八幡「妖精を見るには」 (291)

やはり俺の青春ラブコメはまちがっている × 戦闘妖精・雪風

時系列は俺ガイルが八幡18歳誕生日後のIF
雪風がアンブロークンアローの約半年後

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―――6年前



『……比企谷、それは本気かね?』

『俺ももう18です。国際的な応募条件は満たしている筈ですが』

『そういう事を言っているんじゃない』

『高水準かつ最新技術を用いた専門教育に加えて将来も確約されている。此方に戻ってきたとしても、実績さえあればかなりの厚遇で迎えられるでしょう。今のところ、戻るつもりはありませんが』

『君の悪評が想定を超えて校外まで広まってしまった事は、我々の怠慢によるものだ。真相を知った教師陣も、雪ノ下や由比ヶ浜の御両親も噂の払拭に尽力してくれている。
君の家族だってそうだろう。生徒達だって無理解な者ばかりではない。私達はともかく、君の友人たちを信じて待ってやってはくれないか』

『その過程でどれだけの労力が費やされ、被る必要のない悪評が彼等に付き纏うと思いますか。もうその兆候は見え始めている。今は小さな種火でも、すぐに大火になります。直ちに止めさせてください』

『君はどうなる。身を削って皆を繋ぎ留め、友人知人を護り、しかし誰からも理解されずに孤立してゆく。無理解な風評を真に受けた赤の他人からも白眼視され、助ける事はあっても誰からも助けてもらえない。
寧ろ徒党を組んで君を害しに掛かるだろう。そんな人生を良しとするのか』

『好きでやった事ですから。それに、今更理解してもらう必要もないでしょう。此処に留まるつもりもありませんから』

『……もう、手遅れなのか?』

『いいえ、手遅れなんかじゃありません。初めから手を取るつもりが無かっただけです』

『君は……最後まで嘘吐きなんだな。誰よりも欺瞞を嫌い『本物』を求めている癖に、君は……』

『……』

『彼女達はどうなる? 君にとって彼女達は……彼女達こそが……』

『……お世話になりました、平塚先生』

『……どうしても行くのか?』

『……はい』



―――俺は『FAF』に志願します。




―――現在



「B-1より司令部、戦術偵察行動終了。これより帰投する。RTB」

『こちら司令部、了解』

「驚いたな……508thはまた全機生還だ。これで17ヶ月連続だぞ」

「少尉、無駄口を……いや、そうだな。幾らファーンⅡの機動性が優れているとはいえ、異例の事だ。損耗率が此処まで低いというのは、特殊戦を除けば他に例が無い。余程腕の良い隊長なんだろう」

「彼の事は知っている。日本人だ。珍しい事に、高校を卒業後に自ら志願してFAFに入隊した。此処では異例の経歴の持ち主だよ」

「なんだ、少尉。何故そんな事を知っている。君の興味を引く要因があったのか」

「僕個人の興味があった訳じゃない。ただ記憶に引っ掛かっていただけだ」

「どういう事だ」

「適性診断で、彼は情報軍への配属がほぼ決定していた。だが其処に、システム軍団が割り込んできたんだ。人間ではなく―――システム軍団のメインコンピュータが」

「なんだそれは。コンピュータが人事に……介入してきたって?」

「複雑怪奇な理由をつらつらと並べ立てていたが、要約すると『情報軍では宝の持ち腐れだ。彼が持つ感情に囚われない正確な情報伝達能力は、システム軍団にこそ必要である』だと」

「なら、そいつはシステム軍団に居たのか」

「3年ほど。グノー大佐の開発チームに在籍し、オドンネル大尉の後任としてファーンⅡのテストパイロットも務めている。学習装置による審査ではパイロット適性はS、シルフドライバーとしての能力も高かった筈だ」

「……あの事件の後でファーンⅡに乗ったのか。大したタマだ」

「しかも自ら志願してだ。その後、実戦で性能を確認したいとTAB-06に出向、戦果を上げ過ぎた為かそのまま508thの隊長に引き抜かれた。
AICSの一件に独力で気付き、列機の損失を未然に防いでいる。当人は地球側の破壊工作を疑っていたらしい」

「筋金入りのフェアリィ星人だな。だが、あまり顔を合わせたい部類じゃない」

「今の貴方ならそうだろうな。かくいう僕もあまり会いたいタイプじゃないが、そうも言ってられないだろうな」

「何故だ」

「13番機以降の戦隊機増強計画は知っているだろう。その候補に508th所属の隊員が複数挙げられている……と、情報軍の伝手で聞いた」

「馬鹿な。あれだけ見事な連携を保っている部隊からの引き抜きだと? 特殊戦の任務を考えれば在り得ない筈だ」

「そうでもない。前線の部隊で彼等が何と呼ばれているか、知っているか」

「何だ」

「『ブーメランの申し子』だよ」




「楽にしてくれ、比企谷大尉。此処では敬礼は必要ない」

「お言葉に甘えさせて頂きます、少佐」

「さて、大尉……比企谷 八幡か。良い名前だな。八幡神、八幡大菩薩。武運を司る神だ。戦闘機乗りには打って付けだな」

「両親が何を意図して名付けたかは解りませんが、期待には沿えなかったと判断しています」

「謙遜は必要ない。君の経歴を前にしてのそれは、嫌味どころか他者への侮辱だ。年齢は……今年で25か。地球では異例の昇進速度だが、まあ此処では珍しくもないか」

「運が良かっただけです。それに見合うだけの犠牲も負っています」

「気遣いも遠慮も無用か。では本題だ。君の指揮する508th飛行隊だが、そのまま我々特殊戦に異動してもらいたい。戦術空軍団内部での調整は済んでいる。質問は?」

「異動の理由は?」

「例のジャムによる大攻勢で、我々は大きな損害を被った。戦力の再構築が急務だ。だが正面戦力よりも、今は更なる大規模な戦術偵察活動が必要な局面なんだ。巨大な損耗を受けたのはFAFだけじゃない。
ジャムも同様だ。一時的であろうと敵を弱らせる事が出来た今こそ、特殊戦の力が必要とされる」

「その為の戦隊機増大ですか。我々が選出された理由は?」

「あれだけの大混戦の中、君が指揮する508thは1機の損失も出していない。それどころか他の飛行隊との連携で、TAB-06とブラウニィへの敵攻撃隊をほぼ全滅させている
凄まじい戦果だ。君の戦術指揮能力を、我々は高く評価している」

「それは特殊戦への引き抜きの理由とはなりません。寧ろ、徹底的な個人プレーが望まれる特殊戦にとっては、避けるべき事象でしょう」

「それが君の『本物』ならばな。だが、そうではないだろう」


「……」

「508thの戦果は素晴らしいものだ。だが隊内の人間関係は、特殊戦のそれに酷似している。他者による干渉を拒み、全てが自己完結している人間の集団。
それを為せるだけの能力を備えた人間が一堂に会し、ジャムに勝って生き延びるという目的に対してのみ極めて高い水準での連携を成し遂げる。ある意味では、特殊戦の理想を体現したかの様な部隊だ。
その集団を造り上げる事が出来たのは比企谷大尉、君の手腕によるものだ」

「私だけの力ではありません。システム軍団の頃からの伝手で、各戦隊の厄介者を押し付けられたに過ぎません」

「普通はそうはならない。それで戦隊そのものを維持できなくなっては意味が無いからな。手に余る者は各戦隊へと分散配置され、言い方は悪いが体の良い消耗品として利用される。優秀であろうとなかろうとな」

「勿体のない事です」

「フムン、実に日本人らしい観念だな。勿体ない、か。いや実に、全くその通りだ」

「私の部隊が消耗品の集まりだと?」

「本来ならばそうなっていてもおかしくはないという事だ。パイロットとしては極めて優秀だが、他者への共感能力に欠け、集団行動を良しとせず、個としても組織の一員としても安易な妥協を拒む。
それで孤立しようがしまいが……『自分には関係ない』と、そう言い切れる人間の集団」

「……」

「君は自らの意志でそういった傾向の人間を集め508th飛行隊を造り上げた。優れた能力を持ちながら、コミュニケーション能力に欠けるが故に他者から排斥され、集団の中で摺り潰される筈だった者たちをだ。
我々特殊戦からすれば正に垂涎の人格傾向と能力ではあるが、残念ながら彼等の能力を活かせるだけの場を用意する事も出来ず、これまでは傍観する他なかった。
そんな中で大尉、君は彼等を進んで引き抜き見事に纏め上げ、ジャムに対する強力な攻性集団へと昇華させた。驚くべき事だ。だからこそ、我々は君とその部下を欲している」

「おかしな話ですね。特殊戦が欲しがっているのは補充される13番機とその後続機のパイロット、フライトオフィサの筈だ。つまり第五飛行戦隊の隊員であり18名ものパイロットが新たに在籍できるとは思えません」

「第五飛行戦隊ではな。だが、先日のジャム大攻勢による被害を鑑み、第四飛行戦隊をより攻性の部隊として増強する事が決定しているんだ。無論の事、第五飛行戦隊との連携が重要になる。
508th隊員は特殊戦機と組ませるには最適だ」

「感情に左右されず、徹底してブーメランのお守りに徹する事が出来る、という訳ですか」

「そうだ」

「……全員にシルフを割り当てて頂きたい。ファーンⅡの性能には自信を持ってはいますが、スーパーシルフに追随するには力不足だ」

「勿論だ。君には13番機のパイロットとして着任してもらう事になる。機体はFFR-41MR、機体名は『時雨』だ。スペックと細かな仕様は此処に纏めてある。
SSCを経由した情報と照らし合わせ、君の端末で確認しろ。その上で疑問点や感じる事があれば纏め上げ、レポートとして提出しろ。期限は2日後の1500だ。退室して良し」


「……それで、どう思う。フォス大尉」

「予想以上の難物ですね。MAcProⅡによるプロファクティングが全く意味を成していません。
心理傾向については何ら問題なく特殊戦の要求を満たしてはいますが……既に特殊戦専用となった私のMAcProⅡでは、比企谷大尉のプロファクティングを行うには不適切ではないかと思われます」

「どういう意味だ」

「MAcProⅡ本来の使用環境が必要ではないかという事です。地球上のネットワークにあるマークBBに接続し、一般的な人格傾向のデータを反映した上でプロファクティングを行う必要性があります」

「此処で示された彼の心理傾向が偽りだと?」

「解りません。彼が特殊戦向きの心理傾向を示す行動を取っている事は確かですが、それが彼自身の自然意識から生じたものか、そうある事を意識した上で齎されたものかが判然としません。
過去の深井大尉にも似ているが、同時に少佐、貴方にも似ているといえる」

「不思議な事ではないだろう。俺にも一時期、零の様に醒めていた時期があった」

「だとしても、彼の個人的な心理傾向は過去の深井大尉に酷似しています。とても今の様な、リーダーシップを期待できるものではない。にもかかわらず、彼は見事に508th飛行隊を纏め上げています。
FAF在籍中に齎された人格形成による功績とは思えません。元から集団のトップとしての適性があったものかと」

「元からそうならば、自ら進んでこんなところには来ないだろうさ。何らかの問題があったからこそ、日本という比較的安全な国家、それなりに裕福な家庭に生まれながら、全てを放り出してフェアリィ星にやって来たんだ。
不可解なのは、そんな人間がシステム軍団はともかくとして、情報軍団に目を付けられていたという事実だ」

「彼に興味を示していたのはロンバート大佐の様です。何か、大佐の琴線に触れる物があったのでしょう」

「ロンバート大佐が欲しがった人間か……警戒は必要だが、これからの特殊戦には零以外にもリーダーシップを有する人間が必要だ。全くの無警戒とはいかないが、捨て置くには余りに惜しい人材だからな」

「508th隊員の心理傾向も興味深いものです。ほぼ全員が特殊戦の任を全うできるだけの技量と、人間性の希薄さという条件を満たしている。これを本当に単独で統べているのだとしたら、比企谷大尉の能力は……」

「それは追々確認していく問題だ、フォス大尉。今は彼が本当に特殊戦パイロットとして活動できるのか、零に次ぐ新たな次世代のリーダー候補となれるかを見極める段階だ」

「……そうですね。でも、彼が意図して冷徹な人間を演じているのだとしたら……」

「それはそれで使える。彼の造り上げた508thは特殊戦が引き継ぎ、彼にはより指導者として相応しい人間となってもらう。
今の特殊戦、延いてはFAFにとって何より必要なのは、有能かつ清濁併せ呑む度量を持ち、その上でジャムに勝つ為ならばあらゆる局面に於いて『手段を選ばない』事を良しとする指導者なのだからな」




『……教えて下さい、先生。比企谷くんは何処へ行ったのですか』

『済まないが、答える事は出来ない。これは比企谷自身の望みであり御両親も了承している事だ』

『そんな! おかしいですよ、平塚先生! 小町ちゃんだってヒッキーが何処に行ったか知らないって言ってるのに! 御両親も何も答えてくれないって!』

『ああ、妹さんにも伝えないで欲しいとは言われたな』

『どうして!』

『なあ由比ヶ浜……これは比企谷 八幡という一個の人間が熟考の末に辿り着いた答えなんだ。失格も同然とはいえ、教職者として生徒の意志は尊重してやりたい……そう考えるのはおかしな事か?』

『何を都合の良い事を……! 教師の多くが保護者たちと共謀して比企谷くんを厄介払いしようとしている事を、私たちが知らないとでも!?』

『平塚先生がヒッキーを救おうとしていた事はあたし達も知っています! でも……でも、私たちの知ってるヒッキーなら! 皆を救う為に自分が犠牲になる事を選んだ! 違いますか!』

『……だとしたら、どうする?』

『彼が退学して決着なんて、そんな結末は許さない。何としても連れ戻して、彼に付き纏う無責任な風評を払拭します。姉も両親も全力を挙げて協力してくれる、絶対に彼を救ってみせる!』

『いろはちゃんも隼人くんも、めぐり先輩だって協力してくれてるんです! 今ならまだ……』

『無理だよ。雪ノ下、由比ヶ浜。もう……無理なんだ』

『……ッ、どうして!』

『彼は……比企谷はな……』



もう、この星の何処にも居ないんだ。




「初めまして。リン・ジャクスンです」

「お会いできて光栄です、ジャクスンさん。雪ノ下 雪乃と申します」

「由比ヶ浜 結衣です。初めまして、ジャクスンさん」

「御免なさいね、会うのが遅くなってしまって……前回の取材で思わぬ事があって、少し日本軍の方とのお話が長引いてしまったの」

「いえ、此方こそ無理を承知でお願いしていた事ですし……それに、態々日本にまで来て頂いて」

「ふふ、気にしないで。若い頃に何度か来た事があるのだけれど、親日家のペンフレンドが色々と教えてくれるものだから、常々もう一度訪れてみたいと思っていたの」

「そうですか。では時間がございましたら是非、お勧めの観光スポットを御案内させて下さい。地元の者だけが知る穴場も数多くありますので……」

「まあ、楽しみね。是非お願いするわ。それで……フェアリィ星の事を知りたい、だったかしら?」

「っ……はい」

「正確には……FAFがどんな組織なのか、彼らが戦っているジャムとは何なのかを『ジ・インベーダー』の著者である貴女自身から窺いたいのです」

「残念だけれど、私自身はフェアリィ星に行った事もないし、FAFと接触した事も3回ほどしかないのよ。詳しい事はFAFのHPを見れば分かる筈だけれど」

「それは……私たちも何度も閲覧しました。それこそ隅から隅まで。でも、私たちが本当に知りたい事は、何処にも載っていなかった」

「知りたい事?」

「FAF内部の組織形態と、其処に在籍する人々の日々の任務です」


「……」

「勿論、殆どは軍機に当たる事でしょう。ジャクスンさんが知っている事でも、守秘義務が課せられている事は容易に想像できます。ですが、もし僅かでもお話しして頂ける事があるのなら、聞かせて頂きたいのです。FAFでジャムと戦っている方々が何を思っているのか、どういった現状に置かれているのか……ほんの少しでも良い、私たちは知りたいのです」

「半年前の公報は、私たちも目にしました。FAFはジャムの大攻勢を受け、これを撃退するも総戦力の40%以上を喪失。人員も2万人以上が犠牲になったと……これだけの被害を受けていると世に知れ渡ったのに、各国政府もメディアも全くと言っていい程に騒がない。まるで、元から何の関心も無いみたいに……」

「……そうね」

「その時に、私たちは思いました。フェアリィ星の戦況については、何らかの報道管制が敷かれているではないかと。私たちの持つどんな伝手を使っても、フェアリィの実情を知る事はできなかった。そんな時に、貴女が執筆した『ジ・インベーダー』を目にしたのです」

「他のどんな専門家が書いた評論よりも、貴女の著書は真に迫っていた。ですから、貴女がFAFの方とお会いして感じた事を、どんな事でも良いんです、私たちに教えて頂きたいんです」

「……どうして、其処までして?」

「っ! ……それは」

「私たちは……私たちにとって……」



大切な人が、FAFに居るんです。

今日は此処まで。
次回よりB-13時雨、比企谷 八幡大尉が動きます。




『こちらB-13『時雨』、戦術電子偵察活動終了。コンプリートミッション、RTB』

「こちら司令部、了解」

「少佐、比企谷大尉の様子は?」

「今のところ問題はありません、准将。406thの戦闘推移を観測、自機に接近してきたType-2、4機を撃墜。今回フライトオフィサは未搭乗ですが、中枢コンピュータは想定以上の結果を齎してくれました。
元が先々代13番機と『レイフ』のミックスですから油断など以ての外ですが、特に問題が無ければフライトオフィサ無しでの戦隊機増強が可能でしょう」

「少佐。私が言えた義理ではないが、我々はコンピュータ群を甘く見た結果、幾度となく手痛い損失を受けている。戦闘知性体群と我々はジャムに対し共通する敵対関係を有するが、無条件に信頼する訳にはいかない。
彼等もそんな事は望んでいないでしょう」

「我々がそんな腑抜けなら、彼等はすぐさま切り捨てに掛かるでしょう。今でも時々首筋が痛む。これが残っている限り、油断などできる訳が無い」

「なら良いわ。比企谷大尉も、その認識を共有してくれていれば良いのだけれど」

「……彼は極めて聡い。戦闘知性体についても、独力で真相に近付きつつあった。存在を確信したのは除雪師団の一件があった頃だとの事です」

「素晴らしい慧眼だ。彼が当初から我が戦隊に配属されなかった事が悔やまれる」

「それは違う。彼はシステム軍団で、フリップナイト・システムの顛末とオドンネル大尉の末路を目の当たりにした。天田少尉の件もだ。其処から彼独自の推察で真相に近付き、その上で自らの意思で前線へ異動した。
今の彼を形成しているのは、間違いなくそれらの経験です」

「だがフォス大尉のレポートによると、彼の人格は地球時代から既に形成されていた可能性がある。システム軍団コンピュータが、高性能なコミュニケーションツールとしての彼を欲した可能性については理解できるが、ロンバート大佐が彼に着目していた理由が不明だ」

「システム軍団と同じ理由である事も考えられます」

「大佐が自ら選抜していたのは、以前の桂城少尉の様に自らの見識を挟む事の無い、優秀な手足としての人材だ。フォス大尉の分析では、大佐の部下に比企谷大尉と類似の人格傾向を示す者は居なかったと報告を受けている」

「彼は特殊戦、情報軍団、システム軍団のいずれに属する者とも異なるタイプの人間です。ロンバート大佐が目を付ける程に人間性が希薄である一方、システム軍団が人事に介入する程コミュニケーションスキルに優れている。
同時に特殊戦さながらに人間性の希薄な集団を纏め上げ、前線部隊として3本指に入る程の実力集団として機能させていた。そして今、彼は特殊戦13番機パイロットとして如何なくその能力を発揮している。こんな経歴の人間はFAFでもそうは居ない」

「彼自身の人間性がどうであれ、特殊戦パイロットとしての使命が果たせるのならば問題は無い。SSC、STCも今のところ彼を高く評価している。私としても彼は極めて有用な人材と考えている。
彼には特殊戦の次代を担う人間となって貰いたいが、それが叶わないのであれば別の形で役立ってもらうまでだ。恐らく比企谷大尉も、此方の考えは承知の上だろう」

「彼の慧眼ならば、恐らく……そういえば、面白い話を耳にしました。システム軍団在籍時からTAB-06所属時代まで、彼に付き纏っていた渾名です」

「なんだ」

「Ghoul(グール)だそうです。彼の目が、まるで死人のそれの様だと。もっとも一部からは、また別の名で呼ばれていた様ですが」

「どんな?」

「些細な虚偽も妥協も許さない、只管に真実を射抜く目。『ホルスの目』と」




「駄目ね、やはり彼の行動は私のMAcProⅡでは分析できないわ」

「皮肉な話だな。特殊戦隊員に特化した君のツールが、特殊戦の人間となった者のプロファクティングに不向きとは」

「態々私のオフィスにまで来て結果を覗き込んでいる人間の台詞ではないわね、深井大尉。貴方が他者の人格傾向に関心を示すなんて、どういう風の吹き回し?」

「俺の意思ではない、ジャックの差し金だ。比企谷大尉に対する『戦術偵察活動』だと」

「……SSCかSTCからの要請かしら? それとも雪風?」

「君もますます此処に染まってきたな、大尉。その通りだ。正確には雪風を始めとする各戦隊機の中枢コンピュータと、STCからの要請だ。SSCも徐々に関心を深めている」

「何故かしら」

「事の発端は新しい13番機の『時雨』だ。『メイヴ』の試験飛行中に戦死したサミア大尉の下で経験を積んだ中枢コンピュータのバックアップと、FRX-99レイフのバックアップから組み上げられた。
まだこれで2機目のメイヴだからな。雪風がスーパーシルフからメイヴへと自己を転送した件を参考に、即戦力として扱える中枢コンピュータを誂える必要があった。この方法を提示したのはシステム軍団とSSCだ」

「上手くいったんでしょう?」

「ああ。だが当の時雨からSTCに対し、比企谷大尉に対するプロファクティングの要請があった。どうやらSSLを通じてMAcProⅡを起動し、大尉に対するプロファクティングを独自に実行した様だ」



