アイン「あなたの名前はツヴァイよ」 少女「・・・ツヴァイ」(105)

[マフィアの別荘]

男「クソッ!クソ!!」

ドドドドドドドッ!

黒い服に身を包んだ男がアサルトライフルを我々が隠れた2本のコンクリートに向けて連射する。


アイン「・・・・・・・・」

「・・・・・・・・」


アインが私に向けて目配せする。先に行け、ということだ。

ライフルの連射音から、マガジン交換までの時間を算出する。

3・・・2・・・1・・・・音が止む。男がそれと同時にコンクリートの壁に隠れる一瞬を突いて、
私はサブレッサー付きのp2000で男を仕留める。

バスッ!バスッ!バスッ!

心臓に2発、頭部に1発。即死だろう。私とアインは一気に廊下を走りぬけ、ドアを片足で蹴破りすぐに廊下に隠れる。

ドアの開く音と呼応するように中から聞こえるサブマシンガンの音・・・護衛が2人。

私はアインに目配せし、私がバックアップに回ることを告げる。

弾切れと共に突入するアイン。1人射殺。残された1人は私が射殺する。

ドムンゥ!ドムンッ!

ターゲットの最後の抵抗。机の影からアインに向けてハンドガンを・・・

バスッ!バスッ!

私の9mmがターゲット心臓と肺に穴を空ける。

そして死亡を確認する為、走り寄る。

「こひゅー・・・こにゅー・・・・・・」

肺に血液が流れ込み、小気味の良い苦しそうな呼吸音が聞こえる。

バババババババシュッ!

私は残弾をターゲットの頭部に全て撃ちこみ脳を完全に破壊し尽す。

後は、手はず通りアインと爆薬を仕掛け別荘を脱出する。

ブォォオオオオオン・・・・・・・

「また服が汚れちゃった。気に入ってたのに・・・。」

アイン「ツヴァイ、早く後ろの物に着替えなさい。」

アイン「それと、気に入っている物を着てくるのがあなたの悪い癖よ。」

「お洒落したいし・・・それに、私みたいな小柄な身体に合う服って、この国にはあんまり無いから貴重なのよ・・・。」

私達はいつものやり取りを済ませてアジトへ帰る・・・・。

[狭い部屋]

「ここはどこ?・・・それに・・・・・何も思い出せない・・・・私・・・・私は誰・・・?」

私は、入院患者のような服を着せられて、暗く狭い部屋にいた。

窓と呼ぶより鉄格子のような小さく四角い穴から月明かりが差し込んでいる。

私はベッドの上で横になっていた・・・・。

本能的な衝動に駆られ、咄嗟に起き上がり周囲を確認する。

すると、ひとりのショートカットの女性が隣で私を見下ろしていた・・・奇妙な白い仮面を付けて・・・・・。
仮面の隙間から見える目は、まるで私の事を無機質な人形でも見るかのようなだった・・・・。

私は怯えながらも彼女に問いかける。今の私にとっての唯一の希望。
この状況を説明して貰えるだけの・・・そして打開するための情報を求める。

少女「ここは・・・・どこ・・・・?」
私の問いかけに答える彼女。それは予想外の答えだった。

女性「・・・・・死にたくなければ、戦いなさい。」ドムンッ!
彼女は突然拳銃を取り出し、私の足元に向かって発砲してきた!


「な、何をするの!?」

こんな訳の分からない状況も合間って、私の感情は一気に沸点を超える。

ここがどこなのか、私は誰なのか、そんなパニックに陥り掛けている時の発砲。

しかし、私は彼女の発砲により感情を抑えられたことで、逆に冷静になれた様な気がした。


女性「今のは威嚇よ。さぁ、逃げなさい。」

私はすぐドアを開けて逃げ出した。あの人は銃を持っている。

そして、その腕前は一流と考えるのが妥当。『用心に越したことは無い』という判断からだった。

[廊下]

薄暗い照明とコンクリートの壁。恐らく彼女はこの建物の構造を知っている・・・。

私を泳がせて始末するつもり・・・。理由は分からない。今は逃げることだけを考えなきゃいけない。

ドムゥン!ドムゥン!・・・・

彼女は銃で容赦なく私を狙ってくる・・・!

私は躓きそうになりながらも走り続ける。まっすぐ走っていては的になるだけ!

曲がり角があれば迷わず飛び込む・・・・。

途中で鉄パイプを見つけた。これで照明を全て叩き割りながら走り抜ける・・・・。

梯子があればなぎ倒し、障害物として追ってくる彼女への時間稼ぎとして利用する・・・。

道が二手に分かれるなら、片方に廃材を投げつけ電球をいくつか割る。囮として・・・・。

彼女はゆっくりと靴音を響かせながら障害物を越えて迫り来る・・・・。

彼女の瞳孔はどうなっているんだろう!?

叩き割る蛍光灯とそのままにした蛍光灯・・・・。

確実に瞳孔が収縮と拡大を続けているはずなのに追ってくる・・・・もしかして、足音?

違う!振動だ!私の足音と、足の裏から伝わる振動で大体の位置を補足しているんだ!

地理、武装、思考戦、経験・・・・全てにおいて私はあの女性に劣っている。勝てるはずが無い。

そうと分かれば無駄な足掻き!私は全速力で廊下を駆け抜ける!

[広い倉庫]

「はぁ・・・はぁ・・・・・」

廊下を抜けると、広い倉庫の様な場所に出た。数百メートル四方くらいはあるだろうか・・・・。

すぐに彼女が来る。私は回りに散乱する廃材やねじを彼女の跳躍も考慮して入り口にばら撒く。

どうせ場所はバレている。いくら音を立てても意味は無い、好きなだけばら撒くことにした。

踏めばすぐに彼女が来たことが分かるが、そんなへまはしないだろう。

そうなれば別ルートを行くはず。そうすれば少しでも時間稼ぎができる・・・。

私の服は、ただでさえ目立つ白い色。入り口から30mほどの地点に身を潜め、顔だけを出して入り口を見張る。

窓から差し込む月明かりを背にすると陰で居場所が分かる・・・・私は逆側で息を潜めて常に周りへの警戒を怠らない。

他のルートから迫り来る可能性を考慮する。

外に逃げる時間的な余裕は無く、駄目元とは分かっていても鉄パイプで襲い掛かるしか無い。

私は冷たい鉄パイプを握り締めた・・・・・・。



しかし彼女は突拍子も無い場所から現れた。気配を感じる・・・・後ろ!?

銃を私に向けて2mほどの高さから私を見つめ、静止する彼女。

私はすぐに鉄パイプで彼女の足元を掬う!

助走を付けない状態からの有り得ない跳躍。3mは距離を取られる・・・・。

『殺される。』

相手は銃、私は鉄パイプ一本。パイプを投げつける動作に入った瞬間に撃ち抜かれるはず・・・。

格闘戦に持ち込もうにも距離を取られている以上、このままでは射殺される・・・どうすれば・・・・・。

すると、彼女は銃をしまいながら理解出来ない提案をしてくる。

女「このナイフを使いなさい。」

そう言い放つや否や、彼女は地面を滑らせる様にしてナイフを私に寄こした・・・手にとって確かめる。本物のナイフだった。

そして彼女も同じナイフを右手に装備するといきなり私に向けてナイフを振りかざして来た!

私は咄嗟にナイフで防御の態勢を採るが、彼女の攻撃は重い!身長差は恐らく10~15cm!

その高さから振り下ろされるナイフを受けきるには片腕だけでは足りない!

右腕のナイフで攻撃を受け、さらに左腕でそれを支えてやっとのことで攻撃を受けきる・・・・。

埒が空かない!

phantom?

ナイフによる攻撃は続く。後ろに後退しながら避け続けるのが精一杯・・・・。

だが、あることに気付く。彼女は私の急所ばかりを狙ってくる。頭部と、胸、腹部・・・・もしかして罠だろうか?

しかしそんな判断をしている暇は無い!これはナイフという縛りがあるだけの殺し合い・・・・。

敵の攻撃パターンが読めれば、対策を練るしかない。

私は、一気に彼女と距離を取り、目を瞑って深呼吸をする。

そして、彼女から見て横一直線に・・・まるでフェンシングのような態勢に移行する。

急所に攻撃がくればナイフで軽く受け流し、後退すればいい。

もしナイフを投げてきても前方投影面積の少ない構え方。当てるのは容易ではないはず!

