小鳥「今日は皆さんに」 ちひろ「殺し合いをしてもらいます」 2 (866)

前スレ小鳥「今日は皆さんに」 ちひろ「殺し合いをしてもらいます」 - SSまとめ速報
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取り敢えずスレだけ立てましたが、
続きの投下は早ければ明日、
無理ならまた週末とかになりそうです

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1454423048

14:00 水瀬伊織

伊織は初め、あずさを律子達のグループに合流させることを考えていた。
本人の性格が争いに向かないというのももちろんあるが、
何より視力を失った状態で自分達に付き合わせるわけにはいかない。

両目は開かなくとも、手を引いて慎重に進めば移動は可能であるはず。
だから必要な会話が終わってある程度落ち着いたら
灯台まで連れて行った方がいいと、そう考えた。

しかし今、伊織を含めたあずさ以外の三人は、
やはり移動を強いるべきではないと思いなおしていた。

少し前から、あずさの様子が変わり始めた。
それまでは落ち着いていた呼吸がいつからか、
痛みを堪えるように長く、深くなり始めた。

それに気付いた当初伊織達は、やはり両目が痛むのかと、そう思った。
だからそう尋ねてみたのだが、
あずさは「なんともない」「大したことはない」と答え、
その時は伊織達も何も言わなかった。

ところが、それから更に時間が経った頃、
呼吸の乱れなどよりもはっきりとした、明らかな異変が生じた。

あずさの両手と顔面の皮膚が変色し始めたのだ。

伊織「あずさ……本当になんともないの?」

酸が入った両目が疼くことくらいはあるかも知れないが、
流石にこれは看過できない。
そう思った伊織は再びあずさに尋ねた。
しかし座って顔を伏せていたあずさはその言葉に顔を上げ、

あずさ「ぁ、っ……だ、大丈夫。平気よ……」

無理に作ったようにしか見えない笑顔を浮かべ、そう答えた。

だが伊織は、今度はその答えを受け入れなかった。

伊織「もし私達に心配かけないように嘘をついているのなら、やめてちょうだい……。
   嘘ついて無理して、それで取り返しのつかないことになったら元も子もないのよ」

伊織のこの言葉を聞き、あずさは押し黙る。
そして少しの間を開けて、おずおずと話し始めた。

あずさ「目、だけじゃなくて……両手と顔が痛いの。少し前から、ずっと……。
    なんだか、体の内側から針で刺されてるみたいに……」

やはりなんともないわけがなかった。
そしてそれはどう考えても、あずさが浴びたという薬品の影響だ。
伊織達は変色したあずさの皮膚を見、
このことを本人に伝えるべきか迷った。
しかし、

伊織「……見た目には何も変わりないけど、痛むなら横になって休んでなさい。
  それで、痛みが治まるまで安静にしてるのよ。いいわね」

これを聞いて雪歩と真美は理解した。
伊織は、皮膚の異変を伏せておくことに決めたのだと。

あずさが痛みを自覚しているのならそれで十分。
皮膚の異常については敢えて言う必要もない。
言ったところで事態が好転するわけでもなく、
ただあずさの不安を助長させるだけだ。

そう思っての判断だった。
そしてあずさは伊織の嘘に対し、何も言わなかった。
信じたのか、あるいは伊織の想いを察したのかは分からないが、
あずさは痛みを堪えながらもニッコリと笑った。

あずさ「ごめんなさいね、伊織ちゃん……。
    それじゃあ、少し横になって休ませてもらうわね……」

伊織「えぇ、そうしなさい」

雪歩「じゃ、じゃあ私のウェア、枕にしてください! 今準備しますね!」

あずさ「ええ……ありがとう、雪歩ちゃん……」

伊織に従い、あずさは横になって次のエリア移動まで少しでも体を休めることにした。

その横で伊織達は各々不安げな表情を浮かべ、
あずさから聞かされたフッ化水素酸の説明のことを思い出していた。

数時間後に現れ始めた異変……。
あずさの説明にあった通りだ。
痛みも皮膚の変色も、説明の通りだ。
そして「これから」も説明の通りだとすれば、異変はこれだけに収まらない。
状況は更に悪化する。
痛みは増し、皮膚は変色などでは済まされない変貌を遂げる。

あの説明は確定している未来を告げていたのだと、
そんな風にすら思えてしまう。
伊織の嘘は、それに対する僅かな抵抗でもあった。

きっと説明の通りなんかにはならない。
痛みは治まるし、皮膚も元に戻る。
伊織、雪歩、真美、そしてあずさは、民家の中で祈り続けた。

だが、長く祈る時間すら彼女達には与えられなかった。

伊織「っ……三人とも、ここでじっとしてて」

唐突にそう言って伊織は立ち上がる。
その視線は探知機に注がれており、雪歩と真美は事態を察した。
そして、その推察の通りだった。

伊織「346プロが二人、ここに近付いてる……。
   あずさ、横になってもらったばっかりで悪いけど
   一応すぐ逃げられる準備をしておきなさい」

あずさ「わ、わかったわ……。でも、伊織ちゃんは……?」

伊織「奴らを止めてくるわ。絶対にこの集落に入れさせやしないんだから」

雪歩「じゃ、じゃあ私も……!」

伊織「雪歩はここに居て、真美とあずさを守ってあげて」

伊織は雪歩の言葉を遮り、目を真っ直ぐに見てそう言った。
雪歩は初めは迷ったようだったが、数秒その視線を見つめ返した後、
覚悟を決めたように頷いた。

伊織「……手榴弾、一つ持って行くわね」

雪歩「うん……わかった」

伊織「真美、少しここで待ってなさい。大丈夫、すぐ戻ってくるから」

真美「も、戻ってくる? 絶対すぐ戻ってくる?」

伊織「ええ、約束するわ」

そうして伊織は震える真美の手を握り、
背を向けて小走りに部屋を出て行った。

外へ出て、伊織は敵が接近してくる方向を確認する。
距離はまだ少しあるが、移動が速い。
どうやら走っているようだ。

伊織も探知機を見ながら走り、そして森と集落との境目で立ち止まる。
間違いない、この方角だ。
近くにあった一番幹の太い木に身を隠し、頭を覗かせ様子を窺う。
すると、静かな森の中から気配を感じた。
そして直後、生い茂る草木の向こう側に動く影を見た。
その姿に伊織は見覚えがあった。

渋谷凛と、緒方智絵里だ。
数時間前に海岸沿いで会ったあの二人だ。
ということは、武器はナイフのみだろうか。

草木が邪魔でここからではよく見えない。
しかしだからと言って見える距離まで近付くまで待てば、
その前に向こうに気付かれるかも知れない……。

敵二人は真っ直ぐ自分に向かって、集落に向かって、走っている。
どうする、また前と同じように音響閃光手榴弾で怯ませるか。
いや……相手はもう、「これ」が爆音と閃光を発する武器であることを知っている。
気付いた瞬間に耳と目を塞がれれば、貴重な武器を一つ無駄にしてしまうことになる。

伊織は数秒の間で懸命に思考し、その結果、音響閃光手榴弾を地面に置いた。
そして拳銃を両手でしっかりと握り締める。

もしこの時集落に負傷した仲間が居なければ、
伊織は恐らく森の中へ入っていただろう。
そして草木の陰に身を隠しつつ、凛達の横から、
あるいは後方に回り込むようにして、襲撃していただろう。

しかしそれはできない。
そうやって襲撃した場合
もし失敗すれば、恐らく凛達はのまま集落に逃げ込む。
そしてどこかの民家に身を潜めようとするかも知れない。

そうなって、万が一あずさ達と出会ってしまったら最悪だ。
雪歩に武器を渡しているとは言え、それも音響閃光手榴弾が一つだけ。
まして今のあずさの状態を考えれば、絶対に遭遇させてはならない。

今は敵を集落に侵入させないことが最優先。
可能な限りリスクは避け、確実に侵入を防ぐべきだ。
そう考えた伊織は、ある程度二人が接近したのを確認し……
木の陰から姿を現してそれと同時に二人に向けて発砲した。

凛「ッ!?」

智絵里「きゃあっ!?」

突然前方に現れた人影と、銃声。
智絵里は思わず頭を抱えて身を屈め、凛はナイフを構えて警戒態勢を取る。
そして一瞬遅れて理解した。
765プロの水瀬伊織が、自分達に向けて発砲したことを。

また伊織は、凛達の武器が数時間前と変わっていないことを確認した。
つまり現状、圧倒的にこちらが優位だ。
しかし伊織は気を抜くことなく、銃を構えたまま叫んだ。

伊織「今すぐ武器を捨てて、後ろを向いて伏せなさい!」

伊織の怒声を聞き、智絵里はびくりと肩をすくませる。
銃口を向けられ、智絵里は完全に萎縮してしまっていた。
先ほどの発砲音もあり、伊織に従う以外の選択肢は思い浮かばなかった。

だがその隣で、凛は冷静だった。
伊織の姿と拳銃とを見て、
彼女こそが海岸沿いで自分達を襲撃した敵であると確信した。
智絵里が持っていた拳銃の形をはっきり覚えていたわけでもないし、
襲撃された時は閃光のせいで敵の姿は朧げだった。
しかしそれでも、あの時の敵が今目の前に居るのだと、凛はそう思った。

つまり水瀬伊織は、自分達に明確な敵意を……いや、殺意を抱いている。
その伊織の指示に従い、武器を捨てて投降すればどうなるか。
結果は一つしかない。

だから凛は、絶対に指示に従ってはいけないと判断し、
そして即座に行動に移した。
隣で身を伏せ始めた智絵里の手を掴んで
向きを変えて全速力で走り出したのだ。

伊織「ッ……!」

それを見て伊織は咄嗟に引き金を引く。
走り去る二人の背に向けて連続で発砲する。
しかし伊織が弾を撃ち尽くした頃には既に、
凛と智絵里は木々の中に姿を消していた。

凛達の消えた辺りに向けて更にカチカチと数回引き金を引いた後、
伊織は拳銃を下ろす。
「やっぱり」、というのが伊織が最初に抱いた感想だった。

こうなるだろうとは思っていた。
少しでも冷静に考えることができれば、あの状況で投降するわけがない。
それに思ったとおり、銃撃というのはそう簡単に当たるものではなかった。

そして、その感想から少し遅れて後悔がやってくる。

「失敗のリスクなど考えず、手榴弾を投げておくべきだったのではないか」
「考えてみればピンを抜かずにブラフとして使用する方法もあった」
「やはり回り込んで襲撃しておいた方が良かったかもしれない」
「武装解除など求めず、二人が静止している隙に撃ってしまえば良かった」
「もっと近付いてから姿を現せば良かった」

次から次へと、もっとああしておけばという思いが湧いてくる。
伊織はそれを振り払うように、頭を振った。

終わったことを考えても仕方ない。
最低限の目的は達成できたのだからそれでいい。

探知機に目を下ろす。
二つの点は今もなお、集落から離れ続けている。
他にも、誰も居ない。

346プロは遠ざけられた。
それに、武器の性能と自分の射撃能力もある程度確かめられた。
今はこれで十分な成果としよう。
それより早くみんなのところへ戻ろう。
銃声を聞き、きっと不安に思っているはず。

そう言えば、弾はあと何発残っていただろうか。
数発くらいは練習でもしておいた方がいいかも知れない。

そんなことを考えながら、
伊織は仲間の待つ民家へと戻っていった。

14:40 渋谷凛

かな子「凛ちゃん、智絵里ちゃん……!」

智絵里「か……かな子ちゃんっ……!」

伊織から逃げた凛達はその後、南東の集落へと向かった。
そして今ようやく、念願叶って346プロの仲間と合流することができた。

智絵里とかな子は抱き合い、互いの無事を確かめ合う。
凛はそんな二人を尻目に、
一番近くに居た李衣菜に眉をひそめて質問した。

凛「……きらり、どうしたの?
 それにさっき、向こうの方で血の跡みたいなの見たんだけど……」

その瞬間、場の空気が色を変えた。
智絵里と抱き合っていたかな子も、
そっと体を離して苦しそうに表情を歪める。
凛と智絵里はその空気を感じ取り、一気に全身の血液が冷えていく感覚を覚えた。

自分達が最も欲していない、最悪の返答が返って来る。
それを察した凛は、その返答を後回しにしようと質問を重ねた。
そんなことをしても無意味だが、ほぼ反射的に口が動いた。
しかし凛が口にした質問は、無意味どころか全くの逆効果しか生まなかった。

凛「そ、そうだ! あのさ、ここって卯月居ないの?
 今ここに居るので全員? 誰か卯月のこと見てない?」

李衣菜「っ……そのことも含めて、全部話すよ。
    でも、お願いだから……落ち着いて、聞いて」

そうして、李衣菜は話した。
かな子から聞いた話であると前置きし、
杏のこと、未央のこと、卯月のこと、全てを話した。

智絵里は両手で口元を押さえ、話を聞くうちにその両目からは涙が溢れ出した。
そんな智絵里の肩を抱き、かな子も嗚咽を堪えて静かに泣いた。
しかし凛は、だらりと両腕を下げたまま、茫然と話を聞いていた。
そして、李衣菜が話を終えて数秒の沈黙が続いた後、

凛「う……嘘でしょ? や、やめてよ、そんな……」

引きつった笑顔のような何かを顔に貼り付けてそう言った。
それは絶対に受け入れたくないという拒絶の表情。
だがその表情も、長くは続かなかった。

李衣菜「……私だって、信じたくないよ。
    でも、実際に死んだのを見た子が……」

凛「やめてよッ!! 嫌だ!! そんなの聞きたくない!!」

凛は耳を塞いで李衣菜の言葉を、三人の死を拒絶した。
しかし固く閉じられた両目からは、ぼろぼろと涙が溢れ出ている。

言葉では拒否しているが、凛の心は既に認めてしまっていた。
あの時自分が見た物は、本当に卯月だったのだと。
またそれだけでなく杏と、
更にユニットのもう一人の仲間である未央まで失ってしまったのだと。

凛は嗚咽を漏らして泣き続ける。
その場に居た全員は
かける言葉が見つからずに俯いてしまう。

しかし次の瞬間、彼女達の顔は一斉に上がった。
凛が唐突に目を開けて部屋の隅に向かって駆け出し、
そして、床に置いてあった短機関銃を手に取ったのだ。

李衣菜「なっ……!?」

みく「り、凛ちゃん!? 何を……!」

突然の凛の行動に、皆はただ驚きの声を上げる。
しかしそんな中、智絵里は真っ先に理解した。

さっきの、もう一つの集落に行くつもりだ。
そしてこの武器で、水瀬伊織と戦うつもりなんだ。

智絵里がその考えに至ったのと同時に、
凛は踵を返して部屋の出口へと向けて走り出す。
他の皆は意表を突かれたせいで僅かに反応が遅れた。
だが智絵里は、凛が扉に手をかける前に、
銃を持つ彼女の腕にしがみつくようにして止めた。

智絵里「や、駄目……! 待って凛ちゃん……!」

凛「離して! 止めないでよ!」

必死に腕を掴み引き止める智絵里と、
怒鳴りながらそれを振り払おうとする凛。
そんな二人に、一瞬遅れて他の皆も駆け寄った。

李衣菜「ちょっと、落ち着きなって!
    まさか一人で765プロのとこに行こうとしてるの!?」

凛「そうだよ! 今すぐ私が行って、
  765プロの奴らを殺してやる……! 卯月達の仇を討ってやる!」

李衣菜「っ……一人で行ったって危ないだけだよ!
    武器だってまともなのはその銃くらいしかないんだから!」

凛「だったらなおさら一人で行くしかないじゃん!!
 それとも武器も持たずに誰か付いてきてくれるの!? 無理でしょ!?」

凛は泣き叫びながら李衣菜に反発する。
可能な限り冷静に思考し、判断しようとする凛の姿はもはやそこには無かった。

凛「余計に誰か付いてくる方が危ないに決まってる!!
 だから私が一人で……!」

しかしそんな凛の悲痛な叫びが、一瞬止まった。
智絵里に掴まれているのとは違う、もう一方の手を誰かに握られたのを感じ、
凛は反射的にそちらに顔を向けた。

手を握ったのは、かな子だった。
その目には凛と同じように涙が浮かんでいた。
そしてかな子はその潤んだ瞳で凛の目を見据え、そして強い口調で言った。

かな子「きらりちゃん、気絶してるんだよ……!
    もし凛ちゃんがどこかに行ってる間に765プロの人がここに来たら……
    私たち、逃げることも戦うこともできないんだよ……!」

助けを求めているのか、平静を失った凛を叱責しているのか、
それは恐らくかな子本人にすらはっきりとは分かっていない。

しかしこの必死な言葉を聞き、凛は息が詰まった。
そして気付いた。
自分の仲間への想いにはいつの間にか、765プロへの殺意が上塗りされていたのだと。

仲間を想うような言葉を口にしながら、頭は憎しみに支配されていた。
そうだ……仲間を守るために仲間を危険に晒しては本末転倒じゃないか。
今自分が手にしている銃は、みんなが身を守るための唯一の道具なんだ。
全員で走って逃げることができるのならまだしも、
きらりが気を失っているこんな状態では、銃は絶対に必要。
それを今自分は、奪おうとしていた。

凛は恐る恐るといった様子できらりに目を向ける。
そして数秒後、俯いて銃を手放した。

そこでようやく智絵里とかな子は凛の両手から、そっと離れる。

凛は解放された腕を力なく下げ、俯いたまま部屋の端へと歩いて行った。
そして壁にもたれかかって腰を下ろし、
膝に顔を埋めるようにして、声を殺して泣き始めた。
またそれを見た智絵里も、
騒動により頭から追いやられていた悲しみが再びこみ上げ、
その場にヘたり込んで泣いた。

動ける者は、皆それぞれ二人の傍に寄り添い、
声を掛けることなくただ泣き止むのを待った。
そしてそんな中、李衣菜はチラときらりに目を向ける。

きらりが失神している以上、この場から下手に動くことはできない。
だが、もし目が覚めなかったら。
あるいは目が覚めてもまともに動ける精神状態になかったら。
その時は……何か、方法を考えなければならない。

もちろん純粋に心配する気持ちもあるが、
そういった事情も含めて早く目が覚めて欲しい。
李衣菜はそう強く願った。

今日はこのくらいにしておきます
続きは多分明日か明後日投下します

生存者(765)13名
小鳥、律子、あずさ、貴音、春香、千早、真、雪歩、響、伊織、美希、やよい、真美
負傷者3名
あずさ、真、美希
死亡者1名
亜美


生存者(346)11名
美波、アナスタシア、きらり、凛、李衣菜、莉嘉、かな子、智絵里、みく、みりあ
負傷者2名
みく、きらり
死亡者3名
杏、卯月、未央

14:40 音無小鳥

莉嘉「……あの音、何だったのかな……」

屋上に座り込み、莉嘉はふと思い出したかのように呟いた。
隣に立つ小鳥は莉嘉に目線を落とし、

小鳥「分からないけど……。でも、気にしても仕方ないわ。
  それより、そろそろ準備しましょう。もうすぐ一時間よね?」

そう言って話題を変えた。
莉嘉は特に疑問に思うこともなく、短く返事をして素直に従う。
そんな莉嘉を横目で見ながら、
小鳥は少し前に聞こえた音の正体を考えた。
いや、考えるまでもなく小鳥には分かっていた。

あれは間違いなく、銃声だった。
一発の後、数発連続で聞こえた。
森の中で誰かが発砲したのだ。

銃声を聞いた時、小鳥の頭に真っ先に浮かんだのはきらりと杏だった。
特にあの時……自分が卯月に向けて銃を構えた時に
遠くに立っていたきらりの姿を、小鳥は思い出した。

きらりの手には、大きめの銃が握られていた。
ではあの銃声はきらり達によるものなのか。
そうかも知れないしそうではないかも知れない。
戦いがあったのかも知れないし誰かが射撃の練習をしただけなのかも知れない。

もし戦いがあったのであれば、
莉嘉を人質として利用する時は、今なのかも知れない。

だがそんな風に小鳥が迷っている間に事態は収まったようだった。
その数発分の銃声を最後に、もう何も聞こえてはこなかった。

もしあれが346プロによる銃声だったとすれば……。
そう考えてしまうが、今更どうしようもない。
今の自分にできるのは、次の異変を見逃さないことだ。
あの銃声では、765プロは誰も傷つかなかった。
そう信じて、「次」を考えることだ。

小鳥が色々と思考するうちに準備は終えた。
灯台を出てエリアを移動するため、出口の扉に手を伸ばす。
しかしその時もう一方の手が突然掴まれ、
小鳥は勢いよくそちらに顔を向けた。

莉嘉「っ……! ご、ごめんなさい」

当たり前だが、手を掴んだのは莉嘉だった。
正確には、莉嘉は小鳥と手をつなごうとしたのだ。

それを見て小鳥は思い出した。
エリア移動の際は手をつなぐ。
そういう決まりごとがあったんだ。

だが莉嘉は、ただ決まっているから手をつないだという風には見えなかった。
自分を頼っている、信頼している。
莉嘉の目を見て小鳥は、そのことに気付いた。

断りなく手を握り驚かせてしまったと申し訳なさそうにする莉嘉。
その少女に小鳥は、改めて手を差し伸べた。

小鳥「こちらこそごめんなさい……。
   ちょっとびっくりしちゃっただけよ。気にしないで」

これを聞き、莉嘉は安心したように表情を柔らげて再び小鳥の手を握る。

いずれは人質として、恐らく殺害することになるであろう少女。
その小さな手を優しく握り、小鳥は扉を開いて歩き出した。

15:30 秋月律子

律子「っ! みんな、止まって!」

そう言って、律子は探知機を注視し、ボタンを操作する。
一同はその律子の様子を見て、察した。

響「だ、誰か見つかったの!? 765プロ!? 346プロ!?」

律子「346プロよ。この先の集落に……八人居るわ」

八人という数に、響のみならず貴音とアナスタシアも少なからず驚きの色を浮かべた。
自分達のグループと合わせれば、
これで十一人の346プロアイドルの所在が明らかになったことになる。
急いで美波達のグループにも知らせなければ。
そう思うが早いか、律子達は足早に美波達の元へ向かった。

律子達は探知機を頼りに、すぐ美波達と合流した。
そして346プロのアイドルを八人発見したことを伝えると、
やはり美波達も目を丸くした。

美波「もうこんなに、集まってたんだ……」

アーニャ「驚きました……。でも、良かったです。これでたくさん仲間、増えますね?」

律子「そうね、是非増えて欲しい。
   でも……この八人が仲間になってくれるかどうかは、あなた達にかかってるわ」

この言葉を聞き、美波とアナスタシアの表情は一気に緊張感を増す。
二人はゆっくりと顔を見合わせ、そして律子に視線を戻して言った。

美波「なんとか、説得してみます」

アーニャ「頑張ります……。みんな協力、してくれるように」

春香「お、お願いします! 頑張ってください!」

響「自分達は行けないけど、応援してるぞ……!」

765プロの者達も、美波達に各々言葉をかける。
皆346プロと協力したいという思いは同じなのだ。

だが律子はそんな彼女達を特に険しい表情で見つめていた。
そして皆が声をかけ終えた後、
律子は美波達に一歩近付き、声を低くして聞いた。

律子「……考えたくないことかも知れないけど、確認させてちょうだい。
   二人とも……覚悟は、できてる?」

その言葉に、アナスタシアは一瞬身を固くした後、目を伏せる。
美波はそのアナスタシアの様子を見て、そっと彼女の手を握った。

「346プロのアイドルも亜美と同じように殺されているかも知れない」

律子の言葉は、つまりそういうことだった。
その可能性については既に一度確認している。
しかしここで改めて問い直されてなお、
アナスタシアの心はしっかりと定まってはいなかった。
美波に比べて年少のアナスタシアは、
仲間の死について考えること自体への抵抗が大きかった。

律子はアナスタシアの表情を見て、
説得に向かわせるのは美波一人の方が良いかも知れないと、そう思った。

誰も死んでいないならそれでいい。
最悪なのは、346プロの誰かが殺されており、
それを直接聞いて立場を変えてしまうことだ。
もちろん簡単にはそうはならないだろうが、
346プロのアイドル達に引き止められでもすれば、
今のアナスタシアでは十分にありうるのではないか。

そう考え律子は今一度本人に意志を問おうとした。
しかし、その質問は律子の口から出ることはなかった。

アーニャ「大丈夫、です。友達が、死んでいたら……とても、悲しいです。
     でも、リツコ達は、私達と一緒に居てくれてます。
     だから私も……何があっても、リツコ達と協力、します」

律子が口を開く直前にアナスタシアは顔を上げ、そう言った。
不安の色が浮かんではいたがその目を見て、
アナスタシアの意志は揺らいでいないと律子は確信した。

律子「……ありがとう、アーニャ。
   それじゃあ……美波さんと二人で、お願いするわね」

その最後の確認に、二人はしっかりと頷いた。
律子はそれに頷き返す。
そして一同は、まずは南東集落の近くまで移動を始めた。

しばらく歩いた後、木々の隙間から民家が見えた辺りで律子は立ち止まる。
そして、美波とアナスタシアに探知機を見せた。

律子「彼女達は多分、集落の中心辺りに居るはずよ。
   一箇所に固まってるみたい」

アーニャ「どこか……建物の中に居るのでしょうか?」

律子「そうだと思うけど、どの建物に居るかまではここからじゃ特定はできないわ。
   だから、集落に入ってからは二人に自力で探してもらうことになるわね。
   本当なら探知機を渡してあげられれば手っ取り早く見付けられるんだけど……」

美波「いえ、大体の位置がわかっているだけで十分です。
   この近くには私達と、集落のみんなしか居ないみたいですし、
   ある程度近づいたら呼びかけてみようと思います。
   少しくらい大きな声を出しても、大丈夫ですよね?」

律子「……そうね、大丈夫だと思う。と言うよりその方がいいわね。
   それなら敵だと誤解されたりしなくて済むでしょうし」

美波「わかりました。えっと……他に何か、気を付けることはありますか?」

律子「いえ……思い付くことは全部言ったと思うわ。
   みんなも、もう大丈夫よね?」

と、律子は765プロのアイドル達を振り返り、
皆もそれに対して各々頷く。
それを見て、美波とアナスタシアは心を落ち着けるように深く息を吐き、

美波「行ってきます」

そう言い残して背を向け、小走りに駆け出した。

一同はその背を見送り、そして見えなくなった頃。
律子は探知機から目を上げて皆に向き直って言った。

律子「美波さん達が戻るまで、座って休みましょう。
   休める時には少しでも休んでおかないと」

しかし、すぐには誰も腰を下ろそうとはしなかった。
恐らく今頑張ってくれている美波とアナスタシアに遠慮する気持ちがあるのだろう。
律子はその想いを察したが、やはり体は休めておいた方がいい。
そう思い再び休憩を促そうと口を開く。

だがそれと同時に貴音が動いた。
その場にゆっくりと腰を下ろし、他の皆を見上げ、

貴音「律子嬢の言う通りに致しましょう。
   あの二人は確かに今、私達のために動いてくれています。
   しかしだからこそ、今後彼女達を手助けするための体力を養っておくべきです」

落ち着いた声で言い聞かせるように、そう言った。

貴音の言葉のあと、再びその場は静寂に包まれる。
そして数秒後、

千早「その通り、ですね……」

まずは千早がそう返事をしてその場に座った。
それを皮切りに、他の皆も各々適当な位置に腰を下ろし始める。
律子はそれを見て、安心したように軽く息を吐いた。

律子「……みんな、水分補給を忘れないようにね。
   喉が渇いてなくても、渇く前に飲んでおくことが大切よ」

皆にそう指示し、自分も水を少し口に含む。
そうして喉を潤した後、貴音に声をかけた。

律子「ありがとう、貴音。助かったわ」

貴音「いえ、礼には及びません。それより……」

とここで律子は、貴音が重要な話題を
切り出そうとしていることを察して表情を改める。
そして貴音は、先程から変わらぬ真剣な表情のまま、律子に問うた。

貴音「彼女達が346プロの者を連れてくる前に、
   皆に改めて確認しておかねばならないことがあると思うのです」

律子「……そうね、その通り。早めに確認しておいた方がいいわね」

律子はそう答え、視線を貴音から外す。
他の皆は当然直前のこの会話を聞いており、既に注目は集まっていた。

律子はその視線を受け、そして殊更に真剣な表情を浮かべ、

律子「もう分かってると思うけど……。
   今美波さん達が説得しに行ってる346プロの子達の中には、
   既に765プロの誰かを傷付けてしまった子が居るかも知れない。
   その子が説得に応じてここへ来た場合……
   受け入れるための心の準備を、しておいて」

全員にそう念を押した。
そしてこの時、何人かの視線が一瞬揺らいだのを律子は見逃さなかった。
しかし同時に、それも仕方のないことだと感じた。

例えば、亜美を殺したという双葉杏や諸星きらりが来たとしたら、
それを許せるかどうか。
律子の言っていることはそういうことだ。
簡単に答えが出るような問題ではないことは律子も十分わかっていた。

しかし律子が感じた視線の揺らぎは、本当に一瞬のものだった。
やはり完全には不安を隠しきれないようだったが、
それでもすぐに全ての瞳がしっかりと律子を見据えた。

春香「大丈夫です……。寧ろそういう人達と協力するのが一番大事だって、
   ちゃんとわかってます」

千早「敵対していた人が考えを改めてくれるのなら……それが一番だもの」

響「その人達もきっと、友達を守るために必死だったんだし……。
 だから自分も受け入れるぞ! そりゃあ簡単に、とはいかないかも知れないけど……」

やよい「わ、私も同じです……!
    どんな人でも、一緒に協力してくれるんだったらそれが一番嬉しいですから!」

その目を見、言葉を聞き、
律子と貴音はどうやら確認は不要だったようだと
自分の中の皆に対する認識を改めた。

仲間を殺した者も、協力する意思があるなら受け入れる。
その思いは彼女達の中で共通していた。

だがこの時、貴音、響、やよいの三人は別に思うところがあった。
それは、小鳥と卯月のことだ。

小鳥が卯月を殺したことを知ったら、美波とアナスタシアはどう思うだろうか。
仲間を殺した小鳥を受け入れてくれるだろうか。
これから美波達が連れてくるであろう346プロのアイドルはどうだろうか。
小鳥や、事実を黙っていた自分達を拒絶しはしないだろうか。

三人が抱く感情はそれぞれだったが、
三人とも上手く隠すことができた。

いずれにせよその時が来れば分かることだ。
それまでは今まで通り黙っていなければ。

ただ、もし話さなければならない時が来て、
そして受け入れられなかった場合、どうするべきか。
三人の考えは、まだまとまりきっては居なかった。

今日はこのくらいにしておきます
続きは多分明後日くらいに投下します

16:00 新田美波

李衣菜「……そ、それ、本当なの……?」

美波「えぇ、もちろん本当よ」

アーニャ「みんないい人達、優しい人達ばかりです……!」

美波が話した内容を聞き、
集落に居た346プロのアイドル達は全員が驚きの表情を浮かべた。
だがその驚きの中には様々な感情や想いが混ざり、その色は各々違う。
特に李衣菜を始めとする数人は、疑念の方が強いようだった。

李衣菜「いや、でも……騙されてたりとかさ。そういう可能性は……」

美波「ううん、大丈夫! だってその子達、私とアーニャちゃんの命を助けるために
   すごく必死になってくれたの。それに殺すつもりならとっくに殺してるはずだし、
   騙して利用しようとしてるのだとしても、
   もっと安全で確実な方法があるはずでしょ?」

美波の言葉は、その場に居た者を納得させるのに十分な説得力を持っていた。
確かに利用するつもりなら、
こうして二人を集落に送り出すのはリスクが高すぎるし、
命を救おうとしてくれたというのも本当のようだ。

またそういった理屈は抜きにしても、
765プロにも平穏を望む者が居るというのは何もおかしなことではない。
そのことは、可能性としては皆もちろん考えていた。
そしてそれが今確定したのだ。

