勇者「デブと一緒に旅に出ることになった」 (157)

勇者「う~ん、マジで大丈夫なのかァ? この町ィ」

年季の入った机の上に蝋燭を置き、ポリポリと頭を掻く。
勇者は自分の住んでいる町に、不信感を抱いていた。
この町はこの先やっていけるのか、という漠然とした不信感である。
一ヶ月前に町長・プピイブァボピャ氏が、何者かに刺殺されるという事件があった。
その事件を皮切りに、次々とテロが勃発していたのだ。

勇者「まったく、命がいくつあっても足りねぇな」

勇者は一人暮らしをしている。
朝は近くの畑で収穫した野菜で料理を作り、食べる。
無論、その畑は全て勇者のものだ。

勇者「明日は[ピザ]の野郎、来るかなぁ。メシ用意するの面倒なんだよな」

勇者の隣人である[ピザ]は、働かずにいつも寝てばかりいる。
ほぼ毎日、勇者の家に押しかけ友人であることを口実に、食事を与えてもらっているのだ。


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ある日、町長の娘・パプポプが何者かに殺された。
それはすぐにニュースに流れた。
午前二時のことだった。

勇者「行くぞ!!!!」

勇者は荷物をまとめ、デェブの家に走って行った。
ドアをドンドンと荒々しくノックする。
それでもデェブは出てこない。
多分、デェブは夢の世界で揚げ物の海に呑まれているのだろう。
こうなればしかたがない、手段を選ばずである。

勇者は窓を剣で叩き割り、ひっそりと侵入した。
テーブルの上に、昨日デェブが食い散らかしたパンが落ちていた。
物音を立てず、寝室に入る。
そこではデェブがよだれを垂らし、馬鹿笑いしながら寝ていた。
勇者は彼をベッドから引きずり下ろした。

デェブ「ん……なんだぁ……?」ムニャムニャ

勇者「荷物をまとめろ!」

デェブ「え!?」

デェブ「なんでだよ! どっか旅行行くのか!?」

勇者「うるせぇ! 良いからまとめろ!」

デェブはのろのろと荷物をまとめはじめた。
数分後、荷造りが済んだらしく、デェブは立ち上がった。
勇者とデェブは家から出て、町の終わりまでなりふり構わず走ったのだった。

やっと関所に着いた。
町と外界は高い塀で遮断され、扉はかたく閉ざされている。
塀を乗り越えるより他に、町を出る手段はなさそうだった。

勇者「俺が塀の向こうにロープを引っかけて上に登る」

勇者「デェブは後から来い。お前は運動が苦手だから俺の支援が必要だろう」

デェブ「いやいやちっと待ってくれよ勇者さんよォ! 僕は家でゴロゴロ……」

警官「やいやい! テメェら何もんだゴラ! 待てぇい!」

背後からキィキィ声が聞こえた。
二人をテロリストと見間違えた警官が追いかけてきたのだ。
確かに、深夜に大人の男がたった二人で、暗がりでゴソゴソやっているのだ。
テロリストが爆弾をしかけていると勘違いしても、おかしくない。

勇者「デェブ! 乗り越えるぞ! 俺についてこいッ!」

デェブ「わ、わぁ~待っちくり~」

メアド欄にsagaって入れたらデブって打っても規制されないよ

警官がマシンガンを取り出した。
勇者は華麗な身のこなしで、あっという間に塀の上まで登っていった。
太いロープを垂らし、下にいる無気力な友人に呼びかける。

勇者「デェブ! このロープに掴まれ!」

デェブ「おう!」

デェブはロープを使い、塀を登り始めた。
彼は体脂肪率50%であるが、あとの50%は筋肉でできている。
腕力には自信があった。

パパン! パンパン!

マシンガンが火をふき、塀に無数の穴が開く。

デェブ「どわあああ! おっかねぇなオイ!」

勇者「落ち着け、デェブ!」

デェブ「ヒエエエ! ワァワァワァワァ!!!!」

勇者「もうすぐだろデェブ! マシンガンに怯えんな!」

デェブ「マシンガンじゃねぇよオオオ! 高いよオオオ!」

ようやくデェブが登り切った時、信じられない光景が目に飛び込んできた。

>>4
ありがとうm(__)m
でもやっぱりデェブで進めることにします

賑やかで栄えた町……
とは比べものにならないほど殺風景な風景だった。

デェブ「ははは、岩と砂しかねぇや……腹減った」

勇者「俺がまだガキだった頃、おばあちゃんがよく話してくれてたな。塀の向こうには緑の草原が地平線まで続いてるって」

勇者「ありゃ、嘘だったんだな……」

デェブ「んで、これからどうすんのさ。僕は今、腹がとても減っている。欠片でもいいからパンを口に入れたい気分だ」

デェブ「聡明な勇者ならば、僕の言いたいことは分かるね?」

勇者「俺らの目指す町はハゲーン町。礫砂漠の彼方に光が見えるだろう。あれがハゲーン町の灯台の光だ」

勇者「あそこの権力者に俺の友人がいる。ついたらメシをおごってもらおう」

デェブ「今ほしいんだよ!!!! パンが!!!! 肉が!!!!」

勇者「黙れ、俺だって腹が減ってる。でも無一文で飛び出してきちまったんだ」

勇者はロープを垂らすと、デェブと共に砂地に下りた。
その時、足元の砂がもぞっと動いた気配がした。
しかし、二人は全く気付かずに歩き出していた。

突然、背後でドドッと砂の落ちる音がした。
勇者達が振り向くと、そこには巨大な昆虫がいた。

勇者「なんなんだこいつは……」

その昆虫は九つの複眼を持ち、大きな二本の棘のある腕が特徴的だ。
足は四本あり、いずれも丸太のごとく太い。
喩えるならばバカでかいカマキリと言ったところか。
いや、カマキリでは複眼の説明がつかないからカマキリの進化体としておこうか。
彼は肉食で、この砂地を通る旅人を襲っては血をすすり、その後に肉をむさぼるのだという。
とある文献によれば、処刑方法の一つとしても用いられていたらしい。

デェブ「見たところ、昆虫の身長は3m54cmだね」

勇者「なんだって!? かなり大きいじゃないかッ!」

デェブ「困ったねぇ、僕ら肝心の武器を持ってないよ。死んじゃうよ……」

勇者「なら素手で闘えばいい! どうせ逃げても食われるだけだ、早めのブレイクファアストが来たと考えればいいさ!」

勇者はまず足を狙うことにした。

勇者「デェブ、奴の足を潰して動きを抑えるぞ」

デェブ「う、うう。怖いよォ」

勇者とデェブはカマキリの足に、そこいらで拾った石を投げだした。

小石はカマキリの足に当たる。
皮が破れて青黒い血がドロリと砂地を染めた。
昆虫はこれは敵わじと感じたか、這う這うの体で地中へと逃げて行った。

勇者「ま、ざっとこんなもんよ」

勇者とデェブが出発しようとした時、背後でまた砂の落ちる音が聞こえた。
さきほどのカマキリもどきである。
性懲りもなく二人を喰らおうとノコノコ出てきたのだ。
デェブはご自慢の腕力を活かして、石をカマキリの頭へ投擲した。
石は見事、カマキリもどきの額に命中し、脳まで突き通した。
砂塵を巻き上げて斃れたカマキリもどきを、デェブは食べようと提案した。

勇者「何言ってんだ。そいつの皮には毒がある。焼いても消えねぇ毒があるんだ」

デェブ「はぁ? でも君はさっき早めブレイクファアストであると……」

勇者「悪いが、それは俺達のことじゃないぜ。砂地の生き物に対して言ったセリフなんだぜ」

デェブ「ああ~ん?」

デェブには勇者の言葉がさっぱり理解不能であった。

虫から逃げた後、勇者とデェブはオアシスを探していた。
しかし、一つも見当たらない。
しばらく歩くと枯れているように見える草があった。

デェブ「これはミズソウという。枯れているのになぜか水分が豊富なんだ。毒もないし、飲んでみようじゃないか」

デェブは飲食物のことなら何でも知っている。
だから太っているのだ。
勇者らはそこらの木を拾い草を切り、水を飲んだ。
久々に生き返ったような気がした。

数日歩いて、勇者達はハゲーン町に着いた。

勇者「いいか? ハゲーン町の内部には至る所に赤外線センサーが張り巡らされている」

勇者「もし、センサーに触れてしまえばライフルロボットに狙撃される仕組みになっているんだ」

デェブ「じゃあどうするんだよ。僕なんか格好の餌食じゃないか」

勇者「そんなことだと思ったよ。それなら四つん這いになって進めばいいのだ」

勇者とデェブは四つん這いになってセンサーを潜り抜け、城までやってきた。
ハゲーン町は市町村の一つであるが、何故か城が立っている。
町長が権威を諸地域に示すため、建てさせたものだろう。

城の門をくぐり、ハゲーン町の王に謁見する時が来た。
勇者は、友人でもある王を旅の仲間に加えようと考えていた。
彼の財力があれば、きっと安心して旅を進められるからだ。

大臣「王様の、おなーーりーー!!!」

勇者「あいつが来るぞ、毅然とした態度で迎えるんだぞ」

デェブ「え、偉そうな態度を取ったら首を刎ねられちゃうよ。それより僕のパンはどこだ?」

玉座に、つるッパゲの友人が座った。
これこそが勇者の友人であり、ハゲーン町の王者でもある、ハゲである。
デェブは驚愕し、思わず殴りかかった。

大臣「コラ! 王様に殴りかかるのは死刑と同等の罪であるぞ!」

ハゲ「まぁよい、大臣は下がっておれ」

ハゲ「久しぶりだな、勇者。朕になんの用か」

勇者「俺の用件はなぁ。ハゲよ! 旅の仲間になってくれないか!? ということだぜ!」

ハゲ「いいぞ!」

大臣「な、なんてことをおっしゃられます! そんなことをしてはこの町が……」オロオロ

ハゲ「いや、この町にはもう飽きた」

大臣「何ですとッ!?」ガビーン

ハゲ「よろしく頼むぞ、勇者」

勇者「随分と簡単に決めた様だが、そこがお前のいいところさ」


ハゲは群がる大臣達を押しのけ、城を出ていった。
勇者一行も彼の後を追って、城を出る。
この時、王の地位をハゲは永久に失ったのだ。


~ハゲーン村武器店~

勇者「デェブにはハンマーがお似合いだな」

デェブ「僕が太っちょだからそんなこと言ってるんだ!」

勇者「俺はこの錆びた剣にするが、ハゲはもう決めたか?」

ハゲ「ん? うむ、決めたぞよ。朕は普通の剣にする」

デェブ「おい、ハゲ。君はもう王位を失ったんだ。そんな喋り方しなくてもいいんだぜ」

勇者「人は一朝一夕には変われないものさ。デェブ、お前が一番よく知っていることじゃないか」

デェブ「う……」

勇者は錆びた剣、デェブは鉄の玉、ハゲは鉄の剣を選んだ。
会計に出すと、レジの老人は目を丸くして錆びた剣を見つめた。

レジの老人「これは……伝説の剣ですぞ!」

デェブ「あんだって!?」

レジの老人「い、いつから私はこんな代物を売っていたのかいやはや……」

デェブ「お前、知っていて売っていたのかよ!?」

勇者「待ってくれ、話がかみ合ってないぞ。二人とも落ち着けって」

レジの老人「私は本当に知らんのです。ただのくっそボロい剣とばかり……」

勇者「誰から貰ったんだ?」

レジの老人「貰ったのではありません。店の屋根に突き刺さっていたので、避雷針として使用していたのですが、どうにも使えん」

レジの老人「なので、いっちょ売っぱらってやろうと思ったのです。しかし、よくよく見ればこれはでんせ」

勇者「そうか、では買おう」チャリンチャリン

しかし、こんなボロい剣を買っていいのか。
錆びている箇所が十か所もあり、ホコリだらけである。
いつ折れてもおかしくない。

勇者「おいデェブ、たらいに水をいれて持ってこい。洗ってみよう」

デェブ「ケッ。こういう仕事はハゲにやらせるのが一番だよ。彼は貧弱そうだからね」

水で剣の表面を洗うと、それは立派なプラチナ製の魔剣に変貌した。
一瞬、まばゆい光が店内を包みこんだ。
光が消えた後も、魔剣はキラキラと輝いているようであった。

デェブ「すげぇな!」

勇者「ようし! では諸君、ぼちぼち出発するとしようか」

ハゲ「出発といっても、どこへ参るのかね?」

勇者「ハゲーン町から北北西に向かって2kmの所に魔物の巣があるそうだ」

デェブ「行って何をするんだよ。それより僕の胃袋はぺこぺこだ! それに乾燥している!」

勇者「大人しく待っていろ。旅の途中でパンの一個や二個くらい手に入るさ」

勇者「本来なら、ハゲにご馳走してもらう予定だったんだけどな」

ハゲ「そのことに関しては誠に申し訳ない。せめてそなたらをもてなしてから決断すべきであったか」

デェブ「いいからアンタはその変な喋り方をやめてくれよ! 平民のくせに貴族風の喋り方とか意味不明だよ!」

勇者「興奮するな。いらだつ気持ちは分からんでもないが、興奮すれば腹が減るぞ」

デェブ「ぬぐぐぐ。自分の腕でもかじって我慢するぜ」

勇者一行はハゲーン町を出た後、北北西に突き進んだ。
しばらくは砂と岩だらけの荒地であったが三日後、壁のような崖に道を塞がれた。

勇者「この崖を越えたら、魔物の巣だ。俺が先に行き、デェブを引き上げる。ハゲはしんがりでよろしく頼む」

デェブ「あのさぁ……結局さ、僕達はどうして魔物の巣に行くんだ? この数日、食事という食事にありつけなかったし」

ハゲ「昆虫はタンパク質が豊富だ。パンより遥かに健康的な食事だったではないか」

勇者「魔物の巣にはパンが山ほど落ちているらしい」

デェブ「まーた見え透いた嘘を。僕はもう騙されないからね!」

~崖を登る途中~

デェブ「もうだめだ落ちるよ死んでしまうよこの状況絶対死ぬしかないと思うんだこれだったら家で寝てる方がまだよかったタスケテー!」

勇者「おいハゲ! デェブが木に引っかかって上手く登れてないみたいだ! すまんが、デェブを手助けしてやってくれ!」

ハゲ「お安い御用だ。しかし、できればロープがあれば助かるのだが……」

勇者はロープを投げ、自分が持っている方の端を近くの幹に結び付けた。
投げられたロープを掴んだハゲは、デェブの足首に結び付け、木から押しやる。
デェブが宙ぶらりんになり、幹がミシリと嫌な音をたてた。

ハゲ「ロープを引け、勇者! デェブの体重は見たところ80.2kgある! 辛いだろうが、早く引き上げねばならぬ!」

勇者「ぬおおおお! 神よ、俺に力を!」グイィ

苦闘の末、デェブは救出されたのであった。

マシンガンとか出てくる世界観なのか…

~魔物の巣~

勇者「おい、用心して行けよ。武器は持ったか」

デェブ「な、なんだか不気味だね。木の枝がこう……荒ぶってるし」

勇者「木の枝くらいどうってことないぜ。ただ、デェブの抱えてる鉄球が俺の足に落ちてこないかが心配だぜ」

魔物の巣は霧が大変濃く、歩いている内に三人は別々の方向へはぐれてしまった。

デェブ「お~い、勇者~! ハゲ~! 君達どこに行ってしまったんだよ~う!」

デェブ「……これってヤバくないか。完全に僕だけ遭難してるってことじゃないか」

デェブ「所持品と言えばこの鉄球に、途中で拾った火打ち石だけ……」

デェブ「勇者の嘘つきめ! やっぱり魔物の巣にパンなんて落ちてなかった!」

デェブは腹立ちまぎれに、近くの草むらへ鉄球を投げつけた。
骨の砕ける鈍い音がして、草むらからヨロヨロと一匹のゴブリンが這い出してきた。
思わぬ収穫にデェブは、鉄球を火打ち石代わりにして、ゴブリンのステーキを心ゆくまで堪能したのだった。

デェブ「へへっ、このダンジョンもそんなに悪くないね」

一方、勇者とハゲは行く手を阻む魔物を斬り捨てながら奥へと進んでいた。
魔物の巣とは言っても遠くから見れば、ただの巨大な森である。
方向感覚が狂い、自分がどこを進んでいるかも分からなくなる。

勇者「まさか、こんなに魔物が隠れているとは思わなかった」ズバッ

ハゲ「魔物との激戦は免れぬと入る時点で気がつかなかったのかね?」ドシュッ

勇者「いやね、少しは予想してたけどここまでかと。ホラ見ろよ、道を埋め尽くしちまってるぜ」バキッ

ハゲ「魔物の巣はかつて、新人兵士の修練場として用いられていたという」ガスッ

勇者「へぇ。そんな大人気のスポットなのに、どうして人っ子一人いないんさね?」シャシャシャシャ

ハゲ「最深部に『主』が棲み始めてから、誰も近寄らなくなったと朕は聞いている」スパァン

勇者「『主』ってのがクソ強いから死を恐れて挑戦しなくなったと?」ズドドドドグワッシャーン

ハゲ「否、奴の口車に乗せられてまんまと殺されたそうな」ピシャンピシャンドンガラガッシャァァァァン

しばらく走ると、不意に視界が開けた。
最深部へと到達したのだ。
霧は晴れ渡り、中央に木製の椅子が揺れている。
そして、その椅子に鎮座するフード姿の男が一人。
勇者とハゲがフード男の放つ静かな殺気に圧倒されていると、デェブが駆けてきた。

フード男「おっ血まみれの諸君……」

フード男の第一声を受けて、勇者は自分の服を見下ろした。
確かに服は魔物の血で赤黒く染まっていた。
デェブやハゲも同じようである。

勇者「デェブ、お前も魔物と闘ったのか」

デェブ「そうだぞ。鉄球でブチのめしてきた」

ハゲ「やれやれ、勇者殿もデェブ殿も恐ろしい方々ですな」




フード男が椅子から立ち上がり、話しかけてきた。

主「ところで、だ。私はここの森番、すなわち『主』なのだが、諸君らはどうしたいのかね?」

主「魔物の巣を通りたいのかね?」

デェブ(おい勇者、魔物の巣を通るってどういうことだ? ここは独立した一個のダンジョンなのだろ?)ヒソヒソ

勇者(もしや、魔物の巣を通り抜けた先に地図には載っていない未知なる世界が広がっているのではなかろうか)ヒソヒソ

主「通りたいのか、通りたくないのかはっきりせんか!」

勇者「まぁそういうことですよ」

主「ああ~ん? 通りたいのか?」

勇者「まぁそういうことですよ」

主「通りたいということで良いのだな? ではこれを飲みなされ」サッ

森番が取り出したのは、小さな金色の杯であった。
赤色の液体がなみなみと注がれている。
杯からこぼれた液体が地面に落ちると、白色の煙が立った。

主「塩酸の毒素を強めた塩化ピポ水だ。これを飲めたら通してやってもいいが、どうする」

森番の足元を見ると、頭蓋骨と思しき骨が転がっている。
以前、ここを訪れた修行者のものだろう。
デェブは青白い顔でブルッと震えた。

勇者「おいおい、マジかよ……」

主「ククク……さぁ飲みなさい! この液体には人間の肉を溶かす力があるのだ!」

主「魔物の巣にある樹は全て、溶けた人間の肉体で育っているのだ。バカな修行者が騙されてくれたおかげでな。ナーッハッハァ!!」

ハゲ「では、頂戴しよう」

勇者「ヴォイ! ハゲお前、好んで死にに行くこたねぇだろ!」

ハゲ「大丈夫だ。朕には策がある」

そう告げた一秒後、ハゲは目の前のフード男に塩化ピポ水を叩きつけた。

主「ぬぁにうぉしゅるッ!!!」

ハゲ「朕が他人から渡された物を飲むと思っているのか? 塩化ピポ水で髪を洗ったことがあるからその恐ろしさなぞ知っておるわ!」

主「だからって投げ返すなど……その発想は……なかった……」

主「ぐぬぬ……この私がァァァァ!!!! ハゲなんぞにィィィ!!!!」

勇者「まだ頭が溶け切ってないな。復活したら困るし、デェブ頼むぜ。お前の出番だ」

デェブ「合点承知ィ!」

デェブは森番に駆け寄ると、鉄球を無表情で落とした。
グシャリと潰れる音がして、森番の呪詛は永遠に終わった。
同時に周囲を囲っていた禍々しい木々が、次々に枯れ果てていった。

デェブ「こいつぁすげぇや……」

ハゲ「ふふふ、魅せてくれますなぁ。森の主、とやらも」

勇者「これで、新たな進むべき道が示されたってことだな」

青空の下、勇者の目の前には地平線まで続く草原が広がっていた。

そよ風を顔に受けながら草原を進んでいると、こんこんと地下水が湧きだしている場所についた。
泉の近くに巨大なニレの樹が一本立っていた。
勇者一行は泉で小休憩を取ると、ニレの樹を見上げながら通り過ぎた。

しばらくして。

デェブ「見ろよ、またニレの樹が立ってるぜ。しかもさっきと同じで一本だけだぜ」

勇者「本当だ、誰が植えたんだろうな。一里塚みたいな感じで距離の標識的な役割を果たしているのではないか?」

ハゲ「ぬぬっ、こちらにも……ああ、あちらにも! 困ったぞ、勇者よ。朕ら……囲まれておる!」

デェブ「樹に囲まれてる!? ば、馬鹿を言え。樹が動くかってんだよ!」

ニレの樹「ぐふふ、お前たちは逃げられない」

勇者「きッ……樹が動いているッ! それにいつの間にか木の枝が剛腕に変化しているッ!」

デェブ「信じられない……僕の両目はどうかしてしまったのかい!?」

ハゲ「落ち着くのじゃ、二人とも。これを使おうぞ」

ハゲは冷静にバケツを取り出した。
中には赤い液体が入っている。
勇者は目を丸くした。

勇者「こ、これは塩化ピポ水ではないか。どこで手に入れてきたんだ」

ハゲ「湖があったのだよ。そこから少し取ってきた。何かに使えるのではと思ってな」

デェブ「では早速、樹にかけてみようぜ!」



ハゲ有能

ニレの樹「む……それは塩化ピポ水! まさか、何をするやめ……」

樹は次々に溶けていった。

勇者「早く包囲網を突破するぞ! こんな場所にいては、一緒に仲良く溶けちまうからな!」

勇者「ただ、デェブは脂肪燃焼の意味合いもかねて残った方が良かったと思うぜ!」

デェブ「変な冗談は良してくれ。僕は確かに体脂肪率50%だ。しかし、残りの50%は全部筋肉でできてるんだぜ」

ハゲ「妙であるな。いつの間に朕らを囲んでいたとは……」

勇者「ここから魔物は強くなりますよってか?」

ハゲ「うむ、旅人への警告であるやもしれぬ」

デェブ「じゃ、じゃあさ。もう家に帰ろうぜ!」

勇者「ああん?」

デェブ「家にはパンもあればベッドもある。もう『ヘルシィ』な食べ物を口にしなくて済むんだ!」

ハゲ「昆虫は貴重なタンパク源だ。食通であるなら、知っていてほしい基本知識であったのだが」

勇者「そうだそうだ。その『ヘルシィ』な食い物があってこそ、俺達は今こうして旅を続けられるわけだ」

デェブ「そもそも、僕は好きでこの旅に参加してるわけじゃない! 勇者の野郎に無理矢理つき合わされて」

勇者「なら帰るか? 一人トボトボと、暗い獣道を帰っていくか? 言っとくが、鉄球だけじゃ魔物は狩れないぜ」

デェブ「ぐ、ぐうううう!!!!」

話が終わる頃、勇者達はニレの樹の包囲網を突破した。

日が暮れる頃、パーティーは星形の奇妙な建物に着いた。
人はおらず、中は暗い。
何かの研究所であるのだろうか。
玄関を過ぎるとすぐ横に、見たことのない魔物の標本があった。
それを見て、デェブがハッと思いだしたように叫んだ。

デェブ「おい勇者! この建物の名前を思い出したぞ!」

勇者「あんだって!?」

デェブ「ここはパピプペポ実験所! 世界中から色々な魔物を集めて、自由に変形させていたんだ!」

勇者「クッ、面白ェな」

ハゲ「魔物を変形させて、どうするのかね? 目的もなしに変形、というわけではなかろうに」

デェブ「それは僕も知らんぜ!!」

デェブ「ところで、ここは暗いなぁ。誰か電気つけてくれよ。パンを探せないじゃないか」

勇者「電気をつけようとしたが、ブレーカーが落ちてやがる。ブレーカーの位置が分からんから無理だ」

ハゲ「こんなことがあろうと電灯を持ってきた。ありがたく使うがよい」

勇者「礼を言うぜ。これで進むのがだいぶ楽になったみたいだしな」

透明な机の上にはガラクタが沢山あった。
そのガラクタの中には人骨とも思えるような物体があり、とても不気味に思えた。
さらに進むと、看板らしき板が立っていた。

勇者「えーと……『ビャンビャン山を登山したい人はこちら』とあるぜ」

デェブ「ああ~ん? 研究所なのに登山案内だと? どういうこっちゃ?」

ハゲ「研究所と登山専門店が併設しているのだろう。どうやら近くに朕らの越えねばならぬ山があるようだ」

ハゲ「見てみるだけ損はないだろう」

三人は板に書かれている矢印の方向に沿って歩いていった。
すると、建物の反対側へ繋がる扉がありそこから冷たい風が吹きこんでいた。
扉は何故か木製で、虫に食われボロボロになっていたのだ。

デェブ「ファイファイオウウァッエウウウンアオーウ!」

勇者「ああ? 風が強くて唇がめくれ上がるのは分かる。だが、お前さっきから何を言ってんだ?」

ハゲ「おいおいどうやって進むんだよ~う! と叫んでいるのではないのかね」

勇者「ハゲお前、頭いいな。てか風が強くて髪が……ぶぁっ」

ハゲ「その点、私は心配ご無用。髪がないとかえってすがすがしく感じるものだ」ズンズン

デェブ「フヘエ! ハイフ、フンフンフフンへハアフ

すると、建物の反対側へ繋がる扉がありそこから冷たい風が吹きこんでいた。
扉は何故か木製で、虫に食われボロボロになっていたのだ。

デェブ「ファイファイオウウァッエウウウンアオーウ!」

勇者「ああ? 風が強くて唇がめくれ上がるのは分かる。だが、お前さっきから何を言ってんだ?」

ハゲ「おいおいどうやって進むんだよ~う! と叫んでいるのではないのかね」

勇者「ハゲお前、頭いいな。てか風が強くて髪が……ぶぁっ」

ハゲ「その点、私は心配ご無用。髪がないとかえってすがすがしく感じるものだ」ズンズン

デェブ「フヘエ! ハイフ、フンフンフフンへハアフ(すげぇ! あいつ、ずんずん進んでやがる!)」

勇者「もうお前は何もしゃべるな。進みにくくなるだろ」

>>25は途中送信ですm(__)m

勇者「そうだ、この扉を開けて外に出たら風は止んでいるのか?」

ハゲ「その可能性は限りなく低いだろう。この先に強い魔翌力を感じる。強風はビャンビャン山の魔物が起こしていると思われる」

勇者「じゃあ、風を避ける楯が必要になってくるな!」

ハゲ「途中で円形のテーブルを拾ったのだが、これを楯として使えないだろうか」

勇者「うーん。中々の材質だが、問題は俺とお前とデェブ、三人収まりきるかだよ」

勇者「俺とお前はガリンガリンだからまだいい。しかし巨漢であるデェブは……」

ハゲ「あやつは大丈夫だ。魔物ごときの風で吹き飛ばされる御仁ではあらぬよ」

勇者「そうだな、俺とお前で楯を使うとするか」

扉を開くと、黄昏色の光が風に乗って三人を照らし出した。
目の前には鋸の刃に似た山が天高くそびえ、まるで世界を呑みこもうとしているかのようだ。
一歩、また一歩と慎重に踏みしめていく。
視界の隅でデェブがのけぞる様子が目に入った。

勇者「あいつ大丈夫か……風に押し負けてんぞ」

ハゲ「演技だろう、気にする必要はない」

勇者「しかし、ああ見えてデェブの体重は53.2kgなのだぞ」

ハゲ「楯のおかげで風の勢いは緩まっている。危惧するほどのことではない」

ハゲ「それより、ビャンビャン山の麓には村がある。どんな山か村人からレクチャーを受けねばならん」

勇者「じゃあ急ごうぜ、そろそろ日が暮れる。一人でも多く、聞いておきたいんだ」


麓の村を訪れた勇者は、まずそこら辺をほっついている男に質問した。

勇者「ビャンビャン山について知って……」

男「ああ~ん!? んなもん知らねーよハゲ!」

勇者「俺はハゲじゃねぇッ!!!」

ハゲ「まぁまぁ、聞いた人が悪かったのだ」

ハゲ「この村には見たところ、101歳になる老人が住んでいる。その方に伺うのがよいだろう」

~御年101歳の老人の家~

老人「ビャンビャン山に!? もうあそこは宇宙生物に支配されて十年も経つぞ!」

デェブ「へん、宇宙生物なんてどうだか。ボケてんじゃねーのか?」

老人「わしの頭は聡明だ! 断じて間違ったことは言ってない! その宇宙生物はバカでかいのじゃ!」

デェブ「いかにも妄想って感じの内容だな」

勇者「そう疑いの目で見るな。ビャンビャン山について多くを知りたい俺にとっては神からの啓示、女神の囁きにも聞こえるね」

老人「そうじゃ! わしの頭は聡明であるから、ビャンビャン山についてこれでもかというほど知っておる!」

ハゲ「ご老人、宇宙生物の知能は高いのか?」

老人「おう、高い高い! アイスクリームのコーン並みに高いぞ!」

デェブ「あ、あん? 何を言ってるんだこの人は……」

勇者「ともかく、聞くには聞けたからレストランにでも行こうか」

デェブ「よっしゃあ! やっと肉汁の溢れるステーキが食えるぜ!」

三人はすっかり腹ぺこであった。

~レストラン~

デェブ「この肉かてぇな! スジとかそういう問題じゃなくて、肉自体が石みてぇにかてぇんだ!」

ハゲ「下賤の者は、いつもこのような不味い肉しか食っていないのか?」

勇者「う~ん、俺もここまで不味いステーキを食ったことないから、何とも言えないよ」

ハゲ「宇宙生物のせいかもしれぬな」

デェブ「おいおいハゲさんよ。まさか君、あの老人の言葉を本気にしているのかい?」

ハゲ「もし、本当に宇宙生物がいて食料の供給を妨害しているのだとしたら」

ハゲ「牛にストレスを与えて肉の質を落としているのだとしたら……」

勇者「あり得る」

デェブ「ハァ!? いや有り得ないよそんなバカみたいなこと!」

勇者「ここまでステーキが不味いんだ。どう考えても肉の質が悪い」

勇者「牛が何かにストレスや恐怖を感じて、肉の質が落ちているんだ」

ハゲ「その原因を排除したら、報酬が貰えるかもしれん」

勇者「ま、その時は俺たちゃ山の反対側に行ってるんだけどな」

ハゲ「がはははははは」

勇者「わはははははは」

デェブ(は、話についていけえぇぇ)

夕食を済ませて、三人はついにビャンビャン山を登り始めた。
満天の星空を背景に、傾斜のある砂利道を歩いてゆく。
振り返れば、村の明かりが遥か下に見えた。
額の汗を拭うと勇者は近くの岩に腰かけ、レストランから持ち帰った握り飯を取り出した。

勇者「行動食にはチョコやキャンディが最適と昔、おばあちゃんに教わった」

勇者「だが俺はおにぎりでいかせてもらうぜ。チョコやキャンディだと食った気がしないんだよな」

デェブ「はぐはぐもぐもぐくちょくちょぱくぱく」

勇者「デェブの奴、どんだけ持ってきてるんだよ。ハゲはなんか食わないのか?」

ハゲ「いや、朕は水で結構。もともと小食なのでな」

勇者「だよなぁ、毎日が断食月みたいな感じだもんなお前」

ふと、星々の中でひときわ輝くものがあった。
光球は落ちてゆき、山の頂上に隠れた。
直後、激しい揺れが三人を襲った。
勇者は食べかけのおにぎりを放り出し、正体を確かめるために頂上へ急いだ。