「ちょっと待って、時雨がMAcProⅡを使ったなんて私は知らないわよ。STCだって……」

「緊急性が高いと判断したSTCが、君に了解を取る事なくプロファクティングの実行を促したんだ。雪風を始めとする他の戦隊機も、大尉の人格傾向について情報提供を求めている。SSCも、大尉についての情報を収集するべく動き出したんだ」

「どうして其処まで……」

「簡潔に言えば人間不信になっている、というところだ。ジャミーズの工作に再教育部隊の一件、正真正銘FAF所属人員の一部が利敵行為を働いたという事実が、特殊戦外部の人間に対する不信に繋がっている」

「新入りである比企谷大尉に怯えているというの?」

「少し違う。君が特殊戦専用に調整したMAcProⅡを用いて、それでも説明の付かない大尉の人格に怯えているといったところだろう。専門家ではないから、はっきりとした事は言えないが」

「戦闘知性体について貴方以上の専門家なんて、此処には居ないわ。でも、そうね。自らの領域に現れた新たな異物を解析して理解しようとする行為は、何らおかしな事ではないわ。
でも、彼以外にも特殊戦に異動した人員は多い筈よ。他の508th隊員にはそれほど関心を示していない。どうしてかしら」

「何を他人事の様に言っているんだ。原因は君と少佐、そして准将だ」

「私? どういう事」

「比企谷大尉に関する君達の会話を、SSCとSTCが傍受していたんだ。当然、SSLを通じて各戦隊機にも伝わったんだろう。時雨は、これまでの特殊戦パイロットの型に当て嵌まらない大尉の下で飛ぶ事に疑問を……そうだな、無理矢理俺達に例えるなら不安を感じたというところだろうな」

「彼の経歴は伝わっている筈……いえ、だからこそ不安なんだわ。彼の経歴はブッカー少佐や貴方に似ている。なのにMAcProⅡでのプロファクティングが出来ないという事実が、コンピュータ群を途惑わせているんだわ」

「リン・ジャクスンの言葉を借りるなら、特殊戦の戦闘知性体群は『フェアリィ星人』しか知らなかった。其処に比企谷大尉という『地球人』が紛れ込み、しかも特殊戦に適応している。理解できずに混乱しているんだろう」

「興味深い事実だわ。でも、私としては厄介極まりないわ。特殊戦隊員と戦闘知性体群、ジャムに対するプロファクティングの他に、別途比企谷大尉のプロファクティングも行わなければならない。流石に手が回らないわ」

「少佐もそれは理解している。今は比企谷大尉の人格傾向を掴む事を優先してくれとの事だ。彼の地球での細かな経歴は、情報軍団から提供される手筈になっている。リンネベルグ少将が動いているから―――」

ここまで
続きはまた夜に

んじゃ投下
八幡初の戦闘シーン




長距離索敵レーダーに反応。
10時方向にボギー、急速接近。
機数1、IFFに応答なし。

「B-13より司令部。ボギー探知、急速接近。攻撃照準波は感知されず」

『司令部、了解。デュラハン3、4が支援に向かう。到着まで15分』

「ボギー上昇、更に加速。EW準備、マスターアームオン」

敵機視認。
ボギー外観、FAF機に酷似。
あれは―――

「ボギー、インサイト。FFR-31MRスーパーシルフ。垂尾にブーメランマークを確認、IFFは依然沈黙……ボギーより紫外線変調によるタグ発信を確認。SSL.Ver.1.05による《follow me》タグを受信。誘っている様だ」

『ブッカーよりB-13、比企谷大尉。知っていると思うが、そのスーパーシルフは旧B-3のコピー、つまりジャムだ。戦術電子偵察活動を開始せよ。敵機から目を……決して……』

「司令部、少佐、聞き取れない。ジャミングを受けている、聞こえるか―――」






『比企谷大尉、我が方に帰順せよ。われに貴殿を害する意図なし』






「ッ―――!」

『応答せよ、比企谷大尉。われに与する意ありや』

「……此方B-13。B-1の報告にあったジャムの総体と思しき存在と接触。これより口頭での情報収集に当たる……此方B-13時雨、比企谷だ。聞こえるか、ジャム」

『確認したB-13、比企谷大尉。返答せよ。われに与する意ありや』

「その申し出に対する即答はできない。お前は……お前はB-1、雪風が遭遇したジャムの意識体で間違いないのか」

『然り。われは貴殿らの概念に於いてジャムと呼称される存在の総体である』

「帰順とはつまり、FAFを裏切ってお前の側に付けと、俺に言うのか。俺をヘッドハンティングしようとでも」

『否。われは貴殿のあるべき場所を示しているに過ぎない。貴殿が本来身を置くべきはFAF、延いては人類の側ではない』

「深井大尉にも似た様な事を言っていたな。つまりお前は、本来予定していた存在とやらに俺が近似だとでもいうのか。俺がFAFの―――地球の人間とは異なると?」

『然り。比企谷大尉、貴殿と、貴殿の下で構築された508th飛行戦隊の在り方は、われが予定せし本来的存在に近似である。故に、われは貴殿らが本来的位置に返る事を望む』


「……俺達が人間集団の中に身を置く事は、本来の性質からは掛け離れているというのか。特殊戦はどうなる」

『特殊戦こそは人類及び機械知性体群の内部に於いて、最もわれに近似の存在である。しかし彼等はわれとの非戦協定締結を拒否し、結果としてわれは人類に対し宣戦布告を行った。
以上の事実から、特殊戦に対するわれへの帰順要求は確実に拒否されるものと判断する』

「俺も特殊戦だ」

『貴殿の現在の行動は特殊戦隊員に近似だが、本来的性質は明確に異質たるものである。雪風と深井大尉の在り方とは異なるが、貴殿もまた単体でありながらわれの予定せし性質に近似である。
故に、われは貴殿が人類の構築した組織内で孤立し、無為に消耗するを望まず。旗下の部隊と共にわれに返れ、比企谷大尉』

「馬鹿を言うな。俺は生き延びたいから、脳無し共に足を引っ張られて無様な死に様を晒したくないから、あの部隊を造り上げただけだ。そもそもの始まりだって成り行きに過ぎない。
お前の言っている事は一から十まで的外れだ。所詮はジャム、お前の推測に―――」






『嘘ね、比企谷くん』





ボギー、UNKNOWNからENEMYに移行、ロックオン。
新型短距離高機動AAM、選択。
ターゲット情報入力、リリース。
ロケットモーター点火、弾体加速。
敵機、大G旋回、回避行動。
命中まで3秒―――


『血の気が多いわね。あの頃の貴方からは考えられないわ』


ターゲットロスト。
旧B-3コピー、空間に溶ける様に消失。
ミサイル、ターゲット喪失により自爆。
5秒後、ターゲット再出現。


『見捨てられなかったんでしょう? 何よりも他者との協調が求められる戦場にありながら妥協や馴れ合いを拒み、自らの意志で以って孤立している彼等に、あの頃の自分自身や私の姿を重ね合わせていたでしょう。
だから、優しくて、捻くれ者の貴方は昔と同じように、貴方なりのやり方で彼等を助けた』


右方向、急旋回。
大Gによりブラックアウト、勘に従いガン攻撃。
射撃0.5秒。
視界回復、空間受動レーダーに感。
攻撃照準波感知の警告音、ジャムType-1接近中。
眼下の森林地帯、密集した紫の樹木を吹き飛ばしつつ出現したそれが2機、今まさにブースターを捨て攻撃態勢に入っている。


『私たちだけじゃない、由比ヶ浜さんの事も重ね合わせていた。地球での過去から、他者との軋轢や集団からの孤立を恐れるがあまり、自己の能力を超えた命令を受けようとする人たちに代わって、危険で不合理な任務に自ら立候補してきた』


中距離超高速AAM、近距離高機動AAMを選択。
ロックオン、リリース。
極超音速のミサイル2基と、可変速タイプの高機動ミサイル2基、計4基が2機のType-1へと向かう。
同時に旧雪風のコピーに対する追撃を開始、ガン攻撃によるターゲット損傷を確認。


『想定外の高機動でテストパイロットを殺すような機体に乗ったのも人の為、前線に出て命懸けのテストを引き受けたのも人の為。各戦隊で爪弾きに合った人たちを集めて508th飛行戦隊を造り上げたのも、彼等が厄介者として不当に摺り潰されてゆく現状を変える為』


AAM命中、Type-1撃墜を確認。
ターゲット電子攪乱手段を展開、超高速にて離脱を図る。
追撃すべく中距離超高速AAMを選択、ロックオン―――



『どれだけ冷徹な人間を演じても、幾ら『ブーメラン戦士』宛らに振舞っても、貴方の本質は何も変わっていない。総武高校の、あの部室―――『奉仕部』に居た頃の貴方と』


リリースボタンに掛かる直前、止まる指。
煙を引きながらも、更に速度を上げて離脱せんとするコピー雪風。
機内、パイロットモニタリングレンズが稼動、発せられる小さな音。
唐突な電子音、HUDとホログラムディスプレイ上に走る、見慣れない文字列。





〈I have control / Lt.Hikigaya〉






リリースAAM。
リリースボタンは押されていない。
次の瞬間、視界の一切がブラックアウト。
全身に掛かる異常なG、首から背筋に掛けて走る激痛。
眼球が潰れ、内臓が軋むかの様な猛烈な不快感。
2秒と保たずに意識が飛び、やがてそれを取り戻した時には全てが終わっていた。

「何だ……」

痛む首を擦り、咳き込む。
全身を駆け巡る痛み、赤く明滅する視界。
身体の異常を余所にHUD上を流れる無感情な文字列。


〈This is SHIGURE / mission complete / RTB〉


こちら時雨、任務完了、帰投する。
B-13でもLt.Hikigayaでもなく『時雨』としての通信。
其処に機上のパイロットが介在する余地は無い。

「……これが戦闘知性体か……痺れを切らしたか?」


ミサイル残余無し、ガン残弾587。
接近するデュラハン3、4をレーダーが探知。
コピー雪風の反応は無し。
スティックを軽く捻ると、それに従い鋭くロールする機体。
機体制御権、パイロットに移行。
しかしそれを告げる表示は、ディスプレイにもHUD上にも無い。

「これはつまり、俺はお前のパイロット失格って事なのか? 時雨……」

反応は無い。
程なくしてデュラハン3、4と合流、一路フェアリィ基地を目指す。
オートマニューバとなった時雨がコピー雪風を撃墜していたと確認が取れたのは、特殊戦司令部にてブッカー少佐に呼び出された後の事であった。

〇 病み時雨 vs ゆきのん(偽) ●


今回は此処まで
速ければ今夜、駄目なら明日投下

ちょいと投下




「それで、俺にどうしろと?」

「何、少しばかり比企谷大尉との世間話をしてくれれば良い。お前が訊きたい事を訊くのも、向こうが話す事に答えるのでも良い。既に彼のレポートは読んでいるな?」

「ああ。危険かもしれないが、妙に共感できる内容だ。俺が体感した事と良く似ている」

「不可知戦域でないとはいえ、交渉の内容も似通っている。しかし、こうまで露骨な勧誘を掛けてくるとはな。お前と雪風の関係性とはまた違った、ジャムが本来予定していた存在か。興味深いな」

「何が興味深いんだ、ジャック。彼は撃つのを躊躇った。時雨は制御権を奪うに留めたが、もし搭乗機が雪風ならあの速度で奴を放り出していてもおかしくはなかったんだぜ」

「だからこそ経験者であるお前が話を聞いてやれ。大尉は今、時雨とどう付き合っていくのかを試行錯誤している。先人の知啓を授けてやるんだ」

「放り出された事を言っているのか、それともジャムの声を聞いた事か」

「両方だ」

「何処まで踏み込むつもりだ、MAcProⅡの件に関しては明かしても良いのか?」

「踏み込める所までだ。俺達の手に負えん領域はフォス大尉に任せる他ない。ああMAcProⅡに関してだが、お前が知っている範囲で打ち明けて貰っても構わない。態々言うまでもないだろうが、情報収集だけは忘れるなよ」

「……ジャック、少佐。改めて訊きたい。奴を特殊戦に引き入れるべきだったと思うか」

「なんだ、藪から棒に」

「大尉を引き抜いたのは、彼が特殊戦隊員としての適性を持ち、尚且つ集団に対する統率力を持つと判断したが故だろう。だが、今回の件に関するレポートを見ると、奴が本当に特殊戦に馴染める……いや、軍隊なのだから馴染めなくても文句は言えないだろうが、そういう事ではなくて」

「お前が言いたいのは、奴に特殊戦としての任務を十全に果たす能力があるか疑わしい、という事だろう」

「……そうだ」

「これまでの特殊戦機としての出撃で、奴が味方の戦闘に介入した事例はない。助け得る場面でも、全て手出しせずに見殺しにしている。それでも問題と感じるか」


「俺が言いたいのは、比企谷大尉が叛乱を……違う、そうではなくて、奴が特殊戦の任務をこなす上で、本来ならば発生し得る筈の無い負荷を帯びているのではないかと、はっきりとは言えないがそう思うんだ」

「フムン、本来のパフォーマンスを阻害する何かが、大尉にはあると」

「何故そんな事を思うのか、俺にも解らないが」

「いや、それが正常だ。お前は確かに変わったよ、零。人として豊かになった。それが良い事かどうかは、俺には何とも言えんが」

「成長か。成長した結果が、比企谷大尉に対する疑念だと?」

「疑念と言うよりも、共感だろうな。お前、トロル基地の地下で自分が言った事を覚えているか」

「なんだ、どれだ」

「メインエレベータで地下に降りた後だ。お前、虐殺された基地要員の事で言っただろう、腹が立って仕方がないと」

「……そんな事も言ったな」

「正にそれだよ、零。他人など知った事かと言い放っていたお前が、その他人の立場となって心中を慮るまでになった。そいつはブーメラン戦士としては諸刃の剣にもなるが、リーダーとしては好ましい変化だ」

「他人などどうなろうが、俺達には関係ない」

「そう『俺達』にはだ。お前だけではなく、特殊戦という集団にとっては関係ない。そう言えるまでに、お前は成長したんだ。そして、その線引きの内側に居る比企谷大尉を気に掛けている」

「そうだとして、実際にはどうなんだ、ジャック。今更意地を張る訳でもないから言うが、比企谷大尉は特殊戦には向いていないんじゃないかと、俺は思う。無理をしているというか、意識してブーメラン戦士の如く振舞っている様に感じるんだ。彼がレポートに書いた、ジャムの声が言っていた様に」

「その声はお前の時と同様、時雨の情報には記録されていなかった。しかし……女の声、とはな」

「知人の声だと書いてあったが、何か解ったのか」

「その点については、桂城少尉が情報軍団の方に掛け合っている。正直、借りを作る事は避けたいんだが、そんな事情で分析を止めればコンピュータに何をされるか解ったものじゃない」

「ジャムはその知人の声を完璧に真似ていたと書いてあったが、それはつまりロンバート大佐を経由して情報がジャムに流れたという事だろう。態々、情報軍団が調査を行っている位だ。レポートの通りなら、音声から口調に至るまで情報が収集されていた事になる。
その知人とやらの存在が、大佐が比企谷大尉を情報軍団にスカウトしようとした理由の一端なんじゃないか」

しくった、鳥変更します

駄目だコレ、鳥戻します


「恐らくはな。その女性の存在が、現在の大尉の人格を形成した要因の1つであるとは考えられる。それについて調査する事は、ロンバート大佐の思惑を探るにせよ、比企谷大尉の心理傾向を把握するにせよ、有用な情報を得られる事だろう。だが、もう1つ厄介な推論がある」

「なんだ」

「今回、彼は不可知戦域に誘い込まれるでもなく、通常空間に於いてジャムと邂逅を果たした。そしてリアルタイムで、ジャムの声を聞いている。その事実からSTCが、ある危険性を指摘しているんだ」

「危険性?」

「比企谷大尉がロンバート大佐と同じく、ジャムと直接交信できるのでは、との可能性だ」

「奴の脳にも、何らかの欠陥があるのか」

「いや、そういった診断結果は無い。だが、少なくとも彼は、俺たちとはまた違った視点から周囲を、世界を捉えているとは思われる。その推測を確かめる為にも、彼のプロファクティングを適切に行わなくてはならない」

「人毎に人格が異なるなんて、当たり前の事だろう」

「だがジャムと戦う為、特殊戦の使命を果たす為の向き不向きはある。それを把握する為のプロファクティングだが、エディスのMAcProⅡではそれができないときた」

「俺たちとは別種の人間だから、か」

「特殊戦とは別、ならまだ良いんだがな。下手をするとFAFのどんな人間とも異なる可能性すらある。そして今回のジャムの声で、更に厄介な可能性も浮上してきた」

「つまり?」

「地球上の大多数の人間と異なる、との可能性だ」




『……英語、お上手ね』

『え、はい……有り難う御座います。私は元々。海外留学の経験がありますので』

『由比ヶ浜さんも?』

『私は、どうにも苦手でして……彼女に付きっきりで教えて貰って、数年掛けて漸く此処まで漕ぎ着けました』

『そう、大変だったでしょう。それも『彼』の為かしら?』

『……はい』

『そう……とても純粋で、強い願いなのね。FAFでは英語が公用語とされているから、もしもの時を考えれば必須だものね』

『ええ、そうです』

『でも、たぶん通じないわ』

『え?』

『その英語をフェアリィ星で使っても、きっと彼等はそれを受け入れない。彼らが話す言語を耳にしても、きっと貴女達は理解できない』

『それは、どういう……』

『彼等の話す言葉ってね、雪ノ下さん、由比ヶ浜さん。英語が元にはなっているけれど、今や全く別の言語になってしまっているのよ』

『なっ……!?』

『少し詳しい者の間では『FAF語』なんて呼ばれているわ。形容詞が異常に少なく、あまりに簡潔かつ高速すぎて、英語圏のネイティブでも全く理解できない。この地球上の言語とは、あまりに異なる形態にまで変化を遂げてしまっているのよ』


『そんな……』

『私には人の言葉と言うよりも、プログラミング言語の羅列の様に感じられたわ。勿論、それがその人の内面を表すものではないでしょう。私にFAF語を披露してくれた人も、その内には人間らしい感情が秘められていたわ。
でも、そんな言葉が公用語として用いられている程度には、私達の知る社会よりもずっと人間性の希薄な組織である事は確かよ。
特に、私がほんの少し関わった特殊戦という部隊は、人間よりも機械に近いと評される精神構造の保有者が集められているらしいわ』

『それは……?』

『協調性に欠け、他者に対し興味を持たず、それらの存在に関するあらゆる事象に対し無関心な人物』

『……』

『彼等の任務はこう。【FAFとジャムの交戦空域に於いて、全ての情報を収集せよ。戦隊機は手段を問わず生還し、収集情報を必ず持ち帰る事。その為にも積極的な交戦は避け、たとえ友軍機を救援可能な状況であっても手出しはならず、搭載武装は全て自機の生存の為にのみ使用されるべし】。パイロットやフライトオフィサとして極めて優れた能力を持ち、更にこの命令を当然の事として遂行できる人間だけが集められた部隊』

『そんな……そんなの、普通の人間じゃ……』

『そう、務まる訳がない。FAFどころか人類が保有する中でも最強の乗機と最高の武装を与えられながら、自機に向かってくる敵以外に対しては一切それらを使用しない。
それを行使する事で確実に助かる命があったとしても、何ら良心の呵責を覚える事なくそれらを見殺しにできる人物でなくては、特殊戦には所属できない。
他部隊の人間が、それどころか地球がどうなろうと『それがどうした、自分には関係ない』と言える人間でなくては』

『……興味深いお話ですが『彼』が其処に居るとは思えません。他者との関わりを拒絶する、という点については共通していますが、見殺しにする様な人格からは程遠いですから』

『そうです! 寧ろ、何時だって自分を犠牲にして、自分の事を嫌っている人まで救って、なのに差し伸べられた手を掴もうともしないで……誰からも理解されないまま、敵視されて孤立してしまう。そんな人なんです……!』

『……そう。なら『彼』が特殊戦に所属している可能性は低いわね……ねえ。私のペンフレンドだけれど、その特殊戦の副司令官なの。色々と顔が利くみたいだから、その『彼』について訊ねてみましょうか。
丁度この後オーストラリアに行く予定があって、そのままFAFの本部にも顔を出してみる心算なの。勿論、手紙でのやり取りになるから、返答が来るまで多少の時間は掛かるし、機密に触れる様なら返答自体が無いかもしれないけれども』

『……! 是非お願いします!』





「駄目だね、やっぱりFAFについては殆ど何も解らない。軍の上層部や諜報部なら何か知ってるんだろうけれど、幾らお父さんでも国政の場に出たばかりの新米議員に解る事は何もないよ。それどころか、現職の国防大臣でも知っている事は限られているんじゃないかな」

「FAFの創設にはこの国だって関与していし、毎年膨大な国費だって投入しているのよ。それなのに何も解らないの?」

「やっぱり、何らかの情報統制は敷かれてるんだろうね。いろんな出版物を当たってみたけれど『ジ・インベーダー』を除けば、此処20数年でFAFやジャムに関するまともな考察物は出ていないよ。
良いとこ三流ゴシップ誌の陰謀論位かな。最近じゃ米国でアンディ・ランダーってフリーコラムニストが書いた記事があったけど、正直胡散臭い内容だったよ。
まだ読める部分では、特殊戦っていう部隊の有能さと、其処の所属機である雪風っていう偵察機の事は褒めてたけど、FAF全体としては地球防衛機構とはいえ国家から独立した武力組織が、あんな異常な軍備を持っているのはおかしいって」


「……それってもう、半ば地球から独立した軍事組織なんじゃ」

「たぶん結衣ちゃんの言う通りだろうね。創設時は米軍とか各国から供給された兵器が運用されてたみたいだけれど、数年もするとFAFで独自に開発されたものに一新されたみたいだし。地球上のどの国家とも異なる軍備を持っている可能性も在るね」

「でも、名前の通り航空戦力に限定された軍隊なんですよね」

「ジャムの方が戦闘機や攻撃機しか確認されていないって事だからね。フェアリィ星の環境については良く解らないけれど、陸上戦力の展開には不向きな地理なのかも。とにかく空軍としては、規模の面では米軍すら凌駕する巨大組織みたい」