その事実に、何人かの心は動いた。
美波達に付いて行って、みんなで協力したいと思った。
しかし誰かがその意志を口にする前に、

凛「無理だよ、協力とか」

その小さな声が、室内を一瞬で静寂で満たした。

この瞬間、全員一斉に凛に目を向ける。
凛はその視線を浴びたまま、俯いてじっとしていた。

美波「だ……大丈夫よ、凛ちゃん。
   本当に信頼できる人達だし、協力すればきっとなんとか……」

そう言って美波は精一杯の優しい笑みを向ける。
が、その笑顔も、次の凛の言葉で消え去った。

凛「だって、もう何人も殺されてるんだよ……!
 そんな状況で今更協力なんて、できるわけない!!
 卯月も、未央も、杏も! みんな765プロに殺されたんだ!
 そんな奴らと協力しろって!? 無理だよ!! 私は絶対に嫌だ!!」

一度は鎮まった凛の感情は、ここで再び過熱した。
怒りと涙が溢れ出す。
美波とアナスタシアはその様子を見て、
また言葉を聞いて、全身の血液が一気に冷えるのを感じた。

覚悟はしていた。
765プロの亜美と同じように、346プロからも死者が出ているかも知れない。
そう、覚悟は決めていた。

しかしだからと言って、動揺しないわけがない。
仲間の死を知り、二人はこれ以上無いほどに心を強く締め付けられた。
美波は唇を噛み、アナスタシアの視界は滲む。

だがそれでも、二人は目を逸らさなかった。
アナスタシアは涙を零しながらも凛をしっかりと見据え、
そして美波は前に一歩踏み出した。

美波「でも、だからっ……!
   そんな状況だからこそ、協力しなくちゃいけないの!!
   それに765プロだって、双海亜美ちゃんが346プロに殺されてるわ!!」

それを聞き、今度は凛を除く全員が息を呑む。
杏が双海亜美を撃ったという話は聞いていた。
杏は殺せたかどうか分からないと言っていたが、その答えがここで出たのだ。

しかし他の皆が程度の差はあれど驚きの色を露わにしたのに対し、
凛はまったく様子を変えることなかった。

凛「双海亜美が殺されてる!? だから何!?
  だからおあいこだって、そう言いたいわけ!?」

美波「そうじゃない……! 765プロの人達は亜美ちゃんが殺されても、
   私達を、346プロを恨むことはなかった!
   これ以上どちら側からも犠牲者を出さないようにって、
   一生懸命になってくれてる! だから私達も……!」

凛「向こうがどう思ってるとかそんなの関係ない!!
  私はみんなを殺した奴らを絶対許さない!!
  あの子達の仇を討たないと気が治まらない!!」

最早双方の意見は、完全に対立していた。
このまま意見をぶつけ合っても何の意味もない。

そして李衣菜は、この二人のやり取りを見ながら
どうするべきか懸命に思考した。

美波の話を聞いた時、
初め李衣菜は協力するふりをして付いて行ってしまおうかと考えた。
そして隙をついてそこに居る765プロのアイドル達を殺してしまおうかと、そう考えた。
だがすぐにその考えは改めた。

その理由は、まず第一に感情的なもの。
美波の話が本当だとすれば、
彼女達は一度765プロのアイドルに命を救われている。
実際に命の危険があったかは別として、
少なくとも命を救おうと動いてくれた者が居る。
そのことが、李衣菜の心に躊躇を生んだ。

星井美希のような明らかな敵や、
三浦あずさのように敵かも知れない者ならまだしも、
敵意どころかこちらの身を案じてくれるような相手を自分は攻撃できるのか。
李衣菜には自信が持てなかった。

そして第二に、感情とは別の、現実的な問題も多くあった。
武器を持って行けるかどうかも分からないし、
付いて行ったところで攻撃の機会が巡って来るとも限らない。
つまり、あまりに不確定要素が多すぎた。

だから、李衣菜は決めた。
嘘をつくのはやめよう。
自分らしく正直に意見を言うべきだ、と。

李衣菜「……ごめん、美波さん。私もちょっと、一緒には行けない」

美波「……李衣菜、ちゃん……」

李衣菜は凛の肩に手を置き、美波との間に割って入った。
そして言葉に詰まる美波に、そのまま続ける。

李衣菜「美波さん達と一緒に居る765プロの人達は、多分本当に、信用できるんだと思う。
    その人達と協力してることについては別に何も言わないし、
    今のところは手出しするつもりもない。
    でも、協力はできない。だってもう私は……三浦あずさを襲ってる」

美波「っ……で、でも! 765プロのみんなは、
   そういう子こそ仲間にするべきだって、そう言って……」

李衣菜「違うんだよ……。私はもう決めたんだ。
    もしかしたら三浦あずさは戦う気がなかったのかも知れない。
    でも私は、後悔してない。765プロと戦うって、決めたんだから」

この返事を聞き美波は何か言葉を返そうと口を開いたが、
そのまま何も発することなく、唇を噛んだ。

李衣菜と凛は765プロに対して完全に敵意を抱いてしまっている。
そして、もうその意志を変えるつもりもない。
今ここで無理に灯台まで連れて行っても、事態は間違いなく悪い方にしか転がらない。

悔しさと悲しさが入り混じったような感情が美波の胸を締め付ける。
だがその痛みを堪えるように、美波は声を絞り出した。

美波「……わかったわ。でも、ここに居るみんなが、
   戦いたいと思ってるわけじゃない……そう、だよね?」

そう言って美波は、李衣菜と凛の後ろに居るアイドル達を一瞥する。
そして李衣菜に視線を戻し、懇願するように言った。

美波「もうこんな状況で、対立した意見を合わせるのは無理なのかも知れない。
   でもせめて、私達に賛同してくれる子は連れて行ってあげたいの……!」

アーニャ「わ……私も、お願いします。協力してくれる人、少しでも来て欲しいです……」

二人の言葉に、凛は黙って目を伏せ、
李衣菜は美波とアナスタシアの目を見つめ返した。
そして数秒後、

李衣菜「……そうだね。その方が、いいかも」

静かに、そう答えた。
その返事に美波達が何か言う前に李衣菜は後ろを振り向いて、
全員に向かって言った。

李衣菜「戦う子はここに残る。協力したい子は美波さん達と一緒に行く。
    私はそれでいい……ううん、そうするべきだと思う。
    戦いたくない子まで巻き込むのは、私もできればしたくないからさ……」

李衣菜はここで凛に目を向ける。
凛は無言のままだったが、李衣菜はそれを異論無しと受け取った。

戦うか、協力するか。
李衣菜に改めて意志を問われ一同は沈黙してしまう。
だがそれも当然のこと。
この状況で即答できるようなことではないし、
仮に心が決まっていたとしても、言い出しにくい雰囲気がその場を覆っていた。

しかしその雰囲気は、みくによって取り払われた。

みく「蘭子ちゃん……全然、遠慮なんてしなくていいよ」

蘭子「え……」

みく「本当は、美波ちゃん達と一緒に行きたいんでしょ?」

李衣菜の質問を受けてから
蘭子が落ち着かない様子を見せていたことに、みくは気付いていた。
そして蘭子の性格やこれまでの様子を鑑みて本音を聞いたのだ。

じっと目を見つめて問いかけるみくを、
困ったような、焦ったような顔で蘭子は見つめ返す。

「本当は美波達と一緒に行ってみんなで協力したい」
みくの言葉は、紛れもなく蘭子の本音だった。
しかしそれでも蘭子は思いきれずに居る。
なぜ本音を出せないのか。
その理由に、李衣菜は思い当たる節があった。

李衣菜「もしかして……私が三浦あずさを殴ったこと、気にしてるの?」

これを聞いた瞬間、蘭子は驚いたように李衣菜に目を向ける。
その表情は、李衣菜の言葉が図星であることを示していた。

つまり蘭子は、あずさが傷付くのを黙って見ていた自分には
765プロと協力する資格など無いのではないかと、そう考えていたのだ。

李衣菜はこの蘭子の考えを察した。
そして一瞬目を伏せて、美波とアナスタシアに詳しい説明をした。
あずさを奇襲したこと、何か危険な物質をあずさが浴びたこと、
それを蘭子とみくが見ていたこと。
全てを詳細に話した。

李衣菜の話を聞き、美波達はやはり完全に平静では居られなかった。
だが美波は努めて落ち着いた、優しい声で、蘭子に声をかけた。

美波「大丈夫……誰もそのことで蘭子ちゃんを責めたりなんかしないわ。
   さっき言った通り、仮に765プロの誰かを傷付けた人が居ても
   そういう人こそ説得して欲しいって、
   協力関係になってもらいたいって、みんなそう言ってるんだから……」

李衣菜「それにあれは私が独断で、一人でやったことなんだし……。
    見てたからって、蘭子ちゃんには何の責任もないよ」

二人の言葉を聞き、蘭子はもう一度周りを見回した。
そして自分に向けられた仲間達の視線を受け、
数秒後、囁くような声で言った。

蘭子「一緒に、行ってもいいですか……」

美波「……! ええ、大歓迎よ!」

美波は僅かに顔を明るくし、蘭子に手を差し伸べる。
蘭子はおずおずと足を踏み出し、そっと美波の手を取った。
そんな二人を少し見つめた後、李衣菜は再び他の皆に目を向ける。

李衣菜「それじゃ、他にはもう……」

「居ないか」、と李衣菜は確認を取ろうとした。
しかしそれとほぼ同時に、

みりあ「あっ……!」

慌てた様子でみりあが声を上げた。

恐らく、意図したことではなく思わず声が出たのだろう。
自分に集中した視線に、みりあはバツが悪そうに目を伏せた。
だがすぐに顔を上げ、そして自分の素直な気持ちをみりあは言葉にした。

みりあ「あ、あのね。私、莉嘉ちゃんに、会いたいと思って……。
    でも、きらりちゃんのことも心配だから、
    私、どうしたらいいのかなって、迷っちゃって……」

李衣菜「……みりあちゃんは、765プロと戦うことについてはどう思うの?」

みりあ「私は……みんなで仲良くできたらいいなって思うよ。
    でも、きらりちゃんが……」

そう言ってみりあは黙り込んでしまう。
しかし今、みりあははっきりと口にした。
「みんなで仲良くしたい」と。
つまり、765プロと戦いたくないと、そう言った。

みりあがここに残ろうとしているのは、ひとえにきらりを心配してのこと。
気を失ったきらりを灯台まで運んでいくことは出来ないと、みりあも分かっている。
運ぶのが大変だからではなく、
きらりが765プロをどう思っているかが分からないからだ。
目が覚めた時に周囲に765プロの者が大勢居たとなると、
きらりがどのような反応を示すか、予測がつかない。

だから、自分がきらりの傍に居るには「対立組」と共に居るしかない。
しかしきらりを心配する気持ちと同じくらい、
莉嘉に会いたい、みんなで協力したいという気持ちも強い。
そういった理由から、みりあは揺れていた。

だがこれを聞き、迷うみりあとは対照的に、
その場に居た者の考えは一致した。

かな子「だったら、みりあちゃんも行った方がいいよ」

その言葉を聞いてみりあは顔を上げる。
かな子は目を丸くしているみりあに、穏やかに笑いかけた。

かな子「きらりちゃんのことは、私たちがしっかり見てるから……。
    だからみりあちゃんは、莉嘉ちゃんに会いに行ってあげて。
    莉嘉ちゃんもきっと、みりあちゃんに会いたがってるはずだよ」

みりあ「……かな子ちゃん……」

李衣菜「そう、だね……。それにみりあちゃん、怪我してるんでしょ?
    だったらやっぱり、無茶はさせられないよ」

みりあは、かな子と李衣菜の顔を交互に見る。
そして一度下を向き、少し考えるようなそぶりを見せ、
眠っているきらりの隣へすとんと腰を下ろした。

みりあ「きらりちゃん……。私、莉嘉ちゃんのところに行ってくるね。
    またみんなで一緒にお話ししたり、歌ったり、踊ったりしようね……」

きらりの手を握り、囁きかけるように別れの言葉を口にした。
そしてみりあは立ち上がり、

みりあ「あのね……私、みんなにも765プロの人達と仲良くして欲しいんだ。
    だから、怖い765プロの人達はやっつけちゃっても……
    殺しちゃったりは、しないで欲しいの……」

李衣菜や凛に向かってそう言った。
凛はみりあの幼いひたむきな眼差しを受け、思わず眉根を寄せて目を逸らしてしまう。
しかし李衣菜は、一瞬たじろぎはしたものの、
みりあの目をしっかりと見つめ返した。

李衣菜「うん……私も、それができれば一番いいと思ってる。
    できるだけ殺さないようにするから、安心して」

この返事を聞き、みりあは少しだが顔を明るくする。
そして荷物を持って、美波達の元へ駆けていった。

そしてそれ以降、美波達に付いて行こうと言うものは出なかった。
みくも、智絵里も、かな子も、その場にとどまることを決めた。
理由は言わなかった。

765プロからの襲撃を直に経験したことが影響しているのかも知れない。
あるいは伊織に同行した雪歩のように、凛と李衣菜の身を案じてのことかも知れない。

はっきりとした理由は分からないが、彼女達の意志は変わりそうにはない。
美波とアナスタシアはそう感じ、ここで皆に別れを告げることにした。

とその時。
蘭子が何か思い出したように声を上げて鞄を探り、

蘭子「こ、これ、持っててください……!」

自分の武器と説明書を、李衣菜に差し出した。
李衣菜は円筒状のそれを見、次いで蘭子の顔を見て、
ありがとう、と一言言って受け取った。

美波「……それじゃあ、みんな……」

美波は扉に手をかけ、室内を振り返る。
しかし気の利いた別れの言葉など出てこない。

本当なら、全員を説得したかった。
しかしそれは叶わなかった。
これ以上意見や主張をぶつけても、ただ言い争いになってしまうだけ。
彼女達が自分達の立場を理解してくれただけでもよしとしなければ。

自分達にできることは、犠牲者が増えてしまう前に
少しでも早く別の解決策を見つけ出すこと。
美波は不安を決意で覆い隠すように心の中でそう唱え、

美波「……気を付けてね」

そう言い残し、仲間達の元を後にした。




凛「……私は、殺すよ」

美波達が去った後、静まり返った室内でぽつりと凛は呟いた。
李衣菜に、あるいはその場の全員に宣言するように。

凛「李衣菜はさっきできるだけ殺さないって言ってたけど、私は殺す。
  卯月を、未央を、杏を殺した奴らを許すなんて、私は絶対にできない」

李衣菜「……わかってるよ。私も同じ気持ちだから。
    だからこっちに残ったんだよ。それに……」

と、李衣菜は一度言葉を区切る。
そして目を伏せ、低い声で呟くように言った。

李衣菜「協力して解決策が見つかるとも、思えないし」

その言葉を聞き、他の皆は特に驚きはしなかった。
つまり、程度の差はあれど皆同じ考えを持っていたのだ。

好戦的でない三人がここに残った理由はそれぞれ複雑ではあったが、
そのうちの一つには、
「協力すること自体に価値を見出せない」というものがあった。
初めは協力して解決策を探そうとしていた者も、
今やその考えはほぼ消え去っていた。

蘭子やみりあの気持ちを尊重し、
また危険に巻き込みたくないという思いから、
先ほどは敢えて口に出すことはなかった。
だが今の彼女達の心根には、
「生きて帰るにはゲームに勝つ以外に方法はない」
という覚悟とも一種の諦観とも取れる思いが、強く根付いていた。

李衣菜の言葉の後、場は再び静まり返った。
しかし同じように、また凛がその静寂を破る。

凛「それじゃあ、灯台に居る765プロは?」

李衣菜「……殺さなきゃいけないなら、殺すよ」

みく「っ……! で、でも、その人達は……!」

李衣菜の答えに今度はみく達も反応を見せた。
だが異論を唱えようとしたみくの言葉を、
李衣菜は僅かに語気を強めた口調で遮った。

李衣菜「私だって、その人達のことは出来れば本当に殺したくない。
    でも最悪の時は、やらなきゃ……私達が死ぬんだよ」

拳を握ってそう言った李衣菜に、みくは二の句が継げなくなる。
またかな子と智絵里も、黙って目を伏せた。

李衣菜「……ただ、今はまだ何もできない。
    少なくともきらりちゃんが目を覚ますまでは……」

そう言って李衣菜はきらりに目を向ける。
凛は一瞬だけその視線を追い、そしてすぐに李衣菜に戻した。

凛「でも、このまま起きなかったどうするの?
  ゲームの終わりまでここでじっと、起きるのを待つの?」

李衣菜「……それも含めて、今からみんなで考えよう。
    これから私達はどうしたらいいのか」

きらりが目を覚まさなかったらどうするか。
目を覚ましたらどうするか。
灯台に居るという765プロのアイドル達はどうするか。
敵対している765プロはどうするか。

今は動けない以上、考えるしかない。
時が来た時に、少しでも早く、少しでも適切な判断ができるように。

今日はこのくらいにしておきます
続きは多分また週末とかになると思います

あと別の選択肢については、今のところやる予定はありません

16:40 秋月律子

美波「……ごめんなさい。私、どうすれば良いのか分からなくて……」

律子達の元へ戻り、美波は一部始終を話した。
346プロからも死者が出ていたこと、それが原因で全員の説得が叶わなかったこと。
矛を収めさせることができなかったことを、美波は詫びた。
だが当然誰も、彼女を責めようなどとはしなかった。

美波の隣では、仲間の死を思い出したアナスタシアが泣いている。
またその後ろで蘭子とみりあも静かに涙を流している。
美波はただ一人泣いてはいなかったが、
必死に堪えていることは誰の目に見ても明らかだった。

美波の話を聞き、また彼女達の様子を見、
765プロのアイドル達は胸が締め付けられる思いがした。

しかし彼女達の胸を締め付けるのは、
346プロのアイドルの死を悼む気持ちだけではなかった。

自分達が敵視されているという事実。
それもまた、律子達の心を少なからず乱した。
美波の話によれば、特に渋谷凛と多田李衣菜の二人が、
765プロに強い敵意を抱いている。
彼女達がもし伊織と遭遇してしまえば、まず間違いなく戦闘は避けられない。
場合によっては灯台が襲撃されることだって十分あり得る。

伊織が346プロに敵意を抱いているように、
346プロの者も自分達に敵意を向けているかも知れない。
そのことは当然律子達は分かっていた。
しかしそれがはっきりと確定してしまったことは、
彼女達の心により強い不安を生んだ。

だが皆、その不安を表に出すことはなかった。
堪えなければならないと思った。
不安を感じているのは美波達も同じだからだ。

美波とアナスタシアは、伊織に敵意を向けられてもなお、
その伊織の身を案じて協力を続けてくれた。
そして蘭子やみりあは敵意どころか殺意を
より間近に感じる状況にあったはず。
にも関わらずこうして今、765プロへの協力意思を見せてくれている。
そんな彼女達を前にして、
自分だけが346プロからの敵意に怯えていられるはずがない。

そう思い、不安を心の奥底へと抑え込んだ。
そして律子は申し訳なさそうな表情で謝る美波に向け、

律子「いいえ……謝ることなんて何もないわ。ありがとう」

余計なことは言わず、労いの言葉だけをかけた。

次いで律子は、蘭子とみりあに視線を移す。
既に律子の頭は切り替わり、次にするべきことを始めていた。

二人は律子の視線に気付き、涙を浮かべながらも緊張の色を帯びた目で律子を見る。
律子はそんな二人に柔らかくも真剣な顔を向け、努めて冷静な声で言った。

律子「もう聞いてるかも知れないけど、
   灯台には346プロの城ヶ崎莉嘉が待ってくれてるわ。
   確かあなたと同じユニットを組んでいたわよね?」

律子はそう言ってみりあを見、みりあもそれに反応する。
不安と緊張でいっぱいの表情で律子を見つめ返し、数秒後、口を開いた。

みりあ「……莉嘉ちゃん、元気なんだよね? 怪我、してないんだよね……?」

律子「えぇ、体には傷一つ付いてない。
   ただ……この状況で、心が疲れてしまってるみたいなの」

律子はみりあの質問に対し、
正直に今の莉嘉の状態を答えただけのつもりだった。
しかしこれが思わぬ効果を生んだ。
莉嘉の精神状態が芳しくないと聞き、みりあ達の表情が一変したのだ。

仲間の死で曇り切った表情に代わり、
早く莉嘉に会って助けになりたいという想いのこもった表情がそこにはあった。
返らない死者を嘆く気持ちは影をひそめ、
生きた仲間を案ずる気持ちが優ったのだ。

律子はそんな幼い彼女達の目を見て、確信した。
この子達は優しい。
それゆえの脆さもあるが、逆にそれゆえの強さも持っている。
この子達なら、きっと自分達の力になってくれる、と。

律子は二人の瞳をじっと見据え、そして静かに話し始めた。

律子「……あなた達二人に、お願いがあるわ」

律子「灯台に付いたら簡単な自己紹介と、情報の交換をしようと思ってる。
   つまり、あなた達の知っていること、経験したことを、詳しく話して欲しいの」

貴音「……律子嬢。しかしそれは……」

律子「わかってる。きっとこの子達にとっても、
   莉嘉にとっても、辛い思いをさせてしまうことになるわ。
   でもそれが、私達の目標への大切な一歩……。
   可能な限り犠牲者が少ないまま
   346プロと765プロ両方が生きて帰るために、必要なことなの」

それを聞き、貴音は唱えかけた異論を飲み込む。
自分が口を挟むまでもなく、律子はしっかりとものが見えていると知った。
律子は貴音が理解してくれたことを確認し、再びみりあと蘭子に視線を戻す。

律子「……きっとあなた達には、
   莉嘉のフォローもお願いすることになると思うわ。
   負担を強いていることは自覚してる。でも……お願い、できるかしら」

律子の真剣な眼差しを受けて、二人は涙を拭う。
そして、力強く頷いた。
その二人の様子を見て律子を含む765プロの皆は、
きっとこの二人はもう何も心配はいらない、と感じた。

しかしその一方で、律子は美波のことが少し気がかりだった。
蘭子とみりあは恐らく仲間の死を知ってからある程度時間が立っており、
現時点で涙を止めることができるのもまだ頷ける。

しかし美波は、ほんの少し前に知ったばかりのはず。
現にアナスタシアは今もなお、美波の手を握って泣き続けている。
自分も亜美の死を知った直後は、涙を抑えきれなかった。
だが、美波は一粒の涙すら流していない。
ここに戻って来るまでに泣いたような形跡もない。

律子は少し考えた後、美波に向き直った。
そして、正直に自分の思いを伝えることにした。

律子「……美波さん。あなたにもすごく負担をかけてしまって、
   申し訳なく思ってるわ。でも、お願い。
   今更かも知れないけど……無理だけはしないで欲しいの」

「だから我慢せずに泣いて欲しい」。
本当はそう言いたかったが、美波の心情を慮ってその言葉は飲み込んだ。

しかし美波は律子の言葉を聞いてすぐ、その言外の意味も察した。
そしてゆっくりと目を閉じ、
数秒後、落ち着いた表情で静かに言った。

美波「ごめんなさい、心配をかけてしまいましたね……。
   でも、大丈夫です。我慢はしてますが、無理はしてません。
   友達が死んで、悲しい気持ちはもちろんあります。
   でも今はそれより、生きているみんなのために頑張りたいと、そう思ってます」

そういった美波の目からは、しっかりとした芯の強さが感じ取れた。
それを見て律子は、もう何も言うまいと黙って頷いた。
そして、

律子「行きましょう。少しでも早い方がいいわ」

そう言って向きを変え、灯台に向けて歩き出した。
美波は時折しゃくり上げるアナスタシアの肩を抱き、
その後ろへ付いて行った。

アナスタシアの涙が止まり始めた頃、木々の隙間から灯台が見えた。
それを見て、アイドル達は覚悟を決めた。
蘭子とみりあは全てを話す覚悟を。
他の皆は、事実を受け入れる覚悟を。

そして小鳥の犯した罪を知る者達は……また別の覚悟を。

美波とアナスタシアはまだ聞かされてはいないようだが、
恐らく蘭子とみりあは、仲間達が誰に殺されたのか知っている。

小鳥の話によると、あの現場に居たのは杏、きらり、かな子の三人。
そして美波の話によると、
南東の集落には、かな子が健在のままで居たらしい。

つまり少なくともかな子の口から、
卯月を殺したのが小鳥であると聞かされている可能性は高い。

そしてその考えは、的中した。

みりあ「っ! 莉嘉ちゃ……」

屋上に立つ莉嘉の姿を見て声を上げかけたみりあは、
その隣に居る人影を見て固まった。
まあ蘭子も動揺に、目を見開いて一点を凝視していた。

美波「ど、どうしたの? みりあちゃん、蘭子ちゃん」

アーニャ「……大丈夫、ですか……?」

二人の様子を見て、先ほどまで泣いていたアナスタシアすら、
心配になって思わず声をかける。
すると次の瞬間、みりあは灯台から逃げ隠れるように森の中へ引き返した。
一同は慌てて追ったが、数メートル進んだところでみりあは立ち止まる。
そして振り向いたその表情は、緊張で強ばっていた。

みりあ「だ、誰? あの人……莉嘉ちゃんの隣に居た……」

律子「……765プロの事務員の、音無小鳥さん、だけど……。
   あの人が、どうかしたの……?」

と、みりあの問いかけに律子が返事をする。
みりあは律子を見て、そして恐る恐る、聞いた。

みりあ「あ……あの人だよね? 卯月ちゃん、撃ったの……」

律子「……え?」

律子は、みりあが言ったことが一瞬理解できなかった。
また美波とアナスタシア、そして春香と千早も、律子とまったく同じ表情を浮かべた。

律子「ど、どうして、そう思うの?」

みりあ「あ、杏ちゃんがそう言ってたって……
    卯月ちゃんを撃ったのは、『小鳥』っていう人だった、って。
    そ、そうだよね、蘭子ちゃん……?」

蘭子はその言葉に、黙って頷く。

杏は、卯月が「小鳥さん」という名を口にしたのを聞いていた。
そして一日目の晩にその名前を、
外見上の特徴と共に蘭子達にも伝えていた。

小鳥が卯月を殺した。
それを初めて聞いた者は、一斉に貴音達に目を向けた。
小鳥と一緒に居た三人なら何か知っているのではないか、と。
あわよくば否定して欲しいと、誤解だと証明して欲しいと、そう思った。

だがその視線を受け、
響とやよいはびくりと肩を跳ねさせて目を逸らしてしまう。
それを見て、わかってしまった。
みりあ達の言っていることは、事実なのだと。
そしてそれは、落ち着いた貴音の声により改めて確定した。

貴音「その通りです。小鳥嬢は既に……346プロの者を一人、殺めております」

低い声で、貴音はそう打ち明けた。
そして動揺する皆に向け、静かに、深々と頭を下げた。

貴音「心より、反省致しております……。打ち明ける機会を逸し、
   不誠実と知りながらも……今に至るまで隠し続けてしまいました」

謝罪の言葉を口にする貴音。
他の皆はそんな貴音を、未だ動揺に震える瞳で見つめることしかできない。

貴音「事実を隠していたことはいくら責められても、
   申し開きのしようがありません。
   しかしどうか、信じていただきたいのです。
   小鳥嬢はもう誰かを殺そうなどとは思っておりません。
   今は皆と志を同じくし、
   これ以上の犠牲を出さぬよう協力し合うと心に決めております。
   どうかそのことだけはご理解いただけるよう、伏してお願い申し上げます……」

響「っ……黙ってて本当にごめんなさい……!
 でも貴音の言う通り、ピヨ子も誰も殺したくないって思ってるんだ!
 346プロの子を殺したあとも、物凄く悲しんで、苦しんでたんだ!」

やよい「わ、私達のことはどんなに怒ってもいいです!
    でも、お、お願いします! 小鳥さんのことは……!」

貴音に続き、響とやよいも涙声で頭を下げる。
小鳥が卯月を射殺したこと、
また貴音達がそれを黙っていたことは、全員に強い動揺を与えた。
しかし今この場に居るアイドル達の中には、
誠心誠意謝罪されてなお相手を責めようとする者は、一人として居なかった。

美波「……三人とも、顔をあげて」

その声に従い、貴音達はゆっくりと顔を上げる。
そして美波は三人の顔を見て、静かに言った。

美波「心配しなくても、
   音無さんや貴音ちゃん達のことを責めたりなんかしないわ。
   責めたところで、卯月ちゃんが生き返るわけじゃない……。
   打ち明けられなかった気持ちもよく分かるし、
   それに私達も……346プロの子を襲ってしまった人こそ
   仲間になって欲しいって、そう思ってるから……」

アーニャ「コトリが卯月を殺してしまったこと……とても、ショックです。
     でも、今は違いますね? もうコトリは、私達と同じ……。
     誰も殺さない……みんなで一緒に、協力したがってます……。そう、ですね?
     だったら私は、コトリとも、協力したいです……」

みりあ「あ……わ、私も! さっきはびっくりしちゃったけど、
    莉嘉ちゃん、撃たれてなかったから……。
    だから、私もみんなで協力したいよ!」

蘭子「そう、だよね。きっと、そう……。だから、私も……!」

三人の必死な訴え。
莉嘉が殺されていなかったという事実。
そして何より信じたいという気持ちもあり、
346プロのアイドル達は皆、小鳥を受け入れてくれた。
また律子、春香、千早の三人も、その瞳からは同じ気持ちが窺えた。

自分達が危惧していたことにはならず、
想像していたよりずっと早く、皆小鳥のことを受け入れた。
そのことにほっと息を吐きそうになるのを抑えて、

貴音「ありがとうございます……。心より、感謝致します」

貴音はもう一度深く頭を下げ、
それに倣って響とやよいも同じように頭を下げた。

律子「……小鳥さんには、私の口から話すわ。それでいいわね?」

貴音「はい……お願い致します」

それを最後の確認とし、一同は再び森の出口へと歩いて行った。
貴音達の言葉を皆信じ、
この場に居る全員が、今の小鳥は信用できる協力者であると認識した。
ただ一人、貴音を除いては。




律子達はその後、予定通り莉嘉と小鳥と合流した。
みりあと蘭子は自分達の知っている情報をすべて話した。
仲間の死を聞かされた莉嘉はやはり酷くショックを受けた。

元々罪悪感で弱っていた莉嘉の心は、更に深く傷付けられた。
みりあにしがみつき、大粒の涙を流し声を上げて泣いた。

そしてそんな莉嘉に向けて、
それ以上心を削るような言葉を投げることは誰にもできなかった。

小鳥が卯月を殺したという事実は今の莉嘉に話すことはできない。
口には出さずともこの時点で既に、
全員の認識がそう共通していた。

泣きじゃくる莉嘉を346プロのアイドル達は別室へと連れて行き、
そこでしばらく静かに時を過ごした。

そうして今、美波はその場をみりあ達に任せ、
律子達のところへと戻ってきた。

律子「莉嘉の様子はどう? 大丈夫そう……?」

美波「はい、もうほとんど落ち着いてきました。
   私達が心配していたほど大変なことにはなってないみたいです」

律子「そう……良かった」

莉嘉の心が落ち着いてきたと知り、一同は僅かながら安堵し表情を和らげる。
しかしそんな中、小鳥は一人暗く俯いていた。

小鳥「……ごめんなさい」

突然の、呟くような謝罪の言葉。
少し遅れて美波は、その言葉が自分に向けられたものだと気付いた。
卯月を殺したこと、またそれを黙っていたことに対する謝罪。
自分達が席を外している間に
律子達が小鳥に話をしたのだと理解した。

美波「いえ……いいんです。今はこうして、協力してくれているんですから……。
   ただこのことは、やっぱり莉嘉ちゃんには言わない方が、いいと思います」

律子「……ええ。少なくとも今のショックが抜けきるまでは、
   追い打ちをかけるような真似は避けるべきでしょうね……」

二人は改めて言葉にし、そう確認する。
そして律子は、美波から小鳥に視線を移した。

律子「ですから小鳥さん……。
   あの子の前では、出来るだけこれまで通りを装ってください」

律子「私達も、そのように振る舞います。
   難しいかも知れませんが……お願いします」

小鳥「……わかりました。これまで通りに、ですね」

そう返事をしたが、やはり表情に落ちた陰はそう簡単には払えそうにない。
その小鳥の様子を見て居た堪れなくなったか、
あるいは単に気が急いてのことか、美波はひと呼吸置いて話題を転換した。

美波「それで、これからどうしますか……?」

これからどうするか……。
みりあの話を聞き、放置し難い問題が明らかになった。
律子は考えるように、あるいは覚悟を決めるように、目を瞑る。
そして長く息を吐き、目を開け、その場の全員に向けて言った。

