にこ「きっと青春が聞こえる」 (690)


ジリリリリリリリリ……

にこ「……っるさーい」

カチッ

にこ「ふあぁぁぁあ」ムクッ

にこ「………」

にこ「……ねむい」



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まだ肌寒さを感じる、3月某日朝。

ぬくもりが残る布団の中から、私は恨めし気に目覚まし時計を睨み付ける。

AM7:00

音ノ木坂を卒業した私が起きるにはまだ全然早い時間なんだけど――今日はお出かけの日。

いや、今日も、か。

μ'sのこれからが決まるまでは、おわらない用事。

にこ「…………はぁ」

重い溜息だけを残し、私は潔く布団から這い出た。

にこ(終わらせる、べきなのよね……後輩たちが決めたことだもん)

にこ(学園を去る人間が――スクールアイドルでなくなる張本人がしがみついてたんじゃ、カッコがつかないし)

にこ(でも……みんなが、望んでる)

にこ(μ'sがスクールアイドルとして……ううん、ただのアイドルとしてでも)

にこ(活動を続けることを、頂点に君臨し続けることを、たくさんの人が望んでる)

にこ(じゃあ……私は?)

にこ「…………はぁ」

にこ「言わずもがな、なのよねぇ」

アイドルって、やっぱりすごい。

μ'sとして活動してきた私が、改めて実感したこと。アイドルって、やっぱりすごい。

こんなにドキドキできて。

こんなにワクワクできて。

こんなに――にこにこできて。

ちっちゃな頃からあこがれていた理想の形が――ううん、それよりももっともっと素晴らしい形が、私にとってμ'sだった。

それを――簡単に手放せるはず、ないのよね。

にこ「我ながら未練がましいわね……」

思わずひとりごと。

なんていうか、それくらい私にとっては大きな分岐点なんだと思う。

専門学校進学。私が決めた、私の進む道。

正直金銭的にかなり厳しいのは理解してた。だから、私のアイドルへの夢も、ここまでかなって思ってた。

そう思えたのも、きっとμ'sとしての一年間があったから。

満足したからじゃ、もちろんなくて。

「満足したでしょ」って、自分に言い聞かせることができるくらいの経験ができたから。

ま、つまるところやっぱり未練たらたらだったってことなんだけど。


 でも、私が高校卒業したら働くって言ったら、ママはきょとんとした顔でこう言った。

『へ? あなたアイドルになるんでしょ?』

 言われて、きょとんとするのは私の方だった。

 何を当たり前のことを? みたいな口調で言われたもんだから、そりゃきょとんともするでしょ。

 で、まあ私もよくわかんないままに、

『えっと、うん』

 って答えちゃって、今に至る。

 
 首の皮一枚でつながった私のアイドル人生。

 学校で勉強すれば、きっと今までとは比べ物にならない上達が見込めるはず。

 そのうち今までとは比べ物にならないきれいな衣装を着て。

 今までとは比べ物にならない素敵な歌を歌って。
 
 矢澤にこ、ここにあり! って、世界中の人々に知らしめることができる……かもしれない。

 だけど。

 絵里のうざったいくらい厳しいレッスンが。

 ことりの甘っ甘な趣味全開の衣装が。

 μ'sのメンバーと歌い、踊ってきた曲が。

 名残惜しいって言ったら、それは、贅沢なのかな。


にこ「いっそのこと、この一年間やりなおせたらなぁ」

 なにげなーくつぶやいた一言が、実は一番望んでることかも。頭の中で繰り返してみて……うん、やっぱりそれが一番ステキ。

 μ'sとして駆け抜けた一年間。

 もっともっと感じていたい。もっともっと刻み込みたい。

 ありえないことだって、わかっていても。

 やっぱり……やりなおしたいなぁ。

にこ「…………ん?」

 「やりなおす」というワードに、なぜか引っ掛かりを覚える。

 なんだっけ? なんだかついさっき聞いたような――

にこ「あ」

 そうだ。夢だ。

 ついさっきまで見ていた夢に出てきた人物――ちっちゃくてキュートで鈴の鳴るようなきれいな声、もうアイドルと言ったらこの子しかいないでしょってくらいアイドルオブアイドルみたいな子が、そんなことを言ってた気がする。

にこ「やりなおすとか……約束とか……」

 いかんせんそこは夢。思い出そうとした端からぽろぽろと記憶がこぼれていってしまう。

にこ「ま、いっか」

 夢は夢。そんなに気にする必要もないでしょ。

 ただ――いっこだけ気になるのは。

 その子――ちっちゃくてキュートで鈴の……っていうかぶっちゃけもう一人の私が、涙を流しながら、だけど微笑んでいたことだった。

とりあえずここまで
アニメ設定だったりSID設定だったり自分の勘違いだったりが混ざった世界観だけどお気になさらず
続きはまたあとで


にこ「おはよー」

こころ「あー、にこにーおはよー」

ここあ「おはよー」

にこ「はいはーい、二人ともおはようにこー」

 仲良く朝ご飯をとっているふたごちゃんを軽くあしらい、私も自分の席に着く。

 私が起きてくる時間を見越してか、そこにはすでにトーストと目玉焼き、それにコップ一杯の牛乳が用意されていた。

 準備してくれた当の本人は、スーツ姿で洗い物をしていた。

にこ「おはよう、ママ」

にこママ「おはよ、にこ」

 背中を向けていたママは、わざわざこちらを向いて挨拶を返してくれた。

 ママのこういうところ、好き。


こころ「むぅ……こころぷちとまときらーい」

 サラダのプチトマトをフォークでで貫きつつ、こころがぐずつく。
 
ここあ「どうしてー? トマトおいしいよ?」

こころ「トマトはおいしいけど、ぷちとまとはすっぱいもん!」

ここあ「すっぱくないもん!」

こころ「すっぱい!」

ここあ「すっぱくない!」

にこ「こらこら、けんかはしちゃだめにこよー?」

こころ「だってぇ……」

ここあ「だってぇ……」

にこ「食べ物のことでけんかしてると……お野菜おばけがふたりのこと食べちゃうにこー!」

こころ「きゃー!」

ここあ「けんかしないー!」

 効果てきめん。二人は一生懸命ご飯を食べだした。

 うむうむ、仲良きことは美しきかな。私も満足し大皿からサラダを取り分ける。

 ……にしても、プチトマトが嫌いなんて、とっても贅沢。

 基本はもやしの白、そこにレタスの緑が混ざってればラッキー、くらいの感覚なのに、真っ赤な粒がころころしてるだけで私としては宝石みたいに眩しく感じるんだけどなぁ……


 と。そこで私はようやくある違和感に気づく。

 きゃーきゃーと騒がしい朝食。別に珍しい風景ではない。

 というか、朝食に限らずこころとここあがいるときは大抵こんな騒がしさが矢澤家の日常。

 ――そう、こころとここあがいるときは。

にこ(昨日の夜――この二人、いたっけ?)

 一日前の記憶を引っ張り出してきても、目の前の騒がしさがそこに重なることはない。

 ん、……まだ、寝ぼけてるのかな?

にこ「ねぇママ。こころたちって、昨日こっち泊まってたっけ?」

にこママ「そりゃ、泊まってたから今ここにいるんでしょう?」

にこ「や、そうなんだけど……」

 ママの言うことはもっとも。私の単なる記憶違いっていうのが一番しっくりくる答え。

 だけど、うん、ちょっと否定材料が増えちゃった。

にこ「っていうか――ママ、今日朝早いから朝ご飯自分で用意してって、昨日言ってなかったっけ?」


にこママ「……ちょっと、大丈夫? 具合悪いの?」

にこ「う、ううん、違うの、そうじゃなくって……」

にこママ「あんまり体調がよくないなら、今日は学校お休みしたほうがいいんじゃ……」

にこ「ほんと、大丈夫だから! ちょっと寝ぼけてただけ! ――ごちそうさま!」

 話が妙な方向にずれてきたため、慌てて牛乳を飲み干す。

 着替えや身支度は済んでるから、あとは歯を磨いたら――うん、カンペキなにこにーのできあがり。

にこ「それじゃあ行ってきまーす!」

こころ・ここあ「いってらっしゃーい」

にこママ「いってらっしゃい、無理しちゃだめよー」

にこ「わかってるー!」

 三人分の声に背中を押されながら、ドアをくぐる。

 春を待ちわびる三月の日差しが、ちょっとだけあたたかい。

 よーし、今日もいっちょ頑張りますか。 



 三年生が卒業したものだから、通学路を歩く音ノ木坂生は少し前よりぐっと減った。

 まあ単純に考えれば三分の一がいなくなったのだからそう感じるのも当然か。

にこ(ま、にこみたいな例外もいるんだけどね)

 見ると私と同じ緑リボンの生徒もちらほら見られる。どんな理由か知らないけど卒業してからもごくろーさま。

 ……なーんて、人のこと言えないけど。

にこ「ん」

 校門をくぐろうかというところで、見知った二人分の後姿。

 私の大好きなμ'sのメンバーで、大切な同級生で――かけがえのない、友達。

 恥ずかしいから本人らには言わないけどね。

 なんだか一人で照れ臭くなったので、ごまかすように二人の肩をばしーっと叩く。

にこ「おはよー、絵里に希。朝からなかよしこよしでうらやましいわねぇ、このこの」

 ジョークも完璧。今日もいい一日になりそ。


 ――なんて思ったのは、その瞬間だけで。

希「え? ……にこっち?」

絵里「…………?」

 いぶかしげな二人の表情は、なんというか、予想外。

 え、今のジョークそんなにマズった?

にこ「ど、どうしたの二人とも? そんな怖い顔しないでよー。ほらご一緒に、にっこにっこ、」

絵里「どうしたの、はこちらの台詞なのだけれど」

にこ「にー……」

 せめて最後まで言わせてよ……

 じゃなくて。

にこ「え、いや、ほんとにどうしたのよあんたたち? なんかあったの?」

絵里「…………ひとつ、確認させてもらっていいかしら?」

にこ「え、なにを、」

絵里「あなた――矢澤にこさん、よね?」

にこ「……言って、る、の……?」

 あはは。

 絵里、そのジョーク、さっきの私のより笑えないわよ?


絵里「一応生徒会長だし、希からもあなたの話は聞いたことあるから名前くらいは知ってる」

絵里「だけど、それだけでしょう?」

絵里「少なくとも――急に肩をはたかれて呼び捨てにされるような仲ではないと自覚していたのだけれど」

にこ「…………」

 この子、何言ってんの?

 それしか頭に浮かばない。

 助けを求めるように視線を希に移しても、

希「えと、にこっち? うち相手にならまだしも、初対面の絵里ち相手にちょっとおふざけがすぎるんとちゃう?」

 こっちはこっちでつまらないジョークを続けてた。

絵里「……別にあなたのことを嫌っているというわけではないけれど、相応の距離感は守ってほしいわ」

 やめてよ。

 アンタの口から、そんなこと――

絵里「別に、友達ってわけでもないのだから」

 ――言わないで、よ。


 チャイムの音が遠い。

 呆然と立ち尽くす私を、急ぎ足の生徒が追い抜いていく。

 なにこれ、ドッキリ?

 騙されたでしょーって、穂乃果あたりがネタばらしの看板でも持ってくるの?

 じゃあさ、早くしなさいよ。

 悪趣味だってば、こんなの。

 ねえ。誰か教えてよ。

 服の袖でぐしぐしと目元をこすって、すがるように視線を上げる。

 さっきのチャイムは予鈴だったようで、本鈴に間に合うべく多くの生徒が昇降口に殺到している。

にこ「……あ」

 その人ごみを見て、気づく。

にこ「うそ、でしょ……」

 三年生が抜けた、三月中旬の音ノ木坂学院。

にこ「そんな……」

 そこにいる生徒は皆、赤か緑のリボンを結んでいた。

 まるで――私が二年生だった、一年前のあの頃のように。

ここまで
調べてみたらたしかにほぼ同名のSSがあった
たぶん内容はまったく違うから気にしない
次はまたそのうち


 そのまま回れ右してよっぽど帰ってやろうかとも思ったけど、結局そのまま校内へ進むことにした。

 なにかの勘違いかも知れなかったし。……まあ、なにをどう勘違いしたらこうなるのかわからないけど。

 とりあえず同じ色のリボンの人を追いかけていったら、みながみな一様に教室棟の二階へ足を進めていった。

 二年生の教室のある、だ。

 自分が二年の頃に何組だったか思い出しつつ、途中他のクラスも覗いてみる。

 ホームルーム直前ということもあってみんな席についてるからわかりやすい。

 どこのクラスもほぼ全員が揃っている。まるでこれから、授業でも受けるかのように。

にこ(……やっぱり、そういうことなの? これ)

 状況を知れば知るほど、可能性を否定できなくなってくる。

 将棋は詳しくないけど、王将の逃げ道をどんどん減らされてるときってこんな気分なのかな。


 そして、王手がかけられた。

にこ「…………」

 記憶の底から引っ張り出してきた、去年の私のクラス。

 そこにいたのは、確かに一年前に同じ教室で授業を受けていたメンバーに他ならなかった。

 扉の前でぼーっと突っ立ってるわけにもいかず、とりあえず中に入る。

 自分の席まで覚えてないな、と気づいたけれど、すでに空いてる席はひとつしかない。ちょっと緊張して席に腰掛けるけれど、それをとがめる人間はいなかった。

 というか。

 私が教室に入ってから席に座るまで、だれ一人として私を気にする気配がなかった。

にこ「…………」

 やっぱり、帰ればよかったかな。

 


 しばらくして現れた担任教師に挨拶して、ホームルームを終えて、一時限目の始まる前の休み時間。

 そういえば、と私はようやくスマホの存在を思い出す。

 インターネットブラウザを起動して、適当なニュースサイトを検索。

 出てきた最新記事の日付は――

にこ「一年前、だ……」

 案の定というか、ある意味期待外れというか。

 ふわふわとしていた現状が、一気に現実として重みをもつ。


 私、一年前の世界に迷い込んだの?
 
 昨日いなかったはずのこころやここあが家にいたのも。
 
 絵里や希がよそよそしかったのも。

 卒業したはずの私たちの学年が授業を受けてるのも。

 全部、一年前だから?

にこ「ありえない……」

 ファンタジーやSFじゃあるまいし。

 タイムスリップ? タイムリープ?

 ループものなんて飽食のご時世でイマドキはやんないわよ、こんなの。

 だから……だから。

 誰か、嘘だって言って。

 じゃないと。

にこ「――――」

 私、またひとりぼっちになっちゃう。


 置き勉上等の精神が功を奏し、ほぼ手ぶらで登校した私もテキストがなく困り果てる、という事態は避けられた。

 どこかで聞いたような授業―― 一年前、この場所で聞いたんだろうけど――をほとんど聞き流し、お昼休み。

 ママお手製のお弁当を机の上に出し……どうしよう。

 ちら、と教室を見回す。

 食堂組を除き、仲のいいグループは机を寄せ合いランチタイムに突入していた。

 ――居心地悪いなぁ……

 ここ最近はずっとμ'sのメンバーと食べていたから、この頃お昼をどう過ごしていたのか覚えていない。

 だけどひとつだけ確実。

 少なくとも、誰かと一緒に過ごしていた記憶は、ない。

 


にこ(やば……泣きそう)

 μ'sという居場所を手に入れた今だからわかる。

 自分がいかに寂しい人間だったか。

 全ては――仲間を失った、あの日から。

 歯車が、狂い始めた。

にこ「どうしろってのよ、これから……」

 思わず口をついて出る弱音。

 真面目な話、先が全く見えない。

 今日一日過ごして、おやすみなさいして、明日の朝すべてが元に戻ってるならそれでいい。
 
 だけどもし、明日以降もこれが続いたら……?

 ははは、家から出れる自信、ないなぁ。

 込み上げる熱い感情が、視界をじんわりにじませた。


クラスメイト「ちょ、どうしたの? 矢澤さん」

にこ「え?」

クラスメイト「急に泣き出して、どっか痛いの? 保健室いく?」

にこ「や、え、ちょ……」

クラスメイト2「はいはい、ちょっと落ち着きなさい」

クラスメイト3「矢澤さん、困ってるよ」

クラスメイト「や、でも……」

クラスメイト2「でもじゃない。まずは事情を聞く」

クラスメイト2「というわけで矢澤さん。横から急に口出して申し訳ないけど、どうかしたの?」

にこ「え、っと……」

クラスメイト3「……ひょっとして、自己紹介が必要だったりする?」

にこ「そそそ、そんなことないわよ! さすがにクラスメイトの名前くらい知ってるから!」

にこ「飯塚さんに竹達さんに、後藤さん……よね?」

竹達「自信なさげだなぁ……」

後藤「なんにせよ、正解。よかった、矢澤さんに覚えてもらえてて」クスクス

にこ「……ひょっとして、おちょくってる?」

後藤「あらあら、そんなことないわよ?」


飯塚「それで、なんで急に泣いてたの?」

にこ「あ、それは……」

 飯塚さんの質問に、言いよどむ。
 
 本当のことを言っても信じてもらえるわけないし……

竹達「てゆーか珍しいよね、矢澤さんが昼休みに教室いるのって」

にこ「へ?」

竹達「だってそうでしょ? いつもチャイムが鳴ると同時に教室からいなくなって」

後藤「授業開始五分前に帰ってくる。どこ行ってるんだろうねって噂したこともあったわね」

竹達「や、それ本人の前で言うことじゃないでしょ……」

にこ「あーっと……」

 そうだ、思い出した。

 私お昼休みになったら、アイドル研究部の部室に逃げ込んでたんだ。

 ひとりぼっちでご飯を食べてるみじめな姿を、見られたくなくて。


飯塚「でも今日はいつまでたっても席を立つ気配がなくって……」

飯塚「どうしたんだろ、って思ってたら急に泣き出すんだもん、びっくりして思わず声かけちゃったよ」

にこ「あ、そうだったんだ……」

飯塚「泣いてた理由、言えないならそれでも全然構わない」

飯塚「でも、こうして話したのもなにかの縁だと思ってさ。よかったら一緒にご飯食べない?」

にこ「え? ……ええ!?」

竹達「や、そんなに驚く話だった? 今の」

にこ「だって、だって……」

 ぼっちの私が、誰かと食事?

 うそうそうそ、ありえないでしょそんなの。

 だって私、一年生の「あの一件」以来、学年の鼻つまみ者で――

後藤「いいじゃない、ご飯くらい。私たちずっと矢澤さんと話してみたいと思ってたのよ」

にこ「――うええぇぇぇぇええ!?」

竹達「だからそんなに驚く話だったかな!?」

にこ「驚くわよこんなの! だって、だって私は――」

飯塚「ほらほら机くっつけて」

にこ「って聞きなさいよ!」

後藤「あら、矢澤さんのお弁当おいしそうですねぇ」

にこ「勝手に開けてるしー!?」


 ぎゃーぎゃー言いながら、なんだかんだで三人娘とお昼ご飯を食べることになった。

 私と話してみたいと思ってたのは本当らしくて、いろんなことを聞かれた。逆に私もいろんなことを聞いた。

 なんだか会話するのが当たり前で。

 違和感とか全然なくて。

 友達みたいだな、って思った。

 私の、思い込みだったのかな。

 一年生のとき、アイドル研究部の一件以降、好奇の目にさらされるようになって。
 
 私には友達なんてできないんだって決めつけてた。

 だけど、違ったのかな。
 
 避けられてるんじゃなくって。

 避けられることを恐れて――私が避けてただけ、だったのかな。

  


 μ'sじゃ、ないけど。

飯塚「その言い方ひっどーい!」プンスカ

竹達「あはは、気にしない気にしない」ケラケラ

後藤「二人とも、おかしい」クスクス

 居場所作っても――いいのかな。

 答えはわからないけど。

にこ「もー、変なことばっかり言うんだから」アハハ

 明日の朝も、学校に来れそうな気がした。

ここまで
名前ありのオリキャラっぽいのでてきたけどモブに毛が生えた程度の認識で大丈夫です
クラスメイト123じゃ味気ないなと思っただけなので
続きはまた近々


飯塚「なんだかんだで馴染んだよねぇ、矢澤さん」

にこ「ま、一週間も一緒にご飯食べてればね。さすがに馴染みもするでしょ」

竹達「ほんとねー、この一週間で矢澤さんのお母さんの卵焼きのおいしさがよーくわかったわ」

にこ「私もあんたがそういう意地汚い人間だってことがよーくわかったわよ! てか卵焼き返しなさい!」

竹達「返せと言われて返すなら最初から取らないし!」

にこ「私なんで逆切れされてるの!?」

後藤「そうして二人のお弁当からは大事なおかずが一品ずつなくなるのでした」モグモグ

にこ・竹達「さらっと持ってくな!」

飯塚「……本当に馴染んだね……」


後藤「だけど、本当に不思議よねぇ」モグモグ

にこ「今私の唐揚げがあんたにもぐもぐされてる以上の不思議なことなんかないわよ」

後藤「それもそうね」

にこ「納得すんな!」

飯塚「よーしよしよし、矢澤さん抑えて抑えて」

にこ「私ゃ犬かなんかか!?」

後藤「ほーら、三回回ってワンと言ったらこの唐揚げを上げるわよー」

にこ「元から私のだけどね!?」


竹達「話が進まないから一旦落ち着きなさい落ち着きなさいって」

にこ「私? 私が悪いの?」

竹達「で? 何が不思議だって?」

後藤「へ?」モグモグ

竹達「おう、この際私のウインナーがいっこ減ってることは不思議に思わんから続けなさい」

後藤「あーうん、大したことじゃないんだけど」

にこ「まったく、付き合ってらんないっての……」牛乳ズゾー

後藤「矢澤さんってなんでぼっちだったのかなって」

にこ「ぶふー!」牛乳ビシャー

飯塚「ぎゃあ! 汚い! 汚いよ矢澤さん!」

竹達「容赦ないボール投げるわねあんたも……」

後藤「そうかしら?」


にこ「げほっ、げほっ」

飯塚「だ、大丈夫? 矢澤さん」

竹達「牛乳まみれになりながらその張本人を気遣えるあんたの器の大きさにゃ感服だわ……はい、タオル」

飯塚「あ、ありがと」フキフキ

にこ「ぜー、ぜー……痛いとこついてくるじゃない」

後藤「そう?」

にこ「しれっとしてるのが憎らしいけど……まあいいわ」

にこ「私たちが一年生の時の『アイドル研究部事件』。これでわかるでしょ?」

飯塚「あ……」

竹達「それって、あの……」

後藤「ああ、にっこにっこにーが口癖の話聞くだけでいたたまれなくなるくらい恥ずかしい人がぼっちになったっていうあの……ということは?」

にこ「……いたたまれなくなるくらい恥ずかしい人で悪かったわね……」


にこ「そーよ。あの時一人で勝手に暴走して部員に愛想つかされて、ひとりぼっちになったアイドル研究部唯一の部員が、この私ってわけ」

にこ「それ以来友達なんかいなかった。いらなかった」

にこ「……ううん、いらないと思い込んでた」

飯塚「矢澤さん……」

にこ「ぶっちゃけちゃえば、つらくないわけないわよ。登校もひとり。ご飯もひとり。放課後もひとり」

にこ「でも、どうすることもできなかった。どうせ嫌われ者だって予防線はって自分を守るのが精一杯」

にこ「誰かと関わる余裕なんてなかった」

竹達「…………」

にこ「でも、気づいたの」

にこ「一歩踏み出せばよかっただけなんだって」

にこ「がんじがらめの有刺鉄線の中でぶるぶる震えてるんじゃなくって」

にこ「ちょっとの勇気を出せば――こうして、友達ができるんだって」

後藤「…………」


にこ「だから……ねぇ」

にこ「私、もうちょっとだけ勇気を振り絞ってみようと思うの」

にこ「来週からもう春休みになって」

にこ「三年生になったら、同じクラスになれるかわからない」

にこ「だけど、さ」

にこ「春休みも――三年生になっても」

にこ「私と、友達でいてくれる?」

三人「…………」


 それは、決別の言葉だった。

 四月になって廃校騒ぎが校内に蔓延して。

 穂乃果たちがスクールアイドルを始めた時。

 私が彼女らにちょっかいをかけなかったら。

 私がμ'sに入ることは――ない。

 だけど、それでもいいかな、なんてちょっぴり思えてしまったんだ。

 あの九人だけが、私の形じゃないって。

 この四人という形が、教えてくれたから。

 だから――これでも、きっといい。

 そんな私の、出会う前に終わった仲間たちとの関係を知る由もない三人は。

飯塚・竹達・後藤「――――」ニコッ

 笑顔で頷いてくれた。


後藤「それにしてもアイドルかぁ……うちの後輩が食いつきそう」

竹達「後輩って、部活のあの子? そんな風には見えないけど」

後藤「ああ見えて可愛いの好きなのよ。本人は興味ないふりしてるけど」

 照れ臭くなったのか、話題は別な方向へと進みだした。

 まだばくばくしてる心臓を、ゆっくり落ち着かせる。

 残った牛乳をちゅーちゅー吸ってると、会話からあぶれてる飯塚さんと目が合った。

飯塚「……春休みさ」

にこ「ん?」

飯塚「春休みさ。いっぱい遊ぼうね」

飯塚「来年は私たちも受験生だからあんまり余裕はなくなっちゃうかもだし」

飯塚「だから、春休み。めいっぱい遊ぼう」

飯塚「――にこちゃんの、これまでのぶんも」

にこ「――!」

 名前。呼んでもらった? 今。

飯塚「…………」フイッ

 あ、顔そらした。

 ふふ、変なの。顔真っ赤にしちゃって。

 ――鏡見たら、きっと同じようなことになってるんだろうなぁ。

 ま、なんにせよ。

 これから一年――目いっぱい楽しもう。

 ――楽しめる、よね?

にこ(……なんだろ、この気持ち)

 嬉しいのに――なんかちょっとだけ、もやもや。わけがわからない。

にこ(――嘘)

 本当は――わかってる。

 わかってるけど――今は、今だけは、目をそらしていたい。 
















「…………」

ここまで
ようやく一区切りできそう
次はそのうち


にこ「ただいまーっと」

 自分の声がむなしく廊下の奥へ響いていくのを聞きながら、自分の部屋へと向かう。

 バッグを放り制服のままぼすん、とベッドに体重を預ける。

 マットレスにずぶずぶと体が沈み込んでいく感覚におぼれながら、ここ数日途端に増えた幸福な思い出に浸る。

にこ「「……ふへへっ」

 我ながらキモイ笑い声が漏れる。

 でもしょうがないでしょ?

 だって、楽しいんだもん。

 今日は唯一部活に入ってる後藤も活動がないってことで、四人そろって放課後にカラオケ。

 私の歌唱力に三人ともびびっちゃってたなぁ。 


 こーんな楽しい毎日が、これからずっと続くんだ。

 春休みはもちろん、三年生になってからも。

 受験勉強? ううん、そんなの関係ない。

 だって、どうせ私は専門学校に――

にこ「――――」

 行く、のかな。

 心の奥に奥にしまいこもうとしていた気持ちが、水の中の泡みたいにぷかりと浮かんでくる。


 アイドルは、どうするの?

 
 ごろんと寝返りを打ち、うつぶせになる。制服がしわになっちゃうかな、と一瞬頭をよぎったけど、そんなのはすぐにかき消された。

 そう、なんだよね。

 μ'sに入らないってことは――スクールアイドルを諦める、ってことなんだよね。 


 むぎゅ、と顔を枕にうずめる。

にこ「ううううぅぅぅぅ……」

 アイドルは、諦めたくない。

 子供のころからの夢を、手放したくなんてない。

 だけど、気づいちゃったんだ。

 今の四人って――すっごい気楽。

 目標がなく。努力がなく。必死さがなく。練習がなく。練磨がなく。

 ただ毎日を、頭からっぽにしながらけだるげーに消耗させていく。

 なにかに打ち込んでいる人たちからしてみたらそんなの無駄な日々でしかなくて、アニメ作品なんかにしたらただのモブキャラにしかなれないような女子高生A。

 だけど。

 そこには、私の三年間にはなかった、気楽さがあった。

にこ「ううううぅぅぅぅ……」

 9と4。

 両皿にそれらを乗せた天秤は、いつまでもゆらゆらするばかりで傾いてくれない。


 翌朝。若干の寝不足に瞼をこすりながら教室のドアを開ける。

にこ「おはよー」

 これは、今までの私になかった習慣。最初はどぎまぎしたけど、今ではちらほら返してくれる人も増えてきた。

 ところがどっこい。聞きなれた三人娘の声はそのどれにも混じっていなかった。

にこ「ありゃ?」

 珍しく四人の中で一番乗りだったらしい。

 ま、そんな日もありますか。

 自分の席に座りスマホでもいじってようかしらんと思うや否や、隣に立つ気配。

 おや、と思い見上げると、クラスメイトの何某さんが立っていた。

「おはよう」

にこ「……おはよう」

 え、なに? なんで急に改めてあいさつされたの?

 疑問をぶつける間もなく、相手はくるりと踵を返す。

「ついてきて」

にこ「あ、ちょっ……」

 私の声も聞かず、教室を出て行こうとしてしまう。

にこ「もう、なんなのよ……」

 悪態をつきながらも、放っておくわけにもいかず、私は席を立った。


 振り返ることもしない背中に渋々ついていくと、そこは人気のない階段裏だった。

にこ「なぁに? あいにくラブレターは受け付けてないんだけど」

「ふぅん? やっぱり覚えてないんだ」

にこ「はぁ? 覚えてないってなにを、」

「あーんな恥ずかしいこと人にさせておいて、さ」

にこ「恥ずかしいことって、――!」

 言われて、ようやく気づく。

 今の今まで忘れていた自分に嫌気がさした。

 そうだ。二年生のころはこの子がクラスにいたからずっと気分が浮かなかったというのに――

にこ「あんた……アイドル研究部にいた……」

「あ、思い出してくれたんだ」

 くすくすと笑うその顔は、しかし「あの時」の彼女の顔とは重ならない。

『もう、付き合ってらんないから』

 そう言い放った、あの時の表情とは。


にこ「……今更なんの用よ」

「ん? 別に特別用事があったわけじゃないの。ただ、ずいぶん楽しそうだなーって思って」

にこ「楽しそう?」

「あの三人と。うまくやってるみたいじゃない」

にこ「なっ!」

「毎日一緒にお昼ご飯食べて、放課後は遊びに行って。充実してるみたいね」

にこ「……悪い?」

「怖い顔しないでよ、だれもそんなこと言ってないじゃない」

 一呼吸おいて。

「ただね、私はひとつだけ、確認したかっただけなの」

にこ「確認?」

「そ」

 そういうと彼女は歩き出し、すれ違いざまにぽつりと呟く。

 彼女が残したその言葉は。


「あなたが私たちを置き去りにしてまで守ってたものは――もう、いいの?」


 とても、とても、重く。


にこ「――――」


 天秤が、ぐらりと揺らぐのを感じた。


竹達「――箸が止まってるよ? にこっち」

にこ「えっ」

 お昼休み。例によって例のごとく四人で机を囲むけど、食欲は湧いてこなかった。

飯塚「体調悪い? 保健室行く?」

竹達「これこれ、またこのパターンかい」

後藤「調子が悪いなら無理して食べる必要ないわ、私がもらってあげるもの」

竹達「えーいあんたもやめんか!」

 ぎゃーぎゃー騒いでる三人は、いつも通り変わりなくて。

 変わってしまったのは、きっと、私。

 だから、だから――

竹達「――え、マジでどうしたの?」

飯塚「だだだ、大丈夫!?」

後藤「落ち着いて、ね?」

にこ「ぅ……ぅぅうう……」

 涙が出るほど苦しいのも、私のせい。


にこ「私ね……ひっく、やっぱりね、無理……みたい、だった……ひぐっ」

竹達「む、無理って、なにが?」

にこ「アイドル……諦められない、の……」

飯塚「アイドルって、にこちゃんが一年生の時やってたっていう? でもそれって駄目になっちゃったんじゃ……」

にこ「うん……でも、でもね……やっぱり諦められない……」

後藤「…………」

にこ「みんなと楽しく過ごせればいいって、思ってたけど……」

にこ「だけどそれって、今までの私に、嘘つくことになっちゃう」

にこ「ひとりぼっちになるまで自分を貫いた、あの時の自分に、申し訳が立たない」

にこ「それに、なにより」

 いっかい、深呼吸。

にこ「私、やっぱり、アイドル好きだもん」


竹達「や、それはわかったけど……それがなんで急に泣き出したことにつながるわけ?」

にこ「それ、は……」

 言い出しづらい部分に触れられ、言いよどむ。
 
 だけど、曖昧にしちゃだめだ。

 ちゃんと、けりつけないといけないことだから。

後藤「――私たちとお別れするから、よね?」

にこ「っ」

 口を開こうとした矢先。

 思っていたことを言い当てられる。


飯塚「お、お別れ!? なんで!?」

後藤「……私が言って、いいのかしら?」

 ちら、と視線を向けられる。

 うまく説明できる自信がなかったから、正直、ありがたい申し出ではある。

 だけど、なんで私の考えてることが、わかるの? この子は。

後藤「私もね。このグループで唯一部活に所属してるから、なんとなくにこの気持ちはわかるの」

 私の心中を知ってか知らずか、問いに答える後藤。

後藤「物理的に一緒にいられる時間が少なくなるからっていうのも、もちろんあるんだけどね」

後藤「根本的に、熱量が違うの」

竹達「熱量?」

後藤「うん。例えば私なんかは、部活やってるときなんかは『やるぞー!』ってすごく熱いエネルギーを持ってるんだけど」

後藤「みんなといるときは、なんていくか……ぬるま湯につかってるような、ほんわかーな気持ちになるの」

後藤「オンとオフ、っていえばわかりやすいかしら」


竹達「だ、だけど、ごとーちゃんはそれでも私らと一緒にいるわけじゃん? だったらにこっちだって……」

後藤「私は今の部活に入ったの、高校からだからねぇ。正直、そんなに熱心なわけでもないの」

後藤「だから部活のことを全く考えない、オフの時間を作れる」

後藤「だけど、にこの場合は――そうじゃ、ないんでしょ?」

にこ「――――」

 後藤の言う通り。

 私にとってアイドルは、かけがえのない生きざま。

 だからこそ、やるからには中途半端を、だれよりも自分が許せない。

 目標があり。努力があり。必死さがあり。練習があり。練磨があり。

 ひたすらに毎日を、中身のあるものにさせていく。

 アニメの主人公、宇宙ナンバーワンアイドルにこにーになるためには。

 女子高生Aであっては、いけない。


にこ「ごめん……」

 だからこれは、二度目の決別。

 この世界に来たあの日、九人という形に別れを告げた私は。

 ひどく自分勝手な理由で、今度はこの四人という形に別れを告げている。

 嫌われたって、おかしくない。

飯塚「…………」

竹達「…………」

 二人とも、うつむいたまま言葉を発しない。

後藤「ね、二人とも……にこのこと勝手だって思うかもしれないけど、でも――」


飯塚・竹達「焦ったぁぁぁぁぁぁぁぁあああああ!」


にこ・後藤「…………へ?」


竹達「いやそれってさ、要はこのゆるぅい雰囲気に流されちゃだめだーってだけでしょ?」

にこ「う、うん」

飯塚「じゃあさ、廊下ですれ違った時に『元気―?』とか挨拶していいんだよね」

にこ「も、もちろん!」

竹達「電話とか立ち話だってセーフでしょ?」

にこ「え、あ、そう、だけど……」

飯塚「それって、全然お別れじゃないよー」クスクス

にこ「う、え、そう?」

竹達「そーそー。そんなの全然さ――友達の範疇じゃん」

にこ「――――」

 あ、やば。

 また目頭、熱くなってきた。

後藤「なんだか、一本取られちゃった感じね?」

 


 それから散々「重くとらえすぎ」とかからかわれて。

 三年生になるまでは今の関係を続けることを伝えて。

 一緒にご飯を食べて。

 授業を受けて。

 放課後は四人でボウリングに行って。

 お別れして。

 帰ってきて昨日のように布団に耐えれこんだところで――再び涙があふれてきた。

にこ「うううぅぅぅ……!」

 アイドルへ向けて、再燃焼していく中でも。

 このひだまりのような心地よい温かさは、きっとどこかで残り続けていくんだろうな、と思った。


 年度が変わり、四月某日。

 ついに運命の日――音ノ木坂廃校告知の日がやってきた。

 登校し、校門をくぐる前。一度足を止める。

にこ「――よし」

 気合は十分。覚悟も十分。

 今日、ここからすべてが始まっていく。

 この世界に来てからまだひと月程度しか経ってないのに、ずいぶんいろいろなことがあったように感じる。

 ――ちょっとは成長、できたかな?