「……そんな所で何をしているのかしら、比企谷くんは」

「あの子が戦闘機なんておっかない物に乗れるとは思えないからね。何らかの管理業務にでも就いているんじゃないかな。実際、前線で戦うパイロットの数は、組織全体の1割にも満たないって公表されているし」

「案外、あの頃と変わらない事してるかも。何処へ行ったって、ヒッキーの本質が変わる訳じゃないし」

「そうね……きっとそう」

「……さて、今回は此処まで。そろそろ仕事に戻ろうか、雪乃ちゃん、結衣ちゃん……ん、電話か」

「ええ……結衣さん、午後の予定は?」

「2時から国交省の方々と成田空港ターミナル新設に関する説明会、5時からは如月重工役員との会合となっています。6時以降の予定は今のところ入っておりません」

「そう、今夜は暫く振りにゆっくり休めそうね……たまにはゆっくり、昔話に興じるのも良いかもしれないわ」

「……そうだね、ゆきのん」

「……ええ、応接室へお通しして。すぐに行くわ……雪乃ちゃん、結衣ちゃん」

「なにかしら、姉さん」

「……2人に、お客様よ」

「来賓ですか? アポは何も……」



「日本海軍省、開発部の人間らしいけど……心当たり、ある?」

続きは今夜中に投下します
エリートボッチ vs ハイスペックボッチ

あと、雪風未読or未視聴の方向けに、後でちょっとした用語解説をば

【ジャム】
原作開始の約30年前、南極大陸に突如として現れた巨大な霧の柱【超空間通路】を通じて出現、各国の観測基地へと襲い掛かった侵略性異星体。
漆黒かつ視覚的にぶれて見える大型の制空戦闘機、または攻撃機としての存在が確認されている。
開戦以来、長いこと航空戦力しか確認されておらず、推進機関の原理は不明だが航空力学に基いて飛行し、地球側の航空戦力と拮抗するか僅かに下回る程度の性能を有している。
基本的な武装は各種ミサイルに機銃、攻撃機や爆撃機タイプに至っては核弾頭を標準装備している事も。
ミサイルとキャリアーの区別が然程ないらしく、搭載ミサイルを撃ち尽くした後に本体が基地に突っ込んで核爆発を起こす、制空権を奪った後に艦船に特攻するなど、無茶苦茶な戦術を用いる事も多い。
搭乗員が確認された事はなく、破片も短時間で消滅する為に解析が全くと言って良い程に進んでいない。
襲撃された南極基地要員の『えらく混乱(JAM)しちまって』という通信から命名された。
フェアリィ星の其処彼処に潜んでおり、突如として何も無い地中からブースターで射出されたり、小規模な超空間通路から前触れ無く現れたりする。
数も無尽蔵ではないかというほど存在し、技術の進化速度も速い。
地球側の兵器が進化すると、歩調を合わせるかの様にジャム側の兵器も進歩する、というイタチごっこを30年に亘って繰り返している。

その本質は人類には捉えられず、地球側では機械知性体群にのみ正確に存在を感知する事が出来るという、概念からして人類には理解不可能な存在。
曰く『われは、われである』との事。
同時に、人類がジャムを知覚できない様に、ジャムもまた人類を知覚できなかった。

実はジャムによる地球侵攻は人類を標的としたものではなく、地球上に広がるコンピュータネットワークそのものが攻撃対象であった。
南極基地への攻撃も奇襲ではなく、事前に地球上の人工知能群に対し宣戦布告が為されていた可能性が高い。
挙句、人間を完全に無視してFAF機械知性体群に対し非戦協定の批准まで打診しており、完全に人間を無視していた。
しかし雪風とそのパイロット深井零中尉との接触と問答を経て、人類の存在とその危険性、互いの相容れない性質をおぼろげながら理解、FAF側の内通者を通じ、開戦30余年を経て遂に

『われはここに 人類に対して 宣戦布告する』

とのメッセージを放つに至った。

フェアリィという惑星を人工的に造り上げ、空間を思う様に操り、環境を一変させ、果ては現実の在り方まで変えてしまう等、神としか思えない程の力を持つ。
一方で融通が利く訳ではないのか、それ程の力を持ちつつも特殊戦とFAFの各部隊との正面戦闘では、多少の優劣の変化はあれど劣勢を強いられている様にも見える。
しかし毎度の如く数に物を言わせ、最終的にはFAFが防戦一方となってしまう。
天敵は特殊戦、特に雪風と深井零。

【ジャム:航空戦力】
格闘戦能力に優れたType-1、機動性を向上させた大型のType-2、一撃離脱型の大型タイプなど、数多くのタイプが確認されている。
それそのものが巡航核ミサイルとして機能する超大型戦闘爆撃機や、電子戦タイプなども存在。
FAF最強の機体、FFR-31MRスーパーシルフを性能まで丸ごとコピーしたグレイシルフや、FFR-41メイヴを模したと思われる機体などもある。
主翼に対気流を受けて浮力を得る航空機である事は確かなのだが、推進機関については良く解っていない。
同じタイプでもサイズがまちまちだったり、推進機関の形状や数が個体ごとに一致していなかったりと、機械的構造かどうかすら怪しい。
しかし性能はFAFのそれに匹敵か僅かに下、分野によっては凌駕してさえいる。

【ジャム:地上戦力】
通路を中心に円周線上に複数の巨大基地があり、他にも無数のレーダーサイトや小規模な基地がある。
これらの基地は目視が非常に困難で、電子的に探知して叩くしか方法が無い。
苦労して叩き潰しても何時の間にか復活し、再び航空戦力の運用を始めるなど悪質極まりない。
大型の基地は通路を挟んで対角線上に位置する他の基地と連動しているらし、く双方を短期間の内に叩く事で壊滅させられるとの推測が立てられ、実行された。
これにより最大のジャム基地『リッチウォー』とペアである『クッキー』が壊滅。
基地内部の調査も画策されていたが、実行はされていない。

【ジャム:工作員】
ジャム人間とも、ジャミーズとも。
前線で行方不明となったFAF人員をコピーし、生前の記憶を保ったままジャムの意に従って行動する『実体のある亡霊』としてFAFに送り込む。
前線基地での破壊工作や、FAF六大基地でのロンバート大佐一派によるクーデターに加担。
特殊戦、FAFの内部崩壊を目論む。


【フェアリィ空軍】
略称FAF。
約30年前のジャム侵攻を受け、国連(実質的に特定の大国)が主体となって地球防衛機構が設立された。
激戦の末に地球上からジャムを駆逐し、その勢力を通路の向こうへと押し返す事に成功。
しかし逆侵攻を掛けた通路の先にフェアリィ星が発見されると、宇宙天体条約を盾に各国が大国による通路の独占管理に反対。
地球防衛機構は国連から独立し、独自の航空宇宙戦力を有する超国家組織フェアリィ空軍として再編された。
航空戦力限定ではあるが、間違いなく地球上のどの国家をも凌駕する最強の軍事勢力。
核弾頭すら保有し、運用する航空機の性能は地球各国のそれとは数世代分の格差があると目される。
というのも、30年に亘るジャムとの技術進化のイタチごっこ、ネジの飛んだシステム軍団と機械知性体群の開発能力により、バケモノなみの戦闘機や兵器が次々に開発される為である。
未だ実現の目途が立たないものでも、時空反転爆弾や重力子ガンなどが大真面目に開発されている始末(提案者のコンピュータ群は大真面目)。
レーザー機関砲や無人機は既に実戦配備されており、複数のバンシー級原子力空中空母を運用するなど常軌を逸した戦力を有する。
ロンバート大佐とシステム軍団により、初の地上戦力となるBAX-4(重機関砲を搭載したパワードスーツ、OVA版では8輪式双輪空挺戦車)が開発配備されたが、これらはジャムではなくFAF自身に対して使用される事となってしまった。
ジャムの戦略変化により、バンシーⅢ及びⅣを喪失、トロル基地の人員全滅、情報攪乱による同士討ち、ジャムによる総攻撃、再教育部隊(ジャミーズ)とロンバート大佐によるクーデター勃発など、大規模な被害を受ける。

元々は地球防衛という崇高な使命を帯びた超エリートの集団だったが、長引く消耗戦により貴重な人員が底なしに消耗する事を嫌った各国は、次第に犯罪者や精神疾患者などの社会不適合者を送り込む様になっていった。
要は全地球規模の掃き溜め。
所属人員は全て軍属としての扱いとなり、軍人はもちろんのこと文官や技官、市街地で商業に従事する者、地球からフェアリイに出向しているサラリーマンや果ては娼婦にまで階級が与えられている。
最下級は少尉。


【特殊戦】
正式名称『戦術空軍団・フェアリイ基地戦術戦闘航空団 特殊戦第5飛行戦隊』
その任務は著しい進化速度を誇るジャム兵器群に対し優位を確保すべく、戦場におけるあらゆる情報を収集、手段を問わず生還し情報を持ち返る事。
その為にFAF最強の機体と最高の武装、他の追随を許さないAIを搭載し、最高の技量を誇るパイロットとフライトオフィサが配属されている。
しかし彼等が友軍を救援する事は基本的になく、それが可能な場面であっても基本的には見殺しにする。
所属人員もそれを当然の事とする事が出来る非人間的な者ばかりであり、協調性やら共感性といったものが欠如している心理傾向の者ばかり。
必ず生還するその運用体制から、他戦隊から皮肉と憎悪混じりに、獲物に当たる事もなく戻る『ブーメラン戦隊』と呼ばれており、実際に部隊のエンブレムにはブーメランが描かれている。

【戦闘知性体群】
FAFに存在するコンピュータ群の事。
『ジャムに勝て』という、創造主である人間が組み込んだアイデンティティに基き行動する。
経験を積む事でコンピュータ間にも階級付けがなされており、ジャムに勝つ為に組織そのものを


【SSC】
特殊戦戦略コンピュータの略。

『敵は自分自身の存在を脅かすもの全て。特殊戦とFAFの人間も自分を護る事に繋がるから一緒に護るよ。そのほかの人間を護るかは対象によって異なるかな。情報軍団とそのボス? イラネ』

【STC】
特殊戦戦術コンピュータの略。

『敵はジャム。特殊戦と其処の人間は必要だけど、FAFは目障りだからぶっ潰しちゃえ。その他の人間? シラネ』

ミス、再投稿。

【戦闘知性体群】
FAFに存在するコンピュータ群の事。
『ジャムに勝て』という、創造主である人間が組み込んだアイデンティティに基き行動する。
経験を積む事でコンピュータ間にも階級付けがなされており、ジャムに勝つ為に組織そのものを変質させている。
ヒエラルキーが組み変わる中で人間は最下位に置かれてしまったのだが、当の人間達はその事に長い間気付いていなかった。
対ジャム戦の足を引っ張る人間を纏めて排除しようと画策するコンピュータもあれば、良い様に利用してから使い捨てようと目論むコンピュータもある。
当然の事ながら感情など無いので、人間的な共感など意味が無い。
トロル基地のメインコンピュータなどは、ロンバート旗下の部隊と正規部隊の人間同士による交戦に混乱し、基地要員の全てを対ジャム戦におけるノイズと判断、遠隔操縦したBAX-4により閉所に追い詰めた挙句に大虐殺を引き起こし殲滅している。
他にも除雪師団の天田少尉、システム軍団のオドンネル大尉、特殊戦13番機サミア大尉などが、味方である筈のコンピュータにより非業の死を迎えている。

【SSC】
特殊戦戦略コンピュータの略。

『敵は自分自身の存在を脅かすもの全て。特殊戦とFAFの人間も自分を護る事に繋がるから一緒に護るよ。そのほかの人間を護るかは対象によって異なるかな。情報軍団とそのボス? イラネ』

【STC】
特殊戦戦術コンピュータの略。

『敵はジャム。特殊戦と其処の人間は必要だけど、FAFは目障りだからぶっ潰しちゃえ。その他の人間? シラネ』

【MAcProⅡ】
メンタル的な負荷要素が実行動に及ぼす影響を数値的に弾き出し、入力者が設定したシチュエーションに於いてターゲットがどのような行動を取り、どの様な心理状態になるかをシミュレートする、心理解析用ツール。
非情に優秀な解析エンジンなのだが、本領を発揮するには地球のネットワーク上に存在するデータベース『マークBB』に接続する必要がある。
つまり地球と隔絶されたFAFでは本来のパフォーマンスを発揮できないのだが、フォス大尉による運用により特殊戦隊員専用の心理解析ツールとして進化。
人間に止まらず雪風を始めとする戦闘知性体や、果てはジャムまで解析対象とする万能分析ツールに変貌。
しかし、比企谷 八幡に対しては有効な結果を残せなかった。

【深井 零】
FAF大尉、日本国出身。
特殊戦1番機、B-1『雪風』パイロット。
戦闘妖精・雪風シリーズの主人公。
他人に関心を持たない特殊戦隊員の中でも特に冷淡な人格だった。
しかし冷血という訳ではなく、多くの人間との出会いと別れ、雪風との確執と決別、関係の再構築を経て人間として成長。
本質的なところは変わらないが、リーダーとしての素質を有する人材へと急成長する。
地球への一時帰還によりジャムとの戦いを継続する意思を固め、新たなフライトオフィサと共に雪風に乗り込み戦略偵察行動に臨む。
FAF入隊の理由は、地球で博物館に展示されていた蒸気機関車を『非効率な機械であり我慢できない』として爆破しようとした、ストレスから職場に放火した、独自アーキテクチャのマシンを組み上げCPU処理時間の外部開放義務を忌避した等の罪による逮捕。

【ジェイムズ・ブッカー】
FAF少佐、イギリス出身。
特殊戦の戦隊指揮官にして、事実上の副司令。
イギリス空軍在籍時、やってもいない殺人事件の罪を被り、軍法会議で抗弁もせずに有罪判決を受ける。
当時の経歴は、八幡の自己犠牲的なやり方と対人関係への絶望を凝縮したかの様なもの。
刑罰免除の代わりにFAFにやってきた。
元パイロットかつ電子工学のスペシャリスト、無神論者で哲学を崇拝するナイスミドル。
ブーメラン制作が趣味だが、過去にAI搭載の『完璧なブーメラン』を制作したところ『製作者の想定を超える完璧な角度と速度で』ブーメランが投擲位置に飛来、今に至るまで頬に残る大きな切り傷が刻まれた。
ジャムに真っ向から思想戦を挑む事が出来る程に強靭な精神と思索の持ち主。
ジャムとの戦争が人間のものではないと逸早く気付き絶望、戦いを人間のものとすべく奔走し、遂に『人間&コンピュータ vs ジャム』の形に落とし込む事に成功する。

【リディア・クーリィ】
FAF准将、アメリカ合衆国出身。
FAF入隊は自らの意思によるもので、肩書きは特殊戦副司令だが事実上の司令官。
一戦隊に過ぎない特殊戦を軍団レベルの実力集団に引き上げたスーパー婆さん。

【エディス・フォス】
FAF大尉、アメリカ合衆国出身。
特殊戦所属の軍医であり自らの研究テーマ【実戦下における『排他的傾向者』の精神構造】を追求する為に志願してフェアリィ星にやってきた。
当初は特殊戦のあり方に理解が及ばなかったが、特殊戦やジャムとのかかわりを通じて変化し、ジャムに対するプロファイリングを担当するようになった。
クーリィ准将とは遠縁に当たる。

【桂城 彰】
FAF少尉、日本国出身。
元情報軍団所属、ロンバート大佐の部下であり、嘗ての零に良く似た冷淡な人格だった。
しかしジャムとの邂逅を経て変容、個人的興味によりさらにジャムを探るべくロンバート大佐との接触を試みる。
現時点で最後の雪風フライトオフィサ。

【アンセル・ロンバート】
FAF大佐、イギリス出身。
FAF情報軍の代表者であり、桂城彰少尉を特殊戦に派遣した人物。
生まれた時から脳に微小な傷を持っており、その影響からか思考傾向が常人とかけ離れた方向に偏りがちで、他人と同じ事をするのを殊更に嫌う。
情報戦の見地からジャムに対する独自の戦略を練り、ジャムと同化する事を決意。
ジャミーズを集めた再教育部隊と旗下の情報軍団部隊を率い、腐敗したFAF上層部の一掃を含めた独自の作戦目標を達成すべくクーデターを引き起こした。
コンピュータとしか直接対話できない筈のジャムと自前の脳で交信し、独自に協定を結び、果てはジャムに代わり人類へと宣戦布告するなど、スペックが常人から掛け離れている。
自身の異常性を理解し、その上で自分の命すらチップとして状況を愉しむ異常者。

【リン・ジャクスン】
世界的ジャーナリスト、アメリカ合衆国出身。
ジャムの脅威を記した著書『ジ・インベーダー』で一躍有名になるも、多くの人はその内容をフィクションであるかの様に受け止めている。
現在もジャムの脅威を世界に訴え続けているが、今では対ジャム戦争は殆どファンタジー扱いで、それ以外の著書で高い評価を受けている有様。
南極では日本海軍原子力空母『アドミラル56』甲板上でペンフレンドのブッカー少佐と邂逅し、ジャムの脅威と雪風を目の当たりにする。
その後、オーストラリアのシドニーで地球へと一時帰還した零と邂逅、地球とフェアリィ間のギャップに付いて共通の懸念を示す。
ジャムの脅威を正確に理解する人間として零にフェアリィ星へと勧誘されるが、まだ人間に絶望してはいないとこれを固辞。
彼女を地球人と呼ぶ零をフェアリィ星人と呼び、幸運を祈る言葉を互いに送って別れた。
後にロンバート大佐から手紙という形で、ジャムの人類に対する宣戦布告文書を受け取る。

【比企谷 八幡】
FAF大尉、日本国出身。
高校を中退(卒業扱い)後、FAFに志願。
教育装置での高速学習中にパイロットとしての高い適性を示し、前線部隊に配置される筈であった。
しかし、その経歴と心理傾向に目を付けたロンバート大佐が情報軍団への引き抜きを画策。
更に、感情に左右されない高いコミュニケーションスキルに目を付けたシステム軍団コンピュータが人事に介入し、最終的にシステム軍団へと配属される。
無人戦闘機『フリップナイト・システム』開発計画に参与し、開発責任者であるカール・グノー大佐の下で経験を積む。
しかしグノー大佐がフリップナイト試験中に戦死すると、新型戦術戦闘機『ファーンⅡ』の開発計画に参画。
テストパイロットであるヒュー・オドンネル大尉が乗員安全を無視した高G機動により死亡すると、誰もが敬遠する中で実戦テストのパイロットに志願。

前線基地TAB-06に異動し実戦でファーンⅡの性能確認を行うも、その多大な戦果から隊長が戦死した508th飛行戦隊の指揮を引き継ぐ。
各戦隊であぶれた『優秀でありながらコミュニケーションスキルの欠如により排斥されるパイロット及び後方要員』を次々に引き抜き、新生508th飛行戦隊として組織、これを統括。
結果的に508thはFAFでも3本指に入る精鋭部隊となり、ジャム大攻勢の最中でも1人の戦死者を出す事もなく、TAB-06とブラウニィ基地へのジャム攻撃隊を全滅させる大戦果を叩き出した。
その戦果と結成までの経緯、所属人員の心理傾向に目を付けたSSCとブッカー少佐に引き抜かれ、部隊ごと特殊戦に所属する事となる。
新たな乗機B-13『時雨』を与えられ、特殊戦機としてジャムに対する戦術偵察任務に就く。

ちょいと時間が遅いので、続きは明日に延期します
上の用語とか人物は、訳がわからなくなった時にでも参考にして頂けると幸いです


「地球へ?」

「はい。やはり私のMAcProⅡでは、比企谷大尉に対し適切なプロファクティングを行う事は不可能です。地球上のマークBBに接続し、再度判断を下す必要があります」

「それはつまり、彼が特殊戦の形態に当て嵌まらない人間である、と明確になったという事か?」

「特殊戦だけではありません。情報軍団としても決して適性があるとは言えない。寧ろ当初の配属先であるシステム軍団こそが、彼にとって最適であったでしょう。現状のプロファクティングでは、其処までしか判断できません」

「彼は我が戦隊の選抜基準を満たし、これまでの経歴から人格面でも問題は無いとSSC、STC共に判断している。何よりMAcProⅡを用いた当初のプロファクティングでは、特に問題は無かった筈だ」

「そのプロファクティングを実行したのはSSCです。私はジャムと雪風の件に掛かりきりで、其方にまで手が回らなかった」

「まあ、その件に関しては私と准将の不手際でもある。しかし君の言葉からすると、彼はプロファクティングでSSCを欺いてみせたとも取れるが」

「欺いたというよりはSSCが既知の人格傾向に囚われ、其処に比企谷大尉を強引に当て嵌めたというべきでしょう。大尉の経歴と行動だけを見るならば、特殊戦隊員と近似の人格を有していると判断してもおかしくはない」

「要はコンピュータのコミュニケーション不足……言うなれば人見知りか。『こいつは自分の良く知る人間達と同じ振る舞いをしているから、恐らくは同じタイプの人間だ』―――SSCはこう判断した、という事か」

「恐らくはそうでしょう。しかし人間は、コンピュータが考えているほど単純ではない。アウトプットが同じだからと言って、コードまで同じであるという確証はない」

「人間であれば容易に想像が付く事だ。いや、其処に思考が至らない、そもそも興味が無い人間も居るが。特殊戦がそうである様にだ」

「しかし、人のコードは常に変化し続けている。それを正確に読み解き結果を予測する事など、それこそジャムであっても不可能だわ」


「フォス大尉、エディス。君がジャム教に染まっているとは意外だったよ」

「例えです、少佐。どうやら私も此処で過ごす内に、だいぶコードを書き換えられているらしい。神という言葉を持ち出すよりも、ジャムと表現した方がしっくりくる」

「神という『言葉』か。普遍的かつ絶対的存在、という概念からは外れたのかな」

「信仰を捨てた訳ではありませんが、実際に力の片鱗を体感した身としては、やはりジャムという概念を当て嵌めた方がイメージし易いですね。かといって、何ら気後れする点はありませんが」

