モバP「あの笑顔をもう一度」 (100)

アイドルマスターシンデレラガールズのSSです。
地の文が少ないですが入ります。
書き溜めはありますが、ゆっくりと投下していきたいと思っています。
あまり長くはないと思います。
読んでいただけると嬉しいです。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1446603715

俺は346プロダクションという芸能プロダクションで、アイドル部門のプロデューサーをやっている。

敏腕プロデューサー、みたいな肩書きは一切無く、言うならば「ただのプロデューサー」だ。

それ以上に当てはまる言葉なんて無いかもしれないくらいに。

そのせいか、俺には担当アイドルは1人しかいない。

1人プロデュースするので精一杯で、複数人同時にプロデュースなど、俺の腕では確実に無理だからだ。

それでも俺なんかでも誇れる部分はある。

それは担当アイドルのプロデュースに対する熱意。

担当が1人しかいない故に、その1人だけを見ることになるし、それに俺がプロデューサーになったせいで頂点を目指せないなんてことを起こしたく無いからこそだが。

だからこそ俺は、大きな熱意を持ってこの仕事に取り組んでいる。

現に今も他の社員よりも早く出社し、書類をまとめている。

本音を言うと、これくらいしないと他の社員に追いつけないのだが。

「はぁー。なんで俺、こんなに才能無いんだろうな」

思わずそう漏らしてしまう。口に出したところで、現状が変わるわけでもないし、何を馬鹿な事をしているのだろうと、言ってから思った。

「そう? 私はそうは思わないよ?」

「うわぁ! びっくりしたな。凛、来てたのか」

今、不意に声を出したのが唯一の俺の担当アイドルである渋谷凛だ。

「その声の方がびっくりするよ」

冷静なツッコミをありがとう。

「あぁ、ごめんごめん」

「それより、才能が無いって、何かあったの?」

「いや、ね。こんな早くに会社に来て仕事をしてないと周りに追いつけないし、俺は凛1人のプロデュースすらまともにできないし、っていろいろ考えてたら落ち込んできちゃってさ」