>>30
×いけえぇぇ
○いけねぇぇ

~頂上~

勇者「見ろ! 石が割れるぞ!」

ハゲ「何かが這い出してくるぞ……。あれは、ゴキブリか?」

勇者「ああ、ゴキブリだ。……っておい! ゴキブリが立ち上がるぞ!」

デェブ「見たところ、身長は10m74cmだね。僕と勇者が最初に出会ったカマキリもどきが幼児に見えるくらいの大きさだ」

勇者「まさか、戦えってか?」

ハゲ「このゴキブリは、隕石に乗ってやってきた。こいつが牛にストレスを与えていることは明白であろう」

デェブ「久々の戦闘ッスか。僕の鉄球が早く敵を蹂躙したいとウズウズしとりまっせ」コキコキ

勇者「マジかよ……踏み潰されるに決まってんだろ!!」

デェブとハゲが飛び出そうとした刹那、横合いから黒い影が先に飛びかかり、ゴキブリを襲った。
ゴキブリと同じ大きさのライオンである。
二体の宇宙生物はたちまち取っ組み合いをはじめた。

勇者「おい! 今のうちだ。血が降りかかるかもしれんが、気にするな。逃げようぜ!」

勇者達はゴキブリとライオンの間を通り抜け、下山道に入った。
その途端、再び地面が激しく揺れた。
どこからともなく今度は巨大なタコが現れ、争う二者の仲裁に精を出している。
タコの口から墨が発射され、ゴキブリを撃ち抜いた。
ゴキブリはバラバラになってしまった。

勇者「すげぇ」

デェブ「ヴォイ!! 見とれてないで、逃げた方がいいのでは!?」スタコラサッサ

ハゲ「う、うむ」

勇者一行は急いでその場を離れた。



下山道に入った三人は、ゆるやかな坂道を下っていった。

デェブ「クソッ、クレパスのせいで道が途中で断ち切られてやがる……向こう岸に行くにはジャンプしなければならんぜ」

勇者「ジャンプってもこのクレパス、幅が見たところ10mもあるぞ。普通に飛んでは谷底に落ちるに決まってる」

ハゲ「……逆に、谷底へ飛び込んではどうだろうか」

デェブ「ああ? この高さから落ちたら死ぬだろう」

ハゲ「いや、川が流れているから死なん。試しに朕が最初にゆく。そなたらは待っておれ」

ハゲはどんどん落ちていき、水しぶきを上げて急流に突入した。

ハゲ「お~い! 大丈夫だ! 少し体を打ったが、骨が折れるほどではない!」

勇者「あんだって!? それは本当なのか!?」

ハゲ「現に朕がこうしてそなたらに呼びかけているだろう! 心配せずにこっちへ来い!」

勇者「分かった! 今ゆくからスペースを空けておいてくれ!」ピョーン

デェブ「……無茶やるよなぁ。うちのリーダーさんもよォ」ボヨーン

勇者「……プハァッ! ハァ、ハァ……二人とも、無事か!?」

デェブ「足が底に着かないが、なんとか立ち泳ぎしているぜ」ザブザブ

ハゲ「朕も無事じゃ。しかし、流れが速いな。岩を掴まねば簡単に流されてしまうぞ」ザバァ

デェブ「てか、流されるとかそういう問題でなくて」

勇者「あん?」

デェブ「ハゲの提案で谷底まで来たわけだけど、これからどこを目指して進めばいいんだよ!」バシャバシャ

デェブ「あの程度のクレパスなら、近くから手ごろな丸太を持ってきて橋として使えば良かったのに!」

デェブ「僕らって本当に馬鹿だね!」グギギ

ハゲ「川あるところに村あり。遭難した際、人里へ出るにはまず川を見つけることが最優先事項なのじゃ」ヒトサシユビピーン

勇者「なるほど、川に落下したのは逆に幸運だったと……」

ハゲ「さよう」

デェブ「いや、もしこの川が猛烈に巨大な滝に通じていたら、ドーム型の地下湖に通じていたらどうするんだい?」

デェブ「特に後者はヤバいぜ! 日の目が一生、拝めなくなるかもしれんのだぜ!」

ハゲ「その時はその時。臨機応変に対応するのも従者の務めであろう。とにかく今は急流に身を任せ、人里へ出ることが重要だ」

デェブ「なんで僕が勇者の従者になってんの!? 主従の関係を結んだ覚えないけど!」

勇者「ゴチャゴチャとうるさいピッグだな。藻を口ン中に突っ込んでやろうか?」

デェブ「藻はダメだ。できればパンをお願いしたいね」

 

川の流れに身を任せた三人は、昆布のように流れ流れて、人里の近くへと出た。

勇者「ハゲの言った通り、川沿いに人里があるぜ。ここで少し休もうか」

デェブ「ハァーッ! ここまで来るの生きた心地しなかったよ」

デェブ「尖った岩にぶつかるわ、鉄砲水に揉みくちゃにされるわ、藻が足首に巻き付いて溺れかけるわ」

デェブ「もう腹いっぱいご馳走を食べないと、僕は地面に頭を打ちつけて憤死しちまうよ!」

ハゲ「まぁそこまで言うことはなかろう。あれを見よ、風に乗って肉の焼ける匂いがするぞ」

勇者「それに、女の子の悲鳴も聞こえるな」

デェブ「女だと!? 女がいるのか!? あの村に!?」ズンッ

勇者「いや……女は普通にどこにでもいるだろ……なんでそんな詰め寄るんだ」オロオロ

ハゲ「このパーティー、よく見れば野郎しかおらん。そろそろ若い女の子を投入する時、であるか」

デェブ「ヒロインは僕のものだ。世間一般に流通している騎士道物語ではヒロインは勇者のものになる」

デェブ「しかし、この旅ではそうはさせない。パンが貰えないのなら、僕がヒロインをパン代わりにしてやる」フフンガフーン!

勇者「落ち着け落ち着け。パンならあとでいくらでもやるよ。まずは村に入って食べ物と寝床を所望しよう」

勇者「そうじゃなきゃ本末転倒だぜ?」

デェブ「う……うむ」

~川辺の村~

少女「あたしはただ……」

マッチョ「うるせぇんだよ! 米を耳揃えて返せよ!」

少女「嫌よ! 食べちゃったんだから! 一粒たりとも持ってないわ!」

勇者「かよわい少女一人に筋骨隆々な男が何を必死になってるんだい」

ハゲ「しっ、厄介ごとに巻き込まれるのはごめんであろう。ならば草陰に隠れて、しばらく様子を見ようではないか」

勇者とデェブとハゲは草陰に隠れた。
助けるつもりはなかったのだが、事の顛末がどうなるか見届けたかったのだ。

マッチョ「米を返せない? ならしかたねぇな……」ニヤリ

少女「……なによ。なにニヤニヤしてんのよ」

マッチョ「貴様を返してもらおうじゃないか」

少女「あたしを返す? 何言ってんのあんたっ……痛い!」

勇者(あっ! マッチョが少女の髪を掴んで引きずり倒したぞ!)ヒソヒソ

デェブ(くぅ~! 僕の義侠心がグチュグチュうずいてやがるぜッ! あのマッチョを殴りてぇ!)ヒソヒソ

ハゲ(そなたのだらしない肉体では時間稼ぎにもならぬ。ここは朕に任せておけ)ヒソヒソ

勇者(いや俺だ。伝説の剣を持ってる俺が行くしかないだろう)ヒソヒソ

マッチョ「お前を奴隷として異国に売り飛ばす。お前は美しいから、高値で売れるはずだぜ」

少女「うぅ……ふざげるなッ!!!」

勇者「おいおい、そこのマッチョさんよ。娘さんが嫌がってるじゃないか。放してやれよ」ババッ

デェブ(あぁ~、草陰から飛び出しちゃった。ああいうのは僕の役目なのにィ)ヒソヒソ

マッチョ「ああ~ん? 何者だオメェ!?」

勇者「通りすがりの旅人……ってとこかな」フッ

少女「待って、このマッチョは残酷無比よ! あたしのことは良いから、早く逃げて!」  

勇者「どちらが強いかなんてのは」

勇者「この剣がきっと教えてくれるさ」スラリ

マッチョ「ヒッヒッヒ、見たところそいつはただのボロ剣だ。かぼちゃ一個すらロクに斬れはしまいよ」

勇者「それは……どうかなッ!」バッ

マッチョ「はっは、ってうおッ!? 速ぇ!」ザシュッ

マッチョ「ぬ……ぐおッ。脇腹をすれちがいざまに……斬るとはッ」

デェブ(見てみろよハゲ! 勇者の剣が光り輝いているぜ!)ヒソヒソ

ハゲ(なんと! 聖剣のアウラが勇者の基礎能力値を上げ、一瞬で敵の脇腹を斬り裂くという人間離れした妙技を出現させたのだ!)ヒソヒソ

村長「おやおや、随分と外が騒がしいと思ったら、喧嘩かのう」

マッチョ「そ、そんちょ……!」

マッチョ「村長! こいつを潰してください! 斃してくれたら、この女をあげます!」

村長「ほほう、この娘をわしに……」チラッ

少女「見るなよ、くそじじい!」キッ

村長「よかろう、このわしが全身全霊で目の前にいる若武者を成敗してくれようぞ」ソンチョウセントウタイセイニハイルッ




村長「喰らえィ! 村長パンチ!」ヒュンッ

勇者「うっ! 重いぞ、このパンチ! 重いぞ!」ガキィン

デェブ(まずいぜ! 村長の拳は鋼鉄なのか!? 勇者の剣が火花をあげて弾かれてしまった!)ヒソヒソ

ハゲ(村長の家に代々伝わる伝家の奥義『村長パンチ』。朕も闇市で仕入れた古文書でしか知らぬ、伝説の技じゃ)ヒソヒソ

ハゲ(山一つを簡単に破壊するエネルギーに加え、相手のスタミナを奪う疲労属性もついている。このままでは勇者が負ける!)ヒソヒソ

村長「ほれほれ、その程度か旅人どの! 高貴な剣も、雰囲気も形無しでござるな!」

勇者「う、うう……まずい。デェブ! ハゲ! 出てこい、あの娘を頼むぞ!」

デェブ・ハゲ「おう! 合点承知の助りんこッ!!」ダダッ

村長「させぬわァ! 『村長回し蹴り』!」グルグルヒュヒュヒュンッ

デェブ「オムブァッ!!!」グシャッ

ハゲ「朕に子供騙しの技は通用せぬよ」ヒラリ

ハゲ「さぁ娘よ、勇者殿が戦っている間に朕の背中に乗るのだ!」

少女「いや、いい。あたし、一人で歩けるもん」

ハゲ「なにぃ!? あれだけマッチョから被害を受けていて、歩けると言うのか!?」

少女「あたしから見ると、あんたらの方が危ないよ。ついてきて、良い隠れ家を知ってるんだ」ピョンピョン

ハゲ「あっ! 待ちたまえ!」

デェブ「ぐぞぉ……ハゲの野郎、まんまと上手くやりやがって」

デェブ「ヒロインは渡さねぇ……僕がパンと一緒に必ず手に入れてやる」

村長「まだ生きておるか! 『村長かかと落とし』!」ヒュゴォ

デェブ「んばァ!」


~少女の隠れ家~

ソラト「あたしの名前はソラト。村一番の美少女よ」

ハゲ「あんっ?」

ソラト「……あ、いや。今のは聞かなかったことにして」アセアセ

ソラト「それよりなんか食べる? ゴマ粥とかあるわよ」

ハゲ「はて? ゴマ粥とは一体なにか?」キョトン

ソラト「ゴマに湯を浸しただけのものよ。米が無い家は、ほとんどゴマ粥で飢えを凌いでいるの」

ハゲ「それは粥というよりはただの湯、なのでは……」

ソラト「助けてくれてありがとう」ジーッ

ハゲ「礼を言う相手が違うのう。一番最初に飛び出して来た、やけに格好つけた若者がいたろう」

ハゲ「あやつは直情径行だが良い奴でな。困っている人がいるとついつい助けに入ってしまうのじゃ」

ハゲ「朕をあての無い旅へ引きこんだのもあやつじゃ。一見アホらしくても、勇者は何かでっかいことを考えておる」

ソラト「でっかいことってなに?」

ハゲ「分からん。ただ、あやつの瞳には光が宿っていた。強い意志を秘めた者だけが持つ、聖なる炎じゃ」

ハゲ「もしかしたら、そなたの様な貧しい身分の者がまっとうな生活を送れるよう、世直しを考えているのかもしれぬ」



ハゲ「どうかな? そなたも朕らと共に勇者が世直しする瞬間を眺めたくはないか?」

ハゲ(ここで娘をパーティーに引き入れねば、野郎三人組のまま旅を続けることになる。正念場の到来であるぞ)

ソラト「えっ、そんな急に言われてもあたし」オロオロ

ハゲ「ここでゴマ粥をすすり一生を終えるか、朕らについてきてご馳走にありつくか」

ハゲ「どちらがそなたにとって幸せであるか、考えてみれば明らかであろう」

ハゲ(エサで釣っているようにも取れるが、この娘に一番効くのは食べ物や財産関連の話!)

勇者「ハゲ! 娘は無事か!?」トビラバーン

ハゲ「おお、勇者! どうしてここが分かったのだ?」

勇者「デェブに大体の道を教えてもらった。こいつ意外と抜け目ないんだよな」

デェブ「うぐぐ……」ニヤリ

ソラト「うわぁ、酷い怪我! 待ってて、薬草を調合して薬を作ってくるから」

ハゲ「そなたは調薬の知識もあるのか」

ソラト「昔、お母さんに教わったことがあって。材料が少ないから期待はしないでよ」

勇者「なんでもいいから早く持ってきてくれ! 無駄話を叩くヒマあるなら調薬しろ!」

ソラト「……ふんっ」トビラバーン

ハゲ「デェブを救いたい気持ちは分かるが、少し言い過ぎではないのかね」

ハゲ「怒って出ていってしまったぞ」

勇者「命を救ってやったんだ、これくらい当然さ! 今度はあの娘が俺らを救う番だ。これでおあいこだ」

ソラト(なにあいつ! 人が親切に薬を作ってやろうとしてるのに! 悔しい、あんなクズに救われた自分が猛烈に悔しい)ギリギリ




 





おつ

ハゲ「ところで、村長はしっかり斃したのだな? 息の根を止めたのだな?」

勇者「ああ、手強い相手だった」

ハゲ「……朕らは今すぐにでも、この村を出て行かねばならんな」

勇者「は? なんで?」

ハゲ「村長を殺されて、他の者が黙っていると思うか? そなたは間違いなく、勇者などとは認識されておらぬ」

ハゲ「村長が村人から慕われていたら、なおさらじゃ」

勇者「な、なにがなおさらなんだよ」

ハゲ「あの娘も含め、朕らが大罪人であるということじゃ」

勇者「……ッ!」スック

ハゲ「どこへ行く」

勇者「決まってんだろ、外にいるあの子を連れ戻すんだよ。一人で行かせたら確実に捕まる。捕まったらあの娘は……おしまいだ!」

ハゲ「やめておけ、どうせ敵は屈強な男が数人じゃ。ヒョロガリのそなたが助けに入ったところで、完敗するのが見えておる」

勇者「ハゲは知らないようだが、この剣は」チャキッ

勇者「光で俺を導いてくれるんだ。正しい道へとな。俺は死なん。まだ[ピーーー]るかよ、新しい世界を見届けてねぇってのに」

デェブ「ゆ……う、しゃ……」

勇者「どうした、苦しいのか」

デェブ「は……や、く、いけ。ポー、ズ、をとっ、て、る、ひ、ま、は、な、い」

勇者「おうッ!」ダッ

〜村の裏山〜

ソラト「毒を消す薬草に腫れを抑える薬草、傷口を塞ぐ薬草……っと」

ソラト「ふぅ、意外と集まったわね」

ソラト「早く帰って薬を作らないと。捨て身であたしを救ってくれた、太っちょの方に申し訳ないわ」

その時、彼女の背後にぬうっと影が現れた。
自分を痛めつけていたマッチョだ。
なぜ、ここに。

マッチョ「ヒヒッ。やっと見つけたぜ、かわいい子猫ちゃんよォ」ニヤニヤ

ソラト「……どうやって嗅ぎつけたの。あたし以外は道を知らないはずよ」

マッチョ「ハッ! おめでたい奴だなテメェは。村長まで引っ張り出すほどの騒ぎを起こしといて、テメェを見逃す者がいると思うか? 来いッ!」パチン

マッチョB「ウッへへイ」

マッチョC「ウヒッウヒッ」

マッチョ「この二人がはっきり見てたのよ。ハゲと一緒に森へ消えてくテメェをよ! こいつらは隠密一筋20年のツワモノだ」

マッチョ「音を立てずに尾行なんざ、屁をこくよりも簡単だぜ!」

ソラト「……それで?」キッ

マッチョ「ああん? なんだその目は?」

ソラト「それであたしをどうするつもり? 晒し首にする? フフッそうでもしないと、村長の気が収まらさそうね」

ソラト「伝家の奥義をよそ者なんぞにあっさり打ち破られたんですもの。あのクソジジイも大したことない。小物だわ」

マッチョ「黙れィ!」バチン

ソラト「あうッ! ……図星なようね。女を叩いて気が済んだ? ならさっさと巣に帰りな、汚らわしいドブネズミども」

マッチョ「う、うがあああ!」






マッチョ「このッ! このッ!」ゲスッゲスッ

ソラト「うぐッ! あぎッ!」

マッチョ「こっちが大人しくしていれば、つけ上がりやがって! だ〜れがドブネズミだッ! ああッ!?」ボスッボスッ

マッチョB「ウヒッ! ウヒヒ!」ガンガン

ソラト「あ、あうぅ……」ガクッ

マッチョC「旦那、この女もう気絶しましたぜ。強気な態度の割にあっけねぇもんどす」




「そりゃあ、屈強な男が寄ってたかって殴る蹴るの暴行を加えてるんだからな」




次の瞬間、鋭い光が一閃した。
立て続けに剛腕が六つ、青空に舞い上がり落ちてゆく。
鮮血が緑の大地を瞬時に赤く染める。
腕を失ったマッチョらは、戦意を喪失し両膝を地に着いた。

マッチョ「テメェは……村長と戦っていたよそ者か!」

勇者「飽きれたもんだぜ、まったくよ。あれだけ痛めつけられて、まだ懲りてねぇんだもんなぁ」

勇者「安心しろ、それでは他人を二度と殴ることもできまい。彼女をリンチした罰だ」

マッチョ「罰だと!? その女は村長を[ピーーー]原因を作った、悪女なんだぞ! それに昔、俺たちから借りた米を返してねぇ!」

勇者「過去も未来も見るな。現在、この状況下で彼女はどちらだ? 加害者か? 被害者か? 答えは決まっている」

マッチョB「加害者!」

勇者「被害者だ! アホが!」

勇者「美しい手弱女(たおやめ)を凶悪な男共が囲んで、腹を蹴ったり髪を掴んで頭ごと地面に叩きつけたりする」

勇者「見方によれば、貴様らが縄についていてもおかしくなかったのだぞ!」マナジリギャンッ

マッチョC「ひいッ」

勇者「疾く去ね。二度とそのきたねぇツラを見せるな」

マッチョ「は、はひぃぃぃぃ! ずびばぜんでじだああああああ!!!」ドタドタ

勇者「一件落着、と」フゥ

ソラト「う……いたたっ!」

勇者「もう目が覚めたのか、見た目に寄らず頑丈なんだな君は」

勇者「暴漢は成敗した。さぁ帰ろう、俺の背中に遠慮なくおぶさってくれ」

ソラト「帰り道も知らないくせに……よく言うよね。別にいいよ、あたし歩けるから」ムクリ

勇者「おいおい、無理すんなよ。全身あざだらけではないか。それに切り傷もある! そんな体で歩いたらばい菌入るぜ?」

ソラト「そんなわけない」スタスタ

勇者「破傷風てのがあってなぁ、これはおばあちゃんの受け売りなんだが」

ソラト「おいてくよ。来たくないなら別にいいけど」スタスタ

勇者「破傷風菌の生み出すテタノスパスミンは運動抑制ニューロンに作用し、筋肉麻痺や強直性痙攣引き起こすらしいぜ」

ソラト「あんたの言ってることわけわかんない」スタスタ

勇者「ちょいと待ってくれよ! なぜそうスタスタと歩けるんだ!? 俺には分からんぞ!」

勇者「もうデェブやハゲから聞いたかも知れんが、俺はとある町で勇者をやっていた者だ。勇者と気軽に呼んでくれ」

ソラト「勇者にしては、乱暴な性格してるんだね。さっきあたしに暴言吐いてたし。さっさと薬を作れって」ホッペタプクー

勇者「あ、ああ……それについては謝る。ごめん、気持ちが逸っててそれで」

ソラト「あんたはあたしを助けてくれた。さっきのでおあいこ。もう謝らなくて大丈夫だよ」

勇者「ただいまー」

ハゲ「やっとか。デェブは昏睡状態だぞ」

ソラト「安心して、薬草を採ってきたの。打撲傷に結構効くと思うわ」

勇者「それよりソラトさんが危ないんだ。切り傷を作ったまま、裸足で獣道を上ってきたもんだから」

勇者「デェブの世話は俺がやる。ソラトさんは早く水浴びをして、身を清めてきてくれ」

ソラト「余計なお世話よ、あたしの身体はあたしが一番よく知ってる。それにあんた、傷薬を作れるの?」

勇者「あ……無理だわ」

ソラト「ならあれこれ指図しないで。ゴマ粥は残り物だけど、あそこの鍋にあるわ」

勇者「了解、ありがとな」

ハゲ「どこの馬の骨とも知れぬ朕らに、これほどの厚遇をして下さるとは。ハゲーン町の王として、感謝申し上げる」

勇者「悪いけどハゲよ。過去のことは口にしないでくれ。俺らは地位も幸せな生活も捨てた、いわば世捨て人だ。だから……」

ハゲ「ああ、そうだった。そなたに同行している以上、朕は王ではなくただのハゲだ」

ハゲ「朕というのも止めよう。身をやつし、一人称を拙僧にすれば、関所を通る際もただのみすぼらしい僧侶と思われる」

ハゲ「間違っても、ハゲーン町に連れ戻されることはあるまい」

勇者「賢明な判断だ。これからも頼りにしてるぜ、ハゲさんよ」

ハゲ「こちらこそ、新しく生まれ変わった拙僧をよろしく頼む」

ソラト「ほらどいたどいた! 枕元に座ってちゃ、薬が塗れないでしょ!」

勇者「うわっ! とと……。危ないなぁ、できたらできたで言ってくれれば良いのに」





ソラト「これで良し……っと!」

勇者「随分ベタベタと塗るんだね。おい、鼻の穴までガッツリ塞いじゃってるじゃんか! 窒息するだろ!」ズボ

ソラト「薬を塗る際は鼻の穴までしっかりとあますとこなく。ソラト家では代々、そう伝えられてきたわ」

ハゲ「むむむ、しかしこの状態は泥パックより酷いぞ。逆効果なのではないか?」

ソラト「もし逆効果なら、あたしは今ここにいないわ。幼い頃、一度だけお母さんにこの方法で治療してもらったの」

ソラト「苦しかったけど、一日過ぎたら嘘みたいに全快。人の身体って本当に分からないものよね」

勇者「てか泥パックってなんだ」

ハゲ「拙僧付きの美容師によく施してもらった、美肌を保つための方法だ。顔全体に海や湖の泥を塗りたくるのだよ」

勇者「へぇ、もちろん頭にも塗ったのかい?」ニヤニヤ

ハゲ「……毛が無い以上、当然そうなるであろうな」ムスッ

ソラト「ところで、あんたらこれからどうするの? 行くあてとかあるの?」

勇者「明日あたり村を発つよ。そう長く居座るつもりもなかったしね」

ソラト「デェブ……さんは大丈夫?」

勇者「こいつは馬鹿みたいに生命力が強いんだ。ちょっとの打撲じゃへこたれねぇ」

ハゲ「問題は、この地域の地図を拙僧らが持っていないことだ。今、我々がどこにいるのかさっぱりなのだよ」

ソラト「そうね、ここから北に進んだ場所に帝都があるわ。帝都は東西流通の要所で人も多いから、地図くらい手に入るわ」

勇者「帝都への道が分からん」ボソ

ソラト「人に聞くしかないわね」

とっぷり日が暮れ、西方から闇が忍び寄ってきた頃、デェブはやっと目を覚ました。
何がなんだか、まだ状況が掴めていない彼に、勇者は村長と闘ってからの流れをつぶさに話し、自分らが救った少女の紹介をした。
それから、顔全体に薬を塗られているからあまり動かないようにとも。

デェブ「なんてこった! これじゃあ食べ物を口にできないじゃないか!」

勇者「ゴマ粥がある」

デェブ「僕がしてるのは固形物の話なんだ! 例えばパンとかね! ベーコンと卵を挟んでオーブンで焼いたアツアツのパンとかね!」

ハゲ「それは贅沢というものだ。ソラト殿は少ないながらも拙僧らを厚遇してくれた。感謝すべきであるぞ」

デェブ「あ!? 拙僧!?」

ハゲ「これは失礼。ハゲーン町の王と悟られぬよう一人称を朕から拙僧に変えたのだ」

ハゲ「この絹でできたトーガも、ただの糞掃衣にチェンジしようと思う」

デェブ「いや、君はもうハゲーン町を出た時から王位を捨ててんだよ。だからあまり気にしなくていいんだよ……」

勇者「そうそう、デェブ。次の行き先が……」

ドッドッドッドッドッ

馬蹄が地を揺るがす。
慌てて外に出ると、はっきりと見えた。
薄暗い山道に見え隠れする、松明の群れ。
村長とマッチョ親衛隊の仇として、村人らが全員で決起したのだ。
悪女を討たん、ソラトを討たん。

勇者「ヴォイ! これマズくねぇか!?」

ハゲ「やはりな、早急にここを発つべきであった。荷物をまとめる! そなたはデェブ殿
を背負え!」

ソラト「クッ……!」

ハゲ「ソラト殿も来い。もう村におることはできぬ。自ら望んで死を賜るか、あるいは拙僧らと共に世界へ臨むか!」

ハゲ「どちらにするか、そなたが決めよ!」

騎馬の動きは予想以上に速かった。
躍動する逞しい筋肉。
飛び散る汗。
黒い土が霧の如く、宙へ巻き上げられる。
村人達は皆、恐ろしい馬の乗り手だ。
厩なんて一つも見当たらなかったのに!

勇者「立てるか? デェブ」

デェブ「まだ身体の節々が痛むけど、なんとか動けるぜ」

勇者「では酷かもしれんが、自分の足で歩いてくれ。お前は重い。背負っていたら忽ち追いつかれてしまう」

デェブ「あ、ああ……頑張るよ」

ハゲ「そなたら、まだいたのか! 騎馬隊はそこまで来ているぞ! ……ソラト殿は? ソラト殿はどうした」

勇者「知らねぇ。俺もさっきから姿を見てないんだ。もしかしたら捕まってしまったのかもしれん」

デェブ「ああッ! 勇者、後ろッ!」

弓を構えた剽悍な騎馬が一騎、勇者の背後に躍り出た。
二騎が同じ格好で、後に続く。
逃げようにも敵の方が速く、跳ね飛ばされてしまうだろう。
勇者が観念して両目をつぶったその時。

騎馬兵A「ぎゃっ!」

騎馬兵B「うぐぇっ!」

ハゲ「見よ! 騎馬兵が鞍から転げ落ちてゆくぞ! 何者かが矢で騎馬兵の手を射抜いたのだ!」

先陣を切った三騎が射落とされたのを見て、残りの村人は浮き足立った。
いくら騎馬兵といえども、元は土いじりを本職とする農民である。
戦の経験はもちろん、剣をろくに振るったこともない。
そんな雑兵の寄せ集めなど、少し刺激を与えれば簡単に崩れ去るものだ。

騎馬兵D「ひっ退けー! やっぱ怖ぇ!」パカラ

騎馬兵E「おいら、牛の乳搾りさまだやっでねぇっぺよ! 家さ帰るべ!」ドヒュ-ン

騎馬兵F「女房とガキを残して死ぬわけにゃいかねぇもんな!」ダダダ

勇者「殺してないのに、みんな世界の終わりみたいな顔して逃げていきやがる」

ハゲ「して、矢を放った者は誰か?」

ソラト「あたしよ」ツルヲユビデハジクッ

勇者「君が……手綱を握る騎馬兵の手をピンポイントで射抜いたというのか!?」

ソラト「えぇ。弓術には自信があるの」

ハゲ「弓に刻まれている紋様の見事なこと見事なこと。鏃は深淵のサファイアで作られている。高貴だ……拙僧も見たことがない」

ハゲ「何故そなたが持っている? 米一粒さえも返せない者がなぜ? よもや、盗品ではあるまいな?」

ソラト「事故で亡くなったお母さんの形見よ。家財道具一式を全て売り払っても、この弓と矢だけは手放さなかった」

勇者「なんで?」

ソラト「だって、一時の空腹を満たすためにお母さんの魂を売るなんて、言語道断だもの。人間のする所業じゃないわ」

ソラト「さぁ、三頭だけど馬も手に入ったことだし、先を急ぎましょう。夜が明ける頃には帝都に着きたいところね」

勇者「えっ、では君は俺達と一緒に……」

勇者が言葉を紡ぎ終えるまでに、ソラトは馬の腹を蹴って走り出していた。





面白いな

勇者「少し聞きたいことがあるんだ」ニコニコ

ソラト「妙にニコニコしてるわね。気持ち悪いからあっち向いてて」ツン

ソラトの隠れ家がある裏山を抜けて、川沿いをしばらく駆けるとあぜ道に出た。
闇の中を貫く一筋の白線を辿り、松明で足元を照らしながら進んでゆく。
群青色の空に星々が踊り、草むらでは虫の演奏会が幕を開ける。
心の奥にわだかまっていたモヤモヤした感情が、澄み切った空気で綺麗サッパリ洗い流された。
また、勇者は仲間が増えたこともあって密かに高翌揚していたのである。

勇者「どうして村人達は馬術に優れていたんだ? 舗装もされてない山道を馬で登るのは、軍人でない限り至難の技だぜ」

勇者「それに、馬はどっから引っ張ってきた? 厩なんて村には一つも見当たらなかったぞ?」

ソラト「放牧してるのよ」

勇者「あんっ?」

ソラト「今は真夜中だから見えないけれど、普段はここら辺や裏山の向こう側で馬や羊の放牧をしてるの」

ソラト「あたしの村は東から来たトクズ族……遊牧民が定住化した集落だから馬や弓の扱いには長けているわ」

デェブ「なるへそなるへそ! だから君は僕にパンをくれるというわけなんだね!」

勇者の前に座る巨漢が喚いた。
ゴマ粥だけでは腹が満たされなかったのだろう。
だからといって、大人しくパンを渡すわけにもいかない。
勇者一行は、何も持っていない流浪の民であった。

ハゲ「果たして、帝都に向かう道はこれで合っているのだろうか」ボソ

勇者「どういう意味だよ?」

ハゲ「行けども行けども建物一つ現れぬ。夜明けまでに着くとソラト殿は仰られていたが、もし違えれば野宿か」

ソラト「心配しないで。『テングリの瞳』が夜空に強く輝いているから。こっちが北よ」

勇者「あ? 『てんあんちゃら』だって?」

ハゲ「北極星をトクズ族ではそう呼ぶのだろう。頼むから彼女をそう挑発しないでくれぬか」

ハゲ「手練れのアーチャーは、怒らせたら怖いのだよ」ゾッ

分かりやすい登場キャラ一覧
もちろんこれからどんどん増えていきます
物語を楽しむ一助となれば嬉しいです

勇者
20歳
身長 175.8cm
体重 53.2kg
小さな町で怠惰な毎日を送る青年。
おばあちゃん子。
顔が良いから女に不足したことはないが、馬鹿なのですぐに離れていく。
伝説の剣に選ばれるだけあって、勇者としての素質や血筋は確かなのだが、まだ本人の力量が追いついていない。
世に蔓延する悪を討つため、相棒であるデェブと旅立った。
現在の装備は聖剣(見た目はくっそボロい)

