神谷奈緒「幸せのお裾分け」 (18)

アイドルマスターシンデレラガールズ、神谷奈緒のお話です。

引けてませんけど、総選挙となれば話は別です。

神谷奈緒「あたしの幸せ」
神谷奈緒「あたしの幸せ」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1455882302/)
などと世界観が同じです。

地の文あり、独自設定等、大目に見て頂けると幸いです。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1460104769

「何故だろう。やけに緊張する」

 つい数年前まではほぼ毎日通っていた場所にも関わらず、今はやけにこの扉の先へ行く事を躊躇ってしまう。

「……久しぶりだから、だよな。うん」

 どう考えてもあたしがここに入ることに対して躊躇う必要はない。ないはずなのに、どうしてもドアノブにかけた手が緊張で震えてしまう。

「たぅー……」

ふいに胸元から声が聞こえた。

「ああ、ごめんな。そうだよな。あたしよりもお前の方が不安だよな」

 あたしは良く知った場所に行くが、この子にとっては初めて行く場所なのだ。あたしなんかよりも、この子の方がよほど不安だろう。

 我が子に元気づけられたのか、先ほどまで尻込みしてしまって開けることが出来なかった扉をようやく開けることが出来た。

 ……開けた先に待っていたのは、とにかく懐かしい光景だった。

「誰も居ないのかな?」

 そう、あたしがデビューした直後くらいの、忙しいなんて言葉とは無縁なくらいに閑散とした事務所がそこにはあった。およそ活気という物を感じられないくらいに寂しい空間だ。

「おかしいな……。Pさんが来いって言ったのは今日だよな……?」

 何故アイドルを引退したあたしがここに居るのか。理由は簡単だ。Pさんが事務所まで来いって言ったから。言ってしまえばそれだけの事なのだが。

 事務所の中をぐるりと見渡す。何も変わっていない事に安心を覚えてしまう。もしかしたらだ、あたしは何らかの事情で夢を見ているだけなのかもしれない。シンデレラガールになって、Pさんと結婚したのも全ては夢で、あたしはまだデビューして間もない売れないアイドルの神谷奈緒なのかもしれない。

「ふぇっ……うぐっ……」

「ああ、よしよし。泣くな泣くな」

 我が子の泣き声で空想の世界から抜け出す。背中をポンポンと軽く叩きながら、先ほどまでの空想を否定する。

「だって……この子が居るんだから、全部現実だよな……」

 愛するPさんとの間に生まれた娘のp。この子が居るのに今を夢だなんて思いたくない。

「うへへ……」

 思わず笑みが零れてしまう。いけないいけない。もうアイドルではないとは言え、今みたいな変な声を聞かれてしまったら恥ずかしさで立ち直れなくなる。

「どっこいっせと……」

 とりあえず、する事もないのであたしがアイドルだった頃から変わらないソファにpを抱いたまま腰掛ける。子供ってのは案外重いもんで、ずっと抱っこしていると疲れてしまう。かと言って目を離したら何をしでかすかわかったもんじゃない。だからこうして常に抱っこしているのだ。

「にしても変わらないなぁ……」

 改めて事務所の中を見回す。本当に夢と錯覚してしまいそうになるほどにあたしの記憶のままの事務所だ。天井の汚れ、くたびれたソファ、常に誰かしらが落書きしているホワイトボード。ちひろさんの事務机に……Pさんの事務机。

「……よくここからPさんの仕事してるとこ見てたな」

 Pさんは事務所に居る時は常にそこに座って仕事をしていた。今思えば相当に忙しかったのだろう。Pさんはあたし達とおしゃべりしながらでもずっと手だけは動かしていたっけ。

 あたしが記憶の中の風景と今見ている風景を照らし合わせていると、何やら外が騒がしくなってきた。どうやら誰か帰ってきたみたいだ。

『ほら、早くしないと奈緒が来ちゃうよ!』

『プロデューサーがもたもたしてるのが悪いんだよ』

 騒がしい声が段々とはっきり聞こえてくるにつれ、あたしの頬を一筋、涙が流れていった。今でも電話は時々するが、あいつらの声を直に聞くのはどれくらいぶりだろう。そんなに前ではないはずなのだが、何故かとても懐かしい気分になってしまい、目から溢れる涙が止まらなくなってしまった。