律子「私は、美希と真を探しに行くべきだと思う。
   みりあの話が本当なら、今のあの子達を放っておくことはできないわ」

今日はこのくらいにしておきます
続きは多分火曜か水曜くらいになると思います

18:10 星井美希

美希「ふー……やっとゆっくりできるね、真くん」

真「そうだね……。それじゃ、晩ご飯にしよっか」

美希「うん」

その日最後のエリア移動を終え、美希と真はその場に座り込んだ。
傷の痛みに耐え、周囲に神経を張り巡らせながら過ごした数時間は、
思いのほか二人の体力を削った。
既に止まってはいるが、出血もそれなりにしている。
休める時にはしっかりと休んでおこう。
そう思い、二人はその場で翌朝まで過ごすことに決めた。

しかし数分後に、その決定は覆されることとなった。

美希「ッ! 真くん!」

真「わかってる……!」

食事をそろそろ終えようかという頃、
北の方角から人の気配を感じた。
二人は木の陰に身を隠し、美希は鉈を、真は手榴弾を握り締める。

息を潜め、目と耳を凝らして気配を探る。
姿はまだ見えない。
しかし足音は確かに聞こえる。
人数は恐らく複数。
確実にこちらに向かって近付いて……

律子「美希、真……?」

聞き覚えのある声に、二人は思わず返事をしそうになった。
だが寸前で思いとどまる。
他に誰が居るとも限らないからだ。
自分達が未央にしたのと同じことを、346プロの誰かが律子にしているかも知れない。

しかし二人のその考えは次の瞬間、一気に薄れた。

春香「ふ、二人ともそこに居るんだよね?」

響「二人とも出てきてよ! 自分達、心配してるんだぞ!」

やよい「美希さん、真さーん! どこですかー!」

律子「警戒してるのかも知れないけど、大丈夫よ……。
   ここには、765プロのみんなしか居ないわ」

その人数からも、聞こえてくる声色からも、
人質に取られているとは考えられない。
美希達はそう思い、姿を現した。

律子「っ! 二人とも……!」

美希「……律子。みんな……」

するとそこには確かに765プロの仲間が居た。
声が聞こえた四人に加え、千早と貴音と小鳥。
七人の仲間がそこには居た。

それを見て美希と真は、単純に仲間に会えた嬉しさと
ほぼ無力な自分達だけで敵から逃げる必要がなくなったことで、
急激に体の力が抜けていくのを感じた。

しかしすぐに、緩みかけた気持ちの糸を二人は張り直す。
状況は好転したようで、全体で見れば何も変わっていない。
殺し合いゲームは依然として続いているのだ。
そう気持ちを切り替え、美希は口元をきゅっと引き締めた。

美希「みんな、色々聞きたいことと話したいことがあるの。
   今どんなことになってるのか、ちゃんと知っておきたいって感じ」

真「そうだね……。まず律子達の方から聞かせてもらっていいかな。
  これまで起きたこととか、知ってることを詳しく教えて欲しいんだ」

律子達にも、みりあから聞いた話や、
ばっさりと切られた美希の髪など質問したいことは山ほどあった。
しかし焦っても意味はない。
律子は落ち着いて、真の言う通りまずは自分達の状況を説明することにした。

律子「ええ……わかったわ。それじゃあまず、単刀直入に言うわね。
   私達は今、346プロの子達と協力して解決策を探してるところよ」

美希「……え?」

そして律子は事の経緯を話した。
今灯台に居る346プロのメンバーや、みりあに美希と真の話を聞いたこと。
346プロのアイドル達とも話し合った結果、
美希と真を説得して灯台に迎え入れたいという話でまとまったこと。

しかし美希と真は、信じられなかった。
765プロと346プロが協力していることではない。
346プロの者が自分達を迎え入れようとしていることが、
美希達には信じられなかった。

美希「それ……本気で言ってるの……?
  だって美希達、もう殺しちゃったんだよ……?」

美希は困惑の色を隠さずに素直に疑問を口にした。
だが律子は落ち着いて、その疑問に真っ直ぐに答える。

律子「だからこそ、よ。このままあなた達を放っておけば、
   更に犠牲が出てしまうかも知れない。
   だからこそこれ以上誰も傷つかないためにも、仲間になって欲しい。
   346プロのみんなも……あなた達と直接出会ったみりあも、そう言っているわ」

これ以上誰も殺させないために説得する。
この理屈を聞いて、美希と真はようやく合点がいった。

346プロから犠牲者を出さないために、
敵であった人間の立場を、考えを変えさせる。
そういうことなら確かにあり得るかも知れない。

感情的には、自分達を恐れたり、受け入れがたい気持ちもあるかも知れない。
だが理屈で言えば確かに、
仲間として迎え入れるのが彼女達の目的を達成するのには一番なのだ。
双方共に最小限の犠牲で抑えるという、目的のためには。

そのために346プロのアイドル達は、
仲間を殺した自分達を受け入れようとしている。
許そうとしている。
美希と真はそれを理解した。
そして……

美希「……っ、じゃあ、ミキ達……行ってもいいの……?」

俯いてそう言った美希の声は震えている。
そして次に顔を上げた時、その顔は大粒の涙で濡れていた。

美希「ミキ、みんなと一緒に頑張りたい……!
   もう人なんて殺したくない! 346プロの人と、ミキも協力したい……!」

真「……! 美希……」

美希「真くん……一緒に行こ? ね……?」

美希は濡れた瞳で真を見つめ、真も美希の目を見つめ返す。
そしてしばらく沈黙した後、真は覚悟を決めたように頷いた。

真「ボクも、美希と同じ気持ちだよ……。
  だから律子、ボクも一緒に連れて行って欲しい」

二人の返事を聞き、一同は安堵に表情を和らげる。
やはり美希も真も本心では人殺しなんてしたくなかったのだ。
そう信じていたが、二人の口からはっきりと聞くことができた。

皆一斉に美希達の元へ駆け寄り、
そして律子は美希の腕をそっと自分の肩に回した。

律子「怪我してるんでしょ? 肩を貸すわ」

美希「……ありがとう、律子」

律子「律子さん、でしょ? それより誰か、真のことも手伝ってあげて!」

真「あ……いや、ボクは怪我したのは腕だけだから大丈夫だよ」

春香「大丈夫、真? 無理してない?」

響「痛かったら我慢せず言うんだぞ! 自分、いつでも手伝うから!」

やよい「私、荷物持ちます! 真さん、美希さん、荷物貸してください!」

皆は二人に声をかけ、あるいは黙って傍に寄り添い、
灯台を目指して歩いて行った。

そして灯台に着くまでの間に律子は、美希と真に亜美の死を伝えた。
律子自身はもう少しタイミングを見ようと思っていたのだが、
美希の方から先に質問したのだ。
765プロから死者は出ていないのか、と。
その質問に数人の者が素直に反応を見せたため、
律子は返答を先延ばしにすることなく、事実を述べた。

しかし美希も真も泣きはしなかった。
表情に影を落としはしたが、涙は流さなかった。

殺人を経験したことで
身内の死に対する覚悟が強まったのか、
あるいは感覚がどこか麻痺してしまっているのか。
詳細な理由は分からなかったが、
二人が涙を流さなかったことが逆に、律子達の心を強く痛めた。




美波「……星井美希ちゃんと、菊地真ちゃんね。話はもう、聞いてるわ……」

灯台に着き、一同は同じ部屋に集った。
しかしそれだけの大人数が揃っているとは思えないほどに、
その場は痛いほど静かで重苦しい空気に満たされていた。
沈黙を破ろうと美波は話を切り出そうとしたが、
美希は先ほどからずっと俯いたままで、
真も美波達の目を見ることができていない。

また美波自身も、どのような態度で接するのが正解なのか判断しかねていた。
次にどう声をかけるか慎重に言葉を選ぶうちに、
再び沈黙が広がってしまう。

しかしここで、美波の後ろから小さな影が一歩前へ出てきた。

みりあ「あのね……。私は、美希ちゃんと真ちゃんが来てくれて、
    良かったーって、思ってるよ……?」

その声に、美希と真は二人揃って目線を上げる。
そんな美希達にみりあは、精一杯の優しい顔で、語りかけた。

みりあ「最初は怖かったけど、でも……。もう、やめてくれたんでしょ?
    それに私も、二人に怪我させちゃったし……。
    だから、気にしないで? これからみんなで一緒に、がんばろ?」

美希と真はただ目を見開き、みりあのその言葉を黙って聞いていた。

みりあはここに居る者の中で唯一、美希達が仲間を殺す瞬間を目にしている。
またそれだけでなく、真には肋骨すら折られている。
しかし、にも関わらず、
みりあは二人を受け入れる言葉を誰よりも早く口にした。
はっきりと本人達に向けて、一緒に頑張ろうと、そう言った。

それは幼さや純粋さゆえの、
言ってしまえば単純な思考からの言動だったのかも知れない。
だがそのみりあの言葉が、空気を動かした。

美希は肩を震わせ、嗚咽を漏らして泣き始め、
真も俯いたまま静かに涙を流す。

その姿を見て、その場に居た全員が二人の心情を思い、
胸を強く締め付けられた。
人を殺すことが二人の心にどれだけの負担をかけていたか、想像に難くない。
765プロのみならず346プロのアイドル達も、
今の美希達の姿に憐れみすら抱いた。

そうしてそれからしばらく二人は泣き続け、
ようやく落ち着いてきた頃。
律子は二階のベッドのある部屋に
美希と真を案内し、そこへ二人を寝かせた。

律子「二人とも、今日はもう寝なさい。
   私達は下に居るから、何かあったら呼ぶのよ」

そう言って律子は部屋を出ようとする。
だがそれを引き止めるように、
美希がまだ少し涙で震えた声で聞いた。

美希「律子達は、まだ起きてるんでしょ?
   これからまだ、色々頑張るんだよね……?」

律子「……そうね。残された時間は多くない。
   少しでもやれることはやるつもりよ」

美希「ねぇ……ミキも、何か手伝いたい。
   ミキだけ何もしないなんて、そんなの……」

律子「美希……」

美希「そうだ、夜中に見張り、してるよね?
   じゃあミキがそれするの。今から寝て、それで夜中に起きて……」

律子「駄目よ、美希。確かに交代で見張りはしてるけど、あなたは寝てないと駄目。
   みんな美希には休んでもらいたいって思ってるんだから」

美希「でもっ……」

律子「美希が今やるべきことは体を休めて、
   そして明日しっかり働くこと。いいわね?」

美希「……わかったの」

律子の有無を言わさない態度に、美希は折れざるを得なかった。
しかし美希は再び律子の目を見て、口を開いた。

美希「じゃあ、誰が何時頃に起きてるのか教えて欲しいの。
   もし夜中に目が覚めて眠れなくなったら、
   ミキ、765プロの誰かと話したくなるかも知れないから……」

律子「……今日は私と貴音、それと春香が起きてる予定よ」

美希「春香……?」

律子「えぇ。本人がどうしてもって。
   他のみんなには少しでも休んでもらいたいし、自分は早起きに慣れてるからって」

美希「……そっか」

美希はそう言って、目を閉じる。
そしてもう質問は終わりか、と律子が問おうとしたのと同時に、

美希「貴音と春香に、言っておいてね。
   もしかしたら美希が起きてくるかも知れないから、
   その時は話し相手になってあげてね、って」

泣き顔のような笑顔のような表情を浮かべて、そう言った。

律子にはその表情に込められた美希の心情を
すべて読み取ることはできなかった。
しかしその表情を見ていると
ふとすれば涙がこぼれてしまいそうな、そんな胸のざわつきを覚えた。

律子は滲みかけた涙をぐっとこらえ、
努めて穏やかな表情を作って答えた。

律子「ええ、伝えておくわね。それじゃ……本当に、しっかり休むのよ」

と、ここで律子は美希の隣で横になっている真に視線を移す。
しばらく黙って自分達のやり取りを聞いていた真。

そして律子は真が視線に気付いてこちらを見たのを確認し、

律子「美希のこと、頼むわね」

そう言い残して部屋を出て行った。

美希「……ミキのこと、頼まれちゃったね」

律子が去った後の暗い部屋の中、美希がぽつりと言った。
その目は真っ直ぐ天井を見つめている。

真「うん……そうだね。律子の言う通り、ちゃんと休まなきゃダメだよ?」

美希「うん……」

そう言って美希は目を閉じ、真も目を閉じた。
しかし直後、

美希「真くん」

再び美希がぽつりと呟く。
真が美希に目を向けると、
美希も今度は天井ではなく、真の方を向いていた。

真「……どうしたの?」

真は尋ねたが、美希は黙ったまま真の顔をじっと見続ける。
そして結局、そのまま何も言わずにまた天井を向いて目を閉じた。

美希「ううん……ごめん、なんでもないの」

真「……そっか」

美希「おやすみ、真くん」

真「うん……おやすみ」

そうして二人とも目を閉じる。
その挨拶を最後に、美希はもう真に話しかけることはなかった。

今日はこのくらいにしておきます
続きは多分明日か明後日くらいに投下します

>>みりあ「あのね……。私は、美希ちゃんと真ちゃんが来てくれて、
    良かったーって、思ってるよ……?」


この後、「仇が取れるからっ!!」って襲いかかったらどうしようかと思ったが違った


4:30 星井美希

美希「……」

部屋の外で、階段を上る足音が聞こえた。
それから少しの間、美希はぼんやりと天井を見続けた。

隣では真が寝息を立てている。
それから部屋の中にはもう一人、律子が床に寝ている。
怪我をしている自分達のために付いてくれている。

美希はできるだけ音を立てぬよう、ベッドから降りた。
そして静かに扉を開け、
「ごめんね」
律子に向けてそう口を動かし、部屋を出た。

美希は階段を上り、一番上に着く。
屋上へ出る扉は開かれている。
そこから顔を覗かせると、見慣れた後ろ姿がそこに立っていた。

美希「……見張り、お疲れ様」

春香「! 美希……」

少し驚いた様子で振り向いた春香に美希はにっこりと笑いかけ、隣に立つ。
手すりに手をかけて遠くを見つめる。
そんな美希の横顔を春香は数秒見つめ、声をかけた。

春香「怪我、大丈夫? 寝てなくていい?」

美希「うん……もう平気。ありがとうなの」

美希は自分と話すためにここへ来た。
そう思い、春香は美希が話題を切り出すのを待った。
美希は再び黙って真っ暗な森をじっと見つめ、そしてすっと目を閉じた。

美希「春香はミキ達がここに来るって言った時、どう思った?」

春香「えっ……? どう、って……嬉しかったよ、もちろん……」

美希「嘘ついてるとか、思わなかったの?
   協力するフリして実は346プロの人達を殺そうとしてるとか、思わなかったの?」

春香「お、思わないよそんなの! そりゃ、美希達はもう、殺しちゃったかも知れないけど……。
   でも本当は嫌だったんだよね?
   今だって、誰も殺したくないって思ってるんでしょ?」

美希「……うん、思ってるよ。
  本当は殺したくなかったし、今だって誰も殺したくないの」

春香「……美希……」

美希は向きを変え、手すりに背を預けるようにして俯く。
自分のつま先辺りに視線をやり、そのまま会話を続けた。

美希「やっぱり、春香は春香だね。普通はちょっとぐらい疑うの」

春香「そんなことない……こんなの、当たり前だよ。
   それに私だけじゃない。
   ここに居るみんな、美希達のことを疑ったりなんかしてないよ。
   だって美希……嘘ついてるようになんて、全然見えなかったもん」

美希「……そっか。でもやっぱり、それって春香が春香だからだって思うな」

この美希の言葉に、春香は疑問符を浮かべる。
しかしそれを問う前に、再び美希が口を開いた。

美希「ね、春香。ミキのお願い、聞いてくれる?」

唐突な美希からの、お願い。
その内容は分からなかったが、春香の返事は決まっている。
先ほどの疑問は一度忘れることにして、春香はにっこりと笑った。

春香「うん、いいよ。私にできることだったら、なんでも言って」

美希「春香にしかできないことなの。あのね……」

と、美希は顔を上げて春香を見る。
そして笑顔を返し、

美希「これからも、春香は春香のままで居てね?」

春香「……え?」

美希「ミキね、春香のこと大好きだよ。だから春香には春香のままでいて欲しいの。
  だから……約束。何があっても最後まで春香は変わらないって、約束して」

そう言って美希は、すっと右手を出し、小指を立てた。

春香はその手を見て、美希の顔を見て、ほんの少しだけ考え、
もう一度笑顔を浮かべ、小指と小指を絡ませた。

春香「うん。約束」

美希「……ありがとう、春香」

美希は満足げに笑い、小指を離して扉へと向かう。
どうやらもう話は終わりらしい。
春香は美希の背中に向けて一言声をかけようとした。
しかしその直前に扉の前で美希は振り向く。
そして春香に、薄く微笑みかけた。

美希「春香はね、何も悪くないよ。
   765プロのみんなも……誰も悪くない。
   責任なんてこれっぽっちもない。だから、気にしちゃ駄目だよ?」

春香「……美希?」

美希「さっきの約束も、忘れちゃやだよ? じゃあね。見張り、頑張ってね」

そう言い残して、美希は灯台の中へと戻って扉を閉めた。
そして階段を下り……二階を素通りした。
足音と息を殺し、しかし迅速に、一番広い部屋の中を窺う。
765プロと346プロのアイドル達が揃って床や椅子の上で寝ている。

次いで美希は壁際に置かれたテーブルに目を向ける。
そこにはこの灯台にある全ての武器が、まとめて置かれている。

静かにそのテーブルへと歩いて行き、
そして特に大きな存在感を放つ武器を手に取った。
ずっしりと重い。
その重さがそのまま殺傷力の高さを示しているように思える。
初めて扱うが、なんとなく使い方は分かる。
構えて、引き金を引けば撃てるはず。

美希はテーブルに背を向け、静かに歩き、
そして、一番手前に寝ていた美波の頭に向けて散弾銃を構えた。

最悪だったのは、小鳥がしっかりと弾を装填していたこと。
そして、その散弾銃には安全装置が無かったこと。

つまり美希が考えている通り、
このままトリガーに指をかけて少し動かすだけで美波は死ぬ。
この距離なら素人でも外しようがない。

美波は静かに寝息を立てている。
その隣のアナスタシアも、蘭子も、莉嘉も、みりあも、
すぐ近くに殺意を持った者が居るなどと考えずに眠っている。

美希は改めて実感した。
本当に誰一人、自分のことを疑っていない。
今ここに居る人間の中で、こんなに汚い心を持っているのはきっと自分だけだ。

悪いのはただ一人、自分だけ。

自分をここに招き入れた765プロのみんなも、
今見張りに立っている春香も、何も悪くない。
346プロの人達も、悪くなんかない。

だけど殺さなきゃいけない。
それしか方法は無いんだ。
夜中に部屋に戻ってきた時の律子や、
見張りに立っていた春香の雰囲気で改めて分かった。
やっぱり解決策は見つかりそうに無いんだ、って。

人を殺したくないのは本当。
殺したくなかったのも本当。
特にこの人達は殺したくない。
でも、殺さなきゃいけない。
殺さないと765プロのみんなが死ぬんだから。

4:40 秋月律子

律子は目を閉じたまま、美希が部屋から出ていく音を聞いていた。
足音が屋上へ向かう。
寝る前に本人が言っていた通り、
見張りの誰かと話をしに行ったのだろう。

眼鏡をかけ、時間を確認する。
この時間なら今は春香の担当だ。
春香なら、きっと美希のいい話し相手になってくれる。
律子はそう思い、部屋で美希の帰りを待つことにした。

そしてそれから数分後、足音が階段を下りてくる。
が、その足音は二階を通り過ぎ、一階へと下っていった。

足音は一つだった。
美希が一階に降りた?
いや、それとも美希が交代を申し出て春香が下に降りた?

流石に気になり、今屋上に居るのが誰なのか、
律子は確かめに行くことにした。
真を起こさぬようそっと部屋を出て階段を上がる。
しかしその途中で鉢合わせた。

春香「あれっ……律子さん?」

律子「春香……」

そしてそこには春香の姿しか見えなかった。
ということは、一人で下に降りたのは美希らしい。

律子「もしかして、美希と話しに降りてきたの?」

春香「えっ? あ、そうです。ちょっと前まで屋上で話してたんですけど
   なんだかまだ悩んでるっていうか、様子が気になったから……。
   見張りもしなきゃって思ったんですけど、でも……」

この春香の話を聞き、ふと律子の頭を何か漠然とした予感がかすめた。

美希はどうして部屋に戻らず一階に降りたのか。
誰かと話すためかも知れない。
単に洗面所に行っただけかも知れない。
けれど……

律子「……私も降りてみるわ。一緒に行きましょう。
   ただしみんなを起こさないように、静かにね」

そうして律子は、春香と二人で静かに階段を降りる。
一階まで降りたが会話や物音は聞こえない。
明かりも点いていない。

もしかして外へ出てしまったか?
いや、それなら屋上に居た春香が気付いているはず。
まず間違いなく一階のどこかに居るはず。
呼んでみればすぐ返事は返ってくるかも知れないが、
変に騒ぎにすればただでさえ疲れているみんなを起こしてしまうことになるし、
美希への不信感を無駄に煽ってしまうことにもなりかねない。

色々と思考しながら、律子はまず一番近い部屋を確認してみた。
つまり他の皆が寝ている部屋だ。
音も声も聞こえないのだから多分ここではない別の場所だろうな、
となんの気なしに覗いた律子だが次の瞬間、全身が一瞬硬直した。
律子の目に映ったのは、薄暗い中、
寝ている誰かに向けて銃を構える美希の姿だった。

律子「ッ……美希! 駄目ッ!!」

美希「……!?」

律子が声を上げて初めて美希は律子の存在に気が付いた。
慌てて振り返ったが、その瞬間には既に
律子は美希の目の前まで駆け寄っていた。

律子「駄目よ美希! 銃を渡しなさい!」

美希「やッ……やめて! 離して!!」

春香「えっ、ど、どうしたの!? 美希、律子さん……!?」

律子は散弾銃を掴み、美希の手から引き剥がそうとする。
暗い部屋の中、春香は何が起きたのか分からずにただ狼狽える。

そしてその騒ぎに、寝ていた者達は当然目を覚ました。

そのうちの大半は春香と同じく何が起きたのか理解できなかった。
しかし残りの数人は、
美希と律子が掴み合っている物に気付き、状況を理解してしまった。

律子「お願い、美希! 考え直して! 今ならまだ間に合うから……!」

美希「嫌ッ! 離してよ!! 離してってば!!」

律子は懸命に話しかけるが、美希は全く聞き耳を持たずに拒否し続ける。
と、ここで事情を理解した数人のうち、美波が真っ先に動いた。
まずは美希を落ち着かせなければ。
そう判断し、美波は美希を説得しようと声をかける。
しかし、

美波「お、お願い美希ちゃん! 銃を離し……」

そこで美波の言葉は掻き消された。
室内に響き渡った一発の銃声によって。

突然の轟音に、その場の全員の思考が一瞬停止する。
そして直後、部屋の明かりが点いた。
急に明るくなり一瞬目がくらむ。
しかし明るくなった視界に映った光景は、彼女達の目を大きく見開かせた。
真は電灯のスイッチに触れたまま、固まった。

律子「ぁ……ッ、か、はっ……」

彼女達の目に映ったのは床に倒れ伏した律子。
それと、みるみるうちに広がっていく、真っ赤な水たまりだった。

響「り……律子ッ!!」

響の叫びを皮切りに、皆口々に律子の名を呼び駆け寄る。
貴音は律子の横に膝をつき、体を支えて仰向けにする。
彼女の腹部からは、これまで見たことのない量の血が溢れ出ていた。

どう見ても重症だ。
誰の目から見てもそれは明らかだった。
そしてその原因を作ったのが、美希であることも。
一瞬頭から追いやられていた事実だが、
小鳥を始めとする何人かはそのことを思い出し、美希に目を向けた。
が、それとほぼ同時に……美希は散弾銃を床に落とした。

美希「いッ……嫌あぁああああ!! 律子! 律子ぉおおッ!!」

律子の名を叫び、倒れ込むように律子の隣に膝をつく美希。
そして律子に顔を寄せ、大粒の涙を流して叫び続けた。

美希「ごめんなさい! ごめんなさい……! 律子、やだっ、やだぁああ!!」

やはり、事故だった。
揉み合いになるうちに美希は
誤って引き金を引いてしまったのだと全員が理解した。

背中や足の傷の痛みが誤射を招いたのか、
あるいは怪我など関係なくただ単純に不運が招いた結果なのか、それはわからない。
だがとにかく、美希は律子を撃つつもりなど微塵もなかった。

貴音は美希の叫びを間近に受けながら、律子の腹部を圧迫し続けた。
しかし手を濡らす血は次から次へと溢れ出る。
止まらない。
一秒ごとに律子が死に近付いていくのを貴音は感じた。
と、その時……視界の端で何か動いたのが見え、貴音は反射的に視線を移す。

それは、律子の手だった。
律子が血に濡れた手を、美希へと伸ばしていた。
激痛に襲われているであろう律子はそれを隠し、
涙を流す美希にぎこちなくも穏やかな表情を向けていた。

そしてその手が、指先が美希の頬に触れ……
その直後、ぱったりと落ちた。

美希「り、つこ……? 律子……? 嫌……いやあああ! いやぁああああッ!!」

美希は律子の手を握って叫ぶ。
しかしその手はもう動かない。
その表情も、うっすらと目を開いたまま、動かない。

貴音「ッ……千早!! 患部を押さえてください!」

貴音は真っ先に目に入った千早に、怒鳴るようにそう指示した。
千早は一瞬肩を跳ねさせたがすぐにその指示を理解した。

千早「美希、ごめんなさい! 少し離れていて!!」

美希を半ば押しのけるようにして、
千早は律子を挟んで貴音の向かい側に膝をつく。
そして指示の通り、腹部を強く押さえた。

それを確認し、貴音は律子の胸部に両手を沿えて繰り返し圧迫し始める。
いわゆる心臓マッサージを試みているのだと、
一瞬遅れてその場の全員が理解した。

その瞬間、美波が千早の隣に腰を下ろす。
貴音も千早も、美波のやろうとしていることはすぐに理解した。

貴音「よろしく、お願いします……!」

貴音の言葉に頷き、美波は律子の気道を確保する。
そしてタイミングを合わせ、人工呼吸を始めた。

止血、胸骨圧迫、人工呼吸……
効果の大小に関わらず現時点で思い付く全ての方法で律子の心肺蘇生に臨む三人。
他の皆はそれを、神に祈る気持ちで見つめ続けた。
貴音はその視線を受け、必死に、懸命に、
皆の想いを込めるようにして何度も何度も圧迫を繰り返した。

しかしそれからどれだけの時間が経ったか。
三分経ち、五分経ち、十分経ち……
貴音の動きが徐々に鈍り始めた。

そして……遂に貴音は、動きを止めた。
俯き、膝の上で拳を握り、

貴音「……申し訳、ございません……」

絞り出すように、そう言った。

その謝罪の意味は、全員がすぐに理解した。
そして、誰も、何も言わなかった。
貴音達の居る場所は大量の血で濡れている。
その量は知識のない者が見ても、
生命活動を維持できる失血量の限界を遥かに超えていると分かるほどだった。

既に全員が、現実を理解していた。
徐々に広がっていった血だまりが、
止まることのなかった出血が、
時間をかけてゆっくりと、皆に避けようのない結果を突きつけていた。

千早は患部を押さえた手で、そのまま律子の服をぎゅっと握る。
そしてそこに額を寄せ、声を押し殺して泣いた。
すすり泣く者、声を上げて泣く者、
律子にしがみついて泣く者、その場に崩れ落ちて泣く者。
多くの泣き声が部屋の中に響き、染み渡った。

律子は美希に向けたままの穏やかな顔で眠り続けた。
しかしそこには既に、美希の姿はなかった。




秋月律子 死亡

今日はこのくらいにしておきます
続きは多分明後日か明々後日になると思います

あと今更ですが、
残りの選択肢がどういう展開になっていたかについては
取り敢えずこれが最後まで終わったら簡単に書こうと思ってます

あーやべぇ、一気に8時間くらいかけて読んでしまったわww
同じss書きとして正直>>1には敵わないなって思ってしまった。内容はまぁアレなヤツだが正直感動した
キャラの口調とか心証の変化も全く違和感感じなくてすげえアイマスの事わかってんなぁと感心したし、文章が上手いから頭の中で映像を作りやすかった
個人的には杏の最後がすげえ意外で、それまで杏をどう思って一緒に行動してたか含めてきらりの今後が気になりまくりんぐですわ。どう転ぶかね
765も346もどっちも好きだけど、付き合いが長いせいなのかどうしても765に肩入れしてしまってる自分に気付いてちょっと驚きもしつつ…

長文すまねえっす。普段ROM専な自分も興奮してこんな感じになっちゃうレベルで続き楽しみに待ってます
あと続き待ちついでに読みたいので、よろしれば>>1さんの過去作教えてください

5:00 菊地真

初めに異変に気付いたのは真だった。

律子の死に頭はかき乱されたが、
そんな中ふと美希のことが頭をよぎった。
事故とは言え直接的に律子を死なせてしまったという事実は、
自分とは比べ物にならない動揺を美希に与えたはずだ。

美希の精神状態を案じ、部屋を見回す。
が、美希はどこにも居ない。

まさかと思い、真はテーブルへ向かって駆け出した。
そしてその時になってようやく、
他の皆は真の様子が変わったことに気が付いた。
皆が目を向けた時、真はテーブルの上を見ていた。
正確にはそこに置かれた探知機を、真は凝視していた。

その様子に、一番近くにいた春香が声をかけようとする。
が、その直前。
真は自分の荷物を持ち、踵を返して出口へ向かって走り出した。

春香「っ!? ま、真……!?」

響「ちょ、ちょっと待って! どこに……!」

皆は当然真の背に向けて呼びかけたが、足が動かなかった。
あまりに突然だったこともあるが、
何より律子の死のショックがまだ抜け切っていない者が大半だった。
しかしそんな中、

小鳥「っ……みんなはここで待ってて!」

小鳥は直前まで真が見ていた探知機から目を上げ、
あとを追って灯台の外へと出て行った。

森の中を、小鳥は息を切らせて駆けた。
月の光は枝葉に遮られ、かなり暗い。
しかし小鳥は速度を落とすことなく走り続けた。

あれから二人が移動していなければ、もうすぐのはずだ。
小鳥は前方を凝視する。
すると、遠くに人影を発見した。
懐中電灯の明かりも見える。

小鳥「美希ちゃん、真ちゃん!」

名を呼び、小鳥は駆け寄る。
そしてある程度近付いてようやくはっきりと二人の様子が見えた。
美希は両手を地面について座り込み、
真はその隣に膝をついて美希の手に自分の手を重ねている。

真「小鳥さん……」

美希「……」

美希は俯いたままだったが、真は顔を上げた。
そしてそんな二人に小鳥は、静かに言った。

小鳥「美希ちゃんは……最初から、協力するつもりはなかったのね」

真「……はい。少なくとも美希は本気であそこに居た人達を殺すつもりで……
 いえ……ボクも、同じです。
 薄々、美希の気持ちに気付いてたけど……黙ってました。
 でも、そのせいで……っ」

真はそこで耐え切れなくなったか、嗚咽を漏らして涙を流し始める。
「そのせいで、律子が死んだ」
自分が律子を殺してしまったのだと、
その罪悪感に真達の心は掻き毟られていた。

真は自分を責め続けた。
自分が中途半端だったせいで律子が死んだ。
気付いた時点で美希を止めていれば、
あるいは自分も起きて美希に協力していれば、
律子はきっと死なずに済んだはずだ。

後悔しても仕方ないし、結果論でしかないのかも知れない。
しかし真は、自分を責めずにはいられなかった。

小鳥は二人の正面に膝をつき、黙って真を見続ける。
自分を責める気持ちも後悔する気持ちも、小鳥には十分以上に理解できた。
だからこそ、簡単な慰めの言葉をかけることなどできなかった。

