フレデリカの真冬のダンス (12)

 ぼくは彼女の笑顔が好きだった。
 タタンタタンと、彼女は時々嬉しそうにステップを踏んだ。まるで世界が自分のものだと言うように、細く長い腕を精一杯広げて、彼女はくるっと回って笑うのだ。
 紅茶が美味しかったから。ケーキが甘かったから。晴れていたから。月が見えたから。とか。理由なんてなんでも良くて、あるいはどんなことでも理由になって、彼女は嬉しそうに笑いながら踊って見せた。
 フレデリカが目の前で笑ってくれれば、中途半端な日々も悪くないと思えるぐらい、ぼくは彼女の笑顔が好きだった。

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 偶然と言えば偶然だ。

 だけど、その日はなんとなく会える気がしていたのも事実だった。

 しんと冷え込んだ夜だった。駅の外に出ると針のように鋭い風に吹かれて、ぼくは周囲の例に漏れず長めのマフラーに顔を隠す。駅周りは黒さを誤魔化すみたいに、暖色系のイルミネーションに彩られ、一年を通して一番の鮮やかさと暖かみを演出していた。どうせなら本当に暖かくしてくれればいいのに。なんて、益体のない独り言を呟いてみる。でも、きっと暖かくなったらなったで情緒がないとか文句を言いそうだから、このままでいいのかもしれない。

 冬は嫌いじゃない。寒いのも嫌いではない。嫌いなのはたぶん、この物寂しい雰囲気だ。年末だからか、あるいはイルミネーションのせいか。いずれにせよ、寂しさを誤魔化そうとする雰囲気がより寂しく見える気がして、本当のところはそこまでの意図なんてないのかもしれないけれど、ぼくの問題なのかもしれないけれど、きらきらと輝く街が好きではなかった。

 息苦しくなってマフラーから顔を出す。白いため息を吐いてから駅に背を向けて歩道橋を渡り、五分も歩けば、イルミネーションはとんと姿を見せなくなった。街灯やコンビニ、飲食店の灯りがあるから暗くはない。だけど、彩りのなくなった景色は、より寂しく見えた。

 いつも通りの光景が寂しく見えるなんて損だよなぁ。光が強くなれば影を際立せてしまう。活気のなかにあって、独りでいることが寂しくなる感覚。なにも変わらないのに、置き去りにされてしまったような気分。

 自動車の走行音。靴がアスファルトを打つ音。どこかの店から漏れ出た楽しそうな声。輪郭のない喧騒。感傷的になっているのかもしれない。排ガス、雨の匂い、曇り空。信号の点滅。

 女性の髪とマフラーが風に揺れた。身を縮こめる行き交う人々は随分と厚着だった。

 ぼくは意識して足を前にだす。気を抜けば、もっとどうでもいい情報を掬い上げてしまう。でも、意識を逸らしても逸らしきれなくて、寂寥感を募らせていった。

 だから、信号を越えた先に、とりわけ目立つ本物の金髪を見つけて、ぼくは心浮かれた。ただ歩いているだけなのに、その背中は愉快そうで、不思議とこちらの気持ちまで明るくしてくれる。

 逸る気持ちを抑えて、それでも抑えきれない気持ちに足取りは自然と速くなる。白のダッフルコートに身を包んだフレデリカに追いついて、横に並んで覗き込むようにしてぼくはようと声をかけた。

「久しぶり」

 くりくりとした緑眼は大きく広がって。それからすぐにフレデリカは足を止めて、無邪気な笑顔を作ってくれる。

「おぉー! 久しぶり! 二十年ぶりぐらい?」

「生まれる前に会えてたなんて運命的だなぁ」

「うんうん、運命良いよね。ジャジャジャジャーンって感じで」

「ベートーヴェンをジャジャジャジャーンなんて呼ぶのは、お前ぐらいだよ」

「名前より長いもんねー」

「あだ名に使う言葉じゃないからね」

 意味のない会話をして笑い合う。ああ、愉快。そしてカラフルなやり取りは心地いい。

 フレデリカとはかれこれ十年来のつきあいになるけれど、こいつの笑顔は昔と変わらぬまま、ぼくの心を惹きつける。恋愛感情はない。でも、時折こうして見かければ嬉しくなるぐらいには、こいつのことが好きだ。幸い家が近いこともあって、中学卒業から四年経ったいまでも親交は続いている。

