから」

八幡「 へいへい」

3人はいつものルーティーンになってるのか、特に声をかけあうこともなく開脚を始める。ただでさえ体操服で色々目のやり場に困るのに、目の前で開脚なんて見せられるとドキドキしてしまう。それにしても3人とも柔らかいな。胸までベターッと地面に付いている。

遥香「先生?ちゃんとやってますか?」

八幡「え、お、おう。当然だ」

みき「全然足開いてないじゃないですか!もしかして体固いんですか?」

八幡「まぁな……」

昴「な、なら、アタシが手伝ってあげます!」

そう言うと若葉は俺の後ろに回り背中を押してくる。

みき「先生。足が曲がっちゃってますよ。押さえてあげますね」

遥香「じゃあ私はみきとは反対の足を」

あっという間に女の子3人に体を押さえつけられてしまった。おかげで主に下半身があまりの痛さに悲鳴をあげている。相撲部屋の新入りへの稽古のような状態である。このままだと何か開けてはいけない扉が開いてしまう。

昴「じゃあこれで10秒頑張りましょう!いーち、にー、さーん」

みき「しー、ごー、ろーく」

遥香「しーち、はーち、きゅー」

みき、昴、遥香「じゅう!」

八幡「ぐはっ……」

なんとか10秒耐え抜き、3人は俺を解放する。

遥香「これから毎日お風呂上がりにストレッチしてくださいね」

みき「体が柔らかくなると色々いいことありますから」

昴「じゃあ次のストレッチいきましょう!」

八幡「ちょ、待っ」

俺の嘆きは聞き入れられず、その後しばらくの間徹底的に体を虐められてしまった。もう八幡お嫁にいけない!

遥香「ではそろそろ特訓に入りましょうか」

八幡「もう俺の中では今日の特訓終わってるんだけど」

昴「まだストレッチが終わっただけですよ……」

みき「ほら先生立ってください!」

星月に強引に起こされ、グラウンドのトラックに移動した。

八幡「で、ここで何するの」

遥香「ここではランニングをやります」

みき「じゃあ私と昴ちゃんがまず走って、その後に遥香ちゃんと先生って順番で!」

昴「今日も負けないからねみき!よーいスタート!」

掛け声に合わせて2人は50メートルほどの直線を駆け抜けていく。あれ?なんか2人とも全力じゃね?

八幡「なぁ成海。これってランニングじゃなくてダッシュっていうものじゃないの?」

遥香「……まぁそうとも言えますね。でも私たちはこれをランニングと習ったので」

八幡「お前、わかってて騙したろ」

遥香「ほら先生、昴があっちで手を振ってますよ。私たちも走りましょう。いきますよ?よーいスタート!」

成海は強引に話を打ち切って走り出した。だが、いくら運動不足だとはいえ、年下の女の子にダッシュで負けるのは情けない。ここは本気を出すしかない……!

本編4-5


八幡「はぁっ、はぁっ、なんとか勝った……」

遥香「ふぅ。あと少しだったんですけど、次は負けませんよ」

昴「待ってよ遥香!次はアタシが走る!」

八幡「待て待て、今の俺の状態見たらムリだってわかるだろ?」

昴「これくらいでへばってたらダメですよ先生!」

みき「ゆっくりでもいいですから頑張りましょう!」

そうして3人に励まされつつ、なんとか10分ほど走り終えた。

みき「お疲れ様です、先生!ランニング終了です!」

遥香「頑張りましたね先生」

八幡「終わり?マジ?」

やっと終わった。正直自分の体の鈍り具合にかなりがっかりしてる。ここまで動けなくなってたのか。

昴「明日はもっと激しくいきますから覚悟してくださいね!」

八幡「いや、多分明日は筋肉痛で動けないと思うぞ」

遥香「そうならないために今からストレッチです」

八幡「え?」

みき「また私たちが手伝いますから先生はそこに座って足を広げてください!」

八幡「お、お手柔らかにお願いします……」

遥香「善処します」

ニコッと笑った成海は容赦なく俺の背中をぐいぐい押してくる。星月と若葉もそれに続けと言わんばかりに俺の足を力いっぱい押してくる。運動した後だから余計痛く感じる。

八幡「あぁぁ」

夕焼けで赤く染まった空に俺の叫び声が空しく響いた。

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特訓でのダメージが蓄積された重い体を引きずって、なんとか家までたどり着いた。リビングに入ると小町が参考書と格闘していた。

八幡「ただいま」

小町「あ、お兄ちゃんおかえり!ってどうしたの?なんかすごく疲れてない?」

八幡「あぁ。もうお兄ちゃん、燃え尽きちゃったよ」

小町「何があったの?あ、もしかして星守クラスの人と運動したの?」

流石我が妹。見事な洞察力である。

八幡「まぁ、そんなとこだな。俺は嫌だって言ったんだがしつこく誘われたから仕方なくな」

小町「そう言いながら一緒に頑張るお兄ちゃん嫌いじゃないよ?あ、今の小町的にポイント高い!」

八幡「はいはい高い高い」

小町「むぅ、適当だな。ところでお兄ちゃん、その星守の人たちとは仲良くなれた?」

八幡「あ?別になってねぇよ。そもそもお互いに体を鍛えることが目的だし」

小町「はぁ、これだからごみいちゃんは。いい?年ごろの女の子がそんな目的だけでわざわざ男の人、ましてや目の腐ってる捻デレお兄ちゃんなんかを誘ったりしないよ?」

八幡「小町ちゃん?さりげなくお兄ちゃんを卑下するのはやめてね?」

小町「とにかく!これはチャンスだよお兄ちゃん!これをきっかけに仲良くなること!いい?」

八幡「いきなりそんなこと言われても困るんだが」

小町「でも交流が終わったら気軽に会うことはできなくなっちゃうよ?今のうちに仲良くなっておかないともったいないよ!小町はお兄ちゃんを心配して言ってるんだからね?あ、今の小町的にポイント高い!」

八幡「はいはい。もう俺疲れたから自分の部屋行くわ」

思わずため息が出てしまったが、小町の最後の発言に少し引っ掛かりを覚えた。本来、俺とあいつらは会うはずのない関係だ。なのに交流とか訳のわからない理屈で今はこうして関わりを持っている。

でも、だからって仲良くすることが正しいとは言えない。いつかくる終わりを意識して関係を深めようとするのを果たして仲良くなると言えるのだろうか。そんな関係は得てして時間が経てば消滅していく空虚なものでしかない。これこそまさに俺が嫌ってきた青春そのものじゃないか。だがいつの間にか俺は今の状況を甘受してしてしまっている。当たり前だと思ってしまっている。……俺は、このまま彼女たちと接していいのだろうか。

番外編「ミシェルの誕生日前編」


暑い。まだ6月になったばかりだというのに最近暑すぎない?汗でシャツもべとべとになるし、不快指数が限界突破しそうだ。こういう日こそ、家から出ずにクーラーや扇風機のある涼しい部屋でのんびり過ごすのが吉。つまり家から出ない専業主夫が最強。

八幡「いたっ」

ミシェル「むみっ」

そんなことを考えながら歩いていると廊下の角で綿木とぶつかってしまった。綿木はぶつかった勢いで転んでしまう。

八幡「悪い、大丈夫か?」

ミシェル「大丈夫~」

綿木はそう言いながら起き上がり、落としてしまった箱を持ち上げようとするが、なかなか持ち上げられない。中にかなり重いものが入っているようだ。

八幡「手伝う。どこ運べばいいんだ?」

俺がそう言って何箱か取り上げると、綿木は嬉しそうにはにかんだ。

ミシェル「ありがとう先生!じゃあラボまでお願い!」

ラボってことはまた御剣先生か。今度は何をするんだか。

八幡「了解」

こうして俺たち2人がラボまで荷物を運ぶと、予想通り中で御剣先生が何やら機械をいじくっていた。

風蘭「ミシェルありがとう。お、比企谷もいるのか。ちょうどいい。2人ともこっちに来てくれ。発明品の実験に付き合ってほしいんだ」

御剣先生はさっきまでいじっていた銃型の機械を誇らしげに掲げる。

風蘭「今回はミシェルにうってつけの発明だぞ。その名も『ぴょんぴょんドールくん』!」

ネーミングセンスがTo LOVEるのララと同じだった。不良品だって公言してるようなもんだぞ、それ。

風蘭「この『ぴょんぴょんドールくん』から放たれるビームを浴びた人はたちまち体がウサギのぬいぐるみに変化するっていう代物だ。どうだ?すごいだろ?」

ミシェル「すご~い!御剣先生!ミミをぬいぐるみさんにして!」

八幡「落ち着け綿木。いくらお前がぬいぐるみになりたいからって、この機械だけはやめといたほうがいい」

風蘭「流石ミシェル。そうこなっくちゃな。じゃあいくぞ!スイッチオン!」

止める間もなく御剣先生は引き金を引く。『ぴょんぴょんドールくん』の銃口から放たれたビームはみるみるうちに綿木を包み込む。

ミシェル「む、むみぃぃぃ」

そして一瞬、ぱっと輝いた後、綿木がいた場所には20センチくらいのウサギのぬいぐるみが落ちていた。

風蘭「成功だな。じゃあ比企谷。ミシェルの面倒よろしくな」

八幡「え?」

風蘭「アタシはこう見えても忙しいんだ。1時間くらいでその効果は切れるからそれまでぬいぐるみ持って適当にうろついてくれ。せっかく夢がかなってぬいぐるみになれたんだ。楽しませてあげてくれ。あ、それとそのぬいぐるみ刺激には弱いから気を付けてくれよ」


八幡「……はい」

そうして俺はラボを追い出された。でもどうすればいいの?まずぬいぐるみ持ってる時点でめちゃくちゃ恥ずかしいんだけど。

八幡「なぁ、どこ行けばいいの?」

ぬいぐるみに聞いてみるものの、当然反応はない。当たり前だわな。

八幡「とりあえず教室でも行くか」

幸い、教室には俺たち以外誰もいなかった。このまま手に持ってるのもあれだなぁ。ひとまず綿木の机に置くか。

八幡「おう、どうだ?ぬいぐるみになって眺める教室は?」

多分、むみぃ!面白い!とか思ってるんだろうな。

八幡「ぬいぐるみの生徒ができるなんて、変なことも起こるもんだな」

樹「何やってるの比企谷くん……」

声がした方を見てみると、いつのまにか扉が開いてて、八雲先生がドン引きした顔でこっちを見ていた。

八幡「あ、」

樹「ご、ごめんなさいね、邪魔しちゃったかしら」

そう言い残すと八雲先生は教室から走り去ってしまった。

番外編「ミシェルの誕生日後編」


まずい。このままだと「放課後の教室でぬいぐるみに話しかけるキモい男子高校生」というレッテルを貼られてしまう。そうなったら俺の人生は終了だ。安西先生でも諦めるに違いない。

俺はぬいぐるみを放置し、八雲先生を追いかけた。

八幡「八雲先生!」

樹「ひ、比企谷くん?あ、安心して?さっきの見た光景は誰にも言わないから。たとえ比企谷くんが放課後に誰もいない教室でウサギのぬいぐるみに話しかけるちょっとおかしな人だとしても私は引かないから」

八幡「めっちゃ引いてるじゃないですか。てか、あれには深い事情があって……」

事の顛末を話し終えると、八雲先生は呆れたように頭を抱えてしまった。

樹「なるほど、そういうことだったの。ごめんね勘違いしちゃって。それにしても風蘭には困ったものね。後で注意しておかなくちゃ」

八幡「いえ、では失礼します」

ふぅ、なんとか俺の面目は保たれた。危うく社会的に死ぬところだった。さ、ぬいぐるみを回収しに行くか。

余裕綽々で教室に戻ってみたら、さっきまであったはずのぬいぐるみがなくなっていた。あれ、なんで?

楓「先生?どうなさったのですか?」

教室中を捜索していると部活終わりだろう千導院に声をかけられた。

八幡「な、なぁ。あそこに置いてあったウサギのぬいぐるみ知らないか?」

楓「あぁ、それでしたらミミの忘れ物だと思いまして、さっき手芸部に渡してきましたわ」

なん、だと。もうそろそろ効果が切れるころだ。早く回収しに行かないと大変なことになりかねない。

八幡「わかった。サンキュ」

俺はすぐ手芸部の部室に走り出した。途中千導院が何か言ってた気がするが構ってる時間はない。

八幡「はぁはぁ。ここか。すみません、失礼します」

部室に入ると何人かの部員らしき子たちが机に置いてあるウサギのぬいぐるみを興味深そうに眺めている。すぐに1人の子が俺に気づいて不審者を見るような目つきで睨んでくる。

部員A「あなた誰ですか?」

八幡「あー、俺は星守クラスに交流で来てる比企谷だ。ちょっとそのぬいぐるみ渡してもらっていいか?」

部員B「えー、これミミちゃんのだって星守クラスの子に言われましたよ」

八幡「あぁ、だから俺が返しとくから渡してくれない?」

部員C「待ってください!このぬいぐるみ本当によくできてるから構造だけでも確認させてください」

そう言うと部員たちはぬいぐるみを押したり引っ張ったりし始めた。

部員C「これどうやってできてるんだろ~」

部員B「あれ?なんかぬいぐるみ光ってない?」

そういえば刺激に弱いって言われてたっけ。あれ、そしたらこの状況非常にまずくない?

八幡「やばい!」

俺はぬいぐるみを強引にひったくり、ラボに向かって全力疾走を始めた。

走っているとぬいぐるみからの光がどんどん増してくる。なんとかラボまで間に合ってくれ……

八幡「着いた!」

そうして俺がラボのドアに手をかけた瞬間、ぬいぐるみが手の中から滑り落ちてしまった。倒れこみながら必死に手を伸ばしてキャッチするが、その握力が刺激になったのかぬいぐるみがぱっと輝いた。余りの眩しさに目がくらむ。

少したってから目を開けると、ぬいぐるみは消えていた。代わりにうつ伏せに倒れた俺の体の下に綿木がすっぽり収まっていた。俗にいう「床ドン」の体勢である。

ミシェル「先生ありがと!ミミ、ぬいぐるみになって先生と一緒にいれて楽しかったよ!手芸部で体いじられたときとか、先生に掴まれたときはびくってなったけど……」

八幡「それは、悪かった。俺が目を離さなきゃそんなことには、」

ミシェル「だからね!だから、また今度、ちゃんとぬいぐるみのミミをエスコートしてね?」

そうやって小動物みたいに涙目で言うのは反則じゃないですか?それに俺の体の下から出ようともしないし。そんな風に言われたら無下にできるわけないじゃないですか。

つか、これ以上こんな体勢でいたらやばい。俺は立ち上り、まだ地面に寝ている綿木に向かって手を伸ばしながら答えた。

八幡「……ま、気が向いたらな」

以上で番外編「ミシェルの誕生日」終了です。ミミお誕生日おめでとう!できれば八幡にも「むみぃ」を言わせたかったんですが無理でした。

本編4-6


特訓が始まってから数日経った。未だ俺の中で彼女たちへの接し方の答えは見つかっていない。

だが相変わらず交流は続き、放課後特訓もだんだんその強度を増してきて、ランニングの他に素振りとダンスをこなした。

そして今日。本来休日であるはずなのに当然のごとく3人に呼び出された。断ることもできず、着替えを済ませグラウンドに向かうと、既に3人が固まって喋っていた。成海がいち早く俺に気づき手を振ってくる。

遥香「先生!こっちですよ」

八幡「お前ら早くね?」

昴「アタシたち、先生と特訓するのが待ちきれないんですよ!」

落ち着け俺。こんなのいつも言われてるだろ。いつも通り、いつも通りの反応だ。

八幡「……そうか」

みき「……」

なぜか星月が黙って俺のことをじっと見つめている。

八幡「なんだよ」

みき「え?いえ、何でもないです!」

昴「じゃ、じゃあ早速始めますか!」

遥香「そうね、7時間もやるわけだし」

八幡「は?何時間だって?」

聞き間違いであることを願って若葉に問いかけるが、無慈悲な笑顔で一蹴される。

昴「7時間です!」

八幡「そんなに長い時間跳ばなきゃならないのか?」

遥香「そうしないと特訓になりませんから」

特訓と言うより最早拷問だった。ここだけ昭和なの?今どきスポ根は流行らないと思うよ?

なども心の中で文句を垂れてもどうしようもないので、俺は落ちている縄跳びを拾う。その光景を見て3人は驚いた表情を見せる。

八幡「なに」

遥香「いえ、先生が自分から縄跳びを拾ったのが意外だったので」

八幡「そうか?」

昴「いつもよくわからない理屈をこねてサボろうとするじゃないですか」

八幡「人をサボリ魔みたいに言うのやめろ。案外俺は真面目なんだぞ?宿題は自分でやるし、仕事なら嫌なことでもこなすし、小6レベルなら家事全般できる。もはや俺の人間力はエベレスト並に高い領域にあるわけだ。だから逆説的に、俺に人が寄り付かないまである。孤高な存在ゆえにな」

俺の力説に3人は素で困惑した表情をしている。

遥香「いつも以上に何を言っているかわからないです、先生……」

昴「アタシも……で、でも先生にやる気が出てきてよかったね、みき」

みき「うん。そうだね……」

そう答える星月の声は幾分か小さい。朝に変なものでも食ったか?

遥香「みき?どうしたの?」

みき「なんでもないよ。さ、今日も特訓頑張ろう!おー!」

遥香、昴「お、おー」

星月の気合につられ、2人もぎこちなく腕を上に伸ばした。

みき「ほら先生も。おー!」

八幡「……おー」

……なにこのグダグダな雰囲気。ま、いつも通りと言われればいつも通りか。じゃあ何も問題ないな。何も問題ない。

本編4-7


八幡「はぁ、はぁ」

一体、何時間こうして俺はなわとびを跳んでんのかなぁ。かよちんでもこんなに跳ばないっての。

昴「ほら見て遥香!三重跳び!」

遥香「さすが昴ね。私もはやぶさ跳んじゃおうかしら」

右にはいつもより若干テンションが高めな若葉と成海。多分ちょっと調子が良いんだろう。

みき「ふぅ、ふぅ」

左にはいつもより若干テンションが低めな星月。多分ちょっと調子が悪いんだろう。

みき「いたっ」

俺に見られてるのを気にしたのか星月は縄につまづいてしまう。他の2人もそれに気付いて縄を回す手を止める。

昴「休憩にする?みき?」

遥香「そろそろお昼ご飯の時間だしね。お腹減ったわ」

昴「遥香はいつもでしょ?」

遥香「そんなこと、ないわよ」

昴「目そらしながら言ったってバレバレだよ〜」

みき「あはは……うん。お昼にしようか。実は私、今朝みんなの分のお弁当作ってきたんだ」

刹那、若葉の顔から血の気が引いた。元凶は今でもなく、星月からの遠慮がちな、でもはっきり聞こえた「お弁当」の単語。

昴「で、でもアタシ自分の分のお弁当持ってきてるんだよなぁ……」

八幡「お、俺も妹が作ってくれた愛兄弁当が」

遥香「私みきの料理大好きだから是非食べたいわ」

成海ぃぃぃ、余計なことを言うなぁぁぁ。巻き込まれる俺らのことも考えてください、お願いします。

みき「じゃ、じゃあはい」

星月が取り出した弁当箱の中に入ってたのは、

八幡「サンドイッチ?」

そう。まぎれもなくサンドイッチだった。星月の料理がこうやって形になってるのを見るのはほぼ初めてだ。まさに奇跡。いつもなら得体の知れない物体Xとかになるはずなのに。俺と同じことを思ってるのか、横で若葉もびっくりしている。

みき「は、はい。全然うまくできなかったんですけど、良かったらどうぞ」

昴「じゃ、じゃあ1つもらおうかな」

八幡「俺も」

タマゴサンドであろうものを一口食べてみる。

八幡「すげぇ。普通のタマゴサンドだ」

昴「アタシのも普通のハムチーズサンドだよ」

見た目が壊れてないだけでも奇跡なのに味も壊れてなかった。ものすごく美味しいわけではないが、ザ・手作りって感じ。

遥香「いつものみき独特の味付けとは違う気がするけど、美味しいわよ」

みき「私の味付けになってない……」

昴「いや、でもこれはこれでいいと思うよ?ね、先生?」

八幡「あ、あぁ、そうだな。いつものよりも王道な手作り料理って感じがするな」

すかさず俺と若葉はフォローを入れた。ここで星月に勘違いされても困る。むしろこのままの方向性で料理のスキルアップを図ってもらいたいところだ。何があったかは知らんが、今までとは比べ物にならないほど改善されてるんだから、これに乗らない手はない。

みき「そうですか……」

そう言って星月はまだサンドイッチが残ってる弁当箱を閉じる。

八幡「どうした?」

だが星月は俺の声に反応せず、俯きながら弁当箱を持つ手を震わしている。

本編4-8


みき「……です」

八幡「え?」

みき「みんな私に優しすぎるんです!」

八幡「何言ってんだお前?」

みき「だってそうじゃないですか。サンドイッチだって明らかに失敗作なのに美味しい美味しいって食べてくれて」

昴「いや、あれは実際いつもの数百倍は美味しかったんだけど……」

みき「でも遥香ちゃんは私の味付けになってないって言ってた」

遥香「確かにそうは言ったけど、今日のもとても美味しかったわよ?」

みき「またそうやって優しくする!私はみんなにもっと正直に言ってほしいの!」

八幡「落ち着け星月。どうしたんだ突然」

みき「そもそも先生が悪いんです!」

八幡「俺が何かしたか?」

みき「先生、ここ最近ずっと上の空でしたよね?私たちと特訓を始めたときから、毎日。私ずっとそれが気になってたんです」

八幡「……」

みき「ほら否定しないじゃないですか」

昴「みき。ちょっと冷静に」

みき「昴ちゃんも気づいてたよね?先生の私たちへの接し方がいつもと違うって」

昴「そ、それは……」

遥香「実は、私も気づいてた。でも、なんで先生がそうなっちゃったのかわからなかった。私たちに原因があるんじゃないかって色々考えたりしたけど」

八幡「そんなことはない。お前たちは、悪くない」

みき「じゃあどうしてですか?どうしていつもの先生じゃなくなっちゃったんですか?」

星月は目に涙を浮かべながら追及してくる。若葉も成海も目を赤くして俺の言葉を待っている。

だが、俺はその疑問に答えることはできない。悪いのは俺だ。彼女たちには一切非はない。ならば彼女たちに背負わなくていい重荷をわざわざ与える必要なんてない。俺自身の問題は、俺自身で解決するべきだ。

八幡「……なんもねぇよ。別にいつもと変わらねぇ」

みき「嘘です」

昴「先生、話してください」

遥香「私たち、なんでも協力しますから」

八幡「なんもねぇって言ってんだろ」

つい口調が荒くなってしまった。だが口は止まってくれない。

八幡「お前らいつから俺の親友になったんだ?曲がりなりにも俺は先生としてここに来てるんだぞ?それを考慮に入れてもそもそも俺が今、この場にいる必然性はないし、俺の話をお前らにする義務もない、だから」

違う、こんなことを言いたかったんじゃない。いつもならもっとうまく言いくるめることができた。いや、それ以前に考えもしないことで悩んで、八つ当たりしてしまっている。

八幡「俺に、かまうな」

俺の言葉に誰も反応しない。誰も言葉を発しないまま、重苦しい雰囲気が俺たちを包み込む。

みき「……わかりました。それが、先生の本心なんですね」

それからどのくらい時間が経ったのだろうか。星月は小さくそうつぶやくと弁当箱も持たず、グラウンドを後にする。

昴「みき!待ってよ!」

若葉は俺を見向きもせず、星月の後を走って追いかけ、

遥香「……最低です」

成海は強烈な一言を言い放って2人を追いかけていった。

グラウンドに残ってるのは放置されたなわとびと弁当箱、そして俺。はっ、そうだよ。こういう状況こそぼっちマイスターな俺にふさわしい。だけど最近は交流とか言って女子校に来られて、だいぶ調子に乗ってたらしい。まぁ、いい薬になったわ。これからはまたもとのぼっち生活が始まるわけだ。彼女たちとも接しなくてすむし、余計な悩みも生まれないし、これにて一件落着。

だけど俺はしばらくグラウンドから一歩も動くことができず、その場で立ちつくしていた。

本編4-9


星月たちと喧嘩別れした次の日の月曜日、俺は校門で朝の挨拶兼、登校時の服装チェックなることをやらされていた。

なんで俺が月曜の朝からこんなことをしなくちゃならんのだ。そもそもこの学校に校則とかあったっけ?けっこうみんな自由な服装してる気がするんだが。

八幡「はぁ、だるい。帰りたい……」

「先生が朝からそんなこと言ってていいのかなぁ?」

声がした方を見るや否やバッグが腹に直撃した。

望「おっはよ!先生!」

ゆり「こら望!先生に何やってるんだ!」

くるみ「先生、大丈夫?」

お腹をさすりながら顔を上げると天野、火向井、常磐の3人が周りを囲んでいた。

八幡「……あぁ」

ゆり「先生どうされたんですか?顔色よくないですよ?」

八幡「別にいつも通りだろ」

くるみ「でも目つきがいつもより暗い感じがする」

望「ほんとだ。クマもひどいよ?保健室行く?」

八幡「なんもねえって」

みき「望先輩、ゆり先輩、くるみ先輩、おはようございます!」

俺が3人を振りほどこうとした時、星月がこっちに向かって歩いてきた。だがその目線は俺のことを捉えようとはしていない。

望「おはよー!てか見てよみき。先生のクマひどくない?」

八幡「だからこれくらい大丈夫だって」

ゆり「でも心配だから保健室に連れて行こうと思うんだが、手伝ってくれるか?」

星月は一瞬苦し気な表情をしたが、すぐに笑顔になって話し出した。

みき「……先生が大丈夫だって言うなら大丈夫なんじゃないですか?」

くるみ「みきさん?」

みき「別に先生も子どもじゃないですし、私たちがそこまで先生に踏み込んでいく必要もないと思いますよ?」

望、ゆり、くるみ「……」

星月に諭された3人は茫然としている。多分、星月は自分達の味方をしてくれると思ってたんだろう。その予想が見事に裏切られたわけだ。

みき「あ、そろそろ教室に行かないとチャイム鳴っちゃいますよ?」

ゆり「え、あ、あぁ。そうだな。遅刻をしていてはダメだな。なぁ望?」

望「う、うん、そうだよね。早く教室行かなきゃ。ね、くるみ?」

くるみ「え、えぇ」

みき「じゃあ4人で昇降口まで競走しましょう!よーいドン!」

そう言うと星月は俺に背を向けて走り出した。天野たちも少し遅れて星月を追っていった。

八幡「……なんだあいつ」

遥香「みき、大丈夫かしら」

背後の声に気づいて振り返ってみると、俺と目が合って不機嫌そうになる成海と、それを見て心配そうな若葉が立っていた。

遥香「ま、先生には関係のないことですよね」

そう冷たく言うと成海はさっさと昇降口へ向かってしまう。

昴「せ、先生、あの、その、」

八幡「チャイム、もうすぐ鳴るからお前も教室行け」

昴「……はい」

俺が強引に若葉の言葉を遮ると、若葉はそれ以上何も言わず昇降口に寂しげに歩いていった。

本編4-10


八幡「ただいま……」

小町「あれ?お兄ちゃん?帰ってくるの早すぎない?もしかして先生クビになった?」

八幡「そんなわけないだろ。今日は特訓なかったんだよ」

放課後にチラッとグラウンドを覗いてみたが、いつもはチャイムが鳴ると同時に飛び出していた3人の姿はなかった。ま、昨日、今朝の態度から考えても当たり前か。

小町「ふーん、そっか。じゃあせっかく早く帰ってきたんだから部屋の掃除しちゃってよね。お兄ちゃんの部屋、物が散乱してて掃除機かけられないから」

八幡「ん、了解」

俺の返事を聞いて小町が俺の顔を不思議そうに見つめてくる。

小町「……どうしたの、お兄ちゃん?」

八幡「なにが」

小町「いや、なんか口数少なくない?いつもなら今日あったことを小町が聞かなくてもベラベラ喋るじゃん。まぁ、9割方愚痴だけど」

八幡「……そうか?別になんもねぇよ。部屋片付けてくるわ」

これ以上小町と話していたら色々問いただされることになるだろう。俺はさっさと部屋に逃げ込むことにした。

八幡「うん、確かに汚いな」

ここ最近、部屋に入ったら即就寝、起きたら即着替えて出勤、の生活だったからか部屋の中はかなりごちゃごちゃしている。足の踏み場もない、ってわけではないが、毎日使うベッド以外はけっこうひどい状態だ。

八幡「はぁ」

仕方ないし片付けるか。むしろ何かしてたほうが気が紛れていいかもしれない。まずは散らばってる服を集めて、と。パンツと下着は下の棚で、ジャージは上の棚。

……そういえば、特訓始めてからジャージとか着るようになったな。神樹ヶ峰に行くようになってからずっとスーツで、体育もやらなかったからなぁ。特訓やってるときはけっこうキツかったけど、運動して汗かくのは案外悪くなかった……

っていきなり考えちゃいけないこと考えちゃってるじゃん。バカなのか俺は……。気を取り直して次は特に汚い机の上の整理をするか。いらないプリントは捨てて、文房具は引き出しにしまって。ん、なんだこの写真の束。……そうか、俺はハーミットパープルのスタンド能力に目覚めたのか。ならいったい何が念写されているんだろうか。戸塚の背中のあざとか写ってねぇかな。

八幡「あっ……」

間違いない。俺が神樹ヶ峰に来た日の写真だ。確か初めは八雲先生が撮影係をしてくれてたはずだが、途中からそんなことおかまいなしにみんな撮りまくってたっけ。そのせいで後日、何百枚っていう写真を渡されたときはびっくりしたわ。

八幡「……」

今の心持ちで見たらいけないことはわかってる。でも写真をめくる手が止まらない。俺がチャーハン食ってる姿を隠し撮りされた写真。中学生組に纏わりつかれて撮った写真。年上お姉さん方に絡まれて撮った写真。せっかくだからと同い年で撮った写真。なぜかものすごくはしゃいでた先生たちと撮った写真。

どの写真でもみんな心から楽しそうに笑っている。チャーハンパーティーの時はもれなくずっと誰かに絡まれていた気がする。この前に大型イロウス相手に星月と死にそうになりながら戦ってたってのに。

……思えば最初に会った時からみんな俺に積極的に絡んできてくれたな。星月なんかは、特に。

そう思いながら写真をめくっていると星月、成海、若葉と4人で撮った写真が一番上に来た。3人は笑いながら中央の俺を見ていて、そんな俺はきまり悪そうにカメラを見ている。でも、こうして見ると、今までの俺史上で最もまともに写っていると言ってもいい写真だ。よくある修学旅行の後に貼り出される写真とか、まず俺が写ってるのが存在しているのかどうか怪しいレベル。なんとか1枚見つけても俺の目が腐りすぎてて、親に「あんたもう少しまともに写ってるのないの?」と言われる始末。

俺、なんでこんなにちゃんと写ってるんだろう。いや、変に写りたいとかではないが、いつもの俺ならもっと目を腐らせていてもおかしくないはず。

小町「お兄ちゃーん!お風呂湧いたよー!部屋片付けたら入っちゃってー!」

おそらくリビングからだろう、小町の声が響いた。

八幡「へーい」

ま、そこそこ綺麗になったし、ちゃちゃっと入ってきますか。

俺は写真の束を引き出しの奥にしまってから風呂場に移動し、服を脱いで洗濯機に放り込む。浴室に入り、椅子に座ってふと顔を上げると鏡に自分の顔が映っていた。

八幡「え……」

その顔は、これまで見た中でも指折りのひどい顔だった。特に目の腐り方が半端ない。今時ハリウッドでもここまでしないだろうってレベル。そして脳裏にはさっき見た写真の中の自分の顔がちらつく。

八幡「……っ」

俺は脳内イメージをかき消すように力ずくで頭を洗った。泡を落として顔を上げると、もう鏡は湯気で曇ってて俺の顔はそこには映っていない。

八幡「ふぅ……」

結局俺は一度も鏡の曇りをとることなく、いつもより幾分か早く浴室をでた。

本編4-11


それからの数日は、朝のHRを必要最低限で終わらせ、授業を適当に受け、放課後は少し雑務をして終わり次第すぐに帰るという無味乾燥の日々を過ごしていた。神樹ヶ峰に来た当初から待ち望んでいた平穏な生活を俺は手に入れたはずなのに、心は晴れるどころか暗鬱さに拍車がかかっている。そのせいで、放課後に廊下を歩く足取りも重い。

風蘭「おう、比企谷」

前方からいつもの白衣を着た御剣先生に遭遇した。

八幡「なんですか御剣先生」

風蘭「今手空いてるか?空いてるよな?ちょっと資料整理手伝ってくれ」

八幡「いや、俺は……」

風蘭「いいから手伝え」

いつもの感じとは違う、鋭い目つきとはっきりとした口調だ。そんな風に言われたら怖いんですけど。怖くて断れないんですけど。

八幡「はい……」

風蘭「よーし、じゃあラボに行くぞ~」

御剣先生は俺の返事を受けると打って変わっていつもの顔つきになって、さっさとラボに歩いていった。

---------------------------------

ラボに着くと、パソコンの周りに無数の紙が山となって積まれていた。

風蘭「この資料をパソコンに打ち込んで欲しいんだ。アタシはこっちの山から片付けるから比企谷はそっちの山を頼む」

八幡「……俺の持分のほうが明らかに多くないですか?」

風蘭「何言ってるんだ。アタシはこれ以外にもやらなきゃいけない仕事が残ってるんだよ。手伝うだけありがたいと思え」

いつの間にか俺が御剣先生に手伝ってもらってることになってましたー。

八幡「はい……」

この人相手にはどんな文句、言い訳、その他論理も意味をなさない。黙って機械のように指示されたことをこなすことだけが残された道。だから俺は抵抗を止め、紙の山に手を付けた。

八幡「つかこれなんの資料ですか?」

風蘭「あぁ、そっちの山のは星守たちの訓練データだ。紙に書いてある数値をデスクトップの左上の方の「星守特訓」のExcelに打ち込んでくれ」

八幡「はぁ、でもなんでこんなに溜まってるんですか」

風蘭「いや、最近アンタがみきたちと特訓をやってただろ?だから今まで押しつけてた仕事もアタシがやらなくちゃいけなくて、後回しにしてたんだ。それが昨日樹にバレて、めちゃくちゃ怒られた……」

八幡「なるほど……」

まぁ、俺が手伝わなくなった故に溜まった仕事なら、俺がその後処理をやらされるのは筋が通ってるようにも見える。でも御剣先生は俺がこの学校に来る前はどうやって仕事をこなしていたのだろうか。多分、なんだかんだ八雲先生が手伝ったのだろう。この2人、すごい仲良いしな。

風蘭「ほら比企谷、手が止まってるぞ。早く打ち込め」

八幡「は、はい」

おっと、注意されてしまった。ぼちぼちやらないと解放してもらえなさそうだな。えーと、これは、星月たち高1の特訓データか。2週間前から打ち込まれていないから、そこまでデータを遡ってっと。ほう。やっぱり徐々にではあるがシミュレーションでのイロウス撃破数が伸びてるんだな。他の学年に比べても最近の伸び率には目を見張るものがある。

八幡「ん?」

おかしい。今週に入ってから3人の記録が伸びていない。それどころか急激に下がっている。見間違えかと思い、書類の数値と照らし合わせても、やっぱり数値に誤差はない。他の生徒の成績も、今週に入って伸び悩んでいる人がほとんどで、何人かはほんの少し記録を下げているのもあった。

八幡「これって……」

風蘭「気づいたか?」

いつの間にか御剣先生が俺の左真横に座って、俺が作業しているパソコンの画面を見ながらつぶやいていた。

風蘭「今週に入ってから星守たちの動きに迷いが生じている。数人なんかじゃなく、全員の動きにだ。このまま放っておいていい状況じゃあない。特に、みき、遥香、昴の3人は深刻だ。そう思うだろ?」

八幡「……まぁ、そうですけど」

風蘭「……ホントはアタシがこうやってとやかく言うような役は似合わないんだ。でも今回は事情が違う。それはアンタが1番よくわかってるはずだ」

八幡「だからって俺にどうしろと……」

風蘭「そんなことアタシにはわからないよ。それに、こういうことを話すのはアタシとじゃなくてあいつらと、だろ?」

そう言って御剣先生が顔を向けた先には、星月、成海、若葉が立っていた。

風蘭「ほら!男らしく、けじめをつけてこい」

俺は御剣先生に思いっきり背中を叩かれて、椅子を立ち上がった。

本編4-12


八幡「……」

みき「……」

遥香「……」

昴「……」

誰も一言も話さない。俺が立ち上がった意味は何。沈黙は嫌いじゃないけど、こういうのは別です。俺にはどうしようもできません。誰かこの雰囲気誰かどうにかしてください。

風蘭「あー、そういやアタシ樹に呼び出されてたんだっけなぁー。早く職員室行かないとなぁー。そういうことだからアンタたちでここ自由に使ってていいから。比企谷、飲み物とお菓子でも出してやれ。じゃな」

そうして御剣先生は逃げるようにそそくさとラボを出ていく。……後は俺たちでどうにかしろってことですか。気遣いの仕方がわかりやすいですよ、御剣先生。

八幡「……とりあえず座れよ。今飲み物持ってくる」

昴「わ、わかりました」

遥香「……はい」

みき「……」

まさかこの場面でいつも御剣先生にお茶を出してる経験が生きてくるとは思わなかった。これからはもう少し御剣先生に優しくしよう。

だけど今はそんなこと考えてる場合ではない。この状況をどう打開する方法を見つけないと。このままだと1対3で確実に俺が負ける。いや、別に戦ってるわけではないけど。つか、あいつらこそ何をしにここに来たんだ?もう数日ろくに話してないし、とうとう決定的に絶縁を言い渡されるのか?あぁ。戻りたくねぇな。でも行かないとダメだよなぁ。待たせたらまたそれで何か言われそうだし。

八幡「お待たせ。冷蔵庫にあったのを適当に持ってきたから好きなの選んでくれ」

俺は目の前のブラックコーヒーに手を伸ばしながら声をかける。

遥香「ありがとうございます。私もコーヒーいただきます」

昴「アタシお茶。みきどれにする?」

みき「……じゃあリンゴジュース」

俺たち4人はとりあえず飲み物を啜りながら、誰が口火を切るかお互い目だけで確認する。すると意外にも成海がカップの中のコーヒーを一気に飲み干すと、俺の顔を真正面から見つめてきた。

遥香「先生。この前はすみませんでした」

成海は机に額がつくほど深く頭を下げた。

八幡「顔上げてくれ成海。なんでお前が俺に謝るんだ」

遥香「この前の特訓のとき、私が『最低』なんて言ってたことを謝ってるんです。先生のこと、傷つけてしまいました」

八幡「別に俺は傷ついてはない、わけじゃないが、正直ちょっと傷ついたが、それでも俺はお前に謝まる必要はない。俺の方こそ、お前らの気持ちも考えずひどいこと言った。すまなかった」

俺は成海と同じように、頭を下げた。

遥香「顔を上げてください。先生」

久しぶりに聞く、成海の温かな声を聞いて俺はゆっくり顔を上げる。

遥香「私は、今の先生の言葉を聞けてひとまず満足です」

成海はいつもの柔らかい笑顔を浮かべていた。この表情も久しぶりに見る気がする。

八幡「……そうか」

昴「つ、次はアタシです。先生、最近アタシたちの成績が悪くてすみません」

若葉も頭を下げる。

八幡「それについても、若葉が謝ることじゃないだろ。あの日の特訓以来の俺の態度が原因だ。俺こそ、余計なことで気を煩わせてすまなかった」

今度は若葉に向かって頭を下げる。

昴「や、やめてください先生!そういうことも含めて、もっとアタシたちが強くならなきゃいけないんです。でも、先生にそう言ってもらえて気が楽になりました。これからはもっと頑張ります!」

若葉はいつもの、いやいつも以上に元気な笑顔でそう宣言した。しかし、その後、また場に沈黙が流れる。未だ、星月は顔を俯かせたままでどんな表情をしているか向かいに座る俺からは判断できない。だが星月を真ん中に、両脇に座る成海と若葉は星月の肩にそっと手を置いて星月に囁くように声をかける。

遥香「さ、あとはみきだけよ」

昴「大丈夫。アタシたちもここにいる。ちゃんと自分の気持ちを伝えよ?」

本編4-12


八幡「……」

みき「……」

遥香「……」

昴「……」

誰も一言も話さない。俺が立ち上がった意味は何。沈黙は嫌いじゃないけど、こういうのは別です。俺にはどうしようもできません。誰かこの雰囲気誰かどうにかしてください。

風蘭「あー、そういやアタシ樹に呼び出されてたんだっけなぁー。早く職員室行かないとなぁー。そういうことだからアンタたちでここ自由に使ってていいから。比企谷、飲み物とお菓子でも出してやれ。じゃな」

そうして御剣先生は逃げるようにそそくさとラボを出ていく。……後は俺たちでどうにかしろってことですか。気遣いの仕方がわかりやすいですよ、御剣先生。

八幡「……とりあえず座れよ。今飲み物持ってくる」

昴「わ、わかりました」

遥香「……はい」

みき「……」

まさかこの場面でいつも御剣先生にお茶を出してる経験が生きてくるとは思わなかった。これからはもう少し御剣先生に優しくしよう。

だけど今はそんなこと考えてる場合ではない。この状況をどう打開する方法を見つけないと。このままだと1対3で確実に俺が負ける。いや、別に戦ってるわけではないけど。つか、あいつらこそ何をしにここに来たんだ?もう数日ろくに話してないし、とうとう決定的に絶縁を言い渡されるのか?あぁ。戻りたくねぇな。でも行かないとダメだよなぁ。待たせたらまたそれで何か言われそうだし。

八幡「お待たせ。冷蔵庫にあったのを適当に持ってきたから好きなの選んでくれ」

俺は目の前のブラックコーヒーに手を伸ばしながら声をかける。

遥香「ありがとうございます。私もコーヒーいただきます」

昴「アタシお茶。みきどれにする?」

みき「……じゃあリンゴジュース」

俺たち4人はとりあえず飲み物を啜りながら、誰が口火を切るかお互い目だけで確認する。すると意外にも成海がカップの中のコーヒーを一気に飲み干すと、俺の顔を真正面から見つめてきた。

遥香「先生。この前はすみませんでした」

成海は机に額がつくほど深く頭を下げた。

八幡「顔上げてくれ成海。なんでお前が俺に謝るんだ」

遥香「この前の特訓のとき、私が『最低』なんて言ってたことを謝ってるんです。先生のこと、傷つけてしまいました」

八幡「別に俺は傷ついてはない、わけじゃないが、正直ちょっと傷ついたが、それでも俺はお前に謝まる必要はない。俺の方こそ、お前らの気持ちも考えずひどいこと言った。すまなかった」

俺は成海と同じように、頭を下げた。

遥香「顔を上げてください。先生」

久しぶりに聞く、成海の温かな声を聞いて俺はゆっくり顔を上げる。

遥香「私は、今の先生の言葉を聞けてひとまず満足です」

成海はいつもの柔らかい笑顔を浮かべていた。この表情も久しぶりに見る気がする。

八幡「……そうか」

昴「つ、次はアタシです。先生、最近アタシたちの成績が悪くてすみません」

若葉も頭を下げる。

八幡「それについても、若葉が謝ることじゃないだろ。あの日の特訓以来の俺の態度が原因だ。俺こそ、余計なことで気を煩わせてすまなかった」

今度は若葉に向かって頭を下げる。

昴「や、やめてください先生!そういうことも含めて、もっとアタシたちが強くならなきゃいけないんです。でも、先生にそう言ってもらえて気が楽になりました。これからはもっと頑張ります!」

若葉はいつもの、いやいつも以上に元気な笑顔でそう宣言した。しかし、その後、また場に沈黙が流れる。未だ、星月は顔を俯かせたままでどんな表情をしているか向かいに座る俺からは判断できない。だが星月を真ん中に、両脇に座る成海と若葉は星月の肩にそっと手を置いて星月に囁くように声をかける。

遥香「さ、あとはみきだけよ」

昴「大丈夫。アタシたちもここにいる。ちゃんと自分の気持ちを伝えよ?」

すいません。間違えて2回同じものを投稿してしまいました。

本編4-13


星月は顔を上げずにぽつぽつと言葉を紡ぎ出す。

みき「……私、悲しいんですよ?」

八幡「……あぁ」

みき「……私、怒ってるんですよ?」

八幡「……あぁ」

みき「それをわかってて、ああいう態度をとってたんですか?」

八幡「……すまん」

まるで一番始めに戻ったかのような受け答えだ。あの頃と今とで、俺は何か変わったのだろうか。……いや、人間そう簡単に変わらないっていうのは俺が常々思ってたことじゃないか。どんなとこに来たって、どんなことをしたって、俺は、俺でしかない。

みき「そんな風に言われても、私引き下がれません」

星月は涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら必死な形相で体を投げ出して迫って来た。そして次には小さい子を慰めるかのように語り出す。

みき「……話して、くれませんか?」

八幡「それは……」

みき「私たちじゃダメなんですか?」

八幡「そういうことじゃない。この前も言っただろ。これは俺自身の問題だ。だから、俺が解決しなきゃいけないんだ。わざわざお前らに話すようなことじゃない」

みき「……わかりました」

観念したのか、星月は姿勢をもとに戻す。なんとか諦めてくれたようだ。よかった。

八幡「そうか。ならこの話は、」

みき「先生の話を聞くまで、私先生から離れません」

突然のトンデモ発言に思わず耳を疑った。

八幡「ちょ、ちょっと待て。なんでそういう結論になるんだ」

みき「だって先生、話したくないんですよね?優しい先生の事だから、私たちの負担になることはしなさそうですから」

八幡「……」

みき「先生は話したくない。でも私は聞きたい。そして知りたい。だったら、踏み込んでいくしかないじゃないですか。今までよりも、もっと」

星月の言葉に両脇の二人も顔を見合わせて頷く。

昴「うん、アタシもみきと同じ気持ち。だからアタシも先生の話を聞くまで帰りません!」

遥香「私も。先生の話聞きたいです。みきたちと一緒に」

八幡「若葉、成海……」

昴「さ、先生。これでもう逃げられませんよ?」

八幡「いや、俺話すなんて一言も言ってないんだけど」

遥香「私たち、本気ですからね?」

八幡「だとしても、いつまでも話さないかもしれないぞ」

みき「いつまでだって待ちます!」

昴「もし下校時間過ぎちゃったら、みんなで合宿所にお泊りだね」

みき「あそこのベッド、ふかふかで気持ちいいもんね」

遥香「楽しみね」

なぜか三人は俺を無視して楽しそうに会話を始めた。今までのシリアスな雰囲気はどこに消えたんだよ。人の話を聞かない星守はこれだから困る。

でも、そんなこいつらが俺の話を聞きたいと言ってきた。あの言葉に嘘はないだろう。成海はともかく、星月と若葉は嘘つくの下手そうだし。

……そうか。俺は変わってない。現に今、ぼっちで頭をフル回転させて思考しているんだから。でも、周囲は変わった。今までと違って、俺のことを知りたい、と言葉にして伝えてくる人が、俺に踏み込みたいと願う人がすぐそばに何人もいる。もしかしたら、こいつらだけじゃないのかもしれない。

もちろん言葉にしてもその意味が完全に伝わることなんてない。行動にしたってそうだ。特に俺は人の言動を深読みして、その裏に隠された真意までもくみ取ろうとしてきた。そして間違えてきた。

だとしたら、俺のことを知りたいと願われているこの状況で、今までと変わらない俺はどう行動すればいいのだろうか。

……ダメだ。いくら考えても答えが出ない。まぁ、当然だな。今まで間違ってきたんだから、答えが出たとしても多分間違ってるし。むしろ、このままずっと何も話さないままこいつらと一緒にいる方がいいかもしれない。

番外編「蓮華の誕生日前編」



今日は芹沢さんの誕生日。そんな日の放課後に俺と芹沢さんは2人っきりでとある部屋にいた。

蓮華「先生、早く頂戴……」

八幡「待ってくださいって」

蓮華「れんげもう待てない!」

八幡「ほら。これで、どうですか」

蓮華「あぁ~ん‼いいわぁ~!でも、もっと。もっと頂戴!」

八幡「じゃあ俺のとっておきを……」

蓮華「あはっ、先生‼最高だわぁ~‼」

芹沢さんは艶麗な表情で俺のに夢中だ。まぁ、男としてはこういう表情にさせることができて悪い気はしない。むしろ誇らしいまである。

蓮華「先生、写真撮る才能あるわ~。この写真のあんことか、れんげでもなかなか見れないスーパーレアショットよ~」

八幡「はは、そうですか……」

はい。ネタばらしのお時間です。芹沢さんは俺が撮った星守たちの写真に興奮してるだけでした。

実はここ数日、俺は八雲先生と御剣先生に言われて、星守クラスの日常風景を写真に収めている。そして数十分前、なぜか芹沢さんが写真の整理をする俺のとこへ写真を見せろとせがんできて今に至る。

八幡「ほら、写真見せたんですから、作業手伝ってもらいますよ」

蓮華「仕方ないわねぇ。れんげは何すればいいの?」

八幡「学校のHPに載せられそうな写真をこのUSBにコピーしといてください」

蓮華「いいわよ。でもここにはパソコン1台しかないわよ?先生はどうするの?」

八幡「俺は今から放課後の星守たちを撮ってきます。部活の写真とかも必要なんで」

蓮華「は~い!れんげも行きた~い」

八幡「ダメですって……」

蓮華「なんで~?」

八幡「だって芹沢さんが行くとみんなあなたに引いちゃうんですもん」

芹沢さんは不服そうにしかめっ面をするが、1つ深いため息をつく。

蓮華「仕方ないわね。今日はれんげ、先生に免じて我慢しとくわ」

八幡「はぁ……ありがとうございます」

蓮華「でも、適当な写真撮ってきたられんげ許さないからね。みんなのとっても可愛い写真、よろしくね」

落ち着け俺。ここで反応したら芹沢さんの思う壺だ。いや、すでに壺の中にいる説すらある。

八幡「はは、頑張ります……」

蓮華「いってらっしゃ~い」

写真を見ながらニヤニヤする芹沢さんに見送られて俺は部屋を出た。

--------------------------------------

はぁ。とりあえず校内に残ってる人たちは撮り終えた。粒咲さんとか朝比奈とか写真なかなか撮らせてくれなくて余計に体力を消費した感じだ。

八幡「どうですか?作業終わりましたか?」

部屋に戻ってみると、まだ芹沢さんはニヤニヤしながら画面を見ていた。

蓮華「う~ん。これも可愛いけど、何か足りないわぁ~」

八幡「芹沢さん、大丈夫ですか?」

主に頭とか。もしかしなくてもこの人ずっと写真見てたのか……。

蓮華「あら先生。おかえりなさい」

八幡「お、おう……」

蓮華「ふふ、なんだか今のやりとり夫婦みたいね。もしかして先生、少しドキッとしちゃいました?」

番外編「蓮華の誕生日後編」


そんな言葉1つでぼっちマイスターの俺の心が揺れ動くとでも?甘い。甘すぎる!動じていない男は冷静に反応するものさ。

八幡「べべ別に、しょんなことないでしゅよ」

決意とは裏腹に噛みまくりだった。

蓮華「ふふ。ま、先生がそう言うなら、そういうことにしといてあげる」

さっきの「おかえりなさい」がけっこうグッときちゃったどうも俺です。はぁ、情けない。

八幡「つか作業は終わったんです、か……?」

あれ、俺の目がおかしいのかな。俺が渡したUSBは黒色だったはずなのに、今パソコンに接続されているのはピンクのUSBなんだけど。なんで?

蓮華「まだ終わらないのよ~。思ったより写真多くて」

八幡「終わらないのはやってる作業がおかしいからじゃないですか?」

俺は強引に作業を中断し、ピンクのUSBを引き抜く。

蓮華「あ、先生!何するんですか!」

八幡「それは俺の台詞ですよ。なんで自分のUSBに画像移してるんですか」

蓮華「移してないわ。コピーよ」

八幡「いえ、別にそこはどうでもいいんですけど……そもそも俺が頼んだ作業はどうしたんですか?」

蓮華「あぁ、それならすぐに終わらせたわ。はい、これ」

芹沢さんはポケットから俺が渡したUSBを取り出した。

八幡「終わってたんですか。なら素直に渡してくださいよ」

俺が手を伸ばすと、ひょいと芹沢さんがUSBを遠ざける。

八幡「早く返してくださいよ……」

蓮華「え~、でもれんげ頑張って写真選んだから、先生からご褒美欲しいなぁ~」

八幡「なんなんですかご褒美って……」

蓮華「さっきまで星守クラスの子たちの写真を見てて、れんげ何か物足りないなぁ~って思ってたの」

俺の問いは無視して、芹沢さんは椅子から立ち上がると、ゆっくりと俺の方へ歩いてくる。

蓮華「それで先生が部屋に戻ってきて、その足りない何かに気づいたの」

八幡「は、はぁ……」

いつの間にか俺と芹沢さんは数センチの距離まで近づいていた。やべ、芹沢さんの睫毛めっちゃ長い。

蓮華「じゃ、先生。いきますね……」

何が?いったい何が?いや、いきなりそんなこと言われても、俺にも心の準備ってものがいるんですけど!

そんな俺にかまうことなく、芹沢さんは俺の胸に手を伸ばしつつ、頬と頬がふれあうほど顔を近づけてきた。

蓮華「はい、チーズ」

刹那、スマホのフラッシュが俺を襲う。突然の眩しさに目がくらむ。俗にいう目が、目が~状態だ。

蓮華「ふふ、先生、変な顔ね~」

八幡「……写真撮るならそう言ってくださいよ」

蓮華「だって撮りたいって言ったら先生嫌がるでしょ?それに、油断してる先生をれんげは撮りたかったの」

八幡「そうですか……」

全くこの人は心臓に悪い。ピュアな男子高校生の心を弄ぶなんて魔性の女だ。

蓮華「……それに、こうでもしないとれんげ、余裕をもって先生と写真撮れないもの」

八幡「何か言いましたか?」

蓮華「なんでもないわぁ。じゃ、先生。また明日」

まだショックで動けない俺を置き去りにして、芹沢さんは優雅に手を振りながら部屋を出ていった。

数分後、『先生、今日はありがと♡れんげ、この写真を先生からの誕生日プレゼントだと思って大事にしますね』というメッセージと、さっきの画像が送られてきた。ま、一応保存しとくか。……一応、隠しフォルダに入れてばれないようにしとこ。

以上で番外編「蓮華の誕生日」終了です。蓮華、誕生日おめでとう!来週からのアニメが待ちきれないこの頃です。

本編4-14


あれ。なんだろ。急に視界がぼやけてきた。目の前の三人の表情がわからなくなった。その代わりに、頬に熱いものが流れる。

昴「先生……?」

八幡「な、なんだよ」

遥香「泣いてるんですか?」

八幡「ばっか、ちげぇよ、単に目にゴミが入っただけだ」

俺はあわてて袖で涙を拭おうとするが、それより前に、ハンカチの柔らかな感触とその下から感じる指先の温かさがが俺の頬を包む。

みき「もう、私たちの前で強がらなくていいんですよ?」

星月は俺の涙を拭いながらなおも続ける。

みき「そりゃ、私たちじゃ力不足ですけど、それでも私たちが先生を思う気持ちは誰にも負けていないつもりです」

昴「そ、そうです!アタシたちを信頼してください!」

遥香「何でも言ってください」

三人はそろって俺の心にド直球を投げ込んでくる。でも、三人とも少し勘違いしている。それだけは、今ここで伝えなきゃならない。

八幡「俺は、別にお前らを信用していないわけじゃない。すべては俺自身の問題だ」

みき「どういうことですか?」

八幡「正直、今までこんなに周りに受け入れられた経験がなかったからな。受け入れてもらいたいとも思ってなかったのもあるが。だからなおさら、この学校に来てからの状況に疑問を持ってたんだ。何年も経ってすべてを知り尽くした関係ならまだしも、交流に来てすぐの時から無条件に求められることは、正しいことのか。交流が終わったら消滅するような関係なのに、それを大事にする必要があるのか。俺に、そんな風に求められる資格があるのかって」

俺の静かな告白にしばらく沈黙が続いた後、星月が口を開いた。

みき「私は、先生が私たちのことでそんな風に真剣に悩んでくれてたってわかって嬉しいです」

八幡「え?」

みき「いえ、正直半分くらい何言ってるかわからなかったです。私そんなに頭よくないので。でも、先生が私たちのことをちゃんと考えてくれてるんだなってことはわかりました。じゃなかったらそんなに深く悩まないですよね?」

確かに言われてみればそうかもしれない。俺は「なぜ」こんな風に考えるようになってしまったか、その理由を考えたことがなかった。いや、考えないようにしていたのかもしれない。

みき「それと、さっきの話で1つだけ私たちが答えられることがあります。ね、昴ちゃん、遥香ちゃん」

昴「うん!」

遥香「えぇ」

三人は頷くと立ち上がって同じ言葉を叫んだ。

みき、昴、遥香「先生は十分魅力的な人です!」

突然の言葉に俺は開いた口が塞がらない。

八幡「えーと、あの……」

昴「ち、違いますよ?男性として魅力があるってことを言ってるわけでは、まぁ全くないわけじゃないですけど、とにかく違うんです!」

遥香「先生は、屁理屈を使っていろんなことをすぐにサボろうとするし、そのくせ大事なことはこうして隠してるし、とっても面倒くさい人だと思うんです」

ちょっと?なんで成海は俺の事真正面からディスってくるの?歯を素っ裸にしすぎじゃないですか?温かい服着せてあげて。

みき「でも、おんなじくらい、いやそれ以上に私たちの事をすごく真剣に考えてくれて、私たちのために動いてくれてる人だってことも感じてるんです。でもどうしてそこまでしてくれるかわからない。そんな先生に、私たちは惹かれるんです。だから、先生の事もっと知りたくなるんです。だから、先生の傍にもっといたくなるんです」

みき「こんな理由じゃ、私たちが先生に近付く理由になりませんか?」

完全に言葉を失ってしまった。わからないから知りたい。知ったから傍にいたい。この両方を達成するために人に近付く。もしかしたら、こんなことは世の中のリア充連中は意識せにずやっているかもしれない。だとしたら、これは人間本来の欲求だと言い換えられる。人間は知って安心したい。安心するところへ行きたい。だから人と人は繋がりを持たずにはいられないのだろう。

八幡「でも、いつかは俺たちの関係は終わるんだぞ。少なくとも、交流が終わってしまえば……」

みき「そんなこと、その時にならないとわからないですよ!」

俺の言葉を遮るように星月は叫ぶ。

みき「これから先、いや今からでも私たちと先生が近づくことができれば、関係は終わりません。だって、『今』の関係の積み重ねが『未来』の私たちの関係になるんですから」

星月の言葉に、一度は止まっていた感情がまた目から溢れてきた。俺の思考とは裏腹に涙はとめどなく流れ続ける。

そんな俺の両脇に若葉と成海が座り、俺の肩に優しく手を置く。そして真正面からは星月があの太陽のような笑顔でにっこり笑う。

みき「先生。これからもよろしくお願いしますね!」

もう言葉は出てこない。それどころかまともに頭も働かない。ただただ腐った目だけが自分の汚れを落とすかのように涙を流し続けているばかりだった。

番外編「先生!次の授業はアニメですよ!」前編



なんだか最近クラスの雰囲気がそわそわしている。南や蓮見がはしゃいでるのはまだしも、千導院や粒咲さんまで落ち着きがない。

そんな中のHR。案の定、俺の話はあまり聞こえていないようである。

八幡「なぁ、お前ら最近どうした?いつもよりも落ち着きがないぞ」

俺の投げかけに星月が立ち上がって感極まった感じで話し出す。

みき「だって、ついに、ついに明日はアニメですよ!先生!」

八幡「……それで?」

思わず俺は素で聞き返してしまう。

昴「すごいことじゃないですか!」

八幡「そうか?」

遥香「昴。先生はもう2クールもアニメに主役として出演してるのよ。多分、これくらいなんともないんだわ」

八幡「おい。いきなりメタ要素入れ込むなよ。ツッコミづらいだろうが」

うらら「でも、それなら先生にアニメに出るにあたっての心構えとか聞いておきたいなー」

八幡「あ?別にそんなもんねぇよ」

ひなた「でもひなた、このままだと緊張しちゃうよー!」

八幡「いや、そんなことないから。そもそもここにカメラが来るわけでもないし」

あんこ「でも先生はイメージアップのためにヲタクの要素隠してるわよね。原作だとガンダムネタとかアイマスネタとかたくさん喋ってるくせに、アニメだとそんなこと全然言わないし」

思わぬところから不意撃ちを受けてしまった。

八幡「そ、そんなことないと思いますけど?」

蓮華「あと、原作だとちょっとHなことも考えてるのにアニメだとほとんどカットされてるわね~」

花音「やっぱりこいつ変態だったのね。どうせ今も心の中では気持ち悪いこと考えてるんでしょうね」

八幡「……」

望「え、マジ?」

八幡「お、俺だって高校2年生、思春期真っただ中の男の子だぞ。この時期の男子はみな程度の差はあれ、そういうことは想像してしまうもんだ」

サドネ「??おにいちゃんが何言ってるかわからない」

桜「サドネ。わしらにはまだ早い話じゃ」

サドネの他にも何人か首をかしげている。これ以上俺の株を下げてもいいことはないし、ここらで話題を打ち切ろう。

八幡「とにかく、お前らが気負う必要は一切ない。俺だって別にアニメだからって何か特別なことをしたわけじゃないし」

強いて言えば、アニメーションによって戸塚の可愛さがさらに神々しいレベルまで高まったくらいだな。アニメで動く戸塚を間近で見れて、幸せだったなぁ。

ミシェル「むみぃ、でも1つくらい何かアドバイスないの?」

八幡「そんなこと言われても……いや、あるな」

くるみ「なんですか?」

番外編「先生!次の授業はアニメですよ!」後編



八幡「……作画に気を付けろ」

心美「ど、どういう意味ですか?」

八幡「そのままの意味だ。下手したら制作会社が変わって、1期と2期で雰囲気がガラッと変わっちまうことだってあり得る」

楓「正直、イマイチ要領を得ないアドバイスですわね」

八幡「ま、いつも通りのお前らでいれば大丈夫だ。心配すんな」

樹、風蘭「いや、アニメはそんな甘いものじゃない!」

そう豪語しながら八雲先生と御剣先生が教室に入ってきた。

樹「アニメは戦場よ!比企谷くんは主役だったから何もしなくても映っただろうけど、私たちはそうはいかないわ!」

さりげなく「私たち」って言いましたよね?映る気満々じゃないですか。

明日葉「ということは、私たちが自力で目立たないといけない、ということですか?」

風蘭「大正解だ明日葉!こういう女の子がたくさん出てくるアニメでは、いかに印象を残すかが大事なんだ!一瞬一瞬が戦いだと言っても過言じゃない。下手したら何週も映らない、なんてこともあるぞ!」

詩穂「なんだか実際に体験してきたような感じですね……」

樹「私たちのアドバイスをしっかり心に刻んで頑張っていきましょうね」

風蘭「毎週毎週色々言われると思うが、めげずにやっていこうな」

星守たち「はい!」

いや、みなさん普通に返事してるけど、この人たち映る気満々だよ?下手したらタイトルが「バトルティーチャー・ハイスクール」とかになりかねない。何それ、めっちゃダサい。

牡丹「みなさんどうしたんですか?いやに張り切ってますね」

教室の盛り上がりを聞きつけたのか、理事長までやってきた。

八幡「いえ、明日アニメが始まるからってみんな盛り上がってるんですよ」

牡丹「そういえばそうでしたね。でも、比企谷先生には関係ないですよね?だってアニメには出ないんですから」

ゆり「先生アニメに出ないんですか!?」

牡丹「この場所が二次創作、かつ作品をクロスオーバーしている特殊な空間だから成立しているんです。だからアニメには他作品のキャラクターの比企谷先生は出られないんですよ」

理事長の言葉に、教室中に何か変な空気が流れる。みんな俺をちらちら見て、目が合うと申し訳なさそうに目をそらされる。あれ、もしかして気を使われてる?

八幡「ほら、あれだ。別に俺がいなくてもお前らなら大丈夫だろ。むしろ、こういうアニメには男性キャラは不必要まである」

ラブライブなんて、主人公のお父さんでさえ首より下しか映ってないんだぞ。可哀想すぎる。ゆるゆりやけいおんにいたっては男の気配ゼロ。モブキャラまで全員美少女。どんな世界だよ。

みき「……わかりました。アニメでは、比企谷先生無しで頑張ります!」

星月の言葉に星守みんなが頷く。なんだか、みんなの成長を感じて少し感動するなぁ。

樹「でもその代わり、比企谷くんは円盤を買って私たちを応援してね」

風蘭「もちろん、初回生産限定盤をな」

牡丹「主題歌やキャラソンのCDもお願いしますね」

八幡「あなたたちのせいで締めが台無しですよ」

以上で番外編「先生!次の授業はアニメですよ!」終了です。短いですけど、アニメ応援ということで投稿しました。

本編4-15


ブーブー

突然ラボ内に警報音が鳴り響いた。

遥香「この音は」

昴「イロウス!」

みき「早く行かなきゃ!」

3人はすぐに転送装置に向かって走る。俺はその姿を見て、自然と足が動いていた。

昴「先生……?」

八幡「……俺も行く」

昴「大丈夫ですか?」

八幡「あぁ。むしろ連れってくれ。頼む」

なぜ積極的に戦場へ向かおうとしているのか自分でもわからない。でも、俺も一緒に行かないといけないってことは直感した。

そんな俺の言葉に星月が嬉しそうに反応する。

みき「もちろんです!行きましょう!」

八幡「……すまん」

昴「謝らないでくださいよ!」

八幡「す、すまん」

遥香「次謝ったら特訓メニュー倍にしますよ?」

成海が冷たい笑顔を浮かべながら忠告してきた。

八幡「す……わかった」

昴「遥香目が笑ってないよ……」

みき「あはは……」

俺は転送先の座標を設定してから転送装置に向かう。

八幡「準備はいいか?」

みき、遥香、昴「はい!」

八幡「よし、転送」

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転送が終わると、俺たちは荒野に立っていた。

みき「ここにイロウスがいるんですか?」

八幡「あぁ。そのはずだ」

昴「どんなイロウスですか?」

八幡「それがよくわからないんだ。全くイロウスに動きがなくて判別できなかった」

遥香「動かないイロウス、ですか?」

八幡「あぁ。ひとまずここらへんにいるのは確実なんだ。あとは俺たちで動いて探すしかない」

みき「頑張ろう!昴ちゃん!遥香ちゃん!先生も!」

八幡「おう。じゃ、行くか」

俺が歩き出すと、3人は物凄く驚いた表情を見せる。

昴「せ、先生が自分からイロウスに向かって歩き出した……」

八幡「若葉、お前失礼だな。相手は得体のしれないイロウスなんだぞ。別行動するより、全員一緒にいた方が安全だ。幸いにも周りに人家はなさそうだし、時間かけても安全に仕留めることを優先してもいいだろ」

みき「な、なるほど」

遥香「やっぱり先生の頭の回転の速さにはかないませんね」

……実は俺1人でいると危険だから集団行動したかった、ってのは黙っておこう。

番外編「望の誕生日前編」


俺は今、学校帰りにあるスポーツ用品店に来ている。もちろん1人でだ。星守たちの特訓にも付き合うようになり、かつ最近暑くなってきて運動着が数枚必要になったから買いに来ただけだ。

だが、いざ店に来ると何を買えばいいのかさっぱりわからない。まぁ、サイズが合えばなんでもいいんだが、そうは言ってもどれを選べばいいか迷う。

望「あれ、先生?」

なんだかやけに通る声がしたけど気のせい、気のせい。

望「先生!おーい!先生!」

がっつり目が合って手を振られたけど、気のせい。きっと気のせい。

望「せんせー!なんで無視するの!」

とうとうカバンを掴まれてしまった。これ以上無視できないから仕方なく反応する。

八幡「おう。天野か。じゃあな」

望「うん、ばいばい。じゃないよ!先生こんなところで何してるの?」

ちっ、押しきれるかと思ったけどダメか。

八幡「買い物だけど……」

望「奇遇だね!アタシも買い物してるんだ!せっかくだから一緒に見て回ろうよ!」

八幡「いや、別に1人でいい」

望「えー、そう言わずにさ!どうせどのウェア買えばいいか迷ってるんでしょ?特別に望ちゃんがコーディネートしてあげるよ!」

八幡「いらないって……」

だが、俺の抵抗を聞かず、天野はノリノリで運動着を選び始めた。

望「先生は別にスタイル悪くないし、シンプルなやつも似合うかな。でも思い切って奇抜な色合いで攻めるのもアリかな?」

八幡「そこまで悩まなくていいぞ。適当に3枚くらい見繕ってくれれば」

望「ダメだよ先生!いついかなる時でもファッションには気を付けなきゃ!」

八幡「えぇ……別に何着たって一緒だし」

望「そんなことない!アクセサリー1つとっても、ファッションは違ってくるもんだよ!」

天野が鬼気迫る感じで迫ってくる。こいつのファッションへの意気込みは凄まじいものがあるな。

八幡「あ、あぁ。わかった。それならもう全部任せるわ」

俺はもう口出しするのも諦めて天野に丸投げすることにした。

望「オッケー!任せて!」

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俺はそこから数十分、着せ替え人形と化してひたすら天野の言う通り運動着を試着させられた。

望「ふぅ、楽しかった!」

八幡「疲れた……」

望「先生もこれを機にオシャレに目覚めたら?楽しいよオシャレ!」

八幡「俺には無理だ。それにいざと言うときは妹に見繕ってもらえばいいし」

望「それは兄としてどうなの……?」

八幡「いいんだよ。どうせ俺の服装なんて誰も見てねぇし」

望「そんなことないです!」

八幡「え……?」

予想外のタイムラグゼロの反論に思わず反応してしまった。

望「いや、その、なんていうか……ほら、いつもと違う服装してたら目立つじゃん?それが先生だったら特に!学校には先生しか男の人いないわけだし」

天野は手をこねこねしながらそれっぽいことを並び立てる。ま、男1人なら何をしたって悪目立ちはするか。

八幡「男が俺1人の時点ですでに目立ってるじゃねぇか。俺は目立たず過ごしたいんだ。だからオシャレはしない」

望「そんなこと言わないでオシャレしようよー」

番外編「望の誕生日後編」


八幡「つかお前はここに何買いに来たんだ」

俺は自分への話題の矛先をそらすために天野に質問した。

望「アタシは部活で使えるサンバイザーを探しに来たんだ!あ、そうだ。先生も付き合ってよ。サンバイザー選び」

八幡「なんでだよ。俺の意見なんてあてにならないぞ」

望「ファッションは他人にどう見られるかも大事だからね!先生からの客観的な意見が欲しいの!」

八幡「いやでも……」

望「ほらちゃっちゃと行くよ!」

こうして俺は天野にテニスコーナーへ強制連行された。

望「うーん、いっぱいあるなぁ。どれにしようかな~」

八幡「……」

望「あ、これとかオシャレ!でもこっちも捨てがたい!ねぇ先生、どっちがいいと思う?」

そう言って天野はチェック柄で色違いのサンバイザーを2つ、俺の前に掲げてきた。

八幡「ん?どっちもいいんじゃねぇの」

望「むぅ、じゃあこれとこれなら?」

今度は花柄のサンバイザーを掲げてきた。

八幡「どっちも似合うと思うぞ」

望「……先生、本気でそう思ってる?」

やべ、流石に適当に返事しすぎた。

八幡「いや、正直どれも悪くないと思う。天野ならそういう派手目なサンバイザーもいんじゃないか?」

望「なんかイマイチ煮え切らない答えだな……あ、なら先生が選んでよ。アタシに似合うサンバイザー!」

八幡「は?俺が?」

望「そ。さっきはアタシが服選んであげたんだから、今度は先生が選んで!ね!」

そう言って天野は期待に満ちた目で俺を見つめて来る。わかったよ。選べばいいんだろ、選べば。

八幡「……わかった。でも文句はナシな」

俺はこのコーナーに来た時から気になっていたシンプルな白いサンバイザーを差し出した。

望「なんでこれなの?」

八幡「ま、なんだ。サンバイザーは熱中症対策のもんだろ?なら、白いほうが熱を放射しやすくね?」

望「え、まさか機能面だけで選んだの?」

やめろ。俺は、友達の誕生日プレゼントに工具を真っ先に思いつくようなどこぞの氷の女王ではない。

八幡「いや、ほら。お前目立つ色の練習着よく着てるだろ?ならサンバイザーはシンプルなほうがいいかな、って思って。白ならその髪色にも合うだろうし……」

ついキザっぽいセリフを吐いてしまった。やべぇ、気持ち悪がられる……

望「嬉しい……」

八幡「え?」

望「先生、なんだかんだアタシのことよく見ててくれてるんだね!うん。アタシ、これにするよ!これがいい!」

天野は目を輝かせながらサンバイザーを眺めている。俺はそのサンバイザーを天野から奪うと自分の持ってる買い物かごに放り込んだ。

望「え?サンバイザーくらい自分で買うよ?」

八幡「別にいいよ。俺の運動着選びになん何十分も付き合ってくれたお礼と、お前の誕生日プレゼントと併せて、買ってやる」

天野は急に顔を下に向けてもじもじし始めた。なんだよ、トイレ行きたいのか?ならさっさと行って来いよ。

八幡「おい、大丈夫か?」

心配になって声をかけたが、顔を上げた天野には満面の笑みが浮かんでいた。

望「うん。大丈夫!先生、ありがとう!このサンバイザー、一生大切にするね!」

以上で番外編「望の誕生日」終了です。望、誕生日おめでとう!とうとうアニメが始まりましたね。この先どんな展開になるか楽しみです。

本編4-16


そうして四人でしばらく歩いていると成海が何かに気づいたような声を上げた。

遥香「あら、あれはなにかしら」

みき「どうしたの遥香ちゃん?」

遥香「向こうの方に何か浮いてない?」

成海が指さす方向を見てみると、確かに丸っこい物体が空中に浮いている。

昴「先生、アタシちょっと見てくる」

八幡「おぉ。頼む」

若葉は元気よく走っていく。でも、物体に近付くにつれてそのスピードが遅くなっているような……?

少しして若葉が帰ってきた。

みき「どうだった昴ちゃん?」

昴「多分、あれがイロウスだよ。あいつの周りだけ重力が強くなってるみたいで体が重くなっちゃったし」

あぁ、だからスピードが遅くなってたのね。重力を扱うなんてプッチ神父か何かですか?

遥香「でもイロウスなら私たちで倒さないといけないわね」

みき「じゃあみんなで行きましょう!」

俺たちはイロウスの能力が届かない距離まで近づいた。

みき「遥香ちゃん、一緒に攻撃してみよ?」

遥香「えぇ」

そう言って星月はガンで、成海はロッドで攻撃するが、あまり効いているとは思えない。

遥香「遠距離攻撃じゃ効果がないのかしら」

昴「なら近距離攻撃するしかないね!」

八幡「じゃあ俺はここで待ってるからお前ら、」

みき「先生も行きますよ!」

八幡「ちょ、腕引っ張んなって」

なぜか俺までイロウスの傍に行くことになってしまった。そして重い体を動かし、なんとかイロウスの目の前まで来ることができた。

みき「なんか、このイロウスただ浮いてるだけだね」

遥香「何もしてこないイロウスなんているのかしら」

八幡「まぁ、何もしてこないならそれに越したことはないんだが」

昴「なら今のうちにサクッと倒しちゃいましょう!」

そう言って若葉はハンマーを出してすぐさま振りかぶる。

昴「やあっ!」

若葉は強烈な一撃をイロウスに加えた。

みき「あ、体が軽くなった!」

遥香「流石ね昴」

昴「へへ~」

3人はイロウスを討伐できたことに安心しているようだ。だが、このまま簡単に終わっていいのか……?

そう思ってイロウスを見てみると、灰色だった色が赤くなり、膨張しているようだ。これってまさか……

八幡「逃げるぞ……」

みき「え、なんですか?」

星月をはじめ3人ともキョトンとしている。

八幡「いいから逃げるぞ!」

状況を呑み込めていない3人を急き立て、俺たちはイロウスから離れた。次の瞬間、イロウスは盛大に爆発した。

本編4-17


あ、危なかった。間一髪だった。

遥香「はぁはぁ、爆発して攻撃するイロウスだったんですね」

昴「はぁ、先生が気付かなかったらヤバかったよ」

みき「はぁはぁ、先生ありがとうございます」

八幡「ぜぇぜぇ、いや、ぜぇぜぇ、おう、、」

急にダッシュしたから息が整わない。返事どころかろくに呼吸すらできてない。

昴「じゃあ他にもイロウスがいないか探しに行こう!」

八幡「ちょちょっと待って。少し休憩させて……」

みき「先生……」

遥香「仕方ないですね。先生が落ち着いたら行動を再開しましょう」

数分後、なんとか息を整えて、俺たちは動き出した。するとほどなくして若葉が声を上げる。

昴「あ!またさっきのイロウスが浮いてる!」

みき「奥の方にさらにいっぱい」

遥香「なら私たちも別れて倒しに行きましょうか」

3人はハンマーを出してイロウスへ向かう。

八幡「……俺はここにいるわ」

これ以上俺にできることはないし、何よりもう走りたくない。

みき「はい。後は私たちで倒せますから大丈夫です!」

昴「安全なとこで待っててください!」

遥香「すぐ戻ってきますから」

……ん?なんか死亡フラグに聞こえたのは俺の気のせい?

そんな俺の心配をよそに3人は次々にイロウスを倒していく。その度に大きな爆発があるから、待ってる身としては気が気じゃないんだが。

つか、改めてあたりを見渡すと、さっきのイロウスがどの方向にも浮いてるじゃん。どんだけ倒せばいいんだよ……

遥香、昴「先生」

いつの間にか成海と若葉が帰ってきていた。

八幡「おう。お疲れさん」

昴「けっこう倒したんですけど、それ以上にイロウスが湧いてきたんで、いったん引き返してきました」

遥香「私たちだけでどうにかできる数じゃなくなってしまったんですが、どうしますか?」

八幡「一番の策は星守の数を増やすことだな。こっちの手数を増やさないと、イロウスを減らすことはできないし」

昴「それなら、一度学校に戻りますか?」

八幡「あぁ、だけど星月も戻ってきてからじゃないとな。あいつだけ置いていくことはできない」

遥香「そうですね。無事だといいんですけど」

成海が心配そうに呟く。

昴「みきなら大丈夫だよ。すぐに戻ってくるって」

遥香「昴……そうね。みきなら大丈夫よね」

八幡「ほら、現に戻ってきたぞ」

俺の視線の先には必死の形相で走ってくる星月の姿があった。なんであいつあんな急いでんの。

みき「みんな~!」

遥香「みき、おかえり」

みき「みんな、大変なの!」

昴「大変って何が?」

本編4-18


みき「さっきあっちのほうまで行ってイロウスを倒してたんだけど、あるイロウスの爆発が他のイロウスを刺激しちゃって、どんどん爆発が広がってっちゃった……」

八幡「てことはつまり……?」

みき「ここら辺、爆発まみれです……」

遥香「何やってるのみき……」

みき「だ、だって!久しぶりに先生にいいところ見せられると思って、張り切っちゃって」

昴「そんなこと言ってる場合じゃないよ!爆発がそこまで迫ってるって!」

若葉の言う通り、星月が走って来た方角から大きな爆発音が止まることなく鳴り響いていて、段々音量も大きくなっている。

八幡「こうなったら早くここから逃げるぞ」

みき、遥香、昴「はい!」

俺たちはもと来た道を引き返していく。だが、なぜか嫌な感じがする。

遥香「なんだかこっちからも爆発音が聞こえない?」

昴「うん、そんな気がする……」

みき「ど、どうしよう先生?」

八幡「とにかくここから脱出する。爆発に巻き込まれるのだけは勘弁だ」

そうして俺たちは方向転換を繰り返していったのだが。

昴「……先生」

八幡「なんだ」

遥香「この状況は、どうやって打開しますか?」

八幡「そんなこと俺が聞きたい」

みき「そんな~」

八幡「もともとお前が撒いた種だろ……」

もうどこに行ってもイロウスが爆発しまくっていて逃げ場がない。いわゆる袋のネズミってやつだ。

昴「爆風を避けながら走れば、」

八幡「流石に無理だろ……」

遥香「私のスキルが先生にも効果があればよかったんですけど」

八幡「ごめんな。俺が星守じゃなくて」

成海はイロウスからのダメージを無効にする効果を持つスキルを持っているのだが、いかんせんただの人間の俺にはスキルが効かない。だから物理的にどうにかして爆発から逃げないといけないのだが、正直打つ手なくね?

みき「先生!私に考えがあります!」

なんでこんな状況になっても元気なんだこいつは。

八幡「……何」

みき「私があの爆発から先生を守ります!」

八幡「は?どうやって?」

みき「私の爆発系のスキルを使うんです!イロウスの爆発より強力なスキルが打てれば、爆発を相殺できて先生を守れます!」

思ったよりもまともなアイデアだった。でも致命的な欠陥を発見してしまった。

八幡「数体くらいの爆発ならともかく、四方八方から爆発は迫ってるんだぞ?お前1人でどうにかできるレベルじゃないだろ」

みき「あ、そっか……」

俺の指摘に星月はうなだれてしまう。が、成海と若葉は逆に明るい表情になった。

遥香「大丈夫よみき。私たちも一緒にスキルを使えばなんとかなるかもしれないわ」

昴「うん!3人で先生を守ろう!」

みき「遥香ちゃん、昴ちゃん……」

本編4-19



八幡「……危険すぎる」

遥香「え?」

八幡「危険すぎるって言ったんだ。お前らのスキルがイロウスの爆発より強力な保証はないし、3人のスキルのタイミングと威力が少しでもずれたらバランスが崩れて、結果全員の命が危ない。そんな賭けに俺は乗れない」

昴「なら、先生はどうするのがいいと思うんですか?」

八幡「お前らが助かるのに最も確実なのは成海のダメージ無効スキルを使うことだ。俺に効果はないが、それでもお前らが助かる方を優先するべきだ」

最優先するべきは3人の安全だ。彼女たちはイロウスを倒せる唯一の存在、星守だ。そして、それ以前に俺の生徒だ。絶対に死なすわけにはいかない。

だが、俺の言葉を聞いて、3人は明らかな怒りを顔に出しながら俺に詰問する。

みき「それじゃあダメです!私たちは、4人でイロウスに勝つんです!先生1人だけ見捨てるなんて、私たちにはできません!」

八幡「だけど、」

遥香「逆に先生は私たちが失敗すると、そう言いたいんですか?」

八幡「いや、そういうことじゃない。が、」

昴「ならアタシたちに任せて下さい!アタシたちが必ず先生を守ります!」

八幡「お前ら……」

この星の星守は、俺の生徒は、想像以上に心が強い子ばかりらしい。まぁ、それくらいの気概がないと、こんな危険なことを自分からやりたい、なんて言う筈がないか。

八幡「……わかった。俺の命、よろしく頼む」

みき、遥香、昴「はい!」

……あぶね。なんだか笑みがこぼれそうになった。笑ってられる状況じゃないってのに。むしろこれからが本番だ。気を引き締めないと。

八幡「よし。そしたら作戦を立てるぞ。まずは俺を中心に3人は正三角形の頂点に立ってくれ」

昴「ここらへんですか?」

八幡「あぁ。それと、スキル強化のスキルを誰か使ってほしいんだが」

みき「はい!私が使えます!」

八幡「よし。そしたら星月のスキルを使ってから3人でスキル発動だ。なるべく同じスキルがいいんだけど、なんかないか?」

遥香「それなら『炎舞鳳凰翔』は私たちみんな使えます。爆発系のスキルで威力も同じです」

八幡「ならそれでいこう。後はタイミングのそろえ方だな」

みき「合図は先生が出してください!」

八幡「俺?」

遥香「そうですね。3人の真ん中っていうちょうどいいポジションにいるわけですし」

昴「先生の合図なら、アタシたちさらに頑張れますから!」

……むぅ。正直気乗りはしないが、3人が一番やりやすい状況を作る方が大事だしなぁ。ここは腹をくくるか。

八幡「わかった……」

遥香「では先生の『炎舞鳳凰翔』の掛け声に合わせて私たちがスキルを使うということで」

八幡「待て。なんで俺もあの恥ずかしいスキル名を言わなきゃならないんだ」

昴「だってアタシたちがスキルを使うときはスキル名唱えないといけないですし」

みき「それに先生も一回くらい一緒に言いましょうよ!意外と楽しいかもしれないですよ?」

材木座ならともかく、今の俺にそんな中二病抜群のスキル名を意気揚々と唱えられるほどのメンタルは備わっていない。つか、それ以前に俺の必殺技でもないんだよなぁ。今回はただ合図として技名を叫ぶだけ。ダサい事この上ない。

八幡「……楽しいかどうかはともかく、お前らがそう言うなら合図はそれでいこう」

でも、一度くらいは必殺技大声で叫んでみたいよね?だって男はみな、一生少年なのだから!

昴「よし!これでなんとかいけそうだね!」

遥香「絶対4人で学校に帰りましょうね」

みき「さぁ、みんな!頑張ろう!」

スキル性能が一緒だから名前も一緒だと勝手に思ってましたが、実はスキル名は違ってたんですね。すいません。でも今回の話では3人とも『炎舞鳳凰翔』で統一します。これからはもっとスキルも確認します。

おつ

細かいところは適当に補完していくからあんま気にしなさんな


元々クロスオーバーでオリジ要素入ってるし多少はね?

本編4-20


段々爆発が迫って来た。そろそろ作戦開始かな。

八幡「よし。始めるか。星月頼む」

みき「はい!『メガスキルバースト』!」

3人の周りを黄色いオーラが包み込む。例えるならちょっとしたスーパーサイヤ人みたいな感じだ。

八幡「あとはタイミングを合わせてスキルを撃つだけだ」

みき「は、はい!」

遥香「みき緊張してるの?」

みき「う、うん。正直かなり……」

昴「あはは、実はアタシもけっこう緊張してるんだ。でも遥香は大丈夫そうだね?」

遥香「だって、こういう絶体絶命なシチュエーションってよく少年漫画にあるでしょ?それを今実体験してると思うと少しワクワクしてるの」

お前強いなぁ!オラわくわくすっぞ!ってか?心までサイヤ人になっちゃったのかな?

八幡「おい、もう爆発がそこまで来てるぞ。準備しろ」

俺の言葉に3人の雰囲気ががらりと変わる。もうお互いの顔も見ずに、ただ真正面のイロウスにだけ集中している。

八幡「いいか。俺が『炎舞』と叫ぶから、1テンポおいて3人は攻撃してくれ」

みき、遥香。昴「はい!」

俺は3人の背中を順に観察する。星月はソードを、成海はスピアを、若葉はハンマーを構えている。こうして後ろから眺めることは今までなかったが、改めて見てみると、頼もしい背中をしてるんだな。俺を「守」るって意志をひしひしと感じる。

もう爆発が目の前まできている。今まで遠くに見えていたイロウスは爆炎でまったく見えない。だが、至近距離にもイロウスは浮いてるし、それらも爆発しそうに膨張している。

八幡「……いくぞ。『炎舞』!」

みき、昴、遥香「『鳳凰翔』!」

刹那、3方向から凄まじい爆炎が放たれた。ちょうど俺周りで爆炎がぶつかり相殺されているが、周りは360度爆煙で包まれており視界は遮られてしまっている。

八幡「くっ……」

てか爆風がすごすぎて立ってられないんですけど。音もすごいし、本当に星月たちがどうなってるかわからない。

やがて爆煙が薄くなってきた。俺は立ち上がり急いで周りを見渡してみたが、いるはずの人影が見えない。

八幡「嘘だろ……」

最悪のシチュエーションが頭をよぎる。3人は身を挺して爆発から俺を守ったのか?3人が3人とも?はは、まさか。冗談だろ?

八幡「星月……若葉。成海!」

俺はありったけの声を出して叫んでみた。だが返事は聞こえない。

八幡「なんでだよ……」

俺が3人を死なせてしまった。否、殺してしまった。俺だけが犠牲になればこんなことにはならなかったはずだ。なんで俺はあの時、もっと強くあいつらを説得しなかったんだ……

その時、爆煙の下の方に何かの影が見えた。それはゆっくりとこちらへ近づいてくる。あぁ。イロウスの生き残りか。なら、いっそ俺もここで死んでしまうのがいいかもな。俺の死くらいじゃ償いにはならないが、俺にできることはこれくらいだ。

八幡「……殺せ!」

俺はその影に向かって泣き叫んだ。だが影はそこで動きを止める。

「何言ってるんですか先生?」

八幡「え?」

この声は、まさか……

みき「なんとかここまで這って来た私に『殺せ』ってどういうことですか?」

現れたのはぼろぼろの星月だった。

八幡「星月……?お前、なんで這って来たんだよ」

みき「全力でスキルを使ったら、歩く体力もなくなっちゃったんです。なのでこうして這ってきました」

八幡「……ふっ、なんだよ。そういうことかよ。ははっ」

俺は力が抜けて、地面に座り込みながら笑いだしてしまった。そんな俺を不思議そうに星月が眺めてくる。

本編4-21


やがて成海と若葉も合流した。

昴「先生!無事だったんですね!」

八幡「あぁ。お前らも無事か?ケガはないか?」

遥香「はい。大丈夫です」

みき「ねぇ聞いてよ2人とも!先生ったら、私に向かって最初『殺せ!』って叫んできたんだよ?」

遥香「……どういうことですか?」

八幡「いや、なんか気が動転しててな。自分でもよくわからず口走っちまった」

お前らが死んだと思ってた、なんて口が裂けても言えない。

昴「先生本当に大丈夫ですか?実はどこか爆発に巻き込まれてたりしてませんか?」

八幡「なんともねぇって。強いて言えば疲れだな。ラボから一緒にいて身も心も疲れた」

みき「それって、私たちといると疲れるってことですか!?」

八幡「ま、そうとも言うかもな」

昴「ま、まぁまぁみき。実際、アタシも色々あって今日は疲れちゃったし、大目に見てあげようよ」

遥香「そうね。私もお腹空いたわ。早く何か食べたい」

4人でこんな雑談をしていると、通信機が鳴りだした。

八幡「はい。もしもし」

樹『比企谷くん!?無事ですか?』

八幡「えぇ。星月たちも全員無事です」

俺の返答の後、八雲先生じゃない人たちの歓声が聞こえた。おそらく他の星守たちが後ろの方にいるんだろう。

樹『よかった……』

八雲先生は心の底から安堵したような声を出した。

八幡「あの、周囲にまだイロウスの反応はありますか?」

樹『いえ、レーダーには反応はないわ。完全に消滅しています』

八幡「そうですか、ありがとうございます」

樹『えぇ。じゃあすぐに転送装置を起動させますね。そこで少し待っててください』

八幡「わかりました」

そうして通信は切れた。

遥香「学校からの通信ですか?」

八幡「あぁ。八雲先生からだ。俺たちが無事だって聞いて安心してたよ」

昴「あの、イロウスは?」

八幡「それもこの辺には反応はないそうだ。完全に殲滅できたってよ」

みき「やったー!」

そう言って星月は若葉と成海に抱きつく。

昴「こ、こらみき!いきなり抱きついてきたら危ないって!」

みき「えへへ~」

遥香「もう、しょうがないわね」

3人はそのままお互いに抱き合って笑い合っている。ついさっきまで俺を守るために死ぬ気で奮闘していた星守とは思えないくらい楽し気に。ゆりゆりに。

八幡「ほら、そろそろ離れろ。八雲先生はすぐに転送してくれるって言ってたぞ」

みき「は~い」

しぶしぶ3人は離れる。が、なぜか俺の両腕に絡みついてくる。やめて!柔らかい感触と女の子の香りが凄すぎて頭がクラクラする。

八幡「な、なにしてんだよお前ら」

みき、昴、遥香「先生!これからも私たちのことよろしくお願いします!」

本編4-21


ラボでのやりとりと、イロウス殲滅の次の日の放課後。俺は総武高校のジャージを着てグランドにいる。なぜかと言うと。

昴「先生!ほらもっと頑張って!ワンツー!ワンツー!」

八幡「いや、もう、もう無理……」

このようにダンス特訓につき合わされているのだ。だが、なんだってあんな戦闘をした翌日からダンスしなきゃならんのだ。

遥香「ふぅ。そしたら少し休憩しましょうか」

八幡「そ、そうしよう……」

俺たちはグラウンドの木陰で休むことにした。

みき「あ、みんな!私、今日は疲労回復に効果のある料理を作ってきたんだ!」

八幡、昴「え?」

俺と若葉は同時にうめき声のような声を出してしまった。でも、この前みたいな料理だったらまだ食べられるかもしれない。もう絶望する必要なんて、ない!

遥香「何を作ってきたの?」

みき「えへへ~、じゃーん!」

星月が開けたタッパの中には、なにか得体のしれない茶色の物体が得体のしれない紫色の液体の中に沈んでいた。

昴「み、みき?これは、なに?」

みき「え-、見ればわかるじゃん!レモンのはちみつ漬けだよ!私なりに健康に良さそうなものを加えたんだ。疲労回復には効果抜群だよ!」

もうどこにもレモンもはちみつもいない。これを食べたら間違いなく「こうかばつぐん」で倒れてしまう。

だが成海は躊躇なく茶色い物体を口に入れる。

成海「美味しいわみき!この前のスランプは抜け出せたみたいね」

みき「うん!今回は前のサンドイッチのリベンジも兼ねて、いつもよりも気合入れて作ったんだ!ほら、先生と昴ちゃんも食べて食べて!」

八幡「いやあ、実は俺そんなに疲れてなかったな。さ、すぐにでもダンスを再開するか若葉」

昴「そうですね先生!次はf*fのダンス教えますね!」

みき「2人とも、食べてくれないの?」

遥香「こんなに美味しいのにもったいないですよ」

だからこそ危ないんだろうが!と心の中ではツッコめるが、星月の泣きそうな顔を見ると、そんなことは言えるはずもない。助けを乞うように若葉を見るが若葉も同じようにいたたまれない表情をしている。

八幡「……わかった。食べるよ。ほら若葉も食うぞ」

昴「はい……」

俺の言葉に若葉も諦めたように頷く。そして恐る恐るレモンには到底見えない茶色い物体を1つ取り出す。

八幡「……ふぅ。いただきます」

俺はそれを口に入れるが……

ナニコレ!今までの星月の料理の中でも1,2を争うほどヤバい味だ。口の中だけじゃなくて、鼻の中にも危険なにおいが通過するし、物体に触れた唾液までもが食道や胃を破壊していくようだ。若葉に至っては顔色も茶色じみてきている。もはやこれは凶器というより兵器だな。

みき「先生どうですか!?」

八幡「あ、あぁ……少し食べただけでもすごい効くなこれ……」

みき「ほんとですか!?まだまだありますよ?」

八幡「いや……1つで十分だ。ありがとう……」

これ以上食べたら間違いなく病院行きだ。生身のジョーイさんに治療してもらわなくてはならなくなる。

遥香「さ、ではそろそろダンス再開しますか」

昴「待って遥香。アタシもう少し休憩したい……」

八幡「俺も……」

みき「2人とも立って!私、先生を引っ張り出すから、遥香ちゃんは昴ちゃん引っ張って!」

遥香「任せて」

こうして俺と若葉は強引にグランドへ引っ張り出されてしまった。く、このままダンスなんてして大丈夫だろうか?イロウスと戦う時より不安だ……

以上で本編4章終了です。>>394,>>395の方々ありがとうございます。他の方も適宜補完してくれていると思いますが、この先もよろしくお願いします。

本編5-1

ある日の放課後。俺が職員室で作業をしていると、八雲先生に声をかけられた。

樹「比企谷くん、ちょっとこっちに来てもらえるかしら?」

八幡「はぁ。なんですか?」

促されるままに職員用談話室に移動すると、天野、火向井、常磐がソファに座っていた。

ゆり「先生!」

望「先生が来たってことは、つまりそういうことかな?くるみ?」

くるみ「かもしれないわね」

なんの話だ?3人とも、何かわかったような口ぶりだが。

樹「比企谷くんも座って下さい」

八幡「はぁ」

事情が呑み込めない。3人の雰囲気から想像するに、怒られるわけではなさそうだけど。

樹「みなさん。今日は『修学旅行』について話すことがあります」

八幡「修学旅行?」

俺が不思議そうに聞き返すと常磐が何かに気づいたような声を出す。

くるみ「あ、先生は知らなかったんですね」

ゆり「毎年、星守クラスの高校2年生は普通クラスとは別の修学旅行に行くんです!」

望「まぁ、修学旅行って言っても毎年近場での日帰り旅行なんだけどね……」

八幡「日帰りで修学旅行?」

樹「えぇ。万が一イロウスが現れたときにすぐに対処ができるよう、日帰りにしているの」

旅行っていうか、遠足みたいだな。しかも星守クラスの高2だけというところがまた少し可哀そうではある。

八幡「修学旅行の概要はわかりました。でもなんで俺がここに呼ばれたんですか?」

「その説明は私たちがするわ」

ドアを開けて入ってきたのは、今日は仕事で学校を休んでいた煌上と国枝だった。

樹「えぇ、そうね。じゃあお願いしようかしら」

詩穂「はい。お任せください」

そう言うと2人は少し興奮気味に話し出す。

花音「実は私たちも事務所からお休みをもらえたから、みんなと一緒に修学旅行に行けることになったの」

望「おぉ!やった!」

花音「でも驚くにはまだ早いわ」

詩穂「さらにリフレッシュのために、と事務所負担で一泊二日の沖縄旅行をさせてもらえることになったの」

くるみ「沖縄なんてすごいですね」

詩穂「ふふ。それで私たちが事務所にお願いをして、皆さんも沖縄旅行の人数に入れてもらえたの」

ゆり「と、いうことは?」

花音「私たち星守クラス高校2年生全員で沖縄修学旅行に行けるってことよ!」

望、ゆり、くるみ「おぉ!」

3人のテンションも一気に高まる。まぁ近場での日帰り旅行が沖縄宿泊旅行になったらそりゃ喜ぶわな。しかも費用は向こう持ち。最高かよ。

花音「何1人他人面してんのよ。あんたも行くのよ」

ぼーっとしていた俺に煌上がなんかすごいことを言ってきた。

八幡「は?俺も?なんで?」

花音「なんでって……そんなこともわかんないの?」

詩穂「だって先生も私たちと同じ高校2年生じゃないですか」

八幡「いや、年齢だけ言ったらそうかもしれないけど」

本編5-2


樹「さすがに泊まりとなると私も風蘭も都合つかなくて引率できないの。だから比企谷くん引き受けてくれない?」

引率係を同学年のぼっち男子高校生に頼むっておかしくない?と思いつつ煮え切らない態度を取っているとさらなる追撃が四方八方から飛んできた。

ゆり「私も風紀委員長として先生のお手伝いしますから安心してください!」

望「先生もアタシたちと一緒に沖縄行こうよ~!」

くるみ「これを機に先生とゆっくり話してみたいです」

花音「というか今さらキャンセルなんてできないんだけど」

詩穂「先生が来てくれると、とても心強いです」

……こうして6人に言われてしまうと、もう断れないよなぁ。まぁ沖縄にタダで行ける機会なんて滅多にないしな。引率と言っても、こいつらなら別に危ないこともしないだろうし、やることないだろ。

八幡「……わかりました。俺も行きます」

詩穂「うふふ。ありがとうございます。では先生。来週はよろしくお願いしますね」

八幡「そんな直近だと旅程立てられないだろ」

花音「心配ないわ。ホテルの予約とかも含めてスケジュール立てはうちの事務所が全部やってくれるから」

望「おぉ!さすが大手芸能事務所!」

詩穂「実際のところは、私と花音ちゃんが一緒にいると行く先々にご迷惑をかけてしまうからその事前対策のためですけどね」

くるみ「有名人は大変なんですね」

ゆり「でも私たちの修学旅行なのに、全て決められてしまうのも何か違う気が……」

花音「一応、事務所のほうからは行きたいところがあったら教えて欲しいと言われてるわ。一泊二日だからそこまで沢山は無理だけど」

望「はいはい!せっかくの沖縄だし、海行きたい!」

天野がすかさず手を挙げながら大声で発言する。

詩穂「海いいわね。花音ちゃん、新しい水着買いに行きましょうよ」

花音「そうね。修学旅行だし少し奮発してもいいかも」

ゆり「み、水着だなんて破廉恥な!」

くるみ「でも海で普通の服着てるほうが変だと思うけど」

望「ゆり~、もしかして水着になるのが恥ずかしいの~?」

ゆり「そ、そんなことないぞ!私だって着ようと思えば水着くらい余裕だ!」

花音「じゃあ希望は海でいいわね」

煌上の言葉に5人が頷く。ははは。すがすがしいくらいに俺のことは無視ですか、そうですか。ミスディレクションを発動してるつもりはないんだけどなあ。

詩穂「先生の意見は聞かなくていいの花音ちゃん?」

おお。国枝は俺のことを覚えてくれていたらしい。

花音「どうせこいつは『暑いしめんどくさいからホテルから出たくない』って言うにきまってるわ。聞くだけ無駄よ」

煌上は当然のことのように話す。ふふふ。く、悔しいがその通りだから反論できない。

望、ゆり「確かに……」

そこ2人。俺より先に同意しないで。なんか悲しくなるから。

くるみ「本当に先生は行きたいところがないんですか?」

八幡「……まぁ、ないな」

花音「あんた、一応修学旅行なのよ?ちょっとは楽しみなことあるんじゃないの?」

煌上の何気ない一言が、俺のトラウマスイッチを押してしまった。どうやらこいつは修学旅行というものを勘違いしているらしい。一つ、修学旅行の黒い部分を教えなくてはならない。

八幡「修学旅行なんてトラウマが大量生産されるイベントだぞ。クラスで余ったやつ同士で班を組まされ、お通夜なムードの班行動。部屋では邪魔にならないようにおとなしくしてるのに、ネタの標的にされる。挙句の果てには持参した携帯ゲーム機で遊びだす始末だ。俺の修学旅行での役割なんて、観光地で妹と親のためにお土産を買うマシーンと化すくらいなもんだ」

俺の言葉に周りの全員がドン引きした。何人かは引くのを通り越して憐みの目線を送ってくる。

望「うわ。先生の修学旅行つまんなそ~」

詩穂「色々苦労されたんですね先生……」

本編5-3


八幡「とにかくだ。そういうことだから俺のことは無視して、お前らのやりたい修学旅行を計画してくれ」

俺は半分ヤケになりながらそう呟いた。

ゆり「ですが……」

花音「いいわよゆり。こいつのことは無視して私たちで計画立てましょう」

くるみ「いいんですか?詩穂さん?」

詩穂「先生もあのように言っているし、こうなった花音ちゃんは強情だからなかなか説得するのは難しいわね」

望「もう、先生ったら……」

俺たちのやりとりに一定の成果を見たのか、八雲先生がソファから立ち上がる。

樹「一応、話はついたかしら?あとはみんなで仲良く計画してね。どういう日程になったかの報告だけはしっかりお願い。私はもう行くわ」

「仲良く計画」とか無理難題なんだよなぁ。今まで人と仲良くしたことないし。

5人「はい!」

そんな俺のことは露も考えず、他の5人は元気よく返事をする。その返事を聞いて微笑みながら八雲先生は部屋を出て行った。あれ。てか俺も一緒に出て行けばよくね?うん、出よう。これ以上この空間に俺がいても意味はない。むしろ邪魔まである。

八幡「じゃ俺も行くわ」

俺が立ち上がろうとすると隣に座ってる常磐に腕を掴まれた。

くるみ「どこ行くんですか先生?」

八幡「いや、俺も仕事に戻ろうかなって」

詩穂「先生ももう少し私たちと打ち合わせしましょうよ」

こういう時の打ち合わせって結局雑談になってなに一つ進まなくなるよね。八幡知ってるよ。

望「じゃあ服屋巡りしちゃおうよ!」

ほら。天野がいきなり沖縄とは関係ないこと言い出した。

花音「せめてもう少し沖縄らしいイベント考えなさいよ……」

ゆり「だったら南国の暑い気候の中で特別特訓だ!」

いや、なんで修学旅行先で特訓するんだよ。μ'sでさえ合宿と言いながら海で遊んでるんだぞ。俺たちが特訓なんて出来るはずがない。

花音「修学旅行なんだから特訓はしなくていいんじゃないの?」

くるみ「八重山諸島には珍しい植物がたくさん生えてるのよね。細かく観察したいわ」

離島ですることじゃねぇな。つか離島なんて行けるの?

花音「離島まで行ってみんなで植物観察はちょっと……そもそも本島にしか行けないと思うわ」

詩穂「流れるようにツッコむ花音ちゃんカッコ可愛いわ」

八幡、花音「もうやりたいことでもないじゃない(か)!」

やべ。つい声を出してツッコんでしまった。しかもよりによって煌上とハモっちゃったし。ほら。俺のことすごい睨んできてるよ煌上。その目つきはテレビでやらない方がいいと思うぞ。ごく一部のマニアックな性癖の人は喜びそうだけど。

花音「まさかあんたと同じことを言っちゃうなんて。失態だわ」

八幡「うるせ。つか、お前はどっか行きたいところないのかよ」

花音「私?私は無難に首里城とか見れればいいかしら。遠くに行こうにも時間がかかるし、手軽に電車で行けるところで修学旅行らしい場所ってなると妥当なところじゃない?」

八幡「まぁ確かに」

ゆり「修学旅行ですもんね!その土地の史跡を巡るのも大切です!」

望「でもちょっと普通過ぎない?」

くるみ「海で遊ぶなら、少しくらいは勉強になるところへ行くことも必要だと思う」

詩穂「花音ちゃんが行きたいならどこへでもついていくわ」

八幡「煌上。否定の意見はあまりなさそうだし、首里城も候補に入れといていいんじゃないか」

花音「そうね。案外あっさり決まってよかったわ」

しまった。いつの間にか俺も打ち合わせにがっつり参加しちゃってるじゃん。ほんと場の空気って怖い。……まぁすぐ流される俺も悪いんだが。

本編5-4


打ち合わせ、と言えるかどうかわからない何かしらが終わった数日後、俺はいつものごとく職員室で書類整理に追われている。近頃は特に修学旅行関係で学校に提出する書類作成をやらされている。八雲先生に「私は何をするかあまりよく知らないし、比企谷くんが引率するんだから、事務的な資料作成もお願いしたいの」と言われてしまい、しぶしぶ作っているのだが……

いかんせん俺も何をやるのかよくわからない。確かにこの前、いくつか行きたい場所の希望を出しはしたが、それだけだ。実際の旅程がどうなっているのかは何一つ知らない。大丈夫なのこの修学旅行?このまま計画だけで立ち消えとかにならないかな。旅行って計画している時が一番楽しくて、実際始まるとそれほど楽しくない、っていうのをよく聞くけど、今のところ計画してても全く楽しくない。なんならストレスばかり溜まっていく。これで旅行が始まったらストレス過多で倒れるかもしれない。精神的安静のためにも俺は旅行には行くべきではないと思います。

「せーんせ!」

そうやって心の中で文句を言い連ねていると後ろから声をかけられた。振り向くと天野たち高2の5人が立っていた。

望「はいこれ。修学旅行のしおり!」

そう言って渡されたのは女子高生らしい丸っぽい字で「星守クラス修学旅行in沖縄!」と書かれた分厚い冊子だった。一瞬タウンページかと思ったぞ。

八幡「なんでこんな分厚いの?」

ゆり「修学旅行は風紀が緩みがちなので、注意事項をたくさん記しておきました!」

(すごく慎ましい)胸を張りながら、火向井が自慢げに説明する。

八幡「はぁ……」

望「ごめん先生!ゆりがどうしても入れたいって言うから」

ゆり「何言ってるんだ望!修学旅行こそ真面目に取り組まなきゃいけない行事だ!何かあってからでは遅いんだぞ!」

くるみ「この6人でいて、危ない状況になることなんてないと思うけど」

俺は目の前で交わされるやり取りを無視して、しおりをパラパラ見ていった。火向井が作ったであろう細かい文字でびっしり書かれた注意事項のページはもちろん、それ以外のページもけっこう盛り沢山な内容だ。

八幡「これ全部読まなきゃダメか?」

俺の疑問に、煌上はため息をついてゴミを見るような目つきで座っている俺を見下ろしてきた。だから俺にそんな性癖はないってば。

花音「当たり前じゃない。それ一冊でスケジュール確認だけじゃなく、ガイドブックにも使えるように作ったのよ」

詩穂「花音ちゃん、頑張って市販のガイドブックから楽しそうな場所やおいしそうなお店をピックアップしていたものね」

国枝の言葉に煌上の顔がみるみる赤くなる。

花音「し、詩穂!それは言わない約束でしょ!」

くるみ「みんな頑張っていたんですね」

反対に常磐は冊子に目を落としながら他人事のようにつぶやいた。

八幡「常磐は何もしてないのか?」

くるみ「私も手伝おうとしたんですけど、私が近づくとパソコンはもちろん、印刷機も壊れてしまうので、できることがなかったんです」

八幡「なるほど……」

噂には聞いてたが本当だったとは。近づくだけで機械を壊すなんて、この科学の時代でどうやって生きてるの?