言っていてどんどん気分が沈んできたな。

やっぱりそういうのは口の出すべきじゃないな、と改めて感じる。

口は災いの元とはよく言ったものだ。

意味違うかもしれないが。

「なんだ、そんなこと。仕事なんて追いついてるなら欠点を補う努力をしているってことだし、プロデュースについても満足だよ」

「そう言ってくれると嬉しいよ。それより、今日は随分早いんだね」

俺が着てまだ20分程しか経っていないはずだ。

「朝早く起きちゃってさ。家にいてもやることなかったから来てみたらプロデューサーがいたんだよ」

「そうか、丁度いいや、そろそろプロデュースを始めて1年が経つし、2年目の方針について話したいと思ってたんだよ」

そう、俺はもう1年も凛のプロデュースを続けているのに、今だに花を咲かせてやれていない。

俺の能力が足りないのが全ての原因だ。

「そっか、もう1年経つんだ。意外と早かったね」

そう言うと、何か感慨深いものを感じているようだ

「そうだな、初めて会った時はとんでもないアイドルに当てられたと思ったよ」

なんてったって会うなりいきなりタメ口で「あんたが私のプロデューサー? まぁ悪くないかな」なんて言うんだもんな。

「ん? ちょっと、それどういう意味?」

「いやいや、冗談冗談。それで、1年経って凛はどう思う?」

まずは凛の考えから聞くことにする。

「どうって、まぁ、着実にステップアップ出来てると思ってるよ」

「いや、ちょっと待ってよ。ダメだろ。主に俺のせいで。いや聞いておいてなんだけどさ」

そうだ。凛はトップアイドルになれる素質がある。

なのに俺がその芽を摘んでしまっている。

これは俺自身が一番よく分かっており、また凛に次いで辛い立場だ。

「なんで? なんでそう思うの?」

「いや、だってまだレギュラー番組も無いし、ろくにコンサートの舞台にも立てて無いじゃないか」

「なに、そんなの、プロデューサーが付いてまだ1年なんだから、そんなの当たり前でしょ?」

「いや、でも、凛にはすごい素質があって......」

「そんな事ないよ。レギュラー番組が無いのも、ステージに立てないのも私の実力不足でしょ。プロデューサーは気にすることない」

「そんなことは......」

まだ反論しようとする俺に。

「いいから、それ以上言うと怒るよ?」

そう言って一刀両断する凛。

「ご、ごめん」

一度凛を本気で怒らせてしまったことがあるのだが、それ以来凛を絶対怒らせないようにすると決めた。

「わかればいいの。それに、いきなり大きく羽ばたくなんて簡単じゃないんだから、2年目からも少しずつ登っていけばいいでしょ」

「そうだな、うん、その通りだよ。ごめんな、なんか」

凛の言っていることが正しいのは分かっている。

だが、自分の実力不足も明らかなので、やはり納得がいかない。

一度部長に何故俺が凛のプロデューサーなのかを聞いたが、それは自分で気付くべきことだ、なんて言ってはぐらかされた。

「いいよいいよ、もう1年毎日の様に顔を合わせてるんだもん。慣れっこだよ」

「はは、そうかもな」

お互いがお互いの事を理解できている、という事がどれだけ素晴らしい事かわかるだろうか。

性格、口調、そう言ったものを理解してくれている相手とは、なんら戸惑う事なく話す事ができる。

そんな関係が俺は好きなのである。

「それじゃ、私は時間もあるしランニングでもしてくるね。基礎も大切だし」

そう言って凛は立ち上がった。

「おう、いい心がけだな、行ってらっしゃい」

「うん。プロデューサーも頑張ってね」

そう言ってランニングに出て行った。

最後に見せた笑顔に不覚にもドキッとしてしまったのはバレていなければいいが。

それからしばらくすると、アイドル達に加え、ちひろさんも出社してきた。

「おはようございます。ちひろさん」

「あら、おはようございます。凛ちゃんランニングしてましたよ。気合い入ってますね~」

「互い頑張ろうって決めましたからね」

まだランニングを続けているらしい。レッスンもあるし、そろそろ呼びに行ってくるか。

「ちひろさん、凛呼びに行ってきますね。レッスンもあるので」

「はい、いってらっしゃい。タオル持って行ってあげてくださいね」

「もう持ってますよ。行ってきます」

そう言ってオフィスを後にした。

外に出てしばらく待っていると、凛が戻ってきた。

「凛、そろそろレッスンも始まるから終わりにしたらどうだ?」

「ん、もうそんな時間? それじゃ、もう戻ろうかな」

そう言って俺の渡したタオルを受け取った。

汗を拭いている凛を見ていて、やはりトップアイドルになれる素質はあるのに、そこまで連れて行ってやれていないことがたまらなく悔しくなってくる。

話すことのセンスなどが無いせいか、テレビ界でのディレクター等の知り合いも殆どおらず、他の346アイドルのバーターとしてテレビに出るくらいにしか出演機会を与えてあげられない。

凛もそんな現状には満足しているはずが無い。

プロダクション内で仲の良い島村卯月や、本田未央、神谷奈緒といった殆ど同時期に入ったアイドルにも大きな差をつけられてしまっているのだから。

他のみんなが有能なプロデューサーにプロデュースしてもらっているのに対し、凛がハズレくじを引いたのは誰の目にも明らかだろう。

それでも凛が俺に付いて来てくれる理由が分からない。

そこからまずプロデューサー失格なのかも知れないが。

「そろそろ行こうか、プロデューサー」

汗を拭き終えた凛が言った。

「終わったか、それじゃあ一回社内に戻ってから、凛はレッスンに出てくれ」

「うん、わかった」

そうやり取りを交わし、凛は歩き出した。

歩きながら、これからの凛を更に大きく飛躍させるにはどうすればいいのかを考える。

やはり仕事を選ばず、出来ることを少しでも多くやっていこう、とは毎回思うのだが、自分の中での凛のイメージがそれを阻止している。

クールなイメージの凛にはあまりイメージを壊す仕事をさせたくは無いからだ。

「どうすればいいんだろうなぁ」

スタスタと歩いていく凛の背中を見て、そう呟いた。

凛がレッスンに出てしばらく経った頃、テレビ局に売り込みに行こうと思い立った。

凛のプロフィールを持ち、服装をしっかり整え、車を出す。

何故そんなことをしようと思ったかは自分でもよく分からないが、朝早く起きたからとはいえあんなに早くプロダクションに来て、ランニングまでしていた凛の姿を見て、いてもたってもいられなくなった。というのが大きいのかもしれない。