真は何も言わず、ただただ泣き続ける。
が、ここで小鳥はふと気が付いた。
嗚咽を漏らして涙を流す真の隣で、美希は一声も上げずにじっとしていた。
小鳥はそんな美希にほとんど無意識に目を向け……
そしてその瞬間、思わず息を呑んだ。

美希の瞳は、何も映してはいなかった。
ただ目の前の景色を虚ろに反射しているだけ。

美希はこれまで、罪の重さを自覚しながら自らの手を汚す道を選び続けてきた。
みくを殴った直後に心に誓い、
仲間と生きて帰るためにどんな手段も厭わない覚悟を終えていた。

その覚悟の通り、奇襲でも人質でも演技でも、
罪悪感に蓋をして迷わず実行に移してきた。
それが可能だったのは、
自分が手を汚すことでみんなを守れるなら、という想いが根底にあったからこそ。
その想いが無意識下で、美希の心を強く強く支えていた。

しかしそうまでして得た結果は何だったか。
皆の信用を裏切り、
自分を受け入れてくれた優しい人達を殺そうとしてまで得た結果は、何だったか。

支えとなった唯一の柱は折れ、
美希の心はもう、完全に砕けてしまっていた。

真「ボク達は、もう……みんなのところには戻れません。
  後戻りは、もうできないんです……」

真は震えた涙声を絞り出すように、そう言った。
美希の目を見て固まってしまった小鳥だが、
その声ではっと我に返る。

しかし小鳥はその言葉を受け入れていいのか分からなかった。
灯台を去ったからと言って、
今の二人が戦える状態にあるようには到底見えない。
だから小鳥は、一度灯台に連れ戻すべきなのではないかと、そう思った。
美希の心が折れてしまった以上そうするしかないと、そう思った。

小鳥「真ちゃんの言ってることは、よくわかるわ。
   でも、美希ちゃんのことを考えるとやっぱり灯台に居るのが一番……」

だが、小鳥はそれを口にした直後に知った。
「だからこそ」美希は灯台から立ち去らなければならないのだと。

それまでまるで無反応だった美希。
そんな美希が、小鳥の言葉を聞いた瞬間……突然地面にうずくまった。

真「美希っ……!」

小鳥「み、美希ちゃん!? どうしたの!?」

何かから身を守るように、何かに怯えるように、
頭を抱えて全身をがくがくと震わせる。
この豹変に、二人は慌てて美希に呼びかけた。
しかし美希はその呼びかけには反応しない。
うずくまったままの状態で、ブツブツと何か言っていた。

真と小鳥はそれに気付いて押し黙る。
うずくまる美希の頭を見つめ、耳を凝らしてその言葉を聞き、
そして分かった。
美希はただひたすらに、
二つの言葉を何度も何度も繰り返していた。

 「嫌だ」「ごめんなさい」

この言葉をただただ何度も何度も、繰り返していた。

真は唇を噛み、腕の痛みなど気にせず強く美希の肩を抱く。
そして小鳥はそんな美希の様子を見て、
自らの迂闊な発言を後悔した。

真の言う通りだった。
美希はもう、灯台に戻れない。
律子を殺したあの場所に、戻れるはずがない。
「灯台」に戻れないのではない。
あの集団の輪の中に……美希はもう戻ることができない。
あるいはその集団の一員である自分が今ここに居るだけで、
美希に負担をかけ続けているのかも知れない。
自分達はもう、美希の心を追い詰めるトラウマでしかなくなっていた。

律子を射殺したことが美希の心に与えた影響の大きさを、
小鳥は今、改めて知った。

それからしばらく真は美希の肩を抱き続け、
ようやく美希の体の震えは収まった。
真がそっと上体を抱き起こすと、
美希は再びあの虚ろな目でぼんやりと地面を見つめ続けるだけとなった。

小鳥はその様子を見て、膝の上で拳を握る。
本当なら自分が傍について二人を守りたい。
しかし自分が居ることが美希を追い詰めてしまうかも知れない。
そして何より、今灯台に居る者達の傍を離るわけにはいかない。
律子が死んだ今、彼女達の精神状態も危ぶまれる。
今こうしている間にも、何か事態が急変していないとも限らない。

どうするのが最善の方法なのか。
分からない。
だが、選択しなければならない。

小鳥は全身に力を入れ、口を開いた。

小鳥「……北西側の集落に、伊織ちゃん達が居るわ」

その言葉に真は、美希から小鳥へ視線を移す。
小鳥は真と目を合わせることはなく、膝に視線を落としたまま続けた。

小鳥「他の765プロの子達はみんなそこに集まってるはず。
   昼間、探知機にそういう反応があったって……そう、聞いたの」

真「それじゃあ、伊織達は……」

小鳥「えぇ……346プロと敵対する方を選んだわ。
   だからもちろん一緒に居ることで危険はあると思う。
   でも、このまま美希ちゃんと二人きりで居るよりはきっと……」

小鳥は、真と美希を伊織達に託すことを選択した。
伊織達なら二人をないがしろにすることもないはず。
きっと守ってくれる、と。

これが正解なのかは分からない。
最善の選択かも知れないし、最悪なのかも知れない。
しかし小鳥の選択は少なくとも、真の意に沿うものだった。

真「ありがとうございます……。ボク、頑張りますね。
  きっと765プロを勝たせてみせますから……応援しててください」

その言葉に小鳥は一瞬身を震わせ、そして視線を上げて真を見た。
真の目は悲哀に満ちている。
しかしその中には、確かな闘志がまだ残っていた。

真「美希、立って。伊織達のところに行こう」

この真の言葉を聞いた美希は、
灯台に行くことを強く拒絶した美希は……
今度は黙ってゆっくりと立ち上がった。

自分が悩むまでもなかった。
もう真と美希にはこの道しか残されていなかったのだ。
二人の様子を見て、小鳥は静かにそう悟った。

真は荷物を肩にかけ、美希の手を握る。
そして、

真「……さよなら、小鳥さん。それと、ごめんなさい。
 みんなのこと……よろしくお願いします」

頭を下げ、去っていった。
その背中を小鳥はただ黙って見送る。

 『あいつらのこと、よろしくお願いします!』

……灯台に戻ろう。
みんなのことが心配だ。
みんなを、守らないと。

小鳥は二人の背から視線を外し、踵を返して駆け出した。




小鳥の元を離れ、真は美希の手を引いて北西の集落へと向かった。
歩きながらチラと美希を振り返る。
自分に付いて来てくれては居るが、その目は虚ろなままだ。

これまでは、自分と美希との二人で一緒に闘ってきた。
だがこれからは違う。
自分が、美希のことを守らなければならないのだ。
そして美希を守りきるためには、伊織達の力が必要だ。

だが、ただ守ってもらいに行くのではない。
自分はまだ戦える。
決して足手まといにはならない。
両腕の痛みはあるが、動かないわけじゃない。
それに足は自由に使える。
伊織達と、共に戦うことはできるはずだ。

真がそう気合を入れ直したのと同時に、前方に民家が見えてきた。

それから更に歩き、視界が開ける。
思っていたよりも広い集落だ、と真は思った。
既に空は白み、遠くの民家まで見える。
この中のどこかに伊織達は居る。

声を上げて呼んでみようか、それとも一軒ずつ調べて回るべきか。
真はゆっくりと歩きながら考えたが、数秒後にその必要はなくなった。

遠くに見える森の端から、小さめの影が一つ飛び出してきたのが見えた。
真は一瞬構えたが、しかしすぐにその正体に気付いて構えを解く。
息を切らせて森から出てきたのは、伊織だった。
伊織もどうやら、既にこちらに気付いているようだ。

真「……美希、伊織だよ。ほら、行こう」

そう言って真は、少しだけ早足に伊織の元へと向かった。

伊織は二人が自分の元へ来るのを待つように、その場にじっと立っている。
真は少しずつ伊織との距離を詰めていったが、
そのうちに気が付いた。
伊織の表情にこれまで見たことないほど暗い陰が落ちていることと、
両手が土で汚れていることに。

また、よく考えればこの状況もおかしい。
小鳥によればこの集落には灯台に居た者以外の765プロのアイドルが、
つまり伊織の他に、雪歩、真美、あずさの三人が居るはずだ。
しかし今、伊織一人がなぜか手を土で汚し、森から出てきた。
他の三人はどうしたのか。
伊織は森で何をしていたのか。

そして真が伊織の元へ着き、
その疑問を口にする前に、
伊織は目線を落としたまま、早口気味に言った。

伊織「あずさが死んだわ」

真「……え?」

あまりに突然伝えられた事実。
その伊織の言葉に、真は思わず聞き返してしまう。
しかし伊織は次の瞬間、勢いをつけて顔を上げ、

伊織「聞こえたでしょ!? 何度も言わせないで!!」

泣きはらした目で、そう叫んだ。
そんな伊織の目を、真は困惑した表情で見つめ返す。

伊織はそのまましばらく真の顔を睨み続けた後、
ぐっと目を逸らし、震えを抑えるように胸元で自分の手を握り締める。
鼓動が早まり、目が再び涙で滲む。
あずさの死を口に出したことで、
一度は蓋をしたあの時の光景が、伊織の頭に再び蘇ってしまった。

あずさが迎えた結末は、彼女が読んだ説明書の通りだった。

日が暮れ始めた頃から、あずさを襲う痛みは激しさを増した。
疼くような痛みは激痛に変わり、
荒い呼吸はうめき声に変わり、そして悲鳴へと変わった。
変色した顔と両手は、毒に侵され腐食し始めた。

あずさは苦しみ抜いた。
伊織や雪歩、真美に心配をかけまいと痛みを堪えることすらできなかった。
激痛に泣き叫び、床で悶え苦しみ抜き、
伊織達がどうすればいいのか必死に考えているうちに、意識を失った。
そしてそれから間も無く、死亡した。

耳を塞ぎたくなるほどの叫びと
目を覆いたくなるほどの変貌はしかし、
伊織の耳と目にこびりついて今も離れない。

最後にあずさと交わした会話は何だったか。
伊織は思い出すことができなかった。

伊織「もうっ……思い出したくないの……!
   だから、これ以上聞かないで……!」

ぎゅっと目を瞑り、声を震わせて懇願するように言う伊織。
真はそんな伊織を目の前に、ただ俯くことしかできなかった。

しかしそのまましばらく沈黙した後、伊織は乱暴に涙を拭った。
そして真がそれに気付くのと同時に、

伊織「……あんた達は、何しに来たの」

やはり震えた声ではあったが、
先ほどと変わって落ち着いた調子でそう聞いた。

あずさがどのような最期を迎えたのか、
伊織があずさの死にどれほどのショックを受けたのか、真には分からない。
だが伊織が懸命に
気持ちを切り替えようとしていることだけははっきりと分かった。

その伊織の心情を思い、真も体に力を入れ動揺を押さえ込み、
そのまま伊織が転換した話題を進めることに決めた。

真「346プロと戦うために来たんだ。
 小鳥さんに、伊織達がここに居るって聞いて」

伊織「……美希、あんたもそうなの?」

真の目を見、次いで伊織は美希にそう聞いた。
だがここで、冷静になって初めて伊織は美希の様子がおかしいことに気が付いた。

あずさの死を聞いたにも関わらず、全く動揺を見せていない。
怪訝に思いもう一度美希に呼びかけようとしたが、
その虚ろな瞳に気付き伊織は言葉を飲み込んだ。
そして説明を求めるように真を見る。
真は美希を一瞥した後、目を伏せて答えた。

真「美希はもう、戦えない。でも灯台に居ることもできないんだ……」

どういうことなのか、伊織は当然疑問に思った。
しかし「灯台」という言葉を聞いた瞬間に
美希がびくりと肩を跳ねさせたのを見て、察した。
灯台で何かが起き、それが原因で、
美希の心は限界を迎えてしまったのだと。

伊織「……大丈夫なの……?」

原因については一度置いて、伊織は美希の精神状態の安否を尋ねる。
真は言葉を選ぶように数秒視線を逸らし、
そして真っ直ぐに伊織に視線を戻した。

真「生きて帰れれば、きっとまた元の美希に戻ってくれる。
 だからそのために……一緒に美希を、守って欲しい」

戦うためにここに来たと言ったかと思えば今度は守って欲しいと言う。
質問への明確な答えになっていない上に、何か矛盾したようなことを言っている。
そのことには、真も伊織も気付いている。
しかし伊織の返事は決まっていた。

伊織「わかったわ。付いてきなさい」

真「……ありがとう、伊織」

伊織はその礼に答えることなく、背を向けて歩き出す。
真は美希に一言声をかけ、手を引いてすぐ後ろを付いていった。

それからしばらく歩いた後、伊織は何件目かの民家の前で立ち止まる。
そして振り返り、真の目を見て言った。

伊織「この中に雪歩と真美が居るけど……。
   あずさのことは、真美には教えない。あんたも話を合わせて頂戴」

伊織自らもう一度あずさの話題を出したことに、
真はほんの少しだけ驚いた。
だがそれはつまり、
この話題が必要不可欠であるということに他ならないのだとすぐに理解した。

伊織「あの子はあずさが死んだ後……
   泣いてる途中でいきなり、気絶するみたいに寝ちゃったの。
   はっきり言ってあの子の心もほとんど限界……。
   だから真美の前では、あずさは実は死んでなくて、
   元気になって灯台に行ったことにするわ。
   こんな嘘でも……今の真美ならきっと信じてくれるから」

真「……分かった、話を合わせるよ」

伊織「当然、7時の放送もあの子には聞かせない。
   ……美希に聞かせるかどうかは、あんたの判断に任せるわ」

伊織の視線を追って、真も美希の横顔を見る。
自分の名前が出てもやはり美希は無反応だ。

だが、もし律子の名でも聞いてしまえば
またあの時のような、あるいはそれ以上の反応をしてしまうだろう。
だから当然、真の判断は決まっている。

真「美希……。7時になったら、美希の耳を塞ぐよ。
 もし放送を聞きたいと思ったら、払い除けてくれていいからね」

無反応の美希に、真は一応の確認を取った。
そしてこれを見て伊織は確信した。
灯台で765プロの誰かが死に、
美希がこうなった原因はそこにあるのだと。

またそれと同時に、
伊織は心臓を鷲掴みにされたような感覚を覚えた。

聞きたくない。
もうこれ以上仲間の死を知りたくない、と伊織は思った。
あずさの死で、自分の心も確実に追い詰められていることは自覚している。
こんな状態で更に誰かが死んだと聞かされれば、間違いなく心はかき乱される。

しかし、伊織は拳に力を入れ、
美希を見る真の横顔を改めて見つめる。
そして震えを抑えて、はっきりと言った。

伊織「中に入ったら、私と雪歩に教えてちょうだい。
   あんた達が知ってること……隠さずに、全部」

その言葉に真は一瞬目を見開き、伊織を見た。
が、直後に伊織の視線から逃れるように目を逸らす。
話していいものかどうか迷っていることは、伊織にもはっきりと分かった。
しかし伊織はそんな真の横顔から目を離さなかった。

伊織「わかってるわ。今だって、聞くのが物凄く怖い。
   でも、だからこそよ。取り乱せるのも泣けるのも、今くらいしか無いんだから……」

……戦いはいつ始まるか分からない。
それは7時の放送の直後かも知れないし、
もしかするとその時には既に始まっているかも知れない。

もしそうなれば、平静を欠いた状況で戦わなければならなくなる。
だから、今なのだ。
泣く時間のある今、聞いておかなければならないのだ。

真は伊織の言葉を聞き、今度はしっかりとその目を見つめ返す。
そしてこの想いを、戦いに向ける覚悟を、理解した。

真「分かった……話すよ。美希と真美には、聞こえないように」

伊織「……ええ、頼んだわよ」

短くそう返し、伊織は後ろを向いて
雪歩達の待つ民家の扉を開いた。

7:00

おはようございます、最終日の朝7時になりました。
それではこれから、現時点での死亡者を発表します。
346プロと765プロ、それぞれの死亡者を、死亡した順に発表します。

まずは346プロの現時点での死亡者。
島村卯月、本田未央、双葉杏、以上三名。
続いて765プロの現時点での死亡者。
双海亜美、三浦あずさ、秋月律子、以上三名。

繰り返します。
346プロの現時点での死亡者。
島村卯月、本田未央、双葉杏、以上三名。
765プロの現時点での死亡者。
双海亜美、三浦あずさ、秋月律子、以上三名。

現在、両チーム同点となっております。
このままでは全員が首輪を爆破され死亡してしまうので、
そうならないよう頑張って殺し合ってください。
以上で放送を終了します。

今日はこのくらいにしておきます
続きは多分明後日かそのくらいに投下します

>>298
小鳥「プロデューサーさんがおちんちん丸出しで寝てる……」
やよい「長介、そのおちんちんどうしたの……!?」
【765プロ総合】第1スレ (1001)
春香「ノリツッコミ……?」
P「遂に念願のラブドールを買ったぞ……!」

このくらいです
アホみたいなSSばっかりです

お聞きしたいんですけど、モバマスのアイドルにちんちん見せるドッキリするSSの方ではないですよね?

7:01 水瀬伊織

雪歩「……真美ちゃん、起きて。朝だよ」

真美「……ん……」

放送が終わったのを確認し、
雪歩はずっと眠り続けていた真美の肩を優しく叩いて起こした。
真美は目をこすりながら上体を起こし、雪歩を見る。
そして部屋をぐるりと見回した。

真美「……まこちん? ミキミキ……?」

真「うん……おはよう、真美」

真美「? うん……」

それから数秒、寝ぼけたような顔でぼーっと
二人を見ていた真美だが、唐突に思い出した。

慌てた様子であずさが寝ていた場所に目を向け、
そしてそこに誰も居ないことに気が付く。

真美「あずさお姉ちゃん……いおりん、あずさお姉ちゃんは……!?」

その口ぶりはあずさの行方を聞いているようだが、
真美の記憶にははっきりと残っている。
あずさが苦しみ、そして息絶えたあの光景が。
しかし既に目に涙を浮かべている真美に向かって、
伊織は優しく微笑みかけた。

伊織「大丈夫よ、真美。あの後ね、あずさは元気になったの」

真美「え……?」

きょとんとした表情で伊織を見る真美。
伊織は笑顔のまま、ほんの一瞬真に目を向ける。
そして真が美希を連れて部屋を出て行ったのを確認し、真美へ視線を戻した。

伊織「痛みもなくなったし、体は完全に治ったわ。
   それで、今は律子達と一緒に灯台に居るの」

真美「ほ……本当? そうなの……?」

伊織「ええ、本当よ。ね、雪歩?」

雪歩「……うん。あずささん、言ってたよ。
  心配かけてごめんなさいって。でももう元気になったから、大丈夫よ……って」

伊織と雪歩は優しい声で微笑みかける。
真美が平常であったなら、
その笑顔のぎこちなさに気が付いていたかも知れない。

しかし、伊織の考えていた通りだった。
真美はあずさが生きていると聞き、俄かに顔を明るくして伊織に抱きついた。
大喜びとは行かないまでも、真美はあずさの無事を信じて安堵した。
伊織はそんな真美の頭をそっと撫でる。

これでいい。
真美の心をこれ以上追い詰めるわけにはいかない。
あずさの死は、最後まで絶対に隠し通す。
伊織は真美のぬくもりを感じながら、
また雪歩はその小さな背中を見つめながら、固く心に誓った。

伊織「……雪歩。真達を呼んできてくれるかしら」

雪歩「うん……。行ってくるね」

そうして真と美希は部屋に戻ってきた。
それを見て、真美は二人に歩み寄る。

真美「まこちんとミキミキも、真美達と一緒に居てくれるの……?」

そう言って真美は、雪歩が加わった時と同じ目で二人を見つめる。
真はその瞳に対し、優しく笑って頷いた。
それを受けて、真美は少しだけ嬉しそうに顔を明るくした。
だがその表情からは疑問の色が抜けきらない。
先程から黙って何も言わない美希と、ばっさりと断たれた頭髪が気になるようだった。

そんな真美に対して真は、
優しさの中に少しの悲しさが混ざったような笑顔を向けた。

真「ありがとう、真美。美希のことを心配してくれて……。
 でも今は、そっとしておいてあげて欲しいんだ。ちょっと、疲れちゃってるから……」

それを聞き、真美は心配げな眼差しで美希をじっと見る。
そして、虚ろな瞳でどこともない空間を見つめ続ける美希の手を、
何も言わずに優しく握った。

真美は、美希のことを案じている。
自分の心も追い詰められているにも関わらず、
弱っている仲間を想う優しさを失わずにいる。
そんな真美を見て、伊織はより強く決意を固めた。

伊織「真美……。あなたが寝ている間にね、
   これからどうするか真達と色々話し合ったの。それを今から説明するわね」

真美は振り向き、不安そうではあるが頷いた。
それを確認して、伊織はひと呼吸置いて説明を始める。

今自分達の持っている武器は、拳銃が一つ、手榴弾が一つ、
音響閃光手榴弾が二つ、そして探知機が一つ。
これらの武器を使って、346プロのアイドル達とどう戦うか。

敵は恐らく南東側の集落に居る。
放送を聞き、向こうもそろそろ活動を始める頃だろう。

放送によれば現時点での生存者の数は同じ。
焦る必要も無いが、悠長にしている余裕もない。
残された時間はもう多くない。
出来るだけ早めに差を付けておきたい。
可能なら敵対意思のある者は全滅させておきたい。

だから、まずはこちらから南東の集落へと向かう。
当然待ち受けられる不利もあるが、探知機という最大の利点を生かす。
敵に気取られない位置で待機し、外に出てきたところを不意打ちする。
「一時間ルール」がある以上、必ず外に出てくる。

その方法を取ることが出来れば、
一切の反撃を許さずに全滅させることも可能かも知れない。

可能性としては、既に向こうが動き出していることも考えられる。
こちらへ攻めて来ているかも知れない。
だがそうだとしてもやることは同じ。
先に敵に気付くのは探知機を持っているこちらだ。
身を隠して待ち伏せし、不意打ちで先制する。

とにかく、いずれにしろ戦闘の時は近い。

伊織が改めてこれからの行動を口に出して説明したことで、
その場の緊張感が一気に増した。
真美はやはり、抑えきれない恐怖に体が小刻みに震え始める。

伊織「……大丈夫。真美は何も心配しなくていいわ。
   絶対に、私達が守るから……」

震える真美の体を、伊織はそっと抱きしめる。
真美は何も言わずに、それまでと同じように、伊織の服を握った。

7:00 諸星きらり

……やっと気付いた。
やっと、気付いた。

杏はずっと、優しいままの杏だった。
自分の知っている杏だった。
自分の大好きな杏だった。

 『杏はそんなの絶対嫌だ。友達が殺されるなんて絶対に嫌だ。
  だから二人とも、力を貸して。生き残るために精一杯のことをするんだ……!』

これが杏の本当の気持ちだった。
心からの気持ちだった。
杏は最初からずっと、自分達のことだけを考えていてくれた。
これが本当の気持ちで、あの言葉は嘘だったんだ。

 『杏は嫌だよ。絶対に死にたくない。
 自分が生き残るためなら他の誰が死んだって構わない。』
 『ああ、二人は多分無理だろうから誰も殺さなくていいよ。杏が全部一人でやるから』

今なら分かるよ。
杏ちゃんは、きらりのためにこう言ってくれたんだよね。
「自分が生き残るためだ」って、そう言わないときらりが気にしちゃうと思ったから。
「きらりのために人を殺す」って言っちゃうと、きらりが悲しむと思ったから。
人殺しをきらりのせいにしたくないって、そう思ったから。
だから杏ちゃんは、こう言ってくれたんだね。

でも気付けなかった。
杏ちゃんの優しさを、勝手に疑って、勝手に怯えてた。

でも、それでも、ただ怯えるだけのきらりと、杏ちゃんは一緒に居てくれた。
足を引っ張るだけのきらりを守るために、ずっと一緒に居てくれた。

ごめんね、杏ちゃん。
きらり、謝るね。
いっぱいいーっぱい、謝るね。

だから出てきて。
杏ちゃん、どこに居るの?
謝りたいの。
杏ちゃん……

 『まずは346プロの現時点での死亡者。
 島村卯月、本田未央、双葉杏、以上三名。』
 『繰り返します。346プロの現時点での死亡者。
 島村卯月、本田未央、双葉杏、以上三名。』

……そっか。
そうだった。
杏ちゃんは、もう居ないんだった。
どうして?
どうして杏ちゃんは、死んじゃったんだっけ。

うん……わかってる。
杏ちゃんが死んじゃったのは――




きらり「……」

かな子「っ! きらりちゃん!」

李衣菜「えっ……!?」

突然のかな子の声に、他の皆は驚いて目を向ける。
するとそこには、上体を起こしたきらりの姿があった。

みく「き、きらりちゃん……! 待って、いきなり起きない方がいいよ!」

智絵里「う、うん! もうちょっと横になって……!」

長時間気絶していたこともあり、口々にきらりを案ずる言葉をかける。
しかしきらりはそんな皆に向け、にっこりと笑って返事をした。

きらり「だいじょーぶ、体調ばっちし! なんにも心配いらないにぃ!」

皆の知る、いつもと変わらぬ様子のきらり。
だがそれを見て、その場の全員が違和感を覚えた。
あまりにいつも通り過ぎる、と。

気絶する以前から、きらりが相当に心をすり減らしていたことは聞いている。
しかも親友の杏が目の前で死んだのだ。
いつも通りで居られるはずがない。

凛「……きらり、無理しなくていいよ。また倒れられても困るし」

率直に、凛は思ったことを口にした。
心配をかけまいと空元気を振り撒いているとしか思えなかったからだ。
だがきらりはそんな凛に対し、
また周りで心配そうに眉をひそめている皆に対し、
変わらぬ笑顔のままで、言った。

きらり「うーん、やっぱりみんな元気がないにぃ。でも安心して!
   きらりが765プロの人達、みーんなやっつけちゃうから!」

その言葉に一同は困惑の色を強めた。
凛も眉根を寄せ、怪訝な表情できらりの顔を見つめる。

凛「……やっつけるって……きらり、ちゃんと意味分かって言ってる?」

きらり「? わかってるよぉ。殺しちゃうってことだにぃ」

皆一瞬、きらりの返事が理解できなかった。
それほどまでにあまりに平然と、まるでなんでもないことのように、きらりは答えた。
普段のきらりを知る者達にとってこれはあまりに衝撃的であり、
一瞬遅れて理解したものの言葉が出てこなかった。

しかしそんな友人たちの動揺を尻目に、
きらりは立ち上がって足早に歩き出す。
そして部屋の隅へ向かい、短機関銃を手に取った。

きらり「それじゃ、きらり行ってくゆね! 
   すぐ戻って来るから、みんなはここで待ってて!」

みく「ま……待って、きらりちゃん!」

かな子「ど、どうしちゃったの……!?
    そんないきなり、こ、殺しちゃうなんて……!」

智絵里「ま、まずは話そう……? ね、お願いきらりちゃん……!」

武器を持ち部屋を出ようとするきらりに、
茫然としていた者達もはっと我に返り慌てて呼び止める。

皆の制止の声を聞き、きらりはぴたりと止まって振り返る。
その顔はやはり、変わらぬ「いつも通り」の優しい笑みだ。

きらり「きらりね、やっと気付いたの。杏ちゃんの言ってた通りだったって。
   みんなではぴはぴしたかったら、ゲームに勝たなきゃいけないんだって」

李衣菜「それは分かってるよ……。だから、そのために一番良い方法を考えなきゃ!
    一人で突っ走ってそれで死んじゃったら意味ないでしょ!?」

凛「そうだよ……。きらりが行くなら私も行く。私だって戦いたいんだから」

きらり「ダーメ。凛ちゃんは、ここでみんなと一緒に居てあげて?
   それに銃ってこれだけしかないんでしょ?
   だったらきらりが一人で行くのが、いーっちばん、良い方法だにぃ」

凛「っ……それは……」

『武器が一つしかないなら、一人で行くのが一番良い』

これは前日に自分自身が言っていたのと
同じ論であることに凛は気が付いた。
また純粋な身体能力を比べるのであれば
この中ではきらりが最も高いと考えられることもあり、
凛は言葉に詰まってしまった。

付いて来られると足手まといになる。
本人が自覚しているか否かは分からないが、
きらりが言っていることはつまりそういうことだった。

確かにきらりが本気で765プロと戦うのであれば、その通りかも知れない。
李衣菜もそのことは理屈では納得できた。

しかしだからと言って、「じゃあよろしく」と送り出せるはずもない。
そしてこの時には皆はっきりと分かっていた。
今のきらりは間違いなく、正気ではないと。

李衣菜「確かに……一人で行った方が下手に人数を増やすよりは良いかも知れない。
    でももう少し落ち着いて、考えようよ!
    大体、行くって言ったってどこに行くつもりなの!?」

そう言って李衣菜はきらりを止めようとする。
しかしその直後。

凛「……もう一つの集落に、多分水瀬伊織が居るよ」

落ち着いたその声に李衣菜は驚いて振り向く。
だが凛はその視線を受けながら、俯き気味に続けた。

凛「でも気をつけて。向こうは少なくとも拳銃を持ってる……。
  それと多分、音と光が出る爆弾みたいなのも」

みく「り、凛ちゃん……!?」

李衣菜「ちょっ……ちょっと、何言ってんの……!?
    まさか本当に一人で行かせる気!?」

きらりを後押しするようなその言葉に、
李衣菜は食って掛かり、みく達は困惑の色を浮かべ凛を見つめる。
しかしそんな一同の様子など目に入っていないかのように、

きらり「凛ちゃん、ありがと! きらり頑張ってくるね!
   いーっぱいやっつけちゃうから、待っててにぃ!」

きらりはそう言って、部屋を飛び出して行った。

かな子「あっ……!? き、きらりちゃん!」

李衣菜「待って! ちょっと……!」

李衣菜を先頭に、凛以外の全員がきらりの後を追って走り出した。
外に出てきらりの姿を確認し、その背を追いかける。
しかしそれは長くは続かなかった。
銃と鞄を持ったきらりの姿は想像を遥かに超える速さで小さくなっていき、
そしてあっという間に森の中へと消えた。

森と集落の境目の辺りで、
全員が息を切らせてその場に立ち尽くす。
追いつくのは不可能だと、全員がそう悟った。
またそれと同時に痛いほど実感させられた。
自分達では本当に、きらりの足手まといにしかならないのだと。

凛「……きらりなら、やってくれるよ」

不意に背後から聞こえた、落ち着いた声。
その無責任とも取れるような言葉に、
李衣菜はほんの一瞬だけ、凛を責めようとした。
しかし振り返った先にあった凛の表情を見て、
その感情は一気に引いていった。

凛「私だって、きらりのことは心配だよ。
 でも想像してみてよ……ううん、みんなももう分かってるんでしょ……?
 まともな武器も持たずに付いて行ったところで、ただ余計な犠牲を出すだけ……。
 私達には、何もできないんだよ。
 だからせめて……敵の居場所と武器くらいは、教えてあげないと……」

凛は苦痛を堪えるように、歯を食いしばるようにしてそう言った。
それを見て李衣菜達は気付いた。
凛の心も今、様々な感情の狭間で揺れ動いているのだと。

自らの手で卯月達の仇を討ちたい。
きらりが765プロと戦うと宣言した時は、正直に言うと嬉しかった。
「これで戦える。みんなの仇を討てる」と、そう思った。

しかしきらりと自分の考えは一致しなかった。
そして、きらりの意見は正しいと思ってしまった。

自分では足手まといになるだけ。
きらり一人の方が確実に多くの敵を倒すことができ、
生還する可能性も高いと、直感的にそう思ってしまった。
そして実際に、今のきらりの身体能力が自分達全員のそれを
遥かに上回っていることを目の当たりにした。

凛「きらりのことを心配するなら……ここで待ってるのが一番なんだ。
 ゲームに勝つためにも、そうするのが一番なんだよ……」

凛「……私達は、私達にできることをやろう」

そう言って凛は、踵を返して元居た民家へと歩き出す。
一同はその背を見つめながら、表情を歪めた。
自分達ではきらりに付いて行くことも引き止めることもできない。
その事実に言いようのない悔しさと悲しさを覚えた。

それは凛もまた同じだった。
しかしその一方、凛の殺意は欠片も損なわれていなかった。

きらりの足手まといになるから、こちらからは攻め込めない。
まともな武器がない以上、下手に動くこともできない。
でも、もし向こうから攻めて来た時には、手段を尽くして殺してやる。