望「けどモデルコースの作成とかはすごく手伝ってくれたじゃん!くるみがいなかったらあんないいのできなかったよ!」

ゆり「それに注意事項のアイデアもたくさん出してもらったし、感謝してるぞくるみ!」

くるみ「本当……?ならよかった」

常磐はほっと胸をなでおろし、天野と火向井も安心したように笑顔になる。

八幡「ま、助かるわ。これがないと書類作れなくて困ってたんだ」

詩穂「なんの書類ですか?」

八幡「なんか生徒が修学旅行に行く際には色々提出しなきゃいけない書類があるんだと。それを作らされてるってわけ」

花音「へぇ。意外と真面目に仕事してるのね」

八幡「意外とってなんだよ……俺みたいな組織の底辺にいる人間は雑務であろうと仕事は断れないんだよ」

くるみ「大変そうですね。私もお手伝いします」

そう言って常磐は俺が作業するパソコンに近付いてきた。次の瞬間、パソコンから黒い煙が出てきて、画面が消えた。

八幡「あ」

くるみ「す、すみません……先生の力になりたいと思ってつい……」

八幡「いや、まぁ、まだ全然作業してなかったし、パソコンだって学校の備品だからそんなに問題はねぇよ」

実はそこそこ書類作ってたんだけどね!だけどここで本当のことを言って常磐を傷つけるのは間違っている。これくらいの分量、俺が徹夜で作業して取り返せばいいだけの話だし。

本編5-5


晩御飯も終わり、普段ならゲームしたりラノベ読んだりアニメ見たりと一段落するところなんだが今日は違う。もう家でも作業をしないと旅行に間に合わない。そうしてとうとう仕事を家に持ち帰る始末……あぁ。また一歩社畜に近付いてしまった……

小町「あ、お兄ちゃんがリビングでパソコンいじってる。ネットサーフィン?」

小町は質問しながら冷蔵庫をごそごそしている。チラッと見たがどうやら風呂上がりの恰好だったから、何か冷たい飲み物を探しているらしい。

八幡「ちげぇよ。仕事だ」

小町「し、仕事?お兄ちゃんが家で仕事?明日は槍でも降るのかな。鎧着なきゃ」

八幡「おい。珍しい光景なのはわかるがそこまでではない。せめて飴が降るとかにしとけ」

小町「そのツッコミ、文字だからこそできるやつだよね。でお兄ちゃん。なんで仕事してるの」

八幡「今度神樹ヶ峰で修学旅行に行くんだが、それまでに提出しなきゃいけない資料を作らされてるの」

小町「へー、どこ行くの?」

八幡「沖縄」

小町「沖縄!?」

小町が沖縄という単語に食いついた。小町は目を輝かせながら、飲み物とアイスを持って俺の隣に座る。

小町「いいなぁ。小町も沖縄行きた~い!あ。これしおり?見てもいい?」

そう言って小町は例の分厚いしおりを手に取ってパラパラ読み始める。

八幡「俺の返事聞けよ。なんで質問したんだよ」

お前は「あー、タバコ吸ってもいい?」って聞いてくる喫煙者か。あいつら、承諾されること前提で聞いてくるからな。それでいて、こっちが拒否したら物凄い嫌そうな顔つきになるんだよなぁ。そしてその後、露骨に雑な対応しかしなくなるまでがお約束。マジであの時の店長許さん。拒否したからってバイトの面接速攻で終わらせて不採用にしやがって。

小町「まぁまぁいいじゃない。減るもんじゃないし」

八幡「まぁそうだけどよ……」

これ以上話してもろくな会話にならないから、俺は作業に戻る。しばらくしおりを読んだ後、小町はメモ用紙を取ってきて何か書きだした。

小町「はい。お兄ちゃん!」

渡されたのはさっき小町が何か書いてたメモ用紙。開いてみると『小町の欲しい沖縄お土産リスト』の文字。

八幡「ナニコレ」

小町「はーい。ではただいまから小町の欲しい沖縄お土産の発表でーす!はい。お兄ちゃん読み上げて」

小町がメモを指さしてくる。いや、もうお前が言えよ。なんで俺が言わなきゃいけないんだよ。

八幡「三位。ちんすこう」

小町「学校の人にも配りたいから多めによろしくです!では次!」

八幡「二位。シーサーの置物」

小町「縁起がいいからね!シーサーの御利益で高校受験でも『ワンチャン』スを掴み取る!」

八幡「すごいわかりにくいし、狛犬とごちゃ混ぜになってるぞ。なんならシーサーは犬ですらない。獅子、ライオンだ」

小町「そ、それくらい知ってるし?ちょっとしたアニマルジョークだよアニマルジョーク。ほら続き続き!」

八幡「……一位は小町直々に発表します」

俺がメモを読み上げると、おほんと小町は一つ咳ばらいをして話し出す。

小町「小町が一番欲しいのは、『お兄ちゃんと星守さんたちとのひと夏のアバンギャルド』だよ!キャー!」

自分で言って自分で照れてれば世話ないわ。もうダメだこの子。受験勉強のしすぎで頭がおかしくなったのかしら。

八幡「小町。正しくはアバンチュールだ。それに俺はひと夏の恋などしない。なんせ俺は引率の教師として行くだけだし」

小町「そんなのわかんないじゃーん。むしろ、先生と生徒の禁断の恋っていうシチュエーションのほうが燃えるかもよ」

八幡「やめろ。中には現役女子高生アイドルもいるんだ。あらぬ疑惑をかけられただけで、俺は燃えるどころか大炎上してしまう」

小町「まぁお兄ちゃんのことだし、そんなことは絶対ないと思うけど、それくらい楽しんできてほしいって小町は思ってるの。あ、今の小町的にポイント高い!」

八幡「はいはい、高い高い。でも小町も俺の心配より自分の心配した方がいいぞ?英語と歴史なんて特に」

小町「そうやって妹の弱点を指摘するの、小町的にポイント低いかも……」

不満を言いつつ、小町はまたしおりをパラパラめくって「いいなぁ」を連呼する。まぁ、待ちぼうけを食らう可愛い妹のために、沖縄では美味しいちんすこうと御利益のあるシーサー探しを頑張りますか。星守たちとは、まぁ、いつも通り接してればいいだろ。多分。

なかなか沖縄行けない……高2組は人数も多く、修学旅行で遊ぶシーンも書きたいんでこれまでの本編より長くなるかもです。
あと、小町が予想外にアホの子になってしまった。ここまでアホにするつもりじゃなかったのに……

本編5-5

いよいよ修学旅行当日。飛行機に乗るため俺は早朝から羽田空港へ向かう。しかし、羽田空港を東京国際空港と呼ぶのはいいとして、千葉県にある成田空港を新東京国際空港と呼ぶのはどういう理屈なんだろうか。東京ディスティニーランドといい、東京ドイツ村といい、千葉は東京の名を使いすぎじゃない?これはあれだ。もう日本の首都が千葉だというkとの証明なのだ。キャピタルオブジャパンイズチバ。なにこれちょっとカッコいい。

こんなしょうもないことを考えていたら空港に到着した。空港は駅とは勝手が違うらしい(小町談)ので、しおりに書いてある集合時間よりもだいぶ早く着いてしまった。暇だし空港内を少し見て回るか。外を見れば快晴。旅立ちには最高の天気やね!あ、枕忘れた!でも冷静に考えて飛行機には2時間半しか乗らないし、正直普通に邪魔。

そうして1人Wonderful Rush状態で空港をブラブラ歩いていると突然背中に何か細くて硬いものを押し付けられた。

「振り向かないでください。振り向いたら撃ちます。まずは近くの本屋へ行きなさい」

現状に理解が追いつかず、頭が真っ白になる。ここで俺死ぬの?うっすい人生だったなあ……葬式には戸塚来てくれるかなぁ。来てくれなかったら成仏できずに戸塚だけに見える霊「はちま」になる。もしくは胸に孔が開いて虚になる。

「早く歩きなさい」

なんだか聞いたことのある声にせかされ俺は歩き出した。

八幡「……はい」

数分歩いて本屋に着いた。

「では雑誌コーナーにある花音ちゃんが表紙の雑誌を4冊買ってきなさい」

……なんだか命令がおかしい気がする。それに今こいつ「花音ちゃん」って言ったか?

八幡「それらはなんのために使うんだ国枝」

詩穂「もちろん、鑑賞用、保存用、布教用、使う用です」

急にアホらしくなって俺は背中の感触を無視して振り返った。そこには俺の予想通り、ペンを持った国枝が立っていた。

詩穂「あら先生。おはようございます」

八幡「おはようございます、じゃねぇよ。朝から何してんだお前」

詩穂「ちょっとした遊びです。昨日読んだ推理小説の中で、犯人が名探偵を殺そうとして拳銃を背中に突き立てたシーンがあったんです。驚きましたか?」

国枝はイタズラっぽく笑って顔を近づけて来る。やめて。その笑顔はまさしく殺人級だよ。

八幡「別に驚かねぇよ。流石に非現実的すぎる」

詩穂「あら、事実は小説よりも奇なりとも言うじゃないですか。現実では小説以上にいろんなことが起きるものですよ。もしかしたらこの修学旅行の間にも何か起きるかも」

八幡「勘弁してくれ。俺はなんのトラブルもなくこの修学旅行を終えたいんだ。そもそも修学旅行自体が非日常的イベントなんだし、これ以上は俺の手に負えなくなる」

詩穂「うふふ。さあ。そろそろ集合時間ですね。遅刻したら花音ちゃんと火向井さんに怒られちゃいますよ」

八幡「だな。行くか」

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集合場所に行くと、すでに4人が集まって談笑していた。天野がいち早く俺たちに気づき、手を振っている。

望「お。先生!詩穂!おはよ!」

ゆり「みんな時間までに集まったな!」

くるみ「いよいよ出発ね」

詩穂「おはようございますみなさん。花音ちゃん。出発前にあのことを言っといたほうがいいんじゃない?」

花音「そうね。みんなちょっといいかしら」

煌上と国枝が俺たちの前に立つ。煌上はビデオカメラを取り出しながら話し出す。

花音「今、私たちはあるドキュメント番組の密着取材を受けているの。それで今回の修学旅行も取材したいってお願いされたんだけど、流石にプライベートだからって番組の人が同行するのは断ったわ」

詩穂「でも一応この旅行は事務所が私たちのお金も出してくれてるから、完全に断るのは出来なかったの」

花音「そこで私たちが自分たちで映像を撮るってことで妥協したの。だからこの修学旅行中みんなをカメラで撮って、もしかしたらその映像を放送に使うかもしれないけどいいかしら?」

望「もちろん大丈夫!むしろいい映像撮れるように協力するよ!」

くるみ「そうね。せっかくならいい映像撮りたいものね」

ゆり「……間違ってもくるみはビデオカメラには触らない方がいいぞ」

花音「みんなありがとう。じゃ、これよろしく」

そう言って煌上は俺にカメラを渡してきた。

八幡「……もしかしなくても俺が撮影係?」

花音「当然よ。そのためにあんたを呼んだのよ。もしあんたの目が映ったら放送事故扱いで使えなくなるし」

ですよねー。でも俺の目が放送事故レベルに腐ってるのは否定したい。せめてモザイクかければ映れるレベルだと自負してる。そして円盤では無修正でお届け!さらにオーディオコメンタリーも付けちゃう!

>>412は本編5-6でした。

理事長が今日誕生日だというのをさっき知りました。
今日中にSSを投稿するのは厳しいので明日か明後日には投稿します。
ひとまず牡丹理事長。お誕生日おめでとうございます!

番外編「牡丹の誕生日前編」


梅雨が明け、セミの声が響き始めた。今年も暑い夏がやってくる。いっそ夏はさっさと通り過ぎて早く秋になってほしい。暑いの嫌い。でも夏に薄着になる女の子を見るのは嫌いではない、どうも俺です。

そんな夏の厳しい日差しが差し込む放課後。ラボに荷物を運んだ帰り道に校舎の外を歩いていると、1人で神樹の前に佇んでいる理事長を発見した。

独特のオーラというか、雰囲気というか、理事長の存在感は変わった人が多いこの学校内でも際立っている。現に俺がすぐ見つけられるくらいの存在感だし。

背後からの視線に気づいたのか、理事長は振り向いて俺に声をかける。

牡丹「あら比企谷くん。こんにちは」

八幡「どうも。そんなとこで何してるんですか?」

理事長はにっこり笑いながら返答する。

牡丹「神樹の声に耳を傾けていたんです」

八幡「神樹の声?」

理事長も常磐と一緒で植物の声が聞こえる能力者だったのか。あれ、でも同じ能力の実って存在しないはずでは?設定が歪んでますよ尾田先生!

牡丹「私は大地の巫女として神樹を守る役割を務めていて、そのおかげで神樹からの声を聞くことができるんです。くるみのようにすべての植物の声が聞こえるわけではないですけど」

また聞いたことのないような役職が出てきましたねえ。バトルマンガでよくある後付け設定かよ。で、中盤まではこういう後付け設定のバーゲンセールをしておきながら、結局風呂敷を広げたまま連載が終了していく事例が多数。もはやこの展開こそバトルマンガの王道、と言っても過言ではない。

八幡「なんだか大変そうなお仕事ですね」

牡丹「大変とは感じないけれど、特別な力が必要ですからね。その点では一般の人にはできない仕事と言えますね」

そこで理事長は何かを思いついたように手をポンと叩いた。

牡丹「そうだ。外は暑いですし、せっかくなら理事長室で涼んでいきませんか?」

確かにここは結構暑い。だけどわざわざ涼みに行くほどのことでもない。というか早く帰ればいいだけの話だし。

牡丹「それに、作りすぎて余ったおはぎもあるんです。是非比企谷先生にも召し上がってもらいたいんです」

躊躇している俺に対し理事長はさらに畳みかけてくる。……ま、おはぎを少しもらうくらいならいいか。

八幡「では、お言葉に甘えて」

牡丹「ふふっ。では行きましょうか」

俺は理事長に従って歩き出した。

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牡丹「どうぞソファに適当にかけてください。今お茶とおはぎを持ってきますね」

八幡「は、はい。ありがとうございます」

もう何回か訪れてはいるものの、やはりこの部屋には慣れない。居心地が悪いってわけではないが、なんだかこの空間だけ他の場所とは隔絶している印象を受ける。それが部屋の調度品のせいなのか、理事長自身の雰囲気のせいなのかはわからないが。

牡丹「お待たせしました。どうぞ」

そう言って理事長から渡された皿には、どこか高級店の商品だと勘違いしそうなくらい綺麗なおはぎが乗っていた。

八幡「これを理事長が作ったんですか?すごいですね」

牡丹「おはぎを作るのが趣味なんです。味にも自信があるのでどうぞ食べてみてください」

八幡「はい。いただきます」

俺はつぶあんおはぎを1つ口に入れてみる。

うわっ、え。めっちゃうまいんですけど。表面のつぶあんと、なかのもちもちのおもちが絶妙にマッチした食感を与えてくれる。それに甘すぎず、でも薄すぎないちょうどいい味付け。これなら何個でも食べられる気がする。

牡丹「いかがですか?」

八幡「とても美味しいです。正直、今まで食べたおはぎの中で一番おいしいです」

牡丹「あら。そう言ってもらえると作ったかいがありますね。他にも様々な種類のおはぎを作ってるんですが、いかがですか?」

八幡「いただきます」

この味を一度知ったらもう止まることはできない。俺はきな粉、黒ゴマ、抹茶、よもぎ、その他理事長オリジナル、と出されたおはぎを次々に食べてしまった。その光景を理事長はペットがえさを食べているのを眺める飼い主のように微笑みながら眺めている。なんだか餌付けされているようだな。うん。悪くない。

八幡「御馳走様でした。本当にどのおはぎも美味しかったです」

牡丹「あら。そこまで褒めてもらえるなら、理事長を辞めておはぎやさんでも開こうかしら」

理事長はくすくす笑いながらそんな冗談を言う。こんなふうに可愛く笑ってはいるが、この人八雲先生たちよりずっと年上なんだよな。一体何歳なんだ……

番外編「牡丹の誕生日後編」


牡丹「でも、それよりも私はここでの生活の方が面白いですし、充実していますね」

理事長はすこし遠い目をしながらつぶやいた。

八幡「神樹ヶ峰での生活が、ですか?」

牡丹「ええ。生徒のみんなが日々成長し立派な人間となってこの学校を巣立っていく。もちろん、淋しさもありますけど1人1人の成長を間近で見られるというのはやりがいですよね。特に、星守クラスの子にはどうしても目をかけたくなっちゃいますね」

八幡「まぁ、あいつら目を離すとろくなことしませんからね」

牡丹「それもまた面白いじゃないですか。それに、比企谷先生が来てくださってから、星守クラスの子たちはより充実した学校生活を送れていますし」

八幡「そうですか?別にあいつらなら自分たちだけで楽しくワイワイやれそうですけど」

牡丹「もちろんポテンシャル自体は彼女たちにもともと秘められていたと思います。ただ、それを開花させたのは比企谷先生のお力です」

八幡「そんな、俺は別に、」

牡丹「比企谷先生」

俺の反論を遮り、理事長は強い口調で俺の名前を呼んだ。

牡丹「謙遜は美徳です。でも過ぎればそれは醜いものとなり、周囲からの反発も受けるでしょう。特に比企谷先生はご自身の能力を過小に見ておられます。もっと自分を信じてください」

突然の理事長からの言葉に俺は少しの間、言葉が出なかった。

八幡「……ですけど証拠も何もないまま信じるのはできないですよ」

牡丹「あら。すでに証拠はあるじゃないですか。毎日毎日、比企谷先生に向けられる星守たちの笑顔。あれこそが比企谷先生の能力の高さを示す何よりの証拠ですよ」

俺には理事長の言葉に返す答えを持たない。確かに彼女たちは俺の前でいつも楽し気に会話している。たまにはそれに巻き込まれもする。だけど、それは果たして理事長が言うように俺のおかげなのだろうか。本当に俺は何もしていない。なんなら足を引っ張っている。空腹な人に魚を与えるどころか、魚の獲り方すらまともに教えられないのに。

牡丹「だから私、少し嫉妬しているんです。何年も星守と関わっている私よりも、短時間で容易に彼女たちを笑顔にしていく比企谷先生に」

八幡「理事長……」

牡丹「でも同時に、その何百倍も感謝しているんです。命がけで戦う彼女たちをこれ以上ないくらいの笑顔にしてくれているんですから」

理事長は見た目のかわいらしさからは想像がつかないほどまっすぐに俺を見ながら、真剣な口調で語り続ける。それに気おされてまったく身動き一つとれない。さながら覇王色の覇気を受けているみたいだ。

八幡「……」

牡丹「今日はこのことが言いたくて比企谷先生をお呼びしたんです。比企谷先生の周りには常に星守の誰かがいるのでなかなか言えなかったんですよ。比企谷先生はモテますから」

理事長はそれまでとは打って変わって朗らかな口調になる。そこで俺もようやく口が開くようになった。

八幡「あいつらはただ単純に俺をからかって遊んでるんだけです。むしろ積極的に話しかけてください。そして俺を助けてください」

理事長「あら、なら今度からは私もみんなと一緒に比企谷先生をからかおうかしら」

八幡「ははは。勘弁してください。あいつらがさらにつけあがるだけですから」

理事長「ふふっ。それもそうですね」

俺と理事長はお互いにクスクス笑いあった。

気づけば窓から夕日が差し込んでいる。夏は日が長いから油断しがちだが、けっこうな時間をここで過ごしてしまったのだろう。明日もあるし、そろそろ帰るとしよう。

八幡「すいません、そろそろ俺は帰ります。長い時間ありがとうございました」

牡丹「いえ、私も楽しかったですよ。おかげさまでいい誕生日を過ごさせてもらいました」

八幡「え。理事長今日誕生日だったんですか?」

牡丹「ええ。言ってなかったかしら」

八幡「初耳です……」

なんなら誕生日があることに驚いてる。この人が子どもの時とか想像つかない。いや、けっして見た目が子どもだから、とかではない。理事長ってなんかこの姿のままずっとこの世に存在している感じがする。神ですら神話では両親とか出てくるし、もはや神を超えた存在として俺は理事長を認識していた。

つーかこの人マジで何歳なんだよ。誕生日がくるってことは毎年1つは年を取ってるんだよな。取ってるんだよね?

牡丹「あら、比企谷先生。もしかして私の年齢のこと考えてますか?」

八幡「へ、いえ、別にそんなことはまったくちっともこれっぽっちも考えてないですよ?」

理事長のペガサス並みのマインドスキャンに対し、俺はしどろもどろに返事をしてしまった、助けて、もう一人の僕!

牡丹「そうですか。命を粗末にしない、いい心がけですね」

この世には触れてはいけないものが存在する。その最たるものが何なのか。微笑を浮かべる理事長を見て今日俺は痛切に実感した。

以上で番外編「牡丹の誕生日」終了です。1日遅れてしまってごめんなさい理事長。

番外編「総武高校の星守たち①」


放課後、俺は特別棟の四階にある奉仕部の部室を目指していた。本心を言えば1ミリたりとも行きたくはないのだが、行かないと物凄く罵倒してくる雪女のように冷酷な部長だったり、犬のように寂しがる見た目はリア充だが頭はアホな部員だったり、毎度毎度訳のわからん依頼をしてくる生徒会長のあざとい後輩だったりがいるために行かざるを得ない。そういえば最後のは部員でもなんでもないじゃん。まぁ行ったところで大体は本を読むだけの活動しかしないのだが。

八幡「うす」

ドアを開けるといつもの席に3人が座っていた。

結衣「あ、ヒッキー!やっはろー!」

雪乃「こんにちは比企谷くん」

いろは「先輩おっそーい」

八幡「なんで一色いるの」

いろは「なんでって、今日は特訓の日じゃないですか。逆に私いなくていいんですか?」

一色が頬を膨らませながら文句を言う。はいはいあざといあざとい。そしてそんな一色に雪ノ下が本を読みながら話しかける。

雪乃「その男に何を言っても無駄よ一色さん。ろくに人と会話しないから、人の発する周波数を感知できなくなってるのよ。超音波を使わないと」

八幡「俺はイルカか。それなら鴨川シーワールドでショーしないといけなくなっちゃうんだけど」

雪乃「あら。なら比企谷くんはイルカ未満かしら。運動能力もたいしたことないし、それ以前に人を笑顔にする仕事なんて絶対にできないもの」

そう言う雪ノ下は満面の笑みを浮かべて生き生きしてる。それこそ水を得た魚のように。

結衣「まぁまぁゆきのん、そのくらいで……」

雪乃「そうね。そろそろ特訓に行かないと」

静「残念だが、今日は特訓はナシだ」

ドアを勢いよくあけて平塚先生が入ってきた。

雪乃「平塚先生、ですからノックを」

静「悪い悪い。でもイロウスが現れたんだ。もたもたしてる暇はない。お前たち。今すぐ殲滅に行ってこい」

雪乃「わかりました。どこに向かえばいいですか?」

雪ノ下が平塚先生から情報収集をする隣で、由比ヶ浜もふんふんそれを聞いている。

八幡「由比ヶ浜。お前、話聞いてもわからんだろ。じっとしてろ」

俺に注意されたのが不服だったのかぷんすかしながら由比ヶ浜が反論してきた。

結衣「そ、そんなことはないもん!ちょっとくらいはわかるし!よーし。これまでの特訓の成果を発揮してイロウス討伐頑張るぞー!」

いろは「結衣先輩張り切ってますねー。私は正直めんどくさいんですけど」

逆に一色はヤル気なさそうに正直すぎる感想を言う。うん。めんどくさいってとこには俺も共感するぞ一色。

八幡「でもお前そう言いながらいつもけっこう倒してるじゃん」

いろは「え、なんですか急に。はっ、もしかして今口説こうとしてましたかごめんなさい普段から見てもらえてるってわかってちょっと嬉しいですけどもう少し雰囲気のいい時に言ってもらえますかごめんなさい」

毎回よくこんなに一気にまくしたてられるよな。ある意味すごい。もう断られすぎてこんな境地に至ってしまったどうも俺です。

雪乃「何をぐずぐず言ってるの。早く行くわよ」

メモを持った雪ノ下が俺たちに声をかける。

いろは「は、はい!」

結衣「おー!」

八幡「はいはい」

こうして俺たちはイロウスが現れた現場まで急行した。

番外編「総武高校の星守たち②」


八幡「ここか」

雪乃「えぇ」

着いたのは海岸の工場。いかにもバトルで出てきそうな感じのところ。仮面ライダーとか戦隊シリーズがよく戦うとこ的な。

いろは「この瘴気の色。いつ見ても気味悪いですねー」

結衣「だねー。そういえば瘴気が紫色なのってイロウスがブドウみたいな紫色の食べ物ばかり食べてるからかな?」

由比ヶ浜のアホ全開の発言に雪ノ下が恐る恐る口を開く。

雪乃「由比ヶ浜さん。冗談で言ってるのは百も承知で一応言っておくと、別に食べ物の色と瘴気の色は関係ないと思うわ……」

結衣「わ、わかってるよゆきのん!そんなかわいそうなものを見る目であたしを見ないで~!」

八幡「おいお前ら。来たぞ」

前方の道に小型イロウスの群れが現れ、こっちに向かってきた。

雪乃「由比ヶ浜さん、一色さん。変身よ」

結衣「うん!」

いろは「了解でーす」

雪ノ下の声に合わせ、3人が星衣フローラの姿に変身する。雪ノ下は白を、由比ヶ浜はオレンジを、一色はピンクを基調とした星衣だ。

雪ノ下「2人とも準備はいい?」

結衣「いつでもOK!」

いろは「大丈夫でーす」

雪乃「では突撃開始」

雪ノ下を先頭に3人は一斉にイロウスに向かって突っ込んでいった。

雪乃「はっ」

結衣「やぁー!」

いろは「せい!」

みるみるうちに、道にいた小型イロウスは全滅した。

結衣「ふぅ。とりあえず近くのイロウスは倒せたね!」

いろは「あんまり手ごたえ無かったですねー」

雪乃「2人とも油断しないで。まだどこかに大型イロウスがいるはずよ」

3人が俺のところへ戻ってくる。ここで俺はいつも抱いていた疑問がふっと口から出た。

八幡「なぁ。ずっと思ってたんだけど、星守でもない俺がここに来る意味なくね?」

すると3人の表情が不満げなものに変わった。なんだよ。俺変なこと言ったか?

雪乃「比企谷君、あなたはこの2人の面倒を私1人で見ろとでも言いたいの?さすがの私でも戦いながら2人のフォローをするのはかなり厳しいのだけれど」

結衣「あたしはヒッキーに直接見てもらいながら戦いたいの!」

いろは「先輩がいないと、結衣先輩と雪ノ下先輩だけになっちゃうじゃないですか。そしたら緩衝材が、じゃなかった、場をとりなしてくれる人がいなくなって大変なんですよ~」

3人ともが勝手な言い分を持ち出して俺に反論してきた。こうなったら勝ち目がないので俺はすぐ白旗を挙げる。

八幡「わかったわかった。俺が悪かった。だからこの話はもう終わりにしよう」

雪乃「わかればいいわ」

いろは「ほんと。いきなり何言いだすんですか先輩」

結衣「ヒッキーってそういうとこは鈍感だよね」

八幡「……うっせ。ほら。さっさと大型イロウス探しに行くぞ」

番外編「総武高校の星守たち③」

結衣「あ!いた!」

探し始めてからほどなくして由比ヶ浜が大型イロウスを発見した。

いろは「あれはクィン種ですね」

雪乃「そうね。由比ヶ浜さん、一色さん。武器をガンに切り替えて」

結衣「あたしガン苦手なんだよねえ。リロードするのにいつも手間取っちゃって」

いろは「ああ。結衣先輩、オートリロードのスキル持ってないですもんね」

結衣「そうなんだよ~。だからずっと撃ち続けられるいろはちゃんが羨ましい!」

雪乃「はぁ。いつも言ってるじゃない由比ヶ浜さん。リロードは緊急回避中に右手でガンを持ち、左手で、」

結衣「う、うぅ……」

八幡「そのへんにしとけ雪ノ下。由比ヶ浜の頭はもうパンク寸前だ。とりあえず目の前のイロウスを倒してからじっくり教えてやれ」

雪乃「そ、そうね。由比ヶ浜さん、一色さん、行くわよ」

ガンガン行こうぜ!という作戦でも設定してるのか、3人ともガンをガンガン打ち続ける。イロウスもガンガン倒れていく。

雪乃「電撃来るわよ。みんな避けて」

雪ノ下の前方のイロウスが攻撃態勢に移ったのか、雪ノ下が俺たちに注意を促す。

結衣「あ。弾切れだ。リロードリロード」

しかし、轟音が響く中、雪ノ下の背中側にいた由比ヶ浜にはその声が通っていないようだ。

八幡「おい由比ヶ浜!イロウスの攻撃が来るぞ!」

結衣「ふえ?」

由比ヶ浜は俺の声には気づいたようだが、イロウスの攻撃には気づいていない。俺は思わず走り出した。

雪乃「比企谷君!由比ヶ浜さん!」

八幡「くそっ!」

俺は由比ヶ浜の身体を抱き、自分もろともたたきつけるように地面に倒した。その直後イロウスの電撃が俺たちの上空を通過した。

結衣「ヒ、ヒッキー。ありがとう……」

由比ヶ浜が顔を赤らめながら小声でつぶやく。

八幡「……もっと周りに気を配っとけ」

結衣「う、うん」

改めて間近で見ると、星衣ってやっぱりエッチだよね。身体のラインがはっきりわかるデザイン。肩とか脇腹とか背中とか際どいを覆ってるのが黒いスケスケの布地。極め付けは短ーいスカトとハイソックスの間に光り輝く絶対領域。星衣作った人って何者?

だけどそれ以上に今は、胸に押しつけられてる2つのあったかくて柔らかな爆弾の感触にドキドキする。やべ。どうしよ。すぐに離せばよかったのに、今は逆にいつ離せばいいのかわからない。

雪乃「周りに気を配るのはあなたもよ比企谷君。いつまで由比ヶ浜さんのことを抱きしめてるのかしら?強制性交等罪で訴えられたいの?」

ぞっとするような冷たい声を頭の上から浴びせられたと思ったら、いつの間にか雪ノ下が俺たちのすぐそばに来ていた。俺は由比ヶ浜から離れて立ち上がりながら反論する。

八幡「どう見ても俺が由比ヶ浜を助けたところだろうが」

雪乃「あら。この前法律が変わって被害者の告訴が無くても訴えを起こすことが可能になったのよ。だから私が証言すれば比企谷君も立派な性犯罪者に、」

いろは「雪ノ下先輩。少し落ち着いてください……」

おお。流石いろはす。氷の女王から俺のことを助けてくれるのか。

いろは「先輩が犯罪者に見えるのはわかりますが、今そんなことをしても私たちに何もメリットがありません。どうせなら私たちにたっぷり慰謝料が入るように工作しましょう」

助けてくれませんでした。なんならもっとひどい提案を出してきやがった。

八幡「いい加減にしろ一色。そして雪ノ下も真剣に悩むな。即刻却下しろ」

雪乃「そう?割といいアイデアだと思わないかしら?刑務所で何年か過ごせば比企谷君の性格も更生できると思うわ」

八幡「そんな更生の仕方は絶対嫌だ……」

結衣「もう。2人ともいつまで話してるの?早くイロウス倒そ!」

雪乃「誰のせいでこうなったと思って……まぁいいわ。行きましょうか」

番外編「総武高校の星守たち④」


大型のラプター種が5.6匹は飛んでいる。これは倒すの時間かかりそうだな。

八幡「雪ノ下。この数を相手にするなら少し対策を練ったほうがいいんじゃないのか?」

雪乃「そうね。由比ヶ浜さん、一色さん、一旦こっちに、」

結衣「いくぞー!」

いろは「ま、待ってください結衣先輩ー!」

雪ノ下の声は届かず、由比ヶ浜と一色はイロウスの群れに突っ込んでいった。が、イロウスの放つ電撃やら竜巻やらでロクな攻撃もできるはずがなく、すごすごと帰ってきた。

結衣「うぅ、避けるので精一杯だったよお……」

八幡「策もなく突っ込むのが悪い」

いろは「じゃあ先輩たちは何か戦術を考えついたんですか?」

雪乃「もちろん」

一色の発言を挑発だと捉えたのか、雪ノ下はまくしたてるように作戦の概要を伝えだした。

雪乃「まずは一色さんが私と由比ヶ浜さんにスキル強化をかける。次に由比ヶ浜さんがスキルで攻撃する。それでも倒せなかったら私がさらにスキルで攻撃する。こんな感じかしら。」

いろは「成程。わかりました」

結衣「頑張ろうね、ゆきのん!いろはちゃん!」

雪乃「えぇ。ではまず一色さん。お願い」

いろは「はい。『ハートフルガイザー』!」

一色の地中から湧き出た温泉が雪ノ下と由比ヶ浜を包む。

結衣「ありがとういろはちゃん!いくよ!『クリスティ・ナタリス』!」

由比ヶ浜のガンから星型の光が次々に放たれる。イロウスにはかなり効いているようだが、全滅にまでは至らない。

結衣「ゆきのんごめん!倒しきれなかった!」

雪乃「構わないわ。むしろよく倒してくれたほうよ」

雪ノ下が微笑みながら由比ヶ浜を労う。

雪乃「後は任せて。『ピュアハート・ブーケ』!」

雪ノ下の持つガンがブーケに変わる。さらに雪ノ下は素早い動きでイロウスに接近しつつ、上空にブーケを放り投げる。それが落ちてくるにしたがって巨大化し、イロウスに豪快に衝突する。

少しして、爆煙の中から雪ノ下が出てきた。

雪乃「終わったわ」

結衣「お疲れゆきのん!」

由比ヶ浜は雪ノ下に走りより思いっきり抱きつく。

いろは「いつ見てもすごい威力ですね~」

雪乃「由比ヶ浜さん、離れて……ま、まぁ2人のスキルのおかげで威力も向上したし、2人にも感謝してるわ」

必殺技、雪ノ下のデレに由比ヶ浜は一瞬で堕ちたようだ。さらに強く雪ノ下を抱きしめる。

結衣「ゆきのん~」

雪乃「由比ヶ浜さん、痛い……」

これ以上目の前でゆりゆりした光景を見せられても困るし、そろそろ家に帰りたいなあ。それに一色も手持ち無沙汰そうだ。

八幡「そろそろ学校に戻るか」

結衣「うん!あ、そうだゆきのん。戻ったら少し部室でお茶しようよ。いろはちゃんも一緒にどう?」

いろは「はい!ぜひぜひ!」

雪乃「私、戦闘で疲れたのだけれど……」

結衣「なら部室で休憩するってことで!ね?いろはちゃんも来たいって言ってるし」

雪乃「はぁ。わかったわ」

ちょっと雪ノ下さん。相変わらずあなた由比ヶ浜さんに甘すぎますよ。いつもの俺への冷酷さはどこ行っちゃったんですか?

番外編「総武高校の星守たち⑤」


戦闘終了を平塚先生に報告し、俺たちはまた奉仕部の部室に戻ってきた。雪ノ下は手早く人数分の紅茶とお菓子の準備を終える。

雪乃「さて、では簡単に今日の反省をしましょうか」

いろは「今回はラプター種が多かったですからねー。電撃を避けながら攻撃するのは大変でした」

雪乃「そうね。これからは遠距離攻撃を避けながら反撃する特訓も加えましょうか」

結衣「でもあんなにたくさんのラプンツェル?見たの初めてだった!」

何言ってんだこいつ。塔の上のお姫様が何人もいたらおかしいだろ。

八幡「ラプターな。それと由比ヶ浜はまず自分だけで突っ込むアホさを直すべきだな」

結衣「言い方ひどくない!?ま、まぁ確かにあたしが勝手に行動したのは悪かったと思う。だから、」

しょげながら由比ヶ浜は俺の方に椅子ごと近付いてきて頭を差し出す。

結衣「あ、あたしが次から失敗しないように頭なでて?ヒッキー」

この由比ヶ浜の行動に雪ノ下と一色がすぐさま立ち上がる。

雪乃「待ちなさい由比ヶ浜さん。まずは褒賞として戦果をあげた人からなでられるべきだと思うのだけれど」

いろは「お二人とも。ここは後輩に譲るべきじゃないですか?1人だけ年下っていう環境で私も頑張ってるんですから!」

そう、毎回毎回戦闘後はこうやって『なでなで』の順番で3人は言い争いを始める。由比ヶ浜はともかく雪ノ下や一色が真剣なのは未だ謎だ。俺は頭をなでたくはないと前に拒否したのだが、3人に武器を突き付けられて以来、素直に従うことにしている。

結局じゃんけんをして順番が決まったらしく、小さくガッツポーズをした雪ノ下が俺の近くに座った。

雪乃「さ、早くなでて頂戴」

八幡「はいはい」

俺は雪ノ下の小さな頭をなで始めた。このサラサラツヤツヤな黒髪の感触は何回なでても慣れない。でも、何回でもなでたくなる手触りをしている。

雪乃「ひ、比企谷君。もう少し強くなでてもらってもいいかしら」

八幡「ん」

雪ノ下は両手で強めになでられるのが好みみたいで、よくこういう注文をしてくる。カマクラの腹をワシワシするような感じでなでると、

雪乃「ふふ……」

こうして小さく満足げな声を出す。

結衣「はいゆきのん交代だよ!さ。ヒッキー!お願い」

まだ物足りなさそうな顔の雪ノ下をおしのけ由比ヶ浜が頭を差し出してきた。由比ヶ浜の茶色の髪からはいつもシャンプーのいい匂いが漂ってくる。多分けっこういいの使ってるんだろうな。

八幡「こうか?」

結衣「うん。できればもう少しゆっくりと全体的になでてほしい」

由比ヶ浜は雪ノ下とは対照的にゆっくりとなでられるのがいいらしい。俺は手のひらを大きく開いて、全体で由比ヶ浜の頭頂部だけでなく、後頭部もなでる。

結衣「やっぱりヒッキーは頭なでる才能あるよ!あたしが保証する!」

いろは「なら今度は私がその才能を享受する番ですね!」

今度は一色が由比ヶ浜をどかして俺の目の前の椅子に座る。

いろは「さ、先輩。待たせたぶん、後輩の頭をきちんとなでてくださいね」

八幡「へいへい」

一色は俺の返事を聞くと顔をずいっと近づけてきた。その顔を見ながら俺は頭をなで始める。はじめの頃は一色も頭を差し出していたんだが、最近は俺の顔を見ながらじゃないと嫌だと言うから、俺は一色の顔を間近で見ながら頭をなでる。

いろは「先輩、いつまでたってもなでなでするとき顔赤いですよね。見てて面白いです」

八幡「うるせ。そうそう慣れるもんじゃねえよ」

いろは「でも、だからこそ先輩になでてもらってると安心します」

雪乃「一色さん、そろそろ終わりよ。生徒会長のあなたが下校時間を守らないのはどうかと思うのだけれど」

いろは「あ、なら生徒会長と生徒会長が認めた人は下校時間を無視できる校則を作ります!」

結衣「それって職権乱用じゃない!?」

3人は大声であーだこーだ言い合っている。さっきまでイロウス相手に勇敢に戦っていたやつらとはまるで思えない。ま、これも含めて総武高校の星守の特徴って言えばそれまでなんだけど。

以上で番外編「総武高校の星守たち」終了です。たまにはゆきのんたちの出番を与えたくて書きました。中の人つながりで、雪乃の星衣はくるみ、結衣の星衣は望、いろはの星衣は昴の色違いくらいに考えてます。
この番外編は本編とは全くつながりのないパラレルワールドです。本編中のゆきのんたちは普通の女子高生です。

今思うと、雪乃と結衣のなでられ方の好みはキャラ的に逆の方がよかったかも。>

>>428の続き。
>>1は自分の髪がぼさぼさになるよりも、なでられる嬉しさを実感しているというところに雪乃のかわいらしさが出るかなと思ったんです。みなさんそんなゆきのんを想像して読んでください。

本編5-7


はいさーい!自分、比企谷八幡だぞ!

来た。来てしまった。これまで本州を出てこなかった俺が、ついにここ常夏の島沖縄に降り立ったのだ。しかも会社の金で。ま、本州どころか家から出るのすら珍しいんだけど。

望「うーん!ここが沖縄かー!あっついねー!」

ゆり「空港からすでに沖縄の雰囲気が漂っているな!」

くるみ「くんくん。南国の匂いがする」

俺と同じく天野、火向井、常磐も沖縄に着いたことで少しテンションが上がってるらしい。

花音「ほらみんな。電車に乗るわよ。こっちに来て」

詩穂「はーい」

対して煌上と国枝は勝手知った風に空港を歩いていく。なんなら教師役の俺より教師っぽい。

花音「何じろじろ見てるのよヘンタイ」

煌上が目を細めつつきつい言葉を浴びせてきた。

八幡「じろじろは見てねえっつうの。その、なんだ。お前ら2人はあっちの3人と違ってあんまりはしゃいでないなって思って」

詩穂「私たちはお仕事で沖縄にはたびたび来ていますからね。空港内の地図は頭に入ってるんです」

トップアイドルともなれば空港の中を覚えるくらい日本全国を飛び回らなきゃいけないのか。アイドルだけにはなりたくない。それ以前に絶対なれないけど。

花音「そういうこと。あと早くあんたはビデオカメラまわしなさいよ。到着したところも撮っておきたいから」

八幡「はいはい」

俺は羽田空港で渡されたビデオカメラのスイッチを入れる。途端に天野がカメラにピースしながら近付いてきた。

望「イェーイ!沖縄到着!」

花音「くるみとゆりも映りましょ。望だけに画を独占されるわけにはいかないわ」

ゆり「うう。でもこれがテレビに流れるかもしれないと考えるとやはり恥ずかしい……」

詩穂「そこまで深刻に考えなくても大丈夫よ。あくまでメインは私たちの舞台裏を特集する番組ですから、火向井さんが映るとしてもごくわずかな時間だと思うわ」

ゆり「そ、そうか?なら気楽に過ごせるな」

くるみ「でも撮るだけ撮ってテレビで流れないのももったいないですね」

花音「それも心配しないで。この修学旅行で撮った映像は後でみんなに思い出として配ろうと思ってるから」

望「なら余計にいっぱい映っとかなきゃ!みんなとの楽しい思い出いっぱい残したいもんね!」

楽しい思い出、ね。確かにこいつら5人は楽しい修学旅行を過ごせるだろうな。仲のいい5人で沖縄で気兼ねなく遊べるんだから。逆に俺は社員旅行の気分。なんならカメラマンをこなさなきゃいけないあたり、出張と呼んでもいいまである。

ゆり「あ。でもそしたらカメラを回している先生は映像に残らないんじゃないんですか?」

八幡「俺は別に映んなくていい。お前らが映っとけば十分だろ」

くるみ「それはダメだと思います。やっぱり全員で楽しまないと」

望「くるみの言う通り!ほら先生カメラ貸して!」

そう言って天野はカメラを強奪する。そして通行人に声をかけカメラを渡した。どうやらその人に撮ってもらおうという魂胆らしい。

望「さ。これでみんなで映れるね!」

八幡「ここまでしなくていいのに……」

花音「ま、少しくらいなら全員で映るのも悪くないかもね」

くるみ「せっかくだから旅の始まりっぽく、みんなで『沖縄修学旅行スタート』って言ってみたい」

詩穂「あっ、それいいわね。記念にもなりそう」

ゆり「よーし、じゃあみんな先生を中心にして集まろう!」

火向井の声掛けでなぜか俺を中心にして5人が左右から押してくる構図になった。痛い暑い苦しい。それに柔らかい感触といい匂いも混ざって頭がクラクラする。

詩穂「じゃあ花音ちゃん。合図お願い」

花音「わかったわ詩穂。いくわよみんな!せーのっ!」

『沖縄修学旅行スタート!』

本編5-8


俺たちは空港からゆいレールなる沖縄唯一のモノレールに乗って最初の目的地、首里城に向かう。

電車に揺られること30分ほど、終点の首里駅に着いた。すでに視界には小高い山と、いくつもの首里城への行きかたを示す看板がある。

花音「さ。ここから山の反対側にある入り口まで歩くわよ」

八幡「へいへい」

俺たちは煌上を先頭に歩いていく。しおりによるとここは首里城公園と言って、沖縄の歴史も自然も堪能できる空間になってるらしい。

ゆり「す、すごいな!これが世界遺産の首里城か!」

詩穂「ま、まぁ正確に言えば世界遺産はこの中の一部だけですけどね」

望「公園と言うだけあって、この辺りは自然が豊かだね!」

確かに天野の言う通り、山の上に見える首里城を取り囲むように色々な植物が生えている。そしてこういう自然の多い場所では、必ずあいつがあれをしているはず。

くるみ「え、あの、えーと」

思った通り、常磐はある木に向かって何かしゃべっている。だが何かいつもと違って困惑している。

八幡「おい、どうした」

くるみ「あ、先生。今ここの木さんに話しかけてみたんですが、沖縄の方言を話されてしまって何を言ってるかわからないんです」

その土地によって植物も方言使うのかよ……。まぁ大木ともなれば人間よりも長生きするし、昔ながらの言葉を使うっていう理屈も通らないわけじゃないが、違和感がぬぐえない。そもそも植物が話すってことですら未だに信じられない。

八幡「いや、俺に言われても俺も方言分かんねぇし」

はいさーい!、なんくるないさー!くらいしか知らない。あとラフプレーが多いテニス部がいるんだっけ。俺の沖縄知識の偏りが激しい。

詩穂「この木はなんて言ってるんですか?」

俺たちが悩んでるところに国枝もやって来た。

くるみ「えーと、多分『でーじ、ちゅらかーぎー』と言ってると思う」

詩穂「そう。『にふぇーでーびる』」

国枝は聞いたことが無い言葉、おそらく方言を使って木に向かって話しかけた。男が方言を話してもキモいだけだが、方言を話す女の子ってそれだけで魅力が5割増しになる法則、あると思います。

くるみ「詩穂さん。木さんはなんて言ってたんですか?」

詩穂「『とても美人だね』って言ってたのよ。うふふ。お上手な木さんね」

八幡「てことはさっきの返事も方言か」

詩穂「はい。『ありがとう』と言ったんです」

八幡「つかなんでお前沖縄の方言知ってんの?」

詩穂「それは、秘密です」

国枝は口に人差し指を当てながら答える。くそ。なんだかんだこいつもけっこう言動あざといよな。

望「おーい。みんなー!そろそろ行くよー!」

遠くで天野が俺たちを呼んでいる。早く合流しないとまたグチグチ言われかねない。

声をかけるため俺が振り向くと、常磐と国枝が2人そろって花に向かってしゃがみながら話している。

詩穂「常磐さん、このお花はなんて言ってるの?」

くるみ「このお花さんは『はじみてぃ、やーさい』と言ってますね」

詩穂「それは『はじめまして』って意味ね。なら私たちは『よろしくお願いします』っていう意味の『ゆたしく、うにげーさびら』と返してみましょうか」

くるみ「わかりました」

詩穂、くるみ「『ゆたしく、うにげーさびら』」

2人が花に向かって方言を話す姿はとても絵になるんだが、これ以上ここにいるわけにもいかない。

八幡「2人とも。あっちで天野が呼んでる。行くぞ」

くるみ「わかりました。詩穂さん。沖縄の言葉教えてくれてありがとう」

詩穂「こちらこそ、沖縄の木や花と話すなんて初めてだったから楽しかったわ。ありがとう」

2人はそう言い合うと走って俺に追いついてきた。

詩穂が沖縄の方言を知っているのは、中の人の下地さんが沖縄出身というのが理由です。実際に下地さんが方言を話せるかはわからないです。

本編5-9


6人「おぉー」

俺たちは公園を挟んで駅から反対側にある入り口から順路に沿ってえっちらおっちら歩いて、ようやく頂上の正殿付近までたどり着いた。

しかし、けっこう歩いたな。暑さも加わってかなり疲れた。

くるみ「壁も床も赤いですね」

ゆり「やっぱり赤はいいよなくるみ!」

八幡「これ建てるのにいくらかかったんだろうな」

ゆり「先生。もう少し真面目な感想を言ってください……」

俺のぼそっと言った感想に火向井が食いついてきた。なんでだよ。常磐のと同レベルの感想だったろ。

八幡「うるせ。てかここに来るまでにあった守礼門は二千円札にも描かれてるんだぞ。てことはここでお金の話をしても何ら問題はない。むしろ当たり前のことだ」

花音「沖縄に来てまで屁理屈を言うのはやめなさいよ。みっともない」

八幡「人間そうやすやすと変われねえんだよ。てか、そう簡単に変わってたまるか」

俺の反論に煌上は頭を振る。

花音「……はぁ。アンタと話してると頭痛くなってくるわ」

詩穂「大丈夫花音ちゃん?熱中症?水分補給はしてる?あとすぐ日陰に移動しましょう」

花音「だ、大丈夫よ詩穂。心配しないで」

望「あ。なら正殿の中に入ってみようよ!建物の中なら涼しいだろうし、いろんな展示もあるんだって!」

天野は待ってましたとばかりに大声で提案する。

ゆり「望は着付けがしたいだけなんじゃいのか?」

火向井は入り口でもらったパンフレットにある「正殿で琉球衣装着付け体験!」のページを天野に見せつける。

望「ばれたか……でもこんな経験めったにできないしやろうよ!」

くるみ「私たちでも着れるのは面白そうね」

詩穂「そうね。可愛い琉球衣装を着た花音ちゃん見てみたいし」

花音「ちょ、ちょっとやめてよ詩穂!」

誰も異論を出さない。ならさっさと中に移動したい。正直外の日差しがきついし、下も赤いから余計眩しく感じる。

八幡「んじゃ、行くか」

5人「はーい!」

本編5-10


正殿内部も豪華絢爛な部屋と装飾に溢れている。御差床っていう玉座が特にすごい。柱に金の竜が描かれた赤い小さな鳥居の奥にある一段高くなってるところに赤と金の椅子が置いてある。そしてその両脇には腰くらいの高さの金の竜の柱まで付いてる。

なんか沖縄の王様、赤と金と竜好きすぎない?中二病にでも罹ってたの?

というか。いつの間にか周りに誰もいなくなってるんですけど。俺がゆっくり見すぎてたから先行かれたのかな。ま、順路は1つだし、直に合流するだろ。

ゆり「あ!先生が来た!」

くるみ「ずいぶんゆっくり展示を見てたんですね」

ようやく合流できたようだ。あいつらろくに中見てないな。

八幡「あぁ。なかなか見られるもんじゃないしな。って……」

目の前にいる5人は目にも鮮やかな琉球衣装を着ている。アイドルやってる2人はともかく、他の3人ももとは悪くないから余計目立つ。さながら王国時代の女官と言った感じだ。いたかどうか知らないけど。

望「どうどう先生?アタシたちイケてるでしょ?」

八幡「っ、まぁ確かに不自然さは感じないな。衣装も綺麗だし」

ゆり「じゃあ先生も着替えてきてください!ここでは衣装を着た人に写真撮影をしてくれるサービスもあるんです!先生もこれを着てみんなで記念に写真撮りましょうよ!」

八幡「いや、別に俺は」

係員「それではどうぞこちらへ。今日は特別に琉球王国の王様の衣装をご用意しております!」

火向井の声を聞きつけすぐさま係員が試着室へ誘導してきた。ここまでされたら断れないだろうが。

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着替えを終えた俺は試着室を出てみんなのいるところへ向かう。

八幡「待たせた」

望「お、先生。って、ぷっ」

花音「ふふっ、笑ったらダメよ望。いくら絶望的に似合わないからって、ふふっ、笑ったら失礼よ」

天野と煌上は口とお腹を押さえているが、笑いを堪えきることはできていない。

八幡「お前ら2人とも失礼だからな」

ゆり「そうだぞ!先生は私たちのために恥を忍んで着てくれているんだ!感謝しないと!」

くるみ「ゆりの発言もフォローになってないと思うけど」

詩穂「でもこれでみんなで写真が撮れますね。さ、先生。そこの真ん中の椅子に座ってください」

八幡「え、いや、それは恥ずかしいと言うか」

望「今さら何を恥ずかしがるの!もうすでに、ぷぷぷ」

花音「ふふふ、望の言う通りよ。そんな恰好を見せられておなか痛くなる私たちの気持ちも考えなさいよ。ふふっ」

八幡「お前らマジで覚えとけよ」

仕方なく俺は用意されてある椅子に座った。そんな俺の両脇と後ろを5人が囲む。

くるみ「こうしてるとなんだか家族写真みたい」

ゆり「家族か。そしたら先生が夫で私がその妻に……いや、私は何を考えているのだ……」

詩穂「うふふ。私が結婚したら、先生に毎日手料理を食べてもらえるのかしら」

望「先生の奥さんか。色々大変そうだけど意外と楽しそうかも……」

花音「……あいつは普段頼りないから私がちゃんと引っ張ってあげないと」

くるみ「先生と家族。お花さんと先生と一緒に暮らす……なんだか胸がポカポカする」

5人とも何言ってるんだ。全員小声でつぶやかれると怖いんだけど。

八幡「……お前ら。ブツブツ言ってないで前見ろ。係員の人困ってるぞ」

5人「あ」

本編5-11


首里城周辺を堪能した俺たちは荷物を置くためホテルの前にやって来た。が、

八幡「なぁ、本当にここで合ってるのか?」

花音「えぇ。地図を見ても『ホテルメイプル』って名前からも、ここで間違いないわ。一応……」

望「でもさあ、流石にアタシたちには場違いなホテルじゃない?」

ゆり「一介の高校生が泊っていいホテルではないのは確かだな」

くるみ「もしホテル取れてなかったら私たち野宿?」

こうして俺たちはホテルの中に入ることができていない。理由は簡単だ。ホテルが明らかに高級すぎるのだ。少なくとも修学旅行に使うようなとこではない。大金持ちがバカンスで泊まるような感じ。

詩穂「メイプル、メイプル、あ」

ホテル名を呟いていた国枝が何かに気づいたようだ。

望「どうしたの詩穂?」

詩穂「うふふ。そういうことね」

ゆり「な、何がだ?」

詩穂「先生、みなさん。このホテルで間違いないですよ。さ、行きましょう」

国枝はそう言うとテクテク歩いていってしまった。

花音「ちょ、ちょっと待ってよ詩穂。どういうこと?」

詩穂「入ればわかるわよ花音ちゃん」

くるみ「なんなんでしょう先生?」

八幡「わからん……」

半信半疑、いや零信十疑でホテルの中に入ると、きらびやかで開放的なロビーが広がっていた。天井には大きなシャンデリアが輝いて、置かれているソファやテーブルも明らかに高そうなものばかりである。

そうしてきょろきょろする俺たちのもとへ、すぐにホテルの従業員の人が俺たちの所へやって来た。明らかに不審者を見る目つきだ。

従業員「ご予約されているお客様でしょうか?」

すかさず煌上が俺の脇をつつく。なんだよ。俺が対応しろってか?

八幡「は、はい。『神樹ヶ峰女学園』でしていると思います」

俺が答えると途端に従業員の人の顔から警戒心が解けて歓迎の表情に変わる。

従業員「ああ。神樹ヶ峰女学園の皆さまでしたか。遠路はるばる、ようこそいらっしゃってくださいました。ただいま支配人を呼んでまいりますのでそちらにおかけになってお待ちください」

八幡「は、はい」

言われた通り俺たちは近くのソファに腰かけた。一体何がどうなってるんだ。

数分していかにも支配人って感じのスーツを着たダンディーなおじさんが歩いてきた。なんかめっちゃカッコイイんですけど。

支配人「私が当ホテルの支配人でございます。神樹ヶ峰女学園の皆さまですね。お待ちしておりました。お部屋は最上階のロイヤルスイートルームをご用意しております。どうぞこちらへ。お荷物もこちらでお持ちいたします」

支配人は数人のボーイを呼び、荷物を運ばせる。俺たちも支配人に続いてロビーを歩く。

八幡「あの、失礼なんですけどロイヤルスイートルームって何かの間違いでは?」

支配人「神樹ヶ峰女学園の皆さまには私共、心からのおもてなしをさせていただきたいと思っております故、最高級のお部屋をご用意するのは当然でございます」

八幡「いえ、そのなんで神樹ヶ峰女学園の人にはそんな特別待遇を」

支配人「それは、」

詩穂「ここが千導院家が経営するホテルだからですよね?」

花音「どういうこと?」

詩穂「ホテルの名前にあった『メイプル』は日本語に直すと『楓』になるの。私たちを泊まらせてくれるこんな高級なホテルなんて千導院さん関係以外には考えられないわ」

支配人「その通りでございます。楓お嬢様から直々に連絡がございまして、皆様方に最高級のおもてなしをするよう申し付けられております」

望「なーんだ。そういうことか。なら安心だね」

ゆり「ホッとした……」

くるみ「野宿しなくてよかった」

本編5-12


支配人「ではこちらが皆さまが宿泊されるロイヤルスイートルームでございます」

支配人がカードキーをかざすとドアが自動で開いた。遠慮がちに中に入るとそこは別世界だった。

ドアのまっすぐ前には大きく開放的な窓。そして何十畳もある塵一つない洋室。その隣には和室とベッドルームがある。まるでどこかの貴族になった気分になってくる。

ゆり「こ、ここを私たちが使っていいんですか?」

支配人「もちろんでございます。もし足りないものがあれば何なりとお申し付けください」

詩穂「ここからは那覇の景色が一望できるのね」

望「先生先生。この部屋こそビデオに残しとくべきなんじゃない?」

八幡「あ、ああ。そうだな」

余りの豪華さに頭が回ってなかった。確かにここの映像は残しておく価値がある。多分、もう一生来れないだろうし。

八幡「で、この部屋は女子が使うとして、俺の部屋はどこなんですか?」

支配人「俺の、とおっしゃいますと?」

花音「だからこいつ用の他の部屋よ」

支配人「ですから、他の部屋と言われましても、このお部屋1つのみしかご用意しておりませんが……」

八幡「いやいや、流石に女子と同じ部屋で寝るのはちょっと……」

支配人「しかしこのお部屋以外は本日満室でして、別のお部屋をご用意するのは無理でございます。あ、私そろそろ他の業務もありますのでここで失礼いたします。また何かありましたらお声かけください。では失礼いたします」

そう言って支配人は部屋から出ていった。ビデオを持つ手もだらりと下がってしまう。

八幡「おい、マジか……」

ラブコメの神様頑張る方向間違えてないですか?こういうのって、教師に見つからないように女子の部屋に忍び込んで、そこでハプニングが起こって女子の布団の中に隠してもらうっていうのがテンプレじゃないの?最初から同じ部屋だったらドキドキもワクワクもあったもんじゃない。まあ、ラブコメ展開なんて求めてもないけど。

くるみ「なんで先生も一緒の部屋だとダメなんですか?」

ゆり「なんでって……高校生が男女同じ部屋で寝るなんて、どう考えても風紀違反だろ!」

詩穂「そうは言っても他のお部屋は空いてないんですよね」

花音「仕方ないわ。今夜は女子がベッドルームで寝て、こいつには仕切りがある和室で寝てもらいましょ。幸いこの部屋にはたくさんの寝具があることだし、私たちが詰め合えばどうにか寝られるでしょ」

八幡「……なんかすまん」

望「べ、別に先生が悪いわけじゃないんだから謝らないでよ!」

詩穂「どうにかなりそうですし、大丈夫ですよ」

花音「じゃあそういうことで一旦荷物を自分の部屋まで運びましょ。あとどのベッドで寝るかも決めなくちゃ」

ゆり「くるみはどこがいいとかあるのか?」

くるみ「私は別にどこでもいいわ」

はしゃぎながらベッドルームに移動する5人を見届け、俺は和室に自分の荷物を運び入れる。

はぁ。なんかとんでもないことになったな。そもそもこの部屋の雰囲気にすら圧倒されているっていうのに、それに加えてあいつらと同室だと?これなんて言うタイトルのラノベですかね。まず間違いなく主人公は青春を間違えずに過ごせているだろうな。そしてヒロインは何人か候補が出てくるが、主人公は最後まで誰とも付き合わない。うわ。主人公爆発しねえかな。

花音「ねえ。まだ?」

八幡「え、おう。今行く」

急いで仕切りを開けると洋室のソファに5人が座っていた。

詩穂「ではこれから夜の行動を決めましょうか」

八幡「まだどっかでかけるのか?もうこのホテルでゆっくり休めばよくね?」

望「せっかく沖縄来たんだから回れるところは回ろうよ!」

ゆり「望の言う通り!明日は明日で忙しいから、今日のうちにお土産も見ておきたいしな」

花音「ならここから歩いてすぐのところに国際通りっていう有名な商店街があるわ。お土産を見つつ、そこで晩御飯を食べましょうよ」

くるみ「いいですね。国際通りには沖縄の特産品の野菜もたくさん売ってるらしいですし」

詩穂「弟や妹たちにたくさんお土産買ってってあげなきゃ」

そういや俺も小町にお土産ねだられてたっけ。ま、小町のために俺も行きますか。うん。

本編5-13


夕方にホテルを出た俺たちは煌上の提案に乗り、お土産と晩御飯を食べるために国際通りという商店街にやって来た。

が、5人は商店街に着くや否や、女子高生特有のハイテンションで色々物色し始めたので、俺はそいつらから離れて1人で道をふらついている。

さてどうするか。とりあえずシーサー探すか。ちんすこうは安いのを大量に買えばいいが、シーサーはそうはいかない。なんてたって小町の合格がかかってるわけだし。

と思っていると、少し通りを外れたところにちょうどいい感じのお土産屋さんを発見した。何がちょうどいいって若い店員がいないこと。なんなの表の客引きは。何回も若い兄ちゃんに強引に店内に引き込まれそうになったんだけど。しかも、そういう店に限って品ぞろえ良くないし。客を引き込む努力より、いい商品を置く努力をしろ。じゃないと俺みたいなボッチな客に何も買ってもらえないぞ。

八幡「なんかいいのあるかな」

この店は品そろえもよく、本当に小さなシーサーから、小型犬サイズのまで豊富に取り揃えてある。逆にこれだけ多いと迷うな。小さいと御利益薄そうだし、かといって大きすぎても持って帰れないし。

「ねえねえ。これ可愛くない?」

おいまた客引きかよ。と思って振り向いてみると、そこには白地に変な柄がプリントされたアロハシャツを持った天野がいた。

八幡「何その柄……」

望「ハイビスカスとヤンバルクイナだよ!沖縄って感じがしてよくない?」

八幡「まあ、お前が着るんだったらなんでもいいんじゃないか」

俺が適当に返事をすると、天野がムッとした表情で反論してきた。

望「え、違うよ。先生が着るんだよ」

八幡「は?俺?」

望「そうそう。アタシたちは夏っぽい恰好してるけど先生は普段と何も変わらないじゃん。旅行の間くらい、羽目を外しちゃいなよ!」

八幡「いや、別に俺はいい。そもそもそんなの似合わないだろうし」

望「そんなことないって!ほら、そっちに試着室があるからとりあえず着てみて!」

強引に試着室に押し込まれた俺は渋々アロハシャツに着替える。

八幡「着替え終わったぞ」

そう言って俺は試着室のカーテンを開けた。

望「おお!予想以上に似合ってる!」

天野は目を輝かせてじっとシャツを見てうんうん頷く。

望「先生はスタイルは悪くないからそういう白地のゆったりしたシャツ似合うと思ったんだよね。流石望ちゃん。いいセンスしてる♪」

八幡「調子乗んな」

望「えー、もっと感謝してくれてもいいんだよ?」

八幡「……ま、でもせっかく選んでくれたし、買うわ」

似合ってるって言われたら買わないわけにはいかないですよね。外に着る分には恥ずかしいが、部屋着としてなら意外と悪くない着心地だし。

望「もう。最初から素直にそうやって言えばいいのに……」

八幡「うっせ」

俺は着替え直してから、アロハシャツを買い物かごにいれて、シーサー探しを続行する。が、なぜか天野が俺の後ろにくっついて離れない。

八幡「なあ。お前いつまでそこにいるの?」

望「え、別にいいじゃん。で、先生は何探してるの?」

八幡「……シーサー。妹が欲しがってたからな」

望「あー、そういえば先生妹いたもんね。妹のためにお土産買っていくなんて、ちゃんとお兄ちゃんやってるんだ」

八幡「バカ。お前、千葉の兄は妹の為ならなんだってするんだぞ。それが千葉クオリティだ」

望「なんで千葉限定……。でも、先生がそうするならアタシも妹や弟のために何か買おうかなー」

八幡「え、お前弟、妹いたの?」

望「何そのリアクション。アタシだって家ではちゃんとお姉ちゃんやってるんだから」

天野が姉をやってる姿がまったく想像つかない。かろうじてビーフシチューを振舞ってる姿が思い浮かぶくらい。でも、人は見かけによらないし、俺に似合う服をわざわざ探してきてくれるあたり、面倒見がいいことは否定できない。ただ、こいつの場合、姉属性からではなく、ファッションのために動いてるだけかもしれないけど。

八幡「やっぱり信じられん……」

望「ちょっと酷くない!?」

番外編「八幡の誕生日①」


今日は8月8日。世間では夏休みと呼ばれる時期に当たる。特に学生はこの長い休みを有効利用してゆっくりと休息をとるべきであり、外に出かけるなどもっての他なのである。

そういうことで俺もこの夏休みは家でのんびりゴロゴロすることに決めている。ボク、怠惰デスね。

小町「お兄ちゃん!お誕生日おめでとう!」

そんな夏の朝のリビングに小町の声が反響する。

八幡「お、そうか。今日俺の誕生日か。ありがとよ小町」

すっかり忘れてたぜ。『お誕生日おめでとう!』みたいなメールが誰からも来ないのはもちろん、親からも何も言われていない。小町の誕生日のときは一週間前から親父も母ちゃんもそわそわしているというのに。家族内での格差が激しすぎる。

小町「開口一番でお兄ちゃんの誕生日を祝ってあげるなんて、小町的にポイント高くない?」

八幡「はいはい高い高い」

俺の適当な返事を無視して小町は口を開く。

小町「あ、そうだ。お兄ちゃん。外に出られる服にさっさと着替えてきて。今すぐ」

八幡「何。このクソ暑い中どっか行くのか?なら帰りにアイス買ってきてくれ」

小町「小町は行かないよ。行くのはお兄ちゃんだけ!ほら早く!」

八幡「だからなんで……」

小町と言い争いをしていると玄関のチャイムが鳴った。

小町「ほら。お兄ちゃんがもたもたしてるから来ちゃったじゃん。はーい!今開けまーす!」

来ちゃったって何が、と言おうとした瞬間、いつだかで見たことがある黒スーツの人たちが次々に家の中に入ってきて俺を取り囲んだ。

八幡「……小町。この状況説明して?」

俺の問いかけに小町はにっこり笑って問い直してくる。

小町「お兄ちゃんなら小町が説明しなくてもこの状況を理解できるよね?」

黒スーツ「ということでございます。さぁ比企谷先生。車の方へ」

わかりたくなかったなぁ。こんなことできるのはあいつくらいだろう。ということはあいつら全員何かしら関わってるんだろ?行きたくねえなあ。

なんて希望が通じるわけもなく、俺は車に強引に乗せられた。

しばらく走った後、もうすっかり見慣れた神樹ヶ峰女学園の校門の前に車が止まった。

黒スーツ「到着いたしました比企谷先生。足元に気を付けてお降りください」

そう促され車を降りると、2つの人影がこっちに近付いてきた。

詩穂「おはようございます先生」

花音「ほら。ここは暑いし、みんな待ってるからさっさと行くわよ」

声をかけてきたのは国枝と煌上だった。

八幡「おう。つかなんで俺ここに連れてこられたの?今日は夏休みだよね?」

またなんかめんどくさい仕事でも振られるのか?教師って夏休みも普通に仕事するそうじゃないですか。ソースは平塚先生。つかあの人、夏休みだからって俺に毎日メールしてくるんだよな。しかも長文。ホント誰か結婚してあげて。

詩穂「でも今日は先生の誕生日じゃないですか」

八幡「……だから?」

花音「だから、私たちがアンタの誕生日を祝ってあげるって言ってるの。それくらい察しなさいよ」

八幡「お、俺の誕生日を祝う?お前らが?」

予想外の展開に頭が追いつかず、アホっぽい返事をしてしまう。

詩穂「うふふ。私たち2人だけじゃないですよ。星守クラス全員が集合しています」

花音「そういうことだから合宿所に行くわよ」

八幡「お、おう……」

こうして俺史上初、俺のための誕生日パーティーが幕を開けた。

番外編「八幡の誕生日②」


花音「みんなお待たせ!」

詩穂「本日の主役の到着です!」

2人は合宿所の1階にある大勢が入れるミーティングルームのドアを開けた。

部屋の壁際には簡単なステージが出来ており、そこには『比企谷先生爆誕祭!』と書かれた横断幕が飾ってある。そしてステージの周りには星守たちが拍手をしながら俺たちを出迎える。

ドアを開けた2人はそのままステージに上がり、マイクを持って話し始める。

詩穂「それではお待ちかね。これより『比企谷先生爆誕祭』を始めます!司会進行を務めます、高校2年生国枝詩穂です」

星守たち「イエーイ!」

星守たちは恐ろしいほどに盛り上がっている。なんだなんだ。何が始まるんだ。

花音「同じく司会進行を行う煌上花音よ。あ、アンタはステージの前の椅子に座ってなさい。一応主賓なんだから」

俺の周りにいる何人かが、煌上が指さした椅子に俺を強制的に座らせる。

詩穂「ではまず開会の宣言を楠さん。お願いします」

呼ばれた楠さんが壇上に上がる。

明日葉「えー、まずは先生。お誕生日おめでとうございます。今日は私たち星守クラス全員で心を込めてお祝いするのでどうか楽しんでいってください!みんな!今日一日精一杯先生のことをお祝いするぞ!」

星守たち「おー!」

えー、なんでこんな盛り上がってるの。怖い。あと怖い。

番外編「八幡の誕生日③」


花音「さっそく会の中身に入っていくわよ。まずは桜と遥香による漫才です!どうぞ!」

即座にセンターマイクが準備され、それを挟んで藤宮と成海が壇上に上がった。

遥香「どうも。遥香です」

桜「桜じゃ」

遥香、桜「2人そろって遥香桜です。よろしくお願いします」

遥香「私たちがトップバッターなんて、緊張するわね桜ちゃん」

桜「余計な気を遣っても疲れるだけじゃ。普段通りでおれば大丈夫じゃよ」

遥香「そうね。でも漫才だから何か面白いことを言わなきゃいけないのよね?」

桜「まぁ、それはそうじゃな。一応漫才なんじゃからのお」

遥香「申し訳ないんだけど、私漫才のことよくわからないからこの先の展開は桜ちゃんに任せていいかしら?私はなるべく普段通りでいることを心がけるから」

桜「しょうがないのお。では遥香もやりやすいように『病院の診察室』という設定でやるかのお。わしが医者としてボケるから遥香は患者としてツッコミをしてくれ」

遥香「わかったわ」

桜「では始めるかの」

桜『今日はどうされましたか?』

遥香『2.3日前から咽頭の炎症と後頭部に鈍痛がするんです。多分急性上気道炎だと思うんですが確認してもらってもいいですか?自分で見るぶんには扁桃腺の炎症はなかったのですが』

桜「……待つのじゃ遥香」

遥香「え?」

桜「え、じゃない。そんな医療知識が豊富な患者なんてそうそうおらんわ。やっぱり患者はわしがやるから遥香は医者を演じておくれ」

遥香『今日はどうされましたか?』

桜『あの、数日前から腹痛がひどくてのお』

遥香「桜ちゃん。うちは主に救急外来が盛んなの。よかったらそういう患者を演じてもらえないかしら?具体的にはすごい痛みに悶え苦しんでる感じで」

桜「え、いや、これは漫才じゃから別に現実に即さなくても」

遥香「桜ちゃん。やって」

桜「う、うむ……あー、お腹が痛い痛い。痛いぞお」

遥香『大丈夫ですか!?自分のお名前言えますか!?』

桜『うぅー、痛い痛い』

遥香『これは危険な状態ですね。今すぐオペを始めます!手術室に運んで!ほらそこのあなた!こっちに来て!迅速に患者を手術室まで運ぶわよ!』

桜「……待つのじゃ遥香。わしらはいつから医療ドキュメントを演じておるのだ?」

遥香「え?だって桜ちゃんさっき普段通りにしてろって」

桜「それは心構えの話じゃ。わしらがやるのは漫才じゃ。医療現場の現状を再現してもしょうがないぞ」

遥香「そうなのね。漫才って難しいわ。あ、私久しぶりに大きな声出したらお腹空いちゃった。ご飯にしない?」

桜「ええかげんにせい」

桜、遥香「どうも、ありがとうございました!」

番外編「八幡の誕生日④」


花音「ということで桜と遥香の漫才でしたー!」

詩穂「先生、どうでしたか?」

八幡「え、おう。意外とちゃんとしてて面白かったぞ。うん」

俺の感想に藤宮と成海は嬉しそうに笑う。

遥香「ありがとうございます先生」

桜「喜んでもらえてなによりじゃ」

花音「さ、では次のプログラムに進むわよ」

詩穂「次は校庭でバーベキューをします!」

星守たち「イェーイ!」

花音「ということで移動するわよ」

煌上に付き従って俺たちは合宿所を出て校庭に向かう。そこにはすでにいくつものバーベキューコンロとテーブル、椅子などが準備されていた。

詩穂「ではここからはしばらくの間、みんなでバーベキューを楽しみましょう」

国枝が声をかけるや否や、みんなそれぞれバーベキューを楽しみ始めた。

ひなた「お肉お肉ー!」

くるみ「ひなたさん、お肉だけじゃなくて野菜も食べてくださいね」

ミシェル「むみぃ、煙が目に入ったよ~」

蓮華「大丈夫ミミちゃん?蓮華がやさしく目薬さしてア、ゲ、ル」

ゆり「こ、こんな美味しいお肉食べたことないぞ」

楓「そのお肉はうちのホテルと直接契約している農家から取り寄せたものですもの。美味しくて当然ですわ」

みんな楽しそうにしてるな。さて、俺も食べるか。

みき「先生ー!」

サドネ「おにいちゃーん!」

ん。この展開、なんか覚えがあるぞ?

サドネ「ミキと2人で味付けしたの。食べて!」

星月とサドネが得体の知れないソースがかかった野菜や肉がこんもり盛られてた皿を持ってきた。でもここには2.3種類のソースしかなかったよね?なんでこんな変な色してるの?ここまでくると最早芸術の域に達していると言っていい。

八幡「待て。お前らそれ味見したのか?」

みき「私はしてないですけどサドネちゃんが美味しいって言うから大丈夫です!」

サドネの味覚もあてにはならない気がするが、これ以上時間を引き延ばしても怪しまれるだけだ。少し、ほんの少しだけなら大丈夫か?

八幡「……く。い、いただきます」

俺は一枚の肉を恐る恐る口に入れた。

みき「先生どうですか?」

八幡「…………ああ。なんというか、独特の味だな」

サドネ「もっと食べて!」

八幡「いや、せっかくなら色々な味で食べたいからあとはサドネたちが食べていいぞ」

サドネ「わかった!」

みき「喜んでもらえてよかったねサドネちゃん!」

2人は満足して他の場所へ歩いていった。はあ。正直、舌に肉が触れた瞬間卒倒するかと思った。意地で耐えたぞ。

昴「先生、お疲れ様でした……」

八幡「若葉。もしかして見てたのか?なんで助けてくれないんだよ」

昴「だってアタシまで巻き添え食らいたくなかったですし……」

まああのソースの色を見て避けたくなる気持ちは痛いほどよくわかる。俺だったら確実に退散しているだろうな。

番外編「八幡の誕生日⑤」


しばらくして、用意されていた食材が全て無くなった。俺たちは簡単に片づけをした後、また合宿所に戻ってきた。今度は19人全員で椅子を丸く並べて座る。

花音「バーベキューの後もまだまだ続くわよ」

詩穂「次は外で暑くなった体を冷ますために、粒咲さんと芹沢さんが怪談を披露してくれます」

怪談か。季節的にはぴったりだな。

あんこ「ふふ。ではワタシからいくわ」

粒咲さんが話し出すと、部屋の明かりが消え、粒咲さんの前にあるろうそくが灯り出した。

あんこ「何週間か前のことよ。ワタシはいつものように部活の時間にインターネットゲームを起動しようとしたの。そしたらあるゲームにログインすることができなかったの」

あんこ「いろんなIDやパスワードを試してもダメだった。他のパソコンを使ってもダメだった。ワタシにはもう為す術がなかったわ」

うらら「くるくる先輩がパソコンに触っちゃっただけじゃないの?」

くるみ「違うと思うわ。私、あんこ先輩にパソコン室には入らないよう言われているから」

あんこ「そう、これはくるみのせいじゃない。その後、そのゲームについてスマホで調べてみたら驚愕の事実が判明したわ……」

そう言って粒咲さんは目の前のろうそくを吹き消した。小さな悲鳴があちらこちらから聞こえる。

あんこ「なんとそのゲーム、サービス終了してたのよ。それも事前告知なしに!」

周りからは何の反応も起こらない。だが粒咲さんは頭を抱えながら話し続ける。

あんこ「ワタシがあのゲームにいくら課金したかわかってるのかしら運営は。全国、いや世界でも有数の装備品とプレイスキルで掲示板では『プリンセスANNKO』とも呼ばれていたのに!」

どこのイリュージョニストだよ。てか、これがオチ?

八幡「あの、粒咲さん。その話が怪談ですか?」

あんこ「そうよ。何万、何十万と課金していたゲームが突然サービス終了したのよ?怖すぎるわ。ワタシのこれまでの努力が水の泡よ。せめて事前に予告されていれば色々記録が残せたものを……」

もはや粒咲さんの愚痴大会になってる。それを感じたのか煌上が声をかける。

花音「あー、あんこ先輩。そろそろ終わりにしてもらってもいいですか?次もあるので……」

あんこ「それもそうね。ワタシの怪談でみんなが震えあがってもかわいそうだし」

詩穂「あはは……。では次の怪談は芹沢さんですね」

蓮華「うふふ。今日のためにとっておきの話を用意してきたわよ」

そう言うと今度は芹沢さんの前のろうそくが灯り出す。

蓮華「つい数日前のことよ。暇だったれんげは帰る途中の先生を尾行することにしたの」

え、もうこの時点で怖いんですけど。何してんのこの人。

蓮華「その途中の海浜幕張駅だったかしら。れんげの美少女レーダーが今までにないほど反応したの。その発生源となった子は、先生がたまに着る高校のジャージと同じものを着ていて、テニスバッグを背負っていたわ。華奢で透き通るような白い肌。サラサラのショートカット。大きく純粋な目。もうあれは現世に舞い降りた天使のような子だったわ」

蓮華「その天使に魅せられたれんげは先生のことはほっといて、その子を尾行することにしたの。そしたら驚愕の事実が判明したわ……」

芹沢さんは目の前のろうそくを吹き消す。

蓮華「その子、男子トイレに入っていったの……」

蓮華「れんげの美少女レーダーに反応するような子が、男の子だったのよ。れんげは自分の目論見が外れたことより、その子のかわいらしさにぞっとしたわ」

粒咲さんの時と一緒で他の人はなんの反応もしない。それにしても、千葉で見かけた俺と同じジャージを着てるテニスバッグを背負った天使って、候補は一つしかなくね?

八幡「せ、芹沢さん。その子とはそれっきりですか?」

蓮華「実はね、れんげが尾行してることをその子わかってたみたいで、トイレの前で打ちひしがれてたれんげに声をかけてきたの。で、そのままお茶しちゃった。いい子だったわ。戸塚彩加くん。男の子なのが残念だけど」

おい。嘘だろ。嘘だと言ってくれ。ラブリーマイエンジェル戸塚が、よりによって芹沢さんの毒牙にかかってしまったのか……。なんということだ……。

望「な、なんで先生そんなに落ち込んでるの?」

八幡「落ち込むにきまってるだろ。『戸塚は神聖にして侵すべからず』は全人類の共通認識だろうが。そんな戸塚が、あろうことか芹沢さんに……」

蓮華「さすがのれんげでもあの子には何もしてないわ。というかできないっていうのが正しいかしら。男の子なのもあるけど、たとえ女の子だったとしても、あのかわいらしさの前にはただ立ちつくすのみだわ」

八幡「ですよね。やっぱりとつかわいいな。この世の癒しだ」

詩穂「えーと、これも怪談ってことでよかったのかしら花音ちゃん?」

花音「もう私には理解できないわ……」

番外編「八幡の誕生日⑥」


怪談が終わり、再び煌上と国枝がステージに上がり進行を始める。

詩穂「で、では気を取り直して次の企画でーす!」

花音「次はクイズ『ソラシドドン!』を開催するわ!」

おい。ここはフジテレビか?秀ちゃんに許可取ったのか?

花音「このクイズはある曲のサビ部分を聞いて、その曲の曲名とワンフレーズを歌ってもらう企画です!」

詩穂「では早速出場者を紹介するわ。まずは南さん」

ひなた「ひなた頑張って歌っちゃうよ!」

花音「次は心美!」

心美「じ、自信ないですけど頑張ります」

詩穂「そして蓮見さん」

うらら「音楽クイズなんてうららの十八番よ!すぐ正解してやるんだから!」

花音「さらにゆり!」

ゆり「わ、私が知ってる曲が来るといいんだが……」

詩穂「それでこのクイズには特別に先生にも参加してもらいます」

八幡「え、俺も?」

花音「たまにはいいじゃない。見てるだけじゃつまらないでしょ?ほら。ステージに上がりなさい」

あんまり気が進まないが、今日は俺の誕生日だし少しは付き合わなきゃダメか。仕方なく俺は他の4人と共に壇上に上がった。

詩穂「では詳しいルール説明を花音ちゃんお願い」

花音「ええ。このクイズは勝ち抜け制よ。正解した人から順に抜けていって、最後まで正解できなかった人には罰ゲームが待ってるわ」

八幡「罰ゲームって何やるんだ」

詩穂「それを今言ってしまってはつまらないじゃないですか」

花音「詩穂の言うとおりね。ま、恥ずかしい罰ゲームってことだけは言っておくわ」

ひなた「ひなた罰ゲームはやりたくない!」

うらら「うららも罰ゲームはやりたくないけど、それ以上にここみに負けたくないわ!」

心美「う、うららちゃんならすぐ正解できるよお」

ゆり「みんなの前で辱めは受けたくない……」

正直、俺もあんまり曲は知らないが、火向井や南には負けないだろう。多分。

詩穂「うふふ。みなさんいい感じに緊張感が出てきてますね」

花音「じゃあ早速始めるわよ。第一問!」

花音、詩穂「ソラシドドン!」

『レッツゴー バターとりんご そしてグラニュー糖 ラム酒をふってレモン汁♪』

心美「は、はい」

詩穂「はい!では朝比奈さん前で続きを歌ってください!」

心美『もっと のばすわパイシート 砕いてビスケット 最後にそっと投げキッス♪』

花音「ではこの曲名は?」

心美「ア、『アップルパイ・プリンセス』です」

花音、詩穂「正解!」

心美「や、やった!」

うらら「この曲ここみの得意な曲だもんね」

心美「うん。キーが私にピッタリなんだあ」

予想外の人が一抜けだな。だがまだ慌てるような時間じゃない。

番外編「八幡の誕生日⑦」


詩穂「では第二問です」

花音、詩穂「ソラシドドン!」

『L'inizio! 揺籠ゆらす雷 覚醒に騒ぐ鼓動の Choir♪』

うらら「はいはい!」

俺が手を挙げようとした矢先に蓮見が素早く手を挙げた。

花音「じゃあうらら!前で歌って曲名をどうぞ」

うらら「『悪魔の手招 秘密の嬌声が 頬を染め上げて Violenza♪』曲名は『華蕾夢ミル狂詩曲~魂ノ導~』!」

詩穂「蓮見さん正解です!」

うらら「さっすがうららね!」

ひなた「こんなに難しい歌よく歌えるねうらら先輩」

うらら「ふふん。うららはいろんな曲を練習してるの。その中でもこれは歌いやすかったからよくカラオケでも歌ってるの」

く、今度は蓮見が抜けたか。だがここまでは想定内だ。次正解すればいいだけの話だ。

花音「順調に抜けていってるわね。では第三問!」

花音、詩穂「ソラシドドン!」

『仕事♪』

ひなた「はいはいはい!ひなたわかる!」

南がワンフレーズ聞いただけで手を挙げた。

詩穂「南さん早い!では前にどうぞ」

ひなた『仕事 電車 通勤 ムリムリ 自宅 厳重 警備 フリフリ たまにサボっちゃっても 私責めない♪』

ムリムリ!フリフリ!いいぞー!……は。しまった。つい合いの手を入れてしまった。

花音「ではこの曲の曲名は?」

ひなた「『あんずのうた』!」

花音「正解!」

ゆり「こ、この曲はなんだ?」

ひなた「有名なアイドルの曲なんだよ。ライブでは合いの手が入ってすごい盛り上がるんだって!ひなた、こういう楽しい曲大好きなんだ!」

詩穂「南さんらしいですね。では次が最終問題ですね」

ゆり「く、ここまで全然わからない……先生は今までの曲知ってましたか?」

八幡「ま、まぁ聞いたことがあるやつもあったかな」

嘘です。全部知ってました。なんならコールも入れられるぐらい聞きこんでるプロデューサーです。

しかし、なんかこの曲選おかしくない?みんな346プロダクションの曲じゃん。ん、てことは次も346プロの曲なのか?相手は火向井。てことは、声質が似ているアーニャの曲が来る可能性が高い。そしてアーニャのソロ曲はあれ一つだけだ!

番外編「八幡の誕生日⑧」


花音「最後はイントロクイズで決着をつけるわ。2人とも準備はいいかしら?」

ゆり「こうなったら最後は気合だ!」

八幡「おう」

出題傾向を把握した俺に死角はない。この勝負、もらった!

花音。詩穂「ソラシドドン!」

『♪』

ゆり「Да」

火向井が1秒と経たずよくわからない言葉を発して、そのままマイクの前に立つ。

ゆり『Расцветали яблони и груши,Поплыли туманы над рекойВыходила на берег Катюша,На высокий берег на крутой.』

誰もがぽかんと口を開けている。一番初めに我に返った煌上が火向井に問いかける。

花音「ちょっとゆり?大丈夫?」

ゆり「Выходила, песню заводилаПро степного сизого орла,Про того, которого любила,Про того, чьи письма берегла.」

詩穂「音楽止めてください!」

曲が止まると火向井は正気を取り戻したらしく、マイクの前でうろたえている。

ゆり「は。私は何を……」

八幡「おい、火向井。なんでお前今の歌うたえるんだよ」

ゆり「え?いや、気づいたら勝手に体の中から歌詞が溢れてきたんだ。まるで何かに忠誠を誓うかのようにスラスラ言葉が口から出てきて……」

無意識のうちにカチューシャを崇拝してるのかこいつは。プラウダ行ったら即戦力じゃないのか?つか、最後だけ選曲おかしくない?こんなの火向井以外歌えるわけないじゃん。

詩穂「い、今の歌ですけど火向井さんは歌えていたので勝ち抜けとします」

花音「ということで最後まで残ったのは、このヘンタイ教師よ!」

強引に2人は結果発表を言い終えた。あれ、つか俺負けたの?

詩穂「ということで先生には恥ずかしい罰ゲームを執り行います」

八幡「あの、痛いのとか気持ち悪いのとかは嫌なんだけど……」

花音「そんなんじゃないわよ。それではミュージックスタート!」

『♪』

煌上の声の後にある曲が流れ始めた。ん、これってまさか……。

花音「知らない人もいるだろうからここで曲紹介を行います!」

詩穂「この曲は先生のキャラソン『going going along way!』です。今日は特別にフルコーラスで流しちゃいます!」

『青春の青い感情もー(感情もー)恋愛の甘い体験もーいらないー(ふむ!)』

八幡「やめろー!」

『going going along way! 俺の道を行くぜ♪』

番外編「八幡の誕生日⑨」


俺のキャラソンが流れ終わると今度は俺の前に机と皿、フォーク、ナイフが並べられていく。

花音「気を取り直して次の企画に行きましょう詩穂」

詩穂「そうね。次の企画は誕生日といえばコレ。バースデーケーキコンテスト!」

花音「今回は4人の星守がケーキを作ってきてくれたわ。1人ずつ紹介していくわね。まず最初はミシェル!」

ミシェル「むみぃ!ミミはね、ホットケーキ作ってきたの!先生たくさん食べてね!」

そう言って綿木は俺の前にホットケーキを置く。

八幡「これは俺が食べるのか?」

花音「当たり前じゃない。誕生日の人が食べないで誰が食べるのよ」

詩穂「先生にはケーキの感想をもらいますから、しっかり味わってくださいね」

八幡「お、おう。じゃあ綿木。いただきます」

ミシェル「召し上がれ?!」

メープルシロップがよくかかってる部分を切って食べてみる。

八幡「うまい。特にメープルシロップがいい」

たまに母ちゃんが買ってくる安物のシロップとは違う。なんというか濃厚なんだけど、しつこくない。

ミシェル「やったー!それはね、カナダで取れたすごい珍しいメープルシロップなんだ!パパにおねだりして買ってもらったの!」

綿木は嬉しさのあまりピョンピョン跳ねている。

詩穂「綿木さんのケーキは先生にも好評みたいね」

花音「トップバッターとしてはいい感じなんじゃないかしら。では次の人のケーキに移るわ。2番目は明日葉先輩!」

明日葉「私のケーキは楠流、和風抹茶のロールケーキだ」

出されたケーキは抹茶の緑のスポンジに白いクリームが挟まれた、目にも優しい色のものだ。食べやすいサイズに切られてるのも良い。

明日葉「先生。さ、召し上がってください」

八幡「は、はい。いただきます」

その中の1つを食べてみる。

八幡「美味しいです。これ、クリームにあずきが入ってるんですか?」

明日葉「流石先生ですね。生クリームだけだと少し味気ないので、アクセントとしてあずきを入れてみたんです」

楠さんは丁寧に説明してくれる。

花音「抹茶にあずきね。和って感じで美味しそうだわ」

詩穂「そうね。でもそろそろ次の方のケーキに移ります。3人目は千導院さんです」

楓「ワタクシは先ほどまでの2人と違ってあまり綺麗ではありませんが、頑張って作りました」

千導院のケーキは定番のショートケーキだった。まぁクリームが偏っていたり、形が不揃いだったりしてるが、たいして気にはならない。

八幡「じゃあいただくな」

一口食べただけで違いがわかった。今まで食べたことがあるぶん、ハッキリ実感できた。

八幡「……なぁ千導院。これはもしかして、ものすごく高級な材料を使ってたりするのか?」

楓「はい!先生のために全世界から最高級の食材を取り揃えました!」

やはりか。少し技術的に拙いところは感じられるが、それを補って余りある食材の力。これいったい幾らするんだ……

詩穂「私もこれくらい高級な食材をふんだんに使ってみたいわ」

花音「楓だからこそ作れたケーキって感じね。では最後の人は、え、ウソ……」

煌上の顔が恐怖で引きつっている。……まさか、あいつがエントリーしているのか?

番外編「八幡の誕生日⑩」


八幡「おい煌上。もうやめよう。この3人でお腹いっぱいだ」

みき「待ってください先生!私のケーキも3人に負けないくらいすごいんですから!」

呼ばれてもないのに星月が意気揚々と、どデカイホールケーキを運んできた。

詩穂「えーと、最後の出場者は星月さんです……」

その光景を見て観念したのか国枝が小声で星月を紹介する。

みき「八幡にかけて八種類の果物とクリームを使ったケーキです!どうぞ!」

目の前にあるのはケーキではない。何か禍々しい色をした兵器だ。なんで星月は韻踏んじゃったのかなあ。

本来なら食べたくはない。が、星月は俺のためにわざわざ作ってくれたんだ。それに、今まで3人のケーキを食べてきて、1人だけ食べないと言うのも筋が通らない。

……逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。

八幡「……いただきます」

兵器が口に入った瞬間、俺の世界が反転しそうになった。即死はさせない程度の絶妙にヤバい味。拷問だよ拷問。急いで水で流し込んだが、今度は食道と胃が痛くなってきた。一体、何入れればこんな恐ろしいブツが出来上がるんだ。

みき「先生、どうですか?」

八幡「あ、ああ。少し食べただけで星月の気合が伝わったよ……痛い程な」

みき「やったー!あ、みんなも食べて!沢山作ったから遠慮しないで!」

星月が兵器を拡散する中、流石に俺のことが心配になったのか煌上と国枝が傍によってきた。

花音「ね、ねえ。大丈夫?」

八幡「正直ダメかもわからん……」

詩穂「胃薬飲みますか?」

八幡「ああ。助かる……」

何とか落ち着いたので周りを見渡してみると、俺と同じように兵器の犠牲となったものが何人か見受けられる。が、その中で成海だけは孤独のグルメ並においしそうに兵器を食している。あいつの消化器官はどんな構造してるんだ。金メッキでも施されてるのか?

番外編「八幡の誕生日⑪」


星月の兵器、いやケーキによる混乱が数十分続いた後、なんとか体調が回復した俺たちは会を再開した。

詩穂「で、では次の企画に行きましょうか花音ちゃん」

花音「そうね。次は星守たちによるモノマネよ!」

詩穂「少し準備するので先生は部屋の外で待っててもらってもいいですか?すぐ終わりますから」

八幡「お、おう」

わざわざ俺を退出させるとはけっこう大がかりな装置でも使うのか?そこまでするってことはけっこうクオリティの高いものを期待しちゃうよね。

数分して中から煌上が顔を出して声をかけてきた。

花音「入っていいわよ。で、アンタが入ったらモノマネが始まるから、後は流れでよろしく」

八幡「なんだよ流れって」

花音「いいから。早く入りなさい」

俺は仕方なく部屋に入ってあたりを見渡す。

けど、別に何か大きな仕掛けが施されているとは思えない。ただ総武高校の制服を雪ノ下のように着た常磐が立っているだけだ。ん。総武高校の制服?雪ノ下?

くるみ「こんにちは比企谷くん」

なん……だと……。どういうことだ。なんで常磐は俺を「比企谷くん」と呼んでいるんだ。まるで雪ノ下みたいじゃないか。

くるみ「いつまでそんなところに立ってるの徒長谷くん。早くこっちに来なさい」

八幡「徒長谷ってなんだよ。あれか?俺がひょろっと突っ立ってるのを揶揄してんのか?」

くるみ「別にそんなことは言ってないわ。ただ、もう少し日光に当たった方がいいと思うけど」

八幡「めっちゃ揶揄してるじゃん。しかも俺が普段外に出ないことまで」

は。つい雪ノ下に対する反応をしてしまった。だけど、マジで常磐が雪ノ下にそっくりすぎて怖い。

望「くるみん!ヒッキー!やっはろー!」

まだこの状況を受け入れられていないのに、またしてもなじみ深い声がした。声のした方を振り向くと、総武高校の制服を由比ヶ浜のように着崩した天野がステージに向かって歩いてきていた。

八幡「雪ノ下の次は由比ヶ浜か……」

望「何ヒッキー。あたしがいたら迷惑?」

八幡「いや、そんなことはないけど……」

お前らの声が奉仕部の2人に似すぎててビビってるだけです。

望「そういえばあたしとくるみんでヒッキーへのプレゼント買ったんだ。はいこれ」

話題をぶった切って天野が取り出したのは四つ葉のクローバーの栞だった。

八幡「え、これ俺にくれるの?」

くるみ「はい。幸運が訪れる四つ葉のクローバーを先生が好きな読書時に使えるようにしおりに挟みました」

望「く、くるみ。素に戻ってるよ。モノマネモノマネ」

くるみ「そうだった。えーと、べ、別にあなたのためではないから、勘違いしないでよね」

はは、違うぞ常磐。雪ノ下はそんなあからさまなツンデレはしない。正確には「ゆ、由比ヶ浜さんがどうしても一緒に行くと聞かなくて。だから仕方なく選んだだけよ」だ。

望「と、とにかく大事に使ってよ!」

八幡「はいはい」

でもプレゼントのセンスは悪くない。多分色々考えたんだろうな。

八幡「ありがとな」

俺の言葉に常磐と天野は顔を見合わせた後、笑って俺の方を向く。

くるみ「はい」

望「当然じゃん!」

番外編「八幡の誕生日⑫」



「ちょっと待ってくださいよー!」

プレゼントをもらって終わりかと思ったら、またしても聞きなれたあざとい声が聞こえてきた。

昴「ずるいですよ望先輩、常磐先輩。私だって一緒にプレゼント選んだじゃないですかー」

そう言って壇上に上がってきたのは総武高校の制服に、袖の余ったピンクのカーディガンを着た若葉だった。

望「ご、ごめんね昴ちゃん。ついイイ雰囲気だったから渡しちゃった……」

くるみ「別にそこまでいい雰囲気ではなかったと思うけど……」

昴「ま、いいですけど。どうせ先輩へのプレゼントだったのでそんなに真剣に選んでないですし」

おう。これまたすごい似てる。若葉でもこんなあざとい声出せるんだな。服装も相まっていつものイメージとはかけ離れた印象を受ける。

八幡「お前もこのプレゼント選んだのか?」

昴「え?はい。ていうか栞のアイディアはわたしですし」

やはりいつもの若葉の面影はかけらも感じられない。こういうこともできるのかこいつ。

八幡「意外とセンスいいんだなお前」

俺の言葉にしばらくぽかんとしていた若葉は急に顔が赤くなる。

昴「嘘。先生に褒められちゃった。どうしよ、すっごく嬉しい。でも、今はモノマネしなきゃ……あれ、こういう時どうやるんだっけ。確かまず断って、」

口を押えながら小声でセリフを考える若葉の姿からは先ほどまでのあざとさが一切感じられない。いつもの照れてる若葉だった。むしろ服装はあざとい女の子だから、素のかわいらしさが際立って見える気がする。やっぱり素が一番ですね。

昴「おほん。何ですか口説いてるんですかごめんなさい褒めてもらったのは嬉しいですけどセンス以外にももっとわたしを褒められるようになってから出直してください」

なんとか言い直した若葉だが、相変わらず顔は真っ赤だ。うんうん。頑張ってる姿勢は評価したいぞ。

八幡「そうだな。そうやって頑張って一色のモノマネをする姿勢もいいと思うぞ若葉」

昴「うう、もうアタシには無理だよこの役……」

望「が、頑張って昴ちゃん!あと少しで終わりだから!」

くるみ「大丈夫。ちゃんとできてるわ」

モノマネなのかそうじゃないのかよくわからんが、常磐と天野が必死に若葉を慰める。なんだか変な光景だ。

「おやおやー、お兄ちゃんが女の子たちと楽し気に話してますねー」

その時、今までの人生で一番耳に馴染んでいる声が聞こえた。声がした先には小町の中学の制服と同じものを着たサドネがいた。

八幡「サドネ……」

サドネ「お兄ちゃん今年の誕生日も誰からも祝われないと思ってたけど、くるみさんたちに祝ってもらえてよかったね。今、サドネはすごく感動してるよ」

そう言って壇上に上がるサドネにはいつもの面影はない。本当に小町としか思えない話し方だ。これまでの3人に比べて、そのギャップも相まって衝撃的なモノマネだ。

サドネ「これでお兄ちゃんも立派に社会に羽ばたいていける社会力を身につけたね!」

八幡「何言ってんだ。サドネ。俺は常に専業主夫として家から出ない生活を送ることを夢見ているんだ。だから俺に社会力は必要ない」

サドネ「うーわでたお兄ちゃんの捻くれ。ま、それは置いといて、そろそろサドネたちのモノマネも終わりの時間なんだけど、どうだった?」

俺の捻くれ具合は無視ですかそうですか。というか、反応の仕方までそっくりだ。かなり練習したんだろうな。

八幡「え、いや、正直4人とも似すぎててビビった」

サドネ「へへー。お兄ちゃんのためにサドネたち頑張ったんだよ?あ、今のサドネ的にポイント高い!」

そこまでマネしちゃうのかよ。なんでもありか。

八幡「……ああ。本当に高いよ」

番外編「八幡の誕生日⑬」


モノマネが終わり、常磐たちの着替えを部屋の外で待つことしばらく。

詩穂「先生。さあ中へどうぞ」

八幡「おう」

俺が中へ入ると、星守たちは大量の花火を持っている。

花音「では本日最後の企画!」

詩穂「校庭で花火を行います!」

星守「わーい!」

だよねえ。逆にこの状況で花火以外をやるって言われた方が驚くわ。

花音「じゃあみんなで外に行きましょうか」

こうして俺たちはまたしても校庭に向かった。すでに外はかなり暗くなっていて、バーベキューをしていた時とはまた違う雰囲気だ。

うらら「ほら綺麗でしょここみ!」

心美「うん。すごいねうららちゃん」

昴「よっと、どうこのアクロバティックな花火の動き!」

あんこ「もう一度やって昴。録画してブログに載せたいから」

サドネ「シホ!花火キレイ!楽しい!」

詩穂「そう。よかったわ」

みんなそれぞれ楽しんでいるようだ。何人かは校庭を駆け回っている。元気なこった。

明日葉「先生、隣よろしいですか?」

そんな光景を段差の上の方で見つめていた俺のそばに楠さんがやって来た。

八幡「ええ。どうぞ」

明日葉「失礼します」

楠さんも腰を下ろして、校庭の光景を楽しそうに眺める。

明日葉「はしゃいでますねみんな」

八幡「ええ。でも俺は疲れましたよ。色々ありすぎて」

明日葉「ふふ。それくらい充実した時間を過ごせた、ということじゃないですか?」

八幡「……まあ、そうかもしれないですね」

そして俺たちはまた黙って校庭を眺める。思えば今が、今日の中で初めて落ち着いた時間かもしれない。聞くなら今しかない。

八幡「……あの、楠さん。一つ質問があるんですけど」

明日葉「なんですか?」

八幡「今日のこの会の発案者って誰ですか?一応ちゃんとお礼を言っておきたいんですけど」

明日葉「明確な発案者はいませんよ。もともと、みんな個人個人で先生の誕生日を祝おうとしていたんです。それがいつの間にかまとまっていって、こういう形になりました。だから発案者を決めるとすれば、この星守クラスの生徒全員、となるでしょうか」

楠さんはにこやかにそう答える。対する俺はなんだかわからんが顔が熱くなってきた。ここが暗くてよかった。明るかったら赤くなってるのがバレてたかもしれない。

八幡「……そうですか。ならみんなに感謝しないといけないですね」

明日葉「いえ、星守クラスの仲間なら、誕生日を祝うのは当然です」

八幡「仲間なら誕生日を祝うのは当然、ですか」

今までろくに誕生日を祝ってもらった経験がない俺からすれば、今日こうして盛大に祝ってもらっている状況が不思議でならない。こういう時、どういう態度でいればいいかわからない。

それも今回は個人ではなく、18人もが協力して俺のためだけに動いてくれているのだ。そんなことをしてもらえるほど、俺はあいつらのためになってるのだろうか。

番外編「八幡の誕生日⑭」


明日葉「そう、深く考えなくてもいいんじゃないですか?」

八幡「え……?」

明日葉「私たちはやりたくて先生の誕生日を祝ってるんです。もし先生が不快に思われていたら、申し訳ないと思います。でも、もし楽しかったと思ってくれたら、私たちはそれだけ満足なんです」

みんなはみんなの意志で俺の誕生日を祝ってくれる。俺はただそれを受け入れればいい。この理屈はわかる。ただ、それが果たして正解なのかはわからない。もしかしたらこの感情すら勘違いなのかもしれない。間違ってるのかもしれない。

でも、俺は。それでも俺は。

遥香「ここにいたんですね先生」

桜「サドネとひなたがはしゃぎすぎて大変なんじゃ。止めておくれ」

ミシェル「先生もミミたちと遊ぼうよー!」

階段の下の方で成海、藤宮、綿木が声をかけてきた。隣に座ってた楠さんも3人を見て立ち上がる。

明日葉「行きましょうか先生。みんなが待ってます」

八幡「やれやれ。しょうがないから行きますか」

キョン並みのやれやれをかまして俺は階段を下りていく。

桜「しょうがないとはなんじゃ。わしは昼寝の時間を惜しんで遥香と漫才を練習したというのに」

ミシェル「桜ちゃんと遥香先輩の漫才面白かった!」

遥香「あれ、でも桜ちゃんはほとんど寝てたわよね?」

明日葉「おそらく、桜にしては寝ていない。ということなんだろう」

そんなこんなで俺たち5人が校庭へ降りるとわらわらと星守たちが周りを囲んできた。言うなら今しかない、か。

八幡「あー、ちょっといいか?」

俺が話し出すと周りはシンと静まり返った。

八幡「いや、たいしたことじゃないんだが。その、今日はありがとう。正直けっこう楽しかった……」

自分は悪くない、社会が悪いと言い続けてきたが、この学校はこれまでで一番恵まれた環境なことは確かだと思う。こうして環境が変わったなら、俺自身も何か変わっていくのだろう。なら、俺から一歩踏み出すことも間違ってはいないはずだ。

みき「えへへ。喜んでもらえてよかったです!それと私たちからも言わなきゃいけないことがあります!みんな!せーの!」

星守たち「先生!お誕生日おめでとうございます!」

今日一の声が、澄んだ夜空とひっそりとした校舎に反響して、いつまでも俺の心に響くような気がした。

以上で番外編「八幡の誕生日」終了です。八幡お誕生日おめでとう。一応本作の主人公なので盛大なパーティーを開かせてもらいました。

本編5-14


お土産を買い終え再度合流した俺たちは、ある沖縄料理店に移動した。

望「なんかイイ感じなお店だね!」

詩穂「前にある番組のロケでこの店で食事をしたことがあるの。その時食べた沖縄料理が本当に美味しくて、今回皆さんをここに連れてきたの」

八幡「へえ」

なんていう会話をしていると、さっそくたくさんの沖縄料理が運ばれてきた。みんなお腹が減っていたのか、すぐに食べ始める。

くるみ「このゴーヤーとっても新鮮でおいしいわ」

花音「流石くるみ、よくわかってるわね。それに、ここのゴーヤーチャンプルーは鰹節がたくさんかかってるところも私的にはおすすめポイントよ」

詩穂「なんとかこの味を家で再現できないかしら……」

ゆり「豚の角煮も味が中までしみ込んでる!」

望「あ、ゆり!アタシもそれ食べたいんだから独り占めしないでよ!」

こんな感じでいいように言えば賑やかに、悪く言えばやかましい中食事が進む。まあ6人でいればこれくらいうるさくなるのは仕方ない事か。いや、正確には5+1だな。もちろん俺が1。だってどの話題にも入ってないもの!そうか。俺も幻の6人目になってしまったのか。

なんて思いながら黙々と食べていると、ふと視線を感じた。顔を上げると常磐と目が合った。

八幡「……なんだよ」

くるみ「先生って意外としっかり食べられるんですね」

八幡「え?まあ腐っても高校2年生の男子だからな。それなりに食べないと腹もすく」

ゆり「先生は立派な日本男児ですよ!」

望「ま、目は本当に腐ってるけど」

八幡「聞こえてんぞ天野」

花音「……そんな腹ペコなあんたにはこれあげるわ」

そう言って煌上は肉の入った汁物のお椀を押し付けてきた。

八幡「なにこれ」

花音「別になんでもいいでしょ。さっさと食べなさいよ」

八幡「お、おう」

俺はしぶしぶその汁物を啜る。肉も食べた感じから想像すると豚のレバーのようだ。けっこういける。

そしてなぜかこの一連のくだりを国枝はニコニコしながら眺めている。

詩穂「やっぱり花音ちゃんは優しいわね」

望「花音が優しいってどういうこと?」

詩穂「豚レバーには目にいい成分が豊富に含まれてるの。花音ちゃんはそれを知ってて先生にお椀を渡したのよね?」

花音「ち、違うわよ!たまたま目の前にあって、残すのももったいないから渡しただけなんだから!」

くるみ「お野菜ならにんじんやブロッコリー、アボカドにホウレンソウなんかが目にはいいですね」

ゆり「それなら先生はチャンプルー系もたくさん食べないといけませんね!」

途端に俺の皿には色々な料理がこんもりと盛りつけられた。

八幡「いや、俺、食べたいものを自分のペースで食べたいんだけど」

くるみ「でもこれ食べなかったら先生の目が腐ったままってことに……」

八幡「逆にこれくらいのことで治るわけないだろ」

望「わかんないよー。明日朝起きたら沖縄パワーで目がきれいになってたりして!」

花音「でもこいつの目がまともになったところなんて想像つかないわ」

ゆり「た、確かに……」

詩穂「なら実際綺麗になったところを確認するしかないわ。だから先生。その料理はしっかり食べてくださいね」

八幡「いやいや、意味わかんねえから……」

そんなこんな言いつつも料理はおいしかったので、結局俺は盛られた料理を完食した。なんならさらにおかわりまでしてしまった。沖縄料理、おそるべし。

本編5-15


八幡「知らない天井だ……」

あれ、なんで俺こんな豪華な和室で寝てるんだっけ。……そうか。修学旅行に来てたんだ。いつも通り1人で寝てたから実感ゼロだよ。

そういえば昨日は晩御飯が終わってホテルに戻ってきてからも色々あったんだよな……。そのせいで寝床に着いた途端すぐ寝ちまった。

時計を見ると朝の6時前。千葉よりも西にある沖縄は日の出が少し遅いため、この時間でも日差しは柔らかい。

八幡「なんか飲むかな」

だが日差しが無くても暑いのは暑い。俺は和室を出て冷蔵庫に向かう。

八幡「どれにしようかな……」

冷蔵庫の中の飲み物も飲み放題って言うんだから、至れり尽くせりってものだ。もう一生ここに住んでもいいかもしれない。

「どれにしようかしら」

冷蔵庫が見えて来ると、先客がいるらしく、ドアが開いていて声が聞こえる。ただ、巨大な冷蔵庫のドアに隠れて誰がいるかは確認できない。

「けっこう汗かいちゃったし、スポーツドリンクにしましょ」

そう言って先客さんはドアを閉めた。

八幡「あ……」

ドアの後ろから現れたのは、朝日に反射して白い肌が眩しく輝く煌上だった。

シャワーを浴びた後なのか、バスタオル1枚しか身につけていない。髪もいつものツインテールは解かれ、少し濡れつつ自然な流れで肩にかかっている。そんな肩から伸びるすらっとした腕は、きめ細かいシルクのように滑らかである。

タオルで隠れてはいるが、出るべきところは出ているし、締まるべきところは締まっているのがわかるボディライン。

そして水滴が伝って艶めかしい魅力を醸し出す健康的な太ももとふくらはぎ。これらが見事に調和して素晴らしいバランスを演出している。

花音「こ、このヘンタイ教師……」

だがその完璧な体つきの上に鎮座するのは不動明王もビビるような怒りの表情があった。

八幡「いや、その、暑いから飲み物でも飲んで落ち着こうかなって。けっして悪気があったわけじゃなくて……」

俺の言い訳をよそに、煌上は顔を上げずにフラフラと近付いてくる。

八幡「だから、その、あれだ。不可抗力だ。不可抗力。まさかお前がこんな時間にそんな恰好でいるとは思わないだろ?だから俺は悪くない」

まくしたてるように話す俺には無反応で、煌上は俺の目の前までやってきた。

花音「……そうね。でも私だってアンタが起きるなんて予想着かなかったわ。だから、」

煌上はゆっくり顔を上げて小声でつぶやいた。

花音「アンタの記憶を消す」

刹那、俺の顔面に鋭い蹴りの衝撃が加わり、俺は気を失った。

-------------------------------------------

八幡「知らない天井だ……」

あれ、なんで俺こんな豪華な和室に寝てるんだっけ。……そうか。修学旅行に来てたんだ。いつも通り1人で寝てたから実感ゼロだよ。

そういえば昨日は晩御飯が終わってホテルに戻ってきてからも色々あったんだよな……。そのせいで寝床に着いた途端すぐ寝ちまった。

……でも、確か一回起きた気がするんだよな。勘違いかな。

時計を見ると朝の8時。すでに太陽は昇り、夏の厳しい日差しが部屋に降り注ぐ。やべ。そういえば朝食の時間って8時だったよな。

急いで着替えて和室を出ると、襖の前に煌上が立っていた。

花音「遅い。いつまで待たせるのよ。もうみんなレストランに行ったわよ。このノロマ、グズ、ヘンタイ」

八幡「そこまで言うか……」

あれ、なんか大事なことを忘れているような気がする。なんだか今朝、目の前のこいつとすごくラブコメ的展開があったような……。

八幡「なあ。俺とお前、今朝なんかあった?」

背を向けている煌上にそう尋ねると、煌上は顔を真っ赤にして振り返った。

花音「……アンタと私の間には、1ミリたりとも何もないわよ!」

そう言って煌上はつかつかと部屋のドアを開けて出ていってしまった。

番外編「ゆりの誕生日前編」


今日は夏休み。夏休みである。ここ神樹ヶ峰女学園にも例外なく夏休みが存在する。だが、星守クラスだけは事情が違う。

なぜかといえば、イロウス殲滅に夏休みなど存在しないからだ。そのため万が一の場合に即座に対応できるよう、星守クラスの生徒は毎日2.3人ずつ学校に来ることになっている。所謂「星守当番」というやつだ。あれ、この単語どっかで聞いたことあるな……。

八幡「うす」

俺がラボの扉を開けると中には既に今日の星守当番の1人が座っていた。

ゆり「先生!おはようございます!本日はよろしくお願いします!」

八幡「朝から無駄に元気だな……」

ゆり「今日は私が星守当番として頑張らなければいけない日ですから!逆に先生はもう少し覇気を出した方がいいと思いますが」

八幡「こんなお盆真っ只中の朝から元気でるかっつの」

そう。普段は八雲先生、御剣先生、理事長の誰かが星守とともに常駐しているのだが、今日に限っては誰もここに来られないため、俺が代わりに学校に来させられたのだ。しかもこの連絡が御剣先生から来たのは昨日の夜。まあ、1日くらいは行くのはしょうがないとしても、もう少し早く連絡が欲しかったです。

ゆり「そんなやる気ではイロウスにやられてしまいますよ!」

八幡「俺が戦うわけじゃないし別にいい。つか、後の2人はどうした。確か天野と常盤だったよな」

ゆり「望もくるみも今日は来ませんよ」

八幡「え」

ゆり「望はファッションショーの最終準備、くるみは父上の植物調査に同行しているんです」

八幡「てことは今日は…… 」

ゆり「私と先生の2人です!」

火向井と2人かあ。この熱い正義感は暑い夏には厚かましすぎる。まあそれ以外は特に気になることはないから、まだマシな部類ではあるが。

ゆり「なんですかその煮え切らない顔は」

八幡「別になんもねえ。俺はこれから残ってる宿題をやるから邪魔すんなよ」

ゆり「それなら私も一緒に勉強します!星守たるもの、身体だけでなく頭脳も鍛えないとなりませんからね!」

八幡「……」

前言撤回。今日1日、この熱さに耐える自信がありません。

---------------------------

ゆり「うーん。ここは、どうなってるんだ?」

勉強を始めて数時間、火向井はしばらく参考書の同じページを開いてにらめっこを続けている。

八幡「なぁ、さっきから何唸ってるんだよ。こっちが集中できないだろ」

ゆり「す、すみません、古文の問題が難しくて……」

八幡「……どこだよ。見せてみろ」

ゆり「え?あ、はい。この問題です」

八幡「この問題は掛詞がポイントだな。『まつ』は『松』と『待つ』、『こひ』は『火』と『こい』の両方の意味を持つ。それで訳してみろ」

ゆり「なるほど!さすが先生ですね!」

八幡「ま、国語はもともと居た高校でも学年3位だったからな。これくらいは教えられる」

ゆり「学年で3位!?やっぱり先生は勉強得意なんですね。それならばこの数学の微分方程式の問題も教えてもらいたいんですけど」

八幡「それは無理だ。直近のテストは9点だったし」

ゆり「それは流石に文系科目に力が偏りすぎじゃないですか?」

八幡「いいんだよ。理系科目なんて偉い研究者じゃない限り必要ない。むしろ、一般人はそういう人たちが作り出した機械の説明書を読んで理解しなきゃいけない。つまり一般人にとって文系科目のほうが理系科目より圧倒的に重要だと言える」

ゆり「いきなりものすごい方向に話が飛びますね……。でも先生にも理系科目の宿題が出てるんじゃないですか?」

八幡「まあ、そうだけど」

ゆり「では私が教えてあげますよ!特に物理は好きで昔から得意科目なんです!さあ!遠慮せず!」

八幡「いや別にいいって……」

俺の静止も聞かず、火向井はあれやこれや言い出した。多分教えようとしてくれているのだろうが、いかんせん何を言ってるか全くわからない。パスカルって何?ウエントワースの森にいたアライグマ?