そして何よりも・・・・彼女の動きを封じ込むことができることが最大の利点!

彼女の周囲を回り続ければ、もう追い詰められることは無い!

そして私が狙うのは急所では無い。彼女の足と腕。

私はナイフと腕ををゆらゆらと揺らし、まるで挑発するかのようにして彼女の攻撃を待つ・・・攻撃してきた!

すぐに受け流し、腕に切り傷を付ける!

次は足!腕!・・・・・彼女は少しずつ疲弊していく・・・・・・。

女性「はぁ・・・・はぁ・・・・・・・」

とても切れ味のいいナイフ。手足から滴り落ちる彼女の傷は、その血により一層深いものであるかのように見えた・・・。

疲弊しているとは言え、まだ油断はできない。

『私は殺されかけたのだ』

なら、彼女を殺す必要があるのだ。私の生存本能が『殺せ』と命じてくる。

当たり前だ。殺さなければ殺される!

私は小さい体を生かして足を集中的に攻撃する。

足が使い物に成らなくなれば、やがて姿勢が崩れ、腕への攻撃が可能になる。そして武器を持てない状態に追い込み、そのまま急所を狙えば・・・・。


カッカッカッ・・・・


小気味良い革靴の音が倉庫内に響き渡る。彼女と私はその音の主に見入ってしまう。

???「パチパチパチパチ・・・・・」

拍手をしながら私達の元へゆっくりと歩きながら向かってくる銀髪の男・・・白人だ。

???「アイン、もう下がっていいぞ。」

アイン・・・?
今の言動から察するに、恐らく彼女の名前だろうか・・・・。

アイン「はい、マスター・・・。」

銀髪の男に向けて従順に「マスター」と答えるアイン。

どうやら私は、この男の手のひらで遊ばれていたようだ・・・・・。

サイスマスター「君の行動は全て監視モニターで把握していたよ。実に良い判断力と応用力を兼ね備えているようだ。」

サイスマスター「素晴らしい・・・まさに素晴らしい逸材です。そうは思いませんかミス・マッキェネン?」

『マッキェネン』と呼ばれる女性は、綺麗なブロンドの長い髪を持ちスーツを着こなしている。

まるで映画に出てくるような典型的な『アメリカ人』のような風貌をしていた。

クロウディア「修学旅行ではぐれた日本人の中学生、か・・・・」

サイス「作戦中のファントムから一時的にしろ逃げ延び、立ち向かった天性的な戦闘センスを持った逸材。」

サイス「ツヴァイとして育て、必ずやインフェルノに貢献することができるでしょう。」

サイス「もちろんマスコミへの対応は万全です。ご心配には及びません。」

なにやら2人の間で会話をしているようだ。中学生?インフェルノ?何のことだろう・・・・。


「・・・・・・」てくてくてく

私は、『マスター』と呼ばれる男を睨み付けながら近づく。

「私は誰?ここはどこ?」

サイス「君の名前は今日からツヴァイだ。そして、ここで殺し屋になるための訓練をしてもらう。」

「ツヴァイ?・・・・何のために殺し屋になるの?それに私の記憶が無い・・・・」

クロウディア「あなたが生き残る為よ・・・ツヴァイ。他のことは考えないで・・・。」

『マッキェネン』の説明が終わるのを見届けた『マスター』が頃合をを見計ら勝って言う。

サイス「アイン、後は任せたぞ。」

そう言うとアインは仮面を外す。目鼻立ちの整った綺麗な、10代中盤~後半の顔立ちをしていた・・・・。

アイン「はい、マスター・・・・」

アイン「ツヴァイ、今日はもう寝なさい。明日から私が教官になって訓練をするわ。」

「・・・・・・」

そう言うと、2人は倉庫から出て行き、車に乗ってどこかへ行ってしまった。

私は外に出てみた。周りは荒れ果てた大地がどこまでも続いている。

あるのはこの倉庫のような建物とどこまでも続く一本の道。

そして、アインと呼ばれる女性と私だけ・・・逃げたくても逃げれない・・・・。

ここは周りに何もないため、砂漠のように昼間は暑く、夜は寒い。

毛布につつまっている私の小さな体が寒さで小さく震える。眠れない・・・・。

それに気付いたアインが、私を抱き寄せて暖めてくれた・・・・。

一粒の涙が、私の目をつたうのを感じつつ、いつの間にか寝てしまっていた・・・・。

次の日から訓練が始まった。

日が昇ると同時にアインに起こされ、現実に引き戻される。

服を渡される。アインとお揃いの服。ピチピチの、おへそが見えるくらいの黒いランニングtシャツとスパッツ。

まず基礎体力作り・・・。倉庫の周りを何十周も走らさせられる。

休憩はしてもいいけど、歩きながらの休憩。止まることは許されなかった・・・。

そして腕立て伏せ、腹筋、柔軟、握力、目を瞑っての平衡感覚の訓練・・・・私の体はどんどん殺し屋に近づいて行った・・・・。

そして、連日の訓練から、私の感情はどんどん奥に・・・。頑丈な扉の中に閉じ込められてしまった。
そうしないと心が折れてしまいそうだったから・・・・。

どれくらい日にちが経っただろうか。数えていないから分からないけれど、その日は突然やってきた。

夜、車の音がする・・・倉庫の前に止まったみたいだ。

アインは私を起こさないようにゆっくりと立ち上がり、どこかへ行ってしまった。

車の音が離れていく・・・・恐らくアインは、殺し屋としてこの倉庫を出て行ってしまったのだろう・・・・。

私は起き上がり、机の上にある鏡に気がついた。

そこには、長い髪をポニーテールで縛った、まだ幼さが残るアジア人が映っていた・・・。

「これが私の顔・・・・・」

自分で言うのもなんだが、アイン程に目鼻立ちの整った可愛い顔をしていた・・・・。

次の日の朝、アインは戻っていない・・・・。私はいつものように訓練を続けていた。

すると、遠くの方から甲高いエンジン音が聞こえてくる・・・。
その音の主は、真っ赤なスポーツカー。すごい勢いで砂煙を上げながら倉庫の前に停車した・・・・。

スポーツカーの主が、車の中から出てくる。『マッキェネン』と呼ばれていた女性。

にこりと笑いながら私の元に近づいてくる・・・。

身長は高い。私が150cmくらいだから、見上げる形になっている。

クロウディア「こんにちは、かわいらしい殺し屋さん・・・・私の事はクロウディアと呼んで構わないわ。」

クロウディアは私に向けて無邪気な笑顔で話しかけてきた。

皮肉ではない。本音から出た言葉だ・・・。

「はい・・・・こんにちは、クロウディアさん」とだけ答えておいた。

ハンドガンとサイドアームの違いが解らない

様子見、と言った所だろうか。

アインに・・・マスターに・・・私と接触したことを知られたくない事をしに来た・・・?

こんな太いタイヤでは、タイヤ痕で分かってしまう・・・。

そうまでして2人きりで話したいということなのだろうか?