にこ「なんてね」

 少しだけ固まっていた緊張を、笑顔で解きほぐす。

 うん、やっぱりにこにーは笑顔でいなくちゃね。

 さて。行きますか。

 これから始まる、かつて始まったμ'sの誕生へ向けて、私は一歩踏み出すのだった。









 ――その日。結局放課後まで待っても、廃校の告知が張り出されることはなかった。







ここまで
ようやくプロローグが終了しました
やっとほかのμ'sのメンバーが出せる


 日付を勘違いしてたかな、と思って三日待った。

 何かイレギュラーが発生したのかも、と思って五日待った。

 半分くらいあきらめて、一週間待った。

 十日経った頃――私は学校へ行かなくなった。


にこママ「じゃあ私仕事行くけど……ほんとに看病してなくて大丈夫?」

にこ「……ん。大丈夫だから」

にこママ「だけどもう三日でしょ? ただの腹痛っていってもこれだけ続くなら……」

にこ「大丈夫だから。寝てれば……よくなるから……」

にこママ「……明日も変わらないようだったら、病院へ行きましょう。いいわね?」

にこ「…………」

にこママ「……行ってきます」

 見送りの言葉を返すこともできず、黙ったまま家のドアが閉まる音を聞く。

 さすがにママもおかしいと思い始めたみたい。

 たぶん、私がずる休みしてるって気づいてる、よね。

にこ「……はぁ」

 なんだかほんとにおなか痛くなってきそう。


 眠って、目覚めて、ご飯食べて、眠って。

 この三日間それだけを繰り返してた。

 いつか目覚めたら。

 全てが夢でした、ってなればいいのに。

 そんなことを願いながら、だけどそんなことにならないってわかりながら。

 ただ無駄に時間を削っていくことに焦りながら。

 もう――なにもする気になれなかった。

にこ(これ……ずっと学校行かなかったらどうなるんだろ?)

 不登校?

 ひきこもり?

 卒業もできなければ、進学もできない、の?

にこ「――――っ」

 じわりと心を蝕む予想に背筋が震えた。

 どうしよう、どうしよう――


 ――――――

 ――――

 ――

「――というわけで、本日特集するのは今大人気のスクールアイドル、A-RISEです!」

にこ「――ん、」

 いつの間にか落ちていた眠りから目覚める。

 つけっぱなしにしていたテレビは夕方のニュース番組を垂れ流していた。

にこ(やば、電気代もったいない……って、A-RISE?)

 聞きなれた名前と、流れ出した曲に意識がはっきりする。

 
 Can I do? I take it, baby! Can I do? I take it, baby!

 
にこ(これ――Private Wars?)

 かつては私たちがラブライブで下した相手が――画面の中で、輝いていた。


 かつてμ'sができる前。飽きるまでリピートしてた曲。

 
 What`cha do what`cha do? I do ``Private Wars``

ほら正義と狡さ手にして

 What`cha do what`cha do? I do ``Private Wars``

 ほら人生ちょっとの勇気と情熱でしょう?


 歌詞なんか見なくても口ずさめるほど聞いていた曲。


 もう辞めちゃうの?

 根気がないのね

 ああ…真剣に欲しくはないのね


 そんな曲が、今になって。


 What`cha do what`cha do? I know ``Dangerous Wars``

 ただ聖なる少女は趣味じゃない

 What`cha do what`cha do? I know ``Dangerous Wars``

 ただ人生勝負を投げたら撤退でしょう?

 
にこ「――――」


 What`cha do what`cha do? I do ``Private Wars``

ほら正義と狡さ手にして

 What`cha do what`cha do? I do ``Private Wars``

 ほら人生ちょっとの勇気と情熱でしょう?
 

 私の心を打ちのめすのは――なんでなの。


 テレビから流れる曲を、呆然と聞いていたものだから。

 ピンポーン。

にこ「あ、はーい」

 不意に鳴ったチャイムの音につい反応してしまった。

にこ(あ、しまっ……)

 と思っても後の祭り。宅急便だろうが宗教勧誘だろうが居留守は使えなくなってしまった。

 まあ、別に本当に具合が悪いわけじゃないから、居留守使う必要もないんだけどさ。

にこ「はーい、どちらさ……ま?」

 なーんて油断してたものだから、ドアを開けた瞬間、時間が止まってしまった。

「こんにちは、矢澤さん」

にこ「あな、た……」

 だって、予想できる?

 ドアの前に――例の元アイドル研究部員が立ってるだなんて。


にこ「……麦茶しかないけど」

「気をつかわなくていいのに。病人でしょう?」

にこ「もう治ったから、大丈夫よ」

「そう、じゃあ明日は出てこれるのね。安心したわ」

にこ「…………」

 ほんと、わけがわからない。

 なんで私は今この子のおもてなしをしてるわけ?

「じゃあ、これ。今のうちに渡しておくわね」

にこ「あ、ありがと……」

 渡されたのは、私が休んでる間に配られたプリントの数々。

 どうも同じクラスであるこの子が私のお見舞いに選ばれたらしい。

 ――この子、三年の時も同じクラスだったっけ?


「これ……」

にこ「え?」

 いぶかし気に見ていると、彼女はつけっぱなしになっていたテレビに視線を向ける。

 ニュースはいまだ変わらずA-RISEの特集を続けていた。

「今一番人気のスクールアイドル、A-RISEか……」

にこ「…………」

 何の含みもないはずのその言葉が、なぜだろう、いやに私の心をささくれ立たせる。

「すごいわね。ここまで上り詰めればスクールアイドルだって立派なものだわ」

にこ「……立派じゃなくて悪かったわね」

「誰もそんなこと言ってないじゃない?」

にこ「言ってるようなものでしょ!? そーよ、たしかに今の私は仲間一人いないちっぽけなぼっちよ!」

にこ「だけど、だけど私だって、前までは……!」

「前?」

にこ「…………」

「なんで急に押し黙っちゃうのよ」クスクス

 なんで、なんて言えない。

 私がこのA-RISEより人気のグループにいた、なんて、信じてもらえるはずがなかった。


「あの子たちと、距離をとったんだって?」

にこ「え?」

「春休み前まで仲良かったあの三人。クラスが変わったからっていうのもあるんだろうけど、それにしても極端じゃない?」

にこ「それ、は……」

「……矢澤さんの中には、あったんじゃないの?」

にこ「え?」

「あの関係を断ち切ってでも、作りたい関係が。あったんじゃないの?」

にこ「なんで、それ……」

「あ、本当にそうなんだ。カマかけてみるものね」クスクス

にこ「…………」

「怒らないでよ。別に馬鹿にしてるわけじゃないわ」

「ただ、今の矢澤さんを見てると、なにがしたいのかわからないんだもん」

にこ「なっ、」

「ねえ、もう一度聞くわ」

 やめて、と言うより早く。


「あなたが私たちを置き去りにしてまで守ってたものは――もう、いいの?」


 再度、彼女の言葉が私を射抜く。

「――長居しちゃったわね。お大事に」

 手早く荷物をまとめると、彼女は私が返事する前に出て行ってしまった。

にこ「――――」

 押し黙るみじめな私をよそに、A-RISEだけが、画面の向こう側で笑顔を振りまいていた。


 翌日。彼女にああ言った手前休むこともできず、私はいやいやながら登校した。

 教室のドアを開けても、二、三人が視線を向けて、それだけ。

 まあ、別にいいけどさ。

「…………」

 一番後ろの席で、あの子がにやにやしてるのだけは、なんだか癪にさわった。


 お昼休みにアイドル研究部へ逃げる癖は、残念ながら復活してしまった。

 ママお手製のお弁当を片手に提げつつ、部室へ向かう。

にこ(アイドル。あいどる。愛弗……)

 何かを考えているようで、実は考えていないまま、とぼとぼ廊下を進む。

 ここにきて気づかされたことが、ひとつ。

 私――μ'sに関しては、穂乃果たちにおんぶにだっこだったんだ。

 あの子が作ったグループに、私が「入れてもらった」だけ。

 私がしてたことといえば、意地張って彼女らをつぶそうとしてたことくらい。

 自分からアイドルの道を進むのは――そのころ、とっくにやめてたんだ。

にこ「ほんと……私、なにがしたいんだろう」

 昔も、今も。

 やりたいことははっきりしてるはずなのに、なんでこんな中途半端なんだろう。


「ほらー、やっぱり誰もいないみたいだよ? 早く行こうよー」

「あ、うん……おかしいな……」

 と。私の目指す先から会話が聞こえる。

「一人しか残ってなかったんでしょ? やめちゃったんだよ、きっと」

「そう、なのかなぁ……」

「だからさ、一緒に陸上部やろうよ! きっと楽しいよ」

「で、でも……私運動苦手だし……」

「なおさらだよ! 一緒にがんばって大会とか出られるようになろうよ!」

「う、うーん……」

「そもそも入部するかどうかも決めてなかったんでしょ? ここ。だったらすぱっと諦めちゃおうよ」

「そう、かな……」

 会話から察するに、部活に悩む一年生、ってところかしら。

 あーはいはい、美しい青春模様は私と関係ないところで――

 って、ちょっと待った。

 この声が聞こえてるのって、私が向かってる場所――アイドル研究部の部室前から、よね。

 というか、というか!

 この、聞き覚えのある声って、まさか――


凛「ほら、とりあえずご飯食べにいこ、かよちん。食堂埋まっちゃうにゃ!」

花陽「あ、ちょ、引っ張らないで凛ちゃぁぁぁん!」

 
 曲がり角を曲がり、勢いよく私とすれ違った二つの人影は。

にこ「は、ははは……」

 忘れもしない、大好きな二人の後輩。


 嘘、だって、花陽が?

 自分から、アイドル研究部を訪ねてきたの?

 あんな内気で、穂乃果たちに半ば無理やり勧誘されてようやくμ'sに入った、あの子が――

にこ「く、くくく……」

 なんだか、笑えて来ちゃった。

 そっか。そうだよね。

 やりたいから――やるんだよね。


『あなたが私たちを置き去りにしてまで守ってたものは――もう、いいの?』


 今ならはっきり答えられる。

 よくなんか、ない。

 私はまだ、全然――μ'sのこと、諦めてないんだから!

にこ(なければ、作ればいいじゃない!)

 そうだ。いつまでも穂乃果頼りじゃ先輩として情けないもんね。

 誰も作らないなら、私がμ'sを作っちゃえばいいのよ。

 あの九人を――この手で、もう一度集めてやる。

 
にこ「それが、私のやりたいことだから」

ここまで
ようやく話が動き出した


 思い立ったが吉日とは昔の偉い人の言葉。

 その日の放課後、私は一年生の教室へ顔を出していた。

「小泉さーん、お客さんだよー」

 ちょうど教室を出ようとしていたクラスの子に、花陽を呼ぶよう頼むと。

花陽「は、ははは、はひ!?」

 わかりやすいくらい動揺してる声が教室から飛んできた。

 目を白黒させつつ隣にいる人物を見やる。

 一言二言会話をすると、とてとてと危うい足取りで近づいてくる。


花陽「わ、私ですか?」

 不安げに瞳が揺れている。

 ま、入学してひと月も経ってないのに急に三年生から呼び出されたら、花陽でなくてもこんな反応にはなるだろうけど。

にこ「そ、間違ってないわよ。はな……小泉さん」

花陽「は、はぁ……」

 危ない危ない。ついいつもの癖で下の名前で呼びそうになっちゃったわ。

凛「で、三年生がかよちんになんの用ですか?」

 少しつっけんどんに尋ねてきたのは、当然のようについてきていた凛である。

 もちろんこの子にも用があるわけだからなにも問題はないけれど。

にこ「そんなに構えないでよ。別にとって食おうってわけじゃないんだから」

凛「別に、そんなつもりは……」

 否定しながらも、警戒は解いていない様子。
 
 ほんとこの子、猫みたいねぇ。


にこ「あなたたち、今日のお昼アイドル研究部の部室に来てたでしょ?」

花陽「えっ」

凛「なんで知ってるんですか?」

にこ「あなたたちの去り際にすれ違ったの、気づかなかった?」

 顔を見合わせる二人。

 同時に顔を横に振るということは、案の定気づいていなかったのだろう。

にこ「ちょっと話が聞こえたんだけど、アイドルに興味あるんでしょ?」

花陽「そうですけど……あなたは?」

にこ「ああ、名乗ってなかったわね。私は矢澤にこ。アイドル研究部の唯一の部員にして、当然部長よ」

花陽「え!?」

 途端、花陽の目に輝きが灯る。


にこ「単刀直入に聞くわ。あなた、アイドル研究部に入らない?」

花陽「は……はい! ――あ、」

 力強くうなずいた後、何かに気づいたように花陽は顔を曇らせる。

 視線はそのまま隣に立つ凛へ向けられる。

花陽「あの、凛ちゃん。陸上部のこと、なんだけど……」

凛「かーよちん」

 言いずらそうにする花陽のセリフを、笑顔で遮る凛。

凛「凛に気を遣う必要なんて全然ないんだよ? かよちんは、かよちんがやりたいようにするのが一番だから」

凛「そう。やりたいことやるのが―― 一番、だから」

花陽「凛ちゃん……」

にこ「あのー、しんみりしてるところ悪いんだけど」

にこ「私としてはあなたにも入って欲しいの――星空さん?」

花陽・凛「え?」


 そう、花陽だけじゃ意味がない。

 だって私がそろえたいのはμ'sの九人。

 凛だってそのうちの一人なんだから。

にこ「どうかしら? 小泉さんとも仲がいいみたいだし、きっと馴染むはずだわ。陸上部のこともあるかもしれないけど、」

凛「私はいいです」

にこ「…………え?」

 ぴしゃりと。

 強い否定の言葉だった。

凛「私は――いいです。アイドルとか、そういうの、似合わないから……」

にこ「や、でも……」

凛「いいです」

 有無を言わさぬ否定は、変わらず。

凛「じゃあ、私はもう陸上部に仮入部してるから……失礼します」

凛「かよちん、頑張ってね」

花陽「……うん。凛ちゃんもね」

にこ「あ、ちょっ……」

 止める間もなく、凛は荷物をまとめ教室を走り去っていった。


花陽「あの……矢澤先輩?」

にこ「っ、と。なに?」

 ぼーっとしていた私の意識を花陽の声が引き戻す。

 まさかあんなに頑なに拒否されるなんて……穂乃果の話と違うんだもの。

花陽「先輩がなんで凜ちゃんを誘ったのかはわからないですけど……凛ちゃんは、アイドルとか、そういうのはやらないと思います」

にこ「なん、で?」

花陽「その、あんまり詳しくは言えないんですけど……凛ちゃん、可愛い格好するのに抵抗あるから……」

にこ「…………」

 それは知ってる。

 スカートをはいて男の子にからかわれたりして、自分には可愛い恰好は似合わないと思い込み。

 以来ボーイッシュな恰好を好むようになった、とは。

 でも、だからってアイドルをやることを拒むほどではなかったはず。


にこ「――変わってるってこと、なの?」

花陽「?」

 私の独り言に首をかしげる花陽。

 この子にしたってそう、μ'sに加わるまで穂乃果の強引な勧誘や凛と真姫ちゃんの後押しがあったはず。

 にも関わらず、彼女がこうも素直にアイドル研究部の門を叩いたということは。

 ――元の世界とは、変わってるってこと、なの?

花陽「あの、先輩? どうしたんですか?」

 心配そうにこちらをのぞき込む花陽に構うこともできないほど。

にこ「――――」

 私は、この世界の厳しさを噛みしめていた。

短めですがここまで
凛ちゃん編の始まりです
編ってつけるほど長引くかもわからんけど


にこ「お、おはよー……」

凛「…………」

 うわ、ものっそ嫌そうな顔された。
 
 例えるなら、そう、「なにこの人朝校門の前で待ち伏せまでしてストーカー?」って感じの顔。

 なんでそんなに具体的に表現できるかって?

 その通りの状況だからよ、ちくしょう。

凛「……なんの用ですか?」

にこ「い、いやね、昨日の話、ちょっとばかし考えてもらえないかしらー、なーんて思ったり……」

凛「はぁ……」

 ため息!

 これ見よがしにため息!

 いや確かに自分のやってることがちょっとうっとうしいかなーとはわかってるけども!

凛「ちょっと……ううん、かなりうっとうしいです」

 ……ちょっとじゃなかった。


凛「その話は昨日お断りしましたよね?」

にこ「や、それはたしかにそうなんだけど……」

凛「じゃあこれ以上話すことないです」

にこ「わ、私にはあるの!」

凛「私にはないです!」

にこ「あるの!」

凛「ないです!」

花陽「ちょちょちょ、ちょっとふたりとも……こんなところでやめようよ……」

 まるでこころとここあみたいなやり取りをしていると、ずっとだんまりだった花陽が間に入る。

花陽「矢澤先輩、凛ちゃんのことは昨日話しましたよね……?」

 ぼそっと、私にだけ聞こえるように耳打ちしてくる。

にこ「そりゃ、聞いたけど……」

 だからといって、はいそうですかとあっさり譲れないものもこちらにはあるわけで。

にこ「ほら、なんていうか……ワンチャンあるかなー、みたいな」

花陽「……? 凛ちゃんはワンちゃんっていうか猫ちゃんって感じですけど……」

にこ「あー……うん、そうねー……」


花陽「凛ちゃんも。そんなに邪険にする必要ないでしょ?」

凛「だって……凛は……」

花陽「うん、私はわかってるよ」

凛「…………」

 黙り込む凛。

 言い負かされたとか、そんなじゃなくて。

 あったかーく包み込まれて、ぐうの音も出ない感じ。

 かと思うと、凛は私の方に向き直り。

凛「……ムキになってすいませんでした」

 そっぽ向きながら、だけど、しっかりとその言葉を口にした。

 なによ。

 これじゃまるで、私が悪者みたいじゃない――

にこ「…………」

 まるでもなにも、これ明らかに私が悪者よねぇ……


にこ「お昼」

凛「え?」

にこ「お昼、よかったら一緒に食べない?」

花陽「私たちと、ですか?」

にこ「他に誰がいるのよ。私がそっちの教室行くからさ」

にこ「小泉さんとは同じ部員同士だし、親睦深めるのも悪くないでしょ?」

花陽「悪くは、ないですけど……」

にこ「星空さんとも、仲直りってわけじゃないけどさ」

凛「別にいいですけど……矢澤先輩、一緒にご飯食べる人いないんですか?」

にこ「うぐぅ!?」

凛「え、ひょっとして……ご、ごめんなさい」

にこ「いいの、謝んないで。余計傷つくから」

花陽「で、でも貸し切りの部室があるならひとりぼっちのご飯も恥ずかしくないですもんね!」

にこ「楽しい!? 先輩を的確に殺しにかかって楽しいの!?」

花陽「あ、あれぇ……?」

またもや短いけどここまで
続きはまた後日

今回、ちょっと凛ちゃんの性格きつく感じるかも
アニメ一期の序盤の真姫ちゃんとの絡み見てたら懐いてない人には結構ドライなのかなと思ったらこんな感じになった
凛ちゃんはこんな子じゃねえと思った人にはすまぬ


にこ「というわけでお昼よ」

凛「ほんとに来た……」

にこ「嫌そうな声出さないでよ、傷つくじゃない!」

凛「べ、別に嫌そうにしたつもりはないですけど……」

花陽「ほらほら二人とも、またけんかになっちゃう前に、ほら、ご飯食べよ?」

にこ・凛「はーい……」

 あろうことか花陽にたしなめられ、凛と私は渋々ながらお弁当を開いた。

凛「へぇ、先輩の卵焼きおいしそうですねー」

にこ「あ、あああ、あげないんだからね!?」

凛「えーっと、まだなにも言ってないんですけど……」

にこ「ふかー!」

凛「そんな威嚇してる猫みたいな真似されても……」

 いけないいけない、連日お弁当箱からかっさらわれた苦い思い出からつい卵焼きを守ろうとしてしまったわ……


 あ、猫といえば。

にこ「そういえばり……星空さん、猫の真似しないの? ほら、語尾ににゃーにゃーつけてさ」

凛「ぅえ!?」

 え、なんでそんなに驚くの?

 なんか普通に喋ってる凛に違和感バリバリだったから聞いただけなんだけど。

花陽「えっと、矢澤先輩?」

 なにかのどに詰まらせたのかけほけほとせき込む凛の代わりに、花陽が答える。

花陽「なんで凛ちゃんが普段猫みたいな喋り方してるって知ってるんですか?」

にこ「ぅえ!?」

 数秒前の凛と全く同じ声を出しつつ、今度は私がせき込む番だった。

 しまった。

 名前は何とかかろうじて寸止めできてたけど、こんなところでループのほころびがでてしまった。


にこ「あ、や、えーっと、それはその、あれよ。あんたたち二人が部室の前で会話してたのを聞いたからよ」

 しどろもどろになりながらなんとか記憶を手繰り寄せる。

 その時にゃーにゃー言ってたわよね……言ってたわよね?

凛「あー、あの時」

花陽「そっか、あの時の会話、聞いてたんですもんね」

にこ「で、でしょ?」

 せ、セーフ……

 危うくやぶへびになるところだったわ。

にこ「それで? 質問には答えてもらえるの?」

凛「え、っと……」

 もじもじする凛。

 ほっぺが少し赤くなってるのは……恥ずかしがってるの?

 なによ、ちょっとかわいいじゃない、この後輩。


花陽「恥ずかしいんだよね、凛ちゃん」

凛「か、かよちん!」

にこ「恥ずかしい?」

花陽「はい。凛ちゃんがあの言葉遣いになるのって、親しい人の前だけですから」

花陽「あんまり慣れてないひと相手だと、恥ずかしいんだと思います」

にこ「へー……」

 正直、意外だった。

 凛って言ったら底抜けに元気で明るくて、人見知りとかそういうのとは対極の存在だと思ってたから。

 まさしく借りてきた猫、って感じなのかしら。


にこ「なんていうか……猫っぽいわよね、あなた」

凛「え?」

にこ「いや、もちろんにゃーにゃー言うっていうのもあるけどさ」

にこ「なんか性格というか生き方というか。猫ちゃんそっくりよね」

にこ「よっぽど好きなんでしょ? 猫が」

花陽「あ……凛ちゃん、あの、」

凛「好きじゃないです」

にこ「…………へ?」

凛「好きじゃないです、別に」

 頑なな否定は。

 昨日と同じ、強い拒絶。


にこ「……なんなの? それ」

凛「なんなのって……なにがですか」

にこ「しらばっくれてるんじゃないわよ。アイドルの話といい今の話といい、急に冷たくなっちゃって」

にこ「『その話はしないでくださいオーラ』全開じゃない」

凛「そこまで、わかってるなら……」

にこ「やめないわよ」

凛「っ」

にこ「この話。やめないわよ」

凛「なん、で……」

にこ「理由は、なんていうか、答えづらいんだけど……」

 今の状況をぼやかしつつうまく伝える方法を探して。

にこ「なんていうか――アイドルにしろ猫にしろ、ほんとは好きなんじゃないかな、って」


 この世界が過去なのか並行世界なのか、はたまた全く違うなにかなのか。それは私にはわからない。

 だけど。

にこ「私にはあなたがそれらを嫌ってるとは、どーしても思えないのよねぇ」

 だって、なんにせよ「凛」だもん。

 人一倍元気ににゃーにゃー言ってて。

 ぴょんぴょん身軽に跳ねまわって。

 かわいいのは似合わない、って言い張りながら。

 あの真っ白なウェディングドレスがあれほど似合った――凛だもん。

 
 ねえ、凛。

 一体なにを強がってんのよ、あんたは。

 


 【Side:凛】

 勝手な人だなぁ、とは思ってた。

 なんだか強引で、私がいいって言ってるのにしつこく勧誘してきて。

 気持ちがぐらぐらぐら揺れちゃうから――やめてほしいのに。

 私がアイドル?

 考えられないよ。

 きらきらでふわふわなお洋服を着て、踊る?

 笑われちゃうよ、きっと。

 だから私は、アイドルなんて――


にこ「私にはあなたがそれらを嫌ってるとは、どーしても思えないのよねぇ」

 頭がカーッって熱くなった。

 隣でかよちんが慌ててるけど……ごめん、我慢できないや。

凛「先輩に――なにがわかるんですか!」

 ついおっきな声を出してしまう。かよちんも、周りの人たちも、びっくりしながら私を見てる。

 だけど、目の前に座る人だけは。

 矢澤先輩だけは、すごく真剣な顔だった。

凛「勝手なことばっかり言わないでください! 迷惑なんです!」

 ダメだ、ってわかってるのに、止まんない。

 なんだかよくわからない感情がぶわーってなって、次から次へと良くない言葉が出てくる。

 それは、きっと。

凛「嫌ってるとは思えないって? 嫌いです! アイドルも、猫も、だいっきらい!」


 図星だったって、わかってるから。


 だんだんのどが痛くなってきちゃった。

 いつの間にか立ち上がってたみたい。すとん、と落ちるように椅子に腰かけた。

 これで参ってくれたかな? ってちょっぴり期待したけど、矢澤先輩の顔色が変わることはなかった。

 それどころか。

にこ「あんた――うそ、下手ね」

 なんて。余裕ぶってるのがむかつき。

 だけどもう叫ぶ元気も残ってないや。

 どうせなにを言ってもへっちゃらみたいだし、叫ぶ必要もないよね。

凛「昨日会ったばかりの人に――なにがわかるんですか?」

にこ「――――」

 あれ? おかしいな。

 なんでこの人。


 今日一番、悲しそうな顔してるんだろう。

ここまで
サイド凛ちゃんはもうちょっと続く


 夕暮れ色の遊歩道を、一人で歩く。

 かよちんはアイドル研究部に顔を出すって言ってた。

 私も陸上部に行こうかと思ったんだけど、ちょっとそういう気分じゃないから先輩にごめんなさいして今日はお休み。

 そんなこんなで、ひとりぼっちの帰り道です。



>>124はミスです、申し訳ない

* * * * *

凛「はぁ……」

 ため息は、疲れたから。

 昨日今日となんだかよくわからない先輩にからまれて、精神的にぐったり。

 なーんであんなにしつこいんだろ。

凛「凛なんて、アイドルやってもかわいくないのに……」
 
 ぽつん、とひとりごと。

 それは、ずっとずーっと昔から私にかかってる、のろい。

 スカートなんて似合わない。

 女の子らしさなんてない。

 かわいらしさなんて、ない。

凛「――――」


 そうやって、自分に言い聞かせてる、のろい。


凛「あ……」

 かさかさ、と生垣が揺れたかと思うと、中から小さな黒猫が顔を出した。

 ――みゃう。

 小さく鳴きながら、黄色いおめめが私を見上げる。

凛「わぁ……」

 かわいいなー。

 こっち来ないかな?

凛「にゃーにゃー、こっちに来るにゃー」

 しゃがんで手招き。これがほんとの招き猫?
 
 って、これじゃ猫招きか。

 なんて、つまらないことを考えてたら。

凛「わっ、わっ、」

 びっくり。ほんとに近づいてきた。

 飼われてない猫ちゃんて警戒心が強いから、どうせ無理かな、なんて思ってたのに。


 みゃう。

 ちっちゃな体は、もう私の目の前まで来ていた。

 手を伸ばせば、触れられる。

 ふわふわの体を撫でられる。

 大好きな猫に、触れる。

 もうちょっと、もうちょっとで――

凛「……っくちゅん。――あ、」

 すぅ、って。

 気持ちが一気に、冷たくなった。

凛「ごめんね」

 言いながら立ち上がる。

 びっくりしたのか、黒猫はすぐにまわれ右してどこかへ行ってしまった。

凛「えへへ、ティッシュ、持ってたかな」

 ひとりごとを呟きながら鞄をあさる。

 お目当てはなかなか見当たらない。 

 


 そうだよね。ダメだよね。

 許されないことだもんね。

 私がかわいいカッコするのも。

 私が猫を触るのも。

 許してもらえないもんね。

 ねぇ、矢澤先輩。

 あなたには、きっとわかりません。

 「やりたい」が、できない気持ち。

 「やりたい」を、否定される気持ち。

 「やりたい」を、許されない気持ち。


 それは例えば、「かわいくなりたい」をクラスの男の子に否定された女の子。

 それは例えば、「猫を撫でたい」をアレルギーに否定された少女。


 それは例えば――「生きたい」を冷たさに否定された、小さな二つの命。

 
 世の中には、許されないことなんてたくさんあるんです。

 自分の「やりたい」を否定されることなんて、やまほどあるんです。

 ねぇ、矢澤先輩。

 あなたには、わかりませんよね?

 こんな、みじめな気持ち。


凛「……あれぇ? おっかしいなぁ。見つからないなぁ」

 鞄の中をいくら探っても、入れたはずのポケットティッシュは見当たらない。

 もう鼻はぐずぐずだよ。

 それに、ほら。


 涙まで、出てきちゃった。


 次の日。いろんな気持ちがぐるぐるして寝付けなかったせいで、遅刻ギリギリの時間に登校することになってしまった。

 かよちんには先に行くようにメールしておいたので、今日はひとりで登校。

凛「おはよー……」

 ねむたい目をこすりつつ、教室のドアを開ける。

花陽「あ、凛ちゃん……」

凛「おはよーかよちん……ふあぁ」

花陽「眠そうなところ悪いんだけど、ちょっと聞いてもらいたくて」

凛「え?」

 ちょっとまじめな顔のかよちん。

 なにかあったのかな?

花陽「昨日のお昼……ほら、いろいろあったでしょ?」

凛「あ、……うん」

 思い出すと、とっても恥ずかしい一日前の思い出。

 うー、もう思い出したくない。

 


花陽「あれを見てたクラスの子がね、矢澤先輩のこと見覚えあって、それであんまり関わらない方がいいんじゃないか、って」

凛「見覚え?」

花陽「あ、見覚えっていうか、正確には部活の先輩から聞いたらしいんだけど」

花陽「矢澤先輩って、一年生の時にちょっといろいろあったらしくて、その……」

花陽「友達が、いなくなっちゃったらしいの」

凛「……ふーん」

 なんていうか、あんまり意外って感じはない。

 むしろ、あーやっぱりなー、って気持ち。

花陽「それでね、その時の事件が……」

凛「それ、聞かなきゃダメかにゃ?」

 正直、かよちんには申し訳ないけど、あんまり興味がない。

 もともと気が合いそうにない人だったし、そんな人の昔話聞いても――

花陽「うん、だめ」

凛「…………」

 久しぶり、だった。

 かよちんがこんなに、強引なの。

花陽「聞いてほしい。凛ちゃんには」

凛「え、っと……」

 答えられずもごもごしてる私を置いてけぼりにして、かよちんは話し始めた。


花陽「三年生の間では『アイドル研究部事件』って言われてるらしいんだけどね――」

ここまで
シフトとエンター同時押しで即書き込みとは知らなんだ
今回SID知らないとちょっとついてこれないかも、すまん
自分もにこにー関連と円盤について来たの以外は漫画版しか知らないけど


凛「矢澤先輩!」

にこ「え?」

 凛にぼろくそ言われた次の日の放課後。

 なによりもきっつい一言をもらって、柄にもなくへこみながら部室で花陽を待っていると、意外な人物が私の名前を呼んだ。

にこ「星空さん? なんでここに、」

凛「教えてください!」

にこ「え?」

凛「教えてください!」

にこ「な……なにを?」

 鬼気迫る様子で同じ言葉を繰り返す凛。

 戸惑う私の質問に、少し考えるようなそぶりを見せた後、こう言った。


凛「なんで――なんで、アイドルになりたいんですか?」


にこ「なんでって……え?」

 この子、私に怒ってるんじゃなかったっけ?

 いや、今も険悪な顔つきではあるんだけど。

 突然の訪問。突然の質問。

 それでも、なんで急に、という言葉は。

凛「――――」

 彼女の真剣な視線の前では、口にできなかった。

 

 
 改めて問われると答えに詰まる質問だった。

 みんなを笑顔にさせたいから?

 仲間と一緒に頑張りたいから?

 達成感が欲しいから?

 どれも合ってて、どれもぴんとこない。

 答えはきっと、もっともっとシンプルで。

 でも、本質的。


にこ「――やりたいから、よ」


凛「――――」

 息をのむ凛。きゅっ、と唇を結んで、視線を床へ落とす。

凛「なんで……」

 それは、質問というよりは独り言のように聞こえた。

凛「なんで……あんなこと、あったのに……」

にこ「あんなこと? って――」

凛「好きなこと……やりたいこと、否定されたのに」

凛「なんで……そんなこと、言えるの……」

にこ「――――」

 ああ、知っちゃったんだ。

 私が三年前――この世界では、二年前か――どれだけ惨めだったか。


にこ「だって、さ」

凛「え?」

にこ「だって、それが自分じゃない」

にこ「誰に否定されようと」

にこ「誰に馬鹿にされようと」

にこ「それが私。矢澤にこだもの」

にこ「痛さだって本気なの。悪い? 本気なのよ」


にこ「それが――私だもん」


凛「――――」

凛は、押し黙ったままだった。

とりあえずここまで


花陽「ね、凛ちゃん」

 凛の後ろから姿を現したのは、いつの間にかいた花陽であった。

 訳知り顔の様子を見ると最初から聞いていたのかもしれない。

花陽「凛ちゃんは、どうしたい?」

凛「凛は……」

花陽「――いいんだよ、言っても」

凛「かよ、ちん?」

花陽「ああしたい、こうしたいって。いいんだよ、言っても」

凛「でも凛は、」

花陽「許されないから?」

凛「…………」


花陽「――もっと、早く言えればよかったんだと思う」

花陽「だけど、私に勇気がなかったから」

花陽「ひょっとしてこれも、凛ちゃんからしたら『否定』になっちゃうかもしれないって」

花陽「凛ちゃんに嫌われちゃうんじゃないかって」

花陽「だから、言う勇気がなかった」

花陽「でも、矢澤先輩を見て、思ったの」

花陽「私も、やりたいことやっていいんだって」

花陽「言いたいこと、言っていいんだって」

凛「……かよちん? 何言って、」


花陽「凛ちゃんの――ばかっ!」


凛「えっ……」

花陽「許されるってなに!? 誰にそんな権利があるの!?」

花陽「ばかみたいっ! 凛ちゃんそんなこと言って、逃げてるだけだもん!」

花陽「あの雪の日から――」

凛「あ、やめ……」


花陽「猫ちゃんたちを助けられなかったあの日から、ずっと逃げてるだけ!」


凛「――――っ」


花陽「……ね、凛ちゃん」

花陽「花陽はね、ずっと凛ちゃんのまぶしさにあこがれてたの」

花陽「きらきらで、まっすぐで、元気いっぱいな凛ちゃんに、あこがれてたの」

花陽「だからね。いますごく悲しい」

花陽「否定されるのを怖がって曇ってる凛ちゃんを見るのが、すごく悲しい」

花陽「……えへへ。勝手、だよね。わかってる」

花陽「だから言えなかった」

花陽「これが、花陽の……ほんとの気持ち、です」

花陽「ばかって言って、ごめんね?」

凛「かよ、ちん……」


花陽「凛ちゃん?」

凛「……なぁに?」

花陽「怖いよね、否定されるのって」

凛「……うん」

花陽「怖いよね、許されないのって」

凛「……う、ん」

花陽「でもね、大丈夫」

凛「……う……」

花陽「たとえこれから先。十人が、百人が、千人が、凛ちゃんを許さなくっても」

凛「う……ぅぅうう……」







花陽「私が――凛ちゃんを許してあげるから」


凛「ううぅぅ……うあぁぁぁぁぁぁあああああん!」






 なんだか、置いてけぼりにされちゃったけど。

 まあ、いいわよね。

 だって、口なんてはさめるわけないじゃない。


凛「うぁぁぁぁああああん!」

花陽「うん……っく……大丈夫、だからね……ひっく」


 あんなきらきらした雫より、説得力のある言葉なんて、もってないもの。

 だから、そう。


 アイドル研究部の部員が三人になったのは、また別のお話、ってことで。

ここまで。凛ちゃん編終了
猫のくだりとかはとりあえず漫画版SIDでも読んでもらえれば補完できます
次はまた近々


【Side:真姫】

 白鍵に乗せた指から、すぅ、と緊張感が全身に染み渡る。

 どんな音を鳴らそう。

 どんな曲を紡ごう。

 そう考えるだけで、胸がどきどきしてくる。

 だというのに。

真姫「はぁ……」

 今日は――ううん、ここ最近はずっと、ため息ばかりが口をつく。

 ぽーん ぽーん

 意味なくピアノを鳴らしても、沈む気持ちは浮かばない。

 せっかく先生にお願いして、放課後に音楽室を開放してもらってるのに。


真姫「―――――」

 すっ、と意識を指先に集中させる。


 大好きだばんざーい!