番外編「ゆりの誕生日後編」


そうして互いに宿題を教え合ううちに、俺も火向井も疲れたので休憩することにした。

頭を使った後にはこれ!MAXコーヒー!夏には冷蔵庫で冷やしたものをグイっと飲むのがベスト。冷たくてもなおブレない甘さが脳に染み渡る。どうして冷蔵庫にMAXコーヒーがあるのかって?ラボで仕事することが多いからストックしてるんです。正に社畜の極み。

脳内コマーシャルを流しながらMAXコーヒーを飲んでいると、向かいに座っている火向井は牛乳を飲みながらため息をつく。

ゆり「はあ。今日は脳の鍛錬はできましたが、体は動かせてないんですよね」

八幡「別にいいだろ。動かさなくていいものをわざわざ動かす必要はない」

ゆり「それではダメなんです!星守たるもの、頭も体も常に鍛えておかないと!」

八幡「だけど今日は激しい運動は禁止されてるだろ」

星守当番の人たちはイロウス討伐に全力を尽くさなくてはならないので学校での激しい運動を禁じられている。もともと体を動かさない人たちには何の影響もないのだが、火向井には耐えがたい制限のようだ。

ゆり「はい。だからストレスが溜まってまして、その」

火向井はなぜかもじもじしながら俺を上目遣いで見上げてきた。

ゆり「あの、先生のでストレス解消させてもらっても、いいですか?」

………………。

八幡「にゃ、にゃにいってりゅんだお前」

たっぷり間を取ったのに噛みまくりだった。

ゆり「朝からずっと、先生の、とってもやりがいがありそうだなと思ってたんです。ぜひ私にさせてください」

俺の動揺をよそに、火向井は俺に近付いてくる。待て待て待て。落ち着け俺。相手は風紀委員長だぞ?そんな子が『俺の』で『ストレス解消したい』だなんて普通言うか?いや、現に言ってる。ということはつまり、そういうことなのか?俺が覚悟を決めるしかないのか?

八幡「……わかった。いいぞ」

ゆり「本当ですか!?でしたら、その、Yシャツを脱いでもらってもいいですか?」

八幡「……おう」

俺は指先を震えさせながらYシャツのボタンを1つずつ外していく。今日は一応仕事なのでスーツを着てきていたのだ。まさか、ここで脱ぐとは思わなかったが。小町。俺は今日、大人になるよ。母ちゃん、親父。今まで育ててくれてありがとう。

俺のYシャツを受け取った火向井はどこからかアイロンとアイロン台を出してきて、俺のYシャツを広げる。

ゆり「では先生のYシャツをアイロンがけさせてもらいます!今朝からずっと先生のYシャツのしわが気になってたんです!私のストレス解消も兼ねてじっくりアイロンをかけさせてもらいますね!」

満面の笑みを浮かべながら火向井はアイロンがけを始める。

……え、ちょっと待って。『俺の』で『ストレス解消したい』って言うのは、『俺のYシャツ』で『アイロンがけをしたい』って意味?なんという叙述トリック。今時こんな小説流行らねえぞってレベル。俺の家族への感謝の気持ちを返せ。

そんな俺の葛藤は露知らず、火向井は鼻歌を歌いながらアイロンがけを続ける。なんだかアイロンがけをしている姿ってすごく家庭的な感じを受ける。嫁度対決とかしたら火向井ってけっこう上位にランクインしそう。

八幡「なんか、アイロンがけがストレス解消方法っていうのもなんか変わってるな」

ゆり「そうですね。でも私は将来良妻賢母になりたいと思っているので、これくらいできて当然です!」

八幡「へえ。ま、確かに言うだけあって手際がいいな」

ゆり「そ、そうですか?ありがとうございます」

少し顔を赤らめながらも火向井は手を動かし続けて、余すところなくアイロンをかけ終えた。

ゆり「さあ先生!どうぞ!」

八幡「ん」

俺は受け取ったYシャツを着なおす。そんな俺の光景を火向井はなぜかぼーっとした顔で眺めている。

八幡「なに」

ゆり「え?い、いえ!たいしたことはありません!ただ、なんだかこのやりとりが夫婦みたいだな、と思いまして……」

八幡「……っ」

た、確かにその通りかもしれない。女の子に料理を作ってもらうことはあっても、アイロンがけをしてもらうことなんてなかなかない。それこそ一緒に住むようにならない限り……。でも、夫婦よりももっと適した状況があることを俺は発見した。

八幡「いや、夫婦ってより、母親の手伝いをした健気な小学生とその兄って感じだな」

ゆり「うぅ……」

火向井の目がみるみる潤んでいく。あ、やべ、地雷踏んだわ。

ゆり「ち、小さいってゆうな~っ!!」

以上で番外編「ゆりの誕生日」終了です。ゆり、誕生日おめでとう!アニメも折り返しましたね。この先どんな展開になるんでしょうか。

乙です。

高校数学で微分方程式なんてやったっけか……
最近はそうなのかな?

>>471の通り、微分方程式って高校ではやらないっぽいですね。しかも数学じゃなくて物理でした……。
>>1の文系脳によるアホさが露呈しました。ゆりが難しそうな数学の問題を解いてることを書きたかっただけです。無難に極大値の計算とかにしとけばよかった……。

本編5-16


あわただしく朝食を終え、俺たちは2日目の目的地に到着した。

八幡「あっつ……」

望「海すっごいキレー!」

ゆり「うう、これから水着になるのか……」

くるみ「ここら辺にはあまりお花さんがいないわ」

花音「プライベートで海なんてすごい久しぶりかも」

詩穂「日焼けしないようにしっかりクリーム塗らないと」

隣人部以上にバラバラな感想を言っているが、一応全員同じ海を眺めている。今日は昼頃までここで遊ぶ予定である。

八幡「じゃあ俺は手早く着替えて場所取りしとくわ」

そう言って俺は1人、男子更衣室に向かう。朝早めに来たため、まだあまり海水浴客はいないが、これからもっと増えていくだろう。こっちは6人とそれなりに大所帯なので、男の俺が場所を確保する任務を与えられたためだ。

ちゃっちゃと着替えを済ませ、海岸のパラソルが立っているところにシートを広げる。

八幡「はあ……」

少し日差しを浴びただけで汗が止まらない。うんとうんと日差し浴びたらどうなっちゃうのこれ。遠い空や遠い海に誘われて、私の心は本当に雲の上に上ってっちゃうのかしら。

「はい先生!」

八幡「うおっ」

不意に首筋に冷たいものが押しあてられた。振り返るとそこには水着を着た5人の星守たちが立っていた。

望「先生お疲れ!」

そう言って飲み物を差し出す天野の水着は白のビキニに色鮮やかな花柄のフリルがついたものだ。首にはいろいろな色や形の石のネックレスも付けており、天野のオレンジの髪や明るい性格に合った姿だ。ちなみに露出度は高い。

詩穂「パラソルがあって、近くに売店があるところを選ぶなんて、やっぱり流石ですね先生」

話ながら日焼け止めを取り出す国枝の水着は水色と白のボーダーに、小さな白いひらひらがついたビキニだ。その分、胸の中心のピンクのリボンがよく目立つ。その上から薄水色のカーディガンを着ている。ちなみに露出度は高い。

花音「これくらいできて当然よ。それより詩穂。私が背中に日焼け止め塗ってあげるわ。貸して」

国枝を寝そべらせて日焼け止めを塗る煌上は胸の中心に金色に光る小さな丸いアクセサリーがあるだけの真っ白なビキニを着ている。至ってシンプルではあるが、だからこそ煌上自身の魅力が存分に表れていると言える。ちなみに露出度は高い。

くるみ「あれ、ゆり。そんな遠いところで何してるの」

常後ろを向きながら火向井に常磐は薄緑を基調としつつ、若緑の小さなひらひらが付いた、国枝と色違いのようなビキニを着ている。ただ、胸の中心にある小さな黄色い花がアクセントになっている。そしてその上からエメラルドグリーンのパーカーを着ている。ちなみに露出度は高い。

ゆり「み、みんなはスタイルいいから、気にしないのかもしれないけど、私は、その、全然だし……」

花音「でも日陰に入ったほうが涼しいわよ」

ゆり「うう……」

俯きながら火向井もシートに荷物を置く。そんな火向井はスポーツブラのような形の赤地に白い花が入った水着と、青のショートパンツの恰好だ。オレンジに白い水玉模様の半そでパーカーを着て全体的にスポーティにまとめていている。ちなみに露出度は高い。

望「これで全員揃いましたね。早速遊びましょうか」

八幡「……俺はここで座ってるよ。誰か荷物見とかないといけないしな」

くるみ「でも、」

八幡「いいんだよ。俺のことは気にするな。ほら遊んで来い」

半分は暑いから動きたくないという理由だが、もう半分は水着の女の子5人と遊ぶことを俺の心が遠慮しているのだ。すでに今の時点で周りから「水着の女の子の中に、なんであんな冴えないやつがいるの」みたいな視線が痛いほど刺さっているし。

詩穂「でしたら、私たちの遊ぶ風景を録画してもらえませんか?」

八幡「え、それは」

花音「そうよ詩穂。こんな腐った目で私たちの水着姿を撮られたくないわ。私たちまで腐りそう」

煌上に反論しようとした時、隣にいた火向井が暗いトーンで声を上げた。

ゆり「なら私が撮る。私もしばらくここにいようと思っていたし」

望「どうしたのゆり?調子悪いの?」

ゆり「……別にそんなことない。とにかく!私が撮るから4人は存分に遊べ!」

そう言って火向井は困惑する4人を強引にパラソルの下から追い出した。

高2組の水着は全員「水着'16」で統一してます。まだ今年のくるみの水着が実装されていないためです。

>>473訂正
誤……望「これで全員揃いましたね。早速遊びましょうか」
正……望「これで全員揃ったね!みんなで遊ぼうよ!」

>>475以外にも訂正箇所がたくさんあったので全文再掲

本編5-16

あわただしく朝食を終えた俺たちは2日目の目的地に移動した。

八幡「あっつ……」

望「海すっごいキレー!」

ゆり「うう、これから水着になるのか……」

くるみ「ここら辺にはあまりお花さんがいないわ」

花音「プライベートで海なんてすごい久しぶりかも」

詩穂「日焼けしないようにしっかりクリーム塗らないと」

隣人部以上にバラバラな感想を言っているが、一応全員同じ海を眺めている。今日は昼頃までここで遊ぶ予定である。

八幡「じゃあ俺は手早く着替えて場所取りしとくわ」

そう言って俺は1人、男子更衣室に向かう。まだ早い時間に到着したため、あまり海水浴客はいないが、これからもっと増えていくだろう。こっちは6人とそれなりに大所帯なので、早く着替え終わる男の俺が場所を確保する任務を与えられた。

ちゃっちゃと着替えを済ませ、売店近くのパラソルが立っている浜辺にシートを広げる。

八幡「はあ……」

少し日差しを浴びただけで汗が止まらない。うんとうんと日差し浴びたらどうなっちゃうのこれ。遠い空や遠い海に誘われて、私の心は本当に雲の上に上ってっちゃうのかしら。

「はい先生!」

八幡「うおっ」

不意に首筋に冷たいものが押しあてられた。振り返るとそこには水着を着た5人の星守たちが立っていた。

望「先生お疲れ!」

そう言って飲み物を差し出す天野の水着は白のビキニに色鮮やかな花柄のフリルがついたものだ。首にはいろいろな色や形の石のネックレスも付けており、天野のオレンジの髪や明るい性格に合った姿だ。ちなみに露出度は高い。

詩穂「パラソルがあって、近くに売店があるところを選ぶなんて、やっぱり流石ですね先生」

話ながら日焼け止めを取り出す国枝の水着は水色と白のボーダーに、小さな白いひらひらがついたビキニだ。その分、胸の中心のピンクのリボンがよく目立つ。その上から薄水色のカーディガンを着ている。ちなみに露出度は高い。

花音「これくらいできて当然よ。それより詩穂。私が背中に日焼け止め塗ってあげるわ。貸して」

国枝を寝そべらせて日焼け止めを塗る煌上は胸の中心に金色に光る小さな丸いアクセサリーがあるだけの真っ白なビキニを着ている。至ってシンプルではあるが、だからこそ煌上自身の魅力が存分に表れていると言える。ちなみに露出度は高い。

くるみ「あれ、ゆり。そんな遠いところで何してるの」

後ろを向きながら火向井に話しかける常磐は薄緑を基調としつつ、若緑の小さなひらひらが付いた、国枝と色違いのようなビキニを着ている。ただ、胸の中心にある小さな黄色い花がアクセントになっている。そしてその上からエメラルドグリーンのパーカーを着ている。ちなみに露出度は高い。

ゆり「み、みんなはスタイルいいから、気にしないのかもしれないけど、私は、その、全然だし……」

花音「でも日陰に入ったほうが涼しいわよ」

ゆり「うう……」

俯きながら火向井もシートに荷物を置く。そんな火向井はスポーツブラのような形の赤地に白い花が入った水着と、青のショートパンツの恰好だ。オレンジに白い水玉模様の半そでパーカーを着て全体的にスポーティにまとめていている。ちなみに露出度は高い。

望「これで全員揃ったたね!みんなで遊ぼうよ!」

八幡「……俺はここで座ってるよ。誰か荷物見とかないといけないしな」

くるみ「でもせっかくの海ですよ?」

八幡「いいんだよ。俺のことは気にするな。ほら遊んで来い」

半分は暑いから動きたくないという理由だが、もう半分は水着の女の子5人と遊ぶことを俺の心が遠慮しているのだ。すでに今の時点で周りから「水着の女の子の中に、なんであんな冴えないやつがいるの」みたいな視線が痛いほど刺さっているし。

詩穂「でしたら、私たちの遊ぶ風景を録画してもらえませんか?」

八幡「え、それは」

花音「そうよ詩穂。こんな腐った目で私たちの水着姿を撮られたくないわ。私たちまで腐りそう」

煌上に反論しようとした時、隣にいた火向井が暗いトーンで声を上げた。

ゆり「なら私が撮る。私もしばらくここにいようと思っていたから」

望「どうしたのゆり?調子悪いの?」

ゆり「……別にそんなことない。とにかく!私が撮るから4人は存分に遊べ!」

そう言って火向井は困惑する4人を強引にパラソルの下から追い出した。

本編5-17


俺たち6人が合流してしばらく経った。天野、常磐、煌上、国枝は4人でビーチバレーをして遊んでいる。そんな光景を俺と火向井はパラソルの下でじっと眺めている。一応火向井が4人の遊ぶ姿を録画しているが、時折ビデオを下げてため息をつく姿が切なげだ。

八幡「そんなため息つくくらいなら一緒に遊んで来いよ」

ゆり「た、ため息なんてついていません!それに、今はあの4人の近くにいたくないんです……」

そう言って火向井は自分の胸に手を当てて、また一つ大きめのため息をつく。ああ、そういうことか。アイドルやってる煌上と国枝はともかく、天野と常磐も抜群にスタイルがいい。そんな中に色々と小柄な火向井がいれば悪目立ちしてしまうだろう。普段から自分の身長を気にしている分、なおさら交わりずらいはずだ。

八幡「そうか」

ゆり「……それだけですか?」

八幡「いや、だって別に言うことないし」

ゆり「正直ですね……。でも、根拠もなく励まされるよりはずっといいです」

そう言って火向井は4人の遊ぶ姿をじっと見つめる。

……なんか調子狂うな。いつも熱いやつが冷えてると、こっちも落ち込むっつの。

八幡「なあ。お前、なんで小さいこと気にしてるの」

途端に火向井はジト目をしながら俺をにらんできた。

ゆり「私が小さいこと気にしてるの知ってて聞いてるんですか?しかもこの状況で?」

八幡「そうだ。今だからこそ聞いてる」

ゆり「……そ、それは、大きくならないと立派なヒーローになれないじゃないですか。それに、水着だとより望たちとの体格の差が明確になってしまって恥ずかしいんです」

俺の言葉に気圧されたのか、火向井は静かに告白する。確かに火向井の言うことも一理ある。人は固定観念と印象で人や物を見る。そしてそれは強い個性があればよりその個性に引っ張られる。火向井の場合はその小柄さに関連した印象を持たれることが多かったのだろう。それを彼女は強い正義感というさらに強い個性で塗り替えようとしているのだ。

だがそれが通用するのは、ある程度長い時間をかけて関わることができる人たちのみだ。一瞬すれ違うだけのような人には、見た目からの印象しか与えることができない。だから火向井は今、そんな周囲から逃れ、それなりに関わりのある俺とだけ会話しているのだろう。

八幡「なあ。今の言葉。普段のお前の考えとは真逆のものだと思うんだけど」

なぜかイライラした俺は強めの口調で火向井に話しかけた。

ゆり「普段の私?」

八幡「そうだ。常日頃の訓練と大きな熱意があればどんな敵にも負けない。この正義感をずっと貫いてきたのが火向井、お前じゃないのか?」

ゆり「そ、そうです!でも、今の状況じゃ私にできることはないですよ……」

八幡「ある」

瞬間、火向井はぱっと俺の顔を見上げた。その目は驚きと猜疑心が混ざっている。

ゆり「本当ですか?」

八幡「ああ。お前の信念を貫くために絶好のチャンスがここにはある」

ゆり「それはなんですか?」

八幡「ビーチバレーだ」

ゆり「ビーチバレー、ですか?」

八幡「そうだ。お前と俺で4人のやってるビーチバレーに混ざるんだ」

ゆり「それって、ただ私を望やくるみたちと遊ばせたいだけじゃないですか?」

八幡「違う。俺はお前を遊ばせに行かせるんじゃない。戦わせに行くんだ」

ゆり「た、戦い?」

八幡「ああ。ま、ここでグダグダ喋ってても実感わかないだろうから、とりあえずあっち行くぞ」

俺は立ち上がって一人、ビーチバレーのほうへ向かう。

ゆり「ま、待ってください!」

後ろから火向井が慌てて追いかけてきた。

本編5-18


詩穂「あ、先生。火向井さんも来たのね」

花音「2人もビーチバレーやる?」

八幡「ああ。俺と火向井がチームになる。だから誰か2人、俺たちと試合してくれ」

望「アタシやる!くるみ。一緒にやろうよ!」

くるみ「ええ、いいわよ」

八幡「よし、じゃあよろしく」

ゆり「せ、先生!いきなり試合をするってどういうことですか?」

火向井はまだこの試合の意味がわかっていないようだ。仕方ない。少し説明するか。

八幡「いいか。スポーツっていうのは一つ一つのプレーが大事になる。特にバレーのような身長がモノを言うようなスポーツで小柄なやつが活躍してみろ。それだけで周りからの印象はだいぶ変わる」

ゆり「つまり、私がここで活躍できれば、これまでの私の正義が実証されるということですか?」

八幡「ま、そういうことだな」

これで火向井は全てを理解したらしく、いつもの明るい表情に戻った。

ゆり「でしたら先生。絶対この試合勝ちましょう!」

八幡「はいはい」

望「ねえ!ルールはどうする?」

向こう側のコートから天野が尋ねてきた。

八幡「簡単に10ポイント先に取った方の勝利ってことでいいんじゃねえの?なあ火向井」

ゆり「異存はありません!」

くるみ「私もそれで大丈夫です」

花音「面白そうね。なら私が簡単に審判をやるわ。詩穂。せっかくだからこの対決録画しといてもらえない?」

詩穂「任せて花音ちゃん」

ということで、俺、火向井ペアVS天野、常磐ペアによるハイキュー勝負が幕を開けた。

---------------------------------------

八幡「はあはあ」

ゆり「くっ……」

現在スコアは3-9。圧倒的に負けている。というか相手のマッチポイント。

同時に周りには大勢のギャラリーがいるが、多くの視線は天野、常磐ペアに注がれている。特に常磐がスパイクを打つときは男たちの声が多く聞こえる。完全アウェー状態である。

八幡「このままだと負ける……」

ゆり「先生。一つ提案があるんですが」

八幡「どうした」

ゆり「私にスパイクをさせてください」

八幡「え、マジ?」

これまでネットの高さなども考えて火向井がトスを上げ、俺がスパイクをしてきた。が、あまり俺のスパイクは決まらず、この点差になってしまった。

ゆり「大丈夫です。多分届きます。任せてください」

火向井は力強くそう言い切る。ここまで言うなら任せてみるか。砂の上でジャンプするのもけっこうしんどいし。

八幡「わかった。頼む」

ゆり「はい!」

本編5-19


それからの火向井の勢いは誰にも止められなかった。見事なレシーブ、驚異的な跳躍、そして強烈なスパイク。みるみるうちに点差が縮まり、ギャラリーの視線もかなり火向井に向けられるようになった。

ゆり「はあ!」

くるみ「うっ……」

また火向井のスパイクが決まった。これで9-9の同点だ。

八幡「お前よくあんなに跳べるな」

ゆり「日ごろの特訓の成果です!さああと1点取って逆転勝利しましょう!」

望「うーん。マズいなあ。くるみ!ちょっと来て!」

天野が常磐を呼んで何か話しあっている。

くるみ「なるほど。わかったわ」

-------------------------------

2人の作戦は「比企谷狙い」なのだろう。もうかなりのラリーが続くが、向こうのスパイクは必ず俺の方に来た。それゆえ必然的に俺がレシーブ、火向井がトス、再び俺がスパイクする形になるのだが、それでは決まらない。ただ向こうも火向井が取れないところを狙っているためあまり強いスパイクが打てず膠着状態に陥っている。

一つだけ、打開策がある。が、この作戦を火向井に伝える手段がない。どうすれば……。

ゆり「先生!またそっちに!」

八幡「お、おう」

頭に意識を集めすぎて反応が遅れそうになった。危ない危ない。

だがもう俺の体力も限界に近い。ここは一か八かにかけるしかない。

八幡「火向井!ボールは俺が絶対取る。だからネット際に移動してくれ」

ゆり「は、はい!」

火向井は指示通りネット際に移動した。

望「お?チャンス!」

そして思った通り、天野は火向井がもといたところにスパイクをしてきた。俺はボールに飛びつきながら、ネット際に高くレシーブする。

八幡「火向井!そのまま打ち込め!」

ゆり「任せてください!」

指示の先を読んでいたのか火向井はすでに跳躍姿勢に入っている。

くるみ「させない」

対する常磐もネット際で飛び上がる。ボールはネットのちょうど真上に落ちてきていて、どっちつかずなボールになっている。

ゆり「はあ!」

くるみ「やあ!」

そして落ちてきたボールに2人は懸命に手を伸ばす。

ゆり「絶対に、勝つ!」

落ちてきたボールは常磐の手のわずかに上を超えて相手コートに落ちた。

ゆり「やった……勝ちました先生!」

火向井が倒れみながら絶叫した。周りのギャラリーからも大きな拍手が贈られる。そしてそんな火向井の下に俺たちは自然と集まった。

望「ま、まさかあの点差から負けるなんて……」

くるみ「最後の迫力なんてゆりらしかったわ」

花音「すごいわねゆり!あんなにジャンプ力があるなんて知らなかったわ」

詩穂「ばっちり映像にも残せたわ。火向井さんの雄姿」

みんな口々に火向井のプレーを讃えている。これで火向井も気兼ねなく海を楽しめるかな。

ゆり「先生!先生のおかげで勝てました!ありがとうございます!」

火向井は俺の方を見て嬉しそうに話す。その姿を見て自然と口が開いた。

八幡「……いや、全部お前の実力だよ」

本編5-20


元気を取り戻した火向井も混ざり、5人はビーチバレーを楽しんでいる。なんで5人かって?俺は疲れたから休んでるんです。

ゆり「いくぞ!」

花音「臨むところよ!」

今ちょうど火向井がスパイクを打とうと飛び上がっているところだ。その跳躍からは先ほどの試合の疲れは微塵も感じない。俺とあいつ、どうして差がついたのか。慢心、環境の違い。

ゆり「ってうわっ!」

火向井が触れようとした瞬間、ボールが爆発した。俺も含めて6人は一度ネット際に集まった。

望「ちょ、大丈夫ゆり?」

ゆり「ああ。特にケガはしていない」

くるみ「でもなんでボールが弾けちゃったのかしら」

首をかしげる常磐の隣で煌上が声を上げた。

花音「みんな、あっちを見て!」

詩穂「イロウスね」

海の向こうから赤い竜のような大型イロウスが数体こっちに向かって飛んでくるのが見える。おそらくあのイロウスの攻撃がボールに当たったのだろう。

いくら数体とはいえ、海水浴客に危害が及ぶかもしれない。彼らの安全を優先しなくては。

八幡「あの、」

花音「じゃあ私と詩穂が避難を呼びかけるわ。それなりに知名度のある私たちなら話を聞いてくれるだろうし」

詩穂「それならスピーカーを使わせてもらって避難指示を放送したほうが効率的だと思うわ」

花音「そうね。じゃあ放送場所へ急ぎましょう。望、ゆり、くるみ。ここは任せてもいいかしら」

望「もちろん!ちゃんと足止めしとくよ!」

ゆり「ああ!沖縄の海の平和は私たちが守る!」

くるみ「避難指示。お願いします」

俺が何か言うまでもなく、すぐに役割分担が決まり、煌上と国枝は走り去っていった。対して目の前の天野、火向井、常磐は海に向かう。

望「いきなりドラケインと戦うなんて、最初からクライマックスみたいだね!」

ゆり「こら望!集中しないとやられるぞ!」

くるみ「初めから大型イロウスが現れるなんて、今まであったかしら」

そう言って3人は海の向こうのイロウスに向かって発砲を開始し、特に苦労せず倒してしまった。

八幡「流石に高校2年生ともなると、何の指示もなくてもイロウスを倒せるんだな」

望「ま、場数が違うからね!」

ゆり「何年も一緒に戦ってますから!」

自慢げに話す2人とは異なり、常磐は浜辺の先の方を見つめている。

八幡「どうした常磐」

くるみ「あの、あっちからもイロウスが来てます」

ゆり「なんだって!?」

望「しょうがないなー。ゆり!くるみ!行くよ!」

3人は再びガンを出して大型イロウスを倒しに行く。だが程なくして3人が向かった方角の反対からも数匹の大型イロウスがこちらへ向かってくるのが見えた。

八幡「おい。逆側にも大型イロウスがいるぞ!誰かこっち来い!」

花音「そんな大声出さなくても大丈夫よ」

詩穂「こちら側は私と花音ちゃんで倒しますから」

いつの間にか煌上と国枝が戻ってきていて、煌上はツインバレット、国枝はブレイドカノンを構えている。

花音「一気に行くわよ詩穂!」

詩穂「ええ。花音ちゃん」

本編5-21


合計5人となって、ますます攻勢を強める星守たち。倒せど倒せど湧き出てくる大型イロウスに困惑しつつも、次々に倒していく。

望「これで!」

ゆり「最後だ!」

天野と火向井が残った1匹を倒し終えたのを見て、5人はその場に座り込む。

花音「はあ、終わったかしらね」

詩穂「花音ちゃん、何匹も何匹も倒してたものね。お疲れ様」

くるみ「でもどうして大型イロウスしか出てこないんでしょうか」

詩穂「言われてみると確かにおかいしいですね。普段なら小型イロウスも必ず出てくるはずだわ」

望「大型イロウスだけのときもあるんじゃない?」

ゆり「いや、もしかしたら、この大型イロウスの群れを従えている超大型イロウスがいるのかも」

花音「新種のイロウスってことね」

望「そんなの出てきたらヤバいでしょ……」

その時水平線の少し上の方に何かが羽ばたいているのが見えた。初めは小さい鳥かと思っていたが、こっちに近付くにつれてその巨大さが目に見えて分かるようになってきた。

八幡「おい。みんな。海の向こうから何か飛んで来てないか?」

俺は恐る恐る口を開くと、5人も海を眺める。そしてすぐに全員の顔色が青くなる。

花音「嘘……」

詩穂「火向井さんの推理が的中しましたね」

くるみ「すごい大きなイロウス」

望「ど、どうすんのさゆり!」

ゆり「わ、私に聞くな!」

騒ぎ合っている俺たちに狙いを定めたのか、ドラケインを何倍も大きくした超大型イロウスは口から紫色の炎を吐き出した。

八幡「おい、お前ら避けろ!」

俺の声に反応して5人は間一髪で緊急回避することができた。炎が当たった場所は大きく抉られている。

ゆり「なんだ今の攻撃は……」

詩穂「今までの火炎攻撃とは比べ物にならない速さでしたね」

望「もう!こっちは大型イロウスと戦って疲れてるのに!」

くるみ「でも戦うしかないわ」

花音「戦うって言っても、戦略が無いと危険よ」

武器を構えてはいるが、みな不安げな面持ちである。先の戦闘による疲れと、新たな敵への恐怖がないまぜになっているのだろう。

八幡「みんな。俺の指示に従ってほしい。まずはやつがどういうイロウスなのか把握するんだ」

俺は5人を落ちるかせるためにわざと一言一言丁寧に言葉を紡ぐ。こういう非常時にはできることは限られる。ただでさえ普段通りではいられないんだ。むやみにいろんなことをするのはかえって危ない。最初はできる最低限のことをやりつつ、この状況に慣れるべきだ。

望「でも見た感じドラケインと同じ感じだし、一気にやっつけちゃったほうがよくない?」

八幡「確かに見た目は似ているが、攻撃威力が段違いだ。あんなのを食らったらひとたまりもない。まずは落ち着いてやつの特性を知る。話はそれからだ」

くるみ「見たことない植物さんを見つけた時、どのような生態なのか詳しく観察するのと同じですね」

ゆり「それは違うんじゃないか……」

花音「ま、こいつの言うことも一理あるわね。相手を知らないとこっちも手を出しづらいし」

詩穂「そうね。どの武器が効果があるのかも見極めたいところね」

八幡「ああ。だからこれからやってほしいことは、やつのすべての攻撃パターンを炙り出すこと、効き目のある武器種を発見すること。このの2つだ。いいな?」

こうして理屈を示しつつ、単純明快な目的を掲げれば、おのずと自分たちのやるべきことは見えてくるはずだ。

5人「はい!」

俺の意図をくみ取ったのか、はっきりした声で返事をした5人は、超大型イロウスを迎え撃つために散らばっていった。

本編5-22


ついに超大型イロウスが海岸に上陸した。上陸と言っても、常に俺たちの身長くらいの高さを跳んではいるのだが。

望「大きさはいつものドラケインのざっと3倍って感じ?」

くるみ「色はプセウデランテムム・アトロプルプレウム’トリカラー’に似ていますね」

花音「何色を指しているの……?」

詩穂「姿かたちはドラケインと酷似しているわ」

ゆり「なら武器種もドラケインに有効なガンから試してみよう!」

火向井がガンを発射するが、イロウスは爪ではじき返してしまう。

くるみ「正面からじゃ無理なのかしら」

詩穂「それなら背後からいくわ」

国枝がすかさず尻尾の方に回り込みブレイドカノンで斬りつけるも、イロウスは特にダメージを受けた様子もない。

花音「だったらツインバレットで手数勝負よ」

煌上は素早くツインバレットを連射するが、イロウスは翼を大きくはためかせることによってその攻撃を無力化した。

望「こうなったら接近戦!ゆり!くるみ!行くよ!」

ゆり「ああ!」

くるみ「うん」

天野がスピア、火向井がソード、常磐がハンマーで足を攻撃をするが、どれも装甲のような皮膚の前に歯が立たない。

むしろイロウスは足元に向けて炎を吐いて反撃してきた。3人は元いたところから急いで退却する。

花音「こんなの、どうしろっていうのよ」

詩穂「見て!イロウスが飛び上がったわ!」

国枝が言うように、超大型イロウスは空高く羽ばたいて、上空で急旋回した。

ドラケインも同じような攻撃をしてくるよな。この攻撃の対処法は、確か真正面に入らないことだったはず。

俺たちはイロウスの飛んでくるコースに入らないように距離をとった。ドラケインならこの攻撃の後に隙ができる。このイロウスも攻撃パターンが同じならその可能性も高い。こっちのチャンスだ。

俺と同じことを考えているのか、5人もイロウスの動きに注意しつつ、武器を構えてタイミングをうかがっている。

そして予想通り、イロウスが俺たちに向かって突っ込んできた。あとはこのイロウスに当たらないように避ければ大丈夫。

と思った瞬間、凄まじい衝撃が身体を襲った。

6人「うわっ!」

不意の衝撃には当然耐えられるわけもなく、俺たちは盛大に吹っ飛ばされてしまう。

反対にイロウスは俺たちを吹き飛ばした後、俺たちの荷物が置いてあったパラソルや、海の家に体当たりして、それらの周辺もろとも跡形もなく粉砕した。

八幡「みんな、大丈夫か?」

ゆり「は、はい」

望「うん。でもなんでアタシたち攻撃を避けられなかったのかな」

花音「多分イロウスの周辺に強い突風が起こったのよ。あの巨体でかつ猛スピードで突っ込んでくるんだから、危惧しとかなきゃいけないことだったわ」

詩穂「ただ、もう同じ攻撃は受けないわ。次からは十分に距離をとって回避しましょう」

くるみ「でも、そしたらあのイロウスはどうやって倒せばいいんでしょうか?」

常磐の言葉に全員が口をつぐむ。向こうの攻撃パターンは大体わかってきたのだが、こっちの攻撃手段に関しては手掛かりすら見つからない。

望「さっき試してない攻撃をやってみればいいんじゃない?」

詩穂「でもあと何を試せばいいのかしら」

花音「状態異常にさせるのはどう?」

ゆり「それをやるにしても、ダメージを与えないといけないから難しいかもしれないぞ」

くるみ「手詰まり、なんでしょうか……」

番外編「花音の誕生日前編」


今日を入れてあと4日で8月が終わる。これは同時に夏休みもあと4日で終わることも意味している。短い、短いよ。深夜の5分アニメ並に短い。アメリカの学生は3ヶ月くらい夏休みもらえるんでしょ?日本もアメリカに負けないように同じくらいの休み期間を設けるべきだと思います。

だからこそ、残り少ない休みは特に有意義に過ごすべきであり、こうして朝早くから現役アイドルと出かけるなど言語道断なのだ。

花音「ねえ、なんでそんなに目腐らせてるのよ。夏だと腐敗が進むの?」

八幡「俺の目は気温や湿度に関係なく、デフォルトで腐ってんだよ」

花音「はあ。朝からこんな顔してる人といなきゃいけないなんて、ついてないわ」

八幡「お前が呼んだんだろうが。しかも昨日の夜にいきなり」

花音「仕方ないじゃない。貴重なオフなのよ?午後からは仕事あるけど、学校も夏休みだし、パーっと遊びたいじゃない」

八幡「なら俺じゃなくて、国枝とでも遊べばいいだろ」

花音「詩穂は家族と出かけてるの。電話でも言ったじゃない」

じゃあ1人で行けよ、と言ったらまた凄まじい言葉の暴力を振るわれるから黙っておこう。

だが、正直場所が場所なだけに他の星守たちは遠慮したのかもしれない。

そう、今俺たちは築地市場のとある海鮮丼屋にいる。煌上は昨日の夜、築地市場に行きたいから付き合えと突然電話してきた。最初は高圧的な態度だったが、他に誰も来てくれないと言った時の寂しげな口調に、不覚にも少し心を動かされてしまい、今に至る。

店員「特製海鮮丼お待ちどおさまー」

花音「来たわね!」

タイミングよく海鮮丼が運ばれてきた。煌上のお目当てはこの特製海鮮丼らしい。数に限りがあるらしく、早朝から並ばないと食べられない逸品なんだ、と並んでいる途中に力説された。

その煌上は目を輝かせながら、海鮮丼を様々な角度から食いいるように眺めたと思ったら、スマホを取り出しカシャカシャ写真を撮りだした。

俺はそんな煌上を無視して箸を持とうとすると、その手を叩かれた。けっこう強めに。

八幡「いたっ、なんだよ」

花音「海鮮丼が綺麗に写って、かつあんたの手とかが入らないようにしてるんだから、勝手に動かないで」

まさかの身動き禁止令を発令された。

八幡「お前の写真に俺は関係ないだろうが」

花音「この写真はブログに載せようと思ってるの。汚いあんたの手とかを写りこませたくないわけ。そのくらい察しなさい」

そう言って何枚か写真を撮り終わると、海鮮丼に向けていたスマホを俺の方に向けてきた。

花音「今のでブログ用の写真はおしまい。今からはあんたを撮るから」

八幡「え、なんで?」

花音「詩穂に今日の写真送ってほしいって言われてるの。アンタも少しは協力しなさい」

八幡「だからって俺を撮るのは、」

花音「いいじゃない。面白くて」

そうやってはにかんだ煌上は、俺の嫌がる顔をバシャバシャ撮っていく。

花音「じゃ、詩穂に送ろっと」

満足いく写真が撮れたのか、国枝に写真を送る煌上の顔はとても楽しそうである。が、すぐに顔色が真っ赤に変わっていく。

花音「ちょ、詩穂。冗談、よね?そうと言って?」

八幡「どうした」

花音「詩穂が、私とアンタの2ショット自撮り写真が欲しいって……」

八幡「は?」

花音「私だってイヤよ!でも詩穂がそう言ってるんだから撮らないわけにはいかないでしょ」

煌上は腕を伸ばしながらスマホを遠ざけ、こっちに向けた画面を見ながらその位置を調整する。

花音「ほら。も、もっと私に近づきなさいよ。顔が入らないでしょ」

八幡「お、おう」

スマホの画面を見ながら顔が入るように近付いていくと、煌上の耳に自分の耳が触れた気がした。思わぬ感触に、触れる部分が熱をもったような感じがするが、そうは言っても離れることはできない。

煌上はというと、一瞬肩をビクっとさせたが、珍しく何も言わずにそのままスマホのシャッターを数回押した。

番外編「花音の誕生日後編」


海鮮丼を食べ終えた俺たちは、次なる目的地に向かって歩き始めた。

八幡「今度は何すんの」

花音「有名な鰹節専門店に行くわ」

煌上に連れられてたどり着いたのは、とある鰹節専門店。店内にはいろんな種類の削り節や、細かく砕かれパック詰めされただしパックが所狭しと置いてある。

店主「いらっしゃい!」

頭に白いタオルを巻いたいかにも市場関係者って感じの店主が声をかけてきた。

花音「あの、この『鰹節削り体験』ってやってますか?」

煌上は店先に置かれている看板を指さしながら質問した。

店主「もちろんさ!ちょうど今朝に高級な本節を入荷したからそれを削らせてやるよ」

店主は俺たちの前に30センチほどの削られる前の状態の大きな鰹節を持ってきた。

花音「こんなに大きくて硬くて立派なの初めて……」

煌上は店主から鰹節を渡されると、恍惚とした表情を浮かべながら感想を呟く。……しかし、言葉だけ切り取るとアブナイ発言だよな。でも男としては「女の子に言わせたい言葉トップ3」に入る言葉だと思います。

花音「ほら。アンタも持ってみなさいよ。すごいわよ」

渡された鰹節は見た目ほど重くないが、表面は物凄く硬い。これを削るとあのなじみ深い削り節になるとは信じ難い。

八幡「ほお。もともとはこんな感じなんだな」

店主「じゃあまずは俺が手本を見せるな」

店主は削り器を取り出し手本を見せてくれた。何回か削り器の上を素早く鰹節が往復すると、底には大きなピンクのひらひらした削り節が溜まっていた。

店主「今みたいに鰹節の両端を持ち水平に往復させて削るんだ。削り器に体重を乗せるイメージでやると綺麗にできるぞ。さ、やってみな」

花音「え、ええ」

煌上は恐る恐る鰹節を持って削り始める。が、先ほどの店主の動きに比べるとかなり遅く、しばらく経って底を開けても、溜まった削り節は小さく丸まっているものばかりだ。

花音「意外と難しいのね、これ」

店主「筋は悪くないが、ちょっと力が足りなかったかな。そっちの彼氏さんよう、あんたも可愛い彼女のためにチャレンジしてみないか?」

花音「こ、こいつは別に私の彼氏じゃないです!誰がこんなヘンタイで、適当で、屁理屈ばっかりなやつと付き合うってのよ!」

店主の陽気な発言に煌上が秒速で反論した。

八幡「お前初対面の人にそこまで俺の悪口言わなくてもいいだろ」

花音「でも本当のことじゃない。何か間違ったこと言った?」

店主「はっはっはっ。仲いいなお二人さん。ほら、兄ちゃんもやってみろ」

俺は鰹節を渡され、削り器に向かう。さっき店主がやっていたように、水平に、力強くやることを心がけて鰹節を動かしていく。

八幡「こんな感じっすか?」

ある程度削って俺は手を止めた。底を開けてみると、かなり綺麗な削り節が溜まっていた。

花音「アンタ意外とうまいわね」

店主「ホントだな。どうだ?このままうちで働かないか?」

八幡「いや、それはちょっと……」

こんなふうに話しつつ、俺と煌上は交代しながら鰹節を削り、それをパック詰めしたものをもらって店を後にした。

花音「鰹節を削るのも楽しかったわ。そうだ。この鰹節の写真も詩穂に送ろっと」

帰り際、駅に向かって歩きながら煌上は国枝に写真を送る。そしてすぐに返信がきたようだが、スマホの画面を見る顔が海鮮丼屋の時のように真っ赤になっていく。

八幡「今度はどうした」

花音「詩穂が『その鰹節が、花音ちゃんと先生の初めての共同作業の証なのね』って……」

八幡「な……」

花音「か、勘違いしないでよ!詩穂が言ってるだけで私はそんなことこれっぽっちも思ってないんだから!じゃ、じゃあ私はもう行くから!その鰹節、大事に食べなさいよ!」

今度は大声で色々とまくしたてると、煌上は駅の方へ走っていってしまった。午後から仕事なのに朝早くからあんなにはしゃいだり大声出したり大丈夫なのかあいつ。でも、なんだかんだずっと楽しそうに見えたのは気のせいだったろうか。俺は鰹節が入ったビニール袋を顔の高さまで上げながらそんなことを思った。

以上で番外編「花音の誕生日」終了です。花音誕生日おめでとう!
ツンデレ難しい。

それと1つお知らせです。これから1ヶ月ほど更新できなくなるかもしれません。遅くとも10月からはまた更新するつもりなので、読んでくださってる方はそれまでしばらくお待ちください。

本編5-23

八幡「……いや、何か手があるはずだ」

俺の言葉に5人全員が驚きの余り口をぽかーんと開けて驚いている。俺なんか変なこと言ったかな……。

八幡「お前らのその顔は何」

花音「ア、アンタ今自分が何言ったかわかってる?」

望「よりにもよって真っ先に諦めそうな先生がアタシたちを励ましたんだよ!?」

くるみ「正直空耳かと思いました」

詩穂「私も一瞬自分の耳を疑ってしまいました」

ゆり「もしかして暑さで頭がヘンになっちゃったんですか?」

全員が全員ひどい反応を返してくる。これで俺が普段いかに頼りなく思われているかわかってしまった。ナニこの辛い現実。

八幡「あのな。お前らが思っているほど俺はダメ人間ではない」

望「『押してダメなら諦めろ』っていつも言ってるくせに」

八幡「それは確かに言ってるけど……。でも今回は事情が違うだろ。まだ押しきってない」

ゆり「まだ手立てがあるということですか?」

八幡「ああ。そもそもスキルを使ってないだろ?」

詩穂「確かにそうですけど、通常攻撃が通じないイロウスにスキルが通じるでしょうか」

八幡「そこはあれだ。できる範囲で頑張るんだ」

花音「まさか根性論?」

八幡「ちげえよ。むしろ根性なんかでどうにかなるんだったら苦労はしない」

くるみ「ではどうするんですか?」

八幡「できるだけこっちの攻撃力を高めた後、複数人でスキルを当てればいいんじゃないか」

俺の提案に5人は感心したようにおー、とつぶやくとすぐさま細かい打ち合わせに移る。

ゆり「それを全てやろうと思うとかなり準備に時間がかかりそうだな」

くるみ「こっちの準備が終わる前にイロウスに攻撃されたくないわね」

花音「なら攻撃班と補助班に分かれる方がいいかしら」

望「それがいいかもね」

詩穂「では早速2組に分かれましょう。それでよろしいですか先生?」

八幡「あぁ」

こうして攻撃を国枝、煌上。その補助を天野、火向井、常磐がそれぞれ担当することとなった。

花音「私と詩穂が攻撃態勢を整えるまで、なんとか時間を稼いで」

詩穂「できれば私たち2人からイロウスの周囲を逸らしてくれると助かるのだけれど」

望「どうすればいい先生?」

八幡「イロウスは自分に攻撃してくる存在に注意が向くから、補助班の3人がイロウスに攻撃していくしかないだろうな」

くるみ「通常攻撃は効かないのに、ですか?」

ゆり「別にダメージを与えようとしているわけじゃないからそこは心配ないぞくるみ」

八幡「火向井の言う通りだ。それよりも補助班の3人はまとまって近距離攻撃をしながらイロウスの攻撃を避ける、ということをこなしてほしい」

望「ガンやツインバレットを使っちゃダメなの?」

八幡「なるべく3人ともがイロウスの目の前にいた方が注意を引き付けやすい。それに高速の火炎弾や、強力な体当たりなんかの遠距離攻撃ををされると、煌上と国枝の邪魔になりかねないしな」

ゆり「難しい指示をずいぶん簡単に言いますね……」

くるみ「でも、やるしかないわ」

花音「ごめんね3人とも。お願い」

望「任せて。でも、そのかわり強烈な一撃、期待してるから!」

詩穂「ええ。必ず」

本編5-24


望「は!」

ゆり「せい!」

くるみ「やっ」

3人はソード、スピア、ハンマーを使ってイロウスの足を攻撃する。しかしイロウスはそんな攻撃を意に介すことなく平然としている。

くるみ「こんなに攻撃しているのに傷一つつかないなんて……」

ゆり「くっ、いくら効果が薄いとはいえショックだ……」

望「くるみ!ゆり!上から攻撃来るよ!避けて!」

天野の言う通り、イロウスは3人めがけて自らの足元に火炎をまき散らす。だがそれを3人は華麗に躱し、攻撃を続行する。

詩穂「準備できたわ花音ちゃん」

花音「よし。みんな!準備できたから一旦イロウスから離れて!」

少し離れたところから煌上が声を出してきた。

ゆり「とりあえず私たちの役目は果たせたな」

望「待ってました!」

くるみ「が、がんばってください!」

八幡「頼んだ」

花音「ええ。詩穂、同時に攻撃するわよ。タイミング外さないでね」

詩穂「もちろん」

2人は全速力でイロウスに向かって駆け出した。

花音「『リュミヌ・フィエール』!」

詩穂「『アモローソハーモニー』!」

瞬間、2人から鋭い閃光がイロウスに向かってほとばしった。あまりの眩しさと吹き荒れる砂によって目を開けることができないくらいだ。

だが、響き渡るイロウスの大きな悲鳴によって2人の攻撃が命中したのはわかった。

八幡「げほっ、げほっ。どうなった?」

明るさがもとに戻るのを感じ目を開けるも、舞い上がる砂で視界はほぼ遮られている。

が、次の瞬間、一気に視界が開けた。

そして目に入ったのは、上空からこちらへ向けて突進してくるイロウスの姿だった。

八幡「嘘だろ……?」

倒すまではいかなくても、ある程度のダメージを与えられていると思ったが、これもダメなのか……?

望、ゆり「危ない!」

迫るイロウスの前に茫然と突っ立っていた俺は、天野と火向井に思いっきり引っ張られた。そのおかげでイロウスの攻撃は避けることができたが、かわりに天野に思いっきり頬をひっぱたかれた。

望「何ぼんやりしてるの!まだ戦闘中でしょ!」

八幡「いや、だが、さっきの決死の攻撃でもあのイロウスには通じなかったんだぞ……?」

ゆり「だから何ですか。ダメならまた新しい手を打つまでです」

八幡「新しい手って言っても、もうこれ以上はどうしようもないだろ……」

くるみ「私たち星守は、絶対諦めちゃいけないんです」

声のした方を振り返ると、いつの間にか常磐も俺たちの傍に来ていた。

八幡「でも、今の追い詰められた状況では、もう、」

くるみ「いえ、まだ手はあります」

俺の弱気な発言を遮って、常磐は目に強く輝かせながらそう言い切った。

時間ができたので少しだけ更新します。でもまたしばらく更新できません。

番外編「遥香の誕生日前編」

9月も下旬に入った。真夏の暑さはもう過ぎ去り、日暮れ近くにもなればひんやりとした風が頬をなでる。

八幡「はぁ……疲れた……」

仕事を終えた解放感からか、思わず独り言がこぼれた。そう、今日は秋分の日なのだ。祝日なのだ。本来なら学校には行かなくていいはずなのだが、この時期は文化祭や体育祭、修学旅行に課外活動と学校行事が立て込んで先生方はてんやわんやらしい。そのためなのか、俺の下に星守関係の仕事が降ってきて、今日は朝からラボに籠っていたのだ。1人で。

おかしいのだ。ジャパリパークには、けものは居てものけものはいないはずなのに、今日はずっと1人だったのだ。ジャパンはジャパリパークよりも過酷なところなのだ。

……。いつの間にかアライさんになってた。本当に疲れてるな俺。なんだかんだ腹も減ったし、今日はこのまま外で飯食べるかな。そう言えばここらへんに御剣先生が昔バイトしてたっていうラーメン屋さんがあったっけ。せっかくだし行ってみるか。

ぼっちスキル『1人で行動するときはウキウキしながら目的地を目指す』を発動しつつラーメン屋のあたりにやって来ると、1人の少女がラーメン屋の前をうろうろしているのが目に入った。その少女は俺に気付くとこちらへ向けて歩いてきた。

遥香「先生。こんなところで何してらっしゃるんですか?」

八幡「成海か。いや、俺はそこのラーメン屋に行こうと思ってたんだが」

遥香「本当ですか!?それなら私もご一緒していいですか?」

途端に成海は目を大きく開かせながらぐいっと俺に迫ってきた。いきなり物理的に距離を縮めないでくれるかなぁ。ぼっちスキル『突然異性に至近距離で頼みごとをされたら断れない』が発動しちゃうだろ。いや、これはスキルじゃないですね。ただの拗らせ。ま、ぼっちスキル抜きにしても、断るほどのことじゃないか。飯食べるだけだし。

八幡「……わかった。いいぞ」

遥香「ありがとうございます先生。では早速行きましょう」

ほっと一息ついた成海は少し遠慮がちにドアを開けて店に入っていく。俺もその後に続く。

遥香「お店の中はこんな感じなんですね」

成海は感心しているが、俺にはごく普通のラーメン屋にしか思えない。どこに感動してんだこいつは。

八幡「おい、通路に立ってると邪魔だぞ。早く座れ」

遥香「は、はい。すみません」

そうして俺と成海は空いているテーブル席に座る。早速メニュー表を見てみると、意外とラインナップが充実していることに驚いた。ラーメンはもちろんのこと、数種類のチャーハン、餃子や春巻きなんかもある。

八幡「これだけメニューがあると、どれを食べるか悩むな」

遥香「そうですよね。どれから食べるか悩みますよね」

俺は「どれを」食べるか悩んでるのに、目の前の成海は「どれから」食べるか悩んでいました。どんだけ食べるつもりだこいつ……。

結局俺は一番人気のラーメンとチャーハンのセット、成海はチャーシューメンとカレーチャーハンのセットを注文した。

遥香「そういえば今日は休日なのに、先生はどうして学校近くのこのお店に来ようと思ったんですか?」

ラーメンが来るのを待っていると、ふいに成海が質問してきた。

八幡「いや、さっきまで学校にいたんだよ。休日だけど仕事させられてたの」

遥香「そうだったんですか。やっぱり先生は大変なお仕事なんですね。お疲れ様でした」

八幡「あ、あぁ。つかお前こそ1人で何やってたんだよ。今日はお前の誕生日だろ?星月や若葉と遊んだりしてなかったのか?」

俺の何気ない質問に、成海は顔を赤らめて目をそらしながら口を開いた。

遥香「ど、どうして私の誕生日が今日だって知ってるんですか?」

八幡「いや、今日整理してた資料に書いてあるのを見ただけだが、ダメだったか?」

遥香「い、いえ!先生になら見られても全く問題はありません!そ、それで、質問の答えですが、今日はこの近くで行われていたボランティア活動に参加していたんです」

やけに慌ててるな。やっぱり誕生日知っちゃったのはマズかったのかな。今度から気を付けよ。というか、休みの日、しかも誕生日当日にボランティア活動に参加するなんて、俺には理解できない。

八幡「天地がひっくり返っても俺にはできない高尚な休日の過ごし方だな」

遥香「高尚などと言わないでください。私がやりたくてやっているだけですから」

八幡「いやいや、ボランティアやりたい、だなんてなかなか思わんぞ。少なくとも俺は絶対思わない。そもそも他人のために何かしてあげようっていう感情が発生しない」

遥香「別に私は『何かしてあげよう』と思ってボランティアしてるわけではないですよ?」

八幡「ならなんのためにやってるんだ?」

遥香「私は、恩返しのためにやっているんです」

八幡「恩返し?」

俺が聞き返したその時、注文してたラーメンやチャーハンが運ばれてきた。

遥香「あ、来ましたね。ラーメンもチャーハンも美味しそうです。冷めないうちにいただきましょう先生」

そう言って成海はチャーシューメンとカレーチャーハンをまるで飲むように食べていく。俺がまだ全体の半分も終わってないうちに全て完食した成海は追加で味噌ラーメンと餃子のセットを注文した。……注文取りに来た店員が若干引いていたのは見なかったことにしよう。うん。

番外編「遥香の誕生日後編」


遥香「ふぅ、美味しかった。あ、すみません。まだ話してる途中でしたよね。どの料理も美味しくて箸が止まらなくて……」

八幡「そういえばそうだったな。恩返し、とか言ってたっけ?」

最初の注文から数えて5人前はゆうに平らげた成海は一息ついて話し出した。それはそれで恐ろしいのだが、この光景にあまり違和感を抱かずに会話を再開する俺自身も怖い。人間、どんな状況にも慣れてしまうものなのか……。

遥香「はい。もともと私、小さい時は引っ込み思案な子だったんです。学校でも1人、家でも1人。だからお人形くらいしか友達がいなかったんです」

あれ、いきなり暗い過去を話し始めたぞ?そういう話をするなら事前に予告しといてくれよ。せっかくの飯も美味くなくなるだろうが。

遥香「でも、そんな私に明るく笑顔で話しかけてくれる子が現れたんです。それが、みきでした」

八幡「星月が?」

遥香「はい。みきと一緒にいるようになって、私もだんだん前向きな性格に変わっていくことができました。それから自然と、こういう風に私を変えてくれたみき、そして私と仲良くしてくれる色んな人に感謝するようになったんです」

遥香「だから私は自分を変えてくれた周りの人たちのために、そういう人たちの笑顔を守るために行動したいと思ったんです。星守になったのも、医者を目指しているのも、ボランティアをするのもそれが理由の1つになってます」

自らを変えてくれた周囲のために動く。それは並大抵の心構えではできないことだろう。おそらく成海は心の底から他人に感謝していて、その人たちのために動くことにためらいは全くない。本当に人間が完成されている。材木座あたりに成海の爪の垢を煎じて飲ませてやりたいくらい。

八幡「……だが、それだと成海自身は報われないだろ」

でも捻くれてる俺はつい悪態をついてしまった。いくら周囲に感謝しているとはいえ、無報酬でそれを続けられるほど人間強くない。必ずどこかで自分の利益を求めるはずだ。

遥香「そんなことはないですよ。むしろまさに今、報われています」

八幡「今?」

遥香「はい。日中にボランティア活動をしたからこそ、こうして先生と会うことができて、一緒にラーメンを食べられてるんです。立派に報われてるじゃないですか」

八幡「いや、それはさすがに割りに合わないだろ……」

遥香「そんなことありませんよ。先生がいなければお店にすら入れなかったんですから。むしろ私は先生に日ごろの感謝の意を伝えたいと思っています」

成海は体をグイッと乗り出して力説する。けど、そんな風に言われるほど俺はたいして何もしていない。

八幡「買いかぶりすぎだ。俺は仕事だから色々やってるだけで、別にお前らのことを考えてるわけじゃない」

遥香「そうですか?私には、時折とても楽しそうにしているように見えますけど」

想定外の成海の指摘にすぐに反応できなかった。お、俺が楽しんでる?神樹ヶ峰での生活を?まさか……。

八幡「そんなわけないだろ。俺は神樹ヶ峰に来た当初からずっと、早くこの交流が終わることしか願っていない」

遥香「そうやって自分を偽っていると、体にも心にも悪いですよ?」

成海は体勢をもとに戻したと思うと、澄んだ水色の瞳でじっと俺の目を見て語りかけてきた。正直、これは物理的に近づかれるよりもずっと心に刺さる。

八幡「……偽ってなんかねえよ。それに、体に悪いって言うならお前の暴食だって体に悪いだろうが。医者目指すならもっと普段から節制したほうがいいんじゃねえのか?」

遥香「た、たくさん食べることは悪いことじゃありません!」

俺は強引に論点をずらした。いや、ずらさざるを得なかった。これ以上追及されたらどうなってたかわからない。こんな安易な軌道修正に成海が乗っかってくれて助かった。

八幡「でも食べすぎは体に悪いだろ。確実に」

遥香「偏った食べ物ばかり食べる生活をしていたら確かに体に悪いですね。でも私は栄養バランスも考えてますし、食べた分、運動も勉強もしていますから大丈夫です」

いや、明らかに摂取カロリーと消費カロリーの釣り合い取れてないでしょ。サイヤ人かっつの。満月を見て大猿になったり、怒りから髪の毛金髪になったりしないよね?

遥香「それに、自分のやりたいことをやることが一番の健康法だと私は思ってますから」

にっこり笑う成海だが、目が笑ってない。やべ、強引に論点ずらしたの絶対バレてるわ……。さすがにやりすぎたか。

遥香「医者を目指す私が言うのもなんですが、病と心はとても深くつながっていると思うんです。体には異常がなくても心が弱っていると健康を害しますし、逆に心が強ければ不治の病だって治りえます。だから、先生には少しずつでもいいので、自分の心に素直になってほしんです。それは、絶対に先生のためになることですから」

俺は成海の指摘に何も答えられない。自分に素直にと言われても、俺自身が自分のことをわかっていないんだからやりようがない。振り返ってみれば、俺は周りに流されるがままに生きてきた。与えられたことをこなすだけ。そこに心はない。それは奉仕部でも神樹ヶ峰でも同じだと思っていた。でも、もしかしたらどこかで自分のために動いていた節があるのかもしれない。だって俺は、他人のためだけに動けるほど出来た人間ではないのだから。

遥香「……ふぅ。たくさん話してまたお腹が空いてきました。すみません、ワンタンメンとあんかけチャーハンのセットお願いします」

しばらく沈黙が続いた後、成海はうーんと伸びをしてから新たな注文をする。

八幡「は?まだ食べるの?」

遥香「はい。今日は誕生日なのでお腹いっぱい食べようかと思ってます。先生、まだ私に付き合ってくれますよね?」

少し首をかしげながら温かい笑顔で成海は尋ねてくる。俺が断るとは微塵も思っていない、このかわいらしい表情に不覚にも少しドキッとしてしまった。

八幡「……ま、お前がまだ食べるなら、デザートくらいなら食べてもいいかな」

こう答えてしまうあたり、やはり俺は周りに流されてしか行動できない生き物らしい。でも、今の返答には「笑顔でおいしそうに食べる成海をもう少し目の前で見ていたい」という気持ちが、ほんの少し含まれていたことは否定できない。

以上で番外編「遥香の誕生日」終了です。遥香、誕生日おめでとう!少しシリアスっぽくなってしまいました。

本編5-25


望「くるみ、それってどんな方法?」

くるみ「それは、」

ゆり「それは?」

くるみ「……全員でイロウスに向かってスキルを発動すること、です」

花音「つまりより強い火力で勝負するってこと?」

くるみ「はい。さっきは2人でしたけど、5人で力を合わせればもっと強い火力が出せるはずです」

詩穂「5人で力を合わせれば……」

常磐の意外な意見に4人は困惑している。それは俺も同じだが、それ以上に言わなければいけないことがある。

八幡「常磐。お前の考えはダメだろ。あのイロウスに正面から火力勝負しても勝ち目はない」

くるみ「どうしてまだやってみてもないのにそう言い切れるんですか?」

八幡「そりゃ、今までの様子から予想すればそう思うだろ」

くるみ「でも他に方法はありません」

花音「……確かにくるみの言う通りかもしれない」

ゆり「私たち5人が力を合わせれば倒せないイロウスはいない!」

詩穂「試してみる価値はあるかもしれませんね」

望「うんうん!」

常磐はなおも強気な姿勢を崩さない。そんな常磐に感化されて、他の4人も常磐の意見に同調し始める。

八幡「待て、落ち着けお前ら。いくらスキルを同時に発動したところでなんとかなる相手じゃないだろ」

くるみ「……そんなに反論するなら」

八幡「あん?」



くるみ「そんなに反論するなら、何かアイデアを出してください!」



八幡「…………」

今までの常磐からは想像つかない、激しく厳しい叱責が俺を襲った。

くるみ「さっき、花音さんと詩穂さんの攻撃が効かなかったときから、先生ずっと消極的な態度ばかりとってます。もうイロウスを倒すことを諦めてしまったんですか?」

八幡「いや、そんなことはない……。だが、やみくもに戦ったところで意味はないだろ?」

くるみ「でも方法が無ければ力任せになっても戦いをやめてはならないと思います」

八幡「……」

俺だけじゃない。他の4人も常磐の尋常ではない雰囲気に気圧されて何も言えなくなっている。

くるみ「どんな状況に陥っても、私はここにいる植物さんを、そしてみんなを守りたいんです」

八幡「だからって策無しにつっこんでも何も生まれないぞ。そんな勝算の薄い危険な賭けを認められるわけないだろ」

くるみ「でも私たちがここで立ち向かわなければ、一体誰があのイロウスを倒せるんですか?」

八幡「それは……」

花音「……ねえ!イロウスがまたこっちに向かって体当たりしてくるわ!みんな避けて!」

煌上の呼びかけによって、俺たち6人はぎりぎり回避行動をとることができた。くそ。やっぱりこんなイロウス相手じゃ、どんな攻撃も通じないだろ……。

望「うう、砂口に入っちゃった……。じゃりじゃりする……」

ゆり「私も目に砂が入ってしまった……」

立ち上がりながらあたりを見渡すと、どうやら天野と火向井は回避行動した時に目や口に砂が入ったらしい。2人はそれぞれすごく嫌そうな顔をして砂を取り除こうとしている。まあ、確かに少しでも砂が目や口に入ると痛いし気になるよな……。いや、待てよ。

八幡「そうか。その手があった……」

本編5-26


詩穂「先生?突然笑いだしてどうしたんですか?」

おっと、思わず笑みがこぼれていたか。だけど、なんとか打開策にたどり着いたんだ。俺だけで噛みしめてないでこいつらにも伝えなければ。

八幡「いいか。あいつにダメージを与えたければ、イロウスの弱点をつけ」

望「弱点になる武器を使うってこと?」

八幡「まぁそれもあるな。だがもっと効果的なのは、イロウスの急所を狙って攻撃することだ」

ゆり「急所?」

八幡「あぁ。どんな生き物であれ、防御態勢をとっていれば強い攻撃にも余裕で耐えられるんだ。だがひとたび急所を突かれれば、攻撃自体が弱くても大ダメージを受けるものさ」

くるみ「いまいちよくわからないんですが……」

常磐はまだ理解できていないように首をかしげている。仕方ない。もう少し説得力のある話をするか。

八幡「いいか。これは俺の友達の友達の話なんだが、そいつには好きな子がいた。仮にその子をA子ちゃんとする。そいつはどうにかしてA子と付き合おうと、顔を合わせたら会話をし、家に帰ればメールをし、さらには誕生日まで割り出してセルフセレクションのおすすめアニソンメドレー100選のCDをプレゼントしたりしていた」

花音「ちょっと、いきなり何言ってんのよ」

八幡「いいから最後まで聞け。そんな度重なるアプローチをされながら、A子はなかなかそいつの好意を素直に受け取らなかった。そんなある日だ。そいつが例のごとく他の班の奴らに掃除をサボられ、1人で掃除をしていた時に、A子を含む数人の女子が歩いているのを見つけた。そいつが見つからないように聞き耳を立てると、女子たちはコイバナをしていたんだ」

八幡「『A子、最近男子に言い寄られてるって本当?』

『あーそれ私も気になる!』

『いや、そんな楽しい話じゃないって……』

『またまた、そんなこと言ってさ!』

『いや、本当だから。考えてみて?すれ違うたびに気持ち悪い視線浴びせられて、家に帰ればつまらないメールを大量に送りつけられて、更には意味不明なCDまで渡されるんだよ?しかも教えてもないのに誕生日に。こんなことされて誰が喜ぶって言うの?』

『そ、それは…………』

『ね。ま、でも最近はわざとそっけない態度取ってるし、メアドも変えたからもう大丈夫だけどね』

なんて会話をなんの心の準備もないまま聞いた俺は、箒を持ったままその場で立ちつくすことしかできなかった。結局掃除も終わらず、次の日に先生に怒られ、さらにはサボってた班の奴らにも怒られたんだ……」

俺の話に全員が明らかにドン引きしている。あれ、こんなはずじゃなかったんだけどな。

望「な、なにこの先生のとんでもなく切ない話は……」

八幡「俺じゃねえ。友達の友達の話だ」

ゆり「でも、今の話に何の意味があったんですか?」

八幡「ようするに、ダメージを与えるのに必要なのは手数や威力じゃなく、いかにそいつの弱みをつけるかにかかってるってことだ」

くるみ「なるほど。先生の告白はA子さんには届かなかったけど、A子さんの拒絶は確実に先生の心に届いてますもんね」

花音「くるみ、あなた容赦ないわね……」

詩穂「と、とにかくイロウスの急所を突くと言う話は理解できました。でも、イロウスの急所ってどこなんですか?」

国枝の質問に他の4人も確かにそうだ、と言わんばかりに俺の顔を見つめてくる。

八幡「それは、目と口だ」

5人「目と、口?」

八幡「あぁ。天野と火向井、さっき砂が目や口に入ったろ。あの時すごい違和感がなかったか?」

望「そりゃあるよ!だって目に砂が入ったんだよ?痛いに決まってるじゃん!」

ゆり「口に入ってもジャリジャリして気持ち悪いですよ!」

八幡「だろ?でも入った砂は本当にごく小さいものだ。こんな小さいものでさえ、目や口に入れば痛いし気持ち悪いんだ。なら、そんな場所に強烈なスキルをお見舞いしたらどうなるか、あとはわかるよな?」

俺の説明に5人は合点がいったらしく、目を見開きながら、お互いに顔を見合わせる。

花音「つまり強力なスキルを使うのは変わらないけど」

詩穂「イロウスの急所である目や口にスキルを当てれば」

くるみ「イロウスに大ダメージを与えることができる……」

ゆり「一気に勝機が見えてきたな!」

望「まぁ、説明のされ方がイマイチだったけどね……」

本編5-27


こうして俺たちは再びイロウスと対峙する。

花音「まずは私と詩穂でイロウスの目を攻撃するから3人はその後に攻撃お願い」

詩穂「目を攻撃されれば動きが鈍くなるはずです。そこを突いてください」

2人は言うや否や、イロウスの背後に回りこみ、そこから飛び上がってイロウスの目に肉薄する。

花音「まずはその視界、奪うわ。『リュミヌ・フィエール』! 」

詩穂「観念して下さい。『アモローソハーモニー』! 」

先ほどの光がもう一度発生し、イロウスの双眼を直撃する。

望「すごい!めちゃめちゃ効いてそうだよ!」

ゆり「よし、このまま私たちもいくぞ!」

くるみ「そうね」

地上に待機していた3人は武器を握り直して次の攻撃の準備をする。

イロウス「ギャオー!!!」

次の瞬間、イロウスは苦しそうに雄たけびを上げて遥か上空へ飛び上がった。

八幡「おい、イロウスの様子がおかしいぞ。どうなってるんだ」

花音「私に聞かれてもわかんないわよ!」

詩穂「攻撃は確かに命中したと思うんですが」

煌上と国枝も合流した後、イロウスはかなり高いところで動きを止めたと思ったら、矢継ぎ早に高速の火炎弾を放射してきた。

八幡「やべぇ……!」

視界を失ったイロウスは防衛のために四方八方に火炎弾を連射する。天野たちの攻撃はこれにより遮られ、それどころか浜辺全体が火炎弾の射程範囲に入り、着弾した場所からどんどん大穴が開いていく。

俺たちはなんとか火炎弾をかわしながら、もとは海の家であったろう瓦礫の山に身を潜めて状況を整理する。

詩穂「ごめんなさい。私たちが目を攻撃したばかりに……」

八幡「別に国枝が謝ることじゃない。これは不測の事態だ」

花音「でもそんなこと言ってられないでしょ。どうすんのよ」

八幡「目に当てただけでここまで暴れるんだ。あと一発、至近距離からスキルを当てられれば倒せるとは思う」

望「火炎弾だけならなんとかなるけど」

くるみ「問題はどうやってあの高さまで達するか、ですね」

ゆり「地上からではどんな攻撃も通じないしな」

そう。攻撃を避けるだけならなんとかなるのだ。だが、イロウスが恐ろしく高い場所にいるため、いくら星守とはいえ攻撃が届かないのだ。

少し沈黙が続いた後、天野がおずおずと手を上げた。

望「5人で連携すれば、イロウスのいろところまで届くんじゃないかな」

詩穂「どういうことですか天野さん?」

望「簡単に言うと、ジャンプした人の肩を踏み台にしていく人間階段を数段作るの。跳ぶ人は1人で、4人が踏み台になればなんとかなると思う。どうかな先生?」

八幡「悪くない。やってみる価値は十分あると思う」

くるみ「そしたら誰がイロウスのところまで行くか決めないと」

詩穂「それは火向井さんしかいませんよ。この中で一番跳躍力があるんですから」

国枝の発言を受け、一斉に視線が火向井に集中する。当の本人は自体が呑み込めていないのか目をぱちくりさせている。

ゆり「わ、私?」

望「そうだよ!ビーチバレーの時もすごかったもん!」

くるみ「それに何回も素早く跳ぶのはゆりしかできない」

花音「ゆりが一番適任ね」

詩穂「私たちも全力でサポートします」

番外編「くるみの誕生日前編」


八幡「これで最後だな」

くるみ「はい。ありがとうございます。助かりました」

爽やかな秋晴れの空の下。俺と常磐は2人で花壇の雑草取りをしていた。常磐が1人黙々と雑草取りをしている光景に、つい声をかけたのがきっかけで、俺も一緒に作業することになった。

八幡「改めてみると、綺麗に咲いてるな。毎日世話しているだけのことはある」

くるみ「いえ、私はお花さんたちの声の言う通りにしているだけですから」

そのお花さんの声って言うのがよくわかんないんだよなぁ。雑草取りの途中にもちょくちょく会話してたが、果たして本当に植物と会話することは可能なのだろうか。やっぱり常磐はデビルーク星人なんじゃないのか?

くるみ「でも、最近あるお花さんが元気なくて困ってるんです」

八幡「それこそ花に事情を聞けばいいんじゃないのか?」

くるみ「それが、そのお花さん、私が話しかけても全然反応してくれないんです。なんというか、避けられてる感じがするんです」

八幡「避けられる感じねぇ」

くるみ「周りのお花さんともあまり仲良くないようですし、何とかしてあげたいんです。先生、付き合ってくれませんか?」

常磐の顔は真剣そのもので、思わずこっちが気圧されてしまうほどだ。

ま、常磐がこんなに真剣にお願いすることなんて滅多にないし、だとしたら答えは一つしかない。

八幡「わかった。ま、何もできないと思うけど」

くるみ「ありがとうございます。では早速そのお花さんのところへ行きましょう」

ということで鉢植えゾーンへやってきた。どの鉢植えからも小さな紫色の花が細い枝先に咲き誇っている。一見するとどれも綺麗に見えるが、ある鉢植えがふと目に留まった。

くるみ「ここに咲いているのはブッドレアというお花さんです。それで、元気がないお花さんは」

八幡「もしかして、あれがそうか?」

俺は常磐の話を遮って、目に留まっていた鉢植えを指さした。

くるみ「は、はい。そうです。先生どうしてその子が元気ないってわかったんですか?」

八幡「え、いや、まぁ、なんとなく……」

そう。なんとなくだ。なぜだかその鉢植えに視線が引き寄せられたのだ。

くるみ「もしかしたら、先生にならこのお花さんの声が聞こえるかもしれないですね」

八幡「は?」

くるみ「先生。一緒にあの鉢植えの傍に行って、お花さんの声を聞きましょう」

八幡「お、おう……」

言われるがままに俺は鉢植えの傍にしゃがみ込む。常磐も俺の隣にしゃがみ、じっと鉢植えの花を見つめる。

くるみ「どうですか?聞こえますか?」

八幡「…………何も聞こえない」

くるみ「先生。もっと心を素直にして耳を澄ませてください」

そんな簡単に心が素直になるんだったらこんな卑屈な性格になってないんだよなあ。などと心の中でツッコミを入れながらもうしばらくじっと鉢植えと向き合ってみるが、当然何も聞こえるわけはない。

八幡「ダメだ。やっぱり何も聞こえない」

くるみ「そうですか……。先生ならきっと聞こえると思うんですけど」

八幡「ダメなもんはダメなんだろ。直接聞いてダメなら、他の花に聞いてみるとかしか方法はないんじゃないか?」

くるみ「そうですね。周りの子たちに事情を聞いてみます」

常磐が他の花と会話する間、手持ち無沙汰になった俺は改めて例の鉢植えの花を眺めていた。なんていうか、この花は他の花とは違う気がするんだよな。その違いがなんなのかはわからないけど。

しばらくしてして常磐がこちらへ戻ってきた。

くるみ「先生」

八幡「おう、どうだった」

くるみ「その子、もともと他のお花さんと話さない目立たない子らしくて、事情はわからないとのことでした。中にはこの子のことを知らないお花さんもいて、話を聞くことも大変でした」

なんだそりゃ。この花、近くの他の花に存在すら認知されてなかったのか?悲しすぎる。でも、似たような話どこかで聞いたことあるな。あ、俺のことでした。てへっ。

番外編「くるみの誕生日後編」


八幡「周りの花も何も知らないのか。ならもう一度わかってることをまとめよう。常磐はこの花が元気ないことにいつ気づいたんだ?」

くるみ「つい最近です。それまでも難しい子だったんですけど、特にここ数日は元気ないんです」

八幡「ということはここ数日に何か変わったことがあったってことだな。何か思い出せないか?」

くるみ「そう言われても、特には思いつかないですね」

八幡「いや、絶対に何かあったはずだ。思い出せ」

くるみ「せ、先生?」

無意識に熱くなっていたのか、棘があるような言い方になってしまった。いかん。なんで俺がこんなに必死になってるんだ。常磐も怯えてるじゃないか。頭は冷静に。

八幡「……悪い」

くるみ「いえ……。あ、そういえばこの前鉢植えをより日当たりのいい場所に移動させたんです」

八幡「前は違うとこにあったのか?」

くるみ「はい。もともとの場所は時間によっては少し日陰になってしまうところだったんです。お花も咲いたので、元気のない子を中心に日当たりのいい場所に移動させたんですが」

もとは日陰、今は日なた。元気のない花を中心に移動。難しい性格。周りに存在すら理解されていない。なぜか気にしてしまう…………

八幡「……そうか。そういうことか」

瞬間、頭に電流が走った。ような気がした。コナン君がアニメで事件の真相に気づいたときに流れる「ティリリン」って効果音が流れた。ような気がした。

俺はひらめきに任せて元気がない花の鉢植えを持ち上げて移動させた。ちょうど鉢植えゾーンの端っこで、しかもあまり日当たりがいいとは言えない場所に。

くるみ「先生?何してるんですか?」

八幡「常磐。この花はな、多分こういう端の、ちょっと暗い場所が好きなんだよ」

くるみ「で、でも、さっきの場所の方が日当たりもよくて、周りに他のお花さんもいて、楽しい場所のはずなのに」

八幡「その考えが違うんだ。人間だって全員が全員、明るくて騒がしいところが好きなわけじゃない。暗くて、1人になれるところを好むやつだっている。花だって同じなんだ。日当たりのいい、他の花に囲まれたところが好きな奴もいれば、そうじゃない奴もいる。この花がそういう花だったってだけだ」

くるみ「……確かに移動させてから、少し落ち着いた感じを受けます」

八幡「だろ。ま、そういうことだからこの花はここでおとなしくさせておいてくれないか?」

くるみ「はい……」

だが、返事とは反対に常磐の顔は曇っていく。

八幡「どうした」

くるみ「いえ、私、今までどんなお花さんとも仲良くできていると思っていたんです。でも、このお花さんは私の呼びかけには反応してくれませんでした。先生は、どうしてこのお花さんが端っこのほうが落ち着くと、そう思ったんですか?」

常磐は今にも泣きそうに目を赤くしながら尋ねてくる。

八幡「……それは、この花も、俺も、ボッチだからだ」

くるみ「ぼっち?」

八幡「あぁ。周りと必要以上に関わりを持ちたくないんだよ。特に自分が集団の目立つところにいるのには耐えられない。平穏無事に過ごしていたいからな」

くるみ「…………」

八幡「それに、必ずしも一人ってわけじゃない。絶対に誰かが、その魅力に気づいてくれる。現に、ほら」

先ほど移動させた花の所に一匹の蝶々が飛んできた。おそらく蜜を吸いにやってきたのだろう。しばらく花の先に止まってから、またひらひらと飛んでいった。

くるみ「お花さん、嬉しそうですけど、それ以上に恥ずかしがってるみたいですね」

八幡「あぁ。ま、俺たちにガン見されちゃったからな」

そう呟いてから常磐はスカートをはためかせながらくるりと俺の方を向いてにっこり笑う。

くるみ「先生、今日は本当にありがとうございました。先生がいなかったら、あのお花さんをもっと弱らせていたかもしれません」

八幡「お前の日ごろの世話のおかげだ。普通、あんなめんどくさい性格だなんて思わないだろ。俺がぼっちだからこそわかったんだ」

くるみ「先生はただのぼっちなんかじゃありません。ぼっちの心もわかる、それでいて他の人のいいところもちゃんと見つけられる、とっても優しい人です。だから、私たち星守クラス全員が、満面の笑みを咲かせられていると思うんです」

くるみ「だから先生?これからも、私たちのこと、ずっと見守ってくださいね?」

八幡「交流が続くうちは、な」

顔を背けながら俺は小声でつぶやいて、校舎に向かって歩きはじめる。足音から常磐も急いで追いついて来ようとするのがわかる。それともう一つ、明らかに常磐とは違う透き通るような女性の声で『ありがとう』と言われた気がするが…………まさか、な。

以上で番外編「くるみの誕生日」終了です。くるみお誕生日おめでとう!

くるみのフィギュア早く間近で見てみたい。

番外編「心美の誕生日前編」


八幡「…………」

心美「…………」

電車に乗ってからかれこれ十数分は沈黙が漂っている。き、気まずい。他の星守たちは向こうから話しかけてくるからそれに合わせて対応すればいいのだが、朝比奈は星守クラスでは珍しく内気な性格だからなあ。基本ぼっちの俺といても、結果こうして1人と1人になってしまう。

心美「あ、あの、」

八幡「ん?」

心美「わ、わざわざ付き合ってくれて、ありがとうございますぅ……」

八幡「まあ、もともと今日は夜まで付き合うっていうことになってたし、別に気にすんな」

心美「は、はい……」

こうしてまた沈黙。あー、どうにかなんないのこの状況。明らかに朝比奈が緊張して委縮してるから俺も余計気を使ってしまう。早く目的地に着かないかな……。

そもそもなんで俺と朝比奈が2人で電車に乗ってるかと言うと、一言で言えばプラネタリウムに向かっているのだ。

もともと今日の夜に天文部が学校で星の観察をすることになっていたが、朝から雨が降り続き、夜になってもやまなさそうということで観察は中止になった。今日誕生日の朝比奈は観察中止が非常にショックだったらしく、ずっと落ち込んでいたので、見かねた俺がプラネタリウムに行くことを提案した、という訳だ。本当は俺はついていくはずではなかったんだが、成り行き上、行かざるをえなくなってしまった……

八幡「でも、天気が悪いのはどうしようもないだろ。運が悪かったとしかいいようがない」

心美「はい……でも私、運はとっても悪いんです。巫女なのに、おみくじで大凶しか引いたことがないんです。だから今日も、大凶の運勢そのままに雨が降ってるんだと、思います……」

逆に大凶しか引かないって滅茶苦茶運良くないか?10連ガチャで全部最低レアのカードしか引けないって感じだろ?それを毎回。…………うん、確かに軽く死にたくなるな。SNSにスクショ貼ったらバズりそうだけど。

八幡「だけど、ほらあれだ。プラネタリウムなら天気を気にする必要はないし、なんならどの季節の星空も見れるんだろ?そっちのほうがお得な感じするけどな」

心美「そうですね……プラネタリウムなら雨が降っていても綺麗な星空を見上げることができますね」

朝比奈に少し笑顔が戻ったところで、電車がプラネタリウムの最寄りの駅に到着した。場所は池袋。千葉でもいいかなと思ったけど、朝比奈が言うには池袋のプラネタリウムの方が見ごたえがある、と力説するのでここに来ることにした。

雨の中、20分ほど歩くとサンシャイン池崎、じゃなかったサンシャインシティが見えてきた。

入り口でチケットを購入し、さらに歩いたりエレベーターに乗ったりしてようやくプラネタリウムのある部屋に到着した。

心美「先生はここのプラネタリウムは初めてですか?」

椅子に座りぼーっとしていると朝比奈に話しかけられた。

八幡「それどころか池袋に来たのも初めてかもしれない」

大体の買い物は千葉周辺で済むからなあ。海老名さんとかは腐女子向けグッズを求めてしょっちゅう来てそうだけど。

心美「ここのプラネタリウムはすごいんですよ?再現度も高いですし、さらに星空に合ったアロマの香りも楽しめるんです!」

八幡「へえ」

心美「森林浴をしながら見上げる星空、というテーマなので癒し効果は抜群です!」

八幡「くくっ」

心美「せ、先生?なんで笑ってるんですか?」

八幡「いや、お前って星とかプラネタリウムの話になると途端に饒舌になるよな」

途端に朝比奈は目に涙を浮かべながらうつむいてしまう。

八幡「いや、別に責めてるわけじゃないぞ?ほらあれだ。人間誰だって、熱中するものの一つや二つ持ってるもんだろ」

そう。だから俺が家で大声でプリキュアの主題歌メドレーを歌っていても何の問題もない、はず。その光景を小町に見られ、そこから数日白い目で見続けられても何の問題もない、はず。

心美「そ、そうですか?ならよかったですぅ……」

朝比奈はほっと胸をなでおろして、ゆっくりと口を開く。

心美「私、1人で寂しかった時いつも星を眺めていたんです。だから、星のことでなら自信を持って話ができるんです。先生は何か好きな星座とかありますか?」

八幡「え、いや、有名な星座を何個か知ってるくらいだから、好きな星座、って言われてもあんまり思いつかないな」

心美「そ、そうですか……」

またしても朝比奈は顔をうつむかせてしまう。……失言だったか。こんな落ち込んだ顔を目の前でされるとこっちの心も痛んでくる。

八幡「……あー、でも、よかったら星座のこと教えてくれると、助かる」

心美「は、はい!任せてください!」

朝比奈のテンションが上がったところで照明が消えていく。よかった。なんとか無事にプラネタリウムを見ることができそうだ。

番外編「心美の誕生日後編」


心美「南の方角にある赤い星がアンタレスです。そのアンタレスを体の中心にして出来上がっている星座がさそり座です。神話では冬の星座で有名なオリオンを殺すためにつかわされたのがこのさそり、と言われています」

プラネタリウムが始まってから朝比奈のマシンガントークが止まらない。一応ナレーションも流れているが、朝比奈の知識の方が深いから聞いてて面白い。

のだが、他にも客がいる手前、大声で話せない。だからなのか朝比奈は俺に体を寄せてきて、耳元でささやくように星座知識を披露する。おかげで朝比奈の柔らかい部分だったり、アロマとはまた違ういい香りだったり、小さな吐息なんかもわかってしまい、色々焦ってしまう。

八幡「へ、へえ」

動揺を必死に隠そうと、俺は生返事を繰り返すばかり。いや、いくら小町と同じ年齢って言っても、色々違うじゃん?例えば年齢不相応な二つの爆弾とかね?思わず「おっぱい禁止!」と叫びたくなる。

と、その時突然、天井の星が一斉に消え、室内が真っ暗闇に包まれてしまった。最初は演出かと思ったが、何分経ってもなんの変化もないところをみるとトラブルが起こったのかもしれない。

心美「せ、先生?」

か細い声と共に、朝比奈が俺の腕をぎゅっと掴んでくる。朝比奈の身体の感触が腕全体に伝わってくるが、それが震えを帯びていることにも同時に気が付いた。

八幡「多分、そのうち係員が来て何か説明してくれるはずだ。心配すんな」

心美「は、はい……」

なるべく安心させようと声をかけるが、それでもまだ朝比奈の震えは収まらない。

心美「あ、あの、頭、なでてくれませんか?」

八幡「え?」

心美「い、いえ!あの、先生になでなでしてもらえると安心するというか、その……」

朝比奈は恐る恐るという口ぶりでお願いしてきた。が、一方で腕を抱く力は強くなる。……まあ、幸いここは真っ暗だし、他の誰にも見られないなら、仕方ないか。

八幡「……わかった。いいぞ」

俺はゆっくりと朝比奈の頭があるであろう方向へ手を伸ばす。ん、何か触ったぞ。

心美「あ……せ、先生、そこは耳です」

八幡「お、おお。すまん……」

朝比奈の何か色っぽい声にどぎまぎしながら手を髪の毛に沿って上へと移動させていく。頭頂部の編み込みを崩さないようにしながらなで始める。

八幡「こ、こんなんでいいのか?」

心美「は、はい……先生の手、あったかいです」

腕をつかむ震えが収まってきたと思った時、室内に明かりが灯った。その光によって俺と朝比奈はお互いがどんな状況で、どんな顔をしているか把握してしまった。朝比奈は顔を真っ赤にしつつ俺の腕を離してわたわたしている。

心美「も、もう大丈夫です!あ、明るくなったので!」

八幡「お、おう」

それからすぐに係員の人がやってきて、俺たちはその指示に従って退場した。説明によると配電機器の故障ということで、今日のプラネタリウムは中止ということになった。チケット売り場でお金を払い戻してもらい、俺たちは再び外に出た。

八幡「しかし、プラネタリウムすら満足に見れないとはついてないな……」

心美「そ、そうですね……でも、今日は私にとってはいい日になりました」

朝比奈の顔はもう晴れ晴れとした表情になっていて、嘘を言っているようには見えない。俺の目線に気づいて朝比奈は再び口を開く。

心美「部屋が真っ暗になった時も、怖かったですけど、先生のおかげで乗り切れました。それに、いつの間にか雨も止んで、星が見えてますよ」

そう言えば傘さしてないな、と思いつつ俺は空を見上げる。光溢れる都会の真っただ中にいるせいで、雲はないのに明るい星が点々とあるだけで、プラネタリウムで見たような星空とは程遠い。

八幡「こう見ると、都会の空って星が少ないんだな」

心美「はい。でも、私はこういう空も好きです。こんなに地上が明るいのに、それでも私たちに届く星の光の強さを感じられます」

朝比奈の言葉の後に改めて星を見ると、さっきよりも力強く輝いているように見えるから不思議だ。

しばらくして顔をもとに戻すと、朝比奈がこちらを向いているのに気づいた。その目にはもう涙は浮かんでいないが、今見上げていたどの星よりも輝きを放っている。

心美「先生。今日はありがとうございました。今年は、空の星に負けないように強く輝いた私になれるよう、頑張ります」

そう宣言する朝比奈の姿は、暗闇で震えていた人と同じとは思えない。男子三日会わざれば刮目して見よ、と言うが、女子はもっとだと思う。ソースは目の前の朝比奈。

八幡「……じゃあ、まずはおみくじでも引きに行くか」

心美「そ、それは、また今度で……」

途端に普段の控えめな表情に戻ってしまった。まあ、そう簡単に変われるんだったら人間苦労なんてしないわな。

でも、変わりたい、と願う気持ちは尊重してあげたい。それが、変わるための第一歩なのだから。

以上で番外編「心美の誕生日」終了です。心美お誕生日おめでとう!くるみと誕生日近すぎて大変でした。

本編5-28


4人に推挙された火向井は、遠慮がちに俺のほうへ顔を向ける。どうやら俺の意見を求めているらしい。

八幡「まあ、この中だったら火向井が妥当なんじゃないか」

ゆり「…………わかりました。私がやります」

周囲の説得を聞き入れ、火向井はふっと一息ついてから頷く。

八幡「時間はあまりないぞ。早く実行に移そう」

未だ外では火炎弾が次々に降り注いでいる。だが、いつまでイロウスがここを攻撃するのかはわからない。もしイロウスが市街地に移動でもしたら、大惨事が起こることは間違いない。

俺たちは瓦礫の山を出て位置取りを決める。

花音「あまりジャンプ力がない人から足場になっていったほうがいいわね」

くるみ「それなら私が最初の足場になります」

詩穂「次が私かしら」

望「じゃあアタシが3番目で花音が最後かな?」

花音「ええ。ゆりもこれでいいかしら?」

ゆり「う、うむ。大丈夫……」

望「もしかしてゆり、緊張してる?」

ゆり「そ、そんなことはない、こともない……」

詩穂「私たちのことは気にせず、思い切ってやってきてください」

ゆり「で、でもみんなを踏み越えていくのはさすがに気が引けると言うか……」

くるみ「ゆりになら私、何されてもいいわ」

ゆり「く、くるみ……」

あれ、突然の百合百合ショーの開幕ですか?ゆりだけに。ってやかましいわ。

花音「早くいくわよ。これで決めて、学校へ帰りましょ」

八幡「ああ。だな」

俺と火向井を残し、4人はイロウスのほうへ駆け出していった。

ゆり「…………」

そして火向井はというと、手をぐっと握りしめたまま、走っている4人を見つめている。だが、その手は少し震えているようにも見えた。

八幡「あー、その、なんだ。多分大丈夫だ」

何ともなしに言葉が口からこぼれた。火向井は「いきなり何言ってんだこいつ」って目で俺を見上げてくる。

八幡「ほら、俺だけならまだしも、付き合いの長い天野や常磐にも信用されてるんだろ?なら、別に不安がることはないんじゃないか?」

火向井はしばらく茫然としていたが、急に口に手を当てて笑い出した。

ゆり「ふふ……その言葉だと、先生も私のことを信用してくれている、と聞こえますけど?」

え…………。た、確かに言われてみればそうかもしれない。無意識に恥ずかしいことを口に出してしまったらしい。嫌だなあ。こういう発言って、将来ネタにされるじゃん。最終的には、直接聞いていないやつが、尾びれ背びれ腹びれくらいついた話題をもとに俺をバカにするからな。中学の時のクラスメイト、許さん。

八幡「……今の発言は忘れてくれ」

ゆり「忘れませんよ。忘れられません」

その口調の強さに思わず息をのんでしまった。だが火向井はそこで止まらず、続けてはっきりと言い切る。

ゆり「私は、先生にそのように信用してもらってとても嬉しいんです。なんだか、体に力が湧いてくる感じがします」

そんなわけないだろ、と言えるような雰囲気ではなかった。おそらく火向井は本心で話している。もしかしたらマジでパワーアップしてるのかもしれない。いや、そんなことはあり得ないが。

八幡「……そうか」

なんとか一言、言葉を絞り出した。明確な肯定はしない。だが否定もしない。こんな曖昧な返答しかできない自分が情けないが、これが俺の精一杯だ。

ゆり「ありがとうございます、先生。私、必ず倒してきます」

火向井は自信に満ちた顔つきで俺の顔を見上げてきた。手は相変わらず握りしめられているが、そこに震えはもうない。

八幡「ああ。頼む」

本編5-29


くるみ「準備できました」

詩穂「私もです」

望「いつでもOK!」

花音「さあ、ゆり!来なさい!」

ほどなくして4人から次々に通信が入った。火向井は俺と一度頷き合ってから、走り出した。

ゆり「火向井、行きます!」

砂煙をあげながら猛スピードで駆け出した火向井は常磐、国枝、天野、煌上と次々に乗り越え、高く高く跳び上がっていく。

大型イロウスは変わらず火炎弾を発射し続けているが、火向井たちは上手くそれらを避けながらイロウスに接近していく。

ゆり「おりゃー!!」

すでに空高く跳び上がった火向井はガンを手にしてスキルを叩きこむ動作に入る。

その時、火向井の存在を感じ取ったのか、イロウスは火炎弾を一つ火向井に向けて発射した。その火炎弾は火向井をはるかに超える大きさである。

八幡「火向井!」

俺は思わず手に汗を握って、叫んでしまった。

ゆり「『アンリミテッドリップ』!」

だが火向井は火炎弾に臆することなく、スキルを発動する。火向井の身体から光が放たれて、火炎弾を消滅させる。

そして次の瞬間、なぜか上空に巨大なキャンデリアが出現し、それがイロウスの口めがけて真っ逆さまに落下した。

イロウス「ギャオー!!」

シャンデリアが命中すると、イロウスは再びけたたましい声を上げ、そのまま消滅していった。

詩穂「これで無事、すべてのイロウスを倒せましたね」

望「疲れたー」

俺の周りには、火向井を除いた4人が集まっていた。

くるみ「早くゆり来ないかしら」

花音「そうね。って、あれ……」

煌上が指さす先には、火向井の姿があった。が、彼女はピクリとも動かないまま倒れこんでいる。

八幡「くそっ」

俺は4人に先立って落下地点に走り出した。あんな高いところから体をたたきつけたら、いくら下が砂だからと言って無事で済むはずがない。

八幡「おい、大丈夫か?」

俺は火向井を抱きかかえながら何度も声をかける。天野たちも追いつき、必死になって火向井に呼びかけていく。

ゆり「せ……先生?……みんな?」

ようやく火向井が目を覚ました。が、俺の腕の中にいることを察したのか、顔を真っ赤にして離れようともがく。だが、まったく体に力が入らないのか、抵抗を感じることはほとんどなく、火向井もすぐに諦めておとなしくなった。

くるみ「大丈夫?」

ゆり「ああ。力を使い果たしてしまっただけだ。問題ないさ」

望「ならよかったー!なかなか返事がないから、すごい心配したよ!」

花音「でも、ゆりのスキルは素晴らしかったわ。あれだけの威力を出したら、体力が無くなるのも頷けるわね」

詩穂「ええ。思わず見入ってしまいました」

ゆり「う、うむ……」

みんなに労われ、火向井は照れくさそうな表情を見せる。その表情を見て、4人もほっと一息ついた。

だが、ここで俺はあたり一面瓦礫の山と化した惨状を見て、あることに気づいてしまった。

八幡「なあ、荷物を全て破壊され、こんな着の身着のままで俺たち、どうやって学校へ帰るの?」

5人「あ」

本編5-30


修学旅行が終わってから一週間が過ぎた。結局俺たちはあの後ホテルメイプルに連絡をして、何から何まで用意をしてもらったおかげでなんとか帰路につくことができた。感謝っ……!圧倒的感謝っ……!

望「ほら始まるよ。f*fの番組!」

くるみ「ええ。楽しみね」

ゆり「修学旅行の動画は流れないのは少し残念かもしれませんね先生」

八幡「むしろ放送されなくてよかったろ」

詩穂「でも花音ちゃんのお宝映像がなくなったのはすごく残念だわ」

花音「わ、私だって詩穂の動画がなくなったのは寂しいと、思ってるわよ……?」

そして今日、煌上と国枝のドキュメンタリー番組が放映されるとあって、俺たちは放課後に合宿所のテレビの前に集まっている。

だが、イロウスとの戦闘で持参していたビデオカメラは粉々になってしまったため、修学旅行の動画は放送されることはない。こうして残念がってるやつらもいるが、俺にとってはそのほうがいい。だって、俺にもプライバシーってもんがあるし……ね?

そして番組が始まり、やんややんや言いながら見ていた時だった。

ナレーション「このように、ステージ裏でもファンのために全力を尽くすf*fの2人だが、ときにはこんな一面を見せることもある」

このナレーションの後、なぜか見た事ある光景が映し出された。そんなことはありえないはずなのに。

ナレーション「ではここで超貴重映像。f*fの修学旅行映像をご覧ください」

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八幡(アルル風衣装)「がおー。がおー」

花音「待ちなさい怪人!」

詩穂「人々の平和を乱すのは許さない」

くるみ「私たち5人が相手です」

望「アタシたちに出会ったこと、後悔させてやる!」

ゆり「みんな!変身だ!」

5人「星衣☆着装」

ゆり「バトガレッド!風紀委員長、ゆり!」

望「バトガオレンジ!オシャレ番長、望!」

くるみ「バトガグリーン!植物博士、くるみ!」

花音「バトガイエロー!カリスマアイドル、花音!」

詩穂「バトガブルー!花音ちゃん大好き、詩穂!」

ゆり「地球を守る、5人の戦士!」

5人「神樹戦隊ホシモレンジャー!!」

ゆり「そして5人の合体技!」

5人「ファイブスター・シュトラール!」

八幡「やーらーれーたー。がくっ」

ゆり「ははは!これで地球の平和は守られた!」

本編5-31


6人「…………」

誰も口を開かない。そりゃ当然だ。無いと思ってた動画を不意打ちで全国に放映されたんだから。

花音「ちょっと、マネージャーに確認取ってみるわ……」

煌上がよろよろと立ち上がって電話をかけ始める。数度のやり取りを終えて、電話を切った煌上はため息をついた。

花音「ホテルメイプルに頼んで動画を送ってもらったらしいわ。まさかあの余興を使うなんて夢にも思ってなかったから、確認を怠ったわ」

くるみ「あの時、いかにも高そうな機材がたくさんありましたからね」

詩穂「あんなに機材が揃ってることはテレビの収録でもなかなかないわ」

望「でもそのおかげで綺麗に映ってよかったよね、ゆり」

ゆり「いいわけあるか!うう、もうお嫁にいけない……」

花音「なんでよ……」

八幡「あんな茶番をよく使おうと思ったなテレビ局」

望「確かに。画質のいいホームビデオって感じなのにね」

花音「今回はそこがよかったのよ。完全プライベートの私たちが映ってるわけだし」

詩穂「そうね。顔を赤らめながら名乗りをする花音ちゃんも可愛かったわ」

くるみ「でもあれも楽しかったわ。ゆりの提案のおかげね」

ゆり「せっかくだから一度みんなでやってみたかったんだ」

八幡「俺は怪人役だったけどな」

花音「いいじゃない。お似合いよ、怪人」

八幡「おい。俺の目を見ながら言うのはやめろ」

望「えー、じゃあ今度は先生も一緒にレンジャーやる?」

八幡「それは遠慮させてください……」

別に俺は戦隊モノには人並みにしか触れてないからなあ。なんならその後にやってるプリキュアのほうが好き。むしろ今でも大きいお友達として応援してます。頑張れプリキュア!

ゆり「じゃあ次の旅行の時はよりみんなでできる余興をやりましょう!」

八幡「次の旅行って何。もう修学旅行は終わったろ」

詩穂「修学旅行じゃなくても、またみんなで行けばいいじゃないですか」

望「今度は海外行こうよ!ハワイとか!」

くるみ「北海道の大自然も捨てがたいですね」

花音「次はもっとゆっくりしたいわね」

こうしてまたわいわいと話が始まってしまった。こうなるとなかなか終わらないんだよなあ。女子の会話ってなんでこんなに長いんだよ。それでいつも同じ話ばっかり。エンドレスエイトでもしてるのん?