クロウディア「あなたには殺し屋になってもらうわ。」

前会った時と同じ言葉を私にかけるクロウディア。でも様子がおかしい・・・。

あの時とは違って、なんだか後ろめたさを感じさせる雰囲気。

クロウディア「殺し屋として教育されたあなたは、私達のいる組織・・・・。」

クロウディア「インフェルノと言う組織に属してもらうことになるわ。」

インフェルノ・・・この前聞いたような・・・でも知らない。あぁそうか、私には記憶は無かったんだった・・・・。

クロウディアは話を続ける。

クロウディア「あなたはこれから、殺し屋として引かれたレールの上を走ることになる・・・・これは絶対なのよ。」

クロウディア「でも、あなたにはそのレールの上を好きなスピードで走れるの。」

クロウディア「ゆっくり走ることもできれば、速く走る事だって・・・・。」

「それは、組織の中で一刻も早く上を目指せということですか?」

私はクロウディアに直球で、他に答えようが無いように質問する。

yesかnoしか答えられない質問の仕方。答えは明白。

クロウディア「そうよ。あなたにはレールの上を一刻も速く駆け巡って欲しいの。」

クロウディア「それはあなたの失われた記憶にも関係するはずよ。」

平然と言ってのけるクロウディアに私は少し狼狽してしまった。

これは取引なんだ。クロウディアが、殺し屋として未成熟な私に接触してくる・・・。

そして私を盤上の駒に乗せたがっている。

『一刻も早く』手駒として使う為に・・・・。

さらに言えば、この接触は『子犬への餌付け』と言ったところだろうか・・・・。

私が盤上に乗った時に飼いならす為の・・・・。

その日の夜、アインが帰ってきた。

アインは窓から差し込む月明かりの下で服を着替えはじめる・・・・無駄の無いすらりとした筋肉質な体。

私も、あのような体になるのだろうか・・・。そう思いながらアインに話しかける。

「お帰り、アイン・・・。」

私の問いかけに、ゆっくりと首を向けながら着替えを中断させるアイン。

アイン「ツヴァイ、まだ起きていたの?」

アインは私を気遣っているのか・・・訓練教官として気遣っているのか分からない問いかけをしてくる。

「大丈夫。ただ、扉の音で気付いただけだから・・・それよりも、一緒に寝よ?」

着替えが終わったアインが毛布に包まっている私の中に入ってくる。

アインの体はとても冷たく、もう私の体では暖めてあげることは出来ない様な・・・そんな気がした・・・・。

次の日から新しいメニューが追加された。

格闘戦だ。

アイン「以前あなたが行った攻撃法は、実戦においては不向きなの。」

実戦・・・それはすなわち、如何に素早く迅速に相手を殺せるかということ・・・。

「だからアインはあの時、私の急所ばかりを狙ってきたのね・・・」

アイン「そうよ。あれはお手本のようなもの。あなたの動き方はとても特殊だったわ。」

アイン「でも、あの状況では最善の方法に近いとも言える。」

褒めてくれている、と捉えていいのだろうか。

いや、あまり深く考えないほうがいい。

アインはただ思ったことを言うだけなのだから。

アイン「話を戻すわ。本来、格闘戦になった場合、如何に素早く相手の急所に致命傷を与えることができるかを目的として動くわ。」

アイン「急所は基本的に上半身の真ん中、縦一直線に集中しているわ」

心臓、肺、肝臓、そして頭部、首・・・・

アイン「そこに素早く致命傷を負わせる。そして止めを刺すのがセオリー。」

人を殺す為のセオリー・・・・なんと重い言葉だろう。

人の命を奪う工程を手順を踏んで行うのだ・・・。

アイン「型や構えは、実戦においては不要よ。如何に応用を効かせて、迅速に相手を殺すのかだけを考えて。それが全てよ。」

そう言うとアインはナイフを2本取り出した。

ナイフと言ってもキャンバス生地を何重にも重ね合わせたナイフ。

それを1本私に渡すアイン。

重い・・・。第一印象は、それだった。

そういえば私が初め、アインと戦った時は必死だったから覚えていなかったが、1kgはある。

人を直接殺すには必要な重量ということなのだろう。

アイン「その刃で3回わたしの身体に触れたらこの日の訓練はお終いよ。いいわね?」

3回触れる。1回ではまぐれ、2回ではまぐれと本物の間、3回当ててやっとナイフを物にした、っと言ったところだろう。

奇数という数字はそういう意味では使いやすい。


「じゃあ、行くよ?」

アイン「・・・・・・」

さて、どうしたものだろうか・・・・。

できれば自然体でアインの攻撃を受け、それを起点としてナイフを当てたいが、今は私が『殺し屋役』。

通常戦闘の場合、私から殺しに行かないと相手に増援を呼ばれる可能性がある。

なら、この練習も私が動くことを起点として始めるべきだ。

そして虚を付いては成らない。基本を抑えるべきだが・・・。

しえ

『3回触れる』事ができればいい。

私は自然体になる。だが、やはり癖というべきか、左手に持ったナイフをアインに向けて、
若干身体に角度を付けてしまう。

この方が自然な感じがした。ただそれだけだ。

距離は3m。アインのナイフを・・・・違う。

ナイフだけを見てはいけない。

私はアインの左上、あらぬ方向を向いてフェイントをかけつつ・・・
手に持ったナイフを右斜め上から振り下ろすと同時にアインとの距離を詰める!

アインはそれをナイフで受けきり、片方の手で私の左腕に向かって手刀を振りかざし
、私のナイフは地面にたたきつける。

「くっ!」

『何かある』とは思ってはいたが、ここまで歴然たる差を見せ付けられてはこちらから手を出すのも億劫になってしまう。

私はナイフを拾い上げながら対策を練る。さっきのアインの行動。『ナイフ以外も使っていい』という無言のメッセージ・・・。

ツヴァイヘンダー(ツヴァイハンダー)って剣が浮かぶ

元ネタなーに?

アインはまた3m程距離を取る。応用を利かせるんだ・・・。

私の頭の中で言葉が反響する。既に日々の鍛錬で身体は出来上がっている。

私は簡単な準備体操をして体をほぐす。これで行けるはず・・・。

心拍数が上がる。緊張感で陽射しの暑さなど当の昔に忘れてしまっていた・・・・そして・・・・・

今!

私はアインに向けて一直線に飛び込みながらナイフもろとも突っ込む!

アインはそんな私の愚行をさらりと交わす!もちろん私の背面側に向かって・・・!

ここからが問題だ。アインは左足で膝蹴りを繰り出す!ナイフもろとも私の上半身を吹っ飛ばせるつもりだ。

だが、一瞬隙があった。

『避ける』動作を行ってから、体重移動をして『攻撃する』この間に隙を見つけ、
私は右方向へ転がりアインの攻撃をかわす。

ギリギリだった。たったこの2アクションだけで脳が活性化し、血液中の酸素を欲する。

肩で息をする私にアインが言う。

アイン「よく今のをかわせたわね。」

「いつもの特訓のおかげかな?」

3回、当てることなどできるのだろうか・・・。

私の頭の中で不安が募る・・・しかしそんなことを気にする必要は無い。

回数に意味は無い。目的は相手を殺すこと・・・。

石ころでも投げるか?そんなことをするとさすがのアインも怒りそうだ。

『こちらから仕掛ける。避けられて手中にはまる・・・。』

この方程式を解かなければ当てることはできない。

問題は山積み。もう後先考えては居られない。

私はありとあらゆる攻撃法を試す。

左右へステップしてからの意表を突いての攻撃。

はちゃめちゃにナイフを振り回しながらの突進。

足元を掬うような下段攻撃、ジャンプさせれば迎撃でき・・・後ろに下がられる。


アインは私のあらゆる攻撃を色々な方法で迎撃してくる。

背負い投げ、踏みつけ、回し蹴り・・・・

アイン「攻撃する場合は、防御する側のことを考えるの。」

そんなアインの言葉が胸に刺さる

私は疲弊しきっていた・・・。


もちろん初戦でやったフェンシングも行ったが、ナイフを弾かれつつ一気に距離を詰められて膝を蹴られ、
顎に肘打ちを食らった・・・。

この前は手加減していたということだ・・・。

私は足がふらふらになりながら、肩で息をしてアインを見据える。

次こそは・・・・・

そんな私を見て、アインはナイフをしまいながら言う。

アイン「今日はもう終わりにしましょう。」

私はその一言でその場に崩れ落ちた。私は悔しかった・・・・。

ただただ自分の無力さだけを感じた1日だった・・・・。

そんな日々が4日~5日続いた頃だろうか。

遂にアインに2回触れることができた!

しかし、突然アインの反撃が始まった。

私は避けることで精一杯。

アインの攻撃は止まないどころか、どんどん増してくる!

頭部への蹴りと思わせておいての腹部への蹴り・・・速く、重い。

あと1回・・・・後1回なのに!

レス速度速ええ

私はアインと5m距離を取る。肩での呼吸は命取りだ。

深呼吸を1回・・・2回・・・3回・・・!3回目に吸った空気を一気に肺に押し込む!

これにより呼吸の乱れは一瞬止まる。

私のとっておき。助走を付けずゆっくりアインとの距離を縮め・・・身体を丸めながら3m地点で一気に突進する!

アインと私との決定的な違い。それは身長差!それを生かす以外にアインと対等に戦うことなどできない!

突拍子も無い私の行動にアインは身構える。

そうだ、身構えろ。後ろや横に逃げても無駄だと思わせる!