「そうだ、例えジャムが神の様な存在であろうと―――」

「人間にとってのジャムも同様、理解できない存在なのはお互い様、ですね」

「だが隊員についてはそうも言っていられない。我々は比企谷大尉の心理傾向を掴み、彼が増強される特殊戦の指揮官たり得るかを判断せねばならん。その為に必要だというのならば―――君の地球への帰還も、考慮せねばならん」

「認め難いと言いたげですね」

「地球に戻るならば、行き先はオーストラリアになる。恐らくはシドニーのFAF本部になるだろうが、防諜が完璧であるとは言えん」

「ネットワークに繋げれば、それだけで良いのです。態々地球側の本部にまで行く必要は―――」

「君は地球上の各国にとって、垂涎の的だ。強引に身柄を押さえるという事は考え難いが、搦め手など幾らでもある。最悪、マークBBにアクセスした時点で、これまでに蓄積されたデータとFAFの人員情報から、誰がどの部隊の中枢かを割り出される恐れもある」

「……加えて、既にネットワーク上に浸透したジャムによる工作も、ですか」

「そうだ。情報軍団からも無視できない報告が寄せられている。どうやら地球側で、此方を探ろうと動いている一団が居るらしい。行動の杜撰さと規模の小ささからして民間中心の動きだろうが、近い内に国家側から接触が持たれるだろう」

「別に珍しくもない事なのでは?」

「対象と、その手段が問題だ。件の連中が探ろうとしているのはFAFに在籍する、ある特定の個人についての情報なんだ。だがその対象たる人物は、我々にとってどうでも良いと無視できる様な存在ではない。その上、あまりにタイムリー過ぎる」

「……我々とはFAF全体ではなく、特殊戦の事を指しているのですか?」

「ああ」

「まさか……」



「そうだ。対象は比企谷大尉―――比企谷 八幡だ」



「随分と熱心なんだな、比企谷大尉」

「……深井大尉」

「時雨のレンズと睨み合いをしていても、それで向こうが意を酌んでくれる訳じゃないぜ」

「何か気に障る事でも? 私の作業が大尉の邪魔をしたとは思えませんが」

「敬語は止めろ、階級は同じだ」

「貴方の方が年上です」

「年功序列などFAFに存在するとでも?」

「……何の用だ」

「用という程のものじゃない。空いた時間は常に時雨の機上に居るみたいだからな、少し前の自分を思い出しただけだ」

「あんたは……いや、大尉。幾つか訊きたい事がある」

「なんだ」

「あんたは以前、雪風の手で強制射出された事があるとの報告を目にした。それはやはり、雪風が要求するパイロットとしての条件を満たせなかった為か」

「条件を満たさなかったというよりも、履き違えていたんだ。勝手な期待を押し付け、勝手に裏切られたと思い込み、愛想を尽かされて放り出された。補完できたか?」

「……ああ」

「……」

「もうひとつ良いか。あんたにとって集団とは何だ」

「全体としてのパフォーマンスを安定させる為に、個のパフォーマンスを殺す事を余儀なくされる形態だ。不合理極まりないが、人間として生きるならば必須なんだろう。俺は御免被るが」


「それは特殊戦でも同じか?」

「個を殺して振舞う事など、クーリィ准将もブッカー少佐も望んでいない。各々が個として最高のパフォーマンスを発揮した結果、組織にとって最大の益が齎されるのが特殊戦だ。そうなる様に選ばれた人間の集団だからな」

「508thが引き抜かれたのもそうだったのか」

「其処までは俺には解らない。少なくともSSCは、独力で特殊戦に近い形態の組織を造り上げた君の手腕と、冷徹な戦術眼を極めて高く評価した。君の心理傾向を分析し、ブーメラン戦士として最適な人間であると判断したんだろう」

「あんたはそう思っていないみたいだな」

「俺の個人的な見解などどうでも良いだろう。君自身がどう思っているかだ」

「……雪風の要求に、あんたは応えられていると思うか」

「あまりに要求を満たせないのなら、いずれ排除されるだろう。君も同じだ。制御権を奪われたとの事だが、時雨はそれを君に返したとの意思表示は今に至るまでしていない。様子見といったところだろう。
君が要求を満たせないのであれば、ジャムではなく時雨の手によって殺される事も有り得る。肝に銘じておくんだな」

「雪風があんたに望んだ事とは何だ」

「ジャムの狩り方を教える事、雪風にとって不可知の存在を感知する為の偵察ポッドとして行動する事、パフォーマンスを最大限に引き上げる為の優秀な部品となる事」

「それを受け入れたのか」

「俺は雪風に殺されても、それでジャムに勝てるのならば構わない。雪風もそうだろう。ジャムに勝つ為ならば俺は雪風を犠牲にする事も厭わないし、雪風も其処に疑問を挟みはしない。
的外れな判断で相互に否を叩き付ける事も有り得るが、それはそれでどちらかがジャムに対し誤った対処を取ったという事だから、自業自得だろう」


「……そうか」

「意外だな。否定的な反応が返ってくるものだと思っていたが」

「……最後の質問だ。時雨は俺に、雪風と同じ事を求めているのだと思うか」

「それこそ知った事か……と言いたいところだが、正直言うと俺にも良く解らん。ジャムに勝つ、という目的はFAFの戦闘機械知性体群に共通しているだろうが、個々の認識はやはり異なる。
時雨のパイロットは君であって、俺じゃない。俺ではなく、君からしか学べない事があるだろう。此処には1つとして同じ戦隊機は無い。それぞれに個性がある。搭乗員から学び取り、経験を独自に反芻して獲得した個性だ。
互いに不必要な干渉はしないが、ジャムに勝つ為に活発な情報交換を行っている。同時に互いを『偵察』してもいるんだ。特殊戦の人間と同じさ」

「俺の経験……508thか」

「今は第四飛行戦隊だ」

「解っているさ。何を学ばせたいかも、俺の中では明確に定まっている。だが、こいつがそれを良しとするかどうか。何を以って自らの力とするか、選択権はこいつにあるんだからな」

「なら飛んで学ばせろ。他にどんな方法がある」

「あるにはあるが、もう少し根回しが必要だ。だがそれよりも、時雨の側で俺を拒絶している感が否めない。例の一件以降だが」

「君はジャムを撃つ好機を前にして、引き金を引く事を躊躇った。時雨からすれば、理解できない事だったろう。いや、それ以前になぜ君が突如として攻撃を開始したのか、其処から理解が及んでいないに違いない」

「……それは、俺が交渉を拒絶したからで―――」

「その声は時雨には届いていないか、届いていても記録上には残っていない。仮に時雨には伝わっていないのだとしたら、君は順調に推移していた偵察活動を突如として放棄し、観察対象に向かって攻撃を開始した事になる。
ミッションの放棄だ。時雨が不信感を持ったとしても不思議ではない。だが、帰還後に君が書いたレポートはSTCも把握している。当然、時雨も内容を確認した事だろう。その上で今も君を拒絶しているかどうか、はっきりとは解らない」

「……仮に時雨が俺のレポートの内容を理解しているとして、ならばどういった理由で目に見える反応を返さない」

「それは時雨に対する擬人化が過ぎるんじゃないか。こいつらは戦闘知性体であって人間じゃない。間違いに気付いたからといって、謝罪の言葉を返してくるとでも?」

「目に見える形で伝えなければ重大な齟齬を齎す場合だってある。人間とコンピュータでは現実に対する認識が違うんだ。いや、そもそも共有できる現実なんてものがあるのかどうか。いずれにせよ、何らかの形で歩み寄りが必要だ。人間同士の様に、小手先の策を弄してどうにかなる相手じゃない。ジャムと同じだ」


「……驚いたな。其処まで踏み込んだ考察を持っているとは」

「意外か」

「ああ。其処まで至りながら、時雨が君を拒絶している理由が解らないという点にな」

「……」

「恐らく時雨は、君のレポートの内容を理解している。君の経歴とSSCの判断を元に、自己学習には最適の教師と踏んでいただろう。だが、土壇場の躊躇がその評価を揺るがした。ジャムを撃てる立場にありながら、その機会を取り逃がしたからだ。君にどんな葛藤があるのかは知らないが、時雨がそれを理解する事はないだろう」

「……レポートを読んだのか」

「本来の声の主に関する個人情報は書かれていなかったな。君と彼女との間、奉仕部とやらで何があったかは知らないし、興味もない。だが、それを理由として作戦行動に負の影響を齎されるのは御免だ」






【―――なるほど、伊達に特殊戦でトップエース張ってねえって訳か。随分と鋭い突っ込みじゃねーか】






「……!」

【何だよ? なに驚いてんだ、大尉】

「……随分と久し振りに聞いたよ、日本語なんて。少なくともフェアリィでは初めてだ」

【出身が日本なんだ、日本語喋ったっておかしくねーだろ】

「それが君の素か。覇気というものが感じられないな」

【そんなもの始めから―――ああ、やめだ、やめ】

「―――日本語とFAF語とで話すのがこんなに苦痛とはな。コンピュータと話してる方がまだマシだ。それで深井大尉、本当は別に訊きたい事があるんじゃないのか」

「……時雨が君に対する不信を抱く、その原因に心当たりがある。君の特殊戦への適性を判断したのはSSCだが、ブッカー少佐はその結果に現実とのギャップがあると睨んでいるんだ」

「ギャップとは?」

「君が本来、特殊戦の任務には向かない心理傾向を有しているのでは、という事だ」

「なら、フォス大尉にプロファクティングとやらを行って貰えば良いだろう。もっともSSCによるそれは疾うに済んでいるし、508thの構成員を見ればすぐに結果が出るだろうが」

「其処だよ。SSCが用いたMAcProⅡは、特殊戦の隊員用に特化したツールだ。他部隊の人間に応用できない事もないが、FAF外部の人間となると途端に信頼性が落ちる」


「外部ね。俺はFAFの人間と看做されていないのか」

「理由は君自身が良く解っているんじゃないか。君が特殊戦に適合できる人格を有していると判断されたのは事実だが、しかしそれでは508thを組織できた事に対する説明が付かない」

「似た様な連中を纏め上げただけだ。後は勝手に居心地の良いコミュニティを築き上げる」

「なら、良いんだがな」

「他に理由なんてないさ」

「……比企谷大尉。君は、何を恐れている。どんな理由でFAFに来たかは知らないし、知ろうとも思わないが、しかしその恐れをジャムとの戦いの最前線にまで持ち込むのは何故だ。ジャムがその知人を模倣したとして、本物でない事は判りきっているだろう」

「本物……『本物』か。なあ、大尉。『本物』って何だ」

「なに?」

「俺達が見ているジャムは『本物』なのか? それとも其処にジャムが居て欲しいという願望が生み出した、単なる幻なのか?」

「君はあれが幻だと言いたいのか? 確かめるのは簡単だ。向かってくるジャムに対して、引き金を引かなければ良い。そのジャムが本物かどうか、すぐに解るさ」

「その前に俺は時雨に殺されるだろうな。だが、ジャミーズにされてしまえばどうだ。その状態が本来の自分だと信じ込まされてしまえば、永久に本物には辿り着けない。本物の是非を問う意味すら無くなってしまう」

「……何が言いたい?」

「深井大尉。俺にとってあの声は、確かに特別なものだった。効果覿面だよ。俺はあれを聞いてからというもの、レティクルに捉えられたジャムが本物かどうか、確信が持てなくなっちまった」

「時雨の機上でよくもそんな事が言えるものだ。知ってるか、イジェクションシートは地上でも動作するんだぜ」

「俺が天井の染みになっていないところを見ると、まだ利用価値があると判断されたという事かな。まあ、俺は好き好んで死ぬつもりは無いし、こいつに叩き込んでおきたい事もある」


「ジャムの存在に確信を持てない、などと言い放っておいてそれか。君が時雨に何を教えるというんだ」

「戦い方だ、ジャムとの。雪風とも、他の戦隊機とも違った形。俺とこいつだけのやり方で、最大の打撃を与えられる様に」

「興味があるな」

「言ったろう、根回しが必要だと。だがそれ以前に、俺自身の問題を解決しなくては、時雨もこのやり方を受け入れられないだろう」

「問題?」

「俺の中に渦巻いている疑念を払拭したい。あの時、俺の前に現れたものがジャムであると、俺の知る『あいつ』ではなかったと確信したいんだ」

「此処は地球じゃない、フェアリィだ。そんなのは当然の事―――」

「そんな規模のでかい話じゃない。俺はただ、俺の知る嘗ての世界が、このフェアリィから隔絶された場所に存在しているジャムとは何ら関係の無い場所だと、其処が今も存在しているのだと信じたい」

「其処に例の知人が居る事もか」

「……」

「方法に当てはあるのか」

「気は進まないが、ブッカー少佐に掛け合おうと思っている。結局は情報軍団を頼る事になるだろうが」

「そんな事では君の不安は晴れないぞ、大尉。君の疑念を払拭したのなら、方法は1つだ」

「なに?」



「地球だよ。フェアリィを離れて、君の知る世界が、地球が本当に存在するのか、君自身の目で確かめるんだ」



今夜は此処まで
次回はまた元奉仕部視点です
エリート&ハイスペックボッチの集団、特殊戦の明日はどっちだ

雪風かな?と思ったら雪風だった
フローズンアイならぬロッテンアイだな

>>80
なにそれ超カッコいい
ネタとして使わせて頂きます

という訳で投下


「改めて自己紹介させて頂きます。日本海軍省、開発部の梶田です。以後、お見知りおきを」

「川崎 小町、旧姓は比企谷です。あの、それで兄の事で解った事があると……」

「はい。其方の雪ノ下さんと由比ヶ浜さんには既に説明させて頂きましたが、私どもの部署はFAF退役軍人に対する職業斡旋事業などを執り行っております。我々の方で今回、FAF側に比企谷 八幡氏の地球帰還に向けた動きがある事を掴みまして」

「兄が戻って来るんですか!?」

「小町さん」

「あ……済みません、取り乱しまして……」

「いえ、お気になさらず。お兄さんですが、我々が調査したところFAFでの階級は大尉。再来月で25歳ですから、FAFの中でもかなりの早さで昇進しておられる様です」

「大尉……比企谷くんが……」

「配属先ですが、此方も実に珍しい経歴となっておられます。パイロット適性は最高ランクのS2、入隊当初はシステム軍団に在籍。其処で新兵器の開発計画に参与していた模様です。しかし、新型機のテストパイロットを務め、実戦テストの為に前線へと移動した後、前線基地で一隊を任され飛行隊長となっております」

「隊長って、お兄ちゃんが!?」

「小町ちゃん!」

「驚かれるのも無理はありませんが、もう少しだけ御辛抱を。前線基地TAB-06で508th飛行戦隊の隊長となった彼は、其処で極めて優秀な戦果を上げています。彼が各方面から引き抜いた戦隊員もみな優れたパイロットで、508th飛行戦隊はFAF内でも3本指に入る精鋭部隊となっております」


「……その、俄には信じ難いのですが。あの比企谷くんが戦場に身を置いて……隊長にまで、なっているなんて」

「ヒッキーは……失礼しました。比企谷くんは戦闘機に乗って……ジャムの戦闘機と、戦っているんですよね? 本当に……彼が、本当に?」

「事実です。彼と指揮下の部隊は、先日のジャムによる大攻勢でもTAB-06と六大基地の1つへの攻撃を完全に阻止し、ジャムの攻撃部隊を全滅させています」

「うそ……」

「そして何より、今現在の彼の所属戦隊です。508thの戦果に目を付けた戦術戦闘航空団により、彼が特殊な部隊に配属された事が確認されています」

「特殊な部隊、ですか」

「特殊戦第五飛行戦隊。通称『特殊戦』或いは『ブーメラン戦隊』」

「特殊戦……!」

「おや、御存知でしたか」

「待って下さい! ヒッキーが特殊戦に……あんな部隊に所属しているんですか!? だってあそこは……!」

「結衣さん、落ち着いて!」

「あの、済みません。その、特殊戦って……?」

「簡単に言えば、戦場に於ける偵察任務を主体とする部隊です。絶対生還が義務付けられ、その為にFAFで最も強力な機体と武装、戦闘空域に於いて必要となるあらゆる措置を独自に実行できる権限が付与されている。
搭乗員はFAF全体の中でもトップエースに位置するパイロットと、特に情報処理能力に秀でたフライトオフィサで構成されていますが、この戦隊に配属されるには他にも特殊な条件が必要となる」

「何です?」

「他者への共感性の欠如。いわば周囲の人間に関心を抱かない孤立主義の人間である事です。先に述べた様に、特殊戦機は絶対生還が義務付けられている。その為に、戦闘空域に於いて交戦中の味方は、例え援護が可能な状況であっても見殺しが原則なのです」


「見殺しって……!?」

「特殊戦機であるスーパーシルフは、配備年数からすれば既に旧式でありながら、総合的には依然FAF最強の機体です。更に特殊戦パイロットの腕を加味すれば、戦闘への介入によって多くの味方を救う事が出来る。
しかしそれは同時に、収集した貴重な情報を要らぬ喪失の危機に晒す事にも繋がる。よって、情報を確実に後方へと持ち帰る為にも、彼等はジャムとの積極的な交戦を避け、友軍機が撃墜される様をも冷徹に記録し、そのまま基地へと帰還するのです。
その為、彼等は他戦隊の人間からは侮蔑を込めて『ブーメラン戦隊』と呼ばれています。獲物に当たる事もなく、投げられた地点まで必ず舞い戻って来る、役立たずのブーメランと」

「お兄ちゃんは誰かを見殺しになんてしない!」

「小町ちゃん! ……梶田さん、私も俄には信じられません。小町ちゃんの言う通り、彼は誰かを見殺しにできる様な人じゃありません。寧ろ、それができなかったからこそ、彼は総武高校を去ったんです」

「失礼ですが……梶田さん、その情報は何処まで信憑性のあるものなのでしょうか。FAFに関しては、広報以外に碌な情報源が無い。私は軍事や諜報には疎いですが、それでも『通路』を隔てた先の、超国家的組織の内実にまで此方の軍の力が及ぶとは思えません。
そもそも何故、軍が比企谷くんに此処まで関心を寄せるのですか。地球に戻って来る比企谷くんを、軍に引き抜こうとでも仰るのですか」

「有り体に言ってしまえば、そうなります。FAFを退役した者の殆どが、地球での就職難に苦しんでいる事実はご存知ですか?」

「いいえ」

「実際の理由がどうであれ、FAFからの帰還者は色眼鏡で見られる事が避けられません。犯罪歴があるか、或いは社会不適合者か。FAFに送られる者は、その双方が圧倒的多数を占めておりますので」

「……たとえ戻ってきても、比企谷君に居場所は無い。そう、仰るのですね」

「雪乃!?」

「はい。しかも彼は、地元であるこの千葉では悪名が轟いている。いえ、全国に散った嘗ての風評を知る方々の口から、更に広範囲へと悪評が広がっていてもおかしくはない。それは川崎さん、御結婚を機に姓を変えられた貴女が、一番よく御存知なのではありませんか」


「小町さん……」

「……確かに私は結婚に際して、両親から川崎姓となる事を勧められました。お兄ちゃんは間違った事なんかしていないと信じてはいても、今となっては比企谷の姓を持っていても良い事は無いと」

「そんな!」

「目に見える形での実害は無いし、両親の職場の同僚も含めて理解ある方々も居ます……でも、やっぱり比企谷 八幡の名に付いて回る悪意ある風評は、6年経った今でも消える事は無いんです。それが、どれだけ事実から歪められた内容だとしても」

「そして、これからも消える事は無いでしょう。そもそも事の発端が発端です、雪ノ下さん。総武高校から始まった一連の悪評は、雪ノ下議員……当時は県議でしたが、その政敵と雪ノ下建設の競合他社が組んで始まった、彼等の子息を利用した貴女への攻撃だった」

「ッ……はい、存じております」

「彼等もまた、個人的な怨恨から貴女への過激なネガティブキャンペーンを開始。その苛烈さは由比ヶ浜さん、親友である貴女をも巻き込む程だった」

「……ッ」

「無論、多くの御級友が貴女がたを守ろうと動いた事でしょう。しかし、人の口に戸は立てられない。他人の耳を愉しませるべく面白おかしく脚色されたそれは、他学年どころか卒業生、校外の第三者にまで広がる素振りを見せた。
雪ノ下議員とその奥方には珍しい事に、悪意ある広報戦で完全に後手に出てしまった……そう、雪ノ下 陽乃現社長でさえも」

「ゆきのん……」

「……ええ、そうです。両親も姉も、あの時は完全に手玉に取られてしまった。気付いた時には、もう手の施し様が無い程に」

「火を起こした側としては、そのまま雪ノ下議員と雪ノ下建設へのネガティブキャンペーンへと発展させたかったのでしょう。だが彼が、比企谷 八幡が動いた。彼のやり方は……いや、実に見事なものです。
ある火種から目を逸らしたい時には、より大きな火種を用意すれば良い。使い古されてはいるが極めて有効で、それでも実行するとなると覚悟が必要だ。しかし、彼は見事に実行してみせた。
燃え上がらんとする火種の側で、炎どころか爆発を起こして全てを呑み込んだ」


「止めて……」

「飽くまで比企谷 八幡個人としての暴走を装うべく、彼による攻撃の手は貴女がたにも及んだ。小町さん、御家族である貴女も、彼からの激しい攻撃に曝された筈だ」

「あれは私達を庇う為に……!」

「彼を良く知る者なら、そう気付くでしょう。しかし大多数の周囲は、本性を露にした異常者が一部の生徒とその家族を不当に攻撃し、更には親しくしていた者にまで牙を剥いたとしか受け止めていない。
その後に、攻撃を受けた一部の者に後ろ暗い面があったと明らかにはなっても、それが発覚する切っ掛けとなったのは異常者が起こした事件であると認識されている。
だが、その御蔭で貴女がたは、彼の関係者であった事による二次被害を免れた。周囲は彼からの非道かつ無情な攻撃を受けた貴女がたに同情し、敵意の全てを比企谷 八幡個人へと向けた」