 まけないゆうき 私たちは今を楽しもう

 大好きだばんざーい!
 
 頑張れるから――


 よどみなく動いていた指が、いつもここで止まってしまう。

 まあ、歌詞ができてないんだから当たり前なんだけど。

 それでもいつもならいい歌詞がすらっと浮かんで問題なく続けられるのに。



 不調、だから?

真姫「…………」

 そんなわけないし。

 それじゃまるで――友達ができないこと、私が気にしてるみたいじゃない。

 友達なんていらない。作らない。

 邪魔になるだけだもの。

 私はひとりがいいの。

 自分で選んでるの。

 友達なんて、友達なんて――

真姫「…………はぁ」


 私、誰に言い訳してるんだろ。


真姫「あーもう、やめやめ!」

 今日の練習もうじうじするのも、おしまい!

 こんな調子じゃ日が暮れたって曲なんか作れやしないわ。

 ぱっと荷物をまとめ音楽室を出る。

 オレンジ色に染まった廊下は誰もいなくて、少し寂しげ。

 グラウンドから聞こえる部活の声だけが、遠く響く。

真姫「…………」

 私はひとりで歩き出した。
 


 毎日ってこんなにつまらないものだったっけ。

 中学生のころから感じてた思い。。

 高校に入って増していく想い。

 同じ毎日が続いて。

 変わらない毎日が過ぎていく。

 
 今、私の視界を流れていく寂しげな廊下の風景は。

 きっと、私の人生の縮図。


真姫「――――」

 ひとりを、望んでいるはずなのに。

 泣きたくなるのは、なんでだろう。  


「かよちーん! はやく行くにゃー!」

「ま、まってよ凛ちゃん……それじゃ矢澤先輩、お疲れさまでした」

 と。奥の教室から飛び出てくるふたつの人影。

 見覚えあるな、と思ったら、同じクラスの星空さんと小泉さんだった。

 あれ、あの二人って陸上部に入ったんじゃなかったっけ?

 たまに聞こえる会話では、そんなこと話してた気がするんだけど……

「はいはい、お疲れさまー。気を付けて帰んなさいよ」

 続いて出てくる小さな人影。

 あの人……ついこの間、うちのクラスで一悶着起こしてた人だ。

 矢澤にこ……だっけ?

 風のうわさでは二年前にやらかしてひとりぼっちって話だったけど……

 ふーん。そういうこと。

 あの二人、矢澤先輩の部活に入ったんだ。

 別に、私には関係ないけど。


 二人が走り去ったあと、矢澤先輩はひとりで部室のカギを閉めているようだった。

 私には気づいてないようで、そのまま廊下の奥へと進んでいく。

 なんだか浮かれてるみたいで、足取りは軽い様子。

 ほら、後ろくらい確認しなさいよ。人が見てるわよ、人が。

 もう、スキップなんかしちゃってみっともない。

にこ「~♪」

 あーあ、ごきげんに歌まで歌いだしちゃって、見てるこっちが恥ずかし――

 え?


にこ「愛してるーばんざーい! ここでーよかーあったー」

 
 え、なんで?

 私が作った、私だけの、私しか知らない曲を。

 なんで――あなたが歌えるの?

ここまで
次はまた近いうち

途中酉はずれてた、すまぬ
ID同じだから大丈夫やんな


にこ「愛してるーばんざーい! ここでーよかーあったー」

 つい歌なんか歌いながらの帰り道。

 十人が見たら十人が浮かれてると思うことだろう。

 それ、大正解。

にこ「とっきーどきーあーめーがーふーるけーど みっずっがーなーくーちゃたーいへーん」

 凛が仲間になってくれた。凛が認めてくれた。

 あんなに頑なだった凛が。

 私に、開いてくれた。

にこ「さー大好きだーばんざーい! まけなーいゆーうーきー」

 これが喜ばずにいられる? いーえ、いられないわ。
 
 歌だって歌いたくなるってもんよ。


にこ「昨日ーに手ーをふーって ほらー 前向いてー」

 ごきげんになりながら一番を歌い終える。

 メロディの余韻は、誰もいない廊下にじんわりと染み込んでいった。

にこ「ふぅ……」

 喉の痛さも、少し弾んだ動悸も、なぜだか心地いい。

 やり遂げたというか、やりつくしたというか。

 まだ淡い達成感が、だけど、たしかに胸の中にあった。

にこ「あと六人」

 思わずこぼれたひとりごと。

 それは、遠いようで、でもきっと手が届かない場所じゃないと、思った。

 さ、今日はもう帰りましょう。

 気づけば止まっていた足を動かして、そして――


真姫「ちょっとあなた!」

にこ「ひゃうっ!?」


 歩みはすぐに止められた。


真姫「なんで! なんであなたか知ってるの!? なんであなたが歌えるのよ!」

にこ「なっ、なっ、なぁ!?」

 懐かしい顔だ、なんて思う暇もなかった。

 急に飛んできた怒声に驚き振り向くと同時、私の両肩はがっしと掴まれた。

真姫「答えなさいよ! なんであなたがそれを歌えるの! なんで知ってるの!」

 言いながらがくがくと私を揺さぶる赤毛の女の子――真姫ちゃんは、必死の形相で繰り返す。

にこ「ちょ、ちょっと落ち着きなさいよ!」

真姫「これが落ち着いていられるもんですか!」

真姫「あなたが今歌ってた曲――『愛してるばんざーい!』は、私が考えてる途中の曲なの!」

真姫「それを、なんであなたが歌えるわけ!?」

にこ「っ!」

 ――やっちゃった。

 後悔が私の心を蝕む。

 浮かれてるからって、こんな致命的なミスをするなんて……


真姫「答えて」

 揺さぶる手は、いつの間にか止まっていた。

 けれどその代わり。

真姫「――――」

 真剣な瞳が、まっすぐに私を射抜く。

にこ「あ、ぅ……」

 考えろ、考えろ。

 なにかそれっぽい、納得できるような理由――

にこ「あ、そ、そうよ!」

真姫「えっ?」

にこ「あ、いや、そうよじゃなくて。あれよあれ、あんたいつも音楽室で練習してたわよね?」

真姫「――ええ」

 これだ、これしかない。

にこ「それが偶然聞こえてたのよ! 廊下で! それでいい曲だなーって思ってつい口ずさんじゃったのよ!」

 

寝落ちってた
続きはまた後程


真姫「――私が歌ってるのを、聞いたから?」

にこ「そう!」

真姫「――音楽室で、私が歌ってるのを?」

にこ「そうそう!」

真姫「――最初から、最後まで?」

にこ「そうなのよ!」

真姫「――――」

 いけるかも、って思った。

 真姫ちゃんが乗ってくれたと思った。

 ごまかせるかも、って、思った。

 それが全部勘違いだと気づいたのは。

真姫「――――っ」

にこ「えっ?」


 真姫ちゃんの瞳から、ぽろりと涙がこぼれた瞬間だった。


真姫「う、うう……」

にこ「え……え!? ちょ、真姫ちゃんどうしたの!?」

真姫「なんで……なんで……!」

にこ「なんでって、こっちのセリフよ! なんで急に泣き出しちゃうわけ!?」

 私の言葉に、真姫ちゃんはキッと鋭い視線を返す。

真姫「なんでって? 悔しいのよ!」

にこ「く、悔しい?」

 なに? この子なんの話してるの?

 私の疑問を知ってか知らずか、真姫ちゃんはすぅっと息を吸う。


 大好きだばんざーい!

 まけないゆうき 私たちは今を楽しもう


 それは、ついさっき私が口ずさんでいた曲。

 唯一、違いがあるとするならば。


 大好きだばんざーい!
 
 頑張れるから――


にこ「…………?」

 それが、最後の最後で止まったこと。 


真姫「この曲はね、未完成なの!」

真姫「どうしても、最後のフレーズが浮かばなかった!」

真姫「この曲にぴったりの歌詞が見つからなかったの!」

にこ「……あ、」

 荒ぶった感情が、びりびりと伝わってくる。

 言葉の意味を飲み込んだ私は、自分が思っていたよりもっと深い沼に足を踏み入れていたことに気づいた。

真姫「そう! でもあなたは歌った!」

真姫「昨日に手を振って。ほら――前向いて、って!」

真姫「なによ……なによそれ!」

真姫「それ以上ぴったりな歌詞――見つけられるわけないじゃない!」

真姫「それを聞いた瞬間、もうそれしかないって思った!」

真姫「この曲には、その歌詞しか合わないんだって感じ取った!」

真姫「まるで……まるで、最初からそう決められていたみたいに……」

にこ「…………」

 そりゃ、そうよね。

 だってそれが、その歌詞が、この曲の「本来の形」なのだから。


真姫「それが……なんであなたから教えられなきゃいけないわけ!?」

真姫「なんにも知らないあなたに!」

真姫「廊下で聞いた、なんて下手な嘘でごまかそうとしてるあなたに!」

真姫「なんの関係もない、あなたに……!」

真姫「これが悔しくなくて……なんだって言うのよ……」

にこ「ぁ、う……」

 きっと、本当に悔しいんだと思う。

 人前で、しかも彼女にとって初対面の人間の前で。

 こんなに素直に涙をこぼすなんて――「あっち」の真姫ちゃんなら考えられない。

 だからこそ、不用意な言葉は返せなかった。

 この、ガラス細工みたいにもろい女の子に、どう触れたら壊さないで済むのか、見当もつかなかったから。

 


真姫「……ちょっと待って」

 私がそうやってだんまりを決め込んでいたわけだから、言葉を続けたのは当然真姫ちゃんの方であった。

真姫「あなたさっき、私のこと……真姫ちゃん、って呼んだ?」

にこ「ぎくー!」

 し、しまった! 

 あまりの急展開に呼び方を変えるの忘れてた!

にこ「き、ききき、気のせいじゃない? なんで私が初対面の西木野さんのこと名前で呼ばなきゃ……」

真姫「いや、そうじゃなくって」

にこ「へ?」


真姫「初対面のあなたが、苗字にしろ名前にしろ、何で知ってるの? ってことよ」

にこ「…………」

 あ、ほんとだ。

 え、だって凛と花陽はそんなこと一言も――って、あの子らだもんなぁ……

にこ「あ、あはは……」

真姫「――――ねえ」

にこ「……はい」

真姫「あなた……何者なの?」

にこ「えー、と……」

 ああ、これが年貢の納め時ってやつなのかしら。

 ま、いっか。話しても。

 どうせ信じてもらえないだろうしね。

また寝落ちってた
続きはのちほど


真姫「ふぅん? つまり私の知ってる言葉で表すなら、あなたは未来人ってことになるのかしら」

にこ「あはは……まぁ、そういうことになるのかしらね」

真姫「…………」

 場所を移して、音楽室。

 腰を落ち着けて私の話を最後まで聞いた真姫ちゃんの反応は、正直予想外だった。

 ぶっちゃけ「頭のネジ、足りてないんじゃない?」とか鼻で笑われると思ってたのに。

 今目の前にいる真姫ちゃんは。

 私の言葉を、真剣に考えてくれていた。

 あの三人娘と友達になれた時も嬉しかったけど、それとは話が違う。

 「今の私」の真実を受け入れてくれる、仲間。

 すごく、すごく――救われた気がした。

にこ「――ありがと」

真姫「な、何よ急に」 

にこ「いえ、ごめんなさい。こんな話、まさか信じてもらえるなんて思ってなかったから」
 
 ちょっと涙目になった私の言葉を聞いて。

真姫「ばかね、あなた」

 真姫ちゃんは、からかうように笑った。



真姫「そんな話信じるわけないじゃない」



にこ「ちょっとおおおぉぉぉぉぉおおおおお!?」


真姫「目が覚めたら過去にいました? そんなのありえるわけないじゃない」

にこ「はぁ!? さっきまでのいい雰囲気なんだったわけ!?」

真姫「頭のネジ足りてないんじゃない? あなた」

にこ「予想通りの反応ありがとうございますぅ!」

真姫「あーもう、やかましいわね」

 いらだちを隠そうともしない真姫ちゃん。

 え、なんで私が怒られてるの?

真姫「常識で考えなさいよ、常識で。あなたそもそもそんな話信じてもらえると思ったわけ?」

にこ「ぐ、ぐぬぬ……」

 はい、絶対信じてもらえないと思ってました。

真姫「ほら見なさいよ。自分でもわかってる答えが返ってきたのに騒がないでもらえる?」

にこ「で、でも! じゃああんたはご丁寧になにを考え込んでたわけ!?」

 そもそも勘違いの原因はそこだ。

 紛らわしいことしてる真姫ちゃんにだって責任はあるはずだ、うん。


真姫「……信じては、ないの」

 だけどね、と。

 迷うような表情を見せた後、真姫ちゃんはグランドピアノへと向かう。

 ぴぃん、と空気が張り詰めたような錯覚。

 そんな緊張感を振り払うように、真姫ちゃんの指は鍵盤の上を滑り始めた。

 果たして、流れ出したメロディは。

にこ「――――!」

真姫「――――」

 それを察した私と、私が察したことを察した真姫ちゃん。

 一瞬のうちに視線が交わり、互いの意図を読み合う――なんてことはできなかったけど。

 私の体は、自然と反応していた。


 
 I say...

 Hey,hey,hey,START:DASH!!

 Hey,hey,hey,START:DASH!!


 歌えないはずがなかった。

 それは、私たち九人が初めて講堂を一杯にした曲。

 μ'sのはじまりの歌。


にこ「――ふぅ」

 ピアノの伴奏は、私が一番のサビを歌い終えたところで止まる。

 額にじんわり浮かんだ汗をぬぐうと、真っすぐにこちらを見つめる真姫ちゃんと視線がぶつかる。

真姫「信じては、ないの。だけどね、そんなの関係ないってわかった」

真姫「今の曲は、歌詞なんてワンフレーズもついてないメロディだけの曲」

真姫「でもあなたは、それを当然のように歌った」

真姫「その歌詞は、そうであるのが当然のようにぴったりだった」

真姫「あなたが未来人であることを、私がどれだけ信じようとしなくても、関係ない」

真姫「この事実は――捻じ曲げられないもの」


にこ「真姫ちゃん……」

真姫「μ's、だっけ? さっきのあなたの話に出てきた、私も所属してたアイドルグループって」

にこ「え? ええ、そうだけど……ひょっとして!」

真姫「勘違いしないで」

 ぱぁっと輝いた私の言葉を、真姫ちゃんがぴしゃりと遮る。

真姫「別に信じたわけじゃないんだから、そんなグループに私が入る義理はないわ」

にこ「いや、義理とかじゃなくて」

真姫「……ごめんなさい。変なごまかし方しちゃったわね」

真姫「私は、友達も作らないし、部活もやらない」

真姫「そう、決めてるの」

真姫「だから……μ'sには、入れない」

にこ「なに、それ……」

 真姫ちゃんの告げる言葉は、どれも絶望的だった。

 真姫ちゃんがそんな信念を持っていたなんて話、聞いたことがない。

 また――変わってしまった。


真姫「ちょっと、そんなに落ち込まないでよ」

にこ「別に、落ち込んでなんか……」

真姫「いや、強がってるのばればれだし……」

にこ「…………」

真姫「――あぁもう! あなたがそんなじゃ本題に入れないじゃない!」

にこ「……本題?」

 情け無用の死刑宣告をした上で、この子はどんな本題に入ろうってつもりなの?

真姫「その、μ'sでは私が作曲してたんでしょ?」

にこ「そう、だけど……」

真姫「作詞してた海未って人がどんな人なのか知らないけど……少なくともあなたはどんな歌詞になるのか知ってる」

真姫「つまり、あなたが作詞できるってことよね?」

にこ「…………?」

 えっと。

 この子、何が言いたいの?

真姫「……もう、察し悪いわね!」

 しびれを切らしたのか、腰を持ち上げ私に歩み寄る真姫ちゃん。

真姫「μ'sに入るのは、その、難しいかもしれないけど……楽曲提供くらいはしてあげるって言ってるの!」


にこ「…………」

 ガッキョクテイキョウ。

 がっきょくていきょう。

 ――楽曲提供?

にこ「それって!」

 再び差した光明にすがりつく私を、今度は誰も否定しない。

 それはつまり。

 真姫ちゃんがμ'sとのつながりを残すということ。

 今はまだ入るつもりがなくとも。

 可能性は――残る。

にこ「だ、だけど、なんで?」

 妙なところで冷静になる私。

 だけど気になったのだからしょうがない。

 友達も作らない、部活にも入らない。

 他人を拒もうとする真姫ちゃんが、それでもこの提案をするメリットが、見当たらない。


真姫「……さっきも言った通り。悔しかったのよ」

にこ「へ?」

真姫「私がいくら考えても思いつかなかったフレーズを、あなたがぽんと放ってきたことが、悔しかった」

真姫「そう。悔しくなるくらい――『曲が完成した』って思えた」

真姫「その感覚を、もっともっと味わいたいって思った」

真姫「私のメロディに、もっともっとあなたの歌詞を乗せてもらいたい――それじゃ、だめかしら」

 まあ、あなたが考えた歌詞じゃないみたいだけど。

 そっぽを向いた真姫ちゃんの頬は、ほんのり朱に染まっていて。

 それが照れ隠しだなんてことくらい、私にだってわかる。

にこ「だめなわけないでしょ。ていうか、むしろこっちがお願いしたいくらいだし」

真姫「矢澤先輩……」

にこ「にこでいいわ」

真姫「え?」

にこ「今さら真姫ちゃんに先輩扱いされてもくすぐったいのよね」

にこ「だから、にこでいいわ」

真姫「え、えっと……にこ、ちゃん?」

にこ「んふふー」

真姫「ちょっと、なに笑ってるのよ!」

にこ「別にー?」

真姫「もう、意味わかんない!」



 ぷんぷんしてる真姫ちゃんを見て。

 ぷいってしてる真姫ちゃんをみて

 私のよく知ってる、真姫ちゃんの横顔を見て。

にこ「――――」

 いつか九人は揃うんだろうなって、思えた。

ここまで
次はまたそのうち


にこ・凛「ライブ?」

花陽「はい、ライブです」

凛「っていうかなんでにこ先輩が普通にいるにゃ? ここ一年生の教室なのに」

にこ「いーじゃないのよ別に、部の一年生と一緒にお昼食べるくらい」

凛「凛たちは別にいいけど……」

にこ「……なによ、憐れんだ目で私を見るのはやめなさい」

凛「ほら、私のからあげあげるから元気出すにゃ」

にこ「同情すなー!」

花陽「あの、話進めてもいいですか……」


花陽「アイドル研究部も私と凛ちゃんが加わり三人となりました」

花陽「これは言わずと知れたかの有名スクールアイドルA-RISEと同じ人数です」

花陽「つまり! これだけ揃えばA-RISEと同じパフォーマンスだって可能ということです!」

にこ「いや、それは盛りすぎだと思うけど……だけど」

 揃えば、ねぇ。

 私の感覚としては「まだ三人」といったところ。

 目標の三分の一、真姫ちゃんを入れても半分にも満たない。

 本来真っ先に考えるべきである「アイドル活動」について全く考えてなかったのもそれが理由である。

 だけど……九人揃うまでなにもしません、ってわけにはいかないもんねぇ……


凛「じゃあ凛たちライブするの!?」

花陽「うーんと……正確には、『ライブするための準備をする』、って感じかな……」

 急に自信なさげになる花陽。

凛「準備?」

花陽「うん。ねえ凛ちゃん、アイドルが実際にライブをするには何が必要だと思う?」

凛「え?」

 やっぱり、花陽はしっかり考えてるみたいね。

 ちゃんとその問題に気づいてる。

凛「えっと、えっと……衣装、とか?」

花陽「うん、それももちろん必要だね」

 ほっこりしながら花陽が言うのは、凛が少しだけ素直な気持ちを覗かせたからだろう。

 可愛い衣装。着たいのね、凛。

花陽「だけどそれについてはまだ保留になっちゃうかな」

花陽「突き詰めちゃえば、この制服で踊るのだって立派な『音ノ木坂のスクールアイドル』っていうアピールになるし」

凛「そっか……」

 しゅん、と凛が落ち込む。

花陽「も、もちろんいつまでもそういうわけにもいかないよ?」

花陽「やっぱり可愛い衣装を着て踊った方が映えるし、それに……」

凛「それに?」

花陽「私たちも着たいし、ね?」

凛「……えへへー」


凛「それで、他にはなにが必要にゃ?」

花陽「あとは、もちろん場所も必要だよね。この学院は……」

 ちら、と飛んできた花陽の視線から、意図を汲み取る。

にこ「ええ、申請が通れば講堂でライブをすることも可能よ」

花陽「っていうことみたい」

凛「講堂って、あのおっきな? あんなに人が集まるのかにゃ……?」

にこ「…………」

 それについては心配ご無用。

 私たち九人が揃えば、あの講堂がちっぽけに見えるようなステージだって、お客さんで一杯にできるんだから。

花陽「それと、曲や振り付けも必要になるかな。これも他のスクールアイドル……それこそA-RISEのコピーだって大丈夫だけど……」

凛「やるなら自分たちの曲でやりたいねー」

花陽「うん。それに今例に挙げておいてなんだけど、あんまりレベルの高いアイドルをコピーしても難易度が上がっちゃうし」

凛「あ、そうだよね……」

 暗い話題ばかりが続き、凛と花陽のテンションがみるみる下がっていく。

 うーむ、幸先よくないわね、この子ら……


にこ「あ、そうだ」

 すっかり伝え忘れていた、明るいニュース。

にこ「曲については心配ないわ。私のつてで作曲してくれる人が見つかったの」

花陽「え、ほんとですか!?」

凛「だれだれ!?」

にこ「えーと、それはね……」

 さて、どう説明したものかしら。

 真姫ちゃんには、あの放課後の出来事はもちろん、楽曲を提供してくれるのが真姫ちゃんであることも黙っておいてほしいと言われた。

 まあ、それを話したら二人に質問攻めくらうことうけあいだものね。

 でもさ。全部嘘つく必要はないわよね?

 あんまり適当なこと言うとぼろがでちゃうかもだし。

 それに。

真姫「…………」

 この話題になった途端、私の視界のすみっこで面白いくらいびくって跳ねた赤毛ちゃんのリアクションも、楽しみたいしね。


にこ「えーっとねぇ、この学院の子なんだけどぉ」

真姫「…………!」

 あ、焦ってる焦ってる。

にこ「私より年下でぇ」

真姫「…………」プルプル

 おっと、震えだしちゃった。

にこ「ちょーっと素直じゃないんだけど、そこが可愛くてぇ」

真姫「っ、げほっ、げほっ!」

 あっはっは、ご飯詰まらせてむせちゃってる。
 
 ま、あんまりからかうのもかわいそうだし、この辺にしときましょうか。

 最後に、ひとつだけ加えて。

にこ「私の、大切な人の一人よ」

真姫「――――!」

 がたんっ

 耐えられなくなったのか、椅子から立ち上がる赤毛ちゃん。

 そのままつかつかと教室を出ていく、その横顔は。

 ――あらら、あれじゃ赤毛ちゃんじゃなくて赤面ちゃんね。


にこ「ま、詳しいことは言えないけど、曲に関しては問題ないわ」

花陽「そう、ですか?」

 いまいち納得しきれていない様子。

 まあ、今の説明にもなんにもなってないしね。

花陽「じゃあ、他に足りないものは……」

凛「えぇ、まだあるの? 凛、もう覚えきれないにゃー」

花陽「ううん凛ちゃん、これが一番大事なんだよ?」

にこ「?」

 他に必要なものなんてあったかしら?

花陽「アイドルがライブをやるのに必要なもの。それは――」

にこ・凛「それは――?」


――――――――

――――――

――――


――――

――――――

――――――――

花陽「ず、ずばり……はぁ、はぁ……これです!」

にこ・凛「…………」

 時は放課後、場所はアキバのゲーセン。

 汗だく息切れへろへろな花陽がずびしと指さす先には――GAME OVERの八文字。

 某ダンスゲーのリザルト画面である。

花陽「わた、私たちに、足りない、のは……ぜぇ、はぁ……体力と技術、です!」

にこ・凛「あー……」

 なんというか、ぐうの音も出ない説得力。

 難易度イージーの曲だったのに、ここまでいろんな意味でぼろぼろになれるのは、さすが花陽といったところ。

 いや、全然笑い話にもならないんだけど。

花陽「ほん、本番、は、踊るだけじゃ、ありません! これで、歌も、うたいながら……けほっ、けほっ」

にこ「ちょ、大丈夫? ほら自販機で買ったスポドリ」

花陽「あ、ありがとうございます……」

 こくん、こくん、と花陽の白い喉が揺れる。

 まあ、この子はどう見ても運動してきましたって感じじゃないものね……


花陽「ぷはー」

凛「落ち着いた? かよちん」

花陽「うん……大丈夫だよ、凛ちゃん。にこ先輩もありがとうございました」

にこ「いーえ、どういたしまして」

花陽「では、話を戻しまして……こほん」

花陽「とにかく、私たちには体力も技術もありません。素人ですから」

花陽「激しく動きながら歌もうたいつつ、しかも笑顔も絶やさない……」

花陽「そう! たとえるなら笑顔のまま腕立て伏せをするかのような忍耐力が、私たちには足りないんです!」

にこ「…………」

 そのたとえ、必要だった?

花陽「なので私たちは、まずこんなゲーム程度笑顔でクリアできるような体力と技術が……」

凛「――っとぉ、クリアしたにゃー!」

花陽「え?」

 熱弁する花陽のその後ろでは。

 その親友が無残にもハードモードでパーフェクトを叩きだしているところだった。


花陽「…………」パクパク

 ああ、花陽が餌を求める鯉みたいになってる……

凛「結構簡単だね、このゲーム」

花陽「はうぅ!?」

 とどめを刺されたのか、花陽が膝から崩れ落ちる。

 天然って容赦ないわね……

凛「じゃあ、次はにこ先輩の番にゃ?」

にこ「へ?」

 突然回ってきたお鉢に面食らう。

 曲をクリアしたためか、筐体は楽曲選択画面に戻っている。

 にも関わらず、凛は画面からすっと離れた。

 ……ふむ。

 ここはいっちょ、最高難易度で先輩の威厳を見せてあげますか。 


 結果を言えば。

凛「おおぉ! にこ先輩ベリーハードでパーフェクトにゃ!」

花陽「……私……アイドル向いてないのかな……」

 という感じではある。

 だけど。

 凛の言葉にどや顔をすることも。

 花陽の言葉に慰めをすることも。

にこ「はぁっ、はぁっ、はぁ……」

 余裕がなかった。

凛「とはいっても、さすがのにこ先輩も一曲が限界かにゃ?」

花陽「すごいはすごいですけど……でも、アイドルとしては体力不足なのは否めないですね……」

にこ「はぁ、はぁ、はぁ……くっ」

 ぎり、と奥歯を噛みしめるのは。

 二人の言葉が的外れな指摘だったからではなく。

 まさしく的のど真ん中を射抜いていたから。


 たしかにここ一か月以上はダンスはおろか基礎トレーニングもほとんど怠っていた。

 それにしても、一曲でこのザマ? ありえない。

 体力の低下、というよりは……

にこ(これも戻ってる、のね)

 当たり前と言えば当たり前。だけど盲点だった。

 記憶が受け継がれているのならば、「私自身」が一年前に戻ってきた。

 そう、疑ってすらいなかった。

 でも、現実は違った。

 体力や筋肉、あるいは神経の繋がりというかセンスというか、そういったものは全て一年前のスペックに逆戻り。

 今の私は、そう――素人、だ。

にこ「――――よ」

凛・花陽「え?」

にこ「――トレーニングよ!」

花陽「あっ!」

凛「にこ先輩!」

 言いながら、二人がついてくるのも確認せず店を飛び出す。

 言いようのない不安が、足首をぎゅっとつかんでいるような気がした。 


 ――私は、もっと焦らないといけないのかもしれない。

ここまで
次はまたそのうちに






『別に、友達ってわけでもないのだから』





にこ「――――」

 思い出すたびに、胃がよじれるような錯覚を引き起こす。

 一際強い痛みを噛みしめながら、私は生徒会室の前に立っていた。

 目的はただひとつ。絵里と希の勧誘。


 あのゲームセンターの屈辱以降、私たち三人は基礎トレーニングから始めることにした。

 筋力や体力、リズムやステップ。

 三日ほど続けて分かったのは――圧倒的な力不足だった。

 息はすぐ切れるし、足はもつれるし。こんなのでなんでスクールアイドルの頂点に立てたの? って感じ。
 
 いや、なんでなんてわかってる。

 絵里の指導があったからだ。


にこ(絵里の加入は一刻を争うわ……)

 μ'sを集めるという意味ではもちろん。

 「ラブライブ優勝グループμ's」に戻るためにも、絵里の力は必須だった。

 だけど。

にこ(どう考えても、素直に入ってはくれないわよねぇ……)

 なにせあっちの世界では最後まで渋った彼女である。

 こっちの世界でだってきっと――

にこ(……いや)

 違う、のかな。

 そもそもあっちの世界で絵里が頑なだったのは、『音ノ木坂を廃校から救うため生徒会として動かなければならなかったから』だ。

 だったら、廃校の話がないこっちの世界でなら、絵里はもっと素直にアイドルをやりたいって言えるんじゃ――


 ガチャ

希「おっとぉ?」

にこ「っとぉ!」

希「誰かと思ったらにこっちやん? 生徒会に何か用?」

にこ「の、希? え、いや、生徒会っていうか……」

希「ん?」

にこ「あんたと……生徒会長に用事がある、っていうか……」

希「うちと絵里ちに?」

にこ「う、うん……」

 希相手なのに、言葉が上ずる。

 というより、希相手だから、か。

 この子だけは、他の子と違ってこっちの世界でも全然知らない赤の他人、ってわけじゃない。

 だから話しやすいだろうって? とんでもない。

 だからこそ、距離感が取りづらいのだ。
 
 どんなに親し気に話しても、この希は、心に孤独を抱えたままの希なのだから。

 そして今の私は、『あの曲』ができるまで希がそういう子だって、知っちゃってるから。

 だから――この子の言葉のなにもかもが、張りぼてのように聞こえてならなかった。


希「うちは別に構わないけど、絵里ちはもうここにはおらんよ?」

にこ「え、そうなの?」

 しまった、来るのが遅すぎたか。

 トレーニングは欠かさず、と思い、部活後に後回ししたのがいけなかったらしい。

にこ「そっか、参ったわね……」

希「……にこっちさ」

にこ「ん、なに?」

希「最近なんかあったん?」

にこ「は? な、なによ藪から棒に」

希「うちの耳にだって届いてるんだからね? にこっちの部活がまた活動し始めたってこと」

にこ「あー……」

 ま、そりゃそうか。

 うちの学年じゃ有名人だもんねぇ、私。

 もちろん、悪い意味で。

希「まあこんなところで立ち話もなんやし」

 ぱちん、と手を鳴らし。

希「うちにも用事、あるんやろ? そしたら、どこかでゆっくり腰を落ち着けない?」

にこ「ん、……そうね」

 そう提案した希に、反対する理由はなかった。


 そんなこんなで、マクドナルド。

希「それで? にこっちは一体全体どんな悪だくみをしてるん?」

にこ「わ、悪だくみって、あんたね……至極まっとうなアイドル活動よ」

希「神田明神の階段を、ぜーぜーはーはー言いながら上り下りするのが?」

希「うちはてっきりアイドル研究部からダイエット研究部に転向したのかと思ったんやけど」

にこ「な、なんであんたがそんなこと……! って、そっか……」

 そういえばこの子、あそこでバイトしてるんだった。

 その割にちっとも顔合わせないもんだからすっかり忘れてたわ。

にこ「ダイエット研究部って、そんなわけないでしょ。このにこにーのないすばでーがどうしてダイエットする必要があるのよ」

希「ふーん……」チラ

にこ「今すぐその自分の胸と私の胸を見比べるのをやめなさい」

希「……ないすばでー」フフッ

にこ「あぁん!?」


希「冗談冗談。それで? なんで今さらアイドルを?」

にこ「今さら、って……私は別にアイドルを諦めたつもりは、」

希「ないって、言えるん?」

にこ「…………」

 沈黙は、何よりも雄弁な、肯定。

希「うちが今さらと思うのって、不思議じゃないと思うんやけど」

にこ「……そうね」

希「――あの日から、やったんかな。にこっちが変わったのって」

にこ「あの日?」

希「そ、あの日。朝急に肩を叩いてきたかと思ったら、うちと絵里ちに妙なこと言ってきた、あの日」

にこ「――――」

希「当たりみたい?」

 まったくもう。

 この子はなんだってこういう時ばっかり鋭いのよ。

 


にこ「……たしかにあんたの言う通り。私、アイドルになること、諦めてた」

にこ「だけどね、見ちゃったのよ」

希「見たって、何を?」

にこ「自分を。自分たちを」

にこ「ステキな衣装を着て」

にこ「さいっこうの曲を歌って」

にこ「きらっきらなステージで踊って」

にこ「頂点に立つ自分たちを、見ちゃったの」

にこ「何言ってんの? って思われるかもしれないけどさ」

にこ「そんなの見ちゃったら、もうそれを諦めるなんてできなかった」

にこ「だから――もう一度、立ち上がった」

希「――――」

 希は、何も返さない。ただ窓の外を、じっと眺めている。

 手のひらに包んだドリンクの紙コップが、じんわりと汗をかいていった。

 

また寝落ちってた
続きはまたのちほど


希「――それで。立ち上がったのが、あの日ってことなん?」

 ようやく開かれたその口からは、ある意味的を射た言葉が放たれる。

にこ「まあ、そんな感じよ」

希「で、その『自分たち』の中に、うちと絵里ちも入ってる、と」

にこ「……ほんと今日のあんた鋭いわね」

希「カードがうちに教えてくれるからね」

にこ「万能過ぎない? あんたのカード」


希「最近な、うちと絵里ちの未来を占うと、いつも同じ結果になるんよ」

希「ばらばらに光ってた小さな八つの光が、次第に集まり一つの大きな光になる」

希「そんな、占いが」

にこ「――ん?」

 ほんと未来予知なんじゃないかってくらいの精度の、希の占い。

 そこに紛れる、大きな大きなひっかかり。

希「ん、どしたん?」

にこ「八つ? いま八つって言った?」

希「え? 言ったけど……」

にこ「九つの間違いじゃなくて? それとも自分を抜いて八つってこと?」

希「ちょっとちょっとにこっち、どうしたん?」

 焦りを抑えきれず、自分でもわかるくらいの早口になる。

希「自分も含めて、全部で八つってことだよ?」

にこ「――――」

 ぎゅっと噛みしめた唇。

 そこから走る鋭い痛みは、錆臭い現実を口内に広げる。


 頭の中では、人との関わりを頑なに拒む赤毛の少女が悲しげな顔をしていた。


希「――その八つの光が、にこっちの話につながるんだって思ったんやけど……違うみたい?」

にこ「いや……」

 残念ながら、希の出した占いの結果がμ'sを――いや、μ'sになるはずだったものを指しているのは間違いないだろう。

 だけど、それを信じてしまうなら。

 私たち九人は――もう、揃うことができないの?

希「あんな、にこっち」

にこ「え?」

 俯けていた顔を正面へ向けると。

 とても優しい顔をしたかつての親友が、私を見つめていた。

希「自分で言うのもなんやけど、うちの占いが万能ってわけでもないし」

希「無理に信じてへこむ必要、ないんよ?」

にこ「――――ん、」

 私なんかよりも本当の意味でひとりぼっちの彼女が、何を思いながら私と話しているのかはわからないけど。

にこ「――うん。ありがと」

 その言葉は、素直に出てきてくれた。


【Side:希】

 二階席の窓から、小さくなるにこっちの背中を見送る。

 私にお礼を述べたにこっちは、時計を確認すると慌てて荷物をまとめ始めた。


にこ『今日は早く帰んなきゃいけないんだった!』

 
 理由までは聞かなかった。余計に時間を使わせちゃいそうだったし。

 きっと家族の都合とか、そんなところだろう。


希「――――」

 見えなくなったピンク色のカーディガンに思いをはせる。

 にこっちは、アイドルを再び目指し始めた。

 二年前、あんなにつらい思いをしたというのに。

 強い。

 本人はきっと否定するだろうけど、彼女はとても強い。

 だからこそ――危ういのだけど。

希「うちも見習いたいもんやね」

 ぽつりとこぼれたひとりごとは、ざわめきに飲まれて、消えた。


 それにしても。

希(さっきのにこっち――普通じゃなかった)

 慌てた口調に真っ青な顔色。

 私の占いに現れた「八人」というワードが、妙にひっかかっていたようだった。

希「――――」

 自分の中で、不安の色が濃くなるのを感じる。

 ひょっとして、ひょっとすると。

 彼女にとって、どこかで「見た」自分たちというのは、九人だったのではないだろうか。

 それは、彼女の言葉の端からうかがい知ることができた。

 ならば。

 足りないのは――誰?