敢えて口には出さず、凛は静かにその想いを強めていった。

今日はこのくらいにしておきます
続きは多分明日か明後日くらいに投下します

>>341
それは僕じゃあないです

7:10 水瀬伊織

伊織「そろそろ、行きましょう」

真美の震えが少しおさまったのを確認し、
伊織は真と雪歩に向けて静かにそう言った。
二人は頷き、各々荷物を持つ。
真美も雪歩に手渡されて自分の鞄を持った。

そうして五人は民家を出て森へと向かう。
しかし森に入る直前で、先頭の伊織が足を止めた。

その理由を伊織が口にするまでもなく、真と雪歩は瞬時に理解した。
伊織が注視している探知機の液晶を横から覗き見る。
そして確認した。
346プロを示す印が一つ、
真っ直ぐこちらへ向かってきていることを。

南東の集落には渋谷凛と緒方智絵里が居るはずだ。
つまり、ここに765プロが居ることは伝わっているはず。
にも関わらず、たった一人でここへ走ってきている者が居る。

一体どういうつもりなのか。
一人でも勝てる見込みがあって来たのか、
それとも戦い以外が目的なのか……。

相手の考えは分からないが、のんびり推理している時間はない。
移動速度がかなりのものだ。
もうすぐにでもあの木々の隙間から姿を現すだろう。
今取るべき行動は、決まっている。

伊織「みんな急いで隠れて! 真は向こう! 私達はあっち!」

伊織は声を殺してそう指示し、皆その通りに動いた。
真は美希を連れ、東側の民家の陰に。
伊織と雪歩は真美を連れ、西側に。
互いが視認できる位置に別れ、
そして間もなく森から出てくるであろう敵を待ち、息を潜めて武器を構えた。

二つに別れたのは全滅のリスクを減らすためでもあるが、
あわよくば挟み撃ちの形になればいいとも伊織は考えていた。

今自分達が隠れている位置なら、
もしこの敵が進行方向を変えず真っ直ぐに進んでくれれば上手く挟むことができる。

伊織「……雪歩、準備はいい?」

小さな声で伊織は問い、雪歩は緊張した面持ちで頷く。
予定ではまず初めに雪歩が音響閃光手榴弾で敵の行動力を奪い、
そして伊織が接近し、銃撃することになっている。

だがもしも敵が音響閃光手榴弾に対応した場合は、
状況にもよるが、真が手榴弾を投げることになっている。
伊織はそれを確認するべく向かい側の真に目線を送り、
真もまた、黙って頷いた。

そして、敵が姿を現したのはその直後だった。

きらり「……」

木々の間を駆け抜けて出てきたのは、諸星きらり。
その姿と手に握られた武器を確認し、すぐに伊織達は頭を引っ込めた。

伊織はきらりの姿を見て一瞬跳ねた心臓を、静かに息を吐いて鎮める。
亜美を殺した二人のうちの一人がここに姿を現した。
仇を討つ絶好の機会がやって来たのだ。
伊織の拳銃を握る手に、ぐっと力が入る。

その一方、真は伊織とは違う理由から、手榴弾を強く握り締めていた。
森から走り出て来たきらりを見た時、真は強い違和感を覚えた。
初めはその理由が分からなかったが、
今再びきらりの姿を思い起こして分かった。

きらりは山道を少なくとも数百メートル、ほぼ全力に近い速度で走ってきたはず。
にも関わらず、姿を現した彼女は、息一つ切らしていなかったのだ。

体の大きさと、相当に高いと思われる体力、所持している武器。
またそれらに加えて、格闘技の経験から来る直感。
真はこれから自分達が戦う相手が、
恐らくこれまでで一番の強敵であることを推測した。

真は陰に隠れたまま、伊織に視線を送る。
伊織は探知機にじっと目を落とし、きらりの動向を探っているようだった。
また雪歩も伊織の隣で同じように液晶を見つめている。
と、それから数秒後。
二人は顔を上げ、真に目配せした。

 「予定通り行く」

真は頷き、雪歩を見つめる。
伊織は再び液晶を注視する。
雪歩は音響閃光手榴弾のピンに指をかける。

そして伊織の手が上がり、雪歩はピンを引き抜いた。

が、次の瞬間。

伊織「ッ!?」

雪歩「きゃあッ!?」

真美「やっ……ぃやああぁあああッ!!」

連続する発砲音と共に、伊織達が隠れている民家の壁に穴が開いた。
皆、何が起きたのか分からなかった。
真っ先に理解したのは、真だった。

雪歩がピンを抜いた音。
それをきらりは聞き取った。
そしてそれとほぼ同時と言っていいほどの反応速度で、
音のした方へ銃口を向け発砲したのだ。

唯一幸いだったことは、
雪歩が音響閃光手榴弾を握り締めたままだったということだ。
つまり、ピンは抜いたがレバーは外れていない。
自分達の武器が自分達を襲うということはなかった。

しかしこの状況で、その程度のことを幸いなどと呼べるはずはない。
これ以上無い最悪の事態が、目前に迫っているのだ。
音で分かる。
きらりは伊織達に向けて発砲しつつ、近付いて行っている。
何か手を打たなければ間違いなく、伊織も雪歩も真美も殺される。

初めの銃声が聞こえてからの僅か数秒間に、真は全力で思考した。
そして判断し、即座に行動に移した。

勢いをつけ、手榴弾のピンを引き抜く。
一瞬腕に痛みが走ったが、そんなことを気にしている暇など無い。
半身だけ壁から出て、そして、きらりに向けて手榴弾を投げた。

連続する発砲音に紛れ、真がピンを抜く音はきらりには聞こえなかった。
だが視界の端に、ちらりと動くものが映った。
瞬時にきらりは視線を移し、そして見た。
杏の命を奪った物が、数メートル先の空中に浮いているのを。

次の瞬間にきらりが取った行動は、
未央と対峙した真と同じものだった。
こちらへ飛来する「それ」へ向けて足を踏み出し、
そして手に持った短機関銃を振りかぶり、思い切り弾き飛ばした。

金属と金属がぶつかり合う音。
それから少しの間を空け、遥か遠くでの爆発音。
この二つの音を聞き、真は自分の攻撃が失敗したことを理解した。
そして悟った。
自分達ではこの敵には適わない、と。

真「みんな! 逃げ……」

『逃げろ』
現状生き残るための唯一の方法はしかし、真の口から出ることはなかった。

手榴弾を弾き飛ばした音から爆発音が聞こえるまでの僅かな時間。
その僅かな時間に、きらりは既に真達の居る場所へ到達していた。

伊織達に向けられた真の視線は、きらりの体で遮られた。
短機関銃を構えたきらりが今、真と美希の目の前に立っていた。

まこと「ッあぁああああ!!」

きらりの腕へ向けて蹴りを出すべく、真は足を踏み込む。
が、遅すぎた。
その瞬間には既に、連続した発砲音が再び、集落に響き渡っていた。

真の体から血が吹き出る。
片足を浮かせたまま、仰向けに倒れ伏す。
美希は足元に倒れた真を見る。
そして、

美希「……や」

一言にも満たないかすれた声が、美希が最後に発した言葉となった。



菊池真
星井美希 死亡

真と雪歩が殺された。
しかし伊織達には悲鳴を上げる時間すら与えられなかった。
きらりは即座に振り向き、再び伊織達に向け発砲する。
それに対し伊織達は、咄嗟に身を伏せることしかできない。

が、数発撃ったところで唐突に銃声が鳴り止んだ。
弾を撃ち尽くしたのだ。

この機を逃すわけにはいかないと、伊織は拳銃を構えようとした。
しかし次の瞬間に伊織は反撃を断念した。
きらりが即座に、物陰に身を隠したからだ。

そこできらりが何をしているのか考えるまでもなく分かった。
きらりは今、弾倉を交換している。
今度こそ自分達を殺すために。

伊織「ッ……真美、立って!! 早く!!」

そう叫び、強引に真美を立ち上がらせる。
雪歩も伊織の意図はすぐに分かった。

二人で真美を立ち上がらせ、
手を引いて西側の森へ向かって全力で駆ける。

その直後、きらりは物陰から出てきた。
弾倉の交換を終えたのだ。

そして森へと入っていく伊織達の姿を確認し、
即座にあとを追って走り出す。
互いの距離は決して遠くなく、
きらりが伊織達に追いつくのは時間の問題だった。

伊織「はあっ、はあっ、はあっ……!」

伊織は全速力で駆けながら必死に考えた。

このままだと全員殺される。
逃げるのも応戦するのも無理だ。
武器にも身体能力にも差がありすぎる。

自分達が万全であっても恐らく逃げ切れない。
真美の動きが鈍いだとか、そんなことは関係ない。
このままだともう残り数分も待たず、三人まとめて全滅してしまう。

振り向かなくとも、探知機を見なくとも分かる。
後ろに来ている。
間違いなく距離は縮められている。
次の瞬間にでも発砲され、体を撃ち抜かれるかもしれない。

それならどうすればいいのか。
どうするべきか。
決まっている。
全滅を避けるためにここで取るべき行動は一つ。

伊織はその答えを口に出すべく、雪歩を振り向こうとした。
しかしその直前。

雪歩「伊織ちゃん! 別れよう……!」

伊織は目を見開いて雪歩を見る。
短い言葉だったが、伊織はすぐに理解した。
雪歩も自分と同じ考えだったのだと。

伊織は雪歩の目を見て頷き、そして真美を連れて北へ。
雪歩は南へと方向転換した。

そしてそれを見たきらりは、
より多くの敵を殺せる方へと向かった。

伊織「ッ……! 真美! 頑張って!!」

きらりが自分達に狙いを定めたことに気付き、伊織は真美を鼓舞する。
だが真美はボロボロと涙を流したまま、走る速度は上がらない。
恐怖からか、悲しみからか、走りながら泣き続けている。
そのせいで呼吸は乱れ、既に真美の心肺機能は限界を迎えつつあった。

もう、仕方ない。
このまま逃げていても背後から撃たれて死ぬだけ。
イチかバチか迎え撃って、真美だけでも逃がさなければ。

伊織「真美っ……あんたはこのまま」

走り続けなさい。
そう指示しようとした伊織の言葉は次の瞬間、
背後から聞こえた爆音に中断させられた。

銃声ではない。
それは伊織がよく知っている音だった。
耳を塞いでいても聞こえてくる、あの強烈な音だった。
その音が今、自分達の後ろ……
恐らくきらりよりも後ろから、聞こえてきた。

伊織は反射的に背後を振り向く。
すると、離れた位置できらりもまた後ろを振り返っていた。
そしてその直後。
きらりは自分達に背を向け、音のした方へと走り出した。

何が起こったのか、伊織はすぐに理解した。
雪歩がきらりに向けて音響閃光手榴弾を投げたのだ。

何のために?
決まっている。
きらりの注意を引くためだ。

雪歩はすぐに気が付いた。
敵が自分ではなく、伊織と真美を追って行ったことに。
そして次の行動に一切の迷いはなかった。
初めから決めていたのだ。
もし敵が自分の方に来なければ、こうすると。

手に握られた音響閃光手榴弾。
これは元々伊織のもの。

  『もしもの時のためにあんたが持ってなさい。
  上手く使えば身を守るくらいはできるはずだから』

そう言って渡されたものだった。

しかし雪歩はこの武器を、
自分の身を守るためにと渡された武器を、
伊織達を守るために使った。

そしてこの武器は、雪歩が期待していた以上の効果を発揮した。
音響閃光手榴弾の発する爆発音は
きらりの注意を一瞬引くだけに留まらなかった。

きらりにとって、「爆発物」は他の何より
優先して排除しなければならない危険物だった。
だからきらりは狙いを変えた。
雪歩を真っ先に始末しなければならない、と。

そして雪歩は、きらりが自分に向かって走り出したのを見て

雪歩「伊織ちゃん!! 逃げてぇええええええええッ!!」

今までのどんな時よりも大きな声でそう叫び、背を向けて再び全力で走った。
せっかく注意を引きつけても伊織達が逃げてくれなければ意味はない。
自分がすぐに殺されても意味はない。

自分には銃も無ければ刃物も鈍器もない。
自分にできることは、ほんの僅かでも時間を稼ぐこと。
出来るだけきらりを伊織達から離してから……殺されること。

真美「や、やだ……ゆきぴょん……!」

真美の混乱した頭にも、雪歩の声は届いた。
そして何が起きたのか理解し、雪歩の方へ足を踏み出す。
しかしそれを伊織が止めた。

伊織「駄目ッ……! 今は逃げるの! 真美!!」

真美「やだ! やだぁああ!! やだああぁああああ!!」

伊織が掴む手を振りほどこうと、真美は泣き叫ぶ。
だが伊織はその手を更に強く引き、真美の体を思い切り抱きしめた。
そして両手で真美の顔を挟むようにして掴み、
近い距離で真美の目を見つめ、
真美と同等か、それ以上の涙を流しながら叫んだ。

伊織「追いかけても雪歩は喜ばない!! 言ったでしょ!?
   あんたに生きて欲しいと思った子達の想いを無駄にしないで!!」

そうして、再び手を掴んで強く引いて走る。
真美は泣き叫び続けた。
しかし今度は、伊織の手を振り払おうとはしなかった。




森の中に銃声が響く。
何発も連続して鳴り続ける。
何十発にも何百発にも聞こえる。

しかしそれも、永遠には続かない。

雪歩「ッあ……!?」

背中の、肩辺り。
強い衝撃と熱を感じ、雪歩は地面に倒れ込んだ。
足音が聞こえる。
近付いている。

雪歩「はあッ、はあッ、はあッ……!!」

全速力で駆けたせいか、傷の痛みのせいか。
雪歩はうつ伏せに倒れたまま、地面に荒い呼吸を吐き続ける。

だが、まだだ。
まだ終われない。
雪歩は体の向きを変え、敵が来るであろう方向を見る。
すると、

きらり「……」

既に、立っていた。
息一つ切らさず、こちらを見下ろし、銃口を向けている。
そして次の瞬間、数十発の弾丸が雪歩の体を撃ち抜いた。

そのまま雪歩は力なく仰向けに倒れた。
きらりはそのまま黙って、雪歩の荷物を回収しようと一歩踏み出す。
だがその時、気が付いた。
雪歩の左手の人差し指に、金属の輪のようなものが引っかかっていることに。

その直後、雪歩の鞄の中から発生した音が、きらりを襲った。

閃光は鞄にほぼ遮られたが、その音は十分に効果を発揮した。
自らの命と引き換えに、雪歩は一時的にきらりの聴力を奪った。

これが雪歩の、最後の時間稼ぎ。
伊織から受け取った武器を、
想いを無駄にしないための、最後の仕事。

耳を押さえて眉をひそめるきらりの足元で、
役目を終えた雪歩は静かに眠り続けた。



萩原雪歩 死亡

今日はこのくらいにしておきます
>>410で真の苗字間違ってすみませんでした
あと今更ですが、あずささんのフッ酸は全部こぼれてます

続きはもしかしたら来週末とかになるかも知れません
早ければ月曜辺りです

7:15 音無小鳥

それは、律子の埋葬を終えて灯台へ戻ったのとほぼ同時だった。
中へ入ろうとした小鳥達の耳に、音が聞こえてきた。
その音に、俯いていた者達も全員顔を上げる。
音の発生源は恐らく集落辺り。
原因は恐らく……いや、間違いなく銃撃だった。

そしてそれは、346プロが所持していた短機関銃の銃声であることは明らかだった。
つまり、戦いが始まってしまったのだ。
だがそれを知った一同の大半は、
ただ動揺するばかりで動き出すことができなかった。

もし律子が生きていれば、ここで皆に指示を与えていたかも知れない。
しかし、彼女はもう居ない。
律子の死によって失われたものは大きく、
彼女を頼もしく思っていた者ほど、まともな思考ができる状態からは遠かった。

しかしそんな中、小鳥が口を開いた。

小鳥「止めなきゃ……! そうじゃないと、また誰かが……!」

そう言って346プロのアイドル達に目を向ける小鳥。
その言葉と視線の意味は、小鳥が説明を加えるまでもなく皆分かっていた。

戦いを止めるため、誰かに付いてきて欲しい。
そう言っているのだ。
そしてこれを受け、真っ先に反応したのは美波だった。

自分達のように協力を選んだ者。
伊織や凛達のように敵対を選んだ者。
これまで互いに干渉し合おうとはしなかった。
だが、もうそんなことを言っていられない。
仲間の死を身近に体験し、改めて強く思った。

これ以上誰にも死んで欲しくない。
止めなくては。
意見が違うだとかそんなことを言っている場合じゃない。
今はとにかく、戦いを止めなければ。

その想いが小鳥から伝わり、
それに呼び起こされるように美波の想いも強まった。
そして美波はその感情に従い、
自分が付いて行く、と名乗りを上げようとした。
しかしその直前。
それを制するかのように、小鳥は美波の目を見て、強い口調で言った。

小鳥「美波ちゃんは、ここでみんなと一緒に居てあげて!
   あなたはずっと律子さんと一緒に、みんなをまとめてくれてた。
   そんなあなたをみんな必要としているはずだから……!」

これを聞き、美波は言葉に詰まった。

小鳥の言う通り、美波は律子をサポートする形で、
灯台に居る346プロの代表として皆をまとめる役割を担っていた。
また、小鳥を除けばこの中で最年長でもある。
だからこそ、皆の傍を離れてはいけない。

小鳥からそう諭されてなおそれでも自分が行くとは、美波は言い出せなかった。
しかし、それでは誰が行くのか。
美波は小鳥にそう問おうとした。
が、その答えも小鳥の中では既に決まっているようだった。

小鳥「戦いが始まったということは、きらりちゃんが目を覚ましたんだと思う。
   だから……」

ここで小鳥の視線は美波を外れ、そして固定される。
皆がその視線を追ったのと同時に、小鳥は震えを抑えるような声で、言った。

小鳥「莉嘉ちゃん、みりあちゃん……!
   あなた達の言葉なら、きっときらりちゃんに届くわ!」

小鳥「銃を撃ったのが誰なのかは分からない……。
   でも莉嘉ちゃん達が話してくれれば、きらりちゃんがきっと戦いをやめさせてくれる!
   だからお願い、二人のうち一人だけでもいいの! 私に付いてきて……!」

きらりが目を覚ましたということも、
今あの場にきらりが居るということも、
全てただの憶測、可能性に過ぎない。

しかし小鳥の言葉は、
莉嘉とみりあの幼い使命感に火を点けるのには十分だった。
命が果てる瞬間を多く目の当たりにしたみりあと、
罪悪感に心を痛め続けた莉嘉。
その二人が、自分達が戦いを止められるかも知れない、
誰かの命を助けられるかも知れないと聞いて、
答えを出すのに時間はかからなかった。

莉嘉「ア、アタシ、行く!
   きらりちゃん達と話して、戦うのやめてもらう!!」

みりあ「私も……! 私も行きたい!」

美波「っ……で、でも、待って!
   莉嘉ちゃんはともかく、みりあちゃんは怪我を……!」

みりあ「大丈夫だよ……! ちょっと痛いけど、我慢できるもん!」

美波「でも……!」

みりあの意思は固いようだが、それでも美波は食い下がろうとする。
しかしそんな美波の前に、

貴音「問答の時間はありません。
   今は僅かな時間の差で救える命の数が変わってしまう状況です。
   ここは彼女達の意志を尊重し、行かせましょう」

今度はそう貴音が割って入り、
美波は再び何も言えなくなってしまう。
そして美波や他の誰かが何かを言う前に、

小鳥「二人とも、ここで待ってて!」

そう言って小鳥は灯台の中へ駆け込んだ。

それからすぐに小鳥は戻ってきた。
しかしその手に持たれた道具を見て、一同は胸がざわつくのを感じた。

小鳥が灯台から持ち出してきたのは探知機と鞄。
そして……散弾銃。

この武器に、ほぼ全員が当然疑問に思った。
探知機はともかくとして、
話し合いのためにそんな強力な武器を持っていく必要があるのか、と。

だがそれと同時に、
戦いの場に一切の自衛の手段を持たずに赴くことの危険性も理解していた。
だから皆、その疑問を口に出すべきか迷った。
しかし口に出すまでもなく、小鳥はそんな彼女達の想いを察した。

小鳥「大丈夫、本当に念の為に持って行くだけ……。
   人を傷付けたりなんか、絶対にしないから」

この言葉と真剣な小鳥の表情を見て、皆はそれ以上追及することはやめた。
また、少し前の貴音の言葉も皆の頭に残っていた。

今は一分一秒が惜しい。
発砲音だけでなく、爆発音までもが聞こえてきた。
戦いを止めるために武器が必要か否か、その議論をしている時間はない。

……もしこの時、彼女達があと少しでも律子を失ったショックから回復していれば。
もう少しだけでも、深く思考する精神的余裕、時間的余裕があれば。
更に複数人小鳥に付いて行くか、あるいは別の方法を思い付いていたかも知れない。

だが現実はそうはならなかった。
律子の死と焦りによって思考は鈍り、
半ば勢いに押される形で、小鳥達に戦いを止めるという役割を任せてしまった。

そうして小鳥を先頭に、莉嘉とみりあも付いて駆け出した。
強力な武器を持った小鳥に、最も小柄で非力な二人が付いていった。
小鳥の、思惑通りに。




伊織「はあっ……はあっ……!」

伊織は片手を膝につき、息を整える。
流石にもう走り続けるのは限界だ。
自分ではなく、真美が限界だった。

真美は地面にへたり込み、何度も咳き込みながら必死に肺に酸素を送り込んでいる。
伊織はそんな真美の手を強く握ったまま、探知機に視線を移した。
液晶には765プロを示す点が二つ点滅しているだけ。

なんとか、逃げ切れたようだ。
こうなればもう捕まることはないだろう。
探知機に反応があればすぐに離れればいいのだから。

だが、いつまでも逃げ続けるわけにはいかない。
真も美希も、恐らく雪歩も、死んでしまった。
そして三人の犠牲の上に、今の自分達の命がある。
この命をどう使うべきか、答えは決まっている。

戦うんだ。
逃げ回っているだけでは駄目だ。
今から十数時間のうちに、少なくとも四人、346プロの者を殺さなければ。
そうしなければ負けてしまう。
今生き残っている皆も全員、死んでしまう。
ならどうするべきか。
やはり南東集落に行くべきか……。

そう必死に考えていた伊織だが、
その思考は次の瞬間、探知機に奪われる。

恐らくきらりだと思われる346プロの点が一つ。
そしてその点は真っ直ぐに、灯台を目指して進んでいた。




小鳥「止まって!」

森の中を少し進んだところで、小鳥は後ろの二人に指示して立ち止まった。
莉嘉は小鳥と手を繋ぎ、みりあは莉嘉と手を繋いだまま、
乱れた呼吸を静かに整える。

小鳥の視線は手に持った探知機に注がれ、
また、位置関係を照らし合わせるように周りの風景を見回す。

莉嘉「ど、どうしたの? 346プロのみんな、居たの?」

と莉嘉が聞いた直後。
小鳥は向きをほぼ180度変え、莉嘉達の手を引いて走り出す。
そして驚いて声を上げた莉嘉とみりあに、走りながら説明した。

小鳥「346プロの子が一人だけ、多分灯台に向かってる……!
  もしかしたら灯台のみんなを襲うつもりなのかも知れないわ!」

莉嘉「っ!? そんな……!?」

みりあ「で、でも、仲良くするために行ってるのかも知れないよね……!?」

小鳥「……だったら、いいけど……!」

その会話を最後に、三人は黙って走り続ける。
小鳥はその間、何度も探知機へ目を落とした。
相手の移動速度はかなり速い。
だが気付いたタイミングと位置関係が良かった。
これならなんとか先回りできそうだ。

そして小鳥の考えた通りだった。
小鳥達が灯台と集落とを結ぶ小道に出た直後、
十数メートル集落側から同じように、きらりが飛び出してきた。

「きらりちゃん」
と莉嘉とみりあは同時に叫びかけたが、
その名は最後まで呼ばれることはなかった。
返り血を浴びたきらりの姿を見て、二人の言葉は呼吸と共に喉元で詰まった。

そんな莉嘉達の姿を見て、きらりもまた大きく目を見開いた。
そこにはきらりの大好きなユニットの友達が二人居た。
そしてそのすぐ後ろに、居た。
卯月を殺した敵が、卯月を殺した武器を手に立っていた。

莉嘉「き……きらりちゃん、み、みんなはどうしたの!?
   きらりちゃん、一人なの!?」

みりあ「さ、さっき誰か戦ってたよね? もしかして、きらりちゃんだったの……?」

莉嘉「と、とにかく武器を離して、きらりちゃん!
   あっ……このお姉ちゃんは大丈夫だよ! 765プロの人だけど、すっごく優しくて……!」

二人は一生懸命きらりに呼びかける。
自分達が戦いを止めに来たこと、
きらりを心配していること、
これ以上誰にも傷ついて欲しくないこと。

だがその言葉のどれも、きらりの耳には入っていなかった。
音響閃光手榴弾の影響で一時的な難聴に陥っていることもある。
だが仮にそれがなかったとしても、
今のきらりの耳には何も届かなかっただろう。
きらりの頭はただただ、目の前に居る卯月の仇をどうするか、
それを考えるためだけに使われていた。

そして小鳥は、膨れ上がるきらりの殺意を感じ取った。
莉嘉とみりあの説得に応じようとしているようにはまるで見えない。
間違いなく今のきらりは、自分を殺すことしか考えていない。
二人の説得が通用しないのなら……やるしかない。

小鳥「動かないで!! 武器を捨てなさいッ!!」

「あの時」と同じ状況だった。
同じだと思っていた。

あの時と同じことをすれば良い。
自分は既に手を汚してしまっているのだ。
だからもう大丈夫、覚悟は出来ている。
今更躊躇などするはずもない。
ほんの少し前まで、そう思っていた。

だが、あの時とは違っていた。
そこには決定的な違いがあった。
人質が二人に増えたことではない。
相手の武器がより強力なものになったことでもない。
あの時との決定的な違い、それは……

小鳥が既に、人を殺すことの辛さを、苦しさを、知ってしまっていること。

突然の怒声に驚いて振り返った幼い少女と、
小鳥は、目があった。

小鳥「ッ!? ゴボッ……!!」

胃液が逆流し、口から吐瀉物が溢れ出す。
視界が明滅する。

  『あっ、私、島村卯月です! 346プロで、
  ニュージェネレーションズっていうユニットでアイドルをさせてもらってます!』

記憶がフラッシュバックする。
あの時の卯月の顔が。

  『小鳥さん、よろしくお願いします!』
  『みんなで頑張れば、きっと家に帰れますよね!』

出会った時の屈託のない笑顔が。
心優しい少女の笑顔が。

  『ぃ、たい……。痛ぃ、痛いッ……!』
  『や、だ……嫌……だれ、か……。
  た、すけて……凛ちゃ……未央、ちゃん……!』

次々と蘇る。
壊れたテレビのように記憶が、映像が、
一瞬一瞬切り替わり、それなのにその全てが鮮明に見える。
自分に心を許した少女達の笑顔が。
純粋な信頼を寄せる瞳が。
悲しさに流す涙が。
小さくか弱い手の温かさが。
小鳥の感覚の全てを埋め尽くす。

眩む視界で小鳥は見た。
自分から逃げていく二つの小さな背中。
あの時逃げることのできなかった背中が、今度は、離れていく。

小鳥は、殺すことができなかった。
殺しきることができなかった。
自分の心を、殺しきることができなかった。

『守るため』では、小鳥は、殺すことができなかった。

そして小鳥は、全身に空いた穴から血を流し、倒れた。
涙でいっぱいのその瞳はもう二度と、何も映すことはなかった。



音無小鳥 死亡

7:40 諸星きらり

きらり「莉嘉ちゃん、みりあちゃん! もう大丈夫だにぃ!」

敵が動かなくなったことを確認し、
小道の脇の森へ向けてきらりは呼びかけた。
しかし誰も出てこない。
首をかしげ、二人が逃げ込んだ茂みへ小走りで向かう。

枝葉をかき分けると、そこに莉嘉達は座り込んでいた。
二人の無事な姿を見て、きらりは満面の笑みを浮かべて正面に回り、
膝をついてぎゅっと抱きしめた。

きらり「良かったぁ! 二人とも、怪我してないよね!
   きらりが逃げてって言って、そしたらすぐに逃げてくれたから、
   あの悪い人もちゃーんと、やっつけられたにぃ!」

だがそんなきらりと、莉嘉達の表情は対照的だった。
全身は小刻みに震え、目には涙が滲んでいた。

僅か数秒の間に起きた出来事は、
莉嘉とみりあの頭と心を酷く混乱させた。

信頼していたはずの小鳥が、自分達に銃口を向けた。
だがその小鳥は次の瞬間、嘔吐して膝をついた。
そしてきらりの叫びに咄嗟に従いその場を離れた直後、
きらりが小鳥を射殺した。

何が何だか分からなかった。
ただ、とてつもなく恐ろしい体験をしてしまったという実感だけが、
二人の心に強く根を張っていた。

きらりはそんな二人の様子に気付き、より強く抱きしめる。
そしてそのまま、優しく語りかけるようにして言った。

きらり「ごめんね……。怖かったよね、ごめんね……。
   でも大丈夫。きらりが絶対、助けてあげるから。
   怖い人達みーんなやっつけて、またはぴはぴできるようにするから」

きらり「だから莉嘉ちゃん、みりあちゃん。二人はここに隠れてて!
   すぐ戻ってくるから、心配いらないにぃ!」

そう言って笑いかけ、きらりは立ち上がる。
そして背を向けて再び小道へと出て行った。

みりあ「き……きらり、ちゃん……」

みりあは辛うじてきらりの背中に声をかけたが、
きらりは返事をすることなく歩き続け、そのまま草木の向こうへと姿を消してしまった。

みりあと莉嘉は二人、茂みの中できらりの消えた辺りを涙目で見つめる。
だがその後、ほぼ同時に互いの顔を見合わせた。

二人の意思は共通していた。
本当にこのままきらりを一人で行かせていいのか。
いいはずがない、と

ならどうするべきなのか。
具体的な案は浮かんでいない。
だがとにかく、きらりを放っておくわけにはいかない。

きらりを心配しているのか、
きらりに襲われるであろう765プロの者達を心配しているのか、
それは二人にも恐らく分かっていない。

しかしきらりのことを想う一心が、
恐怖と混乱に支配されかけた莉嘉とみりあの心に、僅かな勇気を取り戻させた。

どちらからともなく二人は立ち上がり、きらりが去っていった方へ足を進める。
そして茂みから出る直前で立ち止まり、
そこから恐る恐る、小道の様子を窺ってみた。

きらりはすぐに見つかった。
ここから数メートル北の方で、背を向けてかがみ込んでいる。
その横には、小鳥の遺体が見えた。

二人は思わず息を呑み、一瞬遅れて、
きらりが小鳥の鞄を探っていることを理解した。
有用な道具を回収していくつもりだろう。
まだこちらに気付いていないらしく、
黙々と作業を続けている。

遺体の隣で平然と荷物を漁る友達の姿を見て、
莉嘉達は言いようのない感覚を覚えた。
恐ろしさなのか、悲しさなのか、よく分からない感情が二人を襲った。
だが、芽生えた勇気は消えることはなかった。
きらりを想う気持ちが、二人の足を茂みの外へと踏み出させようとした。

しかしその直前、出かけた足はぴたりと止まる。
足の代わりに、目が、頭が動いた。
きらりの居る場所とは反対方向から、音が聞こえた。
その音の正体を、茂みの中から莉嘉とみりあは見る。

そこには拳銃を持った伊織が、息を切らせて立っていた。

それを見た二人は一瞬、思考が止まった。
だが次の瞬間……
伊織が殺意に表情を歪めて拳銃を構えた瞬間。
止まった思考が動き出すよりも先に、莉嘉とみりあの体は動いた。