通常であれば、私に膝蹴りを食らわしにかかるだろうが、アインはそんな安直な手を使うわけが無い。

同じように身体を縮めて迎撃するはずだ。

横に逃げて下段蹴りをしてきても、今の私の体勢なら転がることで距離を取れる。

さぁ、どう出る!

アインは・・・・身体を縮めて迎撃態勢に入った!

よし、行ける!

私は勢いよくそのままの体勢で走る!

そしてアインの1m手前で一気に跳躍しつつ、眼球に向かってナイフを投げる付ける!

アインはナイフでそれを防御し、一瞬視界を奪われる。

だが私の身体の向きから『蹴り』であること、そして『右足』による『頭部』への攻撃だと錯覚させる。

咄嗟に腕で頭部を守るアイン!

私は歯を食いしばって、アインの腕に渾身の・・・!持てる限りの力強い右蹴りを・・・叩き込む!

アインのことだ、避けないでそのまま受けきり、迎撃に出るだろう。

蹴りを受けたアインの身体が若干左にずれる!

ズザッ!

私はその蹴りにより出来上がった反動でを利用して、そのまま左蹴りを叩き込む!

私の左蹴りと、アインの左方向への身体のズレ。

それらが重なりアインの頭部にはとてつもない衝撃が走り抜けただろう・・・。


それを物語るように、アインはナイフごと吹っ飛ばされてしまった。

しかし、私も自分の蹴りの衝撃で吹き飛ばされ、地面に叩き付けられた。

私は、ゆっくり立ち上がりながら、深呼吸時に溜め込んでいた呼吸の乱れを元に戻しながら勝ち誇った様に言う。

「3回・・・・・はぁはぁ・・・・当てたよ・・・・はぁはぁ・・・・・・」


私の身軽さを生かしての攻撃。

もしナイフを避けられていても、頭部への攻撃は防ぐはず。

昨日、一晩かけて考え出した攻撃。

アインは体中についた土を振るい落としながら立ち上がり、冷静に答える。

アイン「なかなか良かったわ。」

私は少し嬉しかった。アインに勝った。そしてアインに褒められた・・・・。

卑怯な手と思ったから使わなかったけれど、攻撃の一瞬前に『サイスマスター』と一言言えば、

また違う展開になっていたかもしれないと思う。しかし使わなかった。アインといえども恐らく怒るだろう・・・。

今日はもうこれでお終いだ。

私の言葉を代弁するかのように、疲れたと言わんばかりの夕日をみながら・・・物思いに耽る。

そして、次の日からもナイフによる格闘戦の練習は続く・・・。


ある日、新しいメニューが追加された。

遂に、銃の取り扱い・・・・。

アインが私をある部屋に付いて来るよう指示する。

広さはいつも寝泊りしている部屋と同じ位。壁一面にロッカーが立ち並んでいて、銃器が納まっているのが伺える。

アイン「これはハンドガン。手に取って、手に馴染む物を選んで。後、重すぎて片手で持てない物も除外して。」

遂に渡された殺しの為の道具。

アイン「私が前使ってたものはこれ。名前はコルトパイソン。」

そういうとアインは、わたしに『持ってみろ』と言わんばかりにパイソンを渡してくる。

重い、重すぎる。

アインはその細い腕でこんなに重い銃を片手で撃っていた・・・。

しかし私の手には馴染まない・・・。

「これは駄目。他のにする。」

そういうとアインは多種多様な拳銃が並べられている、木製の台に向かって歩き出す。

アイン「この中から選んでみて。」

私は言われたとおりに銃を選別する。

ダメだ・・・手に馴染まない・・・・まるで靴を左右履き間違えた様な、そんな違和感を覚える銃ばかり・・・・。

そもそも私の手が小さく、ここにある拳銃はグリップが太すぎる。仕方の無いことなのだろうが・・・。

でも1つだけ手に馴染むハンドガンを見つける。

手にすっぽりと馴染む・・・他の銃を再度手に取り、もう一度比較をする・・・・・。

やはり全然違う。圧倒的に持ちやすい。これが良い・・・。

「これにする・・・。」

私はアインに、その銃をまるで電子機器・・・携帯電話を手渡すように優しく、そして落とさないよう確実に両手で手渡す。

アインに銃を渡すという行動は、暗に『この銃について説明してくれ』という意味。

それを汲み取ったアインは銃の説明を始める。

アイン「この銃はh&k社製 p2000。装弾数は14発。
h&k社製のuspという銃を女性用にカスタムした、とてもスタンダードな銃よ。」

アインが銃の説明を始める。この銃で私は人を殺すことになるかもしれない。

説明を良く聞いておかなければならない。私の死に直結するかもしれないからだ。

アイン「弾は9mmパラペラム弾。威力は低いけれど、銃の特性・・・セミオートマチック機構で十分補えるわ。」

「セミオートマチックって何?」

私はアインに質問する。質問しなければならない。

ただ聞いているだけではアインが説明不足を意識しないで、話を進めてしまいかねない。

十分な・・・いや、必要以上の情報を引き出す必要性がある。

それをアインに意識させたいが為の言動だった・・・取り越し苦労だとは思っていたけれど。

アイン「セミオートマチックというのは、マガジン内に装填されている弾を自動的に薬室へ送り込むことができる銃。」

そう言うとアインは、銃の構造について説明を始める。

アイン「これがマガジン。中に弾が並んで入っているわ。それを強力なバネで下から押し上げているの。」

アイン「これがセーフティーレバー。これを上げてスライドを引けば銃を撃てるようになる。」

アイン「そして、トリガーを引けば弾が発射される。」

アイン「弾が発射されたと同時に、自動的に弾が押しあがって来て、トリガーを引けばまたすぐに撃てる。」

そう言うとアインは、この前私を殺す“つもり”で使っていた銃を取り出す。

アイン「これが私の銃。もう一種類の拳銃、リボルバーよ。弾は6発しか入らない。
そして、弾の装填に時間もかかる・・・。」

アイン「それに比べて、p2000の弾の装填は簡単。このレバーを押せば・・・マガジンが出てくる。
弾が切れたら新しいマガジンを挿し込むだけ。」

アイン「他に質問は?」

「アインはどうしてリボルバーを使うの?」

アインにとって触れられたくない理由でもあるのだろうか。

先ほどの説明では明らかにセミオートマチックに部があるという説明だった。

アイン「銃の威力よ。私の使っている銃・・・パイソンは弾の威力がp2000に比べて高い。

アイン「もし致命傷を与えられなくても、弾が当たっただけでショック死することもあるの。」

要するに、『確実に当てる自信があるから、弾はそんなに必要無い』そう言いたいのだろう。

それを皮肉っぽく言わない部分が人間らしくあり、人間らしく無い・・・・それが『アイン』なのだ。

アイン「質問はそれだけ?なら、銃の訓練をするわ。付いてきて。」

「わかったわ・・・。」

銃を撃つ訓練・・・それは、人を殺す事だけを目的とした行動。


歩きながら銃を見る。

私の右手に握られた重い塊・・・そしてその引き金。

この小さなレバーを引けば人が殺せる。

この軽いレバーを引くだけで、重たい銃全ての機構が作動する・・・。


私は、そのレバーだけが別次元にあるような・・・異彩を放っているように感じた。

外に出る。薄暗い部屋とは打って変わって、太陽の陽射しが私を照らし真っ黒な影を作る。

私の瞳孔が収縮を始める・・・私は片腕で目を覆いながら、アインの足音を頼りにたどたどしく歩く。

私の目が慣れ始めた頃に、アインの足音が止まった。

そこには多数のレンガが積まれていた。

遠くには、疎らに置かれたドラム缶と砕け散ったレンガ、そして新しく置かれたであろうレンガが置かれていた。

ここが『銃の訓練場』だ。
そんな私に視線を向けているアインに気付き、見つめ返す。

アイン「構えてみて。」

私はp2000を両手で握り締め・・・腕を前に突き出す。

二の腕、胸、腰、太もも・・・体全体の筋肉が、銃を支えるために硬直する。

アインは腰を落とし、後ろから体を密着させ銃の撃ち方を説明してくれる。

アイン「トリガーに指をかけないで・・・左手でマガジンの底を持って。」

アイン「指はこう・・・」

アインの冷たい指が私の指に触れる。

そして私のか弱い指を、まるで駒を並べる様に1本ずつ配置していく・・・・。

アイン「握る指に力を込めて。体にはあまり力を入れないで。」

アイン「そしてここが照門・・・ここが照星・・・・照門の間から照星を見るようにして狙うのよ。」

アインは淡々と説明を続ける・・・なぜだろうか、アインと居ると気持ちが落ち着く。

そして傍と気付く。既に信頼関係が成り立っている・・・・私達はもう運命共同体なのだ。

もう逃げることはできない。後は流れに身を任せるだけ。

それが心地よさを私に与えてくれているのだろう・・・・。

アイン「よく握って。撃った瞬間に肘を曲げて、衝撃を和らげて・・・。」

アイン「この部分をスライドさせて、薬室に初弾を送り込んで・・・・・1発撃ってみて。」

これは人を殺すための儀式・・・・私はp2000が一層重く感じた・・・・。

そして、私は真正面に置かれていたレンガの1つを恐る恐る狙う。

バシュ!