希「――――」

 にこっちが様子が変わり始めた、あの日。
 
 うちと絵里ちの未来が「八つの光」になったのもその日からだったのだけれど。

 実はちょっと心配になって、にこっちの未来も占ってみた。

 結果は、どれほど繰り返しても変わらなかった。


希(――白紙)


 何度占ってみても。

 にこっちの未来は、見えなかった。

希(にこっち……)

 不安の色は、ついに私の心を塗りつぶす。 

 いるべきはずの九人。

 占いの結果は八人。


 足りないのは――

ここまで
もっとペースを上げたい


真姫「あの」

にこ「…………」

真姫「ねえ」

にこ「…………」

真姫「ちょっと」

にこ「…………」

真姫「……あぁもう! いいかげんにしなさいよ!」

真姫「ふらっと現れたかと思ったらなんにも言わないで座り込んで」

真姫「私が演奏してるのじーーーーーーーっと見てるだけって、それ一体なんの嫌がらせなわけ!?」

真姫「気になってちっとも集中できないんですけど!」

にこ「んー……お気になさらず」

真姫「だからそれが無理だっていってるんでしょうが!」


 ぷりぷりと怒りながらも出て行けと言わないのは、まあさすが真姫ちゃんというかなんというか。

 いや、私だってちょっとくらいこれ迷惑になってるかな? とか思わないでもない。

 けれど、私の頭の中は今希との会話をリピートすることで大忙しなのだ。


希『ばらばらに光ってた小さな八つの光が、次第に集まり一つの大きな光になる』


 8人。

 希の占いは、非常にも私の知る未来を真っ向から否定してきた。

 もしそれが事実になるのであれば。
 
 私の苦労は―― 一体なにになるというの?


にこ(――そもそも、なのよね)

 希に現実を叩きつけられて、目を背けていたものが頭の中をちらつくようになってきた。

 そもそも、ここはなんなのだろう?

 私は3月のあの日から、どうなってしまったのだろう。

 本当に過去の世界にタイムスリップした?

 だとしたら、元の時代には戻れるの?

 9人集めることに、μ'sを集めることに。

 意味は――あるの?

にこ(ダメ……)

 それだけは、きっと考えちゃダメ。

 そこに疑問を持ったら。

 きっと私は、もう――耐えられない。


真姫「つまんなそうな顔してるわねぇ」

にこ「……あによ。文句ある?」

真姫「あるに決まってるじゃない。自分の演奏をそんな表情で聞き流されてるんだから」

にこ「……それもそうね」

真姫「……ひょっとして、あなた私を馬鹿にするためにわざわざ来たわけ?」

にこ「…………」

 なんのため、というのなら。

 心配になったから、と答えるのが正しいのだろう。

 まあ恥ずかしいから死んでも言わないけど。

 



 私たちが8人しか揃わないと知って最初に浮かんだのは、このひとりぼっちを望む女の子だった。

 この子は――真姫ちゃんは、結局μ'sには入ってくれないのだろうか。

 彼女の言葉を思い返せば、じゅうぶんにあり得る話ではある。

 そう考え始めたら、そう、無性にこの子の顔を見たくなってしまった。

 今日の練習をさぼってまで音楽室に顔を出したのは、そのせい。

 そう――心配になったの。


真姫「――変な人」

 ぷい、と顔をそらすと、真姫ちゃんは再び鍵盤へ向かう。

真姫「新曲、できたの――聞いて」

 返事も待たず、すう、と真姫ちゃんは息を吸い。

 指先が、白と黒の上を踊る。

にこ「――――」

 例によって例のごとく、聞き覚えのあるメロディ。

 ピアノ用にアレンジしてあるものの、この曲であることに間違いはないだろう。

 イントロが終わりに近づき、私も大きく息を吸う。

 これから紡ぐ歌詞を思い浮かべて、そして。

にこ(この子――私の心の中、読んでるんじゃないの?)

 なんて、思ったりしたのだった。




 Someday いつの日か叶うよ願いが

 Someday いつの日か届くと信じよう

 そう泣いてなんかいられないよ だってさ

 楽しみはまだまだ まだまだこれから!



短いけどここまで
なかなか進まない


 どうしてこんなことになっているのだろう。

絵里「――最後に、もう一度だけ言わせてもらうわ」

 ピシリ。何度目かわからない、緊張感の走る音。 

 聞こえるはずのないそれは、だけど確実に、私の心を押しつぶす。

凛「――――」

 黙って睨み付ける子がいて。

花陽「えっと、あの、その――」

 涙目で困る子がいて。

希「うーん……」
 
 悩まし気に首をかしげる子がいて。

穂乃果「え、えーと……?」

海未「ど、どういうことなのでしょう……?」

ことり「私たち、いちゃダメでしたか……?」

 訳も分からず戸惑う子らがいる中。

にこ「――――」

 私は――今、どんな顔をしているのだろう?

 ほんと、誰か教えて。


絵里「ここにいる六人のグループで、一か月以内にスクールアイドルランキングで100位以内に入る」

絵里「それができなければ――私は、このグループには入りません」


 どうして、こんなことになっているのだろう。


 最初の最初のきっかけは。

 今日のお昼までさかのぼる――


 ――――――

 ――――

 ――


 ――

 ――――

 ――――――

にこ(今日も今日とてぼっちめし、か)

 ここ最近は一年生二人とご飯を食べていた私だったけど、今日はクラスの子と食べる約束をしたとのこと。

 ま、それが自然な姿なわけで、私が口をはさめるような話でもなく。

 今日はおとなしく部室へ引っ込もうという算段で、廊下をとぼとぼ歩く。

にこ(なんだかんだで、まだ絵里とコンタクトとれてないのよねぇ)

 一昨日はすれ違いになり、昨日は音楽室へ逃避行。

 早くもマンネリ化し始めたレッスンに幅を持たせるためにも、絵里の協力は早い方がいい。

にこ(わかってはいるんだけど……そううまくはいかないのよねぇ……)

 こっちの世界の絵里の第一印象が『あれ』であったため、いまいちスムーズに話が進む未来が見えないのが正直な話。

 だからといって、動かないわけにはいかないんだけどさ。

にこ(それと――残りの三人とも、早いとこ接触しないと)

 二年生三人組。

 穂乃果、海未、ことり。

 あの子らは一体全体、今なにをしているのやら――


「いやー、今日もパンがうまい!」

「行儀が悪いですよ、歩きながらものを食べるなんて」

「というか教室に戻るまで我慢しようよぉ……」

にこ「…………」

 なんていうか。

 同じ学校なのだから、十分にあり得る可能性ではあるのだけど。

 ふつーに。至極ふつーに。

 今思い浮かべた三人が、廊下の向こうから歩いてきていた。

穂乃果「そうは言ってもね、ことりちゃん。パンは焼いてから時間が経てば経つほどどんどんおいしさが損なわれちゃうんだよ」

穂乃果「そう! まるでお刺身の鮮度が失われるかのように!」

海未「まったく……ご丁寧に袋にパッケージまでされたパンに、鮮度も何もないに決まっているでしょう?」

ことり「というか、焼いてる時点で鮮度とかって話じゃないよね……?」

穂乃果「わかってない! わかってないよ二人とも!」

にこ「…………」

 どうしよう。思った以上にあっちの世界と同レベルのくだらなさだ。


 だけど。
 
 今の私は、そのくだらなさに茶々を入れることもできない。

にこ(何事もなく、すれ違わなきゃ)

 それはある種の使命感。

 こっちの世界では、彼女らは見知らぬ他人なのだから。

 「あっ」とか、気軽に話しかけたりなんて、間違ってもできないのだから。

海未「あっ」

 あっ?

 え?
 
 なに、ちょっとどうしたのよ海未。

 なんで私の方を見ながら、気軽に話しかけてるわけ?


海未「あの……」

 え、なになになに?

 なんで海未が私に話しかけてるの?

 だって彼女にとって、今の私は見知らぬ先輩で――

にこ(――ははーん)

 あー、わかっちゃった。

 これあれだ。自分が話しかけられてると思って返事したら実は自分の後ろの人に話しかけてましたってやつだ。

海未「えーっと……もしもし?」

 はー、危ない危ない。危うく赤っ恥かくところだったわ。

 まったく油断も隙もないわね。

海未「あの、矢澤先輩?」

 ヤザワセンパイ!? 名前までおんなじなわけ!?

 偶然って怖いわねー、危うく返事しちゃうところだったわ。

海未「…………」

 それにしても、私の後ろにいたヤザワセンパイも酷いやつね。

 結局私と海未たちがすれ違うまで返事してあげないなんて。

穂乃果「? 海未ちゃん、今の人知り合い?」

海未「知り合い、というわけではないのですけど。アイドル研究部の矢澤にこ先輩かと思ったのですが……人違いだったようです」

にこ「ってほんとに私のことかーい!」


 はっ、ついツッコミ入れちゃった!

海未「え、えーと……? やはり矢澤にこ先輩、なのでしょうか?」

にこ「あ、そのー……まあ、そういうことになるわね……」

 ぐぬぬ、なんかすごくみっともない……

ことり「あの、なんでずっと無視してたんですか?」

穂乃果「そうですよ! 海未ちゃんが必死に呼びかけてたのに!」

海未「穂乃果、そういう言い方はいけません。私も見知らぬ立場で不躾だったと反省すべきでした」

にこ「や、それについては申し訳なかったけど……でも、海未さん? の言う通りなわけよ」

ことり「どういうことですか?」

 ――あんまり、自分で口にしたくはないんだけどなぁ。

にこ「つまり――見知らぬ立場、ってことよ」

にこ「ぶっちゃけちゃうと、私に話しかけてるとは思わなかったの。知らない人だし」

ことり「そう言われれば……」

穂乃果「海未ちゃん、なんでこの……矢澤先輩? のこと知ってたの?」

海未「やはり二人とも覚えてませんか……まあ、ひと月ほど前の話だから無理もありませんが」

にこ「?」

 なに? この子そんなに前から私のこと知ってたわけ?


ことり「ひと月前……あ、そっかぁ!」

 ぽん、と手を叩くことりは、思い当たる節がある模様。

 一方そのころ。

穂乃果「んんん……? ヒント! ヒントちょうだい!」

 穂乃果は、まあ、穂乃果よねぇ。

海未「別にクイズを出しているわけではありません。私の部の先輩が、アイドル研究部でひとり奮闘している先輩を応援している話をしたでしょう?」

穂乃果「…………?」

海未「あなたに期待をした私が愚かでした……」

 穂乃果は、うん、穂乃果よねぇ……

 って。

にこ「私を、応援してる?」

 これは聞き捨てならない。

 海未の先輩――すなわち私と同じ学年の人間で、私のことを応援してる人間がいるなんて――

 待った。

にこ「あなた、所属してる部って……」

海未「弓道部ですが?」

 どくん。跳ねた心臓が、かぁっと頬を熱くさせる。

 こんなところで。

 こんなところで、あんたが関わってくれるのね。

 ああ。今なら胸張って言える。

 持つべきものは――


海未「ご存知だと思うのですが――後藤、という先輩なのですけど」


 ――友達、なのね。

ここまで
二年生編というべきかエリチカ編というべきか
まあしばらくそんな感じで続きます


 ひょっとして私は自分のクラスより後輩のクラスで昼食を済ませることの方が多いのではなかろうか。

にこ(それはなんか……寂しいわね……)

 結局、なんやかやで二年生三人組と一緒にお昼をすることになった私。

 そりゃたしかに、この子らをμ'sへ誘いたい私としては大歓迎の展開なのだけど。
 
 だけど、こうもいろんな教室へお邪魔してると、いい加減いたたまれなさも生まれてくるってもんである。

ことり「矢澤先輩? どうかしたんですか?」

にこ「えっ!? いやなんでもないわよ!? 別に私友達少ないなぁ寂しいなぁとか思ってないし!?」

ことり「え、えっと……?」

穂乃果「あ、矢澤先輩の卵焼き、」

にこ「あげないからね!?」

穂乃果「まだ何も言ってないんですけど……」


海未「そんなことよりも、です」

 ぱんぱんと手を叩く海未。途端背筋がしゃきっとするんだから慣れってのは恐ろしいものである。

海未「矢澤先輩の……先ほどおっしゃってたことは本気なのですか?」

にこ「本気も本気、大マジよ」

 肉団子をほおばりながらさもとーぜんとばかりに返す。

 穂乃果とことりが戸惑い顔で顔を見合わせてるのが小気味いいわ。

海未「というのは、つまり――私たちに、アイドル研究部に入って欲しい、ということですか?」

にこ「ええ、その通りよ」

海未「はぁ……」

 曖昧な返事のあと、海未の視線はうろうろと泳ぎ、やがて穂乃果に止まる。

穂乃果「…………?」

 その視線の意味を理解しているのかはさておき、とりあえずメロンパンにかぶりついている場合ではないと悟ったようでもぐもぐと咀嚼を急ぐ。

穂乃果「ごくん……はむっ」

にこ「二口目いくんかーい!」


海未「……穂乃果は、興味ないのですか?」

 穂乃果の察し能力に期待した自分が間違っているのに気付いたようで、海未は直接穂乃果に尋ねる。

穂乃果「アイドル、アイドルかぁ……はむ」

 会話しながらの三口目に躊躇がない。

穂乃果「うーん、私はどっちでもって感じかなぁ。お店の手伝いなかったら放課後は暇だし」

穂乃果「そう言う海未ちゃんはどうなの?」

海未「私は弓道部があります」

穂乃果「だけどその弓道部の先輩が言ってたんだよね? 兼部してみてもいいんじゃないかって」

海未「それは、そうですが……」

穂乃果「まあ、やりたくないものを無理にやらせてもしょうがないよねぇ」

海未「やりたくないなど誰も言ってません!」

穂乃果「え、やりたいの?」

海未「や、ややや、やりたいなどと誰が言いましたか!」

穂乃果「じゃあやらないの?」

海未「~~、あなたは私を馬鹿にしているのですか!」

穂乃果「質問しただけなのに!」

海未「穂乃果がどうしてもと言うのならやぶさかではない、というだけです!」

穂乃果「じゃあどうしても! どうしても海未ちゃんとやりたーい!」

海未「むむむむむ……」

穂乃果「むむむむむ……」

にこ(話がトントン拍子に進むのは結構なんだけど)

にこ(おいてけぼり感がはんぱない)


 と。

 私と同様、おいてけぼりを食らっている人物が一名。

にこ「あなたはどうなの? ――南さん?」

ことり「えっ」

 一人蚊帳の外でにこにことほほ笑むだけのことりに話を振る。

 するとどうしたことか、「私も含まれてたんですか?」みたいな顔しちゃって。

にこ「そうよ。あなたは興味ない? アイドル」

ことり「私は……えっと……」

 言いよどみながら視線を外すことり。

 うん、まあこの時点でいい返事は来ないんだろうな、とは想像ついたけど。

穂乃果「あ……」

海未「…………」

 穂乃果と海未が、必死に会話を繋げてた意味までは。

 ことりに話題が飛ぶのを防ごうとしていた意味までは。

ことり「私は――ごめんなさい」

 想像、できてなかった。


ことり「私――来月にはこの学校からいなくなっちゃうから。だから、無理です」


にこ「は、あぁ!?」

 いなくなる? ことりが!?

 なんでそんな急に!?

 そんな話あっちの世界でだって影も形も――

にこ「……あ、」

 あった。

 ことりが音ノ木坂を去る理由。

 だけどあれは、もっともっと後。

 それこそ文化祭が終わってからで……

ことり「服飾関係のお仕事に興味があるんです、私」

ことり「それで、海外のデザイナーさんから、向こうで留学してみないかってお誘いがあって」

ことり「来月末から向こうの学校に転校することが決まってるんです」

ことり「だから――私は、参加できません。ごめんなさい」

にこ「――――」

 嫌な予感ばっかり、あたるのよね。

寝落ち
続きは後程


穂乃果「いなくなっちゃうんじゃ、しょうがないよね……」

海未「ええ……」

にこ「――っ、あんたたちは、」

 あんたたちはそれでいいわけ?

 飛び出そうになった言葉を、すんでのところで喉元に押しとどめる。

ことり「……矢澤先輩?」

にこ「なんでもないわ……」

 いぶかしがることりに軽く首を振る。

 熱くなっちゃダメ。凛の時に十分学んだでしょ。

 私の言葉は。


『昨日会ったばかりの人に――なにがわかるんですか?』


 初対面の人間の言葉は――届かない、って。


 落ち着け。落ち着きなさい矢澤にこ。

 考えないと。
 
 ことりをつなぎとめる、何かを――

穂乃果「だけど、ことりちゃんの作った衣装でアイドルやってみたかったなぁ、なんて、ちょっと思ったり……」

海未「穂乃果! そういう話はもうしないとあの時決めたでしょう!」

穂乃果「わわ、わかってるよ海未ちゃん。ことりちゃんを困らせるようなことはもう言わないってば」

ことり「――――」

 穂乃果の発言が彼女らの取り決めに引っかかったのか。海未が烈火のごとく怒りだす。

 その原因が自分であることをわかっているためか、ことりも沈んだ表情。

 この子たちの中では、もうそれを話題にするのもタブーになってるのね。

 だけど、それじゃあ――

にこ「――っ、それ!」

海未「え?」

穂乃果「どれ?」

にこ「衣装! 日本にいるだけでも構わない、南さんには私たちの衣装づくりをお願いしたいの!」

ことり「えっ……私が、ですか?」

にこ「そう! あなたが!」

 今はもうこれしかない。

 真姫ちゃんと同じ、彼女の得意分野でつなぎとめる。

 今はまだ彼女を止める手段がなくても、未来に可能性をつなげるために。


ことり「だけど私、あくまで趣味の範囲でしかできないし……」

にこ「大丈夫よ!」

 それに関しては根拠は十分すぎるほどにある。

 だってこの子は、あっちではあんなにすごい衣装を作ってたんだもん。

 そもそもそ才能があるからこそ留学の話も出るわけだろうし。
 
海未「あの、先輩」

 困った顔のことりに、助け舟を出したのは海未だった。

海未「先輩の気持ちもわからないではないのですが……この話は、私たちの間ではデリケートな問題で」

にこ「別に日本に残ってくれ、なんて言ってないわ。留学するまで協力してほしいってだけの話よ」

海未「そう、ですけど……ですが……」

穂乃果「私はいいんじゃないかなー、なんて思うんだけど」

海未「穂乃果、またあなたは!」

穂乃果「い、いや、だって矢澤先輩の言う通り、留学するまでの間私たちの衣装を作ってもらうってだけの話でしょ?」

穂乃果「別に問題があるわけじゃないと思うんだけど」

海未「その話だってそうです、私はまだアイドルをやると決めたわけではありません!」

穂乃果「もー、海未ちゃん素直じゃないんだから」

海未「一体なにを言って、」

穂乃果「ね、ことりちゃん。ことりちゃんはどうかな?」


ことり「私は……」

 逡巡することりを見て、彼女の迷いはどこにあるのだろうとふと思う。

 衣装を作ることに抵抗がある?

 本人が言ったように自信がないから?

 なんだか腑に落ちない。

 そもそも迷いは、ひょっとして――

にこ「とりあえず。今日の放課後、練習見に来てみない?」

ことり「え?」

にこ「雰囲気見てみるだけでなにか変わるかもしれないし」

にこ「園田さんも実際にやってるとこ見たら気持ち固まるかもしれないしさ」

海未「わ、私はまだやるともやらないとも……」

にこ「だーから、それを固めなさいって言ってんのよ」

海未「う……」

にこ「どう? あんたはそれで文句ある?」

ことり「…………」

 しばらくは、口をつぐんでうつむいていたことりだったけど。

ことり「……はい。行きます」

にこ「決まりね」

 とりあえず、その顔を上げさせることはできた。


【Side:海未】

 午後の授業。数学教師の言葉が右から左へと流れていきます。

 原因は、お昼の出来事。


『とりあえず。今日の放課後、練習見に来てみない?』


 突然現れた先輩の、突然な申し出。

 後藤先輩から聞いていた先輩の存在が、まさかこのような事態を招くとは夢にも思っていませんでした。

 私たち三人の――あの日の決意を揺るがす、事態を。

海未「――――」

 私の斜め前の席で教科書に視線を落としていることりは、一見変わった様子は見られません。

 だけど――内心、戸惑っているはずです。

 いけません。私たちは決めたのですから。

 ことりがなんの未練もなく日本を発てるよう、最大限のサポートをしようと。

 そう、誓ったのですから。


 窓際一番前の席。私の視界の端では、穂乃果がうつらうつらと舟をこいでいるのが見えました。

 ああは見えても、穂乃果もきっと内心では戸惑っているに違いありません。

 正直先ほどはああ言ったものの、穂乃果の気持ちは十分理解しています。

 少しでも長くことりとの時間を作りたい。

 少しでも多くことりとの思い出を作りたい。

 そして、あわよくば――

海未(いけません……!)

 それは、望んではいけないことです。

 私たちの都合で。

 私たちの願いで。

 私たちの欲望で。

 ことりの未来を潰してしまうなど――言語道断です。

 穂乃果もきっとそれを理解した上で、なおことりへの未練を断ち切れないのでしょう。

 わかります。あのように眠たげにしながらも、頭の中ではことりのことを――

穂乃果「チョコクロワッサンが逃げていくぅ!」ガバッ

教師「高坂……百歩譲って居眠りは良しとしても、寝言で授業の邪魔するのはやめような?」

穂乃果「へ? あ、あはは……すいませーん……」

海未「…………」

 前言撤回です。あの人はなにも考えていません。

今回はここまでにします
進み遅くて申し訳ない


 放課後。屋上に顔を出すとすでに一年生二人がストレッチを始めていた。

凛「あ、にこちゃんだにゃ」

花陽「にこ先輩、こんにち――いたたたた、凛ちゃん押すのストップストップ!」

凛「え? ここでキープってこと?」

花陽「あごめんうそ手を離してええええぇぇぇ……」

にこ「……死なない程度にしなさいよ」

凛「あははー、にこちゃんは大げさだにゃ」

花陽「――――」グデー

にこ「それは花陽の状況見てから言ってやんなさい……」


凛「新入部員?」

花陽「それも二年生の、ですか?」

にこ「まだ確定じゃないけどね」

 グロッキーになってた花陽が息を吹き返したのを確認してから、昼休みの出来事をかいつまんで説明する。

凛「おおー、段々本格的な部活っぽい人数になってきたにゃ!」

花陽「き、緊張しちゃうな……」

にこ「そんなに肩肘張らなくて大丈夫よ、花陽。ゆるーい感じの子たちだから」

花陽「そう、なんですか?」

にこ「そーそー」

 特に穂乃果なんかはあんな感じだし、すぐに馴染んでくれるでしょ。


花陽「…………」

にこ「……ん? どしたの花陽?」

花陽「あ、いえ……別に大したことじゃないんですけど……」

 そう言うわりにちょっと考え込むような表情。

 なにか引っかかることでもあるのかしら。

にこ「なに? なにか気になることでもあるなら――」

穂乃果「お邪魔しまーす……」

 私の言葉を遮るように、開く屋上の扉。

 見ると約束通り二年生が顔を出してくれたようであった。

にこ「ようこそ、待ってたわ」

海未「失礼します。約束通り伺わせていただきました」

ことり「……よろしくお願いします」

 穂乃果に続き屋上へ姿を現す二人。

 気持ちは――まあ、まだ固まらず、よね。


花陽「あ、わ、私、一年の小泉花陽って言います!」

凛「私は同じく一年の星空凛です。よろしくお願いします、先輩方」

 一年生たちの自己紹介に、三人の目が向く。

穂乃果「お、あなたたちがアイドル研究部の一年生だね?」

穂乃果「そんなに気を使わなくていいよ、ここではあなたたちが先輩なんだから」

花陽「そそそ、そんな! 先輩だなんて言えるほどの器じゃ……」

凛「じゃあ遠慮しないにゃ!」

花陽「ちょ、凛ちゃん! 先輩に失礼だよ」

穂乃果「あはは、気にしなくていいよ、花陽ちゃん。私から言い出したんだし」

穂乃果「私は高坂穂乃果、二年生。気軽に穂乃果、でいいよ。私も下の名前で呼ぶし」

穂乃果「それから――」

海未「私は園田海未。穂乃果と同じ二年生です」

海未「まだ入部を決めたわけではありませんが……もしそうなれば弓道部との掛け持ち、ということになります」

海未「どうぞよろしくお願いしますね、二人とも」

寝落ち
続きはまた後程


 そして。

 誰からともなく、視線はことりに集まる。

ことり「私は――」

 一瞬見せた逡巡は、期待に満ちた一年生に対する申し訳なさ、なのかもしれない。

ことり「ごめんなさい、入部するわけではないんです」

花陽「え?」

凛「入部希望じゃないにゃ?」

ことり「はい……ごめんなさい」

ことり「南ことりって言います。矢澤先輩に誘われてきました」

ことり「ちょっと理由があって一緒にアイドル活動をすることはできないけど、ひょっとしたら力になれるかもしれません」

ことり「だから……短い間になるかと思うけど、よろしくお願いします」

凛「あ……はい、よろしくお願いします」

花陽「…………」

 微妙な立ち位置のことりにたじろぐ二人。

 いけない、これを取り繕うのは私の役目だ。


にこ「だけどね、二人とも。この子は衣装作りができるのよ」

凛「え、ほんと!?」

ことり「できる、って言っても……趣味範囲だけどね」

凛「それでもすごいにゃ!  衣装ー衣装ー!」

ことり「え、えっと……そんなに期待されても……」

 衣装と聞き急にテンションを上げる凛。

 なにせそのために入部したようなものだもんね、あの子は。

 しかし一方の花陽はというと。

にこ「……あんた、さっきからどうしたの? 花陽」

花陽「えっ?」

にこ「ずっと難しい顔しちゃって……」

花陽「…………」

 


花陽「矢澤先輩は……」

にこ「ん?」

花陽「矢澤先輩は、南先輩を衣装作りのために勧誘したんですか?」

にこ「え? ……いや、違うわよ? もちろん最初は一緒にアイドルをやってもらうために声をかけたわ」

にこ「というか、今もそれは諦めてないけどね」

花陽「そう、ですか……」

 そう呟くと、またむつかしい顔でうつむいてしまう。

 具合でも悪いのかしら?

 まあ、本人が話さないなら問い詰めてもしかたないか。

 それよりも今は。

にこ「それじゃあ、ギャラリーも揃ったことだしそろそろ練習始めましょうか」


凛「よっ、ほっと。えへへー、見られてると緊張してうまく動けないねー、っとぉ」

花陽「それでも、それだけ、動けるなら……っと、じゅうぶんだよ、凛ちゃん」

にこ「」

>>298はミスです、すいません

* * * * *

凛「よっ、ほっと。えへへー、見られてると緊張してうまく動けないねー、っとぉ」

花陽「それでも、それだけ、動けるなら……っと、じゅうぶんだよ、凛ちゃん」

にこ「ほらほら、無駄話しない。ペースあげるわよ。ワン、ツー、スリー、フォー」パンパンパンパン

凛「にゃっ、負けないよー!」

花陽「わ、わわわ……」


穂乃果「……へー、意外と本格的なんだねぇ」

海未「たしかに……稚拙さは感じられますが、素人としてはかなり動けている方なのでは?」

ことり「小泉さんはちょっとつらそうだけどね……」

穂乃果「でも、逆に言えばこれから始めたってまだまだ置いてかれる心配はないってことだよね?」

穂乃果「うん、やっぱり楽しそうだし私はやってみてもいいかな」

海未「私も……これくらいでしたら弓道部の方に影響はあまりないかもしれませんね」

穂乃果「だよね、だよね!」

穂乃果「それで、その……ことりちゃんはどうかな?」


ことり「私も……二人が入部するって言うなら、衣装作り、やってみてもいいかなぁ、なんて……」

穂乃果「ほんと!?」

海未「……よいのですか? ことり」

ことり「……うん。腕慣らし、って言ったら失礼かもしれないけど」

ことり「でも、実際に着てもらえるレベルの衣装を作る練習にはちょうどいいかなって」

海未「……そう、ですか……」

にこ「――――」

 聞いている感じ、感触はかなりいいみたいね。

 「このくらい」とか、ちょっと舐められてる感じがむかっとするのはあるけど。

 だけど、実際に今の私たちの実力はその程度、ってことだしね。

 それがあの子らのハードルを下げてくれてるっていうならむしろ好都合ってなもんよ。


にこ「ね、あなたたち。もしよかったら、今から私たちと一緒に――」

 練習に参加してみない?

 そう、言うつもりだった。

 だけどそれが私の口から出るより早く。

 ギイイィィィィ……

 と、重っ苦しい音が屋上に響いた。

絵里「お邪魔してもいいかしら?」

にこ「! あ、あんた……」

 音の原因、開いた扉から顔を出したのは。

 まぎれもなく、音ノ木の生徒会長にして。

 μ'sの大切なメンバーの一人――絵里、だった。

にこ「絵……生徒会長、なんでこんなところに……」

希「やっほー、元気にやってるかーい?」

にこ「希!」

希「おやにこっち、こんなところで奇遇やね?」

にこ「――――」

 あとから軽い調子で続いてきた人物を見て、察する。

 その答え合わせは、絵里の口からなされた。

絵里「突然ごめんなさいね。希がどうしても見てもらいたい部活があるからって言うものだから」


にこ「希……」

 あんたって子は。

 ほんと、いい仕事してくれるじゃない。

絵里「それで? 矢澤さんがいるということは……アイドル研究部ということよね? ここは」

にこ「ええ、そうよ」

絵里「ということは――希が言ってた「私に話がある人」っていうのも、あなたということでいいのかしら?」

にこ「まあ、そういうことになるわね」

絵里「一体なんの用事かしら? 部費を上げてほしいとかそういう話はナシよ、アンフェアだわ」

にこ「そんなつまらない話するつもりないわよ」

絵里「あら、それじゃあ面白い話をしてくれるのかしら?」

にこ「もちろん。さいっこーに愉快な話よ」

絵里「希と並んでるところを「なかよしこよし」だなんて茶化される冗談より愉快であることを祈ってるわ」

にこ「ぐ……」

 この子、最初のあの日のこと根に持ってるわね……


にこ「――単刀直入に言う。あなた、この部に入るつもりはない?」

絵里「――――」

 しん、と空気が冷える。

 絵里は答えない。じっと、私の目を見つめる。

 スカイブルーの瞳に映る私は、がっちがちの表情で佇んでいた。

 誰を誘った時よりも口の中が乾いているのは、やっぱりこっちの世界での第一印象があったから。

 あっさり切り捨てられたら。

 ばっさり斬り捨てられたら。

 そう考えるだけで、膝が震えるのがわかった。

 ごくん。鳴った喉は誰のものだろう。

 沈黙に耐えきれず、二の句を接ごうとして、そして――

絵里「――まあ。たしかに、つまらなくはないわね」

 その一言で、がくっと力が抜けた。

ここまで
次はまた近いうちに


にこ「興味を持ってくれたようで何よりだわ」

 へいちゃらけーな顔でそう言うけど、内心はだいぶほっとしてた。

 正直、一番の難関は絵里になると思ってたから。

 だから、そのラスボスが好感触を示したのは、このクソゲーの中でも数少ない救いだった。

 まあ、赤毛の裏ボスがまだ控えてるんだけどね……

絵里「勘違いはしないで欲しいわ。まだ入ると決めたわけではないの」

にこ「……なに? なんか条件でも出すつもり?」

絵里「――――」

 答えることなく、絵里はぐるりと屋上を見渡す。

絵里「そこで座ってるあなたたちは、見学者?」


穂乃果「えっ?」

海未「私たちのこと、ですか? え、ええ、そうですけど……」

絵里「そう……アイドルに興味があるの?」

穂乃果「そうと言えば、そうなのかな……?」

絵里「どういうこと?」

穂乃果「私たち、矢澤先輩に勧誘されて来たんです。だから、最初からアイドルに興味があったっていうわけでは……」

絵里「……他の二人も?」

ことり「あ、私はそもそもアイドルをやるためにきたんじゃなくて……」

海未「私は違います。穂乃果がどうしてもと言うから仕方なく着いてきただけです」

穂乃果「もー、海未ちゃんまだそんなこと言ってるの?」

海未「まだとはなんですか、私は本当に……」

絵里「もう、いいわ」

 頭を抱えながら、絵里はそう答えた。

 ――あんまり、雰囲気よくないかも。


絵里「そこの二人は部員なのよね?」

 冷ややかな視線が、今度は凛と花陽を捕らえる。

凛「……そうですけど」

 あー……警戒心MAXだ、あの子。

絵里「あなたたちは? 勧誘されて入ったの?」

花陽「あ、わ、私は違います。私はアイドルになりたくって……」

絵里「そ。そっちのあなたは?」

凛「なんで答えなきゃいけないんですか?」

 友好心ゼロの返答。

 てか、これまずい。私が止めないと――

にこ「ちょっと、二人とも……」

絵里「入部をお願いされてる立場ですもの。部について質問くらいさせてもらって当然でしょう?」

凛「私はお願いしてません」

絵里「あなたが部長以上の権限を持ってのなら今すぐ帰るわ」

凛「――――っ」

 ダメだ、私の言葉なんて全然届いてない。

 一触即発、今にも取っ組み合いになるんじゃないかってくらいにボルテージがあがって――

希「絵里ち」

 熱くなった二人の間に、すっ、と水が差される。

絵里「……ごめんなさい、そんなこと言うためにきたんじゃなかったわ」


絵里「じゃあ聞き方を変えるわ。この中で自分の意志でこの部に入った人は?」

 私を含めた皆が皆、目を見合わせて。

 おずおずと手を挙げたのは、花陽だけだった。

絵里「…………そう。わかったわ」

 落胆の色を隠そうともしない絵里の声。

 それに答える子なんて、誰もいなかった。

絵里「矢澤さん」

にこ「……なに?」

絵里「返事。今するわ」

にこ「返事?」

絵里「この部に入れって、あなたが言ったんでしょう?」

にこ「ああ……」

 正直、そんなことすっかり頭から吹き飛んでいた。

 だって、そうでしょう?

 なんの前触れもなく、真正面からケンカ売られてるようなもんだもん。

 第一、ここまで言われていい返事を期待するほど間抜けじゃないし、私。


絵里「入ってもいいわ」


にこ「…………は?」

 今鏡を見たら、さぞかし間抜けな顔した女の子が映るでしょうね。

 って、そんな現実逃避してる場合じゃなくて!

にこ「入るの!?」

絵里「だめなの?」

にこ「いや、そんなことは……」

 ない、けど。

 さんざんひっかきまわして、その答えを誰が予想できるの?

凛「入ってもいいって……上から目線すぎません?」

絵里「頼まれてる立場だって、さっき言ったはずなのだけれど」

凛「だからって!」

花陽「り、凛ちゃん! 落ち着いて!」

凛「でも!」

花陽「うん、わかるよ、気持ち。だから」
 
 きっ、と。

 花陽にしては珍しく強い視線で、絵里へ向き直る。

花陽「なんで急にそんな答えになったんですか?


絵里「別に急に決めたつもりはないわ」

花陽「……わけがわかりません。だってさっきまであんなに酷い態度だったのに」

花陽「入るつもりがなかったとしか、思えません」

絵里「――あなたは、わかってるんじゃないの?」

花陽「え?」


絵里「入るつもりがあったから、よ」


花陽「――――」

 その沈黙は、なにを意味したのだろう。

 なんにせよ、それ以上花陽が答えることはなかった。


絵里「それにね、ただで入るとは言ってないわ」

にこ「は?」

絵里「あなた、スクールアイドルランキングって知ってるかしら?」

にこ「知ってる、けど……」

 かつてはその頂点まで上り詰めたグループの一員だもの。

 知らないはずがない。

絵里「そのランキングで、あなたたちが100位以内に入ること。それが私が加入する条件」

にこ「…………」

 は?