「ただいまーって奈緒!?」

「奈緒!? どうして泣いてるの!?」

 二人が心配して駆け寄ってくる。焦った様子の二人になんでもないと弁明したいのだが、ごめん、なんでかわからないけど涙が止まらないんだ。

「ううっ……ひっく……うえぇぇ……」

 泣き続けるあたしを何かから守るように二人は優しくあたしを抱きしめてくれていた。二人の表情からは困惑だけが伝わってくる。二人のこんなにも取り乱した顔を見たのは久しぶりだった。加蓮なんか顔色が赤から青に変わっていたし、凛も普段のクールさはどこへ行ったのやら。卯月や未央にからかわれていた時以上のうろたえぶりだ。

「おいおい……pじゃなくてお前が泣いてるのか」

「うるへぇ……ばかぁ……」

 二人の後ろから今朝も家で見送った顔が現れた。確かにここ最近泣くのはpの仕事だったけど、人間たまには泣いてしまう事もあるだろう。

「っ……すんっ……」

 Pさんの顔を見て落ち着いたのか、はたまた二人に抱きしめられたからかは分からないが、とめどなく零れる涙はやっと落ち着いてくれたようだ。軽く鼻をすすって改めて懐かしいあたしの妹分の顔を見る。

「へへっ……久しぶり!」

 テレビで見かける二人は、昔に比べ大人びて見えていたのだが、こうして実際に会ってみると昔と何も変わらない。懐かしいという言葉が相応しくないほどに、あの日と同じ二人の姿だった。


「ちょっと、加蓮。 早く交代してよ」

「えー? ほら、pも凛より私の方が良いって言ってるよ。ねー?」

 あたしが落ち着いたとわかるや否や、あの二人はあたしの手からpをもぎ取った。無理やりと言っても過言ではなかった。文字通りもぎ取ったのだ。

「あんまりpを興奮させるなよ」

 無駄だとは思うが一応忠告しておく。さっきからずっとpを交互に抱っこしているのだ。普段、割と人見知りがちなpなんだが、どうもあの二人は嫌がらない。やっぱりPさんとあたしの娘だからだろうか。

「珍しいな。pがあんなに他人に懐くなんて」

「だなー。初対面の人に抱っこされるとすぐに泣いて嫌がるのに」

 pの人見知りはなかなか筋金入りのようで、あたしとPさん以外の人にはなかなか懐かない。あたしの両親やお義父さんとお義母さんにもまったくと言って良いほど懐かず、抱っこされるだけで大泣きしてしまうのだ。

「ふふっ。見てよ、加蓮。笑うと奈緒そっくりだよ」

 いつの間にかpの抱っこ権を取り返したのだろう。凛がpをあやしながらpとあたしの似ているところを探しているらしい。

「あ、ほんとだー。もう、凛、そろそろ変わって。早くpを返して」

 おい、いつpはお前の子になったんだ。

「お前ら奈緒に会いたいって言うから呼んだのに奈緒はほったらかしなのか?」

 Pさんが軽く笑いながら二人に茶々を入れる。なるほど、急にあたしが呼ばれたのは二人が会いたいって言ってくれたからなのか。なんか嬉しいな。

「奈緒に会いたいなんてpに会う口実に決まってるでしょ」

「そうそう。奈緒なんてpに比べたらおまけだよ」

 先ほどまで嬉しいと思っていたあたしをぶん殴ってやりたい。つい昨日まで会いたいと言っていたはずの二人がしれっと手のひらを返しやがった。まぁ、pは可愛いからな。うん。その気持ちは分かるが納得いかねぇ。

「あー! もう! お前らいい加減にpを返せ!」

 あたしに対する扱いが雑な二人にこれ以上pを抱かせてなるものか。

 あたしがさっきされたようにpを奪い取ると二人から物凄い勢いで抗議された。だが、pはあたしとPさんの事が一番好きなのだからあたしの腕の中に居るのが一番幸せなんだ。悪いな、お前ら。

「ふっ……ふえっ……」

「えっ……! ど、どうした! p!」

 何故かあたしがpを奪い取ったらpがぐずり出してしまった。おかしい。pにとって一番幸せなはずの母の手に抱かれているというのにか!?

「ほら泣いちゃったじゃん。もう、奈緒どいて。邪魔」

「ほーら、こわくなーいこわくなーい」

 無慈悲にも凛と加蓮がpをあたしから奪い取っていくとpは再び笑顔になった。あれ、おかしいな? あたし母親だよな?