デェブ
戦士
20歳
身長 170.4cm
体重 80.2kg
小さな町で怠惰な毎日を送る青年。
ぐうたらな性格であり、食っては寝て食っては寝てのくり返し。
食べ物が尽きた場合は勇者の家に押しかけ、親友を口実にご馳走にありつく。
肥満体型ではあるものの、身体の50%が筋肉なので、断崖絶壁も軽々と登れる。
いつもパンのことしか考えていない。
『一般的にヒロインは勇者の物と定義されているが、このSSでは自分がヒロインを射止める』と息巻いている。
現在の装備は鉄の玉。

ハゲ
30歳
身長 204cm
体重 38.5kg
魔剣士&僧侶
ガリガリ
ハゲーン町の町長で、自らを王様を名乗り権力を欲しいままにしていた。
しかし、勇者の勧誘によって好奇心が刺激されたのか、全てを捨ててパーティー入り。
パーティーの中では参謀的な立ち位置で、先走りがちな勇者とデェブを嗜めたり、技の解説を担当したりする。
正体を隠すため、一人称を朕から拙僧へと変えた。(近々、絹のトーガも糞掃衣へ変える模様)
現在の装備は鉄の剣。

ソラト
アーチャー
18歳
身長 160cm
体重 45kg
遊牧民の一派・トクズ族の少女。
暴漢に襲われていた所を、偶然居合わせた勇者一行に救われた。
馬術や弓術に優れ、さらには薬草の知識まで持ち合わせている。
パーティーで数少ないしっかり者の一人。
長いウェーブがかった亜麻色の髪と、栗鼠を思わせるくりっとした黒い瞳が特徴。
武器は亡き母の形見(高貴な雰囲気を漂わせる短弓)

〜月が西へと傾きかけた頃〜

勇者「ファ〜……あ〜ねみぃ」シパシパ 

ハゲ「一晩かければ着くとはいえ……ハードな登山を昼間してきた拙僧らには……ちと、厳しいのでファッ!?」グラァ

勇者「寝るな。寝たら落ちるぞ」

デェブ「ぐぴーぐぴーぐぴー」

勇者「って言ったそばから寝てやがるし! おい起きろ、お前の身体支えながら馬を操るの難しいんだよ」

デェブ「ぐおーぐおーぐおー」

ソラト「ほんっと、だらしないわね」ハァ

勇者「どうしてソラトは平気なんだ? 瞼に接着剤でもつけているのか?」ショボショボ

ソラト「あんた、不眠の番犬ってご存知?」

勇者「知らねぇな、犬に足を噛まれたの?」

ソラト「トクズ族ではメジャーな忍耐力の訓練法よ。三日間ぶっ通しで草原を走り続けるの。時々乗馬も交えながらね」

勇者「絶対寝る奴いるだろ」

ソラト「もちろん途中で寝ちゃう人もいるわ。でも、そういった人は訓練終了後に監督から呼び出されて首を落とされる」

勇者「ひゃー、そいつは怖いな」

勇者「ま、俺らは生憎トクズ族ではない。そろそろ休む宿を見つけないと、今後の旅に支障が出るぜ」

ソラト「宿が見つかれば良いけど。こんなだだっ広い草原のどこにあるのかしら?」







ハゲ「諸君、待ち給え」

勇者「どうした? 何か見つけたか?」

ハゲ「白くぼんやりと光る物が草原の彼方に見えるのだが……あれは何だ?」

勇者「白い光? 見えないぜ、全く。眠気で頭がおかしくなったんじゃないの? さっきも変なこと口走っていたしさ」

勇者「ほら、ポプ山を登山した時間のことだよ。お前は昼間だと言っていたが、ありゃ間違いだぞ。多分、午後八時くらいだ」

ハゲ「確かによく思い返してみればそうであった……。やはり、どこかで仮眠をとらばならぬ」

ソラト「でも、白い光は本当みたいね。あたしも見えるわ。ゆらゆら揺れて……まるで炎みたい。素敵ね」

勇者「民家だったらありがたいな」

ハゲ「そう焦るな。何もない草原の中、一軒だけポツンと宿があるなど、都合が良すぎる。魔物のまやかしかもしれん」

勇者「もしそうなら、戦うだけさ」ピシャ

勇者の馬「ひひぃん」ドドッ

ハゲ「勇者! 馬も夜通し歩かされて疲れているのだ。そう鞭で尻をビシバシ殴ったらかわいそうだろう!」ビシィ

ハゲの馬「ひぃん」バカラッ

ソラト「言行が矛盾してるわよ! 待ちなさい、あんたたち!」ドゴォ

ソラトの馬「おぐふぅ!」

はよ

白い光はソラトが推測した通り、炎が揺れる姿であった。
地面が少し落ちくぼんだ場所に薪が置かれ、炎が舌をちらつかせながら踊っている。
辺りに響く、火の粉の爆ぜるパチパチとした小気味よい音。
勇者は安堵のため息をつくと、焚き火の前に腰を下ろした。
隣に薄汚い格好をした僧侶もあぐらをかく。
ソラトは眠っているデェブを無造作に放り投げ、勇者の反対側に座った。

勇者「……今日は色々なことがあった。いや、あり過ぎた」ホッ

ハゲ「ハゲーン町で拙僧を勧誘してから、魔物の巣、ニレの樹、魔物変形実験室、ポプ山、ソラト殿との出会い。これ全て、今日あったことだからな」

勇者「明日は帝都に行き、皇帝に謁見する」

ハゲ「皇帝だと!? 身分もない我らが赴いたところで、門前払いされるに決まっておる。賄賂を渡そうにも金がない」

勇者「この光輝く聖剣を見りゃ、誰だって道を開けるさ」スチャ

ハゲ「磨いてないから輝きが鈍っているな。ボロくなりかけておる」

ソラト「ねぇねぇ勇者」ズイッ

勇者「何だ。もう俺は寝るぞ」マブタコスコス

ソラト「どうしてあんたは勇者って呼ばれてるの? みんな自然に勇者勇者と言うけど、皇帝から勲章を受けたの?」

勇者「俺は……生まれながらの勇者だ」

ソラト「ふむふむ、で?」

勇者「……それだけさ」コテン

ソラト「ちょ、どういうこと!? 説明が少な過ぎて訳が分からないわよ!」

勇者「ぐぅ……ぐぅ……」

ソラト「勝手に寝ないでよバカー!」

ハゲ「拙僧も休ませていただく。睡魔が今にも意識を刈り取っていきそうだ」

長身痩躯の僧が草原に音もなく倒れこむ。
ソラトは空を見上げた。
冴え冴えと光る月に表情はない。
ただ少し、青ざめて見えた。








ーーーーーーーー

足元に、黒い物体がある

手に掴むと脆く崩れ、風に攫われていく

これは、ただの燃えかすだ

煙突の内側によくこびりつく、見るのも厭わしいただの、燃えかす

にも関わらず、掌から離れてゆくたびに涙が止まらないのはどうしてだろう?

罪をこうむるのは俺だけで良かった

辱めを受けるのも、俺だけで良かった

なのになぜ





俺は生き残ってしまったのか










〜明け方〜

勇者「ブァッ!?」ガバッ

デェブ「どうした、勇者!」テッキュウブゥン 

ハゲ「魔物であるか!」シャキィィン

ソラト「戦闘準備オッケーよー」ツルビンビン

勇者「いや、夢だッ!」

デェブ「テメェ!!」ゴチン

勇者「あっで! 何しやがる!」

デェブ「いきなりデカい声を出すんじゃねィ! おかげで目が覚めて、食ってたパンが消えちまっただろうが!」

勇者「俺だって、好きで叫んだわけじゃない。耳元で酷く寂しそうな声を聞いたんだ」

勇者「どうして俺だけ生き残ったのか、とね。悲しみと怒りと自嘲に満ちた、一言では表せない感じだった」

デェブ「どうして僕だけ、パンが食えないのか! ああ悲しい! ああ悔しい!」

ソラト「身に覚えはない? 過去の体験を回想してるとか」

勇者「俺は生まれた時から今日まで、そんなセリフ吐いたことないよ」

ソラト「不思議ね……。正夢にでもなったりしたら怖いわね」

勇者「正夢だって?」

ソラト「そう。あなた以外みんな死ぬの」

勇者「……」ゾッ

デェブ「や、やめろよ。僕はまだパンを口にしてないんだ。ご馳走をたらふく食べるまでは、絶対に死なないぞ」

ハゲ「まぁ、良い目覚ましになった。早起きは三文の徳。帝都へ急ごうぞ」

デェブ「その前になんか食わせろよ」グウゥ




銀色の陽光に包まれて、勇者一行は無限に広がる草原をゆく。
ハゲとソラトはともかく、勇者とデェブの二名はいくらか精悍さが増していた。
最初の町を発ってから、一週間近く。
短い期間にあった様々なことが、二人を成長させたのだ。
不意に、草原の海を黒影が覆った。

ソラト「見て! ドラゴンよ!」

勇者「おお、流石にでかいな!」

デェブ「金と銀のまだらて……食いしん坊の僕でも食べたくないよ」

ハゲ「彼についていけば、そのうち帝都に行けるだろうか」

ソラト「ドラゴンの首に月を紋章が刻まれた輪っかがはめられてる。月の紋章はヤグラカル帝国のトレードマークよ」

勇者「じゃあまさか、ヤグラカルとかいう国の王様はあのドラゴンを飼ってんの?」

ソラト「そういうことになるわね。きっと異国から取り寄せたんだわ。皇帝は派手好きだから、ケバい動物を揃えているのよ」

ソラト「後を追いましょう。帝都に着けるかもしれない」ドドッ

デェブ「いっちまった」

勇者「なんでまだ会ってもない王様なのに、あれほど詳しいんだろな」

ハゲ「もしや、彼女はかつてヤグラカル帝国の王家の一員だったのではないか?」

勇者「米一粒も返せない生活を送っているあのソラトが? 考え過ぎだ、バカ」

勇者「俺もこんな話題を振ってすまなかった。お先、失礼するぞ。ヤッ!」パカラ

~ヒヴァラ~

二つの大河に挟まれて、その要塞都市は悠然と佇んでいた。
勇者一行が目指すヤグラカル帝国の都・ヒヴァラである。
もともとこの地にはかつて、神聖帝国というラテン系の宗教国家があった。
しかし、300年前に東方からイラン系の遊牧民・トクズ族が大挙して押し寄せ、神聖帝国をことごとく征服せしめたのだ。
ヒヴァラはその時に建てられた言わば『古都』で、魔女狩りなど神聖帝国時代の文化も色濃い。
商隊や巡礼者で賑わう城下町を鋼鉄製の壁が二重、三重に覆い、周囲に堀が巡らされている。
堀と言っても幅は左右を流れる大河並みにあり、跳ね橋程度では到底届きそうにない。
馬車一つがやっと通ることのできる幅の細長い石橋だけが、ヒヴァラと草原地帯を結ぶ唯一の連絡路だ。
勇者が馬を進めると、下から吹く冷たい風が彼の赤い髪をすくっていった。
思わずたじろぐ勇者を置き去りにして、遊牧民の少女は颯爽と歩を進める。
高い所などまったく気にしていないかのようだ。
勇者の馬が急かすように鼻をブルッと鳴らした。

勇者の馬「ひひぃん」

勇者「おっとごめんな。こんな太っちょが首の辺りに座ってるもんだから、早く休みたいのだね」

デェブ「おいおい、まるで僕一人がクソ重いみたいな流れになってるが、そもそも二人乗るからいけないんだ」

デェブ「勇者は頑丈だし、怪我もしてないから徒歩で追いつけば良かったんだよ!」

勇者「そいつは困るぜ。いくら俺が勇者の血を引いてるからって、歩きで馬に追いつけとは暴論さ」

勇者「さぁ行くぞ! 風が吹こうが、槍が降ろうが、決して手綱を離すなよ。それから馬も、無駄な動きは控えるように」

デェブ「おう」

勇者の馬「ひひん!」

ハゲ「フッ、すっかり勇者殿に馴れておるな」

ハゲの馬「ブルルッ! グアアアア!!」

ハゲ「……こっちはまだ、躾がなっとらんようだが」ペシペシ

>>62
商隊でなく隊商です
お恥ずかしいミスをm(__)m

相対して座る竜の銅像に睨まれながら門をくぐる。
石畳の通りが王宮へと一直線に伸び、道具屋や宿屋、鍛冶屋が所狭しとひしめいていた。
朝早くからラクダを数十頭連れた西方の商人が、露天商となにやら舌戦の真っ最中。
トンカチを片手にいそいそと奔走する日に焼けた少年。
様々な人種が、様々な文化が、このヒヴァラでは交錯していた。
さながら、文明の十字路といったところか。

門番「やいやい! 君達、待ち給え! 門を今さっきくぐった君達!」

勇者「は、はい」

門番「困るんだよねぇ、旅牌も無しに勝手に入ってこられてはさぁ!」

勇者「りょ、旅牌? なんすかそれ……」

ソラト「旅人なら必ず持ってるパスポートみたいな物よ。まさか、持ってないの?」

勇者「何も携帯せずに飛び出してきた」

勇者「デェブなら町を発つ前に荷物をまとめていたから、所持してるはずなんだが」ジロ

デェブ「あんっ? どうして僕を見るんさね?」キョトン

勇者「ああ、ダメですね。ハゲは?」

ハゲ「拙僧はただのみすぼらしい僧侶であります。どうして旅牌などと高級な物に手が出せましょうや」

勇者「うーん、ハゲも全てを捨ててきたみたいだし、旅牌はありませんよ」

門番「では、回れ右をして早々に立ち去り給え。牌を持たざるは人にあらず」

門番「ヒヴァラの地を踏む価値はないッ!!」

勇者「ちょ、そんな言い方はあんまりなんじゃないすかね!!!」

デェブ「そうだそうだ! パンの一個くらい恵んでくれたっていいじゃないか!」

デェブ「白パンをくれ! ふわっとした中にモチモチとした食感が微かにする白パンを!」

門番「あんだって!? 白パンだと!? いいぜ、恵んでやる! だがその前に唾でも食らいな!」ペッ

デェブ「ぢぐじょお~!」

???「おやおや、たかが旅人相手に何をムキになっておるのかね」

門番「あなた様は……!」

勇者「……で、門番を諌めに来た人物がまさか」

ソラト「ヤグラカル帝国の皇帝だったなんて……」

デェブ「皇帝は着替え中か、早く来てほしいね。食べ物が目の前にあるのに食べられないなんて苦しいよ」

四人は刺繍が施されたクッションに各々腰を沈め、緊張した面持ちでため息をついた。
あの後、どういう訳か勇者一行は皇帝に朝食会へ招かれたのだ。
旅牌すらない自分らがどうして、最高権力者に目を留められたのか。
やはり、勇者が聖剣を佩いているのを認めたゆえの待遇か。

デェブ「てか、なんで皇帝が一人で外をほっつき歩いとるん?」

ソラト「ただの視察でしょう、政治熱心なことね。従者の一人もつけないなんて、やっぱりただのバカよ」

ハゲ「こら、皇帝陛下に対してバカとは失礼な! 口がひん曲がるであろう!」

ソラト「だって、あまりに無防備なんですもの」プイ

勇者「……ちょっと素朴な疑問だけど、聞いてもいいかな?」

ソラト「何よ」

勇者「君は皇帝を随分と見知ったような発言をするね。前に会ったことでもあるの?」

ソラト「なっ……そんなことあるわけないでしょ! あたしはただの村人Aよ?」

ソラト「あんたらも見たはずよ、村であたしがマッチョに暴力を振るわれていた場面を」

勇者「うん、でもなんだか引っかかるんだよね……君の発言」

乙でした

ハゲがその話はやめにしないかと口を開いた時、絨毯を踏む柔らかな足音が聞こえた。
大きな襟付きの黒い衣装をまとった男が、ゆったりとした足取りで玉座へ向かう。
陶器の如き純白の肌、繊細な長いまつげ、木苺の様に赤く艶っぽい唇。
金粉の散りばめられた漆黒のマントが微風に揺れるたびに、甘い香りが鼻をくすぐるような、奇妙な錯覚に襲われる。
彼が玉座につくと、両耳の横に括ってある長い髪の束がふわりと一瞬だけ浮き上がった。
案の定、デェブは見惚れている。

デェブ「……女?」

勇者「お前の気持ちは死ぬほど分かる。だがよく見てみろ、身体つきがまるで男だ」

デェブ「う、うむ。確かに胸も平たい」

ハゲ「皇帝の前で何をくだらぬことを。早く平服せんか!」ペタンコ

デェブ「えっなんで頭下げんの!?」

勇者「俺達より遥かに偉い存在だからだよ。首が飛びたくないなら、変なプライド捨てて下げろ下げろ!」

皇帝「苦しゅうない、苦しゅうない。面を上げてよいぞ、旅の方達よ」

皇帝「ようこそ、我が帝国へ」ニコ

勇者「かわええ……!」

デェブ「なんて美しいパンなんだ……!」

ハゲ「せ、拙僧も一晩だけ夜伽を……!」

ソラト「フン! ほんと、男ってそういうことしか考えないのね。くっだらない!」











描写が薄いかもしれませんが、皇帝の髪型は古代日本で流行った『みずら』です
皇帝は異文化に寛容な性格なのですが、それは前のドラゴンだったり、髪型によく現れています

以上、簡単な補助説明でしたm(_ _)m

皇帝「今朝の一件で汝らも知っているだろうが、余は早朝の視察を好む」

皇帝「城の外で様々な音が聞こえるのだ」

皇帝「馬車が石畳をゆくガラガラと喧しい音、愛を囁く小鳥らの声、まだ意味の取れぬ異民族の奇妙な言葉……」

皇帝「それら全てが余には愛おしい。自分の国が豊かであること、平和であること、そして……」

皇帝「魔王の脅威に晒されていないこと」

勇者(魔王……?)ピク  

皇帝「この身に実感できたら、なんと素晴らしいか!」

ハゲ「全く同感でございます」

ソラト「でも、どうやって? 城には近衛兵が配置されているんでしょう? すぐに見つかっちゃうと思うけど」

皇帝「余しか知らぬ秘密の抜け道があってな。皆が出仕する前に、ちと視察に参っているのだよ」

皇帝「おっと、これは内緒だぞ。大臣にバレたら大変だ。ハッハッハ」

勇者「あの……僭越ながら、陛下に少し伺いたいことがあるのですが」ボソ

皇帝「何でも訊くがよいぞ」

勇者「さきほど仰られていた『魔王の脅威』とは……?」

皇帝の瞳にサッと失望の色が浮かんだ。

皇帝「なんだ、汝は勇者の血統にも関わらず魔王を知らぬのか」

勇者「いや……はい。何でも自分、片田舎で食っちゃ寝を日課として来た者で。職業も勇者というか最早クソニートみたいなモンで。俺みたいな屑、皇帝はお嫌いですよね。えぇ、分かってるんですよ、とっくに……」

ソラト(いくら緊張してるからって、そこで卑屈になるぅ!? あ〜も〜こいつアホ! 首落とされても知〜らないっと)

訂正
>>56 >>58辺りの『ポプ山』は『ビャンビャン山』です

皇帝「否」フッ

皇帝「汝が勇者だからこそ、その剣も主人として選んだ」

皇帝「手入れの不届きさから今はただの鉄くずに見えるが、いざ魔王と刃を交えるとなれば太陽よりも強く輝き、勇者の威光を世界にあまねく示すはず」

勇者「しかし、俺は……」

皇帝「剣を見よ。淡い光を帯びているだろう。それが勇者であることの証よ」

勇者「でも……」

皇帝「いやぁ、今日は実に愉快だ。勇者と食卓を囲み、雑談しているのだから」

勇者「は、はぁ……」

皇帝「そうそう。魔王討伐に赴くなら、強い仲間が必要じゃ」

デェブ「強い仲間だと? 僕達では不足だというのか」ヒソヒソ

ハゲ「皇帝が直々に紹介してくださるのだ。余計なことを言うなッ」ヒソヒソ

皇帝「神聖帝国人の末裔のみを集めた騎士団に、よく戦う者がおってな。魔王討伐に用いようとかねてから考えていた」

皇帝が、ガラス細工と見紛うほど華奢な手を静かに二度叩く。
彼の背後にある唐草模様のカーテンが揺らめき、鎧姿の美少女が現れた。
空色の瞳はまるで凪いだ湖の如く静かで、等身大の蝋人形が助っ人に来たかのようだ。

女騎士「陛下の勅命で勇者様の護衛を務めさせて頂きます。よろしくお願いします」ペコリ

勇者「あ、はい。よろしくです。俺は勇者、それで隣にいるのが相棒のデェブ」

ハゲ「拙僧はしがない僧侶にござる。こちらはソラト殿。自称遊牧民」

ソラト「なにナチュラルにウソ吹きこんでんのよ、このなまぐさ坊主!」

デェブ「ふむふむ……」

デェブ「身長は見たところ163cm、神聖帝国人の末裔、肩にギリギリかからない程度の金髪、空色の瞳、クール系 職業は騎士」

勇者「急にどうした?」

デェブ「新たなヒロイン出現だからね〜。まず手始めに、標的の分析をしてるのさ」

デェブ「前に言ったろう? このSSのヒロインは全て僕がかっさらうと」

勇者「ただの変態じゃねぇか!」

皇帝「女騎士よ、勇者一行に街の案内をしてやりなさい。道具を買ったり武器を新調する必要があるだろう」

皇帝「汝に金貨1000枚の袋を預けておく。くれぐれも、酒宴なぞに使ってはならんぞ」

女騎士「ありがたく頂戴いたします」

女騎士「ではクソニートの勇者様、身の程知らずのデェブ様、自称遊牧民のソラト様、みすぼらしい僧侶様、参りましょう」

勇者「お、言うねぇ〜」カチン

デェブ「ヴォイ! 身の程知らずとはなんだ、身の程知らずとは!」ムキ-

ソラト「自称じゃなくて、あたしは正真正銘の遊牧民ですー! クソハゲが変なこと言うからよ、も〜!」プンスカ

ハゲ「まぁまぁ、皇帝が用意をせよと仰るのだ。女騎士の指示に従おうではないか」

デェブ「僕は行かんぜ! こんな感じ悪い奴と一緒にいるより、ここでご馳走を食べてる方がマシだよ!」

ハゲ「ふむ、ならば勇者殿、ソラト殿、拙僧、女騎士殿の四人でタブルデートと洒落込もうではないか」

皇帝「それはならぬ。禿頭の汝は後で余の寝室へ参るように。少し話があるゆえ」

ハゲ「なッ……!」

勇者「あんだって!? 寝室だと!? やったなハゲ、皇帝は日頃の御勤めでイロイロと溜まっているのかもしれん」

勇者「お前が癒してやるんだ。ははは」

ハゲ「会談の件……つ、謹んでお受けします。どうぞお手柔らかに……」ゲソ

ソラト「ふふ、良い気味だわ」

デェブ「ガツガツムシャムシャハフッハフッズルズルズゾゾゾピュルッ!」

皇帝「よく食べる男よの。それほど飢えておったか。ならばもっと食え食え」

皇帝「つまらぬ当て推量じゃが、汝の職業はおおむね戦士あたりだろう。岩の如き屈強な身体こそ、戦士の看板じゃ」

皇帝「宰相を呼べ!」パンパン  

宰相「いかがなされましたか陛下……ウッ! くせぇ! てかきたねぇ! 何だこの豚は!」

豚「ハフッハフッグチョグチョアップ!」

皇帝「老臣の汝がさような言葉遣いをすな。羊を千頭、追加で買ってくるのじゃ」

宰相「せ、千頭!? そんなにでございますか!?」

皇帝「偉大なる戦士をもてなすには、少な過ぎると思うが」

宰相「羊は貴重な獣です。一頭で金貨が1000枚もするのですぞ! 千頭も買ったらいくらになると存じます? 10000000枚! 財政が破綻致しますぞ!」

皇帝「分かった、もう贅沢を控える。無駄に絹のトーガも注文したりしない。これでよかろう?」

宰相「うぐぐ……生活態度を改めるなら、仕方ありませんね。これきりですからね!」

皇帝「それでよい、それでよい」











>>72
1000000です
すみませんm(__)m

ー皇帝の寝室ー

皇帝「汝だけ急に呼び出してすまない。ただ、勇者のことで伝えたいことがあってな」

皇帝「茶を淹れさせるから、それまでは余のベッドでくつろぎ給え」

ハゲ「いや、そんな。皇帝のベッドに腰掛けるなど、卑賤の身には過ぎた行為でございます。拙僧は床に跪いておりますので、どうぞ皇帝がお掛けになって下さい」

皇帝「汝は堅物であるな。では隣にテーブルと椅子が一式ある。そこで話そう」

皇帝「余の話を、決して勇者に伝えてはならぬぞ。もし彼が思いつめて自殺なぞしたら、魔王討伐から大きく後退することとなる」

ハゲ「デェブ殿はともかく、ソラト殿はなぜお呼びにならないのですか? 彼女も日は浅いものの、立派な勇者の仲間でしょう」

皇帝「愛しているがゆえじゃ」

ハゲ「ああん?」

皇帝「ソラトは余の妻……皇妃なのじゃ」

ハゲ「皇妃!?」

皇帝「聞こえはいいが、有力な部族を抑えるための、言わば政略結婚のようなものだ。愛の無い、乾き切った契りよ」フッ

皇帝「それでも、余は精一杯ソラトに愛情を注いだ。財宝なら何でも与えたし、異国より楽団を招いて、彼女をイメージした美しい歌も演奏させた。城の北門に彼女を神として祀るための礼拝堂まで建てたのだぞ」

ハゲ「それは結構でございますな」

皇帝「精一杯……愛してきたつもりだった。ソラトが去年、城を抜け出すまでは」

皇帝「余は辛い! 愛する者が、自分を捨てて他の男へ走る姿! 余に何が足りなかったのだ!? なぜ、ソラトは余のもとから去ってしまったのだ!?」

皇帝「もしこの場に呼んで、ソラトがますます勇者に想いを募らせたら、余はきっと耐えられぬ。毒酒を呷り、死すであろう」

ハゲ「ふむ」

ハゲ「拙僧が愚考を申し上げますに、ソラト殿はおそらく、城の生活に窮屈さを感じていたのではありますまいか」

ハゲ「ソラト殿と数日過ごして分かったのですが、やはり彼女は自由奔放な性格です。金銀財宝に囲まれて、豪華なドレスを着て、おしとやかに談笑する。そのような一般的に貴族と称される人物ではないのです」

ハゲ「陛下のご結婚は決して無意味ではありません。必ずや、後悔のない幸せなものとなるでしょう」

ハゲ「ただ、それを叶えるには陛下自身の行動も問われます。陛下は富を与えることを女性を愛することだと勘違いをしているようですが、そこから改めねばなりません」

ハゲ「心から愛しているならば、相手が本当に求めている物を理解し、且つそれほど積極的に歩み寄らず、傍で見守るものです」

ハゲ「率直に表現すれば、ソラト殿は陛下の過度な愛情が『鬱陶しい』のかと」

皇帝「ひどい」

ハゲ「これは拙僧の見解ですので、お信じになられなくても結構ですが、陛下がお変わりにならぬ限りソラト殿のハートを射止めるのは難しいでしょう」

皇帝「……うむ。汝の諌言、しっかり心に刻みつけた。ちょうど茶と菓子も来たところだ。本題に入ろうぞ」



ハゲの前に置かれたのは、淹れたばかりで湯気が立っている紅茶と、砂糖をまぶした立法体のグミ菓子であった。
紅茶を一口すすると爽やかな味と香りが沁み渡り、図らずもため息をついてしまう。
砂糖菓子も劣らず絶品だ。
口に含むなり、砂糖の甘味と柑橘類の酸味が二人だけの協奏曲を奏で始める。

ハゲ「なんと美味な……」

皇帝「西方の砂漠地帯より仕入れた。どちらも一箱で金貨2000枚。勇者のお仲間をもてなす時が来るとは。とっておいて良かった」

皇帝「紅茶にはわずかながら生姜を刻んである。まぁ積もる話だ。美味い菓子を味わい、ポカポカ温まりながら聞いてもらおう」

皇帝は書斎と思しき奥の部屋に入り、分厚い一冊の本を持ってきた。
少しページを開き、すぐさま閉じると埃がバフッと宙へ舞う。
深緑色の表紙にはハゲには読めぬ、古代文字がつらつらと記されている。

皇帝「ヤグラカル帝国の建国史じゃ」

ハゲ「建国史ですと? それが勇者と何の関係があるのです?」

皇帝「ざっと300年前、トクズ族の可汗(カガン)であるヤグラカルがこの地に栄えていた神聖帝国に目をつけ、二十万の騎兵をもって、これを滅ぼした」

皇帝「可汗は異民族、殊に宗教に寛容でなかった。神聖帝国で行われていた魔女狩りとやらを踏襲し、邪教を奉ずる神聖帝国人を徹底的に弾圧したという」

ハゲ「だから、勇者と何の関係が? ないでしょ?」

皇帝「大アリじゃ!」

皇帝はいきなり立つと、建国史の25ページ目を開き、ハゲに見せつけた。
当然、ハゲには読めない。
首をかしげていると、皇帝は苛立たしげにかぶりを振って舌打ちした。
彼が勢い良くかぶりを振ると、頭の横に結ってある髪の束が両方とも鞭の如く頬を打つ。
それゆえ、見ている側からすればなんとも滑稽な姿だ。

