鷹富士茄子の夢は叶う (16)

「本年度アイドルアワード受賞者は、鷹富士茄子さんです!」

ステージで司会者が茄子の名前を読み上げる。

この瞬間、茄子がトップアイドルになった。

茄子の夢が、ついに叶ったのだ。

それを俺は……。

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鷹富士茄子と出会ったのは、弱小プロダクションのウチが戦力強化を図ろうと、新たに追加で1名アイドルをスカウトしようと活動を始めた当日だった。

茄子は不思議な女性だった。

こちらは「さてどんな子をスカウトしようか」とまだ明確なビジョンも立てていないうちに、偶然通りかかった一人目の美人に声をかけただけだというのに、茄子はまるですべてわかっているかのように俺の話を頷きながら聞いていた。

「なるほどー。あなたはアイドル事務所のプロデューサーさんで、私をアイドルにスカウトしてくれるんですね。では、よろしくお願いします」

この調子である。

声をかけたこっちが、何か騙されているのではないかと不安になったほどだ。

「それだけ、か?」

「それだけとは?」

「俺が言うのもあれだが、急にアイドルにならないかと言われたら、普通はもっと警戒するとかするだろう?」

「大丈夫です。私、結構強運ですから」

「は?」

「実は今日は、何か楽しいことが起きないかなー?と思いながら散歩してたんです。アイドルにスカウトされるとは思っていなかったですけど、このタイミングで来るなら、きっとこれは良縁ですから大丈夫です」

「はぁ」

自分を強運だと言い張り、自分の運の良さを信頼する女性。

アイドル活動だけでなく、今後の人生も心配になってくる人だった。

スカウト失敗したかもしれないと、その時は思ったものだ。

しかし、それから茄子と一緒にアイドル活動をしていくうちに、俺は茄子の強運が文字通り強固なものだと知ることになる。

偶然、イベントに空きが生まれて、茄子が飛び入り参加することになる。

偶然、大物芸能人とオフに鉢合わせて、知り合いになる。

偶然、懸賞が当たり、せっかくだからと商品のCMを任されるようになる。

茄子の前にはありとあらゆる幸運が舞い降りた。

それらをヤラセだという声や、幸運だけが取り柄と嫌味をいう声も聞こえるようになったが、そうではないことは俺が一番知っていた。

幸運はただ甘受するだけでは実らない。

幸運を活かすも殺すも本人次第だ。

茄子は確かに他の人より幸運に恵まれているが、幸運で得た機会をモノにするための努力を怠らなかった。

レッスン場へ行くと、たいてい茄子の姿を見つけられることからも茄子の真剣さは伝わってきた。

「茄子、レッスンお疲れ様」

「お疲れ様です、プロデューサー」

「ずいぶん張り切っていたな」

「うふふ、私は急にお仕事が決まることが多いから、普段からレッスンしておかなくちゃいけないんですよ」

それは突然の仕事が入る余地があるくらい、基本のスケジュールが空白だらけという意味でもある。

俺は茄子の予定をたてるプロデューサーとして不甲斐ない気持ちを抱きながらも用件を伝える。

「……そのことなんだが、明日ミニライブを頼めるか?また急に入った仕事で悪いんだが」

「あら、さっそく普段のレッスンが役に立ちますね」

慣れた様子で笑う茄子が眩しい。

「すまん。本当は茄子の幸運が必要ないぐらい、俺が仕事を取ってこなくちゃいけないのに」

「いいですよー。プロデューサーには感謝しています。プロデューサーに声をかけてもらってアイドルになってから、毎日がとっても充実していますから」

「そう言ってもらえると助かるよ」

「それと、夢もできました」

「夢?」

「はい。初夢じゃなくて、目標の夢です」

「どんな夢だ?」

一度大きく深呼吸をして、茄子はこちらの目をまっすぐ見据えながら言った。

「私、トップアイドルになりたいですっ!……どうでしょうか?」

トップアイドル。

ウチのような弱小事務所のアイドルから出るとは思えない、大きな夢だ。

どこか遠い、ここではない場所でしか抱けないと思っていた高すぎる夢。

しかし、目の前の担当アイドルの言葉は夢が現実になる確信を与えていた。

「茄子ならなれるさ。運だけじゃなく、こんなに努力もしてるんだ。茄子なら絶対トップアイドルになれる」

「はいっ!私、頑張りますね。まずは明日のライブから」

その日、俺も夢を抱いた。

鷹富士茄子をトップアイドルにしたい。

担当アイドルをトップアイドルに導いてやりたい。

弱小プロダクションのプロデューサーである俺には過ぎた願いだと諦めていた夢。

プロデューサーになってから数年、いつのまにか零れ落ちた夢が、再び俺の胸に帰ってきた。

「本年度アイドルアワード受賞者は、鷹富士茄子さんです!」

檀上で司会者が茄子の名前を読み上げる。

この瞬間、茄子がトップアイドルになった。

茄子の夢が、ついに叶ったのだ。

それを俺は

「プロデューサーさん!茄子ちゃん、受賞しましたよ!すごいですね!」

「ちひろさん。……はい。すごい奴なんですよ、茄子は」

「ふふっ、でもなんだか信じられませんね。今最も有名なトップアイドルが、ちょっと前までうちの事務所にいたなんて」

「……そうですね」

茄子の夢が叶った瞬間を、俺は事務所のテレビで見ていた。

1年ほど前のことだ。

偶然、茄子のライブを大手プロダクションの敏腕プロデューサーが目に留め、移籍の話を持ちかけられた。

うちとは比べ物にならないほど実績のあるプロダクションで、茄子がそこに入れば今よりもずっといい環境で仕事もレッスンもできることは明白だ。

そして相手プロデューサーは噂に違わぬ人当りの良い人で、プロデューサーという仕事に生きがいと誇りを持っていることが自然と伝わってくる人だった。

良い人なのだろう。

なにせ、茄子の幸運が茄子の夢を叶えるために連れてきた人だ。

悪い人なはずがない。

相手プロデューサーは、大手プロダクションだからといって圧力をかけるわけでもなく、俺と茄子でよく話し合って決めてほしいと言ってくれた。

残酷なことをするものだ。

まだ、力づくで無理やり連れ去ってくれた方がいいものを。

茄子の願いを叶えることはお前には無理だと、はっきり言ってくれたほうがいいものを。

お前は茄子の夢を叶えるための踏み台でしかなかったのだと、諭してくれればいいものを。

茄子の幸運は、お前の幸運ではないと突きつけてくれればいいものを。

俺は一度失い、再び抱いた大きすぎる夢を、取り戻した次の日に自分の手で手放すことになった。

「鷹富士さん。受賞のコメントを一言」

「私が夢を叶えられたのは、ファンのみんなと、事務所のみんな。そして私をアイドルにしてくれた人のおかげです。ありがとうございました」



「ほら、言われてますよ。プロデューサーさん!プロデューサーさんのおかげですって!」

「ええ、よかったです。茄子の夢に役立てて」

自分の手でスカウトしたアイドルの晴れ舞台。

俺はちゃんと笑えているだろうか。

短いですが、以上です。

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