 あなたたちって、私たち?

絵里「まあ、今の状況でその条件を満たすのは難しいでしょうね」

絵里「だから、私も協力してあげる。こう見えてもバレエの心得はあるの」

絵里「あなたたちにレッスンをつけることくらいならできるわ」

にこ「――いいかげんに、」

 風船のように膨らんでいた悪感情。

 それが、限界まで大きくなって――

絵里「するのは、あなたの方なんじゃないの?」

 ぷしゅう、と情けない音をたててしぼんだ。


絵里「あなた――なにがしたいの?」


 なにがしたいの? って。

 それ、私のセリフじゃないの?

穂乃果「あのー……」

 蚊帳の外になっていた穂乃果が、おっかなびっくりで口を挟む。

穂乃果「その「あなたたち」って、ひょっとして私たちも……?」

絵里「入ってるわ」

穂乃果「ええー……」

海未「待ってください! 私たちはまだ入部も決めていません!」

海未「第一ことりに至ってはそもそもアイドル活動をするわけでも――」

絵里「ならこの話はなかったことにしましょうか?」

海未「――――っ」

 海未の立場ならそこで構わないと怒鳴りつけてもいい場面だった。

 それをすんでのところで踏みとどまってくれたのが私のためだということは、一瞬飛んできた彼女の視線が如実に語っていた。


 ――そして、彼女の捨て台詞にたどり着く。

絵里「――最後に、もう一度だけ言わせてもらうわ」

絵里「ここにいる六人のグループで、一か月以内にスクールアイドルランキングで100位以内に入る」

絵里「それができなければ――私は、このグループには入りません」

 好き放題言い残して、絵里は屋上を後にした。

 残されたのは。

にこ「――なんなのよ、これは」

 苦い現実を突き付けられた、ちっぽけな女の子。 
 

微妙に>>253と食い違う展開になってしまいました、申し訳ないです
もうちょっとだけ続きます


【Side:絵里】

希「絵里ち!」

 早足で階段を下りる私の背中に、希の声が飛んでくる。

 彼女の言いたいことは痛いほどにわかっている。

希「話が違うやん! にこっちの話聞いて、よければ協力してあげるって、そういう話だったでしょ!?」

絵里「……わかってるわ」

 わかってる。自分がどれほどみっともないことを喚き散らしたか。

 どれほど子供じみた感情を振りかざしたのか。

 痛いほど、わかってる。

 だけどね、希。

 「話が違う」は、こっちのセリフなのよ。


 「矢澤にこ」は、私たちの学年では知らない人がいないほどの有名人である。

 アイドルを目指し、暴走し、孤独になった変人。

 たぶん多くの人の認識はそんなものでしょうね。

 だけど、私は――少しだけ、うらやましかった。

 恥も外聞もかなぐりすて、自分のやりたいことにひたむきになれる強さ。

 方向性はどうであれ、それは誇れるものだと思ったから。

 だから彼女が再び部活動を再開し始めたと聞いた時は、内心応援だってしていた。

 希から「あの占い」の話を聞いて。

 私が彼女に関われると知って。

 嬉しく、思ったのよ。

 だから。

 だからこそ――

絵里「残念、だったのよ」


希「残念?」

絵里「ええ」

希「残念、って……むしろ絵里ち、喜んでたやん? にこっちを近くで見られるって」

絵里「ええ」

希「いや……矛盾してない?」

絵里「してないわ」

 だって。

絵里「だって――彼女は私の知ってる「矢澤にこ」じゃなかったから」

 今のままの彼女なら――関わることに、意味なんて、きっとない。


希「どういうこと……?」

絵里「さっき。屋上には私たちを含めて8人いたわね?」

希「え? う、うん、そうだったと思うけど……」

絵里「なら……あの8人が、希の占いに出た「やっつの光」、なのよね」

希「……たぶん」

絵里「そう……」

 違ってほしかった。

 もしそうなら、話は簡単だったから。

 だけどどうしても「あの」8人でなければならないというのなら。

絵里「あの部活――潰れるわ」

希「そりゃ、まあ……あれだけぼろくそに言われれば……」

絵里「そうじゃなくって」

 それは、まあ、やりすぎた私が悪かったけど。

 だけど、あれだって必要な荒療治。

絵里「正直、矢澤さんのやりたいことが見えてこないのよ」


希「にこっちのやりたいことって……アイドルになる、やろ?」

絵里「…………」

 アイドルに、なる。

 なることだけが目的なら、あのメンバーでもいいのかも知れない。

 だけど、それなら彼女は2年前、ひとりぼっちになんてならなかった。

 彼女が目指してるのは、そんな低いところではなかったはずだ。

 なのに。


 今の彼女は――2年前の自分自身を蔑ろにしているようにしか見えないのよ。

ここまで
自分の力不足で違和感のある展開になったかも知れません
うまく脳内で補完してください
続きはまた後日


凛「凛は絶対反対!」

 嵐が過ぎ去った後。

 そのままレッスンを続ける雰囲気でもなくなり、私たちは部室へと戻っていた。

 にこ「そうなるわよねぇ……」

 余りにも一方的な要求。

 私たちが一か月以内にランキング100位入り?

 まだ登録すらされてない私たちが?

 正直……非現実的すぎる。

凛「あんなに勝手な人の話聞く必要ないにゃ! ね? かよちん」

 まあ、凛が反対する理由はもっと別なところにあるんだけど。


花陽「…………」

凛「かよちん?」

花陽「――あ、ごめん凛ちゃん。なぁに?」

 絵里とのやり取りから向こう、花陽の様子はずっとおかしかった。

 ぼーっとなにかを考えるような。

 というか、思い詰めてるような。

 
絵里『入るつもりがあったから、よ』


 絵里のあの言葉の意味は、私にはよくわからない。

 入るつもりのある人間が、あそこまでディスる必要ある? って話。

 だけど花陽にとって、あの言葉は。

花陽「…………」

凛「ねーかよちーん、聞いてるにゃー?」

 大きな意味を持ってるみたいね。


 そして懸念事項はもうひとつ。

海未「あの……」

にこ「あー、うん。あなたの言いたいことはすごくよくわかる」

海未「ならば話は早いのですが……」

にこ「ちょ、ちょっと待って!」

 慌てて話を遮る。絵里への反感が最高潮になってる今、この子たちにまで離れられたら、本格的にμ'sの結成は怪しくなってしまう。

にこ「そっちの二人は!?」

 さっきまで好印象だった穂乃果なら、話を良い方向に持っていってくれるかもしれない。そう考えての振りだったんだけど。

穂乃果「私は……やっぱり遠慮しようかなー、なんて」

にこ「なっ……」

穂乃果「だってだって、そのスクールなんちゃらランキングっていうのがどんなものかよくわからないけど……」

穂乃果「でも、私たちがそれにランクインするって言われても、現実味がないというか……」

穂乃果「ぶっちゃけ、練習とかきつくなっちゃう? って考えると……ねえ?」

にこ「…………」

 返す言葉は、私の頭のどこをひっくり返しても、出てこなかった。


海未「――もう、いいでしょうか?」

 言いながら、返事を待つことなく、海未が席を立つ。

 気まずそうな顔をしながら、続く穂乃果。

 良くなんかない。行ってほしくない。

 願いばかりがあふれ出て、だけど、それを彼女らの心に届く言葉に変換する力が、なくて。

 だから。

ことり「私は――やっても、いいです」

海未「なっ!?」

穂乃果「ことりちゃん!?」

 その足を引き留めたのは、その心に届く言葉の持ち主だった。


海未「ことり、あなたは優しすぎます!」

 返す海未の言葉には、隠すつもりもない怒気が満ちていた。

海未「大方今までの流れから、自分が協力しなければ矢澤先輩たちが困ると判断したのでしょう」

海未「ですが! それは私たちには関係のない話です!」

海未「衣装づくりの話だって、私は賛成しかねるものでした!」

海未「ことり、自分を犠牲にする必要なんてないのです。残された時間、もっと自分のやりたいことを――」

 焦りと怒りをまくしたてる海未に対し。

ことり「海未ちゃん」

 ことりの言葉は、あまりにも静かだった。

ことり「その言葉は――誰のため、なの?」

海未「え――」


ことり「矢澤先輩。私たち、入部します。穂乃果ちゃんもいいかな?」

穂乃果「うぇ? あ、えーっと、いいような、悪いような……」

ことり「やっぱり……だめ?」

穂乃果「ううん、だめじゃないよ!」

ことり「ありがとう。ごめんね、わがまま言って」

穂乃果「そんなこと……」

ことり「海未ちゃん」

海未「…………」

 先ほどの、ことりの一言から。

 海未は、ずっとうつむいたまま唇をかみしめていた。

ことり「気持ちはね、すっごく嬉しいんだぁ。私のこと思ってくれてるって、わかるから」

ことり「でもね。きっとそれだけじゃ、ないよね」

ことり「海未ちゃんがどんな気持ちでも、構わない」

ことり「だけど――それを私のせいにするのは、違うと思うの」

海未「――そんな、つもりは」

ことり「ない?」

海未「…………」

 海未はそれ以上、何かを答えることはなかった。


ことり「矢澤先輩。いいですか?」

にこ「――え、あ、っと……」

 花陽と絵里のやりとりの再現のようだった。

 私の知らないところで、だけど、私に致命的に関わる何かが進んでいるような、もどかしさ。
 
 話の筋の端っこも掴めていない私は、果たして今、この物語の中心にいるのだろうか?

 ――なんて。考えても意味のないことくらい、わかってる。

 だって。

にこ「もちろん――いいわよ」

 そう答える以外に、私には選択肢なんて、ないのだから。

ここまで
前回やらかしたのでしばらく書き溜め方式で行こうと思います
次はまた近いうちに


【Side:真姫】

 気づいたことがある。

にこ「まったく、まいっちゃうわよ……いきなり現れてスクールアイドルランキングの100位以内に入りなさい、だなんて」

真姫「だけどそれ、にこちゃんが入部しろって言ったからなんでしょ? 割と自業自得だと思うんだけど」

にこ「そ、それは、たしかにそうだけど……」

 この、自称未来人の先輩と話をするのは、意外と楽しくて。

にこ「だけどあのごーまんな態度ったらないわよ! 昔を思い出すわ!」

真姫「あっちの世界でもそんな性格だったの? 生徒会長は」

にこ「最初はね。アイドルやりたいくせに肩肘張ってザ・生徒会長! みたいな態度とって。あほらしいったらありゃしないわ」

真姫「ふぅん?」

にこ「……なによ?」

真姫「え? なにが?」

にこ「にやにやしちゃって、なにがおかしいの?」

真姫「……笑ってたの? 私が?」

にこ「やらしーい顔でね」

真姫「…………」

 なんだか、意地張ってる自分がばからしくなってくる。


 友達は作らない。

 自分を守るための、精一杯の強がりだった。

にこ「というわけで、ついに真姫ちゃんの出番到来よ」

真姫「え?」

にこ「え? じゃないわよ! 私たちに楽曲提供してくれるって約束でしょ!」

真姫「……そういえばあったわね、そんな話」

にこ「忘れてんじゃないわよ!」

真姫「忘れるくらい長い間アイドル活動のあの字も見せなかったのは誰よ?」

にこ「ぐぬぬ……」

 にこちゃんは友達じゃないから、セーフ?

真姫「……ほんと、ばかみたい」

にこ「なんですってー!」

真姫「ただのひとりごとよ」

 わかってる。

 こんな素敵な関係――もう、手放せない。


にこ「とにかく! 私たちのアイドル活動が満を持して始動するってわけよ!」

 私たち、か。

 その言葉に――私は、含まれてるのかしら。

真姫「それで? 私はどの曲の音源を用意すればいいわけ?」

にこ「もちろん、μ'sの最初の曲はこれしかない」

にこ「――『START:DASH!!』よ」

 『START:DASH!!』、ね。

 私とにこちゃんの、この奇妙な関係が始まった日に作られた、まさにスタートダッシュの曲。
 
 だけど。

 始まりがあるってことは――いつかかならず、終わりがあるってこと。

 自称未来人の、この先輩は。

にこ「あによ? 私の顔になんかついてる?」

真姫「――なんでもないわ」

 いつまで、私のそばにいてくれるのだろう。


 * * * * *

 絵里のレッスンは、善は急げと言わんばかりに翌日から始まった。

 その結果は――正確には、結果を出すための過程のはずだけど――悲惨の一言。

絵里「星空さん、走りすぎ! もっとちゃんとリズムを聴いて合わせて!」

凛「わかって、ます!」

絵里「小泉さんは逆! 遅れてるのは体力不足の証よ!」

花陽「は……はい!」

絵里「園田さんは動きが硬いわ! 余計な力を抜いて!」

海未「そんなこと、言われ、ましても……!」

絵里「南さんは動きが小さいわ! 細々してるとなにをしてるのかわからないわよ!」

ことり「はい……!」

絵里「高坂さんは――」

穂乃果「ぜぇ、はぁ、ぜぇ、はぁ……」

絵里「――いったん休憩にしましょうか」


絵里「…………」

 各々が休憩をとる中、絵里はひとり難しい顔で腕を組んでいる。

にこ「……どう? 正直な話」

絵里「……思ったより悪くない人が半分」

にこ「へえ?」

 練習中に飛んでいた言葉を思い返せば、それは意外な感想だった。

絵里「あなたもそのうちの一人よ?」

にこ「あら、それはどーも」

 ま、一年前のスペックに戻ったとはいえ、一度はラブライブ優勝してる身ですから。

絵里「それに星空さん、南さんは悪くない」

絵里「星空さんはまだ自分のリズムで先走る癖があるみたいだけど、もともと体を動かすのは得意そうね」

絵里「リズム感をもっと養えば問題ないわ」

絵里「南さんはまだ慣れない動きに戸惑ってる節はあるけど、それさえクリアすれば結構動けるんじゃないかしら」

にこ「……ちなみに、残り半分は?」

 絵里の表情が、再び曇る。

絵里「……思ったより悪いわ」


絵里「まず小泉さん。彼女は決定的に体力不足」

にこ「あー……」

 思い出すのは、いつぞやのゲーセン。

 あれからトレーニングは欠かさず取り組んできたものの……さすがに付け焼刃にしかなってないみたいね。

絵里「それから園田さんは……彼女の場合、メンタルの問題かしらね」

絵里「動きがガチガチ。そのわりについてこれてはいるのだから、物理的に体が動かないというわけでもない」

絵里「まだアイドル活動をすることに抵抗感があるんじゃないかしら」

にこ「それよねぇ……」

 ことりとのこと、どうなってるのか私にはさっぱりだけど。

 彼女らのやり取りを見るに、どうもスムーズに話が進んでいるようではない。

絵里「それと、高坂さんは……」

にこ「…………」

 絵里と一緒に、視線を移す。


穂乃果「ぷはー! アクエリアスおいしーい!」


絵里「……ねえ。あの子、本当に入れなきゃだめなの?」

にこ「この六人で、って言ったのはあんたでしょうが」

絵里「そうなのだけど……」

 いや、絵里の言いたいこともわかる。

 なんせ穂乃果、花陽以上についてこれていない。

 ステップは覚えられずリズムはめちゃくちゃ、挙句の果てにすぐ息切れ。

 一体全体なんでこの子がμ'sのリーダーやれてたの? ってレベル。

絵里「なにが足りないって言うなら、モチベーションでしょうね」

にこ「モチベーション?」

絵里「彼女、自分がなんでこんなことしてるのかもわかってないんじゃないかしら」

にこ「だからそれはあんたが……」

絵里「じゃなくて、そもそもの話。なんで自分がアイドル研究部に勧誘されたのか、よ」

にこ「…………」

 μ'sのメンバーだったから。

 それが理由として通用しないことくらいは、わかる。


絵里「そういう点では園田さんや南さんも同じだけれど……」

絵里「彼女たちには、少なくとも『今』ここにいる理由はあるようだしね」

にこ「……わかるの?」

絵里「彼女らの様子を見ていれば。なんとなくだけれど、ね」

にこ「そう……」

 ぎこちないなぁとは見ていて思うけど、私にはそこ止まり。

 彼女らが――特に海未が、なぜこうして練習に来ているのか、想像もつかない。

 ――私、あの子たちのこと、なんにもわかってないんだ。 

絵里「……だけど、だめなんでしょ?」

にこ「へ?」

絵里「園田さんや南さんもそうだけど。高坂さんもアイドル研究部に入れないと」

絵里「八人のうちのひとり、なんでしょ?」

にこ「あ、それって……」

 希の占いに出てた八つの光の話?

 なんで絵里が、とも思ったけど、そもそもあれは絵里や希を占った結果か。

 当の本人が聞いていたとしてもなんらおかしい話ではない。


絵里「なら、やるしかないじゃない。文句なんて言ってられないわ」

 言いながらその場を立ち去る絵里の横顔は、とても力強くて。

 意志の固さがありありと伝わってきた。

 だからこそ、不思議に思う。

にこ(この子は、なんでこうも……煽るようなやり方をするのよ)

 かつて絵里は花陽に言った。


絵里『入るつもりがあったから、よ』


 入るつもりの人間が、なぜあんなケンカを売るような真似をしたのか。

 ――なんだ。私、絵里のこともちっともわかってない。

 着々と集まる人数とは裏腹に、私たちは、まだ全然ばらばらのままのような気がして。



 それは、次第にわかりやすい形をとり始めた。

ここまで
続きはなるべく近いうちに


にこ「穂乃果がいなくなった?」

ことり「はい……」

海未「帰りのショートホームルームまではいたのですが……」

にこ「…………」

 絵里のレッスンが始まって三日目。それは前触れもなく訪れた。

 というか、訪れなくなったって言うのが正しいんだけど。

ことり「帰っちゃった、のかなぁ……?」

海未「まさか、いくら穂乃果といえどこんな逃げるような……」

 かばうように否定しながらも、海未は言葉尻を濁す。

 なにか思い当たる節でもあったのかもしれない。


凛「だけど、急に用事ができたとかかもしれないにゃ?」

海未「可能性としてなくはありませんが……」

ことり「そういう場合、ちゃんとメールなんかは入れてくれてるから……」

凛「メール……来てないにゃ?」

海未「…………」

ことり「…………」

 沈黙は、なによりもたしかな肯定だった。

花陽「と……とりあえず、準備運動だけでも始めませんか?」

花陽「絢瀬先輩が来る前に体はあっためておかないと……」

にこ「や、そういうわけにもいかないでしょ」

にこ「絵里には六人でって言われてるわけだし。放ってはおけないわ」


花陽「だけどそれって……ランキングに載るメンバーが六人で、ってことですよね?」

花陽「六人揃わなきゃ練習できないって言われてるわけじゃないですし……」

にこ「それは、そうだけど」

 ちょっと冷たくない? なんて、思わないでもない。

 一蓮托生……とまではまだいかないものの、一応もう同じ場所を目指す仲間なわけだし。

 その仲間が練習に来ないのに、知らんぷりするなんて――

絵里「ごめんなさい、遅れてしまったわ――あら?」

希「お疲れさまー。……ん? 絵里ちどしたん?」

にこ「あ……」

 私たちが答えを出すより早く、タイムリミットが顔を出してしまった。


絵里「ひとり、足りないようだけど?」

にこ「えっと、それは……」

絵里「高坂さんはどうしたの? 昨日一昨日はこの時間には集まっていたじゃない」

 ぐるりと屋上を見渡す絵里。

 一人一人と目を合わせ、その皆が皆一様に目を合わせようとしない様子を見て、彼女は察したようだった。

絵里「……来ていない、のね?」

 質問しているようで、それは答えを求めるものではなくて。

 ただ、私たちに現状を認識させるためのものだった。

絵里「……そう。なら今日の練習はなしね」

花陽「えっ……」

 驚いたのは花陽である。

絵里「言ったでしょう? 条件はあの六人。一人でも欠けることは認められないわ」

花陽「それは……あくまで、ランキングに載るメンバーが、という話だったはずです」

花陽「一人足りないから練習もできない、なんて――」

絵里「来るの?」

花陽「――え?」


絵里「来るの? 高坂さんは。明日から」

絵里「今日何事もないようにここにいるメンバーだけで練習して」

絵里「来れるの? 高坂さんは」

絵里「病気とか、急な用事とか。そうだったのなら構わない」

絵里「だけど、もしも「そうじゃなかった」場合――」

絵里「今日何もしないで、明日から、彼女は来るの?」

花陽「…………」

絵里「――やるからには、なあなあで済ませるつもりは、私にはないわ」

花陽「そ、それは私だって……」

絵里「…………」

花陽「……なん、ですか?」

絵里「……いいえ」

絵里「とにかく。一人でも欠けているのなら私からのレッスンは中止」

絵里「明日は全員揃っていることを願うわ」

にこ「あ、ちょ、……もう」

 有無を言わさぬうちに、絵里は屋上から姿を消した。


希「なんて言うか、ごめんね」

にこ「なんで希が謝んのよ?」

希「絵里ちがあそこまで頑なになっちゃった原因の半分くらいは、うちの占いのせいみたいなんよ」

にこ「それって……例の?」

希「うん、八つの光」

希「そんなにこだわらなくても、集まる人だけでやればいいんじゃないかなって、うちは思うんだけどね」

希「あ、でもにこっちとしても大事な八人なんだよね」

にこ「そう……ね」

 そう、大事。

 大事な――九人。

凛「何の話にゃ?」

にこ「あ……こっちの話、こっちの話」

凛「?」


にこ「なんにせよ、まずは穂乃果よ穂乃果」

にこ「あの子ったら、一体どこ行っちゃったのかしら……」

ことり「あのぅ、そのことなんですけど」

 おずおずと挙手をしたのは、ことり。

ことり「穂乃果ちゃんがどこに行ったのか、ひょっとしたらアテがあるかもしれないです」

にこ「ほんとに?」

ことり「はい、今日のお昼の時、ちらっと話題に出てたんですけど……」

海未「あ、ひょっとしてあの話ですか」

ことり「うん。なにか用事があって、とかじゃないなら、たぶんあそこじゃないかなって思うの」

にこ「どこ? それって」

ことり「はい、それは――」

――――――――

――――――

――――


【Side:穂乃果】

穂乃果「いただきまー……す!」

 ぱく、っと一口。すると、ふわぁってやわらかーい匂いが口いっぱいに広がる。

穂乃果「んー、うまい! やっぱりパンは焼きたてが一番だね!」

 思わず叫んでみたものの。

 ベンチに座る私の両隣には、返事してくれる人は誰もいなくて。

穂乃果「はぁ……やっちゃった……」

 自分のやったことを、今更ながらに後悔。

穂乃果「うう……だってだって、ことりちゃんがお昼に「おいしいパン屋さんが開店した」、なんて話するから――」 

 ――誰に言い訳してるんだろ、私。

 そんなの関係ないって、自分が一番わかってるはずなのにね。


 温度差に、耐えられなかった。

 練習についていけないとか、一人だけいつまでもへたくそなままとかそういうのは……ちょっと関係あるけど、だけど、それだけじゃなくて。

 私、なんでここにいるの? っていうか。

 そりゃあ、最初にこ先輩が誘ってくれた時は面白そうかなー、とかちょっぴり思ったけど。

 生徒会長の出した条件を聞いたら――無理だな、って思った。

 きっと私がついていける話じゃないな、って。

 だから海未ちゃんがお断りしようとしたときは、内心ラッキーなんて思ってた。

 だけど――


ことり『私は――やっても、いいです』

 嬉しい気持ちと、困った気持ちが、半分ずつくらいだった。

 ことりちゃんが残ってくれるんじゃないかな、っていう期待と。

 え、私もやらなくちゃダメなの? っていう不安と。

 ごちゃまぜになって――複雑。

 結局、ことりちゃんをがっかりさせたくなくて一緒に入ることになったけど。

穂乃果「その結果がこれじゃあ……」

 合わせる顔、ないよね。


 いっそのこと、ことりちゃんが「やーめた」って言ってくれたら――

穂乃果「……サイテー」

 そんなことを、ちらっとでも考えた自分が、大嫌い。

 自分がやりたくないだけなのに、ことりちゃんのせいにしようとしてる、私。

 ことりちゃんがどうとかじゃなくて、私自身がどうしたいか、なのに。

 ほんと――サイテーだよ。

穂乃果「はぁ……」


 * * * * *

穂乃果「はぁ……」

にこ「…………」

 学校からさほど離れていない公園のベンチに、穂乃果の姿はあった。

 ことりの話だと、この公園のすぐ前に焼き立てのパンが食べられるパン屋さんがオープンしたって話をお昼にしたらしく。

 穂乃果がいるとしたらそこではないかという話になり――ビンゴ。

 正直、見つけたら出会い頭に怒鳴りつけてやろうかと思ってたんだけど。

穂乃果「…………」

 あの子のしょんぼり顔を見ていたら、そんな気もなくなってしまった。


にこ「アイドル、つまんない?」

穂乃果「つまんない、ってわけじゃ……うぇえ!?」

にこ「なによ? 人の顔見てそのリアクションは失礼じゃない?」

穂乃果「だって、だって、なんでここに?」

にこ「部長だもの、部員がとんずらこいたらしょっぴくのは当たり前でしょ?」

穂乃果「じゃなくて、なんでここが……」

にこ「あんたの考えてることなんて、幼馴染はお見通しみたいよ?」

穂乃果「……です、よね」

にこ「…………」


にこ「アイドル、つまんない?」

 さっきと同じ質問を、もう一度。

穂乃果「……よく、わかんないです」

穂乃果「体動かすこと自体は嫌いじゃないけど、ぶきっちょだし」

穂乃果「みんなが一生懸命になってる横で穂乃果だけ転んで、えへへーってごまかしても誰も見向きもしなくて」

穂乃果「私、なんでこんなところにいるんだろ……って」

穂乃果「ごめんなさい、一度やるって言ったのに、中途半端な態度で……」

にこ「――ううん、あんたが謝る必要なんてないわ」

穂乃果「だって、自分勝手でわがままなのは穂乃果で、」

にこ「いいから。謝んないで」

 これ以上謝られたら――こっちがみじめになっちゃう。


 この子が嫌々やっているのなんて、本人から聞くまでもなく明らかだった。

 それをわかってて私は、見て見ぬふりをしてる。

 私の目指す場所――μ'sのため。

 凛なんかは自分の意志をはっきり示してたから、真っ向から向き合うことができたけど。

 本音を言いづらい子がいるのだって、当たり前なのよね。

 ――じゃあ、諦める? 9人集めるの。

にこ「…………」

 それは……無理。

 自分勝手で、わがままだって、わかってても。

 これは譲りたくない。譲れない。

 これを譲ったら、私は――


にこ「……もうちょっと、続けてみたら?」

穂乃果「え?」

 結果。出てきたのは、停滞の言葉。

 なんとか現状を維持しようとするだけの、なんの力もない言葉。

 そうだ。別に無理やりやらせる必要はない。

 凛の時と同じ、彼女自身に動機づけをしてあげれば――

にこ「ほら、ことりだって必死にやってるわけだし。それが理由でもいいじゃない?」

穂乃果「ことり、ちゃん?」

にこ「そうよ。ことりがやってるから、自分も一緒にやる。海未だっているわけだし」

にこ「やってるうちに楽しさが見つかってくれれば万々歳じゃない?」

にこ「それにさ、ことりだってアイドルの楽しさに目覚めてもっと続けたいって思うかもだし」

穂乃果「…………」


 これで、大丈夫よね。

 ことりが海外留学するという事実は、この世界の彼女らには有効打になりうる。

 それを阻止する可能性は、十分彼女が続ける動機になるはず。

穂乃果「ことりちゃんが続けるから、私も続ける……」

穂乃果「あはは……」

にこ「……ほの、か?」

穂乃果「そうですね。ことりちゃんがやってるから、私もやります」

穂乃果「それで、いいんですよね」

穂乃果「私自身が、どうとかなんて……」

にこ「あの、ちょっ」

 私の制止も聞かず、穂乃果はふらふらと公園を立ち去ってしまう。

 その様子は、とてもじゃないけどやる気になったようには見えなくて。

にこ「…………」


 これで……大丈夫、なの?

ここまで
近いうちにとか言いながら早一か月
もう少しペースあげたい


 なんのために歌ってるの?

 心の中で、誰かが私に問いかける。

 
花陽「凛ちゃん、今のところワンテンポ早くなってるよ!」

凛「にゃー、ごめんかよちん!」

 
 やりたい子がいて。


穂乃果「…………」

海未「もう……どうして合わないんですか!」


 やりたくない子がいて。


絵里「口ばっかりになったってしょうがないわ! もう一度やりなおしよ!」


 やらせようとする子がいて。


 大きさも形もちぐはぐな歯車が、それでも無理やり噛み合おうとして。


にこ「――――」


 ぎしぎし、きしむ。


 μ'sを作りたかった。

 もう一度、やり直したかった。

 楽しく笑い合って。

 たまにはけんかして。

 でも、すぐに仲直りして。

 そんな9人を、作り直したかった。

 その結果が、これ?

 違う。

 違う違う違う。

 私が作りたかったのは、こんないびつなものじゃなかった。


 ねえ。


 なんのために、歌ってるの?


【Side:ことり】

 
ことり「それで……お話ってなにかな?」

花陽「はい、えっと……」

 いつも通り、ぎくしゃくした練習が終わった後のこと。

 私を部室へ呼び出したのは、後輩の女の子二人だった。

凛「かよちん、言いづらいなら凛から言おうか?」

花陽「ううん、大丈夫。大丈夫だよ」

 言いづらいこと、なんだ。

 なら、やっぱり話したいことって――


花陽「ことり先輩たちは――部活、楽しいですか?」


 その話、だよね。


花陽「ごめんなさい。失礼なこと、言ってると思います」

花陽「だけど、だけど……二年生の三人を見てると、やりたくてやってるようにはどうしても見えなくて」

花陽「私は……アイドルに、すごくあこがれてて」

花陽「だからこの学校にスクールアイドルをやってる部活があるって知って、とっても嬉しかった」

花陽「だから、だからこそ……中途半端に、したくないんです」

ことり「そのためには……私たちは邪魔、ってことだよね」

花陽「そういうわけじゃ!」

ことり「……ごめんね、ずるい言い方だったね」

 慌てる花陽ちゃんを見て、少し罪悪感。

 だけど、きっと彼女の言いたいことをなんのフィルターもかけずに言うなら、そういうことなんだと思う。

 私たち――特に穂乃果ちゃんは、この部活の邪魔になってる。


 ひどくなったのは、穂乃果ちゃんが部活をさぼっちゃった日の、翌日。

 朝から明らかに落ち込んでた穂乃果ちゃんは、それでも私たちに部活をさぼったことを謝って。

 だけど、部活の取り組みは前日以上に悪くなっちゃった。

 誰が見ても、やる気がないのは明らかだった。

 でも、当たり前だよね。

 だって、穂乃果ちゃんは、やりたくてやってるわけじゃない。

 私に付き合ってくれてるから。

 私のわがままに振り回されてるから。

 楽しめるはずが――ないんだよね。


凛「先輩たちも、にこ先輩に強引に誘われたんだよね?」

ことり「ん、……そう、なるかなぁ」

凛「やっぱり」

 苦笑いを浮かべる凛ちゃんは、凛もそうだったんだー、と照れながら話す。

凛「それでも、凛は根っこの部分ではアイドルやりたいって思ってたから。だから、今も楽しく続けられてる」

凛「だけど……先輩たちは、違うにゃ?」

ことり「…………」

 そうだよ。

 その一言は、言えなかった。

 それを認めてしまうのは、本当に、真剣にアイドルに向き合ってるこの二人を、侮辱することになっちゃうから。

 ……認めなくても、それが事実なんだけどね。


花陽「……絢瀬先輩が言っていた条件も、正直なところ、気にする必要はないと思います」

凛「そうだにゃ! 生徒会長は自分勝手でわがままで、言うこと聞く必要ないにゃ!」

花陽「そこまでは言わないけど……理解できる部分はあるし」

凛「だけどあの人たち、よくわかんない理由で部員を集めてるんだよ? 占いがどうとか――」

ことり「あの、ね」 

 おかしな方向へ話を進める二人を呼び戻す。

ことり「二人には申し訳ないけど、私は私なりの理由で部活を続けてるの」

ことり「それこそ自分勝手でわがままだってこと、わかってる」

ことり「だけど、私にとって――私たちにとって、すごく大事なことなの」

ことり「だから……ごめん。もう少しだけ、続けさせて?」


凛「続けさせて、って言われても……」

花陽「別に私たちが許可するような話でもないですし……」

 言いながら、顔を見合わせる二人。

 私がこんなにもアイドル研究部に執着するのを、不思議に思っているのかもしれない。

 でも、大事なんだ。

 素直になれない私たちの。

 自分勝手でわがままな私たちの、最後の悪あがき。

 これを逃したら、きっと私たちは、ずっと後悔すると思う。

ことり「――そこまで、わかってるはずなのにね」

花陽「え?」

ことり「ううん、ごめん。ひとりごと」

 そこまでわかってるはずなのに。


 どうして私たちは、あと一歩を踏み出せないんだろう。

短いけどここまで
リボンの色は知らなかった、申し訳ない
今後気を付けるけど>>9で書いたようにいろいろ勘違いしてる部分もあると思うので
指摘してもらえると助かります


【Side:花陽】

凛「ことり先輩、諦めてくれなさそうだったね……」

花陽「うん……」

 凛ちゃんと肩を落としながら歩く、夕暮れの帰り道。

 とぼとぼ歩きながら、ついさっき交わしたやり取りを思い出します。


ことり『そのためには……私たちは邪魔、ってことだよね』

 
 思わず否定しちゃったけど、だけど、その通りで。

 嫌な子だなって、自分でも思います。

 だけど。それでも。

 今の二年生の先輩たちは、正直、あんまり好きになれません。


 アイドル研究部は、どんどん良くない方向へ向かっています。

 お世辞にもやる気があるとは言えない、二年生の三人。

 ことり先輩は、まだ一生懸命ついて来ようとする思いが見られます。

 だけど、穂乃果先輩と海未先輩は――。

凛「なんでやってるんだろうね? あの人たち」

 歯に衣着せない凛ちゃんの言い方は、ちょっぴり辛口で。

 でも、それには私も同意見です。

 私たちにとって大事なこと。ことり先輩はそう言いました。

 私には理解できない理由が、きっとあるんだと思います。

 それでも。

 私だって、アイドルを大事にしてるんです。


凛「にゃー、それもこれもぜーんぶ生徒会長のせいだにゃ!」

花陽「そう、なのかな?」

凛「そうだにゃ! 生徒会長があんな条件ださなければ、今頃もっともーっと楽しく部活できてたにゃ!」

花陽「…………」

 突然出された生徒会長の条件と、そのための厳しいレッスン。

 練習が厳しいことは、苦ではありませんでした。

 自分がレベルアップしていくのが、実感できてるから。

 だけど、そのやり方は、あまりにも一方的で。

 ついていこうと、誰も思えないやり方でした。


凛「……なんだかね。三年生、あんまり信用できないかも」

花陽「三年生……って、にこ先輩も?」

凛「うん……」

 曖昧に答えると、凛ちゃんは少しだけ言いにくそうに口をもごもごとさせて、うつむいてしまいます。

凛「さっきもちょっと言ったけどね? 三年生って、よくわかんない理由で部員集めしてるみたい」

花陽「あ……確か、占いがどうとか」

凛「ん。詳しくはわかんないんだけど、少なくとも、アイドルをやりたい人たちを集めてるってわけじゃないみたい」

花陽「それは……」

 それは――二年生を見れば、わかることでした。

凛「もともとは、にこ先輩が始めたことだから、あんまり強く言えないけど……」

凛「だけど、これって、なんだか違うって、凛は思う」

花陽「…………」

 にこ先輩は、「あんなこと」があっても、アイドルをやめない人でした。

 だから、だからこそ、この人についていけば素敵なアイドルを目指せる。

 そう、思っていたけど。

花陽「どう、なっちゃうんだろう……」


凛「――かーよちん」

花陽「え?」

凛「少し、寄ってこ?」
 
花陽「寄ってこ、って……神田明神? 凛ちゃん、今からトレーニングするの?」

凛「違うにゃかよちん。神田明神は別にトレーニングするためだけの場所じゃないにゃ?」

凛「アイドル研究部の今後を、神様にお願いしに行くにゃ!」

花陽「あ、そ、そうだよね」

 ひょっとして。気を遣ってくれてる、のかな。

 私が暗い顔しちゃってたから。

 うう……反省です。


凛「あれ?」

花陽「どうしたの? 凛ちゃん」

 石段をぴょんぴょん駆け上る凛ちゃんが、急に足を止めます。

凛「なにか聞こえる――」

花陽「え?」

 言われて、私も耳を澄まると。

 境内の方から、確かにうっすらとメロディが聞こえてきます。

 だけど、この曲って――


りんぱな「『START:DASH!!』?」


 私たちの曲が、なんで?