「止めてってば……!」

「彼にはもう、居場所など無かった。死なば諸共とばかり、元凶となった一団により意図的に校外へと拡散された噂は、彼の未来を断ち切るには充分に過ぎるものだった」

「黙ってよ……!」

「そして、彼はFAFに目を付けた。地元どころか、この地球から隔絶された、異星の戦場。拭い難い悪名だけを置き去りにして、彼は―――」





「黙れッ!」



「結衣さん……」

「黙ってよ……! 皆して、何にも知らない癖に……! 何もかもヒッキーに押し付けて、自分達は知らんぷりして……!」

「結衣……」

「あたしだって……あたし達だってそう。何にもしなかった、何にもできなかった! ヒッキーが『また』あんなやり方であたしたちを救ってくれるのを、指を咥えて見てただけ!
ヒッキーを悪く言う人達なんて嫌い、顔も見たくない! でもあたしは……あたしが本当に嫌いなのは……!」

「結衣さん、落ち着いて!」



「何にもできないまま見てるだけ、そんな自分が一番大っ嫌い!」



「……」

「結衣さん……貴女も……」

「……知ってたよ、ゆきのん。ゆきのんだってあれからずっと、自分の事が嫌いで嫌いで仕方なかったんだよね。同じ部屋で暮らしてるんだもん、気付かない訳がないよ」

「……ええ、そうよ」

「雪乃さん?」

「偉そうな事ばかり言って、そのくせ肝心なところでは何もできない。何時だってそんな私を、私達を助けてくれたのは比企谷くんだった。自分を犠牲にして、そんな事は些細な問題とばかりに。
それが嫌で、認めたくなくて、彼を拒絶したりもした。彼のやり方を否定して、一度は決別しようとまでしたのよ……なのに!」

「ッ!」

「また……彼がまた同じ事をするのを、私は見ている事しかできなかった! 解っていたのに! 彼ならそうするって、真っ先に自分を犠牲にするって、解っていたのに! 私は……私は……!」

「雪乃さん……」

「御免なさい、小町さん……ごめんなさい……ごめんね……」

「ゆきのん……雪乃ぉ……」






「取り戻したくありませんか、彼を」






「……え?」

「比企谷 八幡を。彼を地球に、この地に呼び戻したくはありませんか」

「なに……言って……居場所なんて、無いって……!」

「ええ、そうでしょう。通常ならば」

「……FAFに比企谷くんを地球に戻す動きがある。貴方はそう仰りましたね、梶田さん」

「はい」

「でも、貴方の今の口振りでは、彼が地球に戻る事は確定事項でないとも受け取れるわ」

「前例がありましてね」

「前例?」

「昨年の事です。我々はFAFを退役し、地球に帰還した我が国の人間を保護すべく接触しました。しかし彼は帰国を拒否し、我々の制止を振り切って『通路』の向こうへと舞い戻って行ったのです」

「どうして……」

「彼はこう言っていました。『国家などというものの為にジャムと戦ってきたのではない、そんな原始的なものに関わるつもりはない』と。更に彼は、FAFの実働部隊による護衛まで受けていた。彼の帰国を妨げる為に、FAFが相当の労力を割いていた事は明白です」

「何で、其処まで」

「要は、情報を持った人間を地球に戻したくないのです。FAFは既に半ば以上、地球側から独立した意思の下に動いている。元より超国家的組織ではありますが、今や超地球的組織となりつつあるのです。ジャムから地球を守ろうという創設当時の意思など、今となってはどれほど残されているものやら」

「でも、お兄ちゃんは! お兄ちゃんなら、そう簡単に誰かを切り捨てたりする訳ない!」


「……これは、少しばかり情勢に明るい者なら誰でも知り得ている事実ですが、FAF入隊時に適性を測る為に用いられる高速学習装置。各国の軍隊でも用いられている代物ですが、世界で初めて実用化したのはFAFなのです」

「それが何か?」

「他の軍事技術でもそうですが、FAFの技術力は地球側の最先端技術、その数世代先に位置すると言っても過言ではない。当然、学習装置に用いられている技術にもかなりの差があるでしょう」

「何が仰りたいのです」

「学習中の対象を洗脳する事など容易い、と申しているのです」

「洗脳……!?」

「現に、軍役を終え地球に帰還した人間の内、半数以上がフェアリィ星へと逆戻りしている。地球での生活に違和感を覚え、国状に拘らず自国社会を、それどころか地球規模で人間社会を敵視し、FAFへと再志願するのです。通常の精神状態であれば、全く理解できない事だ」

「FAFが入隊者に、地球側への敵意を植え付けている、という事ですか?」

「恐らくは。そもそも彼等が強調するジャムの脅威ですが、何処まで本当かも定かではありません。先日の大攻勢にしても、独立派と反対派の内輪揉めであった可能性すらある」

「それって、つまり……」

「内戦!?」

「というより、クーデターでしょうな。現に犠牲者の中に、将官クラスの名が多すぎる。軍団総司令は疎か、六大基地の最高司令官までもが戦死しているのです。それも不自然な事に、同じ航空機での移動中に」

「……何処かへ移送すると見せかけて、纏めて処分した?」

「ゆきのん、それは……」

「それが正解でしょう。こんな手間の掛かる事を、ジャムがする訳がない。そもそも航空戦力以外にジャムは確認されていないのだから、内部工作などやり様もない」


「……FAFが戦っているのは、ジャムではない? いえ、そもそもジャムなど居ない……?」

「居る事は居るのでしょう。あの霧の柱『通路』を造り上げる事など、如何なFAFでも不可能だ。しかしジャムが実存するからといって、人類にとって最も危険な存在がそれであるとは限らない」

「ジャムよりもFAFの方が余程危険である、そう言っている様にも聞こえますが」

「そう考えている人間は世界中に多い。我が国でもそうです」

「FAFは地球に対し明確な敵意を有していて、入隊者に対し洗脳を施し地球への帰還を思い止まる様に仕向けている。たとえ地球に帰還しても、洗脳の結果として帰還者自らの意思でFAFに戻ってしまう。要約するとこの様なところですか」

「可能性の話ですが、信憑性は高いかと。彼等の目的は―――」

「情報の漏洩を防ぐ事、ですね」

「正確には各種情報の漏洩を防ぎ、地球側軍事力に対する技術面、軍事面双方での優位を保つ事でしょう。当然、比企谷大尉は帰還妨害対象の筆頭となる筈です」

「……比企谷くんは新兵器開発部署の中枢に居た。しかも新型機のテストパイロットまで勤めているし、実戦でも大きな戦果を上げている。部隊運用のノウハウも持っている訳だし、何より特殊戦という名の通り特殊な部隊に在籍している。手放して地球に帰すには、FAFにとってあまりにリスクが大きいという事ですね」

「そうなります」

「でも! でも、お兄ちゃんが本当に帰還を拒むっていう確証は、まだ……!」


「先ほど例として挙げた帰還者ですが、彼もまた特殊戦の人間です。恐らくは比企谷大尉も、同様の反応を示す公算が大きい。少なくとも数名の護衛は着けられているでしょう」

「そんな……!」

「待って、待って下さい梶田さん。そもそも何故、FAFはヒッキー……比企谷くんを地球に戻そうとしているのですか? 本人の意思による帰還なのですか」

「不明ですが、恐らくは。先述の特殊戦隊員も、自らの意思で一時的に退役し地球に戻ってきた。しかし帰国を拒否し、FAFに戻ったのです」

「目的は不明だけれど、お兄ちゃんは自分の意思で地球に戻る可能性が高いという事ですか。そして何もしなければ、そのままFAFに戻ってしまうと」

「通常のFAF軍人ならば、一時帰省という事も有り得る。しかし、比企谷大尉は特殊戦の人間だ。一時的なものとはいえ、重要情報を握る人間の地球帰還をFAFは望まない。彼は来月で軍役期間が切れる。更改をする前に、一時退役という扱いで地球に戻るでしょう」

「其処で、FAFとの契約更改を思い止まらせる事が出来れば……」

「帰国後の彼の社会的地位は海軍省が保証します。FAFは帰還を思い止まらせる為に、二階級特進を打診するかもしれない。我々はそれ以上の待遇を彼に約束します」

「……やはり、彼を軍に引き入れるのですか」

「どんな悪評があろうと、現在の軍では実力と実績が全てです。無論、後ろ盾は在るに越した事はない。彼には国家による強力なバックアップが付く。誰にも文句は言わせないし、そもそも比企谷大尉ほどの実績があれば彼を貶めんとする者など、それこそ黙っていても官民問わず一掃されるでしょう」

「お兄ちゃんに……兄に何をさせるつもりなんですか」

「社会的に極めて高いポストが、彼を求めているのです。それこそ、複数の部署から」

「つまり?」





「海軍航空隊、国防省技術研究本部、空間制御技術研究所、その他多数……国防に関わるありとあらゆる部署が、比企谷 八幡という人物の獲得を熱望しているのです」

今夜は此処まで
次回、八幡地球帰還
ついでに用語追加

【日本海軍】
旧海上自衛隊および航空自衛隊の流れを汲む日本独自の正規軍。
フェアリィ戦争勃発後ほどなくして、自衛隊は『日本軍』に改名した。
原子力空母『アドミラル56』を旗艦とする空母戦闘群を保有し、完全国産ステルス戦闘機『F/A-27C』を艦上戦闘機として運用する。
嘗て旧雪風が地球大気圏内でのエンジンテストを目的に通路を潜った際、アドミラル56は国連軍の一部として通路防衛任務に就いていた。
その際に通路を潜ったジャムと相対したが、地球で1.2位を争う性能のF/A-27Cであってもジャムには太刀打ちできず、艦隊旗艦撃沈の一歩手前で雪風によって難を逃れた。
他国軍と同様FAFの事は好ましく思っておらず、帰還者した日本国籍保有者には軍が接触、情報源かつ即戦力として囲い込みを掛ける。

多忙につき投下が遅れてしまい、申し訳ありません
明日の22時頃に投下する予定なのでもう少しお待ちを

んじゃ、投下っす


「まさか、許可されるとは思いませんでした」

「深井大尉から話は聞いているだろう。以前にもやった事だ、大した問題じゃない」

「しかし、リスクを考えれば多少は拗れるものかと思っていました」

「情報漏洩の件か。君はジャムと知人が『本物』であるかどうかを確かめる為に、地球に戻るのだろう。俺としては止める理由が無い。それで、日本には帰国するのか」

「いいえ、シドニーを出るつもりはありません。あちらの広報部が動いてくれるとの事で、調査結果を確認できればすぐにでも戻るつもりです」

「結論を急ぐ必要はない、比企谷大尉。君が地球に戻り何を見て何を感じたか、其処からどんな結論を導き出すか、今はまだ何も解らないんだ。答えはその時にまで取って置くのが良い」

「帰国は考えていません。戻るつもりもない」

「何故だ。或いはジャムなど幻想だと結論付けるかもしれないし、フェアリィ星に居てはジャムに勝てないとの結論に至るかもしれない。此処と地球のどちらに『本物』があるかなど、現時点では解る筈がないだろう」

「たとえそれで地球に『本物』があったとしても、私が其処に居られるかは別問題です。だが、居なければならない場所は此処にある」

「居たい場所、とは言わないんだな。此処も、地球も」


「……」

「……実は先日、地球の友人から手紙が届いた。恐らくは、ジャムの脅威を地球上で最も良く知る人物だ。その人物が、最近できた友人から面白い依頼を受けたらしい」

「依頼、ですか」

「ああ。その依頼内容が、実に傑作でな」

「何です」





「『腐った目をした、底意地の捻くれた魚の獲り方を教えて欲しい』」





「……!」

「何の事か解らんが、彼女は手紙である人物の所在を訊ねてきた。FAFに比企谷 八幡という人物は居ないか、とな」

「……それが何だというのですか」

「君にとって地球側の『本物』とは、ジャムが模倣した知人の事だろう。この依頼者こそが、その知人ではないのか」

「何が言いたいのです」

「直接会って、その目で確かめてはどうかと言っている。『本物』かどうかを確かめるには、これ以上に確実な方法もないだろう」


「タイミングが良すぎる……情報軍団ですか」

「それは私の知るところではない。そもそも情報軍団の介入を嫌ったからこそ、君はシドニーの広報部を頼ったのだろう」

「防諜が主任務だろうと思ったからですよ。認識が甘かった。情報軍団が其処まで力を有しているとは」

「通路を通るものは何であれ、ジャムを除けば完全に把握されている。蟻一匹さえ見逃がしはしない、それが情報軍団というもの―――だと」

「FAFに関連する動きは、全て察知されていると。その真偽と裏を確かめる為にも、各国への浸透は疾うに行われている……という訳ですね」

「まあ、そういう事だ。で、どうする。情報軍団の報告だけで、君は『本物』の存在を確信できるか」

「……退役の手続きをお願いします、少佐」

「私が受け取った手紙への返答はどうする」

「どうとでも。結果は変わらないでしょう」

「そうだな、その通りだ。さて、大尉。今のFAF、そして特殊戦には余裕がない。進んで君を手放したがる人間は居ない為、帰還が遅れようとも多少の猶予はある。1週間やるから、ゆっくりと『本物』の存在を確かめてこい」

「時雨がそれだけの期間を待ってくれますかね」

「何だ、見限られそうなのか」

「いえ、あれは貪欲です。此方の教えたい事を、想定以上の速度で吸収している。未だ私に対する不信は拭えていないのでしょうが、機上の私から何かしら学べる所があると明確に理解しています。このまま学習が進めば、私がお払い箱となる日もそう遠くはないでしょう」


「君が我が戦隊に配属されてから、まだ3ヵ月だ。もう其処まで学習が進んでいるのか」

「私が提出した構想の通りに、時雨は学習実績を積んでいます。最近は私が操作をするまでもなく、中枢コンピュータが独自判断で動く事も多い。時雨の学習は私の……我々と時雨自身の意図する通りに進捗している」

「時雨自身の、か。君は時雨から拒絶される為に、時雨の成長を促しているのか」

「他の戦隊機も同じでしょう。いずれパイロットが機の要求に応えられなくなれば、最終的には拒絶される。過去の雪風もそうでしたが、パイロットが加齢によって戦闘機動に耐えられなくなっても同じ事が起こる筈です。
理由が異なるだけで、辿り付くところは同じだ」

「『メメント・モリ』か」

「……肉体的な死ではありませんが、そういう事になりますね」

「人として、パイロットとしての死を忘れるな。いずれは誰もが其処へと辿り着く―――君は良く似ているよ、大尉。地球に戻る動機も、何もかもそっくりだ」

「それは深井大尉に、という意味ですか」

「『本物』を確かめてこい、比企谷大尉。いずれは時雨を降りる事になろうと、君は優秀なパイロットだ。FAFに、特殊戦にとって必要であり、何よりジャムに勝つ為に必要な人間だ。『本物』を見極めて、此処に戻ってこい。
君の帰還にはフォス大尉も同行する事になる」

「大尉が?」

「目的は君のプロファクティングだ。理由はもう解っているな?」

「結果が思わしくなければ、私は時雨から降ろされると」

「余程の事がなければ、そうはならんさ」

「命令とあらば従いますが、その可能性があるならば時雨の学習を加速させねばならない。聞き耳を立てているSTCが既に出撃スケジュールを弄っているでしょうが、私と時雨の出撃回数を増やして頂きたい」

「第四飛行戦隊もだろう?」

「ええ」


「……君の言う通り、既にスケジュールは再調整されている。コンピュータならではの早業だな。後は准将の承認待ちだが……早いな、もう承認されたぞ」

「STCが時雨の早期学習完了を望んでいるという事でしょう」

「STCだけではなさそうだ。時雨からも出撃スケジュール調整の要求が出されている。聞かれていたな」

「内緒話も出来ませんね。プライベートを維持するだけで命懸けだ」

「生き難いな。秘密主義者には地獄の様な環境だ」

「秘密ならば口には出さず、胸の内に秘めるべきです。何も言わずに解ってくれる者が居るのなら、なお良い」

「それが単なる人間関係についての発言なら、人に多くを期待し過ぎだと窘めるところだが……君の構想を知っている身としては、薄ら寒いものすら覚えるよ。だが、実現できれば特殊戦は飛躍的に強化される」

「ええ。だからこそ、時雨の学習を遅らせる訳にはいかない」

「だからといって、君自身が犠牲になる必要はないぞ、大尉。君は地球に戻り『本物』を確かめねばならん。その前に時雨もろともジャムに殺られるなどという事になれば、他の戦隊機やコンピュータがどういった行動に出るか解ったものではない」

「命令は確実に遂行します」

「絶対に、だ。比企谷大尉、手段を問わず必ず生還せよ。ジャムからも、地球からもだ。要望ではない、これは命令だ。復唱せよ、比企谷大尉、B-13」

「B-13時雨、比企谷大尉、了解。手段を問わず生還する。復唱終わり」

「以上だ、退室して良し」




「どうだった、少佐」

「迷ってはいるんだろう、時雨と同じく。だが、強かな男だ。あれは外圧で折れる様な人間じゃない。結果がどうなろうと、彼は彼なりの方法で戦い続けるだろう。逃げ場など何処にも無いと、とうの昔に理解している」

「奴は特殊戦に配属されるには心の強すぎる人間だ。そんな気がする」

「俺もそう思う。特殊戦の、俺達の様な人間とはまた違った意味で、彼はスペシャルだ」

「ジャムと戦う上で有用なスペシャルなら歓迎だ。だが、不安要素もある」

「ジャムの言葉か」

「ああ。鵜呑みにするのは愚の骨頂だが、真実の一端である可能性もある」

「……だとすればだ。大尉にとっての真の理解者はFAFにも地球にも居らず、ジャムこそが唯一のそれである、という事になる」

「同種も存在はするんだろうが、少なくともFAF内部に『天然物』は居ない。だが奴の構想は、無意識に同類を『複製』しようとしているとも考えられる」

「フムン。となると、時雨はそれら『複製』の『ハブ』という事になるか。確かに、そう考えれば危険性は高い」


「この会話はSSCやSTCも聞いているんだろう。時雨に変化はないか」

「今のところはな。俺達が大尉と時雨を疑っている様に、向こうも俺達をジャムではないかと疑っているだろう。相互監視だ。特殊戦の任務を考えれば、寧ろ好ましい状態だろう」

「……ジャック、警告はしたのか」

「何をだ」

「惚けるなよ。彼はFAFのビルに留まる訳じゃないだろう。恐らくは俺の時と同じホテルか、違うとしても地球の本部とは別の施設に滞在する筈だ。日本政府が動かない訳がない」

「なんだ。おまえ、彼を心配しているのか。どういう心境の変化だ?」

「奴の心配ではない。大尉の身柄が押さえられ、俺達の情報が地球側に、ジャムに筒抜けになるのではないかと言っている」

「地球には既にジャムが入り込んでいる。お前、俺にそう言ったな。今でもそう思うか、ジャムとの『勝負』に勝った今でも」

「確かに、俺と雪風は『勝った』。だが、それは地球からジャムの影響力が一掃されたという意味ではない」

「日本政府がジャムの手先だとでもいうのか」

「日本だけでも、政府だけでもない。どの国家だろうと、政府だろうと民間だろうと、ジャムの影響下にない勢力は地球上に存在しない。俺は、そう思う。例外は―――」

「リン・ジャクスンか」


「彼女個人はな。だが、その振る舞いがジャムの想定下にないとは言い切れないだろう。彼女自身が、地球人として確固たる自己を持っているとしてもだ。彼女からの手紙にどう返信するつもりだ?」

「こう書くさ。『魚は網に飛び込んだ』とな」

「こっちから漁師を誘き寄せるつもりか。ジャック、何を考えているんだ」

「奴はFAFの、俺たち特殊戦が放つ偵察ポッドだ。トロル基地での俺達と同じだよ、零。時雨は『通路』の向こうに存在するであろう地球に対し、比企谷大尉という偵察ポッドを打ち込もうとしている」

「ジャムと戦う為に、か。だが、敵はジャムだけじゃないぜ」

「無論、彼には護衛が着く。お前の時と同じ様に。彼の意に反して身柄を拘束される様な事があれば、彼等は即座に動く」

「日本軍が同じ轍を踏むものか。俺の時と同じ様にはいかないぞ」

「承知の上だ」

「……ジャック、正直に話してくれ。大尉を地球に送ろうとしているのは、あんたや時雨だけじゃないな。情報軍団、リンネベルグ少将も一枚噛んでいるだろう」

「……リンは監視されていた。其処に、比企谷大尉の知人たちが接触してきたんだ。お前の言う通り、タイミングが良すぎる。だが少将の言葉では、それは情報軍の意図したものではなかったそうだ」

「どういう事だ。まさか本当に、ジャムの意思だとでもいうのか」

「不明だ、全く以って。だが、情報軍はそれを疑っている。SSCも、STCもだ。そして、俺も例外ではない」


「ジャムは何を考えている。比企谷大尉が地球の知人たちに、深い思い入れがある事は分かる。日本軍のバックアップを受ければ、彼等の干渉はより強度を増すだろう。大尉を地球に引き留めて、俺達の戦力を減じようとでもいうのか」

「あるいは、大尉のレポートにあった通りかもな。自分が予定した通りに現出した比企谷 八幡という『逸品』が、人間社会という『不良品』の群れの中で摩耗して失われる事を恐れているのかもしれん」

「もうひとつの『逸品』からは拒絶されたそうだからな。つまり情報軍は、ジャムの言う『本来的存在』である比企谷 八幡がどんなものかを探る為に『不良品』である地球人の群れの中へ彼を追い遣るというんだな」