ゆり「先生はどこ行きたいとかありますか?」

八幡「家」

花音「ふーん。家ね。なら次はこいつの家に泊まりに行きましょうか」

八幡「ごめんなさい。それだけはやめてください」

望「ならもっとちゃんと考えてよ」

八幡「なら、温泉、とか……?」

ゆり「温泉、いいですね!」

詩穂「私、いくつか穴場の温泉地知ってますよ」

くるみ「どこですか?」

こうして半ば強制的に次の旅行の打ち合わせに参加させられてしまう、どうも俺です。

でも、今回に限って言えば、今までの旅行よりは楽しめた気がする。それは沖縄という場所のおかげもあるが、多分こいつらと一緒だった、っていうことも要因の一つになってると、ほんの少し思う。

以上で本編5章終了です。最後の余興はダイレンジャーの名乗りを参考にしてます。モーションもダイレンジャーをそのままやっていると思ってください。

番外編「詩穂の誕生日前編」


もう10月も終わりになってくると、涼しいというより寒い風が吹き抜ける。冬がすぐそこまで近づいていることを知らせるかのように、窓が風でことこと鳴っている。

ああ、外寒そうだな。なんかここ最近、夏から一気に冬になってませんか?秋はどこ行っちゃったの?きっと秋を擬人化したら恥ずかしがり屋の控えめなキャラ「秋ちゃん」になること間違いなし。神絵師、早くpixivに秋ちゃんのイラストあげてください。

こんなアホなことを考えながら放課後のひっそりとした校舎を歩いていると、どこからか美しい歌声が聞こえてきた。この歌を聴いていると、なんだか暖かい日差しに包まれているような錯覚を覚える。

歌声の元であろうドアの前に立つと、少し隙間が開いていた。そこからそっと中を覗いてみると、胸に手を当てながら歌う国枝の姿があった。

実際に歌う姿を見ると歌声が何倍にもよく聞こえるから不思議だ。

少しの間歌を聴いていた俺は職員室に戻ろうと回れ右をした。と、その時足がドアに思いっきりぶつかってしまった。当然、国枝は歌うのをやめ、こちらへやってきて、ドアを勢いよく開ける。

詩穂「あら、先生。どうなさったんですか?」

八幡「え?いや、まあ、その、な、なんでもないぞ。うん」

詩穂「ふふっ、そんなに動揺しないでくださいよ。逆に怪しいですよ?」

八幡「あ、ああ」

詩穂「それで、先生はどうしてここにいるんですか?」

八幡「廊下を歩いてたら、歌声が聞こえてきてな。誰が歌ってるのか気になっただけだ」

詩穂「ということは、私の歌聞かれてしまったんですね。ちょっと恥ずかしいです」

八幡「でもお前はアイドルとしてCDいっぱい出してるだろ」

詩穂「それとこれとは違いますよ。f*fの時は聞いてもらうことを意識してますけど、今はそんなこと全く考えてなかったですから」

確かに、1人で行動しているときと、誰か他人を意識して行動しているときとじゃ同じことをしていても心持ちが違う。

特に今回は本来、アイドルとして商売道具である歌をタダで、しかも無断に聞いてしまった俺に責任がある。国枝ファンに知られたら殺されかねない。

八幡「それは、そうだな。勝手に聞いてすまなかった」

詩穂「いえ、先生なら大丈夫です」

そうやって国枝はにっこりと笑う。

八幡「つうか、なんでこんなとこで歌の練習してんの?」

詩穂「私、1人の空間で歌を歌うことも好きなんです。f*fのときは、どうしてもスタッフさんやファンのみなさんを意識しなくてはいけないので、たまにこうして空き教室で歌ってるんです」

八幡「それなら余計邪魔して悪かったな。俺もう行くから、歌ってていいぞ」

詩穂「いえ。むしろ今は先生ともっと一緒にいたいと思ってます。だから先生、もう少しここにいてくれませんか?」

八幡「お、おう」

そんな風にストレートに言われたら断れないじゃないですか。というか、絶対国枝は絶対わかってて言ってるよね、これ。なんか少しニヤニヤしてるし。純粋な男子高校生の心を弄ばないでください!

結局俺はそのまま空き教室に残ることとなり、手近な椅子を引き寄せて座った。ついでに国枝のも渡してやると、少し照れくさそうにしてそれに座る。なんだよ。そんな態度取るなよ。勘違いするだろうが。

八幡「でも、ここにいるだけじゃなんともならんだろ。なんかすることとかないの」

詩穂「そうですね。でもここには特別な機材などもないですし……。あ、そうだ」

国枝はぽんと手のひらを叩いて俺の顔を見る。

詩穂「先生も歌を歌ってください。私、先生の歌聞いてみたいです」

八幡「は?いや、それは無理だろ。第一、俺そんな歌うまくないし」

詩穂「それでもいいです。先生の歌声ってどんな感じか気になるんです」

国枝は目を輝かせながら迫ってくる。だが、人前で歌うことに慣れている国枝はともかく、家の風呂で歌うことくらいしかない俺にとっては、他人に歌を聴かれるというのは恥ずかしいことこの上ないのだ。

八幡「……じゃあ少しだけな」

でもこんなにお願いされたら断れない、どうも俺です。仕方なく立ち上がって一息つくと、俺は歌い出した。

八幡「『プリキュア!プリキュア!♪』」

もう半分やけくそな感じでプリキュアのイントロのワンフレーズを熱唱した。俺が歌い終わっても、国枝はしばらくぼーっとした表情をして固まっている。

八幡「ど、どうした?」

やっぱ選曲がまずかったかな。もっとパリピによった曲にするべきだった。でも俺パリピ向けの曲全く知らない。

詩穂「先生……」

番外編「詩穂の誕生日後編」


詩穂「その曲、懐かしいですね!今は妹たちが朝にプリキュア見ていますけど、私にとっては今の曲が一番しっくりきます」

予想外に絶賛されてしまった。いや、冷静に考えれば褒められたのは俺の歌ではなく、『DANZEN!ふたりはプリキュア』でしたね。もちろん今やってる「プリキュアアラモード」のOP『SHINE!!キラキラ☆プリキュアアラモード』も歌えます。プリキュアの曲は神曲揃い。みんな聞こうね!

八幡「まあ、一応同い年だしな。見てたテレビも被りやすいだろ」

詩穂「そうですね。たまに先生が私と同じ年齢だということを忘れてしまいます」

八幡「俺、そんなに老けてる?」

詩穂「そんなことないですよ。ただ、先生と生徒という関係だと、どうしても対等な感じがしないんです」

確かに国枝の言うことは一理ある。国枝は割ときちんと俺を先生として扱っているから尚更だろう。なんなら、他の奴らは俺のことバカにしてるまであるからな。特に煌上とか。

八幡「それを言ったら俺こそ対等な感じがしないぞ。お前は星守で、かつ人気アイドルだろ?普通、ただの男子高校生の俺が関われる相手じゃない」

詩穂「あら。私だって普通の女子高生ですよ?」

普通の女子高生はアイドルも星守もやらないんだよなあ。むしろ1つやるだけでも大変なのに、両方こなすとか、この子本当に人間?

詩穂「なんだか、先生と距離を感じますね……」

八幡「仕方ないだろ。置かれている状況が全然違うんだから」

詩穂「いえ。私はもっと先生に近付きたいんです。何かいい方法はないんでしょうか」

国枝は首をかしげて「うーん」と唸りながら考え込んでしまった。しばらくして国枝は、にっこりと笑って顔を近づけてきた。

詩穂「私、先生と一緒に歌を歌いたいです」

八幡「へ?」

突然の申し出に、まともな返事ができなかった。

詩穂「私がf*fを花音ちゃんと始められたのも、私の歌を花音ちゃんが聞いてくれたからです。他にも、歌を通じて、いろんな人と関わりを持てているんです。だから、先生とも、歌を通じて親密になりたいんです」

詩穂「先生、ダメですか?」

立ち上がって目を潤ませながら迫ってくる国枝を見たら、答えは1つしかない。俺も立ち上がった。

八幡「わかった。でも、一回だけな。それ以上は俺のメンタルが持たない」

詩穂「はい!ありがとうございます!」

八幡「で、何歌えばいいの?俺そんなに曲知らないんだけど」

詩穂「できれば、私たちの曲『Deep-Connect』を歌いたいんですが、どうですか?」

八幡「それなら多分大丈夫」

詩穂「本当ですか?ということは、先生も私たちの曲はちゃんと聞いてくれてるんですね」

八幡「まあ、同じクラスに通ってるやつの曲だしな。聞かないのも失礼だろ」

照れくさくなって、そっぽを向きながら俺は答える。それに対する、国枝のクスクス笑いが聞こえる。

詩穂「ふふっ、それでも、聞いてもらえて嬉しいですよ先生。さ、私の音楽プレーヤーにoffvocalバージョンが入ってますから、これに合わせて歌ってください」

八幡「あ、ああ」

こうして『Deep-Connect』のイントロが流れ始めた。『プリキュア』を歌った時とは比べ物にならない緊張感が身体を縛る。だが、その時そっと国枝の手が俺の手に触れた。その手が触れた場所から、じんわりと身体がほぐされていくような、そんな錯覚を覚えた。

八幡「水面に咲く」

詩穂「花に揺れた」

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詩穂「とっても楽しかったです。ありがとうございました先生」

八幡「あ、ああ。それはよかった……」

結局、手が触れあったまま一曲歌ってしまった。なんという恥ずかしさ。曲が終わった後の俺の慌てようといったら、生涯に残る黒歴史。墓場まで秘密にしたい。

詩穂「こうして、2人で歌うのもいいものですね。花音ちゃんの時とはまた違うドキドキが味わえました」

そう話す国枝の頬は夕日に照らされてるからなのか、真っ赤に染まっているように見えた。

詩穂「すみません先生。そろそろレッスンの時間なのでお先に失礼します。本当に楽しかったです。いい誕生日が過ごせました」

未だ頭が回らない俺を残して、国枝は空き教室を後にした。マズいな。まだ冷静になれない。ひとまず窓開けて、風にでも当たりますかね。夕日に照らされてるからか、俺の頬もなんだか熱を持ってるみたいだし。

以上で番外編「詩穂の誕生日」終了です。詩穂お誕生日おめでとう!詩穂推しの>>1としては、今日は本当にめでたい日です。

本編6-1


ブーブー

風蘭「またイロウスが出現したか」

樹「今週に入ってもう5回目よ」

八幡「多いですね」

俺たちは神樹ヶ峰女学園内にあるラボにいて、最近のイロウスの行動パターンについて解析を進めている。

高校2年組が修学旅行から戻ってから、特にイロウスの出現頻度が増している。これまでローテーションだった星守任務だが、今は全員がスクランブル体制でイロウスを撃退している。

樹「みんな、またイロウスが出現したわ。殲滅、お願いね」

八雲先生は星守たちにイロウス出現を知らせる。程なくして全員の星守がラボに集まった。

風蘭「よし。全員揃ったな。じゃあ転送装置を起動させる。準備は良いな?」

星守たち「はい!」

御剣先生の言葉に星守たちは気合の入った返事をする。すぐに転送装置が起動し、次々に星守たちがそれに入っていく。

八幡「気を付けてな」

俺はこんなふうに声をかけるしかできない。イロウスの数も多くなっているため、俺が現場へ赴くことも危険と判断されたのだ。

明日葉「行って参ります……」

蓮華「…………」

あんこ「…………」

ああ、またこの反応だ。

どうも近頃、高3の3人に避けられている感じがしてならない。もともと、俺からみて年上のこともあって、そこまで親しくはしていなかった。だからこそ、何か気に障るようなことをした覚えもない。マジで俺何したんだろ……。

風蘭「しかし、こう立て続けにイロウスが出現するなんて、今まであったかな」

樹「異常な事態だわ。早く原因を突き止めないと」

だけど、こんな状況で俺と楠さんたちのこと、それも俺の勘違いかもしれないことをわざわざ言う必要はない。むしろ、俺もイロウスについてもっと調べないと。

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あんこ「はあ、疲れた……」

風蘭「おー。お疲れさん」

樹「誰もケガはしていない?」

蓮華「大丈夫でーす」

明日葉「では私たちはお先に失礼します。行こう。みんな」

楠さんは俺に目をくれないまま、八雲先生と御剣先生にお辞儀をした後、他の星守を連れてラボを出ていった。その集団の一番後ろを芹沢さんと粒咲さんが少し沈んだ顔つきでついていく。

樹「さ、また仕事が増えたわね」

風蘭「なあ樹。アタシらももう帰らないか?」

樹「ダメよ。せめて今日の戦闘データのまとめだけでも終わらせないと」

風蘭「ちぇー。なあ、比企谷も帰りたいだろ?」

八幡「まあ、どっちかと言われれば帰りたいですけど」

樹「比企谷くんは帰ってもいいわよ?私と風蘭がいれば十分だから」

八幡「いえ……。俺も手伝います。みんなで作業して早く帰りましょう」

風蘭「比企谷……」

樹「……そうね。じゃあ比企谷くんは出現したイロウスの種類と数の整理をお願い」

八幡「わかりました」

これまでの俺なら迷わず帰っていただろう。でも、それこそイロウスと命がけの戦いをしている星守たちと間近で接していれば、俺だけがのうのうと帰ることはできない。

それに、今帰ったらあいつらと合流しちゃうからな。せめて帰り道くらいは1人静かに帰りたい。

本編6章がスタートしましたが、この先完結に向けて>>1のオリジナル設定が入ると思います。お許しください。

番外編「あんこの誕生日」


あんこ「ねえ、そこにある飲み物取って」

八幡「どうぞ」

あんこ「ありがと」

今、俺たちは2人でパソコン室にいる。俺は資料作り、粒咲さんは部活だ。

パソコン部は基本的に粒咲さん1人だから、学校内の喧騒を離れ、心静かに作業をすることができる。それに、粒咲さんも俺に似た思考回路を持っているから、お互いの邪魔をすることもない。正直けっこう、お気に入りの場所となっている。

あんこ「ねえ、先生ってさ、将来の夢とかある?」

八幡「なんですか突然」

あんこ「明日までに進路希望調査表とかいう紙を出さないといけないのよね。だから先生の話聞いてみようと思って」

八幡「俺じゃなくても楠さんや、芹沢さんに聞いた方が良くないですか?」

あんこ「明日葉も蓮華もワタシとは違いすぎて参考にならないのよ。ほら、先生とワタシって考え方似てるでしょ?適当に書けそうなこと教えて?」

八幡「適当に書くなら、大学進学、じゃないですか?親も先生もそれを見たら安心するでしょ」

あんこ「やっぱりそれしかないわよね……はあ、めんどくさいわ」

八幡「ですよね。進路調査なんて、所詮教師と親の自己満足にすぎないと思うんですよ。たかが17,8年の経験しかしてない高校生が、これから先数十年の人生を決めるのは不可能です」

あんこ「やっぱり先生とは話が合うわね。ワタシもそう思ってたところよ。それに、もし一般的なことじゃないことを書いたら、それはそれでまた色々言われるし」

八幡「わかります。俺も本当は専業主夫になりたいんですけど、それを言ったら元居た高校の先生に殺されかけました」

あんこ「先生も苦労してるのね……」

粒咲さんはそう言って俺に同情の目線を送ってくる。だが、それも不思議と嫌ではない。やはり、考え方が似ているからなのだろうか。

八幡「そういうことなら、粒咲さんも何か将来の夢があるってことですよね?」

あんこ「まあ、なくはないけど……」

途端に粒咲さんの声のトーンが落ちる。

八幡「なんですか?」

あんこ「……笑わない?」

八幡「笑わないです」

あんこ「有名ブロガー兼在宅プログラマーになること……」

粒咲さんは俯きながらぼそっと呟いた。

八幡「いいじゃないですか」

あんこ「え?」

八幡「俺の夢よりよっぽど現実的じゃないですか。粒咲さんはパソコンに精通してるし、何よりパソコン好きですよね?好きなことを職業にするなんて、滅多にできることじゃないですよ」

あんこ「そ、そうかしら……」

粒咲さんは俯いたまま話を続ける。

あんこ「先生って、やっぱり変わってるわよね」

八幡「それはお互い様でしょう」

あんこ「まあ、そうだけど……。でも、ワタシの夢を否定しないで応援してくれる人なんて、滅多にいないから、嬉しかった」

八幡「……」

突然の言葉に驚いてしまい、俺は何も反応できない。そんな俺の表情を見て取ったのか、粒咲さんは普段のテンションに戻って話し出した。

あんこ「ま、ようするに感謝してるってことよ。ありがと、先生」

八幡「え、ええ。どうも……」

あんこ「あ、そうだ。ついでに協力してほしいことがあるんだけど、いい?」

八幡「俺にできることならいいですけど」

あんこ「ふふっ、流石先生ね。じゃあちょっとこっち来て」

八幡「はあ」

番外編「あんこの誕生日後編」


手招きに応じて粒咲さんのところまで行くと、パソコンの前に座らされた。

八幡「あの、何をするんですか?」

あんこ「これから画面にいろんな質問が出てくるから、それに答えてほしいの。多分10分くらいで終わると思うから」

八幡「別にいいですけど、何のためにやるんですか?」

あんこ「ふ、それを言ったら面白くないでしょ?後で教えるから今はその質問に答えて」

八幡「はあ……」

さっき協力すると言ってしまった以上断れないか……。

仕方なく俺は画面に次々に映し出される質問に答えていった。というか、「就寝時間は?」みたいな普通の質問から、「もし彼女が浮気したらどうしますか」みたいな変な質問まであって、何を導き出したいのかさっぱりわからない。

10分ほど答え続けると、「質問は終了です」の文字と俺のパーソナルデータを表す番号が現れた。

八幡「粒咲さん。終わりました」

あんこ「お疲れ様先生。協力してくれてありがと」

八幡「で、これはなんだったんですか?」

あんこ「これはパパが開発した結婚マッチングシステムのアンケートよ。この質問の答えをもとに、相性のいいペアをシステムが選んでくれるの」

八幡「なんで俺がそのアンケートをやらないといけないんですか……」

あんこ「サンプルが多い方がシステムの正確性も高まるのよ。それに、先生みたいな非リアの人のサンプルって貴重なの。こういうシステムを利用する人ってリア充願望強い人ばっかでけっこう偏るのよね」

八幡「そうですか……」

ただサンプルを増やしたかったのね。納得。俺なんか絶対手を出さない領域だ。働くお嫁さん欲しいけど、こういうマッチングシステムを使おうとまでは思わんな。

あんこ「そうだ先生。ワタシもこのシステムに登録させられてるの。せっかくだからワタシたちの相性診断してみない?」

八幡「えー」

あんこ「何よ。どうせ先生、こういうのやらないでしょ?お試しと思ってさ」

八幡「これで悪い結果出たらどうするんですか」

あんこ「大丈夫よ。ワタシと先生けっこう考え方似てるし、イイ線いくと思うのよね」

俺の懸念は露知らず、粒咲さんは自分の番号と俺の番号を打ち込んでいく。

あんこ「さ、どうなるかしらね。いくわよ、Enter!」

粒咲さんがカッコよくEnterキーを押すと、

八幡「相性……」

あんこ「400%……」

シンジくんのシンクロ率並の数字が表れた。このまま俺たちはLCLに溶けちゃうのかな?

八幡「ま、こんな数字あてにならないし、気にするだけ無駄ってもんですよ」

あんこ「ありえない……」

八幡「え?」

あんこ「ありえないって言ったの!このシステム、普通100%までしか表示されないのよ!?それが400%?どうなってるの……」

粒咲さんは頭を抱えてしまう。こういうのに疎い俺からすれば、何が悪いのか詳しくはわからないが、おそらくシステムが予想外の反応を示したということなのだろう。

八幡「まあ、あれじゃないですか。人間の心はシステムを超える、みたいな感じじゃないですか」

俺のこの適当な発言に対し、ゆらゆらとしながら粒咲さんが立ち上がった。あれ。もしかして俺やらかした?流石に適当ぶっこきすぎたかな……。

あんこ「ワタシと先生の相性はシステムを超える……」

八幡「つ、粒咲さん?」

あんこ「ということは、ワタシと先生はそれだけ強く運命づけられた関係だったってこと……?それならワタシが先生と、け、結婚するってこと……?」

粒咲さんは1人で勝手に話を進めてしまっていた。

八幡「あ、あの……」

結局下校時刻になっても粒咲さんはこのままの状態だった。強引に下校させたけど、果たしてちゃんと帰れたのだろうか。

以上で番外編「あんこの誕生日」終了です。あんこ誕生日おめでとう!八幡とあんこはけっこういいコンビだと思います。

本編6-2


八幡「ふう」

次の日。俺は早朝の生徒会室のドアの前にいた。一つ息を整えてからノックする。

「どうぞ」

八幡「失礼します」

明日葉「おはようございます先生」

中にいたのは生徒会長の楠さんだ。メガネをかけ、書類の整理をしているようだ。

明日葉「時間通りですね。こんな朝早くからありがとうございます」

八幡「いえ。まあ、急な連絡に驚きましたけど」

昨日夜、どうしても2人で話したいことがあるから生徒会室に来て欲しい、という内容の連絡が突然来た。かなりびっくりしてしまい、ちょうどプレイしていた音ゲーを失敗してしまった。仕方ないよね。普段連絡なんて来ないから通知はONだったからノーツが隠れちゃった。

明日葉「すみません。急な用だったもので」

八幡「それはいいんですけど、その用ってなんですか?」

明日葉「それは……」

その時、なぜか楠さんの右腕が挙がった。

次の瞬間、左右から何者かが現れ、俺の手足を瞬く間に縛り上げる。

八幡「な、なんだ、って、んんっ!」

床に倒された俺はすぐ猿轡をかまされ、声を上げることもできなくなってしまった。そして目隠しもされ、完全に動きは封じられた。

明日葉「では移動しましょうか。先生」

底冷えするような声を浴びせられると、俺は台車か何かに乗せられ、どこかへ運ばれた。

-----------------------------------

そこそこの時間移動させられると、不意に台車の動きが止まった。

明日葉「さ、着きましたよ先生」

俺は再び床に転がされ、目隠しだけが外される。あたりを見渡すと、薄暗く、色々なものが積まれている。おそらく学校内にある倉庫のような場所だろう。

八幡「一体何のつもりですか楠さん」

明日葉「意外と冷静ですね。流石、敵の幹部なだけはあります」

敵?幹部?何言ってるんだこの人は。

八幡「何言ってるか全くわからないですけど、とりあえず早くこの縄ほどいてくれないですかね。俺、こういう趣味ないんですけど」

「諦めなさいよ先生」

「そうよ~。むしろ、先生はこういう状況を楽しんでるんでしょ?」

楠さんの後ろから聞き覚えのある2つの声がした。

暗がりから姿を現したのは芹沢さんと粒咲さんだ。楠さんの隣に立ってるということはこの2人も共犯なんだろう。おそらく俺を縛り上げたのはこの2人に間違いない。

八幡「いや、けっこう本気で痛いんですけど。それに床冷たいし」

蓮華「そうやってれんげたちを油断させようとしてるのかしら?」

八幡「いや、油断も何もないですから……」

あんこ「ていうか、逆にこんなことをしておいてワタシたちが先生をすぐ解放すると思う?」

八幡「それは、ない、と思いますけど……」

楠さんと同じように、芹沢さんも粒咲さんも俺のことを明らかに敵視している。こんなに恨まれるようなことした覚えは全くないんだけど……。

明日葉「蓮華、あんこ。お疲れ様。あとは私がやるから、2人は教室に戻ってくれ」

あんこ「ええ、でも、本当にやるの?」

明日葉「ああ。やる。私にやらせてくれ」

蓮華「……わかったわ。でも、何かあったらすぐれんげたちを頼ってね?」

明日葉「もちろんだ。さ、早く行ってくれ」

本編6-3


楠さんに言われ、芹沢さんと粒咲さんは部屋を出ていった。結果、俺と楠さんは密室に2人きり、という状況になるわけだが、今は全くドキドキしない。いや、恐怖のほうでドキドキしてるわ。それもメチャクチャ。

八幡「これから何をするつもりですか」

明日葉「それは私の台詞です。先生はこれから何をしようとしているのですか?」

八幡「質問の意味がわからないんですけど……」

明日葉「あくまでそうやってとぼけるのですね」

楠さんは鋭い視線を向けてくる。立って腕組みをして俺を見下ろしている分、さらに威厳を感じる。めっちゃ怖い……。

八幡「だから、とぼけるって言われても何が何だかさっぱりわからないんですけど」

明日葉「わかりました。先生がそのような態度をとるのなら、こっちにも考えがあります」

そう言って楠さんはしゃがみこんで、俺に携帯の画面を見せてきた。

明日葉「この人が、どうなってもいいんですか?」

その画面には小町の名前と、電話番号、メールアドレスなどが表示されていた。

八幡「あんた、何してんのかわかってんのか」

思わず俺は語気を強めてしまう。だが、楠さんはそんなものには動じるはずもなく、澄ました表情を崩さない。

明日葉「できれば私もこのような卑怯な手は使いたくないんですが、手段を選んでる場合ではないので」

楠さんは携帯をしまうと、再び立ち上がる。

明日葉「大事な妹さんを守りたいのなら、まずは私の質問に正直に答えてください」

八幡「…………」

小町を人質に取られた以上、俺に抵抗する余地は残されていない。未だにこの状況の意味が掴めないが、まずはおとなしく言うことを聞いていた方がよさそうだ。

明日葉「観念したようですね。ではまず単刀直入に伺います。あなたはイロウス側、つまり私たち星守の敵としてこの学校に潜入したのですか?」

八幡「は?」

突然、全く身に覚えのないことを言われてしまった。

明日葉「やはりとぼけるんですね。今さらそんな反応をしても無駄だと言うのに」

八幡「いや、いきなりそんなこと言われたら誰だってこういう反応になるでしょう……」

明日葉「その余裕も直になくなりますよ。では質問を変えます。先生がこの学校に来てすぐ、桜の家でひなた、サドネと勉強会をしていましたよね」

八幡「ええ。藤宮に言いくるめられて。それがどうしましたか」

明日葉「その時、どうしてイロウスが先生たちの前に現れたのですか?それもひなたたちの話によれば、イロウスは桜の家にまっすぐ向かって来たそうじゃないですか」

八幡「そんなの俺が知るわけないじゃないですか。イロウスに聞いてくださいよ」

明日葉「だから先生に聞いているのですが?」

楠さんは不快そうに目を細める。その顔やめてくれよ。マジで怖い。

八幡「その『だから』って言葉の意味が分からないんですけど……」

明日葉「ですから、先生がひなたたちを倒そうと『わざと』桜の家にイロウスを集めたのではないか、と言ってるんです」

楠さんは真剣な雰囲気を崩さない。なんだか、だんだん事態をつかめてきたぞ。

八幡「どうしてそんなことをしないといけないんですか。むしろ、イロウスを使わなくても、直接手を下せばいい話だと思うんですけど」

楠さんは一瞬、苦い顔をしたが、すぐに表情を戻して尋問を続ける。

明日葉「では楓とミミと3人で千葉に行ったときはどうでしたか?2人をわざわざ千葉に呼んだのは、自分の得意な場に誘い込もうとしたからでは?」

まあ、2人を案内するのに最適な場所として、俺の心の故郷千葉を選んだのは否定しないが。

八幡「でも、千葉には俺の知り合いも少なからずいます。千葉の人はみんな千葉で行動するんです。あの日、もしかしたら俺の知り合いも千葉駅にいたかもしれません。そんな人たちを巻き込んでまで、俺が綿木と千導院を殺そうとしたと言うんですか?」

明日葉「そのような可能性も捨てきれないと思っただけです」

だんだん状況が掴めてきたぞ。楠さんは、いや高校3年の3人は、これまでの俺の行動が全て星守たちを殺そうとした策略だと思ってるんだな。だから俺をこうして監禁するような手段に出たわけか。

本編6-4


明日葉「それでは、心美の神社でのイロウス襲撃については?心美が雑誌に取り上げられて、一般の方もたくさんいるタイミングでイロウスが現れましたが」

八幡「だからまずは参拝客の避難を最優先させたんじゃないですか」

明日葉「ええ。だから目標をうららと心美に絞ったわけですよね」

八幡「…………」

もう何を言ってもダメだ。楠さんは俺のことをイロウス側の人間だという印象でしか見ていない。俺のどんな言葉も欺瞞にしか聞こえていない。

明日葉「黙ってしまうということは認めた、と解釈しても?」

八幡「どうせ俺が何を言っても信じないでしょう」

明日葉「そんなことはありませんよ。素直に先生の本当の狙いを話してくだされば、お聞きしますが」

優しそうな言葉とは正反対に、楠さんの目は冷え切っている。

八幡「さっきから素直に話してるじゃないですか」

明日葉「ご自身の擁護を、ですか?」

八幡「そこまで言うなら、逆にそれ以外のことは俺から説明させてもらいます。星月たち高1との戦闘の際には、新型イロウスが現れました。通常なら、まずはイロウスの特性を把握することが任務となるはずでしたが、不測の事態が起こったため、殲滅することにしました」

明日葉「不測の事態、ですか?」

八幡「まあ、星月が勝手に突っ走った結果、収拾がつかなくなったんですがね」

明日葉「ということは、あくまであの時の責任はみきにある、と」

八幡「そんなこと言ってませんよ。気合が入りすぎて少し空回りするなんて、星月の特徴じゃないですか。むしろ、初めてのイロウス相手によくやった方だと思っています。もちろん成海も、若葉も」

明日葉「……」

少し楠さんの反応が鈍い。ここはさらに畳みかけるタイミングだ。

八幡「それに、新型イロウスが現れたならこの前の修学旅行でもそうです。あんなに巨大なイロウスを相手に、被害を食い止めながらよく戦ってくれたと思います。しかも、大量の大型イロウスを倒した後にも関わらず、」

明日葉「……もういいです」

楠さんは小さな声で俺の話を遮ってきた。

八幡「……わかってくれましたか」

明日葉「いえ……。むしろ、わからないことが増えました」

八幡「え」

明日葉「先生の話から、どうにかして先生とイロウスの繋がりを探ろうとしました。ですが、先生はどの戦闘でも自分ではなく、星守や、一般の方への配慮を口にするばかりでした。そして、その言葉に嘘はなかったように思います。仮にも楠家の者ですから、話してることがその人の本心かどうかは見極められます」

楠さんって人の心を読むギアスでも持ってるの?つか、俺の心を読んでるのなら、俺がコナン君並の真実を話してることは楠さんにも明白なはずだ。

八幡「なら、」

明日葉「ですから、逆にわからなくなったんです!もし、本当に先生がイロウスと何一つつながりを持たないとしたら、先生がこの学校に来てからの不自然なイロウスの行動に説明がつかないんです!」

楠さんは必至な形相で声を荒げる。対する俺は、床に転がりながらただ目線を落とすことしかできない。

八幡「その理由を今、八雲先生と御剣先生が必死に探ってるんじゃないですか?」

明日葉「そうです。ですが、あの優秀な教師のお2人の力をもってしても、まだ原因究明ができないんです。これは、何か裏があるようにしか思えません……。それに、このままでは、この学校の生徒や街の住人にいつ危険が及ぶか……」

ああ。楠さんは、守りたいのだ。生徒を、住人を、ひいてはこの生活を。だからこそ、こういう強硬手段を用いてでも、俺から何か情報を引き出そうとしたのか。まあ、こればっかりは俺は何も知らないから言えることは何1つないのだが。

明日葉「先生。もう1つ質問してもいいでしょうか?」

八幡「なんですか」

明日葉「先生は、どうしてこの学校に来たのですか?」

俺がここに来た理由。それは俺自身もずっと引っかかっていた。この学校のことや、星守のことを知っていく上でますますわからなくなってきた。だが、1つだけ答えられることがある。平塚先生や、理事長に言われたこの言葉。

八幡「確か、神樹に選ばれた、って……」

明日葉「神樹に……。ですが神樹は本来星守に力を貸す存在で、星守になれない男を選ぶとは考えられません」

八幡「俺も、そう思ってます。だから、正直俺自身もここに連れてこられた理由がわからないんです」

明日葉「……そこをはっきりさせれば、イロウスの不自然な発生理由もわかるかもしれませんね」

楠さんが結論を出したその時、壁の向こうから凄まじい轟音が聞こえ、倉庫全体もその衝撃で揺れ動いた。まるで近くで大きな爆弾が落ちたかのようだ。

番外編「ミサキの誕生日前編」

今日、11月11日はf*fの最新アルバムの発売日である。1ヶ月ほど前から歌番組だけでなく、バラエティやCM、街頭ポスターなんかでも販促を行っていたため、過去最高の売り上げを更新するんだそうだ。普段、アイドルの歌は全く聞かない俺でさえ発売前から何曲か口ずさめるようになってるのだから、プロモーションには相当力を入れているのだろう。

そんな俺は今、ある大手CDショップにいた。今回のf*fのアルバムには初回限定盤のみの特典として、アルバムのメイキング映像が入っているらしい。これを手に入れるよう、愛する妹小町に命令されたわけだ。

だが、なんで小町が予約し忘れたのに俺が買ってこなくちゃならないんだ。小町からの扱いが雑すぎるこの頃。でも、他の人からはそもそも扱われるほど関わってないから、相対的に小町が最強になってしまう。人間関係の希薄さに俺自身驚きを隠せない。

そんなこんなでf*f特設コーナーに足を運ぶと、初回限定盤が1個だけ置いてあるのが目に入った。てくてくと近付いて手を伸ばした時、右からもう1つ別の手が伸びてきた。その手もまた、初回限定盤に触れている。

八幡,、ミサキ「あ」

その手の人物とは、星守クラスの生徒のミサキだった。そういえばこいつもf*f好きだったっけ。

ミサキ「どうして先生がここにいるのですか」

八幡「いや、f*fのCD買いに……」

ふええ、なんで俺こんなに睨まれてるのん?口調も相変わらず厳しい。

ミサキ「まさか先生がアイドルオタクだとは知りませんでした。目だけでなく、心も腐っているのですね」

八幡「その言い方ひどくない?つか、お前こそ現在進行形でf*fのCD抱えてるじゃねえか」

ミサキ「f*fはそこらのアイドルとはわけが違います。歌、ダンス、プロポーションなど2人の魅力もさることながら、楽曲、衣装、振り付けなど2人を支える要素も含めて全てが完璧なんです。例えば『Melody Ring』は、」

ミサキは熱を込めて語っていく。こいつ、こんなに喋るんだな。いつもはもっとそっけない感じなのに。

ミサキ「先生、聞いていますか」

八幡「え、ああ。聞いてる聞いてる。すごいよな」

ミサキ「反応が適当な感じがしますが、まあいいでしょう。では先生さようなら」

八幡「おお。いや、ちょっと待て」

くるりと回れ右したミサキを俺はなんとか引き留める。

ミサキ「なんですか。私も忙しいのですが」

八幡「俺もそのCD欲しいんだよ……」

ミサキ「CDならまだそこにたくさん売ってるじゃないですか」

八幡「お前わかってて言ってるだろ……」

ミサキ「……やはり先生も初回限定版が欲しいのですね」

八幡「まあ、正確に言うと、俺じゃなくて妹がな」

ミサキ「妹?」

ミサキは不思議そうな顔をして尋ねてきた。

八幡「予約し忘れてたけど、どうしてもそれが欲しいんだと。CDくらい、煌上や国枝に言って貰ってきてやるって言ったら『そんなズルはできない!買わなきゃ意味ないの!』って怒られた……」

そのお金も親父から貰った小遣いなんだよなあ。ま、今の比企谷家は俺以外全員f*fにドはまりしてるから、続々とf*fグッズが増えてきているのだが。

ミサキ「……兄妹、か」

ミサキはぼそっと何かつぶやいてから、ふっと微笑んで俺にCDを差し出してきた。

ミサキ「妹さん、良い心がけですね。気が変わりました。このCDは先生の妹さんにお譲りします」

八幡「お、おう……」

CDに手を触れようとしたその時、ミサキはひょいとCDを俺から遠ざけた。

ミサキ「その代わり条件があります」

八幡「条件?」

ミサキ「はい。私も初回限定版を探しているんです。先生、付き合ってくれますか?」

八幡「……ああ、まあいいけど」

ミサキ「言いましたね。ではよろしくお願いします」

CDを俺に押し付けてからミサキは早足でレジに向けて歩きはじめる。

ミサキ「何してるんですか。早く買ってきてください。次の店に行きますよ」

八幡「はい……」

一喝された俺は急いでレジで会計を済ませた。

番外編「ミサキの誕生日後編」


ミサキ「ここも売り切れだそうです……」

八幡「……じゃあ違う店行くか」

俺がCDを買ってから数店舗を回っているが、初回限定盤はどこにも見当たらない。なんなら、通常版すら売り切れている店舗もあった。

八幡「こんなに人気なんだなf*fって」

ミサキ「当たり前です。むしろ、私は同じクラスにいても何も思わない先生の神経が理解できません」

八幡「そこまで言うか……」

ミサキ「私からしたらまだまだ言い足りませんが、ってあれは……」

ミサキの視線の先には「f*f初回限定版アルバム争奪ダンスバトル!」とカラフルに書かれた看板があった。

八幡「へえ、ダンスバトルか。お前やるつもりなの?」

と俺がミサキのほうを向くと、そこには彼女の姿はなく、すでに店の前に移動していた。

ミサキ「何してるんですか。早くエントリーしますよ」

八幡「はいはい……」

俺は渋々店の中へ入っていった。

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店の中には特設ステージが設けられており、その前には小さな人だかりができていた。

八幡「おいおい、なんかすげえな」

ミサキ「うろたえないでください。みっともないです」

年下に一喝されて謝ってしまう、どうも俺です。でも睨まれながらこんなこと言われたら普通謝っちゃうよね。例えるなら俺は蛇に睨まれた蛙。

ミサキ「これくらい特訓と思えば何ともありません」

言葉とは裏腹に、ミサキの手足が小刻みに震えているのがわかる。こいつも相当無理をしているんだろう。人前でダンスするなんてやったことないだろうし。

八幡「なあ、別にここじゃなくても他の店で探せば」

ミサキ「いえ、このチャンスは逃せません。この手で必ずCDを掴み取ります」

その強い決意の宣言を聞けば、俺が心配することは何もない。

八幡「ま、お前が何かの勝負で負けるなんて考えられないし、今回はf*fのダンスバトルなんだから大丈夫だろ」

ミサキは俺の言葉を聞いて、白い頬を赤くしながらもニッと笑って力強く返事をする。

ミサキ「先生も、少しは私のことわかってきたようですね」

そう言い残すと、ミサキはステージの方へ颯爽と歩いていった。

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結果から言うと、ミサキの圧勝だった。ミサキの他に4,5組のエントリーがあったが、お世辞にもパフォーマンスのレベルは高いとは言えなかった。その分、キレッキレなダンスを披露したミサキが満場一致でチャンピオンに輝き見事初回限定版を手に入れた。

もう日が落ち、暗くなった道を俺たち2人は歩いている。

八幡「でも、お前よくあんなに完璧に踊れるよな」

ミサキ「そこまで驚くことですか?普段の特訓を考慮すれば、むしろ順当な結果だと思いますが」

八幡「素直じゃねえやつ」

ミサキ「それはお互い様でしょう」

八幡「……違いない」

ひとまず、俺もこいつも欲しかった初回限定版はゲットできたし、一件落着だな。

ミサキ「では先生。次のお店に向かいますよ」

八幡「は?さっき初回限定盤は手に入れたじゃんか。まだ何かするの?」

ミサキ「まだ1つしかないじゃないですか。他に観賞用と保存用と少なくとも2つは確保したいです。できれば布教用としてさらにもう1つくらいは」

ミサキはそう言いながら足取りも軽く道を歩いていく。その顔はこれまでで一番晴れやかである。

でも、これってミサキが欲しい分手に入れるまではずっと付き合わなくちゃいけないの?ギブアンドテイクが釣り合わなさすぎじゃないですかね?

以上で番外編「ミサキの誕生日」終了です。ミサキ、お誕生日おめでとう!本編ではミサキは登場しませんが、ここでは星守クラスに在籍していることにしてください。

本編6-5


縄をほどいてもらってから、急いで校庭へ出てみると、尋常ではない量の砂煙が舞っていて、何がどうなっているか一切わからない。

だが、その中で何が起こっているかは途切れ途切れに聞こえる声と、武器がぶつかり合う音で判断がつく。

明日葉「どうしてみんなが戦ってるんだ……」

八幡「わかりません。でも、まずは止めないと」

俺が一歩足を進めた瞬間、顔のすぐ横を一発の弾丸と魔法弾が通過していった。

八幡「な……」

蓮華「あら~、なんで先生がここにいるのかしら」

あんこ「明日葉。先生を連れてくるなんて、計画と違うじゃない」

現れたのはさっき俺を縛り上げた芹沢さんと粒咲さんだった。

明日葉「でもそっちも計画とは違うんじゃないのか?」

あんこ「仕方ないのよ。予想よりワタシたちの話に加担してくれる子が少なかったの」

蓮華「それで、れんげたちに付く子と、付かない子でちょっといざこざが始まっちゃって……」

明日葉「く……」

勝手に3人で話が進んじゃって、1ミリも話を理解できてないんですけど。

あんこ「でも、明日葉。今ここに先生を連れてきたのは失敗だったかも」

八幡「それはどういう……」

俺が質問を終える前に、目の前に多くの人影が現れた。

だが、その人影は2つの集団に分かれ、お互いがお互いに武器を構えている。

明日葉「みんな……」

あんこ「ね。言った通り失敗だったでしょ」

蓮華「れんげたちが話をしたら、こんなふうに分裂しちゃって」

八幡「芹沢さん、粒咲さん、あいつらに何を話したんですか」

あんこ「何って言われても、単純なことよ」

蓮華「先生と明日葉が朝のHRにいない理由を、ね」

八幡「…………」

この2人がどこまで話したかはわからない。だが、ここまで星守クラスが分裂するということは、相当なことを言ったに違いない。そうじゃなければ、

みき「みんな!先生のことを信じようよ!先生はそんな人じゃないってば!」

うらら「だったらみきてぃ先輩も、れんれん先輩やあんちゃん先輩の言うこと信じたらどうですか?」

ミシェル「むみぃ……こんなことしてもいいことないよぉ」

ゆり「ミミの言う通りだ。だが、だからこそ!ここで決着をつけなくてはならないのだ。白黒はっきりさせるために!」

サドネ「カエデ!おにいちゃんをいじめないで!」

楓「サドネ!ワタクシにもまだ何が本当のことかわかりませんが、何かあってからでは遅いのですよ!」

詩穂「花音ちゃんは、あくまで先生を信じるのね」

花音「あいつは、卑屈でシスコンで目が腐ってるけど、悪い奴じゃないと思うの」

こんなふうにこいつらがお互いに殺気立つような雰囲気を出すはずがない。

八幡「これ、どうにかやめさせられないんですか」

蓮華「それができるのは先生だけよ」

あんこ「先生の目的をはっきりさせることね」

明日葉「聞いてくれ、蓮華、あんこ。さっき先生と2人で倉庫で話したのだが、どうも先生は私たちを騙そうとしているようには見えない」

意外にも、楠さんが芹沢さんと粒咲さんをなだめようと間に入ってくれた。

八幡「楠さん……」

本編6-6


蓮華「何言ってるのよ明日葉……」

手をぎゅっと握りしめながら、芹沢さんがか細い声を絞り出した。

あんこ「ちょっと蓮華、」

蓮華「あんこは少し黙ってて。ねえ明日葉。れんげとあんこは、明日葉を信じてここまで付いてきたのよ?そんな明日葉がブレていたら、れんげたちは誰を信じて動けばいいの?」

明日葉「それは、すまない……。だが、どうしても私には先生が私たちに嘘を言っているとは思えないんだ」

蓮華「いい加減にして明日葉。最初にした約束を忘れたの?何があってもれんげたち3人は、意思を変えないって」

明日葉「もちろん覚えている。だが……」

蓮華「それに、れんげたちがしっかりしないと、可愛い後輩たちも動揺しちゃうことはわかってる?」

確かに芹沢さんの言う通り、高2以下の星守たちは楠さんと芹沢さんの会話を聞いて、右往左往している。

昴「どうして明日葉先輩と蓮華先輩が言い争いを……」

桜「何か、訳アリっぽいのお」

心美「な、何がどうなってるのお……」

そこかしこで不安な声が上がってきている。そんな光景を見て、芹沢さんは杖を握り直して俺に向ける。え、俺に?

蓮華「明日葉がやらないなら、れんげがやる」

明日葉「ま、待て蓮華!」

あんこ「そうよ蓮華。少し落ち着いて」

蓮華「でも、れんげはこれ以上星守クラスの子たちの、いえ、全世界の可愛い女の子たちの悲しむ顔を見たくないの!」

唇をかみしめながら芹沢さんは杖を降ろさない。そして、杖の先が光り出した。

「杖を降ろしなさい。蓮華」

撃たれる、と思ったその瞬間、落ち着いた声と、校舎のほうから刺されるような威圧感とを感じた。それを感じたのは俺だけではないらしく、目の前の高3の3人や、他の星守たちも一瞬同じ方向を向く。

八幡「理事長……」

牡丹「それと、他の全員はそこから一歩も動かないこと。もし動くようなことがあれば」

一瞬、理事長の言葉が途切れた瞬間に、突如として八雲先生と御剣先生が武器を構えて現れた。

樹「私たちが対処します」

風蘭「ワタシらに、剣を振るわせないでくれよ」

俺たち全員が八雲、御剣両先生に気圧される中、ゆっくりと理事長が俺と高3の3人のもとへ歩いてきた。

牡丹「明日葉、蓮華、あんこ、そして比企谷先生、あなた方からは詳しく話を聞きたいと思います。私と一緒に理事長室へ」

明日葉「……わかりました」

あんこ「だってさ。行くわよ、蓮華」

蓮華「…………」

高3組の反応を窺ってから、理事長は八雲先生、御剣先生が制圧する集団の方へ向き直る。

牡丹「では樹、風蘭、そちらを任せます」

樹「かしこまりました理事長」

風蘭「ほら、もう動いていいから。教室戻るぞ」

御剣先生を先頭に、ぞろぞろと星守たちが校舎の方へ戻っていく。その集団の最後尾にいた八雲先生が理事長と無言のまま頷き合う。

牡丹「さ、私たちも行きますよ。私のほうからも色々話しておかないといけないことがありますから」

八幡「俺たちに、ですか?」

牡丹「そうです。星守クラスでも中心的な立場にあるあなたたちに、伝えたいことがあるのです」

話してる雰囲気的に、怒ってるとは思えない。それもそれで不思議だが、理事長が俺たち4人に話しておきたいことがあるっていうのはなんなんだろうか。嫌な予感しかしない。だが、今の状況で断れるはずもない。……あとは流れに身を任せるしかないか。

本編6-7


理事長を含め、総勢5人が理事長室に集まった。3人掛けのソファには、俺の隣に理事長。机を挟んで向かいには粒咲さん、楠さん、芹沢さんが座る。

理事長「まずはあななたちの話を聞きたいと思います。明日葉、蓮華、あんこ。どうしてこんなことをしたのか、その理由を」

明日葉「……わかりました。お話しします。事の発端は、最近の異常なイロウスの発生数の増加です。先生方が原因追求をしていることは知っていましたが、星守として、私たち高3組も自主的に探っていました。そんな時、ふと先生の存在に疑問を持ったんです。なんで男の先生が星守クラスにいるのか、と」

楠さんだけでなく、芹沢さんや粒咲さん、理事長まで俺に視線を向ける。やめて、そんなに見つめられたら石になっちゃう。なんなら、緊張ですでに固まってるまである。

明日葉「それで先生の行動を逐一調べてみると、私たち以外の星守とはどこかでイロウスと遭遇し、かなり大規模な戦闘を行っていることがわかりました。こんなに都合よく星守のいるところにイロウスが現れるはすがない、そう結論づいたんです。だから、真相を明らかにするために先生から話を聞こうと、あんな手荒な手段を用いてしまいました。先生、すみませんでした」

楠さんは立ち上がって深々と頭を下げる。

八幡「いえ、まあ、もういいですよ。それより、どうやって小町の情報を手に入れたんですか」

あんこ「それはワタシが先生のスマホやパソコンのデータを抜き出した」

粒咲さんがしれっと口を開く。やっぱりあんたか。そりゃ、楠さんがそんなことできるはずがないしな。

あんこ「そ、そんな怖い顔で睨まないでよ。わかってるわよ。すぐデータは消すから。あと、ワタシもごめんなさい」

粒咲さんも頭を下げる。

八幡「消してくれるならいいです。もし小町の情報が悪い男に流れたら、兄としてそいつらを全員蹂躙しなければならなくなるんで」

あんこ「相変わらずのシスコンぶりね……」

蓮華「でも、可愛い女の子を守りたいっていう気持ちは痛いほどわかるわ。れんげも、さっきまでそうだったから」

今度は芹沢さんが珍しく真面目な顔つきで俺の方を見てきた。

蓮華「れんげ、さっき先生に杖を構えちゃった。ごめんなさい。もっと冷静になるべきだったわ」

芹沢さんまでもが頭を下げた。

八幡「……もう気にしてませんよ」

一瞬、マジで殺されるかと思うくらいの殺気を感じたのは黙っておこう。

理事長「あなた方3人は、あくまで比企谷先生にイロウス発生の原因がある、と考えているのですね」

これまで黙っていた理事長がゆっくりと口を開いた。

蓮華「逆に、それ以外の理由が思いつかないの」

明日葉「だから私が2人を説得してこのような行動に出たんですが」

あんこ「まだ、確証は得られていないって感じね」

理事長「そうですか……」

八幡「な、なんですか?」

理事長「比企谷先生。いえ、明日葉、蓮華、あんこも。今から話すことはあなた方にとっては厳しい内容になるかもしれません。それでも、聞きますか?」

これまでもそうだったが、理事長の発言によって場の空気がさらに重苦しいものになった。そんなに重い話なの?だったらなるべく聞きたくないなあ。

明日葉「聞きます。いえ、聞かせてください」

蓮華「これ以上、可愛い星守クラスの子を危険にさらしたくないし~」

あんこ「ここで止められても余計気になるしね」

言葉を発する前に完全に流れを作られてしまった。これに逆らえるほど俺は強くない。なんでこう、星守は自分の考えで進めちゃうのかな。個が強いというか。まあ、俺も似たようなもんか。方向性は違うけど。

八幡「……わかりました。聞きます」

理事長「ありがとうございます。では最初にお話しすることは比企谷先生がなぜこの学校に来たのか、その理由です」

八幡「その話から入るんですね……」

ということは、俺も少なからずこの異常事態に関わっているってことか。……なんで?

理事長「やっぱりあんな説明の仕方じゃ疑問に思いますよね」

明日葉「先ほど、先生と私で話しているときにもその話題が挙がりました」

ちょっと?話してたっていうか、あれは完全に尋問だったからね?いや、まあもういいんだけどさ。変な趣味に目覚めなくてよかったとしておこう。

理事長「比企谷先生がこの学校に来た理由。みなさんにはそれを『神樹に選ばれたから』とお伝えしましたね。あれは嘘です」

4人「え?」

本編6-8


八幡「神樹に選ばれたことが嘘ならば、俺は神樹や星守とは何の関係もないんですか?」

牡丹「いえ、むしろ密接に関わっています」

理事長は一度首を横に振って答える。

あんこ「どういうことよ」

牡丹「結論から言うと、比企谷先生のことを星守に監視させるためにこの神樹ヶ峰にお呼びしたのです」

八幡「はい?」

明日葉「先生を、監視?」

牡丹「はい。比企谷先生の命を、ひいてはこの星の生物の命を守るためです」

蓮華「なんか話が大きくなりすぎてないですか~?」

牡丹「仕方ありません。事実なんですから」

俺を監視することが地球の生命を守ることにつながる?いったいいつから俺はそんなマンガの主人公みたいなポジションを確立したんだ……。一万歩譲っても日常系学園ラブコメラノベ主人公だろ……。

牡丹「順番に説明します。比企谷先生は『禁樹』にその存在を狙われていました」

あんこ「禁樹、って初めて聞く名前ね」

牡丹「禁樹というのは神樹の対になる樹です。神樹が星守を選ぶように、禁樹はイロウスを生み出します。比企谷先生はその禁樹に選ばれたらしいのです」

蓮華「らしい、って曖昧な言い方じゃないですか~?」

牡丹「私も直接禁樹に干渉できるわけではありません。神樹を通して、知りうる範囲での情報をもとに判断しているのです」

明日葉「神樹と禁樹は繋がっているのですか?」

牡丹「たまに禁樹の情報が神樹に流れ込むんです。今回はそれによって、比企谷先生のことを察知することができました」

八幡「なんでその禁樹は俺のことを狙ってたんですか?」

牡丹「そこまではわかりません。私は比企谷先生の外見情報しか受け取れませんでした。そこから、なんとか先生の居場所を特定し、交流という名目でこの学校に来てもらったんです。ここにいれば、先生を監視しつつ、イロウスからの干渉にも対処しやすいですから」

蓮華「それならどうしてれんげたちに本来の目的を隠してたんですか?」

牡丹「本当のことを言ったらみなさんはどうしましたか?イロウスと日夜戦いを続けているときに、そのイロウスと関係があるかもしれない人となんの隔たりもなく接することができますか?」

あんこ「今日のことを考えたら、多分無理ね」

牡丹「そうでしょう。でも、みなさんには敵意なく比企谷先生の近くにいてほしかったのです。それが一番のイロウス対策だと思ってましたから」

明日葉「ということは、先生が来てからのイロウス襲撃は先生と関連があると?」

牡丹「ええ。それに加えて最近のイロウス発生数の増加。これにもやはり比企谷先生が関わっていると考えていいでしょう。ただ、交流での比企谷先生の対応を見る限り、先生はイロウス側の人間ではないことは間違いないはずです」

蓮華「なんでですか?」

牡丹「もし星守に対し何かしたいのなら、イロウス襲撃という回りくどい手を何回も用いることは非効率だからです。例えば、交流初日のチャーハンに毒を仕込めば、その時点で私たちを全滅させることだってできたはずなんですから」

あんこ「確かにそうかも。それに危険な場所にわざわざ自分から行く理由もないし」

牡丹「だから、比企谷先生は何かしらの理由で禁樹、およびイロウスから狙われている、というのが私の考えです」

八幡「…………」

初めて聞くことが多すぎて頭がついていかない。俺がイロウスから狙われている?なら、どこかに俺とイロウスに関連があるってことなのか?でもどうして……。こんなぼっち高校生に何の価値があるんだ。

牡丹「それで、みなさん4人に1つお願いしたいことがあります。あなたたち4人で、禁樹の場所を特定してきてほしいのです」

あんこ「4人ってことは、先生も連れていくってこと?」

牡丹「ええ。比企谷先生がいれば、禁樹の場所や思惑もはっきりすると思うんです」

蓮華「それは、先生を囮に使うってことでいいんですか?」

牡丹「時間がありません。だからこそ、現星守で実力と経験を最も兼ね備えているあなたたち高3の3人にもお願いしてるのです」

そう言うと、理事長は立ち上がって俺の顔をじっと見てから頭を下げる。

牡丹「比企谷先生。これまで事実を隠していたことをお詫びします。そして、今回も巻き込んでしまって申し訳ありません。でもどうか、協力してもらえないでしょうか?彼女たちのため、さらにはこの星のために」

頭を挙げた理事長は今度は向かいの楠さんたちにも頭を下げる。

牡丹「明日葉、蓮華、あんこ。あななたちにも事実を隠しててごめんなさい。そのために余計な心配をかけてしまったのも私の責任です。そんな私にこのようなことを頼む資格はないかもしれませんが、どうか禁樹探しの任務を受けてもらえないかしら。先生を守りながらという危険な任務だけど、これを頼めるのはあなたたちしかいないわ」

番外編「樹の誕生日前編」


八幡「これが最後の資料です」

樹「お疲れ様。手伝ってくれてありがとう。おかげでとっても早く終わったわ」

八幡「お礼言われるようなことはしてないですよ」

樹「でも風蘭と違って、事務作業も真面目にこなしてくれるからとってもスムーズに進むんだもの。お礼も言いたくなるわ」

八幡「はあ」

正直そこまで言うほど大変な仕事でもなかった。今日は勤労感謝の日で祝日なのだが、案の定星守関連の仕事が立て込んでいたため休日出勤を強いられた。ただ、御剣先生がどうしても来られないということで、俺と八雲先生の2人がラボで仕事をすることになったのだ。

樹「ふう、せっかくの祝日なのにもうすっかり日も落ちちゃったわね」

八幡「まあもう冬ですからね」

樹「そうだ。せっかくならこのままあったかいものでも御馳走しちゃおうかしら。今日手伝ってくれたお礼もしたいし」

八幡「え。いや、それは悪いですって」

樹「遠慮しないで。休日出勤して、ご褒美も何もないんじゃ、やってられないでしょ。ほら、早く片付けて比企谷くん」

休日に仕事して自分にご褒美をあげるなんて、どこかのアラサー独身女教師と同じだと思ってしまうのは俺だけだろうか。

-----------------------------------

樹「~♪」

片づけを終えた俺は、上機嫌な八雲先生に付き添って、学校近くの商店街を歩いている。

八幡「なんか機嫌いいですね」

樹「あら、そう見える?」

八幡「ええ。いつもよりかなりテンションが高い気がします」

樹「いつもは風蘭としかご飯行かないから、比企谷くんが近くにいるのが新鮮なの」

八幡「はあ」

樹「さ、ついたわ。ここよ」

八雲先生が立ち止まった場所は、典型的な居酒屋。赤ちょうちんが灯り、のれんがかかっている。

八幡「八雲先生でもこういうところ来るんですね」

樹「私も大人だもの。たまには羽を伸ばしたくなる時もあるわ」

八雲先生はそう言うと、慣れた手つきで引き戸を開けて入っていく。俺も遅れないように続いて入店する。すると、俺たち2人のところに若い女性店員が近づいてきた。

店員「あ、樹さん。いらっしゃいませ」

樹「2人なんだけど、テーブル席空いてるかしら」

店員「はい。いつもの場所空いてますよ、ってあれ。樹さん、いつの間に彼氏できたんですか?」

樹「こ、この子は彼氏じゃないわよ。うちの学校に交流に来てる高校生よ」

八雲先生は顔を赤くしながら手を胸の前でバタバタさせる。その仕草を見て、店員は余計にニヤついて八雲先生に迫る。

店員「でも、樹さんの学校って女子校じゃなかったですか?樹さん、嘘をつくならもっとマシな嘘をつかなきゃ」

樹「もう、本当のことよ。ほら、比企谷くんも何か言って」

八幡「え?ま、まあ八雲先生の言うことは本当です」

店員「ふーん。そうなんだ。樹さんをイジれるネタができたと思ったのに残念」

樹「もうからかわないでよ」

店員とここまで親密に話ができるなんて、相当通っている証拠だろう。学校での八雲先生とはまた違った一面が見れて、少し面白い。

店員「ふふ、ごめんなさい。で、注文はどうされますか?」

樹「私はビールにするわ。比企谷くんは?」

八幡「じゃあお茶で」

樹「あとこのおすすめお鍋を2人前ちょうだい」

店員「かしこまりましたー!」

番外編「樹の誕生日後編」


樹「もう、風蘭ったらやればできるのになんでギリギリまで動かないのかしら。そのせいで、何度私がひやひやさせられたか」

八幡「はあ」

鍋を食べながら、俺たちは話をしている。まあ、ほとんどは八雲先生の愚痴を聞いているだけなのだが。

樹「今日だって、もともと風蘭がやるはずだった仕事だったのに、終わらないからって私に助けを求めてきたのよ。それでいて本人は来ないなんて、まったくどうなってるのよ」

その愚痴の内容も大部分が御剣先生への文句だった。ただ、ある程度は八雲先生の言い分も理解できてしまうあたり、俺もかなり神樹ヶ峰に染まってしまったらしい。

店員「お待たせしました。熱燗でーす」

樹「待ってたわよー」

そして八雲先生はすでに熱燗にまで手を伸ばしている。お酒のことはあまり知らないが、八雲先生がけっこうな量を飲んでいることはわかる。

樹「そういえば比企谷くんの話を聞いてなかったわね。どう、神樹ヶ峰は?」

八幡「まあ、それなりの生活を送っています」

樹「そう言うことが聞きたいんじゃないの。同じクラスにあんなにたくさんいい子たちがいて、なんとも思わないの?」

八幡「なんとも思わないですよ」

酔っ払ってるなあ八雲先生。普段ならこんなこと絶対聞いてこないはずなのに。

樹「今くらい素直になってもいいのよ。先生が聞いててあげるから」

八幡「仮にあったとしても、先生に話す話題じゃないですよね」

樹「もう、比企谷くんはガードが固いなあ」

八幡「はは」

八雲先生って酔うとこんな感じになるんだな。ここまでグイグイ来られると、正直少しめんどくさい。

樹「でも、比企谷くんのおかげで星守クラスもすごく成長したわ。星守としての力だけじゃなく、それ以外の面も」

八幡「…………」

樹「このまま、比企谷くんがずっと神樹ヶ峰にいてくれればいいのに……」

おちょこの中のお酒を飲みながら、八雲先生はそんなことを口にした。

八幡「俺は、あくまで交流で来てるんですから無理ですよ」

樹「それはわかってるわ。でも、せっかくここまで仲良くなったのに、近いうちに離れ離れにならなきゃいけないなんて……」

八幡「…………」

愚痴を垂れ流していたさっきまでとは全く違う、しおらしい雰囲気に、俺は何も言うことができない。

樹「そうだ。比企谷くん、将来本当の教師にならない?」

八幡「はい?」

樹「神樹ヶ峰は女子校だから男子生徒を入学させるのは無理でも、男の先生が赴任してはダメという規則はないわ。比企谷くんなら絶対採用されると思うわ。どう?」

八幡「いや、急にそんなこと言われても」

樹「じゃあ比企谷くんは何かなりたい職業があるの?」

八幡「専業主夫になりたいです」

樹「ああ、静さんが言ってたのはこれか」

八雲先生の俺を見る目がかわいそうなものを見る目つきに変わってしまった。やめて!そんなジト目で見つめないで!

樹「でも実際問題、これからどうしていくか考えないといけないでしょ?」

八幡「まあ、とりあえずは大学に進学しようとは思ってますけど、その先は何も考えてないです」

樹「そう。なら、どこかで比企谷くんに合う仕事が見つかるといいわね。それが教師だったら、私は嬉しいわ」

八幡「いや、だから俺は最終的には専業主夫にって」

樹「zzz」

言うだけ言って八雲先生はテーブルに突っ伏して寝てしまった。いつの間にか徳利が何本も空になっている。これだけ飲めば適当なこと言って寝ちゃうのも当然だわな。

だが、この状況、どうすればいいんだ?……ひとまず御剣先生に連絡してみるか。

以上で番外編「樹の誕生日」終了です。樹、お誕生日おめでとう!ゲームでは5部も始まりましたね。どういう風に展開していくんでしょうか。

本編6-9


明日葉「理事長がそうおっしゃるなら、私たちはそれに従うだけです」

蓮華「可愛い星守クラスの子に、危険な任務はさせられないわ」

あんこ「難易度が高いと言われれば、クリアしたくなるのがゲーマーとしての性よ」

牡丹「明日葉、蓮華、あんこ……」

……楠さんたちはそれぞれの理由で理事長の提案を受け入れた。なら、俺も自分の考えを示さないといけない。

八幡「俺も……俺も行きます」

俺の小さな反応に、高3の3人は少し驚いた表情を見せた。

明日葉「先生は無理しなくてもいいんですよ?」

八幡「いえ、今の状況に少しでも俺が関わっていると分かった以上、黙ってじっとしているのも申し訳ないです」

蓮華「なんだか男らしい発言ですね先生~」

八幡「まあ、俺自身はなんもできないんで、お三方に守ってもらわなきゃなりません。それでも、俺がいることで何か変わるのなら、行かせてください」

以前の俺なら絶対に口にしない、いや、それ以前に考えもしないようなことを喋ってしまっている。ただ、不思議と迷いはない。

あんこ「ゲームでもパーティを組む時はそれぞれタイプが違う人を集めるものだし、大丈夫よ」

明日葉「ええ。先生のことは必ず私たちがお守りします」

蓮華「その代り、先生もれんげたちのこと助けてね」

八幡「俺にできることがあれば、でいいなら」

俺の力のない言葉に、3人は顔を見合わせてふっと微笑んだ。なんか、年上のお姉さんにこんなふうに扱われるの初めてで慣れないな。ま、とりあえずは言うこと聞いてればいいか。全員、能力は高い人たちだし俺が出る幕はなさそうだ。むしろないほうがいいまである。おとなしくしてよ。

牡丹「話はまとまったみたいですね」

明日葉「それで、私たちはどこへ向かえばいいんですか?」

牡丹「樹と風蘭が禁樹の場所の候補をいくつかリストアップしてくれています。そこを中心に捜索してもらうことになります」

あんこ「実際に見て確かめろ、ということね。なんかクエストっぽくてワクワクするわ」

蓮華「なんで一つに絞れないんですか?」

牡丹「情報不足で、確実な場所までは特定できませんでした。なのでとりあえず、イロウスの活動がより活発なところをまとめてもらいました」

明日葉「わかりました。では早速探索に向かいます」

牡丹「それではラボへ移動しましょう」

高3組が前、俺と理事長が後ろでラボまで歩いていく。

牡丹「比企谷先生」

八幡「なんですか?」

牡丹「星守クラス担任として、彼女たちのことしっかり支えてあげて下さい」

八幡「いや、楠さんたちなら自分たちでなんでもできちゃうんじゃないですか」

牡丹「そんなことはありません。必ず比企谷先生の助けが必要になる場面があります。その時は、彼女たちを正しい方へ導いてあげてください」

八幡「言ってる意味があまりわからないんですけど」

牡丹「すみません。あまり深い意味はありません。頭の片隅に置いておいてください」

八幡「はあ」

こんなことを話しつつ、俺たちはラボに到着した。理事長が素早く機械を操作し、転送先の座標を決定していく。

牡丹「転送の用意が整いました。まずは一か所目、よろしくお願いします」

4人「はい」

この転送装置に乗るのも随分久しぶりな気がする。初めは強引に、次は自分でもわからないままに。今回は自分の意志で乗っている。俺も、この学校で少しは変わったんだろうか。

牡丹「では、転送開始」

申し訳ありません。6章をもう一度初めから書きなおします。今のままでは綺麗な終わり方にならないと思ったためです。見切り発車の悪いところが出てしまいました。今後はもう少し展開を考え、ある程度書きためてから投稿します。なので、読んでくださる方はしばらくお待ちください。

本編6-1


ブーブー

風蘭「またイロウスが出現したか」

樹「今週に入ってもう5回目よ」

八幡「多いですね」

俺たちは神樹ヶ峰女学園内にあるラボにいて、最近のイロウスの行動パターンについて解析を進めている。

高校2年組が修学旅行から戻ってから、特にイロウスの出現頻度が増してきている。これまでローテーションだった星守任務だが、今は全員がスクランブル体制でイロウスを撃退している。

樹「みんな、またイロウスが出現したわ。殲滅、お願いね」

八雲先生は星守たちにイロウス出現を知らせる。程なくして全員の星守がラボに集まった。

風蘭「よし。全員揃ったな。じゃあ転送装置を起動させる。準備は良いか?」

星守たち「はい!」

御剣先生の言葉に星守たちは気合の入った返事をする。すぐに転送装置が起動し、次々に星守たちがそれに入っていく。

八幡「気を付けてな」

俺はこんなふうに声をかけるしかできない。イロウスの数も多くなっているため、俺が現場へ赴くことも危険と判断されたのだ。

明日葉「はい。行って参ります」

蓮華「明日葉~固いわよ。もっとリラックスリラックス~」

明日葉「おい、蓮華。戦闘前に抱き着くな!」

あんこ「何やってるのよ2人とも」

樹「そうよ。集中しないと、イロウスは倒せないわ」

明日葉「申し訳ありません」

蓮華「は~い」

風蘭「じゃあ転送するぞ。しっかりやってこい」

こうして星守たちは転送装置の光の中に消えていった。

------------------------------------------

一通り戦闘が終わった後、再び転送装置が光り、星守たちが戻ってきた。普段よりもイロウスの数が多かったからか、何人かは疲れてぐったりとしている。
 
明日葉「ただいま戻りました」

樹「お疲れ様。戦闘のまとめは私たちでやるから、みんなはもう帰っていいわよ」

明日葉「いえ、私たちも参加します。実際に戦うのは私たちですから」

風蘭「だが、これからデータの解析をするからすぐには終わらないぞ」

桜「それなら帰らせてもらいたいのお」

ミシェル「ミミ、もう動けない……」

うらら「うららも疲れたし帰りたーい」

ゆり「こら!そんな気合ではイロウスには勝てんぞ!」

望「でも八雲先生も帰っていいって言ってるんだし、いいんじゃない?」

あんこ「そうね。ワタシたちがいても、できることは何もないし」

明日葉「しかし、」

蓮華「それなら、明日にでも話を聞けばいいんじゃない?ね、先生」

八幡「え?あ、ああ。そうですね」

いきなり俺に話を振るなよ。予想外過ぎてまともな反応ができなかったじゃないか。まさか俺に話が回ってくるとは思わないよね。無駄に関わらないよう気配を消していたつもりだったけど、芹沢さんには効かなかったようだ。

明日葉「……わかりました。じゃあみんな。今日は帰ろう。その代わり、明日は朝から今日の戦闘の振り返りだ」

星守たち「はーい」

こうして星守たちは疲労がたまった体を引きずるようにのろのろとラボを出ていった。

本編6-2


八幡「ふう……」

結局昨日はそこそこな時間まで戦闘データを解析し、良かったところ、悪かったところを洗い出した。で、今日は朝から星守たちにその報告をし、さっきまで新たな特訓メニューを立案していた。

俺、なんでこんなに働いてるんだろ……。前は文字通りの交流しかしてなかったのに、最近はがっつり八雲先生や御剣先生の補助までやらされている。そのせいで、昼休みも職員室で作業しながら済ませることが多くなってしまった。

まあ、それはまだいいのだが、そのせいでいろんな教職員と顔を合わせることになるほうが嫌だ。「今日も比企谷くんは仕事ですか?まるで本当の先生みたいですね」なんて言われる始末。それに対し「あはは、まあそうかもしれないですね」なんてさらっと返す社会人スキルを身につけてしまった。俺の社畜能力が日に日に高まっていく。俺はもっとうまるちゃんみたいな生活をしたいんだ。干妹ではなく、干兄だが。なんか響きがヒアリみたいで、いかにも家の害虫そうな感じがするな。

明日葉「失礼します。先生。少しよろしいでしょうか」

そんな現実逃避をしていたところへ、不意に楠さんがやって来た。

八幡「ええ。いいですけど、どうしたんですか」

明日葉「ちょっと2人でお話ししたいんです。生徒会室に来てくれませんか?」

八幡「はあ」

言われるがまま、俺は楠さんに従って生徒会室に入った。

明日葉「わざわざすみません。この話はあまり他の人に聞かれたくはないんです」

八幡「それはいいんですけど、その話ってなんですか?」

明日葉「星守クラスの現状についてです」

八幡「何か問題でもありますか?」

明日葉「喫緊の問題はありません。しかし、これからのことを考えると無視できないことがあります」

八幡「無視できないこと?」

明日葉「星守たちの心構えです。近頃、イロウスの数も増え、全員が常に危機意識を持たなければならないのに、それが欠如している人が何人も見受けられます」

八幡「そうですか?」

明日葉「はい。特に昨日も、確かに普段よりも長い戦闘ではありましたが、それによる体力の消耗や、自分たちでできることがないという理由ですぐに帰宅することになったじゃないですか。私は、あのような普段とは違う戦闘をした時こそ、より早い段階で戦闘データを共有することが必要だと思うんです」

八幡「はあ」

明日葉「それだけではありません。どんなイロウスにも勝てるよう、特訓の時間を伸ばそうとしても、それに否定的な反応をするものもいます。あまり言いたくはありませんが、上級生の中にも特訓をサボろうとする人もいます……」

そう言うと、楠さんは大きなため息を1つついた。

八幡「まあ、あんなキツイ特訓ならやりたくなくなる気持ちもわかりますけど……」

明日葉「それではダメなんです!」

八幡「く、楠さん?」

明日葉「星守たるもの、常に心も体も鍛え上げ、イロウス相手に万全の準備をする必要があるのです。私たちは神樹に選ばれ、人類を守る使命を与えられたのですから。先生もこのことは理解してくださいますよね?」

八幡「は、はあ……」

楠さんは凛とした表情で星守について力説してきた。その勢いに圧倒されて俺はただ頷くことしかできない。

明日葉「ですので先生。1つお願いがあります。どうか私に協力してくれませんか?」

八幡「協力?」

明日葉「はい。星守の意識改革です。全員に対して、星守として向上心を持って生活するよう指導してほしいんです」

八幡「それなら楠さんが言った方が効果があると思うんですけど」

明日葉「もちろん私も言います。しかし、よりみんなの心構えを正すためには先生の力が必要なんです。どうかお願いします」

楠さんは身を乗り出して俺に懇願してくる。だけど、向上心なんてこれっぽっちも持ち合わせていない俺が説教を垂れたところで説得力はゼロだし、なんなら逆に俺の向上心の無さを指摘されるまである。そんなことを考えると、この申し入れは素直には受け入れることはできそうもない。かと言って目の前の楠さんを無視することもできないしなあ。

八幡「……事情はわかりました。でも、すいません。少し考える時間をください」

取りうる手段は、とりあえず先延ばし。これに限る。政治と一緒だね!

明日葉「わかりました……」

ひとまず楠さんから了承をもらったところで昼休みを終えるチャイムが鳴った。

明日葉「そろそろ昼休みも終わりですね。すみません、こんなに時間を割かせてしまって」

八幡「いえ、別に気にしないでください」

ホントは昼飯を食べ損ねてしまったのだが、まあそれは放課後にでも食べればいいか。

本編6-3


はあ、昨日はびっくりした。いきなり楠さんにあんな相談されるんだもん。いくら俺が星守クラスの担任だからって言っても、俺のこの性格じゃ「特訓しろ」なんて言っても意味がないのは明らかなんだよなあ。どうしたもんか。

あんこ「先生。ちょっといい」

昼休みになり、1人職員室で悩んでいると、ひょこっと粒咲さんが現れた。

八幡「粒咲さん。どうしたんですか?」

あんこ「大事な話があるの。パソコン室に来てもらってもいい?」

八幡「はあ」

ん。なんか昨日と同じような展開だぞ、これ。

あんこ「さ、早く入って適当に座って」

執拗に周りを気にしながら、粒咲さんは俺をパソコン室へ誘導した後、素早くドアを閉めた。

八幡「で、話ってなんですか?」

あんこ「……最近の星守活動についてよ」

八幡「なんか問題でもありますか?」

あんこ「大アリよ!ワタシにとっては死活問題だわ!」

粒咲さんは机をバンバン叩いてそう主張する。

八幡「えーと、具体的には何が問題なんですか?」

あんこ「最近星守の任務が多くて、それだけでも時間を取られてるって言うのに、明日葉が特訓時間まで増やそうとしてるのよ。もう限界……」

八幡「まあ、確かに体力的にはキツイですよね。当番制も廃止されましたし」

あんこ「そうじゃないわ」

八幡「は?」

あんこ「常時待機してるよう言われているせいで、集中してゲームに取り組めないわ。特にオンラインゲームなんかは途中で通信切ると、仲間からの信用を失って、それ以降一緒にゲームしてくれなくなるのよ」

八幡「それが本音ですか……」

あんこ「当然。ワタシからゲームを取ったらほぼ何もなくなるわ」

八幡「ほぼ、っていうところにリアルさが出てますね……」

あんこ「そこで、先生にお願いがあるの」

なんか、昨日と同じような展開な気がするのは気のせいでしょうか。

八幡「……なんですか」

あんこ「ワタシのゲーム時間の確保に協力して!」

八幡「……え?」

あんこ「具体的にはワタシと一緒に明日葉に特訓時間の削減を求めて欲しいの。星守としての実力は実際の戦闘で上がっていくから心配ないし、これ以上特訓まで増やされたらストレスもたまる一方だわ」

粒咲さんは目に涙を浮かべながら懇願してくる。

まあ、自分のしたいことが全くできなくなるっていう辛さはわからなくもない。現に、俺も家に帰ったら録りためたアニメ観たり、本屋で買って来た小説やラノベ読んだりしてるしな。でも、星守クラスの担任という立場上、「特訓を減らそう」とは言えないだろう。仮にも星守を支える役割なわけだし、こっちからそういう提案をするのはお門違いだ。

八幡「……事情は分かりました。でも、すいません。少し考える時間をください」

あんこ「ま、そうよね。いきなりこんなこと言われても混乱しちゃうわね。じゃあまたね先生。いい返事待ってるわ」

そう言い残すと、粒咲さんはパソコン室を出ていった。

部屋に1人で残された今になって改めて考えてみると…………これどうしようもなくない?

片や星守としての使命を優先し、特訓時間を増やすようお願いしてきた。片や任務によるストレス発散を優先し、特訓時間を減らすようお願いしてきた。どっちかをとると、必ずどっちかの要求を撥ね付けなくてはならなくなる。せめて片方が明らかな論理矛盾を含んでいたり、無茶なレベルの要求だったりしたら話は簡単なんだが、今回は同レベルの要求、しかもどちらの言い分も理解できる内容だ。

極めつけはどっちも星守クラスの高3からのお願いということだ。どちらかに肩入れしてしまうと、その後のクラスの雰囲気、さらには星守任務にまで影響が及ぶかもしれない。そんな結果になることだけはなんとしても避けなければならない。

八幡「こんなの、どうすればいいんだ……」

俺の弱々しい独り言は、昼休みを終えるチャイムにかき消されてしまった。

本編6-4


楠さんと粒咲さんから正反対のお願いをされてから数日経った。未だに結論が見つからない俺は、両方に適当に言葉をかけてごまかし続けてきた。だが、それも限界に近い。もしこの2人が言い争うことになったらどうなるのか、想像するだけで怖い。

八幡「うーす」

そんな気持ちで星守クラスに入っていくと、何やら空気が重々しい。そしてその原因はおそらく目の前で互いをにらみ合っているこの2人だろう。

明日葉「あんこ。そんな心構えではイロウスを倒すことはできんぞ」

あんこ「でも今まではちゃんと倒してるじゃない。それで十分でしょ」

ゆり「でも、イロウスの発生数が増加している以上、私たちも更なるパワーアップを図ることが必要だと思います」

桜「じゃが、今でも十分戦えておるじゃろ。むしろ、疲労がたまって本来の力まで出せなくなるわい」

昴「桜。そこは体力でカバーだよ」

くるみ「でも、休養をとることも大事だと思います」

2人はお互いに一歩も譲らないと言わんばかりににらみ合いを続ける。さらにそこに数人の星守たちがお互いの考えに近い方に参戦していく。

みき「あ、先生!ちょうどいいところに」

星月が俺の存在に気づいて駆け寄ってきた。

八幡「星月。どうなってるんだこれ」

みき「明日葉先輩が今日の放課後の特訓メニューを大幅に増やすって言ったら、あんこ先輩がそれに反論したんです」

懸念してたことが現実になってしまった。相反する考えを持つ2人が、こうして対立することは容易に想像がついたのに。対応を後回しにした、俺のミスだ。

八幡「あの、お2人とも、もうHRの時間なんで席に戻って、」

俺が間に入って声をかけると、両方からキッと睨みつけられた。やばい。めっちゃ怖い。

明日葉「先生は当然、私の考えに賛同してくれますよね」

あんこ「ワタシのほうよね先生?」

恋愛ゲームではときめき必至のシチュエーションだが、こんな空気の中では一切ときめかない。むしろ恐怖感が倍増されていく。

何か言わなければ、何か。でも、何を言えばいいんだ。もう時間稼ぎはできない、だが片方に肩入れする発言もできない。どうすれば、

ブーブー

その時、静まり返った教室にイロウス発生を知らせる警報が鳴り響いた。星守たちは一瞬こそ戸惑いはあったものの全員がそれぞれやっていることを中断して教室を出て行こうとする。

1人を除いて。

明日葉「あんこ……。どうした。イロウスが出現したんだ。早くラボへ」

あんこ「…………ワタシは行かない」

みき「あ、あんこ先輩?何言ってるんですか?」

あんこ「ワタシは行かない。行きたい人が行けばいいでしょ。そもそも星守の任務だって強制じゃないはずよ。だったらワタシにも断る権利があるわ」

唇をかみしめながら粒咲さんはその場を動かない。尋常じゃない状況に、他の星守たちも身動きできないでいる。

明日葉「……あんこ。自分が何を言ってるのかわかってるのか?」

あんこ「…………」

明日葉「あんこ!」

楠さんの吠えるような声にも、粒咲さんは身じろぎ1つしない。そんな様子に楠さんは何か言おうと口を開けたが、そこから言葉が出ることはなく、諦めたように視線を下げてしまう。

明日葉「私は、期待しすぎていたのかもしれないな……」

楠さんはそう呟くと、周りに目もくれず教室を飛び出していった。残された星守たちは2人のやりとりに気圧されてか、まだ動けないでいる。

八幡「ひとまずみんなイロウス討伐に向かってくれ。話はそれからだ」

みき「は、はい……」

星月がかろうじて小さな声で返事をしただけで、後は無言のまま教室を去っていった。俺は、ただ1人立ちつくしたままの粒咲さんに向き直る。

八幡「粒咲さん、あの」

あんこ「先生も行って。星守クラスの担任でしょ。星守の戦闘を見守る義務があるんじゃないの」

粒咲さんが放つ突き放すような冷たい声色に対し、俺は言われるままに教室を後にするしかできなかった。

本編6-5


八幡「はぁ、はぁ」

粒咲さんを残し、急いでラボへ入っていくと、俺を待ちかねていたのか、八雲先生と御剣先生がすぐに詰問してきた。

樹「比企谷くん!一体何があったの?」

風蘭「あいつらの動きが普段よりかなり鈍いんだ」

八幡「やっぱりですか……」

樹「やっぱり、ってどういうこと?」

追及の手を緩めない八雲先生の表情が、一段と厳しくなる。御剣先生は何も言葉を発しはしないが、八雲先生と同様、難しい顔をして俺の言葉を待っている。

八幡「それは……」

「た、大変です!」

俺の言葉を遮るように、ラボに悲鳴にも似た声が響いた。声のしたほうを見ると、若葉と成海が誰かを肩から支えていた。支えられている当人は、かなりのケガを負っているように見える。

樹「あ、明日葉!?」

風蘭「どうしてこんなことになった?」

昴「明日葉先輩、大型イロウスの攻撃をモロに食らっちゃったんです」

遥香「明日葉先輩なら、絶対避けられる攻撃だったんですが……」

樹「明日葉、大丈夫?」

明日葉「は、はい……。余計な心配をおかけしてすみません。全ては私の力不足が原因です……」

風蘭「もう喋るな明日葉。昴、遥香。そのまま明日葉を医務室へ連れてってくれ」

若葉と成海は静かに頷いてから、楠さんを支えてラボを出ていった。

それからほどなくして、残りの星守たちも帰還してきた。が、皆一様に表情が暗い。

ゆり「出現したイロウスは全て討伐しました……ですが、明日葉先輩が負傷しました」

風蘭「ああ。すでに昴と遥香に医務室に連れてってもらった。他にケガしている人はいないか?」

心美「他はみんな大丈夫、ですう……」

樹「それならよかったわ。ひとまずみんなは教室に戻って待機してて」

楓「わかりましたわ……」

詩穂「さあみなさん、教室に戻りましょう」

国枝の呼びかけに応じ、星守たちはラボを出ようとする。

ひなた「あれ、そういえば蓮華先輩は?」

南の言う通り、確かに芹沢さんの姿が見えない。みんながキョロキョロする中でサドネが1人ぼそっと呟いた。

サドネ「レンゲなら、帰ってきてすぐ外へ走っていった」

八幡「本当かサドネ?」

サドネ「うん。レンゲ、いつもと違う顔してた」

サドネが話し終えたその時、ポケットに入っていた携帯が震え出した。取り出して画面を見てみると「♡蓮華♡」と表示されている。なんでこんな表示になっているかはともかく、俺は急いで電話に出た。

蓮華『センセ~、出るの遅いですよ?』

八幡「いや、これでもかなり早く出たつもりなんですけど。で、芹沢さん今どこにいるんですか?」

蓮華『今、明日葉に付き添って遥香ちゃんのお父さんが勤めている病院に向かってるの』

ああ、やっぱり芹沢さんは楠さんが心配ですぐに様子を見に行ったのか。

八幡「わかりました。医務室にいた成海と若葉はどうしてますか?」

蓮華『2人とも教室へ帰したわ。付き添いはれんげ1人で十分だから』

八幡「そうですか。なら俺たちもすぐ教室に」

蓮華『待って先生』

もう電話を切ろうとした時、急に芹沢さんの声のトーンが変わった。

本編6-6


蓮華『先生はあんこを連れて病院へきて』

八幡「粒咲さんを?」

蓮華「そうよ。なるべく早くね」

珍しく芹沢さんの声に余裕を感じられない。ということは、相当切迫した事情があるのだろう。

八幡「わかりました……」

俺が返事をすると、電話は切られた。目の前のサドネだけでなく、他の星守たちも俺のことを不思議そうに見つめていた。

八幡「みんなは教室に戻っててくれ。俺は楠さんの状態を確認しに病院へ行ってくる」

望「それならアタシたちも一緒に、」

八幡「いや、こんな大人数で行っても逆に迷惑だろ。ひとまず俺が行ってくるから、その間は高2組がみんなをまとめてくれ」

くるみ「は、はい……」

八幡「じゃあ頼んだ」

なんとか言い訳を取り繕って俺はラボを出た。向かう先は、パソコン室だ。

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他のクラスは授業中なため、廊下は人影が全くない。騒がしい教室から多少声が漏れ出てくることもあるが、パソコン室が近づいてくるにしたがって、あたりはしんと静まり返っていく。

八幡「失礼します」

軽くノックをしてからドアを開ける。パソコン室の中は一部の窓から光が差し込んでいるものの、電気がついてないからか、薄暗い。そんな中に特徴的な髪飾りが揺れているのが見えた。

八幡「粒咲さん……」

近くによって声をかけてみると、粒咲さんは椅子の上で膝を抱えながら体育座りのような姿勢でじっと座っている。いつもなら点いているはずのパソコンも、今は画面が黒いままである。

八幡「戦闘は終わりました。出現したイロウスは全て殲滅しました」

粒咲さんは俺の報告になんの反応もせず、姿勢を崩さないまま黙っている。

八幡「ただ……、1つ言わなければいけないことがあります」

粒咲さんは一瞬ぴくっとしたが、相変わらず姿勢は崩さないままだ。俺は1つ息を吐いてから、なるべく冷静に話し出した。

八幡「楠さんがイロウスに攻撃され負傷しました。今、成海の親が経営する病院へ運ばれています」

瞬間、粒咲さんはがばっと俺の方を向いて、目を見開かせた。

あんこ「嘘でしょ。明日葉が?」

八幡「はい。俺も見ましたが、かなり大きな怪我です」

あんこ「ふ、ふふ、先生はそうやってワタシを騙そうとしてるんでしょ。そうでしょ?」

八幡「…………」

粒咲さんは無理やり笑顔を取り繕って迫ってくる。が、俺はそれに対し首を横に振ることしかできない。

八幡「付き添いをしている芹沢さんから、俺と粒咲さんも病院に来るよう言われました。今すぐ俺と一緒に病院へ行きましょう」

あんこ「先生だけで行けばいいじゃない……」

八幡「そんなわけにはいかないですよ」

あんこ「どうして、」

八幡「楠さんはしばらく戦線を離脱することになると思います。そうなったら、芹沢さんと、粒咲さんに星守クラスをまとめてもらうほかありません。だから粒咲さんには楠さんのケガの具合をきちんと把握しててほしいんです」

あんこ「………でも」

八幡「お願いします。粒咲さん。事態は急を要します」

いくばくかの逡巡を経て、粒咲さんはゆっくりと椅子から立ち上がった。

あんこ「わかったわ……。病院に行く」

八幡「ありがとうございます。急ぎましょう」

俺と粒咲さんは薄暗いパソコン室を出て、未だ静かな廊下を歩きだした。

本編6-7


校門からタクシーに乗り込み、俺と粒咲さんは病院に到着した。受付で楠さんの病室の部屋番号を聞き、気持ち早足で病室へと歩いていく。

八幡「ここですね」

あんこ「そうね……」

実際に病室のドアの前に立つと委縮してしまうのだろうか、粒咲さんはドアに手をかけようとしない。

八幡「比企谷です。粒咲さんも一緒にいます」

蓮華「は~い、どうぞ~」

仕方なく俺がノックをして来訪を告げると、中から芹沢さんの返答が聞こえてきた。

八幡「失礼します」

中は個室で、ベッドの上に楠さんが寝ていた。上半身は起こしているが、右腕には包帯を巻いている。左腕や顔にもガーゼが貼られていて、ケガの程度が軽くないことがわかる。

明日葉「先生。わざわざありがとうございます」

楠さんは頭をぺこっと下げる。

明日葉「あんこも。来てくれてありがとう」

楠さんは笑いかけるが、その表情にはいつもの力強さはない。むしろ弱弱しく、儚い印象を受ける。

あんこ「まあ、ね」

蓮華「ほら、そんなところに立ってないで、2人とも椅子に座って」

ベッドの脇に座っていた芹沢さんが空いている椅子を勧めてきた。別に断る理由もないので、俺たち2人もそこに座る。

結果、ベッドの上の楠さんを芹沢さん、俺、粒咲さんと囲う形となった。

明日葉「申し訳ない、みんな。私の不注意でこんなことになってしまって」

蓮華「明日葉でも、注意力が散漫になるときがあるのね。そういうちょっと抜けたところがある明日葉もれんげは大好きよ?」

明日葉「蓮華、今の私にツッコむ体力はないから勘弁してくれ……」

楠さんは脇でニヤニヤする芹沢さんをほっといて、俺に向かって姿勢を正した。

明日葉「蓮華は知っていますが、私はまだしばらくこの病院に入院することになりました。遥香のお父様が全力で治療にあたってくださるとおっしゃってくれましたが、すぐに星守任務に復帰、とはいかないようです。ですので、しばらくの間、星守クラスをよろしくお願いします。先生」

八幡「……はい」

状況も状況だし、ここは引き受けるしかない。楠さんが戻ってくるまでの間だし、芹沢さんや、粒咲さんだっている。俺の仕事はそんなに多くないはずだ。

明日葉「あんこ。お前にも迷惑をかけた。すまない」

あんこ「……ワタシのほうこそ、あんな態度とっちゃったから明日葉はケガを」

明日葉「違う。このケガは完全に私の失態だ」

あんこ「でも朝のことが原因なんじゃ」

明日葉「あんこに責任はない」

楠さんはきっぱりと言い切る。その迫力に粒咲さんは押し黙ってしまう。

明日葉「それで、あんこ。お前に話がある」

声量は大きくはない、だがその声は病室の壁に反響してはっきりと聞こえた。粒咲さんは怪訝そうな顔で次の言葉を待ち、向かいの芹沢さんはなぜか視線を下に落としている。

明日葉「あんこ。今までありがとう」

あんこ「な、何よ急に」

予想だにしない言葉に粒咲さんは少し引き気味に返事をする。

明日葉「本心を話しているだけさ。あんこには色々助けられた。感謝している」

楠さんの慈愛に満ちたような儚い笑顔による更なる感謝の意に対し、粒咲さんは目を潤ませる。だが、それが嬉し涙でないことは、強く握りしめられた手が示していた。

あんこ「…………待って」

明日葉「だからあんこ、」

あんこ「待って、言わないで」

明日葉「無理して星守を続けなくても、いいぞ?」

本編6-8


粒咲さんの制止を無視し、楠さんはなおも言葉を続ける。

明日葉「思えば、私はかなりの負担を強いていたことを今回のケガを通して痛感したんだ。幸い、私のケガはそこまで重症ではなかった。でも、いつまたこういうことが起こるかわからない。こんな危険なことを、私はもう他人に強制することはできない」

あんこ「だからワタシは、」

明日葉「いいんだ、あんこ。もう強がらないでくれ。今朝の様子、いやもっと前から私がきちんと気づいてあげるべきだった。すまない」

八幡「楠さん、」

蓮華「待って先生。今は、2人の話よ」

介入しようとした俺を芹沢さんが遮る。

あんこ「明日葉は、なんでそうやって勝手に決めるの……?」

明日葉「勝手じゃない。今回はあんこの気持ちを汲んで」

あんこ「ワタシの気持ち……?明日葉はワタシの気持ちなんてこれっぽっちもわかってないわよ!」

粒咲さんはそう叫ぶと、椅子を転がす勢いで立ちあがって、そのまま病室を駆け出してしまった。

明日葉「ま、待てあんこ!……っ」

八幡「楠さん、落ち着いて」

蓮華「先生。れんげがあんこを追いかけるから、先生はここにいて」

すぐさま芹沢さんも病室を出ていった。残された楠さんは、痛みに顔をゆがめながらも、ドアに向けて懸命に手を伸ばす。だが、その手も次第に下へ下へと落ちていく。

明日葉「あんこ……」

八幡「芹沢さんが追いかけてますし、なんとかしてくれますよ、多分……」

明日葉「……また、私は間違えたのか?はは、星守のリーダー失格ですね」

楠さんは長い青みがかった黒髪をベッドにだらりと垂れ下げて、力なく呟く。そんな弱々しい様子に、俺はかける言葉が見つからない。

明日葉「楠家を代表して、神樹ヶ峰女学園を代表して、私が精一杯みんなを引っ張らなくてはいけないと、そう心に誓っていました。ですが、それを快く思わない人もいることを失念していました。私は自分の理想を他人に押し付けていたんです」

八幡「そんなことは、」

明日葉「ありますよ。現にさっきのあんこはそうだったじゃないですか」

半ば切れ気味な口調で楠さんは反論する。そこには普段の凛とした強い楠さんの姿は全くと言っていいほど感じられない。

明日葉「す、すみません。つい、厳しい言い方をしてしまいました……」

八幡「いえ、別に……」

明日葉「はあ……ダメダメだな、私は……」

今にも泣きそうに腫らせた瞼が一瞬見えたが、楠さんはそれを隠すように布団をかぶってしまう。

明日葉「すみません。少し1人になりたいので、退出してもらってもいいですか?今の私を、先生に見せることはできません」

八幡「はい……。それでは、また来ますね」

布団でくぐもったか細い声に従って、俺は物音をたてないようにそっと病室を後にした。

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病院を出て携帯を確認すると、色んな人からLINEが来ていた。その中でも俺は一番上に表示されているこの人のLINEに反応した。

蓮華『ごめんなさい先生。あんこを見失っちゃった。何か所か心当たりあるけど、どうする?』

どうして候補が何か所かあるのか、っていうツッコミは今は置いといて、とりあえず一度合流して話しあわなければいけないだろう。今までのこと、これからのことを。

八幡『今はそっとしておきましょう。それより、今から2人で会えますか?話しあいたいことがあるんです』

返信を返すとすぐに既読がついた。そして1分も経たないうちに新しいメッセージが来た。

蓮華『え~、もしかしてれんげとデートしたいんですか~?まあ、先生とならしてあげてもいいけど、どうしようかしら~』

返事早っ。しかもうざっ。だけど既読を付けた以上、早く返事をしないと余計いじられる。まさか、こんなふうにLINEの既読機能に振り回される日が来るとは……。世のリア充はよくこんなものを使いこなせるな……。

蓮華『冗談ですよ。学校で話しましょ。そのほうが色々都合もいいし』

すぐに芹沢さんから追加のメッセージが来た。この人が自分からこんなフォローするってことは、かなり切羽詰まっているのだろう。

俺は『了解です』と返信して携帯をしまうと、病院の前でタクシーを拾い、学校へ急いだ。

番外編「サドネの誕生日前編」


12月である。もう朝晩だけでなく、昼間もかなりの防寒対策をしないと外を歩けないような気候となってしまった。千葉はほとんど雪は降らないからまだいいが、ここが豪雪地帯だったとしたらぞっとする。特に俺は夏生まれだから、自然と身体も夏に特化したつくりとなっているのだ。(八幡調べ)

そもそもクマでさえ冬眠するのに、人間が冬にもせっせと働いているのは本来おかしいのだ。冬はじっと寒さに耐え、暖かい春が来たらまた動けばいいのだ。

けど、社畜にはそんな理屈は通用しない。うちの両親は相も変わらず朝早くにコートを着込んで出勤し、夜遅くにコートを着込んで帰宅する。かくいう学生の俺や小町も、毎朝寒さに震えながら学校を家を往復している。こうして子どもの時から社畜精神を鍛えさせるのがこの国の教育の目的なのかもしれない。だからブラック企業がなくならないんだ。全企業ホワイトプランに加入しろ。そしたら正義の名の下にどうにか変わるかもしれない。

サドネ「おにいちゃん、何ぶつぶつ言ってるの?」

ふと横を見るとサドネがいた。どうやら俺の考え事が口から出てしまっていたらしい。不覚。放課後の星守クラスで、他に誰もいないからって油断していた。

八幡「なんもねえよ。それより、なんか用か?」

サドネ「おにいちゃん、コイって何?」

八幡「コイ?コイっていうのは、魚だよ。あー、ちょっと待ってろ」

俺は持ってたスマホでコイを画像検索してサドネに見せる。だがサドネは画像を見ても納得した顔にはならない。

サドネ「違う。これじゃない」

八幡「違う?確かにこれはコイだと思うんだけど」

サドネ「そうじゃない。サドネが聞きたいのこのコイじゃない」

ん?魚のコイじゃないコイを聞きたい。……まさか、ね?

サドネ「えーと、確か漢字だとこう書く」

サドネはチョークを持って黒板に向かうとゆっくりと文字を書いていく。けっして上手いとは言えない、むしろかなり下手な文字だが、何を表しているかは読み取れた。

サドネ「このコイ。おにいちゃんわかる?」

サドネが書いたのは、まぎれもなくLOVEの「恋」だった。

八幡「あー、そうだな……。そもそもなんでサドネは恋のこと知りたいんだ?」

サドネ「お昼休みにノゾミが持ってきてた本にコイのことが載ってた。他にウララとかスバルとかもいたけど、みんな知ってた。でもサドネ知らなかった。だから質問したけど、誰も答えてくれなかった……」

サドネは寂しそうに目を潤ませながら答える。でも、そりゃ答えられないだろ。恋心なんて人それぞれだし、説明する相手がよりにもよって、何も知らないサドネだ。松本に相談できればいいのだが、それはできない。多分、コナンの劇場版主題歌の作曲中だろう。邪魔するわけにはいかない。

八幡「天野や若葉だけじゃなくて、八雲先生や御剣先生なんかにも聞いてみたか?」

サドネ「聞いた。でもイツキもフーランも知らないって」

あの2人、逃げたな……。でも、どっちともちゃんとした恋愛経験があるわけじゃなさそうだし、こういう対応をするのも頷ける。

サドネ「おにいちゃんは、コイ、知ってる?」

八幡「え、いや、ああ、どうだろうな……」

サドネ「ごまかさないで」

八幡「……知ってるか知らないかと言われれば、知ってます」

サドネの厳しい追及に、すぐ白旗を挙げてしまった。だって、ハイライトが消えた目で睨まれたら、誰だって怖いでしょ?そうでしょ?

サドネ「じゃあおにいちゃん教えて」

サドネは笑顔になって体を寄せてくる。まさか、中学1年生の情操教育に関わることになるなんて夢にも思わなかった。ここで変なことを言ってしまったら、サドネはそれを一生背負って生きていかなければならなくなる。どうにか、一般的な知識を身につけて欲しいところだ。

八幡「……わかった。ただ、1つ約束してほしい。今日、俺とこういうことを話したってことは誰にも言っちゃいけない。いいな?」

サドネ「どうして?」

八幡「どうしてもだ。これを守れないなら、恋は教えられない」

サドネ「ん。わかった。約束する」

ひとまずこれで俺の尊厳は守られるだろう。こっからが勝負だ。

八幡「恋っていうのはな、誰かを好きになる事を言うんだ」

サドネ「好き?サドネ、おにいちゃんとかカエデとかみんな好きだよ?」

八幡「そういう好きじゃないんだ。なんというか、その、『キュン』とくる感じがある好きが恋なんだ」

自分で言ってても恥ずかしい。少女漫画の描写の受け売りだからな。年的にも性別的にも、これでわかってくれればいいんだが……。

サドネ「キュン、ってどういうこと?」

ダメかー。そりゃ、キュンがわかれば恋もわかるしなあ。うーん、これ以上どうやって説明すればいいんだ……。

番外編「サドネの誕生日後編」


サドネ「おにいちゃんの説明わかりづらい。おにいちゃんが知ってるコイを教えて」

八幡「それは、つまり、俺の恋の歴史を語れってこと?」

サドネ「うん。そのほうがサドネわかるかもしれない」

お、俺の中学の頃の黒歴史を語れと言うのかこいつは?そんなことをしたら、俺の中の開かずの間に封印された怨念が吹き出し、これからしばらく毎晩枕を濡らしながら寝なければならなくなる。

だが、目の前のサドネはそんなことは露知らず、純粋無垢であどけない表情を崩さない。サドネがこんなふうに聞いてくるんだ。多分、本心から知りたいに違いない。なら、俺もそんな希望に応えるよう一肌脱がなきゃならないだろう。

八幡「…………わかった。俺の知ってる恋を、教える」

サドネ「わぁ」

八幡「まずは……」

そこから俺はしばらく自分の恋遍歴を語り続けた。だが、そのどれもが報われない恋だったため、結末がどれも悲惨なものになってしまった。サドネは終始興味深そうに話を聞いて、時には質問もしてきた。

八幡「ま、俺の話はこんな感じだ」

サドネ「ん。長かったね」

八幡「う、まあ、色々あったからな……」

鋭いツッコミで俺のハートを壊しにかかってくるサドネ、恐ろしい。

サドネ「で、まとめるとどういうこと?」

八幡「ようするに、恋をすると、ある特定の人のことばかり考えるようになったりドキドキしたり。その人と何か関わった日には嬉しくなるし、逆に他の人と仲良くしてるところを見たら悲しくなるって感じだ」

俺の場合はそう。他の人の恋が一体どんな感じなのかは定義できない。人だけじゃなく、他の動物や壁なんかとも結婚する人がいるくらいだ。10人いたら、10通りの恋があるはずだ。

サドネ「ドキドキ、嬉しい、悲しい……」

サドネは何やらぶつぶつ呟いた後、座っていた椅子を俺の隣にぴたりと寄せ、若干頬を赤く染めながら見上げてきた。

サドネ「おにいちゃん。サドネコイしてるかも」

そう言うとサドネは俺の腕をつかんで、自分の胸のあたりに押し当てた。え、何してるのこの子。やばいやばいやばい。サドネは身体つきだけは平均よりも大人っぽいから、柔らかさを余計感じてしまう。こんなところを誰かに見られたら警察行きまったなしだぞ?

八幡「な、何してんだサドネ?」

サドネ「わかる?サドネのここ。おにいちゃんのコイの話を聞きだしてからドキドキしてる。今は、もっとドキドキしてる」

八幡「サドネ……」

サドネ「それに、おにいちゃんといるといつもすっごい楽しいし、嬉しい。でも、サドネじゃない他の子と仲良くしてるのを見ると悲しくなってた。これって、おにいちゃんが言うコイ、と同じだよね?」

俺の腕を胸に押し当てたまま、サドネはなおも言葉を続ける。

サドネ「ずっと不思議だった。サドネ、おにいちゃんの前に来るとドキドキしちゃう病気なのかと思ってた。カエデに相談したけど、カエデもよくわからないって言ってた」

うーん、知らないから罪にはならないかもしれないが、こんな質問に答えなきゃいけない千導院も大変だな。

サドネ「でも、今日おにいちゃんの話を聞いてわかった。サドネ、おにいちゃんに恋してるんだって」

そう話すサドネは、普段よりもずっと大人びて見えた。それは、窓から差し込む夕日にサドネの顔が綺麗に照らされているからかもしれない。

サドネ「おにいちゃんは、今ドキドキしてる?」

八幡「…………してないって言ったらウソになる」

そりゃ、こんな状況下で冷静でいられるわけないでしょ。俺の場合は、恋じゃなくて、緊張の方でドキドキで壊れそう。サドネに触れている手は熱いけど、額からは冷や汗が噴出してるからね?

サドネ「ふふ、サドネと一緒だね」

やばい。俺はサドネの中の開けてはいけない扉を開けてしまったのかもしれない。これ以上刺激を与えてはいけない。もう止めなければ。

八幡「サドネ。最初に言ったことを覚えてるか?」

サドネ「うん。今日のことは誰にも話さないって」

八幡「ああ。そうだ。。そろそろ下校時間だからサドネは帰らないといけない。だから最後にこの約束をもう一度確認したかったんだ」

サドネ「うん。サドネ、約束守る」

サドネの返事を聞き、俺はゆっくりと手をサドネから離す。サドネは一瞬物足りなそうな顔をしたが、すぐに笑顔になる。

サドネ「おにいちゃん。今日のことは2人の秘密、ね?ずっと覚えててね?」

サドネはそう言い残すとカバンを持って教室を出ていった。俺はと言えば、冷や汗をかいたところが冷えて寒くなってきたが、サドネに触っていた手だけは、どっちのぬくもりかはわからないが、しばらく熱を保ったままだった。

以上で番外編「サドネの誕生日」終了です。サドネ、お誕生日おめでとう!