まず最初に向かうのは、一度凛をゲストで出してくれたテレビ局のディレクターのところだ。

その人は、不慣れな俺に対しても優しく接してくれて、お酒の席に誘ってもらったこともあり、話しやすい人だったからだ。

それに、飲みに言った際に教えてもらった携帯の番号に電話をかけ、お話がしたいと連絡したところ、快諾してくれた。

会社のほうに来てくれと言われたので、会社へ出向き、受付の人へ話すと、客室のようなところへ通された。

「こちらでお待ちください」

と、事務的な言葉を残し、受付の女性が戻った数分後に、当のディレクターが来た。

「おぉ、君か、久しぶりだね」

その一言を聞いて安心した。

突然訪問した俺に怒っていない様子だったからだ。

「はい。ご無沙汰してます。今日はお忙しいところ申し訳ありません」

「いやいや、いいっていいって。それで、今日はどうしたの?」

「それはですね、私の担当アイドルの渋谷凛のお話をさせていただきたく思い、訪問しました」

使い慣れていない敬語を使い、訪問の理由を伝える。

「あぁ、あの時の子か。それで、あれ以来どう?」

いきなり核心を突く質問をされ、背中にじんわりと汗がにじむ。

ここでいやはや全くで、と面白おかしく言うのと、よくはなっていますがまだまだです、と真面目に言うので、相手への印象も変わってくるだろう。

人と話すことがあまり得意ではない俺は、どちらが正解なのかも分からない。

俺がアイドルのプロデューサーになった理由は、他人からもよく聞かれるが、人に言えるようなことでは無いのでなんとなく、と返すようにしている。

明らかに適性の無い職業故に失敗を繰り返す。

そして今回もまた失敗を犯す。

「いやぁ、それが全然だめなんですよね。あはは」

これがまた失敗で。

「ふうん、君は担当している子が伸びなくても、悔しくないんだ?」

明らかに声色が変わった。

またやってしまった。そう思ったがもう遅い。

一度口にしたことは二度と取り消すことが出来ないことは身をもって痛感している。

「え、いや、悔しいです」

そう必死に取り繕うが、もうお終いだ。

「今の君の言い方じゃ、頑張ってるけど全然だめなんでもう無理ですって言う意味合いに感じるけど?」

「いえ、決してそういうわけでは」

本当にそういうわけではない。

言葉選びを間違えたのは相手の様子で明らかだが、ここからどう返せばいいのかもあまりよく分からない。

「じゃあどういうわけなの」

「いえ、正直伸び悩んでいまして、どう伝えればいいのかが分からず、重い空気にするのも悪いと思ってこういった言い方をしたのですが、気に障ってしまったのであれば謝罪します。申し訳ございません」

焦りながらも何とか弁明し、頭を下げる。

「じゃあ君は自分のアイドルのことをどう思ってるの? 凛さんのこと」

「え、凛を、ですか? そうですね、俺は凛を凄く大切な人だと思ってます。普通過ぎますか? プロデューサーになって、初めて担当したアイドルですし。ディレクターさんも分かると思いますけど、あまり売れてないじゃないですか。だけど売れて無くても小さい営業や本当に一瞬だけ出してもらえるイベントとかに二人三脚で全力で取り組んで、辛いこととか、苦しいこととかも、2人で乗り越えてきて、そんな風に活動してもう1年も経ってました。1年本気で活動したって言っても、結果が出てないんですよ。口からでは何とでも言えるって思いませんか? 周りからそんな目で見られて、俺はいいんです。責任は俺にありますし。だけど、凛まで巻き込んで、それが本当に辛くて、なのに俺と話すときは笑顔で接してくれて、誰よりも辛いはずなのに。だから今日、ディレクターさんに土下座をしてでも凛にチャンスをくださいって頼もうと思って、来たん、ですけど、それもまた、俺が変なこと言って、駄目にして、また、俺が、俺のせいで」

これ以上はもう話せなかった。

話ながら、凛の気持ちや、俺の不甲斐なさを考え、涙があふれてきてしまった。

もう駄目だなと、心の中で謝った。

ごめんな、凛。


また。


また駄目だったよ……。


ごめんな。

「テレビに出してあげたいの?じゃあ出してあげるよ」

頭を下げ、涙を流していた俺には、全く意味が理解できなかった。

「え? テレビにって、凛がですか?」

「そう、凛さん。ちょうど新しく始まる番組にね、小さいけどコーナーがあって、その枠にクールビューティー、って感じなアイドルの子を出そうって思ってたんだけど、中々決まらなくてね。今の君の話を聞いてたら私ももう協力せずにはいられないさ」