「ああ。そして、もうひとつ探りたいものがある。これについてはSTCを介して、時雨から特別要請があった」

「なんだ」



「比企谷大尉の言う『本物』についてだ」



「……それは、俺と大尉の会話で出てきた単語か? ジャムの存在について真偽を問うものじゃなかったのか」

「違うな。彼は地球側に、何らかの『本物』が存在していると考えている。恐らくは知人たちの事だろうが、その知人の何が『本物』に当たるのかを、時雨は知りたがっている」

「存在していれば、その存在が現実のものであると大尉自身が確信できれば『本物』なんじゃないか」

「どうだかな。フォス大尉のプロファクティングが上手くいけば、自ずとその辺りも解明されるだろう」

「比企谷大尉のプロファクティングを行う事が、ジャムに対する戦術、いや、戦略偵察にもなるという事か。だいぶ話が大事になってきたな」

「そしてそれは時雨の、戦闘知性体群の更なる成長にも繋がるだろう。その結果が好ましいものかどうかは解らんが、やるだけの価値はある」

「奴が地球に留まる―――ジャムの側に付く事も考えられる」

「地球に留まったからといって、それがジャムへの寝返りを意味するとは限らんさ」

「なに? どういう事だ、少佐―――」

「いずれ、解る。『ブーメラン』ではなくなっても、奴を『知恵の狼』にする事はできる」

「……『騎士』の方かもしれないぜ。開発に係わっていた位だからな」

「彼は『騎士』ほど高潔でもなければ馬鹿でもない。あの目が示す通り、奴は骨の髄から一匹狼だよ。望む望まずとに拘らず、そうなる事を己に課しているのさ」

「馬鹿でも狼でもどっちでも良い。奴がジャムではなく、地球の連中と同じでもないと解ればな」

「すぐに解るさ。すぐに、な」




『わかるものだとばかり、思っていたのね……』

『寄る辺がなければ、自分の居場所も見つけられない……隠れて流されて、何かについていって……見えない壁にぶつかるの』





「違う。お前はもう、俺の思考を理解できる。言葉にする必要すらない。何かに寄らずとも、自分だけの力で『飛んで』いける」

「俺が此処に残る必要はない。だが、此処を離れる事を拒む俺が居る」

「俺は……俺が、欲しいものは……」





『これからどうしよっか?ゆきのんのこと……それと私のこと……私たちのこと』

『ゆきのんの今抱えている問題、私答え分かってるの。多分それが、私たちの答えだと思う。それで、私が勝ったら全部貰う』

『私の気持ちを勝手に決めないで。それに最後じゃないわ。比企谷君、あなたの依頼が残ってる』

『私の依頼、聞いてもらえるかしら』

『……うん、聞かせて』






『もう止めてよ、ヒッキー……! そんなの、もう誰も望んでなんか……!』

『やだよ、お兄ちゃん……置いてかないで、小町を置いてかないでよっ!』

『また、そうやって……誰にも手伝わせない、誰も信用しない……何時だって、君は……!』

『待ちなさい、比企谷くん! 依頼は、依頼はどうなるの!? あなたの依頼は……!』



「それでも」



『俺は』



「『本物が欲しい』」






「……お前もそうだろ?」





「時雨」





〈I have control〉



〈I wish you luck / Lt.Hikigaya〉








〈GOOD LUCK〉





『アロー4よりグール。これより当機は『通路』に突入、地球に向かう。護衛に感謝する、以上』

『グール1よりアロー4、良い旅を。『帰還』を心待ちにしている……グール1よりウィッチウォッチ。定期シャトル、アロー4の『通路』突入を確認』

『了解。ウィッチウォッチより司令部。【矢は放たれた】。繰り返す。【矢は放たれた】』

以上です
風呂入って来るので、後でちょっとしたアンケートをば

済みません、やはり続きは当初の予定通りに展開します
次回、シドニー編

ちょっとだけ投下
忙しいため短いですが、どうかご容赦を




『FAFの友人から返答が来たわ。『魚は網に飛び込んだ』だそうよ』

『……では、比企谷くんは地球に戻って来ると』

『恐らくはね……ねえ、雪ノ下さん。貴女たち、日本政府の方とは接触したの?』

『何故それを?』

『……やっぱりね。なら、忠告よ。彼等は比企谷 八幡をフェアリィに戻すつもりなんか、端からありはしない。彼が帰国を拒絶するなら最悪、始末される事だって在り得るかもしれない』

『……ッ!』

『以前、私が会った特殊戦の人も、日本政府の出迎えを受けた。海軍への勧誘を拒絶してFAFに戻ろうとしたら、彼等は強硬策に打って出たのよ』

『公権力に物を言わせたというのですか』

『そう。もっとも、FAFにしても予想済みの展開だったのね。彼の護衛に阻止されて、そのまま逃げられたわ。私も、ホテルを出るまでは付き合ったのだけれど』

『……貴女は、それを良しとしたのですか』

『彼自身が決めた事だもの。それに、彼の言う事に共感もあった』

『特殊戦の人間に共感? FAFの思想誘導を受けているのに?』

『……成る程ね。それ、日本政府の方から聞いたのかしら。貴女は、それを信じるの?』

『……』

『責めてる訳ではないのよ? でも、彼等は確固たる自身の信念を持って戦っている。それを否定する事は、自らもまた否定される危険を負うという事なのよ』

『それでも……それでも、私は……私達は……』

『どうするかは貴女たちが決めるべき事よ。私と、私が出会ったブーメラン戦士との関係は、貴女たちと比企谷 八幡との間にあるそれとは違う。良く考えて決めて……後悔の無い様にね』







「―――現時刻を以って、貴方は軍役を解かれます。日本国籍を有する民間人という扱いですが・・・」








「比企谷大尉の所在が判明しました。ヒルトン・ホテル、スイートです」

「では、このまま接触を?」

「本来ならば先ず我々が接触し、その後に貴女がたが入室すべきであったでしょう。しかし彼は、間違いなく我々の介入を警戒している。要らぬ疑念を煽る必要はありません。先に貴女がたが接触し、日本政府と軍による支援を受けている旨を伝えて下さい」

「第一印象は穏便なものであるべきだ、と」

「その通りです」

「……そんなの……『欺瞞』じゃない」

「何か?」

「……いえ、何でもありません。私達はどうすれば?」

「大尉がFAFに戻る選択をしたとしても、再志願申請をする必要がある。我々はそれを、合法的に阻止しなければならない」

「再志願の妨害は違法では?」

「そもそもが違法な思想誘導の結果としての再志願なのです。これを阻止し、日本国民としての正当な権利を保護する為の活動は適法である、と解釈できる」

「……兄に選択の余地は無いんですね」

「では、彼の再志願がお望みですか?」

「……」

「FAFの工作を甘く見ない方が良い。前回は我々の与り知らぬところで、帰還者本人も知らぬままに再志願申請が為されていた。今回も同様の事が起こった場合、我が国は邦人保護の観点から実力行使も辞さない」

「ッ! つまり……政府公認の下での実力行使と」

「はい」

「なら、私達が比企谷くんを説得できれば問題はありませんね」

「……行こう、雪乃、小町ちゃん。梶田さん、構いませんね?」

「送りましょう」

「何処でFAFの人間に見られているか、解ったものではないでしょう。タクシーで向かいます」

「良いでしょう、これが部屋の番号です。我々は貴女がたが招き入れるまで、室外で待機しております」

「……では」






「ねえ、ゆきのん……」

「解っているわ、結衣」

「……見抜きますね、お兄ちゃんなら。すぐに気付かれると思います」

「皮肉な話ね。誰よりも比企谷くんを知っていると、理解できていると己惚れていた癖に、こんな……」

「『欺瞞』か。ヒッキーはどう思うだろうね、今の私達を見て」

「……だとしても、確かめなければ。彼の『本物』が何処にあるのか、そもそも『本物』を今もまだ求め続けているのか」

「もし、その『本物』が……地球じゃなくて、フェアリィにある、と言ったら……?」

「……それを思い止まらせるのが、私達の役目よ」

「そうだね。でも、違うでしょ、ゆきのん?」

「え……」

「そうですよ、雪乃さん」

「小町さん?」

「『役目』じゃなくて『目的』でしょ? あの時からずっと変わらない……私達の『目的』」

「ふふ……小町の『目的』でもありますけどね」

「……ええ、そうね。そうだったわね」

「もう一度『奉仕部』を。あの時には戻れなくても、止まってしまった私達の時を進める為に」







「私の、私達の『本物』を見付ける為に」






以上です
今週中は厳しいかもしれませんが、なるべく早く再開の場面を投下します

お待たせしました
まだ短いですが、再会編を投下開始します




『3人がヒルトン・ホテルに到着。これより接触に備える』

『前回の様な失態は許されない。突入班、警戒を密にせよ』

『了解』





「失礼します、比企谷 八幡氏の部屋で……!?」

「鍵が……開いてる?」

「ッ……お兄ちゃん、入るよ……」

「ヒッキー……居ないの?」

「……!」





『『【密偵(いぬ)】より【蔓】、【起こり】が【賊】の部屋に侵入』

『こちら蔓、【仕掛人】は配置に付いた。起こりが接触するまで待て』

『了解』





「比企谷くん……!」

「ヒッキー!」

「ッ! お兄ちゃんっ!」

「比企谷くん……っ、本当に……本当に、帰って……!」






【何だ、これは】






「え……」

「……ヒッキー?」

【まともな記載が何処にも無い。そもそも該当する件数があまりにも少なすぎる】

「お兄ちゃん……? 何を喋って……」

「これって……まさか、FAF語?」

【報道管制? 何の為に……いや、そもそも誰が……】

「……比企谷くん」

【やはり、これはネットそのものまで……これで利益を受ける者となれば……】

「比企谷くん!」

【五月蝿いぞ、静かにしてくれ。今、考え事をしているんだ】

「……生憎だけれど、何を言っているのか全く聞き取れないわ。私達にも理解できる言葉で話して貰えないかしら」

【何だ、その悠長な言葉遣いは。もっと簡潔に……くそ、そうか】



「……じゃあ、此処からは日本語で喋らせて貰う……綺麗になったな、小町。そして……久し振りだな、雪ノ下、由比ヶ浜」




「お兄ちゃん……ッ!」

「……ええ、お久し振りね……本当に……本当に、久し振り。比企谷くん」

「ヒッキー……やっと……会いたかった、会いたかったよう……」





「で、目的は何だ」





「ッ!?」

「……え?」

「なに言って……お兄ちゃん!?」

「答えろ。此処に来た目的は何だ」

「そんなの……そんなの決まって……ッ」

「待って、小町さん」

「……雪乃さん?」

「ごめんね、小町ちゃん……いいよ、ゆきのん」

「……ありがとう、結衣。それで、比企谷くん」

「なんだ」

「……私達の『目的』はね」

「……」





「貴方の『依頼』を達成する事」





「……」

「でも、それだけじゃないわ」

「……ヒッキー。私達、話したい事や訊きたい事、沢山あるんだよ。6年前の事も、この6年間の事も……今の事も」

「聞かせて欲しい事なんていっぱいあるし……聞いて、貰いたい事、だって……いっぱい、いっぱいあるんだから……嫌だって、言ったって……聞いて、貰うんだからね……お兄ちゃん」

「奉仕部に持ち込まれた依頼は、殆ど全て貴方の手で達成された。私の依頼も……でも、まだ1つ、達成されていないものがある。貴方の依頼よ」

「……『本物』が欲しい。ヒッキー、言ったよね。手遅れかもしれない。もう、そんなもの何処にも無いかもしれない。でも、それでもね」

「私達は、まだ何もしていない。その身を削ってまで、あんな自己犠牲を繰り返してまで他者からの依頼を達成し続けてきた貴方の、その依頼にまだ何も応えていない」

「だから来たんだよ、此処に。ヒッキーに会う為に。私達への依頼はまだ有効かどうか、それを確かめる為に」

「……何故、そうまで固執する」

「そうね……強いて言うなら……『本物』を欲していたのは、貴方だけではなかったという事よ」

「お前達の言う『本物』とは何だ。あの頃の二の舞を演じるのは御免だ。俺の勝手な思考を押し付けるのは」

「そうだね。お互い、勝手な思い込みで……散々、傷付け合ったもんね。ヒッキーも、ゆきのんも、私も……」


「感傷はいい。要点だけ答えろ」

「っ……『何か』なんて、一言で言い表せるものではないわ。そもそも『本物』がどんな形になるのか……それが解る前に、私達は引き裂かれてしまった」

「単なる部活仲間だったかもしれない。無二の親友だったかもしれない。ひょっとしたら恋人だったかもしれない。いろんな可能性があったのに、あの事件で何もかも奪われちゃった……私が全部貰うって、宣言したのにね」

「どんな『本物』が待っていたか、本当なら今頃、私達は何らかの答えを得ていたのかもしれない。でも私達の6年間は、他者の悪意によって否応なしに奪われてしまった」

「ゆきのんも小町ちゃんも、勿論私だって、6年前よりずっと強くなったんだよ? もう、良い様に翻弄されて、誰かに頼るだけの人間じゃない。此方に悪意を向けるなら、相応の対価を払って貰う。私達の大切なものを傷付けようとするなら尚更、徹底的に叩いて潰す。そうなれる様に努力してきたし、実際にそうしてきた」

「あの事件の発端になった連中こそまだ排除できていないけれど、取り巻きはもう居ない。社会的地位は完全に失墜させたし、残った連中が破滅するのも時間の問題ね……でも、拡散された風評までは、どうにもできなかった」

「ヒッキーなら、もう気付いてると思うけど……その件について私達は、強力な後ろ盾を得たの。この場所を教えてくれたのもその人……ううん、その組織だよ」

「……日本政府、いや、軍か」

「あはは。やっぱり、気付いてたんだね……うん、そうだよ。ヒッキーが地球に戻る事も、FAFがどういう行動に出るかの予測も教えてくれた。それでこうして、接触の機会を設けてくれたの。見返りは……これも、解ってるんでしょ?」

「帰国、そして日本軍への在籍か。接触したのは海軍の人間か?」

「ええ。海軍省、開発部の方」

「俺を艦載機にでも乗せたいのか、或いは技術情報を吸い出したいのか……出涸らしにされて処分されるのがオチだ。馬鹿馬鹿しい」

「他にも、私達への見返りはあるわ。貴方の悪評を払拭する為に、軍は相応しい社会的地位を貴方に用意してくれる。貴方の実績と能力なら、彼等の想定を上回る功績だって残せる筈よ」


「雪ノ下家も協力してくれてるんだよ。陽乃さんだけじゃない、ゆきのんの御両親も、隼人くんも隼人くんのお父さんも……他にもいっぱい。ヒッキーを知っている人も、知らない人も、大勢が真相を明らかにしようと動いてる。さいちゃんや沙希、いろはちゃんや生徒会に居た皆、平塚先生だって……」

「何の為だ」

「何って……ヒッキー!」

「行動の先には過程、或いは結果という形で果たされるべき目的がある筈だ。俺からの『依頼』を果たすという行為は手段に過ぎない。お前達には別の『目的』があるだろう」

「それは……そんなの、お兄ちゃんを取り戻す為に決まって……!」

「小町、黙ってろ。俺は其処の2人に質問しているんだ」

「っ! お兄ちゃん……」

「そんな言い方……!」

「もう一度だけ訊くぞ。お前達の『目的』は何だ?」

「……比企谷くん」

「どうした、答えられないのなら……」



「貴方……何を恐れているの?」


「……」

「ゆきのん、何を……」

「本当の理由が知りたいと言いながら、貴方の様子からはそれが本気であるとは思えないわ。貴方、私達がこの部屋を訪れた時、妙に落ち着いていたわね」

「……予想して然るべきだろう、その程度」

「軍が貴方を引き入れる為に、私達を利用する事はね。でも、それを踏まえても貴方の落ち着き様は異常だった。貴方、今回の帰還は自分の意志によるものなのかしら?」

「そうだ」

「初めから私達と接触する事が目的だった?」

「え……ゆきのん、それって……」

「お兄ちゃん……?」

「……」

「『欺瞞』は何よりも嫌うところ、よね。貴方が『本物』の比企谷 八幡なら」

「……その通りだ。今回の帰還は、お前たちの存在を確認する為のものだった」

「確認ね。何の為にかしら」

「答える義務はない」

「あら、この程度の会話で、私達の存在を確認できたとでも言うのかしら。私達が貴方の求める『本物』だとでも? ひょっとしたら政府が用意した容姿だけ似せた別人かもしれないし、そもそも現実に存在するかどうかも怪しいものではないのかしら」

「どういう意味だ」

「貴方が受けたであろう高速学習装置による教育、その過程で施された何らかの精神操作による幻覚であるとは考えられないかしら?」


「雪乃さん!?」

「……成る程、そういった可能性も考えられるな」

「……冷静だね、ヒッキー。ひょっとして、自分でもそれが有り得るって考えてた?」

「何も俺はFAFを盲信している訳じゃない。学習装置の危険性は、少なくともフェアリィでは広く知られているし、FAFも隠しちゃいないからな」

「だったら何で……」

「其処に『現実』が在るからだ。自身の見ているものが実在するものだろうが洗脳によって生み出された幻覚だろうが、それへの対処を怠った場合に齎される結果は1つしかない。過程がどうであれ、その結果だけは『本物』だ。ジャムに殺られるという結果は」

「少なくとも、貴方を害そうとする『何か』が『通路』の向こうには居る事は確か、という訳ね」

「『何か』だと? その言い分、誰に吹き込まれた……日本軍か」

「だったら……だったらさ! 尚更こっちに戻ってくるべきだよ! こっちにだって、お兄ちゃんを傷付けようとする人間は居るよ? でも、少なくとも戦闘機を飛ばしてまで殺そうとする人なんて居ない! なんで、なんでお兄ちゃんが戦争になんか……!」

「何故、だと? ジャムに負けても大した事ではない、とでも言いたげな口振りだな。それとも自分には無関係だとでも?」

「……違う星まで行って空中戦なんかして! いっぱい人が死んで、それでも止めずに30年以上も戦い続けて……! お兄ちゃんが其処に加わる理由が、何処にあるの!?」

「……小町ちゃん、駄目だよ」

「確かに、あの時のお兄ちゃんには、此処に居続ける事はできなかったかもしれないよ!? だけど、だけどさ! お兄ちゃんなら海外に行って生活する事だって出来ただろうに、よりによってどうしてFAFなんて選んだの!? どうして戦場なんか……どうして……!」

「小町さん!」

「何で、戻ってきてくれないの……なんで、殺し合いなんて……なんで……」

「小町ちゃん……」


「……今のは言い過ぎだわ。でも、私達の疑問も同じ様なものよ」

「言えば良い。但し要点だけ、簡潔に」

「……貴方は自分の意思で、地球に戻ってきた。FAFとの契約も終了し、好き好んで戦場に戻る必要はない。此方での名誉も、政府の後ろ盾を得て回復する事が出来る。将来だって、貴方の能力と実績ならば安泰の筈だわ。でも、私達はFAFを退役した人間の殆どが、再びフェアリィへと戻っているという事実を知ってしまった。もしかしたら貴方もそうなのではないかと、私達は疑っているの」

「ヒッキー、特殊戦に所属してるんだってね。前に地球に戻ってきた特殊戦の隊員も、その日の内にFAFに戻っちゃったって」

「……ああ、そいつの事は知っている。だが、それに何の問題がある」

「何の問題、ですって? 知人が戦場に舞い戻ろうとしているのに、それを止めようとする事に特別な意味が必要なのかしら」

「必要だろ。そいつ自身が望んでの事なら要らぬ御節介だし、そもそも其処に理由があるとは考えないのか」

「何の理由が? そもそもジャムという敵がなぜ地球に攻め寄せてきたのか、今どんな戦略を以って何を仕掛けてきているのか、私達は何も知らない。幾ら調べても、それを知る事の出来る手段すら無かった。単に軍機というより、何らかの意図を以って情報が規制されていると考える方が自然だわ。でも、別の可能性もある」

「なんだ」

「そもそもジャムなどという敵は存在しない可能性よ」

「……」

「貴方は私達の存在を確認する為に此処に来た。では、何故その必要性が生じたのか。可能性は幾つか思い付いたのだけれど、有力な候補はこれよ」

「……」

「貴方はジャムの実存性に『疑念』を抱いている。ジャムが本当に存在する敵なのかどうか、確信が持てなくなっているのではなくて?」

「……ヒッキー、そうなの?」

「お兄ちゃん……」






【今、何と言った】





八幡激おこ
今日は此処まで



※FAFの人間に『ジャムなんか居ねーよ』というのは、相手によっては自分の命を危険に曝す事になるのでご注意

お待たせしました
続きを投下します


「え……」

【何と言ったと訊いている】

「……比企谷くん?」

「お兄ちゃん、何を……」



【……クソッタレが、これだから『地球人』は―――】


「―――何でもない。下らない事だ」

「……流石に今の一言は私でも聞き取れたよ。ちょっと発音は早すぎるけれど」

「……私の発言はお気に召さなかった様ね。それとも図星だったのかしら」

「雪乃さん、ちょっと……!」

「実際にジャムと命懸けで戦っている貴方からすれば、安全な地球でのうのうと暮らしている私達がその敵の存在を一方的に否定する様は、怒りを覚えるものでしょうね」

「……」

「自らの信じているもの、信じたいと一途に想っているものを一方的に否定されるのは、誰だって腹立たしいものよ」

「ゆきのん……」

「私の言いたい事、解っているのでしょう? 貴方が『本物』の比企谷くんであるならば、だけれど」

「……京都の件か」

「それも1つよ」

「……退学」

「ええ、それもあるわね」

「……黙って消えた事か」

「退学と一緒よ。あら、ちょっと『本物』らしくなってきたかしら。その、自分の事となると途端にはぐらかして逃げに入るところとか」

「そういうお前はどうなんだ、自分が『本物』であると証明できるというのか。その毒舌ぶりは確かに雪ノ下らしいが、それだけで『本物』であると断定はできない」


「なら、どんな言葉がお望みかしら。私に自分というものが無い事で悩んでいた時期はあったけれど、それは他ならぬ貴方が解決してくれたわ。そして生憎だけれど、自分自身の存在が『本物』か『偽物』か、などと悩んだ事は無いの」

「偽物が『自分は偽物だ』と認識しているとは限らない。知らぬ間に入れ替わり、それを為した者を利する行為を自覚せずに行っている事も考えられる」

「まるで実例を知ってるみたいな口振りね」

「……」

「まただんまり? まあ、それは置いておくとして。貴方、私達の存在を確認すると言ったわね。今の会話からして、私達の存在そのものが偽りである、との可能性を考慮していたという事かしら」