衝撃。

肘が曲がり、体勢が少し崩れる・・・。

標的を確認する。当たっていない。当たったかどうかなんてすぐ確認できない程銃の存在に圧倒されていた。


手が震える・・・。こんな物を私は扱えるのだろうか、恐怖が走り抜ける・・・・。

そして体の力が抜けて私はその場に崩れ、座り込んでしまった・・・。

暑さとは違う、別の汗をかきながら・・・。

私は震えながら後ろを振り返り、アインを見つめる。

アインはそんな私をいつもの冷たい目で見つめ返す。

アイン「もう一度。」

アインは私を叱らなかった。『普通の人間』であれば、多少感情的になるであろう状況にも関わらず。

私から少し距離を置いたところから淡々と指示をする。

「怖いよ・・・・」

私はふらふらと何かに怯えるように立ち上がりながら、今の感情をアインにぶつける。

だがアインは、表情ひとつ変えずに言う。

アイン「もう一度。」

そう言いながらアインは私の元へ歩いてきた。

後ろからピタリと体を密着させてくるアイン。

まるで大事な人形を扱うように、アインは私の姿勢を元に戻し、銃を構えさせる。

『怖い。』そう言い放った私を落ち着かせるように・・・。

アイン「こうするの」

私はまた元の体勢に戻る。だが、アインがいる。アインが居てくれる。アインならどうにかしてくれる・・・。

私はアインに甘えている自分に気付く。

そんな自分を落ち着かせるため、深呼吸を繰り返す。

アインはそんな私を気遣って、私が落ち着くのを待ってくれていた・・・。

「撃てるよ」

恐怖心を隅に追いやる。安心感で心を満たす。

標的を見定める・・・そして・・・・・・撃つ。

バシュッ!

グシャッ・・・

発砲と同時にレンガが吹き飛び、少しの塵が横風に流されていく・・・・。

同時に硝煙が鼻を突く。

さっきは恐怖で気付かなかった匂い・・・。

アインは私の元を離れようと、体の密着を解く。

だが私はそんなアインに懇願する。

「後、3回だけお願い。」

早く慣れなければ訓練どころでは無い。

アイン「分かったわ。」

arなら頭掠るだけでいいんだっけ?
速いから衝撃が云々、耳が云々、uziでも掠ったら云々

バシュッ!

アインが側に居てくれる。アインが私に安心感を与えてくれる。

バシュッ!

もう怖く無い。銃を撃つことが楽しい事では無いかとさえ思えてくる。

そしてダメ押しの最後の一発・・・。

バシュッ!

3つのレンガから塵が流れる。

「もう大丈夫、怖く無い・・・ありがとうアイン。」

私はアインに向かって礼を言う。

そんな私に向かって、アインは言う。

「続けて。」

私はp2000を連射する。

バシュッ!バシュッ!バシュッ!・・・・

全然当たらない。10発撃って5発。それもかすった物ばかり。

スライドが引かれた状態で静止するp2000。弾切れのサイン。

マガジンを懐から取り出し、交換する。

ガチンッ、カチャッ・・・

バシュッ!バシュッ!バシュッ!バシュッ!・・・・・

マガジンが3個目に入った辺りから、射撃の精度が上がっていくのが実感できる。

撃つ前に『当たる事が分かる』。

そして『当たる』。

当てるのでは無い。

当たるのだ。

なぜかは判らない。でも分かる。

慣れてきたのだろうか・・・それともこれがサイスの言っていた、

『天性的な戦闘センス』というものだろうか。

私は14発、全てを撃ち終えた瞬間にマガジン交換をせず、

後ろで折りたたみ椅子に座っているアインを見つめる。

アインは淡々と私のことを見ていた・・・。

そして私と目が合うと同時に立ち上がり、近づいてくる。

そして私の隣に向かって歩きながら、話しかけて来る。

アイン「その銃の有効射程距離は50m。レンガの配置は40m~50mにしてある。」

アイン「今のあなたは14発中12発を命中させていた。それも有効射程ギリギリで・・・。」

そう言いながらアインは自分のパイソンを取り出す。弾は6発、既に装填されていた。

アイン「でも、当てるだけじゃダメ。まず、私を見ていて。」

ドッ!ドッ!ドッ!ドッ!ドッ!ドムンッ!・・・・・

早い!早すぎる・・・・!これが次のステップだった・・・・。

アイン「まずは14発、全弾命中させること。そして・・・」

アイン「それができるようになったら、スピードを上げて。」

アイン「14発なら4秒以内が目標、全弾命中させること。」

「でも、そんな早撃ち、目標を狙いながらできないよ・・・」

私は弱音とも取られるような言葉を漏れるように口から出していた。

アイン「目標を撃つときは、直視してはダメ。周辺視野で『視る』のよ。」

周辺視野、要するに意識をばら撒いて標的を『感じる』ようにするという事。

「わかったわ。じゃあレンガを並べてくるね。」

私はドラム缶の近くに積まれているレンガを並べる。大小のドラム缶・・・。

弾数が弾数だけに、並べるレンガの数も半端では無い。

しかし、これもトレーニングになる。

その間にアインは換えのマガジンを採って来てくれた。

50~60本のマガジンが入った、ミリタリー用のバッグ。

それを私の邪魔にならない辺り、斜め後方に置いてくれた。

横に動いても縦に動いても私の邪魔にならない場所。

アインはいつも気が利く・・・。

私はまず周辺視野で目標を狙い撃つ・・・。

当たらない。14発中5発。

しかしどんどん精度は上がる。

マガジンが10本目を越えた辺りだろうか、外したのは2発。

しかしまだスピードが足りない。

umpが見たい

もっと早く、もっと正確に、もっと・・・・もっと・・・・・・・あれ?

私はなんでこんなことしてるんだろう?