皇帝「この行に、『勇者ト名乗ル者在リ』との記述がある。古びた神聖帝国の鎧を着て、ボロボロの状態で忽然と現れたそうだ」

皇帝「隣の行へ目を移してみよ。勇者がその日の内に謎の失踪を遂げた記述がある」

ハゲ「拙僧は異国の古文書など読めません」

皇帝「どちらでもよい! 問題は、勇者が消えた三日後に帝国の領内各地で、村が次々と魔族に襲われていることじゃ」

ハゲ「春が来たので発情したのでは?」

皇帝「否! 季節は夏! 加えて当時の魔族は温厚で、人と共存する種もおったそうな」

皇帝「なぜ、穏やかな魔族が流血を好むように変貌したのか。理由は明白」

ハゲ「勇者が魔王となりて、絶大なカリスマ性と魔力を使い同族を率いていると?」

皇帝「そうとしか思えぬわ」

>>75
立法体でなく、立方体です
誤植が多くて申し訳ないです

ハゲ「しかし……必ずしも勇者=魔王とは断定できまい。そもそも、魔族の暴動が魔王の仕業であることさえ不明瞭だ」

ハゲ「環境の著しい変化や、人間による森林伐採で住む場所を奪われた魔族がやむなく……という可能性もあります」

皇帝「否じゃな」

皇帝「似たような事例が全国に散在している。加えて、それらは同時多発的に起こった。北の氷雪地帯から南の温暖湿潤地帯まで、全ての地域でじゃ」

皇帝「これが環境の変化と言えるか? 科学的に説明ができるか? 無理だろう。何故なら、非科学的な存在が300年前の事件を引き起こしたのだから」

皇帝「見えない何者かが魔族を誘導したのじゃ。人間に強い敵意を抱かせるようにな。そして、その見えない何者かを当時の人々は『魔王』と呼んだ」

皇帝「勇者=魔王説は五分五分で、大臣内でも意見が二つに割れておる」

ハゲ「そうでしょうな。証拠が建国史の記述だけでは、あまりに薄過ぎます」

皇帝「だが、余は信じている。とある理由で人間を憎んだ初代勇者が、強大な魔力を有したまま魔王へと変貌し、自らの兵士として魔族を喚起したという説を」

ハゲ「ふむ、今いる勇者は初代勇者の血を引く者……魔王の子孫となりますね」

皇帝「初代勇者が魔王化する前に生まれた子やもしれぬ。では、女騎士は何者かと問われれば……」

ハゲ「女騎士?」

皇帝「実は、女騎士は初代勇者の家系なのじゃ。それも初代勇者が魔王化する前に生まれた『正統の家系』となっておる」

ハゲ「馬鹿な!」

勇者が魔王。
勇者が二人。
明らかに異常な状況だ。
ハゲは心中に吹き荒れる嵐を必死で宥めながら、震える指で砂糖菓子をつまんだ。

ハゲ「女騎士殿が勇者の正統な家系なぞ、あるわけがない。現に伝説の剣を帯びているのは、我らが勇者殿ではありませんか」

ハゲ「いや、そもそも勇者を称する者が二人いる時点でおかしいのだ。聖剣が選ぶのはただ一人。世界でただ一人だけが勇者として、魔王討伐に赴ける」

皇帝「聖剣は……二本だ」

ハゲ「は!?」

皇帝「数日前、女騎士に訓練の進捗を聞こうと、兵舎を訪れたことがあってな。訓練が終了する真夜中を狙った」

皇帝「辺りは寂として、四方を常闇が包む中、カンテラの明かりのみを頼りにして歩いていった。暫くして、兵舎の窓が見えた」

皇帝「何を見たと思う?」

ハゲ「見当もつきませぬ」

皇帝「勇者しか持つことを許されぬ聖剣を、彼女が素振りしている様子よ! あの者がいる部屋だけ、まるで昼間のように煌々と光輝いておった」

ハゲ「近所迷惑でしょうから、夜中の素振りを控えるように注意してさしあげなさい」

皇帝「そのような問題ではない! 破邪の聖剣はこの世に一本、一本しかないのが普通なのだ!」

ハゲ「勇者制度が始まって500年。剣の一本や二本、増えてもおかしくはありません」

ハゲ「まぁ考えられる説としては……」

ハゲ「二人いる勇者のどちらかが魔王で、強力な魔力を用いて聖剣を演出している……ってところでしょうか」

皇帝「どちらかが……魔王……」ゾッ

ハゲ「俄かに信じがたいですが、それが有力です。もしくは、どちらも魔王であるとか」

皇帝「……なんということだ」ヘナヘナ

ハゲ「拙僧もあまりの衝撃で、つい矛盾したことを口走ってしまいました」

ハゲ「お許しくだされ」

皇帝「それは、『勇者制度が始まって〜おかしくない』云々の箇所じゃな?」

ハゲ「ご賢察痛み入ります」

皇帝「面を上げよ、汝は謝る必要などない」

皇帝「状況を再確認する良い機会だった」

皇帝「じゃが、魔王が紛れている以上、妃であるソラトを同行させるわけにはいかぬ」

ハゲ「えッ」

皇帝「それほど驚くことか」

ハゲ「ソラト殿はパーティーの遠距離担当として、馴染んでき」

皇帝「いかなる弁明も、無駄じゃぞ」

皇帝「これはソラトの命に関わる問題だ。束縛だの何だの議論する段階を超えておる」

ハゲ「そうですか……」

ハゲ「彼らが買い物から戻って来た時、本人に話しておきましょう」

皇帝「いや、余が直々にする。もう下がってよいぞ。ご苦労であった」

こうしてハゲは衝撃事実の波状攻撃に打ちのめされ、沈んだ気持ちで美しい青年皇帝の寝室をあとにしたのである。




ハゲが皇帝と談話している間、勇者とソラトと女騎士は城下町へ繰り出していた。
無論、魔王討伐の下準備のためである。
白と青を基調にした煌びやかな建物が、門へ続く石畳を挟んで立ち並ぶ。
奇妙な幾何学模様の描かれた建物から、ターバンを巻いた子供らが我先にと出て行く。
勇者は興味を抱いた。

勇者「あれはなんだい?」

女騎士「ここヒヴァラで最も有名な法学院です。皇帝を補佐する知識人の養育。暴力だけで国は治められませんので」

勇者「すげぇ嬉々として出て行ってるけど」

女騎士「たぶん朝食をとりに外出あるいは一旦帰宅しているのかと」

勇者「ほえー……しっかし美しい校舎だな」

女騎士「見惚れている暇はありません。早くこちらも準備を済まさねば、皇帝及び残りのお仲間に申し訳ないでしょう」

勇者「ところで、女騎士って神聖帝国出身のくせに色白で髪も金色だよな。どうして?」

勇者「もしや、北方系とラテン系のハーフなのかな? 北方系は俺の好みだぜ!」

女騎士「個人的な質問には一切答えませんので、ご了承下さい」

勇者「おいおい、俺とお前は仲間だろう? 確かにまだ初対面だが、心配はいらないぜ! すぐに馴染めるさ!」

女騎士「わたくしは『勇者様を護衛する任務』に就いているのであって、それ以下でもそれ以上でもありません」

勇者「あ……そう、なん、だ」

ソラト「ほら、がっかりしてないで早く装備を買いに行くわよ。女騎士さんは必需品をお願いね。あと金貨500枚貰うわ」

勇者「急にどうしたんだよ、無理矢理パーティーを二分してさ」

勇者「効率が良くなったのは確かだけど」

ソラト「あたし、あの女騎士が嫌い」

勇者「彼女は俺の護衛だ。任務をきちんとこなしている、真面目でいい娘じゃないか」

勇者「……さっきのは少し効いたがね」グスン

ソラト「普通に仲良く接すればいいのに、ひねくれた返答しかこないんですもの」

勇者「バッサリ斬り捨てられたよ」グスン

ソラト「あんたも泣かないの! 仮にも勇者でしょ? 皆をまとめるリーダーが弱々しくてどうするの!」

勇者「ご、ごめんなざい……」

〜武具店〜

勇者「ソラト! ちょっと来てくれ! これって最新武器のマシンガンじゃないか!?」

ソラト「あ〜も〜、人が集中してる時にデカい声で呼びかけないでよ。そうね、魔力を弾丸に変えて打ち出す魔銃型マシンガンよ」

勇者「なんでソラトはダガーを選んでるの? お前には弓があるじゃないか」

ソラト「いざという時、役に立つかもしれないでしょ。そういうあんたもどうしてマシンガンなんか持ってるのよ」

勇者「最初の街を出る際に、警官からマシンガンで出立の祝砲を受けてね。鋼鉄の壁も蜂の巣にする破壊力に舌を巻いたのさ」

ソラト「くだらないわね。この店はどうやら鍛冶屋も兼ねてるみたいだし、破邪の聖剣を鍛えてもらったら?」

ソラト「自分では気づいてないみたいだけど……あんたの剣、結構終わってるわよ」

勇者「何日も磨いてないしなぁ。うっし、いっちょ頼みますかね!」

鍛冶屋「ヴォイ! ならさっさとブツをよこしやがれ! もたもたすんねィ!」

勇者「ブ、ブツって代金のことかな?」

鍛冶屋「代金は鍛えてからだヴォケ! その鉄屑みてぇな煤けた棒をよこせってんだよ、二回も言わせんな!」

勇者「は、はい!」

鍛冶屋「オルァ! ゴルァ! こんちくしょうが! ブッ壊れろやァ! ドルァ!」ガンガン

勇者「ソラトは弓を鍛えないのか?」

ソラト「弓を鍛えるってなに? 意味が分からないので却下」






〜雑貨店〜

女騎士(三人で買い物に出る直前……)

女騎士(皇帝に囁かれた)

女騎士(万が一、勇者が少しでも魔王化する素振りを見せたならば、その時はわたくしが彼を斬らねばならぬと)

女騎士(まだ彼が魔王の子孫などと、確固たる証拠もないのに)

女騎士(けど……)

女騎士(わたくしは諸刃の剣。勇者の血筋であることは、同時に魔王の後裔である可能性もあるということ)

女騎士(だから、彼らと馴れ合う必要はない。互いに殺す殺されるの関係にある者と仲良くなったところで、どうにもならない)

女騎士(わたくしは、ただ皇帝から賜った護衛の任務を完璧に遂行するだけでいい)

雑貨屋「金がすっからかん、ですと?」

女騎士(あら? 何やら揉めている様子)

魔法使い「いや〜ごめんごめん! 喫茶店でコーヒー飲んだらね〜、エヘ☆」

雑貨屋「入店する前に財布をご確認なさらなかったのですか? お客様」

魔法使い「そうだねぇ、転移魔法で財布を取りに行ってくるよ。待ってて!」

雑貨屋「ふむ、ではそのつばの広い魔女帽を担保として頂きましょう」

魔法使い「え〜! だめだよ! この帽子はボクがボクである証明書みたいな物だから!」

雑貨屋「背負っているハープは?」

魔法使い「小さいとはいえ、ボクの生活を支える大黒柱だよ。だめだめ〜☆」

雑貨屋「勘弁して下さいよ。なら商品を置いていってもらいましょう」

魔法使い「やだよ〜だ」

雑貨屋「ウバァ! なんてわがままな娘なのだ! いい加減にしろ!」

女騎士「雑貨屋さん、合わせて金貨100枚……ご確認ください」

雑貨屋「ああ、助かりましたお客様! ほら、騎士様にお礼を申し上げなさい!」

魔法使い「ありがと! お金持ちなんだね!」

魔法使い「じゃ、商品はボクのものだね」

雑貨屋「まったく……」




ボクッ娘な魔法使いを助けた後、女騎士は残りの金貨400枚をきっかり使い、必需品を買い揃えた。

雑貨屋「いつにない出費だが、一体どうしたんさね? また遠征にでも行くのかい?」

女騎士「はい、魔王討伐の任を受けまして」

雑貨屋「国王様も酔狂だねぇ。魔王なんてここ数百年、ほとんど動きがないじゃないか」

女騎士「人に紛れて、機を待っているのではないでしょうか」

雑貨屋「そんな面倒なことするかねぇ」

雑貨屋が遠くを見るような目で呟いたその時、賑やかな通りを悲鳴が駆け抜けた。
直後、逃げ惑う人間の波が一気に雑貨店を飲み込み、通りに面する窓が血飛沫に赤く染まった。

雑貨屋「あ、あああんた、騎士様なら助けに行った方が良いんじゃないのかね」

女騎士「……そうですね」

女騎士が雑貨店の扉を開けて外に出ると、いつもの美しい街はどこへやら。
血みどろの死体が累々と積み重なっていた。
その中に、ひっそりと佇む黒い影がある。
女騎士は目をみはった。
あれは、狼だ。
長身の狼が、片手に携えた曲刀の先から血を滴らせている。
おそらくコボルドの類であろうが、戦闘力が多種に比べて圧倒的に違う。

女騎士「短時間でこれ程の人数を屠るなど、普通の魔族には不可能……」

狼がふと顔を上げ、こちらを向いた。
無言のまま殺気の応酬が交わされる。
剣の柄を握る手に汗が滲む。
下唇を噛み締め、震えを必死に抑える。
いや、膝がどうしても言うことを聞かない。

女騎士「ぐッ……!」

歴戦の勇者でさえもこの有様なのだ。
幹部クラスの大物に違いない。
先に口を開いたのは、狼だった。

狼「ん? 何か声が聞こえたと思えば、逃げ遅れた阿呆野郎か」

女騎士「わたくしは神聖騎士団所属の女騎士だ。駄犬、逃げ遅れたのは貴様の方ではないのか」ジャキ

狼「おうおう、オレ様を駄犬呼ばわりとは言ってくれるじゃないの、糞ガキ」

女騎士「名前もモラルもない犬コロを、駄犬と呼んで何が悪い」

レーテ「オレ様の名はレーテ。魔王から直々に軍隊を任されている魔将軍よ」

女騎士「魔将軍!?」ビクッ

レーテ「魔将軍と聞いて怖気付いたみてぇだな。人間の戦士も所詮、そんなモンか」

女騎士「ふざけるなッ!」

女騎士は腰に吊った聖剣を鞘走らせた。
同時にタンッと軽く地を蹴り、無防備な敵へと一直線に躍りかかる。
白光が弧を描き、コボルドの眉間を狙った。
女騎士の通常技・必中の刺突である。

レーテ「おっと」

レーテと名乗るコボルドも、相当な手練れのようだ。
女騎士の突きを難なく弾き飛ばす。
数十合打ち合ったところで、急にコボルドが曲刀を投げ捨てた。
訝しむ女騎士をよそに、黒影はサッとその場から跳び去った。
周囲を巡る荒い息づかい。
まだ、敵は自分のそばにいる。
緩やかな楕円を描いて走りながら、自分が見せる隙を狡猾に窺っている。

女騎士「どこから来る……」

女騎士「わたくしは魔王を討伐する身だ。貴様の如き小物に構っている暇はない」

女騎士「しかし、小物といえど魔族を率いる魔将軍。後顧の憂いの無いよう、ここでわたくしがきっちり成敗してやる」

中段に構えた聖剣が光を点滅させている。
警告……敵が近い!
どこにいる、どこにいる、どこにいる!
探せば探すほど分からなくなる。
右に建物から飛び降りる影あれば、左に高く跳躍する影あり。

レーテ「こっちだぜ、糞ガキ」

背中に強い衝撃を感じ、女騎士は地面にうつ伏せの状態で叩きつけられた。
右手で首を掴まれ、動きを封じられる。
しかし、女騎士も黙ってはいない。
口を塞いでいるコボルドの左手にかぶりつくと、隙をついて拘束を解いた。
お返しとばかりに女騎士のアッパーが、レーテの下顎に炸裂する。

レーテ「大分、息があがってきたようだな」ハァハァ

女騎士「それは貴様も同じことだろう」ゼィゼィ

レーテ「残念、まだオレ様は精神的に余裕があるぜ。何故か分かるか?」

女騎士「何故って………」

レーテ「魔将軍のオレ様が、どうして兵を一人も連れてきてないのか」

レーテ「もちろんオレ様が強いという理由もあるが、他にもあるんだぜ」

女騎士「まさか」

レーテ「おうよ。オレ様の兵がそろそろ来るぜ。全方位から、一斉にな」ニィ

女騎士「クソ犬め……」

レーテ「ヒヴァラはもう終わりだ。皇帝を道連れにして死ぬのさ!」

レーテ「魔王様の復讐はこれで完遂する。それも、オレ様の一手によって」

レーテ「おい、今の内にオレ様に謝っておけよ。駄犬呼ばわりしてすみませんでした、人間の癖に歯向かってすみませんでした!」

レーテ「奴隷にしてやってもいいぜ? ただし、使い捨ての奴隷だがな。ワハハハ!」

女騎士「……遺言はそれまでか?」

レーテ「あ?」

女騎士「死ね」ダッ

〜王宮〜

勇者「ただいまー」

ソラト「おかえりー……じゃないでしょ。なんであんたの家みたいになってんのよ」

ハゲ「おお、勇者殿! 戻りましたか」

勇者「おーハゲか。お前の武器を勝手に選んじゃったけどいいかな?」

ハゲ「錫杖ですか……ふむ、世捨て人の拙僧には丁度いい。デェブ殿には何を?」

勇者「あいつは太っちょだから、とりあえず打撃武器にした。メイスとかいうらしい」

デェブ「ヴォイ! ヴォイ! 勇者!」ガツガツ

勇者「まだ食ってんのかよ。汚いからこっち寄るなって。ラグマンのつゆ飛ばすなバカ」

デェブ「一人さ、足りなくね?」

勇者「ああん?」

デェブ「あのクールな女騎士だよ。君達と一緒に買い物に出たのではないのかね?」

ソラト「あら、ホントね。一人酒でもしてるんじゃない? 肴は犬の干し肉で」

勇者「ははッ。だったら面白ェな」












魔法使い「ふんふ〜ん♪」

魔法使い「ボクはかわいい魔法使い〜とってもかわいい魔法使い〜☆」

魔法使い「でっかい魔女帽とハープがトレードマークの、華麗で小さき戦士さ〜」

魔法使い「イェイ! 魔法使いサイコー!」

魔法使い「でも人はみんなボクを吟遊詩人と間違える〜いや違うし☆」

魔法使い「間違えんなよ、人間の分際で(冷笑)」

ドドドドドドドドドドドドドドド

魔法使い「ん〜? なんだろ、あれ」

猫の魔物「シャアアアアアア!」

猪の魔物「ブルアアアアアア!」

ゴリラの魔物「ウッホァアア!」

ハムスターの魔物「チュチュッ!」

魔法使い「うっひゃ〜レーテのやつ、本当にヒヴァラを攻め落とすつもりだよ」

魔法使い「こ〜ゆ〜のはさぁ〜兵糧攻めにでもしてジワジワ潰した方が簡単で楽しいでしょ〜。これだから脳筋は困るよね〜☆」

魔法使い「魔王様もどこに雲隠れしちゃったのかな〜? ちょっとちょっと! キミの犬が一人走りしちゃってるよ! アハ☆」

デェブ「どけどけどけ! そこの女!」ドン

魔法使い「きゃっ! いった〜い!」

勇者「なにをそんなに急いでいるんだ」

勇者「俺とお前しか来てないぜ」

デェブ「分からないのか、勇者」

勇者「ああ、教えてくれ」

デェブ「女騎士はヒロインだろ!? このSSにおいて、ヒロインは全て戦士の役職にある僕の物にならねばならぬ!」

デェブ「死んでしまっては計画が頓挫するではないか!」

勇者「いや……戦士だからヒロインと恋に落ちる云々は、おかしいと思うぜ」

デェブ「うるせぇ! おいしい白パンをむざむざ捨ててなるものか! 行くぞ!」

勇者「わ、わぁ〜待っちくり〜」

シーン……

魔法使い「勇者、ね」フッ

魔法使い「ボクも見物しに行こうっと」






王宮でも変化が起こっていた。
魔族の侵攻から逃れるため、暴徒と化した民衆が大挙して押し寄せたのだ。
近衛兵や警備兵が必死に押しとどめるも、それほど持ちそうにない。
東門、西門、南門、北門、全て魔将軍レーテが率いる獣人軍に破られた。
全方向より魔族が襲いかかる様子は、さながら腐りかけの蜜柑に蟻が群がるかのようだ。
ヒヴァラはもはや、風前の灯火。
一つの帝国史がここに幕を閉じる。
狼の手に、ゆっくりと握り潰されて。

民衆「ヴォイ! この門を開けろ! 皇帝だけ引きこもってんじゃねーッ!」

宰相「陛下、民衆がシェルターに入れさせろと殺到しております!」

皇帝「シェッ……シェルターじゃと!?」

宰相「彼らは王宮を巨大な核シェルターと勘違いしておるようなのです。これも、平和という禄を食んでいた我々への天罰なのやもしれませぬ」

皇帝「勇者はどこにおる! あの肥満児は! 神聖騎士団の女騎士は!」

ハゲ「出て行きましたな」

皇帝「どうすればいいのだ、ソラト。民衆を鎮めるにはどうすれば……」オロオロ

ソラト「ふん、臆病者ね」

ソラト「武器を持て、余と共に闘おう。たかが獣になぜ怯むか」

ソラト「……これくらいの鼓舞もできないで、皇帝ですって? 笑わせないでよ」

皇帝「汝は余の妃であろう。緊急時にこそ妻は夫に寄り添い、励ますべきではないのか」

ソラト「悪いけど、あんたにかける言葉はないわ」

皇帝「なッ」

ソラト「あんたの廟号はきっと『恵帝』になるでしょうね。皮肉も交えてね」

ハゲ「二人とも、喧嘩をしている場合ではございませんぞ」

ハゲ「陛下、こうなればヒヴァラはもう駄目です。南のエディズに落ち延びましょう」

陛下「エディズとは……聞いたことがないな。どんな町なのだ?」

ハゲ「勇者殿の故郷です」

やばい
一番下
陛下になってた

レーテ「オレ様が潜入してから十分」

レーテ「それが、ヒヴァラに与えられた命」

女騎士「ごはッ……!」

獣の脚が堅牢な鎧を突き破り、柔らかい腹部にまで到達している。
なぜ、自分は負けたのか。
頭がくらくらして考える気力もない。
はっきりしているのは、自分がこれから死ぬということ。
神聖騎士団でNo.1だったのに、皇帝から直々に推薦して頂いたのに。
なにより、勇者の正統な末裔にもかかわらずコボルドに負けた事実が信じられなかった。
崩れ落ちた彼女に、レーテはトドメをささなかった。

レーテ「じきに歩兵らが来る。オレ様は皇帝の首を獲る大仕事が残ってっから、後はそいつらに遊んでもらいな」





「「ヴォイ、コラ待てよテメェ」」





レーテ「あん?」ジロ

燃えるような赤髪の青年と、大きく腹が膨らんだ肥満児が背中合わせに立ち、どちらもレーテに武器を向けている。
青年は女騎士と同じ、光り輝く聖剣。
肥満児の方は巨大なメイスだ。
対してレーテは丸腰である。
先ほど、格闘戦へ移行する際に曲刀を投げ捨ててしまったのだ。
だが、さほど危機感は感じていなかった。

レーテ「……へへッ」

こいつら、マジもんの阿呆かよ。
『かっこいい』ポーズを一々とっちゃうようなザコ二人で、魔将軍の俺サマひいては魔族軍に勝てると思ってんのか?
おそらく、助けに馳せ参じた白馬の王子様を気取ってんだろうけどよ。
オレ様には精肉処理場に自らノコノコやってきた、バカ豚二名様(笑)にしか見えねぇ。

レーテ「殺す気にもなれんわ」フッ

勇者「一丁前に笑うな、駄犬が」ピキ

勇者「そこに斃れている美少女は、俺の護衛を引き受けてくれた女騎士だ」

勇者「ニートな俺なんぞの護衛、嫌だったろう。地味な任務で嫌だったろう。どうせなら神剣を掲げて駿馬に乗り、戦場を駆け巡る英雄になりたかったろう!」

勇者「テメェはそれを奪った。彼女の可能性を潰したんだ! そう、まるで不毛な土地で懸命に育とうとする新芽を、ギチリギチリと足の裏で踏みしめるようにな!」

デェブ「そうだそうだ!」

デェブ「あの娘は本来、僕の嫁になるはずだった。このSSに登場する女キャラは皆、将来僕と婚姻関係を結ぶヒロインだからな」

デェブ「僕にとって、女騎士は白パンだ。ふわっとした外見の中にモチモチとした食感を隠している、偉大な白パンだ! それを君は焼いた! 焼いて殺した!」

レーテ「意味わからん」

ハムスターの魔物「チュチュッ! レーテ将軍、無事でチュか〜!」ドドドド

レーテ「おお、ハム夫か! ちっとこいつら捻り潰してくれ! 500人も率いてりゃ、二人くらい余裕だろ!」

ハム夫「了解でチュ!」



ハム夫「とチュげきィ〜!」

魔族軍「ウオオオオ!!」

ズドドドドドドドドドドドドドドドドド

レーテ「ありゃあ死んだな、良いザマだ」

レーテ「悪く思うなよォ。こっちは魔族、そちらは人間。オレ様のご主人様が憎むべき存在と断言した種族」

レーテ「根絶やしにするのが普通だろ?」

狼が踵を返し、立ち去ろうとしたその時。
ひしゃげた肉塊が二、三個レーテの目前に、鈍い音を立てて投げ出された。
レーテが一歩、また一歩と足を踏み出す度に落ちてくる肉塊の数は増える。
何が、何が起こっているのだ。

ハム夫「みんな、退却で……ブグォッ!」

ゴリラの魔物「な、なななななな、ギャ!」

猫の魔物「ダメだ、こいつら普通じゃないですぜ将軍! 鬼だ! 助けて! あああああ!」

デェブ「ドルァ! オルァ! 邪魔だァ!」

群がる魔物を肥満児がメイスで吹き飛ばし、レーテへの道を切り開いている。
歯をきつく食いしばり、眦を裂き、返り血を全身に浴びて棍棒を振り回すその姿は、まさにオーガと称しても遜色ない。
赤髪の青年も何故か女騎士を背負いながら、迫る敵を回転斬りのコンボで屠る。
500人をたった二人で相手取るとは、なんたる猛者か。
コボルドの筋骨隆々な身体が震えた。

レーテ「さっきの女騎士とはまるで格が違う……フヒッ」

レーテ「フヒフヒフヒフヒフヒフヒ」

レーテ「フヒッフヒッ! やべぇよォ、闘いたくなってきちまった。フヒッ! 武者震いってヤツだぜ、こいつぁ……」

レーテは落ちていた自分の曲刀を取ると、兵を始末し終えた二人に対峙した。
一陣の風が通りを吹き抜ける。
こいつらを、オレ様の手駒にしたい。
レーテは勇者とデェブの雄姿に、すっかり惚れ込んでしまっていた。

レーテ「ハム夫はオレ様の片腕だったハムスター。それを打ち倒すたぁ、やるねぇ」

勇者「次はテメェの番だ。俺の仲間を殺しておいて、無事で帰るとは話が良すぎる。払うモン払ってから帰ってもらおう!」

勇者が台詞を紡ぎ終える前に、デェブが無言で打ちかかった。
金属音が響き、飛び散る火花で双方の顔が一瞬、蒼く照らし出される。
近くの建物が衝撃波により崩壊した。
レーテは瞬時に足払いをしかけ、転んだ巨体の鳩尾に正拳突きを叩き込んだ。
刹那。
右耳が空気の揺らめきを察知しバク転すると、頭のあったところをメイスが唸りながら通り過ぎてゆく。
あれを食らえばひとたまりもないだろう。
けれども、分はこちらにある。
手に取るように、次の攻撃が分かるからだ。
神より授かった野生の勘もあるが、そもそもデェブの動きが緩慢過ぎる。

デェブ「ゴラァ! アァ! ホワァ!」

レーテ「力はあるが、鈍いなお前」

一撃必殺の打撃を刀身でうまく受け流し、隙だらけの脇腹に数発ジャブを食らわせる。
殺すつもりはない。
力の差を見せつければいいのだ。
遂にデェブが地に膝をついた。

勇者「大丈夫か、デェブ!」

デェブ「まだいけるぜ! 勇者は早く女騎士を止血してくれ! 死因が失血なんて、僕も彼女も洒落にならんぜ!」ブン

勇者「俺は止血ができん! 腹に穴が空いてんだぞ! どうすればいい!」

デェブ「知らんぜ! とにかく僕はこの犬を片付ける。勇者は近くの薬局にでも行って治療道具を奪ってくるんだ! ドルァ!」ガキン

勇者「ちょっと待て、お前もよく見りゃボコボコではないか! どけ、俺がやる!」

デェブ「嫌だね! ちぇい!」ヒュッ

勇者「なら俺も! ちぇい!」ビュン

勇者の聖剣とデェブのメイスが、一気にレーテの曲刀へ振り下ろされる。
魔将軍に与えられた選択肢は、防御のみ。
対抗すれば、死は免れぬ。
だが、これは一体どうしたものか。
曲刀は半ばから折れ、破邪の聖剣が哀れなコボルドを肩から胸にかけて斬り裂いた。
ちなみにデェブは空振りした。

レーテ「ぐ……わッ」

レーテ「オレ様はッ! ましょ……ぅぐん! れぇ……てなるぞォ!」

レーテ「負けなんて……みと、めねぇ!」

勇者「まだ生きてんのか!」

デェブ「今だ、勇者! トドメを!」

勇者「おっし」

レーテ(クソッ……)

魔法使い「ちょ〜っと待ったぁ!」

勇者「ああん? 何だテメェは」

デェブ「この子、さっき僕達が突き飛ばした魔法使いちゃんだ。乱暴な口調はよせ」

デェブ「ねぇねぇ、なぜ僕達はコボルドの処刑を中止せねばならぬのかな? こいつは魔将軍だよ? 討ち取れば大手柄だよ?」

魔法使い「う〜んとね、ボクの仲間だからだよ。エヘへ☆」

勇者・デェブ「「あんだって!?」」

魔法使い「勇者クン演説してたよね〜。仲間の可能性がうんたらかんたら♪」

魔法使い「レーテはどうしようもない奴だけど、ポテンシャルは高いと思うんだよね。秘めたる能力みたいな? フフフ☆」

魔法使い「だから、こいつはボクが回収してくね〜。久々に面白い物が見れたよ」ズズ 

勇者「待て! テメェは何者なんだ!」

魔法使い「あ、そうそう」

魔法使い「人間が治めるヒヴァラは今夜でおしまい。みーんな人間は死んで、めでたしめでたし。じゃね、バイビ〜☆」ズズズズ

手負いのコボルドを抱えた魔法使いは、黒煙と共に二人の前から姿を消した。
門は解き放たれ、後陣の魔族が続々と列をなして荒れ果てた街を行進してゆく。
襲撃を嘆く者も、憤激する者もいない。
今宵、ヒヴァラは陥落したのだ。

玉座に一匹、狼が腰かけている。
輝く王冠と対照的に、勇者に斬られた傷は治療したものの、まだ生々しく残っていた。

レーテ「……ハァ」

その顔は渋い。
将軍から皇帝といった異例の昇進に、どう反応すべきか困惑しているようだ。
加えて、彼の心の中には未だに勇者とデェブの闘う姿が映写機の如く、カタカタと音を立てて何度も流れている。
朝からヒヴァラを攻めて、夜までかかった。
たかが平和ボケした街一つ、たとえ守備が堅固でも蹂躙できると踏んでいたのに。
自分が城下街に潜入して十分を合図とし、全方位から一斉に圧殺する作戦。
門を打ち破り攻め込むまでは良かったが、その先が悲惨だった。
ヤグラカル帝国の宰相が指揮する近衛軍が、予想以上の働きを見せたのだ。
なんとか全滅させたものの、こちらも半分ほど持っていかれた。
それから、片腕であるハム夫を屠り、自分を斬った赤髪剣士と肥満児の存在。

レーテ「……魔法使いがいなければ」

レーテ「ハム夫と同じ道を辿っていた」

レーテ「勝っても嬉しくねぇ……結局、皇帝も取り逃がしちまったし」ギリ

魔法使い「ププッ、そーだね☆」ボゥ

レーテ「ま、魔法使い!? いつからそこにいやがったんだ!?」ビクッ

魔法使い「ずーっと前からだよ♪ レーテが悩んでる姿が面白くて面白くて☆」

レーテ「面白いだァ? 喧嘩売ってんのか」

魔法使い「まぁまぁ落ち着いて。せっかく玉座がキミの物になったんだからさ。景気付けになんか宴でもパーッとやろうよ」

魔法使い「パーティーピーポーヒィア☆!」

レーテ「……」

レーテ「どうして魔法使いは玉座をオレ様に渡したんだ? 元の関係なら、オレ様でなく魔法使いに権利があるだろう」

魔法使い「あ〜人間だった頃の? くだんないこと気にするね、キミって」

魔法使い「あのね、ボクは玉座なんて冷えた鉄塊なんぞいらないの。魔王ただ一人がいれば、ボクは幸せなんだ♪」

魔法使い「そして今日! ボクは魔王へ近づく偉大なる第一歩を踏み出したのだぁ!」デデ-ン

レーテ「どういうことだよ」

魔法使い「魔王がいた」







レーテ「魔王がいただと? どこだ、なぜ知らせてくれなかった!」

魔法使い「まだ眠ってたし、キミが見てもどうにもならないからいいよ」

魔法使い「ヒントを言えば、もうキミは会ってる。加えて刃も交えてる」

レーテ「オレ様が闘ったのは赤髪剣士と、肥満児と、女騎士だけだ。まさか、その中にご主人様がいるってのか」

魔法使い「う〜ん……そうかもね☆」

レーテ「確定要素がないなら言うな。まったく、期待させやがって」ケッ

魔法使い「ま、そんな訳でボクは旅に出ます! いずこへ消えた魔王を探す長い長い旅! ヒヴァラはキミに任せておくね☆」

レーテ「魔王を探すんなら……ついでに封印されてる戦士も開放してやってくれ」

レーテ「300年もずっと、孤独に立ち尽くしたままなんだ」

魔法使い「ダメだね」

魔法使い「彼は魔王の命令に背いた。魔族にするべき人間を、みすみす逃したんだ。封印も魔王が自らの意思でしたこと」

魔法使い「戦士を呪縛から解放できるのは魔王しかいない。もっとも、本人にそんな気は毛頭ないだろうけどね〜☆」

レーテ「やはり無理か……クソッ!」

魔法使い「んじゃ、無駄話はここまでにしたいんで、そろそろお暇しま〜っす☆ 吉報を待て!」ズズズゥ

謁見の間には、狼一匹だけが残された。
静寂を保つ闇に向けてため息をつく。

レーテ「戦士もいねぇ、魔法使いもいねぇ、おまけにご主人様もいねぇ。目前に誰一人としていない玉座なんざ、ただの冷えた鉄塊なのかもしれねぇな」

レーテ「オレ様の役割は、ご主人様が戻るまでヒヴァラを守り切ることだ。手に入れた帝都を奪われてたまるか」

レーテ「もう、あの時のような思いは絶対にしたくねぇんだ。救える者を救えなかった悔しい思いは……」





ーーーーーーーー

さらさらと、暖かい風が頬を撫でる。
潮騒の如く寄っては消える、トンビの声。
花の香りと、柔らかい草のベッド。
木漏れ日にくすぐられてゆっくり瞼を開いた少年は、隣で丸くなっている柴犬に優しく声をかけた。