莉嘉「駄目ぇッ!!」

みりあ「きらりちゃん!!」

二人は同時に叫び、茂みから飛び出した。
この大きな叫びが初めて、きらりの麻痺した耳に届いた。

きらりは声がした方へほぼ反射のように振り向く。
そして、目の前の光景に大きく目を見開いた。

きらりの振り向いた先。
そこには、こちらへ向けて銃を構えた敵と、
その間に両手を広げて立つ、二つの小さな背中があった。

森の中に銃声が一発、鳴り響いた。

莉嘉とみりあは、痛みを堪えるようにぎゅっと目をつむった。
しかし二人の体は痛みなど感じることはなかった。
その代わり、自分達のよく知る感覚が、二人の体を包み込んでいた。

恐る恐る二人は目を開ける。
だが次の瞬間、更に銃声が鳴り響いた。
二発、三発、四発……。
莉嘉達は思わず、再び目をつむってしまう。
しかしやはり痛みは一切襲って来ず、
優しい温かさだけが、莉嘉とみりあをしっかりと包み込んでいた。

一体何が起きたのか。
もう、莉嘉もみりあも分かっていた。
この感覚の正体も、ただ銃声だけが聞こえて痛みを感じなかった理由も、分かっていた。

きらり「……逃げて、二人とも……」

二人の頭より少し高い位置で、
かすれたきらりの声が聞こえた。

あの瞬間。
自分のことを守るために、小さな体を盾にしようとした二人の姿……
それを見た瞬間、きらりは銃を捨てた。
そして、走った。

もしあそこで伊織を撃てば、
その衝撃で伊織も引き金を引いてしまう恐れは確かにあった。
だがきらりが伊織を撃たなかったのは、
そんな理屈を考えてのことではない。

心が、きらりの体を動かした。

 「みんなに元気で居て欲しい」
 「大好きな友達を守りたい」
 「誰にも傷ついて欲しくない」

殺意に染まった心の奥底で
杏を失ったあの時からずっと眠り続けていた本当の心が、
何よりも早くきらりの体を動かした。

そこに居たのは紛れもなくきらりだった。
莉嘉とみりあは、自分達のよく知る本物のきらりと、
大好きな友達と、今ようやく再開を果たした。

しかし三人には、
話す時間も喜ぶ時間も悲しむ時間も与えられなかった。
伊織が弾倉の交換を始めたのが、莉嘉とみりあの目に映る。
そしてきらりはそんな二人の表情を見るまでもなく理解していた。
今の状況と、自分が取るべき行動を。

きらり「お願い、逃げて……!! 早く!! 走ってッ!!」

血を吐きながらきらりは叫ぶ。
恐らく、きらりが初めて上げた怒鳴り声。
その声に突き動かされるように、莉嘉達は向きを変えて森の中へと走った。
きらりは走り去る二人の背中を見送る間も惜しみ、後ろを振り返った。
伊織はちょうど弾倉の交換を終え、こちらに銃口を向けている。
だがきらりは微塵も臆することなく、その銃口に向かって足を踏み出した。

伊織「ッ……!」

敵が向かってくる。
そう察知し、伊織は引き金を引いた。
きらりの体から血が飛び散る。
脇腹から、肩口から、胸元から。
しかし、きらりの足は止まらない。
一歩、また一歩と近付き、そして……倒れ込むようにして、伊織を押し倒した。

伊織「うッ……ああぁああぁああっ!!」

悲鳴にも近い叫び声を上げ、伊織は自分にのしかかる敵を押しのけた。
だがその敵は、何の抵抗もなくごろりと地面を転がった。
伊織は尻餅をついたような体勢で呼吸を荒げ、足先に転がるきらりを見つめる。

もう、動かなかった。
真を殺し、美希を殺し、雪歩を殺し、小鳥を殺した敵は、
ただ仰向けに倒れ薄く目を開き、
枝葉の隙間から見える空を、黙って見つめ続けた。




諸星きらり 死亡

今日はこのくらいにしておきます。
続きは多分火曜か水曜辺りになると思います。

7:45 水瀬伊織

伊織「はあっ……はあっ……はあっ……!」

しばらくきらりから目を離すことができなかった伊織だが
ここでようやく、思い出したかのように立ち上がった。
そして小鳥の元へと走る。
が、すぐに手遅れであることを悟った。

全身に穴が空き、体から、顔から、血を流したまま動かない小鳥。
伊織はそんな小鳥の横に膝を付き、血まみれの頭を抱いた。

伊織「なんでよ……私、まだ……なんでみんな……」

震えたか細い声で、伊織は呟く。
自分があの時小鳥に投げつけた言葉。
あの言葉が今、伊織の頭でぐるぐると回っている。

灯台では自分は小鳥と会話していない。
だからあれが、自分の小鳥への最後の言葉だった。
白い部屋でスピーカーの向こうに居る小鳥に叫んだ、あの言葉が。

  『最低よ!! こんなことならあんたと仲良くなんてするんじゃなかった!!
  こんなことならあんたなんか……! あんたなんか死ん……』

それが自分の、小鳥への最後の言葉。
小鳥のことだけじゃない、亜美だってそうだ。
自分が亜美に最後にかけた言葉は、胸ぐらに掴みかかっての怒声だ。
自分を心配してくれた亜美に対して怒鳴り散らしたのが、彼女への最後の言葉だった。

謝りたいと思っていた。
でも謝らなかった。
後回しにした。
そしてその結果、自分は永久に、二人に謝る機会を失ってしまった。

……そう、後回しにしたから。
後回しになんて、してはいけないんだ。

伊織はそっと小鳥の頭を離し、優しく地面に置く。
そして自分の探知機を取り出した。

少し離れた位置に765プロが一人。
これは真美だ。
赤城みりあと城ヶ崎莉嘉は映っていない。
既に探知可能な範囲から出たか。

だが逃げた方向は分かっている。
集落だ。
恐らく南東の集落へ向かった。

仲間に危険を知らせに行ったのだろう。
逃げるよう言うつもりか、あるいは戦いに協力するつもりか。

どっちだって良い。
今必要なのは即座に行動すること。
優先順位を考え、後回しにせず、
これ以上仲間を殺させないために、
敵対している人間を全滅させることだ。

今こちらにある殺傷の手段は、これ以上無いほどに充実している。
小鳥の散弾銃に、きらりの短機関銃。
それ以外の荷物もそのまま置き去りになっている。

これだけあれば殺せる。
今すぐにでも殺せる。
ではどちらを攻めるか。
灯台か、集落か。
もう答えは出ている。
集落だ。

灯台には手を出さない。
律子の件は既に真から聞いている。
あの最悪の結果を繰り返してはならない。
最も恐れるべきなのは敵の反撃ではなく、同士討ち。
この強力な武器を味方に向けてしまうことが何より最悪なこと。
その可能性を僅かでも生むわけにはいかない。

伊織は小鳥達の鞄を探り、必要な物を自分の鞄に全て詰めた。
きらりの武器と小鳥の武器、その全てを回収した。
そして立ち上がり、真美の元へ向かった。

真美は一人、数分前に別れた場所から動かずにじっとしていた。
木陰に隠れ、震えていた。

伊織「……真美」

その声に真美は小さく悲鳴を上げる。
だが伊織の姿を見た瞬間、勢いよく抱きついた。
伊織はそんな真美の頭を抱き返し、

伊織「大丈夫……誰も死んでない。それにもう、誰も死なないわ……」

優しく囁くように、そう言った。

そして真美の両肩を掴み、体を離す。
真美は涙でぐしゃぐしゃの顔で伊織をじっと見る。

伊織「だからもう少しだけ、頑張って。私も頑張るから」

その言葉に、真美は返事をしなかった。
だが拒否もしなかった。

辛うじて、本当にギリギリだが、まだ真美の心は限界を迎えてはいない。
伊織の言葉を、死んでいった者達の想いを支えにして、
最後に残った糸を辛うじてつなぎ止めている。
そして真美の心が生きている限り、伊織も進むのを止めることはない。

伊織が手を引くと、真美は抵抗することなく黙って付いていった。

7:50 多田李衣菜

凛「……李衣菜?」

李衣菜「しっ! 静かにして……!」

エリア移動の準備をしていた李衣菜が、突如顔を上げて動きを止めた。
それに気付いた凛が声をかけたが、
李衣菜は唇に指を当てて静かにするよう促す。

何か聞こえたらしい。
他の皆も息を殺して耳をすませる。
すると数秒後、確かに聞こえた。
誰かの声だ。
そしてその場の全員に声が聞こえたのと同時に、李衣菜は声を上げた。

李衣菜「莉嘉ちゃん、みりあちゃん……!
    間違いない、莉嘉ちゃんとみりあちゃんだ!」

みく「えっ……!? うそ、なんで……」

李衣菜「私達を呼んでる! 何かあったんだよ! 行こう、早く!」

そう言って李衣菜は荷物を抱えて部屋を飛び出し、
他の皆もすぐにあとに続いた。
玄関を出て、声のする方へと走る。
すると、北側から莉嘉とみりあが、
息を切らせてこちらへ駆けてくるのが見えた。

そして李衣菜達の姿を確認した莉嘉達は、走りながら口々に叫んだ。
きらりが撃たれた。
伊織に撃たれた、と。

その言葉に一同は息を呑む。
だが莉嘉達は皆の動揺など気に留める余裕もなく、
息を乱し、涙を流し、ただただきらりの死を叫ぶ。

その二人の様子を見て、
かき乱されかけた李衣菜達の頭は辛うじて平静を保った。
この幼い少女達の動揺は自分達の比ではない。
こんな中、自分達まで右往左往するわけにはいかない。

李衣菜「っ……まずはどこか家の中に入ろう! それから詳しい話を聞かせて!」

みく「い、行こう! 莉嘉ちゃん、みりあちゃん!」

みくは二人の手を取って、李衣菜に続いて走り出す。
そして皆、泣きじゃくる莉嘉達を見て細かい事情を聞くまでもなく察した。
恐らくそう時間を空けず、
自分達も戦う時がやってくるだろうということを。

7:55 新田美波

手遅れだった。

灯台に近いところで鳴った多くの銃声。
それがようやく美波達を動かした。
律子の死は未だに根深いダメージを残している。
だがここからすぐ近い場所で
仲間が恐らく戦っているという事実が、美波達に行動を起こさせた。
全員で、銃声のした場所へと向かった。

だが、手遅れだった。
彼女達が目にしたのは、
血だまりに倒れた小鳥ときらりの遺体だった。

美波はただ、見続けた。
小鳥の遺体にすがって泣く765プロのアイドル達を、
きらりにすがって泣く346プロのアイドル達を、
少し引いた場所に立ち、ただ見続けた。

美波の心は既に、限界を迎えつつあった。
美波だけではない。
そこに居るほぼ全員の心が、もはやゲームへの抵抗意思を失いつつあった。
かと言って人を傷付けることもできない。
このまま座してゲームの終了を待ってしまおうかと、絶望に心が染まりつつあった。

だがそれでも、

美波「駄目……諦めちゃ、駄目……」

独り言のようにそう呟いた後、
美波は顔を上げ、皆に向かって大きな声で言った。

美波「みんな、立って! もう時間は残されていないわ……。
   少しでも早く、動き出さないと……!」

美波「みんなすごく辛い思いをしていることは、私もわかってる……。
   でも、最後まで諦めちゃ駄目!
   死んでいったみんなも、きっとそんなこと望んでないはずよ……!」

皆を励ますこの言葉はその実、
ほとんど自分に言い聞かせているようなものだった。
そうでもしなければ美波の心も、折れてしまいかねなかった。

美波も限界寸前であることは、その表情を見ればすぐにわかった。
しかし、この状況でもなお懸命に
抵抗しようとしている者が居るということは、
折れかけた皆の心を辛うじて支える柱となった。

俯きただ泣いていた者達の顔が上がった。
そしてそんな彼女達に向けて美波は、
律子がそうしたように、震える声を抑えて、努めて落ち着いた声で言った。

美波「首輪を、調べてみましょう。もう、これしか方法は残されていないわ……」

 『首輪を外そうとする、解体しようとする、機能を停止または変更させようとする等の動き、
 あるいは島の中心部から3km以上離れたことを感知すると、首輪は爆発する』

この表記のことは当然覚えている。
これがあったからこそ、今まで首輪には手を出せずにいた。
だが、もう賭けるしかない。
分解するためのまともな道具もなければ、
精密機器についての知識も多くあるわけではない。
それでももう、やるしかないのだ。

しかしここで更に大きな問題がある。
首輪を調べるとして、では誰の首輪を調べるのか。
失敗すれば爆発……死に直結する。
そんな状況で安易に決められるわけがなかった。

だが、美波はその問題を分かっているからこそ、
今このタイミングで首輪の調査を提案したのだった。
つまり、爆発しても誰も死なずに済むかもしれない首輪が、今ここにはある。

そして皆も気付いた。
美波が今、考えていることを。

貴音「……遺体の首輪を、調べるつもりですね……?」

貴音の言葉に、美波は黙って頷く。
そして他の皆が口を開く前に、

美波「私が、小鳥さんの首輪を調べるわ。
   それならもし失敗してもきっと、私一人が大怪我をするだけで済む……。
   これが今私が提案できる、一番良い方法。
   もし他に案があれば、聞かせて……。みんなの意見も、ちゃんと聞きたいの」

皆の目を見てそう言った。
しかしその視線を受け、全員言葉に詰まってしまう。

遺体を、ある意味利用すること。
危険な役目を美波に負わせること。
美波の提案した案の内容全てに、皆強い抵抗を感じた。

しかし、誰一人真っ向から反対できなかった。
小鳥やきらり以外の誰かの首輪を調べるべきだ、などと提案できるはずもなく、
首輪を調べる以外の案も思い浮かばない。

ただ、ここでやはり真っ先に口を開いたのがアナスタシアだった。

アーニャ「わ……私に、やらせてください……!
     首輪、危ないです……ですから、美波……」

そしてこれがきっかけになったか。
直後に響も、美波に駆け寄りながら大きな声で言った。

響「じ、自分が……! 首輪を調べるの、自分がやる……!
 自分、料理とか、編み物とか得意で、
 き、器用さには自信あるんだ! だから……!」

響「そ、それに美波もアーニャも別に、機械に詳しいってわけじゃないんでしょ!?
  だったら、じ、自分がやった方が……!」

自分にやらせてくれと、危険な役割を買って出る二人。
これを皮切りに、他の皆も口を開こうとした。
しかしその直前。

美波「ありがとう、アーニャちゃん、響ちゃん。でも……」

そう言って美波は、二人の手をそっと握った。
そしてそれと同時に、響とアナスタシアは自覚した。
自分の手が緊張と恐怖で震えていることを。

また二人の様子を見て、
口を開きかけた者達も同じように手の震えを自覚する。
こんな状態で首輪を調べようものなら十中八九失敗してしまう。
自分がこの役割を引き受けたとしても、
ただ無意味に首輪を爆発させてしまうだけだ。

だが、仮に皆の手が震えていなかったとしても、
美波はこの役割を誰にも譲りはしなかっただろう。
その強い意志を持った彼女の瞳もまた、
アナスタシアや響達をそれ以上食い下がらせなかった要因の一つでもあった。

美波「それじゃあ、始めるわね。みんなは離れてて……」

貴音「……新田美波。しかし……」

美波「大丈夫……私も、無茶をするつもりはないから。
   慎重にやるわ。だから爆発なんかしない。心配しないで」

その言葉に、貴音ももはや何も言えることなく、
皆と同じように小鳥の遺体から距離を取った。
そして美波は、小鳥を見下ろすように横に立ち、
目を瞑り、二度三度深く呼吸をして、膝をついた。

大丈夫、手は震えていない。
心臓も、少し前よりはずっと落ち着いている。
これなら手先が狂ったりすることはないはず。

それに今はまだ、調べる段階だ。
自分達の持つ道具を応用して分解に取り掛かることはできないか、
それを考えるために外部構造を少し見てみるだけ。
だから大丈夫。
まだ、爆発なんかしない。

そんな風に言い聞かせ平静を保ちつつ、
美波は首輪を角度を変えて見てみる。
と、そんな彼女の目に一瞬何かが映った。

一見、首輪の表面には一切の凹凸すら無いように見える。
だがよくよく見てみれば、首輪の内側の一部に、
うっすらと線のような物が走っていた。

恐らく目立たないよう何らかの加工がしてあったのだろうが、
それが血で汚れたことにより、僅かにではあるが見えるようになったのだ。
それは、継ぎ目のように見えた。
分解する時にはここを境目にして離れるのかも知れない。

だが、分からなかった。
継ぎ目によってできた窪みにも見えるが、
もしかしたらやはり何の凹凸も無い、ただ描かれているだけの模様なのかも知れない。

試しに指でなぞってみる。
指の腹では凹凸は感じない。
それなら、と美波は軽く爪を立てなぞってみた。
すると爪の先がその線の部分で、ほんの僅かにひっかかるのを感じた。
やはりここには継ぎ目がある。
美波がそう確信した次の瞬間。
破裂音と共に、彼女の指は血を撒き散らしつつ弾け飛んだ。

蘭子「いっ……嫌あぁあああぁああッ!?」

アーニャ「美波、美波ッ!! Что……!? ужасный……!!」

その場を包んでいた緊迫した静寂は、一気に悲鳴へと変わる。
首輪の爆発は、周囲に被害を及ぼさぬ程度に威力は調節されていた。
だがそれでも十分な威力を持ったその爆発は、
首輪に触れていた美波の指のほとんどを吹き飛ばした。

美波は決して無茶をしたわけではなかった。
本当に、ほんの僅かに爪が引っかかっただけだった。
にも関わらず、首輪はそれを敏感に察知し、爆発した。
あの文書は正しかった。
つまりもう、はっきりと分かってしまった。
ゲームから逃れる方法など何もなかったのだ、と。

泣きながら自分を呼ぶ仲間の声が、
周りに何かを指示する貴音の声が、遠くなっていく。
同時に視界は暗転し、美波はそのまま静かに意識を失った。

今日はこのくらいにしておきます。
続きは多分明日投下します。

8:00 水瀬伊織

伊織「……真美。あんたにこれ、渡しておくわ」

そう言って立ち止まり、
伊織が鞄から取り出した物。
それは、小鳥が灯台から持ってきた探知機だった。
その液晶の隅、自分達が進んでいた方向に、
346プロを示す点が複数点滅している。

伊織「今から私は集落に行く。真美はここで待ってて」

しかしそう言った伊織に、真美は拒絶の表情を向ける。
行かないで欲しい、一緒に居て欲しい。
その想いが言葉以上にはっきりと、真美の目には現れていた。

だが伊織はそんな真美の目を正面から見つめ返し、言った。

伊織「大丈夫、さっきだってちゃんと帰ってきたでしょ?
   だから心配しないで。信じて、待ってて」

その言葉と眼差しに、真美は何も言えず黙って目を伏せる。
そして手元に差し出された探知機を、震える手で受け取った。

真美も、覚悟を決めてくれた。
伊織はひと呼吸置き、静かに話を続ける。

伊織「ここにたくさん居る点が346プロの連中よ。
   私は今からこいつらのところに行く。ただ……もしあいつらが逃げ出して
   真美のところに来そうだったら、すぐにここを離れなさい。
   それで、探知機に映らなくなるまで隠れてるの。いいわね?」

真美が持つ探知機を指さしながら、伊織はそう指示した。
真美は目を伏せたまま黙って頷く。
が、次の伊織の言葉で真美の顔は上がり、
同時に目が大きく見開かれた。

伊織「それから……これも持っておきなさい」

そう言って伊織が更に手渡してきた物。
それは、自分達の仲間の命を奪ったあの武器。
説明書や弾倉を含めた、きらりの短機関銃一式だった。

真美にとってそれは恐怖の対象であり、憎悪の対象でもある。
だから当然、真美は嫌悪の感情を顕にした。
思わず伊織の手から銃を叩き落としそうになった。

しかし真美は、その衝動をぐっと抑える。
目の前のこの武器は、友達をたくさん殺した。
でも逆に言えば、自分がこれを持っていれば、
二度とこの武器によって誰かが傷つけられることはない。

そう思い、真美は恐る恐るその銃に手を伸ばす。
そして掴み、脅威を抑えつけるように強く胸元で抱え込んだ。

伊織が短機関銃を真美に渡したのは、
万が一の時に自分の身を守れるようにするため。
散弾銃よりこちらの方が扱いやすいはず。
拳銃よりこちらの方が頼りになるはず。
そう思ってのことだった。

だが伊織は真美の様子を見て察した。
真美はこの銃を使うつもりはないのだろう、と。

が、それで良いとも同時に思った。
探知機さえあればきっと使う機会は訪れない。
それに自分は、真美には手を汚させないと決めたのだから。

しかし念のため、と伊織は真美に、短機関銃の使い方を最低限教える。
真美はそれを、やはり返事はすることなく、ただ黙って聞いていた。
そして簡潔に分かりやすく必要なことを伝え終えた伊織は、

伊織「……もし分からなければ、説明書を読んでおきなさい。
  それじゃあ、行ってくるわね」

そう言い残し、真美に背を向けて駆け出した。
真美はその背中に声をかけようとして、かけられなかった。
ただ不安に満ちた泣きそうな表情を向けることしかできなかった。

伊織の姿が見えなくなる。
それから数秒置き、思い出したように探知機を見る。
伊織を示す点が、346プロの点に徐々に近付いている。
真美は震える両手で探知機を握り締め、
涙をこぼしながらただひたすらに祈りながら液晶を見つめ続けた。




森と集落の境目で、伊織は探知機と目の前の風景に交互に視線をやる。
間違いない、あの民家だ。
あまり大きくない。
家と言うよりは小屋と言った方が良いかも知れない。
だが、あの小さな建物の中に全員居る。
人数は七人。
そこに莉嘉とみりあも居るのだろう。

こちら側……つまり北側の壁には窓は付いておらず、
ここからでは中の様子は直接窺えない。
しかし当然向こうからも自分のことは見えない。

探知機を見ると、敵は南側の部屋に固まっているようだ。
間違いなく今、敵は自分のことを待ち構えている。

人数では圧倒的にこちらが不利。
だが自分には探知機と散弾銃という強力な武器がある。
適切な位置取りで戦えば、絶対に勝てる。

狙うのは、やはりエリア移動の瞬間だ。
死角に身を潜め、敵が出てきたところを不意打ちする。
そのためにはまず、建物の傍まである程度近付かなくてはならない。
不意打ちしたところで、弾が当たらなくては意味がない。

探知機に神経を集中しつつ、可能な限り足音を立てずに進む。
346プロを示す点に動きはない。
このまま進み、壁際に位置取ろう。

と、伊織がそう思ったのと同時。
それまでと同じように踏み出したはずの伊織の足の下で、
それまでとはまるで違う音が鳴った。

その時初めて伊織は地面に目を向け、そしてようやく気付いた。
ガラスの破片が散らばっている。
そこだけではない。
建物を囲むように帯状に、大量のガラスの破片が撒き散らされていた。

それは些細な、日常の中であればまるで大したことのない音だった。
だがその音は……
ガラスが踏まれ、破片同士が擦れ合う、
自然では絶対に発生し得ないその音は、
他のどんな音よりも鋭く空気を震わせ、そして、
七人のうちの一人の耳に届いた。

伊織「ッ……!!」

液晶に映った点が、次々と民家を出て行く。
同時に伊織の耳にもしっかりと聞こえた。
複数の人間が窓枠を乗り越え、走り去る足音が。

逃げられる。
駄目だ。
ここで逃すわけには行かない。

伊織は咄嗟にそう判断し、逃げ去る点を追って走り出した。

民家の壁沿いを端まで走る。
そして、すぐに見つけた。
こちらに背を向けて走る、346プロのアイドル達の姿を。
距離はそう離れていない。
それに赤城みりあの負傷の話は真から聞いている。
そう速くは走れないはず。
すぐにでも追いつける。

伊織は走りながら、敵を確実に殺す算段を考え続けた。

逃げ出したのは敵の作戦である可能性もある。
屋外に出て距離を取ることで使える武器を所持しているのかも知れない。
しかしだからと言って、反撃を警戒して動かなければただ逃げられるだけ。
相手の準備が整う前に。
逃げ去る敵を背後から射撃するのが最善だ。

伊織は決して、油断したわけではなかった。
焦りはあったが、敵の反撃を最大限に警戒しつつの追走だった。

だがその警戒心を持っていたからこそ、
伊織は素早く反応『してしまった』。

伊織「っ!!」

散弾銃を構えようとしたその時。
最後尾を走っていた二人が、突然こちらを振り向いた。
何か反撃が来る。
そう思い伊織は身構えたが、次の瞬間、目を見開いた。

振り向いた二人のうち一人……多田李衣菜は円筒状の何かを持っていた。
そして「それ」からピンを引き抜き、こちらに向かって思い切り投げた。

それを見た伊織が咄嗟に耳を塞ぎ目を瞑ってしまったのは、仕方のないことだった。

しかし数秒後に伊織を襲ったものは、
彼女がよく知る武器にそっくりだった「それ」から出たものは、
爆音でも閃光でもなかった。

伊織「ッ!? ゲホッ!? ゴホッ……!?」

突然鼻腔を刺激が突き、咳が止まらなくなる。
慌てて目を開けると白い噴煙が辺りを包んでおり、
その瞬間、目も開かなくなった。

『催涙弾(催涙ガス手榴弾)』

それが、李衣菜達が蘭子から譲り受けた武器だった。
もし伊織が音響閃光手榴弾を知らなければ、
放物線を描く途中で噴出され始めたガスに気が付いていただろう。

だがその前に、伊織は反応してしまった。
反撃に対する強い警戒心と、知識と経験。
その全てが裏目に出てしまった。

李衣菜「みんなはそのまま走って!! すぐ追いつくから!!」

李衣菜は噴煙から目を逸らさず、他の皆に向けて叫んだ。
それを受け、みく達は更に距離を取って森の入り口まで走る。
そして皆が逃げたのを確認し、

李衣菜「凛ちゃん、こっち! 早く!」

そう言って凛を呼び寄せて自分の後ろに立たせ、待ち構えた。
敵が噴煙の中から姿を現すのを。

凛はサバイバルナイフを、李衣菜はフライパンをそれぞれ握り締める。
そしてそれから数秒待たず、

伊織「ゲホッ、ゲホッ!! ゴホッ!!」

想定通りに、伊織がガスから逃れ出て来た。

咳込みながら地面に膝と手をつく伊織。
それを確認して李衣菜は足を踏み出し、そのすぐ後ろに続いて凛も走り出した。

伊織の今の位置なら、ガスの影響はない。
あそこは風上。
風向きは安定している。
ガスが流れてくる心配もない。
今なら確実に、やれる。

李衣菜「ああぁあぁああッ!!」

あずさの時とは違い、
しっかりと狙いを定めて振りかぶられた鉄の塊。
その直撃を受けた伊織は、一瞬で、意識を手放した。

散弾銃の上に重なるようにして、伊織は倒れ込む。
そしてその無防備に露わになった首筋を貫くべく、
凛は逆手に持ったサバイバルナイフを思い切り振り上げた。

しかし次の瞬間。
連続した銃声が、凛と李衣菜の動きを止めた。
反射的に二人は音のした方へと目を向ける。
するとそこに立っていたのは、

真美「い、いおりん、からっ……! いおりんから、は、離れてッ!!」

両手で短機関銃を構えた真美だった。
真美は、探知機を通して伊織の身に危険が迫っていることを知った。
友達を助けるために、真美は今ここに立っていた。

だがその姿を見て、凛達は警戒とはまた違った感情を抱いた。
強力な武器を持ち、現状一方的にこちらを攻撃できるはずの真美は、
まるで自分が銃を突きつけられているかのように、
涙を流しながら全身をがくがくと震わせていた。

全く脅威には思えない。
二人が真美の姿にそう感想を抱いたのも当然のこと。
だから、逆に伊織を人質に取ってしまえば
真美のことも完全に無力化できるのではないか。
そう思い、凛はちらりと横に倒れている伊織に目を向けた。
が、それが起爆剤となった。

今の真美は怯えきっている。
それは凛達が考えていた通りだった。
しかし、怯えという感情は本当に些細なきっかけで
攻撃性に転ずるということが、彼女達の頭にはなかった。

真美「いッ……嫌ぁああぁああぁああッ!!!!」

伊織を殺そうとしている。
凛の視線の動きが、真美にそう思い込ませた。
そしてその瞬間、真美の体は考えるより先に、引き金を引いた。

体は震え、目はまともに敵を見ておらず、
ただただ前方に向けて乱射するだけの、攻撃というよりは拒絶に近い射撃。
だがそれでも、距離もそう離れていない止まった的に向けて
数十発放たれる弾丸が、全て外れるということは無かった。

突然の銃声に李衣菜は思わず
首をすくめるようにして身を屈めたが、その直後。

凛「ぅあッ!?」

凛の叫びに反射的に目を向ける李衣菜。
その目に映ったのは左腕から飛び散った鮮血。
凛が被弾した。
それを理解した李衣菜の判断は早かった。

李衣菜「逃げよう、早く!!」

その叫びを聞き、凛は腕を押さえて踵を返し、
李衣菜に続いて走り出す。
しかし李衣菜は、ただ逃げるだけではなかった。

瞬時に判断したと言うよりは、
真美に銃を向けられた時から既に想定していた行動の通りに
体が自然と動いたと言った方が良いかも知れない。

手を伸ばせばすぐに届く距離に転がっていた伊織の鞄と、探知機。
李衣菜はその二つを掴み、そして持ち去った。

その数秒後に真美は弾を撃ち尽くした。
走り去る李衣菜達の背中に向け、カチカチと何度も引き金を引く。
一瞬遅れて弾が切れたことに気付き、
大慌てで自分の鞄を開き次の弾倉を探す。

手は震え、視界は滲み、冷静さの欠片もなく、
何度も何度も弾倉を取り落としながらようやく交換を終えた頃には既に、
伊織を襲った敵は完全に姿を消していた。

8:50 多田李衣菜

李衣菜「ここまで来れば、大丈夫……!
    私は一応見張ってるから、みんなは凛ちゃんの傷を診てあげて!」

みく「わ、わかった……! 凛ちゃん、座って!」

かな子「袖、捲るね! えっと、まずは洗って、それで……」

凛「っ……ごめん、ありがと……」

しばらく森の中を走っていた李衣菜達は、そこで一度止まることにした。
凛は地面に腰を下ろし、その両隣にみくとかな子が膝をつく。
そしてそこから少し離れた位置で、
みりあと莉嘉も崩れ落ちるように座り込んだ。
地面に両手を付いてしゃくり上げる二人を、智絵里がそっと抱いてなだめている。

そんな皆の様子を凛は治療を受けながらぐるりと見まわし、
そして李衣菜の足元に視線を下ろす。
そこにあるのは李衣菜が奪った伊織の鞄。
凛はそれを見て、痛みとは別の理由から眉根を寄せて、呻くように言った。

凛「ごめん、私のせいで……。
 本当だったら、あいつの銃も拾ってこられたはずなのに……」

その言葉に李衣菜は振り返る。
自分がもっと上手くやれていれば、
と表情を歪ませる凛の姿がそこにはあった。

散弾銃は、伊織の体の下敷きになっておりすぐに取れる状況にはなかった。
だが自分が撃たれていなければ、奪う余裕もあったかも知れない。
いや、伊織を人質に取れていれば、あそこで敵を二人始末することも可能だった。
だが結果はそうはならなかった。

凛の言葉を聞き、李衣菜もまた目線を伏せた。
そして凛と同じ表情で、

李衣菜「違う……私がもっと早くに、双海真美に気付いてたら良かったんだ。
    そしたらきっと、少なくとも水瀬伊織だけは……」

そう言って沈黙した。
みりあと莉嘉の泣き声だけが聞こえ、重い空気がその場を満たす。
だが数秒後、その空気を払うように李衣菜は頭を振り、顔を上げた。
そして凛を見て、しっかりとした口調で言った。

李衣菜「終わったことをいつまでも言ってたって仕方ないよ。
    あれだけ撃たれてほとんど当たらなかっただけでもラッキーって思っておかなきゃ。
    それより、これからのことを考えよう」

