「休日」 (35)

あさ、朝だ。朝が来たのだ。

アラームの自己主張が耳に痛い。

外は明るいのだろう。

太陽が昇ったから朝なのか、朝になったから太陽が昇ったのか。

それが問題だ。

……問題?



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鶏が先か、卵が先か。

空に黄身のような丸い光が浮かんでいる。

白身はどこに行ったのだろう。

地球に浮かぶ大きな蛍光灯、その紐をひく仕事に就きたい。

眠い。

やっぱり寝坊できないのは辛いから退職したい。

夢の世界からもぞもぞと這い出る。

そろそろ起きないと。

もう朝だから。

布団が私を呼んでいる。

瞼が重い。

まだ朝だから。

今日は休日だ。

窓辺のプランターに水をやる。

ラベンダーの香りが広がった。

サボテンのトゲトゲが痛い。

いつもの日課。

コーヒーミルを回す。

くるくる

豆を挽く音が体に響く。

ごりごり

イチゴ色になったトーストと一緒に朝食。

苦くて甘くて美味しい。

ようやく頭も回ってきた。

くるくる

そうだ、休日だ。

今日は一日何をしよう。

時間はあるし、二度寝してしまおうか。

それよりも有意義に過ごしたい。

読んでいない本が何冊か積んである。

見たいと思ってチェックした映画は幾つあったっけ?

……。

……。

………………。

………………良い天気。

散歩にいこう。

歯ブラシをくわえながらクローゼットを開く。

どの服で出かけようか。

少し寒くなってきたけれど、歩くのならちょっと薄着でもいいかな。

天気予報もその考えに太鼓判を押した。

個の青いワンピースとかどうだろう。

…………。

……違うな。

準備を整えて外に出る。

思った通り暖かい。

悩んだ結果、アイボリー色の薄手のセーターとワインレッドのフレアスカート。

散歩にはちょっと似合わないかな?

まあいいか。

よし。

気合を入れて―……。

出発!!

……あ、ケータイ忘れた。

さて、まずはどっちに向かおうか。

家の前のT字路で悩む。

右は良く知った道。左はあまり通らない。

うーん。

特に目的地のない旅が、開始で躓くとは。

どうしようか。

躓くついでにそこの小石に決めてもらおう。

道端の小石を拾い、掌から地球に帰す。

さぁどっちに転がる。

右か左か。

大地と再会を果たした小石の判定は、まっすぐ進んで側溝の中へ。

……。

……。

…………なるほど。

大きく三歩踏み出す。

目の前の電柱に軽くタッチ。

これでよし。

未だ見ぬ世界に向け、取り舵いっぱーい。

並木道の真ん中、のんびり、てくてく。

こうやってあてもなく歩くのは好きだ。

遠く遠く、トランペットの音が聞こえる。


ぱーーーーぷーーー


へたっぴな口笛を重ねて、二人だけのアンサンブル。


ぷーーーーぱーーー
ぴゅー


へたっぴ過ぎて楽しくなってきた。

コンクールなら銅賞ものかな。

少し冷たい空気が通り抜ける。

街路樹の傘を風が揺らして、地面が木漏れ日で濡れた。

見上げると、一枚の葉っぱがひらひら落ちてくる。

……あれを落ちる前につかめたら良い一日になる。

舞い降りる葉っぱを両手が追う。

躍るようにひらひら逃げられ、悪あがきも虚しく地面に着いた。

伸ばした手の行き場をなくし、その場で固まる。

……今のは練習。次が本番。

結局3回の練習の果てに、今日は素晴らしい日になることが決した。

幾つものお店が並ぶ道に出る。

小さな商店街、ちょっとワクワクしてくる。

家の近くにこんな所があったなんて。

右に左に目をやると、大きなガラスの中の私と目が合った。

今日の服装はちょっとフェミニン?

二人の私がくるりと回る。

自分と睨めっこをしていると、ガラスの奥でお店の人がクスリと笑っているのが見えた。

は、恥ずかしい……。

真っ赤な顔は、きっと朝のイチゴジャムのせい。

顔の熱を冷ましながら商店街の散策再開。

どこのお店も開店したばかりみたい。

お客さんを迎えるように戸口が開いている。

店先にたくさんの小物が飾ってあるお店が目に入った。

あそこの雑貨屋さんに入ってみようかな。

入り口をくぐる。

中は所狭しと色々な物が置いてあった。

ペンダント、首飾り、ネックレス。

アロマキャンドル、鉢植え、掛け時計。

他にも本棚やロッキングチェア、身長程もあるペンギンの置物まで。

自分が小さくなって、おもちゃ箱に迷い込んだみたい。

雑貨屋さんで一つだけ買い物をしてお店を後にする。

さっきまで無かった、針金で編んだ熊が鞄で揺れている。

次はどこに行ってみよう。

更に通りの奥へと進む。

のんびり、てくてく。

左手に興味を引かれる看板を発見。

これは、映画館?

重い扉を引いて館内に入る。

ちょっとカビ臭い。

受付の人に話を聞く。

どうやら一昔前の "B級映画" を上映しているらしい。

今週はアクション、恋愛、ゾンビホラーの3つ。

怖いもの見たさでチケットを購入。

ポップコーンは無いのかな?

