男「公衆トイレで手洗いする時、指に水をチョイッとつけるだけの奴よくいるけど」 (38)

男「あのさぁ」

友「なんだよ」

男「公衆トイレで手洗いする時、指に水をチョイッとつけるだけの奴よくいるけど」

男「あれって意味あるの?」

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友「意味ってどういうことよ?」

男「そのまんまの意味だよ」

男「あんな手抜きの手洗い、する意味があるかってことだよ」

男「あれぽっちの水を指先につけたところで、なにも洗えるわけないだろ」

男「ぶっちゃけ手洗いしてないのと、なんも変わらんと思うぞ」

友「まあ……そうかもな」

男「仮に用を足した時に手が汚れてない自信があったり、あるいは洗うのが面倒なら」

男「いっそ洗わなきゃいいんだ!」

男「逆に洗いたいのなら、それこそジャブジャブとアライグマの如く洗うべきだ!」

友「ようするに、お前が言いたいのは……中途半端だと」

男「そうそれ! 中途半端!」

男「きちんと洗うか、それとも全然洗わないか、どっちかにしろと俺は言いたい!」

男「っつうわけだ! 行くぞ!」

友「どこへ?」

男「近くの駅の公衆トイレだよ!」

友「なんで?」

男「チョイ洗いをする奴に、一言いってやるためだよ!」

友「えええええ!?」

駅のトイレ――



男「よぉし……ここで待ち伏せるぞ」

友(トホホ、なんでオレまで……)

青年「……」ジャブジャブ



男「ちっ、あいつはジャブジャブ派か。ハズレだ」

友(ちゃんと洗ってるのに、ハズレ扱いされるなんて気の毒に……)



老人「……」スタスタ



男「あのじいさんは全く洗わず、トイレを出てったぞ! 粋だねぇ!」

友(“粋”って言葉に意志があったら、こんな使い方されて、さぞかし不愉快なことだろう)

リーマン「……」ジョボボ…





男「お、あの背広のおっさん、チョイ洗いやりそうだぞ!」

友「うん……たしかにそんな気がする」

リーマン「……」チョイッ





男「やった! よし行くぞ!」タッ

友「マ、マジで行くのかよ……」タッ

男「おい、おっさん!」

リーマン「?」

男「今、手を水でチョイッとやったけど、あんなんで洗えてると思ってんのか!?」

男「洗うなら洗う! 洗わないなら洗わない! ハッキリしやがれ!」

リーマン「……」

リーマン「……ふっ」

友(笑った!?)

男「なにがおかしいんだよ! あんな中途半端なことしやがったくせに!」

リーマン「おかしくもなるさ。君のように何も分かってない若者と出会ってしまったのだから」

男「俺が分かってないだと……!?」

リーマン「なにしろチョイ洗いは、中途半端どころか――現代人が生みだした英知の結晶なのだからね」

男「なにっ!?」

友人(英知ときたか……!)

リーマン「手がキレイになるか、ならないか……そんなことは大した問題ではない」

リーマン「ハッキリいってそんなことはどうでもいいのだ」

男「じゃあ……なんのためにチョイッてやるんだ!」

リーマン「分からないのかね?」

男「分からないね!」

リーマン「ならば教えよう。チョイ洗いをする理由、それは――心をキレイにするためだ」

男「!」ガーン

友(えええ……まさかの精神論!?)

リーマン「トイレというのは――実際には清掃が行き届いてるからむしろ清潔という声もあるが――」

リーマン「一般的には“不浄な空間”という認識がなされている。トイレ会社には申し訳ないがな」

男「たしかに不潔なイメージがあるな」

リーマン「ゆえに、公衆便所で用を足した瞬間、我々の心にはこんな不安にも似た感覚がよぎる」

リーマン「ああ、私は不浄なる場所で不浄な行為をしてしまった、と」

男「……」

リーマン「この感覚を払拭するために、できればジャブジャブ手を洗いたい!」

リーマン「しかし、現代人というものは忙しいし、なにより“効率”という言葉に支配されている」

リーマン「改札が自動改札になったように、手洗いも迅速に済ませねばならない」

リーマン「――そこで考え出されたのが!」

リーマン「あの、チョイッ、なのだ!」

男「うおおおおおおおおおお!」

リーマン「いってみれば、あれは極限まで効率化された儀式!」

男「儀式!」

リーマン「不浄なる空間から心おきなく脱出するための、崇高なる儀式なのである!」

リーマン「あのチョイ洗いをすることで、トイレを利用した者の心もまた浄化され」

リーマン「まるで聖人のような心持ちで、トイレの外に出ることができるのだ!」

男「そうだったのか!」

リーマン「さらにつけ加えるなら、あれだ。スポーツにおける“ルーティン”と同じだ」

男「ルーティンってあの……!?」

リーマン「そう、ラグビー選手の五郎丸もやっている、あのルーティンだ!」

男「す、すなわち……チョイ洗いをやってる人間ってのは――」

男「五郎丸クラス!!!」

リーマン「そういうことだ」ニヤッ

男「おっさん、ありがとう……時代はチョイッだったんだね」

リーマン「うむ、時代はチョイッだったのだ」





男「よっしゃ、俺もやってやる! チョイッチョイッと世の中を駆け回ってやるぅ!」

友(途中から全くついていけなかったが、どうやらわけ分からん悟りを開いたようだな……)

男「そう……時代はチョイッなんだ!」



男「チョイッと手を洗って!」チョイッ

男「電車にチョイッと乗って!」チョイッ

男「中吊り広告をチョイッと読んで!」チョイッ

男「キヨスクで買ったワンカップ酒をチョイッと飲みながら」チョイッ

男「女のケツをチョイッ!」チョイッ

裁判所――



裁判長「被害者のお尻をさわった罪で、被告人に懲役六ヶ月を言い渡します」



男「じゃ、チョイッと刑務所入ってくるわ!」

友「しっかり罪を洗い流してこいよ~」

男「おう!」





おわり

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