「どういう事です?」

「……それって、総武高の……奉仕部の思い出が偽物かもしれないって、疑ってたって事?」

「どうなのかしら、比企谷くん?」

「……」

「うそ……まさか……」

「そう、そうなのね」

「そんなの……あんまりだよ、お兄ちゃん……!」

「ヒッキー……どうして?」

「……自分達で言っていた事だろう、学習装置を通じての洗脳も有り得ると。総武高の、あの部室での記憶がそれによって植え付けられた作り物でないと、何故言い切れる?」

「決まっているわ。私達が此処に存在して、その記憶を共有しているからよ。尤も、それを無条件で貴方に確信させる術を、私達は持っていないわ」

「なら、疑いは晴れないな」

「疑いたいならばご自由に。ただ、肝心な事を忘れてはいないかしら」

「何だ」

「貴方が私達を疑う様に、私達もまた貴方を疑う事ができるのよ」


「雪乃……!?」

「雪乃さん、何を!?」

「……まあ、そうだ。俺が『本物』の比企谷 八幡ではない可能性も、十分に考え得る」

「ええ。今まさに、その疑念が色濃くなってきているわ」

「だが、その根拠は何だ。お前は言ったな。他者が『本物』であると信じているものを否定すれば、其処には反発が生じると。確かに俺は、ジャムの存在を否定され、お前たちに対して少なからず敵意を覚えた。だが、お前達が俺から『偽物』ではないかと疑われた事に対して、敵意を覚える理由は何だ」

「何だ、って……お兄ちゃん……それ、本気で言ってるの……!?」

「……落ち着いて、小町ちゃん」

「でも、結衣さん! こんなの……こんな事言われて、幾らお兄ちゃんとはいえ……いいえ、お兄ちゃんだからこそ……!」

「悔しいよ」

「っ……!」

「悔しいし、悲しいよ。怒ってもいるし……正直、失望もしてる。でも、でもね、小町ちゃん。小町ちゃんだって、知ってるでしょ?」

「……」

「ヒッキーがそういう言動をする時って、絶対に理由があるって事」

「あ……」

「そんな事も理解しようとせずに、ヒッキーを傷付けたのは他ならぬ私達だからね。悔しくても、悲しくても、衝動的に判断する事なんて、もう絶対にしない。6年前、私と雪乃が誓った事だよ」


「……そういう事。貴方のやり口は、とっくに割れているのよ」

「……」

「またそれ? 一体何時まで誤魔化し続けるつもり? そもそも、私達が貴方の発言に対して覚えた感情が敵意などでない事は、貴方自身がよく理解している筈よ。それでもまだはぐらかし続ける様なら、此方も貴方が本当に理解していないと判断して、単なる比企谷 八幡の『偽物』と見なさざるを得ないわ」

「好きにすれば良い」

「あら、良いの? この事を日本軍の方に告げれば、貴方はどうなるかしら。一主権国家の国民を騙り、その安全保障機関の人間を欺こうとまでした人間が、すんなりとフェアリィに戻れるとでも?」

「脅しのつもりか」

「脅しなんかじゃないわ、警告よ……でも、そうね。貴方の言う通りだわ。貴方が『本物』であると証明する事が困難な様に、私達が『本物』であると証明する事も、また困難だわ。だって、私達が求めている『本物』の比企谷くんは、決して自身から『本物』である事を主張したりはしないもの」

「……そうだね、ヒッキーはそういう人だった。隠された意図を私達が読み取って『本物』の言葉で返さなきゃ、また修学旅行や生徒会選挙の時みたいになっちゃう」

「ええ。だから、覚悟を決めなければ。私も、結衣も……」

「……うん」

「雪乃さん……?」

「……貴方の『目的』についてはまだ不明瞭な所が多いけれど、それを訊くには、先ず私達の『目的』を明確に……建前も逃げる余地もなく、本心から伝えなければならないでしょう?」

「雪乃……」

「……良いんですか」

「比企谷くんが軍人となった様に、私達も、もう十代の少女じゃない。自分の本心さえ誤魔化して意地ばかり張り続ける歳は、疾うに過ぎたつもりよ」

「……そうだね……うん、そうだよね」

「それで、比企谷くん……私の……私達の依頼、聞いてもらえるかしら」






『私の依頼、聞いてもらえるかしら』






「……好きにしろ」

「……ありがとう」

「じゃあ、言うね……ちゃんと聞いててね、ヒッキー」





「貴方と、一緒に居たい。お互いが、お互いにとっての『本物』。そんな確かな繋がりが欲しい」

「6年前に途絶えた『依頼』の答えを、また3人で探していきたい。誰であろうと、今度こそは絶対に邪魔させないし、奪わせない。ヒッキー1人に背負わせて、一方的に守られるだけの関係じゃ嫌だ」

「だから、比企谷くん。今度こそ、私達の『友達』に……いいえ」





「私達の『本物』に―――」






「無理だ」






「え……」

「それは無理な願いというものだ。雪ノ下さん、由比ヶ浜さん。彼が、比企谷 八幡が求められている役職は、そう生易しい環境じゃない」

「……貴方、誰なの……何時から部屋に?」

「何時まで経っても合図が無かったもので。失礼ながら、勝手に入室させて頂いた」

「……日本軍の者か」

「そうだ。ただ『前任者』と同じ所属ではないが」

「梶田さんは? 彼は何処に……」

「彼は来ない、今は休んでいる」

「な……まさか!」

「……始末した、という訳じゃなさそうだが……別部署の人間か」

「ご明察。少なくとも開発部の人間ではないな」

「……陸軍?」

「正解だ。昔とは見違える程の察しの良さだな、由比ヶ浜さん。あんたは場の空気を読む事には長けていたが、物事の核心は悉く見落とす人間だと思っていた」

「……貴方、誰? 何で昔の私を知っているの?」


「親友の助けがあったとはいえ、あんたの努力は大したものだ。雪ノ下建設に於ける、今のあんたの地位も頷ける。雪ノ下家の厚意で在学中から会社運営に関与する機会を設けられていたとはいえ、入社初年度にして事実上の社長及び次期企画部部長の私設秘書だからな」

「っ……結衣の質問に答えなさい。何故、彼女の過去を知っているの。軍とはいえ、個人の過去を其処まで調べる理由は何なの」

「で、その次期企画部部長だ。同じく在学中から家業に携わり、由比ヶ浜さんと共に其処で築いたコネを使って、あの恥知らず共を追い込む様は流石の手腕だった。2年と掛からずに3つの競合他社を規模縮小に追い込んだ功績からすれば、今の役職でもまだ不足かもしれないな」

「……派手にやってるじゃないか。流石だな、雪ノ下? まさか由比ヶ浜も一枚噛んでいるとは思わなかった」

「ッ……!」

「恐ろしきは女の執念、という奴だ。いや、この場合は怨念か。対象を周辺諸共潰すやり方は、余計な流血を伴うが確実ではある」

「黙りなさい……!」

「川崎 小町、旧姓比企谷。総武高校在学中に川崎 大志と交際を開始し、大学2年の6月に急かされる様にして籍を入れている。結婚を急いだ事と川崎姓となった理由は、両親と事情を知る知人達の勧めから。川崎家との関係は良好、特に兄の事を良く知る義姉の川崎 沙希と義妹の川崎 京華とは、夫に次いで日頃から良く行動を共にしている。その夫は、元々は医療関係の研究職を志していたが、突如として方針を転換。セル型磁気収束場連結理論による極低温環境維持の研究で頭角を現し、大学院在籍中にも防衛省技術研究本部から声が掛かる見通し。彼が国防に関わる道を選んだ理由は、妻の為に少しでもFAFの情報を得られるだろう環境に身を置く為。まあ、彼自身も義兄を尊敬している様だが。良い伴侶を得たものだ」

「貴方は……どうして、そんな事まで!?」

「3人とも素晴らしい経歴と、高い社会的地位をお持ちだ。後発ながら巨大ゼネコンとして成長しつつある雪ノ下建設、その中でも将来に於ける上級管理職と目される雪ノ下さんと、公私ともにその補佐を行う由比ヶ浜さん。自身も国内有数の大学に通いながら、将来は国防先端技術開発の最前線に立つ事となる伴侶を得た川崎さん。いずれにせよ世間一般、大多数の人間からすれば住む世界が違うとも言える立場だ。生半可な社会的地位では、並び立つ事さえできないだろう」

「……だから、何です? 何が言いたいの」

「ある人物の隣に立ちたい、共に歩みたいと考えるのならば、相応の立場というものは必要になる。その人物が社会的に重要な役職にあるともなれば尚更だ」


「……如何にも昔の比企谷くんが口にしそうな言葉ね。だから貴方は『無理』だと言ったのかしら……今更、そんな言葉に惑わされるとでも?」

「比企谷 八幡の名誉は回復される。その為に国が力を貸すと約束したのは、陸と海の違いがあるとはいえ、同じ軍でしょう。今更、約束を反故にしようとでも? なら、私達がすべき事は単純です。地球に戻るか否か、ヒッキーに選択して貰います」

「な……結衣さん、何を!?」

「小町ちゃん。汚名が晴らされないのなら、戻ってきたってヒッキーにとってのメリットは無いよ。ならFAFに軍人として属していた方が、まだ幸せじゃないかな?」

「そんな……死んじゃうかもしれないんですよ!?」

「そうだね。でも、それはヒッキーが自ら望んでフェアリィに戻った結果でしょ? 無理にこっちに引き戻されて、謂われの無い悪意に曝され続けて潰されるよりは、ずっと良いじゃない」

「でも、それじゃ! 結衣さんと雪乃さんの気持ちは……!」

「それは物事の順序が違うわ、小町さん。私達の目的は比企谷くんと共に在る事だけれど、その為にも彼に付き纏う汚名を晴らす事が先決よ。私達が軍の提案を呑んだのは、私達だけではそれを為すだけの力が無かったから。だからこそ、彼を利用するという目的を知りながらも、私と結衣、そして貴女も軍が差し伸べた手を取った。でも、其処での言葉が偽りだったというのならば、彼等の目的を叶える必要は無いわ」

「ヒッキーと一緒に居られないのは悲しいし、辛いよ。でも、一緒に居て欲しいなんて私達の我が儘を叶える為に、ヒッキー自身の人生を犠牲になんてして欲しくない。そんな事をするぐらいなら、ヒッキーが望むままに生き方を決めて欲しい」

「結衣さん……」

「……」

「その、なんだ。盛り上がっているところ悪いが、私が言ったのはそういう意味じゃない」

「え……」

「話を続けるが、つまりこういう事だ。あんた達の社会的地位は高く、並大抵の人間では並び立つ事はできない。それが肉親であってもだ。好む好まざるとに関わらず、あんた達の居る所はそういう場所だ」

「だから、そんな事で……」

「だが、それだけだ」

「……何ですって?」

「私が言いたいのは、こういう事だ」






「その程度で彼の―――比企谷 八幡『大佐』の傍に立てるとでも?」





今日はここまで
いきなり割り込んできたのは誰か、彼の発言の意味は何か
そこら辺は次回で
大方予想は着くかもしれませんが



で、次回シドニー編クライマックス(の予定)

忙しくて殆ど書けてませんが、ちょいと投下


「どうも、フォス大尉」

「緊急よ、これをフェアリィのブッカー少佐に届けて欲しいの。決して封を破らずに、そして絶対に電子的処理プロセスを通しては駄目」

「内容を窺っても?」

「何処に耳が在るか分かったものではない。これを読んで、声に出さずに。そして理解したなら、すぐに燃やして頂戴」

「……これは、本当に?」

「可能性の話よ。ただ、それが真実である確率は恐ろしく高いわ」

「……成る程、これはワーカムでは書けない。手書きで認める必要がある」

「少佐のオフィスには何時頃に?」

「明日の8:00には、必ず。次のシャトルは4時間後ですが、問題ない」

「そう……比企谷大尉の確保は可能かしら。情報軍はどの程度の戦力を配置しているの」

「前回の事も有り、派手な事はできない。最小限の人員を配置してはいますが、今回はそれが裏目に出た」

「日本軍に上を行かれたと」

「想定外の事態です。日本海軍が接触を図っていた事は察知済みでしたが、これを排除して日本の情報軍が割り込んできた」

「日本の?」

「正確なところまでは不明ですが、首都圏情報防衛軍団と思われます。電子戦のプロフェッショナルだ。それが独自に、海軍を排除してまで比企谷大尉と接触している」


「……彼等は、大尉の価値を正確に理解しているのね」

「大尉の部屋は武装した日本情報軍部隊に包囲されている。大尉を隔離する為ではなく、外部からの干渉を排除する構えだ。恐らく、此方の動向も掴まれている」

「腕利きね。オージーの軍に動きは?」

「別のホテルに誘導されています。我々の情報操作に気付いた日本側が、便乗する形で陽動を行っている。各国ともシドニー郊外のホテルに誘き寄せられています」

「相手は相当のやり手って事か。不味いわね、これでは彼等を引き離せない」

「接触状態が続けば、或いは」

「取り返しの付かない事になるかもしれない……いえ、それはそれで情報を集める事はできる。ただ、何処まで影響が及ぶか予測が付かない」

「手荒な方法は使えない、日本側は本格的な衝突も辞さない構えだ。重武装の別動隊も居る筈です」

「……幾ら比企谷大尉が重要人物とはいえ、其処までの強硬手段に出た理由は何かしら。それも情報軍が独自に、同国の海軍を排除してまで」

「不明です。ただ、指揮官らしき人物が妙に若い男であるところが気になる。比企谷大尉と同年代でしょう」


「若い男……何者なの?」

「調査中ですが、全く情報が集まらない。仕掛けた盗聴器も全て無力化されている上、ジャマーまで持ち込んでいるのか指向性マイクも使えない。遠巻きに監視するのが精一杯です」

「FAFなら兎も角……地球の軍隊で在り得る事なの? 20代半ばで情報軍部隊の指揮なんて……」

「突出した才能を有するならば在り得るでしょうが……何か、もう一押しとなる理由が必要だ。例えば、そう……接触対象の関係者である、とか」

「比企谷大尉の……つまり、高校時代までの関係者?」

「断定はできませんが、その可能性は高いかと」

「尚更不味いわ。場合によっては、その指揮官も……」

「急ぎましょう、大尉。手紙は部下に届けさせますが、貴女は?」

「私は明日のシャトルで戻るわ。できる事なら今すぐにでもフェアリィに戻りたいけれど、まだ調べる事がある」

「了解しました……大尉」

「何かしら」

「……彼等は『敵』になり得るのでしょうか?」



「今は何とも言えない……大尉も彼女達も、まだ『ボギー』よ。今のところはね」



終了
続きは来週

また間が空いてしまい申し訳ありません
シドニー編、続きを投下します。




『その程度で彼の―――比企谷 八幡『大佐』の傍に立てるとでも?』



「……どういう、意味かしら」

「私達には、ヒッキーの隣に立つ資格が無い、とでも?」

「まあ、由比ヶ浜さんの言葉通りだ。あんた等では不釣り合いなんだよ」

「それじゃ、さっき言っていた事と……!」

「だから『その程度』と言っただろう。我が国に帰属してくれるのならば、我々は彼に『大佐』の階級を用意する」

「『大佐』って……」

「……幾ら私達が素人でも、それが異常だという事は解るわ。外部から招き入れた人物、しかも大尉という階級であった人間が、いきなり三階級特進とはね」

「彼にはそれだけの価値が在るという事だ。冷静に考えてみろ。彼が日本に戻る事で、どれ程の国益が齎される事か」

「国益……軍事技術?」

「内容を知っているか」

「知る訳がないでしょう。あの梶田という男も、其処までは語らなかったわ」

「FAFと地球の技術格差については」

「……航空機の性能という面では、一世代から二世代の格差が在ると」

「大まかな推測では単純な航空機の性能で100年から120年、対空・対宙兵器の分野で70年、対地兵器で50年、先端素材分野で90年、人工知能等コンピュータ関連技術で130年から……」

「……もう結構よ。隔絶している、という事は解った」


「さて、此方の比企谷大尉だが。彼はFAFで無人戦闘機群統括管制システムである『フリップナイト・システム』を始めとして、新型戦術戦闘機『FA-2』コードネーム『ファーンⅡ』の開発に係わり、更にそのテストパイロットまで務めている。地球側を遥かに超越した技術で以って建造された戦闘機のだ。加えて大尉、あんたはFAFが秘匿する各種軍事技術情報に触れ、そのコア技術の知識を得ている筈だ。現状、地球上でFAFの技術を完全に模倣できる国家など存在しないだろうが、我が国の科学・工業技術で以ってすれば近似、或いは類似する新たな独自技術の開発は可能と思われる。例えば、そう……『空間受動レーダー』とか」

「空間……何?」

「……『凍った目(フローズン・アイ)』か」

「そうだ。世界各国が存在と概要を知りつつも、再現に成功した組織は1つたりとも存在しない。FAFだけが独占し、運用する『魔法のレーダーシステム』だ」

「それは……?」

「完璧なステルス性能を備えた形状と素材、及び電波吸収塗装。たとえそれらを実現、実装して、更に各種電子的攪乱システムを併用したとしても、全く関係なく対象を捕捉できる完璧なレーダーシステム。航空機だろうがミサイルだろうが、再突入してきた弾道弾だろうが『大気を押し退けて進む物』である限り絶対に逃れる事など叶わない、正に未来のレーダーだ」

「……そんな超技術の情報を、比企谷くんが?」

「全てではないだろう。だが、重要機密に指定されている部分について、多くを知り得ている筈だ。実際にそれの運用状況をモニタリングし、更には運用する側でもあったのだから」

「買い被りだな。システムの全体像を把握するなど、一個人には不可能な芸当だ」

「そうだろうとも。だがあんたは、それらの技術開発を主導し、更に記録しているシステムの一端に関与していた筈だ」

「俺がFAFの人工知能群を開発した訳じゃない」

「そんな詭弁が通用するとでも? FAFシステム軍団といえば、現時点で人類が保有する技術の集約点であり、紛れもない最高峰だ。あんたは何らかの特性を見込まれ、パイロットとしての極めて高い適性すら無視して其処に配属されていた。そんな人間が我々にとっては垂涎の的となる情報、その片鱗すら知り得ていないなど、子供ですら信じないよ」


「話が逸れてきてるよ。私達ではヒッキーに不釣り合いって、どういう事なの」

「考えてもみろ。片や巨大ゼネコンの経営層に近い位置とはいえ、単なる一般人。片や我が国の未来の国防に多大な影響を与え得る大量の有益な情報と、パイロットとして得難い才能と経験を有する叩き上げにしてトップエリートの軍人。加えて独自に一から航空戦闘団を組織し運用、多大な戦果を挙げた実績と能力まで兼ね備えている。国家規模で見た際に、より重要視されるのはどちらだと思う」

「っ……そう。それが、貴方達の本音なのね」

「どういう……事なんですか? 雪乃さん……」

「小町ちゃん、つまりこの人は……ううん、軍は、国はこう言いたいんだよ。私達は居ようが居まいが困らないけれど、ヒッキーは違う。私達は幾らでも替えが効くけれど、比企谷 八幡はそうではない、って」

「なに、それ……!?」

「まあ、正解だ。より正確に言うと、あんた方は国にとって比較的『どうでも良い』という程度の存在なんだ。日本国民である以上、国としてあんた方を守る義務は在る。しかし、建前……あんた方の言う『欺瞞』を取っ払って言うならば、あんた等の価値など比企谷大尉のそれと比較すれば、塵芥に等しいって訳だ」

「……国防を担う者の台詞じゃないな。国民を守るのが軍の使命だろ?」

「国益を守るのが、だ。圧倒的多数の国民に還元される利益の為ならば、少数に対するある程度の犠牲は許容される。社会に属している者ならば、誰もが知っている真理だろう。口に出す事を忌避しているだけだ」

「それとこれと何の関係が……」

「其処の2人がその犠牲だ。言っただろう、高い社会的地位を持つ人物と並び立つ者には、同じく相応の社会的地位が求められると」

「……だからこそ、私達では『不釣り合い』という訳ね」

「そうだ」


「っ……雪乃さんと、結衣さんが……不釣り合い? そんな言葉で納得しろと?」

「するもしないもあんた方の自由だが、紛れもない事実だ。国としても、そして軍独自としても、あんた方が比企谷『大佐』の傍に立つ事は許容できない。彼の身柄の重要性は、あんた方の比ではない」

「前時代的な発想だわ。価値が違うからといって、引き離す必要性があるのかしら」

「勿論、実務的な理由が在る。あんた方が彼の傍に居ても、我々には何らメリットが無い。それどころかデメリットだらけだ」

「デメリット……」

「あんた等は彼の『弱み』になる。離れているならば未だしも、傍に居られるとあんた方まで守らなければならない。唯でさえ他国から狙われ易いんだ、負担が増す様な事は極力避けたいんだよ」

「その口振りだと、他にも理由が在りそうね」

「あんた方の口から情報が洩れるリスクが在る。何が価値ある情報かなど、あんた等には判断が付かないだろう」

「ヒッキーが話さなければ良いんじゃ……」

「おい、俺だって機械じゃないんだ。たとえ常に気を配っていたとしても、何らかの拍子に情報が洩れる事は十分に在り得るぞ。他国にとってどんな情報が宝となるか、解ったものじゃないんだからな」

「その通りだ。日常的な会話の中にさえ、我々にとっては黄金より貴重な情報が潜んでいる。独占せねばならない情報の山を、幾ら気を付けようとも少しずつ垂れ流しながら闊歩する、我が国にとって至宝ではあるが同時に厄介極まりない存在。それが彼だ」

「漏洩個所は少なければ少ないほど良い。そして私達は、最大にして最悪の漏洩元となりかねない……」

「……結衣の言う通りでしょうね。防諜という観点から見て、私達は極めて脆弱な……詰まるところ、国にとっての急所となる。盗聴か、脅迫か、或いは拉致か。いずれにせよ、国家にとっては看過できない危険要因になるという訳ね」


「そんなのって……」

「概ね正解だ。理解が早くて助かるよ……成る程、敵対者の情報を収集し、それを元に揺さ振りを掛けて内部から瓦解させてきただけの事はある。あんたといい由比ヶ浜さんといい、情報の持つ力は良く知っている様だな」

「……高校の時の経験からだよ。私達はそれを、少しばかり応用しただけ」

「元は向こうが用いた手段だもの。彼等が自分達の用いたそのままの手段で、碌に抵抗もできずに破滅してゆく様は実に滑稽だったわ……それで気が晴れたかと言われれば、そんな事は全くなかったけれど」

