少年「こんばんは、お月さま」 (24)

空がだんだんと朱色にそまる

今日も日が暮れる時間になったのだ

一日の仕事を終えた太陽が、あくびをしながら街から遠ざかっていく



「お日さま、おやすみなさい」



丘の上に立つ少年が太陽に別れの言葉を告げる

太陽は止まらないあくびを隠そうともせず、彼に軽く手を振った

東の空から藍色のカーテンが追いかけていく



「さて、やらなくちゃ」



彼の仕事はこれから始まる

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少年は長い釣り竿にキラキラ光るものをつけた

それを大きく振りかぶり、高く、遠くへ糸を飛ばす

空まで届いたキラキラはそこで一番星になった



「急がないと」



今日は仕事に少し遅れてしまった

どんどん星を空にあげなければ夜が更けてしまう

このまえ寝坊してしまい空に星が無かった夜、街は大混乱だったらしい



「よいしょ」



彼は次のキラキラに手を伸ばした

空に六つめの輝きがのぼったとき、山の合間から優しい光がもれた

ゆっくりと光を強め、奥から三日月が顔を出す

少年はそれに気がついて微笑みながら言う



「こんばんは、お月さま」



三日月も柔らかい笑顔を返す

彼がこの仕事に就いてから何度となく繰り返されているやりとりだ

しばらく笑顔を見せあった後、三日月は空高くへと昇って行った



「さあ仕事仕事」



彼は七つめの星を空に飾り始める

いくつ星を送り出したのだろう

しかしまだまだ残っている

彼の仕事は始まったばかりだ



「ふう」



短い息を吐いて、一度手をとめて空を見上げる

そこには彼の飾った星たちが嬉しそうに瞬いていた

その様子に満足して、少年は顔をほころばせる



「よし」



小さな気合の声とともに、少年はまた釣り竿を持つ手に力をこめた

そうやって夢中になっていると、誰かが隣に近づいてきた

少年はそちらに顔を向ける

そこには一匹の猫がいた



「「……」」



少年と猫はお互いの顔をじっと見つめる

静かなにらめっこがどれくらい続いたのだろうか

沈黙を破ったのは毛むくじゃらの訪問者の方だ



「にゃあ」



空の上で三日月がクスッと笑った

少年は意図にキラキラをつけながら隣を見る

猫は彼の手元を興味深そうにのぞき込んでいた

少年が少し居心地の悪さを感じていると、猫はキラキラをペロッと舐めた



「あ!それは食べちゃダメだよ!」



街の人が今日も星空を楽しみに待っているんだ

そんな気持ちが伝わったのか、はたまた美味しくないと思ったのか

猫は鼻をすんっとならして小さな声をあげる



「にゃあ」



少年の隣でしっぽをパタパタさせながら、まばらな明かりが躍る空を見上げた

地上の明かりが一つ、また一つと消え始める

窓から漏れる光が少なくなり、降り注ぐ淡い光が町に充ちてゆく

少年は隣に寄り添うぬくもりを撫でながら大きなあくびをした



「ふぁあ」



目じりに温かい雫がたまり、世界が優しくにじむ

横からも同じようなあくびが聞こえた

彼はこの明かりに包まれた街が好きだった



「きれいだなぁ…」



彼は、この世界が大好きだった

花や風、音も眠りにつこうかという時間

少年の手元にはもう数え切れるほどしかキラキラは残っていない

彼が残りの星も空に飾ろうとしたとき、遠く、遠くの丘に一人の少女が立っているのが見えた



「……」



真っ白なワンピースに身を包まれた彼女は、ぼんやりと空を見上げている

少年にはその光景が、どうしようもないほどきれいで、儚く見えた

しかし同時にとても寂しそうにも見えたのだ



「……」



彼は胸の奥がズキンと痛むのを感じた

こんばんは、この夜空はぼくが飾ってるんだ、どうしてそんなに寂しそうなの?

かけたい言葉は星の数ほどあるのに、二人の距離は悲しいほど遠すぎる

少年には、ただただ、少女を眺めることしかできなかった



「…にゃあ」



隣から聞こえたどこか心配そうな声で彼は思い出す

そうだ、まだ星が残っているんだった

夜空をもっと明るくすれば、彼女の表情も明るくできるかもしれない



「…よし」



少年は一際おおきなキラキラを手に取った

これはあの子の真上で、明るく照らしてあげよう

少年はそう思い、釣り竿を思いっきり振って星を作った

大きなそれが頭上に現れたことに驚いたのか、少女は少し目を見開いて……



「…!……」



大きくなった目には次第に涙があふれ、ついにはわんわん泣き出してしまった

その光景を見た少年は驚いた

驚いて、困って、悲しくて、胸が苦しくなった



「……」



遠く遠く、重なることのない二つの声を、猫と三日月だけが聞いていた

一通り泣いて、少年は考える

あの子には星に悲しい思い出があるのだろうか

そんな彼女にぼくがしてあげられることはなんだろう



「笑顔にしてあげたい…」



星はこんなにもきれいなのに、それを見るのが悲しいなんて

どうにかして楽しい思い出にしてあげたい

少女は涙の跡を頬に残しながら、それでも夜空を見上げていた



「…そうだ!」



少年は"あること"を思いつき、残りのキラキラを両手で抱えた




その夜、街ではいくつもの流れ星が、一斉に空をかけた


夜を明るくするほどの数のそれらは、一つは空の彼方へとんで行き、一つは家の屋根に乗り、一つは静かな丘に落っこちた

少女はあっけにとられた顔をしながら、目の前に落ちてきたキラキラに手を伸ばす

それに触れた瞬間、夜空にあった星たちも、たくさんたくさん、彼女のもとに降り注いだ



「わぁ…!」



少女を包み込むように落っこちてきて、視界いっぱいにキラキラが映る

泣いていたことなんて忘れたように、大きく手を広げてくるくる回る

くるくる、くるくる、くるくる回る



「きれい…」



少女の目から、もう冷たい涙はいなくなっていた

背中を地面に預けながら、少女は手に持っていたキラキラを胸にあてる

柔らかい、優しい光が心をいっぱいにする

とても遠い丘の上で、同じようなキラキラとした光が瞬いているのが目に入った



「!……!……」



キラキラをもった少年が、大きく手を振りながら何かを叫んでいる

声は遠くて聞こえない、それでも……

少女はためらいながらも、手に持つキラキラを振り返す



「……」



少年は、とても輝く星をみつけたのだった

ある日のこと


太陽は尋ねる
さいきんいつもの少年の隣に、少女がいるのを知っているかい?


三日月は答える
ああ、当然知っているとも、よく涙を流す子だったんだ


太陽は思い出しながら付け加える
なんだかたまにもう一匹いることもあるけれど


三日月はどこか楽しそうに告げる
彼は気まぐれだからね、家主の帰りが遅いときにだけ現れるそうだよ


太陽はむっとして問う
なんだい、いやに楽しそうだな


三日月は今度こそ笑いながら述べる
いやいや、嬉しいんだ


太陽は先を急かすように求める
へぇ、何がそんなに君を喜ばせるんだい?


三日月は微笑みをうかべて話す
毎晩二人が、にっこり笑顔で言うんだよ








          「「こんばんは、お月さま」」

                     【おわり】



前回書いた

猫「……」
猫「・・・・・・」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1447493980/)

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