 疑問の答えは、石段の先に広がっていました。


絵里「希! 今のとこちょっとずれてる!」

希「おっ、けー!」

絵里「――はぁ、はぁ。ここまでにしましょうか」

希「ふあぁー、疲れたー」

絵里「こらこら、こんなところで寝そべらないの。汚いわよ?」

希「そうは言っても……絵里ちこそほんとは寝そべりたいくらい疲れてるんじゃないん?」

希「部活でレッスンして、それから自分も練習だなんて」

絵里「それは、教える側が踊れなかったらしょうがないもの」

絵里「それに希だって、バイトがある日もこうして付き合ってくれるじゃない」

希「うちは部活に行っても見てるばっかりやしねぇ。少しは体動かしとかんと、いざ入部したらお荷物になってまうし」

絵里「私だって……強いるばかりで自分ばっかり楽していられないもの」

絵里「――あれだけの厳しい条件。与えてるんだから」

絵里「あれだけのわがまま、通そうとしてるんだから」

絵里「疲れてようとなんだろうと、私が誰より頑張らなくてどうするのよ?」

希「うへぇ……絵里ちには頭上がらんわぁ」

絵里「別に、バレエのレッスンに比べたらこれくらいどうってことないわ――」


花陽「――――」

凛「――――」

 一度、凛ちゃんと目を合わせて。

 何も言わず、私たちは回れ右しました。

 石段を下りきり、再び家路についても、どちらも言葉が出てきません。

 本気、なんだ。

 みんな、それぞれ理由があっても。それぞれベクトルが違っても。

 きっと、私と同じ。

 みんな――本気、なんだ。

花陽「…………」 

 ぎゅっ、と握ったこぶしは、決意のつもり。

 みんなで。

 みんなでアイドル活動をしたいと、今日、初めて心から思うことができました。


 だから――花陽は、そのために動き出します。

ここまで
ぼちぼち暗い展開はおしまいになる予定


【Side:穂乃果】

 いつものように練習が終わって、帰り道。今日も私はひとりぼっち。

 別に海未ちゃんやことりちゃんがいじわるしてるとか、そういうことじゃなくって。ただ単純に、私が気まずくて一緒に帰れないだけ。

 最近はお昼ご飯も他の友達と食べることが多くなった。海未ちゃんたちと一緒に食べても、なんだか、会話が続かないし。

 なにやってるんだろう。私。

 きっかけは部活動。ことりちゃんが望んで始めることになったこの放課後は、確実に私たちの間に距離を作っていった。

 ――ううん。そんな言い方、ずるいよね。

 原因は私。ついていけないのがつらくて、つい部活をさぼっちゃったあの日から、私たちの間にはどうしようもない溝ができた。

 海未ちゃんはきっと怒ってる。ことりちゃんは呆れてるかな。

 怖くて聞けない。二人が、今の私をどう思ってるのか、なんて。

 今の私は――ことりちゃんのために、やりたくないこと、続けてるだけだもん。

 二人だけじゃない。きっと他のみんなだって、そんな中途半端な気持ちで参加してる私のこと、いらない子だって思ってる。

 そうだよ。

 私は、いらない子なんだ。


 一週間。このぎくしゃくした部活動は、あと一週間で終わるみたいだった。

 一週間後の今日、ネットにアップするための動画を撮影する。今日、生徒会長が私たちに告げたタイムリミットだった。

 やっと終わる。そんな安心感が半分。

 でも、一方で不安に感じる。誰よりもだめだめな私が、他のみんなとおんなじように歌って踊るには――きっと、足りない時間。

 本番も失敗するのかな。転んじゃうのかな。歌詞を間違えるのかな。
 
 にこ先輩、怒るかな。怒るよね。
 
 でも……いっか。

 だってにこ先輩は、きっと、私のことなんて見てないから。


にこ『ほら、ことりだって必死にやってるわけだし。それが理由でもいいじゃない?』


 それは、全部の答えだった。

 私があそこにいる理由なんて、後付けだって構わない。

 「私」っていう個人に、意味は、きっとなくて。

 必要なのは、「部員」っていう記号だけ。

穂乃果「…………」


 なにやってるんだろう、私。

 おんなじ言葉がずっと頭の中でぐるぐる回る。

 ことりちゃんが日本を発つまで、もう2週間もない。

 2週間も経ったら、ことりちゃんは――

穂乃果「――――やだ」

 独り言は、夕暮れの道に溶けていく。

穂乃果「やだ――やだやだやだやだ、やだ!」

 子供みたいに駄々をこねても、聞いてる人はいない。

 ううん、違う。誰も聞いてないから、こんなこと言える。

 私は一度だって、ことりちゃんに大切な一言を言えなかった。

 怖い。

 ことりちゃんがいなくなるのが、海未ちゃんとふたりぼっちになるのが、怖い。

 だけど。

 私が、それ以上に怖いのは――


ことり「穂乃果ちゃん」

海未「穂乃果」

穂乃果「っ!」

 突然背中に投げかけられた言葉に、足が止まる。

ことり「よかったぁ、やっと追い付けたね」

海未「まったく、部活が終わるなり早々に姿を消すなんて、水臭いではありませんか」

穂乃果「ふたり、とも……」

 なんだろう。すっごく懐かしい感じがする。

 答えは簡単。二人と、こんなに「普通に」お話をするのなんて、すごく久しぶりだった。

 こんなに「いつも通り」な二人は――すごく、久しぶりだった。


 なんで?


 なんでそんなにすっきりした顔なの?


ことり「穂乃果ちゃん」

 私の疑問なんてお構いなしに、ことりちゃんは続ける。

ことり「……えっと、なにから話せばいいのか、うまくまとまらないんだけどね」

ことり「――ごめんね、穂乃果ちゃん」

穂乃果「……なにが?」

海未「私からも謝らせてください。すいませんでした」

穂乃果「だから、なんのこと? わかんないよ」

海未「身勝手だったこと、です」

穂乃果「身勝手……?」

ことり「私たち、自分のことしか考えられてなかったから」

ことり「きっとそのせいで、穂乃果ちゃんに嫌な思い、いっぱいさせたと思う」

ことり「アイドル研究部のことだって、穂乃果ちゃん、本当はやりたくなかったんだよね?」

ことり「だけど、私に付き合ってもらったせいで……」

 悲しそうなことりちゃんの言葉を聞きながら、だけど私は別な人の言葉を再び思い出す。


にこ『ほら、ことりだって必死にやってるわけだし。それが理由でもいいじゃない?』


穂乃果「…………」


 くらいくらい気持ちが、私の顔をうつむかせた。


海未「穂乃果」

 優しい声だった。

 まるでお母さんみたいに、とっても、あったかい声だった。

海未「私たちは、大切なことを見失っていました」

海未「ことりに留学の話が持ち上がって」

海未「それは、決してことりにとってマイナスな話ではありません」

海未「むしろ、ことりの将来を考えるなら承諾しないなんて考えられない話です」

海未「私は、そう信じて疑いませんでした」

海未「だけどそれはことりのための言葉なんかじゃなかったんです」

海未「全て――自分のためのものでした」

穂乃果「え?」

 海未ちゃんの言葉に顔を上げる。

 海未ちゃんは――泣きそうな顔だった。


ことり「私もだよ」

 そう言うことりちゃんも、唇をかみしめてて。

 今にも泣きだしてしまいそうな顔だった。

ことり「お母さんが、海未ちゃんが、みんなが私に期待してくれてるんだって考えたら……」

ことり「なんにも、言えなくなっちゃった」

ことり「言わなくちゃ駄目なのに」

ことり「絶対後悔するって、わかってたのに」

ことり「私は、いろんな人を理由にして―― 一歩を踏み出せなかった」

ことり「ずるいよね。人のせいばっかりにして、私は自分の気持ちを言えなかった」

ことり「だから……もう、そういうの、終わりにしなきゃいけないんだと思う」


ことり「穂乃果ちゃん。私は、もうすぐ海外へ行くことになります」

ことり「それは、私にとっては将来を決める大切なことです」

ことり「だけどもしその話を受けてしまったら、私は高校を卒業するまで帰ってこれません」

ことり「穂乃果ちゃんと、海未ちゃんと、離れ離れになってしまいます」

ことり「それを踏まえたうえで。穂乃果ちゃんにも聞きたいです」

穂乃果「……やめて」

 ことりちゃんは、まっすぐ私のことを見つめている。海未ちゃんも真剣な目で私を見ていた。

 怖い。

 ことりちゃんが次に言うであろう言葉がわかってしまったから。

 それは、私が一番恐れていた言葉だから。

 だから、だから――


ことり「穂乃果ちゃんは――私に、どうしてほしい?」


穂乃果「やめて!」


穂乃果「やめて! やめてよ!」

穂乃果「そんなの、わかってるくせに! 答えなんて聞かなくてもわかってるくせに!」

穂乃果「言えないよ! 答えられないよ!」

穂乃果「ことりちゃんの気持ちも、海未ちゃんの気持ちも、否定したくない!」

穂乃果「ことりちゃんが心置きなく旅立てるように、海未ちゃんが頑張ってることも!」

穂乃果「そんな海未ちゃんの気持ちに応えようとしてことりちゃんが決心しようとしてることも!」

穂乃果「私がわがまま言ったら――全部、否定しちゃう!」

穂乃果「穂乃果が子供だからそんな答えになるって、わかってるよ! だから言えなかった! 言いたくなかった!」

穂乃果「――そうだよ! 離れ離れになんてなりたくない! ずっと三人でいたい!」

穂乃果「だけど、だけど!」

 気持ちが熱い雫になって、ぽろぽろとこぼれる。

 もう止められなかった。

 穂乃果のほんとうの気持ち。

 穂乃果が、ほんとうに怖かったこと。



穂乃果「穂乃果のわがままのせいで二人を悲しませるのは、もっと嫌なの!」


 言えなかった、大切な一言。

 それはきっと、二人の気持ちを無駄にする。

 だから穂乃果が我慢すればいいんだって、そう思ってた。

 そうすれば、二人の頑張りは無駄にならないから。

 二人の気持ちは、否定しないから。

 穂乃果が、我慢するだけだから――


海未「だから」


 それでも海未ちゃんは。

 穂乃果の気持ちを聞いた海未ちゃんは。

 まっすぐに、私を見つめたままだった。

海未「だから、そう思わせてしまったことが――私たちの罪なのです」

穂乃果「罪……?」

 どうしてそんな話になるんだろう。

 ただ穂乃果が、わがまま言ってるだけなのに。

ことり「私たちの強がりのせいで穂乃果ちゃんが苦しんでたんなら――それは、私たちの罪だよ」

 強がり?


海未「私たちも教えられたんです。自分たちがどれだけ愚かな意地を張っていたのか」

ことり「だからもっと素直になろうって。素直にならなきゃだめだって。気づかされたの」

穂乃果「教えてもらったって――誰に?」

 そう訊くと、二人は一度目を見合わせて。

 再び穂乃果に向けた顔は、やっぱりなにかを振り切った表情だった。



海未・ことり「大切な後輩たちに」



――――――――

――――――

――――






      一日前





【Side:ことり】

花陽「あの……何度も何度も呼び出して、すみません」

ことり「ううん、気にしないで」

 昨日に引き続き部活後に私を呼び出した花陽ちゃんは、本当に申し訳なさそうに私に言った。
 
 その謝罪に対する私の言葉に嘘はない。

 むしろ謝るのは私の方。私たちの方。

 本気でアイドルに向き合う彼女たちを侮辱してる――私たちの方。

ことり「だけど……答えは変わらないよ?」

 それでも、譲れない気持ちがあるのも事実だった。

 このつながりが途絶えてしまったら、私たちはもう。

 残りの時間を無為にすることしかできないから。

花陽「いいんです」

 だけど、私の予想とは裏腹に。

 花陽ちゃんは強いまなざしで私を見つめていた。


花陽「教えてほしいんです。二年生のみなさんがなんで、そんなにこの部活にこだわるのか」

ことり「――――」

 そっち、か。

 うん。当然だよね、気になるの。

 言ってもいいかな、って一瞬戸惑ったけど、だけどにこ先輩にはもうした話だし。

 もうすぐ嫌でもわかる話だし。

 それになにより。

花陽「――――」

 真剣な目の後輩の気持ちに、嘘はつきたくなかったから。


【Side:海未】

凛「ことり先輩が留学!?」

海未「はい」

 部活が終わり、放課後。私を呼び出した後輩は、私たちが抱える真実を聞くと、目を丸くして驚きました。

 ことりの許可も得ずに話しても良いものかと悩みましたが、いずれは知るところになる話です。

 それに同じタイミングでことりももう一人の後輩に連れていかれたところから察するに、おそらく同じ話になっていることでしょう。

 そしてなによりも。

 真摯にアイドル活動に向かう彼女には、話さなければ失礼に当たると思いましたから。


海未「ことりがこの部活に執着しているのは、間違いなくこの話が関係していると思います」

海未「といっても、彼女がなにを考えているのかなんてわかりようもないのですが……」

凛「そんなのわかるにゃ!」

海未「え?」

 まっすぐな瞳で断言する後輩に、つい間の抜けた返事をしてしまいます。

凛「ことり先輩、ほんとは行きたくないんだにゃ!」

凛「だってことり先輩、一生懸命だもん! 二年生の先輩たちは、正直ちょっと本気じゃないかなって思うところ、あるけど……」

凛「だけどことり先輩、一生懸命だにゃ! 衣装を作るためだけに入ってるなんて思えない!」

凛「本当は行きたくなくて! もっともっとこの場所で楽しいことをしたくて!」

凛「ちょっとでもすがりたくて!」

凛「ちょっとでもしがみつきたくて!」

凛「だから、その可能性をつなごうとしてるんでしょ!」


凛「海未先輩や穂乃果先輩と一緒にいるために!」


海未「それ、は――」

 後輩の懸命な叫びに、言葉は返せませんでした。

 だけど。

凛「海未先輩だって、本当はことり先輩に行ってほしくなんて――」


海未「違います」


 この言葉だけは、濁すことはできません。


凛「――――っ」

 その言葉は、私が思った以上に目の前の後輩に突き刺さったようでした。

海未「……すみません。少しきつい言い方になってしまったかもしれません」

海未「ですが、そんなことありません。私が、ことりに行ってほしくないなどと」

海未「そんな考えは、意を決したことりを侮辱することになります」

海未「決めたのです。笑顔でことりを送り出そうと」

海未「今さらそれを覆すことなど――」

凛「ほんとに?」

海未「――――」

 なぜでしょう。

 強い言葉をぶつけられたはずの彼女は。

 先ほどよりも、強い目をしていました。

凛「先輩、似てるにゃ」

海未「……誰にですか」

凛「凛に」

 そう言うと彼女は、えへへーと照れたようにはにかんで。

凛「さっきの冷たい言葉も、なにかを我慢してる顔も――」






凛「――自分にのろいをかけてた凛に、そっくり」





【Side:ことり】

花陽「先輩は――行きたいんですか?」

ことり「え?」

花陽「留学、したいんですか?」

ことり「……すっごく魅力的なお話だなって、思うよ」

ことり「お洋服を作るのって昔からの夢だったから」

ことり「今回のお話は、私にとって夢をかなえる第一歩ってことになるかな」

ことり「だから、」

 だから――なに?