そんなこと気にしてはいけない。

クロウディアの顔が頭を過ぎる・・・。

『レールの上を好きなスピードで走れるのよ・・・・』

そうだ。私は速く走り抜けなければならないんだった。

恐らくそれは生き延びるための手段の1つ。

そして今、その為のチャンスを与えられている身。

今はまだ盤上の駒にすら成れていない。削り出す前の材料。

でも削ってもらえるチャンスはある。いい材料なら・・・。

早く良い材料になって、盤上の駒として動き、

プレイヤーにとって必要不可欠な、重要な駒になる・・・・。

その先に何が待ち受けているのかは分からない。でも、今は・・・・・・。

バシュッ!バシュッ!バシュッ!バシュッ!・・・・・・・

ただただ、レンガを撃てば良い・・・・。

マガジンが40本目を越えた辺りになると・・・・手が痛みに耐えられなくなる。

指先に力も入らなくなってきた・・・。

私はアインに近づきながら言う。

「ごめんアイン。指と手が痛くて、もう銃を握れないし撃てそうに無いよ・・・・・。」

私は手にできた肉刺が潰れて、さらに固まって皮膚が剥がれ落ちた手を見せながら言う。

『今日はもう休ませて欲しい』という意思表示をする。太陽も傾き、そろそろ夕方になりそうだ。

その手を見てアインは椅子から立ち上がり、ミリタリーバッグに向かいながら言う。

アイン「わかったわ。今日はもう休みましょう。」

「ごめんね、アイン。ずっと観てくれてたのに・・・・」

私は弁解するような、申し訳無さそうな声を出す。

アイン「気にしないで。それより早く治療をして。そのままじゃ練習ができない。」

「うん、わかった。」

なんだろう。アインは私にとって殺しの教官であるはずなのに、

まるで姉と居るような親近感を覚え始めていた・・・。


私にとってアインは必要不可欠な存在。

今の私にとってアインが全て。

アイン・・・アイン・・・・・・。

アインが私の手に消毒液を垂らしてくれる。

アイン「ちょっと染みるわよ。」

そう言いながら私の手を暖かい手で持ち上げながら、大量の消毒液をかける。

「ツッ!」

汚れもろとも一気に洗い流すつもりなのだろう。

そして軟膏のような物を塗られ綿を置かれた。

そして、上から包帯でクルクルと器用に巻いてくれる。

私はにこやかに笑いながらアインに礼を言う。

「ありがとう、アイン・・・・」

アインは救急箱の様な物を閉まいながら答える。

アイン「気にしないで。」

私はアインへ抱いた親近感から、次いで言葉が出る。

「そんなこと無いよ。本当に感謝してるんだよ?」

アイン「そう・・・」

そっけない返事。私は益々アインに興味を抱いてしまっている自分に気がついた・・・。

寒い夜。

私達はいつものように抱き合う形で寝る。

でも今日は私の手の痛みもあって練習は早めに切り上げられた。

そのため、いつもより早く床に着くことができた。

私はアインと雑談をする。

「インフェルノってどんなところ?」
「インフェルノには他に殺し屋が居るの?」
「マスターってどんな人?」


アインは全てのことに答えてくれた。

だが、『マスター』のことになると口調が変わる。

心が揺れ動いているのがなんとなく分かる・・・・。

そして、『マスター』ではなく、『サイスマスター』と呼ぶのが正しいということらしい。

「そっか、アインはサイスマスターのことが好きなんだね。」

抱き合いながらアインの顔を見上げて私は言う。

アイン「よくわからない・・・・でも、マスターは私の全て・・・・・・」

全て・・・?どういうことだろう・・・・・でも、今の私にはなんとなく分かる。

「そっか、私にとってはアインが全てなんだよ?」

アインは私の突拍子も無い言葉に一瞬驚いた表情を見せたが、

すぐにいつもの顔に戻り、いつもの言葉で答える。

アイン「そう・・・・・」

サイスなんかどうでもいい、今の私にとってアインが全て・・・。

アインが居なくなるなんて考えられなかった・・・・。

「アイン・・・・・」

そう言いながら私はにこやかに笑いながら、一層強くアインに抱きついた。


そして、気がついたときには朝を迎えていた・・・・・。

次の日の朝、私は右手を確認するように握り締めながら、

私は昨日の夜アインに言った言葉を後悔していた。

アインはサイスと異常なまでの繋がりを持っていると考えられる。

「サイスマスター」を「マスター」と呼び、敬意を払っていた・・・。

そして、昨日の夜の私の発言をアインはサイスに報告するだろう。

私のアインへの気持ち。これはサイスからすれば私の弱み。それを握られた・・・。

そう考えるのが妥当。

そしてサイスが・・・インフェルノが・・・・
そんな私を利用しやすい方向へ話を持っていく可能性を与えてしまった。

アインを人質にされたも同然。

そうなれば、私だけで無くアインにまで迷惑をかけることになるだろう・・・。

まだ実態の掴めないインフェルノとサイス、そしてクロウディア。

情報の不足から来るアインへの安心感と依存。

これを早い段階で断ち切らなければ・・・。

手の方はまだ痛む。だが明らかに完治に向かっているのが分かる。

まずは、口調からだ・・・。

「まだ痛みが残っている。銃は撃てそうにないわ。」

私は無粋な言い方でアインに言うが、既に用意していたかのような答えが返って来る。

アイン「今日は別メニューよ。街へ行くわ。」

街へ行く・・・?

確かに、古いワーゲンのハッチバックが裏手に止まっているが、それで街へ行くのだろうか。

特に私が断る理由は無い。それに気分転換にもなるだろう。

「分かったわ。」

すぐに引き出しから車のキーを持ち出すアイン。

私はただ、それに付いていく従順な犬のような「フリ」をする。

隠し通さなければ・・・アインの為にも、私の為にも・・・・。

a-91でもいい

天候は晴れ。時間は午前10時といった所だろうか。

窓を開けて涼しい風を車内に招き入れる。

いつもは縛っている髪を私はほどく。肩まであった栗色の髪が風に揺られて楽しそうに踊る。

いつもと同じ、何気なく見える景色・・・・でも、何か違う・・・・。

緊張感が無い。

ただ椅子に座り、プラスティックの内装の中にいるだけなのに、

こんなにも感じ方が違うものなのかと、私は肘をついて物思いに耽る。

30分ほど走った頃だろうか、街が見えてきた。

見えてきた、と言ってもまだまだ時間がかかる。恐らく後20~30分。

街の大きな片道1車線の道を走る。人はまばら。そしてある場所に車を止めるアイン。

特におかしな場所では無い。ただの路駐。

アイン「降りて」

アインに促され、車から降りる私。

アインはそそくさと歩道を歩き始める。私も駆け足で追いかけ、隣を歩く。

アインはとあるホテルに向かう。とても大きく豪華だ。

しかし、アインはそのホテルを右手にして、車線を挟んだ歩道を素通りしようとする。

アイン「サングラスをして、黒いスーツの男たちを周辺視野で見て。」

私は言われた通りに男達を視る。spと呼ばれる男達だろう。

アイン「何か感じたことは?」

アインが私に質問してくる。

「左腕と肩の動きが変。あと体勢も若干左に傾いてる。」

アイン「そうよ。あなたの使っているp2000クラス以上になってくると、
どうしても重さの所為で肩が下がってしまう。」

アイン「後、脇に銃が入っている所為で腕の動きが若干ぎこちなくなるの。」

説明をしてくれるアインには申し訳ないとは思いつつも、1つ確認する。

「でも、あんな格好してる人は基本的に銃を持ってるのが普通でしょ?」

「それに、もし一般人の格好をした人間が銃を持っていたとしても、
人が多すぎると見分ける時間が無いよ。」

アイン「そうよ『人が多ければ』分からないわ。」

アイン「でも、私達は『人が少ない』所で動くの。だから必要な知識なのよ。」

アインは殺し屋。路地裏や室内で少数の人間と戦ってきたということ。

相手が銃を持っている前提での戦い。

そうなると相手がどれ程の銃を持っているのかが重要な情報になる。

大型か、小型か、普通のサイズか・・・・アインは、暗にそう言いたいのだろう。

アインは歩き続ける。出店の前、公園、オフィスビルの間の道・・・・。

そして突然アインが立ち止まった。

少し大きな交差点の手前。私達の正面には国旗の旗、後ろには大きなホテル。

アイン「もしあのホテルを狙撃する場合、こういった旗を目印にして風向きを読むの。」

アイン「目立たないように布きれを付けることでも風向きが確認できるわ。」

人通りが疎らな場所での異次元な会話。周りに人影が無いから話せる内容。

時刻は既に午後4時を周っていた。

アイン「そろそろ帰りましょう。」

アインに促され、車に乗り込む。

私は最低限の会話しかしないように心がけたつもりの1日だった為、どっと疲れていた・・・。

そして少しずつ、少しずつ・・・・アインとの距離を取る。

寝る時の体勢も少しずつ離れるようにした・・・。

それから2日経った。

車への爆弾の取り付け方。車の盗み方。。

右手は完全に回復した。射撃の訓練を再開する。

アイン「グローブを付けなさい。以前の様に手に肉刺ができてしまうわよ。」

そう言うとアインは、私に指ぬきグローブを渡してきた。

手に持ってみる。ゴム製・・・アインとおそろいの物だ。

しかし、私はアインに付き返す。

「いらない。今まで訓練したことの意味が無くなるわ」

しかしアインは受け取ってくれなかった。

アイン「なら、そのグローブに慣れなさい。」

アインが言うことは、今まで記憶している限り一度も間違ったことは言ったことが無い。

私は渋々グローブを手元に戻し、装着する。

違和感。p2000を持つ。さらなる違和感。

まるで今まではっきり見えていたものを・・・擦りガラス越しに観ているような違和感。

レンガを3つ撃ってみる。当たったのは1つ。完全に私は諦めていた。溜息が自然と漏れる。

アイン「続けて。」

私を突き放すようにアインは言う。

私が悪いのだろうか・・・。

バシュッ!バシュッ!バシュッ!バシュッ!・・・・・・・

全然ダメだ。銃と手の間に緩衝材が入っている為、勝手に手に力が入る。

後ろを振り向くとアインはどこかへ行ってしまった。

取り合えず手元にあるマガジン2個分を撃ってみる。

28発。うち、命中が10発。致命的だ。

そうこうしているうちにアインがマガジン入のミリタリーバッグと・・・・大きな銃を持ってきた。

アイン「これはオートマチックサブマシンガンmp5よ。」

アイン「ハンドガンと違ってトリガーを引き続ければ弾が尽きるまで撃てるわ。」

アインがドラム缶に向けて連射する。

ババババババババババッ・・・・!