少年「行くよ、レーテ」

少年「姉さんが就職試験に合格したんだ。魔法使いになって、神聖帝国の都から帰ってくるんだよ」

レーテと呼ばれた柴犬は夜空の様な澄んだ瞳で少年を見つめると、無邪気に鳴いた。
再び風が少年と柴犬の間を通り抜けてゆく。
タンポポの種が風に乗って舞い上がり、祝福の踊りを披露している。
大樹の下で寝ていた彼は静かに身を起こし、地平線まで続く草原を歩き始めた。
白い物体が点々と確認できる。
トクズ族のゲルだ。
天井の窓から煙がたなびいているのを見るに、多分朝食が完成した頃だろう。

少年「きっとご馳走だぞう。羊の丸焼きとか、ひょっとしたらチーズも食べられるかも。チーズなんて滅多に出ないからなぁ」

レーテ「きゃんきゃん!」フリフリ

少年「あはは、喜んでら」

少年「じゃあ、家まで競争しようか。勝った方がチーズ独り占めだ!」

レーテ「わん!」




運動音痴な少年は、あっという間に差をつけられてしまった。
ゲルの前でレーテが尻尾を振り、期待に両目を輝かせて待っている。

少年「あ〜ん、やっぱレーテには敵わないや。チーズは君に全部あげるよ」

レーテ「わんわん!」ハッハッ

少年がレーテを撫でていると、袖をたくし上げた老人が血の付いた小刀を携え、こちらに駆けてきた。
話を始める前に、軽く少年の頭を叩く。
だいぶ探したようだ。

父「やっと帰ったかタトパル! このドラ息子! お前が見えないもんだから、家族総出で探したんだぞ!」

少年「ごめんなさい、父さん。ご馳走を作る手伝いなら俺、いくらでもします」

レーテ「くーん」ショボン

父「反省しているならよろしい」

父「お前にできる仕事といえば……そうさな、羊を一頭だけ捌いてくれんか。少し前にやり方を教えたはずだが」

少年「羊の解体くらいお茶の子さいさいですよ。もうそんなに子供でもないですし」

父「よし、レーテはこちらで預かる。なんか肉とかつまみ食いしそうで恐ろしい」

少年「はは、そんな食い意地張ってないですよ。俺のレーテは」

父「ふむ……」

父「レーちゃんよ。チーズやるから、大人しくこっちに来なさい」

レーテ「わん♪」ススス

少年「ヴォッ……ヴォイ! チーズで釣るなんて卑怯だッ! それでも光栄ある神聖帝国直属魔導師団団長の父ですか!」

父「頭を使え、頭を。ドラ息子に飼われてるやんちゃな犬が注意だけでなんとかなるなど、最初から思っとらんわ」

父「はよ羊を捌いてこい。近隣の部族も招くんだ。一頭だけじゃ、足りんかもしれないからのう」

少年「うぐぅ、分かりましたよ。やればいいんでしょ、やれば」



羊「メェ〜」

少年「……」

少年「偉大なるテングリよ、我らが造物主よ。天の恵みに感謝致します」ボソボソ

祈りを終えると少年は羊の足を縛り、そっと横に倒した。
後の展開を感づいたのか、羊は怯えた色を瞳に見せ、しきりに身じろぎしている。
彼は動物の殺生が嫌いだった。
自分の手で、他者の幸せを奪うこと。
そんな残酷なこと、考えられない。
先ほど父親に威勢良く答えたのも、勝手に抜け出したのを叱られないため咄嗟に口から飛び出た、一種の逃避策であった。

少年「引き受けたからには、やらなくちゃいけないのかな」

一頭だけいなくても、大量のご馳走が出されるのには他ならない。
逃してしまおうか、血を見るの嫌だし。
羊の足を縛る紐をほどきかけたところで、少年は観念したように瞼を閉じた。
羊は高級な食材だ。
厳しいおじさんがきっと、肉が一頭分足りないことに気づくだろう。
こっぴどく叱られるに違いない。

少年「……イヤだな」

自分は別に叱られても構わない。
けれど、そのことで姉さんのための祝宴を台無しにしたくない。
これまでに何度か羊を食べてきた。
焼いたり、蒸したり、モツ煮だったり。
幸福な家庭の裏側では、いつもこのような殺戮が行われていたのだ。
今回も、それと全く変わらぬ。

少年「ごめんよ、本当にごめんよ」

羊「メェッ!? メメッ! メメメェ!?」

少年「えいッ!!」ザシュ

鮮血が少年の白い顔に飛び散った。

少年「初めて、生き物を殺した……」

震える手で解体した肉を、大きめのタライへと移していく。
血に染まった両手を眼前にかかげても、少年は未だに実感できていなかった。
暴れる羊を全体重かけて押さえつけた時の自分が、別人のようにさえ思えた。
だが、こうして羊の死体がある。
レーテと同じ夜空の如き潤んだ瞳は死の雲によって灰色に曇り、だらしなく開いた口からは新鮮な血が流れている。
これは、紛れもない現実だ。

少年「……行くか。おじさんを待たせちゃ悪いしな」

返り血が乾いて罪悪感と共に剥がれ落ちてくれることを祈りつつ、少年は立ち上がり肉を積んだタライを抱えた。
遊牧民である以上、共同体に属している以上、家畜の屠殺は必ずついてまわる。
頚動脈を断ち切った時、その事実が恐ろしい速さで我が身に肉薄してきた。
目を逸らしても、生きていく上では絶対に逃がれられない。

少年「まだ甘ちゃんだなぁ……俺も」

〜調理場〜

おじさん「遅かったな、タトパル。羊一頭を捌くのにどれだけかかっとる」

少年「すみません、久々に見る血にちょっと動揺しちゃって」

おじさん「フフン、まぁ良いだろう。弱虫のお前にしちゃあ上出来だ。褒美に良いことを教えてやる。耳貸せ」グイ

少年「あいたたた! いきなり耳を引っ張らないでくださいよ……それで? 何です?」

おじさん「お前がもたくさもたくさ捌いてる間にな、来たんだよ」

少年「来たって? 偉い人とかですか?」

おじさん「お前の家の前にいるだろうから、早く行ってこい。多分、タトパルが一番会いたい人物だ」セナカバンバン

自分の家と思しきゲルの前に、なにやら人だかりができていた。
熱狂する群衆を押しのけ無理矢理、輪の中心へ入る。
ひ弱な少年はこの動作だけでも息を切らしてしまった。

「タトパルー! 我が愛しの弟よー!」バッ

何かが猛烈な勢いで少年に衝突し、少年は謎の物体ともつれあったまま仰向けに倒れた。
周りの群衆がざわめき、一歩退く。
うっすら目を開くと、感涙にむせぶ少女の姿が飛び込んできた。
もう二度と離すまいと少年を強く抱きしめ、涙に濡れた顔で少年に頬ずりしてくる。

少年「他の人もいるし、そろそろ落ち着いたらどうだい、姉さん」

魔法使い「ふおぉ……こんなに大きくなって、ボクは本当に誇らしいよ! ああタトパル! ボクだけのタトパル! 早くあの丘へ行こう、ボク達の秘密の場所に!」ギュウウウ

少年(ぐっぐるじい)アセダラダラ

少年「うん、数年ぶりだもんね。まずは父さんに会いに行こうよ。姉さんの帰りを一番待ってたの、やっぱり父さんだと思うんだ」

少年「それにご馳走もあるしね。神聖帝国では羊とか滅多に食べられなかったでしょ?」

魔法使い「なんだい、やけに淡白だなぁ。頼れる姉さんが帰って来たのに、キミは嬉しくないのかい?」ムス

少年「う、嬉しいよとっても。だから腕の力をちょっと弱めて……苦しいんだ!」

魔法使い「やだ、離したらどっか行きそうだもん。タトパルはボクと一緒にいなさい。これは姉の命令だよ☆」

少年「いや、これ立てないし……」

魔法使い「んもー、抱き合ったまま立ち上がればいいでしょ! 愛の力があれば、ボク達二人にできないことはないッ!」キャッキャ

「……くそが見せつけんなよ」チッ

魔法使い「ん!?」ピクッ

魔法使い「誰だぁ! 今ボクに舌打ちしたの! 出てこーい! んもぉー!」

少年(あー。予想した通り、帰って早々やかましいなぁ……。早く父さんやおじさんと会ってもらわなくちゃ)ハァ

ー宴会用のゲルー

父「魔族と協力、じゃと?」

魔法使い「うん。なんか王様が西端の国を滅ぼすために、人間・魔族連合軍の編成を検討してるんだって☆」

魔法使いは一番奥の席に座り、羊の煮込み料理を口に運んでいた。
右側に座る老父と神聖帝国について、対談中のようだ。

少年(人間が魔族と手を組む?)

少年は邪魔にならないように若干身を引きながら、聞き耳をそばだてていた。

父「魔族なんぞ信用できん。あやつらは確かに平和を好む。じゃが、テリトリーを許可なく侵犯されれば、たとえ共同戦線を張るための使者だとしても容易に牙を剥く」

父「要するに、目先の物しか認識できない阿呆の集まり。作戦も指揮官も理解せぬ、烏合の衆というわけじゃよ」

魔法使い「だからこそ使いやすいんじゃないか。動物なら餌と財宝で釣ればいい」

魔法使い「塵も積もれば山となるってね☆ 魔界に生息する魔族の数は億単位だよ。それを数百万の隊に分けて、定期的に波状攻撃をしかける。相手が勢力を立て直す、ちょっと前にね。辺境の安っぽい砦なんざ、すぐにボッコボコさ。ウィーアーウィナーズ!」

父「魔族が何を食うか知っておるのか。億単位の魔族を養う財力が、今の神聖帝国にあると思うか。ドラゴンやらゴーレムやら大食漢もおるじゃろう。その養育は誰がする」

魔法使い「知らな〜い。そんなの神聖帝国の王様に言ってよ〜。まだ決定事項じゃないしさ〜☆」

父「ぐぬぬ」

魔法使い「ねぇねぇタトパル! 口開けて、はいあーん・」

レーテ「わんわん! わんわん!」ババッ

魔法使い「ちょッ……お行儀よくして、レーテ! このチーズは弟へ向けた愛のメッセージ……」

少年「姉さんは、このまま集落に残るの?」

魔法使い「え?」

レーテ「もぐッ! もしゃもしゃ」

魔法使い「あーッ! 愛のチーズがー! 油断したから盗られちゃったよ、んも〜!」

少年「神聖帝国にはいつごろ戻るの?」

魔法使い「……それを聞いて、キミに何の得があるのかな」

少年「いや……ずっと姉さんが集落にいてくれたら、賑やかで楽しいのになぁって。そうふと思っただけさ」

少年「別に聞き流してくれていいよ」

魔法使い「うぐ……」ポロポロ

魔法使い「キミって奴は、まったく……。ボクも良い弟を持ったもんだよ!」ギュウウウ

少年(おげげ、またかよッぐるじッ頼むから首に腕を回さないでッ)






祝宴もたけなわになった頃、魔法使いは少年を草原の真っ只中に連れて行った。
太陽はもう、地平線へ顔を半分隠している。
黄昏色の草原で、二人の影はさながら身体から抜けかけた魂の如く、うっすらと伸びてかすかに揺れていた。
馬乳酒をたらふく呑んだせいか、まだ姉の顔はほんのり赤い。

魔法使い「明日ね」

魔法使い「明日帰るんだ」

寂しげに微笑むと、彼女は聞こえるか聞こえないか程度の大きさで呟いた。
溢れ出る感情を懸命に押し殺して、やっと絞り出しているような、雫のような言葉。

少年「でも、また戻ってくるんでしょう? 今日みたいに」

魔法使いは静かにかぶりを振った。
宴会時のやかましい彼女からは想像もつかないほどの静寂さ。
自然と少年も背筋を伸ばす。

魔法使い「無理だよ。ここには二度と戻ってこれない。国王直属の部署に配属されたからには、ボクは故郷を忘れて国に忠誠を尽くさなければならない。それがしきたりだから」

少年「姉さんは、それでいいの?」

少年「家族と一緒にいたいなら、ずっとここにいればいいじゃない」

魔法使い「……自分の家ならまだしも、他国しきたりは変えられないよ」

魔法使い「そうだ、キミに歌を贈ろう。トクズ族に古くから伝わる歌だ」

魔法使いは背負っていたハープを腕に抱えると、その場に鎮座した。
少年も体育座りで様子を見つめる。
なんだか、不思議な気分だった。
姉と二人きりで沈みゆく太陽を背に語らうのは、これでおしまいなのだ。

魔法使い「愛し合う少年と少女がいた。二人は運命によって一度、会えないほど遠く彼方の地へ引き裂かれた。けれど、偉大なる天の采配で彼らは再び相見えた……そんな内容の歌さ。キミも聞いたことあるだろう?」

少年「……」

魔法使い「あるよね?☆」

少年「うん」

魔法使い「なら良し☆」ポロン...


透明感のある柔らかな歌声が、壮大な自然の劇場を優しく包み込む。
少年は目を閉じて彼女の声に耳を傾ける。
聴いている内に、彼の目から涙がぽろぽろとこぼれ始めた。
ハープを弾く姉の姿がぼやけて見えない。
もう絶対に会えないのに、この目にしっかりと焼き付けておきたいのに。
拭えば拭うほどますます涙が溢れ出す。
演奏を止めた魔法使いは、嗚咽をあげて泣き出した少年の頭を、さも愛しそうに撫でた。
彼女もまた、涙を流していた。

魔法使い「昔からキミの泣き虫ぶりは変わらないなぁ……」

魔法使い「大丈夫、きっとまた会えるさ」

少年「ああ」

少年「俺、決めたよ」

少年「いつか魔導師になって、姉さんのところへ行く。何年かかってもいい。姉さんが待っていてくれるなら」

魔法使い「……待つさ、命ある限りね」

深い絆に結ばれた姉弟は、太陽が完全に沈み切るまでお互い手を取り、名残惜しげにずっと見つめ合っていた。



ーーーーーーーー


ガタガタゴトゴトガタガタゴトゴト


勇者「……ブアッ。なんだこの酷い揺れは、この狭い箱は一体どこなんだ」

四人乗りの小さな馬車に勇者は乗っていた。
目の前にみずらヘアーの皇帝と、腹に包帯を巻いた女騎士が座っている。
デェブやハゲの姿は見えない。
左隣から棘を含んだ声が聞こえた。

ソラト「ヒヴァラ発、カディズ行きの馬車よ。長い間眠っていたみたいだけど、またどこかで暴れてきたんでしょ」

勇者「うむ、そうだな」

勇者「たしか、女騎士を助けに王宮から飛び出して、レーテとかいうクソ犬を追い詰めて、女魔法使いに奪われて……そっからの記憶がまるでねぇ」

勇者「そんで、夢を見た。クソ犬と女魔法使いの過去話みたいな? よく分からなかったが、あの少年は今頃どうしてんのかな。ちゃんと魔導師になれてりゃいいが」

皇帝・女騎士「少年!?」ビクッ

勇者「おいおいどうした、まさか即興漫才でもやるつもりか? よしてくれつまらん」

皇帝(その少年は多分……)

女騎士(魔王……魔王が人間だった頃の姿)

女騎士(記憶を見たということは、やはりこの方が魔王の末裔……)ゾッ

勇者「ヴォイ、だんまりすんなよ。俺とデェブが闘った犬がそんなにヤバい奴だったのか?」








分かりやすい魔王と勇者説のまとめ

【経緯】

500年前、神聖帝国にて国王直属の職業・勇者が成立。西端の国を征服するため、魔族との同盟交渉が目的であった。

300年前、ヤグラカル率いるトクズ族の騎馬隊20万の侵攻により、神聖帝国は滅亡。皇帝は残虐性が高いという理由で、神聖帝国時代にも行われていた火刑を採用。数多くの神聖帝国人を虐殺した。

300年前、古びた神聖帝国の鎧を着た若者の集団が帝都ヒヴァラに出現。ほとんどがトクズ族で構成されていたが、神聖帝国軍の残党と思われるので、一人を除き全員を追放。

三日後、ヤグラカル帝国領内の各地で魔族襲撃の事件が同時多発的に発生。これ以降、魔族が無差別に人間を襲うようになる。

【現皇帝の考察】
何らかの理由でトクズ族、または人間に強い恨みを抱いた初代勇者が魔王となり、その絶大な魔力とカリスマ性をもって魔族を統率。現在いる勇者は、初代勇者が魔族化してから生まれた子の子孫。女騎士は初代勇者が人間だった頃に生まれた子の子孫。二本ある聖剣も、どちらかが魔力で聖剣のように見せかけているだけ。
上記は逆の場合もあり得るので、勇者と女騎士は両方とも魔王化する可能性あり。

【その他の考察】
魔王と初代勇者に関連はなし
時期が近かったのは全くの偶然




皇帝「汝が闘ったのは、魔王も全幅の信頼を置く、超強力な魔族じゃ」

皇帝「この似顔を見てみよ。左からレーテ、戦士、魔法使いの順になっておる。下級の魔族どもを現在動かしているのはこの三体、特にレーテと魔法使いじゃ」

皇帝「勇者よ、汝はまずレーテと魔法使いを討たねばならぬ。猛獣を殺すにはまず手足から。魔王とこやつら同時に相手取るのは、汝とて難しいであろう」

皇帝(初代勇者が何らかの理由で魔王化し、その末裔が勇者あるいは女騎士……もしその説が正しければ、二人とも魔王となる可能性があるわけだ)

皇帝(しかし、まだ魔王と初代勇者が同一人物ではない説もある。考えにくいが、勇者の失踪と魔族の暴動は無関係という説じゃ)

勇者「レーテと魔法使いが魔族? 夢の中だと、魔法使いは人間だったぞ。トクズ族とか言ってたからソラト、お前に何か関係があるんじゃないのか?」チラ

ソラト「なッ! 世代が違うから関係あるわけない! バカ! それに皇帝もトクズ族よ。ヤグラカル帝国の方がよっぽど怪しいわ」

ソラト「過去に魔族の恨みを買うようなことをガンガンしてきたんでしょ。じゃないと、あんな大群で魔族が攻めてこないもの」

勇者「おーい! デェブ! ハゲ!」

デェブ・ハゲ「ぺちゃりんくちゃりんぺちゃくちゃりん」

勇者「ちきしょう、聞こえてねぇ」

勇者「皇帝、ちょっと馬車の天井ブチ抜いてもいいか? あいつらに聞きたいことがあるんだ。どこに行くのだとか詳細にな」

ソラト「穴? もし明日とか雷雨になったらどうすんのよ。もうちと深く考えてから提案してくれない?」

勇者「気にすんな、小さい穴だよ。それに雨が降ったら毛布やなんやら、あるもので傘の代用すればいい」

皇帝「よかろう、許可する」

勇者「サンキュー!」

女騎士「こら、陛下に対しサンキューとはなんと無礼な。いくら勇者様でも、容赦は致しません」

皇帝「いや、よいよい。帝都を捨てた以上、余はもはや皇帝でない。無礼な態度なぞ気にせぬ。どうぞ気軽に話しかけてくれい」

女騎士「ですが……!」

皇帝「汝らが堅い言葉だと、かえって余が疲れるわい」

ソラト「ふん、少しは成長したみたいね。以前のあんたなら権力に固執して、勇者の態度を許さなかったでしょうけど」

皇帝「挫折を味わったからよ。人生で幾度とない、大きな挫折を」

ソラト「あとはそうね、自分のことを『余』って呼ぶのやめなさいよ。容姿で緩和されてるけど、なかなかキモいわよ」

皇帝「努力します」

勇者「さてと、んじゃ開けますかね。人が一人上がれるくらいの穴だから、そう気にする必要はないぜ」ブスグリグリガラガラ

ソラト「あッ……ちょ、開け過ぎじゃない!? 星空が綺麗に見えてるわよ!」



顔に受ける夜風が気持ちいい。
要塞都市・ヒヴァラはもう見えない。
前も後ろも、ただ黒き草原が広がるだけだ。
馬車の屋根に立った勇者は、馬の手綱を引いている肥満児と修行僧に話しかけた。

勇者「おい、デェブ! ハゲ!」

デェブ「ん……どわっと! 勇者、なんでそんなところにいるんだ」

勇者「聞きてぇことがあってな。馬車の中からじゃ声が伝わらなかったみたいだから、天井をブチ抜いてきたわけよ」

デェブ「御者を代わってくれるのかい?」

勇者「あんだって!?」

デェブ「だから、君の馬が全然言うことを聞かなくてな! 今はなんとか走ってるが、隙あらば僕にヨダレを引っかけようとしているんだ! ハゲの馬は正常なのによォ!」

勇者「お前が以前、首に乗ってたからだろ。俺の馬だってペガサスじゃねぇ、好き嫌いも当然するさ」

勇者「それよりだ、聞け! 肥満児!」

デェブ「あんだ!」

勇者「次に俺らが行くのは南端の港市・カディズなのだろ!? それまでに越えなきゃならんデカい障害物があるよな」

デェブ「ビャンビャン山のことか? あれはダメだ。君も下山時に見たろう? 10mのクレバスを馬車でどう渡れっての」

勇者「ふむ!」

勇者「……それで、どの道を行く?」

デェブ「ハゲの提案で、麓を反時計回りに進むことにしたよ」

勇者「なぜだ、教えろ」

デェブ「途中にエルフ族の住む集落があるらしい。ハゲによると、彼らは人間に対しあまり敵意を抱いていないそうだ」

勇者「テメェはどう思う」

デェブ「思うも何もね。着いたらどっか、パン屋と併設している宿屋を探すよ。それよりだいぶ苛ついているようだが、糖分は足りてるか? 揚げパンでも食うか?」

勇者「うるせぇ! なんかこう……知らねぇけどイライラすんだよ! 俺の脳内にあるパラボラアンテナが、イライラ電波のみ受信してる状態なんだよ! 怒りファイバー絶賛開通中なんだよダボッ!」

デェブ「意味不明なことをグダグダほざくんじゃあないよ。僕までイライラしてきたじゃないか」

ハゲ「……チッ」イライラ

勇者「ちきしょお! みんなイライラしてやがるぜぇ! くああああ!」

ハゲ「……魔族の仕業かもしれませんな」

勇者「魔族だと?」


ハゲ「見なされ、あれを」

四時の方角から、なにやら巨大な影が猛烈なスピードで馬車に迫っている。
星々の煌めく夜空に突如現れたそれは、翼を広げた死神にも見えた。

勇者「なんじゃありゃ」

ハゲ「人を苛つかせる電波を放つ魔族が西方の砂漠にいると、拙僧は聞いたことがあります。おそらくその類でしょう」

勇者「西方? なんだってそんなモンが大陸中央にあるヒヴァラ付近にいるんだよ」

皇帝「余が仕入れたのだ。国立動物園を少しでも華やかにしようと思うてな」

勇者「あんだと!?」

声のした方を振り向く。
皇帝が白い華奢な両手を用いて、屋根に登ろうとしている。
吹きすさぶ強風で、肩にかかる髪束が後方へ流れてゆく。
勇者と対峙した皇帝は、決意に満ちた目で口を開いた。

皇帝「これは余の問題だ。シルバーゴールドドラゴン……シゴドンをヒヴァラに引き入れたのは、魔王の手駒にしたのは余だ」

勇者「シルバーゴールド? ああ、あれか。ヒヴァラに行く前に見たよそれ。金と銀のかわいくもねぇまだらドラゴンのことだろ?」

勇者「ハゲ、あんときゃどうしてこうも苛つかなかった? 俺が五を数える前に答えろ。さもなくばテメェを潰す」

ハゲ「以前は月の紋章を刻んだ首輪をしていた。あの首輪にはストレス電波を抑える効果があった。そうですね? 皇帝?」

皇帝「そうだ。魔族の輩が破壊したのだろう。下等種族の癖に調子付きおって……許さぬ、絶対に許さぬ」ギリ

勇者「いやテメェ、勝手に歯を食いしばってるのは良いけどよ、武器もないテメェなんざにチンカスドラゴンが果たして討てますかっつー話なんだよチンカスエンペラーさんよ」

皇帝「ななッ……!」グヌヌ

デェブ「ぐああああああああああああ!」

勇者「うるせぇ!」

デェブ「パンが食いてェ! 食いてェんだ! 今すぐに! カディズにいれば、勇者なんぞに着いてかなきゃ今頃は、フランスパンをたらふく収められたんだ」

デェブ「君のせいだぞ、勇者! 目的のない無謀な冒険に連れ出したのは君だ! 真夜中、いきなり他人の家に不法侵入し『荷物をまとめろ!』だァ? 狂ってるのか君は! パンの無い生活はもうたくさんだ! ヒヴァラで少し食べたけど、あんな量じゃ『ヘルシィ』な昆虫料理の埋め合わせなぞ到底できはせぬよ! 普通の生活が人間、一番幸せなんだ。朝起きて、パンを食べ、寝る! 冒険好きな君からすれば、確かに退屈に見えるかもしれないさ。でも僕はこれで十分だった! 内向的な性格の矯正なぞせんでも良かった! なのに! なのに! どうして僕はコイツに着いてきてしまったんだああ!」

ソラト「うるさ〜い! 黙ってろデブ!」

女騎士「……フンッ」

ブスッ

デェブ「あだ〜ッ! 女騎士さん、聖剣でケツをブッ刺すのやめで! あでッ! あでッ!」ヒィヒィ

ハゲ「もうみんな限界ですな、勇者殿。退治せねばパーティーは空中分解しますぞ」

勇者「分かってる、やるしかねぇよな。イライラするが、克服するぜ」チャッ



竜が馬車と並んだ。
翼を存分に広げ、低空姿勢を保っている。
どう戦うか攻めあぐねていると、突然数十本もの矢が背後より竜へ飛来した。
竜は巨躯を回転させ、小枝のような矢を全て弾きとばす。
その風圧で、馬車の車輪が浮きかけた。
けたたましい馬のいななき。

ソラト「あたしの矢を弾くなんて……やるじゃない! なら、これはどうかしら!」

いつの間に屋根の上へ登っていたソラトが、腰を屈めて矢を放つ。
今度は複数ではなく、一本だけだ。
矢は弧を描いて竜の右翼に深く突き刺さり、そのまま爆発した。
ぐらり、と竜の身体がつんのめる。
轟音と共に土煙が夜の草原に立ち昇った。

ソラト「徹甲矢! 奴の翼を内部から爆発してやったわ!」

勇者「喜ぶのはまだ早いぜ。よく見てみろ、鱗がちょいと剥げただけだ」

シルバーゴールドドラゴン「グルオオオオ!!!」ドドッ

勇者「捨て身で突っ込んでくるぞ!」

ソラト「徹甲矢でも軽傷なの!? どんだけ鱗が硬いのよアイツ!」

皇帝「ここは余の出番じゃな」サッ

勇者「ソラトでさえ足止めできなかったんだぞ。手ぶらのお前に何ができる」

皇帝「武器は振るえぬがな……」フフッ

皇帝「古代魔法なら齧っておるぞ!」

皇帝「クトゥルガル・キュレビルッ!」

皇帝の前に魔法陣が形成され、そこから熱線と稲妻がほとばしった。
山一つ蒸発させるほどの極太な熱線である。
たちまち迫り来る竜の顔面を呑み込んだ。

勇者「すげぇ!」

ソラト「まだよ、竜の方が強いわ。まるで鮭が滝を登るように、熱線の中をかき分けて進んできてる……まずいわね」ゴクリ

皇帝「カザム・ヤムグルカル・ユククシャド!!」

突き出された五本の指から、黒い紐の如き物体が伸び、竜の四肢を貫く。
それでもまだ致命傷には至らない。
馬車と竜の距離は縮まるばかり。

ソラト「みんな飛び降りて! 馬車ごと食べられてしまうわ!」

勇者「馬鹿かお前、そんなことしたら身体がボッキボキのグッチャグチャになっちまう」

ソラト「じゃあどうすんのよ!」

勇者「俺が殺る。この破邪の聖剣でな」

勇者「ハゲ、脚の筋肉を異常に発達させる補助魔法とかないか」

ハゲ「ありますが……目的はなんぞや?」

勇者「竜にとりつくのさ、ダニみてぇにな。んで、脳天に破邪の聖剣をブッ刺す」












助走をつけ、勇者は血に飢えた竜めがけて大きく跳躍した。
足下を幾つもの火球が掠めていく。
おそらく、皇帝が後方援助のつもりで放ったものだろう。
不意に竜が首をもたげ、銀色と金色の業火を連続して放射した。
輝く聖剣を振り上げ、眼前に広がる二つの炎を軽々と斬り裂く。
その時、勇者の全身を強烈な痺れが襲った。
聖剣も何故か凍りついている。

皇帝「気をつけるのじゃ! 金色の炎は麻痺属性、銀色の炎には凍結属性がついておる! 聖剣で斬ったとて、属性まで無効化するのは無理じゃ!」

勇者「馬鹿な……ぶほッ!」

勇者は竜の腕に掴まれ、恐ろしいスピードで馬車へと投げ返された。
ハゲが勇者を受け止めんとバリアを張ろうとするが、間に合わない。
派手な音を立てて馬車の中に墜落した。
敗者と入れ替わりに跳躍する影がある。
その手には勇者と同じ型の聖剣。
誰かなど、一目で分かる。

皇帝「あれは女騎士!? 傷の癒えていない汝に、ドラゴンの相手が務まるとは到底思えぬ! 帰ってこい!」

ソラト「もう跳んじゃったのは仕方ないわ。こっちもできるだけ援助するのよ!」

女騎士「ハアッ!」

勇者同様、金銀の炎を斬り抜ける。
不思議と、痺れもせねば凍りもしない。
逆に彼女の身体が、ほんのりと淡く光を帯び始めている。
竜が咆哮と共に鞭の如くしなる尾で、女騎士を遥か天上へとかち上げた。
それでも彼女は冷静沈着な表情で、下から飛んでくる金と銀の火球を斬り捌く。
天と地も、もはや判別できぬ。
ただ分かっていることは、自分が頭から落ちている方向に斃すべき敵がいることのみ。
剣を構えて静かに目を閉じる。
わたくしは、剣だ。
勇者様を護る、希望の剣。
この一手に、全てを懸ける!





「あなたなら、きっとできます! ファイト!」





刮目一閃。
竜の身体は頭から尾の先まで、真っ二つに切断されていた。
勝利の血潮を身に浴び、女騎士は地面に強く叩きつけられた。
馬車が近づく音を耳にしながら、安堵のため息をつく。
自分は、勇者を護るという務めをこの闘いにおいて果たしたのだ。
最悪の結末にならず、本当に良かった。
彼女の意識は暗転した。

ーーーーーーーー

時計の針が規則正しく時を刻む。
嵐の前の静けさとはまさにこのこと。
まるで、惰眠を貪る主人を叩き起こすため喉の調子を確かめているかのようだ。
彼が高らかに叫べば、そのやかましさに臆病な主人ならきっと飛び上がるはず。
少し悪戯心を含んだ表情で、時計は棚からベッドを見下ろしていた。
蝋燭は灯されておらず、部屋は薄暗い。
ベッドの上にある羽毛布団がもこもこ動く。

少女「ううぅん……」

金色の髪をぐしゃぐしゃとかきむしり、しきりに寝返りを打っている。
幼さの残る顔を苦悶に歪ませ、助けを求めるかの如く青白い手を宙に伸ばす。
うなされているのか。
ならば、なおさら早く起こさねばならぬ。
今日は彼女にとって特別な日なのだ。
産まれた頃から幾星霜、休むことなく朝の到来を告げてきた。
最近は仕事の単調さに飽きたせいか、少し声が嗄れている。
だが、一気に初心へ引き戻された。

時計「ジリッ(失敗はできぬ)」

遂にやってきた、今日は彼女の就職試験。
僧侶になるための重要なテストだ。
数年前、主人と同年代の少女が魔導師の就職試験を受け、いきなり導師になったという。
自分の主人に魔導師と同程度の才能があるとは思えないが、神聖帝国の官職に就けるのは名誉なことだ。
是非とも全力を尽くしてもらいたい。
そして、そのために自分がいる。
早起きは三文の徳とも言うではないか。
長針が指定の時間へ近づく。
クラウチングスタート、用意はいいか?