 どちらからともなく歩きだして、ぼくたちは同じ方向にゆっくり進む。たぶん、自然と息の合う感じが心地いいのだろう。

「最近見なかったねー。大学って忙しいの? 短大と比べたら楽だって聞いたけど」

「うーん、どうだろ。いまは必修が多いから自由がない感じかな。でも三回生ぐらいになれば、少しは暇になるかも」

「三回生かぁ。その頃にはアタシ、もう働いてるねー」

 空を見上げながらぼんやりと言うフレデリカ。吐き出された息は白く消えていく。こいつの横顔にも消え入りそうな儚さが見えて落ち着かなかった。

 不安なのかもしれない。だけど、フレデリカのそんな表情は見ていたくなくて、ぼくは努めて明るく笑い飛ばす。

「お前が働いてる姿なんて想像できないな。適当なこと言って怒られそう」

「えー! アタシだってやるときはやるよー? まだやるときが来ないだけだよ」

「見逃してるだけだろそれ」

 フレデリカはころころ笑う。たとえその場しのぎの笑顔だとしても、こいつには笑っていて欲しいと、ぼくは身勝手に思った。笑顔でいて欲しいと願った。

 たあいない談笑は分けれ道まで続いた。

「じゃあ、また」

「うんまたねー」

 約束なんてしなくて、だけど疑わずに「またね」と言った。

 それぞれ自宅に続く道を歩く。たったそれだけの話。なのに、まるでぼくたちの未来を暗示しているように思えて、無性に不安になった。

 金曜日の夜に降りだした雪は、そのまま翌朝まで続いた。

 寒さに目を覚ましたぼくは、カーテンを開けて驚いた。暗い曇り空はどこまでも広がっているのに、辺りは一面の雪化粧。黒と白のコントラストに染められた景色は、どことなく神秘的で、そして退廃的だった。

 時計を確認すると休日の朝にしては早起きな時刻。損をした気分になる。もう一度寝直そうか。なんて布団に入ったとき、枕元のスマートフォンが振動した。

 ディスプレイに表示された名前はハーフで金髪な女子の名前だった。会えば挨拶をするし、ときにはメールでのやり取りはあるけれど、しかし、電話をかけてくるのは珍しい。先日のフレデリカの横顔を思い出す。どこかに行ってしまいそうな儚さ。なにかが変わりそうな予感。

 根拠はないけれど、この電話をとれば、もういままで通りにはいられなくなる気がした。

 でも見なかったふりをするのも無責任に思えて、ぼくは電話にでた。

「雪! 雪だよ雪! スノウスロウスロー!」

 スピーカー越しでも、楽しそうなフレデリカの顔が浮かぶほど、声音は明るく跳ねていた。ただし、言葉の意味は文字通り投げられていて、理解不能だったけれど。

 色々考えるのも馬鹿らしくなって、ぼくは笑った。だって、電話にでてしまった以上、もう笑うしかないから。

「雪だなぁ。白いな」

「白! つまりは雪! ねえねえ、公園行こうよ!」

「良いけど、寒いよ」

「白いもん。寒くて当然だよ」

「白は秋だよ、白秋。冬は黒、玄冬」

「えー、黒い雪はヤダなぁ」

「いやだから、黒いのは冬だよ」

 意味のない会話を終えて、三十分後に待ち合わせ。準備は間に合うのと聞いてみると、フレデリカはよゆーよゆーと笑って答えた。その言い草はあまりに適当で、信用ならなかったけど、彼女は時間通りにやってきた。

 化粧はしっかりされていた。緑色のロングコートと赤い長靴という出で立ちは、サンタクロースを彷彿とさせる。そんな感想を告げると、はぁいフレちゃんの笑顔をプレゼント、フレデリカはにっと微笑んだ。可愛らしいのに、どこか演技かかっている気がする。気づかないふりをして、ぼくはわざとらしく可愛いと褒めると、彼女はだよねと、ちょっとだけ寂しそうに応えた。

「じゃあ、行こうか」

「そうだねー。雪だるまにはなりたくないもんねー」

 早朝なのもあって、道中はひと気がなく静かだった。公園に到着する頃には、雪は小降りになった。

 公園は高低差を利用して作られており、最上部は街を見下ろせる展望エリアになっている。ぼくとフレデリカは決めたように展望エリアに足を運んだ。

 ふたりで街を見下ろす。雲には切れ間ができていて、日が差し込む。どこまでも白く染まる街は、きらきら輝いていて綺麗だった。

「綺麗だねー! 街もお化粧するんだね。アタシも白塗りにしたほうがいいかな?」

「二百年ぐらい遅いかな」

「でもでも、甘くなって美味しいかもよ?」

「食べたらなくなっちゃうよ」

「それは困るねー!」

 ふふふと笑って、フレデリカはタタンタタンとステップを踏んで、手を大きく広げてくるりと回って見せた。いつの間にか差し込む日は、スポットライトみたいにきらきらとフレデリカを照らしていて、ぼくの目を奪った。