すごい連射力・・・。

アイン「撃ってみて。反動が大きいから腰溜めでもいい。」

一体何を考えているのか分からないが、言われた通りに身構えて撃ってみる・・・。

ババババババババババッ・・・・!

すごい連射力だ。そしてすごい反動・・・。

アイン「グローブを外して、撃ってみて。」

言いたいことは分かった。わたしは観念したようにmp5をアインに返した。

撃つまでもない。

『素手だと手が痛いでしょ?』という事だ。

「わかった。グローブを付けるわ。」

アインは理にかなった事を言っているに過ぎない。

もしサブマシンガンを遣うような場面があった時、手が痛いなどと言っていては話にならない。

私はほとんど開き直ったような気持ちでp2000をレンガに向けて撃ちまくる。

撃っては並べ、撃っては並べ・・・・・。

マガジンが20個目に突入する。命中率は飛躍的に向上してきた。

1マガジン14発。内、命中が13発。

30個目に突入すると、全弾命中させられるようになった。素手で撃っていた時と同じ感覚。

当てるのではなく、当たる。

まぐれで全弾命中で無いことを5個のマガジンを消費して確認する。

問題ない。

じゃあ次は連射スピードだ。周辺視野をばら撒く。連射。14発を5秒といったところ。

目標は4秒以内。まだ遠い。こればかりは続けるしか無い。

マガジンがそろそろ底を尽き始める。アインが補充してくれる・・・・。

一刻も早くグローブに慣れなければ・・・。5秒を切る・・・4秒・・・・4秒の壁が分厚い。

恐らく、今日はこれ以上やっても意味が無い。アインに伝える。

アイン「そうね。続きはまた明日やりましょう。」

『また』明日・・・。

私は、気が遠くなる様な、絶望感にも似た様な気持ちで心がいっぱいになっていた・・・。

大丈夫。私ならやれる。

そう言い聞かせて寒さに耐えながら今日もアインと背中合わせにして寝むった。


次の日も、次の日も・・・射撃の練習は続く。

umpump

もうハンドガンというよりマシンガンのような音を奏でるp2000

ババババババババババシュッ・・・・・・!

マガジン3個分を懐に補充する。1個・・・2個・・・3個・・・・・

するとアインが突然言う。

アイン「合格よ。」

「合格・・・・?」

私は一瞬思考が停止してしまった。

あっ、そうだった。すっかり忘れていた・・・・目標時間があったのだ。

私は素直に嬉しかった・・・日々繰り返してきた過酷な射撃訓練で、目標を達成できたこと。

そして何より、あのアインに「合格」と言って貰えたことに・・・・。

しかし、私の気持ちをアインに伝えてはいけない。距離を取らなければ・・・。

「そう・・・で、次は何をすればいいの?」

私のそっけない態度。ごめん、アイン・・・・そう心の中で呟いた。

アイン「後、マガジン10個分撃ち終わったら、今日はもう終わりにしましょう。」

あっけない返事。アインはそう言うと倉庫の中へ歩いて行ってしまった。

私は嬉しい気持ちを抑えきれないでいた。しかも今ならアインは居ない・・・。

そんな気持ちの吐き出し口として、私の心の中に多少の遊び心が芽生える。

昔、映画か何かで見たような、ぼんやりとした記憶を頼りにして水平撃ちをやってみる。

水平撃ちは、右から順番に狙う。

反動はいつも通り腕の曲がりで吸収するが、

そのまま左に銃が跳ね上がる為、次のターゲットを狙いやすい。

バシュッバシュッバシュッ・・・・

結構楽しいが・・・空薬莢が邪魔だ。それに狙いを付け辛い。

その為、弾幕を張る程度にしか使えそうにない。

次は早撃ち。肩にかかっているホルスターを腰に巻きつけ・・・引き抜いて撃つ!

バシュッ!

腰溜めでの射撃。これも当てるには程遠い。対象が近いか、大きい物でなければ・・・。

まぁいい。後はいつも通りの練習をしよう。

ジャリッ

足音!? 私はその足音の主を確認するため、すぐに後ろを振り返る。

そこにはミネラルウォーターを2つ持ったアインが居た。

まずい、見られた!?

いや、そもそも発砲音のぎこちなさで、倉庫の中で既に気付かれていた、と考えるのが妥当か・・・。

アイン「何をやっているの、練習しなさい。」

・・・・・私は無言でいつもの練習を再開する。

何も言ってはいけない。『練習を再開した』という行動を見せればいい。

それだけで言いたいことはアインに伝わるのだから・・・・・。

それから2日が過ぎた。

筋トレ、格闘戦、射撃訓練・・・・。


毎日繰り返す・・・・。そして翌日の朝。

アイン「新しいp2000よ。」

そう言いながら私に銃を渡すアイン。

土ぼこりに汚れていない、綺麗なp2000が私の手元に収まった。

私はそれを見つめつつ、自分の心が土ぼこりで汚れてしまっているような錯覚を覚えた・・・・。

新しい銃は若干癖がある・・・いや、癖が無い。

前まで使っていたp2000は日々の練習で癖がついていたのだ。

それを体で覚えるための射撃訓練が今日の日課、というわけ『らしい』。

射撃と休憩をほとんど1:1の割合で行う。

気が抜けてしまいそうになる程、休憩が長い。

新しい銃というのはそんなに時間をかけて慣れていく物なのだろうか?
もう、新しい銃でも4秒付近で射撃を行える。

日が沈み始める・・・・。

そろそろ夜だ・・・・。

何か・・・・聞こえてくる。

エンジン音だ。

私はp2000に新しいマガジンを装填し、予備のマガジンを3個懐に放り込む。

体勢を低くし、倉庫の入り口へ向かう・・・・。

そこには無防備に立ち尽くすアインが居た。

アインの『仕事』関係だろうか。

警戒を解き、アインの元へ歩み寄る。

すると小型のセダンと大型の『いかにも高そう』なセダンが乗り込んできた。

車から降りてきたのは・・・・サイス!