その言葉に、凛は李衣菜にチラと目を向ける。
そしてそのまま少しだけ視線を合わせ、

凛「……そう、だね」

短くそう言って、頷いた。

そしてその直後に、みくとかな子は凛の傷の手当てを終えた。
とは言っても、水で洗った後にナイフで裂いた布で縛っただけ。

みく「大丈夫? きつくない?」

かな子「一応、ちゃんと血は止められてると思うけど……」

不安げに眉根を寄せてみくはそう聞き、かな子も全く同じ表情を浮かべている。
凛はそんな二人の顔を一瞥し、

凛「うん……平気。ありがとう、二人とも」

そう答え、二人に見せるように左拳を軽く開閉した。
それを見てみく達は安堵したように息を吐く。

だが安心している暇など無い。
李衣菜の言った通り、「これから」のことを考えなければ。
凛はすぐに視線を李衣菜に戻し、そして早口気味に言った。

凛「鞄の中、まだ見てないよね? 開けてみようよ」

伊織から奪った鞄の中身。
それをまだ李衣菜達は確認していなかった。
もしかしたら中に何か有用な物が入ってるかも知れない。

李衣菜は凛の言葉に黙って頷き、
すぐに足元の鞄の横に膝をついて鞄の口を開いた。
皆も近付き、のぞき込むようにして中身を確認する。

そこにあったのは、水、食料、大量の散弾銃の弾。
だが彼女達の目に真っ先に飛び込んできたのはそれらではなく、
一際存在感を放つ、見たことのあるような無いような機械だった。
李衣菜はそれを手に取り、次いで説明書を取り出す。

大きく書いてある武器の名称。
それには全員聞き覚えがあり、またその名称は武器の用途を簡潔に表していた。

凛「……それ、今使えるの? 多分意味ないよね……?」

李衣菜「うん……。今は、意味ないと思う」

何か他に機能は付いていないか。
そう思い李衣菜は説明書に軽く目を通したがやはり、
その武器は今すぐに使えるようなものではなかった。
だが、

李衣菜「しばらく……日が暮れるくらいまで隠れるか、逃げるかして……。
    それからなら、すごく役に立つと思う」

この李衣菜の言葉の通り。
時間さえ経てば、この武器はこれ以上なく高い有用性を発揮する武器でもある。

そして李衣菜の「しばらく隠れるか逃げるべき」という考えに対しても、
皆反対しようとは思わなかった。
同じ相手に次も催涙弾が通用するかは分からない。
あと三つ残しているとは言え、余程上手く使わない限りただ無駄にするだけ。
それに対し向こうは短機関銃を所持している。
また散弾銃にも少なくとも一発は弾が残っているだろう。

更にあの時、双海真美の足元にも何かが転がっているのが見えた。
見間違いでなければあれは恐らく探知機。
こちらにも探知機があるとは言え、武器に差があり過ぎる。
つまり、伊織が気絶していることを踏まえても
今戦えばこちらが不利であることに変わりはないのだ。

しかし夜まで待てば。
仮に伊織が目を覚ましたとしても、夜まで持ちこたえることができれば、
生存の目は十分以上にある。
返り討ちにすることだって出来るかも知れない。

凛「あいつらと戦うのは夜になってから、か……。
 いいよ。その方が勝てる可能性が高いなら、そうするべきだと私も思う」

李衣菜「……みんなも、それでいい?」

と、李衣菜は皆に視線を移して意見を聞く。
するとかな子達は一様に不安げな表情を浮かべ互いに顔を見合わせた。
そしておずおずと、みくが口を開く。

みく「やっぱり……戦わなきゃ駄目、かな……。
  だって、みりあちゃんと莉嘉ちゃんが居るんだよ。
  ただでさえみりあちゃん怪我してるのに、
  二人ともきらりちゃんのことで……もう、ギリギリだと思うの。だから……」

李衣菜「だから……灯台に連れて行く?」

その言葉に、みくは黙って頷いた。

みくの言う通り、莉嘉だけでなくみりあも、
幼くも強くあったその心に大きな傷を負ってしまっていた。
度重なる友人達の死に加え、
自分達を庇ったきらりをある意味「見捨てて」逃げてしまったこと。
それが二人の心をこれまで以上に大きく削っていた。

その瞬間を目にしてはいないが、きらりは間違いなくもうこの世には居ない。
伊織に殺されてしまった。
自分達のせいで、きらりが死んでしまった。
その自責の念が、莉嘉とみりあの心を激しく痛めつけ、追いつめていた。

辛うじて、この結果をきらり自身が強く望んでいたという事実だけが
ギリギリのところで二人の心を支えていはいたが、
その支えも何かのきっかけで折れてしまいかねない。

だからみくが二人の精神状態を案じ、
灯台という安全な場所に連れて行こうと提案したのも自然なことだった。
口には出さなかったが、かな子と智絵里もみくと同じ考えを持っていた。
そして凛と李衣菜はこの考え自体には納得した。
確かに莉嘉とみりあの二人は、灯台に居た方が良いかも知れない。

だがそれは、灯台が本当に最後まで安全であればの話だ。

李衣菜「言いたいことは分かるけど……多分、やめた方がいいと思う」

そう言った李衣菜にみくは理由を問おうとしたが
その前に李衣菜が、眉根を寄せて続ける。

李衣菜「だって、灯台の誰かが裏切らないなんて保証できる?
    今までは良かったかも知れないけど、
    ゲームに勝つ以外の方法が何も見つからないって分かったら……」

これまで協力し合ってきた者達も、
ゲームの終了が近くなればどう行動を起こすか分からない。
もはや灯台も安全とは言えない。
李衣菜のその意見にみくも、他の皆も反論できなかった。
しかし、今度はかな子が焦りの表情を浮かべて口を開く。

かな子「じゃ、じゃあやっぱり、今すぐ灯台に行った方がいいんじゃ……!」

みく「そ、そうだよ!
  灯台が危ないって言うなら、美波ちゃん達のこと助けないと!
  何かあっても守れるようにみく達も一緒に灯台に居るとか、
  それか灯台から連れ出すとか……!」

李衣菜「……駄目、そんなことできない。
    私達、一回誘われてるのに断ってるんだよ?
    そんな私達がこんな最後の日になってから行ったって……
    最悪の場合、私達の姿を見た瞬間に765プロが346プロの子を襲うかも知れない」

李衣菜「それにもしそうはならなかったとしても、
    水瀬伊織達が灯台を襲う可能性だってある……。
    だから、駄目。灯台には行けないよ……私達も、莉嘉ちゃんとみりあちゃんも」

みく「そ……それじゃあどうするの!?
  も、もし本当に灯台で戦いが起きても、放っておくの!?」

智絵里「み、みくちゃん、声……!
    あんまり大きな声出したら、見つかっちゃうかも……!」

みく「あ……ご、ごめん。でも……!」

智絵里の忠告でみくは声のトーンを抑えはしたが、
李衣菜に詰め寄ろうとする態度は変わらない。
だが李衣菜は、そんなみくの肩を掴んで強い語調で、
しかし努めて冷静に返した。

李衣菜「みく、落ち着いて。
    灯台には行かないって言っても、放っておくって意味じゃないよ」

みく「え……?」

李衣菜「中には入らずに、外から灯台を見張るんだよ。探知機も使って、見つからないように。
    もし何かあれば、また私達がなんとかする。
    みりあちゃん達には無茶なんかさせない。私達が絶対なんとかするから……」

この言葉と眼差しを受け、みくはようやく冷静さを取り戻した。
またそれと同時に自分の早とちりを恥じた。
そうだ、危険だと知りながら仲間を放っておくような真似を
李衣菜がするはずがなかったんだ、と。

みく「……ごめん、李衣菜ちゃん。みく、焦っちゃって……」

李衣菜「ううん……私の言い方も紛らわしかったし。
    それじゃ、灯台を見張るのには賛成ってことで良い? みんなは他に何かある?」

李衣菜はそう言って、皆の意見を伺った。
かな子や智絵里達に視線をやったが皆、特に異論はないようだった。
それなら、と李衣菜が続きを話そうとしたその時。

凛「確か最後の10分になったら首輪が鳴るって紙に書いてたけど……。
 それでもし私達の首輪が鳴ったら灯台の765プロを殺すってことで良いんだよね?」

静かな口調で、凛がそう言った。

その言葉に、みく達は喉を閉められたような感覚を覚えた。
だが李衣菜は、僅かに眉根を寄せたものの、
やはり冷静に答える。

李衣菜「そう、だね……。もしそうなったら、やらなきゃいけない。
    でも多分、その可能性は低いと思う」

凛「……なんで?」

李衣菜「多分、だけど……。北西側の集落でもう、765プロが何人か死んでる」

そう言った李衣菜の視線が一瞬、莉嘉とみりあに向く。
その視線で皆、言外の意味を読み取った。
気遣って言葉を濁したが、
「きらりが何人か殺しているはずだ」と、李衣菜はそう言っているのだと。

だが李衣菜が言うまでもなく
莉嘉達の話を聞いた時から全員察しはついていた。
凛が李衣菜に説明を求めたのも、半ば確認のようなものだった。
そして察しが付いているからこそ、
「現時点で生存者が多いのは恐らく346プロである」という認識を前提に話を進めていた。

しかし、まだ確かめられていない。
本当に今勝っているのは自分達なのか。
それがはっきりしているのとしていないのとでは、
これからの行動や精神状態に大きな違いが出る。

だから当然、確かめる必要がある。

李衣菜「行ってみよう……北西の集落。
    そこでまず『確認』してから、灯台の近くに行く。
    多分、それが一番いいと思う」

もう異論も意見も出なかった。
探知機を持った李衣菜を先頭に
一同は北西の集落へと向かい、
そして彼女達が推察した通りの答えが出るのに、時間はかからなかった。

10:00 四条貴音

枯れ枝と枯草を集め、重ねる。
マッチを擦り、火をつける。
燃え始め、煙が上がる。

手元には大きさの違う小さな箱が二つ。
マッチと、爆竹。
城ヶ崎莉嘉が残していった物だ。
彼女がこれを残したことを幸運に思うべきだろうか。

立ち昇る狼煙を見上げる。
誰かこの煙を見つけてくれるだろうか。
近くを船が通るだろうか。
この爆竹を鳴らせば気付いてくれるだろうか。

分かっている。
こんな狼煙など、何の意味も無いことくらい。

響「……貴音」

背後からの声に、貴音は返事をしない。
ただ黙って空を見上げ続ける。
響は貴音の背中に向け、静かに言葉を続けた。

響「ちょっと前に……美波が目を覚ましたぞ。
 傷は痛むみたいだけど、意識はちゃんとはっきりしてるし、
 危険なことにはならないと思う……」

貴音「……心の状態は、どうでしたか。彼女と、他の皆は……」

その問いかけに響は沈黙する。
そして震えを抑えるように拳を握り、

響「みんな、もう……駄目だ。解決策なんか無いって、諦めてる……。
 このまま何もせずに、結果を受け入れよう、って……」

俯いて、そう言った。

響「みんな……だけじゃない。自分も、もう嫌だ……。もう、何もしたくない……」

貴音「……響」

響「だってそうでしょ!? その方が傷付く人は少なくて済むんだ!!
 戦ってもないのに、殺し合いなんかしようとしてないのに、
 律子は死んで、美波も大怪我して……!
 ピヨ子だって本当は殺したくなんてなかったのに、あんな……!」

俯いたままそう叫ぶ響の顔は、貴音には見えない。
しかし見えずともその涙声が、震える肩が、
十分以上に響の感情を貴音に伝えた。

響「頑張ろうとした人から傷ついて行くんだ!!
 何かしようとした人がみんな……! だったらもう何もしない方がいい!!
 大人しくして、ちょっとでもみんなと一緒に居たい!!
 最後には、死んじゃうかも知れないけど……
 でも、ちょっとでも長くみんなと一緒に……!」

そこまで自分の想いを吐き出し、

響「……ごめん……。せっかく貴音が狼煙上げてくれてるのに、こんな……」

最後にか細くそう言って、響はそのまま黙り込んでしまった。
しかし数秒後。

貴音「……それもまた、覚悟の一つの形なのかも知れませんね」

響「え……?」

貴音「戻りましょう……皆の元へ。少しでも長く、同じ時を過ごせるように」

そう言って貴音は、森を一瞥したのち歩き出す。
響は一瞬遅れて、貴音のすぐ後ろを付いて歩く。

貴音の表情は見えない。
しかし響は、横に並んで顔を見ようとは、思わなかった。




もはやゲームを動かそうとする者は居なかった。

灯台に居る者達はただ一時間に一度のエリア移動を繰り返すのみ。
死ぬのは自分達かも知れない。
だがもしそうであれば少しでも長く、
志を共にし協力し合った仲間達と同じ時を過ごしたい。
せめてこれ以上無駄な犠牲を出さぬよう、何もせずに……。
深く思考する気力すら失った彼女達の体を動かすのは、
ただ一つその想い、それだけだった。

そしてそんな彼女達の姿を、李衣菜達はただ見続けた。
北西集落で発見した遺体の数と、今灯台に居るアイドル達の数で確信した。
このままゲームが終われば、自分達の勝ちだ。

自分達が今するべきことは下手に場を動かそうとすることではない。
状況に変化を起こさないこと。
これ以上の犠牲者を増やすことなく勝利すること。
それこそが最善。
だからただひたすらに、時間の経過を待ち続けた。

ゲームが終わるまでの十数時間。
彼女達にとってこの時間はただ何もせずに過ごすだけの時間。
願わくばこのまま何も起きずに、
悪夢のような三日間に終わりを告げたい。

その思惑通り、ただただ時間は過ぎていった。
日は没し、辺りを闇が包んだ。
既にエリア移動の必要もなくなっている。

更に何時間かが経った。
そして何人かが、
もしかすると本当にこのままゲームを終えられるかも知れないと
そう思い始めた頃。

ゲームを動かそうとする唯一の少女が、目を覚ました。

今日はこのくらいにしておきます。
続きはちょっといつになるか分かりませんが、
遅くとも金曜には終わらせられると思います。
多分あと一回か、多くても二回の投下で終わります。

23:00 水瀬伊織

伊織「……ッ!!」

真美「! いおりん……」

跳ねるように上体を起こした伊織に、真美は少しだけ顔を明るくした。
しかし伊織は真美の顔を見ることなく、手元に視線を落として記憶を辿る。
すぐに思い出した。
何か、催涙ガスのようなもので反撃され、その後昏倒させられたのだと。

即頭部が痛むが気分は悪くない。
体に何も異常はない。

と、ここで伊織は慌てて時計を見る。
そして現在の時間を見て、全身の毛が逆立つ感覚を覚えた。

残り一時間。
そんな時間までずっと眠り続けていたのか。
そんな時間まで、真美は自分を起こさなかったのか。

伊織「あんたなんでッ……!」

と、ほんの一瞬伊織は真美を責めかけた。
しかし疲弊しきった真美の顔を見て、一気にその感情は逆転する。

真美を責める道理などあるわけがない。
真美は自分を守ってくれたんだ。
真美が居なければ自分は間違いなくあの時殺されていた。

真美には何一つ非はない。
こうなったのは全て自分の責任だ。
自分がまた失態を犯したせいでこうなったんだ。

あの時、本来もっと早く気付けたはずのガラスに全く気が付かなかった。
視界には間違いなく入っていたはずなのに。
多少見えづらくとも、ある程度近付けば必ず見えたはず。
だが気付かなかった。

なぜ気付くことができなかったのか。
そう、焦っていたからだ……今の自分のように。
焦りが視野を狭くした。
探知機と民家そのものの様子ばかりに気を取られ、
その周りに一切の注意が向かなかった。

だからあんな単純な策にはまってしまった。
だから、またしても真美に、無茶をさせてしまった。
怯えていたであろう真美に、
またしても自分を守らせてしまった。

伊織「……ありがとう、真美」

伊織は焦りに任せて掴みかかろうとしたその手で、そっと真美の体を抱いた。
真美も伊織の背中に手を回し、服を握る。

本心を言えば、もっと長く真美を抱き続けたい。
自分のために必死になってくれた真美への感謝を
こんな抱擁と一言の礼程度で終わらせたくない。

だが、時間がない。
急いで、しかし焦らないように、今やるべきことをやらなければ。
伊織は焦りを抑えるように一度長く呼吸を吐き、

伊織「まずはここを動くわ。歩きながら今ある武器を確認させて。
  それから、私が気絶したあと何があったかも話してちょうだい」

努めて冷静にそう言って、立ち上がった。




李衣菜「ッ……みんな、『来た』!」

その場に居る者だけに聞こえるよう抑えられた李衣菜の叫び。
それを聞いて莉嘉とみりあはそれぞれ、智絵里とかな子に抱き着く。
凛とみくは急いで李衣菜の横から探知機をのぞき込む。

液晶には、ここから離れた位置……南方に二つ、
765プロを示す点が表示されている。
しかしその二つの点はギリギリ探知可能な範囲に入ったところでぴたりと止まっていた。
それが意味するところはつまり、

凛「……向こうも、こっちに気付いてる……」

李衣菜「うん……。やっぱり双海真美がもう一つ、探知機を持ってたんだ」

伊織と真美もこちらに気付いた。
そして警戒し、立ち止まった。
それは間違いない。
なら、次はどう動くか。
あわよくばそのまま警戒して立ち往生してくれれば……
と李衣菜は思ったが、やはりそう甘くはなかった。

真っ直ぐ北上してきていた二つの点は
それまでと進行方向を変え、西へと向かった。
それを見て、皆すぐに気が付いた。
敵は自分達との接触を避けるために迂回し、あくまで灯台を目指すつもりだと。

李衣菜「西側の海岸沿いに行こうとしてるのかも……。
    みんな、西の方に動こう」

敵を灯台へ通すわけにはいかない。
李衣菜達は全員で固まって伊織達と同じように西へ進んだ。




伊織「……やっぱり」

そう呟いて、伊織は立ち止まる。
こちらの動きに合わせて敵が動いたことで確信した。
この敵は灯台を守るためにそこに陣取っているということと、
奪った探知機で自分達の動きを把握しているということを。

そして更に二点、分かったことがある。
まず一つは、やはり武器の殺傷性においてはこちらが上だということ。
敵が探知機を持っているということは、
気絶した自分を探し襲撃することも可能だったはず。
だがそうはしなかった。
つまり、少なくとも真美一人の短機関銃に適わないと、そう判断したのだ。

恐らく向こうが持つ武器で唯一自分達の銃火器に対抗し得るのが、あの催涙弾。
他は渋谷凛のサバイバルナイフのように、
至近距離でないと使えないような武器なのだろう。

だがそれとは別のもう一つのはっきりした事実が、伊織の表情を歪めた。

それは、現状自分達が圧倒的に不利であるということ。
分かっては居たが、改めてその現実を突き付けられた。

今ある武器は探知機に加え、拳銃、散弾銃、短機関銃。
拳銃と散弾銃は予備の弾を奪われ
それぞれ一発ずつしか残っていないが、短機関銃は十分な弾がある。
これを考えれば確かに、殺傷能力という点においては自分達の方が上だ。
が、しかし、「時間を稼ぐ」というその一点において
敵は今、十分以上の条件を満たしていると伊織はそう考えた。

戦いの場所はまず間違いなくこの真っ暗な森の中になる。
頭上を覆う枝葉が濃いせいか、あるいは雲に遮られているのか、
月の光も星の光も一切届いていない。
この状況で催涙ガスを散布されれば……
回避できる可能性の低さは、想像に難くない。

ガスの吸引覚悟で突撃するなど論外だ。
あのガスの効果の高さは身を以って知っている。
僅かでも目に入るか吸引するかしてしまえば、
まともな射撃など不可能となる。
おおよその方向に向けて引き金を引くくらいはできるかも知れないが、
木々に遮られ傷一つ付けられずに弾を撃ち尽くすのがオチだ。

それならきらりが自分達にしたように、投擲の隙を与えないほどに銃を乱射するか。
いや、駄目だ。
敵があとどれだけの催涙弾を持っているか分からない。
多方向に散られればそれまで。
銃撃では、投擲は防げない。

真美「……いおりん……」

伊織「ッ……大丈夫、今考えてるから……!」

しかし伊織は諦めなかった。
確かに現状、自分達は圧倒的に不利ではあるが、
まだ最悪の状況ではない。

最悪なのは、ゲーム終了までに敵に出会えないこと。
倒すべき敵を見つけられずに時間切れを迎えてしまうことだった。

だがそうはならなかった。
走れば数分の位置に、敵が七人も居る。
しかも恐らく灯台に居るであろう346プロのアイドルを守るため、
逃げずにその場に立ち続けている。
これ以上の幸運は無い。

だから伊織は考え続けた。
この暗い森の中、時間を無駄にせずに催涙ガスを回避する方法を。

時間に余裕があれば、催涙ガスを使わせてからすぐに退避し、
ガスが晴れるのを待つという方法もあっただろう。
だが今はもうそんな悠長な方法を取っていられる状況ではない。
真美によればあのガスはかなりの範囲に拡散する。
催涙弾の数や風向きにもよるだろうが、
こんな暗闇の中ガスを避けつつ攻めることなど……

伊織「……!」

そこで伊織は思考を止めた。
考えることをやめ、じっと神経を集中させた。
そして数秒後。

伊織「真美、走るわよ! 懐中電灯を付けなさい。
   足元をしっかり照らして、転ばないように!」

そう言って、真美の手をしっかりと握り走り出した。




探知機に目を落としていた李衣菜達は、その目を見開く。
数百メートル先に居た二人の765プロが動きを見せたのだ。
しかしその動きは、李衣菜が想定していたものとは違っていた。

もう残り時間はかなり少ない。
だから少しでも早く、多く敵を倒すため、
もうすぐこちらに向かって走って来るだろうと、李衣菜はそう思っていた。

だが実際は、その逆。
伊織と真美は南方向へと走り去り、液晶から姿を消した。

智絵里「も……もしかして、諦めた……?」

凛「いや、そんなはずない……。
 多分探知されない距離まで一度離れたってだけだよ。
 きっとまたすぐ戻ってくる。どの方向からかは分からないけど……」

かな子「ど、どうする? 一回、灯台の近くに戻る……?」

李衣菜「ん……そう、だね。そこならどこから来ても対処できるし」

そうして一同は、西海岸に近い位置から元居た場所へと足早に移動する。
灯台のほぼ真南。
周りを木々に囲まれていて、かつ灯台との距離が一番近く、視認できる場所。
あの位置で待ち構え、探知機に映った敵の動きに対応するのが最善のはず。
全員が、そう思っていた。

しかしこの時、李衣菜と凛だけが、僅かな違和感を覚えていた。
本当にそれが最善策なのか。
他にもっと良い策があるのではないか。
違和感自体は些細なものであったが、ほぼ無意識下で、
二人はこれまでの経験から、記憶から、他の方法を模索し続けていた。

そして、探知機の液晶、
自分達から見て『東側』に二つ点が現れたのを見て、
その違和感の正体がようやく明らかになった。

凛「風向き……! 今、風向きは!?」

李衣菜「ッ……! なんで、こんな……!!」

何故こんなことに今の今まで気付かなかったのか。
この時、凛と李衣菜の頭に浮かんでいたのは
数時間前に催涙弾を使用した時の光景。
風に乗ってゆるやかに流れる噴煙を、二人は思い出していた。

意識していなければほとんど感じない。
だが確かに、ある。
ガスを運ぶのには十分な風が今、
東から西へと流れていることに凛達はようやく気が付いた。

そして今、伊織と真美は自分達の東側に居る。
つまり敵が風上、自分達が風下。
この状況では……催涙弾を使うことはできない。

催涙ガスを使う上で、風向きは忘れてはならないことの一つであるはず。
だが、「灯台を守るのだから灯台の近くに居なければならない」
という考えが皆の思考を狭め、
いくつかある大切な注意点の一つを失念させてしまっていた。

風下だからと言って、絶対に使えないということはもちろんない。
だが自滅のリスクが高すぎる。
風下から移動すればリスクも減らせるだろうが、
既にそれすら難しい位置に、伊織達は居る。
下手に移動してもただ伊織達に灯台への道を開いてしまうだけ。

伊織達を見失ってはいけなかったのだ。
常に探知機の中に捉え続け、
自分達より東に立たせないよう移動し続けるべきだった。

時間さえあれば、この状況からでも上手く対処する方法を
思い付けていたかも知れない。
だが彼女達にその時間は無かった。
こうしている間にも伊織達は移動を続け、
自分達に、灯台に向かってきている。

この場で必死に頭を働かせたところで、ただ敵を灯台に近付けてしまうだけだ。
凛と李衣菜がこの短い時間で導き出した答えは、同じだった。

李衣菜「みんなは灯台の近くで待ってて!! 私達が止めてくる!!」

凛「催涙ガス、一応一つ持って行くよ……! 残り二つはみんなで使って!」

そう言い残し、みく達の返事を待たずに二人は東へ向かって駆け出した。
莉嘉とみりあは二人の名を呼び、あとを追おうとする。
しかしそれをかな子と智絵里が抱き止めた。
莉嘉達は初めは抵抗したがすぐに、
自分を抱く腕にただしがみ付いて泣き続けた。
そしてみくはしばらく李衣菜達が去った闇を見つめたあと、

みく「……なんで泣くの。泣いたら死んじゃうみたいでしょ……!
  二人ともちゃんと帰って来るんだから、泣いちゃ駄目だよ!!」

そう言って、二人の残していった催涙弾を、胸元でしっかりと握り締めた。

李衣菜「――作戦、覚えてるよね……!」

暗闇の中、李衣菜は凛のすぐ後ろから声をかける。
凛は振り向かず、走りながら静かに答えた。

凛「……李衣菜が撃たれても、絶対に立ち止まらない」

李衣菜「絶対だよ! そうじゃないと、囮の意味が無いんだから……!」

凛「ッ! 止まって!!」

その合図で二人は立ち止まる。
そして息を切らせながら凛は前方を凝視し、
李衣菜は手元の探知機と、遠くに見える光の位置を照らし合わせた。

李衣菜「来たっ……私は左に行く! 凛ちゃんは右!」

凛は返事をすることなく、即座に行動に移す。
李衣菜は北側、凛は南側に別れ、
少しずつ敵への距離を詰めていった。

伊織「っ……真美、このまま走るわよ……!」

敵が左右に別れたことに気付いた伊織は、
しかし足を止めることはなかった。
時間を与えればそれだけ、敵を有利な位置に付かせてしまう。
だから止まっては駄目だ。
このまま走り接近し、一人ずつ片付ける。

かなり暗いが大丈夫、懐中電灯があればなんとかなる。
光でこちらの位置を特定されるだとか、そんなことを気にする必要はもはや無い。
電灯を点けていようがいまいが、向こうにはこちらが見えているのだから。

だが位置を把握しているのはこちらも同じ。
この探知機と短機関銃さえあれば確実にやれる。
敵がたった二人なら、この位置関係なら、
仮に催涙弾を投げられようとも対応できるはずだ。
右側に居る方が、距離は近い。
それならまずは……

と、伊織が狙いを一人に定めて向きを変えたその瞬間。
首輪が、鳴り始めた。

今日はこのくらいにしておきます。
続きは多分明日投下します。
いつもの三倍くらいの量になると思いますが
区切るところが無さそうなので一気に最後まで行きます。

真美「ひッ!?」

伊織「大丈夫!! まだ間に合う!!」

真美の悲鳴を抑え込むように大声でそう言い、
更に強く手を握って走り続ける。
そして、見えた。

李衣菜「ッ……!!」

前方に一人、明かりに照らされた敵の姿。
だが銃口を向けるのと同時に
李衣菜は木の陰へと姿を隠した。

伊織は立ち止まり、探知機に目を落とす。
もう一人は自分達の左後方。
近付いては来ているがまだ少し距離はある。
やるなら今だ。
恐らく挟み撃ちにするつもりだろうが、
今すぐ多田李衣菜を始末すればならそれは防げる。

立ち止まっていた時間は僅か一~二秒のこと。
即座に決断し、伊織は前へ足を踏み出す。
敵の隠れた位置に銃口を向けたまま、接近する。

一対一、この状況なら確実だ。
相手が姿を見せた瞬間に射撃できる。
身を隠したまま何かを投擲してこようとも対応する準備はできている。
残り数メートル。

そして次の瞬間、

李衣菜「ッうああぁああぁああああ!!」

叫び声を上げながら、李衣菜が姿を現した。
我慢し切れなくなったか。
一か八かの特攻か。

だが伊織はその決死の叫びにほとんど動揺することなく引き金を引いた。
連続して放たれた銃弾のほとんどは的を外すことはなく直撃し、
李衣菜は飛び出した勢いそのままに、血飛沫と共に地面に倒れ込んだ。

真美「いおりん!!」

悲鳴に近いその声を聞くまでもなく
伊織は後方を振り返りつつ引き金を引く。
その銃口の先にはもう一人が、渋谷凛が居た。

凛も李衣菜と同じように、
伊織が振り向く直前に木の陰に身を隠した。
そして銃弾がその木の幹に穴を空け、削り飛ばす。

凛「ッ……」

その連続する銃撃に、凛は身を潜め続けることしかできない。
半身でも陰から出れば撃ち抜かれてしまうだろう。
伊織までの距離は数メートル……まだ、遠い。
弾を撃ち尽くしたとして、弾倉の交換を終えるまでに肉薄できる確証はない。
このままでは駄目だ、殺される。
太刀打ちできない。
……自分一人、だったなら。

ほんの僅か数秒。
そろそろ弾を撃ち尽くす頃か。
伊織はそう思い、ポケットに入れた弾倉に手を伸ばそうとした。
だが、次の瞬間。

伊織「ッぐ!?」

突然、背中を強い衝撃が襲った。
何か大きな物が背後からぶつかった。
伊織はたまらずバランスを崩し、そのまま前方に倒れ込む。
そしてすぐさま首をひねって自分にぶつかった物の正体を見た。
自分にぶつかり、そして自分と同じように倒れているそれは、

李衣菜「っ……凛ちゃん!! お願い!!」

全く想定の外の出来事に一瞬思考が停止した伊織だったが
この言葉が混乱した脳に届き、そして気付かせた。

草を踏み、こちらに駆けてくる足音。

伊織は即座に銃口を向け、引き金を引く。
だが数発の銃声の後、

凛「ああぁああああッ!!」

伊織「ッ……!!」

その銃は思い切り、弾き飛ばされた。
蹴り飛ばされたのか、それとも何か道具を使ったのかは見えなかった。
もはや真美の握る懐中電灯の光だけが頼りのこの状況。
その闇の中に、伊織の銃は吸い込まれるように消えて行った。

伊織はすぐさま立ち上がろうとした。
見失ったと言っても方向は分かっている。
探せば必ず見つかるはずだ、と。

だがその瞬間、凛が真っ直ぐに駆け出した。
それを見て伊織は、やはりそうだと確信した。
凛には短機関銃の行方が見えている。

無理だ、短機関銃は拾えない。

そう判断し、伊織は鞄に入れていた散弾銃に手を伸ばした。
しかし、

伊織「っ、このッ……!」

李衣菜「凛ちゃん、早くっ……急いで……!!」

李衣菜が掴んで離さない。
右手が使えないのか左手だけで掴んでおり、
あと数秒あれば引きはがせただろう。
ポケットにある拳銃で撃つこともできただろう。

だがその数秒すら与えられず、
連続する発砲音が、伊織を襲った。

銃弾は伊織の足を貫いた。

しかし伊織が感じた痛みは、それだけ。
その代わりに伊織の全身は、痛みとは違う衝撃を受けた。
数秒前に自分を襲ったものと似た、でも明らかに違う衝撃。
起こしかけた体は再び倒れ、
何かがのしかかっているような重みを感じる。

伊織は思わず閉じてしまった目を開け、自分にのしかかっているものを見て、
そして、大きく目を見開いた。

真美「……ぁ、っ……あッ……」

真美が、自分に重なるように倒れている。
伊織は一瞬、声をかけて真美を抱き起そうとした。
しかし真美の背に触れた瞬間。
自分の手が何かに濡れたことに気付いた瞬間、
その声は呼吸と共に喉で詰まった。

李衣菜は立ち上がり、凛の隣に立つ。
それに気付いた伊織は反射的に、
倒れたまま睨みつけるように凛と李衣菜を見上げた。
李衣菜は右腕を抑え、その指先からは血がしたたり落ちている。
しかし、大量の銃弾を浴びたはずの胴体からは一切出血していない。
そして凛の姿を今はっきりと見て、改めて確信した。