時計「ジッ(いくぜ!)」

長針が6の数字に重なった。
全身が震える。
行ってこい、我が主人よ。
俺にできるのはここまでだ。

時計「ジリリリリリリリリリ!!」

少女「うるさいッですッ!」ガンッ

時計「ちーん」

少女「むにゃむにゃ」

導師でなくて導師長でした
ミスですm(_ _)m

少女「今ッ! 何時ですかッ!?」ガバッ

時計をはたき落とした数分後、少女はハッと目を覚まし、毛布を跳ね除け飛び起きた。
部屋のドアを開け、一階へ繋がる階段を勢い良く下りていく。
ダイニングルームにはベーコンの焼ける、芳しい匂いが立ち込めていた。
台所に向かっている女性は少女の母か。
娘の慌てた様子を見ると、くすくす笑って髪をとかすように指示した。
夜中、何度も打った寝返りが仇となり、彼女の髪はまさにモズの巣と言っても頷ける。
頬を赤らめた少女は洗面所に引っ込み、近くにあった櫛を掴んで丁寧にとかした。
なかなか整わない。

少女「か、髪の毛がゴワゴワですッ」

少女の母「牛の乳でもつけて直しなさい。身なりの汚い人は僧侶になれませんよ」

少女はなんとか普段のボブヘアに整えると、ベーコンを数枚口にして外へ飛び出した。
帝都の中央に居座る巨大な純白の尖塔。
塔のてっぺんには小部屋があり、試験開始の時刻になるとそこから鐘の音がする。
道行く人を上手く避けながら、少女は城を目指し一目散に駆けていった。

少女「よ、ようやく間に合った、みたいですッ」ゼェゼェ

門をくぐっても油断はできぬ。
戦士科、剣士科、僧侶科、魔導師科、弓箭兵科などと受ける科目で会場が違うのだ。
夢中で家を飛び出したので、どこが僧侶科の会場か分からない。
少女はとりあえず僧侶志望の様な顔つきの人を探したが、ほとんどが戦士あるいは弓箭兵に流れている。
そう右往左往している内に、誰かにぶつかってしまった。

少女「いたた……」

少年「大丈夫ですか?」スッ

少女「あ……こちらこそすみません。急にぶつかってしまって」

少年「いいんですよ、早く行きましょう。受験する科目は何ですか?」

少女「そ、僧侶ですッ」

少年「魔導師科と僧侶科の受験会場は同じ棟なんですよ。良かったら一緒に行きませんか? 俺、道を知ってますし」

少女「え? ああ、そうなんですか? ……良かった! 僧侶科の受験会場が分からなくて、人に尋ねようにもみんな戦士とか剣士の方へ流れていて……」

まさに天佑である。
少女には、救いの手を差し伸べてくれた少年が光り輝く菩薩の様に見えた。
のんびりとした言葉の訛りからして、彼はおそらく神聖帝国人ではないだろう。
それでも同じ境遇にあるせいか、不思議と不安は感じなかった。
前を歩く少年の背中が頼もしく見えた。

少女「あの……初対面で立ち入ったことをお聞きするのですけれども」オズオズ

少年「はい」ニコ

少女「あなたはどうして……魔導師を志望したのですか?」

少年「ふむ……」

少女「いやッあのッ別に他意はなくてッ単なる興味といいますか、知的好奇心といいましゅか……」

少年「姉に追いつくためですよ」

少女「え?」

少年「俺には姉がいましてね。頭の出来が大層良くて、家族をほっぽりにして魔導師長になっちまったんですよ。ははは」

少年「三年前に一度会ったんですけど、それきりで。姉に再び会うには魔導師になるしかない。隊商の手伝いやら何やら必死で働いて、参考書代と帝都までの往復・滞在代を工面して」

少年「俺は遊牧民出身なんですけど、ほとんど読み書きしない生活を送ってるんですよ。だから、分厚い参考書を理解する時なんざ、血反吐を吐く思いでした」フフッ

少女「そ、そうなんですか……」

少女(世の中にはこういう人もいるんだ。自動的に金が出てくる中で勉強できる私は、本当に恵まれてる)

少女(私より不幸な人なんかいないと思った時もあったけど、そんなんじゃない。この人の苦労や背負うべきものは……次元が違う)

少年「ほら、もう着きましたよ。右手が僧侶科、左手が魔導師科です」

少女「ありがとうございます! 受けたご恩は一生忘れません!」ペコリ

少年「大袈裟ですよ。お互い、頑張りましょう! 健闘を祈ります!」グッ

少女「はい!」

こうして少女と少年は、それぞれの試験会場へ歩を進めていった。
持てる自分の力を信じ、前を見据えて。
偉大なる天の采配により二人はその後、予想だに
せぬ再会を果たすことになる。

誤・ほっぽりにして
正・ほっぽり出して

間違えましたm(_ _)m

揺れる馬車の中で、女騎士は目覚めた。
皇帝とその妃は両方とも腕を組み、ゆっくり船を漕いでいる。
勇者も隣で気絶したまま動かない。
身を起こすと、額がずきりと痛んだ。
ふらつきながら手探りで自分の得物を手に取り、鏡代わりに照らしてみる。
応急処置として包帯が巻かれているものの、血が染みて見るからに痛ましい。
屋根の上に出ると、肥満児と坊主の声が風に紛れて聞こえてきた。

ハゲ「デェブ殿、ビャンビャン山が近づいてきましたぞ。ここから迂回してエルフの里に参りましょう。そう遠くはなかったはず」

デェブ「やっとか〜もうお腹ペコペコだ。それに疲労も限界。腕に乳酸が溜まり過ぎて、そろそろ滴り落ちてもいい頃だよ」

ハゲ「はて? 乳酸が滴るとは……?」

デェブ「もう疲れきってるってこと。旅に出てからロクな目に遭ってない。早く家に帰りたいな。そんで、パスタやら唐揚げやら美味の極致を心ゆくまで堪能するんだ」

ハゲ「拙僧も疲れておりますぞ。しかし、勇者殿のことを想えばこそ、力が湧いてくるものです」

デェブ「あんだって? 勇者を想うゥ?」

ハゲ「彼はあのなよなよしい双肩に、魔王討伐という計り知れない重荷を背負っている。優しく後ろから支えてやるのが、拙僧らの役目ではありますまいか」

デェブ「魔王討伐とか勝手にやれよ。ハゲも皇帝と逢ってから喋り方がまたおかしくなってるし、潮時なんじゃないかな」

デェブ「カディズがこの旅の終点というのはどうかね。面倒になってきたんだけど」

ハゲ「何をおっしゃる、女騎士殿もおられるではありませんか」

デェブ「あ〜女騎士ね。いたね、そんなの」

ハゲ「先ほどの剣技、凄まじかったですなぁ。山の如き巨竜を一刀両断。真の勇者と呼んでも不思議ではないですぞ」

デェブ「どうして女騎士は竜のブレスを斬っても大丈夫だったのだろ。普通なら、勇者みたいに痺れちまうよな?」

ハゲ「その点は拙僧も奇妙に思えてなりません。女神の加護でも付いていたのかも」

デェブ「女神の加護ねぇ。ますます勇者様な感じだな。もうそいつ勇者でいいや」

ハゲ「それでは、現在いる勇者殿はいったい。もしや、ま……!」ハッ

デェブ「育毛を司る神! ……わはは、なんてな。腹が減るとつまらん冗談も面白く聞こえるから困るぜ」

女騎士「……」

女騎士「おそらく、ハゲ様の考えていることはわたくしと同じだろう」

女騎士「わたくしが本当に正統の血筋なのだとしたら、勇者様は魔王の子孫。討たねばならない対象だ」

女騎士「殺るべきか?」

女騎士「……やめておこう。まずは陛下と相談せねば。確たる証拠がない今、勇者様に手を出すのはまずい」

女騎士「わたくしは一応、勇者様の護衛でもあるのだから」

女騎士は夜空を仰いで呟くと、半壊した馬車の中に戻り横になった。
魔王と共に、魔王を殺す旅に出る。
もしそんな状況があるとしたら、勇者はどんな行動をとるのだろう。
月は蒼白く、冴え冴えと輝いている。

〜エルフの里〜

白樺の樹林を抜けると、ビャンビャン山の麓とは思えない、東洋的な光景が現れた。
漆塗りの巨大な鳥居が、腐った卵のような臭いと共に勇者一行を出迎える。
もうもうと暁の空に白い煙を吐き出しているのは、浅葱色の温泉だ。
どうやら悪臭の源もここらしい。
片方の手で鼻をつまみながら、肥満児は馬の手綱を握り直した。
カディズに行くには今日だけエルフの里に位置しなければならない。
全身に悪臭が染み付きそうで、あまり長居はしたくなかった。
馬も同様に苦しんでいる。

勇者の馬「ブルルッ! ブギョッ!?」

ハゲの馬「グルアアア! アギャガギャ!」

デェブ「落ち着け、落ち着けったら!」

勇者の馬「パポ!? パピプペポ!?」

ハゲの馬「ゴアアアアリャリャリャリャリャリャア!?」チュド-ン

デェブ「グハァ! 馬のよだれが……!」

ハゲ「くっさいですなぁ」

デェブ「ああ、くさいとも。見ての通り、馬が狂っちまうほどにね」

ハゲ「観光地である故か、旅の宿が溢れんばかりにありますな。デェブ殿ならばどの宿に泊まります?」

デェブ「もうどこでもいいよ。パンと寝床と熱々の湯さえあれば。それより勇者と愉快な仲間達を起こしてくれ。御者を代わってもらう。これは揺るがぬ決定事項だ」

ハゲ「ふむ、ちとお待ちなさい」

長身の坊主が後ろに下がった後、デェブは半ば閉じきった目で前方を眺めた。
『温泉まんじゅう』と荒々しく書き殴られた看板の前に、フード姿の者が数人たむろしている。
デェブの脳裏に魔物の巣で遭遇した間抜けな森番の姿が思い浮かび、ついブヒッと潰れた笑い声をあげてしまう。

フードA「クソッ! ここも閉まっていたか!」ガンッ

フードB「ダメだダメだ、時間が悪かったのだ。人の多い昼に行動せねば、やはり事は上手く運ばん」

フードC「そうじゃ。わしもそう思う」

フードA「バカなことを言うな! 真昼間なんぞに出ていけば、きっとオレ達は駆逐される。エルフの糞野郎共にな」

フードB「行きたくない気持ちは分かる。しかしな、ジャラール。店は今準備中だ。昼の間しか、この温泉まんじゅう店は開店しないのだよ」

フードC「そうじゃそうじゃ」

フードA「くそったれ……! エルフの技術なぞに頼るのも屈辱だってのに、この仕打ちときた……絶対に許さねぇ!」シュン

フードB「待てジャラール! 妹が病気で苦しんでいるなら、それを治すのが先決だ! 待て!」シュン

フードC「そうじゃそうじゃ」シュン

デェブ「……消えやがった。何だよ今の」

デェブ「もうこれ以上、面倒事に巻き込まれるのは御免だぜ」ハァ

乙でした

エルフの里から北に歩いて三日、ビャンビャン山の中腹にダークエルフの集落はあった。
もともと麓には彼らが住んでいたのだが、突如西方から攻めてきたハイエルフの集団によって、北へ追いやられてしまったのだ。
ビャンビャン山の中腹は峻険な岩山が聳え立ち、冷たい風が終始吹きすさぶ。
畑を耕そうにも柔らかい土や、肥やしとなる動物の糞すらない。
仕方なく領土境界線上にある森で、細々と狩りをしている状況なのである。
フード姿の三人組は、岩山をくり抜いて作った洞窟の前に立っていた。

フードA「瞬間移動も楽じゃねぇ」バサッ

一人がフードを脱ぐ。
それはまんじゅう屋の看板を殴りつけていた、血気盛んなエルフだった。
絹の如く滑らかな白銀色の髪が、彼の鬱血した顔面の上をさらさらと流れる。
いや、鬱血しているのではない。
ダークエルフ族は他種と異なり、血液に闇の魔素が流れているため肌の色が紫色なのだ。
『ドブエルフ』と忌み嫌われる所以だ。
残りの二人も次々にフードを脱ぐ。

ジャラール「……いつになったら、オレ達は自分の土地を取り返せるんだろう」

親父「我らダークエルフは闘争に負けた。土地を奪還するのは夢のまた夢。考えるだけ悲しくなるぞ、息子よ」

祖父「そうじゃ、わしもそう思う」

ジャラール「何でだよ! 西から来た意味の分からん野郎共に、先祖代々守ってきたビャンビャン山を盗られて良いってのか!?」

ジャラール「今こそ決起すべきだ!」

親父「……ダークエルフも随分と数が減った。今では我々ファルトゥミシュ家の者しか残っていない。最新鋭の武器を操るハイエルフにどう対抗しろというのだ」

祖父「そうじゃのう、無理じゃて」

ジャラール「最新鋭!? ふざけんな、どうせボウガンとかそこいらだろう。弓矢に毛の生えた武器なぞ、ちっとも怖くないぜ!」

祖父「歩兵でもマシンガンを装備しておる。騎兵に至っては対戦車ロケット弾じゃ。破壊力が桁違いなのじゃよ」

ジャラール「なんだよ、なんなんだよ! 爺ちゃんも親父も、昔は数多の戦場を駆け巡っていたのだろ? 弱音とか吐くなよ!」

親父「弱音ではない、賢く生きろと言っているのだ」

ジャラール「あ、あんだって!」

妹「お兄ちゃん」

ジャラール「妹ではないか! 病気なのに、外を出歩いちゃいけないよ!」

妹「今日は気分がいいの。一緒にピクニックしましょ」

ジャラール「ああ、もちろんだとも。でもお前に何かあったら俺は……」

親父「少しぐらい外出させてやれ。戻ったらまた寝たきり生活に入るのだからな」

祖父「そうじゃ。わしも付いてくがの」

親父「お父さんはこちらに」グイ

祖父「おひょ〜」

誤・カディズ
正・エディズ

度々申し訳ないm(_ _)m

ジャラール「そこ、デカい岩があるから足元に気をつけろよ」

妹「あ、うん。ありがとうお兄ちゃん」

夜のピクニックは初めてだ。
ダークエルフは人間よりもずっと夜目が利くが、身体の弱い妹のことだ。
思わぬ場所で転びかねない。
妹は大きめの麦わら帽子をかぶっていた。
純白のワンピースが夜闇に包まれた山道で、幽霊の様に薄ぼんやり浮かんでいる。
彼女の痩せ細った手を取ると、ジャラールは胸にズキンと鋭い痛みを感じた。
まだ生まれてから十年と経っていない純粋無垢な彼女が、どうして残酷な罰を受けなければならないのか。

ジャラール「お前の欲しがってた温泉まんじゅう、買ってこれなくてごめん。もう少しの辛抱だから、待っててな」

妹「うん、我慢する。だって、我慢したらした分だけおまんじゅうさんも美味しくなるでしょ?」

ジャラール「フッ、確かにそうだ」

妹「一緒におまんじゅうさん食べようね」

ジャラール「……ああ」

妹「お兄ちゃん大丈夫? 疲れてない?」

ジャラール「疲れるって、なにが?」

妹「毎日毎日、お兄ちゃんたらとっても怖い顔で帰ってくるんだもの。おじいちゃんも言ってたよ、わしらはギャクサツの準備をしとるんじゃって」

ジャラール「あのジジイ……なんつー言葉を孫に教えてんだ」

妹「ねぇ、ギャクサツってなぁに? お兄ちゃんと何か関係あることなの?」

妹「お兄ちゃん、怪我しちゃやだ……」ウルウル

ジャラール「心配するな、おじいちゃんは変なお話を読み過ぎてるだけさ」

ジャラール「オレは虐殺なんかしない。だから、もう泣くな」ギュ

妹「うん」グス

ジャラール「行こうぜ、この時間帯ならそろそろ朝日が顔を出す。瞬間移動で山頂まで連れていこうか?」

妹は俯いて首を横に振った。
彼女は大好きな兄と、少しでも長く一緒にいたいのかもしれない。
無言で応じた彼女の返事はジャラールを暗澹たる気持ちにさせた。
頭の中では、考えていたのだ。
憎きハイエルフ共を八つ裂きにすることを。
一刻も早く彼女の傍を離れたかった。
裏切りに気づかず、無邪気に微笑みながら不治の病と闘う妹を見るのが辛かった。
しかしそれは現実からの逃避であることを、彼は十分に悟っていた。

〜山頂〜

藍晶石の空にばら撒かれた星は、まるで宝石の様であった。
赤、青、緑、橙。
それらを全て集めて、妹に贈ることができたらどんなに素晴らしいだろうと、ジャラールは暫し妄想に耽った。
妹は不治の病を患っている。
傷口から微粒子並みに小さい魔物が侵入し、体内を食い荒らしていく類のものだ。
ハイエルフの作る温泉まんじゅうには抗体を生み出す成分が含まれているが、完治には程遠い。
病気の進行を遅らせるぐらいなのである。

ジャラール(それでも、まんじゅうを手に入れなくちゃならねぇんだ)

妹「見て見て! 太陽が昇ってくるよ」

穏やかな橙色の光が山肌を舐めるように照らし、静寂に凍結された世界を生ある物へと引き戻す。
太陽の息吹を浴びて、雲海がうねる。
天の宝石が雲の波間にかき消されてゆく。
笛や太鼓の音でも聞こえてきそうな程の、荘厳な景色であった。
隣に立つ妹が得意そうに胸を張る。

妹「お兄ちゃんと一緒に見たかったの」

ジャラール「オレと?」

妹「こうやって兄妹で朝日を眺めるなんて、いつもじゃあんまり無いことでしょ」

ジャラール「ああ、まぁそうだな」

妹「雲海の向こうに何があるのかな」

ジャラール「いつか、連れてってやるよ。それこそいつもお前が書いてる小説の『勇者』みたいに、空を飛んでね」

妹「ホント? 絶対に連れてってくれる?」

ジャラール「落ちたら怖いぞ。お兄ちゃんは揺れが激しいからな」

妹「わぁい、お兄ちゃん大好き!」

ジャラールは嘘を重ねたことを悔やんだ。
しかし、一方では本当に妹と空の彼方まで飛んでゆく姿を夢想する自分もいた。

ジャラール「オレが、お前の勇者になる」

妹「なら私は僧侶だね!」

命を賭してでも妹を救う。
無邪気に微笑む彼女を見ながら、若きダークエルフはそう心に誓った。

デェブ「おい! ちと待ってくれよ!こんなの絶対おかしいよ! 騙されてるよ僕達!」

ソラト「あ〜も〜朝からうるさいわね。折角親切なエルフが紹介して下さったんだから、文句言わないの」

デェブ「だからってな、こいつぁおかしいぜ! あまりに高級過ぎるのだぜ!」

早朝、宿を決められずに温泉街を彷徨っていた勇者一行は、親切なエルフの案内で高級そうな旅館に位置していた。
15畳の和室が二つに洋室ツイン。
これで無料なのだから恐ろしい。
ヤグラカル帝国の皇帝がいるからなのだろうか、それとも他に意図があるのか。
ともかく長旅で疲れている彼らは、すぐに客室へどかどか上がりこんだ。
とりあえず男子勢は15畳の和室A、残った和室Bと洋室を女子勢で使うことになった。

勇者「洋室はツインなのだろ? ベッドが足りてるなら、お前ら洋室だけで良いじゃん」

ソラト「はぁ? 見てみなさいよ。洋室と和室Aの間に襖がないじゃない! あたし達はどこで着替えればいいの?」

勇者「洋室でしょ。俺ら見てるけど」

ソラト「最ッ低、やっぱり和室Bはあたしが頂くわ。女騎士さん、さっさと荷物を置いちゃいましょう」

女騎士「皇妃様の命令とあらば」

皇帝「待て、和室Bを余に渡すのじゃ。これは勅命であるぞ」

ソラト「今さら皇帝の権利を発動しないで。あんたの影響力はゼロよ」

女騎士「陛下……!」

ソラト「あら、女騎士さん? 早くこちらにいらっしゃい。元皇帝の言いなりに決してなってはいけませんわ」

ソラト「加えて、あんたは女よ。好きでもない男に裸を見られて嬉しいの? 例えば、勇者や元皇帝とかがやりそうね」

勇者「待て待て、覗きは勿論するかもしれないがそれは一瞬だ。そう、最後の一葉が枝から離れて地に落つる時間。あれくらい微々たるものなのだよ」

ソラト「結局覗いてるじゃない」

皇帝「阿呆らしい、帝都を奪還しさえすれば余も皇帝の座へ舞い戻るのじゃぞ。女騎士よ、男子勢に和室Bを寄越すのじゃ」

女騎士「申し訳ございません。たとえ陛下の命令とあれど、他人の前に裸を晒すのは我慢なりませんので」スス

デェブ「あっ待ちたまえ!」バッ

女騎士「鳩尾スマッシュ」ドシュ

デェブ「んぐぇ、鳩尾は反則……」ドタ

デェブが畳に膝をついた瞬間、木製の扉をコンコンと叩く音が聞こえた。
返事をすると、浴衣姿のハイエルフが静々とした足取りで進み出た。
この旅館を紹介した女エルフである。
若葉色のポニーテールが特徴的だ。
彼女の一礼に、勇者一行も倣う。

ノワイユ「本日はノワイ湯にお越し下さり誠にありがとうござる〜。支配人を務めております、ノワイユでござる〜」

満面の笑顔でそんなことを言うものだから、勇者達は吹き出しそうになった。
旅館の名前もそのまんまである。
和風を意識するあまり、斜め上の方向へ迷走したのだろうか。
朝から続く奇妙な出来事の連続に、勇者は若干疲れていた。

ノワイユ「夕方頃に係りの者がお布団の方を敷きに来るでござる〜。何かありましたら、玄関にドアにある魔石を軽く握って頂ければ、すぐに駆けつけるでござる〜」

ノワイユ「大浴場は二階、食堂は一階にあるでござる〜。それではごゆっくり〜」

浴衣姿のエルフが部屋から出ていくと、地響きと共に肥満児が崩れ落ちた。
人心地ついた瞬間、一気に昨晩の疲労が押し寄せてきたのだ。
ハゲも座布団を枕にして横になっている。
鼾が占領する前に部屋を出ようと考えた勇者は、聖剣を片手に立ち上がった。

勇者「買い物に行ってくる。留守番頼むぞ」

ソラト「待ちなさい、あんただけじゃ変な物を買いそうで不安だわ。あたしもついてく」スック

女騎士「わたくしも勇者様の護衛ですので、お供させて頂きます」スック

勇者「ふむ、監視かな?」

ソラト「当たり前でしょ。あたしがいないと、あんた暴走するじゃない」

女騎士「護衛です。監視ではありません」

勇者「それぞれ、同伴する目的は違うんだな。良いぜ、ついでに魔王の情報も聞き込み調査してみよう」

ソラト「ふん、ご立派なことね。しっかり調査できるのかしら?」

勇者「んじゃ皇帝、留守番頼んだからな。デェブには適当な物を食わせておけ、あいつ空腹だと所構わず喚き散らすから」

皇帝「……よかろう」

しばらくして。
地響きの様な肥満児の鼾を背に、皇帝は三階の窓から勇者一行を見下ろした。
勇者と皇妃が何やら言い争っている。
しかし、とても楽しそうだ。
今の方が何倍も幸せそうに見える。
後宮にいた時は、何者も寄せつけぬ氷山の如き冷徹な気を放っていた。
常に無口で、陰気で、滅多に笑いもしない。
ソラトという人物は、死んでいた。
彼女を生き返らせたのが勇者だとしたら、自分はもう用済みなのかもしれぬ。
愛する者の幸せを守るためなら、身を引いてでも構わない。
それが、真の愛なのだろうか?
他の男と添い遂げる妻を見守ることが?
皇帝には分からない。

皇帝「余はソラトを愛している……」

呟いてみたものの、彼にはそれがまるで別人の声の様に聞こえた。

上空から俯瞰すれば一目瞭然なのだが、エルフの里には湯畑が広がっている。
地中より湧き出す湯の温度はおよそ100℃。
そのまま温泉施設に引いてしまっては大変なことになるので、木樋に流し適温まで冷ます必要がある。
年季の入った木樋を眺めながら、勇者は魔王討伐が済んだら、皆を集めここで流しそうめんでもしようかと考えた。
いつになくソラトがはしゃいでいる。
柵から身を乗り出し、満面の笑みの笑みでしきりに勇者の方を振り向きながら。

ソラト「圧巻だよね、この景色! 生まれてこのかた18年、こんなに長い樋なんて見たことないわ! 流しそうめんできそうね!」

勇者「奇遇だな、俺も同じ思いだ」

ソラト「魔王討伐が終わったら、みんなでしましょうよ。きっと美味しいわよ」

女騎士「皇妃様、それはなりません。この水には毒が含まれております。腐った卵の如き臭いが証拠です。さらに」

女騎士「水の流れが速すぎますし、終わりが滝になっております。結局熱湯を浴びるだけの、最悪の宴となるでしょう」

ソラト「女騎士さんにはロマンがないのね。それから、皇妃様って呼ぶのやめなさい」

女騎士「何故ですか」

ソラト「あたしは地位も何もかも捨てて、勇者についてきた。肥満児やハゲも同じよ。だから、過去の話を思い出させるような呼び方はしないで」

女騎士「帝都を奪還すれば陛下は皇帝の座に戻られます。その時、ソラト様も皇妃として後宮入りせねばなりません」

ソラト「あたしは皇妃じゃない」

女騎士「皇妃様には陛下を支え、元気な御子を産む仕事があります」

ソラト「もういい、黙って」

ソラト「聞き飽きたから、そういうの」

女騎士「お言葉ですが、あなた様の義務はまだ続いております。それを途中で放棄するのは、陛下ひいてはヤグラカル帝国を裏切ることになります。どう責任を取られるおつもりですか?」

ソラト「黙れって言ってるでしょ。分かんないの? 義務だの責任だの、どうして避暑地に来てまでそんなこと考えなきゃなんないのよ。もういい加減にして!」

女騎士「しかし」

ソラト「ほら勇者、いくわよ。聞き込み調査するんでしょ、ボサッとしてないで少しは動いたらどうなのよ」グイ

勇者「皇妃も大変なんだな。皇帝の横に座してるだけの存在と思ってたけど」

ソラト「あの女の発言は全部忘れて。あたしは弓師ソラト。それでは駄目かしら?」

勇者「俺はお前を皇妃だなんて、微塵も思っちゃいねぇよ」

ソラト「本当? 約束だからね?」

勇者「ああ勿論さ。大体、こんな小うるさいババアをどこの誰が娶るんだっブグォ」ドゴッ

ソラト「あんたにだけは絶対嫁ぎたくないわ」

奇遇の意味が間違っていました
お許しをm(_ _)m

簡易登場人物一覧

◆勇者パーティー
勇者…20歳。大陸南端の港市エディズから世直しをするため旅立った赤髪の青年。
デェブ…20歳。パンと女のことしか頭にない肥満児。純粋な肉弾戦なら最強。
ハゲ…30歳。都市国家ハゲーンの元権力者。常に飄々としている坊主。
ソラト…18歳。ヤグラカル帝国の皇妃。自由を求めるアーチャー。
皇帝…19歳。ヤグラカル帝国の皇帝。男のくせにかわいい。みずらが特徴。
女騎士…22歳。神聖帝国出身であり、勇者の護衛。勇者が佩くべき聖剣を所持している。

◆魔王軍
魔王…この世のどこかにいる魔王。
魔法使い…魔将軍。勇者を捜査中。ハープの波動で敵を屠る。
魔戦士…魔将軍。魔王すら敵わない強者。300年間、シェルギン=ラカンに封印されたまま。
レーテ…魔将軍。チーズが好きなコボルド。帝都ヒヴァラを陥落させる。

◆エルフの里編
ノワイユ…ハイエルフの長。和風を意識し過ぎたため、語尾がおかしい。
ジャラール…ダークエルフの長。妹のため、温泉まんじゅうを探す。
妹…ジャラールの妹。どんな医師でも治療不可能な不治の病を患っている。
親父…ジャラールの父。かつては接近戦で向かうところ敵なしだったという。
祖父…ジャラールの祖父。遠距離戦の神と畏れられた存在。

◆その他
少年…姉を追って魔導師を目指すトクズ族の少年。本名タトパル。
少女…僧侶志望の少女。
ヤグラカル…トクズ族の可汗。500年前、神聖帝国を滅ぼし、遊牧民国家を建てた。
トゥバ…謎多き伝説の勇者。

〜駄菓子店〜

老婆エルフ「寄ってらっしゃい見てらっしゃい、百年の歴史を誇る老舗だよ!」

ソラト「これってもしかして温泉まんじゅうじゃない? 買ってよ、ねぇ!」

老婆エルフ「試しに一個、どうだい」

ソラト「ありがとうございます! ……もきゅもきゅ。ん〜! あまぁ〜い!」

勇者「ほほぅ、小豆に甘さが凝縮している。
見事な職人技だ」

ソラト「買ってよ! 買いなさいよ! あとで半分分けてあげるから!」

勇者「調査はどうする」

ソラト「食べながらでもできるでしょ! 皇妃の命令よ、購入なさい!」

勇者「皇帝といいお前といい、自分の意見を押し通したい時はすぐ、権力を振りかざすんだな。似た者同士って奴か」

ソラト「あんなのと一緒にするな!」

勇者「あーはいはい、了解しました。女騎士、皇帝から貰った金貨あるか?」

女騎士「ありません。使い果たしました」

勇者「千枚近くあったろ? 」

女騎士「五百枚で必需品を購入したのですが、残りを魔将軍の買い物代に肩代わりしてしまいました」

勇者「うーん、お前は阿呆なのかな?」

女騎士「申し訳ございません、敵の顔を知らなかったもので。国家の柱である騎士たる者が、国民を支えずしてなんたるかと……」

勇者「それは立派な心がけだが、俺のパーティーで金銭を管理する以上、魔王討伐に関係のない出費は控えてほしいものだね」

女騎士「すみません」

勇者「今回の件は水に流すけど、もうお前も大人なんだからさ。これをしたらどうなるかとか予想して行動しような」

女騎士「すみません」

勇者「ま、いいだろう」

ソラト「随分と調子乗ってるわね、あんた」

彼らが揉めている間に、店内では別の争いが繰り広げられていた。
店主が皺だらけの額に青筋を浮かせ、フード姿の客に唾をぶちまけている。

老婆エルフ「あんだって!? お前さん、これ全部買い占めちまうのかい!?」

ジャラール「そうだ。店内にある温泉まんじゅう、煎餅、カステラ、その他菓子類を全て買い取らせてもらう」

ジャラール「看板には、個数制限など書かれていなかった。金ならある」

老婆エルフ「常識ってもんがあるだろう! お前さんのせいで、残りのお客さんが売り切れの憂き目を見ることになるんだよ!」

ジャラール「俺は妹を救わねばならん」

老婆エルフ「知らん! 帰れ!」

ジャラール「それが客に対する態度か」

老婆エルフ「お前さんこそ、礼儀知らず常識知らずの野蛮人だね! まるでドブエルフみたいだよ!」

ジャラール「ああ、そうさ」

老婆エルフ「は?」

ジャラール「俺はドブエルフだ。貴様らが忌み嫌っている、穢れた種族だ」

ジャラールは右手を老婆の顔にかざした。
手の中で闇の波動が渦巻く。
直撃すれば、死は免れない。

その時、彼の横顔に剣が突きつけられた。
静かな誰何と共に横を睨む。
赤髪の青年もまた刺す様な視線で返す。
言わずとも剣を鞘走らせた理由は明白だ。
ジャラールを退治するつもりなのだ。
ダークエルフは迷惑な存在、害獣だから。
紫色の肌は触れてはならぬ邪悪の証だから。