昨日でこのスレが立って1年が経ちました。全員の誕生日を祝うことが1つの目標だったので、達成できて満足しています。これからは本編頑張ります。

本編6-9


タクシーが校門前に到着すると、携帯が震え出した。着信先は「♡蓮華♡」。この表示嫌だな。後で誰かに変え方聞こ。

八幡『もしもし』

蓮華『先生。遅いですよ。もっと早く来てください』

八幡『いや、これでも病院から直行したんですけど……。つか、なんで俺が学校着いたの知ってるんですか?』

蓮華『ふふ、先生。上の方見てください』

言われた通りに目線を上げると、ある教室から芹沢さんがこっちに手を振っているのが見えた。

八幡『何してるんですかそんなところで……』

蓮華『あら。先生のために2人で話せる場所を用意したんですよ?』

確かに病院を出た時の連絡では、2人で話したいと言ったのは俺だ。芹沢さんはそれを踏まえて事前に場所を取っておいてくれたらしい。意外に俺の言うことはきちんと聞いて覚えてくれていたらしい。

八幡『……ありがとうございます』

蓮華『あら~?やけに素直ね。どうしたの先生?』

八幡『別になんもないですよ。すぐそっち行きます』

蓮華『は~い』

俺は電話を切ると、小走りに校舎へ急いだ。

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ひっそりとした廊下を歩きながら、さっき芹沢さんがいた教室を探す。

八幡「確か、ここらへんに……」

外からの情報と校舎内の構造を照らし合わせてたどり着いたのは生徒会室だった。

八幡「失礼します」

中に入ってみると、いつもは楠さんが姿勢よく座っている会長用の椅子に、芹沢さんがだらりと腰かけているのが目に入った。

蓮華「あら先生。ようこそ生徒会室へ」

八幡「なんでそんなくつろいでるんですか……」

蓮華「れんげ、明日葉と話すために、よくここに来てたの。でもこの椅子には絶対座らせてくれなかったから、今日試しに座ってみたらすごい座り心地が良くて~」

八幡「そうですか……」

なんか、この人と話してると自分のペースで話せなくて疲れる。最初から芹沢さんのペースにされたら、話がこれから先に進まない

八幡「そういえば、なんで生徒会室に入れるんですか?普段は閉まってるはずじゃ」

蓮華「先生とあんこが病院に来る前に、明日葉からカギを預かってたの。『私が退院するまで管理を頼む』って。だから、先生から2人で話したいって言われたとき、ここを使うことを思いついたの」

八幡「なるほど……」

蓮華「だから、ここなら誰に聞かれないわ。それで先生、話って何?」

今までの軽い雰囲気は鳴りを潜め、ひりついた空気感が教室内を包む。俺は、唇をひとなめして、聞きたいことを整理してから口を開く。

八幡「まずは確認したいことがあります。芹沢さんは、楠さんと粒咲さんが対立していたことを知ってましたよね?」

蓮華「ええ。多分、先生が知る少し前から知ってたわ」

八幡「それで、芹沢さんはどんなことを2人に言ったんですか?」

蓮華「先生と同じよ。れんげはどっちの味方にもならなかったし、どっちの敵にもならなかった」

八幡「なんでですか?」

蓮華「だって、2人ともれんげの大切でかわいい星守クラスの仲間だもの。どっちかだけを贔屓するわけにはいかないわ」

八幡「はあ」

蓮華「それに、もしれんげが仲裁してたら、その場は収まるかもしれない。でも、根本的な解決にはならない。必ずどこかで同じ問題が噴出する」

八幡「……だから教室でも、病室でも、2人の言い争いに介入しなかったんですね」

蓮華「そ。それがれんげの取れる、唯一の方法だったから……」

芹沢さんはいつの間にか姿勢を正して椅子に座っていた。その表情は昼の明るい陽射しとは真逆の、暗く冷めたものになっている。

本編6-10


蓮華「でも、先生もそうだったでしょ?問題解決に至らず、応急措置として回避を続ける。ここ数日の先生の様子を見てたらわかっちゃった」

八幡「……わかったんなら助けてくださいよ」

蓮華「それはムリよ。だって、れんげにもそれしかできなかったんだもの」

そう言うと、芹沢さんは俺の目を少しの揺らぎもなく見定めてきた。その眼力に、俺は身動き一つとれなくなる。

蓮華「だから、今回のことをれんげに頼ろうとしても意味はないわ。……ごめんなさい」

八幡「……そうですか。じゃあ八雲先生や御剣先生に、」

蓮華「それはダメ!」

立ち上がろうとした俺の腕をつかみながら、芹沢さんは必至な形相で訴える。

八幡「なんでですか?」

蓮華「八雲先生も御剣先生も、多分明日葉の言い分を聞くと思う。そしたらあんこはクラス内で孤立しちゃうわ。それに、星守クラスの中には、あんこの意見に賛成している子も何人かいるはずよ。そういう子たちも肩身が狭くなっちゃうわ」

八幡「なら、どうしろって言うんですか……」

問題回避もダメ、芹沢さんに頼るのもダメ、八雲先生や御剣先生に相談するのもダメ。もう打つ手は何も残ってないぞ……。

蓮華「れんげは、先生にならどうにかできると信じてる」

顔を上げると、芹沢さんが真剣な表情を崩さないまま優しく語りかけてきた。

八幡「……それって、俺に全てを任せようとしてませんか?」

蓮華「そんなことはないわ。れんげだって、できるサポートはなんでもする。それに、問題の中心こそ明日葉とあんこのことだけど、残された星守クラス子たちのことも同時になんとかしないといけない。れんげが下級生の面倒を見るから、先生には明日葉とあんこのことお願いしたいの」

確かに芹沢さんの言う通り、問題は楠さんと粒咲さんのことだけではない。星守クラス全体にもこのことで動揺が広がっているだろう。それを芹沢さんがフォローしてくれると言ってくれている。本来なら、担任の俺が全ての面倒を見なければならないはずなのに、だ。

八幡「……できるかどうかはわかりませんが、やるだけやってみます」

蓮華「ええ。お願いね。先生」

そう言うと芹沢さんは、立ち上がってつかつかとドアの前に移動する。そしてくるりとスカートや髪をはためかせながらこちらを向く。

蓮華「じゃあ先生。行きましょ。星守クラスへ」

八幡「……ええ。まずはあいつらに現状を説明しないといけないですしね」

俺も立ち上がると、芹沢さんとともに生徒会室を出て、星守クラスへと向かった。

書きためていたものが消えたので、間は空きましたが今回の更新は以上です。これからも、しばらくは更新頻度が遅くなります。申し訳ありません。

本編6-11


俺と芹沢さんが教室に入ると、全員の視線が痛いほど俺たちに向けられた。その視線は星守たちだけでなく、八雲先生や御剣先生からも注がれている。

樹「比企谷くん!蓮華!明日葉はどうだった?」

八幡「命に別状はありませんでしたが、ケガが治るまでは入院を続けることになりました」

風蘭「そうか……。リーダーの明日葉がいないとなると、これからイロウス殲滅が大変になるな」

蓮華「だから、明日葉が帰ってくるまでは、れんげがみんなのリーダーをやります」

望「れ、蓮華先輩が!?」

桜「珍しくやる気じゃのお」

突然の芹沢さんの宣言に、クラスの中にいた全員が驚きの反応を見せる。まあ、そりゃそうだわな。普段の言動からしたら天地がひっくり返るか、中身が入れ替わるかしてるんじゃないかって思われてもおかしくない。

遥香「でも、それが一番の対応策なのは確かですよね」

蓮華「遥香ちゃんわかってるじゃな~い。ご褒美に蓮華がぎゅ~ってしてあげる~」

だが、芹沢さんの提案に反対する声は聞かれない。ここらへんは流石最上級生といったところか。かなりの信用度はあるらしい。

うらら「ただ、このテンションを抑えてくれる人がいないのが問題ね……」

昴「あはは……。そういえばあんこ先輩は?」

心美「朝、教室で明日葉先輩と言い争いしてから見かけないですう……」

八幡「粒咲さんも、俺たちと一緒に病院に行きました」

蓮華「ただ、あんこには明日葉のケガがけっこうショックみたいだったの。だから先に帰らせちゃったわ」

ミシェル「むみぃ、あんこ先輩……大丈夫かな……」

花音「けっこう本気で言い争いしてたものね……」

やはり、楠さんと粒咲さんのことになると、クラスの雰囲気が暗くなる。逆に言えば、2人はそれほど大きな存在感を持っていたということだろう。支柱がなくなれば、全体が揺れ動くのは必然だ。

蓮華「あんこなら大丈夫よ。絶対」

色々な憶測がささやかれ始めたところで、芹沢さんが力強く言葉を発した。その最後の言葉は、いったい誰に向けていったものなのだろうか。それを俺が考える間もなく、芹沢さんは話し続ける。

蓮華「今すぐ、は無理かもしれないけど、必ずあんこは戻ってくる。それは明日葉も同じ。それまでは、れんげや、先生たちがみんなを支える。だから、みんなも明日葉を、あんこを、れんげたちを信じてほしい」

芹沢さんは教壇の上で頭を下げる。その光景に、誰もが面食らってしまった。まさか、この人がここまでやるとは思わなかった。普段の軟派な性格は鳴りを潜め、そこにあるのは、それだけで絵になりそうなほど綺麗なお辞儀だ。

樹「蓮華……」

風蘭「でも、どうするつもりなんだ。アタシや樹は実際に現場を見ていないから何とも言えないが、今この場にあんこがいないことを考えると、事態はけっこう深刻なんじゃないのか」

八幡「……確かに簡単に解決できるものではないと思います。具体的にどうこうというアイデアも、まだありません……」

御剣先生に睨まれた俺は、強気な発言をした芹沢さんと対照的に、弱腰な態度を隠せなかった。俺の返答を聞いた星守クラスの中に、再び不安げな声が上がり始める。

牡丹「みなさん。比企谷先生を信じましょう」

その時、教室に理事長がゆっくりと教室に入ってきた。今まで俺や芹沢さんに注がれていた視線が一気に理事長に集まる。だが、理事長は見られることに慣れているからか、全く動じるそぶりも見せない。

牡丹「恐れることはありません。これまでもみなさんは、危機的な状況を何度も乗り越えてきたじゃないですか」

ゆり「ですが、今回は今までの状況とは全然違う気がするのですが……」

牡丹「ええ。それでもみなさんなら、きっと大丈夫です。だって、みなさんは神樹に選ばれた星守なんですから」

くるみ「は、はい……」

牡丹「さ、話はひとまずこれで終わります。比企谷先生、樹、風蘭、それと蓮華。私と一緒に来てください。後のみなさんは自習にします」

星守たち「はい」

樹、風蘭「わかりました」

蓮華「は~い」

八幡「はい……」

本編6-12


理事長に連れられ、俺たち4人は再びひっそりとした廊下を歩き、理事長室へたどり着いた。

樹「比企谷くん、蓮華。もっと詳しく話を聞かせて」

風蘭「あんたたちが病院に行っている間に、星守たちから事情は聞いた。明日葉とあんこが星守任務のことでいい言い争いをしたらしいな」

部屋に入るや否や、八雲先生と御剣先生は激しく俺たちに詰め寄ってきた。

八幡「……まあ、そうです」

蓮華「でも、2人のことはれんげと先生に任せて欲しいの」

樹「ダメよ。私もそのことはさっき聞いたけど、どう考えてもあんこが悪いじゃない。星守は常に、清く正しくたくましく、よ」

風蘭「待て樹。悪いのはあんこじゃなくて明日葉だろ。アタシたちとしてもギリギリで調整をしているところへ、さらに特訓時間を増やそうとしたんだろ?アタシが現役の星守だったら、真っ先に反対してるね」

樹「今はあなた個人の考えは関係ないでしょ風蘭。教師として考えなさい」

風蘭「今さっき樹も自分のポリシーで語ってたじゃんか」

樹「私の考えは星守としては当然の考えよ」

風蘭「そうか~?少なくともアタシは、そんなことこれっぽっちも考えてなかったけどな」

樹「それは風蘭だからでしょ。それに、今だって高校生の時からほとんど変わってないじゃない。この前だってヘンなもの作って危うくラボを爆破させるところだったでしょ?」

風蘭「い、今の話は関係ないだろ!それに、実験には失敗はつきものだっつーの!」

本編6-13


牡丹「2人とも、落ち着きなさい。どうしてあなたたちが言い争いをするのですか」

言い合いが過熱してきたが、理事長のクールダウンによって、2人は押し黙ってしまった。

牡丹「やはり、この件は比企谷先生と蓮華に任せようと思います」

樹「ですが理事長、」

牡丹「教師として今一番大切なのは、生徒の心に寄り添うことです。さっきの2人の発言には、それが欠けていました」

風蘭「うう……」

牡丹「時にはそのような熱い指導も必要です。が、今は明日葉とあんこの気持ちを両方とも理解することが求められています」

理事長はそう言うと、俺のほうに向きなおった。その瞳はわずかに濡れていて、じっと見ていると吸い込まれそうな錯覚さえ覚える。

牡丹「どうか、明日葉とあんこのこと、よろしくお願いします」

八幡「はい……」

そんなこと言われたら、頷くしかないじゃん。まあ、もともとそのつもりだったから、結果オーライみたいなところはあるけど。

蓮華「計画通りね先生」

突然、芹沢さんが俺の腕をつかんで密着しながら、耳もとでそっと囁いてきた。ねえちょっとやめてくれませんか?いきなりそんなところ刺激されたらドキッとしちゃうでしょ。

八幡「あの、離れてくれませんか……」

蓮華「え~?先生は、れんげのこと嫌い?」

何せ美人な年上のお姉さんからのスキンシップだ。嫌いな人がいるはずがない。

押しつけられる身体の肉質だったり、うっすら香る女の子特有のシャンプーやら香水やらの匂いだったり、頬にわずかにかかる息遣いだったりが気になってしかたがない。

だが、相手は芹沢さんだ。これが俺をおちょくるだけの行動であることは明白である。もしかしたら、自分の計画通りに事が進んで安心しているのかもしれないが。

八幡「嫌いとかないですよ。まあ、好きな人もいませんけど」

蓮華「もう。先生はつれないわね~」

しぶしぶ芹沢さんは俺から腕を離す。べ、別にもったいないなあ、とか思ってないんだからね!

牡丹「比企谷先生、それに蓮華。できれば明日葉が退院する前に、事態を収束させてください」

蓮華「でないと、あんこが戻りづらくなるから?」

牡丹「その通りです」

ということは、時間はあまり残されていない。無理はしないよう医者に言われたらしいが、楠さんの真面目さを考えると、そう長く入院しようとは思ってないはずだ。

それに、粒咲さんも時間が経てば経つほど戻りづらくなるだろう。一旦炬燵に入ってしまうと、なかなか出てこれないのに似ている。違うか、違うな。

八幡「……わかりました」

だがここでぐだぐだ色んな事を考えていてもしょうがない。俺が考えることは、楠さんと粒咲さんのことだ。

牡丹「では、そういうことでよろしくお願いします」

理事長の一言によって、この場は解散となり、俺と芹沢さんは理事長室を後にした。

本編6-14


放課後になった。廊下は授業を終えた生徒たちによる喧騒に包まれているが、今の俺からしたらその物音もなんだか別世界のように感じる。

その原因はまぎれもなく、この生徒会室の雰囲気だろう。部屋の中には俺と芹沢さんの2人しかおらず、それぞれが別の作業をしている。

蓮華「あ~ん。もう書類多すぎ。もうやだ~」

手元の書類をばさっと机に放って、芹沢さんは背筋を反らして思いっきり伸びをする。……なんか、一部の膨らみが強調されているが、眼福には違わないし、黙っておこう。

八幡「それ、生徒会関係の書類ですよね。芹沢さんじゃなくて、他の生徒会役員がやれば」

蓮華「いないわよ。他の役員なんて」

八幡「は?いや、会計とか、書記とか」

蓮華「会計も書記も、それ以外も全部明日葉がやってるの。明日葉は、なんでも1人でやっちゃうから」

わかってはいたが、楠さんも相当なハイスペックの持ち主だなあ。普通、どんな生徒会も数人でやるもんだぞ。黒神めだかだって、1人では生徒会を運営していない。ということは、楠さんも何かしらの異常性を持っているのか?箱庭学園の生徒だったら、楠さんは間違いなく13組。

蓮華「だから、たまに遊びに来てたれんげ以外、誰も生徒会の仕事を知らないの。まあ、れんげもちゃんと手伝ったことはないから見よう見まねでやってるんだけど」

見よう見まねで出来てしまうあたり、芹沢さんもかなり有能なんだよなあ。ホント、星守クラスの人たちは皆何かしらに秀でているのがすごい。やはり星守になる子たちは一般人とは違う存在なのだろうか。

蓮華「せめてあんこがいればまだどうにかなったんだけど、それも叶わないわ」

八幡「粒咲さんも手伝ってたんですか?」

蓮華「明日葉、パソコン使わないから書類も手書きなのよね。だからそれをデータに打ち直すのをあんこがよく手伝ってたわ」

八幡「意外ですね……。粒咲さんってずっとパソコンでゲームしてるイメージしかなかったです」

蓮華「あんこからしたら、資料なんてすぐ作れるし、それで明日葉に恩を売って部が存続できるならって思ってるんじゃないかしら」

八幡「なるほど……」

蓮華「だから蓮華は明日葉用に手書きの資料を作りつつ、あんこがやってたデータ化も同時にやらなきゃいけないの。早く2人に戻ってきてもらわないとれんげまで倒れちゃうわ」

芹沢さんは大きなため息を吐いた。そりゃ、大変に決まってるだろう。目の前の紙の山を見れば、その仕事量の多さを実感してしまう。

なんで仕事ってやってもやっても終わらないの?この仕事量の多さこそ、何かの陰謀何じゃないかと疑うレベル。科学が進歩して、人間は確実に働かなくてもよくなってるのに、なぜか仕事は減らない。この矛盾は、どこからやってくるのん?

八幡「手伝いましょうか?」

蓮華「……ううん。先生には、明日葉とあんこが戻ってくる方法を考えることに集中してほしい」

八幡「……そうですね」

と言われても、そう簡単に思いつくなら苦労はしない。日常業務をこなしつつ考えてはいるが、ちっともアイデアが浮かばない。

八幡「とりあえず、もっと本人たちから話を聞かないことには始まらないですよ」

蓮華「そうね。なら電話してみましょうか」

芹沢さんはスマホを取り出して画面をフリフリフリックすると、しばらくそれを耳に当てる。

蓮華「う~ん、あんこ出ないわねえ」

八幡「まあ、仕方ないですね」

スマホをしまった芹沢さんは、散らばった書類を整えるとカバンを持って立ち上がる。

蓮華「こうなったら、直接探すわよ」

八幡「は?」

蓮華「朝に電話で言ったじゃない。候補は何個かあるって」

八幡「確かに言ってましたけど……」

蓮華「れんげだけで会いに行くより先生がいたほうがいいわ。ほら。早く職員室から荷物取ってきて」

八幡「ちょ、行きます、行きますからそんなに急かさないでください……」

俺は芹沢さんに引きずられるように生徒会室から職員室に連れていかれた。まるで、散歩に行きたがらない犬が飼い主に引っ張られるかのように……。

本編6-15


八雲先生たちに事情を説明し、俺と芹沢さんは繁華街にやってきた。

蓮華「学校にいなければ、あんこはよくここらへんのゲーセンにいるの」

八幡「はあ……」

夕方の繁華街はカラフルなネオンと、赤い太陽の光が交わり、賑やかな雰囲気に包まれている。中に入ると、各筐体のきらびやかな明るさと、あまりの爆音に目と耳を抑えたくなる。千葉のゲーセンは行き慣れているからそこまでだけど、初めて入るゲーセンは勝手もわからないから余計居心地が悪い。

蓮華「あんこがプレイしていれば、そこに人だかりができてるはずなの。それを手掛かりにして探して」

仕方なく芹沢さんの言う通りに、人が集まっている場所を見ていく。格ゲー、音ゲー、メダルコーナー、UFOキャッチャーとジャンルを問わず目を凝らすが、どこにも見当たらない。

というか、なんで芹沢さんはこんなことまで知ってるんだろうか。粒咲さんに限らず、星守クラス全員の生活スタイルを知ってたとしたら、恐ろしすぎるんだが。ストーカーの域をはるかに超えている。もはや神業。

店員「あの、すみません」

ふと肩を叩かれながら声をかけられた。振り返ると、店員が訝し気に俺のことをじっと見てくる。

店員「ここプリクラゾーンなんで、男の人だけの入場はお断りしてるんですが……。何であっちの女の子たちをじっと見てたんですか?」

八幡「え、いや……」

しまった。人だかりを探すのに気を取られてプリクラゾーンに足を踏み入れてしまったようだ。店員さんだけじゃなく、プリクラ機の前にいる女の子たちも、遠巻きながら不審がってこっちを気にしているのが見える。そればかりか、俺と店員の様子をうかがうように周囲に人だかりができてきた。

店員「まさかそのスマホで盗撮とかしてないですよね?」

八幡「し、してないですって」

蓮華「もう、何やってるのよ」

強引に店員が俺のスマホを取ろうとした時、芹沢さんが小走りにこっちへやって来た。

店員「ああ、彼女さんと待ち合わせてたんですね。すみませんでした」

八幡「え、いや、あの」

蓮華「は~い」

店員は勝手に早とちりをすると、そそくさと筐体の裏へと消えていった。集まり始めた人だかりも一瞬で解消された。たまに、刺さるような視線を浴びせられたのには納得いかないが。

蓮華「なんで先生が人だかり作ってるのよ」

八幡「いや、間違えてプリクラゾーン入ったら呼び止められたんですよ」

蓮華「まあ、先生は目腐ってるものね」

八幡「それどころか、盗撮してるんじゃないかって疑われましたよ。なんでプリクラ撮りに来た女子を俺が盗撮しなきゃいけないんですか……」

蓮華「そ、そうね」

俺が愚痴るように言うと、芹沢さんは慌ててスマホをポケットにしまった。……この人、絶対女子高生盗撮してたな。

蓮華「そ、それより、ここにはあんこの姿はないわ。移動しましょ

八幡「はあ。でも、移動するってどこに行くんですか」

蓮華「そうね~。時間も時間だし、もう家にいるんじゃないかしら」

八幡「家ですか……」

帰宅したとなれば、俺たちが出る幕はなくなったな。よそ様の家に突然お邪魔するなんてぼっちにとってはハードルが高すぎる。

小学生の時、仲がいいと勝手に思っていた二宮君に居留守を使われて以来、他人の家を訪れることはやめた。なんで大井君のことは楽し気に招いているのに、俺には居留守使うの?まあ、今となってはどうでもいいが、俺にとっては、それくらい難易度が高いミッションなのだ。

蓮華「先生。早く行くわよ~」

だが芹沢さんは俺とは違い、何の気兼ねもせずに軽やかな足取りでゲーセンの出口へと向かう。バレエや新体操で身につけたであろう身のこなしは流石、と言うしかないほど洗練されている。

蓮華「うふふ、あんこの部屋着楽しみだわ~」

粒咲さん、すみません。俺にはもうこの人は止められません……。

本編6-16


電車に乗ること数駅。なんの躊躇もなく電車を降りた芹沢さんは、勝手知ったように歩いていく。

八幡「粒咲さんの家行ったことあるんですか?」

蓮華「もちろん。あんこだけじゃなくて、星守クラス全員の家に行ったことあるわよ」

よくこの人を家の中に入れられるなみんな。粒咲さんや楠さんなんて特に嫌がりそうではあるが。

蓮華「まあ、帰宅するみんなをウォッチングしただけだから外観までしか知らないけど」

八幡「それは行ったことある内に入らないですよ……」

ホントこの人なにしてんだ……。ウォッチングの域なんぞはるかに超えて、犯罪行為と言われてもおかしくない。というか、どう考えても犯罪。

蓮華「でも、れんげがあんこの家に行ってなかったら、今日話をすることもできなかったわよ?」

八幡「そうやって自分の犯罪を正当化するのはやめてくださいよ」

蓮華「みんなへの愛が深いだけよ?」

八幡「それがストーカーしていい理由にはならないですよ……」

蓮華「あら、好きな子のことは何でも知りたいって思うのはおかしいこと?」

八幡「……もういいです」

口で争ってもこの人には負ける。それどころか何しても負けるまである。卑屈さくらいでしか勝ち目がない。いや、この発想をしてる時点で完全敗北。

蓮華「ここよ」

その後もくだらない話を続けていると、ある家の前に芹沢さんが止まった。外観は至って普通の家。うちとそんなに変わらないだろう。

蓮華「ピンポーン」

俺が家を見上げていると、突然芹沢さんがインターホンを押した。

八幡「ちょ、いきなり何してるんですか?」

蓮華「いいのいいの」

ほどなくしてガチャと言う音がして、なんだか久しぶりに聞く声がインターホンから流れてきた。

あんこ『はい』

蓮華「宅配便で~す」

あんこ『はいはい』

インターホン越しの芹沢さんの声に全く気付くことなく、粒咲さんはインターホンの通話を切った。

蓮華「あんこが出てきたらすぐに突撃するわよ」

芹沢さんがドアの前でそわそわしている。手もわきわきし、口もはあはあ言っている。そんなに興奮するシチュエーションじゃないだろ。

と、少ししてカギが開く音がして、ドアが開いた。瞬間、芹沢さんはドアに足を入れつつ、強引にドアを開けて粒咲さんに迫る。

あんこ「のわあ!なんで蓮華がいるのよ!」

蓮華「あんこと話したかったの~。ゲーセンにいってもいなかったから、家まで来ちゃった?」

あんこ「来ちゃったじゃないわよ!なんでワタシの家知ってんのよ!」

蓮華「れんげの愛の前には、どんな隠し事だって無意味よ~」

あんこ「何訳わからないこと言ってるのよ!」

2人はワーワーキャーキャー言いながら押し問答を繰り返す。そろそろ、家の前で大騒ぎするのも忍びなくなってきたし、混ざりたくはないけど、声をかけるか。

八幡「あの、もう少し静かにしないと近所迷惑に、」

あんこ「げ、先生もいたの?」

俺のことを初めて認識した粒咲さんは驚きながら少し体を引く。いや、そこまであからさまに嫌そうな態度取らなくてもいいんじゃない?

八幡「え、あ、まあ、いました」

蓮華「ほら、あんこ。先生も来てくれてるのよ?少しれんげたちとお話ししない?」

あんこ「連れてきたのは蓮華でしょ?……はあ。じゃあ2人とも上がって」

不本意そうに粒咲さんはドアを開けて俺たちを迎え入れる。

本編6-17


あんこ「今飲み物持ってくるから、そこらへんに座っといて」

リビングに通された俺と芹沢さんは、粒咲さんの言う通りキッチンの前にある椅子に腰かける。ぱっと見、いわゆる普通の家な感じがするが何か違和感がある。

あんこ「お待たせ。インスタントコーヒーくらいしかなかったけど」

蓮華「ありがと」

八幡「どうも……」

3人ともコーヒーを一啜りする。その間、部屋の中には時計の秒針が小さな刻む音が響く。

八幡「なんか、この家静かすぎませんか?」

あんこ「そう?まあ、いつもよりは静かね」

蓮華「確かあんこの両親はおうちで仕事されてたわよね?今日は出かけてるの?」

あんこ「まさか。ワタシ以上に引きこもりなパパとママが部屋から出るわけないじゃない」

八幡「じゃあこの家の中に今もいるんですか?」

あんこ「もちろん。あ。ちょっと待ってて」

粒咲さんは立ち上がると、部屋の隅を歩き回って何かごそごそ探し出した。

あんこ「ふう。油断も隙もないんだから」

部屋を一周した粒咲さんの手の中は、なんだかわからない大量の機械でいっぱいになった。

八幡「なんですか、それ」

あんこ「これ?監視カメラと盗聴器。ワタシが玄関にいる間にパパとママが付けたんじゃない?」

八幡「俺たちそんなに疑われてるんですか……?」

あんこ「違うわよ。ワタシの知り合いが家に来ることなんて滅多にないから、観察したかったのよ。きっと」

蓮華「あんこの家族って面白~い」

芹沢さんは面白がっているが、俺はそんな風には笑えない。相当変わっているぞこの家。なんか、粒咲さんがまともな人に見えてきた。

八幡「というか、部屋から出ない親とどうやって会話してるんですか?」

あんこ「ああ、うちでの会話は全部チャットでやってるの」

粒咲さんはいじっていたノートパソコンをくるりと回転させて俺と芹沢さんに見せてくる。そこにはチャットの画面が表示されていて、今も物凄い数のメッセージが更新され続けている。

蓮華「へえ。チャットだとものすごくおしゃべりなのね。あんこの家族」

あんこ「そうね。チャット越しだと色々気軽に言い合えるから楽だわ。たまにばったり家の中で顔合わせたときはお互いびっくりして何も話さないけど」

2人が話しているのを尻目に俺はパソコンの画面に顔を近づける。するとまたチャットが更新された。

『お、これが噂の比企谷先生か!あんこの言う通り目が腐っているな』

『でも意外と男前よ?あんこが毎日先生のことを話したくなるのもわかるわ~』

『そうだな。どうだ比企谷先生。あんこはとってもいい子でしょ?学校でも元気にやってますか?』

『私たちの子どもだから、周りとうまくいかないときがあるかもしれませんが、根は優しい子なんです』

『うんうん。料理も作ってくれるし、買い物にも行ってくれるしな』

『もうあの子なしじゃ私たち生きていけませんね~』

粒咲さんの父親と母親が矢継ぎ早にチャットを更新していく。てか、なんで俺が今この画面見てるの知ってるの?まだどっかに監視カメラあるんじゃないの?

チャットが盛り上がっているのに気づいた粒咲さんは、顔を真っ赤にしてパソコンをひったくる。

あんこ「ちょ、パパ!ママ!何勝手に話進めてるのよ!」

粒咲さんは素早く何か書き込むと、パソコンを勢いよく閉じた。

あんこ「まさかワタシのパソコンをハッキングして、カメラ機能を乗っ取ってるとは思わなかったわ。今度からはさらにセキュリティを強化しなきゃ」

そう言う粒咲さんの表情は次第に険しくなっていく。それを感じ取った俺と芹沢さんもまた、椅子に深く腰かけて姿勢を正す。

あんこ「で、なんでわざわざうちまで来たのよ?」

今回の更新はここまでです。この本編6章もかなり長くなりそうです。まだしばらくお付き合いしてもらえると助かります。今年最後の更新かも知れないのでみなさん良いお年を。

本編6-18


あんこ「話って言ってたわよね。もしかしなくても、明日葉とのことでしょ」

蓮華「バレちゃってたかしら」

あんこ「蓮華と先生がわざわざワタシのためにうちに来る理由なんて、それくらいしかないじゃない」

ここらへんは流石に読まれていたか。逆に考えれば小細工なしに色々聞けるってことで、良い意味で開き直ろう。

八幡「まあ、そうですね。今日のことでもっと詳しく話を聞きたかったんです」

あんこ「話すことは特にないわよ。ワタシと明日葉の意見が食い違った末に起こった結末だし。というか、明日葉にはワタシの考えなんて一生わからないでしょうね」

粒咲さんは目線を落としながら投げやりな感じで呟く。それに対して芹沢さんは悲し気な表情を浮かべつつ、諭すように粒咲さんに迫る。

蓮華「でも、明日葉にも明日葉の事情があって」

あんこ「わかってるわよそれくらい。だからこそ明日葉はワタシのことはわからないって言ったのよ」

芹沢さんの言葉を遮るように、粒咲さんは語気を荒げる。

八幡「そりゃ、人間誰だって他人のことは完全にはわからないですよ」

あんこ「そういうレベルの話じゃないの。明日葉とワタシじゃ住んでる世界が違いすぎるのよ」

八幡「住んでる世界?」

俺の疑問に粒咲さんは一つため息をついてから口を開く。

あんこ「明日葉は有名な楠家の令嬢。ワタシは引きこもり一家の娘。明日葉とワタシは生まれたところからすでに別世界の存在なのよ」

蓮華「でも生まれた場所だけで人は決まらないと思うけど」

あんこ「じゃあ、家のことを抜いてもワタシと明日葉の共通点って何かある?同い年ってこと以外何もないじゃない」

蓮華「あるじゃない。2人ともと~ってもかわいい、っていう共通点が」

八幡「芹沢さん。今はそんなこと言ってる場合じゃないですって」

あんこ「ほら。所詮そういうことしか言えないじゃない。それくらい違うワタシたちが理解しあうなんて、土台無理な話だったのよ」

八幡「……」

蓮華「……」

粒咲さんの言葉に、俺と芹沢さんは押し黙ってしまう。

あんこ「まあ、逆に今までよくやってこれたと思うわ。ワタシも明日葉から見たらかなり問題の多い星守に見えてただろうし、だからこそ今日病院であんなことを言われたのよ。きっと」

蓮華「あんこはこのまま明日葉とすれ違ったままでいいの?」

あんこ「しょうがないじゃない。もともとワタシたちはすれ違っていた。それが今日噴出しただけで、遅かれ早かれこうなってたわよ。もう、ここらへんが潮時なのかもね……」

粒咲さんはコーヒーを一気飲みすると勢いよく立ち上がって俺たちを見下ろす。

あんこ「もうこの話は終わり。時間もあれだし、帰って」

八幡「……わかりました。帰ります」

蓮華「え、ちょっと、先生?」

八幡「突然お邪魔してすみませんでした」

蓮華「あんこ~。学校で待ってるわ~」

居残ろうとする芹沢さんを強引に急き立てて粒咲家を後にする。

家が見えなくなったあたりで立ち止まった芹沢さんは、不満げな顔で俺を睨んできた。

蓮華「もう。なんで勝手に出てきちゃったの?まだあんこの話しっかり聞けなかったじゃない」

八幡「今日の感じじゃあれ以上話を聞くのはムリだと思ったんですよ。無理やり聞いたところで、本当の気持ちを話してくれるとは思いませんでしたし」

蓮華「それはそうだけど……」

八幡「まあ、これからも粒咲さんとは話を続けるにしても、今日は終わりにしましょう。もう少し、冷静になる時間も必要だと思うんです」

蓮華「先生がそう言うなら……」

渋々と言った感じで芹沢さんは再び歩きはじめる。俺もその一歩後ろをついて歩く。

それから俺たちは、ほとんど話をしないままお互いの家の方向に別れていった。

本編6-19


あれから一週間ほどが過ぎた。相変わらずイロウスは出現数を増し、星守たちは授業に殲滅に忙しい日々を送る。

そして、楠さんと粒咲さんの席は未だ空いたままだ。

そんな放課後、俺と芹沢さんは荷物の整理のため一時帰宅をする楠さんの手伝いをしに病室にいた。

もともとケガをしたのは主に上半身だったので、この1週間で普通に移動する分には何の支障もないところまで回復してきた。ただ、星守という立場や、効率的なリハビリを兼ねて入院は続いている。

八幡「これで持って帰る荷物は全部ですか?」

明日葉「はい。すいません。結果的に手伝わせる形になってしまって」

蓮華「いいのよ~。明日葉のおうちに行かせてもらえるんだから~」

そんな時、ドアがノックされ、鮮やかな和服に身を包んだ女性が入ってきた。相貌は楠さんにそっくりだ。多分、30年くらいしたら楠さんもこうなってるんだろうな。

明日葉の母「明日葉さん。準備はよろしいですか?」

明日葉「はい。いつでも出発できます」

八幡「あの、本当に俺たちもお邪魔していいんですか?」

明日葉の母「もちろんです。是非、日頃明日葉さんがお世話になっているお礼をさせてください」

楠さんの母親は楠さん以上に凛とした雰囲気をバシバシ出しながら答える。

明日葉の母「外に車を用意してあります。それで帰りましょう」

明日葉「はい」

楠さんの荷物を持って病院を出ると、出入り口のすぐ前には高そうな黒塗りの車が数台停車していた。俺たちが、というより楠親子が姿を現すと、車の中から何人もの男の人が出てきて頭を下げた。和服の女性に頭を下げているあたり、なんだかヤクザ映画のワンシーンみたいだ。

使用人1「お荷物お持ちいたします」

使用人2「奥様、お嬢、それと御友人がたもどうぞお車へ」

八幡「はい……」

蓮華「やっぱり明日葉の家の人はいつ見てもすごいわね……」

明日葉「まあ、一般的な家庭とは相違点も少なくないだろうな」

少なくないどころか違いすぎるんだよなあ。うちとは雲泥の差。そもそも私服に和服は着ないし、使用人もいない。

明日葉の母「出してちょうだい」

使用人3「かしこまりました」

俺たちを乗せた車は一路、楠邸へひた走る。

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八幡「なんだこりゃ……」

思わず口から感想が漏れ出てしまった。外装もさることながら、中も完全に純日本風な家だ。中庭には松や桜などの木が植えられていているほか、燈籠や鹿威しが存在感を示している。極めつけには、庭園の真ん中には大きな池があり、立派に育った色とりどりの鯉が悠然と泳いでいる。

こんな和風豪邸、天然ドSの苺香ちゃんの家以外にも存在したのか。scaleが違いすぎる。予想外のsurpriseに、俺はその場にstandしつくしてしまった。こんなふうに自然とブレンド・Sしてしまうくらい俺は緊張している。

隣にいる芹沢さんも、現実離れした光景に驚きを隠せていない。

明日葉「先生、蓮華。こちらへ」

案内されたのは大きな和室。真ん中に数枚の座布団とテーブル、その上にお菓子と飲み物が置いてある。

明日葉「こちらで休んでください。私も着替えたらすぐ参ります」

八幡「は、はあ」

俺は目の前にある座布団に座る。が、その座布団の高級そうな感触に足が自然と正座になる。

蓮華「なんでそんな固くなってるのよ先生」

八幡「いや、こんな豪邸にいたら、こうなっちゃいますから」

明日葉「どうそ、楽な姿勢になってください」

声のした方をみると、和服に着替えた楠さんが立っていた。ただ、袖はまくられ、腕には包帯がまかれている。そんなちぐはぐな見た目に違和感を拭えない。

明日葉「やはり家で和服を着るのが一番落ち着きますね」

楠さんはそう言いながら俺と芹沢さんの向かいに腰を下ろした。

本編6-20


蓮華「病衣もよかったけど、明日葉と言ったらやっぱり和服よね~」

明日葉「おい蓮華。勝手に写真を撮るな」

楠さんの注意も聞かず、芹沢さんはスマホのカメラで連写を続ける。

まあ、芹沢さんの言うこともあながち否定できない。楠さんの凛とした雰囲気や、長い黒髪は和服によく映える。かといって、俺は別に写真を撮ろうとは思わないが。

明日葉「それで先生。星守クラスはどんな感じですか?」

芹沢さんのスマホを強引に取り上げた楠さんは、俺に話を向けてくる。

八幡「そこまで変わらないですよ。みんな毎日イロウス殲滅に勤しんでいます」

明日葉「みんなっていうのは、あんこも含めてですか?」

楠さんの問いかけに、俺は目線を下げることしかできない。隣でスマホを取り返そうと駄々をこねていた芹沢さんもいつの間にか静かになった。

明日葉「そうですか……」

蓮華「ねえ、明日葉。この前病院であんこにあんなこと言ったのはどうして?」

芹沢さんの質問に、楠さんはしばらく目をつぶって押し黙る。やがて、ゆっくりと目を開いて、俺たち2人をしっかりと見据える。

明日葉「あんこのため、ひいては星守のためを思って言ったんだ」

八幡「粒咲さんと星守のため?」

明日葉「あんこは当初から星守という枠に縛られるのを嫌っていました。今まではそれでもフォローしてくれる先輩方がいたのでなんとかなっていましたけど。でも、今は私たちが最上級生です。本来なら下級生の手本となるべきところですが、お世辞にもあんこは良い手本とは言えないです。実力はあるのに、そこは本当にもったいないと思っています」

明日葉「しかし、星守以外にもあんこはいいところをたくさん持っています。ゲームだったり、パソコンだったり、そういうところでは私は何一つあんこに敵いません。それなら、嫌々星守を続けるよりも、やりたいことをやって欲しいんです」

蓮華「……明日葉は、それで本当にいいと思っているの?」

明日葉「私だってあんこがいなくなるのは寂しい。でも、星守はそんな風に私情を挟んでいい存在ではない。イロウスの脅威から人類を守るためには、苦渋の決断をしなければならないときだってある」

蓮華「たとえそれが、仲間を切り離す行為だとしても?」

明日葉「本人がそれを望んでいるんだ。仕方ないだろう」

蓮華「明日葉はちゃんとあんこと話したの?」

明日葉「当たり前だろう。何回も何回も話した。その結果が、今だ」

蓮華「嘘よ。それなら、あの時病室であんこはあんなに悲しそうな顔をするはずない」

芹沢さんは首を横に振りながら楠さんの考えを否定する。

明日葉「なら……、なら私はどうするべきだったんだ?教えてくれ蓮華」

蓮華「そ、それは……」

明日葉「答えられないのなら、私の思いを尊重してくれ。私だって、こんな結末は望んでいなかったんだ……」

本編6-21


明日葉の母「失礼します。お茶のおかわりをお持ちしました」

明日葉「ありがとうございます。お母様。そういえばお菓子をまだ頂いていませんでした。みんなでいただこう」

タイミングがいいのか悪いのかわからないが、楠さんの母親が部屋に入ってきた。それを合図に、楠さんは話を終えた。

明日葉の母「今日はみなさんが来るということで、有名な老舗店のお菓子を用意したんです」

蓮華「すごいわ。こんな美味しい和菓子初めて食べた~」

明日葉「お、お母様。これはかなり高価なものでは?」

明日葉の母「いいんですよ明日葉さん。せっかく先生や御友人がいらっしゃってくださったんですから」

こうして芹沢さんと楠さんが和菓子を食べている最中、楠さんの母親が俺を手招きした。それに応じて俺は隣の部屋へ移動する。

明日葉の母「いつもお世話になっております。先生。こちらから挨拶に伺わなければならないところを、わざわざお越しくださって、ありがとうございます」

そう言って楠さんの母親は袖を折って深々と頭を下げてきた。

明日葉の母「あの子、家じゃ先生のことばかり話すんですよ?それも時々顔を赤くしながら。その時の明日葉さん、先生にもご覧になってもらいたいくらいです」

八幡「はあ……」

あれ、なんで俺は娘かわいい自慢を聞かされてるんだ?そのためだけに俺はこの部屋に呼ばれたのか?

明日葉の母「今日この家へお呼びすることになってからも、ケガをしているにもかかわらず楽しみにしてましたから」

俺の背中の向こう、襖の奥にいる楠さんを思っているのだろう、楠さんの母親は少し目を細める。

八幡「……ケガをさせてしまったのはこちらの監督責任です。申し訳ありませんでした」

明日葉の母「星守である以上、ケガをするのは仕方のない事です。明日葉さんには、これを機に、さらに研鑽に努めてもらいたいところです」

やっぱり楠さんの母親なんだな。こうして1対1で話すと、ただごとじゃない雰囲気に気圧されて下手なことが言えなくなってしまう。

明日葉の母「ただ、体がよくなっても、心も治らなけば戦えません。今の明日葉さんは、決定的に心が弱っています」

八幡「心、ですか」

明日葉の母「私が聞いても何も話してくれません。おそらく自分1人で責任を抱え込もうとしているのでしょう。小さい頃から、責任感は人一倍ある子でしたから」

確かに楠さんは1人で頑張りすぎるところがある。生徒会しかり、星守のリーダーしかり。

明日葉の母「今までのあの子のやり方を否定するつもりはありません。ただ、今のやり方がいつまでも通用するとは思えません。そう思われませんか先生?」

八幡「……そうですね」

俺もどっちかと言うと1人でこなしてきたタイプだ。だが、楠さんと決定的に違うのは、俺の場合は1人だったからこそ1人でやらざるを得なかった。でも楠さんは、周りに信頼できそうな人がいるにも関わらず1人で色んなことを背負いこんできた。

明日葉の母「ですから先生。あの子のこと、どうかよろしくお願いします」

八幡「……は、はい」

もう一度頭を深々と下げてきた楠さんの母親に合わせ、俺も同じように頭を下げて返答するしかできなかった。

あけましておめでとうございます。今回の更新はここまでです。このスレを今年度中に完結させることが目標ですが、達成できるかどうかは不明です。

>>574訂正


本編6-21


明日葉の母「失礼します。お茶のおかわりをお持ちしました」

明日葉「ありがとうございます。お母様。そういえばお菓子をまだ頂いていませんでした。みんなでいただこう」

タイミングがいいのか悪いのかわからないが、楠さんの母親が部屋に入ってきた。それを合図に、楠さんは話を終えた。

明日葉の母「今日はみなさんが来るということで、有名な老舗店のお菓子を用意したんです」

蓮華「すごいわ。こんな美味しい和菓子初めて食べた~」

明日葉「お、お母様。これはかなり高価なものでは?」

明日葉の母「いいんですよ明日葉さん。せっかく先生や御友人がいらっしゃってくださったんですから」

こうして芹沢さんと楠さんが和菓子を食べている最中、楠さんの母親が俺を手招きした。それに応じて俺は隣の部屋へ移動する。

明日葉の母「いつもお世話になっております。先生。こちらから挨拶に伺わなければならないところを、わざわざお越しくださって、ありがとうございます」

そう言って楠さんの母親は袖を折って深々と頭を下げてきた。

明日葉の母「あの子、家じゃ先生のことばかり話すんですよ?それも時々顔を赤くしながら。その時の明日葉さん、先生にもご覧になってもらいたいくらいです」

八幡「はあ……」

あれ、なんで俺は娘かわいい自慢を聞かされてるんだ?そのためだけに俺はこの部屋に呼ばれたのか?

明日葉の母「今日この家へお呼びすることになってからも、ケガをしているにもかかわらず楽しみにしてましたから」

俺の背中の向こう、襖の奥にいる楠さんを思っているのだろう、楠さんの母親は少し目を細める。

八幡「……ケガをさせてしまったのはこちらの監督責任です。申し訳ありませんでした」

明日葉の母「星守である以上、ケガをするのは仕方のない事です。明日葉さんには、これを機に、さらに研鑽に努めてもらいたいところです」

やっぱり楠さんの母親なんだな。こうして1対1で話すと、ただごとじゃない雰囲気に気圧されて下手なことが言えなくなってしまう。

明日葉の母「ただ、体がよくなっても、心も治らなけば戦えません。今の明日葉さんは、決定的に心が弱っています」

八幡「心、ですか」

明日葉の母「私が聞いても何も話してくれません。おそらく自分1人で責任を抱え込もうとしているのでしょう。小さい頃から、責任感は人一倍ある子でしたから」

確かに楠さんは1人で頑張りすぎるところがある。生徒会しかり、星守のリーダーしかり。

明日葉の母「今までのあの子のやり方を否定するつもりはありません。ただ、今のやり方がいつまでも通用するとは思えません。そう思われませんか先生?」

八幡「……そうですね」

俺もどっちかと言うと1人でこなしてきたタイプだ。だが、楠さんと決定的に違うのは、俺の場合は1人だったからこそ1人でやらざるを得なかった。でも楠さんは、周りに信頼できそうな人がいるにも関わらず1人で色んなことを背負いこんできた。

そんな俺からしたら、楠さんの責任感の強さは正直理解しがたい。どうして楠さんはここまで1人で背負いこんでしまうのだろう。

明日葉の母「ですから先生。あの子のこと、どうかよろしくお願いします」

八幡「は、はい……」

そんなことを考える前に、もう一度頭を深々と下げてきた楠さんの母親に合わせ、俺は同じように頭を下げて返答するしかできなかった。

本編6-22


楠さんの家を訪れてから数日。俺は放課後までは神樹ヶ峰に行き、その後は楠さんの病室や粒咲さんの家を訪れていたが、目立った成果は出ない。星守クラスも活気を失ったままで、以前は騒がしく感じていた教室も、静まり返ることが珍しくなくなっている。

そんな状況で唯一緊張の糸をほぐすことができるのが我が家なわけだ。家ってすごい。安心感が半端じゃない。そんな家のリビングで、俺は今コーヒーを飲みながらぐでーっとしている。

八幡「はぁぁぁぁぁ」

小町「どうしたのお兄ちゃん。そんな魂が抜けるような大きなため息なんかついて」

ついついため息が出てしまった。俺の向かいで参考書を広げて勉学に励んでいる小町が声をかけてきた。

八幡「まあ、なんだ。お兄ちゃんも色々あるのよ」

小町「ふーん」

小町はそれだけ言うと再び参考書に目を落とした。しばらくリビングには俺がコーヒーを啜る音と、小町がペンを走らせる音、それと時々鳴るカマクラの足音だけが響く。これが比企谷家の日常だ。

小町「うーーん、ちょっと休憩しよ」

しばらく経って、小町は肩をほぐすように大きく伸びをした。

八幡「休憩って、まだそんなやってないだろ」

小町「小町の勉強は密度がすごいんだよ?密度が」

八幡「密度がすごいやつは英語の問題のこんなところ間違えねえよ」

小町「お兄ちゃん、小町の問題のぞき見してたんだ~。それは小町的にポイント低いかも」

八幡「目の前でやってたら嫌でも視界に入るだろ……」

小町「そういえば、お兄ちゃんがリビングで何もしてないなんて珍しいね」

八幡「そんなことないだろ」

小町「そんなことあるよ。いつもならパソコンで仕事してるか、スマホで星守の誰かとLINEしてるじゃん」

八幡「…………」

我が妹ながら、素晴らしい洞察力だ。確かに俺はここ最近、星守たちとしっかりしたコミュニケーションが取れていない。教室で顔を合わせればそれなりの会話はするが、今までのような無駄に暑苦しい言動はなくなったように思える。

ぞれに付随して、大量に来ていたLINEも今は鳴りを潜めている。今まで異常な量が来ていた分、何も来なくなるとそれはそれで違和感がある。

小町「うららちゃんや心美ちゃんも最近元気ないし、なんかあったの?」

八幡「まあ……、な」

小町「そっか……」

俺の煮え切らない返事に、小町はそれ以上追及してくることはせず、コップを2つ持ってきて、片方を俺に渡してきた。

八幡「サンキュ」

小町「うん」

温かいコーヒーを俺たち2人は同じようにずずっと飲む。

八幡「何も聞かないんだな」

小町「うん。聞いたところで、小町は何もわからないから」

正直、小町のこういうところは助かる。小町も俺に似て意外とドライなところあるからな。いちいち根掘り葉掘り聞かれないのはありがたい。

小町「でもね、うららちゃんや心美ちゃんに元気がないのは、小町も寂しいんだよね」

小町はコップの水面にそっと目線を落とす。

小町「お兄ちゃん、頑張ってね」

八幡「……ああ」

小町「うん!お兄ちゃんが頑張るなら、小町も頑張らなくちゃな~」

そう言って小町は再びペンを握って参考書に向かう。

妹にここまで言われたら、兄としてやらないわけにはいかないだろう。妹の期待に応えてこその兄というものだ。

もう冷めたはずのコーヒーを一口飲むと、なぜか胸のあたりが暖かくなった気がした。

本編6-23


八幡「はぁ……」

小町からエールを送られて数日。楠さんのケガが順調に回復していること以外、全く事態に進展が見られない。

一番の問題点は楠さんと粒咲さんの考えが真っ向から対立していることだ。芹沢さんとも話し合いはしているが、どうにも決め手に欠ける。

さらには八雲先生たちへの途中経過の報告、楠さん、粒咲さんの親との連絡なんかも同時にこなさないといけない。もう疲れたよパトラッシュ……。

「八幡」

ほら、疲れの余り天使の声のような幻聴が聞こえてきた。

「八幡~」

ああ、幻聴でもいいから今はこの天使の声に浸っていたい。耳から幸せになるって言うのはこういうことを言うんだろうな。

「八幡!」

どんどん声が大きくなっていく。それに比例して俺の幸福度も高くなっていくようだ。

「ねえ、八幡ってば!」

数十センチからの声とともに、俺の腕が何者かに引っ張られた。

彩加「やっぱり八幡だ!」

目の前にいたのは現世に舞い降りた天使。この世の全ての造形物の頂点に君臨していると言っても過言ではない。むしろ、それすらこの戸塚彩加の魅力を語るうえでは不十分である。

八幡「と、戸塚?」

彩加「うん!久しぶりだね八幡!」

にっこり笑う戸塚の笑顔は、夜の街の中でひときわ輝いて見えた。こんな笑顔を俺が独占えきるなんて、神に感謝したい。

八幡「お、おう。こんなところで何してるんだ?」

彩加「ぼくはスクール帰りなんだ。ほら」

戸塚は背負ったテニスバッグを、体を横にして俺に見せてくる。この何気ない一連の動作も、戸塚がやると癒し効果が計り知れないほどほとばしってくる。まるで歩くパワースポットだ。

八幡「こんな夜まで大変だな」

彩加「ぼくはテニスが好きだからやってるんだよ。そういう八幡こそこんな時間まで神樹ヶ峰女学園にいたの?」

八幡「ああ、まあな」

彩加「へ~。向こうでの話聞きたいなあ」

八幡「……なら、どっかで一緒に飯でも食べるか?」

戸塚が話を聞きたいならば、俺が話さないわけにはいかない。それに、ちょうど何か食べて帰ろうとしてたところだし。

彩加「うん!」

戸塚は満面の笑みを浮かべて大きくうなずいた。

--------------------------------------------

彩加「ふう。美味しかった」

八幡「ああ。やっぱ千葉ならサイゼだな」

結局俺たちは近くのサイゼに入った。俺は王道のミラノ風ドリアとドリンクバー。戸塚はカルボナーラとドリンクバーだ。

彩加「八幡サイゼ好きだもんね」

八幡「ああ。俺だけじゃなく、千葉民ともなれば、体の8割はサイゼでできていると言っても過言ではない」

彩加「それは流石に八幡だけじゃないかな?」

なんだか、こういう風に男の同級生と話をするのは久しぶりな感じがする。神樹ヶ峰は女子校だから男がいないのは当たり前だが、こんな性分なゆえに、休日も誰か友達と遊ぶなんてしなかったからな。

彩加「なんか、八幡とこうして話すの久しぶりだね」

嘘。戸塚も俺と同じこと思ってくれてた。戸塚と以心伝心できるなんて、最早わが生涯に一片の悔いなし。

八幡「まあ、俺が神樹ヶ峰に行っちまってるからな」

彩加「うん。それもあるけど、八幡全然ぼくにメールくれないんだもん。せっかくアドレス交換したのに」

八幡「いや、なんていうか、取り立ててメールするようなことがなかっただけで、別にしたくないってことはないからな?」

本編6-24


彩加「なら、どんなことでもいいからこれからはメールしてね?」

八幡「……努力する」

戸塚のかわいらしいおねだりに、俺は魂が抜けるのを必死に抑えつつなんとか返事をした。

彩加「ところで八幡。交流先の学校はどんな感じなの?」

戸塚は興味津々に俺に質問してきた。そういえば、俺が神樹ヶ峰の話をするためにサイゼに来たんだったな。

八幡「あー。まあ色々変わってるっちゃ変わってる」

彩加「どんなところが?」

八幡「例えばあれだ。星守クラスはみんな総じて見た目がいい子ばっかだし、それでいて個性的だし、必要以上に構ってくるし」

彩加「面白いね」

八幡「1人だけでも大変なのに、それが18人もいるクラスだから、大なり小なり毎日何かしらトラブルが起こる」

彩加「へ~」

八幡「それに、頭をなでないと拗ねるし。なんで俺が18人の面倒をそこまでみなくちゃならないんだ……」

ああ、そうだった。少し前までは話したような明るい騒がしい話題に事欠かないクラスだった。だが、今はその時の面影はほとんどなくなっている。授業も特訓もイロウス殲滅も淡々と進む。

そんな変わってしまったクラスを、星守クラスと呼べるのか?

彩加「八幡、怖い顔してどうしたの?」

八幡「え?ああ、いや、なんもねえよ。それより、戸塚は最近どうなんだ。部長だとやっぱ色々大変だろ」

俺はこれ以上ツッコまれないうちに、話題の矛先を変えた。

彩加「うーん、そうだね。部員をまとめないといけないから、そこは大変かなあ。みんなそれぞれ目指しているところは違うしね」

八幡「同じ部活の中でも違うもんなのか」

彩加「うん。ぼくみたいにスクール通ってるような子はいないしね。それだけじゃなくて、部活自体をサボる子もいないわけじゃないよ」

八幡「やっぱ人それぞれなんだな」

彩加「でも、みんなテニスが好きなのは一緒だからね。テニスをしたいっていう気持ちを、ぼくは一番に尊重してあげたいんだ。それに、ぼくはテニスが大好きだから朝練も苦じゃないけど、みんながみんな同じようにテニスを好きなわけじゃないからね。それに口出しする権利は、たとえ部長にもないと思ってる」

八幡「なるほどな」

彩加「あはは、こんな風に偉そうに話して、なんか恥ずかしいな……」

戸塚は紅くなった頬をぽりぽり搔く。

八幡「そんなことねえよ。すげえ立派だと思う」

彩加「ありがとう。八幡にそう言ってもらえると、なんか自信が湧いてきたよ」

いや、俺に何か言われなくても、戸塚は自分の考えをしっかり持って部長の責務をこなしている。その姿勢は言葉を飾らなくとも、素晴らしいと、そう思える。

彩加「あ、そろそろぼく帰らなきゃ」

スマホで時間を確認した戸塚が声を上げた。

八幡「なら、もう店出るか」

彩加「うん」

店を出て、道の分かれ目にきた。ここで戸塚とはお別れだ。

彩加「今日はありがとう八幡」

八幡「こっちこそ、飯付き合ってもらって悪かったな」

彩加「ううん。またご飯食べようね。あ、ご飯じゃなくても遊んだり運動したりしようね」

八幡「おう。また連絡してくれ」

彩加「うん!でも八幡もメールしてね?」

八幡「ああ。じゃあまたな」

彩加「ばいばい」

名残惜しさを感じながら、俺は1人帰路についた。

>>578訂正

本編6-22


楠さんの家を訪れてから数日。俺は放課後までは神樹ヶ峰に行き、その後は楠さんの病室や粒咲さんの家を訪れていたが、目立った成果は出ない。星守クラスも活気を失ったままで、以前は騒がしく感じていた教室も、静まり返ることが珍しくなくなっている。

そんな状況で唯一緊張の糸をほぐすことができるのが我が家なわけだ。家ってすごい。安心感が半端じゃない。そんな家のリビングで、俺は何をするでもなくぐでーっとしている。

八幡「はぁぁぁぁぁ」

小町「どうしたのお兄ちゃん。そんな魂が抜けるような大きなため息なんかついて」

ついついため息が出てしまった。俺の向かいで参考書を広げて勉学に励んでいる小町が声をかけてきた。

八幡「まあ、なんだ。お兄ちゃんも色々あるのよ」

小町「ふーん」

小町はそれだけ言うと再び参考書に目を落とした。しばらくリビングには俺がコーヒーを啜る音と、小町がペンを走らせる音、それと時々鳴るカマクラの足音だけが響く。これが比企谷家の日常だ。

小町「うーーん、ちょっと休憩しよ」

しばらく経って、小町は肩をほぐすように大きく伸びをした。

八幡「休憩って、まだそんなやってないだろ」

小町「小町の勉強は密度がすごいんだよ?密度が」

八幡「密度がすごいやつは英語の問題のこんなところ間違えねえよ」

小町「お兄ちゃん、小町の問題のぞき見してたんだ~。それは小町的にポイント低いかも」

八幡「目の前でやってたら嫌でも視界に入るだろ……」

小町「そういえば、お兄ちゃんがリビングで何もしてないなんて珍しいね」

八幡「そんなことないだろ」

小町「そんなことあるよ。いつもならパソコンで仕事してるか、スマホで星守の誰かとLINEしてるじゃん」

八幡「…………」

我が妹ながら、素晴らしい洞察力だ。確かに俺はここ最近、星守たちとしっかりしたコミュニケーションが取れていない。教室で顔を合わせればそれなりの会話はするが、今までのような無駄に暑苦しい言動はなくなったように思える。

ぞれに付随して、大量に来ていたLINEも今は鳴りを潜めている。今まで異常な量が来ていた分、何も来なくなるとそれはそれで違和感がある。

小町「うららちゃんや心美ちゃんも最近元気ないし、なんかあったの?」

八幡「まあ……、な」

小町「そっか……」

俺の煮え切らない返事に、小町はそれ以上追及してくることはせず、コップを2つ持ってきて、片方を俺に渡してきた。

八幡「サンキュ」

小町「うん」

温かいコーヒーを俺たち2人は同じようにずずっと飲む。

八幡「何も聞かないんだな」

小町「うん。聞いたところで、小町は何もわからないから」

正直、小町のこういうところは助かる。小町も俺に似て意外とドライなところあるからな。いちいち根掘り葉掘り聞かれないのはありがたい。

小町「でもね、うららちゃんや心美ちゃんに元気がないのは、小町も寂しいんだよね」

小町はコップの水面にそっと目線を落とす。

小町「お兄ちゃん、頑張ってね」

八幡「……ああ」

小町「うん!お兄ちゃんが頑張るなら、小町も頑張らなくちゃな~」

そう言って小町は再びペンを握って参考書に向かう。

妹にここまで言われたら、兄としてやらないわけにはいかないだろう。妹の期待に応えてこその兄というものだ。

もう冷めたはずのコーヒーを一口飲むと、なぜか胸のあたりが暖かくなった気がした。

>>581再訂正

本編6-22


楠さんの家を訪れてから数日。俺は放課後までは神樹ヶ峰に行き、その後は楠さんの病室や粒咲さんの家を訪れていたが、目立った成果は出ない。星守クラスも活気を失ったままで、以前は騒がしく感じていた教室も、静まり返ることが珍しくなくなっている。

そんな状況で唯一緊張の糸をほぐすことができるのが我が家なわけだ。家ってすごい。安心感が半端じゃない。そんな家のリビングで、俺は何をするでもなくぐでーっとしている。

八幡「はぁぁぁぁぁ」

小町「どうしたのお兄ちゃん。そんな魂が抜けるような大きなため息なんかついて」

ついついため息が出てしまった。俺の向かいで参考書を広げて勉学に励んでいる小町が声をかけてきた。

八幡「まあ、なんだ。お兄ちゃんも色々あるのよ」

小町「ふーん」

小町はそれだけ言うと再び参考書に目を落とした。しばらくリビングには小町がペンを走らせる音、それと時々鳴るカマクラの足音だけが響く。これが比企谷家の日常だ。

小町「うーーん、ちょっと休憩しよ」

しばらく経って、小町は肩をほぐすように大きく伸びをした。

八幡「休憩って、まだそんなやってないだろ」

小町「小町の勉強は密度がすごいんだよ?密度が」

八幡「密度がすごいやつは英語の問題のこんなところ間違えねえよ」

小町「お兄ちゃん、小町の問題のぞき見してたんだ~。それは小町的にポイント低いかも」

八幡「目の前でやってたら嫌でも視界に入るだろ……」

小町「そういえば、お兄ちゃんがリビングで何もしてないなんて珍しいね」

八幡「そんなことないだろ」

小町「そんなことあるよ。いつもならパソコンで仕事してるか、スマホで星守の誰かとLINEしてるじゃん」

八幡「…………」

我が妹ながら、素晴らしい洞察力だ。確かに俺はここ最近、星守たちとしっかりしたコミュニケーションが取れていない。教室で顔を合わせればそれなりの会話はするが、今までのような無駄に暑苦しい言動はなくなったように思える。

ぞれに付随して、大量に来ていたLINEも今は鳴りを潜めている。今まで異常な量が来ていた分、何も来なくなるとそれはそれで違和感がある。

小町「うららちゃんや心美ちゃんも最近元気ないし、なんかあったの?」

八幡「まあ……、な」

小町「そっか……」

俺の煮え切らない返事に、小町はそれ以上追及してくることはせず、コップを2つ持ってきて、片方を俺に渡してきた。

八幡「サンキュ」

小町「うん」

温かいコーヒーを俺たち2人は同じようにずずっと飲む。

八幡「何も聞かないんだな」

小町「うん。聞いたところで、小町は何もわからないから」

正直、小町のこういうところは助かる。小町も俺に似て意外とドライなところあるからな。いちいち根掘り葉掘り聞かれないのはありがたい。

小町「でもね、うららちゃんや心美ちゃんに元気がないのは、小町も寂しいんだよね」

小町はコップの水面にそっと目線を落とす。

小町「お兄ちゃん、頑張ってね」

八幡「……ああ」

小町「うん!お兄ちゃんが頑張るなら、小町も頑張らなくちゃな~」

そう言って小町は再びペンを握って参考書に向かう。

妹にここまで言われたら、兄としてやらないわけにはいかないだろう。妹の期待に応えてこその兄というものだ。

もう冷めたはずのコーヒーを一口飲むと、なぜか胸のあたりが暖かくなった気がした。

本編6-25


戸塚と別れ、家に着いてからかなりの時間が経った。リビングにはもう俺しかいない。

ぼっちな俺には家の中でも1人でいるほうが思考は捗る。まあ、それで考える内容が星守クラスに関してなところがなんとも皮肉なことだが。

ソファに寝ころび、電気もついていない暗い天井を見つめる。

小町がエールをくれた。戸塚がヒントをくれた。そしてなにより、星守クラスの人たちが待っている。後は、俺がどう動くかだ。

星守クラスの沈痛な雰囲気、イロウス発生数の止まらない増加、と問題は山積みだ。それでもやはり一番の問題は楠さんと粒咲さんの関係不和だ。2人がまた元通りの関係に戻れるようにするのが俺の果たすべき役目だろう。

だが、いかんせん2人の考えが違いすぎるのが難点だ。粒咲さんも言ってたが、2人の共通点としては同級生という以外何もないだろう。

粒咲さんがゲームやパソコンなどの趣味に生きる人であるのに対して、楠さんは星守一筋に頑張る人だ。もちろん、他にも2人の特徴は色々挙げられるが、どれもこれもバラバラだ。

なんなら、芹沢さんが言ってたように、2人とも可愛いってところしか本当に共通点ないんじゃないかって思えてくる。

あれ。じゃあなんで2人はこれまでうまくやってこれたんだ?というか、この2人だけじゃなくて、他の星守たちもどうしてこんなに仲良くやってるんだ?

俺が言うのもなんだが、星守たちは全員個性が強すぎる。一人残らず全員だ。普通ならそりが合わなかったり、苦手なタイプがいたりしてもおかしくない。

でも、星守クラスにはそんなことは一切ない。18人全員が個性を出しつつ、生き生きと学校生活を送っている。学年も、趣味嗜好も、何もかも違うのに、だ。

そういや、雪ノ下と由比ヶ浜もタイプは全然違うのに、妙に仲いいな。まあ、あそこはタイプが違うからこそいい関係を築けてるんだろうけど。それに、根っこの部分は意外と近い感じもするし。

八幡「…………そうか。そうだったのか」

何故だか、すっと心に落ちてきたものがあった。俺ともあろう者が、こんな簡単なことにも気づかなかったらしい。

思い返してみれば、これまでの2人の言動にヒントは隠されていたんだ。それを俺は今の今まで見落としてしまっていたんだ。

立場が人を作る、なんてよく言うが、俺もまがりなりにも教師という立場にいたがゆえに、いつの間にかどこか教師らしく物事を捉え、考えてしまっていたのだろう。

だが、今は比企谷八幡という1人の人間として考えられている。ならば、これが俺のたどり着いた答えと言っていい。

ゴールは見えた。あとはどのようにこのゴールに持っていくか逆算して方法を練るのみだ。

--------------------------------------------

窓から見える空はすでに青白い。知らない間に徹夜してしまったようだ。

でも不思議と気分は悪くない。いや、そりゃ眠いし、目もしょぼしょぼする。けど、俺なりに筋道の通った策を考えつくことができた。早速今日実行するしかない。

今日が楠さんの退院予定日でよかった。タイムリミットぎりぎりで滑り込みセーフって感じだ。朝から行動すれば、なんとか間に合うだろう。そのためには色々根回しも必要なんだが。

はあ、正直人との交渉はあんまり気が進むことじゃないんだよなあ。それが日頃関わりのない人とくればなおさらだ。ただ、俺にはこの学校で磨き上げた社畜コミュ力がある。仕事関係の会話ならそれなりに円滑に進めることができるだろう。それに、どの人たちも話が分からない人じゃないはず。

それに、ここまできたら引き返すことはできない。何にしてもこの作戦で行くしかない。あとは、うまくはまってくれることを祈るだけだ。

俺はスマホを取り出してお目当ての人たちにメールを送る。……こうして仕事のようなメールを送ることに慣れてしまった自分も怖い。

顔を洗い、朝食を食べてからメールを確認すると、すでに返信が来ていた。そのどれもが、送ってから数分後に返信されている。どんだけみんな暇なんだよ。……いや、みんな心配なんだろうな。

とりあえず、第一段階はクリアできた。後は学校での作業だ。正直ここが一番先が読めない。この結果によっては事態がどの方向に転がってもおかしくない。

それでもこの方法をとることでしか問題解決には至らないことは確かだと思う。

やっぱり、星守クラスのことは、星守クラスでしか乗り越えていくことはできないと思うから。

本編6-26


今日はいつもよりかなり早めに学校に着いた。だが今日の俺にはやらなくてはいけないことがいくつもある。無駄にしている時間はない。

まずは、ここだ。

八幡「比企谷です。朝早くに申し訳ありません」

牡丹「どうぞ入ってください」

声をかけてから理事長室の中に入ると、理事長がテーブルの前に座っていた。いつもと違うのは、テーブルの上にたくさんのファイルが置いてあることだ。

八幡「理事長、このファイルは」

牡丹「おそらく比企谷先生に有益な情報が載っていると思いましてね。取り出してみました」

俺が今朝送った「星守になる方法について教えてください」という短いメールの文面から察したのだろう。話が早くてとても助かる。

牡丹「さて、教えて欲しいことは星守になるための方法でしたね。星守になるには大きく分けて2通りの方法があります」

八幡「2通り、ですか?」

牡丹「はい。神樹に力を認めてもらうか、神樹に力を見出されるか、です」

八幡「すいません、あまりよくわからないのですが……」

牡丹「もう少し簡単に言えば、オーディションを勝ち残るか、スカウトされるか、というような感じでしょうか」

八幡「なるほど」

牡丹「では1つずつ説明しますね。まずは神樹に力を認めてもらう、いわゆるオーディションのほうですね。これは毎年一回、神樹ヶ峰女学園星守クラスの入学試験と題して行っています」

八幡「そこで星守としての資質を見極めるってことですか?」

牡丹「その通りです。神樹が私を通じて受験者1人1人を審査していきます」

八幡「1人1人見るなんて、大変そうですね」

牡丹「確かに時間はかかります。けれど、星守になる子を選ぶのに、手を抜くことなんてできませんから」

八幡「そうですね……」

牡丹「そして、その審査に合格した人が晴れて星守になることができるわけです。ここまでに何か質問はありますか?」

八幡「いえ、特にないです」

牡丹「では話を続けますね。次は神樹に力を見出される、いわゆるスカウトのほうですね。こっちはもっと簡単で、神樹が見出した人物を私が特定して入学を勧める、というだけです」

八幡「それってどうしても星守になりたくない子は辞退とかできるんですか?」

牡丹「ええ、できますよ。ただ、これまでただの1人も辞退者はいませんけれど」

辞退者ゼロってなにか怪しい闇取引でもしてるんじゃないかって疑うレベル。どこの悪徳業者だよ。

そして理事長は机の上のファイルをごそごそし始めた。開かれたページを見ると、星守クラスの子たちのプロフィールのようである。

牡丹「これは現星守たちのデータです。ここに、あの子たちがどのようにして星守になったかも記録されています。例えばこれを見てください」

理事長は1つのファイルを差し出してきた。

八幡「これは、高3の人たちのデータですか?」

牡丹「ええ。明日葉は神樹に力を認めてもらう方法で、蓮華とあんこは神樹に力を見出される方法で星守になっていますね」

俺はパラパラと他のファイルも見ていく。ほ~。本当にみんなばらばらだな。見てて少し面白い。

八幡「でも、選ばれ方が2通りあれば、それによっていざこざとかが起きたりしないんですか?」

牡丹「それが、一切ないんです。毎年心の優しい子たちが星守クラスに揃ってくれますから」

こうなってくると、神樹の見る目の良さが恐ろしく思えてきた。難しい年ごろの女の子をこれほど集めて、なお全員が良好な関係を保っている。こんなこと、○元康や○ャニーさんでも無理だっての。

牡丹「だからこそ、今回のことはとても大きなショックでした。これまで星守クラスを引っ張ってきたあの2人が……」

理事長は窓の外に見える神樹を見ながら呟いた。その横顔は、言葉以上に理事長が受けた衝撃の大きさを物語っている。

牡丹「だから比企谷先生が今朝連絡をくれたときは本当に嬉しかったんです。先生が動くということは、何か打開策を見つけたのでしょう?」

八幡「まあ、そんな大げさなものじゃないですけど」

一転して俺の顔を見つめてくる理事長にしり込みして、俺は顔を背けながら返答する。

牡丹「それでもかまいません。どうか、あの子たちのこと、よろしくお願いします」

本編6-27


理事長室で全員分のファイルを見てから、俺は職員室での短時間の打ち合わせを終え、朝のHRを行うために教室へ急いだ。

一般クラスは朝の喧騒に包まれているものの、このクラスは静寂に満ちている。なんだか、中には誰もいないんじゃないかと思えてしまう。

八幡「うす」

ドアを開けると、すでにほぼ全員が座っていた。が、誰も言葉を発しない。皆一様に表情を暗くしたまま目を伏せている。

蓮華「あら、先生~みんな~。おはよう~」

最後の1人、芹沢さんがチャイムと同時に入ってきた。だが、その芹沢さんもかなり無理しているのはわかる。これまで楠さんや粒咲さんがやっていた仕事を1人で肩代わりしているのだ。それに加えクラスの雰囲気を明るくしようと余計にテンションを高くして活動している。無理が出てきて当然だ。

八幡「日直、号令を」

うらら「…………」

八幡「蓮見、今日はお前が日直だろ」

うらら「え、ああ、そうね、うららだったわね」

マズイ。いつもは元気が良すぎる蓮見までこのありさまだ。相当心にダメージが来ているなこれ。

うらら「起立……。礼……。着席……」

蓮見の弱々しい声に合わせるかのように、力のない挨拶が終わる。出席確認も終え、連絡事項の伝達に移る。

八幡「お知らせだ。今日、楠さんが退院する」

今の星守クラス内で唯一と言っていい明るい話題だ。これによって、多少教室の雰囲気は柔らかくなった。

ゆり「ならば明日はみんなで明日葉先輩の復帰をお祝いしなければいけないな」

楓「ええ。千導院家総出で準備させますわ」

サドネ「させます、わ」

遥香「……でも、あんこ先輩はどうなるんでしょうか?」

成海の発言により、再び教室内は重苦しい雰囲気に包まれる。まあ、こうなってしまうのは仕方ないか。

八幡「必ず、明日までにはここに連れてくるつもりだ」

ここでHRの終わりを告げるチャイムが鳴った。本来ならここで俺は教壇を降り、自分の席につくことになっている。

ひなた「なんで先生席に着かないの?1時間目始まっちゃうよ?」

八幡「いいんだ。今日は俺がこのまま国語の授業をやる」

ミシェル「先生が~!?」

八幡「ああ。担当の先生の許可は今朝もらった。どうしても今日、みんなにやってほしいことがあるんだ」

樹「比企谷くん、協力してほしい事って何かしら?」

風蘭「今朝いきなりメール来てびっくりしたぞ」

八幡「わざわざすみません。八雲先生、御剣先生。空いている席に座ってください」

俺は持ってきていたプリントを1人ずつ配っていく。星守たちと2人の先生はそのプリントを訝し気に眺める。

本編6-28


八幡「全員行き渡ったか?じゃあ説明をする。みんなには『私と星守』という題で作文を書いてもらいたい」

昴「『私と星守』、ですか?」

八幡「ああ。各自が持っている星守へのイメージ、理想の星守像、実際の自分の現状、星守をやる上での喜び、不満、なんでもいい。自分の星守に対する考えを率直に書いてくれ」

心美「自分の考え……」

八幡「それと、『星守になった理由』だけは全員必ず盛り込んでくれ」

花音「ちょっと待って。今さら私たちにこんなこと書かして何の意味があるの?」

煌上が強い口調で質問してきた。他の星守たちも俺の答えを聞こうと耳を傾ける。

八幡「一番の意味は、お互い持っている星守イメージが違うということをはっきりさせることだ」

詩穂「違いをはっきりとさせるんですか?」

八幡「ああ。同じ星守として、星守クラスで生活をしていても、全員が全く同じ星守像を持っているとは限らない。そりゃ、全く同じ人はいないからな。当たり前のことなんだが、ついつい俺たちはそういうことを忘れてしまいがちになる。今回はそこを明確にしたいんだ」

桜「確かに、人間は、他人が自分と同じ考えのはずだと思い込んで行動してしまうことも多いからのお」

八幡「ああ。だからこの作文を通して、自分と他人の違いを浮き彫りにしたい。逆に、そうすることで、星守として全員が共有できる理念みたいなものも見えてくると思うんだ」

俺の言葉の後に、しばらく静寂が流れる。……あれ、もしかして、やらかした?

みき「やりましょう……やりましょう!」

その静寂を破ったのは、星月の大きな声だった。

望「けっこう面白そうだしね~。みんなの作文」

サドネ「サドネ、頑張って書く!」

星月の言葉に続き、あちこちでやる気に充ちた反応が聞こえてきた。よかった。これで話を進められる。

八幡「最後にもう一つだけ。楠さんと粒咲さんの関係修復のために、これから書いてもらう作文を使いたいんだが、いいか?」

くるみ「はい。使ってください」

常磐の声に合わせ、教室中が一斉に頷いた。その力強い頷きに思わず目が熱くなるのを感じた。

八幡「ありがとう。じゃあ、始めてくれ」

俺の合図によって、総勢18人の新旧星守たちによる作文が始まった。

更新が遅くなってすみません。インフルエンザにかかってしまい、なかなか書き溜めができませんでした。まだ完治してないので、所々分かりにくいところがあるかもしれませんが、脳内補完お願いします。

>>587訂正

本編6-27


理事長室で全員分のファイルを見てから、俺は職員室での短時間の打ち合わせを終え、朝のHRを行うために教室へ急いだ。

一般クラスは朝の喧騒に包まれているものの、このクラスは静寂に満ちている。なんだか、中には誰もいないんじゃないかと思えてしまう。

八幡「うす」

ドアを開けると、すでにほぼ全員が座っていた。が、誰も言葉を発しない。皆一様に表情を暗くしたまま目を伏せている。

蓮華「あら、先生~みんな~。おはよう~」

最後の1人、芹沢さんがチャイムと同時に入ってきた。だが、その芹沢さんもかなり無理しているのはわかる。これまで楠さんや粒咲さんがやっていた仕事を1人で肩代わりしているのだ。それに加えクラスの雰囲気を明るくしようと余計にテンションを高くして活動している。無理が出てきて当然だ。

八幡「日直、号令を」

うらら「…………」

八幡「蓮見、今日はお前が日直だろ」

うらら「え、ああ、そうね、うららだったわね」

マズイ。いつもは元気が良すぎる蓮見までこのありさまだ。相当心にダメージが来ているなこれ。

うらら「起立……。礼……。着席……」

蓮見の弱々しい声に合わせるかのように、力のない挨拶が終わる。出席確認も終え、連絡事項の伝達に移る。

八幡「お知らせだ。今日、楠さんが退院する」

今の星守クラス内で唯一と言っていい明るい話題だ。これによって、多少教室の雰囲気は柔らかくなった。

ゆり「ならば明日はみんなで明日葉先輩の復帰をお祝いしなければいけないな」

楓「ええ。千導院家総出で準備させますわ」

サドネ「させます、わ」

遥香「……でも、あんこ先輩はどうなるんでしょうか?」

成海の発言により、再び教室内は重苦しい雰囲気に包まれる。まあ、こうなってしまうのは仕方ないか。

八幡「必ず、明日までにはここに連れてくるつもりだ」

ここでHRの終わりを告げるチャイムが鳴った。本来ならここで俺は教壇を降り、自分の席につくことになっている。

ひなた「なんで先生席に着かないの?1時間目始まっちゃうよ?」

八幡「いいんだ。今日は俺がこのまま国語の授業をやる」

ミシェル「先生が~!?」

八幡「ああ。担当の先生の許可は今朝もらった。どうしても今日、みんなにやってほしいことがあるんだ」

樹「比企谷くん、協力してほしい事って何かしら?」

風蘭「今朝いきなりメール来てびっくりしたぞ」

1時間目の開始を知らせるチャイムとほぼ同時に、八雲先生と御剣先生が教室に入ってきた。2人にも今朝、メールで協力をお願いしてある。

八幡「わざわざすみません。八雲先生、御剣先生。空いている席に座ってください」

俺は持ってきていたプリントを1人ずつ配っていく。星守たちと2人の先生はそのプリントを訝し気に眺める。

本編6-29


八幡「そろそろ書き終わったか?」

大体の人がペンを置いている状況をみて、俺は声をかける。

18人「はーい」

八幡「じゃあ自分の作文を他の人のと交換して読み合ってくれ」

俺の指示に合わせ、みんなは近くの席の人と作文を交換して読み合わせをする。

ミシェル「むみぃ、楓ちゃんの星守になった理由、やっぱりすご~い!」

楓「ミミも立派な理由を持ってるじゃないですの。ワタクシと変わりありませんわ」

花音「あれ、望って意外とちゃんとした考えを持ってるのね」

望「そりゃアタシだって色々考えてやってるからね!」

うらら「ふーん。ここみってこんなふうに考えてたのね」

心美「そ、そんなにじっくり読まれると恥ずかしいよぉ……」

こんな風にいたるところで感想が交流されている。作文を通してお互いの星守への思いを確認できて、成果は出ているように見える。

昴「遥香の作文、すごいよ。読んでもいい?」

遥香「お、音読はちょっと恥ずかしいわ……」

ひなた「待ってよ!桜ちゃんのほうがすごいよ!『わしが星守になろうとしたのは、』」

桜「これひなた。勝手にわしの作文を大声で読み上げるな」

いつの間にか、教室全体が一体となって作文を読み合っている。その顔はどれもこれも久しぶりに見る明るい表情で、なんだか懐かしさを覚えた。

蓮華「これが先生の狙いだったのね」

するっと芹沢さんが俺の隣にやってきて、星守たちの楽し気な交流に目を細めながら口を開いた。

八幡「まあ、ここまでうまくいくとは思わなかったですけどね」

蓮華「ふふ、みんなの貴重な作文もばっちり読めたし、れんげも満足だわ~」

八幡「はは……」

もはやこの人は美少女が関わるものならなんでもいいんじゃないだろうか。自分もかなり見た目はいいはずなんだから、自己生産、自己消費すればいいのに。

蓮華「でも、これで終わりじゃないんでしょ?」

崩れていた表情を立て直し、芹沢さんが真に迫った声で俺に尋ねてきた。

八幡「ええ」

というか、むしろこれからが本番だ。この作文はこの教室内で完結させるものではない。

八幡「そろそろ授業が終わる時間なんで、席についてくれ」

盛り上がっている輪の中に向かって、気持ち大きめの声で俺は声をかける。

みき「あ、先生!最後に先生の作文読んでくださいよ!」

はいはい、と手を挙げながら星月がそんな提案をしてきた。

八幡「俺の?」

サドネ「おにいちゃんも書いてたの、見えた」

八幡「……どうしても読まなきゃダメ?」

星守たち「当然!」

八幡「わかったよ……」

なんでこういうところは息がぴったりなんだろうか。八雲先生と御剣先生も叫んでたみたいだし、そんなに俺に辱めを味わわせたいのか。

仕方なく俺はプリントを顔の高さまで持ち上げ、一行目から音読を始めた。

本編6-30


放課後、俺と芹沢さんは楠さんが入院している病院へやって来た。早朝から色々動いてきたが、それらは全て、今日ここからのためにあったといっていいだろう。

俺と芹沢さんは歩き慣れた廊下を進み、楠さんの病室へたどり着いた。

蓮華「明日葉~、準備できた?」

芹沢さんがドアを開けると、中には私服に着替えた楠さんが、すでにバッグをベッドの上に置き、退院できる準備を整えていた。

芹沢さんに続いて病室に入った俺を見つけると、楠さんは一礼した。

明日葉「蓮華、先生。最後までありがとうございます」

蓮華「いいのよ~。れんげはやりたくてやってるんだから~」

八幡「ま、これで退院ですし、最後まで見守りますよ」

俺はベッドの上にあるカバンを持ち上げる。

明日葉「ありがとうございます、先生」

蓮華「なーんか先生ってたまにあざとい行動するわよね~」

八幡「あざとくないですから……」

それ以降も俺のこれまでのあざとい行動を逐一口にする芹沢さんに多少イラっとしながら、俺はタクシーに乗り込んだ。俺に続いて楠さんと芹沢さんもやって来た。

八幡「この住所のところまでお願いします」

助手席に座った俺はタクシーの運転手に行き先の書いてあるメモを見せる。

タクシー運転手「かしこまりました」

運転手はカーナビで行き先を設定すると、車を発進させた。

----------------------------------------------

車が走ること数十分。始めは何の変哲もなかった楠さんの表情だが、今は明らかに疑り深いものになっている。

明日葉「なあ蓮華。これは。どこへ向かってるんだ?」

蓮華「さあ。どこでしょう?」

明日葉「先生。どうなってるんですか?」

八幡「まあ着けばわかりますから」

そう。今日ここからが本番と言ったのは、楠さんを俺と芹沢さんでうまく病院から連れ出すことを言ってたのだ。もちろん、朝の時点で楠さんの母親には事情を説明してある。本人に言わなかったのは、行き先を伝えると拒否されかねないと思ったからだ。

明日葉「家に向かってるんじゃないんですね?どこに向かってるんですか先生?」

楠さんはかなり強い口調で追及してくる。その隣で、芹沢さんがなんとかなだめようとペットボトルを差し出した。

蓮華「ほらこれでも飲んで落ち着いて。別に明日葉を取って食おうってわけじゃないから安心して」

明日葉「だからと言って、行き先がわからなければ不安になるだろう」

渡された飲み物を律儀に飲む楠さんだが、その声色からは不信感が漂う。

ほどなくして、タクシーが一軒の家の前に到着した。俺と芹沢さんは一度来ているからささっと降りる準備をするが、楠さんは未だ首を左右に振って周りの様子を窺っている。

明日葉「え、ここですか?」

八幡「はい。そうですよ」

蓮華「ほら早く出ないとタクシーの運転手さんにも悪いわよ~」

芹沢さんは半ば強引に楠さんをタクシーから降ろした。俺もトランクから3人分の荷物を取り出して、2人のすぐ傍に立つ。

八幡「じゃ、行きますか」

蓮華「そうね~」

明日葉「だから、行くってどこに」

蓮華「どこって決まってるじゃない~」

芹沢さんは答えを言い終えないうちに、「粒咲」と書かれた表札の隣にあるインターホンを押した。

蓮華「あんこの家よ」

本編6-31


しばらく待ってみるが、インターホンはうんともすんとも言わない。芹沢さんは腕を組みながら「うーん」と首をひねる。

蓮華「出ないわねえ」

明日葉「留守なんじゃないのか?」

蓮華「そんなはずないわよ。ね、先生?」

八幡「ええ」

粒咲さんの両親には、今日この時間に俺たちが来ることは伝えてある。「先生が来るまでしっかり見張ってます」という返信を信じれば、粒咲さんはこの家にいる。

それでもインターホンに出ないということは、粒咲さんは俺たちが来ていることを知っていながら無視している、と考えるのが妥当だろう。まあ、アポなしで、しかもケンカ相手の楠さんもいるってなれば、こうなってしまうのもわからなくもない。

蓮華「もう、じれったいわね~」

しびれを切らした芹沢さんはインターホンを連打する。

明日葉「お、おい蓮華!何してるんだ!」

蓮華「だってあんこが出ないんだから仕方ないじゃない」

楠さんは慌てて芹沢さんを止めようとするが、芹沢さんは連打を続ける。

そんな時、ポケットの中のスマホがメールの受信を告げた。受信フォルダを開くと、粒咲さんの父親からのメールだった。

「鍵は玄関前の植木鉢の底」

八幡「芹沢さん、家の鍵が植木鉢の底にあるみたいです」

蓮華「植木鉢って、これかしら」

芹沢さんは玄関に移動して、そこにある植木鉢を持ち上げる。

蓮華「あったわ~!」

そう言う芹沢さんの手には、確かに鍵が握られている。その声と同時に、何やらインターホンの向こうからガタガタと音が聞こえた。

明日葉「勝手に鍵使っていいのか?」

八幡「いいんじゃないですか。粒咲さんのお父さんが教えてくれましたし」

蓮華「それなら遠慮なく~」

芹沢さんは鍵を鍵穴に挿す。くいっと捻ると鍵が開いた音がした。

蓮華「開いた!」

芹沢さんはドアを引いて開けようとする。が、ドアは少し開いたところで止まってしまった。

あんこ「はあはあ、なんとか間に合った……」

蓮華「あんこ、そこどいてくれないかしら?」

あんこ「嫌よ。どいたらあんたたち入ってくるでしょ?」

蓮華「もちろん。そのために来たんだから」

どうやら粒咲さんが中でドアを押さえているらしい。必死な顔でドアを開けようとしている芹沢さんを見る限り、かなり激しく抵抗しているようだ。

どうしたもんかと思っていると、再びメールの受信音がした。送信元は粒咲さんの父親だ。

八幡「えーと、『あんこへ。これから5秒ごとにあんこの秘蔵画像を先生に送ります。止めて欲しければドアを開けなさい』って、なんだこりゃ」

声に出して読んでいると、続けざまにメールが来た。添付画像がついており、そこにはベッドの上で嬉しそうにペンザブローのぬいぐるみを抱えている幼少期の粒咲さんの姿があった。こんなの流出させて大丈夫なのか粒咲家?

明日葉「先生?急に静かになってますがどうされました?」

八幡「い、いや、送られてきた画像が想像よりもすごかったもんで……。見ます?」

明日葉「で、では少しだけ……」

蓮華「先生!その画像後でれんげにも転送して!」

あんこ「み、見るな~!」

蓮華「あら。あんこいなくなっちゃった」

恥ずかし画像を見られるのが耐えられなかったのか、粒咲さんは叫び声をあげてから、バタバタと大きな音を立ててドアの向こうからいなくなってしまった。

本編6-32


あんこ「どうぞ……」

何分かして再びドアのところへやって来た粒咲さんは、渋々と言った表情で俺たちを迎え入れた。

蓮華「お邪魔しま~す」

明日葉「すまないあんこ……」

あんこ「……まあ、こうなっちゃったものは仕方ないわよ」

2人が家に入っていくのを見て、俺も敷居を跨ごうとする。

あんこ「ちょっと待って」

だが、そんな俺の前に粒咲さんが立ちふさがる。

あんこ「どういうつもりよ。蓮華はともかく、退院したばっかりの明日葉まで連れてくるなんて」

八幡「事態を打開するには、このタイミングしかないと思ったんで」

あんこ「何よそれ。余計なお世話よ」

粒咲さんは鋭い目つきで俺を睨んでくる。ヤバッ、めっちゃ怖いんですけど。粒咲さんでもこんな顔するのかよ。

八幡「かもしれませんね」

俺は粒咲さんの雰囲気に気圧されながらも、なんとか返事をした。

あんこ「だったら、」

明日葉「あんこ!蓮華があんこの部屋を漁っているぞ!」

粒咲さんの声は、家の中から響いた楠さんの声にかき消されてしまった。

あんこ「げ。なんとか止めといて!すぐ行くから!」

粒咲さんの表情が急に焦ったものに変わり、素早い動きで家の中へと消えていった。

……とりあえず、中入って待ってるか。

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なんとか芹沢さんを鎮圧した粒咲さんと楠さんは、ぐったりしながらリビングへやって来た。

あんこ「いきなりワタシの部屋漁らないでよ蓮華」

蓮華「だって~。この前来た時は部屋入れなったし~」

明日葉「それは理由になってないぞ……」

芹沢さんを注意する2人だが、心なしか、彼女らの雰囲気は柔らかいものになっているような気がする。まさか、芹沢さんはこれを見越して粒咲さんの部屋に入ったのか?

全員が椅子に座って落ち着いたところで、粒咲さんが切り出した。

あんこ「というか、あんたたちは何しにうち来たのよ」

粒咲さんの問いかけに、楠さんと芹沢さんも俺の方に顔を向ける。

八幡「あー、まあ、ノープランです……」

俺の言葉に、楠さんと粒咲さんは口をぽかんと開けて呆けてしまった。

明日葉「どういうことだ蓮華」

蓮華「まあまあ」

あんこ「よくノープランで人の家に来ようとしたわね」

八幡「本当のことを言えば、少しあるんですけど……」

あんこ「何よ」

八幡「粒咲さんの家での生活を、俺たち3人に見させて欲しいんです」

本編6-33


明日葉「先生、その発言はどうかと思いますが……」

蓮華「うふふ」

あんこ「ホントに何言ってんのよ先生」

3人が3人とも、俺のことをゴミを見るような目つきで睨んでくる。いや、芹沢さんには事前に話してたでしょ。なんで2人と同じ顔してんの。

八幡「いや、あの、他意はないんですけど……」

あんこ「当たり前よ」

明日葉「当たり前です」

粒咲さんと楠さんの返事が同時だった。やっぱり根っこはこの2人仲いいんだろうな。

蓮華「ちゃんと説明しないとわかんないわよ、先生」

芹沢さんがぞっと俺の方に近付いて囁いてきた。いきなり囁かれたことにドキッとはしたが、心臓はすぐに落ち着いた。今までのからかい口調と違って、声色に包み込むような優しさを感じたからだろうか。

八幡「そうですね……」

俺は依然状況を呑み込めていない楠さんと粒咲さんに向かって口を開いた。

八幡「今日ここに3人で来たのは、粒咲さんのことをもっとよく知ろうと思ったからです」

あんこ「ワタシのことを?」

八幡「はい。普段は学校での粒咲さんしか見れてないですから」

明日葉「なんで先生まで蓮華みたいなことを言い出してるんですか?」

蓮華「れんげはこんなこと言わないわよ」

あんこ「いや、それは言ってるぞ。確実に」

明日葉「ああ。言ってるな」

蓮華「2人ともひどい!先生はれんげの言い分分かってくれますよね?」

八幡「いや、そこは2人と同意見です」

蓮華「みんなひどいわ~」

よくわからないことで喚き始めた芹沢さんを放っておいて、俺は楠さんと粒咲さんに顔を向ける。

八幡「俺が楠さんをこの家に呼んだ理由は、おそらく2人なら察していると思います」

明日葉「私とあんこのこと、ですか?」

八幡「ええ」

あんこ「はあ……、やっぱりね」

八幡「もうネタバレされているところへ言うのも変な話ですが、俺も芹沢さんも、他の星守クラスのみんなも今の状況からの改善を願っています」

明日葉「だから私とあんこに仲直りをしろ、と?」

八幡「そうは言いません」

あんこ「どういうことよ」

八幡「俺は、あくまで2人に結論を出してもらいたいと思っています。ただ、そのためにはお互いがお互いのことを知らなさすぎるんです。今日は、楠さんに粒咲さんのことをもっと知ってほしくて計画しました」

明日葉「あんこのことを知る……」

八幡「はい。これまでよりもわかることが増えれば、それだけ判断材料も増えると思うんです。これからのことは、それから判断しても遅くはないんじゃないでしょうか?」

明日葉「……」

八幡「それに、まだ2人とも自分の気持ちをきちんと伝えてないですよね」

俺の言葉に2人の肩がビクンとはねた。

八幡「普段はいろんな人の視線がありますけど、ここならその心配はありません。粒咲さんの家族にも、俺たちの話は聞かないよう頼んであります」

あんこ「……わかった。先生の案に乗る」

明日葉「私もです」

2人はしばらく考え込んだ後、小さいながらもはっきりとした口調でそう答えた。

本編6-34


あんこ「そうは言っても、ワタシは具体的に何をすればいいのよ」

八幡「特にこれといってないんですけど」

明日葉「本当に無計画に来たんですね……」

蓮華「たまにはいいじゃない。こういう行き当たりばったりな感じも」

あんこ「ワタシと明日葉にとってはドッキリに近い感じがするんだけど……」

こんな風に雑談をしていると、来訪者を告げるインターホンが鳴った。

あんこ「ん?」

粒咲さんは疑い深くインターホンの映像を見つめる。

あんこ「はい」

宅配便業者「宅配便でーす」

あんこ「……本当の宅配便ね」

粒咲さんはじっくり確かめてから玄関へと向かって行った。

----------------------------------------------

あんこ「ねえ。見てこれ……」

数分経ち、粒咲さんは食材がいっぱいに詰まった段ボールを抱えて戻ってきた。

八幡「野菜に、肉ですね」

蓮華「こんなにいっぱいどうしたのあんこ?」

あんこ「パパがさっきネットで注文したんだって。わざわざお急ぎ便で……」

明日葉「あんこのお父様は色々とすごい方だな……」

蓮華「……あ。いいこと思いついちゃった」

芹沢さんが何やら考えついたのか、手をポンと叩いた。

あんこ「何よ」

蓮華「せっかくこんなに食材があるんだから、みんなで料理しましょ」

明日葉「料理?」

蓮華「そ。もうすぐ晩御飯の時間になるし、ちょうどいいと思わない?」

あんこ「まあ、ワタシんちだけだとこんなに食べ切れないし。しょうがないわね」

明日葉「これだけあれば、色々な料理が作れそうだな」

なんだか勝手に話が進んでいく。みんなで料理をするってことは、俺も手伝わなきゃいけないってことか?見たところ、台所は4人もいたら窮屈そうな感じだし、そもそも俺は小学6年生レベルでしか料理作れないんだけど大丈夫なのか?

八幡「あ、あの、」

蓮華「先生はお皿や食器の準備しといて」

八幡「は、はあ……」

どうやら俺はお呼びではなかったようです。それならそうと言ってほしいかったなあ。「みんな」ってどこまでを指すのか不明瞭なんですけど。まあ、いつも「みんな」から外れているのが俺なんですけどね……。

蓮華「さ、何作ろうかしら~」

あんこ「激辛料理は外せないわ」

明日葉「和食も作りたいところだな」

3人はあーだこーだ言いながら、段ボールを持って台所へ消えていった。

本編6-35


明日葉「完成だな」

あんこ「こんなにたくさん作ったの初めてよ……」

蓮華「みんなの料理楽しみだわ~」

3人は思い思いの感想を言い合いながら料理を運んできた。

八幡「それにしても、量多すぎません?」

蓮華「はりきりすぎて作りすぎちゃった♡」

芹沢さんがここぞとばかりに笑顔を作って説明してくる。

八幡「そうですか……」

明日葉「先生やみんなに食べてもらうということで、私も多少力を入れすぎたところはあります。すみません」

あんこ「そうね。ワタシも途中から加減がわからなくなっちゃったわ」

他の2人もこう言ってるってことは、やっぱり大変だったのだろう。テーブルには料理がぎっしりと並べられている。

明日葉「準備できたか?」

楠さんの問いかけに俺たちは同じように頷く。

明日葉「では、いただきます」

八幡、蓮華、あんこ「いただきます」

楠さんに続いて、全員で手を合わせての「いただきます」コール。なんだか給食を思い出すなあ。無駄な早食い競争とか、デザートの残り物を賭けたじゃんけんとか。ま、どれも参加したことないけど。競走する相手も、じゃんけんする相手もいなかったし。

あんこ「先生。なんだか目が異様に腐ってるわよ」

明日葉「私たちの料理に何かご不満が?」

八幡「いえ、何もないです。料理はどれも美味しいです」

蓮華「ホント?みんなで腕によりをかけて作ったから、そう言ってもらえて嬉しいわ」

八幡「そうですね。芹沢さんのハンバーグは肉汁もたっぷりで食べ応えがありました」

俺の感想を聞いた芹沢さんはきょとんとしている。

八幡「いきなり黙ってどうしたんですか?」

蓮華「先生。どの料理を誰が作ったかわかるの?」

八幡「え?ええ。ハンバーグとオムライスが芹沢さん。麻婆豆腐とスンドゥブが粒咲さん。鯖の味噌煮と豚汁が楠さんでしょう?」

料理をぱっと見れば、誰が作ったか大体わかるだろ。

まあ、どれも美味しそうだし、星月みたいな破壊工作員が紛れ込んだりもしてないから、安心して食べられたけど。

蓮華「やっぱり先生ってあざといわ」

明日葉「ああ。病院でもあったな」

あんこ「ギャルゲーの主人公に成り得る素質を感じるわね」

3人とも散々に俺に罵言を浴びせてくる。一体俺の何があざといんだ。芹沢さんのほうがよっぽどあざといだろ。

八幡「いや、別にあざとくないですから……」

明日葉「自覚なし、ですか」

蓮華「余計タチ悪いわね」

あんこ「これから先生のことは鈍感無自覚系ギャルゲー主人公と呼ぼうかしら」

3人ともため息をついてから、更に罵倒してくる。特に粒咲さんが言ったあだ名なんて、絶対星守クラスでは広めたくない。蓮見や天野あたりが面白がって言ってきそうだし。

八幡「……早く食べないと冷めますよ」

対抗手段を持たない俺は、食事を促すことで口を閉ざさせることしかできなかった。

本編6-36


あ~、食べた食べた。残さないよう、かなり無理はしたが全部食べ切ることができた。どれも美味しかったからよかったが、一品でも変なのが紛れてたら無理だったろう。

あんこ「あ。もうこんな時間じゃない」

洗い物を終えた粒咲さんは時計を見ると少し慌てた感じで手を拭く。

八幡「何かあるんですか?」

あんこ「これからネトゲのイベントが始まるのよ。ランキング一位の座は譲れないわ」

ははあ。さてはMMOだな。俺もアカウントだけ作ったことあるけど、すぐやめたなあ。無課金かつ、どこのギルドにも入れず、ほとんどクエストをクリアできなかったからだが。

なんだってネトゲの住人はあんなに排他的なんだ?少し質問しただけで「ggrks」とか「情弱」とか言われる始末。ネトゲの話し相手は人間じゃないと思った。

明日葉「ネットゲームって楽しいのか?」

蓮華「れんげもネットゲームについてはよくわからないわね~」

片づけを終えた楠さんと芹沢さんも話に加わった。

あんこ「チームの連携だったり、敵の行動パターンを予想したり、色々大変だけど、それを乗り越えてクリアした時の快感はすごいわよ」

粒咲さんはうっとりと上を見上げながら語る。何かしらの思い出にふけっているのかもしれない。

明日葉「連携、敵の行動予測……」

粒咲さんの言葉に引っかかる所があったのか、楠さんが小声でぼそぼそと何かつぶやいている。

蓮華「ねえあんこ。れんげたちもあんこのゲームしてるところ見た~い」

楠さんの様子を横でじっと見ていた芹沢さんが、ぎゅっと粒咲さんに抱き着きながらおかしな提案をする。

あんこ「いきなり抱き着かないで……。それに見たって面白くないわよ」

蓮華「それでもれんげは見たいの!先生もそうですよね?」

八幡「は?あ、ああ、まあ、はい」

実際、少し興味はある。ランキングトップの人のプレイを間近で見るなんて滅多にない機会だし。

蓮華「そういうことで決定~。ほら、みんなであんこの部屋行くわよ」

明日葉「お、おい蓮華!私には質問しないのか」

蓮華「明日葉は強制参加で~す」

あんこ「ちょ、片付けるから勝手にワタシの部屋行かないで!」

楠さんの手を引っ張って廊下を進む芹沢さんを、なんとか粒咲さんが押しとどめる。そりゃ、二度も勝手に部屋はいられるのは嫌だよなあ。

-----------------------------------------

あんこ「いいわよ」

片付けが終わった粒咲さんがドアの隙間から顔を出した。俺たちはそれに応じて中に入る。

八幡、明日葉、蓮華「おお……」

まず目に入るのは大きなマルチディスプレイだ。一つ一つの画面も大きいが、それが横並びになっているため、かなりの存在感を示している。その周りにはデスクトップパソコンや、ゲーミングキーボード、ヘッドセット、お菓子などが置いてある。

これだけ見るとただのゲーマーの部屋だが、目線をずらせばぬいぐるみや制服がかかっていたりと、女子高生らしさもきちんと感じられる内装になっている。

あんこ「見るだけならいいけど、絶対邪魔しないでよ」

ヘッドセットを付けた粒咲さんの目は、完全に獲物を狩る獣のような眼をしていた。

あんこ「じゃあ、始めるわよ」

粒咲さんはそう言うと、目にもとまらぬ速さでキーボードとマウスを動かし始めた。画面もそれに合わせ目まぐるしく動いていき、最早何がどうなっているのかさっぱりわからない。

あんこ「デバフ来るよ!」

あんこ「ヒーラー仕事して!」

あんこ「タンクとアタックの入れ替え早く!」

粒咲さんは常に指示の声を絶やすことなくプレイし続けている。その姿は「指揮官」と言うにふさわしいだろう。

そんな普段とは全く違う光景に、俺は新鮮な驚きを感じている。が、隣に座っている楠さんと芹沢さんは、何か懐かしいものを見るような目で粒咲さんの後ろ姿をじっと見ていた。

更新が遅くてすみません。今回はここまでです。この話がどのくらい続くのか、書いてる自分もわからなくなってきました。

本編6-37


あんこ「ふう……」

数十分経って、粒咲さんは一つ伸びをするとヘッドセットを取り外した。

明日葉「終わったのか?」

あんこ「最低限のノルマはね。だから今日はおしまいにするわ」

八幡「夜通しはやらないんですね」

あんこ「ギルドの他のメンバーは限定素材を集めに行くそうよ。ワタシは断ったけど」

蓮華「じゃあ今度はれんげたち4人でゲームしましょ」

八幡、あんこ、明日葉「はい?」

俺たち3人は素っ頓狂な声を上げた。が、芹沢さんはどこからかゲーム機と4個のコントローラーを取り出してきた。

蓮華「このレーシングゲームなら操作も難しくないし、みんなで遊べると思うの」

あんこ「ちょっと蓮華。勝手にゲーム出さないでよ」

蓮華「まあいいじゃない。れんげたち退屈だったし、今度はあんこがれんげたちに付き合って?」

明日葉「わ、私もゲームやるのか?ほとんどやったことないから自信ないぞ……」

八幡「大丈夫ですよ。俺もやったことありますけどそんなに難しくないですから」

芹沢さんが引っ張り出してきたのは「マ○オカート」だった。ハンドルを使って操作するアレだ。俺も一時期ハマってたなあ。

あんこ「まあ難しくはないとは言っても、ワタシ相手だと流石に差がつきすぎる気が……」

蓮華「ならチーム戦にしましょ。れんげと先生がチーム。あんこと明日葉がチーム。お互いの順位を足して、合計が少ない方が勝ちってことで」

明日葉「それなら、なんとかなるかもしれん」

あんこ「チーム戦ね。面白そうじゃない」

蓮華「じゃあけって~い!」

またしても俺が意見する前に決められてしまった。もはや俺には発言権は存在しないらしい。俺に残されている道は、忠犬さながらに、決められたことに素直に従う義務だけ。

あんこ「じゃ、起動するわよ」

久しぶりに見るオープニング映像とともに、ゲームが開始された。

明日葉「こ、これはどうやって操作するんだ?」

あんこ「このボタンがアクセルよ。ここを押しながら、ハンドルを傾けることで車も曲がるわ」

明日葉「な、なるほど」

あんこ「やってくうちに慣れていくと思うし、とりあえずエキシビションマッチでもやる?」

蓮華「そうね。いきなり対決じゃ明日葉がかわいそうだものね」

ということで、まずは練習試合が組まれた。各々カートを選び、コースを決めて、いよいよレースが始まった。ふふ、俺のロケットスタートが火を噴くぜ。

明日葉「あ、あ~!」

あんこ「明日葉!体じゃなくてハンドルを曲げて!」

明日葉「やってる!やってるぞ!」

蓮華「うふふ~。慌てふためく2人、とってもいいわ~」

スタートしてすぐ、初心者の楠さんは、カーブに差し掛かるたびに体ばかり傾く。それを修正しようと粒咲さんは躍起になっている。そんな光景を芹沢さんはスマホを掲げてニヤニヤしながら眺めている。

結局、俺しかまともにゲームをプレイしていない状況になった。なんか、1人でハンドルまわしてるの恥ずかしいな……。

あんこ「一旦ストップ!」

業を煮やした粒咲さんはレースを中断すると、楠さんの手を握りつつ、俺と芹沢さんを睨みつける。

あんこ「30分頂戴。それまでに明日葉を戦力にしてみせるわ。だから2人はいったん外に出て」

八幡「ちょ、待って……」

蓮華「あんこ乱暴~」

半ば強引に、俺と芹沢さんは外に出されてしまった。

本編6-38


俺と芹沢さんが部屋を追い出されて30分ほど経ったとき、粒咲さんと楠さんがドアを開けて顔を出した。

あんこ「入っていいわよ」

明日葉「お待たせしました」

八幡「はあ」

俺は何の気もなしに部屋へ入ろうとした。が、そんな俺の腕は芹沢さんにがっちりと捕まえられてしまった。

蓮華「あんこ、明日葉。れんげのお願い一つ聞いて。じゃないとれんげたちは行かない」

あんこ「何よいきなり」

蓮華「だってれんげたちのこと待たせたんだから、一つくらいお願い聞いてくれてもいいじゃない」

粒咲さんと楠さんは互いに顔を見合わせ、小さくうなずくと芹沢さんに向き直る。

あんこ「……まあ、そうね。で、何」

蓮華「難しい事じゃないわ。今からレース勝負して、れんげたちが勝ったら、れんげの言うことを何でも一つ聞いて欲しいの」

あんこ、明日葉「え?」

何が来るかと顔をこわばらせていた2人は、拍子抜けしたトーンで聞き返した。まあ、芹沢さんにしたら、まともなお願いなのは確かだな。いつもなら問答無用で変なこと言い出すし。

明日葉「なら、私たちが勝てば蓮華のお願いは聞かなくていいのか?」

蓮華「そうね~」

芹沢さんはニコニコ顔を崩さず返事をする。そんな芹沢さんを見て、粒咲さんと楠さんはニヤッと笑った。

明日葉「あんこ。ここは是が非でも勝つぞ」

あんこ「もちろんよ。ワタシの辞書に敗北の二文字は存在しないわ」

こうして戦いの準備は整った。やはり俺抜きで。

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話し合いの結果、ルールは2対2のチーム戦。2人の順位の合計が少ないチームが勝利だ。カートもコースも決め、画面はそれぞれのカートの後ろ姿を映している。もう数秒でスタートだ。

あんこ「さっきの通りやれば大丈夫よ明日葉」

明日葉「ああ。任せろ」

蓮華「先生。れんげのためにも、死ぬ気で頑張ってね?」

八幡「はい……」

ふええ、なんで俺脅迫されてるの?あっちはいい雰囲気なのに、こっちは修羅場。芹沢さん、表情は笑ってるけど、目は笑ってない。ここで負けたら何をされるかわからない……。

『Ready Go!!』

本編6-39


俺がロケットスタートを決めた直後、進路を妨害するようにカートが前にやって来た。この色は……。

八幡「粒咲さんですね」

あんこ「そうよ。悪いけど、先生にはずっとワタシの後ろにいてもらうわ」

粒咲さんは不敵な笑みを浮かべながらコントローラーを操作する。

だが、中学生の時1人でもレースをしてきた俺の経験を侮るなよ。友達いなかったから、誰に聞くこともなく編み出した俺のドライビングテクニックを見せつけてやる!

そう意気込んで操作するものの、ちっとも粒咲さんを抜くことができない。正確に言うと、抜かせてくれないのだ。

粒咲さんは俺が通ろうとするルートと全く同じ道を走るからだ。カートの最高速も同じで、ドリフトするタイミングも全く同じなのだ。まるで、俺がどこでそう走るかを知っているかのように。

あんこ「先生。今、なんで俺と同じように粒咲さんは走るんだろう、って思ってない?」

八幡「……」

俺はいつの間にジョセフ・ジョースターと戦っていたのだろう。……まさか、波紋かハーミットパープルかを使ってるのか?