駄目だ、他にもいる、サイスのみを見つめるのは軽薄な行動だ。

後は、クロウディアと見知らぬ男が2人。

そして、黒人の女が1人・・・大型のセミオートマチックを持っている。

余裕の無い表情から、恐らく護衛・・・。

男の1人は何やら困惑している。

そんな男の言葉に耳を貸さず、もう1人の長髪の・・・落ち着いた男が私に近づいてくる。

マグワイア「こんにちは、私はインフェルノの幹部、レイモンド・マグワイアだ。」

マグワイア「よろしく、可愛らしい殺し屋さん。」

相変わらず身長の高い人ばかりだ。アインより背が高い。

恐らく180cmはある・・・・。私との身長差は約30cm。

見下ろすのではなく、屈んで挨拶をされた。

私は睨むでも無く、笑うでも無く、品定めをするようにその男の目を見つめ返した。

するとマグワイアとクロウディアがもう1人の男の元へ向かって歩き出し、何やら話をしているようだった。

サイスがこちらへ来る。

サイス「ツヴァイの調整は良いのだな、アイン。」

アイン「はい。」

調整?人を銃や機械と勘違いしているのだろうか。

しかし、アインから伝わる・・・・・まるで操り人形の様な人間を見ていると、『調整』という言葉がしっくり来る。

あくまで私は装っているだけだが・・・・。

しかし、目を閉じて考えてみると、今までの過酷な訓練のせいか、

いつもより1枚多くtシャツを着て、少し動き辛いような、そんな気持ちが心に芽生えているのを感じた。

アインは恐らくサイスに服を何重にも着せられ、もう身動きが出来ないのだろう。

しかもその服はアインが選んだ服では無い・・・・。


そしてその服を全て脱がせた先には、私の様な本当のアインがいるはず。

しかし・・・もし、アインの服を全て脱がせた先にあるのが裸のアインなら、私はどうすれば・・・・・・。

そうだ、アインの好きな服を着せて上げれば良いだけだ。好きな服を着て好きな場所を歩く。

それがアインの・・・・いや、人間の幸せという物のはずだから・・・・・。

し は ん

突然の命令に私は困惑し、助けを求めるようにアインに目をやる。

アイン「殺しなさい・・・・ツヴァイ。」

アインは、語尾の最後に『ツヴァイ』と付けた。

それは私が、本当の『ツヴァイ』になる為の試験であると告げている・・・・・。

人を殺す為に今まで訓練を受けていたのは重々承知していたつもりだったが、とてもでは無いがそんなことはできない・・・・。

「でき無いよ・・・そんなこと・・・・・」

口が勝手に動き、今の感情を表に出す。

すると、アインが私にパイソンを向ける。

アイン「殺すのよ。殺されたく無ければ・・・。」

引き金に指がかかっている・・・・アインは本気だ。

私は・・・・死にたくない。

「わかったわ・・・。」

下を俯きながら、p2000を手に持つ・・・。

見慣れた銃。初めは撃てもしなかった・・・。それがレンガを撃てるようになり、最後は本物の人間・・・。


『あなたはこれから、殺し屋として引かれたレールの上を走ることになる・・・』

クロウディアの言葉の意味に、また納得してしまった。ブレーキもバックも出来ないということだ。

私は倉庫内の構造を全てイメージする。

部屋や廊下の分岐はもちろん、柱やドラム缶の位置まで・・・・全て・・・・・・。

10分経った。

私はゆっくりと倉庫の中に入る。

倉庫に入った瞬間に、私の全身を違和感が一気に走り抜ける。ここは既に戦場なのだ・・・。

10分間逃げ回った男・・・私に殺されることを告げられたということは私を迎撃するはず。

特に武器は所持していなかった・・・となると、武器庫から武器を持ってくるはず。

屋内における戦闘で有利に立てる武器となると、サブマシンガンかハンドガン。

ショットガンの類は武器庫に無かったはずだ。

私ならどう逃げる・・・?

今までのアインの言葉を思い出しながら、頭の中でシミュレーションを行う。

『追うときは逃げる気になって考える。逃げるときはその逆。』

相手の思考を自分の思考として考えてみる。

私なら・・・

「ここの構造を知っている人間かどうか。もし知っているならすぐに突進してくる。知らないのなら慎重に進んでくるはず・・・。」

「恐らく構造を知っている。ここで待ち受けていたのだから・・・。そうなると突進。10分間で逃げ回れる距離を計算され、一気に攻めてくる。」

「ならば、そこを狙える位置に陣取る。」

私の中で相手の思考が駆け巡る。そして逆算する。

私は、相手を焦らすように慎重に進み、痺れを切らして焦りながら飛び出したところを迎撃する。

私が陣取るのは広い場所。そして広い場所に出る際、上からの攻撃をまず警戒するはず、そうなると私は下から狙い打つのが得策。


要するに、攻守を逆転させるという思考に至った。基本的に戦闘において守りの方が有利であることは必然・・・。

だが、撃てるのだろうか・・・・私に人を撃つことが・・・・・・・・。

殺し屋は人を殺す為のプロ・・・人を殺せないならその存在は意味を成さない・・・。

殺さなければ殺される・・・・。手には汗が滲み出てくる。

私であればそろそろ痺れを切らす時間。だが何も起こらない。

相手の体格を思い出す・・・。ひょろりとした体格をしていたが、無駄な筋肉は無かった。

そしてここに放り込まれた・・・・普通の人間では無い。

そうなると、根競べになる・・・。

私は念のため周囲への意識は怠らないが、狙い打つ一箇所にのみ意識を集めておく。

私は今、時間を長く感じているはず。

相手は時計をしていた・・・時間に対する意識を時計任せにできる。多少向こうに分があるが・・・。

・・・・・来た!

予想通り私の真上を慎重に警戒し、そのまま視界が私を探すため下を向き始める・・・・。

今しか無い!

バシュッ!バシュッ!バシュッ!

倉庫をマズルフラッシュが照らし、標的に命中した事を私に知らせてくれた・・・。

どさっ

2発で良かったのだが、勢い余って3発撃ってしまった、生死の確認を取りに・・・行ってはいけない!

まだ生きている可能性が残っている!

距離にして40m程だった。恐らく内臓には2発撃ちこめているはず。そのまま出血多量で死ぬのをここで待つ・・・。

もし生きていれば、生死を確認しに来た私を撃ってくる・・・。

相手は私の死角に倒れてしまった。

生きていれば、意識が朦朧とする前に撃ってくるはず。

来た!

ドドドドドドドドドドッ!

なんてことだ、アサルトライフルを持ち出している!

コンクリートに隠れていなければ私は死んでいた・・・。

しかし、今の狙い・・・撃つたびに上方向へ向かって行った。

銃口を抑えきれていない。狙いもがさつ・・・。攻撃は止まない・・・。

ドドドドドドドッ!ドドドドドッ!

既に場所は特定している。そして特定されてもいる。

はちゃめちゃに撃ってくるということはそれだけ余裕が無いということ。

死ぬ前に弾を撃ちつくし最後の抵抗・・・か。

銃声が止む。

弾切れか、様子見かを確認するため、試しに大きな足音を立てて隣のコンクリートに走ってみる。

銃声が・・・3発で止まった。

マガジンを入れ替えている音もしない。

弾切れか、死亡か・・・。

確認しに行く価値はある。

たったったったった・・・・もう銃声はしない。

この角を曲がればあの男が30m先に倒れている。

蛍光灯が照らす廊下。

私は目を閉じ、瞳孔を広げ・・・蛍光灯を一気に3箇所撃ちぬきながら、猛然と走りながら残りの7発を男に撃ち込む!

男は死んでいた。

アサルトライフルが転がり、右手にはハンドガンが握り締められていた。

やはりまだ迎撃するつもりだった様子が伺え・・・・・私は何をやっている?


内臓が半分飛び出し、頭蓋骨が破裂して脳や眼が飛び出している・・・・人間・・・・・・?

私は正気に戻り、その場に胃の中の物を全て吐き出した。

吐き出しても吐き出しても収まらない・・・もう何も出ないのに・・・・・・。

見てはいけない。考えてはいけない。

私はよろよろ壁をつたい、男に背を向けて出口に向かって歩き出した。

車の眩しいヘッドライトが私の影を引き伸ばす。

もう、倉庫の中も外も同じ戦場になった瞬間だった・・・。


アインは、涙と嗚咽でぐしょぐしょになった私を見て、まるで準備していたかのようにタオルを渡してくれた・・・・。

そんな私を哀れんで、アインがそっと抱きしめてくれる・・・・。

アイン「泣きたいうちに泣いておくのね・・・・それって、とても贅沢なことだから・・・・・。」

私の事を包み込むアイン。私の気持ちを察しているかのような・・・いや、違う。これは同情だ・・・。

哀れみとも、慰めとも言える言葉を私にかけてくれるアイン。

私はそんなアインの言葉で多少正気に戻ることができた・・・。

私は、用意されていた白いワンピースと茶色のジャケット、茶色いブーツに着替えさせられ、車に載せられた。

そして、沈み込むようにシートに身をゆだね、少し口を開けて上を向いて考え込んでいた。

考えると・・・思い出すと・・・・頭がおかしくなりそうだ・・・・・。

隣に座っているアインを見る。

そして窓に映った私の目を見つめる・・・私の目は、アインと同じ目をしていた・・・・。


あるアパートに連れて行かれる。

必要最低限の家具がある部屋。

アイン「今日からここが私達の住むところ。」

アイン「私達は姉妹で、ここに住んでいるということになっているわ。」

『話を合わせる様にしろ』ということだ。

もう後戻りはできない。この鳥かごの中で必死に足掻くしか無いのだ・・・。

しかし、アインだけでもこの血みどろの世界から抜け出して欲しいと、私はそれだけを願った。

>>13 yes

>>34 >>13


とりあえずpart1終了
part2はまた書き溜めてから。

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