花陽「――――」

 自分の言葉が上滑りしているのが、花陽ちゃんの表情からうかがえた。

 わかってる。わかってるよ。

 花陽ちゃんが聞いてるのが、そういうことじゃないってことくらい。


ことり「――もう、私だけの問題じゃないの」

花陽「え?」

 これは、本当に言うのをためらう言葉。

 誰にも伝えたことのない、真実のカケラ。

 それをなんで今、なんの関係もないただの部活の後輩に喋ろうとしてるんだろう、私。

 ――なんで、って。わかってるくせにね。

 この子が、この子たちが、私たちを変えてくれるんじゃないかって。

 私たちを導いてくれるんじゃないかって。

 そんな淡い希望に、すがりついているからなんて、さ。


ことり「私を見込んで誘ってくれた向こうの人」

ことり「私のためにコネクションをつないでくれたお母さん」

ことり「私を応援してくれてるたくさんの人」


ことり「それに――私の背中を押してくれてる、大切な友達」


ことり「もう、裏切れないの」

ことり「もう、私だけで決められる話じゃないの」

ことり「だから、だから――」

花陽「ことり先輩」

 必死になる私を、まるで気にすることもなく。

 花陽ちゃんは、繰り返す。


花陽「先輩は。行きたいんですか?」


ことり「――わかってよ!」

 花陽ちゃんがしつこいからなのか。

 それとも、私のもろくてやわらかいところを何度もついばまれたからなのか。

 つい、おっきな声をだしてしまう。

ことり「言えないよ、今さら!」

ことり「海未ちゃんも苦しんでるの、わかってるから! 悩んでるのわかってるから!」

ことり「これ以上苦しめたくないの!」

ことり「私のせいで! これ以上、これ以上――」

 頭の中がぐちゃぐちゃになって。形にならない言葉をひたすらにぶつける。

 怖がらせちゃったかな。

 嫌な思いさせちゃったかな。

 そう思い、ふと見た花陽ちゃんの表情は。


花陽「――――」


 とても強くて、とても熱かった。


【Side:海未】

海未「のろい?」

凛「うん。のろい」

 あっけらかんと返す目の前の少女は。

 しかし瞳の奥に、深く暗いなにかを宿していました。

凛「ねえ、海未先輩」

海未「……なんでしょう」

凛「がまん、しちゃだめだにゃ」

海未「我慢? 私が?」

凛「言いたいことは言わなきゃダメだし、気持ちは隠しちゃダメ」

凛「それはいつか、きっと大きなのろいになるから」

海未「……先ほどから、何の話をしているのですか。のろいだのなんだの」

 いえ、わかってはいるのです。

 意味は理解できなくとも、彼女がなにか大切なものを伝えようとしているのは。

海未「そもそもあなたには関係のない話です。部活だって生徒会長の出した条件が済めばやめます」

海未「ここから先は、あなたに口を出される筋合いはありません」

 ぴしゃりと言い放った私に。

 それでもこの後輩は。


海未「――なにがおかしいのですか!」


 くすくすと、笑うのです。


凛「ううん、ごめんなさい。あんまりにもそっくりだったから」

海未「またその話ですか!」

 要領を得ない彼女に、ついに堪忍袋の緒が切れました。

海未「いいかげんにしてください! さっきからあなたは何が言いたいのですか!」

海未「我慢などしていないし、隠してなどいません!」

海未「ことりに行ってもらいたい気持ちに偽りはありません!」

海未「全て、全ては、ことりのために――!」

凛「海未先輩」

海未「なんですか!」


凛「嘘つくの――へただね」


 かぁ、っと。

 全身の血液が沸騰したかのような怒りが、私を支配しました。


海未「あなたに――なにがわかるのですか!」


凛「わかるよ」

 たぎる血に、冷や水を浴びせるかのように。

 彼女の言葉は、真剣なまなざしは、鋭い矢となり私を射抜きました。

凛「わかるよ。凛も同じだったから」

凛「それしかないって決めつけて」

凛「それが正しいって決めつけて」

凛「それ以上考えるのをやめて」

凛「きつくきつく、自分をしばって」

凛「いつか、自分の本当の気持ちもわからなくなっちゃうの」

凛「凛も、同じだったから」

海未「あの、」

凛「海未先輩」

海未「なん、ですか」

凛「後悔――するよ?」

海未「――――」

 彼女の強い言葉に、感情に、ついには返す言葉を見失います。


【Side:ことり】

花陽「……大切なら」

ことり「花陽、ちゃん?」

花陽「大切なら! それじゃダメなんです!」

ことり「っ」

 強い感情の奔流が、私に流れ込んでくる。

花陽「大切なら! 友達なら! ちゃんと言ってあげなきゃダメなんです!」

花陽「そうじゃないよって! 素直になっていいんだよって!」

花陽「ほんとの気持ち、言ってあげなきゃ!」

花陽「相手を傷つけるのを怖がって――」


花陽「自分が傷つくのを怖がって知らんぷりするんじゃ、ダメなんです!」


ことり「あ――」

花陽「じゃないと……本当に後悔しちゃいます……」

 それはひょっとしたら、花陽ちゃん自身が味わった気持ちなのかもしれない。

 それぐらいに、必死さの詰まった言葉だった。


ことり「……わかんないよ」

ことり「もう、どうすればいいのか、わかんない」

ことり「どうすれば、誰も傷つかずに済むの……?」

 だから私も、必死に言葉を紡ぐ。

 出口のない寒い冬空の迷路を、手探りで歩くように。

 答えを探すように。

花陽「簡単です――」

 そんな私に、花陽ちゃんは。

 春のようにあったかい笑顔で、言った。


【Side:海未】

海未「……どうすれば」

凛「え?」

海未「どうすれば、よいのですか」

 心の中で、大きくそびえたっていた壁が。

 私を強がらせていた、大きな壁が。

 崩れていく音が、聞こえました。

凛「簡単だよ――」

 そんな私に、目の前の後輩は。

 凛は。

 揺らめく純白の花のように優しく、言いました。






花陽「――素直に、伝えてあげればいいんです」





凛「――素直に、伝えてあげればいいんだにゃ」









「友達なら、きっとだいじょうぶ」





――――

――――――

――――――――

【Side:穂乃果】

 海未ちゃんと、ことりちゃんは。

 真っ白い花のように優しく。

 春の日差しのように暖かく。

 私に、伝える。

海未「後輩たちに諭されてから、私たちは二人で話し合いました」

ことり「お互いにどうしたいのか。本当は、どうしたかったのか」

海未「そしてわかったんです。自分たちがこだわっていたことが、どれだけ大切で、だけど、どれだけちっぽけだったのか」

ことり「それでね、決めたの。穂乃果ちゃんとも、ちゃんと話し合おうって。穂乃果ちゃんの本当の気持ち、聞いてあげようって」

海未「穂乃果――」

ことり「穂乃果ちゃん――」






海未「ことりにどうしてほしいですか?」





ことり「私にどうしてほしい?」





 もう、いいのかな。

穂乃果「海未ちゃん」

海未「はい」

 言っても、いいのかな。

穂乃果「ことりちゃん」

ことり「うん」

 言えなかった大切な一言。


 言っても――いいよね。






穂乃果「行かないでぇ……」





穂乃果「離れ離れなんて……ひっく……やだよぉ……」

穂乃果「一緒が、いいよぉ……ひぐっ」

海未「ごめん、なさい……つらい思い、させてしまいましたね……」

ことり「ごめんね……ごめんね……」


 なにも難しいことなんて、なかったのかもしれない。

 ただ、ほんのちょっとだけすれ違って。絡まっちゃって。

 お互いに、素直な気持ちが見えなくなって。

 ほどいてみたら、見えた答えは。


 すっごく、シンプルだった。


ことり「今日、帰ったらお母さんに伝えるね。留学のお話はお断りします、って」

 三人で一通り泣いて。

 これからのことを決めよう、ってなった。

海未「……大丈夫、なのですか?」

ことり「うん。相手の方にはがっかりさせちゃうかもだけど」

ことり「だけど――これが私の気持ち、だから」

海未「――そう、ですか」

ことり「それよりも……アイドル研究部、どうしよっか」

海未「そうですね……来週の撮影までは続けるべきでしょうが、それから先は、」

穂乃果「続けよう」

ことり「え?」

海未「穂乃果?」

 あはは。二人ともびっくりしてる。

 そうだよね。だって私が、一番続けたくないって思ってた人だもんね。


穂乃果「続けよう、アイドル研究部」

穂乃果「他の人たちに迷惑かけちゃうっていうのも、もちろんあるけど」

穂乃果「私自身、続けたいんだ」

穂乃果「私たち三人がつながれた、つながり続けられた、大切なきっかけだから」

穂乃果「すっごく――大切な場所になったから」

ことり「穂乃果ちゃん……」

海未「そう、ですね」

海未「アイドル活動、よいではないですか。私たちが『三人で』必死になれる場所があっても、いいと思います」

海未「どうですか? ことり」

ことり「……うん」

ことり「私も賛成!」






 ――ああ、なんだかとっても久しぶり。


 三人が、ひとつになれた気がした。





 * * * * *

にこ「…………」

 屋上への扉が、重い。

 いや、物理的にっていうのもあるんだけど、もっと精神的な部分で。

 昨日絵里が宣告したリミットは一週間。あと一週間で、六人を仕上げなければならない。

 ――正直、無理って思う。

 一年生はともかくとして、二年生三人はきつい。

 技術的にも、モチベ的にも。

 一週間は――短すぎるでしょ。

 そんな気持ちが重さを増させる扉を、やっとのことで開いて。

 私の目に飛び込んできた光景は。


穂乃果「あっ、にこ先輩きた!」

凛「にこ先輩おっそいにゃー!」

海未「こらこら凛、私たちの気が急いただけでしょう」

ことり「にこ先輩が来た時間はいつも通りだよ?」

花陽「そんなことより、早く練習始めませんか? あんまり時間、ないですし……」


にこ「――――え?」


 信じられないものだった。


 強い違和感が私を襲う。

にこ「え、ちょっと……え?」

穂乃果「そうだ、にこ先輩!」

 戸惑う私をよそに、穂乃果がぐっと私に詰め寄る。

穂乃果「今まで……すいませんでした!」

にこ「え……え?」

穂乃果「私、全然練習に一生懸命になれなくて、すっごく迷惑かけてましたよね……」

穂乃果「だけど、もう大丈夫ですから!」

穂乃果「私も、それに海未ちゃんもことりちゃんも、これから一生懸命がんばります!」

穂乃果「だから……改めて、よろしくお願いします!」

 叫ぶように言いながら、地面と平行になるくらい頭を下げる穂乃果。

 待って、全然状況についていけない。


ことり「そうだ、私『START:DASH!!』用の衣装作ってきたんです」

凛「えっ、本当!?」

穂乃果「おぉ、凛ちゃんいい食いつきだねぇ!」

花陽「だって凛ちゃん、それがお目当てだもんね?」

凛「えへへー」

海未「へえ、凛もかわいいところがあるのですね」

凛「あー、海未ちゃん馬鹿にしてる!?」

にこ「…………」

 なんていうか。

 懸念事項は、きれいさっぱりなくなったみたい。

 私の――知らない間に。


にこ「あ……」

 きゃいきゃいとかしましい後輩たちの姿を見て、気づく。

 屋上に入ったときに覚えた違和感の、その正体に。

 あの感覚。

にこ「――――」



 最近毎朝教室に入った時に感じる感覚に、そっくりだったんだ。

ここまで
二年生編終了、長かった
次は三年生編になると思う
続きはそのうち


【Side:絵里】
 
絵里「…………」チラ

希「…………」

絵里「…………」チラ

希「…………はぁ」

希「そろそろ、時間やんな?」

絵里「あら。もうそんな時間だったのね」

希「絵里ち。いくらなんでも白々しすぎ」

希「時計ちらちら気にしてたの、気づいてないと思った?」

絵里「……わかってるわよ」


希「実際のところ。どうなん? あの子らの出来栄えは」

絵里「先週の録画風景は希も見ていたでしょう?」

希「そんなこと言っても、うちダンスとか歌は専門外やし。あーうまくなったなー、くらいにしか思わへんかったよ」

希「あれでいけそうなん? ランキング100位以内」

絵里「…………」

希「……わかりやすいお返事どうも」

絵里「なにも言ってないわよ?」

希「目は口ほどに物を言う、ってね」

絵里「う……」

希「そっか。難しいんだ、やっぱり」


絵里「希の言う通り。うまくはなったわ。それも格段に」

絵里「二年生の三人が急にやる気になったのが大きいわね。おかげで一年生にも火がついたみたいだったし」

希「というより、見た感じ二年生の方が一年生に火ぃつけられた感じやったやんな?」

絵里「そう、かもしれないわね。もともとあの二人はアイドル活動に真剣に向き合っていたから」

絵里「だけど……やる気だけじゃまかなえないものも、あるわ」

希「まあ、やる気になってから一週間じゃねぇ……」

絵里「残念だけれど、結果は火を見ずとも明らかだわ」

希「なら、入らんの? アイドル研究部」

希「うちには絵里ちが楽しみにしてるように見えたんやけどな? アイドル活動」

絵里「――――」


 アイドルに全く興味がなかった、と言えば嘘になる。

 バレエの経験からダンスの心得はあったし、歌だって下手な方ではない。むしろどちらも好きなくらいだった。

 だから、それらを生かして自分が輝く舞台に再び登れるのであれば。

 かつての雪辱を、果たすことができるのであれば。

 それは願ってもないことであった。

 だけど。

絵里「アイドルはね。正直な話、どうでもよかったの」

希「ふぅん?」

 からかうような、試すような、希の相槌。

 ああ。やっぱりこの子は、底意地が悪い。

 わかっていて聞いているのであれば――お手上げである。

絵里「私が興味あったのは、矢澤さんの方」


希「うん。喜んでたもんね。うちの占いの結果、聞いた時」

希「『あの矢澤にこさんと一緒に活動できるの?』って」

希「おかしな話やんな? うちの占いなんて関係なく、一緒に活動したいなら「いーれて」って言えばいいだけなのに」

希「まるで誰かのお許しがなければ、それもできないみたいにさ」クスクス

絵里「もう、笑わないでよ」

 だけど、それも私が彼女に惹かれる理由。

 私はそういうところ、素直になれないから。

 「やりたいから」なんていうシンプルな理由で、一歩を踏み出すことができないから。

 それを純粋に追いかけられる彼女が――そう、とても眩しかった。

絵里「でも……」

 曇る私の表情を、希が察する。

希「うん。今のにこっちは、なんか違うね」

希「前に絵里ちが言ってた『私の知ってる矢澤にこと違う』って言葉の意味、今ならわかる」

希「今のにこっち――なんだか苦しそう」

絵里「…………」


 六人が作り上げた『START:DASH!!』の完成度は、お世辞にも上出来とは言えなかった。

 高坂さんが遅れ、星空さんが走り、小泉さんが息を切らせ。

 園田さんはぎこちなく、南さんは声が上擦る。練習不足は誰の目にも明らかだった。

 だけど、彼女らには他の誰にも負けない笑顔が宿っていた。

 楽しそうに。

 嬉しそうに。

 最高の瞬間を作り上げていた。

 もちろん、それは残る一人も同じだった――はずなのに。

絵里「…………」

 矢澤にこのそれは、あまりにも完璧に「作り上げられた」笑顔だった。


希「スマイルはゼロ円ってよく言ったもんやね。むりくり提供される笑顔が無価値だって、にこっちに思い知らされたわ」

 希の言葉になるほどと思う。

 彼女の笑顔には、ただ口角を吊り上げ目を細められた彼女の笑みには、まるで価値が見いだせなかった。

 ほかの五人との決定的な違い。

 彼女は、笑顔になっているだけであり。

 笑っているわけでは、ない。

絵里「そもそも……八つの光って、いったい何なのかしら」

希「っ」

絵里「別に希の占いをどうこう言うつもりは全くないのだけれど、だけど異様よ、あの八人は」

 そこに自分も含まれているというのは、なんだかおかしな話だけれど。

 でも、アイドルグループを結成するには、あまりにも向いている方向がばらばらな八人。

 それがなんとか形にはなってきたけれど……あくまで結果論。

絵里「矢澤さんが集めようとしていたのは、あの八人なわけよね?」

絵里「私たちは希の占いであの八人なんだってわかったけれど、矢澤さんにはなにか意味のある八人だった?」

絵里「けれど、どこかに共通点のある集まりというわけでもないし……」

希「……ね、絵里ち」

絵里「ん?」

 気づけばだんまりになっていた希が、言いにくそうに口を開く。

 それはまるで、いたずらを告白する子供のような。

希「あんな? 実はその占いのことで、絵里ちにまだ言ってないことがあって」

絵里「言ってないこと?」

希「うん。実はな、にこっちのことなんやけど、その八人に――」


 コンコン


 だけれど、希の告白は。

花陽「――失礼します」

 突然の来訪者に遮られた。

だいぶ空いた割に進まずに申し訳ない
続きは今書いてるからちょっと待って


【Side:花陽】

花陽「――失礼します」

 私が生徒会室の扉を開けると、少し目を丸くした生徒会長と目が合いました。

凛「失礼します」

 続いて凛ちゃんも。その姿を見て、生徒会長は表情を怪訝そうなものに変えます。

絵里「……いらっしゃい、アイドル研究部のお二人さん」

 氷のように冷たい視線が、私の心を見透かそうとしているのがわかりました。

 当然、だと思います。

 今日の午後五時。生徒会長たちは、その時間に私たちの部室を訪れる予定でした。

 この人たちが、アイドル研究部に入部するかどうかを決めるために。

絵里「こちらから伺う約束だったはずだけれど、私の記憶違いだったかしら」

絵里「それとも、別件で生徒会に用事?」

花陽「いいえ」

 生徒会長と向き合う私の声は。ひょっとしたら、少し震えていたかもしれません。

 これから自分がすることを考えたら、だけど、声だって震えます。

 だって。

 これはきっと、とってもずるい取引だから。



花陽「アイドル研究部に入っていただけませんか?」


絵里「――待って。言ってる意味がわからないわ」

花陽「なにも難しい話じゃありません。そのままの意味です」

花陽「アイドル研究部に、入ってください」

絵里「うん、うん。だからね? それを決めるためにあなたたちはランキング100位に入ろうと一生懸命――」

花陽「無理です」

絵里「――――」

 呆れながら頭を抱えた生徒会長が、そのままの姿勢でこちらに視線を送ります。

 さっきよりも。

 冷たい、視線でした。


絵里「――無理、というのは?」

花陽「それも、そのままの意味です」

花陽「私たちの歌で、踊りで、『START:DASH!!』で――」

花陽「ランキング100位入りは、無理です」

絵里「諦めた、ということかしら?」

花陽「いいえ。ただの事実です」

花陽「私たちは一生懸命頑張りました」

花陽「最初はどうなるのかな、って思いましたけど」

花陽「だけど、みんな少しだけ向いてる方向が違うだけで、必死なのは変わりなかったから」

花陽「だから。だから、あの『START:DASH!!』は、今の私たちができる最高のパフォーマンスでした」

絵里「それなら――」

花陽「それでも」

 何度も生徒会長の言葉を遮るようで、少し罪悪感があったけど。

 私は、続けます。


花陽「アイドルは、甘くありませんから」


絵里「……そうね」

 小さくため息をつきながら、だけど生徒会長は否定をしませんでした。

 この人だってわかっているはずです。

花陽「ランキング100位に入ること、無理だって。わかってましたよね?」

絵里「別に、あなたたちの努力を否定するつもりはないのだけれどね」

絵里「だけど……そう、あなたの言う通り。あの出来栄えでランキング入りは――」

花陽「違います」

絵里「――――」

 みたび、話を遮られた生徒会長は。

 だけど、怒った風でもなく、静かに私を見つめています。

花陽「あの条件を出したときから、です」

絵里「…………」


花陽「ずっと不思議でした。この条件、そもそも条件として成立してないって」

花陽「だって、私たちがランキングに入ろうが入るまいが、生徒会長には関係ありません」

花陽「なんのメリットもない話です」

絵里「――だとしたら、なぜ私はあんな条件だしたのかしら?」

 それは、わからないことを尋ねる質問ではなく。

 答え合わせをするような問いかけ。

花陽「……生徒会長は、最初から答えを言っていました」

花陽「私に言った、あの言葉です」

絵里「――――」

花陽「『入るつもりがあったから』、って。生徒会長は言いました」

花陽「それから、『あなたはわかってるんじゃないの?』、とも」

花陽「生徒会長は――絵里先輩は、そもそも最初からアイドル研究部に興味があったんですよね?」

絵里「――――」

 絵里先輩は、沈黙を貫くままでした。


花陽「その時の態度も、私は不思議でした」

花陽「私たちを煽るような。けんかを売ってるような。あの態度」

花陽「機嫌が悪かったっていうのも、あるのかもしれませんけど。でも、それだけじゃない気がしていました」

絵里「……なら、どんな理由が?」

花陽「試してたん、ですよね?」

花陽「理由はわからないけれど、絵里先輩には二年生も含めた「あの場の六人」がアイドル研究部にいることが必要だった」

花陽「いえ、それだけじゃありません」

花陽「今後もスクールアイドルとして活動していくことが、必要だった」

花陽「だけど、二年生は誰一人自分の意志でアイドルをやろうとはしていませんでした」

花陽「あのままの意識で続けていても。中途半端な気持ちで続けていても」

花陽「あの人たちがアイドルに真剣に向き合うことはなかった」

花陽「そんな人たちがもしもレベルの高い練習を要求されたら――」

 結果は、穂乃果先輩がそのまま証明してくれました。

花陽「……きっと、いずれ辞めてしまっていたと思います」

絵里「…………」


花陽「だから、煽ったんです。試すために」

花陽「アイドル研究部に、アイドル活動に、真剣に取り組めるかどうか」

花陽「あの六人が――ううん、絵里先輩たちも含めて、八人が」

花陽「アイドル研究部としてやっていけるかどうか」

花陽「絵里先輩のあの態度に怒ってばらばらになるならそれまで」

花陽「それでもなお、まとまりのあるグループを作れるかどうか。絵里先輩は、試したかったんじゃないですか?」

花陽「それならあの条件も納得できます」

花陽「ランキング100位なんて、絵里先輩にはどうでもよかった」

花陽「条件の本当の意味は――「100位に入れるくらいのまとまりを作れるか」、だったんですから」

絵里「――――」


絵里「ハラショー」

花陽「え?」

絵里「素晴らしいわ。まるで名探偵ね」

凛「それじゃあやっぱり!」

絵里「買いかぶりすぎなところもあるけれどね。おおむね当たりよ」

花陽「買いかぶり?」

絵里「……あの時の態度。あれは、そこまで深く考えていたわけではないわ」

絵里「ただ――ただ、腹が立ってしまっていただけ」

花陽「にこ先輩に、ですよね?」

絵里「……そこまでわかるものなの?」

花陽「私たちも、おなじですから」

凛「今のにこ先輩、ちょっぴり自分勝手だにゃ」

花陽「……二年生を勧誘したのは、正直、今でも納得できていません」

花陽「なんだかんだで、穂乃果先輩と海未先輩はやってもいいかなって気持ちに傾いていましたから、まだわかります」

花陽「だけどことり先輩に関しては、わけがわかりません」

花陽「衣装作り担当として勧誘したのなら、理解できました」

花陽「だけどにこ先輩は、アイドルをやってもらうために勧誘したって言ってました」

花陽「まったくやる気のない人を、すぐに辞めるかもしれないリスクを背負ってまで勧誘する理由は――わかりません」


絵里「それに関しては本人に確認するしかないけれどね」

絵里「それで? それがどう最初の話につながるのかしら?」

花陽「簡単です」

 すぅ、と一度息を吸って。

花陽「絵里先輩。私たち六人は、あなたの望むレベルまでの一生懸命さを作ることができました」

花陽「二年生も、それは同じです」

花陽「絵里先輩が求めていた「本当の条件」は、達成しました」

花陽「だから――アイドル研究部に、入ってください」

絵里「……なぜ?」

花陽「え?」

絵里「なぜ、私たちにそこまでこだわるの?」

絵里「矢澤さんを自分勝手というなら、私たちだってよっぽど自分勝手よ」

絵里「それこそあなたたちにメリットがない」

凛「簡単だにゃ」

 さっきの私の言葉をマネするみたいに、凛ちゃんが言います。

凛「先輩たちも、アイドル研究部のために一生懸命だからだにゃ」

凛「先輩たちと一緒に―― 一生懸命な人たちと一緒に部活をやりたいと思うって、おかしなことじゃないと思います」

凛「だから――アイドル研究部に入ってください」

 地面と平行になるくらい、凛ちゃんが頭を下げます。

 それは、絵里先輩たちと初対面の時の態度からは考えられない姿でした。


絵里「――そこまで言われたら、断りづらいじゃない」

凛「それじゃあ!」

 ぱっと顔を輝かせて、凛ちゃんが頭を上げます。

 私も、その言葉から良い返事を期待しました。

 だけど。

絵里「でも……駄目よ。条件は条件」

花陽「え……」

凛「そんな……」

希「ちょっと絵里ち」

 それまで黙って成り行きを見ていた希先輩が口を開きます。

希「そこまで頑固なる必要あるん? 絵里ちとしても願ってもない申し出やん」

絵里「それとこれとは話が別だわ」

絵里「ここでその話を飲んでしまったら、筋が通らないじゃない」

絵里「それこそあそこまで仕上げてきた彼女たちを侮辱する行為だわ」

絵里「私があなたたちの……矢澤さんのお願いをきくことは、できないわ」

 思ったよりも、絵里先輩は頑なな人でした。

 せっかく、せっかく真剣にアイドルに向き合える仲間が増えると思ったのに――

絵里「だから、ね」

花陽「え?」

 自分でも気づかぬ間にうつむかせていた顔を上げると。

 そこには、ほんのちょっぴり照れた顔の絵里先輩いました。


絵里「だから――こうさせてもらうわ」


 * * * * *

絵里「私たちをアイドル研究部に入れてください」

希「お願いします」

にこ「…………」

 絶句。余りにも意味不明な展開に言葉が出てこなかった。

 約束の時間を少し過ぎたころ、なぜか絵里たちと一緒に花陽と凛もついてきて。

 パソコンでサイトにつないで結果を確認したら――惨敗。

 100位にはほど遠い数字が、私たちにつけられていた。

 正直、わかってた部分はあるけど。それでもショックなことには変わりなくて。

 絵里たちが入部しないって現実がじんわり体に染み渡ろうとしていたところで――その台詞。

にこ「あの、ちょっとなに言ってるか全然わかんないんだけど……」

絵里「たしかにあなたたちは私の出した条件をクリアできなかった」

絵里「だから、私たちが矢澤さんのお願いをきくことはできない」

にこ「うん、そうよね。私の認識、間違ってなかったわよね」

にこ「だったらなんで――」

絵里「だから、よ」

絵里「だから……今度は、私たちからお願い」

絵里「矢澤さんのお願いとか、私の出した条件とか、そんな話はもう一切関係ない」

絵里「自分勝手なのはわかってる。今までの態度も全部謝るわ」

絵里「だから――私と希を、アイドル研究部に入れてください」

にこ「…………」  


 いや、いやいやいやいや。

 たしかに最初にお願いしたのは私だし、条件をクリアできなかったのに二人が入部してくれるのは願ってもない話。

 でも、どこか私の心にはもやもやしたものが残る。

 そう――最近ずっと感じている、置いてけぼり感。

 私の知らないところで、私にかかわる致命的なものがどんどん進められていく感覚。

 それが、また、私に襲い掛かった。

海未「それではこれからも生徒会長のレッスンを受けられるということですか?」

ことり「私は大歓迎かなぁ。レッスンはたしかにちょっと大変だけど、でも自分が成長してるのが実感できるし」

穂乃果「あ、あははー……私はちょっとどころじゃなかったけどなぁ……」

海未「穂乃果が一番必要とすべきでしょう? まったく情けない」

穂乃果「だってぇ……」

 ちょっとちょっと、あんたたちも待ちなさいよ。

 まだ私、返事してないじゃない。

 なんでもう二人が入部するかのように話を進めてるわけ?


花陽「にこ先輩」

にこ「え?」

 戸惑う私に、花陽が正面から向き合う。

花陽「断る理由は、ないと思います」

花陽「絵里先輩たちが入れば、この部はもっともっとレベルアップできます」

花陽「だから、この話は――」

 真剣に語る花陽の言葉が、右から左へと流れていく。


 『絵里先輩』 


 あんたたち、いつの間にそんな距離になったの?

にこ「……うん、うん」

にこ「いいんじゃない?」

 気づけば私の口からは、そんな言葉が漏れていた。

凛「……! やったにゃ!」

 ねえ、凛。

 あんた絵里のこと毛嫌いしてたんじゃなかったっけ?

 なんでそんな大喜びしてるわけ?


絵里「それじゃあ改めて」

絵里「三年生の絢瀬絵里です。今までは偉そうにしてごめんなさい」

絵里「だけどこれからは対等な部員。一緒に高め合っていきましょう」

希「うちからも言わせてもらおうかな?」

希「同じく三年生の東條希」

希「今まではあんまり関わることもなかったけど、これからはよろしくね」

穂乃果・凛「よろしくお願いしまーす!」

 二人の元気な声を口火に、絵里たちはここに迎え入れられた。

 ははは、やったじゃない。

 ついに真姫ちゃん以外の八人が揃ったわ。

 私の望んだ通りじゃない。

 私の計画通りじゃない。

 あはは。



 





 あたま、いたいな。

ここまで
エリチカ編終了
ちょっとかよちんが説明キャラになったのは力不足でした
続きはまた近いうち


【Side:真姫】

 学校内でアイドル研究部の噂を耳にすることが増えた。

「アイドル研究部、最近頑張ってるらしいよ?」

「えっ、それって例のあの子の部活でしょ?」

「それがなんだか最近活動再開したらしくて」

「あー、それ私も知ってる。なんかおっきな大会に出るためのランキングに登録したとか」

「それそれ。踊ってる動画もあるけど結構いい感じだったよ」

 音楽室へ向かう途中。前を歩く先輩たちの会話。

 3年生の彼女らからしてみれば、アイドル研究部は触れちゃいけないタブーのようなもの。

 ――だったはずなのに、それが今、動き始めてる。


「うちの部活の後輩の話だと、興味持ち始めた子もいるみたい」

「へー。だけど、部長ってあの子のままでしょ?」

「またひとりぼっちにならなきゃいいけどねぇ」

「あはは、言えてる。なんかネットでは既に悪口書かれてるらしいし」

「きゃー、前途たなーん」

 他人事のように茶化す彼女らの背中に続く。

 いや、たしかに他人事なんだろうけど。だけどちょっと悔しいカンジ。

真姫「…………」

 ……私にとっても、他人事じゃないの? 


 たしかに曲を提供したのは私。

 だけど、別に入部してるわけじゃない。

 でも、その部長とはしょっちゅう会ってて――

真姫「――もう、わけわかんない」

 私にとってアイドル研究部ってなに?

 私にとって、「矢澤にこ」は――


真姫「……で? なんでまたいるわけ?」

にこ「…………」

 もやもやしながら訪れた音楽室には、すでに先客がいた。

 一番前の席でしかめっ面してる二個上の先輩。

 アイドル研究部部長。

 自称未来人。

 矢澤にこ。

真姫「アイドル研究部、忙しいんじゃないの? あちこちで話聞くわよ?」

にこ「…………」

 返事はない。

 最近のこの人はいつもそう。

 部活をほっぽりだして私のところに来たかと思えば、つまんなそうな顔して私の曲を聴いていく。

 正直暇人? って思わないでもないけど、でも、そうじゃないことくらいわかる。

にこ「…………はぁ」

 彼女が何かを抱え込んでることくらい。


真姫「ま、別にいいけど」

 気にしてない風を装ってグランドピアノの前に腰掛ける。

 鍵盤に置いた指がちょっとだけ震えてるの。ばれてないわよね?

 間違っても気づかれちゃいけない。気づかれたくない。

 何かに迷ってる彼女が。

 何かに惑ってる彼女が。

 唯一、私を頼ってくれてることが、嬉しいだなんて。


真姫「――――」
  
 きっと、それが答え。

 友達を作ることを頑なに拒んだ私が、一人になることを望んだ私が、ついに崩した壁。

 一緒にいてもいいって。

 一緒に何かをしてもいいって。

 そう、思える存在。

 きっかけはこの人がつけてくれる歌詞。私の曲に、ぴったりの歌を乗せてくれる人。

 だけど、それが理由として小さくなるのに時間はかからなかった。

 時々でも構わない。

 私のために足を運んでくれるのが。私のために時間を費やしてくれるのが。

 すごく、嬉しかった。






 私のメロディに、彼女が歌を乗せる。



 ただそれだけの時間が、ずっと、ずっと、続けばいいと思った。




短いけどここまで
今更だけどアニメ見返してたらリボンの色レベルでわけわからん勘違いしてた
シナリオ上関係はないけどちょこちょこ違和感あったらごめんなさい
次はまた近いうち

申し訳ないけど生存報告だけ
もうちょっと待ってください


 この世界にきて最大の違和感を、ここ数日で嫌というほどに味わってる気がする。

 μ'sのメンバーも八人まで揃い、残すは真姫ちゃん一人となった。

 形としてはまだでも、雰囲気としてはもうかつてのμ'sと同じようなものになってたっておかしくない。

 ――はずなのに。

穂乃果「それでね、名前はなんかこう、春っぽい感じがいいと思うんだよね!」

ことり「わぁ、私も賛成! 私たちにぴったりだと思うなぁ」

穂乃果「だよね、だよね! どんなのがいいかなぁ……」

ことり「ちょっとおしゃれな感じも出したいよね……」

 さっきから聞こえるこの会話。

 私が部活に顔を出してる時は――ぶっちゃけ、最近は真姫ちゃんのところに行くことの方が多いんだけど――嫌というほど耳に入ってくる話題。

 それがなにより――私の心をざらつかせる。

 あんたたち、一体なんの話してるのよ。


海未「ほら、二人とも。そろそろ練習を始めますよ」

ことり「あ、はーい」

穂乃果「えぇー、もうちょっとでいい名前が浮かびそうだったのにぃ……」

海未「つべこべ言わないでください。絵里だってさっきからあなたたちの会話をどこで遮ろうか戸惑っているのですよ」

絵里「ちょ、ちょっと海未、私のことは別にいいから……」

海未「いえ、よくありません。こういったことはきっちり区切りをつけるべきです」

海未「にこ先輩だって、今日は作曲者の方のところでなくこちらへ顔を出してくれているのですから――」

 うん、まあ、そういう建前を使わせてもらってるんだけど。

 だから、こっちに顔を出さないのは、全面的に私の責任なんだけど。


 絵里。にこ先輩。

 
 距離感が――つらい。


にこ(あー、いづらい……)
 
 開いた溝が、なおのこと私の居場所を奪い。

 結果居心地のいい場所――つまり、放課後の音楽室に、足を運びたくなる。

 それが拍車をかけてることなんてわかりきってるんだけどさ。

 でも、今のこの部活は……なんだかものすごく、気味が悪い。

 自分の作った料理を食べてるはずなのに、入れた覚えのない調味料が混ざってるような、そんな感覚。

 居心地が――悪い。

海未「ところで花陽と凛はまだなのでしょうか。いつもなら真っ先にウォーミングアップを始めているのですが」

絵里「ああ、その二人なら今日は遅れるそうよ。さっきメールをもらったわ」

 なんで部長の私に送らないの? なんて疑問は、誰も持たない。

 そりゃそうよね。来るか来ないかわからない人間に送ったってしょうがないわよね。


海未「ああ、そうです。フランス語なんてどうでしょう」

穂乃果「?」

海未「先ほどのあなたたちの話です。おしゃれな名前をつけたいのでしょう?」

海未「ならば春をフランス語にでも訳してみてはと思ったのです」

ことり「フランス語で春って……?」

希「あ、うち知ってるよ。たしか――」

   プランタン
希「printemps、やったっけ」


穂乃果「ぷらんたん……うん、いい感じ!」

ことり「とってもおしゃれな響きだねぇ」


穂乃果「ほんと、私たちのユニットにはぴったりな名前だね!」


 ユニット。

 たまに顔を出せば、いつも耳にする話題はそれ。

 特に乗り気なのは穂乃果やことりみたいだけど、他の子たちもまんざらではない雰囲気を醸し出してる。

 いやいやいや、冗談じゃないわ。

 これからμ'sとしてやっていこうって時に、ユニット?

 九人で――まだ、八人だけど――練習する時間は、まだまだ削れる段階じゃないの。

 それを二、三人のユニットに割くだなんて、とんでもないわ。


にこ「…………」

 だけど、こうして一人離れて他の子たちを眺めてると、よくわかる。

 この集まりは、μ'sとは違う。

 真姫ちゃんがいないこととか、個人個人の距離感が違うとか、細かいところもそうなんだけど、それだけじゃなくて。

 決定的な部分で、雰囲気が違う。

 ここにいる八人は、決して「八人の集まり」になってない。

 穂乃果が作ったあの九人にあったまとまりが、ここにはない。

 もちろんそれは仲が悪いとかそういうことではないし、関係にぎこちなさがあるってわけでもない。

 だけどそう――かつて感じた一体感は、少なくともまだ、ここにはない。

 ……まあ、それを率先して乱してるのが自分だっていうのは、反省しなきゃだけど。

 でも。

にこ(仮に真姫ちゃんが入部したとして――私たちは、あのμ'sになれるの?)

 頭の隅にべったりとこびりつく不安は、何度かぶりを振っても離れてくれることはなくて。

 言いようも知れない恐怖が、私の足をがっしりとつかんでいるのを感じた。


にこ(ええい、やめやめ!)

 そんなことを考えてたってなにも始まらない。

 今の私が考えるべきは、あの頑固な赤毛ちゃんをいかにしてここに引っ張ってくるかで――

 と、私が考えを切り替えようとしたところで、ばーんと屋上の扉が開かれる。

花陽「た、大変です!」

 飛び込んできたのは、なんだか懐かしさを感じる花陽の叫び声。続いてその本人と、同様に息を切らせた凛が駆けてくる。

絵里「ちょ、ちょっとどうしたの花陽? 落ち着いて?」

凛「落ち着いてなんていられないにゃ! ビッグニュースだにゃ!」

穂乃果「ニュース?」

希「なにがあったん?」  

 ただならぬ様子の二人に他の部員も集まってくる。さすがにおいてけぼりを食うわけにもいかなく、私も続いて彼女らに近寄る。

 六人の視線を一手に浴びる花陽が、果たして口にした言葉は。

花陽「にゅ……入部希望者です!」


にこ「――――!」

 断言できる。

 その言葉に、一番動揺したのは、私だって。

海未「入部希望者とは……花陽たちのクラスメイトが、ということですか?」

花陽「は、はい」

凛「凛たちね、放課後になってすぐに声かけられたんだ。アイドル研究部に興味があるんだけど、って」

にこ「あ、あ……」

 充実感? 満足感? 達成感?

 今の気持ちをどう表現していいのかわからない。
 
 だけど、それは間違いなく私の心を喜びに震わせていた。

 ついに。

 ついにあの子が、折れてくれた――!

絵里「それで、その子は来ていないの?」

花陽「はい、今日は用事があるから話だけ、って……」

凛「だけど興味津々だったし、絶対入ってくれるよ!」

にこ「その、その子の名前って、」

 はやる気持ちを抑えきれず、つい漏れ出た私の質問は。

 だけど、続いた凛の言葉にかき消される。






凛「二人とも!」





にこ「…………は?」

ことり「すごい、二人も入ってくれるの?」

穂乃果「おおー、一気ににぎやかさが増しそうだね!」

海未「にぎやかさは穂乃果だけで十分ですが……それでも人数は多いに越したことはありませんしね」

にこ「いや、ちょ、」

絵里「そうね、人数が多ければその分ユニットの組み合わせだって幅が広がるだろうし、悪いことじゃないわ」

希「――――」

にこ「ま、待って……」

 沸き立つ場の空気に、混ざれない。

 みんなが何を喜んでいるのか、私にはまったく理解できなかった。

 二人? え?

 真姫ちゃんじゃ――ないの?


 私の疑問に答えるかのように、花陽が言葉を続ける。

花陽「小林さんと鈴木さんっていうんですけど、二人ともこの間の動画を見て興味を持ってくれたみたいで」

穂乃果「この間のって、『START:DASH!!』の?」

凛「うん。あれで興味を持ってくれた人、結構いるみたいなんだ」

ことり「そっかぁ……やっぱり意味があったんだね」

海未「ええ……なんだか嬉しくなってしまいますね」

絵里「よし、それじゃあその子たちをしっかり迎え入れるためにも、今日の練習を――」

にこ「――――め」

絵里「え?」

 そんなの。

 絶対に。

にこ「――――だめ!」


穂乃果「にこ、先輩?」

にこ「だめ、そんなのだめ、絶対に! 認められない!」

絵里「ちょ、ちょっとにこ? どうしたのよ急に」

絵里「部員が増えるんだったら願ってもない話じゃないの?」

にこ「願ってなんかない! 願ってなんか……」

 目を白黒とさせながら、部員たちが私を見つめる。

 構わない。どれだけ奇異に映ったって、構いやしない。

 これは、これだけは譲っちゃ――

希「九人じゃ、なくなるから?」

にこ「――――っ」

 言葉を継ごうとするより早く、息をのまされる。

希「にこっちが入って欲しいって思ってる人じゃないから、だからだめなん?」

にこ「それ、は……」

 ドンピシャの答えを突き付けられ、口ごもる。

 その通りよ、希。

 私の、私たちのμ'sを。

 見知らぬ誰かに、侵されたくないの。


絵里「……希。占いのことを言ってるのだったら、私は八人だと聞いていたのだけれど?」

希「うん、うちの占いではね。だけど、にこっちにとっての『それ』は、どうも九人みたいなんや」

希「せやんな? にこっち」

にこ「…………」

 見透かすような希の言葉に、返すものが見つからず。

 だというのに、希にとってそれは十分返答にあたるものだったみたいで。

希「もともとここにいる八人はね? 意味のある八人だったんや」

花陽「意味のある?」

希「うん。うちの占いでな? 八つの光がひとつに集まって、おっきなひとつの光になる、いうんがでたんよ」

希「それが――うちと絵里ちの占いの結果」

希「それが、この八人……なんだと、思ってた」

海未「……思ってた、ということは、実際は違ったのですか?」

絵里「待って希、そもそもそれは『私と希の占いの結果』なの?」

絵里「にこの占いの結果じゃ、ないの?」

希「…………」

 意味ありげな沈黙。

 ねえ、希。なんで?

 なんでそんな悲しそうな目で、私を見てるの?


希「にこっちの占いの結果は――白紙だった」

にこ「――――は?」

希「うちが占ったその『八つの光』に、にこっちは――入ってなかったんよ」

希「だからきっと、あと一人、たぶんにこっちの考えてる九人目が、私たちにとっての八人目」

希「にこっちは、最初から――入って、なかった」

にこ「――――」

 もう、よくわかんない。

 この子は、なにを言ってるの?

 私が死ぬ物狂いで集めた、このメンバーに。

 私が、入って、ない?


希「ねえにこっち。うち、教えてほしいんよ」

希「教えてほしいから、わざわざこんなつらいこと突き付けることにしたの」

希「にこっちの大事な部分に触れたいから、知りたいから、嘘はつきたくなかった」

希「ごまかしたくなかったの」

希「にこっちにとってその九人って――なんなん?」

にこ「きゅうにん、きゅうにん、は……」

 そんな、そんなの、言わなくてもわかるでしょ?

 言わなくても、わかってよ。

 だってそれは、もう形ができ始めてる。生まれ始めてる。

 スタートダッシュを切ったじゃない。

 まだ、六人っていう未完成な形だったけど。

 だけど、その輪郭は、見え始めてたじゃない。






にこ「……μ's、でしょ?」





 私の一言は、透明な空気の中に紛れて、消えた。

 誰も、なにも答えない。

 どうして?

 六人で踊ったじゃない。歌ったじゃない。

 練習なら、八人で。私たちのパフォーマンスを、μ'sパフォーマンスを、見せたじゃない。

 なのに、なんでそんな――


穂乃果「みゅーず、って……なに? せっけん?」

 
にこ「――――」

 それは、ひょっとしたら場を和ませようとした穂乃果なりの気の利かせ方だったのかもしれない。

 だけど、今の私にとって。

 それは、決定打。

にこ「うそ、だって……」

 よろよろと、おぼつかない足取りで、屋上の隅に放られたかばんに近寄る。
 
 その中からスマホを取り出し、インターネットブラウザを起動。

 ラブライブ公式を、検索。

 ここには、あるよね?

 100位には入らなかったけど、だけど。

 μ'sの名前が、ここには――

にこ「――――あ、」

 だけど、私たちの順位を示す数字の、その隣には。


「音ノ木坂学院アイドル研究部」


 なんの温かみもない、無機質な文字の並び。


にこ「は、はは……」

絵里「に、こ?」

にこ「あは、あはは、あっははははははは!」

海未「ど、どうしたのですか? 落ち着いてください!」

 そっかそっか、わかった。わかっちゃった。

 
 「これ」、μ'sじゃないんだ。


 そっかそっか、納得。

 そうよね、そうに決まってるわよね。

 じゃなきゃ、こんなことになってるはず、ないもんね。

 あはは。

 はは。

 は……






 それなら。





にこ「……なら」

希「にこっち?」

にこ「それなら!」

希「っ!」

 それなら。

 それならそれならそれなら!

にこ「それなら――」


 私の中のきれいな心は、言っちゃダメって言ってる。

 私の中のきたない心は、言っちゃえって言ってる。

 それはどっちもおんなじくらい大きな気持ちで。

 だから、私は。

 自分の意志で、選んだ。






にこ「それなら――こんな集まり、もういらない!」





「――――」

 誰かが息をのんだ。

 みんな、だったのかもしれない。

 決定的に走ったヒビに、とどめを刺したのは。

花陽「――わかりました」

 意外な人物。


花陽「……私、にこ先輩は、本当にアイドルが好きなんだなって思ってました」

花陽「だからこそ、ひとりぼっちになっても、アイドル活動を続けられたんだなって」

花陽「だけど……違ったみたいですね。勘違いでした。ごめんなさい」

花陽「絵里先輩。今日からアイドル研究部の部長、お願いします」

花陽「ちゃんと、一生懸命になれる人に、引っ張ってもらいたいですから」

花陽「もう――こんな思い、したくないっ!」

絵里「花陽!」

 湿った叫び声と共に、花陽は屋上を飛び出す。

 それが、皮切り。

海未「……失礼します」

穂乃果「え、っと……私も」

ことり「あ、待って……」

 ひとり、またひとりと。

絵里「……少し、頭冷やしなさい」

希「…………ごめん、にこっち」

 屋上から去って行き。

 そして、私は。






にこ「あ――あああああああぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああ!!!」




 また、ひとりぼっちになった。




ここまで
ずいぶん間が空きましたごめんなさい
続きはできれば近いうち


 それは、真水のようなものだった。

 ぎゅっと掴んで、もう離さないと心に決めながら、それとは裏腹に指の隙間を零れ落ちていく。

 どれだけ力を込めても。どれだけ願いを込めても。

 それをあざ笑うかのように、手の中にはなにも残らない。

 
 私にとって、μ'sとはそういうものだった。


 夕暮れに沈む教室で、ひとり窓の外を眺める。

 ガラス越しに聞こえる運動部の掛け声がいやに遠くて、どこか現実味を失わせた。

 まるで。

 この世界に、ひとりぼっちであるかのように。

にこ(……あほくさ)

 センチになっているだけだ。すべてが徒労に終わり、すべてを失って、少しだけ疲れが顔をのぞかせて。

 だから、こんなに虚しさが胸を占めている。


 望みすぎてしまったのだろう。言い聞かせるように繰り返す。私は望みすぎてしまった。

 私たち3年生の卒業が間近に迫って、μ'sは終わりにしようって決めて。

 だけどアメリカでのライブが世間に与えた影響は、大きくて。

 一躍スターになって、そう――望みすぎてしまった。


 ああ。

 
 もっと、続けたい。


 だからある意味、この世界は好都合だったのかもしれない。

 私にとってμ'sをやり直すチャンス。

 あの輝いていた一年間を取り戻すチャンス。

 訳が分からないなりにあがき続けられたのは、そんな希望があったからかもしれない。

 
 ――じゃあ、今は?


にこ「――――」 

 μ'sを再び築き上げる道は、絶たれた。

 それどころか、私がこの世界でスクールアイドルとして活動できる可能性は、ほぼゼロ。


 なら。


 私がこの世界にいる意味って、なに?


 思えばμ'sの再結成はひとつの現実逃避だった。

 リアリティのない現象に遭遇して、絶望しかけた私を、すんでのところで花陽がすくい上げてくれた。

 私の頑張る理由が、生まれた。

 じゃあ、今の私が頑張る理由は?


 この世界にいる理由は?


 そもそも。現実逃避をやめた私は考える。そもそも、この世界はなんなのだろう。

 本当に過去に戻ってきた? 

 だとしたら廃校の話がなくなっている理由がわからない。

 少なくとも私の周りに関してのみ言えば、元の世界とは別のシナリオで進んでいる。

 ただ単純に過去に戻っただけとは考えにくかった。

 じゃあ、パラレルワールド?

 たとえそうだとしても、今、このタイミングで私がこの世界に迷い込んだ理由は?

 そうだ。考えてみれば見るほど、私という存在は異質。

 私だけが元の世界の存在を知覚している。

 私だけが、この世界で非常にイレギュラーな存在なんだ。


にこ「なんで……私ばっかり」

 みんなが幸せそうにしているなかで、私一人がつらい思いをして。

 理不尽じゃない、そんなの。

 一生懸命頑張ったじゃない。何の説明もなくこんな世界に連れてこられて、それでもμ'sを作るためにあがいて。

 なのになんなのよ。みんなみんな、私の邪魔ばっかり。

 私は、私はただ……


にこ「――アイドルになりたかった、だけなのに」


 不意にこぼれた、その言葉は。





「うそつき」






 ――――ピシリ、と。



 世界に、大きな音を響かせた。

  
 

短いけどここまで
今月中には終わると思います
続きはまたすぐ


にこ「――え?」

 声と、音が、同時。

 どちらに反応すべきか。迷うほどの時間もなく、声の主は現れた。

「こんにちは」

にこ「あんた……!」

 元アイドル研究部の、あの子。

「声をかけただけじゃない、そんな怖い顔しないでよ」

にこ「声をかけただけって……いや、そんなことどうでもいいわ」

にこ「あんたも聞いたでしょ? 今の音」

 大きな音だった。何かにひびが入るような、決定的な音。

 いつの間に現れたのかわからないけど、私に聞こえて彼女に聞こえていないとは考えにくかった。


「そうね」

 返ってきた言葉はそっけない。

 興味がないような……あるいは、別に不思議ともなんとも思っていないような。

にこ「……なんの音か、わかるの?」

「ええ」

 答えはひどくシンプルだった。

 そのかわりに。

「あなたには――なんの音に聞こえたの?」

 続く言葉は、私を少しだけ悩ませた。


にこ「……なにかが、割れるような音」

 考えた末に出た答えは、それだった。

 いや。もっと正確な言葉を、私は思い浮かべたはず。

「ひびの入った音」

にこ「――――」 

 考えを読んだかのように、彼女は私の言葉を続けた。

「そうね、その通りよ。今のはひびが入った音」

「ひな鳥がその内側から卵をわるために」

「外の世界へ歩みだすために」

「自分を守る殻を?ぐために」

「ひびを入れた、音よ」

にこ「わけ……わかんない」

「うそつき」

にこ「嘘なんかじゃ、」

 言いかけて、気づく。

 私を罵るその言葉を、つい先ほど言われたばかりだということに。


にこ「あんた……さっきも私のこと」

「言ったわね。うそつき、って」

 その言葉は、何に対しての?

 その直前に、私が言った言葉は?

 それは、たしか――

にこ「――嘘じゃ、ない」

「――――」

にこ「アイドルになりたいって言葉が……嘘なんかなはず、ないじゃない!」

「そう?」

 私の大事な部分に触れて、だというのに、彼女は飄々としたまま返す。

「だけどそれは、あなたにとってとても大きな意味合いを持つ言葉よ」

「だからこそ、殻は破れ始めた」

にこ「……は?」

「あなたは嘘じゃないと言った。そうかもね、その言葉自体は嘘じゃないのかもしれない」

「だけどね」

「その奥に眠ってる想いを、言葉を、語ろうとせず蓋をしたままでいるのは――うそつきと同じじゃない?」


にこ「……待って。ついていけない」

 入ってくる情報量の多さに目が眩む。

 彼女の意図している部分の、きっと半分も、私は理解できていないんだと思う。

 だけど、なんとなくわかったことがある。

 わかったというか、察したというか。

 あるいは、感じ取った。


にこ「あんた……この世界のこと、知ってるの?」


「ええ」 


 答えは、やっぱり、シンプルだった。


 そして、続く言葉は。






「だって、この世界を作ったのは私だもの」


 やっぱり、私を、悩ませた。





私の両手が彼女の肩へ伸びたのは、ほとんど衝動的なものだった。

にこ「教えなさい! なんなのよ、この世界は!」

にこ「なんのために作って!」

にこ「なんのために私を閉じ込めたの!」

にこ「教えなさいよ!」

「――痛いわ」

にこ「あっ、」

 がくがくと揺さぶられるままになっていた彼女は、静かにそれだけ呟いた。

にこ「ごめん、なさい……」

「いいわよ、別に」

「それよりも……この世界がなんなのか、よね」

「その前にひとつ聞きたいのだけれど」

「それを聞いてあなたはどうしたいの?」


にこ「え?」

「この世界はこれこれこういうものでした。おしまい」

「それで、それを聞いてあなたはなにか満足するの?」

にこ「満足、っていうか……」

にこ「この世界を出る方法が、見つかるかもしれないじゃない」

「――そう、よね。あなたはこの世界から出たいのよね」

にこ「あ、当たり前じゃない」 

「なぜ?」

にこ「なぜ、って……」

「この世界は、不都合?」

にこ「ふ、不都合よ! こんな、」

「μ'sがない世界?」

にこ「……そうよ」

 ――自分の言葉を先取りされるのは、ほんとに気持ち悪い。


「じゃあ、またやり直す?」

にこ「は?」

 それはまるで、ゲームをリセットする? ってぐらいに気軽な言葉で。
 
 思わず聞き流しそうになる。

「μ'sを作れなかったのが気に食わないんでしょう? なら、もう一度3月の「あの日」からやり直しましょう?」

「大丈夫よ、次はもっとうまく立ち回れるわ。今回の失敗をいかして、ね」

「そうすれば満足なんでしょう?」

にこ「そ、そんなこと……」

「可能よ」

にこ「…………や、でも、」

「今度はもっと、理想的なμ'sが作れるかもね」

にこ「…………」

 彼女の言葉が、完全に私を黙らせる。


「――ここで黙ってしまうから、あなたはうそつきなの」

にこ「え?」

「なんでもないわ」

「そんなことよりも。今言った通り、この世界はあなたの思うようにやり直せる」

「そもそもがそういう世界なの」

「あなたがμ'sの一年をやり直したいと願ったから、この世界は生まれた」

       ノゾミ
「あなたの希望が産んだ世界」


にこ「私の、のぞみ?」

「そう。もっとわかりやすい言葉を使った方がいいかしら?」

「意識の奥底、無意識の内側、そこに潜む自分の願望」

「眠りの中で触れる、自らの希望」

「そんな世界の名前。わかるでしょう?」






「ここは、あなたの見ている夢の中」





にこ「――――」

「3月のあの日。あなたはいつも通り眠りに落ちた」

「そしてこの夢に迷い込んだ。私が作った、この夢に」

「言うなれば、私は管理人といったところかしら」

「もちろんこの姿だって借り物」

    ア ナ タ
「私は矢澤にこ。あなたの頭の中に棲む、あなた自身」


にこ「そん……な。だって……」

「信じられなくても、受け入れるしかないわ」

「認めなさい、この世界を」

「ここはあなたが夢見た場所」

                ユメ
「あなたが手を伸ばした憧憬で」

               ユメ
「あなたが掴もうとした希望で」

               ユメ
「あなたがつくり上げた幻想で」

               ユメ 
「とてもとても甘い――悪夢よ」


「もう一度、改めて聞くわ」

「この世界の真実を知って。あなたは、どうしたい?」

「この夢から、醒めたい?」

にこ「私、わたし、は」

「……今決めろっていうのも、酷みたいね」

「だけどね、これだけは忘れないで。私がこの世界にあなたを招いたのには、意味がある」

「その意味をあなたが理解するまでは」

              ワ タ シ
「その上で、あなたが矢澤にこを否定できなければ」

「私は、あなたをここから逃がすつもりはない」

にこ「意味、なんて、そんなの……わかんない……」

「うそつき」

 三度目の、否定。


「さっきも言った通り。この世界には、ひびが入り始めた」

「少しずつ、あなたが目覚める準備が整い始めた」

「だからこそ私はこうしてあなたに真実を教えたの」

「あなたが真実を受け入れる準備が、整い始めたから」

「だけどね、それはあくまで準備でしかないの」

「あなたが自分に嘘をつき続ける限り、準備は準備のまま」

「雛が孵ることはない」

にこ「……わたし、どうしたら……」

 戸惑う私の、その胸に。

 彼女は――もうひとりの「私」は、優しく指を突いた。

       ハコ
「ここにある匣。その蓋を開けなさい」

「その中にある現実に、目を向けなさい」

「あなたがアイドルを目指している。それは本当」

「だけど。それだけじゃ、ないでしょう?」

「それを――認めなさい」

 それだけを言い残して、「私」は蜃気楼のように揺らめいて、消えた。


にこ「――――夢」

 思わずほおをつねろうとして、やめる。この世界で痛い思いなんて、十分してきた。

 体も。心も。

 すごく、痛い思いをしてきた。

 それが、私の望んだ世界?