あんこ「別に波紋もスタンドも使ってないわよ」

八幡「……」

またしても思考を読まれてしまった。てか、粒咲さんジョジョ読んでんのか。今度どのキャラ好きか聞いてみよ。

あんこ「ネタバラシをするとね、先生の通るルートってCP相手には効率がいいルートなのよ。ワタシはそれがわかったから、先回りして邪魔をすることができるわけ」

なるほど。俺は1人プレイをしすぎて、無意識にCP相手のルートを走っていたわけか。納得。1人でしかレースしたことないからそんなこと気づかなかった。

あんこ「でもね、これは対人レースなの。それに今回は2対2の勝負。ワタシが独走するよりも、明日葉と一緒に勝つことの方が重要。だから、」

粒咲さんの言葉が途切れるとともに、前のカートも止まってしまった。その真後ろにいた俺のカートも、必然スピードが落ちる。

あんこ「こうして先生をブロックすることも可能ってわけ」

粒咲さんがスピードを止めたのは一瞬で、すぐまた走り出した。だが、そこから度々俺の前でスピードを落としては、俺のカートの進行を邪魔してくる。いつの間にか、他の2人とはだいぶ差ができてしまった。

八幡「こうして俺の邪魔をするのが作戦ですか」

あんこ「そうよ。ここまですれば、ワタシと先生で下位争い。明日葉と蓮華で上位争いをすることになるわ」

そうか。まともにレースをしたら、やりこんでる俺と粒咲さんが上位に行くのは必然。だが、俺のことを粒咲さんが抑えれば、楠さんと芹沢さんの2人の勝負になる。

……よく考えたら、芹沢さんにはなんとしても勝ってもらわないといけないんだよなあ。俺が粒咲さんの前に出ることはほぼ不可能だから、もし芹沢さんが楠さんに負けるとなると、合計順位は俺たちの負けになってしまう。

チラッと楠さんを見ると、まだ多少体は揺れるものの、最初とは比べ物にならないほど操作が安定している。選択されたコースがそこまで難易度が高いわけではないため、楠さんレベルでも十分走れている。

芹沢さんはと言うと、相変わらず笑みを絶やさないまま画面を見つめている。操作も基本はできている。

順位は速い順に芹沢さん、楠さん、粒咲さん、俺、となっている。上位2人はかなり接戦である。俺たちも接戦と言えばそうだが、まあ抜ける可能性はゼロに近い。

あんこ「今よ!」

明日葉「ああ!」

もうラストスパートというところで、粒咲さんが声を上げた。何事かと思って画面を見ると、楠さんのカートからアイテムが発射され、それが芹沢さんのカートに命中した。

蓮華「あら~」

当然、芹沢さんのカートは減速し、後ろを走っていた楠さんが追い抜いていく。

まさか最後にこんな切り札を持っていたなんて、ここでも粒咲さんの戦術が光った形になったなあ。

蓮華「でも、まだ終わりじゃないわ」

体勢を戻した芹沢さんも、カートからアイテムを発射した。それが楠さんのカートに命中する。

明日葉「あ!」

あんこ「ウソ!」

蓮華「明日葉ごめんね~」

ゴール手前で楠さんのカートは減速し、その横を芹沢さんが追い抜き、一位でゴールした。

次いで楠さんがゴール。だいぶ離れて三位で粒咲さんが、ビリで俺がゴールした。

更新がどんどん遅くなってすみません。多分、これからも更新頻度は低空飛行を続けることになります。気長にお待ちください。

本編6-40


明日葉「す、すまないあんこ。アイテムを発射するときに手元が少し狂ってしまった……」

あんこ「仕方ないわよ。それより、ここまでよく蓮華について行ってくれたわ」

申し訳なさそうに謝る楠さんを、粒咲さんは何でもないように慰める。

明日葉「だが、蓮華には負けてしまった……」

あんこ「ワタシが先生に勝ったから、総合勝負では引き分けよ」

蓮華「そうね~。れんげもアイテムをキープしてて助かったわ」

あんこ「まさか蓮華もワタシと同じことを考えてるなんてね」

蓮華「本当はあんこ対策だったんだけど、それがいい方向に転んだわ」

明日葉「正直、あんこが先生を抑えてくれていなかったら、と思うとひやひやするな」

あんこ「このゲームを知ってる先生にいろいろ掻きまわされたらワタシのプランも崩れちゃうから。抑えさせてもらったわ」

粒咲さんは俺に向かいニヤッと笑いかける。

八幡「まあ、できる範囲で邪魔はしたでしょうね」

あんこ「でしょ。蓮華も色々意地悪するかと思ったけど、このゲームが得意ってわけでもなさそうだったから、先生の妨害を優先したわ」

八幡「なるほど……」

流石に戦況をよく見ている。各個人のレベルを加味しつつ、そこからできうる限りの策を講じている。おそらくゲームで培ったものだろうが、それにしてもすごい。この能力を持っているから、粒咲さんのイロウス撃破時間はいつも短いのだろう。

明日葉「そういえば、言い出しっぺの蓮華は最後の場面以外は静かだったな。どうしたんだ?」

あんこ「ワタシもそれが気になってたのよね。蓮華のことだから何か仕掛けてくるんじゃないかとひやひやしてたんだけど」

蓮華「最初はちょっかいかけるつもりだったんだけど、やめたの」

八幡「どうしてですか?」

蓮華「だって、いつもは追いかけても逃げる明日葉が、必死ににれんげのことを追いかけてくれてるのよ?これに乗らない手はないじゃない!」

やはり芹沢さんはブレていなかった。カーレースなんだから下位の人が上位の人を追いかけるのは当たり前だろうに、この人はそんな普通のことでさえ自分に都合のいいように脳内変換できてしまうようだ。

他の2人も同じことを考えているのか、粒咲さんは頭を抱えているし、楠さんは自分の肩を抱くようにして少し引いている。

蓮華「れんげ、いつもはあんな風に追いかけられることはないから新鮮だったわ~。明日葉。またいつでもれんげのこと追いかけていいからね?」

明日葉「アホか!そんなことするわけないだろ!」

蓮華「照れなくてもいいのよ~。あ、そうだ。ならあんこでもいいわよ?」

あんこ「ワタシだってやらないわよ!」

蓮華「え~。じゃあ先生でもいいです」

八幡「じゃあってなんですか……。あと、俺もそんなことはしません」

ホントこの人何言ってるの。俺に言うときだけすごい嫌々そうにしてるし。そんなに嫌なら言わなくてもいいから。

蓮華「もう、みんな恥ずかしがりやさんね」

明日葉「恥ずかしいとかそういう話ではないんだが、」

あんこ「もう何言っても無駄よ明日葉。無視しときましょ。あとは先生がどうにかしてくれるわ」

八幡「ちょっと。めんどくさいからって俺に振らないでくれます?こういうのは仲のいい同級生同士で解決すべきことでしょう」

あんこ「先生は生徒の問題を放っておくっていうの?」

明日葉「いや、蓮華のあれは1人1人で対処できるものではない。全員が力を合わせないといけない」

蓮華「ちょっと。なんでみんなしてれんげのこと悪者扱いするの?」

あんこ「逆にあそこまでやっといて、何も思われてないと思ってたの……?」

明日葉「驚異的な精神力だな……」

八幡「全くですね……」

いや、本当に。性別が違えば100%逮捕されている。現に同じ性別の楠さんや粒咲さんもドン引きしている。後輩たちはもっとだろう。星守になってしまったばかりに、芹沢さんの毒牙に怯え続けなければならないなんて可哀想すぎる。

うん。男に生まれてよかった!

本編6-41


「先生、ほら起きて」

あれ。なんか耳元で声がする。

「先生~。起きないんですか?」

なんか心地よい響きだなあ。もう少しこのまま聞いていてもいいかもしれない。

「起きないのなら……」

起きないのなら?

蓮華「れんげのおもちゃにしちゃいますよ?」

八幡「それはやめてください……」

俺は寝起きでボーっとする頭を振り払って起き上がる。そんな俺の横には、すでに着替えを済ませている芹沢さんの姿があった。

蓮華「あら先生。おはよう」

八幡「もう少しちゃんとした起こし方はなかったんですか?」

蓮華「今まで寝てるのが悪いんでしょ?ほら、もうすぐ約束の時間になるわよ。そこに先生分の朝御飯があるから、顔洗ってから食べて」

八幡「……はい。すみません」

時間を見ると、確かに約束の時間まで余裕はない。俺は急いで顔を洗って着替えを済ませ、ごはんをかきこんだ。

今日も今日とて忙しいのだ。悠長に構えている暇はない。

ピンポーン。

ちょうど食器も洗い終わったときに来客を告げるチャイムが鳴った。おそらくあの人が来たのだろう。

蓮華「来たわね」

あんこ「来たって誰が?」

蓮華「見ればわかるわよ。ほらみんな行くわよ~」

芹沢さんは周りにいた楠さんと粒咲さんを玄関の方へと押しやる。

明日葉「見ればって……ああ!」

開いたドアの先にいたのは、高級そうな和服に身を包んだ楠さんの母親だった。

明日葉の母「おはようございます皆さん。出発の準備はできていますか?」

八幡「ええ、大丈夫です」

明日葉の母「それは結構ですね。では参りましょう」

蓮華「は~い」

俺と芹沢さんは用意しておいた荷物をもって楠さんの母親についていく。だが、案の定状況が呑み込めていない楠さんと粒咲さんは、その場に立ち尽くしている。

八幡「楠さん、粒咲さん、行きますよ」

あんこ「いや、行くってどこによ」

蓮華「明日葉のお母さんが迎えに来てるのよ?それを踏まえたら行先は一つしかないじゃない」

明日葉「ま、まさか」

明日葉の母「ええ。そうです。私たちの家んみ帰りますよ。明日葉さん。皆さんと一緒に、ね」

明日葉、あんこ「ええ!?」

本編6-42


困惑する楠さん、粒咲さんをよそに、車は無事に楠邸へと到着した。

明日葉の母「さあ皆さん。到着しました。こちらへどうぞ」

楠さんの母親は俺たちを先導する。その後ろを俺たち4人がついていく。

あんこ「なんなのよこの家……」

1人粒咲さんだけが周りをきょろきょろしながら歩ている。まあ、粒咲さんだけこの家に来るのは初めてだから仕方ないか。俺も初めて来たときはめちゃめちゃキョドてったし。

明日葉「お母様、なぜこのように蓮華やあんこ、先生までお連れしたのですか?」

明日葉の母「なぜって、先生に頼まれたからよ」

明日葉「先生に?」

楠さんの訝し気な視線が、少し後ろを歩いていた俺をとらえる。

八幡「あぁ、まあ、簡単に言えば、昨日の粒咲さんの時と同じ理由です」

明日葉「……つまり、今度は学校外での私のことを知ろうというわけですか?」

八幡「そういうことですね」

明日葉「別に私は学校の内外で変わるようなことは何も、」

蓮華「明日葉のことだけじゃないわ。れんげたちが知りたいのは、明日葉の周りのことも含めて、なの」

不意に、芹沢さんが助け舟を出してくれた。

明日葉「私の、周り?」

蓮華「そ。あんこの家にいた時も、あんこのお父さんだったり、ゲーム仲間だったり、あんこの周りにはいろんな人がいたわ。それを知ることができて、あんこのこともまた、深く知れたの」

あんこ「ワタシだってそんなに変わらないでしょ」

蓮華「でも『変わらない』ってことが知れたわ。それに、自分のことだけじゃなくて、周りのこともちゃんと考えられる優しい性格も持ってるってことも再確認できた」

明日葉「それは、確かにそうだな」

蓮華「でしょ?明日葉に関して言えば、あんこより、もっと多くの人と日常的に関わっていると思うの。それを見るには、退院したてのこの日がベストってわけ」

芹沢さんの力説に、楠さんは押し黙ってしまう。

まあ、今の言葉は俺が芹沢さんに言ったことほぼそのままなんだけどね。

人は、常に誰かと関わって生きている。ぼっちを自称する俺でさえそうだ。なら、日常的に「家」を背負って暮らしている楠さんはもっとだろう。学校での俺たちとの関りだけでなく、家での過ごし方も見ることで、必ず何か発見があるはずだ。

あんこ「ま、昨日は散々ワタシの家を荒らされたし、次は明日葉の番でもいいんじゃない?」

明日葉「ちょっと待て。あんこの家を荒らしたのは蓮華だ。私じゃない」

蓮華「諦めなって明日葉。もうここまで来ちゃったんだから♪」

明日葉「そうやって既成事実を作るな」

こうして話していると、先頭を歩いていた楠さんの母親がある襖の前で立ち止まった。

明日葉の母「皆さん。この部屋にお入りください」

楠さんの母親が襖を開けると、中から複数のクラッカーの音がした。

「明日葉、退院おめでとう!」

明日葉「あ、みなさん……。ありがとうございます」

楠さんは突然のサプライズに多少驚きながらも、深々と頭を下げる。

どうやらクラッカーを鳴らしたのは楠さんに所縁のある人たちのようだ。

明日葉の母「今日は明日葉さんの退院祝いということで、腕によりをかけて料理を用意しました。さ、先生たちも召し上がっていってください」

楠さんの母親がそう言うと、部屋の別の襖が開いた。その向こうには、テーブルの上に豪華な料理がずらりと並べられていた。

あんこ「こ、これはすごいわ。ブログのネタとして写真に収めなきゃ」

蓮華「れんげも撮っちゃお」

確かにすごい。一言でいえば、和食中心のパーティー仕様って感じだ。量もさることながら、料理一つ一つの綺麗さも目に留まる。おそらく、何日も前から準備してたのだろう。とても1人でほいほい作れるものじゃない。

それゆえ、この料理は、楠さんがいろんな人から愛されている証拠だと、そう言い換えられるかもしれない。

今回の更新はここまでです。第5部もストーリーが進んでいって面白いですね。その分、イベントのストーリーがおざなりになってる気もしますけど。

番外編「葵とエリカと雪乃と結衣と①」


エリカ「ほらほら早くしてよ2人とも!置いてっちゃうよ!」

結衣「そうだぞー!限定パンケーキはなくなるの早いんだから!」

雪乃「はあはあ……。あの2人、授業中は寝ているのに、休日はどうしてあんなに元気なのかしら」

葵「大丈夫、雪乃?エリカー!結衣―!雪乃がへとへとだから待ってー!」

エリカ「えー、もう。雪乃は体力ないなあ」

結衣「ほかのことは何でもできちゃうのにね~」

葵「私たちだってできないところはあるし、そういうところを補い合えるのが友達なんじゃないかな、って思うけど」

雪乃「七嶋さん……」

結衣「おー、なんか深い!」

エリカ「今の録音したいからもう一回言って?」

葵「……もう、結衣もエリカもからかわないで。行くよ!」

結衣「あ、待ってよ!」

エリカ「結局私たちのこと置いてくじゃん!」

雪乃「後で追いつけばいいかしら……」

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結衣「おいしかったねパンケーキ!」

葵「エリカはこういうお店見つけるの上手だよね」

エリカ「ファッション雑誌の特集ページとかで紹介されてるんだよね。この近くにはオシャレな服売ってるお店がいっぱいあるし、ショッピングの合間の休憩にもってこいだよ」

雪乃「そんなにアパレル関係の知識が持てるなら、どうして学校のテストでは点数取れないの」

エリカ「えー、だって数学とか理科とか、将来なんの役にたつのー?意味わかないんだけどっ」

結衣「そうだよ!ナントカ定理とか、ナントカの法則とか、大人になったら一生使わないし!」

雪乃「そういう先人の発見があったからこそ、今の私たちの生活が成り立ってるのよ。それに、勉強は知識を蓄えるだけでなく、思考の方法を学ぶものでもあるの。これから生きていくうえでは十分必要なことだと思うけれど?」

葵「どうどう雪乃。まあ、そこまで高いレベルまではいかなくてもいいけど、せめて次の定期テストでは赤点取らないように勉強してほしいなあ……」

結衣「そうだった。もうすぐ定期テストじゃん……。エリチー勉強してる?」

エリカ「もも、もちろんよ……!」

葵「これはやってないわね……」

エリカ「あーん!教えてお二人様―!」

結衣「アタシもー!」

雪乃「はあ、なんだか前回の定期テスト前もこんな感じだったわね……」

葵「あはは……」

エリカ「よし。これで次のテストもなんとかなる!さ、ショッピングに行くぞ!」

結衣「おー!!」

葵「おー!」

雪乃「お……おほん。そうね」

番外編「葵とエリカと雪乃と結衣と②」


葵「今日は何見るのエリカ?」

エリカ「買いそびれてた春物を見ようかなーって思ってる」

結衣「いいねー。アタシも何か買おうかなー」

雪乃「あなたたちたくさん服持ってるでしょう」

結衣「いろんな服持ってれば、バリエーションも増えるじゃん!」

エリカ「結衣の言う通り!若いうちに色んな服着ておきたいし!」

雪乃「私にはいまいち理解できない概念ね」

結衣「そんなことないって!ゆきのんかわいいんだから、もっといろんな服着て楽しもうよ!」

エリカ「結衣の言う通り!そうだ。今日は雪乃に似合う服を私たちで見つけてあげる!」

雪乃「え」

結衣「うん!それいい!」

葵「私も賛成」

エリカ「よし、じゃあいってみよー!」

雪乃「自分で行くから、強引に腕を引っ張らないでくれるかしら……」

番外編「葵とエリカと雪乃と結衣と③」


葵「雪乃の服かー。どんなのがいいかなー」

エリカ「雪乃はスタイルいいから、少々露出度が高めな服でもイケルと思うんだよねー」

結衣「肌も白いし髪もキレイだから、どんな服でも似合いそうで逆に困っちゃうね」

葵「うんうん。女の私でも憧れちゃうもん」

雪乃「……そんなに大声で私のことを話さないでもらえるかしら」

エリカ「雪乃、照れてるの?」

雪乃「別に照れてなんかいないわ。私自身、自分のスタイルが人並外れているのはわかっているし、それを否定するつもりも毛頭ない。というか、あなたたちもスタイルの良さで言ったら、申し分ないでしょう」

結衣「そ、そうかな……」

エリカ「まあ、そうね。私の魅力は隠しきれないから!」

葵「そんな風に自分に自信を持ってるエリカはすごいよ」

結衣「いやいや、葵だって十分かわいいよ?」

エリカ「そ。雪乃も結衣も葵も私も、みんなかわいいんだから、オシャレな服を着てもっと自分の魅力を高めなきゃ!手始めにこんな服はどう雪乃?」

雪乃「い、いくらなんでもそれは布面積が狭すぎないかしら……。肩もへそも、太腿まで出てるじゃない」

エリカ「大丈夫だって!私もたまにこういうの着るし」

雪乃「あなたが着られるからと言って、私が着られる理由にはならないでしょう」

結衣「じゃあゆきのん。こんなのはどう?」

雪乃「こ、このヒラヒラしたレースがいっぱいついた服は何?」

結衣「ゴスロリだよ!ゆきのん、肌白いし、髪も黒くて長いから絶対似合うって!」

雪乃「似合う似合わない以前に、これを着て外出するのは私には不可能よ」

葵「じゃあ私の番。やっぱり雪乃にはシンプルなものがいいって思ったからこれ!」

雪乃「スキニーパンツに、白シャツ、ジャケット、かしら」

葵「これで雪乃のカッコよさがより引き立つと思うんだ!体のシルエットもきれいに見えるし!」

雪乃「はあ……」

結衣「ねえ、ゆきのん。それ着てみてよ!」

雪乃「別に買うわけではないのだから着る必要は、」

エリカ「つべこべ言ってないで、試着室に行く!せっかく葵が選んでくれたんだから!店員さんー。試着室使いまーす」

雪乃「またそうやって強引に」

エリカ「いいからいいから。葵も見たいよね?」

葵「そうだね。せっかくだし。お願い雪乃」

雪乃「はあ。着るだけよ」

番外編「葵とエリカと雪乃と結衣と④」


雪乃「どうかしら」

結衣、葵、エリカ「おー!」

結衣「ゆきのん、かっこいい……」

葵「うん。すごく似合ってる……」

エリカ「似合いすぎてて、言葉が出ない……」

雪乃「ありがと。自分では、想定内の感じだけど、あなたたちの反応は予想以上だわ。だから……」

結衣「だから?」

雪乃「だから、これ買うことにするわ」

葵「本当?」

雪乃「わざわざ嘘をつく理由がないじゃない」

エリカ「よし。じゃあ私ももっといい服選んで雪乃に認めてもらうんだから」

結衣「アタシもえらぼーっと」

雪乃「待ちなさい。もう私の服を選ぶのは終わったでしょう?」

結衣「何着買ってもいいじゃん!もっと色んな服着てるゆきのん見たいし!」

エリカ「そうそう。まだまだ時間はあるし、少なくともこのフロア全部は回るよ!」

葵「あはは。私もまた頑張っちゃおっかな♪」

雪乃「はあ……。私はいつ解放されるのかしら……」

以上で番外編「葵とエリカと雪乃と結衣と」終了です。プレイアブルキャラになってから葵を登場させてなかったので、なんとか書きたいと思い、こんな形になりました。イラストでは葵もエリカも高3のリボンをつけていますが、この番外編では4人とも同じ学校の同級生だと思ってください。

本編6-43


大人1「無事に退院できてよかったですね明日葉さん!」

明日葉「はい。後輩たちがすぐに助けてくれたのと、お医者様が懸命に治療をしてくれたおかげです」

大人2「ケガをして入院したと聞いたときは本当に心配しました」

明日葉「ご心配、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。こうして元気な顔をお見せできてよかったです」

大人3「星守には復帰されるんですか?」

明日葉「はい。一日でも早く特訓を再開して、入院中の遅れを取り戻さないといけませんから」

楠さんの周りには絶えず大人の人たちがいて、我先にと話しかけている。楠さんは、それらに対し何一つ嫌な顔をせず、律義に丁寧に応対している。

蓮華「明日葉はここでも人気者なのね~」

あんこ「あんなに大勢の人に話しかけられて、よく平然と受け答えできるわね」

八幡「まあ、慣れてるんじゃないですか。俺には無理ですけど」

大人4「あら。あなたたち、星守の方々でしょう?そんな隅っこにいないで、こっちに来なさいな」

八幡「え、いや、俺たちは……」

大人5「そうそう。これからも明日葉さんとともに、地球の平和を守ってほしいもんだ」

あんこ「う……」

大人6「しかし、みんなべっぴんさんだな。こんなめんこい子たちがわしらの生活を守ってくれていると思うと、感動するわい」

蓮華「あ、ありがとうございます……」

わらわらと集まった大人たちに、あっという間に粒咲さんと芹沢さんは囲まれてしまった。その様子はさながら小さな記者会見のようで、中心にいる2人はかなり困った顔をしながら話している。

俺の周りにはもちろん誰もいない。スキル「ステルスヒッキー」の効果だな。

大人7「ちょっと邪魔だよ兄ちゃん。てか、あんた誰?」

ステルスじゃありませんでした。単に存在に興味を持たれてないだけ。認識されてなお無視されるって、一番悲しいやつ。

明日葉「あんこ、蓮華。大丈夫か?」

俺たちが困惑しているのを見て、楠さんもこちらへやってきた。

八幡「楠さん」

明日葉「そういえばみなさんに紹介していませんでしたね。私に近い方から、星守クラス担任の比企谷八幡先生。それと、同じ星守クラスの同級生の粒咲あんこと芹沢蓮華です」

大人8「ほえー、あんた先生だったんか。見た目は若いのに大したもんだ」

八幡「はあ、どうも……」

明日葉「先生は私よりも年齢は1つ下です。ですが、星守クラスのために、私たちのために、動いてくれているんです」

大人9「明日葉さんにここまで言われるなんて、本当にすごいんだねえ先生」

俺に向けられる視線がこれまでとは違い、とても好意的なものに変わった。さっき俺を邪魔者扱いしたおじさんも、俺をにこやかに眺めている。

明日葉「そして、あんこと蓮華も、星守として非常に高い能力を持っています。それだけでなく、私のサポートもしてくれる、頼もしい仲間です」

楠さんは続いて粒咲さんと芹沢さんを紹介する。

大人10「いつも、イロウスと戦ってくれてありがとうね」

あんこ「あ、はあ……」

大人11「応援しています。頑張ってください」

蓮華「ありがとうございます~」

楠さんが間に入ることで、粒咲さんと芹沢さんに降りかかる質問の嵐も軽減されたようだ。ほとんどの応対は楠さんが行い、たまに芹沢さんが話す、という様子になった。

明日葉「先生。こちらにいらっしゃったんですね」

人だかりがほぼなくなりかけた時、楠さんが、俺のところ、つまり部屋の隅っこにやってきた。

八幡「お疲れ様です。何か食べますか?」

明日葉「ありがとうございます」

楠さんはお礼を言いつつ、俺の差し出した皿と箸を受け取り、料理を食べ始めた。

本編6-44


八幡「もうあっちはいいんですか?」

明日葉「はい。一段落しました」

楠さんはさっきまで自分がいた場所を見つめている。

八幡「なんか、すごい慣れてましたよね。さっきの大人たちへの対応とか」

明日葉「そうですか?お母様に比べたら、私はまだまだ未熟者です」

八幡「それはそうかもしれませんけど、芹沢さんや粒咲さんに比べたら、しっかり丁寧に話していたじゃないですか」

明日葉「単に私がこのような場に慣れていただけです。それを含めても、蓮華やあんこのほうが私よりも優れた人となりを持っています」

八幡「あの2人が、ですか?」

向こうでは、ようやく大人たちから解放された芹沢さんと粒咲さんが、テーブル上の料理をワーキャー言いながら堪能していた。

明日葉「はい。蓮華は普段から星守のことをよく観察しています。それがたまに、いや、かなりの頻度で私利私欲に使われたりもしますが、同時にみんなの不調に気付くのが一番早いのも蓮華です。時には本人よりも早く気づくこともありました」

八幡「そうなんですね……」

確かに、芹沢さんが調子の悪そうな人に話しかけている光景を、何度か目にしたことがある。てっきり、誰かに言われてやってるのかと思っていたが、自主的な行動だったらしい。

そう考えると、芹沢さんは本当に星守クラスの人たちを愛していると言えるかもしれない。やっていることはストーカーのようだが、それは星守への愛情の裏返しとも取れる。まあ、性別が違えば訴えられてもおかしくないんだが。

明日葉「あんこもすごいんです。昨晩、あんこがパソコンゲームをやっていた姿を覚えていますか?」

八幡「仲間に指示を出しながらゲームしていたやつですよね」

明日葉「そうです。実は私と蓮華はあんこのあのような姿を見るのは初めてではありませんでした」

八幡「前にもゲーム中の粒咲さんを見たことがあったんですか?」

明日葉「いえ、ゲームをしているところを見るのは初めてでした。私たちが見たことがあるのは、イロウスとの戦闘中にです」

八幡「イロウスの戦闘中?」

明日葉「はい。イロウスが想定より多かったり、強かったりした時などの非常時によくあのように指示を送っていました。難しい状況になればなるほど、あんこの素早く的確な指示には助けられました」

そういえば、特訓でも粒咲さんは撃破率やタイムをよく気にしていた気がする。新記録が出た時には「ハイスコア達成ね」と、とても嬉しそうにしていたっけ。

明日葉「対して私は、星守のリーダーという役目を全うすることに固執していたんです。幼い頃から教えられてきた星守という特別な存在。その星守に自分がなることができ、あまつさえリーダーも務めさせてもらっている。その状況に、私はいっぱいいっぱいになっていたんです……」

一筋の涙が、楠さんの頬をゆっくりと伝っていった。楠さんはそれを拭わないまま、さらに言葉を続ける。

明日葉「私はもっとみんなのことを見なければいけなかったんです。星守を取り巻く人たちではなく、星守そのものを……」

八幡「そんなこと、」

蓮華「先生~?明日葉を泣かしてるんですか?」

俺が反応する前に、芹沢さんがこっちへやってきた。その目を細める笑顔でこっちへ近づいてくるのやめて。マジ怖い。

明日葉「先生は関係ない。私だけの問題だ」

楠さんは袖で涙をぬぐうと、少し鼻声になりながら芹沢さんに反論した。

蓮華「……」

芹沢さんは数秒間、じっと楠さんを見つめた後、俺の方に視線を向けてきた。だが、他にも人が大勢いる前では、さっきの話を大ぴらにすることはできない。俺は仕方なく、首を横に振っておいた。

蓮華「……わかった。この際、ちゃんと話しておく必要がありそうね」

芹沢さんはそう言うと、すっとこの場を離れて、少し遠い場所にいた粒咲さんを半ば強引にとっつかまえてきた。

あんこ「何よ蓮華。こんな強引に……」

蓮華「明日葉。この4人だけで話がしたいの。どこか部屋を移動できないかしら」

明日葉「あ、ああ。なら、私の部屋に行こう。そこなら誰にも邪魔されないと思うが」

蓮華「じゃあそこにしましょう」

どうやら、真剣な話をするっぽいな。俺と楠さんの会話をどこまで聞かれたかわからないが、おちゃらけた雰囲気を出していない以上、そう判断するのが妥当だろう。ならば。

八幡「芹沢さん。作文、必要ですか?」

蓮華「流石先生。わかってるわね」

芹沢さんは、決意に満ちた表情でそう答えた。

本編6-45


いくつかの襖の前を通り過ぎ、楠さんはある部屋の前で立ち止まった。

明日葉「ここが私の部屋です。さあどうぞ」

八幡「失礼します……」

促されるままに入ってみると、中はかなりシンプルな内装である。床が全て畳だったり、部屋全体がきちんと整理整頓されたりするため、あまり女子高生らしさを感じない雰囲気だ。まあ、楠さんらしいと言える。

あんこ「へえ。明日葉っぽい部屋ね」

明日葉「あまりじろじろ見ないでくれ。なんだか少し恥ずかしくなってくる……」

粒咲さんも俺と同じ感想を抱きながら、部屋をきょろきょろ見渡していた。

蓮華「明日葉、あんこ、先生。そこに座って」

だが、一番テンションを上げそうな人物の芹沢さんは、口を真一文字にしたまま怖い顔を続けている。

俺たち3人は一瞬顔を見合わせ、芹沢さんの近くに腰を下ろした。

あんこ「それで、話って何よ」

蓮華「もうわかってるでしょ。そろそろ結論を出そうと思うの」

明日葉「私とあんこのことか」

蓮華「そう。2人の率直な気持ちを、今は聞かせてほしいの。まずはあんこ、どう?」

芹沢さんに話を振られた粒咲さんは、居心地悪そうにもぞもぞとしつつも、ゆっくり話し出した。

あんこ「……ワタシは、星守でいることに自信がなくなってきちゃった」

八幡「どうしてですか?」

あんこ「さっきワタシと蓮華が大勢の人に囲まれた時があったでしょ。あの時、ワタシはまともに返事をすることができなかった。あの人たちは、星守を長い間支えてきた人たちで、星守に大きな期待をしているのも知ってる。あの人たちのそういう思いを感じたら、ワタシなんかが星守でいる資格はないんじゃないかって、そう思ったの」

明日葉「それは違うぞあんこ。むしろ私こそ星守にはふさわしくない」

楠さんが食い気味に、粒咲さんに突っかかった。

あんこ「どこがよ」

明日葉「さっき先生には話したが、私は星守がどう見られているか、どう思われているか、そればかりを考えて行動してしまっていた。だから、星守のみんなのことを見れていなかったんだ。でも、蓮華もあんこも、星守のことを第一に考えている。本来、リーダーである私がしなければいけなかった役割を、2人に押し付けていたんだ」

あんこ「何言ってんのよ!明日葉がいなくなったら、誰が星守クラスをまとめるっていうのよ!勝手なこと言わないで!」

明日葉「勝手じゃない!私よりもあんこたちのほうが、星守としてふさわしいと思っただけだ!」

あんこ「だからそれが勝手だって言ってるの!誰が明日葉のことをそんな風に言ったのよ!」

明日葉「私がそう考えただけだ!」

あんこ「だったら……。そんな明日葉に星守をやめろと言われたワタシの立場はどうなるのよ!」

明日葉「あ、あの時は私も冷静じゃなかった。今はあんこが星守クラスに必要な人だと、そう思っている」

あんこ「それは違う。ワタシのほうが星守には向いてないわよ。うすうすそんな気はしてたけど、昨日と今日のことではっきりしたわ」

明日葉「何か問題があったか?」

あんこ「問題だらけだったじゃない!そもそもワタシが学校に行かなかったから、先生や蓮華が明日葉をウチに連れてきたわけだし。それに、あんだけ大口をを叩いておいて、レース対決では勝てなかった。今日も今日で、明日葉が来なかったら、ワタシはさっきの大人たちと全く話せなかったわ」

明日葉「だが、パソコンゲームをしているときは、ハイスコアを出せたんじゃないのか?」

あんこ「ええ、出せたわよ。でも、それだってワタシ1人の力で達成したわけじゃない。結局、ワタシは1人じゃ何もできないの。明日葉や蓮華と違ってね」

明日葉「そんなことない!昨日のレース対決は、あんこの指導のおかげで勝負することができたんだぞ!それに、イロウスとの戦闘でも、あんこの指示のおかげで救われたことが何度もある。あれはまぎれもなくあんこのおかげだったじゃないか!」

2人は怒号にも似た声量で、お互いに意見をぶつけ合っている。楠さんがケガをした日の言い争いの何倍も激しい。犬と猿でもこんなに言い争わないっつの。

ここはもう止めた方がいいな。お互いに冷静になっていない。ほとんど意地の張り合いのようになっている。こんなんじゃまともな話し合いなんてできるはずがない。

八幡「ちょっと2人とも、」

蓮華「待って」

立ち上がりかけた俺の肩を、隣に座っていた芹沢さんに押さえつけられてしまった。

八幡「いいんですか止めなくて?」

蓮華「いいの。もう少し。もう少しだけ様子を見させて……」

今回の更新は以上です。今月中には6章終わらせたいけど、無理かな……。

本編6-46


明日葉「……」

あんこ「……」

俺が芹沢さんに止められてからも、楠さんと粒咲さんは言い争いを続け、今ではこうして互いに睨み合っている状態だ。

蓮華「気が済んだかしら?」

ようやく芹沢さんが重い腰を上げて、2人を見下ろす。

あんこ「済むわけないでしょ。明日葉がワタシの言うこと全然聞いてくれないんだから」

明日葉「それはあんこもだろう」

蓮華「2人ともよ」

本編6-46


明日葉「……」

あんこ「……」

俺が芹沢さんに止められてからも、楠さんと粒咲さんは言い争いを続け、今ではこうして互いに睨み合っている状態だ。

蓮華「気が済んだかしら~?」

ようやく芹沢さんが重い腰を上げて、2人を見下ろす。

あんこ「済むわけないでしょ。明日葉がワタシの言うこと全然聞いてくれないんだから」

明日葉「それはあんこもだろう」

蓮華「2人ともよ」

なお言い争いをやめない2人を、芹沢さんが一喝した。

蓮華「明日葉。あんこは明日葉のことをどう言ってた?星守にふさわしくないって言ってた?」

明日葉「いや、そんなことは、言ってない……」

蓮華「あんこ。明日葉は本心でもあんこに星守をやめてほしいと思ってたかしら?」

あんこ「思ってない、と思う……」

蓮華「そうでしょ。お互い、自分のことを卑下してばっかりで、相手の言うことを聞いてないじゃない」

普段おちゃらけている分、こうして真剣な話をする芹沢さんの迫力には圧倒されるばかりだ。ギャップの差が激しすぎる。

蓮華「れんげが大好きな2人が、そんなひどい人なわけないじゃない……」

だが、次第に芹沢さんの声から力がなくなっていく。代わりに、目から。鼻から、芹沢さんの気持ちが溢れ出て、顔を濡らしていく。

蓮華「だから、もうこれ以上、傷つけあわないで……」

芹沢さんはぐしゃぐしゃになった顔を手で覆い、とうとう嗚咽してしまった。

芹沢さんの2人を思う気持ちはとても重い。普段の言動を見ていれば、そんなことは誰だってすぐにわかる。

そんな2人がいない間、彼女1人が星守クラスを支えてきたのだ。自分が好きな人たちが仲違いしたことですら辛いのに、そんな気持ちを押し殺して、懸命に後輩たちをまとめていく日々を過ごしてきた。ここ数週間、近くにいた俺には、芹沢さんの努力が痛いほど伝わってきた。1人、涙をぬぐっている姿も目にしたことがある。

だが、俺には芹沢さん並みの思いの強さもなければ、楠さんや粒咲さんがさっき言っていたような責任感もない。星守としてイロウスと死闘を続ける彼女たちと違い、俺はただの一般人だ。故に、彼女たちが悩み、苦しむことを完全に理解することは不可能である。言葉だけで「わかる」と言うほうが失礼に値するだろう。そんな意味のない言葉でごまかしても、それは本物ではない。

けれど、星守に最も近い一般人の俺だからこそできることもあるはずだ。いや、あると信じたい。

ぼっちだ、捻くれだ、と今まで酷評されてきた俺のことを、このクラスの人たちはいともたやすく受け入れた。なんなら、俺自身が驚くほどのスピードで。

始めはそんな環境に戸惑ってばかりだったが、慣れていくにつれて、俺もまた、彼女たちを受け入れられるようになってきた。その段階になって初めて、俺がこのクラスに受け入れてもらえた理由がわかるような気がした。

なら、今度は俺がこのクラスに新たな風を吹き込もう。星守クラスの色に染まってもなお色褪せなかった、俺の哲学を。

八幡「俺からしたら、皆さんとても恵まれてると思いますけどね」

突然俺が話し出したことに3人ともが不思議そうな目で俺を見つめてきた。流石にこれじゃあ意味が分からないか。

八幡「だってそうでしょ。俺なんかリア充やらイケメンやらコミュ力高いやつやら見つけたら、そいつらに向けて心の中でダイナマイトを投げ込んでます。でも、俺自身にそういうことをしてくる人は全くいませんよ」

なんなら石を投げられる方が、存在を認識してもらってるだけマシかもしれない。俺の場合は、何をしていようと一切関知されないし。

あんこ「先生、いきなり何言ってるのよ」

八幡「ようするにあれですよ。他人の芝生は青く見えるもんなんです。だから嫉妬するのも仕方ないんですよ。その対象が優秀なら特に」

明日葉「つまり先生は、私とあんこが互いの長所を妬みあっていると言っているんですか?」

八幡「まあ、大体そんな感じです」

俺の返答に、楠さんと粒咲さんはお互いの現状を把握できたようである。楠さんは顎に手をあてて考え込んでいるし、粒咲さんは唇をかみしめて苦しげな表情をしている。

しばらくの逡巡の後、楠さんが俺と粒咲さんをチラッと見た。

明日葉「それでは、私たちの問題の根本にある嫉妬心を克服することが必要に……」

本編6-47


八幡「……それは違います」

俺のきっぱりとした反論に、楠さんは目を大きく見開かせてしまう。が、それも一瞬で終わり、すぐに詰問する姿勢をとる。

明日葉「どこが違うのですか。嫉妬心を持つことは、己の心が弱い証拠です。それを完全に断ち切らなければ、またすぐ同じ問題が起こるに違いありません」

あんこ「まあ、嫉妬心が原因なら、それを取り除くって解決策が出てくるのは自然よね。まあ、ワタシには無理ゲーそうだけど」

確かに2人の言う通り、嫉妬心自体をなくすことができるのなら、今回の問題は解決することができるかもしれない。他人は他人、自分は自分、のように。

だが、人の心はそう簡単に変わるものではない。一度意識してしまったものは、それからずっと心の片隅に存在するし、目を背けようとすればするほど、それはより影を濃くして、自分の心に覆いかぶさってくる。現に俺だって、自らの黒歴史がことあるごとにフラッシュバックするし、その度に死にたくなる。

ただ、俺の場合は過去の出来事だから、環境を変えたり、当時のモノを捨てれば、効果は多少なりともある。しかし、今回の2人の問題は現在進行形で進んでいるのだ。仮にこの場で和解をしたとしても、またすぐに自分の足りない部分が相手を通して透けて見えてしまう。それは、避けようとしても、必ず自分を追い詰めてくる。

そして、どこかで破綻する。

だからこそ、今回の解決方法として、「嫉妬心をなくす」という判断は正しくない。他にある、俺だから見つけられた最適解を提示しなくてはならない。

蓮華「先生……。先生の考えを、明日葉とあんこに、きちんと話して?……きっと、2人はわかってくれる」

袖で涙を拭い、ぐしゃぐしゃになった顔で微笑みながら、芹沢さんが励ましてくれた。俺はその言葉に、1つ小さく頷いた。

八幡「お2人は、別に変らなくていいんです。そのままでいいんです」

あんこ「何言ってるのよ先生。それじゃあ何の解決にもならないじゃない」

明日葉「そうです。今までのままでいいのなら、私とあんこが対立することもなかったはずです」

八幡「対立したらいけないんですか?逆に、全員が常に仲良くしなきゃいけないなんて、それこそ不可能です」

あんこ「それは極論じゃない」

八幡「ええ。でも、学校ではなぜかそういう風に教えられるんですよね。小学校とか特に。一緒にいたくもない人と、やりたくもない作業を延々としなくちゃならん。こんなことを強制する社会が間違ってるんです。人間は、もっと自由であるべきなんです。だから、陰口をたたきながら、俺に全ての作業を押し付けた綾瀬さんと藤沢君は許さん」

明日葉「途中から、先生の愚痴になってませんか?」

おっといけない。つい黒歴史がよみがえってしまった。こういう愚痴って、一度走り出すと止まれないよね。そりゃ主婦の井戸端会議も長くなるわ。

八幡「ようするに。俺の言いたいことの半分は、嫉妬心なんて無くせない、ということです。そもそも「嫉妬」という意味の単語があるんです。それが普及しているということは、万人にこの感情が受け入れられていることを証明しています。漢字で考えてみてもそうでしょう。嫉妬、の両方に女へんがついてますよね。男の俺でさえ、リア充には嫉妬するんですよ?女の皆さんが嫉妬するのは仕方ないことじゃないですか」

明日葉「そ、そうなのかもしれないな……」

あんこ「騙されないで明日葉。これは先生が良く使う理論武装よ。実際は大したことを言ってないわ」

くぅぅ。正直者の楠さんは今の理論でごまかせたと思ったが、粒咲さんには通用しないか。なら、さらなる追撃を加えるまでだ。

八幡「まあ、俺の言いたいことはもう1つあるんですよ」

明日葉「そういえば、『言いたいことの半分は』と言ってましたね」

あんこ「早く言ってよ先生」

八幡「俺の言いたいことのもう半分、それは」

明日葉、あんこ「それは?」

八幡「それは、お互いの長所を伸ばせば解決する、ということです」

明日葉、あんこ「え……?」

予想通り、2人の頭の上には「?」マークが浮かび上がっている。実際見えるわけではないが、アニメや漫画で表現するなら間違いなく浮かんでいるはず。

八幡「よく考えてください。お2人は互いに互いを嫉妬していたんですよ?つまり、互いの長所は認めているんです。嫉妬相手から嫉妬される。こんなこと、そうそうあるもんじゃないですよ」

蓮華「そうね。明日葉には凛とした美しさがあるし、あんこにはマイペースで自然体のかわいらしさがあるわ~」

あんこ「元気になったと思ったら、相変わらずそういうことを言うのね。蓮華……」

今度は粒咲さんがジト目で睨んできた。これ以上話を逸らすわけにはいかないな。まあ、今の場合は芹沢さんが謝罪するべきことだろう。あとできっちり頭を下げさせよう。

八幡「おほん。ようするに、俺から言いたいことのもう半分は、短所を補うのではなく、嫉妬されるような長所を、そのまま伸ばしていけばいい、ということです」

明日葉「短所を補うのではなく、」

あんこ「長所を伸ばす……」

さっきまでとは違い、楠さんも粒咲さんも、眉間にしわを寄せて、深く考えている。なら、ここで最終兵器を出すとしよう。

星守クラスの思いが詰まった最終兵器を。

少ないですが、今回の更新はここまでです。
最近は年度末でバタバタしていて、全然書けていません。
ですが、おそらく近いうちに6章は終わるので、もう少しお付き合いください。

本編6-48


俺は持ってきていたカバンを開け、星守クラスで書いてもらった作文を探す。

が、

八幡「あれ、ない……」

明日葉「ないって、何がないのですか?」

八幡「いや、何と言われても……」

あんこ「このタイミングで出すんだから、大事なもんでしょ。で、何?」

慌てる俺を見かねて、楠さんと粒咲さんも近くにやってきた。

ここでカッコよく作文を出すことで、2人に効果的に俺の考えが伝わると思ったのに、それが無いってどういうこと?

今朝、粒咲さんの家では、芹沢さんに言われて確かに鞄の中にいれたはずなのに……。ん、芹沢さん?

蓮華「うふふ~」

八幡「あ」

嫌な予感がして、少し離れたところに座っている芹沢さんを見ると、例の作文をニヤニヤしながら読んでいた。

八幡「何勝手に読んでるんですか」

蓮華「だって先生の話長いんだもん」

八幡「そもそも芹沢さんがここに呼んだんですよね?」

蓮華「でもれんげが言いたいことは言い終わっちゃったし~」

はぁ。この人と話しているとマジで疲れる。数週間、かなり濃い密度で一緒にいたが、向けられるエネルギーのほとんどが美少女に関することだった。

今だって、授業中に読み切れなかった星守の作文を読んで、写真撮ってるし。

あんこ「先生が探していたのって、それ?」

俺と芹沢さんのくだらないやりとりに飽きたのか、多少期待外れな感じで粒咲さんが聞いてきた。

八幡「そうです……」

俺は半ば投げやりになりながら返答する。

芹沢さんのせいで、こんなにマヌケに紹介することになってしまった……。

明日葉「これは……」

一方、落ちている作文を取り上げた楠さんは、さっと表情を固くする。

まあ、題名と書いてる人見たら流石にわかるわな。

八幡「これは、星守クラスの人たちと、八雲先生、御剣先生に書いてもらった『私と星守』という作文です」

あんこ「私と、星守?」

まだ内容を読んでいない粒咲さんは不思議そうに題名を繰り返す。

俺が説明してもいいが、ここは作文そのものを読んでもらった方が100倍早く理解してもらえるだろう。

八幡「まあ、とりあえず読んでみてくださいよ」

俺は紙の束の中から適当に1つを取り出して粒咲さんに渡す。

あんこ「……わかったわよ」

俺から作文を受け取った粒咲さんはその場に座り、作文を読み始める。何もすることがなくなった俺も、手近な作文を読むことにした。

こうして、部屋の中には静寂が訪れた。時々、芹沢さんの笑い声が聞こえてくるだけで、後はとても静かなものだ。てか、別に笑うほど面白い作文じゃないと思うんだが、芹沢さんは一体どこに笑ってるの?

本編6-49


明日葉「……」

あんこ「……」

どうやら楠さんも粒咲さんも全員分の作文を読み終わったようである。2人とも、様々な感情が入り混じった複雑な表情をしている。そのため、2人がどのような感想を抱いているのか、外見からは判断することができない。

蓮華「どうだった?」

俺の気持ちを察したのか、芹沢さんが2人に感想を聞く。

明日葉「その前に、1ついいか?この作文は、星守全員が書くものなんだよな?」

予想外の質問返しに、芹沢さんは俺の方を見てくる。まあ、作文に関する質問は、発案者の俺が答えるのが妥当か。

八幡「まあそうですね。そういうことでみんなに書いてもらいました」

明日葉「そうですか……。では、私とあんこも書かなくてはいけないな」

楠さんはおもむろに立ち上がると、机の中から作文用紙と筆記用具を引っ張り出してきた。

明日葉「私とあんこも星守クラスの一員です。それなら、私たちも書くのが筋でしょう」

あんこ「ま、そうね。ワタシたちだけ書いてないってのも、なんか気持ち悪いし」

蓮華「明日葉……。あんこ……」

芹沢さんのか細い呟きを受けながら、楠さんと粒咲さんはペンを走らせ始めた。

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あんこ「できたわ」

明日葉「私もだ」

粒咲さんと楠さんはほぼ同時にペンを置いた。その顔は、今までになく晴れやかなものに見える。

蓮華「読んでもいいかしら?」

芹沢さんは、書きあがった作文の前で、息をハアハアさせている。まるで御飯をお預けされている犬みたいだ。

あんこ「蓮華、落ち着いて……」

蓮華「だって!あんこと明日葉の作文が揃えば、れんげは星守クラス全員の作文が読めるのよ!落ち着いていられるわけないでしょ!」

芹沢さんは「そんなこともわからないの!」と、声を張り上げて主張している。

ダメだ。芹沢さんは完全に壊れた。ここ最近、キャラにそぐわないことばかりしていたから、心が限界だったのかもしれない。

明日葉「まあ、蓮華は放っておくにしても、まずは……」

芹沢さんを軽くあしらった楠さんは、作文を抱きかかえ、俺の前にやってきた。

明日葉「先生。私の作文、読んでくれますか?」

俺は差し出された作文に手を伸ばした。作文に触れると、楠さんの手の震えが紙を通して伝わってきた。

ぱっと顔を上げると、少し潤んだ眼をした楠さんと目が合った。だが、その視線は、まっすぐに俺の目に向けられている。

八幡「わかりました……」

受け取った作文は、原稿用紙数枚とは思えないほどずっしりとしていて、かつ、熱い。

あんこ「ワ、ワタシのも……。読んで。先生……」

粒咲さんもまた、紙を震えさせながら、腕を伸ばしてくる。

八幡「はい……」

粒咲さんの作文も、とても重く、熱い。錯覚なのは重々承知だ。本来、紙が重かったり、熱かったりするわけないのだ。鏡花水月の解放を目にしていない俺は、そう簡単に錯覚に陥ったりするわけないのだ。

だが、今は違う。ほかの星守の作文を読み、同じように書き上げた2人の作文には、俺に錯覚を覚えさせるほどの思いが込められている。

八幡「読ませてもらいます」

俺も、真剣にこれに向き合わなくてはいけない。2人の思いを、感じ取るために。

今回の更新も、短いですがここまでです。流石に長すぎてダレてきちゃいましたね。でも、話のスピードを速める術は持ってないので、気長にお付き合いください。

番外編「エイプリルフール」1


満開に咲いた桜の花びらが、吹き渡る心地よい風に乗って、川の流れのように一定方向へと落ちていく。ついこの間まで、凍えるような寒さだったのがウソのように、視界は宙を舞う桜でピンク色に染まっている。

まあ、そうは言っても、俺の周りは年中無休で寒々しいものである。現に俺は今、学校へ続く道を1人トボトボ歩いている。

おかしい。今日は4月1日。世間はまだ春休みの最中なはず。ほら。あちらこちらで、いい大人が昼間からシートを広げて花見という名の宴会を開催している。仕事もしないで、昼間から酒を飲みやがって。いいご身分だ。などとは、俺の親父を見ていると、毛ほども思わない。

今朝の親父は、花見の場所取りのために、日の昇る前から家を出たらしい。社畜な親父のことだろう。どうせ上司から「比企谷くん。明日の花見の場所取りよろしく」なんて言われて断れなかったのだろう。会社内での親父の立場の低さが伺える。将来、俺は絶対親父のようにはなりたくない。ゆえに、俺は働きには出ない。社畜反対!ビバ専業主夫!

こんなしょうもないことを考えているうちに、神樹ヶ峰に着いてしまった。この学校も例に漏れることなく春休みのため、人影はまばらである。

でも、俺の目的地である星守クラスの教室では、騒がしい声が聞こえてくるんだろうなあ。朝から、あいつらの元気な声を聴くのはどうにも慣れない。朝は、まだ俺の耳が起きてない。せめて放課後に、俺のいないところで元気にしてほしいものだ。そう。俺のいないところで。ここ大事。

予想通り、星守クラスからは、よく言えばエネルギッシュ、悪く言えばやかましい声が聞こえる。でも、いつも聞こえる声とは何か違うのは気のせいか?

俺がドアを開けた瞬間、いくつもの視線が俺をとらえた。それは助けを求める視線もあれば、邪魔をするな、というものも含まれているように感じた。

明日葉「わ、わぁー先生!おはよう!」

遥香「む、むみぃ!おはよー先生~!」

くるみ「お、おはようございます!先生!」

八幡「お……、は?」

奉仕部で鍛えられた挨拶力で、挨拶を返そうと思ったが、聞こえた声とテンションがちぐはぐすぎて、思わず変な声が出てしまった。

昴「大変なんだよ先生!」

花音「非常事態なの!」

普段はそこまで慌てない若葉や煌上までわたわたしながら俺のところへやってきた。何。どうなってんの。

八幡「なんでお前らキャラ崩壊してんの?」

桜「キャラ崩壊っていうか、星守どうしで入れ替わっちゃったのよね」

八幡「入れ替わった?」

楓「はい。今朝起きたら、他の星守の方と心が入れ替わってしまったんです」

八幡「入れ替わった?」

なんなの。このクラスはいつから『転校生』の世界になったの?それとも『君の名は』?どっちにしても信じられない。

昴「先生。これは現実なので、頬をつねっても意味ないと思うよ」

八幡「お、おお……」

見た目は若葉だが、誰だかわからないので、生返事しか返せない。

八幡「とりあえず、みんな座ってくれ。そして、誰が誰なのか一旦整理させてくれ……」

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八幡「…………」

入れ替わった各々で、黒板に入れ替わり図をまとめてもらった。一覧にまとめると、こんな感じだ。

_________________________________________________
| |
|   みき⇔ミサキ。昴⇔望。遥香⇔ミミ。 |
| |
| 蓮華⇔心美。明日葉⇔ひなた。サドネ⇔あんこ。 |
| |
|    ⇗うらら⇘ |
|   桜 ⇐ 花音。詩穂⇔楓。ゆり⇔くるみ。 |
|________________________________________________|

はあ。全然わからん。

みき(ミサキ)「それで、どうします先生」

八幡「どうするもこうするも、まずは原因を探らないとダメだろ。何か心あたりとかないの?」

詩穂(楓)「ワタクシにもありませんわ」

あんこ(サドネ)「サドネも、しらない」

ひなた(明日葉)「ひな……、私には心当たりはない、です」

ん。一瞬、見た目と話し方が一致した気がするが……。

番外編「エイプリルフール」2


八幡「原因がわからないと、対策も立てようがないぞ」

うらら(桜)「それは、困った、のお」

ミサキ(みき)「どうにかなりませんか!!先生!!」

八幡「そんなこと言われても……」

実際に俺ができることなんて何もないわけで、誠に申し訳ないが、このまま静観するしかない。いや、本当だよ?何もしたくないから放置してるわけじゃないよ?

いや……。1つだけ可能性がある。あの人なら、この事態をどうにかしてくれるかもしれない。

八幡「御剣先生のとこ行ってみたらどうだ?あの人なら、人格を元に戻す機械とか作ってくれそうだろ」

サドネ(あんこ)「フーラン?」

くるみ(ゆり)「サドネさん、素が出てますよ……」

サドネ(あんこ)「うにゅ?ゴメン」

常盤がサドネに、いや違うな。火向井が粒咲さんに何やら耳打ちしている。何言ってるのかは教壇からは聞こえない。

桜(花音)「とりあえず、御剣先生のところへ行ってみるのがいいのかしら」

蓮華(心美)「そ、それなら私が御剣先生のところに行きます。サドネちゃん。一緒に行こ?」

あんこ(サドネ)「うん。わかった」

珍しく積極的に芹沢さんが、じゃなかった。朝比奈が立ち上がってサドネに声をかけた。

なぜか顔を見合わせて一瞬ニヤッとした2人は、早足で教室を出ていった。

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蓮華(心美)「つ、連れてきました~」

あんこ(サドネ)「はやく入って」

朝比奈とサドネに促されて、御剣先生と八雲先生が教室に入ってきた。だが、2人の表情は曇っている。

八幡「御剣先生、八雲先生も。すいません。少し厄介なことが起きてしまって」

樹「は、話は聞いた。みんなが入れ替わってしまったんだろ?」

ん?なんで八雲先生が御剣先生っぽく喋ってるんだ?

八幡「あの、御剣先生。八雲先生どうしたんですか?」

樹「ア、アタシが風蘭だよ。そっちが樹だ」

八幡「……は?」

俺は八雲先生だと紹介された御剣先生に顔を向ける。

風蘭(樹)「そ、そうよ。私が八雲樹、よ」

八幡「もしかして、お2人も入れ替わってるんですか?」

風蘭(樹)「そういうことだ!わ……」

おいおい。一体どうなってるんだ。まさか先生同士も入れ替わってるなんて。入れ替わりのバーゲンセールかよ。

樹(風蘭)「だから私、いえ、アタシに原因を聞かれても、わからないぞ!」

御剣先生が開き直ったように高らかに宣言する。

なんだか、両先生が話すたびに、クラス中が笑いをこらえているように見えるなあ。確かに、見た目と話し方がかみ合ってないのは面白みがあるが、それはお前らも一緒だからな?

いや待てよ。俺は最初から何か大きな勘違いをしてるんじゃないのか?そもそも、ゲームや漫画、アニメじゃあるまいし、人格が入れ替わるなんてことがあり得るのか?

思えば、みんなの喋り方は普段と違うが、かなり無理をして変えているように感じられた。そう。まるで演技をしているような……。

まさか……。いや、でもそれ以外考えられない。試しに揺さぶってみるか。

番外編「エイプリルフール」3


八幡「なあ。楠さん。昨日頼んだ生徒会の資料は出来上がりましたか?」

ひなた(明日葉)「え、え。生徒会の資料?えーと、うん!できた、ですよ!」

八幡「わかりました。それと蓮見。今日はお前のダンスや歌を見る余裕がありそうだ。昼休みにでも空き教室に来てくれ」

花音(うらら)「げ。うららのやつ。なんて約束してるのよ……。は、は~い!でも、うらら、今日はちょっと体調悪いっていうか~」

八幡「うん、もういいや。大体わかったから」

この2つの質問で確信が持てた。そう。真実はいつも1つ!


八幡「お前ら、本当は入れ替わってないだろ!」


ビシッ!という効果音が出そうな感じで、俺は教室全体を指さした。俺の指摘に対し、教室中がびくっと肩を震わせる。これは確定かな。

八幡「おかしいと思ったんだ。みんな、どこかしら演技をしているように見えたしな。それに、さっきの2つの質問はダミーだ。別に楠さんに生徒会の資料を頼んではないし、蓮見のダンスや歌にはそれほど興味はない」

うらら「ちょっと!ハチくんひどくない!?」

八幡「ほら。やっぱり入れ替わってなんかないじゃないか」

うらら「あ……」

蓮見は慌てて口を押えるが、すでに後の祭りだ。俺を騙そうなんざ、100年早いわ。

蓮華「はあ。ばれちゃったわ~」

あんこ「意外と早かったわね」

桜「もともとムリがある配役じゃったしのお」

樹「それより、私たちまで巻き込まないでくれないかしら。突然蓮華に『先生を騙すために、御剣先生と入れ替わって』って言われた時はびっくりしたわ」

風蘭「アタシは面白かったけどな。上手かったろ?アタシの演技?」

望「いやあ、正直、微妙……」

ミシェル「むみぃ……」

風蘭「くっ、ダメだったか……」

途端に教室中がワイワイしだした。まあ、入れ替わるなんてありえないし、どうせこんなことだろうとは思ったよ。だけど、1つだけわからないことがある。

八幡「で、誰が言い出しっぺなんですか?」

明日葉「それはですね、」

楠さんの声は、勢いよく開けられたドアの音で遮られた。

牡丹「この企画の発案者は私です」

八幡「え。理事長が?」

牡丹「はい。比企谷先生。今日が何月何日か知ってますか?」

八幡「今日ですか?今日は確か、4月1日ですよね」

牡丹「はい。4月1日。つまりエイプリルフールです」

八幡「もしかして、エイプリルフールだから、入れ替わったっていう嘘をついたってことですか?」

牡丹「ええ。そういうことです」

理事長はにこやかにそう答える。

なんだそりゃ。ふたを開ければ、想像以上にくだらない動機による犯行だった。せめてもう少しマシな嘘をつけばいいものを……。まあ、他人のキャラを演じようとして、不自然な喋り方になっている姿は少し面白かったけど。

牡丹「どうですか?楽しめましたか?」

八幡「まあ、少しは……」

牡丹「ふふ。それで結構です」

理事長はくすっといたずらっぽく笑った。見渡すと、座っている星守たちもニヤニヤしている。まあ、こいつらが楽しんでればいっか。

番外編「エイプリルフール」4


理事長は満足した様子で教壇に上がろうと足を上げた。が、段差に突っかかって俺の方に倒れこんでくる。

八幡「え」

理事長は倒れこむ勢いそのままに、俺に向かって腕を伸ばしてきた。

八幡「うわっ!」

牡丹「きゃっ」

そのまま俺は理事長に押し倒され、お互いの頭をぶつけてしまった。あまりの痛さに、意識が遠のいていく……。

----------------------------------------------

「……う。……ですか!?」

誰かに体を抱きかかえられている感覚がする。ああ。頭痛い。そんなに大きな声を出すなよ。響くだろうが

八幡「んん……」

樹「ああ。よかった!気づいたんですね!」

八幡「ええ。まあ。ぶつかったところは痛いですけど」

樹「え?」

なぜか八雲先生が俺の顔を不思議そうに見下ろしている。俺の周りに集まっている星守たちも、目を丸くしている。

八幡「何。顔に変なものでもついてます?」

明日葉「あ、あの。自分の名前、言えますか?」

八幡「は?何言ってるんですか?」

ゆり「いいから答えてください!」

八幡「比企谷八幡です……」

俺の返事を聞いた星守たちは、一様に頭を抱える。おい、なんだよ。自分の名前を言えるのがそんなにおかしいか。ん。そういえば、俺の声ってこんなに高かったかな。なんだか、違う人の声みたいだ。

望「先生。落ち着いてこの鏡見て?」

八幡「あ、ああ」

俺は天野に渡された手鏡を開いて自分の顔を見る。そこに映っていたのは、

牡丹(八幡)「理事長じゃん!」

え、嘘だろ。なんで俺の顔が理事長になってるの?何が起こった?

俺は急いで立ち上がり、自分の服装を視覚で、触覚で確認する。しかしそのどちらもが、自らが身に着けている服を理事長のものだと脳に伝える。

八幡(牡丹)「ん……」

俺の大声に反応したのか、理事長が目を覚ました。見た目は完全に俺なんだが……。

八幡(牡丹)「あら、なんで目の前に私が……」

牡丹(八幡)「いや、それは俺も聞きたいです。というか、あなたは神峰理事長ですよね?」

八幡(牡丹)「え、ええ。私は神峰牡丹です。……もしかしてあなたは」

牡丹(八幡)「はい。俺は比企谷八幡です……」

八幡(牡丹)「ということは……」

牡丹(八幡)「そうです。俺たち」

八幡、牡丹「入れ替わってる~!?」

以上で番外編「エイプリルフール」終了です。去年の「星守いれかえっこ!」がツボだったので、自分でやってみました。

八幡と牡丹が元に戻ったのかどうかは、皆さんの想像にお任せします。

入れ替わりの図のフレームがガタガタになってますね。書き込むときは綺麗だったはずなんですが……。すみません。

本編6-50


まずは楠さんの作文から読むことにした。

「星守とは、私の人生そのものです」

おお。冒頭からカッコいい。流石楠さんだ。

こんな風に始まった楠さんの作文は、彼女の性格をよく表したかっちりとしたものだった。

文章の1つ1つや、それらの構成力もさることながら、特に印象的なのは、星守への一貫した信念だった。

この作文には、楠さんの星守を目指したきっかけ、星守に選ばれたときの喜び、星守になってからの苦労、達成感などが綴られている。これを読む限り、楠さんは星守になるために、小さい頃から莫大な努力を積み重ねてきたことがよくわかる。そして、今でも星守という存在に誇りをもっていることも。

なるほど。だからこそ、楠さんは普段から人一倍、特訓に熱心に取り組み、かつ星守全体をまとめあげてることで、意識の向上に努めていたのか。

……さて、次は粒咲さんの作文を読むか。

「多分、ワタシは星守クラスの中で一番意識の低い星守だと思う」

のっけからテンションの低さを隠そうとしないあたり、粒咲さんらしいなあ……。

そして粒咲さんの作文もまた、彼女の性格を反映したものに仕上がっていた。

作文から察するに、粒咲さんはあくまで星守を1つのステータスと考えているようだ。彼女自身の言葉を借りれば、星守は「人生というゲームを楽しむための、1つのジョブ」なのだ。

人々を守るためではなく、あくまで自分のために星守を続ける。星守に対し、粒咲さんは楠さんとは正反対のスタンスをとっている。こんなに違う2人が、星守に関して意見をぶつけることは、至極当然の結末だったと言える。むしろ、よく今までやってこられたな……。

八幡「あっ……」

だが、そんな2人の作文にも、他の星守たちにも見られた共通点を見つけた。俺は急いで他の作文をかき集め、お目当ての言葉を探す。それは全員の星守たちが作文に書いている、この言葉だ。

「これからも星守クラスの仲間全員で、戦っていきたい」

1人1人は全く違う星守たち。それぞれが誰にも負けない長所を持っている一方、致命的な弱点も持ち合わせている。

そういうことを知ってか知らずか、このクラスは全員がそれぞれ非常に仲がいい。一見全く違うタイプの子たちも、普段から楽し気に会話をし、戦闘時には巧みな連携を見せて、お互いの良さを出し合いながらイロウスを撃破する。

このクラスは、俺がこれまで嫌悪していた、青春を謳歌する者たちの寄せ集め集団ではない。全員が心の深いところで繋がり、信頼し合っている。こういう関係を「絆」というのかもしれない。

多分、神樹ヶ峰に来た当初の俺には理解できない概念だったと思う。なんでも1人でこなしてきたし、他人と助け合って何かする、なんて柄じゃなかった。むしろ、1人でやるからこそ大きな達成感を味わえ、後悔することも少なくなるとさえ思っていた。

もちろん今でもそう思っている。何もしないまま誰かに頼るやつは、控えめに言っても死んでほしい。特に、集団になると文句ばかり言う奴らとか。ああいう人たちの、個人力の低さは異常。

だけどそんな俺も、交流初日から大型イロウスに襲われのをはじめに、色んなところで色んな星守たちと死線をかいくぐってきた。戦闘以外にも、パーティーだったり特訓だったり、毎日がイベント続きだったと言っても大げさではない。

星守たちと短いながらも、濃い時間を過ごしてきて、俺の意識は変わったと思う。いや、正確に言えば、変わったというより、新たな考え方が付け足されたって感じだ。今の俺には、信頼できる誰かとなら、共に何かをすることに嫌悪感はない。嫌悪感がないだけで、積極的にやろうとは全く思わないが。

捻くれている俺にこんな考え方を植え付けた星守たちの作文は、互いのキャラが存分に表れている中にも、1つの確固たる絆があった。それを確認できただけでも、充分だ。

あんこ「どうしたのよ先生。あっ、て言ったと思ったら、いきなり他の人の作文開いちゃったりして」

明日葉「何か、変なことでも書いてありましたか?」

そんな心配そうな顔をしなくても大丈夫ですよ。2人とも、すごくいい作文でしたから。

八幡「いえ。逆ですよ……」

なぜかそう答えた俺の声は、震えていた。周りにいた3人は、少しぎょっとして俺の顔を見る。そんなに見ないでくださいよ。恥ずかしいでしょ。

八幡「俺はもう読み終わったので、今度はお互いの作文を読み合ってください」

さっきよりも意識的に声を張り上げて、俺は作文を楠さんと粒咲さんに手渡す。

2人は一瞬顔を見合わせた後、作文を受け取り、読み始める。

蓮華「ねえ、先生?」

そっと芹沢さんが俺に近付いてきた。

蓮華「2人の作文、どうだったの?」

八幡「……後で読んでみてください。想像通りで、想像以上ですから」

少し間をおいてから、ニヤッとしつつ答えた。

蓮華「先生がそこまで言うなんて、楽しみ♡」

芹沢さんもまた、ニヤッとしながらそう返してきた。

本編6-51


明日葉「……」

あんこ「……」

ほぼ同時に作文を読み終わった2人は、しばらく黙った後、どちらからともかく口を開いた。

明日葉「あんこの性格はわかっているつもりだったが、この作文は私の想像の上をいっていた……」

あんこ「明日葉って、やっぱりどこでもお固いのね。わかってはいたけど、少し引いたわ……」

明日葉「星守として意識を高く持つのは当然のことだろう!」

あんこ「そんなに肩ひじ張ってると大変よ。もっとリラックスして、自然体でいたほうが柔軟な対応ができるわよ」

明日葉「逆にあんこはもっと緊張感を持つべきだな。それと、そうやって屁理屈を出すあたり、先生に似てきたな」

あんこ「なっ……!そういう明日葉だって、ずけずけモノを言うところ先生にそっくり!」

八幡「なんで途中から俺を貶す会みたいになってるんですか……」

いや、ほんとやめてほしい。いざ自分が話題の中心になると、どうやって反応すればいいかわからない。今までまともに人とコミュニケーションをとってこなかった弊害がここにきて顕在化してしまった。

あんこ「先生がそういう性格してるのが悪いのよ」

八幡「俺のせいですか?いや、俺は悪くない。社会が悪い」

明日葉「あくまで社会のせいにするんですね……」

蓮華「いいじゃない~。それでこそ先生よ~」

いつの間にか、楠さんと粒咲さんの作文を読み終えていた芹沢さんもノリノリで会話に加わってきた。

あんこ「まあそうね。先生から卑屈と捻くれをとったら何も残らないし」

ちょっと?2人して何言ってるの。星守クラス内での俺の評価が低すぎ問題。

明日葉「おい2人とも。先生にもいいところあるだろ!」

お。楠さんが反論してくれた。ありがとう、楠さん!

蓮華「へえ。例えば?」

明日葉「た、例えば?例えば……、その……、あの……」

あれ?楠さん?なんで言い淀んでるの?そこはスパッと言ってくれないと困るんですけど?

あんこ「知ってる明日葉?そういう中途半端なフォローが一番人を傷つけるのよ?」

粒咲さんの言う通り。中学の時の学級会で、クラス委員に同じことされたし。あの時のクラスの雰囲気と言ったら、思い出したくもない……。

明日葉「うう……。私は先生を傷つけてしまったのか……」

粒咲さんのツッコミに、楠さんはがくっと肩を落としてうなだれてしまう。

蓮華「れんげは、明日葉になら何を言われても平気よ~。むしろどんどん言ってほしいわ~」

明日葉「ちょ、蓮華!抱きつきながら変なこと言うな!」

こうして芹沢さんが楠さんに抱きつく光景って久しぶりだなあ。クールなお姉さんと、グラマーなお姉さんが肌を重ねている姿はドキドキしちゃう。いいぞもっとやれ。

あんこ「はあ。あんたたちはいつも通りね」

蓮華「あらあんこ。寂しいの?大丈夫。れんげはあんこのことも大好きだから♡」

あんこ「ワタシにまで抱きつかないで……。苦しい……」

この2人が抱きついていると、胸の部分がより強調されて目のやり場に困る。おっぱいってこんなに潰れるのか……。いいぞもっとやれ。

明日葉「蓮華。あんこも嫌がってるし、離れてやれ」

蓮華「あら、もしかして明日葉ったらヤキモチ?そんなにれんげのことが恋しくなったの?じゃあ明日葉もギュ~」

明日葉「違う!断じて違う!」

あんこ「うっ……。もっと苦しくなった……」

芹沢さんは両脇に2人を抱えて、幸せそうな表情を浮かべる。両脇の2人も、苦しそうな表情をしつつも、笑っている。

そんな3人を見て、俺の頬も少し緩んでしまう。

多分この3人は互いの心を深く知り合えたと思う。これまでよりもずっと詳しく。そして、作文を通して気持ちを赤裸々に暴露してなお見せるこの笑顔を、俺は本物だと思いたい。

本編6-52


明日葉の母「明日葉さーん?どこにいらっしゃるのですか?」

襖の向こうから、楠さんの母親の声が聞こえてきた。

明日葉「こちらです。お母様」

楠さんは自分から襖を開けて、母親に声をかけた。

明日葉の母「あら、皆さんここにいらしたんですか。探してたんですよ」

明日葉「申し訳ありません。少し話をしていたんですが、今終わったので戻ります」

明日葉の母「ええ。よろしくお願いします」

みんなに合わせて部屋を出ようとした俺の前に、なぜか楠さんの母親が立ちふさがった。

明日葉の母「すみません先生。少し私とお話ししてもらってもよろしいですか?」

八幡「は、はい……」

明日葉の母「明日葉さん。蓮華さんとあんこさんを連れて先に行っててください」

明日葉「わかりました。行こう。蓮華、あんこ」

楠さんは芹沢さんと粒咲さんを伴って、そそくさと部屋を後にした。

明日葉の母「先生。本当にありがとうございました」

楠さんたちがいなくなると、楠さんの母親は、土下座の姿勢で俺に礼を言ってきた。

八幡「頭を上げてください。いきなりどうしたんですか」

明日葉の母「あの子に元気をとり戻してくれたことにお礼を申し上げているんです」

八幡「いえ、そんな……」

顔を上げても、なお美しい正座で詰め寄ってくる楠さんの母親の迫力に、俺はたじろぎながら返答することしかできない。そもそもこんなに礼を言われるようなことをした覚えもない。

明日葉の母「心から感謝しているんです。私はあの子の母で、元星守です。あの子の置かれている立場と、それにまつわる苦悩については、私がこの世で最も理解してあげられる存在なんです」

八幡「それは、そうですね」

元星守の母親。確かに心強い存在ではある。最上級生としてリーダーを務めている楠さんからしたら、公私共に頼れる数少ない人物ではないだろうか。

明日葉の母「しかし、私はあの子の苦悩を払拭させてあげることができませんでした。もちろん、私なりに助言をしてきたつもりですし、あの子もそれに従って努力を重ねてくれました。ただ、それが実らず、結果的にはあの子をさらに追い詰めることになってしまいました。そんな明日葉さんを救ってくれたのは、紛れもなく先生のお力です。今だから言いますが、昨日の朝、先生から連絡をいただいた時には、話に乗るか迷いました。ですが、明日葉さんが毎日家で楽しそうに先生のことを話す姿を思い出して、賭けてみようと思ったんです。その選択は、さっきの3人の顔を見て、正しかったと確信できました」

楠さんの母親は、凛とした雰囲気の中にも、暖かみを感じさせる声で語った。

八幡「俺はただ楠さん……いえ、明日葉さんたちに可能性を提示しただけです。立ち直れたのは、すべて3人自身の力によるものです」

明日葉の母「3人の力を引き出した先生の手腕も素晴らしかったのです。重ね重ね、ありがとうございました」

楠さんの母親は再び土下座してしまった。こうして目上の人にした手に出られることは初めてだから、どう対処すればいいかわからない。普段はどんな人にも下に見られてる、どうも俺です。

それに、本当に俺自身の功績だとはこれっぽっちも思っていない。星守クラスが今の18人でなければ、おそらく俺の作戦は失敗してただろう。そういう点では、高3組の3人以外にも、15人の星守にもこの感謝は向けられるべきだろう。

八幡「礼を言いたいのは、俺の方ですよ……」

明日葉の母「何かおっしゃいました?」

八幡「あ、いえ、なんでもありません」

明日葉の母「そうですか」

俺としたことが、口から言葉が漏れてしまった。それも、聞かれるとかなり恥ずかしい類のやつを。まだ小声でよかった。これが楠さんたちに知られたら、格好のネタになってしまう。俺はクールで孤高なキャラで売っているのだ。そこ。ぼっちを言い換えただけだろうとか言わない。

とその時、ポケットの中で、携帯が着信を告げた。

八幡「すみません。少し失礼します」

俺は楠さんの母親に断ってから、画面を見る。着信先は「理事長」。え。俺なんかしたかな……。

恐る恐る画面をタップして、電話に出た。

八幡「もしもし」

牡丹『比企谷先生ですか?神峰です』

八幡「理事長。どうしたんですか?」

牡丹『非常事態です』

以上で本編6章終了です。このまま最終章へと入っていきます。

書き換え前を含めると、5か月以上やってたんですね。他の学年の話に比べてシリアスさが多かった分、ここまで長くなってしまいました。

最終章の終わり方はもう決まってるので、頑張って書いていきたいと思います。

それと、最終章ではさらなるキャラ崩壊、ご都合設定がてんこ盛りになる予定です。ご容赦ください。

最終章-1


八幡「非常事態ってどういうことですか」

牡丹『強力な大型イロウスの反応が、世界の色々なところで検知されています』

大型イロウスなんて1匹だけでも恐ろしいのに、それが大量にいると思うとゾッとする。

八幡「でも、大型イロウスって普通1匹だけしか現れないはずじゃ」

牡丹『はい。だからこそ非常事態なのです。原因については樹と風蘭が調査中なので、情報共有のためにも、早急に神樹ヶ峰に戻ってきてください』

理事長の声から察するに、状況はかなり切迫しているようだ。

八幡「わかりました」

牡丹『よろしくお願いします』

こうして理事長との通信は切れた。

明日葉の母「先生。どうなさりました?とても怖い顔をしてらっしゃいますが」

八幡「実は、」

俺が返事を仕掛けたその時、小刻みな足音が廊下から聞こえてきた。それがどんどん大きくなったと思ったら、部屋の襖が勢いよく開いた。

明日葉「先生!たった今、大型イロウスが複数出現したと、ゆりから連絡がありました!」

音の正体は、血相を変えた楠さんたちだった。

八幡「ええ。俺も理事長から聞きました。情報共有のため、俺は今から神樹ヶ峰に行きます」

蓮華「なられんげたちも連れてって!」

あんこ「みんなが戦ってるのに、ワタシたちだけここにいるわけにはいかないわ」

3人の表情からは、固い決意が溢れ出ていた。担任として、1人の人間として、俺はこの決意を正しい方向へ導く義務がある。

まあ、こんな大それたことを考えるまでもなく、俺の返事は1つに決まってるのだが。

八幡「すぐに行きましょう」

明日葉、蓮華、あんこ「はい!」

明日葉の母「先生。うちの車をお使いください。最短経路で神樹ヶ峰女学園にお連れします」

八幡「助かります」

明日葉「お母様。ありがとうございます」

明日葉の母「私にできることをしているまでです。時間がないのでしょう?急ぎましょう。皆さんこちらへ」

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楠さんの母親が手配した車によって、すぐに神樹ヶ峰女学園にたどり着くことができた。校門で降ろしてもらった俺たちは、ラボに向かって校庭を突っ切る。

休日でも部活に勤しむ生徒で活気があるはずの校庭だが、今は人気が全くない。まるで俺たちだけしかこの世にいない感じがして、薄気味悪い。

八幡「なんか妙に静かじゃないですか?」

明日葉「おそらく、緊急警報が発令されたのでしょう」

八幡「緊急警報?」

明日葉「星守関係者以外の者の校内への立ち入りを禁止する命令のことです」

あんこ「ああ。そういえばそんなことを昔習ったような」

蓮華「れんげも今言われてやっと思い出したわ~」

明日葉「これまで一度も発令されたことがないからな。実感がないのも無理はない」

八幡「でも、それが発令されたということは」

明日葉「それほど状況が芳しくない。ということなのでしょう」

おいおい。これまで一度も発令されたことのない警報が発令されるってどういうことだよ。俺たちはこれから、とんでもなく危険なことに直面しようとしているんじゃないか?

こういうのは俺のキャラじゃないって本当に。キリトさんとか、達也さんとか、スバルさんとか、そういう歴戦の猛者たちのためのものでしょう普通。

俺はビーターでもなければ、魔醯首羅でもないし、死に戻りなんて当然できない。

どうか、事態が深刻でないことを願うばかりだ。

最終章-2


ラボの中に入ると、普段はあまりいることのない理事長が、俺たちを待ち構えるように、入り口近くに立っていた。

理事長「比企谷先生。明日葉たちもよく来てくれました。今、あなたたちを除いた全星守が出撃しています。しかし、それでも戦況は不利な状態です。久しぶりの戦闘で申し訳ないのですが、3人には今すぐ出撃して欲しいのです」

明日葉「わかりました」

あんこ「仕方ないわね」

蓮華「かわいいみんなを守るためだもの。れんげ、一肌脱いじゃうわ」

牡丹「ありがとうございます。ではすぐに転送準備を。詳しい戦況は追って伝えます」

理事長の素早い指示によって、楠さんたちは転送装置へと急ぐ。

さて、俺も行きますか。というか、いつもの流れなら俺も行くに決まってる。お約束は守られるからお約束なのだ。

八幡「じゃあ俺も、」

牡丹「待ってください。比企谷先生にはここに残ってもらいます」

足を動かし始めた矢先に、俺の腕は理事長によって捕まえられてしまった。

八幡「いいんですか?いつもなら俺も現場に行くじゃないですか」

牡丹「今回の戦闘は、複数箇所で同時展開されています。樹と風蘭は、今回の件について調査を進めているので戦闘の指揮は取れません。私も校外との調整で手が離せません。ですので、先生にはここから星守たちの全戦闘を見守り、指示をしてほしいのです」

理事長は、これまでにない威圧感をもって俺に迫ってきた。是が非でも俺に「はい」と言わせようとしているかのように。

八幡「わかりました……そういうことなら、ここからあいつらの戦闘に参加します」

牡丹「ええ。では参りましょう」

俺は理事長とともに、ラボの中心部へと進んでいった。

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樹「比企谷くん!待ってたわよ!」

風蘭「明日葉もあんこもよく連れてきてくれたな!お手柄だ!」

予想外にも、八雲、御剣両先生に激励されてしまった。が、2人とも顔はパソコンに張り付き、手もキーボードから一瞬たりとも離れない。

目前にでかでかと掛かっているスクリーンには、星守たちとイロウスの位置が地図に示されている。確かに、今までとは比べ物にならないほど多くのイロウスの反応を示す点が、世界中に表れている。

牡丹「星守の皆さん。聞こえますか。今から比企谷先生に戦闘指揮を全権委任します。皆さんは比企谷先生の指示に従って、イロウス撃破に努めてください」

スクリーンの前で、理事長が声を上げた。え、いきなり丸投げ?

戦闘指揮を全権委任とか、中2の頃なら興奮する響きだろうけど、今聞くと緊張が増長されてしまうからやめてほしい。

八幡「ああ、その、なんだ。そういうことだ。よろしく……」

当然断ることなんてできないし、何も言わないのもアレだから、遠慮がちに挨拶をしておいた。

「やったー!先生だー!」「遅いわよ。ヘンタイ!」「これで星守クラスが全員揃いましたわね」「よーし、頑張るぞー!」

すると立て続けに大量の声という声がラボの中に響き渡った。誰が何を話しているのか全く理解できない。俺は聖徳太子じゃねえぞ。人の話なんて、1対1でもまともに聞かない時だってあるのに。

八幡「うるせえ。そんなにいっぺんに話されてもわかんねえよ。今みたいにごちゃごちゃするなら、これからこの通信は戦闘関係に限定するぞ」

星守たち「えー」

八幡「えー、じゃねえ。喋るのは戦闘が終わって帰ってきてからにしろ」

星守「……!」

数人の息をのむような音が聞こえたが、それ以降は誰の声も聞こえなくなってしまった。あれ。俺何か変なこと言ったかな。

八幡「返事がないってことは同意してくれたってことでいいのか……?」

みき「先生。気づかないんですか?」

なぜか星月が俺の質問に質問で返してきた。それも何の脈絡もない質問で。こいつ俺の話聞いてたのか?

八幡「は?何が?」

みき「いえ、気づいてないならいいです!私たち、頑張ります!」

気づいてないって何のことだ。まあ、何にしても、やる気を出してくれたならいいんだが。

最終章-3


心美「きゃっ!」

声の圧力に屈していた時、朝比奈の悲鳴が耳に刺さった。

八幡「どうした。朝比奈」

心美「と、突然地面からツタが出てきてびっくりしちゃいました。でも、避けたから大丈夫です」

八幡「そうか……」

とりあえず怪我がなくてよかった。だが、放っておいたら。またいつ攻撃されるかわからない。何かしら対策を立てなきゃいかんな。一緒にいるのは蓮見と煌上か。

八幡「朝比奈。それと蓮見。北西の方向に大型のズングラが複数固まっている。まずはそこを攻撃してくれ」

うらら「わかった!いくよここみ!」

心美「い、いきなり引っ張らないでようららちゃ~ん!」

八幡「煌上。2人のフォロー頼む」

花音「ふん。言われなくてもわかってるわよ」

これでここはなんとかなるな。あのズングラのツタは面倒だからな。千葉駅で必死に逃げ回ったのを思い出す……。

ひなた「よーし。イロウス倒したぞー!次はどこ行こうかなー」

サドネ「サドネ、頑張る!」

サドネや南の陽気な声に誘われモニターの別の個所を見ると、イロウスがいる方向とは真逆の方向に南が進んでいるのがわかった。

八幡「南、サドネ。そっちにイロウスはいない。逆だ逆」

サドネ「ぎゃく?」

ひなた「え、ホント?よーし、じゃああっち行くぞー!」

2人はさっきまでとは反対方向に進むが、その先のイロウスは遠距離攻撃が得意なラプター種の反応が多くあった。

八幡「南、サドネ、止まれ。そのまま進むと電撃にやられる。藤宮。いったん南たちと合流してラプター種を殲滅してくれ」

桜「はあ。しょうがないのお」

やる気のない声とは裏腹に、藤宮が急いで2人に合流しようとしているのをモニターで確認することができた。

ミシェル「むみぃ……。イロウス見つからないよお」

お次は綿木のため息交じりの愚痴だ。

八幡「何言ってんだ綿木。お前のすぐ近くにイロウスの反応はわんさかあるぞ」

南たちとはまた別の場所にいる綿木だが、彼女の周りには、うろうろするイロウスの反応が多くある。

楓「先生。実はここらへん市街地でして、なかなかイロウスを目視することができないんですの」

なるほど。モニターには建物の面積はわかっても、高さまでは表示されないから気づかなかった。

八幡「なら誰かが高いところに上がって、指示を出せばいい。残りの人がイロウスを追いかけよう」

詩穂「それなら私の目の前に、あたりを見渡せる高いビルがあります。私がそこから指示を出します」

八幡「わかった。じゃあ綿木と千導院は国枝の指示に従ってイロウスを追いかけてくれ」

ミシェル「わかった!」

楓「よろしくお願いします。詩穂先輩」

よし。これでこのグループもなんとかなりそうだ。後は……。

最終章-4


ゆり「望!もっとテキパキ動け!」

望「ちゃんとやってるよ!ゆりこそ、目の前のイロウスに集中した方がいいんじゃないの?」

くるみ「くんくん。ケンカのにおい?」

この2人のやり合いはいつものことだからどうでもいいや。常盤の発言もツッコミどころ満載だが、言い出したらキリがないからこれもスルー。

八幡「火向井、天野、常盤。お前らが相手にしているのはアンギラ種だ。いつ炎が飛んでくるかわからない。気を付けとけよ」

中学生組に比べて、相手にしているイロウスの数は多いが、別段俺から言えることはないので、あっさりとした助言のみ言い渡す。

ゆり「聞こえたか望、くるみ!どこから炎で攻撃されてもいいように準備を怠るな!」

望「ゆりだって口ばっかり動かしてたら、いざというとき動けないよ!」

くるみ「うふふ」

果たしてこの3人に俺の言うことは届いたのだろうか。まあ、戦闘中でもこれくらい喋る余裕があれば平気か。

あんこ「ワタシが援護射撃するから、2人は突撃しちゃって」

明日葉「わかった。私が右寄りに進む。蓮華は左を頼む」

蓮華「は~い」

高3組に至っては、ブランクを感じさせない見事な連携によってイロウスを掃討している。3人の周りから瞬く間にイロウスの反応が消えていく様子は、見ていて気持ちがいい。

八幡「楠さん。粒咲さん。体は大丈夫ですか?」

明日葉「私は大丈夫です。リハビリ中も鍛えてましたから」

あんこ「ワタシは体力落ちてるから、なるべく動かず撃ってるわ」

蓮華「先生~。れんげがちゃーんと見てるから心配いらないわよ~」

久しぶりの戦闘でも、楠さんも粒咲さんも自分のできることをわかって動いているし、芹沢さんも気にかけているようだ。ま、3人とも経験は豊富だし、余計なお世話だったかな。

みき「先生!私たちの周りにイロウスはいますか?」

八幡「ちょっと待ってくれ。確認する」

星月の元気溢れる声に促され、モニターを見てみるが、イロウスの反応は見当たらない。

八幡「いや、特にないな」

昴「てことは、アタシたち任務完了?」

八幡「そういうことになるな」

みき「やったね昴ちゃん!遥香ちゃん!」

昴「うん!」

遥香「ええ」

3人がほっとしていることは、はしゃいでいる様子からも見て取れる。決して楽な戦いではなかった、いや、むしろかなり厳しい戦いだったろうに、一番早く作戦を終えたところに、3人の成長を実感した。なんか、胸のあたりが少し熱いな。我ながら少し感動してしまったらしい。他の戦闘は終わってないのだ。気を引き締めないと、痛い目にあいかねない。

八幡「転送の準備をする。その場で周囲を警戒しつつ、待機しててくれ」

俺は心の雑念を振り払うように、手早く転送装置の座標指定作業を始めた。最初は御剣先生にバカにされながら使っていた転送装置も、今となってはささっと使いこなせるようになってしまった。本来は御剣先生の業務だが、強制的に手伝わされたせいで使い方をマスターしてしまった。

そう。もともとは俺の仕事じゃない。ここ大事。やらなくてもいいことなのに、なぜかやらされている。こんな横暴がまかり通ってるなんて、教師はやはりブラックだ。将来は教師だけにはなりたくない。

なんて心の中で愚痴っているうちに転送装置の設定を終え、スイッチを押した。ブーンという音とともに、操作盤と繋がっている筒状の機械の中がぱあっと光り輝く。次第にその光が弱くなっていくと、中の人影が濃くなってきた。

八幡「お疲れさん」

遥香「お疲れ様です先生」

昴「アタシたちが一番乗り?」

八幡「ああ」

みき「まだみんなは戦ってるんだ……」

星月は神妙な顔つきでモニターをじっと見つめる。もしかしたら星月は心配しているのかもしれない。これまでにない数のイロウスと戦う仲間たちを。

八幡「そんな心配そうな顔をすんな星月。直にみんな戻ってくるだろ。どの場所でもイロウスの反応は無くなってきてるしな」

みき「そう、ですよね……」

今回の更新は以上です。

今日はひなたの誕生日ですね。4月カレンダーのマーチングひなたのセリフがかわいくて好きです。

最終章-5


星月と会話をしていると、モニターに表示されていたイロウスの反応が一斉に消えた。

昴「あ。イロウスの反応がなくなった!」

遥香「みんな倒せたのね」

若葉と成海は達成感と安心感に満ちた表情でほっと胸をなでおろしている。

だが、何かおかしい。イロウスを全滅させたのはもちろんいいことだが、なぜそれが同時なんだ?チームによって対峙するイロウスの数も種類も違う。それによって、それぞれの殲滅状況も異なっていたはずだ。そんな中で、5チームが同時に戦闘を終えるなんて、そんな偶然あるのか?

花音「ねえ。イロウスが突然消えたんだけど、どういうこと?」

俺が疑念を抱いている最中、煌上が不審げな声で通信をしてきた。

八幡「煌上。消えたってどういうことだ」

花音「わかんないわよ。うららと心美と戦ってたら、いきなり消えたの。それも周囲一帯全部よ」

イロウスが増えることはよく聞くが、消えるなんて聞いたことがない。そんなことあり得るのか?

八幡「煌上以外のところの状況はどうなってる?」

楓「ワタクシたちのところのイロウスも消えました」

サドネ「サドネのとこも、いなくなった」

望「こっちも消えちゃった!」

明日葉「私たちのところもです」

どうやら5カ所全てでイロウスが一斉に消失したらしい。やはりこれは偶然なんかじゃない。何かしらの力が働いているはずだ。

八幡「なあ。イロウスって倒さなくても消えるものなのか?」

遥香「いえ、私たち星守が倒す以外にイロウスが消滅する方法はないはずです」

八幡「じゃあ、今までこんな風にイロウスが消えた経験はあるか?」

昴「移動した、とかならありますけど、今みたいなことは一度もありません」

八幡「八雲先生と御剣先生はどうですか?」

樹「私も聞いたことないわ」

風蘭「今、イロウス消滅時のデータを解析しているが、こんな現象初めて見た」

先生たちでさえ知らないのなら、これは本当に未知の現象なのだろう。

八幡「原因はわからないですか?」

風蘭「イロウス発生時と消滅時に同じ波長のエネルギーを観測した。これが原因だろう」

八幡「その発生源はどこですか?」

樹「ちょうどそのエネルギーの分析が終わるわ。モニターで赤く光る点が発生地点よ」

ラボ内の目という目がモニターに集まる。だが、誰1人声を出す者はいない。全員が自分の目を、頭を確かめるように何度もモニターの一点を見つめ直す。

俺も何度も見直した。目をごしごしこすった。右目だけ、左目だけでも見た。でも、赤い点が指し示す場所は変わらない。

風蘭「樹!あの場所で間違いないのか!?」

樹「信じられない。もう一度分析をやり直すわ。風蘭も手伝って!」

八雲先生と御剣先生は切羽詰まった様子でパソコンを打ち直している。しかし、表示される赤い点は動かない。

俺の隣では、成海が目を大きく開きながら口に手を当て、若葉は壊れた機械のように、何度も頬をつねっている。

そして星月は力が抜けたように膝から崩れ落ちた。顔だけは上がっていてモニターを見ているが、その目に輝きはない。

みき「あの光ってるところって、まさか……」

その先の言葉は彼女の口から出てこなかった。目の前の光景を受け入れられない。星月をはじめ、皆がそのような表情をしている。

俺だってそうだ。これが夢だったらどんなによかったか。夢であれば、現実には何の影響も出ないし、俺の脳がおかしいということだけで話は済む。

だけど赤い点はピクリとも動かない。同時にその赤い光は、この光景は現実なんだ、と俺の目に、脳に、心に刃を突き付けてくる。

八幡「ここが、元凶なのか……」

赤い点は、俺たちのいる神樹ヶ峰女学園を指していた。

最終章-6


風蘭「何回分析し直しても、エネルギーの発生源はここ以外にあり得ないな……」

樹「わかったわ。理事長にも報告します」

八雲先生はパソコンを操作して、理事長室へのコンタクトを試みる。しかし、何分経っても理事長がこれに応じる気配がない。

樹「でないわね……」

風蘭「取り込み中なんじゃないのか?」

樹「そうだとしても、この事実は可及的速やかに伝えるべき事項よ。理事長なら何か策を講じてくれるかもしれないし」

八幡「なら、俺が直接言ってきますよ」

八雲先生と御剣先生は引き続きエネルギーについての分析をしないといけないし、星月たちは万が一イロウスが再発生した時にすぐに動けるようにしてもらいたい。必然、こういう単純労働は俺の仕事ってことになる。

樹「ありがとう。それじゃあお願いね」

八幡「はい」

俺はその場を駆け出して、ラボを飛び出していった。

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本当は昨日来ているはずだが、体感的には何か月かぶりの理事長室である。

数回ノックをしてみるが、中から返事は聞こえない。校外との調整があるって言ってたよな。それなら、なおさらここにいないとおかしいはずなんだが。

俺は試しにドアノブを回してみた。ノブは鍵の干渉を受けることなく、するっと回ってしまった。

開いているなら入ってみるしかないよなあ。非常時だし、仕方ないということにしておこう。

八幡「失礼します……」

ゆっくりと中を見つつドアを開けるが、中はしんと静まり返っている。電気もついておらず、寒気さえ感じる。

部屋の真ん中まで入ってみても、人っ子1人見当たらない。いくら理事長が大きくないとはいえ、ここから見渡して見つけられないわけがない。

ふと、理事長の机の上に一冊のノートが置いてあるのを発見した。完璧なまでに整理整頓が行き届いた室内で、このノートだけが異様な存在感を放っている。

近付いて表紙を見れば、そこには「星守、神樹、イロウス」の文字。

これってデスノートじゃないよね?死ぬまで死神にリンゴを与え続けないといけない人生なんて、まっぴらごめんだ。

まあ、表紙が理事長の字だから、こんな心配は杞憂なんだけど。

するとこのノートは理事長の私物ということになる。私物を自分の机の上に置いておくこと自体は普通のことだが、状況が状況なだけに、強い違和感を覚える。

そもそも、なんで理事長はいないんだ?俺に戦闘指揮権を譲った時には「校外との調整がある」と言っていた。お偉いさんとの会話を聞かれたくなくてラボを出ていったのならわかるが、それならそうとこの部屋で話せばいい。イロウスが大量発生している最中に、学校外に出るとは考えにくい。もしどこかに行くにしても、俺たちに一言声をかけるはずだ。

だが、理事長は忽然と姿を消してしまった。部屋の鍵を開け、ノート一冊を残して。

どれだけ慌てていたとしても、理事長がノート一冊だけを残し、部屋の鍵を閉め忘れるなんてありえない。

ということは、黙って部屋を出たのも、部屋の鍵を開けていたのも、ノートを残したのも、全て理事長の意思によるものという結論にたどり着く。

ならば、このノートに全ての真相が書かれているに違いない。否、そうでなければ、わざわざここに置いてある意味がない。

俺は意を決して、そっとノートのページをめくり始めた。

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ノートには理事長が調べ上げた星守と神樹、イロウスの関係性についてまとめられていた。

始めは星守と神樹の関係について書かれていた。星守は神樹によって選ばれる。星守になるのは心の清い若い女の子である。星守は彼女たちを支える存在と共鳴することで覚醒する、など。大体はこれまで散々言われてきた当たり前のことが書いてある。まあ、たまにわけわからないことも書いてあるが、今は飛ばしておこう。

拍子抜けして流し読みをしていると、「イロウスの発生について」という目を疑うような言葉が飛び込んできた。

これまでイロウスは、人間に害を与えるということ以外は全く不明な存在だと言われてきた。

ところがこのノートには「イロウスは禁樹より生れ出る」とある。そして続いて、「神樹が人の善の感情をエネルギーとして星守に力を与えるように、禁樹は人の悪の感情をエネルギーとして、イロウスに力を与える」とも書かれている。

こんなに詳細にわかっているのに、どうして理事長は教えてくれないんだ?それに、イロウスの発生場所がわかってるなら、それを破壊すればすべて済みそうなもんだが……

最終章-7


そう思いながらページをめくっていた時、信じられないような記述が目に入った。

「禁樹は神樹が生えるその真下で、地下に向かって枝葉を伸ばす。そして、この2つの樹は深いところで互いに影響しあっている。片方がなくなれば、もう片方も消える」

どうやら、イロウスを生み出す禁樹というものは、神樹の真下に生えているらしい。そして、この2つの樹は深いところで互いに影響しあっており、もし禁樹を消滅させたならば、神樹も一緒に消えるとまで書いてある。

…………ちょっと待て。一旦落ち着け俺。

まとめれば、イロウスは人の悪感情をベースに、禁樹というものから生み出される。それはちょうど神樹が星守を選ぶ関係に似ている。その理由は、神樹と禁樹が互いに影響しあってるから。それゆえに、どちらか片方が消えればもう片方も消える、というとになるのか。

うん。そりゃこんな事実公表できないわな……人間の悪感情を発端としてイロウスが誕生し、あまつさえ神樹の真下で生み出されている、なんて知れ渡った日には、世界がどんな混乱に陥るか、想像するだけで恐ろしい。

俺が身震いしていると、ノートの最後のページに封筒が挟まっているのを発見した。その宛名には、理事長の文字で「比企谷先生」とある。

八幡「……!」

俺は無我夢中で封筒を開け、中に入っていた便せんを読みだした。

「比企谷先生。この手紙を読んでいるということは、私のまとめたノートも全て御覧になったことと思います。

まずは、これまで多くのご迷惑をおかけしたことを謝罪させてください。星守とは何の関係もない立場にあった比企谷先生を半ば強制する形で神樹ヶ峰女学園に呼んでしまったことで、今に至るまで多大な負担を強いてしまいました。申し訳ありません。

このようなことを述べた後ですが、私から1つだけお願いがあります。

どうか星守クラスの子たちと一緒に、この学校から逃げてください。

今に至るまでに、彼女たちは幾度もの激しい戦いを乗り越え、十分すぎるほどの戦果を挙げてくれました。そんな彼女たちに、これ以上の重荷を背負わせたくはないのです。

神樹を見守る者として、神樹ヶ峰女学園の理事長として、私は禁樹のもとへ参ります。いえ、参らなくてはならないのです。

おそらく、もう地上には帰ってこられないでしょう。樹や風蘭にもこのことは言っていません。事前に言ってたら、多分反対されたでしょうから。

時間もないので、このあたりで筆を置かせていただきます。

比企谷先生。星守こと、どうかよろしくお願いいたします」

手紙を読み終えるや否や、俺の足は脳内からの信号を受け取る前に動き出して、元来た道を引き返していた。

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なんだこの置手紙は。というのが俺の素直な感想だった。

確かに、星守とは縁もゆかりもない俺をこの学校に来させ、担任をやらせるなんて非常識にも程があると思っていた。いや、今も結構そう思っているし、むしろ恨んでるまである。

星守についても理事長の考えは正しい。彼女たちがこれまで人類に対して多大な貢献をしてきたことは誰しもが認めるところだろう。

ただ、そうだからと言って、理事長が1人で禁樹のもとへ向かう必要は全くないし、俺や星守たちがここを逃げ出す理由にはならない。

別に俺は理事長の考えを否定するわけではない。星守に対して多くの負担を強いていたことを、理事長が常日頃から気にしていたのは知っているし、その点については俺も同じ考えを持っている。

それと同時に、俺は彼女たちのこれまでの貢献に対し、もっと敬意を払ってもいいのではないかとも思っていた。現時点でイロウスを倒せる存在は星守に限られているし、彼女たちは経緯は違えど、自分から星守になる道を選んでいる。ならば、イロウスを討伐するという任務にあたって最も優先すべきことは、星守たちの心だと思う。

この前の粒咲さんのように、やりたくなければやめればいい。自分の命を自ら危険にさらす必要なんてこれっぽっちもないのだから。

それでも彼女たちが星守の任務を遂行することを希望するならば話は違ってくる。意欲が高く、専門の訓練も積み、神樹にも選ばれている彼女たちの思いを、外部の人間が否定することは許されないことだ。ましてや、真実を隠したままここから逃がすなんて、これまでの彼女たちの努力に泥を塗ることになる。

だから俺は理事長の指示には従わないで、彼女たちに問おうと思う。すべてを打ち明け、これからどうしたいのかを。

そして彼女たちが出した結論がどんなものであろうとも、俺はそれを支えていきたいと思う。

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今回の更新は以上です。

禁樹というのは>>1のオリジナル設定です。書き直す前の6章にも登場させましたが、それとは別のものと思ってください。

そして遅くなったけど、バトガ3周年おめでとう!

最終章-8


八幡「はあ……はあ……」

俺はノートと便せんを抱えながらラボに戻ってきた。ドアを開けると、すぐに星月たちが駆け寄ってきた。

みき「先生!」

昴「やっと戻ってきたんですね!」

遥香「なかなか戻ってこなかったので心配しました」

八幡「悪い……」

風蘭「それで、理事長は……?」

御剣先生は俺の背後に目をやるが、当然そこには誰もいない。

八幡「理事長はいませんでした……」

樹「そんな……」

八幡「でも、理事長がどこにいるかはわかってます」

昴「それならすぐにそこに行かなきゃ!」

八幡「ああ。ただその前に、どうしても伝えなきゃいけないことがある。理事長のところへ行くのは、その後にしてくれ」

樹「比企谷くん。それは今すぐじゃないといけないの?」

八雲先生は咎めるように俺をにらみつける。この顔はめっちゃ怖いが、ここで俺が引くわけにはいかない。どうしても事実は伝えなければならない。

八幡「はい。星守全員になるべく早く、直接言わないといけないことです」

樹「……わかったわ。転送の準備を始めます」

八雲先生は小さく頷くと転送装置を起動し始めた。

程なくして星守全員がラボに戻ってきた。全員が着席したところで、一人一人の顔を確認する。幸いにも、誰もケガをしていない様子で、少し安心した。

八幡「じゃあ話を始める」

俺は理事長のノートに書いてあったこと、手紙の内容を端的に語っていった。

最初こそ何かしらの反応を見せていた星守たちだったが、次第に口数が減っていき、最後には完全に言葉を失ってしまった。先生たちも同様に、しんと静まり返っている。

八幡「これを踏まえて質問したい。みんなはこれからどうしたい?」

俺の問いかけに対し、いち早く反応したのは、俺に近い立場にいる八雲先生だった。

樹「比企谷くん。その質問の意図は何かしら。まさかあなたは、彼女たちに人類の行く末を選ばせようとしているの?」

八幡「突き詰めればそうなりますね」

樹「そんな残酷な……」

八幡「……俺からしたら、今までのやり方の方が残酷な気がしますよ」

樹「え……?」

八幡「冷静に考えたらそうでしょ。星守になったら、自分の都合はお構いなしにイロウスを殲滅しなきゃいけなんですよ?そのくせ殲滅したからって何か報酬が貰えるわけでもない。逆に討ち損じでもしようもんなら、大問題に発展しかねない。こんな状況が当たり前になってるのっておかしくないですか?労働と対価が釣り合ってなさすぎますよ」

俺の反論を聞いて、八雲先生の隣に座っている御剣先生は何回も深く頷いている。そこまで露骨に賛同していると八雲先生に叩かれますよ?