劇場に入る。意外と広い。

先客は誰もいないみたい。

部屋の真ん中、特等席に座る。

今の時間はゾンビホラーをやるらしい。

……怖かったら途中退出も出来るよね?

一人だけの劇場に、チープなブザーが鳴り響く。

予告も広告もなく、本編が始まった。

……。

……。

………………おかしい。

ホラー映画を見ていたはずなのに。

物語は中盤。

なんで主人公たちはゾンビの闊歩する街中で、……その……えっちなことをしているんだろう。

えっ、うぁ、そんなことまで?

ていうかこのシーン長くない?

自分以外劇場に誰もいないのに、何だか気まずい。

いたたまれなくなり、思わず両手で顔を覆う。

指の隙間から光が漏れているのはわざとじゃない。しょうがない。

上映終了後、逃げるように外に出る。

もちろん基本的にはゾンビ映画だ。

被り物の動く死体はどことなくコミカルで、予想とは違う面白さだった。

でも、やっぱりこりごりかな。

ここには二度と来ないことを誓う。

さて。

お日さまが空のてっぺんで輝いている。

どこかでお昼にしよう。

十字路のかど、小さな喫茶店。

メニューの一番上にあったオムライスを注文。

席で大人しく料理を待つ。

天井で大きなシーリングファンがゆったり回っている。

控えめに流れるジャズが心地良い。

窓の外を眺めながら、小さなあくびを一つ。

手持ちぶさたにグラスを弄んでいると、良い香りが近づいてきた。

真っ白なお皿の上に、鮮やかな黄色、アクセントの赤。

目が覚める思いで姿勢を正す。

いただきまーす。

スプーンを優しく突き立てる。

中からオレンジ色のチキンライスが顔を出した。

昔ながらのオムライス。

小さく盛ったそれを口に運ぶ。

……。

……。

おいしい!

甘酸っぱい味に心を奪われ、すぐに食べきってしまった。

満足感でいっぱいな体が、少し重い。

水を飲みながらしばしの休憩。

突然目の前にチーズケーキが置かれた。

あれ、デザートなんて注文したっけ?

店主のおじさんはニコニコして言う。

あんまり美味しそうに食べてくれたから。

うぅ。

そんなにがっついて見えたかな。

今日は恥ずかしいことばかりだ。

それに結構お腹いっぱいなんだけど……。

……。

……。

おいしい!

おじさんに何度もお礼を言って外に出る。

また今度来る約束をして。

少し歩きながら大きく伸び。

んー。

……。

よし。

気になったお店、全部回ってみよう。

古書店に入る。

懐かしい絵本に目を奪われた。


洋服屋に入る。

新作コートと財布の中身との狭間で1時間程うなった。


果物屋に入る。

口の中が痛いほどパイナップルの試食をさせてもらった。


画廊に入る。

抽象的すぎる抽象画に首をひねった。


楽器屋に入る。

バイトのお兄さんにおすすめのジャズバンドを教えてもらった。


もう一度洋服屋に入る。

根負けしたのか店員さんが3割引きにしてくれた。


珈琲屋に入る。

オリジナルブレンドを飲みながらマスターの半生に聴き入った。




いつの間にか、青かった空には朱が混じり始めていた。

そろそろ家に帰ろうか。

赤く色付く空を見上げる。

最初はちょっとした散歩のつもりだった。

それでも、気がつけば一日過ごしていた。

んーーーっ。

……。

……。

楽しかった。

名残惜しさに後ろ髪を引かれながら帰路に就く。

空は綺麗な茜色。

足元に目をやると、猫が一匹丸くなっていた。

手を伸ばす。逃げる様子はない。

優しく背中に手を置く。

迷惑そうな顔をしながらも、されるがままで動かない。

ご褒美にあごの下も撫でてやろう。

思う存分撫でまわす。

手のひら越しに少し高い体温を感じる。

近くのベンチに座ると、膝の上に登ってきた。

人に慣れすぎじゃないかな。

ほどよい重さと温かさが心地良い。

二人の世界を夕日が照らす。

にゃあ

しばらくすると一声あげ、ピョンと飛び降りて去っていった。

あの子も今から帰るのかな。

遠くの丘の上に、一番星が輝いた。

孤独に歩く並木道。

今日の出来事を思い出しながら。

いろいろ詰め込まれた一日だった。

藍色が増した空を見上げる。

……お日様が沈むと、なんで寂しくなるんだろう。

胸の中を、小さな寂寥感が通りすぎた。

今日の事すら遠く感じる。

ノスタルジックな世界に一人。

ちょっと寒くなってきたかな。

寂しさを抱えながら歩く。

だってあまりにも今日が楽しかったから。

そんな一日が、終わって、しまう。

ーーー。



どこか暖かい風が、ふわりと頬を撫でた。

ひらひら落ちる葉っぱが一枚。

……………………。

………………。

…………。

……。

よし。

4回の練習の果てに、次の休日はもっともーーっと良い日になることが決した。




今度はどこに行ってみようかな。

未来の日々に思いをはせて。

               【おわり】

感想大変うれしいです

最後は3レスに分けた方が良かったですかね…

↓は過去作です。時間があればどうぞ

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