 あたしはこの日、二度目になる涙を流した。


「お前らなんか嫌いだ……」

 やはりpは興奮して疲れたのだろう。凛と加蓮に一通り可愛がられたあとすっかり眠ってしまった。今はPさんが気を利かせてpを見ててくれている。

一方あたしはと言うと昔のようにソファにうずくまって拗ねていた。

「もう、奈緒、ごめんてっば」

「ほら、チョコあげるから機嫌なおしてよ」

 顔を見なくても分かる。どうせこいつら、まだニヤニヤしてるに決まってる。いつもそうだ。二人してあたしをからかって、あたしが拗ねるとこうやって子供をあやすみたいに機嫌をとるのだ。お菓子くれた程度で機嫌が直ると思ったら大間違いだ。

「ふふっ……」

 あたしが拗ねたまま二人に反抗を続けていると、ふいに加蓮が笑い声をあげた。

「どうしたの? 加蓮」

「いや、懐かしいなって。奈緒とこうやって事務所で過ごすのって」

 言われてみればそうだ。電話をしたり外で会ったりはしていたがこうして事務所で一緒の時間を過ごすのは本当に久しぶりだ。

「……そういえばそうだね。あまりにも変わらないから忘れてた」

 確かに、あたしも久しぶりな気がしていなかった。あたしがアイドルを引退して数年経つはずだが、ここにこうしているとあたしがまだアイドルをしているかのように錯覚してしまう。

だから、なのだろうか。二人に会った時に泣いてしまったのは。懐かしい時間を取り戻したからなのだろうか。

「実は奈緒ってまだアイドルやってたりして。Pさんと結婚したのも全部夢だったりして」

 加蓮があたしが今日ここに来た時に考えていた事と同じ事を口に出した。

「ふふっ、じゃあトライアドプリムス再始動だね」

 凛があたしがアイドルをしていた時のユニット名を口に出す。トライアドプリムス。懐かしい名前だ。

「再結成じゃないのか? あたしが引退して解散したんだろ?」

 あたしが引退したあの日、凛と加蓮は、あたしが抜けてしまったからトライアドプリムスはもう名乗らない、と大勢のファンの前で宣言していた。

「何言ってるの。解散はしてないよ」

「うん。活動休止してるだけ。いつ奈緒が戻ってきてもいいようにね」

 三人揃ってのトライアドプリムスなんだから、と、あの日、あの頃と変わらない笑顔のままで二人はあたしにそう言った。引退して、抜けたはずのあたしにそう言ってくれたんだ。

「だから、いつまでも待ってるよ。奈緒」

「また一緒にトライアドプリムスとしてステージに立とう」

「っ……お前ら……」

 溢れそうな涙を堪えながら二人にお礼をしようとした時だった。そう、本当に感動的な瞬間だったはずなのに、それをぶち壊した奴らが居る。

「ま、奈緒が戻ってこなくてもpが大きくなったら入ってもらえばいいけど」

「そうそう。奈緒よりpが入ってくれた方が私達も嬉しいよね」

 これもまた変わらない、あたしをからかう時にいつも見せていた笑顔で、そう言いやがった。

「お前らなぁ……! せっかく人が感動してたのに!」

 変わらないままあたしを受け入れてくれた二人と、あたしもあの時と変わっていないはずのやりとりをする。

 どれほどの時が経っても、凛と加蓮はあたしを受け入れてくれるのだろう。

 あたしの可愛い妹分は……あたしの最高のユニットメンバーはいつまでも変わらずあたしに幸せを分けてくれるのだろう。

 だからあたしも精一杯、幸せをお裾分けしていこうと思う。二人があたしに幸せを分けてくれたように。あたしの大好きなみんなへと。

End

以上です。

総選挙です。5月9日の18時59分までです。
SSR引いたとか引いてないとかの騒ぎじゃありません。

どうか皆さま、『神谷奈緒』、並びに『佐藤心』に一票を投じてやってください。
奈緒にはシンデレラガールの夢を、しゅがはさんには声実装の夢を叶えさせてあげてください。
一人では出来ない事でも、皆さまのご協力さえあれば出来る事になると信じています。夢を追う彼女らの力になってください。
何卒、何卒『神谷奈緒』、『佐藤心』の両名に一票をお願いします。

それでは、お読み頂ければ幸いです。そして、投票頂ければより幸いでございます。

では、依頼出してきます。

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