八幡「話を戻せば、こういう非常時の時こそ、星守としての役割を全うするか、自分自身の生活を優先するかは自分自身で決めてほしい。

どんな結論が出ようと、それについて俺からどうこう言うつもりはない」

俺は努めて静かな口調で星守たちに問いかけた。

最終章-9


みき「私たちの答えは1つですよ。ね、みんな!」

ほとんど間髪を入れずに、ラボ中に響き渡る声で星月がそう宣言した。

昴「うん!」

遥香「そうね」

星月の呼びかけに対し、若葉と成海をはじめとして、そうだそうだという声が沸き起こる。

だが、誰1人として具体的な行動を明言する者はいない。あくまで星月の呼びかけに応えているだけだ。

八幡「やんややんや言うのはいいけど、結局お前らはどうしたいの?」

みき「先生の気持ちを教えてくれたら言います!」

八幡「俺の気持ち?」

みき「先生が私たちのことを考えてくれているのはわかります。でも、私たちは先生の本心も聞きたいんです。知りたいんです!」

俺の気持ちってなんだよ。別に俺に決定権があるわけでもないし、そもそもそんなこと考えたこともない。

これまで奉仕部にしろ、星守クラスにしろ、周りに流されてここまでやってきた。まあ、そこにいたメンツが恐ろしくキャラの濃い女子ばかりだったから、俺には対抗する力がなかったわけだが。

奉仕部では材木座とか葉山とか材木座とかの依頼が面倒で嫌になることもあった。星守クラスでも初日の九死に一生を得る体験をはじめに、何度も面倒なことに巻き込まれてきた。

だけど不思議なことに、それらを不満に感じることはほとんどなかった。星守クラスに関して言えば、むしろ自分から面倒ごとに首を突っ込んだと言えるかもしれない。

楠さんと粒咲さんの件がまさにそうだ。以前なら、我関せずという立場をとって見て見ぬふりをしていただろう。

八幡「俺は……」

けれど、あの時の俺はそうしなかった。担任という立場や、他の星守の気持ちを考え行動し、結果として2人は星守クラスに復帰してくれた。

ここに以前の俺とは決定的に違う何かがある。その何かをここで定義するのは難しいが、それは多分いきなり生まれてきたものではなく、星守クラスと関わるようになってから徐々に徐々に形成されたものに違いない。

だって人間はそう簡単に変わるものじゃないからだ。この考えは奉仕部にいようと星守クラスにいようと変わることはなかった。

それに、周りに流されることが多いとはいえ、ほとんどの時間は俺の周りは空虚なものである。休み時間は机に突っ伏してるし、昼飯もなるべく1人で心落ち着かせられる場所でとるようにしている。

こう考えると、俺の思考は青春をバカヤロー呼ばわりしたあの頃とちっとも変っていない。自分で自分の変わらなさに引くレベル。俺の思考ってダイヤモンドよりも固いんじゃないの?なんなら破壊したものを治すこともできそう。

それでも俺は明確には説明できない何かによって、思考の迷宮に陥ってしまっている。もしかしたら、大多数の人はこんなことで迷わないのかもしれない。多分リア充はこういうことには無意識のうちに答えを出せる連中なんだろう。まあ俺からしたら、羨ましいとはあまり思わんが。

むしろ、こうして悩んで迷って時間をかけるからこそたどり着ける場所ってもんがある。

その場所が、今ここなのかもしれない。

八幡「俺は戦いたい。お前らと一緒に」

無意識に握られたこぶしは爪が食い込んで痛いし、足もがたがた震えている。そんな状態で言葉を発したから、声もかすれてしまった。

一言発するだけでこの有様だ。ここまで自分がやわだったとは思わなかった。情けなさ過ぎて、今にも崩れ落ちそうになるのを必死に耐えている。こんな姿見せたら、笑われるのは確定だな。

俺は反応を伺うように星守たちを見渡していく。彼女たちは確かに笑みを浮かべてはいるものの、それは俺を馬鹿にするものではないことに気付いた。

八幡「なんでお前らそんな笑ってるんだよ……」

みき「嬉しいから笑ってるんです!」

星月は答えになってない答えを言ってきた。別に気持ちの話をしてるんじゃないんだけど。嬉しいのは見ればわかるし……。

八幡「嬉しい……?」

俺は初めて感情を持ったロボットのように星月に聞き返してしまった。

みき「先生が私たちと同じことを思っていたからに決まってるじゃないですか!」

一番前に座っていた星月は、勢いよく椅子から立ち上がると、そのまま後ろを振り返った。

みき「みんなもそうだよね!」

星守たち「もちろん!」

星月の呼びかけに対し、他の星守全員が立ち上がった。特に指示があるわけでもないのに、返事はぴったり揃っていた。

最終章-10


八幡「はは、なんだよ……」

俺は苦笑しながら視線を下に落とす。

色々な感情が胸の中を駆け巡ってしまい、思わず笑みがこぼれてしまった。

今までこんな風に自分の考えを口にしたことはなかった。周りに人がいなかったってのもそうだが、それ以上に、自らを赤裸々に語る機会に恵まれてこなかったことが大きな要因だ。小町は例外としても、それ以外の人には自分の気持ちを伝えることは極力避けてきた。

自分の考えがきちんと伝わらなかったらどうしよう。

相手がそれを受け止めなかったらどうしよう。

受け止めさせたことで余計な苦労をかけたらどうしよう。

そもそも自分の考えが間違っていたらどうしよう。

不安要素を挙げたらキリがない。俺が正直な気持ちを伝え、それに応じてくれる相手がいる可能性なんて限りなくゼロに等しい。だからそんなことは不可能だと自分自身に言い聞かせ続けてきた。

でも、俺はそれを心のどこかで追い求めてた。諦めることができなかった。

だから俺は必死に悩み、もがき、そして行動したのだ。それは星守や先生、小町のためでもあったが、一番は俺自身のためだった。

そして今、そんな俺の気持ちを聞こうとしてくれた人が目の前にいる。それも、1人や2人じゃない。18人の、俺の生徒たちだ。

彼女たちは俺の気持ちを受け止めてくれた。あまつさえ、自分たちも同じだと返してくれた。これは俺が求めていたものに相違ないはずだ。

なら。俺のすべきことは……。

みき「先生?」

星月をはじめとして、星守たちが俺を取り囲んだ。口々に聞こえてくる俺を呼ぶ声が、徐々に頭に響いて、思考回路を蘇らせていく。

八幡「じゃあ、行くか」

これまでの思考の反駁がウソのように、ぽろりと言葉がこぼれた。

こんな簡単に言葉が出てくるなんて、自分で自分に驚いている。

まあ、お互いの考えが共有されたこの状況では、どう考えてもやることは1つしかないし、当然と言われれば当然なんだけど。

一方の星守たちは、もう誰1人として笑っている者はいなかった。俺を取り巻く雰囲気が、気合と緊張と恐れとがないまぜになったものに変わったのを肌で感じる。

八幡「ま、あとは運を天に任せるしかないな」

遥香「え?」

八幡「だってそうだろ。相手の出方がわかんないんだから対策を立てようがない。できることと言ったら、どうか無事に事が終わるよう神に祈ることくらいだろ」

昴「あはは……。なんか先生らしいアドバイスですね」

うるせ。しょうがないだろ。これが俺の考え方なんだよ。

八幡「だから、お前らは何も気にせず、自分にできることをやればいい」

強引に話をまとめてしまったが、言いたいことは言い切った。これくらいしか言うことがない自分が情けなくなってくる。

星守たち「はい!」

俺の話で若干緊張が解けた星守たちによる熱のこもった返事が、ラボ中で反響した。

短いですが、今回の更新は以上です。

このSS読んでくれている人ってまだいるんですかね?

もしいなくても、完結するまでは自己満足をモチベーションに頑張ろうと思います。

最終章-11


八幡「じゃあ、行ってきます」

俺は八雲先生と御剣先生にそう告げた。

樹「ええ。気を付けてね」

風蘭「なんだよ。アタシたちも行くんじゃないのか?」

樹「現役を退いた私たちが行っても、ただの足手まといにしかならないわよ」

立ち上がり、不満げに反抗する御剣先生に対して、八雲先生はぴしゃりと言ってのける。

風蘭「でもよ……」

樹「信じて待つのも、教師の仕事よ」

風蘭「……わかった。アタシもここで待つよ」

八雲先生の説得に応じて、御剣先生はどかっと椅子に座り直した。

風蘭「その代わり、絶対負けんなよ」

御剣先生の目がキラリと光って俺を刺す。

樹「そうね。それはここできちんと約束してほしいわ」

八幡「約束って……」

ここで言われた通り「絶対帰ってきます」とか言うと、死亡フラグにしかならないんだよなあ。

俺としてはできる範囲でやれればいいと思ってるんだけど……。

みき「もちろんです!絶対みんなでイロウスをやっつけて理事長と一緒に帰ってきます!」

そういうことを考えず発言するアホが1人。

八幡「おい。適当なこと言うな。これでフラグビンビンに立っちゃっただろうが」

昴「先生、アタシたちが負けるって言ってるんですか?」

八幡「え、いや、別にそんなことは思ってないけど……」

遥香「ならいいじゃないですか。少年マンガでも、最後は必ず主人公が勝ちますし」

八幡「ここはマンガの世界じゃないんだけど……」

そう。ここはマンガやゲームの世界ではない。お約束などは存在しないのだ。すべては自分の手で切り開いていくしかない。現実は、良くも悪くも自分次第なのだ。

明日葉「先生。大丈夫です。私たちはどんなことが起きようと、必ず乗り越えてみせます」

楠さんは凛とした声で力強く言い切った。周りにいる星守たちも、それに続いて頷いている。

ま、こいつらならそうそ手を抜いたり、諦めたりはしないか。なんなら最初に諦めるのは俺という説まである。

星守たちはむしろ、何があっても最後まで可能性を信じて戦いそうだ。おそらく、そういうことができる人しか星守にはなれないんだろう。

それになにより、俺は彼女たちについていくと決めたじゃないか。ともに戦うと誓ったじゃないか。なら、俺もできることをして彼女たちを支えるのみ。

八幡「ええ。そうですね」

努めて簡素に返事をしてから、俺は意を決して声を張り上げた。

八幡「じゃあ改めて……行くか」

星守たち「はい!」

最終章-12


俺たちはラボの目の前にある神樹にやって来た。理事長のノートによれば、ここが禁樹への入り口であることは間違いないんだが、と思っていると、樹のすぐ近くの土が不自然に盛られているのを見つけた。

そこに近付くと、人が1人通れるくらいの穴が開いていて、終わりの見えない階段が真っ暗な地下に向かって伸びていた。

俺たちは1人ずつ穴をくぐって下へ下へと続く階段を降りていく。

望「こんな穴があるなんて知らなかった」

ゆり「普段は穴の脇にあった木のフタが被さっていたんじゃないか?」

ミシェル「むみぃ、この穴真っ暗で何も見えないね……」

詩穂「ええ。それに、何か恐ろしい気配も感じるわね」

サドネ「サドネ、こわい……」

蓮華「ミミちゃん、サドネちゃん、れんげがしーっかり守ってあげるから安心して?」

楓「蓮華先輩が言うと、また違う意味で恐ろしいですわ……」

うらら「ふ、ふん!うらら、別に怖くないし!」

心美「う、うららちゃん……怖くないなら腕掴まないでぇ」

流石に19人もいると、やかましさが何倍にも膨れ上がる。穴が狭いのも相まって、耳にがんがん声が響いてくる。

注意するのも面倒だからそのまま放置しつつ先に進むと、開けた空間が現れた。なぜかこの場所には光があって周りよりも明るくなっている。

明日葉「みんな、気を抜くな」

楠さんの注意を受け、全員が丸くなって武器を構える。

花音「ねえ、何か聞こえない?」

くるみ「羽ばたく音、でしょうか」

煌上や常盤の言う通り、どこからか何かが羽ばたく音が聞こえてくる。それも1つや2つじゃない。もっと多くだ。

音はどんどん大きくなり、空間中がその音で包まれる。

そして、ついにその音の発生源が姿を現した。

桜「これは……イロウスか?」

あんこ「それ以外考えられないわね」

現れたのは、一見ラプター種に見えるイロウスだ。だが、その大きさはラプター種とは段違いで、とてもじゃないが1人や2人じゃ立ち向かえそうにない。

これ、けっこうヤバいんじゃね??

昴「こんなイロウス初めて見た……」

遥香「ここはイロウス発生地だし、どんなイロウスが出ても不思議じゃないわ。ですよね先生?」

八幡「お、おう。そうだな」

生徒の前でかっこつけたくなっちゃうどうも俺です。だって仕方ないじゃん。俺も怯えてたって知られたらまーためんどくさいことになるし。

みき「どんなイロウス相手でも。私たちのやるべきことは変わりません!」

星月はソードを振り上げながらイロウスに突っ込んでいく。何人かの星守も星月の後に続いていく。

しかし、イロウスはその場で4枚の羽を大きく広げ、迎撃態勢をとる。

すると、上空から何本もの雷がイロウスを守るように円形に降り注いだ。

星守たち「きゃっ!」

攻撃に出た星守たちは雷攻撃を必死に避ける。幸い、すぐに雷攻撃は止んだが、イロウスにダメージを与えることはできなかった。

ひなた「このイロウス雷落とすの!?」

心美「と、とても強力そうです……」

ゆり「勝手に突っ込むな!危ないだろ!」

あんこ「そうよ。まずは相手の出方を見るのがセオリーよ」

みき「ごめんなさい……」

蓮華「ひとまずさっきの雷が当たらない場所で様子を見ましょ」

最終章-13


芹沢さんの指示に従って、俺たちはイロウスからかなり離れたところへと移動した。

正直なところ、遠くに来たからといって、安心する気持ちは全くない。むしろ、あのイロウスがどんな行動をするか読めないあたり恐怖すら覚える。

うらら「ここまでくれば大丈夫よね!」

ミシェル「イロウスもあんなに遠くにいるもんね!」

だが人間というのは、同じ状況にいたとしても、同じ感情を抱くまでにはならないらしい。

少なくともこの2人は推理小説なら真っ先に死ぬタイプのやつだな。

というか、この場でそれを言われると死亡フラグにしか聞こえない。

ゆり「うらら!ミミ!油断は禁物だぞ!」

楓「そうですわ!」

一方、こうして集中を切らさないようにしている人たちがいてくれて本当に助かる。全員が蓮見たちのようだったら、もう全員死んでるかもしれない。

案の定、大型イロウスは再び羽を大きく広げ、ばたばたとその場で羽ばたかせている。

花音「これは、絶対くるわね」

サドネ「うん」

数秒羽を羽ばたかせたと思ったら、その羽からいくつもの電撃が、うなりを上げながらこっちへ向けて飛んできた。

明日葉「全員全力で回避しろ!」

楠さんは大きな声で叫ぶが、それも全員の耳に届いているかは怪しい。それくらいの轟音がこの広間中に響き渡っている。

電撃は直線的に飛ぶだけのものと、逃げる相手を追尾するものとあるようだ。運悪く追尾された星守たちは、部屋の中を縦横無尽に走り回っている。

蓮華「いやーん。れんげ、イロウスのこうげきからは追いかけられたくない~」

あんこ「ワタシもよ!」

くるみ「はあはあ。この追尾、どういう仕組み何でしょうか……」

詩穂「何か私たちに目印になるものでもあったかしら」

心美「わ、わからないですう……」

うん。あるよね。おっきな目印が2つ。まあ、どことは言わないけど。

花音「どさくさに紛れて、どこ見てんのよヘンタイ」

いつの間にか隣にいた煌上が蔑むように俺を睨みつけてきた。

八幡「待て。あの5人の共通点を考えたら、まずそこにいきつくだろ。だから俺は悪くない」

サドネ「おにいちゃんどこ見てたの?」

花音「このヘンタイ教師ったら、」

八幡「別にどこも見ちゃいない。うん見ちゃいないぞ。さあ、戦闘だ」

煌上が全てを言い終わらないうちに、なんとか言葉を重ねてごまかした。

あのまま煌上に全てを言われてたら、社会的に死んでたわ……

あんこ「なら、このイロウスhはワタシたち5人でやるわ」

八幡「え、でも……」

詩穂「ここで全員が残るのは非効率なので、皆さんには先を急いでもらいたいです」

蓮華「それに、れんげたちを邪な目で見たイロウスには、きちんとお灸をすえないといけないし♡」

あ。この3人、マジでキレてる。まあ、追尾された理由考えたら妥当だわな。イロウス相手にHな目で見られてたなんて、気持ち悪いし。

くるみ「がんばりましょうね、心美さん」

心美「は、はい!」

対してこの2人は理解しているのかどうかわからん。反応を見る限り、多分してない。無頓着にも程があるぞ。将来が不安だ。

八幡「わかりました。先に行ってます」

俺は粒咲さんたちに一声かけると、残りの13人の星守を連れて、下へ続く階段を下りて行った。

今回の更新は以上です。遅くなってすみません。

前回の更新に対して、3人もの方にコメントしてもらえるとは思ってませんでした。

読んでくれる方がいらっしゃるのがわかって、すごく嬉しいです。本当にありがとうございます。

最終章-14


何分か階段を下りていくと、またしても開けた場所が目に入った。が、誰一人として広間へは降り立たない。

望「あれが、この階のイロウス……?」

ひなた「恐竜みたいー!」

楓「圧倒的ですわね……」

そう。理由は簡単だ。目の前に巨大なイロウスが鎮座しているのだ。

南が言うように、姿は大きなティラノサウルスのようである。が、頭にはこれまた巨大な水色のツノがついてたり、腕には羽がついていたり、そもそもツノ以外全身紫色をしていたりと、見れば見るほど恐ろしい特徴を備えている。

さっきのイロウスの脅威が記憶に新しい今、再び現れた巨大イロウスに突撃できる知波単魂を持つものはここにはいない。誰しもが階段の上から動けないでいる。

うらら「どうするのハチくん!」

八幡「どうするって言われても、ここはひとまず待機するしかないだろ……」

俺の体には、知波単魂はこれっぽっちも流れていない。ここは角谷会長の言に従って、果報は寝て待とう。

明日葉「ですが、先を急ぐ必要がありますよね?」

八幡「ええ、まあ……」

それを言われると耳が痛い。現にさっきは時間を優先して5人を上階へ残してきたのだ。なら、ここでも時間短縮を最優先事項として行動しなければ筋が通らない。

ゆり「なら、私が近くで様子を伺ってきます」

花音「待ってゆり。私も行くわ」

火向井と煌上は階段を駆け下り、イロウスに走り寄っていく。

イロウスも2人の接近に気付き、体を2人の方へと向けて突進を開始した。

巨大なイロウスが動き回るので、地震が起きたかのような振動が俺たちにいる場所まで届いてきた。

みき「わぁ!」

桜「こ、これは想像以上じゃ」

普通に立ってるのもやっとなくらい大きな振動だ。イロウスの近くにいる2人が受ける振動はもっと大きなものだろう。

実際、2人は緊急回避をしつつイロウスから逃げている。幸いにもイロウスの動きが直線的なためそれでも避けることができている。やっぱり大きすぎるのも不便ってことか。

イロウスはある程度動くと、再びその場で立ち尽くした。それを見た火向井と煌上はイロウスに近付き、数発の攻撃を当てることに成功した。

そして2人はそのまま俺たちが待機する階段の上の方まで戻ってきた。

八幡「お疲れさん」

ゆり「はい。イロウスに攻撃を当てることに成功しました!」

花音「あのイロウスは動いた後に大きなスキができるわ。そこを狙えばいけるわ」

明日葉「ならばあのイロウスと戦えるのは素早く動ける者ってことになるか」

ゆり「はい。だからここは私と花音、そしてうらら、ひなた、桜が戦うのがいいと思います」

八幡「なんでその5人なんだ?」

花音「少し考えればわかるでしょ。私とゆりは今実際に戦ってきたから確定。あとは全体のバランスを見たら動ける下級生でまとめるのがいいに決まってるじゃない」

うらら「そういうことなら、うららに任せなさい!」

ひなた「わーい!頑張ろうね桜ちゃん!」

桜「はあ……めんどくさいのお」

三者三葉、違った。三者三様の反応を見せつつも、蓮見たちは武器を構えて準備を整える。

明日葉「任せてすまない」

ゆり「大丈夫です。さあ、みんなは先に進んでくれ」

望「ありがと!」

火向井の呼びかけに応え、8人の星守たちは一心不乱に階段を駆け下りていく。

最終章-15


花音「何ぼーっとしてんの。あんたも早く行きなさいよ」

八幡「俺は最後に行こうとしてたんだよ……」

隣に立ってた煌上にせかされてしまった。

そういうお前もなんでここに立ってんだよ、という疑問は呑み込んで、俺は階段を降り始めた。だって言い返したら倍返しされるし。

花音「別にあんたに見守られなくても、私たちはきちんとやるわ」

煌上は俺と並走しながら話しかけてきた。

八幡「お、おう」

いきなり何言ってるのこの子。どっかに頭打った?

花音「何が言いたいのかわからないって顔ね」

下へ続く階段まで付いてきた煌上は、息を整えるとすっと視線を向けてきた。

花音「あんたは、あんたのやるべきことに集中しろってこと。私たちは離れてても、一緒に戦ってることには変わりないんだから」

八幡「煌上……」

花音「はい。これで話はおしまい。さっさと行かないとみんなに追いつけないわよ。じゃあね」

八幡「お、おう……」

強引に話を断ち切った煌上は、さっさとイロウスのほうへと走り去ってしまった。

もしかして、俺が心配そうな顔をしているのに気づいてたのか?あまり表情には出さないように気を付けてたが、効果はないか……。

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前を行く8人に追いついてからも、なおも下へ続く階段を下りていくと、三度広間が目に入ってきた。

しかし誰も降りようとはしない。そりゃそうだ。もう二度もイロウスに攻撃されたんだ。誰だって注意深くなる。

楓「何もいませんわね……」

サドネ「うん」

ミシェル「あ。あっちに階段があるよ!」

綿木が指さすほうには、確かに階段があった。その周囲に注意深く目を凝らしてみるが、やはり何も見当たらない。

明日葉「これは罠か?」

望「うーん、先生はどう思う?」

八幡「正直、わからん……。罠かもしれないし、何もないかもしれない」

みき「はっきりしてくださいよ!」

八幡「わかんねえもんはわかんねえっつうの」

残念ながら、俺には写輪眼も白眼も備わっていない。もしかしたら覚醒していないだけかもしれないが、親父やおふくろを見たらその線も薄そうだ。

昴「それならアタシが階段まで走ってきます!」

遥香「私も行くわ。何かあっても対処できるようにね」

八幡「じゃあ頼む」

なんだかさっきと同じ展開だなあ、と思いつつ、走っていく2人を見守るが、あっけなく2人は階段まで到達してしまった。

望「お!2人がいけるってことは、ここにはイロウスはいないってことだね!ラッキー!」

ミシェル「むみぃ。よかった~」

天野ははしゃぎながら、綿木はほっとしながら階段を下りて広間を歩いていく。

明日葉「こら2人とも。油断は禁物だぞ」

楓「明日葉先輩の言う通りですわ。サドネ。注意しなさいな」

サドネ「うん」

その2人の後ろを、楠さん、千導院、サドネがついていく。

最終章-16


みき「さ、先生。私たちも行きましょう!」

八幡「おう」

集団の最後尾を行くのが俺と星月だ。隣を歩く星月は暢気に鼻歌を歌っている。

しかし、いくら何もいないとはいえ、広間のど真ん中を堂々と突っ切るのはいかがなものだろうか。

例えば俺たちのことをどこかで見ているイロウスがいたら、今の状況はまたとないチャンスとなるんじゃないか?

みき「危ない!」

そんなことを思っていた刹那、俺は半ば押し倒される感じで、星月に抱きつかれた。

八幡「った。何すん、だ、よ……」

俺は横に転がっている星月を問い詰めようとしたが、すぐに理由が分かった。

俺たちの進行方向に、突如巨大なサソリのハサミのようなものが飛び出していたのだ。それは炎を帯びながら、ガチガチと空虚を掴んでいる。

もしこのまま歩いていたら、俺と星月は確実にあのハサミに挟まれ、お陀仏になってたに違いない。

みき「先生。ケガはないですか?」

八幡「ああ。それにしても、よく気づいたなお前」

みき「一瞬あそこの地面が盛り上がるようなのが見えたんです。何かあったら大変なので、力づくで先生のこと止めちゃいました……ごめんなさい」

八幡「謝るなよ。むしろそうしてくれて助かった」

本当に助かった。多分、他の奴が隣にいたら気づかなかっただろう。現に注意深くいたはずの俺でも、地面の盛り上がりなんて気づかなかった。

サドネ「おにいちゃん!おにいちゃん!」

楓「みき先輩も無事ですか?」

サドネや千導院をはじめに、先を行っていた6人が俺たちのところへ戻ってきた。

八幡「星月のおかげで、俺らにはケガはないぞ」

ミシェル「よかったぁ……」

望「でもまさかあんなイロウスがいるなんて……」

明日葉「うろたえていても仕方がない。私たちは、自分のやるべきことをやるだけだ」

楠さんはいつも以上に厳しい表情と声で場を引き締めた。

明日葉「先生。みき、昴、遥香と一緒に先に下へ降りて理事長を探してくれませんか?」

昴「アタシたちも残りますよ明日葉先輩!」

明日葉「いや、これまでも5人ずつが残ってイロウスと戦っているんだ。ここも5人で戦うのが得策なはずだ」

遥香「それでしたら私たちが残ってもおかしくはないですよね?」

明日葉「みき、昴、遥香。お前たち3人は先生と一緒にいる時間が一番長い星守だ。この先の不安要素を考えたら、より気のおけないグループに分けるべきじゃないか?」

俺との関係はともかく、星月、若葉、成海の仲のよさは星守クラスでも上位に入るだろう。それを考慮したら、自然と残りの5人がここに残るって流れになる。

八幡「天野たちはいいのか?ここでイロウスと戦うことになっても」

ミシェル「楓ちゃんやサドネちゃん、明日葉先輩に望先輩がいれば大丈夫!」

サドネ「サドネも」

楓「ええ。みんな、心強い仲間ですもの」

望「それに、イロウスを倒すのがアタシたちの使命だしね!」

明日葉「私たちのことは心配しないでください先生」

誰も彼も自らの思いを率直に語っているように聞こえた。千導院や楠さんはともかく、綿木やサドネ、天野もこういう風に言ってるなら、俺が口を挟む理由はない。

八幡「わかりました。なら、俺たちはすぐに階段へ向かおう。3人ともそれでいいか?」

みき、昴、遥香「はい!」

八幡「よし」

今回の更新は以上です。

この地下ダンジョン(?)は無限回廊のの背景にある絵に近いものだと思ってください。

最深部はオリジナル設定でいくつもりなので、あまり重要なところではないのですが一応補足でした。

最終章-17


楠さんたちと別れた俺たち4人は、さらなる下層へと続く階段を駆け下りていた。

昴「なんか、雰囲気変わった気がしない?」

遥香「ええ。なんだか、肌に空気が纏わりつく感じ」

若葉が口を開くと、成海がそれに同調した。

確かに2人が言うように、この階段は今までとは明らかに雰囲気が違う。

明らかにこれまでよりも暗かったり、壁面が樹の根っこのようなもので覆われていたり、と視覚的な違いも色々あるが、一番の違いは成海が言ったような空気感の違いだ。

簡単に言えば、空気が重くなった、と形容できるだろうか。駆け下りる際に吹かれる風に生気は奪われていくし、にじみ出る汗とともに、体の表面をざらりとなでていく。さらには空気それ自体も悪いのか、懸命に空気を吸っても肺全体に酸素がいきわたらない感覚さえ覚える始末だ。吸っても吸っても苦しい。

俺以外の表情を見る限り、3人とも俺と同じような苦しみを感じている。俺はともかく、毎日特訓している3人がこれくらいの運動でバてるはずがないし、やはりこの空気感のせいだろう。

みき「きっと、この先に何かいるんだよ」

星月は顔をゆがめながらぼそっと呟いた。

昴「何かって、何?」

みき「それはわかんない、ただそういう予感がするの」

遥香「予感……先生はどう思われますか?」

八幡「……まあ、今までの流れからすれば、この先に何かがいるのは間違いないだろ。今から用心するに越したことはないんじゃないか?」

みき、昴、遥香「わかりました」

俺の言葉に一様に首肯した三人は、再び駆け下りる足に力を入れ直した。

いや、用心するって意味わかってる?ただでさえ俺はけっこうな距離を走ってきて疲れてるんだよ?そんなに速く走られたら追いつけないじゃん……。

という心の叫びは届かず、俺と3人との差はぐんぐん広がっていく。下に降りるにしたがって階段内の暗さも増しており、ついに3人の姿が見えなくなってしまった。

いやね。いくら暗いと言っても、ここは一方通行なわけで3人と別れる可能性はないし、足音は響いているから先を進んでいるのもわかる。だから俺は全然怖くない。怖くないったら怖くない。

「あっ!」

そんなことを思っていた時、前方からなにやら声が聞こえた。

何かと思い急いで向かうと、3人が立ち止まって何やら眺めているのが目に入ってきた。

八幡「どうした」

みき「先生これ!」

星月が差し出してきたのは、牡丹の花によく似た髪飾りだった。ん、これどっかで見たことあるな……

八幡「これもしかして理事長の髪飾りか?」

遥香「おそらくそうだと思います」

八幡「ならその髪飾りが落ちてるってことは、理事長もここを通ったってことの証拠になるな」

昴「でも、髪飾りを落としたことに気付かないなんて、何かあったのかな……」

若葉の言葉に、星月や成海も表情を曇らせる。

八幡「とにかくこの先に行ってみないと何もわからんだろ。急いでて落としたのに気づかなかっただけで、今頃探してるかもしれないし」

昴「そう、ですよね」

みき「じゃあ早く理事長に追いついて髪飾り返さないとね、みんな!」

遥香「そうね」

俺の苦し紛れの励ましに、3人は空元気とも思えるテンションで応えた。

正直、俺もものすごい不安を抱いた。ここに髪飾りが落ちているってことは、この場所でなんらかの事件に巻き込まれたという仮説も当然成り立つからだ。

ただ、俺たちがここに来た目的は理事長を探すことじゃない。もちろんそれも目的の一部ではある。が、一番は禁樹を探し出してイロウスの発生を止めることだ。

ここにもっと人がいれば理事長捜索隊を結成することもできたが、この人数ならば下手に分散しない方がいい。むしろ危険だ。

それに、見た目の若さだけなら、南たち中1にも引けを取らない理事長だ。何かしらの策を持っているはず。じゃないと、今までの3匹のイロウスを相手にして1人でここまでやってくることは不可能だし。

だから今は理事長が無事でいることを祈るしかない。

最終章-18


理事長のらしき髪飾りを拾った俺たちは、疲労がたまる体に鞭を打ちながら下へ下へと降りていた。

八幡「はあはあはあ……」

みき「もっと急がなきゃ」

昴「理事長先生が無事だといいんだけど……」

遥香「理事長先生ならきっと大丈夫よ昴」

どうやら体が悲鳴を上げているのは俺だけみたい。まあ、それもそうか。最近は楠さんと粒咲さんの件にかかりっきりで、こいつらと特訓できてなかったし。

昴「先生大丈夫?」

遥香「かなりしんどそうですよ?」

俺の体力の無さを心配した若葉と成海がUターンしてまで俺のところへ戻ってきた。

八幡「あー、まあなんとかなる。2人ともサンキュ」

ん。2人?そういえばこういう時は真っ先に俺のところへ駆け寄ってくるあいつがいないな。

と思い視線を階段の先に向けると、星月が階段の下の方で向こうを向きながらじっと立ち止まっているのが見えた。あいつ、あんな所に立ってなにしてんだ。

八幡「星月が待ってる。いこう」

俺が歩き出すと、2人もすっと俺の後をついてきた。

俺たちが一段一段星月に近付いているのは、響く足音でわかるはずだが、星月は一切こっちを見ずに前を向いたままだ。

あたりが暗いため見えてなかったが、星月に接近するにしたがって、何か巨大なものが視界に入ってきた。

そして階段の一番下に到達した俺たちは、星月が向かい合っていたものと対面することになった。

八幡「なにこれ」

昴「扉、じゃないですか?」

遥香「私もそう思います」

うん。俺もこれが扉なのは見ればわかるからね?いくら目が腐っているとはいえ、視力は人並にはあるんだよ?

まあ、そこらへんにある扉とは幾分か外見は異なっているのは確かだ。形状は普通の両開きだが、何よりもまず、デカい。例えるならドラクエのラスボスがいる部屋のドア。それかSAOのフロアボスの扉。例えが下手でかつ、偏っているのは許してほしい。だってそれ以外でこんなデカい扉見たことないんだもの。

まあ、他に特徴を挙げるとすると、全てが木でできているってとこだろうか。木と言っても、年月の経過によってなのか、かなり黒ずんでいる。

みき「……この向こうに何かいます」

八幡「ああ。そうだろうな」

星月の静かなつぶやきに、俺もつい反応してしまった。

いや、だってこんなあからさまにヤバい扉なんてそうそうないよ?ゲームなら確実にセーブするポイントだ。扉に手を掛けたら最後、強制的に戦闘が開始されるに違いない。

そうだとしても、俺たちは先に進まなければならない。ラボで俺たちの帰りを待つ八雲先生や御剣先生のために。中にいるであろう理事長のために。なにより、上階で巨大イロウスと戦う15人の星守たちのために。

とまあかっこつけたところで、実際にイロウスが出たら戦うのは星月たちだし、パンピーの俺はただの邪魔者だ。でも、そんなことは重々承知で、俺は星守たちと戦いたいと思ったし、彼女たちも俺と戦いたいと言ってくれた。そんな状況で、歩みを止めるわけにはいかない。

俺は意を決して扉に両手をかけた。それを見た3人も同じように扉に手をかける。

八幡「せーので押すぞ。せーの!」

俺たちは力いっぱいに扉を押し上げた。すると、ギギギと鈍い音を立てながら、ゆっくりとドアが開いてきた。

八幡「ふん!」

みき「やあー!」

昴「おおー!」

遥香「はあー!」

どうにかこうにか扉をこじ開け、4人が通れるくらいの幅まで広げることができた。それとともに、扉の中の様子も把握することができた。

広さはこれまでの3つのフロアと同じくらい。しかし、床も壁面も全てが扉と同じような色の木で覆われている。いや、木で出来ていると表現したほうが正しいかもしれない。

そして俺たちの真正面には、真っ黒な木が生えている。生えていると言っても、普通の木とはまるで違う。

この木は天井から地面に向かって生えている。だから地面に近付くにしたがって、大量の枝が幹から分かれている。それに、この木には葉や花が1つもなく、幹と枝だけしかない。こんな奇妙奇天烈な木だが、不可思議な威圧感を感じる。できればあまり近付きたくはない。

そんな風に思っていると、黒い木の近くに1人の人影を発見した。

最終章-19


みき「あそこにいる人って、まさか……」

昴「うん。多分そうだよ……」

遥香「それ以外考えられないわね……」

3人も気づいたらしい。あの巫女のような服。小柄な体型。すっと伸びた背筋。どれをとってもあの人でしかない。

八幡「あの」

俺たちが近づいて声をかけると、木のそばにいた人物はゆっくりとこちらを振り返った。

牡丹「みなさん……」

昴「やっぱり理事長先生だ!」

牡丹「どうしてここに……?」

遥香「私たちも理事長先生を追いかけてきたんです」

牡丹「そうだったのですね……」

ようやくの再会だが、嬉しそうな星守に対し、理事長の受け答えはどこかぎこちない感じだ。

みき「これ、理事長先生の髪飾りですよね?」

牡丹「ええ……そうね。ありがとう。みき」

理事長は髪飾りを星月から受け取ると、そのまま服の中にしまい込んだ。

昴「つけないんですか?」

牡丹「今はそういう気分じゃないので」

遥香「綺麗なのに、もったいないですね」

牡丹「……」

何かおかしい……。理事長の言動がどうしても奇妙なものに映る。なぜだ?

八幡「理事長はここで何をしていたんですか?」

牡丹「私は、ここにある禁樹と対話していました」

理事長は逆さまに生えている黒い木の枝先に触れる。

牡丹「この樹はイロウスを生み出す直接の源です。ですが、それが神樹と一対になっているのには何か意味があるはずなんです。イロウスと星守、この2つの存在の関係を見直さなくてはならないのかもしれません」

何かうつろな目をしながら理事長は語り続ける。

牡丹「私たちは、何か思い違いをしているのかもしれません。星守を善、イロウスを悪とみなすこれまでの考えは、本当に正しいのでしょうか」

八幡「それはつまり、これまでの星守たちの活動を否定するってことですか?」

牡丹「少なくともこれまでのような一方的虐殺については改めるべきだと思います」

八幡「一方的虐殺……?」

理事長の言い分は、星守のことを「悪」の存在として発言しているようにしか思えない。

こんなことは今まで一回たりとも聞いたことがない。イロウスを擁護することはおろか、星守を貶める発言なんて理事長が言うはずがない。

だって理事長は、常に星守の幸せを願っていたのだから。

牡丹「さあ、みき。昴。遥香。八幡。あなたたちもこちらへきて禁樹と対話してみてください」

理事長は俺たちにこちらへ来るよう、おいでおいでとジェスチャーをした。星月たちはそれを見て、俺の横から歩き出そうとする。

だが俺の足はピクリとも動かない。なぜだか理事長の話を受け入れることができないのだ。

今まで俺が接してきた理事長と、今ここにいる理事長が同じ人物だとはどうしても思えない。

その根拠は、と問われたら客観的なものを提示できる自信はない。でも、理事長室に残されていたノートの言葉と今聞いた言葉は、共通する点などほとんどなく、むしろ相反するものだ。

もしかしたらここに来て理事長の考えが変わったのかもしれない。けれど、もしそうであるならば、理事長はもっとわかりやすく説明するはずだ。

何より、これまでの彼女たちの功績をなかったことにする、まして「虐殺」なんて形容するなんておかしい。そんなこと、絶対にありえない。

八幡「行くな。お前ら」

俺は理事長を睨みつけながら、数歩前を行く3人を呼び止めた。

今回の更新は以上です。

この話も佳境に入りつつありますが、シリアスさを出すのにはどうしても慣れません。

ギャグ要素も入れていきたいけど、本編では難しそうです。かといって番外編のネタがあるわけでもないんですが。

最終章-20


みき「先生……?」

星月をはじめ、他の2人も立ち止まって、俺の方を振り返る。

八幡「理事長、いくつか質問があります」

牡丹「なんでしょうか」

理事長は無表情のまま口だけ動かして応答した。

八幡「まず、俺たちと会ったとき、どうして反応が薄かったんですか?」

牡丹「あの時は皆さんと会えた嬉しさよりも、驚きの方が増していたんです」

八幡「嬉しさ、驚き、ですか」

牡丹「ええ」

八幡「……わかりました。では次の質問です。星守が善、イロウスが悪、という前提を見直すとはどういうことですか?」

牡丹「文字通りです。これまで私たちは盲目的にイロウスを倒し続けてきました。しかし、それが正しいのかどうか。今一度考えなおすことが必要だと思ったまでです」

八幡「……そうですか。そしたら次が最後です。さっき俺のことを『八幡』と呼びましたか?」

牡丹「ええ。確かそう呼びました」

俺と理事長のやりとりを黙って聞いていた3人は、何か感じ取ったらしく、理事長から遠ざかって俺の横へと戻ってきた。

牡丹「みき。昴。遥香。どうしたのですか?」

遥香「すみません理事長。私はそちらへは行けません」

牡丹「どういうことですか」

みき「それは私たちのセリフです。理事長こそいったいどうしちゃったんですか?」

牡丹「私?私は普段通りで、」

昴「そんなことないです。なんだか、いつもの理事長とは違う感じがします……」

3人とも理事長の言動に違和感を抱いたようだ。全員が疑わしい視線を理事長に向けている。

八幡「もういいでしょう。理事長の表面上の真似事をしたところで、俺たちは騙されませんよ」

俺は相変わらず黙ったままの理事長「らしき」人物に向かって語りかけた。

牡丹?「流石、比企谷八幡といったところですね。いつから気づいたんですか」

理事長「らしき」人物は、本物の理事長が絶対にしないような不敵な笑みを浮かべながら質問を返してきた。

八幡「最初からだ。俺たちは理事長の指示に背いてここに来たんだ。そんな俺たちを見た理事長が何も言わないわけないだろ」

牡丹?「なるほど。初手からわかっていましたか」

八幡「それに、理事長が星守のことを非難するようなことを言うはずがないし、何より俺のことを『八幡』なんて呼ばない」

牡丹?「ふふふ。ええ、そうでしょうね。神峰牡丹はこのようなことは言わないはずですからね」

理事長らしき人物は笑みを絶やすどころか、むしろさらに口角を上げながら俺の話に首肯する。

みき「何がそんなにおかしいんですか!」

向こうの態度に業を煮やした星月が大声で問いただした。

牡丹?「お前たち星守や、比企谷八幡がわたしの思い通りに行動してくれているのが嬉しいのですよ。この上なく愉快」

俺に見破られて開き直ったのか、口調が理事長のそれとはまったくの別物になっている。声質は同じだが、聞くたびに耳がぞわっとするような話し方だ。

遥香「思い通りとはどういうことですか」

牡丹?「何も難しいことではない。神峰牡丹を使い、お前たち星守をおびき寄せ、ここに来るまでの間に戦力を分散させる。そしてこの場で対面する。これがわたしの計画だ」

昴「計画……?」

牡丹?「そう。わたしが真にこの世界の支配者となるための計画」

理事長らしき人物、いやニセ理事長は手を大きく広げながら演説でもするかのように語っていく。自身に満ち溢れた顔を見る限り、冗談を言っているわけではなさそうだ。

八幡「計画ってなんだ。というか、そもそもあんたは何者なんだ。それと、本物の理事長はどこだ」

ニセ理事長「ふふ。焦るな比企谷八幡。直に全てがわかる」

最終章-21


ニセ理事長は右の人差し指をピンと立てて、顎を触れながら話し出した。

ニセ理事長「まずわたしが何者か、という質問に答えようか。一言で言えば、わたしは禁樹そのものだ」

八幡「禁樹そのもの……?」

ニセ理事長「神樹と同じさ。姿かたちが地上の木と似ているだけで、わたしには自我があるし、思考も存在する」

昴「それなら、今までのイロウスの出現はすべてお前の仕業なのか!?」

ニセ理事長「ああ。全てわたしが仕組んだことだ。世界を支配するためにな」

遥香「大それた夢の割にはあまり策を弄しているようには思えませんが」

ニセ理事長「機を待っていたのだよ。神樹が地上に葉を生い茂らせ、わたしが地下で枝を広げるこの状況を覆す絶好の機をね」

みき「それが、今ってこと……?」

ニセ理事長「正確に言えば『比企谷八幡が神樹に選ばれてから』、だな」

ニセ理事長は顎に触れていた指をそのまま俺の方へと向けてきた。

え、俺?俺が原因?いや、そんなどこかのラノベやゲームの主人公じゃないんだから、まさかそんなことは……。

ニセ理事長「比企谷八幡。お前はなぜ自分が神樹に選ばれたかわかるか」

八幡「……考えたことはある。だが、いくら考えても答えはでなかった」

そう。わからないのだ。例えば、男だけどISを動かすことができる、みたいな能力を持っていたら話は早い。だが、いくら考えても俺が選ばれる理由は思いつかなかった。仕事内容を考えたら、葉山や戸塚が選ばれても何の不思議はない。特に戸塚は星守クラスの中にいてもトップクラスの可愛らしさをみなぎらせていただろう。戸塚が先生か。うん。悪くない。

ニセ理事長「本人は自覚なしか。だが星守たちなら理解できるだろう。男である比企谷八幡が神樹に選ばれた理由が」

周りにいる3人は何か感づいているのか、一層険しい顔でニセ理事長を睨みつけている。

え、もしかしてわかってないのって、当の本人である俺だけ?

八幡「お前らも俺が神樹に選ばれた理由知ってるの?」

遥香「直接誰かから聞いたわけではありませんが、直感的な何かはあります」

昴「アタシも。初めて会った日から感じてました」

みき「みんなも思ってたんだ……」

なにこれ。なんで3人とも少し頬を赤らめて恥ずかしがるように言うの?言われてるこっちまでドキドキするんですけど。

八幡「もう少し具体的に喋れないの?」

昴「具体的って言われても、直感って言うしかないんです」

遥香「強いて言えば、自分の内側が大きくなっている感じ、ですかね」

みき「わかる!」

八幡「わかんねえよ」

いや、ホントわかんねえ。お前らあれか。Twitterで好みの画像を見た時に「尊い」しか言わない連中と同じか。もっと語彙力増やせよ。

ニセ理事長「やはり星守には通じていたか」

ニセ理事長まで納得しちゃってるし。俺のことなのに、俺自身がわからないというのは違和感が加速度的に増えていく感じがして、イライラしてくる。

ニセ理事長「特別に教えてやろう比企谷八幡。お前が神樹に選ばれた理由を。それは、わたしが動き出した理由にも関わってくることだからね」

俺の心を読み取ったかのようにニセ理事長が口を開いた。

ニセ理事長「お前が神樹に選ばれた理由。わたしが動き出した理由。それは比企谷八幡。お前が人の感情を強く動かすから、だ」

八幡「…………」

ニセ理事長の言葉が全く腑に落ちない。人の感情を強く動かす?そんなこと言われても、実感はないし、むしろ、意味が分からない。

だが、星月たちは合点がいったのか、それぞれ小さく頷き合っている。どうやらさっき言ってた直感がこれに当たるらしい。

八幡「そんなこと言われても、なんの助けにもならないんだが」

ニセ理事長「何を言っている。わたしがイロウスを生み出す源、神樹が星守に力を与える源を考えればすぐにわかるはずさ」

禁樹がイロウスを生み出す源。神樹が星守に力を与える源。それらに共通することといえば……。

八幡「人の、感情……」

最終章-22


ニセ理事長「そう。比企谷八幡。お前には人の内面を、感情を変えていく力がある」

ニセ理事長の指摘を聞いた瞬間、俺の頭の中にいくつもの情景が思い浮かんだ。

交流初日の戦闘。藤宮の家での勉強会。千葉駅での買い物。朝比奈の神社での手伝い。星月たちとの特訓。総勢6人の沖縄修学旅行。楠さんと粒咲さんのすれ違い。

こういう出来事を星守たちと乗り越えてきたからこそ、俺は今ここにいる。逆に言えば、どれか1つでも抜けていたら、俺はここにはいないかもしれない。

「君は人の心理を読み取ることには長けているな。けれど、感情は理解していない」

いつだったか平塚先生に言われた言葉だ。

あの時の俺は、人の言動の裏を読むことに終始していて、感情については見向きもしていなかった。いや、あえて目を背けていたと言うほうが的を射ている。なにせ自分自身の感情も理解していなかったのだ。他人の感情なんてわかるはずがない。

でも、この神樹ヶ峰に来て、俺の環境は一変した。

感情と行動が直結している人、建前と感情の間で揺れ動いている人、感情をかたくなに隠そうとする人。色んな人が星守クラスにはいた。そしてそんなやつらと共に、俺は幾度となく死線をかいくぐってきた。物理的にも、精神的にも。

そんな死線において、最終的には俺も含め、誰もが感情を露わにした。イロウスとの戦闘しかり、星守同士のやりとりしかり、俺とのやりとりしかり。

少なくとも今俺のすぐそばにいる3人とは、ラボでの一件で互いの感情をさらけ出し合ったと言ってもいい。

もしかしたらこんなことを考えているのは俺だけかもしれない。特に感情と行動が一致しているような人からしたら、こんなこと当たり前だと思うだろう。

それでも俺はこうした体験のおかげで自分の感情と向き合うことができた。言い方を変えれば、星守たちが俺を自分の感情と向き合わせたのだ。

こう考えると、俺と同様に、星守たちも自分の感情と向き合ったに違いないという理屈も成り立つ。自身の感情をどう扱うかは人それぞれだが、全員が何かしらの折り合いをつけたはずだ。

所詮俺は期間限定の担任だ。彼女たちのどこがどう変わったのか、あるいは変わらなかったのかを細かく正確に把握することはできない。だって俺が神樹ヶ峰に来る前の彼女たちを知らないのだから。

それを抜きにしても、星守たちは最初に会ったときから成長したと、漠然だが、確信めいたものを感じる。

もちろん全部が全部成長しているわけではない。例えば、星月の料理の腕はちっとも上がってないし、若葉は未だに女の子から告白されてアタフタしているし、成海の食べる量は毎食常軌を逸している。

けれどそれは表面上の話だ。自分の感情と向き合ったと実感できる今だからこそわかる。星守たちの行為の裏に流れる感情は以前よりも大きく、はっきりしたものになっている。

そしてそれと同時に、彼女たちの感情が変わった機会も理解してしまった。その機会というのが、さっき思い浮かんだ出来事だったということが。

八幡「はあ……」

ついため息が漏れてしまった。こんなことを思うのは自意識過剰かもしれない。だが、現に俺はそういう理由で神樹に選ばれ、かつ今ニセ理事長、もとい禁樹にもはっきり指摘された。なら、これは自意識過剰とするのでは話が済まなくなる。このことは、はっきりと俺が自覚しなければならない事案ということになる。

みき「先生……」

俺のすぐ右横で星月が不安そうな顔をしている。まあ傍から見たら、しばらく黙ってから、ため息をついただけだもんな。不安になるのもわからなくはない。

八幡「俺は大丈夫だ。少し考え事をしていた」

簡潔に星月に告げてから、俺は改めてニセ理事長にまっすぐ視線をむけた。

八幡「……事情はわかった。で、お前は何が望みなんだ」

ニセ理事長「ふふ、決まっているじゃない」

ニセ理事長は再び不敵な笑みを浮かべる。その不気味な様子を見た星月たちは俺を囲むようにしてお互いの距離を一層縮める。

てか、この流れってもしかしなくても俺殺されるパターンのやつか?向こうからしたら、俺は星守の力を高めるただの邪魔者とみなされてるだろうし、そう考えれば、俺は真っ先に始末される対象ということになる……。

ニセ理事長「比企谷八幡。わたしのほうへ来い。そして、ともに世界を支配しよう」

しかしニセ理事長が言い放った言葉は俺の予想とは真逆の言葉だった。

八幡「え……」

みき「そうはさせない!」

昴「先生は渡さないよ!」

遥香「私たちが守るもの」

俺が何か言う前に、星月たちが空間中に響く声でニセ理事長に反抗した。

ニセ理事長「やかましい星守だこと。お前たちには聞いていないのだぞ」

ニセ理事長が呟いた刹那、逆さに生えていた枝が星月たち目掛けて伸びてきた。

みき、昴、遥香「きゃっ!」

不意を突かれた3人はそのまま枝に弾き飛ばされ、俺たち4人はそれぞればらばらになってしまった。

今回の更新は以上です。

特に最終章-22は、八幡のめんどくさい思考を筆力のない自分がたどたどしく再現しているため非常に分かりにくいかもしれません。

まあ、原作もわかりづらいからしょうがないよね!(言い訳)

最終章-23


八幡「おい、やめろ!」

俺の怒号に対し、ニセ理事長は全く顔色を変えない。

ニセ理事長「こうでもしないと2人で話すことができないじゃない」

八幡「俺はお前と話すことは何もない」

そう。今はこいつと話すよりも、星月たちのところへ向かわなければ。不意の一撃でダメージを食らったかもしれない。

ニセ理事長「比企谷八幡。お前はこの世に復讐したくはないか?」

星月たちのところへ走り出そうとした俺の背中に向かって、ニセ理事長は語りかけてきた。

八幡「何言ってんだお前……」

ニセ理事長「わたしは復習したい。見掛け倒しで理想でしかない善を追及し、それに合わない者を正義の名のもとに糾弾する。そんな世の中に」

八幡「だったらなんだってんだ」

ニセ理事長「比企谷八幡。お前にも経験があるだろう。この世を恨み、妬み、絶望した経験が」

八幡「それは……」

ニセ理事長「自らに正直になれ」

八幡「…………」

気づけば足はピクリとも動かなくなっていた。そんな足とは逆に、頭の中は恐ろしいほどに働いていて、いろいろな思考や情景が浮かんでくる。

小学生のとき、中学生のとき、高校1年のとき、奉仕部での活動のとき。

確かに、正直何度世の中を恨んだかは数えきれない。そりゃ自分が1番の原因であることは否めない。俺がこんな性格でなければ発生しなかった問題も多々あるし。

だが、俺がこんな性格になったのが、全て自分だけの責任だとも思わない。小町ばっかり溺愛する両親。俺を仲間外れにした小学校のクラスメート。俺に掃除を押し付けてきた中学の班員。俺の告白を茶化しに茶化した中学の女子たち。俺の名字を間違い続ける高校の奴ら。

こういう人間たちに取り囲まれてきた結果が今の俺であるとも言える。たらればを語ることに意味はないが、そうだとしても、昔の俺がもう少し周囲に愛されていれば、俺はここまで捻くれなかったかもしれない。

ニセ理事長「思い出せ。お前が周囲に悪意を持たれた時のことを」

ああ。そういえば、文実の時なんかは酷かった。スローガン決めの時には、雪ノ下を含めた一部の委員への過重な負担を取り除くために、悪役を買って出たっけ。それに文化祭当日には、逃げ出した相模を連れ戻すために、わざと葉山たちの前で嫌味を言いまくったな。

確かにあの時の俺は嫌な奴感満載だったし、それに対する不評が出ることも想定してはいた。だが、元はと言えば委員全員が予定通り仕事をすれば、負担が偏ることはなかったわけだし、当日に関しても、もっと密に連絡を取るようにしていれば、下っ端の俺がわざわざ探しに行く必要もなかったわけだ。

修学旅行の時だってそうだ。あの時の俺は、戸部と海老名さんからの相反した依頼を、彼らの関係性が壊れないように遂行するためにウソ告白を決行した。

もちろん、あんなことをすれば俺の評価が下がることなんて重々承知だった。だが、これだって特に海老名さんが依頼の時点でもっとはっきり言ってくれればよかったわけだし、それが叶わなかったとしても、頭が切れる雪ノ下や、戸部たちと同じグループに属する由比ヶ浜が、依頼の矛盾点に気付いてもよかったはずだ。

ニセ理事長「思い出せ。そしてお前が何を感じたかを」

そう。結果的にはどの出来事においても、誰も傷つかない世界を構築することができたんだ。

だが、傷つかないからと言って、無罪放免で釈放、というわけにはいかない。

文実委員の仕事参加率に関してはこれを機に見直していくべきだし、相模や陽乃さんだけでなく、彼女たちの言葉に乗って仕事をサボった委員たちは大なり小なり責任を感じるべきだ。

戸部や海老名さんだって、いつかは互いの思いと向き合わうのだ。それがすぐなのか、もっと先なのかはわからない。それでもいつか、必ずその時はやってくる。逃げ場がなくなった時、彼らはどうするのだろう。

別に俺自身を労えとか、そんなことは微塵も思っていない。起こってしまったことは取り返しがつかない。だから、そこから何を学び、どう考えるかが大事なのだと思う。

ただ、俺のことを批判的に見る奴の中で、自らの意識を変えようとしている人間はほぼいない。文化祭や修学旅行の後、俺はけっこう陰口を叩かれたし、意図的にシカトされたりもした。これまで無意識的に無視されたものが、意識的な拒絶に変わったわけだ。

そういうことをする奴はこぞって言う。「あいつ、マジないわ」って。ああ。そうだ、確かに俺がやった行為は酷い。それは俺自身も自覚している。

けれど、俺が自分の過去の行為に向き合うように、俺を非難する連中は、過去の自分と向き合っているのだろうか。

非難することを許された対象に向け非難をぶつけ、自らの立場やグループの関係性を確かなものにする。

一体、そこに何の意味があるのだろう。インスタントに人の悪口を言い、またそれを囃し立る。そこに主体は存在しないし、もちろん自己批評なんてあるはずもない。

俺が動いた理由は、自分のため、仕事のため、そして数少ない俺の周囲のためだった。だからこういう有象無象のやつらの言うことなんて、いちいち真に受けたりはしない。

だが、何も感じないかとと言えばウソになる。俺が彼らに感じていたものは……

ニセ理事長「悪意、を感じただろ?」

いつの間にかニセ理事長が俺のすぐそばまでやってきて、俺の耳元で囁いた。

最終章-24


悪意。

自分が周囲にそんな感情を抱いているなんて考えたくなかった。それは同時に自らが周囲から虐げられ、見下されることを受け入れることだから。

俺はそうはなりたくなかった。だから、これまでの孤独な自分を否定することは絶対にしない。俺が俺を否定したら、俺は全世界のすべてに否定されることになってしまう。

強がりと言えば強がりかもしれない。それでも俺は証明したかったのだ。自らの生きる理由を、自らの手で。

ニセ理事長「比企谷八幡。お前の中には長年にわたる他人への悪感情が眠っている。そして、同時に周囲の悪感情を増幅する力も持っている。今こそ、その潜在能力を開放するときだ」

耳元で聞こえるニセ理事長の声が脳内に直接染みていく感じがする。このまま身を委ねたらさぞ気持ちがいいに違いない。

脳が動かなくなるに従って、強烈な眠気のようなものが襲ってきた。頭だけじゃなく、体全体も非常に重い。

やばい。もう立っていられない。それどころか瞼さえも開いていられない……

「せ……い!」

ん。今、誰かに呼ばれたような……?

「せ……せ……!」

やっぱりどこからか俺を呼ぶ声が聞こえる。一体、誰が……

みき「先生に手を出すな!」

物凄い速度でここまでやって来た星月は、ニセ理事長を力づくで押し出して俺を救ってくれた。

八幡「星……月……」

ニセ理事長と離れることで、体の機能が復活してきた感じがする。だが、まだ全快とまでは至らず、星月を呼ぶ声も小さく緩慢なものになってしまった。

みき「先生を傷つけるなんて許さない!」

星月は剣を強く握りしめながらニセ理事長を威圧する。

昴「先生!」

遥香「ケガはありませんか?」

少し遅れて若葉と成海も駆けつけてきた。

八幡「まだ、頭がぼーっとするわ……」

昴「なら無理をしないでください!」

遥香「私たちが付いてますから」

若葉は俺をニセ理事長から守るように立ちはだかり、成海はハンカチで俺の顔の汗を拭いてくれている。

さっきまで感じていた眠気のような感覚でなく、もっとずっとはっきりとしたものを感じる。具体的には形容できないが、心が焼けるような熱いものだ。

ニセ理事長「星守。まだわたしの邪魔をしてくるのか」

みき「私たちは、あなたを倒して世界を平和にする!」

ニセ理事長「殊勝な心構えだこと。まあ、そうやって息巻いていられるのもここまでよ」

ニセ理事長がそう言うと、逆さに生えている木の枝の先に何やら大きな黒い実が3つ現れた。

昴「何、あれ」

みき「わ、わかんない」

遥香「少なくともいいものではなさそうね」

成海の言う通り、いいものではないのは確かだ。あの黒い実からは、何か禍々しい雰囲気を感じる。

ニセ理事長「さあ出でよ。我が下僕たちよ」

ニセ理事長の声に合わせて黒い実にヒビが入り始めた。そしてヒビが大きくなるにつれて、そこから手足のようなものが飛び出してきた。

八幡「中に誰かいるのか……?」

ニセ理事長「そう。お前たちがよく知る者が、な」

昴「だったら出てくる前に叩く!」

若葉がハンマーを振りかぶりながら、宙にある実の1つに突っ込んでいった。

最終章-25


昴「はぁぁ!」

若葉が勢いよくハンマーを振り下ろすと、黒い実は粉々に砕け散った。

八幡「やったのか?」

遥香「いえ、逆に何かに攻撃を阻まれたみたいです」

八幡「何かって、何だ?」

遥香「一瞬見えなかったですけど、昴と同じハンマーのようなものが見えました」

俺の目には何も映らなかったが、成海が言うってことは実際に存在したのだろう。しかし、実の中からハンマーってどういうことだ……。

俺が悩んでいると、若葉が地面に降り立ち、ヒビだらけの身に向かってハンマーを構え直している。

みき「昴ちゃん大丈夫!?」

昴「平気!でも気を付けて。あの実の中には……」

若葉の声は、実が激しくはじけた音でかき消されてしまった。一瞬、辺りには実の爆発による薄い煙が漂ったが、それもすぐに晴れた。

成海「あれは……」

俺のすぐ横にいる成海は信じられないという表情で、煙が晴れた場所を見つめる。おそらく、前にいる星月と若葉も同じような表情をしているはずだ。

俺だってそうだ。開いた口が塞がらない。その理由を挙げるならば、それは目の前の光景に他ならないのだが。

みき「あれは……私?」

昴「みきだけじゃない。その隣にいるのは、アタシと遥香だ」

遥香「何が起こっているの……?」

実の中から現れたのは、形は星月たちとそっくりな木で出来ている人だった。それぞれの手には、モデルとなった彼女たちと同じ形の武器が握られている。もちろん、それらも木で出来ている。全体的に見れば、木で作られた精巧な人形のようなものに見える。

ニセ理事長「ふふ……」

3体の木の人形の後ろで、ニセ理事長は顔をほころばせている。どう考えても、これはあいつの仕業に違いない。

八幡「おい。これはなんだ」

ニセ理事長「見ての通り、星守だよ。正確に言えば『禁樹から生まれた星守』と言ったところか」

みき「どういうこと!?」

ニセ理事長「それは戦ってみればわかるさ。さあ行きなさい。お前たちの力を奴らに存分に味わわせてやりなさい!」

3体の人形はそれぞれ象った星守に向けて突進を開始した。

昴「遥香!先生から離れて!」

遥香「ええ!」

成海は素早く立ち上がると、向かってくる人形の注意を引き付けながら、俺から距離をとった。

みき「やあ!」

俺の数メートル前では、星月が木の人形相手に剣を振り下ろした。だが、人形も星月の剣と同じ形の剣を出し、両者の剣が激しくぶつかり合う。

昴「次こそ当てる!」

左方向では、俺に背を向けた若葉が木の人形と戦っている。こちらの人形も、若葉の体型そっくりにできていて、武器も同じ形だ。

遥香「くぅ……」

若葉と俺を結ぶ直線の延長線上では、成海が戦っている。彼女も俺を守るように背を向けながら、自分とそっくりな人形と戦っている。

なんでどいつもこいつも星守にそっくりな姿かたちをしてるんだ。真っ黒な木で出来ている分、目や鼻などのパーツはないが、その分まるで彼女たちの「影」のように見えてくる。

ニセ理事長「壮観壮観」

1人、ニセ理事長は満足そうに腕を組んで3か所の戦闘を眺めている。

八幡「お前、何をしたんだ」

ニセ理事長「何って、星守を生み出したまでさ。より厳密に言えば、『本物』の星守と言ったところか」

八幡「は……?禁樹が星守を生み出せるわけがないだろ」

ニセ理事長「果たしてそうかな?」

今回の更新は以上です。

番外編のネタを何個か思いついたけど、19人全員出すと文量が凄まじいことになりそう。贔屓になるけど、何人かに絞ろうかな……。

番外編「先生たちの放課後前編」


「乾杯ー!」

風蘭「っぷは~!この1杯のために生きてる!」

樹「ちょっと。風蘭飛ばし過ぎよ」

静「すいませ~ん。生もう1杯~」

樹「静さんも……」

風蘭「いいじゃんか今日くらいハメ外したって」

樹「風蘭はいつも外してるじゃない」

静「生徒の前でも変な態度取り続けるのは大変なんだぞ?私なんて、たまに生徒から悲しい目で見られるしな……」

樹「それは静さんが独身アピールをし過ぎるからでしょう……」

静「甘いぞ樹。もたもたしてたらすぐに30歳だ。周りが結婚していく中、コンビニで御祝儀をまとめ買いするのは辛いんだぞ!」

風蘭「わかりますよ静さん!アタシの発明品をみた星守たちの冷たい目といったら……」

静「やっぱり風蘭はわかってくれるか!よし、今日は私の奢りだー!すいませ~ん冷酒くださ~い!おちょこ3つで~」

樹「もう今日はダメね……。うん。こういう時こそ私がしっかりしなくちゃいけないわね」

風蘭「樹何ぶつぶつ言ってんだよ。この日本酒美味いぞ。ほら飲んでみろよ」

樹「き、今日は遠慮しとくわ」

風蘭「どっか具合悪いのか?」

樹「そういうわけじゃないけれど」

静「まぁまぁ、酒は無理に薦めるものではないさ。だが惜しいな。今日はこの店でもかなり上等な純米大吟醸を出してもらったのだが……」

樹「じゅ、純米大吟醸?」

静「樹がそういう気分じゃないと言うのなら、私たちだけで味わうとするか風蘭」

風蘭「そうしますか!」

樹「……わ、」

風蘭「ん~?どうした樹~?」

静「しっかり言葉にせんとわからんぞ~?」

樹「わ、私も、飲みたいです……」

風蘭「あはは!そうこなくっちゃなー樹!」

静「人は酒の前では無力なもんさ。ほれ、注いでやるからやるからおちょこ持て」

樹「うう……今日は流されまいと思ってたのに」

風蘭「そう言って毎回毎回飲んでるじゃんか」

樹「うるさいわね!」

静「落ち着け樹。こぼれるぞ」

樹「す、すみません」

静「いよっし。じゃあ改めて、」

3人「カンパーイ!」

番外編「先生たちの放課後後編」


静、風蘭「そ~れ、イツキがイッキ!イッキだイツキ!」

樹「っぷは。もう~、そういうコールはやめてくりゃさいよ~。恥ずかしいでしょ~」

風蘭「へっへ~。だいぶ酔ってるな~イツキ~」

静「お前もな。そういえば、比企谷の様子はどうだ」

樹「比企谷くんですか~?彼にはほんっっとうに感謝しています!」

静「ほお、例えばどんなところにだ?」

樹「まず何よりも、星守の子たちと良好な関係を築いてくれたところです!何をするにしても、彼女たちと適切なコミュニケーションが取れないと話になりませんから」

風蘭「それに、よく働いてくれるよな。アタシの発明品の実験にもよく付き合ってもらってるし」

静「そうか……」

風蘭「あれ、静さんちょっと泣いてます~?」

静「……タバコの煙が目に染みるんだ」

樹「今の言い方比企谷くんに似てますね」

風蘭「確かに!」

静「…………」

風蘭「あ、あれ?」

樹「もしかして、気に障っちゃいましたか?」

静「いや、確かに私はあいつとどこか似ているんだろうな。だからこそ、色々目をかけたくなるのかもしれん」

樹「その気持ち、わかる気がします。私も星守たちを見ていると、昔の自分を見ている気がして、放っておけないんです」

風蘭「ああ。つい説教を垂れたくなっちゃうよな」

静「それはつまり、私たちが大人になったという証左なのかもしれんな」

風蘭「大人、か」

樹「時が経つのは早いものね」

静「いつの日か、生徒たちとこうして酒を酌み交わせる日が来るといいな」

樹「ええ」

風蘭「よし。いっちょ比企谷や星守たちの幸せな将来を祈願して乾杯するか!」

静「うん、いいじゃないか!」

樹「仕方ないわね」

風蘭「では、比企谷と星守たちの今後ますますの成長を祈願して、乾杯!」

静、風蘭「乾杯!」

以上で番外編「先生たちの放課後」終了です。

久しぶりの平塚先生登場でした。

もう1つ番外編を構想中ですが、こっちは長くなりそう……。

番外編「葵の誕生日」


私は七嶋葵。神樹ヶ峰女学園に通う高校生。

授業の予習復習とか、おうちのパン屋の手伝いとか色々大変だけど、毎日とっても楽しく生活してる。

だってそれは……。

エリカ「あーおい!寄り道して帰ろっ!」

こうしてエリカがいつも私に話しかけてくれるから。

葵「ごめんエリカ。今日はバスケの自主練をしていきたいの」

エリカ「えー、どうしても?」

葵「うん。大会が近いんだ」

そう。今週末に大きな大会があるから、今日はどうしても練習しておきたかった。例えエリカの頼みでも、ここは譲れない。

エリカ「う―ん……。まあ、プレゼントはまた今度買えばいいか」

葵「何か言った?」

エリカ「ううん。なんも。てかさ葵。その自主練って1人でやるの?」

葵「うん。今日はもともと部活ない日だから」

エリカ「そっか。じゃあ私も自主練付き合っていい?」

葵「え。エリカってバスケできたっけ?」

予想外のエリカの発言に、声が少し裏返っちゃった。

エリカ「授業ではけっこう上手いほうだよ!」

葵「それは知ってるけど、そうじゃなくて」

エリカ「あー、まあ葵みたいに真剣に練習したことがあるわけじゃないかな」

葵「そうだよね。だったらどうして?」

エリカ「今日はなんかそういう気分なの!ほらそうと決まったらさっさと体育館行くよっ!」

葵「ちょ、待ってよエリカ~」

私はなぜかノリノリのエリカに手を引っ張られながら更衣室に向かった。

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エリカ「着替えもしたし、始めちゃいますか!葵。まずは何するの?」

葵「うーん、そうだなー。じゃあボールハンドリングでもやろうかな」

エリカ「ボールハンドリング?」

葵「股の下でボールを八の字に回していくの。こんな風に」

エリカ「おお!速い!」

エリカは目を輝かせながら私のボールハンドリングに夢中だ。なんか、こういうエリカは新鮮で可愛いな。

葵「慣れればこれくらいはできるようになるよ。エリカもやってみて?」

エリカ「えーと、こんな感じ?」

もともとエリカは運動神経は悪くない。だから今もさっきの私の見様見真似である程度の形にはなっている。

葵「ゆっくりやりすぎると逆に難しいから、ある程度ぱっぱっとやるといいよ」

でもエリカならもっと上手くできるはず。

エリカ「よっ、ほっ。どうどう?」

葵「うん。イイ感じこの調子なら部活でレギュラーなれちゃうかも」

エリカ「マジ?じゃあ今から狙ってみようかな~」

そう言ってハンドリングのスピードを上げるエリカだったけど、程なくして、ボールを置いて座り込んでしまった。

エリカ「疲れたから休憩~。葵はまだやるの?」

葵「うん。ドリブルからのシュート練習するつもり」

番外編「葵の誕生日後編」


私が1人でシュート練習をしてしばらく経った。座り込んでいたエリカがおもむろに立ち上がって私の方へ走ってきた。

エリカ「ねえ葵。私と対決しようよ」

葵「対決って1on1のこと?」

エリカ「そ。葵が攻めで私が守り。5回勝負して1回でも私が葵からボールを取れれば私の勝ち。どう?」

エリカがどうしてこんなことを言い出してきたのかはわからないけど、少し面白そうな勝負かも。

いくら5回全部勝たなきゃいけないにしても、相手がエリカなら負けることはないはず。

葵「いいよ。やろっか」

エリカ「さっすが葵。そうこなくっちゃね!」

やる気満々のエリカは私とゴールの間に立ちふさがって両手を大きく広げる。

エリカ「私がボールを取ったら葵に1つお願い聞いてもらうからね」

葵「何それ。ちょっと怖いんだけど」

エリカ「ダメ!もう決定事項だから!ほら早く攻めてきてよ!」

葵「もう……」

こうやっていつも私はエリカのペースに乗せられていく。慌ただしくて、突飛な提案に戸惑うことも多いけど、いつも私を、周りを楽しませてくれる。

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5回のうち4回の勝負が終わり、結果は私の圧勝。そりゃ、バスケ部員のドリブルを素人が止める勝負なんだからこうなるのは当たり前だよね。

エリカ「まだもう1回チャンスはある……」

でもエリカは諦めていない。こういう粘り強さもエリカの特徴だと思う。

エリカ「さあラスト!こい!」

葵「うん!」

私がドリブルを始めた時だ。

エリカ「あ」

エリカが何やら私の後ろの方を指さした。

葵「え?」

それにつられて私も後ろを振り向いてみるが、特に何かが変わった様子はない。

エリカ「隙あり!」

次の瞬間、エリカが私の手からボールを奪っていった。エリカはもの凄いドヤ顔を私に向けてくる。

エリカ「へへ。『葵を騙すぞ作戦』が見事的中ー!」

葵「もう。ずるいよ」

エリカ「反則じゃないもん。引っかかる葵が悪いんだよ」

葵「それはそうだけど……」

確かにエリカの言うことも一理ある。もしかしたら次の大会でもこういう予想外のことが起こることがあるかもしれない。エリカはそういうことを見越してこのプレーを、ってそれは考え過ぎかな。

エリカ「じゃあ葵。私が勝ったからお願い聞いてよね」

葵「変なこと言わないでよ……」

エリカ「そ、そんな身構えないでよ!私のお願いは、大会が終わったら一番最初に私と遊んでほしいってことだから」

葵「……それだけ?」

エリカ「うん。葵の誕生日をちゃんとお祝いしたいの!本当は今日したかったけど、自主練するっていうなら仕方ないし。なら大会が終わってから真っ先に私にお祝いさせてほしいなーって」

エリカは顔を赤くしつつ、若干あたふたしながら早口で喋っている。そっか。これあ言いたくてエリカは私の自主練に付き合ってくれたんだ。

葵「うん。ありがとうエリカ。ちゃんと空けておくね」

エリカ「ホント!?約束だからね!」

こんなに私のことを思ってくれる親友がいて、私は幸せ者だっていうことを改めて実感する。願わくば、エリカとずっとこうして仲良くやっていきたいなあ。

以上で番外編「葵の誕生日」終了です。葵、誕生日おめでとう!

パン作りはゲームの方でやられてしまったので、違うネタを考えていたら日付を超えてしまいました。葵、ごめんなさい……。

それとリアルの都合で、8月中旬までまともに更新できなくなると思います。

書きたいことはあるけど、時間がない。長編番外編もやりたいのに……。

番外編「お揃いの水着」前編


7月になった。千葉を含む関東は早々と梅雨明けを果たし、夏空SUN!SUN!SEVEN!状態。これが9月まで毎日続くと思うと心が沈む。エンドレスエイトのキョンはこんな気持ちだったのだろうか。

例年より早い夏に落ち込む人がいれば、逆もまた然り。気温とテンションが比例している奴もたくさん見受けられる。

例えばここ、神樹ヶ峰女学園星守クラスとか。

みき「先生!梅雨が明けましたね!夏ですよ!」

朝のHRで開口一番、星月が声を張り上げた。

八幡「ああ、ソウデスネ」

ミシェル「先生は夏嫌いなの?」

八幡「嫌いに決まってるだろ。暑くて、蒸し暑くて、死ぬほど暑い夏なんて」

うらら「全部暑いことが理由じゃない」

八幡「まだあるぞ。『インスタ映え』とか言いながらナイトプール行くパリピとか、人でごった返す花火大会だとか、汗臭くてむさ苦しい朝の満員電車とか」

楓「先生らしい偏った理由ですわ……」

八幡「だから俺の前で夏の話をするな。もし夏の話をしたやつは、パリピ認定をしてもれなく今期の全成績を赤点にする」

望「職権乱用し過ぎじゃない!?」

八幡「まあ、赤点は冗談としても、それくらい俺は夏が嫌いだ。あ、でも夏休みは好きだ。大義名分のもとでじっくりたっぷり休めるからな」

桜「その意見には賛成じゃ。わしも家でゆっくり昼寝をしたい」

明日葉「先生。桜。言いにくいのだが、神樹ヶ峰女学園の夏は色々と忙しいんだぞ」

八幡「え、なんでですか。アニメは去年やりましたよね?またやるんですか?」

花音「突然メタネタを入れてきたわねこいつ……」

仕方ないだろ。まさかあれから1年経ったことが信じられないんだから。てか、1年?あれ、俺はもしかしたらマジでエンドレスエイトしてる?それもこれも、杉田智和が先生役をやったことが原因に違いない。

ゆり「毎年夏にはイロウスがリゾート地に現れるんです。私たちはそれを討伐しないといけないですから」

八幡「それ、俺も行かなきゃいけないやつ?」

昴「そこは先生としては行かなきゃいけないんじゃないですか?」

蓮華「それに、私たちの水着姿も見れるかもしれないわよ?」

八幡「……水着?」

ミサキ「やはりそこに反応するのですね」

ミサキをはじめに、何人もの星守がごみを見るような目つきで俺を見てくる。

八幡「待て。今のは誘導尋問だろ。糾弾されるべきは俺ではなくて芹沢さんだ」

遥香「毎回毎回、責任転嫁の素早さには感心しちゃいます……」

成海の発言を受け、今度は憐れみの目線が俺を包む。

ただでさえ暑くて気分が晴れないのに、なんでこんなに雑に扱われなきゃならないんだ。これってセクハラとかモラハラとかにならないの?

樹「ちょっといいかしら」

俺がこれまで受けてきた数々のハラスメントについて考えていたところに、八雲先生と御剣先生がやって来た。

ひなた「どうしたんですかー?」

風蘭「毎年、この時期にリソート地でみんなに配る水着なんだが、それを私たちで用意することができなかった」

御剣先生の知らせに、教室中からブーイングの嵐が起こる。

八幡「水着ってなんですか?」

風蘭「ああ、そうか。あんたは知らなかったんだな。毎年、夏にはリゾート地でイロウスを討伐したご褒美に我々教師陣から水着を提供していたんだ」

はは。さっき芹沢さんが言ってた水着ってこれのことか。

サドネ「サドネ、水着着たかった」

詩穂「せっかくみんなでお揃いの水着着られるチャンスだったのに」

あんこ「ブログのネタに困るわね……」

番外編「お揃いの水着」後編


それぞれが思い思いに感想を呟いている。だが、俺はそもそもの水着がどういうものなのかも知らないので、八雲先生に聞いてみた。

八幡「ちなみに、今まではどんな水着があったんですか?」

樹「これまで作った水着は、青と白のスクール水着、セーラー水着、個人の水着の焼き直し、かしら」

八幡「色モノだらけじゃないですか。なんですかそのラインナップ」

樹「費用を最小限に抑えた結果よ……」

八雲先生は苦々しい表情で唇をかみしめる。そんな変な水着しか作れないんだったら最初からやらなきゃいいのに。

心美「じゃ、じゃあ今年は水着はナシ、ということですか?」

風蘭「いや、実は発注はしてあるんだ」

くるみ「発注してるのに用意できないんですか?」

樹「費用が足りなくてね、発注先にお金を支払えないのよ……」

八幡+19人「…………」

予想外の理由に、俺を含め星守たちも開いた口が塞がらない。こんなしょうもない理由、聞いたことないぞ。

風蘭「そこで、あんたにお願いがある」

唐突に御剣先生が俺に向き直ってきた。待て。この流れはヤバい。

八幡「……お金なんて出せませんよ」

風蘭「そこをなんとか!な、かわいい生徒のためだ!一肌脱いで、男らしいところを見せてくれよ!」

御剣先生は無茶苦茶な論理で俺に詰め寄ってくる。

樹「ちょっと風蘭、それは流石にやりすぎ、」

風蘭「もとはと言えば、イツキが値段の桁1つ見間違えたのが悪いんだろ?イツキが頼めよ」

樹「そういう風蘭だって確認したじゃない。ここはお互い様よ」

八幡「あの、ケンカなら他所でやってくれます?」

俺がツッコむと、2人は俺の手をがっと掴んで懇願してきた。

樹「お願い比企谷くん!星守クラスの担任として協力して!」

風蘭「このお礼はいつか必ず精神的に!」

おい、御剣先生。そのセリフを現実世界で言うなよ。なんか嘘っぱちに聞こえるだろ。

ただ、大の大人がこうして俺にすがってきている状況はんあんとも情けないものである。ここまでされると、俺の中にも情というものが湧いてくるらしい。俺は2人に質問した。

八幡「はあ……。聞くだけ聞きますけど、いくら必要なんですか?」

樹、風蘭「比企谷(くん)の水着合わせて20人分、占めて39200円!」

八幡「却下」

てか俺のもあるのかよ。こいつらとお揃いの水着とか絶対着たくない。

以上で番外編「お揃いの水着」終了です。

今回のイベントでビキニ衣装が星のかけら購入特典になっているところに着想を得ました。

全員分手に入れようと思うと39200円するんですよね。高い……。

そして、またしばらく更新できません。次回の更新まで気長にお待ちください。

最終章-26


八幡「だってそうだろ。星守は神樹に選ばれることでしか存在しない……」

ニセ理事長「その認識が間違っている。そもそも何故神樹に選ばれた者が『星守』と崇められ、禁樹が生み出したものが『イロウス』として蔑まれるのか。その理由を考えたことがあるか?」

八幡「理由……?」

そんなこと考えたことはなかった。星守がイロウスを倒す。これはヒーローが悪人を倒すことと同じように当然なことなんじゃないのか。

ニセ理事長「お前たち人間はこう考える。『人間を襲うイロウスは悪!人間を守る星守は善!』と。だが、それこそ驕りであることを人間は自覚していない」

ニセ理事長「人間は他者に悪意を持つと、その他者を忌み嫌い、最後には排除する。そんな悪意の結晶のイロウスが人間を襲うことは必然ではないか。悪意を持つ人間を、この世界から排除するために」

八幡「…………」

ニセ理事長「つまり、イロウスこそが人間の本来の心の姿であり、それに対抗する星守は偽善者に過ぎないのだ。現に、ここにいる3人の悪意を結晶化したら、見事な黒になった。あれは最早『色薄』とは呼べないな」

薄々思っていたが、星月たちが戦っているあの黒い人形のようなものは、やはり自分自身の悪意だったか。あれほどくっきりと姿まで似ているとなると、3人ともが心にかなりの闇を抱えていたってことになる。

八幡「そしたら、今まであいつらがやってきたことは全部無駄だったってことか……?」

ニセ理事長「そうだ」

俺の震えた声とは逆に、自信に満ちた声でニセ理事長は言い切った。

みき「そんなことない!」

俺の前方で剣を振るう星月がニセ理事長に向かって反論した。

みき「私は、今までも、これからも、イロウスと戦い続ける!」

ニセ理事長「殊勝なことよ。だが、いつまでそんな態度を取り続けられるかな?」

ニセ理事長が指をぱちんと鳴らすと、黒い人形たちが即座にニセ理事長の前に集まった。

それと対面するように、星月たちも俺の前に集まり武器を構える。

対する黒い人形たちは、なぜか武器を下ろした。

みき(黒)「星月みき。やっと話せた。もう1人の私」

みき「な、何言ってるの!」

みき(黒)「言葉通りよ。私は、あなたから生まれたもう1人のあなた」

みき「もう1人の、私……」

みき(黒)「わからない、なんて言わせないよ。あなたは私がどんな存在か知ってるはず。だってあなたの『悪感情』が私なんだもん」

八幡「悪感情……?」

俺のつぶやきに対し、星月の形をした黒い人形は顔を俺の方に向けた。

みき(黒)「そうだよ先生。私は星月みきの悪感情の結晶なの」

みき「……!」

星月は一瞬大きく目を見開いたが、すぐに目線を下に落としてしまう。

遥香「なら、そっちにいる私と昴も……」

みき(黒)「うん。こっちの昴ちゃんと遥香ちゃんも、2人の悪感情の結晶。それにしても、みんなたっぷり悪感情を持ってたんだね。こんなにくっきりと姿かたちが具現化されるなんて思わなかったよ」

遥香(黒)「それくらい、私にも色々思うところがあるのよ」

昴「それ以上喋るな!!」

業を煮やした若葉が威嚇するようにハンマーを振り上げる。

最終章-27


昴(黒)「やめなよもう1人のアタシ。自分の気持ちくらい、薄々わかってるでしょ。アタシたちが本当にあなたたちの悪感情から生まれた存在だってことが」

激高する若葉とは逆に、黒い若葉は冷静にこちらをたしなめる。

みき、遥香、昴「…………」

そして本物の3人は完全に黙ってしまった。その隙に付け込むように、向こうの3人は口撃を仕掛けてきた。

みき(黒)「ねえ私。私ってさ、周りに合わせずに、1人で突き進んじゃうことがあるよね。先生、遥香ちゃん、昴ちゃんと4人で新種のイロウスを倒した時なんてさ、もしかしたら私のせいでみんな死んじゃってたかもしれないんだよ?自覚ある?」

みき「あ、あの時は、先生にいいところを見せようと……」

みき(黒)「うん。それが自分勝手だって言ってるの。相手は新種のイロウスでしょ?なおさら、危険なことはできなかったはずだけどなあ」

みき「う……」

遥香「あなた、よくもみきを」

星月に代わって成海が反撃を試みるが、それを嘲笑いながら、黒い成海が口を開いた。

遥香(黒)「あら。私だって人のことは言えないはずよ。寂しがり屋さん?」

遥香「別に私は、寂しいなんて……」

遥香(黒)「思ってるわよね?昔のような孤独を恐れて、自ら他人に奉仕することで繋がりを求めてる。それのどこが寂しがりじゃないと言うの?」

遥香「そ、それは……」

昴(黒)「うーん、じゃあこの流れで言っちゃおうかな。ねえアタシ。アタシは周囲にうんざりすることはない?っていうか絶対あるよね」

成海が何も言い返せないのを見て、黒い若葉までもが追及を開始する。

昴「え……そ、そりゃ、ないこともないけど」

昴(黒)「ううん。もっともっと嫌だなあって思ってるはず。だってアタシはみんなが思うような『王子様』じゃないもんね」

昴「……っ」

他の2人のように、なすすべもなく若葉も押し黙ってしまう。

ただ、当然と言えば、当然の結果だ。向こうは自分の「悪意」が結晶化した姿。自分の本心なんて筒抜けに決まってる。そんな奴相手に言い訳なんか通じるわけがない。

ニセ理事長「ふふふ。さあ、どうだ比企谷八幡。お前が信頼を寄せる星守たちも、一皮むけば悪意の塊だ。いや、むしろ一般人よりも多いかもしれないな。こんな奴らをお前は信用できるのか?」

ここぞとばかりにニセ理事長が俺の心に揺さぶるをかけてくる。

しかし不思議と俺は動じなかった。それどころか、思わず笑みがこぼれてしまうほど落ち着いていた。

ニセ理事長「何笑っている」

八幡「安心したから、かな」

語気を強めるニセ理事長と対照的に、俺は至って普通な返答をする。そんな俺の様子に、星月たちでさえも困惑した表情を見せる。

みき「安心ってどういうことですか?」

八幡「文字通りの意味だよ。お前らが、心の中では色々葛藤を抱えてたことが知れて安心したんだ」

昴「アタシたちの葛藤がわかって、安心?」

遥香「先生って、やっぱり変な人なんですね」

八幡「おい待て。言動が変なことはある程度自覚してるが、今それを言うなよ」

みき「じゃあ、真剣にそう思ってるってことですか?」

星月は何が何だかわからない、といった顔で俺に質問してきた。

まあ、自分の本心相手に何も言い返せないこいつらに俺の考えを理解しろってほうが無理か。

今回の更新は以上です。

スレが落ちないように、繋ぎとして少しだけ更新しました。

久しぶりの更新となりましたが、また数週間更新できなくなります。すみません。

最終章-28


ニセ理事長「何を笑っている比企谷八幡。次はお前の番だ」

ニセ理事長がそう言うと、新たな黒い実が枝に現れた。それはたちまち大きくなり、ついにひび割れて、中から1人の人のようなものが出てきた。

出てきた人は、細身の体型で、頭から黒いアホ毛が出ている。少し汚れたスーツからはけだるそうな雰囲気を感じるが、小町からもらったネクタイピンがきらりと光っている。まるで、鏡を見ているような錯覚に陥る。

八幡「こいつは……俺か」

流石にこれは見間違えない。他の3人と違い、まったくもって俺と瓜二つの姿をしてるんだから。違うところ言えば。

みき「あっちの先生。目が腐ってない」

昴「うんなんか、あっちの方が爽やかな感じがする」

遥香「目だけでずいぶん印象って変わるのね」

なぜかニセモノの俺の方が綺麗な目をしていた。おかしいだろ。本物よりもかっこいいって。目が腐ってない俺なんて、ただの完璧イケメンじゃねえか。こんな俺だったら、今頃クラスの人気者だな。

なんて冗談半分で考えてはみるものの、冷静に考えれば俺のニセモノだけ明らかに俺に似すぎている。他の3人のニセモノは真っ黒なのに、俺のニセモノだけ色も服装も含め、完璧に俺である。

八幡「お前は俺の悪意の結晶、なのか」

ニセ八幡「ああ。見ればわかるだろ」

八幡「まあな」

俺のニセモノは不敵な笑みを浮かべている。まるで本物の俺を見下しているかのように。

ニセ八幡「ま、俺が出てきたとこで、星月たちみたいに肉体的な戦いができるわけはないし、何しようか」

八幡「別に何もしなくていいぞ。なんなら、そのまま禁樹へお帰りになってくれ」

ニセ八幡「いくら家を愛してる俺だからって、仕事を振られちゃやらないわけにはいかないだろ」

八幡「なんだよ。お前の仕事って」

ニセ八幡「決まってるだろ。お前の心を折ることだよ。もう1人の俺」

もう1人の俺って言葉。遊戯王っぽくて、ドキッとするのは俺だけでしょうか。いや、ニセモノの俺も意識したに違いない。だって少し満足そうだもん。

一方の星月たちは俺のニセモノの発言を受け、すぐさま武器を構える。

ニセ八幡「あー、別にお前らに危害を加えるつもりはない。というか、さっきも言ったろ。俺は非暴力不服従主義なんだ」

八幡「その言葉、ガンジーが聞いて泣くぞ」

ニセ八幡「死んでなお言葉が残ってるなら本望だろ、多分。知らんけど」

うええ。なんか自分と話してると変な感じになってくるな。

みき「先生が2人いると、めんどくささが倍増するね……」

昴、遥香「確かに……」

八幡「うっせえ」

俺も思ってたけど、それを口にするな。悲しくなるだろ。

最終章-29


ニセ八幡「そろそろ本題に入るぞ。まどろっこしいのは嫌いなんでね」

ニセモノはその目を凛と輝かせ、いやに白い歯を見せながら語り始めた。

ニセ八幡「もう1人の俺。お前もこちら側へ来い。俺や禁樹とともに世界を人ごと変えよう」

八幡「そのセリフ、雪ノ下からパクったな」

ニセ八幡「まあな。それよりどうだ。今ならお前の力で世界を支配できる。悪くはないだろ?いや、むしろ願ってもないチャンスだ」

八幡「お前俺の心だろ。なら、俺がそういうことに興味ない人間だってことが、」

ニセ八幡「いや、ある。俺はお前の心だぞ。俺が心にもないことを言うと思うか?」

八幡「……」

果たしてこの言い合いは分が悪い。なんたってあっちは俺の「真」の心を体現しているんだから。

ニセ八幡「そこの3人といたって、また裏切られるのが関の山だ。そうだろ?」

八幡「まあ、そうかもしれないな」

みき「え、なんで今反論しないんですか?」

八幡「あいつを目の前にして、嘘は通じないだろ」

遥香「では、まだ私たちのこと……」

八幡「ああ。完璧には信じられない」

昴「そんな……」

八幡「こればっかりは性質なんだ。今更どうしようもない」

遥香「なんでそんな冷静なんですか?」

八幡「逆に足掻いても仕方なくない?」

みき「今はそんなことを言ってる場合じゃないですよ!」

八幡「落ち着けって。それに、俺はあいつの存在を否定しているわけじゃない。あいつも含め、俺は俺だ」

ニセ八幡「そう。だから比企谷八幡はお前らのことを信じちゃいないんだ。お前らは、俺の対極にいるような人間なんだから、なおさらな」

みき「対極って、」

ニセ八幡「それは聞かなくてもわかるだろ。俺とお前らは住む世界が1ミリたりともかぶってない。別世界の人間なんだよ」

遥香「先生。本気でそう思ってるんですか?」

八幡「否定はできん……」

だって普通に考えればそうでしょ。ホモサピエンスだってことくらいしかこいつらとの共通点を見出せないどうも俺です。

昴「そうだとしても、先生はこうして傍にいてくれる!」

ニセ八幡「まあ、それが仕事だからな。契約上、理事長が首を縦に振らなきゃ俺は元の学校には戻れないんだ。この奴隷的状況から抜け出すためには、お前らの意思を尊重して、それを支援するよう動くのが一番手っ取り早いだろ」

みき「そんな……でもさっきは私たちと一緒に行きたいって言ったじゃないですか!」

ニセ八幡「それこそ空気を読んだんだよ。お前らの士気を下げるわけにもいかなかったからな」

遥香「先生。これも本当ですか?」

八幡「嘘じゃありません……」

なんで成海だけは俺を睨みつけてくるんだよ。喋ってるのはあっちだろ?あっち睨めよ。

ニセ八幡「つまりだ、俺はお前らのことなんてちっとも考えてないわけだ。たまたま利害が一致したから近くにいただけ。わかった?」

ニセモノの俺は、相変わらず目をキラキラさせながら俺たちの心にナイフを次々に刺してくる。俺はともかく、他の3人はかなりダメージを負っている。そんな俺たちを見て、ニセ理事長もニヤニヤしている。

この圧倒的状況を打開するためにはどうすればいいのか。1つだけ手があるが、それはなるべく使いたくない。なぜなら、俺のメンタルが崩壊する危険性があるからだ。

しかし、そんな悠長なことを言っている場合ではない、か……

今回の更新は以上です。

お久しぶりです。これからまたぼちぼち更新していくつもりですので、またよろしくお願いします。

最終章-30


ニセ八幡「なあもう一人の俺。変なことを考えてないか?」

俺の分身ともなれば、思考回路まで筒抜けらしい。当然ちゃ当然だが。

ニセ八幡「この状況を打開するなんて不可能だぞ。なんたって、俺だけじゃなく、星月にも成海にも若葉にも問題はあるんだからな」

追い打ちをかけるようにニセモノの俺は言葉を続ける。

するとしばらく黙っていた星月たちの黒いニセモノまで口を開き始めた。いや、本当に口があるかどうかわからないけど、表現上、ね?

みき(黒)「うん。こっちの先生の言う通り。私は自分のしたいことばっかりして、周りに迷惑をかけてばっかりなダメな存在。先生や他の星守の子たちに助けてもらわないとなーんにもできない無力な人。2人はどう?」

遥香(黒)「私はさっき言ったように、他人に奉仕することでしか自分を保てない存在。特に私より弱い人や、みきのような恩人に奉仕するのがとっても好きなの。だって自分がよりすごい人に思えるじゃない?自分自身には、価値なんてないもの」

昴(黒)「アタシはどっちかというと周りから過大評価されてるからなあ。ただスポーツができてショートカットなだけでカッコいいキャラになってさ。本当は女の子らしい言動や服を着たいのに、周囲の期待に応えるために我慢して、遠慮してる」

この流れはまずい。影のような自分の悪感情にこんな風に言われたら、誰だって心に傷を負う。ましてや、星月たちだ。ここまで実態を保った悪感情が出てくるほど心に闇を抱えていたのに、表面的にはそれを一切出していない。ということは、こういう思いを知られたくなくて、隠そうと努力してきたといえる。

それなのに、この非常事態の中において、他人に、しかも自分とかなり仲のいい人物の前で自らの心情を「暴露」されてしまった。

これでショックを受けるな、と言うほうが酷ってもんだ。

遥香(黒)「私たち、お互い醜い感情を持っていたのね」

昴(黒)「うん。それもかなり酷いレベルのをね」

みき(黒)「こんな私たちが、星守なんてやっていけるわけないよ。そう思わない、私?」

そしてそのような心の状態を、ニセモノたちが気づかないはずがない。ここぞとばかりに精神攻撃を畳みかけてくる。

対するこっち側の3人は顔を曇らせ、下を向いてしまっている。もちろんお互いの顔なんて見向きもしない。まあ見られないし、見せたくもないんだろう。

ただ、その体勢からにじみ出る雰囲気が、彼女たちが限界にあることを知らせてくる。

これ以上は、ダメだ。

みき「わ、私は、星守に……向いて……」

八幡「ああ。少なくともお前らは星守には向いてねえよ」

星月の言葉に割り込むように俺は言い放った。

最終章-31


みき(黒)「先生。どうして私たちはダメなんですか?」

八幡「今の言葉聞いてりゃ誰だってそう思うだろ。こんなことだけ考えてるやつに、小町のことを守ってもらおうなんて思わん」

昴(黒)「あくまで妹さん基準で物を考えるんですね」

八幡「もちろんだ。小町は世界で一番かわいい妹だしな。そんな妹を守るのが兄としての務めだろ。なあそっちの俺」

ニセ八幡「ああ。千葉の兄は妹を全力で守らなきゃいけない、という不文律まであるくらいだ」

遥香(黒)「こんなにこっち側の自分と話が合うなんて、先生って変な人ですね」

八幡、ニセ八幡「まあな」

やべ。ハモっちゃったよ。別に俺はこいつらと仲良くしようとしてるわけじゃない。だからそんな風に疑惑のまなざしをしないでくれ俺の近くの3人。

八幡「まあ、とにかくだ。そういうことだから俺もお前らが星守をやるのは無理だろ。てか、そんな心が清らかな人間なんて、この世にいない」

地球人の誰もが筋斗雲に乗れなかったようにな。てか、乗れないのになんで亀仙人は筋斗雲持ってたんだろうか。宝の持ち腐れにも程がある。そこらへんの設定ってどうなってたんだろうか。まあ俺はドラゴンボールそこまで詳しくないから知らんけど。

みき(黒)「じゃあ私たちが星守をやることに先生は反対なんですね?」

八幡「黒いお前らはな。けど、こいつらにはやってもらいたい。むしろここまで天職な奴らも珍しいと思ってるくらいだ」

みき、遥香、昴「へっ!?」

3人とも拍子抜けした声を上げた。まさかここで俺が持ち上げるなんて思わなかったんだろう。まあ、この反応も狙ってたんだが。

昴(黒)「さっきはダメだって言ったくせに」

対して、黒い方からは不満げな声が漏れ出てくる。そろそろ一言物申すときかな。

八幡「お前らのような考え方「だけ」だとダメだって言ったんだ。お前らは悪感情の塊だからわからんかもしれんが、こいつらは他にもいろんなことを思って日々の生活を送ってるんだよ」

みき(黒)「……先生は私たちの何を知ってるって言うんですか」

八幡「俺はお前らのことをあんまり知らねえよ。短い付き合いだからな。それよりも傍の奴らに聞いてみた方がいいだろ」

俺はそう言うと、未だ状況が呑み込めていない3人を指さした。

八幡「まずは星月について思ってることを言ってもらうぞ。はい成海」

遥香「え、わ、私はみきの明るくて活発なところをすごく尊敬しています。それで私は救われたから」

八幡「次。若葉」

昴「うーんと、アタシは何度失敗しても諦めないところがみきのすごいと思うよ。特訓だってできるまでやめないし、料理も……ね……」

遥香「なんで言い淀むの昴。みきの料理は本当に美味しいじゃない」

昴「え、うん、そうだね……」

八幡「ほらな星月。お前は目の前にいる黒い心だけの存在じゃない。こうして仲間から評価されてる部分もあるんだ」

みき「え、その、ありがとうございます……」

星月はぼしょぼしょとお礼の言葉を述べる。その頬は嬉しさか羞恥かで赤く染まっている。

みき「でも、遥香ちゃんや昴ちゃんにもいっぱいいいところはあるよ!遥香ちゃんはいつも冷静に私たちを助けてくれるし、昴ちゃんは運動神経がいいからどんな状況にも対応できちゃうし」

遥香「私はたまに女の子らしくかわいい昴を見るのも好きよ?」

昴「う……そういう遥香も、凛としたところあるじゃん。アタシにはできないよ」

みき「うんうん。遥香ちゃん、健康とか生活に関してはすごくしっかりしてるよね」

遥香「そんなことないわよ……」

いつの間にか俺が蚊帳の外に置かれてしまった。むしろ蚊帳の中にいるほうが珍しいまである。だが今は俺のハブられ具合についてはどうでもいい。話を進めなければ。

最終章-32


八幡「ま、これでわかっただろ。俺がお前らを星守に推す理由が」

3人はお互いの顔を見合わせるが、首をひねりあってから、なぜか俺の方に向き直った。

みき「イマイチわからないんですけど……?」

八幡「なんでだよ。今の会話でわかるだろ。なあ、成海、若葉」

しかし2人ともわからないといった表情をするばかりだ。

遥香「先生、適当なこと言ってごまかそうとしているわけじゃないですよね?」

八幡「当たり前だろ。ちゃんと理由はある。俺が確証もなく動くわけないだろ」

昴「じゃあ教えてください!」

なぜかこの3人だけじゃなく、あちら側の陣営も俺の話に耳を傾けている。

八幡「つまりだ。お前らはこうして仲間の長所をきちんと理解しているし、それを尊敬しあえているだろ。上辺じゃなく、心の底からな」

俺の指摘の甲斐もなく、3人とも腑に落ちない顔をするばかりだ。

みき「それって、当たり前のことですよね?」

八幡「それを当たり前だと思えているところがすごいんだよ」

昴「先生は思わないんですか?」

八幡「俺はそこまでは思わん。すげえな、とかは思う。けど、」

遥香「けど、なんですか?」

八幡「最近は、お前ら相手には、こういうことを考えない、こともない……」

……………………

あぁぁぁぁあ。死にたい死にたい!俺何言っちゃってんのぉぉおおぉ。

言い方も気持ち悪いし、言ってる内容もヤバい。陰キャ丸出しだ。これは材木座のこと笑えない……。むしろ馬鹿にされるまである。

それに、ほら!3人とも目を丸くしちゃってるよ!もうあれだ。俺の教師生活も終わりだ。この発言を一生ネタに揺すられ続けるに違いない。「あの時の発言、ばらされたくなかったら金持ってこい」なんて言われて、俺は金をむしり取られていくんだ。

みき「あの、先生?」

星月は頭を抱えてうずくまる俺の肩に手を置いてきた。

みき「私はすごく嬉しいですよ。先生がそういう風に私たちを見てくれてるってわかって!」

遥香「ええ。別に恥ずかしがらなくてもいいのに」

昴「これ、あんこ先輩がよく言ってる「ツンデレ」ってやつ?」

成海も若葉も若干ニヤつきながら星月に続く。俺はツンデレなんかじゃないぞ。だって俺は金髪でもなければツインテールでもない。

そういえば、どうしてツンデレキャラって金髪ツインテがデフォなんだろうか。三千院ナギしかり、澤村・スペンサー・英梨々しかり、金色の闇しかり。ああ、煌上もそうだな。まあ煌上にはデレ要素がないからツンとしか言えないが。触ったら痛そう。というか蹴られそう。

みき「先生。変なこと考えてないで、戻ってきてください」

星月によって、俺は思考の迷宮から強制的に脱出させられてしまった。

八幡「なんだよ……」

みき「この状況、どうすればいいんですか?」

今回の更新は以上です。

書いていない期間が長くて、勘が鈍ってます。ごめんなさい。

最終章-33


八幡「どうするもなにも、俺は知らん」

みき「ええ……」

八幡「ええじゃねえ。というか、何ニヤニヤしてんだよお前。ちょっと気持ち悪いぞ」

みき「ニ、ニヤニヤなんてしてません!」

昴「いやいや。みきはさっきからずっとニヤニヤしてるよ?」

遥香「そういう昴もね」

八幡「成海もだよ……」

揃いも揃ってなんなのこいつら。この状況でニヤつけるとか、何考えてるのかわからん。怖すぎ。

みき「だって、先生があんなこと言うからですよ!」

八幡「あんなことってなんだよ」

みき「星守が、私たちの天職だって言ってくれて」

八幡「は?」

見れば星月だけでなく、若葉や成海まで耳まで真っ赤にしてニヤついている。ちょっとこの子たちチョロ過ぎじゃないですかね。将来が心配になるレベル。

八幡「いいか。お雨らは俺の言葉を取り違えている。別に俺は無条件にお前らを賛美しているわけじゃない」

昴「じゃあどういうことですか」

八幡「俺がお前らを推したのは、お前らの中に大きな善意と大きな悪意が共存しているからだ」

遥香「善意はいいとして、悪意があってもいいんですか?」

イマイチわかってない星月と若葉を尻目に、成海は疑問をぶつけてくる。

八幡「確かに俺はさっきお前らの長所を評価した。だが、同時に悪意の方もそれなりに大切だと思ってる」

昴「悪意が大切?」

ここで若葉も話に加わってきた。

八幡「そりゃそうだろ。善意100%のやつとか、逆に怖いわ。マザーテレサやナイチンゲールとかの伝記読んだことあるだろ?俺はあれを読んで、彼女たちの善意にぶっちゃけ引いたな」

遥香「それは先生だけでは……?」

八幡「いや、俺の親父も言ってたぞ。『こういう伝記に載るような奴らは精神がいかれてる』ってな」

昴「先生のお父さんも相当ですね……。それでも悪意はない方がよくないですか?」

八幡「バカ。悪意が少ないやつには、悪意だらけの奴の気持ちに寄り添えるわけないだろ」

これは真理だ。そんな奴相手でも『理解』は可能だ。そいつが何を考え、何をしたいのか把握することはできる。

だが、絶対に寄り添うことはできない。いじめられた経験がないやつが、いじめられたやつの苦しみに共感できないように。意識せずになんでもできるやつが、努力しても上手くいかないやつに上手く教えられないように。

持つ者が持たざる者に慈悲の心をもってこれを与える、なんて雪ノ下が言ってたが、これはその対象に心から寄り添っているわけじゃない。あくまで立場が上にいる者からの奉仕なのだ。

だが、星月たちは違う。自らの中に大きな悪意を秘め、それと葛藤しながら命がけで戦っている。それは同じく善意と悪意の間で揺れ動く人間たちを同じ立場から支援していると言い換えられないだろうか。

最終章-34


八幡「だからこそ、お前らみたいな心の持ち主が星守をやるのがいいんだよ。大きな善意と悪意を兼ね備えているお前らなら、どんな人もその手で守れるだろうから」

所詮、自分以外は皆他人だ。完全に理解することも、まして寄り添うことなんて不可能。現実ではどこかで他人と線を引いて、お互いが傷つかないちょうどいい距離を見つけることが大切なのだろう。

だが、俺は心の奥底では簡単に割り切れなかった。

俺はわかりたいのだ。知って安心したい。わからないことはひどく怖いことだから。願わくば、同じような気持ちを持つ、心許せる相手と。

そんなことは絶対にできないって思ってた。お互いがお互いの傲慢さで理解しあおうとし、あまつさえそれを欲望しあうなんて、夢でもありえないことだと思ってた。

だってそれは、他人に知られたくないような全ての自分を曝け出し、認めてもらうことと同義だから。

けれど、そんな幻想がここには実在した。

星守クラスの彼女たちは、全員が有り余る程の個性を発揮していた。当初はその眩しい光に眼を眩まされていたが、徐々に慣れていくにしたがって、彼女たちの心の闇も見えてきた。光が強ければ、その影も濃くなる。イロウスとの戦闘以外にもイベントが多かったこともあり、俺が彼女たちの心の影、悪意を把握するのにそれほど時間はかからなかった。

そんな星守たちは、俺の気持ちを知ってか知らずか、俺の心のテリトリーに土足で踏み込んできやがった。なんならめちゃくちゃに荒らされたこともあった。

ただ、彼女たちはそうして俺の心を知ろうとしてくれた。寄り添おうとしてくれた。さらには、そんな俺のことを大切に思って涙を流してくれたこともあった。

そんな体験をしていくうちに、俺の心にある感情が生まれてきた。始めはその存在を受け入れたくなかった。そんなものはまやかしだ、すぐに裏切られる、と何度も自分に言い聞かせてきた。

だが日に日にその感情は大きくなっていき、ついに俺はそれを無視することができなくなった。

その感情に名をつけるとしたら、それは「信頼」と言えるかもしれない。

八幡「お前らは、ぼっちで、捻くれて、目つきの悪い俺を認めてくれている。受け入れてくれている。そんなお前らを俺は信頼している。そして、人並外れた悪意を抱えているところも人間臭くて嫌いじゃない。だからこそ、俺はお前らを星守に推しているんだ。俺に言えることはそれだけ」

気づけば星月も成海も若葉も涙を流している。口を半開きにさせたり、手で口を覆ったり、歯を食いしばったりと、動作は違えど、皆頬を濡らしているのには変わりない。

八幡「だから、、、っ…………」

なぜだか、俺の頬が熱く湿っていく感じがする。その感覚に気付いた俺は、もう言葉を発することができなかった。

みき「…………はい!」

俺の言葉にならない言葉に反応したのは、しばらく黙っていた星月だった。星月は涙を袖で拭ってから、普段見せる満面の笑みを浮かべた。

みき「私はあっちの私が言うように、自分勝手に行動しちゃうことがある。そのせいで色んな人に迷惑をてきたことも自覚してる。そこは私の欠点だし、直さなくちゃいけないことだと思う」

朗らかな表情とは異なり、星月は言葉の1つ1つをゆっくり、はっきりと紡いでいく。

みき「でも、そんな性格のおかげで遥香ちゃんや昴ちゃん、他の星守クラスのみんな。そして先生とも仲良くなれた。イロウスを倒して、みんなの笑顔を守ることもできてる。そういうところは自分を褒めてあげたいかな」

みき「だから私は、いいところも悪いところも全部合わせた『星月みき』として、これからもイロウスと戦う!」

星月の力強い宣言を受け、成海と若葉も姿勢をすっと正した。

遥香「私はどちらかと言えば周囲の状況に合わせて行動しがち。それはみきをはじめとして、大切な人に離れていってほしくないから。悪く言えば、他人に依存することで自分を保っていられたのかもしれない」

遥香「けれど、そうして色んな人と接するうちに、自分のやりたいことがはっきりしてきたの。依存だけじゃなく、心から他の人の役に立ちたいと思ったの。そうしていつか、昔の私のような子を、全世界の困っている人を助けたいの。それが私『成海遥香』!」

昴「アタシは星守クラスの他の子たちのようなカワイイ感じに憧れてる。アタシじゃ無理だなあって思いながら、それでもカワイイものがあったらつい見ちゃう」

昴「でも、カワイイものと同じくらい、アタシは体を動かすのも好き。運動神経がいいほうだから『王子様』って呼ばれたりするけど、それはみんながアタシのそういう一面を認めてくれてるってことだから、素直に嬉しい。『若葉昴』はそんな人間なんだ!」

次いで成海と若葉も光に包まれる。薄暗いこの空間の中で、3人の放つ光は強烈なものだが、同時に何か暖かみを感じる。

最終章-35


程なくして光が収まってきた。段々と星月たちの姿を視認できるようになるにしたがって、彼女たちの服装が変化していることに気付いた。

みき「え、なにこれ!」

遥香「新しい星衣、かしら」

昴「力がみなぎってくるよ!」

どうやら星月たちが着ているのは新しい星衣のようだ。これまでの星衣(制服に何かパーツが取り付けられたようなもの)とは全く異なり、非常に体のラインにフィットし、かつ見た目麗しいデザインになっている。

肩から胸、背中にかけては、ストッキング生地のようなもので覆われていて、かなりのスケスケ具合である。

胸からへそのあたりにかけての前面は白、横と後ろはそれぞれのイメージカラーでまとまっている。

下半身は黒を基調とし、先のほうにイメージカラーが施されたミニスカートを穿いている。ソックスは、白を基調としたニーハイである。

そして目の錯覚でなければ、なぜか彼女たちの星衣がキラキラと輝きを放っているように見える。心なしか、武器まで光ってるんじゃないの。

総括すれば、何かの戦闘美少女のコスプレにしか見えないが、彼女たちはそんな衣装を恐ろしいほどに着こなしている。いや、もしかしたら彼女たちに適したデザインの結果がこれなのかもしれない。

みき「先生!どうですか?私たちの新しい星衣!」

八幡「え、ああ、まあ、いいんじゃねえの」

星月からの不意の質問に、しどろもどろになってしまったどうも俺です。

でもしょうがないよね。見てくれがいい3人が、揃いも揃って結構キワドイ星衣を着用してるんだから。目のやり場に困るって話よ。材木座あたりなら鼻血を拭いて倒れていてもおかしくない。

昴「この星衣、とってもかわいい……」

遥香「それに動きやすいわ。私の体にすっと馴染んでるみたい」

当の本人たちは俺の心の葛藤を露知らず、新しい星衣に興奮している。

ニセ理事長「ふ。今更星衣が変わったくらいで、何になる」

ニセ理事長の言葉を受け、星月たちは武器を構え直す。

みき「それは、やってみなくちゃわからないよ!」

ニセ理事長「それもそうだな。行け!」

ニセ理事長が声を上げると、黒いニセモノの星守たちが一斉にとびかかってきた。

みき「一瞬で終わらせるよ!遥香ちゃん!昴ちゃん!」

遥香「ええ!」

昴「オッケー!」

3人はゆったりと武器を構え、ニセモノたちを待ち受ける。

みき、遥香、昴「はっ!」

そして一瞬の後、ニセモノたちは残らず地面に倒れていた。

八幡「強すぎだろ……」

つい声が漏れてしまった。だが、ここ最近は最も身近で彼女たちの特訓を見てきた俺からすれば、今の動きの速さはこれまでの彼女たちの実力を大きく上回っていた。攻撃力も、こんな強敵を一発で仕留められるほどに上昇している。にわかには信じがたい。

だが、星月たちはそれを簡単にやってのけた。それも自身の悪意の結晶に対して。これは星衣の力ももちろんあるだろうが、彼女たちが、自分の心を見つめ直すことができたからではないだろうか。

今回の更新は以上です。

ゲームのストーリーでは神樹や理事長の正体が明らかになっていますが、こちらではその設定は無視したエンディングを予定しています。並行世界の別の「バトガ」として楽しんでください。

最終章-36


ニセ理事長「…………」

流石のニセ理事長も一瞬唖然としていたが、すぐに元の冷たい顔つきに戻った。

ニセ理事長「ふふ。まさかここまで強くなるとは思いませんでした。やはり、私が直々に手を下すしかないようですね」

次の瞬間、ニセ理事長の口から暗い紫色の人魂のようなものが飛び出した。わずかに空中を漂った人魂は後方に垂れ下がっている巨大な主根に近付き、中へと入っていった。

対する理事長の身体のほうは、その場で力なくぐったりと倒れこんでしまった。

八幡「理事長!」

俺はとっさに理事長の元へと駆け寄った。

牡丹「……比企谷先生、ですか?」

上半身だけを起こして俺に反応する理事長。普段の理事長の口調だ。その声を聞いて、少し安堵する。

おそらくさっき口から出たものが禁樹のコアみたいな部分だろう。それが理事長の身体から出た今、理事長は解放されたと見ていい。

自分たちのニセモノを倒した星月たちも勢いそのままに俺たちのもとへと走ってきた。

みき「理事長!大丈夫ですか?」

牡丹「ええ……みきに昴、遥香。みんなに迷惑をかけてしまいましたね。申し訳ありません」

理事長は顔を俯かせながら謝罪の言葉を口にした。

昴「アタシたちは迷惑だなんてちっとも思っていません」

遥香「理事長が星守のことを考えて行動してくれたこと、知っていますから」

若葉と成海の言葉を聞いた理事長は事情を説明するよう、すっと俺に視線を向けた。

八幡「すみません。あのノートのことを星守たちに話してしまいました。それでも星守全員が理事長を助けるため、イロウスを倒すために立ち上がったんです。こいつらだけじゃなく、上層階には他の星守たちが今も戦い続けています」

牡丹「そうですか……」

理事長は再び顔を俯かせてしまった。理事長としては、自分一人で片を付ける算段だったはず。俺や星守たちを危険な目に合わせないために。

けれど、俺と星守たちはここにいる。さらには理事長自身が禁樹に利用されながら、なんとか助かる始末。事態が混迷を深めていることに強い罪悪感を覚えているに違いない。

牡丹「あの、」

八幡「星月たちは自分の意志でここに来ています」

俺は理事長の言葉を遮った。それ以上の話をさせないように。

八幡「理事長がこういう展開を望んでいないことはわかっていました。でも、俺には星守たちの気持ちを無視することはできませんでした。イロウスから世界を守りたいと願う、星守たちの決意を」

おそらく理事長も心のどこかではこうなることをわかっていたのだろう。でなければわざわざノートを残しておかない。

きっと理事長は悩んでいたのだ。これまでとは比べ物にならないような世界の危機を星守たちの手に委ねるかどうか。

そんな中で、星守たちは全員が戦うと言った。それは俺にも言えることだ。一般人ながら、それなりの時間を彼女たちと過ごすことで色々と感化されちまったのだろう。ぼっちの名が廃れるなこりゃ。

八幡「だから、今はこいつらを信じませんか」

だからこそ、俺も理事長も星守たちの戦いを見守る義務がある。否、直接手が下せなくても、共に戦わなくてはいけない。それが俺たち教師の役割だ。

そんな俺の言外の思いを察したのか、理事長は薄く微笑んで静かに頷いた。

みき「よし、いこう!昴ちゃん!遥香ちゃん!」

昴「うん!」

遥香「ええ!」

星月の奮起に呼応して、若葉と成海も力強い返答をする。しかし状況は極めて不利なものだ。

八幡「多分さっき理事長から出た紫の光が禁樹のコアの部分だ。それが向こうの大樹に入った今、この空間全体が敵の攻撃範囲に違いない。気を抜くなよ」

360度を樹の根で覆われたこの空間は、どこから敵の攻撃が飛んでくるかわからない。紫の光が入ってから樹全体が紫に発光している以上、俺たちに隠れる場所はない。

遥香「比企谷先生と理事長は私たちから離れないでください」

昴「先生たちは、アタシたちが守ります!」

自衛の術を持たない俺と理事長は、星月たち3人に囲われた。いつだかの、自爆するイロウスと戦った時を思い出す。

最終章-37


あの時は爆風を一発受け流せればよかった。だが今回は無数の鋭く尖った根が星月たちに襲い掛かっている。

そのせいで、3人を頂点とする三角形はじりじりと小さくなっていく。真ん中にいる俺と理事長への攻撃を防ぐために、3人がより近い距離を取るシフトを敷いているためだ。

3人ともよくやってはいるが、今のままではジリ貧だ。俺と理事長というハンデを抱えていては、こいつらも攻撃に転じられない。かと言って俺と理事長が自力で禁樹からの攻撃を防ぐ術があるわけではない。どうする……

みき「先生、私たちなら大丈夫です」

恐ろしくタイミングよく星月が俺たちを励ますように言葉をかけてきた。こちとら頭をフル回転させても対抗策が思いつかないのに、戦いながら話しかけてくる星月の悠長さに対して俺は苛立ちを覚えた。

八幡「だが、今の状況だといつかは破綻する。お前ら3人じゃ俺らを守るのに精いっぱいだろ」

みき「そうですね。私たち3人だと、確かに厳しいです。でも18人ならどうですか?」

なおも星月は余裕を感じさせる口調で言い切った。

こいつは何を言ってるんだ?確かに18人もいれば状況を打開するには十分な数だが、そんな人数をどうやって揃えるつもりなんだ。

待てよ。こいつ、もしかして……

突然黙りこくった俺の顔を理事長が不思議そうに見つめているのに気づいた。

牡丹「比企谷先生、みきは何を狙っているのですか?」

八幡「……多分あいつの作戦は、『援軍が来るまで耐える』です」

それしかない。18人というのもここで戦っている星守の数だ。あいつは他の星守が合流するのを待っているんだ。

俺の返答を聞き、理事長はすぐにあの出来事を思い出した。

牡丹「それって、以前比企谷先生とみきが実践した作戦ですよね?」

八幡「ええ。まさかこの状況でそれを思いついて実行しようだなんて夢にも思わないですよ」

戦闘中にもかかわらず、俺は苦笑してしまった。

だが改めて考えてみれば勝算は決して低くない。俺たちが禁樹と対峙する前から15人の星守たちは大型イロウスと順次戦闘を開始していた。一番上層階で戦っている5人なら、もうイロウスを倒していてもおかしくはない。そしてそいつらが下層階の戦闘に合流すれば、その階の戦闘もその分早く終わる可能性が高い。

そうやってイロウスを倒した15人がこの最下層フロアに集まれば、禁樹を倒すことだって夢ではなくなる。むしろ、現実的な予測だと言ってもいい。

こういう卑怯というか、人の裏をかくような手段は、神樹ヶ峰では自分の専売特許だと思ってたんだがな。まさか星月が言い出すとは思わなかった。そんな星月に対し反論しないあたり、若葉や成海も同じ考えを抱いているのだろう。つまり俺はこいつらに捻くれ思想を植え付けたことになる。これって育成失敗というやつでは?