「アタシ、アイドルやってみようと思うんだぁ」

 こちらを向いたフレデリカから不意に飛び出た言葉は、やっぱり理解できなくて、ぼくは首をかしげる。適当な言葉ではないのに、いまいち意味を掴めなかった。

「アイドル?」

「うん、アイドル。友達がね、容姿は良いんだから活かせばって。だからオーディション受けたら通ったんだー」

 そうなんだ。と応えたと思う。フレデリカは言葉を続ける。

「でもね、よくわからなくて。だってほら、お仕事しなくちゃでしょ」

「不安なの?」

「きっとこのままじゃダメだと思うんだー。ほら、アタシ適当でしょ? 迷惑かけちゃうかも」

 困ったように言って、フレデリカは街を見下ろした。その横顔は光に照らされて、綺麗で切なくて、不思議とぼくの知るフレデリカではないような気がした。

 引き止めるべきだ。きっとアイドルになってしまったら、いまみたいには一緒にいられない。でも、引き止める理由はいくら探しても見つからなくて。恋愛感情があるわけでもない。とっくに答はでている。いまぼくがフレデリカの横顔に目を奪われている事実は、彼女がアイドルに向いている証拠だから。

 ぼくは視線を白い街に向ける。

「大丈夫だよ。お前は適当だけど、適当なだけじゃないんだ。それに、ぼくはお前の笑顔に救われてきた。たぶん、フレデリカの笑顔にはそういう魔法があるんだよ」

 中途半端な日々も、寂しい気持ちも、フレデリカの無垢な笑顔を見ればどうでもよく思えた。こいつは心が綺麗なのだ。雪を欺く心の持ち主。この街よりも、ずっと白い。だから、きっと向いている。沢山の人を笑顔にできる。ぼくはフレデリカから沢山の笑顔をもらった。

 フレデリカは少し驚いたようにこちらを見ていた。それから大人びた笑顔を浮かべる。

「ふふ、ありがとー。うん、そう言われたらちょっとだけ、自信でたかも」

 タタンタタンと嬉しそうにステップを踏んで、フレデリカは手を大きく広げて笑顔でくるりと回った。

 別れ際、フレデリカはまたねと言った。ぼくはじゃあねと返した。

 この真冬のダンスが、間近で見た最後のダンスとなった。

 フレデリカと最後に会ってから一年が経った。

 それでもフレデリカの顔は簡単に見ることができる。テレビ、雑誌、ネット上に。ちょっと調べれば簡単に探すことができるほど、彼女は知名度を上げて、そしていまもなお活躍している。

 だけど、僕はなにも変わらなくて。むしろフレデリカのいなくなった日常はいっそう物寂しい気がして、誤魔化すように色々と挑戦してみたけれど、寂しさを誤魔化す雰囲気がより寂しい気がして、結局すべてやめてしまった。

 フレデリカの活躍を目にするたび、ぼくはなにかをしないといけない気分になった。あいつが頑張ってるのにと、そう思ってもなにをして良いのかわからない、中途半端な日々が続いた。

 元に戻っただけなのだ。元々ぼくにはなにもなかった。考え過ぎている。それなのに、気分は落ち着かなくて、雪が降る朝、寒さに目を覚ましたぼくはあの日と同じ公園に出かけた。

 まるで一年前を再現したような光景が、展望エリアから覗けた。白くてきらきらした街並み。だけど、隣には誰もいなくて、ぼくはひとり街を見下ろす。

 いつも通りの光景が寂しく見えるなんて損だよな。そう呟いて、タタンタタンとステップを踏んでみる。フレデリカは軽々しくやっていたけれど、ぼくのはとてもステップなんて言えるものではなくて、それでも悔しいからくるりと回ってみると、足を滑らせて尻餅をついた。

 起き上がるのもしんどくて、そのまま寝転ぶ。白い息が消えていくのを眺めながら、あの日を思い出した。

 きらきらと輝く笑顔。白く白く綺麗な心。

 フレデリカにはあのまま、汚れないで白くいて欲しいと、密かに願う。でも、もう会いたくないと思った。余計に寂しくなるだけだから、会いたくない。

 たぶん思うまでもなく、会うことはないだろう。

 雲の切れ間から射し込む光は、ぼくを照らしてはくれなくて悲しくなった。

終わり。

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