ジャラール「人間か」

エルフと別種である人間に、ジャラールは僅かながらも期待を抱いていた。
高度な技術と数を併せ持つ人間を味方につけることができれば、ハイエルフの殲滅など赤児の手を捻るくらい容易になる。
店内に入った時から、青年に声をかけようと決めていた。
まさか、剣で語り合うことになろうとは。

勇者「テメェが何者かは知らん。でもよ、真昼間にフード姿で駄菓子屋に乱入、挙げ句の果てにゃ黒魔法で脅しときた。これはどう考えてもテメェ」

勇者「悪だろ」ザッ

青年の剣が旋風を巻き起こし、首筋に迫る。
咄嗟に黒魔法でレイピアを生成したジャラールは、強撃を辛くも受け止める。
重さに腕が痺れ、思わず一歩後退した。
その拍子に頭を覆っていたフードが取れる。

勇者「顔色悪いな、テメェ……!」

青年が息を飲んで自分の顔を凝視した。
紫色の顔面を見るのは、初めてなのだろう。
ならば、自分の話が通じるかもしれない。
ジャラールがレイピアを消しかけた時、青年の横から猛烈な速度で肉薄する影があった。
闇色の刃と銀色の刃が噛み合う。
派手な金属音に店内が震える。
今度は甲冑に身を固めた金髪の女騎士だ。

女騎士「勇者様、惚けている暇はありません。この者はダークエルフ、魔王の眷属と一説には言われています」ガキィン

勇者「魔王の眷属だと!? ここで討たねば、エルフの里に甚大な被害が及ぶではないか!」

女騎士「その通りです。半殺しにして、魔王の居場所を吐かせるのも良いでしょう」

勇者「ほう、名案だな」

ソラト「弓を忘れてきちゃった」

勇者「なら寝てな! すぐ片付けてやんよ」

言語が違うため、話の内容はちんぷんかんぷんだが、青年の対応で理解できる。
女騎士との戦闘に、剣を構えた青年が参入してきたのだ。
左右から死が軌跡を描いて飛んでくる。
無駄な動きが少ないことから、敵は相当の手練れであろう。
無論、予想の範囲内ではあるが。
10合、20合と剣撃の応酬を重ねる内に、斬り合いは熾烈を極めた。
三人とも身体の至る所から血を流し、それでも膝をつくことはない。
ジャラールは瞬間移動で背後を取ろうとするが、もう一つの剣がそれを阻む。
逆に敵の聖剣が彼の首を刎ねんとすれば、エルフの俊敏さを以て舞うようにかわす。
人間は疲労と驚愕の入り混じった表情だ。
自分はどんな顔で闘っているのだろう。
彼にはまだ余裕があった。

女騎士(二本あるのに対応されている……これがダークエルフの力……!)クッ

勇者(なぜ女騎士が俺と同じ武器なのか謎だが、俺達が押されているのは確かだ)

勇者(奴の剣には余裕がある。おそらく本来の半分くらいの力しか出していない。黒魔法も使ってこないしな)ハァハァ

女騎士は後退してエルフから距離を取ると、聖剣を縦と横に振り抜いた。
剣光が刃となり、商品棚の商品棚を破壊し尽くしながらジャラールへ襲いかかる。
ダークエルフも胸の前で十字を切り、素早く呪文を唱えると細剣を斬り上げた。
細長い紫色の稲光が、女騎士へ無数に手を伸ばしてほとばしる。
必殺の上位黒魔法・Amethyst Lightning。
ダークエルフの精霊石であるアメジストから得た膨大な魔力で、一気に蹴りをつける。
身体に触れれば勿論、灰燼に帰すのみ。
紫電と白光の激突で生まれた衝撃波が、疲労困憊な戦士達を吹き飛ばす。
窓ガラスが悲鳴と共に砕け散る。
辺りに立ち込める硝煙の匂い。
ジャラールが顔を上げた時、真っ先に目に入ったのはマシンガンの銃口であった。

ノワイユ「はい、そこまででござる〜」

マシンガンを抱えているのは、若草色の髪をリボンでまとめたハイエルフだ。
こいつが、今のハイエルフの頭領か。
ダークエルフは討つべき存在、侵略者だと曲がった教育を受け続けてきたのだろう。
ジャラールは悔しそうに歯を噛み締め、憎悪の孕んだ目で睨みつけた。

ノワイユ「あらあら〜そんな目で見ちゃ怖いでごさる〜。現在、お主の命はそれがしが握っているのでござるよ〜? もっと大人しくできないのでござるか〜」フフフ

ソラト「あの……ノワイユさん? どうしてここに?」

ノワイユ「他のお客様から温泉街で騒ぎが起きていると、知らせがあったのでござる〜。予想通り、やはりファルトゥミシュ家のご子息でしたか〜」

勇者「ふぁ、ふぁる? あんだて?」

ソラト「ファルトゥミシュ家よ。どうやらダークエルフの一族みたいね」

ノワイユ「ご名答〜。ダークエルフの中で最も力を持つ一族でござる〜。昔から長男のジャラールッディーンはやんちゃでしてね〜。時々ちょっかい出してくるんでござるよ」

ジャラール「オデ! イモチョ! ビョキ!」

勇者「お、おお。いきなりどうした」

ノワイユ「申し訳ござらんが、何言ってるのか理解不能でござるねぇ〜」

最後の賭けである人語すら通用しなかった。
ジャラールは絶望的な気持ちだった。
これさえ覚えておけば人間との対話は問題ナシ、という単語帳で練習したのに。
筆者がダークエルフであるだけに、その内容はやはり薄かったらしい。
話が通じるなど、夢のまた夢だった。

ジャラール「おい、ノワイユとやら」

ノワイユ「ん〜? 下等種が何の用で〜?」

ジャラール「オレの言葉を通訳しろ」

ノワイユ「良いでござるよ」

勇者「おい、今そいつと会話していたみたいだが、何て言ってたんだ」

ノワイユ「殺してくれ、と。自分みたいな雑魚は生きてるだけ無駄だと」

勇者「ふむ、確かにそうだ。ダークエルフは魔王の眷属だもんな。やっちまえよ」

ノワイユ「はいでござる〜」ルンルン

登場人物一覧その1 >>54
勇者=魔王の末裔説の考察 >>104
登場人物一覧 その2 >>126


にありますm(_ _)m

ノワイユの瞳が怪しげに輝く。
これは、殺戮者の目だ。
ノワイユは確実に自分を殺す。
躊躇いもなく、豚を屠殺するかのように。
至近距離から大量の弾丸を撃ち込まれれば、動体視力と素早さに自信のある自分でも全弾回避できるか怪しい。
このまま終わっていいのか?
妹は、家族はどうなるんだ?
何としても、この場を切り抜ける。
妹を守るただ一人の勇者として。
ジャラールの脳裏にとある策が閃いた。

ジャラール「おい、ノワイユ。貴様は元を辿ればオレと同じエルフだろう。どこでそんな近代兵器を手に入れた」

ノワイユ「潔くないでござるね〜。助けを待っても無駄でござるよ? それがしのマシンガンと、人間様の卓越した剣技で一掃するでござる〜」

ジャラール「いいから教えろ!」

ノワイユ「仕方ないでござるね〜。マシンガンを製造する技術は、実は人間様が伝授して下さったのでござる」

ジャラール「人間……だとッ!?」ガ-ン

ノワイユ「細部にまで至る丁寧なご指導にそれがし、感謝感激したでござる。それ故、それがしの宿では人間様に限って無料でサービスさせて頂いてるでござるよ」

ジャラール「人間はいつから、貴様らと結託していたんだ」

ノワイユ「500年くらい前からでござるね〜。お主は生きてもまだ300年とちょいでござろう? 悪いけどそれがしは倍の長さ生きてるんでね。単なる同情引きで崩れるほど、脆い絆ではござらぬよ〜」

ジャラール「そうか……最初から勝負はついていたんだな……くそォ!」ダンッ

ジャラールは悔しさのあまり思わず地面を拳で叩いた、体を装った。
内心では本当に腸煮え繰り返る思いだったのかもしれないが、これは作戦である。
そのままノワイユと人間共に襲いかかっては、意味がない。
周囲の土が墳墓の如くこんもりと盛り上がり、忽ちジャラールを包み込んだ。
異変に気付いたノワイユがマシンガンを連射し、勇者は聖剣を槍投げよろしく投げつけ、女騎士は光刃を再び放った。
全て土の壁に阻まれ、おそらく地中を猛烈な速度で潜行中であろうダークエルフには届かなかった。

勇者「なんだ! あれ!?」

ノワイユ「上位黒魔法・土遁でござる。見事にしてやられたでござる」

ソラト「彼にとっては、地面を叩くきっかけさえ掴めれば良かったのね」

ノワイユ「よりによって人間様の話をしている時に……許せないでござる〜! 次会ったら問答無用で蜂の巣にしてやるでござるぅ〜!」プンプン

勇者「人間様? そんなこと話していたのかよ。まぁ過ぎたことは致し方ない。ノワイユは宿に戻ってな、支配人なんだろ? 俺達はまだ寄るところあるからさ」

ノワイユ「大浴場は二階にあるでござる。森と隣接していますので、くれぐれも柵を越えて飛び込んだりしないよう」ムス

勇者「ご忠告ありがとよ。さぁ、バアさん起こして魔王の居場所調査再開だ! 店を壊しちまったお詫びに、温泉まんじゅうでも買ってやるか。ソラトを担保に」

ソラト「嫌ですー! あたしもついてきますー! まんじゅうとかいりませんー!」

女騎士(魔王が魔王を捜す姿……見ていて滑稽ね。後で陛下にこのことを報告しよう)

乙でした

その後、勇者達は魔王に関する決定的な情報を得ることができなかった。
ハイエルフは何百年も前からこの地に移り住んできて、魔王の存在も知っているはず。
しかし、魔王の名を出すとハイエルフ族はなぜか皆、そそくさと立ち去ってしまう。
触れてはならぬ掟でもあるのだろうか。
温泉街を東へ西へ、三人で手分けして奔走したが、返ってくる反応は同じだったという。
すっかり意気消沈した様子で、勇者は力なく洋室のベッドへ身を投げた。

ソラト「こらー! 汚れた身体であたしのベッドに寝転ぶな!」ボカスカ

勇者「貴重な一日を無駄にした……」

ソラト「魔王の情報が掴めなかったこと? 馬鹿ね、元からこんな辺鄙な場所に期待なんかしてないわよ」

勇者「そういうお前も、俺以上に走り回ってたろ。頼むから汗だくの状態でこっち来るな、ああ臭い臭い」

ソラト「臭いですって……!」

ソラト「なすりつけてやるー!」ガバッ

勇者「っておい、やめ……! おげえぇぇ! 本当にやめろ! 斬るぞ!」

ソラト「あんた最近調子に乗ってるからね。ここらでお灸を据えとかないと!」

皇帝(ベッドの上で……勇者と余の妻が……いやらしくじゃれあっている! まるで発情期の獣のように!)グッ

皇帝(見ていられない)

女騎士「陛下」

皇帝「……なんじゃ?」

女騎士「どうぞこちらへ。ご報告したいことがあります」

女騎士は皇帝と一緒に見晴らしの良いバルコニーを訪れた。
最上階にあるので、温泉街を一望できる。
手すりに寄りかかりながら、皇帝は遠くを見る様な目つきで、温泉街を歩く浴衣姿の観光客を眺めていた。
二人きりで来たのには勿論、理由がある。
勇者が魔王の末裔であるか否か、これまでの戦いも考慮してもう一度語らうためだ。

女騎士「シルバーゴールドドラゴン戦で、勇者様は炎に付加された麻痺属性と凍結属性の影響を受けました」

皇帝「しかし、汝は影響を受けなかった。おまけに威力の高い徹甲矢でも破壊できなかった鱗を、聖剣にて一撃で斬り裂いた」

皇帝「ハゲから聞いた話では、そうなっておる。真ならば、聖剣の力を最大限に引き出せるのは汝……。つまり勇者に限りなく近い存在ということじゃ」

女騎士「勇者様の剣が偽物であると?」

皇帝「そうかもしれぬし、否かもしれぬ。竜を斬った時、どの様な状態じゃった?」

女騎士「そうですね。身体が焼けるように熱くて、勇者様を助けることしか考えていませんでした。それから、声が聞こえました」

皇帝「声? じゃと?」

女騎士「可愛らしい女の子の声援です。夢に出てきた女の子と同じ……」

皇帝「夢も見たのか? 詳しく教えてくれ」

???「ヴォイ、ちと待てよ。人っ子一人いない場所で、何をコソコソ話してるんだい」

皇帝「汝は!」ビクッ

>>132
いつもありがとうございますm(_ _)m

壁の陰から現れたのは、ビール腹を揺らした肥満児であった。
皇帝と女騎士の間に漂うただならぬ雰囲気を察知して、こっそり盗み聞きをしていたのだ。
勇者の持っている聖剣は偽物だとか、そうでないとか。
てっきり愛の告白かと警戒していたデェブは、思わぬ話題に拍子抜けした。
そして、今度は勇者のことについて興味が湧いたのだった。

デェブ「女騎士さんが皇帝のモノになっちまったら、僕の野望が崩れ去るからね」

皇帝「余が愛しているのはソラトだけじゃ。妙な誤解をするでない」

女騎士「わたくしも公私を混同するほど、愚かではありません」

デェブ「すまねぇすまねぇ、僕も気が逸ってたんだ。ところでさっきのは何の話だ」

皇帝「ヒヴァラを奪還した後についてじゃ。汝には関係なかろう」

デェブ「嘘をつけ、勇者がどうだとか言っていたぞ。僕の聴力を舐めるなよ」

肥満児の毅然とした面持ちに皇帝は、もはや隠しきれないと観念の目を閉じた。
結局、いつか明らかになることなのだ。

デェブ「勇者やソラトやハゲには言ってあるのか?」

皇帝「ハゲは余から伝えた。あとの二人には絶対に伝えてはならぬ」

デェブ「なんで?」

皇帝「勅命じゃ。言ってはならぬぞ」

ソラトと勇者本人には、その反応を恐れてまだ伝えていない。
魔王の末裔だと決めつけられて、嬉しい人間などいるはずないからだ。
愛する皇妃は自説を受け、どう思うのだろう。
あれほど楽しげに話していた勇者が討伐対象だと判明し、彼に弓を引くことができるのか。
それとも、魔王側に寝返って彼と共に歩むのか。

女騎士「ではわたくしからデェブ様にお話をします」サッ

女騎士「ついでに先ほど遭遇したダークエルフについても報告したいので。陛下もお聞きください」

皇帝「ふむ、なら好きにするとよい。余は湯の香りを優雅に楽しみながら汝の話を聞くとしよう」

彼は再び手すりに両肘を乗せて、観光客を数える作業に戻った。
どうして神は、自分を今の世に送り出したのか。
平和な場所の、平和な時代の、普通のつまらない皇帝でいたかった。
魔王と対峙するような、血肉躍る冒険は自分に似合わない。

女騎士「陛下、大丈夫ですか」

皇帝「う、うむ」

〜ビャンビャン山〜

女騎士が肥満児に事情を話している頃、エルフの里より土遁で逃走したジャラールは、洞窟のあるビャンビャン山に戻ってきた。
綿菓子の様な白い雲が、水色の空を悠々と流れてゆく。
近くの木を切り倒して作った物干し台に、妹の物と思しきワンピースやその他諸々の洋服が揺らいでいる。
洞窟に入ると、年老いた祖母が腰をさすりながら洗濯していた。

ジャラール「腰、痛いなら代わろうか?」

祖母「余計な心配せんでええ。孫が外で頑張ってるちゅうに、のんびり過ごしてるババアがどこにおるさね」

ジャラール「キツかったらいつでも言ってくれよ。夕方までここにいるからさ」

床から突き出した鍾乳石を利用して追いかけっこ中の末弟達を横目に、ジャラールは洞窟の最奥部へと進んだ。
ベッドが一つ置かれ、その上に寝巻き姿の少女が横臥している。
兄を認めると、明るい表情で身を起こした。

妹「お兄ちゃん」

ジャラール「妹よ……」

抱きつこうとした彼女は、すぐに口元に両手を当て、悲鳴を抑えた。
満身創痍の状態で兄が帰ってきたのだ。
まさか、ギャクサツの報復にあったのか。
妹の不安を吹き飛ばさんと、ジャラールはいつもより大きな声で笑った。

ジャラール「崖から転んじまったんだ。よくあることさ、薬をつけとけば治る」

妹「そうなのかな……。くれぐれも無理しちゃ駄目だよ。大事な人が傷だらけで帰ってくるの、あんまり見たくないから」

彼は妹の傍らにある単行本を手に取った。
どこで入手したのか、上質な羊皮紙が使われ、表紙には黄金の刺繍が施されている。
頬を赤らめて単行本を取り戻そうとする妹をかわし、数ページめくってみる。

『8月5日 晴れ』
今朝、お兄ちゃんと一緒にビャンビャン山のてっぺんまで真っ暗ピクニックをしました。まだ太陽さんが顔を出してないので、とても寒くてぶるぶる震えました。でもお兄ちゃんがいつか私を空の彼方まで連れてってやると言ってくれて、嬉しくてぽかぽかしました。

ジャラール「日記か? 三日坊主のお前でも珍しく続いているな」

妹「は、恥ずかしいよぉ」

ジャラール「お前が日々どう思って生活しているのか、気になってたからお兄ちゃん嬉しいぞ。へぇ〜なるほどなるほど」ペラペラ

妹「お兄ちゃんも日記つけなよ。私に渡してくれれば何か書いたげる」

ジャラール「フッ、よろしく頼みますよ。ダークエルフ随一の作家さん」

妹の頭を優しく撫でながら、こんな時間が永遠に続くことをジャラールは願った。
ふと、背後に気配を感じた。

親父「おい、ジャラール。もう帰ったのか。収穫はあったか?」

ジャラール「人間との協力は絶望的だ。奴ら、ハイエルフと遠い昔から手を組んでいやがった。それだけさ」

親父「ふむ……稽古をつけてやろうと思っていたが、その傷では難しいだろう」

ジャラール「いや、すぐ治る」

妹「お、お兄ちゃん……?」

ジャラール「お前はもう寝てろ。こっからは大人の話だ。親父、外に出よう」

ジャラール「ジジイはどうした?」

親父「ノームだのドワーフだの、知り合いがいる種族に協力を要請している。ウチの爺さん、ああ見えて顔が結構広いからな」

ジャラール「人間が敵に回った以上、エルフの里を潰すには相当の兵力が必要になる。他種族を総動員してハイエルフに対抗する一大勢力を作り上げるんだ。ジジイにはしっかり仕事をしてもらわねば」

親父「まぁそう焦るな。ビャンビャン山付近に住んでいる人間は指で数えるほど。その殆どが鍬や鋤しか持ったことのない水呑み百姓か、あるいはニートだ。北の帝都や南のエディズから援軍が来たら話は別だが、風の噂で帝都は魔族により陥落したと聞く」

ジャラール「そうだ! 親父、魔族の力を借りてはどうだ? ハイエルフの後ろに人間がいるなら、敵対する魔族をこちら側に引き寄せればいい!」

親父「我らダークエルフは古より、魔族にだけは頭を下げなかった。奴らは野蛮で知能が低いからだ。眼前に金をちらつかされれば、敵方へすぐに寝返る。知恵のある魔族なら我らに協力するのでなく、魔族繁栄のための足がかりとして利用するだろう」

ジャラール「……今さら手段は選べない」

親父「頑固な奴だ。魔族と協力するつもりなら、私を倒してからにしろ」

洞窟から外に出ると、親父は枯れ草色のローブを脱ぎ去った。
赤いふんどしを残し、全裸の状態である。
いや、重要なのはそこではない。
ジャラールは親父の剽悍な肉体に見とれた。
運動している姿を見ていないものだから、どうせ柳みたいな痩せぎすなのだろうと高を括っていたのだ。
創痍の縫い跡が痛ましい。
惚けている彼に、親父はぴしゃりと言った。

親父「稽古を始める。お前も脱げ」

ジャラールも親父に倣った。
瑞々しく生気に満ち満ちた肉体が、乾いた外気に晒される。
親父とは対照的に、彼のふんどしは青い。
妹が誕生日プレゼントとしてなけなしの貯金を削り、買ってきてくれた宝物だ。
縁起担ぎということで毎日履いている。
傷はまだ完治と言い難いが、稽古をする分には十分だろう。

親父「イイ肉体だ。流石は我が息子よ」

ジャラール「さぁ始めようぜ、親父。夕方まで打ち合い続けるが、体力はもつか?」

親父「お前の傷次第だな。肉体が使えなくなる一歩手前まで攻める。覚悟せよ」

どちらが号令するまでもなく、二人は瞬時に互いの得物を創造し、激突していた。
周りからだと、彼らの姿は凄まじい速さで点滅しているようにしか見えない。
瞬間移動で翔んでは打ち合い、翔んでは打ち合いの繰り返し。
ジャラールの細剣が相手の喉元へ迫る。
親父は彼の強撃を大剣にて軽々と弾く。
弾かれた勢いを利用してすぐさま右回転、脇腹を狙い刺突にかかる。
ジャラールのレイピアが貫いた時には、既に親父は背後へ回り大剣を振り下ろしている。
空中に飛び散る色鮮やかな火花。
まるで巨大な線香花火が、その場に出現したかのようだ。

ジャラール「親父め、攻撃が全然当たらねぇぞ。瞬間移動の間隔が早すぎるッ!」

親父「鍛錬が足らんな。その程度の技倆でハイエルフに勝てると思うか。私が本気を出せば、お前の首などとうに吹き飛んどる」

しかし、それをさせないのがシャラールの親父だ。
剣戟を重ねるにつれ、激しさはさらに増し、紫色の光が飛び散る。
彼はかつて、ダークエルフで最強の戦士と謳われた男であった。
どんな軍師の策略も力と速さで打ち破り、数々の部族を征圧してきた。
彼の姿が目に入った瞬間、その場にいた敵兵の首は全て胴から離れている。
悪魔と畏れられるのも無理はない。
親父の卓抜した剣技と祖父の遠距離魔法の存在で、ダークエルフは幾多の困難を乗り越えてきたのだ。
遂に、親父の大剣がジャラールのレイピアを叩き落とした。

親父「動きがまるでなっとらん。それに攻撃速度も遅い」

ジャラール「攻撃の、速さ……」

親父「一秒間に五十人を殺す。これができなければハイエルフとの戦いは厳しい」

ジャラール「一秒に五十人!? そんな無茶な!」

親父「私や祖父はそれ以上のことをやっていた。それでもハイエルフに負けたのだ」

親父「幸いエルフの里に駐屯しているハイエルフの兵士は見積もって3000。お前にもせめて1000は倒してもらいたい」

ジャラール「親父、ノワイユの野郎が一筋縄でいくとは思わねぇ。なるべく戦いを避けるやり方は……」

親父「馬鹿者ッ! ハイエルフを憎む気持ちが一番強い、お前が怖気づいてどうする」

親父「死ぬ気で鍛錬せよ。血反吐を吐くほどに剣を振るい、魔力を高め、万全の態勢で戦に臨むのだ」

ジャラール「クッ……」

ジャラールは拳で膝を殴った。
刻々と迫る戦争の雰囲気に気圧された自分が、恥ずかしかったのだ。

稽古を終えて洞窟の最奥部に戻ると、妹はすやすやと微かな寝息を立てていた。
手を伸ばし、そっと頬を撫でる。
その時、妹が微笑んだ気がした。
ジャラールは無言で頷くと踵を返し、颯爽と洞窟を出て行った。
今から自分が行うことに、ひょっとしたら親父は激怒するかもしれない。
しかし、これは妹を想ってのことだ。
我が家を戦火に包まれない様にするためだ。
誰にも邪魔はさせない。

親父「どこへ行く」

ジャラール「親父……」

親父「決意に満ちた表情をしているな。また何かしでかす気だろう」

ジャラール「オレは決めた。誰も傷つかず、ハイエルフを追放する方法に賭ける」

親父「お前は、ハイエルフを八つ裂きにしたくはないのか。腹を裂き、眼を抉り、首を斬って晒したくはないのか」

ジャラール「勿論さ。けどな、妹の寝顔を見て思い出したんだ。オレはこいつを守らなくちゃならない勇者なんだって」

ジャラール「戦争を起こしたら、いつ妹に飛び火してもおかしくない。ジジイや婆さんがいても、やっぱり不安は拭えない」

親父「講和は無理だぞ。奴らは我々を薄汚い下等種族と思い込んでいる。人間に至っては魔王の眷属とやらだ」

ジャラール「……仲直りなど、はなから考えてないさ。まぁ見てな」

ジャラールはそう呟くと、血の色に染まった太陽に向かい跳び去った。
その後ろ姿は、マントをはためかせた勇者のようにも、悪魔のようにも見えた。


~温泉旅館・ノワイ湯~

女騎士「ごちそうさまでした」

勇者「ふぅ~食った食った!」

デェブ「懐石料理とか言うんかね、この類は? あんま食べた気しなかったな」

ソラト「量より質よ。いつもパンばっか考えてるデェブさんには分からないでしょうけど」

デェブ「なんだと、君だって口を開けばいつも勇者のことばっかりではないか!」

ソラト「違うわよ! このボンクラがいつも変なことしてるから、あたしがなんとかしないとダメなの!」

勇者「おいおい、ちょっと待ってくれ。俺がいつ奇妙なことをした」

ソラト「しょっちゅうよ! バカ!」

三人がかしがましく舌戦を繰り広げる傍で、皇帝とハゲは語らい合っていた。
にごり酒の入った盃を傾けて、ハゲがうっとりと呟く。

ハゲ「上物ですな。大陸東部の国々から輸入しているのでしょうか」

皇帝「そうじゃろう。極東に住む民族は工芸品に関して、比類なき技術を擁する」

皇帝「社寺建築も大したものでな。シェルギン=ラカンはもはや一つの都市じゃ」

ハゲ「シェルギン=ラカンというと……大陸東端に位置するあの大伽藍ですかな?」

皇帝「その通り。汝らが討つべき魔将軍・戦士もそこに眠っているらしい」

ハゲ「眠っている? 封印されているのですか?」

皇帝「余が幼い頃、宮廷の歴史学者からそう学んだ」

皇帝「崖の上にそそり立つ大伽藍。その中に、ポツンと銅像が立っている」

皇帝「永久に時を凍結された、哀れな大剣使いじゃ。なぜ戦士が封印されたのか、誰が封印したのか」

ハゲ「……それは未だ闇に包まれたまま」

皇帝「うむ」コク

ハゲ「戦士は魔族だったのでしょう? 他の魔将軍は銅像にはなっていないのですか?」

皇帝「勇者や会った魔法使いや、女騎士が戦ったコボルド。話が本当なら確実に魔将軍じゃ」

ハゲ「……なぜ、戦士だけ封印されたのでしょうね」

>>140

誤・勇者や会った魔法使いや
正・勇者が会った魔法使いや

規則的に寄せては返す、小さな波。
白い湯気が辺りを包み、黒い山の端に沈む夕陽を背景にもくもくと立ち昇ってゆく。
浴槽の底まで見えるほど透き通った水は、木樋に流れていた浅葱色の湯とは違うものの、すぐ近くの間欠泉から引いている。
もちろん、湯の温度は非常に熱い。
数分浸かっただけで、身体全体が桃色に染まってしまうほどだ。
しかし、多大な魅力を孕む温泉という言葉に引き寄せられ、暖簾をくぐる者達がいた。
真っ先に浴場へ現れたのは、一糸纏わぬ姿の肥満児である。
肩に巨大なメイスをかつぎ、両眼を爛々と輝かせながら喚きちらす。

デェブ「ヴォイ! やべぇなここ、完全に森の中じゃないか! 入浴のついでに森林浴もしろってか? 素敵なんだかどうだか理解に苦しむぜ!」

ハゲ「デェブ殿、武器を持ったまま入浴してはいけませんぞ。こちらにロッカーがあるので、まとめておきましょう」

デェブ「ヴェッ!? ぐうぅ、一番乗りできそうだったのにぃ〜」

勇者「さてと、肥満児がもたついている間に風呂場へレッツゴーしますかねぇ」ガラ

皇帝「綺麗な夕陽じゃな」

勇者「ふおぉ……」

髪を背に流した美男子が勇者の隣に立つ。
お前の方が綺麗だよ、と勇者は思わず口説きそうになった。
ここが男湯であることを思い出し、小さく咳払いしてから口を開く。

勇者「あの太陽を掴んで、湯の中に溶かして、夕焼け色の温泉を作り出すことができたら、どんなに素晴らしいだろうなぁ」

皇帝「浸かりすぎて、真っ黒に焦げないようにせんとな」フフッ

勇者「ははは、どこまで焼けるか挑戦だ」

勇者はざんぶと温泉に飛び込み、顔を出しては潜り、顔を出しては潜った。
皇帝も長髪をふり乱して、湯にダイブする。
この旅館において人間のみ与えられた特権を、二人は最大限に謳歌した。
全裸のハゲと肥満児が来た。
武器の整理に時間がかかったようである。

デェブ「もう僕は入浴だけじゃ満足せんぞ」

皇帝「ふむ、他に何をしたいのかね?」

デェブ「決まってるだろ、覗くんだよ! 隣接している女風呂をな! ぎゃあぎゃあ喧しいソラトが果たしてどんな身体をしているか、いっちょ観察と洒落込もうぜ!」

ハゲ「確かに女風呂と此方を阻むは、竹でできた透垣のみ。覗くには申し分ない環境だ。しかし……」チラ
 
皇帝「ならんならん! 我が妻の裸体を他の男に見せるわけにはいかん!」フルフル

勇者「いやいや、皇帝さんよ。仲間の裸体を見て何が悪いってんだ? 逆に隠す方が、まるで疚しいことがあるみたいで嫌なんだけどなぁ」

デェブ「そうだね、誠実ではない」

皇帝「疚しいとか誠実だとか、それ以前の問題じゃ! 汝は自分の妻が視姦されて嬉しいか! 違うじゃろ?」

勇者「俺は勇者だから、そんな小人みてぇなことしないっての!」

透垣の向こうで、扉の開く音がした。

きもちわる

バスタオルを身体に巻いた美女達は、漂う湯煙の中を裸足で歩いていった。
隣で男共の騒ぐ声が聞こえるが、気にしないことにした。
長い間、後宮に閉じ込められていたソラトにとって、温泉は未知の経験なのだ。
楽しまずして、なんとする。
桶で湯を掬い、肩から腹にゆっくりかける。
温かさと同時に、鋭い痛みを踝に感じた。

ソラト「なに……これ……」

彼女は愕然とした。
右の踝が青紫色に染まっている。
どうやら傷口から菌が入ったらしい。
しかし、いつこんな傷を作ったのだろう?
次から次へと去来する記憶を拾い上げ、丁寧に確かめてゆく。
思い当たる節があった。

ソラト「勇者に初めて会った時、マッチョに襲われて切り傷を作っていたんだっけ」

どうせ大した傷ではない、と洗いもせずにこれまで放置してきたのだ。
日頃の行いが祟ったとしか思えぬ。
しゃがんだままのソラトに、金髪碧眼の少女が無表情で尋ねた。

女騎士「皇妃様、いかがなされましたか。のぼせなさったのならば、宿まで運ばせて頂きますが」

ソラト「来たばかりなのにのぼせるわけないでしょ。さ、早くお湯に浸かるわよ。いつ馬鹿共が覗いてくるか、予測不可能だからね」

彼女は先ほどの激痛で入浴にやや躊躇していたが、意を決して再び足を湯につけると、今度は痛まなかった。
奥の方まで泳いでいき、石に頭を乗せる。
冷んやりとした感触が、ソラトの白く細いうなじを撫でた。
思わず、ほぅと溜息が出る。