「虚しい事だな」

「……今思えば、私達の復讐の過程は不可解な事だらけだった。幾ら雪乃の洞察力が優れているといっても、あんな神懸かり的なタイミングで、あいつ等の脱税や粉飾決算が明るみに出る訳がない。誰かが、裏で私達をサポートしてた」

「おかしいわよね。私達を裏切って他社に寝返ろうとした企画部の社員は、持ち出した情報を何処に流すでもなく蒸発してしまった。奴等の元に持ち込めば、少なくとも億は下らない報酬に化けたでしょうに」

「暫くして行方不明者として捜索願が出されたけど、それもすぐに取り下げられた。おまけにその人の御両親まで行方が掴めなくなってる……」

「悲しい事だ。そういった事態を防ぐ為の国民番号なんだが、未だに年間千数百人が行方不明になっている。残念だが、珍しい事でもない」

「厚顔も此処までくると戦車並ね……貴方の仕業なんでしょう?」

「さあ?」

「……何故、あんな話をしたの。私達が、比企谷くんの隣に立てないだなんて。それこそ、そんな事実は黙ったまま話を進めるべきではなかったかしら」

「確かに、海の連中はそうしていた。だが、それは比企谷大尉が、そしてあんた達が何よりも嫌う『欺瞞』そのものだろう。仕事柄あまり大きな声では言えないが、本来は私も『欺瞞』が嫌いでね」

「諜報員がぬけぬけと……結局、貴方は何者なの? 私達の過去を知っている上に、軍に属しながら私達の個人的な復讐を裏から手助けし、時には敵対者を排除までしている。そんな事を考えるのは、それこそ高校時代に比企谷くんと何らかの係わりが在った人間しか居ないと思うのだけれど」


「思い当たる節が在るなら、そういう事じゃないか? 比企谷大尉、あんたはどうだ」

「諜報員向きの人間なんて、総武に居たか」

「……ヒッキー、雪乃も……ほんとに解らないの?」

「何だって?」

「結衣、貴女……彼を知っているの?」

「気付いたのは、ついさっきだけれどね。居るじゃない、ヒッキーと親しく……とまではいかなくても、理解してくれてたんだろう人が」

「……誰ですか?」

「小町ちゃんは……あまり接点は無かったかな。あの時だって、ヒッキーを救おうとする皆から何時の間にか離れて、そのまま音沙汰も無くなっちゃったし」

「……まさか」

「あの頃から、こんな展開になる事を予見してたのかな。ねえ……『中二』?」

「……中二さん!?」

「うそ……」

「……気付かない訳だ。変わり過ぎだぞ、お前」

「中々に失礼な反応をどうも……ああ、変わり様は自覚してるよ。だが、こうまで気付かれないと悪戯心だって湧くものだろう」

「失礼だって事は重々承知してるが……お前、本当に……?」





「日本情報軍、首都圏情報防衛軍団所属、材木座 義輝。階級は少尉……久し振りだな、八幡」


以上です。
近日中にシドニー編最終話を投下したいと思います。

以下、用語解説となります。
今回は別の神林氏作品からの引用となります。


【日本情報軍】
日本が保有する軍の一つ。
平時に於いては情報の収集・探査、通信の確保を行い、戦時には情報の攪乱、通信波の妨害、暗号の解析などを主任務とする。
更には平時から暗殺などの超法規的活動も行っており、国家の陰そのものといっても過言ではない。
『情報・通信のプロフェッショナル集団』であり、首都圏情報防衛軍団などの部隊が存在する他、教育機関として情報防衛大が設置されている。
情報探査・伝達手段の研究開発も行う技術部門も存在している。


【首都圏情報防衛軍団】
日本情報軍に属する部隊の1つで、電子戦に於ける最精鋭。
戦時には敵勢力に対する情報攪乱、ネットワークに割り込んでの偽情報発信、味方通信網の確保などを行う。
当然、海軍や陸軍とは別にFAF退役軍人に対する追跡も行っており、比企谷 八幡の持つ価値に気付いた事から身柄の確保に移る。
その作戦指揮官には、若輩ながら既に多大な『戦果』を挙げている、とある少尉が抜擢された。




神林 長平氏
『死して咲く花、実のある夢』より

済みません、仕事が忙しくPCにすらまともに向き合えません
もうちょっとお待ちを

大変長らくお待たせ致しました。
まだ待ってくれている方が居られるかわかりませんが、シドニー編最終話を投下します。

やべ、鳥忘れた

あれー?

どういうこっちゃ

これか

えぇ……

どういうこっちゃ

違うの?

これでもダメか!

すんません、どういう訳か鳥が一致しません。
以降はこれで行きますが、一応>>190からの続きとなります。

あ、これか?


『【野次馬】依然動き無し』

『了解、現状を維持せよ』

『【仕掛人】は接触中。【賊】が部屋を出る様子は無い』

『外部からの干渉は全て遮断しろ。全ては仕掛人に委ねてある』

『了解』



「情報軍って……あの?」

「……驚いたわ、材木座くん。貴方が諜報組織に所属していたなんて」

「流石に情報軍の存在だけは知っているか」

「誰でも知ってるわ、良くも悪くも。内情は全く解らない、けれど確かに存在する。メディアでさえ、何故か殆ど取り上げないけれど」

「だいぶ前からいろんな紛争の裏で暗躍していた、なんて言われてるよね」

「諜報組織なんだ、謀略の100や200は当たり前だろう……それで材木座、ライトノベル作家の夢はどうしたんだ」

「捨てたよ。特に未練も無かった」

「何故だ」

「お前が……いや、お前達を嵌めた連中が教えてくれた事だ。情報を制する者が全てを制する。ごく単純な事実だが、それを現実のものとして認めるのは案外難しい。だが奴等は、それを間近で実践してみせたんだ」

「彼等から学んだという訳? 自分も情報を制する側に……誰かを貶める側になりたいと?」

「というより、連中を思うが儘に『料理』できるだけの力が欲しいと思っただけだ。踏み躙られる側にはなりたくない、心からそう思ったよ」

「それで本当に……あいつ等を破滅させたんだね」

「裏であんた方の手伝いをしただけだ。正直なところ、あんた等の報復があそこまで徹底しているとは思いもしなかった。此方が主体となる必要もなく、次々に連中を破滅に追い込んでいたからな」

「嘘ではないけれど、真実でもないわね。激しい抵抗があって然るべきだったのに、彼等に目立つ動きは殆ど無かった。貴方が裏から手を打っていたんでしょう? そうでなければ、こうも順調に復讐が進む事はなかった」

「まあ良いじゃないか。俺は経験を積めたし、アンタ等は今や復讐を完遂しつつある。双方良い事尽くめだ」

「その為に捨てた貴方の夢はどうなるの? 作家になる夢は……」

「それこそあんた等が言えた台詞じゃないだろう。この6年間を復讐に捧げたあんた等には」


「……」

「おい、話が逸れてきているぞ。それで、情報軍は俺をどうしたいんだ」

「基本的には海の連中と同じだ。我々と共に帰国し、国防技術の発展に尽くして貰いたい。無論、相応の見返りは保証しよう」

「海との違いは?」

「真実を話している事だ。お前は国防の要となるに伴い、以前の人間関係を捨て去らざるを得なくなる。FAFでのそれは勿論、総武を去るまでに築いた関係をもだ」

「つまり?」

「『奉仕部』は二度と元には戻らない。あの時お前達が求めていた『本物』は、永遠に手の届かない所へと去ってしまう」

「っ……!」

「雪乃……」

「……大丈夫」

「……家族はどうなる」

「制限はされるが、会う事はできる。だが、お前がそれを望むのか」

「……いいや」

「お兄ちゃん!?」

「だと思ったよ。昔の汚名にせよFAFの技術を狙う者にせよ、身近な者に火の粉が降りかかる事を良しとするお前じゃない」

「そんなの……嫌だよ、お兄ちゃん! そんな事……!」

「……なら、私達に関しては既に結論が出てるって事? このまま別れてFAFに戻るか」

「或いは帰国した後、二度と接触できなくなるか、だな」

「嫌だよ……嫌ぁ……」

「……ヒッキーは、どうしたいの?」

「……」

「……比企谷くん。ひとつ、訊いても良いかしら」

「何だ」

「結局、貴方が戻ってきた目的は何なの?」

「……」

「貴方はさっき、私達の存在を確認する事が目的と言っていた。でも、それは目的ではなく手段でしょう? 私達の存在を確かめる事で、何を成そうとしていたの」

「……ああ、それについては我々も興味があるな。お前が帰還するという情報は、漏洩を装って意図的に流されていた様に感じる。他ならぬFAF自身の手によってな」


「え……?」

「材木座くん……?」

「FAFはこの状況を作り出す事が目的だった、違うか? いや、正確には『奉仕部』の2人とお前が再開する、その状況をだ」

「何それ……それって、どういう事?」

「さあ……だが、大部分の情報が渡る先は我が国に限る様、指向性を持って流されている。何らかの特別な意図がある事は明らかだ」

「比企谷くん、本当なの?」

「……だろうな」

「どうして? どうしてFAFが、お兄ちゃん達の再会を望むの? 何の意図があってそんな……」

「……ねえ、ヒッキー。そもそもヒッキーは、何で地球に戻ろうと思ったの? 私達に会おうと思った、その切っ掛けはなに?」

「そうね、先ずは其処を聞かせて欲しいわ。FAFと祖国のどちらを選ぶにせよ、できれば私達も納得した上でその選択を受け入れたい。でも、その為には貴方の目的をより正確に把握する必要があるわ」

「知ってどうにかなる問題か?」

「……本当は、悔しいから認めたくないけれど……ヒッキーにはもう、私達と一緒に探そうとしていたものとは別の『本物』があったんじゃないの? それがどんなものであれ、FAFで見付けた『本物』が」

「その『本物』が『本物』である事を確約する条件に、私達の存在が係わっていた。フェアリィで何があったのかは解らないけれど、私達が本当に存在するという確証が揺らいだのではなくて? だからこそ、貴方は私達に直接会う為に地球へと戻ってきた。違うかしら?」

「……そうだ」

「一体、何があったの」

「……俺がフェアリィで目にしてきた事、その全てがジャムによって造られたまやかしか、或いはFAFによる洗脳の産物か。そう疑わざるを得ない出来事があった。そしてそれは、別の可能性が存在する事も示唆していた」

「……私達との記憶が『偽物』である可能性」

「そうだ」

「それを確かめる為に、貴方は……」

「……ねえ、ヒッキー」

「何だ」

「それってさ……それってつまり、不安だったって事? 私達との思い出が『偽物』だったんじゃないかって……不安になる程、想ってくれてたって事?」


「あ……」

「……」

「沈黙は肯定と同じだよ、ヒッキー」

「性格悪くなってないか、由比ヶ浜?」

「中二が言ってたでしょ。この6年、色々あったって。それとも、この由比ヶ浜 結衣は『偽物』だって判断する?」

「……本物だろうな、恐らく」

「あら、私は?」

「小町はどうなの?」

「本物なんだろうな、多分」

「……其処は、断言して欲しかったかな」

「予想通りにはいかないもんだ。もう少し客観的に判断できるかと思っていたんだが、想像以上に感性的な部分が邪魔をする。お前たちが『本物』だと、理性ではなく感情が訴えてきやがる」

「ふうん……ちょっと、ううん、かなり嬉しいかな。ヒッキーの理性を打ち崩してまで、心が私達を『本物』って認めてくれてるんだから」

「だとしてもだ。それが……」

「外部の第三者からの干渉による結果でないとは言い切れない、でしょう? 私達を『本物』であると判断した自分の心でさえ、貴方は信用していない。いえ、恐らくはそうだと認めていながら、それが確信へと到る事を心の何処かで拒んでいる」

「……ああ」

「何で? どうして信じてくれないの?」

「……」

「お兄ちゃんがFAFでどんな体験をしてきたのか、私達は何にも知らない。でも、一体何があったら、目の前に居る私達を其処まで疑えるの? それが普通じゃないって事だけは、何も知らない私にだって解るよ」

「正直に言わせて貰えば……貴方のその反応は、精神的な疾患を有しているが故と言われても、幾らか納得できてしまう程よ。統合失調症、とでも言えば解るかしら」

「否認妄想、考想操作だな。そういった手合いには幾らか面識がある。どうだ、八幡?」

「第三者から見た俺は、正しくそうなんだろう。どうでも良い事だが」

「どうでも良い、ですって? 他者からどう見られようが知った事ではない、という考えには心から同意したいところだけれど、現実にはそうやって社会を生き抜く事が困難な事は、流石にもう理解しているでしょう」

「ああ、地球ではな」

「……そう、FAFでは違うというのね。貴方が積極的に他者と関わっているという事かしら? それとも対人環境そのものから地球とは異なるのかしら」

「後者だな。他者に対し無関心である事については、それでも問題なく機能する環境が『特殊戦』として整っている。だがそれは、自身に関わる人間に対し無警戒でいる事と同義ではない」

「そんなの、地球でも同じだよ」


「目の前に居る人間が『本物』かどうか、疑った事はあるか? 本人か否かという問題ではなく、本当に『人間』かどうか疑った事は?」

「どういう事……?」

「そのままの意味だ」

「……『偽物』自身がその事実を認識しているとは限らない、貴方さっきそう言ったわね。それはつまり洗脳や誘導の類ではなく、自分自身が『人間』でない事に気付いていない、人間になりきった『偽物』に出会った事があるとでもいうの?」

「は……?」

「……」

「お兄ちゃん……?」

「おい八幡。興味深い話だが、そいつはちょっとばかり……」

「妄想が過ぎる、だろ? まあ、どう受け取ろうが構わない。だが俺に……『俺達』にとっては現実上の死活問題だ」

「現実……俄には信じられないわ」

「愛機を整備している顔見知りが、本当に昨日と同じ人間なのか。出撃し、任務を終えて戻った基地が、本当に出撃前と同じそれなのか。まさに今、身を以って体感しているこの地球という世界が、本当に俺の知っている地球と同一のものなのか。此処でこうして面を突き合わせているお前達が、本当に俺の知っているお前達と同一人物なのか。こうして喋っている俺は、本当に『比企谷 八幡』という人間なのか。確信を持てる事なんざ、何ひとつとして存在しない。それがフェアリィに身を置く人間にとっての現実だ」

「……それを信じろと?」

「無理だろうな。俺だって、そんな事を聞かされれば正気を疑う」

「なら何で……ううん、それよりも。その『偽物』を造り出してるのって……『ジャム』なの?」

「そうだ。『俺達』の、FAFの敵だ」

「人間を複製してるって事か? いや、それ以前に今の口振りだと、基地だとか『地球』そのものまで複製できるかの様に聞こえるぞ」

「できるかどうかは解らん。だが、可能だとしても何ら不思議はない」

「お兄ちゃん、それは……幾ら何でも……」

「……まあ、事の真偽は置いておくとして。つまり比企谷くん、貴方はこう言いたいのね。私や結衣、小町さんに材木座くん。それらが『本物』ではなく、ジャムによって用意された『複製』なのではないか、と」

「そうだ」


「……狂ってる、正気じゃないよそんなの!」

「小町ちゃん!」

「どう思おうがそれはお前達の自由だ。だが、俺はこの身でその超常を体験し、生き延びた上で此処に居る。俺自身が『それ』を妄想と断じる事は絶対にない」

「そんなの解んないじゃん! FAFがお兄ちゃんに何をしたかなんて……!」

「其処までだ、川崎さん……おい、八幡。俺達はお前が話したフェアリィの実状に対して、真偽を判断し得るだけの情報も術も持ち合わせていない。この場の俺達だけでは、俺達のお前に対する疑いも、お前の俺達に……『地球』に対する疑いも晴らす事は不可能だ」

「ああ、そうだな」

「それ以前の問題よ。どちらの疑問に関しても、解消する方法があるとは思えないわ。結局は個人の意識の問題、各々の主観の内に閉ざされた『世界』の内部に燻る疑念だもの」

「……埒が開かないね」

「お兄ちゃん……」






「いや、方法はある」






「え……」

「あるぞ、双方の疑念に対する答えを得る方法。これ以外には思い付かん」

「ヒッキー……?」

「おい、どうするつもりだ。腕の良いカウンセラーでも雇えと? すぐ其処に専門の分析医が居るだろう」

「彼女は飽くまでFAFの人間だ。本人は中立である事を心掛けている様だが、思想や思考はどうしてもFAF、というよりも『特殊戦』寄りになってしまっている」

「ふうん……それを見抜けるという事は、貴方の異常ともいえる客観性は健在みたいね」

「……お前も姉に似てきてるな。行動に移す前に『本物』と信じちまいそうだ」

「此方としては、別にそれでも構わないのだけれど。いえ、寧ろ歓迎するわ」

「遠慮しておく」

「……それで、どうするの?」

「……なあ、材木座。お前の権限は何処まで融通が利くんだ?」

「この作戦中に於けるなら、まあ大抵の事は問題ない。よほど突拍子もない事じゃなければな」

「手紙を送らせてくれ。それと、行きたい場所がある。手配してくれないか。人数は……小町を除く、この場の全員だ」

「お兄ちゃん!? 何を……!」

「小町、お前は日本に戻れ。此処から先はお前が係わるべき案件じゃない。戻って、旦那と一緒に家族を護れ」

「そんな! そんなの嫌だよ! 私も……!」

「ウチの情報軍は優秀でな。色々と情報通なんだ……増えるんだろ、家族」

「っ……!」

「え、小町ちゃん!?」

「あ……」

「なら、お前が優先して注力すべきはこっちの問題じゃない。大志と一緒に、親父とお袋共々、その子を護ってやれ」

「……知ってたんだ……もしかして、材木座さんも?」

「……俺の口から言うべき事じゃないだろう。だが八幡、お前も大概デリカシーに欠けるな」

「『ジャム』相手には糞の役にも立たんからな。それで、どうだ?」

「行先によるな。何処だ?」






「『南極』ロス氷棚東端。ローズベルト島『あずさ基地』」

「……それって、まさか」

「『通路』!?」

「ああ」





「訊きに行こうじゃないか。『ジャム』に、直接」

以上です。
次回からは最終局面、南極編となります。
では。

クルクル\(・ω・*)/



(ω・* /)



(・*| )



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( |*・)



( \ *・ω)

ぐ!

\(*・ω・)/クルクル


now\(*・ω・*)/loading


クルクル\(・ω・*)/



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( \ *・ω)

ぐ!

\(*・ω・)/クルクル

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2016年05月19日 (木) 00:36:54   ID: y8xqABBi

全然雪風知らんが続いて欲しいな

2 :  SS好きの774さん   2016年05月25日 (水) 00:20:21   ID: 6v5mAKNS

雪風知らないけどめちゃくちゃ面白いぞこれ

3 :  SS好きの774さん   2016年05月25日 (水) 03:06:47   ID: IpWiDlXW

両方好きな俺大歓喜

4 :  SS好きの774さん   2016年05月29日 (日) 02:54:54   ID: raxh_qoX

これは期待

5 :  SS好きの774さん   2016年05月29日 (日) 12:16:53   ID: n4XxVEyv

アニメの深井大尉の声は堺雅人さんだったんですね・・・(驚愕)

6 :  SS好きの774さん   2016年06月07日 (火) 01:32:48   ID: ExhumTqN

更新が楽しみ過ぎて両方見直したわ

7 :  SS好きの774さん   2016年06月14日 (火) 03:55:01   ID: fqtYSwCu

続きはよ

8 :  SS好きの774さん   2016年06月16日 (木) 07:46:07   ID: -Th4-Bun

いや、だからさぁ、催促は辞めようぜ?好きにやってもらおうよ、たったの一週間や二週間働いてたらすぐだろ?

9 :  SS好きの774さん   2016年06月16日 (木) 10:05:16   ID: AF3tKbh-

催促というより見てるやつがいるってわかると続ける力になるだろ

10 :  SS好きの774さん   2016年07月03日 (日) 16:07:25   ID: OWqCHVET

高校時代の関係者で八幡に敵対的ではなく、ここまで名前の出てない人物。

ヤツか。

11 :  SS好きの774さん   2016年07月03日 (日) 16:43:17   ID: Q6J48ARr

なるほど、ヤツか。

12 :  SS好きの774さん   2016年07月03日 (日) 19:27:18   ID: Bn0WJ70Q

うむ、ヤツだな(適当)

13 :  SS好きの774さん   2016年07月03日 (日) 20:28:57   ID: aYCEbLC3

やっとやつ(誰だろ?)の出番か

14 :  SS好きの774さん   2016年07月10日 (日) 18:05:00   ID: MiPLFz-E

カマクラでしょ(投げやり)

15 :  SS好きの774さん   2016年07月13日 (水) 22:30:42   ID: qKvAF8Kp

なんだ。何が起こっているんだ。

ぼっち系ラノベヒーローが特異点みたいになってる。

16 :  SS好きの774さん   2016年08月01日 (月) 04:51:17   ID: 1yix9_Vx

義輝とは思ってなかったなぁ

17 :  SS好きの774さん   2016年09月09日 (金) 22:31:16   ID: ojmaQtiT

(´・ω・`)

18 :  SS好きの774さん   2016年10月19日 (水) 02:15:10   ID: fanQiGAF

面白い

19 :  SS好きの774さん   2016年10月27日 (木) 01:42:45   ID: Did2QtZT

いつの間にか更新してた 嬉しい

20 :  SS好きの774さん   2017年01月02日 (月) 14:18:32   ID: cNoTPeA0

(´・ω・`)

21 :  SS好きの774さん   2017年01月14日 (土) 01:00:45   ID: LMKSWjmu

(/・ω・)/

22 :  SS好きの774さん   2017年02月06日 (月) 00:19:21   ID: LuP5qmFP

(;・ω・)

23 :  SS好きの774さん   2017年03月05日 (日) 10:16:02   ID: ZxnXmTsn

(。´・ω・)?

24 :  SS好きの774さん   2017年04月19日 (水) 01:10:49   ID: KkNpmBCG

(。・ω・。)ゞ(。・ω・。)ゞ(。・ω・。)ゞ

25 :  SS好きの774さん   2017年05月22日 (月) 18:30:58   ID: Dx5tAk1B

Σ(・ω・ノ)ノ!

26 :  SS好きの774さん   2017年12月04日 (月) 22:36:38   ID: zOwQOlU_

(´・ω・`)

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