あまりの驚きに頭が混乱する。

それでも何とか返答だけは使用と、思いつく限りに言葉を発する。

「いいんですか? まだまだ無名なのに」

「いいのいいの。よくよく考えたら凛さんがピッタリだ。うん、そうだ、そうしよう」

「えと、ちなみにどんなコーナーなんですか?」

ようやく話が理解できてきたので、詳しい話を聞く。

「ニュースを若いそうに伝えるニュースバラエティ、っていう感じの番組でね、その中に世間で起こったおかしなニュースをぶった切る! って感じのコーナーなんだよ。歯に衣着せぬ発言が出来るあの子にはぴったりじゃないか。この前私の番組に出てくれた時にもそう思ったんだ」

「なるほど。台本が用意されていないんですか?」

「もちろん! そこは凛さんの考えを言ってもらいたいな。年代的にもちょうどいいしね」

そういって彼は満足そうに腕を組み、笑っている。

「ディレクターさんが良いのであれば、是非お願いします!」

やった! やったぞ!と心の中でガッツポーズをする。

「やってくれるんだね? いやぁ嬉しいよ。番組が始まるのは後二ヶ月ほど先なんだけど、出演者の割り当てとかが間に合ってなくて、本当に助かるよ」

「こちらこそ、本当にありがとうございます!」

「それじゃあ、このあと少し時間あるかな? 番組の詳細とか、話したいこともあるしね」

「はい! 是非!」

即答でそう答えた。

こんなチャンスはない。

絶対にものにする。

そう心に誓った。

その後の騒ぎを収めるのは容易では無かった。

当然だろう。

半年以上も目を覚まさなかった仲間が目を覚まして、大人しくしていられる方がどうかしている。

病院の中だと言うのにわんわん騒ぎ、担当医に怒られる始末だった。

しかし、目を覚ましたからと言って、はい退院です、なんて訳もなかった。

半年間寝たきりだったブランクはあまりに大きく、しばらくリハビリの期間が必要だということだった。

凛自身も、リハビリを少しでも早く終わらせられるように頑張ると言っていた。

凛のことだから心配はないだろう。

それと、凛が目を覚ましたことで、俺も卯月と未央のプロデューサーとしての仕事も終わりが近づいていた。

はずだった。

俺がその趣旨を伝えると、 いきなり2人が泣きながら拒絶した。

確かに俺は、前のプロデューサーが2人をプロデュースしているときも、遥かにアイドルランクを上げた。

これは自慢できる事実だろう。

しかしそれも一時的な話で、俺が凛のプロデューサーに復帰する際、2人のプロデューサーは変わるんだと説明しても、なかなか聞いてはくれなかった。

そこでだ、凛の鶴の一声が起きたのは。

「いいじゃん、プロデューサーも成長したなら、3人くらい余裕でしょ? それとも、私がいない間に頑張ったっていうのは嘘だったのかな?」

と言われた。

これを言われたら断れるわけがない。

確かに俺は凛のために努力し、1年前の俺とは別人になったのだから。

結局3人の勢いに負け、俺は3人のプロデュースを背負うことに なってしまった。

そうそう、凛が俺に「ただいま」と言ったのだから、俺は「おかえり」と返したよ。

「お疲れさまでしたー」

「お疲れさまでーす」

凛が目を覚ましてから3か月。ようやく凛は仕事に復帰した。

復帰後初の仕事は、俺が企画し、実現させたユニットの1つのお披露目会を兼ねたトークショーだった。

その名も『ニュージェネレーション』

この名の由来はいたって簡単だ。

卯月、未央、そして凛全員が、これからのアイドル界に新時代を巻き起こす。

そんな意味だ。

そのお披露目会兼トークショーは大成功と言っても過言ではなかった。

未央と卯月には元々ファンがいたため、そこからの集客が大きかったのだ。

それでも、見に来ている人たちは、凛に興味を 持ってくれた。

これからもっともっと飛躍できるだろう。

「おつかれ、みんな」

「あ、プロデューサー! いやあ、疲れたけど、お客さんいーっぱい、来てくれてたね!」

「そうだな、初めてのイベントなのに大したもんだよ。こっからもっともっと頑張っていこうぜ」

「もっちろん!」

「プロデューサー、電話鳴ってるよ」

「お、サンキュ、凛、ちょっと電話してくるからみんな着替えといてくれ」

そう言って控室を出た。

スマホのディスプレイを見ると、部長だった。

「はい、もしもし」

俺が電話に出て、部長から聞いたことは、とても喜ばしいことだった。

「はい、はい、わかりました、ありがとうございます!」