牡丹「この子たちは本当に頼もしくなったんですね」

俺の後悔とは裏腹に、理事長は感慨深げに目を細めている。

八幡「いや、こんな消極的な対応をとることを頼もしいというのはどうなんすかね」

牡丹「以前のあの子たちなら、自力でどうにかしようとしていたでしょう。でも今は自分の限界を知り、仲間を心から信頼できているからこそ、助けを待つという選択ができているのです。比企谷先生と関わって、この子たちは変わったんです」

八幡「別に俺はそんなこと全く意図してなかったんですけど……」

牡丹「それでいいんです。生徒は教師の想像を超えて大きくなるものです。そういう場面に立ち会えることが、教師の一番の幸せではないかしら」

不覚にも理事長の最後の発言には頷けるところがあった。星月たちだけじゃなく、18人全員が日々予想外の行動を取りながらも、いつのまにか成長している。それは得てして俺の意図した方向とはまるで異なっていることが多かった。

ただ、そういう変化を俺はどこかで歓迎していたのかもしれない。そうじゃなきゃ、星守たちにここまで入れ込むことなんてできやしないだろうから。

八幡「まあ、その気持ちはわからなくもないです」

牡丹「ふふ、もう比企谷先生は立派な先生ですね」

理事長のこっぱずかしい言葉に、思わず顔を背けてしまう。

牡丹「でもこれだけは忘れないください。比企谷先生もまた、1人の生徒なんだということを」

付け加えれれた言葉の真意を問い正そうとしたとき、天井付近から轟音が鳴り響いた。

ぱっと上を見上げてみるものの、天井付近はかなり暗く何が起きているかはわからない。今のところ特に変化はないが、轟音は止むことなく鳴り続ける。

これが禁樹からの攻撃音だというなら避けるなりするのだが、何も変化がない以上、無暗に動くのも控えた方がいいはずだ。

お久しぶりです。バトガがサービス終了するということで、このSSを再開することにしました。

最終章-38


何の対策も講じられないうちに、とうとう天井が崩れ落ちてきた。上から大小様々な大きさの樹の欠片が降り注いできたが、俺や理事長には逃げる場所も防ぐ手立てもない。

みき「先生!」

天井の落下に気付いた星月たちが俺たちにさらに近付いてきた。助かったと思う反面、正面を見ると禁樹が木の根を鞭のようにしならせて攻撃してくるのが目に入った。

八幡「前を見ろ!」

とっさに俺は声を張り上げた。しかし星守たちは皆、上からの落下物に気を取られていて防御態勢に入り切れない。禁樹からの攻撃も落下物も同じくらいのスピードで迫っていて、かつどちらも凄まじい物量なため、3人では手が回らない。

昴「ど、どうする!?」

みき「え、え、えーと、」

遥香「私が上を、いや、でも前方の方が危険度は高い……」

この通り、星守たちは混乱している。一刻も早く指示を出さないといけないこの状況で、なぜか理事長は静かにたたずんでいる。もしかして、諦めたのか……?

刹那、前方からの攻撃も上からの落下物も霧散した。あっけにとられたのもつかの間、煙が舞う中に目の前にたくさんの人影が現れた。

明日葉「先生、みんな、大丈夫ですか?」

濛々と煙が立ち込める中、俺たちの元へ現れたのは楠さんだった。

みき「あ、明日葉先輩……」

楓「明日葉先輩だけじゃありませんわ!」

うらら「うららたちもいるんだから!」

ついで千導院や蓮見も現れ、気づけば15人の星守たちが俺たち5人を取り囲んでいた。さっき俺たちを助けてくれたのもこいつらだろう。壊れた天井から降りてきたのか?

遥香「皆が助けてくれたのね、ありがとう」

成海の感謝に下級生を中心に何人かの星守が照れたように頬をかいた。

望「あ、昴たちも星衣変わったんだ!似合ってる~!」

昴「あ、ありがとうございます……この星衣、かわいくてお気に入りなんです」

サドネ「みんな、オソロイ!」

違うところでは、天野たちがお互いの星衣の変化について話している。確かに高1以外の星守も全員見目麗しい星衣姿に変わっている。色合いは違えど基本的な形状は皆同じなため、それぞれの身体のラインが強調されており、目のやり場に非常に困る。

ただ、星守たちが全員揃ったことで、空気がにわかに明るくなった。特に高1組は心に余裕が生まれたことが弛緩した表情からもわかる。

花音「理事長!大丈夫ですか?」

理事長のもとには煌上をはじめとする何人かが集まってきた。俺の周り?もちろん誰もいない。当たり前のことすぎて最早何も思わない。

牡丹「ええ」

ミシェル「むみぃ、理事長先生、元気そうで安心した」

牡丹「心配をかけましたね」

理事長のはっきりとした受け答えに、周囲の星守たちは安堵した顔を浮かべる。

八幡「てか、なんで天井が崩れ落ちるなんてことになるんだよ」

つい口から出た疑問に対し、傍にいた藤宮が「やれやれ」といった感じで説明し始めた。

桜「それはじゃの、スキルを大量に発動したせいで、地面が衝撃に耐えられなかったのじゃ」

八幡「スキルだけで地面が壊れるわけないだろ」

俺の反論に対し、国枝が申し訳なさそうに胸の前で両手の指だけを合わせながら口を開いた。

詩穂「星衣が変わって、皆さん飛躍的にパワーアップしたんです。そのせいで力加減が上手くできない人が多くて……」

なるほど、確かに力の制御が苦手そうな人に何人か心当たりがある。にしても、地面を割る程の力なんてオーバースペックもいいところだ。そのせいで味方の俺たちまで危険な目にあったぞ。急激なアップデートも考え物だな。

最終章-39


ひなた「よーし、ひなたいっきまーす!」

ゆり「待てひなた!先生からの指示を聞いてから動け!ですよね、先生?」

突撃を始めようとする南を火向井がなんとか押しとどめる。

ふと気づくと、星守全員が俺のほうへと顔を向けていた。どの顔もやる気と緊張に溢れ、程よい集中力を保っている。

自分への視線をずらすように、俺は禁樹に向けて指さした。

八幡「向こうに見える太い根っこが禁樹の本体だ。あれを叩く」

禁樹は未だに主根を中心として暗い紫色の発光を続けている。禍々しいその色を見ているだけで気分が悪くなってくる。

くるみ「とても邪悪な気配を感じます。この世のものとは思えないくらい……」

蓮華「神樹の対照的な存在だもの。当然ね」

星守たちは俺よりも険しい視線で禁樹を睨みつける。神樹に選ばれた彼女たちからすれば天敵の親玉みたいな存在だ。無理もない。

あんこ「これが最終決戦かしら」

八幡「でしょうね」

粒咲さんの言う通り、これが最後の戦いになるはず。先手必勝。星守が揃った今こそ、こちらから攻勢をかけるべき時だ。

俺は高1組の3人をここに残し、他の15人に部屋中に張り巡らされている禁樹の根への攻撃を開始させた。星衣が変化したおかげか、モチベーションのせいか、はたまたその両方か、全員の動きが以前とは比べ物にならないくらい速い。みるみるうちに周囲の禁樹の根が切り刻まれていく。

禁樹「星守、よもやここまでやるとは」

突如空間中に不気味な声が響いたと思ったら、禁樹の主根の発光が強まった。ついで、部屋中に拡散していた禁樹の根が全て主根に吸収されていく。

心美「ど、どうなってるんですかこれ……」

八幡「俺にもわからん……」

1つわかるのは、何かがイヤなことが起こる、ということくらいだ。先ほどまでは明らかにこっちが押していた。状況を打開するために禁樹側はとんでもない攻撃を仕掛けてくる可能性が高い。そうじゃなきゃこんな怪しすぎる行動は取らない。

そのうち、主根の一部に光が集中し、その部分が球体状に盛り上がってきた。

みき「この感じ、あそこから何か出てきます」

星月は一瞬たりとも禁樹から目を離さずに静かに呟いた。そわそわしている星守も多い中、冷静過ぎる星月の様子に戸惑いを覚える。こいつ、こんなにクールだったっけ?声質は確かにクールっちゃクールだけど、性格はキュート寄りじゃない?

結論から言えば星月の直感は正しかった。球から出てきたのは、星守たちと同じくらいの体型の人間だった。一見すればただの女性だが、顔の大部分を隠す黒いベール、ベールと同じ色のドレス、そんな黒い衣装に映える白い髪が異質さを増長させている。

禁樹「人間の星守と戦うには、こちらも人間の姿でいたほうが最も絶望を味わわせることができる」

昴「絶望になんて、アタシたちは負けない!」

禁樹「そう。でも、すぐにわかるわ。力の差というものを」

禁樹はゆっくりと両手を俺たちの方へと突き出した。

遥香「皆避けてください!」

成海の叫声とほぼ同時に星月が俺の腰に手を回してきた。

八幡「お、おい」

離せ、と言おうとした次の瞬間、禁樹はレーザービームを放った。

星月は俺を抱えたまま斜め後ろ方向へとジャンプをして禁樹のレーザービームを回避した。

上から見ていると、理事長も俺と同じように若葉に抱えられているのが見えた。他の星守たちもどうにか避けているようだ。

レーザービームの射程外に着地し、星月は俺を解放した。

みき「先生、大丈夫ですか?」

八幡「ああ、助かった……」

正直、星月に抱えられてなかったら死んでた。決して油断をしていたわけではないが、それでも禁樹がレーザービームを放つなんて夢にも思わなかった。改めて自分のいるところが、死と隣り合わせの場所であることを痛感する。

もう次はない。そう自分に強く言い聞かせた。

今回の更新は以上です。

この話を書く際に、バトガのアプリ開いてキャラクターのストーリーを確認してるんですが、それももうすぐ出来なくなるんですよね。そう思うととても寂しいです。

>>716 訂正

最終章-39


ひなた「よーし、ひなたいっきまーす!」

ゆり「待てひなた!先生からの指示を聞いてから動け!ですよね、先生?」

突撃を始めようとする南を火向井がなんとか押しとどめる。

ふと気づくと、星守全員が俺のほうへと顔を向けていた。どの顔もやる気と緊張に溢れ、程よい集中力を保っている。

自分への視線をずらすように、俺は禁樹に向けて指さした。

八幡「向こうに見える太い根っこが禁樹の本体だ。あれを叩く」

禁樹は未だに主根を中心として暗い紫色の発光を続けている。禍々しいその色を見ているだけで気分が悪くなってくる。

くるみ「とても邪悪な気配を感じます。この世のものとは思えないくらい……」

蓮華「神樹の対照的な存在だもの。当然ね」

星守たちは俺よりも険しい視線で禁樹を睨みつける。神樹に選ばれた彼女たちからすれば天敵の親玉みたいな存在だ。無理もない。

あんこ「これが最終決戦かしら」

八幡「でしょうね」

粒咲さんの言う通り、これが最後の戦いになるはず。先手必勝。星守が揃った今こそ、こちらから攻勢をかけるべき時だ。

俺は高1組の3人をここに残し、他の15人に部屋中に張り巡らされている禁樹の根への攻撃を開始させた。星衣が変化したおかげか、モチベーションのせいか、はたまたその両方か、全員の動きが以前とは比べ物にならないくらい速い。みるみるうちに周囲の禁樹の根が切り刻まれていく。

禁樹「星守、よもやここまでやるとは」

突如空間中に不気味な声が響いたと思ったら、禁樹の主根の発光が強まった。ついで、部屋中に拡散していた禁樹の根が全て主根に吸収されていく。

事態の不穏さを感じ取った星守たちは再び俺の元へ集まってきた。

心美「ど、どうなってるんですかこれ……」

八幡「俺にもわからん……」

1つわかるのは、何かがイヤなことが起こる、ということくらいだ。先ほどまでは明らかにこっちが押していた。状況を打開するために禁樹側はとんでもない攻撃を仕掛けてくる可能性が高い。そうじゃなきゃこんな怪しすぎる行動は取らない。

そのうち、主根の一部に光が集中し、その部分が球体状に盛り上がってきた。

みき「この感じ、あそこから何か出てきます」

星月は一瞬たりとも禁樹から目を離さずに静かに呟いた。そわそわしている星守も多い中、冷静過ぎる星月の様子に戸惑いを覚える。こいつ、こんなにクールだったっけ?声質は確かにクールっちゃクールだけど、性格はキュート寄りじゃない?

結論から言えば星月の直感は正しかった。球から出てきたのは、星守たちと同じくらいの体型の人間だった。一見すればただの女性だが、顔の大部分を隠す黒いベール、ベールと同じ色のドレス、そんな黒い衣装に映える白い髪が異質さを増長させている。

禁樹「人間の星守と戦うには、こちらも人間の姿でいたほうが最も絶望を味わわせることができる」

昴「絶望になんて、アタシたちは負けない!」

禁樹「そう。でも、すぐにわかるわ。力の差というものを」

禁樹はゆっくりと両手を俺たちの方へと突き出した。

遥香「皆避けてください!」

成海の叫声とほぼ同時に星月が俺の腰に手を回してきた。

八幡「お、おい」

離せ、と言おうとした次の瞬間、禁樹はレーザービームを放った。

星月は俺を抱えたまま斜め後ろ方向へとジャンプをして禁樹のレーザービームを回避した。

上から見ていると、理事長も俺と同じように若葉に抱えられているのが見えた。他の星守たちもどうにか避けているようだ。

レーザービームの射程外に着地し、星月は俺を解放した。

みき「先生、大丈夫ですか?」

八幡「ああ、助かった……」

正直、星月に抱えられてなかったら死んでた。決して油断をしていたわけではないが、それでも禁樹がレーザービームを放つなんて夢にも思わなかった。改めて自分のいるところが、死と隣り合わせの場所であることを痛感する。

もう次はない。そう自分に強く言い聞かせた。

最終章-40


禁樹「わざわざお前たちと同じ姿になってやったのだ、星守。どこからでも反撃してくるがいい」

レーザービームを撃ち終えた禁樹はあからさまに俺たちを挑発してきた。表情はベールに覆われているためどんなものかはわからないが、口元が怪しく吊り上がっているのが非常に不気味だ。

すぐそばの星月をはじめ、他の星守たちも数人の集団を形成しつつただ武器を構えて禁樹を牽制している。

禁樹「だんまりですか。ならば遠慮なくこちらからいかせてもらいましょう」

禁樹は立ったまま地面を滑るように動き出すと、一瞬で俺の目の前に現れた。

間近で感じる禁樹の圧は凄まじかった。理事長の身体を乗っ取って俺を懐柔しようとした時とはレベルが違う。絶望をそのまま具現化したような圧倒的なプレッシャー。そんなものを俺は刹那の間に体全身で感じ取ってしまった。

みき「先生には指一本触れさせない!」

隣にいた星月が禁樹に向かって剣を振り下ろした。しかし、禁樹の身体の周りに半透明の膜のようなものが現れ、星月の攻撃はその膜によって遮られてしまった。

みき「な、なにこれ……」

禁樹「私にお前たちの攻撃は効かない」

ミシェル「みき先輩!先生!」

桜「今助けるぞい」

離れた場所から禁樹に向かってガンやロッドの弾が次々に放たれる。しかし禁樹は体を動かさないまま横へとスライド移動をして弾を避けた。

禁樹「無駄なあがきを」

禁樹は先ほどのように手を前に出し、綿木と藤宮に向けてレーザービームを放った。

八幡「星月、逃げるぞ!」

禁樹が攻撃に気を取られている隙をついて、俺は星月の腕を引っ張って禁樹の前から脱出を図った。

禁樹「そう簡単に逃げられるかしら」

俺たちの逃走に気づいた禁樹が追ってきたが、数人の星守が俺と禁樹の間に割り込んできた。

楓「ワタクシたちの存在を忘れてもらっては困りますわ」

禁樹「星守が何人集まろうと、私には勝てない」

ひなた「やってみないとわからないよ!」

千導院と南が近距離攻撃を仕掛けるが、やはり禁樹は素早く移動する。

くるみ「こっちにもいます」

禁樹の移動した先に常盤がハンマーを振りかぶって待ち構えていた。禁樹の動きに合わせ、常盤はハンマーを振り下ろした。

禁樹「自分たちの無力さに気づかないとは愚かね。星守」

禁樹の呟きが強がりに聞こえるほど、常盤のタイミングは完璧だ。現に、今まさに常盤のハンマーが禁樹を捉えようとしている。

しかし常盤のハンマーが禁樹に届くことはなかった。またしても膜が禁樹の身体の周りに発生し、常盤の攻撃は阻まれてしまった。

くるみ「嘘……」

禁樹「だから言ったでしょう」

うろたえる常盤に向けて禁樹はレーザービームを発射した。常盤はハンマーを盾にするが、すぐにハンマーは粉々になり、その衝撃で常盤は大きく吹き飛ばされてしまった。

蓮華「くるみちゃん!」

常盤の身体が壁に激突する直前、芹沢さんが空中で常盤をキャッチすることに成功した。

望「よくもくるみを!」

違うところでは、激昂した天野が力任せにガンを撃つが、どの弾も禁樹の防御膜によって防がれてしまう。

禁樹「感情に任せて攻撃したところで、私には届きませんよ」

望「うるさい!」

禁樹は天野の攻撃を防ぎながら、またしてもレーザービームを撃つ構えをとった。

心美「望先輩!」

花音「危ない!」

朝比奈と煌上が天野を強引に引っ張りだしたことで、3人は間一髪レーザービームを回避した。

最終章-41


みき「みんな……」

隣にいる星月は、両手の拳をぐっと握りしめて禁樹を睨みつけている。今にも飛び出していきそうなのをなんとか堪えている感じだ。

みき「先生どうにかなりませんか!?」

必死の形相で星月は俺に懇願してきた。これまでは我先にイロウスへ突っ込んでいた星月が、こうして俺に助けを求めている。幾ばくかの間を空けて、俺はある疑問を口にした。

八幡「1つ、不思議なことがある」

みき「不思議なこと?」

八幡「禁樹は防御膜を持っているだろ。それでこっちの攻撃を防げばいいのに、たまに回避行動を取る理由がわからない」

みき「その謎を解けば、禁樹に攻撃できる……?」

八幡「可能性はある」

そう結論付けた俺と星月は、刻一刻と変わる戦況を観察する。綿木の攻撃は防がれ、蓮見と藤宮の攻撃は避けられる。サドネと国枝の攻撃も避けられたと思えば、粒咲さんの攻撃は防がれる。

武器種、学年、スキル、特殊効果……。どれをとっても規則性が見当たらない。

ゆり「はあ!」

その時、火向井が素早い動きで禁樹に接近し、剣を振り下ろした。

禁樹「ふふ」

しかしその攻撃は防御膜によって阻まれてしまう。だが、火向井はそんなことおかまいなしに防御膜に対し剣を突き付け続ける。

ゆり「絶対に負けない!」

禁樹「諦めの悪い子」

しばらく火向井の攻撃を防いでいた禁樹が、面倒くさそうにレーザービームを撃とうと手を前に出した時だ。

明日葉「ゆり!」

突如、楠さんが禁樹の背後に現れた。

禁樹「ちっ」

楠さんの乱入に焦った禁樹は手を引っ込め、火向井から距離を取った。

明日葉「く、避けられてしまった」

ゆり「明日葉先輩、ありがとうございます」

楠さんの援護に安堵したのもつかの間、星月が俺の袖をくいくいと引っ張ってきた。

八幡「どうした」

みき「先生、もしかして禁樹は複数の攻撃を同時に防御できないんじゃないですか?」

八幡「複数の攻撃?」

みき「はい。今の場面でも、ゆり先輩の攻撃は防御できていたのに、明日葉先輩が来た瞬間に禁樹は逃げました」

星月の指摘を基に思い返してみれば、確かに禁樹が防御膜を張った時は単体での攻撃ばかりだ。逆に複数の攻撃には膜を張らずに必ず避けている。

八幡「星月。成海と若葉にその仮説を試すよう指示しよう」

みき「はい!」

俺と星月は理事長を守っている成海と若葉のところへ行き、先ほどの仮説を話して協力を仰いだ。

牡丹「同時攻撃には弱いですか、なるほど……」

昴「そういうことなら、アタシが禁樹の攻撃を引き付けます」

遥香「その隙を私が付けばいいのね」

3人とも仮説に納得し、若葉と成海はすぐにお互いの役割を確認した。

八幡「あくまで検証が目的だ。無理に攻撃を当てようとしなくていい。危なくなったらすぐに退避してくれ」

遥香「わかりました」

昴「みき。先生と理事長のこと頼むよ!」

みき「任せて昴ちゃん!」

今回の更新は以上です。

アプリ終了まであと1か月。それまでに完結させたかったですが、今の更新頻度だと厳しそうです。

最終章-42


作戦通り、まずは若葉が禁樹に向かって真正面から突撃した。

昴「はああ!」

禁樹「血迷ったか、星守」

余裕の表情で禁樹は防御膜を張って若葉の攻撃を防ぐ。

昴「まだまだ!」

攻撃が通らなくてもなお、若葉はハンマーを防御膜から離さない。

禁樹「そこまで死にたいのなら、殺してあげます」

禁樹が若葉に向けて右手を上げた時だ。成海が気配を消しながら禁樹に近付いてスピアを突き出した。禁樹は成海の存在には全く気付かずに若葉を注視している。


禁樹「2人とも、ね」


禁樹は呟くと同時に背後にも防御膜を展開し、成海の攻撃を遮断した。

遥香「……っ!」

禁樹「終わりよ」

禁樹はすぐにレーザービームを前方、後方に向けて発射した。禁樹のすぐ近くにいた若葉と成海はもろにビームを食らってしまう。

昴、遥香「きゃあ!」

2人は大きく悲鳴を上げると、その場にぐったりと倒れこんでしまった。

禁樹「ふふふ」

禁樹はとどめを刺すために、またしてもレーザービームを発射する構えをとった。

八幡「サドネ!蓮見!若葉と成海をこっちへ運んでくれ!」

更なる被害を食い止めるため、俺は禁樹の近くにいた2人に負傷者の救出を指示した。

サドネ「う、うん!」

うらら「……了解!」

サドネと蓮見の迅速な行動によって、禁樹の攻撃が当たる直前に若葉と成海を運び出すことができた。

牡丹「昴、遥香、しっかりしてください」

ぐったりとしている若葉と成海に対し、理事長が声をかける。2人とも意識はあるようだが、とても動ける状態ではない。

不意に口の中に鉄の味がした。口元を拭うと、唇から血がにじんでいる。無意識のうちに唇を強くかんでしまっていたらしい。

さっきの作戦を立てたのは俺だ。その結果、成海と若葉を傷つけてしまった。俺が償わないでどうする。俺は力なく目を伏せた。

八幡「若葉、成海……すまん」

昴「謝らないでください、先生……」

遥香「私たちも納得したうえで先生の作戦に賛成したんです。先生だけの責任ではありません」

八幡「けど、元をたどれば提案した俺の責任だ。本当にすまない……」

こうして俺が謝罪したところで、彼女たちが俺を糾弾しないことはわかっている。ただ、彼女たちは彼女たちで、自分の力不足を苦にするかもしれない。俺の謝罪によって、少しでも自分を責めないようにしたい。俺にできることは、このくらいだ……

禁樹「ふふ、はっはっは!情けないな星守よ!」

ふわりと空中に浮かび上がった禁樹が俺たちに向かって高笑いをした。

禁樹「いつ私が防御膜は単体攻撃しか防げないと言った?」

注目を集めた禁樹はさも得意げに語り出した。その一言一言が俺の鼓膜を不快に振動させる。

禁樹「一度希望を見た人間は、それを折られると深い絶望を味わう。私はそれが見たかった。星守が絶望する、その瞬間を」

禁樹の演説じみた言葉は、俺の思考力を加速度的に鈍らせていく。先刻、禁樹に耳元で囁かれた時以上の虚脱感に苛まれる。

周囲を見渡せば、俺と同じように力の抜けた星守も多く見受けられる。自分たちの努力が全くの無駄だったわけだから、当然の反応だ。

最終章-43


けれど、ここで引いては全てが終わる。これまでの星守たちが守ってきた過去も、これから訪れるであろう未来も。

この状況を覆せるのは彼女たち星守しかいない。これは確かだ。同時に俺は彼女たちの担任という、星守を助けられる数少ない役職をやらされている。否、自分でやると決めたんだ。ならば、その責務を最後まで果たさなければならない。

ただ、そんな責務とは関係なしに、俺個人として何も思わないわけではない。そうした感情が、つい漏れ出てしまう。

八幡「俺たちの感情を勝手に規定するんじゃねえ」

禁樹「何?」

俺の怒気を含んだ声に、禁樹が低いトーンで反応した。

八幡「希望を折れば絶望する?冗談じゃない。人間、そう単純には出来てないんだよ」

最後の方は吐き捨てるような口調になった。現にこんなに危機的な状況においても、俺は絶望していない。あるのは禁樹への怒り、そして現状打破への野心だ。

そんな時、ふと、隣に人の気配を感じた。

みき「……私も絶望なんて、しない」

見ると、背筋をピンと伸ばした星月が禁樹を睨みつけていた。

みき「私たちは、あなたに勝つまで、絶対に希望を捨てたりしない!」

星月の言葉に感化されて、他の星守も体を起こし、禁樹に厳しい視線を送る。全員の目が、闘志が燃えているように輝いていた。

禁樹「どれほど喚こうが、お前たちはここで死ぬのだ」

そう宣言する禁樹だが、あの防御膜さえ破れれば勝機はある。しかし、適当な小細工は通用しない。それならいっそ……

八幡「理事長、ここにいる星守たちの力を誰か1人に集めることは可能ですか?」

牡丹「何をするつもりですか?」

八幡「全員の力を合わせて防御膜を強引に突破します」

単純な話、莫大な力があれば防御膜を破れるんじゃないかと思っただけだ。力こそ正義、ってやつ。

牡丹「神樹の力を借りれば可能ですが、少し時間が必要です」

八幡「わかりました」

俺は星守たちを集め、作戦には程遠い愚直な攻撃案について説明した。

あんこ「わかった。時間ならなんとかして稼ぐわ」

桜「これ以上、奴の好きにはさせん」

星守たちは皆力強く頷いた。

そんな星守たちを一瞥した理事長は少し言いにくそうに口を開いた。

牡丹「ただしこの方法には1つ問題があります」

ひなた「問題?」

牡丹「力を結集させる星守には、身体的にも精神的にも大きな負担がかかります。人類の希望を一身に背負うのです。生半可な覚悟では身体が持たないでしょう。ですから、」

みき「私がやります!」

理事長が言葉を言い終える前に、星月が食い入るように名乗りを上げた。

ゆり「おい、みき!非常に危険な役目だってことをわかってるのか!?」

みき「はい。でも私は、みんなの希望を禁樹にぶつけたい。そして、絶対に勝ちたい」

楓「みき先輩……」

詩穂「みきさん……」

千導院や国枝をはじめ、皆が星月の決意に圧倒されている。俺だってそうだ。人類の命運を握る決断を即時に下せる星守なんて、星月以外にはいない。

明日葉「……わかった。みき。人類の希望をお前に託す。頼んだぞ」

そんな様子を見て、楠さんは星月を指名した。

みき「はい!」

八幡「よし。そしたら星月以外の動ける星守は理事長と星月の援護だ。なんとかして時間を稼いでくれ」

星守たち「はい!」

今回の更新は以上です。

卒業アルバムやリアルグッズくじなど、まだまだ楽しみなコンテンツが発表されますね。リアルマネーがどれだけ飛ぶか心配になりますが。

最終章-44


牡丹「いきますよ、みき」

みき「お願いします!」

理事長は目を閉じて手を合わせると、何やらよくわからない呪文を唱え始めた。

明日葉「全員、みきと理事長を守れ!」

楠さんの号令の下、星月と理事長を中心とする何重もの円が星守たちによって構成された。

禁樹「ゼロがいくら集まったところで、ゼロはゼロでしかないわ」

禁樹は薄く微笑むと両掌をこちらへ向けた。確かに禁樹の言う通り、俺たち個人は奴からすれば無力に等しい。それならこちらは数で対抗するのみ。

八幡「全員、遠距離無効スキルを使ってくれ」

俺は周囲を見渡しながら1つの提案をした。

楓「何故ですの?」

千導院を筆頭に、何人もの星守が疑惑の視線を送ってくる。

八幡「1人じゃ足りなくても、全員がスキルを重ね合わせればあのレーザーを防げるかもしれないだろ。こっちは時間が稼げればいいんだ。あいつの挑発に乗って反撃する必要はない」

望「なるほど……」

心美「や、やってみましょう……!」

俺の説明に納得した星守たちは続けざまにスキルを発動した。みるみるうちに俺たちの周囲に泡のようなバリアが何重にも張り巡らされる。

八幡「ただ、もしものために回避行動を取る準備も忘れるなよ」

花音「当たり前よ。もう禁樹の思い通りにはさせない」

俺が忠告するまでもなく、星守たちは即座に動く体勢をとっていた。

禁樹「お望み通り、まとめて殺してやる」

禁樹は余裕を崩さないままレーザーを発射してきた。

だが、バリアが見事レーザーを防いだことで、禁樹の攻撃が俺たちに届くことはなかった。

ひなた「やった!」

詩穂「みんなの力を合わせた結果ね」

禁樹の攻撃を始めて防げたことで、星守たちのやる気は俄然高まってきた。

禁樹「おや」

対する禁樹は少し驚いた表情を見せるものの、特に慌てた様子はない。

ミシェル「むみぃ、禁樹、全然びっくりしてない……」

あんこ「まあ、レーザー以外の攻撃手段を持っててもおかしくはないわよね」

粒咲さんの言う通り、俺たちは禁樹の攻撃の1つを防いだに過ぎない。奴が何をしてくるのか、俺にはさっぱり想像がつかない。

禁樹「全く、面倒ね」

禁樹はそう呟くと再び両手をこちらへと向けてきた。

サドネ「またレーザー?」

ゆり「威力を高めてくるかもしれない。もう一度バリアを張ろう!」

皆が火向井の言に従い、バリアを展開した。先ほどレーザーを防げたこともあって、数人の顔にはいくらかの自信が浮かんでいる。

禁樹「ふふ」

そんな俺たちの様子を見て、禁樹はなぜか薄く微笑んだ。

八幡「全員、バリアは無視して逃げろ!」

禁樹の微笑みに得体の知れない恐怖を感じた俺は、とっさに大声を出した。

刹那、禁樹の手からはレーザーとは異なる紫に光る等身大の球がいくつか発射された。

最終章-45


八幡「動ける人は動けない人を抱えて脱出しろ!理事長と星月も早く!」

何か確かな証拠があるわけではない。ただあるのは「このままだと殺られる」という直感だけ。それを根拠にせっかく築いたバリアを放棄するのは惜しいが、犬死にするリスクに比べれば何倍もマシだ。

俺たちの脱出から少し遅れて、紫の球がバリアに衝突した。ところが紫の球はバリアをいともたやすく貫通し、さっきまで俺たちがいた場所をえぐり取った。

詩穂「私たちのバリアが効かないなんて……」

桜「八幡の指示がなければ今頃わしらは全滅してたわい。助かったぞ」

八幡「……あぁ」

正直、この勘は当たってほしくはなかった。レーザーの時と同様にバリアが機能すれば、俺の判断はただの早とちりに過ぎず、星守たちに小言を言われてそれでおしまいだったろう。だが、現状バリアは破られてしまった。必然、他の策を講じなければならない。

禁樹「残念」

禁樹は依然として嘲笑しつつ上から俺たちを見下ろしている。こいつに一泡吹かせるためにも、どうにかしてさっきの攻撃を無力化しないといけない。それならば。

八幡「蓮見、朝比奈。ちょっといいか」

心美「は、はい」

うらら「何ハチ君、こんな時に」

朝比奈と蓮見は至って簡素に俺の傍へやって来た。いつもなら「え、えーと、私、何かしましたか?」とか、「え~、ハチ君、やーっとうららの魅力に気付いたの~?」とか言ってくるところだが、流石にこんな状況じゃ、そんな余裕はないわな。

八幡「前に朝比奈の神社でイロウスと戦った時、イロウスを引き付ける爆弾を使ったよな。あのスキルを発動してほしいんだ」

うらら「でも、あれくらいの爆発じゃ禁樹にダメージなんて与えられないと思うけど……」

蓮見は疑わし気に反論を口にした。その隣で朝比奈も、むむと考え込んでいる。どうやらご納得いただけていないようだ。

八幡「さっきと同じで、あいつにダメージを与える必要はない。今は少しでも理事長と星月のために時間が稼ぎたいんだ。だから禁樹の意識を星月たちから逸らせればそれでいい」

心美「そういうことなら、うららちゃんのスキルはぴったりですね」

うらら「任せなさい!」

どうにか2人の了承を取り付けることができた。なんか近頃の俺ってこんなことばかりやってるな……。まあ立場上仕方ないんだが。

八幡「できれば他にも同じようなスキルを使える人が欲しいんだが、誰か知ってるか?」

うらら「かぼちゃの爆弾はうららしか使えないよ」

心美「SPを回復させるスキルは私以外にも楓ちゃんやミミちゃんが使えます」

八幡「ならその2人も蓮見の支援に充てよう」

俺は綿木と千導院も近くに呼び、今決まった作戦を伝えた。

楓「わかりましたわ。うらら先輩のSPを回復し続ければいいんですわね」

ミシェル「頑張ろうね、楓ちゃん!」

うらら「心美、後輩にカッコ悪いところ見られないように気合入れるわよ!」

心美「う、うん!」

八幡「それじゃあ準備でき次第、始めてくれ」

そう言い残して、俺は星月と理事長の元へ向かった。

みき「先生。みんなは大丈夫ですか?」

八幡「ああ。今、次の時間稼ぎの策を実行するところだ」

牡丹「流石、比企谷先生は柔軟な対応を取ってくださりますね」

八幡「え……あ、はあ……」

これってあれですか、「卑怯なことを考えさせたら比企谷先生の右に出る人はいないですね」って解釈していいやつですか?実際、理事長がそんな風に思ってるとは考えにくいが、素直に褒められた経験が少ない俺は、どうしても言葉の裏を考えてしまう。ここまで考えてようやく自分が褒められていたのだと理解できた。全くもって俺の思考回路はポジティブな事柄に関しては効率が悪い。まあ、理解できたところで葉山のように爽やかに返答ができるわけもなく、しどろもどろになるだけなんだが。

八幡「とにかく、だ。星月。お前は儀式に集中しろ」

自分を落ち着かせる意味も含め、俺は星月に改めて向き直ってシンプルな言葉をかけた。

みき「はい!」

今回の更新は以上です。

サービス終了前最後の更新になりそうです。バトガ、4年間本当にありがとう!

最終章-46


うらら「『パンプキン・クイーン』!」

俺が星月と話しているうちに、蓮見が早速カボチャ爆弾を1つ設置した。

禁樹「ふっ」

禁樹はカボチャに対してほとんど見向きもせずに俺たちに向けて紫の球を発射してきた。

しかし球は禁樹の手を離れるや否や、俺たちにではなく、カボチャに向かって一直線に飛んで行った。そしてカボチャと球が接触した時、派手な爆発が起こった。

心美「うららちゃん!やったね!」

うらら「このままいくわよ!『パンプキン・クイーン』!」

勢いづいた蓮見は次々にカボチャ爆弾を設置していく。ただし、そのどれもが禁樹の攻撃によってすぐに破壊されてしまう。

楓「『スペシャリーヌードル』!」

ミシェル「『イノセントラビット』!」

同時に千導院と綿木が蓮見のSPを回復させているため、カボチャ爆弾が尽きることはない。

禁樹「必死になってこちらの攻撃を逸らすなんて、やり方が卑しいですね」

ひなた「そんなことないもん!立派なさくせんだもん!」

花音「落ち着いてひなた。禁樹の挑発に乗っちゃダメ」

あんこ「そうね。どんなやり方だって最後に勝てばそれでいいのよ」

禁樹「どんなやり方だっていい、ですか。その言葉、忘れないでくださいね」

禁樹はなおも不敵な笑みを崩さない。

桜「何をするつもりじゃ」

禁樹「こうしてあなたたちと遊ぶ時間もおしまい。そろそろ絶望に浸ってもらうわ」

ゆり「私たちは決してお前に屈したりはしない!」

禁樹「ふふ、いつまで威勢よくいられるかしら」

禁樹が空中で両手を大きく広げると、地面のいたるところに黒い魔法陣が浮かび上がってきた。

禁樹「本当は私1人で始末したかったけれど、仕方ないわね。数の暴力で押し切ってあげる」

禁樹がそう言い終えると、魔法陣から大型イロウスが湧き出してきた。それらの全てがカボチャ爆弾に向かって動き出した。

うらら「ちょ、こんなにいっぱいイロウスくるなんて聞いてないわよ!」

楓「これではスキルの発動が到底間に合いませんわ……」

蓮見や千導院が動揺するのも無理はない。それほどまでにイロウスの数が多すぎる。これでは爆弾を設置してもすぐに破壊されてしまう。ただ、現状では蓮見のスキル以外で禁樹の攻撃を無力化する方法はない。なんとかしてイロウスの攻撃からカボチャを守らなければならない。

明日葉「イロウスは私たちが殲滅する。うららたちはスキルの発動を最優先しろ」

俺と同じ結論に至ったのか、楠さんが素早く周りに指示を与えた。

蓮華「みんな、もう少しの辛抱よ。頑張って」

サドネ「サドネ、がんばる」

望「そうだよね、ここまできて諦めるなんてカッコ悪いもんね」

次いで芹沢さんが励ましの言葉をかける。2人のスピーディーな対応のおかげで、星守たちは多少落ち着きを取り戻した。

とはいえ劣勢なのは変わらない。津波のように押し寄せるイロウスに対し、星守たちは懸命に水際で食い止めている。正直、いつ決壊してもおかしくない。

そう思いながら戦闘を注視していると、最も外側にいるイロウスの挙動がおかしいことに気づいた。ほとんどのイロウスが同じ方向、つまり蓮見のカボチャ爆弾の方向を向いているのだが、なぜか外側のイロウスはそっちを向いていない。

蓮見のスキルにはイロウスを引き寄せる距離の限界がある。おそらくイロウスが密集し過ぎて、末端までスキルの効果が行き届かないのだろう。だからはぐれイロウスが現れるのも不思議ではない。現状無視していい存在だ。

最終章-47


ただ、イロウスの数が増えるにしたがって、はぐれものの数も増えてきた。その中で、何匹かのイロウスが明らかに俺たちの存在に気づいたように、こちらへまっすぐ向かってきた。

俺は助けを呼ぼうとするが、はたと思いとどまってしまった。

動ける星守は全員蓮見たちのサポートに参加しているため、俺の近くには負傷した常盤、若葉、成海と、儀式中の星月と理事長が残っているだけ。人数だけ見ればそれなりにいるが、現時点では誰1人イロウスと戦うことができない。つまり唯一動ける俺が何とかするしかないわけだ。

が、今の俺にイロウスを止める手段はない。これまで何度か大型イロウスと対峙したことはあるが、その全てで俺はただ逃げ回ることしかできていない。今までは勝算がある上での逃走だったが、今回はそれが全くない。

その時だ。

遥香「『ホーリーナイトソング』!」

昴「『アキュートグラウンド』!」

くるみ「『べジタブルギフト』!」

断続的に3つのスキルが背後から唱えられた。俺が認識できたのは、まず目の前にバリアが張られた後、イロウスが雷に打たれ動かなくなったと思ったら、突如向こうの地面から巨大な人参が生えてきて、イロウスがそっちへ吸い寄せられた、という事象だけだ。

昴、遥香、くるみ「先生!」

振り返ると、先ほどまで座っていた3人が未だ傷を庇いながら俺の元へと歩いてきた。

八幡「今の、お前らのスキルか?」

遥香「はい」

昴「イロウスが近づいてきたことはアタシたちにも見えたので、いてもたってもいられなくなったんです」

八幡「そうか……それにしても、いったい何がどうなってるんだ」

未だ思考が現実に追いつかず、何が起きたのか説明するよう3人に促した。

遥香「まず私のスキルでみんなのHPとSPを回復しつつ、防御のためにバリアを張りました」

昴「次にアタシがイロウスの足止めを麻痺させる落雷スキルを使いました」

くるみ「そして最後に私が人参さんを生やしたんです」

八幡「人参さんを生やした?」

最後の説明が飛躍し過ぎていて、何を言っているのか理解できなかった。

遥香「くるみ先輩の人参には、うららちゃんのカボチャと同じようにイロウスを引き寄せる効果があるんです」

昴「そのくるみ先輩のスキルを使うために、アタシと遥香が協力したんです」

八幡「はあ……」

蓮見のカボチャは百歩譲ってスキルの一種だと考えられるが、常盤が出した人参は、スキルじゃなくてこいつの育てた新種なんじゃないかと思うのは俺だけでしょうか。もしそうだとすれば、植物の言葉が聞こえる割にはえげつないことするんだな常盤って……

まあそれはとにかく、やっと状況を掴めた。この3人の力を合わせれば少数のイロウス相手なら対処できるわけか。

くるみ「私のスキルは発動までに時間がかかりますけど、昴さんと遥香さんが助けてくれれば、少しはお役に立てます」

常盤の言葉に追随して、若葉と成海もうんうんと頷く。しかし、スキルを1発撃っただけでも3人の顔には疲労の跡が色濃く表れている。おそらく3人の体力は近いうちに再び尽きる。それを考慮すればここで無理をさせてはならない。最悪、命を落としかねない。

ただ、同時に前線の状況も芳しくない。前線の崩壊はそのまま人類の崩壊と同義だ。怪我をおしてまで戦いに赴こうとする常盤たちもそれは重々承知のことだろう。

八幡「ならここからできる範囲で向こうの星守たちを助けてやってくれ。常盤は蓮見が処理しきれなかったイロウスの引き寄せ。成海と若葉は常盤の補助だ」

だから俺は妥協案を出すことにした。彼女たちの意見を尊重しつつ、けれど犠牲にはしない。そもそもこの作戦自体、星月の儀式を完了させるまでの大掛かりな時間稼ぎにすぎないのだから、こういう戦い方もアリだろう。

ただ一つ。星月の儀式が終わらないことにはこの時間稼ぎの意味も全く無くなってしまう。いくら星衣が強化されたとはいえ、星守たちは恐ろしい量の大型イロウスを相手にしながら禁樹の攻撃も防いでいる。そんな重労働が永遠に続くわけがない。一刻も早く儀式が終わらないかと、先ほどから星月の様子をチラチラと伺っているのだが、じーっと目をつぶったまま座っているばかりである。

対する理事長は呪文を唱え終わると、星月に向けていた両手を下げて、なぜか俺の方に向き直った。

牡丹「比企谷先生、儀式の最終段階をお手伝い願えませんか」

理事長は真剣な目つきでそう言った。

今回の更新は以上です。

更新頻度が遅くなってしまい申し訳ありません。終わりになればなるほど、展開の仕方は難しくなるものなんですね。バトガのアプリが終わってしまい資料が限られてしまうのが痛いところです。もっと早く書けばよかった……

けどここまで引っ張ったのでそれ相応の綺麗なエンディングにしたいと思います。なのでもうしばらくお付き合い下さい。

~interlude~

その知らせは突然訪れた。

いつもは八雲先生が話をする朝のHR。けれどあの日は理事長が教壇に立って開口一番にこう言った。

牡丹「今日からこのクラスに新たな仲間が加わります」

星守たち「え!」

理事長の言葉にクラス中が驚きの声を上げた。だって星守クラスはその名の通り星守しか在籍できないクラス。イロウスと命がけで戦う星守は、神樹様に認められた人しかなることができない。だから仲間が増えるなんて滅多にないイベントだった。

蓮華「とーってもかわいい子なのかしら?」

楓「星守としての責務をきちんと果たす、勇敢な心を持った方だといいですわね」

うらら「転校生なんて、初めからキャラ強過ぎよ……ここみ! うららたちも負けてられないわよ!」

心美「負けてられないってどういうこと~?」

このように多くの星守が新しい仲間が来ることにテンションを高くしている。

昴「新しい仲間かー、仲良くできるかな?」

遥香「昴なら大丈夫よ」

すぐ近くに座る昴ちゃんと遥香ちゃんもとっても楽しそう。

樹「みんな静かにしなさい。まだ理事長の話は終わってませんよ」

八雲先生の一喝によってクラスは再び静けさを取り戻した。

牡丹「詳しい話は本人が来てからすることにしましょう。それでは……みき」

みき「は、はい!」

いきなり名前を呼ばれて、反射的に立ち上がってしまった。私何か悪いことしたっけ? 普段から先生たちに怒られてばかりだから、心当たりがありすぎて絞り切れない……

牡丹「あなたに案内役を命じます。今から私と一緒に来てください」

みき「え?」

私が転入生の案内役? 明日葉先輩やゆり先輩がやったほうが私よりも上手く案内できそうなのに。

みき「理事長、あの」

牡丹「急いでくださいみき。もうすぐ待ち合わせの時間です」

みき「は、はい」

疑問を挟む余地もなく、私は理事長にせかされながら教室を後にした。

校門に向けて廊下を歩いていると、理事長が「あっ」と何かに気づいたような声を出した。

牡丹「そういえば早急にやらなくてはならない重要な仕事があることを思い出しました。申し訳ないのですがみき1人で案内をしてもらってもいいですか?」

みき「私1人でですか!?」

牡丹「みきなら大丈夫です。ではよろしくお願いしますね」

私が返事をする前に理事長は勝手に決めると、そそくさと理事長室の方向、つまり校門とは逆の方向へと歩いていく。

みき「待ってください。理事長。せめてどんな子が来るのか教えてもらっていいですか?」

私がそう言うと、理事長は足を止めてこっちに振り向いた。

牡丹「見ればすぐわかると思いますよ。だって来るのは男子高校生ですから」

みき「男子、高校生?」

どうして女子校である神樹ヶ峰女学園に男性が、しかもよりにもよって同年代の高校生が来るのか、全く理解できない私は、理事長の言葉をむなしく繰り返すしかなかった。

牡丹「ええ。その彼の名前は比企谷八幡くんといいます。仲良くしてくださいね」

まるでイタズラに成功ように満足げな表情を浮かべながら、理事長は再び私に背を向けてしまった。

みき「あ……」

対する私は何も反応できないまま、その場にぽつんと取り残されてしまった。

正直、何が何だかさっぱりわからないけれど、ひとまず今は校門に行ってその人をお迎えしなくちゃ。

せっかく来てくれるのに待たせてはいけないと思い廊下を小走りで移動すること少し。校舎の出入り口から校門が見えるところまでやって来た。

昇降口でちょっと立ち止まって校門のほうを見てみると、確かに男子の制服を着た男の子が1人立っていた。

みき「本当に男子が来てる……」

つい独り言が漏れてしまった。神樹ヶ峰女学園に、まして星守クラスに男子が来るなんて信じられなかったけど、実際に男子の姿を見ると、理事長に言われたことが現実なんだと実感が湧いた。

私はそれほど男子に抵抗はないけれど、大切な役目を任されている以上、しっかり頑張らないといけない。私はそう意気込んで、一歩一歩踏みしめるように校門へと歩いて行った。

校門に近付いていくにつれて、男子生徒、もとい比企谷くんの姿かたちがはっきりしてきた。私よりも15センチくらい高い身長。少し猫背な姿勢。少しぼさっとした黒髪に、特徴的なアホ毛が生えてる。そして何より、どうやったらそんな風になるのかわからないくらい腐った目。そんな人が何やら落ち着かない様子で考え込んでいる。

突然女子校に来させられて困ってるのかな。多分そうだよね。私の立場からしたら、いきなり「男子校に行け」って言われるようなものだもんね。うん。

なんてことを思いながら、私はついに比企谷くんの目の前までたどり着いた。私は深く息を吸って声をかけることにした。

みき「あのー」

少し声が小さかったかな。男子生徒には私の声が聞こえていないようだ。

みき「あのー、すみません」

今度はもう少し大きな声で呼んでみた。けれど、まだ比企谷くんは私に気づかない。よっぽど緊張してるみたい。

みき「あのー! すみません!」

けっこう大きな声を出してみたけれど、やっぱり比企谷くんは無反応。いくらなんでもこの声の大きさで聞こえないなんてことがあるのかな。こうなったら一番大きな声を出してやる。

みき「あの!! すみません!!」

八幡「戸塚!」

今までずっと考え込んでいた比企谷くんが突如大きな声を発した。

みき「うわぁ! びっくりした! いきなり大きな声を出さないでくださいよ、比企谷くん」

本当に心臓に悪い。というか、戸塚って何?

なんて疑問はとりあえず今は置いといて、ようやく比企谷くんが私の存在に気づいてくれたので良しとしよう。これで一歩前進。

対する比企谷くんは私のことをじっと見つめたと思ったら、ふい、と顔を背けてしまった。

あ。この人、私を無視した。

みき「ちょっとー! 聞こえてますよね? 無視しないでくださいよ比企谷くん!」

私が再度言い寄ると、観念したのかようやく私に向き直ってくれた。

八幡「ああ、ごめん。で、君誰? 何してるの?」

なんだか私と話すのがすごく面倒くさそうに見えるのは気のせいかな。気のせいだよね。

みき「私は星月みきです! 比企谷くんを迎えに来ました! ようこそ、神樹ヶ峰女学園へ! これから私がこの学校のことを色々教えてあげますね!」

挨拶と自己紹介は明るく元気にするのが一番! 私は普段に増して張り切って挨拶をした。

対する比企谷くんはというと、

八幡「お、おう……」

この通り気の抜けた返事を返すだけ。逆にさらに心の距離を取られた感じ。でも不思議とそこまで嫌な気持ちにはならない。むしろ、もっとこの人のことを知りたいとさえ思う。

みき「じゃあ早速行きましょう!」

それなら私からたくさん話しかけていこう。そうすればこの気持ちの正体もわかるかもしれない。

儀式中、ふと先生との初めて会った時のことを思い出した。

結論から言って、比企谷先生は変な人だ。それも相当。毎日嫌そうに担任の仕事をしているし、私たち星守が話しかけてもろくに反応をもしてくれない。たまに話したと思ったら、捻くれたことばっかり言う。あと、私がお菓子を作ってあげても「いや、今はちょっと……」って言って遠慮もする。

でも文句を言いつつも私たちの特訓を毎日きちんと見てくれて分析もしてくれるし、話も聞いてくれる。それになんだかんだ言ってお菓子もちゃんと食べてくれる。なぜか食べ終わった後に毎回ひきつった笑顔になるけれど。

それになにより、比企谷先生は優しいし、頼りになる。イロウスとの戦闘ではいつも的確な指示をくれるし、いざという時は私たちを鼓舞してくれる。戦闘後に恒例になってる「なでなでタイム」の時は、顔を真っ赤にしながら、でもすごく優しい手つきで私の頭をなでてくれる。おかげで私は先生の「なでなで」の虜になってしまったくらいだ。

多分、比企谷先生と初めて会った時から、私は直感的に分かったんだと思う。比企谷先生が私たち星守にとってとても大切な存在だってことに。

儀式を通して、みんなの希望を集めている間も、ずっと先生の思いを探してた。

そして今、先生の思いが「なでなで」を通して私に流れ込んできた。恥ずかしそうな、でも確かな「信頼」。私が先生に対して持っていた気持ちと同じものを先生も抱いていたのだ。それを直に感じることができて、少しくすぐったい。でもそれ以上に、私の中に集まっていたみんなの希望の力が、何倍にも膨れ上がっていくのがわかった。

今回の更新は以上です。

初めて八幡以外の視点で物語を進めてみました。素直なみきが心の中でどんなことを考えていたのかを想像するのは難しかったけれど、新鮮な体験でした。

最終章-48


理事長に言われるがまま、俺は星月の傍に立った。相も変わらず星月は目をつぶったまま女の子座りを続けている。

それはともかく、俺は何すればいいのん? と理事長に視線を向けてみるが、理事長からは微笑みが返ってくるだけ。なんでこの人は重要なことをいつも言わないのかな……。

まあ、わざわざ俺に頼んでくるあたり、大体の察しはついている。大方「なでなで」をしろということなのだろう。

この学校に来た初日から幾度となくやらされてきた「なでなで」。星守クラス担任の重要な仕事だとは言われているが、正直今でも全く慣れない。妹である小町ならともかく、赤の他人である女子中高生たちの頭をなでるなんて、一歩間違えなくても変態的な行為だ。そんな行為を嬉々として受け入れる星守たちも、それを推奨する教師たちも、やはり相当ずれているに違いない。

ただ、そんな行為とはいえ。いや、そんな行為だからこそ伝わる思いもある。例えば言葉や態度と言った表面上のやり取りならば、虚言を吐いたり演技をして誤魔化したりすることもできる。けれど、「なでなで」は身体接触を伴う。いかに外面を取り繕っても、内にある感情が手を伝って流れ込んでしまう。実際、俺は「なでなで」をする時に心拍数が異常に高まり手汗も止まらなくなるが、星守にはそれが全てバレている。

もしかしたらこういう身体接触をする時にも完璧に演技ができる人がいるのかもしれない。陽乃さんや葉山辺りなら上手くやれそうではある。しかし俺は生粋の男子ぼっち高校生。表面上の会話すらほとんどしてこなかった人間だ。そんな俺が同年代の女の子の頭をなでるなんて非日常的な行為を飄々とこなせるわけがない。毎度毎度穴掘って埋まってしまいたいくらいの恥ずかしさと戦っている。

一方で、恥ずかしさと戦っているのは星守も同じだということを俺は知っている。普段から底抜けに明るい奴らも含め、なでられている最中は皆が顔を赤くする。時には普段しないような会話さえしてしまうほどだ。こうして互いが恥ずかしがりながら、だからこそ本当の関わりを持てる「なでなで」の時間は、確かに八雲先生が言うように星守との親密度を高める行為なのかもしれない。あるいはこういう思考をしている時点で既に毒されているとも言えるが。

とにかく、この状況で「なでなで」を要求されているということは、すなわち俺の星月に対する偽らざる気持ちを伝えろ、と言い換えることができるというわけだ。

今日だけで何度感情を露わにすれば気が済むんだ、と愚痴をこぼしたくもなる。とはいえ、やらなければいけないことには変わりない。俺はそっと右手を星月の頭に乗せた。

普段は星守たちから「なでなで」をせがまれる故、言うなれば「なでさせられている」状態だ。ところが今は、目をつぶってじっと座る星月の無防備な頭を俺がなでまわすという、通報不可避な様相を呈している。

だからなのか、いつもとは違ったなで方をしているのが自分でもわかる。これまではどちらかというと、労いの意図が大きかったため、なるべくやわらかい手つきで触れるようにしていた。しかし今は、これから起こるであろう戦闘にたった1人で向かう彼女を信託する気持ちが強い。自然、なでる力も強くなってしまう。

俺たちをラボから送り出した八雲先生や御剣先生もこんな気持ちだったんだろうか。今になって2人の気持ちがよくわかる。これならいっそ、現場で下っ端をしていたほうが遥かにマシだ。本質的に社畜マインドを持ち合わせている俺が他人の仕事を鼓舞するなんて、本末転倒にも程がある。こういうのはこれっきりにしてもらいたい。

とどのつまり、俺は星月を信じて待つことしかできないわけだ。まあ、勝算は低くないと思う。信じた道を進む星月の強さはこれまで何度も見てきた。今回もその強さを発揮してくれることだろう。

八幡「頑張れよ」

絞めとばかりに俺は一言そう呟いた。

すると、星月の身体が光に包まれた。先刻、星月たちの星衣が変化した時と同じ光だ。

光に包まれるシルエットから、星月の星衣がまたしても変化していることがわかった。腰のあたりから髪留めと同じような花びらが生えたり、下半身後方を覆うスカート? の裾がより大きくなったりと、全体的により豪華な星衣に変わっている。

そして光が収まり星衣の全貌が明らかになると、思わず嘆息が漏れてしまった。

それくらい、彼女の姿は神々しかった。直前までの星衣は黒と赤が目立っていたが、今回の星衣は白とピンクが主である。そのせいか、今まで以上に星衣が光り輝いているように思える。その姿は戦闘をするというよりも、何かのパーティーに赴くプリンセスのようだ。

そんな星月の変化とは逆に、周りにいた若葉、成海、常磐の星衣が消滅し、彼女たちは元々着ていた制服姿になった。これはつまり、星守としての力が星月に集まったということの現れだろう。

ということは……

とっさに俺は視線を大型イロウスや禁樹と戦う星守に移したが、やはり彼女たちも皆制服姿に戻っている。

八幡「お前ら、こっちに来い!」

星衣が消えたということは、星守としての力もなくなったということだ。いくら特訓を積んでるとはいえ、星衣の力無しにイロウスと対峙できるとは思えない。

みき「先生、私が行きます」

星月はそう言い残して消え去ったと思ったら、次の瞬間には向こうで大挙していた大型イロウスが一匹残らず消滅していた。大型イロウスが消滅していく中、力強くかつ煌びやかに立つ姿に、思わず息をのんだ。

いくらなんでもチート過ぎませんか? という感想は胸の内に留めておくことにする。まあ、18人の星守の力が結集したんだ。あれほどの力が発揮できるのも頷ける。

そんなことを思っていると、向こうから制服姿の星守たちが走ってきた。どうやらこっちと合流するつもりのようだ。

しかしそんな格好の獲物を禁樹が逃すはずがなく、星守集団に向けていくつもの球が発射された。

みき「はあ!!」

瞬間、星月が大きな声とともに球と集団の間に現れ、その勢いのままに球を一刀両断していく。空中で盛大に鳴り響く爆発音が周囲に響く。しかし空中で爆発したおかげで、星守たちがその爆風に巻き込まれることはなかった。

最終章-49


明日葉「先生、儀式は成功したんですね」

集団の先頭を走っていたためいち早く俺のもとへたどり着いた楠さんが、息も絶え絶えに俺に尋ねてきた。

八幡「はい。楠さんたちが時間を稼いでくれたおかげです」

俺が返答している間にも続けざまに星守たちが合流してくる。その表情はどれも期待半分、不安半分、と言ったところ。

一瞥したところ、戻ってきた星守たちに大きな外傷は見当たらないが、全員酷く疲労していた。しかしそんな状況でも互いに支え合って、皆が星月と禁樹の戦いを固唾をのんで見守る。

禁樹「全く、星守というのは諦めの悪い集団だこと」

みき「希望を信じて最後まで戦う。それが星守だから!」

苛立ちと呆れを隠さない禁樹に対し、益々熱気を帯びながら斬りかかる星月。しかし星月の攻撃は禁樹の防御膜に防がれてしまう。

禁樹「どんな手を尽くそうと、最後に待っているのは絶望。それがわからないの?」

みき「希望を信じてる限り、絶望はしない!」

星月が禁樹の脅しに屈さずに剣をつき立て続けたことで、次第に防御膜にヒビが入り始める。

みき「私が絶望するなんてありえない。だって、私はみんなの希望だから!」

ついに星月が防御膜を突破した。その勢いのまま禁樹に向かって突進していく。

禁樹「星守~!」

唸る禁樹はどこからか黒い剣を出現させ、星月の剣はそれに受け止められてしまう。

みき「くっ……!」

それからしばらくの間、星月と禁樹は壮絶な剣の応酬を繰り広げた。空中で、地表で、空間のあらゆる所で剣がぶつかり合う音が鳴り響き、あまりのスピードに目が追い付かない。

サドネ「ミキ、すごい」

望「アタシたちの力が集まればあんなに速く動けるんだ」

同じ星守の中にも俺と同じ感想を抱くものが多い。それほどまでに、今回の戦いはこれまでとは次元が違う。

両者の戦いは完全に互角と言っていい。それはつまり、何か決定打に欠けているということだ。決定打……?

八幡「星月! スキルだ! スキルを使え!」

思わず俺は叫んだ。なんでこんな単純なことに気づかなかったのか。星月の力を込めた攻撃は禁樹の防御膜さえ破れる。なら、それを使わない手はない。

みき「はい!」

一度星月は距離を取り、再度禁樹に向かって斬りこんでいった。

みき「『クラリティ・フォース』!」

星月は今まで以上の速さで剣を振るって無数の斬撃波を飛ばすが、その全てを禁樹は斬りはたいていく。その衝撃で辺り一面に火花と土煙が立ち込めてしまい、思わず目をつぶってしまった。

目を開けると、剣を振り下ろした星月と、腰のあたりで上下真っ二つになった禁樹の姿があった。

星守たち「やった!」

星守たちは完全に斬られた禁樹の姿を見て歓喜の声を上げる。しかし、理事長の顔は未だ険しいままだ。

それもそのはず。2つに斬られた禁樹の身体は、それぞれが原型を留めないほどに溶解しながら再び凝固しようとしていた。

牡丹「みき! 禁樹は人間の絶望心によって具現化されたものです。それを倒すためには反対の力、つまり希望の力で完全に消滅させなければなりません!」

理事長は小さな体を目一杯使って声を荒らげた。

みき「わかってます理事長。これで最後にします」

星月はそう言うと剣の切っ先を真上に上げながら、胸の前に両手で構える。

みき「みんなの希望をこの一撃に込める!」

星月が言うと、剣全体が一段と光り輝き始めた。とんでもない量のエネルギーが集まっているのか、星月の身体の周りを複数の小さな電撃がまとう。ぱっと見、スーパーサイヤ人にでもなったかのような迫力だ。

みき「『エレナ。アミスター』!」

上空に浮かび上がった星月がスキル名を唱えた。瞬間、星月の身体から強大な球状のエネルギー波が三度発射され、空間全体が大きな衝撃に包まれた。

今回の更新は以上です。

必殺技の描写がド下手なのは>>1の力不足です。詳しく知りたい方はスキル名で検索してください……

更新待ってる皆さん、申し訳ありません。ここ最近リアルが忙しくて全然書けてないので、更新遅くなります。

最終章-50


全身に凄まじい爆風が襲ってくる。腕を上げて巻き上げられる砂埃から目を守りつつ、下半身に力を入れてなんとか耐えていると、

禁樹「お、おぉ……」

禁樹は言葉にならない呻き声を発しながら、ついに完全に消滅した。

星守「やったー!」

再び星守たちは歓声を上げる。宿敵であるイロウスの親玉を今度こそ倒したのだ。これまで彼女たちがどれほど悩み、苦しんできたか身近で見てきた俺には、この空気を茶化すことはできない。だからと言って、俺もこの流れに乗るかと言われればそんなことはしないのだが。

そんな偉業の立役者でもある星月は、ゆっくりと地面へ降下してきた。しかしその身体からは急速に光が失われている。

昴、遥香「みき!」

歓喜の輪からいち早く飛び出した若葉と成海を先頭に、星守たちが星月の元へと駆け出した。星月が地上に降り立ったのと、星守たちが彼女を囲んだのはほぼ同時だった。

みき「みんな……」

僅かに一言呟いた星月だったが、光とともに星衣が消えると、その場に崩れ落ちた。

花音「みき! 大丈夫!?」

みき「あはは、ちょっと力が抜けちゃいました……」

楓「ゆっくり身体を休めてください、みき先輩」

おそらく星守の力を結集させたことの後遺症だろう。肉体的にも精神的にも高い負担がかかると理事長も言ってたし、今は千導院の言うように、無理をさせてはならない。

しかし星月を労っているのもつかの間。再び空間が大きく揺れ出した。

ひなた「ど、どうなってるの!?」

牡丹「おそらく禁樹が消滅したことによって、ここを支える力も失われたのです。一刻も早く脱出しなければなりません」

桜「なんじゃと……もうわしは動けんぞ……」

うらら「うららも……」

あんこ「ワタシも……」

体力の消耗が激しい中学生組を中心に、苦悶の表情を浮かべる者も多い。1人最上級生が混ざっているけど、気にしない気にしない。

蓮華「みんな、あと一息頑張りましょう?」

明日葉「必ず全員で地上に帰るぞ」

対して周囲を励ます2人の上級生。それによって大方の星守は顔を上げて最後の力を振り絞る決意を固めたように見える。

心美「で、でもみき先輩は……」

ただ、朝比奈の不安げな視線がチラチラと俺を捉える。……そんな風に見なくてもわかるっつの。

八幡「星月は俺が運ぶ」

ここにいるのは疲労した女子中高生、小柄で年齢不詳の女性、そして男子高校生の俺。誰が考えたって一番体力が残ってる男の俺が運ぶべきだ。まあここまで直接的には何の貢献も出来てないわけだし、こういう単純な力仕事くらいは引き受けないと罰が当たりそう。

花音「アンタが自分から他人を助けるなんて……。明日は暴風雨かしら」

サドネ「おにいちゃん、大丈夫?」

八幡「おい」

どうやら俺の厚意はこれっぽっちも伝わらなかったらしい。煌上はともかく、純朴なサドネにこう言われるのはかなりキツイものがある。

ひとまず文句は心の中にしっかりと刻み込み、俺は星月の傍で膝立ちをした。

八幡「乗れるか?」

みき「はい、ありがとうございます」

若葉と成海に手伝ってもらい、どうにか星月をおぶることができた。形式上仕方のないことだが、星月が俺に体重をかけていることや、彼女を支えるためにむき出しの太腿を鷲掴みしていることがひどく気にかかる。まあここを出るまでの辛抱だ。無心。無心になるんだ。

牡丹「皆さん、今は何よりここを脱出するのが最優先です。動ける人から階段を上がってください」

理事長の指示を受け、星守たちは地上へ続く階段へ急ぎだした。対する俺は星月を背負って速度も落ちるから最後に登ればいいかな、と思っていたが、視界の端にチラチラと動く人影を発見した。あの黒いアホ毛は……。

みき「先生?」

俺の不自然な顔の向きに気づいたのか、星月が不思議そうに問いかけてきた。

身勝手は百も承知だが、こいつには俺の選択を見届けてもらおう。俺の意志の証人になってもらうために。

最終章-51


八幡「悪い。少しだけ付き合ってくれ」

みき「え、ちょっと……」

八幡「理事長。星守たちの先導、よろしくお願いします」

返事も聞かないまま、俺は黒いアホ毛の持ち主の元へ歩を進める。

ニセ八幡「よお」

黒いアホ毛を持つ綺麗な目をした俺――もう1人の俺が軽く手を挙げてこちらへ歩いてきた。

みき「なんであなたが……」

ニセ八幡「なぜか俺だけ禁樹に取り込まれなかったんだよ」

星月の強張った反応に対し、肩をすくめるもう1人の俺。

八幡「流石俺だな。仲間にも存在を忘れられるとは」

ニセ八幡「まあ、元が元だからな」

もう1人の俺は本人比200%の爽やかスマイルを浮かべる。気持ち悪さがない分、余計腹が立つ。どうしてニセモノのほうが良い顔してるのだろうか……。

八幡「で、何か言いたいことがあるんだろ」

ニセ八幡「ああ」

待ってましたとばかりにもう1人の俺が一言。

ニセ八幡「もう1人の俺。ここで心中しよう」

みき「な、何言ってるんですか!?」

俺よりも早く星月が反応した。

八幡「落ち着け星月」

みき「こんなふざけたこと言われて、落ち着いてなんていられません!」

なんなら当人の俺よりも激昂している。確かに傍目から見ればぶっ飛んだ提案なのだろう。

ただ、俺はあいつとほぼ同じ思考回路を持つ。正確には、俺の思考回路奴をもとに、奴が形作られているんだ。どういう意図でこんな突飛なことを言い出したのか大体の想像はつく。

八幡「あいつは、本気だ」

ニセ八幡「ああ」

ほらやっぱり。

みき「どうして……」

星月は信じられないという反応をする。おぶっているから表情まではわからないが、その声色からは戸惑いを感じられる。

ただし、時間的制約と論拠の不足からここで全ての過程を説明することはできない。今はひとまずの決着を付けられればそれでいい。だからここは毅然とした態度で臨む。

最終章-52


八幡「俺はお前の言う通りにはしない」

俺の返答に、もう1人の俺は苦虫を嚙み潰したような表情を見せる。

ニセ八幡「……お前は求め続けるつもりか?」

八幡「ああ」

ニセ八幡「お前が求めようとしているものは、妄想の産物でしかないんだぞ? お前や俺が手に入れられるようなものじゃない。それはお前もわかってるだろ?」

流石もう1人の俺。俺が散々思い悩んだところを的確についてくる。

だけど、俺はお前とは違うんだ。だから、

八幡「……それでも俺は、求め続ける」

もう1人の俺は何も言わず、その場でじっと立ちすくむ。その目は俺の心を見透かそうとしているようにも見えるが、多分こいつには一生かかっても理解できないだろう。俺の一部を切り取った存在が、俺の全体を把握するなんて不可能だ。

ニセ八幡「お前は、過去の自分を否定するのか?」

だから、こういう問いにも俺は堂々と答えることできる。


八幡「それじゃあ悩みは解決しないし、誰も救われないだろ」


まさかこの言葉を俺が言うことになるとは思わなかった。多分あいつが使った文脈とは違っているだろうが、今の俺の偽らざる気持ちを表すのにはこの言葉が適切だと思う。

ニセ八幡「パクリじゃねえか……」

八幡「うるせ」

パクリでもいいんだよ。大事なのは、そこにどんな思いが込められているかだ。今の反応からも、こいつが俺の思いを否定的に捉えていることは明らかだが、そんなことは関係ない。俺のことは、俺が決める。

ニセ八幡「そこまで言うなら、精々頑張ることだな」

もう1人の俺は完全に諦めた様子で皮肉を言う。しかし、すぐにその表情が険しくなった。

ニセ八幡「だけど忘れるなよ。俺は常にお前の心にいるからな」

そう言い残して、もう1人の俺はすーっとその姿を消した。

これは比喩なんかじゃない。あいつの言う通り、俺の心には常にあいつがいる。俺の決断を懐疑し、否定し、思いとどまらせようとする悪意が。これから先、俺はそんな悪意と戦い続けなきゃいけないのだろう。今、俺はその選択をしたのだ。

みき「せ、先生は何を言い争ってたんですか?」

一瞬の後、星月が遠慮がちに尋ねてきた。わざわざ俺たちの議論、いや、俺が自分にケジメをつける瞬間を見てもらったんだ。説明責任は果たさないとな。

八幡「……上で説明する」

一言呟くと、俺は星月を背負い直し、今度こそ階段へと走りだした。

今回の更新は以上です。

遅くなりまして申し訳ありません。なんとか戦いのシーンは終わりました。ラスボスということを踏まえてもグダった感は大いにありますが、大目に見てください。

最終章-53


地上を目指し階段を上り続けることしばらく。ようやく穴から抜け出し外の光を全身で浴びることができた。となればよかったが、地上の世界は夕暮れで真っ赤に染まり、神樹の根本は校舎の陰になっているため、少し薄暗い。

八幡「はあはあ……やっと着いた……」

俺は最後の力を振り絞って星月をゆっくりと地面に降ろす。

みき「先生大丈夫ですか?」

八幡「ああ……」

星月の質問に、その場にへたり込みながらどうにか頷く。いくら重くないとはいえ、女子高生1人をおぶって何百段もの階段を急いで上がれば足腰はガクガクになる。

星守たち「先生! みき!」

なんとか息を整えていると、俺と星月は瞬く間に星守たちに囲まれてしまった。服はボロボロで怪我をしている人もいるが、ひとりも欠けることなく全員がここに集まっている。その事実に素直に安堵してしまう。

……こんな風に他人の心配をするようになるなんて夢にも思わなかった。人間、死地をくぐり抜ければ多少の変化はしてしまうものらしい。そうか、俺はサイヤ人の血を引くもの者だったのか。

みき「先生、なんでニヤけてるんですか?」

ばっちり表情に出ていたらしく、星月がジト目を向けてきた。

八幡「なんでもねえよ」

適当にごまかしていると、さらに2つの人影がこちらに急いでるのが目に入った。

風蘭「比企谷、みき、よく帰って来たな!」

樹「約束、ちゃんと守ってくれたわね」

ラボから飛び出してきた御剣先生と八雲先生も心底嬉しそうな様子だ。

みき「えへへ」

星月は気恥ずかしそうに頭をかく。こいつ、いつもは怒られてばかりだからな。褒められることに慣れてないのが丸わかりだ。

同じく人に褒められ慣れていない俺はというと、「うす……」と軽く頭を下げるだけ。もう、慣れてないにも程があるわ! こういう対応しかできないからぼっちになるんですよね、わかってます。

2人の先生が合流したことで、星守たちのテンションがさらに高まる。普段あまりはしゃがない奴も含め皆が禁樹討伐を喜び合っている様子は、どこか演技じみている。まるでこの熱気を冷まさしてはいけない、という不文律が存在しているかのように。

牡丹「皆さん、揃いましたね」

一足遅れて理事長もこちらへとやって来た。その歩みはいつも通りのペースながら、何か寂寥感のようなものを見て取れる。

牡丹「では、星守クラス『最後』の授業を始めましょう」

最終章-54


理事長の言葉に、俺の周りの人たちが一様に肩を震わせたのがわかった。

まあ、予想通りの展開だ。

ひなた「最後……?」

うらら「な、何言ってるのよ! うららは、星守とアイドルを両立させるために明日からも頑張るんだから……」

南や蓮見は形だけの抵抗を示す。しかし、それが形ばかりの抵抗であることは彼女たちの震えた声が証明していた。

牡丹「今、この時間をもって、星守クラスは解散となります」

先ほどよりも幾分か力の入った宣言。それは一切の反論をさせまいという意思の表れのようにも聞こえる。

くるみ「今日で解散……」

蓮華「れんげたちはこれからどうなるの?」

星守たちの不安そうな空気を察したか、芹沢さんが詰め寄る。

牡丹「皆さんは一般生徒と同じく通常学級に異動となります。ですので、引き続きこの学校に通ってもらうことになります」

桜「むぅ、今更一般学級に編入か……」

藤宮をはじめ、困惑する星守は何人も見受けられる。そんな中、綿木がおずおずと挙手した。

ミシェル「先生たちもミミたちと同じようにクラスを変わるの?」

綿木の問いかけに、理事長は一瞬顔をしかめた。しかしそれは次にまばたきをした時には元に戻っていた。

牡丹「樹と風蘭にもこのまま教師を続けてもらいます。星守関係の仕事がなくなる分、今までよりも仕事量は減りますね」

理事長はそうほほ笑むが、八雲先生と御剣先生は複雑そうな表情をしたままだ。

みき「あの、比企谷先生は……?」

今度こそ理事長の顔が雲った。その表情が既に言わんとしている内容を如実に表していた。

牡丹「……星守クラスの解散とともに、比企谷先生。いいえ、比企谷八幡くんとの交流を終了することとします」

明日葉「つまり、比企谷先生は明日から神樹ヶ峰女学園にはいらっしゃらない、ということですか……?」

牡丹「そういうことになります」

サドネ「ヤダ! おにいちゃんも一緒がいい!」

望「これでお別れなんて、アタシも嫌!」

星守クラスの解散を知らされた時以上の動揺が走った。泣き出す者、叫ぶ者、事態を呑み込めていない者、色々いる。

ここで俺は何を言うべきか。担任として訓話をする? それは違う。交流生としてお礼を言う? それも違う。

俺は、比企谷八幡という1人の人間として、こいつらに言わなくちゃいけない。

最終章-55


八幡「……お前ら、何か勘違いしてないか?」

想定以上に痰が喉に絡まり、かすれた声になってしまった。1つ咳払いをして改めて口を開く。

八幡「俺は星守クラスをサポートするためにこの学校に来させられたんだぞ。星守クラスが無くなれば俺の存在意義もなくなるだろ」

ゆり「星守クラスがなくなっても、先生が個人的に残ればいいのではないですか?」

八幡「元々俺は別の高校の生徒だ。ここにいる理由は、もうない」

昴「だったら星守クラスをなくさなければ……」

八幡「それはダメだ」

若葉が呟いたその言葉に、思わず強い口調で反論してしまった。場の温度がいくらか下がったような気もするが、いちいち気にしてはいられない。

八幡「星守はイロウスから人類を守る存在だ。その脅威がなくなった今、星守が存在する意味は完全に消滅した。目的を失った組織は、速やかに解体されるべきだ」

イロウスという脅威がなくなったことで、人類にとって星守は希望の象徴から過剰な暴力装置となった。このままいけば、遅かれ早かれ彼女たちの力が悪用される恐れがある。そんな事態は何としても避けなければならない。

楓「確かにイロウスが消滅すれば、星守は必要ないかもしれません。ですが、先生がここからいなくなる必要はありませんよね?」

八幡「俺は一介の男子高校生だぞ? 今までは教師兼生徒という特例でここに在籍できたが、それが無くなれば女子校の神樹ヶ峰女学園に俺がいられるわけないだろ」

花音「なら校則を変えれば……」

八幡「俺1人のために校則を変えるってか? そんなこと無理に決まってる」

心美「でも先生と離れるのは寂しいです……」

朝比奈の呟きに、場が水を打ったように静まり返る。

こういう感情に訴えかけてくる系の発言は、どうも苦手だ。さっきまでのように論理的な追及にはそれを上回るロジックを提示すればいいが、こういう場合は正直お手上げだ。

何せ、感情的にはこの学校を離れたいと思っていないのだ。だからこそこれでもかと理論武装をして、誰の目から見ても俺がこの学校から離れなければならないと全員に納得させなくてはならない。

八幡「俺の存在は、遠くないうちにお前らの障害になる」

あんこ「どういうこと?」

八幡「晴れて一般生徒になれたお前らは、星守クラスの関係者である俺の存在を疎ましく思うようになるってことだ」

遙香「そんなことないです! 私たち星守クラスは全員先生のことを信頼しています!」

八幡「仮にお前らはそうだとして、じゃあ他の大多数の生徒はどうだ? 星守クラスと違って、俺は他の生徒からしたら今でもタブー扱いされてるんだぞ。放課後に廊下を歩いてて俺がどれだけ白い目で見られてるか知ってる?」

これは嘘ではない。教職員含め、全員が女性のこの学校で唯一の男子である俺の存在は異分子そのものだ。これまでは星守クラスの関係者と言うことで大目に見てもらえていたが、その紋所が無くなれば、俺がどういった扱いをされるかは火を見るより明らかだ。

詩穂「その時は私たちが助けて、」

八幡「どんな時も助けてくれるのか? それは無理だ。第一お前らが常に俺のことを気にかける余裕なんて、時間的にも精神的にもないだろ。それにイロウスの時と違って、相手は同年代の女子だぞ? 人間関係がトラブルの元になるのは同じ女子のお前らが一番わかるはずだ」

強引なことは百も承知で、俺は考え付く限りの論理を並べ立てた。最後に仕上げの一言を添える。

八幡「俺は、俺のせいでお前らに余計な負担をかけさせたくない」

これが俺に言える精一杯の、そして唯一の感情論だ。

俺は鈍感じゃない。むしろ敏感な方だ。だから星守たちが俺に肯定的な印象を抱いているのに気づいているし、それを憎からず思っている自分の気持ちも自覚している。

ただ、それを甘受してしまっては、過去の俺を否定することになる。うわべだけの馴れ合いに慣れ、そこに迎合することは忌避すべき欺瞞だ。そんなものを俺は求めていたわけじゃない。

だからこれは一種の賭けだ。

本来赤の他人であるはずの俺たちが、神樹に導かれ、短くも濃密に関わってしまった。この時間は絶対に消すことができないほどに俺たちの心に刻み込まれてしまっている。

なればこそ。これから先どのような距離を保っていくのが正しいと彼女たちは考えているのか。俺の言葉に対する反応でそれがわかる。

今回の更新は以上です。

八幡のキャラ変が過ぎるかもしれません。皆さんの中での八幡像と解釈がずれていても、それはそれとしてご理解ください。

最終章-56


みき「……1つ教えてください」

俺は視線だけで星月に続きを問うた。

みき「先生と偽物の先生がしてた会話。あれはどういう意味なんですか?」

そういえば上で説明する、って言ったままだったか。説明責任は果たすつもりだが、さてどう言えばいいものか……。と俺が悩んでいる間に、星月は事情を知らない人に向けて概要を話していた。いや、俺の偽物がイケメンだったとか言わなくていいから。

星月が話し終えると、周囲の視線が星月から俺へと移動した。いくつもの強い目力に圧倒される。そのせいか、口の中がカラカラに乾く。間を置く意味も含めて、残った水分で唇を湿らせた。

八幡「これまでの俺の考え方と、これからの俺の考え方のすり合わせをしたんだ」

みき「もっと詳しく言ってください」

どうにか言い終えた俺だが、すぐにツッコミを受けてしまった。流石に今の説明では伝わらんか。

八幡「まあ、なんつうの。孤高のぼっちを貫く俺としては、ここでの体験はイレギュラーだったわけで。でもそれを例外だと排除するには俺の過去に深く刻まれ過ぎて……。だから、俺の中でどう折り合いをつけていくのか。そういうケジメみたいなものをもう一人の自分に対して言ったのが地下でのやりとりの意味、です……」

小学生並みの論理力を展開してしまった。自信なさ過ぎて最後が丁寧語になる始末。はじめ、なか、おわり、なんてあったものじゃない。まぁ実際言葉にできる思いなんてのは、心の中で蠢く感情の一部でしかない。常に思考し続け、常人の何倍にも膨れ上がった俺の心を言葉にしたところで、破綻をきたすのは自明の理だ。そうはいっても、もう少しわかりやすく伝えられた気もするが。

しかしこうやって悔いたところで、一旦放出された言葉は戻らない。それらは否応なく他人の耳に入り、それぞれの物差しで勝手に解釈される。そうなってしまえば俺にできることは何もない。たとえそれが誤解であったとしても。

みき「その答えが、私たちの元から離れる、ってことですか?」

幾ばくかの沈黙の後、星月が口を開いた。その手は強く握りしめられる余り、ぷるぷると震えている。

八幡「ああ」

これ以上、俺が彼女たちに発する言葉はない。俺の短い返答が全てだと悟った星月は、改めて一歩こちらに歩み寄ってきた。

みき「……先生と離れるのはいやです」

予想を外れなかった言葉に、視線が自然と地面に落ちてしまう。

やっぱり伝わらないか。お年頃で、かつ長年の悲願を達成した直後のハイテンション思春期女子相手に、俺の論法は通じないらしい。しかし他の誰に対しても俺の理論が通じるとは思えない。あれ、ダメなの俺じゃん。ファイナルアンサー出てしまった。

それはともかくとして、他の手を考えるしかない。そう思った時だった。

みき「って言えればよかったんですけどね」

まるで考えてもみなかった言葉が続いた。思わず顔を上げて星月を凝視してしまう。その表情は普段とは全然違うもので、例えるなら慈愛にみちた表情、と言えばいいのか。

みき「どれだけ捻くれたことを言われても、先生が私たちのことを大切に思ってくれていることはわかります。わかっちゃうんです」

――わかっちゃうんです。その言葉が意外にも心にストンと落ちてきた。

多分これまでの俺なら「そんな簡単にわかるなんて言うんじゃねえ! お前は山田奈緒子か」って心の中で文句を言いつつ、露骨に嫌な顔をしたに違いない。そして嫌われ、二度と話さなくなるに違いない。

だが、星月の言葉に対しては、そういったアレルギー反応は起こらなかった。それが不思議で仕方ない。自分でも気づかないうちにここまで彼女のことを、ひいては星守のことを認めていたのか。我ながら自らの心の変化に驚きを隠せない。

みき「言い方は前と全然変わってない。でも、そこに込められてる感情は違う気がするんです」

そうか。星月の場合、俺の言葉の裏を見抜いたうえで話をしているんだ。それと同時に、俺も星月の考えていることが『わかってしまう』。彼女が上辺だけの言葉を使っていない、ということが。

この考えに論拠なんてものはない。あるのは直感だけ。これも今までの俺なら欺瞞と吐き捨てるような結論だ。ただ、これはまちがってないと思う。否、まちがいにさせてはならない。

みき「みんなはどう?」

星月は左右に立つ同胞へ問いかける。皆思うところがあったようで、肯定の反応が小さいながらもはっきりと聞こえてくる。

八幡「……すまん」

素直に頭が下がった。これまで陳謝や建前上頭を下げた経験は山のようにあるが、思考より先に頭が動いたのはこれが初めてだ。彼女たちの素直で純真な返答に心動かされたらしい。我ながら流されやすくなったものだ。

みき「ただ、」

星月は悪戯っぽく口角を上げた。

みき「このまま先生の言う通りにする、なんて言ってないですよ?」

最終章-57


八幡「は?」

更なる予想外の発言に声が裏返ってしまった。

みき「イロウスの討伐、明日葉先輩の退院、あんこ先輩の復帰、比企谷先生の交流終了、そして星守クラスの解散。お祝い事は目白押しです!」

星月の後ろで「あーそうか!」みたいな盛り上がりが生まれている。彼女たちの思い至ったアイディアも大方予想がつくが、それが外れていることを願って俺は問いかけた。

八幡「で?」

八幡「だから、これからパーティーを開きましょう!」

星守たち「賛成!」

星月の言葉に合わせ、星守たちの声がぴったりと揃った。小学校の卒業式かっつの。

風蘭「よし! アタシの全自動チャーハン製造機改を披露する絶好の機会だな!」

樹「ちゃんとしたもの作りなさいよ風蘭」

牡丹「楽しみですね」

教師陣もやる気満々のようだ。どこにそんな体力が残ってるんだよ。

八幡「いや、俺参加するなんて言ってないんですけど」

詩穂「絶対帰しませんよ?」

微かに鼻の根元を黒く染めながら国枝が微笑んできた。控えめに言ってめっちゃ怖い。

八幡「あれだ、今日は妹がアレで……」

うらら「こまっちにはもう許可貰ってるわ!」

俺の中での切り札的存在の小町も、蓮見の根回しによって使用不能になってしまった。

花音「あんたは今日までこの学校の関係者なんだから、パーティー参加も仕事の内よ。諦めなさい」

むう、仕事と言われてしまうと、俺の中の社畜マインドが嫌でも反応してしまう。おかしいな。どうして一生徒(しかも交換留学生的な立場)の俺が、学校で社会人の心得を取得してるんですかね。シンデレラストーリーで取得できるスキルでしたっけ?

こうやって絶望に浸る俺とは対照的に、勝手に盛り上がる星守や教師たちの表情は、なぜか光り輝いて見える。もう日も暮れる時間のはずだが……。

くるみ「皆さん、上を見てください」

常盤の声に従い見上げてみれば、神樹の全体が神々しい光に包まれていた。まるで星月たちの星衣が変化した時のようだ。

サドネ「キレイ」

楓「神樹も祝福してくれているのですわね」

あんこ「でも、それだけじゃないみたい」

粒咲さんの言う通り、輝く枝葉は先端の方から徐々に霧散していた。

ゆり「神樹が、消えていく……」

牡丹「イロウスが根絶されたことで、神樹もその存在理由を失ったのでしょう」

理事長の言葉は、そのままこの星守クラスの現状にも当てはまる。それは言葉にせずとも全員が共有できた。

その証拠に、皆がめいめいに両手を胸の前で組んで神樹に祈る姿勢をとった。俺もつられて同じポーズをする。

今まで神に祈ったことは無い。むしろ貧乏クジばかり引かされて、神を恨んでいるまである。神樹に対してもそうだ。この樹の意思によって、俺はこの学校に来ることになったのだ。愚痴の一つも言いたくなる。

キャラの濃い18人の星守と、押しの強い2人の教師、なんだかんだ丸め込んでくる理事長との交流は本当にしんどかった。毎日が激務だったと言っても過言ではない。特別労働手当を請求してもいいレベル。俺が魔法少女だったら速攻でソウルジェム濁ってた。

ただ、こんな日常は間もなく終わる。

枝葉はもう完全に消え、太い幹も高い所から順に消失していく。そのスピードは速くないが、止まることはない。もうあと数分で神樹は完全に消滅するだろう。

周囲では鼻を啜る音が聞こえる。星守たちも、変わりゆく自らの日常と神樹の消滅を重ね合わせているのだろうか。

溢れる涙をハンカチで拭った楠さんは、改めて姿勢を正した。そんな彼女の様子を見て、他の星守たちも泣くのをこらえて神樹に向き直る。

明日葉「神樹様、今までありがとうございました」

星守たち「ありがとうございました!」

楠さんの号令に合わせ、星守たちの感謝の言葉がグラウンドに響き渡る。

彼女たちの声は、神樹の残滓とともに遥か空の上まで届くような、そんな挨拶だった。

今回の更新は以上です。

おそらく次回か次々回で完結します。

エピローグ


数枚の桜の花びらが春の心地よい風に乗って、開け放たれた廊下の窓からひらひらと舞い落ちる。校舎を青々と覆う神樹の存在で忘れがちだが、この学校にはいろいろな植物が植えられているんだったっけ。いつだか鉢植えから聞こえてきた声を思い出す。

……ついノスタルジックに浸ってしまった。なにせ5年と数か月ぶりの校舎だ。少しくらい許してほしい。

そうやって頭では過去を懐かしみながらも、足は目的地に向けて止まることはない。

とにもかくにも、俺は再びこの神樹ヶ峰女学園に戻って来てしまった。

全ての原因は、大学4年生のときに俺の所属していた研究室を狙い撃ちした出頭要請、もとい教員募集の知らせだ。当時所属してた研究室で教員免許に関する講義に出てたのは俺一人。もし俺が教員免許を取得してなかったらどうするつもりだったのだろうか。まあ、平塚先生経由でそこらへんの情報を掴んでたんだろう。そういった点では抜け目のない人たちだし。

とどのつまり、前回の拉致から、今度は任意同行という体でこの学校に呼び出されたわけだ。そこで理事長から下された判決は「内定」という名の有罪判決。量刑は無期限の労働。俺は黙秘権すら行使できないまま、その場で必要書類にサインさせられ、この学校に収監されることになった。

そして今、真新しい囚人服……じゃなかったスーツに身を包んだ俺は新任教師として担任クラスへと歩を進めている。それにしても新人に担任持たせるか普通。企業だったら研修とかするんでしょ? かび臭い研修施設に数週間閉じ込められて、企業理念なんかを叩きこまれるアレ。うーん、いきなり仕事させられるのも嫌だけど、洗脳されるのも嫌だ。やっぱり労働は悪。悪・即・斬!

明日葉「比企谷先生」

振り返ると、白いブラウスに紺のジャケット、グレーのタイトスカート、極めつけに黒縁眼鏡というザ・女教師スタイルに身を包んだ楠さんが早足で追いかけてきていた。しかし纏う雰囲気は、5年前とほとんど変わらない。

八幡「どうも」

明日葉「ご無沙汰しております。こんなに早く先生とこの学校でお会いできるなんて思ってませんでした」

軽い会釈しかしていない俺に対し、楠さんは礼儀正しくびしっとしたお辞儀を返してきた。これが育ちの差か……。

そうして俺たちは並んで歩き出した。どうせお互い同じ目的地を目指しているのだから、当然と言えば当然。それゆえ会話は続く。

明日葉「でも驚きました。先生、今日までこの学校に赴任すること秘密にしてましたよね?」

八幡「別にわざわざ言いふらすことでもないでしょう」

明日葉「神樹ヶ峰始まって以来初の男性教師になったことが言いふらすことではないと!?」

俺の言い訳は、かえって楠さんの神経を逆撫でしてしまった。別にそこまで反応しなくてもいいじゃないか。

八幡「まあ状況が状況ですから。褒められた赴任、というわけでもないですし」

5年前、星守たちが禁樹を倒したことで、それと繋がっていた神樹も消滅した。

と思っていた。

合宿所でのパーティー中、1人抜け出した俺が何の気なしに神樹の根元を見てみたら、既に小さな神樹の新芽が土から顔を出していた。神樹があるということは、禁樹も存在するということになる。感動的な別れをした手前、星守たちに言い出せなかった俺は、密かに理事長、八雲先生、御剣先生にだけ事情を明かした。

パーティー終了後、3人と一緒に神樹の根元を掘ってみたが、根に当たる部分がごっそりと消えていた。おそらく禁樹は神樹の根元ではない別の場所に根を下ろしているのだろう。

その時話に上がったのは、近い将来に再び禁樹由来のイロウスが発生することと、それを倒すために星守が必要になることの2点だった。神樹と禁樹の大きさはほぼ比例するため、神樹が小さいうちは禁樹にもイロウスを生み出す力はない、ということらしい。その時の俺は、このまま神樹が枯れ果ててくれればと強く祈ったのを覚えている。

しかし神樹はその後も順調に成長し、今日見たときには大木と呼ぶにふさわしい大きさになっていた。つまり禁樹も同程度、あるいはそれ以上に大きくなっているはずで、イロウスの発生もすぐ間近に迫っていると言える。俺のところに教員募集の通知が来たのもこういう背景があってのことだ。

そんな俺の自嘲的な呟きに、楠さんは言葉を詰まらせた。

明日葉「しかし、いつかは訪れる運命です」

八幡「できればもう少し後の方がよかったんですけれど」

明日葉「仕方ありません。それが人間というものですから」

楠さんはすっと窓の外を見やりながら話を続ける。

明日葉「昨年この学校に赴任してから、私は『副担任』として担任も生徒もいないクラスのために入念に準備をしてきました」

その口調は憂いを帯びていて、とてもじゃないが口出しできる調子ではない。なんと反応すればいいのか、非常に困ってしまう。星守の任務に人一倍誇りと責任を感じていた楠さんのことだ。複雑な心境であることは想像に難くない。

明日葉「そして今日、比企谷先生が『担任』として星守クラスを受け持ってくださることに、とてもやりがいを感じています」

楠さんはそう言うと、一転して俺に笑顔を向けた。5年前を彷彿とさせるその表情のおかげで、少し雰囲気が持ち直したような気がする。おかげで口も動く。

八幡「喜んでお譲りしますよ。なんなら今すぐこの場で」

明日葉「適材適所って言いますよね。比企谷先生以上に担任業務が務まる人はいらっしゃいません」

適材適所。他人に使う分には都合が良い言葉だが、人に言われると気分が下がる。字面的に「材」という字が気に食わない。材木座を連想させるのはともかくとして、まるで人を物のように扱っているようじゃないか。そういう風潮もあってか、最近は「人材」を「人財」と言い換えている企業もよく目にする。まあそういうところのモットーは「人<財」なわけで、結局馬車馬の如く働かされることに変わりはない。そしてハイになってウマぴょいするまである。

そういうブラック経営者とは違って、楠さんは言葉本来の使い方をしているのだろう。真面目が服着て歩いているような人だ。この状況で冗談を言うとは考えにくい。そんな人に太鼓判を押されてしまってはやらざるを得ないというものだ。

八幡「ま、できる範囲でやりますよ」

明日葉「ふふ、頼もしいですね」

口元に手を当ててくすくす笑うその仕草は、メイドラゴンを一発で仕留める破壊力だった。

そんなやり取りをしているうちに、目的地の教室にたどり着いた。「星守クラス」と書かれたルームプレートは真新しく光沢を帯びている。

明日葉「さ。比企谷先生」

八幡「ええ」

ドアをスライドさせて中に入ると、備品の何もかもが記憶通りのまま配置されていた。その風景に懐かしさが込み上げてくる反面、座っている生徒の数の少なさには寂しさも感じる。

生徒は教卓前の机に計3人座っている。入り口から近い順に、銀髪ショートのロシア系女子、黒髪ロングに眼鏡をかけた委員長系女子、そして茶髪ボブにカチューシャをつけた活発系女子である。どれも見た目の印象だから実際のところはわからんが、そんな感じの生徒たちだ。

教壇に上がり教卓に出席簿を置いた俺は、目の前の3人に一挙手一投足を凝視されてしまった。珍しいものを見るような視線にいささか居心地の悪さを覚える。

とりあえずこういう時は挨拶が肝心ですよね! ゾンビランドサガで学んだ。まぁ目の前の子たちはゾンビではないけれど。なんなら目の感じからして俺がゾンビという可能性まである。フランシュシュへの加入待ったなし。

八幡「えー、おはようございましゅ……」

緊張のあまり噛んでしまった。ましゅって何。フランシュシュ引きずりすぎでは? むしろ先輩! って呼んでほしい。

照れ隠しの意味も含め、後ろの黒板に自分の名前を書いてから、改めて前の3人と相対する。

八幡「あー、俺は星守クラス担任の比企谷八幡だ。それでこっちの人が」

明日葉「副担任の楠明日葉です」

俺の雑なフリに、楠さんは一礼をして応える。

八幡「じゃあ早速連絡事項を、」

茶髪「あー!!」

ぬるりとHRに移行しようとした時、茶髪の女の子が俺を指さしながら大声を上げた。

八幡「え、何」

茶髪「あの時のおにいちゃん!」

あの時っていつだよ、ていうか君誰? という疑問が口から出かかった時、その子の首元で、小さな丸い宝石がきらりと光るのが目に入った。

あれ、あの宝石なんだか見覚えがあるな……。

茶髪「5年前、大型イロウスから村を守ってくれましたよね!」

思い出した。俺が初めてこの学校に来た日、星月と一緒にイロウス退治をした村にいた女の子だ。確かあの時は俺が抱えて走れるくらいの体躯だったはずだが……。5年も経てば体躯も変わるのか。なんだか親戚のおじさんになった気分。

八幡「あぁ、そんなこともあったな」

茶髪「わたし、あの日からずっと星守になることが夢だったんです!」

八幡「そう……」

突然前のめりになられても八幡困る。学校を廃校の危機から救いたいの?

八幡「まあ待て落ち着け。お前1人テンションを上げられても他の奴らが困る」

一つ咳払いをして、すっと目を細める。どうやらこいつには現実を突きつけないといけないらしい。

八幡「ここで残念なお知らせです。皆さんは『普通』の青春を送ることができません」

俺の言葉に目の前の3人はぽかんとしている。

明日葉「比企谷先生!?」

驚く楠さんを手で制し、なおも俺は話を続ける。

八幡「皆も知っての通り、このクラスは神樹に選ばれた特別な生徒が配属されるところだ。その目的は『イロウスの討伐』ただ1つ」

軽い口調ではなく、あえて厳粛に伝える。そうでないと彼女たちに対しても不誠実だ。

八幡「だからこれから6年間、キツイ特訓に明け暮れなきゃいけないし、イロウスが出現すれば年中無休で駆けつけなければならない。この学校に入学する前に説明があったと思うが、改めて確認しておく。そんなクラスの担任になった俺なんて、ブラック企業も真っ青な労働形態で働かされるんだよな。高プロ制度ってなんだよ」

明日葉「先生、最後私怨になってます……」

おっといけね。つい自分が定額働かせ放題の存在になってしまったことへの恨みが出てしまった。話を戻さなきゃ。

八幡「まぁそういうことで、お前らは晴れて人類を守るために無制限でボランティアをする存在になってしまいました」

茶髪「そんな言い方……」

八幡「ただ」

茶髪の子の言葉を遮り、俺は最も言いたかったことを口にする。

八幡「俺や楠先生、それに他にもこのクラスを支える先生たちはいるし、何より、ここに座っているお前らはそういう苦楽をともにできる仲間だ。そいつらと過ごす青春は、きっと意味のあるものになると思う」

いざ言葉にしてみると、ずいぶん陳腐な表現になってしまった。ただ一方で彼女たちの学園生活は、普通じゃない青春、間違った青春、そういう見方をされるかもしれない。でも、それをどう感じるかは当人にのみ委ねられた権利だ。余人がそれを勝手に解釈し、言葉を当てはめ定義づけることは絶対に許されない。

それならば俺にできることは何か。それは彼女たちがまちがった青春を送らないように選択肢を与えること、そして選択肢を減らすこと。これに尽きる。いつか俺がしてもらったように。

八幡「まとめると、この『星守クラス』の関係者は皆で運命共同体です。決して自分だけ特訓サボるとかはしないように」

決めポーズとばかりに、俺は右手の人差し指をピンと立てた。このままチッチッってする勢い。しかし隣からはため息が聞こえる。

明日葉「比企谷先生がそれを言いますか……」

八幡「俺はサボりません。もっともな理由を付けて合法的に仕事をしないことは多々ありますけど」

明日葉「サボるよりもタチが悪いですね……」

なおも呆れた反応をする楠さんに反論しようとした時、前方3人からジト目を向けられていることに気づいた。俺自身、新しくも懐かしくもある立ち位置に舞い上がっていたらしい。

八幡「まぁ、そういうわけでこれからよろしく頼む」

そうして深々と頭を下げた。支えると言った手前、きちんと彼女たちの成長を見届けなければならない。たとえどれだけ手がかかろうとも。

八幡「じゃあ自己紹介ということで、トップバッターは立ってる君からどうぞ」

俺は茶髪の子に視線を向けた。ぱっと見、最も手がかかりそうな、でも最も大きく伸びそうな俺の生徒に。

茶髪「は、はい! わたしの名前は、」

以上で本編は完結です! 原作の方も完結巻が出たということで、こちらもなんとかペースを早めて終了させることができました。よくある八幡のクロスSSではありますが、自分的には構想通りのラストにすることができて満足です。

リアルが忙しいので未定ではありますが、もしかしたら番外編を投稿するかもしれません。

読んでくださった皆さんの反応にとても励まされました。本当にありがとうございました。

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2017年01月11日 (水) 01:40:12   ID: Xpo44eWf

続き期待

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