 にわかには信じられない――けど。

 この世界に迷い込んだあの日。私はたしかに、望んでいた。


 ――いっそのこと、この一年間やりなおせたらなぁ


 それを……自分の頭の中で実現したってこと、なの?


にこ「…………」

 「私」が指さした場所を、ぎゅっと握りしめる。

 ここにある、箱。

 それがなにを指すのか。今の私にはわからない。

 うん、わからない。

 わからない。

 …………

 そっか。そういうことなんだ。


にこ「自分に嘘はつけないってこと、なのね……」


 その中から、災厄があふれ出てくることを、知りながらも。

 それでも私は、この匣を開けなきゃいけないの?

             ノゾミ
 この世界が、私の希望を叶えた世界だというなら――


にこ「誰か、教えてよ……」

ここまで
一応あと5、6回の投下で終わる予定
続きはまたすぐ


「にこっち」

にこ「えっ」

 突然の声だった。

 振り向くと、そこにはつい先ほどまでなかった人影。

 問答なんてする余地もない。

 私のことをそう呼ぶのは、たったひとりだけ。

にこ「希……」


 いつの間に? という疑問を抱かなかったわけじゃない。

 むしろ、ほんの数分前のやり取りがなければ、彼女自身にそう尋ねていたはず。

 けれど、今は。

 この世界の真実に触れた今は、「ああ、そういうものなんだな」って納得してる私がいた。

 ノゾミ
 希望を叶える存在を願ったから。

ノゾミ
 希が現れた、ってことなのかしら。

にこ「……笑えない冗談よね」

希「ん?」

にこ「なんでもないわ、独り言」


にこ「それより、一体全体私になんの用? 練習、もうとっくに始まってるでしょ?」

 顎で時計を指し示す。希はその先に視線をやることもなく、ただ、私だけをまっすぐに見つめていた。

 吸い込まれそうな瞳だった。

 いつもはきれいだと感じるその緑色は、だけど、今はその奥に得体のしれないものを感じさせる。

 それは、この世界にきてからうっすらとこびりついていた――疑い。


 この希が、「Snow halation」ができる前の希なのだというのなら。

 
 この希は、あの「友達」を口にした希とは、違う。


希「ん、……にこっちに、謝らなおもって」

にこ「謝る?」

希「うん。うちが余計なこと言ったから、にこっちが……」

にこ「ああ……」

 そこまで言われてようやく話にピントが合う。

 たしかにあの状況を振り返ってみると、希が突っ込んだ話をしてきたからあの流れになった――と、言えなくもない。

 だけど、正直な話。

にこ「別に、あんたのせいだなんて思ってないわ」

にこ「あんたが話を切り出さなくたって……きっと、たいして展開は変わらなかったし」

希「そんなこと、」

にこ「あるわよ」

希「…………」


 突き放すような言葉を、あえて突きつける。

 悪いけど、どうでもいいのよ。

 だって、だって。


 だって――今ここにいる希は、あの希とは別人なんだから。


 ううん、それだけじゃなくて。


 私があそこで切り離した面々だって、夢の世界の住人なんでしょ?


 だったら別に、いいじゃない。


 別に――


希「にこっち」


にこ「――――」

 どきりとした。

 たった一言、名前を呼ばれただけなのに。

 全てを、見透かされているような錯覚に陥った。

希「にこっちは、何を抱えているの?」

にこ「抱えるって……私は別になにも抱えちゃいないわ」

にこ「自分の思った通りに部が運ばなかったから、ちょっと落ち込んでるだけよ」

 言い訳がましく言葉がうわすべりしているのを自覚しながら、それでも言葉を止められなかった。

 だけど、さ。

 大して賢くない私ですらわかってるんだから。

 目の前の聡いこの子が、わからないはずないのよね。


希「――にこっち」


にこ「……やめてよ!」

 耐えられなかった。

 別人であるはずなのに。

 ただの夢の中のキャラクターのはずなのに。

 希に、優しく呼ばれるだけで。

にこ「もう、やめて……」


 私のよく知る希が、胸を満たしていった。


 私の、私たちの「友達」の、希が。


にこ「私は、帰りたいの……」

 だからそれは、弱音じゃなくて、本音。

にこ「元の世界に……現実のμ'sに……」

希「現実?」

にこ「……ええ」


 信じてもらえるかどうかなんて、もうどうでもよかった。

 ただ、重たい荷物を半分持ってもらいたかった。

 重さを、わかちあってほしかった。

 希の優しさに、甘えたかった。


希「――――」

 荒唐無稽な私の話を、希は最後まで黙って聞いていた。

にこ「信じ、られないわよね。こんな話……」

希「うーん、そうやねぇ……」

にこ「ううん、いいのよ別に。最初から信じてもらえるだなんて、」

希「すとっぷ」

 ずい、と。

 希の手のひらが私の言葉を遮る。

希「信じるとか信じないとか、いったん置いとかん?」

希「たぶんそれって、今あんまり重要じゃないと思うんよ」

にこ「……なんで?」

希「んー、だってさ」

 いたってまじめな顔して、希は。


希「にこっちが真剣に話してるんだから、うちも真剣に話せばいいだけやん?」 


にこ「――――」


 奥底まで透き通った緑色の瞳で、そう言った。


希「それにしても、ここがにこっちの夢の中……なんともスピリチュアルな話やね」

にこ「まあ……私自身、まだ信じ切れてるわけでもないけど」

希「ほっぺたつねってみる?」

にこ「……のーせんきゅー」

希「…………」ワシワシ

にこ「その手つきはほっぺたつねろうとしてするもんじゃないでしょ!?」

希「……ちっ」

にこ「ついさっきの「真剣に話す」ってのはどこいっちゃったのよ!」


希「だけどにこっちとしては大変な問題だよね」

希「夢の世界から出られませーんって、じゃあ現実世界のにこっちはどうなってるん? って話やし」

にこ「それは……そういえばどうなのかしら」

 え、現実の私、眠りっぱなしなの? 何か月も?

 ……いや、夢の中の時間の進み方と現実のそれが同じとは限らないし。

 うん、そういうことにしておこう。

希「どうする? 目覚めてみたらカラッカラのミイラになってましたー、とか」

にこ「いや、そんな状態だったら夢見てる余裕ないでしょ」

 死んでるって、それ。

希「そう、この世界は夢なのでした。にこっちがついた、長い眠りの――」

にこ「人のこと勝手に殺さないでよ! ――あーもう、しょーもない!」


 ああ、だめだ。

 ほんとくだらない、軽口の応酬なのに。


にこ「ほんと……しょーもない、わ……」


 どうしてこんなに懐かしくて。

 どうしてこんなに切なくて。

 どうしてこんなに、温かいのか。 


希「ね、にこっち」

 優しさのかたまりみたいな言葉が、私をふんわりと包む。

希「にこっちがこんな夢の世界を作ってまでしたかったことって、なあに?」

にこ「――――」

 アイドル活動をしたかった。

 その答えが、100点満点中50点くらいの答えだってことは、もうわかってる。

 じゃあ。

にこ「μ'sを――作り直したかった」

 あの一年間を、やり直したかった。

 これが、答え?

希「――――」

 目の前の少女は、答えない。

 まるで――それが不正解であると、知っているかのように。


 「私」の言葉が、不意に頭の中をよぎる。


『その奥に眠ってる想いを、言葉を、語ろうとせず蓋をしたままでいるのは――うそつきと同じじゃない?』


『ここにある匣。その蓋を開けなさい』


 意味がわからないって、思った。

 ううん。思おうとした。わからないって、自分に言い聞かせた。

 だって、胸の中に開けちゃいけない匣があることも。

 その中にどんな汚いものが詰まっているのかも。

 私は――最初から全部、知っていたから。

 だから、知らないふりをしなきゃいけなかった。

 だけどそんなの、そんなちっぽけな嘘、「私」に通じるはずなんてなかった。

 自分をだませるほど――私は、器用じゃなかった。


希「――にこっちは強いね」

にこ「は?」

希「だってこの世界に来て、にこっちはまたμ'sを作ろうとしたんでしょう?」

希「絶望的な状況で、それでも自分の居場所をまた作ろうって思えるのは、立派な強さだよ」

希「私には――それがなかった」

にこ「あ――」

 それは希が胸の内に秘めていた過去。

 住む場所を転々とし、人間関係を保てず、そのたびに居場所がリセットされた少女。

希「私は音ノ木坂にくるまでは、もう諦めてた。「そういうものなんだ」、って」

希「そうすれば痛くなかったから」

希「作れば壊される。壊されれば痛い」

希「なら、最初から作らなければいい――私は、そう思うことにした」

希「それは、私の弱さだった」

にこ「違う……」

 違う。違うの。

 希が弱いというのなら、私の方がよっぽど弱い。

 だって、だって―― 


希「なにが違うの?」

にこ「だって、私は……」

 あ、と思っても手遅れで。

 匣の蓋が、ほんの少しずつだけど、ずれ始めて。

にこ「μ'sがないとダメだったから。私にとって、μ'sは、すべてだったから」

 その隙間から、どんどん言葉が漏れだす。

 厄災が、あふれだす。

にこ「だから、作らなきゃいけなかった。μ'sがなきゃ、ダメだから……」

希「なんで?」

 もうそれは、きっと会話にすらなっていない。

 希はただ、問いかけるだけで。

 私は、ただ――吐き出すだけ。


にこ「だって、だってμ'sは――アイドルじゃ、なかったから!」


にこ「アイドルっていうのは孤独なの。狭い枠をたくさんの子たちで奪い合う競争社会」

にこ「それはたとえ同じグループであってもよ。総選挙なんてやって順番付けてるのがいい例でしょ」

にこ「おもてっつらでは仲良しを演じながら、でも腹の奥では蹴落とし合う。それがアイドルなの」

にこ「そうあるべきだって思ってた。だから、だから……」


 これは、そう。

 ただの、いいわけ。


にこ「私がひとりぼっちになってるのだって、当たり前だって思ってた!」


にこ「私のやりかたについてこれなくなって、ひとりまたひとりと部からいなくなって」

にこ「寂しかったはずなのに、悔しかったはずなのに、でも私は必死に笑顔を取り繕ってた!」

にこ「ああ、私の方が本気なんだ!」

にこ「私の方がアイドルに向いてるんだ!」

にこ「そう思わなきゃ――耐えられなかったのよ!」

にこ「だから穂乃果たちが現れた時は、何が何でも認められなかった」

にこ「仲良しアイドル? ふざけないでよ! そんなの成立するわけないでしょ!?」

にこ「そんな中途半端なもの、アイドルだなんて認められるはずがない!」

にこ「……でもね、違ったの。あれは、私が「アイドル」と定義してるものじゃなかった」

希「――じゃあ、なあに?」

にこ「……決まってるじゃない」

 そう。最初からわかってるはずだった。

 私たちがやってるのはアイドルなんかじゃない。

 蹴落とし合う必要も、見下し合う必要もない。

 一緒に泣いて、一緒に笑って、一緒に高め合って。

 正々堂々自分たちの力で輝いて競い合う、純粋に眩しい存在。



にこ「――スクールアイドルよ」


にこ「μ'sに加わってからは、信じられない毎日の連続だったわ」

にこ「毎日心の底から笑い合える仲間がいて」

にこ「毎日心の底から競い合える仲間がいて」

にこ「毎日心の底から信じ合える、仲間がいた」

にこ「それは私の中の「アイドル」には決してなかった光景で」

にこ「とっても――幸せだった」

希「そう……」


 うん、そう。

 とても幸せだった。

 
 醜い想いに蓋をして、見えないふりをしながら過ごす毎日は。


にこ「でもね」

希「え?」

にこ「でもね、そんな毎日を過ごせば過ごすほど、匣の中身は増えていったわ」

希「……中身?」

にこ「ええ」

 その匣が、今、ゆっくりと蓋を開こうとしていた。

にこ「それは決して考えちゃいけないこと。気づいちゃいけないこと」

にこ「気づいてしまえば、認めてしまえば、それは裏切ることになるから」

希「裏切るって……誰を?」

にこ「私自身を、よ」

 もっと正確にいうならば。

 今までの、私。


にこ「スクールアイドルは楽しい。幸せ」


にこ「あったかいぬるま湯みたいに、心がほわぁってするの」


にこ「そう、それはね」


にこ「アイドルを目指していたときには――決して味わえなかったものなのよ」


希「――――」


にこ「μ'sで幸せを感じれば感じるほど、匣の中身は私に問いかけてきたわ」


にこ「ねえ」


にこ「あの2年間は――なんだったの? って」


にこ「ひとりぼっちで涙を飲んでた2年間は、なんだったの?」


にこ「必死にアイドルを目指して、たどり着いたあの2年間は、誰が取り戻してくれるの?」


にこ「私に聞かないでよ。私が知るわけないでしょ。私は今が楽しいの。μ'sがすべてなの」


にこ「耳をふさいで、目を閉じて。匣の存在すらも、忘れようとした」


にこ「――ま、残念ながら「私」がそれを許しちゃくれないみたいだけどさ」


希「にこっち、あの、」


にこ「μ'sが終わったら」


希「っ」


にこ「μ'sが終わったら。スクールアイドルが終わったら」


にこ「私はまた、アイドルを目指す」


にこ「自分が上り詰めるために、他人を蹴落として」


にこ「きったない中身を隠すために、きれいな服で着飾って」


にこ「そんな「アイドル」に、なるの」


にこ「ねえ」



 さあ、もうおしまいにしましょうか。



にこ「私はいつか、きっとまた思うわ」



 長いおしゃべりは、もうおしまい。



にこ「部員が私一人だけになった、あの日のように」



 匣の蓋を――開けましょう。










にこ「アイドルなんて目指すんじゃなかった――って」








ここまで
全然5月中に終わらなかったごめんなさい
続きはなるべく早く


希「――そっか」

にこ「ん?」

希「にこっちはアイドルの楽しさ以上に、セーシュンの楽しさを知っちゃったんやね」

にこ「青春?」

希「うん」

にこ「ふふ、なによそれ――青臭い」

 だけど、そっか。希の言葉でひとつ腑に落ちる。

 私がスクールアイドルに求めている楽しさは、きっと、青春っていうんだ。


希「じゃあ、にこっちは」

希「やめるの? ――アイドル、目指すの」

にこ「…………」

希「スクールアイドルが楽しくて」

希「夢の中でやり直すのを望んでしまうくらい楽しくて」

希「だから、つらい現実からは目を背けて」

希「アイドルを、諦めるの?」

希「この世界で、夢を、あこがれを、追い続けるの?」

にこ「…………」


『今度はもっと、理想的なμ'sが作れるかもね』

 彼女の、『私』の言葉が、頭の中で再び鳴り響く。

 それも可能なのかもしれない。
 
 私がそれを望むのなら。

 この夢の中で。

 ずっと、ずっと――


にこ「――――」


 あの時、答えられなかった質問に。

 ゆるゆると、首を横に振った。


希「――どうして?」

にこ「……寝坊しすぎてミイラになっちゃったら厄介だし?」

希「――――」

にこ「……あーはいはい、答えるわよ」

にこ「って言っても、私自身明確に答えを持ってるわけじゃないんだけどさ」

 はっきり言ってしまえば、まだ頭の中はぐちゃぐちゃで。

 この甘ったるい夢の中にずぶずぶと沈み込んでいきたい欲望は、ある。

 だけど。

にこ「私の望みは、きっと、それだけじゃないから」


 * * * * *


 屋上への扉は、開くといつもびゅう、と一際強い風をもたらした。

 いつもは髪が崩れて不機嫌になる要素だったけど、今だけはその荒々しさが少しだけ心地いい。

 私の背後にべたりとはりついていた後ろ暗いものを、吹き飛ばしてくれたから。

花陽「あっ――」

 レッスンで体を動かしている途中、私の存在に真っ先に気づいたのは、私が求めている人物だった。

 その視線に気づいた他の子たちも、次々に私をその目に捉える。

 12の瞳が、一度に私を射抜いた。


花陽「……なんの用ですか?」

 険のある口調は、明らかに私を排除しようとするものだった。

 彼女なりの「アイドル活動」を阻害しようとする私を、排除するための。

 明確な、強さだった。

にこ「……あんたは、」

 なにを話すべきだろう。この段階にきて、自分の考えがまとまっていないことに気づく。
 
 あーあ、なんて間抜け。

 だけど、だからこそ、変に飾ることのない、シンプルな言葉が出てきた。

 それを彼女にぶつける直前。

 そういえば、これはそもそもかつて私に向けられたものだと気づいた。 


にこ「あんたは――なんでアイドルになりたいの?」


花陽「…………」

 突拍子もない質問に面食らった様な花陽。

 目を白黒とさせている彼女の目の前で、私はあの時の凛の質問になんと答えただろうかと思いめぐらせる。

 その言葉がすんなり思い出せたのは。

 あの時の気持ちが、今の気持ちが、本音だから、なのかな。






にこ『――やりたいから、よ』

花陽「――やりたいから、です」





 きっと、見たくないものをたくさん見ることになると思う。

 人の醜い部分とか、自分の薄汚い部分とか。

 そういうのを全部押し込めて、だけどお客さんの前ではきらきらした笑顔を振りまいて。

 自分の笑顔を削ってまで。誰かを笑顔にする。

 ――そこまでして、やりたいの?

 頭をよぎったその問いを。

花陽「――――」

 力強い瞳が、否定していた。


にこ「――『あんた』のこと、もっと大事にしてあげなきゃいけなかったのにね」

 花陽の頭をぽん、と軽くなでる。

花陽「…………?」
 
 私の態度にいい加減違和感を覚えたのか、花陽の瞳から敵意の色が抜ける。

 うん、そうよね。わけわかんないわよね。

 だけど、『あんた』はそれでいいの。

 なんにも難しいことなんて考えずに。

 「やりたい」を貫き通せば、それでいいの。


 ああ、言いたくないな。

 あの子たち、こんな言葉を叫んだんだ。すごいな。

 息を吸って、言葉にならず、吐き出して。

 そんなことを何度か繰り返していると、ついに耐えきれなくなったらしい花陽。

花陽「あの、にこ先輩」 

花陽「にこ先輩が求めてる形が何なのか、私にはわかりません」

花陽「だけど、にこ先輩のアイドルに対する情熱は、私、まだ疑いきれません」

花陽「しっかり聞きたいです、にこ先輩が望んでいること」

花陽「それで、できるなら――」

花陽「できるなら、また一緒に、スクールアイドル――やりたいです」

にこ「――――」


 ほら、もたもたしてるから言われちゃった。

 どうすんのよ。こんな魅力的な提案。

 やりたくなっちゃうじゃない。続けたくなっちゃうじゃない。

 まったく、もう。

にこ「…………ううん」

花陽「え……?」

 ごめんね、花陽。

 もう、夢から覚める時間なの。






にこ「μ'sは、もう――おしまい」









 ピシリ。

 ひびは、その大きさを広げて――




ここまで
多分あと2回くらい
次はなるべく近いうち


 * * * * *

 
 まだ、世界は続いていた。

 どれだけひびが入っても、殻を破るに至らない。

 まだなにか足りない? だとしたらなにが?

 夕暮れに沈んでいく廊下を一人歩きながら、考える。

 心当たりはあった。

 花陽が、私のアイドルになりたいという強い思いを受けて元の世界の彼女と差異が生まれたように。

 ガラスのように繊細な弱さをこの世界で見せた、赤髪の少女。

にこ「…………」
 
 たどり着いた音楽室から、音はない。

 だけど。

 
真姫「…………」


 開いたドアの先に、彼女は、いた。


真姫「……なによ。思い詰めた顔して」

にこ「……あんたこそ」

真姫「――――」

にこ「ねえ、真姫ちゃ、」

真姫「だめよ!」

にこ「っ!」

真姫「だめよ! 認めない!」

真姫「せっかく仲良くなれたじゃない!」

真姫「せっかく楽しくなってきたじゃない!」

真姫「なのに、なのに……」

にこ「真姫……」


 強い口調と裏腹に、その口から飛び出てくるのはつつけば崩れそうな脆い言葉ばかりだった。

 離れたくない。終わらせたくない。一緒に居たい。

 そんな――みっともない言葉ばかり。

真姫「なによそれ、ずるいじゃない! 人に期待させといて!」

真姫「どうせひとりぼっちだろうって、そう覚悟を決めてたのに!」

真姫「なのにあなたは現れた!」

真姫「私にとびっきりのプレゼントまで用意して!」

真姫「そうやって人の心のドア開けといて、そんな……いやよ……」

真姫「さよならなんて……いやぁ……」

 ぽろぽろと。その瞳からこぼれる雫は。

 きっと、彼女の、私の、弱さ。


真姫「こんな、こんなことなら……」

真姫「ずっとひとりぼっちのままだって――」

にこ「違う!」

真姫「っ」

にこ「それは――違うわ」

 それは、それだけは認めちゃいけない。

 あの日、あの時。

 アイドル研究部の部室で私を待ち構えていた7人。

 私をμ'sに加えてくれた愛すべき後輩たち。

 彼女たちが差し伸べてくれたその手は。

 間違いなく、私にとって眩しいくらいの光だったんだから。

 それは――否定しちゃ、だめ。


にこ「――ね、真姫」

 うつむきながらぼろぼろと泣きじゃくる少女に向かいながら。

 その実、私の言葉は、彼女に向けられたものじゃない。

にこ「楽しい時間はね、いつまでもは続かないの」

にこ「いつか必ず終わっちゃうものなのよ」

にこ「それはきっときらきら光る宝石みたいなもので」

にこ「ずっと、ずぅっと……見つめ続けていたくなるものなんだと思う」

 私が過ごした高校最後の一年間。

 思い出すだけで目がくらみそうになるくらい、まばゆい日々。

 それを、人はきっと、青春っていうんだ。


にこ「だけどね、だめなの」

にこ「そればっかり見つめてたって、前には進めないの」

にこ「だから、それはそっと宝石箱にしまっておくのよ」

にこ「大切に、大切に」

にこ「なくさないように」

真姫「――――」

 さっきの花陽みたいに、意味がわからず呆け顔の真姫ちゃん。

 ごめんね。これ、ただのひとりごとなのよ。


にこ「でもね、これから先、きっとつらいこともたくさんある」

にこ「見たくない現実だっていーっぱい出てくる」

にこ「そういうのに負けそうになった時はさ、ちょっとだけ、その宝石箱を開くの」

にこ「いっぺんに開けちゃ駄目よ? まぶしすぎて前が見えなくなっちゃうから」

にこ「そーっと――のぞき込んでみて」

にこ「そしたらね、きっと見えるから。聞こえるから」

真姫「――聞こえる?」

にこ「うん。きっと聞こえるわ」

にこ「きっと、きっと――」


 私たちが駆け抜けてきた一年間が。


 私たちが過ごしてきた時間が。


 私たちが、踊り、歌い続けてきた曲たちが。


 私たちの――大切な青春の日々が。 


 さあ、今度こそ終わりにしましょうか。


 名残惜しいけど、この世界とはもうさよなら。

 
 大丈夫。


 たしかに私は強くはないけど。


 だけど、もう――弱くもない。


 だからこれは。


 過去に別れを告げて、私が前に進むための言葉。







にこ「きっと青春が聞こえる」








 パキ――ン


 殻は、ついに破られて。


 世界は、真っ白な光に包まれた。


とりあえずここまで
今日にこ誕だし終わらせたい
続きはまたすぐ


にこ「――――ん?」

「気が付いた?」

にこ「え? ……え、ここどこ?」

 あの世界に別れを告げた途端、視界がぶわーってまっしろけになって。

 次に目を開いたら、世界はまっしろいままで。

 だけど目の前には、『私』がいた。


「ここは夢と現のはざま」

「現実の世界と夢の世界をつなぐ通路みたいなものかしら」

「安心して。もうじきあなたは目を覚ますわ」

「長い長い夢から、ね」

にこ「…………」

 そっか。終わったんだ。

 本当に長かったように感じる。

 そりゃ体感的には数か月を過ごしてるんだから当たり前なんだけど。

 だけど、これで目が覚めたらまた――


「そう。あなたは3月のあの日に戻るわ」

「もちろん、あなたが高校3年生のね」

にこ「――そう」

「……名残惜しい?」

にこ「……惜しくない、っていえば、嘘になるわ」

「うん……」

「――まだ、間に合うわよ?」

にこ「え?」

「あの世界は消えてなくなったわけじゃない」

「あなたの頭の隅っこの方で、まだ残り続けてる」

「10年後まで残ってるかもしれないし、明日消えるかもしれない」

「だけど――今はまだ、ある」

「まだ、戻れるわよ?」

 そう言いながら、私の後ろを指さす『私』。

 つられて視線をやると、白い世界の中で、一際目立つようにキラキラ光る扉が見えた。

 あれをくぐったら、その先は――


にこ「――もう、やめてよ」

 ため息交じりに答える。

にこ「あのね、名残り惜しいのと未練がましいのは違うの」

にこ「私は決めたわ。過去とはさよならするって」

にこ「私をまた夢の世界に引きずり込もうとしたってそうはいかないんだから!」

「ふぅん、そう」
 
 ふふーんと胸を張る私とは対照的に。

 楽し気もなく。かといって気分を害した様子もなく。

 『私』は、そっけなくそう返すだけだった。


「じゃあ、最後のあいさつをどうぞ?」

にこ「へ? ……って、うわぁ!」

 どうぞ、と示された先に、私がいた。

 いや、『私』が、ということではなく。

 正真正銘、どこからどう見ても矢澤にこがいた。

にこ『――――』

 その私は、どこかうつろな目をしていて焦点が合っていない。

 そう、寝ぼけ眼って言葉がまさにぴったりな感じ。


「言ったでしょう? 夢と現の通路だって」

「3月のあの日とつながってるのだから、もちろん現実から夢の世界へ向かうあなただっているのよ」

にこ「……そういうもんなの?」

「そういうものよ」

にこ「…………」

 まあ、そういわれてしまえば「そうですか」としか答えようがない。

 しっかしまあ――目の前に自分が立ってるってのも、不気味なもんね。


 ――だけど、そっか。

 この子は、これからあの世界に向かうんだ。

 これから――長い長いお別れの旅に出るんだ。

にこ「――やりなおすのなんてね、結局くだらないことなのよ」

にこ「夢は夢。現実は現実」

にこ「約束してあげるわ。あんたは絶対この場所に帰ってくる」

にこ「私自身が言うんだもの、説得力あるでしょ?」

にこ「ま、大船に乗ったつもりで向かっちゃいなさいよ。ほらほら」

 自分でも不思議なくらい矢継ぎ早に、私は言う。


 ――ああ、だめだ。


 これ以上、ここにいては、だめだ。


にこ「……ま、まあ、そういうわけで私はとっとと現実世界に帰るから、あんたも達者でやりなさい」

にこ「それじゃ、」

 一方的に言い放ち踵を返そうとした私の裾を。

にこ『――――』

 私がぎゅっとにぎって、そして。

 この子は。まぎれもない私は。

 まぶしく輝く扉を指さして。



にこ『――あっち、いきたくないの?』


にこ「――――っ!」



 無邪気な子供のように、私の心を抉った。


 喉から飛び出ようとする言葉を飲み込んで。


 振り返りたくなる足を押さえつけて。


 だけど、ぼろぼろ零れ落ちる涙だけは抑えられないまま。


 精一杯の強がりだけを顔にへばりつけて。


 私は、首を横に振った。


 たしかに私は、もう、弱くはないけど。


 だけどやっぱり――強くも、ない。


 この気持ちは。宝石箱を開きたい、この気持ちは。

 
 きっと、いつまでも私の胸の中に、強く残り続けるんでしょうね――


 * * * * *

 ジリリリリリリリリ……

にこ「……っるさーい」

 カチッ

にこ「ふあぁぁぁあ」ムクッ

にこ「………」

にこ「……ねむい」


 まだ肌寒さを感じる、3月某日朝。

 ぬくもりが残る布団の中から、私は恨めし気に目覚まし時計を睨み付ける。

 AM7:00

 音ノ木坂を卒業した私が起きるにはまだ全然早い時間なんだけど――今日はお出かけの日。

 いや、今日も、か。

 μ'sのこれからが決まるまでは、おわらない用事。


にこ「――ううん」


 もう、おわらせなきゃいけない用事。


にこ「あれ……?」

 自分の行動に、自分で強い違和感を覚える。

 私、なんで今、あんなにはっきり否定できたの?

 μ'sを続けたい、アイドルを続けたいって気持ちは、まだこんなにあるのに。

 それに――ねえ、なんで?


にこ「なんで私――泣いてるの?」


 原因不明の涙を指ですくいあげながら。

 今の今まで見ていたような気がする長い夢の内容が、ぽろぽろ零れ落ちていくのを感じていた。


 * * * * *

にこ「おはよー……って、そっか」

 返事のないリビングを見回して、そういえばと思い出す。

 ふたごちゃんたちはお泊り保育だかで昨日から不在。

 ママは朝が早いから朝ご飯は自分で用意してーって言ってたっけ。

にこ「…………?」

 なんだか今日はやけに違和感が絶好調。

 ことあるごとに頭の中に引っ掛かりが生まれる一日みたい。

 ま、気にしててもしょうがないけど。


 * * * * *

 3年生が卒業し、音ノ木坂生の減った通学路を歩く。

 違和感先輩はなおも絶好調。

 自分でもわけがわからないけど、つい同じ制服を着た子の顔を覗き込んでしまう。

 そんでもって見覚えのない後輩の顔を見て安心。それの繰り返し。

 ……一体全体、私、どうしちゃったの?

 とまあ、首をひねりながら校門をくぐろうとすると。

にこ「ん」

 前方に見知った二人分の後姿。


にこ「あ――」

 おはよーって声かけて、軽い冗談のひとつでも飛ばしてやろうかしらと思い立ったところで。

 言葉がのどに詰まる。

 え、なにこれ?

 心臓がどくんどくん鳴って、嫌な汗が背筋を伝う。

 なんで?

 なんであの二人に声をかけるのが、怖いの?

 まるで、その先におそろしい未来が待っているかのように――

絵里「――あら?」

希「ん?」

にこ「……っ」

 二人が振り向いた。私の存在に気づいた。

 あ、いや、やめて。

 こわい、こわい――!



絵里「にこじゃない、おはよう……どうしたの、変な顔しちゃって」


希「どしたん? 風邪でもひいた?」



にこ「…………え? あ、いや……」

 ふたりに声をかけられた途端。恐怖心が一気にどこかへ消え去った。

にこ「あ、や、えーっと……おはよう」

絵里「え、ええ……おはよう」

希「おはようさん」

にこ「…………」

絵里「……ねえ、本当に大丈夫? 自由登校なのだから無理する必要は……」 

にこ「う、ううん、大丈夫……大丈夫だから……」

 その言葉に偽りはなく、動悸も呼吸も次第に落ち着きを取り戻した。

 だけど、なんで?

 なんで私は、この二人に――大切な友達のこの二人に、拒絶されるかも、なんて思ったのかしら。


にこ「あー、ごめん。ほんと大丈夫だから」

絵里「そう? ならいいのだけど……」

にこ「ありがと、心配してくれて。だけど、この程度で帰ってなんてられないわ」

にこ「大切な話があるんだから、さ」

絵里「……うん」

希「……そうやね」

にこ「……あのさ。二人にちょっと聞いてもらいたいんだけど――」




 そうだ。まずはこの二人に聞いてもらおう。



 大切な友達の、大切な仲間の、この二人に。



 私の中に生まれた、強く、だけどまだまだ脆い、決意の話を。







          【Side:真姫】





真姫「――――♪」

凛「真姫ちゃんまたその曲?」

真姫「う゛えぇ!? ほ、星空さん!?」

凛「じゃなくて?」

真姫「あ、え、えっと……凛?」

凛「よくできましたー!」パチパチ

真姫「……ひょっとして馬鹿にしてる?」

花陽「ご、誤解だよ真姫ちゃん!」

真姫「ああもう、わかってるわよ。それよりほら、部室行くんでしょ?」


 放課後音楽室に引きこもる日課は、私のスケジュール帳から消え去った。

 ううん、違うわね。

 自分で、消した。

 私が楽曲提供してるアイドル研究部の扉を、自分のこの手で叩いたから。

 正直なんでそんな暴挙に出たのか自分でもよくわからない。

 そもそも――私はなんで彼女たちに楽曲を提供していたの?

 それすらもなぜか曖昧。

 だけど、ただ。

 ひとりぼっちで諦めているだけの3年間には、したくないって思えたから。

 卒業するときに振り返ってみて、宝石みたいに輝く時間を作りたかったから。

 ――って、なに恥ずかしいこと考えてるのかしら。ばかばかしい。


花陽「だけど真姫ちゃん、本当にその曲好きだよね?」

凛「そうそう、しかも同じフレーズばーっかり繰り返してるにゃ」

花陽「それに自分で作った曲なんでしょ? すごいなぁ……」

真姫「……違うわ」

花陽「え?」

真姫「たしかに曲自体は自分で作ったものだけど、このフレーズは――」

真姫「このフレーズだけは、誰かからプレゼントしてもらったような……そんな気がするの」

真姫「名前も覚えていない、誰かに……」

 そこまで言って、ぽかーんとしてる二人の表情に気づく。

 いけない。つい変なこと口走っちゃった。


真姫「ご、ごめん、気にしないで。たぶんただの気のせい――」

凛「ううん、そんなことないよ!」

真姫「え?」

凛「凛とかよちんもね、話してたんだ」

凛「凛たちがアイドル研究部に入ったのって、なんでだろう、って」

真姫「入った、って――あなたたちが作ったんじゃないの?」

花陽「それが……よくわからないの」

花陽「たしかに今いるメンバーの最古参は私と凛ちゃんなんだけど、だけど私たちが作ったわけでもないの」

凛「じゃあ凛たちどうやって入ったんだっけ? てお話してるんだけど、全然思い出せないんだにゃ……」

真姫「…………」

 まさか、こんなに身近に私と同じような違和感を覚えてる子がいるだなんて。

 正直、驚きを隠せなかった。


花陽「それにね、希ちゃんが言ってたの」

花陽「私たち8人でユニット組んだでしょ? あの――」

真姫「――μ's、よね?」

花陽「うん、そう。だけどね、それって神話に出てくる女神さまの名前らしいんだけど」

花陽「その女神さまって、本当は9人いるはずなんだって」

花陽「1人足りないねって話してたら、気づいたの」

花陽「そもそもこの名前をつけたのって――誰? って」

真姫「……なによ、段々ホラーじみてきたんだけど?」

花陽「あ、そういうわけじゃ……」

真姫「考えてもしかたないんじゃない? というか、私は考えないことにしたわ」

真姫「だって思い出せないんだもの。考えたってしょうがないわ」

花陽「うーん……それはそうなんだけど……」


凛「――っていっけない! もう練習始まってる時間にゃ!」

花陽「え? ――あああああああ!」

凛「急がないと海未ちゃんカンカンだにゃ!」

花陽「そ、そうだね……真姫ちゃんもはやく!」

真姫「あ、ちょっと待ちなさいよ――」

 慌てて教室を飛び出ていく二人の背中を追いかけようとした、その時。

 ビュウゥゥゥ!

真姫「きゃっ!」

 窓の外から吹き込んだひときわ強い風が背中を押す。

 夏の色を感じさせるその風に、思わず振り向いて。

真姫「――――」

 なぜかしら。

 そこに、誰かの気配を感じた。


 だから、ってわけじゃないけど。


 誰もいないそこに向けて。


真姫「――――♪」


 私はもう一度だけ、大切な誰かからもらったそのフレーズを、口ずさんだ。








      昨日に手を振って ほら――前向いて






以上で終了です、長い間お付き合いいただきありがとうございました。
ぐだぐだした挙句ミスも多く申し訳ないです。
次はまたどこか別のスレで

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