電話を切った後、俺は喜びをどこにぶつければいいのか分からなかった。

部長が話したことは、俺が加連と約束したことだった。

ユニットのもう1つ。

凛、加連、奈緒によるユニットを組むこと。

こちらは全員が元々人気が大きい訳ではなく、一筋縄ではいかないと思っていた。

それでもGOサインを出してくれた部長には感謝しても感謝しきれない。

このユニット名は『トライアドプリムス』だと決めている。

意味なんて、語るまでもないだろう。

さて、これを凛にどう伝えるかな。

いつかのような考えだ。

あの時こそ、あの後のことは考えたくはないが、今は違う。

控室に入れば凛がいる。

あの時のようなことはもう起きないんだ。

そう思うと、また喜びが込み上げてきた。

よし、すぐにでも伝えよう、この素晴らしいことを。

意気揚々と、それも 蹴破るかのように、ドアを開けた。

電話に出る前に自分が何を言ったかも忘れて。

「凛! 大ニュースだぞ! ……あ」

そう、ドアを開ければ待っていたのは奇跡の花園。

俺は焦って目をそらすなんてことをせずに、ただまじまじと見つめてしまった。

「いやん、エッチ」

と、未央が言った。

するとそれがスイッチとなったのか、それまで固まっていた凛と卯月も意識を取り戻したように顔を赤らめた。

「いや、これはわざとじゃないんだ! 事故事故!」

必死に弁解しようとするも遅かった。

「変態! バカ!」

気づくと、凛の拳が目の前に迫っていた。

「ぐはっ……」

俺はぶん殴られ、ドアの外に追い出された。

わざとじゃなかったのに。

そのはずなのに。

「なかなか悪くなかったな」

なんて、変態おやじみたいなことを言ってしまった。

着替えを終えて出てきた3人に謝ると、卯月と未央はすんなり許してくれたが、凛から許してもらうには、なかなか時間がかかった。

「凛、いよいよだな」

「うん、私、頑張るから、しっかり見ててね」

「あぁ、もちろん、それじゃ、頑張ってこい」

そう言って俺は凛の背中を押した。

俺が凛のプロデューサーになってから、それまでの俺では考えられないくらいいろいろあった。

楽しいことや嫌なこと、苦しいことだってたくさんあった。

それでもやってこれたのは、紛れもなく凛のおかげだ。

俺は、凛に恩返しをできているだろうか。

感謝の気持ちを伝えてあげられているだろうか。

それは凛本人の感じ方で、俺にはわからない。

それでも、凛のあれだけの笑顔を見れば、少しは勘違いしても許されるんじゃないだろうか。

凛が失った半年間は大きい。

アイドルならそれはあまりに大きすぎる期間だ。

それでも凛は、そんな過去を振り向かずに全力で走っている。

まだまだ見れていない世界を見ようと、全力で。

それなら俺は凛をサポートしていこうと思う。

「凛さん、あと15秒でーす!」

そんな声が飛んだ。

おそらく、あと15秒後には凛の姿が全国に届くのだろう。

凛を見れば、それは明らかに緊張した様子だ。

そんな凛が、泣きそうになりながらこちらを見た。

俺が今凛にしてあげられることは何か、それを考えたが、答えは一つしか出てこなかった。

頑張れ、凛。

口パクだが、確実に届いた。

だって、 凛の表情が、一気に柔らかいものに変わったのだから。

「それでは、次は新コーナーです。渋谷凛さん。よろしくお願いします」

メインキャスターが言うと、カメラが凛に切り替わった。

それは、俺が待ち望んだ夢だった。

あんなに人と話すことが苦手で、友達のいなかった俺と、似た境遇だった凛、2人が頑張ってやっとたどり着いたテレビ出演。

それだけじゃない、これからはもっと楽しいことが待っている。

そのために俺がいるのだから。

「渋谷凛のニュース一刀両断。担当の渋谷凛です。その、よろしく。それじゃあ早速、今日のニュースは――」

そうだ、凛。

その調子でいい。

いつも通りでいい。

テレビに映る凛は、打ち合わせ通り、いつものクールな凛だ。

そのはずなのに、何故だろう。俺には違って見えた。

凛が、今までより楽しそうに、夢を見る少女の顔に。

そんな凛に、俺は心の中で呟いた。

ありがとう。凛。これからもよろしくね。

と。



おしまい

終わりです!
こんな時間のかかるだけかかって大したことない駄文に付き合ってくれた方々、本当にありがとうございました!
それでは、html化依頼出してきます。

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