『ボディアーマー(防弾チョッキ)』
『暗視装置(暗視ゴーグル)』

それが今二人が身に付けている武器だった。
ボディアーマーは李衣菜に配られた物。
そして暗視装置は……小鳥に配られていた物だ。
伊織が小鳥の鞄から回収し、伊織の鞄を李衣菜達が奪い、
そうやって巡り巡った武器が、
今こうして伊織達から反撃の手段を奪っていた。

短機関銃も散弾銃も奪われ、
手元に残っているのはポケットに入った、残弾一発の拳銃のみ。
この一発で出来ることは何か。

凛か李衣菜を撃ち、銃を奪い返す?
無理だ、残った方に殺されるに決まっている。
しかもこの足の怪我ではまともに歩けるかどうかも分からない。
首輪が鳴り始めてから恐らくまだ一分程度しか経っていない。
だが仮に二人ともここで始末できたとして、
足を引きずりながら数分で更に何人か殺さなければならない……。

もはや状況は絶望的だった。
それでも伊織は、考え続けた。
残された一発の弾を、どう使うのが正解か、考え続けた。

しかしその思考は、唐突に発された李衣菜の声で中断された。
その視線は探知機に注がれている。
液晶に示されていた物、それは――

23:50 我那覇響

その音は、決して大きな音ではなかった。
静かで無機質な電子音が、
一秒おきに、ただ時間の経過を知らせているだけのように、
765プロ全員の首輪から鳴り始めた。

その小さな音に彼女達の心臓は跳ね上がった。
だが体は、金縛りにあったかのように動かなかった。
一定のリズムを刻む電子音とは裏腹に、
跳ね上がった心臓は一瞬の間を空けて加速する。
頭が真っ白になる。

無機質な音に思考能力は奪われ、
しかしはっきりと形を持って現れた死が、絶望が、
体を震わせ呼吸を乱し視界を滲ませる。

呼吸さえ止まったように感じ、
もはや誰も言葉を発することさえできないとそう思われた。
しかし、首輪が何度目かの音を発した時。

貴音「ッ……!!」

貴音が、部屋の端へと駆け出した。
その先に居たのは響。
だが彼女の目的は響ではない。

響のすぐ後ろ、壁際に設置されていたテーブル。

そこにはまだ残されていた。
使われもせず、しかし破棄されることもなく、
数時間誰一人として存在に触れようとすらしなかった物が、
そこにはまだ、残されていた。

貴音はその中で特に大きな存在感を放つ物の一つ、
クロスボウを手に取り、矢をつがえる。
そして……部屋の隅に固まって立っていた346プロの三人に向けて構えた。

美波も、アナスタシアも、蘭子も、
他の765プロの者達も、一瞬何が起きたのか分からなかった。
だがすぐに気が付いた。
貴音は、自分達が生き残るために、
346プロの三人を殺そうとしているのだと。

そしてその瞬間、
少し前に765プロの者達を襲ったものと同じ感覚が、美波達を襲う。
自分の命の終わりが、死が、目前に突然形を持って現れた。
死の実感が、恐怖が、一瞬にして彼女達の体を支配した。

蘭子とアナスタシアはその恐怖にただ身を固めることしかできなかった。
だが……美波は違った。
目前に迫った死が、はっきりと向けられた殺意が、
反対に美波の体を動かした。

美波が動いたのを見て、貴音は引き金にかけた指に力を入れる。
しかし次に目に映った光景を理解した瞬間、
その指は呼吸と共に止まった。

もし美波が取った行動が「反撃」であったなら、
貴音は迷いなく引き金を引いていた。
「仲間を引き連れての逃亡」であっても、撃っていた。
恐怖で動けず立ち尽くしたままでも、
あるいは命乞いをしていたとしても、撃っていただろう。

だが美波の行動はそのいずれとも違っていた。
何をしても殺されると、そう分かっていたのか、
それとも考える前に咄嗟に体がそう動いたのか。

アーニャ「っ!」

蘭子「あっ……!?」

美波はアナスタシアと蘭子を抱き寄せ、
貴音に背を向けて座り込んだ。

この美波の行動の意味を、全員すぐに理解した。
美波は自分の背中を盾に、仲間を守ろうとしているのだ。

美波の体は決して大きくない。
美波一人で、二人の人間を守る盾になることなどできるはずもない。
だが美波は必死に、指の無い手で二人を強く抱え込む。
少しでも自分が守れる範囲を多くするために。
文字通り、「死んでも守る」というその意志が、
美波の華奢な背中から、強く、強くにじみ出ていた。

美波の行動の意味に気付き、
アナスタシアと蘭子はほんの一瞬だけ、抵抗しようとした。
美波を自分達の盾になどさせられないと、離れようとした。
だが自分達を抱く美波の体から彼女の強い想いが伝わり、二人は抵抗をやめた。

美波の体を引きはがそうとしていた二人の腕。
その腕が美波の背に回り、そして、強く抱きしめた。
自分達の腕で、その背中を守ろうとしているかのように。

はっきり言って無意味だ。
理屈で考えれば、
まだ立ち向かうか逃げるかした方が生き残る可能性はあった。
どれだけ互いに強く抱き合おうとも、
引き金を引き、矢が急所を貫けばそれでおしまいだ。

数十秒もあれば三人とも殺せる。
まずは一発、これで美波の首でも撃てばそれだけで死ぬ。
蘭子とアナスタシアも、矢をつがえて指を少し引くだけで死ぬ。

貴音にはそれが分かっていた。
だがそれでも、貴音はその背中を撃つことができなかった。

彼女達は、向けられた殺意から逃げるでもなく、
敵意を向け返すでもなく、命乞いをするでもない。
そしてもはや、自分の死に怯えてすらいない。

死への恐怖はあるだろう。
だが恐怖を上回る想いが、
自分の命を賭してでも仲間を守りたいという想いが、そこにはあった。

貴音には、自分が命を握っているはずの三人の姿が、
何より気高く、高潔に映った。

だが、殺さなくてはいけない。
今ならまだ間に合う。
近くに346プロが潜んでいることは分かっている。
今すぐこの三人を殺し、外に居る者達も殺す。
そうすれば自分達は死なずに済むのだ。

分かっている。
分かっているのに……指が動かない。

そしてその貴音の様子を、その背中を、
響はすぐ目の前で見ていた。

……貴音は今まで、何を思って行動していたのか。

響は貴音が三人に殺意を向けたのを見て、
元々こうするつもりだったのかと一瞬思った。
自分達の首輪が鳴れば346プロを殺すという計画を立て、
そのためにこの瞬間まで協力するふりをしてきたのだと、そう思った。
だがすぐに気付いた。

そんなはずはない。
もしずっと前から殺意を抱いていたのであれば、
こんな最後のギリギリになるまで、待つわけがない。
残りたった10分で、十分な人数を殺せるかなんて分からない。
初めから裏切るつもりの人間が、そんな不確実な手段をとるはずがない。

では、なぜ貴音は今の今まで何も行動を起こさなかったのか。
何か考えがあってのことだったのか。
これも作戦のうちだったのか。

違う。
そんな複雑なものじゃない。
貴音が今まで何もしなかった理由。
それはもっと単純で、当たり前のこと。

ずっと、迷ってたんだ。
今までずっと、貴音は迷い続けていたんだ。
解決策があると純粋に信じることもできず、
でも信頼を裏切って人殺しをすることもできず、
ただ何もせずに結果を受け入れることもできず。

貴音は誰より早く覚悟を決めたんだと、そう思ってた。
だからそんな貴音のことを自分は、すごく頼もしいと思った。
ちょっと怖いと思った時もあったけど、
全然取り乱したりせずに落ち着いた様子の貴音を、自分は頼りにしてた。

でも違ったんだ。
貴音はそんなことを少しも顔に出さずに、
ここに居る誰よりも長く、深く、迷い続けて……
そして今も、迷ってる。

響の位置からは、貴音の顔は見えない。
だがその背中に、これまでの貴音の姿が、言動が、重なった。

卯月の遺体を見て、真っ先に弔おうとしたのは誰だったか。
みりあと蘭子が仲間に加わった時、
二人の心を案じて律子に口を挟んだのは誰だったか。
美波が首輪を調べると言った時、最後まで食い下がったのは誰だったか。

そして同時に頭をよぎった。
あの時の、貴音の言葉。
小鳥を傷付けようとした自分に言ってくれた、あの言葉が。

 『……優しい貴女が、これ以上人を傷付けてしまう前に止められて良かった』

そうだ……ずっと、そうだった。
誰にも傷付いて欲しくない……。
貴音は初めからずっと、そう思ってたんだ。
優しいのは自分なんかじゃない。
本当に優しいのは、貴音だったんだ。

貴音は武器を構えたまま動かない。
響以外の765プロの者も、もう気付いていた。
貴音は迷っているのだと。

だがそんな彼女に、誰も、何も言うことができなかった。
「殺せ」などと言えるはずもなく、
だからと言って「殺すな」とも、言えるはずがなかった。

何もせず結果に身を委ねるのとはわけが違う。
たった一言の言葉の重みが皆の口を、体を縛り、
ただただ貴音のことを見つめることしかできなかった。

つまり今……全てが貴音一人に委ねられていた。
全てを決める選択が、その責任が。
誰にも知られず誰より長く迷い続けて来た一人の少女の背に、負わされていた。

そしてその少女の背中をすぐ後ろで見て、響はようやく気が付いた。
異常な状況にあっても物怖じしない、すごく頼りになる大きな背中……
それが全て、自分がそう思い込んでいただけの幻に過ぎなかったということに。

だから響は、足を踏み出した。
そしてそっと手を伸ばし、後ろから優しく貴音を抱きしめ、
消え入りそうなか細い声で、
しかし貴音にだけは伝わる強い意志を持った言葉で、はっきりと口にした。

響「……駄目。殺さないで……」

この言葉を口にすることが何を意味するか、響は分かっている。
分かっていたからこそ、響は口にした。
貴音一人に責任を押し付けないために。

 『人殺しが嫌だっていう気持ちは絶対に忘れない』

やよいに話したあの時の自分の気持ちに従い、響は選んだ。
765プロ全員の命を犠牲にする選択を。
これまで死んでいった仲間達の努力を、
今戦っているかも知れない者達の努力を全て無駄にして
赤の他人の命を救う選択を、響は選び取った。

もうそれ以上、響は何も言わなかった。
言う必要はなかった。
響に抱きしめられた貴音はほんの数秒の沈黙を経て……

貴音「……申し訳、ございません……っ」

そう言って、両手で響の手を強く握った。
持ち主を失ったクロスボウは、音を立てて床に落ちる。
貴音は涙を流し、765プロの仲間に目を向けた。
皆黙って、頷くように俯いた。

貴音の言葉と何かが床に落ちた音で、
美波は恐る恐る貴音を振り向く。
そしてそれと同時に、

貴音「新田美波、アナスタシア、神崎蘭子。
   行ってください……私の気が、変わらぬうちに……」

震えた声を抑えることもなく、そう言った。

三人とも状況の理解が追いつかず体が動かなかったが、
一瞬の間を空けて、美波が二人に向き直って立ち上がらせた。

そして立ち上がった三人は、もう一度貴音を見る。
だが彼女はもう、目を合わせようとはしなかった。
貴音だけではない。
その場に居る765プロの全員が、目を伏せ、涙を流し続けていた。
聞こえるのは首輪の電子音と、泣き声だけ。
しかしそんな中、

貴音「行くのです、早く……行きなさいッ……!」

再び聞こえた、一際大きな声。
これを受け……美波は何も言わずに深く頭を下げた。
その礼が皆の目に映っていたかは分からない。
しかしかける言葉などあるはずもない美波にできるのは、それで精一杯だった。

次に貴音が顔を上げた時には、
既にその場には死を待つ者達しか残されていなかった。

23:52 水瀬伊織

李衣菜「みんな居る……! 灯台からみんな出て来たんだ!」

液晶には346プロを示す三つの点が、
五つの点と合流する様子が表示されていた。

李衣菜は探知機から伊織へと視線を移す。
そしてそのまま数秒見つめた後……凛に向けて、静かに言った。

李衣菜「行こう……みんなのところに」

凛「……っ」

その李衣菜の言葉を最後に、
二人は何も言わず去って行った。
伊織はその後ろ姿に、拳銃を向けようとは、しなかった。

銃声も爆発音も、もう聞こえない。
ただただ無機質な電子音が、一定の間隔を刻み続ける。
だが伊織の耳にはその音は聞こえていなかった。
その耳は、目は、ただ一人の少女だけを捉え続けていた。

真美「っ……ぁ、かっ……あぁ……はッ……」

伊織は起き上がり、地面に座って、真美の背を両手で抱きかかえる。
真美はもう話すことすらできていない。
涙を流し、血を吐き、ただ喘ぎ続ける。

……自分は、何なんだ。
決めたはずじゃなかったのか。
何が「真美を守る」だ。
誰が守った?
いつ、誰が真美を守れた?

全部、逆じゃないか。
自分は真美を苦しめてばかり。
そして真美に守られてばかりだった。

今も自分のせいで、こうして真美は苦しんでいる。
結局、何もできなかった。
最後まで何もできなかった。
何もかももう終わりだ。

真美は死ぬ。
首輪が爆発しようとしなかろうと関係ない。
苦しみの果てに死ぬ。
結局自分には、真美を守ることなんて……

 伊織『あずさ、嫌ッ……!! どうしたら、どうしたらいいの!?
    お願いあずさ、頑張って!! 大丈夫、きっと助かるから!! お願いッ……!!』

……あぁ、そうか。
今なんだ。
あの時できなかったことを、今、やるべきなんだ。
そう、自分は誓ったのだから。

最後まで……。
最期まで、真美を守ると。

真美「はッ、っ……ぁ、ぐ……はあっ……ぅう……!」

真美は伊織の服を掴み、苦しみ続けている。
苦痛に歪んだ表情は、恐怖に染まった目は、
助けを求めるように伊織を見続けている。

伊織はそんな真美の手を、そっと握った。
そして優しく頭を抱き、

伊織「私の代わりに、みんなに謝っておいてくれるかしら。
   私はきっともう、会えないから……」

耳元でそう囁いた。
そして顔を離し、精一杯の優しい笑顔を向ける。
大丈夫、何も怖いことはないから。
そう、安心させるために。

とても悲しい、とても優しい笑顔を瞳に残し、
拳銃に残された最後の一発が、真美の苦しみを終わらせた。




双海真美 死亡

薄く開かれた瞼を、優しく撫でて閉じさせる。

その手を雫が濡らした。
顔を上げると、今度は顔に雫が落ちる。
そして、水が枝葉を打つ音が島中を満たした。

やっぱり月は出ていなかったらしい。
枝葉を縫って落ちてくる雨に全身を濡らしながら、
伊織は頭の片隅でぼんやりとそう思った。

真美の体をそっと地面に置き、立ち上がる。
特にどこかへ行きたいというわけでもない。
ただ、真美の傍を離れたかった。
765プロの誰と一緒に居ることもできない。
居たくない。
そう思った。
ただ一人で死ぬために、森の中を彷徨うように歩いた。

しかしそんな暗い森の中、自分ではない誰かが草木を揺らした。

やよい「はあっ……はあっ……はあっ……!」

頬を紅潮させ息を切らせたやよいがそこに居た。
伊織はやよいの姿を見て一瞬目を見開き、そして逸らす。
やよいはそんな伊織の様子を見て、まだ呼吸の整わぬままに声をかけた。

やよい「346プロの、人達に会って……それで、教えてくれたの……。
    伊織ちゃんが、どこに居るか……」

伊織「……聞いてないわ。何しに来たの? さっさと灯台に戻りなさいよ」

早口気味にそう言った伊織は、やはり目を合わせない。
やよいは何も言わずに、ただ伊織を見続ける。
それから数秒、その場には雨音と電子音だけが鳴り続けた。
しかししばらく続くかと思われたこの沈黙は、
伊織の自嘲的な笑いで破られた。

伊織「ほんと、馬鹿みたいよね……。
   結局私がやったことは、何の意味もなかったって言うんだから」

伊織「私はただ、無駄に人を傷付けただけだった。
   でもしょうがないわよね? そういうゲームなんだもの。
   だから私は全然後悔なんかしてないわよ。やるだけのことはやったんだから。
   何人か襲って、殺したりもしたけど、でも悪いなんて思ってないわ」

ここで伊織は顔を上げ、やよいに目を向ける。
そしてそのまま、笑顔のような表情で続けた。

伊織「だってそうでしょ? 向こうだって私達の仲間を殺してるし、
   それに結局勝つのはあいつら。だからちょっとくらい私が殺したって別にいいわよね?
   こっちは全員死ぬんだから、おあいこどころじゃないでしょ?
   ね、やよい? そうは思わない? なんて、思うはずないわよね。
   あんたはそんな子じゃないもの。でも私はそう思ってるわ。
   だけど……そうね」

と、伊織は言葉を区切り、目を伏せた。
そして、

伊織「結局こうなるんだったら、最初から自殺でもしてれば良かったかしら。
   そしたら誰かが無駄に死ぬことなんて、なかったんだから……」

やよいは伊織の言葉に、何も言わなかった。
だが言葉の代わりに、
やよいが足を踏み出す音が伊織の耳に届く。
そしてやよいはそのまま、伊織を正面から強く抱きしめた。

伊織は抵抗することもなく、抱き返すこともなく、
ただ力なく両手を下げて立ち尽くす。
やよいのぬくもりを肌で感じた伊織はしかし、自嘲的な笑みを崩さなかった。

伊織「……気を遣ってくれるのは嬉しいわ。
  でも、駄目よ。離してちょうだい。私はもう……」

だがここで初めて、やよいが伊織の言葉を遮った。
そしてそのまま続ける。
遮ってまでやよいが口にした言葉は、本当に短い言葉。
しかしどうしても伊織に言いたかった言葉だった。

やよい「ごめんね……ありがとう、伊織ちゃん」

 『ありがとう』

これまでの伊織の行動を、想いを……
伊織自身が否定した自分の全てを肯定する、その言葉。
この三日間、一番会いたかった、
一番会いたくなかった親友からのそのたった一言が、
伊織の感情にかけられていた枷を外した。

両手をやよいの背に回し、力いっぱい抱き着く。
そして、これまで堪えていた全てが涙となって、
大きな叫びとなって、溢れ出た。
ずっと言いたかった、言えなかった言葉を、大声で泣き叫んだ。

ごめんなさい。
酷いことを言ってごめんなさい。
酷いことをしてごめんなさい。
傷付けてごめんなさい。
本当に、ごめんなさい。

やよいはその言葉をただ黙って聞き続ける。
最期まで、伊織の小さな体を優しく抱きしめ続けて。




雨音と、電子音と、すすり泣き。
少し前にやよいが出て行って以降、
灯台では誰一人言葉を発さなかった。
一か所に固まり、床に座り込んでただ目を伏せる。

そんな中、床に置いた時計の秒針を、
春香は泣き腫らした目でただぼんやりと見つめていた。

秒針が進む、音が鳴る、秒針が進む、音が鳴る。

しかし春香の頭には、その針も音も入っていない。
ただぐるぐると、
これまでの楽しい日々が走馬灯のように流れていた。

765プロに入った時のこと、みんなとの初めての出会い、
新しいプロデューサー、海への旅行、オールスターライブ、合宿……。
そんな楽しい出来事が全て昔のこと、夢のことのように思える。

もういっそこのまま、夢見心地のままで居た方が良いのかもしれない。
こんな三日間のことなんかすっかり忘れて、
みんなで仲良く、楽しく話して、歌って、踊って、笑い合ったあの日々の中に、
このままぼんやりと沈み込んでいた方が、幸せなのかも知れない。

三日前までは楽しかった。
違う事務所の人達と一緒に合宿ができるって聞いて、本当にワクワクした。

……最後に笑ったのって、いつだっけ?
三日間の中で笑ったことも、あったような気がする。
どうだったかな。
最後に765プロの子と笑顔で話したのは、確か……。

  『ね、春香。ミキのお願い、聞いてくれる?』

あ……そっか。
あの時が多分、最後だ。
灯台の屋上で美希と話した、あの時が。
でも、どんな話したんだっけ。

  『ミキね、春香のこと大好きだよ。
  だから春香には春香のままでいて欲しいの。だから……約束』

……約束したんだ。
どんな約束?
そうだ、最後に笑顔で、美希と……

  『何があっても最後まで春香は変わらないって、約束して』

  『うん。約束』

  『……ありがとう、春香』

春香「ねえ、みんなっ!」

突然のその声に、千早は、貴音は、響は顔を上げる。
そして春香の顔を見た。

春香は、笑っていた。
涙を流しながら、とても、とてもぎこちなく、笑っていた。

しかしそれは、確かに、春香の笑顔だった。
仲間が落ち込んでいる時にいつも助けてくれた、
みんなを支えたあの優しい笑顔が、ぎこちなさの中に確かにあった。
そして春香はその笑顔で、

春香「天国に行ったら何するか、考えようよ!」

震えを抑えた明るい声で、そう言った。

その言葉に皆、何も答えられずにただ春香を見つめる。
しかしそれから数秒経ち、

貴音「天国、とは……月に近いのでしょうか……」

ぽつりと、貴音が呟いた。
そして春香はそんな貴音に、にっこりと笑って答えた。

春香「はい、きっとすぐ近くです! だって空の上にあるんですから!
   もしかしたら歩いて行けちゃうかも!」

貴音「……では私は、月に行きたいです。
   例え行けなくとも、この地上よりも近い位置から見ることができると思えば……」

貴音は静かにそう言って、目を閉じ、胸に手を当てる。
そして、隣の響に優しく問いかけた。

貴音「響? 貴女はどうしたいですか?」

響「え、あっ……」

貴音の問いかけを受け、響は言葉に詰まる。
「天国に行ったら何をしたいか」
こんな状況で突然そんなことを訊かれ、すぐに答えられるはずもない。
しかし震える響の手に、そっと、貴音の手が重なった。

その手に一瞬目を向けた後、貴音に視線を戻す。
手の温もりと、自分がよく知る、貴音の優しい瞳。
春香を見ると、春香も全く同じ表情で、優しく、見つめてくれていた。

響は目を強く閉じた。
そして、二人と同じように、
いつもの笑顔を作って、元気に答えた。

響「自分……父さんに会いたい! 会っていっぱい話したい!
 自分のこと空から見ててくれたかとか、色々話すんだ!」

響「次は千早の番だぞ! ねえ千早、千早は天国で何したい?」

その勢いのまま、響は千早に目を向ける。
千早は涙でいっぱいの目を見開き、
響を、貴音を、春香を、見つめ返した。
そして……

千早「っ……私、私は……優に、もう一度歌ってあげたいっ……!
   765プロのみんなでもう一度、優のために……!」

春香「……そっか……! 優くんのためのスペシャルライブだね!
  えへへっ、よーし、私張り切っちゃうよ!」

響「あっ、じゃあじゃあ、そのライブに父さんも呼んでいいかな!」

貴音「皆にも声をかけなければなりませんね……。
   天国でのオールスターライブ……真、楽しみです」

手はまだ少し震えていた。
涙も流れていた。

無理に忘れようとしているだけかも知れない。
ただ覆い隠しているだけかも知れない。
現実逃避と言ってしまえばそれまで。

しかしその心には、
絶望と恐怖に染まり切った皆の心には今確かに、一筋の光が差し込んでいた。
今だけは、この瞬間だけは、
一切の後ろ向きな思考を捨てていた。

千早「それじゃあ……最後は春香の番ね」

千早もまた笑顔で、春香にそう言う。
そんな同じように笑顔を向け、春香は答えた。

春香「やっぱり、まずはみんなと仲直りしなきゃだよね!
   765プロだけじゃなくて、346プロの人達とも。
   それでみんなで一緒にライブしたいなって!
   今回はこんな形で色々あったけど……
   でも私、ちゃんと仲直りしたいの! ちょっと大変かも知れないけど、でも……!」

笑顔で、だが一生懸命に話す春香の言葉を、皆黙って聞き続けた。

みんなで、一緒に。
傷付けた者も傷付けられた者も、仲直りをしてみんなで楽しく。
それは紛れもなく春香の本心で、真剣な気持ちだった。

響「なんていうか……すごく春香らしい答えだな」

貴音「ええ……。真、同感です」

春香「そ、そうですか? あはは……」

そう言って照れくさそうに頭を掻く春香。
千早はそんな春香を穏やかな表情で見つめ、
そして静かに言った。

千早「ありがとう、春香……。
   あなたのそういうところに……春香らしいところに、また、助けられたわ」

春香「……ううん。私は、何もしてなんかない。ただ、思い出せただけだよ」

千早「思い出せた……?」

春香は顔を上げ、天井の向こうの、
雲の上に広がる空を、見上げる。
そして皆に目線を戻し、薄く笑った。

春香「私が、私だっていうことを。
   私はやっぱり、ずっとみんなと笑っていたい、楽しく、仲良くしたいって……」

あの毒を捨てなければ、結果は違ったかも知れない。
伊織達と共に戦っていれば、生きることはできたかもしれない。
でも、そうはしなかった。

春香「いつか言ったかも知れないけど、私は、その気持ちを大切にしたいの。
   だって、私は――」

24:00

○生存者
・765プロ
天海春香、我那覇響、如月千早、四条貴音、高槻やよい、水瀬伊織
以上六名(敗北によりゲーム終了と同時に全員死亡)

・346プロ
赤城みりあ、アナスタシア、緒方智絵里、神崎蘭子、渋谷凛、
城ヶ崎莉嘉、多田李衣菜、新田美波、前川みく、三村かな子
以上十名

○勝者
346プロ

これにてゲームは終了です。
三日間、お疲れさまでした。




凛「……ごめんね。なかなか来られなくて」

手に持った花をそっと置き、
穏やかに笑って、凛はそう語りかける。

凛「最近ずっと忙しくて……。でも時間見つけて来るようにはするからさ。
 今日も本当は結構厳しかったんだけど、でもこうして来たでしょ?
 今日だけは絶対、来たいと思ってたから」

風が優しく髪を撫で、なびく髪を抑える。
と、凛はふと人の気配を感じて顔を向けた。

凛「……久しぶり、プロデューサー」

346P「はい……お久しぶりです」

一言だけ挨拶を交わし、凛は一歩後ろに下がる。
プロデューサーは凛が居た場所に立ち、目を瞑って手を合わせた。
そして数秒後。

346P「お体の方は、如何ですか。
   近頃は特に活発に活動されているようですが」

凛「大丈夫、無理なんかしてないよ。
 そっちはどう? 新しいプロジェクトは」

346P「おかげさまで。今はまだデビューを待っている方が大半ですが、
   皆さん頑張っておられます」

凛「いい笑顔で?」

346P「はい」

凛「……そっか」

凛は薄く笑い、目線を伏せる。
そしてふと上に逸らし、どこともない空を見上げて呟くように言った。

凛「あれから……もう、一年経つんだね」

346プロと765プロに起きた悲劇。
合同合宿に向かう途中のバスを襲った事故。
765プロのアイドルと同行した事務員全員が死亡し、
346プロからも死傷者を多数出したこの凄惨な事故は、
当時各メディアで大きく報道された。

だがそれも時の経過とともに徐々に風化していき、
ちょうど一年経つ今日、
いくつかのメディアが思い出したかのように取り上げられる程度。

凛「もうみんな、忘れちゃったのかな。ニュージェネのこと。
 凸レーションやキャンディアイランドも……」

346P「っ……そんなことは……」

凛の言葉を、プロデューサーは力を込め否定しようとする。
しかしそんなプロデューサーを、凛は穏やかな笑みを向けて制した。

凛「ん、ごめん。ちょっと感傷的になってみただけ……。
 忘れられるはずないよ。だってみんな……あんなに、いい笑顔だったんだもん」

346P「……渋谷さん……」

凛「それにファンの人達が忘れちゃっても、私はずっと……
 ううん、シンデレラプロジェクトのみんなが、ずっと覚えてる。
 覚えてる限り、私達みんな、頑張れるから。
 だからプロデューサー。私達のこと、ちゃんと見ててよね!」

にっこりと笑って凛はそう言った。
そしてプロデューサーが言葉を返す前に、

凛「それじゃ、私もう行かなきゃ。またね、プロデューサー」

そう言い残して、駆け出した。




凛「ごめん、お待たせ!」

奈緒「! 凛……」

加蓮「……そんなに急がなくても良かったのに。
   まだ出発までちょっと時間あるよ? 車もまだ来てないし」

凛「ただでさえ無理言って
 時間ずらしてもらったんだから、このくらいでちょうど良いよ」

そう言って笑いかけた凛に、
加蓮と奈緒も目を見合わせた後、笑顔を返す。
そして迎えの車が到着するまでの間、
三人はこれからの仕事内容を簡単に確認することにした。

奈緒「……えーっと、もう分からないようなこととか別に無いよな?」

凛「今のところは大丈夫そうだね。もしまた何かあればその時に聞こうよ」

加蓮「うん。それじゃ、今確認できるのはこのくらいかな」

確認自体はすぐに終わり、そこで一度会話が途切れる。
それからのほんの数秒の沈黙を嫌ったか、
奈緒が他愛のない話題を切り出そうとしたその時。

加蓮「ねぇ、凛。ちょっと聞きたいことがあるんだけど……いい?」

少しだけ緊張したような、真面目な顔をして加蓮が話しかけた。
その言葉で奈緒は察し、一瞬口を挟もうとしたが、加蓮の表情を見て口をつぐむ。
そして凛はほんの少し間を空けて、薄く笑って答えた。

凛「……いいよ、何?」

加蓮「あの、さ。どうして……アイドル、続けようって思えたの?」

凛「え……?」

奈緒「あっ……へ、変な誤解するなよ!? あたし達、嬉しかったんだ!
  凛がアイドル続けるって聞いて、
  まだ三人で一緒に、ユニット組んでいられるって知って……!
  でも……正直、ちょっとびっくりもしたんだよ……」

慌てた様子から一転、奈緒は目を伏せてそのまま黙ってしまう。
そんな奈緒の代わりに、加蓮は静かに続けた。

加蓮「ごめん、今更こんな話題出して……。
  でも、一度聞いておきたいって、そう思ってたんだ。
  あの事故に遭って……きっともう、
  みんなアイドル辞めちゃうんだって思った」

加蓮「でも、そんなことなかった……。
   凛だけじゃない。他のみんなも、誰一人アイドル辞めなくて……」

そこまで言って、加蓮も言葉を選ぶように黙ってしまう。
しかし凛はそんな加蓮達に、やはり落ち着いた声で静かに言った。

凛「うん……そうだね。私も多分、何も無かったらアイドル辞めてたと思う」

加蓮「……何かあった、ってこと?」

加蓮の問いかけに凛は、
記憶を思い返すように目を閉じる。
そしてゆっくりと目を開け、胸元に手を当てて、答えた。

凛「みんなが言ってくれたんだ。アイドル辞めちゃ駄目だ、って。
 ずっと笑顔で、私達の分までステージで輝き続けて欲しい。
 そしたら、空からでもきっと見付けられるから……って」

穏やかな笑顔の中に
ほんの少しの悲しさが混ざったような顔。
その表情に、凛の話した理由に奈緒は涙ぐみ、加蓮はただ一言、

加蓮「……そっか」

小さくそう言うことしか、できなかった。
と、ちょうどその時、迎えの車が到着した。
凛は真っ先に車に向かい、
そして乗り込む直前、二人を振り返る。

凛「私は今、幸せだよ。ここでなら……加蓮と奈緒の二人となら。
 きっと、ずっと輝いていられるから」

その笑顔に、二人も涙をぬぐって笑顔を返し、凛に続いて車に乗り込んだ。
そうして、互いの絆をより強いものとしたトライアドプリムスを乗せた車は、
876プロとの合同ロケに向けて、出発した。

これで終わりです。
最初から最後まで難しかった(小学生並みの感想)
だいぶ長くなったけど付き合ってくれた人ありがとう、お疲れさまでした。

初めの選択肢についてですが、

1.どうか生きて帰ってきてください!
→小鳥さんが完全に覚悟完了。
  暗視ゴーグルをフル活用し闇に乗じて346プロを大量に殺害し、765勝利。

2.どうか誰も殺さないでください!
→小鳥さん完全に協調モード。
 ゲームによる犠牲者の数は少ないものの、最後に全員爆死。

一応こんな感じに考えてました。

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2016年04月04日 (月) 08:54:16   ID: -TFLHmrS

とっても面白かったです❗

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