ソラト「知らないって本当に恐ろしいことなのね。あたし、今までこんな気持ちいい水浴びしたことないわ」

女騎士「そうですか」

ソラト「草原にいた頃は、黄土色の川にサッと入るだけだったもの。毎日全身が泥臭くて泥臭くてしかたなかったわ。でも、お母さんはそれもトクズ族の修行だって言ってた」

女騎士「そうですか」

ソラト「ねね、あんたのお母さんってどんな人だったの?」

女騎士「わたくしの母上……」

あまりよく覚えていない。
修行に修行を重ねた日々。
記憶にあるのは罰を与えるための鞭のみ。
我々の先祖は偉大なる伝説の勇者様だから、その子孫が弱くてどうする、醜態を晒すな。
父からはいつも叱られてばかりいた。
母がどんな人だったのか、考えてもやはり朧げなままだ。

ーーーーーーーー

僧侶科の試験は無事に済んだ。
今日が、待ちに待った合格発表の日。
不安と期待の入り混じった複雑な気持ちで、神聖帝国の城へ向かう。
名前は忘れずに記していたか。
回復呪文のつづりは間違っていなかったか。
僧侶として最低限の基礎知識問題は、しっかり得点できたか。
もう過ぎたことだけれど、再び確認しておくに越したことはない。
先日少年に教えられた道を辿り、試験会場へ逸る気持ちを抑えながら赴く。
もう結果が貼り出されているようだ。
喜びに咽ぶ声、悲しみに嘆く声。
自分はどちらなのだろう。

少女「32571……32571……あった!」

燦然と輝く自分の受験番号。
少女の瞳が大きく見開かれた。
あった! あった! あった! あったぁ!
少女はその場で小躍りして、掴んだ幸福をしばらく噛み締めた。
この達成感と喜びを、一刻も早くお母さんとあの少年に伝えたい。
魔導師長の姉を追って、遥々遠くから受験しに来たトクズ族の少年に。
あの人、どこにいるんだろう。
必死に少年を探したが結局、彼を見つけることはできなかった。

「教皇様だ! 教皇様がいらっしゃった!」

厳かに鐘が鳴り響き、城の隣にある教会から一人の老人が粛々と出てきた。
黄金の三重冠をかぶり、十字架のついた杖を高々と掲げる。
割れる様な拍手と歓声が周囲で起こった。
教皇がゆっくりと歩を進めると、次に枢機卿が左右を固めるかの如く現れた。
神聖帝国において、教皇は皇帝をも凌ぐ絶対的な現人神だ。
尊顔を拝むだけで、寿命が何十年も延びると言われる。
それが、なぜここに。

教皇「受験番号32571……君だね?」

少女「ふぇ?」

教皇「君が、受験番号32571だね?」

少女「ひゃッひゃいッ!」

教皇「……ふむぅ、確かに賢そうな顔をしている。おめでとう、君は今回の試験をほぼ満点で通過した天才だ。是非、未来の枢機卿と握手願いたいのだが」

少女「ふぇ!? ま、まま満点だったんですかッ!? ど、どうぞよろしきゅ……」

緊張で震える彼女の手を、教皇は神の慈愛を以って優しく包み込んだ。
凝り固まった心が、時が経つごとにほぐされ、光の中へ溶けてゆく。
教皇は愛娘に向けるような眼差しで、滔々と少女へ語りかけた。

教皇「ちと、頼みたいことがあるのだよ」

少女「た、頼みたいこと……ですか?」

教皇「本来ならば寄宿舎に入って、神の教えや様々な作法を学んでもらうところだが……君の成績を見て確信した」

教皇「この成績ならば、きっと勇者の供をさせても十分だろう、とな」パチン

教皇が指を鳴らす。
少女の前に進み出たのは、自分を試験会場まで案内してくれた、あの少年だった。
双方、驚きのあまり声も出ない。

少年「……おめでとう、僧侶科にトップで合格したんだね」

少女「……あなたは」

少年「受かったよ。ギリギリだけどね」

少女「じゃ、じゃあどうして職業が勇者なんですか? 合格したならお姉様と同じ魔導師になれたはずですよ!?」

教皇「私が許さなかった。この男、タトパルには『主』の加護がある。勇者としての天性の素質がある」

少女「そんなの、分かりっこありません」

教皇「昨夜、枕元で『主』が仰られた。受験番号13131。この者が初代勇者となり、大陸西端の大国・ザセックスを滅亡せしめ、我が神聖帝国に巨大な富と繁栄をもたらすであろう……と!」

少女「う……」

教皇「昼食後に教皇庁へ来たまえ。初代勇者の叙任式を行う」

少女「勇者様はそれでいいんですか? せっかく勉強して試験に合格したのに、お姉様と会えないんですよ?」

少年「ああ、その点なら大丈夫だ。だって……」

魔法使い「ボクの弟はどこだい!? 勇者に任命された、ボクの片割れはどこに行ったのだい!? やっと二人きりで旅できるんだ、かくれんぼはもうよそうじゃないかぁ!」

少女「探してますねー」

少年「僧侶代表は君、魔導師代表は僕の姉さん。みんな教皇様のお計らいによるものさ」

少女「魔導師長が抜けて大丈夫なのでしょうか……ちょっと心配です。そもそも勇者なんて新しい職業を創設した理由が不明ですし……」

ステンドグラスを通して、柔らかな光が教会に差し込む。
神聖帝国の教皇庁は、尖塔アーチで有名なゴシック式の建築物であった。
全体的に尖ったシルエットで、時計塔の役割も同時に果たしている。
ここで初代勇者の叙任式が行われるのだ。
荘厳な雰囲気の中、祭壇に安置された剣を教皇は手にした。
水で清めながら祝福の言葉を小声で呟く。
『主』の加護を受けた破邪の聖剣は鞘に収められ、少年へ渡された。

教皇「神の御名において、汝を初代勇者に任ずる」

両手で慎重に受け取り、そのまま佩剣する。
柄を握りしめ鞘から引き抜くと、眩い光が建物全体を照らし出した。
神がその場に降臨したかの様にも見える。
再び剣を鞘に収め一礼すると、栄光ある初代勇者は凛とした表情で出口へ向かった。
僧侶に就いた少女は、教皇庁から出てきた初代勇者を真っ先に迎えた。

僧侶「勇者様! 勇者様! 私も僧侶になりました!」

初代勇者「その服装、なかなか似合うじゃない。さぁ、宴に参ろうか」

僧侶「えッ!? 昼食が終わったばかりなのに、また宴ですか~」

初代勇者「これも儀式の一環だからね。あと姉さんを連れてかないと」

僧侶「ところで、結局勇者様の任務は何だったのです?」

初代勇者「西端の大国・ザセックスを倒すためには、おそらく数に勝る魔族の協力が必要だ」

僧侶「まさか、魔族と軍事同盟を結ぶために勇者という職業を創設したのでは……」

初代勇者「そのまさかさ。でも魔族は温厚な種族と聞く。彼らの流儀に従えばきっと仲良くなれるはずだよ」

僧侶「そうですか……」

道の両脇を民衆に固められて、二人は宴会場へ進む。
彼らの期待が大きいほど、僧侶の緊張もますます増していった。
うつむいて歩いている彼女の背中に、誰かの手が添えられた。
まるで、彼女を後押ししているかの如く。

僧侶「勇者様」

初代勇者「顔を上げて、しっかり前を見るんだ。大丈夫、どんな時でも俺がそばにいるから」

僧侶「あ、ありがとうございましゅ……」


就任の宴を終えた後、初代勇者と僧侶は豪奢な宿に位置していた。
教皇に紹介された宿で、外国からの使者を泊める際にも使用する。
普段なら宿泊費は到底払えない値段だが、今回は正規軍ということで無料なのだ。
これから魔族に協力を要請し、ザセックス王国を征服する旅に出る。
初代勇者は遊牧民出身だ。
もちろん、ザセックス王国のことなどさっぱり分からない。
神聖帝国で数年間魔導師長を務めた姉に聞いてみる。

魔法使い「う~ん。ザセックスはね~厄介だよ。色々とね」

初代勇者「厄介というと、例えば具体的にどんな所が厄介なの?」

魔法使い「山とか沼とか周囲に障害物はないよ。ま、そこは置いといて」

魔法使い「ボクが嫌なのはね、ザセックスの精強な兵と戦わねばならんってことさ」

初代勇者「魔族を味方につけても攻略は難しいのか?」

魔法使い「あそこの海軍はバカ強いからね~。是非とも海戦は避けたいところ。でもね……」

初代勇者「でも? どうしたの?」

魔法使い「東から来る魔族軍にザセックスが気を取られている隙をつき、西からボクらが上陸して攻める」

魔法使い「あ、この作戦は理想だから。シュパイアー提督が生きている限り、苦戦は免れないだろう」

初代勇者「シュパイアー提督? 誰だいそれ」

魔法使い「相手側の戦神さ、特に海上のね。彼が指揮する艦隊は負け知らずなんだってさ」

初代勇者「少し会ってみたい気もするけど」

魔法使い「だめだめ、今のキミじゃ比較にならんよ。蟷螂とゴリラ、キミはどっちが強いと思うね?」

僧侶「そんなの、蟷螂に決まってるじゃないですか。ちっぽけな勇気が、いずれ覇者の驕慢を打ち砕くんです」

魔法使い「ふぅん……無謀だね、僧侶ちゃんは。そんなんじゃ、勇者様の付き添いは務まらないよ」

魔法使い「キミなんかで本当に大丈夫なの〜? ボクすっごく心配だな〜☆」

僧侶は身を硬くした。
試されているんだ。
雑談の体を装った、お姉様の面接。
さりげないけれど確かに感じる。
溺愛する弟に、どこの馬の骨とも知れぬ私が同伴すべきかどうか見極めているんだ。
二次試験があるなんて聞いてない。
でも、明確な答えを出さなくちゃ。
何かお姉様が満足するような言葉を。
相手の瞳を見据え、静かに口を開く。

僧侶「確かに私はまだ僧侶として未熟です。だから、この旅で成長したいと思ってます。勇者様のお荷物にならないよう、微力ながら精一杯お手伝いさせて頂きます」

魔法使い「お手伝いっても、キミは何ができるの? ボク達と一緒にシュパイアー提督や他の豪傑を斃す手段はある?」

僧侶「今はありません。幼少時、母から回復魔法を習っていたのでそれを極めていくつもりです。ど、どうでしょう?」

魔法使い「……ふーッ」

魔法使い「教皇も老いたな〜。経験も知識も不足してる嘴の黄色いヒナを、重要な国家任務に就かせるなんてね☆」

僧侶「え……」

初代勇者「待てよ、嘴の黄色いヒナなんて言い過ぎじゃないか? 俺も僧侶も、数年かけて一生懸命頑張ってきたんだ。姉さんの方こそ、もふもふな毛皮のソファーにふんぞり返って気楽な生活を送っているはず」

魔法使い「いやいや、キミ達の数年とボクの数年は密度が圧倒的に違うんだよ。魔導師長なんて聞こえは良いが、内情は間逆でね。朝から晩まで、窓の無い部屋で呪文を延々と読まされ続けるんだ☆」

魔法使い「どうやら国が映像授業? みたいなのを始めたらしくてね。ボクの授業を魔素に変換して、おっきい試験管みたいなグラスに貯めるの。全部溜まったら収録終わり。定時にそれが放送される。達成感はあるけどね、次から次へと仕事が来るんだ。きっついよ〜年中無休はさ〜☆」

僧侶「国の仕事って、そんなに厳しいんですか……」

魔法使い「そそ、だからボクは新人を勇者の従者に任命した教皇の気が知れんのだよ☆ あとねキミ、どうしてタトパルと帰ってくるかな? ボクはがっかりだよ」

僧侶「え? 何が……」

魔法使い「先回りして、部屋でタトパルとあんなことやこんなことしようと夢想してたのに。蓋を開けたらなんとまぁ、尼さん同伴とはね! お優しい勇者様は帰りを待つ姉の存在も忘れて、知らない女の子のお相手をしていたと見える! ぷんすか!」

勇者「ごめんよ、姉さんがあまりに血眼で探してたもんだから、近寄りにくかったんだ。宿屋に待機していたことも見当つかなかったし……な、僧侶?」

僧侶「え? え、ええ! 勇者様の仰る通りです! 嘘偽りはゼロです! 皆無です〜!」

魔法使い「もういい寝る! カンテラの火、きちんと消しといてね! 明日は東へ驀進するから早起きするんだよ!」

魔法使い「ぐがー! ぐがー!」

初代勇者「……俺達も寝ようか」

僧侶「そうですね」

ーーーーーーーー

ぴちょん、ぴちょん。
・に冷たい水滴が落ちてくるのを感じて、女騎士は目を覚ました。
周囲は真っ暗で、一寸先すら見えぬ。
先程まで入浴していたはずが、夢から覚めたら洞窟の中に放り込まれ、全身を縄できつく縛られている。
ロッカーに預けたせいで、聖剣すらない。
隣に倒れているのはきっと皇妃様だろう。

女騎士「ノワイユめ……謀ったな。道理でおかしいと思っていたんだ。人間だけ無料? そんな上手い話があるか。気づかずに陛下と皇妃様、そして勇者様をお通ししてしまったわたくしも愚かだが……」

縄抜けなら慣れている。
すぐに身体を拘束する物から逃れると、ソラトの縄解きに取りかかった。
微かな声で耳元に囁く。

女騎士「皇妃様、皇妃様。わたくしです、女騎士です」

ソラト「う、ううん……もう食べられない……勇者ぁ……」

女騎士「勇者様はここにいらっしゃいません。わたくしと皇妃様だけです。お目をお覚ましください」

ソラト「……ん?」パチ

ソラト「なにここ。あたしら温泉に入ってたはずよ。どうしてこんな汚らしい場所にいるのよ。説明して!」

女騎士「宿の主人に謀られました。おそらく勇者様や陛下も、別の場所で拘束されていると思われます。さぁ、行きましょう。ここにいても死を待つだけですから」

ソラト「あったりまえよ。ああ、寒い! バスタオル巻いてきて良かったわ! 裸で勇者に会うなんて、何と言われるか考えただけで鳥肌ものよ」

女騎士「ご興奮なさらないでください。敵の位置が不明な以上、大きな物音を立てて移動するのは上策ではありません」

ソラト「分かってますぅー!!!!」

ジャラール「何者だ!」ダダッ

ソラト「わわっ! なんか向こうの方から変な声が聞こえた! 何て言ってるのよ!?」

女騎士「わたくし達を探し回っているのでしょう。ここは一旦退却、逃げるが勝ち。ささ、奥へ奥へ」

ソラト「あ痛ッ」

右の踝がまたズキリと痛んだ。

ソラト「患部が……広がってる……」

今、あたしは喰われている。
得体の知れぬ病巣に、身体を蝕まれている。
こんなとこで終わりたくない。
死んだら……勇者に逢えなくなる。
もう、馬鹿な言動をからかうこともできなくなっちゃうんだ。
嫌だよ、そんなの。

女騎士「大丈夫ですか?」

ソラト「……うん。しっかりあたしに着いて来なさいよ? 遅れたら承知しないから!」

女騎士「了解致しました」

痛みを堪え、地面を蹴り上げる。

女子勢がダークエルフによって拉致された一方で、勇者達は未だ危難に気づかず呑気に入浴していた。
のぼせてきた勇者は、全身から湯気を立たせながら武器のあるロッカーへ向かった。
破邪の聖剣は自分が勇者であることの証だ。
可能性は低いが、盗まれていたら大変。
ロッカーの扉を開け、中を確認する。
勇者は瞠目した。

勇者「ヴォイ! お前ら! 俺の剣が真っ赤に光ってやがるぞ!」

デェブ「あんだって!? そ、そいつは本当なのか!?」ドタドタ

勇者「ああ! 見てみろ!」

デェブ「うわ、マジで光ってら……然らばどういう意味だい!?」

勇者「知らんぜ。俺もたった今、初めて目にした光景なんだ。だが、意味もなく光るわけがねぇ。赤く点滅するなんてな……」

ハゲ「おそらく、パーティーの誰かが命の危険に晒されている、またはそれに近い状態ではないかと思われまする」

皇帝「赤は警告を示す色でもあるからのう。それも差し迫った危機じゃ。予らはこうして普通に入浴していた。ならば、危機に晒されておるのは女風呂。妻と女騎士じゃな」

勇者「まさか、長く入浴し過ぎて脱水症状になってるのか!?」

ハゲ「分かりませぬが、一刻も早く助けに行かねばならない状況のようですな」

皇帝「皆の者、武器を持て! 今こそ汝らの武勇を示す時ぞ! さぁ、汝と共に女風呂へ乱入するのじゃあああ!」

デェブ「うぉらァ!」

肥満児がメイスを振るい、竹でできた透垣を粉砕した。
イケメン勇者、肥満児、長身痩躯の僧、美しき皇帝が全裸で女風呂へなだれ込む。
女風呂には誰もいない。

勇者「連れさられたのか!?」

ハゲ「そうとしか考えようがありますまい。どこへ拉致されたのか……」

デェブ「温泉街だ! あそこなら人も多いし、紛れてるかもしれないよ!」

勇者「名案だ、では早速参ろうぜ!」

勇者は女風呂のロッカーを開き、ソラトの短弓と女騎士の聖剣を手にした。
同じ形の聖剣が二本もある。
首を傾げたが、それも一瞬。
全裸の勇者パーティーは、失踪した仲間を探しに温泉街へ猛進していった。

>>152
汝と共にでなかった
余と共にでした
申し訳ないm(_ _)m

〜温泉街〜

少女エルフ「イヤーッ! 露出狂よ! 全裸の露出狂が街で暴れ回ってるわ!」

勇者「違う、違うんだ! 俺達は仲間を探していて、それでひょっとしたら温泉街にいるのではないかと……」

少女エルフ「イヤーッ!」ダダッ

勇者「ああ、逃げられてしまった……」

デェブ「無理もないよ。だって僕ら、こんな格好なのだからね」

ハゲ「一刻も早くソラト殿と女騎士殿を見つけねば、今度はこちらが不審者として成敗されてしまいますぞ」

勇者「ふぅむ……ならば仕方ない」

皇帝「どうする? 人を雇うか?」

勇者「それじゃ、間に合わねぇ。強行手段を取るぞ、テメェら」

勇者「旅行店、食堂、駄菓子屋、漆器店、もう種類は問わぬ。片っ端から全部侵入して、ソラトと女騎士を引っ張ってこい!」

デェブ・ハゲ・皇帝「応ッ!!」

ノワイユ「させないでござるよ」ジャキ

勇者にマシンガンの銃口を突きつけたのは、ハイエルフの長・ノワイユであった。
若草色の髪をリボンでまとめ、浴衣でなく物々しい鎖帷子を着込んでいる。
彼女の背後には、同じくマシンガンを構えた兵士が延々と続く。
ピリピリと肌が痛むのは、彼らの放つ静かな殺気がゆえか。
明らかなのは、勇者一行が芳しくない状況に置かれていることのみ。

勇者「よ、よぉ……ノワイユ。ダークエルフ戦以来だな。そんなに武装して、厳めしい部下を何人も連れてどうした?」

ノワイユ「ここらに変態がいると聞いたのでござるよ。相当腕の立つ、女神の加護を受けてる、偉大な偉大な変態でござる」

皇帝「そして、失われた物を取り戻しにゆく、勇敢な変態達じゃ」

ノワイユ「えっ」

ハゲ「ご心中お察ししますぞ。友人とも呼べる人間の代表が、全裸で温泉街を全力疾走する。確かに失望しても仕方がない。ですが、こちらは一大事なのです」

ハゲ「皇帝の奥方と騎士殿が謎の失踪を遂げた。今ここでノワイユ殿に足止めを食らっている間にも、刻一刻と彼らは死へ近づいている……かもしれないのです!」

勇者「見捨てるわけにゃいかねぇよ。大切な仲間を犬死にさせるのが、勇者のやることか? 否々! あり得ぬよ!」

ノワイユ「ですが全裸のままはちょっと」

勇者「ああ止めてくれるな、ハイエルフの長とやら。この全裸が気に入らぬとあれば、ソラトと女騎士を救った後、存分に処罰するといい。だが、だが今は! ……これも正義のため、仲間の命を絶やさぬため。立ち塞がる者は全て斬って捨てる!」

デェブ「そうだぞ! ヴォイ、耳長ござるババア。君に決意を固めた変態を蜂の巣にできるか。撃てるもんなら撃ってみろ! ケツ晒してやっからよ〜ッ!」

勇者「いや待て、それはやり過ぎだ」

変態の覚悟を聞いたノワイユは、いきなり拍手をして笑った。
怪訝な顔で勇者がその意を質す。
答えは単純明快であった。

ノワイユ「勇者様も気づいておられたでござるか。実は、それがしも皇妃失踪事件で武装して来たのでござるよ」

勇者「どういうわけだ? 何故テメェらが知っている? 俺達が風呂を出てからそう時間は経っていないはずだ」

ノワイユ「ビャンビャン山周辺に明るい地元民から、連絡があったのでござる」

ノワイユに連れられてきたのは、黒髪を茫々と伸ばした風采の上がらぬ男であった。
ギョロッと突き出た眼球は炯々とぎらつき、醜く曲がった鷲鼻も皮脂が溜まって、まるで形の悪い苺のようだ。
これが果たして人間なのか。
流石の勇者も気圧され、一歩退く。

ニート「外見で人を判断するな、豎子。本当に見たのだ。ビャンビャン山の中腹へ消えゆく黒影を。両脇に美女を抱えておった」

ノワイユ「ビャンビャン山中腹といえば……ダークエルフの巣があるでござるね」

勇者は歯噛みをして報告を聞いていた。
狡猾な魔王の犬めが、人間様を攫い今度は何をするつもりだ。
ダークエルフと人間の混血を生み出し、数を増やして里に攻め込む気か。
今この瞬間、彼の中でダークエルフの殲滅が最優先事項となった。

勇者「ブッ潰す! テメェら、俺について来やがれ! 火計をしかける! そんで奴らの屍でバーベキューしてやらァ!」

ハゲ「まぁまぁお待ちなされ。近くに巣があるとは言え、まだ確証は持てないではありませんか。それに敵兵の数、種類、布陣する場所さえおぼつきません。また、勇者殿も山岳戦に精通しているわけでなし。ここは少し様子を見てじっくり作戦を……」

勇者「やかましい! 無用な諫言はするな! ノワイユ、こちらの兵力はどれくらいだ。戦える程にはいるんだろうな?」

ノワイユ「エルフの里に駐屯している兵はおよそ3000でござる。敵方には勇者様もご存知、ジャラールッディーンがいるでござる。しかし、実際のところ彼は危険視せずともよろしい」

皇帝「ということは、他に手練れの戦士がいるのじゃな?」

ノワイユ「いかにも。一番警戒すべきは父親と祖父でござるね。かつて、近接と遠距離の神と畏れられた戦士。老いても実力は健在と思われる。彼らの本拠地は特定済み、まず勇者御一行様は500の兵を授けるから、偵察に行ってもらいたいでござる」

勇者「なんか少なくね」

ノワイユ「偵察任務であるゆえ、少人数であればあるほど良い。交戦時を想定してそのくらいの数に増やしたでござる」

皇帝「汝はどうする?」

ノワイユ「ここを守っているでござる。彼らの目的はエルフの里奪還。銃器兵部隊をズラリと並べておくでござるよ」

勇者「なるほど、よく分かった。ならば馬を用意しろ」

勇者の馬「バヒッ」

ハゲの馬「ヒヒンッ」

勇者「うむ、よく肥えているし毛並みも素晴らしい。よほど良い待遇だったと見える。硫黄の香りを嗅いでも発狂せんしな」

ハゲ「拙僧の馬も涎を垂らしませんぞ。ストレスがほとんど解消されています」

勇者「では諸君、出発とゆこうか」

勇者は馬の背にひらりと飛び乗ると、500の銃器兵を率いてエルフの里を出た。
肥満児と皇帝は馬が無かったので、徒歩での従軍となる。

デェブ「つぅかさ、どうして僕達は耳長ござるババアの命令を聞かねばならんの!? 皇帝さんよ、君の権威も相当に堕ちたみたいだね。ハイハイ従ってばかりじゃない」

皇帝「あの者は、余よりもここいらの地理に詳しい。賢い選択をしたまでじゃ」

デェブ「だいたい勇者も勇者だよ。あんなキモいニートを道案内に任じてさ。果たして大丈夫なのかな!? もぐもぐ!」

皇帝「人は外見では計れぬ。柘榴も見た目はグロテスクじゃが、味は中々のものではないか。デェブ、汝も同じぞ」

デェブ「……さりげなく酷いこと言ってない?」

皇帝「ただの喩えじゃ。気にするでない」

太陽は地に堕ち、月が宙天に躍り出た。
ダークエルフの拠点では松明が燃え盛り、入口の前に整列する軍隊を照らしていた。
全身毛むくじゃらで、背は低く、各々赤銅色に輝く鎧を着込み、大砲を肩に担いでいる。
隊列の中から一人、将軍と思しき巨躯の老人が進み出て挨拶した。

オルジェイトゥ「ドワーフ族の長・オルジェイトゥと申す。貴殿の祖父とは数百年来の仲。友の危難を傍観するわけにもゆかず、1000の砲撃兵を率いて急遽ここへ参った。久しく武器を振るっていなかったゆえ、我らに戦闘の場を与えて下さり感謝申し上げる」

ジャラール「いやいや、こちらこそ貴殿の助力に感謝感激雨あられ。地獄に仏とはまさにこのこと。立たせておくのも失礼ですので、早速酒席の用意を……」

オルジェイトゥ「その必要はござらん。ドワーフが欲する物、それはハイエルフの血と肉のみである。願わくば、我らを先鋒にして下さるとありがたい。必ずやノワイユの首を獲ってみせようぞ」

祖父「オルジェイトゥや、それは難しいのう。お主らドワーフは拠点に籠り迫り来る敵兵を粉砕するか、死角より敵の拠点に損害を与える戦法の方が適しておる。白兵戦でその重い大砲が効果を発揮するとも思えんし」

親父「うむ。爺さんの言う通り、鈍重な砲撃兵を前衛にするのはちとリスクが高過ぎる。私とジャラールで当たれば、半分は削れるだろう。それでも拠点近くまでハイエルフが押し寄せてきた場合に限り、爺さんと砲撃兵で華麗に殲滅していただく。どうだろうか」

オルジェイトゥ「よかろう、異存はない」

ジャラール「じゃあオレに着いてきてください。拠点を案内致します」

オルジェイトゥ「よろしく頼むぞ」

ジャラールはドワーフの群れを布陣する予定の場所へ誘った。
暫時辺りを見渡して、地の利がこちらにあるか、敵につけ入られる隙がないか入念に確かめているようであったが、深く頷くと

オルジェイトゥ「ここなら大丈夫だろう」

と全軍に告げた。
毛むくじゃらの軍勢はようやく腰を下ろし、飯を炊いだり鎧を外したりなど日常生活に戻り始めた。

親父「おい、息子よ」

ジャラール「なんだ、親父よ」

親父「ここで叱るのもなんだが、お前が人質などと腐ったやり方をするとは思わなんだ。どこでそんな悪知恵をつけた」

ジャラール「さぁな。知らない内についていたさ」

親父「私は残念でならない」

ジャラール「すべては妹を守るためだ。オレは誇りを捨てる覚悟なんざ、とうの昔に出来上がってんだよ。親父はどうだ? 家族と自分の誇り、どちらが大切だ?」

親父「お前の行動で、ファルトゥミシュ家が卑劣であると見なされる。他部族間での発言権を失うのだ。そう、麓にある狩場も失うかもしれない。理解しているのか」

ジャラール「勝てば官軍! 勝ちさえすれば、ハイエルフを追い出して元の森を復活すれば、誰も文句は言わねぇよ。親父も餌であるミミズの形状を気にして、デッカい魚を逃す釣り人にはなりたくないだろ?」

親父「分かるような分からんような」

ジャラール「人質を連れてくるから、軍議の席を用意しておいてくれ」

親父「ああ……了解した」

岩の間を流れる清水の音。
天井から垂れ下がる氷柱状の鍾乳石。
素足に食い込む角ばった砂利。
人喰い怪物でも住んでいそうな、おどろおどろしい洞窟を二名の美女が進む。
一人はヤグラカル帝国の皇妃、一人は500年前に繁栄した神聖帝国人の血を引く女騎士。
出口を探しているのだが、迷路の如く入り組んでおり、奥に行けば行くほど底なし沼に沈んでいるかのような感覚に襲われる。
足の裏が痛くてたまらぬ。
おまけに丸腰だから、魔族との戦闘になっても逃げるしか生き延びる道はない。
勇者は今頃どうしているのだろう。
血眼になって自分を捜索中なのだろうけど、無駄な心配かけて本当に申し訳ない。
ソラトの目尻にうっすらと涙が浮かぶ。

女騎士「お泣きになっているのですか」

ソラト「……違うわよ、目に埃が入っただけ。泣いてなんかないもん。ばか」

女騎士「失礼致しました。なにぶんこのような悪路ですので、宮廷で暮らしてきた皇妃様は歩くのが厳しいのではないかと……」

ソラト「あんたね、ちとあたしを見くびり過ぎじゃない? あたしは腐っても騎馬遊牧民よ。どれだけ贅沢な生活を送ろうが、その矜持だけはずっと守ってきた。洞窟の悪路程度で心が折れる軟弱者なら、とっくにこんなパーティー抜け出してるわよ」

女騎士「そうですか」

ソラト「行こう。早く洞窟の出口を探して、みんなに無事を知らせなきゃ」

〜数時間後〜

女騎士「ふむ、なかなか妙ですね」

ソラト「妙ってなにが?」

女騎士「縛られていた場所から相当歩きました。けれども、見張りの姿を全く見ない。ハイエルフの長とあろう人物が、重要な人質に対しこれほど杜撰な監視体制を取るでしょうか? 裏があるとしか思えませぬ」

ソラト「そう疑わせる策かもしれないわ」

女騎士「人がいないように見せることで、裏があるように思わせ、わたくし達を混乱に陥れる策であると? あいや、そんなはずはございません。あまりに回りくどい」

ソラト「とにかく進んでみましょ」

さらに一時間ほど歩いた後、ソラトと女騎士は揃って足を止めた。
狭かった通路が突如開けたのだ。
ドーム状の空間で、地面には柔らかい黄緑色の苔や小さな花が咲いていた。
中央にベッドがあり、誰かが寝ている。
ダークエルフの少女だった。

女騎士「これは……」

ソラト「ダークエルフね。こんなに痩せ細って……かわいそう」

女騎士「容易に接近してはなりません! それは昼に遭遇したジャラールッディーンとやらの関係者でしょう。病床に臥しているとはいえ、魔王の眷属です。君子危うきに近寄らずと古い格言にもあるではありませんか」

ソラト「見て……この子の腕……足……」

ソラトは青ざめた顔で振り向いた。
ダークエルフの腕や足には、彼女と同じ青紫色の痣があったのである。

女騎士「これは……もう助かりませんね。何せ魔族に体内を食い荒らされているのですから……。治療法もまだ確立されておりません。ですが、魔王の眷属に慈悲も糞もあらず。この場に剣があれば成敗していました」

ソラト「そ……そう……」

ふと、ソラトの首筋に鋭く研がれた刃物が当てられた。
低めの若々しい声が背後から聞こえる。

ジャラール「動くな。すぐさま妹のそばを離れろ。さもなくば斬る」

言語が違うため、相手が何を言っているのかさっぱりである。
多分、動けば斬るだの殺すだの穏やかでない台詞を吐いているのだろう。
ソラトは物言わず両手を挙げ、部屋の入口にじりじりと後退した。
女騎士も彼女と同様の格好をとり、無抵抗であることを示す。
妹のいるベッドから大分離れたところで、ジャラールは小声で叱咤した。

ジャラール「貴様らは人質だ。勝手な行動は控えて頂きたい」

妹「お兄ちゃーん。人間のお客様がいらっしゃったのー?」

ジャラール「ああそうだ。久しぶりのお客様だよ。だからお前は寝てろ」

妹「どうして? 人間の方と前から話してみたく思っていたのに」

ジャラール「お前はまだ知らないかもしれないが、人間は口から猛毒ガスを噴射するんだ。お前みたいな幼いエルフは特に危ない」

妹「危ない……何が?」

ジャラール「毒にやられてお陀仏しちまうってことさ。頼むから寝ていてくれ」

妹「最近お兄ちゃんおかしいよ。きっと間違った知識を他の大人から教えられているんだわ」


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